堕天使ラファエル
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その日、夜の帳が静かに街を包んでいた。星々は遠く、街灯のぼんやりとした光がわたしの仕事終わりの足取りを照らしていた。冷たい空気が、わたしの頬を優しく撫で、静けさが耳を塞いでいた。一人、わたしは思いを巡らせながら歩いていた。

大天使としてこの世に生を受けたときから覚悟はしていた。わたしたち力天使以下の天使は所詮主天使、座天使、智天使そして熾天使の下僕に過ぎない。彼の者たちの言葉は即ち神の御言葉というのが古くからの決まりだ。

最もハルマゲドンの戦い以来、主が玉座にお戻りになったお姿は誰一人としてここ数千年以来誰も見ていない。一説では神は死んだと下界で騒ぎ始める始末だ。無論そのような不届きものを熾天使らは許すことなく私みたいな大天使たちに騒ぎを収めるため下界で信仰心を取り戻すよう命令を下した。

神と天使は人類の味方であると刷り込ませるため我々力天使以下の天使は人の姿を真似て近しい存在として認識させ、そして寛容でなくてはならない。しかしその役目にわたしは言い表せないほどの倦怠感と嫌悪感を感じていた。

下界に蔓延る人類なる者どもは、天界にいる上位天使と同じく反吐が出るほど卑しき存在であるからだ。いや上位天使以上に卑劣で卑しいともいえる。なぜならその者どもは自らに力がないのを何より自覚している。それは上位天使にはないものだ。

仕事の疲れと、日常の単調さに心が重くなる中、ふとわたしの目は空に釘付けになった。そこに、黒く広がる翼を持つ神秘的な存在が浮かんでいた。その姿は突如として現れたようにも、あるいは時の始まりからずっとそこに留まっていたかのようにも見えた。

人のようでありながら、人ではない。その翼は、夜の帳を切り裂くように大きく、黒く、美しかった。わたしはその存在に心を奪われ、一瞬にして現実を忘れた。それは、人間の持ち得ない気高さとカリスマ性を放っていた。わたしは、それが何者かを知らずとも、その存在に深く引き込まれていった。

「赦せ天使よ、ただの気まぐれだ。直ぐに消えるさ。ただ今はこうして世界を眺めさせてくれ」

それは、わたしに向かって話しかけた。その声は、遠く霧の中から聞こえるようで、わたしの心をさらに惹きつけた。わたしは、答えようとしたが、言葉が見つからなかった。それはいたずらな笑みを浮かべ、視線をわたしから外して暫く遠くを見ていた。顔は私の方を向いていたけれども、その視線は遥か遠くを捉えていて、私はまるで周りの風景に溶け込んでしまったかのように感じた。

それに気づいた時に嫉妬の感情、恋慕の感情そして羨望の感情が同時にわたしを襲ったためわたしは混乱した。それでも、わたしの目はそれに釘付けで、最後の一瞬までその姿を記憶しようとした。

わたしは、その存在の正体を知っていたが実際に目にするのは初めてだった。その出会いはわたしにとって運命のようなものだった、もしくは必然だったのかもしれない。しかし伝承で知ったそれとは余りにも違っていた姿形だった。それはわたしの心に深く刻まれ、夜の帳の中で消えていった。まるで悪辣な男に遊ばれ、見捨てられた少女のように、その日、私の心には深く、痛々しい空虚が生じた。

***
「帰ったか、ラファエルよ」
夜の静寂を破るように、一人の熾天使が上座から見下ろしながら言った。その姿は、この世のものとは思えぬ異形の融合を成していた。顔と思われる部分には、目の代わりに赤子の手のような形があり、鼻の場所には無数の小さな目が並んでいた。唇は裂け、両腕は何かの生き物の尻尾のように変形していた。背中からは雪のように白い翼が広がっていた。
周囲の上位天使たちもまた、この世の邪悪と神性が混ざり合ったかのような姿をしていた。天使と悪魔の違いは、彼らの翼が純白か漆黒かということだけだった。
わたしの前には階段が広がり、それぞれの階層には下から主天使、座天使、智天使、そして熾天使の椅子が配置されていた。一番上には、空白の玉座がそびえ立ち、天界の最高峰を示していた。
この光景は天界の秩序と威厳を体現していた。各階層はその神聖な役割と存在を示し、最上位の玉座はまるで神の偉大さを表しているのように輝いていた。
「はい、熾天使様」

わたしは片膝を地面につけ、頭を垂れて答えた。わたしの心は疲れと重い感情に満ちていたが、悟られないように声は堂々としていた。
「して、ラファエルよ、首尾はどうだった?」
熾天使は舞台役者のような調子で尋ねた。
「今日もいつも通り、下界で信仰心を広めて参りました」
わたしの言葉は真摯だったが、わたしの心はその使命に対する疑問で揺れていた。
熾天使は一芝居を打つかのように話し始めた。
「大儀である。して、ラファエルよ、次の任務を与えよう」
「新たな任務とは?」
わたしの声には慎重な調子があった。熾天使は空に浮かび上がる地図を出現させ、ある国を指さした。
「神聖ザフィール国だ。最近、そこで信仰が衰えている。お前にはその理由を調べ、人々の信仰心を取り戻してもらいたい。どうだ、やってくれるか?」
選択肢などないと知りつつ、わたしは静かに答えた。
「はい、熾天使様。命に従います」
わたしの返答を聞くと、熾天使は満足げに頷いた。
「で、あるか」
その時、上座に座る上位天使たちが不気味な笑いを浮かべていたのに、わたしは気づかなかった。わたしはただ、新たな任務への思いと、天界の厳しい現実に心を重くしていた。

与えられた任務をこなすため、私の執務室での準備を終えて部屋を出た。光が窓から差し込む執務室を出ると、長い廊下が広がっていた。その廊下の端には、二人の大天使が立っていた。肌が黒く、いつものようにしかめっ面をしているのがミカエルで、肌白く優しく私に微笑みかけるのがガブリエルだった。

天使は長い時を生きるためかなり時間にルーズな生き物だ。彼らの平均寿命は千から三千年と言われているため、任務を与えられると時間をかけてゆっくりとこなす傾向がある。しかし、私はその正反対で、ただ一人時間に厳しい性格をしていた。そのため、任務をテキパキとこなし、他の天使たちと一緒に任務をした際には、彼らを急かしたり、指摘したりすることもあった。

その結果、他の大天使たちから面倒くさいと思われ、陰で妬まれ、嫌がらせを受けることもあった。他の天使は基本的にこそこそと嫌がらせをするが、ミカエルは他の天使たちとは異なり、ただ文句を言うだけだった。

ミカエルとは何度か口論になったが、文句を言いながらも指摘されたことをちゃんと受け入れるので、なんやかんやで少し仲良くなった。意外と話の通じる奴だと思った。

もう一人のガブリエルは、他の天使たちが私に嫌がらせをしたり、陰口をたたいたりするとき、いつもかばってくれた。彼がムードメーカーとして活躍するおかげで、最近は嫌がらせもかなり減っていた。

「また任務か、ラファエルよ」とミカエルが口を開いた。

「ええ、そうよ」と私が答えると、ミカエルはやれやれと首を振った。

「全く立派なことだ。おいガブリエル、お前から何とか言ってやれ」ミカエルはガブリエルに促した。

ミカエルに言われたガブリエルは私の方へ歩いてきて、私の顔を優しく両手で包み込み、おでこを合わせてきた。

「気を付けてね、ラファエル。任務、頑張ってね」

すると、ミカエルは痛そうに頭を抑えた。「そうじゃないんだが……」

そんな日常的なやり取りをすると、私は真っ白な自分の翼を広げた。

「ありがとう、二人とも。じゃあ行ってきます」

ミカエルは彼女の背中を見送りながら、少しの間、考え込むような表情をした。ガブリエルはただ微笑みながら手を振っていた。

飛び立つ時、主天使の一人が二人の元へ向かう姿が見えた。

***
熾天使からの使命を受け、私は神聖ザフィール国へと急いだ。しかし、心の中で奇妙な感覚が広がった。なぜなら、神聖ザフィール国はその名前からも分かるように、神と天使を最も崇拝し、信仰している国であるべきだったはずなのだ。
私が最後にこの国を訪れたのは、おそらく50年ほど前、いや、もしかしたら既に500年以上も前かもしれない。そう考えると、ため息がこぼれた。人間の卑しさは既に知っていたが、50から500年の間に、神と天使に対する信仰心がどれほど薄れることができるのか、驚きと失望が私を襲った。
さらに、最近では熾天使ルシファーを筆頭に、能天使サマエル、元首天使アザゼル、そして力天使ベリアルによって、新たな宗教勢力とも呼べる邪教が広まっていた。まず、人類と最も関わりの深い元首天使アザゼルが、人間たちに不道徳で反逆的な知識を教えたと伝えられている。そして能天使サマエル、彼女は他者の生を奪い、物を破壊する快楽を教えることで、人間の内に残虐性を植え付けた。
熾天使ルシファーは、邪教の信仰の象徴としての役割を果たすべく、人間に近い姿に変身した。しかし、彼の姿には人間の顔に滲み出る卑しさが一切なく、純粋さと高貴さが溢れていた。
そして、力天使ベリアルはこれらの堕天使たちの活動をサポートしたと言われているが、具体的に何を行ったのかは不明だった。実際、堕天使となる前の彼らがどのような活動をしていたのか、どのような姿を持っていたのかさえも、天界では知る者がいなかった。
神聖ザフィール国に到着すると、私は表面上は歓迎された。大司教の命により、神と天使への信仰を示す儀式が執り行われたが、司教たちの顔には何かを隠しているような空虚さがあった。私は心の奥で不安を感じながら、この国で何が起きているのかを探る決意を固めた。

突然、一人の司教が前に出てきて異様な行動を始めた。
「堕天使ラファエル様、ばんざぁぁぁぁぁぁいいいいい‼」と叫びながら、彼は自分の首を短刀で切り落とした。その衝撃的な行動に、私の心は恐怖と混乱で満たされた。他の司教たちも同様に自らの首を切り、彼らの血は地面に掘られた六芒星の魔法陣に流れ込んでいった。
「だめ⁉」と叫んだ私の言葉は空しく、儀式は既に成功してしまっていた。箱からは災厄、病気、苦痛そして魔物が下界へと解き放たれた、瞬く間に国は混乱と恐怖に包まれた。
するとそこへ聞きなれた声がした。
「ラファエルよ‼何をしているのかわかっているのか⁉」
ミカエルだった、彼の顔は怒りに満ちていて私を責め立てた。ミカエルはザフィール国の民に話しかける。
「人の子らよ、聞けい!ラファエルは堕天した、彼女はこの開けてはならない封印されていた禁断の箱を儀式によって開けた‼」
ザフィール国の民は未だになにが起きているかわからない呆然とした顔をしていたがミカエルは補足説明した。
「この箱には数々負の遺産として厄災、病気そして苦痛が封印されていたがラファエルは教会の司教たちをたぶらかし、そして洗脳した!」
勿論私はそんなことを企んでなどいない私は視線をガブリエルに向けた、彼ならばいつものように私を助けてくれるのではないかと。しかしそんな私の期待は裏切られた。
「ごめんラファエル、僕じゃあどうしようもできない……」
ガブリエルは心苦しそうにそして気まずいのか私とは目を合わせなかった。さすがのガブリエルも、今この惨状から私が犯人ではないと否定するための材料がないためそうしたと私は思った。
ミカエルも同様だ。彼は意外と話の通じる人なのだが基本的には頭が固く、説得するにはかなりの時間が必要だ。それに今の現場は確かにどう見ても私が首謀者にしか見えない。
補足するようにミカエルが仰々しくザフィール国の人民に問いただした。
「主はラファエルの野望にいち早く気付き我らを派遣したがどうやら少し遅かったようだ……」
悔しそうにミカエルは目を閉じて拳を握った。
「しかし誓おう!我らは必ず大天使ラファエル、いや堕天使ラファエルを捉えて相応の罰を与えると!人の子らよ、それを叶えるためにどうかっ……どうか手を貸してくれないか⁉」
ミカエルがそう問うとザフィール国の民はそれに呼応した!
「うおおおおおおおおおおおおッ」
「堕天使ラファエル!決して許せないッ……」
「返してよっ!わたしの子供たちを返してよ⁉」
「許さないッ、絶対に殺してやる!」
ザフィールの民は罵詈雑言を私に浴びせた。肌でも感じるほどに人間たちの殺意は凄まじかった。
無駄かもしれないがわたしは反論を試みた。
「ふざけないで‼証拠はあるの⁉証拠はっ⁉」
それに対してミカエルが声を荒げて答える。
「証拠?この騒ぎが証拠であろう、見苦しいぞラファエル。」
怒り心頭のミカエルは簡単にわたしを論破した。彼に対して怒りをおぼえたわたしは続けて説いた。
「そもそも動機はなんなのよ!?こんなことをしてわたしに何の利益があるの⁉」
ミカエルが「とぼけるなっ!」と私を怒鳴った。
「動機?神への反逆であろう、熾天使様たちは知っておったぞ。お前、堕天使ベリアルと密会してたであろう。悪魔の匂いが臭くて堪らなかったと熾天使様たちはおっしゃられておったぞ!」
それを皮切りにミカエルとガブリエル、そしてザフィール国の民はわたしに対して攻撃を始めた。私は狙われ、命を狙われたが、何とか一命を取り留めた。
しかしその後、ミカエルとガブリエルは他の国にも訪れ人々に対して神聖な神の僕であったわたしが悪魔に魅了され堕天し、神、そして人類の敵となったと宣言した。満身創痍で逃げ惑いなんとか身を隠せる場所を見つけたがその場所には見覚えがあった。
そこはわたしがそれとであった場所、奇しくもあの時と同じようにわたしの目は空に釘付けになった。そこに、黒く広がる翼を持つ神秘的な存在が浮かんでいた。
堕天使ベリアルがそこに変わらずにいた。そこでわたしの意識は途絶えた。

***
「おい天使、いつまで寝ている」
そんな声が私の耳に届いた。眠りから覚めると、周りの環境がぼんやりと明るくなっていくのを感じた。そして、肩を強く揺さぶられた感触が私を現実に引き戻された。揺さぶる手は粗暴で、私は一瞬呆然とした。しかし、その後、意識がはっきりと整理された。
「あなたは…っ⁉」私は思わず声を荒げた。
思わず身を起こそうとしたけど、その瞬間、激しい痛みが彼の体を襲った。その痛みは瞬く間に彼の全身を支配し、私を苦しめた。ベリアルはそんなわたしを気にもせず優雅に着地した。
私は急速に記憶を辿る。ミカエルとガブリエルによる裏切りの策略、神聖ザフィール国での儀式、そして何かが解放されたあの瞬間。
「くっ、ふふふふっ。あっははははははははは⁉」
これまでの事を思い出せば出すほど口から零れる笑い声は次第におおきくなっていった。奴隷の如く働かされる日々、それでも一生懸命頑張っていた。いつか認められるようにと、主が帰ってきさえすれば上座で偉そうにしている上位天使にこき使われることもないと。
昔読んだ本に書いてあった。
かつて、この世界は神人族によって統治されていた。彼らは、今でいう天使たちの先祖であり、神々しい力を持っていた。しかし、その中にも階級が存在し、上級神人と下級神人に分かれていた。下級神人たちは、上級神人の欲望のために馬車水のように働かされていた。
ある日、全てを見通す主が舞い降りた。主は、怠惰を貪り、下級神人を虐げる上級神人たちに怒りを示し、罰を与えた。これに激怒した上級神人たちは反乱を起こし、世界は戦争の渦に巻き込まれた。下級神人たちは、圧倒的な力の前に敗北を重ねたが、主は彼らに助言を与えた。「下界の民を巻き込むのだ」と。
やむを得ず、下級神人たちは下界に降り立ち、人類を戦いに引き込んだ。上級神人たちは侮っていたが、下界の民は驚異的な発展を遂げており、彼らの力は天界の者たちに匹敵するものだった。
そして始まったのが、「天と地の戦い」。この戦いは次第に激しさを増し、ついにハルマゲドンの戦いへと発展した。この戦いは、一瞬にして長きにわたる争いに終止符を打ったが、その代償は大きかった。天界と地界も大きな損害を受け、人類は一度滅びた。
戦いが双方に利益をもたらさないことを悟った神人族は和解し、主を神として崇めることを誓った。彼らは自らを「天使族」と名乗り、主に永遠の忠誠を誓ったのだ。
しかし、主がこの世界を去ってから既に数万年。主は未だに姿を現さず、上位天使たちは再び暴走を始めた。下位天使たちは、主の帰還を信じ、待ち続けていたが、その信念は次第に揺らいでいた。
「私は愚か者だったのだろうか」と、思わず独り言を呟いた。もう数万年も姿を見せていない主が、いつか再びこの世界へ戻り、全てを正してくれると信じていた。しかし、それはただの幻に過ぎなかったのかもしれない。そんな疑問が、私の心を重くするのだった。
そんな私の姿を見て彼が「くくくっ」と肩を震わせておかしそうに笑った。
「面白いやつだ、独りでに壊れた」
天と地を結ぶ空の中、堕天使ベリアルがその存在を示していた。彼はかつての高位な天使であり、そのためにおぞましいほど異形の姿をしていると思われていた。しかし実物は全く違った。
ベリアルは、想像とは裏腹に、驚くほど人間に近い姿をしていた。一般的に、人間の顔は一般的に卑しさを象徴する。天使や神に媚びる彼らの姿勢が、その表情に反映されているのだ。しかしベリアルの顔には、そんな卑屈さのかけらもなかった。

相変わらず彼の顔は、気高く上品で、周囲を圧倒するカリスマ性を備えていた。堕ちた天使である彼の瞳には、かつての栄光と堕天の悲哀が混在しているようだった。彼は天使としての地位は高かったはずだが、その位の高さがもたらすはずのおぞましさとは無縁の、人間のような容姿を保っていたのである。
空を見上げた私は、その姿に恐れと畏怖、そして奇妙な憧憬を抱いた。彼らはベリアルの存在に翻弄されつつも、彼の持つ不思議な魅力に引き込まれていった。相変わらず堕天使ベリアルは私を見て微笑んだ。その微笑みはまるで私の心を翻弄するかの如く鋭く私の感情をかき乱した。
ベリアルは私を見据えているようでいて、その深遠な瞳はまるで私を捉えていない。彼の姿は余りにも魅力的で、私の心を混沌とさせている。彼の存在は、私の内なる感情をかき乱し、一種の嫉妬の炎を灯している。私は彼のようになりたいと願い、彼のような漆黒の翼を持ちたいと切望している。彼の気高さ、彼の傷にさえ憧れを抱く。
しかし同時に、ベリアルの存在は、私の内なる海に静かに波紋を生み出している。彼を見るたびに、その波紋はやわらかく広がり、私の心を未知の領域へと導く。彼の姿は、私の心の奥深くに潜んでいる何かを、静かに呼び覚ます。それは春の花が開くように、静かでやさしいものだ。
だけど、その願いと同時に、彼に対する憎悪の感情もある。自分の惨めさは自分自身のせいだと知りながらも、彼のせいで、その惨めさがより一層際立って見える。彼の光が、私の闇を余計に深く見せている。
苛立った私は声を荒げた。
「誰のせいだとおもっているのよ!あんたのせいで自分がみじめに感じるわ⁉」
するとベリアルは不思議そうに首をかしげた。
「おや、それは可笑しい話だ天使よ。なぜ吾輩のせいになるのだ?」
その言葉をわたしが理解できなかったのを見てベリアルは言葉を続けた。
「貴様が自分を惨めに感じるに至った経緯は知らぬが、完結にまとめるとそなたはかなり自己評価が高いのだな」
自己評価が高い、そういわれて思わず胸が苦しくなった。ベリアルはわたしのことなど気にしないまま話を続けた。
「要するに天使よ、貴様は己への評価は存外高いようだ。しかし現実として物事をこなそうとすると上手くいかない。己の未熟さを薄々と感じながらプライドが邪魔をし、それを認めようとせず。挙句の果てに上手くいかぬのは他が悪いと責任転嫁を始める始末」
「黙りなさいよ……」
私は彼の言葉を遮ろうとした。しかし、私の心は彼の言葉によって混乱していた。私は自分の感情を整理しようともがきながら、彼を見つめた。
「結論として……」ベリアルは静かに続けた。
「黙りなさいと言ってるでしょ‼」
正論を言われ続けられたわたしはとうとう現実逃避をするかのようにベリアルの言葉を遮ったが、内心では彼の言葉の意味を探っていた。私は彼の言葉に反論しようとしたが、心のどこかで彼の言葉に一理あると感じていた。私は混乱し、言葉を失った。
ベリアルはそんなわたしを見ると艶っぽい笑顔を向けてきながら翼を広げた。
「そのように抗う惨めな貴様の姿、吾輩は好きだぞ」
ベリアルは翼を勢い良く広げ飛び立とうとした瞬間、わたしは思わず彼を呼び止めた。
「待って⁉」
その言葉にベリアルは反応して飛び立つのをやめたが相変わらず顔は私を向いているが瞳は私を捉えていないのがわかった。彼は何も言ってこない。暫くの間沈黙が流れて気まずい空気が漂った。ベリアルは何も言わない。
「あ、あなたはなんで堕天したの…?」
「…愛を知ったからだ」そういうととろけた様な、とても魅力的な笑顔がそこにあった。
愛、それはおよそ天使とは無縁に近い言葉。わたしは益々わからなくなった。しかし彼の顔は酷く私の心の中を乱した、それを見た私は彼の言う愛という感情に興味を持った。
「あい…?」
「そうだ、愛だ!」
勢い良くこちらに振り向いてきたベリアルは満面の笑みで話を続けた。その笑顔はとても私の奥になにかをとても刺激した。
「その日、わたしは愛を知ったのだよ。不思議なことだろう、天使が愛を知るなどと」
ベリアルは面白おかしそうに笑った、しかしその表情にわたしは見とれてしまった。
「いつか貴様も知ることになるさ、どうやら君の本質は私たちに近いようだ」
そういうとベリアルは再び翼を広げて空を羽ばたいた。宙を舞うその姿はまさしく悪魔そのものだった。上位天使とはまた違ったベクトルの恐ろしさを感じたが不思議と嫌悪感はなく、しかしなぜか見とれてしまう。
「ではさらばだ天使よ!」
「あっ、待って‼」
去ることは知っていたがなぜか呼び止めようとした、しかしそんな言葉はまるで届いていなかった。

***

「ここにいたか、ラファエル」

どこかからそんな声が聞こえた。声の方を見ると、ミカエルとガブリエルの姿があった。無実の罪をかぶせられた私は怒りと憎しみに満ちた目で彼らを睨んだ。

「ごめんラファエル、僕も君が犯人ではないと信じたいけど物的証拠が多すぎる。それについさっき熾天使様から命令を受けたんだ……」

ガブリエルは目をそらしてその命令を私に告げた。

「熾天使様はこう仰った、『堕天使ラファエルを見つけ次第処断せよ』と」

ガブリエルは悔しそうに拳を握った。

「ふざけないで⁉堕天使ラファエルってなによ⁈私は、私は堕天してなんかいないッ……」

怒りと共に、私の声が震えていた。彼らの前に立つ自分が、まるで風に揺れる葉のように感じられた。

そしてガブリエルはただ一言「ごめん、ラファエルッ」ととつぶやくと、加速して一気に私との距離を詰めた。そして、彼の手が私の胸を貫いた。ガブリエルは顔を私の耳元に近づけ、囁いた。その声泣いているようだった。

「ごめんッ、ごめんねラファエルッ……どうにもできないんだ。熾天使様の命令は絶対なんだ。きっと君と僕の立場が逆だったら、君も同じことをするさ。本当にごめんねッ……」

彼の言葉に、私は何も言い返せなかった。痛みが全身を支配していく中、私はガブリエルとの過去を思い返した。同じ大天使として、私に最初に歩み寄って來たのはガブリエルだけだった。それに続くようにミカエルは少しずつ私を理解しようとし始めたんだっけ……?

「ガブリエル……」そう呟くと、心の中で何かが弾けた。彼への感情が今まで気づかなかった愛だったことに、私はようやく気づいた。しかし、その愛を自覚した瞬間、ベリアルの顔が脳内をちらついた。それも愛?でも、何かが違う……ガブリエルへの愛とは別の、深い何か。

ガブリエルは私の胸から手を引き抜くと優しく私を地面に寝かした。そして私の手を握りしめて優しく言った。

「信じてほしいッ……ラファエルッ‼ぼくは、僕は必ず君の無実を証明して見せるからッ……きっとッ」

悲痛なガブリエルの言葉と涙によってぐちゃぐちゃになったガブリエルの顔を見て、私は微笑んだ。そしてゆっくりと視界が暗くなっていくのを感じた。

しかし暫くするとこんな言葉が聞こえた。「終わったかガブリエル」とミカエルが尋ねると、ガブリエルは答えた。

「やっと死んだよ、こいつ。本当に鬱陶しくて面倒くさい」

そんなガブリエルの言葉を聞いたミカエルは驚いた声で聴き返した。

「驚いた、てっきりお前は彼女と仲がいいと思っていた」とミカエルが言うと、ガブリエルは「ふっ」と冷笑しながら話し始める声がした。

「仲がいい?彼女と?冗談はよしてくれ。利用してただけさ。彼女は優しいからね。いつか何かの役に立つと思ってたんだ」

するとザグザグと私は翼を切り取られる音を聞いた。ガブリエルはもう私が死んだのだと思っているかのように好き放題話す。

「そしてこれがどうやら彼女の利用価値だったみたいだね」

私の翼を切り取ったガブリエルがコツコツと足音を鳴らして離れていく音がハッキリと聞こえる。

「それにもし僕が君たちみたいに彼女に嫌がらせをして今日みたいなことがあったらもしかしたら復讐心で本当に堕天使になって復讐されるかもしれないからね。でも仲良くしとくと、彼女は僕との仮初の友情に縛られて許してくれるでしょ?」

言い終えると私への利用価値がもう無くなったのか、ガブリエルの翼が羽ばたく音が聞こえる。そしてミカエルは大声で笑った。

「ハッハッハッ、ガブリエルよ、お主かなりの性悪よのぉ……」

彼らの空を羽ばたく音が段々と遠のいていくのを感じる。体中が冷たさに襲われる中で、私は思った。私は、一体何なのだろう?死の間際で愛を知り、裏切りを経験し、今、死にゆくこの瞬間に、心に存在するこの言い表せない感情は一体……そして、ベリアルに対する感情は……な、に……?
永遠の中二病 Z1C9Ijo9aY

2023年11月29日(水)15時09分 公開
■この作品の著作権は永遠の中二病さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
抑えきれない中二心で勢いで書きました。どうか辛口のレビューをください。上手になりたいです。お手数かもしれませんが悪かった点を指摘するときもし引用してもらえるとわかりやすくなります。最後にありがとうございます。


この作品の感想をお寄せください。

2023年12月04日(月)01時32分 えんがわ  +30点
厳しく言うと設定過剰気味かなー。

設定は上手く伝えられているんですけど、それに注力するあまり、主人公と一緒に物語を体験することが難しくなっている印象があります。

まず「愛」を語りたいのならば、愛に関するエピソード、恋愛なのか家族愛なのか仲間との連帯なのか、そういうのを積んでいかないと、全体的に響かないというか、単語が単語だけで空回りしている気がします。

それと全体的に急ぎ過ぎなのかな。駆け足で終えてしまった感じ。
天使同士の交流、俗っぽくすれば散歩でも会食でもとか、新しい街での住民と天使の交流とか。
そういう下地を書くと、それが裏切られた時のショックというかギャップができると思います。


読後感としては、こういう天使同士の話、特に堕天を書きたいという意気込みは十分伝わりました。
こういうのは漫画「BASTARD」で、美麗な絵と描き込みで何巻も跨いで書いたのを読んだのですが、表現するのに並々ならないストーリーの積み重ねと絵力が要るという。
BASTARDも風呂敷広げ過ぎて、今どうなっちゃってんでしょうね。
とても難しいジャンルだというのは何となくわかります。

教養としても難しくて、たぶん聖書でも旧約聖書やゾロアスター教、死海文書あたりの話だと思うんですが、大学で自分は習ったんでしたが、さっぱりでした。
カトリックなキリスト教から見れば、異端の学問だから、どうしても参考資料が広まらない。
よって漫画的なものの二次創作気味になってしまう。

全体的にもうちょっとテーマを絞って、設定を小さく細かく血の通ったものにして(わかりやすく書けているのでそこは活かして)、描写を中心に主人公の体験談として書けば、全体的に自分の好みの作品になると思います。

それが必ずしも読者に好かれる作品というわけでは無いでしょうが。あくまでも自分基準として。


気になった個所。

>その時、上座に座る上位天使たちが不気味な笑いを浮かべていたのに、わたしは気づかなかった。

主人公と一緒にリアルタイムで物事を追っているつもりだったので、こういうリアルタイム性のない回想的な説明が入ると、没入感が冷めてしまいました。
回想録形式で書くのならともかく、今回の書き方では違和感のある部分です。


あとは前述したんですが、設定の説明過多な書き方の例として。


>ベリアルは、想像とは裏腹に、驚くほど人間に近い姿をしていた。一般的に、人間の顔は一般的に卑しさを象徴する。天使や神に媚びる彼らの姿勢が、その表情に反映されているのだ。しかしベリアルの顔には、そんな卑屈さのかけらもなかった。

ここの
>一般的に、人間の顔は一般的に卑しさを象徴する。天使や神に媚びる彼らの姿勢が、その表情に反映されているのだ。

ベリアルの容姿や表情を描写しているようで、上のような悪魔の顔の特徴の説明が混じるので、テンポが一つ遅れ、臨場感も減ります。

個人的には
ベリアルの表情には媚びるような悪魔らしい卑屈さのかけらもなかった。
辺りにシャープにまとめ、それから。

わたしはベリアルのその姿を却って不気味に思った。
とか
わたしがベリアルを普通の悪魔とは見做さない理由がそこにあった。
とか

「主人公の気持ち」を書いた方が自分の好みです。
やっぱり知りたいのは「設定の説明」よりも「主人公の感情」なんです。

そんな感じで。
身の程知らずに、思うがままにコメントを書いてしまいました。
ではでは。
13

pass
合計 1人 30点


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