お化けトンネル
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 けだるい高校二年生の夏、焼けつくような日差しは教室の窓ガラスを通してもまったく和らぐことがなかった。ただ耐えるだけの補修授業は、けして終わることがないのだと感じられた。眠気との絶望的な戦いが果てしなくつづき、忍耐の時が、一刻、また一刻とすぎてゆき、ようやく放課後になった。
 ホッとした瞬間だった。
「武雄君、お化けは苦手かな?」
 声を掛けてきたのは、南野陽子(みなみの ようこ)。近所に住む幼馴染みの同級生で、いわゆる腐れ縁の相手だった。やや大柄で丸顔、短髪が似合う体育系の女子だ。
「い、いや、全然、まったく、少しも、苦手じゃないよ!」
「そりゃあ、そうだよね。武勇を誇る大英雄で、その名も西野武雄(にしの たけお)を名乗る君が、お化けごときを怖がるなんて有りえないものね」
 陽子は、教室にいる皆に聞こえるように言うと、輝くような笑みを浮かべた。いかにも清純そうに見える飛び切りの笑顔だった。
「この名は親がかってに付けたものだ。俺が名乗ってるわけじゃないぞ」
 陽子は、俺の言いたいことなら分かっているよ、と言うようにうなずいた。
 陽子の家は工務店を営んでいる。だから、社長令嬢ということになる。クラスの男子たちからは高く評価されている。だが、騙されてはいけない。この無邪気そうな笑顔の裏には、何か邪悪な企みがあるに違いなかった。
「平坂トンネルを見にゆこうと思うの。ついてきてくれるわよね」
「平坂トンネル……?」
 平坂トンネルは、町の北にある割と大きなトンネルだ。対向二車線で、片側に一段高くなった広い歩道がある。そのおかげで、自転車や歩行者も安全に通行できる。ただ、交通量はけっこう多い。
「かまわないけど、排気ガスが多いから中をとおるのは勧められないぜ」
「大丈夫よ。このごろは使う人がいないから」
 なんだか話が変だぞ。
 俺は陽子の顔をまじまじと見つめた。
 陽子は、イタズラっぽく笑ってつづけた。
「山の上にある平坂トンネルだから」
「旧道のトンネルかよ」
「親たちが私だけじゃダメだと言うの。でも、武雄君が一緒なら行ってもいいって!」
「俺と一緒ならいいのか。そりゃ、しかたないな。ついてってやるよ」
「ありがと。それじゃあ、十時半に家まで迎えに来てね」
「明日の午前中には授業があるだろう……?
 ちょっと待て。十時半って、今日の夜中にか!」
「ええ、もちろんそうよ。ありがとね」
 やられた……
 真夜中に山道を行くのか。
 そりゃあ、親御さんが心配するわけだ。
「俺がついて行くなら、行っていいのだな。でも、キツネなんかが出たら、陽子を置いて逃げ出すかもしれないぜ」
 夜中のケモノは、眼が光っていて恐いからなあ。
 陽子は、ニヤリと悪戯っぽく笑った。
「大丈夫だって。何かが出ても、武雄が腰を抜かしてるあいだに私は走って逃げるから」
「俺は、置いてきぼりが確定かよ」
「人里に着いたら、助けを呼んであげるわよ」
 かなわないなあ。でも、この年になって、いつまでも暗闇を怖がってばかりじゃまずいからなあ。
「わかった。がんばって行ってみるぜ」
「ありがとう。よろしくね」
 そんななりゆきで、俺は夜の旧平坂トンネル見学旅行に同行することになった。
 自宅に戻ったら、陽子の親御さんからうちの親にお礼の連絡が入っていた。
 今夜のトンネル見学旅行は、あちらの御両親も公認した二人旅だ。俺は能天気にも、そう思って舞いあがっていた。これでもう俺には止めることができない、完全に退路を断たれてしまったという可能性については、考えつきもしなかった。
 さらにうかつなことに、俺はまだこれが陽子のしくんだ肝試しだということに、まったく気がついていなかった。

 八時になっても、西の空では落日の名残が山の稜線をかすかに彩っていた。夜が更けてゆくにつれて、山向こうの町の明かりが雲を下から照らして、西の山々の黒々とした影を浮びあがらせる。隣町は大きいので、西の空はけっこう明るかった。
 もうすぐ十時半となったので、俺は大型懐中電灯のサーチライト、ペットボトルのスポーツ飲料、それにスポーツタオルをナップサックに入れて、通学用の自転車に乗った。
「陽子ちゃんがついてるから心配ないと思うけど、あまり無様なところを見せないでね」
「いまさら格好をつけても手遅れだから、気楽にいけよ」
「ハ〜イ、ハイ」
 心温まる両親の言葉に送られて、俺は近所にある陽子の家に向かった。
 まだ十時半になっていないのに、陽子とご両親は玄関の前で待っていた。『みなみの工務店』の小型トラックが家の前に止まっている。
 陽子はフードの付いた長袖パーカーを着ていた。
「暑くないか?」
「山蛭にたかられたら嫌だから」
 陽子は涼しい顔で言った。
「わがまま言ってすみませんね」
「よろしくお願いします」
 ご両親につづいて陽子が言った。
「じゃあ、途中までよろしく」
 お父様は、二人の自転車を小型トラックに乗せ、手際よくロープで固定した。
 自動車で送ってもらえるとは聞いてなかったなあ。
 小学校のときから恒例になっている二人のお遊び。その拡大版の夏の冒険。俺はまだそう思い込んでいた。
 路地裏をとおって車道にでる。しばらく進んだ先には自転車専用道が車道に併設されている。街並みがつづき街灯が整備されているので周囲は明るい。
 町の南には自動車製造業の子会社、孫請けの工場がたくさんある。このため北に向かってる道は、朝晩の通勤時間帯にはかなり渋滞する。自転車通勤する工員もずいぶんと多いので、自転車専用道がしっかりと整備されている。
 いまは空いている道路をゆっくりと走って北をめざす。
「トンネル工事は、事故が多いの?」
 陽子がお父様にたずねる。
「戦後すぐには多かったそうだよ。落盤やガスの噴出、発破のタイミングの間違いとか。だけど粉塵で肺をやられて死ぬ人が一番多かったそうだ」
 陽子は続きを促した。
 お父様はかなりの話し好きのようだった。一向に話が止まらない。
「工事をする人たちは、『トンネル』ではなく、『隧道』と呼んでいたなあ。『隧道』には『すい道』という読み方もある。でも、先輩たちはかならず『ずい道』と呼んでいた。『ずい道』という呼び方には、自分たちは自由にどこにでも行ける『随道』を、希望に満ちた明るい未来へつづく道を造っているのだ、という思いが込められていたそうだよ」

 俺は、肝試しがすでに始まっていることに、まだ気づいていなかった。
 十分ほど北上したところでT字路に突き当たった。左折して西に向かう。すぐに北へと向かう本道があったが、そのまま通り過ぎる。道路わきに『平坂道』の表示がある。このまま進めば平坂トンネルだ。
「ここまででいいわ」
 陽子が言った。
「トンネルの入り口まで送るよ」
「そろそろ暗さに目を慣らしておかないと危ないから」
 陽子はお父様の提案を断った。
「気をつけてな〜!」
 お父様のお言葉を背中で聞いて、陽子が先行、俺がしんがりとなって、二台の自転車隊は冒険の旅に出発した。道路はわずかながら上り傾斜となっているから、本番の山登りに備えて体力を温存しておく。
 道路わきの人家が減ってゆき、街灯の数が少なくなる。道の先に小さな一軒家がまばゆい光に照らされて闇の中に浮かび上がっている。喫茶店だった。客はいないようだ。
 目の前で、フッと照明が消えた。店の奥にわずかな明かりを残して、建物は周囲の闇にとけこんだ。
 それを最後に、人家は見えなくなった。
 道路にかなり起伏がある。自転車だとはっきりわかる。
 ときおり、高速で脇を通り過ぎる自動車があるほかには、人通りも絶えている。ごく狭い範囲だけが自転車のライトに照らされている。周囲は闇にとざされ、すぐ近くまで山が迫ってきているのが感じ取れてきた。
 黙々と自転車をこいで、平坂トンネルにたどり着いた時には、十一時になっていた。
 トンネルの手前には、道路をはさんで広々とした未舗装の空き地がある。トンネルの工事車両や重機が使用していた場所だ。その後はトラック運転手の仮眠場所として利用されているが、到着したときには利用者はいなかった。
 制限速度を無視してぶっ飛ばしてくる自動車に気を付けながら一気に道路を横断して、空き地の奥にある旧平坂道の入り口に到着した。アスファルトで舗装され、小型車一台がかろうじて通れるくらいの幅がある。周囲にはヒノキ林が造林されている。造林作業の小型車が入れるように、いまでも道路はこまめに整備されているようだった。
「先頭、よろしくね」
 陽子にうながされて、俺が先頭になった。
 すこし進んだだけで周囲は高い木々に囲まれて深山に分け入ったような雰囲気になった。すぐに坂が急になったので、自転車から降りて曲がりくねった坂を進んだ。
「夜中に山の中を歩くのは、小学校の合宿以来ね」
「うん、……」
 陽子はさりげなく俺の黒歴史に触れてきた。
 暗闇が怖かった俺は、あの時……
 いや!
 忘れろ。
 黒歴史は時の彼方に葬り去るべきだ。
 クラスの連中は、陽子と俺が幼馴染みなのをうらやましがる。だが、幼馴染みだからといって良い事ばかりではないぞ!
「そろそろ十一時ね」
 陽子が話題を変えてきた。
「真夜中の十二時ころ、十一時から一時くらいまでを昔はネの刻と言ったそうね」
「そうなのか……」
「ええ、それから北はネの方角」
(これは……、怪談の語り口だ!)
「そして、ネの国は地底深くにあって、この世とは別にあると考えられた世界のこと。死者がゆくとされ、ネのかたすくに(根の堅洲国)とか、ヨミのくに(黄泉の国)とも呼ばれたわ」
 遅まきながら、俺はこれが肝試しだと、ようやく気づいた。
「北を、ネの方角を死者と結びつけるのは、そのせいかしらね」
(お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで。
 小学生の俺は怖くてトイレに行けなかったのだぞ!)
 俺は反撃を試みた。
「小さかったころ、俺は眠るのが恐くてしかたなかった」
 陽子は、だまって聞いている。
(よし! 話の主導権を手に入れたぞ)
「眠れないでいると、死んだばあちゃんが『寝たらネの権現さんにゆくから大丈夫だよ』と言ってくれた。だから『ネの権現さん』は、心から安心できる所だと思っていたんだ」
「ネの権現さんかあ。そうよね。ネの国にいたら怖い物なんてないわよね」
 山中には町の明かりは届いていなかった。道路の真上に星空が見えていた。アスファルトの道路は星の光をうけて、かすかに蒼白く浮びあがって見える。そびえ立つ木々に囲まれているため、周囲は闇に閉ざされていた。
 登っても登っても道はどこまでもうねりながら続いているように感じられた。路肩がしっかりしているのが有難かったが、山肌はかなりの急斜面だった。
 ふくらはぎの筋肉がこわばり、膝がガクガクし始めてしばらくたった時に、急に視界が開けた。
 眼下に町の灯が広がっている。深夜になったため明かりの数は多くなかったが、満天の星空と見事な対比をなしている。天上の自然と地上の人の営みがおりなす絶景と感じられた。
「思った通りだわ」
 陽子は自転車から降りて、懐中電灯でトンネルの入り口を照らしていた。トンネルの入り口には工事用の柵が置かれ、『進入禁止:崩落の危険あり』と書かれた札がさげられている。自転車をとめて近づいてみると、トンネルの入口に古びた石板が埋めこまれていた。『平坂隧道』という文字が刻まれている。
「同じ場所に同じ名前のトンネルが二つあるのは変だと思っていたの。下にあるのが平坂トンネルで、このトンネルの本当の名前は平坂隧道(ずいどう)だったのね」
「ずいどうかあ。そういえば、お父様もトンネルのことを『ずいどう』と呼ぶと言っていたなあ」
「『あなみち』とも言うわよ」
「同じならトンネルでいいのじゃないか?」
「隧道には別の意味もあるの。お墓の中に斜めに掘り下げた通路も隧道と言うの。『はかみち』という言い方があるわよ」
 陽子が平板な声で語りかけてくる。
「隧道は、地中を掘って通した道だから、死者がゆくとされたネの国の近くを通っているし、お墓の中に斜めに掘り下げた通路なら、まちがいなく死者の国へ通じているわよね」
 俺は、陽子と一緒にトンネルの中へと進みながら、反撃を試みた。
「でも、現世とは別の世界なのだろう」
「ええ、そうね。でも、ネの刻にネの方角にある隧道を通ったら、ひょっとするとネの国にゆきつけるかも知れないわよ?」
 肝試しをするには、一定のやり方がある。まず、怪談を用意する。それから、怪談が成立しそうな舞台へと導く。そして、驚かせる仕掛けを準備しておく。
 陽子は、黄泉の国へとつづく隧道、『はかみち』へと俺をつれてきたわけだ。俺を驚かせる仕掛けもきっと準備しているのだろう。
 陽子が、隧道の天井を懐中電灯で照らす。天井のコンクリートにはひび割れが走り、その一部は下に向かって突きだしている。少し力を掛ければ落下するだろう。その下の床には砂が落ちて二十センチほどの山になっている。
「武雄君、どう思う?」
「崩落しかけてるな」
 いったん崩壊が始まれば、一気に広範囲で崩落する恐れがありそうだ。
 陽子が尋ねてくる。
「中に入るのは、止めた方がいいかなあ」
 天井や床は乾燥している。このまましばらくは保ちそうに思える。
「通り抜けるだけなら、たぶん大丈夫だと思うよ。向こうまで行きたいのだろう?」
「うん!」
 陽子は大きな声でこたえた。
 俺がナップサックからサーチライトを取り出すと、陽子が猛然と抗議した。
「せっかくの雰囲気がぶちこわしじゃないの!」
「トンネルの崩落を監視するならサーチライトの方が向いてると思うぞ」
 しかし、俺のまっとうな意見は陽子の巻き起こした嵐に吹かれて粉々になり、黄泉の国へと吹き散らされてしまった。
 衝撃を与えないため、という口実で、俺たちはことさらゆっくりと隧道の中を進んだ。陽子の持つ小さな懐中電灯でも、隧道の中は意外なほど明るく照らされて、天井や壁に危険そうな凹凸がないことが確認できる。
 陽子の声が壁に反響し、不気味にくぐもって聞こえる。

 これは、お父さんから聞いた話なの。
 お父さんの先輩だった人たちは、戦後すぐには隧道工事に従事していたそうなの。現役のころは、年齢が十六歳から二十八歳くらいで、みなずいぶんと若かったそうよ。戦争が終わってすぐだったから、ダイナマイトが爆発してすぐに、一メートル先も見えないほど粉塵が舞う中へと全員で突撃したり、タオル一枚を顔に巻きつけただけで、全力・全速力で瓦礫を外に運び出したりするのが当たり前だった。鼻の中まで真っ黒になったし、すっかり疲れ切って体が動かなくなるほどくたくたになってしまうけれど、とても充実していたそうよ。
 そんな無茶をしていて無事にすむはずがないわ。四十歳を越えるころには、同じ職場で働いていた人のうち半数が胸を患って死んでいたそうよ。
 生き残った人も、たびたび病院に同僚の見舞いにいっていたから、自分たちが、あとどのくらいで死ぬのか、どんな風に死ぬのか分かっていたそうよ。
 平坂隧道は、そんな人たちが命を削りながら掘り抜いたの。

 隧道は、途中で大きく曲がっていた。
 ようやく出口が見えた。意外と遠くにある。
 ほっとしたとたんに、脚の力がぬけた。
 ひどく目まいがする。
 立っていられなくなって膝をつき、手で体を支えた。目まいが治まらない。体がガクガクする。
「地震よ、大きいわ!」
 陽子の叫びは、つづいて起きた凄まじい轟音に呑みこまれた。

 すこし気を失っていたかもしれない。あたりは真っ暗だった。
 陽子に呼びかけてみる。
「大丈夫か? どうやら隧道は無事みたいだけど」
 ざわりと周囲の闇が動いた。しかし、返事はない。
 ナップサックからサーチライトを出して点灯する。周囲がほとんど見えない。ひどい土埃(つちぼこり)のせいだ。乾いた土の臭いが鼻を強く刺激する。
 立ち上がろうとした手が、陽子の腕に触れた。サーチライトで照らすと、俺の後ろには岩の塊が積み重なっていた。
 血の気が引いた。
 陽子の体は、大量の瓦礫の下になっている。腕だけが外に出ていた。
「引っ張るな!」
 すぐそばで大人の声がした。
 周囲には一メートル先も見えないほど土埃が舞っている。しかし、たくさんの人の気配があった。
「班長殿、ご指示を!」
「瓦礫の搬送と救出だ。一刻を争うぞ。全員、突貫!」
 一斉に瓦礫をどけ始める気配が感じ取れた。
 班長さんの指示が、耳元で聞こえた。
「タオルを顔に巻け。胸をやられるぞ!」
 俺は、慌ててスポーツタオルを取り出し、鼻と口をおおった。ひどい土埃でまわりが良く見えない。
「その子の手を握ったまま、前だけを見ておけ。けして振り返るな!」
 凄まじい勢いで瓦礫が運ばれてゆく。それが周囲の騒音や腕の震えから感じ取れる。握っている陽子の腕が軽くなった。体の上から瓦礫が取り除かれたようだ。
「班長殿、前方に広範囲の落盤を確認。岩盤が落下しております」
 班長さんはカンテラを持って走りだした。すぐに姿が見えなくなる。大声の指示が遠くから聞えた。
「通路を確保する。発破用意。浅く四つ、対角に。深く二つ、中央に。つけた印は分かるな。総員退避用意!」
 ドル、ドル、ドルルルルル。
 ガガガガガガガガガ。
 濃厚な排気ガスの臭いが漂ってくる。
 こんな密閉されたところでエンジンを掛けたら一酸化中毒になるのでは?
 俺の疑問に答えるかのように、班長さんの声が聞こえた。
「換気の確保を優先しろ」
「送気管は生きてます!」
 てきぱきと会話がかわされる。
「班長殿、発破準備できました!」
「総員退避!」
 班長さんは、俺の隣に戻ってきた。短くなったチョークを胸のポケットに入れながら、俺にささやく。
「地面に伏せて、しっかりと両耳を塞いでおけよ」
 それから、大声で秒読みに入った。
「発破五秒前!」
 皆が一斉に避難し、地面に伏せるのが感じ取れる。
「四、三、二、一、点火!」
 体が押しつぶされそうな衝撃波があった。地面が激しく揺れた。
 班長さんが絶叫する。
「突撃!」
 全員が一斉に駆け出して作業に取り掛かる。騒音で声など聞こえない。
 騒音に負けない大声で、班長さんが叫ぶ。
「土砂はいったん奥に積み上げろ」
 瓦礫がトンネルの奥へと運ばれてゆく。轟音をあげ、凄まじい勢いで、土砂が積み上げられてゆくのが感じ取れる。
 班長さんが、陽子の手を握らせてくれた。
「離すなよ。前だけ見て進め」
 班長さんの指示に従って、俺は陽子の手を握ったまま立ち上がった。
 隧道の壁は石組みがむき出しになっていた。表面のコンクリートが剥げ落ちたようだ。
 石組みの隙間から、挟まれ潰された人の体から浸みだす血のように、赤黒い物が湧き出てくる。
 山ミミズだった。体長は四十センチ以上ありそうだ。別の場所からも這い出してくる。
 一瞬、ギョッとした。
 サーチライトに照らされて、崩れ落ちたコンクリートの塊と山ミミズが、潰れたヘルメットをかぶった男の顔に見えた。
 俺のすぐわきを、大量の瓦礫をのせたネコ車や台車が次々と凄い勢いで通過してゆく。運ぶのは、頬がこけて、やせているが、筋肉だけはたくましい男達だった。たちまち通路が開けられてゆく。
 陽子の手を握ったまま出口をめざした。いつ揺り返しがあるか分からない。途中から走り出していた。
 急にガクッと膝の力が抜けそうになる。突然に目まいが襲ってくる。地震の余波なのだろう。
 サーチライトの光は濃い土埃にはばまれて先が見通せない。光がどんどん弱ってゆくような気がする。
 ゆけ。
 ゆけ。
 ゆけ。
 すれ違う男達が、次々と声を掛けてくれる。
 それなのに、陽子の声も、息遣いも、ジャリを踏んで進む音も、まったく聞こえない。
 走りながら、陽子の腕に重さが感じられないことに気がつく。俺は、千切れた陽子の腕を握ったまま走りつづけている。そんな考えが心に浮かぶ。でも、それが真実だと知りたくなかった。だから、前だけを見て走りつづけた。
 振り向いてはだめだ。前だけを見て走れ。
 トンネルの中では、班長さんの指示は絶対だ。
 先の見通せない中でずいぶんと長く上り坂を走り続けたような気がする。でも、それほどの距離であったはずはなかった。
 急に空気が澄んできた。さわやかな外気が流れこんでくる。

 出口が見えた。
 出口にある大量に積もった土砂を乗り越え、前をふさぐ垣根をまたいで、道路に足を踏み出す。
「よくやった〜!」
「そのまま進め!」
 後ろから、歓声が聞こえた。
 カンテラを高くかかげて、皆が出口に集まっている。
「皆さんも、早く外に出ないと……」
 班長さんが答える。
「俺は、特攻崩れだ。戦争で死に損なったから、命は隧道工事に使うと決めている。いまさら生き延びるつもりはない」
 それから、班長さんは、ほかの皆に声をかけた。
「俺に付き合わせて済まなかったな」
 誰かが言った。
「まったくですよ。文句を言おうと思ったら、班長は先に逝ってしまってるのですから……」
「すまん、すまん、これからはいくらでも文句を聞いてやるぞ」
 それから皆は一斉に叫んだ。
『明るい未来のために! 未来をになう若者たちのために!』
 皆が口々に語りかける。
「伝染病にかかるなよ〜」
「たらふく食べろ」
「たっぷり贅沢をしろよ!」
『元気でな〜!』
 大気を振るわせる大歓声が収まってゆく。
 カンテラの灯りがゆらめきながら暗くなる。
 影の中で、一瞬みなの姿がボロを着た骸骨のように見えた。そして、トンネルは闇の中へと消えていった。
 はあ、はあ、はあ。
 陽子の激しい息遣いが聞えてくる。
 はあ、はあ。
「ありがとう、引き出してくれて。土に埋もれた時には、もう助からないと覚悟したわ」
「本当に、よく無事だったな」
「武雄は、命の恩人よ」
 陽子が抱きついてくる。
 俺は思わず陽子を突き放した。
 陽子の体は異様に冷たかった。生きている人間では、ありえない冷たさだ。
「なんだよ、その冷たさは!」
 お前は、本当は死んでるのじゃないのか?
 口にすれば、そのとおりになるという予感があった。だから、俺はその言葉を呑みこんだ。
「あはは、ごめん、ごめん。パーカーを着てると暑いから、水冷ジャケットも着ていたのだった」
 霊感……、じゃなくて冷感グッズか。
「驚かせてごめん!」
「驚かせるつもりで着て来たのだろうが!」

 自転車は、下りでスピードが出過ぎるから、二人で押しながら帰った。がけ崩れしている場所で止まれなかったらまずいからな。
 さいわい、倒木で道がふさがれたり、道路が大きく壊れている場所は無かった。
 ふもとの平坂トンネルは真っ暗だった。停電してるようだ。
 トンネル手前の未舗装の空き地に向かって高いヒノキが何本か倒れていた。さいわい道路は塞がれていない。空き地には、『みなみの工務店』の小型トラックが止まっていた。エンジンはかけっぱなしでライトがついてる。
「結構な地震だったけど、大丈夫だったか。平坂の山道を夜に自動車で走るのは無茶だから、ここで待ってたんだ。本当に無事で良かったよ」
 お父様のほっとした声が聞こえた。
 帰るのが遅ければ、たぶん歩いて助けにくるつもりだったのだろう。
「トンネルが崩れ落ちたから危なかったわ。でも、武雄君が助けてくれたの」
「頼れるナイトがいてくれて良かったな」
「俺は、そんな立派な者じゃないですよ」
 お父様は、俺たちをまじまじと見つめた。
「二人とも砂まみれじゃないか。土砂崩れに巻き込まれたのか?」
 陽子はだまっている。代わって俺が答えた。
「トンネルの中が凄い土埃だったのですよ」
「そりゃあ、大変だったなあ」
 お父様は、二人の自転車をトラックに乗せ、ロープで固定した。陽子を真ん中にして座席に乗り込み出発する。
 陽子が腕をからめてくる。体をあずけてくる。冷たかった。まるで俺の体の温もりを欲しているかのように感じられた。
 瓦礫の下から出ている陽子の腕を見たとき、俺は陽子を失ったと思った。しかし、陽子は俺のすぐわきにいる。生きていてくれた! 
 陽子がたまらなく愛おしい。
 陽子がつぶやいた。
「……長生きしようね」
「ああ、美味い物を腹いっぱい食べながらな」
「もう、……」
 そう言いながら、陽子は体をすり寄せてきた。俺は、陽子の肩を抱きながら、心からの想いを告げた。
「いつまでも一緒に、楽しく生きような」
 班長さんたちから託された豊かさと幸せをしっかりと噛みしめながら、俺はお父様にたずねた。
「平坂隧道は、石組みだったのですね」
 俺の言葉に、お父様がこたえる。
「そうだよ。平坂隧道は、入り口の崖が崩れたので、ボクが子供のころに掘り直されたんだ。途中で大きく曲がっていただろう? 古い部分は石組みで、あとから造った部分がコンクリート張りだ。使わなくなった所は埋められたはずだよ」
 戦後すぐに多くの人たちが命を削って掘った『隧道』は、自由にどこにでも行けるように、明るい未来にたどり着けるように、という願いがこめられた『随道』でもあった。
 人に話しても信じてはもらえないだろう。
 でも、俺たちは、すでにこの世からなくなっていた廃トンネル、すなわち本物のお化けトンネルを通ってこの世に戻ってこれた。
 俺はそう信じている。
朱鷺 充(とき みつる) 

2023年09月26日(火)17時56分 公開
■この作品の著作権は朱鷺 充(とき みつる)さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
 本作は、夏のミチル企画に参加した作品を大幅に改稿したものです。企画のテーマはサプライズでした。本作にたいして率直な感想をいただければ幸いです。
 本作で使用されている名称は、黄泉比良坂(よもつひらさか)からとった平坂隧道をはじめ、すべて架空の物です。実在する地名、人物名などとの一致は、作者の都合で生じた偶然によるものです。


この作品の感想をお寄せください。

2023年10月03日(火)22時21分 朱鷺 充(とき みつる)  作者レス
かもめ様
 感想を賜りありがとうございます。
 目標は、作品を読んでいただき、理解していただくこと、でした。作品に入っていけたと伺い、ほっとしております。
 ありがとうございました。
 『ロリを犯したのに……』を拝読いたしました。管理人さんはH要素にはかなり厳しい評価をなさるから、本作は削除される可能性が高いと思われます。感想返しはここで行わせていただきます。
 この作品の改善点:掲載するサイトを変更したほうが良い。
 いいところ:非正規労働者の増加にともない四十歳になっても結婚していない人が増えています。このため、読むセックスの需要が社会的に増加しています。本作は、ある意味でトレンディーな作品です。
 先先のてんかい:ヒトは、十二歳になれば子供を産むこと、産ませることができます。しかし、社会的に親になることは難しい。リアリティにこだわると爽快な展開は望めないでしょう。
 先先に思い切った展開を用意する必要があると思います。
 感想をたまわり有難うございました。

kanegon 様
 詳細にわたる感想をたまわり有難うございます。とても参考になりました。
 朱鷺充(とき みつる)がこれまで課題としているのは、読んでいただける文章を書くこと、です。ようやく一万文字までなら、なんとか読んでいただけるようになりました。しかし、もう一つの作品は、完読していただけた方が一名でした。これからは四万文字程度の文章でも読んでいただけることを目指したいと考えています。
 原作は、企画に投稿した時点では、会話部分が長すぎて読みにくかった。本作では、会話文の内容をドラマ化し、会話文の短縮をはかりました。
 ドラマ化にともなって作品の構成が大きく変わりました。ご指摘を生かして、今後は文章を読みやすくするだけでなく、構成にも気を配る所存です。ご指摘ありがとうございます。
 時代を確認したところ、トンネルの突貫工事が行われていたのは、1945年から1947年の間になるようです。1947年に労働基準法が施行されて無茶な工事は禁止されました。禁止される間際に、とびきり無茶な工事が行われたようです。
 昔のエンジンは排気ガスがひどかった。自動車などでも、真っ黒な排気ガスを大量に吐きだすから、テレビアニメの画面が真っ黒になり、取り残された人物の目玉だけが見える。かつてはそんな風に自動車の排気ガスが表現されていました。エンジンをふかすと実際でも後方の視界が大きく妨げられていました。そんなエンジンに戦後すぐの粗悪な燃料を入れて密閉空間であるトンネル内で使用したら、すぐに真っ黒な排気ガスがトンネル内に充満して苦しくて息ができなくなる。送気管があっても、当時は扇風機が付いていないから、換気作用はほとんどない。
「ダイナマイトを設置するために削岩するヤツらは、俺たちが苦しくて息ができない現場で何事もないような顔をして作業していた。たぶん一酸化炭素中毒で、倒れた者が出たと聞いて、あいつらもやっぱり人間だったのかと思ったよ」
 以上は、実際に作業していた方から伺った話です。
 削岩の現場は、トンネル工事の中でもさらに過酷で非人間的な作業環境だった。それを描こうと志しましたが力不足でした。労働基準法が策定されたから、いまや歴史の中に失われようとしているエピソードなので、当面は作中に盛り込む方向で、書き方を検討したいと思っています。
 作業現場の状況を私が伺ったのは、たぶん1983年です。ご指摘のとおり、作中では、ヒロインが先代社長のおじいちゃんにかつて聞かされたと、するのが妥当ですね。そうなると、説明をするためだけに登場していたお父さんは、役割がなくなり、お役御免となります。
 主人公が活躍していない、とのご指摘ですが、主人公はヒロインを現世に連れもどしている。古事記のイザナギのミコトやギリシャ神話のオルフェウスができなかったことを成し遂げている。だから、主人公がこの世に存在していない廃トンネルを黄泉返えらせ、戦後トンネル工事で働いていた死者たちを召喚し、ヒロインを冥府から現世に連れもどすことに成功するのを劇的に描けば、それで十分ではないかと思います。ただ、劇的に描くには検討時間がだいぶ要りそうです。
 山道の安全性について。女性一人では心配だが、男性が一人ついていれば安全は確保できる。そんな道である。
 そのように受け取っていただけるように加筆したつもりでしたが、不十分だったでしょうか。
 現実にはリアル、小説にはリアリティがある。
 『りゅうおうのおしごと』の登場人物に、詰将棋の天才の雛鶴あい、コンピュータと同じように読みを棋譜の記号で超高速でおこなう椚創多(くぬぎ そうた)、コンピュータの読みの地平線のさらにその先まで読んで唯一の正解手筋を見つけ出す主人公の九頭竜八一がいます。リアリティをもたせるために、小説ではそれぞれの能力を三人に分けている。
 しかし、現実にはこの三つの能力を藤井聡太竜王・名人が一人で持っている。それがリアルです。
 現実では、飲み会のあとで同級生の女の子を下宿まで送るのに、男子が一名ついていれば十分に安全な道がリアルにいくつも存在しており、エスコートを指示する幹事にも、同席しているほかの出席者にも、一人ついていれば十分というコンセンサスがありました。
 危険がないわけではない。送り届けたあとで一緒にいた同級生が突然に姿を消したので、「どこにいった?」と、たずねたら、「ここだよ!」と、用水路の底から返事があった。そういった種類の危険はありました。
 まだコロナが流行するまえにラ研のオフ会に参加したとき、列車の都合でわたしとミチルさんが途中で帰ろうとしたら、話が盛りあがっていたグループから数人が急に立ち上がって駅まで付いてきてくれました。「自分たちも列車の都合があるので」と、おっしゃっていましたが、なんとなく違和感を感じていました。
 今回の感想を拝見すると、都会の夜には数人以上のグループで行動しないと危険だということでしょうか。そうならば、あのときにエスコートしてくださった方々には十分なお礼を申し上げておらず、失礼したと思います。
 小説内では、夜に人気のない道を二人で自転車で走るのは危険すぎてリアリティがない。そのように解釈してよろしいでしょうか。
 ニュースでは、アメリカで百人以上が店を襲って強奪をした。ガードマンがいたが催涙ガスで無力化された、と報じられています。日本でも、路上で十数人が突然に襲い掛かってくるから、数人では抑止力にならない時代が近づいているのかもしれませんね。
 感想を賜りありがとうございました。

pass
2023年09月30日(土)21時55分 かもめ  +10点
感想ですが、整合性が取れたものにはなりません。
何回も読んだわけではないので、一回こっきりの感想で、結構世界に入っていけたような感じでした。肝試しをするのがあらすじと読みました、結構入っていけました、経験からも。廃屋探索は何度かしたことがあったので、なんとなくの雰囲気は感じられました、なんとなく。でもね、具体的な装置となると、ん? と思うこともあり、ギミックとしてやっているのか判断できかねるところがあり、それこそ狙っているのかもしれないとも思いますが、現実の装置は事実、主人公が感じたことは真実、この区別をもう少しはっきりしたほうがわかりやすかったかなって、思います。
とりとめのない感想でした。
19

pass
2023年09月30日(土)18時18分 kanegon  0点
ミチル企画参加おつかれさまでした。
自分はサプライズ企画には作品も出さず感想も書かず、そもそも一つも作品を読みませんでした。なので本作品も今回初めて読みました。
作品読了後に、企画の方についている感想を一通り目を通しました。
感想としては、欠点があれこれ多くて惜しい作品と感じました。
とりとめなくですが、思った順に述べていこうとおもいます。

●文章について
Hiroさんとでんでんむしさんが、文章について渋い評価をしておられました。
ただ、自分的には、読んでいてそんなに文章が悪いとは思いませんでした。普通に読める文章だったと思います。
ということは、文章については改稿で修正済みということなのでしょうか。
あるいは、Hiroさんとでんでんむしさんの感想が厳しいということなのか。でもまあ、ミチル企画だったら、それくらいの厳しめの感想は普通に来るから仕方ないかもしれません。

●物語の時代設定について
読んでいて最初に疑問に感じたのは、物語の時代設定です。
ヒロインのお父さんの先輩が、戦後すぐくらいにトンネル工事をやっていた、といったニュアンスのことが言われていると思います。明確には書かれていませんが、お父さんと工事の先輩たちは、そこそこ年齢は近そうで親しくしていて、トンネル工事のエピソードを詳しく語っていた、という感じを受けます。
しかしそれだと、子どもの年齢が高校二年生というのは無理があるのではないでしょうか。
冷感ジャケット、などというグッズが登場するからには、物語の舞台は現代、令和時代ということになるでしょう。マージンをとっても平成の最終盤あたりです。ここでは仮に平成30年と想定しておきます。
平成30年の時点で主人公たちが高校二年生ということは、16歳か17歳。平成13年くらいの生まれということになります。
ヒロインが生まれたのは、お父さんが約40歳ぐらいの時と仮定すると、お父さんが生まれたのは大体昭和37年くらいということになります。
工事の先輩は、最も若い人で戦後すぐの時点で16歳くらい。とすると、昭和4年くらいの生まれです。
お父さんと、最も若い工事の先輩の間にはざっとした計算だけでも33歳くらいの年齢差があります。
さすがに親子かそれ以上の年齢差なので、先輩という呼称で呼ぶには差が大きすぎます。
お父さんが7歳くらいの時点で、最も若い人でも40歳になっていて、もう肺を悪くして現場から離れる頃です。お父さんが18歳あたりになって仕事を始める頃には、工事の人たちとは会って話をする機会も無くなっているのではないでしょうか。
ヒロインのお父さんではなくおじいちゃんならギリギリ成り立つかな、という感じの時代設定でしょうか。
こういうところの設定を、きちんと説得力のあるものに詰めておかないと、ミチル企画の感想人には厳しく指摘されてしまうと思います。

●父親について
円藤さんの感想にある通り、父親の言動はあり得ないと私も思いました。危険な所に行くのを許可するだけでなく、小型トラックで送るまでするというのは、リアリティ観点からはあまりにも無理がありすぎます。
また、物語観点からいっても、父親が協力的であるために、前半部分がイージーモードになって間延びしています。ここは、父親が障害になった方がリアリティ面でも物語面でも良いのではないでしょうか。
肝試しに行くと親に知られてしまうと反対されてしまう→だから主人公もヒロインも親に内緒で家を出る必要がある→主人公子は家の二階の自室からロープを使って外に出る。
といったふうにすれば、前半部分にもそれなりの冒険要素を含めることができます。

●構成について
本作品は1万字ちょいです。上限が100枚であるにもかかわらずこの尺としたのは、カクヨムコンの短編部門への参加を見据えてあえてこうしたのか、あるいは単に偶然この文字数になったのか。それは分かりませんが、せっかくですので、1万字上限と仮定して進めます。
本作品は、お化けトンネル、というタイトルだけあって、まあトンネルに入ってからが冒険のメインになるのだろうと容易に想像がつきます。
本作品は全体が約1万字ですが、そのの中で、実際にトンネルに入ることになる「陽子は自転車から降りて、懐中電灯でトンネルの入り口を照らしていた。」の文章あたり以降が本体で、それ以前の部分は前置きとなります。
ざっと文字数を数えてみますと、前置き部分が4473文字。トンネルに入ってからが5732文字でした。これは明らかに前置きの比率が高すぎです。
前置き部分、描写としては良かったのですが、余計な説明等がどうしても多く、本体であるトンネルに入らないから随分間延びして感じました。
物語の構成についての意識が無く、ただ思いついたことを思いついた文字数で書いているからバランスが悪くなるのだと思われます。
ストーリー構成からいうと、全体の10%までに登場するメインキャラを紹介し、可能であればその10%の中でこの話が何をする話なのかを提示したいところです。それが無理でも、全体の20%までには、この話のミッションである肝試しを提示して、家を抜け出してトンネルの入り口に到着したいところです。で、ミッドポイントとして、ターニングポイントとなる事件を起こす。本作品で言えば地震が起きてトンネルが今にも崩れそうになり、二人で脱出を図る、という展開になるでしょう。そして全体の70%くらいのところでヒロインが生き埋めになり、そこからは本作中にも描かれている怒濤の展開となります。
現状は、前置きが45%で、本体が55%くらいです。これでは間延びしてしまい、早くトンネルに入れよ、となります。
前置き部分を2000字程度に収めて、余裕のできた文字数でトンネル内の冒険を厚くすれば良くなると思われます。

●主人公の活躍不足
主人公は、ヒロイン陽子に最初から最後まで振り回されるだけで、主体的に何かをしているシーンが見られませんでした。
物語であるからには、エピソードを通じて主人公が成長するか、あるいは主人公とヒロインの関係性に変化が生じた、という展開が必要となります。
主人公とヒロインの関係性については、まあ1万字作品の中で大きく変化するようなものでもないですし、二人でお化けトンネルを通って生還したという経験による変化がないわけではないので、これはこれでいいと思います。
結局問題は、主人公が活躍していないので、物足りなく感じてしまいました。
山場で、ヒロインが生き埋めになった時に、主人公の活躍で救出する、というのが物語としてはあるべき姿だと思うのですが、本作品ではトンネル工事の人たちが活躍して救出しています。
確かに題材としては難しいかとも思います。単なる高校生の素人ならば、トンネル工事の玄人の手際の良い作業を見るだけになってしまうのがリアリティ的には普通といえば普通です。
でもそれじゃあ物語としては面白くない。
ちょっと具体的にどうするかは思いつかないのですが、ヒロインが生き埋めになった時に、主人公がロープを使ってヒロインを救出するような展開を作りたいところです。そうすれば、家を抜け出す時にロープを使ったことが伏線として機能させることができます。
あと、「こんな密閉されたところでエンジンを掛けたら一酸化中毒になるのでは?」という文章がありましたが、これは不要なので削除すべきだと思います。理由は、リアリティ観点からいうと、素人の高校生がこの切羽詰まった状況の中で、こういった専門的なことに気づくのは無理があると思われるからです。また、物語観点からいうと、この一文がストーリーに何の影響も及ぼしていないためです。主人公が心配するまでもなく、作業員たちは玄人ですから換気の必要性に気づいていて、ちゃんと手配しています。主人公の気づきは物語展開に全く関係ありません。だったら、リアリティ観点から、この文章は無い方が良いです。
あ、でも、最後の冷感ジャケットのダジャレオチは面白かったです。

●全体として
作者さまは企画に参加している作品はネタとしてはこだわりをもっておられるようで、そこは個性なので、それで良いと思います。
だが、残念ながら作品のクオリティがあまり高くない。欠点が多いからです。
特に、自分の作品をシビアな目で客観的に見直すクセはつけた方がいいように思われます。父親の年齢設定があり得ないこと、また父親が肝試しに協力的であることによりリアリティを損ねて物語的にもイージーモードになって損をしていること、には投稿前に自力で気づきたいところです。
あれこれと技術的な欠点を指摘しましたが、直せるタイプの欠点が大部分だと思います。
他者の作品に対して書いている感想を見ればその人の実力というのはある程度うかがえるものですが、作者さまは実力のある方だとは思います。にもかかわらず、惜しいことながら作品は毎回あまり高く評価されていません。自作を客観的に見ることができていないためと思われます。
作品をよくするためには長所を伸ばすのが一番ですが、それができるなら誰も苦労しないものです。
その一方、欠点を潰すというのは、根本的なレベルアップにはならないものの、的確に頑張りさえすれば目に見えて作品のクオリティを上げることができるものです。欠点をしっかり修正することができれば、ミチル企画で平均15点とか20点くらいなら取れる作品にレベルアップさせることができるのではないでしょうか。
簡単ですが感想は以上です。執筆おつかれさまでした。


19

pass
合計 2人 10点


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