屋上の鈴依子さん
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—もういいや。生きていても何の価値もない。
そう思っていた俺:高宮翔が、いつの間にか前を向いて生きるようになっていた。
自分でもなぜなのかはわからない。ただ一つ言えるのは、あの“少女”の存在が俺に大きく影響しているということだけだろう。

三年前の今日、俺は度重なるいじめに耐えられなくなって、自殺を図った。
屋上で柵に上り、飛び降りようと目をつむった時だった。
誰もいなかったはずなのに—。
「ねえ、つらい目に遭ったの?もしそうなら、自殺なんてしたら相手の思うつぼだよ!あなたには生きる価値がある。お願い!こっちに来て!!」
少女だ。少女の声だ。
びっくりして振り向くと、そこにはやはり少女が立っていた。
両サイドをはねさせた髪。右の毛束を少しとって結んでいる。
この学校の生徒だろうか?いや、俺の学校の女子の制服はブレザーのはずだ。
それなのにこの子はセーラー服を着ている。
「あの、すみません。ここの学校の方ですか?」
「うーん、まあそんなとこ。私、冬麗高校1年生、迷(まよい)原鈴(はられ)依子(いこ)です。」
「まよいはられいこ?」
すると彼女はいつの間にか紙とペンをもって自分の名前を書き始めた。
             迷原鈴依子
達筆だ。その不思議な少女はにっこりと笑って顔を出した。
「ねえ、私の名前覚えてくれた?これからは鈴依子って呼んでね。」
「はい。」
そう答えて笑いかけたときには、彼女はもうそこにいなかった。
いつの間に移動したのだろう?
今の俺ならそんなことばかり気になっていただろう。
だが、その時の俺は境遇が違った。
初めての友達が出来た。いじめてこない友達が出来た。明日も会いたい。明日もここに来よう。そんなことばかり考えて、浮かれていたのだ。

次の日も、俺は屋上に来た。
彼女は、屋上から街の景色を眺めていた。
鈴依子さんは、俺に気が付いたかと思うと、元気よく手を振った。
「おーい、しょーうくーん!」
かわいい。俺は衝動的に駆け出しそうになった。
が、ここは我慢。
「こんにちは。今日はどんな話をしましょうか?」
「ねえ、今日は私の姉を連れてきたの。こたかちゃん!」
すると、物陰からささっとセーラー服に身を包んだ少女が出てきた。
髪が短い鈴依子さんとは対照的に、黒い綺麗な髪をなびかせている。
その少女がゆっくりとここまで歩み寄ると鈴依子さんは紹介を始めた。
「こちら、私の双子のお姉ちゃん。」
少女は、
「こんにちは。迷原貴夏子です。れこから話は聞いてます。」
「まよいはらたかこ、さん?」
すると彼女は鈴依子さんと出会ったあの日のように、名前をすらすらとノートに書き始めた。
          迷(まよい)原貴(はらた)夏子(かこ)
彼女は、鈴依子さんと同じようにとても達筆だった。
「貴夏子って呼んでください。よろしくお願いします。」
すると俺の頭の中には、なぜかある文が浮かんだ。
「いじめに耐えられず自殺した女子生徒には、双子の姉が存在した。妹の短い髪とは対照的に綺麗な長い髪だったという。彼女は妹の死を受け入れられず、首を吊って後を追った。」
今、俺の前にいる姉妹は、とてもネットで見た姉妹と似ている。似すぎている。
俺は、勇気を絞り出して聞いてみることにした。
「あの、二人は…。れ、霊だったり…しませんよね?」
すると、二人の顔がこわばった。すると、貴夏子がいきなり苦しみだした。
「うっ…。うううううっ!」
「こたかちゃん!」
貴夏子の体がどんどん半透明になってゆく。
貴夏子は呻き倒れると、すうっと消えてしまった。
すると鈴依子さんはこれまでにないような鋭く冷たい目で俺をにらんだ。
「あんたのせいで…。あんたのせいでこたかちゃんが…。」
彼女は半透明になってゆく体でもなお、俺を見据えていた。
やがて彼女も、消えてしまった。
俺はパニックになった。今まで会っていた貴夏子さんや鈴依子さんが霊だとは…。
彼女らは、肯定も否定もしなかった。要するに、俺の言うことを否めないということだ。
俺はその日、一人屋上で頭を抱え、うずくまることしかできなかった。

次の日、俺は学校を休んだ。
まだ気持ちの整理がついておらず、不安定な精神状態だったからだ。
昨日の出来事を、俺はまだ家族には話していない。言ったところで信じてもらえないと思っていたからだ。だがこのままでは、俺の精神状態も改善しないというもの。
俺は勇気を振り絞って、母親に話してみることにした。
母の高宮小雪は、優しい性格だ。人の話を相槌を打って聞く、とても感じのいい人だと、周囲からの信頼も厚い。一通り俺の話を聞き終えた母親の返事は、思っても見ないものだった。
「あれえ、翔ちゃん。鈴依子ちゃんと貴夏子ちゃんに会ったの。」
俺は思わずまえのめりになって、母親の話に聞き入っていた。

あれは、私が高校一年生の時よ。
私:安平小雪は、鈴依子ちゃんととても仲がよかったの。鈴依子ちゃんと仲がいいと、双子のお姉さんである貴夏子ちゃんとも自然と親交が生まれて、仲良くなったの。
でも次の日、私は信じられないものを目撃したわ。
いつもグループで過ごしているクラスメイトの華山さん、藍原さん、渡邉さん、弥生塚さんが鈴依子ちゃんに詰め寄っていたの。
彼女らは、私とおそろいで持っていた手作り人形を鋏でずたずたに引き裂いた。
するとグループのリーダー的存在の華山さんが、こんなことを言い出したの。
「ねえ、あんたさ、自分がかわいいとでも思ってる?正直に言うけど、あんたなんか全然かわいくないし、生きてる価値もないと思うよ。なんでそんなに自信満々で教室に居座ってんだよ。あんたなんか地球のごみなんだよ。存在しちゃいけないの!あんた自分に自信があるみたいだけどさ、そんなんをナルシストっていうんだよ。あんたのその変態さはどっから来てんの?」
鈴依子ちゃんは、唇をかんで黙っていたわ。すると四人は一斉に笑い出した。
すると弥生塚さんが笑いながら、
「あー、分かったあ!あんた双子ちゃんだ双子ちゃんだってちやほやされてたもんねえ!まじでそーゆ―の良くないよ。」
彼女はそう言って笑いつかれたような息を吐くと、急に鈴依子ちゃんをにらんで、ギラギラと光るものを取り出した。それは—、
刃物だった。
弥生塚さんは細い華奢な首に刃物を近づけると、
「とりあえず土下座してもらおっか。だってあんた私らのこと馬鹿にしてたんでしょ?
ほら、早く!」
鈴依子ちゃんはそれでも突っ立ったままだった。
すると弥生塚さんはしびれを切らして、首に突き付けた刃物を下したかと思うと、鈴依子ちゃんの胸を刺した。何度も何度も執拗に…。
鈴依子ちゃんの悲痛な声が大きくなってゆく。それに比例して、弥生塚さんの顔には笑顔がじわじわと広がっていった。
鈴依子ちゃんの胸が赤く染まってゆく。床にも血だまりができている。
鈴依子ちゃんはふらつきながら彼女たちから逃げた。
苦しみながら、ゆっくりと屋上へとつながる階段を上っていった。
四人が前を通過した後に私もこっそりと後をつけていった。
屋上へとたどり着くと、手すりの上に血まみれの鈴依子ちゃんが立っていた。
「―さようなら」
彼女は泣きながらそう言うと、ふわりと落ちていった。
ゴンという鈍い音と、人々の悲鳴が私の耳をつんざいた。
後日。鈴依子ちゃんの死が知らされた。
その日の夜は満月だった。鈴依子ちゃんのことを、相手の親に伝えに行こうと思ってね。
彼女が生前使っていた部屋に入ると、黒い髪の女の子—、貴夏子ちゃんが立っている、と思ったの。だけど違和感を覚えた。
よく見ると、つま先が床から浮いている。びっくりして、
「ねえ、貴夏子ちゃん?ねえ!」
何度揺さぶっても返事がないから、彼女の前のほうに回り込んだ。
私が見たのは、いつも笑顔の彼女じゃなかったわ。
白い肌に、閉じられた彼女の大きな目。長いまつげをおろして、眠っていた。
鼻筋の通った鼻、花びらのような唇。きれいな黒髪。
そう、貴夏子ちゃんはね、綺麗に死んでいたの。美しかったその顔は月明かりに照らされて。白いワンピースを着て、華奢な首を吊っていたわ。月明かりに照らされて死んでいる貴夏子ちゃんを抱いて、下に降りた。
死んでいる貴夏子ちゃんを見て、親は衝撃を隠せなかったでしょうね。
双子の娘を、同じ日に失うなんて。
彼女のわきには、遺書がおいてあった。

パパ、ママへ。
私がここで死ぬことは気にしないでください。
鈴依子がいない世界で、生きる意味はないと思いました。
首をつる直前の今は、興奮しています。また、鈴依子に会えるから。
きっと楽に、静かに窓辺で死んでいると思います。
小雪ちゃんにも、伝えてください。
貴夏子は、窓辺で、月明かりに照らされて静かに死んだ、と。
二人をずっと愛しています。
貴夏子
後日、私は二人の葬儀にも参加した。
鈴依子ちゃんも貴夏子ちゃんも、花で満たされた棺の中で、幸せそうに眠っていたわ。
人生、死んだときの顔が一番美しいというけど、まさにその通りだった。
白い肌、長いまつげ、鼻筋の通った鼻、花びらみたいな唇。
まるで自殺したとは思えないくらい幸せそうで。
で、その葬り方は水葬だったから、二人の棺は、深く水の中に沈められていった。

俺は話を聞き終えた後、呆然としていた。あの姉妹にそんな過去があったとは。
一通り話し終えた母は、少し残念そうな顔をして、
「私があの後何度屋上に行っても、鈴依子ちゃんの姿は見えなかった。それどころか、空き教室にあった血痕も一ミリたりとも見当たらないんだもの。でも、翔ちゃんが彼女らに出会えたのは、きっと生まれ持った運がよかったからなのね。」
俺は黙り込んでしまった。
よく見ると、貴夏子さんの首にはロープか何かで擦ったような跡があったのだ。
最初は何か怪我でもしていたのだろうと思っていたが、まさか首を絞めた痕だったとは。
俺はしばらく黙った後、
「その、鈴依子さんをいじめていた四人組のフルネームってわかる?できれば知っておきたくて。」
母は、「ああ、華山さんたちのこと?それなら…。」
母は、紙とペン、そして学級写真を持ってきた。もちろん、母が高校一年生の時のものだ。
「この長い髪を一つにまとめているのが華(はな)山(やま)百合華(ゆりか)さん。で、このウルフカットの子が、藍原(あいはら)帷千帆(いちほ)さん。で、この顔の右側を前髪で隠したボブの子が、渡邊(わたなべ)紫(し)月(づき)さん。そして、このツインテールの子が弥生塚捺(やよいづかなつ)希(き)さん。全部でこの四人よ。捺希さんは、殺人罪とかもあるから、退学処分になったの。でも、残りの三人には、何の裁きも下されなかった。」
母親はそういうと、悔しそうに唇をかんだ。
母の怒りはもっともだと思う。
もっと一緒に楽しい時を共有できたかもしれない友達を失ったのだから。
母から友達を奪った4人には、何の仕打ちもなかったのだから。
俺はふと、二人の悲しそうな顔を頭に浮かべた―。
祈矢暁月 

2023年01月25日(水)01時08分 公開
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■作者からのメッセージ
遊びなので気にしないでください


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