Angel swear -天使の誓い-
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【Angel swear No.666】





貴方をずっと探していた。




夢、最近よく見る夢。明るくて、まるで花畑のような綺麗な場所で悪魔の手を引いて幸せそうに笑っている自分と同じように笑っている悪魔の夢、いつも『名無しくん』、と恐らく名前をよばれるところでその夢は終わる。そこでふと疑問に思う。俺の名前、正確には識別番号、『No.666』…『名無し』なんて名前は聞いたことも心当たりも無かった。誰がつけた名前だよ。ちょっとこじらせてんな…
そう思いつつベッドから身を起こす。朝、朝食やら制服のくすんだ青緑色のスーツに着替えるやらいつもやる事を一通りやって仕事に向かう。俺の仕事は『悪魔を狩ること』、地上に赴いて悪魔を狩る、そんな事を延々とやっている仕事だ。正直飽きる。でも事務職の方がよっぽど飽きるのが早いんだろうな、天界じゃこんな仕事しか無いし、と言っても識別番号というものがある限りこの仕事しか無いがな。毎度の如くつまらないな、と思いつつ真面目に仕事をするフリしていつものように仮面を着ける。それから今日も地上に降りて悪魔をテキトーに狩って帰る……そうやって普段通り過ごそうとした時、人目につかない路地裏であいつらに会った。

「いやア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッッッッッ゛!!!!!!!!!!!!!!!???天使ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!?????」
「まって、姉ちゃん苦し…腹締め付けんのヤメテ…クルシ……」

真っ白な前髪と真っ黒な長い後ろ髪。悪魔らしい白目の部分まで真っ黒な瞳。似通った顔を持つ二人組、多分こいつらが今回のターゲット。
率直な感想、変な奴らだと思った。こいつらほんとに悪魔か…?そんな風に疑う程驚いた。こんな悪魔今まで見たことないし、なんなら悪魔らしく反撃なんかもしてこなかった。

「……」

やっぱり信じられん。姉さんと呼ばれた奴は俺を見るなり叫んで多分弟の腹締め付けてる、弟の方多分死ぬほど痛いんだろうな、泡吹いてるし。……本題に戻らなくては、俺はこいつらを狩らなきゃならん。でも、なんだかこいつらを見てると心苦しくなる。特に弟の方、こんなにも幸せそうな奴を殺したくない、何故……?他の悪魔共を殺していても何も感じなかったのに、何でこんなにも苦しくなるんだ、どうしてあいつらが幸せそうなんてわかるんだ。
結局、あいつらは殺さなかった。殺せなかった。天界に戻って、適当に報告を済ませて、それから自室に戻っても、あいつの顔がずっと頭の中でぐるぐるしてる、この感情はなんなんだろう。


別の日、またつまらん仕事をしに地上に降りた時にこんな広告を見た。

『やぁ諸君、私はマッドサイエンティストのデストロ。君達に試練を与えよう…この謎が君達に解けるかな?楽しみにしているよ…ふふふ』

といった感じのリアルに脱出ゲームするやつの広告。先日見た悪魔の名前はデストロと言うらしく、悪魔らしい名前だなと頭の片隅で思う。……あれ、なんでこんな事気にしてるんだ…悪魔は天使の敵で、地に足をつけることすら許されない大罪人、のはず…ならこんなにも社会に影響を与えられる訳が無い、ましては大画面での告知も……まさか天界で教えられた事は嘘…なのか?
となると天界の奴らは嘘をついてる?俺は今まで…いや、最初っから気がついてた。サヨさんに悪魔狩りの現場を見させてもらった時からずっとずっと分かってた。…気がするだけだが、悪魔はみんな抵抗してなかった。…ような気がするだけだけど、今まで抵抗しようと思えば簡単にできたのにやってなかったやつが大半。本当は天界の作り話で、罪のない奴らを『悪魔だから』って言いがかりをつけて殺してるんじゃないのか、そんな気がしてきた。
ならこの目で確かめよう。図書館の本を読み漁って、何も出てこなかったら他の奴らを問い詰める。そうすれば何か分かるような気がして……そんな事を考えてると、後ろから聞き覚えのある声がかかった。

「あの、大丈夫…ですか?」

デストロだ。俺がゆっくり振り返ると、はっとした顔を見せて「この前の…」と、なんともアホっぽい。豆鉄砲食らった鳩か何かか、と喉から出そうになった声を引っ込めて返事をする。

「……何か用か?」
「いや、たまたま見かけて…」
「用が無いなら帰ってくれ。」
「いや、帰るも何もここ路地裏…しかも俺の研究所の真ん前の店の路地…」

研究所…?こいつほんとにまっどさいえんてぃすと?って奴なのか…?まあ研究者なら研究所は当たり前か。それでも社会的に危ないんじゃ、って何を心配しているんだ俺は。何が「社会的に危ないんじゃ…」って、ついこの間までの俺はそんな事考えなかっただろう。何故今更…

「あっ、そうだそうだ…もう2回も会うのに自己紹介も無かったね…ごめんごめん」

一度目を伏せた後、先が爪のように尖っているがほっそりした指で耳に横髪をかけてからゆっくり目を開くその一連の流れは美しく、ついつい魅入ってしまったところでそいつの口が開く。

「僕はデストロ・ベルゼブ、DR(ディールラボラトリー)の所長さ」
「……No.666、好きに呼べ」
「えぇ、何その名前…天使ってみんなそういう名前なのかな…だけどそれだとなんだかなぁ…呼びづらいし…」

……

「あ゛ーもう分かった……『名無し』でいいよ…」
「ホントに!?じゃあよろしくね、『名無し』くん!」

笑顔で俺の名前を呼ぶ。その顔はなんとも愛らしいと…は?……今思えばデストロと会ってからずっとこんなんだ。天界に戻ってもずっとずうっとそんな事ばかり考えていた。図書館に行って本を読み漁る事もすっかり頭から抜け落ちて、気付けば朝になっていた。





数日後……

ここ最近一睡もできない日が増えてきた。ずっとあいつの事が頭ん中でぐるぐるしてる。忘れたくても忘れられない。そのせいで上手く仕事にも打ち込めない。

「大丈夫かい?666、最近隈がすごいよ?」
「……サヨさん…」

大先輩のサヨさん、本名はNo.34、愛称でサヨさんって呼ばれてる。まだ造られたばかりの俺の教育係だった人で、恩師みたいな。なんか知らんが相当訳アリらしい。それについては暗黙の了解なのか、誰も教えてはくれないが…

「何か悩み事でもあるのかい?」

これは正直に話した方がいいのか、嘘をついた方がいいのか。…と、考える隙もなく俺の口は開いていた。

「……この前地上に降りた時に会った悪魔が気になるんだ…なんかモヤモヤする…」

何故言った、何故言ってしまったんだ。ほら、サヨさんだって困ってる…

「気になって仕方ないって、恋でもしちゃった?」
「……は?」

恋?恋って何だ、そんなものと無縁の生活をし過ぎてなんの事かさっぱり分からない。数日考えても分からなかった。サヨさんはそれを聞いた時からずっとからかって来るし、なんか本質を見落としているような気がしてならない。てか、サヨさんって普段『悪魔に慈悲なんて要らない』とか言ってるタチなのになんで…聞こえなかったのか、はたまた信じたくないのか。どちらにせよ、俺はデストロに会わなくちゃならなくなった。

ある日突然、天界に居る天使達が大聖堂に集められ、神からあることが言い渡された。

『悪魔を狩ることというのは、下界に鎮座しているニンゲンへの警告なのだ』

『もう知ってると思うけど』なんて言いたそうなニュアンスで言い放たれた言葉に困惑が隠せなかった。そんな事、前まで言わなかったはず。あくまで神は寛容なお方で、ニンゲン達にはまるで我が子のように接するようにと、悪魔だけはあってはならない存在なんだと、そんなことしか言ってなかった筈なのに。突然コロッと考えが変わったなんて事は無いと思いたい。
……絶対に何かあるに違いない。この前調べ損ねた事と並行して調べよう。














X月XX日 金曜日 XX:XX,XX

……『彼』の為にも、地上に降りなければならない。誰にも理由は理解されなくていい、俺は俺のやりたい事をする。天界で出来なかった事を、地上で…







【Angel swear Destro Belzeb】


『Devil loves angel』

前略、俺は天界に居ることを辞めた。正確には職を降りた、とにかくもうあそこに居るのはうんざりだった。調べても何も出て来なかったけど、何か大きな事を計画しているのは事実だったしなんならサヨさんの動きもどことなく怪しかった。悪魔を狩る理由なんて曖昧だったしみーんなそれを盲信してる。それを自覚してからは本当に不快に感じるしか無かった。それから逃げるように神の御前で天界を離れる事を皆に伝えて、それから地上に降りて、あいつに打ち明ける事にした。正直、裏切りのつもりで天界から降りた。
まるで足枷が着いていたように重かった足取りも軽くなって、何もかも嘘だったかのように世界が広く感じた。ただ1つ変わらなかったのは

『顔を隠す仮面を常に着けること』

天使といえど、だいぶ前からずっと『顔が怖い』だの『天使に似つかわしくない』だのなんだの言われて仮面を着けていた。悪魔狩りの時はたまぁに外していたが、なんだか今からあいつに会うとなるとどうにも緊張する。外そうにも外せない。それと白いニット帽。天使の輪は仕舞おうと思えば仕舞えるが、光に当たると何をしようが頭の上に出てしまう。今回はその光を遮断する為に最も自然で最適なのがニット帽だったってだけだが。
という緊張をどうにかして抑えて、予定の場所に行く。実は辞めると決めるきっかけとなったのがあいつだ。ある日口走ってしまった、『好き』って、何だ好きって。ふざけてるのかって、そう思ってても本心なのは変わりない。その後にあいつから「今度遊びにでも行くか?」ってでーと?とかそういうのの誘い、ノロケじゃねぇよ、ノロケじゃねぇからな?
白いシャツに白のスラックスという、とてつもなくラフな格好で約束の時間に約束の場所に行く。あいつはまだ着いてなかった。時計を見たらまだ15分も時間があった。少し早すぎた…?いやこれが普通か…?そんな事を考えてるとあいつが走って待ち合わせ場所にやって来た。

「おーい!…はぁ、ごめんね……急いで準備しても間に合わなくて、」
「いや、別に…大丈夫、だ…」

緊張し過ぎて喋り方がぎこちなくなっている。何してるんだ俺、最低だろ…人の前で喋り方ぎこちなくなるってよ…

「そこまで緊張しなくていいよ、ほらあっちのカフェ!!コーヒーが格別でさ…」

こいつはコーヒーが好きなのか、なるほど…なるほど?なるほどじゃねぇ何を考えて居るんだ俺は。俺がどんな表情をしようがデストロには伝わってない、仮面の上の表情は何も変わっていないのだから。
早速席に着く。俺の向かいに座ったデストロが直ぐに「何か飲みたいのある?なんでもいいよ」と聞いてきた。正直こういう店に来るのは慣れないというか、製造されてから来たことも無かったからこいつと同じものを頼むことにした。

……

「それでさァ、俺の姉ちゃんがね!」
「っはは…」

話しているうちに表情が緩んでいくのを感じる。こいつと居るのはどうやら楽しいらしい。気づかない内に仮面も外していたし、今までの自分とは比べ物にならないくらい感情を表に出してるような気がしてならない。デストロがこっちを見てる時に頼んだ飲み物に口をつけると、分かりやすく嬉しそうな顔をする。その顔を見るとなんだか体が火照ってくる。
話が逸れに逸れてしまってはいつまで経っても終わらないと思い無理やり軌道修正する為に一呼吸する。

「…それで、ここに俺を呼んだのはどうしてなんだ?」

そう質問すると急に目を逸らして顔を赤くする。その顔を見てるとこっちまで顔が赤くなってきた…

「その…ね、おかしなことだと思うんだけどね…」

尖った爪のある黒い手で顔を覆いながら、ぼそぼそとしたかろうじて聞こえる声でひとつひとつ言葉を紡いでいく。

「えっと、なんて言えばいいんだろう…僕ね、君のこと…」









「…『好き』になっちゃったみたい…なんだよね……」







【Angel swear Destro Belzeb】

『Angels love devil』




なんて事だ…状況が理解できない、顔は熱いし開いた口は塞がらない…なんなんだこの気持ちは…!?
俺の一方的な感情だと思っていた。なんだ…この胸騒ぎは、どう答えればいいか分からない……

「あっ…えっと……その、な…っと……」

上手く言葉が紡げない、頭の中がぐるぐるして止まない。これは一体……全くもって理解ができない。とにかく落ち着こう…いや、この状況下で落ち着ける訳がない。余計な考えが頭の中でうごめいている。やめてくれ、やめてくれよ…お願いだからこの胸騒ぎをどうにかしてくれ…頼むから、どうしようもないのは分かってる…のに、誰かに縋ることしか……いやだ、お願いだから……


気付けば路地裏で座り込んでいた。住む場所のツテなんてある筈も無く、ただ放心していた。あの後の事はあまり覚えていない。あの時、多分俺は…

止めておこう…思い出すだけでも恥ずかしくなってくる。俺は…俺は、なんて最悪な奴なんだ。


…………



数日前、彼に本当の気持ちを打ち明けた。その時の彼とは…何も言わずに別れた。…多分僕の所為だろう。あんなにも無理な事を彼に伝えてしまった。天使と悪魔がこんな関係になるのは、絶対におかしい…から、僕はもう…彼に関わるのはやめよう。何もかも諦めてしまった方が…きっと楽、だよね…?



【Angels swear Lucif Belseb】


「はろー、貴方が名無しくんね?」

また路地裏で座り込んでいると不意に声をかけられた。妙に聞き覚えのある声だと思い顔を上げると、デストロに似た顔が俺の事を見下ろしていた。似てるというか、正確には身長も少しだけ髪型も違うけどそっくりそのまま移し替えたようなものだった。
多分、あの時あったデストロの姉さんらしき人物だと思う。

「…何か用…か?」
「えぇ、そうよ。貴方に用があって探しに来たの」

そう言って彼女は壁に手をかざし、瞬く間に自分の身の丈よりも大きなポータルを生成した。一体……これはどういう魔法なのだろうか、天界には少なくともこのような技術は無かった。
彼女の開いたポータルに見入っていると、すぐさま声がかかった。

「貴方を私の御屋敷に招待したくてね、来てくれる?」

二つ返事を返すと、彼女は不敵に笑って俺の手を引いた。ポータルを抜けて、ゆっくり周りを見渡す。すると、目の前には大きな屋敷…というか大きな館があった。大きな門がひとりでに開いて、まるで俺を招待しているよう……てか現在進行形でされている。目の前をこつこつとヒールの音を立てながら歩く彼女に後ろからついて行く、ふと彼女がこちらを振り向いてこう言った

「ところで、私の名前言ってなかったわね」

足を止め、髪を手でなびかせながら目を細めて彼女は自分の名を名乗る

「ルチフって言うの、書くときはLuciferって書いてeとrを消すのよ。それにちなんで、ルシファって呼ばれてたりするわ」

ルチフ、もといルシファは俺の返答を待たずして先に進んで行った。仕草や歩き方までそっくりで、やっぱり姉弟なんだな、と少し微笑ましく思った。

ルシファー、確か地上の神話では堕天使として描かれてたやつの名前だったような気がする。
少し進んで、バルコニーに出たようだ。この屋敷、広くて感覚が狂いそうになったがやはり慣れた者はすごい…バルコニーの中央にはヤギのような丸まった角と大きな翼を生やして執事服を身に纏った1人の悪魔と、洒落たテーブルと椅子がふたつ置いてあった。いかにも良いとこのお嬢様が使うようなもの。

「お嬢、遅かったですね。もうお茶菓子ができていますよ。」

ルシファに優しい口調で話しかけた悪魔はこの屋敷の執事らしい。身なりからそう感じていたが、角や翼のある悪魔は珍しい。今まで数回しか見た事ないが、恐らくここに住んでいる姉弟らはそうでも無いらしい。何故か、どことなく誰かに似ているような…

「さぁほら、座って座って。ゆっくりお話しましょう。」

催促されて座ったはいいものの、一体何を話せばいいんだ。固まっているところでルシファがこちらの心情を察してか口を開いた。

「話っていうのは、デストロの事よ。」
「……」
「この前、何したかはわかるわよね」
「……あぁ、その節は…本当にすまなかった」
「そうじゃなくて、あれで良かったのよ」

「…えっ……?」

何を言っているんだ…?あれで良かった……?
混乱しているそばでケーキを食べながら彼女は続けた。

「デストロね、貴方に会った時からずっとああなのよ。どうすればいいか思い悩んで、悩みすぎて研究所の一室ダメにしちゃう位ね。」

「それで、あの時貴方があの行動を取って少しは楽になったらしいの」

まあ、私の解釈なんだけどね。と付け加えてまたひと口ケーキを口に運んだ。

あれで楽に…?

「貴方の気持ちが分かったからね。デストロ本人の気持ちは少し聞いた程度だけど、貴方に振られてしまったと思っているの」
「貴方から答えを出してみれば、きっと落ち着いてくれるはずよ」

考えていた事とは全く違うことを言われて困惑したのと同時に思わず視線を逸らす。

「……俺は…」

あんなことするつもりじゃ無かった。本当は俺も好きだった。そう言おうとするが、途中で言葉を止め、出された紅茶を飲む。とてもいい匂いがする。きっとおいし…

「熱ッッッ!?」
「あら、ごめんなさい。カップに魔法をかけていて冷めないようになっているのが仇になっちゃったみたいね」

ルシファは熱々のほぼ淹れたての紅茶を飲もうとして舌を火傷したのを見て、少し笑っている。その顔は弟によく似ていた。
落ち着こうと深呼吸して、伝えたい事、したい事をはっきりと言った。

「1度だけでいい、チャンスが欲しい。」
「そう来なくっちゃね」

俺の返答を聞くと目を細めて彼女は笑った。……やはり姉弟なんだな…

「ところで…」
「何かしら?」
「俺の偽名…デストロしか知らない筈だが、どうやって知った?」

「あら、それは秘密よ♪」








【Angels swear Language】



来てしまった。
そして呼び出してしまった。
まだ心の準備が出来ていない…のに、勢い余って呼び出してしまった。嗚呼…どうしようか…

事の発端はデストロ…俺の想い人からの俺への告白である。俺はその場で泣き崩れてしまい、言葉を返せる余裕が無くなるほどに取り乱していた。でも今日は違う、デストロの姉貴…ルシファに背中を押されている。この腐った性根を叩き直して気持ちを伝えるのだ。

午後1時、約束の時間まであと30分…早すぎやしないかとルシファに言われたが、心の準備を済ませるのには丁度いい時間だと思いこの時間にここに来ることにした。心の準備と言いつつただ待ち合わせ場所をうろちょろして時間を潰していると待っていた声が想定よりも早くこちらに向かって来た。

「おーい、名無しくん!ごめん!遅くなって!」
「……いや、構わない。」
「ありがと、論文書くのに手間取っちゃってさ…」

息を切らしながら言う顔は少し強ばっていて、少しの恐怖と不信感が見て取れた。今日はそれを晴らす為に来たのだ、失敗は許されない。
ぎこちないながらも他愛も無い話をしながら当初の予定通りカフェへ向かった。そこで前回と変わらぬ注文をして、少し雑談をして…本来の目的を忘れないように気を配りながら時間を過ごす。

「……それで、名無しくん…話って何かね」

話の切り出し方は前回と同じ、変わった所と言えば立場が逆転した…とでも言うべきか。

「…あぁ、そうだな。その……あれだ、前回の━━━━━━━━━━……」

話し始めた辺りでデストロの顔はどんどん影で隠れていく。コイツの姉貴が言った通り、俺に振られたと思っているのだろう。今日は弁解の目的で来たのだ、これ以上暗い顔はさせないしさせられない、失敗したら俺の人生は多分終わる。DEAD END確定だ。

「あの……返事がまだだったろ?あん時はその、驚いただけだったんだ。だから……そんな暗い顔すんなよ…」

と、右手で前髪を軽く横にやるとみるみる内にデストロの顔に赤みが増していった。初心な反応にこちらも驚きが隠せず咄嗟に手を引いてしまった。そのせいで誤解を招いてはいないかと思い即座に「すまん」と一言、そっか、とだけ返されてしまった。だがそこで折れてしまってはいけない、どんな結果であれ目的は果たさねばならないのだ。

少し間を置いて、デストロの方を真っ直ぐに見て一声かける。

「……デストロ、勘違いしないでくれ」
「な、なんだいいきなり」
「俺は拒絶したんじゃない、ただ気持ちの整理が上手く出来なかっただけで、その……」


急に立ち上がったと思えばテーブルから身を乗り出し、デストロの両手を自分の両手で包む。その衝撃で仮面が外れ、素顔を露わにするが気にせず、それから息を大きく吸って、目の前に居る1人の悪魔にこう言ったのだ。

「……ッ俺は!お前を『愛してる』!だから…だから……」

気付けば名無しは目に涙を浮かべ、今にも零れ落ちそうだった。デストロは拭ってやろうにも当の本人に手を固く包み込まれている為に、見る事しか出来なかったがそれは幸か不幸か、初めて見る素顔と涙に美しさと儚さを感じたのだ。





「俺がお前を振ったなんて…有り得ないんだよ……だからさ、そんな辛くて悲しい事言わないでくれ……」




その想いを伝える為に『貴方をずっと探していた』なんて、そんなキザなセリフ言えないよ。




【Angel swear in devil】





私は貴方をずっと望んでいたのだ。





まず大前提として、この世界には様々な種族が共存している。人間、龍、鬼、人型の犬猫や妖怪、聖書に出てくるような化物まで様々である、そしてこの多種族世界で最も希少な種族は悪魔だ。他の種族は平均して万から億を超えるほど数は居るが、悪魔に至ってはその数一万もいかないのだ。それは何故かって?天使の存在があるから。
天使は唯一地上には存在しない、ただひとつの種族である。『天界』と呼ばれる場所に住み着き、無差別に悪魔を狩る存在だ。えぇと、なかなかの著名人が命懸けで得た情報を基に書かれた論文によると個々が識別番号で呼ばれ、銀で出来たナイフや銃弾で悪魔を狩る…悪魔に銀が効くかどうか知らないが…ゲフンゲフン、まぁお決まりな設定で?えー…光り物だからとりあえずは効くみたいだな…はぁ…は!?これは済まない、いやはや…私自身悪魔だというのにな、あっはは…

おや、挨拶が遅れてしまったようだね。…先生方が予め紹介をしてくれてるっぽいし、改めて簡単に自己紹介をしようか。

私はデストロ・ベルゼブ、様々な研究分野で活躍する数少ない悪魔の研究者だ。今日は君達にこの世界について存分に学んで貰おうと思った次第だ、宜しく頼むよ。
さて、天使についてもう少し話そうか。

何故天使が悪魔を狩るのか、という疑問が君達には少なからず存在するだろう。その答えは『不明』、この一言以外に表しようが無い、それらしい文献も無ければ証言も無い、それよか狩られる側の私達でさえ誰一人分からないのだ。私達悪魔はそれなりに長生きするから、ちょっと位分かっても良くないかって言われてもねぇ…私の3世紀生きてる叔父でさえ分からないんだ。そこは目を瞑ってくれ諸君。あぁ、そうだ、この中に悪魔の子は居るかな?まぁどちらにしても皆には注意してもらわなければならない。いいかい君達、少しくすんだ青緑色のスーツと天使の輪、あと純白の羽根を持つ人影を見たらすぐ隠れるんだ。隠れた後は物音を立ててはいけないよ?いいかい?よし、いい子達だ。

あぁ、もう授業の時間が終わってしまうね。では諸君、また次の授業で会おうか。



ぱたん、と扉を閉めて一息つく。今日は近所の学校での特別授業だった。生徒はみんな食らいつくように話を聞いていたし、メモを取っている生徒も数名いた。彼らは将来どんな活躍をするのかと思いながら学校を出て珍しく研究所まで歩く。

「あら、デストロじゃない。奇遇ね」
「姉さん!仕事はもう終わったの?」

前方から見慣れた姿が見えたと思ったら姉のルチフがこちらに駆け寄ってきた。彼女は名の知れたゲームクリエイターで、数々の有名作品をプロデュースしている。ここで名前は出せないが知っている人達も多いのでは無いだろうか。
ゲームクリエイターという職なだけ多忙である姉がこの明るい時間に仕事から帰ってくるとなると相当な早上がりになる…気になって問いかけると意外な返答が来た。

「今日は結構進展があってね〜、詰め過ぎちゃったからすこぉしおやすみってだけよ」
「へぇ、じゃあ発売日とか決定したりするの?」
「それはまた今度、そうねぇ〜…次の研究発表会で噛まなかったら1番に教えたげるわ」
「ええ!?本当!?ありがとう姉さん!僕このゲームの続編楽しみにしてたから…」
「そんなの知ってるわよ〜、ふふふ。だって貴方、続編発表されてから毎日その話しかしないじゃないの、ねえ?」

珍しく他愛のない話をして帰路につく、少しだけ寄り道をしようと人気のない脇道へ入ると、大きく屈伸してスマホを取り出す。
僕達きょうだいはどちらも『悪魔のクリエイター』、『悪魔の研究者』として名の知れているから、突然パパラッチとかがやってきて偏向記事とか書かれたらたまったもんじゃない、という事で少し長い時間立ち止まる時は人気のない脇道や路地裏に入るようにしている。
取り出したスマホのメモを出し、何か不足しているものが無いかを確認する。…そういえば丁度食器用洗剤が諸々無いとかなんとかシェフさんから聞いた気がする、そう呟いてスマホをしまいふと、姉さんの背後を見ると…





……『天使』が少し離れた場所に立っていたのだ




姉さんは僕よりも早く天使の存在に気付いていたようで、見た時には既に表情が険しくなって冷や汗をかいていた。だが、天使に攻撃は出来ない。そういう、一族の決まり…所謂『縛り』と呼ばれるものがある。悪魔は弱者や他者、及び天使を傷つけないという掟の基地上に住まわせてもらっているのだ。……それも悪魔の数が総合して少ない理由に当たると推測する。



…デストロ、一芝居打つわよ。いい?



小さな声で姉さんが言い、それにこくっ、と頷いて返事をしてから少しだけ身構える。

「いやア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッッッッッ゛!!!!!!!!!!!!!!!???天使ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!?????」
「まって、姉ちゃん苦し…腹締め付けんのヤメテ…クルシ……」

突然演技とは思えない強さで腹部を締め付けられる。…流石にこれは苦しい、段々と意識が……とはならないが本当に苦しい。
演技とは思えない掛け合いの最中天使が一歩一歩着々と距離を詰めてくる。不味い、このままでは…と思った矢先、天使が2m程の距離まで近づいてから足を止めた。仮面を着けたように表情が変わらずに…いや、確かに仮面を着けているようだ。理由は分からないが、笑っているような表情の仮面はどこか不安を覚える。
天使が足を止めてから約30秒、天使は淡々と言葉を紡いだ。

「………ルチフ・ベルゼブ及びデストロ・ベルゼブ……お前達は天界の狩る対象である悪魔で間違い無いはずだが、下界の人民共に危害を加えているという情報はどうやら間違いらしい。……日を改める。」

無機質で感情のこもっていない機械的な声で天使は言うと、明るく癖のある橙色の髪を揺らしながら、こちらに背を向けて背中に生えた白い翼で飛び去ってしまった。…一体、何がしたかったのだろうか。





「おや、お嬢にデストロくん、お嬢は早上がりだったというのに遅かったですね。なにかあったんです?」

屋敷に帰ると食堂で夕飯の支度を済ませた僕達の世話役、ルルが笑顔でこちらに声をかけてきた。ルルは僕達きょうだいが産まれる前からこの屋敷に居て、僕達のお父さんとお母さんの執事だったけれど、僕と姉さんはルルともうひとりの…ルルの双子のきょうだいの血を少なからず継いでいる。理由はお父さんとお母さんがどちらも子供を作れなくて、どうしても娘息子が欲しいと思った末にルルと、ルルの双子のきょうだいが色々して僕達きょうだいが産まれたから。正確には作られた、だけど…人体錬成的なアレでは無いから安心して欲しい。僕達はルルに今さっき出くわした天使について話した。するとルルは表情を変えずにこう続けた。

「その天使、何か訳アリでは無いでしょうか。天使と言ったら、経験上こちらが手出ししないのをいいことに問答無用で襲いかかって来るじゃありません?」

そういえばそうだと合点がいく。悪魔にとっての天使の認識、天使にとっての悪魔の認識は一方的に狩られる側、一方的に狩る側という風になっている。前者が悪魔で後者が天使…もしかしたらこれが覆る日が来るのではと考えてもいるが…流石にそれは有り得ないだろう。
然しながら不思議な話だ。訳アリ…と言われても我々には思い当たる節も無ければ何かあるようにも思えない。理由は一体なんなのだろうか…

その疑問は消えないまま時間が過ぎていく。だがこうして姉と共に過ごす時間はいつになく久々だった為、チェスをしたり最近買ったばかりだと言うのに全く進んでいないゲームをプレイしたり…そんな事をしていると疑問に思うことなんて頭から抜けてしまうものだ。ふたりの悪魔は今丁度その状況にあり、言ってしまえば既に夢の中にある。
…たった数時間前の危機を忘れて。







【Angel swear in devil『II』】



天使遭遇から数日、これまでと何ら変わりなく過ごしている。何かあったかと聞かれたら…お、丁度そこにある。

『やぁ諸君、私はマッドサイエンティストのデストロ。君達に試練を与えよう…この謎が君達に解けるかな?楽しみにしているよ…ふふふ』

そう!これは昨年から計画されていたリアル脱出ゲーム× 化学の新感覚リアル脱出ゲーム!最近やっと広告が出せるようになるまで計画が進み、更には化学監修をやらせて貰っているし初日限定の舞台挨拶まで出させて頂ける事になっている!こんなに凄い事は人生で初めて…とひとりでうきうきしていると、研究所施設の目の前の道路を挟んだ建物の路地裏でどうやら何か悩んでいる人が居るのが見える。困っている人を放っておくのはいけないと思い声をかけてみる。

「あの、大丈夫…ですか?」

ゆっくり振り替えったその人、いや…そいつは……



…数日前に遭遇した例の天使だった。

「こ、この前の……」

正直驚いたがここで焦りを見せてはいけないと必死になり、なんとか表情だけに留められた。その天使は少しだけ動きを見せた後こちらに問いかける。

「……何か用か?」

天使相手に「困っているように見えたから声をかけた」は通用しないと思い適当な言い訳をする。

「いや、たまたま見かけて…」
「用が無いなら帰ってくれ。」

用が無いなら……と言われてもここは自分の所有する研究所の目の前にある建物の路地裏なので用がない云々の話ではない気がする。その事を伝えると顎に手を当て何かを考え出す。このまま沈黙が続くと流石に気まずい…のでとりあえず自己紹介をする事にした。この間がっつり名前呼ばれてたけどまあ、とりあえずって事で。
敵意を見せないように、且つ簡潔簡略的に…

「僕はデストロ・ベルゼブ、ここから道路を挟んで目の前にある建物…ディールラボラトリーの所長さ」
「……No.666、好きに呼べ」
「えぇ、何その名前…天使ってみんなそういう名前なのかな…だけどそれだとなんだかなぁ…呼びづらいし…」

知ってる。もう何年も前に知識として取り入れた事実だ。
怪しまれないように「うーん」と唸ってみる。すると天使は困ったような顔をして口を開いた。

「あ゛ーもう分かった……『名無し』でいいよ…」

その天使は呆れた様子を見せた後自らをそう呼ぶように言った。その名を聞くのは初めて…かのように思えたが、何故か覚えがある。


名無し……今朝方夢に出てきた所々癖がついてはねている赤橙色の髪をして、白いニット帽を被り全体的に真っ白な服装をした青年のことを僕はそう呼んでいたのだ。その声色はとても幸せそうで、『名無し』と呼ばれた青年も幸せそうな顔をして僕の手を引いていた。…ある筈もない現実が夢に現れたようで、その時は理解が追いつかなった。
今もその状況下にある…それでも勝手に口が動く。

「ホントに!?じゃあよろしくね、『名無し』くん!」

その声色は夢に現れた自分の声となんら変わりもない、本当に幸せそうだった。いつの間にか表情もそれに伴っていたらしく、そう呼ばれた目の前の天使…いや、『名無し』くんは少し照れくさそうにしていた。何故そうなったか…これは演技ではなく、素の自分の表情だった為…と推測する。
理由は…………笑わないで聞いて欲しいのだが…



僕は彼に…どうやら『そういう』意識を向けてしまっているらしい




【Angel swear Anonymous】




それからまた数日、件の彼にまた出会った。いや、出会ってしまった。
その時のことは焦りすぎて覚えていない、が、大層馬鹿な提案をした事だけは覚えている。どうやら僕は彼をデートに誘ったらしい。数日後の13時、近場のよく行くカフェに行くことになっている。
確かに僕は自覚した。彼にそういう意識を向けているという自覚を、それ故のあの言動かと思うが後から考えてみれば、彼と結ばれることは絶対に無い。
……絶対に無いはずなんだ、絶対に。

それでも心の奥底で彼と結ばれたいと思う自分が居る。何故……何故?理由は明確な筈、でも分からない。もういっその事……当たって砕けてみるだけでも楽になるだろうか。


そうして、当日。
予定の時間の1時間前に目覚めてしまった、昨夜は遅くまでレポートの推敲をしていた為この様な事態に陥ってしまったらしい。無駄に広い自室の天蓋付きベットを飛び降り急いで身支度を始める。
それなりに服選びに時間をかけ、最終的には姉ちゃんに選んでもらった服を着る。デートの誘いをしたその日から、姉は目の色が変わりしつこいと思う程に協力的だった。デートに着ていく服だって昨日一昨日から考え出すし着せ替え人形にはされるし……まぁそのお陰で遅刻しないで居られる訳だが。
準備を粗方終え適当にパンをかじる、本当ならジャムや牛乳が欲しい所だが、今そんな事は言ってられない。早足で屋敷を出て約束の場所まで走る、予定の時間までざっと15分という所か、脚を休める為にも早めに目的地に到着したいところだがどうしても早く走れない。……部下である研究員達の言った通り、今回はいつも以上に根を詰めすぎたようだ。
少しだけ息を整えようと足の動きを少しだけ遅くしようとした時、件の彼が目に入った。夢の中との出で立ちと全く同じ風貌で、何やら不安そうに時計を見つめている。…表情は仮面のせいで分からないが、とにかく駆け寄って声をかけてみる。

「おーい!…はぁ、ごめんね……急いで準備しても間に合わなくて、」
「いや、別に…大丈夫、だ…」

彼は緊張しているのか喋り方がぎこちなくなっている。それをすかさずフォローする、最早癖となり始めていたそれはすらすらと出てきた。

「そこまで緊張しなくていいよ、ほらあっちのカフェ!!コーヒーが格別でさ…」

無闇矢鱈と刺激してしまっては後が分からない。が、彼はその言葉に安堵したのか小さく息を吐いていた。

そこからは順調に事が進んでいた。他愛もない世間話をして、本題に入る。その流れで、あたかも自然な感じに。幸い、彼の表情が良く見えない仮面が外れていた為楽しげな表情が伺えた。彼が注文した飲み物に口をつけた時、視線を送っていると自然と口角が上がり、それに気付いたのか彼は恥ずかしそうに目を逸らした。それから一息、多分、待ち望んでいたと思われる問いかけが彼の口から出てきた。

「…それで、ここに俺を呼んだのはどうしてなんだ?」

自然と頬が赤くなっていくのと同時に、耐えられなくなって目を逸らす。生まれてはじめてこんな状況になったのだから、その反応も許して欲しい。
そんなこんなで、伝えることには成功した。……伝えることには





…………………結果は微妙というか、なんというか
伝えた瞬間、彼は黙って俯いてしまった。困惑の表情が見えて、何をすればいいのか分からない、自分が今どのような感情なのか分からない、と言ったところだろうか。その後は気まずい空気が流れ、その場で解散を提案。僕は逃げるように屋敷へ帰ってきた。
その後の事はあんまり覚えてない。確か、泣いて、泣いて、喚いて……そのまま泣き疲れて、多分寝た。

…っはは、多分僕、フラれちゃったのかも。悲しいな、初恋だったのに。







【Angel swear in devil『III』】


結論、数日前のXX時XX分、僕は多分彼にフラれた。



それから更に日が経っても、心の中ではもやがかかりっぱなしで大事な場面や何も無い時間にぼーっとする事が多くなった。
それはとある日の化学実験の最中にも起こった。



ぼんっ…びしゃっ、ぱりんっ……ごおぉぉおぉぉおお…しと、しと…





……………う……!


…しょ………う……!


「所長!」

肩を揺さぶられ、気を失っていたのか目が覚めると異様な光景が広がっていた。


「ったく、もう……所長、怪我無いっスか?」

特別な研究をする為の少しだけ狭い部屋には煙が立ち込め、ついさっきまで試験管に入っていたであろう薬品が爆散していた。それを横目に落ち着いた口調で研究所設立当初からここに居る古馴染みの研究員に二つ返事をする。

「え…?あぁ、うん」
「それなら良かったっス。でも…どうしたんスか?最近多いっスよ、魂半分抜けてる所長見んの。……何かあったのは確定みたいなんであえて訊かないっスけど、一応気を付けてくださいっス」

じゃあ片付けるんで所長はあっちで休んでてください、と僕を僕と極少数しか使用しない仮眠室の方へ促す。されるがままベットの方へ連行され気がついたら既に定時、ざっと4時間は眠っていたらしい。
そしてそのまま帰宅。その後もすぐに自室のベットで爆睡、次の日は何故か休まされた。








……とある日のレポート、内容は彼のこととあの日について

それと…姉の企てた計画について。


姉ちゃんはとある日、えぇ…と、俺が数日休まされた後の日…彼を屋敷に招待した後に僕の心情をお茶の席で語る。その内容は少しだけ…嫌、大分順序を変えて説明(研究室もとい特殊実験室爆破事件等)、それと捏造を加えに加えたもの。彼の心情把握も完了し計画は順調に進んでいる……と昨晩聞かされた。計ったかのタイミングでその後、彼からの誘いが手紙で来た。
ここまでされては行く以外に道はなさそうだ。






同月XX日

ついこの間書いた【数日前、彼に本当の気持ちを打ち明けた。その時彼はとても泣きじゃくっていた、多分僕の所為だろう。あんなにも無理な事を彼に伝えてしまった。天使と悪魔がこんな関係になるのは、絶対におかしい…から、僕はもう…彼に関わるのはやめよう。何もかも諦めてしまった方が…きっと楽、だよね…?】という今思い返せば全て姉の手中にあった自分の心情を綴った手記のことを思い出しながら手紙と同封されていた指定の場所へ向かう。
驚くことに、そこは例の出来事があったカフェへ向かう際待ち合わせ場所として設定した場所と同じだった。恐る恐るそこへ向かうと彼が居た。嗚呼、思い出したくない。どうしても変わらない風景が頭から離れない。彼は一体僕に何をしようとしているの?分からない、どうしても分からない。…でも、彼はどことなく緊張している風に見える。落ち着きのない動きを繰り返し、何をする訳でもないのに忙しなく動いている。
なるべく、心の内を明かさないように、そう振る舞えば上手くいく筈だ。必死に取り繕って出た第一声、それは数日前と対して変わらぬ言葉だった。

「おーい、名無しくん!ごめん!遅くなって!」
「……いや、構わない。」

この掛け合いも前回と似たような内容だ、それでもやはり彼は緊張している様子。

「ありがと、論文書くのに手間取っちゃってさ…」

これは嘘だ。本当は足が思うように動かなくて、ここまで来るのに無駄に時間を要したからだ。…胸が苦しい、何故取り繕っているんだ。疑問に思う、自分で決めた事なのに。
僕の返事を聞いた彼は一言、「そうか」とぎこちない言葉で応えた。それから流れるようにカフェへ向かって、前回と同じ席に同じように向かい合って座って、前回と同じように飲むものを注文して、前回と同じように少しだけ雑談をする。それから、前回と違うのは話を切り出す方。

「……それで、名無しくん…話って何かね」

そう言うと彼は待ってました、とでも言いたげな素振りでこちらに向き直る。
それからゆっくり息を吸って、真剣な面持ち(正確には声色)で言葉を紡ぐが、それでも緊張は消えない。

「…あぁ、そうだな。その……あれだ、前回の━━━━━━━━━━……」

やっぱり、そうか。自分でも分かるくらいに分かりやすく顔に出ている。それを見兼ねて彼は小さく声を漏らすと慌てて弁解をする。

「あの……返事がまだだったろ?あん時はその、驚いただけだったんだ。だから……そんな暗い顔すんなよ…」

そう彼は言うと僕の顔を隠していた横髪に手をかけ少しだけ横にやる。するとどうだ、馬鹿正直に感情が表に出て顔が真っ赤ではないか。それに気がついたか、はたまた自分のしていることに恥ずかしくなったか、彼は咄嗟に手を引き一言「すまん」、とだけ口に出す。自分の方も突然のことに動揺して空返事をしてしまった。
少し間を置いて、また彼は口を開く。

「……デストロ、勘違いしないでくれ」
「な、なんだいいきなり」

急な言葉に取り繕っていた言葉が崩れる。

「俺は拒絶したんじゃない、ただ気持ちの整理が上手く出来なかっただけで、その……」

がたっ、と音を立てて立ち上がったかと思うと彼は僕の手を一回り大きい自分の両手で包み、なんの衝撃か分からないが仮面がずるっと彼の顔からずり落ち机に音を立てて着地する。この前も仮面を外していた、がこんなにも近くで見るのは初めてで、この世に居ていいのかと疑う程整った顔している彼に不甲斐なく思いながらも見惚れる。



「……ッ俺は!お前を『愛してる』!だから…だから……」

目の前の彼は声を張る。薄く不定形な、きれいな灰色の瞳からは涙が零れそうになっているが、拭ってやろうにも生憎当人に手を塞がれてしまっているが為に抜くう事が出来ないのがもどかしい。でもそのおかげで、彼の顔をまじまじと見ることが出来る訳だ。
それはどこか儚くて、美しくて、彼が天使だと再認識する要因ともなった。






「俺がお前を振ったなんて…有り得ないんだよ……そんな辛くて悲しい事、言わないでくれ……」

目の前の天使は敵であるはずの悪魔に懇願するように包んだ手を額に当てる。その手から微かに感じられる体温と、流れてくる涙は我々のイメージする天使とはかけ離れていた。

っはは、なんだよ。その台詞、まるで、

まるで…



………まるで、『貴方をずっと探していた』なんて言いそうな勢いじゃないか

なら代わりに言ってあげようじゃないか





『私は貴方をずっと望んでいたのだ』…っていうクサイ台詞をさ、










【Angel swear You and】




我々が生きるこの世界で地上及び天界の絶対的なる種、天使のひとりと絶滅の一途を辿り兼ねんとする唯一無二の種、悪魔のひとりが結ばれてからそれなりに時間が経った。
それはそれは幸せな時間で、瞬きをする間も惜しい程に輝かしい日々であった。様々な明るい感情が渦巻き、混じり、同じ時を同じように生きる時間が、かの二人にとってはこれまで以上に素晴らしい時間だった。それでも、やはり魔は差すものだ。ちいさなこと、本当に些細なこと、個々のこだわりのこと、様々なことで言い争いをして来た。だが、それを多く経験することにより信頼も深まりそのひとに関する知識も得られる、そして大事な思い出のひとつとなる。

その幸せを噛み締められる時間というのは、ほんの僅か、僅かひと握りの時間。それをどうするかは本人次第。だが、それを引き裂くのはその本人以外でも、いとも容易く行える。










……

No.34はひとり、映るビジョンに文字を打ち込んでいた。



……





以下、数年前の記録を開示…『計画』へ向けてのリハーサルとして目を通す事を推奨する。




【定時記録】XX月X日 XX:XX,XX 記録者:No.34


本日も管理システム及び他機能に異常なし。
先日の報告書は後日管轄の執務室へNo.503に提出させる予定。
他、『計画』へ向け元No.666の自室の調査を開始、本時の調査での異常は無し。後日調査範囲を拡大し新たな物証を求め捜索予定。

以上。







【定時記録】XX月XX日 XX:XX,XX 記録者:No.34


本日も管理システム及び他機能に異常なし。
『計画』に向け指定周辺地域の地形再把握、不備の有無を確認の後流れの確認を各管理塔を臨時招集し機密会議として行った。
他、例の対象者に行った心理実験は成功。これにより得た結果を『計画』に織り交ぜることを後日提案する予定。

以上。














※※※※※※※※※※※※※※※

















【定時記録】XX月XX日 XX:XX,XX 記録者:No.34


『計画』の始動準備は終わりを告げた。やっと我々の『計画』は始動する。


以上。




【独白】 (記録時間未記入) 記録者:No.34

以下、この記録は記入後に24時間が経った場合自動的に消去される。

…それまでの間、誰にも読まれない事を願う。
此処まで進めておいて、私には『計画』を行う理由が理解出来ない。何故実行する必要があるのか、理解が及ばない。この『計画』を実行するにあたってのメリットは既に把握済み、だがどうしても…これの存在自体に嫌悪感がさしている様な気がしている。曖昧だが確かに理解の及ぶ感情、これは一体なんなのか。

以上。













【追記】


やっとこの感情が理解出来た。私は確かにこの『計画』に対して拒否反応を見せている。だからと言って今更止められる訳も無い…私には何も出来ない、何もかも、どうにかして、なんて薄っぺらい希望も存在しない。ごめんなさい、私は貴方達の家族には戻れない

………以上。




















◤◢◤◢注意◤◢◤◢

この先、過激表現(流血、虐殺等)が多々あります。それでも構わない、というのであれば次の頁へお進み下さい。この作品を読み気分を害した、精神状態に異常をきたした等の障害があっても、私は一切の責任を負い兼ねます。それでも構わないという方は次にお進み下さい。決して、この後の物語を知った事に後悔のないように。






















【Angel swear side devil】








終わりというものは、突如として訪れるのだ。こんな最期、誰が予想できるか。








よく晴れた日、No.666、現在は『名無し』と名乗っている天使の男は読み慣れない小説を片手にソファーに腰掛けていた。彼は今、自分の恋人である悪魔のデストロの所有する研究所に限りなく近いアパートの一室に住んでいた。研究所からの距離はざっと歩いて3分程だろうか。一通り文字の羅列がめいっぱい載せてある読本に目を通し右手側に本を置く。やはり活字を長々と読むのは昔から苦手だ、とひとり呟き目を伏せる。
少しして、ふと時計を見ると丁度お昼時、昼食を摂りに研究や実験で腹を空かせた愛しい悪魔が此処へやって来るだろうと考え席を立ち、冷蔵庫のあるキッチンの方へ向かう。有り合わせのもので作った料理でも「美味しい」と言ってくれる愛しい悪魔は俺の作る料理ならなんでも美味いと言い、普段の食に関して余り欲を出さない。どうせなら明日からは事前にリクエストを聞いてみるのも良いかもな、と考えながらベージュのエプロンの紐を後ろで結び、冷蔵庫を開け中身を見ながら作るものを何にしようかとしばらく悩む。そうして少し経ちふと浮かんだアイデアを実行すべく材料を急ぎ足で取り出すと玄関から鍵の開く音とドアの開閉音と共に「お腹すいたぁ〜」、と一際大きな腑抜けた声が聞こえる。

「せめて邪魔する位は言え、デストロ」
「あ、えっへへ…ごめん。空腹感が優先度高いみたいで」

なんだそれ、と適当な相槌をしキッチンへ戻る。直ぐ様後ろから着いてくる愛しい悪魔の方からは腹の虫が小さく鳴る音が聞こえ少しだけ口許が緩む。まぁ、お邪魔しますなんて言葉は俺にとって愛しい悪魔限定で既に用無しだが。

「そうだ、デストロ」

思い出したかのように立ち止まり、後ろの方に声をかけると不思議そうな目で見返してくる。予想通りの反応に吹き出しそうになるのを抑えながら自然な流れを装い、本題の方へ移る。

「毎回俺がなんも聞かずに作ってるから、今日位はリクエスト聞かせてくれよ」


※※※※※※※※※※※※※※※※


「ふぅ……美味しかったぁ…」

昼食を終え、食休みに入る間もなく立ち上がる。やはり名無しくんの作る料理は美味しい。
ここ数ヶ月は毎日のようにこうやって彼の家に昼食を食べに来ているのだが、毎度毎度その時の気分に合わせたものを出してくれるので満足感も高く得られる。何よりありがたいのが準備から食卓に出すまでの時間が早いこと。昼休憩はきっかり一時間程ある訳だが、立場上そう悠々としてる訳にもいかない。名無しくんにお昼を作って貰うようになる前の食事は大抵ゼリー飲料や食べやすい大きさの固形栄養食品で雑に済ましていた為、倒れることもしばしば…だが今になっては片手で収まるほどしかない。早く食べれて尚且つきちんと偏りなく栄養まで摂れる食事、今ではすっかり理想ではなく現実の、ましてや一番身近なものとなった。
こんなに幸せなことは無い、自分だけが味わえる現実をしっかりと噛み締め名無しくんの家を出る為に身なりを整えようと姿見の方へ駆け寄る。

「なんだ、もう出るのか」
「うん。そろそろおっきい仕事が片付くからね、僕もみんなも気張ってこうと思って…」

そうか、と素っ気ないと思いつつもどことなく憎めない返事を名無しくんの口から出てくるのを聞いてから満足そうに笑ってみる。それに釣られて小さく微笑む名無しくんに「いってきます」と声をかければ「いってらっしゃい」と返ってくる。日常の些細な出来事にも幸せを見い出せるこの生活に、何も文句は無かった。



同日、現在時刻15時30分、DR(ディールラボラトリー)内会議室でのミーティング中に遠くから爆撃音が聞こえたことに研究員全員が気付いた。一度ミーティングは中断して屋上から様子を見てみれば、各地から黒煙が上り、人々の悲鳴があちこちから聞こえてきた。避難誘導の警報や速報が鳴り響くのは時間の問題だろう。

「周辺地域の住民の避難を最優先!状況把握も迅速に!怪我人が確認できるなら避難所に救護テントを張って、手が空いてるならそっちに手を貸して!!!解散!」

いくら研究所とあれどそれなりに避難施設としての体制は整っている為、避難誘導に委ねるだけでは申し訳ないと引け目を感じて微力ながらも手助けを促す。所長としての指示を出してから自分も直ぐに駆け出して行く。
思えばこれが地獄の始まりだった。

崩壊の酷い都市部に走り、不意に足を止めその惨劇を目に焼きつける。建物からは炎、瓦礫、倒壊に巻き込まれたのだろうか、人々の悲鳴と泣き叫ぶ声、倒れゆく人…遠目から見てもそうだった、ここは地獄だ。しかも、何者かによって起こされた故意的な、生き地獄だった。
幻覚なんじゃないかと思いはしたが、遠目に見えた今にも消えてしまいそうな白い羽根で確信した。


本来ならば僕のような悪魔を狙う筈の”天使”が罪なき人々を襲う、生き地獄とも形容し難い惨状、


…もしもの話。この世界を更地にして、”第二の天国”でも造り上げんと言う勢いで民衆を無差別に襲うくすんだ青緑色のスーツを身に纏う”天使”から、




”悪魔”である自分自身が、どう止めろと言うのだろう。


考えろ、逆に何なら出来るんだ。
誓いの言葉でも捻り出すしかないのか、神に祈りでも捧げれば良いのだろうか、否、敵は”神”だ。天界を統べる、生命を創り出して、感情というものを創り出して、こんな状況を創り出した、元凶。聖書のように述べるなら、『父』、そして我々は『子』。
たった今、『父』は『子』に刃を向け、それを振りかざさんとしている。それを実行する目的はどうあれ、命の危険があるなら抵抗する以外に道は無い。『子』は何時でも『父』の定める運命に従順である必要は無いのだ。

自分で勝手に生み出しておいて無責任に切り捨てようなど言語道断、一度足を止めた”悪魔”
はまた走り出した。創造主に歯向かう為に、創造主が創り出した生命を救う為に、嫌われ者として創り出された『子』は走り出した。




【Angel swear side angel】


「…なんであんたがこんなとこに居んだよ」

デストロが満足気に名無しの住む一室から出て仕事に戻った頃だろうか、玄関に佇む見覚えのあるくすんだ青緑色のスーツ姿に名無しは自身の目を疑った。それは確かに天界で自分の『教育係』として大変世話になったNo.34…サヨさんの姿であった事も加えて。
見間違える筈も無い。目元から額にかけてを覆い隠す包帯と、天使を象徴する内の一つである輪から垂れる薄黒いナニか。これはサヨさんだけの特徴であった。サヨさん以外に有り得る訳も無かった。
内心気が気では無かった。まさか、一瞬だけではあったがその佇まいが三十分前にそこから出て行った悪魔が今、そこに居るかのように錯覚してしまうとは。
デストロとサヨさんを間違えるなんて事は考えもしなかった。ましてや顔だって似てない。……似てない筈だった。生まれてから…いや、正確には『製造』されてから数十年、サヨさんのもとで悪魔を狩っていた。付き合いだって長い筈、それなのに素顔を一度も見たことが無いし気になった事も無かったのが災いした。晒された口元だけでも微かにその雰囲気が見て取れた。僅かに口角を上げた時の表情もデストロだけではなくルシファにも似ていることに気付いてしまい、思わず息を呑んだ。
サヨさんはそんなこと気にも留めずただただ名無しをおいてけぼりにしてひとり口を開いた。聞き馴染んだその声は淡々としていて、地上に降りて毒気が抜けた名無しは逆に恐ろしくも感じた。

「No.666、天界を降りたのにも関わらずすみませんね。貴方にまた、”狩り”をして欲しいんです。制服や貴方が愛用していたナイフは今私の手元にありますから、御安心を。」

暗に『拒否権は無い』と言わしめる口調でこちらに投げ掛けられた言葉は名無しの顔を不満気に歪ませるのに十分であった。今の名無しはその狩りの対象と解釈した悪魔に強い想いを持っているのだ。当人からすれば想い人を殺せと恩師が言っているようなもので、どちらを取っても残るのは罪悪感と喪失感だけ。何処を取れば平和的解決になるか、それともどちらかを捨てるか。
悩んだ末に選択したのは天界に二度仇なし、『協力する振りをしてデストロ達のもとへ行く』こと。結果的にサヨさんをまた裏切ってしまうことになるがそれでも構わなかった。もとより捨てたようなものだったから、二度捨てようと構わない。そう思うよう言い聞かせて。
優しさ故か、純粋さ故か、愚かさ故か。若干の迷いは捨て切れなかった。

選択した事を伝え、手渡された紙袋の中には元々自分のものだった制服のスーツと、よく使っていて手に馴染んでいる十字架の意匠が施された銀製の大振りなナイフが一筋入っていた。
着替える為にリビングの方へ行こうとドアノブに手をかける。その時ふと目にしたサヨさんの顔は、何処か悲しげで、威圧的にも感じた。






……………










嗚呼、私はまたやってしまった。

また裏切ってしまった。

また悲しませてしまった。

一度目はあの御屋敷で、天使に魅入られたんだったか。

お嬢や坊ちゃんを裏切って、

双子の兄弟ですら裏切って、

何もかも切り捨てて、

悪魔の証である角は折って、翼はもいで

不格好な天使の輪を貼り付けて、似合わない真っ白な羽根を携えて、

No.34なんて大層な名前で呼ばれるようになって、

また新しく造られた純粋な子の教育係なんて大層な役割を与えられて、

二度目はその子に辛い選択をさせて、

最後には何もかもが消えてなくなってしまう。

いっその事、私が消えてしまえばいいのだろうか。

欲に誘われ負け続けて、

そんな私に一体何が出来ると言うのだろう。



もう引き返せない。

その選択肢さえ無い。

これが私に与えられた罰なら、

甘んじて受け入れるべきなのだろうか。













……受け入れるべきだと、誰かが言ってくれれば楽になれるのだろうか。
















【Angel swear Opposite】



今日は珍しくお嬢が一日お休みを取るらしく、屋敷のバルコニーで暖かい陽の光を浴びながらいつも頂くお気に入りの紅茶の香りを楽しんでいた。同席させて頂いたのは「駅前に出来たお店のおいしいケーキが沢山あって選べなかったから、消費するの手伝って」という建前のもと。毎度の如く半分本当で半分は私やデストロくんと一緒に食べたかたったからだという理由が透けて見え、本当に優しい方だなと毎度の如く思う。
角砂糖をひとつ入れてティースプーンを回しているとお嬢から声がかけられる。なんの話か、と目線を上げれば少し神妙な表情をしていた。

「天使って言われると、嫌でも思い出すものがあるわね。」
「……そうですね。」

いつの間にか禁句となっていた、私の双子の片割れの話。
ある日天使に魅入られたかなんだか知らないが、私達家族を置いてただひとり突然屋敷から姿を消した。御丁寧に忌々しい天使の羽根なんかも遺して。

「どこ行っちゃったのかしらね、もうとっくに諦めはついたけれど。」

あの子はまだ諦め切れてないみたい、と。
『あの子』とはデストロくんの事だろう。もうずっと昔のことなのに、きっとここに帰ってくると信じてる。

帰ってきたとしても、二度とこの屋敷に足を踏み入れることは私が決して許さない。

血の繋がった家族だったとしても、素知らぬ顔で天使のもとへ言った裏切り者に変わりは無い。

「裏切り者に情けは要りませんよ、お嬢。」

何時もより低い声が出ていたと思う。例の『縛り』では天使を傷つけてはいけないという馬鹿らしい掟があるが、この調子なら理性が負けて殺してしまうだろうと頭に浮かべる。
ただ、デストロくんと御付き合いしているあの天使だけにはそういう気にならない事が近頃分かった。デストロくんの想い人だからとか、そういうベターなものでは無く、どういう訳かあの天使は純粋過ぎる…と思われる。
今まで出会った天使と言えば、その一般的には美しいとされる見た目からは感じられない程薄汚くて見るだけでも不快になったが……一体何をすればあそこまで純粋な天使が産まれるのだろうか。思えばベルゼブ家の曽祖父様方の世代の天使は大抵がそんなだったと聞いた覚えがある。どうしてこうなってしまったのだろうか。

「そうね…あの子には悪いけど、私も許せそうに無いわ。」

暫く互いに無言だったが、お嬢がぱんっと軽く手を叩き笑顔で別の話を持ち出す。お陰で先程の鬱蒼とした雰囲気は消え、長い時間談笑が続いた。本当に楽しい時間だったと思う。
……この後の地獄を思えば、本当に。



この屋敷は都会の街から外れた位置にある。その為か、街の方から聞こえる爆発音に気がつくのもそう時間はかからなかった。

その街にあの二人が居る事に気づくのも、時間の問題だった。




…………………



物語の始まりというのはいつも都合良く起きた何かで、その何かから出来事が派生して、偶然に偶然が奇跡的に折り重なったように展開されていく。
時々、ハナから全て仕組まれていた、なんて話もある。それが幸か不幸かはその物語を形作るその人にしか分からない。
読者の視点からは不幸な結末に見えたとしても、その物語の登場人物からすれば一番幸せな結末だったかもしれない。

…それじゃあ反対は?読者からは喉から手が出る程の優しく幸せな終わりだったとしても、主人公や他のそれらからすれば一番遠ざけたかったどす黒い不幸な終わりだったかもしれない、ということだろうか。

それとは別に、読者の解釈と主軸となる登場人物らの物語の解釈は一致する場合もある。
故に、形作られた物語というのは、至極難解で、至極手に取り易い娯楽でもある。

強引に結論付けるとすれば、物語の結末は全て読者の解釈に委ねられる、それに尽きる。
なら、この物語はどれに位置づけられるだろうか。



閑話休題、No.34はNo.666が制服に着替えたことを確認してから「いつも通りの仕事をすれば良いのです。」、とだけ告げて逃げるようにその一室を後にした。
その後は同じように”狩り”をしている同僚達のもとへ足を進めた。逃げ惑い泣き叫ぶ下界の人々らの真横を素通りして、時々見える鮮血は無視して。

「サヨさん、こっちは順調です。路地裏も粗方処理して来ました。」

同僚の天使のひとりがこちらへ駆け寄り、事務的に状況を伝えてくる。
暫く言葉を交わし、本来ならその手にある筈の銀製のナイフが無い事を疑問に思い、聞いてみれば「路地裏で使い物にならなくなってしまったので」と暗に死体へ突き刺したままかそれ以外かと言うことを伝え、一言二言交えた後にまた別の場所へ移動を始めた。
帰巣本能、とでも言うのだろうか。気がつけばNo.34の足は、自身の踏み入る事が許されないであろう”あの屋敷”の方に向いていた。
今更何をしに行くというのか。精一杯の謝罪か?否、『また家族になりたい』とでも言うか?否、否、否。どれでもない。
答えは『誰にも分からない』、それだけ。自分でさえ理解出来ない違和感をどう説明すればいいだろう。
また気がつけば見慣れた門が見えてきた。あの時思い留まっていれば、こんな思いで潜ることの無かった正門。重い足取りで、一歩ずつ踏み締めていく。あの時から風景は変わらず、そこだけ時が止まっているようにも感じた。

「どうして、貴方が此処に居るんですか。」

この開けた空間によく響いた低い声の主は、今や似ても似つかない何時かの片割れだった。




【Angel swear】




あの時の路地裏、自分達が初めて出会ったあの路地裏、何故、そこは暗いはずなのに、今はこんなに真っ赤なのだろう。

「はぁ、ッ、あ…あぁ……ッ」

上手く息が吸えなくなる。むせ返る程の鉄臭さに嗅覚を刺激され続けながら、その根源へと近寄る。覚束無い足取りで、一歩、一歩、何も無いところでつまづきそうになってもまた、一歩、一歩。辿り着いたその場所で崩れ落ちるように両膝をつく。赤黒い水が一面に広がって、くすんだ青緑色のスラックスに赤黒く染みを作っていく。どくどく、音が聞こえてくる位に勢いをつけて流れ出てくる、それは、

「です、と、ろ…」

着ていた白衣も何もかも真っ赤に染めて、力無く壁に身体を預けて倒れている愛しい悪魔から流れ出ていたものだった。腹部には見慣れた銀製の大振りなナイフが一筋、柄の方まで深く突き刺さっていた。
助かる見込みなんて無いというのに、名無しはその現実を受け止めることが出来なかった。脈を測っても何も返って来ない、心音を聴いたところでとうに機能は停止している。何か聴こえることも無かった。愛しき悪魔はもう死んでしまったのだ。
自覚してしまった、その時だった。背後から発砲音、気がつけば小指の先程の大きさの鉛玉に、名無しの体は貫かれていた。
恐らく、街を襲っている天使がここまでまたやってきたと勘違いしたのだろう。実際、それは合っているがそれとは何かが違った。
名無しは力無くデストロに覆いかぶさった。まだ辛うじて息はある。だがもう、動ける体力なんてものは血と一緒に流れ出てしまった。このまま死ぬのか、そう思った途端に目頭が熱くなってくる。
最後の力を振り絞ってデストロの冷たくなった頬に優しく触れる。ぽたぽたと、真っ赤な血とは別の何かが自分の頬を伝って落ちる。

「こんなに別れが辛いなら、全部夢の中であって欲しかった。」

意識が深く沈んだ。静かな路地裏に、またひとつ、静けさが広がった。











…………………





「応えなさい、どうして貴方がそこに居る。」

更に語気を強めて片割れが更にまくし立てる。そう言われてしまっても、足が勝手にこちらへと向かっていたなんて言えばもっと片割れを怒らせてしまだろう。
いつものように薄らと笑みを浮かべて、手のひらを空の方へ向け少し持ち上げれば、あちらからはこちらが何かを煽っているように見えるだろう。断じてその意図は無いが、如何せん癖となってしまったそれは直る事が無かった。

「たまたまですよ、本来ならここに来る意味はありませんし。」
「なら何故、この家の敷居を跨ぐ必要があるのですか。ロロ・ベルゼブ、」

否、許されざる裏切り者。その名を名乗ることすら許されない、傀儡。
冷めた目でこちらへ視線を向ける片割れ…ベルゼブ家の執事、ルル・ベルゼブは完全にNo.34を敵と見なしていた。今にも牙を剥いて、喉元に噛み付かんという勢いで殺意を募らせている。弁明なんて無意味だろう、言ったところで何になる訳でもないのは目に見えていた。
自分の純白の羽根とは真反対の、黒い蝙蝠のような翼をギチギチという音を立てながら広げ、鋭い先を持った八重歯が見える程に口を開け氷のように冷たい言葉を冷たい声で吐く。

「これが私の実の片割れであろうと容赦はしない、その偽りの輪と羽根をもいでやるから、こっちに来なさい。早く」

「ル…ル?やめて、私は……違…!!!やめて!!!!」

瞬く間に距離を詰められ、抵抗する間もなくうつ伏せになる体勢で押さえつけられてしまった。それから背中に生えた翼の根元に強く爪が食い込んでくる感覚、それは昔、天使となる為悪魔の両翼をもいだ時の痛みと同じだった。それくらい身体に馴染んでいたという事だろう。
どんどん指先に力を入れながらルルは淡々と言葉を投げ掛ける。

「あの時私達を置いて忌々しい天使の手を取ったのも、結局私利私欲だったんでしょう。」
「違うッ……!嫌だッ!?やめてくだッ゛……あ゛ぁ゛あ゛ッ゛!!!!」

じわじわと来る痛みに為す術なく叫ぶ。ぱき、と軽い音がした。身体に繋がる骨に当たる部分が折れでもしたのだろう。次第に自らの意思で動かすことも出来なくなっていった。

「何が違うんでしょうか、一から十まで教えて頂かないと。」

ギチ、とまた違う音がする。中枢神経系がやられてしまったらしい。表面は焦っているようで、内心は何故かとても冷静だった。
もしかして、こんな事でも求めていたと言うのだろうか。

「黙っていないで、早く、ほら……あ、」

急に羽根を掴む手が止まった。反射で押さえつけている片割れを押し退けると、背後からする懐かしい気配にすぐさま目をやった。
そこには、仕えるべきだったお嬢が居た。返り血だろうか、膝の辺りが真っ赤に染まっていたが怪我をしている様子は無く、それでも何故か大きく肩で息をしていた。目線を少し上げれば、大粒の涙を流して怒りを顕にしているようだった。

「なんで、なんでこんな事したのよ、ねぇ、あの子達ほんとに幸せだったのよ?なんで引き裂いたのよ、どうしてあの子達は、あの子はあんたの事、まだ信じてたのよ?それなのに、なんで………ッあんたなんか私達の家族でもなんでもないッッ!!!!あんたのせいよ…あんたのせいで私のッ……私の弟はッ……私の家族はぁ゛ッ!!!!!」

そのまま泣き崩れるお嬢を見て、自分の犯した大罪にやっと気がついた。

お嬢が言っているのは弟君のデストロくんと、No.666の事だろう。
あの語り口では恐らく、二人とも死んでしまったのだろう。私が、行なった『計画』で。
地面に寝転がる姿勢からゆっくり膝立ちする。その一連の動きでルルはまた動かぬよう押さえつけようとすぐ距離を詰められるように低い姿勢になるが、ふと何かを察したようで、眉間に深く皺を刻んだまま動きを止める。正直有難かった。
血が滴り、支えきれなくなった片翼の重さに耐えながら片膝をついて二人の方へ顔を向けた後、少し前に片割れに向けた笑みをまた浮かべる。そして懐へ手を入れ、少し小振りな銀製のナイフを取り出す。柄の部分に美しい意匠が施された、芸術品のようなナイフ。
何をするかのかと思えば、自らの心臓を一突き、それから雪崩るようにドサッ、と派手な音を立てて地面へと崩れていった。
これが贖罪になるとは思っていない。これが罪の償いになるなんて以ての外だった。

「……また、逃げるんですね。最期まで、本当に、愚かでしたよ。」

僅かに残った聴力が拾った片割れの言葉には、慈愛の色なんてものは無かった。





















……………………



破滅は留まることを知らず、確かに範囲を拡大していった。火の海はまた広がり、瓦礫はまた増えてゆく。最終的にはこの街から、世界を隅まで飲み込んで行くのだろうか。それを知る術は、今の我々には無い。



……………………



















真っ白で、甘い香りのする花が辺り一面を覆っている空間。橙色の少し癖のある髪を揺らす天使が、白と黒の髪を持った悪魔の手を引いて歩いていた。二人の顔は、人生で一番の幸せを噛み締めているという表現が似合う優しい笑顔であった。

「名無しくん。」

そう呼ばれた天使が立ち止まって、悪魔の方へと向き直る。両手を取って、相手より一回り大きな手のひらで優しく手を包んでやれば、同じように包み返してくれる。
色白な頬を赤く染め、全眼の真っ黒な目を細めて笑うその顔は本当にそれ以上の幸せを感じさせた。
天使もそれに釣られて眉を下げながら微笑む。悲しげな笑顔では無く、愛おしいものを見る笑顔で。

二人は永くそこで笑った。時間なんて忘れて、ただそこで幸せそうに笑っていた。

Fin.





















♪└(ㅎ.ㅎ )♪┐♪└(ㅎ.ㅎ)┘♪┌( ㅎ.ㅎ)┘♪<この先あとがきです。



Angel swear -天使の誓い-、如何でしたしょうか。私自身も初めてこのような長編を書いたので疎い部分もありますが、満足頂ける出来になっていましたら嬉しく思います。
この物語がハッピーエンドかバッドエンドか、この後の世界はどうなってしまうか等は皆様のご想像にお任せ致します。全て決めつけていては面白くないですからね。
1年かけてちまちま書いていたので、最初と最後で書き方が違ってたり拙い文章だったりするかもしれません。それでもここまで読んでいただけて、とても嬉しいです。
正直書きたいことが多過ぎて書くことが出来なかった設定も多々ありますので、気になる方は私の方に直接お話頂ければと思います。

この物語を知ったことに、後悔のないように。皆様はどうでしたか?良ければ是非ご感想を私にお伝え下さい。泣いて喜びます。

以上、あとがきでした。
空気清浄機 /FKZGDx2RM

2022年11月29日(火)20時24分 公開
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