ゴールドメダル
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大ヒット御礼記者会見

――小説の発売後、すぐに異例の重版がかかりました。人気作家となった今のお気持ちを聞かせてもらえますか?

本当にうれしく思います。自分がこれまで進んできた道は間違ってなかったんだなと確信しています。

――今一番感謝の気持ちを伝えたい人は、誰ですか?

大学時代の友人ですね。同時によきライバルでもあります。とにかく自分一人では、ここまで来られませんでした。

 会見の様子を見ていたあかりは、思わず胸がいっぱいになった。あかりは大学生の時から彼のことを見守ってきたが、彼も今や文学界のトップランナーだ。無数のフラッシュを浴びる彼を見つめながら、あかりは自身の大学時代のことを思い返していた。

              ☆

 私立修全(しゅうぜん)大学・文学部。昼休み中の教室にいた1年生の篠田瑛士(しのだ えいし)は、大学の広報誌に目を通していた。

理学部・原田教授の大発見。スキー部期待の一年生・神崎晶(かんざき あきら)。在学中に起業したインフルエンサーの久保タケル。

 自分も負けていられないな、と瑛士は思った。そのためにも、早く作家にならなければ。瑛士が冊子を読みながら考えていると、一馬が声をかけてきた。

「おい瑛士。食べながら次のコンテストの対策始めようぜ」

 目の前に座っていた新島一馬(にいじま かずま)が声をかけてきた。一馬は長い黒髪をゴムでまとめていて、まるで武士のような風貌だ。少し気難しいところもあるが、目標に向かって頑張る姿には学ぶところが多くある。

一馬の隣にいるのは、七瀬(ななせ)あかりだ。茶色い短髪に、真っ白なワンピースが良く似合っている。あかりが言った。

「次のコンテストで二人とも、プロ目指すんでしょ! ぼーっとしてる暇はないよ」

 あかりの言葉に瑛士は笑って、読んでいた冊子を脇に置いた。

 瑛士は修全(しゅうぜん)大学に通う大学一年生だ。一馬とあかりは同じ文学部の同級生で、友人だ。三人には小説を書くのが趣味、という共通点があった。しかも瑛士と一馬は小説家志望だった。

 二人の夢を応援したいというあかりも含めて、瑛士たち3人は文学賞対策室を結成した。この会の目的は、全員で協力して作品批評などを行い、文学賞の大賞を獲ってプロデビューしようというものだ。

 文学賞対策を結成した瑛士と一馬は、今年の夏が締め切りの令和文学新人賞に向けて、作品を執筆していた。今日はその途中経過を含め、文学賞について思うことを自由に話し合う、定例の会議だ。

 瑛士は自作の弁当箱から、卵焼きを箸でつまんだ。瑛士の向かいに座った一馬はコンビニ袋からツナマヨおにぎりを手に取ると、包装を破りながら言った。

「毎回思うけど、コンテストでよくある原稿用紙換算ってやつ。分かりにくくね?」

「あー、分かる。大体今の10代・20代は日常的に原稿用紙なんて使わないし。なんていうか、古いよね」

 数馬の隣に腰かけたあかりが、明太子スパゲティをフォークでつつきながら同意した。あかりの言葉に機嫌をよくした数馬が、また口を開いた。

「俺、最近気分転換にネットの小説投稿サイト始めてみたんだけどさ。ネットだと1万字みたいに字数で説明してて、分かりやすかったわ」

 一馬はおにぎりを口に入れて、もぐもぐと咀嚼した。瑛士は卵焼きを食べ終わると、ぽつりと言った。

「賞レースの原稿用紙って、これくらいの手間を惜しむようなら、プロにはなれないよっていう、一種の足切りなのかもな」

「まあ分かるけど。瑛士、なんか上からじゃね?」

 一馬がおにぎりの包装を手でつぶしながら、瑛士に言った。慌てたあかりが場をとりなすように明るい口調で言った。

「まあまあ二人とも。それぞれ違うジャンルなんだから、ルールも違って当然だねって話でしょ。ね、瑛士?」

 あかりの言葉にはっとした瑛士は、空気を元に戻そうと明るい声で一馬に言った。

「ごめん、なんか変な空気にして。最近執筆の疲れがたまってるのかも。棘のある言い方になっちゃったかな」

 一馬はちらっと瑛士を見つめたが、頬をかいてすぐに笑った。

「いや、俺の方こそ言い過ぎた。最近執筆が遅れてて、少し神経質になってたかもな」

 あかりは瑛士たちの様子を見て笑った。

「二人とも、本気で賞に向けて頑張ってるんだよね。尊敬するよ」

 するとあかりは何かに気づいたように手を叩いて、俺たちに言った。

「そういえばさ。私が前に言ったお願い、どうなったかな?」

 瑛士と一馬は、お互いに顔を見合わせた。1週間前のことだ。瑛士と一馬が文学賞に向けて執筆している姿を、カメラで撮影させてくれないかとあかりにお願いされたのだ。
 
 あかりは小説の執筆以外に、ドキュメンタリー映画の撮影にも興味があるらしい。さすがに撮影は、と瑛士たちは返事を保留にした。しかしいつもお世話になっているあかりのためならと、最終的に瑛士と一馬はあかりに協力すると決めたのだ。

「いいよ。プロになった時にこういう映像があれば、作家として箔がつくだろうしな」

 一馬があかりを見て笑うと、瑛士も「一馬、お前気が早いって」と突っ込んだ。あかりは瑛士たちにありがとうと頭を下げると、「絶対かっこよく撮ってあげるからね」と満面の笑みで言った。
 
「ごちそうさま。よしじゃあ賞に向けて、お互いここまで書けたものの感想を言い合おう」

 昼食を終えた瑛士たちは論評を始めるために、机の上を片付け始めた。一馬が机の端の置いていた広報誌を拾った。あかりも近づいてくると、表紙を見て大きな声を上げた。

「あっ、神崎選手だ。この人次のオリンピックで金メダル候補なんだって! ほんと、同じ大学の同級生とは思わないよね」

 あかりの興奮した様子に、一馬がそうなんだと呟いた。あかりはあごに指をつけて少し考えると、瑛士たちにぽつんと言った。

「今思いついたんだけど。文学の世界にも金メダルみたいなのってあるのかな?」

 一馬はあかりの言葉に何も言わず、表紙の神崎晶をじっと見つめていた。一方の瑛士は
あかりを見ると笑って答えた。

「どうだろう。文学はスポーツと違って芸術だからね」

 あかりは二人を交互に見て、顔の前で手を振ると、申し訳なさそうに言った。

「そうだよね。変なこと言ってごめんね」

 その後瑛士たちは時間いっぱい、作品の講評を行った。あかりはこの調子なら二人とも絶対に賞が獲れるよと、笑顔で言った。

Side 瑛士

 作家にとっての金メダルは、直木賞に決まってる。

 自室のパソコンで原稿を書いていた瑛士の手がふと止まった。部屋の隅で黒いカメラを持って立っているあかりが視界に入ったのだ。

 昨日の定例会議で話していたあかりの取材が、さっそく今日から始まった。今日は大学が休みなので、家にこもって執筆をすると瑛士が伝えると、自宅で撮影をさせてくれないかとあかりに頼まれたのだ。

「ごめん。気が散っちゃったかな」

 あかりの言葉に瑛士は首を横に振った。あかりは安心したように笑うと、続けて言った。

「あのさ。昨日瑛士が言ってた原稿用紙の話、もう少し詳しく聞いていい?」

 カメラを抱えたあかりが瑛士にそう尋ねた。どうやら撮影中でも最低限の会話はしていいようだと瑛士は理解した。

「うーん、そうだね」

 瑛士はそう言いながら、心の中で自分の声を再生していた。昨日の一馬の言葉は、本当にナンセンスだった、と。

 小説の世界で原稿用紙を使うのは伝統と慣習だ。それを煩わしいなどと非難するのは、長い文学の歴史に唾を吐くのと同じことだ。 
 
 プロ志望者は賞のルールに従って、粛々といい小説を書きあげるのが仕事だ。そうすれば審美眼のあるプロたちが、正しい評価をしてくれる。

「俺は文学賞って、プロになるための王道だと考えてるんだ。だから原稿用紙とかの様式に文句言っちゃうのは、なんというか、もったいないなって思っただけさ」

 瑛士は両指で文字を打ち込みながら、頭の片隅でさらに思考を続ける。そういえば、一馬は小説投稿サイトを始めたと言っていた。瑛士は心の中で、くすっと笑う。そんな素人の遊び場に手を出してしまうなんて、あいつも相当追い込まれているようだ。

 瑛士にとって小説投稿サイトはアマチュアの集まりで、邪道なものだった。もちろん小説投稿サイトから書籍化された本も何冊か知っているが、そんないつ花開くか分からない回り道をする気は瑛士にはなかった。

 文学賞は確かに競争率が高い。しかし毎年必ず一作は受賞作が生まれる。そういう意味では、文学賞こそプロになるための近道だ。なにより作家としてのキャリアに、箔がつく。

 一馬は創作の不安から、道に迷っている。しかし、自分はあくまで王道を往く。瑛士は自分にそう言い聞かせて、執筆のスピードを上げた。瑛士はいつの間にかあかりの存在を忘れていた。瑛士がキーボードを叩く音だけが、部屋中に響いていた。

Side 一馬

 作家にとっての金メダルは、とにかく本を売って億万長者になることだ。

 一馬は大学の図書館の勉強室で、熱心にスマホをスクロールしていた。最後の確認を終えて、自分の作品を小説投稿サイトにアップした。達成感で、思わず一馬の頬が緩んだ。
一馬が小説投稿サイトを利用したきっかけは、文学賞の型にはめて執筆することに違和感を覚えたからだった。どうせ書くなら、もっと自由にのびのび書きたいと、一馬は感じていた。

 一馬は直木賞といった文学賞、つまり名誉を得ることにあまり関心がなかった。それよりも自分の作品が映像化されるなど、一目で分かる成功の方に憧れていた。

 一馬の夢は自分の小説をたくさん売って、億万長者になることだ。名声より富が、一馬の信条だった。

 右手に持っていたスマホが振動して、一馬は我に返った。あかりから取材のお願いのラインだ。この後、賞への意気込みをカメラの前で話す予定になっている。

 一馬は荷物を片付けると、図書館を出て、あかりの待つ広場に向かって歩き出した。

 今はユーチューブに代表されるように、あらゆるデータが可視化されている時代だ。自分が作品をアップしたとして、それをいつ誰が何人見たのか、すぐに分かる。
一馬はデータをもとに対策を練り、次はどんな作品を作るか考えるのが得意だった。

 それに比べて文学賞は、完全なブラックボックスだ。入賞すれば選評がもらえるが、99%の作品はどこがどう悪いのか分からないまま、一方的に落選のレッテルを貼られる。正直に言って、賞レースは理不尽すぎる。

 一馬は1階のエントランスまで下りると、自販機でコーヒーを買った。コーヒーを一口すすると、思いのほか苦くて、一馬は顔をしかめた。瑛士の顔が、ふと頭をよぎった。

 瑛士。あいつは既存の権威に対して、盲目的すぎるところがある。文学賞がいかに非効率的なやり方か、あいつは分かっていない。一馬はふっとため息をついた。

 ただいいものを書けばそれが勝手に認められる時代は、もう終わった。これからはデータをもとにしたマーケティングが主流になると一馬は考えていた。

 時代はもう変わっている。一馬はそう呟くと、飲み終えた缶をゴミ箱に捨てた。ポケットに入れたスマホが、震えた。一馬が確認すると、小説サイトからの通知だった。自作の小説が読まれて感想が届いていた。誰かに読まれたうれしさが胸の奥からこみ上げてきて、一馬は思わず笑った。そうだ、あかりにもこのことを報告してやろう。

 年を越して、2月。去年の夏に応募した、令和文学新人賞の結果発表の日がやって来た。

 瑛士たち3人は結果発表とお疲れ様会のため、駅前のカラオケに集まった。景気づけにそれぞれ歌っていると、いよいよ発表の時間がやってきた。せーのというあかりの声で、全員でスマホ画面を確認する。瑛士は3次落ち、一馬は2次落ちだった。

 瑛士と一馬は何も言わず、その場に沈黙が下りた。あかりが「次もあるって、また頑張ろうよ」と二人に声をかけた。瑛士と一馬はスマホを見つめたまま、一言も言葉を発しなかった。隣の部屋から聞こえてくる、ZARDの「負けないで」が、あかりたちの部屋に虚しく響いた。

        ☆
Side 瑛士

 大学に春休みが終わって、瑛士たちは2年生に進級した。キャンパスには新1年生たちが初々しい表情でキャンパスを歩いている。たった一つ年上なだけなのに、瑛士は自分がひどく老けたように感じられた。

 瑛士はキャンパスの端にあるベンチに一人で座って、スマホを確認していた。先週末、3人で作ったグループラインに一馬からメッセージが入ったのだ。

「俺、しばらく文学賞には応募しないことに決めた。代わりに小説投稿サイトに専念してみるよ。迷惑かけて、ごめんな」

 新学期に入ってから、瑛士は一馬と大学で会っても、まともに話していなかった。一馬への失望や落胆も理由だったが、それ以上に瑛士自身に余裕がなくなっていたのが大きかった。瑛士にとって、今年はプロになるための勝負の年だった。

 瑛士はスマホの画面を見つめ直した。一馬からのメッセージの下には、URLが添付されている。瑛士がアクセスすると、それは瑛士も知っている有名な小説投稿サイトだった。一馬は本名で作品を投稿していた。

 現在連載中の作品タイトルは「エデン・ゲーム」。五人の死刑囚たちによるバトルロワイヤルもの、とあらすじに書かれていた。総合ランキングで現在8位、と一馬が宣伝していた。

 だからなんだ、と瑛士は一馬を軽蔑した。アマチュアがアマチュアを評価したところで、それが何になるというのだ。スマホをベンチに置いて、一馬は軽く伸びをした。眠い。昨日に執筆の疲れが残っているようだ。

 小説は、プロの厳しい目で読まれることで、磨かれていくものだ。それが文学の伝統であり、格式だ。ネットの世界で誰でも簡単に無料で読める作品に、本質的な価値はない。どうせ面白くないに決まっている。

 瑛士は心の中でそう呟くと、スマホをブラックアウトさせた。もう、一馬は終わった。ライバルでも同志でもない。

 瑛士には去年の賞レースで、3次まで通った実績がある。今年こそ令和文学新人賞を獲って、絶対にプロになる。瑛士はそう自分に言い聞かせた。一馬はキャンパスを後にして、実家へ戻った。

 部屋に戻ると、瑛士は本棚から前回の令和文学新人賞受賞作を取り出し、読み進めた。瑛士の心は乱れていた。本を読み終えると、瑛士はベッドに横になった。大賞受賞作と言っても、この程度か。これなら自分の作品の方が絶対に面白かったのに。なんで……。

 瑛士は気分を落ち着かせるために、令和文学新人賞のホームページで、受賞作の選評を調べた。審査員を務めた人気作家からのコメントが目に入った。

「近年の受賞作は変化球的な作品が多かったため、今回はあえてド直球の本作を推した」

 なるほどね、と瑛士は納得した。前回自分が投稿した作品は、どちらかと言うと変化球よりだった。だから審査員の好みに合わなかっただけで、自分の実力不足というより、球種の問題なのだ。

 瑛士は文学賞というのは、は野球に例えられると思った。応募者は審査員が望む球種、つまり直球か変化球かを事前に察して、その球を正確に投げればいい。見事配球の読みが合えば、文学賞を獲ることができる。

 つまり文学賞では、審査員の好みや癖を知ることが、何より大切なのだ。それならば過去の受賞作をもう一度読み返して、傾向と対策を徹底的に調べよう。

 瑛士はパソコンを起動させると、通話アプリを起動した。これからあかりとリモートの打ち合わせがあるのだ。自分のこの気づきをあかりにも教えてあげよう。瑛士はにっと笑った。

Side 一馬

 一馬はファーストフード店の椅子に座って、パソコンのキーボードを叩いていた。2年生になってからというもの、授業を終えるといつもこの店に来て、小説投稿サイトに作品をアップしている。

 この春から一馬はあかりに、投稿に集中するため、これまでの密着取材は受けられないと伝えた。あかりは、それならばスマホにボイスメッセージを残しておいてくれないかとお願いしてきた。「分かった」と一馬は了承した。

 一馬はポテトを一つ取って、口に運んだ。食べながら画面を確認する。一馬がこの春投稿した初めての長編「エデン・ゲーム」は、最高のスタートを切っていた。

 去年から小説投稿サイトを使ってみて、一馬はこうしたサイトの厳しさを肌で感じた。アマチュアの世界といっても、トップに立つのは並大抵のことではない。

 その後も諦めずに努力していくうちに、一馬にはあることに気づいた。ネットの世界では面白い作品を書くだけではなく、それを宣伝する自己プロデュース力が必要なのだと。

 ただ面白いものを書けば、向こうから勝手に人がやってきて注目される。そんなことは、幻想だ。小説投稿サイトは、コンテストとは違う。自分からの積極的に動いていかないと、評価どころか読まれさえもしない。

 一馬は新連載を始める前に、サイト内で他のユーザーと親睦を深めたり、宣伝用のSNSを開設して積極的に発信を行った。

 そうした努力の甲斐もあって、一馬の新連載は第1話から多くのユーザーに読んでもらえた。この調子でPVやスターを増やしていくことができれば、もしかしたら。一馬は思った。

 書籍化もありえるかもしれない。

 一馬の目標は作家として売れることであって、デビューのきっかけはなんでもよかった。ネットからデビューした人気作家も多くいる。

 一馬はスマホのボイスメモを起動させると、熱のこもった口調で一言呟いた。

「僕は、小説投稿サイトから作家になる!」

 それから一馬は、小説投稿サイトで「エデン・ゲーム」の更新を毎日続けた。それに加えて、ランキング上位の作品から色々な要素を積極的に取り込んで、自作に反映させた。そうした努力のおかげか、読者の数はさらに増えていった。「エデン・ゲーム」のランキングは一つ、また一つと上昇していった。

 あっという間に時がすぎ、今年も2月になった。令和文学新人賞の結果発表がやってきた。

 三人は久しぶりの再会を祝して、ちょっと高めのイタリアンの店に集まっていた。テーブルの上にはチーズたっぷりのピザ、カルパッチョなど、美味しそうな料理が並んでいる。

 瑛士は慣れない手つきで、グラスのワインを口に近づけた。先月成人したばかりで、初めて飲むワインだ。口に含んでみても、正直味はよく分からなかった。

 しかし今日瑛士の人生が決まるかもしれない緊張に、飲まずにはいられなかった。一方の一馬も心ここにあらずといった雰囲気で、さっきから食事にあまり手をつけていない。

 瑛士が「じゃあ、確認するな」と一馬とあかりに言った。二人は神妙な顔で頷くと、瑛士は震える指でスマホを操作した。瑛士の震える口が、小さく動いた。

「最終選考落ち……。くそっ、読みが外れた!」

 悔しそうな瑛士の声の後、3人のテーブルはいっきに静まり返った。隣のテーブルの客の笑い声が、やけに大きく聞こえる。

 瑛士はショックのあまり、能面のような顔で、机の一点を見つめていた。見かねた一馬が瑛士に言葉をかけようとした時、瑛士手元にあったスマホが小刻みに揺れた。気づいた一馬がスマホの画面を見ると、一通のメールが届いていた。一馬は反射的にメールを開封した。

「俺が使ってる小説投稿サイトからだ。なになに? 『エデン・ゲーム』に関するご相談って。まさか!」

 書籍化が決まったのか、と一馬の胸は高鳴った。しかしメールを読み進めていくうちに、一馬の表情が青ざめていく。

「え? 『エデン・ゲーム』に盗作の疑いがあるだって? 協議の結果、作品の削除が完了しただって! そんな……」

 あかりは取り乱す一馬を見つめると、心配そうに言った。

「一馬、盗作なんてしてないよね?」

 一馬は立ち上がってつばをとばしながら、あかりたちにこれまでの経緯を説明した。サイトのランキングで上位になるために、人気作品の世界観をいくつか取り入れたが、盗作するつもりは一切なかった。そう一馬は訴えた。その話を聞いて、瑛士が重い口を開いた。

「盗作の意図があろうがなかろうが、盗作は盗作だ。やっぱりアマチュアが客観的に作品を書くって、難しいんだよな」

 その言葉を聞いて、一馬は茫然と立ち尽くした。その時あかりの冷たい声が、テーブルの上に落ちた。これまで聞いたことがないあかりの声音に、瑛士たちは驚いて言葉が出ない。

「私ね、ずっと二人の取材をしてきて思ったんだ。二人はとにかく自分が有名になりたいって気持ちばかりで、本当に大事なことを見失っているって」

 瑛士は顔を真っ赤にして、語気を強めてあかりに尋ねた。

「いきなりなんだよ、あかり。俺たちが何を見失っているっていうんだ?」

 一馬も瑛士の言葉に同意するように、大きく頷いた。あかりは冷たい目で瑛士たちを見ると、的を射抜くような尖った声で二人に言った。

「私さ、一年の春に言ったよね。文学賞と投稿サイトは、そもそもジャンルが違うって。単位のグラムとリットルみたいなものでさ。どっちが優れてるかなんて、そもそも比べられないのよ」

 誰も、テーブルの上の料理に手をつけない。色々なメニューが入り混じった不快な香りが、三人の間に漂っている。となりの席の笑い声も、もう聞こえない。ていうかさ、とあかりは呟いて、さらに言葉を続けた。 

「一番大事なのは、読者目線じゃない? 読者の人が自分の作品を読んでどう思うのかっていう視点が、二人には根本的に足りてないように思う」

 あかりの言葉を聞いて、瑛士は背もたれに背中を預けると、天井を見上げてぽつりと言った。

「あかりの言う通りだ。俺は審査員の方ばかり見て、その向こうにいる読者への意識が欠けていたのかもしれない」

 一馬も俯いて腕をだらんと伸ばすと、小さな声で力なく言った。

「ネットは確かに読者と距離が近いけど、何を書いてもいいわけじゃない。誰でも自由に投稿できる分、その責任も問われる」

 瑛士は両手で髪を乱暴に掻くと、机を激しく叩いた。

「そもそも賞レースで、審査員の好みを察するなんて、無理なんだよ! そんなの、本人の気分次第でころころ変わるじゃん。どうしようもねえよ」

 瑛士に影響されたように、一馬も顔を両手で覆って、絞り出すように声を発した。

「俺、もう創作活動やめようかな。なんか、しんどいわ」

 一馬の言葉に、瑛士も力なく頷いた。

「僕も。なんのために頑張ればいいのか、分からなくなった」

 二人の告白を聞いていたあかりは、荷物を持って椅子から立ち上がった。去り際にあかりは瑛士と一馬に言い放った。

「二人とも、取材させてくれてありがとね。おかげで貴重なデータが取れたわ。私ね、二人みたいなアマチュアが、本を出して売れることができる一番の方法が分かったの。お礼に教えてあげるわ。それはね……」

               ☆

大ヒット御礼記者会見

――次の質問です。神崎晶先生。ご自身の競技生活を基にした自叙伝的小説「ゴールドメダル」が生まれた経緯を教えて下さい。

 私はスキーで世界一になることと、作家になるのが夢でした。でも私には文才がなくて……。悩んでいた私に、先ほどお話したスキー部のライバルでもある友人が、アドバイスをくれたんですよ。

――それは、どんなアドバイスだったのですか?

「オリンピックで金メダルを獲れば、有名人になってきっと本を出せる」って言われたんです。確かそうだなと、私も納得しました。
それで実際に金メダルを獲ったら、色んな出版社さんから声をかけていただけて。それで、この本を出せることになりました。

――実際に作家になってみてどうですか?

 案外簡単になれるんだなって思いましたね。賞を獲るとか、投稿サイトを使うとか、正直面倒くさいじゃないですか。だったら、まずどんな形でも有名になる。本を出すなら、それが一番手っ取り早いと、私は思いますね。

 今年開かれたパリオリンピックで、神崎が金メダルに輝いた瞬間を、あかりは昨日のように思い出せる。大学生の頃から、あかりは神崎のファンとしてずっと彼を見守ってきた。

 やはりトップに立つ人間は、物の考え方が違う。瑛士と一馬には、金メダルを撮る資質がなかったのだ。あかりはそう思った。

 カメラの前で笑っている神崎を見つめながら、やはり彼こそがゴールドメダルにふさわしいと、あかりは笑った。

(完)
メランコリー 

2022年10月10日(月)22時27分 公開
■この作品の著作権はメランコリーさんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
朝井リョウさんの「ままならないから私とあなた」、「スター」に影響を受けて書きました。

趣味で小説を書いています。もっとうまくなりたいので、厳しめの意見もぜひ聞かせて下さい。

よろしくお願いします。


この作品の感想をお寄せください。

2022年10月18日(火)07時47分 神原  +10点
作品の削除は投稿者さんの持つ権利です。ご自分で削除したいのであれば削除おkなので、誰かに承認を得ずとも実行して大丈夫です。
22

pass
2022年10月18日(火)00時44分 メランコリー  作者レス
「作品の削除を希望しています」

pass
2022年10月13日(木)13時36分 メランコリー  作者レス
神原さん、こんにちは。

アドバイス、ありがとうございました。

序盤から神崎晶の伏線を張りたくて、その神崎をカモフラージュさせるために他の人名も出したので、ごちゃごちゃになってしまいました。

その他基本的な言葉づかいなど、気を付けようと思います。ありがとうございました。

pass
2022年10月13日(木)03時17分 神原  +10点
こんにちは。

まず、最序盤で出す人数が多すぎます。読者が覚えきれない名前と特徴はよくありません。↓

≫1年生の篠田瑛士(しのだ えいし)神崎晶(かんざき あきら)。在学中に起業したインフルエンサーの久保タケル。一馬≪

と立て続けに人名が書かれています。

次に語尾が考えられていません。「た」や「だ」が続く場所が数多く散見されます。読んでいて単調になりがちなのを変えるようにした方がいいです。

次に「言う」と言う言葉。セリフでしゃべっているのは分ります。ので、特に強調したい時以外は使わないでみてください。それで誰がしゃべっているのか分からなくならない様に記述しましょう。

_______________

えと、物語ですが、金メダルを取る方も小説投稿サイトや賞を取るのと同等には難しい気がするのは私だけでしょうか?

ちょっとだけ最後に笑いました。なので、少し良かったです。を置いていこうと思います。上の方で指摘している部分とかは減点していないので、減点するなら普通です。でしょうか。ではでは。
25

pass
合計 1人 10点


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