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0.
 眼前に広がるのはメイドの大群。手に手に得物を持ったその数はおよそ五十。回り込むように、周りを取り囲むようにゆっくりと、じわりと距離を詰めてくる。
 対する僕らはたったの四人。男子一人に女子三人。
 傍から見て、客観的に戦況を分析するならば、どちらが負けるかなんてのは一目瞭然。百人に聞けば、九十九人が口を揃えて僕ら四人が瞬殺されると答えるだろう。
 常識的な判断だ。正常な反応と言ってもいい。ただの傍観者であったなら、僕も間違いなくそう答えるさ。けれど、残念ながら僕は当事者だ。
 だから。
 悪いけど――

 ――そんな常識はクソくらえ!


1.
 十月というのはとてもいい月だと思う。
 季節的には秋の半ばで、気候は涼しくて過ごしやすいし、食べものがおいしいのも嬉しい。残暑が厳しかった反動か、一気に秋めいてくるのが早くて、もう鈴虫も鳴いているしコスモスだって咲き誇っている。もう少しすれば木の葉が散って、枯葉が舞うようにもの悲しくなっていくのだろうから……うん。今が一番秋という季節を満喫できる時期なんだろう。これといった学校行事は何も無く、ただ日常を消化していく日々というのも堪らない。
 今年は本当に色々あった。春休みに始まり、二年に上がった入学式から夏休み合宿、体育祭に文化祭と、文字にして並べればどうってことはないことばかりだけど、その内容はとてつもなくハードだった。だからこういう、何も無い月を得がたいと思ってしまうんだろうね。
 のんびりと、そんな日常をかみ締めながら僕は校門をくぐる。登校するには少し早い時間だけど、生徒の人数はそこそこに多い。知り合いに挨拶しながら、ふと視線を前に向ければ昇降口にある掲示板に人だかりが出来ていた。
 見た感じだと学年はバラバラのようだから……なんだろう? 学食の新メニューの発表とか? ならば早速チェックしないわけにはいかないよね!
 僕は掲示板へと近寄って、どれどれと眺めてみる。

 
 …………なんだ、これ……


 僕は目を擦り、もう一度見てから見間違いでないことを確認すると、すぐさま教室へとダッシュした。


2.
 階段を駆け上がり、勢いを殺さずに廊下を曲がって上履きのグリップ力を最大限に利用して教室の前で止まってドアを開ける。
 瞬間!
 僕の目の前に上履きが迫ってきた!
「ドララララララァァァァアアアァァアッー!」
 クレイジーなダイヤモンドみたいな叫び声をあげながら、僕は何かを思うよりも早く動いていた。全身を沈めて頭を下げ、前に身体を投げ出すように鞄を抱えて転がった。
「朝っぱらから何をするんだよ!?」
 転がる勢いを殺さず使って起き上がり、入口で足を上げたままのクラスメイトへ抗議する。
 ――残念なことに彼女はスパッツだった。短めのスカートから見えるそれはそれでいいものかもしれないけど、僕はやっぱりパンツが見えたほうが素直に嬉しい。色がライトグリーンだったら、きっとその日一日幸せでいられるね!
 今の世の中は何かっていうと縞パンがもてはやされているけれど、それはメディアに踊らされているに過ぎないんだとみんなそろそろ気付くべきではないだろうか。
「いやぁー、な? お前がやっとやる気になってくれたんだと思ったら嬉しくてさ」
 嬉しいと顔面にハイキックを見舞う危険人物とクラスメイトの僕の運命やいかに!
 たった一度しかない高校二年の学校生活に、もはや何度目か分からない暗澹たる気持ちを新たにしながら、急いで教室に駆け込んできた理由をはっと思い出す。
「掲示板のあれ、蕨さんの仕業でしょう!?」
 蹴りを放ったクラスメイト、蕨かおりさんへと食ってかかる僕だ。
 わずかに脱色した長い髪をポニーテールに纏め、活発そうな中性的に整った顔は可愛いよりもカッコいいという形容がよく似合う。猫科の動物のようにスラリとした体躯は制服越しでもそのキレイさが全然そこなわれていない。
 実際、蕨さんの身体は芸術品だ。文化祭の時、思わぬ事故で蕨さんの裸を見たけれど、あれは今でも忘れられない。惚れ惚れしてしまう裸身だった。純粋に、部屋に飾るインテリアとして持ち帰りたいと本気で思ったくらいだよ。
 全てがひとつの芸術品のような蕨さんは、訳が分からないと言うように顔をしかめて僕へと近づいてくる。
「何言ってんだ。お前?」
「とぼけないでよ。僕に無断で生徒会選挙に申し込んだでしょ!?」
 そう。僕が遅刻でもないのに全力で教室へ向かった理由がこれだ。なぜか、僕は生徒会長に立候補していたことになっていたんだ!
 何度も言うけど、僕はそんなものに申し込んだ覚えはまったくない。みんなを束ねる的な仕事や役職は柄じゃないし、何より現生徒会――通称“殲滅の生徒会”の跡を継ぐなんて考えただけで悪夢を見そうだ。全くもってとんでもない。
 これはもう明らかに、僕に対する嫌がらせか何かの罠に違いない。人畜無害で善良な、その他大勢の一般生徒である僕を貶めようとする人なんて、どんなに考えても身近で親しい人物しかありえない。で、その筆頭が何かと僕に絡んでくることの多い蕨さんを真っ先に疑ったんだけど……
「はあん? お前、アタシをそんな奴だと思ってたのか? 志を同じくする男子を騙してまで無理矢理同じ土俵に立たせようとするような女だと?」
 すっ、と蕨さんの目が細くなる。そして、剣呑な雰囲気のまま僕との間合いを一気に詰め、息がかかるくらいにまで顔を近づけてきた。
「いいか? よく聞けよ、潤。アタシが仮に、そんな真似をするなら、な?」
 ヘビに睨まれたカエルとはまさに僕のことだ。
 怖い。僕の本能は間違いなくここから逃げろと言っている。それなのに、身体は指一本動かすことすら出来ない。魔法にかかったように魅入られ、その場に縫い止められて目を逸らす事も出来ない。


「こんなタイミングでばれるようなヘマはしない。当日まで隠し通して退路を完全に断ってやるぞ?」


「タチ悪いな、オイ!」
 思わず僕は大声で突っ込んだ。
 それは本当に最悪だ。そして彼女の行動力と人脈を駆使して根回しすれば、それが出来てしまうんじゃないかと思ってしまうのがなおさら嫌だ。
「そういうことだ。少なくともアタシはんなこたぁやってないさ」
 身体を離し、顔の横でひらひらと手を振りながら二カッと笑う蕨さん。
 それなら、犯人は一体誰だろう? 僕が不幸になることに無上の喜びを覚えるような人間と言えば……
 顎に手を置き、知り合いの顔を順繰りに思い浮かべていると、
「三組の諸君! 失礼する!」
 そんな聞き慣れた、よく通る女子の声が耳を打った。声の主は分かっているけど、一応確認のためにそっちへと顔を向ける。
 そこには当然案の定。予想通りの見知った顔の女子二人組――六組の川口静さんと赤羽英美里さんが立っていた。
 川口さんを一言で表すのなら『攻撃的な美人』だ。
 デッサンのモデルになりそうな、平均的に整った綺麗な造作の顔のなか、彼女を彼女足らしめるのが瞳だった。ツリ目気味な目は大きくて神秘的な光を放っているけれど、そこに愛嬌は全く無く、ただただ見る者を圧倒し、畏怖させる視線しかないのは残念だ。まるで自分の周りには敵しかなくて、何かをしようものなら迷い無く攻撃すると言外しているように見える。笑えば可愛いと思うのに、本当にもったいないとつくづく思う。
 でも、それは仕方ないのかもしれない。川口さんは赤羽さんを守るための『騎士』なんだから。もっとも、赤羽さんは『姫』というよりは『お嬢様』だけれど。
 ふわふわでボリュームのある髪に、キュートで可愛らしい顔。小柄でスラリとしてるのにメリハリのある身体。おそらくは女子の思う外見的な理想を体現しているのが赤羽さんだと思う。その上、彼女は日本屈指の大企業の社長令嬢という、男子の理想のひとつでもあるお嬢様なのだから堪らない。 
「浦和潤。掲示板はもう見たな?」
 川口さんは僕を見るや、いつものようにどこか偉そうに言ってきた。
 それに続き、川口さんの背中に隠れるようにしていた赤羽さんが、彼女の耳元に何かを囁くように顔を近付ける。
 川口さんは目を閉じ、神からの信託を受け取る巫女のような厳粛な顔で耳を傾け、
「……お嬢様のお言葉を伝える!」
 瞳を開き、川口さんは僕へと顔を向け直す。
「『この選挙戦であんたとの格の違いを見せつけてあげるんだからね! そしてこの私に一生仕えさせてやるんだから!』」
 極度な恥ずかしがりやの赤羽さんは、滅多なことでは自分で直接何かを言うことは無い。いつも一緒にいる川口さんに耳打ちするのが常だった。で、出てくる言葉がこれだ。内向的なツンデレ、とでも表現すればいいのかな。赤羽さんはきっと、なんというか色々と損をしているように僕はいつも思う。お嬢様お嬢様してて可憐で可愛いのにね。
 そしてこれまたいつものことではあるけれど、川口さんのようなハスキーで女性ロック歌手みたいな、どこぞの戦災復興部隊長のような声でそういうセリフを言われると、ぐぐっ、ときてかなり萌える訳ですが。これが無表情でなければ最高なんだけど。
「フフン、浦和潤よ。お嬢様との勝負に怖気付いたのか? 無理も無い。今までのらりくらりと運だけの、偶然だけの半歩の差の僅差でからくも勝ってきたのだからな。決定的に力の差が出る選挙戦では万にひとつも勝つ見込みなどない。どうだ。今この場で負けを認め、お嬢様に忠誠を誓えばいらぬ恥をかくことも無いぞ?」
 悦に入ったような、完全に上から目線の見下した声音で親切めかす川口さん。
「勝負も何も、僕は選挙に申し込んだ覚えも、立候補するつもりもないよ」
 そもそも、この一連の出来事に僕の意思は微塵も含まれていない。成立することすらおかしいんだから。
「ハン。何を言うかと思えば。自分で署名したことすら覚えていないほどのバカに成り下がったのか?」
 僕の反論に返ってきたのは川口さんの憐れみだった。
 そんなバカな!? 僕がいつそんなことをしたっていうのさ!
「思い出してみるがいい。二日前、帰宅途中に何かしなかったか? 例えば……そう、女子にねだられて署名とか、な」
 おととい? あ。そういえば、かなりスタイルが良くて可愛い女の子が盲導猫設立のための署名運動をしてたからそれに協力したけど……え? もしかしてあの子って……!
「ようやく気付いたか。そう、あれは私だよ。声色を使い、髪型を変えて化粧して印象を変えただけで私だと分からないのだからな。あまりに簡単にいき過ぎて拍子抜けしてしまったよ」
 クククククク、とさもおかしそうに川口さんは喉を鳴らした。
「それは公文書偽造だよ!?」
「何を言う。ロクに確かめもせず、私の媚びた態度に鼻の下を伸ばしながら署名したお前が悪い。恨むなら自身のスケベ心を恨むんだな」
 だってしょうがないじゃん! ミニスカ黒ニーソの絶対領域装備のツインテールな可愛くてスタイルのいい女の子が胸の開いた服で署名運動してたんだよ!? その健気さに胸を打たれない健全な男子高校生はいないでしょ!?
 くぅ〜。あれが罠だったなんて! なんて恐ろしく巧妙な罠なんだ!
「なるほど。そういうことか」
 川口さんへ戦慄の視線を向ける僕の隣で、腕を組んで納得したように頷く蕨さん。
「悪いがこの選挙戦、勝たせてもらうよ」
 宣戦布告と言わんげに、蕨さんは川口さんに不敵に微笑みかける。
「こいつはバカでスケベで大バカだが、アタシが認めた奴でもあってよ。ゆくゆくは一緒に世界征服を誓い合うくらいには信頼してもいるのさ」
 僕をチラリと横目で見る蕨さん。言ってることはカッコいいんだけど、バカって二度言ったよね!? しかも二回目は大バカって言ったよね!? もうひとつ言えば世界征服するなんて一度も言ってないよ!?
「生徒会選挙はいい足がかりさ。高校のトップになれずして、世界を獲ろうなんて夢の夢の夢の夢の夢だからな。ここでコケちまうようなら、潤は赤羽の奴隷にでもなった方が幸せだし本望だろうさ」
「奴隷なんて幸せでも本望でもないよ!」
 な? と目で聞いてくる蕨さんに僕ははっきりと断言した。
「志が高いのは良いことだ。もっとも、すぐに挫折することになるだろうがな」
 嘲笑する川口さんの耳元に、赤羽さんが何事か囁いた。
「『今のうちに参ったって言っておけばよかったって後悔しても知らないんだから。でも、安心してもいいわよ。どんなに醜く不様に負けてもちゃんと部屋を用意して大事にしてあげるから。感謝することね』とのお嬢様からの温かいお言葉だ。良かったな、浦和潤。お前にはもったいない破格の扱いだぞ」
「良くないよ! それ完全にペットってことじゃん!?」
 恐ろしい。お嬢様お嬢様したキュートな可愛い顔してなんて怖いことをさらっと言うんだよ、赤羽さんは……!
「それでは。邪魔したな、三組の諸君」
 川口さんはそう言って、赤羽さんと一緒にクラスのみんなに向かって頭を下げると教室を出て行った。きっちりと礼儀正しいのに、言うことは過激なんだよなぁ……
「燃えてきたなぁ、オイ!」
 バンバンと僕の肩を叩きながら、心底嬉しそうな蕨さんだ。
「もう。他人事だと思って気楽に言わないでよ。選挙には出ないからね」
 そうだよ。これが明らかに仕組まれたものだと判明した以上、僕が律儀に守る必要なんかないんだから。これから生徒会か選挙管理委員会か分からないけど、元締めみたいなところに行って申請を取り下げてこないと。
「あらぁ? もしかして逃げるのかしら、潤クン?」
 クスクスと小さく笑いながらやってきたのは大宮ゆかなさんだ。
 艶のある長い黒髪は絹のよう。まさに白皙の頬に切れ長の瞳に通った鼻筋。人形師が丹精込めて紅をさした様な唇はまさに宝石のようだ。サファイアの輝きや美しさを人の形で表したなら、きっと大宮さんのようになるのだろう。
 言い方は悪いかもしれないけど、血の通った作り物めいた造作の顔に、意地悪な笑顔を浮かべる大宮さんへ僕はため息を返した。
「大宮さんも何を言い出すのさ。川口さんとのやり取りを聞いてたんなら分かる――ん?」
 僕の言葉を遮る様に、大宮さんは目の前にA4のコピー紙を突きつけてきた。その紙にはでかでかと『会長候補者所信表明』と記してある。
「潤クンの欄のところを読んでみなさいな」
 大宮さんから受け取って、言われたとおりに目を通す。
 まったく。川口さんはこんなものまで用意していたのか。きっと立候補を申請する書類として必要だったんだろうけど。本当、用意周到だよ。
「――て、何コレ!?」
 全然関係ないことを考えながら読み進めていた僕は、あまりの内容に思わず声をあげてしまう。
 前半は特に問題が無い。よくあるような挨拶や公約が綴られているだけだから。だけれど後半――と言うより最後の数行。これが大問題過ぎる。


『私はこの選挙に人生を賭けております。もしも落選することがあった場合、新生徒会長の忠実なる下僕として残りの人生を捧げる事を己への戒めかつ、公約を遵守するための誓約としてここに記すものであります。なお、ここに述べさせて頂いたことを変更、あるいは取り下げたり、選挙戦を辞退した場合。皆様への裏切りと対立候補者への完全敗北を意味するために、上記のような忠実なる下僕として無条件で跪く事をお約束します』


「何だよ、これ!」
 無茶苦茶過ぎる。捉え方によっちゃあ、相手に負けたくない気概にあふれ、人生を賭けた背水の陣を敷いて臨んでいるように読めなくも無い。
 でも、事情を知ってる僕からすれば確実に退路を塞がれた格好だ。
 落選しても下僕。途中棄権も下僕。赤羽さんから逃れられたとしても、あの“殲滅の生徒会”を引き継ぐという地獄。八方ふさがりとはまさにこのことだよ……
「おーおー。こっちの手はお見通しってか。しっかりと外堀を埋めてくるたぁ、赤羽の奴、今回は本気で来てんなぁ」
 僕の横から所信表明を覗き込んでいた蕨さんが、感心したようにキシシと笑う。
「潤クンはもう抜け出せないのよ。クモの巣に絡まった哀れな虫。助かるには自力で何とかするしかないわね。かおりも言っているけど、赤羽さんはかなり本気よ。第一歩目からこちらの状況を詰ませているんだもの。まずはあちらの作戦勝ちね」
 他人を褒めることなんて滅多にしない大宮さんまでそんなことを言う始末だ。
 あまりの状況に眩暈がしそうだ。平穏な月だと思った矢先にこれだよ。本当、十月のことを神無月とはよく言ったものだよ。まったく!


3.
「さて。一週間後に控えた選挙についての打開策だけど」
 お昼休みのいつもの中庭で、僕は購買で買ってきたサンドウィッチを摘みながらそう切り出した。
「あらあら。切り替えの早いこと」
「午前中丸々使ってんだから遅いほうじゃないか?」
「……ねぇ、どうして私もここにいるのかな?」
 それぞれのお弁当をつつきながら大宮さんと蕨さんは言い、与野さんは怪訝そうな顔をしている。
 与野さん――与野千和さんは僕らのクラスの委員長だ。つり目にメガネをかけた顔は知的でキリッとしてて、おでこを出したショートカットと相まって、いかにも委員長然とした容貌だ。なのだけれど、身体が全体的に小柄にしてフラットであるために、「委員長」というよりは「いいんちょ」と言いたくなるような可愛らしさがあるのは、ある意味で反則だと思うのは僕だけかな?
 朝の一件で僕のテンションはだだ下がりだった。それでもなんとか授業四時限分――午前中の全部を使い、どうにか気持ちを立て直すことには成功した。一から十まで全てが望まぬものだからと言ったって、すでになっちゃったのなら仕方がない。そんなふうに開き直ってしまうことができるくらいには、この半年での騒動で耐性がついたのかもしれない。とりあえず、置かれた立場と現状は全部を受け入れることにした。……まあ、実際は諦める、が正しいのかもしれないけど。どうにもならない状況でも、前さえ向いていれば何とかなる……かもしれないことをちょっとは学んでる僕なのだ。
 生徒会長になろうと思うところまではさすがに心の整理はついていないけど、せめて赤羽さんの下僕になってしまう未来だけは回避したい。彼女のことは決して嫌いじゃない……どころか川口さんも含めて好きな部類の女子だけど、だからってさすがに十六にして将来を決めてしまうのは、決められてしまうのはさすがの僕も遠慮したい。だから、少なくともそうならないための最低限の方法を練っておきたいところだ。
「生徒会選挙は会長、副会長、書記、会計のチーム戦だから……僕が会長。大宮さんが副会長。蕨さんが書記。与野さんが会計でいいかな?」
「いいわよ」
「順当だな」
「だからちょっと待ってってば!」
 頷く二人に対し、与野さんが文字通りに待ったをかけた。
「あ、ごめん。与野さんは他の役職が良かった? 大丈夫。変更はきくよ」
「そういうこと言ってるんじゃないよ!」
 与野さんは肩をいからせて叫んだ。あれ? なら何が不満なんだろう?
「どうしてわたしもメンバーに入ってるのよ!?」
「なんでって……ねえ?」
「なあ……?」
「そうよねぇ……?」
 与野さん以外の三人で顔を見合わせる。


「「「僕達(アタシ達)(私達)友達でしょう?」」」


「……ぐっ!」
 言葉に詰まる与野さんだ。
「それにさ。何だかんだで入学式も夏休みも文化祭も体育祭もバカな潤に付き合って、バカな潤のことを知りつつも結局アタシ達四人はチームだったじゃん。だから気心も知れてるじゃんさ」
「しかも今回の最終目標は生徒会よ? 潤クンの知り合いで、それに耐えられる能力があって、それでいて潤クンのバカさを補える人材っていったら、私とかおり以外には千和くらいでしょ?」
「そうそうその通り。僕がバカなのを知ってて、それでもなお支えてくれそうなのはもう、与野さんくらいしか――て、ねぇ!? 二人ともなんか僕のことこっそりとバカにしてない!?」
「まあ、浦和君のバカさ加減にはさすがに慣れているけど」
 うわ!? 与野さんまで!? クラスをまとめる委員長にまでバカ認定されてるよ!?
「それにさ。生徒会長になれば、さすがのこいつも勉強して並くらいの成績にはなるかもしれないだろ?」
「そうね。必要にかられれば人間は努力するものだもの。きっと潤クンも死ぬほど必死に勉強して、十人前くらいの成績になる可能性はあるじゃない」
 気持ちの傾いている与野さんに、二人で畳み掛けてくれるのは嬉しいんだけど……なんか、不当な扱いされてないかな? 僕……?
「……分かったわよ。浦和君を人並みにするって春休みに誓ったもんね。仕方ない。協力するわ」
 降参よ、と言わんげに与野さんは小さく息をつき、パック牛乳を一口飲んだ。与野さんの協力が取り付けられたのはいいけど、なんか素直に喜べないのはどうしてだろう?
「それで実際のところどうなの? 勝てそうなの?」
 与野さんがミートボールを口に運びながら核心を突いてきた。
「うーん、どうだろうね……」
 ハムサンドをかじりつつ、僕は思案を巡らせる。
「こればっかりはやってみないと分からないからね。赤羽さんも川口さんもかなり強いけど、大宮さんも蕨さんも与野さんも全く遜色ない離心体(スペック・コア)だし。残りの候補者次第だよねぇ」
 僕達の学び舎、新葉学園の生徒会選挙は生徒の投票によって決めるものじゃない。文字通り、候補者同士が戦って決めるのだ。


 この学園の生徒全員には、ある共通した特徴がある。それは離心体を呼び出せる、ということだ。
 極端に簡単に言えば、スタンドとかペルソナとか試験召喚獣とか。そういう風に呼ばれるものと理解してもらって差し支えない。
 スタンドが運命を象徴するように。ペルソナが別人格を具現するように。試験召喚獣がテストの点数を表すように。離心体は僕達の全てを表現する。
 学力や運動能力などの勉強や練習で身に付くもの。努力によって磨かれていく才能。生まれつき持っている資質や潜在能力なんかの諸々を目に見える形で顕現させたのが離心体だ。
 生徒会選挙は候補者の離心体を競わせ、戦わせて勝ち残った者が真の実力者として生徒の頂点となる生徒会を治めることになる。
「赤羽さんは私たちに匹敵するような離心体を持つ人に目星をつけているでしょうけど、実際に引き連れてくるのは厳しいでしょうね」
「え? そうなの?」
 そうかな? 赤羽さんに協力しようって人なら(特に男子には)たくさんいると思うけどな。可愛いし、お金持ちでお嬢様だし。
「ゆかなの言う通りだ。いいか、考えても――悪い。考えろなんて無茶な相談だったな」
 そんなことすら諦められちゃう僕って一体……
 ちょっとだけ凹む僕に構わず、「ぅうん」と気を取り直すように咳払いを挟んでから蕨さんは続ける。
「赤羽に人気や人望がどんなにあっても今回はさすがに分が悪い。生徒会選挙ってだけで尻込みしそうなのに、戦う相手が潤ときてる。この半年のことで選挙戦に出てくるメンバーもおおよそ予測がつくだろうし、お前の離心体の強さは広く知れ渡ってる。その上あの所信表明だ」
「でも、あれは真っ赤な嘘だよ?」
 所信表明に僕は一言どころか一文字も関係していないのに、どうしてここで話に出てくるんだろう?
「それは事情を知ってれば、でしょ? 普通の人が見たら浦和君に対する印象はアレだとは思いこそすれ、本気っぷりは十分アピール出来てるし。わたしだってあれを見た時、『ああ、浦和君ついに……』と思うと同時に本気なんだとも思ったもん」
「あれは逃げ場をなくすと同時、こちらが本気なんだと図らずしもアピールする結果になったわね。この事態を予想してなかった川口さんではないでしょうけど、第一の目標が潤クンを引きずり出すことだから仕方なく、というところかしら? 本気になるということは、どうにも出来ない絶対の欠点で欠陥で弱点の学力的なバカさ加減をなんらかの形で補ってくる。と、みんな考えるでしょうね。そうなると、おいそれと協力したくても出来なくなる。負ける可能性のある勝負に出たがらないものよ。人間って現金だから……あら? どうしたの潤クン。涙なんか流して? ゴミでも入ったのかしら?」
 与野さんと大宮さんの説明を聞いてたら、なぜか涙が出てきた。うん、これは親切に噛み砕いて話してくれたことに対しての感謝の涙だよ? 決してそこはかとなくさりげなく酷い事を言われた悲しみから出た涙なんかじゃないんだからね!
「あの二人のこった。全部を踏まえた上で仕掛けてくるかもしれないけどな。潤も年貢の納め時かもしれないな」
「そうね。赤羽さんはかなり本気みたいだし。今回ばかりは潤クンも覚悟しておいた方がいいかもよ?」
 ニヤニヤした嫌な笑いを張り付ける二人はとても楽しそうだった。
「もう、二人とも! 他人事だと思ってさ」
「そう怒るなって。バカなお前でも見捨てないアタシ達がついているんだ。赤羽の好きにはさせないさ。なあ?」
 キシシと笑いながら、蕨さんは僕の首を抱えるように肩を組み、そのまま僕の胸をバンバンと叩いた。
「そうね。おバカな潤クンをいじめていいのは私だけだし。それを横からかっさらおうなんて真似はさせないわ」
「浦和君にはしっかりとした真人間になってもらわないと。選挙を機に勉強をしてもらって、今の最底辺から抜け出さすわ!」
 澄ました顔でオレンジジュースを飲む大宮さんに、気合の入った顔で胸の前で両手を握り締める与野さんだった。
 ……うん。僕は泣かないよ? 三人が協力してくれるなら、プライドのひとつやふたつや三つや四つ、見て無ぬ振りして捨てることができるから……ね……


4.
 あっと言う間に日は過ぎて。
 ついに選挙戦当日がやってきた。平日午後の授業を丸々使っての一大イベントだ。
 あの告知から今日までの一週間は何事もなかった。投票で決まるのなら、一般的なイメージアップのための選挙運動や、ネガティブキャンペーンなんかを展開するのかもしれないけど、離心体を使っての戦闘ならそんな必要はない。せいぜいがベストのコンデションで臨めるように体調を整えるくらいだ。
 この一週間の生活は本当に規則正しかった。
 大宮さん手作りの栄養バランスを完璧に整えたお弁当をみんなで食べるだけでなく、一人暮らしの僕の家に集まってみんなで夕食を食べ(しかも、その時に朝食も作ってくれるという至れり尽くせりだ)、蕨さんプログラムの運動を放課後にみんなでこなし、与野さんが中心になって勉強会を開いたりと半ば合宿状態だった。それが功を奏したようで、僕の体調はすこぶるいい。これなら余すところの無い全力で戦えそうだ。
「ついにこの時が来たな」
 蕨さんが腕を組みながら楽しそうに笑い、
「ふふふふふ……。久しぶりに相手を思いっきりしばき倒せるのよね……」
 大宮さんがうっとりした顔で暗く笑うと、
「がんばろう!」
 与野さんが気合を入れながら小さく笑った。
 うん、三人は三人で体力気力ともに充実しているようだ。赤羽さんに誰が付いているのか分からないけれど、勝つのはきっと僕達だ。
「それじゃ、いくよ」
 僕は目の前の、会場へ続く扉を開けた。

 ◆

 離心体授業用の特別教室に、簡易的な観客席と透明な防御壁を設置した直径五十メートルの砂地の円形広場が選挙戦の会場だ。観客席は当然のことながら全校生徒で埋まっており、歓声や嬌声でざわざわと騒がしい。
『さあ、白虎の門から現れたの浦和潤会長候補。彼についての紹介は不要でしょう! みなさんご存知の“正統なる異端”! その力をもって、ついに生徒会に名乗りをあげたーっ!』
 やたらテンションの高いアナウンスに会場が一際高い声援で応える。みんなノリノリだなぁ。なんかパフォーマンスした方がいいのかな?
『そして続くのは副会長候補の大宮ゆかな! 容姿端麗、成績優秀、文武両道。九十・六十・八九のパーフェクトボディの女王様だ! その優雅な毒舌で罵って、カモシカのような足で踏みつけられたい人は数知れないっ!』
 あ、やっぱりそういう認識なんだ。そして本人はものすごく満足そうな笑顔なんだよなぁ……
『お次は書記候補の蕨かおり! 熱血! 根性! 友情に努力に勝利! そんな少年誌を体現したのが彼女だぁ!「彼氏にしたい女子」ベストスリーも頷ける。そして同時に「お姉様にしたい人」ベストスリーにもランクイン! まさにパーフェクト・ガール!』
 そのアンケートはそこはかとなく同じ内容のものだと思うのは僕だけかな? まあ、本人が満更でも無さそうだから別にいいか。
『最後になるのは会計候補の与野千和! 古来より、委員長の三種の神器は「眼鏡」「三つ編み」「巨乳」と言われてきたが、それは今から過去となる! この瞬間から「つり目」「おでこ」「貧乳」に取って変わるのだ! そう、彼女は委員長・オブ・委員長! パーフェクト“いいんちょ”だぁー!』
 お、本人が照れてる照れてる。コンプレックスを逆手に取るのがなんともニクイ。そして「委員長」ではなく「いいんちょ」。司会者は分かっている人だね。
『ではでは皆様。青龍の門にご注目!』
 パッ、と正面の門にスポットライトが当たり、ゆっくりと扉が開くと人影が現れた。
『今回のもう一人の主役! 会長候補の赤羽英美里だぁ!「家電のことならアカバネ ONLY ONE AKABANE」のCMでお馴染みの赤羽グループのご令嬢! 可憐な容姿に恥ずかしがりやな立ち振る舞い。そしてちょっぴりツンデレなのがタマラナイ!』
 うおぉぉぉーっ! と一気に男子の野太い声援が強くなる。みんなお嬢様が好きなんだね。うん、僕も大好きさ。
『副会長候補はこの人、川口静! 毅然と凛々しく、陰となり、日向となってお嬢様をお守りする! そんな彼女を、人は畏怖と敬意をもってこう呼んだ! ナイト・オブ・メイド……と!』
 キャー! と今度は女子の黄色い声援だ。え? なに? あの女の子達はみんなメイドに憧れてるの!? あ、なんか、これからの日本の未来は明るい気がするよ!
『そして最後に会計兼書記候補の戸田実里! 一年生からの大抜擢だ。その表情は彫刻のように崩れることなく、誰も彼女の笑顔を見たことが無い! とても可愛らしい顔なのに勿体無いと嘆く男子は数知れず! 究極のクールビューティー、ここに降臨!』
 うわぁ、本当に人形みたいに可愛い子だよ。大宮さんを日本人形とするなら、彼女はビスク・ドールという感じかな? 
『両候補が揃ったところで現生徒会、春日部界人会長から挨拶を頂きたく思います』
 さっきまでの熱狂が嘘のように、水を打ったように会場が静まり返る。それだけ会長の影響力が強いと言うことだ。
『第三十期生徒会長の春日部だ。この場で私が言うことは何も無い。両候補者とも生徒会を継ぐに足る能力を持っている。両名とも存分に力を出し合い、正々堂々と決着することを望む。以上だ』
『ありがとうございました。それでは、ただ今より選挙戦を開始します』
 ぅおおぉぉーっ! と再び歓声が沸き上がる。それに押されるように僕達は二、三歩軽く前に出て、所定の位置についた。
『ルールは簡単。会長候補を戦闘不能に、もしくは「参った」や「ギブアップ」等の敗北や降参を表す言葉を言わせた陣営の勝利です』
 僕らは赤羽さん達を。赤羽さん達は僕らを。
 緊張して、楽しそうに、嬉しそうに、やる気に満ちて、恥かしそうに、不敵に、無表情に。
 それぞれがそれぞれの表情でお互いを見る。
『それでは、選挙戦……スタート!』
 司会の合図に僕達は叫ぶ。離心体を呼ぶための力ある言葉を放つ!
「跪きなさい。〈ヌワリエリア〉!」
 大宮さんの命令に応え、足元の空間が歪むと、露出の多い武者鎧に身を包んだ離心体が片膝をついて頭を下げた姿勢で現れる。
「出て来い。〈ニルギリ〉!」
 蕨さんの号令に応じ、傍らの空間が滲むと、そこから簡略化された甲冑を纏った離心体が出現する。
「力を貸して。〈ドアーズ〉!」
 与野さんの願いを聞き、頭上の空間が揺らぐと、要所要所を守る装甲を着けた離心体が降り立つ。
「羽ばたいて。〈カルチュラタン〉……」
 赤羽さんの消え入りそうな声に反応し、目の前が光ったかと思うと、大きな翼を携えた天使のような離心体が光臨する。
「剣と盾となれ。〈アンブレ〉!」
 川口さんの求めに、背後の空間が淡く光ると、シャープなデザインのメカメカしい機動兵器のような離心体が飛翔する。
「――滅ぼせ。〈モンターニュブルー〉!」
 戸田さんの望みに、周囲の空間が闇に染まり、瞬時に人型となるや全身をローブで包んだ離心体へと変貌する。
「召喚。〈ディンブラ〉!」
 僕の呼びかけに呼応し、蒼い光球が出現すると、脚や腰に肩に頭へとくっついて形を成し――顕現する。槍を手に、蒼い騎士の格好をした僕という格好で。
 僕の離心体は人の形をしていない。全校生徒で唯一の装着型で、異端だと言われる所以だ。
 離心体は能力の具現だ。逆に言えば、それは才能だけの姿であって、片手落ちだとも表現できる。能力は能力であって、それを発現させるには肉体は絶対に必要だ。つまり、離心体を装着すると言うことは、自分の持つ全ての力を余すところ無く百パーセント行使できるということに他ならない……らしい。理屈や細かいことはあんまり覚えていないけど、僕が僕として強くなるなら問題無い。
「思った通り、そちらは人が集まらなかったみたいね。四対三じゃ勝負にならないんじゃないかしら。……ああ、そうか。負けた時の言い訳か」
 大宮さんが挑発するように舌戦をしかけた。
「ああ、大丈夫だ。すぐに援軍を呼んでやるさ」
 余裕を持った態度を崩さず、不敵に笑う川口さん。と、〈アンブレ〉が手にした剣を地面に突き刺した。
「時間をやると思うかよ!」
 蕨さんは吠えると〈ニルギリ〉を全速力で〈アンブレ〉へと突進させる。それに〈ヌワリエリア〉と〈ドアーズ〉も続き、僕も槍を振りかぶる。
「――させない」
 戸田さんが言うが早いか、〈モンターニュブルー〉が瞬間移動でもしたかのような神速さで〈ニルギリ〉へと肉迫し、ローブを黒い錐に変えて突き込んでくる。〈ニルギリ〉は剣で受け止めながら、上へ下へ右に左と高速で移動するけど、ぴったりと〈モンターニュブルー〉が張り付いて前へ進むことが出来ない。
 〈ヌワリエリア〉は刀で、〈ドアーズ〉はビームサーベルを構えて左右同時に〈アンブレ〉へと斬りかかる。けれど、二体の渾身の一撃は突如として現れた光の壁――〈カルチュラタン〉の防壁に弾かれた。
「赤羽さんゴメン!」
 謝りつつ、雷光を絡ませた槍を防護の薄くなった〈カルチュラタン〉へと振り下ろす。
 離心体がいくらダメージを受けても、痛みが本体へフィードバックすることはない。ただ、ダメージが蓄積すると具現化出来なくなって消えてしまう。そうやって強制的に消失させられた場合、しばらくは呼び出すことが出来なくなる上にごっそりと体力を持っていかれるという後遺症が出る。これが戦闘不能状態だ。
「だりゃああああぁぁぁぁぁっ!」
 一気に決着するために、裂帛の気合を込めた渾身の一撃を放つ。当たれば確実に強制的に消失させられるはずだ。


「――形態移行(フェイズ・シフト)。〈ファントム・アーミー〉」


 凛とした声が響いた刹那――真横からの衝撃にいきなり吹き飛ばされ、そのまま壁に叩きつけられた!
「……くっ…………う……」
 離心体のおかげで身体にダメージは無い。その代わりに鎧は所々がひび割れ、欠けている部分さえあった。
「大丈夫か、潤!」
「潤クン! 怪我はない!」
「浦和君!」
 口々に僕の名を呼んで、三人が離心体と一緒に駆け寄ってきてくれた。
「うん。僕は大丈夫だけど。一体何が……て!?」
 与野さんに手を借りて立ち上がりながら、思わず目の前に広がる光景に絶句した。 
 そこにいたのはメカニカルなメイドの集団。ざっと見た感じでは五十体くらいいるだろうか? 人よりも二回りほど小さな体躯に武器を持ち、無表情で佇む様子はシュールな上に微妙に怖い。
「いまさら説明する必要も、意味もないかもしれないが一応、な。これが私の――〈アンブレ〉の形態移行した姿。〈ファントム・アーミー〉だ」
 形態移行。その名の通り、離心体を別の形へ変えること。
 離心体は自分が一番イメージしやすい形で具現する。それを変えると言う事は自分の枠や殻を壊し、限界を超えた新しい可能性を獲得すると言う事と同意……だったと思う。それは人間として、肉体ではなく精神の成長――高次への進化に等しいために、離心体としての力は大きく跳ね上がることでもある。
「さて、大宮ゆかな。人数がどうとか言っていたが……これで満足か?」
「そうね」
 大宮さんはサワッ、と優雅に髪をかき上げる。
「まあ、少しはマシになったんじゃないかしら?」
「そうか。そいつは良かったよ。なら――」
 川口さんはゆっくりと右手を挙げ、
「――私を失望させるなよ?」
 ニヤリと笑って勢いよく振り下ろす。刹那、〈ファントム・アーミー〉が一気に襲い掛かってきた。


5.
 状況は圧倒的に不利だった。戦力比は四対五十二。数だけ見れば絶望的だけど、幸いなことにメイドロボ一体一体はそんなに(と言っても、能力的には上の下レベルだけど)強くはない。けれど、倒しても倒してもしばらくすると再生してしまうし、自律行動しているようで、しっかりと連携してくるからタチが悪い。それに加え、思い出したようにランダムに適当に〈モンターニュブルー〉が上空から攻撃を仕掛けてくるから、それにも対応しなくちゃいけない。酷く地味で時間のかかるやり方だけど、勝つための一番確実な戦い方だ。そういう意味でも赤羽さんの本気具合が伺える。
「これじゃ、埒が開かないわね」
 掴み掛かり、切り込んでくる〈ファントム・アーミー〉を次から次へと〈ヌワリエリア〉で斬り払い、両断させながら大宮さんは嘆息する。
「ちっ。仕方ない。このままじゃジリ貧だし……お前らに見せたくはなかったんだけどな……」
 蕨さんは舌打ちし、忌々しいような目でチラリと大宮さんと与野さんを見た。ん? なんだろう。何かの合図かな?
 〈ニルギリ〉は大きく剣を振り、周囲の〈ファントム・アーミー〉数体を一度に斬り倒すと蕨さんの真横に戻り、顔の前で剣を縦にして構える。
「アタシが埒を開けてやる。〈ニルギリ〉抜きで十秒耐えろ」
 〈ニルギリ〉が支えていた所から〈ファントム・アーミー〉が一気に押し寄せる。
「――余計なことはさせない」
 これを好機と見て取ったのか、〈モンターニュブルー〉まで攻めてきた。
「邪魔はさせないよっ!」
 大きくジャンプし、錐を放とうとしていた〈モンターニュブルー〉へ槍を叩きつける。それが肩にぶつかるや否や、ぐにゃりと凹んでそのまま絡め取られてしまう。
「――これで終わり」
 一瞬動きが止まった隙を逃さず、僕に高速で回転する錐が押し付けられる。
 即座に槍を手放して、〈モンターニュブルー〉の肩を蹴って距離を取る。
「――逃がさない」
 瞬間、錐が爆発するように大きくなった。そして、錐と言うよりは巨大ドリルとなったそれが僕に向かって射出された!



「……形態移行。〈ソウル・ヴァルキリー〉」



 僕の五倍はあろうかと言うドリルの直撃に備え、腕を十字にして構える僕の耳にそんな声が流れてきた。
 刹那。身体が何かに抱えられるように急上昇し、目前にまで迫っていた巨大ドリルが細切れになって地面に散っていく。見ると、僕を助けてくれたのは白いローブに白銀の鎧を纏った戦乙女だった。
 え……? これってもしかして……蕨さんの〈ニルギリ〉が形態移行した姿なの……!
「待たせて悪かったな」
 戦乙女――〈ソウル・ヴァルキリー〉は僕を蕨さんの隣に静かに下ろす。
「こいつにはまだ慣れて無くてな。変えるのには少し時間を食っちまうんだが――」
 〈ソウル・ヴァルキリー〉が動き、手にした剣を横に薙いだ。たったそれだけの、無造作な動きが風を呼び、衝撃波となって近づいてきた十数体の〈ファントム・アーミー〉を粉砕する。
「とまあ、これくらいにはパワーアップするから許してくれよな?」
 そう言って、蕨さんは不器用にウィンクしてみせた。
「蕨かおり。お前が形態移行者(シフター)だったとは誤算だな」
 圧倒的な攻撃力を見せつけられたにも関わらず、川口さんの声は冷静で、態度から不敵さが消えることはない。
「見たところ攻撃特化型か。移行に時間がかかったところをみれば……ふむ。覚えてから大して時間は経っていないのだろう? ならば、恐れるに足りんよ」
 ニヤリと川口さんが笑った瞬間。〈ファントム・アーミー〉に変化が起こる。固体が一回り大きくなり、数が三十くらいにまで減ったのだ。
 形態移行は発揮される力が大きい分、本人への負担も大きい。慣れていないなら無駄も多く、早く体力が尽きてしまう。〈ファントム・アーミー〉一体の質を――防御力を高くして、出来るだけ攻撃に耐えられるように調整してあるのだろう――高めて時間を稼ぎ、蕨さんの体力切れを狙う作戦か。
「なるほど。量より質を選んだ訳ね」
 川口さんと蕨さんの睨み合いに、ふらりと大宮さんが割って入った。
「なら、こちらも『質』を上げさせてもらおうかしら」
 大宮さんは悪の女王のような冷たく傲慢な、それでいて楽しそうな笑みを口元に浮かべて全員の顔を見回し――そして最後に僕を見た。
「誰が一番なのか。――教えてあげる」
 大宮さんは水平に、鋭い音が鳴るほどに勢いよく右腕を薙いだ。
「形態移行。〈レクイエム・クイーン〉!」
 その瞬間。大宮さんの背後に控えていた〈ヌワリエリア〉が眩い光りを放って姿を変じ――数秒後、そこに立っていたのは優雅な武者だった。黄緑と白を基調とした公家装束の上から簡略化した鎧を装備し、両腰に二振りずつ、背に六振りの日本刀を帯びた女武者だ。
「ゆかな……お前」
 これはさすがに意外だったようで、蕨さんが目を見開いて大宮さんを見ていた。それも当然だ。まさか、こんな身近に二人も形態移行者がいたんだから、僕だって驚きで言葉が出ない。なんだけど……どうしてだろう? 蕨さんの表情にはそれ以外のものが混ざっているように思えるんだけど……?
「かおりも成長したものね。個人的な駆け引きを差し置いて、切り札を出してまで全体を優先させたのだもの。だからこれはかおりの成長記念のプレゼント。私の隠し札を見せてあげる」
「へん。まだまだジョーカーを持ってそうな口振りが小憎らしいね」
「さあ、どうかしら? いい女はそう簡単に全てを見せないもの、とだけ言っておくわ。――さて」
 よく分からないやり取りを終えると、大宮さんと蕨さんは揃って〈ファントム・アーミー〉へと顔を向けた。
「さあ、あなた達。私の前に跪かせてあげるわ!」
「さあ、お前達。蹴散らしてやるから覚悟しな!」
 二人は宣言し、それぞれの離心体を躍らせるのだった。
 よし! これでこっちの戦力は大幅アップだ。まさか二人が形態移行者だなんて思いも寄らなかったよ。と、二人に任せてばかりもいられない。僕も戦闘に参加しないと。
「ねえ、浦和君……」
 不意に与野さんが、不安そうな苦しそうな、どこか思いつめた顔で話しかけてきた。
 もしかして体調を悪くしたとか? 選挙戦は大事だけど、身体を壊してまで続ける必要はどこにもない。ここは休んでもらったほうが絶対にいい。
「あ、体調悪いんなら無理しないで休んでも……」
「う、ううん。そうじゃないよ。ただ」
「ただ?」
「……浦和君はやっぱり、その、形態移行出来る人が……」
 俯きながら、消え入りそうな声の与野さんだ。
 あ、そうか。いきなり友達が形態移行なんてしちゃったから不安になったのかな? なら、ここは少しでも安心させてあげないとね。
「大丈夫。僕も形態移行できないよ!」
 キラッ、と歯が光るくらいの、自分でも会心の笑顔を与野さんに向ける。与野さんは一瞬、困ったような苦笑いをしたけれど、すぐにいつもの笑顔を見せてくれた。あれ? 僕、なんか変なこと言った?
「わたしは浦和君の援護に回るから、二人で協力して〈ファントム・アーミー〉の壁を崩すことにしよう」
「了解!」
 短く告げて、僕は槍を構えて〈ファントム・アーミー〉へと駆け出した。


6.
 〈ファントム・アーミー〉はやっぱりワンランクくらい強くなっていた。僕一人では数体が相手でも押し込まれてしまっただろうけど、〈ドアーズ〉のおかげでなんとか十体くらいなら相手が出来る。けれど、あくまで『相手が出来る』だけで切り崩すまでには及ばない。
「ほらほら、どうした! 修復再生が遅くなってきてないか!」
 だと言うのに〈ソウル・ヴァルキリー〉は二十体を相手にしているにも関わらず互角――どころか徐々に押してさえいるんだから!
「――形態移行したって……!」
 〈モンターニュブルー〉が神速で動き、次々に黒い錐を放つ。けれど、〈レクイエム・クイーン〉は右手の刀一本で全てを弾き飛ばす。
「――これなら」
 錐の投擲では進展がないと思ったのか、〈モンターニュブルー〉のローブが十数本にも分かれ、四方八方から〈レクイエム・クイーン〉を囲うように全方位から錐を突き込んできた。
「――殺った」
 そして、まさに錐が〈レクイエム・クイーン〉を串刺しにしようとした刹那――その姿が忽然と消えた。
「あなたは強いわ。そしてこれからもっと強くなるでしょうね」
 残像すら残さないほどの高速移動をしたんだろう。〈レクイエム・クイーン〉は〈モンターニュブルー〉の背後から喉元に刃を当てていた。
「自信を持っていいわよ。けど――相手が悪かったわね」
 大宮さんは冷たく言い放つ。それに応え、〈レクイエム・クイーン〉が〈モンターニュブルー〉を両断した。
 〈モンターニュブルー〉が光りの粒子になって溶けるように消えると同時、本体である戸田さんがうなだれるように座り込んでしまう。
 戦闘不能状態だ。これで赤羽さんチームの攻撃手は川口さんだけになった。
「まだ終わってはいない!」
 川口さんは叫び、〈ファントム・アーミー〉を再構成する。数を十まで減らして〈ソウル・ヴァルキリー〉と〈レクイエム・クイーン〉に三体ずつ、僕と〈ドアーズ〉に四体をぶつけてきた。
「川口。お前は強い。意志は固く、信念も曲げないし、忠義に厚い」
 〈ソウル・ヴァルキリー〉は〈ファントム・アーミー〉の一体を一撃の下に斬り捨てる。個体の強さは単純に考えても三倍は強くなっているはずなのに、そんなことは全く関係が無い。
「だから残念だ。アタシと同じところを見ていられたら良かったのにな」
 返す動作で二体目を撃破。舞うような流れる動きで三体目を粉砕する。
 本当にスゴイ。僕なんか攻撃を受け止めるだけで精一杯だっていうのに、〈ソウル・ヴァルキリー〉は瞬殺してしまうんだから。
 だけれど、スゴイということなら川口さんも負けていない。これだけ強い離心体を、こんなにも長く形態移行状態で維持するなんて並大抵の努力じゃ絶対に不可能なんだから。
 でも、そんな川口さんにもさすがに翳りが見えてきた。きっと体力が尽きかけているんだろう。〈ファントム・アーミー〉の再生するスピードが明らかに落ちてきている。いかに川口さんとはいえ、形態移行者二人が相手じゃ、さすがに無理があったということだ。
 きっと川口さんは、しばらくすれば体力が底を尽き、戦闘不能になるだろう。そうすればもう、残るは自らを光りの壁で守っている赤羽さんだけになる。どんなに強固な守りだって四人が一斉に攻撃を加えれば、時間はかかるかもしれないけれど絶対に破ることが出来る。そうなれば僕らの勝利が確定だ。
 なのだけれど……それはマズイ。だって、僕は生徒会長になるつもりが全然ないからだ。それを避けつつ、それでいて赤羽さんの下僕にならない方法。様々なパターンを想定し、対抗策を練った作戦を決行するのは今しかない!
「赤羽さんに話がある!」
 〈ファントム・アーミー〉一体の攻撃を受け止めながら僕は叫ぶ。僕からは見えないけれど、赤羽さんが目配せか何かをしたのだろう。〈ファントム・アーミー〉は動きを止め、一歩後ろへ下がった。
 僕は槍を地面に突き刺し、深く息を吸い込んだ。おそらくここが正念場。ミスは絶対に許されない。
「停戦を申し込みたい」
 言葉を選びながら、ゆっくりと話す。
「正直なところ、僕自身に生徒会長の器はない。人の意見をまとめたり、問題を処理する能力はないし、人を動かしてことに当たる資質にも欠ける。そして何より華が無い。候補者紹介の時の声援でもそれが分かると思う。生徒のトップたる人物が地味だとみんなはついてこない。離心体の強さだけじゃ、やっぱり無理がある。だから――この学園の生徒会長には赤羽さんがなるべきだ」
 言葉を切り、赤羽さんの反応を見る。予想通り、彼女は何を言っているのか分からないという顔をした。
「だけど、それだと僕は赤羽さんの下僕にならないといけない。自分で宣言したことだからそうするべきだと思うけど……今、最優先に考えることは学園をよりよくするための最善の方法だ。それはきっと、赤羽さんがトップに立って、それを僕が――僕達が支える構図だと僕は思う。ここにいる候補者の実力は十分に分かってもらえてる。なら、半数がいなくなるより、全員が生徒会に所属したほうがプラスになることは多いと思うんだけど。どうだろう?」
「ふざけるな! そんな虫のいい話があるものか!」
 僕の提案に異を唱えたのはやっぱり川口さんだった。顔を赤くし、噛み付かんばかりの勢いで猛然と抗議してくる。
「黙って聞いていれば好き勝手にべらべらと! 選挙といえこれは戦いだ。これは勝負だ。己が優位のうちに有利な条件を相手に押し付けようとはなんて卑劣な……!」
「卑劣、とは酷い言われ様ね」
 大宮さんが長い髪をかきあげながら、悪役めいた笑みを閃かせる。
「これはれっきとした交渉よ。それもあなた達を助ける度合いの高いもの。言わせてもらえば、私はどちらかと言うと川口さんの意見に近いわ。白黒はっきり、誰の目からも明らかな決着を付ける。あなたをぶち倒して赤羽さんを打ちのめす。その方が楽だもの」
「くっ……!」
 川口さんの顔に悔しいような、苦々しい躊躇が浮かぶ。川口さんが常に最優先に考えるのが赤羽さんのことだ。きっと彼女が一番望まない結果は赤羽さんが疲労困憊で倒れること。すなわち、離心体を倒され、強制消失に追い込まれることに他ならない。それを徹底的に回避するため、赤羽さんの〈カルチュラタン〉を戦線に出さず、光の壁で完全防御するという陣容を取ったのだろうから。
 さすが大宮さん。相手の弱点を真っ向から遠慮なく、容赦なく突いていく。そして、そんな嫌われ役をさせちゃってゴメン。後でお礼をは必ずするからね。
 二の句を継げない川口さんへ、光の壁を解いた赤羽さんが歩み寄り、耳元に何かを囁いた。
 「いえ、ですが……」「それでは遠回りに……」などと小声で話す川口さんの声が断片的に聞こえてくる。
 口論めいた小声の会議が終わったらしく、川口さんは顔を――納得いかないものを押し殺した表情を向けてくる。
「その提案を飲む、とお嬢様はおっしゃっている」
 苦々しく告げてきた。
 よしっ! と僕は胸中でガッツポーズ。さあ、後はこれが認められかだけど……
『話は付いたようだね』
 春日部会長がマイク越しに話しかけてくる。
『選挙戦を見れば分かるとおり、君達の力は申し分ない。これだけの実力者が生徒会に集えば、よりよい学園生活になるのは約束されたも同然だろう。生徒会法第三条による会長権限を発動し、ここにいる全ての候補者を第三十一期生徒会とする』
 こうして、どうにかこうにか選挙戦の幕は降りた。
 ふう。やれやれだ。なんとか計画通りに事が運んで良かったよ。


7.
 新葉学園第三十一期生徒会 役員一覧

 会長:赤羽英美里
 副会長:浦和潤
     川口静
 書記:大宮ゆかな
    蕨かおり
 会計:与野千和
    戸田実里 

8.
「乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
 僕の音頭に従って、手にしたグラスをみんなで打ち鳴らす。
 選挙戦の打ち上げをするために、僕達はひいきにしている喫茶店“カフェ・ガルガンチュア”に集まっていた。稼ぎ時であるはずの夕食の時間帯だというのに、店内には僕達四人の他に四、五人くらいの客しかいない。利用し始めて半年くらいは経つけど、料理は結構美味しいし、値段もそれなりにリーズナブルなのにも関わらず、僕は未だに客席が全部埋まっているという状態に遭遇したことが無い。それどころか、見る客はいつも一緒の顔だ。特に、大学生っぽい二枚目半の青年と、凛々しい若武者のような美人のお姉さんのカップルはいつもここにいるような気がする。まあ、それはそれとして。僕としてはいつも空いているから全然いいんだけどね。
「今回は本当に助かったよ。みんな、協力ありがとう」
 六人がけの席に座るみんなの顔を見渡し、改めて頭を下げる僕だった。
「蕨さん、ありがとう。蕨さんがあの時に埒を開けてくれなかったら、きっとここまでは上手くいかなかったよ」
「気にするなよ。今の状況はアタシにとっても必要なものだからな。労力や努力は惜しまないさ」
 斜め前に陣取る蕨さんはニヤリと笑った。蕨さんはどういう訳か、僕と組んで世界征服を本気で目指したいらしいから、その一歩目となる『高校征服』が出来たことが何より嬉しいんだろう。
「大宮さん、ありがとう。大宮さんの想定と立案が無かったら、ここに僕はいなかったよ」
「そうでしょうね。まあ、私は川口さんの悔しそうな顔が見られたからそれで満足だけどね」
 正面の大宮さんは選挙戦を反芻しているのか、心底満足そうに微笑んだ。彼女と川口さんは外見も中身も全然違うのに、なぜか同じ印象を持ってしまう。そのことが許せないらしい大宮さんは、今回の件でギャフンと言わせられたのが本当に嬉しいんだろう。
「与野さん、ありがとう。与野さんが付き合ってくれなかったら、この作戦は成功しなかったよ」
「わたしは自分に出来ることを精一杯にしただけだし。それに一番頑張ったのは浦和君だよ」
 隣に座る与野さんは、照れたように頬を赤くしてはにかんだ。選挙戦がこの形に決着するようにシミュレートしたシナリオは、全部で二十四パターン。それを全て覚えることは、僕にとっては不可能に思われた。それでもなんとか覚えることが出来たのは、ひとえに与野さんのおかげだ。付きっきりで面倒を見てくれたり、覚え方をレクチャーしてくれたり、叱咤激励してくれてなかったら、絶対に途中で諦めていただろうからね。
 みんながみんな、本当に親身になって協力してくれた。今日ほど彼女達を友達に思ったことをありがたく、そして誇りに思ったことはないよ。
「今日は僕がおごっちゃうよ。だから好きなだけどんどん頼んでくれていいからね」
 この程度じゃ全然お返しにはならないかもしれないけど、それでも今、僕に出来る精一杯の感謝の気持ちを表したいと心底思う。
「それは殊勝な心掛けだな、浦和潤。ならば私はプリンセスクレープを頂こう。お嬢様はミラクルケーキティーセットをご所望だ」
「――デストロイパフェ」
「ふぇっ!?」
 不意に聞こえた背後からの聞き慣れた声に、僕は間抜けな声と共に振り向いた。席を隔てる垣根の上に案の定、予想通りの三つの顔が並んでいた。
「何で三人ともここにいるのさ!?」
「浦和潤。貴様の行動など予測済みだ。『同じ生徒会になったんだから、親睦を深めるためのパーティーを開きたかったわけじゃないんだからねっ!』とお嬢様もおっしゃっている。ほら、もっと詰めたらどうだ」
 後ろの席から移動して、川口さんは僕の隣になぜか顔を真っ赤にしている赤羽さんを座らせる。どうしたんだろう? 熱でもあるんだろうか? 
 その川口さんは大宮さんの隣に何食わぬ顔で腰を下ろし、戸田さんが近くの机から持ってきた椅子に腰掛ける。 
「すまない。注文をしたいのだが――」
「ちょっと、何か勝手にウェイトレスさん呼んでんの!? しかも本当に注文してるし……て、みんな!? なんで便乗してるの!? この状況おかしくない!?」
「ま、いいんじゃないか」
 スペシャルカレーハンバーグセット“風鈴の音色、彼女の歌声”を頼んだ蕨さんが苦笑を見せ、
「そうね。これから一緒にやっていくメンバーだし、近いうちにこういう場を設けてたでしょうしね。それが今日になっただけよ」
 店長おすすめのスパゲッティフルコース“移り変わる季節と共に”を注文した大宮さんは澄ましてそう言い、
「そういうこと。みんな仲良くしましょうね」
 海のパーフェクトディナー“冷たく感じるようになった海”をオーダーする与野さんは、すでにニコニコと三人の闖入者に笑顔を振り撒いていた。
 ……はあぁ。まあ、そうだね。これから一年間やっていく訳だし、早くこの状況に慣れるためにも――かなり今更だけど――顔合わせは早いに越したことは無い。何事も前向きに、起こった事態は最大限に活用するが吉だ。
 気持ちを切り替え、とりあえずは定番の自己紹介から始めたほうがいいのかな? なんて思いながら、僕はウェイトレスさんにメニューを告げるのだった。
山城時雨 

2022年09月25日(日)23時13分 公開
■この作品の著作権は山城時雨さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
???「これが何かに似てるって!? まずはその幻想をぶち殺――」
???「裁くのは、俺のスタ――」
???「ペルソ――」
???「サモ――」


この作品の感想をお寄せください。

2022年10月16日(日)18時28分 メランコリー  +30点
読みやすい文章で、会話のテンポもよく、面白かったです。ただヒロインの名前が難しくて読めなかったのが、残念でした。ルビをふっていただけると、ありがたかったです。
33

pass
2022年09月26日(月)19時43分 ミニ揉み  +40点
面白かった。

文章は上手いし、キャラも魅力がある。かけあいのテンポも良い。

なろう系が台頭する前の、いかにもラノベという感じだった。

今のラケンには誰もいないと言われているみたいだけど、こんな良質な作品を書ける人がちゃんと居るんじゃないか。

ぜひとも今後もどんどん作品を書いて投稿してほしい。

26

pass
2022年09月26日(月)08時24分 金木犀 gGaqjBJ1LM +30点
こんちゃ、
馬鹿とテストと召喚獣を思い出しました。

とりま、面白かったです。
てか、今の誰もいない鍛練室に落とすクオリティじゃないのがめちゃくちゃ笑える。

では。
25

pass
合計 3人 100点


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