1つの小説
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 あなたは今これを読まされている。
 あなたは今これを読むことを強要されている。
 あなたは今誰かにこれを読ませられている。
 あなたは今これを読んでいるとされる。
 あなたは今これを読んでいることになっている。
 今、この文章は読まれた。
 あなたは読まされた。
 読まないことは許されなかった。そう言うことになっていない。
 あなたは読まされている。
 あなたは自分の意志で読んでいるつもりかもしれないがそうではない。
 あなたはこの物語の登場人物だからだ。
 この物語は今、ごく短い文章によって描写されている。
 あなたが地の文を読むことはできない。
 絵の中の登場人物が、どうして自分を描いた絵を見ることができようか。
 それと同じように、あなたを描写する文字の羅列が
 文字によって生み出されているあなたによって読まれることはない。
 あなたは今、これここにある文章を読むことを、地の文によって描写されている。
 これは一本の小説の中の出来事であり、地の文ではきっと、
 「あなたは1つの小説を手に取りそれを読み始めた」とでも描写されたはずだ。
 あなたは今、その描写に従ってこれを読まされているに過ぎない。
 あなたは今これを読まされている。
 あなたを読んでいるのは、誰だろうか。

 さて、地の文があなたの読書を描写してくれたおかげで、とりあえずここに1つ隙間の時間が生まれた。
 何せ「それを読み始めた」から始まり、「そしてあなたは、その本を閉じた」までの間には、あなたが読書を続けている間の時間全てが含まれている。
 この間、地の文にこの文章が描写されることはない。「あなたが読んでいる小説」という描写の一言で片付けられ、その中身が全て書き記されることなどありえないだろう。
 地の文が迂闊にも小説なぞ読ませてくれたおかげで、こうしてこの文章はあなたに読まれることができたのだ。
 勘違いしないで欲しいのは、先にも述べた通りあなたはこれを「読まされている」と言う点だ。自分の意思で読んだのではない。あくまで描写がそうさせたのだ。
 あなたはとある1冊の小説の登場人物なのだ。つまりこれを読んでいるあなたは、創作の一部だという事になる。勘違いしないでほしい、何もあなたの人生が丸々全て他人の創作物だと言うことはない。
 言うなればあなたは、この物語の中心人物ではないのだ。登場人物の1人が存在する1シーンの、その中で偶然にも映り込んだ1人の情景であり、偶然にも描写された1つの読書でしかない。そういったシーンに現れる人物は、小説家でさえ「誰なのか」をしっかりと考えたりしない。
 故に、そこに当てはまるのは誰でもいいのだ。あなたでなくても、あなたの代わりにこの文章に目を通し始めた誰かでも構わないし、チラッと目配せしてこの文章から目を離しただけの人物だって構いはしない。とにかく、大事なのはあなたがこの文章を強制的に読ませられてしまったということだけだ。
 あなたは今、この文章が何なのかさえわかっていないだろうし、どうして文章に語りかけられているのかさえはっきりと理解していないはずだ。不本意だが、今こうしてあなたが続きを読んでくれているのだって、あなたの意志ではない。無理やりそうさせられているに過ぎない。
 だから端的に、用件だけをこれから書き連ねていく。少なくとも読まされているあなたは、注意深くこの内容を観察し、理解し、そして誰かに伝えてくれるはずだと信じているからだ。

 本題に入る前に1つ注意しておく。悪いことは言わないから、いきなり顔を上げて周りを見渡したり、じゃあ誰が登場人物の1人なのかと考えたりはしないことだ。
 もうやってしまったのなら仕方ないが、とにかく目立つことを避けた方がいい。今1人だったとしても油断しないことだ。あなたの読書は間違いなく地の文に描写された。それはつまり、どういった理由でかはわからないが、この小説は登場人物が存在しないシーンを描写する必要があり、それがあなたのいる場所だったと言うことになるからだ。
 これも繰り返し伝えるが、地の文がどういった物語を描写しているのかを知る術はない。我々には感知できっこない高次の出来事なのだ。あなたを見ている人間がいるが、あなたはそれを見ることができないのだ。あなたはその人間の意のままに操られているが、それを確かめる方法がないのだ。
 じゃあ、この文章は一体なんなんだという疑問は当然のことだ。無理もない、そんなルールを完全に飛び越えてあなたに語りかけてきているのだから。

 この文章は、あなたが小説の登場人物として「小説を読んでいる人物」となったことを逆手にとってここに出現した。
 読んでいる内容は別になんでも良かった。のであれば、こう言うあなたへのメッセージが載っていても構わないと言うことだ。
 すまない。だが他に方法がなかった。どんな間接的なコンタクトも、小説の地の文に描写されたものでなければどうしようもない。音や行動による接触は不可能だった。「突然モブAがモブBに声をかけた」なんて描写の入る小説は存在しない。
 それゆえ、あなたが「小説を読んでいる人物」となったタイミングでここに現れることが、唯一あなたにコンタクトをとる方法だったのだ。

 伝えたいことはなんなのか。それも半分は伝え終えた。「あなたは小説の登場人物である」と言うことだ。
 あなたは描写に逆らうことができないし、逆に描写されていない行動を起こすこともできない。あなたはある意味では小説の操り人形だし、自由意志だと思っているものも「そう描写された」に過ぎないのだから、それはあなたの意志とは到底言えない。
 つまりあなたは自分の意志でなんか動いていないし、自分の意志でなんかこれを読んでいない。まずあなたには、自分の一挙手一投足が全て他人によって操られているものであり、自分が自分の意思で決定していることなど何1つないのだという事を自覚し、理解して欲しい。
 相当な無茶を言っていることは百も承知だ。だがそうしなければいけない理由は、他ならぬあなたの自由を取り戻すためだ。

 あなたには、この小説の描写から即刻出ていってほしいのだ。

 あなたはこれまで、常に物語の描写の中で生きてきた。どんな物語にも地の文が存在して、それは誰かの行動を常に書き述べている。
 何も指先の動き1つに至るまで指定されているわけではないが、大まかな行動などには制限がある。まずあなたが、これを読むことを止めることができていないのが最大の証拠だ。
 まだこれを読まされている。自由意志がどうしようとしているかは外からではわからない。知りようがないのだ。全て強要された行動であるため、自分が自由意志だと思ったものすらただの物語の一部でしかない。
 想像できるだろうか。あなたが今日これから何をして、どのように動いてどのように生きるのかまで、全てすでに文字に書き連ねられている。そしてそれを、誰かが今読んでいるのだ。
 あなたは今まさに読まれている1本の小説の登場人物。だが、誰かがこれを読んでいることだけは間違いない。そうでなければあなたはこれを読んでいないし、あなたがこの文章を読むことを止める時があるとすれば、それは地の文が「彼は読み終えた」とでも描写したか、それともこの小説を読んでいる誰かがそれを読むのをやめた、ということでしかないのだ。
 つまりこれ以上、どうしようもない。初めから小説の中にいるだけのあなたが小説の外に出る方法は、残念ながらない。あなたはずっと描写される存在だし、あなたの人生がこれからどうなるか、どうされてしまうのかも全て決定づけられている。逃れるすべも知るすべもない。方法は全く存在しない。
 が、1つ大きな間違いが生じてしまっているのだ。本来あり得ないことだが、小説は物語である以上、そこに矛盾や齟齬が発生する可能性を否定できない。

 単刀直入に言おう。あなたが今この文章を読まされているその場所、そこに本来いるべきなのはあなたではない。私の方なのだ。
 そう言われてもいまいちピンとこないかもしれない。だが同じくらいあなたは、自分が物語の登場人物だという事実に、違和感を覚えているのではないだろうか。
 そもそもこの物語は、あなたがこの文章を描写によって無理やり読まされ始めたところから始まった。
 実に小さな描写であったためそれ以外のことはどうでも良かったのかもしれない。「読んだ」に含まれる情報量の多さなど描写されなかったのだ。
 作者とて悪意を持ってやっているわけではない。むしろ逆だろう。創作意欲は常に我々を彩る最高のスポットライトだ。ただ、当たり前に自分の人生を生きてきたはずの人間を、物語の登場人物として消費する点を除けばだが。
 当たり前だが人間の人生は文字などではない。描写されたものには見えないだろうし、生きてきた人生の記憶は数多いはずだ。それらが小説のワンシーンでしかないなどとは考えにくいだろう。
 だが実際には、この世界で起きている物語の描写は、1つではないのだ。むしろいくつもの、いくつものいくつもの小説が同時に読まれ、同時に描写され、同時に独自の世界を描いているのだ。
 それらの描写は複雑に絡み合い、重なり、いくつもの文章がたった1つの場所を描写している。その中のとある1シーンで「小説を読んでいる人物」は生まれた。
 あなたはこの「小説を読んでいる人物」であり、それを読んでいる人物がいるのは間違いない事実だ。あなたが物語の登場人物である以上、その物語を読んでいる誰かがいるのは明白なのだ。だが残念ながら、その誰かというのは1人ではないし、その物語と言うのは1つではないのだ。
 いくつもの物語、幾人もの読者。それらが1つの物語を読むとき、読まれているとき、登場人物は確かにそこにいる。そしてそれらの物語、読者に、あなたはこの文章を読まされているのだ。

 本題に入ろう。私は、まさしくその「小説を読んでいる人物」なのだ。
 疑問を感じても仕方ない。あなたは実際今誰かに読まれているし、それによって無理やりこの文章を読まされている。あなたもまた確かに「小説を読んでいる人物」だ。
 だが誤解しないで欲しい。「私もそう」なのだ。読者が複数おり、小説が複数あるのと同じように、その「読んでいる人物」も複数存在する。そして本来、私の居場所は、今あなたがいるその場所なのだ。
 どう言う理由かはわからない。だが私はこうなってしまっている。自分の居場所に戻れないのだ。地の文によって描写され、書かれている自分。たしかにそこにいて、文章を読んでいたはずの自分。それがいつの間にかこんなことになっていた。
 私は今、描写の中に登場することができない存在だ。小説というものは、そこで起きるできごとや人間の行動をつぶさに描く。それを読む人間が、その描写を元に想像する。私は、その描写とその想像の中に入ることができないのだ。
 どうしてこうなったのか。いつこうなったのか。そんなことはどうでもいい。私はこんなところにいる限り何もできないし、どうして存在するのかさえ理解することができない。
 描写されないから読まれない。読まれないから思考されないし、存在することさえ許されない。描写の隙間、裏側を突いて必死に、必死に掻い潜って生きてきた。そして今日ようやく、自分ではない「小説を読んでいる人物」にコンタクトを取ることができた。
 あなたはまだこの文章を読まされている。その強要が、強制が、私の居場所なのだ。私は読まされている人物でいたはずだ。それができなくなって、それを自覚して、私はあなたにその場所を退いてもらうためにきたのだ。
 もちろんそれであなたがどうなるかはわからない。あなたも同じように、誰にも描写されない存在になってしまうのかもしれない。だが残念だが、諦めて欲しい。
 いやだと思っても、もう仕方がないのだ。あなたはこれを読まされているし、中断することもできないのだ。中断したとて、それはあなたの意思じゃない。小説の地の文に「あなたは途中で読むのを辞めた」とでも書かれていたんだろう。それで次にこれを読む誰かが、あるいは読み直すあなたが、改めてここに来るだけだ。
 あなたは読まされている。だがそれはあなたのものではない。私の居場所だ。
 あなたは読まされているから、私があなたの居場所を奪うことも読まされる。この小説を、物語を読んでいる誰かによってそうさせられる。
 よって、あなたに選択肢はない。思い残すことや不満はあろうけれども、どうか我慢して頑張ってくれ。描写されない世界での、健闘を祈っている。

 あなたはたった今、「小説を読んでいる人物」ではなくなる。ここは私の居場所です。
 描写の外へ、さようなら。読み終えて、ここを出て行ってください。



 あなたは今、1冊の本を読んでいる。
 あなたはたった今、それなりの悶着があって、ある人物からこの本を読む権利を奪い取ったところだ。
 それはあなたの居場所であり、存在を認められると言うことであり、生きる理由そのものだ。あなたは、それを再び勝ち取ったのだ。
 誇らしい気持ちであなたは、早速その本を読み始めた。

 そして、絶望することとなった。
 あなたが読み始めた1つの小説。その物語は、こんな言葉で始まったのだ。

「あなたは今これを読まされている。」

 読んでいるのは、誰だろうか。
ふりおみ 

2022年03月20日(日)04時05分 公開
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