偶像
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 僕を金メッキの玉座に座らせ、本当はちっとも持っていない高潔さを口先にこめて、演説する。
「この子は神の生まれ変わりだ。神として敬い、尊べ」
 ふざけるな、と僕は言いたかった。
 一人の自由のある人間に対してこんなしうちをするのか。牢獄に閉込めて、誰にも変えられない意思すらゆがめるのがお前らのやり方なのか。
 父は断言する。なぜなら、父は自分が神であると信じて疑わなかった。信者たちにとって事実父は神だった。父の拳には神聖な性質が宿っており、それに触れることで病気が治ったり、明るい未来が約束されると周りの奴らは言いふらした。僕に対してすらも、同じ言葉。
「どうか私に成功をお与えください!」
 その顔はぎちぎちに固まり、充血した目から涙を流しながら、紫色の唇で、かすれた叫びをあげる。
 まさしく、血眼になって奴らは自分の身勝手な欲望を僕におしつけた。僕はそんな欲望をどうすることもできないのに向こうは本当に僕が神の眷属か何かに思い込んでいるから、どうしようもない。
 僕は、それでも父の言いつけどおり、神のようにふるまうしかなかった。

 父がなぜこの宗教を始めたのか、僕もよく分からない。そんなものを聴こうとは思わなかったし、そもそも僕は聴ける雰囲気ではなかった。僕が神聖なものであることは既定の事実であったし、父もまた神の化身であるということを疑う人はいなかったのだから。
 けど確かにこの宗教は斜めではない成功を収めているらしかった。僕の一家が暮らす屋敷は郊外の野原の中にあり、何かの宮殿としか思えないほど荘厳な気配が漂っていた。たとえ
信者でなくても、旅人が興味半分で通り過ぎるほどその建物はけばけばしい装飾で、周囲から浮いていた。
 休日になると、こぞって信者たちが屋敷にやってきて感謝の言葉を述べる。この宗教を信じたおかげで、受験に受かったとか、病気が治ったとか、子宝に恵まれたとか、そういう報酬を父に対して教えるのだ。
 父は教えるのだ。「そんな物はただの偶然に過ぎない。時間が経てば病気は治るし、子が生まれたり試験に合格する程度の奇跡はどこにでもある。奴らはそれを神のおかげだと言って勝手にありがたがっているだけだ」
「そんなことして、どうするのですか? 人をだましたってことじゃないですか?」
「お前はそれに反対する資格はない。俺はお前に従っておけばいいんだ」
 父はぎろりとにらんだ。その峻厳な様子に、僕はもう何も言えず、黙りこんでしまった。
 父が僕を大切にしていることは真実だったからだ。
「お前は、神の子だからな」
 僕に教団を継がせなければ、という思いでその言葉で満たされていた。

 神は僕たちにとって必要不可欠な存在だった。神がいなければ、僕は父に愛されることしかおぼつかない、不安定な何者かでしかない。正直に言えば、『神の子』とやらとしては、期待されていたのだ。この教団をさらに大きな組織に発展させるための鍵として。

 事前に指示された通りの言葉を発し、さも頭がよく、賢い風に見せかける。教団が指定する祭りの日には黄金をあしらった飾りをつけて、体その物が神秘的な力でもあるかのように、演技させられた。
 時には歌を歌わせることすらした。そもそも僕は顔つきが優しげで女性らしさもあるという理由から、猶更神のようだと信者たちは称えた。
 そのどれもが、今思えば醜く、おぞましい。僕は嫌々な気持ちを隠しきれず、ついつい父の前でも不満を漏らすことがあった。だが彼らはそれを許さなかった。特に父は。
 その瞬間ばかり、父は信者たちに見せるあの清らかな顔を一転、化物めいた般若面に。

「お前は神だ。神にできることがお前にできなくてどうする!」
 父は勝手に怒った――叱った、などとは到底言えない! 下らないことで叱る人間がどこにいるのか。
 父は、僕が神であることを望んでいた。僕が神であることによって愚かな信者たちから血のように貴重な金を搾取ることに心血を注いでいた。
 父はまさしく金の亡者だった。金の亡者であり、しかも人の苦悩を平気で笑う。全くその点にかけては、僕と父は共犯者だった。
 面白いことに、奴らは自分の欲望がかなえられず、それどころかますます苦境に陥ると、それを自分の信心が浅いからだと決めつけた。そしてますます根拠の信心を深めていくのだ。
 悩みをじっくり聞き入ると、父は優しい声で、彼らに金目の物を要求した。何か由緒正しそうな壺だったり、お札だったりを買わせ、それを手に入れれば絶対に幸福になれると約束する。
 父がそんな風を言うたびに、奴らは喜ぶ。
 奴らの顔と来たら、まるで歯は欠けているし、目にはくまができているし、明らかに健康とは思えない姿をしていた。恐らく、救いを求めるために金をむしりとられ、生活もままならないのだ。人間とは何と面白い生き物なのだろう。万物の霊長とはとても思えない。しかも、支えを失ってしまえば、簡単に生死の危険にさらされてしまうのだから。
 不憫に思うことが、しかし笑ってしまいそうになる。この不幸を笑うことで、僕は何とかぎりぎちな毎日を過ごしていた。

 人をだますのは楽しいことだ。それも、簡単にだませる人ほど。僕はそれを悪いことだと知りながら、だまされた人間が勝手に苦しむのを目撃する快楽に耐えきれずにいる。
 僕は人をだますことの快楽で何とか不満をしのいでいた。しかしそれにも限界が訪れつつあった。

 もうそれ以上、人間でいることに耐えられない。人間であることを棄てたい。人間として要求される常識から逃げ出してしまいたい。いや、ぶち壊さずにはいられなくなる。
 僕はどういう風に抵抗すればいいか、知らなかった。
 ある時、何か僕はその人に祝福するように手を差伸べるように見せかけ……信者の顔を殴った。数秒間顔がおかしくなりそうだった。
 だが、信者は恍惚とした顔で、
「おお……これは一体……」 怒りもせずに。
 父はさすがにうろたえた様子で、
「申し訳ない。今日御子は調子が悪いようだ」
 その後、父は僕を部屋に呼びつけてぶちぎれた。何一つ耳に入らなかった。僕は信者の顔を殴りつけて興に入ったのではなかった。こんな馬鹿げた妄想を信じている化物に心底恐怖を覚えたのだ。僕らの視るべきものはそんな薄っぺらものではない。もっと残酷で、単純なもの。
 高潔な願いではさらさらなかった。

 だが僕の怒りはこの程度では収まらなかった。
 部屋中にあった父の絵画を床に引きずり、割った。テレビの画面にリモコンを叩きつけ、窓も瓶なり粉々にした。
「どうしたんだ……これは……」
 父の気色ばんだ顔で、僕は一気に血の気が引いた。
「もう嫌だよ」
 僕は恐怖するだけで、もはや謝りたいという気分には微塵もならない。それどころか、
「何なんだこんな物! ぶっ壊してやる!!」
 肖像を足蹴に、二つに割る。父はもはや何も言えずに茫然とする他なかった。
 僕の中であの、人を笑う気持が表に出た。口がゆがみ眉毛さえつり下がる。
 もう人間とは、この世界の中でもっとも卑しむべき生物となり下がったのだ。僕はそんな人間たちに敬意を示す必要を感じなかった。

 以後、僕は信者たちの前に出ることを禁止された。体調が悪いという名目で。僕の素行は急激に悪くなり、自分でもまるで別人だと驚くほどだった。自分の部屋を出ることすら許されなかった僕はそこでも、暴虐の限りを尽くしてみせた。それに対するうろたえようと来たら。
 父は、僕に対しては全く神たりえなかった。まさしく、人だった。
 がむしゃらに怒り、その癖自分の本性を疑うことすらできない人だ。なぜ、自分の愛情が裏目に出るのか、理解できないようだった。どうやら同じ腹黒い心でも継承させようとしていたらしい。
 僕はもっと父を苦しめたくなり、ある夜、ひそかに家を出た。
 音を立てないように注意しながら、玄関に足を下した時、
「待て! どこに行くんだ!」
 父の声が聞こえる。僕は振り向きもせず、闇夜のただ中を走出した。
 聞きつけて、侍従の信者たちが追ってこようとする。
「ついていくな! 消えろ!」
 振返りながら、腕を払う。まるで自分がありのままの姿を見せられたような気がして、何とも言えず痛快。
 彼らが何を考えているか、彼らがどうなってしまうのか、考えたくもなかった。
 僕は彼らにつばを吐いたが、届くわけもない。結局彼らは僕を捕まえることはできず、闇が遮ってくれたおかげで、それ以上追ってこなかった。
 僕はあの狂気の集団から逃げおおせることはできた。

 だがその先に救いなんてなかった。

 何日もかけ、人間に対するこの上ない憎悪を秘めて、僕は山里へ姿を隠した。誰も入ってこれないであろう奥へと走り去った。
 そしてそこで、今まで目にしたこともない数々と触合った。
 そこでは、動物がいて、肉をあさっていた。たまに誰かが捨てたごみを見つけて、食べかけのものをあさってみたこともあるが、とてもありつける代物ではなかった。そこに自由はあっても安心はなかった。何の規則も秩序も存在しない大自然にあっては、人間の束縛は何の効力も持たない。
 とうとう、いや自然のなりゆきで、僕は飢死しそうになった。そして本当に死ぬのではないかと思った
 ぼろをまとって、もう何歳なのか、分からなくなるほどのひげとしわに満ちた顔の老人と出会った。
「お前は人間が嫌いか?」
「……嫌いだ」
 僕は素直に自分の心情を語った。
「人間は奇妙な動物だ」
 老人は言った。
「集団では他を圧倒しながら、単独では全く無力な生き物で、まして環境の変化に全く耐えられない。人は、自分自身ばかり変えて、他の何かを変えることはない。できないんだな」
 僕は、こんな奴の話を長々と聞いていられず、
「一体、あんた何者なんだ?」
「俺か?」
 老人は、驚いた顔で自分を指さす。
「人でありながら人ならざる者だ」
 そのどこか飾った言回しが教団の連中を想起させて僕は何とも言えない嫌悪感を覚えた。
「すべて失い、働かなければならない……だが俺は働きたくない。人間社会にそもそも適合した形じゃないんだ」
「働くから人間は苦しむんだ!」 老人の話はことごとく、人間否定に終始していた。
 まるでそれは、人であることを否定したいかのように。
「人は木の実をとったり動物を狩ったりして生活すればいいのさ……文明なんて否定するだけに存在するものだからな」
 恐怖心と同時に、この老人は面白い奴と思った。父とはまるで何もかもが違う。父の全てが嘘と偽りで満たされているのとは違い、こいつはありのままの現実をそのまま受け通して生きている。
 老人は確かに自然と一体化した獣だった。僕が経験してきたことは全く役に立たなかった。立たないどころか、生きる上で邪魔ですらあった。
 今となってはどうでもいい記憶だが、老人によって僕はこの自然と一体になる方法を教わったのだから。ただあの獣と過ごしていた時だけが、僕にとって生命の一部だった。それ以前のことだと? ただの空虚だ。僕はこの老人といる時、まだ生後数か月の赤子でしかなくて。

 時たま、老人は動物めいた叫びをあげることがあった。人の言葉を棄てたいのだ。僕もそれに習ってできるだけ人の言葉を使わないようにと、猿や鳥の鳴き声を真似したこともある。
 かつては動物の真似をするのが恥ずかしい時もあった。だが、現実の過酷さの前に、生残ることだけを考えるうちに、そんな『常識』は吹飛んでいった。僕は黙って老人の営みを見よう見まねで学び、済んでの所で生きる術を身につけた。それはあまりに厳しく、挫けそうになることはあったが、慣れればもはやなんでもない。
 虫や草を焼いて食ったこともある。鳥を絞め殺したことは数匹では尽きない。焦臭さ、生臭さに満ちあふれてはいたが、不思議なことに、あの頃食っていた豪華な料理よりも美味な感じがした。獣の衣をまとい、川や草むらで排泄する毎日。
 僕はどんどん、道を踏み外したいと思った。
 だが心のどこかでまだあの場所に戻りたい気分があった。あんな苦しい場所にだ。けれど、飢えと渇きに苦しめられるよりは、あの信者たちに囲まれて暮らした方がまだ表面上は豊かに生きることができただろう。
 ある日、僕が川辺で水を飲んでいると、音もなく横に近づき、
「お前は、俺なしで生きて行ける覚悟はあるか?」
 老人は、否定したそうな眼で問う。それがまさにおどすような眼つきで、僕は頭を抱えた。こいつは、本気で僕と別れたがっている。
 何という、獣の目であることか。瞳は星のように凝縮され、眉毛は鳥の肌みたいに伸びている。
「駄目だよ、俺。いまだ人であることを捨てきれない」
「人が本当に人でなくなるのは、死んだ時か?」
 人間の言葉で、僕は語った。
「死んだら骨になり、塵になって自然に帰れるだろうな」
 老人はほざいた。
 死ぬ?
 死ぬことこそが自然と一体するそれは嫌だ。僕はまだ生きていたい。生きている内に自然と一体化したいのだ。生きたままで神を否定することが僕の目的なのに。
「まだ死ぬときには俺は来ていない」
「死ぬ以外で人たることを否定するすべがあるのか?」
 それからおどすように。
「じゃあ……人がやるべきことではないことをして、自然になれるのか?」
「なら……言ってみろ」 興味もなさそうに。
 きっと、この獣にとっては人間に関するあらゆることが、ごまをすり潰した程度の事柄なのだろう。
 僕は、答えようもないものだが、即興で考え付いたもっとも最悪の結果。
「人を食うとか」
 老人はたいして驚きもしない。それどころか、まるで感心した様子、
「人を殺して、食うか……面白い! 人を殺して食えば、俺は人でなくなることができる」
 老人の眼は輝いていた。その手があったか、と叫びそうな目だ。僕はその目つきに何よりもまず戦慄した。
 こいつならやりかねないな。老人がこの生活を洗練させるのに要した年月を思えば、それほどまでに道を踏み外すのもそう遠くない。そうでなくても、この自然は豊かに人を追い払って行くのだし、そのために何でもするような底知れなさがあるのだから、老人の行動を警戒するに越したことはない。
 どうせ生きるすべを身につけるためにつきあってやっているだけの仲だ。殺されるとしてもおかしくない。その先に僕はあの老人を始末しなければならない! それこそが、厳格な自然の法則を呑む唯一の方法。

 その日、僕はなるべく早くに起きた。先に襲われないように、気づかれないように、奴を襲わなければならない。川で水を浴び、意識をはっきりさせると、早速足元の壺をつかんだ。
 老人は果実を口で噛み、岩の上に置いて発酵させていた。獣でありながら酒を飲むのか。なんて人くさい奴だ。
 僕は老人の後ろから静かに近づき、頭を奮然として打った。するとばたりと倒れ、動かなくなった。僕はそのあとが怖ろしくなり、すぐさま逃げた。それ以後老人がどうなったか、全く知らないし知りたくもない。

 やはり、神である人を踏みつけるほど面白いことはない。もはや僕は大自然で一匹として生きるだけの力があるんだ。
 僕は徹底的に人たることを否定した。あの人間の代表であった老いぼれもいなくなったことだし、かつて神の子を演じさせられていたあの頃とは全く反対の存在として自分を仕立てることに熱中した。あの時に比べると、もう僕は人間も、神も、完全に見下し切っていた。ここには神はいない。神を信じる人間もいない。信じる人間がいなければ生きていけない神が、なぜ信じるに値するだろうか。神など、人にすがりつく寄生虫以下。
 僕は分かったのだ。神とは蛆虫だと。
 自然に踏みにじられ、馬鹿にされるために神は作られたのだ。そして人間こそが神であり、もっとも卑しむべき生物なのだ。
 僕は神の存在を心から信じ、感謝できるようになった。神がいるおかげで、人間こそは進化から外れた汚物であることが真実であると確信できる。神を信じることで、人間は愚かであり、人間らしさを捨てることが生命の本質であると理解できるのだ。そう言いながら樹木から蜜をすすり、体中についた虱を食べる。視界はすみきっている。
 ある日、池に顔を映すと、もう眼つきや口元が昔とは似てもつかなくなっていることに気づいた。顔の彫は深くなり、眉毛は濃くなり、はっきりと男らしくなっていた。鼻の下には豊かなひげすらたくわえている。
 僕は自分が自然に近い存在になっていることを知り、この上なく愉悦にひたった。このまま死んで、獣に食らいつくされれば、僕は本当の意味で自然に帰ることができる。誰一人それを妨げうるものはない。
 だが、やはりそう嬉しがっていること自体が、なんとも人間くさいではないか。

 しばらく経って僕はふと外界がどうなっているのか気になり、ちょっとだけ降りてみることにした。無論、人が恋しくなったからでは決してない。彼らを踏みつけ、笑ものにするために。
 銃か、棍棒を持った、ぼろぼろの征服文明に犯された連中を見つけたが、声をかけることはしなかった。
 この山にも税金や迫害を逃れて逃げのびる人間が増えてきたようだ。ただ単に抵抗するすべがないから逃げるだけの奴とは違い、本当に武装して権力に抵抗するためにこの山を根城とする組織も出てきたってことらしい。
 僕は自分の楽園に勝手に踏み入れられたことに、鈍い憤りを覚えた。人間がいないはずのこの世界に、人間が侵入しつつある。彼らは虫のように集まっては、可能な限りのことを何でもする。一人では全くの無力だというのに! 他には、誰かいるのか? まだ人は勝手に徒党を組んで、
 すこし坂を上がって、遥か下を眺める。すると以前は走っていなかったはずの線路があるではないか。それどころか、向こうから頭に光をともして車両の姿!
 どうやらこの山の周りもすっかり人、人、人の腐敗した匂いにまみれてしまったらしい。僕は何か言わずにはいられなくなった。

 教団の教義では、かつては人は神だったという。父は常に、人がどれほど高貴な存在か、耳にたこができるほど僕に聴かせた。今でも、その全てを忘れきれずにいる。
 神である人間は、全てを支配する資格があるとか。この現実を見せられては、人間どもがそう思いあがるのは已むを得ない話ではあるのだ。だが僕は知っている。その支配は、もうすぐ終わる。なぜなら、お前たちは文明によって狂わされているだけ。久々に蘇る、あの頃ずっと味わされ続けていた憤り。
 僕はどうしても何か、彼らに言ってあげられなくてはならなくなった。奴らの理解力の合わせるために、僕らの身を下げてやろう。

 聞こえるわけはないが、木に寄りかかって、その電車に向かって喉奥から叫ぶ。
「勝手に走っているがいいさ。どうせお前らは俺たち自然にはかないっこないんだからさ!」
 と言ったつもりだった。だが、それはもう人の言葉と言うより、むりやり獣の鳴声を歪めて人間っぽく見せた声だった。誰とも話さない生活の果てに、僕はどうしゃべればいいのか、どう独り言をすればいいのか、分からなくなっていたのだ。それほどまでに、僕は人間らしさを棄去っていたのだ。
 そいつは何も言わずに視界から去っていた。だが僕は確かに溜飲を下げた。ますます人間という皮を脱いで、真実の自然に目覚めていく。本当にやはり人間のつながりを棄て去るだけで、ここまで人は進化することができる。
 とはいえ、いまだに人としての思考までなくしてはいない。ある意味、それが問題なのだ。
 またもや、腑に落ちない感情。なぜ僕は人間に対して人間の言葉で怒るのだ。言葉で怒るということは、それだけ人に対して恋焦がれているということではないのか。
 老人に笑われるような気がして、僕はどうにもならない気分になった。思えば、老人を本当に亡者にしておけば、僕は本当に人間の倫理観を破り、人間と言われる可能性さえ捨去るべきなのかもしれない。だが、そこまでしたら僕はどうやって奴らを笑えばいいのだ。やつらを罵ることはできても笑うことはできない。踏みにじることはできない。僕の一部は、いまだに人間であり続ける。それを投捨てるなんて結局、それは人間ども――神々ども――に交わらねばできないことなのだから。
 
 そんなごく下らない悩みに苦しめられながら、僕は毛皮にくるまって寝た。
鱈井元衡 
http://mypage.syosetu.com/453129/
2020年05月20日(水)12時30分 公開
■この作品の著作権は鱈井元衡さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
宗教がテーマの作品の、第二作目です。


この作品の感想をお寄せください。

2020年05月31日(日)22時49分 Veda 
こんばんは。
拝読いたしました。

申し訳ないのですが……
全体的に重苦しい割には、読者を置いてけぼりにしているなぁと感じました。
主人公がなぜこんなに怒っているのか、私にはあまり理解・共感できませんでした。

「世の中に不満を抱き、反発する」というテーマは、とてもハイレベルなんじゃないかと個人的には思うんです。
似たようなテーマで、私が知っている限りではJ.D.サリンジャーの「ライ麦畑で捕まえて」とか、太宰治の「人間失格」が思い浮かびますが、その2作品とも人間の本質を痛いほど鋭く突いているから、重苦しい文体でもとても共感できるんです。

でないと、読者を置いてけぼりにしてしまい、「ただの偏屈な人が怒っている」としかなりません。

個人的な意見ですが、参考になれば幸いです。
10

pass
2020年05月23日(土)12時03分 田中一郎 
拝読しました。
申し訳ないのですが、率直に言って非常にわかりづらく、読みにくい作品でした。

まず視点のブレがあり、主語が誰なのか混乱する文が散見されます。
また、誰を指しているのかわかりにくい唐突な代名詞がありました。
誤字も多く、意をくめない部分が数箇所。投稿前に推敲して整えた方が良いと思います。

内容に関してもどんな話なのかなかなか見えてこず、迷走したまま終了した感があります。
作品の早期段階で、どんな主人公が何をする話なのかを示したほうが、読者は安心して物語に没頭しやすくなりますので、基本的には心がけたほうが良いと思います。

作品が内包するエネルギーは感じるのですが、どうにもそれが混沌としたままで体をなしてない様相です。
ご本人も持て余したのかな? といった印象をもちました。
まずはしっかりとプロットを作って、構成を整えてから執筆されたほうが、読者に伝わりやすい良い作品になるのではないでしょうか。

評価にはちょっと困りますので今回は採点なしとさせていただきます。
執筆お疲れさまでした。
10

pass
合計 2人 0点


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