妖怪小戦争
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京都には昔から数多くの妖怪や呪詛、陰陽師の類がかなりある。
鬼に九尾、猫又、人魂、妖精、化け狸、付喪神、悪魔
なんでもありの大戦争
それらを狩る陰陽師も参加してもう収拾がつかなくなってしまったが、現代になってやっとおさまり、自然消滅してしまったと伝記にはある
「だが!」
長い長い前置きの後に声を張り上げる玉藻先輩
「私はまだ彼等は生きていると思う。いや信じているの」
何度目の力説だろう。
もういい加減に聞き飽きたのだが。
「だから絶対捕まえるわよー」
場違いで調子外れではた迷惑な宣言を終えてしたり顔の彼女。
「はいはいお疲れ様でした」
何度聞いても何も響かない
そもそも西洋魔術研究会とかいう名前のくせに西洋全く関係ないし
むしろあんたが妖怪だろ
とおもいっきり突っ込みたいのを我慢しながら帰り支度を始める
「テンションひっくいわねー。そんなんじゃ人生損するぞー」
「余計なお世話です。それにどうせ人生なんて損ばっかりですよ」
「ほんとどうしたんだ? いつにも増して暗いぞ? フラれでもしたか?」
「余計なお世話です」
「よし。ならお姉さんがなぐさめてやろうか?」
「お姉さんなんて単語は先輩にはあと一世紀早いですよ」
年上とは全く考えられないほど小柄な体型
初見の人なら完全に後輩と間違えるだろう
もちろん理由はあるのだろうが「禁則事項です」とか言ってはぐらかされそうなので聞いたことはない
「絶対に、一生、永遠に結構です」
テンション低下の原因になぐさめてもらう筋合いなど全くない
「ざんねーん」
全く残念そうな顔もせずに、つまらなそうに呟く
「じゃあお先に失礼します」
さすがにもう付き合いきれない
とっとと退散するのが得策だろう
「ちょっっと待ったぁぁぁ」
突然先輩の声がただでさえ狭く、反響しやすい部屋の中に響く
「は? へ? ほ?」
呆気にとられてしばらく硬直してしまう
「最近妖怪の出が多いから気をつけてねぇ」
妖怪? 先輩のお仲間か?
「なにかわからなかったら気にしないでいいからねー」
妖怪なんて非日常的な単語をさも当然のように話す先輩は少し不気味に見えた

だがそんな忠告などなかったかのように忘れてしまっていた
本物の妖怪に見つかってしまうまでは

なんの代わり映えのない帰り道だった
いつもの時間、いつもの道、いつもの空
そんな日常的な景色が一変して地獄に変わってしまった
どこからともなく霧がたちこめ、魑魅魍魎が現れ、補食を始めた
一人、また一人と形容しがたい肉塊に変わっていく
逃げなければならない
でも容量を超過した情報を抱えている脳は簡単には働いてはくれない
ついには足一本動かせずに死の危機を迎えてしまった
涙は出なかった
ただの純粋な恐怖が体を支配していた
その時目の前で火の玉が揺らめいたと思ったらそのまま爆発した
「うわぁぁ」
情けない声を上げながら爆風で後ろに吹き飛ばされる
「大丈夫だったー?」
聞き覚えのありそうな声がする
慌てて振り向いて仰天した
「なんなんだあんたはぁぁぁぁ」
そこにいたのは狐だった
だがただの狐ではない
二本足で直立し、派手な着物で着飾り、にんまりと笑っている
「先輩……なんですよね」
恐る恐る声をかける
「もちろん」
笑顔で返して来る
「でもしっぽとか耳とかついてますよ?」
「当たり前よ。だって私九尾だもん」
「九……尾?」
「なにか問題でも?」
「問題しかない気がするんですが……」
なにがどうなってるんだ
「玉藻前じゃないか」
「久しぶりだな。二世紀くらいか」
「まだ人間たぶらかして暮らしてるのかよ」
「おらと結婚してくらー」
ほら先輩と話してるから変なのが……え?
「あらあら久しぶりー。みんな変わってないわね」
「なんせ妖怪だからな」
「少しは変わったぞ」
「お前さんに比べたら変わってなんかいるもんか」
恐怖で縮こまっている後輩など最初から居なかったかのように先輩は世間(?)話に興じている
「にしても腹減ったな」
「目の前にガキがいるだろ。そんなのもわからんほど老いたか?」
「メシだメシ」
「はいはい皆さん落ち着いて。後輩君はみんなでわければいいでしょ。てなわけでGOー」
先輩の号令で一斉に妖怪が群がって来る
もうだめだ
先輩……ちょっと期待した自分が馬鹿でしたよ

Fin


あれ? 死んでない?
死を覚悟したのに目を閉じたが違和感がある
もしかしたら助かった?
恐る恐る目を開く
「よっ」
先輩の顔が覗き込んでいた
訂正しよう。九尾の先輩が覗き込んでいた
「……」
おもいっきり叫んだつもりだった
でも動いたのは目だけだった
「……」
なにをしたんですかと目で訴える
「命の恩人に対してその態度はどうなのかなー」
「……」
命の恩人? なんのことだ?
「妖怪ぶっ飛ばしてあげたでしょ」
そんなこともあったようななかったような
「とりあえずあったの。だから私は命の恩人よ」
「でもどうして? 先輩の仲間だったんでしょ?」
「仲間? 知り合いではあるけど……仲間ではないわね」
「じゃあなんで知り合いをぶっ飛ばしたんですか?」
どうしてもふに落ちない
あ……もしかして俺のために?
先輩……
「妖怪は私一人でいいのよ」
……は?
「だいたい何万匹もうじゃうじゃいたら私が目立たないじゃない。そんなの理不尽よ」
「いや理不尽とは少しちがうんじゃ……」
「口答え禁止。後輩君は黙って私に協力してくれればいいの」
「え……いや……でも」
「決定事項よ。諦めなさい」
しばらく心を落ち着けて考えてみる
「あぁ。だから妖怪は居るなんて言ってたんですか」
結論から言えば馬鹿らしいことだ
付き合うだけ時間の無駄だろう
「私はね妖怪を一匹残らず片したいのよ」
「もしかして……危険だからですか?」
「違う違う。私が唯一絶対の神になるからよ!」
「は?」
全くこの人は
期待を裏切らせたら世界一だな
「ついでに後輩君も手伝ってよ」
「ついでですか……テキトーですね」
「細かいことは気にしなーい。とにかく手伝いなさい」
さっきのがまた続くのかと思うと少し怖くなる
「私が居るから安全よ」
まあ楽しそうではある
もう少し付き合ってもばちはあたらないだろう
さて明日は何が出てくるだろうか


京都には昔から数多くの妖怪や呪詛、陰陽師の類がかなりたくさんある。
鬼に九尾、猫又、人魂、妖精、化け狸、付喪神、悪魔
なんでもありの大戦争
それらを狩る陰陽師も参加してもう収拾がつかなくなってしまい、現代になってやっとおさまり、自然消滅してしまったと伝記にはある
「あの……玉藻先輩? 質問していいですか?」
「どーぞー」
「じゃあ……なんで校内なのに着物なんですか? なんで耳出してるんですか? なんで……なんで部屋が玉座の間になってるんですか? なんで玉座に先輩が座ってるんですか?」
「うるさい」
「えぇぇ」
「あっ……初見の皆様初めまして☆ 二度めの皆様お久しぶりです☆ みんなのアイドル玉藻先輩です☆」
「ちょっ……誰への自己紹介なんですかっ」
「え? 何言ってるの?」
「なぜそこで意外そうな顔になるんですか!」
「別に〜……なんででしょ〜かね〜」
改めて紹介しよう。
我が部、西洋魔術研究会の部長兼俺の命の恩人、いや恩妖の玉藻先輩だ。
以前というかちょうど一週間前に妖怪に襲われていた所を救ってもらったのだ。
その時に初めて見た玉藻先輩の「本当の姿」。
二本足で直立し、派手な着物で着飾り、にんまりと笑っている世にも恐ろしい狐。
そう先輩は妖怪なのだ。
「私が妖怪とか、私が可愛いとか、私に尽くしたいとか思ってないでなんか甘いもんちょ〜だ〜い」
まあ見た目以外はいつもの先輩となんら変わりは無い。
何本もの尻尾が揺れてたり、耳がピコピコ動いてたり、着物で足を組んだりしているがいつもの先輩だ。
「って……一般生徒に見つかったらどうするんですか!」
「一般生徒〜? あ〜大丈夫大丈夫。部室に妖術かけといたから外からは普通に見えるから〜」
「え……じゃあ部室が様変わりしてたのも妖術なんですか?」
「もちろん。ってそんなことはどうでもいから甘いもの〜」
「はいはい。わかりましたよ」
これ以上甘いものを渡さないと拗ねてしまうと直感的に感じ、仕方なく秘蔵カロリーのチョコレートビスケットをポケットから取り出す。
「はい。これあげますから我慢してください」
手渡そうと先輩を見るが、当の本人は真剣な顔をしてドアの方を見つめていた。
「先輩?」
嫌な予感がして呼び掛ける。
「しっ」
いつもならふざける先輩がたった一言の返事しかしない。
これは明らかに非常事態だ。
「……」
「……」
黙ったまま先輩を見つめる。
しばらくして先輩は
「ハク! 居るのはわかってるから出てきなよ」
と部屋中に響くほどの大声で叫んだ。
しばらくは何も起こらなかった。
しかし背後で何かが動いた気がした。
慌てて振り返ると、何かが「集まって」いた。
それはすぐに塊になり、徐々に形を成していく。
三分後には小柄な女の子がかそこに立っていた。
「せ……先輩」
「なに?」
「う……後ろ……後ろに何か……」
「後ろ?」
先輩が後ろを振り返ったと思ったら
「うわっ」
といきなり悲鳴をあげた。
それに驚いてか、小柄な女の子が尻餅をつく。
「白じゃないか! いつの間に後ろに?」
「えぇぇ……玉藻……あんたもしかして私の場所はわからなかったの?」
ハクと呼ばれた少女が驚いたように声をあげた。
「私にわかるわけないじゃん。馬鹿にしてる?」
「なんでそうなるんだよ。ってか場所が悟られてなかったんなら殺れたじゃん」
「ふん。殺されたぐらいじゃ私は死なないんだよ」
「なら試してみるか?」
「あのー。展開が全くわからないので誰か説明してくださいませんか」
「あっ後輩くんは知らなかったね。こいつは伊吹白。私のまあ……腐れ縁ってやつだ」
「おいおい。いつだれがお前と腐れ縁になんかなったんだよ。だいたい大事なことを忘れてるし」
「大事なこと? 低身長がコンプレックスってこと? 実は年増だってこと? それとも……」
「違う違う違ーう! 私があの「小さな狂鬼乱武」だってことだよ! てか低身長なんて全然、ぜんっぜん気にしてないんだからな」
「気にしてるかどうかは置いといて、白さんだっけ? 君もしかして……いやもしかしなくても鬼だよね……」
「な……なぜわかった。まさかおんみょうじとかいうやつか」
「いや違うけど……妖怪絵巻に載ってたから知ってるだけだよ」
「妖怪絵巻? なんだそりゃ? おいしいのか?」
「えっと……人間が確認した妖怪を絵にしてまとめたもの……かな?」
「妖怪……妖怪か……私は結局妖怪でしかないのか……」
「はいはい。気にしない気にしない。もう忘れるんでしょ?」
「わかってる……わかってるよ」
「あの……この場の空気に全く関係ないんですが……白さんって何歳なんですか?」
「白でいいよ。何歳に見える?」
「聞くだけ無駄よ。正確な年月なんて当の本人も知らないんだから」
「玉藻は黙ってろ。いいから、何歳に見える?」
「えっと……小学生くらい?」
「は?……ははははは! あははははは! 小学生か! あはははははははははは」
「ちょいちょい。いくら外見が幼いからって小学生はないでしょ。鬼ってわかってるならもうちょっと老けてるってわかりなさいよ」
「老けてるって言うんじゃねぇ。まあ間違ってはないけどな」
「じゃあ実際は数百歳?」
「惜しいが不正解。一桁違いだ」
「じゃあ……数千歳?」
「ほんとそんなんで外見変わらないなんて詐欺だわ。狐の私でもこの体維持するの三百年がせいぜいなのにさ」
「玉藻先輩……三百年前からそんなんだったんですか……」
「なによその失礼な目は……呪うわよ」
「誠に申し訳ありませんでした」
「うん! よろしい」
話に区切りがつき、部屋の中が静寂で満たされる。
「……」
「……」
「……」
誰も口を開こうとしない。
でもそんな沈黙を破るのも玉藻先輩だった。
「で……白はなんで来たんだっけ?」
「あ……忘れてた」
「忘れるような用事なら忘れて大丈夫だよね」
「忘れるかよ。私の秘蔵の酒盗みやがって」
「あ……あ〜あれね」
「返せ」
「お酒って……玉藻先輩……もしかして飲んだりしてるんですか……」
「い……いいじゃない。おいしいんだから」
「確かにおいしいだろうな。私が百年と十一ヶ月二十一日の間ずっととっといたんだからな」
「え……うそ……そんなに?」
「だからお前をぶっ潰す」
その言葉とほぼ同時に大気が震える。
その震えに同期するかのように白の頭から二本の角が斜めに伸びていく
たったの一瞬で部室が戦場に変わった。
いつの間にか玉藻先輩も臨戦体制になっている。
空気が張り詰め、嫌な緊張感が漂う。
息をするのも憚られるほどの重い雰囲気。
しばらくは睨み合いが続く。
しかし次の瞬間、いきなり火柱があがった。
玉藻先輩が先制したのだろう。
しかし白も動いていた。
火柱の発火地点を離れ、先輩の懐に潜り込んでいたのだ。
さすがの先輩も一瞬驚いたが、すぐに気を取り直し、蹴りを繰り出す。
しかし、それも失敗に終わる。
普通の人間や妖怪なら間違いなく当たっていただろう。
しかし数千年鍛えた実力は凄まじいものだった。
超至近距離からの蹴りを紙一重かわし、その勢いを利用して回し蹴りを繰り出すほどに。
虚をつかれた先輩は腹部にモロに蹴りをくらう。
先輩もそれなりに強いことは知っている。
しかしそんな先輩も簡単に吹き飛んでしまうほどの強さを白は持っていた。
「ああもう……最悪だわ」
壁にたたき付けられ、ぐったりしていた先輩が唐突に呟いた。
「負け惜しみか? 玉藻」
「うっさい……」
「まあこれで最期だ。せいぜい足掻きな」
倒れ込んでいる先輩に白が拳を振り上げる。
「ばーか」
不意に先輩が動いた。
部屋中が炎で埋まる。
逃げる場所がないほどの大火力。
「な……」
先程まで優位だった白も一瞬で炎に飲まれて見えなくなってしまった。
炎のせいで部屋の中が煤で黒くなる。
机も椅子も全部が灰になっていた。
幸運にも俺の周りに炎は近づいては来なかった。
「せんぱい?」
「死ぬ〜。疲れた〜」
心配になって声をかけるが、いつも通りの声が聞こえる。
「白は?」
「さ〜ね。死んだんじゃない?」
「勝手に殺すな馬鹿野郎」
いきなり後ろから疲れたような声が聞こえる。
「な……なんで……生きて……死んだんじゃ」
「うーんとな。言霊って知ってるか?」
「言霊? もしかして言葉が力を持ってるっていうアレですか?」
「そう。その言霊。私の名前の「ハク」っていうのは魄とも書けるからな。そのおかげで私は存在を魂の次元まで引き上げることが出来るんだよ。まあ死ぬほど疲れるがな」
その言葉通りのやつれた顔がそこにあった。
「しぶといわね」
「だいたいお前……本気で燃やしただろ。私は本気なんて出してないのに」
「生きてるやつが勝者よ。本気出さないほうが悪いんだから」
「そんな無茶苦茶な……」
「無茶苦茶でもいいのよ。いい? 後輩くん。生きてれば勝ちなのよ」
「はぁ……」
いつもの無茶苦茶理論を主張するの先輩を置いておいて白の元に向かう。
「大丈夫だった?」
「あぁ大丈夫……疲れてるだけだ」
「何かできることある?」
「じゃあ……ちょっとだけ血をくれたらうれしいな」
「血? 血なんか何に使うの?」
「酒に混ぜて飲むんだ。そうすればいつもより回復が早くなる。あんまりやりたくないけどな」
「? どうして?」
「そんなことしたら人に怖がられるだろ」
「なーんだ。なら大丈夫だね」
「なんで大丈夫なんだ?」
「だって俺、白を怖がったりなんかしないから」
「ふーん。変なの」
「ちょいまち。酒なんて持ってきてるの? 言っとくけど私のは分けてあげないんだからな」
「玉藻先輩……こんなときにまで強欲はらないでくださいよ。それにもともと白のお酒でしょ」
「わかってる……わかってるけど……」
先輩の目が泳ぐ。
かなり迷っている証拠だ。
ならあと一押し。
「先輩!」
「あ〜も〜わかったわかった。返します返しますよ。返せばいいんでしょ」
そう言うと同時にどこからともなく酒瓶を取り出し、白に投げつけた。
「全く。早く返せっての」
「悪かったわよ。でもおいしかったんだもの。仕方ないよね後輩くん?」
「なんでそこで俺に振るんですか……」
「いいじゃない別に」
「おーい後輩くん? 忘れないでくれよー」
「あっゴメン白」
「いいからいいから。とりあえず手を出して」
「手を?」
言われた通りに右手を出す。
「やっぱり指一本でいいや。ごめんな」
「いやいいよ別に」
右手を出したまま人差し指以外を折る。
「そのまま動くなよ」
白は小さく口を開け、そのまま顔を近づけて来る。
鋭い犬歯が光り、それが指に近づいていき、ついには指先に触れた。
歯が浅くささる感触。
そして傷口に触れる温かな何か。
それが舌だと理解するのに少しかかる。
「うわぁ」
だが舌だと理解した瞬間に驚いて指を引き抜いてしまう。
「あっ」
白の物足りなそうな声が聞こえる。
「な……なんで……嘗め……」
しかしそんな声も聞こえないほど混乱し、しどろもどろに白に尋ねる。
「もうちょっと飲ませてくれたら教えるよ」
そこにはいつもの白ではなく、酒の瓶を煽り、ほんのり頬を上気させ、妖しい目をした、少しだけ色気のある小さな鬼がいた。
「あの……ちょっ……白さん?」
「うるさぁい。もうちょっと……もうちょっと飲ませてよぉ。減るもんじゃないでしょぉ」
「いやいや減るよ。血は有限なんだから」
「うるさぁいうるさぁい。もぉいい。実力行使してやるぅ」
白の目がしっかりと指先を見据える。
「白? あの……白さん?」
「もんどぉむよぉぉ」
ついにはにじり寄ってきていた白が飛び掛かってくる。
「うわぁぁぁ」
突然のことに全く動けずに白に馬乗りにされてしまう。
「つーかまぇた……」
「白! ちょっ! 待っ」
しかしそのまま白はにんまりと笑い、指先をくわえて吸血を再開してしまった。
「あの……白さん? よく考えたらこれものすごく恥ずかしいんじゃ……」
しかし俺の言葉などに耳を入らないのか白は吸血を続ける。
「…………馬鹿」
微かに、本当に微かにそう聞こえた。
部室の中で唯一今の時点で言葉を呟ける人に目線を向ける。
そこには先輩がむくれたような顔をして特大の火の玉を頭上に作り出していた。
「先輩? なんでむくれて…ちょっ……先輩……火の玉ぁぁぁぁ」
「うるさいうるさいうるさい。うちの部は部内恋愛はぜっっっっっっったいに禁止なんだから」
「いやぁぁぁぁ」
火の玉がやっくり近付いてくる。
さっさと直撃するならまだ恐怖を感じなくて済むが、ゆっくりだとどうしても怖くなる。
「先輩せんぱい。考え直しません? いまなら間に合いますから!」
もちろんそんなのはなんの意味もなく、勢いは一向に衰えようとしない。
しかしあと少し、あとほんの少しというところでそれは突然消えてしまった。
「な…………」
しかし俺より驚いたのは玉藻先輩の方だった。
「なんで……」
「私が潰したんだよ」
また突然声が聞こえる。
聞き間違うことがないほどの凛とした白の声。
「あんたにそんな能力ないはずよ。ありえないわ」
「ありえないことなんてありえないって誰かさんの口癖じゃなかったか?」
「うるさい……どうやったのよ?」
「酸素の密度を薄くしたんだよ」
「密度を?」
「まあそんなに大規模にはできないけどな。たいがいのものなら疎にも密にもできるんだよ」
「最強じゃない。もはやチートの域だわ」
「そのちーとが何かはわからないけど弱点もあるから最強ではないぞ」
「弱点って……具体的には?」
「誰がお前なんかに教えるか」
「あっそ。でもそんなことよりさぁ……」
「なんだよ?」
「後輩くんになにをした?」
「は?」
慌てて振り返ると後輩くん(?)が倒れている。
「あ……酸素の密度戻すの忘れてた」
「白……動くなよ。いますぐに消してやる」
「待て待て待て。たぶんただの酸欠だから酸素の密度戻せば復活するって。だからそんなに怒るなって」
「私の後輩くんに何すんじゃぁぁぁぁ」
「話聞けよぉぉぉ」

………………

「あれ? どうしたんですか先輩? ニコニコして? それに俺なんで寝てたんだ?」
「なんでもないなんでもない。気にしないでいいわよ」
「嘘つけ。嬉しかったからのくせに」
「なにか言った? 白? え? 消し炭になりたいって?」
「いやいや。なんでもないなんでもない。ただの空耳だろ」
「?? 変なの」
「もういいでしょ白。帰りなさいよ」
「私だってそうしたいけど……酒返してもらってないからな」
「私のあげたからチャラでいいじゃん」
「あんなのじゃ釣り合わないんだよ!」
「そんなの知らないわよ」
「それにだいたい……あれ「鬼殺し」だったじゃないか!」
「なによ。おいしいじゃないあれ」
「あの……「鬼殺し」って?」
「えーっと……お酒の名前なのよ」
「そう酒の名前だ。別に味が嫌いなわけじゃない。匂いもそこまでだ。」
「じゃあ何がいけないのよ」
「あっ分かりました。名前ですね」
「名前? どういうことよ白?」
「だから……言霊だよ言霊」
「言霊? 言霊……あぁ!」
「「鬼殺し」ってどういう意味があったんですか?」
「酒豪の鬼を殺すほど強い酒って意味だったかしら?」
「そうだよ! そのせいで酔っ払ってあ……あんな恥ずかしいことを……」
「恥ずかしいことって?」
「は?」
「恥ずかしいことなんてなかったわよね? 白?」
「いや……でも」
「なかったわよね?」
「あ……あぁ。そんなことなかったよな」
「よろしい」
「?? 何のことですか?」
「気にしない気にしない。後輩くんは何も気にしなくていいから」
「は……はぁ」
「じゃ……じゃあな」
逃げるようにして消えていった白を見送り、今日は終了した。

…次の日…
「こんにちはー」
いつものように部室の扉を開ける。
「いらっしゃい後輩くん」
そこにいたのは、いつもの先輩ではなく、不機嫌オーラを全開にした先輩だった。
「どうかしたんですか?」
恐る恐る聞くと、
「あれ」
いかにも興味なさそうに先輩は部屋の一角を指差した。
そこには……
「きくぅぅぅ。やっぱりキ○ ンビールは最高だぁ」
制服姿の酔っ払っいが。
「ってえぇぇぇ」
その姿は間違いなく白だった。
「なんで、白が、ここに、なんで、制服で、どうして」
「よう後輩くん」
「玉藻先輩、なんで?」
「しらないわよ。急にこの部に入りたいとか言い出したのよ」
「でもなんで?」
「気にするな」
「気にするなって言われても……」
「気にするな」
「はい……」
こうして日常はどんどん崩れていく。
でもそんな非日常が楽しみになってきているのは先輩達には秘密だ。



京都には昔から数多くの妖怪や呪詛、陰陽師の類がかなりたくさんある。
鬼に九尾、猫又、人魂、妖精、化け狸、付喪神、悪魔。
なんでもありの大戦争。
それらを狩る陰陽師も参加してもう収拾がつかなくなってしまい……。
「こ〜はいく〜ん。甘いものまだ〜?」
「後輩くーん。おつまみまだかー」
現代になってやっとおさまり、自然消滅してしまったと伝記にはある。
「甘いもの〜」
「おつまみー」
たしかに伝記には消滅したとある。
「ね〜聞こえてる〜?」
「おつまみー」
「あーもーうるさい」
ここは西洋魔術研究部。
本来なら西洋魔術を研究する部活だ。
「先輩……いまさらなんですが……」
「ど〜したの後輩くん? 便秘?」
「違います。絶対違います」
「おつまみー」
「西洋魔術研究部なのに……なんで日本の妖怪が二人も居座ってるんですか!」
「う〜ん。成り行きかな?」
「成り行きって……」
この適当な彼女は玉藻(たまも)先輩。
我らが西洋魔術研究部の部長であり、九尾の妖怪であり、俺の命の恩人でもある。
ついでに、俺よりも小柄だ。
「そんなことより酒だ!」
「駄目!」
この明らかに未成年な大酒飲みは伊吹白(いぶきはく)。
鬼であり、玉藻先輩の腐れ縁だったりする。
ちなみに千年は生きているらしい。
※お酒は二十歳になってから。
「そんなことより甘いもの〜」
「おつまみー。おつまみはまだかー」
「玉藻先輩。太りますよ?」
的確に急所を突いてやる。
「ひぃっ」
先輩は慌てて耳を塞いでうずくまる。
これでしばらくは大丈夫だろう。
「次に白。すごくオッサンみたいだよ」
こちらは素直な感想。
「ひでぶっ」
白も頭を抱えてうずくまってしまった。
「わ……私は太らない体質なのよ」
「こ……こんなかわいい女子がオッサンなわけないだろう」
二人とも顔を上げずに自分に言い聞かせるかのように呟いている。
「はぁぁ。もういいです」
「どうしたのよ?」
パッと先輩が反応した。
「なんでもありません」
「なんでもないのにそんな暗い顔してるのか?」
白まで反応してしまう。
「ほっといてください。どうせ僕なんか……」
「おい玉藻……」
「なによ?」
「あれ大丈夫か?」
「あれって? 後輩くん? なら大丈夫よ」
「憑かれてるのにか?」
「疲れてるだけならたいしたことないじゃない」
「でもやばそうだぞ?」
「大丈夫大丈夫。一晩寝れば回復するわよ」
「一晩でか?」
「人間ならみんなそうなのよ」
「へー。人間って凄いんだな」
「あのー」
俺はついに見ていられなくて声をかけた。
「なんだい後輩くん?」
「どうした?」
二人同時にこちらを振り返る。
「多分漢字違いかと」
「漢字違い?」
「漢字ってなんだ?」
どちらの頭にも?が浮かんでいる。
「だから……」
「わかったぁぁ!」
説明しようとした所で先輩の声が響く。
「うわっ。いきなり耳元で叫ぶなよ」
「疲労の疲れてると憑依の憑かれてるで混ざっちゃったんだ!」
「なにを言ってるんだよ、玉藻?」
「って後輩くんが憑依されてるだってぇぇぇ!」
「だからいちいち叫ぶなって」
「今すぐ引きはがしてやる。後輩くんはどこ?」
「そこ」
「どうせ俺なんかどうせ俺なんか……」
先輩には部屋の一角で星座しながら壁に向かって呟いている俺が見えるのだろう。
もうどうでもいいや。
「……」
「どうした? 早く引きはがせよ」
「こんな世界なんか……」
「おい」
「こんな世界なんか……なんですか玉藻先輩?」
「この九尾様の獲物に手をだすなんていい度胸だな」
「……え?」
「いいからその体から出てくれないかな?」
「え……ちょっ待っ」
「悪霊退さぁぁぁん」


…三十分後…
「だから何度も言ってるじゃないか」
「って言ってるじゃないですか」
玉藻先輩の荒々しい治療(?)のおかげで一人と一体に分離した俺達は説明に追われていた。
「……わからないわ」
「……わからん」
「だからですね……」
全く理解してくれない二人にもう一度最初から説明を始める。
「まず初めに、オイラは霊とかじゃなくて式神なんだ」
「ほうほう」
「フムフム」
頭に?を浮かべたまま頷く二人。
「妖怪の気を察知したご主人様がオイラを送ってくださったんだけど……」
「俺が憑かれやすい体質だったみたいで」
「……うん」
「ぅーーん」
「オイラの意志とは関係なく憑いてしまったんだ」
「……わかった」
先輩が不意に立ち上がる。
「わかってくれたか」
「うんうん……よーくわかった」
「あの……先輩?」
「お前が悪だぁぁぁ!」
「ちょっだから違」
「問答無用」
先輩は話を聞いていたにも関わらず、火の玉を準備しはじめる。
「白ーなんとかしてくれ」
頼みの綱である白は
「もぅ食えなぃ」
と、気持ち良さそうに寝ていらっしゃった。
「先輩……ね? 落ち着きましょう」
「後輩くんから離れろぉぉぉ」
俺の主張とかは一切無視して、先輩が向かってくる。
「悪霊退さぁぁぁん」
しかし火の玉は、直撃する寸前で消えてしまった。
「全く……焦らないでよ」
見知らぬ声。
主を探してみると、窓枠に同い年くらいの女の子が……。
「委員長……?」
彼女には見覚えがある。
確か、俺のクラスの委員長で名前は……。
「河野美香(こうのみか)よ」
「あの……委員長……これはその……」
慌てて耳と尻尾の生えている先輩と、酒瓶を抱えて寝ている妖女のことを説明しようとする。
「ストップストップ……もう知ってるから」
手で制されてしまった。
「ねぇ玉藻先輩……人の式を殺そうとしないでくれる?」
「誰?」
先輩の名前を知っているから、もしかしたらと思ったが先輩に心当たりは無いようだ。
「私は陰陽師の末裔よ」
そう言って華麗に窓枠から飛び降りた。
フワッと髪が浮き、幻想的な美しさを目の当たりにする。
ようなこともなく、ただただ普通に飛び降りた。
「委員長?」
「美香様」
「えっと……美香様?」
「何かいったかしら?」
「後輩くん……そんな趣味が……」
「え? いや違いますよ? 俺はただ委員長を呼んだだけで」
「美香様!」
「み……美香様を呼んだだけで」
「用も無いのに私を呼ぶな! この汚らわしい豚め!」
「え……ちょっ」
「なんだ? 踏んで欲しいのか?」
「後輩くん……」
「違いますって先輩!」
「うるさ……あっ」
突然何かを思い出したような声が聞こえ、足が止まった。
おかげで踏まれずに済んだ。
「ご……ごめんなさい。ついイジメたくなっちゃって」
「え?」
「美香だっけ? わかるわよその気持ち」
「え? え?」
「確かに後輩くんはイジメがいあるもんな」
「白まで?」
部室内の女子の目線が集中する。
「え? ちょっ」
「でもね……美香」
「なんでしょうか?」
「この部室に何の用?」
「何の用って……もちろんあなたがたを滅するためですが?」
「私もか?」
「そうですよ伊吹さん。でもその前に」
委員長がこちらに向けて手招きする。
「?」
しかし何も起こらない。
「早く来いって令飛ばしてるだろ! そこの出来損ないの式神!」
突然委員長もとい美香様が叫ぶ。
「はっはいただいま」
俺に憑いていた式神が慌てて飛び出し、美香様の手の中に吸い込まれていく。
「あのー話が全く見えないんですが」
「ありえないわ……」
「後輩くん……」
「バカなのか……」
「全員で見下すのやめてくださいませんか」
「……無理よ」
「……駄目ね」
「……バカなのか」
「ひどくないですか?」
女子全員からの攻撃は想像以上に効くのだ。
「そんなことよりも!」
慌てて話題を逸らす。
「なんで委員長は巫女服じゃないん……」
「あぁ?」
「……じゃなくて。なんでみんな仲良くお茶してるんですか!」
そう。気付いたら妖怪二人と陰陽師が同じテーブルでお茶しているのだ。
「だって……美味しいお茶請け持ってきましたし」
「だって……甘いものの匂いがしたし」
「そこにお茶があるから?」
「白のボケは置いておくとして、敵同士ですよね?」
またバトルになるのでは?と身構えた俺が馬鹿みたいだ。
「……確かに」
「……言われてみればそうね」
「……だな」
一斉に頷きだす。
そして……大惨事大戦が始まった。
「てりぁぁぁ」
初手はやっぱり卑怯な先輩。
いつの間に用意していたのか、特大火の玉を投げつける。
「水を司りし神よ。我が祈りに応え、水鬼となれ」
しかし美香様もとい委員長は焦る様子もなく、冷静に水でできた鬼、水鬼を召喚し火の玉を打ち消す。
そのタイミングを狙って白が懐に潜り込む。
「土を司りし神よ。我が祈りに応え、土壁となれ」
委員長は半歩前に土壁を創り、これを防ぐ。
「まだまだぁ」
土壁をものともしない程の火の玉を四つも連れて、先輩が踊り出る。
「気を司りし神よ。我が祈りに応え、障壁となれ」
一瞬驚いた委員長だったがすぐに立て直し、空気の層でこれを防いだ。
それよりもわずかに早く、白が障壁の中に潜り込む。
しかし拳が届く前に水鬼が盾になり、委員長を守った。
その隙に委員長は後退する。
勝負は明らかに互角だった。
しかし妖怪、しかも伝説クラスを二人も相手にするなど普通はできることではない。
だんだんと委員長が押されてくる。
攻撃することはほぼなくなり、防戦に徹している。
だから油断が生まれるのは致し方なかった。
特に玉藻先輩には。
「とりゃぁぁぁぁ」
無数の火の玉を命中させられ、倒れていた委員長に先輩が近づいた時だった。
「なにか言い残すことでも?」
「おい玉藻……もうやめようぜ」
そんな白の忠告を無視して、先輩はさらに委員長に近づく。
「……」
「なに?」
委員長の唇が動く。
しかし声は小さすぎて聞き取れなかった。
玉藻先輩も同じだったらしく、しゃがみ込んで耳を近づけた。
その時。
委員長がポケットから小刀を取り出すのが見えた。
玉藻先輩はまだ気付いていない。
「先輩!」
そう声を出すよりも先に、小刀は先輩の胸に突き刺さっていた。
「先輩! 先輩!」
慌てて駆け寄る。
いつも元気なはずの先輩は浅い息を繰り返すだけだった。
「先輩……」
「こーはいくん……ごめんね」
「先輩!」
「ありがとね……」
「先輩! 先輩!」
「大好きだよ……こーはいくん」
「先輩! 嫌ですよ。死なないでくださいよ」
「……」
「先輩! 俺はまだお礼を言い足りてないんですよ」
「……」
「俺はまだ感謝し足りてないんですよ」
「……」
「先輩……俺はまだ先輩に好きって言ってないじゃないですか」
「……」
「先輩……死なないでくださいよ先輩!」
何度も何度も。
ただただ叫ぶ。
「……」
「……」
白や委員長が何かを言っているが、もう何も頭にはいってこない。
「先輩…………」
「後輩くん」
不意に白に肩を叩かれる。
ずっと泣いていたみたいだ。
でもまだ足りない。
泣いて先輩が帰ってくるならいくらでも泣いてやる。
しかし
「こいつ死んでないから」
白が軽い感じで言ってくる。
「死んで……ない?」
あまりにも突拍子もなく、頭が理解してくれない。
「そ」
それだけ言うと、白は玉藻先輩をくすぐりだした。
「ひゃははははは。やめてー」
すぐに先輩が起き上がる。
「え……先輩? なんで?」
頭が混乱する。
「ただの狸寝入りだったってわけね」
いつのまにか委員長も近くに来ていた。
「人騒がせなやつだ」
白が毎度のことだとばかりにため息をつく。
「先輩……」
俺は動けずにいた。
「あの……こーはいくん」
先輩が口を開く。
「私を好きってどういうこと?」
しかしもう顔はいたずらを思いついた時のものになっている。
「言葉の綾です」
俺は手っ取り早くごまかし、素早く離れる。
「ふーん」
先輩の嬉しそうな顔がこっちを向いている。
恥ずかしさで煮え上がりそうだ。
「とにかく!」
話題を変えなければ。
「これで今日の部活は終了です!」
「えー!」
女子全員から抗議の声が聞こえる。
気にするものか。
どうせ明日も委員長が来るに決まってる。
だったら明日でいいじゃないか。
そう割り切り、慌てて部室のドアを飛び出す。
先輩が生きていてよかったなんて言ってやるものか。
「こーはーいくーん」
後ろから追い掛けて来る声を聞きながら、明日もこんな日が続きますようにと祈る。
この楽しすぎる日常が明日も続きますようにと。

Fin?


「Finだと思ったか? 残念だったったな。トリックだよ」
「委員長……誰に言ってるんですか?」
「美香様!」
「美香様……」
「もちろん画面の向こう側の豚達だけど?」
「豚は言い過ぎじゃないかしら……」
「なによ玉藻。文句ある?」
「豚に失礼じゃない」
「……」
「どうしたのよ後輩くん」
「……いえ。なんでもないです」
「豚はしゃぶしゃぶがオススメだぞ」
「……」
「美味しいぞ?」
「いや確かに美味しいんだけど……」
「なら何が問題なんだ?」
「いや……もういいよ」
この騒がしい、騒がしすぎる部室は確か西洋魔術研究部という部活のものだったと思う。
今では西洋のかけらもない、ただの妖怪のたまり場になっていた。
「ひどいと思います!」
全員が集まって紅茶やら緑茶やらを飲んでいるテーブルを力いっぱい叩く、と俺の緑茶がこぼれてもったいないので手加減して叩く。
「なにが?」
「いきなりどうしたの?」
「なにがだ?」
女子一同がけだるそうに聞いてくる。
「ここが! 妖怪の! たまり場に! なってることです!」
「ちょっと……妖怪ってもしかして私のこと?」
「後輩くん……。で、それがどうかしたの?」
「辛いなら……酒飲むか?」
この部室に味方など一人も居なかった。
「飲まない! だいたい俺は未成年なの」
「疲れが飛ぶぞ?」
「絶対いりません」
「後輩くんが飲まないなら私が飲むわよ」
「おまえにやる酒はない」
「ケチー」
「豚のくせに私を妖怪扱いするだなんて……いつか潰してやる」
「後輩くんに触りでもしたら問答無用で潰してやるわよ」
何が起こってるか全くわからない人のために、いい加減にメンバー紹介をしよう。
部長であり、トラブルメーカーであり、俺の命の恩人でもある、九尾の妖怪、玉藻(たまも)先輩。
俺が密かに(部員全員には知られているが)好意をよせている人でもある。
鬼であり、玉藻先輩の腐れ縁であり、何千年も生きているくせに見た目だけは幼女の大酒飲み、伊吹白(いぶきはく)。
よく俺に酒をすすめてくる人でもある。
※お酒は二十歳から。
クラスの委員長であり、いきなりドSで時々陰陽師、河野美香(こうのみか)。
最近慣れてきたがかなり怖い人でもある。
今までも、そしてこれからも本名を明かさないであろう俺こと後輩くん。
明かさない理由は秘密だ。
以上の四名でこの部は成り立っている。
顧問の先生は……居ることは居るのだが未だに見たことはない。
一度だけ先輩に顧問の先生のことで聞いたことがあるが、
「顧問の先生なんて居ませんよ?」
と真顔で返されてしまった。
「おいそこの豚」
前触れも無しに鋭い声が響く。
そんな声を出せる人を俺は一人しか知らない。
「なんでございましょうか」
ドSの委員長。
いや……今は美香様か。
「顧問はどこ?」
「……」
さすがに知らないというのはまずいだろう。
「なんで黙るんだ?」
「……」
黙ったまま玉藻先輩に目だけで助けを求める。
「……」
ちょっ。
目を逸らさないでくださいよ。
「玉藻がどうかしたのかよ」
「いや……なんでもないです美香様」
「で、顧問は?」
「いや……その」
「めんどくさい! 早く言え!」
「俺は知らないです」
「使えない豚だな。なら玉藻。顧問は?」
「知らな〜い」
「知らないってあんた……」
「だって知らないもの」
「なら部活としてみとめられませんね」
「河野様」
「昔の時点で部活って認められてたんだからいいじゃない」
「でも今顧問が居ないなら認められないわ」
「あの……河野様」
「別にいいじゃない。あんたには関係ないんだし」
「関係無くはないわよ。私だってここの部員なんだし」
「は? ふざけないでよ。なんで陰陽師なんか……」
「あ……あの!」
「え?」
「は?」
「うん?」
突然聞こえた声に誰もがが戸惑う。
「誰だ!」
しかし次の瞬間には全員が戦闘体制になっていた。
玉藻先輩は多数の火の玉を出現させ、委員長は水でできた鬼、水鬼と木でできた鬼、木鬼を展開させる。
白は大きな剣を構える。
「ちょっ白」
「どうした?」
「なんで剣なんか」
「あぁ……武器だけど?」
「でもいつもは使ってないよね?」
「まぁな。怪我させたら嫌だし」
「それが私でも?」
「なんのことだ?」
「だって私と戦った時はそれ持ってなかったじゃない」
先輩が好機とばかりに絡みだす。
「そりゃあ……」
白はしばらく考え、
「あとあと面倒だからな」
とぶっきらぼうにつぶやいた。
「あの……」
か細い、少しでも気を抜けば聞こえないほどの声が耳元で聞こえる。
「誰ですか?」
白と玉藻先輩、さらに暇だからと参戦した委員長達の無益な争いをよそに、声の主に話し掛ける。
「やっと気付いてくれた」
突然目の前にか弱げな女性が笑顔で現れる。
突然しか表現のしようがないほど突然現れた。
「えと……誰ですか?」
この時点でかなり驚くべきことだが、玉藻先輩や白、委員長に散々驚かされているので耐えることができた。
「はじめまして……でしょうか。この部の顧問の三守(みもり)です」
「はぁ」
見るからにごく普通の人だった。
三守さんか……。
なんでここに居るんだろう。
あれ?
顧問とか言わなかったか?
顧問だってぇぇぇぇぇ?
「えっと……三守さん?」
「いかがいたしましたか?」
笑顔を崩さずに首を傾げる。
「こ……顧問ってマジですか?」
「えぇ本当です。どうかいたしましたか?」
「いや……その……」
「もしかすると。どうして今まで居なかったのか疑問に思っていらっしゃるのでは?」
「なんで……なんでわかったんですか」
「顔の表情を見ればだいたいわかりますよ」
「そうですか……」
「座敷童子(ざしきわらし)だからよ」
どうしてかを聞く前に先輩が口を挟む。
「正確には違うのですが……」
「いいじゃない座敷童子で。だいたい座敷童と座敷守(ざしきもり)って同じじゃない」
「違いますよ玉藻様」
三守さんが素早く否定する。
「座敷に幸運を呼ぶのが座敷童子。座敷を守り抜くのが座敷守です」
「一緒にしたら駄目なのか?」
「不可能ではないのですが……手間なのでございますよ伊吹様」
「ねえちょっと。誰と話してるのよ?」
二人には見えているようだが委員長には見えていないようだ。
「河野様ですね。はじめまして」
「えっと……はじめまして?」
全く見当違いの空間にお辞儀をする。
「どこみてるのよ陰陽師」
「うるさい狐。毛皮にするぞ」
「なによ陰陽師。噛み殺すわよ」
「狐のくせに」
「狐のくせにってなによ。陰陽師のくせに」
「なんだと?」
「なによ?」
再び始まった不毛な争いが終わるまで三守さんと話すことにした。
「三守さんはいつからここに居るんですか?」
「そうですね……一世紀ほどでしょうか」
「……一年?」
「一世紀です」
「……」
俺は一世紀という数字よりも、目の前のうら若き女性が千歳を超えているということに驚いていた。

body「私達座敷守は容姿の変化に乏しいのです」
表情から考えを読んだのか、三守さんが笑顔で話し掛けてくる。
「でも三守さんは生まれた時からその姿だったわけではないんですよね」
「申し訳ございません。語弊がありました」
一切笑顔を崩さずに続ける。
「ある程度成長してから変化が止まるのです。ですから幼い座敷守もいれば老いた座敷守も居るのです」
「三守さんの成長が止まったのは何歳くらいだったんですか?」
「成長が止まっているといえ女性に歳を尋ねるのは失礼ですよ」
「あっ……ごめんなさい」
「いえいえ。そうですね……ちょうど河野様の時ですね」
「え……じゃあ……」
そーっと玉藻先輩と委員長の貧相な体を盗み見る。
そしてもう一度三守さんに向き直る。
「可哀相に……」
心の底から同情してしまう。
明日からは少しだけ優しくしてあげようと心に誓った。
「そういえば……昔の記憶って覚えてるものなんですか?」
「えぇもちろん。昨日貴方が玉藻様に告白したことから藤原行経が生まれたことまでだいたいは覚えております」
「……」
一気に部室内が静かになる。
いつもは飲んでいるか寝ている白でさえ聞き耳をたてていた。
「ところで、いつお付き合いなさるんですか?」
そんな中三守さんの空気を読まない声だけが響く。
「え……いや……その……」
ほぼ勢いで告白してしまったため、そして初めての告白だったために忘れようとしていたこと。
さらに玉藻先輩の答えを結局のところ聞いていないこともあってうやむやになっていたのだ。
「どうかいたしましたか?」
悪意は無い(と思いたい)三守さんの声が続く。
「私が間違って後輩くんを気絶させた時に本気で怒ってたよな」
白が楽しそうに先輩をつつく。
「私と戦った時に死んだふりをしたのは告白する勇気がないから告白してもらおうとして、とかだったりして」
委員長もそれに加わる。
「そういえば玉藻様は貴方がこの部に入部する以前、貴方の後ろ姿が校門から出るまでずっと眺めていらっしゃいましたね」
三守さんまでもが加わる。
「えっと……あっと……その……だからですね……」
当の本人は終始真っ赤のままであたふたしているだけだった。
「付き合っちゃえば?」
「付き合ってしまったらいいんじゃないか?」
「お似合いでこざいますよ」
委員長と白(+三守さん)にさらに迫られる先輩。
俺はどう反応すればいいかわからずに、それをただ見ているだけだった。
「わ……私はその……後輩くんのことなんか……あの……す……好きなんかじゃじゃないの!」
想像した通り、俺が一方的に好意を寄せているだけで、先輩はそんなことは全くないのだ。
「本当に?」
「嘘じゃないのか?」
「嘘はよろしくありませんよ玉藻様」
それでも三人は追撃を止めない。
ついに先輩が折れたのか、小さな声で、本当に小さな声で
「べ別に嫌いではないわよ」
と言ってくれた。
聞き間違いかもしれない。
ただの自惚れかもしれない。
でも今だけはこの幸せに浸っていたい。
「そんなに嬉しかったの?」
「顔がすごいことになってるぞ」
「そこまで嬉しかったのでございますか?」
今度は俺が迫られる。
正直に言うと、先輩が倒してくれた妖怪よりも数倍恐ろしい。
「どうなのよ?」
「どうなんだ?」
さらに女子二人に迫られる。
三守さんは少し離れて楽しそうに(いつも笑顔なので実際にどうかはわからないが)傍観を決め込んでいた。
「ねぇ」
「なぁ」
さらに迫って来る。
近い近い近い!
「……な」
微かに声が聞こえる。
それと同時に、なんともいえない悪い予感も。
こういう時の悪い予感というものはたいてい当たるものだ。
なぜなら二人の向こう側で先輩が無数の火の玉を用意していたのだから。
「私の後輩くんにそれ以上近づくなぁぁぁ」
真っ赤になりながら視界いっぱいに火の玉を放つ。
三守さんはいつのまにか先輩の後ろで笑っている。
委員長も水鬼を召喚して火の玉を防いでいる。
白は白で器用に火の玉を回避している。
しかし俺はというと、とっさに動けもせずに火の玉の直撃を受けていた。
あぁ死んだ。
また来世でもよろしくお願いします。
Fin……

「……くん」
声が聞こえる。
「こ……くん」
懐かしい声。
「後輩くん!」
思い出した。
先輩の声だ。
でもなんで聞こえるんだろう。
「後輩くん!!」
頬に雨が降ってきた。
暖かい雨。
「ねぇ後輩くん……起きてよぉ!」
わかったます。
もう起きますよ。
先輩に起こされるようにゆっくり目を開く。
最初に玉藻先輩の顔がアップで映る。
そして少し離れて白や委員長、三守さんが映る。
「え……どうし」
どうしてと言い終わらないうちに先輩に抱き着かれる。
「よかったぁぁぁぁ。本当によかったぁぁぁぁ」
泣いているのか、涙声で叫んでいる。
「はいはい。感動の再会はそこまで」
委員長が先輩を引き離し、やっと周りの景色を確認できた。
大きな和室の一部屋。
そこに敷かれた布団で眠っていたようだ。
「おはようさん」
白が枕元から話し掛けてくる。
「どうしてここに?」
「忘れたのか? 玉藻の火の玉を体中に喰らったんだよ」
「あ……あぁ」
「それで見るに耐えない姿になってたから私の家に運び込んだの」
玉藻先輩を押さえながら委員長が補足してくれる。
「ありがとうございました」
「全くよ。総本山の糞野郎に貸しを作っちゃったくらいだしね」
「はぁ……」
口ではそう言っていたが、あまり怒ってはいないようだった。
「それにしてもあんたって大変ね」
「え?」
「嫉妬程度で瀕死にされちゃうんだもの」
「……」
先輩の方を見るが、やはり目を逸らされてしまった。
「先輩……」
「な……なによ後輩くん」
恨み言の一つでも言いたい気分だったが、口から出たのはそれとは全く無縁の言葉だった。
「好きです。付き合ってください」
ここで言わなければ後々で後悔する。
そう思ったのだ。
「へ?」
先輩はただ驚いていた。
しかし数秒後
「わ……私でいいなら」
と頷いてくれた。
「玉藻先輩……」
「後輩くん……」
しばらく見つめ合う。
そして……。
雰囲気クラッシャーの二人に備えた。
「おめでとぉぉぉぉう」
予想した通りに二人がクラッカーを鳴らして騒ぎまくる。
もう一度先輩と見つめ合い、笑った。
「からかうのは止めてください」
「ちょっとは空気読みなさいよ」
そして騒ぎに突撃していった。
明日も明後日も、こんな楽しい日が続きますように。
そう願いながらみんなと騒いだ。
もう瀕死は勘弁して欲しいが、仕方ない、なんて惚気(のろけ)たりもしながら。


「ちょっと……待って……待ってください……」
息も絶え絶えに前を歩く集団に訴える。
どうしてこうなったのか。
全ての原因は玉藻先輩の嫉妬だった。
玉藻先輩に嫉妬程度(個人的には嬉しいが)の理由で瀕死にまで追いやられた俺。
そんな俺を救うために委員長が頼ったのが総本山の糞野郎。
その正体はまさかまさかの委員長のお姉さん。
そしてそのお姉さんが貸しを返せと言ってきた。
そしてそのまま妖怪退治へ。
回想終了。
「遅いよ後輩くん」
玉藻先輩が速度を落としてくれて、隣にならぶ。
「先輩達が早過ぎるんです」
「私の恋人なんだからそれくらい大丈夫でしょ」
「な……」
そう。
俺と玉藻先輩はつい最近恋人になったばかりなのだ。
「でも……」
「どうしたんですか?」
「後輩くんに合わせるよ」
「え? いきなりどうして?」
「だってその方が……その……二人っきりになれるじゃない……」
「……」
顔が真っ赤になるほど照れる。
先輩の方を盗み見ると、言った本人も同じくらい照れている。
照れるくらいなら言わなければいいのに。
まぁ嬉しいからいいか。
「おーいお二人さん」
後ろから声が響く。
「わっ」
「ひゃっ」
二人同時に飛び上がる。
「何を驚いているんだい?」
そこには黒猫が鎮座していた。
「清か……脅かさないでよ」
玉藻先輩が胸を撫で下ろしながら黒猫に話し掛ける。
正確には黒猫を操っている河野清(こうのせい)さんに話し掛けるのだ。
「玉藻……あんた……もう歳?」
「ちょっと……まだまだに決まってるでしょ」
「でも明らかに感知能力が鈍ってたんだけど?」
「あー……それは……その……」
先輩がチラチラとこちらに視線を送ってくる。
「チッ」
何が気に障ったのか、清さんは舌打ちをしてどこかへ駆けていってしまった。
「……なんだったんでしょうか」
「……さぁ」
「……」
「……」
「とりあえず急ぎましょうか」
「そうね」
清さん率いる本隊とはだいぶ離れてしまったようだ。
このままのんびりしていたらいつまた清さんを召喚してしまうか気が気でない。
「いきましょう先輩」
「りょーかいだよ後輩くん」
玉藻先輩の手を握り、走り出す。
そのまま走ること十秒。
あっけなく追いついてしまった。
「こんなに近いのになんで式飛ばすのよ」
「だってめんどくさいんだもの」
清さんと委員長の口論がいつものように始まっていた。
「めんどくさいってなによ! 式は必要以上に使わないって御祖父様に習ったはずよ」
「私には必要だったんだよ。そんなことより、怒ったらまたシワが増えるぞ?」
「余計なお世話です」
本気な委員長に対して清さんは全く本気ではない。
一見すればわかりそうなものだが、頭に血の昇っている委員長にはわからないようだ。
「ん? やっと帰ったか」
こちらの姿を確認すると、そそくさと立ち上がる。
「ちょっとお姉ちゃん」
委員長もそれに呼応するように立ち上がる。
「あ……」
そしてこっちを見て固まった。
「み……見た?」
「だから……私が間違って……そう間違って姉様をお姉ちゃんって呼んだことよ!」
「は?」
「へ?」
全く予想もしなかった展開に、思わず変な声が出てしまった。
「美香ったらいまだに私のことをお姉ちゃんって呼ぶんだ」
「ちょっお姉ちゃん!」
「ほらな」
俺はただ目の前の姉妹喧嘩を眺めるしかなかった。
「豚!」
しかし矛先は簡単に切り替わるようで、
「忘れなさい」
と命令される。
「いや……でも……」
「いいから忘れなさい……忘れてよぉ」
普段はその性格のせいで忘れてしまいがちだが、実は委員長もそれなりに可愛いのだ。
しかも弱気だともっと可愛い……。
「こーはいくん?」
なんとも不機嫌そうな声とともに頬をつねられる。
「なんれひょうか」
「浮気。ダメ! 絶対!」
「わかってまふよ」
もちろん俺は先輩だけですとは恥ずかしいので言えないが。
「はぁ? 浮気? 豚が私に? おぇぇ」
「ひろくないれすかひひんひょう」
気持ち悪とストレートに言われるとかなりクる。
「なら私が愛人になってやるよ」
白が愛人……。
「……」
「おい。なんで黙るんだよ」
「……なんとなく」
「なら私が」
三守さんが手を挙げる。
「やめてくらはい」
「わかりました」
なぜかやめてほしかった。
「え? 何言ってるんだ? こいつは私の隠し子だぞ?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
一瞬にして静まり返る空気。
さすが清さん。
「ちょっなんで黙るんだよ。恥ずかしいじゃないか」
「お姉ちゃん……それはないよ」
「マヂか……美香なんかに言われるとは……」
「私なんかって何よ私なんかって」
「あの……清さん」
「あによ」
「時間大丈夫なんですか?」
「……」
「ちょっとお姉ちゃん。まさか忘れてたとか言わないよね」
「うん忘れてた」
「……」
「だっ大丈夫だ! 急げば間に合う」
そう言うと清さんは一人で駆けていってしまった。
「ちょっとお姉ちゃん!」
委員長が引き止めようとするのを全く無視して走る清さん。
逃げたんじゃないのか?
「あっそうだ。倒して欲しい妖怪はすぐにわかるから心配しないでね」
逃げていった方向から烏が飛んできて告げた。
「はぁぁ」
委員長がため息をつき、烏を腕にとまらせる。
ポンッと小さな音を出して烏が本来の姿である折り紙に戻る。
「さて……」
「どうする?」
「どういたしましょうか」
「この森ごと焼き払えばいいんじゃない?」
「委員長……それはちょっと」
「別れて捜索するというのはいかがでございましょう?」
「私はなんでもいいぞ」
「さすが座敷守。ナイスアイデアよ」
「それに決定ね。問題は別れ方なんだけど……」
こちらをちらっと見たあと、委員長は
「玉藻とおまけ、それ以外の別れ方でいいわね」
「ちょっ……おまけって俺のこと?」
「もちろんそうだけど?」
「ひどい……」
「まあ仕方ないって」
「仕方のないことです」
「後輩くんと一緒ならなんでもいいわよ」
「各自で判断して帰宅すること。解散!」
委員長の号令で一斉に走り出す……こともなくダラダラと歩きながら解散することとなった。
「こーはいくーん」
「なんですか?」
「呼んだだけー」
「玉藻先輩」
「なにー?」
「呼んだだけです」
バカップル全開の会話をしながら周りを捜索する。
普通なら妖怪とばったり会うなんてことはありえない。
でもそんなお約束は一切無いのだ。
「何者か! 名を申せ!」
鎌倉時代の貴族のような格好で目の前に居る髑髏(どくろ)がその証拠だ。
「あんたこそ誰よ」
「我は禅十坊。そなたは……はて見覚えがあるぞ」
「人違いでーす。私は後輩くんの彼女の……ただの先輩でしたー」
言い終わるやいなや火の玉を飛ばす先輩。
見事に全弾命中したはずだった。
「おぉ怖や怖や」
しかし妖怪、いや禅十坊は無傷で再びあらわれた。
「いやはや不意打ちとは……さすがだな玉藻御前」
「どりゃぁぁぁぁ」
言い終わる前に先輩が近くにあった大木を引き抜いて投げつける。
「甘い!」
しかし禅十坊も火の玉を出してこれに応じる。
ただの火の玉ではなかった。
とても見覚えのある火の玉だった。
「ちょっと……なんで私の狐火が使えるのよ」
「その程度を真似できぬとでも?」
「めんどくさいわね」
先輩が火のついたばかりの大木を落下させる。
地震でもあったかのような振動と、雷が落下したかのような爆音、爆弾でも爆発したかのような土煙が広がる。
「後輩くん」
耳元で先輩の声が聞こえる。
「こっち」
そのまま手をひかれて、茂みに身を隠す。
「先輩」
「どうかしたの?」
なぜ大木を飛ばせたのか、禅十坊と名乗ったあの妖怪は先輩の知り合いなのか、ほかにも聞きたいことがたくさんあったが一瞬でどうでもよくなってしまった。
「やっぱりなんでもありません」
「変なの」
「先輩ほどじゃありません」
「意地悪……さて行こうか」
気がつけば土煙はほぼおさまっていた。
このままここに留まれば恰好の標的だ。
先輩に手をひかれて走りだそうとした。
でも次の瞬間、先輩は消えていた。
「え?」
手の中の温もりが消えたことに気付くのに数秒。
「……ん」
そして俺を呼ぶ微かな声に気付くのにさらに数秒を要した。
「先輩ですか?」
声を張り上げる。
「うえ上」
全神経を集中させて声を聞く。
「こっちー」
声が聞こえた方向、真上を見上げる。
そこには見事に縛り上げられた先輩と禅十坊が浮かんでいた。
「先輩!」
「おーい後輩くーん! 捕まっちゃったよー!」
「なんでそんなに余裕なんですか!」
「だって切り札があるもの!」
「クハハハハハハハ」
今まで黙っていた禅十坊が突然笑い出す。
「なにがおかしいのよ!」
すぐさま先輩が噛み付いていく。
「切り札とはこやつらのことか?」
不気味に笑いながら禅十坊はさらに縛り上げられた三人を浮かばせる。
「離しなさいよ! 骨の分際で生意気なのよ!」
「あまり褒められた行為ではございませんね」
「はーなーせー」
見覚えしかない三人だった。
「ちょっと! なんで切り札が先に捕まってるのよ!」
「伊吹様を助けようとしたところ、あっけなく捕まってしまいました」
「三守さんを助けようとしたら捕まったのよ」
「で……白。あんたは?」
「あの……その……」
「くだらない理由なのはわかってるんだから白状しなさい」
「御神酒があったから……つい……」
「ついじゃないわよ……」
「やはり罠はいつの時代でも便利よの」
後ろから禅十坊が話しかけてくる。
「この……」
「おっと動くでないぞ。一歩でも動けば……わかっておろう?」
「先輩達を放してください」
「それはならん」
「どうしてですか」
「あやつらが悪しき妖怪だからよ」
「先輩達の何を知ってるって言うんですか」
「全てだ」
「信じられません」
「人間よ。おぬしのためを思って言っておるのだ」
「……!」
玉藻先輩が頭上から何か叫ぶが、禅十坊は構わず続ける。
「我とて昔は人間だった。しかし妖怪に裏切られたのだ」
「……」
「そこにいる玉藻御前にな!」
「え?」
「……」
「そうだろう! なあ玉藻御前!」
「……」
玉藻先輩は俯いたまま顔を上げない。
「俺は妖怪を研究していたんだ。古今東西全ての妖怪を」
「……」
「研究すればするほど、妖怪は無条件で悪と決め付けるべきではないと思うようになった」
「……」
玉藻先輩も白も三守さんも押し黙っている。
「そして低級妖怪なら戦わずに話し合いで解決することができるようにまでなったのだ」
彼が話しを続けるにつれ、彼の肉体はどんどん再生していった。
目、筋肉、皮膚の順に再生していく。
まるで時間を巻き戻すかのように。
「楽しい毎日であった。妖怪達から昔……はるか昔のことを聞き、代わりとして今のことを話す。もはや妖怪に恐れなどはなかった」
懐かしむように、楽しむように、禅十坊は話す。
「天皇殺しの大罪を負っている玉藻御前の討伐に駆り出されたときも同じ気持ちだった」
天皇殺し? そんな馬鹿な。
「……」
「俺は討伐隊の休憩中を狙ってお前の屋敷に向かった! 話し合うためにな!」
悪鬼の声が怒気を帯びはじめる。
「それを! お前は!」
「せんぱっ……」
口を開くが、声は最後まで続かなかった。
「ここで邪魔するのはいささか不粋ではないかな? 後輩くん」
「……」
「いいから見ていたまえ」
清さんだった。
「後ろから刺して殺したではないか!」
「……」
嘘だろ。
先輩が天皇殺しなんて、ましてや人殺しなんて。
嘘だ。嘘に決まっている。
そう信じて玉藻先輩を見上げるが、
「ごめんなさい」
先輩はこちらを見向きもせずに頭を下げるだけだった。
「……違うだろ」
悪鬼が小さく呟いたが、玉藻先輩には聞こえなかったようだ。
「ならお前は……俺を闇討ちで殺した。これに間違いはないのか!」
「間違いないわ……ごめんなさい」
「違うだろ!」
「な……何が違うって言うのよ」
「俺を闇討ちしたのは討伐隊なんだろ?」
「……」
「知ってるんだよ……全部」
「……ごめんなさい」
「全くだぜ」
「でも……ならどうして聞いたんですか? 殺したのは玉藻先輩かどうかなんて」
自由になりつつある口を無理矢理動かして聞く。
「確かめたかったんだよ」
「確かめたかった?」
「俺が好きな妖怪が嫌いなままかどうかをな」
「?」
「……」
いつの間に縄を解いたのか、委員長、白、三守さんがそこに立っていた。
「玉藻様は……おそらくですが、悪鬼様に人間を怨んでほしくはなかったのではないですか?」
「そんな! 違う! 私はただ」
「先輩……」
「っ! 違うのよ後輩くん……私は……私はただ……」
「なぁ玉藻御前」
「何よ! 私はあんたを闇討ちした! それ以上でもそれ以下でもないのよ!」
「俺はもう大丈夫だよ」
「っ!!」
次の瞬間、玉藻先輩の目から涙がこぼれ落ちた。
「……なさい」
涙を拭いもせず、先輩は繰り返す。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「俺は妖怪だ好きだぜ。でもそういう、他人を怨むくらいなら自分を怨めっていう考えは嫌いだったよ」
悪鬼の体が崩れていく。
ただの灰に。物言わぬ塊に戻ろうとしているかのように。
「ありがとうな玉藻御前」
「ごめんなさい……」
「泣くな泣くな。お前には笑顔の方が似合う」
「……ごめんなさい」
「謝ることなど何もないだろう」
「そうね……ありがとう」
「お互い様だ。清明もありがとうな」
清さんを見ながら悪鬼は頭を下げる。
「私の名前は清だ。清明なんて知らないな」
「そうだったな……ありがとう」
「もう往くのか?」
「あぁ」
「行くって……どこへですか?」
「未練から妖怪に転身したんだとすれば……彼岸、まああの世だろうな」
「そんな……」
「満足したからいいんだよ」
「でも……」
「気にするな」
「じゃあね」
玉藻先輩は早々に後ろを向いてしまう。
声が震えていた気がしたが、指摘はしなかった。
「おう。じゃあな」
風が吹いて気配が消える。
「疲れた疲れた」
清さんが薄くなっていく。
「お姉ちゃん……また式神使ってたの?」
「だって歩くのだるいんだもの」
「ありがとうね清明」
「清」
「ありがとう清」
「どういたしまして」
フッと清さんが消え、式を書いた紙だけが落ちる。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
沈黙が広がる。
「……お腹すいた」
「え?」
「お腹すいたーー」
「玉藻……」
「玉藻様……」
「先輩……」
「あんた……」
「私に罪はない! お腹が空くのが悪いんだ!」
「……」
「……」
「……」
「……帰りましょうか」
三守さんが皆の意思を汲んで言ってくれた。
「だな」
「ええ」
「ご飯!」
「帰りますか」
ぞろぞろと帰り道を歩く。
「また明?」
委員長が最初に別れる。
「またなー」
「また明日お会いしましょう」
白、三守さんと続く。
「先輩……こっちじゃないですよね」
「いいじゃない」
「まあいいですけど」
「……」
「……」
無言が続く。
そのまま家に着くまで無言だった。
「先輩?」
「うん……また明日ね」
先輩が何か言いたそうだったが、夜も遅く、引き止めるのも悪いと思ったので気にしないでいた。
次の日になるまでは。


「玉藻先輩?」
目の前に横たわる、冷たくなった誰かを抱き上げる。
玉藻先輩だなんて信じられない。
「玉藻先輩……なんですか?」
返事はない。
「玉藻先輩? 違いますよね? 寝てるだけですよね?」
いくら揺すっても、話し掛けても返事はない。
それどころかどんどん冷たくなっている気がする。
「先輩! 先輩!」
どうしてこうなったんだろう。


「おっはよー後輩くん!」
朝から甲高い声が響く。
もう気配でわかる。
疑う余地もなく玉藻先輩だ。
「はいはいおはようございます」
とりあえず最初はスルーしておく。
「釣れないねぇ。昨日なにかあったの?」
「事件しかなかった気がするんですが」
「気にしない気にしない」
「気にしますよ。だいたい妖怪なんて普通は誰でも気にしますって」
「私は気にしないけど?」
「そりゃあ先輩も妖怪ですからね」
「そして後輩くんの彼女でもある……と」
「まあそんなとこです」
先輩は卑怯だ。
毎度毎度こんな照れるような事を言うんだから。
「幸せねー」
「ですね」
あぁまったく。
本当に幸せだ。
「ねぇ化け狐」
やせいのいいんちょうがあらわれた。
いいんちょうははっきょうしている。
「発狂なんてしてないわよ! この豚!」
「いきなり叫びだすのは発狂としか言いようがない気が……」
「反論は認めない」
「あ……はい」
「なによ陰陽師。ラヴラヴタイムを邪魔しないでくれる?」
「別に邪魔するつもりはなかったのよ。でもね……」
「あんな女はほっといてイチャイチャしようぜ」
先輩はためらいなく委員長の話をさえぎる。
なんて怖いもの知らずな人なんだ。
「お前らが! 教室で! 朝っぱらから! いらつくことをしてるからだろうが!!」
「こわーい。委員長ってそんな人だったんだー」
「棒読みすぎるわ! だいたいお前はとっくの昔に知って……」
そこで言葉は切れてしまった。
「委員長ってあんな性格なんだ……」
「今までの清楚なイメージが……」
「それはそれで……」
「わかってた。わかってましたよ……」
あちこちでいっせいにヒソヒソといい始める。
「あ……いや……ちょっ……待って」
「がっかりだわ……」
「怖いかも……」
「あ……違う……違うのよ」
委員長は混乱からなかなか立ち直れないらしく、まだあたふたしている。
「玉藻先輩……やり過ぎですよ」
小声で隣の先輩に話し掛ける。
「あー……そうかも」
「助けてあげてくださいよ」
「私じゃなくて……ほかの女を選ぶの?」
「違いますよ。そんなことするはずないじゃないですか」
「だよね」
「じゃなくて……あのままだと委員長、壊れちゃいますって」
「あ……あう……あうー……」
いや、もう壊れてるかもしれない。
「先輩!」
「わかった。わかったわよ」
「お願いしますよ」
「任せなさい」
ない胸を張る先輩。
あんまり頼もしくないのはいつも先輩がトラブルを生み出しているからだろうか。
「はーいみんな。こっち見てー」
そんな心配をよそに、いきなり大声で先輩が叫ぶ。
「なんだ?」
「どうしたのかしら?」
年上の先輩が教室に存在すること自体が相当珍しいので、誰もの視線が玉藻先輩に集中する。
「え?」
だが、俺を含めた全員が呆気にとられた。
なぜなら、そこには黄金色に輝く優雅な尻尾とせわしなく動くかわいらしい耳、制服とは程遠い、華麗な着物を身に纏った美しい、美しいとしか形容できないほど美しい先輩がいらっしゃったからだ。
「……」
誰も何も言わない。
言えないというのが正しいかもしれない。
「どーーーん」
またしてもいきなり先輩が叫ぶ。
一瞬狐火が見えたのは気のせい……じゃないな。
そんなことを考えながら目の前がホワイトアウトしていくに任せた。


「……なんだ?」
「もうこんな時間じゃない! 次って教室だっけ?」
「やべっ。移動教室だ」
「……は?」
クラスの皆は何もなかったかのように授業の用意に追われている。
俺と委員長だけが硬直したままだった。
「貸し1だからね」
「先輩がやったんですか?」
「さぁ。なんのことやら」
「あ……ありがとうございます」
やっと立ち直った委員長が慌てて礼を言う。
「じゃあまた放課後ね」
委員長の礼には軽く手を振るだけで済まし、生徒のあいだを縫うようにして先輩は帰っていってしまった。
「あの人って……君の彼女?」
「うわぁ」
後ろからの声に飛びのく。
玉藻先輩のおかげで後ろから声をかけられることが半分トラウマになっているのだ。
過剰に反応しても仕方ない。
仕方ないはずだ。
「蛙みたいに飛び上がって……どうかしたの?」
「なんでもないよ。それより……えっと……どちらさま?」
「私は転校生よ。昨日転校してきたの」
「え?」
緑と赤のオッドアイ。
色のない真っ白な長い髪。
こんな人は一目見ただけでも忘れないだろう。
「私は転校生。昨日転校してきたの!」
「昨日? そんなことはないはずだけど」
「私は昨日転校してきたの。わかった? わかりなさい」
「いや。全然わからない」
「ちょっと。なんで君は言霊の影響受けないのよ」
「言霊ってまさか……妖」
「ストップ。それ以上は言わない」
「なんで?」
「私と他を一くくりにされるのが嫌いだからよ」
「……どうしてここに?」
「あの狐と同じよ」
「狐って……もしかして玉藻先輩のこと?」
「センパイ? なんだそれは?」
「年上ってこと……かな」
「まあ確かに人間よりは確実に年上ね」
「じゃあ……」
じゃあ何だろう。
玉藻先輩がここにいる理由って?
考えたこともなかった。
今思えば俺は先輩のことを何も知らないんじゃないか。
「碧(みどり)ー。もう行くよー」
「わかったー」
友達だろうか。
手を振って急かしている。
「じゃあね。玉藻のお気に入り」
どたばたと慌ただしく教室を出ていく。
「まったく。あなた……いえ、なんでもないわ」
委員長(表)が呆れ顔で肩をすくめている。
ものすごく気になるんですが。
「よう」
「いらっしゃいませ」
「遅いわよ。まあ豚だから仕方ないけど」
「後輩くん!」
部室の扉を開けると……そこは魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界だった。
「座敷守は魑魅魍魎には含まれないと思うのですが」
「私も含まれないと思うがな」
「白(はく)……鬼は立派な魑魅魍魎だよ。三守さんは……確かにそうかも」
「私も含まれてるってどういうことかな? 答え次第で……わかってるよね?」
「委員長……その性格は間違いなく魑魅魍魎レベルですよ」
「何か? 何か言った? 私に失礼なこと言ったよね? あと美香様!」
「空耳です美香様」
「……」
無言で殴られた。
「私は魑魅魍魎なんかじゃなくて、後輩くんの彼女だよね」
「まあそうなんですけど……先輩が一番魑魅魍魎らしい妖怪ですから」
「ひどい!」
「そうよ! どうして私がこんなやつらと一くくりにされないといけないのよ!」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「何よ。急に黙り込んだりして」
「ねえ後輩くん。空耳が聞こえるね」
「ですね」
「ちょっと! 無視するな!」
「誰だこれ」
「さぁ……存じませんね」
「鬼はともかくとして、座敷守! あんたは知ってるでしょ!」
「うるさい」
「……ごめんなさい」
委員長に叩かれてやっと静かになる。
かわいそうに。
「もしかして……碧様でございましょうか?」
「そう……そうよ!」
「興味ないわね。消していい?」
「委員長……せめて話は聞いてあげましょうよ」
「私も興味ない」
「私も興味ありません」
「……」
「後輩くんに近づく悪い虫は問答無用で消すだけよ」
だんだんかわいそうになってきた。
そろそろ止めようと思った瞬間、目の前が真っ暗になる。
玉藻先輩の狐火とは根本的に違う、目の前ではなく周りまで真っ暗になった感じがする。
「先輩? 白?」
試しに二人を呼んでみたが返事はなし。
聞こえていないというより、声自体が響いていない気がした。
「美香様? 三守さん?」
同じく返事はなし。
「……碧?」
「呼んだ?」
闇の中からひょっこりと碧が現れる。
「これは碧の仕業?」
「そうとも言えるわね」
「先輩達は?」
「今頃あの世でしょうね。かわいそうに」
「そんな……。じゃあ碧は……」
「そう。死を司る者。『死神』よ」
「……」
「……なによ」
「中二病とかではなくて?」
「……」
「……当たり?」
「違うわよ! あまりにも唐突だったからフリーズしてただけよ!」
「図星?」
「うるさい! ついでに狩るわよ!」
「何で?」
「鎌よ。……もしかして見えてないの?」
「暗くて見えない」
「そ……そう。なら一旦戻りましょうか」
ためらいがちに手に持っている何かを振り上げる。
今だっ!
碧に向かって駆け出す。
油断しているであろう今なら!
「きゃっ!」
碧の腰あたりをホールドし、押し倒すのと周りの景色がもとに戻るのはほぼ同時だった。
「もう捕まえたぞ! 碧!」
「え? ちょっ! 違う!」
逃げ出そうと暴れるのをしっかり抑える。
「玉藻先輩を返せ!」
「違う! 違うってぇ」
「涙声になったって俺は騙されないぞ!」
「違う……違うよぉ……」
「確かに違うわね」
「そんなことは……」
あれ?
碧は俺が組み伏しているのにどうして後ろから声が聞こえるんだ?
「かわいそうに。泣かせちゃうなんて」
「……」
恐る恐る後ろを向いてみる。
大きな鎌を携えて、背中の羽でフヨフヨと浮かんでいるのは間違いなく、
「み……碧!」
いや今は碧と間違えてしまった人の方が優先だ。
といってもだいたいの予想はついているのだが。
「ねぇ豚……」
「ハイナンデショウカ」
頭のすぐ上から微かな声が聞こえる。
死の宣告をであろう次の言葉を待つ。
「は……離して」
「すいませんでしたぁぁ」
慌てながら、というよりかは怯えながら手を離して後ずさる。
「あの……ごめんね」
「は?」
予想外すぎる言葉に思わず聞き返してしまった。
「だから……ごめんね」
「え……あ……はい」
もしかして事故ってことで許してもらえるとか?


「ごめ」
「黙れ」
「すい」
「黙れ」
もちろん許してもらえるはずなんてありませんでした。はい。
正座ならまだわかるんですが逆さ吊りはひどくありません?
頭に血が。血がぁぁ。
「すいませんでしたすいませんでしたすいませんでした」
「まぁ……事故だったなら仕方ないわね」
仕方ないのに俺は縛られた上、吊られてるんですか。
「私の腰を触った罰よ」
「もう十分かと。降ろして差し上げるべきでは?」
ナイス三守さん。
「……仕方ないわね」
体を縛っていた縄が緩む。
そのまま重力に逆らえずに落下していき、
「むぎゅっ」
白に衝突した。
「ごめん白」
「あぅぅ」
「ほんっとごめん」
白を置いて玉藻先輩の所へ向かう。
「玉藻先輩?」
目の前に横たわる、冷たくなった先輩を抱き上げる。
玉藻先輩だなんて信じられない。
信じたくない。
「玉藻先輩……なんですか?」
返事はない。
「玉藻先輩? 違いますよね? 寝てるだけですよね?」
いくら揺すっても、話し掛けても返事はない。
それどころかどんどん冷たくなっている気がする。
「先輩! 先輩!」
「無駄よ」
「……碧」
「魂ごと狩ったんだからいくら呼び掛けても意味ないわ」
「狩ったってどういう意味よ」
「この鎌で肉体と魂のつながりを切るの。それを私たちは狩るって表現するの」
「昔はもっと簡単だったろ? なあ三守」
「確かにそうですね……昔は触っただけで済んでいました」
「そ……そうだったかしら?」
「あぁ……なるほど」
「そういうことですか」
「なるほどなぁ」
「え? どういうことですか?」
「何よ! 悪かったわね! カッコイイからよ! 文句ある!?」
「カッコイイわよ……」
「カッコイイですよ……」
「カッコイイんじゃないかな……」
「いやいや……そんなことよりもですね」
「な……何よ」
「玉藻先輩を返してくれませんか?」
「ちょっと待って! もう私の管轄じゃないの。だから無理よ」
「わかりました。だから返してくれませんか?」
「無理なものは無理なのよ」
「お願いしますよ。じゃないと……殺しますよ?」
「そ……そんなぁ」

「なあ三守」
「どうかなさいましたか? 白様?」
「止めなくていいのか?」
「そうですね……美香様はどう思いますか?」
「ほっとけ……って言いたいけど止めるべきね」
「だな」
「ですね」

「ねぇ碧……お願いしますよ」
「む……無理よ。不可能だわ」
「なら……」
頭の中で、体の中で怒りが爆発した。
「消えろぉぉぉぉ」
玉藻先輩が。玉藻先輩は。玉藻先輩を。玉藻先輩。玉藻先輩。玉藻先輩。玉藻先輩。先輩。先輩。先輩。先輩。
「……!」
確かに碧に向けて拳を放ったはずだ。
なのにどうして。
どうしてみんながそこに居るんだよ。
「落ち着きなよ後輩くん」
「ここは落ち着くべきかと」
「刃向かうなんていい御身分ね。豚のくせに」
「白? 三守さん? 美香様? どうして……どうして邪魔するんですか?」
みんな味方じゃなかったのか?
「妖怪殺しなんてさせたくないからね」
「右に同じです」
「右に同じよ」
「そんなの知らない! いいからどいてください!」「嫌だね!」
「お断りします!」
「私に命令するな!」
腹に鈍い痛みを感じると同時に後ろに吹き飛ぶ。
白の拳か? 美香様の足か?
いや、もういいや。
玉藻先輩がいないなら妖怪なんて必要ない。
みんな滅ぼしてやる。
「どりゃぁぁ」
白が近づいてくるが、今の俺にははっきりと見える。
「うるさい」
白のちょうど足の場所に蹴りを放った。
「え?」
驚いたような声が後ろに流れていく。
そのまま壁に激突し、静かになった。
間を置かずに護符でできた剣が飛んでくるが、苦もなく回避する。
委員長のことだ。
剣を囮にして真後ろから奇襲でも考えているのだろう。
幼稚な作戦だ。
「もらっ……」
自信満々の声が途切れる。
ヒジに柔らかい肉がめり込む感触を楽しむ。
モロに腹に入ったのだ。
声が出ないのも仕方ないだろう。
そのまま壁に向かって吹き飛ばす。
白よりも軽々と飛んでいってしまった。
さて、碧は……。
「すいません!」
碧を視界に捉える前に後頭部に衝撃が走った。
三守さんが近代的なシャベルを振り抜いているのを視界の端に捉える。
「……」
体を無理矢理捻り、首を掴まえる。
あぁ、女性というのはどうしてこう柔らかいのだろう。
三守さんの首を片手で絞めながらつくづく思う。
このまま絞め殺すのもありかもしれない。
だが鈍い光がきらめいた瞬間、手首から先に力が入らなくなる。
碧が鎌を振り下ろしたのだ。
碧……みどり!
首に向かって蹴りを放つ。
このまま首を折ってやる。
だがまたしても三人に阻まれる。
もうボロボロなのに……どうして!
「後輩くんには血の借りがあるからなぁ!」
「妖怪殺しなんてさせたくないですから!」
「個人的な理由よ!」
押し負けて弾き返されてしまう。
邪魔。邪魔なんだ。
どいてくれ。
「目を覚ませぇぇぇぇ」
白がまた一直線に突っ込んでくる。
さっきと違うのは、三守さんのシャベルを持っているということだけだ。
「……」
言葉にならない声をあげ、全力で拳を放った。
シャベルをあっさりと壊し、白へと拳が伸びる。
泣きそうな、悔しそうな、寂しそうな顔に近づいていく。
「ストーーーップ」
そのまま目の前で止まってしまった。
「荒ぶってるわね後輩くん」
あ……あ……そんな。
先輩……玉藻先輩……。
いや敵だ。
妖怪は滅ぼしてやるんだ。
でも先輩……先輩だ!
「!??!」
言霊で縛られている体を無理矢理動かして先輩へと突進する。
「まったく……落ち着きなさい」
世界がひっくり返った。


「大丈夫? 後輩くん?」
「体が痛いです」
「いい気味よ」
「まったくだ」
「そうですよ」
「後輩くん……ごめん」
「なんで謝るんですか……こちらこそごめんなさい」
「だって……里帰りするって言ってなかったから……」
「「里帰り?!?」」
白、美香様、俺の言葉が被ってしまった。
あの世に逝くのが里帰り?
「そうなんです」
「間違いありません」
「信じられないよな」
碧と三守さん、白が頷く。
「私はその……あの世を管理してる冥王の養子なのよ」
「……」
「最近帰ってなかったから碧に頼んだんだけど……誤解させちゃったみたいだからさ」
足の力が抜けていく。
そんな無茶苦茶な……。
「ごめんね」
玉藻先輩を抱きしめる。
この笑顔が存在してくれているならどんな無茶苦茶でも受け入れられる気がした。
またからかわれるかもしれないが構わない。
今だけ。今だけはこの幸せを感じていたい。
あとのことは……まあ後で考えればいいや。

相羽 葉 

2020年05月01日(金)19時02分 公開
■この作品の著作権は相羽 葉さんにあります。無断転載は禁止です。

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