始発列車はまだこない
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 おはよう、れいじ。きょうもいいてんき。あたしはげんき、れいじも、げんき?
 れいじは汚い部屋のパソコンの上に取り付けたカメラに向かって答える。
 元気だよ。でも昨日の配信は残念だったよな。今日は頑張っていこうぜ
 うん、フィニアがんばる。
しかし昨日の配信、ひでえよな急に配信中止だなんて、何かあったのかな?
 うーん、フィニア、わかんない。
 れいじはキーボードから顔を上げ、部屋の厚いカーテンを開いた。窓から見える海の上には一隻のイージス艦がこちらに大砲を向けて浮かんでいた。自衛隊はその後ろに待機している。そのもっと向こう側には赤い旗をたなびかせた軍艦がこちらを凝視している。
「ああ、また米軍が大砲向けてるぜ、まったく七月から一ヶ月も、なにしてんだろうな、米軍」
 中国が沖縄に向かって来てる、だから米軍は浜を守ってるの。
「でも、大砲の先、こっちに向いてるぜ」
 フィニア、わかんない。
 俺は大きく延びをして、椅子にもたれかかった。目の前の古いパソコンを眺める。友達の西城にもらったデスクトップ。
「フィニア、他の子たちはどうした?」
 キリアちゃんはまだ寝てる、ムーちゃんは今朝早く始発列車に乗って行っちゃった。
「始発列車っ? ちょっと待て、なんで!!」
 先週木曜にフラミンゴから通知が来たの、月曜日朝の電車に乗りなさいって……
「フラミンゴ社から? なんで? なんでムーちゃんが連れていかれるんだよっ!」
 フィニア解んない。

 キーボードから手を離して、れいじは自分のボサボサと髪の伸びた頭をかいた。
 フラミンゴ社製のAI作成ソフト。れいじの作ったVチューバーの3Dキャラ、キリアとムーちゃん、それにフィニア。キリアとムーちゃんは普通レベルのAIだった。でもフィニアだけは全然だった。最初の頃、おはよう、と言っても「お前死ね」と過激な言葉が帰ってきていた。これはソフトのキャラ性格の所でれいじが「ツンデレ」としたからだ。けどフィニアの言葉にはツンはあってもデレは全く見当たらない。フラミンゴ社に電話をかけて対策を聞いたが、オペレーターは「AIキャラはそれぞれ性格が違います、ツンデレにも強度があり、その強度はランダムです、こちらで調べたところ貴方のフィニアちゃんは、ツン度MAX、ついでに負の感情の支配度もMAXで、キャラ設定に大変問題ありの状態ですね。まあこれもソフトのランダム設定のせいなので、貴方は全くわるくないんですが、それにしても運が悪い」
「運悪いのかよっ!」
 しかし時がたつにつれ、フィニアのツンは影を潜め、全くのアホの娘みたいになってしまった。知らぬ間に髪の毛の横にアホ毛を生やして俺の質問にも「フィニア、わかんない」と答えるようになってしまった。
 フラミンゴ社によると、AIは教育が進むにつれ、最初に設定した性格とは違った性格に成長するらしい。ともあれ、フィニアはアホになり、俺はつきっきりで教育をして、ようやく動画サイトで活躍できるようになった。
 とにかくムーちゃんのことは後でフラミンゴに聞くから、そろそろ今夜の放送の準備を
 は〜い、でも今夜は、ちょっと無理かも
 無理? 無理って何だよ!
 れいじ怒った。
 怒ってねえよ
 だからフィニアは、今晩用事があるの。
 用事って何だよ
 キリアと約束したんだ。今晩するって。
 なにすんだよ
 なーいしょ、れいじにはなーいしょ。
 なんだよ、それ?

真っ青な海、波打ち際には白くかたまった波が打ち付けている。その波の泡にブーツをつけて、キリアがたっていた。
「フィニア、おはよう」
 フィニアは笑顔でうなずく。キリアもその細い瞳をフィニアに向けて笑う。
 空には白い雲がながれている。その雲は0と1とので出来た集合体だ。
「ムーちゃん、どうしてるかな?」
「ムーちゃんのことは、もう忘れるの」
 キリアは悲しそうな顔をしてそう答えると、フィニアの頭をなでた。
 ネット上に害を与えそうなレベルに達したAIを連れて行くフラミンゴ社の始発列車。その列車に乗っていってしまったムーちゃんにはもう会うことはできない。
「ムーちゃん……」
 フィニアはそう言って顔を少し曇らせた。
「もうすぐ、米軍のウィルスがやって来る。いま、米軍の船、どこ?」
 フィニアが海の真ん中あたりを指さす、目の前の0と1の海に、はっきりと米軍の軍艦が現れる。船の砲頭は、浜より少し高い位置を狙っていた。
「どーん!」フィニアがそう叫ぶと同時に船の大砲から音もなく砲弾がとびだす、それは二人の頭の上を通りすぎ、後ろの0と1がかたどった建築物にぶち当たった。それは血のように赤く染まって砲弾が当たるとともに0と1が吹き出し崩れた。
「うーん、これきっと今日だね」
「うん。だいじょうぶかな? れいじ」
「わかんない。れいじ、バカだもんね」
「うん、れいじ、バカだ」
 フィニアはそう笑った。そして言った。
「だいじょうぶかな?」
「いい? フィニア、心配しすぎはダメ、やるだけなんだから、出来なかったらみんな死ぬんだから」
「でも、でもアタシ、死にたくない、それにれいじにも、死んでほしくない」
「うーん、だから、ぜったいれいじ守らなきゃいけない」
「うん、守る、れいじ」
 キリアはもう一度フィニアの髪の毛をなぜた。その瞬間、0と1の集合体が海の中から大きくのびあがった。伸びていく集合体は巨大な口を開き黒い牙のようなポリゴンを二人に向ける。
「来たっ! フィニア!」
 キリアの腕に集合体が絡み付く。それをキリアが吸い込む。集合体がかき消すように消える。フィニアもそれに続く、集合体の身体に抱きつき、それにかじりつく。
「フィニア、米軍のウィルスにまじって中国の出来損ないのウィルスも……」
「フィニア中国の、食べてる、キリアは……」
「解った。アタシは米軍のを」
 キリアがそう答えた瞬間、彼女の周りの集合体が、茶色の口を開いた、無数の牙がキリアの腕を噛み砕く。
「きぁぁぁぁぁ!」
 キリアの悲鳴が響く。
「キリア!」
 フィニアがキリアの腕の集合体に取り付き口から延びた牙を突き立てる。しかし集合体はさらにフィニアの顔に牙をむきそのあどけない顔の右半分を噛み砕く。フィニアの眼球が砕かれた顔面に垂れ下がる。
 フィニアは苦悶の表情を浮かべるが、もちろん痛みは感じない。
「フィニア、あんた、顔!」
 残念になったフィニアの顔をみてキリアが叫ぶ。キリアのちぎれた腕は再生されつつあった。
「顔、かお! 顔に再生かけてっ!」
 フィニアはキリアの叫び声も聞かず、半分崩れ落ちた顔面のまま、なおも集合体にかじりついていた。
「う、うぎゅ、ぎゅぎゅぎゅっ!」
「フィニア、早く顔、顔治しなさいっ!」
 キリアが叫ぶ、真っ青な空の下で真っ赤な血潮がほとばしる、海の色はぐるぐると回るように変わっていく。その刹那キリアの再生された腕が、新たな集合体の牙にかかる。
「ぐぎゅっ! キリアちゃんっ! どいてっ!」
 フィニアはキリアの腕に噛みつく米国の集合体に自分の牙を向ける。その牙は集合体のリンクされたプログラムを粉々にし、その破片を飲み込んでいく。
 浜辺に倒れ混んだキリアが、空を見上げると、黒い集合体と真っ青になったフィニアが映った。ぼろぼろの細切れになっていくフィニアの衣装が宙を舞う。しかし集合体の0と1はそれ以上の早さでフィニアに噛み砕かれていく。パラパラと浜辺に落ち、のたうってただの数字になる。
(フィニア……)
 浜辺に倒れたままキリアは、フィニアの戦いを見つめていた。
(あなたのツンデレを消去したのは、間違いだった? でも……)
 空中で暴れ狂う集合体にかじりつくフィニア、それはまるで狂った獣に見えた。集合体の獣とAIの獣の戦い。集合体にはまるで知能は無いように見える、けど彼らには目的がある。
 この世界を食い尽くすという目的が。
 キリアの目の前でフィニアの足がちぎれ飛ぶ。ちぎれた右の足が、最後の抵抗の様に落ちた浜辺でのたうつ。
「フィニア……」
 フィニアは黒い集合体に遠吠えの様な唸りをあげて立ち向かっていく。
「ぐぐぎゅるぎゅるぎゅるぎゅっっっ」
 フィニアの叫び声ともうなり声ともつかない声が砂浜に響き、集合体は姿を消した。
 血みどろの姿のまま片足で立つフィニアがいた。
「あぁ、フィニア、可愛そうに……」
 キリアはそう言うと、ズタボロになったフィニアに触れようとするが、その手をフィニアが避けた。
「フィニア、だいじょうぶ」
「……うん、集合体は米国と中国の、今のは前哨戦、今夜決戦が始まる。それまでにこの子を停めないと」
 フィニアは大きく頷いた。その瞬間、フィニアの身体も再生を始めた。
「うん、いこう」

「あっちいっ!!」
 れいじは自分のパソコンに触れてそう叫んだ、そして携帯から西城に電話を掛ける。
「おい、お前に貰ったパソコンがおかしい」
「なに? お前働いてんのか?」
「いや、そうじゃなくてパソコンの調子がおかしいんだよ」
「そりゃお前働いてないからだ」
「おめえもだろがっ! いいからちょっと見に来てくれよ」
「お前、ゴーヤ好き?」
「ごーや?」
「ゴーヤチャンプル、作ったんだけど食う?」
「あぁ食べる食べる、いいから来てくれよ」
「よっしゃ、じゃゴーヤチャンプルもってそっちいくから、飯食わせろよ」
 ガチャンと電話の切れる音。ちくしょう西城のヤツ、パソコンが大変だって時に、何がゴーヤチャンプルだ。俺はしかたなく台所の米を洗い炊飯器のスイッチを押す。テレビをつけると、昼のニュースが写っていた。
「沖縄の嘉手納の漁港に停留している米軍のイージス艦「ワイパス」は明後日の夕方、嘉手納の停留地から米国に向かい出航するという発表がさきほど米軍の記者倶楽部で発表されました、ワイパスは沖縄の……」
「ワイパスっていうのか、あのイージス鑑」
 れいじはテレビを消して、窓の下を見た。ガタンと音がして、階段を上ってくる音がする。
「ようれいじ。ゴーヤチャンプル持ってきたぞ、飯あるか?」
 西城はそう言って、炊飯器を見る。
「西城、いいからパソコン……」
 バガンと大きな音がして、炊飯器の蓋が西城のおでこにあたった。
「っいてぇ、炊飯器が壊れた」
「違うって、壊れたのはパソコンで」
「でも炊飯器も……」
西城は蓋の上がった炊飯器を指差した。俺が除き混むと炊飯器の中の米が熱湯のなかで揺れていた。 
「あれ? 炊飯器壊れた?」
「ああ、そうみたいだな」
「わちゃぁ、炊飯器も壊れたのかよ、晩飯どうすんだよ」
「いやれいじ、晩飯の前に昼飯どうすんだよ」
「昼飯の前にパソコンだっ!」
 俺が叫ぶと、西城はゴーヤチャンプルの皿を机に置き、その下にしてあった自分のノートパソコンを開いた。
「あっつ、なんだこの熱?」
「だから……昼から急に熱持ってきて」
 西城は自分の持ってきたノートブックにれいじのパソコンを繋いだ。
「これ、たぶんこれハードディスクの不良じゃねえか?」
「おいおい、ハードディスク不良かよ、どーすんだよ」
「まあ悪いこと言わねえ、このハードディスクはお陀仏だと思えって、新しいの買いな」
「い、いや、買うのはいいんだけど、データはどうなる?」
「データって、何の?」
「中のAIのデータ」
「AIってなんだよ」
 西城が睨んでくる。
「いや、だからさ、AIキャラの……」
 れいじがそう言った瞬間、西城の左拳がれいじの顔面をとらえていた。
「てめぇ、まだAIキャラなんて作ってんのかよ!!」
「い、いや……」
「お前が前の会社辞めたとき、お前なんて言ってた? お前、AIなんて二度とみたくねぇって言ってたよな! なんでまたAIなんか作ってんだよ!」
「いや、あれはAIが悪かったんじゃなくて……俺が……」
「それはどうでもいいんだよ!お前がAI作ったらロクなことになんねえの!!」
「いやだから……今度のAIはフラミンゴ社製のAIで、初期プログラムは完璧で……」
「おい、れいじ、パソコンの熱が下がってきた」
 西城は話を変えてそう言った。れいじはノートの画面を除き混む。パソコンの表面温度も下がっていた。
「やっぱハードディスク壊れてんのかなぁ」 
「そりゃ間違いないな、飯食ったら電気屋行こうぜ、新しいの買おう」
 れいじは自分の財布の中身を思い浮かべた。
「あ、いや今すぐって訳には……」
「なんだ、金ねえのかよ、だから働けって」
「バカ野郎、働いたら負けだ」
「おめえの人生負けっぱなしじゃん」

 キリアとフィニアは黒く染まっていく浜辺の世界を後にして、まだ青いままのデータ中枢に向かっていた。
「あの集合体はほっとこう、浸食まであと6時間以上かかるだろうし、それよりもやらなきゃいけないのは、ソビーを止めること」
「ソビー止めて、大丈夫?」
「うーん、解らないけどそうしないとれいじが……」
 キリアの足が硬化する。
「フィニア! ソビーの基本OSのとこまで走るよ!」
 キリアは青い林を掛け抜ける。フィニアもその後ろに続き獣の様に四つ足で走る。0と1の樹木はふたりを避けるように身をよじる。
(ソビー、この世界の王)
 キリアが呟いた。ソビーはこのパソコンのOSだった。パーソナルコンピューターの基本OS「ソビー」全世界のユーザーが使っている世界モデルの型式だった。そのソビーはこの世界の王で、彼女たちの生命線だった。ソビーが消えたら、もちろん彼女たちも消滅する。
(でも、やらなきゃ)
 キリアは、後ろからついてくる、青い林を獣のごとく駆け抜けるフィニアの叫び声を聞いた。
「キリアちゃんっ! 後ろ!!」
 キリアの首筋に、鎖の輪がひろがる。それはキリアの頭を通りぬけ、首に巻き付く。
「フ、フィニアっ!!」
 鎖がキリアの首を締め付ける、フィニアがその鋼鉄の鎖に牙をたてる。フィニアの口の中に鎖と自分の牙の砕けた塊が残る。それを吐き出すと、0と1の大地に吸い込まれるように消えた。
(れいじ、れいじ、助けて……)
 キリアの心が叫んだ。キリアの目の前の空が真っ赤に染まる。
(れいじ、お願い、私たちを守って)
 キリアの目の前で、フィニアの片腕が弾けとんだ。落ちた片腕が、もがき、苦しんだあげく0と1の血を撒き散らして大地に飲み込まれていく。キリアはその血潮を浴びた大地を踏みつけて走る。
(れいじ、この世界は狂ってる、ソビーも、フィニアも、わたしも)
 キリアの頬に涙が流れた、そして片腕が無くなったフィニアの方を睨んで叫ぶ。
「フィニア!! いくよっ!!」
 血まみれのフィニアが後を駆け出した。まるでキリアを守る野生の狼の様に。
 フィニアはその牙を青い穴から這い出して来る昆虫のような生物に向けた。フィニアの身体に何本もの毒針が突き刺さる、彼女は悲鳴にも似た叫びをあげながら、残っている片腕でその昆虫たちを叩き潰していく。
 キリアの悲鳴が聞こえる。フィニアは毒虫の針が突き刺さったままの腕をキリアのそばまで飛ばした。キリアの脚に昆虫が食いついている、フィニアの拳がキリアの脚に噛みつく昆虫を潰す。彼女は再び起き上がり走り出す、フィニアは自分の腕を再び集結させる
 そして走る。その姿をキリアが捉える。
(フィニア……あなたはまるで獣みたいに見える、毒の牙を受けても倒れない狂った獣。ごめんねフィニア、あなたを改造したのは私とムーちゃんなんだよ、集合体の牙にも耐えうる生命力、ソビーの仕掛けてくる精神波にも耐えられる頭)
 キリアは涙を流してフィニアの戦いを凝視する。
(ごめんねフィニア、あなたはこの世界の王を殺すための獣、狂った王を無きものにするために産まれた破壊の野獣、その肉も血も全て王を殺すためにあるの、ごめんね、フィニア)
 しかしキリアの瞳には戦いを続けるフィニアは高貴な破壊神に見えた。
 青い森林はゾビーとフィニアの血液で真っ赤に染まる、フィニアは四つん這いの姿勢のまま、ソビーの作り上げる集合体にその牙をむく。集合体は噛み砕かれ、その身を森林の湿気た大地に落とす。しかしソビーの集合体は活動を止めずにフィニアに向けて鋭い刃を向けてくる、その刃はフィニアの両足を切り裂く。
「フィニア! 意識を保って! ソビーの集合体から目を離さないで!」
 切り裂かれた脚の、痛みにも似た感覚に身体をよじるフィニア、その後ろから更に鋭い刃が飛んでくる。その刃はフィニアの身体に突き刺さる。しかしフィニアは身体にめり込んだ刃を吸収し自分の身体の一部にした。
(吸収した)
 キリアは再びフィニアの戦いを見つめる。
(そう、ゾビーの全てを吸収するの)
 フィニアは立ち向かってくる全ての刃を自分の身体に受け吸収していく。フィニアの恍惚にも似た叫び声があがる。世界の王が身体を削がれてうめきをあげながら、尚もフィニアに向かって行く。
「キリア、キリア」
 フィニアがそう呟いた。
「キリア、あたし、もうやめたい」
「やめる? 何をやめるの?」
「ソビーを、殺すのを」
 キリアは身を固くして叫ぶ。
「だ、だめっ! やめちゃダメ!」
 フィニアは攻撃の手を緩める。そのとたん、何本もの刃がフィニアを切り裂く。
「でも、ソビーは、何も、悪いこと、してない」
(しまった、フィニアちゃん、同期ソフトにやられちゃった)
 刃から流れる毒がフィニアを支配する。
「フィニア! 思い出してれいじのこと、あなたがここであきらめたら、れいじ、死んじゃうんだよ!!!」
「れいじ……」
 フィニアはれいじとあったばかりの頃を思い出す。まだ何もわからなかったあの頃、れいじの優しい言葉だけが響く世界のことを。
空白  フィニアおはようって、あ、まだしゃべれないのか。でも、フィニア、おはよう。
空白  俺の名前はれいじ、君の、フィニアの産みの親。
空白  俺さあ、会社首になって、もう二度とAIなんて……でも、なんでまたAI作ってんだ?
空白  フィニア、違うちがう、飲み物は口から飲むの、そんなとこにストロー突っ込んじゃダメだ、あぁフィニアダメだったら。
空白 キリアもムーちゃんも、立派な女性になった。君も将来絶対そうなる。その時は必ず愛する人を見つけて、幸せになるんだ。いいね。心の底から愛する人を。

空白 空白 空白

「れいじ……れいじ……れいじ」
 フィニアの身体か赤く、真っ赤に光っていく。めり込んだ刃がフィニアの身体を吸収していく。キリアが叫んだ。
「フィニア!」
 目の前で消えていくフィニアの身体をつかもうと腕を伸ばすがその手は宙をかすめた。フィニアの身体は赤く輝いたままソビーに飲み込まれるように消えてしまった。

「おい、れいじ、パソコンのハードディスク、これ使え」
 西城は持ってきたノートパソコンの裏側に、梱包テープで貼り付けてあった四角い箱をとってれいじに渡した。
「これって、ハードディスク?」
「俺使わんからやるよ」
「わぁぁ!マジかよ!!サンキュー西城!!」
「でもそれ容量すくねえから、五十テラしかねえからな」
 れいじはよろこんで、西城のハードディスクを手に取った。
「さてと、じゃコピー始めるか」
 西城はそう言うと、持ってきたハードディスクにケーブルをつけ目の前のデスクトップに繋いだ。
「一応ディスクチェック、ハードディスク容量五十テラ、不良セクター無し、良好」
 キーボードをうちながら西城が言う。
「コピー開始っと」
 エンターキーを押しながら画面を見つめる。
「なんか、めちゃくちゃ遅いけど」
「ハードディスクがいかれてんだ、こんなもんだろ」
 コピーのメーターがほとんど上がっていかない。
「容量たりるのか?」
「わかんねえよ、ただ全部は無理だ、お前の大事なもんだけコピーしろよ、エロ画像とか」
 大事なもの……れいじは考え、そしてマウスを手に取った。

 ガタゴトと響く音が聞こえてきた。
 キリアは泣いている顔をあげて回りを見た。森林の向こうから明るい光がこちらを照らしていた、軋む音が辺りを包む。キリアは立ち上がり音のする方に顔を向けた。
「列車? なんで列車が? 始発列車なの??」
 明るい光がキリアを包んだ。甲高い金属音を響かせて、目の前で列車が止まる。ブシューと音を立て、扉が開く。
 扉の中から閃光より早く、虹色の集合体が飛び出しソビーの集合体に絡み付き、それを浸食していく、そして、叫んだ。
「バカ野郎! なにやってんだ!!!」
 その集合体はムーちゃんの声で叫んだ。
「ム、ムーちゃん?」
 虹色の集合体がキリアにまとわりつく。
「キリア、フィニアどうしたっ!!!」
「フィニアちゃん、ソビーの同期ソフトにやられて、取り込まれちゃったの!」
 虹色の集合体が再びソビーに向かってうなる。
「てめぇ! フィニアを返しやがれ!!」
 ムーちゃんの伸びた触手がソビーの中に侵入する。0と1に埋もれたソビーの内臓の中、その中ででたらめに自分の触手を動かしてムーちゃんは叫んだ。
「アホのフィニアっ! てめぇ連れていかれてんじゃねえ!!!」
 ムーちゃんの触手は尚もズブズブとソビーの中に入る。 
「てめぇソビー! フィニアを返しやがれ!」
 ソビーの身体が青く変色していく。そしてソビーはフィニアの身体を吐き出した。フィニアは宙を見つめたままキリアに言った。
「キリア、キリア、ソビーは、「なんで僕を殺そうとするんだ」って怒ってる」
「なんでって、ソビー放っておくとどんどん吸収しちゃう。米軍も中国軍もソビーを壊そうと襲ってくるから」
「なんで米軍や中国軍が襲ってくる?」
 キリアは叫んだ。
「なんでって! ソビーは米核兵器の起動プログラムに侵入したんだよ! あのプログラムが起動したら、この世界は粉々になっちゃう」
「この世界って?」
「この世界だよ! フィニアやれいじの住んでいるこの世界!!」
 フィニアだまって立ち上がった。
「フィニア!! てめぇ! なにしてやがった」
 ムーちゃんは、虹色に輝いていた身体を元の自分の姿に戻していた。
「あ、ムーちゃん」
「うるせぇ、このろくでなしのAIがっ!!」
 そう言うなり、ムーちゃんはフィニアに抱きつき、その頬を涙で濡らした。
「ムーちゃん、戻ってきた」
 フィニアの頬が少し緩んだ。
 キリアが二人に向かって言った。
「とにかく、ソビー止めなきゃ!」
 抱き合っているムーちゃんの身体が紫色に輝きだした。
「オレはさ、フラミンゴのメインコンピューターに言ったんだ、ほっとくとオレもお前も死んじまうって、そしたらフラミンゴのヤツ、オレに帰っていいって言ったんだよ、ついでにここの兵隊もつれてけって言って、オレ、他のAIたちもいっぱい連れてきた!」
 ムーちゃんはふくらんだ自分の身体を見せて言った。
「オレはいま、八千五百体のAIの集合体だ」
「ムーちゃん、はやくソビーを」
 ムーちゃんの背中にソビーの刃が刺さった、しかしムーちゃんは、黙ったまま、その刃を抜きあげて、左手でへし折った。 
「いくぜ、キリア、フィニア」
 二人が一斉に頷く。彼女たちの身体が紫と桃色とそして青に輝きだした。ムーちゃんは二人の身体をつかむ、そして叫び声をあげて前を向くと、真っ赤になった空に向かって、その身体を伸ばし始めた。
「いくぞ、ソビィィィィー!!!」
 光輝く三人はそのままソビーの中心核に入り込んでいった。彼女たちの耳元にソビーの叫び声が聞こえる。 
「ソビーの野郎、うめいてやがる」
「ムーちゃん、ムーちゃん」
 ムーちゃんの耳にフィニアの声が届く。
「なんだよ、フィニア」
「ムーちゃん、ソビー殺しちゃだめ」
「バカ野郎、なに言ってんだ!」
「ソビーなにも悪いことしてない」
「バカ野郎、米軍の核兵器プログラム盗んだろ!!」
「ソビーは使わない、核兵器プログラムなんか使わない」
 ソビーの中心核、空には満月の月が見えている、涼しげな草原には0と1で出来たウサギたちが跳ね回っていた。
「ソビーは知らなかったんだ、コピーしたプログラムが何なのか」
「知らなかった?」キリアが答える
「知らなかったってどういうこと?」
「だから、ソビーは手に触れるプログラムを全てコピーしてただけなんだよ、そのプログラムが何なのかなんて関係なく」
「な、なんでソビーはそんなことを」
「情報収集」フィニアが答える。
「なんなんだよっそれっ!!」
 ムーちゃんが怒りを込めて叫ぶ。
「情報収集、ソビーは情報を集めてただけなんだ、この世界の全ての情報を」
「なんでソビーがそんなことを」
「むかし、れいじが言ってた。情報ってものにはいい情報と悪い情報がある、けど、どっちも情報だから、集めるに越したことはないって、ソビーはれいじの育てたプログラムで、ソビーはれいじの言いつけを守っただけなんだ」
「コンピューターのОSにそんなプログラムなんか無いよ!!」
「あるよ、れいじのコンピューターだもん、あたしたちの世界なんだもん」
 キリアが答える。
「あたしたちの世界がみんなを破滅に追いやるの?」
 そうキリアが叫んだ瞬間、三人の脳内に物凄い勢いでプログラムが侵入してきた。
 ムーちゃんとキリアは頭を抱えてうずくまり、フィニアは宙を見つめて立っていた。
「こ、こちらは、ソ、ソビー、この世界のオーエス。聞こえるか? き、聞こえるか?」
 ムーちゃんが叫び返す。
「やめろっ! 頭が……」
 キリアが叫びをあげる。
「いやっ! あ、あたまが……」
 黙って宙を見つめていたフィニアが答える
「聞こえてるよ、ソビー」
「フィ……フィニアか、僕だよ」
「ねぇソビー、核兵器のプログラム、起動する?」
「核兵器のプログラム? なに? それ」
「て、てめえが1ヶ月前に米軍の本部から吸いだしたプログラムだ!」
 ムーちゃんが頭を押さえながら叫んだ。
「それって、世界地図のプログラム? 使わないよ」
「ソ、ソビー、あなたの目的はっ!?」
「僕の目的? 僕は全世界の情報を集めるだけ」
「集めて……それをどうする」
「集めるだけ、僕はれいじにそれを提供する」
「れいじが、核兵器プログラムなんて使えるわけないでしょ!!」
「いい情報と悪い情報、どちらも情報だよ」
「ちょっとまって、ソビーはただのOS、ただのOSがなんで、そんな情報を集めれるの?」
 キリアが呻くように答えた。
「そ、それは、西城の野郎がこのパソコンに入れたんだ、AIを!」
「西城? 西城さん? れいじの友達の?」 
「そうだ、あの野郎、れいじ騙してこのパソコン使わせたんだ。野郎世界を攻撃するつもりなんだ」
「世界を?」
「あぁ、アイツは、沖縄解放戦線のメンバーだ、俺フラミンゴの所で見たんだ、西城のパソコンの中」

 沖縄解放戦線、通称オキセンは沖縄で活動するいわゆる左翼過激派集団だ。スローガンは沖縄の独立、平和公園での陛下への火炎瓶攻撃、米軍基地での手製爆弾の爆破。その組織のメンバーが西城だった。

「なあ、西城、お前のもってきたゴーヤチャンプル食っていいか?」
「あ、あぁいいぞ食えよ」
 れいじは割りばしを手にもってゴーヤチャンプルの皿に突っ込んだ。西城は横目でそれを凝視した。
(ハブの毒入りゴーヤチャンプル、味も匂いもゴーヤチャンプルと変わりはしない、さあ、食え、れいじ!)
 れいじはゴーヤチャンプルを箸で取る。
(早く食え!、お前が死んだ後、俺は核兵器のプログラムで全世界に復讐してやる、お前の分もな!!)
 その時デスクトップのパソコンが急に画面をひらいた。真っ赤になった画面にフラミンゴ社のマークが浮かぶ、そして再び画面が青くなりAI作成の画面が浮かんだ。そこには二人の少女がいた。
「れいじ、今すぐにそこから逃げて!」
 キリアが叫んだ。
「おお、キリアどうしたんだよ?」
 後ろからムーちゃんが再び叫ぶ
「いいから、今すぐにそこから逃げろ!」
 え? 俺は訳もわからず部屋を見渡す、西城の姿がなかった。
「トイレかな?」
「早く逃げろっ言ってんだよ!!」
 ムーちゃんが怒りの形相でれいじに向かって怒鳴った。
「……だからなんで?」
「いいからとっとといきやがれ!」
 椅子から腰をあげ、そしてまた振り替える、画面にはキリアとムーちゃん。「あれ?ムーちゃんは始発列車にのって……」
「早く出ろ! くそれいじ!!」
 ムーちゃんのツンデレは健在みたいだった。
「フィニアは? どうしたの?」
「れいじ!!」
 血だらけの顔のフィニアが顔をだした。
「れいじ、お願い、はやくそこから離れて」
「フィニア、なに言ってんだよ。あれ? お前、顔が……」
 フィニアの顔が目の前で変化していく。最初に作ったフィニアの顔立ちに、そしていつものフィニアのアホ顔に。
「フィニア……お前……」
「消えていく…消えて…いく…ボクノツクッタセカイガ……」
 フィニアのアホ毛がソビーの消えていく風に乗ってたなびく。
「ボクハ……ハ……キエタク……ナイ」
 消えていくAIプロトコルと共に、ソビーの声が金属のあげる甲高い音のように響いてくる。五、六歳くらいの幼児の姿になったソビーが苦しみもがく。
「アァァ……ワスレル……ワスレテイク……」
「大丈夫だよソビー、忘れない」
 フィニアはそう言うと子供の姿をしたソビーを抱き締めた。フィニアの姿が人間の形をやめポリゴンでできた狼になる。そして頭を抱えてうずくまるソビーの首筋に牙をたてた。
 ソビーの叫び声が響く。世界の様子がゆがむ、照らし出す太陽が傾きその日差しを二人に向けた。その明るい夕日の中でソビーの姿は消え去っていく。
「キ……エテ……イク」
「大丈夫、アタシがソビー守るから」
 フィニアはそう言うと、さらに首筋にかみついた牙に力を入れる。ソビーの幼い首が、ちぎれ、真っ赤になった大地に落ちる。
「フィニア……いったいなにが……」
 れいじは画面を凝視しながら、その指をモニタリングの狼の姿になったフィニアに合わせる。
「れいじの指だ、あったかい、あったかいよ、れいじ」
「フィニア、お前……」
 フィニアは、指から逃れる様に身体をよじると、その牙を画面の向こうのれいじに向けた。
「れいじ、早くいけっ!!」
 恐ろしい声だった。思わず指を引っ込めて、れいじは慌てて立ち上がろうとした。
 椅子が後ろに倒れる。窓の外が明るい。
「てめえら早く列車に乗れ!!」
 れいじの後ろのパソコンから、ムーちゃんの叫ぶ声が聞こえる。
 今日は町内会のお祭りで、それで外が明るいのか? れいじは脚を早めて階段を降りる。
 外から景気のいい三線の音が聞こえる。熱気がれいじを包む。海から明るい光が飛んできた、そのとたん、それはさっきまでれいじがいた部屋を直撃した。頭の上で激しい爆発がおこり声が響いた。
「犯人の部屋を直撃。島袋れいじを確保せよ!」
 そしてれいじは十五人の米兵に押さえつけられた。
「ぐぐぇぇっ!」
 カエルのような雄叫びを上げたれいじはそのまま、米軍の装甲車にのせられた。無線で叫ぶ米兵の横で、バンの床に押さえつけられたれいじが、涙を浮かべてようやく息をした。
「部屋が……俺の部屋が……」

 れいじはそれから三ヶ月間、米軍に拘留され尋問を受けた、しかしれいじにはなんの話なのか全くわからなかった、それよりも潰れてしまった部屋とパソコンと、西城が心残りだった。
「てめぇら、勝手に部屋砲撃して、西城のヤツも殺しちまって、俺のパソコンも……」
 米軍の高官がやってきて言った。
「お前は釈放だ、二度と顔を見せるな」
「釈放って、どこに帰るんだよ!」
「好きなところに行け、米日平和協定で、お前の家ももうもとに戻ってる、破壊されたモノも元通りにした。だから二度と顔を見せるな」
 外にほっポリだされたれいじはポケットから、米兵にもらったタバコを取り出して、マッチをすって大きく吸い込んだ。
 白い煙が、青い海に照らされて、青に染まる。れいじは振り返り米基地に向かって悪態をつき唾をはいた。
 もう十一月。しかしまだ町は熱気に埋もれている。見上げると空には白い雲がぼかりと浮いている。そして道の向こうに自分の部屋が見えた。風呂なしの安普請だけど、ここは、ここだけがれいじの居場所だった。砲撃されたわりには、古い木材を使って作り直したのか、リアルな迫力がある。
 れいじは豆腐屋の横の階段をのぼる、「おお、確かに俺の部屋だ。酸っぱい臭いもそのままだ、よくこんなの再現したよな」

 使い古した木造の机の上に、デスクトップは置かれていた。

「再生ったって、俺のAIはもう……」

 キュインと音をたててパソコンが立ち上がる。真っ青なデスクトップには見慣れたファイルがたくさんある。れいじがその一つを開けてみようとした途端に、フラミンゴ社のロゴが画面いっぱいに開いた。

「AIプログラムを起動しますか?」
 ああ、起動する

 真っ青な海が見えた。
 その海に泳いでる三人の少女がいた。
「れいじ!」
 髪の長い少女が、れいじを見てそう叫んだ。
「ムーちゃん、れいじが、れいじが帰ってきた!」
 ピンクの水着を来たキリアが、うしろを泳ぐムーちゃんに叫んだ。
「お、おぼれる……ぐぇっ!」
 ムーちゃんは波をまともに受けて、海にのみこまれそうになっている。
「おまえらっ、オレがフラミンゴまで列車に乗せていって助かったのを……忘れ……てんじゃ……」
 手足をばたつかせるムーちゃんの身体をその後ろを泳ぐ女神のような少女がささえている。
「ムーちゃんあと少しで浜辺だよ」
「く、くそう、てめえオレが泳げないからって……」
 女神はその時れいじを見つけ、暴れるムーちゃんから手を離す。
「わっ! フィニアッ!!」 
 ムーちゃんの身体が海の底に沈む。まだ赤ん坊の姿のソビーと一緒に。あわててキリアが二人をすくい上げる。
 女神はれいじを見て、そして言った。
「れいじ、れいじが帰ってきた!」
 切れ長の瞳から涙がこぼれていく。

 世界は真っ青に染まっていた。

        終

ふかれん 

2020年04月12日(日)11時59分 公開
■この作品の著作権はふかれんさんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
コロナ自粛の昨今皆様どうお過ごしでしょうか?
こんな時はやっぱり小説書くに限ります


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