チョビ、書き直し版
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チョビ

 チョビは海山家で飼われていた犬である。主人の海山広司は昭和25年、ようやく福井駅から500メートルぐらいのところにある商店街の一角で、復員後に始めた商売が軌道に乗りかけたころに、メスの犬の仔を飼い始めた。それがチョビの母親メアリーである。ほとんど白に近い薄い茶色の雑種だった。

 海山家の商売は金物問屋である。大阪や名古屋の工場又は問屋から仕入れた鍋や釜、或いは釘、針金、トタン板などを福井市内や、近郊の町の小売店に売り歩くという仕事だった。
戦争で緊縮生活が続いた上に金属類は供出させられ、さらに空襲で焼け出されたりして極端なモノ不足であって、何でもがよく売れた時代である。初めはリヤカーや大八車を使っての配達であったが、それでは遠方の取引先まで届けることが出来なかったので、チョビが生まれたころにオート3輪のトラックを買って、敦賀市や小浜市、または石川県小松市あたりまで販路を広げていた。
 戦後間もないこのころは誰もが無我夢中で働いていた。海山商店も主人1人で始めた仕事だが、すぐに配達要員や営業マン、事務員などを雇い入れ、家族も含めるとたちまち10人近くの所帯になった。それが朝早くから夜は10時ぐらいまで忙しく立ち働いていたのである。
 そんな中で飼われていたメアリーは成長すると毎年のように4〜5匹の仔を生んだ。生まれた犬はたいてい、従業員たちの口利きで、すぐに貰い手が決まって、半年もすると1匹もいなくなった。戦後の混乱期はようやく収まりかけていたが、まだ、今のようにペットショップなどは無かった時代である。犬も猫も愛玩用としてではなく、犬は番犬として、猫はネズミ退治のために飼われていた。
 その頃はほとんどの家で、犬も猫も放し飼いが普通であった。鎖につなぐことはせず、従って、飼い主がウンチの始末をしなければならないという風潮もなかった。

 数年たつと犬を飼う家が増えてきて、仔が生まれたといっても、すぐに貰い手が決まるということもなくなって来た。
 その頃、チョビと一緒に生まれた兄弟は皆どこかへ貰われていったが、チョビだけは半年たっても貰い手がなかった。海山家では2匹の番犬は必要がなく、えさ代もかかるのでチョビをどこかへやってしまいたかった。
 チョビというのは海山家で決めた名前ではない。たいていの犬は生まれてすぐどこかへ貰われていったので名前を付ける必要もなかった。従業員の誰かがチビ、と呼んでいたのがチョビに変わっただけだ。

 メアリーもチョビも店の中では「番犬」という一定の役割を果たしていたのだが、海山家の家族も従業員たちも、兎角忙しいので、餌をやる以外にはほとんど構ってやることは出来なかった。愛情たっぷりというわけにはいかないが、いじめたり、粗略に扱ったわけではなく、姿を見ると、おい、メアリー、チョビ、と声をかけ、メアリーたちもそれに尻尾を振って答える、という間柄だった。

 しかし、海山商店の店の中は狭く、番犬2匹では邪魔になるということもあって、主人も従業員も2匹は必要ないなぁ、というのが共通の認識だった。
 そういう、持て余している様子を察した従業員の1人、安藤が、配達のついでに小松市まで連れて行って、貰ってくれる家を探そうかと言ってくれたので、主人もそれを頼んで任せることにした。貰ってくれる人の負担が少ないように手作りの犬小屋を用意し、エサもたっぷり添えて送り出した。今までは遠方まで行かなくても近くで貰ってくれる人がすぐ見つかっていたということもあって、今度も簡単に貰い先が見つかる、と思っていた。
 しかし安藤も行く先々の小売店で聞いてみたが、貰ってくれる家を見つけることが出来なかったので、深くは考えず、途中の道に小屋とエサを置いて、チョビがえさを食べている間に置き去りにして帰ってきてしまったという報告だった。運が良ければ近所の人が飼ってくれるかもしれないが、野良犬になるかも知れなかった。可哀そうではあるがこの時代にはこういう話はよくあることであった。

 チョビは朝から何も与えられず、お腹を空かせていた。車でどこかへ連れて行かれ、道のわきに降ろされてようやくえさを与えられた。夢中になって食べたが、食べ終わると車はどこかへ行ってしまって一人ぼっちになっていることに気が付いた。

 しばらくそこでうろうろしていたが、そこは誰も通らず、人家も無かったので少し歩いてみることにした。5〜600メートルほど歩くと子供たちの遊んでいる場所に来た。近づいていくと、子供たちも興味を持って話しかけてきた。どこから来たの?君の名前は?と聞かれたようだが、もちろん彼に人間の言葉はわからない。ただ尻尾を振って敵意の無いことを示し、子供たちの仲間に入れてもらおうとした。
 そのころには、どうやら彼も、自分が海山家から遠く離れた場所に連れて来られて、置き去りにされたということを漠然と理解し始めていた。
 しばらくそこで、子供たちと一緒に追いかけっこなどして遊んでいたのだが、やがて子供たちは家に帰る時間になったようで、ばらばらに分かれて帰り始めた。帰る家の無いチョビは、いちばん自分とよく遊んでくれた子供に付いていくことにした。その子(哲夫というらしい)の家はその遊び場(公園)のすぐそばだった。

 哲夫(小学2〜3年生)は家に入り母親と何か話していたようだが、顔を出した母親もチョビに何か声をかけた。チョビは懸命に尻尾を振って、仲良しになろうという態度を示したのだが母親は困った様子で哲夫と何か話していた。
 その後、一応母親と哲夫の話はついたようで母親は家に入ったが、哲夫はチョビと離れず、玄関前に一緒に座っていてくれた。家の中からパン(という食べ物だと後で知った)を持ってきて食べさせてくれた。海山家にいたとき一切れだけ貰って食べたことがある、おいしい食べ物だった。それから哲夫は毛布のようなものを持ってきて玄関前に敷いてくれた。

 しばらく経って暗くなってきた頃に男の人が帰ってきた。どうやら哲夫の父親でこの家の主人らしい。
 哲夫と父親は表でしばらく話し合っていたが、やがて母親も交えて話を進め、どうやら、哲夫の希望により、チョビを家族の1員に加えることに決まったようだ。
 その家は海山家と違って親子3人だけが住む小さな家だった。父親はチョビを玄関の内側に入れて大急ぎで作った箱に毛布を敷いてチョビの寝場所をこしらえてくれた。

 チョビにとっては、そこは幸せな場所である筈だった。海山家ではえさを与えられるだけで、放ったらかしで育てられたが、哲夫の家では普段は鎖に繋がれていて、朝と夕方に3人のうち誰かと散歩に行って、その後にえさが与えられるという規則正しい生活をすることになった。
 チョビは、初めは幸せを感じていた。しかし海山家での暮らしが懐かしくもあった。

 しばらく経つと散歩の途中で鎖を離して自由に走り回れるようにしてくれた。チョビは元気盛りの若犬だったので、人間のペースで歩くだけでは運動不足だと分かったからである。
 4〜5日たったころ海の香りを感じた。そこは海からはかなり離れていたが犬の臭覚は鋭かった。福井からこの場所まで車で移動したときに左の方向からこの匂いが漂ってきていたことを思い出した。ということはこの匂いを右に感じる方向に走っていけば、家に帰れる、ということにチョビは気づいた。
 哲夫とチョビは親友だった。哲夫はとても優しかったので別れたくはなかった。しかし、母親のメアリーや海山家の人々が恋しかった。家族や従業員を合わせ、海山家は10人ほどの大所帯だった。なんでそうなったのかはわからないが、チョビは海山家から捨てられたという感覚では無かった。何としても帰りたい。大体の方向はわかっているので、何日か歩けば必ず帰れるという自信があった。
 いつものように散歩の途中で鎖を離してくれた時、彼は決心した。家に帰ろう!

 朝の散歩には大体いつも、出勤前の父親が連れて行ってくれた。哲夫は、初めは、早く起きてチョビと散歩に行くと言っていたのだが、たいていは寝過ごしてしまって慌てて学校へ行かなければならなかったからである。いつも父親は家から少し離れて人けの少ない場所に来ると、鎖を離して自由に走らせてくれた。
 その朝もいつもの時間にその場所に来た。この家に来てから10日ぐらい経っていた。
 チョビは自由になって思いっきり走った。
海の匂いは風向きによって強く感じる時とほとんど感じない時があった。だがそれでも海山家の方向を間違えることは無かった。
 その日1日でかなり近づいたことは確かだが車で2時間以上かかる距離である。まだまだ家は遠いと思われた。暗くなって来たし、お腹はペコペコだった。寝場所を求めて農家の物置小屋に近づいて行ったが中に入れる隙間は無く、やむを得ずその軒下の藁むしろの上で横になった。
 翌朝、あまりの空腹で目が覚めた。夜明けが近かったが、まだ薄明かりの中、起きて食べ物を探した。
 畑に赤いトマトの実が生っていた。好きな食べ物ではないが、この時はすごくおいしいと思った。夢中でがつがつ食べた。
 それからまた、昨日のようなわけにはいかないが、ゆっくりと、しかし確実に福井の方向に向かって歩いた。
 食べ物は慣れてくると意外に簡単に見つけられることが分かった。道で拾った時もあったし、犬を飼っているところで食べ残しを見つけた時もある。遊んでいる子供たちがくれるときもあった。カエルやトカゲなどを捕まえて食べることも覚えた。
 しかし歩き続けるのは苦しかった。寝場所は簡単には見つけられなかったし、子供たちも大人も、親切な人ばかりではなかった。石を投げられたり、棒で叩かれたりした。大きな犬に追っかけられたり噛みつかれた時もあった。
 何日も何日も歩いたが見覚えのある街にはたどり着けなかった。行き過ぎてしまったかと思い、引き返して見たこともある。
 ところがある日、何気なく道を走っている車を見たとき、それが海山商店の配達の車だと気が付いた。
 チョビは懸命に走った。引き離されそうになって、もう駄目かと思ったとき、信号で止まったので一目散に駆け寄って運転席に向かって吠えた。
 その運転手は安藤、あの時の運転手だった。
 あっ、チョビか?チョビだな? 可哀そうにこんなに痩せて・・・・・
 安藤はずっと気になっていた。飼ってくれる人はあっただろうか?どこかで野垂れ死にしてはいないだろうか?あの時、連れて帰ればよかったと、後悔していた。
 抱き上げて運転席に乗せた。もうこんな可哀そうなことは出来ない。主人が飼ってくれないなら自分が飼おう。そう思って店に連れ帰ることにした。途中で牛乳を1本買って飲ませた。ぺちゃぺちゃと音を立ててすごくおいしそうに飲んだ。

 チョビを捨ててからもう1か月になる。ガリガリに痩せていた。体じゅう傷だらけだった。苦労した様子が一目でわかった。
 店は思ったより遠かった。この車を見つけられなかったら、まだ何日も何日も、さまよい歩いていただろうと思われた。
 やがて見覚えのある街に入ってきた、チョビは疲れも忘れて、わくわくする思いで前後を見回し、安藤の顔を覗い、確かに帰って来たのだということを実感していた。何日も何日も、きっと帰れる、必ず帰れる、そう信じて歩き続けていたのだ。
 やがて車は懐かしい店の前についた。運転席から降ろされたチョビは一目散に店の中に飛び込んだ。懐かしい海山家の主人の顔を見て、ちぎれんばかりに尻尾を振って飛びついた。
 次に奥さんに飛びついた。懐かしい顔がそろっていた。興奮を抑えられず、従業員1人1人に飛びついた。以前、可愛がってくれた人はもちろん、そうでない人にも思いっきり尻尾を振って飛びついた。
 よう生きて帰ってきてくれた。可哀そうに、苦労したんやろうな。ごめんな。もう絶対捨てたりせんからな。主人は言った。
 そこに母親のメアリーが近づいてきた。尻尾を振って近づいてきてクンクン鼻をつけて体じゅうの臭いを嗅いだが、その後は何事もなかったように離れていった。

 店は2年前、福井地震のあとに建てられた粗末な造りである。店の奥に、土間にテーブルと椅子を置いただけの食堂があった。そこは海山家の家族だけでなく、従業員が昼食を摂る場所でもあった。そのテーブルの足にご飯粒がこびり付いていたのを見つけ、チョビはカリカリと旨そうにそれを食べた。そんなご飯粒をかじることさえ、チョビにとってはうれしい、久しぶりの幸せな体験だった。
 チョビにとっては生まれた場所でもあり、何もかもがくつろげる、安心して過ごせる場所であった。
 小松での10日間の滞在は、哲夫という友達もいて、それなりに楽しかった。しかし1か月間離れていたが故になおさら、この海山家こそが自分の居場所であることを強く自覚することになった。

 海山商店は間口5間、奥行き4間の小さなバラック建ての建物である。1階を店舗、2階を家族の住居として使っていた。台所と便所は1階店舗のすぐ後ろに建て増しされていて、家族と従業員が共同で使っていた。その後ろは空き地となっていたが、チョビが生まれたころに、最後部に10坪あまりの小さな倉庫が建てられた。全部合わせても敷地は間口5間、奥行き10間の50坪だけだった。
 その狭い敷地内を海山氏夫妻や従業員が歩き回り、お客さんの出入りもあったので店はいつもごった返していた。そして子供たちも学校から帰ってくると2階にランドセルを放り投げてそこに加わり、おまけに裏の空き地に近所の子供たちが遊びに来ることもあったので、1日中、喧噪に包まれていた。チョビにとっては、それは、自分が生まれた時からの当たり前の光景だった。

 チョビたちの世話は誰がするとも決まっていなかった。餌を与えたのは奥さんだが主人はもちろん、従業員も子供たちも、気まぐれに相手はするもののそれぞれ皆が忙しいので、放っておかれたと言ってもいい状態で飼われていた。
 しかし、それでも、この家の主人は海山氏であり、自分たちのことをいちばん気にかけてくれていたのも海山氏であることはメアリーもチョビもちゃんと理解していた。

 その後、時代は進み、高度成長の時代となり、世の中が安定してくると、犬や猫の飼い方も変わってきた。初めのころ、メアリーやチョビは、日中は放し飼いで、勝手に外で遊んだり店の中で休んだりしていたのだが、夜は番犬として店番をするという役目を担っていた。

 それが、世の中が豊かになり、家の造りも頑丈になって、番犬も必要がない時代になると、ペットつまり愛玩動物として飼われるようになったのである。犬の放し飼いは認められなくなった。散歩に行くときにはウンチ袋を持参することが求められるようになった。

 海山商店はその後、従業員も増え、手狭になったので会社組織とし、海山商事株式会社となって別の場所に本社を移転した。と同時に元の店舗は住宅として改装され、2匹の犬は小松の哲夫宅のように静かな環境で飼われることになった。

 メアリーとチョビは海山家の2人の子供たちと兄弟のように育ち、子供たちが大学へ行くために家を離れるころになって相次いで死んだ。どちらも約20歳、老衰だった。
海山三川 

2020年03月31日(火)19時00分 公開
■この作品の著作権は海山三川さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
前の「チョビ」は書いたときはそれほど酷いとは思っていなかったのですが、かなり厳しくご批判を頂いたので、改めてもう一度書き直してみました。


この作品の感想をお寄せください。

2020年04月02日(木)12時14分 海山三川  作者レス
ありがとうございます。参考にさせていただきます。
年寄りは頑固なので、問題点を指摘されても、すぐには納得できず、日を置いて読み返してみると分かるかもしれません。

pass
2020年04月02日(木)10時39分 ふじたにかなめ 
拝読させていただきました!
ぼろぼろになっても帰宅したチョビの姿を想像したら、思わずうるうるしちゃいました。
安易に捨てられた犬が帰宅した際にその姿によって、飼い主を改心させるという共感しやすい物語だと思いました。

でも、文章の技術的に気になる点がありました。
まず最初に文章の読みにくさを感じました。
例えばですが、以下の文章。

「主人の海山広司は昭和25年、ようやく福井駅から500メートルぐらいのところにある商店街の一角で、復員後に始めた商売が軌道に乗りかけたころに、メスの犬の仔を飼い始めた。」

長文で読みづらいですし、
チョビの話のはずなのに、母親が主役のような書き方をしています。
あと、一文に色々な情報は入れない方が読みやすいみたいです。

修正案ですが、
「主人は海山広司だ。彼は復員後に商売を始めた。店は福井駅から500メートルぐらいに位置する商店街の一角にある。昭和25年、店が軌道に乗りかけたころにチョビの母親を飼い始めた。毛色はチョビと同じで、ほとんど白に近い薄い茶色の雑種である。」


次に視点の不安定さを感じました。途中でチョビの三人称一元視点になっていますが、神視点で統一したほうが良いと思いました。


あと、他の方が書かれたように、ご都合主義に思われないためですが、
あくまで例えばですが、
「何日も何日も歩いたが見覚えのある街にはたどり着けなかった。行き過ぎてしまったかと思い、引き返して見たこともある。」の後に、
チョビがいなくなってからチョビの存在のありがたさに気づいたり、チョビのその後を心配している海山家の一場面があったりしても良かった気がしました。
こんなことなら、捨てなきゃよかったと考えているときに、
チョビが安藤によって見つかる――といった展開に私ならすると思いました。

別にこの方法でなくても、もっと別の方法があるかもしれませんが、
海山家の心境の変化の過程を書いたほうが、唐突に感じにくいと思いました。

自分のことを棚上げして色々と気になる点を書きましたが、
あくまで個人の意見なので合わなければ流していただいて構いませんので。
ではでは、失礼しました。
お互いに頑張りましょうね。
18

pass
2020年04月01日(水)07時09分 海山三川  作者レス
そうですか?やっぱりダメですか?
まだまだ未熟だという事ですね。
分かりました。
ありがとうございます。

pass
2020年03月31日(火)22時47分 神原  0点
こんにちは

まず最初に。チョビが飼い主から愛情をあまり貰っていなかったのにも関わらず、帰って来た時に主人にもう捨てたりしないと言われるのが小説でよく言われるご都合主義そのものに映ります。文章にも「邪魔になるということもあって、主人も従業員も2匹は必要ない」とはっきり書かれています。邪魔に思われていたと言うのがでかいかも。

次にこの小説の主人公はチョビ。そこを大事にしましょう。

このお話はチョビが捨てられてから帰るまでを書いた作品です。すると蛇足な部分が当然要らない部分として見られます。後?譚?鐐?ュ(←今漢字でごじつだんって書くと文字化けするのね。書いてから修正)ごじつだんを書くのはかまいません、が、本文を食う程分量が長いとなると問題です。もう少し省略もしくは簡潔に。

また、ここの様に↓空行を挟まずいきなり視点が変わっている部分が駄目です。視点を移動する時は最低一行空行を挟みましょう。

――チョビは懸命に走った。引き離されそうになって、もう駄目かと思ったとき、信号で止まったので一目散に駆け寄って運転席に向かって吠えた。
 その運転手は安藤、あの時の運転手だった。
 あっ、チョビか?チョビだな? 可哀そうにこんなに痩せて・・・・・――

時代背景が書かれているのはいいですが、それが長すぎます。読者が一番読んでいてつまらないと感じるのが説明部分です。なるべく説明を短くしましょう。

冒頭は読者を引き込む重要な部分です。これからどうなるんだろう? 続きが見たい。続きが気になると思わせなければ誰も続きを読んではくれません。ここは鍛錬室だからどんなに引き込む要素がなくても読者は読もうとしてくれます。が、一般に公開して読者が付くことを望むのであれば、もっと冒頭を大事にしましょう。

メッセージで「それほど酷いとは思っていなかった」とあったので、一応簡単にダメだと思った部分を指摘してみました。

以上から私は普通です。を置いていきますね。
15

pass
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