チョビ
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チョビ

チョビはメアリーの仔である。福井市内で家庭金物の問屋業を営む海山家では昭和25年、ようやく商売が軌道に乗り始めたころに、メスの犬の仔を飼い始めた。それがメアリーである。ほとんど白に近い薄い茶色の雑種だった。
メアリーは成長すると毎年のように4〜5匹の仔を生んだ。生まれた犬はたいてい、従業員たちの口利きで、すぐに貰い手が決まって、半年もすると1匹もいなくなった。
戦後の混乱期はようやく収まりかけていたが、まだ、今のようにペットショップなどは無かった時代である。犬も猫も愛玩用としてではなく、犬は番犬として、猫はネズミ退治のために飼われていた。
その頃はほとんどの家で、犬も猫も放し飼いが普通であった。鎖につなぐことはせず、従って、飼い主がウンチの始末をしなければならないという風潮もなかった。

数年たつと犬を飼う家が増えてきて、仔が生まれたといっても、すぐに貰い手が決まるということもなくなって来た。
チョビと一緒に生まれた兄弟は皆どこかへ貰われていったが、チョビだけは半年たっても貰い手がなかった。海山家では2匹の犬は必要がなく、えさ代もかかるのでチョビをどこかへやってしまいたかった。
チョビというのは海山家で決めた名前ではない。たいていの犬は生まれてすぐどこかへ貰われていったので名前を付ける必要もなかった。従業員の誰かがチビ、と呼んでいたのがチョビに変わっただけだ。

家庭金物の問屋業としての海山家は、最初は福井市内や近郊の町の小売店へリヤカーや大八車で鍋釜などの商品を配達するという仕事であった。しかしそれでは遠距離までは行けないのでチョビの生まれたころに、オート3輪のトラックを買い、距離のある敦賀市、小浜市や石川県小松市あたりまで販路を広げていた。

チョビを持て余している様子を見た従業員の1人、安藤が、配達のついでに小松市まで連れて行って、貰ってくれる家を探そうかと言ってくれたので、主人もそれを頼んで任せることにした。貰ってくれる人の負担が少ないように木で犬小屋を作り、エサもたっぷり添えて送り出した。
しかし安藤も行く先々の小売店で聞いてみたが、貰ってくれる家を見つけることが出来なかったので、途中の道に小屋とエサを置いて、チョビがえさを食べている間に置き去りにして帰ってきてしまったという報告だった。運が良ければ近所の人が飼ってくれるかもしれないが、野良犬になるかも知れなかった。可哀そうではあるがこの時代にはこういう話はよくあることであった。

チョビは朝から何も与えられず、お腹を空かせていた。車でどこかへ連れて行かれ、道のわきに降ろされてようやくえさを与えられた。夢中になって食べたが、食べ終わると車はどこかへ行ってしまって一人ぼっちになっていることに気が付いた。

しばらくそこでうろうろしていたが、そこは誰も通らず、人家も無かったので少し歩くと子供たちの遊んでいる場所に来た。近づいていくと、子供たちも興味を持って話しかけてきた。どこから来たの?君の名前は?と聞かれたようだが、もちろん彼に人間の言葉はわからない。ただ尻尾を振って敵意の無いことを示し、子供たちの仲間に入れてもらおうとした。
そのころには、どうやら彼も、自分が海山家から遠く離れた場所に連れて来られて、置き去りにされたということを漠然と理解し始めていた。
やがて子供たちは家に帰る時間になったようで、ばらばらに分かれて帰り始めた。チョビはいちばん自分と遊んでくれた子供に付いていくことにした。その子(哲夫というらしい)の家はその遊び場(公園)のすぐそばだった。

哲夫(小学2〜3年生)は家に入り母親と何か話していたようだが、顔を出した母親もチョビに何か声をかけた。チョビは懸命に尻尾を振って、仲良しになろうという態度を示したのだが母親は困った様子で哲夫と何か話していた。
その後、一応母親と哲夫の話はついたようで母親は家に入ったが、哲夫はチョビと離れず、玄関前に一緒に座っていた。家の中からパン(という食べ物だと後で知った)を1個持ってきて食べさせてくれた。海山家にいたとき一度だけ食べたことがある、おいしい食べ物だった。それから哲夫は毛布のようなものを持ってきて玄関前に敷いてくれた。

しばらく経って暗くなってきた頃に男の人が帰ってきた。どうやら哲夫の父親でこの家の主人らしい。
哲夫と父親は表でしばらく話し合っていたが、やがて母親も交えて話を進め、どうやら、哲夫の希望により、チョビを家族の1員に加えることに決まったようだ。
その家は海山家と違って親子3人だけが住む小さな家だった。父親はチョビを玄関の内側に入れて大急ぎで作った箱に毛布を敷いてチョビの寝場所をこしらえてくれた。

チョビにとっては、そこは幸せな場所である筈だった。海山家ではえさを与えられるだけで、放ったらかしで育てられたが、哲夫の家では普段は鎖に繋がれていて、朝と夕方に3人のうち誰かと散歩に行って、その後にえさが与えられるという決まりになっていた。
チョビは、最初は幸せを感じていた。しかし海山家での暮らしが懐かしくもあった。

しばらく経つと散歩の途中に鎖を離して自由に走り回れるようにしてくれた。チョビは元気盛りの若犬だったので、人間のペースで歩くだけでは運動不足だと分かったからである。
4〜5日たったころ海の香りを感じた。そこは海からはかなり離れていたが犬の臭覚は鋭かった。福井からこの場所まで車で移動したときに左の方向からこの匂いが漂ってきていたことを思い出した。ということはこの匂いを右に感じる方向に走っていけば、家に帰れる、ということにチョビは気づいた。
哲夫とチョビは親友だった。哲夫はとても優しかったので別れたくはなかった。しかし、母親のメアリーや海山家の人々が恋しかった。家族や従業員を合わせ、海山家は10人ほどの大所帯だった。チョビは海山家から捨てられたようだが、裏切られたという感覚では無かった。何としても帰りたい。大体の方向はわかっているので、何日か歩けば必ず帰れるという自信があった。
散歩の途中で鎖を離してくれた時、彼は決心した。家に帰ろう!

朝の散歩には大体いつも、出勤前の父親が連れて行ってくれた。哲夫は、初めは、早く起きてチョビと散歩に行くと言っていたのだが、たいていは寝過ごしてしまって慌てて学校へ行かなければならなかったからである。いつも父親は家から少し離れて人気の少ない場所に来ると、鎖を離して自由に走らせてくれた。
その日もいつもの時間にその場所に来た。この家に来てから10日ぐらい経っていた。
チョビは自由になって思いっきり走った。
海の匂いは風向きによって強く感じる時とほとんど感じない時があった。だがそれでも海山家の方向は時々確認することが出来た。
その日1日でかなり近づいたことは確かだが車で2時間以上かかる距離である。まだまだ家は遠いと思われた。暗くなって来たし、お腹はペコペコだった。寝場所を求めて農家の物置小屋に近づいて行ったが中に入れる隙間は無く、やむを得ずその軒下の藁むしろの上で横になった。
翌朝、あまりの空腹で目が覚めた。夜明けが近かったが、まだ薄明かりの中、起きて食べ物を探した。
畑に赤いトマトの実が生っていた。好きな食べ物ではないがこの時はおいしかった。夢中でがつがつ食べた。
それからまた、昨日のようなわけにはいかないが、ゆっくりと、しかし確実に福井の方向に向かって歩いた。
食べ物は慣れてくると意外に簡単に見つけられた。道で拾った時も、犬を飼っているところで食べ残しを見つけた時もある。遊んでいる子供たちがくれるときもあった。カエルやトカゲを捕まえて食べた時もあった。
しかし歩き続けるのは苦しかった。寝場所は簡単には見つけられなかったし、子供たちも大人も、親切な人ばかりではなかった。石を投げられたり、大きな犬に追っかけられたり噛みつかれた時もあった。
何日も何日も歩いたが見覚えのある街にはたどり着けなかった。行き過ぎてしまったかと思い、引き返して見たこともある。
ところがある時、道を走っている車を見たとき海山家の配達の車だと気が付いた。
チョビは懸命に走った。引き離されそうになって、もう駄目かと思ったとき、信号で止まったので一目散に駆け寄って運転席に向かって吠えた。
その運転手は安藤、あの時の運転手だった。
あっ、チョビか?チョビだな? 可哀そうにこんなに痩せて・・・・・
安藤はずっと気になっていた。飼ってくれる人はあっただろうか?どこかで野垂れ死にしてはいないだろうか?あの時、連れて帰ればよかったと、後悔していた。
抱き上げて運転席に乗せた。もうこんな可哀そうなことは出来ない。主人が飼ってくれないなら自分が飼おう。そう思って店に連れ帰ることにした。途中で牛乳を1本買って飲ませることにした。皿がないので自分の弁当箱を取り出してそのふたに注いで飲ませた。

チョビを捨ててからもう1か月になる。ガリガリに痩せていた。体じゅう傷だらけだった。苦労した様子が一目でわかった。
やがて車は店の前についた。運転席から降ろされたチョビは一目散に店の中に飛び込んだ。懐かしい海山家の主人の顔を見て、ちぎれんばかりに尻尾を振って飛びついた。次に奥さんに飛びついた。懐かしい顔がそろっていた。興奮を抑えられず、従業員1人1人に飛びついた。以前、可愛がってくれた人はもちろん、そうでない人にも思いっきり尻尾を振って飛びついた。
よう生きて帰ってきてくれた。可哀そうに、苦労したんやろうな。ごめんな。もう絶対捨てたりせんからな。主人は言った。
そこに母親のメアリーが近づいてきた。尻尾を振って近づいてきてクンクン鼻をつけて体じゅうの臭いを嗅いだが、その後は何事もなかったように離れていった。

店は2年前、福井地震のあとに建てられたバラック小屋のような粗末な造りである。店の奥に、土間にテーブルと椅子を置いただけの食堂があった。そこは海山家の家族だけでなく、従業員が昼食を摂る場所でもあった。そのテーブルの足にご飯粒がこびり付いていたのを見つけ、チョビはカリカリと旨そうにそれを食べた。
チョビにとっては生まれた場所でもあり、何もかもがくつろげる、安心して過ごせる場所であった。
小松での10日間の滞在は、哲夫という友達もいて、それなりに楽しかった。しかし1か月間離れていたが故になおさら、この海山家こそが自分の居場所であることを強く自覚することになった。

時代は進み、世の中が安定してくると、犬や猫の飼い方も変わった。番犬として、でなく、ペットつまり愛玩動物として飼われるようになったのである。犬の放し飼いは認められなくなった。散歩に行くときにはウンチ袋を持参することが求められるようになった。

海山家はその後、従業員も増え、手狭になったので会社組織となり、海山商事株式会社として別の場所に本社を移転した。と同時に元の自宅は改装され、2匹の犬は小松の哲夫宅のように静かな環境で飼われることになった。

メアリーは昭和45年ごろまで、チョビは昭和50年ごろまで生きた。どちらも約20歳、老衰で死んだ。
海山三川 

2020年03月25日(水)16時06分 公開
■この作品の著作権は海山三川さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ


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2020年03月28日(土)21時51分 海山三川  作者レス
田中一郎様 ありがとうございます。私は、もうすぐおしめが必要になるかも知れない昭和16年生まれのくたばり損ないです。
しかもそれが、生まれて初めて小説(もどき)を書いたのが昨年夏頃です。
小説としての形式や決まりなど何も知らず、知ろうともせず、思いつくままに瞬間的に書いた4作目がこの「チョビ」です。
昭和後半や平成生まれの人に理解してもらえないことは承知していました。

でも自分なりの矜恃というものはあります。少しずつ軌道修正していくことになろうとは思いますが、それを曲げてまで、ただ、人に気に入られるようなものを書くつもりはありません。
また、お目に止まったらお声掛けをよろしくお願いします。


pass
2020年03月28日(土)15時58分 田中一郎 
拝読しました。

これは……ライトノベルではないですね。
文体はちょっと古風な大衆文芸っぽいかなという印象、司馬遼太郎とか。終わり方もちょっとそれっぽいかなといった感じを受けました。
ここは「ライトノベル作法研究所」ですので、ライトノベルに慣れた若い人がライトノベルのつもりで読みに来るとなかなか厳しいものがあるかもしれないです。

今風にリーダビリティを上げるなら、まずは行頭の一字下げと、あとは一文を短くすることですかね。他にも細かな小説のお約束事に反してるところがありますので、調べて学んでみるのも良いかもしれません。
せっかく書くわけですから、より読まれる作品に仕上げるための工夫もしてみてはいかがでしょうか。

内容に関して。
ちょっとストーリーの焦点が定まってない感がありますね。書いてあることはわかるのですが、書きたかったことが伝わってこない。
改善するなら、海山家の視点でもっと家族の個性を出してチョビを絡めたヒューマンドラマにするとか、チョビの視点で仔犬の冒険談にしてみるとかですかね。
現状ですとキャラクター性とドラマ性が乏しく、読者の感情を揺さぶるところがありませんので、淡々と読まれて終わってしまいます。

私からの提案ですが、まずは近年のエンターテイメント小説を読まれて研究してみてはいかがでしょうか。おそらくあまり読まれたことがないとお見受けします。
いきなりライトノベルは合わないかもしれませんから、一般レーベルのミステリ小説などからでも。宮部みゆき、東野圭吾、とかですね。
ここで発表を続けるのであれば、やはり読者のニーズにある程度は近づけた方が手応えが出ると思いますので。普段読者が読んでいる小説の研究は助けになるでしょう。

とりあえず、こんなところです。
何らかの参考になれば幸いです。
17

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2020年03月27日(金)13時52分 海山三川  作者レス
ありがとうございます。
そういうご批判は予測していました。

pass
2020年03月27日(金)11時22分 如月千怜  -30点
申し訳ないですけど、すごく読みにくいです。
行頭下げがない上、改行も少なく、セリフも全くない。
ストーリーも特段面白くないですし、何がしたい作品なのかよくわからないというのが率直な感想です。
20

pass
合計 2人 -30点


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