街と、ギルドと、冒険者と 〜パイロット版短編〜
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 1 赤髪のエルフ 


 冬にしては温かい、曇った昼のことである。
 長く赤い髪を持った、一見するとみすぼらしい服装のエルフが馬車を御していた。
 客車ではなく荷馬車であるが、荷車に胡坐をかいて乗っている者がもう一人いる。

「ドラック、城壁が見えて来たよ。やっと帰って来たという気がするねえ」

 エルフがそう言った通り、視界の先には白っぽい横長の石造建築物がある。
 ラウツカと言う街の北部に建てられた、巨大な城壁だ。

「早く帰って、寝てェよ……」

 荷台に乗っている、ドラックと呼ばれたトカゲ男がそう呻(うめ)いた。
 その左肩には包帯が巻かれていた。
 包帯にはかすかに血がにじんでおり、浅からぬ裂傷を負ったものだとわかる。

「傷口、まだ痛むかい? 出血はほぼ止まっていると思うのだけれど」

 案じた赤エルフがトカゲ男に訊く。
 慣れ親しんだ間柄のようで、二人の間には信頼感を感じられる空気が流れている。

「クスリが効いてるからか、大して痛みァしねえんだけどよォ。ひたすら、ダルいぜェ」
「強い薬だからね。もうしばらくの辛抱だ、街に入ったらそのまま医院まで送り届けるよ」

 医院、と聞いたトカゲ男のドラックは、びくりと体を震わせる。

「おィおィィ、ただの”カスリ傷”だっつうんだ、こんなもんはよォ!? 入院なんざ、まっぴらゴメンだぜェ!?」
「はっはっは、ドラックの弱点をまた一つ、見つけてしまったようだねえ」

 騒がしく反駁するドラックを尻目に、エルフはゆっくりと馬車を進ませて、ラウツカ市の北部城門へと向かった。
 ルーレイラという、この地域では珍しい名前を持つエルフと、荷台に乗る竜獣人のドラックは、冒険者である。
 魔物を討伐したり、遺跡や洞窟を探索したり、無人島や未開の山奥を調査したり、あるいは行商人や商船の護衛などを行って、対価を得て生きている。
 今回も少しばかり長くかかってしまった冒険の旅を終えて、自分たちの住処がある、ラウツカの街に帰って来たのであった。

「……医院に行くお金がないなら、僕が貸そうか?」
「そ、そういう話じゃねェッつーんだよ。第一、今回の仕事は”報酬”がでっけーだるォ? しばらくのんびりさせてもらうぜェ」

 心配になって言ったルーレイラだが、どうやら本当にお金の問題ではなく、単にドラックは医者を嫌いなだけらしい。
 ドラックの傷はほぼ快癒に向かっているの、だが。

「そうだね、大きい仕事だった。なにせ、邪竜だものなあ……」

 ルーレイラの一行には本来、もう一人の冒険者がいた。当初は三人パーティ―だったのだ。
 しかし深手を負ってしまったため、他の街で別れてそこで治療を今も受け続けている。
 とある国に現れた邪竜を討伐するために、近隣国から腕のいい冒険者、名のある武官や軍人が招聘された。
 ルーレイラたちは、その仕事を終えた帰り道なのである。
 それぞれの国や街に帰還できたものもいるし、怪我をして動けなくなりまだ帰還できない者たちもいる。
 そして、命を失ってしまい、永遠にその望みをかなえられなくなった者たちも。

「僕も、まだまだだなあ……」

 仲間に重傷を負わせてしまったことを、パーティーの仕切り役であるルーレイラは深く悔いていた。


 2 門番の女衛士


 白い切石を無数に積み上げて築かれた長大な城壁。
 ラウツカ市を守るこの建造物には大小九つの城門が存在し、ルーレイラたちは中央の一番大きな門を通って市街地の内部へと入る。
 城門は開放されていて、出入りに制限がかかったり検問が発生するのは夜間だけだ。
 しかし、ルーレイラの馬車を門番の一人が静止した。

「失礼。冒険から戻られたギルドの方かな」
「見ればわかるだろう。急いでいるんだ、さっさと通らせてくれないものかな」

 ルーレイラは自分が首から下げている、冒険者の認識証を相手にかざして見せつける。
 ギルドと呼ばれる冒険者の組合を通して仕事を請け負っている者は、必ずこの認識票を持っている。
 門番は、黒く長い髪と少しばかり陽に焼けた肌を持った、並の人間族――並人(ノーマ)の女性だった。

「連れの方がお怪我をされているようだ。緊急の手当てが必要かな? ギルドの仕事以外で事件に巻き込まれた、などということは?」
「そんなことには巻き込まれてなどこれっぽっちもないし、結構お世話さまさまだよ。こっちで必要な処置や治療は済ませてあるからね。あとは食って出して大人しく寝るだけさ」

 目も合わせず、憮然とした態度で答えるルーレイラ。

「そうか。くれぐれもお大事に。なにかあった場合はすぐに最寄りの衛士、または詰所まで」

 人形のような無表情の門番に見送られて、二人は門をくぐり市内に入った。

「なんだァ、あの”衛士”のねーちゃんが、気に入らねェんかよゥ?」

 門番に対するルーレイラの態度がやけにツンケンしていたので、気になったドラックが質問した。

「ふん、いつも真面目ぶって澄ましやがってさ。僕が中央通りの西横丁で飲んでた時に『立場のある冒険者なのだから、飲み方を少し弁えたらどうだ』なんて説教しやがって、何様のつもりだってんだい」

 ルーレイラは、街に一人しかいない「上級冒険者」である。
 過去の経歴やこなしてきた実績からそういう名誉ある立場に据えられた。
 本人は気にしておらず、場末の飲み屋でしょっちゅう泥酔し、店の片隅で寝ていることがある。
 城壁、及び門番の衛士は城壁に近い市内北部の治安活動も仕事のうち。
 へべれけになっているルーレイラの姿は、頻繁に衛士の目に留まるのであった。

「そりゃァ、お前さんが悪ィ気がするぜェ……」

 ちなみにドラックは中級冒険者であり、上級、中級、初級という階層の中は更に五段階に分かれている。
 ルーレイラは上級四等冒険者、ドラックは中級三等冒険者というのが正式な階位だ。

「ドラックまで、あの女隊長の肩を持つのかい。なんだって言うんだ。いいじゃないか、たまには羽目を外したって。僕だっていろいろあるんだよ、これでも」
「たまには、じゃねえだろが……そうかィ、あんなに若い並人で、門衛の”隊長”さんなのかよォ。まァ小隊長なんだろうけど、大したもんじゃねェかァ」
「ふん、どんな手を使って出世しているのかね。ああいう取り澄ました奴こそ、腹の中にはなにを抱えてるか、知れたものではないんだ」

 その後もルーレイラは悪態を止めることなく吐き続け、ドラックを家まで送り、そしてギルドの建物に向かった。
 ラウツカの街で、城壁のある北側とは反対側、南の港湾近くに冒険者ギルドの建物がある。
 城壁とほぼ同様の素材を使った白くまぶしい石造建築。
 鳥獣や草花の彫刻が壁面に描かれるなど、洒落っ気もふんだんに取り入れている。
 入口の門扉を押して開き、ルーレイラはギルド施設の中に入った。


 3 ギルドの受付嬢


「今帰ったよ! 良い子にしてたかな、リズ?」
「お帰りなさい、ルー! お疲れさまでした! よくご無事で!」

 ギルドの窓口に座っていた受付嬢が、席から立ってルーレイラのもとに駆けよる。
 リズという名の眩しい金髪を持ったこの女性、いやまだまだ少女のあどけなさを残した人物。
 彼女はこの世界、この国に地球から飛ばされてきた、転移者であった。
 本名をエリザベス・ヨハンソンと言い、リズは愛称である。

「本当に疲れたよ。それに、連絡が行ってると思うけのだけど」
「はい、足に重い怪我をされた人が、と」

 ルーレイラは街に到着する前に手紙をギルドに送っていて、今回の邪竜討伐の経緯や顛末がそこにはしたためられていた。

「しくじっちゃったなあ……彼の医療費は、僕の報酬から出すように清算してくれるかい?」
「いいえ、それは本人が帰って来てから話し合ってください。ギルドからルーに出す報酬額は、ちゃんと決まっていますから」

 花のように可愛らしいリズであったが、仕事には厳格であった。

「こういうのは、さりげなく払っておくからこそ恰好がつくんじゃないか。じっくり話し合えなんて、ひどいことを言うねえ……」

 しかしリズの言うことはもっともなことなので、ルーレイラもそれ以上食い下がらなかった。

「ところで、僕の留守中になにか変わったことはあったかい?」

 報酬等の手続きを済ませ、リズとルーレイラは揃って中庭に出た。
 雪が降らない土地とはいえ季節は冬である。
 花は咲いておらず、庭木も葉をつけてはいなかった。

「少しだけ。ラウツカの西の灯台から南西に船で行った先に無人島があるみたいなんですけど」

 リズが空中に地図を描くような動作で指を動かしながら説明する。

「確かにあるね。無人島って言うか、ただの飛び出た岩礁だよ。草木も大した生えてやしない。鳥の糞だけは岩肌にたくさん積もっているのだけれどね。畑の良い肥料にはなるかな」
「よく知ってますね。ですけどその岩山の中に、干潮時だけ入れる洞窟があるとかで、ギルドに探索依頼が出ました。誰も請け負わなかったので、別のギルドの支部に回してしまえって、支部長が」

 潮が満ちれば海水に没する洞窟の探索など、危険極まりない話である。
 ここのギルドの支部長が匙を投げるのも当然で、ルーレイラも呆れて口をぽかんと開けていた。

「あの島の持ち主、確か西隣の街の金持ちだったなあ……遊びに行ってイヤミの一つでも言ってやろうか」
「余計なトラブルを起こさないでくださいね。他の依頼もくれる、上お得意さまなんですから」
「わかっているよ。はあ、当ギルドの受付嬢は、しっかり者で実に頼もしく育ってくれたものだよ」
「ルーとお仕事をしていると、自然とそうなるんです」

 ふふふ、と少し意地悪な笑いをリズは浮かべて言い返した。

「ところでリズ、受付の仕事が終わったら夕食でもどうかな? その辺諸々の話もしておきたいし、いつもと違う飲み屋も開拓したいし」
「ええと、構いませんけど……」

 ルーレイラの誘いにリズは顎に手を軽く当てて、考え込む。

「どうしたのさ」

 ま、いいか、とリズは割り切って答えた。

「いえ、もう一人、実は先に誘われているんです。どうせならルーも一緒にどうですか? とても、カッコイイ方なんですけど」

 素敵な人からの誘いをすでに受けている、とリズのが言ったことにより、冒険疲れでやや沈みがちだったルーレイラの表情が、ぱあっと一気に晴れた。

「えええ? やっと、やっとリズにも春が来たのかい? よほどの良い男なんだろうね? そうでなければ僕が許さないよ!?」

 ルーレイラはリズがこの世界に転移してきてからの、良い相談相手であり友人でもあり、同時に半ば保護者のような存在である。
 右も左もわからない異邦人だったリズが仕事にありつき、一人前の自立した女性としてラウツカの街で生活基盤を整えられるよう、ことあるごとに面倒を見て来た。
 そのリズが良い人に巡り合ったというのだから、喜びもひとしおに見えた。

「ふふふ、楽しみにしていてくださいね」

 晴れやかな気持ちでリズはルーレイラと一旦別れ、仕事に戻った。
 さて、ルーはどんな顔をするでしょうと楽しげに想像しながら、夕方の業務終了までを務め上げた。


 4 門番、受付、赤エルフ


「リズ、いったいどうしてこうなったのかなあ……?」

 顔をひきつらせながら、ルーレイラは指定された場所でリズと落ち合い、素朴な疑問を口にした。
 リズと並んで、もう一人、並人(ノーマ)が立って、こちらを見ている。
 昼ごろに無駄な検問を自分に行った、門番衛士の女が集まりの場に来ているのだ。

「紹介しますね。彼女はフェイさん、北門衛士の」
「知ってるよ。一番隊の隊長さまだろう。ずいぶんと仕事がおできになるようじゃないか。暇な酔っ払いに飲み屋の入り口でイヤミな説教をするくらいにね」

 リズの言葉にルーレイラが割って入り、慇懃無礼な放言を吐く。

「あのときは路地や店先で不埒な行為がないか、見回っていただけだ。転属したばかりで、まだまだこの街の地理に明るくなかった頃だったしな」

 フェイと紹介された黒髪の女衛士は、特に表情を変えることなく、事務的な口調で説明した。
 仕事は終わったらしく、衛士の隊服ではなく私用の平服を着ているが、腰には警棒代わりの打撃鞭を提げている。

「とにかくお店に入りましょう? もうお腹ペコペコ」

 大きく育ってきた胸を弾ませながら、リズは二人を目的の店まで導くために、さっさと歩きはじめた。

「……いつ、リズと知り合ったんだい、きみ」
「貴殿が隣の国に冒険に出た、その次の日だったかな。商店街で出くわして、少し話した」

 不機嫌大爆発寸前のまま、ルーレイラはリズの案内する店に入った。
 黒髪の衛士女は、相変わらずの無表情である。
 楽しいのか、つまらないのか、表情からも言動からも全く読めなかった。


「キノコと木の実の鍋が名物なのか。肉料理も……あるな」
「ええございますよ。冬が明ければ『ニコミウサギ』が絶品なんですけど、今の時期は『一角鹿』の石皿焼きがオススメです〜」

 フェイは肉料理が好きなようで、店員に勧められるままにそれを注文した。
 入った店は『怨霊庵』という名の、メニューが豊富で価格も手ごろな、比較的新しい店である。
 三人ともこの店は初めてで、壁一面に掛けられてある品札を眺めながら、めいめい興味を引かれる食べ物を注文した。
 それより先にルーレイラは白ぶどう酒を頼んで飲み始めている。
 リズとフェイは温めた林檎の皮の茶を。

「料理が来てないのに酒ばかりよくそんなに飲めるものだな」
「ええ? そんなの僕の勝手だろう。飲みたいときに飲むさ。そのために働いてお金を稼いでいるんだ。文句を言われる筋合いはないよ」 
「別に文句を言ったつもりはないのだが」

 さっそくルーレイラとフェイは険悪である。
 リズはなにか思うところがあるのか、そのやりとりを微笑しながら黙って見ていた。

「ところで、隊長さまはうちのギルドの可愛い若手の受付嬢に、いったいどういう理由があって興味を持ったんだい? ハッキリ言うけれどね、リズにはなにも後ろ暗いところはないし、リズを探っても悪い連中と付き合っている情報なんて一つも手に入らないことを、他の誰でもないこの僕が保証するよ。ラウツカに一人しかいない、上級冒険者のこのルーレイラがね!」

 すでにルーレイラは出来上がっていた。
 酒が好きなだけで、別に強いわけではないのだ。

「そんなことを期待して話しかけたわけではない。そうだな、最初のきっかけは確か」
「フェイさんも私と同じで、転移者なんですよね」

 今まで黙っていたリズがやっと口を開いた。
 酔って理性を半ば失いかけているルーレイラだが、さすがに少し驚いて目を見開く。

「外の世界から来たのかい……そういう雰囲気がなかったよ。すっかり『こっちによくいる並人』の顔つきだ。服装も、髪形も、化粧の仕方も」

 ルーレイラはフェイがラウツカに配属された当初から顔を見知っているが、フェイが異邦人、転移者であるとはまったく気付かなかった。

「だろうな。もう八年……いや、九年かな? こちらに来てからそれくらいになる。最初は参ったものだ。言葉は通じるからいいものの、字が全く分からない。なんとか公用語の読み書きを多少なりとも覚えて仕事に就くまで、三年半はかかったからな」
「独学で、字の読み書きを三年半で覚えたのかい」
「独学ではない。こちらに飛ばされて来てから私の面倒を見てくれた老夫妻がいてな。教わった」

 心なしか、フェイが笑ったように見えた。
 異世界から転移してきた自分を保護してくれた老夫婦のことを思い、その話をするときに、フェイはとても優しく幸せな気持ちになるのだろう。
 その空気はルーレイラにもリズにも伝わった。
 そしてルーレイラは思った。
 ただの鉄面皮の無表情なだけの門番ではないのだ、と。

「私は、どうしてかこっちの世界に来たとき、話す言葉はもちろん、文字も最初から全部わかっちゃったんですよね。これが精霊って言う存在の、不思議な力なんでしょうか」

 フェイと違ってリズはこの世界に飛ばされてきた最初の段階で、話し言葉はもちろん、総ての文字、言語の読み書きに不自由しない能力を得ていた。
 それは地球からの転移者に与えられる「精霊の加護」とこの世界では呼ばれている。
 話し言葉に不自由しない能力は全ての転移者に共通して与えられるが、それ以外でどのような加護を授かるのかは、転移者によって全く異なっていた。
 少なくとも文字、書き言葉に関しては、加護のまったくない状態でフェイはものにしたのだ。
 並人にとっての三年半、決して短い期間でないことを、長命のエルフ種であるルーレイラだって知っている。

「きみも、苦労したんだろうね……」
「そんなことはない。老夫妻にはよくしてもらった。もうじき、この街に呼び寄せて一緒に暮らす予定だ。家ももう借りたしな。市内中央大通りの東だ」
「そこ、かなりの一等地じゃないか……親孝行だなあ……」

 ルーレイラが胸に抱えていた不愉快は、もう霧消している。
 それは酒の力のおかげか、はたまた額を突き付けお互い話し合ったゆえのことなのか。

「最初に会ったとき、フェイさん言ってたんですよ。ルーが時々酒場で酔っ払って寝てるけど、あれは危ないって」

 リズが複雑な表情で言った。

「危ない?」

 それにフェイが説明を続けた。

「いくら腕のいい冒険者でも、酔って寝てるときに物取りなどに狙われたら一巻の終わりだ。私の二番目の伯父、あ、ここの世界ではなく故郷の話だが。その伯父は酒場で酔っていた時に他の酔客と喧嘩をして刺された。そのときは死ななかったが、怪我が癒えないうちに流行病に体が負けて亡くなった。私が憧れるほどの、武芸の達人だった伯父が、あっけなく死んでしまったんだ」

 悲しげに、在りし日の思い出を語るフェイ。

「ルーは特に上級冒険者でしょう? 大金を持っているかもしれない、価値のあるものを身に着けているかもしれない。悪い奴はそういうことを考えるんだって、フェイさんは言ってますよ」

 リズにそう言われ、ルーレイラは、はじめて理解した。

「……まさか、心配してくれていたのかい? 僕を? 酔っ払ってクダ巻いて店先で寝てるような、どうしようもない冒険者を?」
「当たり前だろう。市民の安全を願わない衛士がどこにいる。そのために私たちは働いているんだ」

 はっきりとフェイは言い切り、その瞳に嘘や虚飾はなにひとつ混じっていなかった。
 ルーレイラは自分の誤解を恥じて、胸中の思いを打ち明けた。

「僕は……上級冒険者だからって、それを傘に着てお高く止まって行動するのが嫌いなんだよ。好きな店で飲みたいし、好きなところで暮らしたいだけなんだ。たまたま安居酒屋の雰囲気が好きで、ついつい飲み過ぎてしまうだけなんだ。そのために頑張って働いているのだから、少しくらい許してくれたまえよ」
「それにしても、限度というものがあるだろう。酒は快く呑むものだ。呑まれてどうする」

 飲酒論についてフェイもそれなりの哲学を持っているようでだ。
 二人はさらに言葉を重ねて続けて、その議論はきりがない。
 やりとりを見て、くすくす、とリズは笑い、こう締めくくった。

「ルーはどうでもいいことを喋りすぎで、フェイさんは必要なことを口に出さなさすぎです。でも二人合わせると、ちょうどいいコンビで凄く相性が良さそうですよね」

 一番年下のリズにそうお説教されて、フェイもルーレイラも気まずそうに苦笑いした。
 その日の夕食は、酒に酔っていても格別に美味しかったと、ルーレイラの思い出に永く長く残り続けた。


 05 眠らない街、ラウツカ中央西横丁


 店を出た三人。

「ところでフェイも異界からのお客さんってことは、なにか特別な力や知恵の加護を精霊さまから授かっているのだろう? もったいぶらずに教えておくれよ」

 酔って絡むルーレイラ。

「ん。別に隠して黙っているつもりはなかったが。そう言えば話してなかったか」

 明日も仕事があるリズは先に帰り、二人で二軒目の飲み屋を探している途中である。
 この横丁は飯や酒を提供する店が数多く並んでいるので、フェイも二軒目は少しくらい飲もうかと思っていた、そのとき。
 ドン。
 通行人の男たちに、ルーレイラがぶつかった。
 ぶつかったのは大柄な、茶栗色の髪とひげの男である。
 身なりからしてそれなりの人物、要するに金持ちか成り上がりに見えた。
 いわゆる、どこ見て歩いてんだこの酔っ払いが案件である。

「どこ見て歩いてやがんだ、この酔っ払いエルフが!」

 全く想定通りの啖呵を、ぶつかった男の取り巻が叫んだ。

「済まない、よそ見をしていた。悪気はないんだ」

 軽くフェイがそう言って、ルーレイラもその場を去ろうとするが。

「おいちょっと待てよ! 誰に失礼したかわかってんのか!」
「この方は、先のキンキー公爵が主催された武芸試合で、三位入賞された方だぞ!」

 取り巻きが騒ぎ立てる。どうやらすんなり解放してくれない様子だ。
 ルーレイラは酔い気味の頭が不愉快に覚めてしまった。
 今はギルドの冒険者証をたまたま身に着けていない。
 冒険が終わって着替えて洗濯した衣類と一緒に、家に置いて来てしまっている。
 権威や立場、肩書を盾にして物事を解決するのはルーレイラの好むところではない。
 しかし悶着の相手は、この国を治める公爵が開いた武芸試合で良い成績を収めた、いっぱしの武芸者なのだろう。

「いやいや本当に申し訳ない! ついついよそ見をしてしまっていたのだ、許してくれたまえよ! こんなつまらないことで騒ぎを起こしても、お互いなにひとつ得はないだろう?」

 腕っぷしでかなうわけはなかった。
 ルーレイラは上級冒険者であっても、戦闘方面に長けているわけではない。
 長年の経験から来る知識や魔法の力で仕事を成功させるタイプだ。
 入念な準備や魔法の道具がない今、一般人と同じだけの力しかないと言ってもいい。
 なんとか穏便にやり過ごしたいというルーレイラの懊悩や心配をよそに、フェイが何気なく、まったくの悪気なく、こう言ってのけた。

「三位か。それは残念だったな。次の大会までにもっと修練を積むのが良かろう。では失礼」

 その一言で、相手は明らかに頭に血を登らせたのだ。

「どこの馬の骨かしらんが、俺を愚弄するのか小娘が!!」

 そう叫び、相手はフェイの襟を掴もうとした。
 脅すつもりでしかないのか、明確に攻撃の意志があったのか。
 それはもう今となっては、わからない。

「ごぶぁ!?」

 掴みかかってきた相手の手をするりと躱し、フェイが相手の顔面に、右の掌底突きを食らわせたのだ。
 攻撃を食らった相手の体が、その一発で地面に仰向けに叩きつけられる。
 腰も背中も後頭部も、受け身を取る暇もないくらいしたたかに高速に打ち付けた。
 それほどの、速く強烈なフェイの掌底だった。霹靂一閃と言っていい。

「あご、あふぁふぁ、ふがふぅうう!!!」

 国で三位の名も知らぬ武人は、おのれの半分ほどの体重しかなさそうな、黒髪の女性に掌底一発喰らって、顎の骨が外れたようであった。
 まともに言葉が喋られない有様である。

「さて、二軒目はどこにしよう、ルーレイラ。貴殿の馴染みの店を教えてくれてもいいぞ」

 もがき苦しんで倒れた武人と、その周りで騒いでいる取り巻きを無視し、フェイはそう言ったのだった。
 その一件だけで、ルーレイラは精霊がフェイに与えた、武芸武術の加護の力を、十二分に思い知ったのだった。


「あんなに強いなんて、早く言っておくれよ……」
「別にことさらに言って回ることでもないだろう」

 二人は二軒目の飲み屋に入り、ゆっくりと酒を飲んでいる。
 今までルーレイラがフェイに取ってきた態度を思うと、背筋が少し冷たくなるほどの大立ち回りだった。
 ルーレイラは確信していた。
 おそらくフェイは、ラウツカのギルドに出入りしているどの冒険者よりも、今まで自分がこの街で見てきたどんな衛士、武人よりも強い。
 しかし当のフェイはなにを気にする様子でもなく、濃い味付けの干し肉をかじりながら、ちびちびと弱い酒を飲んでいた。
 ああ、こういう飲み方も、それはそれで良いのかもしれないな、とルーレイラは思った。
 肉は嫌いだけれども。
 話をしたり、黙ったりの時間が続く。
 これだけは言っておこうと、ルーレイラは思った。

「リズと仲良くなってくれて、ありがとうね。僕はエルフだし、元々この世界の生まれ育ちだから、彼女について寄り添えない部分がやっぱり多少はあると思うのだよ。きみがいてくれると、心強い」
「そうか。まあ、あの子はよく気が付く良い子だ。歳の割には少し、大人びているが」
「きみも、そう思うかい」
「ああ」

 付き合いの長い短いという差ははあれど、リズを思う二人の気持ちは似通っていた。
 そのリズを通して得られた絆を、フェイもルーレイラも、ともに大事にしようと思った。

「今日は、酔い潰れて寝てもかまわないぞ」
「おや、どういう風の吹き回しだい、隊長さま?」
「私が借りた家はすぐ近くだ。泊めてやる」
「ありがとう。じゃあわが良き友人に乾杯だ」
「ああ、乾杯」

 フェイは非番、ルーレイラは自主的に休みとして、二人揃って明け方まで飲んだ。
 二人とも酔い潰れて店で寝てしまったことは、フェイにとっての苦い思い出になった。
下間 悠 

2020年03月02日(月)21時37分 公開
■この作品の著作権は下間 悠さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
後日、おそらくよくある投稿系サイトに連載公開する長編作品のパイロット版、前?譚になります。
楽しんでいただけると嬉しいです。
ご意見ご感想、お待ちしております。
ある程度になったら長編の間にお邪魔するかもしれません。
そのときもよろしく。


この作品の感想をお寄せください。

2020年03月26日(木)13時41分 海山三川  +30点
今ごろになってからですが、面白かった。よかったです。
12

pass
2020年03月19日(木)11時27分 あおいしょう  +10点
読ませていただきましたので、感想書かせていただきます。

長編のパイロット版と考えたらこれは多分、的外れな指摘になるかと思うのですが、冒頭で出てきたドラックが、後半出てこなくてストーリー的に存在の意味があまりなかったのが寂しかったですね。
やたら巻き舌(?)っぽいのがなかなかいいキャラしてそうだったので、もう少し彼を見たかったです。せめて会話の中で彼を噂するとかだけでも出してくれた方が、短編としては形になりそうです。

描写よりも説明が多いのも気になりました。
邪竜との戦闘。飲んだくれて衛士に注意された話。リズが転生者であること。
これらは『説明』じゃない書き方もあるのでは、と思いました。

まぁ、邪竜との戦闘を描写すると仲間が怪我をしてるので、話を重くする可能性があるので、この短編の場合雰囲気にそぐわないかもしれませんが……。
ルーレイラが飲んだくれてフェイに注意された過去は、描写にした方が面白そうかなぁと思いました。

私ならこんな風に組み立てる、というのを考えてみますと……。

邪竜との戦闘で仲間を傷つけられたためにふてくされているルーレイラが、戦闘を回想しながら飲んだくれている。
そこにフェイが注意しに来てひと悶着ある。
という描写を冒頭に持ってきて、そこから『3 ギルドの受付嬢』につなげたいです。
ギルドに行く理由は帰還報告以外でもありそうですから。

そしてリズが転生者だという話は、地の文でいきなり出すのではなく、会話の中にさらりと出ていた方がスマートかなと思います。
なにか、こっちの世界のこととしてはズレたことを言ったりししたりして、「向こうの世界はこうだったのでつい」みたいなことを言わせてから、彼女は転生者だと説明する、みたいな。


と、色々描きましたが、険悪だった二人が仲良くなっていくストーリーはほのぼのしていて楽しめました。最後に結局自分も酔いつぶれちゃうフェイがかわいい(笑)

というわけで、この辺で感想を終わらせていただきます。
19

pass
2020年03月07日(土)20時12分 下間 悠  作者レス
>兵藤さん

毎度どうも! 
こちらの名前でははじめましてですが、細かいことは気にせずに!

会話サクサクは、やはり必要なことだと思いました!
丁寧な感想をありがとうございます!

本編もいつかまとまった形で長編の間に投稿します!
誰が読むかはわからないけど、またいずれ!

pass
2020年03月02日(月)22時55分 兵藤晴佳  +10点
拝読いたしました。兵藤です。

世界観と人物描写をするために書かれたものであれば、分かりやすいと思います。
長編の導入としては充分かと思います。

説明台詞をもう少し小分けにして、同じ情報が登場人物の会話を通して読者に伝わるようなドラマを全てのシーンで仕組むと、短編としての完成度が上がるかと思います。

楽しませていただき、ありがとうございました。
17

pass
合計 3人 50点


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