おはようございます
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 人と機械を明確に分けるものがあるとすれば、自由を奪うことだった。
 朝の六時に起きて顔を洗い、飯を食って着替えて身支度を済ませろ。
 その言葉には俺なりの気遣いも含まれてはいた。しかし、既に寝息は無く、覚醒していながらも目を閉じて動かない。
 ……一ヶ月、四六時中一緒にいたにも関わらず、染めた所を見たこともないのに根本から毛先全てが青い色をした長い髪。それが地毛であると強く肯定するかのような、全ての女性を蔑ろにしてしまうほどの美貌。もしも異世界なんてものが本当にあるのなら、彼女はきっとそこの住人だったに違いない。
 自分の布団を押し入れにしまう頃、壁時計の針は丁度六時を刺した。
 彼女はアラームも無しにぴったりと目を開け上半身を起こす。掛け布団を丁寧にどけて、洗面所へ向かった。
 水の流れる音とそれが弾ける音。僅か十秒で蛇口ハンドルが閉まる音がし、俺の元へ戻ってきた。
 彼女は濡れた顔を自身のシャツの裾をたくし上げて拭いていき、ガーネットの瞳を俺に向けている。
 マネキンに人間の皮を被せたんじゃないかと思うほどに無の表情で、何も言わず、何もせず、ただただ俺の隣に立つ。
「……初日【はつひ】、自分の布団はしまってくれ」
「どこへでしょうか」
「そこ。そこの押し入れ」
 細かく指示を出さなければ彼女は行動が出来ない。自主的な意思を出そうとしないのだ。
 そのくせ、やけに丁寧に布団を畳む。自分から畳もうとしたことがないというのに、俺よりも上手いかもしれない。
 都鳩初日【とばとはつひ】、それが彼女の名前だ。俺の母がお付き合いをしている男性の養子だそうで、その人が初日の面倒を見てやれる状況ではないために母が引き取った。
 俺が初めて彼女と会った時は……正直に言うと、凄く良い子なんだと分かった。本当の気持ちを無理矢理抑えつけて、昔の教えに従って何もしないようにする。それがどんな意味を持つのかまでは理解出来ずとも、彼女なりの抵抗として俺の側を離れないようにした。
 大袈裟かもしれないが、これが彼女のコミュニケーションなのだ。
「……」
 初日はまた俺の隣に立つ。母は夜勤でいない。俺達は二人きりだ。
 俺は台所へ移動する。朝食と弁当を作らなければならない。
「初日は何が食べたい? 材料は……あまり無いんだけどな」
「たくあん」
「え……ああ、分かった」
 ……十日前に買ったが、初日が冷蔵庫を開けた所は見たことがない。凄まじい記憶力に驚く。
 冷蔵庫から味付きのりとたくあんを取り出し、あらかじめ棚から皿を準備しておく。炊けたばかりの炊飯器の電源を落とし、米をほぐして冷ましていく。
 三角おむすびにのりを付けて、皿に乗せてたくあんを添えた。それをテーブルに置くと、初日は床に正座をして食べ始めた。
「待て!」
「……」
「あ、いや……悪い。インスタントだが、味噌汁もあった方が美味しいだろ?」
「舌を飽きさせない工夫は良いことです」
 初日は俺の指示を聞いてから一ミリも動かない。おむすびを持って止まっている。
 まるで犬のよう。いや、それよりは音声認識のロボットだろう。
 俺はすぐに汁椀に味噌汁の素とポットのお湯を入れ、箸と共に彼女の前に置く。
 テーブルの向かいに俺は座った。
「……あのさ」
 ……悩んだ。このままで良いのかと。
 俺は未だ止まったままの彼女に、視線を合わせずに話しかける。
「今まで、お前の自主性を引き出す為にあえて言わないようにしていた。顔はタオルで拭けとか、何かを食べたかったり飲みたかったりしたら冷蔵庫から取り出せとか、言いたくても我慢していた。なぁ、初日」
「はい」
「俺は……根は悪人だよ。世界に善意が無かったら迷わず人を殺してる。お前がこれ以上、人の道に行く勇気を持てないのなら、俺はどうなってしまうか分からないぞ」
「……はい」
 ……初日は、手のものを戻し、じっと俺を見る。
 そして唇を噛み締めた。
「今回だけ、今回だけ私の思いを聞いてくれますか?」
「言えよ」
「……私は時様に命令されることを嬉しく感じています。私は願いを叶える魔人でも、何かを引き換えに力を与える悪魔でもありませんが、独りにはなりたくありません。生きている者には肯定と否定、容認と拒絶があります。私が自己主張することによって相手が全てを受け入れてくれるはずがなく、可能な限りで適度に順応します」
「それで……?」
「ずっと……運命の人の隣に居たいんです。片時も離れることのないように。その為なら私は、時様の全ての望みを受け入れます。体も心も捧げて、魂で喜びを感じたい。時様を幸せにしたいんです」
 氷は……溶けたようだった。
 目に溜まった涙を煌めかせて、俺の視線から逃れるように俯く。
 俺に彼女を満たせるだけの価値があるというのだろうか。紳士であるように努めたが、彼女を慮った割合で言えば自分のことを考えたことよりも少ない。そんなもので良いのか?
 常に、裕福な家庭で優しく教養のある男の方が初日に相応しいのではないかと思っていた。親の期待を裏切らないために仕方なく俺に付き合っているとも考えていた。
 そのくだらない逃げ道を捨てて良いのか……?
「……だからって、お前は機械で良いのかよ」
「……だから。時様が私が人間である事の方が好みなら、私に思いつく限りの酷い命令をしてください。それで私が拒否を出来れば……自分が人間であると自信を持てます」
 彼女が俺と過ごす前にどのような環境に居て、どのような生活をしていたのかは知らない。知るはずがない。
 それでも彼女にとって、苦痛ではない範囲で俺の欲を満たせれば、全てが上手くいくのかもしれない。
 ……俺も、お前の自由を奪い取って人間になってやる。




 俺と初日は教室前の扉に着いた。そこで俺が止まるものだから、初日も同じく停止する。
「おはよう! 都鳩さんも」
 俺の横をクラスメイトの井田が通り過ぎた。俺は手を小さく上げて返事をするが、初日は見つめるのみだ。
「やっぱお似合いだなぁ古倉と都鳩。断言するぜ、都鳩を任せられるのはお前しかいねぇってな!」
「ああ、はいはい。勝手に玉砕してな」
 とは言っても、初日は井田に対して最低限の反応しかしない時点で望みは極限まで薄いだろうが。
 井田は教室へ入った。
「なんで立ってんの?」「分かりません」
 すぐさま俺たちのことを近くの席の楚園宮という女子に訊くが、もちろん分かるわけがない。
 俺はホームルームの十分前であることを見計らい、行動を開始する。
「初日、命令だ」
「はい」
「西垣に暴力を行い、ゲロを吐かせろ」
「了解しました」
 俺にとっては初日に対しての初めての命令。絶対に逆らってはならない言付け。
 初日はいつものように、優雅な足運びで、初めて俺の前を歩く。
 初めて……何もかもが初めてだ。
 問題の西垣は二人の友人を連れて、谷春という軟弱な男子にちょっかいを掛けている。ガリだのいりこだの干物だの、散々なあだ名で呼んでは反応が薄けりゃすぐ殴る。スポーツマンシップに欠けたボクシングのジャブで。
「と、都鳩さん……」
 谷春は欠けた前歯で笑ってみせた。やられっぱなしは情けないが、女の子に対して弱いところを見せないプライドは賞賛されるべきものだ。
 だが、西垣は友人の手前、容赦はない。初日の顔に触れるギリギリのところで連続ジャブをし、彼女をビビらせようとした。
「おっとこれはこれは古倉の情婦様じゃございませんか! 古倉はどうちたのかな? 俺に腕力で挑まない腰抜け偽善者は──ぐはぁ!?」
 ──初日の回し蹴りが炸裂する。清楚で優雅でお嬢様のような美しさ、だけど無表情で変人。そんな暴力とは程遠い女子が放った一撃は……西垣の腎臓へ的確に打ち抜いた。
 彼の体は隣の机三つ分を散らしながら飛んでいき、他に這いつくばるとすぐに胃の中のものを全て吐き出した。さらには股間からは血尿を垂れ流し、うめき声とえずきしか出てこない。
 これによって周囲の初日を見る目が恐怖と、勇ましさを讃えるものとなる。
 俺は遅れて教室へ入り、西垣の横に立った。
「くっせぇな。でもどうしたんだ? まさか、女なんかにやられたってのは無いだろうな? 男だもんな? 恥ずいよな?」
「うっ、ぐぅううううう」
 ……俺は用具ロッカーからバケツと雑巾を取り出した。




『花巻を言い負かせ』
 ……時様のご命令は私の胸の中を見透かしていた。
 私が望んでいたこと。したかったこと。許せなかったこと。全て理解しているからこそ出てくる言葉。
 機械でなかった場合の私の行動。私は今、人間の真似事をしている。
「聞いてんの初日!? なんだよその目はさぁ!」
 花巻に頬を打たれた。
 花巻。隣のクラスの女子。周りにはその仲間三人。
 五階にある無人の理科室で、私は隅に追いやられ囲まれていた。
「ああ、そうか。ハナ、こいつ古倉が居ないから何もできないんだよ。会話の出来ない障害者。ねぇ治療してやろうよ!」
「さんせー」
 取り巻き二人は笑っているが、私のクラスメイトである三沢は一歩下がって私を見ている。朝の出来事を目撃して、警戒している。
 私は花巻と目を合わせた。
「井田さんが私に求愛をすることがあなたに何の関係がありますか?」
「な、なんだって?」
「私よりも醜く太く丸い米みたいな顔の女よりも、私との遺伝子を残した方が良いと本能で動いているに過ぎません。あなたには最初から希望は無いんです。あなた……部外者ですよ?」
「う……うああああああああん!」
 花巻は私から目を逸らす。用が済んだようで、私は理科室を出た。
 扉の外には時様が待っていた。私の手を取って、一緒に歩き出す。
 私は彼に一言、言わなければならないことがあった。
「……おはようございます」
「今かよ」
「いいえ、そのままの意味で、おはようございます」
 時様。私に自由をくださり、ありがとうございました。
はらわた HfhvdLG/Y6

2023年10月27日(金)23時28分 公開
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