最後の壁
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 陽の光、鬱陶しく。
 歩む器に、何色にも容易く染まる清水の如き表情。特注の遺伝子と精神を見繕い、在らぬ神に等しき美しき娘。
 私こそは豪華絢爛。全てを手に入れし者。
 ですが……あえて細々と、落ち着いて……淑女として振る舞う。
「手映咲様、お車へ」
 運転手の冴木がごく一般的な軽自動車の後部座席へ案内するが、私はあえて微笑んだ。
 楚園宮手映咲【そぞのみやてえさ】はこの場合、どのような行動をするのだろうと、脳裏に刻まれた輝きは思考を盲目にさせる。
 そうだ。私は乗らない。義理の兄であり、最愛の婚約者、楚園宮狩縷が来るまでは……玄関前で和やかに待ちぼうけ、見飽きた景色にうつつを抜かす、真の淑女楚園宮手映咲だから。
 自由とは! なんと苦しいものか。この世の全てを手に入れ、この世の全てを味わないように、自らに枷をかける。
 狩縷は私のお気に入りのお人形。いずれ当主となり、世界を手中に収めようとも、結局は私のお膝元。どんなに持て囃そうが所詮はそこまで。
 好きな人も嫌いな人も、愛も恋もない全てを手にれた私は……意味もなく綺麗になり、無駄に行儀良く振る舞い、ただの複雑な機械である人間という肉塊に微笑みを与える。
 ……飽きた。
 私の胸の中を知れば誰もが失望するだろう。従わせることも、侍らせることも、ましてや触れることさえ叶わない頂点に君臨する楚園宮手映咲は、絶対の意思と折れぬ心により、永遠に人間が無価値であることを決定付けるのだ。
 誰か、私の力を越える者の誰かが、私に不自由を与えてはくれないか。
 ──大扉が開く。
「おまたせ手映咲さん。緋苗乃にまたあーだこーだと説教されちゃってさー」
 高校のブレザーに秋の葉が散り落ちる。意思を捻じ曲げ、気だるい腕を上げ、早る気持ちを冷まして優雅に彼の肩を払う。
「狩縷様、夜更かしも大概になさってください。朝食の中、うたた寝されては彼女も嫌気がさすものです」
「そうだね、ごめん」
「さぁ、空を眺めてください。今日も空は平和ですね」
 微笑を絶やさない私の面の皮の内側は、今日も太陽に憎悪を燃やす。
 眩しい、鬱陶しい。消してやろうか……?
 私ならすぐに消せる。しかし、これも不自由……どう対処するかで自身の品に磨きが掛かるというもの。
「さ、狩縷様。参りましょうか」
「そうだね」
 狩縷は無遠慮に私の手を引いた。




 視線が煩わしい。
 三大原色に則って髪と目をイエローにしたが、ただの人間如きにはそれが出来ない故の奇異の視線ならば分かりもする。しかし、所詮は祖先が猿か。この地球の猿はおっぽを立てる。
 科学も魔法も未熟では、永遠に私には追いつけない。文字通り私は全てを手に入れている。この調子では、地球が滅んで終わりか。
 教室には教師の書くチョークの音が響き、非常にうるさい。私はいつものように教師の思考回路を読み取って、書かれるであろうノートの内容を書き込む。……四秒。鈍ったか。
「……なぁ、手映咲。ノート写させてくれよ」
 隣席に座る男子の……ああ、困った。困ったことに、よりにもよって時君が話しかけてきた。
「無視するんだな。あーあ、俺は昨日は風邪を引いた妹の看病で学校を休んで、ろくに友達が居ないせいでノートも写させてもらえない。こんな可哀想なクラスメイトをよりにもよって楚園宮手映咲が放っておくなんてなぁ」
 私達が後方の席であることも相まって、声量を下げて話すものだから教師は全く気付いていない。
 このままでは私のイメージを傷つけるだけ。別に……良かろうが悪かろうが、不都合は一切ないが……。
「……貸さなければ、私らしくないというのでしょうか」
 有象無象ならばまだ耐えられていた。しかし……時君は根本的に違う。光と影で例えるならば、私が光で彼が物体。私の輝きに彼が当てられて、影を生む。
 私は光に連れ去られた。違う、私は光だ。全てを手に入れた者。私は器であったが、既に支配者のもの。私は楚園宮手映咲なのだ。
 楚園宮手映咲は狩縷を褒めちぎり、当主として永遠に神輿にしなければならない。それ以前の私がいかなる想いを持とうが、楚園宮手映咲は別物に対して仲良く出来ない。
 そもそも……私はヒロインになれない。
「別に、手映咲から手を借りなくても別の人から力を貸してもらうことは出来るさ。だが、これを機にお前と関わりを持つのも良いかもなってふと思ったんだよ」
「そんなもの必要ありません……」
 ……と、言葉とは裏腹に、私は自身のノートを彼に渡していた。
 「さんきゅ!」と彼はわざとらしくゆったりと写していき、僅かながら微笑を浮かべる。
 私とは別物だというのに……胸の鼓動は静けさを知らない。
 狩縷の頭の悪さに付き添って、何の変哲もない高校に付き合った。近所だからとこの高校に通う時君とは幼馴染の関係でありながら、私が突き離すがために他人のフリをさせてしまう。
 本当は……私……。
「手映咲はさ、多分だが狩縷のこと好きじゃないだろ」
 時君の鋭い指摘に私の視線は黒板から引き剥がされる。
「……何故です?」
「処女の匂いがする」
「……」
 普通なら……ドン引きすることは常識として知っている。しかし、私はその言葉の意味が特別なもので、死よりも尊重されるものである為に一蹴出来ない。
「真面目な話、お前がどんなに身を清めて狩縷の襟を正そうが、手映咲は一度だってあいつに甘えたことが無いだろ。正義感はいっぱしな男だがな、性質は俺と同じ悪だし」
「あなたと狩縷様は違います。狩縷様は……妹の看病なんてしません」
「おつきのお医者がいるもんな」
「そういうことでは……!」
 コンコン! と、教師が黒板にチョークを叩きつける。
「おーいトキぃ。楚園宮さんを困らせるんじゃない」
「へいへい」
 適当な返事をしながら私にノートを返し、肘をついて窓の外を眺めた。
 彼のノートは細かい字がびっしりと埋めてあり、読みやすさで言えば絶望的なのだが、字の綺麗さはダントツだ。
 比べて私は自分の読みやすさなど関係なく周りに分かりやすいように書いているだけ。楚園宮手映咲という完璧な少女の外面を作っているに過ぎない。
 親に恥じない子になる必要も、他人からの承認も、全く必要がない。これは生きることに飽きないようにするための枷。
 私が真心で好きな人とは絶対に結ばれない。その真実に耐えるための決まり。
 私は楚園宮手映咲だから。
「……あら」
 ノートの端だ。小さく文字が書き足されている。
『放課後 校舎裏にて』
 見間違うことはない、これは時君の字だ。
 ……何を企んでいる。まさか、私に愛の告白でもするつもりなのか……? 彼には既に二十人程の恋人候補が居る。その全てが私と同等の淑女であり、私よりも彼を愛している。ありえない。
 私はあくまで外見だけ飾る女。私の中身を知れば誰だって……。




 放課後を知らせる鐘の音と共に、俺は教室を出た。
「狩縷様、お先にお帰りください」
「えー」
 手映咲の明るい声を耳にし、その内容から確実に指定の場所へ来ることを確信した。
 ──楚園宮手映咲。楚園宮家は代々と受け継がれてきた富豪ではなく、突如として名を広ませた謎の一家。
 その全ての人間は大企業のトップであり、特に政治に関しては圧倒的な支持率により総理大臣へと昇り詰め、噂ではアメリカの裏では日本により植民地のような扱いを受けているとか。
 魔法でも使っているとしか思えないその圧倒的な強者であるはずが、楚園宮本家の一人娘『手映咲』はごく普通の高校へと通っていた。
 ……支配者だ。つい最近思い出したが、人間という生き物はこの地球以外の星にも生まれており、その中でもスペア星という所に人間の能力を極限まで進化させた永遠の命を持つ少女達が住んでいるらしい。
 その少女の体を器とし、支配者と呼ばれるあらゆる力の権化にして源であるその存在が入ることにより、無敵の存在へと変わる。
 俺もその支配者とやらの一つなのだが……自覚はない。今も俺は普通の人間でしかない。普通の人間でいい。
 赤焼けたアスファルトを避け、日陰に入りながら待ち続けた。
 コツ……コツ……。抵抗があるのだろう、影と共に非常に遅く手映咲はやって来た。
「まずは来てくれてありがとう」
「……私に、なんの用でしょうか」
 純粋な黄色の長い髪が風に遊ばれ、ビスクドールに生命を宿していることを物語らせ、シトリンの瞳にはうっすらと涙で濡れている気がした。
 改めて見ると、やはり、綺麗な心を持っている。
 断れるはずの頼みを聞き、付き人を誰にも来させず、どんなことを言われても受け止めようとするひたむきさ。
 誰にも出来ないし俺にもやれない。まず狩縷みたいな人間に微笑みを掛け続けることさえ難しいというのに。
 だから……俺は支えたくなった。
「楚園宮手映咲さん。俺と付き合ってください」
 胸は痛くなる程は高鳴らない。何の恥ずかしさもなく、素直な気持ちで言えたから。
 真っ直ぐな俺の気持ちを、真っ直ぐに受け取った彼女は胸を押さえ、刺繍の入ったハンカチで目元を拭う。
「駄目……駄目です……。だって! 私……汚いから!」
 それが遠回しなサインであることを見抜けないほど、俺は紳士として落ちぶれてはいない。
 彼女の細い手を取って、彼女に愛を誓った。
 今度の彼女は突き放すことはなく。静かに……静かに俺の胸に手を当てる。
 俺と彼女の影は混じり合い、陽は完全に落ちた。
はらわた HfhvdLG/Y6

2023年10月22日(日)15時25分 公開
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