夏歩き
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 ワンピースってオシャレ着で、緑のあぜ道を歩いていく。前を行く彼の背中は、わたしにはちょっと小さい。日傘をさしながら、クッションの効いたスニーカーで、サウナのような世界をてくてくと。
 アブラゼミが木立で鳴いている。ヒマワリは太陽にこんにちわしている。スニーカーは小石を跳ね上げる。
 少し日焼けした彼が、汗びっしょりで笑う。わたしは「なに言ってんだか」って顔をしながらも、けっきょくは笑う。
 話していることは「猫もくしゃみするんだ、それも可愛らしく」とか「クロールと平泳ぎ、どちらが効率的か」とか、そういうこと。
 おっきなペットボトルの麦茶をごくごく。でも、直ぐに汗となって出ていっているような感じ。アイスが食べたい。でっかい棒つきオレンジアイス。じゃなかったら、ジョッキ一杯のビール。

 急に車通りが多くなる。多いといっても数えるくらいなのだが、でもここでは数えられるだけ、多いのだ。
「自動車教習所が近くにあるからねぇ」
 彼はしたり顔で言う。
「どうしてこんな田舎にそんなのがあるの」
 わたしは何でか不思議に思う。なにか謎でもあるのか。ご利益があったり、猫バスが通ったり。
「そりゃさ、交通量も少ないし、田舎は人が良いし。仮免試験とか都合がいいからじゃないかな。観光にもなるからか、都会から若いのがじゃんじゃん合宿に来るよ」
「実益があるのね。ロマンがないなぁ」
 勝手に期待したわたしは、勝手にぶーたれる。
 それでも他に車はいないのに、制限速度を守ってのろのろ、おそるおそる進む車たちにわたしは微笑えましくなる。

「暑いなぁ」
「暑いねぇ」
 何度、ぼやいたか分からないフレーズをまた繰り返す。彼は彼なりに無い知恵を働かせたようで。
「そうだ、川辺を歩くのはどうだろう? 水があれば少しはマシになるかも」

 道を下っていく。決して甘く見たわけではないが、田舎のでこぼこ道は足にきつい。足腰が痛むほどヤワなわたしじゃないが、足の底、指先がじんじんと痛み出している。
「痛いよー」
「おぶらないぞ、ただでさえこっちは荷物持ちなんだから」
「けちっ」
「ほら経験経験、歩く歩く」

 川を真ん中に、一面の田んぼが開けている。美しい緑に栄っている稲の苗たち。光に溶けた緑は本当に美しく、その色の絵の具があればと思うくらいの瑞々しさがあった。と言いつつスマホでパシャパシャするのが現代仕様。
 川は水底が見えるほどではないが、太陽の光を透かした透明度があり、人によって整備された川筋を通っている。
 しかし、暑い。
 川からは涼感がなく、むしろ蒸し暑さが増したような。少なくとも、木陰のない田んぼの平たい道の日光の塊は、いただけないものだ。彼に文句を言うと、悪びれずこう答える。
「俺も勘が鈍ってきたのかな。久しぶりだからなー」
「もう、こっちはあなた頼りなんだからね」
「悪い悪い」
「頼らない方がいいのかしら」
「そんな殺生な、頼ってくださいませ、おじょーさん」
「お嬢さんって……馬鹿にしてるわね」

 日傘越し ふらふら歩く 田んぼ道

「のど乾いたー」
 ずいぶん前から、ペットボトルはからっからだ。
「文句ばっかり言わない」
「もう、いやー、自販機もないし」
 それどころか何もない。一面は田んぼ一色。
 それでも無理を言いたくなる。
「川からペットボトルに水汲んできてー」
「ばかっ、こういうので水難事故は起こるんだよ、馬鹿にするな」
「泳げるよー」
「服着たままと、海パン一丁じゃ勝手が違うんだよ」
「それなら服脱いで、パンツ一丁で水汲んでー、誰も見てないんだしさ」
「いやー、無理だよ。どうしてもというなら、言い出しっぺが」
「無理だよ、無理無理。乙女だよ! か弱いお嬢さんなのです!」

 あーだーこーだ不毛な論争は続く。次いでしばらく前から頭によぎっていた案を持ち出す。川であーだこーだは、むしろそれを効果的に提示するための前振りだったのだ。多分。
「それじゃさ、用水路に透明な水、流れてるじゃん。それ、飲んじゃおうよ。浅いし。なんか昔のドラマでありそうじゃない?」
 彼はつれない。
「それは昔だろ? ドジョウとかタニシがいたころの。今は農薬ばっちり入ってるよ。有毒」
「なによ、わたしたちそれで育ったお米を食べて生きてるんじゃない?」
「無理やり理論だ、それ。言うなら、アメリカのトウモロコシ食えるだろう? 農薬バリバリの」
「今の大量生産のトウモロコシは遺伝子組み換えだから、農薬そんなに使いません!」
 あーだこーだ不毛な議論は続く。
 用水路には、無情にも透明で冷たい、でも人には優しくない水が流れ続けていく。

 そうやってるうちに、救いがやって来た。雲がもくもくと湧いて、太陽を遮ってくれたのだ。なのに、彼は言う。
「まずい天気だな」
「涼しくなって良いじゃない?」
「いや、まずい。一雨来るぞ」
「なに言ってんの。さっきまでかんかん照りだったのよ」
「通り雨だ」
「通り雨って……」
「田舎の天気を甘く見るなよ!」
「都会暮らしで勘が鈍っている人に言われたくありません。あれ?」
 そうやってるうちにぽつぽつと日傘に雨粒が落ちてきた。それから雨避けに逃げる間もなく、ごうっと、土砂降りの雨が落ちてきた。もう、凄い、勢いで。ホースから吹き出すように。
 びしょ濡れになっている彼に気づき、慌てて日傘に彼も入れる。図らずも相合傘になったが、そこは小さな日傘。豪雨を防ぎきれない。わたしも彼も、両肩がびしょびしょに濡れる。せっかくのオシャレ着が濡れ濡れだ。肌にべったりと張り付く。
 もう、こんなんなら、いっそのこと。
「もう、いい! わたしの負け!」
 そう言って傘を放り出す。強雨をもろに体に受け、びしょ濡れでわたしは立ち尽くす。彼も立ち尽くす。いや立ち尽くしているのではない。雨を味わっているのだ。久しぶりの、待望の、水を全身で受けて、わたしはわーっと叫ぶ。その声は自分でもにこやかで晴れやかだ。彼もつられて、同じようにわーって叫ぶ。水が気持ちいい。水に打たれる若い稲も気持ちよさそうだ。
 そして、わたしと彼は、自然なことのようにキスをしていた。
 彼は、思いっきり楽しそうな顔をして
「なぁ、お前、面白いな」
「なによ」
「結婚しよう、なんか一生、楽しんで生きていけそうだ」
「えっ」
「結婚しよう」
「ちょっと待って」
「だめ」
「そんなこと言われても、もっとムードとか」
「この雨が止むまでに、返事して」
 わたしは恋人として、彼のふるさとの両親と顔合わせをする予定だった。だけども、ぼろぼろのびしょ濡れで面会するというとんでもないことになりそうだ。それどころかフィアンセとしてとか。いや。それはそれでロマンチック?

 突然の夕立、というかゲリラ豪雨は、十五分も経たないうちに降りやんだ。夕方の少し穏やかな太陽が、景色一杯に差し込む。二人にも。
えんがわ 

2023年07月23日(日)12時58分 公開
■この作品の著作権はえんがわさんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
ゆるりと


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2023年08月06日(日)12時12分 キホ  0点
えんがわさん、お返事ありがとうございました。

私も自分の書きたいことを優先して全く相手にされてないみたいな所あるので、とても気持ち分かります。
実際、だらだらと話をしてる感じを書きたかったんだろうなと思いましたので、嫌な気持ちにさせてしまうかなと心配もしたのですが、まあ一意見としてお伝えするくらいならいいかなと指摘させていただきました。

作者さんも読者も納得できるような小説が書けるようになれたら素敵ですよね。
読ませていただいてありがとうございました。
26

pass
2023年08月06日(日)02時06分 えんがわ  作者レス
>キホさん

雰囲気が伝わったようで嬉しいです。
だらだらしたのは、もう自分の癖になったのと、暑い夏の中でのゆっくりとしたダルさを出したかったからです。

もちろん、テンポの良いシャープな作品こそが、読者の求めているものだというのを、改めて痛感したところですが。

それでもたぶん、自分の書きたいものを優先させてしまう自分なんだろうなと思うのです。

なかなか書きたいものと、読者を読ませるもの、が上手いこと出会えばよいのですが、そうはいかないっすなー。

だらだらした中でも楽しい話へと成長させたいと思ってます。

ありがとでした。

pass
2023年08月05日(土)00時07分 キホ  +10点
出だしの情景がいい感じに伝わってきて、爽やかな雰囲気があって良かったです。
会話が少しダラダラしている感があったので、大事なシーンを切り出して構成をシャープにすると、読み手を飽きさせない文章になるのではないでしょうか。

31

pass
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