鉄槍の雨
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 世界は槍を降らせる恐ろしい暗雲に覆われました。
 つらいです。私のせいだって思うと。
 いえ、うすうすそんなわけがないと思っています。私は魔法使いでもなければ、そもそも魔法という概念が近代科学によって完全否定されている世界の一般ピーポー。生来、特に際立った才能もなく、開花もしてこなかった「凡」女の子です(とはっきり自覚しております)。
 でも、私、たしか願ったんですよ。
 七夕の日です。夜になって、お風呂に入って考えごとをしているときぐらいにだったと思います。
「あ、そういえばきょう、七夕じゃん」
 とロマンの欠片もない思い出し方をして自室に戻りました。七夕というめでたき日に、願い事を短冊に綴ればひょっとしたら叶えてもらえる……という日本人のみが有するせっかくの「権利」を行使しよう、というロマンチスト大泣きの思考をしていました。
 しかし短冊は用意してなかったので、てきとうな紙切れを探しました。それすらなかったので、三日坊主に放置した夢日記の白紙のページを開きました。
 いざ、というとき。欲しい言葉は浮かばないものです。納得のいく願い事はなかなか出てこず、部屋の風景ばかりをぼうっと見回してばかりの時間が当分続いていました。で、ちょっと前に書いた夢日記の内容を見返してみたのです。

『3月14日 ゲームセンターにいた。メダルおとし……うめだ先せいなんかいた。病院……外みたらや……ヤリの雨しかなかった……あびて気持ちい』

 夢を忘れないうちに書き留めようと急いだからところどころ読めない書き殴りで、当然だけど支離滅裂な記録でした。でも、日記につけておいたおかげでいまでも、その夢がだいたい思い出せるのです。
 私はその夢のなかで、猛烈な槍の大雨を浴びていたのを覚えています。真上を仰いで両手を広げ、ぐるぐると回っていました。すごく楽しい心地でした。夢ですから、痛くもありませんでした。

『織姫さんと彦星さん 槍の雨を降らせて』

 書いてみたとき、シュールに感じて笑っちゃいました。
 叶いもしないのに真面目に考えた挙句の願いが、ひどく頭が悪く世間知らずな箱入り娘のようで馬鹿らしい。ちょうど、夢見がちな女の子をひそかに素敵な存在だと思っていた時期でしたが、自分がそれに近づいているのを知ったとたん、憧憬は消え失せました。
 似合わないことはするものじゃない──笑い終わってから、ひとつ大人になった私は眠りにつきました。

 翌朝、知っての通り、外はえらいことになっていました。
 普段よりもどす黒い雨粒が勢いよく降っていると錯覚しているうちに、ニュースが告げたのは「鉄槍の雨」。長さの様々な槍の数々が街中に散乱し、自動車はマジックショーの箱のように乱雑に貫かれ、電線は千切れ、川は錆の茶色に染まり、砂浜では槍がわんさか刺さって針山の状態になっている。映像はそれだけでは留まらず、槍の雨に巻き込まれた人間の悲惨な姿までも映り込んでいました。
 一家全体は唖然として、リビングの食卓に並べられた簡単な朝食にほとんど手をつけることができませんでした。私も、弟も、父も母も同じように信じられない気持ちを共有していたはずです。窓の外の現実を見やりながら。
 しかし、しばらくして私にだけ別の気持ちがしこりとなって現れ出しました。

(これってひょっとして私のせい?)
 自分に対して問いかけました。すると、二通りの返事が届きました。
(そんなわけがないじゃない。ただの人間が起こせることじゃないよ)
 天使ポジションの意見です。

(そうかもね。だって私は昨日の七夕に槍が降ってこいって願ったんだ。そして今日現実になった。確実じゃなくても私のせいって可能性はあるよね)
 悪魔ポジションの意見です。

 私は受け止めきれず狼狽えて、いったん頭の片隅に置きました。
「美紀(みき)。危ないから、窓から離れてなさい」
「わからない。これって本当に現実なの」
 私の動揺に比べて母は案外冷静に感じました。
「お母さんだってわからないわ。いつ収まるのかしら」
「美紀っ。窓から手を離せ」
 父も、もうすでに現状を受け入れているようでした。
「お姉ちゃん危ないよ」
 弟までも──

 私はとうとう気分を悪くして自室に戻りました。机の上にうっちゃったままの夢日記が目に留まり、その信じられない願い事を急いでまっさらに消しましたが効果はないようでした。
 私が天の川に向かって投げた願い事はこの槍の雨とは無関係だったのか、それとも一度叶えられてしまった願い事を取り下げることはできないという契約でもあったのか、わからないことだらけで動揺がとにかく激しかったです。名づけようのない感情が心に吹き荒れて、ただただ不安で、いつしかそれは自然と自分をいたずらに責めたがる感情へと落ち着いていきました。
 金属が衝突したり、擦れ合ったりする音を聞き続けるのが苦痛で、ベッドで枕をかぶっても家のどこにいても悲鳴のように甲高い音が耳を伝って私の心身を蝕んだようです。

 私のせいだって思うと、つらい。
 私のせいじゃないよ。
 私が悪い。ぜんぶ、ぜんぶ。

 私のなかで何かがせめぎ合っているのを感じました。
 精神科にかかれば間違いなく異常と診断されるような症状でした。声が聞こえるもの。たった一朝にして、私は狂ったのです。
 部屋を出て、リビングでじっとテレビを見つめている三人の家族に告げました。
「外、いくね」
「どうして?」
 三人とも疑問の目を向けています。
「いくったら、いくから」
 なぜ言い残すような真似をしたのでしょうか。
 私はようやく玄関に向かいました。当然みんな引き留めにきます。
「美紀っ、待て」
「ちょっと美紀、どうしたの」
「お姉ちゃんなんで外に行くの? なんで?」
 しかし、語りかけてくるころには玄関の扉を開けて一歩あるけば「雨」を浴びるところでした。私はそのとき、目の前の景色に変な親しみを覚えました。

 一歩を踏み出しました。出かけるように軽やかに。
 雨はまばらなので、偶然無事でした。そのまま歩み出ていきます。でも、やっぱり無傷でした。背後から聞こえるやかましい声が自分のなかで薄らいでいき、噓みたいに、気分が変化しました。つらくて仕方がなかったのが、雨に流され、洗われ、とかされ、なんだか楽しくなってきました。少女のように、夢中に、その場で回って見せました。
 家がどっちにあるのかもわからない。上も下も感覚がなくて、地面に立っているのか寝ているのかもわからない。もう目の前の景色を形でなくって色でしか認識しなくなって、元の世界を失ったようです。その景色に強烈な既視感を覚えました。
 私の頭のなかは──やはり狂っていたので──空っぽでした。
 いま、何が起きているのかわからなかったし、どうでもよかったです。でも不思議と雨を浴びないのです。浴びているのかも、だけど感覚がないの。

 気がついたら隣町の公園のなかにいました。そんな気がしました。
 そこにはとっても広い池があるのです。普段は柵に囲われて入れないのですが、私はすでに内側にいて、しゃがんで、ザリガニを探し始めました。
 すでに私の左手に赤黒いアメリカザリガニが乗っていました。そんな気がしたのですが、なんだかデジャヴでした。ザリガニの爪が私の膝を引っ搔いたのが視界の端に映ったけど、痛覚はなかったです。

 気がついたらザリガニはどこにもいなくて、誰かが前にいる予感がしました。
 たぶん、知らない橋の真ん中です。きっと、私とすごく仲が良い男子だと思いました。話を聞いているうちに、告白されたんだと思います。やっぱりものすごいデジャヴでした。
「好きです。付き合ってください」
「まって、おかしい」

 私は声を上げました。
 なんで、突然知らない男の子に告白されているの。ここはどこ。なんで、景色がこんなにぼんやりしているの。周りには誰もいないし、何もないじゃない。私は何をしていたの。
 にわかに私の意識ははっきりとし出しました。
 楽しい気分は打ち消され、軽かった体が重たくなり、心もまた沈み出し、惨烈たる金属音が鳴り響いているのが聞こえ出す。視界に形が顕現する。そこには少年もザリガニもなく、ただ鉄槍の雨に侵される私の住む街だけが見えました。
 ふと思ったのです。
「わたし、なんで生きて……」
 声になって出ていました。
 そして頭上を見上げてみました。
 ちょうど私の背丈ぐらいの長さをした鋭そうな槍が、私目がけて一直線に降ってきました。今までさんざん当たってこなかったのに、これだけは当たるという予感が電流のごとく脳に走りました。

 脳天から貫かれ──私は死にました。

 そんな気がしました。
初瀬ソラ 

2023年07月19日(水)10時28分 公開
■この作品の著作権は初瀬ソラさんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
小説初心者です。ご助言があれば、どんなに微細なことだろうと喜びます。
──常体と敬体だと敬体のほうが書きやすい気がする。でも、常体のほうが物語の雰囲気を高められそうだし、難しいところ──


この作品の感想をお寄せください。

2023年07月25日(火)22時44分 初瀬ソラ  作者レス
 kanegonさん、ご感想ありがとうございます。
 お褒めの言葉のみならず今後進むべき道筋まで丁寧にご指導していただいて、自信とやる気が湧いてきます。

 小説のコンテストや新人賞にはすでにいくつか自作を応募していました。しかしどれも一次すら通らず、かすりもせずで、自分はきっと根本でつまずいているんだろう、核心がわかっていないのだろう、でもそれはいったい何? と嘆いていました。
「初心者」と言ったのはそのとってもうぶな惑いのためです。

 文章力なのか、シナリオ力なのか、見当がつかずに漫然とした気持ちで書き上げたのが今回の掌編『鉄槍の雨』です。他者様からのご感想をほとんど受け取ったことがなかったのでドキドキの投稿でした。

 他者の目から見て(と言ってもまだ一人だけど)文章力が問題ないというなら、きっと間違いないし素直に受け止めようと思います。そして、示していただいた指針にも、現状向こうの見えない霧中だったので従って、長めに物語を描けるよう練習したいと思っています。
 恐らくいけないのはシナリオ構成のほうな気がするので。

 なにより。自信をくれたのには感謝しかありません。
 ありがとうございました。

pass
2023年07月23日(日)23時11分 kanegon  +40点
こんにちは。『鉄槍の雨』読ませていただきましたので感想です。

文章がとても上手く、もうそれだけで掌編の間ではもうやることが無いという感じでしょうか。
その卓越した文章力で描き出された世界観も魅力がありました。
敬体で書いた文章も、この作品について言えばマッチしていて良かったです。
作者コメによると初心者とのことですが、本当に初心者なのでしょうか。文章というのは長年小説を書いていたからといってなかなか上手くなれるものでもないので、最初から上手いというのは必要なことだし、大きな武器でもあると思います。
これだけの実力のある方なら、匿名企画に参加しても充分に古参の実力者と渡り合えそうな作品を作っていくことができると思います。

本作品については、こんな感じで、特に文句をつける部分もありません。
ですが、強いて今後の課題を挙げるとしたら、ストーリーでしょうか。
本作品でも主人公の変化していく様子が描かれているので掌編作品としては充分ではあるのですが、夢と現実がないまぜになった感じの世界観は、悪く言ってしまうと、文章力のある人ならばフィーリングだけでそれっぽいものを書けてしまうものです。
こういう作品ばかり書いていると、掌編しか書けなくなってしまうケースもあるようです。
本作品よりも長い作品を書こうと思ったら、ストーリーの構築というのが課題になってくると思われますので、ストーリー構成というものを念頭に置いた上で、もっと長い作品にチャレンジしていただきたいです。
常体敬体に関していえば、本作品のようによっぽど創作意図がある場合以外は、基本的に常体で書くクセをつけることをおすすめします。

簡単ですが感想は以上です。執筆おつかれさまでした。

22

pass
2023年07月19日(水)21時18分 海風 廉 xBhIN9kyAM +50点
途中から主人公が少しずつくるっていくのが面白かったです。また槍の雨という設定も面白かったです。
23

pass
2023年07月19日(水)21時17分 海風 廉  +50点
途中から主人公が少しずつくるっていくのが面白かったです。また槍の雨という設定も面白かったです。
22

pass
2023年07月19日(水)21時17分 海風 廉  +50点
途中から主人公が少しずつくるっていくのが面白かったです。また槍の雨という設定も面白かったです。
23

pass
合計 2人 90点


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