君といつもの朝
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 温かいミルクの香りがするいつもの朝。朝食の仕度をする君の背中を、外から差し込む陽光が暖かく照らしている。忙しなく動き回る姿を見守る僕は、無意識のうちに頬を緩めている。あっという間に並んでいく朝食。焼き加減にこだわったトーストに、チーズとエッグが載せられる。
『君はいつも完璧だね』
 机の上の2つのマグカップを見つめて僕は呟く。旅行に行った時、君が気に入って買った有名なアニメキャラクターのマグカップだ。
『そんなの、当たり前でしょう』
 ようやく準備を終えた君が椅子に座る。指揮者がタクトを振るように、静かにスプーンでミルクをかき混ぜる。
『丁寧なところもいつも通りだ』
 僕がそう言うと、君は恥ずかしそうに、『そんなに見ないでよ』と言った。
 いや、言ったのではない。それは僕の妄想だ。君は僕の言葉には反応せず、無言で朝食を口にしている。

***

 僕と君の間に訪れたしばらくの沈黙。
 君が顔を上げて僕をじっと見つめた時、君の心の中ではどんな思いが巡っているのだろう。僕は変わらない日常の中に、君との過去の日々を想う。
『話したいことがあるんだ』
 僕はゆっくりと口を開く。
『もう、二人分の朝食は用意しなくて良いんだよ』
 ああ、しかし、この想いが君に伝わることはない。
『僕はもう居ないんだ。君は僕の居ない世界で、僕の居ない新しい生活を始めるべきだよ』
 君の瞳の中で薄っすら涙が浮かんでいるのに僕は気付いた。
 もしも出来る事なら、その雫を優しく拭き取ってあげたいと思う。
 もしも出来る事なら、この空間に音を発して、彼女の耳にしっかり言葉を送りたいと思う。
 もしも、今も僕が君と同じ世界に存在することが出来たなら。
ワタリヅキ 

2023年05月05日(金)07時44分 公開
■この作品の著作権はワタリヅキさんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
お久しぶりです。
ゴールデンウィーク、いかがお過ごしでしょうか。
約6年前に書いた過去作品を改稿したものになります。
お楽しみください。


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2023年05月06日(土)08時51分 ワタリヅキ  作者レス
ベール様
感想ありがとうございます。
死者の心をスケッチしたようなイメージで書きました。
伝えたいことが伝えられないというのは悲しいことですよね。

pass
2023年05月06日(土)01時23分 ベール Q30owsDo8A +20点
パートナーと幽明界を異にすると、実際もこのような感じになりそう。と自分もいずれは迎えてしまう時のことを考えさせられます。でもそうだとしても、この文章はどうして残っているのでしょう。叙述トリックの教科書的な作品を楽しませていただきました。
27

pass
合計 1人 20点


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