悪役令嬢(男)の受難の始まり |
<<一覧に戻る | 作者コメント | 感想・批評 | ページ最下部 |
生きていれば納得できない出来事はたびたび起こる。 どこかで聞いたようなそんなフレーズは、誰だって大人になるにつれ弁えてしまう。 訳知り顔で呆れたように他人は言うだろう。 大人になれよ。 何も知らないくせに。そう思うものの言い返すことは出来なくて、あるいはそれが徒労に終わることを知っている俺達はやっぱり訳知り顔で、心の中ではふてくされてつつも決まりきった言葉を紡ぐ。 分かりました。 けれども理屈で理解できてはいても、感情では我慢出来ないことってままあると思う。時には、「うるせぇばーかばーか! ばーーーーか!」とか大声で言い返したかったりするのである。 はるばる生まれ変わった異なる世界の空の下、十六歳を迎えたその日から俺の受難は始まっている。それがもう五日目ともなれば諦めが心を支配していた。 「よろしくってよ! よろしくってよ! おほほほほほほ!」 なかばやけっぱちになりながら目をつむり俺はそう叫ぶ。心の中にあるお城のバルコニーから、小さな俺が飛び降りたような気持ちだった。実際にいるのは宿屋の一室に過ぎないが。 窓辺に置いた椅子に座る俺を、陽光が背後から照らし出す。片手の甲を口元に当てたまま、目の前に佇む少女をのご機嫌を薄目を開けて覗き見た。 真白い髪を肩まで伸ばし、メイド服に身を包んだ彼女はその無機質な青い目で俺を見ていた。そうしてにこりともせずに奴めは言った。 「だめだめですね。やり直しです」 抑揚のない声が室内にひっそりと現れる。俺の心は泣きそうになった。何が哀しくて思いつく限りのお嬢様口調を真似ねばならんのか。 「何がいけないってんだよ。今のは完全にお嬢様だったろ? お隣さんだったエリーゼちゃんも、幼いながらにこんな感じだったろうが」 「はい。ですがそれではポンコツお嬢様感が拭えません。丸見え……いえ、すけすけです。もちろん、エリーゼ様がそうだったと言っているわけではありませんが」 「いや、言ってるんだよそれは……」 俺は自分の側に従う、唯一の侍従であるシロから目をそらしガラス窓の向こう側、表通りを歩く通行人達を目に止めた。 この界隈は王都だけあって裕福な者達が多いのだろう。女も男も誰もが小綺麗な服を身に纏っている。現代日本であれば街の中心部を散策するには派手に過ぎるファッションではあるものの、いわゆる中世ファンタジーなこの世界にあってはなかなかさまになっていた。 けれどもその中に女物の服を着て闊歩している男はいなかったしその逆もまた同じだった。 王様や姫や騎士やらが存在しているこの世界において、服装という奴は身を包むものという以上の意味をもつ。それは貧富の象徴だとか、役職を示すものだとかそういう感じのものだ。 だからお姫様は鎧を着ないし、王様は裸にはならない。女は男の服を着ないし、男は女の服を着ない。と、そういうことである。 けれども俺が着ているのはいわゆるゴシック調なドレスだ。たとえば深淵たる森の奥で、夜な夜な血で血を洗うような会合を開いている魔女達が着ている感じのそれだ。妖艶というよりは邪悪さここに極まれりという風体だった。 道を歩くこじゃれた連中を覗き見ながら、自らを飾り付けている服装に俺は思いを馳せ溜め息を一つつく。それから腰元まで伸ばした黒髪のウィッグを片手で弄りながら、五日前に別れた父親の姿を俺は思い出した。 両手を合わせて拝み倒していた父は、俺に女になってくれと言ってきた。 俺は身震いした。 けれどもその時同時に感じていた寒気は気のせいだった。 詳しく聞くと、十年前からこの国では女性主流の流れがやってきていたらしい。要職は次々と女性が勤め、そうして男の肩身は狭くなっていったのだと父は涙ながらに語った。 だから辺境の街の貴族、ヴェローラム家の長女として王国の学園に通い、傾いた屋台骨を建て直す方法を探ってこいとのことだった。どうやらそうでなくとも今の時代、女を輩出来ない家はそれだけで軽んじられるらしい。最悪どこぞの貴族に輿入れしろ、と言われた時は冗談かと笑い飛ばしたが、これか冗談ではなかったらしい。 はっはっは。ちくしょう笑えねぇ。 性別で地位が決まるのは如何なものかと、異世界にやって来て十六年過ぎた今もなおそう思う。けれどもそれが現実なのもまた事実。なんともやるせないものだった。 「……そもそもどだい無理な話だろ。男の俺がどこぞのご令嬢様みたいになるなんてのはさ」 「そんなことはありません。リゼルさま、いえ。リゼットお嬢様はお顔だけはご立派にご令嬢をなされております」 「ねぇ、なんでいま言い直した?」 二人きりの時くらいいつも通りに呼んでほしかった。けれども俺の問いかけなどどこへやら。もはやシロには言葉は届いていないようだった。 「えぇ、特にその切れ長の黄色い目など……ふふ、一目睨まれればそれだけで……ふふふ……ふへ」 常日頃から感情をおくびにも出さないその顔に、蕩けるような笑みが浮かんでいる。音にするならば、にっへっへ、といったようなありさまだった。あるいは、ぐっへっへ、なのかもしれない。 俺は身震いした。 きっとこの時に感じた寒気は間違いではない。正しくご令嬢を目指すものとして、貞操の危機を感じとることに成功していた。 「し、しかし、もう俺が知ってるお嬢様口調はほとんど試したしなぁ!」 大袈裟にいいながら、チラリ、とシロの様子を見ると奴はいつものように無表情だった。先程までの妄想に取りつかれた様子は微塵も感じられない。そこにいたのは間違いなく名家に仕えるメイドのそれだった。 「とにかく一刻も早くご令嬢らしい言葉を身につけなければなりません」 どの面で言いやがると俺は思った。 ツンデレしかしその実態は計算高かった系お嬢様。 お上品と思わせつつ実は暗殺者だった系お嬢様。 高飛車ポンコツだけど仲良くなればデレもあるよ系お嬢様。 今日は既にこれだけボツを食らってしまっている。ひとえに我が家のメイドたるシロの一声によって。奴めの趣味は勿論のこと多いに入っているのだろうが、本職メイドから見て不自然に写るという理由でそうなっている。 とはいえ。 とはいえ、である。どれだけ案を出してもボツ。身を切る思いでご令嬢っぽい口調を演じても、シロのお眼鏡には叶わない。流石に積もるものが出てきた俺は、その感情を言葉にする。あくまでご令嬢様を演じている体で。 声色も変えて、人の命なんざ毛ほども気にしてねぇ、と言うような雰囲気を醸し出す。 「シロ……お前には失望したぞ」 「……?」 これまで演じてきたお嬢様ご令嬢とは違う俺の口調に、シロは小首を傾げることで答えた。以前、おどおどしているお嬢様、を演じた時には鼻で笑われあしらわれたが、今の反応は見るに悪くない。 俺はこのまま傲岸不遜に言葉を紡いでくことにした。 「お前の主人は誰だ?」 「お嬢様……?」 「答えろ」 「は、はい。リゼット=ヴェローラム様でございます」 「そうだ、お前の主人は私だ。分かっているのならそれでいい。この羽虫めが」 前世の頃の日本には、悪役令嬢というジャンルがあったことを俺は思い出していた。そういうキャラクターを持つ者達は、大抵良い死に方をしないことで有名だった。 だからだろうか。一度死んだことのある俺は、死に繋がる可能性を考え、悪役令嬢系の口調を記憶の中から消してしまっていたらしい。 まぁ思い出したところで、この口調がシロに受け入れられるわけでもなかったろうが、呆気にとられただろう奴めを思えば少しは溜飲が下がるというものだった。 「お嬢様……」 「なーんてな! 冗談だ冗談。さすがに今のは無いよな! 分かってる分かってる!」 「いえ、それで行きましょう!」 「……は?」 こうして向かうことになる学園での俺の口調は悪役令嬢系に落ち着くことになったのだった。 |
ルナっていくよ 2023年01月20日(金)23時40分 公開 ■この作品の著作権はルナっていくよさんにあります。無断転載は禁止です。 |
|
この作品の感想をお寄せください。 |
---|
2023年01月22日(日)14時40分 | えんがわ | +30点 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
うーん。 話が動き出す前に、終わってしまったので、なんともいえないのですが。 なにかしら個性がないと難しい気もします。 長編にするなら、もうちょっとスローに丁寧に心理描写を入れても良いかもしれません。 たとえば、女装することに抵抗感があるとか、背徳感があるとか、 男性ならばスカートをはくこと自体に、すーすーするとか、色々と思うことがあると思うんです。 面白いと思ったのは。 シロさんのメイドの冷静沈着な感じと、主人公の等身大な感じが上手く出ているところー。 キャラが立ってる。 ただ、二人のキャラだけでは、一向に話が進まない気がするので、他のキャラをどう絡めていくか、そこが腕の見せ所だと思います。 全体としてはわかりやすく、テンプレっぽいけど、世界観もすんなりと入って来ました。 最近、沢山ある「令嬢もの」は殆ど読んだことがないのでわからないのですが、その中でどれだけユニークなところを打ち出せるかが、長編への課題な気がします。 味はけっこう美味しくて、あたたかいのですが、一つコクやスパイスが足りない気がします。 ただねー。こういうのあんまり詳しくないので、的外れだったらごめんなさい。です。 ではではー。
|
合計 | 2人 | 50点 |
作品の編集・削除 |