株式会社サンタクロース |
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フィンランド北部に、株式会社サンタクロース本店がある。そこにはヨーロッパ全土からサンタ志望者が集まり、稀にアフリカ、アジアからだとやっぱり日本人も志願する。 僕もそのアジア人、日本人の一人だ。 合格率は4パーセント。余りにも狭すぎるその登竜門は、夢で喰うことの難しさを教えるためだと言われている。トナカイを一年中さぼらずに、丹念に鍛え、飛行術さえ教えること。サンタが本当に必要な子をリサーチして、本当に必要なプレゼントを贈るのを考えること。稀に起こるサンタ同士の縄張り争い。 夢のあるブラック企業なのだ。サンタクロースって。 まずは集団面接だ。僕と同じ日本人三人に、面接官も日本の人。面接をする試験官は、僕らと同じようにサンタクロースを夢見て、そしてそれを実現した人なのだ。あのふわふわのレッドの恰好からも分かる。木目の美しい木造建築にパチパチと照っている火の粉。何だかドキドキする。緊張じゃなくて、何だろう、とても楽しみになる気分。それが面接官の優しい眼差しや建物の醸し出す上質な空気からだと知るのは、大分後になってからだった。 やはり面接となったら志望動機。まずは僕の右向かいのやけに顔の整った真黒なコートの青年。大卒組だろうか。 「そうですね。サンタクロースはまずは貧民の為にあるべきだと思うんです。日本のようなお祭り騒ぎじゃなくて、明日生きていけることを祈っているアフリカの飢餓の人たち、ヨーロッパでもトルコ移民たち、彼らに光を与えたくて、志願しました」 威風堂々とした言葉だ。どうしよう。僕なんてかないっこないぞ。どうしよう。それでも! 「えっと、上手く言えないんですけど。あのですね。僕が5歳くらいの時ですか。サンタさんに仮面ライダーフィギュアを貰ったんです。とっても嬉しくて、ずっと机に飾っていました。たまに恐る恐るふれてみたりして。翌年からお父さん、お母さんに、【何をサンタさんにプレゼントして貰うか伝言して!】って言われて、それはそれで楽しかったのですけど。好きなポケモンのソフトとか、ある程度、年を取るとゲーム機本体とか。その頃にはサンタさんなんか居るはずないって、父さんが買っているってわかってるのに。甘えちゃって。でも、仮面ライダーだけは違うんだ、あれは本物のサンタクロースからなんだよって。それを信じてここまで来ました」 すると髭面の面接官はニコリとして。 「うん、君はその気持ちさえ持っていれば、何時でもサンタになれるよ。大切にね。この想い」 それで受かるかなって淡い期待をしていたけれど、ああ、やっぱり駄目だった。僕と一緒に面接に落ちた大卒の青年は、山田と言って「なーに、今度は国連ででも一暴れやって見せますよ」なんて強がりを言ったりした。 山田と僕はそれぞれに夢を追い、時に励まし合い、山田は小さな町工場、ただしここでしか作れない独創的なパーツを作る町工場の一員に。今では係長まで上り詰めている。 僕は保育園の保育員になって、家庭を持ちそれなりに幸せに暮らしている。サンタになれなかったのは心残りだけど。保育員に成れたから、可愛くて優しい嫁さんと娘に出会えたんだ。 そして今年の冬。 保育園の中で、こんな話が舞い込んだ。 「どうしよう? クリスマス会。ただケーキを渡すなんて、殺風景で悪くない? なんかさ、誰かサンタさんになってよ」 もう猪突猛進で挙手して、ウキウキの僕をイメージできないだろうか? ああ、僕もサンタになれるんだって。 初めて思えたのは、去年の娘の4歳のクリスマス。サンタの代わりにプレゼントを買う。なんかすみっコぐらしのぬいぐるみらしいけど。これー、これーって言って何だか分からないうちに買ったけど、あのはしゃぎっぷりったら。今年はポケモンのぬいぐるみだって。ピカチュウって言ったかな。僕の子供の時、アニメもコロコロコミックも、ピカチュウで一杯で、それがまだコンテンツとして生きているのに感激してしまう。なんて気取ってみたが、あのギザギザのシッポとふくよかなホッペが良いんだよね。あの、すんごいカッコカワイサ。 保育園のクリスマス会。きよしこの夜をカルチャーセンターのオバチャンバンドが弾いて歌って。子供たちもあわてんぼうのサンタクロースを一緒に歌う。ストロベリーのおっきなクリスマスケーキをキラキラして眺める子供たち。そこで真赤な色とふわふわ白のサンタの恰好をした僕が、「ウィー ウィッシュ ザ クリスマス」なんて歌いながら、登場だ。僕がみんなのサンタクロースになれた瞬間だ。 まぁ、声でばれちゃって「せんせー」とか言われちゃったけど、それも含めて幸せだ。幸せは誰かを幸せにして、それに幸せが返ってきた時に、何倍もパワーアップする魔法の感情だと思う。だから「ありがとね」って言って、「センセーこそありがとう」という言葉を貰えたことがどれだけ、僕の心を揺さぶったか。 「あの時の面接官のおじさん、まだ元気でサンタクロースをやっていますか? 僕もちっぽけだけど、あの日の夢とは違うけど、それ以上に嬉しい気持ちでいます。何時かまた会いましょう」 そんなことを思った。 保育園、年末ということもあって、なかなか迎えに来れないお母さんもいる。クリスマス会の反省も兼ねて、帰りは7時を回った。娘はもう眠っただろうか。一緒にケーキを食べられなくてごめん。ローストチキンも食べられなくてごめん。一緒に歌って笑えなくてごめん。サンタに浮かれてたけれど、父としては失格だ。ごめん。 鉄筋のアパートの扉を開け、玄関口のクリスマスツリーに和み、だけどぐずついている娘を見て、「嗚呼」と思う。 ごめんねを十回繰り返して。「サンタさんは絶対に遅刻しないから、ピカチュウのぬいぐるみくれるよ!」とドンと胸を張り。何とか和気あいあいしかけて、娘が欠伸をして、寝る時間になって、保育園から借りたサンタのコスプレをして、押し入れに隠してあったプレゼントを枕元に置く。ごめんね、って言って。きっと世界中の沢山のサンタの一人として、僕も穏やかに眠りに落ちる。 翌日、娘は大はしゃぎだった。 待望のピカチュウのぬいぐるみ。でも実は娘はカービィのファンでもあった。スカイツリー前の東京ソラマチのカービィカフェ。その限定販売のビッグサイズのカービィが娘に抱きかかえられている。 添えられた見知らぬメッセージカードにはひとこと。 「メリークリスマス!」 「ねぇ、お父さん、凄い! サンタさん、凄いね」 僕は一呼吸して、跳びっきりに嬉しく、ちょっとだけ泣き声で応える。 「うん、サンタさん、凄い……ありがとう」 |
えんがわ 2022年12月18日(日)15時21分 公開 ■この作品の著作権はえんがわさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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2023年01月22日(日)14時47分 | えんがわ | 作者レス | ||||
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ありがとうございます。 読みやすい文章を心掛けたので、そう取っていただいて嬉しいです。 共感していただいて、嬉しー。 「少しだけ形は変わっても」夢は叶うもんだよ! って最近、思ったりします。叶えるには努力と情熱は要りますが、諦めるのはまだ早いと。 |
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