あなたと東武動物公園で
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 東京から埼京線で大宮へ。大宮からなになに線で春日部へ。春日部駅の発車ベルはクレヨンしんちゃんだったりした。パニック、パニック、パニック、パニック、たーたたたーたー。なんてね。そこからもう一つ、はんにゃら線で東武動物公園駅へ。駅前でのバスに乗らないで、思ったより長い動物園への道のりを歩いたのは、お金がもったいないからじゃなくて、あなたと一緒に歩きたかったからだよ。

   *

 日が高く、さんさんと照っているように見えて、それでもひんやりが勝る十一月の日曜日。うん、いわゆるデート日和なのだろう。でも、やっぱりカップルよりも親子連れの方が多い、そのなんか、だらけたムード。あなたは少し退屈そうに、なんだか無理やり口が尖るのを押し込めているような笑い方。そうだね、あなたはハリウッド映画を観たり、ディズニーランドでハロウィン仮装するような、二千円ちょっとでダイソーで買ったような仮装するようなのが好きな人だったよね。それをわたしが、「イルミネーションが綺麗なんだって、ほら、たまにはわたしのデートコースだって」なんて言って、連れだしたんだよね。だけど、そんなに嫌な表情が出るのを我慢しているのが丸わかりな嫌な顔をしないでよ。隠そうとしているのが辛いよ。あくびをしてくれた方がずっとさ。わたしだって釣られてあくびをして「ははは」って笑うからさ。

 あなたはぽつりぽつりと朝の電車でツイッターで漁った、日常のちょっと変なニュースをあれこれ話して、場を繋ごうとする。
 それで、とうとう、スマホを出して、「このネコのお昼寝動画がさ」なんて言い出して、わたしがさっと見て「あー、うーん、かわいーね」なんて言って、それでとうとう、あなたはスマホを出しっぱなしにして、あれこれ指でつっつき出した。その横にはフラミンゴがのんびりと片足立ちで毛づくろいをしていて、それがなんとも可笑しいのに、あなたは画面に夢中。わたしもわざわざそこから引き離せるようなカワイイ声は出せないし、わたしのフラミンゴを楽しむ表情に彼を引き付けるカワイサが伝わらないことを知っている。
 あなたはまた動物を見始めたけど、アルパカの赤ちゃんも、毛づくろいをするお猿のペアも、妙にこぶをプヨプヨさせるラクダもその眼に映ってないみたいな、なんとなく通り一遍の感想をつぶやく。

「わー、あの、ラクダ、こぶがプヨンプヨンしてるね。なんかこれじゃ砂漠を乗って旅なんて出来っこないねー」
「うん、ちょっとな、写真じゃ伝わらないから、動画でも撮っとくか? でも地味だから、そんなにウケないかな。いや、意外と、こういうのも」
「なんかさー、柔らかいのかな、食べると意外と美味だったりして」
「こういうのもいいのかもな。こういうのも」

 あなたは上の空で、わたしのことよりも、ツイッターを覗く不特定多数の「イイね!」ばかり気にしている。

   *

 あなたは動物園から離れ、園内にある遊園地なアトラクション、VR体験コーナーやジェットコースターで生き返る。楽しそうに、笑いかける。わたしは笑い返して、「ああ、アルパカを見る時に、あなたもこんな気持ちだったのかな」とちょっと思う。そう思うこと自体に申し訳なさを感じ、懸命に同じように楽しもうと頑張ってみる。でも、その肩に力が入った感じが、胸を張った感じが、わたしには辛い。それはちょっと苦手な友人との修学旅行での金閣寺のような、そんなコリを感じてしまう。感じたくないともがくと、余計に深く、入っていってしまう。

   *

 東武動物公園は秋から冬にかけて、この時期、夜間にイルミネーションを行う。公園の一部の庭園のような敷地に、池の水面だったり、桜だったり、花畑だったりを模した、電飾が輝き始める。少し冷たい蛍の強い輝きのような、赤、青、緑、黄。パッと電飾がつくと、あなたの顔もじわんと。スマホで写真を撮りながら、キリンのオブジェやハートのオブジェ、エレキトリカルに光る「とことこコースター」、子供が乗るようなライドだけど、を巡っていくあなたの顔は暗闇で見えない。だけど声に、弾みが減っていくのは、わたしにはわかる。ただ、なんか、有名人がプロデュースしたらしいゲートみたいなのを見た時は「おお!」と少し大げさに色のついた声だったり。
 でも、最後は。
「うん、思ったよりも良いんじゃないのかな。たまには良いよね。こういうのって長崎のハウステンボスが本場なんだってね。いつか行けるといいな。きみとね。今日はどうする? 遅くなっちゃったけど。泊ってく?」
 丁寧に笑いながら、きっと冷たい奴だと思われたに違いないけど構わない、断ってぼちぼちと電車で東京に帰る。
 あなたはスマホの中の動物園でのイルミネーションの画像で、友達とか良くわかんないけど、リアルの友人とか、ネットの知人とか、不特定多数の人とわしゃわしゃとコメント合戦をしているみたい。あなたが、今日、一番、楽しそうな瞬間だった。

 こう、思いたくない。わたしのはじめてのキスの相手だったのに、身体を許した相手だったのに、心ごと許そうと思っていたあなただったのに。

   *

 家に帰って、ただ一人。わたしもスマホを取り出して、惰性になった深夜の交換日記みたいなメールをあなたに出して、今日の思い出をスマホで振り返る。たまに動画があったけど、主に写真だったりするけど、そこにある空気は実にぎこちなく。あなたがぎこちなく合わせてくれたのも、わたしがぎこちなく合わせてそれを必死に隠そうとして隠し切れなかっただろうことも、あのカピバラやアルパカやお猿さんやホワイトタイガーを一緒に見ていた時よりも、鮮明に浮かんでくる。ああ、今日ももう思い出になってしまったんだと思いつつ、それは予想していたような一生の思い出に残るようなものではなく、忘れ去っていって、思わなくなる、思い出だと、ただそれを。
 いくつかの写真の後に、ふと出くわしたラクダの動画。身の丈よりも大きな、熊よりも大きなラクダがのっそりのっそりと。ぷるんぷるんとゼリーみたいにこぶを揺らしている。たまに折れそうなくらいにこぶが横に傾く。ちょっと笑ってしまいそうだったが、あなたの声はない。あなたはラクダに何も言わない。わたしもラクダに何も言えなかった。わたしはディズニーランドのシンデレラ城のキラキラに七色に輝く闇夜のプロジェクトマッピングも要らないし、長崎旅行とかちゃんぽんとかハウステンボスも要らない。ただ、あのラクダと、あなたと、あの空間で。

 わたしは泣かない。泣けるほどにセンチメンタルになれない。ただ、メールに、「わたしたち、なんというか、言いにくいんだけど、きっと、たぶん」なんて迷いながら、それでも迷わずに別れを決意していく。
えんがわ 

2022年11月20日(日)12時33分 公開
■この作品の著作権はえんがわさんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
https://www.youtube.com/watch?v=Ta8YrFk3tFg


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2022年12月04日(日)13時16分 えんがわ  作者レス
>シャーミさん

うん。
男と女まで一般化できる自信はないんですけど、「あなた」と「わたし」の価値観の違いを書けたのなら嬉しいです。

彼氏から見たら、けっこう普通のやり取りだったりして、「何で別れるノー?」ってなってたかも。
彼氏も決して悪い人じゃない感じにしたかったんですけど、そこらへんを伝えきれる自信はまだないです。

作中で彼女は別れることになりましたが、その先、これはこれでダラダラした関係を断って、新しい幸せを見つける門出になって欲しいというのが、自分のささやかな願いです。

pass
2022年12月03日(土)22時01分 シャーミ sbszQbmK06 +20点
 男は買い物をした後が楽しくて、女は買い物を選ぶのが楽しい。彼氏は彼女と触れることが好きで彼女は彼氏と居ることが好き……みたいな、昔聞いたことがあります。お互いの求めることはお互いの”無駄”であって、このすれ違いが愛を覚ましてしまったのかも。
 どうも。拝読しました。

 主観の彼女、作者のためにすごい分析をしたような思考じゃなくて、考えそうなこと、彼氏の見え方、ありそうですね。

 彼女は別れられてからも何年も引き摺っていくんでしょうね……いいことあるといいな。

 これで彼氏視点で見てみたら実はどちらも正当な意見を持っていたりしてね。ないか。

 執筆お疲れ様です。今右脳思考なのか全然分析できなくてすみません。でも良い作品だと思います。
16

pass
2022年11月26日(土)00時12分 えんがわ  作者レス
>金木犀さん

へへへ……久しぶり(ふふ)

って、まー、そういうのは止めといて。
これはコロナ前に東武動物園に行って、観光記みたいな感じで書いたものです。
メッセージ欄の動画も、デジカメ片手に自分が編集したものなのですよん。

「えんがわさんだしなあ」って褒められてるのか、あやされてるのか、なんとなく微妙な印象なんだけど、自分らしい文章を書ければいいよね。開き直ろう。


でも、この文章2人称なのかなぁ?
表面は「あなた」という言葉を沢山使ってますけど、視点は「わたし」彼女目線の1人称にしたつもりなんですけど。うーん、わからん。


自分の、二人称小説で大好きな本は、北村薫さんの「ターン」です。
あれは本当に甘く優しい二人称です。過酷なファンタジーを優しく包む筆致は、本当に凄いっす!

重松清さんは、恥ずかしながら、未読。というより、知りませんでした。
いつか本当に暇になったら手に取ってみようかな?


pass
2022年11月25日(金)23時47分 金木犀 gGaqjBJ1LM +10点
拝読いたしました。

二人称小説でしたね。
作家でご飯をみると、二人称小説が流行っているようなので、わりとそういう影響があったりしますか?


内容はオーソドックスだなあ、と思いました。二人っきりの時に、彼女そっちのけでスマホに夢中の彼氏に愛想をつかすお話だと思いました。楽しみにしていただけに、そんな彼氏の反応が本当に残念に感じたであろう様子がちゃんと描けていたと思います。


やはりえんがわさんはイメージが一貫しているときは、ちゃんと独自の世界観でしっかりとしたストーリーを書ける人なんでしょうね。これはえんがわさんの強みだと思います。

文章に味があるので、多少表現として気になる部分があっても、「でもえんがわさんだしなあ」ってなるのは、誰にでもそうなる芸当ではないと思いますよ。得してるぜ。


閑話。

二人称小説だと、僕は重松清のきみの友達がまっさきに思い浮かびますね。
主人公の結婚相手が語り手だと最後に明かされるんですが、そうした手法よりも、重松清の強みである重厚な人間の心理描写がこれでもかというくらい発揮されている作品でしたね……。

ぐりこが好きなんや。

執筆お疲れさまでした。
19

pass
合計 2人 30点


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