僕は今日、家出をした |
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バスがどこに行くのかは知らない。歩いていて見かけたバス停に丁度よくバスが来たから何も考えずに乗っただけだった。 『何時に帰ってくるの?』『夕食は食べるの?』『あんまり遅くまで遊び歩かないように』 何度も届く母からのメールに返信はしなかった。もう二度と家に帰るつもりはなかったからだ。僕は今日、家出をした。 普段バスに乗る事なんて殆ど無かったから、バスがどの様なシステムで運行されているのかよく知らなかった。乗車口の隣の小さな機械から切符が出ていたからとりあえず取った。降りる時、運賃と一緒に運転手へ渡すのだろう。 バスには僕のほかに乗客は居ない。夜10時過ぎの最終の便だからだろうか。あるいは田舎のバスに元々利用者なんて少ないのかもしれない。 「次は終点、終点です」 運転手が行き先を告げる。乗客は僕しかいないから僕に対して伝えられるメッセージと言ってもよかった。 しばらく走り見えてきたバス停の前で停車する。扉が開くが僕は座席に座ったまま動かない。ここで降りたところで何をしたらいいのか自分でも分からなかった。 「なんだ、またお母さんと喧嘩したのか」 アナウンスからそんな言葉が流れる。運転手が振り向いて僕に話しかけていた。 僕は返事をせず、窓の外をただぼんやりと見ているだけだ。 「早く帰らないとお母さん心配するぞ。また何回も連絡が来てるんじゃないか」 彼の言う通り、母からの電話やメールの着信が幾度かあった。 「さあ、もう帰るぞ」 そう言うと、バスはゆっくりと動き出した。 「今日のおかず、一つ貰うからな」 「運賃だろ? 分かってるよ」と僕は無愛想に返事をした後、「ありがとう、兄さん」と一言、聞こえるか聞こえないか位の小さな声で呟いた。 バスは夜道を走る。僕の短い家出はもうすぐ終わる。 もうすぐ、終わる。 |
ワタリヅキ 2022年11月20日(日)08時14分 公開 ■この作品の著作権はワタリヅキさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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2022年11月21日(月)22時11分 | ワタリヅキ | 作者レス | ||||
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>>壁のでっぱり様 ご感想ありがとうございます。 正直に申し上げまして、めちゃくちゃ嬉しいコメントでした。 特に海の小説については自分としては短い中でもしっかり書き込んだ作品でしたが、あまり評判が良くなくてがっかりしていました。 でも壁のでっぱり様のように、気に入っていただけた方もいたと知ることができてモチベーションが上がりました。ありがとうございました。 この小説では、大前提として家出というのは必ず失敗するものだというのがあります。 しかしそれでも少年は親への抵抗として家を出る。 失敗すると分かっていても、家を出ずにはいられない。 そんなニュアンスを込めたつもりです。 また近いうちに新しい小説を書こうと思います。 今後もよろしくお願いします。 |
2022年11月21日(月)21時57分 | ワタリヅキ | 作者レス | ||||
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>> 金木犀様 ご感想ありがとうございます。 いつも読んでいただき感謝です。 確かに伏線を入れても良かったかもしれません。正直、この話に伏線を入れる発想は全くありませんでした。 実は、作者の僕自身に家出の経験はないんです。 でもイタズラ電話はした覚えがあります。 通っていたスイミングスクールに電話して、電話が繋がったら「さいなら!」って言ってすぐに切っていた覚えがあります(最悪)。もう時効なので許してくださいね。 それはさておき、思いがけない再会というのは、本当は僕が心の底で望んでいることなのかもしれません。 自分の歩んでいる道は間違ってないよって言ってほしいのかもしれません。 |
2022年11月21日(月)02時54分 | 壁のでっぱり | +20点 | ||||
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初めまして、壁のでっぱりと申します。 海の人が新作書いてる! って思ったのですぐに読ませていただきました。 あ、すいません、掌編を一通り読み逃げして、一番印象的な作品だったので。 感想は残しませんでしたが、あれは共感性のある(ある意味では共感性というものがない)テーマがわかりやすく纏まっていて非常によいものでした。 あちらが「最愛の人に本音を打ち明けても理解されない、永遠に解消できない孤独」をテーマにしているのに対して、こちらは「思春期の矛盾や無力」さ「大人目線での言い方ならば成長」をテーマにしているように感じました。 作品自体は2枚という短さもあって、どことなく絵画のような印象でした。作者様の書くお話は雰囲気に浸る雰囲気小説のそれではなく、指向性のあるメッセージを伴っているように思えます。雰囲気がいいのでそれを楽しもうとすればそこで終わってしまうのですが……。 初読では主人公の年齢が気になりました。ただ、読み返すうちにその描写はいらないと感じるようになりました。理由は後述します。 このお話で秀逸だったのはラストの1文だと思います。 もうすぐ、終わる。繰り返しにしているのはただ余韻を残すのではなく「二度と帰らない」という決意をしたにも関わらず兄の運転するバスへ乗り込む矛盾。そして自分自身の決意を裏切り帰ってしまう弱さに対する絶望があったのではないかと思います。 最後の1文に重さを感じて読み返せば、作者様の表現したものが少しずつ伝わってくる、そんな味わい深いお話でした。 どこかに行くと決意するが、どこへも行けない。どこへも行かない。行き方もわからない。 自身の経験を重ねてみれば、自分にとってのこの主人公は、過剰な自信を自分で裏切り続ける、中学生のころの自分でした。兄からの暖かい言葉ですら、弱い自分を慰めているとわかるから感謝はしつつも悔しさが勝つのかな、とも。 子供の家出なんてさらっと読んでしまえばほほえましいものですけど、この小説からは等身大の悔しさ、やりきれなさを感じました。 初読で「主人公のイメージが……」なんてことを考えながら読んでしまったので海の時みたいにするっと話に入れなかったのが残念ですが、2枚のお話とは思えないほど楽しませていただきました。 初読でガッツリ引きこまれた海のお話の方が好きでしたが、これはこれでよいものです。 主人公にとってはバッドエンドですが、大人の目線では成長しているというハッピーエンドなんですかね……一生懸命な子供に対して上から目線でそんな感想を抱いてしまうのもちょっと嫌ですが。そんな風に曖昧なところも純文学的な感じで好ましいです。いろいろと考えさせられます。 また次回作も期待しています。駄文失礼いたしました。
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2022年11月20日(日)20時35分 | 金木犀 gGaqjBJ1LM | 0点 | ||||
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お疲れ様です。 たまたま乗ったバスの運転手は兄だったというオチでした。 なにかしらの伏瀬が欲しかったですね。 とはいえ僕も、小さな頃、なんとなく家出してました。僕は小さな頃から好奇心旺盛だったみたいで歩くのを覚えてすぐに色んなところに出掛けてたみたいです。親が驚くくらいの距離を一人で歩いて捜索願いが出て村の放送で居場所がわかったとよく親は、笑い話として話してくれました。僕は記憶はうる覚えなんですがね。あと悪戯電話をよく掛けていたらしいです。確かに適当に番号を打つと知らない人の声が聞こえてきて興味深いと思ってたような気がします。 あ、ワタリヅキさんは思いがけないところで大事な人と再会する話をよく書かれますね。素朴な嬉しさはいつも表現できているのではないかと思いました。 執筆お疲れ様でした。
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合計 | 3人 | 30点 |
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