マリナ 人魚姫の夜明け
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 マリナはハワイ群島沖の水底で生まれました。19世紀、中頃のことです。
 お母さんのトリタナは人魚の女王さまであり、マリナは「姫さま」とみんなから呼ばれて可愛がられ、幸せな日々を過ごしていました。
 マリナが5歳になった朝。トリタナは初めて彼女を海上に誘いました。
 水を通さずに見るお日様も、吹き抜ける風も、白い雲も弾ける波間も初めてのことばかり。
 何より彼女を困惑させたのは……。
「????」
 人魚は頭から〈言弾丸(ことだま)〉と呼ばれる音波を飛ばして水中での会話を行うのですが、大気の中では意味をなさないのです。
「!!?!??!?」
 一生懸命音波を飛ばそうとしても、空回りするばかり。
 その様子を見てトリタナは呟きました。
「あなたはいつか女王となる定め。そのためには陸人達と同じ〈言霊(ことだま)〉を学び、世界を見渡さなくてはなりません。まあなんとかなるでしょう」



 女王さまは多忙であるがゆえ、マリナに言霊を始めとした陸人の文化を教育する役割にはポセイヌスという人魚が手を挙げました。
 トリタナの妹で、マリナにとってのおばさまに当たります。
 マリナが10歳を迎えた、ある晩。ポセイヌスはかつてトリタナがそうしたように彼女を海上に誘いました。
「あなた、いつか旅に出るのよね。ならば歌ぐらいは身に着けていかなきゃね」
「うた? それはなんなのおばさま」
 流麗とまでは言えなくとも、マリナの言霊はずいぶん上達しました。
「ま、言霊の応用であり奥義よね。言弾丸なんかよりずっと尊いわよね」
「はぁ……」
「ま、黙って聴いといてね」
 背景は大きな満月でした。纏うオーラは白々と、周囲の星々を覆い隠すほどの圧威を湛えています。
 ポセイヌスは歌い始めました。


 黒の瞳とすれ違い あかあか祝いの花火はのぼる
 しばし夜空に揺蕩いて 炎の浮き橋かけにけり
 磯の真砂は尽きるとも想い焦がれる灯は消えず
 人をうらやみ言霊忘れ 
 漣前に涙燃え 鏡面向こうに泡と消ゆ
 星の景睨身に沁みて 永劫流譚に泳ぎ出で
 向かうところは天の原 ゆきてゆきてや花の宮


「……何かが見えたんじゃない?」
「すごくきれいな女の人。おばさまやお母さまより……でも、すごくかなしそうに見えて、わたしも……かなしくて……」

 マリナはそのとき、生れてはじめて、涙が頬をつたわるのをおぼえました。

「あれ? なんでこんな……」
「意志に霊力を持たせて心に直接届ける。それが言霊の真髄よ。使い方次第で如何様にも心を操れる、もしかしたら危険な力。学びなさい、あなたにはきっと必要なはず」
 ポセイヌスは続けます。
「ま、私もその力で陸人の男を何人も……ね」
「?」


 明くる日。マリナは歌で紡がれた物語について、群のおともだちや大人たちに聞いて回りました。
 それは陸人の童話作家が創り上げた〈人魚姫〉の物語。
 人魚の間でもとても有名で、誰かに聞けばその人の歌で聴かせてくれる。
『私ならどう歌う?』
 いつしかマリナはそんな風に考えるようになりました。
『あれ? でもこのお話、どこかがおかしい……』
 物語に向き合う内、その芽生えた疑問の正体に気づくのは、もう少し後のこと。


 マリナはいよいよ15歳を迎えました。
 そして今、旅立ちの許しを得るための試験に臨んでいます。
 彼女は海中深くで目をつむり、心を静かに保ちながら、自分が身を置く水の世界に体を溶け込ませるイメージを行っていました。
 やがてイメージが成ったと見ると、両手の指を二本立てて額に置き、強い音波を周囲に向け放ちます!
 音波は、広く配置された10人の人魚たちにぶつかり、跳ね返って、マリナに戻ってきます。
 そこから体のつくりを読み取って、その10人が誰なのか、どこにいるのかをすぐさま把握したのです。この技術は〈音域展開〉と呼ばれ、広い海の世界で群のみんなを守る女王さまには必須の素養です。

『見えた! サイアワハ! リルディーネ! 絶梅雨紀! ヘメルペ! ピーケッグ! 天嘩! 穂澄! ファラヘクシス! ティノープル! チャリティアナ!』

 次いで、マリナはその10人に対し、指向性を強めメッセージを含ませた言弾丸を一斉に飛ばしました!
『いつでもいらっしゃって!』
 受け取った10人の人魚たちは、気を練り、あらかじめ指示されていた言弾丸の文言を、やはり一斉にマリナに撃ち込みます!
 10人分の言弾丸を一身に受けたマリナは、『誰が何と言ったか』混ざらぬよう、その全てを言霊へと変えていきました。そして一気に海上へと上がります。
 そこではトリタナとポセイヌスが待っていました。
「聴きましょうか」
 トリタナは厳しい目をマリナに向けながら、しかしその言霊にはたくさんの優しさが含まれていました。
 だから、マリナは安心して報告を出来たのです。


「リルディーネ『代理教師は顔青く、心も体もぼろぼろで、己がおわりを感じたか、自国の旗で本拭う』」
「ティノープル『嘲弄三法小論法、晴れた天気に死地送り 嘲弄三法小論法、明日元気に死地送り』」
「ピーケッグ『ミルキーウェイオブザビーンに傅け。さすれば未来は啓かれん』」
「絶梅雨紀『天の南十字北の瞳の間の奥深い意義 黒き、しかしいづれ覚め赤き流の向かう先』」
「ヘメルペ『レヴィヤタンは問うた。我はなんぞ、光封じる樽か』」
「穂澄『燐光放ちおぼろに萌』」
「ファラヘクシス『鳳凰の おはしけるかの丘で 銃口くはへしかはりもの』」
「チャリティアナ『ドラゴンは問うた。我はなんぞ、星界よりの贄か』」
「サイアワハ『王子は疾く駆け 魔女は歯と腕八つ見せ 禍魚はいずれに御幸を抱きて』」
「天嘩『いざ讃えよいざ歌え 鰭持つ魚族の王のため たわむれ争い追いつ抜かれつ 鯨や鮫や怪獣どもに 襲われようが唯進め』」 


『姫さま、すっごーい!』
〈十人聴き(とにんきき)〉は完了。いつの間にやら例の10人の人魚たちがマリナを囲んでいました。
「みんな、ありがとう」
 マリナは深く頭を下げます。
「ま、私の教えならこんなもんよね」
 ポセイヌスは鼻高々。
『ごーっかく! ごーっかく!』
 彼女らは囃し立てますが、トリタナはその言霊に対し『合格』と返すことが、どうしても出来ませんでした。
(おそろしい子。15歳で十人聴きをパスするなんて。でも……)
 実力は認めても、心配せざるを得ないのが親心。
「音域展開、知覚センス、歌の披露。それしきのこと。私の知る外世界はそれしきで渡れるほど柔ではなくてよ」
『女王さま、せっこーい!』
「お黙り! さあどうなの、マリナ!」
 マリナは微笑みを浮かべ、手招きをしました。
「ではとっておきを御覧に入れましょう」
 

 海中で、マリナは右手の親指と人差し指をわっかにして目に当て、何かを探し始めました。
『確かあの辺に……居た!』
 すると彼女は、両手を『敬礼』のような形にして額に当て、力を込め始めました。
 ほかの12人の人魚たちは、固唾を飲みそれを見つめます。
 ただしトリタナだけは。
(まさかあれは……)
 刹那。マリナの指が力なくほどけると同時に、破壊的な音波エネルギーが、引き絞られた弩から放たれる太矢のごとく、水の世界に激震を与えながら鳴動猛々しく驀進し、遠く2海里ほど先を泳いでいたホホジロザメを直撃!
 彼は白目を剥いてひっくり返り、死んでしまいました。
『姫さま、やっばーい!』
「これはまさしく〈女王砲〉! いつの間に!?」
 トリタナの言弾丸がやかましく響きます。
「破壊的な音波の行使は〈鱗打ち〉に始まり〈木っ端返し〉へ進んで〈月海月〉に繋がり〈鮫肌爆砕〉へと至る……でしたね。私のはさしずめ〈姫さま砲〉でしょうか」
(おそろしい子! 此れほどのパワー、私がこの域に達したのは何歳の時だったかしら……)
 言弾丸から派生した音波の破壊的使用法があるゆえ、人魚同士の言い争いは時として命を懸けた論争にもつながります。
 人魚がいつからか言霊を、そこから派生した歌を尊ぶようになったのは同胞同士の諍いの歴史を持つゆえなのかもしれません。


「マリナ。わかってるでしょうけど……」
 トリタナとポセイヌスは、二人並びお説教の姿勢。それはすなわち合格の合図に他なりません。
「お姫さまには慎ましい態度が一番大事よ。間違っても姫さま砲の乱用は駄目」
「姉さまは女王砲の誤爆で陸人の船ひっくり返しちゃったものね」
「お黙り! あなたこそちょっと歌がうまいからとちやほやされて!」
「ま、才能を上手く活かしてこそ賢い生き方よね。聞いてる? マリナ」
「はい」

「あなたの才能って何かしら」

 質問の真意をマリナは理解していました。
 言弾丸と言霊を共に高い水準で備えている。
 その上でどういった個性を持ち、どんな将来を見据えているか。

「我が才の全てはあの方の背を追うためにある、と考えています」

 トリタナとポセイヌスは、少し困った顔をしたあと、笑顔を作りました。



 ことだまに返事がないのはいつぶりだろう。とはいえ、旅立ちの日を好天で迎えられたのは幸先がいい。
 輝ける太陽、吹き抜ける風、白い雲、弾ける波間。見慣れたようでどこか懐かしさを感じる。
 幼少の日。おばさまから人魚姫の物語を聴き、その時私はどういった人生を送るべきかを涙とともに悟った。
 その遺志を継ぐべきと。 
 物語について腑に落ちない点をずっと抱えていた。

『なぜ魔女は姫から言霊を奪った?』

 あれがなければ円満だったのに。
 私は二つの仮説を立てた。一つは『陸人は悲劇を尊ぶ変態である』という説。
 もう一つは『事実に沿っているが為そうならざるを得なかった』という説。
『事実は歌より奇なり』という陸人の故事を信ずるなら私は後者を支持したい。
 そこから導き出される一つの可能性。
『人魚姫と深海の魔女には実在のモデルがいる』
 当面はその調査を旅の目的としよう。王子様探しはその後でも遅くはない。
火桜 

2022年10月15日(土)15時49分 公開
■この作品の著作権は火桜さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
人魚はなぜ歌う?人魚は「人魚姫」をどう捉える?というテーマで書きました


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2022年10月16日(日)12時18分 壁のでっぱり 
 こんにちは、感想を失礼します。
 すいません、ちょっとカオスで自分にはついていけなかったです……。
 語り手が情緒不安低な三人称という印象を持ちました。
 序盤は落ち着いた童話調なので、読みやすく入りやすかったのですが、地の文に「女王さまは多忙であるがゆえ、」と固い口調が混ざったあたりでノイズのようなものを感じ、歌の歌詞を挟んだあたりで序盤の雰囲気と合っていないと感じ、その後の開き直ったような展開に振り落とされました。
 ホホジロザメのあたりや「女王砲」といったギャグっぽい描写が入っていることを考えると「結局これはコメディだったのかな?」と思うのですが笑えず……。
 初歩的なことで申し訳ないのですが、作品を通して読者にどう感じてほしいのか、ジャンルを定めてから書くともう少し安定するのではないかと……。
 申し訳ありません、途中からついていけず流し読みになってしまったので、点数評価は控えさせていただきます。
 では、失礼します。
24

pass
2022年10月16日(日)04時39分 神原  0点
こんにちは。

このお話、最後は「俺(達)の戦いはこれからだ!」に通ずる終わり方ですね。なので、続きがないと評価はしにくいかな、と。

人魚とローレライをごっちゃにしている気がします。わざと同一の存在にしたのかもしれませんが。

お話としては上で言っている様になげっぱなしで終わっている為普通です、が妥当な気がします。以上から私は普通です。を置いていきたいかな、と思います。では。


23

pass
2022年10月15日(土)20時27分 金木犀 gGaqjBJ1LM +10点
読ませていただきました。
マリナはとりま最強ですね。聖徳太子も真っ青なコミュ力とホオジロザメも一発で殺せる言弾丸がありますから。

人魚姫と魔女を探す、ということですが、精霊になった人魚姫を探すということでしょうか。
なかなか面白い観点だとは思いましたが、それゆえにこれだけで完結するとなると。なかなかもやもやしましたね笑笑
20

pass
合計 3人 10点


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