お隣さん
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 ボフ、と羽毛布団を叩く音の間から、目覚めを促す声が聞こえる。いまだ微睡みの中にいる僕は、冬に入ったばかりの冷気に身体を晒したくなくて無視をする。そうすると目覚めの催促は続くものだが、空気の抜ける音が楽しいらしく、起こすのはそっちのけで打楽器感覚で布団を叩き続けられる。
 リズミカルに叩かれれば微睡みも強制終了。決していい目覚めとは言えないけれど、二度寝をしようなどという考えは綺麗さっぱり消える。仕方がないから起きようとするものの、終わることの無い演奏は僕を解放させてくれない。
「おーい、サナ。起きてんなら……ってなるほど」
 ノックもそこそこに部屋に入ってきた青年の声。怒りの色に染まっていた声は、僕の状況を見てすぐに呆れへと変わる。ベッドに足音が近づいてきた、次の瞬間には思い切り布団を剥がされ、温まっていた身体が急速に冷えて思わず震える。
「ほら、起きれた」
「起きれたって言うか……なんというか。けどまあいいか」
 ズルズルと液体のようにベッドから這い出る。窓を開ければ、冬のかおりがする空気が部屋と僕の肺を満たしていく。
「起きたな。んじゃ飯だ、多分今日はうまく作れたはず」
「ありがとう、ツェス。着替えたらすぐ行くよ」
 足音が消えたのを確認してから、寝巻きに手をかける。制服に袖を通し、簡単に身支度を整えて食卓へと向かう。2人分の食事が並べられた机に着いて、目いっぱい息を吸う。焦げた匂いは……ない。うまく作れた、という言葉は本当らしい。
「待たせた、食おうぜ」
 その声を合図に食事が始まる。お隣さんの楽しげな会話をBGMに、食器の音だけが響く静かな食事が進んでいく。
 ちなみに味の方は、全体的にややしょっぱかった。けど塩加減が狂っていた初期に比べれば食べられるものが増えたし、成長している。
 そういや、とツェスが口を開いた。
「目の調子は?」
「良いよ。問題なし、むしろ楽しいくらい。そっちは?」
「おんなじ……とは言えないな。不安になる」
 曖昧な相槌を返して、会話終了。もとの静かな食事が終われば、もう家を出なければいけない時間だった。
「今日帰り買い出しするけど、何か必要なものある?」
「ん……あ、卵買ってきてくれ。今日はオムライス作る」
「オッケー、楽しみにしてる。行ってきます!」
 アパートの古びた階段を降り、もう一度深呼吸をする。閉じた目を開くと、たくさんのお隣さんが僕を取り囲むように”飛んでいた”。
 お隣さん──つまりは妖精のことだ。
 魔術と言われていたことがすべて科学という言葉に置き換わった現代に、こんなにもいたのかと思うほど彼らはどこにでも居る。いたずららしいことはあまりしないけれど、僕の周りをもの珍しそうに飛び回るのは嫌いじゃない。
「おはよう、お客さ……あら? 珍しい”眼”をしてるのね?」
 初めて見る少女のような妖精が僕の目の前で止まる。まじまじと僕の”眼”を見る彼女は、鮮やかな虹色の翅を震わせていた。
「妖精の眼を持つ人間なんて、珍しいわね? チェンジリングなの?」
「いや、僕は生まれも育ちも人間界。物好きなお隣さんと交換したんだ」
「ふうん……? 人間の眼を欲しがる妖精なんて、変な子と友達なのね」
「そんな僕も変だから、バランス取れてる」
 クスクス笑う彼女と別れ、改めて学校へ足を向ける。その間に、件のお隣さん──ツェスとの事を思い出す。
 数年前、探検で入った森で出会った妖精の男の子。
 かたや、人間界に憧れ、人間のものを欲しがった変わり者。
 かたや、妖精といったファンタジーに惹かれ、そういった物を欲した変わり者の僕。
 互いの世界に干渉し続ける方法は、それぞれの世界のものを持つことが大前提。
 それを知っていたツェスは僕と交渉した。
「互いの眼を交換しよう。そうすれば僕は人間界を、サナは妖精界をずっと見ていられる」
 眼の交換だなんてとんでもない交換を口にするツェスもそうだが、深く考えずに承諾した僕もどうかしている。子供は即物的なところがあるから、自分の望むものがすぐ手に入る、と分かれば飛びつくに決まっているけれど。
 そこから始まった交流は長く続き、人間界に紛れ込んだツェスと同居生活をしながら互いに望んだ世界を楽しんでいる、という訳である。
 
──けれど。
 契約とは代償がつきものだ。僕らのこの交換もある種の契約と見なされたのか、必然的に代償は受けている。
 妖精界と人間界。次元の違う世界で生を受けた僕らは、本来互いの存在を認識できない。というか、現代世界にはもう 昔のようにそういう視える人はいないし、仮にあったとしてもそれは小さい頃で終わり、成長とともにそれが幻想の世界であると強制的に分け隔てられる。
 つまり、「人間の眼には人間界のもの、妖精の眼には妖精界のものしか見えない」のが普通ということだ。
 小さい頃に交わした契約で、僕らは妖精界と人間界が変に混ざっている。だからなのだろう、僕の眼は妖精をはっきり映すものの、人間が混ざったツェスの姿をはっきりと認識できない。もちろん、これはツェスもそうであり、僕の姿をはっきりと見ることはできないということだ。
 昔は別にそんなこと気にならなかった。だって自分がずっと見たかった世界をずっと見ていられる、という喜びの方が大きかったから。
 けれど、今は。
「…………ツェスって、どんな顔してたっけ」
 初めての友達の顔を一生見ることができない。
 その辛さを噛み締めながら生きなきゃいけないという苦さだけが、胸の奥を支配していた。
幽 

2021年07月01日(木)01時45分 公開
■この作品の著作権は幽さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
妖精を混ぜた話が書きたかった
散文でごめんなさい。


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2021年09月14日(火)01時04分 幽  作者レス
BB様、はちす様

拙作を読んでいただき、ありがとうございます。
御礼を言うのが遅くなり、大変申し訳ありません。


自分で言うのもなんですが、独特な世界観の話しか書けないため頭を抱えていたのですが、とてもあたたかいお言葉をいただき、嬉しく思います。

最近新規のものを書いていないのですが、いただいたお言葉を元に自分なりのペースで書いていきたいと思います。
本当にありがとうございました。

pass
2021年08月29日(日)22時39分 はちす  +30点
拝読させていただきました。

物寂しい落ちも含めて楽しく読ませていただきました。
契約の代償としてお互いの姿が正常に見えなくなるというのも、アイディアとして面白いなと感じました。
言い換えれば、お互いにとって互いの存在は契約の代償となるほど、意味のあるものだったのかなと考えさせられました。

執筆お疲れさまでした。掌編の短い分量にも関わらず、ファンタジーと現代をうまく組み合わせた世界観がうまく表現されていたと思いました。
次回作も楽しみにしています。
3

pass
2021年07月06日(火)02時25分 BB  +20点
拝読しました。
設定が凄く良いなと感じました。
幽さんの作品は、独特の設定、世界観が構築されていて、毎回感心させられます。
ただ、それを読者に理解してもらう必要があり、それをどう説明するかが、難しいところですね。

今作も、その辺りの苦心が伺えます。なるべく説明的な文章を減らそうとするあまり、わかり辛くなってしまっているように見えます。

他の方から指摘のあった二点
「最初に出会えたツェスをなぜ見る事が出来たのか?」
「人間の眼には人間界のもの、妖精の眼には妖精界のものしか見えない」

実は二点とも作中で触れられていて、それぞれ

>現代世界にはもう 昔のようにそういう視える人はいないし、仮にあったとしてもそれは小さい頃で終わり……

>互いの世界に干渉し続ける方法は、それぞれの世界のものを持つことが大前提。

と説明されていて、破綻はしていないんですね。
ただ、その説明箇所が離れているため、読み取ってもらえない。

解消するには、例えば出会いについては

 幼いころには、妖精界が見える人もいる。僕がそうだった。ツェスと出会ったのも、そのころだ。

そしてその後、ツェスが交換を提案するセリフの後に

 人間の眼には人間界のもの、妖精の眼には妖精界のものしか見えない。けれど、交換することで両方の世界を見ることができる。

という風に構成を変えてやれば、誤認を防ぐことができます。

どのタイミングで、どの情報を入れるか、非常に難しいです。私もいつも頭を悩ませます。
今回、指摘があったことで、参考になったのではないでしょうか。

私も勉強させてもらいました。
5

pass
2021年07月04日(日)00時52分 幽  作者レス
神原様、ワタリヅキ様

まずは拙作を読んでいただき、大変感謝しております。ありがとうございました。

御二方の言う通り、設定に矛盾が多すぎるなと自分で読み返して痛感しております。もう少し設定等を練るべきでした……。今後の改善点として、常に心に刻んでいきます。

読みづらいものであったにもかかわらず、お読みいただき、また感想及びご意見もありがとうございました。

pass
2021年07月03日(土)10時14分 ワタリヅキ  -10点
こんにちは、ワタリヅキです。
描きたいお話は分かります。作りたかったプロットも理解できます。
しかしながら、御作は、独自の世界観があまりにも強く、またそこへの説明も不足している為、分かったような分からない読後感に陥ることとなります。
正直、非常にもったいないです。
なぜなら、この作品を読み始めた時の、一行目から物語の世界へ引きずり込まれるようなこの小説の始まりには、思わず心を揺さぶられるような素晴らしさがあるからです。

>>人間の眼には人間界のもの、妖精の眼には妖精界のものしか見えない

これがこの世界におけるルールですが、このルールが破綻しています。
当初の契約当時のことについては他の方も言及されていますが、さらに加えると、妖精の目を持った主人公は、逆に人間界のものは見えなくなるはずでないでしょうか?
作品を読むと、主人公は人間でありながら妖精の世界も見えるようになったように読めてしまいます。
本来は、もっと重大な変化が起きているはずではないでしょうか。
妖精の目になり、人間の目を持ったツェスが見えなくなったのならば、主人公はほかの人間も見えなくなるはずです。つまり、これまで通りの人間界での日常生活を送ることはほぼ不可能になることが考えられます。
どうして、主人公は学校に行ったり買い物に行ったりできるのでしょうか。
ツェスが見なくなったこと以上に、人間の友達や親、彼らが見えなくなったことへの辛さのことのほうがはるかに大きいのではないでしょうか。

と、いうように、先のルールは、そう簡単に説明を付けられるものではない、非常に難しい縛りのあるルールです。
もし、このルールを厳格に守るのであれば、目を交換した後、二人は常に一緒に行動し、目と身体の不一致をお互いに埋めあいながら生活しなければなりません。
また通常通りの生活は困難になることから、人と基本接しない、かなり特異な生き方を求められるはずです。

……そうなってくると、とても掌編で描ける世界観ではなくなります。
それを、この分量でまとめるのは、かなりの力量が求められます。正直、僕には難しいなと思ってしまいます。
そんな感想でございました。拙い感想で失礼しました。
8

pass
2021年07月01日(木)02時20分 神原  +10点
こんにちは、拝読しました。

まず通して思ったのが、最初に出会えたツェスをなぜ見る事が出来たのか? ツェスの方もです。

これを考えた時、目を交換しなくても相手とサナは両方とも妖精を人間を見れたことになります。

これが矛盾。

お話ですが、途中からネタバレしなくても最初からボフっと跳ねて遊んでいた妖精と言及してもいいかもです。

最初から読んで終わりにかけて何かしらの出来事がほしいです。このままだと現状を説明しているだけで終わっている様に見えます。、

最初に読んだ感覚で少し良かったですあたりかな、と思いますので少し良かったですを置いていきたいと思います。ではでは。
9

pass
合計 4人 50点


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