すぎた孝行
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「凄くいい、俺にはもったいないよ」
 ついひと月前に、親父が言った言葉。怒声ばかりの記憶のなかで、めずらしく温かい親父のせりふだ。
 そして、おれが覚えてる最期の笑顔だ。

 それから一週間も経っていない。大雨がザアザア降る音が、シンとした空間で目立っている。
 親父は生前、「おれの葬式はだれも呼ばなくていい」と言っていた。他人とつるまず人脈を作らなかった親父には友人がいなかったのだろう。
 けれど、ぐるりと親父を取り囲むように棺に花がいっぱいおさめられた。見てるか親父。参列してくれた人たちが、親父の周りを埋めるように丁寧に置いてくれたんだ。あんたはあんなことを言ってたけど、おれはこれが良かったと思うよ。
 親父の写真を真ん中にして、ロウソクを模した電球が横並びになっていた。そのうちのひとつが消えている。言うか言わないか少しだけ迷って、おれは葬儀場のスタッフに話しかけた。
 申し訳なさそうに、急いで明かりをつけてくれた。「よく気付いたね」と言う母に、「あれだと親父が怒るからね」と返す。何てことない三文字を口にしただけなのに、おれの目からはどぷどぷ涙が生まれていった。

 ああ、やばい。でももういいか。

 とにかくもう、些細な後悔もしたくなかった。涙で顔がぐちゃぐちゃになろうが何だろうが、あふれ出すものを止めるのはおれにとって親父への侮辱だ。いい大人のくせして、ジャングルジムから落ちた子どものようにわんわんと泣いた。

 火葬が終わって帰宅した。ひとりのリビングは随分しずかで、親父がいないとなんだか空っぽだ。親父のスマートフォンが、主の帰りを待っているように見える。テレビの真正面・親父の定位置に置いてある小さな棚の上で、ホコリをかぶった十年日記のとなりで。
 おれはそっと、そいつを手に取った。
「なァどうする、おまえ」
 もういないんだよ、おまえのご主人はさ。おまえ、ここに来てまだ一ヶ月なのにな。

――おれが引き取ってやろうか。

 側面のボタンを押して、ロックを解除した。買った当日におれが設定した、鉄人某(なにがし)に出迎えられる。懐かしいな。おれが中学生のころ、電車でいっしょに行った場所だ。鉄人が雨に打たれている。そういえばあの日も雨で、買ってもらったソフトクリームが濡れちゃってたな。
 親父の色が残るのはその待ち受けだけだった。機種を変える前はあんなにスマートフォンを触っていたのに、どうしてだかこいつにはほとんど遊んだ形跡が無かった。
 おれは必死に記憶をたどる。覚えているやりとりを、懸命にさかのぼった。
 けれど、どの場面でも親父は声だけだった。思い出の視界は全部おれのスマホ画面だ。
 そうだ。親父が携帯を変えたころおれは残業続きで、ろくに親父の顔を見ていなかった。たまに話しかけてきてくれたときも、忙しいからと適当に扱っていた。
 鉄人某に雫が落ちる。おれは自分の愚かさを呪った。

――凄くいい、俺にはもったいないよ。

 親父のことばが頭に響いた。ここ最近の親父との記憶で唯一、顔つきのせりふ。
 ああ、あのとき何の会話をしていたんだ。思い出せ、思い出せ――。

――父さん。新しいスマホ、どう?
――ああ、いいね。
――困ってることとかない?
――いや。凄くいい、俺にはもったいないよ。

 ああ。ああ。
 親父、親父。
 どの口が言ってんだよ。
 前のスマホ、六年前ので、使い勝手が全然違うだろうし、使いにくかっただろ。こいつが物語ってるよ。こいつ、写真ひとつ溜めてない。親父、写真好きだっただろ。カメラも起動できないくらいなら、なんで言ってくれなかったんだよ。

 ……ちがう、おれが言わせなかったんだ。おれが忙しそうに、面倒そうにしてたから。おれが気をつかわせたんだ。おれのせいだ。
 おれに負担がかかると思って、親父は何も言えなかったんだ。

 親父。
 ごめんよ、親父。

 *

「ねえパパ、お墓参りしすぎじゃない?」
「ああ、そうかもね」
 言いながら、父親らしき中年の男は花立ての水を替えた。持ってきたきれいな花をそこに挿し、今度は線香に火をつける。
「あ、また高い線香買ってる」
「ごめんな、変な親孝行してて」
「いいよ。お父さん、大事な人だったんだね」
「うん。極楽に行ってほしいんだ」
 線香の煙が、雲ひとつない青空へとのぼっていった。
無骨頸骨 

2021年05月26日(水)00時15分 公開
■この作品の著作権は無骨頸骨さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
こんにちは、無骨頸骨(ぶこつけいこつ)と申します。
もう来ないと申し上げたものの、もう一度だけ話を投稿したくてふたたび来てしまいました。申し訳ございません。

「すぎた孝行」、読んでいただければ幸いです。
途中まででも、とくに感想がなくても構いません。よくわからなかったらすみません。

よろしくお願い致します。


この作品の感想をお寄せください。

2021年07月04日(日)22時44分 零 
タイトルに引かれて、この作品を読みました。

とても面白かったです。

誰にでも起こりうる話で親近感(?)がわきました。

主人公の親父のスマホがいろいろなことに気づかせてくれていて、私もこの作品を読んで、色々なことを考えさせられました。

素敵な作品をありがとうございます!

これからも頑張って下さい。
7

pass
2021年06月07日(月)20時20分 BB 
拝読しました。
誰もがいつかは遭遇するであろう出来事で、身につまされました。

何気ない会話の中に紛れた「親父」という言葉を発した途端、涙が溢れるというのは、リアリティーがあって良かったです。
そのきっかけが、電球が切れているという、ある意味どうでもいいことというのも、巧いと思いました。
ぼんやり祭壇を見つめていて、ふとひとつだけ消えている電球に気づくさまが、目に浮かびます。

ただ、他の方も仰ってますが、「なんてことない三文字」というのが解りにくかったです。とても良いシーンだっただけに、勿体ないなと思いました。
ここは立ち止まって考える場面でもないので、

何気なく口から発せられた「親父」という三文字に〜

とはっきり書いた方が良いのではないでしょうか。

ラストの三人称は、あまり効果的になっていないような。
情景描写を入れて、もう少し俯瞰で見せたらどうでしょうか。

また、どうせなら最後にスマホを絡めて欲しかったですね。
19

pass
2021年06月03日(木)12時56分 無骨頸骨  作者レス
えんがわさま、こんにちは。
感想ありがとうございます。

人との別れは悲しいものですが、悲しいだけで終わらせたくはなくて、本作を書かせていただきました。


・これだけ豊かに登場人物の心をスムーズに伝わるなんて。
・心が動かされました。
⇒お褒めいただき恐縮です。えんがわさまの心の端に拙作が少しでも残っていれば、それだけで幸せです。


この度は素敵なご感想、ありがとうございました。

pass
2021年06月03日(木)12時52分 無骨頸骨  作者レス
表参道さま、こんにちは。
感想ありがとうございます。


・題材が非常に良かったと思います。
⇒ありがとうございます。恐縮です。
 「後悔」をえがくにあたって共感しやすい題材はなんだろう、と考えた結果今回のような話になりました。

・ですが、個人的にはもったいないという印象です。
 せっかく『親父』と口にするだけで涙ぐむ描写をしているのに台詞が平坦だったり、
 『親父』がスマホを遺したのにデータが何も残っていないのはもったいないという感覚でした。
⇒ご指摘ありがとうございます。
 台詞が平坦なのは喪主として冷静につとめようとしたからなのですが、描写が欠けていて伝わらなかったことに気付かされました。申し訳ございません……。

 親父のスマートフォンに何も残っていなかったのは、スマホをうまく扱えていなかったのが理由です。
 置物同然のスマホだと悟らせないように過ごした親父と、親父の死後にスマホを見て、何も無いことに愕然とする息子。それを書きたくて、親父のスマートフォンは空っぽにしてしまいました。
 親父のスマートフォンにたくさん写真が残っていたら、また違ったドラマが生まれて素敵だと思います。


・文章については良かったと思います。特に台詞回しが独特で印象的ですね
 ――いや。凄くいい、俺にはもったいないよ。
 などは『親父』のイメージに合った台詞だと感じました。
⇒嬉しいお言葉、恐縮です。
 自分のエゴを台詞に入れず、できるだけ登場人物の思考や行動原理に沿うような台詞を書くように心がけているので、本当に嬉しいです。ありがとうございます。


この度は拙作を読んでくださり、素敵なご感想までコメントしてくださって、誠にありがとうございました。

pass
2021年06月02日(水)11時39分 えんがわ 
寂しさの湿り気を帯びつつ、人と人のキズナというか優しさがバックにあって。

ハートウォーミングにすら感じつつ。

これだけ豊かに登場人物の心をスムーズに伝わるなんて。

凄いです!

心が動かされました。
17

pass
2021年05月31日(月)23時41分 表参道 LynesOLS3s
こんばんは、無骨頸骨さん。
表参道です。

すぎた孝行という題材が非常に良かったと思います。
親に良い物をと思い、実用的でないものを渡してしまう……というのは現実味がありながら、
なおかつ活かしやすい題材だと思いました。

ですが、個人的にはもったいないという印象です。
せっかく『親父』と口にするだけで涙ぐむ描写をしているのに台詞が平坦だったり、
『親父』がスマホを遺したのにデータが何も残っていないのはもったいないという感覚でした。

文章については良かったと思います。特に台詞回しが独特で印象的ですね
 ――いや。凄くいい、俺にはもったいないよ。
などは『親父』のイメージに合った台詞だと感じました。

最後に。
こんな感じでスマホ使えないけど、子供に言えない親って多いんだろうなぁ。

以上です。
執筆お疲れ様でした。

18

pass
2021年05月30日(日)21時53分 無骨頸骨  作者レス
金木犀様

こんにちは。読んでくださりありがとうございます。
返信が遅くなってしまい申し訳ございません。


・父親を思い、新しく買ったスマホに使った形跡が全くなく、過ぎたものを与えてしまい、こんなことならもっとそばにいて教えてあげればよかったと後悔している話かな、と思いました
⇒ありがとうございます。
 親孝行したいときにはもう親はいないよなあ、と思いながら書きました。


・葬式には誰も呼ばなくてもいいと言った父親の言葉に逆らい、多くの人を参列させ、何年経ってもあえて高い線香を買って父親を偲ぶ主人公の気持ちがよく伝わってくる話でした。
タイトル通りの話でしたし、期待を裏切らない出来でしたよ。
⇒嬉しいお言葉ありがとうございます。恐縮です。
 ネット上で「死後の人間が食べるのは匂いだけで、善行を行った死者は良い香りを食べる」という記述を見かけたことがあったので、いい香りのする高級な線香をあげることが故人を偲ぶことになると考えました。


・気になった点をあげれば、……いや、気になった点ないな。短い中で、簡潔に物語のテーマを書けているし、やはり実力のある書き手だな、と思いました。
⇒ありがとうございます、恐縮です。
 読み終わったあとにどんな読後感を持ってほしいかを考えて、それからテーマや話を作るようにしています。
 今回は「悲しいけれど、悲しいだけではない話」だなと読後に感じていただけたら幸いです。


・鉄人某←鉄人28号のことでしょうか。ちょっとわかりづらかったです。
⇒はい、鉄人28号のことです。固有名詞を小説のなかに入れるのを躊躇ってしまった結果、わかりにくくなってしまいました。申し訳ございません。


・三文字←親父、のことかな、と思いました。
⇒はい。「親父」の三文字です。
 親父の名前でもなんでもない、ただ親父を指すだけのなんてことない言葉、という意図で「なんてことない三文字」と表現させていただきました。


・一人称から三人称に入る描写は、ちゃんと*印もあったため、僕は違和感はありませんでした。
⇒ありがとうございます。



この度は拙作を読んでくださり、また嬉しいお言葉をコメントしてくださってありがとうございました。

pass
2021年05月30日(日)21時35分 無骨頸骨  作者レス
神原様

こんにちは。
読んでくださり、ありがとうございます。
返信が遅くなりすみません。


・おれはこれがの「これ」が何を指すのか分かりにくいです。
⇒「これ」というのは
・「おれの葬式はだれも呼ばなくていい」という父の言葉に逆らって葬式に多くの人を参列させたこと
・友人を作らず孤独に見えた父のまわりに多くの花が手向けられたこと

を指しています。わかりにくくて申し訳ありませんでした。


・これ、もしかして、おれはこれで良かったと思うよ。の間違いの可能性もありますね。
⇒ご指摘ありがとうございます。
「これで良かった」という言い回しそのものに「最善の策はあったかもしれないけれどこれで良かった」のような妥協の意味合いを持ってしまうかなと感じて「これが」にしましたが、いま読み返すと不自然なので「このほうが」などのほうが良かったかなと思います。


・指示語はもっと何を指すか分かりやすく記述された方がいいです。
⇒ご指摘ありがとうございます。気を付けたいと思います。


・≫何てことない三文字≪が何を指すのか分かりませんでした。
⇒わかりにくくて申し訳ありません。「親父」の三文字です。


・唐突に最後が三人称になっていて目が留まりました。通して一人称で書き切っても良かったのではないでしょうか。
⇒亡き父を大切に思っていることが第三者から見てもわかる、という表現をしたくて、最後だけ三人称で書いてしまいました。ご指摘感謝致します。


・全部読み終わった後、やはり指示語が多いなと感じます。出来るだけ使わないで書くようにした方がいいかもしれません。もしくは読んでいる人が間違わない程度には指示語が何を指すかきちんと書かれた方が良いです。
⇒ご指摘ありがとうございます。できるだけ使用しないように気を付けます。


・物語としては悪くなかったです。点数表示なしとの事なので、あえて点数を言ったりはしませんが。
⇒嬉しいお言葉ありがとうございます。
個人的な感情で恐縮なのですが、「評価してほしい」というより「目を通していただきたい」という気持ちのほうが強く、そして勝手ながら低評価は多少落ち込んでしまうため、点数表示無しを選択させていただきました。



拙作を最後まで読んでくださり、そして感想まで書いてくださり、誠にありがとうございました。

pass
2021年05月26日(水)05時41分 金木犀 gGaqjBJ1LM
こんにちは、拝読しました。

過ぎた孝行、読ませていただきました。

父親を思い、新しく買ったスマホに使った形跡が全くなく、過ぎたものを与えてしまい、こんなことならもっとそばにいて教えてあげればよかったと後悔している話かな、と思いました

葬式には誰も呼ばなくてもいいと言った父親の言葉に逆らい、多くの人を参列させ、何年経ってもあえて高い線香を買って父親を偲ぶ主人公の気持ちがよく伝わってくる話でした。

タイトル通りの話でしたし、期待を裏切らない出来でしたよ。

気になった点をあげれば、……いや、気になった点ないな。短い中で、簡潔に物語のテーマを書けているし、やはり実力のある書き手だな、と思いました。


・鉄人某
←鉄人28号のことでしょうか。ちょっとわかりづらかったです。
・三文字
←親父、のことかな、と思いました。
・一人称から三人称に入る描写は、ちゃんと*印もあったため、僕は違和感はありませんでした。

執筆お疲れさまでした。
またの投稿お待ちしています。
11

pass
2021年05月26日(水)00時46分 神原 
こんにちは、拝読しました。


≫参列してくれた人たちが、親父の周りを埋めるように丁寧に置いてくれたんだ。あんたはあんなことを言ってたけど、おれはこれが良かったと思うよ。≪

まず、上記ですが、あんなこと=誰も呼ばなくていいと言った事。これは分かるのですが、おれはこれがの「これ」が何を指すのか分かりにくいです。親父の周りを埋める様に丁寧に置かれた花の事だとは想像できます。

これ、もしかして、おれはこれで良かったと思うよ。の間違いの可能性もありますね。

これ、が

と、

これ、で

だともの凄く意味が変わってきます。「これで」良かったの場合。参列者が来てくれた事を指す言葉になるからです。

指示語はもっと何を指すか分かりやすく記述された方がいいです。


≫何てことない三文字≪

これが何を指すのか分かりませんでした。


唐突に最後が三人称になっていて目が留まりました。通して一人称で書き切っても良かったのではないでしょうか。

全部読み終わった後、やはり指示語が多いなと感じます。出来るだけ使わないで書くようにした方がいいかもしれません。もしくは読んでいる人が間違わない程度には指示語が何を指すかきちんと書かれた方が良いです。


物語としては悪くなかったです。点数表示なしとの事なので、あえて点数を言ったりはしませんが。

これからもがんばってください。


______________

前回はすみませんでした。おかえりなさい。
22

pass
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