レモン
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 週に二度も無断で欠席をするのは初めての事だった。高三の初夏。クラスメイトは進路やら、模試やら、授業間の十分すら惜しいとばかりに話し込んでいる。私もあんな風に切磋琢磨できる友人の一人でもいれば良かった。そうであれば学校に来たいと思えたかもしれないし、明日の体育祭だってフケってしまおうなどとは思わなかったかもしれない。まあ、十七年間こうなのだ。十分程度の孤独、なんてことないとも。そう思えれば週五日の学校にも、明日の体育祭にも耐えられたのかもしれない。
 しかし私の心はそこまでタフではなかった。丁度一年ほど前から増え始めた欠席に親も教員もすっかり匙を投げてしまったようで、近頃では連絡を入れずとも指導すら入らない。「なぜ学校を休むのか」という質問に「欠席した分のノートを取らせてくれる友人が居ないから」と答えたのが不味かったのかもしれない。進路も模試も私にははるか遠くの壁のように見えていた。
 もともと良くはなかった成績は繰り返す欠席のために急降下した。これ以上休むべきじゃない、と感じるのは考査や面談の前後、そして取り損なったノートを前にした時だった。正確にはノートは『撮って』いる。板書の習慣をなくしたのも丁度一年ほど前だった。前回の授業の内容を思い出すために、孤独な十分を潰すために、普段はスマホに保存した数回分の板書を眺めるのだが、生憎ここ二回の現文は無断欠席で『白紙』だ。現文の蓮川は几帳面な女性で、いつも授業の始まる五分前には教室に現れた。きちんとノートを取っていれば授業間に予復習をする優等生と認識されたかもしれないが、スキマ時間の有効活用などというのは隙間以外の時間を有意義に過ごしている人間にだけ許された言葉だった。
 よりにもよって前回から読み始めたらしい小説は『檸檬』だった。まずは一読すべきかと蓮川の指示をシカトして冒頭から目を通す。カビ臭さすら感じる文章が私の気分を落としていく。なんだレモンエロウって。読みにくいったらない。蓮川は放任主義のようで全体の進行に支障がない限りはノートの端の落書きも堂々とした居眠りも特別叱りつけはしないタイプだ。モタモタと読み進めようやく爆弾が設置された頃には授業はもう十五分程しか残っていなかった。
 一度物語から離れると六限の日差しが意識を刈り取りに来た。古めかしく、小難しい小説でも読んでいる間は意外とのめり込めるもので、暇になった途端に意識が揺らぎ始める。常からのくせで壁の分針を眺めつつ睡魔を追い払う。あと十五分。あと十五分!愉快だ。七限の体育は明日に備えてエスケープの予定だった。金曜の体育祭も不参加のつもりなのであと十五分で週末がやってくる!
 心が踊りだし、やはり真面目に授業を聞いてみようかという気になってくる。
「その日私はいつになくその店で買物をした。いいですか、普段とは違った行動が主人公の気持ちに変化を与えます。きっかけに注目して線を引きながら読んでみてください。」
 という事だったので試しに教科書に線を引いてみる。ただし買物そのものが『私』の憂鬱を払ったようには思えず周辺の檸檬についての記述に片っ端から印を付けて回った。
 次いで『私』が以前から好きだった檸檬の特徴と新たに好ましく感じている点について説明が始まった。さっぱりとした気持ちだった。先回りをできたような、授業をすっかり理解しているような気になった。一種誇りかな気持ちさえ感じながら板書も試してみることにしてノートを開いた。しかしどうしたことだろう、私の心を充たしていた幸福な感情はだんだん逃げていった。まっさらなノートに中途半端な板書が不格好だった。急に面白くなくなっていつも通り黒板にスマホを向けた。不意に蓮川と目が合った。特別叱りつけもせず、じっとこちらを見ている。
 チャイムがなり「体育祭はけがのないように…」と言う六度目の激励を聞き流す。関係ないと思いつつも耳に入ると胸が痛むのはやましく思う気持ちがあるからだ。冬にはもっと刺さるだろう。揺らぐまいと礼を終えてすぐ職員室に早退届を出しに行く。体育祭の準備をする下級生や、模試の結果を片手に面談を申し込む生徒の脇をすり抜け担任を見つける頃には私の周りには憂鬱がたちこめていた。
 なぜ『私』は微笑んで丸善を後に出来たのだったか。蓮川の説明無しに爆弾は見つけられそうにない。
日下部 

2021年05月13日(木)20時43分 公開
■この作品の著作権は日下部さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
檸檬 梶井基次郎
を読んで書き始めました。短く拙い出来ですがよろしくお願いします。
作家でごはん!さまでも掲載しています。


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2021年06月07日(月)20時06分 BB  +10点
拝読しました。
運痴や陰キャは、共感する部分があるんじゃないでしょうか。
私も体育祭、運動会の類いは苦手でした。

「檸檬」は何となくあらすじは知っていたのですが、うろ覚えだったので、改めて読んでみました。
他の方も仰ってますが、元ネタを知らないとわからないのは、マイナスですね。

>十分程度の孤独

私も最初、引っ掛かりました。孤独なのは24時間ずっとじゃないの、と。
ただ、授業中というのは、生徒全員が黙々と授業を受けており、孤独を感じることはないが、休み時間になると周囲からの喧騒が、自分が独りだということを思い知らされる。
と解釈したのですが、どうでしょうか。
18

pass
2021年05月14日(金)06時05分 日下部  作者レス
さっそくの感想ありがとうございます。

ラノベを意識して書いていないので場違い感が凄いですね(--;)
読者層の違うサイトでの評価を聞いてみたくなり投稿させて頂きました。『檸檬』未読では分からないというのはその通りだと思います。既に出来上がった作品の力を借りなければ文章を完成させられない私の力不足の致すところです…。

ラノベ風も書いてみたいのですが、ラノベに多い一人称視点で書こうとすると酷く子供っぽい出来になってしまうのが悩みです。飛び抜けた主人公の能力設定、世界観なども思いつかず…。

今度はオリジナリティ溢れるラノベにも挑戦してみたいと思いました。ありがとうございましたm(*_ _)m

pass
2021年05月14日(金)01時23分 神原  0点
こんにちは、拝読しました。


うーん、ラノベらしい作品をあまり書かない私が言うのもなんですが、これライトノベルをまったく意識して書いてませんね。

作家でごはんに登校されている、という処からも分かる様に普通の小説を意識してかかれてます。

檸檬は未読です、と最初に申しておきます。

その上で。

十分程度の孤独がなにを指すのか分かりません。


なぜ、いつも撮っているのにノートを出しているのか? これが分かりません。厳しくない先生なら、スマホで撮影しても怒らない先生ならノートを出してなくてもいい気がします。

丸善が何を指すのかもわかりません。爆弾は少しだけ察する事が出来ましたが、多分作者さんの思惑を外れた物だと思います。

掌編なので、こういう風の作品もありだと思います。が分からない事が少なからずあるので、読了しても全てを読者が把握できません。


以上から、評価外はちょっと当てはまらないかな。と思うので普通です。を置いていきたいと思います。




34

pass
2021年05月13日(木)21時54分 金木犀 gGaqjBJ1LM
はじめまして。
拝読させていただきました。

作者様はおそらく檸檬を読み、文体を真似しながら書かれたんじゃないかと思います。僕もこの作品を一度読んだ後、梶井さんの檸檬を読ませていただきました。丸善という単語が突然出てきた理由とか、爆弾とか、なるほど。読めばなんで出てきたかわかりますね。

最後あちらでは悪戯として檸檬を積み上げた本の上に置いてそのまま店を出るというオチでしたが、翻って今作だとあまりにも唐突に丸善が出てきてびっくりしました。

良かった点として、文章のリズムが良かったですね。長い一文のあとに短い一文を入れる。読点を駆使する。そういうところがよく真似られていたと思います。

また檸檬と比較しながら本作を読むと、主人公の戸惑いがわかっていいですね。
なんで微笑んで丸善を後にしたのかわからない、という素直な感想が心地よかったです。

短所としては、檸檬を読まないとなにがなんだかわからないところがある、ということだと思います。檸檬という作品の感想をひたすら書いている作品ですので、檸檬を踏まえないと面白く感じられないんですよね。なので、檸檬という作品のあらすじを、作品中に書いてもよかったかもしれません。

感想は以上になります。

過疎化した場所ではありますが、なにか思うところがあれば、また来ていただければと思います。

執筆お疲れさまでした。


11

pass
合計 3人 10点


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