狼が来たぞ
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 昔々、村のはずれで羊を飼っている少年がいました。ある日、ちょっとしたことで、お母さんに叱られてしまい、ムシャクシャしていました。
 そこで少年は、気分を晴らすためのイタズラを思いついたのです。
 羊を放牧している山から、大通りを駆け降り
「狼が来たぞ! 狼が来たぞ!」と大声で叫ぶのです。
 すると村人たちは、慌てふためきました。ある者は幼子を抱え、ある者は家畜を引いて逃げまどいます。
 広場までたどり着くと、いつもは人々で賑わう憩いの場所が、人っ子ひとりいません。ひろい広場を独り占めできたようで、少年は晴々とした気持ちになりました。
 やがて男たちが、弓矢や大鎌、鉈などを担いで集まってきました。狼のことを訊ねられた少年は、村はずれに続く道を指さし、麓に現れたと言いました。その言葉になんの疑いを持つこともなく素直に従い、やおら麓に向かう男たちの背中を眺めながら、少年は大笑いしました。
 それ以来、少年は嫌なことがあったり、退屈だったりするたびに
「狼が来たぞ! 狼が来たぞ!」
 と言って騒ぎたてました。
 ところがある日のことです。
 いつものように狼が来たと叫びながら広場に到着すると、大人たちが集い、逃げることも狼を追うこともしません。

 
 羊飼いの少年ピーターは、いつもと違う村人たちの様子に、戸惑いを隠せなかった。
「どうしたんだよ、狼が来たんだって! トム、早く麓に向かえよ。羊たちが喰われちまうぞ。アンおばさん、ナンシーを連れて家に入んないと。何してんだよ、ほら早く!」
 青年団のリーダーであるトムが、巨体を揺らしながらピーターに近づいた。そして静かに言う。
「ピーター、本当か。本当に狼がいたのか?」
 その強い口調に、ピーターは一瞬たじろいた。
「な、なに言ってんだよ。見たよ、いつも放牧している麓の、牧草地の向こうからこっちを伺ってるのを」
 そう言って背後の山を、腕を振って何度も差す。
「いつもいつも、お前はそう言っていた。だが、これまでお前以外に狼を見た者は居ない」
 トムの言葉に、村人たちが頷いて一歩詰め寄った。ピーターは焦った表情になった。
「それは、俺がいち早く見つけて知らせているからだろ。それに姿を見なくても、農作物の被害は出てるんだし」
 声を絞り出すように言う。そういえばと、年老いた農夫が腕を組んで首を縦に振った。
「確かに。ウチはオリーブ畑をやられた」
 すると、オレはブドウだ、こっちはカブだと声が上がる。ピーターは、それみたことかと笑みを浮かべた。だが、ひとりの若者が鍬を掲げ声を荒らげた。
「それもピーター、お前の仕業じゃないのか?」
 賛同する声が、あちこちから上がった。それぞれが農具を掲げ、打ち鳴らす。ピーターの顔色が変わった。
「なんだよ、嘘つきだけじゃなくて、泥棒呼ばわりかよ。俺だって、ジョン小父さんから預かった羊を喰われてるんだぞ」
「それだって、お前が誤って逃がしたんじゃないのか」
 それを誤魔化すために、狼のせいにしてるのではないか。疑惑の目がピーターに向けられ、さらに激しく農具が打ち鳴らされた。
「なんだと! そこまで言うなら、証拠があるんだろうな」
 ピーターがそう言うと、それまで声を荒らげていた若者たちが一斉に押し黙った。掲げていた農具を、力なく下す。皆がそれぞれ顔を見合わせ、誰かが発言するのを待っている。
「なんの確証もなく、疑いをかけてるなら、問題だぞ。どうなんだ、トム!」
 ピーターは目の前に立つトムの胸を突いた。だが体格の良いトムはビクともしない。反対に、ピーターの方がよろめいた。
「証拠は……」
 トムは、一歩前に出た。その堂々たる姿に、村人たちの注目が集まった。ピーターが唾をのむ。
「……ない」
 絞り出されるように発せられたトムの言葉は、村人にとっても、ピーターにとっても意外な一言だった。動揺が広がる村人たちに対し、ピーターは口元を歪め笑みを作った。
「そらみろ! 証拠なんてないんだ。そりゃそうだろう。俺は嘘なんてついてないんだからな!」
 ピーターは勝ち誇った。「オリーブやブドウだって盗んでないし、羊だって逃がしちゃいない。全部、狼の仕業なんだ。そうだろう、みんな!」
 そう言って村人たちを見回す。反論する者は誰も居ない。一様に押し黙っている。その様子に満足し、ピーターはトムの眼前に人差し指を立てた。そして頭上高く掲げると、地面に突き刺すように振り下ろした。
「証拠もなく、俺を疑ってたってんなら、皆を代表して、謝罪してもらおうか」
 トムは苦悩の表情を浮かべた。村人たちはどうするんだろうと、彼の動向を見守った。そんな中、トムは静かに目を閉じた。そしてピーターに向かって、深々とこうべを垂れた。
「なんの、証拠もなく、疑いをかけて、……すまなかった」
 村人たちから、落胆の声が漏れた。ピーターは奇声を上げ、トムの周りを飛び跳ねる。挑発するように、おどけた表情や仕草を村人たちに放った。
「確かに、証拠はない」
 頭を下げたまま、トムが大声を上げた。そして、おもむろに体を起こすと、声に驚き固まってしまったピーターを睨みつけた。
「これ以上、オマエを断罪することはできない。だがな、ピーター。口で相手を言い負かすことはできても、人の心までは変えられないんだぞ」
「な、なんのことだよ」
「頭を下げろというなら、何度でも下げてやる。だが、それはお前のことを本心から信用したからじゃない。お前は相手を論破したことで、勝ったつもりになっているかもしれない。反論を封じ込めたかもしれない。俺たちの言うことは、全て誹謗中傷でしかないと思うかもしれない。だから、もう俺たちはお前に言うことは何もない。何もないんだよ、ピーター」
 呟くように言い、トムは背を向けた。村人たちもピーターに冷たい視線を投げかけ、無言のまま、去っていく。


 やがて広場は少年を残し、人っ子ひとりいなくなりました。冷たい風が、少年の髪をゆらします。あの日、少年がウソをついて、はじめて広場で一人っきりになったときを思い出します。ですが、あの時のような清々しさは感じられませんでした。ただただ虚しい気持ちだけが、少年の胸の底に、滓のように溜まっていくばかりでした。
BB 

2021年05月10日(月)03時56分 公開
■この作品の著作権はBBさんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
童話同様、最後に少年が狼に襲われ誰も助けてくれない、という展開も考えたのですが、解釈が固定がされそうな気がしてやめました。
入れた方が良かったか、ご意見いただければ有難いです。


この作品の感想をお寄せください。

2021年08月29日(日)17時09分 はちす  +40点
拝読させていただきました。

とても面白かったです。
童話をベースに単に話を膨らませるだけでないのはさすがだと思います。

原作では誰にも信じてもらえなくなる事で最後本当に狼に食べられてしまう主人公ですが、そこから一歩踏み出しているような感じを覚えました。

話の展開もわかりやすくて非常に読みやすかったです。

執筆お疲れさまでした。
次回作も楽しみにしております。
3

pass
2021年06月07日(月)19時49分 BB  作者レス
表参道さん、感想ありがとうございます。

そうですね、巧く立ち回っているつもりでも、案外周りには見透かされていたりするものです。

今回のテーマは「ディベートに勝っても、それは真の勝利ではない」です。
相手を言い負かせて、いい気になっている人っていますが、仰る通りそれで信用、信頼を得られるかというと、決してそうではないですからね。
逆に失う方が多いでしょう。

>嘘つきが盗みの冤罪までかけられるのは、妙にリアリティがあって面白いと思いました。

ここは裏テーマになっているので、読み取ってくれる人がいて安堵しました。

pass
2021年05月31日(月)01時33分 表参道 LynesOLS3s +30点
こんばんは、BBさん。
表参道です。

イソップ寓話のオオカミ少年の現代風オマージュということで、
綺麗に書かれていたと思います。

オリジナルでは『嘘ばかり言っている人間は、真実を言っても信じてもらえない』という話ですが、
この作品では『嘘ばかり言っている人間は、たとえバレなくてもやがて信用を失う』となっていると思います。
ストーリーの流れは変えずに、最後の教訓だけを変えているのが上手いなと思いました。

最後に。
嘘つきが盗みの冤罪までかけられるのは、妙にリアリティがあって面白いと思いました。

以上です。
執筆お疲れ様でした。

16

pass
2021年05月12日(水)02時32分 BB  作者レス
えんがわさん、感想ありがとうございます。

そうです、イソップ童話です。

>こういうの読むと、勝利とか敗北とか、わからなくなりますよね。

今作のテーマのひとつでもあるので、読み取って頂けて嬉しいです。

>狼は少年への信頼を食ってしまったのかなとか思いました。

巧いこと言いますねぇ。機会があれば、使わせて頂きます。

pass
2021年05月11日(火)13時48分 えんがわ  +30点
イソップ童話でしたっけ?

うろ覚えだけど、あの話のまま進むよりも、BBさんなりの展開や解釈を含めた方が読みごたえがありました。

こういうの読むと、
勝利とか敗北とか、わからなくなりますよね。

狼は少年への信頼を食ってしまったのかなとか思いました。
36

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2021年05月11日(火)12時00分 BB  作者レス
神原さん、感想ありがとうございます。

お芝居でいうと、前後をナレーションで挟んだような構成にしたのですが、効果的ではなかったでしょうか。
また、名前も元の童話にはでてこないので、あえて外しました。

>一つ疑問ですが、青年団のリーダーであるトムに強い口調で批難出来るのが? ただの少年ですよね、ピーター。

口だけ番長で屁理屈は達者だけど、実は小心者。
小心者ゆえに、虚勢を張っているのです。
また、トムが無闇に手を上げる人物ではないことを知っているからこそ、偉そうな口が利けるのです。

ラストについて、このままで良いとのこと。
参考になりました。ありがとうございます。

pass
2021年05月11日(火)11時57分 BB  作者レス
倉本さん、感想ありがとうございます。

キャラの名前に関して、私はあんまりこだわりは持ってないです。
単なる記号だと捉えてます。

むしろ記号としてのこだわりはあります。

例えば、歩美と宏美のように、「美」で終わる名前の重複は避けます。
もし、出すとすれば歩実と漢字を変えるか、亜佑美と三文字にします。
読んでいて理解しやすいのが一番だと思うので。

二次創作的というか、モチーフ、テーマ、ストーリーも同じなので「まんまオオカミ少年やないかい!」といったところでしょうか。

一歩踏み込んだつもりだったのですが、伝わらないのは私の力不足ですね。

pass
2021年05月11日(火)11時53分 BB  作者レス
金木犀さん、感想ありがとうございます。

>足跡
確かに。そこは童話だからということで、お許しを。

ひょっとするとトムたちは足跡を探したのかもしれません。
なかったがゆえに、ピーターへの疑念が深まったのかも。
ただ、ないからといって、狼が来ていないとは言い切れないです。
悪魔の照明ですね。

後付けのいいわけでした。

>読点
これは完全にミスです。
ウェブで小説を書くことが多いので、なんでも省略する癖がついてました。

ラストについての意見は参考になりました。ありがとうございます。
金木犀さんの提案のように、村人が襲われて全滅するバージョンもあるようですね。

pass
2021年05月10日(月)17時30分 神原  0点
こんにちは、拝読しました。

ですます調がいきなり途切れて普通の文体になったので、そこで目が一旦とまりました。ですます調で通しても良かった様な気がします。


私はピーターが食われなくてもこのままで良いかなと思います。

あと名前が出てくるタイミング。これ最初からでもいいような。最後まで少年で通してもありかもです。途中で変わるのがちょっと唐突に感じます。

一つ疑問ですが、青年団のリーダーであるトムに強い口調で批難出来るのが? ただの少年ですよね、ピーター。

以上から普通です。を置いていきたいかなと思います。これからもがんばってください。
39

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2021年05月10日(月)10時49分 倉本たつき  +20点
> 羊飼いの少年ピーターは、いつもと違う村人たちの様子に、戸惑いを隠せなかった。
「どうしたんだよ、狼が来たんだって! トム、早く麓に向かえよ。羊たちが喰われちまうぞ。アンおばさん、ナンシーを連れて家に入んないと。何してんだよ、ほら早く!」

このあたりの文章を読んで思ったのですが、ピーター、トム、アン、ナンシーとどれもありきたりな名前に思ってしまいました。

一人くらい、クラウスとかこの作品だけできくような名前の人がいた方がオリジナリティが増したと思います。

>やがて広場は少年を残し、人っ子ひとりいなくなりました。冷たい風が、少年の髪をゆらします。あの日、少年がウソをついて、はじめて広場で一人っきりになったときを思い出します。ですが、あの時のような清々しさは感じられませんでした。ただただ虚しい気持ちだけが、少年の胸の底に、滓のように溜まっていくばかりでした。

この文章は、原作の狼少年の話並みに教訓になっていると思います。

嘘ばかりついてはいけないという戒めになっている感じでした。

面白かったですが、二次創作的な感じもあったので20点です。

では

39

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2021年05月10日(月)06時23分 金木犀 gGaqjBJ1LM +20点
こんちゃ、

いやま、面白かったです。

ところで童話なので突っ込むのはアレだし、知識不足でしたら露呈するのは恥ずかしいのですが。

狼が来たら足跡でわかるのでは?

狼が来たと言うなら証拠があるはずです。その場所にピーターを案内させればいいのでは?

一大事なのでそこんところの調査はするはずで、なんで誰もそれを指摘しないのか掻きむしりたい思いでした。

ま。あれか。狼はいるのだろうから、適当に足跡を見つけて嘘つけたりもするのかな。


あと文章作法で、僕は違和感があったんですが、

·それ以来、少年は嫌なことがあったり、退屈だったりするたびに
「狼が来たぞ! 狼が来たぞ!」

会話を挟む文章って普通読点使いませんか?

なぜ使わなかったのか意図があれば教えていただきたいですね。

あと狼に食い殺される場面は入れていいと思います。
その場合、僕なら更に、他の村人も襲わせて、信じていなかった人たちが泣きわめく場面を想像します。

ではでは!

19

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合計 6人 140点


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