思い出銀行
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「なんだい、この銀行は」

ある都会の道に、「思い出銀行」というビルができた。
聞くところによると、これまで歩んできた人生の記憶をなんでも預けることができるというのだ。
人々は、いかにも怪しい会社だな、と横目で通り過ぎていった。
それでも高く造られたビルは夏の太陽をぎらぎらと反射させていた。

ある日、ひとりの少年が銀行にやってきた。

「思い出を貯金したいです」

にこりと微笑んだ受け付けの女性は、通帳の発行や利子の発生などのシステムを説明した。
そんな小難しいことなんて理解できなかったけど、きのう母親が作った美味しいカレーのことを無邪気に話し続けた。
少年は貯金をし終えて銀行のビルを出た。
日差しを浴びると、美味しかったカレーの味はすっかり忘れてしまっていた。
そもそも自分は何をしにここに来たんだろう、といわんばかりに首をかしげた。

そんな少年の様子をうかがっていた大人たちは、ここぞとばかりに銀行に流れ込んだ。
人々は、嫌な記憶を消すためだけに銀行を利用した。

ある大学生の男は、子どものころに万引きして両親から叱られて辛かった思い出を貯金した。
あるOLの女性は、むかし浮気していた頃の後ろめたい過去を銀行に預けた。
とある殺人犯は、自分の記憶ごと証拠を隠滅してしまおうと、銀行に押し付けた。

誰もが嫌な記憶がなくなったことに喜びを感じていた。
幸せな思い出だけが残り、充実した毎日を送っていた。

嫌な記憶を消し去ろうと、銀行で通帳を作るのに人々は行列を作った。
手続きする書類に、ひっそり隠れている文言があった。
貯金した思い出は、本人が死んでしまう前日に、自動的に脳へ送金されるシステムになっていること。

ふと万引きの記憶を思い出した男は、それまで縁を切っていた両親の家に電話をかけた。
自分を叱ってくれた親のことを思いながら、泣きながら謝った。その男は次の日に通り魔に刺されて死んだ。

新しい彼氏ができて幸せな日々を送っていたOLの女性は、浮気していた記憶を思い出すと、なぜかとたんに目の前の彼氏が信じられなくなった。それどころか、自分自身のことも信じられなくなり、頭がおかしくなっていくようだった。ゆううつな気分になって、次の日にベランダから飛び降りて人生を諦めた。

それまで何年も無罪を主張し続けた殺人犯は、処刑される前日に、あの夜に人を殺した記憶がよみがえった。
ずっと牢獄に閉じ込められ、自分の人生はいったい何だったのだろうかと後悔にまみれた。
次の日に処刑台で首を吊った。


最初に銀行を訪れた少年は、それまで毎日のように「幸せ」を貯金しに足を運んでいた。
僕の人生は幸せで満ち溢れているから、抱えきれないから、だから銀行に預けに行くのだ。
少年は、年をとって青年になった。

それから就職して、仕事に打ち込む日々が続いた。
裏で陰口を叩かれても笑顔で同僚と接した。残業を押し付けられても笑顔で受け入れた。
いつしか銀行に出向くことはなくなった。
薄暗いオフィスでパソコンを睨む日々は続いた。休みを返上して、身を粉にして会社のために働き続けた。心のなかは疲れきっていた。
そこに幸せなんてちっともなかった。

ある日、道を歩く人々の顔がどれも幸せそうに見えたとき、自分の人生は、これからも、これから先も何も良いことがないのだと悟った。
だから、会社のビルから飛び降りることを決めた。

「そういえば、思い出銀行なんて、あったような」

ふと思い出して、足を運んでみると、そのビルはまだ夕焼けを美しく反射させていた。
死ぬ前にあずけていたものを受け取りに行こう、と窓口で通帳をみせた。

「預金に利子がついておりますので、全額お返し致しますね」と受け付けの女性は微笑んだ。

ふいに、美味しかったカレーの味を思い出した。
また母さんが作る料理が無性に食べたくなった。
小学生だったころ、秘密基地を作って喜んだことを思い出した。
そういえば、みんなで小さな石を集めて詰め込んだクッキーの缶は宝箱だった。
中学生のころ、告白して振られて落ち込んだとき、慰めてくれた友人の顔を思いだした。
また会いたくなった。
受験の日。運動会の日。修学旅行の日。卒業の日。
まるで温泉を掘ったように、幸せで暖かい何かが頭の中に注がれていく。

「たいせつなことって、なんだっけ」

青年はビルから飛び降りることをやめることにした。
それまで不幸だと思っていた人生がとても輝かしくて尊いものに思えた。

ただ次の日に、偶然の事故に遭って死んだ。
居眠り運転のトラックにはねられて死んだ。
青年は頭を打って血を流し続けた。

けれど、何も後悔はしていなかった。
最期に目に映った群青の空がまぶしくて凄く綺麗だった。
雨萎 

2021年05月10日(月)02時41分 公開
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2021年09月15日(水)14時18分 あ 21HXMEajXQ +30点

 拝読しました。

 短いのに綺麗にまとまっていて、不思議な読後感がありました。
 強いて言うなら、間接的な表現だったり遠回しな言い方がもう少しあってもいいのかなと思います。

 他の方のように長文ではないですがご容赦ください。

 良かったです。

pass
2021年07月02日(金)06時44分 莉愛  +30点
すごく面白かったです!
いい思い出はすごく大切にしようと思いました。
6

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2021年06月02日(水)16時28分 雨萎  作者レス
>>倉本たつきさま
なるほど、そういう表現の仕方もあるのですね……
非常に勉強になります!
ありがとうございます。

>>神原さま

はい、ノベルアップ+の望月は私です。
同じ時間帯にアップしたので、誤解を招いてしまって申し訳ありません;;

>>BBさま
全員死亡エンドが書きたくて、こうなってしまいました。
小難しくしたくなかったので、利子の仕組みなどの描写は省いてしまいました。
その結果、読者が混乱してしまいますね……次からはその辺りも意識してみようと思います。
感想ありがとうございました!

>>えんがわさま
大好きな作品と言って頂けてとても光栄です。
ありがとうございます。
1つ訂正したいと思うのは、主人公の男の子は銀行関係なく「偶然の事故」でただ死んだ、ということでした。
人間いつ死ぬかわからない、というエンドを織り交ぜてみたかったのです……!

>>日下部さま
アイディアを面白いと言ってくださりありがとうございます。
アイディア1発勝負なので、とても嬉しいです。

>>ナイアードさま
感想ありがとうございます。
推敲はほとんどしてなくて、「た」で終わっているところは自分も気になっていました。
次からはしっかりと読みやすい文章書くことを心がけます!

pass
2021年05月29日(土)16時10分 ナイアード  +20点
はじめまして。

面白い設定ですね。
救いのないラストにはびっくりしました。

語尾が「た」で終わっていることが多いので、そこは読みにくさを感じました。

13

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2021年05月13日(木)20時53分 日下部  +30点
誰の死に様も同じ言葉を使わず描写されているのが個々の人生の終焉としていいと思いました。
思い出を売れる、買えるのでは無くあくまでも預けている、返されるというのがいいですね。面白かったです。
この銀行が倒産した場合のカオスを見てみたい気もしました(^^;
25

pass
2021年05月11日(火)13時55分 えんがわ  +30点
過去を思い出していく場面は、ハートウォーミングで、少し涙腺が緩くなりました。
それでも「思い出銀行」という設定を貫いて、主人公は死ななくてはいけない。

作者さんの美学を感じますし、美談で思わらせない、強さを感じました。

切なくも暖かい作品だと思います。

読めてよかったです。大好きな作品でした。
34

pass
2021年05月11日(火)13時02分 BB  +30点
拝読しました。
これぞ掌編という作品でした。とても良かったです。

少年が良い思い出を預けたのに対して、大人たちが悪い思い出を預けた対比が面白かったです。

気になったのは、登場人物が全て若くして亡くなってることですね。
最初の少年くらいは天寿を全うして、亡くなる前日に銀行員が病室に訪れて……なんて展開はどうでしょうか。

もうひとつ。
「貯金した思い出は、本人が死んでしまう前日に、自動的に脳へ送金されるシステム」という極めて重要な条項が説明されていない。という設定は良いのですが、だとするなら利子や引き落としの件を、どのように説明していたのでしょうか。
そこを描いて欲しかったです。

なるほど、この説明なら契約しちゃうよね、という納得感があれば、さらに良かったです。

どんなに辛い人生を歩もうとも、最後に笑って逝ければ、それが一番幸せということですね。
逆に死際に後悔が残っていると良い人生だったとは言えないのでしょう。

「思い出銀行」があったら、私も良い思い出を預けようと思います。
34

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2021年05月10日(月)18時03分 神原  +20点
再訪です。

一つ疑問ですが、ノベルアップ+の望月さんはあなたと同じ人ですか?

どうやら同じ作品がUPされている様ですが。

同じ人なら問題ないので、ちょっと聞きたいかなと思います。

UPされた日づけはこちらの方が先。違う人ならあちらが盗作になると思います。
35

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2021年05月10日(月)10時43分 倉本たつき  +30点
>「なんだい、この銀行は」

という冒頭の一文が、誰のセリフか分かりませんでした。

「なんだい、この銀行は」
と通りすがりの大人が言った。

などにして、誰の言葉か分かるようにするとよいと思います。

あと、思い出の金額が、具体的に分かった方が読者としては読み応えがありそうです。

全体的に見ると、面白かったです。



32

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2021年05月10日(月)05時42分 雨萎  作者レス
>>神原さま

拝読していただき感謝です。
アイディア一点でなぐり書きで進めたので作法をちゃんとするの忘れてしまいました……。
稚拙な表現は反論の余地もなく……お恥ずかしいです。
感想ありがとうございました!

>>金木犀さま

内容が面白いと言って頂きとても光栄です。ありがとうございます。
一行開けとかはうっかりしていました。……次からは気をつけます!!

pass
2021年05月10日(月)05時37分 金木犀 gGaqjBJ1LM +20点
ちゃ。

藤子短編集か、バンプの曲にありそうな作品でした。

思い出貯金を下ろすと必ず死ぬなんていやいや悪魔の契約ですか。絶対に契約したくないし、もし間違って契約したら絶対に下ろしたくないですね。

面白かったです。

ただ、これだけかける作者が一行開けとかを忘れるとは思えないのでそこんところマイナスにしときます。


ま、内容が面白ければそんなの関係ないですけどね。

では。
8

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2021年05月10日(月)02時53分 神原  +20点
こんにちは、拝読しました。

作法や文のつたなさは置いておいて、これぞショートショートと言えるべき作品だったと思います。

発想がよかったです。面白かった。

文の未熟な処を差っ引いても20点はあるかな、と思いますので、おいていこうと思います。

このサイトで文章の事は少しずつ勉強するといいかもしれません。
36

pass
合計 9人 240点


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