水に食ワレル
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 水に体が食らいつくされる。
 水は俺の体を食べたがっている。
 水は生きている。生きているんだ。
 誰もそれを知らない、俺以外の誰も。
 もしかしたら、俺以外にも誰か、気づいたやつがいるのかもしれないが、俺はそいつの名前を知らないんだ。
 俺の知る限り、水が生きているということに、水が俺たち人間の肉体を、肉を食らう獣のように食べたがっていることに気付いているのは世界で唯一人俺だけだ。
 俺以外誰も、俺以外の人間は誰も、理解してくれないんだ、俺の訴えを。
 ほら今だって、ベッドの上で震えている俺を見ながら、愚か者たちが真剣な面でひそひそと、俺に聞こえない程度のささやき声で言葉を交わしあっている。
 
・・・・・・飲み水さえ、口にしようとしないのですか? あの患者は。
・・・・・・ええ。頑として。あの通り、無理やり点滴して、栄養を補給させてやってはいるのですがね。
・・・・・・排泄は?
・・・・・・それも全く。少しでも水がたまっているところには、どんなところであっても近づきたがらないのですよ。そっちの処理も我々が、まあ力づくで処理しています。
・・・・・・難儀ですね。
・・・・・・まあ、仕事ですから。
・・・・・・こういう症例は、珍しいのですか。
・・・・・・似たようなものなら、なくはない。ただ彼の場合は、特異な妄想がその根拠になっているという点が、類似の症例とはかなり異なっていますね。「水に食われる」という……。

 黙れ、黙れ、黙れ!
 おまえたちは知らないんだ! 誰一人として、知らないだけなんだ!
 子どものころ、母さんに海に連れられて行った時から、俺が知っていることすら、 おまえたちは知らないだけなんだ!
 その日、もうとっくに海水浴のシーズンが過ぎ去った肌寒い日に、母さんは俺を海につれてきた。
 その日、俺は人生で初めて、絵や写真や映像じゃない本当の海を、この眼で見たんだ。
 海は、生きていた。
 海。
 おぞましい海。
 巨大な海。
 ちっぽけな俺を、一瞬の内に飲み込んでしまう大きな海。
 絶対に底が見えない、場所によって無限の色合いを見せる海。
 ただの一瞬だって同じ形を保たない、常に不断にその表面の形を波打たせ、変え続けている海。
 ただの一瞬の内に、俺の立っている砂浜を沈めてしまう海・・・・・・。
いまでもまざまざと、俺はあの日見た海のことを、まるで今目の前にあるかのように、思い浮かべることが出来る。
 あの日、海を見ながら、俺はいつの間にか泣き出していた。
 怖かったから。
 海が今にも、自分を飲み込んでしまいそうで、生まれて初めて、自分の前に突き付けられた「死」そのものの力が怖くて、でも自分にはそこから逃れることが決してできないというその事実そのものが怖くて、俺は泣いていた。
 泣き続ける俺を、ぎゅっと抱きしめてくれた温もりも、俺は今でも思い出すことが出来る。
 母さん。
 あの時、俺を抱きしめてくれてありがとう、母さん。
 きっとあの時母さんは、俺がなんで泣いたのか、きっとよくわかっていなかっただろう。
 俺を抱きしめながら、一体どうしたの、どうして泣いているのと、心底困ったような声色で、耳元にささやいてくれたのを覚えている。
 でもそんなこと、どうでもよかった。
 だって母さんは、泣いているおれを、抱きしめてくれたんだから。
 あの時俺は、襲い掛かる恐怖から救われたんだ。
 母さんの腕に抱かれることで。
 母さんの腕の中で俺の心は安らいだ。母さんの優しい腕が俺の心を守ってくれたんだ。
 ああ、母さん。
 本当にありがとう、母さん。
 あの時、母さんのおかげで、俺は泣き止むことが出来たけれど。
 今、母さんが俺を守ってくれたことを思い出すだけで、その記憶が自分にあることが嬉しくて、俺は思わず泣いてしまう。
 涙が、頬を零れ落ちていくよ。
 ・・・・・・。
 涙?
 俺は、眼を開いた。
 ベッドのシーツが、濡れていた。
 水が、「俺の横たわるベッドの上に」あった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 いやだいやだ、水だ! 水が俺の目の前にある! 殺される! 俺は水に殺される! 水が俺を食い殺す! 助けてくれ! 水が俺を殺す前に、はやくこの水を殺してくれ!

・・・・・・落ち着け! 落ち着け!
・・・・・・暴れるな! 静かにしろ!

 俺の体が、駆け寄ってきたやつらに抑えられる。頼む、後生だ、助けてくれ。この水を殺してくれ、殺してくれ! それが出来なければ、水が俺を食い殺す前に、いっそ俺を殺してくれ! この恐怖から、俺を開放してくれ! なんだってするから、そうしてくれ!

・・・・・・わかった。わかったから、落ち着け!

 涙のしみが、ティッシュで拭かれた。
 水を、殺してくれたのだ。
「ああ・・・・・・」
 よかった、これで俺は、水に殺されずに済んだ。これでまた、俺は死なずに済んだ。これでまた、俺は生きることが出来る。
 俺は、安らぎを得た。
 叫んだせいで、とても疲れた。
 疲れたから、眼を閉じて、眠りという安息へ、俺は墜ちていった・・・・・・。

(暗転)

 音に、俺は閉じ込められていた。
 音は、俺の周りを、隙間なく、囲んでいた。
 音は、俺の周りで、一瞬もやむことなく、続いていた。
 雨の音。
 雲から大地へと降り注ぐ、数えきれないほど多くの細やかな水の粒。
 大地を間断なくたたき続ける水の粒の音だけを聞きながら、俺は屋根の下に立っていた。
 大学の入り口にある屋根の下に、俺は立っていた。
 立っていることしか、出来なかった。
 壁に両手をついて、なんとかそれで体を支えて、立ち続けることしか、出来なかった。
 息が荒い。
 眼を開けることさえ、出来なかった。
 膝が震えている。
 ちょっと横から押してしまえば、倒れてしまいそうだ。
 早く、自分の部屋に戻って、ベッドに倒れこみたかった。
 早く、俺を囲む忌々しい雨音の牢獄から抜け出して、一切の苦痛から解放された、眠りという聖地へと逃げ込みたかった。
 でも、出来なかった。
 その時の俺は、傘を持っていなかったから。
 この、雨を防いでくれる屋根の下から抜け出して、俺が部屋を借りているアパートまで近くない道を歩いていくことが、俺には出来なかった。
 傘もささずに歩いて、雨粒による刺刑(しけい)に自分の体を晒すなんて、考えただけでも失神しそうだった。
 だから、立ち続けることしか、出来なかった。
 その声が、聞こえてくるまでは。
「どうかしましたか」
 その声が聞こえた時、何故か俺は、母さんの顔を思い浮かべた。
 母さんが、ここにいるなんて、あり得ないのに。
 俺は母さんを実家に残して、この街に来たのだから。
 俺は、必死に目を開けて、体を動かして、その声の主を見た。
 俺の目の前に、女性が一人、立っていた。
 若い女性だった。
 俺と同年齢か、一つ下ぐらいの。
 ショートヘヤで、眼鏡を欠けていた。長袖にズボンをはいていた。手提げバッグを持っていた。眼鏡はわずかに丸みを帯びていた。
 彼女は、その眼鏡の奥から、まっすぐと、俺を見ていた。
「急に、失礼します」
 ぺこりと、彼女はわずかに頭を下げた。
「でも、なんか、具合が悪そうだったので、つい。ご気分が悪いのですか?」
 いいえ。なんでもありませんよ。ご心配をして下さり、ありがとうございます。でも本当に、なんともないのです。どうか私のことなんてお気になさらず、立ち去ってください。
 もしかしたら、そんな答えを返すべきだったのかもしれないけれど。
「・・・・・・はい。気持が、ちょっと、悪くて」
 俺は、そういってしまった。
 体が、よろけた。
 彼女は慌てて、俺を支えた。
 俺の肩に触れて、彼女の腕が、支えてくれた。
 温かい腕だった。
「す、すぐに、医務室に行きましょう! 歩けます?」
 彼女の早口な言葉が、耳に届く。俺は首を振る。
「いいです。医務室は、いいです」
 早く、俺の部屋の布団で、眠りたかった。医務室のベッドなんかに、安らぎを期待することが出来なかった。
「部屋に、帰りたいです。早く」
「部屋、ですか? あなたの?」
「はい。・・・・・・そう、です。俺の、部屋です」
 口を動かすのが、とても疲れたけど、俺はそれでも、言葉を紡いだ。口に出す度に息を吸いたくなった。
「この雨が、やめば、帰れるのです、俺は。俺の、部屋に。 晴れた空の下を、光を、浴びながら」
「雨?」
 彼女は、外に目を向けた。
「雨が止めば、いいんですか?」
「……濡れたく、ない」
 絞り切るように、俺は言葉を出した。
 その言葉だけを、俺は口に出すことが出来た。
 その言葉だけを、俺は彼女に伝えたかった。
 その言葉しか、俺は口に出せなかった。
 きっと、彼女の腕が、温かかったから。
「濡れなければ、部屋まで、歩けるんですか?」
 俺は、かすかに頷くことが出来た。
「傘、持ってない、ですか?」
 また、俺は、頷いた。
 不思議なことに、雨の音が、小さくなっているような気がした。彼女の言葉だけが、俺には聞こえているかのようだった。
 彼女は、無言で、俺から、手を離した。
 俺は、体をよろけて、壁によりかかった。
 見捨てられた。
 そんな言葉を、思い浮かべた。
 お願い、行かないで。
 頭の中で、そう叫んだ。
 だけど、彼女は、歩み去りはしなかった。
 彼女は、バックを開けて、中から、折り畳み傘を取り出した。
「良かったら、私と一緒に帰ります?」
 微笑して、彼女は言った。
 かすかに見せた歯が、白くて綺麗だった。
 俺は、彼女を、じっと見た。
「でも・・・・・・」
「帰りたいんでしょ?」
「・・・・・・はい」
「濡れたくないんでしょ?」
 言いながら、彼女は傘を開いていた。
「はい・・・・・・」
「だったら、一緒の傘で、帰りましょうよ。それとも、私とじゃいやなんですか?」
「・・・・・・いえ」
「だったら、」
 彼女は、右手で傘を持ち、左手で俺の手を握った。
「行きましょ?」
 俺は、頷いた。
 雨の音は、もう聞こえなくなっていた。
 俺と彼女は、俺のアパートまで、ゆっくりと歩いた。
 彼女が手に持つ真っ赤な傘に、雨粒を遮ってもらいながら。
 どちらも、無言だった。
 俺の部屋の前に立って、ドアのカギを開けたところで、俺は初めて、口を開いた。
「その・・・・・・ありがとう、ございます。傘」
「いいえ。いいんですよこれぐらい」
 また、彼女は微笑んだ。
「体、お大事にしてくださいね」
 そう言い残し、彼女は傘を持ち、歩み去ろうとした。
「あの、」
 思わず、俺は、声をかけた。
「はい?」
「お名前を、お伺いしても、いいでしょうか」
「樹(じゅ)花(か)です。小島(こじま)樹花」
 こじま、じゅか。
 頭の中で、その名前を反芻した。
 遠ざかっていく彼女の背中を、見つめながら。
 その日はその後、部屋に入って、ぐっすりと眠った。
 翌日の朝は、快晴だった。
 部屋を出る前にチェックした天気予報アプリも、今日は一日中晴れだということを伝えていたけれど、昨日のことがあって怖かったから、折り畳み傘を鞄に入れて、大学へ向かって出かけた。
 その日、俺の出席する講義は二時限からだった。
 だから、時間をつぶすため、大学の図書館に行くことにした。
 図書館は好きだ。
 いろんな本が読めるし、静かだし。
 建物の中だから、雨に濡れる心配もないし。
 IDカードを使って入館した後、俺は二階に向かった。
 先日見つけた面白そうな本の、続きを読むためだ。
 なんだったら、今日借りてみようかとも考えている本だった。
 階段を上り切って二階の床に立つと、無数の本棚と、その間を歩くまばらな人影と、いくつもある机に座って、読書をする人影の姿が目に入ってきた。午前の早い時間ということもあって、そんなに人は多くない。
 俺は、以前見つけた本があるはずの本棚に直行した。
 ところが、目当ての本は、本来あるべき場所で、見つからなかった。
 確かにそこにあったはずなのに、ない。
 誰かが、借りて行ってしまったのだろうか?
 それなら、仕方がない。
 とはいえ、二限が始まるまではまだ時間があるので、適当に教科書でも読もうと、机に向かって歩み始めた時、おれは思わず、足を止めた。
 机の一角に座る人影に、気が付いたからだ。
 その人は、本を読んでいた。
 ショートカットの髪型。
 長袖長ズボン。
 丸みを帯びた眼鏡。
 俺は自然と、その人に近づいた。
「あの・・・・・・」
 彼女は、本を追う顔を上げて、俺を見た。
「あ・・・・・・」
 彼女、小島樹花さんの顔に、驚きの色が浮かんだのを見て、俺は嬉しいと感じた。
 彼女が、俺のことを覚えてくれていたことが、わかったから。
「昨日は、ありがとうございました」
 立ったまま、座っている彼女に向かって、俺は深く頭を下げた。
「いえいえ」
 小島さんの、低く、しっとりとした声が、俺の耳に、届いた。
「当たり前のこと、しただけですから。・・・・・・あのあと、大丈夫でしたか? 具合は」
「・・・・・・はい、大丈夫です。ぐっすりと、眠れました」
 顔を上げながら、俺は言った。
 小島さんは、心配そうな顔で、俺を見ていた。
「でも、今日外出して、良かったのですか? 一日くらい、ゆっくり休んだ方がいいんじゃ」
「いえ、大丈夫です。今日、晴れですから」
「晴れ?」
 小島さんは、きょとんと、首をかしげた。
 しまった。
 俺は、後悔した。思わず、口にしてしまった言葉に対して、心の中で舌打ちする。
 俺が日常の中でいつも感じている恐怖は、他人から共感を得られたことが一度もない。俺がこの恐怖の内実について伝えた相手は、例外なく、俺のことを、変人を見る目で見てきた。中には、俺を狂人だと思って、怖がった相手もいる。
 俺は、彼女に、そんな目で、見られたくなかった。
「いえ、なんでもないです。その、心配して下さり、ありがとうございます」
 いたたまれなくなって、おれは、すぐにその場を、離れようとした。できるだけ早く、彼女から逃げたかった。
「あの」
 なのに、歩み去ろうとした俺の背に、彼女は声をかけた。
 俺は、振り返った。
 彼女は、椅子から立ち上がっていた。
「お名前を、お伺いしても、いいでしょうか?」
 まっすぐ、俺を澄んだ瞳で見つめながら、彼女は聞いてきた。
 困惑。
 そして歓喜。
 矢継ぎ早に、俺自身の心に押し寄せる感情の波を感じながら、俺は、答えた。
「水野(みずの)、と、言います。水野生(せい)」
 生まれて初めて、本名を言葉にする瞬間を、嬉しいと思えた。
 いつもは、呪わしい名前だとしか、思えないのに。
「ありがとうございます、水野さん」
 今度は、彼女が、ぺこりと頭を下げてきた。
「あの、できれば、ですけど」
 思わず、俺の口から、言葉が流れていた。
 いつもは、こんなに、饒舌じゃないのに。
「生、て、呼んで、頂けないでしょうか。名字の方じゃ、なくて」
 彼女はまた、きょとんとした。
「いえ、その、ごめんなさい」
 自分でも、図々しいことを言っていると気づいてしまい、俺はまた頭を下げた。
「いえ、いいんですよ。・・・・・・生さん」
 せいさん。
そう呼ばれたとき、なんだか、熱くなった。
「その・・・・・・すいません、講義が、あるので」
 あからさまな嘘を、俺は吐いた。
 二限が始まるまで、まだ、大分時間がある。
「あ、すいません」
「いえ、これで」
 俺は、逃げるように、その場を歩み去った。
 その日、出席した講義の内容は、残念なことに、あまり頭に入ってこなかった。
 大学から帰る前、また図書館によってみた。
 目当ての本は、やはりなかった。備え付けのパソコンで検索したら、やはり貸出中だった。
 それならそれで仕方がない。
 しかたがないはずなのだけれど、何故か俺はすぐに帰らずに、図書館の二階を、一回り歩きまわった。
 どうしても、そうしたくなったからだ。
 そして、意味の分からない失望感を抱いたまま、俺は大学を後にした。途中でコンビニによって、夕飯にできるお弁当を買った。自炊をする気分に、何故だかなれなかったから。
 自炊には、エネルギーを使うけれど、それがなぜか、あまり出ないような気がしたからだ。
 その日の夜、夢を見た。
 夢の中に、母さんが出てきた。
 母さんは、俺と手を繋いでいた。
 母さんにひかれて、俺は道を歩いていた。
 俺は、心の中で、その道を歩きたくないと思っていた。
 本当は、その歩いている道を、駆けて戻りたかった。
 だけど、出来なかった。
 だって、母さんと、手を繋いでいたからだ。
 駆け戻るためには、母さんの手を振りほどかなくてはいけないから。
 寂しい道だった。
 歩いている俺と母さん以外、何も見えない道だった。
 母さんの顔だけを、俺は見ていた。
 母さんは、俺を見て、微笑んでいた。
 ずっと。
 ずっと、俺はその道を、歩き続けていた。
 ・・・・・・雨が、降るまでは。
 ぴちゃり。
 微笑んでいる母さんの顔に、一滴の水が、落ちたことが、その始まりだった。
 その一滴を始まりとして、俺たちだけの世界に、雨が、降り始めた。
 母さんが、俺の手を引いたまま、駆けだした。雨宿りできる屋根の下を目指して。
 俺も、必死に、走った。
 だけど、どんなに走っても、屋根のある場所が、見つからなかった。
 何も、考えることが、出来なかった。
 俺はただ、母さんの手を握り続けて走り続けることしか、出来なかった。激しさを増してゆく雨が俺たちの手を濡らし、手を滑らせて離れてしまうことだけが、怖かった。
 不思議なもので、夢の中では現実で感じるような、走ることによる疲れや雨に濡れる感触なんてものは一切感じないのに、そういった感覚を今自分が感じているという認識だけは、下手をしたら現実以上にリアルなものとして実感できていた。
「母さん!」
 俺は、激しい雨音の中で、叫んでいた。
「母さん!」
 母さんは、俺を振り向いた。
 母さんの顔を見て、俺は絶叫した。
 母さんの顔は、俺の知っている母さんの顔では、無くなっていたからだ。
 青かった。
 海のような青い色に、母さんの肌は、変色していた。
 俺は、母さんの手を、振りほどいた。
 そして、母さんに背を向けて、駆け出した。
 後ろから、母さんの声とは全く似ていない、不気味な音が、追いかけてきた。
「逃ガサナイ」
 俺は、転倒した。
 豪雨の叩きつける地面に、無様な肉体が、這いつくばる。
 その上に、追いかけてきた母さんの体が、覆いかぶさる。
 いや、その体は、もはや母さんのものではなくなっていた。
 人のものでさえ、無くなっていた。
 水だ。
 母さんの体は、空中に浮かぶ水の塊になっていた。
 水が、俺の体を包み込み、服の透き間から入り込んで、口から、眼から、耳から、花から、俺の中へと侵入してくるのを、俺は感じた。
 内臓が水で満たされる。
 脳みそが水に沈んでいく。
 叫びさえ上げることが出来ない、遠のいていく意識の中で、俺は理解した。
 自分が今、食われているということを・・・・・・。
 そこで俺は、目を覚ました。
 突然に。
 俺の住むアパートの天井に下がる、灯りの消えた電気を、視界におさめる。
 俺は、ぼうっとした意識でそれを眺めているうちに、今まで自分が眠っていたこと、今まで自分が見ていたものが、ただの夢に過ぎなかったということ、自分が未だ生きているということを、徐々に理解していった。
 時計を見た。
 まだ、六時前だった。
 今日は午前に講義があるとはいえ、まだ出かける支度をするには、早い時間帯だった。
 でも、また眠る気には、なれなかった。
 少し早かったけれど、大学に行くことにした。
 途中、コンビニに寄った。
 320円のパスタだけを買って、それをイートインで食べることにした。
 ちゅるちゅる、ちゅるっ。
 長く滑らかで温かいパスタの最後の一本を胃袋に収めると、のどが渇いてきた。
 パスタの入っていた容器を袋にくるんでゴミ箱に捨てると、俺の眼は自然と、飲み物が置かれた棚に向かった。
 お茶。コーヒー。ココア。コーンポタージュ。コーラ。サイダー。オレンジジュース。
 色んな飲料が、そこにあった。
 みんな、水だ。
 今朝、夢の中で、俺を捕食した、水の仲間たち。
 イメージが、俺の中で爆発した。
 俺がのどに流し込んだ熱いお茶が、俺の体内で増殖し、あふれ出し、腹を引き裂いて噴出し、俺を逆に包み込むイメージが。
 膨張し、大蛇のような姿となって、俺を内側から食い破る水のイメージが。
 俺は、頭を振った。
(馬鹿馬鹿しい。)
 あれは、ただの夢だ。
 現実には、水は俺を食べたりなんかしない。
 わかって、いるはずなのに。
 俺は、どうしても、飲料の棚に向かって、足を進めることが、出来なかった。
 結局、そのまま何も買わずに、コンビニを出た。
 喉に渇きを抱いたまま、俺は大学の門を通った。
 昨日と同じように、図書館に入り、二階への階段を上った。
 二階の入り口を通り過ぎてすぐに、小島さんと会った。
「あ・・・・・・」
 突然の遭遇に、俺は少し動揺したが、なんとか言葉を口に出すことが出来た。
「お、おはようごさいます」
「おはようございます。生さん」
 小島さんが、挨拶を返してくれた。
 小島さんが、俺の名前を呼んでくれた。
 小島さんが、俺が懇願した通りに、俺を名前で呼んでくれた。
「あ、ありがとうございます」
 気が付いた時には、そう口に出していた。
 口に出した後で、後悔した。
 こんなことを言ったら、きっと変な男だと思われる。
 いきなり、お礼を言うなんて、変だ。
 案の定、小島さんは困惑しているようだった。
「えっと・・・・・・、わたし、今何か、生さんにしましたっけ?」
「えっと、その・・・・・・名前で、呼んでくれました。俺の頼んだ通りに。ありがとうございます」
「ああ・・・・・・」
 小島さんは、微笑んだ。
 ずっと、見続けていたいような、笑みだった。
「生さん、昨日も図書館にいらっしゃいましたよね。図書館が、お好きなんですか?」
「はい」
「私もなんです。今は、この本を読んでいます」
 小島さんは、抱えていた本を、俺に見せてきた。
 俺は、驚いた。
「あれ、どうかなさいました?」
「その本を、読んでいるの、ですか?」
 その本は、俺が昨日、探した本だった。
「生さんも、ご存じだったのですね」
 無言で、俺は頷いた。
「俺も、読んでいました。ここ数日。借りようかとも、考えていました」
「そうなんですか!」
 小島さんは口を開けて、眼を開いた。綺麗な歯がまた見えた。
「すごい、偶然ですね。……良ければ、一緒に読みますか?」
 思わぬ申し出だった。
「そんな。いいんですか?」
「本って、他の人と読むことで、より読むことが楽しくなるって、私思うんです」
 その考え方は、正直、ちょっとよくわからなかった。
 だけど。
「・・・・・・はい。一緒に、読ませていただきます」
 俺に、断る理由なんて、あるはずもなかった。
 俺たちは並んで椅子に座って、本を読み始めた。
 一緒に、本に手を添えた。
 小島さんの指がページをめくると、俺の指がそれを受け止めた。
 小島さんは、俺の読んだ部分から、ページをめくってくれた。文章を目で追いながら、俺たちはその内容について話もした。
 俺たちの会話は、本の内容だけに、とどまらなかった。
「生さんて、学部はどこなんですか?」
「経済学部、です」
「教えていただき、ありがとうございます。私は文学部です。学年は、何年何ですか?」
「まだ、入学して、一年目、です」
「え、私も」
 それから小島さんはちょっと考え込むようなしぐさをしてから、言った。
「なんか、同学年なのに『さん』付けするのも、ちょっと違う気がするのですよね・・・・・・。『生くん』って、読んでいいですか?」
「ええ・・・・・・大丈夫です。小島さんが呼びたいように呼んで頂ければ、それで大丈夫です。俺の方こそ、小島さんを小島さんって呼んで、良いでしょうか?」
「いや、それ以外に呼びようないじゃないですか。いいに決まっていますよ」
 小島さんは、口を片手で抑えて、くすくすくす・・・・・・と、笑った。
「ごめんなさい、でも・・・・・・。面白いですね、生(せい)くんは」
 面白い。
 変な人って、意味だろうか。
 ちょっと、ショックだ。
 俺はどこに行っても、そうみられる運命なのだろうか。
「サークルとかには、入っているんですか?」
「入学したばかりのころに、いろいろ見てはみたのですけど・・・・・・。結局、入ってないです」
 一人暮らしだから、生活費のために、アルバイトも多くしなければならなかったし。
 特に運動部は、どうしたって駄目だ。
 どうしたって、水分補給を、沢山しなければならなくなる。
「じゃあ、今から文芸部に入るように勧誘されたら、ちょっと興味あります?」
「ぶんげいぶ?」
 そんな名前を、そういえば四月頃、看板の中に見た記憶がある。確か・・・・・・。
「小説を書いたりする、サークルですか?」
「そうそう。私が、入っているサークルなんです。一年生が少ないから、生くんが入ってくれたら、嬉しいです」
 思わぬ、誘いだった。
 だけど・・・・・・。
「小説なんか、俺に書けるとは思えません。そもそも読むことすらほとんどしたことない」
「別にいいんですよ。書けなくったって。書いた方がいいですけど、書かなくったっていいんです」
「文芸部なのに、ですか?」
「サークルなんて、そんなものですよ。みんな、集まる口実が欲しいだけなんです」
「・・・・・・それなら、入っても、いいんでしょうか?」
「是非! 人は沢山いたほうが、楽しいですから。それに・・・・・・」
 それに?
「これを機会に、書かれてみても、いいんじゃないでしょうか。私、生君ならいい小説を書ける予感がします」
 これまた、予想外の言葉だった。
 俺は、なんと答えていいか、わからなかった。
「ま、単なる無責任な直観なんですけどね」
 小島さんは、歯を見せないままに口元に笑みを浮かべて、頬を手に乗せて俺を見た。
 なぜかはわからないが、どことなく恥ずかしい気持ちになったから、俺は眼をそらして、腕時計を見た。
 気づけば、講義が始まる時間だった。
「あの、すいません」
「あ、もう、時間ですか?」
 小島さんも、自分の腕時計を見た。
「ほんとだ。私も行かなきゃ」
「すいません、では、これで」
「待って下さい。生君。」
 立ち上がった俺を、小島さんは座ったまま見つめた。
「生君は、今日、お昼はどこで食べるんですか?」
 意図がつかめない質問だったが、答えない理由もないので、正直に答えることにした。
「学食で、食べるつもりです」
「じゃあ」
 小島さんは、本を閉じて、立ち上がりながら、
「お昼ご飯、ご一緒しませんか?」
 これもまた、断る理由がない申し出だったので、受けることにした。
 12時15分ぐらいに学食に来たら、入り口に小島さんが立っていた。
「お疲れさまです、生君」
「お疲れさま、です」
 何故か、俺は緊張していた。緊張の原因自体はわかっていた。女性と二人でお昼ご飯を食べるという予定が、俺に緊張をもたらしていたのだ。だが、なぜ相手が女性であり、小島さんであるという事実が、俺に緊張をもたらすのか、その理由がわからなかった。
 数日前、何気なく見たニュースのことを、なぜか俺は思い出していた。ある人気女優が、実業家の男性との婚約を破棄したというニュースだった。人気女優は婚約破棄を決めた理由として、『彼の食事の食べ方が汚かったから』だと述べた。どうしてそんなニュースのことを俺は今思い出しているのか、自分のことなのにわからなかった。
 学食は、混んでいた。お昼時だから、当然だ。俺の通うこの大学の食堂のシステムは食券制だ。ここで食事を食べたい者は、まず食券を購入し、それを食堂の人たちに渡して、食事を作ってもらい、渡してもらう。メニューは、ラーメン、カレー、丼もの、定食もの、パスタとバラエティーに富んでいる。
 食券を買うための列に並ぶ前に、小島さんは、入り口近くに設置されている、飲料の自動販売機に歩み寄った。
 小島さんが、鞄から財布を取り出して、財布から小銭を取り出して、自販機に入れて、ジュースの缶を選んでボタンを押すまでの動作を、俺は見た。
 ごっとん。
 缶が、自販機の取り出し口に落ちる音を聞いた。
 小島さんが、缶を取り出した。
 ジュースだ。
 液体だ。
 水だ。
 ごくりと、俺は、唾を飲み込んだ。
 俺は、朝から今に至るまで、何も飲んでいない。
 だから今、俺は、のどが渇いている。
 だけど、今こうして小島さんの手に握られたジュースの缶を見ただけで、俺は昨晩の悪夢を思い出してしまう。
 俺が水に食われる夢を。
「生くん?」
 小島さんが、俺を見ていった。
 その声に、俺ははっとした。
 悪夢を思い出して、立ったままぼうっ、としていたようだ。
「大丈夫?」
 小島さんは、眉間にしわを寄せて、そんな俺を見ていた。
 そんな小島さんを、俺は見つめた。
 俺は、思った。
 ああ、心配して、くれているんだな。
 こんな俺のことを、心配してくれているんだな。
 優しい人だな。小島さんは。
 小島さんは、不思議な人だ。唐突に、俺はそう気づいた。
 一昨日、初めて会ったばかりなのに。
 会った時からずっと、俺に優しくしてくれた。
 雨の下、俺を傘に入れて送ってくれた。
 俺が名前を聞いたら、答えてくれた。
 俺が名前で呼んで欲しいと言ったら、そうしてくれた。
 俺と一緒に、本を読んでくれた。
 俺を、文芸部に誘ってくれた。
 俺を、ご飯に、誘ってくれた。
 今、俺を、見てくれた。
「いえ、すいません。なんでもありません」
 俺は、自販機に、歩み寄り、鞄から財布を取り出して、財布から小銭を取り出して、小銭を自販機に投入して、ポカリスエットのペットボトルのボタンを押した。
 ごっとん。
 取り出し口から、ポカリを取り出した僕は、すぐにふたを開け、飲んだ。
 んぐ、んぐ。
 冷たい感触が、喉を潤した。
 渇きが、癒されていく。
 喉に一度流し込むと、すぐに口を離し、ポカリにふたを閉めた。
 そして、小島さんを見た。
「ご心配おかけして、申し訳ありませんでした」
 変な男だと思われようと、構わなかった。
 その言葉を、言いたかったから。
「大丈夫?」
「はい」
「なら、良かった」
 小島さんと俺は、列に並んだ。
 俺は、日替わり定食Aランチの食券を買った。
 小島さんは、ナポリタンスパゲッティの食券を買った。
 積まれたトレイを、一枚ずつ持った。
 割烹着を着たおばさんに、俺たちは食券を差し出した。
 少し、立ちながら、待つ。
 俺が置いたトレイに、肉と野菜の乗ったお皿と、みそ汁の入ったお椀と、白いご飯が盛られたお椀が、置かれていった。
 俺は、トレイを持った。
 見れば、小島さんの持つトレイには、もうナポリタンの盛られた皿が載っていた。
 俺たちは、座れる場所を、探した。窓際の席に、ちょうど二つ続いて空いているところがあったから、二人してそちらに向かった。
 お椀をもって、箸でご飯を口まで運ぶとき、ちょっと緊張した。
 小島さんに、どう見られているのか、気になった。
 箸の握り方、お椀の持ち方、ご飯の噛み方を意識した。小島さんに上品に見られたかった。
 食べながら、ちらりと、小島さんを見た。
 小島さんは、まっすぐに背を伸ばして、パスタをフォークにまき、口に運んでいた。
 本を読んでいる時の姿勢も、綺麗だったな。そう思った。
「生君は・・・・・・」
 小島さんが、座ってから初めて、言葉を口にした。
「雨が、嫌いなんですか?」
 俺は、箸をおいて、言った。
「どうして、そう思われるのですか? 小島さんは」
「……一昨日、雨が降っているとき、とても苦しそうだったから。生君が」
 ……恐れていた事態が、現実のものとなった。
 覚悟はしていた。
 だって、初めて出会った時から、俺が普通とは違う人間だってことは、俺の行動と言動によって否応なく伝えてしまっていたから。
 ただ、さっき、自販機でポカリを買った時から、俺は一つの決意を固めていた。
 ごまかすことは、しない、と。
 例え、小島さんが、俺を嫌悪するという結果が、俺の真実を伝えることによって引き起こされたとしても、それは仕方ないことだと、無理やりにでも俺自身を納得させて、その運命を受け入れようと、俺は決意していた。
 だから、正直に、言った。
「俺は、水が怖いのです」
 俺の、恐怖を。
 俺の、異常性を。
 小島さんに、伝えた。
「怖い?」
 小島さんの眼鏡の奥からの視線が、俺を突き刺すようだった。
「水が、怖いのですか?」
「はい」
 俺は、頷いた。
「それは、その・・・・・・」
 ちょっと言いにくそうに、言葉をいったん切って、フォークをトレイに置いてから、小島さんはまた口を開いた。
「その、もしも気を悪くしてしまったら申し訳ないのですが、泳げない、という意味ですか? 泳げないから、おぼれるのが怖いから、水に入ることが怖い、ていう」
「いいえ、ごめんなさい。違うのです」
 俺は、首を振った。
「そういう意味では、ないんです。俺が怖いのは、プールの水だけじゃありません。どこにある水も、俺にとっては恐怖の対象なんです。例えば、これも」
 俺は、トレイの上に置かれた、先ほど自販機で買ったポカリスエットのペットボトルを指さした。
「これに入っているポカリスエット、液体ですよね、水ですよね」
「ええ・・・・・・」
「この水も、怖いんです。俺にとって、恐怖の対象なんです」
「・・・・・・」
 小島さんは、無言で、ペットボトルを見つめた。さっき俺が飲んだおかげで、中身が減っているペットボトルを。
「あれも、怖いんです」
 俺は、無料でガラスコップに冷水を注げる、食堂備え付きの機械を指さした。
「水道から出る水も、怖いんです。俺は今朝、顔を洗っていません。顔を洗うために出す水が怖かったからです。トイレの便器に入っている水も怖かったけれど、どうしても我慢できなかったから使って、手を洗うために水道も使いました。でも、すごく勇気がいりました。目をつぶりながら、手を洗いました。雨の水も、怖いのです。一昨日みたいに、傘をさして歩くことはできるけれど、傘を差さずに歩くことは絶対できません。怖いからです。一昨日みたいに、雨の音をずっと聞いていると、」
 俺は夢中になって、休まずに話し続けた。
「もうその音だけで、気分が悪くなってしまうんです」
「一体、水のどこに、恐怖を感じるのですか?」
「水は、俺を、殺そうとしているんです」
 俺は、ついに、その妄想を、告げてしまった。
 人でごった返し、多くの声が飛び交って入り混じる、昼時の学食の一席で、俺は、もうずっと前から俺にとりついて離れない妄想を、告げた。
 小島さんは、ただじっと、俺を見ていた。フォークにも、皿にも、指の一本を触れずに。
「殺す?」
 小島さんは言った。およそ昼の学食に満ちる雰囲気には似合わないその言葉を。
「そんなこと、絶対にありえないって、頭ではわかっているんです」
 そう、あり得ない。
 水は、生き物じゃない。
 エイチツーオーという化学式で表現される、ただの物質にすぎない。
 当然、意志なんか、知性なんか、殺意なんか、持っているわけがない。
「でも、どうしても俺は、そう思ってしまうんです。根拠なんか何もないのに、思ってしまうんです。水は生きているんだって。生きて、俺を殺そうとしているって。水道の蛇口を捻ったら、出てきた水が俺に巻き付いてきて、俺を絞め殺すって。入浴したら、お湯が俺を包み込んで、窒息死させるって。のどが渇いた俺が水を飲んだら、俺の体の中で水は際限なく膨らんで、俺の中から俺を破り裂いてしまうって」
 いつの間にか、俺の耳には、周囲のざわめきが聞こえなくなっていた。俺の耳には、自分の口から出る言葉だけが聞こえていた。
「そんなこと、あり得ないって、知っているはずなのに。わかっているはずなのに。俺は学校で科学の授業を受けて、水が生き物なんかじゃないって、知性なんてないから、殺意だって持つことが出来ないっていうことを、ちゃんと知っているはずなのに。なのに俺は、水への恐怖を、どうしても捨てることが出来ないのです」
「誰もが、自分が死ぬということを、知っている。だけど、誰も、自分が死ぬということを信じていない」
 突然、小島さんが、言った。
 俺は、口を閉じた。
 車を猛スピードで走らせていたら、急に目の前に何かが現れて、ブレーキを踏んだような感覚を感じた。
「昔読んだことがある小説に、出てきた言葉なんです」
 小島さんは、言葉を続けた。
「きっと、生君は、この言葉とは、逆の状態なんでしょうね。水が生き物じゃないってことを知ってはいても、水が生き物じゃないってことを、信じられない。それでずっと、怖がっている。きっと、つらいんでしょうね。・・・・・・ごめんなさい。生君」
 小島さんは、俺を向いて、座ったまま、頭を下げた。
 俺は、戸惑った。
「どうして、謝るんですか? 小島さんが」
「だって私が、生君に聞いてしまったから。生君は、私のために、自分が何を怖がっているのかを、語ってくれた。それって、とっても辛いことだと思うんです。だってそれを語っている間、頭の中に自分の怖いもの、自分が嫌なものが浮かぶのですから。ごめんなさい、永君。それにありがとうございます。自分が辛いにも関わらず、私に話してくれて。生君の優しさに対して、感謝します」
 ・・・・・・そんなことを言われたのは、初めてだった。
 これまでの人生の中で、俺が、俺が感じる恐怖を告白した時、相手が俺に示す反応といえば、二つしかなかった。
 嘲笑。
 あるいは、恐怖。
 人には、弱者を見れば傷つけるどうしようもない習性がある。
 人には、理解できない存在を恐怖するどうしようもない弱点がある。
 俺に、わざと水をかけてくる奴がいた。
 それまでは俺と、たわいもない話をしてくれていたのに、俺がこの告白をした次の日から、目もあわそうとしてくれなくなった奴もいた。
 俺は、そんなことがあるたびに、何故か悲しくなった。
 何故悲しいと感じるのか、今まではその理由がわからなかった。
 今、やっと、その理由が分かった。
 誰も、俺の苦しみを、わかってくれなかったから。
 例え共感はできなくとも、俺が苦しんでいるという事実に同情してくれる人が、一人だっていなかったからだ。
 今、小島さんが、俺に示してくれた態度を、誰も、示してくれなかったからだ。
 一昨日、小島さんは俺を傘の下に入れて、雨粒から守ってくれた。
 そして今、小島さんは、人生という暗く孤独な道を歩いてきた俺に、初めて、目に見えない傘をさしてくれた。
 優しさという名の傘を。
 
 光を浴びて、俺は立っていた。
 緑に囲まれて、俺は立っていた。
 草。
 樹木。
 天に浮かび、それらを照らし続ける太陽。
 全てが、温かかった。
 優しかった。
 全身に注ぐ光も。
 どこまでも、地平線の彼方まで続くように広い草原も、それらを囲むようにそびえるたくましい樹木の群れも。
 全てが、俺に、優しかった。
 ここにあるのは、一つしかない。
 命だ。
 命だけが、この世界に満ちている。
 俺の前には、小島樹花さんが立っている。
 彼女は、微笑んでいる。
 彼女は、傘をさしている。
 初めて、俺が出会った日に、俺を守ってくれた傘と、同じ傘を。
 彼女は、ドレスを着ている。
 やはりこれも、俺が見たことのあるドレスだ。
 まだ俺がとても小さかった頃、母さんが読んでくれた絵本で、こういうドレスを見たことがある。
 お姫様がきるようなドレスだ。
 白くて、輝いていて、ひらひらしているドレスだ。
 対して、俺は、裸だった。
 生まれた時と同じように、何もその身に着けていない姿で、俺は彼女の前に立っている。
 俺と彼女は、見つめあっている。
「温かいでしょう」
 彼女が、言った。
「はい」
 俺は、答えた。
「とても、あたたかいです」
「ここには、水なんかありませんよ」
「とても、嬉しいです」
 俺の心は、平安に満たされていた。
 もうずっと遠い昔に、自分は確かに、こういう気持になったことがあるはずなのに、それがどんな時だったか、思い出せなかった。
 だけど、そんなことは、どうでもよかった。
 だって俺は今、この美しい世界に立っていて、俺の前には、彼女がいるのだから。
 俺は、一歩、足を踏み出した。
 俺は、彼女を、抱きしめた。
 裸身の俺に抱かれる彼女の耳元で、俺はささやいた。
「樹花・・・・・・」

 そこで、俺の夢は終わった。
 俺は、目を覚ました。
 瞼を開いた俺の視界には、緑の世界でも小島さんでもなく、俺の住むアパートの天井だけが、あった。
 カーテンの向こうから差し込んでいるであろう朝の淡い光の中で、ぼんやりと天井の木目だけが見えていた。
 俺は、横を向いて、目覚まし時計を見た。
 まだ、もう少し眠っていても大丈夫ではあるけれど、今起きたほうが、ゆったりとして朝歩くことが出来る、そんな時間を、時計は示していた。
 俺はもそもそと、昨日のアルバイト先での肉体労働で未だ疲れが残っている体を動かして、布団から出た。
 トイレにいって膀胱を空にして、手を洗った後でひげをそって顔を洗った。
 水道から出る水を顔にばしゃっ、とかけたとき、冷たさが頭の奥までしみるようだった。
 濡れた顔をタオルで拭いた後、俺は鏡をじ、と見た。
 ひげに剃り残しはないだろうか。
 鼻毛は出ていないだろうか。
 そんなことを、注意深く確認した。
 どうしても、不格好な顔のままでは、外出したくなかった。
 不格好な顔を、出来れば見せたくない人と、出会ってしまったから・・・・・・。
 朝ご飯は、昨日炊いておいたご飯をよそって、納豆をかけて食べた。
 食べ終わって、お椀を軽く洗った後で、また鏡の前に立った。
 口元が汚れていないか、確かめたかった。
 見たところ、米粒も納豆粒もついてはいないみたいだったけれど、なんとなく、目に見えない汚れがついているような気がぬぐえなかったので、もう一度顔を洗った。
 顔を拭いてから、着替えた。
 これまた、鏡の前で、ちゃんと着こなせているか、ボタンにかけ違いはないか、服に汚れはないか、社会の窓は開いていないか、確かめた。
 昨日の内に準備しておいた鞄を手に取る前に、スマホに電源を入れて、天気予報アプリを確認した。
 今日は、一日中晴れだと、アプリは示していた。
 でも、一応、折り畳み傘がちゃんと鞄にあるかどうか、俺は見た。
 鞄の内ポケットに、折りたたみ傘はあった。
 俺は鞄を抱えて、部屋を出た。
 朝の空気は好きだ。
 澄み切っていて、汚れがなくて、吸っていると心身共に健康になれそうな感覚を覚える。
 そんな空気の中を、俺は歩いて行った。
 今日は、大学の講義は午後から始まる。午前中、俺はフリーだ。
 だから、別にもうちょっと、自室でのんびりしていたっていいのだけれど、今日の俺は、大学に行く前に約束があったから、この時間にアパートを後にしたわけだ。
 俺は、大学から遠くないところにある、喫茶店の前にたどり着いた。
 古風で上品な、フランス映画にでも出てきそうな(といって俺は、フランス映画なんて一度も観たことはないが)喫茶店だった。
 その玄関の前で、俺はしばし、佇んだ。
 ここで、待ち合わせをする約束だったからだ。
 待ち人を待つ間、暇をつぶすために、俺は鞄からスマートフォンを取り出して、今日のニュースを見た。
 なぜニュースだったのかといえば、ソーシャルゲーム(FGOとかパズドラとか)をやるよりもその方が知的で、待ち人がやってきて俺のスマホを覗いたときに、彼女の目に俺が知的に見えるだろうということを期待したからだ。
 胸糞の悪いニュースが、トップニュースだった。
 去年だったか今年の初めだったかに起きた、病院放火事件で逮捕された犯人を裁く裁判が、いよいよ始まったことを示すニュースだった。
 それは、残虐な事件だった。
 産婦人科を主とする病院に、犯人がガソリンを使って放火をし、10人程の死者と、20人程のけが人が出た事件。
 死者の中には、生まれてまもない新生児や、妊婦が、含まれていた。
 事件が発生した時は、連日報道され、コメンテーターたちが悲嘆にくれた顔を画面の中に見せたものだ。
 この事件が、特に社会的注目を集めたのは、その残虐性もさることながら、犯人の動機の特異さにもあった。
 犯人である、20代の男は、警察に逮捕されて受けた取り調べで、自分の行為を「正義」だと断言した。
 人類をほろぼす党党首、高杉真司。
 男は、自称した。
 そんな政党は公的には届けられていないが、男は、高杉真司は、自分一人しかいない政治団体のリーダーであることを、自称したのだ。
 病院に火をかける前、高杉は、Yutubeに動画を投稿していた。『政見放送』と称する動画を。
 その動画は、もちろん事件発生後に削除されたが、自分はニュースの中で一部分だけ見たことがある。
「人をたくさん殺すことは、いいことなんだ!」
 動画の中で、高杉はそう絶叫していた。
 動画の中で、高杉は主張した。人類は、みんな、生きているだけで死刑に相当する罪を犯し続けている最悪の犯罪者だと。
 何故なら、人間は生きている限り、食事のために他の生き物を、動物植物問わず殺し続けているからだと。
 生存罪、という造語を、高杉は繰り返した。自分が選挙で勝って総理大臣になったらこの罪を制定し、人類を一人残らず死刑にするのだと。
「特に妊婦は重罪です! ただ自分が生きているだけでは飽き足らず、新しい人間を生み出すという、更なる重罪を犯すつもりだからです! 皆さん、街で妊婦を見かけたら、その醜く膨らんだ腹を、是非ぶんなぐってやってください! 可能ならば、金属バットを持ち歩いて、いつでもフルスイングできるようにしてください!」
 そして、音程の外れた歌を歌って、高杉の動画は終わっていた。
「妊婦の、腹を、ぶん殴れっ! あそれ! 妊婦の、腹を、ぶん殴れっ! あそれ! 金属バットでぶん殴れっ! あそれ!」
 胸糞が悪い動画だった。
 弱い人たちに対する暴力をあおるメッセージに、俺は嫌悪感しかなかった。
 もちろんそれは、この動画を見た、事件を知った大多数の人たちも同じであっただろう。
 と同時に、識者を中心に、高杉は注目を集めた。
 思想に基づく大量殺人。
 それが、高杉の起こした事件の特異性だったのだ。
 日本では、それは、珍しい形の犯罪だった。もちろん過去を振り返れば、この国にもテロがあったけど、犯人がたった一人で、しかも相手が政府機関でも企業でもない多数の一般人であったという事実が、特異だったのだ。
 ある評論家は、高杉の思想の背景として、近年海外で支持者を増やしている反出生主義を見出し、「21世紀のテロリズムは、彼のような思想に基づくものが増えていくだろう」と語った。
 ・・・・・・おぞましいことに。ネット上では、掲示板、SNSを問わず、高杉の主張を正しい主張だとみなし、高杉を英雄視する声も散見された。
「やっぱりさあ、妊婦ってうざいんだよ。邪魔なんだよ。バスとか電車とかで、あいつらのでかい腹がさ。その上席を譲れなんて、ずうずうしく要求してくるんだぜ。 なんで俺が、勝手に中出しセックスしたやつなんかのために、席を譲らなきゃいけねーんだよ? 焼け死んでくれてざまーみろって感じ。犯人はよくやったよ! 無罪放免の上報奨金を上げたいね」
 大半は、こんなようなノリの、知性を感じられない浅い賛同意見だったけれど。
 中には、それなりに理論武装した意見もあった。
「確かに大量殺人は許されない。が、彼の動機となった思想自体を、完全に否定できるとは思えない。現在、地球上の人類の人口は七十億人を超え、これが生態系に与えている負担は計り知れない。そもそも我々人類が、過去どれだけの生物を絶滅に追い込んできたであろうか。それも我々自身の際限のない欲望によって、だ。我々は今、自ら絶滅もしくは環境に負荷を与えない程度にまで数を減らす選択をする道義的責任があるのではないか」
 だけど、こんな意見も、俺にはどうしても、生理的に、受け入れられなかった。
 難しい理屈なんて関係ない。
 ただ、ただ病院にいただけの妊婦さんや、生まれてきたばかりの子どもを殺した人間の語る言葉に、少しでも同意を示す人間がいるという事実が、自分には、気持ち悪かった。
 その理屈が正しいのかどうか、考えることさえもが、自分には受け入れることが出来なかった。
 これは、俺が、異常者だからだろうか。水を怖がるような異常な人間だから、善悪についての感覚も異常なのだろうか。俺以外の人間の大多数は、高杉のような奴の意見も、一つの意見として受け入れて、「次の選挙では誰に投票しようか」なんて問題と同じような感覚で、その是非を語り合うことが出来るということだろうか。
 小島さんは、どうなのだろう。
 唐突に、俺は思った。
 小島さんなら、この事件に対して、どんな感想を示すだろう。
 でも、こんな話題を持ち出して、小島さんは不快にならないだろうか。
「おはようございます! 生君!」
 俺の思考は、背後から聞こえた、澄んだ声で中断された。
 俺は、振り向いた。小島さんが、立っていた。
「待ちました?」
「いいえ、今来たばかりですよ」
「よかった」
 俺は、喫茶店の玄関の戸を開けて、店内に入っていった。小島さんも、後に続く。
「生君、待ちました?」
「いや、さっき来たばかりですよ」
 俺は笑っていった。思えば、彼女と会ってから、笑うことが出来るようになった気がする。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「二人です」
 店員さんの出迎えに対して、俺たちは一緒に答えた。
「当店は、全席禁煙となっておりますが、よろしいでしょうか?」
「はい」
 俺が、答えた。この店で煙草が使えないということは、この店のことを教えてもらった時に、小島さんから聞いていた。俺は煙草を吸わないから、それになんの不都合もなかった。
 店員さんに案内されて、俺たちは、日当たりのよい窓際の席に案内された。平日ということもあって、店内は混んではいなかった。ただ、お年寄りが多く来店しているようだった。落ち着いた雰囲気のおかげで、近所に住んでいる人たちの憩いの場になっているらしいことも、小島さんから既に聞いていた。
 俺たちは、座った。
「ご注文は、お決まりでしょうか?」
「紅茶でお願いします」
「俺は、コーヒーで」
 店員さんは、俺たちの注文をメモして、カウンターに歩み去っていった。
「いい店でしょ? ここ」
 小島さんが言った。俺は頷いた。
「ええ、なんか、上品です」
 この店で会う約束を俺たちがしたのは、昨日のことだった。
 大学の傍に、いい感じの喫茶店があるから、明日はそこで会わないかと、提案をしてきたのは小島さんだった。
 会って、何をするのかというと・・・・・・。
「書けました? 小説」
「はい、一応」
 俺は、鞄から、ファイルケースを取り出した。
 その中には、昨日プリントした、四枚ほどの、文字で埋まった紙が保管されていた。
 俺はそれらを取り出して、小島さんに渡した。
 それは、俺がここ数日を費やして、なんとか書き上げた小説だった。
 自室にあるパソコンのワープロソフトで書き、プリントは近所のコンビニの有料印刷サービスを利用した。
 数日前、小島さんと初めて一緒にお昼ご飯を食べた日に、俺は小島さんに、文芸部の部室に案内された。
 部室には、4年生の部長さんと、他に二人の先輩がいた。小島さんは、俺を彼らに紹介してくれた。
 彼らは、俺を歓迎してくれた。
 とはいえ、俺の方としては、入部の意志がまだ固まってはなかった。いくら無理に書かなくてもいいといわれたからといって、入部する以上は、やはり小説を書くことが出来たほうがいいと、考えていたからだ。
 その迷いを正直に伝えると、部長さんは、小説でも詩でもエッセイでもいいけど、一度短くてもいいから、何か書いてみた上で、考えてみたらいいのではないかと、言ってくれた。
 書くのが好きだと感じられたなら、入部すればよい。それは「書ける」てことだから、と。
 もちろん、例え書けなくとも、入部したいと思えば、入部すればよい、と。
 俺は、そうすることにした。
 まだ何を書きたいのか、何か書けるのかわからないけれど、「書く」という行為がどんなものなのかを、知るために。
 俺は、書くことにした。
 小島さんは、書けたら最初に読みたいと、言ってくれた。
 だから今、俺はここに座っていて、小島さんは俺の書いた小説を読んでいる。
 小島さんの目が、プリントされた文字の上を追うのを、俺はどうしても見続けることが出来なかった。
 緊張しているからだ。
 自分の作品を読んでもらうことが、こんなに緊張することだなんて、予想外だった。
 不特定多数の世の中の人にいつも読まれている小説家や漫画家の人たちって、頭がどうかしているのではないだろうか。
 俺は、窓の外に視線を向け、車が前の車道を通り過ぎていく姿や、おばあさんが犬を散歩させながら歩道を歩く姿や、ベビーカーを押した男性が横断歩道橋を渡る姿を見た。
 陽光の降り注ぐ、喫茶店の前の道の午前中に相応しいであろう、平和な光景だった。
 ふと、俺は思った。
 この光景の中を歩いている人たちは、俺が水を恐れているということを、俺が人生で初めて小説を書いたばかりだということを、俺が彼らと違うということを、知らない。
 俺の名前さえ、知らない。
 俺も、彼らのことを、全く知らない。
 知るはずもない。
 でも俺たちは、同じ地球という星に生まれて、今この瞬間を生きている。お互いに存在位は気づいても、これからいつ終わるかしれない生涯の間、二度と目にすることはないだろう。
 当たり前の事実だ。
 でもそんな当たり前の事実に、俺は今この瞬間、初めて気がついたような気がした。
 俺は今まで、俺は異常な人間だと思っていた。異常な恐怖に悩まされている人間だと。
 でも、今目の前の光景を歩いている人たちだって、俺が知らないだけで、他人に明かさないような彼ら一人一人に固有の恐怖感を、抱いているのかもしれない。
 彼らも、他人に容易に明かせないような秘密を胸に抱いて、歩いているのかもしれない。
 彼らだって、異常者なのかもしれない。
 彼らだって、自分のことを異常者だと考えながら、歩いているのかもしれない。
 俺は、不思議だった。
 なぜ、そんな単純なことが、今まで抱いた種類のない驚きを、俺に与えるのだろうかと。
「読みました」
 小島さんの、声が聞こえた。
 俺は、彼女を見た。
 小島さんも、紙をテーブルの上に綺麗にそろえておいて、俺を見ていた。
「・・・・・・どう、でした?」
 恐る恐る、俺は聞いた。
「初めてでこれだけ書けるんだったら、すごいと思います」
 ちょうどその時、コーヒーと紅茶が、運ばれてきた。俺たちはそれをとって、テーブルに置いた。
「話はまあ、正直に言うと、そんなに面白くはなかったかな」
 紅茶を一口すすった後で、小島さんは言った。
 俺は、意外とショックは感じなかった。あらかじめ予想はしていたからだったかもしれないし、小島さんが言った言葉だったからかもしれない。
 実際、自分でも、それは自信作とは言えない代物だった。近未来を舞台に、タイムマシンを開発した男が過去に戻って自分を殺したら、その瞬間に幽霊になってしまったという、ひねりのない落ちのお話だ。
 でもこれが、俺の精一杯だったのだ。部屋のパソコンを立ち上げて真っ白な画面を見ながら、昔かった星新一のショートショート集なんぞを読みながら、どうにか形だけでも真似て整えた。
「でも、ちゃんと起承転結というか、構造はきちんとしているじゃないですか。これから作品を書き続けていったら、生君にしか書けない小説が、書けるようになるんじゃないのかなって、そう思いました」
「そうだと、いいけどね・・・・・・」
 俺がそういって、熱いコーヒーを一口すするのを見て、小島さんはニヤリと笑った。
「そうだといいけどね、ていうってことは、これからも書き続けたいと思っているんですね。書いていて、楽しかったですか?」
「・・・・・・」
 俺は、考え込みながら、コーヒーカップを置いた。
「ちょっと、よく、わからないです。楽しいかどうかは」
 何しろ、一語一語、一文字一文字を入力することにさえも、普段使わないような神経を使ったのだ。これまで感じたことのない苦痛を、執筆の間中、常に感じていた。
 と、同時に、とにかくも一つの小説を書き上げた時、達成感と共に俺の書いたモノを読み直したときに感じたあの不思議さもまた、これまでの人生で、一度も感じたことがないものだった。
 ああ、俺はこれを書いたんだ。
 初見で、そう思った。そう思うと何故か、書くのに苦労したあの一語一語、一文字一文字が、例え俺以外の誰も読んでくれないとしても、世界が生まれてから書かれ続けてきたどんな言葉よりも愛おしく、高貴なものであるかのように見えてきたのを覚えている。
 わが子を慈しむ母の心とは、あるいはこのようなものであろうか。
「でも、書き続けてはいきたいなって、思っています。良いものが、書けるがどうかは、わからないけれど」
「じゃあ、入るんですね。文芸部に」
「はい」
「ようこそ」
 小島さんは、そう言って、また紅茶をすすった。
 俺は、返してもらった原稿を、また丁寧にファイルケースに入れて、鞄にしまった。
 それから、俺も小島さんに習って、コーヒーカップを持ち、飲み干した。温かさと苦みが心地よかった。
「生君。聞いてもいいですか」
 そんな俺を見ながら、小島さんが言った。
「何?」
「私の書いた小説を、読んでくれます?」
「小島さんの書いた、小説を?」
「うん。もしできれば、生君に読んでもらって感想を聞きたいなって」
「良いですよ」
「ありがとう」
 小島さんは、自分の鞄から、本を取り出した。
 厚い本だった。
 カバーのないむき出しの姿で、モノクロの表紙には、幾何学模様が描かれている
 俺は、それがなんなのか、言われる前に気付いた。
「部で出している雑誌ですか?」
「うん」
 俺は、小島さんから、部誌を受け取った。
 俺は、部誌を開いた。
「火宅遊っていうのが、私のペンネームなんです」
 俺は目次を見た。火宅遊という作者の小説は、12ページくらいにあった。俺はそのページまで本をめくり、小島さんの小説を読み始めた・・・・・・。
 
 死を想え                        火宅遊

 学校からの帰り道に、人がたくさん集まっている光景に、遭遇した。
 車の上に乗って、拡声器を手に持って、何かを叫んで訴えている男性の周りに、人が大勢、集まっていた。
 選挙運動だろうか。最初、私はそう思った。
 でも、この街で選挙が行われるなんて、私は聞いてなかった。
 好奇心に駆られて、私はその声に耳を傾け、その人を囲む人の輪に引き寄せられていった。
 私のような高校生。
 小学生。
 お年寄り。
 サラリーマン、OL。
 買い物帰りと思しき人。
 いろんな人たちが、彼の周りに立っていた。
「皆さん!」
 男性は、拡声器を通して、声を張り上げた。
「私はこれから、皆さんに対して、重大な、恐るべき真実を、告げようとしています! どうか皆さん、よく聞いてください! 私たちは、死ぬのです! みんな、死ぬのです!」
 叫んで疲れたのか、男性は、息をぜいぜいと切らした。
 男性が途切れたのと入れ替えに。
 あたりに、どっ、と、嘲笑が、沸き上がった。
 みんな、笑っていた。
 小学生も。
 お年寄りも。
 サラリーマンも、OLも。
 買い物帰りと思しき人も。
 私以外、みんな、笑っていた。
「どうして、みんな、笑っているですか!」
 男性はまた、叫んでいた。
「私の言ったことが、よくわかっていないのですか? だったら、大事なことなので、もう一度繰り返します! 私たちは、死ぬのです! あなたもわたしも、死ぬのです! この場に立っている全ての人は、いつかみんな、死ぬのです!」
 当たり前だろ。サラリーマンらしきおじさんが、そうヤジを飛ばした。
 知っているよ。小学生の女の子が、笑っていった。
「そうですか! 知っていましたか! でも、だったらなんで皆さんは、笑っていられるのですか!」
 男性は、泣きながら、絶叫した。
「怖くないのですか!? 死ぬんですよ! いくら今を一生懸命頑張ったって、いつかは必ず、死ぬのですよ! どうして、怖がらないのですか! 泣きわめいて救いを求めないのですか! 私は、死ぬのが怖い! その次に怖いのが、あなたたちだ! 自分が死ぬということを知っていながら、そのことをまるでないものであるかのように振舞って、今日を平気な顔をして生き続けるあなたたちだ! お願いです! 怖がってください! 泣いてください! あなたたちが、血の通った普通の人間だっていうことを、どうか私に対してお示しください!」
 なんでお前に指図されなきゃいけないんだよ。
 頭の病院に行け。
 お前、仕事なにしているんだ。
 男性の懇願に対して、返ってきたのは、そんな言葉ばかりだった。
 その時、私のポケットにあったスマートフォンが、鳴った。
 ぴろりん。
 画面を開くと、母からのLINEが届いていた。
『買い物してくれない?』
 と、書かれていた。
 私は『いいよ』と、返信を書き込んでから、その場を離れた。
 男性の演説や、ヤジの声が、背後で段々と小さくなっていった。
 あの男の人と、彼の周りの人たちと、本当に頭がおかしいのは、どっちなんだろう。
 そんなことを、心の片隅で思いながら、私は、歩いて行った。     
                                    <了>

 それが、小島さんの書いた、小説だった。
「読み終わりました」
 俺は言った。
「どうですか?」
 小島さんは、俺に聞いた。
「すごいです」
 俺には、そんなことをいうしか、出来なかった。
「よくわからないけど、すごいです」
「ありがとうございます。生君にそういってもらうと、嬉しいです」
 俺は、部誌を閉じて、置いた。
 何かを、言いたかった。
 でも、なんていうべきか、何を言いたいのか、わからなかった。
「小島さんは、どうして、こういう小説が、書けたのですか?」
 やっと言えたのは、そんな言葉だった。

  俺たちは、12時過ぎに、喫茶店を後にして、大学に来た。
「じゃあ、これで」
「はい。お疲れ様です。生君」
 学部が違うから、受ける講義も違うので、俺たちは門を過ぎてすぐのあたりで別れた。
 その日、教授の講義の声を聞きながらも、心はずっと、小島さんの話してくれたことについて、考え続けていた。
 彼女もまた、俺とある意味同種の人間であったということ、他の人たちに見えていないことがみえてしまい、それ故に苦悩する人間であるということが、俺に対して深い印象を残したのだ。
 もっとも、俺のそれがただの妄想に基づいているのに対し、小島さんは、現実にこの世界に存在する真実のせいで、苦悩している。それが、違いだ。
 とはいえ、と、俺は、教授のやむことない言葉に黙って耳を傾けている、教室に座る何人もの学生たちの姿を眺めながら、思った。
 彼らだって、言葉に出してはいないだけで、本当は、それぞれ何かを恐れているのかもしれない。
 それはもしかしたら、俺の目から見れば、取るに足りないようなものなのかもしれないし、あるいはただの妄想に基づいているものとしか思えないものかもしれない。
 人は、それぞれ違う。
 同じ世界を見つめていても、その瞳には、全く違う光景が映っているのかもしれない。
 例えば、あの産婦人科病院放火事件を起こした高杉真司や、彼の賛同者たちの瞳にも、善悪について、俺とは違った光景が、きっと見えていたのだろう。
 そういえば、結局、小島さんとの会話で、あの事件について話題に持ち出すことは、なかった。
 まあ、あの平和な喫茶店の空間に、あんな血なまぐさい事件の話題はミスマッチだったと思うし、別に小島さんとしたいような話でもなかったから、良かったのかな。
 その日、受けなければいけない講義が全て終わった後で、俺は文芸部の部室に行くことにした。
 入部の意志を伝えに行く必要があったから。まあ昨日会った人たちがいるとは限らないが、もし誰かいたなら、書いた小説を読んでもらいたいという思いもあった。
 文芸部の部室は、文化系部活棟の三階にある。
 俺は、古びたその建物の階段を上った。
 「文芸部」という張り紙(端がちぎれていて、剥がれそうだった)が貼られたドアを、俺はノックした。
 反応は、なかった。ただ、明かりはついていた。
 ドアノブを握った。鍵はかかってなかった。
 はてな。俺は首を傾げた。
 誰かが、電気はつけっぱなし、鍵は開けっぱなしの状態で部室を放置した、ということだろうか? もったいなくて不用心だ。
 もしも誰もいないのならば、このまま帰ってもいいのだが・・・・・・
 好奇心が、俺を突き動かし、ドアノブを回させた。
 ドアが開き、文芸部の部室の中の光景が、俺の目に前に現れた。
 部室は、無人ではなかった。
 靴を脱いで上がる、敷き詰められた床の中央、小さなテーブルの傍らに、人が一人、俺の立つ入り口に背中を向けて、横たわっていた。
 長い髪と、体型と、スカートとそこから出た足から考えるに、どうも女性らしい。
 眠っているのだろうか?
 だとしたら、起こしたら悪い。
 とはいえ、せっかく部員(だと思う。多分。)の人がいるのであれば、俺の書いた小説を読んで欲しかったし、今後人間関係を始めていく中で、親交を結んでおきたかった。
 俺は靴を脱いで、眠るその人に、近寄った。
 その人は、やはり女性だった。そしてやはり、眠っていた。
 なので、起きるまで、待つことにした。
 本でも読んで時間をつぶせるかと思って、俺は本棚を見た。
 やはり文芸部だからだろうか、部室には本棚があり、色んな本があった。綺麗にそろえられたタイトルを追っていくと、おや、と俺は驚いた。
 懐かしい書名を、見つけたからだ。
明星(あけほし)月光(げっこう)作『紅のソルジャー』シリーズの、一巻と二巻。
それは、俺が高校時代によく読んでいた、ライトノベルのシリーズだった。
高校時代も、俺は、図書室を友として過ごしていた。俺が通っていた高校の図書室には、『紅(くれない)のソルジャー』シリーズが置かれていたから、自然に手に取ったのだ。
 近未来の日本を舞台に、戦争用サイボーグとして作られながら、軍を脱走し、高校生として生きる少女、紅烈(れつ)花(か)が、悪と戦うというストーリー。
 魅力的なキャラクターに緻密な設定、バトルをはじめとする繊細な描写力によって人気シリーズとなり、確かアニメ化もされたはずだ。
 俺が何よりもこのシリーズで好きだったのは、ヒロインである烈花と同じ高校に通う平凡な少年、桐(き)生(りゅう)月人(つきと)との関係性だった。二人は最初、ただの同級生だった。しかし、月人が敵と戦う烈花を目撃したのをきっかけに、二人は徐々に関係を深め、やがては恋に落ちてゆく。しかし、烈花は、サイボーグである自分は、月人と同じ世界に生きることはできないと考え、自分の思いを伝えることが出来ない。そんな烈花の姿が、けなげで、愛おしくて、俺は読みながら、二人の恋の成就を願っていたものだ。
 確か、このシリーズは、未だ完結していないはずだ。
 俺が高校三年生だった頃の春ごろを最後に、刊行が止まっている。理由はわからない。
 俺は、一巻を手に取り、読み始めた。
 久しぶりに読んだが、やはり面白い。
 そのまま夢中になって読むふけり、遂に、一巻を最後まで読み切ってしまった。
 二巻目を読もうと、持っていた本を本棚に返そうとしたとき。
 俺は、自分を見つめる瞳に気が付いた。
 横たわっていた女性が、体を起こしていたのだ。
 上半身だけを起こした体勢になって、本を持つ俺を、じっと、凝視している。
 ものすごい、真顔だった。
「あ・・・・・・、すいません」
 別にそんな必要はなかったかもしれないが、何故か気まずくなったから、俺は謝った。
「その、ドアが、空いていたもので、、、その、お休みだったようですから・・・・・・」
 そんな必要なないのかもしれないが、なぜかしどろもどろに弁解を始めてしまった・・・・・・。
「君は・・・・・・」
 女性が、口を開いた。
 若い声だった。彼女は、外見も若そうだ。俺と多分同年代だろう。
「好きか、その小説」
 彼女は、俺の持つ「紅のソルジャー」第一巻を指さした。
 俺は、口を閉じた。
 急に、未だ名前も知らない彼女が、予想外のことを質問してきたから、どう答えたらよいかわからなかった。
「え、えっと、好き、です」
 別に、答える必要もなかったかもしれないが、一方で答えない必要もなかったので、俺は正直に答えた。
「そうか。君に小説を書く才能はないから、文芸部なんて入らない方がいいぞ」
 脳みその中が、ぶっとんだ。
 もちろん、比喩表現だ。
 わかりやすく言えば、衝撃を受けた。
 いきなり、初対面の人に、初めて交わす会話で、なんか言葉にできないけど、俺の大事なものを全否定されたことに対して、衝撃を受けた。
 俺の頭の中には、たった一つの言葉だけが、たった一つの疑問だけが、渦巻いていた。
 なんなんだ、この人?
「何を呆けた顔をしている? 君が今いる部屋は文芸部の部室だ。ということは、俺は君の顔を今まで見たことは一度もないが、多分これから入部しようとしている人間だろう? ということは、小説か詩かエッセイかは知らないが、とにかくなにか文章を創作しようとしているわけだろう? だが、こんな紙の無駄遣いでしかない小説を夢中になって読んでいるようじゃ、君が書けるのもこれと同じような類の駄文にしかならない。下らないものを創作する行為ほど、地球上でもっとも非生産的で下らない行為はないから、そんなことはするな、と忠告しているのだ。ここまでで、何かわからないことはあるか」
「あなたは、誰です?」
 俺は、ようやく、口を開くことが出来た。
 俺が言えたのは、そんな言葉だけだった。
 俺の質問に対して、彼女は間髪を入れずに答えた。
「俺の名前は、天道文姫。東城(とうじょう)大学文学部の二年生だ。専攻は国文学。そして君が今いるこの文芸部の部員でもある。一応、な」
 つまりは、俺の先輩というわけか。
 だったら、礼儀をもって接さなければならない。
 俺は、頭を下げた。
「よろしくお願いします、先輩。俺の名前は、水野生といいます」
 果てして、これが初対面の挨拶として適切かどうかはわからなかったが。
「水野君、か。確か小島君が、話していたな。君のことを」
「・・・・・・なんて、ですか?」
 どうしても気になって、聞いてしまった。
「本の趣味がいいから、きっと良いものを書いてくれるんじゃないか、とか言っていたな。彼女と同じ本を読んでいたそうだ」
 図書館で、一緒に読んだことを、俺は思い出した。
 あの時のことで、小島さんが俺を評価してくれているという事実に、俺は胸の中が温かくなった。
「君が彼女の話していた水野君なのだとすると、大分俺の予想とは違うな。彼女がああいう以上は、それなりにセンスがある男なのだろうと予想していたのだが」
「……小島さんには、なんて言ったのですか?」
 俺は、かすかな苛立ちを抱きながら、聞いた。
「なんて、とは?」
「小島さんに対しても、君が小説を書くことが無駄だと言ったのか、という意味です」
「言ってない」
 天道先輩は、首を振った。
「むしろ俺は、彼女のことは評価したんだ。彼女が書いた『死を想え』という短編を、君は読んだか?」
「はい、読みました」
「あの短編は、良かった。あの短い文章の中に、人が永遠に答えられない問いかけが表現されている。だから余計、不思議なんだ。ああいうものを書ける彼女がそれなりに評価しているというのなら、君もひとかどの人物だと予想していた。ところがどうだ? 俺が眠りから目覚めてじっと見続けたところ、君はそんな駄文を熱心に読んでいる。夢中になって読んでいることが、表情からわかったほどだ。不可解だ。理解できない。小島君は君のどこが良かったのか?」
 ・・・・・・この人が、小島さんのことは侮辱しなかったと知れて、良かった。
 もしも、小島さんに対しても、この人がひどい言葉をなげかけていたのだとしたら、俺の心中の苛立ちは、今よりももっと強くなっていただろうから。
 何様さんだ、この女は。
「ご自分の判断力にお疑いがあるようでしたら、俺の書いた小説を読んでから、判断されてはいかがでしょうか? 俺のセンスについて」
 皮肉を込めて、俺は言った。
「君は今、持っているのか? 君の書いた小説を。ここに」
 皮肉に気付いたそぶりも見せない天道先輩に対して、俺は無言で、鞄から原稿が入ったケースを取り出した。
 俺は、俺の書いた小説を、先輩に渡した。
 先輩は、俺の書いた小説を一読してから、言った。
「つまらんな」
 ああそうですか。ちょっとは良い評価がもらえるかなと期待した俺が馬鹿でしたよ。
「オリジナリティもなければ、訴えたいことも何一つ感じられない。ただ紙を小説という体裁の文章で埋めるために書かれたものに過ぎんな」
 ・・・・・・悔しいけど、正論だと、認めざるを得なかった。
 俺はこの作品を、書くために書いた。
 書くことで、読んだ人に何かを訴えたいことなんて、何もない状態で、書いた。
 本当に、くやしいけど、この人の批評(って言っていいのかな? これ)は、的確だ。
 ・・・・・・やはり、俺は、文芸部なんかに入るべきでは、小説なんかを書くべきでは、ないのだろうか。
「別にいいんじゃないですか?」
 その時、声がした。ドアのところから。
 俺でも、天道先輩でもない、女性の声がした。
 知っている声だった。
「オリジナリティや伝えたいことが何もない状態で小説を書いたって、いいんじゃないでしょうか」
 小島さんが、ドアを開けて、文芸部の入り口に、立っていた。
「いけない」
 天道先輩は、断言した。
「小説であれ、他のどんな創作物であれ、--作られるために作られたものなんてものは、作品なんて呼べるものじゃない。そんなものは、作ってはいけない。作り手の情熱すらないものなんて、読んでも時間が浪費されるだけだ」
「でも、生君は、それがはじめての作品だったんですよ」
 部室に入ってきた小島さんは、靴を脱いで畳にあがり、俺たちの傍らに座った。
「最初から、伝えたいものがあって小説を書ける人なんて、いないと思いますよ。今は他人の真似であっても、とにかく書くことに慣れていって、生君にしか書けないものを探していけば、いいだけなんじゃないですか?」
 天道先輩は、頭を振った。
「もし今、書きたいものがないのだとしたら、それは水野君にとって、今が書き始めるべき時じゃないってことだけだ。昔、ある高名な小説家が『25歳になるまで、人は小説を書くべきじゃない』と言った。書くべき主題なんてものは、どうしたってある程度の年齢と、人生経験がないと見つからないのだよ。技術なんてものは、それを見つけてから身に着けたって遅くはない。それがないうちから小説なんか書いたって、その分人生経験を積む機会が減るだけだ。何も良いことがない」
「でもそういう先輩は、中学生の時にプロ作家としてデビューしているじゃないですか」
「え!?」
 思わず、俺は、声を上げた。
 小島さんと天道先輩は、口を止めて、じ、と、俺を見た。
「すいません、あまりに驚いたもので・・・・・・。先輩は、プロなんですか?」
「ああ」
 天道先輩は、頷いた。
「さっきまで、君が夢中になって読んでいたその駄文の作者だよ。俺は」
 彼女は、本棚を指さした。
『紅のソルジャー』を、指さした。
「え?」
 すぐに、理解することが、出来なかった。彼女が何を言っているのか。
「作者って・・・・・・。え?」
「紅のソルジャーは、俺が書いて、書き続けた小説だ」
「・・・・・・ご冗談でしょう」
「真実だ」
「だってこれ、5年とかそのくらい前から、始まったシリーズですよ」
「だから、中学生の時にデビューしたと、さっき小島君が言っただろう。中学二年のころに、その第一作目を書き上げて、投稿して、作家デビューしたんだよ。俺は」
 俺は、絶句した。
 今、自分が置かれている状況が、ちょっと言葉ではできないくらいにものすごくて、何を言ったらいいか、わからなかった。
 高校時代、俺が読みふけった小説を書いた人が、今目に前にいて、言葉を俺と交わしている・・・・・・。
「俺が君に小説を書くなというのは、その経験があるからだよ。中学生の時に小説を書き始めてプロなんてものになった俺は、そんな駄文をこの世に生み出してしまった。そんなものを書くために、俺は青春をささげた。おかげで今の俺には、書くべきものがなにもない」
 天道先輩は、立ち上がった。
「悪いことは言わない。君が書かなければいけないなにかがみつからないうちは、小説なんか書くな。俺はもう帰る」
 そんな言葉を残して、先輩は部室を出て行った。
「なんとういうか、インパクトのあるファーストコンタクトを、しちゃったみたいですね」
「・・・・・・その、天道先輩って、いつも、誰に対しても、あんな感じなんですか?」
「うん。でも、悪い人じゃないですよ? 自分の見方を、はっきり言っちゃう人ってだけですから。それに、あの人が他の人の作品について言ってくれる感想や評価って、すごく理屈がきちんとしていて、参考になるんですよ」
「・・・・・・そういえば、あの人自身は、どんなものを書いてくるんですか?」
「なにも」
 小島さんは、首を振った。
「なにも?」
「私は、ここに来てから、あの人の書いた作品を、一度も見せてもらってない。先輩に聞きましたけど、入部してから、まだ一度も、天道先輩は作品を書いていないそうですよ」
「・・・・・・なんか、それは、ちょっとずるいような。あんなに人には言っておいて」
「まあ、そう思っちゃいますよね」
「なんで、なんでしょう? プロとして、デビューした人なのに」
「そのプロとしての作品のことが、自分の作品のことが、嫌いみたいですからね」
 そのことが、俺にとってはあるいは、一番信じられなくてショッキングな出来事かもしれなかった。
 自分が書いた作品が、世の中でたくさん売れたのに、その作品を作者本人が嫌っていること。
 俺自身が、かつては大好きだったシリーズが、それを書いた当人によって「駄文」とまで言われたこと。
 そして俺は思い至った。何故「紅のソルジャー」が、未完結のままシリーズが途絶えているのか、その理由が。
「嫌いになったから、書くのをやめちゃったのでしょうか。紅のソルジャーを」
「そういうことだと思います。多分、それ以来、天道先輩は、何も書けないスランプに陥っている」
「スランプ・・・・・・」
 プロになるほどの人でも、そんなことに、なってしまうことが、あるというのか。
 小説を書き続けるということは、そんなにも、難しいことだというのか。
「ちょっと、自信、失っちゃったかもしれません」
「天道先輩に、言われたことで、ですか?」
「それもありますけど」
 そう、もちろん、それもある。
 あの人が、俺の初めて書いた小説に対して下した評価は、適切だった。
 俺には、俺にしか書けないようなオリジナリティなんて、何もない。
 そんな自分が、小説を書き続けることなんて、出来るとは思えなかった。
「小島さんは、多分、俺のことを、高く評価しすぎなんだと思います」
「そう思いますか?」
「ええ」
 小島さんは、黙りこんだ。俺も、黙った。
 午後の光が、窓から差し込む、文芸部の部室で、俺と小島さんは、座って、無言でいた。
 しばらく、沈黙が流れて後に、小島さんは、言った。
「水のことを、書かれたらいかがでしょうか?」
「え?」
 思わぬ単語に、俺は耳を疑った。
「生君が、普段感じている、水に対する恐怖を、文章にしてみたらどうでしょうか。それなら、少なくとも、他の人には書けない、生君だけのオリジナリティが、あると思います。もちろん、」
 ちらりと、小島さんは、俺を心配そうに見た。
「生君にとって、嫌なことを書くわけですから、・・・・・・・すいません、やはり、ひどいですよね」
 俺は、考え込んだ。
 
 水に食われる
                                 水野 生 
 水に体が食らいつくされる。
 水は俺の体を食べたがっている。
 水は生きている。生きているんだ。
 誰もそれを知らない、俺以外の誰も。
 もしかしたら、俺以外にも誰か、気づいたやつがいるのかもしれないが、俺はそいつの名前を知らないんだ。
 俺の知る限り、水が生きているということに、水が俺たち人間の肉体を、肉を食らう獣のように食べたがっていることに気付いているのは世界で唯一人俺だけだ。
 俺以外誰も、俺以外の人間は誰も、理解してくれないんだ、俺の訴えを。
 ほら今だって、ベッドの上で震えている俺を見ながら、愚か者たちが真剣な面でひそひそと、俺に聞こえない程度のささやき声で言葉を交わしあっている。
 
・・・・・・飲み水さえ、口にしようとしないのですか? あの患者は。
・・・・・・ええ。頑として。あの通り、無理やり点滴して、栄養を補給させてやってはいるのですがね。
・・・・・・排泄は?
・・・・・・それも全く。少しでも水がたまっているところには、どんなところであっても近づきたがらないのですよ。そっちの処理も我々が、まあ力づくで処理しています。
・・・・・・難儀ですね。
・・・・・・まあ、仕事ですから。
・・・・・・こういう症例は、珍しいのですか。
・・・・・・似たようなものなら、なくはない。ただ彼の場合は、特異な妄想がその根拠になっているという点が、類似の症例とはかなり異なっていますね。「水に食われる」という……。
 
黙れ、黙れ、黙れ!
おまえたちは知らないんだ! 誰一人として、知らないだけなんだ!
子どものころ、母さんに海に連れられて行った時から、俺が知っていることすら、おまえたちは知らないだけなんだ!
その日、もうとっくに海水浴のシーズンが過ぎ去った肌寒い日に、母さんは俺を海につれてきた。
その日、俺は人生で初めて、絵や写真や映像じゃない本当の海を、この眼で見たんだ。
海は、生きていた。
海。
おぞましい海。
巨大な海。
ちっぽけな俺を、一瞬の内に飲み込んでしまう大きな海。
絶対に底が見えない、場所によって無限の色合いを見せる海。
ただの一瞬だって同じ形を保たない、常に不断にその表面の形を波打たせ、変え続けている海。
ただの一瞬の内に、俺の立っている砂浜を沈めてしまう海・・・・・・。
いまでもまざまざと、俺はあの日見た海のことを、まるで今目の前にあるかのように、思い浮かべることが出来る。
あの日、海を見ながら、俺はいつの間にか泣き出していた。
怖かったから。
海が今にも、自分を飲み込んでしまいそうで、生まれて初めて、自分の前に突き付けられた「死」そのものの力が怖くて、でも自分にはそこから逃れることが決してできないというその事実そのものが怖くて、俺は泣いていた。
泣き続ける俺を、ぎゅっと抱きしめてくれた温もりも、俺は今でも思い出すことが出来る。
母さん。
あの時、俺を抱きしめてくれてありがとう、母さん。
きっとあの時母さんは、俺がなんで泣いたのか、きっとよくわかっていなかっただろう。
俺を抱きしめながら、一体どうしたの、どうして泣いているのと、心底困ったような声色で、耳元にささやいてくれたのを覚えている。
 でもそんなこと、どうでもよかった。
 だって母さんは、泣いているおれを、抱きしめてくれたんだから。
 あの時俺は、襲い掛かる恐怖から救われたんだ。
 母さんの腕に抱かれることで。
 母さんの腕の中で俺の心は安らいだ。母さんの優しい腕が俺の心を守ってくれたんだ。
 ああ、母さん。
 本当にありがとう、母さん。
 あの時、母さんのおかげで、俺は泣き止むことが出来たけれど。
 今、母さんが俺を守ってくれたことを思い出すだけで、その記憶が自分にあることが嬉しくて、俺は思わず泣いてしまう。
 涙が、頬を零れ落ちていくよ。
 ・・・・・・。
 涙?
 俺は、眼を開いた。
 ベッドのシーツが、濡れていた。
 水が、「俺の横たわるベッドの上に」あった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 いやだいやだ、水だ! 水が俺の目の前にある! 殺される! 俺は水に殺される! 水が俺を食い殺す! 助けてくれ! 水が俺を殺す前に、はやくこの水を殺してくれ!
 
・・・・・・落ち着け! 落ち着け!
・・・・・・暴れるな! 静かにしろ!
 
 俺の体が、駆け寄ってきたやつらに抑えられる。頼む、後生だ、助けてくれ。この水を殺してくれ、殺してくれ! それが出来なければ、水が俺を食い殺す前に、いっそ俺を殺してくれ! この恐怖から、俺を開放してくれ! なんだってするから、そうしてくれ!
 
・・・・・・わかった。わかったから、落ち着け!
 
 涙のしみが、ティッシュで拭かれた。
 水を、殺してくれたのだ。
「ああ・・・・・・」
 よかった、これで俺は、水に殺されずに済んだ。これでまた、俺は死なずに済んだ。これでまた、俺は生きることが出来る。
 俺は、安らぎを得た。
 叫んだせいで、とても疲れた。
 疲れたから、眼を閉じて、眠りという安息へ、俺は墜ちていった・・・・・・。
 
      <了>
 俺が書けたのは、結局そこまでだった。
 一つの小説として成り立っているとはおそらく言い難い、ただの断片に過ぎない文章を、しかし今、天道先輩が読んでいる。
 部室に持って行ったら、読まれることになったのだ。
 俺は、文芸部への入部を、正式に部長さんに伝えた。
 まあ自信なんてものはあまりないが、書けなくなっても死ぬわけじゃないし、書かなくてもいいことは、天道先輩が証明しているし。
 そして、俺が部長さんに入部の意志を伝えた時、部室には、天道先輩も、いた。
 彼女は言った。やめた方がいいと思うぞ。どうせろくなものは書けない。
 俺は答えた。そうかもしれませんし、そうではないかもしれません。あの後、小説というか、その断片というか、とにかく文章をまた、書き始めたんです。もしかしたら、それを書き続けていけば、そこに俺の書きたいものがあるかもしれません。
 天道先輩は言った。なんだそれは? それ、今持っているのか? 持っているなら見せてくれないか?
 で、読んでもらうことになった。
 一読して開口一番、天道先輩は言った。
「面白い」
 意外だった。
 まあでも、褒められるのは嬉しい。
 とはいえ。
「それ、まだ、書き始めてばかりですよ」
「これだけでも、面白い。小説に、決まった形式なんてものはない。これだけの文章だって、小説だと言い張れば小説だ」
「でも・・・・・・」
 俺は、ためらいながらも、どうしても、心に引っかかっていたことを、言った。
「紅のソルジャーの方が、ずっと面白いんじゃないでしょうか?」
 天道先輩は、俺を見た。
 射貫かれるような、鋭い視線だった。
「どうして、そう思った。あれは、駄文だ。長いだけの駄文だ。お前が書いてきたたったこれだけの文章の方が、俺の書いたあれよりも、ずっと面白い」
「でも、俺は確かに高校生の頃、夢中になって読んでいたんですよ。紅のソルジャーを」
 あの時、天道先輩が、紅のソルジャーを駄文だといった時から、俺はずっと考え続けていた。
 果たして、高校生の頃の俺は、価値のないものに、熱中していたのか、という自問自答。
 答えは、考え続けても、出なかった。
「どうして、先輩は、ご自分が書かれた小説を、駄文だとおっしゃるのですか?」
 だから、駄文だと断言した、当の本人に、聞くしかなかった。
「水野君、今日、時間はあるか?」
「?・・・・・・ありますけど」
「だったら、俺についてこい」
 天道先輩は、そう言い切ると、部室を出て行った。
 俺は、部長さんに頭を一回下げると、彼女の後を、ついて行った。
 階段を下りて、部室棟を出て、天道先輩は、歩いていく。
「どこに行くんですか? 先輩」
「古本屋だ」
 とうとう、大学の門さえ、通り過ぎてしまった。
 俺たちが通う東城大学は、都内でも自然の多い土地に位置している。緑に囲まれていて気持ちいいが、同時に、書店や映画館のような文化的な施設は、駅以外には無い。
 だから、古本屋に行くならば、駅で電車に行って、商店街が栄えている場所に位置する隣の駅で降りなくてはならない。
 案の定、先輩は、駅に歩いてやってきた。
「定期を使う必要はないぞ」
 振り返って、鞄から定期を取り出した俺を見て、彼女は言った。
「電車に乗らないんですか?」
「いや、乗る」
「だったら」
「俺が二人分の切符を買うから、君が金を使う必要はない」
「えっ、でも」
「俺が連れて行くのだから、当然だろう」
 有言実行。天道先輩は、俺の承諾の有無など聞かずに切符を二人分買って、俺に渡してきた。
 せっかく買ってくれたものを、断る理由もなかった。
 俺は切符を、受け取った。
「・・・・・・後で、お返しします。お金」
「くだらないことを気にするな」
 俺と天道先輩は、改札を抜けた。
 天道先輩は、俺を古本屋へと導いた。
 その店は、降りた駅の近くにあった。
 その店は、小さかった。
 本屋と聞けば、俺にしてみればTSUTAYAのような何台も置ける駐車場が備え付けられた、広くきらびやかでレンタルDVDやCDも置かれている店が真っ先に思い浮かぶが、その店はそんなイメージとは真逆だった。
 商店街の片隅に、ぽつんとたつ一軒の家の一階だけにある店だった。
 手動で開くドアをあけて入れば、レジの席に座るおじいさん(60くらい?)が「いらっしゃいませえ」と出迎えた。
 店内は、照明が弱く、もう何年も前にミュージックステーションで聞いたようなJポップが流れていた。
 本棚があった。
「水野君、これを見てどう感じる?」
 天道先輩は、本棚に並ぶ本を指して、俺に問うた。
「どう、て、言われましても・・・・・・」
 俺は、なんて言えばいいのか、迷った。先輩が、何を意図しているのか、わからなかった。
「簡単な感想でいいんだ。小学生でもいえるような、感想で」
「はあ・・・・・・」
 彼女自身がそういうので、これ以上ないくらい簡単な感想を、言うことにした。
「古そう、ですね」
「そうだな。古い」
 彼女は、本棚の一角に歩み寄り、一冊取り出して、俺に見せてきた。
 アニメ風の絵柄が、表紙の本だった。それだけで、おそらくライトノベルだろうということがわかった。表紙は、一見して、下手だ、と思えるような絵柄だった。
「君は、この本を、古本屋でもブックオフでも公立図書館でもない場所で、見たことがあるか?」
「いいえ」
 正直、こんな下手な絵の表紙だったら、印象に残っているはずだから、違うと思った。確かに、いわゆる「萌える」種類の絵には、きっとちがいないのだろう。しかし、どうも色が鮮やかでなく、また、輪郭がゆがんでいるように思えた。イラストというよりは、漫画のような絵柄だ。
「見かけたことがないのも、不思議ではない。日付を見るといい」
 天道先輩は、本の一番後ろにある、本の発行された日付が記載されたページをめくって、俺に見せた。
 1994年4月第一刷発行。そう、書かれていた。
「今から、もう20年以上前に出版された小説、というわけだ。さて、次の質問だ。このラノベを書いた作者、これは必ず存在するわけだが、その彼ないし彼女は、どんな気持ちでこれを書いたと思う?」
 俺は、面食らった。
「読んですらいないのに、そんなことわかりませんよ」
「いや、読んでいなくても、わかることだってある。単純な想像力を働かせるんだ。もし君が、プロの作家で、本屋に並べてもらえるような小説を書くときは、どんな気持ちになると思う? 単純に、考えるんだ」
「・・・・・それは、その・・・・・・やっぱり、一生懸命になって、書くんじゃないですか? お金や生活がかかっているのだから」
「そう。正解だ」
 正解だって言われても、嬉しくなかった。この会話の意味が、分からなかったからだ。
「一体、先輩は何をおっしゃりたいのですか?」
「どんな小説だって、書いた人は、一生懸命になって書いたはずだ。でも、20年もすれば、普通の書店では誰も見かけなくなり、誰からも忘れ去られてしまう。・・・・・・むなしいと、思わないか」
 俺は、沈黙した。
 そんなこと、考えたこともなかったから、意表をつかれてしまったのだ。
 でも、言われてみれば、そうだ。
 今だって、日本国内だけでも、年間、数えきれないぐらい本が、小説が出版されている。
 でも、そのうち、何刷も版を重ねて、長い間読み継がれるようになる本なんて、決して多くはない。当たり前だ。新しい本はどんどん出版されていて、競争には終わりがないのだから。本を買う人の財布は無限ではないのだから。全ての本を買うことなんて、全ての本を読むことなんて、この世の誰にもできないのだから。
 それを、むなしいことだといえば、そうなのかもしれない。
 どんな小説だって、書いた人は、一生懸命書いたのに、競争はいつだって容赦なく、忘れ去られてしまうものが大多数なのだから。
 どちらかというと、せつない、という言葉の方が、俺にはしっくりきた。
「でも、仕方ないじゃないですか。それ」
 俺は言った。
「そうだ。仕方ない。当然の摂理だ。だから、空しいんだ」
「だから、書かなくなったのですか? 紅のソルジャーを」
 ようやく、俺は、察することが、出来た。
「そうだ」
 彼女は、頷いた。
「でも、何年も経っても読まれているような小説もありますよ。シャーロック・ホームズとか」
「紅のソルジャーは、そうはなれない」
「どうして、そうおもわれるのですか?」
「逆に聞くが、君は紅のソルジャーを読んで、どう思った? どんな読後感が、君には残った」
「面白かったです」
「どこが面白かった?」
「どこって、読んでいたらはらはらして、どきどきして、色々楽しかったです」
「ほらみろ。その程度の小説ということだ。読んでいてその程度の感想しか出ないような小説は、歴史に残ることはない。もっと言えば、例えば今、君が例に挙げた
シャーロック・ホームズ。それにしたって、今から一億年後も読まれていると思うか? 一億年後に人類が生きているかどうかすらわからないというのに」
 突然出てきた数字のスケールに、俺は頭を殴られたかのようだった。
「一億年後に読まれる小説でなければ、書く意味がないっていうのですか?」
「そうだ」
「無茶ですよ」
「そのぐらい読まれ続ける小説でなければ、書く意味がない。だから俺は、紅のソルジャーを書くのをやめた」
「じゃあ、なんで文芸部にいるんですか?」
「一億年後も読まれるような小説を書くためだ。仮に人類が滅びているとしても、人類ではない存在に読まれるような小説を書くためだ」
「それはどんな小説ですか?」
「書けたら見せているよ。何度も書こうとしてはいるが、全く書けない」
「・・・・・・・」
 黙った俺の横を、先輩は通り過ぎて行った。
「俺が言いたいことは、これが全てだ。俺の家はこの近くだから、もう、帰る」
 そう言い残し、彼女は、去っていった。
 俺は、何も言えずに、古本屋の本棚の前で、立ち続けた。
 古本屋の本棚の前に立ちながら、俺は、喫茶店で、初めて小島さんの書いた小説を読ませてもらった時のことを、思い出していた
 
「どうして、こういうものが書けるのですか? 小島さんは」
 あの時、読み終わった後で、俺はそう問うた。
 テーブルを挟んで向かい合って座っている彼女は、ちょっと、考え込んでから、語り始めた。
「高校三年生のころにね、私の祖母が、亡くなったのですよ」
「・・・・・・」
「祖母は、老人ホームに入っていました。大学の受験が終わって、家に帰ったら、母が、私に言ったんです。おばあちゃんが亡くなったよ、て」
「・・・・・・」
「とても、驚きました。受験勉強に集中していたから、もうずっと会えてはいなかったけれど、その三日前に、電話で会話したばかりだったのです。その日、父と母と一緒に、祖母が入居していた老人ホームにいって、ベッドに横たわる祖母をみて、実感しました。ああ、人って死ぬのだなあって。その次の日からですね。へたくそながらも、小説を書き始めたのは」
「それは、一体・・・・・・?」
「永遠が、欲しくなったからだと思います」
「永遠」
「私も、祖母と同じように、いつかは死ぬ。でも、何かを作り出せれば、それを残すことが出来れば、例え私が死んだとしても、私が生きた証は、永遠に残り続けるかもしれない
「・・・・・・」
「別に、小説じゃなくたって、なんだってよかったのですよ。絵でも、音楽でも。ただ私にとって、一番作りやすかったのは文章だったから、小説を書くことにしたんです。純粋じゃないから、いけないことなのかな、とも、ちょっと感じるのですけどね」
「死が、怖いから、『死を想え』を、書けたということですか」
「怖い……。それは、どうなんでしょうね。もちろん、怖いことは間違いないですよ。怖いです。でも私にとっては、せつないって言葉の方が、より相応しいような気がします。私たちがどんなに一生懸命に生きたって、結局最後は死んでしまうのだとしたら、そこには、どんな意味があるんだろうって、そう考えると、せつないです。だけど、世の中の人たちって、あんまりそういうこと、考えてないように、私には思えます。『誰もが自分が死ぬということを知ってはいるが、誰も自分が死ぬということを信じていない』ですよ」
「だから、それを訴えるために『死を想え』を書いたということでしょうか? 自分が死ぬということをちゃんと信じろ、と」
「訴えたい、というのとは、また違うような気がします。・・・・・・私自身、祖母が死ぬまで、死について何か思うことは、一度もなかったと思いますから、やっぱりそれは、普通に日常生活を送っている分には、難しいことなのではないでしょうか。そういう意味では、私は『死を想え』を、過去の自分に当てた手紙として、書いたのかもしれません。『死について考えろ』って」
「それにしても・・・・・・」
 俺は、どうにもうまく言えないが、言いたいことがあった。
「家族が、死んだ経験がある人は、沢山いると思います。世の中に」
 俺は、窓の外を指さした。
「でも、その人たちは、『死を想え』を、書けなかった。小島さんだけが、書けた。やっぱり、すごいと思います。きっと、それが才能って呼ばれるものなのだと思います」
「それは、どうでしょう。私の場合は、たまたま小説という形をとって表現するしかできなかっただけで、本当はそんなこと、世の中の人たちは、もしかすると私が気づくよりずっと前に気が付いていて、それぞれ異なる形で『永遠』を作ろうと努力しているのかもしれません。それは絵だったり、音楽だったりといった創作物に限らず、人によっては、『仕事』がそのための手段なのかもしれません」
「仕事が、ですか」
「仕事の結果は、仕事をした人がなくなっても、残り続けますよね。私たちが通っている東城大学の建物は戦前にできたものですけど、その時実際に手を動かして作った人たちは、多分、もう亡くなっている人たちが多いのだと思います」
 俺の脳裏には、あの大学の教室や、図書館や、食堂の様子が、思い浮かんだ。
「もしかしたら、私は、思いあがっているのかなあ、て、これを書いたとき、思っていました。私が感じたことなんて、とっくにみんな感じていたことなのだけど、そんなの当たり前すぎるから、あえて口にしないし表現しないだけなのかもしれないなあ、て」
「俺は、考えたこともありませんでしたよ。自分が死ぬってことが、どういうことなのかなんて」
「でも、生君は、ずっと、苦しんでいるじゃないですか。水のせいで」
 小島さんは、俺の前に置かれた、空になったコーヒーカップに視線を落とした。
「・・・・・・さっき、コーヒーを飲み干されましたけど、大丈夫でしたか? 喫茶店だからといって気を使って、本当は怖いけど飲んだ、とかでは?」
「・・・・・・何故かは、わからないのですけど、小島さんといると、あまり怖くはなくなるのですよね。水のことが」
「……普段の日常生活では、ちゃんと、水分は補給できているのですか?」
「のどの渇きには、勝てませんから。おっかなびっくり、飲んでいます。いつもは。怖い夢を見た時とか、どうしても飲めない時は、あるのですけどね」
「大変ですね。普段の生活ですら、そんな風に苦しんでいる生君なのですから、死を想う余裕なんて、ないですよ。むしろ生君は、いつも突き付けられているわけじゃないですか。自分の死の可能性を。ある意味、私なんか、幸福で、世間知らずなんだと思います。だから、死なんていう、誰もが避けられないものに、こんな年になるまで、気づかないでいられた」
「・・・・・・」
 でも、そんなあなただから、そんなにも、優しくいられるのではないだろうか。
 俺は、目をそらして、コーヒーカップの中を見た。何も入っていなかった。
 
 あの喫茶店での会話で、俺は、小島さんの抱えるものを知った。
 彼女にとって、それが、創作の動機であることも。
 しかし。
 天道先輩の言ったとおり、小説は、決して永遠の存在なんかじゃない。いや、むしろ、人の一生よりもなおはかないものであるともいえるのだ。そして、数少ない、長く読みつかれる小説にしたって、いつか誰も読まなくなる時は、いつか必ずやってくる。
 一億年後も読まれる小説なんて、およそあり得るとは思えなかった。
 俺は、小島さんを、初めて、可哀そうだと、感じた。
 
もう大学に戻る用事もないから、古本屋を出て、電車に乗って、(天道先輩は、切符を二枚俺にくれたから、俺の往復にかかる出費はゼロだった)自分のアパートに戻った。
 アパートの建物が見える場所まで来ると、部屋の前に、小島さんが立っていた。
 驚いた。
 俺の存在に気が付いた彼女は、手を振ってきた。
 俺は、部屋の前まで、駆けて行った。
「部室行ったら、天道先輩と出かけたって聞いたから、来ちゃいました」
「待っていたのですか、ずっと」
「はい」
「どうして・・・・・・・」
「部屋にお邪魔したかったから、て、言ったら、怒りますか?」
「・・・・・・」
 予想外の言葉に、絶句してしまった。
「駄目ですか?」
 無言で、俺は頭を振った。
 断る理由もない。
 俺は、鍵を鞄から取り出して、部屋のドアを解錠し、ドアを開けた。
「うわあ。綺麗な部屋ですねえ」
 綺麗に揃えて靴を脱いで、部屋に上がった小島さんの賛美の声に照れながら、ドアを閉じながら、俺は言いようのない不安と緊張に支配されていた。
 自分の自宅に女性を招くなんて、初めての経験だから。
 というのもある。だが、それ以上に。
 今日、天道先輩と交わした会話のこと。
 そのせいで、俺は、小島さんと、一緒にいることに、気まずさを、感じていた。
 だけど、部屋にあげることを拒否することも、出来なかった。
 彼女の訪問の意図は未だにわからないものの、俺は、彼女の望みを拒絶して、彼女に嫌われるかもしれないことを、何よりも恐れていたから。
 ドアを施錠し、靴を脱いで上がった俺は、小島さんに、声をかけた。
「その、お好きなところに、お座りください。今ちょっと、お茶を用意しますので」
「ええー。いいですよ。そんなのー」
「でも、せっかくいらしたのですから」
 手洗い、うがいをすましたあとで、俺は、冷蔵庫から冷たい麦茶を取り出し、紙コップに注いだ。
 俺の部屋には、小さなテーブルが一つある。
 テーブルに、お茶を置くと、小島さんが、声をかけてきた。
「生君」
「はい」
「天道先輩に、どこに連れられて行ったのですか?」
「・・・・・・隣駅の、近くにある、古本屋です」
「おじいさんがひとりでやっている店でしょう、そこ」
「・・・・・・はい」
 小島さんは、あの店のことを、知っている。
 それが、意味することは。
「私の時も、あの店に連れられて行ったのですよ。でも、天道先輩が電車代を払ってくれたから、私はお金を全然使いませんでした。そういうところ、私は好きですよ。あの人のこと」
 小島さんも、知っているのだ。
 天道先輩が、小説を書かなくなった、理由を。
 彼女が、俺に対して語ったあの残酷な真実を、小島さんも、聞いたのだ。
 俺は、小島さんの顔を見ることが、出来なかった。
 なんて言葉をかければいいのか、わからなかった。
「ねえ、生君」
「・・・・・・はい」
「天道先輩の言ったことについて、どう思います?」
「・・・・・・よく、わからないです」
 よくわからないってなんだ。
 お前が、これまでの人生で、何か一つでも、わかったことがあるのか。
 俺は、俺自身を、怒鳴りつけたかった。
「私と一緒なんですね。生君も」
「・・・・・・」
「私も、よくわからないのです。天道先輩が言う通り、一億年後も読まれるような小説でもない限り、書く価値なんて、ないのかもしれない。私は、永遠が欲しくて小説を書き始めたのだけど、それって無駄だったのかも」
「でも、先輩は、小島さんの書いた、『死を想え』を、褒めていました」
 俺は、ようやく、彼女を見ることが出来た。
「それって、一億年後も、読まれる価値が、小島さんの書く小説には、あるってことなのでは、ないでしょうか」
「・・・・・・どうなのでしょう」
「きっと、そうですよ」
「でもそれは、天道先輩だけの、評価ですから。一億年後に、私の小説を読んで評価を下してくれる存在が、天道先輩と同意見かどうかは、わからないですから。仮に同じだとしても、一億年後に読まれるためには、その時代にまで残り続けなくてはならない。一億年が経過するまでの間に、数えきれないほど多くの人たちの読んでもらって、『この小説は後世に残す価値がある』と考えてもらわなくては、それは無理です」
「・・・・・・」
「私は、こう思うのです。私が読んだらとても好きになった小説でも、歴史の中で読み継がれずに、忘れ去られていったものが、きっとたくさんあったのだろうなあ、て。でも、そんな小説が存在したかどうか、私は知ることが出来ないのです」
「・・・・・・」
 何を、言うべきか、分からなかった。
「ねえ、生君。今日私がこの部屋に来たのは、どうしても、生君に聞きたいことが、会ったからなのです」
「・・・・・・なんですか、それは」
「水に、なりませんか?」
「水に?」
 言っていることが、わからなかった。
「どのみち、私にとって、小説を書くことに意味がなくなったのであれば、これ以上、ここにとどまる意味って、ないですから。でも、せめて、生君には聞いておきたかった。私と同じ存在に、なってくれるかどうかを」
「あの・・・・・・それって、どういう・・・・・・」
 次の瞬間、俺は、悲鳴を上げていた。
 小島さんが、青くなったからだ。
 肌のすべてが、青くなっていた。
 その青に、俺は、見覚えがあった。
 いつか、夢の中で見た、母さんの姿と、同じ青。
 水だ。
 小島さんは、水になっていた。
 俺は、駆けだした。ドアに向かって。
 ドアノブに、手が触れるか触れないかという瞬間に、俺は、意識を失った。
 
 光が、遥かかなたから、揺らぎながら、俺に注がれていた。
 光を浴びながら、俺の体は、浮いていた。
 水の中に。
 水の中に、浮いているということが、俺にはわかってしまった。
 息が出来ない苦しさは、全くなかった。
 いや、そもそも。
 呼吸をしている、という感覚が、俺にはまったくなかった。
 呼吸だけではない。
 体の全身が、今ここに存在しているという感覚を、全く感じ取れなかった。
 まるで、映像の中で、水中に浮かぶ俺自身を見ているかのような、でもそれを見ている俺自身が今どういう状況にあるかというと、水中に浮いているような、そんな、矛盾した、状況。
 この世に生まれてから、初めて知る感覚だった。
 あるいは、俺はまた、夢を見ているのだろうか。
 それとも、俺は今、「死」を、経験しているのだろうか。
 これが、「死」なのか。
「いいえ。違いますよ」
 声が、聞こえた。
 温かい声。俺に、安らぎを与えてくれる声がした。
「小島さん?」
「はい」
「ここは、どこなのですか?」
 俺は、思い出していた。小島さんの姿が、俺の部屋で青い水でできたそれとなった記憶を。
 自分の見たものが、信じられなかった。
「貴方は、何なのですか?」
「私、水です。そしてここは、私の中です」
 何も、わからなかった。
 何も、言えなかった。
「私は、かつては、人間でした。でも今は、人間ではありません」
「・・・・・・」
「もう、ずっと昔から。高校生の時、祖母が死んだと、いつか、いいましたよね。あれは、嘘です。本当に死んだのは、高校生の時の、私なのです。高校三年の冬に、私は、自殺をしました。冷たい海に、飛び込むことで」
「・・・・・・どうし、て」
「生きることから、逃げたかったから。生きるという苦痛に、耐えられなくなったから。どんなに一生懸命に生きたところで、最後は死しか残っていないという真実に、私は耐えることが出来なかった。そんなせつないだけの生という道を歩むことに、私は、耐えられなくなったのです」
「・・・・・・」
「きっと、生君なら、わかっていただけると、思います。私の気持ちが。だって、生君も、私と同じだから」
「・・・・・・俺は、自殺を考えたことは、ありません。一度も」
「いいえ、生君は、生きることに、存在し続けることに、苦しみ続けています。あなたは、生きることが怖いのです。だって、あなたが恐れている水は、命そのものなのだから」
「・・・・・・そんな、わけが、わからない」
「人間の体の七割は、水でできていることは、ご存知でしょう?」
「・・・・・・はい」
「人間は、水なしでは、生きていくことが、出来ない」
「・・・・・・」
「あなたは、あなたが生きていくために必要としているものを、恐れている」
 言われてみれば、そうだ。
 でも、だったらなぜ、俺は水を飲まずに死を選んだことが、これまで一度もなかったのだろう。
 そうすれば、恐怖から、解放された、はずなのに。
「それは矛盾なのです。あなたの水に対する恐怖は、水があなたを殺そうとしているという、あなたの認識に基づいている。あなたは、殺されることを恐れているから、死を恐れているから、水を恐れていた」
「でも、水がなければ、俺は生きていけない」
「それが、生きるということの、本質なのです」
「どういう、ことですか?」
「あなたは、自分で考えているような異常者ではない、ということです」
「・・・・・・」
「生きるとは、苦しみです。その苦しみは、死があるからこそ、生じる。しかし、死とは何でしょう? 死とは何か、わかりますか?」
「死とは・・・・・・生きていない、ということです」
「そう、生きているからこそ、死は存在しうるのです。そもそも生きてさえいなければ、死ぬことだってあり得ないのですから」
「・・・・・・」
 生きること故に、俺たち人は、死におびえなければならない。
 死の恐怖とは、即ち生きることから生じている。
 ならば、俺たちが本当におびえているのは、自分が生きているということそのものなのではないのか。
 俺は、水を恐れている。
 それは、「水によって殺される自分自身の生」を恐れていたのではないのか。
「そのことに、私はずっと前に、気づきました。その恐怖から逃れるためには、死の恐怖から逃れるためには、自ら命を絶つしかなかった」
「でも今、あなたは、俺と、話している」
「私が、水となったからです」
「・・・・・・」
「水が生きている、というあなたの認識は、妄想などではない。事実、水は生きているのです」
「そんな、馬鹿な」
「みんな、気づいていないだけなのですよ。だけど、あなただけが、何故か、気づいていた。気づいて、恐れていた。本当は、私も気づいていたのかもしれません」
「小島さんが?」
「私は、小さな時から、海が好きでしたから。大きな海と一体になりながら死にたかったから、私は自殺の手段として、海に飛びこむことを選んだ。無意識に、気づいていたのかもしれません。水から出来ている私たち人間ならば、水と一つになることもできるはずだと」
「じゃあ・・・・・・」
「冷たい海の底へ、いつまでもいつまでも沈んでいくうちに、私は、私の肉体が朽ち果てても、なおそこに『私』がいることに、気が付いた。私は、水となったのです。水の中には、大勢の仲間がいました。人がこの星に生まれて以来、途切れることのない時の中で、水は、水の中で死んだすべての人を、受け入れ続けてきたのです。水の中で、彼らは、生き続けている。水となった私たちは、蒸発して雲となり、雨となって大地に降り注ぎ川となることで、世界のあらゆる場所に、在ることが出来るようになった。私は水になってからも、あらゆるものを見てきました。この世に人が生きる限り、決して耐えることのない、悲しみと、争いと、喜びと、美しさを。そして・・・・・・・」
 この次に、彼女が言った言葉を、俺は、おそらくこれから、永遠に忘れないだろう。
「あなたに、恋をしたのです」
「……恋?」
「はい」
「・・・・・・どうして」
「さあ、どうしてでしょう。もしかしたら、あなたが私たち水の正体について、気づいてくれていたからかもしれません。あるいはもしかすると、雨の降る日に見たあなたが、たまらなくはかなくみえたかもしれません。誰かを好きになる理由なんて、そんなにはっきりと言葉にしていいものでは、ないと思います。私はあなたを好きになった。大事なことは、きっとそれだけのことです」
 おそらく、昨日、この言葉を聞けていたら、俺はきっと、嬉しかっただろう。
 誰かから恋を打ち明けられたことは、初めての経験だ。
 まして、その相手が、彼女であったならば。
 だけど、今は・・・・・・。喜べる余裕が、なかった。
 今、彼女の語ることの数々が、あまりにも衝撃的だったから。
「私は生君と、ずっと一緒にいたいと、そう思うようになりました。だから・・・・・・死にませんか。生君」
「死ぬ?」
「はい」
「俺は、死ぬことで、小島さんと、一緒になれるのですか?」
「はい」
「どうして、ですか」
「死ねば、水に還ります。水に還ることが出来れば、私とともにいることが出来ます。永遠に、近い時間を、一緒にいることが出来ます」
「・・・・・・・」
 ふと、俺は、疑問を持った。
「・・・・・・どうして、あなたは、小説を、書いたのですか?」
「・・・・・・」
「どうして、あなたは、人間として、俺の前に、現れたのですか?」
「地球の寿命を、生君は知っていますか?」
「・・・・・・いいえ」
「正解はあと50億年です。地球がその周りをまわっている太陽は、時間を経るごとにゆっくりと、膨張を続けています。今から50億年後、膨張する太陽に、地球は飲み込まれています。その時、私たち水は、どうなるでしょうか?」
「・・・・・・」
「きっと、そのずっと前に、地球にあるすべての海、全ての水は膨らんでゆく太陽の熱によって、蒸発してしまうでしょう……私たち水も、決して、永遠の存在ではないのです」
「俺たちが、人が、そうであるように」
「いいえ。違います。あなたたち人は、違います。たとえ私たちが滅んでも、あなたたち人は、なおあり続けることが、出来ます」
「50億年先まで生きることなんて、出来ません」
「個人としては、そうです。でも、種としては、ちがう。例え地球が滅んでも、あなたたち人は、はるか離れた宇宙の別の星に、移住することが、出来るじゃないですか。今だって既に、月にまでなら行くことが出来ているじゃないですか。きっと50億年後、地球が太陽に飲み込まれるずっと前に、あなたたち人は、宇宙に広がっているはずです。だから、私は、小説を、書き始めた。そのために、再び人の姿を得たのです」
「・・・・・・例え、地球が滅んでも、人類に読まれ続ける小説を書くために、ですか」
「はい、そうです。50億年を超えた後の宇宙でも、読んでもらえる小説を、書くために」
「・・・・・・」
「でも、そんなものは無理だってことを、天道先輩に、教えられてしまいましたから。私はもう、諦めました。もはや、人としてここに生きる理由は、私にはありません。私は、再び、水に戻ります。50億年後に訪れるであろう本当の終わりまで、このはかない第二の生を、生き続けたいと思います。だけど、ここを去る前に、あなたに告白をしておきたかった」
「・・・・・・」
「死にませんか、生君。だって、生きているのは辛いでしょう。苦しいでしょう」
「・・・・・・」
「今、答えてくれなくても、構いません。私はただ、あなたを救いたい。あの時、雨の音の閉じ込められて苦しんでいたあなたを。生きているというまさにそれゆえに、この世界に苦痛を与えられているあなたを。あなたが生から解放されるのは簡単です。私がやったように、海に飛び込めばよい」
「・・・・・・」
「さようなら、生君。私が伝えたいことは、これが全てです。さようなら」
 その言葉を最後に、俺は、意識を取り戻した。
 最後まで、俺は何も、言うことが、出来なかった。
 俺は、俺の住む部屋の入り口のドアの前に、横たわっていた。
 目を覚ました俺は、立ち上がった。
 俺の目に前にあるのは、今日出た時と同じ、部屋の光景だった。
 今、部屋の中にいるのは、俺一人だけだった。
 俺は、夢を見ていたのだろうか? 最初、俺はそう思った。
 だけど、一つだけ、俺が今朝出た時とは変わっている部分が一つだけあることに、俺は気が付いた。
 卓袱台に置かれたコップ。
 そこには、お茶が、注がれていた。
 俺は、部屋の外に、駆けだした。
 ドアを開け、俺は叫んだ。
「樹花!」
 夕方の、日が落ちようとしている空に、俺は、彼女の名前を、叫んだ。
 本当の彼女に対しては、これまで一度も、呼びかけたことがないその名前を、俺は叫んだ。
 だけど、答えるものは、いなかった。
 ただ、曇った空の下、大気の中に、その声は消えていくだけだった。
 俺は、天を見上げた。
 今朝、夜は雨になるという天気予報を聞いた。
 だから、今、彼女はこの空を覆う暗い雲の中に、帰ったのかもしれないと、そう、思ったから。
 その時、背後で音がした。
 俺のスマートフォンの着信音だった。
 誰かから、電話がかかってきたことを、示す音だ。
 俺は、部屋に戻り、ドアを閉じて、靴を脱いで、俺が床に置いた鞄に歩み寄って、中からスマートフォンを取り出した。
 電話は、父からのものだった。
 実家にいる父からだ。
 俺は、通話のボタンを押した。
 父の声が、ためらいがちに、俺に告げた。
 母さんが、死んだということを。 

 雨が、降っていた。
 空は、完全に、雲で覆いつくされていて、月も、星も、見えなかった。
 間断なく、大地を打ち付ける雨の音に、街は完全に包まれている。道行く人は、みんな傘をさして、長靴を履いて、時折車道を駆ける車が跳ね上げる水から、傘で身を守っていた。
 その様子を上から見れば、色とりどりの大量の傘が闇の中をうごめいているのが見えるだろう。
 誰もが、一刻も早く家に帰りたいと思って、濡れた地面に足を滑らせない程度に急いで歩いているはずだ。
 俺を除いて。
 俺は、ゆっくりと、まるで夢遊病患者のように、歩いていた。
 俺は、傘をさしていなかった。
 靴さえも、履いていなかった。
 靴下から上着まで、全身が濡れていた。振り続ける雨は全身に浴びて、衣類の下にまでしみ込んで直に肌を濡らす水の感触が気持ち悪いが、俺は歩き続けていた。
 俺の部屋で、父から母さんが死んだと連絡を受けてから、俺はずっと、外を歩き続けているのだ。傘もささず、靴も履かず。
 途中で雨が降り始めても、構わなかった。
 雨が、俺を串刺しにして殺してくれるなら、それこそが今の俺の、最大の希望だった。
 母さんのいない世界に、・・・・・・樹花のいない世界に、これ以上生きることなど、俺には出来なかった。
 母さん。
 大好きな母さん。
 子どものころ、母さんに抱きしめてもらうことが好きだった。
 母さんの顔を見ることが好きだった。
 俺は今でも、まるでついさっきのことのように、思い出すことが出来る。幼きあの日、初めて本物の海に連れて行ってもらった時、海におびえて泣き出した俺を、優しく抱きしめてくれた母さんの腕のぬくもりを。
 あの温もりがあったから、俺はこれまで、生きていられることが出来た。あんな風に、俺を抱きしめてくれる人がこの世界にいるってことを知っていたから、俺はこれまで生きていることが出来た。
 どんなに水が怖くても、生きていることが出来た。
 誰も俺の恐怖をわかってくれる人がいなくて、どんなに孤独でも、生きていることが出来た。
 ・・・・・・だけどもう、母さんはいない。
 母さんは、今日、交通事故にあって、亡くなったと、父は言っていた。
 大地の上で、車にひかれて死んだ母さんは、きっと水には、還ることが出来ないだろう。
 その遺体は、火葬されるのだから。火炎の中で、骨に代わっていくのだから。そして骨だけになって、冷たい墓の下に埋められ、閉じ込められてしまうのだ。
 俺が、母さんに、再び出会うことは、永遠にできない。
 だけど、樹花は違う。
 水の中で死ねば、俺はまた、樹花に出会うことが出来るはずだ。だって、彼女自身がそう言ったのだから。
 雨が、どこまでも降り続けてくれればいい。どこまでも降って、街も世界も沈めてしまう雨の中で、俺は溺れるんだ。雨の水が、俺を優しく食らいつくしてくれる。美しいその姿と、俺は一つになれるはずだ。そしてまた、俺は樹花に会うんだ。優しい樹花、俺に傘をさしてくれた樹花に。さあ、早く俺を食ってくれ、雨の水よ。俺の体を食らいつくしてくれ。早く樹花に、会わしてくれ。
 ・・・・・・だけど、いくら歩いても。
 俺は、死ななかった。
 俺は、雨の降り注ぐ濡れた歩道の上に、座り込んだ。
 そして、天を仰いで、絶叫した。
 早く俺を食ってくれ、と。雨を降らせ続ける暗く思い雲に向かって、俺は泣きながら大声で懇願したのだ。
 頬を伝う涙が、雨と共に地に垂れる。
 ・・・・・・誰も、答える者はいなかった。
 雨の音が、聞こえるだけだった。
 水はあの夢のように、俺を殺してはくれなかった。
 どうしてだろう?
 水は、本当に生きているのだと、樹花は言ったじゃないか。水の中には、死んで水に還った。数えきれないほどの人が、いるのだろう。今降り続けている雨の中にだって、樹花やその人たちが、いるはずじゃないか!
 ……ああ、そうか。
 水が生きていたというのは、妄想ではなかった。
 だけど、水が俺を殺そうとしているなんて言うのは、俺の抱いた妄想でしかなかったんだ。
 彼らは、人を殺したくないのだ。
 俺を、この生から解放してくれる存在は、いない。
 他ならぬ、俺自身を除いて、いない。
 海に行けば。
 あの巨大で冷たい海に、飛び込めば。
 俺は、解放される。
 救われるのだ。
 俺の生は、俺自身の手で、終わらせるしかないのだ。
 俺は、海に飛び込む俺自身の姿を、思い描いた。
 崖の上から、波打つ海面に向かって、飛び込む俺を、思い浮かべた。
 海面に激突する衝撃を、一瞬感じた後で、冷たい海の中に、俺は抱かれる。
 俺の体、海の底へ向かって、ゆっくりと、落ちていく。
 数えきれないほどの生き物が住む、海の底に漂いながら、俺の体は、朽ちてゆく。
 いつのまにか、その傍らには、きっと樹花がいるはずだ。
 もはや体すらいらなくなった俺たちは、それからずっと、地球最後の日まで、一緒にありつづけるのだ。
 そんな空想をやめて、俺は、立ち上がろうとした。
 海に行くために、立ち上がろうとした。
 だけど、立てなかった。
 どうしても、立てなかった。
 怖かったから。
 怖くて、足がすくんで、立てなかった。
 海に行けば、また海に飛び込めば、また樹花に会えるはずだと、分かっているはずなのに。
 俺は、自分の手で命を絶つことが、どうしても、怖かった。
 涙が、止まらなかった。
 俺は、樹花のように、勇気が出ない。俺は、勇気から、見捨てられたのだ。俺の勇気は、俺を捨てて、どこかに行ってしまった。
 俺を救えるものは、もはや誰もいなくなってしまった。
 俺は、路面に突っ伏して、ただ、泣き続けた。
 助けてくれ。誰か俺を助けてくれ。俺を殺して、誰か俺を助けてくれ。俺はもういやなんだ。俺はもう、生きていたくないんだ。
 そう思い、泣き続けた。
「どうしたんだ、君は」
 その声が、上から聞こえるまでは。
 いつの間にか、俺は、俺の頭に降り注ぐ、雨の感触を、感じなくなっていた。
 雨音が、まだ、俺を閉じ込めているというのに。
 俺は顔を上げた。
 天道先輩が、立っていた。
 天道先輩は、傘をさしていた。
 その傘は、先輩自身と、その足下にうずくまっている俺の頭を、雨から、守っていた。
「こんなところで、傘もささずに座り込んでいたら、風邪を引くぞ。傘はどうした?持ってないのか」
 天道先輩は、俺を見下ろしていった。
 俺は黙って、首を振った。
「一体、何をしている? さっきは大きな叫び声を上げていたが」
「・・・・・・」
 答えられる、はずもなかった。
「・・・・・・まあ、答える義務なんてないし、風邪を引くのも君の権利の一つだから、俺に中止させる権利はないがね。だが、このまま君をスルーして帰宅してしまうと、多分今日、俺は眠れないだろうな。君が風邪を引いてしまうのではないか、もっと悪いことには、雨に打たれ続けながら眠り込んで、死んでしまうのではないか、と気になってしまってね。だからこれは、まったく俺の自己中心的なお願いに過ぎないのだが、俺の傘の下に収まって、君の家に帰宅してくれないかな? 俺が君を、送って行ってやるよ」
「・・・・・・」
 俺は、ぼう、と彼女を見上げていた。
 俺は、もはや、理解していた。
 俺は、自殺することが、出来ないということを。
 誰も俺を、殺してはくれないということを。
 俺は、死にたくない、ということを。
 だから俺は、立ち上がった。
「はい・・・・・・。ありがとうございます。天道先輩・・・・・・」
 俺は、天道先輩の握る傘の下で、彼女とともに、雨の夜の道を、歩み始めた。
 歩きながら、俺は言った。
「天道先輩、お願いがあります」
「なんだ?」
「紅のソルジャーを、完結させてあげて、いただけないでしょうか」
「あれは、駄文だ」
「でも俺、あの小説が、可哀想です」
「可哀想? どうしてだ」
「結末まで、書いてもらってないことが、可哀想です」
「そこまでの価値がないのだから、当然だろう」
「駄作だからといって、価値がないなんて、違うのではないでしょうか。いつか誰からも忘れ去られてしまうからといって、価値がないなんて、多分違うと思います」
「どうしてそう考える?」
「だって、じゃあ俺たち人間は、どうなるのですか。人間はみんな、いつか死ぬし、ほとんどの人間は、死んでから何年も経ったら、誰からもきっと忘れ去られてしまう。でもそんな人間に、価値はないってことなのでしょうか」
「・・・・・・人と小説は、違うよ」
「俺には、同じに思えます」
「・・・・・・そうか」
 そんな会話をしているうちに、俺のアパートについた。
「じゃあな。熱いシャワーでも浴びて、温まれ」
 部屋の入り口まで来て、天道先輩はそういって、別れようとした。
「ちょっと、待って下さい。先輩」
 俺は、あわてて部屋に入り、置きっぱなしの鞄に駆け寄ると、財布を取り出して、先輩のところに、戻った。
 千円札を取り出して、先輩に差し出した。
「・・・・・・なんのまねだ? これは」
「今日、俺を部屋まで送ってくれたお礼です」
「いらないよこんなの」
「でも、俺を送ってくれたおかげで、回り道をしたわけでしょう。先輩の住んでいるのは、ここから電車で駅一つ分いったところじゃないですか。電車賃でもタクシー代でもいいから、これを使ってください。お願いします」
 俺は、頭を下げた。
「まあ、そこまでいうなら。・・・・・・いっとくけど、返さないぞ」
 先輩は、俺の差し出したお札を受け取って、自分の財布に入れた。
「ありがとうございます。天道先輩」
 俺は、頭を下げた。
 先輩は、そんな俺を、まじまじと見た。
「じゃあ、今度こそ、じゃあな。・・・・・・完結の件、一応考えとくよ」
 そう言い残して、彼女は、去っていった。
 俺は、再び、独りぼっちの、部屋に戻った。
 服を脱いで、熱いシャワーを浴びた。
 その日は、ぐっすり眠れた。
 夢は、全く見なかった。
 
 それから後、俺は樹花をみていない。
 大学で、他の人に聞いたところ、その日から後で、樹花の姿を見た人は、誰もいないそうだ。
 俺はそれから、前と変わらない日常を、今でも送っている。
 実家に帰って、母さんの葬式に出席してから、また大学に戻って、時々は文芸部に行ったり、アルバイトをしたりして、暮らしている。
 水に対する恐怖は、今でも消えていない。一度ちゃんとした医師に診断してもらった方が良いと考えるようになったから、心療内科に予約をした。来週の火曜日に、初診を受けることになっている。
 小説を、書き始めた。
 どうせ、俺が50億年後に残るものなんて、書けるはずもないが、書くのが好きになったからだ。
 俺が、人生で二度目に書いた小説は、私小説だった。
 あなたが今、読んできた小説が、それだ。
 そして今、俺は、パソコンの前で、悩んでいる。
 書きたいものが、もう尽きてしまったからだ。
 この小説を、もう、終わりにしなければならない。
 でも、終わりに相応しい言葉が、思いつかない。
 しかたないから、心情を、だらりと書くことにした。
 俺は結局、樹花のところに行くという決断を下すことが、出来なかった。
 人生で初めてされた告白を、俺は振ってしまったわけだ。
 俺はこれからも、この生という苦しみを、受け続けなければならない。
 でも、仮に水になったのだとしても、俺の苦しみは、消えるわけじゃない。だって、地球はいつか滅ぶのだ。その時、水だって一緒に滅ぶ。
 だから、結局、これでよかったのかもしれない。
 だって、生きていれば、少なくとも、小説は書ける。
 例え、下らない小説だって。
 樹花と、もう一生、出会うことがないという代償と、引き換えに。
 樹花。
 俺もきっと、彼女のことが、好きだったのだと思う。
 でも俺にとっては、俺のこのくだらない生は、彼女とまた出会うこと以上に、大事なものに過ぎなかった、ていうだけの話だ。
 それが、悲しいといえば、悲しい。俺は結局、人を自分より好きになることさえ、出来なかった。
 俺は、この生涯が終わる前に、俺が死んだら、海に沈めてくれるよう、遺言に書き記すつもりだ。そうすれば、俺の体は海の中で朽ちて行って、再び、彼女と出会うことが出来る、
 いつ来るかわからないその時が来るまで、俺は、生きる。
 ずっと。
 ずっと。
                                     <了>
 
 
 
 

火宅遊 

2022年07月17日(日)11時47分 公開
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