(改)あ〜あ、ただの女子高生だったのにぃ……
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プロローグ

 夜にはまだ早い四時頃。
 梅雨時のジメジメする曇り空の新宿の繁華街。
 四十代半ばの真面目な商社マンの男が平日の午後の人もまばらな通りを、呼吸を乱しながら、おぼつかない足取りで歩いていた。
 額には汗が滲んでいる。
 汗――と言っても冷や汗だ。暑さのために?いているものではない。
 妻子もいるごくごく普通の平凡なサラリーマンの男はある寂れた雑居ビルの中に入り、三階の目的地へと壁に手をつきながら、ヨロヨロと薄暗い階段を昇り始めた。
 その途中、薄暗い階段を下りてくる、この寂れた建物には似つかない女子高生とすれ違った。
 黒髪で着崩れなどせずにしっかりと制服を着ている子だ。今時のメイクはしているのだろうが、ハデさもなく、静かな大人し気な子だった。
「何で、あんな子がこのビルに?」
 男は振り向いて、しばらく足を止めて呟きながら、その子を見送っていた。
 男がいる、このビルに入っているテナントは、一階は管理人室、二階が麻雀店、四階がキャバクラ、あとは男が目指している三階のサラ金事務所だから当然の疑問だった……が。
「まあ、いいか。くっ……本当にヤベェな、急ごう」
 男は考えている余裕もなく、額に冷や汗をかき、壁にもたれながら階段を昇り続けた。
 三階まで昇ると、壁にもたれたまま一息ついて、サラ金事務所のドアを開けて中に入った。
 サラ金事務所と言っても、入り口正面にカウンターがあり、その奥に簡単な応接セットが置いてあるだけだ。
 応接セットの後ろには曇り硝子で仕切られた小部屋があるが、ここは『関係者以外立ち入り禁止』となっている。
 男は黒いサングラスをかけ無表情のままカウンターに座っている初老の婦人に用件を告げた。
「ハァハァ、婆さん、いつものを頼む」
「あいよ」
 婦人は表情を変えることなくぶっきらぼうに白い粉の入った袋と注射器を渡した。
「ありがてぇ。金はこれに入っているから。じゃあ、トイレ借りるよ」
 男もいつも通りに封筒を渡した。
 男は封筒を渡すや否や、急いでトイレに入って行った。
 婦人は無言のまま頷くでもなく、トイレに入って行く男を目で追うでもなく封筒を受け取り、中身を確認した。
「まいど」
 トイレに入る男の背中に向かって静かに言った。
 ここに来る全ての客とのやり取りは、こんな感じで行われている。
 ここは、サラ金事務所を隠れ蓑にした麻薬の販売所だ。あるヤクザ組織が密輸で仕入れた麻薬をここで売りさばいて儲けている。
 最近では、老若男女を問わずに一般人まで買い求めてくるおかげで莫大な利益を得ている。
 ゆえに、客との余計なやり取りはご法度となっている。
 奥から若頭が来て婦人に確認した。
「さっきの新種のヤク(麻薬)を売ったか?」
「ああ、言われた通りにね」
「よし、それでいい。いいか、これから少しずつ、この新しいのを売れ、いいな」
「あいよ」
「客の反応次第じゃ、これに切り替えていくからよ。まあ、最初はサービスだが、そのうち値を上げて行けばいいだろう」
 若頭が、そう言い残して奥に引っ込むと同時に男がトイレから出てきた。
「ハァ、やっと落ち着いたよ。これ注射器ね。それじゃ」
 笑顔で額の汗を拭っている。
 婦人は注射器を受け取ると、無言のまま足元のゴミ箱に投げ捨てた。
 男は、足取りもしっかりとなり意気揚々と出て行った。
「さてと、これからどうするかな? 仕事も休んだことだしな。そうだ、西荻窪の美人女将にでも会いに行くかな。なんかこう、今日はいつも以上にスッキリして、何でもできそうな気になってきたしな。うまく口説き落とせそうな気がするぜ、ハハッ」
 男は一人でニヤニヤしながら新宿駅へと向かい始めた。

001 わたくしを助けたのはあたし

 広さ八坪ほどの和食小料理屋の店内は物音一つせずにシーンと静まりかえっていました。
 時刻は午後五時頃のことです。
 女子高生のわたくし冴内鈴音(さえないすずね)の足元では顔から血を噴き出している麻薬中毒の男がピクリともせずに倒れています。
 まだ、死んではいません。
 それは刹那の出来事で、そこに居合わせたお母様の真々代(ままよ)も巡査の大道寺一(だいどうじはじめ)さんもこの現実にただただ驚くことしかできませんでした。
 それは今から、ほんの数秒前のこと…………。

 わたくしは都内のお嬢様学校に通う高校二年生。
 黒髪で長さは肩のラインより少し長めで体型は中肉中背。
 身長は百五十八センチメートルで出るところは、それなりにちゃんと出て、引っ込むところは引っ込んでいます。
 今学校帰りで東京杉並区の西荻窪駅から数分の『小料理鈴代(すずよ)』という店に向かっています。
 ここは、わたくしのお母様が店長兼経営者のお店です。自宅はこのお店の奥に直結しております。
 駅の改札口を通り、いつも通り駅前の交番にいる大道寺巡査に軽く手を振って笑顔で挨拶をします。
「ただいま」
「おかえり」
 大道寺さんも笑顔で手を振って下さいます。
 わたくしは、いつも学校帰りは玄関からではなく店から入り、お母様に挨拶をします。
 今日も、『営業中』という札がかかっている入り口の引き戸を勢いよく笑顔で開けます。
 ガラガラッ!
「お母様、ただいま帰りましたぁ! …………あら?」
 不快な蒸し暑さを吹き飛ばすように元気に挨拶をして入ろうとすると、開店前のため、カウンターにしか明かりがついていない薄暗い店の中では、何やら四十歳くらいの真面目そうなサラリーマン風の男の人がお母様に言い寄っています。
(な、何かしら、このシチュエーションは? これは、ひょっとして、わたくしにはまだ早いことかも)
 とりあえず見てはいけないと思い外に出て静かに引き戸を閉めました。
 ひとまず、深呼吸。
「どういうことかしら? ああ、見ていいものかどうかと迷いながらも見てしまう、人間とはそういうものですわね」
 自分の好奇心を肯定して、もう一度引き戸を静かに開けて覗いて見ました。
 落ち着いてよく見てみると、お母様が唇を震わせ顔を引きつらせています。
 その表情は、言い寄られて困っているというよりは、むしろ強引に襲われようとしていると考える方が自然に見えます。
「うーん、どう見ても、お母様は嫌がっているみたいですわねぇ? やっぱり、強引にお母様を?」
 そう思い直しもう一度中を覗いてみます。
「い、いや、やめてよ! いきなり入ってきて何をするのよ! 警察を呼ぶわよ!」
 お母様が大声で叫びながら必死に抵抗し始めています。いつもの優しいお母様の表情とは程遠く男を睨みつけております。
「やっぱり!」
 お母様の一大事です。急いで引き戸を開けて中に入ります。
「お、おやめなさい! お母様から離れなさい!」
 大声で男に向かって叫んでみましたが、完全無視で相変わらずお母様を襲う男。
「あら……」
 でも、しょんぼりなどしていられません。わたくしは咄嗟に、思い切ってブラウスのボタンを上から二つ外します。
「おやめなさい!」
 さっきより大きな声で叫んで振り向かせようとしました。
 思惑通り男が振り向いたので、親指を噛んでスカートの裾を上げ太ももを見せるセクシーポーズをとります。
「わたくしが、お相手して差し上げますわ」
 ウィンクをしながら人差し指を動かして誘惑。
 男は口を開けながら見ています。
(さあ、こちらに、いらっしゃい。近くに来たらカバンで思いっ切り叩いて差し上げますわ)
「どうした、姉ちゃん? 目にゴミでも入ったのか?」
 当の男は冷たくそう言うと、わたくしには目もくれず再びお母様を襲い始めました。
「あれ?」
 わたくしは、アイドルにならないかとスカウトされるほどのキュートな顔とセクシーなボディを持ち合わせていますので、自信は持っていたのですが、セクシーポーズ作戦が効果なし。
 頭の中で、お母様と比較。
 美人でスラリとしている、大人の魅力満載のお母様には、やっぱり色気もキレイさも敵わないようです。
「ちょ、ちょっと、鈴音! バカなことしてないで、早く駐在の大道寺さんを呼んできて!」
 わたくしの必死の行動をバカなことと言われ、少々ヘコみますが、奇策も上手くはまらなければただの愚策。
 大道寺さんを呼びに行く時間はないと判断したわたくしは、思い切って次の行動に出ます。
「えいっ! この、土手カボチャがぁ!」
 見たままの感想を叫びながら、思い切り男にカバンを投げつけ気合を入れてつかみかかります。
「さっきから、ちょこまかと鬱陶しいガキだな!」
 振り向き怒鳴りながら、男はわたくしの髪の毛をつかみます。
「髪は女の命なのにぃ……」
 必死の抵抗空しく、凄い勢いで突き飛ばされ、勢いよく壁に頭を打ちつけてしまいました。
 目の前に星がちらつくほどの衝撃。
「痛あぁぁぁっ!」
 わたくしは叫びながら、地球の重力に逆らうことができずに倒れていきます。そんなわたくしに、さらに追い打ちをかける男の一言。
「うざってぇな! さっきから邪魔なんだよ! 色気もねえ、ガキがぁ!」
 あなたの方こそ…………土手カボチャで……ここから先は放送禁止用語ですので、あしからず……と怒鳴り返してやりたい気持ちでしたが、痛みのあまり声も出せません。
「す、鈴音! だ、大丈夫! お母さんにかまわず早く逃げなさい! は、早く、大道寺さんに知らせて!」
 お母様の言う通りにしたいのですが、頭がズキズキと痛み立ち上がれません。
(な、何とかしないと……)
 心で念じながらも、やがて目の前が真っ暗になり、段々と視界がぼやけてきて、そのまま意識が遠のき気を失ってしまいました。

×   ×   ×

 その時、大学生アルバイトの五月(さつき)と一緒に大道寺巡査が飛び込んできた。
 三十歳でガタイの良いスポーツマンのイケメン巡査。
「や、やめるんだ!」
 叫びながら襲っている男を後ろから羽交い絞めにして真々代から引き離した。
 そのまま取り押さえようとしたところ、大道寺の隙をついて拳銃を奪った男は、真々代の頭に突きつけ叫んだ。
 男は異様に目が座って興奮しきっていて尋常ではない。
「動くな! 動くとこいつをぶっ放すぞ!」
 ゼェゼェハァハァと呼吸を乱している。
 無言のまま目を瞑って胸の前で手を合わせ震える真々代。
「きゃあぁっ!」
 五月が悲鳴を上げながら外へ逃げ出して行った。
「わ、分かった。わ、分かったから、お、落ち着くんだ。だ、大丈夫、何もしないから」
 大道寺は落ち着かせるためにそう言いながら男との距離を取って両手を挙げている。大道寺の頬には一筋の汗が流れていた。
(ま、まずいな、これだけ興奮していると。この目の座りようはヤク中(麻薬中毒)か? だとしたら、本当に撃つかも)
 ドクン、ドクン、ドクン。
 沈黙の中、今にも聞こえそうなくらいに、真々代、大道寺、男の心臓は極度の緊張で高鳴り、ほんの数秒のこの沈黙は、数時間くらいの長さに感じられた。
 その時、意識を失って倒れていたはずの鈴音が突然立ち上がった。
「フ、拳銃かい? そんな物があたしに通じると思っているの? この天然なすびがぁっ!」
 普段の鈴音とは全く別人の口調と冷ややかな眼つきで叫ぶ。
 突然の鈴音の変わりように真々代も大道寺も驚き、目を丸くして無言のまま見つめていた。
「ああっ!? 起きたと思ったら何言ってやがるんだ? おい、お姉ちゃん、撃つって言ったら撃つぞ。面倒だ、てめえから殺してやるぜ!」
 戸惑いながらも、口だけは威勢よく、震える手で銃口を鈴音に向けて引き金に手をかける。
 男は笑っていたが、その頬には一筋も二筋も汗が流れていた。
「じゃあ、さっさと殺してもらおうかね」
 一人だけ冷静な鈴音は、不敵な笑みを浮かべゆっくりと男に近づいて行く。
「けっ、死ねやあぁっ!!」
 バーンッ! バーンッ! バーンッ!
 雷撃が鳴り響き、冷たく無機質な銃口から放たれた弾丸は、熱く燃えたぎった生き物となり、鈴音目がけ一直線に飛んで行く。
 真々代と大道寺は稲妻が轟き落ちた時の衝撃を感じていた。
「すっ、鈴音ぇぇぇぇぇぇっ!!」
 天を切り裂くかのように響き渡る真々代の金切り声。
「フッ……」
 その刹那、鈴音は短く鼻で笑って、両手を胸の前で素早く空気を切り裂くように動かし、あろうことか、三発の銃弾を掴んでしまった。
「はあぁぁっ!」
 鈴音は銃弾を掴むと同時に猛然とダッシュして腹の底から気合の込もった掛け声を発し、銃を持っている男の手を閃光一閃、右足で素早く蹴り上げた。
 当然スカートがはらり。
「ああぁっ! ……白?」
 男は驚き、あ然としながらもニヤケている。
 鈴音は、下着を見せたことなどおかまいなしに間髪入れず、まるで速射砲から放たれたミサイルのごとき突きの連打を豪雨のように撃ち込んだ。
「はい、はいはいーっ!」
 小気味のいい掛け声。
 目に見えないスピードで数発も浴びせられる左右の突き。硬さは鉄球並みだ。
「ふんぎゃっ! うぅっ……」
 その衝撃に耐えられず、呻き声を上げていた男は途中から意識を失っていき、血を噴きながら倒れた。
「私を殺すなんて十万年早いんだよ」
 鈴音は冷酷な笑みを浮かべながら、冷たく座った眼で男を見下ろして吐き捨てる。
「し、死んだのかい?」
 血を噴きながら倒れている男に近づき、恐る恐る大道寺が尋ねた。
「いや、まだ死んじゃいないよ。殺してもいいって言うんなら、そうするけど、どうする?」
 鈴音がニヤッと笑って右手を手刀のように指先を伸ばし、男の首筋目がけて突き刺す格好をしてみせる。
「え? そ、それはダメだよ。あ、あとは俺に任せてくれ」
 大道寺は、本気でトドメを刺しそうだったので、急いで拳銃を拾い上げ、男に手錠をかけた。
「ふあーあ……」
 鈴音は、何事もなかったかのように、あくびをしながら首を左右に傾けたり腰を回したりストレッチをしている。
 そんな鈴音に、まだドキドキが収まらない真々代が、乱れた衣服そのままに恐る恐る尋ねた。
「す、鈴音、何ともないの? 銃弾が当たったんじゃ……」
「銃弾? ああ、これね。はっ、こんなもん当たるわけないだろ、ほら」
 掴んでいた銃弾を真々代にポイッと投げながら、ぶっきらぼうに答える。
 真々代は三個のうち一個を両手で受け止めながら、恐ろしいものでも見るように目を見開いたまま娘の鈴音を見ている。
 すると突然、鈴音はひどい頭痛に襲われて、頭を抱えながら座り込んで苦しみ出した。
「い、痛たたた。な、何だ、いきなり。ぐうぅぅぅぅ、あ、頭が割れるように痛い。くぅぅぅぅぅ……」
 下唇を噛みながら苦痛に耐える鈴音。
 娘の突然の異変に、自分に起こった出来事などすっかり忘れて真々代は心配し抱きしめた。
「す、鈴音! 頭が痛むのかい。さっき、凄い勢いでぶつけたからね。ちょっと、待っていて」
 真々代は急いで水を持ってきて、痛がる鈴音に飲ませる。
 最初は抵抗していたが、二、三口飲むと大きくため息をつき落ち着いてきた。

 ×   ×   ×

 すると、そこにはまるで別人、いえ、いつものわたくしがいました。
「あ、お母様? どうかしましたの……わたくし……?」
 キョトンとした様子で尋ねながら、あたりを見回します。
「ああ、そうですわ! お母様、大丈夫なんですの!? な、何ともございませんの!? ご無事でしたの!?」
 突然思い出し、お母様の手を握りながら涙を流して矢継ぎ早に尋ねました。
「ああ、大道寺さんが助けて下さいましたのね! 何とお礼を申し上げてよいのやら、本当にありがとうございました」
 大道寺さんを見つけ、深々と頭を下げてお礼を言いました。
 お母様と大道寺さんは、そんなわたくしを見て頭の中を『?』が行ったり来たりしています。
「鈴音……ちゃん……自分が何をしたか覚えていないの?」
「何のことですの、覚えてないかって? 覚えているもなにも、お恥ずかしいことに、わたくし気を失っていたものですから」
「いや、そうだったはずなんだけど、いきなり立ち上がって、銃弾を掴んだと思ったら、すごい連打で、あっという間にこの男を倒しちゃったじゃないか。本当に覚えてないの?」
「え? 仰っていることが良く分からないのですけど。銃弾を掴むなんて、そんなことできるわけないじゃありませんか。第一わたくしが男の人に勝てるなんてこと。何を仰っているんですか、大道寺さん。ご謙遜なさらなくても大丈夫ですのよ、ねっお母様?」
 わたくしはお母様に同意を求めながら笑っています。
 わたくしのその様子を見てお母様と大道寺さんは、今は聞いても仕方がないと目と目で合図をして頷いていました。
「とりあえず、詳しいことは明日聞きに来ますので」
 大道寺さんはそう言い残して男を連行して行きました。
 その後、わたくし達は店の中の椅子やテーブルを元に戻して、今日はお店を休業することにしました。
 わたくしは、お母様がご無事で、悪い男も逮捕されたので、気分良く鼻歌交じりでお片付けをしています。時々訳の分からない頭痛はしましたが……。

002  スイーパー鈴音暗躍

 月日が経つのは早いもので、あの出来事からもう三ヶ月が経ちます。
 わたくしは、東京晴海のふ頭の倉庫街にいます。
 時間は夜の八時です。
 潮水と溜まったヘドロが醸し出すドブの中の饐えた臭いが鼻をついてきます。
「今日はこの倉庫ですわね。それでは、大道寺さん行ってまいりますわ」
「ああ、頼んだぞ」
 車を降りたわたくしはドアを閉め、振り向きざまに笑顔で敬礼をしてから、倉庫の中に入って行きました。
 倉庫の中では十五人のヤクザさんが取引で得た銃や麻薬を仕分けしています。
 数か所しか照明をつけていないので薄暗い中での作業です。
「へっへ、今日のブツは大量だぜ。これを売れば大儲けだな。しばらくは遊んで暮らせるぜ」
「本当ですね、組長(おやじ)。上々ですね」
「よし、サツにバレねえように上手く運び出せ。トラック何台かに分けてな。上手くやれよ、いいな」
「はい、承知しております。若いのに上手くやらせますので、ご安心を」
 若頭さんが、若い組員さん達に指示を出して荷物をトラックに積ませていきます。
 その時です。
「なんだ、てめえはっ!」
 突然の怒鳴り声。
 皆が作業する手を止めて一斉に声がした方を見ます。
 でも、暗くてよく見えません。
「ずい分と沢山のお買い物をなされたのですね。お高かったでしょう?」
 暗闇の中からは、わたくしの声だけが聞こえてきます。
「な、何だ!?」
 皆不思議そうに目を凝らして闇を見つめています。
 すると、照明のあたる所まで来たため、ようやく殺風景な倉庫には似合わないわたくしが笑顔でいるのが見えました。
「何だ、この姉ちゃんは?」
 ヤクザさん達は驚いて顔を見合わせています。
 初めて、わたくしに気づいた組員さんが半分茶化すように怒鳴ります。
「ああ!? 姉ちゃん、いきなり現れて何言っているんだか分からねえけどよ、おめえ、この状況が分かっているのか? アイドルみたいに可愛い顔しているけどよ、ここはステージじゃねえんだぜ」
「ええ、十分心得ておりますわ。密輸で武器や麻薬をお買いになったのでしょう? そして、これからそれを売ってお金儲けをしようとなさっている。本当、悪い人達ですこと」
 わたくしは動じることもなく平然と笑顔で答え、髪の毛をヘアバンドで束ね始めました。
「悪い人だぁ、姉ちゃん、笑わせるんじゃねえぜ! 今時な真面目にコツコツなんてやっていたら儲けなんて出やしねえんだよ、分かるか?」
 下っ端の組員さんは自慢げに言います。
「それは、そうかもしれませんけど、でも、やっぱり悪いことは悪いことですわ」
 わたくしは思わず首をかしげながら真面目に答えてしまいました。
「ま、まあ、確かに悪いことかもしれねえけどよ。でも、まあ、その、なんだ……」
 組員さんも言い淀みながら答えました…………が。
 残念なことに、お話の途中で、いきなり若頭さんに頭を叩かれてしまいました。
「バッ、バカヤロウッ! てめえは何さっきからゴチャゴチャと話になんか付き合っているんだ、ああ? だから、てめえはバカだって言われるんだよ」
 若頭さんは組員さんを怒鳴りつけました。
「す、すいません、若頭! こいつが話しかけてくるものだから、つい……」
 理不尽に頭を叩かれたにも関わらず、組員さんはペコペコと頭を下げて言い訳をしています。
「いいか、こういう時はな、こう言うんだよ、よく聞いとけ」
 若頭さんは偉そうに言って一呼吸置いてからわたくしに怒鳴りました。
「姉ちゃん、なんでここにいるのかは分からねえけど、そこまで分かっているんじゃあ、仕方がねえな。可愛いから色々と利用してえけど、後々面倒になると困るんでな。可哀そうだが、ここで死んでもらうぜ。おい、ちょうどいい、試し撃ちをしろ!」
(決まった。我ながら惚れ惚れする啖呵だぜ。若いもんの教育には苦労するよ、まったく)
 若頭さんは心の中でニヤニヤしながら一人悦に入っています。
「は、はい」
 命じられた組員さんは、返事をしてオドオドしながら急ぎ入荷したばかりの銃を取り出します。銃を扱うのは初めてだったようで震えていました。
「姉ちゃん、残念だが、さようならだぜ。……じゃあな……」
 上ずった声で言い、わたくしに向かって半ば目を瞑った状態で引き金を引きました。

 ×   ×   ×

 バーンッ! バーンッ!
 倉庫の中にけたたましく鳴り響く銃声。
 その刹那、鈴音の表情は一変して、二発の銃弾をいとも簡単に空気を切り裂いて素早く、掴んだり弾いたりした。
 床に転がる銃弾の乾いた音が倉庫内に響き渡る。
「へ?」
 鈴音の行動に、銃を撃った組員はただただ言葉を失うだけ。
 人生初と言っていいほどの緊張感に包まれながら目を見開いたままの状態で、冷淡な笑みを浮かべた鈴音に鋭く冷たい眼で睨まれている。
 銃を撃つ。
 銃弾が素手で弾かれる。
 見たこともない鋭く冷たい眼で睨まれる。
 未経験三段攻めにあい頭の中は真っ白。
 ただただ背筋に冷たいものが走り続け、冷や汗をかいて震えが止まらない。
 それを紛らわそうと首を左右に振りながら上ずった声で叫んだ。
「こ、この、女(あま)ァ!」
 続けざまに引き金を引くが、狙いは定まらず、鈴音の遥か後方の天井付近の壁に吸い込まれるように当たっただけ。
 恐怖で錯乱しており銃弾を撃ち尽くしたのに、まだ引き金を引き続けている。
 カチッ、カチッ、カチッ……。
 静まり返った倉庫内に空しく、引き金を引く音だけが響く。
 その静寂の中、鈴音は、その様子をあざ笑いながら、ゆっくりと近づいて行った。
「どうしたんだい、もう終わりかい? じゃあ、あたしの番だね。はあぁぁぁぁっ!」
 気合を込めた掛け声と共に、突きや蹴りを素早く撃ち込む。
 打撃音に続いて骨が折れたり、何かが潰れるような音も響き渡り、無抵抗の組員は血まみれになって倒れた。
 鈴音は勢いのまま足を喉元のところまで振り下ろすが、ここでストップ。
「おっと、殺しちゃいけないんだった。まったく、面倒くせえな」
 ゆっくりと顔を上げて、呆気に取られ静まり返っているヤクザ達を見回す。
「ボーッとしているじゃないよ。さあ、パーティーを始めようかね。天然なすび共ぉっ!」
 鈴音は叫ぶなり、サッカーボールのように倒れた組員を蹴り上げる。
 宙に舞った組員が床に落ちる音で、我に返ったヤクザ達は思い出したかのように持っている銃を一斉に撃ち始めた。
 バーンッ! バーンッ! バーンッ!
 けたたましい音を立てながら銃弾が飛び交う中、鈴音は体を上下左右に素早く動かして避けたり、指で掴んだり弾いたりして対応している。
 この時の鈴音の手や足は、とても女子高生とは思えない状態だ。
 全身の筋肉は瞬間的に力が込められて筋張り鋼鉄と化している。
 打撃や防御は、この鋼鉄と化した手足で、肉眼では追えないほどのスピードと正確さ、パワーを伴って行われている。
 ヤクザ達は右往左往することしかできないでいた。
 倉庫内に響き渡るのは。
 銃声。
 鈴音の掛け声。
 ヤクザ達の悲鳴。
 ヤクザ達が血を噴き出し倒れる音のみ。
 いきなり目の前に鈴音が現れたと思ったら、蹴りとも突きとも区別のつかない攻撃を受け、気がついたら床に倒れていくヤクザ達。
 照明の当たる所にいる者は、淀んだ冷たい眼に恐怖し、暗闇の所にいる者は、目の前の空気の動きに恐怖した。
 全員、骨折に加え、筋、腱が断たれている。
 倉庫内は蜂の巣をつついたかのように、てんやわんやの大騒ぎだ。
「ぜ、全部弾かれちまう!」
「こいつは何なんだ!」
 ヤクザ達は口々に叫びながら弾がある限り銃を撃ち続ける。
「無駄と分かっていても撃ち続けるなんて健気だねぇ、ホント」
 銃弾を処理しながら、冷ややかに笑みを浮かべて呟く鈴音。
「か、勘弁してくれぇ。あ、謝るから、ゆ、許してくれ。た、頼むぅ」
 鈴音が目の前に来た時、突然土下座をして、床に頭をこすりつけて謝りだすヤクザがいた。
「フ、だらしがないねぇ。プライドってもんはないのかい?」
 鈴音は、そのヤクザの腕を掴み鼻で笑いながら、後ろ手に搾り上げていく。
「うぎゃあぁ。や、やめてくれぇ。お、折れちまうぅ」
 ただただ恐怖と痛みで抵抗することもできずに子供のように泣き叫ぶことしかできないヤクザ。
「お前、今まで、目の前で命乞いをしてきたやつをあざ笑って生きてきたんだろ? 因果応報だねぇ、はあぁっ!」
 気合を入れてさらに搾り上げる。
 ボキンッ!
 驚愕の顔で乾いた音を発したヤクザは、足元で転げ回り、折れた腕を押さえながら泣き叫んでいる。
「ぐうおぉぉ。い、痛えぇよぉっ」
 鈴音は邪魔でうるさいため、気合を込めて突きを顔面に撃ち込んだ。
「おりゃあ!」
 ヤクザは血を噴きながら、黙って動かなくなった。
「けっ、てめえみたいのが、めっちゃムカツクんだよ。胸糞わるい」
 吐き捨てるように呟いてあたりを見渡す。
「あらら、あんなにいたのに、あと二人だけかい? まったく、物足りないねぇ」
 十五人もいたヤクザ達はあっという間に、地面に這いつくばらされ、残るは若頭と組長の二人だけになっていた。
 鈴音は、ゆっくりと、残りの組長と若頭の元へ近寄っていく。
 バーンッ!
「…………っ!」
 いきなり背後からの銃声。
 その刹那、何かに促されるかのように間一髪で避けた鈴音は、振り返りざま銃声がした方に走り出していた。
「ちっ、まだ残っていたのか!」
 荷物の物陰に隠れて、難を逃れていたヤクザが震えながら発砲したのだ。
「うりゃぁーっ! 姑息な奴がぁっ!」
 鬼の形相で迫る鈴音。
 その気迫にすっかり気圧され、恐怖で意識を失くしながらも発砲するヤクザ。
 鈴音は銃弾を処理しながら、走って来た勢いのまま鋭く重い蹴りを炸裂させた。
「ぐぎゃぁーっ!」
 ヤクザは悲鳴を上げ吹き飛ばされ、ピクリとも動かなくなった。
「危ない、危ない。油断大敵だねぇ。まっ、気づいたから良かったか。さすがはあたし」
 自画自賛しながら、改めて組長と若頭の方に近寄っていく鈴音。
「うわあぁ!」
 若頭は、目の前の光景を見て恐怖のあまり突然逃げ出す。
「バ、バカ野郎! お、俺より先に逃げるやつがあるか。死んでもいいから戦え。盾ぐらいにはなって、俺が逃げる時間稼ぎぐらいしろ、バカが」
 咄嗟に逃げ出そうとする若頭の襟を捕まえる組長の主張。
 勢いよく若頭を鈴音の前に突き出すように投げ飛ばす。若頭は勢いのあまり足がもつれて前のめりに倒れた。
 顔を上げると、鈴音が鋭く冷たい眼でガン見している。
「…………っ! か、勘弁してくれぇ」
 恐怖で顔を引きつらせながら四つん這いで組長のところまで戻った。
「オ、オヤジィ! あ、あんまりだ。さ、盃を交わした仲じゃねえか。俺だけ死ねって、どういうことだよ。こ、こんなバケモンにかなうわけねえだろう」
 組長の足に凄い力でしがみつき、幼児が引きつけを起こした時のようなかすれた声で必死に叫ぶ。
「バ、バカ、は、放せ。う、動けねえじゃねえか。てめえの代わりなんぞいくらでもいるんだ。俺さえ無事なら、いくらでもやり直せるんだ。さっさと放しやがれ」
 組長は叫びながら若頭の頭を上から殴りつけている。
「くだらないコントは終わったかい?」
 鈴音は近づきながら言い放ち、若頭の首元を左足で踏んづける。
「はあぁっ!」
 踏んだ左足を軸にして、右足で組長の首筋に思い切り回し蹴りを食らわした。
 鈍い音と共に、組長は背筋をピーンと伸ばして、その場に倒れた。
「ぐあぁっ」
 首元を踏んづけられている若頭は呻き声を上げたまま震えている。
「安心しなよ。どっちも五体満足でなんか帰しやしないからさ。覚悟はいいかい?」
 震える若頭を起こしながら呟く鈴音。
「はあぁっ、はい、はい、はいーっ!」
 若頭の顔面はもちろん体中に、両方の拳で数発、目にも止まらぬスピードで撃ち込んだ。三発目以降は完全に意識は飛んでしまった若頭は、血まみれで倒れ動かない。
「はい、はい、はいーっ!」
 さらに、倒れている組長の後頭部へ突きを撃ち込む。
 果物が潰れて中身が飛び出す時のような、あの嫌な音がして、組長の顔の下からは血がにじみ出てきた。
「フウーッ……」
 全員を倒し終えた鈴音は、深く息を吐きながら緊張した全身の筋肉を弛緩させていく。
「まったく、ヘドが出るほど後味の悪い奴らだ」
 髪の毛をまとめていたヘアバンドを取り、顔を二、三度左右に振ると、髪の毛の動きにつられて優しいシャンプーの香りが広がる。
 その香りのおかげで鈴音の緊張は心身共に完全に解けた。
 全員を倒した後、鈴音は倒れているヤクザ達や積み荷には目もくれず倉庫をあとにした。
 これは全て鈴音が倉庫に入ってからわずか数分間の出来事。
 倉庫を出ると、相変わらず潮風と溜まったヘドロの混じった臭いが鼻をついてくる。
「フ、中で倒れている奴らの臭いだな」
 ため息交じりに呟いていると、突然頭痛が襲ってくる。
「くっ、痛たた」
 頭を押さえながら、急いで大道寺が待っている車に戻る。
「大丈夫か? ほら、これ」
「……痛っ…………」
 鈴音は手渡されたペットボトルの水を急いで飲んでいる。
「痛むか? まあ、いつものだろうから、水を飲めば治まるだろう」
 毎度毎度のことのようで大道寺は、大して心配もしていない。
 すぐに頭痛は治まった。

 ×   ×   ×

「あら、大道寺さん」
 わたくしは笑顔で振り返り話しかけます。
「頭痛は治まったかい?」
「はい……というより、みたいです。チェンジも解けたんですね」
「ああ、そうだね」
「今日も無事にミッションは成功したのですか?」
「まあ、そうだろうね。こうやって鈴音が無事にここに居て話しているんだから」
「フフ、ですわね。では、改めまして、ミッション完了しました!」
 おどけて敬礼。わたくしは笑っていました。
「ごくろうさん」
 大道寺さんは運転中なので、笑顔でそっと頷かれました。
(まったく、あの三ヶ月前のあの夜からこの子は、一体どうなっているのやら。さっきまでの無敵のスイーパーとは全くの別人だぜ)
 大道寺さんは、そんなおどけているわたくしを見ながら、心の中で首をかしげ呟いています。
「松岡さんにご連絡しなくてよろしいんですの?」
「ん? ああ、もうしてあるよ。今頃は奴らが後片付けしているだろう。今度も、また奴の手柄さ」
「そうですの。では、もう今日は終わりですのね」
「ああ」
 わたくしは大道寺さんに気づかれないように手や足をさすっています。
(やっぱり、チェンジ後はひどい筋肉の張りに襲われるんです。大道寺さんのお話によりますと、パワーもスピードも尋常ではないらしいので、反動も当然ですわね。けっこうキツイです)
「どうしたんだ? 足なんかさすって」
「え? いえ、虫にさされたようで痒いんです」
「そうか、虫にか」
「ええ」
(せっかく、人のお役に立てているのですから、このことは内緒にしておきます。わたくしなりに人の役に立つのならと思ってご協力していることなので)
 それからしばらくは会話が途切れていましたが、車が大きくカーブを曲がったのを契機に再び会話が始まりました。
「なあ、やっぱりチェンジ後のことは覚えてないのか?」
「ええ、いつもの通り。でも今日はチェンジする前に少しだけヤクザさん達と話しましたわ。それは覚えています、途中までですけど」
「へぇー、会話したんだぁ」
「ほんの、ちょっとですわ。まあ、その後はいつもと同じで覚えていませんけど」
「そうか」
「わたくしも、どうしてそうなるのかは、本当にまるで分からないんです。ただ、いつも、ああいう場面になると、ふっと記憶が途切れるんですの」
「その瞬間とかも、まるっきりなのかい?」
「ええ、きっかけの瞬間も覚えておりません。気づくと、いつも、こうして大道寺さんと車で話をしています」
「なるほどなぁ」
「本当、不思議ですわねぇ、大道寺さんは、そのチェンジしたわたくしを見ていますけど、当のわたくしはただの一度も見たことがないんですもの。それって、本当にわたくしですの?」
「ああ、正真正銘の鈴音さ。言動や雰囲気はまるっきり別人だけどな」
「そう……ですの。一体、あの夜以来わたくしはどうなってしまったんでしょうか? 何者からか正義の力でも授かったんでしょうか?」
「え? ヒーローみたいにかい? うーん、どうだろうな」
「フフ、そうだとしたら、なんか夢があってよろしいじゃないですか? そうじゃありません?」
「ああ、そうだな」
「そうですとも」
「でもさ、鈴音はなんか不安は感じないのかよ。急に人格が違う自分になっちゃってさ」
「うーん、まあ、不安がないわけではないんですけど、不思議と嫌な感じはしないんですよ。何て言うか、マイナスな感情は湧かないんですよ。チェンジから戻った後も、不安になるような嫌な感じは」
「そうなんだ」
「ええ。それに、言動は粗いようですけど、悪いことはしないじゃないですか。自分の意識がない時に悪いことでもしているのなら、不安にもなりますけど、良いことをするだけですし、チェンジしちゃうのは松岡さんから依頼されたミッションの時だけなので」
「確かに、あれだけの能力があるのに、やることは良いことだけだし、チェンジはミッションの時だけだもんな」
「ええ。まあ、正直わたくしもはっきりと理由は申し上げられませんが、そんな感じなので、とりあえずはご心配にはおよびませんわ」
 話している最中に思わずあくびが出そうになります。
「そうか。まあ、何かあったら必ず言ってくれよ」
「ええ、そうさせて……いただきます」
 チェンジ後はもの凄い睡魔に襲われます。やはり、かなり体力的に響いているようです。
「眠そうだけど、大丈夫か?」
「え、ええ、大丈夫ですわ。お話を続けて下さい」
「ああ。鈴音はポジティブだけじゃなく、いつも笑顔も絶やさないな」
「ええ、笑顔を大切にしているんです」
「へぇ、何でだい?」
「まあ、ある人達に言われたからです」
「誰に、どんなことを言われたんだい?」
「それは……」
 会話の途中で、とうとう寝息を立て始めてしまいました。
(おいおい、話の途中で寝ちまいやがった。まったく、虫にさされたなんて下手な嘘つきやがって。やはり身体には相当な負担がかかっているのだろうな。それだけじゃない、俺達も気軽に依頼はしているけど、もしもチェンジしなかったら、かなりヤバイことになるんだよな。なんてったって、方法も理由も分かっていないんだから。もし、そうなってしまったら…………やめよう、考えただけでゾっとする。しかし、この子のチェンジって一体……解離性同一性障害……? いや、それとは違う気がするな。不思議ちゃんなくらいに天然で明るいし、両親には愛されて育ったらしいし)
 大道寺さんは眠り始めたわたくしを見ながら少し考えています。
 わたくしが目を瞑って一時間もしないうちにわたくしの自宅に着きました。
「さあ、着いたよ」
「うーん、もう着きましたの。ふあーあ」
「じゃあ、また連絡するよ。おやすみ」
「おやすみなさーい」
 わたくしは去っていく車に向かって、かったるそうに呟いてから自宅に入っていきました。

003 次のミッション

 大道寺は、鈴音を送り届けた後、西荻窪駅前派出所兼自宅に戻った後、シャワーを浴びて、いつもの慣例である缶ビールを飲んでいた。
「くあぁっー! いつ飲んでもミッション後の一口目は格別だぜ。この一口目がたまんねえんだよなぁ、本当に」
 一口目で一気に半分くらいまで飲み干すと、一息つくかつかないかのタイミングで、電話が鳴った。
「ちっ、せっかくのひと時が台無しだぜ。ん? やっぱり松岡か。よしっ……ただいま電話に出ることができません。しばらくたってからお掛け直し下さい」
「おいおい、思いっきり、お前の声で出ているじゃねえか。バレバレだよ、まったく」
 松岡は、大道寺の警察学校時代の同期で同年齢の刑事だ。
 松岡正義(まつおかまさよし)三十歳、ちょっとお調子者だが出世欲はあり、今は警視庁捜査一課に所属している。顔は三枚目だが正義感は人一倍強い。
 鈴音のチェンジ後の能力に目を付け、難事件の解決の手伝いを依頼している張本人だ。
「あ、やっぱり分かった?」
「普通に分かるだろう。分からねえ方がおかしいよ」
「アハハ……で、用は何だ?」
「ああ、とりあえず、今日はごくろうさん。毎度毎度助かるよ」
「俺はただの送り迎えさ。実際に掃除しているのは鈴音さ。礼なら鈴音に言えよ」
「謙遜するなよ。お前がいるからこそ鈴音ちゃんも安心してスイーパーできているんだからさ」
「まあ、そうだといいんだがな。鈴音の奴、終わった後は今日もつらそうだったよ。健気に嘘ついて笑っていたけどな」
「そうか…………。そろそろ潮時かな?」
「まあ、そうだけど、たった三ヶ月なのに、証拠を掴めていない案件を、いくつも摘発できたからなぁ。やめるのは惜しいよな」
「そうなんだよな。ただの女子高生にこんな負担かけて良くはないと知りながらも、そう思っちまうんだよな」
「まあ、様子を見ながら潮時は見極めよう。で、用は何だ?」
「ああ、またミッションなんだけど、大道寺に先に聞いておいてもらおうと思ってな」
「そうか、どんな内容なんだ?」
「囮捜査だよ」
「囮捜査か」
「まあ、今までとはちょっと違うからさ。俺なりに色々と練ってはあるんだけどな」
「ほう」
「まあ、俺は緻密に計算のできる男だからな。聞いたら驚くぜ」
「何が緻密な計算だよ」
「ちっ、ちっ、ちっ。大道寺君、君は分かっていないようだねぇ。俺は常にミリ単位で物事を考えて動く男だよ。今回のも緻密な計算に基づいてだねぇ……」
「分かった、分かった。能書きはいいから、早く説明してくれ」
「まあ、急かすなよ。どんなミッションかというとだな、いいか、よく聞けよ。それはだな、ナンパされてカラオケに入る前に騒ぐってやつなんだけどな」
「おいおい、そんな説明じゃあ、ミリどころかキロメートルくらいざっくり過ぎて、さっぱり分からねえよっ!」
「あ、やっぱり」
「分かるわけねえだろうっ! もっと最初から真面目に説明しろっ!」
 大道寺は思わず持っていたビールを松岡に引っ掛ける想像をした。
「分かった、分かった。怒るなよ、冗談だよ、冗談」
「お前の場合、区別がつかねえからな。まあいい、真面目にどんな内容なんだ?」
「実はな、今回のミッションの始まりは、あの三か月前の鈴音ちゃんが初めてチェンジした、あの事件なんだよ」
「あの時の?」
 大道寺は、すぐさまあの時の情景を思い出していた。
「そう、あの時のさ。大道寺が逮捕した後、警視庁に連行した奴から色々なことが分かって、この間売り場の一つに乗り込んだんだけど、肝心の麻薬が見つからなくてね。おまけにヤクザものらりくらりでかわしやがるからさ、決定的な証拠が掴めないんだよ」
「それで、手詰まりになって、鈴音にってことなんだな」
「まあ、そういうことだ。銀竜会の構成員の下っ端がイケメンの上に、ホスト顔負けの口説きのテクを持っていてね、ナンパした女子高生や女子大生をうまくカラオケに誘い込んでは虜にし、その女を利用して麻薬の運び屋をさせているってことが分かったんだ」
「ほう……。年齢的には鈴音はピッタリだな」
「まあな。奴のこの特技を生かして組も上手く麻薬を売りさばいて、ぼろ儲けをしているのさ。おかげで、どんどん勢力を伸ばすは、被害者は増えるはで、今のうちに何とかしておかないと、とんでもないことになっちまうよ」
「そこまで分かっているなら、その運び屋と思われる子を尾行して何とかできないのかよ」
「いや、俺もね、奴と別れた後の女を尾行してさ、わざとぶつかってバッグを落とさせて中身を確認しようとかは試みたんだけど、中身が上手く飛び出なくてね。なんてったって、カラオケから出て来た、ただのカップルじゃ職質(職業質問)はかけられないしな」
「まあ、そりゃそうだ。しかし、わざとぶつかってねぇ」
「笑うなよ、俺は俺で一生懸命なんだからさ。でも、まあ、現実はドラマみたいにはいかなくてね。証拠の品を確認できないんだよ、だからさ……」
「そうか、だからナンパされた鈴音にカラオケに入る前に騒がせるんだな。そうさせて、尾行していた俺達が職質(職務質問)をかけて所持品の確認をすればいいもんな」
「そう。それが一番確実だろう?」
「うん、そうだな。まあ、やるやらないは鈴音が決めることだけど、あいつのことだ。きっと、ノリノリだろうな」
「……だろう? 今回のは、お前にも色々と手伝ってもらわないといけないからさ、そう思って事前に話したのさ」
「そうか、俺は協力できるぜ」
「おお、助かるぜ。とりあえず、鈴音ちゃんにも頼んでみるよ」
「ああ、そうしろよ。きっとノリノリだぜ、あいつ」
「そうだろうな。じゃあ……」
 ツーツー……。
「フ、今度のミッションも面白そうだな」
 通信音を聞きながら、大道寺は残りのビールを一気に喉奥に流し込んだ。
 間もなくして、松岡からの依頼を快諾した鈴音から電話が来た。

 ×   ×   ×

「やっぱり、引き受けたか。鈴音らしいな」
「ええ、悪事は許せませんもの」
「嘘つけ、面白そうだからだろう?」
「あら、バレました?」
「バレバレだよ」
「でも、それだけじゃありませんわよ。だって、わたくし達は、悪事は絶対に許しません! がモットーの『チーム鈴音』じゃないですか」
「まあ、そうだけどさ……。しかし、なんだよ、その『チーム鈴音』っていうのはさ」
「松岡さんとお話している時にひらめいたんです。いつもこの三人トリオで、いくつもの事件を解決してきたじゃありませんか。なんかこう、名前があったらいいなって思ったんですの。そう思ったら、自然と出てきましたの。おかしいですか?」
「いや、なかなかいいネーミングだな。『チーム鈴音』か」
「松岡さんも気に入って下さいましたわ」
「そうか、あいつはそういうの好きだからな。で、いつ決行するんだ?」
「急なんですけど、明日ですわ」
「そうか、明日か……。準備は間に合うのか?」
「ええ、明日はラッキーなことに金曜日ですが学校は午前で終わりなんです。ナンパされるのには金曜日の夜なんて一番いいですしね。なんてったってウキウキのウィークエンドですから」
「ハハッ、それも、そうだな。よし分かった。迎えの時間は?」
「松岡さんと五時半に待ち合せましたので……そうですね……五時にお願いします」
「了解」
「ふふっ、明日のセクシーなわたくしにご期待くださいませ」
「ああ、楽しみにしているよ。じゃあな、おやすみ」
「はい、おやすみなさいませ」
 電話を切ると、わたくしはいつも通り、ベッドの向かいの本棚に立てかけてある写真に向かって笑顔で挨拶をしました。
「おやすみ…………」
 挨拶を済ませると明日に備えて眠りにつきました。

004 セクシー鈴音降臨

 金曜日の午後です。
 わたくしは只今、新宿の某百貨店で本日のミッション用の洋服の買い物中です。百貨店と言うところは、すぐに店員さんがいらしてくれるので助かります。
 さっそく、お目当ての洋服の説明をしてみます。
 まあ、さすがにナンパされやすい服とは言えませんので、パーティー用のちょっと大人な感じで目立つものと言っておきました。
「お客様、これなどは大人っぽく目立ちますが、嫌みがなく控えめな感じのするものですが、いかがでしょうか?」
 説明しながら、白のワンピースを持ってきてくれました。
 なるほど、確かに前も後ろも控えめに開いていて、派手な感じはしないものです。色も白なので気に入りました。
 試着をしてみると、サイズもピッタリで大人っぽく見えます。
 これでメイクを派手めにすれば、すっかり大人女子って感じです。
 ハイヒールも選び、松岡さんから渡されたお金で会計を済ませ、急いで家に帰ります。
 四時半を回ったところで、お着換え開始。
 いつもより派手めなメイクにして大人女子に変身です。
 我ながら器用かもと自画自賛をしながら気分を高めて、モデルポーズをとり確認していますと、大道寺さんから電話がきました。
「鈴音、そろそろ車を回すから」
「あっ、大道寺さん、今日はお店の前ではなくて、少し離れたところにしていただけませんか? お店の前だと、お母様に見られてしまいますので……」
「ああ、そうだね。じゃあ、少し過ぎたところで待っているから。別に急がなくてもいいよ」
「ええ、でも、もう出られますから」
 そう返事をして、わたくしは急いでバッグを持って部屋を出ます。
 こんな派手な服装、お母様に見られたら大変ですわ。いつもと違い過ぎて、わたくしが変な人達と付き合っているんじゃないかと、心配をかけてしまうからです。
 階段を下りてソーッと廊下を歩きました。
 お店ではお母様が開店前の仕込みをしています。
 わたくしは、そっと頭を下げて小さい声で挨拶をしました。
「すみません、お母様。週末の忙しい時にお手伝いできなくて。それでは、行ってまいります」
 気づかれないように事前に用意しておいたハイヒールを履いて、裏口からそっと出ました。
 わたくしは少し離れたところに停められていた車に乗り込みます。
「すみません、遅くなりまして」
 謝りながらドアを閉めて笑顔で振り向きました。
 そこには、紛れもなくわたくしがいたのですが、普段のわたくしとは別人の大人の女性に変身したわたくしが座っています。
 ノースリーブの白いワンピースで、胸の谷間も程よく強調されていてセクシーです。リップもいつもより濃い朱(あか)で全体的に何となく妖艶な感じさえし、おまけにスカートの丈も短く太ももが大胆に露出しています。
「おおっ、バッチリだなっ! これならイケるな。ようし、テンション上げて行こうっ!」
 大道寺さんのテンションもいきなりクライマックスです。
 松岡さんとは、例の男がナンパするスポットの近くの駐車場で待ち合わせをしていました。わたくし達が到着すると松岡さんはすでに来ています。
「おおっ! 香水もメイクもバッチリだね。こっちのテンションも上がるぜー!」
 松岡さんも車から降りてきたわたくしを見て大盛り上がり。
 さっそく三人で今日のミッションの確認です。
「場所は、あのビルの一階のギャラリー前だ。あそこが奴のナンパスポットだ」
「いつものところか?」
「ああ。ナンパしたら必ずお気に入りのカフェで食事をしてカラオケってのがパターンだ」
「ふーん。……なあ、俺今気がついたんだけどさ、仮に奴が鈴音に引っかからなかったらどうするんだ? 別の女を選んだら?」
 確かにキレイや目立つ以外にも、その人独自の声をかけやすい理由も考えられます。
「そうだよな、選ばれなきゃ始まらないもんな。そこでだ、俺なりに考えたんだが、まあ、外見上は上手く目立てているからさ、奴と目線を合わせるようにして、目線が合ったら意味ありげな含み笑いをするってのは、どうかな?」
「おおっ、それ、いいかもな。男に限らず女でも、目が合って何かしら反応があれば気にはなるだろからな。ましてやナンパしようとしている時に微笑まれれば、そりゃあ声をかけてくるだろう」
「そう言われれば、そうですわね」
 わたくしも納得して頷きました。
「おっ、そうだ。肝心なことを忘れていた。これが奴の写真だ」
 松岡さんがスーツの内ポケットから写真を取り出して見せます。
 金髪で、切れ長の目、細面のイケメンです。
「ほう、話通りのイケメンだなぁ」
「本当、イケメンですわねぇ」
「鈴音はナンパされればいいけど、松岡、俺達はどうするんだ?」
「まずは、カフェを出てから尾行するために、あらかじめカフェの前の通りにそれぞれの車を停めておこう。まあ、これはタクシーで移動した時の保険だけどな。その時によって、移動方法を変えるからさ」
「ケースバイケースってやつだな」
「ああ。鈴音ちゃんは、奴と食事をして、いざカラオケに入るってところで、抵抗して大騒ぎをしてくれ。そうしたら俺達が駆けつけて、職質(職業質問)かけるから。いいかい、鈴音ちゃん?」
「ええ、分かりましたわ。わたくしは、とにかく一緒に話を合わせながら、誘われるがままカラオケに行って、入る寸前に騒げばよろしいのですね」
「ああ、頼んだよ」
「お任せあれっ!」
 いつも通り、笑顔でおどけて敬礼。
「あ、そうそう、鈴音ちゃん、念のためこの小型発信器も持っておいて」
 松岡さんは可愛らしい発信器をわたくしに渡しました。念には念を入れてとのことのようです。

005 ナンパ男を一本釣り

 カフェの前の通りに車を停めるとわたくし達はナンパスポットのビルに向かいました。
 もちろん三人共バラバラでツレとは分からないように離れて歩いています。歩いている最中にもすれ違う男の数人は振り返ってわたくしを見ていました。
 その様子を見て松岡さんも大道寺さんも満足し、そっと微笑んでいます。
 ナンパスポットに着いたのは、ちょうど日が落ちて暗くなり始めた頃でした。
 さすがに、その場に行くと緊張感は高まります。
 周りの女子達もそれなりの方達ばかりでしたから。一夜限りの出会いを求めているだけあって、皆ギラギラしています。思わず気圧されそうになりましたが、弱気は禁物。
 わたくしも堂々と振舞います。
 松岡さんと大道寺さんは、わたくしを挟んで十メートルくらい離れたはす向かいに左右に分かれて立っています。それぞれ雑誌や新聞を見るフリをして、常にわたくしに目を配っていました。やはり、お二人も緊張しており何となく落ち着きがありません。
 十分も待たないうちにわたくしは二、三人の男の人に声をかけられました。
 わたくし自身は堂々としているつもりでしたが、やはり緊張していたためか、ややうつむき加減になっていて、オドオドしているように見えたのかもしれません。
「ねえねえ、君一人? これからカラオケでも行かない?」
「いいえ、すみません、待ち合わせですので……」
 なんとか笑顔でごまかします。
「向こうにさ、車を停めてあるんだよ。ドライブでも行こうよ。外車だぜ」
「すみません。もう少しで待ち合わせの彼が来ると思いますので……」
「チェッ! 彼氏待ちかよ! 紛らわしいところで待ち合わせるんじゃねえよ、バーカッ!」
 中には強引に腕を掴んで引っ張りながら連れて行こうなんて人もいましたが、断るとパッと手を放して悪態をつきながら行ってしまいました。
 わたくしは思わずムスッとした顔になって立っていたようで、遠くから松岡さんが、自分の口の両端に手を当て引っ張って笑うようにゼスチャーを送ってきました。
 面白い松岡さんの、その顔を拝見して少し緊張がほぐれました。
 ようやく、ターゲットの男が現れました。
 写真通りの金髪細面のイケメン顔で、カジュアルな格好ですがネクタイを締めてバッチリ決まっています。
 松岡さんはわたくしと大道寺さんに目で合図を送ってきます。わたくし達は今まで以上に緊張感が増しました。
 自分でも血の気が引いていくのが分かります。
 男はゆっくりと歩きながら品定めをしているようです。わたくしは、わざと視界に入るように移動しながら男の方を見ていました。
 男が順々に女子達を見ていくと、やがてわたくしと目線が合いました。
(今ですわ!)
 わたくしはそっと意味ありげに微笑みます。すると、魚がパクッと餌に食いついたかのように、男は近づいてきました。
「やあ、一人? それとも、誰かと待ち合わせ?」
 微笑みながら、絶妙にヤイ歯を見せて話しかけてきます。
 ヤイ歯が、良いアクセントになって、カッコイイに加えてカワイイです。
「い、いえ、一人ですわ……。よ、よろしかったら、ご一緒していただけません?」
「ああ、君みたいな美人に誘われるなんて光栄だよ。俺なんかで良かったら?」
「ふふっ、お世辞がお上手ですこと。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。君はずい分と言葉が丁寧だね。ひょっとして、いいとこのお嬢様なのかな?」
「え、ええ、まあ……そんなところでしょうか……」
 本当に会話が上手で自然と話せちゃいますが、いきなり嘘から入ってしまいましたので、答えに矛盾が出ないようにしないといけません。
「そうなんだぁ。じゃあ、お父さんはどこかの大企業の重役さんとかそんなのかな?」
「そ、そんなたいしたものではないのですけど……」
 わたくしは言葉の返しがきつくなってきて目を逸らして下を向いて考えていました。
「ゴメン、ゴメン。出会ってすぐにこんな会話つまらないね。すぐそこに、俺のお気に入りのカフェがあるんだ。そこで、ゆっくり食事でもしながら話をしようよ」
 勝手に解釈をしてくれて助かりました。
 話しながら、さりげなくわたくしの肩に手を回してきました。
 その刹那、体がビクンと反応し拒否しかかってしまいます。
(いきなり体を触るなんて、いやらしいっ!)
 思わず心の中で、そう叫びましたが、すぐさまミッションであることを思い出し、そのまま身を預けて歩きました。
 そんなわたくしの気持ちなどお構いなしにナンパ男は話しかけてきます。
「学校はどこなの?」
 我慢、我慢とだけ言い聞かせていたため返答した内容は覚えていません。
 ただ少し離れた所から見守っている松岡さん達には、男に気づかれないように、そっと親指を立てて『成功』の合図を送りました。
 わたくし達のあとに松岡さん達も別々に歩き出しついてきます。
 わたくし達がカフェに入ると、それぞれの車に戻りました。
「上手く引っかかってくれたな。鈴音ちゃん上手いじゃないか」
「ああ、本当だな。でも、問題はここからだろ。鈴音の奴大丈夫かな? 肩に手なんか回されちまってよ。緊張でバクバクしちまってパニックじゃねえのかな」
「まあ、そういう免疫はある方じゃないだろうからな」
「ああ。さあ、松岡、俺達も次の行動に移ろうぜ。よし、じゃあ俺が店に入るよ」
「ああ、そうしてくれ。報告は随時ラインで取り合おう」
 車を降りて意気揚々とカフェに向かう大道寺さん。
 ハードボイルドの探偵かなんかを気取っているみたいです。

006 騙し騙され、挙句の果てに

 カフェに入ったわたくしは外からも見えやすいように窓際の席を選んで座りました。
 男は座る時にも椅子を引いてくれたりして非常に紳士的です。何から何まで初体験のわたくしはドキドキしっぱなしです。
 お店はオープンスペースの明るい感じで、クラシックでしょうか……ムードある音楽が、これまた絶妙な音量で流れています。まあ、いわゆる恋人同士が利用するにふさわしい雰囲気のあるお店ってやつです。
 男はメニューを見ながら色々と説明してくれます。
 ここのお店はカレーがオススメだそうで、とりあえず食事はカレーにしました。
 カレーもスパイスの種類や量を選べるようで、まあ、色々とややこしいです。聞いていてもわたくしは良く分からないので、あまり辛すぎないようにオーダーしました。
 食後のコーヒーも同様で、カフェラテやらキャラメルなんとかやら色々あります。ミルク一つとっても種類も豊富でよく分かりません。
「これは、少し甘い感じだね。これはチョコレート、いやココアっぽいかな。君はどういうのが……そう言えば、まだ名前聞いてなかったね。俺は菅原哲也(すがわらてつや)。君は?」
「わ、わたくしは、さ、い、いえ、き、如月弥生(きさらぎやよい)です」
 咄嗟に旧暦を合わせて言ってしまいましたが、怪しまれないか心配です。
「そう、弥生ちゃんか。可愛らしいすてきな名前だね。じゃあ、弥生ちゃんは何飲む?」
 わたくしの心配とは裏腹に菅原さんはさらっと受け流していました。
 当然ながら、あちらも偽名でしょうし、そもそも名前なんて呼び合う時の道具くらいにしか考えていないのでしょうから、気にかけないのかもしれません。
「え、えーと……これで、いいですわ」
 オーソドックスにカフェラテを指さしました。
「そう。じゃあ、俺もこれにしようかな」
 菅原さんはカレーと食後のカフェラテを二つずつオーダーしました。
 ちょうどその時、大道寺さんがカフェに入ってきました。わたくし達の位置を確認しているようで目が合います。
 大道寺さんは目くばせをして、わたくし達が良く見える少し離れた席に座りました。
 金曜の夜ですが、まだ少し時間が早いせいか、店内は空いており、女性客がちらほら座っているだけです。
「カレーと食後にブレンドコーヒーを」
 大道寺さんは手渡されたメニューをろくに見もせずに、格好をつけてオーダーしています。
「は? 申し訳ございません、もう少し詳細にご注文をお願いいたします」
「え、そうなの? い、いや、別にそんな難しいんじゃなくて、カレーとコーヒーなら何でもいいんだけど……」
「申し訳ございませんが、メニューに書いてあります、こちらから、カレーの種類と辛さのランクを選んでいただきまして、スパイスの種類と量をご注文していただけますか?」
「……ああ、そうなの。えーと……はは、良く分からないな。うーん、じゃあ、ビーフで辛さはCにして、スパイスはこれでいいや。御飯の量は大盛りで」
「かしこまりました。コーヒーの方はどうなさいますか?」
「え、どうなさいますって?」
「まずは、どの種類のものになさいますか?」
「え、種類って? 別にどこ産でもいいんだよなぁ。店員さんのオススメは?」
「口当たりが軽いものがお好みでしたらブラジル産がよろしいかと思いますが」
「じゃあ、この中から選ぶのか。じゃあ、これでいいや」
「かしこまりました。ブラジリアンですね。ミルクはどうなさいますか?」
「え、ミルクって?」
「アメリカ産、イギリス産、あとは当店オリジナルのものもございます。種類によって甘さなども変わってきますが」
「ああ、そうなの。べ、別に何産でもいいんだよなぁ。適当に君に任せるよ、ヨロシク」
「さようでございますか。かしこまりました。ご注文は以上でよろしいでしょうか? 少々お待ち下さい」
 大道寺さんはオーダーからタジタジです。
「ちっ、何なんだよ、この店は? せっかく、ハードボイルドで決めようとしているのに台無しだよ。俺は普通にカレーが食えて、コーヒーが飲めりゃいいんだよ。いちいち面倒くせぇな。まったく、カレー食う前から汗びっしょりだぜ」
 一人舌打ちをしてぼやく大道寺さん。
 一部始終を松岡さんにすぐに伝えます。
「そこは特別なんじゃないか? そんな複雑なの俺だってついていけないよ」
 これだけオシャレなお店ですから慣れていないと難しいですね。
 何と言っても、ナンパのプロが利用するお店ですから、このカフェを利用すること自体が、俺はこんなことも知っているんだぜ的に、自分を優位に見せるためのアイテムなのでしょう。
「ふふっ、たまにいるんだよ、ああいうおじさんが。ここのことを良く知らないで上手く注文できない人がね」
「そうなんですの? 菅原さんはお詳しいんですね?」
「まあね、コーヒーにはちょっとうるさいよ」
 案の定、大道寺さんと店員さんのやり取りを聞いていた菅原さんは、自慢げにわたくしに話してきました。
 その後も、自分得意のフィールドで、どんどん魅了できていると思い込んでいるらしく、次から次へと話しかけてきます。
 どこから見ても楽し気に会話をする恋人同士に見えることでしょう。
「けっこう、いい雰囲気だな」
 車の中から見ている松岡さんがラインを送ってきました。
「ああ、すっかり恋人同士だな」
「外見だけだと、イケメンと美人で、テレビドラマのワンシーンって感じだな」
「ああ、そう見えるな」
 大道寺さんは運ばれてきたカレーを食べながら返事をしています。
「注文が面倒くさいわりに普通のカレーじゃねえか。ん……な、何だ、いきなり辛くなってきたぞ。こ、こりゃ、何だよ!? 舌と喉がヒリヒリしてきやがったぁ。ひぃぃっ、口の中が火事だぁっ!」
 こういうところのカレーは本格的なスパイスを使用しているのですから、無難に辛さは一番下のAランクにしておかないと、このようになってしまいます。
「おお、辛え! ヒリヒリが止まらないぜ…………。すみませーんっ! 水のおかわり、お願いしまーすっ!」
 オシャレな店の中で一人パニクる大道寺さん。
「おいおい、大道寺……しっかりしてくれよ。先は長いんだからさ」
 松岡さんは車中から、この様子を見て頭を抱えていました。
 大道寺さんの一部始終が丸見えのわたくしは、大汗かきながら急いでお水を飲んでいる姿を見て、笑いをこらえるのに必死です。
「ふぅ……まったく、辛いカレーだったぜ。しかし、このコーヒー、どこ産だミルクだなんて言っていたけど、普通のコーヒーじゃねえか。今朝飲んだインスタントコーヒーの方がよっぽど旨かったぜ。いくらするんだ? えっ!? カレーとコーヒーだけで四千三百円って、ここはぼったくりバーか!?」
 伝票を見て目を見開く大道寺さん。
「もしもーし、松岡君? これは君持ちの経費ですかぁ?」
「すまない、お前は自前でやってくれ」
「はは、だよな」
 大道寺さんは予想通りの返事にガックリうなだれています。
 一方のわたくし達はと言いますと、哲也さんは話ながら、さりげなくわたくしの手を握ったりしてきます。何気に会話の中で絶妙にです。
「弥生ちゃんは、高校生かい?」
「ええ、そうですわ。菅原さんは何をなさっているんですか?」
「えっ、俺かい? 俺は去年高校を卒業して自動車の修理工をやっているんだ。家はどこなの?」
「世田谷ですわ」
「菅原さんはどちらに?」
「俺は北区の修理工場に住み込みさ。お父さんは何をしている人なの?」
「えーと、父は国家公務員ですわ。経済産業省に務めておりますの」
 お父様は三年前に肺ガンで亡くなっています。料理人で、とても優しい方でした。
「へえー、そうなんだ。俺頭悪いから良く分からないけど、偉い人なんだね。じゃあ、お母さんはマダムってとこかな?」
「え、ええ、まあ、そんなところですわ。オホホ……」
 毎日お父様の小料理屋を継いで一生懸命に働いてらっしゃいます。
「そうか……だから、弥生ちゃんはお嬢様学校に通っているんだね」
「ええ、そうなんですの……」
 通っているのは事実ですけど、ただ単に都立に受からず併願で受けていた私立が偶然お嬢様学校だったって……それだけなんです。
 一時間くらい会話をし食事を終えたところで、わたくしはトイレのため立ち上がりました。
 いい機会だと思われたようで大道寺さんも遅れてトイレに向かいます。
 わたくしが女子トイレのドアを開けて入ろうとしているのを捕まえて、少し奥に連れて行きました。
 女子トイレの中から女性客が一人出てきたので、その女性客をやり過ごしてから尋ねてきます。
「どうだ? 順調か?」
「ええ、バッチリです。上手くいっていると思いますわ」
「そうか。じゃあ、引き続き頑張ろうぜ」
「ええ、頑張りましょう。あまり遅いと怪しまれますので」
 手短に会話をしてわたくし達は離れました。
 大道寺さんが席に戻ると松岡さんからすかさずラインが入ります。
「鈴音ちゃん、どうだって?」
「ああ、順調だってよ」
「そうか。今のところ計画通りだな」
「ああ。かれこれ一時間くらい経つけど、そろそろ動くんじゃないか?」
「ああ、ぼちぼちかな」
「そうか。じゃあ、俺もう出るよ」
 大道寺さんは会計を済ませカフェを出ていきます。
 トイレから戻ってきたわたくしに哲也さんは聞いてきました。
「弥生ちゃん、カラオケは好きかい?」
「え、ええ、お友達と行ったりはしますわ」
「そう、じゃあ、ここを出たら行こうか?」
「ええ、よろしいですわ」
「じゃあ、弥生ちゃんが、それを飲み終わったら出よう」
 わたくし達はカフェラテを飲み終えたところで立ち上がりました。
 席を離れて、一歩、二歩……と歩き始めると、わたくしは、心なしか足元がおぼつかないような感じがします。
 いきなり宇宙空間へ来てしまったようで、無重力状態のようにフワフワとしてきました。
 少しフラフラしていると、会計を済ませた哲也さんがスッと腕を掴んできます。
「弥生ちゃん、大丈夫かい? 具合でも悪いの?」
 優しく笑顔で声をかけてきます。
 わたくしの無重力状態はエスカレートしてきて、入り口の階段を下りるのもフラフラで手足の感覚までなくなってきていました。
「おかしい……ですわ……。おかしい……」
 わたくしは呂律も回らなくなりつつあり、思わず顔を歪めています。
「だいぶ具合が悪いみたいだね。大丈夫、俺が支えているから。さあ、ここからちょっとした段差だよ」
 ヨロヨロしながらお店から出てきたわたくし達を見た松岡さん。
「なんだ? 鈴音ちゃん、具合でも悪くなっちまったのかな? ……大丈夫かよ?」
 意識も混濁してきて、段々と気が遠くなるような……ボーッとしてきて、まさに、わたくしは宇宙空間を浮遊しておりました。
 そんなわたくしの状態を知る由もない松岡さん達は、こんな会話をしています。
「鈴音ちゃん、具合が悪いみたいだぞ」
「そうか? 確かにフラフラしているなぁ。コーヒーが濃くて気分でも悪くなっちまったのかな?」
「分かった。もしかしたら、具合が悪くなったフリでもして油断させているんじゃないか? へぇー、鈴音ちゃんもやるもんだなぁ」
「もし、そうだとしたら、あいつも、けっこうやるなぁ。それより、そっちのGPSの反応はどうだ? こっちはバッチリだぜ」
「おお、こっちもバッチリだ。これで、奴がタクシーを使ったとしても安心だな。大道寺、絶対に見失うなよ」
「お前こそな」
 お二人共気合十分でよろしいのですが、当のわたくしは大ピンチです。

007 カーチェイス・オン・フライデーナイト

「弥生ちゃん、大丈夫かい? すぐにタクシーを捕まえるからね」
 優しい言葉をかけながら哲也さんは折よく通りかかったタクシーを呼び止め、わたくしを押し込むように乗り込みました。
「とりあえず、渋谷に向かってくれ」
「はい」
 迷うことなく運転手に行き先を告げ、タクシーは走り始めます。

 ×   ×   ×

「よし、奴はタクシーで移動だな。このまま追跡開始だ」
 三台の車はタクシーを先頭に縦に並んで走り始める。
 しばらくは順調に尾行していたが、いきなり横から入りたがる車が出てきた。
 ロングの黒髪でサングラスをかけた女性がニコッと笑顔で右手を上げてくる。
「ちっ、なんだよ、こんな時に。今取り込み中なんだよ!」
 大道寺は、ボヤキながら中々入れないで無視していた。
 女はなおもニコッと笑顔で会釈をしてくる。
 それでも、入れないようにタクシーとの車間距離を詰めていたが、運悪くちょうど信号が赤になってしまい、少しスピードを落とさざるを得なくなったため、車間距離がわずかに開き、スッと強引に割り込まれてしまった。
「ちっ、なんてこった! まったく!」
 大道寺は歯噛みして悔しがる。
 割り込んだ車が呑気にお礼のハザードランプ点滅をしてきた。
「礼なんか、どうでもいいからよ、さっさと、どいてくれよ。まあ、しょうがない、最悪、こいつで追えばいいか」
 GPSの反応を確認し、松岡に報告する。
「もしもし、松岡か? すまない、一台割り込まれてタクシーと離れちまった」
「了解、気にするなよ。まあ、こんな時のためのGPSだ。冷静に行こうぜ」
「ああ」
 信号が青になるとタクシーはそのまま直進したが、割り込んだ車が右折のため進路をふさがれた格好になってしまった。
「おいおい、冗談だろっ! なんなんだよ、この車はよぉっ! 早く、曲がれよっ!」
 大道寺は、ハンドルを叩いてイラついている。
 割り込んだ車はようやく右折したが、もう肉眼ではタクシーを確認することはできない。
「ちっくしょうっ!」
 イライラして乱暴にハンドルを叩きGPSの電波を確認して、タクシーを探した。
「松岡、四谷の方かな?」
「ああ……そうだな。新宿通りを行っているな。行く先を変えたみたいだな」
 二人はGPSとにらめっこしながら追跡している。
 すると、GPSにばかり気を取られていた松岡は、あろうことか首都高(首都高速道路)へのレーンに入ってしまった。
「おい、松岡っ! そっちは首都高だぞっ!」
「んっ……? ああ、しまったぁっ!」
 時すでに遅し。
 後続車が多く、Uターンなどできるはずもなく、松岡は首都高へと吸い込まれて行った。
「すまん、大道寺。すぐに戻るから、追跡を続けてくれ!」
 松岡は叫びながら、金曜日の夜の首都高へ。
「おお、まかせておけ」
 不安を抱えながらも意気込む大道寺。
 緊張感が俄然増していく。

 ×   ×   ×

 その頃タクシーの中では……。
「おい、サブ。とりあえず例の倉庫へ行け」
「分かりました、兄貴。そいつサツの犬ですか?」
「ああ、店の中で姐さんがメールで教えてくれたんだ。危うく俺も騙されるところだったぜ。キレイな顔して怖い姉ちゃんだよ、まったく」
 下品な笑みを浮かべながらわたくしの顎をグイッと掴んで顔を上に上げます。
「よお、姉ちゃん、しびれ薬はどうだい? 自由が利かねえだろ? トイレに行っている間にカフェラテに混ぜといたんだよ、アハハッ!」
 すっかり優越感に浸り得意そうにわたくしの太ももを触り始めます。
 嫌悪感から卒倒しそうになりながらも必死で抵抗しようとしましたが、体に力が入りません。
「姉ちゃんは婦人警官か? 高校生みたいだけど、今年から採用されたのか? 最近の婦人警官は美人だねぇ。まったくよ、姐さんが教えてくれなかったら俺も騙されるところだったぜ。ほれ、トイレですれ違った客が一人いただろ? あれが姐さんだよ」
 どうやら仲間がいたようで、あの時、わたくしと大道寺さんが話しているのを見られてしまっていたのです。
「今も姐さんが上手くお前の相棒を追っ払ってくれたぜ。残念だけど頼りの尾行も失敗だよ」
 尾行も失敗したようで、いよいよピンチです。
 次から次へと計画が破綻していきます。
 わたくしが困り果てている時、ふいに運転手のサブさんが叫びました。
「兄貴、サツはGPSを使いますよ! 早くそいつの電源を!」
「おお、そうだな。おい、姉ちゃんバッグ貸せや」
 哲也さんは慌ててわたくしのバッグを引ったくるとガサガサと中を漁り、スマホを見つけて電源を切ります。
「他にはねえかな? えーと……他はなさそうだな……」
 ガサガサと何回もチェックしていましたが、松岡さんが持たせてくれた小型発信機は見つかりませんでした。
 それもそのはずで、こんなこともあろうかと予め下着につけておいて良かったです。
 小さくコンパクトなため上手く挟めたのです。小さいですけど、まさに、一筋の光明です。

×   ×   ×

 鈴音のスマホの電源が切られた瞬間、プッと点灯していた一つのランプが消えた。
「ん? ランプが一つ消えた。ということは、スマホの電源が切られた……か。何か様子がおかしいな、まさか……」
 首都高を走っている松岡が呟く。
「ああ、勘づかれたかな? 小型の方は無事のようだが。松岡、一般道には下りられそうか?」
「ああ、もう少しで下りられる。でも、幸か不幸か、そんなには離れていないようだ」
「そうか、なるべく早いとこ頼むぜ。俺も慣れてはないからさ」
「ああ」
 二人は焦る気持ちを抑えながらGPSを頼りに鈴音の乗ったタクシーを探していた。

008 ピンチ、鈴音! ドラム缶に詰められて海にドボン?

 タクシーは三十分くらい走ったところで目的地の倉庫に着きました。
「さあ、姉ちゃん、超高級ホテルに着いたぜ」
 わたくしは引っ張られるように強引に車から降ろされます。
 かすかな意識の中で見ると、どこかのふ頭の倉庫街の一角のようでした。
 あの潮の香りとヘドロの溜まった臭いが鼻を突いてきます。
 サブさんが鈍い金属音を出しながら扉を開けると、哲也さんは体の自由が利かないわたくしを引きずるように倉庫の中に入れました。
「おい、サブ。電気つけて来い」
「はい」
 返事をしたサブさんが少し離れた所へ行くと、倉庫内は電気がついて明るくなりました。
 倉庫の中は何となくカビ臭く床には埃が溜まっています。広さは三百平方メートルくらいの小ぶりな体育館並みのようです。
 哲也さんはかまわず、わたくしを乱暴に床へ転がします。
「ウェッ、ゴホッ、ゴホッ」
 あまりの埃でむせるわたくし。
「あれれ、むせちまったかい? 高級ホテルなんだけど気に入ってはくれないか、アハハッ」
 下品にニヤニヤとからかいながら、後ろを振り返り、電気をつけて戻ってきたサブさんに向かって言います。
「さあ、姉ちゃん。少し楽しませてもらおうか。おい、サブ! 今日は一緒に楽しもうぜ」
「えっ、兄貴、いいんですかい? それじゃあ、遠慮なく」
「こいつはな、俺の弟分でタクシーの運転手をやっているんだよ。ちょうどいいからよ、ナンパする時は、こいつに運ばせているのさ」
「兄貴、いつもありがとうございます。おかげさまで助かっています」
「なあに、持ちつ持たれつじゃねえか。水臭いこと言うな」
 わたくしは顔を歪めながらなんとか動こうと必死にもがいています。
 奥歯を噛みしめて力を入れますが、鉛のように重い手足は動く気配がありません。
(どうしましょう? 何とかしないと)
 心は焦りで揺れ動き、心臓だけは激しく高鳴っていますが、手足は連動しません。
 その時、再び鈍い金属音がして倉庫の扉が開きました。
 大道寺さん達かと思い喜びがこみあげましたが、入ってきたのはカフェのトイレですれ違った女です。
 ロングの茶髪にジャケット姿、ラメの入ったパンツスタイルで派手な化粧と大きな指輪をしています。
 その姿を見て、ポジティブなわたくしも、すっかり絶望感に支配されてしまいました。
 女は入ってくるなりサングラスを外しながら怒鳴ります。
「瞬(しゅん)っ! ドジってんじゃないよっ! まったくっ!」
 哲也さんは、怒鳴られた挙句に頭をバシッと平手打ちで叩かれています。
 どうやら『菅原哲也』は『何某(なにがし)瞬』というらしいことが分かりました。
「姐さん、すみませんでした!」
 瞬さんは、直立不動で上半身を直角に曲げて謝ります。
 四十手前に見える『姐さん』と呼ばれているこの女は、おそらく組織の中でもかなり上の者の情婦のようです。運び屋をやっている下っ端の瞬さん達の仕切り役をまかされているのでしょう。
「サツの犬なんかと遊ぼうなんて考えてないで、さっさと沈めちまいな。明日には、この倉庫いっぱいのブツが届くんだからさ。さっさと片付けな」
 棚ボタで女としてのピンチは脱しましたが、今度は命のピンチです。
「「は、はい」」
 瞬さんとサブさんは命じられるままに、わたくしを海に沈めるためのドラム缶を転がして持ってきました。
(まずいですわ! 何とかならないかしら。今こそチェンジの時なのに)
 そう思い、一層奥歯を噛みしめて踏ん張ってみます。
 何とか動こうと体に力を入れます。さっきより動けるようになってきましたが、まだまだ自由にとまではいきません。
 心拍数だけが、ゆうに二百を超えて血流だけは活発になっています。

 ×   ×   ×

 瞬が鈴音の腕を掴んで起こそうとした、まさにその時。
 鈴音の記憶は飛び、突然あの鋭く冷たい眼つきになり瞬を睨みつけた。
「…………ッ!」
「さっきから馴れ馴れしく触っているんじゃねえよ。このっ、天然なすびがっ!」
 鈴音が叫ぶなり掴んでいる腕を握り返す。
 この土壇場でチェンジしたのだ。
「……い、痛えぇっ! な、何すんだっ! こ、この犬がぁっ!」
 瞬は驚きビビリながらも声だけは威勢よく悪態をついてみせる。
「フ、犬だって? あたしが犬ならお前らは腐れ外道だな」
 鈴音は不敵な笑みを浮かべて、なおも腕を締め上げながら言う。
 うろたえながら叫ぶ瞬。
「な、何だ、こいつ。く、薬が切れちまったのか? さ、さっきまでとは全然違うぞ!」
「…………」
 サブは完全にビビッてしまって、ボーッと眺めているだけだ。
「瞬っ! いい加減におしよっ! 何、ビビってんのさっ! そんな小娘相手に何やっているんだいっ!」
 タバコを吸いながら様子を見ていた女は煙を吐いて、イライラしながら怒鳴りつける。
「す、すんません、姐さん」
「フ、あんなババアにペコペコして、イケメンも大したことないねぇ」
 鈴音は鼻で笑いながらからかってやった。
「うっせえっ! 黙れぇ、この犬がぁっ!」
 瞬は苦し紛れに、鈴音に握られている腕の反対の拳で殴りかかってきた。
「フ」
 鈴音は鼻で笑って軽く顔を動かすだけでなんなくよけて、間髪入れずに強烈な突きをみぞおちに撃ち込んでやった。
「くっ、あっ、ぁぁ……」
 瞬は声も出せずに腹を抱えてうずくまって苦しんでいる。
 鈴音はゆっくりと立ち上がって服についた埃をはたきながら、なおもからかってやる。
「まったく、白い服が汚れちゃったじゃないか。あ、そう言えば、カラオケに連れて行ってくれるんじゃなかったっけ、ねえ、イケメンさん?」
 少し凄味を効かせ低い声で言っていると、我に返ったサブが突然殴りかかってきた。
「この野郎っ!」
 鈴音が自分の方を見ていないのを絶好のチャンスと思ったのか、叫びながら殴りかかってきた。
「…………ッ! チッ!」
 一瞬、反応が遅れたが何とかスエーでよけた。
「危ない、危ない」
 ヒヤッとしたのも束の間、振り向きざまに右足で蹴りを入れようとしたが、スカートであったため、瞬時に拳での連打に切り替えた。
「はいっ、はいっはいぃーっ!」
 掛け声と共に小気味よく打ち込まれる重い連打。
 サブは呆気なく気を失い無言のまま、鼻と口から血を噴いて後ろに吹き飛んだ。
「悪く思うなよ。アンタに見せるほどの、サービス精神は持ち合わせていないんでね」
 ずっと黙ってこの様子を見ていた女はタバコを床に落とし、足で火を消してから、上着のジャケットを脱いでゆっくりと近づいて来る。
「どうやら、ただの犬じゃないみたいだねぇ。だけど、お生憎様。明日は香港から大事なお客さんが沢山見えるんでね、ゆっくりと犬の相手なんかしている場合じゃないんだよ。悪いんだけど、一瞬で死んでもらうよ」
「香港から…………? ふん、まさか…………ね」
 鈴音は女の言葉を聞いて意味ありげに呟く。
 女は鈴音の前まで来ると持っていたジャケットを放り投げた。
「ふん、見えるだ見えないだなんてそんなこと気にしていたら、私には勝てないよ、お嬢ちゃん」
 何かの格闘技でもかじっているのか余裕とばかりに笑みを浮かべて構える。
「バカか。女のアンタ相手なら、そんなこと気にする必要もないだろう。可哀そうだけどハンデはないよ」
 鈴音は、ハイヒールを脱ぎ捨て臨戦態勢に入る。
「つくづく可愛げのない犬だねぇっ! その可愛い顔を切り刻んで海に沈めてやるよっ!」
 鋭い眼つきになって、猛然と突きと蹴りの連打を繰り出す女。
 鈴音は体を動かすこともなく、笑みを称えたまま両腕で軽く叩くだけで全てかわしてしまった。
 かわしざまに一歩踏み込むと、女の髪の毛を掴んで左右に振り回す。さんざん振り回した後で思い切り気合を入れて叫んだ。
「そりゃあぁっ!」
 今までのうっ憤を払うかのように壁に向かって放り投げた。
 女はバランスを崩したまま壁にぶつかり、ヨロヨロと膝をつく。
「はっ、口ほどにもないねぇ」
 女は、からかわれた怒りで血走った眼を見開き鬼の形相になった。
「この犬がぁっ! ぶっ殺してやるぅっ!」
 パンツの裾をまくり足首からナイフを取り出して、叫ぶと同時に猛然と突進して来る。
「ほう、いっぱしの殺し屋気取りかい? いいよ、かかって来なよ」
 ニヤッと笑い左手の人差し指を動かして挑発し続ける鈴音。
「このぉーっ! 死ねえぇっ!」
 ナイフを振り回しながら、鬼の形相で迫って来る女。
 鈴音が避けようと動いた時に、突然背後から瞬が掴みかかってきた。
 鈴音は、今度も何か予兆のようなものを感じたが間に合わなかった。
「ちっ、しまった!?」
「姐さん、今だっ! 俺が押さえているから殺っちまえっ!」
「瞬、でかしたっ! 覚悟しなっ!」
 女は嬉々として、鈴音を突っ刺すために、真っ直ぐナイフを突き出して迫って来る。
「ちぃっ! このぉっ、天然なすびがぁっ!」
 ピンチと思ったのも束の間、鈴音は咆哮すると、瞬の腕を血がにじみ出てくるほどの力で思いっ切り掴み、捻るように投げ飛ばした。
「…………ッ!」
 投げ飛ばされた瞬は、刹那のことで何が起こったのか分からない。
 そのまま女の前につんのめるようにして飛び出した格好になってしまった。
 突き刺そうとした女のナイフは、当然瞬の右太ももに突き刺さる。
「ぎぃやぁぁっ! い、痛ぇぇっ!」
「な、何ぃっ……!?」
 女も目の前で起こったことに呆気に取られている。
 唖然としていたその時、こめかみに鉄の棒で殴られたかのような衝撃を感じた。
「はいぃっ!」
 鈴音のハイキックが炸裂。
 重たい衝撃を受け、瞬時に女の意識は飛び、白目を剥いてその場に崩れるように倒れた。
「イケメンが台無しだねぇ」
 床を転げ回り涙を流して痛がる瞬を、あざ笑いながら顔面目掛けて突きを入れる。
「ぐが……あ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ……」
 口と鼻から血を噴き出しながら次第に意識を失っていく瞬。
「フウーッ」
 鈴音は、長い髪の毛を掻きあげながら、深いため息をついた。
 いつも通り首を左右に振って髪の毛をサラサラっとさせ香りを吸って心身共に落ち着かせていく。
「まったく。それにしても、あのボンクラ二人は何やっているんだろうねぇ」
 ハイヒールを履きなおし、呟きながら扉の方を見てみる。
 遠くの方から、車のエンジン音が聞こえ始めた。
 エンジン音は次第に大きくなってきて止まる。
 エンジン音が消えると、ブレーキ音と慌ただしいドアの開閉音が響き渡る。
「鈴音―っ! 鈴音―っ!」
 二人がやっと到着。
 鈴音の名前を呼びながら、必死でどこの倉庫か探しているようだ。
「おい、この倉庫じゃないか?」
 倉庫の前に停まっているタクシーともう一台の別の車を見つけ、扉を押し開けて慌ただしく入ってきた。
 大汗をかいている二人が息を切らして叫ぶ。
「す、鈴音! だ、大丈夫か!」
「まったく、何やっているんだか。遅いんだよっ!」
「すまない。すまない。いやあ、GPSに慣れてないもんで、手間取っちまってさ」
「鈴音ちゃん、本当にゴメンな。大丈夫だったかい?」
「お生憎様、何ともないよ、あたしはね」
「「……みたいだね」」
 二人も鈴音の視線に合わせ、倒れている三人を見て思わず笑みをこぼした。
「ん……よく見るとこの女、カフェにいた女だし、倉庫の前のあの車は割り込んできたのと同じだ。そうか、グルだったのか」
「このイケメンの単独行動ではなかったってことだな。すると、この運転手もグルってことかな」
「だろうな」
 二人はお互いの見解を述べている。
「あたしは詳しいことは分からないけどさ、まあ、そういうことなんだろうねぇ。なんか、明日、香港から船が来てこの倉庫で大きな取引があるらしいよ。さっきその女が言っていたよ」
 チェンジ後の鈴音は、ぶっきらぼうに伝える。
 とりあえず、大道寺と松岡が三人を介抱している。
 その時、ふと松岡が瞬の応急処置の手を止めて尋ねた。
「そう言えば、鈴音ちゃん、今チェンジしたままだよね? 色々と聞きたいことがあるんだけど……いいかい?」
「聞きたいこと? あたしに分かることならいいけど」
 鈴音は笑みを称え、腕を組みながら偉そうに答える。
「じゃ、じゃあさ、今の君は一体何者なの? い、いや、す、鈴音ちゃんなのかい?」
「今のあたしはね、ちゅ……ぐっ、い、痛たたぁぁぁっ! あ、頭がっ! くうぅぅっ……」
 言いかけたところで突然いつもの頭痛が始まってしまった。
「す、鈴音、これ!」
 大道寺が叫ぶなり急いで持っていた水を手渡した。
「もしやと思って携帯しておいて良かったよ」
 この頭痛の原因も分からないが、なぜか水を飲むと落ち着く。

 ×   ×   ×

「あら、大道寺さんと松岡さん! お二人共いらして下さったんですね! ……と言うよりも遅すぎますわ! しびれ薬を飲まされて体を触られて、もう、どうなるかと思いまして、怖かったんですから! 挙句の果てには海に沈められるところでしたのよ!」
 当然のことながら、わたくしはチェンジが解けた瞬間から、マシンガントーク全開です。
 大道寺さん達は、わたくしが身振り手振りを交えて必死になって訴えているのに、ヒソヒソと俯きながら話しています。
「大変だったのは、俺達もなんだけどな」
「バカッ、鈴音ちゃんに聞こえたらおおごとだぞ。そんなことより、惜しかったなぁ。チェンジ後の鈴音ちゃんから色々と聞きたかったのに」
「ああ、残念だったな。少しでも謎が解けると期待したけど」
「ちょっと! ちゃんと、聞いているのっ! 本当に危なかったんだからねっ!」
「ああ、ちゃんと聞いているよ。遅くなって本当に悪かった、さあ、続けてくれ」
 大道寺さんは、繕うように急に真顔になって返答しました。
 わたくしは、続きを話始めます。
「なあ、今鈴音ちゃん、普通の言葉遣いだったな? なんで?」
「まあ、いわゆる鈴音は『なんちゃってお嬢様』だからさ。高校からお嬢様学校に通ったから、あの言葉遣いになったわけで、元々家柄がお嬢様なわけじゃないから。今みたいに我を忘れると、元に戻るんじゃないか?」
「ふーん。なるほどな」
 しばらくすると、さすがに喋り疲れ喉も渇いたので、わたくしは残りの水をラッパ飲みしています。
 今日は、相手が三人だったからなのか、大したことがなかったからなのか分かりませんが、いつもの睡魔は襲ってきません。
 わたくしが一息ついて休んでいる時、お二人は真剣な面持ちで話していました。
「そうか、明日この倉庫で……か」
「かなり、でかい取引みたいだな、松岡」
「ああ、かなりな」
「こいつらと連絡が取れなくなったら、何かあったと考えるから、明日はないかな?」
「まあな。仮に、そうだとしても、このイケメンが持っていた麻薬(ヤク)がある以上は捜査として動けるからさ、これから連日でも徹底マークできるさ」
「そうだな。これから忙しくなるな」
「ああ。でも、嬉しい悲鳴さ」
「確かにな」
 話が終わると松岡さんは救急車やパトカーの手配をし始めました。
「じゃあ、松岡、俺達は一足先に帰るよ」
「ああ、気をつけてな。鈴音ちゃん、今日は本当に色々とありがとう。このお礼は改めてさせてもらうから」
「お礼なんて、よろしいですわ。では、お先に失礼いたします」
 倉庫を出て、車が走り出してから呟くように、わたくしは話始めました。
「あのう……大道寺さん? 明日松岡さんに今後の動きについて聞いていただけますか?」
「うん? どうした? 何か気になることでもあるのか?」
「ええ、理由は分からないのですが何か嫌な胸騒ぎがするんです」
「そうか、聞くのは構わないけど、何だろうな、その胸騒ぎの原因って?」
「うーん……何でしょうか?」
「もしかしたら、チェンジ後の鈴音が何かしらの警鐘を鳴らしているのかもしれないな」
「……かもしれませんわねぇ」
「チェンジ後に奴らとのやり取りで何かあったのかもしれないな。だから、チェンジが解けた後も鈴音に何かを訴えかけているのかもしれない。そう考えたら、どうだろう?」
「わたくしも、そう思います」
「今度の黒幕は、今までの奴らとは違うぞ、十分警戒しろよ的な」
「それプラス、わたくしのチェンジ後の力が必要だぞ的なものを感じます」
「実はな、俺も今度のは今までとは違う相手のような気がしているんだよ。松岡の意気込みは買うし、俺も警察組織の人間だからさ、警察の力は信じているんだけど。今度のは何となくな」
「大道寺さんも心配されているんですね」
「ああ。とりあえず明日松岡に聞いてみよう。その結果はもちろん鈴音にも伝えるよ」
「ええ、ぜひお願いします」
 ニコッと笑顔でいつも通り軽く敬礼。
「鈴音は、どんな時でも笑顔を忘れないな」
「ええ。どんな時でも。だって、笑顔はとても大切ですから」
「まあ、そうだけどさ」
「大切にしているんです、とても」
「そう言えば、この間もそんなことを言っていたな。話の途中で寝ちまったから理由は聞けなかったけど」
「その節はすみませんでした。睡魔に勝てなかったものですから」
「今日は教えてもらえるかい?」
「ええ」
 頷きはしましたが、わたくしはしばらく黙っていました。
「話す前に、少しお時間を下さい」
「ああ」
 そう言って、大道寺さんは催促することもなく待っていて下さいました。
 車が首都高に入った時に、わたくしは意を決して話し出しました。
「わたくしには三つ違いの妹がいました。名前は鈴代(すずよ)と言いました」
「えっ、鈴代?」
「そうです。お店の名前です」
「そうか、店名は、その妹さんからつけたのか?」
「ええ……」
「何があったんだい?」
「それは…………」
 車内には外からの光が一定間隔で入るため、程よく光と闇のコントラストが流れ、その頃にタイムスリップしていくような気がしました。
「あれは六年前のことです。鈴代は脳腫瘍という病気のために帰らぬ人となってしまったのです」
「脳腫瘍……か」
「ええ。わたくし達はとても仲の良い姉妹でした。よく一緒に近所の河原で夕暮れまで遊んでいました。わたくし達が遊んでいると、お店が休みの日には、決まってお父様が迎えに来て下さいます。わたくし達にとっては、それも楽しみの一つでした」
「そうなんだ」
「お父様が迎えに来ると、わたくし達は遊ぶのをやめてお父様に駆け寄ります。いつも、それからしばらく、土手に腰を下ろして三人でお話をします」
「どんなことを話すんだい?」
「夕日に照らされた川を眺めながら、その日の出来事などを話します。お父様は笑顔で頷きながら聞いてくれます」
「そういう時間って、いいよな。ほっとするんだよな」
「ええ」
 わたくしは、しばらくの間二人のことを思い出していました。お父様や鈴代との会話などをです。
「ある日、いつも通りお話をしていた時にお父様が話して下さったことは、今でもわたくしは覚えています。とても印象に残るお話でした」
「そうなんだ」
「ええ。わたくしは、その日以来笑顔を大切にするようにしたのです」
「そうか」
「でも、今も大切にし続けているのは、鈴代の最後の言葉もあったからなんですけどね」
 わたくしは涙ぐみながら話を続けます。

×   ×   ×

 鈴代は、こうと決めたら、コツコツと努力を積み重ねる子でした。
 できるようになるまで、ずっと続ける子でした。
 もちろん、手術後のリハビリも毎日笑顔で頑張っていました。
 本当は、辛くて泣きたかったと思います。
 負けず嫌いの頑張り屋さんですけど、涙腺は緩い子でしたから。
 大人でも辛さのあまり諦めてしまう人が多いそうです。それでも、鈴代は体が動く限り毎日続けました。
 五メートル歩くのにも十分以上かかるくらいまで筋力が低下してしまっても諦めませんでした。
 わたくし達家族も、その姿と笑顔につられるように付き添いました。
 お父様、お母様、わたくしが交代で、いえ、時には三人で毎日付き添うようにしました。
 お母様とわたくしは毎日、お父様も、仕事の都合をつけて、ほぼ毎日通いました。
 わたくしは学校が終わると急いで帰宅して、すぐに病院に駆けつけていました。
 お休みの日には、もちろん面会時間の開始時刻には行っていました。
 少しでも一緒に頑張りたかったし、続けていれば奇跡が起きるんじゃないか、いえ、起きてほしいって本気で考えていましたから。
 でも、残念ながら奇跡は起きませんでした。
 鈴代とのお別れの日は刻一刻と近づいていたのです。
 もう病気もだいぶ進行してしまい、いよいよという秋の夕暮れ時。
 お父様とお母様はお医者様に呼ばれて診察室で説明を受けたそうです。
「残念です。現代の医学ではもうどうすることもできません。……残念です」
 そうお医者様は呟くように仰ったそうです。
「先生…………ありがとうございました」
 お父様に続いて、お母様も頭を下げました。
 それから、三人は、わたくしと鈴代のいる病室に来たのです。
 入って来た時、お父様とお母様の必死の笑顔を見て、わたくしは話の内容を理解しました。
(いよいよ、その時が来てしまったんだわ…………)
 全身がガクガクと震え、血の気が一気に引いてしまい顔は引きつっていたと思います。
(いけない、私もしっかりしなきゃ)
 そう思い直し、わたくしも一生懸命に笑顔を作りました。
 しばらくは、笑顔で話をしていましたが、突然鈴代が言ったのです。
「河原に行きたい。みんなで」
 お父様とお母様はお医者様の方を見ます。
 お医者様は静かに頷きました。
「自由にさせてあげて下さい」
 わたくし達四人は、温かい格好をして河原へ向かいました。
 鈴代はお父様におんぶされています。
「お父さんの背中大きい。お姉ちゃん、羨ましいでしょう?」
「いいなあ。ずるいよ、鈴代ちゃん」
「えへへ」
「鈴代、寒くはない?」
「うん、大丈夫だよ、お母さん」
 必死に笑顔を作ってはいましたが、わたくし達は、もう涙が止まりません。
 河原に着いて、しばらくの間夕日に照らされている川を静かに眺めていました。
 夕暮れ時の肌寒い風がフーッと静かに吹きました。
 それにつられるかのように、鈴代は笑顔で話し始めました。
「みんな、ごめんね。わたし…………病気に勝てなかった……」
「そんなことはないわよ。鈴代はたくさん頑張っているじゃない」
「そうだよ、鈴代。鈴代は精一杯生きているじゃないか、病気になんか負けていないよ。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、みんなそう思っているよ」
「そうだよ、鈴代ちゃん。だから…………だから、謝ったりしなくていいんだよ」
 鈴代は笑顔で頷き、一人一人にお別れをするかのように話を続けます。
「お父さんのお料理とても美味しかったよ」
「そうかい。鈴代達にそう言ってもらえるのが一番嬉しいよ」
「お母さん、セーター編んでくれてありがとう。とても温かかったよ」
「そう…………」
 お母様は涙で言葉を継ぐことができません。
「お姉ちゃん、たくさん遊んでくれてありがとうね。たくさん笑顔をくれてありがとうね。本当に嬉しかったよ。お姉ちゃんの笑顔は、いつも元気をくれたもん。わたしが泣いている時いつも励ましてくれて、本当にありがとうね」
「鈴代ちゃん。お姉ちゃんの笑顔は元気をあげられた?」
「うん。いつも元気をもらったよ。ありがとう。これからも、みんなに元気をあげてね」
 わたくしは泣きながら頷いていました。
 わたくし達三人は、もう言葉をかけることができません。
 涙が止まらず話せませんでした。
「「「鈴代、死なないで」」」
 ただただ心の中で、そう祈っていました。
「夕日がきれい…………」
 それが鈴代の最後の言葉でした。
 お父様の背中で笑顔のまま、両手をお母様とわたくしに握られたまま、わずか八歳で亡くなりました。
 鈴代は最後の最後まで笑顔を忘れませんでした。
 わたくし達に心配をかけまいと必死に笑顔を忘れないようにしていたんだと思います。
 わたくし達の方が気を使ってあげなければいけなかったのに、鈴代の方が気を使ってくれていたんだと思います。
 自分の方が辛くて悲しかったでしょうに……。
 あの子は、わずか八歳の生涯を閉じようとしていた、その瞬間まで、家族のことを一番に思ってくれていたんです。
 その時、わたくしは本当の『強さ』というものを教えてもらった気がしました。
 それは力や技なんかではない、優しさ、『愛』なんだということを。
 本当の『強さ』を持っている人というのは、どんな時でも、相手を思いやり慈しむことのできる『優しさ』を持っている人なんだということを。
 なんか、軒並みな言い方でおかしいかもしれませんが。
 鈴代は、本当の『優しさ』を知っていた、本当の『強さ』を持っている、コツコツと努力を積み重ねることのできる子だったんです。
 三年前に亡くなったお父様も同じでした。
 最後の最後まで、笑顔のままで、諦めることなく頑張る方でした。
 お父様も、また本当の『強さ』を知っている、本当に優しい方でした。
 わたくしは、この二人から『強さ』とは何か、生きていくうえで本当に必要な『強さ』というものを教えてもらいました。

 ×   ×   ×

「もの凄く悲しくて辛くて、その後病院まで帰った道のりのことは全く覚えていません」
「そうだろうな、わずか八歳でか、もの凄く辛いお別れだな」
「ええ。あの時最後に鈴代が言ってくれた『お姉ちゃんの笑顔はいつも元気をくれた』っていう言葉が、とても嬉しかったんです。鈴代の最後の笑顔も」
「そうなんだ」
「一つ一つの努力を積み重ねることで色々なことができるようになっていった鈴代は、妹ですが尊敬しています」
「そうだね。見習うべき姿勢だね」
「ええ。ですから、わたくしも目の前にある自分のできることを一つずつこなしていくことを大切にしていこうと思うようになったんです」
「なるほど、自分のできることを……か」
「ええ。自分のできることを一つずつ積み重ねていくことが、やがては百の力になり、千の力になるんだって教わったんですから」
「千里の道も一歩から……だね」
「そうです。わたくしも知らず知らずのうちにできていたんです」
「そうだね」
「ええ。鈴代が悲しくて泣いている度に見せていた笑顔」
「鈴音のできることの一つだね」
「ええ。それが、積み重なって、あの子の力になっていたんですから」
「たくさんの元気をあげられていたんだろうね」
「そうです。だからこそ、最後にあんな風に言ってくれたんだと思うんです」
「ああ、そうだろうね」
「飛躍しすぎかもしれませんが、何かをしたいと思った時に、じゃあ何をすれば達成できるんだろうと悩んだとしたら、まずは目の前の自分のできることからコツコツ積み重ねていけばいいんです」
「その通りだ。それが、やがては大きな潮流になる」
「ええ」
「だから、今もそうしているんだな」
「ええ」
「笑顔も大切にしながら」
「そうです」
「俺も会いたかったな。きっと美人姉妹で有名だったんだろう?」
「ええ、もちろんですわ。とても可愛かったんですよ、わたくしに負けないくらいに。ウフフ」
「鈴音の芯の強さと笑顔を大切にしている理由が分かったよ」
「まあ、お父様の言葉もあったからですけどね」
「そうだったね。どんな言葉だったんだい?」
「それはですね…………」
 話そうとした時に車は家に着いてしまいました。
「家に着いちまった。残念だけど、続きは次だな」
「ええ」
「それじゃ、今日はお疲れさん。色々とありがとうな。明日連絡するから」
「はい、よろしくお願いいたします」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
 わたくしは去っていく車にお辞儀をして、裏口から家に入りました。

009 警察VS銀竜会、勝ったのは……

 次の日大道寺は朝から交番勤務をしている。
 鈴音は土曜日で学校は休みなので、のんびりだが、何となく気がかりで気ぜわしく過ごしていた。
 天気は良いのに心の中は曇ったままだ。
 気晴らしにと音楽を聴いてもモヤモヤしたままで、動いていないと落ち着かない。
 部屋の掃除をした時に布団まで干してしまった。
 午後一時頃大道寺に松岡からの折り返しの電話がきた。
「大道寺、電話くれたか? どうした?」
「ああ、例の件はその後どうなったかと思ってね」
「ああ、あれか? 捜査会議がさっき終わったところだよ。でも、関係者以外には言えないよ。なんてな、大道寺達も立派な関係者だから話すよ。今夜からあの倉庫一帯と銀竜会を張り込む。大捕り物になるぜ、きっと」
「大捕り物か……古い言い方だな。で、何か確証はあったのかよ?」
「ああ。昨日押収した麻薬(ヤク)な、あれは、香港のけっこうでかい組織が扱っていて、東南アジア中心に出回っていたんだが、どうやら日本にもルートを広げつつあるようだ」
「そうか、でかい組織がらみか」
「ああ。昨日でかい貨物船が香港を発って日本に向かったらしいという情報も得た。おそらく、チェンジ後の鈴音ちゃんが聞いた例の話のだろう」
「だいぶ確信の持てる情報だな。そうか今夜からか。なあ松岡、くれぐれも注意しろよ」
「分かっているって、どうしたんだよ、一体?」
「いや、鈴音も心配していたからさ。いやな、俺も引っかかってはいるんだよ。鈴音があそこまで心配するってことは、チェンジ後の鈴音と三人のやり取りの中で何かあったんじゃないかなってさ」
「なるほど」
「だから、何となく鈴音が気にかかるんじゃないかなって。鈴音と話していてそういう結論に至ったんだよ。きっと、チェンジ後の鈴音からの警鐘なんじゃないかって」
「そうか。仮に何もなかったとしても、何となく嫌な予感がするみたいなやつかな?」
「ああ、だと思うよ」
「分かった。でも、捜査をやめるわけにはいかないからな。十分注意するよ」
「ああ、そうしてくれ。いざとなったら、退くことも考えろよ」
「ああ、頭に入れておくよ。ご忠告感謝するぜ。じゃあな」
 大道寺は、その後すぐに鈴音に連絡をした。

 ×   ×   ×

「松岡、いや、警察は今夜からあの倉庫を徹底的にマークするそうだ。もちろん、銀竜会もな」
「そうですの……。大道寺さん、わたくし達も参りましょう」
「そう言うと思ったよ。じゃあ、そうだな、五時に迎えに行くから」
「はい、お願いします」
 わたくしは電話を切った後も何となく落ち着きませんでした。
 午後三時になって、開店前の手伝いをしていると、あっという間に五時になりました。
「お母様、ごめんなさい。わたくし、そろそろ」
「ああ、もう時間だね。いいよ、あとの仕込みはお母さんがやるから。気をつけて行っておいで。あと泊まる時はメールでもしておいて」
「ええ、必ず。すみません、週末の一番お忙しい時に、昨日もお手伝いができなくて」
「気にすることはないよ。学生なんだからさ。色々と集りもあるでしょう」
 何も知らないお母様は、友達の美紅の家に行くという嘘を信じており、気持ちよく送り出してくださいます。
 わたくしは心の中で謝罪を繰り返していました。
 お母様に挨拶をして、急いで大道寺さんの車に乗り込みます。
「お、今日は、いつものスタイルだな」
 いつものスタイルとは、パンツスタイルのことです。格闘することが多いので当然ですわね。
 ちなみに、今日は上は白のTシャツに夏用の赤のカーディガンをはおり、下は青の柔らかい生地のパンツです。
「ええ、これでなくては動けませんから。ヘアバンドもちゃんと持ってきましたよ」
「準備万端だな。まあ、それを使わずに済めばいいんだけどな」
「……ですわねぇ」
 そのまま、しばらくは会話がありませんでしたが、例の倉庫街が近づいてきますと……。
「もう、松岡さんはスタンバイされているんでしょうか?」
「詳しくは分からないけど、何かしらで動いてはいるだろうな」
「無理をなさらなければいいのですが」
「そうだな」
 会話をしても、なんとなく歯切れの悪い会話しかできません。
 倉庫街に着くと、大道寺さんは目立たないところを探して車を停め、大道寺さんが用意したオニギリで腹ごしらえをすることにしました。
 すっかり日も暮れ、所々ライトが反射している静かに揺れ動く黒い海を眺めながら。

 ×   ×   ×

 鈴音達が倉庫街に着いた頃、警察は着々と準備を進めていた。
 瞬が所属している銀竜会のマーク、船の積み荷を扱う作業員への潜入捜査等様々な準備を整え、各班に別れ連絡を密に取りながら緊張感のある捜査を行っていた。
 松岡は倉庫街に張り込んで作業員の動きや荷物を確認する班に所属している。
「ふう、こんな緊張感は久々だな。さあ、気合いを入れて行くかぁっ!」
 松岡が自分を奮い立たせるために、右手の拳を左手の掌に二回当てて気合を入れていると、突然無線が鳴った。
「こちら、事務所前。今組長と幹部と思われる連中が三台の車で出かけます。尾行開始します」
 いよいよ動き出したようだ。
「連中動き出したな。あそこからなら1時間はかからずここに来るな。ようし」
 松岡は、ますます鼻息を荒くしている。
 下ろされた荷物は次々と運び出され税関チェックを受けている。作業員に扮している刑事が税関を通った荷物をチェックし始めた。
「こちら調査班。今のところ何も発見できません。全て普通の荷物です」
「まあ、そうだろうな。簡単には見つからないように何かしら細工はしてあるさ。どうせ、連中が来て例の倉庫で確かめるだろうからな。その時、取り押さえれば全て終わりさ」
 松岡は、無線で知らされてくる報告を聞きながら一人ニヤニヤと余裕の笑みを浮かべている。
「こちら事務所班。どうやら連中は倉庫街には向かわない様子です。まるっきり方角が違います。とりあえず、このまま尾行を続けます」
「えっ!?」
 この無線を聞いた松岡は、目を丸くして思わず大きな声を出してしまった。
「バカッ、落ち着け。連中も色々とフェイクは入れてくるだろうからな。このくらいの予想外はあるさ」
「すみません、つい」
「なあに、気にするな。奴らとの騙し合いはまだ始まったばかりだ。肩の力を抜いて落ち着いて行こうぜ」
 先輩刑事はニコッと笑って松岡の肩を軽く叩いた。そんな中、続けて無線が入る。
「こちら事務所班。連中は、銀座のクラブに入って行きました。ここは、連中の息のかかった店です」
「どういうことですかねぇ?」
 首をかしげる松岡。
「うーん、連中はここには来ないか。今日ではないのか」
 先輩刑事も考え込んでいる。
「いや、しかし、あの荷物の量は、どう考えても多いよなぁ。その方がごまかしやすいからだと思っていたんですが。やはり、日程を変更したのですかねぇ」
 松岡達が考えを巡らしている頃、銀座のクラブでは、組長と若頭が、してやったりでこんな会話をしていた。

 ×   ×   ×

「組長(おやじ)上手くごまかせましたかね?」
「ああ。ノコノコとついてきた車はサツのだろう。バカな奴らだ。お前の女と昨日から急に連絡が取れなくなったと聞いた時にピーンときたのさ。何かがあったなってな。運び屋をやらせていたガキとも連絡が取れなくなったとなりゃあ、こりゃあ、いよいよだなって思うのが普通だ、そうだろう?」
「へい、その通りです」
「だよな、案の定倉庫に行かせてみりゃあ、なにやら見かけない作業員もいるって、そんな報告を聞いたら決まりだ。奴らはパクられてサツが乗り出した。となればこっちも手を打たないとな」
「まったく、その通りです。組長のお考えさすがです」
「まあな、俺もだてに経験は積んじゃいねえさ。こういう時の逃げ道はちゃんと分かっているよ」
「はい、勉強になります」
 組長の言う逃げ道とは、警察の目をごまかすために、あらかじめ税関の職員を買収しておき、チェックをすり抜けるという方法だ。 
 続けて組長はますます悦に入って言った。
「俺達は、ほとぼりが冷めた頃に倉庫に行けばいいんだ。なあに、急がなくったって買い手はわんさかいるんだからよ。あれだけの量だ、凄い儲けになるぜ、きっと。ハハハハハ」
「まったく、その通りで」
「さあ、今日は祝杯だ。パーッとやろうぜ。お前らも遠慮せずドンドン飲めや」
 組長の掛け声と共に、ビールやウィスキーが運ばれてきてドンチャン騒ぎが始まった。
 残念だが、ヤクザの方が一枚も二枚も上手だったようだ。

 ×   ×   ×

 倉庫街では、下ろされた積み荷が税関のチェックを終えて、次々と各倉庫へと運ばれていった。
 最後の荷物も運ばれて行き荷物の引き渡しは全て終了したようだ。
「特に荷物に異常は見つかりません。何も出てきませんでした」
 荷物をチェックしていた刑事からは、これ以外の特別な報告はない。
「今日じゃなかったんですかねぇ?」
 松岡は何か腑に落ちない思いで首をかしげる。
「急遽変更したのかもしれないな。しかし、連中が日本で売りさばこうとしているのは分かっているんだ。そうガッカリするな。明日以降も継続だ。とりあえず課長に報告だ。」
『こちら倉庫班。今日のところは荷物に異常もなく連中も姿を見せませんでした。税関にも引っかかっていません』
 松岡は、その横で、何か納得できずに、ゆっくりと揺れ動く眼前に広がる黒い海を見ている。
「課長からだ。今日のところは、とりあえず引き上げろとさ」
 報告を終えた先輩刑事が、励ますように肩を叩く。
「分かりました」
 松岡はニコッと笑顔で渋々頷いた。

010 えっ…………!?

 先輩刑事さんや作業員に扮していた刑事さん達は引き上げて行きましたが、松岡さんは倉庫街に一人残って悔しそうに倉庫を見ていました。
 時刻はもう午後の九時を回っています。
 遠くから、その一部始終を見ていたわたくし達は、他の刑事さんがいなくなったのを見計らって近づきます。
「松岡さん、お疲れ様です。今日は、もう終わりましたの?」
「なんだ、二人共心配で来てくれたのか? ああ、今日はもう終わりだよ」
 松岡さんは、いかにも残念といった様子で元気がありません。
「なんだか腑に落ちないようだな?」
「ああ、なんだか、連中に裏をかかれたようでね、何だか悔しいよ。連中今頃は銀座でドンチャン騒ぎだってさ、まったく」
「銀座でドンチャン騒ぎ? そうか、やっぱり勘づきやがったか。そうすると、今後は、どう動くんだろう?」
「さあな。しばらく、ほとぼりが冷めるまでは動かないつもりかもな、はぁ」
「じゃあ、今日のところはこれで上がりか?」
「ああ……と言いたいんだが、実はな、こっそりこれを持って来ているんだよ」
 ニヤニヤしながら、ある鍵をヒラヒラと見せます。
「お前、まさか、それ?」
「その通り。あの倉庫の鍵さ。昨日連中から押収したやつを、ちょいと拝借してきたのさ」
「おいおい、まずいんじゃないのか。規律違反もいいところだぞ。下手すりゃ、懲免(懲戒免職)ものだぞ」
「まっ、そう固いこと言うな。バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」
「そういう問題かよ。どうしようもねえ奴だな」
「そうは言っても、お前だって気にはなるだろう?」
「まあ、そうだけどさ」
「なあに、荷物を調べるだけさ。きっと何か秘密があるに違いないからな。どうする? 大道寺、お前も一緒に行くか?」
「ここまで聞いたら行くしかねえだろ」
 大道寺さんに続いて、わたくしも興味津々で当然ながら一緒について行きました。
 倉庫の周りに人の気配はありません。
「よし、外には誰もいないようだな」
 松岡さんは声を潜めて言います。わたくし達も各々であたりを見回して頷きます。
「中からも明かりが漏れていないな。よし、誰もいないな」
 松岡さんは倉庫の上の方にある窓も見るなど、入念に確認をしてから倉庫の鍵を開けて扉に手をかけました。
 扉に手をかけた時、急激に心臓が高鳴り緊張で手が震え、その緊張感はわたくし達にも伝わってきます。
 取っ手を下げて扉を押すと錆びた金属がこすれる時独特の音がしました。
「しかし、不用心だな、見張り一人いないのか? こんなに簡単に中に入れるとはな。やっぱり普通の荷物なのかな?」
 疑心暗鬼で大道寺さんが呟きます。
「細かいことは気にするなよ。すんなりと中に入れたのなら御の字じゃないか」
 松岡さんは、もう調べたい気持ちの方が勝っていて、細心の注意を払うことを忘れてしまっているようです。
 物音を立てないようにわたくし達は中に入ります。最後に入ったわたくしが扉を閉めました。
 その刹那、扉の横の暗闇の中でほんの小さな赤い光が点滅したように見えた気がしました。しかし、それっきり何も見えません。
(気のせい…………かしら。今何か光ったような)
 わたくしは首をかしげながら、しばらく凝視しましたが、何も見えませんでしたので、そのまま何事もなかったかのように、お二人の後について行きました。
 倉庫の中は、相変わらずカビ臭く埃っぽいです。
 わたくし達は手分けして、真っ暗な中手探りで荷物を調べ始めました。

 ×   ×   ×

 鈴音達が倉庫に忍び込んだ頃、船員に扮していた香港マフィアの面々は別の倉庫でくつろいでいた。
「今日は楽勝だったな」
「ああ、日本のヤクザは手回しがいいから助かるよ。税関を引き込んでおいてくれると楽だな」
「本当だな。何の疑いもかけられないから楽だよ。そうそう、今日は連中は来ないんだってな?」
「ああ、なんでも警察に嗅ぎつけられたかららしいぜ」
「それで、用心のためか。まあ、そう簡単に腐る荷物でもないからな。ほとぼりが冷めてからでもいいもんな」
「まあな。だからさ、金のやり取りだけは、別の場所で後日済ますらしいぜ」
「そうか。じゃあどこかへ紅龍(ほんろん)の兄貴が行って済ますんだな」
「ああ、そうだろう。しかし、いい稼ぎだよ。日本はいい市場になるぜ、きっと」
「ここに来るのも頻繁になりそうだな」
 酒を片手にくつろいでこんな会話を交わしている。
 この楽しそうな宴もたけなわの時に非常な声が響き渡った。
「紅龍の兄貴っ! 今例の倉庫のセンサーが反応しましたっ!」
 一同は笑いを引っ込め、真顔になって一斉に奥の方を見た。
 そこにはビールを瓶ごとラッパ飲みしていた紅龍――香港マフィアの組織ナンバー2で今回の取引の責任者――の姿があった。
「何っ? 本当かっ!?」
 紅龍が腰を浮かせビールを飲む手を止めて、気色ばんで叫んだ。
「はい、本当です。確かに反応がありました」
 先程鈴音が見た、一瞬光った赤い光は、防犯用の赤外線センサーの光だったのだ。
「そうか、ネズミが迷い込んだか。ようし、ネズミ狩りだ。行くぞっ! 俺達の力を見せつけてやろうぜっ!」
「「「「「「おおっ!」」」」」」
 つられるように大声で叫ぶ面々。
 それぞれに銃を確認して意気込み勇んで例の倉庫に向かった。
 紅龍は鼻で笑いながら皆の後からゆっくりと歩き始めた。
「どんなネズミか知らねえが、きっちり始末してやるぜ」
 紅龍は、なかなかダンディな声で、しょうゆ顔のイケメンだ。身長も百八十センチメートルはあり筋骨隆々のがっちりとした体格をしている。

 ×   ×   ×

 その頃、香港マフィアさん達に気づかれたことを知らないわたくし達は呑気に荷物を調べていました。
「あのう、こちらは、ただのコーヒー豆ですわ。袋の奥にも豆しか入っておりませんわ」
「ああ、こっちもだ。ただのトウモロコシだ。他には何にも入ってないぜ。そっちはどうだ、松岡?」
「そっちもか。おかしいな、こっちもただのバナナなんだよなぁ。なんかこう、イメージとしてはさ、缶詰とかの中身が……なんてのを思い描いていたんだが」
「そうだよなぁ、松岡の言う通り、イメージはそうなんだけどなぁ」
「やはり、今日のは違法のものではなかったということでしょうか?」
「ここは連中所有の倉庫だからなぁ。連中が、こんなまともなものを仕入れて売るなんてありえないよなぁ。これじゃぁ、健全な商売人だよ。なぁ、大道寺?」
「本当だな。とてもじゃないがヤクザが取り扱うようなもんじゃないよなぁ」
「とりあえずは何も見つかりませんでしたし、今日のところは、もう良いのではないでしょうか?」
「そうだな。松岡、今日のところは納得できただろ?」
「ああ、今日のところは仕方がないな。引き上げよう」
 松岡さんは無念さをにじませながら、わたくし達の後を追うように扉に向かって歩き出しました。
 扉に近づくとわたくし達が扉に耳をあてて、扉を開けるのを躊躇っています。
「どうしたんだよ、二人共?」
「しっ!」
 急いで振り向いて小さく叫ぶ大道寺さん。
 続けてわたくしが声を潜めて伝えます。
「何か人の気配がするんです。しかも一人や二人ではございません」
「えっ!?」
 扉の向こうはザワザワしていて何となく圧迫感のようなものを感じます。
「とりあえず、奥で荷物の陰に隠れて様子を見よう」
 大道寺さんに促され、荷物の陰に身を潜めると、血の気が引いて、もの凄い緊張感が襲ってきました。
「まずいぞ、松岡。俺丸腰だぜ」
「俺だって、持っていると言っても、これだけだよ」
 懐から取り出された拳銃の銃弾は装填されている六発だけです。二人は冷や汗を流しながら顔を見合わせています。
「「まずいな……」」
 静かに呟きました。
 わたくしは二人の後ろで、心臓が口から飛び出るほど緊張しながら身を潜めています。
 鈍い金属音と共に複数の人間がワサワサと入ってきます。
 当然ですが、日本語ではないので話している内容は分かりません。
 バンッ!
 突然、音が鳴り響いて電気がついたため倉庫内は明るくなりました。
 わたくし達三人は、その音に驚き、より一層緊張感が増してきました。
 十八人の船員の格好をした男達が銃を持ってウロウロしながら荷物を叩いたりして歩き回っています。
「鍵が開いていた。中にいるはずだ。隈なく探せ!」
「こっちにはいないぞ!」
 侵入者を必死になって探し回って、紅龍さんに報告しています。
 紅龍さんはゆっくりとタバコに火をつけて無表情のまま聞いていました。

 ×   ×   ×

「俺達を探しているみたいだな?」
「ああ、理由は分からないが、バレたらしいな。大道寺、いざとなったら、俺が撃って出て奴らを引きつけるから、鈴音ちゃんを連れて逃げろ、いいな」
「ああ、せめて鈴音だけでも、なんとかな」
「フ、アンタらでどうにかなる相手じゃないよ。まあ、その心意気は買うけどね」
 振り向くと長い髪をうしろで束ね冷たい眼をした鈴音が笑いを称えながら立っていた。
「す、鈴音ちゃん、いつの間にチェンジを?」
「ハ、ハハ、まさにグッドタイミングだな」
 二人は正直ホッとして、気の抜けた笑いを交えている。
「あたしのことはいいから、自分達が生き延びることだけ考えなっ!」
 そう叫んで飛び出す鈴音。
 いきなりの鈴音の登場に、驚く十八人の男達。
「おい、いたぞ!」
「な、なんだ? 女一人か!?」
 皆一斉に鈴音に銃口を向けている。
「お前らなんかと話し合っても無駄だろ? いいから、さっさとかかってきな」
 鈴音は、なるべく大道寺達が逃げやすいように、わざと出口の反対側に向かってダッシュした。
 鈴音の動きにつられるように男達は発砲し始める。
 倉庫内に無機質な銃声が鳴り響き始めた。
 鈴音はいつも通り軽く左右にステップを踏んで避けていく。
「はいやあぁーっ!」
 避けながら、飛び込みざまに閃光一閃、手前にいた男の顎に蹴りを撃ち込んだ。
 鈍い音がして男は泡を吹いて後ろに倒れる。
 口から血を噴き出し、おそらくは顎の骨は砕けたのか、しばらくピクピクしたあと、やがて動かなくなった。
「この女ぁっ!」
 男達は続けざまに、叫びながら数メートルの至近距離から、連射で拳銃を撃ち込んで来る。
 鈴音は空気を切り裂くように素早く両腕を動かして銃弾を掴み、銃弾を投げ捨てると同時に間合いを詰めていく。
「はいっ、はいぃーっ!」
 間髪入れずに顔面に連打を撃ち込んだ。
 ほんの数秒の間に十二、三発撃ち込まれる突き。
 撃ち込まれた方は途中で意識は飛び、ただただ血を噴いているだけだった。
 突きを撃ち終わった鈴音が去ると、支えがなくなったため、次々と重力に引かれるまま前のめりに倒れていく男達。
「おい、どうした、お前らっ! こんな小娘一人に、だらしがねえぞっ!」
 鈴音の動きを見ていた紅龍は鼻で笑って、弟分たちを奮い立たせるように煽り叫んだ。
 いきなり現れて無敵の強さを見せつける鈴音にすっかり気圧されていた男達は、その声で我に返ったようだ。
「おお、そうだ。俺達、香港マフィアをなめんじゃねえっ!」
 絶妙な声の掛けられ方で皆一斉に気合を入れ直した。
「まったく、手のかかる奴らだ。しかし、この小娘は一体…………。いや…………まさかな」
 紅龍は、鈴音の動きに何やら見覚えがあるような言い方をしている。
「うお、畜生! 全然、当たりゃしねえ!」
「どうなっているのだ!? この女は!?」
 弟分達は頭の中がパニック状態。
 鈴音を確実に狙って発砲しても、素早く体を動かして避けられてしまい、鈴音の後ろにいた仲間に当たってしまうこともあった。
 いや、むしろ犠牲者の半数以上は同士討ちによるものだった。
 これは、チェンジ後の鈴音が敢えて考えてやっていることだ。
 大人数を相手にする時はいかに一対一の状況にしていくかが大切なので、同士討ちをさせることで、いっぺんに人数を減らすようにしているのだ。
 鈴音によって大助かりの大道寺達は、すっかり鈴音の戦闘に見入ってしまっている。
「さすがは、無敵女子鈴音。今日もなんとか切り抜けられそうだな」
「ああ。チェンジ後の鈴音ちゃんがいれば鬼に金棒だよ」
「しかし、鈴音の奴、なんか中国語で奴らと会話してないか?」
「ああ。鈴音ちゃんって、あんなバイリンガルだったっけ?」
「さあ?」
 大道寺達が、そんな疑問を抱いている数分の間に、残りは紅龍を抜かして三人だけになっていた。
「ちっ! 銃弾を避けたり、掴んだり、まるで紅龍の兄貴だな、この女は」
 鈴音を挟んで一人が銃を構えながら叫ぶ。
「本当だぜ。こんな芸当は今や紅龍の兄貴にしかできないとばかり思っていたが。まさか日本にもいたとはな」
 反対側にいる男は中国拳法の構えをしながら、ジワジワと仕掛けるタイミングを計っているようだ。
「ふん、タイミングを計っているのかい? こっちはいつでもいいんだけどねぇ」
 鈴音が鼻で笑ったその刹那に、一人が銃を撃った。
 銃声が響くと同時に鈴音は右に避けた。
 それを予測していたもう一人の男が鈴音の足元に素早くローキックを撃ち込んで来る。
 二人同時攻撃で鈴音のバランスを崩して動きを止めようという作戦のようだ。
「はっ、見え見えなんだよ、そんなのはっ!」
 鈴音は右に動きながら、撃ち込んできた蹴り足を踏みつけた。
「ぐああぁっ! い、痛えぇっ!」
 鈍い音を発しながら男はたまらず叫ぶ。完全に骨が折れたようだ。
 鈴音は足を踏んづけたまま倒れ込み、男の顔面に肘撃ちを食らわした。
 なおも撃ち込まれてくる銃弾を、素早く起き上がって掴む。
 一気に詰め寄ると、右足で銃を持っている腕を蹴り上げる。
 同時に突きを顔面と体に素早く撃ち込み気絶させた。
 次に右足を押さえながらヨロヨロと立ち上がってきたもう一人に、振り向いた回転力、そのままの勢いで、首目がけ強烈なハイキックを撃ち込んだ。
「はいやあぁっ!」
 撃ち込んだ時の鈴音の気合が倉庫内に響き渡った。
「は、はれ?」
 蹴り込まれた男は驚きの言葉を発し、目の前で飛んでいる星を見ながらその場に倒れた。
 笑みを浮かべながら、ゆっくりと拍手をする紅龍。
 タバコを床に吐き捨てた。
「しかし、見れば見るほど…………。だが…………まさかな」
 タバコを踏んづけた足を動かし呟きながら、なおも意味深発言を繰り返している。
「どうやら、ただの小娘じゃないみたいだな。ずい分と殺られちまったなぁ。こいつはとんだネズミ退治になっちまったぜ、なあ揚(やん)?」
 隣にいた秘書のような男に同意を求めた。
「本当ですね。まさか、こんな小娘が、この日本にいるとは驚きですね」
 揚が顔を強張らせながら上着を脱いで戦闘準備を始める。
「おおっと、揚、ここは俺にまかせな。これだけ、殺られちゃあ俺の腹の虫が治まらねえよ。いいからお前は手を出すな」
 紅龍は拳の骨を鳴らして近づいて来る。
「やっと真打ち登場かい? ずい分ともったいぶるじゃないか、ええ?」
 鈴音は不敵な笑みを浮かべながら間合いを測っている。
 残りが二人になったため、すっかり緊張が解けている大道寺達は、もはやただの観客だ。
「あと二人か」
「ああ、でも今度のは手強そうだぜ。なんか、こう……他の奴らとは違う感じがするな」
「確かに」
「何てったってよ、あの鈴音が構えているんだぜ。何度かチェンジ後のあいつを見てはいるが、構えるのを見るのは初めてだよ」
「それだけ、あいつは凄いってことだな。鈴音ちゃん、大丈夫かな?」
 二人の背筋に妙な悪寒が走った。
 鈴音はゆっくりと動きながら間合いを測っている。呼吸を整えてゆっくりと構え臨戦態勢に入った。
 紅龍もさっきまでの笑みは消して鋭い眼つきになっている。
「しかし、構えといい、さっきまでの動きといい、本当にそっくりだ。一体、この娘は?」
「構えなくても余裕ってか。相変わらずだねぇっ!」
 鈴音はそう叫ぶと一気に間合いを詰める。
「そいやあぁっー! はいっ、はいっはいっはいーっ!」
 突きと蹴りの怒涛の連打を顔面と体に撃ち込んだ。
「ぐうおぉぉっ! はっ、はっはっはっはっはーっ!」
 力が込められ鉄球と化した両腕を上下左右に素早く動かす紅龍。
 鈴音の突きや蹴りを全て叩き落した。
「ぐうぅっ! 凄いスピードとパワーだ。ズシン、ズシンと骨に響くぜ。しかも、的確に急所を狙ってやがる。こいつは、素人じゃねえ、プロだ!」
 紅龍は鈴音の実力をこの攻防で刹那に見抜き驚愕して叫ぶ。
「ちいぃっ! せいやあぁっ!」
 鈴音は連打の最後に一層気合を込めた突きを撃ち込む。
 紅龍はその拳を掌で受け止めたが、かなりの威力であったため、思わず後ろに引きずられるように下がってしまった。
「ちいぃっ! 一瞬たりとも気が抜けねえ。この体のどこにこんなパワーがあると言うんだ。しかし、突きや蹴りのスピード、パワー、正確さ、どれをとってもそっくりだ。いや…………まさかな…………ありえない」
 なおも疑心暗鬼のまま、身長百五十八センチメートルで細身の鈴音を見つめる紅龍のこめかみに冷や汗が流れる。
「そうだ、ありえんっ! そんなことは絶対にありえんっ!」
 気を取り直して自分に言い聞かせるように叫び、受け止めた拳をギュッと握りしめ、鈴音の腕を掴む。
「ぬおぉぉぉっ!」
 声を張り上げて、背負い投げのように放り投げた。
 鈴音は床に叩きつけられる前に身を翻し、器用にトンボ返りをして態勢を整えた。
「あの程度で倒せるわけがないか」
 鈴音は、うすら笑いを浮かべて呟く。
 この攻防を息をするのを忘れるほど見入っていた大道寺は、やっと呼吸ができたと言わんばかりに一息ついて呟く。
「ふうーっ、第一ラウンドは互角って感じだな」
「ああ。チェンジした鈴音ちゃんてあんなこともできるんだな」
「ああ。それにしても、いつになく凄え気合いだ」
「それだけ凄い奴なんだな。確かに、あの連打を全て防いだからな」
「ここから、どうするんだ、鈴音?」
 息詰まる攻防を見つめながら大道寺は一抹の不安を覚えていた。
(凄い気合のこもった戦いだ。だが、いつもの鈴音とは何かが違う気がする…………何かが)
 紅龍は、目を瞑って両手を胸の前で合わせている。
「はあぁぁっ!」
 少しずつ声を上げながら気を高めているようだ。
 目を見開いたかと思うと、いきなり空気を切り裂くように素早く両腕を動かし始めた。
 鈴音目がけて空気がナイフのように襲って来る。
「ちっ! かまいたちかっ!」
 鈴音は叫ぶと同時に、飛んでくる空気の軌道を刹那に予測し、上下左右に素早く体を動かしたり、ステップしたりして避けた。
 鈴音が避けた空気のナイフは、周りの荷物に当たり、切り裂かれた袋や箱からはコーヒー豆やバナナなどがこぼれ落ちている。
 そのため、足場が、かなり悪くなってしまった。
「これも避けられるのか? ますます…………のように思えるな」
 疑心暗鬼のまま間髪入れずに紅龍の攻撃が襲う。
「きいやあっ!  やぁっ、やぁっ、やぁっ!」
 もの凄い気合のこもった突きが、顔や体目がけて嵐のように撃ち込まれた。
「ほうわあぁっ!」
 力を込め鋼鉄のように手足の筋肉を硬くする鈴音。
 素早く手足を動かして、撃ち込まれる突きや蹴りを全て叩き落とすが、防御の途中で床に転がっているコーヒー豆に足をとられバランスを崩してしまった。
「くっ」
 その刹那、突きで吹き飛ばされた。
 幸い瞬時にガードしたためダメージはない。
 鈴音はすぐさま立ち上がり、次の攻撃に備える。
「えいっ、えいっ!」
 紅龍はチャンスと見たのか、鈴音の方に飛び込んできて、雷撃のような連打で蹴りを撃ち込んできた。
 鈴音は、足場の悪いところでなんとかバランスを保っている。
 体を上下左右に動かして、蹴りを全て受け流していく。
「なんて重い打撃だ。くっ、このままでは体が持たない。さっきのかまいたちは足場を悪くするための伏線だったのか」
 紅龍は蹴りを続けながら、得意げに叫ぶ。
「お前の武器の一つ、スピードは封じたぞっ! しかも、足場が悪ければ踏ん張れない分、攻撃にも転じられないだろう? どうだっ!」
「ちっ、確かにな。さすがだねぇ、謀略はピカイチだな。……かと言って、このまま殺(や)られるわけにはいかないんでねっ!」
 叫ぶと同時に横に積んであったコーヒー豆の袋を掴み取った。
「そおりゃああぁ!」
 その袋を盾代わりにして前に突進。
 当然紅龍の蹴りにより袋は破れコーヒー豆は散らばった。
「ちぃっ!」
 突然の奇襲に面食らってしまった紅龍は蹴りをやめ、袋を抱きしめるように後ろに下がっていく。
 袋と共に紅龍を押し出し、鈴音は足場の悪いところから脱出できた。
「さあ今度はこっちの番だよっ! はあぁー!」
 いきなり飛びこみ、飛び蹴りを強烈に繰り出した。
「ふっ」
 紅龍は鼻で笑い軽く身を沈めて避けるが、重心を下げたことで、足に体重がかかり足元に転がっているコーヒー豆に足を取られ滑ってしまった。
 鈴音の蹴りがモロに入る。
「ぐはあぁっ!」
 顔面に入り鼻から血が噴き出て崩れるように倒れる紅龍。
 鈴音は間髪入れず、その場で片膝をついている紅龍の顎目がけ膝蹴りを突き上げる。
 紅龍はこの膝蹴りを片腕で、かろうじてガードし、直撃は防いだが、それでも相当の衝撃は受けたようだ。
 軽い脳震盪を起こし、意識が遠のきボワーンとしてしまった。星はチラつきはしないが、何となく景色が青みがかって見えている。
 しかし、さすがは香港マフィアのナンバー2であり、プロの殺し屋だ。
「うおぉっ!」
 咆哮した刹那、なんと自分の手刀で、もう片方の手を突き刺した。
 その痛みで意識は急激に回復し、すぐさま態勢を整えた。
 鈴音は黙って、驚くことなく睨みつけたまま、その様子を見ていた。
「す、凄え。じ、自分で自分の手を」
「し、信じられん」
 大道寺達は、すっかり気圧されてしまっている。
 揚も固唾を飲んで、ただただ静かに戦況を見守っているだけだ。
「ぐうおぉっ!」
 紅龍は鬼気迫る表情で、雄たけびを上げながら、全身の筋肉を硬直させ気力を漲らせ、不敵な笑みを浮かべている。
 気迫で流血を止めてしまった。
「けっ、俺をここまで追い詰めるとは……。お嬢ちゃん、褒めてやるぜ。だが、お遊びはおしまいだ。ここから先は本気だぜ。あの世で後悔するのだな」
「ほう、やっと本気になるってか? フ、笑わせんじゃないよ、今までだって、十分本気だっただろ?」
「いや、今までは、どこかお前が知っている奴に似ていてな。それが気になって、どうも集中しきれていなかったようだ。だが、それも、ここまでだ。そんなことは、もうどうでもいい。俺はお前を倒したい、ただ、それだけだ」
「ふーん、そうかい。なら、あたしもアンタを倒すまでだ……今度はね」
「無駄だっ! そんな意味深な言い方をしてもなっ!」
 鈴音が話し終わるか終わらないうちに、先程とはケタ違いの威力でかまいたちを飛ばし始める。
「ちぃっ! さすがは本気のかまいたちだねえっ!」
 鈴音は 避けたり受け止めたりは不可能と刹那に判断し、その場に前のめりに倒れてやり過ごした。
 体のすぐ上を時速三百キロメートル以上のスピードで新幹線が通り過ぎたかのような衝撃が襲う。その風圧は、思わずつられて体が浮きそうになるほどのものだった。
「さすがだな、あれをやり過ごせるとは。だが、その態勢では防ぎきれまいっ!」
 叫ぶなり第二波、第三波を両手で放つ。
「くっ!」
 鈴音は短く呟き、素早くその場で体を横回転させて避け続ける。
 間髪入れず四波、五波と次々に撃ち放たれて来る。
(耐えろ、耐えるんだ。必ず、反撃のチャンスは来る)
 鈴音は横回転を繰り返して耐えていた。
 すっかり観客の二人は……。
「何か会話したと思ったら、第三ラウンドが始まったみたいだな」
「ああ、しかし、今まで以上に激しい攻撃だな。鈴音ちゃん、本当に大丈夫だろうな?」
「ここまで来たら、チェンジ後の鈴音を信じるしかないよ」
「そうだな」
 最後は二人とも消え入るような声になり、固唾を飲んで見つめていた。
「どうした、もう、お手上げか? いつまで、そうしていられるかな」
 防戦一方の鈴音を見ながら、あざ笑う紅龍。
(た、確かに、これはきついな。しかし、どうすれば……)
 鈴音は考えながら右に左に回り続けている。
(チャンスは来る、必ず)
「ハハハッ、どうした? もう、そろそろ、限界か?」
(ちっ、相変わらず、姑息な。焦らそうったって、そうはいかないよ)
「おりゃっ、おりゃっ、おりゃぁっ!」
 紅龍は、なおもしつこくかまいたちを撃ち放つ。
(くっ、耐えろ、耐えろ。少しずつだが、攻撃は弱まってきている。もう少しだ、耐えろ)
 鈴音は負けじと耐えていた。
「ちっ、しぶといな」
 紅龍も段々ときつくなってきたようだ。
 こうなると、勢いは一気に弱まってくるもので、攻められている鈴音の方が精神的に有利になってきた。
「ちいぃっ! いい加減くたばれやっ!」
 紅龍は、イラつきながら、最後のひと踏ん張りとばかりに再び気合を入れて強めに撃ち放つ。
 これが命取りに……。
 力んだおかげでずい分と逸れてしまったのだ。
「今だっ!」
 鈴音は叫ぶと足に力を入れ床を蹴って、猛然とダッシュした。
 瞬時にかまいたちを作り出している両腕を勢いよく蹴り上げる。
「はいやあぁっ!」
 間髪入れずに、速射砲のごとく突きを撃ちまくった。
「ぐはぁっ! ぐうおぉっ…………」
 突然の反撃に防御する間もない紅龍。
 鋭く重い突きを二十発ほど食らって吹き飛び、血を噴きながら呻くように倒れた。
「あ、兄貴ぃっ!」
 揚が叫んで持っていた銃を撃とうと構える。
「待て! 動くな!」
 すかさず、松岡が、揚に銃を向けて威嚇した。
 揚は、言葉は通じなくても自分に銃口が向けられたため、その場で手を上げて止まる。
 鈴音は、ゆっくりと紅龍に近づいて、トドメの一撃を撃ち込もうとしている。
「これで、おしまいだよ」
 口ではそう言うものの、紅龍の顔を見たその刹那、なぜか躊躇っているようだ。
「ちっ、何やっているんだよ、あたしは? やっと、トドメが刺せるっていうのに」
 鈴音は自分をなじって、気を取り直し、もう一度突きを撃ち込もうとする。

 ×   ×   ×

 その時、突然例の頭痛に襲われてしまいました。
「ぐっ、な、何なんだよ、こんな時に! い、痛えなぁっ! ちっ、畜生っ! いっ、痛いぃっ!」
「「なっ!」」
 見ていた大道寺さん達も驚き、絶句した状態でそれ以上声を出すことはできません。
「兄貴ぃっ!」
 何が起こったのか分かりませんが、とにかく揚さんはチャンスと思ったらしく、銃を撃って大道寺さん達を威嚇し、急ぎ紅龍さんに走り寄ります。
 その銃声で我に返った大道寺さんも、わたくしに向かって走り出しています。
「す、鈴音ぇっ! な、何だ? ま、まさかチェンジが…………!?」
「す、鈴音ちゃん! マジかよ、このタイミングでかよ!?」
 松岡さんも叫びながら、反撃で銃を撃ちました。
 揚さんは、すぐさま紅龍さんを抱きかかえて起き上がらせます。
 肩を借りながらヨロヨロと立ち上がった紅龍さん。
「ちいぃっ、この小娘がぁっ!」
 すかさず目の前で頭を押さえながら、苦しみもがく、わたくしに突きを撃ち込んできます。
「ぐはあぁっ! きゃあぁっ!」
 鈍い音を出して、わたくしは声を上げながら血を噴いて倒れました。
 追い打ちとばかりに、紅龍さんは倒れたわたくしの横っ腹に蹴りを撃ち込みます。
 紅龍さんの蹴り足ですくわれるように飛ばされたわたくしは、数メートル先で床に叩きつけられるように転がりました。
「い、痛い! 痛いぃっ!」
 わたくしは顔とお腹を押さえながら叫んでいます。
 気が付いたら、いきなりこの展開ですから、頭の中は真っ白です。
 転げ回って痛がっているわたくしに、大道寺さんは走りながら声をかけました。
「す、鈴音ぇっ! ダッ、ダメだ、完全にチェンジが解けちまっているっ! ヤベエぞ、これはっ!」
 大道寺さんが急いでわたくしを抱きかかえ動こうとした刹那……。
「うりゃあぁっ!」
 紅龍さんは力を振り絞り、わたくしに向かってかまいたちを二発撃ち放ちました。
 大道寺さんの必死の移動も間に合わず、不幸にも一発がわたくしの右足に当たってしまいました。
 切れ味鋭い日本刀で切ったような乾いた音がして、わたくしの右足からは血が噴き出てきます。わたくしの青いパンツは引き裂かれ、噴き出てくる血でみるみる赤黒く染まりだしていきました。
 痛みと溢れ出てくる血で、わたくしはパニック状態になっています。
「いやあぁっ! い、痛いぃっ!」
 大道寺さんに抱きかかえられながら暴れて泣き叫んでいます。
「だ、大丈夫だ。大丈夫だから、お、落ち着け」
 大道寺さん自身もパニック状態ですが、何とか落ち着かせようと必死に声をかけます。
「あ、足から、こんなに血が、わ、わたし、どうなっているの? も、もう、死んじゃうの?」
 わたくしは泣き叫ぶことしかできません。
 チェンジしていない時のわたくしは、ただの女子高生です。
 意識が戻った途端に殴る蹴るはの暴行を受け、挙句の果てに日本刀のようなもので足を切られては、痛みと恐怖でパニック状態に陥るのも無理はありません。
「ま、松岡! 援護してくれぇ!」
 叫びながらわたくしを抱きかかえ扉に向かって走り出す大道寺さん。
 松岡さんは大道寺さんの言葉に押されるように、威嚇のため銃を撃って援護します。
 大道寺さんとわたくしが外に出たのを確認すると自分も急いで外に出ました。
 紅龍さんも相当の深手を負ったようで追うことはできないようです。
「ハァ、ハァ……あ、あの、小娘ぇ……。ゼェ、ゼェ……い、一体……?」
 鋭い眼つきで呼吸を乱し、途切れ途切れに声を出そうとしていました。出血もあるためやや意識が遠のいています。
「あ、兄貴、しっかりしてください。今は、しゃべらない方が」
 揚さんは気遣いながら肩を貸して、ゆっくりと倉庫の出口に向かいました。

011 一縷の望みをかけて、いざ横浜へ

 倉庫を脱出したわたくし達は急いで車に乗り発車しました。
 わたくしを後部座席で横にして、大道寺さんはとりあえず、ハンカチを巻いて足の止血に取り掛かかります。
「ハァ、ハァ……」
 粗い呼吸をして冷や汗をかいているわたくし。もう息も絶え絶えです。
「ヤベエぞ、松岡、出血が、かなりひどい。急がないと」
「そうか、分かった……急ごう」
 アクセルをより一層踏み込む松岡さんが祈るように呟きます。
「頼むから取り締まりになんか引っかからないでくれよぉ」
 しばらく走ると首都高(首都高速道路)に入ったため、大道寺さんは、わたくしの顔についた血や汗を拭きながら尋ねます。
「おい、松岡? どこに行くんだよ?」
「決まっているだろ、横浜のおやっさんの所だよ。あのおやっさんじゃなきゃ、その傷は治せやしないぜ。それに何も説明しなくても済むしよ」
「そうか、確かに、薮井(やぶい)のおやっさんならな。腱や筋は無事ならいいんだが」
「ああ、訳ありのヤミ医者だけどよ、腕は確かだからな。何とかしてくれるさ、何とかな」
 お二人は祈る思いでした。
「ハァ、ハァ、お、お母さん……」
 意識が混濁しているため、いつもの『お嬢様言葉』どころではありません。
「いつもの言葉も出ないくらい苦しいんだな、きっと。す、すまねえ、鈴音。いつか、こんなことが起こるかもって思っていたのに、何の対策も考えてなかった俺のせいだ。俺の」
 大道寺さんは涙ぐみながらわたくしの手をギュッと握ります。
「大道寺、自分を責めるな。俺も同罪だ。いや、むしろ、鈴音ちゃんの能力を利用して、危ないことに引き込んだのは俺だ。責任は俺にある。だから、お前は……」
 松岡さんは、お話しながら涙ぐんで最後は口をつぐんでしまい言葉になりません。
「じゃ、じゃあ、二人の責任だな」
 大道寺さんは泣きながら笑っています。
 車内は高速道路特有のオレンジ色の外套に照らされたり、真っ暗になったりしています。
「ハァ、ハァ……お、お二人共、ご、ご自分を……責めるのは……おやめ……下さい。わ、わたくし……後悔はして……おりませんから」
 わたくしは痛くて苦しかったのですが、ニコッと笑顔を作りながら言いました。
「だって、鈴音、そんなこと言ったってよ、俺達はお前にこんなケガまでさせちまってよ」
「そうだよ、鈴音ちゃん。俺達は……」
「ですから、お二人は……何も悪くはありませんわ。わたくしは……自分の意志で……お手伝いしてきたのですから……。こうなることも、覚悟はしていましたわ。ですから……」
「「うわあぁっ!」」
 お二人は感極まって号泣してしまいました。
「す、鈴音ちゃん。な、何でそんなにいい子なんだよぉ! 愛しているぜぇ!」
「バカッ! どさくさに紛れて何言っているんだよ、お前は!」
「お前こそ、どさくさに紛れて手なんか握っているんじゃねえよ!」
「ああっ、鈴音が苦しそうだから握っているんだ。変な下心なんてねえよ!」
 お二人は口々に言いながら涙を拭っています。
「ふふっ、お二人共、男の人が……そんな風にお泣きになっては……おかしいですわよ」
「だって……お前があまりに……」
「大道寺さん……手を握って下さって……ありがとうございます。とても……安心できますわ。あ……あと……わたくしの代わりに例のメールを……く、お、お願いします…………」
「あ、ああ、そうだな。……じゃあ」
 大道寺さんはわたくしのカバンからスマホを取りだして、わたくしが予め用意してあったメールをお母様に送って下さいました。
 ミッションの時は、もしもを想定して何パターンかのメールを用意してあります。お母様には心配をかけたくありませんので。
 今日はお友達の家にお泊りメールです。
 まあ、こんな状態の娘がいきなり帰宅したら、とんでもないことになりますから。
 とりあえず今は、その薮井さんに何とかしていただいて、明日には元気な姿で帰れることを祈るのみです。
 大道寺さんが送って下さったのを見届け、わたくしはニコッと笑顔で頷きましたが、痛みと言うか苦しみと言うか、また何かがこみ上げるように襲ってきました。
「くっ……ハァ、ハァ……」
 再び意識が朦朧としてきてしまいました……。
 夜中の時間帯は道路が空いているため、1時間もせずに横浜の目的地に到着。
 港近くのドヤ街の一角に目指すお医者様はいるようです。
 いかにも訳ありの人が住んでいる掘っ立て小屋の集まったところで、松岡さんはドアを激しく叩きました。
「おい、おやっさんっ! いるんだろっ? 急患だっ! 開けてくれっ!」
 曇り硝子越しに見る部屋の中は暗いままで、反応はありません。
「おいおい、まさか、今日に限っていないなんてことはねえよなぁ」
 松岡さんは、なおもドアを叩きます。 
「おい、ヤブ医者っ! いるんだろっ? 頼むよ、急患なんだよっ!」
 部屋の中に明かりがついて鍵を回す音がしました。
 ドアの中から、六十歳くらいの白髪交じりの初老の薮井徳太(やぶいとくた)さんが顔を出しました。
「何だよ、こんな時間に? あんまり、でかい声で騒ぐんじゃないよ。近所迷惑だろ」
 ボヤキが終わるや否や、隣のドアが開きチンピラ風の男が顔を出します。
「うっせえなっ! 何時だと思っているんだ、このバカ野郎っ!」
「悪いな、急いでいるもんでよ」
 松岡さんが警察手帳を出しながら、少し凄味を効かせて言います。
「い、いえ」
 あまり関わり合いになりたくないようで、チンピラ風の男はさっさと逃げるようにドアを閉めてしまいました。
「おやっさん、頼む。この子を診てくれ」
「はあー、何だって? この子? ほー、これは重症そうだな」
 大道寺さんにおんぶされているわたくしの足に目をやって呟きます。
「よお、呑気に言ってねえでよ、さっさと中で診てくれよ」
 ため息をつきながらドアを全開にする薮井さん。
「ほら、入んな」
 家の中に部屋は二つしかなく、玄関の部屋は台所兼用で年代物のテーブルとイスがあって、あちらこちらに酒瓶が転がっていました。
 いかにも、堕落した男の一人暮らしの部屋です。
 電灯もヒモを引っ張って点けるタイプの年代物で、少し古いため、部屋全体がうす暗く、何となく寂し気な雰囲気がします。
 わたくしは抱えられたまま、とりあえず、奥の部屋に入りましたが、その部屋も酒瓶やら食べっぱなしの食器やゴミが散乱していて足の踏み場もないほどです。
 急いでゴミや瓶をどけて薮井さんが寝ていたと思われる布団にわたくしを寝かせました。
「なあ、おやっさん? もうちょっとキレイな布団はねえのかよ?」
「ああっ!? いきなり来て文句を言うんじゃないよ、ったく。中に入れてやっただけでもありがたいと思え」
「ああ、悪かった、悪かったよ、おやっさん。頼むよ、おやっさんじゃなきゃ治せないから連れてきたんだからさ」
 松岡さんは急ぎ笑顔で両手を合わせ頭を何度も下げながら頼みます。
「はっ、調子のいい奴だ。人のことをヤブ医者呼ばわりまでしておいてな」
 薮井さんは悪態をつきながら、これまた、半分壊れかけたような電気スタンドで傷口を照らして診ています。
「これは……相当鋭利なもので切られたな。パックリ傷口が開いちまっているよ。おい、大道寺! 隣の部屋の戸棚から茶色い瓶を持ってきてくれ!」
 覗き込むように、じっと見ていた大道寺さんに振り向きざまにそう命じます。
「おい、お前はそこのカバンを取れ!」
 松岡さんにも無造作に置かれた古いカバンを取るように命じました。
 大道寺さんから瓶を受け取ると、ガサゴソとカバンの中から取り出したガーゼに瓶の中の液体を染みこませます。
「ちょっと滲みるけど我慢するんだよ」
「くっ……、あっ、うぅーっ……」
「よし、いい子だね。よく我慢した。痛覚は大丈夫そうだな」
「なあ、おやっさん? 腱や筋は大丈夫だよな?」
 松岡さんは急かすように尋ねました。
「そう急かすなよ。順番に診るから」
 そう言いながら取り出したペンライトを当てて傷口を覗いています。
「うーん、少し痛いけど我慢するんだよ。悪いが最新機器なんてものはないんでね、触診で確かめるしかないから」
 消毒液を垂らした鋭くとがった針のようなものを傷口から入れてチョンチョンと中をつつきます。
「い、痛っ!」
「うん、大丈夫だな。不幸中の幸いだよ。腱と筋は無事だ」
 その結果を聞いて安堵するお二人。もちろん、わたくしもです。
「さあ、今から縫合するから、お前達二人で、動かないようにしっかり押さえつけるんだ」
 思わず固まるわたくし達。
「ちょ、ちょっと待ってよ、おやっさん。お、押さえつけるって?」
「ああ、言葉のとおりだよ。残念だが、ここには麻酔なんてものはないからね。麻酔なしで縫うしかないんだよ。嫌ならよそに行きな。ただし、急がないと、本当にヤバイよ」
「…………」
 言葉に詰まって大道寺さんを見る松岡さん。
「……仕方がない。松岡、おやっさんの言う通りにしよう。鈴音には我慢してもらうしかない」
 松岡さんは渋々頷きます。
「鈴音、少しの辛抱だ。我慢してくれ」
 わたくしが怯えながらコクンと小さく頷きますと、大道寺さんは頭の方から両腕を、松岡さんは両足を押さえつけました。
「準備はいいか? じゃあ、これを噛ませな」
 薮井さんは言いながら大道寺さんに猿轡用のタオルを渡しました。
「じゃあ、始めるよ」
 薮井さんは、そう言うと、電気スタンドを引き寄せて傷口を照らし、ゆっくりと傷口に針を近づけて皮膚に突き刺します。
「んぐうぅぅぅっー! ん、ん、んーっ!」
 わたくしは声にならない叫び声を上げ、のけ反らんばかりに、体中に力を入れました。
「ん、ん、んーんっ! んぐうぅーっ!」
 針が刺さるたびにのけ反らんばかりの力で動こうとし声を上げました。それは、叫び声と言うよりも、まさに断末魔の声だったと思います。
 わたくしは顔を左右に振りながら目からは涙を溢れさせていました。
 お二人は、わたくしが力を入れるたびに腕に力を入れ押さえつけます。
 わたくしが体に力を入れる時に伝わる振動を通じてわたくしの痛みが伝わっているようで、お二人は唇を噛みしめ目に涙をためながら横を向いていました。
 ずい分と長く感じましたが、始めてから5分くらいで縫合は終了しました。
「よく頑張った……いい子だ」
 薮井さんはわたくしにニコッと微笑み、ねぎらいの言葉をかけながら丁寧に包帯を巻いていました。
「「おやっさん、ありがとうございました」」
 目に涙をためながら深々と頭を下げるお二人。
「礼なんかいいから、今から書くものを買って来い。わしは、これから足以外のところを治療しておくから」
 薮井さんはそう言ってボールペンで何やら書き始め、メモのようなものを渡しました。
「なになに、えーと、米とパン……それから……これって食いもんばかりじゃねえか? それに、なんだよ、最後のウィスキー三本って?」
「食いもんばかりって、この時間じゃ、まだ、そんなものしか買って来られんだろう、バカが。とにかく、栄養をつけなきゃならん。最後のウィスキーはわしへのお礼に決まっているだろうが。これだけのことをしてやったんだ」
「おお、そうか、お礼ね……。アハハ、タダってわけにはいかないか」
 松岡さんは笑いながら、最後の言葉は聞こえないように小声で言いました。
「いいから、分かったら、さっさと買って来い!」
 お二人が出ていくと、薮井さんは顔や腕の治療をしてくれました。
「ずい分と凄い力で殴られたんだね? 口の中も切れているだろ?」
「ええ……まあ……」
「詳しいことは聞かんが、あんなボンクラ共と関わっているとろくなことにならないよ」
 薮井さんはため息交じりに笑顔で言いました。
「いいえ、松岡さんも大道寺さんも……とても良い方達ですわ。正しいことをしようと……一生懸命ですもの。本当に良い方達ですわ。わたくしも、その……お手伝いができて嬉しいんです」
 わたくしは顔の傷や腕のケガを診ていただきながら、痛みがあるため、苦しそうに途切れ途切れに笑顔でそう答えます。
「そうかい。君は優しくて強い人間だな。きっと、ご両親もそうなのだろう」
 わたくしはニコッと笑顔で頷きます。
「そうそう、こんなのんびりはしてられないな。二人が帰ってくる前に横っ腹を診てあげよう。どうも奴らは無神経でいかん。相当痛むだろう?」
 わたくしに右を下にして横に向くように指示を出す薮井さん。
「うん、うっ血がひどいな。ちょっとゴメンよ」
 上着の裾をめくって診ながら、うっ血部分を触って少し押しています。
「……つ、い、痛っ!」
「うん、大丈夫だ。痛みはあるようだが打撲だ。骨に異常はない」
 わたくしはシップを貼ってもらい、再び仰向けになりました。
「さあ、これで、とりあえず治療は終わりだ。あとで、薬を買ってこさせるから、それまでは我慢しておくれ」
 なぜ、このようなところでこのような生活をなされているのかは存じませんが、見た目通り、とても優しい老紳士です。

 ×   ×   ×

 それから、十分もしないうちに買い物を終えた二人が戻ってきた。
「おやっさん、頼まれた物買って来たぜ」
「おお、そこに置いておけ。それからお湯を沸かして買ってきたスープを入れてくれ。少し体を温めてあげるんだ」
「鈴音の状態はどうなんですか? 骨とかは?」
「おお、おやっさん、どうなんだ?」
 二人は台所の方に来た薮井に矢継ぎ早に尋ねた。
「ああ、不幸中の幸いだ。さっき横っ腹も診たが骨に異常はない。ただ、うっ血がひどい、あれは相当な力で殴られたな。あの症状を見れば分かる。何があったかは聞かないが、あの子のことを思うなら、あまり危険なことはさせないことだ」。
 そう言われ、二人共ぐうの音もでないほど落ち込んでいる。
(チェンジできなかったら……、急に元に戻ったら……)
 考えてはいたが、まさか、こんな形で現実化してしまうとは思いもしなかったからだ。
「ぐうぅぅー……」
 隣の部屋から聞こえてくる、痛みに耐えている鈴音の声。
 二人は己の拳を握り締め唇を噛んでいた。
「かわいそうに。鎮痛剤でもあれば楽にしてやれるんだが。あれでは、痛くて眠れんだろう。お湯が沸いたら一口でもスープを口に含ませて、市販のだがこれを使おう」
 薮井は静かに、そう言って箱の中から市販の鎮痛剤を取り出した。

 ×   ×   ×

 お二人はお湯が沸いたためカップスープを作り急いでわたくしに持ってきてくれました。
「鈴音、辛いだろうが少しでもこれを飲むんだ」
 大道寺さんは、そう言いながら手を添えて上半身を起こしてくれます。
「くっ、す、すみません……」
 わたくしは痛みで顔をゆがめた後、ニコッと笑いました。わたくしは松岡さんがスプーンを口元に持ってきて下さるとすするように口に含みました。
「う、い、痛っ! し、滲みるぅっ……。……も、申し訳ありません……。ちょ、ちょっと、飲めそうに……ありませんわ」
「いいんだよ、謝らなくて。じゃあ、鈴音、横になろう」
「鈴音ちゃん、隣にいるから、何かあったら呼ぶんだよ」
「……お二人共、ありがとうございます」
 わたくしはニコッと笑顔で感謝しました。

 ×   ×   ×

「おい、松岡。これは何だ?」
 隣の部屋から戻ってきた松岡に、コーヒー豆を手にしながら尋ねる薮井。
 さっき買い物に行く時、財布を取りに車に戻ったところ、車内にコーヒー豆が何粒か落ちていたのを持ってきていたのだ。
 おそらく戦闘中に鈴音の衣服についていたものと思われる。
「この中を見てみろ」
 薮井がコーヒー豆を割ると中から白い粉がこぼれてきた。
「お前達が向こうに行っている間に、何気なくこれを触っていたら、いきなり割れてな。中からこんなものが出て来たぞ。あの子のケガはこれが原因だな」
 二人は目を合わせて頷く。
「そうか、こんな仕掛けがしてあったのか。どうりで分からなかったわけだ。ああ、そうだ、おやっさんの言う通りだ。俺達はこれを追いかけていて、今夜こうなったんだ。おやっさんには分かっているんだろ? これが麻薬だってことは?」
「そりゃあな、これでも医者の端くれだからな。で、どんなものなんだ?」
「中国経由で最近出回り始めている新種だ。名前は『タイガードラゴン』って言うらしい」
「ふーん、『タイガードラゴン』ねぇ。ずい分立派な名前だな。……そうか、これは鎮痛剤に使えるぞ!」
「本当かよ、おやっさん!?」
「ああ、所詮は薬だからな。いい鎮痛剤になるよ。これであの子も少しは眠れるだろう」

 ×   ×   ×

 薮井さんは溶かした薬を注射器で吸い取るとわたくしのところに持ってきてくれました。
「ゴメンよ、少しチクッとするが、今鎮痛剤を打ってあげるからね。これで楽になるよ」
「はい…………お願いします」
 わたくしはしばらくすると、寝息を立て始めました。

012 ついに解き明かされるチェンジの謎

 鎮痛剤を打っていただいたことで痛みも和らぎ、さすがに疲れ果てていたわたくしはぐっすりと眠っていました。
 数時間寝たところで不思議な体験をしました。
わたくしはどこか雲の上のような所にいます。そこから、遥か遠くの彼方まで何もなく、足元には雲海だけが広がっているのです。
 すると、遠くの方から光が段々と近づいてきて、その光の中から一人の女性が現れました。光のせいかボヤーッとしているため顔も見えず年齢等は分かりません。
「あなたは、どなたですの?」
「あたしは春花(はんふぁ)……中国人よ。……ゴメンね、あたしが油断したために、アンタにこんなケガをさせてしまって」
「どういうことですの? あなたとお会いするのは初めてですけど」
「まあ、会話をするのはね。アンタとあたしはもう三ヶ月も前からの付き合いだよ」
「えっ、三ヶ月も前からですって! どういうことですの、本当に?」
「ハハハ、アンタ達がチェンジとか言っているのは、あれはあたしがアンタに憑依していたのさ」
 何気にもの凄く衝撃的なことを笑いながらさらっと説明する春花さん。
「なっ、なっ、何ですって! えっ、えっ、憑依って? チェンジって?」
「だいぶ混乱しているようだね。まっ、無理もないか、突然こんな話をされちゃあね。幽霊に憑りつかれていたなんてね……アハハ」
「もしかして、わたくしが突然無敵女子になっていたのは春花さんのおかげということですか?」
 わたくしは今まで聞いたことを解釈し少しは落ち着いて聞き返します。
「まあ、そういうことだね。なんてったってあたしはプロの殺し屋だからね……いや、だったの方が正確かな。あんな連中相手にするくらいは朝飯前さ」
「殺し屋?」
「そう、殺し屋さ。まっ、アンタから見れば縁もゆかりもない、まさに裏社会の闇の住人さ」
 自慢げに腕組みをしながら話しています。
 やがて、話しているうちに光が和らぎ顔や姿がはっきりと見えるようになってきました。
 殺し屋なんてお聞きしたから、どんなごっつい方なのかと思いきや、そこには、スラッとした長身――と言っても百六十センチメートルくらいですがーーのチャイナドレスを身にまとったキレイな女性が立っています。
「すごくキレイな方」
 それ以上は言葉が出ません。
「こんなキレイな方が殺し屋です……いえ、でしたの? そもそも、なぜ中国人の春花さんがわたくしのところなんかに? また、どうして、わざわざ『だった』になってしまわれたのですか? やっぱりお亡くなりになられたからですか?」
 わたくしは、だいぶ落ち着いてきたため、まともに質問ができ始めてきました。
 春花さんは腕組みをしながらクスッとお笑いになっています。
「まあ、そうだよね。色々と聞きたいよな。まあ、話せば長くなるんだけど……最初から順を追って話そうか」
「えっ、長くなるんですの? そうですの……長くなりそうですの、うーん……」
「何で考え込んでいるんだ?」
「ええ、だって……」
「だってって?」
「うーん、やっぱり遠慮させていただきますわ」
「は?」
「だって、今のわたくしは長いお話を聞けるほど、心身ともに自信がありませんので」
「へっ? 心身ともに自信がないからって…………まあ、辛いかもしれないけど」
「ええ…………ですから、ご理解していただけると助かるのですが」
「ご理解はするけどさ、それじゃあ、わざわざあたしがこうして出てきた意味がなくなっちゃうんだけど」
「はぁ、そう言われましても、すみません、わたくし今は、『わたくし中心症候群』なので」
「いやいや、アンタも知りたがっていたことだとは思うんだけど……て言うか、謎が解ける一番重要なところだろ! 聞きたいだろ!?」
「まあ……それはそうですが」
「そうですがって……。ええいっ、煮え切らないねぇ! 大体これだけ会話ができれば十分体力あるよ、平気だよ! 何が『わたくし中心症候群』だ! わざと難しく言いやがって、ただの自己中(自己中心)じゃないか! そんなのは話を聞くのに何の支障もないよ!」
「はぁ……まあ、そう言われてしまうとそうですが」
「そう言うもこう言うもないだろう! まったく、本当に不思議ちゃんだねぇ! 気になるだろう? 何でこんな美人なのに殺し屋になったのかとかさ、どうして死んだのかとかさ、どうして自分に憑依したのかとかさ?」
「はあ……まあ……。でも、美人の部分は特に聞かなくても、生まれつきのものでしょうからねぇ。他の部分は、まあ、そう言われれば聞いてもよいかもしれませんが」
「ああっ、もう、何でもいいから! いいか、初めから話すからとにかく聞け! いいな!?」
 イライラしながら頭を左右に強く振って言い切る春花さん。
「はあ……、では、どうぞよろしくお願いいたします」
 強引に押し切られ心の中でため息をつきながら渋々と恐縮し頭を下げるわたくし。

 ×   ×   ×

 あたしは、両親の顔も知らない孤児でね、年齢は二十五歳ってことになっているけど本当の年齢は分からないのさ。赤ん坊の時に孤児院の前に捨てられていたのでね。
 そこで数十人の子供達と仲良く暮らしていたのさ。
 特に仲が良かったのが、紅龍という男の子と桃花(たおふぁ)という女の子だった。
 そう紅龍ってのは、アンタにそのケガを負わせた張本人だよ。まあ、紅龍と桃花とのことはおいおい話すとして、三歳の頃突然孤児院にある一人の男がやってきた。
 そいつは香港マフィアのボスで、用心棒兼鉄砲玉として使える殺し屋を育てるために人買いに来たのさ。もちろん名目は有能なスポーツ選手を発掘するためなんて言ってね。
 しばらく……一週間くらいかな、施設の子供達に色々な運動をやらせて適性を確かめていたよ。その中でボスの眼鏡にかなったのがあたし達三人だったってわけさ。
 ボスに引き取られてからのあたし達は、とにかく来る日も来る日も特訓のみだった。
 銃の撃ち方やありとあらゆる格闘技、とにかく朝から晩まで人を殺すための手段を徹底的に叩き込まれた。遊ぶ時間や余分な食事なんかは一切与えられずにね。
 そんな日々の中、唯一の楽しみは、夜寝る時に電灯もない暗闇の中、三人で叶うはずもない夢を語り合う時だった。
 え、どんな夢かだって? そう、あたしは船に乗って海を渡り、あたしのことを知らない遠い外国へ行って暮らすことだった。
 そうすれば、暗い闇の中から明るい所へ抜け出せると思っていたから。
 紅龍と桃花は、いつか組織を乗っ取ってやるなんていう野望を抱いていたよ。
 そう考えると、あの頃からあたし達は、ずっと一緒にはいられない運命にあったのかもしれないな。
 時は過ぎ、十五歳くらいになる頃には、あたし達は、もういっぱしの殺し屋に育て上げられていた。
 次々とミッションが課せられ、組織にとって邪魔な政治家や対抗組織の幹部連中を暗殺していった。
 理由や目的なんは知らされず、ただただ命令に従うままに遂行していった。
 でもね、あたしも……フフ、やっぱり人間だったんだね。
 ミッションとはいえ殺しが終わると、頭痛や嘔吐を繰り返していたよ。
 拒絶反応ってやつだろうね。
 心の中では、いつも泣いていたし、後悔に支配されていた。
 中には、どこをどう切り取っても殺すには値しないって標的もいたからね。
 なかなか割り切ることはできなかった。
 でも、それを口にすることは勿論、そんな姿を組織の中で見せることなんて到底できなかった。
 使い物にならなければ、これだけの秘密を知っているんだ、裏切り者同様に始末されるだけだからね。
 人知れず苦しんでいたよ。
 ただ皮肉なことに、そんな内面とは裏腹に、変な才能はあったんだろうね、自分自身との葛藤の中、気が付けば暗殺部隊の長にまで出世していた。
 もちろん紅龍と桃花もね。
 この二人は、殺し屋が合っていたみたいだ。
 あたしのようには悩んでいなかったみたいだね。むしろ天性のものだったようで嬉々としてミッションを遂行していたからね。
 あたしは一人悩み闇の中でもがき苦しんでいた。
 子供の頃に話していた夢のように、船で乗って、あたしのことを知らない世界に逃げ出したかったよ。
 でも、組織を抜け出すということは、死を意味すること、到底叶いやしないよね。
 あきらめて、ただただ命令のままに生きていた。
 でも、紅龍と桃花は違っていた。子供の頃に抱いていた組織を乗っ取るという野望を抱き続けていたのさ。二人は着々と計画を練っていたみたいでね、その計画の途上であたしが邪魔になったようだ。
「なぜですの? 別に春花さんがお二人の野望を邪魔しようとなさったわけでもないでしょうに」
 春花さんはクスッとお笑いになりました。
 まあね、あたしには野望なんてなかったからね。二人の計画を知ったところで邪魔なんてしようとは考えなかっただろうね。
 でもね、人間って凄く緊張感が高まってくると疑心暗鬼に襲われるものなのだよ。二人もそうだったのだろうね……おそらく。
 わたくしはウンウンと頷いて聞き入っています。
 春花さんは遠くを見る目になって話を続けます。
 皮肉なことに、内面で一人苦しんでいた反面、三人の中ではあたしが一番腕は良かったのさ。ということは必然的にあたしが、その二人よりは組織の中で上になっていた。
 それはボスも弟分達も認めていた。もちろん二人自身もね。
 だからこそ、あたしは邪魔だったんだろう。ボスを亡き者にしても、あたしがいたら組織を一つにまとめるのは難しくなる、そう考えたのだろうね。
 だから、二人はボスとあたしを殺す計画を立て実行したってわけさ。
 あるミッションの時、ボスは紅龍と桃花に命令を下した。ところが、寸前になって桃花の様子がおかしかったから、あたしは桃花に聞いたのさ。
「どうしたんだい? まだ、こんな所にいたの? もう出発の時間じゃないのかい?」
「ちょっと、めまいがして調子が悪いのよ。ねえ、春花? 悪いんだけど、今日のミッション代わってくれない?」
「いいよ。体調悪い時に行くのは危険だからね。あたしが行くよ」
 桃花が顔色悪く言うからさ、あたしは快く引き受けて代わりにノコノコと出掛けたのさ。
 そう、この段階から、すでにボスとあたしの暗殺計画が始まっていたとも知らずにね。
 紅龍と合流して、香港港でのミッションは難なく成功した。
 全て終わって引き上げようとしていると、紅龍だけが港に隣接しているビルの屋上に残って海を覗いているのさ。
 おかしいなと思って屋上に行って尋ねたのさ。
「紅龍、何しているの?」
「いや、ちょっとな、格闘している時に海に落としたものがあってな。ほら、子供の頃三人で施設にいた時お互いに作ったペンダントさ、あれをな」
 そんなことを言い出すからさ、あたしも、ついつい一緒に覗いたんだよ。子供の頃に作った唯一の三人にとって明るい思い出を言われちゃあ、ミッションで来ていたことなんかも忘れてしまってね。ましてや終わった後だから、余計に警戒心のかけらもなくなっていたよ。
「紅龍、あれ持ち歩いていたの?」
「ああ。俺達のお守りだろう? ミッションは常に死と隣り合わせだからな。それでな、いつも持っているようにしていたのさ」
「そうなんだ。知らなかったよ。でも、残念ね、落としてしまったなんて。ここからじゃ、完全に海の中だから見つけるのは不可能ね」
「ああ、そうだな。だからよ、お前が落ちて見つけてきてくれよ、なあ、春花?」
 その耳を疑うような言葉を聞き終わらないうちに、あたしの腹にはナイフが突き刺さっていた。
 紅龍の方を振り向いた時には、もう奥深くまでね。
 あたしは目を見開いて、血が溢れてくる傷口を押さえながら、必死になって問いかけた。
「ぐっ、ぐはあぁっ! 紅……龍……なん……で……?」
「悪く思うなよ。組織を乗っ取るにはお前とボスは邪魔なんだよ。今頃は、桃花があのジジイを始末しているだろうよ」
 紅龍は笑いながら、そう説明してくれたよ。
 あたしは出血多量で意識がどんどん遠のいて行く中で、その言葉を聞いていた。
 不思議と痛みは感じなかったなぁ。とにかく、今自分に起こっている出来事の衝撃が凄すぎて何も考えられないし、何も感じることができなかったんだろうね。
 そんな状態のあたしの視界に、ボスを始末して駆け付けた桃花が入ってきた。屋上の入り口で微笑みながらあたしに銃を向けている桃花がね。
「春花、もうじき死ぬ気分はどうだい? 地獄の入り口でボスが待っているよ。地獄で二代目ボスにでもしてもらうんだね、アハハハハ!」
 高笑いしながら、躊躇うことなく三発の銃弾をあたしに撃ち込んできた。
 通常ならなんてことなく処理できるけどね、出血多量の上に、一番の仲間だと思っていた二人に裏切られたショックで処理どころじゃないよね。柄にもなく全て命中しちまったよ。
 左太もも、右肩、そして首。
 失意のどん底の中で血を噴き出しながら、その場に倒れようとしていたところに……。
 倒れる刹那、とどめで紅龍に勢いよく蹴り上げられてビルの屋上から海に真っ逆さまさ。
 あたしは何の抵抗もできずに、どんどんと地球の重力に引っ張られていったよ。
 死ぬ時っていうのは全てがスローモーションに見えるのだね。
 海に落ちていくあたしを、薄ら笑いを浮かべて上から覗いていたあの二人の顔が今でも覚えているくらいに、よく見えたよ。
 海に落ちて沈んでいくにつれ、地上の光が遠ざかって真っ暗になっていく光景もね。
 フッ…………こうして、あたしは正真正銘、何も見えず何も聞こえない闇に沈んだってわけさ。
 まあ、それが生きていた時のあたしが見た最後の光景だった。
 そんな真っ暗闇の中、遠くから誰かの助けを呼ぶ声が聞こえてきた。
 そう、それが、あの三ヶ月前のアンタの心の声だった。
 真っ暗闇の中にいたあたしにとっては、まさに光が差し込んだ瞬間だった。あたしは、その声…………いや、その光に導かれるように、アンタに引き込まれていったのさ。
 気づいたら、アンタの体に憑依して、アンタら母子(おやこ)を助けていたってわけ。どうして、そうなったのかは、あたしにも分からない。
 まっ、これが、あたしの今までと、アンタに憑依するようになったきっかけさ。

 ×   ×   ×

 話し終わると春花さんはグーッと伸びをしてから微笑まれました。
「お辛い、本当に、お辛いお話ですわね。運命とはいえ、殺し屋として苦しんだ挙句の果てに、信じていたお二人に裏切られて殺されてしまったなんて………………。すみません、何を言ったらいいのか、わたくしには言葉が見つかりません。本当にごめんなさい」
「いいんだよ、別に。裏切られたことは、腹わたが煮えくり返るほど悔しいけどね。でも、所詮あたしは殺し屋だ、闇から闇に葬られても仕方がないのさ。何人もの命を奪ってきたからね、ああいう最後がピッタリさ。まあ、天罰……因果応報ってやつだし、正直、あの地獄から抜け出せてホッとしたっていうのもあるからね」
 春花さんは、笑いながらあっけらかんと言います。ご本人としては割り切りもあるので、それで済んでしまうのでしょうか。
「でも……それが天罰と言うのなら、春花さんにだけ下されるのは不公平ですわ!」
 割り切れないわたくしは、涙を拭いながら力強く言いました。
「うーん……まあ、そういう考えもあるけどな」
 春花さんは意外だったようで腕組みをして首をかしげながら、あまりそうは思っていない様子です。
「その、お二人にも罰が下されないとおかしいですわ! ましてや、今度も日本で麻薬を売りさばいて人々を苦しめようとしているのですから。そんなこと絶対に許せませんわ!」
「ま、まあ、それはそうだな」
「それに、春花さんにしたこともですわ! 春花さん? あなたがしてきたことは超重大犯罪です。償っても償いきれないことですけど、あなたはこの三ヶ月間、『チーム鈴音』のメンバーとして、ご自分の力を他人の役に立ててこられました」
「そう言ってもらえると嬉しいな。確かに、充実した三ヶ月だったよ。それに今まで褒められたことなんてないからね、嬉しいよ」
「今の春花さんは立派な正義の味方ですわ! わたくし達と一緒に、あなたの敵討ちとあいつらの野望を粉砕しましょうよ!」
「あたしが、正義の味方?」
「そうですわ」
「な、なんか、しっくりこないな。正義の味方…………か。生まれてこの方闇の中しか歩いてこなかった、あたしがかい?」
「そうですよ。今では、悪事を防ぐ希望の光ですわ」
「光? フ、あたしはただの闇だよ」
「そう思っているのは、そう思わないといられなかったからですわ」
「えっ?」
「だって、組織にいるために、わざとご自分の気持ちを押し殺し続けていたんですから」
「まあ、そうだけど」
「ミッションのたびに、ずっと苦しまれて、ご自分を責めていた。本当にお辛かったと思います」
「確かにな」
「じゃあ、どうして苦しんだのでしょうか?」
「え、どうしてかな?」
「簡単なことですわ。それは、あなたが思いやりや優しさを、きちんと持っているからですよ」
「思いやりや優しさ?」
「ええ、思いやりや優しさです。他人の気持ちを憂えることのできる本当の『強さ』を持っている人だからですよ」
「本当の『強さ』?」
「力や技の強さでなく、心に備えた強さのことです」
「それが、あたしにあったってことかい?」
「ええ。だから、ずっと苦しい思いをなさっていたんですわ」
「まあ、本当に、どうしようもないくらいに辛かったよ」
「フフ、そんな心を持ち合わせていた春花さんだからこそ、あの時わたくしに憑依して救ってくれたんですわ」
「そうなのかなぁ?」
「気づいてらっしゃらないだけですわ。あなたは、きちんと善悪の判断のできる、本当の『強さ』を持った素晴らしい女性ですよ。決して、冷酷非情な殺し屋なんかではないんです。そうでなければ、わたくし達のミッションに力を貸したりはしませんよ」
「…………」
「春花さん、改めてお願いします。どうか、わたくし達と一緒に紅龍さんと桃花さんの野望を打ち砕いて下さい。わたくし達にお力をお貸し下さい」
「鈴音……」
「よろしいですわね?」
「ああ」
 春花さんはなぜか涙ぐみながら頷いていました。
「アンタは本当に強くて優しい人間だな。アンタこそ希望の光だよ」
「春花さんもですよ。改めまして、よろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそ頼むよ。申し訳ないが、また体を貸してくれ。でも、その傷じゃきついな」
「ええ…………。でも、大丈夫です。こんな時こそ気合です!」
「気合って、あたしは痛みは感じないからいいけど」
「それなら、いいじゃないですか。何とかなりますよ、何とか」
「あ、ああ」
 わたくしは微笑みながら言いましたが、春花さんは心配そうに頷いていました
 それから昨日紅龍さん達の持ち込んだ荷物は、新種の麻薬であり、荷物の中身を細工して持ち込んでいると教えてくれました。
 大道寺さん達はすでに知っていますが、わたくしは今初めて知りましたので驚いています。
 続けて桃花さんのことについても教えて下さいました。
「昨日は姿を見せなかったけど、桃花も必ず来ているはずだ。これだけ大きな取引に来ないはずはないさ。桃花はね、一人セレブを気取っていやがるから、空路で来てホテルにでも泊まっているのだろうよ。フ、今度は絶対に奴らの野望を打ち砕いてやる、今度はな」
 拳を握って微笑みながら話しています。
 当然ですが、微笑まれるその刹那、殺し屋としての厳しい表情が垣間見えました。
 優しい美人なお姉さんの時とは真逆の眼。
 わたくしは、背筋が凍るような悪寒を感じ、たくさんのヤクザやゴロツキ達をビビらせてきた、チェンジ後の自分の眼つきを、その時初めて知りました。 
「それじゃあ、またな」
「えっ、もう……」
 わたくしの問いかけなどまるっきり無視で、目の前がパーッと明るくなると、光に包まれて全てが見えなくなって春花さんは消えてしまいました。

 ×   ×   ×

 ハッとして目を開けると天井が見えました。
 夢……かしら? それにしてはリアルで壮絶な、それでいてちょっぴりファンタジックな夢でしたわ。
 それにしても、壮絶なお話でした。まさか、幽霊が憑依していたなんて。チェンジの正体が幽霊の憑依とは……。
 今の時間は朝の八時。
 痛み止めが効いているようなので、少しは歩けそうですわ。
 起き上がり引き戸を開けて台所に入ると、大道寺さん達三人がカップラーメンやら何やらを食べ散らかした状態で椅子に座ったまま寝ています。
 わたくしは、そっと頭を下げて外に出てみました。
 海の近くなので潮の香りがします。
 少し足を引きずりながら掘っ立て小屋街を出て港を歩きました。
 太陽が眩しい、よく晴れたいい天気です。何隻かヨットや小型の釣り船が係留されており、いかにも港町横浜という感じです。
 わたくしはグーッと力を入れて伸びをします。空気を胸いっぱいに吸い込むと、清々しい気持ちで一息つけました。
「ふぅー、やっぱり少し痛みますわねぇ。不安はありますが、何とかもってくれれば」
 足をさすりながら呟いてみます。
 春花さんに気合十分でああは言いましたが、紅龍さんも桃花さんも一流の殺し屋、一筋縄ではいかないでしょうし、この状態で相手をするのは、やはり厳しいですわね。
「ああ、ダメダメ。弱気は一番いけませんわ。戦う前から、こんなんでは勝てるものも勝てません。気合いですわ、気合」
 頭を左右に振って自分に言い聞かせます。
 それでも、やっぱり不安は拭えません。
「せめて、チェンジした時に、わたくしの意識があれば何かしら協力できるかも……なんですが」
 少々弱気になりながら、目の前を通り過ぎる釣り船を見ていました。
 そんな時、わたくしの目に近所の五歳くらいの女の子が父親と手をつないで歩いているのが見えました。
 朝のお散歩でしょうか、女の子が楽しそうに父親に笑顔で話しかけています。父親も笑顔で答えています。
 微笑ましい光景で、こちらまで嬉しくなります。
 今は一般の方にも麻薬が出回っていると松岡さんからお聞きしましたが、ほんの好奇心で使ったがために、あのような幸せが壊れてしまう……なんてこともあるのでしょうね。
 紅龍さん達を放っておいたら、あの笑顔が壊されてしまいます。そう思い、わたくしは拳を握り締め、弱気なわたくしにサヨナラをしました。
「信じましょう、春花さんを。そして、自分自身を」
 そう心に誓って再び海を眺めていました。
「鈴音ぇーっ!」
 突然、大道寺さんの呼ぶ声が聞こえます。
 心配して探しに来てくれたようで後ろから松岡さんも走って来ます。
「鈴音! 歩いたりして大丈夫なのか?」
 肩で息を切らして両手を膝について尋ねます。
「ええ、少し痛みはありますが歩けますわ」
「鈴音ちゃん、でも、痛み止めが効いているだけなんだろう?」
 追いついた松岡さんも息を切らしながら尋ねます。
「ええ」
 わたくしは心配をかけないように小さく笑顔で頷きます。
「目が覚めたら、居ないから心配したよ」
「鈴音ちゃん、今おやっさんが痛み止めをもらいに知り合いの所に出掛けたから、さあ、早く戻って休もう」
「ご心配をおかけしてすみません。でも、もう少し潮風に当たっていたいんです」
「そ、そうかい」
 大道寺さんが心配そうに頷きながら松岡さんと目を合わせます。
 わたくし達は、しばらく潮風に当たってから戻りました。
 先ほどの春花さんとのお話は、わたくし自身が、もう少し落ち着いてからにしようかしら。そう考えながら、布団に入りました。

 ×   ×   ×

 二人は台所に戻って、コーヒーを飲んで一息ついた。
「鈴音ちゃん、いつも笑顔でさ、俺達に心配かけまいとしてくれているよな。本当に強くて優しい子だな、あの子は」
「ああ。そう言われたら鈴音は喜ぶよ、きっと」
「どうして?」
「それはな…………」
 大道寺は昨日鈴音から聞いたことを松岡に話した。
 松岡は涙ぐみながら聞いていた。
「そうか。辛い別れを二度も乗り越えて来たんだな」
「ああ、本当だな」
「あの笑顔には、そんな意味が込められていたのか、どうりで癒されるわけだ」
「まったくだ」
「鈴音ちゃんの芯の強さは、そこなんだな。笑顔を大切に……か。いい話だな」
「ああ。俺達なんかじゃ比べ物にならないくらいに強くて、しっかりした子だよ」
「本当だな。鈴音ちゃんが、俺の依頼を受けてくれている理由は、それだな」
「だろうな。正義感だけじゃなくて、『今、自分のできることを精一杯やる、きっとそれがみんなの笑顔につながる』っていう信念を持っているからな」
「そうだな。目の前のことを精一杯、自分のできることでいいから頑張る……か」
「ああ。千里の道も一歩から、その一歩は、やがては大きな潮流につながるっていうやつさ」
「大切なことだな。俺達も見習わないと」
「ああ」
「それで、お父さんの言葉って?」
「残念ながら、そこは俺も聞けてないんだ」
「そうか、今度ゆっくり聞きたいな」
「ああ、そうだな」
 話をしていると、薮井が戻ってきた。
「運よく痛み止めを分けてもらえたぞ。あとな、俺の後輩に連絡しといてやるから、東京に戻ったらそいつのところへ連れて行け」
「おやっさん、何から何まで悪いな」
「お前のためじゃない。あの子のためだ」
「ああ、分かっているって」
 東京にいる薮井の後輩は、診療所を開いている。これまた、訳ありの者を相手にしているヤミ医者仲間だ。

 ×   ×   ×

 薮井さんはわたくしの所に来て、傷を診てくれました。
「いいかい、無理はダメだよ。しばらくは安静にしているんだ、いいね。後輩は腕は確かだから、あいつの言うことを聞いて、しっかり治すんだよ」
「はい。ありがとうございます」
 わたくしはしっかりと頷き笑顔でお礼を言いました。
(ごめんなさい、薮井さん。その約束守れそうにありませんわ)
 わたくしは心の中でお礼の後に、そっと謝罪もしていました。
 さあ、出発の準備ができましたので、わたくし達は改めて薮井さんに挨拶をしました。
「おやっさん、突然押しかけて申し訳ありませんでした。本当に助かりました。ありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
 松岡さんに続いてわたくしと大道寺さんも挨拶をしました。
「ああ、気をつけてな。……何かあったらまた来い」
「ありがとう、おやっさん。このお礼は改めてさせてもらうよ」
「ふん、期待せずに待っているよ」
 最後は笑顔でいつもの憎まれ口を言って下さったようで、皆笑顔でお別れしました。

013 決戦の前に…………

 一路東京へ向かう車の中。
 まずは、このビリビリに破れたパンツをなんとかしないといけません。
「あのう……すみません、松岡さん? 途中で洋服を買っていただきたいのですけど」
「ああ、そうだね、かまわないよ。大道寺、どこかに寄ってくれ」
「ああ」
 わたくしも、だいぶ落ち着いてきましたので、そろそろ大事なお話をしないといけません。
「コホン。ええ、それでは、お二人が一番お知りになりたいチェンジの謎について、分かったことを今からお話ししたいと思います」
「え、チェンジの謎って? 分かったのか、それが?」
 大道寺さんは、驚きのあまりハンドルを切り損ねそうになります。
「本当かよっ、鈴音ちゃんっ?」
 松岡さんも、子供がおやつにでもがっつくかのように身を乗り出して叫びました。
 当然の反応ですよね。三ヶ月間の謎が解けるのですから。
「ええ、今朝眠っている時に分かったのです。それは……」
 今朝自分が体験した夢とも現実とも区別のつかない中で、春花さんからお聞きしたことをお二人に話しました。
「「…………!?」」
 聞き終えたお二人は共に頷いて、しばらく黙っております。
「あのう……やっぱり、信じられませんか?」
 しばしの沈黙の後。
「いや、よく分かったよ。不思議な話だけど、この三ヶ月間を見て来たからな、信じられるよ。それに良いのか悪いのかは分からないけど、解離性同一性障害とかじゃなくて良かったしな。春花さんに対する鈴音の気持ちも理解できる。いや、むしろ、俺も同感だ。でも、その足じゃ……」
 大道寺さんが心配しながら真顔で言います。
「俺も同感だけど…………」
 松岡さんも心配しています。
「ご心配には及びません。春花さんは痛みは感じないようですから、チェンジさえしてしまえば何とかなりますよ、何とか」
「……なら、いいけど……」
「まあ、鈴音ちゃんが、そう言うなら……」
 お二人は心配がつきないようですが、治ってからなんて呑気なことは言っていられませんから、ここは一つ、気合で乗り切るしかありません。
 松岡さんは、そんな重い空気を振り払うかのように明るく言いました。
「鈴音ちゃん、やつらの陰謀を阻止しようぜ。その二人を倒せば、組織も潰せて香港マフィアの日本への進出も阻止できるってわけだからな。まさに一石二鳥、いや、春花さんの無念も晴らせるから一石三鳥か!?」
「ええっ!」
「ようし、さあ、『チーム鈴音』再出動だ!」
 大道寺さんも叫んで思いっきりアクセルを踏み込みます。
 さらに、松岡さんはノリノリで叫びました。
「しかし、香港での敵(かたき)を日本でなんて、まさに『江戸の敵を大阪で討つ』だな!」
「おいおい、松岡、それを言うなら、『江戸の敵を福岡で討つ』だろう?」
「何を仰っているんですか、大道寺さんまで。熊本ですよ、熊本!」
「ああ、そうだったかな? まあ、何でもいいや、レッツゴー、鬼退治だぜ!」
「「「オーッ!」」」
 わたくし達はノリノリで右手を突き上げて叫びました。
(おいおい、正しくは長崎だろ。なんで中国人のあたしが知っていて、アンタらが分からないんだよ。あたしはこんなチームの一員なの? はぁ、空しい)
 春花さんは、わたくし達の見えないところでガックリと首をうなだれていました。
 とりあえず、都内に入ったところで、洋服を買って試着室で着替えます。着替えをしながら、素朴な疑問を一つ。
「春花さんは、普段はどこにいるのかしら? この辺にいるのかしら?」
 試しにわたくしの周りの空気を触るように手を動かしてみましたが、何の手ごたえもありません。
「まあ、相手は幽霊なので触れなくても当然ですわね。今も話しかけられないということは、普段は遠くにいらっしゃるのかしら? わたくしのピンチになると駆け付けて下さるのかしら? ふふっ、知りたいことは沢山ありますわね。でも、今は今夜のことに集中しましょう」
(まったく、この子は天然だねぇ。三ヶ月前のあの時からいつもアンタのそばにいるよ。ただ、アンタの心には立ち入らないようにしているから安心しな。あたしが借りるのは、あくまでもアンタの体だけさ。アンタがピンチの時は、いつでも助けてやるよ)
 春花さんは微笑みながらわたくしに聞こえないように言います。
 わたくしは何も聞こえていないので、構わず急いで着替えを続けました。

 ×   ×   ×

 鈴音が服を買って着替えている間、駐車場の車内では缶コーヒー片手に、大道寺達がこんな会話をしていた。
「相手は殺しも平気でやる香港マフィアか」
「ああ、覚悟はできているか、大道寺?」
「ああ、もう、できているよ」
「悪いな、巻き込んじまってよ」
「俺も警察官の端くれだよ。本来の職務さ」
「そうだな、むしろ、今のは鈴音ちゃんに言うべきセリフだったな」
「だからこそ、俺達のやるべきことはただ一つさ。春花さんの戦いの邪魔はしない、でも、鈴音だけは必ず無事に家に帰す。どんなことがあってもな」
「ああ、必ずな。……なあ、大道寺? 来週末は『小料理鈴代』で祝杯あげようぜ」
 大道寺は笑顔で頷き二人はグ−タッチをした。

×   ×   ×

 着替えを終えて改めて鏡の中の自分とにらめっこ。
「ふふ、バッチリですわ!」
 鏡の中の自分を見ながら、そう叫んでリフレッシュできました。
 レジを済ませて、車に向かいます。
 わたくしが乗り込むと、松岡さんは笑顔で言います。
「お気に入りの服は買えたかい?」
「はい、お陰様で。いかがです、イケてますでしょ? これなら、動きやすいですわ」
「ああ、バッチリだよ」
 アーミースタイルのわたくしに向かって、大道寺さんは親指を立てて微笑みました。
「鈴音ちゃんも何か食べなよ? サンドイッチでいいかな?」
 松岡さんはそう言ってコーヒーと一緒に渡して下さいました。

015 それぞれの不安

 鈴音達が車内でくつろいでいる頃、例の倉庫では紅龍と桃花が話をしていた。
「何よ、いきなりこんな所に呼び出したりしてさ! 紅龍、取引はアンタに任せるって言ってあったでしょ?」
 むさ苦しい倉庫に呼び出され、すっかりセレブ気取りの桃花は機嫌が悪い。
「ああ、それは分かっている。だが、取引なんて言っていられない事が起こったんだ」
 紅龍の表情は厳しい。
「何か不測の事態でも起こったの? そう言えば、他の連中はどうしたのよ?」
 桃花が眉をひそめて、紅龍と揚しかいない倉庫内を見回しながら尋ねた。
「揚(やん)以外は皆死んだよ。いや、殺されたと言った方が正確だな」
「殺された? 何があったのよ! もったいぶってないでさっさと話しなさいよ!」
 桃花はいっそう眉をひそめ、声を荒げて怒鳴る。
 紅龍は昨夜のことを静かに話し始めた。
「じゃあ、アンタの見立てでは、その小娘達は警察とかではなく、ただのネズミだったってことなの?」
 聞き終えた桃花は、信じられないといった感じで首を左右に振りながら尋ねる。
「ああ、それは間違いない。他の二人もヤクザとか組織ぐるみといった感じではなかった。ただ、銃を持っていたっていうのが引っ掛かるがな」
「銃を持っていた……か。確かにただのコソ泥ではないみたいね。警察なら組織で動くだろうし、なんとなく引っ掛かるわね。もし、警察関係者なら厄介よ」
「ああ、そうだな。日本のヤクザは呑気に取引はまだ先でなんて言っているが、急いだ方がいいかもな」
 紅龍は話ながらも、どことなく取引の件については集中していない。
 それを察した桃花が冷ややかな笑みを浮かべ皮肉を込めて言った。
「取引のことよりも、その小娘の方が気になっているみたいね。確かにアンタをそこまで追い詰めるなんて普通じゃないからね」
「まあな。強さはもちろんだが、あの所作すべてが気になる」
 紅龍は桃花の皮肉など気にせずにじっと考えている。
「しっかりしなさいよ、紅龍っ! ありえないよ! いくらソックリと言ったって、春花は私達がきっちり始末したのだからさ!」
「そうなんだが……」
「アンタにナイフで内臓をえぐられ、私に銃で急所を撃たれ海に真っ逆さまに落ちたのよ。二人で海に落ちるのを見届けたじゃない」
「確かに……な」
「あの状態で助かるなんてあり得ないわよ。どんな名医だって助けられるわけがない……そうでしょ?」
「…………」
「どう考えたって別人よ。この日本にも存在したのよ、アンタと春花みたいな達人がさ。ただ、それだけよ。どうせコソ泥なら、昨日痛い目にあったのだから、もう来やしないでしょうよ!」
 桃花はまるで自分に言い聞かせるかのように確認しながら怒鳴っている。そのため桃花は明らかに動揺し落ち着かない様子で、その場を行ったり来たりしていた。
「それなら、いいんだがな」
 紅龍は気がかりが払拭できず煮え切らない。
「紅龍、アンタいつまで殺し屋でいるつもり? いい加減にしなさいよ。私達は、もうビジネスマンよ。いつまでも、あんな血生臭い世界になんていたくないでしょ?」
「それは、そうだが」
「まったく、煮え切らないねぇ! 私は取引の期日を早めるように調整するから、倉庫の荷物をもう一度確かめておいて!」
 桃花は強気に言い捨てた。紅龍を軽蔑の眼差しで一瞥して倉庫を出て行ったが、何となく悪寒が背中を走り身震いが止まらなかった。
「けっ、強欲の塊が……。いくら着飾ったって、てめえも所詮は殺し屋さ」
 紅龍は出て行く桃花に向けて、負けじと軽蔑の眼差しを送った。

 ×   ×   ×

 その頃、わたくし達は……。
「はあー、美味しかったですわ。ごちそうさまでした」
 わたくしはサンドイッチをペロリと平らげ、満足顔で最後のコーヒーを飲んでいます。
 痛み止めのおかげで口の中の痛みも抑えられ、食事もできます。
「お腹は満たされたかい?」
 大道寺さんは微笑みながら尋ねます。
「ええ、大満足ですわ。さあ、参りましょう!」
 大道寺さんと松岡さんも顔を見合わせて笑い、つられるように気合を入れています。
 ふと、大道寺さんが尋ねます。
「さてと、行くのはいいけど、どこに向かえばいいんだろう?」
「例の倉庫ですわ」
 即答です。理由は分かりません。でも、そのように感じたのです。
「おそらく、春花さんがそう言っているんじゃないか? それを鈴音ちゃんが感じているんだよ、きっと。とにかく行ってみようぜ」
「よし、じゃあ例の倉庫に向かおう!」
 大道寺さんがアクセルを踏み込んで車を走らせ始めます。
 只今午後三時を回ったところです。

 ×   ×   ×

 例の倉庫では、紅龍と揚が荷物を数えていた。
「兄貴、昨日の格闘で五袋破れています」
「中身が無事なら売り物にはなるだろう、どうだ?」
「そうですね。中身は皆平気なので移し替えれば大丈夫そうです」
 揚は新しい箱を持ってきて入れ替え始める。
 その作業の最中に桃花が扉を開け入ってきてドヤ顔で言った。
「取引は明日になったわ。先方はずい分と警戒していたけど、いやなら他で売るって脅してやったら、渋々了解したわ」
「袋は五袋破れたが中身に問題はない。移し替えれば商品にはなるだろう」
「そう。これだけ売りさばいたら数十億ね。日本はいい市場になりそうね。これからが楽しみだわ」
 桃花は含み笑いをしている。
「ボス、移し替え終わりました」
「揚、ご苦労様。あんたは死ななくて良かったねぇ。まっ、一つしかない命だ。せいぜい大事にするんだね。それと、今後はボスじゃなくて社長と言いな、いいね?」
 桃花が少し眉をひそめてタバコに火をつけながら偉そうに言った。

 ×   ×   ×

 ちょうど、その頃わたくし達は倉庫街に近づいています。
 近くまで来ると、気配を感じます。
(やっぱり春花さんとリンクしているから感じるのかしら)
 倉庫に向かう途中、大道寺さんが叫びます。
「鈴音の言う通りだな! 倉庫に明かりがついているぜ、奴ら……いるな!」
「いよいよだな」
 お二人共かなり緊張されているみたいで、生唾を飲み込んでいます。
「さあ、参りましょう、いざ、鬼退治へっ! キジさん、お猿さん、準備はよろしいですか?」
 わたくしは元気よく片手を上にあげて冗談めかして笑いながら言いました。
「ね、鈴音ちゃん、どっちがキジで、どっちが猿なんだい?」
「さあ、どちらでもかまいませんわ。言葉の勢いで言っているだけですから。ただ、犬は春花さんでしょうか」
(ははっ、あたしは犬かい)
 それをお聞きになってお二人が笑いました。リラックスできたようです。
「鈴音、真正面からでいいのか?」
「ええ、変な小細工は必要ございません。正々堂々、真正面からで良いですわ」
 わたくしは気を引き締めて断言しました。

016 死闘…………再び

 倉庫の扉の前まで来たところで、ふと立ち止まり、わたくし達は互いに目を合わせ頷いてから錆びついた扉を開けて中に入りました。
 中に入りますと奥の方に紅龍さんと女性がいて手前に揚さんがいます。
「紅龍、あれが例の小娘? バカが性懲りもなくぬけぬけと来たみたいね。アンタにやられた足は治ってはないだろうに」
 わたくし達が入って来る姿を見て、桃花さんが吸っていたタバコを床に捨てました。足で火を消しながら、顎を上げて鼻で笑っています。
「ああ、そうだな。とにかく、不思議な小娘だ。あれだけのケガをしたのに、再び自分からノコノコとやって来るとはいい度胸だ。だが、昨日の借りはきっちり返させてもらうぜ」
 上着を脱ぎ捨ててアンダーシャツのみになった紅龍さん。
 首を左右に動かしたり手足をブラブラさせたりして臨戦態勢に入っています。
「いますわ、いますわ。ははーん、あれが桃花さんですわね。ひゅーっ、春花さんほどではありませんが、桃花さんも殺し屋には見えないスラッとした美人ですこと。はぁ、もったいないですわねぇ。モデルとしても食べていけるのじゃないかしら。でも参りましたわねぇ、桃花さんまでここにいるとなると二人同時に相手をすることになりますわねぇ」
 わたくしは足のこともあり不安にはなりましたが、周りに悟られないように笑みを絶やさず、大道寺さんと松岡さんの前に出て呟きました。
「向こうも三人か。とは言っても、俺達じゃ手前の弟分くらいしか相手にできそうにないけどな」
「まあな。所詮は、鈴音ちゃん、いや、春花さん頼みだからな」
 お二人は顔を引きつらせながら弱気に呟きます。
「もう、お二人共っ! そんなこと仰らずにフォローを頼みますわよっ!」
 わたくしは自分自身の不安もかき消すために、振り返ることなく笑顔で叫びながら、髪をヘアバンドで束ね、手や足を回すストレッチをして、深呼吸をしました。
(ふぅー、少々足が痛みます)
「さあっ、参りますわよっ! 春花さんっ!」
 叫びながら気合を入れ直してダッシュ。
(おうさっ!)
 どこからともなく、これまた気合の入った春花さんの声がわたくしにだけ聞こえ、数歩走り出したところで、わたくしに憑依しました。

 ×   ×   ×

 揚が向かってくる鈴音に銃を向けている。
 その刹那……鈴音は冷酷非情な眼差しでひと睨みする。
 幾多の修羅場をくぐり抜け地獄を見てきた暗く淀んだ闇の住人の眼。
 揚は冷や汗を流し、ヘビに睨まれたカエルのごとく微動だにできずに固まってしまった。
 当然のことかもしれない。ましてや、今の春花はバリバリの戦闘モードだ。
 マフィアの一員と言っても、たかだかその他大勢の揚では、この凄みの効いた睨みをやり過ごすことなど到底できない。
 ひと睨みで揚を制した鈴音は、走って来た勢いのままジャンプし、微動だにできずに固まる揚を飛び越して行った。
 やはり、春花は痛みを感じないようだ。
「おい、ボンクラ共っ! 雑魚は頼んだぞっ!」
 飛び越しながら、叫んでかすかに二人の方を見て微笑む。
 着地すると、さらに紅龍達に向かって加速していく。
「ボンクラ共……か。春花さんが言っているというのは分かるけどさ、はぁ、なんだか鈴音ちゃんがどんどん遠い存在になっていくような気がするなぁ」
「女の子の方が早熟だからな。まあ、実際にどんどん距離は離れていっているけど」
「ああ、本当だな…………って、バカ! 冗談なんか言っている場合か。さあ、頼まれた以上は、あいつは俺達が引き受けようぜっ!」
「おうっ!」
 二人も気合を入れて揚との戦闘態勢に入った。
 揚は、持っていた銃を、二人に向かって発砲する。二人は左右に分かれて荷物の陰に隠れた。
(はて…………? さっきから、何かおかしいなと思っていたのですが、わたくし、今は意識があるのですよ。ここは、わたくしの中……なのかしら? わたくしの隣に春花さんが立っています)
「春花さん?」
「鈴音? 一緒にいられるのか? ひょっとして、意識があるのか?」
「…………みたいですね。わたくしも普通に外の景色が見えていますから」
「そうか」
「これが意識があるって状態なのでしょうか? でも、どうしてでしょう?」
「今までは、あたしが勝手に憑依していたから、拒否されないように無意識のうちに鈴音の意識を消すようにしていたのかもしれないね」
「そうなのかもしれませんわねぇ」
「今は、受け入れOK状態だから、そうする必要なんてないからね。だから、鈴音の意識があるんじゃないのか?」
「……ですわね。これなら、協力できるかもです。わたくしも痛くはないですし」
「ハハッ、一応気功術も使っているからな」
「え、そうなんですの!? 春花さんて色んなことができるんですね」
「自慢じゃないが、殺しの最中に、もしもがあった時用に教え込まれたものだよ。悲しいけどな。しかし、誤算だったな。桃花まで一緒にいるとは……」
「やはり、お二人同時はキツイのですか、春花さんでも?」
「まあね、あたしより劣ると言っても、二人も相当の腕前だからね」
「そうなんですの……」
「桃花は、あとでゆっくりと思っていたけど、この際仕方がないな」
「大丈夫なんですか?」
「こういうことに不測の事態っていうのは付きもんだよ。いるからにはまとめて相手をするだけさ。さあ、お喋りはここまでだ、来るぞっ!」
「はいっ!」
(…………とわたくしも気合を入れて返事はしましたが、実は少し痛いのです。痛み止めが効いているから何とかなってはいますが、長引くとヤバイかも)
 紅龍は一歩前に出て、走って来る鈴音の迎撃態勢に入る。
 まずは小手調べとばかりに、左右の両腕を素早く動かし、昨日の比ではない威力のかまいたちを数本撃った。
 鋭く空気を切り裂く音と共に、数発のかまいたちが襲い掛かってくる。
「はあっ! はっ! はっ! せいやあっ!」
 鈴音は気合と共に左右に素早くステップを踏んで避け、稲妻が貫くかの如く勢いで、鉄球と化した突きを撃ち込んでいく。
 右手に力を入れ、上腕部で受け止めガードする紅龍。
 受けた瞬間、紅龍は脳天まで響く衝撃を受け、数歩後ろに押し込められた。
「ぐうぅっ。相変わらず凄い衝撃だ。だが、昨日のようにはいかないぜ」
 唇を噛んで堪え、呻くように呟くと、機関銃のような速さで、正確な突きを連打で撃ち込み反撃してくる。
「うおおぉぉっ! せいっ、せいっ、せいーっ!」
 豪雨のごとき無数の拳が、速く鋭く襲ってくる。
「はあぁぁっ! うりゃっ、うりゃっ、うりゃーっ!」
 鈴音も負けじと気合を入れて左右の腕を強く素早く動かして、全て叩いて防いでみせた。
「うおりゃあぁぁっ!」
 鈴音は叫んで閃光一閃、鋭く右足で蹴りを撃ち込む。
 同時に紅龍も閃光一閃、右足で蹴りを撃ち込んでくる。
 二人の蹴りは互いの足首で激突し倉庫内に響き渡るほどの衝撃音を発して相打ちとなった。
 この時、脳天まで響くくらいの痛みを伴い、鈴音の足の傷からは少しずつだが血が滲み出始めてきた。
 幸い春花は痛みを感じないので戦いに集中できているようだが、鈴音は気づかれないようにそっと顔を歪めた。
 二人は、すぐさまお互いの構えに戻り不敵な笑みを交わす。
「本当に、とんでもない小娘がいたものね。あの紅龍と互角に殺り合えるなんて。しかも、紅龍の言う通り、どの所作をとっても春花ソックリ」
 この攻防を桃花は瞬きするのも忘れるほど驚愕の表情で見入っている。その頬にタラーッと一筋の光るものを流して。
「一流の殺し屋の俺と殺り合うなんて、お前一体何者なんだ?」
 紅龍は、余裕の笑みを浮かべながらなぜか嬉しそうだ。
 疑問はあるが、強敵を前にして殺し屋として、いや、格闘家としての血が騒ぐのだろう。
「相変わらず余裕のつもりかい? 変わってないねぇ、紅龍。お前も本気を出してないようだけど、こっちもまだまだだよ。そろそろ、マジで殺ってやろうか?」
「なあ、何で俺の名前を知っているんだ? お前本当に何者だっ!?」
 笑みを消し真顔になって叫ぶ紅龍。
「それに中国語もね。アンタ一体誰だい? …………まさか…………!?」
 桃花も不安に駆られ叫んだが、最後は首を横に振りながら二、三歩後ずさりして言葉を飲み込んだ。目を丸くしたまま体の震えが止まらない。
「お笑いだねぇ……。まさか忘れたなんて言わせないよ。あたしはお前達に謀殺された、そう……あの……春花だよっ!」
「「なっ、何いぃっ!」」
 半ば予想はしていたが、二人は目を見開いて叫んだ。
「そ、そんな、バ、バカな! は、春花は、あの時確かに死んだはずよ!」
 桃花は、なおも体を震わせ腰砕けになっている。
「ま、まさか、あ、あの状態で、た、助かるわけがない…………」
 紅龍も顔を引きつらせ、うろたえながら声を絞り出すように呟いている。
 衝撃の事実を告げられ、二人共完全に血流が止まってしまったようだ。
「フ、お前らの言う通り、確かにあたしはあの時死んだよ。でもね、地獄で嫌われたみたいでね、まだこの世にいるのさ」
 不敵な笑みを浮かべ二人を交互に見ながら言った。
「ちっ、じゃ、じゃあ、整形でもして私達へ復讐しにきたとでも言うのかい!」
 叫びながら破れかぶれで持っていた銃を桃花が乱射する。
 乾いた音と共に数発放たれたが、当然通用せず、銃弾はしっかり掴まれている。
「桃花、相変わらずバカだねぇ。あたしには通用しないのは分かっているだろう? 信じられないだろうけど嘘じゃないよ、あたしは紛れもない……春花だよ」
 そう言いながら銃弾を桃花に投げつけた。
 銃弾は桃花の体に当たり床に落ちて乾いた音を発して転がる。桃花は動揺が抜けず避けることはもちろん何も言い返すこともできず、震えている。
「ちいぃっ! よくは分からんが、今度こそ地獄へ送ってやる! そおりゃあぁぁぁっ! はいやっ! せいっ! うりゃあっ! とぉっ!」
 紅龍は沸き上がった恐怖を打ち消すため、大声で叫びながら、強引に体を動かして突きや蹴りを撃ちまくってくる。
 ありとあらゆる打撃音が雷のごとく鳴り響くが、ただガムシャラに撃ち込んでいるだけなので、元来のスピードやパワー、正確さは完全に失われており、難なく叩いて防ぐことができた。
 鈴音は突きを撃ってきた紅龍の腕を取り、恐怖で動けなくなっている桃花へ背負い投げで投げつけた。
「そおりゃあぁっ!」
(これで桃花に何かしらのダメージを与えられれば)
 春花には、このような思惑があって、紅龍を桃花に投げつけたのだ。
 この時鈴音の足の傷はさらに開いてしまったようで、買ったばかりのパンツに血がはっきりと滲んできていた。
 出血が続けば影響も出るだろう……超短期決着が望まれる状況だ。
「うおぉっ!」
 大きな声を発しながら桃花に向かって一直線に飛んで行く紅龍。
「ちょ、ちょっと、きゃああぁっ!」
 桃花は悲鳴を上げたまま、何の手立てもなく下敷きになってしまった。
「「ぐうぅっ」」
 二人は呻きながら、何とか立ち上がる。
「紅龍、冷静になって、二人で同時に攻撃しよう。所詮相手は一人だ。理由なんて、もうどうでもいい。あいつが春花である以上は協力しないと、こっちが殺られるよ」
「ああ、そうしよう」
 紅龍は膝に手を当てて立ち上がりながら賛同する。
 二人は鈴音を挟むように陣取り呼吸を整えていく。
「あら、何が始まるのかしら? これって、もしかしてピンチってやつ」
「ピンチもピンチ、大ピンチだよ。ちっ、桃花の奴め、無意識のうちに上手く避けたか。ダメージは負っていないようだな、仕方がない」
 春花は思惑が外れ舌打ちして覚悟を決めたようだ。
 やはり、桃花も春花達同様にあの地獄の特訓を受けて育っている身、当然一筋縄ではいかない。
 一息つかないうちに、紅龍と桃花は目で合図して一斉攻撃を仕掛けてきた。
 紅龍が、主に上半身を、桃花が下半身を狙って突きや蹴りを撃ち込んでくる。
 手足が鋭く空気を切り裂く音と共に無数の打撃が襲ってきた。
 鈴音は、攻撃を捌きながら、桃花の方へ移動して行く。この位置取りなら当然、紅龍の攻撃を避けたり、受け流したりすれば、それは桃花に当たる。
「ふん、さすがは春花。この状況でも冷静だねぇ」
 桃花は予想通りと言わんばかりに距離を測って上手く避けている。
「ま、同じ釜の飯を食った仲だからね。そのくらいはできて当然か」
 春花は思わず静かに呟きながら、二人の同時攻撃を避けている。
 鈴音達も二人で見ているので、見えてはいるのだが、如何せんスピードが追いつかない。
 両腕両足でガードしたり、体を上下左右に素早く動かしながら何とか耐えている。その姿はまるで、ダンスでも踊っているかのようだ。
「ふ、春花! さすがと言ってやりたいが、この、地獄のダンスッ! 果たしていつまで持つかな? 昨日みたいにはいかないぜ!」
「ハハハッ! 本当、春花! ぶざまな姿だねぇ!」
 余裕で笑う桃花。
 確かに昨日は奇襲で何とか突破口を見い出せたが、今日は、そうはいかないようだ。
 自分より腕は劣ると言っても一流の殺し屋二人同時の相手。
 やはり、並大抵のことではない。
 この防御の中、春花は傷口が開いて血が出ているのに気づいた。
「んっ……!? ちぃ、やはり衝撃で傷口が開いちまったか? 鈴音、大丈夫なのか?」
「ええ……まだ大丈夫ですわ! どうか、気になさらずに」
「そ、そうか。くっ、でも、急がないとヤバイな。やはりさっきの攻撃で桃花だけでも何とかできていれば」
「は、春花さん……」
 鈴音は気にしないようにと言ったが、痛みも出てきており、心なしか気が遠くなりつつある。

 ×   ×   ×

 鈴音達が苦戦している一方で大道寺達も揚の銃撃に手を焼いていた。
「おい、松岡! あいつ、反対の手に何か持っているぞ!」
「ああ。……あれは爆弾だな」
「何で爆弾だって分かるんだよ!?」
「だって、ドクロマークが書いてあるじゃないか。あのマークが書いてあるものは大抵爆弾か毒薬って相場が決まっているだろう」
「確かに言われてみれば書いてあるけど……そういうものなのか?」
「ああ。まあ、いわゆるユニバーサルデザインってやつだな。万国共通、誰もが分かりやすくさ」
「ユニバーサルデザインって……使い方が違うんじゃないか?」
「フ、俺のような頭脳明晰な男の思考回路はお前のような凡人には理解できないだろうな。フフフ」
「笑っている場合じゃないだろう? あれが爆弾なら相当ヤバイんじゃないか?」
「ああ」
「どうする、松岡?」
「参ったな、こっちは丸腰だからなぁ。よし、こうしよう。お前が奴を引きつけろ。俺はその隙に奴の後ろを取るから」
「ああ…………って、それじゃ、俺の方が危険じゃないかっ! 普通は言い出しっぺが危険な方を担うもんだろう?」
「えっ、バレちゃった?」
「当たり前だ! 勢いのまま乗せられるとでも思ったか?」
「分かったよ、分かった。俺が引きつけるから、あとは頼んだぞ」
「おお。……松岡……何か言い残すことはないか?」
「ん……そうだな…………。鈴音ちゃんに愛していたと伝えてくれ……って何を言わすんだぁ! おかしいだろう? こういう時、普通は気をつけろよとか、励ましの言葉をかけるだろう? お前親友だろう?」
「親友だからこそ、これから特攻するお前に心残りがないように親切で言ってやっているんじゃないか……そうだろう?」
「何、調子のいいこと言っているんだよ、ったく!」
「まあ、そう言うな。それより……いいか、松岡……お前が当たってもいいから俺には当たらないようにしろよ。鈴音のことは俺にまかせればいいから」
「ああっ!? 鈴音ちゃんは俺にまかせればだぁ? 誰がお前なんかにまかせるか。ええいっ、こうなったら意地でも生き延びてやるっ!」
「フ、やっといつものお前らしくなってきたな。その調子で頼むぜ」
「大道寺………………そうか、お前、わざとそんなことを言って俺を……って、お前言いながら段々と後ろに下がっていっているじゃねえか!? 畜生っ、一瞬でもお前を見直した俺がバカだったぜっ!」
「まあ、松岡君、なんでもいいから健闘を祈るよ」
「ったく、こうなりゃ破れかぶれだぁっ! 銃でも爆弾でもなんでも来いってんだっ! おいっ、こっちだっ!」
 松岡は勢いよく荷物の陰から飛び出して叫び、揚の気を引いた。
 揚は急いで銃を連射し、小型爆弾を投げつけて応戦する。
 爆弾といっても床に当たって一瞬火が出る程度の爆竹のようなものだ。
 その程度の物なので直撃さえしなければヤケドも負わずに済んだ。
 松岡は素早く前転しながら動いて、銃弾と爆弾を避け再び荷物の陰に身を隠した。
「見たか! これぞ、松岡家秘伝の『回転風車斬り』だ!」
「おお、出た必殺の『回転風車斬り』! 素早く回転して相手を翻弄し倒す技……って、訳も分からず解説しちまったけどよ、ただ避けただけで名前と行動が全くかみ合ってねえじゃねえか。ったく、しょうがねえな」
「とりあえず、銃と爆弾は撃ち尽くしただろう。あとは頼んだぞっ、大道寺っ!」
「おおっ! こうなりゃ、俺も破れかぶれだ。本当に丸腰になったのかは分からねえけど、俺もやってやるぜぃ。やあぁっ!」
 大道寺は大声で威嚇しながら一気に飛び掛かり、慌てて抵抗しようとする揚の襟と袖を素早く掴み投げの態勢に入った。
「そおりゃあっ! 必殺『回転だるま落とし』―っ!」
 勢いのまま訳の分からない技の名前を叫びながら一本背負いで投げ飛ばした。
「おおっ、出た、必殺『回転だるま落とし』! 素早く相手の襟と袖を掴んで背中越しに投げる必殺技……って、お前だって、ただの一本背負いじゃねえか。思わず真面目に解説しちまったぜ…………フ、でも、決まったな」
 投げられた揚は受け身も取れずに頭から木箱に突っ込んでいき、グキッという音を立て、口から血を出しながら、そのままの姿勢でピクリとも動かなくなった。
「正当防衛だ。悪く思うなよ」
 大道寺は松岡に向かって親指を立てながら微笑んで呟いた。
 揚を倒した二人が急いで鈴音達の方に目を向けると、紅龍と桃花に囲まれて波状攻撃を受けている姿が飛び込んできた。
「二対一の上に傷口から出血しちまっているぜ」
「ああ。鈴音達大丈夫かよ」
 二人は唇を噛みながら心配そうに呟いている。
 二人も加勢したかったが、相手は一流の殺し屋達、丸腰の自分達ではかえって邪魔になると考え参戦を控えていた。

 ×   ×   ×

「春花さん、もうかなりの時間これを続けていますけど、本当に打開策はないんですの? ひょっとして、必殺光線かなんかがあったりして」
「テレビじゃあるまいし、そんなのあるわけないだろう。第一あれば、とっくに出しているよ。ないから困っているんじゃないか」
「はは…………やっぱり、ないですか」
「ああ、残念だけどな」
「…………」
「まあ、そう落ち込むなよ。原始的だけど、こういう時はとにかく基本に戻るんだ。二人の癖を思い出すよ」
 春花は手や足、体全体を駆使して防御しながら考えている。
 この波状攻撃。見た目以上に激しく、鈴音の体は相当な衝撃を受けている。しかも、血が吹き飛んでおり、かなり動きが鈍くなっていた。
「頼む……鈴音の体…………持ってくれよ…………」
 春花は祈りながら考えている。
 そんな時、桃花の攻撃を手ではらったその刹那、桃花がかすかにバランスを崩したのが見えた。
「よっしゃあぁっ!」
 叫びながら桃花に体当たりして紅龍との距離を遠ざけて波状攻撃を中断させることに成功した。
「ナイス、鈴音っ! 攻撃を止めたぞっ!」
「でも、止めただけじゃあ……」
 大道寺は喜び叫んだが、松岡はなおも心配そうに呟いた。
「桃花、しっかりしろっ! もう一度だっ!」
 冷静な紅龍。
 悔しいが、さすがはプロの殺し屋、経験豊富だ。
「分かっているよっ! ぶっ殺してやるっ!」
 桃花は、もうすっかり殺し屋の顔に戻っている。
 春花は挟み撃ちを避けようと距離を測ったが、さすがに相手も分かっている。そうはさせまいと、簡単に都合のいいポジションは取らせてくれない。
 二人はすぐに態勢を整え再び波状攻撃を仕掛けてきた。
 相変わらず、流血は続いている。
「春花、さっさと成仏しなっ!」
「もうそろそろ限界だろう? ケリをつけてやるぜっ!」
 二人は、なお一層攻撃のスピードとパワーを強めていく。
 突きや蹴りが、より勢いを増して、嵐のように襲い掛かってくるので防ぎきれなくなってきた。
 色々な角度から、まさに雨霰のごとく降り注いでくる。
 攻撃している紅龍と桃花の般若のごとき鬼気迫る表情は、目の前で必死に応戦している鈴音の様子をあざ笑い楽しむ、まさに殺し屋の顔。
「ちっ、何て顔してやがるんだ」
「ああ、殺しを楽しんでやがる。人間じゃねえ、あれはただの鬼畜だ」
 大道寺達も忌々しそうに呟いていた。
 鈴音は手や足、顔といった体全体を、それでもなお必死に動かして対応している。
 パンツの裾を真赤に染めながら……。

017 絶体絶命! その時、鈴音は…………

 当然だが、疲れも溜まってくるのに加え出血の影響も受けているため、跳ね返すパワーも衰え、受け止める時の筋肉の張りも鈍り、衝撃はかさみ体への負担は増していく。
 急激に体の動きが鈍くなってきた。
「ま、まずいな。これ以上は鈴音の体が持たない」
 春花は気遣いながら防御を続けている。
 大道寺と松岡も何とかしたかったが、手を出せないまま……。
「や、やばいんじゃないか。明らかに押されてきているぜ」
「しゅ……出血がひどすぎる。あ、あれじゃあ……す……鈴音ちゃん…………」
「これ以上、黙って見ているだけなんてできるかよっ! 鈴音ぇーっ!」
 大道寺は思わず紅龍に向かって走り出してしまった。
「待て、大道寺っ! 鈴音ちゃんを信じるんだっ!」
 松岡は、そう叫びながら大道寺の腕を掴んで制止する。
「バカッ、止めるなっ!」
「バカはお前だっ! 俺だって同じ気持ちだよっ!」
「だったら、何で止めるんだよっ!」
「何でって、鈴音ちゃんを信じるんだ」
「信じるって言ったって」
「なあ、大道寺、こんなことに巻き込んだ張本人の俺が言っても説得力がないかもしれないけどよ、鈴音ちゃんの『強さ』、いや『笑顔』の力を信じようぜ」
「『笑顔』の力?」
「ああ、そうだ。『笑顔』の力だ。あの子の『笑顔』は、決してうわべのものなんかじゃない。しっかりとした『強さ』に基づいたものだ。必ずこのピンチも何とかしてくれるさ」
「松岡……」
「俺は、そう信じるぜ。絶対に切り抜けてくれるさ。春花さんが鈴音ちゃんに憑依したのも偶然なんかじゃないはずだ。そこには、きっと、ちゃんとした理由があったはずだ。鈴音ちゃんだからこそ憑依したのさ」
「…………」
「そう思わないか、大道寺?」
「……ああ、そうだな。鈴音は、ちょっとやそっとのことでへこたれるような子じゃなかったな。まったく、俺としたことが」
「その通りだぜ、大道寺。大丈夫だ、鈴音ちゃんなら、きっと……」
「そうだな、鈴音なら、きっと何とかしてくれるな」
「ああ、信じようぜ、鈴音ちゃんを」
「そうだな」
 二人は、そう言って苦戦している鈴音を見守った。
 紅龍と桃花の波状攻撃は一層激しさを増し、段々と春花の闘志も萎えてきている。
(これ以上この子を巻き込むわけにはいかない…………。でも、どうすれば…………)
 春花は、攻撃を受け止めながら、ひたすら、鈴音の身だけを案じていたが、桃花の突きが顔面に撃ち込まれる。
「ぐうぅっ」
 唇を噛みながら必死に耐える。
 今度は紅龍の蹴りが腹に撃ち込まれた。
「ぐはぁっ」
 口からは血が噴き出てくる。
「ちいぃっ! ど、どうすれば。最初に桃花にダメージを与えられなかったのが響いたね…………まったく。な、何とか鈴音だけでも。この子は、これからもたくさんの人を笑顔にできる人間だ。こんなところで…………」
「春花さんだって笑顔にできる人ですよ。ご心配いりません、わたくしの体なら大丈夫ですわ。お母様が丈夫に育てて下さいましたから」
「バカ、大丈夫なわけないだろう。けど…………ありがとうよ…………本当にアンタは強いな」
 嵐のような波状攻撃が続く中、意識が遠のきながら、お互いを気遣う鈴音と春花。
 その嵐の中、春花の闘志がどんどんと衰えていく。
「くっ…………なんとかと思ったけど……やはり、二人相手は難しかったか」
(ああ…………せっかく意識があるのに、何もできないのかしら…………何も)
 鈴音の気力もすっかり萎えてしまい、笑顔は消えている。
「あきらめてはダメ…………頑張らなきゃ…………」
 絞り出すように呟く鈴音の脳裏にふと、今朝港で見たあの親子の笑顔が思い出された。
 笑顔で会話をしていたあの光景だ。
 その時。
 突然、その親子が鈴音の父と妹の鈴代に見えた。
 驚き何度も見直す鈴音。
 しかし、そこに見えるのは正真正銘の父と鈴代だった。
「お父様、鈴代ちゃん」
 目を丸くして驚く鈴音に、二人は笑顔で話しかけてくる。
「お姉ちゃん、どうしたの? こんな時こそ笑顔よ」
「そうだよ、鈴音。笑顔はどうしたんだい?」
「え、でも今はそんな余裕が……」
「鈴音。あの時のお父さんの言葉を思い出してごらん」
「あの時の…………」
「そうだよ。あの時お父さんはこう言ったね。『自分が辛い時に他人と一緒に悲しむのは簡単だ。でもね、とても難しいことなんだけど、たとえ自分が辛い時でも、他人に幸福が訪れた時には一緒に笑ったり、喜んだりできる、相手が悩んだり、苦しんでいる時には、笑顔で励ますことのできる、そういう人間になりたいと思っているんだ』とね」
「ええ、よく覚えていますわ。わたくし達も、そうなりたいと一緒に宣言したのを覚えています。ですから、あれ以来、意識して笑顔を大切にしています」
「……だったら、今が、その時じゃないのかな。友達が苦しんでいる今こそ笑顔で励ましてあげなきゃ。たとえ自分がどんなに辛くても」
「友達が……」
「そうだよ、春花さんは鈴音にとって大事な友達じゃないのかい?」
「ええ、そうです、今や大事な友達、大親友ですわ」
「だったら、その大親友が苦しんでいる今こそ、鈴音の今できることをやってあげる時じゃないのかな」
「わたくしの今できること……」
「そう。自分の目の前のできることをコツコツと積み重ねる……それが鈴音のモットーだったんじゃないのかい?」
「それはそうですが……」
「自分が苦しい時でも笑顔を届ける……そうだろう? とても難しいことだけど、鈴音にならできるよ」
「そうだよ、お姉ちゃん。春花さんが苦しんでいる今こそ、お姉ちゃんの笑顔で元気をあげなきゃ」
「鈴代の言う通りだよ。鈴音なら、きっとできるよ。だって、鈴音は本当の『強さ』を知っているんだから」
「お父様」
「大丈夫。お姉ちゃんの笑顔は、どんな時でも、みんなを元気にできるんだから。私が保証するよ」
「鈴代ちゃん」
 二人はやさしく笑顔で頷く。
(そうだわ。二人はもっと辛くて苦しかったはず。それでも最後まで笑顔でいてくれた。わたくし達に元気を、希望をくれた。そうよ、わたくしも負けてなんかいられないわ。自分の今できることーー春花さんに笑顔を届けることーーを精一杯やらなきゃ)
「分かりましたわ、わたくしやってみます。お父様、鈴代ちゃん、ありがとう」
 鈴音も満面の笑顔でお礼を言う。
 やがて、二人はフッと消えてしまった。でも、鈴音は少しも寂しくはなかった。なぜなら、二人がいつも、そばで見守ってくれていることが分かったのだから。
 二人の励ましで鈴音に笑顔が戻った。
 鈴音は隣にいる春花に笑顔で話しかける。
「春花さん、あきらめないで。あなたは本当に強いんですから」
「何だよ藪から棒に。強いのはアンタの方だろ。こんな時でも笑顔でいられるんだから」
「だって、怖くなんてありませんもの。春花さんが一緒ですから」
「そう言ってくれるのはありがたいけど…………やっぱり、あたしは闇の存在、光になんてなれなかった…………ゴメンよ」
「何を仰っているのですか! まだ終わってはいませんわ。ここからですよ、ここから!」
「そんなこと言ったって…………あたしには、もう……こいつらと戦う力が…………」
「ご自分を信じて下さい」
「でも…………」
「大丈夫です。ご自分を信じるんです。そして、わたくしも…………」
「ああ、そうだな……」
「春花さん、あなたはわたくしにとって大切な光なのですよ。あなたにとっても、わたくしはそうではありませんか?」
「えっ…………」
「春花さん、今のあなたにはわたくしという強―い味方がついているじゃないですか。フフッ、わたくしという光を得たあなたは、もう一人じゃないんですよ」
「…………」
「ねっ、そうじゃありません?」
「…………フ、そうだったね。あたしは、何てバカなんだろう。一番近くに、こんなに強い味方がいたことに気づかないなんてさ」
「そうですよ、春花さん」
「あたしは、今までずっと一人の力で戦ってきたと思っていた。でも、それは三か月前までだ。あの時からは、あたしは、ずっと鈴音と一緒に戦っていたんだ。この三ヶ月の間、戦いの中で何度か危険を察知した、あの感じは、無意識のはずの鈴音が教えてくれていたんだな、きっと」
「ええ」
「あたしが自分の持っている以上の力を出せていたのは、鈴音が一緒だったからだ。参ったね、助けていたとばかり思っていたけど、本当はあたしの方が助けてもらっていたんだね」
「そう言っていただけると嬉しいですわ」
「自分より強い鈴音を守るなんて、ただのあたしの自惚れだったね」
「そんなことはありませんわ。さあ、今度も一緒に戦いましょう」
「ああ。あたしには、アンタという光がいるんだ。こんな奴らになんて負けるはずがないよな」
「ええ、もちろんですとも。わたくしにも春花さんという光がいるのですから」
「ようし、鈴音の笑顔で、元気が出て来たぞ」
「そう、それでこそ春花さんですよ。さあ、もうひと踏ん張り、二人の心を一つに」
「ああ」
 鈴音達は、お互いを見つめて頷き、笑顔でお互いの手を差し出した。
「春花さん…………」
「鈴音…………」
 お互いの名前を呟き二人が手を握ったその刹那…………。
 ついに二人の心が一つになった。
 春花に憑依されている鈴音の体は、パーッと光に包まれ外見が鈴音から春花へとチェンジしていく。
 それと同時に今まで感じたことのない力が体の奥底からみなぎってきた。
 体の内側から何かエネルギーのようなものがこみ上げてくる。
「うおぉぉーっ!」
 そのこみ上げてくる衝動を抑えきれない春花が天を仰ぎ見両手を広げ咆哮する。
 その咆哮の振動と共に春花の体から、七、八十キログラムのものでも動かせるほどの爆風のような風圧が波紋となって倉庫内に広がり、倉庫が地震でも起きたかのように揺れ動いた。
「「なっ? なんだ!? ひ、光ったと思ったら、いきなり春花が現れたぞ!?」」
 春花の体から放たれたその風圧で紅龍と桃花は、思わず後に引きずられながら、顔を強張らせ驚愕の叫び声を上げた。
「「一体何が起きたんだ!?」」
 大道寺達もその振動を浴びながら、目を丸くして驚いている。
「す、鈴音ちゃんだっ! きっと、鈴音ちゃんが何とかしたんだっ!」
「そ、そうだなっ! 鈴音が、鈴音が何とかしたんだなっ!」
 大道寺達は期待を込めて叫んだ。
 春花の咆哮が終わると、やがて光は消えていく。
「「す、凄い……。体中から力が溢れてくる」」
 春花は味わったことのない感覚に驚愕し、呟きながら手や足を見ていた。
 傷口からの出血も止まっている。
 春花が驚いている隙に、我に返った紅龍と桃花が波状攻撃を仕掛けてきた。
「この、くたばりぞこないがぁ! いい加減にしろ!」
 鬼の形相の桃花が、目を見開き叫びながら、素早く空気を切り裂いて突きを撃ち込んでくる。
「何でもいいから、そろそろ仕留めるぞ、桃花!」
 紅龍も鋭く重い蹴りを撃ち込んできた。
 その刹那、二人の前から春花の姿は消えた。いや、正確には消えたように見えた……だ。
 春花は光速を超えた超神速で動いたのだ。
「「なっ、ど、どこに!?」」
 顔を強張らせたままあたりを見回すと、突然紅龍の前に消えたはずの春花が現れた。
「忘れたわけじゃないだろう。『春花が舞う時、死体という名の花が咲く』って恐れられていたことを」
「…………っ!?」
「さあ、死体という名の花にしてやるよ!」
 紅龍が驚きのあまり声を出せずにいると、春花は鼻で笑い、目に見えないスピードとヘビー級のプロボクサー以上のパワーで攻撃を加え吹き飛ばした。
 突きなのか蹴りなのかも見分けがつかないくらいのスピードだ。
 ただただ鋭い衝撃音だけが響き渡った。
「アンタ達の動きなんてスロー過ぎてあくびがでるわ」
 紅龍を見下ろしながら春花は、不敵な笑みを浮かべている。
 鈴音と春花に真の友情が生まれた時、まさに、二人の魂が一つに融合し、究極の無敵女子『ハイパー鈴音』へとバージョンアップしたのだ。
 この『ハイパー鈴音』は、本来人間が秘めている潜在能力というものを百パーセント引き出せるため、スピード、パワーが常人をはるかに上回る、まさに無敵の超人なのだ。
「うおぉっ! なんか分からないけど凄えことを起こしやがったぜ! やっぱり、鈴音の『強さ』、いや『笑顔』は本物だぜぇ!」
「よっしゃあぁ! 圧倒的な強さだ。この土壇場で奇跡の大逆転だぁ! やっぱり、鈴音ちゃんは何とかしてくれたぜぇ! それにしても、あれが春花さんかよ……凄え、美人だな。俺、惚れちゃうかも!?」
 目の前で起こった奇跡に大道寺と松岡は飛び上がって喜んでいる。
 二人の頭の中には、子供の頃見たヒーローの勝利のテーマが鳴り響き始めていた。
「ちっくしょぉーっ!」
 目の前の春花に恐怖を抱いた紅龍は飛び起きて、叫びながら恐怖を打ち消そうと必死でかまいたちを放った。
「バカの一つ覚えが、今のあたしにはアンタ達の攻撃なんて通用しないよ。なんてったって、今のあたしには本当の親友(とも)がついているからね。覚悟しな、この、天然なすびがぁっ!」
 春花は叫ぶなり、またしても超神速のスピードで全てかわしてしまう。
 テレポーテーションでもしたかのようなスピードで影すら見えないほどだ。
「そおりゃあぁぁっ!」
 突然紅龍の前に現れたと思ったら、超神速のスピードで突きと蹴りを繰り出す。
 紅龍は避けることはもちろん受けることもできずに全て撃ち込まれてしまう。
「ぐはあぁぁーっ!」
 口から血を噴き出し、うしろの壁に叩きつけられてしまった。
「ぬうぅ……」
 呻き声を上げながら腰から崩れ落ちる紅龍。
「トドメは待ってやるから、そこで念仏でも唱えているんだね」
 春花は言い捨てると、ゆっくりと振り返り桃花に近づいていく。
「どうしたんだい、ボスさん? 震えているじゃないか。こうなると、大好きなお金も役には立たないねぇ」
 恐怖と悔しさで全身を震わせる桃花。
「ちょ、調子に乗るんじゃないよ! このバケモンがぁっ! 死体という名の花になんてされてたまるかぁっ!」
 叫ぶなり鋭い突きを撃ち込んでくる。
 春花は難なく掌で簡単に受け止めて握りつぶしていく。
「ぎぃやあぁーっ!」
 桃花はあまりの激痛に悲鳴を上げて苦しんでいる。
 春花が拳を離すと、潰れて血まみれになった拳に手を添えながら苦悶の表情で悶えていた。
 桃花が下唇を噛んで睨みながら顔を上げた瞬間、突きと蹴りが超神速のスピードで撃ち込まれる。
「ぐぼおぉぉっ!」
 桃花は、たまらず口から血を噴き出しながら吹き飛び、床に叩きつけられ転がった。
 この時すでに虫の息だった桃花だが、執念だろうか、膝に手を当てて起き上がってくる。
「ち……、ちっく……しょ……お……」
 口から血を垂れ流し、鬼の形相で春花を睨みつけている。
「凄い執念だな。それだけは認めてやるよ」
 春花は哀れな者を見る目でそっと呟いた。
 その時、子供の時からのことが走馬灯のように思い出され涙が溢れてきた。
「フ…………あたしとしたことが」
 呟き目を閉じる春花。
 涙が頬をつたう。
 ほんの数秒の間に、共に過ごした思い出が脳裏にフラッシュバックされた。
 その刹那、思わず心が揺らぐ。
 しかし、意を決し春花は目をカッと開いて叫んだ。
「この強欲の塊がぁっ! 地獄で金勘定でもしなっ!」
 涙を、いや思い出を断ち切るかのように蹴りを閃光一閃、首に撃ち込んだ。
「ぴぎゃっ!」
 骨の折れる音と共に、悲鳴とも何とも言えない言葉を発して桃花は倒れ動かなくなった。
 倒れた桃花を見下ろす春花。
 涙は止まらない。
 振り返って、一度涙を拭い紅龍に近づいて行く。
「念仏は唱え終わったかい? 地獄でボスと桃花が待っているよ」
 春花は目から涙を流しながら、静かに問いかけた。
 フラフラと立ち上がった紅龍の腹に突きを撃ち込む。
「ぐほぉっ……」
 みぞおちに撃ち込まれたため、紅龍は背中を丸め、呼吸困難となり口から血を出しながら声も出せずに苦悶の表情で悶えている。
「さあ、トドメだよ……」
 春花は涙を拭い、腰を下ろして蹴りを撃ち込む準備をした。
「お待ちになって、春花さん! よろしいんですの?」
 そんな春花に向かって鈴音は思わず叫ぶ。
「よろしいもよろしくないも。別に…………」
 鈴音の問いかけに戸惑いながら春花は、口ごもってしまった。
 涙は流れ続けている。
「ですが、春花さん、紅龍さんは…………」
 言いかけたが鈴音も途中で口をつぐんだ。
 春花は鼻で笑って言う。
「鈴音、アンタ気づいていたのかい? あたしの気持ち」
「それは、わたくしも女ですから。だからこそ、昨日ここぞの時に一瞬ためらわれたのでしょう? 昨日は、その気持ちがわたくしとの憑依の障害となりチェンジが解けてしまったんですわ、きっと」
「ああ、アンタの言う通りだ。…………でも、大丈夫だよ、心配しなくて。今はこいつが生きていることの方があたしにはツライ現実なんだからさ」
「…………分かりましたわ、春花さんのお気持ち」
「ありがとう…………鈴音…………」
 呟くと再び涙を拭い、一気に力を込め直し蹴りを撃ち込もうとする春花。
 その時。
「うおおぉぉっ!」
 瀕死の重傷だった紅龍は最後の力を振り絞り、積んであった荷物を破れかぶれでどんどん投げつけてきた。
「ちっ、往生際が悪いねぇっ!」
 春花は飛んでくる袋を蹴りで軽く蹴散らす。
 袋の中身は辺りに散らばり、コーヒー豆やトウモロコシが飛び出てきた。
 春花の蹴りの威力が凄まじいため、コーヒー豆やトウモロコシは割れ、中に隠されていた麻薬も飛び散っている。
 そのため春花達の周りには白い粉末が立ち込めていた。
「タダでは死なねえぞ。春花…………今度こそ地獄に叩き落してやる。てめえも一緒に死体という花になれ」
 紅龍はニヤッと笑いポケットからライターを取り出す。
「しまった! 粉塵爆発か…………!」
 叫ぶなり春花は急いで駆け出す。
「今度こそ地獄に落ちやがれ」
 紅龍は、ニヤリと笑い、そう呟くとライターの火をつける。
 ドッカーンッ!!
 火は瞬く間に舞っている粉に引火して大爆発が起きた。
「え、な、なに? は、春花さんっ…………!」
 鈴音は何が起こったのか分からず驚いて尋ねる。
 さすがの超神速でも瞬時に迫りくる爆風には巻き込まれようとしていた。
「鈴音…………色々とありがとうな。今分かったよ。人間(ひと)にとって、光っていうのは、信じ合える友達、信じ合える仲間のことなんだな。人と人とのつながりって温かくていいな」
「えっ、ええ……」
「鈴音……ずっと闇の中でもがいていた、あたしに光をくれてありがとう。アンタこそあたしの希望の光だよ。本当の強さと優しさを持っている…………希望の光だよ」
「春花さん……」
「たった三ヶ月だったけどアンタの笑顔から沢山元気をもらったよ、ありがとう。あのボンクラ二人にもよろしく伝えてくれ」
「えっ、ちょ、ちょっと…………」
「できれば……生きているうちに会いたかったな…………じゃあな…………」
 春花は爆風が迫る中、超神速で走りながら突然そう告げてくる。
「そ、そんな、は、春花さーんっ!」
 鈴音は隣を見てそう叫ぶのが精一杯だった。
 疾走する春花の背中には真っ白な爆風が迫ってきている。

  ×   ×   ×

 言い終わると、ニコッと微笑んで、いきなり春花さんはわたくしとのチェンジを解き、わたくしの体から離れます。
 外見が春花さんからわたくしへと戻りました。
「ぐうおおぉぉーっ!」
 離れ際に、気合を入れて叫びながらわたくしの体を大道寺さん達の方へと突き飛ばします。
「きゃああぁぁっ!」
 わたくしは何が起こっているのか分からず叫ぶことしかできませんでした。
 春花さんはどんどん遠ざかって行ってしまいます。
 魂だけのはずの春花さんの思いが通じたのでしょうか、この土壇場でまたも奇跡が起きました。
 なんと、魂だけのはずの春花さんが、生きている生身のわたくしに触れることができたのです。
 さらにまたまた奇跡が起きました。
「おい、二人共ぉっ! 鈴音を庇って伏せろぉーっ!」
 わたくしにしか聞こえないはずの春花さんの声が大道寺さん達にも聞こえたのです。
 当然爆風は大道寺さん達にも迫っています。
 わたくしを突き飛ばした春花さんは急いで振り向きます。
「奇跡よ、起こってくれーっ!」
 叫びながら迫りくる爆風に向かって両手を広げ仁王立ちし、少しでもわたくし達への爆風の到達を防ごうとしてくれました。
 春花さんの思いが通じたのでしょうね、ほんの一瞬……爆風の到達は遅くなりました。
「な、なんだ?」
 その隙に大道寺さんは、いきなり聞こえた声に訳も分からずつられるまま、爆風が迫る中で突き飛ばされてきたわたくしを抱きかかえて伏せることができました。
 松岡さんも瞬時に伏せました。
 二人が伏せた途端、体の上を触れたら大やけどをするくらいの熱風が通り抜けて行きます。
 これは、紅龍さんがライターに火をつけてから、わずか一秒にも満たない間の出来事でした。
 しばらくして爆風が収まったところで大道寺さんと松岡さんは起き上がりました。
 大道寺さんは腕の中で目を瞑ったままのわたくしを揺すり叫びます。
「お、おい、鈴音!? しっかりしろ! 返事をしてくれ!」
「あっ、だ、大道寺さん……。ご無事でしたか……良かったぁ……」
 わたくしは、ソーッと目を開き、そう言っただけで気を失ったかのように脱力してしまいました。
「鈴音ちゃん、大丈夫か?」
 松岡さんも急いで近寄り声をかけてくれます。
 わたくしは頷くと寝息を立てて眠ってしまいました。
「ごくろうさん。いつも以上に疲れただろう? さあ、帰ろう」
 大道寺さんはそう言うとお姫様抱っこをしてくれました。
 改めて倉庫内を見ると、奥では紅龍さんと桃花さん、手前では揚さんの死体が、それぞれ転がっていました。
 荷物から飛び出た品物や麻薬も散乱しています。
 大道寺さんは扉に向かいながら松岡さんに微笑んで言いました。
「松岡、ここから先は頼んだぞ」
「ああ、任せてくれ。上手くやるさ。とりあえず、鈴音ちゃんをおやっさん紹介の医者の所に連れて行こう」
「ああ、そうだな」
 松岡さんは扉を開けながら先に外に出ます。道中の車内では、わたくしは熟睡したままでした。

018 ようこそ、『小料理鈴代』へ

 五日後の金曜午後六時。
 大道寺さんと松岡さんは『小料理鈴代』に向かっていました。
 引き戸を開けますと、エプロン姿のわたくしが元気よく笑顔でお迎えします。
「いらっしゃいませ!」
 大道寺さん達も笑顔で応え、いつも通りカウンター席に座ります。
「とりあえず、最初はビールでよろしいですか?」
「ああ、とりあえず一本頼む」
 わたくしはお箸とおしぼりを置きながら確認します。
 冷蔵庫からビールを取り出し栓を開けて、グラス二つとお通しと一緒に持っていきました。
「お料理は何になさいますか? 今日はマグロのお刺身がオススメですわ」
「じゃあ、それと、串焼きを……そうだな十本適当にもらおうかな。大道寺は?」
「ああ……あと、もつ煮込み。とりあえず、それでいいや」
 いつも通り肉料理中心に注文されます。
「かしこまりました!」
 わたくしは微笑んで、カウンターの向こうのお母様に向かって、いつものように大声で叫びます。
「カウンター二名様、いつも通り適当で!」
「はーい!」
 元気よく笑顔で返事をするお母様。
「はは、結局、いつも通りかよ。鈴音にしちゃ珍しくオーダーなんて聞くから、アレって思ったけど」
 大道寺さんはズッコケた後で笑いながら言いました。
「ぼやくな、ぼやくな、これぞ『小料理鈴代』さ」
 松岡さんは笑いながら、ビールを大道寺さんのグラスに注いでいます。
 わたくしはペロッと舌を出して、その光景を見ていました。
 しばらくすると、お料理が出来上がりお持ちします。
 何だかんだ言って、マグロの刺身、串焼き十本、もつの煮込みが並びました。加えて、里芋の煮っころがしとトマトと大根のサラダが並べられます。
「お二人共、お母様のご配慮です。野菜もバランス良くお摂り下さい」
 お二人は微笑みながら頷いています。
 ここで、わたくしはいつも通りおねだりをします。
「あのう……わたくしもマグロのお刺身いただいてよろしいでしょうか?」
「ああ、いつも通りつけときな」
 大道寺さんは笑顔で応え冷酒をオーダーされました。
「ありがとうございます。銘柄は何になさいますか?」
「鈴音ちゃんに任せるよ」
 松岡さんはいつも通りと言った様子でお任せになります。大道寺さんも頷いています。
「あと、オレンジジュースを妹さんに。それと同じ冷酒をお父さんに。俺達から」
 大道寺さんが追加でそう言われます。
 松岡さんもニコッと頷いております。
「お気遣いいただきありがとうございます。二人共喜びますわ」
 深々と頭を下げた後、カウンター内の冷蔵庫へ取りに行きました。
 準備しながら、わたくしは、お母様に伝えます。
「そう。二人共喜ぶわね。じゃあ、冷酒はお母さんがお持ちするから、鈴音は先にまかない食べちゃって」
「はい」
 わたくしは頷いてから冷酒をお母様にお渡しします。
 わたくしから冷酒を受け取ると、お母様はカウンターのお二人のところへ向かいました。
 お母様も笑顔でお二人に向かって深々と頭を下げお礼を言っていました。
「お気遣い、ありがとうございます」
 大道寺さん達は頭を掻きながら笑顔で照れています。
 わたくしは、オレンジジュースと日本酒、まかないの食事を持って自宅の台所に向かいました。
 台所の隣の部屋の仏壇にジュースと日本酒をお供えします。
「大道寺さんと松岡さんからですよ。ゆっくり、召し上がれ」
 ニコッと笑顔で微笑んで、しばらく二人の写真を見ていました。
「そうそう、二人共、春花さんのこと、よろしくお願いしますね。とても恥ずかしがり屋さんですから、話しかけてあげて下さい。優しくて強い、わたくしの大親友ですから、仲良くしてあげて下さい」
 昨日抜糸したばかりの足をさすりながら言い終えた時、なんとなく写真の中の二人が首をかしげているような気がしました。
「あら、気のせいかしら」
 その時です。
「ハハハ、誰が恥ずかしがり屋だって? まったく、勝手なこと言いやがって」
 突然、懐かしい春花さんの笑い声が聞こえたのです。
「えっ!? えっ!? 春花さん?」
 わたくしは驚いて、あたりを見ながら尋ねます。
「ハハハッ! 見えないのに話せるのなんてあたし以外にいるのかい?」
 笑いながら平然と言う春花さん。
「えっ!? でも、成仏されたのじゃ……」
「はあ? おいおい、勝手に厄介払いするなよ」
「えっ? だって、念願を果たされたのだから」
「まあな、あたしもそう思って、あの時お別れの挨拶をしたのだけどさ。よっぽど閻魔に嫌われているみたいで、まだ、こっちにいるんだよ」
「へぇ、閻魔大王様にも好き嫌いなんておありなんですね。あっ、それでしたら、何でもっと早く声を掛けて下さらなかったのですか?」
「えっ? だって、あんな挨拶したのにすぐじゃ格好悪いじゃんかよ……だからさ…………」
「もう、心配していたのですから、無事なら無事って仰って下さいな。成仏されてしまったのじゃ仕方がありませんが」
「分かった、分かった、悪かったよ。……まあ、そういうことだから……」
「じゃあ、まだこちらにいられるのですね! またチェンジしてご一緒できるのですね! 嬉しいですわぁ!」
 なんか、あのままじゃ、寂しかったので、わたくしは両手を広げ飛び上がって喜びを爆発させます。
「ああ……これからもヨロシクな」
 春花さんは喜びを隠すためにわざと冷静を装っていました。
「こちらこそよろしくお願いいたしますわ! やったぁ!」
 わたくしは嬉しくて、何度も何度も頭を下げながら大声で喜んでいます。
「一人で何騒いでいるのかしら? 何か面白いテレビでもやっているのかしら? わが娘ながら、本当に不思議ちゃんなんだから」
 お店のカウンターにいたお母様は、その声を聞いて不思議に思い、奥の方に目をやりながら首をかしげていました。

 エピローグ

 数日後の夜八時。
 わたくしと大道寺さんは、ヤクザさんが取引をしている東京湾の一角にある倉庫の外にいます。
「それでは、行ってまいります!」
「ああ、気をつけてな……って言う必要もないか」
「ええ、無敵女子ですから」
 わたくしは笑顔でいつも通り敬礼をし、倉庫の中へ入って行きます。
「無敵女子……か。ははっ、泣く子も黙る最強コンビだよ、お前さん達は」
 大道寺さんはその後ろ姿に向かって半ば呆れながら呟いています。
 倉庫の中に入ったわたくしは、ヘアバンドで髪をまとめ、軽くストレッチをしました。
「さあ、参りますわよ、春花さん!」
「おう、いつでもいいよ!」
 春花さんはそう叫ぶと、ヤクザさん達に突進していくわたくしに憑依します。
 数分後、ヘアバンドを取って髪の毛の香りを感じ、何事もなかったかのように立ち去るわたくしの後ろには、ピクリとも動かないヤクザさん達の山が築かれていました。
 皆さん、仲良く床とキスをしています。
 これで、また、世の中の何人かの方は救われましたわ。
 わたくしは笑顔のまま、倉庫の外に出て、伸びをして空を眺めます。
「さ、帰るとするか」
「ええ」
 わたくしが頷きますと、春花さんはソッとわたくしから離れます。
 わたくしが大道寺さんの待つ車に乗りますと、車は静かに走り出します。
 しばらくすると、わたくしはいつも通り寝息を立て始めました。
きゃつきゃつお 

2022年05月03日(火)10時32分 公開
■この作品の著作権はきゃつきゃつおさんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
 再投稿です。
 色々なご意見を参考にさせていただき、加筆修正してみました。
 さらなる、ご意見をいただき勉強したいと思い再投稿しました。
 よろしくお願いします。
 


この作品の感想をお寄せください。

2022年11月05日(土)00時03分 ひいらぎ  +20点
きゃつきゃつお さま
せっかく読んでいただいたのに消去してしまい申し訳ございませんでした。
あまりに長過ぎる拙作と判断したしましたので、只今大幅に文を減らしています。
締切までには間に合いそうにありませんので、おそらくアップはないと思いますが、一度でも目を通していただいだだけでも嬉しい限りです。お気遣いくださいまして感謝いたします。

17

pass
2022年11月02日(水)18時15分 きゃつきゃつお  作者レス
 ひいらぎ様

 拙作を読んでいただきありがとうございました。
 松岡と大道寺については、あくまでもサブキャラなので、彼らがメインのストーリーは紙面の関係もあり、今のところ書いておりません。
 ご指摘の通り、鈴音が春花に憑依されると一人二役という体になるため、表現が難しかったのは事実ですし、悲しいかな、私の技術では表現しきれていないと言うのが本音でしょうか。

 今も改稿作業をしておりますので、ご意見をいただけて感謝申し上げます。

 ひいらぎ様の作品も読ませていただきましたが、削除されてしまったのでしょうか?
 どうしても見当たりません。
 感謝の意を込めて、感想を述べさせていただきたかったのですが残念です。
 再投稿された時には、ぜひと思います。

 ありがとうございました。

きゃつきゃつお


pass
2022年10月27日(木)19時07分 ひいらぎ  +20点
きゃつきゃつおさま、初めまして。
改)あ〜あ、ただの女子高生だったのにぃ……を最後まで読ませていただきました。
しかしわたしは未熟者ですので、たいしたことは書けません。その点をご留意下さい。
早速感想なんですが、本作は香港マフィアの凄腕殺し屋に憑依された女子高生のお話ということで、内容はかなりバトル寄りに寄せた作品だと思います。
全体的なプロットも戦闘シーンに重きをおいて創作されたと思います。バトル中の細かい描写が多く、すんなりと頭でイメージできて読み進められました。
バトル中におかれては、松岡と大道寺が説明役になってしまっており、警察官らしさがあまりなかったのが残念。涙もろい性格も少し、自分の中で笑っちゃうくらいにおかしかったです。もっと彼らにもスポットを当てて、大体的に物語を動かせるような人物象を望んでいたので、その点が一番評価に響きました。
冒頭、この小説を読み始めたときは鈴音の豹変から始まり、どうなっていくんだろうと期待感が上がりました。
鈴音のお嬢様気質から、急に中国拳法(初めのはい、はい、はい! の件でそう思い)の使い手が乗り移り、そこから家族の死(写真立てを見つめる場面)。これらの接点がどう物語に影響していくんだろうと思い、その辺りが個人的には引き込まれるポイントではありました。
幽霊オチも予め想定の範囲内だったので、あまり個人的には春花の亡くなったときに回想は心に響きませんでしたが、反対に鈴代の亡くなったシーンは個人的には胸に来ました。元々、わたしは妹が好きなのでその補正があるかもしれませんが。
ただし、やはり死を絡めていく以上は、もっと家族と春花との関係性を密にして、憑依することになったきっかけや動機を深く突き詰めるべきかな、と読んでいて思いました。
 キャラクターについて。
 豹変を通じて二キャラクターを演じていた鈴音。彼女は前半から家族の死を告知するまでは凄く良いキャラなんですが、中盤以降は春花が加わったことによって少し存在感が薄れてしまい、やはりこの手のキャラクターは中々創作が難しいのかな、と至った次第です。しかも主人公なので余計に扱いが大変だったと思います。一人称や三人称の切り替えも。口語や感情の変化も。そんな中、最後まで鈴音を見届けられたのは個人的には読んだ甲斐がありました。
 雑感についてはそのくらいですかね。
 楽しい時間をどうもありがとうございました。
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2022年09月25日(日)11時08分 きゃつきゃつお  作者レス
元々島の人さん

 拙作を読んでいただきありがとうございました。
 謎を謎のままにして、少しでも読者の気が引けて読み続けていただければという意図はありましたので、そのような感想をいただけて感謝しております。

 今も、改稿作業中ですので、感想をいただけて嬉しいです。ありがとうございます。

 元々島の人さんの作品を読んで勉強させていただきたいと思いますので、今しばらくお時間を下さい。

 拙作に感想をお寄せいただきありがとうございました。

きゃつきゃつお

pass
2022年09月22日(木)18時27分 元々島の人  +40点
生々しい薬取引から始まる雰囲気ですが、それを打ち消すように鈴音が一人称でお嬢様言葉なのが何故か感情移入しやすくテンポもよくなっていてさあこれから悪役とどう戦うのか?と言う所で銃弾を受け止める衝撃シーン、さすがに驚きました空手でもやってるのかと思いましたが、これは人間ではない、多分宇宙人から力をもらったとかだろうと感じました。チェンジが何なのか大変気になって引っ張られて敵との戦いの時も「どうやって勝つか」よりチェンジが何なのか明かされるのはいつかの方が気になってしまいました。強い主人公の話としては秘密が明かされるのがかなり遅い方だと思います。これは珍しいタイプだと思います。また鈴代の台詞から「優しさが強さ」とテーマが書かれていました。最後の対決はそれまで苦戦した事がなかったので最初はあまりハラハラしませんでしたが、紅龍の強さと言うより女の体がぼろぼろ血まみれになるのが生々しく危機感を強調していました。
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2022年07月10日(日)16時00分 きゃつきゃつお  作者レス
                 柊木 様

 拙作を呼んでいただきありがとうございます。
 ご指摘いただきましたご意見を参考にさせていただき改稿作業に取り組んでまいりたいと思います。

 少しでも抑揚のある作品にできるようにしたいと思います。ありがとうございました。



pass
2022年06月19日(日)23時57分 柊木なお  +20点
執筆お疲れ様です。
遅ればせながら最後まで読ませていただきました。

ストーリーの破綻もなく、文章面でも特に引っかかるところはありませんでした。シンプルでわかりやすく、スムーズに物語を運んでいると思います。

本作の作風からすると、いかに最後まで勢いを損なわないかが勝負どころではないかという気がします。終始ハイテンション・ハイテンポで乗り切ってしまえ!という意味ではなく、小休止や緩急の付け方など、コントロールの問題としてです。個人的にはアクションに偏りすぎて少し単調な印象を受けてしまいました。

それから初速をつけるという意味で、若干コンセプトが弱いかなという気はします。「殺し屋に憑依された女子高生がヤクザと戦う」という筋はわかりやすくて良いのですが、あまり目新しさのないことに加え、アクション+萌え(……はもう死語なのでしょうか?)以上の主題を見出し辛いことは否めません。独自の世界観やキャラクターの動機を積み上げていくような作風ならばそれぐらいシンプルでも良いのかもしれませんが、軽快な路線を貫くのであれば、物語の導入としてもうひと捻りないし+αの要素が欲しいところです。それこそあらすじだけでも続きが気になって仕方なくなるような……なんて口で言うだけなら簡単ですが(汗
(もちろん、世界観やキャラクターの描写により力を入れることで、シンプルなコンセプトのままストーリーに厚みを加えていくのもありだと思います)

好き勝手なことを書きましたが、それはそれとして現に個性的で魅力的な作品でした。
初投稿とのことで、次の作品(または更なる改稿版)も楽しみにしております。
それでは。
32

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2022年05月07日(土)15時28分 きゃつきゃつお  作者レス
みずしろ 様

 拙作をお読みいただきありがとうございます。
 上から目線などととんでもありません。読んでいただいた方は私にとっては先生と思っていますので、ご意見をいただけるのは非常にありがたいです。
 
 ご意見一つ一つを、もの凄く分かりやすく説明していただいているので大変参考になります。
 未成年の鈴音を巻き込むにあたっての説明、設定がなされていないのは、確かにおかしいですね。
 カフェでの会話や、その後の動きについても、違和感満載で現実的には起こりにくいというご指摘、ごもっともです。
 たとえフィクションであっても、ただ単なる作者に都合が良すぎる設定や物語の展開では、なかなか読者を惹き付けることはできないということに改めて気づきました。
 
 みずしろ様が使われるという技法まで教えていただきありがとうございます。
 私ごときが使いこなせるかどうかは不安ですが、さっそく参考にさせていただき改稿作業にとりかかりたいと思います。


pass
2022年05月07日(土)15時21分 きゃつきゃつお  作者レス
十二田 様

 拙作をお読みいただきありがとうございます。
 的確なご指摘も非常に助かります。
 上から目線などととんでもありません。読んでいただいた方は私にとっては先生ですので、大変感謝しております。

 設定やキャラクターの人物像を伝えることは大事な要素ですね。
 書いていると自分の中では勝手に世界観が出来上がり、頭の中では、キャラクターが会話したり動き回ったりしているので、読者も分かっているだろうと錯覚を起こしてしまっていました。
 世界観を的確に表現する、伝えるという作業が疎かになり、雑になっておりました。
 常に念頭に置いておかなければならないことだと思いました。
 また、どうしても自分に甘い、ご都合主義になっているのもごもっともです。もっと練り直していく必要があることを教えていただきありがとうございました。

 さっそく、改稿作業に取り掛かりたいと思います。


pass
2022年05月06日(金)12時33分 みずしろ  +20点


ものすごく読みやすくなってて、驚きました!
背景も想像でき、登場人物の動きなども分かりやすくなっています。鈴音の心のなかで考えているシーンと周囲の描写もいい塩梅だと思います。



キャラクターに関しては、大まかな設定は理解できるのですが、大道寺が何故鈴音を自分の仕事に巻き込むのか、正義感は人一倍強いという紹介のあった松岡も、警察でありながら未成年の子供を事件に巻き込む事に罪悪感を抱いているのに、何故それを有耶無耶にしてしまうのか、等の理由がもう少し欲しいなと思いました。
某有名な子供の名探偵は”大人”を使う事で倫理観の欠如はかなり薄く見えるのですが(勝手に他人を眠らせてる時点で事件ではありますが)、鈴音の場合はあらゆる設定を省くと”警察の依頼(命令)で子供に暴力を振るわせている”という、キャラクターと物語がまだ噛み合ってないと感じます。



それと、お話に無理矢理感があるなと感じました。
書きたい内容はわかるのですが、話の構成にキャラクターが付き合わされている感じがします。

例えばナンパ男を一本釣りしているシーンで、鈴音は大人の女性の格好をしているのに、ナンパ男は「どこの学校?」と、学生であることをすぐに見抜いていて、そのまま話が進んだところに違和感があります。
加え、ナンパ男は白い服を着ている女性にカレーをお勧めし、落ち着いた雰囲気のカフェなのにメニューに特徴がありそれをあまり話題にしない、女性の自身への質問ではなく家柄にしか興味がなさそう、他にも客がいるのにわざわざおじさんを見て見下す等、ナンパのプロ設定にしては、あまりかかわりたくない人物像だなと感じました。

鈴音も、初対面の男性とデートをするにしても、カフェへ行くのはいいのですが、突然密室であるカラオケへ行く事に頷くのは、現実の女性はそれを受け入れるのだろうか、行くとしても三回目、四回目あたりなのでは。となってしまいます。

警察の犬と勘づいたところも、何故?どこで気づいたの?となり、麻薬に関して取り締まる警察なら、予め鈴音に「トイレに行きたかったら必ず荷物を持つことと、飲みかけのコップには手をつけるな。よくある手口でトイレに行った隙に薬を入れたり、鞄に盗聴器を仕掛けておく事がある。人の通りが少ない所も気を付けるんだ。何かあったら火事だと叫ぶと周りの人間が気づきやすい」等々、未成年であれば尚更詳しく、徹底的に、注意するべき事を教えると思うんです。




これは私のやり方ではありますが、嘘と本当を混ぜると説得力がつくと思います。ストーリーやキャラクターは面白いので、この世界観であれば現実にありそうでないギリギリを攻めた舞台設定と、実際にいそうな人間を作るとよりいいかなと感じました。”鈴音”というフィクションに、周囲の人間は”本当にどこかに居そう”なキャラクターにするなど。


今のところ鈴音最強現代無双のストーリーでしかないので、鈴音と同じチェンジを行える男の子(女の子)が居たり、せっかく女子高生という設定があるので、思春期なりの悩み、葛藤、勉強、学校での友達、趣味、等々、事件での姿だけでなく鈴音のパーソナルストーリー、大道寺さんが何故警察を目指したのか、松岡の正義感はどんなところで発揮するのか、等々キャラクターの根本もみたいなと感じました。




ものすごく上から目線になってしまいましたが、参考になれば幸いです。


36

pass
2022年05月05日(木)22時34分 十二田 明日  +20点
先日は拙作にコメントくださり、ありがとうございました。
『(改)あ〜あ、ただの女子高生だったのに』拝読させていただきました。


上からな言い方になってしまいますが、修正前に比べてメチャクチャ良くなっていますね!
非常に分かり易く、読みやすい文体でスラスラとストレスなく読めました。
修正前は誰が何をしているのかがよく分からなかったので、これは格段の進歩であると思います。問題点を指摘されて、それをすぐに直せるのは凄いなと素直に思いました。


その上で、気になった点をいくつか。
まずは『作品内のリアリティーレベル』について。
本作は主人公の鈴音に殺し屋の春花が憑依して戦うという設定になっていて、春花に人格が切り替わり銃弾を掴み取るというシーンが序盤にありますよね。
これ自体は良いんですが、その後『何が出来て、何が出来ないか』の設定がフォローされていないのが気になりました。

例えば鈴音が怪我をしたシーン。憑依状態になったら急に銃弾を掴むくらいのデタラメが出来るので、急に不思議パワーで傷が治ったと言い出してもおかしくない雰囲気だったので、あまり緊迫感を感じなかったですね。
『銃弾を掴む』というファンタジーはアリで、『傷を治す』というファンタジーはナシ──ならその境界線はどこなのか。

幽霊が憑りついて主人公が強くなる、それ以外は現実と同じなのか? 
それとも他に非現実的な不思議要素あるのか? 
あったとしたら何があるのか、出来るのか? 
それらが分からないと、読者は混乱します。前提となる条件が分からないので、作品をイメージしづらくなるんですね。

特に終盤で『ハイパー鈴音』が出てきたときに、何で鈴音と春花が心を一つにするだけで強くなるのかが分からないので、どうしてもご都合主義に見えてしまいました。



次に『主人公の動機が分からない』こと。
主人公の鈴音が何をしたいのか。どういう行動原理・価値観で動いていたのかが分からなかったですね。
人格が切り替わり強くなる事が分かった後、鈴音は警察官の大道寺や松岡に協力して、麻薬組織の取締りとして戦っていますが、それは何故なんでしょうか?
彼女が正義感の強い人物で、自分に力があるのならそれを正義の為に使うべきだ──とか、そういう価値観のキャラならその後の行動も分かるのですが、そのあたりの事について何も書かれておらず、当たり前のようにスイーパーを自称して戦っていたのには違和感がありました。

何を目的にしているのかが分かると、そのキャラの行動にグッと納得感が出ます。
例えば大道寺に恋慕していて少しでも近づきたいから頑張るでもいいので、鈴音が何をしたいと思っているのかを出来るだけ早い段階で明示すると、より分かり易く面白い作品になるかと思います。


最後に細かいところですが、『005 ナンパ男を一本釣り』でヤイ歯という表記が出てきましたが、おそらく八重歯の誤字であるかと思います。
重箱の隅をつつくようですが、どうにも気になったので念のため。



十二田が言えることはこれくらいでしょうか。
きゃつきゃつお様に少しでも資する意見であれば幸いです。
それでは。

33

pass
合計 5人 120点


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