グレムリン・スクランブル 最強の妖精は右腕に宿る |
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プロローグ 2065年、新設された政令指定都市──久瑠間市の路地裏。 そこで一人の少年──蓮池隻哉(はすいけ・せきや)は制服が汚れるのも気にせず壁に張り付き、目を見開いて曲がり角の向こうを凝視していた。 時間帯は九時を回っており、周囲に街灯も少なく、人通りもない。彼が何故そんな夜中に、そんな場所にいたのかと言えば、塾の帰りに近道をしていたという極々ありきたりな理由だった。 そう──隻哉にとってこの場に居合わせたのは、この路地裏が家への近道だったからに過ぎない。 だから目の前で起きている出来事が何なのか、すぐには理解できなかった。 「ほらほらどうした!」 「くっ!」 目にしたのは異様な光景──小さな女の子が巨大な人形に追いかけ回されていた。 小さな女の子は腰までありそうな艶やかな黒髪をしていて、見た目だと七歳前後くらい──少女というより幼女と形容すべき女の子だ。 身長も120センチくらいしかない。質素な白いワンピースに、造りの簡素な靴というシンプルな格好をしている。 巨大な人形の方はといえば、体高が大体2.5メートル程。寸胴のボディに無理やり手足を付けたようなフォルムをしていて、目が痛いような原色の赤や青、そしてメタリックな銀色でペイントされている。 そして頭部には光るモノアイという、見るからにロボットという風な代物だった。 隻哉の記憶では、たしかアレは何処かの店の店頭アピール用のドローンだったはずだ。本来なら勝手に動き回ったりせず、店頭で簡単な受け答えと手を振るくらいしか出来ない。 しかしそのドローンが、幼女を捕まえようと追い回している。 ドローンが太い腕を、見た目に反する敏捷さで伸ばす。それを幼女は前後左右に動き回って、懸命に躱し続けていた。 幼女が動くたびに長い髪が彗星のように尾を引いて流れる。 一瞬、隻哉はそれに見惚れ、しかしすぐに我に返った。 (これは……?) 本来動かないはずの物が動き、幼女に襲い掛かっている──まるで悪い夢でも見ているようだ。 幼女はそんな事態にパニックを起こす様子もなく、それどころか助けを呼ぶ素振りさえみせない。切羽詰まった顔をしながらも、まるで自分だけで襲い掛かるドローンを倒そうとしているようにすら見える。 幼女はドローンの腕をすり抜けながら、辺りをキョロキョロと見回す。 しかしそれが隙となり、ついにドローンの腕に掴まった。むんずと胴を鷲掴みにされて、組み伏せられる幼女。 「しまった⁉」 地べたに押さえつけられた幼女は、まるでピンで止められた蝶のようにジタバタと手足を動かすが、押さえ付けるドローンの腕はびくともしない。 「くそ‼ 結合できる機械さえあれば、こんな奴に……!」 「フハハハハハ! ここはアタシの領域──この辺り一帯の電子制御機械には、全てアタシのアシを付けてる。つまり他のグレムリンは結合ができなくなる──そこに誘い込まれた時点で、お前の負けは決まっていたのさ‼」 幼女は歯噛みし、ドローンは哄笑する。 なんとも不可解な光景だ。 ただ一つ分かるのは、このままだと幼女が危険だという事だけ。 それを蓮池隻哉はただ呆然と見ていた。 隻哉がよく見たりするアニメや漫画では、主人公がピンチに陥ったヒロインを助ける為に、危険をかえりみずに飛び出すというシーンがある。 それにぼんやりとした憧れのようなものを抱いていたが、しかし隻哉は飛び出せなかった。今なら分かる。本当に恐ろしい時、人は動けなくなるのだと。 カッコいいな──などという甘ったるい憧れでは、人は動き出せないのだと。 (本当に、マジでなんなんだよ……!) ひどく現実感がなかった。脚に力が入らず、よろけて尻餅をつく。 ボスン──と間の抜けた音が、路地に響いた。 「うん?」 のそりとドローンが頭部を回転させ、モノアイが隻哉を向く。それだけで、隻哉には銃口を突き付けられたように感じられた。 「ありゃ、通行人に見つかっちゃったか。マズいなー、街頭カメラの記録映像は改竄できても、人間の記憶は消せないからな──しょうがない。消すか」 まるで子供が悪戯を見つかったような無邪気な声。しかしその内容は、まったく穏当なものではない。 「っ……」 隻哉は息を吞む。 頭の中では、なんでこんな目にあってしまったんだとか、なんでこんなに世界は理不尽なんだとか、現実逃避をするかのように意味のない思考が巡る。 歯がガチガチと鳴って、背筋が凍りつくように冷たい。 怖い、怖い、怖い──恐怖で頭の中が埋め尽くされるのを、無意味な思考でなんとか先延ばしにしようとする。 と、その時だった。 「おい、お前!」 幼女の叫びが夜気を裂く。 押さえ付けられた体勢のまま、幼女は睨むような顔つきで隻哉を見ていた。 「お前の腕、少し借りるぞ!」 「⁉」 必死の形相で叫ぶ幼女。 隻哉には何を言っているのかサッパリ分からない。 「ッ⁉ ──まさか!」 幼女の言葉の意味するところを察したのか、ドローンの方は慌てふためく。 ドローンの動揺をよそに、幼女はその可愛らしい容貌には不釣り合いなほどの不敵な顔で叫んだ。 「──結合《ユナイト》!」 「なっ⁉」 隻哉は驚愕に目を見開く。 叫び声と同時に幼女の身体が崩れた──青白く発光したかと思った途端に、その輪郭を失い光りの粒子となる。そして青白い光りの粒子は空間を漂い流れて、へたり込んでいた隻哉の右腕に集まった。 隻哉は呆然としたまま、光が集まる右腕を凝視していた。やがて光が収まると、右腕に異変が起きている事に気付く。指先から上腕部にかけて、メタリックな装甲が出来ていた。 まるで中世の騎士が纏っていた甲冑の籠手のように。 (なんだこれ?) 疑問に思う間もなく、手足が独りでに動いて、隻哉は立ち上がる。 「⁉」 ひどく変な感覚だった。 自分の手足なのに、自分で動かした気が全くしない──まるで見えない糸に引き寄せられたかのように感じる。 「言っただろう、お前の腕を借りるとな」 「えっ?」 また奇妙な感覚を味わった。 さっきも聞いた幼女の声、それが近くから聞こえた。すぐ隣というよりも更に近い距離──まるで囁くような距離で、幼女の声がする。 しかし傍らに幼女の姿はない。 (ってことは、やっぱり俺の腕から……?) 隻哉は手甲を纏った己が右腕をまじまじと見やる。 「クソ、なんてツイてないんだ! たまたま居合わせた奴が義肢装着者だなんて‼」 ドローンは腹立たしく悪態をつく。 相変わらず隻哉は逃げ出したくてたまらないのだが、身体はその意思に反してドローンに向かっていく。 「形勢逆転だな。この状態になれば、私はお前などに決して負けない」 隻哉の右腕から嘲るような幼女の声がする。 それが神経を逆撫でするのだろうか、ドローンは憤然して構えた。 「状況が五分(イーブン)になっただけだろうが! 舐めくさるのも大概にしろ‼」 ドローンは膝をわずかに緩めたかと思うと急加速。 素早い踏み込みで隻哉に迫る。 体高2.5メートルの巨体が迫ってくる重圧は凄まじく、隻哉は反射的に身を引きそうになるが、しかし身体は思う通りに動かない。 まるで身体の操縦を誰かに奪われたかのように、身体が逃げるという選択をしないのだ。 「喰らえぇっ‼」 ドローンの拳が突き出される。 見たところドローンの総重量は約三百キロ前後。その重量が乗ったパンチの威力は如何ほどか。自動車が高速で突っ込んで来たのと変わるまい。 あえなく隻哉は吹き飛ばされ──なかった。 ベキィッ! 鈍い音が響く。 「何⁉」 ドローンの拳を、隻哉の手甲を纏った右腕が受け止めていた。 痛みやダメージは隻哉になく、むしろ殴ったドローンの方が反動で軋みを上げている。 隻哉も瞠目して眼前で制止するドローンの拳と、独りでに動いた右腕を見ていた。隻哉は運動が苦手な方で、身体を鍛えているわけでもない。 だというのに、ドローンのパンチを防いでみせた──これは一体どういう事なのか、自分でも分からない。 頭の中が疑問で一杯だ。 「五分(イーブン)と言ったか? 笑わせるな」 幼女の声が響く──いっそ酷薄といってもいい程に、幼女の声は冷たくかった。 「私に結合を許した時点で、勝利の天秤はこちらに傾いていた。貴様と私では、性能に差がありすぎる」 右腕が勝手に動き、弓を引き絞るように拳を握って振りかぶる。 ドローンが慌てて次の行動を起こそうとするがもう遅い。隻哉の右腕が矢となって撃ち出され、ドローンのボディに炸裂する。 瞬間、ドローンのボディに大穴が開いた。まるで指向性爆薬でも破裂したように、隻哉のパンチが撃ち込まれた地点を中心に大穴ができ、ドローンの部品が四散する。 「「⁉」」 ドローンだけでなく、パンチを繰り出した隻哉も含めて度肝を抜いた。 明らかに人の出せる力を超えている。 まるで解体用の重機か何かを叩きつけたような威力だった。 「この男に気を取られ、すぐに勝負を決めなかった──それが貴様の敗因だ」 幼女の台詞に呼応するかのように、今度はドローンが淡い光を放つ。まるで桜が散るかのように、大破したドローンから光の粒子が剥がれ落ち、空へと散っていった。 「……」 隻哉はただぼんやりと、散っていく光の粒子を見ていた。 まるで天に還っていく魂のようだと──柄にもなく、そんな事を思っていた。 不意に猛烈に喉が乾いて、気が遠くなる。生まれて初めて経験した鉄火場に、隻哉の意識は耐えられなかったのだ。 「あ……やべ……」 体力を使い果たし、視界が揺らぐ。 そこで隻哉の意識は途絶えた。 第一章 「ではこれから三日後の校外学習について説明する。よく聞いておくように──」 久瑠間高等学校、二年B組の教室に担当教諭の声が響いた。 小太りの中年男性である担当教諭の声は低く、事務的な説明を淡々とされると、まるでお経のように聞こえる。 途端に眠たくなって、隻哉は視線を窓の外へと移した。 遠くに久瑠間市全域の通信網を管理し、電力供給も行っている巨大な塔──ターミナルがそびえ立ち、手前の空を輸送用小型ドローンが飛び回っている。 各種乗り物の自動運転、ドローンによる輸送の実現、その他諸々の関連する科学技術の粋が結集した光景がこれだ。 おそらく日本で一番進んだ都市が久瑠間市だろう。 しかしそんな光景を見ながらも、隻哉の意識は別のところにあった。 (何だったんだ昨日のアレは……) 幼女が光の粒子になって、隻哉の手甲になった。それで暴走したドローンを叩き壊した。 ひどく現実感のない記憶だ。 今ではアレが本当にあった事なのかも疑わしい。 ドローンを殴り倒したところで、隻哉の記憶は途絶えた。そして今朝起きてみれば、自室のベッドで寝ていたのだ。 ドローンを殴り倒した後の記憶はない。 (やっぱり夢か……?) 着替えもせずに、制服のままベッドで寝ていたのは気になるが、きっと疲れていたのだろう。 疲れていたから、あんな夢を見たのかもしれない。 そう言えばフロイトは夢に人間の深層心理が表れると言っていたらしいが、だとするとあの夢は隻哉の潜在的な願望なのか。 (だとしたら相当だな) 隻哉は自嘲気味に笑い、自分の右腕をさする。 まがい物の右腕を。 「──これでホームルームを終了する。日直」 「起立、礼」 いつの間にかホームルームが終わっていた。号令に合わせて慌てて立ち上がり、礼をする。 放課後になり、教室全体の空気が一気に緩んだ。 すると先ほどの慌てた動きを見られていたのだろうか、 「いつまでボーっとしてんのよ」 と声をかけられた。 「梢……」 振り返ればショートカットの勝気そうな少女が立っている。 彼女は三森梢。クラスメイトで、隻哉の幼馴染だ。 制服のスカートには綺麗な折り目が付いており、ブレザーやブラウスにはシワ一つない。彼女の真面目な性格を表している。 何かとだらしない隻哉とは対照的だ。 「今日一日、ずーっと上の空だったじゃない。シャキッとしなさいよ」 意志の強そうな瞳が隻哉を見据えている。 一歩近づいてくる梢から、隻哉は目を逸らした。 「いやその……色々あるんだよ」 梢は着崩したり、余計なアクセサリーを付けたりしない。しかしそれでも野暮ったくならないのは、偏に彼女が美人である事と、彼女のプロポーションが良いからだろう。 ショートカットな上に男勝りな性格をしていながら、彼女のメリハリの利いた体つきは非常に女性らしい。 だがそれ以上に彼女を魅力的に見せているのは、梢が纏っている雰囲気だろう。自信に満ち溢れ、明朗快活な雰囲気を持つ三森梢という少女は、隻哉には眩しいくらいに輝いて見える。 それが目に痛い。自分のどうしようもない情けなさを、対比的に突き付けられているような気がして辛いのだ。 だから目を逸らしてしまう。 梢は悪くない。隻哉が勝手に負い目を抱いているだけ──それでも直視したくないと、そう思ってしまう。 しかし隻哉の反応を、梢は意に介していないらしい。また一歩、隻哉に詰め寄る。 「言い訳しないの。自分の視界に不真面目な奴がずっとチラついてると、こっちがイライラするんだから」 「そりゃ難儀な性格だな」 (あれ? でも待てよ?) 隻哉は疑問に思う。 「それは梢が俺を見なけりゃいいだけじゃないか?」 というかさっきの発現は、梢が隻哉を見続けているという意味にも取れるのだが。 「う、うるさいわね!」 顔を赤くして怒る梢。 どうやら怒らせてしまったらしい。 まぁ、梢の席は隻哉の斜め後ろだから、自然と隻哉は視界に入ってしまうという事だろう。 顔を赤らめたまま、梢は話題を変える。 「……色々ってなんかあったの?」 「ああ……ちょっと塾が忙しくてさ。帰りも遅くなっちゃって」 隻哉は週二回、駅前の塾に通っていた。 その帰りに近道をしようとして、あんな場面に遭遇してしまった訳だが……。 (いや、だからアレは夢だって) 昨日の光景を頭から追い出すように被り振る。 「ふうん……気を付けなさいよアンタ」 「──え」 「最近事故が多いから」 内心を見透かされたようで、思わず声が出た。 だが梢が心配しているのは別の事らしい。 「事故?」 「アンタニュース見てないの?」 「俺が見るのはアプリの動画だけだよ」 「少しは社会に関心を持ちなさい」 梢がスマホにニュースサイトの記事を表示させて、隻哉の鼻先に突き付けた。 細かい字は目が滑って読めなかったが、見出しには大きく『謎の交通事故相次ぐ』『管制システムに異常はナシ』『原因不明。現場の混乱は増すばかり』等々の文字が踊っている。 久瑠間市では全国に先駆けて、試験的に車等の完全自動運転が実用化されている。市の中央にターミナルという管制塔を置き、都市全域に管制システムを繋いで、交通・流通等の動きを一元管理しているのだ。 だから事故が起きるのは、人の不注意ではなく、機械の不具合が原因だ。 しかしその原因が分からない、そういう事らしい。 何でも事故は夜に起きることが多いため、警察はその線からも現場の検証に当たっているらしい。 憶測ではあるが、新しいコンピュータウィルスやハッカーによる犯行か? という意見も飛び出ているようだ。 「帰りが遅くなる時はアンタも気を付けなさいよ」 「分かったよ」 頷いてから、隻哉は鞄に教科書を詰める。 今日はもう帰ろう。隻哉は教室の出入口に向かって歩き出した。 と、そこで右から強く誰かが当たってきた。 いきなりの事に隻哉は左に倒れ込む。 「ッ……」 「いってぇなぁ〜」 隻哉が口を開くより先に、聞こえよがしに喚く男子生徒。 「……岩田」 隻哉を突き飛ばしたのは、岩田という男子生徒だ。 大柄な体格で力が強く、素行不良で有名。着崩した制服に、ギラついた目をしていて、柄が悪い。 隻哉を肩で突き飛ばしたのだろう。 岩田はわざとらしく右の二の腕を辺りを押さえて、仕切りに痛い痛いと喚いている。 「誰かさんの腕が当たったせいで、スゲェ痛ぇなぁ〜。骨が折れてっかもしれねぇよ、おいどうしてくれんだよ」 そう言って隻哉を睨む岩田。 その後ろで、岩田とよくつるんでいる連中が、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。 明らかに言いがかりだった。 「ちょっと隻哉大丈夫?」 すぐに梢が駆け寄ってきた。 「……ああ、大丈夫」 その手を借りて隻哉は立ち上がる。情けなさにチクリと胸が痛んだ。 そんな隻哉の様子をみてニヤつきながら、なおも岩田は絡んで来る。 「なぁおい、どうしてくれんだよ。俺の腕がさっきから痛ぇんだけど」 「ふざけないで! アンタ方から隻哉にぶつかったんでしょ‼」 「あン? なんか証拠でもあんのかよ」 岩田はクラス全体に向かって声をかける。 「おい、誰か俺がコイツにぶつかったところ見た奴いるか?」 答えた者はいなかった。 誰もが気まずそうに視線を逸らすだけ。 「ほらな? 誰も見てないみたいだぜ?」 「くっ……こいつ……!」 梢は歯嚙みする。 さらに言い返そうとする梢を、隻哉は横から制した。 「いいって梢」 「でも──」 梢に二の句を継がせずに、隻哉は岩田に頭を下げた。 「俺が悪かった。次から気を付けるよ」 張り付いたような愛想笑いを浮かべ、決まりきった文句を、機械的に口に出す。まるで出来損ないのアンドロイドのように。 そんな隻哉を見て、岩田は嗜虐的な満足を得たのだろう。愉快そうなニヤけ面をした。 「自分の立場を分かってんじゃねぇか。お前はいつまでもそうやってヘコヘコして生きてろ、腰抜けの紛い物野郎」 「…………」 奥歯を固く噛み締めた。 マズい、愛想笑いが引きつる。 自分の顔を隠すように、岩田から──そして梢にも背を向け、隻哉は足早に立ち去った。 背後で岩田と取り巻きたちの、囃し立てるような下卑た嘲笑が聞こえた。 廊下を隻哉は俯き加減に歩く。 (あれで良かったんだ。筋電義肢装着者が揉め事を起こせば、すぐに問題は大きくなる。だから……) 呪文のように胸の内で自分に言い聞かせながら、隻哉は自分の右腕を撫でさする。 服越しでも分かる。肉ではなくゴム製のラバーの感触。 幼い頃の事故で右腕を失い、隻哉の今の右腕は義手になっている。近年実用化された筋電義肢というやつで、脳波の微弱な電流を読み取って動くので、本物の腕と同じように動く。 この筋電義肢によって、近年は身障者でも健常者と同じように生活を送れるようになったのだが、それでも人の意識というのは中々変わらない。 未だに差別的な目で見られたり、扱いを受けたりする事は多いのが現実だ。 ほかにも歴史的な要因として、初期の筋電義肢は細かい出力の調整が利かず、不慮の事故を起こすことが多かった──それを利用して、義肢を装着して暴力行為を働く者が出るなど、一時期社会問題になった事もある。 なので筋電義肢装着者が健常者と揉めると、今でも筋電義肢装着者が不利になる事が多いのだ。 ──だから隻哉は出来るだけ周囲と問題を起こさないよう、腐心して生活している。 ──だからさっきの行動を選択したのは間違いではない。 ──だから正しい……はずだ。 (なわけないだろ!) それが自分に対してついている嘘だと、隻哉も自覚していた。 (クソッ! クソッ! クソッ‼) 口惜しさと、腹立たしさと、情けなさで、どうにかなりそうだった。 どうしようもない自己嫌悪に駆られる。 弱い自分が嫌だ。 あんな不細工な愛想笑いで、誤魔化すように逃げる自分が嫌いだ。 本当は悔しかったのに、怖いから逃げた。それを無理矢理正当化しようとする自分が嫌いだ。 なんで事故にあった自分が、こんな目に合わなければならないのかと、過去を振り返って嘆いてばかりいる自分が嫌いだ。 どうしても義肢を使っている人間を、差別的に見たり、からかったりする人間は、一定数出てくる。岩田はまさにそれで、隻哉はからかって遊ぶ標的としてマークされてしまった。 入学以来、何かと嫌がらせを受けるようになっている。 (こんな学校生活を送ってるんだ、そりゃあんな夢も見るよな……) もう一度自嘲気味に笑った。 自分を外側から眺めて笑うぐらいしか出来なかった。 どうしようもなく陰鬱な気分でいると、不意にポケットのスマホが着信を告げる。 梢からのフォローのメールだったら気まずい──そんな事を考えながら、着信内容を確認する。 「え……」 思わず声が漏れた。 件名のない一件のメール。 内容は、 『人気のあるうちに昨日の場所まで来い』 の一文のみ。 そして添付されたファイルには位置情報が入っており、指定された位置は塾と隻哉の家を繋ぐ路地裏──夢だと思っていた、ドローンと戦った現場だった。 行かなければならない理由はないが、しかし行かずにはいられない。隻哉は吸い寄せられるように、指定された地点──昨日の乱闘現場まで向かった。 建物の隙間、表通りから路地裏に入る小道の前で、隻哉はゴクリと唾を飲む。 (昨日のドローンがまた出てこないだろうな?) いや昼間なら人通りも多い。すぐに表通りに戻れば大丈夫だ──と、自分に言い聞かせながら、隻哉は裏路地に脚を踏み入れる。 慎重に小道を進んで、角を曲がると── 「お、来たか。待ちくたびれたぞ」 鈴の音のような声がして、そこには当たり前のように、昨日の幼女が立っていた。 昨夜とは違い、裏路地とはいえ日中だ。昨日よりもずっと明るい。 昨夜は見えなかった幼女の姿がハッキリと見える。 隻哉の腰ほどまでしかない低い背丈。健康的な薄桃色の肌。着ているのは質素な白いワンピース──というより、よく見ると手術衣のようだった。 背中に流れる艶やかな黒髪は、毛先が腰に当たるくらい長い。 幼女の姿は鮮明で、夢でも幻でもない──浮世離れした雰囲気はあるものの、この幼女の存在は紛れもなく現実だと実感できる。 「そう警戒するな、私はお前の恩人だぞ。まぁ私もお前に助けられた身ではあるが」 可愛らしい声とは裏腹に、幼女の言葉遣いや態度は何とも尊大だった。その不釣り合いさが、余計にこの幼女の存在を浮世離れしたものにしていた。 「君は……何者なんだ?」 絞り出すように隻哉は問う。 幼女の存在が現実なら、やはり昨日の出来事は夢ではない。本当にあの乱闘はあったのだ。 なら、この幼女は何者なのか──問わずにはいられなかった。 幼女はニヤリと笑い、傲岸不遜を絵にしたように胸を張る。 「私は機械妖精《グレムリン》──全く新しい、機械生命だ」 グレムリン? 機械生命? この幼女は何を言っているのだろうか。隻哉にはサッパリ理解できない。 「簡単に言えば、私は人間ではない。機械で出来た擬似生命体だと思え」 「それでも全然簡単に聞こえないが……」 この幼女が機械であるなどとは、とても思えなかった。 改めて隻哉は幼女を見やる。 ぷっくりと膨らんだ頬の丸みは、まるで出来立ての饅頭のように滑らかで見るからに柔らかそうだ。 これが機械で出来ているとは思えない。 「お前の認識は古いな。私の身体はナノマシンの集合体で出来ている、人の体細胞と構造的には変わらない。体組織の結合の具合で硬軟自在に調整可能だ」 それとも──と幼女は小首を傾げる。 「普通の人間は、光る粒子になって、機械に憑りついたり出来るのか?」 そうだった。 確かに初めて出会ったあの夜、彼女は光りの粒子になって、隻哉の右腕に纏わりついた。あれは普通の人間では有り得ない。 話を聞いただけならとても信じられなかったが、現にそれを目撃している以上、信じるしかなかった。 「ていうか、憑りつくだって?」 「正確には結合《ユナイト》というのだがな」 幼女が注釈をいれるが、今そんなことはどうでもいい。 「じゃああの時、俺の身体が勝手に動いたのは……」 「私が操った。だから言っただろう──お前の身体を借りるとな」 「何でそんな事が」 「何でも何も、それこそが私たち機械妖精《グレムリン》の特性だからな。我らグレムリンは機械に接触し、憑りついて意のままに操ることが出来る。如何なる電子的なロック・防壁も無意味、問答無用で機械ならば我らの傀儡だ」 「俺は人間なんだが?」 「だが右腕は機械だろう? お前の身体はいわば機械の付属品という括りで、制御可能だった。人間の身体も、運動神経を微弱な電流が通ることで動いているからな、機械を操るのと変わりはしない」 「……」 隻哉は機械の付属品──その言い方が癪に障った。 ギリッと奥歯を嚙み締める。 「俺を呼び出したのはどういう事なんだ」 「ああ、そうだった。本筋はそれであった」 幼女はうっかりしたと後頭部を掻く。こんな仕草は実に人間らしい。 「単刀直入に言おう。私に協力してほしい」 「協力?」 「私と共に他のグレムリンを倒してほしいのだ」 「──ちょっと待ってくれ!」 隻哉は脳をフル回転させて、情報を整理する。 「まず確認させてほしい、他にもお前みたいなのがいるのか?」 「いるな。というか昨日ここで戦っただろう? あれだ」 昨夜の光景が脳裏に蘇る。 あんな俊敏に動くはずのないドローンが、この幼女に襲い掛かっていた──それが異様だったせいで、理解不能に陥っていたが……。 「昨日のドローンは、そのグレムリンが憑りついていったって事か……」 「正解だ」 幼女は頷き、隻哉は青ざめる。 「マジかよ……そんな奴らがこの街で暴れ回ったら、一体どれだけ被害が出るか分からないぞ……」 この街は日本で一番自動化が進んだ、機械の街なのだ。グレムリンが機械に憑りついて意のままに操れるというのなら、それがどれだけ恐ろしい存在か隻哉でもよく分かる。 例えば道路を行き交う自動運転の車。 各施設への自動送電システム。 治療施設の自動介護システム。 パッと思いつくだけでも、重要なものばかりだ。都市にくまなく張り巡らされたネットワークの繋がりによって成立するこれらの文明の利器が、どれか一つでも狂えばそれは大きな災害へと変わっていくだろう。 思いのほか大きな事態に、隻哉は冷や汗を流した。 そんな隻哉の焦燥感をよそに、幼女は続ける。 「既にその兆候は出始めているがな。お前、最近事故が多発しているというニュースを見たことはないか?」 「ついさっき聞いたばかりだ」 梢に見せられたネットニュースの見出しを思い出す。 謎の交通事故、原因不明── 「あれはグレムリンが引き起こしたものだって言うのか?」 「うむ。もっとも、それらの事故はあくまで余波だがな」 幼女は仰々しく頷く。 「グレムリンが能力を発動する際に垂れ流す電磁波が、意図せず周囲の電子機器を狂わすのだが……我らグレムリンも別に事故を起こすことが目的ではない。本来の目的は別にある」 「なんだよ、その目的って」 「最強のグレムリンを決めることだ」 隻哉はひどい頭痛を覚えた。 言っている事の字面と、言っている人物と、この状況が全てチグハグで、なんだか悪い冗談でも聞いている気分になる。 しかし幼女は本気も本気だ。 「この街の事件の裏で起きているのは、グレムリン同士のバトルロワイアル──最後の一人になるまで闘争を繰り返し、覇を競い合う殺し合いのデスゲーム。お前はそれに巻き込まれたんだ」 「……普段なら相手にもしないで、笑い飛ばすんだけどな」 隻哉は頭を抱え、それから大きく天を仰ぐ。 「つまりお前の目的は、そのバトルロワイアルを勝ち抜く事で……それに協力しろって言ってるわけか」 「その通りだ」 頷く幼女に隻哉はため息をつく。 「具体的には何をしろっていうんだ」 「そうさな、またお前の身体を貸してほしい」 「お断りだ!」 きっぱりと隻哉は言い放つ。 「なんだって俺がそんな目に合わなきゃいけないんだ。出来るわけないだろ俺に!」 こんな学校で嫌がらせをされて、やり返すことも出来ずに誤魔化して逃げるような奴に、そんな事が出来るわけがない。 「そんな事を頼むなら、他を当たってくれ!」 喚き散らす隻哉を、幼女は冷めた目で見ていた。 取り合う気はないらしい。 「言っておくが、これはお前の為でもあるんだぞ」 「俺の為? どこが──」 「お前を他のグレムリンが放っておくと思うか?」 隻哉のセリフを遮って、幼女が語りかける。 「──え」 「昨夜の戦闘を捉えていた街頭カメラの映像は、私が改竄しておいたが──一部始終は十中八九、他のグレムリンにも知られているだろう。さて窮地に陥っていた私は、お前の手を借りて撃退した。これは事実だ。他のグレムリンはそれを知ってどうすると思う?」 「どうするって……」 問い返しながらも、隻哉にも見当はついていた。ただ言いたくなかった。 そんな隻哉の甘えを、幼女はバッサリと斬り捨てる。 「私の力になり得るお前を、他のグレムリンは排除したいと考えるだろうな」 「そんな……俺はただ居合わせただけで、特別な事はなにも……」 「お前が筋電義肢装着者であるというだけで十分だ。グレムリン同士の戦闘では、相手が結合して戦えないような『機械のない場所に誘導する』という戦術が有効──それこそ昨夜はそれで窮地に陥ったわけだが──その対策としてお前は機能する、オンラインに接続していないお前の義手を、外部からハッキングしたりすることは出来ないからな。結合できないよう攻性プログラムを仕込めないお前は、そういった策謀で勝とうとするタイプのグレムリンには、天敵たり得る」 「……」 「それにどうやらお前と私は相性がいいようだ。私にインストールされている戦闘プログラムは人間の徒手格闘術がベースになっていてな、結合する相手としては人間か人間に近い形の機械が都合がいい」 勝手な都合だ──そう思ったが、隻哉は何も言わなかった。言ったところで、何も変わらない。 「これで分かっただろう。お前に拒否権はない。私と共に戦う以外に、お前に選択肢はない」 隻哉は押し黙る。 幼女の言っていることは理解できる。それでも、やり切れない思いが強い。 とその時だった。 遥か上空でホバリングしていたドローンのプロペラ音が大きくなった気がした。 先に異常に気付いたのは幼女の方だった。 「伏せろ!」 言いながら幼女が隻哉に飛びついた。 幼女の身体がぶつかる衝撃を感じる──とほぼ同時に、隻哉は背後から強い力を受けた。硬質な何かにガッチリと掴まれると、そのまま一気に引き上げられる。 「──ッ──!」 急激な高低差の変化に息が詰まる。思わず閉じた目を見開くと、隻哉は三十メートル上空を飛んでいた。 背後からは猛烈な風を感じる。 見ればプロペラが高速回転していた。 (輸送用小型ドローン!) 小型のヘリに四つ爪のアームがついた小さなトンボのようなフォルムが特徴的な、主に小包等の配達に利用されるドローンだ。 隻哉はドローンのアームに掴まれたまま、宙へ引き上げられたらしい。ドローンは隻哉を吊り下げたまま、高速で空を闊歩する。 風が強すぎて目が開け辛い。それでも遥か下方に地面が見えて、背中にゾクリと悪寒が走る。 「大丈夫か!」 風に紛れてではあるが、幼女の声がする。 見ればドローンのアームにしがみ付いている。 「お前よりかは大丈夫だ!」 風音が強いので、叫ぶように答える。 「てか何なんだよ! なんで俺がドローンで空輸されてるんだよ⁉」 「グレムリンだ! さっそくお前を狙ってきたようだぞ‼」 「この後どうなるんだ⁉」 「何処かに落とされるんじゃないか!」 もう一度下を見た。 地面が遠い。この高さから落とされれば、まず間違いなく死ぬだろう。 「もう一度言うぞ! お前の身体を貸せ! 私が戦ってやる‼」 「く──!」 そうこう言っている間にも、ドローンはどんどん都市部から里地へと飛行している。 人の目のないところに隻哉を落とそうというのだろうか。 迷っている時間はない。 「クソ! 分かった、お前に協力する。俺の身体を使え‼」 その返事を待っていたと言わんばかりに、幼女は不敵に笑う。 ──ドローンの速度が増した。 幼女は叫ぶ。 「結合《ユナイト》!」 幼女の身体が青白い粒子になって、隻哉の腕に纏わりつく。 ──ドローンのアームが開いた。 三十メートル上空から、隻哉は物凄い勢いで落下する。 眼前に迫る地面に、隻哉は死を覚悟した。 「はああああぁぁぁ──!」 地面に激突する寸前、右腕に昨夜の手甲が出現し、手足が隻哉の意識を置き去りにして動く。 手甲で固められた右拳で、地面を思い切り殴りつける。 轟音が鳴り響き、地面から土が舞い上がる。 気付けば隻哉は空中で何回転もしながら体勢を整え、落下地点から十メートルほど離れた地点に降り立っていた。 何が起きたのか、隻哉にはサッパリ分からなかった。 改めて周りを見回す。 どうやらここは、久瑠間市の外縁部にある古びた公営団地のようだ。築年数が過ぎた倒壊目前の集合住宅が、何棟も並んでいる。 どうやら取り壊し工事の途中のようだ。 遠くに立ち入り禁止の立札や、目隠し用のバリケードも見える。 近くには建物の解体に使っているのかクレーン車があり、そして隻哉を運んできたと思しきドローンが不時着している。 「ハハッ、やるねぇ〜」 聞いたことのない声が響いた。 声の方を見ると少女が立っていた。 スポーティーな短髪。Tシャツに半ズボンという、パッと見には男の子のような格好をしている。しかし顔の輪郭の曲線や、身体の線の細さは女の子のそれだ。 見るからに生意気そうな顔つきをしている。 一瞬、近くの子供が遊びで忍び込んで来ているのかと思ってしまった。 「呆けるな! あれはグレムリンだ‼ 私たちを襲ったドローンを操っていた奴だぞ‼」 「!」 腕から幼女の叱咤が聞こえる。 隻哉は目を険しくして少女を睨んだ。 しかしそんな隻哉など気にもせず、むしろ喜んでいるかのように、少女は口の両端を釣り上げた。 「機関からは大した事ないって聞いてたんだけど、思ったより楽しめそうじゃん」 そう呟く少女の表情は、獲物を前にした肉食獣のそれだった。 いたぶった末に殺そう──という明確な殺意を一身に受けて、隻哉の身が竦む。 「ハッ! 舐めるなよ──小物が」 しかし手甲と化した幼女は、怯えるどころか煽り返す。 少女の眉がピクリと動く。 「あ? あたしが小物だと?」 「違うのか? 不意打ちををかけて、なお我らを倒せない貴様が、小物でなくて何なのだ?」 「……お前」 少女の額に青筋が走る。 しかし幼女の舌鋒は止まらない。 「そもそも正面から戦って勝てないから、不意打ちを仕掛けたのだろうが」 「……黙れ」 「お前が奇襲という手段を選んだ時点で、お前と私の格の違いは明白だ」 「黙れェェェ!」 幼女の毒舌が上手過ぎたのか、少女の忍耐力が低かったのか、それともその両方か。 少女の怒りは頂点に達した。 なおも幼女は火に油を注ぎ続ける。 「吠えるだけなら、誰でもできるぞ──雑魚が」 「うるせぇ! 今すぐお前をスクラップにしてやる!」 結合《ユナイト》! ──少女が光りの粒子に変身すると、近くにあった解体用のショベルカーに集積した。 次の瞬間には、ショベルカーが勝手に動き出す。 運転席には誰も乗っていない。キーすら刺さっていない。だがショベルカーは確かに動き出した。 それも尋常ではない速度で、隻哉に向かって突っ込んで来る。 「うわっ⁉」 隻哉の脚が勝手に地を蹴り、寸前でショベルカーの突撃を避ける。 (何だあの動き⁉) 重機と名の付く通り、建築物の取り壊し工事に使うショベルカーの重量は自動車の比ではない。大型のものであれば、20トン近くある。 それが二十メートル程の距離を、動き出してから一秒以内で駆け抜けた。 おおよそ普通のショベルカーでは有り得ない加速だ。 「まだまだァァァ!」 ショベルカーから少女の叫び声。 慣性の法則を無視するように、ショベルカーは急停止。 車体上部を旋回させて、隻哉に向き直るや否や、今度はアームを振り下ろす。これも信じられない程の速さだ。 まるで暴れる大蛇のように、超重量のアームを高速で振り回すショベルカー。 隻哉の身体は、右へ左へステップを繰り返し、ショベルカーのアームを避ける。すると今度は横殴りの軌道で、ショベルカーはアームを振り回す。 大振りだが攻撃範囲が広い。 ステップでは躱し切れず、隻哉はショベルカーの一撃を喰らう。 (死ぬッ!) 右腕の手甲で受けるが、それでも吹き飛ばされる。 「ぐぅあああぁぁ──っ!」 隻哉の身体は三十メートルほどノーバウンドで吹き飛び、取り壊し途中の建物の壁に激突した。 しかし余りにも吹き飛ばされた威力が強すぎ、その外壁さえも突き破って、向こう側の内壁に当たってようやく隻哉の身体は停止した。 砕け散った建物の破片が散らばり、砂塵がもうもうと舞う。 「フハッ! アヒャヒャヒャヒャヒャァァァ‼ 口ほどにもねぇ! どっちが小物か思い知ったかクソガキがぁ‼」 遠くで少女の声がこだまする。 死んだと思った。 痛い。 強く打ち付けた背中だけじゃない、身体中の至る所が痛くてたまらない。 「あいつめ言わせておけば……! おい、しっかりしろ。反撃に出るぞ‼」 建物内部に幼女の声が響く。 子供の甲高い声が頭に響いてズキズキする。 「死にかけの奴に……酷な注文するなよ……」 「何を言っている。多少痛手を喰らったが、お前はまだピンピンしているぞ」 隻哉はその声で我に帰った。 目を大きく見開く──自分が目をつむっている事にすら気付いていなかった。死ぬと思った時に目を閉じていたのだろう。 周りをよく見る。 誇り臭い建物の一室、その壁に打ち付けられる格好で、隻哉は蹲っていた。眼前には隻哉の開けた大穴が開いた外壁。 背中も半ば内壁に埋もれていた。 「……」 隻哉は身体を起こし、ゆっくりと四肢の神経に探りを入れる。 痛みはある、衝撃による痺れもある──だがそれだけだ。骨一本も折れてはいない。 「嘘だろ……」 そう呟かずにはいられなかった。 どう考えても死ぬと思っていた。 壁を貫通する威力で数十メートルも吹き飛ばされ、それでも『痛い』だけで済んでいるなど信じられない。 どう考えても即死級の攻撃だったはずだ。 「……何で」 「そういえば言っていなかったか。我らグレムリンの能力は機械を操ることだけではなく、機械を強化することも出来る」 「強化?」 「特殊な力場を出していてな。機械の強度、耐久性を上げたり、出力を上げたりできる。昨晩だってお前と結合した時、ドローンのパンチを受け止めただろう。あれだって人間からすれば大した威力だったが、お前は何ともなかったじゃないか」 「あ……」 そうだった。 昨日も隻哉は普通なら大怪我をするような攻撃を受けて、何事もなく立っていたのだ。そもそもドローンを倒した凄まじい威力のパンチだって、反動で自分の骨が折れてもおかしくないものだったのだ。 あれはグレムリンの能力による力場で、隻哉の身体が強化されていたからなのか。 「なるほどな。てことは、あのショベルカーが有り得ない程速く動いたり、本来軽い荷物しか運べないドローンが、俺を掴み上げられたのはその能力のせいって訳か」 「理解が早いな」 「けどどうするんだ。あんなデカい奴を相手にどうやって戦うんだよ」 「決まっているだろう」 言うが早いか、隻哉の身体が立ち上がる。 そのまま床を踏みしめ、全速力で飛び出した。 「真正面から力づくで倒す」 「無茶だろ⁉」 しかし時すでに遅し。隻哉の身体は矢のように飛んでいく。 ショベルカーと結合していた少女のグレムリンは驚愕する。 「まだ壊れてなかったのか⁉」 「勝手に殺すな無礼者!」 数十メートルあった距離を瞬く間に縮め、隻哉はショベルカーに肉薄する。 少女も最初は戸惑っていたようだが、すぐに気持ちを切り替え、隻哉たちを迎え撃つ。 「オラアァァァ!」 ショベルカーのアームが鞭のようにしなる。その先端部は、まさに音速に迫ろうかという速度に達する。 力の公式は、重量× 速度=力という単純明快なものになっている。 ショベルカーの重量を、これ程の速度で繰り出せば、その破壊力は如何ほどか──考えるのも馬鹿らしい。 しかし迫りくるショベルカーのアームを前にして、隻哉は全く引かなかった。 隻哉本人としては逃げ出したくてたまらないのだが、身体を動かしている幼女がそれを許さない。 「はああああぁぁぁ!」 振りかぶった右拳を、全力で突き出す。渾身の右ストレート。 拳とアームが激突する。 ドゴォォォンッ! 物理法則の断末魔とも言うべき轟音が鳴り響く。 隻哉は両目を見開いた。 ショベルカーが殴り飛ばされている。正真正銘、真正面からのぶつかり合いで押し負け、ショベルカーのアームが弾き飛ばされ、車体が傾いている。 「何ぃ⁉」 隻哉だけでなく、少女のグレムリンも驚きを隠せなかったようだ。 動揺の感嘆符が漏れる。 隻哉の身体は止まらない。再度拳を振りかぶる。 「言ったはずだ──格が違うと」 もう一度、全力のパンチを繰り出した。 今度は後脚で地面を蹴って、鋭い踏み込みを行いながら。 隻哉の身体は弾丸のように飛び出し、ショベルカーの車体を貫通した。ショベルカーは四散して砕け散る。 「が……はっ……!」 くぐもった声がして、ショベルカーの残骸から光る粒子が剥がれ落ち、空に舞い散る。 それっきりショベルカーは動かず、少女の声も聞こえなくなった。 「ショベルカーごとグレムリンを破壊した」 これで戦闘終了だ──と言って、今度は隻哉の身体から光りの粒子が剝がれ落ちる。 その粒子は舞い散ることなく、隻哉の傍らに集積し、やがて幼女の形に固定した。 「まっ、ざっとこんなものだな」 幼女は凝りをほぐすように肩をグルグル回す。 隻哉はその場に座り込んだ。 脚に力が入らない。緊張と疲労で、膝がガクガクになっている。 「軽く言うなぁ……こっちはヘトヘトだっての」 未だに脚が震えているのは、疲労だけではない。純然たる恐怖によるもの。 グレムリンの脅威を身に沁みて感じたからだ。 昨夜も体験したことだが、操られ強化された機械は、やはり脅威である。まさかあれ程危険で恐ろしい物とは思わなかった。 「やれやれ、この程度でへばられては先が思いやられるな」 幼女は肩を竦めた。 誰のせいで戦う羽目になったと思っているんだ──そう言いたくなるが、止めておいた。言ったところで、気にもしないだろう。 (それより……) 改めて隻哉は思案する。 この先、あんな恐ろしいグレムリンと戦い続けなくてはならない。それがどれほど過酷な戦いになるか、隻哉には想像もつかなかった。 出来れば逃げ出したいが、それは許されない。 むしろ、この幼女の力を借りられない方が危険だろう。 (こうなったら覚悟を決めて戦うしかない──か) 隻哉はそう判断した。 立ち上がり、幼女に向かって手を差し出す。 幼女は首を捻った。 「? 何だこれは?」 「握手だよ。知らないのか?」 「握手──ああ、たしか人間は友好の印に手を握り合うのだったな」 幼女も手を差し出す。 その小さな手を隻哉は握った。思ったよりも小さく、柔らかい手だった。 「蓮池隻哉だ、不本意ながらよろしく。えっと──」 その時になって隻哉はようやく気付いた。 「そういえば、君の名前はなんて言うんだ?」 隻哉はこの幼女がグレムリンという存在であること以外、何も知らない。一度も名前を聞いていないことに、今更ながらに気付く。 「私の名前か……」 幼女は目をパチクリさせてから、気まずそうに頬をかく。 「実は……分からない」 「え?」 「実は記憶領域に損傷があってな……」 そう話す幼女の顔は、まるで悪戯を見つかった時の幼子そのもので、何だかおかしく感じられる。もしかしたらその外見に似合わない喋り方も、少ない知識から喋る言葉を選んでいるせいなのだろうか。 「私は気付いたらこの街にいた。自分がグレムリンであること、そしてグレムリン同士の殺し合い(デスゲーム)があること、そして勝ち残ったものに『何か』を与えられること、それ以外は人に擬態するための必要最低限の知識しか持ち合わせてはいなかった」 だから──と幼女は瞳に強い光を宿して言う。 「私はこのバトルロワイアルを勝ち抜きたい。そうすれば私が何故生まれたのか、その手がかりが見つかるかもしれないからな」 「なるほど……」 頷きながら、隻哉はやや気後れしたように視線を逸らす。 この幼女からは梢と共通した、強い意志を持っている者特有の雰囲気がある。それは隻哉にはない強さであり輝きだ。 隻哉は気後れした自分を誤魔化すように咳ばらいをして、話題を変える。 「名前がないと話しづらいしな。何か名前が分かるような物はないのか?」 「着ている服に、一応文字はついていたようなのだが、それも掠れているしな」 言うなり幼女は着ているワンピースの裾をまくり上げる。 裾の方に、たしかに印字された文字が掠れて見える──が、それよりも服の下から幼女の身体が露になって、咄嗟に隻哉は目を逸らした。 何しろ幼女は、ワンピースの下に何も着用していなかったのだ。一瞬だけだが、チラリと見えた幼女の裸体の白さが目に眩しい。 隻哉の女性の好みは成熟した女性のそれなので、アブノーマルな興奮こそしなかったが、それでも気まずかった。 「ん? どうした」 「別に……」 出来るだけ幼女の身体を視界に納めないようにしつつ、ワンピースの裾を見やる。 掠れた文字を読み取る。 細かい文字は分からないが、多分アルファベットだ。 「R……i……o……リオ?」 何とか読み取れるのは、それだけだ。他の文字は掠れすぎて読めない。 「リオ?」 幼女が聞き返す。 「うん。とりあえずお前の名前はリオだ」 ただ読めるアルファベットを、ローマ字読みしただけだが、仮の名前ならこれでも十分だろう。 「よろしく──リオ」 「うむ」 幼女──リオは仰々しく頷いた。 第二章 暑くて、重苦しい。 自室のベッドで目を覚ました隻哉が、まず最初に思ったことはそれだった。 湯たんぽでもあるかのように、身体の側面が温かい。 見れば布団に不自然な膨らみ。 (まさか──) 隻哉が布団をまくると、案の定リオが丸まっていた。隻哉は頭を押さえて盛大なため息をつく。 「おい起きろ!」 「ん……」 隻哉の怒鳴り声で、リオも目を覚ます。寝ぼけまなこを擦ってこちらを向く仕草は実に可愛らしいが、隻哉はそれに絆されなかった。 「ああ……隻哉、おはよう」 「おはようじゃねぇ。なんでお前がしれっと同じベッドで寝てんだよ」 「……んあ?」 まだ寝ぼけた表情のまま、リオは小首を傾げる。 「決まっているだろう、護衛のためだ」 「護衛?」 「敵がいつ襲ってくるか分からないだろう。ならばお前のそばで休んでいる方が都合がいい」 「それは……」 そうかもしれないが、倫理的にマズい。 だがこの幼女の姿をした機械妖精《グレムリン》に、人間の倫理観を話しても通じそうもない。だがそれでも、この状況はマズいと思わざるを得ない。 「ていうかグレムリンに睡眠っているのか? 護衛なら寝ずの番でもしてればいいじゃないか」 「必須ではないがエネルギーの節約の為、非活動時は寝た方が良いのだ。つまり添い寝すれば消耗を抑えながら、すぐにお前の危機にも気付ける──合理的だろう?」 「……分かったもういい」 親が単身赴任中で本当に良かったと、隻哉は心の底から思った。(パンツはいてない)幼女と同衾する高校生の息子を見た時、母親がどんな反応を示すのか──考えたくもなかった。 隻哉はかぶり振ると寝巻のままリビングへ向かい、トースターに食パンをセット。フライパンに卵を投下しながら、電子ポットのスイッチを入れてお湯を沸かす。 トーストに目玉焼き、インスタントのコーヒーという簡単な朝食をこしらえ、モソモソと口に運んだ。 (……すっげーいつも通りの朝飯だな) 昨日グレムリンの襲撃を受けた後、郊外の工事現場から何とか家まで戻った。夜間も敵の襲撃に備えた方がいいだろうという事で、リオは隻哉と極力離れずに過ごした方が良いという結論に至り、隻哉はリオを居候させることにしたのだ。 (母さんが単身赴任中で本当に良かった) でなければ、こうも容易にリオを家に居座らせることなど出来なかっただろう。 早くこの妙な一件にケリを付けないとな──と、いつもと変わらぬ朝食を食べながら、隻哉は決意を新たにした。 したのだが── 「全員いるな。それじゃ乗り込むぞ」 数日後。久瑠間駅の改札前で、担当教諭ののっそりとした声が響く。 隻哉とリオが協力関係になってから数日絶ったが、あれから事件らしい事は何も起きていない。 気付けば校外学習の日になっていた。 「……なんだか拍子抜けだな」 隻哉はぼんやりと呟く。 ここ数日気を張っていたのが馬鹿らしくなる。 「どうも私とお前を付け狙っている連中は、世間に存在を露見させたくないようだ。そう考えると、学校に通っている昼間は比較的安全かもしれんな」 リオに言わせるとそういう事らしい。 久瑠間駅の構内の隅に、隻哉たちは整列している。今はA組から順に改札を通っているところだ。 「まぁ気を張り過ぎていては、消耗する。今は校外学習とやらに集中したらどうだ」 リオが言った。 リオは隻哉と視線を合わさぬまま、まるで保護者とはぐれた子供がボーっと立っている風を装って、隻哉のそばに立っていた。 あれからというもの、敵のグレムリンの襲撃に備えて、リオは隻哉と出来る限り行動を共にしている。 聞いたらここ数日も、昼間は隻哉の学校の近くをうろうろしながら警戒していたらしい。(よく補導されなかったな) と隻哉としては冷や冷やものだったが。 「そう言えば、お前はどうやって付いてくるつもりなんだ」 隻哉も視線を合わさず、独り言でも呟いている風を装って尋ねる。 「普通に改札を通って」 「お前金あるの?」 「ない」 「じゃ、どうやって通るんだよ」 今でもお年寄りの為に、電子通貨だけでなく切符の販売も行われているが、それだってお金がなければ買えないのには違いない。 「私はグレムリンだぞ。改札の機械をハックして通過するなんて、お手の物だ」 偉そうに胸を張るリオ。 「無賃乗車し放題ってか。なるほどグレムリンは公共交通機関の敵だな」 「お前の発想は小物過ぎるな」 お互いに軽口を叩き合っていると、そそろそろB組の移動だ。会話を打ち切って、隻哉は改札に向かう。 リオは別の人波に紛れて乗車するようだ。一旦別れるが同じ電車に乗っていればすぐに合流できるだろう──そう判断して隻哉は先に改札を進む。 電車に乗ったら、そこから先は自由になっていた。思い思いのグループに分かれる。隻哉は一人、ドアのサイドにもたれながら外を見ていた。 「なに黄昏てんのよ」 ドアの反対側に梢がいた。 「いいだろ別に。梢こそ、こんなところで油売ってていいのかよ」 自由行動中に誰とつるむかというのは重要だ。 クラス内のヒエラルキーというのは、それで大体変わってくる。いつも一人でいる隻哉は、ヒエラルキーの最底辺にいる。 隻哉と関わる事は、梢にとって不利益しかないはずだ。 「そういうアンタこそ、誰かと一緒にいたらいいじゃない」 「人と話すのは得意じゃないんだ」 流行りのコンテンツ、アイドル、歌、ゲームに漫画。そのどれもが隻哉の好みからはズレている。人と話を盛り上げる為に、好きでもないものを語るのは向いていない。 ふと視線をやれば、岩田のグループがこちらを見てニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべている。 また何か嫌がらせでも考えているのだろうか。 何とも気が滅入る。 隻哉は大きくため息を吐いた。とその時、ガクンと電車が揺れた──否、電車の速度が急激に上がった。 「何だ?」 窓から外を見る。後方へ流れる景色の速さが、さっきとは比べ物にならない。新幹線もかくやのスピードで、隻哉たちを乗せた電車は走る。 瞬く間に次の駅が見えてきたが、電車は止まる事なく通過した。 「あれ? おかしくない?」 梢も異変に気付いたようだ。 「この電車、各駅でしょ。なんで止まらないの……?」 他の生徒たちも気付いたようだ。 徐々にざわめきが大きくなっていく。 「まさか──」 「ちょっと隻哉⁉」 隻哉は先頭車両に向かって駆け出した。 他の生徒を押しのけて、何とか先頭車両まで進む。運転席の前で、立ち往生する教師と車掌の姿が見えた。 「どうしたんですか一体⁉」」 「分かりません! 何故か突然、コントロールが効かなくなりまして──自動運転システムの誤作動かと思われますが……」 運転席には誰の姿も見えない。 この電車は完全にコンピュータ制御で動いている。そしてそのコンピュータが、突然原因不明の暴走を起こした── 「グレムリンの仕業だな」 「リオ⁉」 いつの間にかリオが傍に立っていた。 「どこに居たんだよ」 「ずっとここに居たぞ。目立たぬように一番端の車両に飛び乗ったのが功を奏したな」 小さな身体に不釣り合いな、堂々たる面持ちで運転席を見やる。 「この電車のシステムにこっそりとアクセスしてみたが、攻性プログラムに阻まれて全くコントロールが効かなかった。グレムリンが先に結合した機械に、他のグレムリンは結合やハッキングはできない──間違いなくグレムリンの仕業だ」 「くっ……」 隻哉は歯噛みする。 油断した。まさか白昼堂々、襲撃をしてくるとは思ってもみなかった。 「目測だがこの電車は既に三百キロ以上の速度で暴走を続けている、終点まで止まる気配がないな」 リオが淡々と事実を告げる。 しかしその事実の意味するところは、口調の軽さ反比例するように重い。 この路線の終点は、駅構内に線路が入り込み、そこで途切れる形になっている。そこにこのまま電車が突っ込めば、電車に乗っている隻哉たちはもちろん、駅にいる乗客たちも巻き込まれる大惨事になる。 死傷者は三桁を下るまい。 「マズい! このままじゃ──」 「分かっている。付いて来い」 焦る隻哉を制し、リオは先頭車両から後方へと移動する。 「どこに行くんだよ。グレムリンはあっちだろ」 「落ち着け。ここでは人目があり過ぎる。一旦最後尾の車両まで向かうぞ」 リオが先導する形で最後尾まで駆ける。 こういう時、身体が小さい方が有利だ。 他のざわめく生徒たちの隙間を縫って、何とか最後尾の車両へ。 「あっ、ちょっと隻哉!」 途中梢に声をかけられる。心苦しいが今は緊急事態だ──無視して進む。 最後尾の車両に到達すると、時間帯のせいもあってか人はまばらだった。 「よし、ここから打って出るぞ」 リオは近場の窓に近づくと、窓を開けた。 「行くぞ!」 「──ッ!」 リオは窓から飛び出した。 隻哉もそれに続く。 「結合《ユナイト》!」 リオが光りの粒子へ──そして隻哉の腕に纏わりつく。 一瞬で結合状態になると、隻哉の身体はリオのコントロールに移る。空中で身を翻し、車両の縁に手をかけて反転。 電車の上に降り立つ。 「行くぞ隻哉!」 「了解!」 手甲からするリオの声に、隻哉は力強く答えて駆け出す。 すぐに先頭車両の屋根が見え、そこには亡霊のように少女が佇んでいた。 艶やかなアッシュグレイの長い髪。群青色を基調にしたゴシックドレス。楚々とした佇まい。まるで深窓の令嬢を絵にしたような姿の美少女が、先頭車両の屋根に立っている。 感情のない顔。どこか焦点の合わない目は、見る者を不安に誘う。 「あの子が?」 先頭車両の屋根の端で立ち止まり、隻哉は訝しむ。 ゴシックドレスのグレムリンもこちらに気付いたようだ。焦点の合わない目が、こちらを見据える。 「あら……いらっしゃい……」 アンニュイな口調。 こちらを見据える目は、まるで底の見えない井戸のように昏く虚ろだった。 その瞳の昏さに、隻哉はゾクリと悪寒を覚える。 「あなたがエルゥのパートナーさんね?」 「?」 「……何のことだ?」 ゴシックドレスのグレムリンの問いに、隻哉は首を捻り、リオも疑問符を返す。 「今お前は私のことをエルゥと呼んだのか? それが私の本当の名前か?」 「エルゥは愛称だけど……あらあら、エルゥったら私たちのことを忘れているのかしら。私よ、シックスよ」 「悪いな。私の記憶領域はダメージを負ったせいで、幾つかの記憶が抜け落ちている──お前のことを私は覚えていない」 「あらあら……」 シックスと名乗ったゴシックドレスの少女は、口元を押さえて笑う。姿も相まって、まるで西洋人形のようだ。 こんな──電車の上で出会わなければ、とてもナノマシンの集合体であるグレムリンだと思わなかっただろう。 隻哉はもう一度首を捻る。 「君は本当にグレムリンなのか?」 「ええそうよ」 「だけど君は、人間の姿のままじゃないか」 鷹揚に答えるシックスに、隻哉は素朴な疑問をぶつける。 今まで戦ってきたグレムリンも、そしてリオも──彼女たちは機械と結合して戦うが、その際に身体を粒子に変換して、機械に纏わりつくという形態をとる。 しかしシックスは少女の姿のままだ。 これはどういう事だろう? 「あらエルゥは《融合型》と《自律型》の事さえ、記憶データに残っていないのね」 「《融合型》と《自律型》?」 「グレムリンには大きく二つのタイプがあるわ。エルゥのように機械と融合して操る《融合型》と、私のように自分の姿を保ったまま身体の一部を機械に接触させることで操る《自律型》。融合型は強化率に秀でているけど、同時に結合する機械がなければ満足に戦えないという欠点がある」 だけど──とシックスはやや見下した顔になる。 「だけど自律型は結合する能力を持ちながら、通常形態のままでも一定以上の戦闘能力を発揮できるよう設計されている。いわば融合型の欠点を補ったのが、自律型であるというわけね」 なるほど。 つまりシックスは、リオよりも自分の方が優れていると、暗にそう言っているのだ。 「ハッ! 言ってくれる」 その発言が頭に来たのか、リオは苛立たしく声色を荒げる。 隻哉はスッと腰を落とす──いつでも飛び出せるような、脚に溜めを作った構えだ。 「そのボディを今すぐスクラップに変えてやる!」 「出来ないわ──貴方は私に近づく事さえできない」 尚も余裕を崩さずシックスは煽り続ける。 緊張が極限まで高まる。 隻哉は一歩踏み出──そうとしたところで、それは前から襲ってきた。 空を切り裂いて、鋼の煌めきが隻哉に向かって走る。 「なっ!」 反射的に隻哉は一歩後退。 さっきまで隻哉がいた場所を、白銀の斬閃が通り過ぎる。耳障りな高い音がした。見れば電車の屋根が切り裂かれている。 その切断面は細く滑らかで、とても金属を切断したとは思えない。 何という切れ味だ。 (でもどうやって──⁉) 隻哉はシックスを改めて見る。 彼女は先頭車両の屋根に立ったまま、一歩たりとも動いていない。どうやって攻撃したのか、隻哉には全く分からなかった。 「よく見ろ! 髪だ‼」 隻哉は目を凝らす。 シックスのアッシュグレイの髪が風にたなびく。その髪の中の一房が、まるで生き物のように動いた。 鎌のような形状に変化した髪の毛が、ゆらゆらと揺れている。 よく見れば、長さまで最初とは変わっている。 「長さ・硬度ともに変幻自在の髪──あれを超高速で振り回していたんだろう」 「正解♡」 シックスはにこやかに首肯する。 「私はあなたのように、身体ごと結合する必要はないし出来ない──けど、髪の毛一本でも対象に触れれば簡単にハックできるし、この髪を束ねて振るえば──」 また白銀の斬閃が煌めいて、一瞬で電車の屋根が一部切り取られる。 その凄まじい切れ味に、隻哉はゴクリと唾を飲み込んだ。 あの髪の毛もナノマシンの集合体──つまりは硬軟自在の金属で出来ている。 刃物の切れ味はおおよそ刃先の薄さに比例し、より薄く摩擦を受けない方が、切れ味が増すのだ。 極限まで薄く伸ばされた髪の毛の束を、超高速で振り回せば、その切れ味は一目瞭然──鋼鉄さえもバターのように容易に切り刻む。 加えてその薄さと速さ故に、視認するのは極めて困難。 派手さはないが、白兵戦に秀でた能力だ。戦慄を禁じ得ない。 「結合した物に頼らなくても、私にはこの最速最強の刃がある。あなたに破れるかしら?」 言うが早いかシックスの髪でできた刃が閃き、それをギリギリ手甲で受ける隻哉。 手甲と刃が衝突して火花が散る。 「チィッ!」 リオは舌打ちするしかない。 「気を付けろ隻哉!」 縦横無尽に振るわれる鎌を、前後左右に飛び回って避けながら、リオは話し続ける。 「業腹だがあいつの言う通り、あの鎌の切れ味は尋常ではない。私の強化力場だけでは止められそうにない。私が直接強化している右腕の装甲以外で受けたら、たちまち両断されるぞ!」 つまり防御手段は右腕しかないということだ。 「さあさあ、どうしたの? 私をスクラップにするのではなかったかしら」 尚もシックスは煽り続ける。 さしものリオも、今は捨て台詞を吐くことも出来ない。 閃く鎌をやり過ごすのに精一杯で、反撃の糸口すらない。 「クソッ! この車両ごと叩き壊せば楽なのだがな──」 「何言ってんだよ! そんな事したら、それこそ大惨事だ‼」 とんでもない事を口走るリオに、苦言を呈する隻哉。 以前戦ったグレムリンは、重機と結合して戦うという力押しの戦法だったので、その意味では対処は容易だった。 リオの出力は規格外なので、パワーによるゴリ押しが通じたのだ。 だが、今は違う。 電車のコントロールを奪った事で、シックスは乗客を人質に取った状態になっている。そして彼女は戦闘を操る機械に依存していない。 自身の持つ性能だけで、脅威となる戦闘力を持っている。 加えて電車の上というこの状況──足場の悪さ、狭さが、シックス優位に働いている。大きく動き回れないので、彼女の斬撃を躱すのが難しい。 大きな動作で避ければ、次の一撃を避け損なう──故に、常に紙一重の動きで躱すしかない。 ヒュン、ヒュンと鎌が空を切り裂く音が鳴り続ける。 隻哉は一瞬でも間違えれば、即座に五体が両断されるという、死のステップを踏み続けていた。 (マズいな、埒が明かない。何か手を打たないとジリ貧だ) 頬を冷や汗が伝う──否、冷や汗だけではない。大量の汗が吹き出している。 隻哉のスタミナも限界に来ていた。 元々運動部でもない隻哉の体力は、決して多くない。身体を動かしているのはリオだが、動いている隻哉の身体は普通の肉体なのだ。 動き続ければどんどんスタミナを削っていく。 次第に息が上がり、動きの反応速度も低下していく。このままだと切り刻まれるのは目に見えていた。 「──仕方ない! 隻哉、覚悟を決めろ‼」 「どうするつもりだ!」 「一か八か、勝負を仕掛ける。いいな?」 「く……! ──分かった、やってくれ‼」 一瞬怯みそうになるも、隻哉はリオの提案に乗った。どうせこのままだと、切り刻まれて死ぬ──なら、たとえ一か八かでも、勝負に出た方がいい。 前後左右のステップで斬撃を避ける動きから一転、隻哉は猛然と駆け出した。 シックス目掛けて一直線に突き進む。 それを見て、憐れむようにシックスは目尻を下げる。 「破れかぶれに特攻? 勇猛と無謀は違うって知らなかった?」 シックスの髪が弧を描いて迫る。 しかしそれをしゃがみ込む事でやり過ごすと、身体を沈めた反動を利用して更に加速する隻哉。 「⁉」 その加速はシックスの予想を遥かに超え、二人を隔てていた距離は一瞬で縮まった。 慌ててシックスは髪を操り、再度斬撃を放つ。 まるで蛇のように髪が翻り、隻哉の死角──背後から刃と化したアッシュグレイの髪が迫る。 「読めていたぞ」 声から表情がありありと思い浮かぶ。リオはきっと得意満面の顔をしていただろう。 拳を振りかぶる動作で右腕を背後へ回す──ガッチリと手甲がシックスの斬撃を食い止めていた。 防御をしながら、同時に次の攻撃への準備にもなっている。計算し尽された動きだ。 「賭けは私の勝ちのようだな!」 既に両者の距離は、格闘戦の間合いになっている。 この距離からならば、シックスが次の斬撃を放つより、隻哉の拳打の方が速い。 「終わりだシックス‼」 「そうね。終わりだわ──貴方」 絶体絶命の窮地にあってなお、シックスはその余裕を崩さない。 シックスの頬が吊り上がる。 その時、隻哉はシックスの髪の毛がもう一房、刃に形を変えて動き出すのを見た。 「私、一度に操れる髪が一房だけなんて、一度も言っていませんわ」 「「⁉」」 シックスの右側頭部から伸びた髪が、鋭利な刃となって隻哉の左側から襲ってくる。 追い詰めたと思ったのも束の間、隻哉たちの方が絶体絶命のピンチに陥った。 右腕以外の部分でシックスの斬撃を受ければ、容易く両断される。だが、頼みの右腕は背後からの攻撃を受け止めるので、背に回している。 今から左から迫る斬撃を受け止めるには間に合わない。 万事休す、隻哉の命運はここで尽きる──かに思われた。 「うおおおおぉぉぉぉ──っ!」 無我夢中で隻哉は動いた。 戦闘中隻哉の身体を動かすリオの戦闘プログラム、それを逸脱して、隻哉は反射的に自らの意志で動いたのだ。 超高速で迫る白銀の斬撃。弧を描いて、脇腹に迫っている。 そこに上から左の手刀を叩き付けた。 「なっ⁉」 「嘘⁉」 リオが驚きの声を上げ、シックスも目を見開く。 何と隻哉は、左手でシックスの斬撃を打ち落としたのだ。 刃物が切れ味を発揮するのは、刃が対象に対して垂直方向に働いている時のみ。側面から叩けば、いくら切れ味の鋭い刃物でも切れる事はない。 だが、隻哉の動きは驚嘆すべきものだった。 一瞬でも遅ければ胴を両断され、一瞬でも早ければ腕を斬り落とされる。 狙ってか偶然か、零コンマ数秒のタイミングでシックスの斬撃を打ち落とすという離れ業を、隻哉はやってのけたのだ。 必勝を確信していただけに、シックスは動揺を隠せないでいた。 リオも隻哉の思わぬ行動に驚きはしたものの、一瞬早く立ち直る。 「──はああああぁぁぁ!」 「しまっ──」 その立ち直りの早さが、勝負の明暗を分けた。 振りかぶられた隻哉の右拳が唸りを上げる。 渾身の右ストレート。 先日ショベルカーさえ吹き飛ばし、粉々にした超高威力のパンチが、シックスの頭部にクリーンヒット。 とても人間が繰り出した打撃音とは思えない轟音と衝撃。 シックスの頭部はパンチが決まるなり、爆発したように四散して粉々に砕け散った。 「──」 頭部を失ったシックスの身体は、なくなった頭部を探すように数歩よろめくと、光りの粒子になって、空へと解けて行った。 「……終わった」 隻哉は心底疲れたかのように、その場に座り込んだ。 手甲が青白い光りを放つ。 結合を解いて、リオが身体を実体化させる。 実体化したリオは、難しい顔をして、隻哉を見ていた。 「何とか倒せたな、リオ」 「ああ……そうだな」 リオは難しい顔をしたまま、上の空な返事を返した。 何かあったのだろうか──隻哉は首を捻る。 (まぁいいさ) 隻哉は車両を見やる。 シックスの結合が解けた今、この電車の暴走も止まったはずだ。少しずつだが、電車の速度も通常通りに戻ってきている。 これでひと先ず安心だろう。 さて── 「なぁリオ」 「……ん、どうした」 「俺どうやって電車の中に戻ったらいいんだ?」 「……あ」 その後、電車の暴走は自動運転システムに何らかのバグがあったという事で処理された。外部からのネットワークを介したハッキングの痕跡は、全く見つからなかったからだ。 隻哉はというと、しばらく電車の側面に張り付き、駅に停車した際の乗り降りの人混みに紛れて、何とか生徒の中に合流した。 後で梢に何処にいたのかと訝しがられたが、何とか誤魔化してやり過ごした。 リオはあれからというもの、いつになく静かなまま、人混みに紛れながらずっと隻哉を見守り続けていた。 そんな一日が終了し、家に戻ると、隻哉は大きく伸びをした。 「あ〜……疲れた」 今日一日、色々なことがあった。 やはりグレムリンとの戦闘は、消耗が激しい。 隻哉の傍らで、リオはやや俯き加減に突っ立っている。 「……どうした?」 「いや……」 リオは何やら言いづらそうに口ごもる。 「電車での戦いから、ちょっと様子が変だぞリオ。何かあったのか?」 「……うむ」 この尊大な態度がデフォルトの幼女にしては珍しい、煮え切らない口調で頷く。 「あー……もしかして、あのシックスって名乗ってたグレムリンから、情報を引き出せなかったのが気がかりなのか? でもあの時はそんな余裕なかったし、しょうがないだろ」 「……そうだな」 「?」 どうもリオは違うことを気にしているようだ。しかしそれが何なのか、隻哉には皆目見当がつかない。 (なんでこんなに大人しいんだ?) しばらくリオに無言で視線を送る──すると根負けしたように、おずおずと口を開いた。 「今日の戦闘。シックスが二本目の髪を繰り出した時、私は負けたと思った。もう手立てはない、と」 「そうだな。あの時は、俺も死ぬって思った」 「けど、隻哉は動いただろう。私の戦闘プログラムに頼らず、起死回生の一手を」 あの時、咄嗟に装甲のない左手で迫る刃を打ち落とさなかったら、今頃隻哉は上半身と下半身が泣き別れしていただろう。 しかしそうはならなかった。 「あれがなかったら私は負けていた。私一人では勝てなかった──隻哉がいたから、私は勝てたんだ」 自らの力不足を恥じ入るように、リオは拳を握りしめる。 「この先、私だけの力では勝てないかもしれない。巻き込んでおいて言えた義理ではないと承知しているが……これからも私に力を貸してくれるか?」 隻哉はゆっくりと目を見開く。 リオの性格を、短い付き合いであるが、隻哉は何となく分かっている。 自らの力に絶対の信頼を持つ自信家──それがリオという存在だ。それだけに、今日の出来事はショックだったようだ。 出力の差は明らかにリオの方が上。状況的にそれを活かす術がなかっただけなのだが、それでもあそこまで苦戦を強いられるとは思っていなかったのだろう。 リオの口からこんなセリフが出るなんて、思ってもみなかった。 自然と隻哉はしゃがみ込み、リオと目線を合わせていた。 「……なんだそんな事か。力を貸すに決まってんだろ」 「へ」 あっけらかんとした隻哉の返答に、リオは目を瞬かせる。 「いいのか?」 「いいも何も、それ以外に選択肢はないってお前が言ったんだろうが」 さも当然のことのように言う隻哉に、リオはしばらくキョトンとしていたが、やがて 「……ありがとう」 そう言って、リオは気恥ずかしそうに顔を背ける。その頬は、少し赤い。 その姿があまりにも意外過ぎて──まるで普通の子供のようで、思わず隻哉は頬が緩んだ。 「こっちこそありがとな」 「?」 小首を傾げるリオの頭を撫でる。 「そう言えば、俺もお前に命を救われてたのに、お礼を一回もちゃんと言ってなかったって思ってさ」 確かに隻哉は巻き込まれた側の人間だ。 本来なら合わなくてもいいような危険な目に合い、グレムリンとそれに関する組織から命を狙われている。 だがそれでも、隻哉がリオに救われたのは紛れもない事実なのだ。 リオがいなければ、隻哉は何度死んでいたか分からない。 「俺はリオがいないと死んでしまうし、リオは俺がいないと戦えない。俺たちは一蓮托生、正真正銘の相棒だ」 「相棒……」 「一人より二人の方が強い。一人じゃ敵わない相手でも、俺たち二人の力を合わせれば何とかなるさ」 当たり前過ぎる理屈だ。 一人で出来る事なんてたかが知れている。 隻哉は握り拳を前に突き出した。 「改めて──よろしく頼むぜ、リオ」 「! うん‼」 リオの小さな拳が、隻哉の拳に触れた。 第三章 翌日の教室。 登校するなり、隻哉は机に力なく突っ伏した。そのまま寝息を立てる。 「アンタ学校に寝に来てるの?」 頭上から梢の声がした。 鉛のように重たい身体と瞼を無理矢理動かし、顔を上げる。 「……マジで疲れてんだよ」 筋肉痛で身体が軋む。 「何? 昨日の校外学習、そんなに疲れたの? それは流石に体力なさ過ぎでしょ」 「いや……ちょっと朝にジョギングをしてたんだ」 梢が意外そうな顔をする。 隻哉はスポーツが好きというわけでもないし、運動が得意という訳でもない。 「どうしたの急に」 「いや、その……ちょっと運動不足解消に……な」 視線を逸らしながら答える隻哉。 その目は窓の外ではなく、今朝の景色を思い浮かべていた。 「ぜぇ……ぜぇ……」 近くの公園の周りを走っていた隻哉。息も絶え絶えになって、何とか公園のベンチまで到達すると、倒れ込むように腰掛けた。 運動不足の身体は、悲鳴を上げていた。 肺が痛い。口の中に薄っすら血の味がする。 「大丈夫か隻哉?」 そう言って、隻哉を見守っていたリオがペットボトルを差し出す。 「おお……サンキュー」 隻哉はペットボトルを受け取ると、一気に半分ほど飲み干した。 「ふぁ〜、生き返る……」 「しかしどうしたのだ? いきなり今日から朝はジョギングをする、なんて言い出して」 「……体力作りだよ」 人心地ついた隻哉が答える。 「ほら電車で戦った時、最後の方かなりヤバかっただろ。息が上がって、動きも鈍くなってたし」 「そうだな」 「だから、少しは鍛えておいた方がいいんじゃないかと思ってさ」 あの時は何とかなった。 でもこの先も何とかなるとは限らない。 ならば、出来る限りの努力はしたい。朝早く起きて走るのは死ぬほど面倒だが、死んで後悔するよりはマシだ。 「そうか、そうか。それは感心だな」 うんうんと頷くリオ。 「つまり私の力になるために頑張っているのだろう」 「あ、ああ……うん、そうだな」 細かいところで違うが、大意では間違ってもいまい。死なない為に鍛える事は、同時にリオの為にもなる。 曖昧に頷く隻哉に、リオは気を良くしたのか、ニコニコ顔だ。 それが何とも素直な笑顔だった。以前のような可愛らしい容貌に似つかわしくない、生意気さのある尊大な笑みではない。 「そうだ、汗をかいたままだと身体を冷やすぞ。ほら、これで汗を拭け」 どこに持っていたのだろうか。 満面の笑みでスポーツタオルを差し出すリオ。 「……そう言えば、リオって汗をかかないのか?」 「何を当たり前のことを。見た目こそ人間の幼女だが、私はグレムリンだぞ。人間のように発汗する機能はない」 だから──と言って、リオは着ているワンピースの裾を摘まむ。 「着てる服の洗濯もしなくて良いし、臭くもならないぞ」 とは言うものの、リオの着ているワンピースは、長い間着た切りだったため、所々がほつれているし、素地がだいぶ傷んでいた。 リオは気にしている素振りもないが、日中、人に見つからないようにしながら、隻哉の学校の近くをうろついたり、校庭の隅に隠れたりしながら、隻哉の周辺を警戒しているということらしいから、早急にリオの服の事は何とかしなくてはならない。 「それはそうと」 「どうした隻哉?」 「お前は気軽に服の裾を摘まむのを辞めなさい」 このワンピースしかリオは着ていないので、ちょっと裾が捲れ上がっただけで、色々と際どいのだ。 「ふむ? 人間の男は、女の裸体を見ると喜ぶのではないのか?」 「それは相手と状況によってだ。幼女の身体に興奮したら、それはロリコンの変態だ」 「隻哉はそのロリコンではないのだな?」 「断じて違う!」 「そうか──」 リオは腕組みをして考えた後に、カッと目を見開く。 「ではこれからロリコンとやらになったらどうだ? 私なら隻哉を好きなだけ満足させてやれるぞ」 またワンピースの裾を持ち上げようとするリオの手を、隻哉はガッチリと押さえ込む。 「やめろ!」 近所迷惑もかくやの勢いで、隻哉の怒鳴り声が響いた。 「──ねぇ、ちょっと聞いてるの」 「はっ!」 梢の声で我に返る隻哉。 ついつい物思いに耽ってしまったようだ。 「悪い悪い、ちょっとボーっとしてた」 「アンタがボーっとしてるのはいつもでしょ」 「……じゃあ、目くじら立てんなよ(ボソッ)」 「何か言った?」 「何でもありません」 目尻を釣り上げる梢に、隻哉は白旗を上げる。 この気の強い上に弁の立つ幼馴染に、隻哉が勝てるはずがないのだ。早々に降参した方が身のためだ。 話題を変えよう。 と、そこで隻哉はとある事を思い出す。 「そう言えば、梢ん家って、小さい頃の服とかって残したりしてるか?」 「へ? どうだろ、多分クローゼットの奥に、何着かは残ってると思うけど。それがどうかしたの?」 「ちょっとお願いなんだが──」 隻哉は手を合わせて頭を下げる。 「お前のお古を何着か貰えないか?」 「────え」 梢が固まった。 「フハハハハハ! それで? どうなったのだ?」 「笑ってんじゃねぇ。そもそもお前が発端なんだぞ」 放課後、梢と一緒に三森家まで行って、梢のお古で譲ってもいい物を何着か貰った。隻哉が学生鞄の反対の手に持っている紙袋は、その戦利品だ。 家に帰るなり、リビングで紙袋の中身を広げ、服を点検していく。 「ドン引きされた梢の誤解を解くのに、すげぇ苦労したんだぞ」 言い方がまずかったせいで、あらぬ誤解を受けてしまった。 結局母親の知り合いに、女の子がいる家庭があり、そこで子供の服を欲していると、適当な出まかせを言って誤魔化した。 途中、梢は青くなったり赤くなったりと忙しく表情をコロコロと変えていたが、最終的には納得してくれた。 ……納得してくれたと信じたい。 人間関係が壊滅的な隻哉にとって、梢から軽蔑される事だけは避けたいところだ。 「取り敢えず、幾つか着てみろよ」 「うむ。分かった」 そう言って、リオは紙袋から取り出した、子供用の服に袖を通す。流石に下着類はないが、これはもう何処かのディスカウントショップで買うか、ネットの通販で買おう。 (その時は、母さんに履歴を見られないよう注意しないとな) 息子が幼児用の下着類を通販していたら、母親はなんと思うのか──梢と同じように、あらぬ誤解を受けるのは御免だ。 「これでどうだ」 早速試着したリオ。 リオが選んだのは、袖の短いブラウスに、下は丈の短いデニムのスカートというものだった。 一瞬、隻哉は昔の光景がフラッシュバックする。 そう言えば、かつて梢もこんな格好をしていた。小さな頃の梢は今よりもっと男勝りで活発な子供で、他の女の子とままごとをしているよりも男の子に混じって走り回っているような──そんな子供だった。 だから梢の服は、こういう動きやすいものが多い。 「どうだ? 似合っているか?」 「ああ、よく似合ってるよ」 「そうか!」 盛んにポーズを取るリオ。 似合っていると言われたのが、よほど嬉しかったのだろうか。 隻哉としても満足だ。 今までのリオの格好は、どうしても周囲から浮く。元々簡素な手術衣のような服を、無理矢理ワンピース風にして着ているだけだから、悪目立ちするのだ。 この格好なら、その心配はないだろう。 「──さてと、そろそろ行くか」 「ん? 塾に行くには随分と早いな」 まだ午後四時にもなっていない。 塾はいつも七時からだから、まだ二時間以上時間がある。 「今日は塾の日じゃない、行くのは医大の付属病院だよ」 手早く荷物をまとめると、隻哉は連れだって家を出た。 自転車の後ろにリオを乗せ、隻哉はペダルを漕ぐ。 「リオ、落ちないように掴まってろよ」 「分かった」 そう言って背後から隻哉の腰に手を回すリオ。 心なしか必要以上に密着している気がするが、多分気のせいだろう。 家を出て自転車を漕ぐこと三十分、隻哉は久瑠間医大の付属病院の前まで来ていた。風格ある煉瓦敷きの道。病院とは思えないような、ガラス張りの洒落た建物が高くそびえ立つ。 隻哉は隅にある駐輪場に自転車を止め、リオの手を引いて歩き出す。 「しかし医大の付属病院に用があるとは……隻哉は大病を患っていたのか?」 「……なぁリオ、俺の腕の事を忘れてないか」 隻哉は左手で右の義手、二の腕辺りをポンと叩く。 ああ、とリオは納得。 あまりにも普通に過ごしているから忘れがちだが、隻哉は四肢を欠損した身障者なのだ。 「筋電義肢は高度な機械工学の結晶であると同時に、医療技術でもある。ここには義肢局って言って、義肢を専門に扱う部署があるんだ。今日はそこで義手の定期点検をしてもらう」 これまでリオの能力で強化してあるとはいえ、右腕を酷使してきた事に変わりない。メンテナンスを受けておくのはとても大事だ。 これから戦闘が激しさを増した時、整備不良で腕が動かないなんて事になれば、目も当てられない。 義手の調子は、隻哉の生死に直結する。 「──と、いう訳で」 隻哉は付属病院のエントランスに入ると、そのままエントランスの隅に直行。そこはカラフルなクッションフロアが敷き詰められ、絵本や人形、自由に使っていい色鉛筆や紙が置かれている。 いわゆるキッズスペース。 大人が受診している間、子供が暇をつぶす為のコーナーだ。 「リオはあそこで待っててくれ」 「私を子供扱いするな!」 むくれるリオ。 「私はグレムリンだぞ。知識量は並みの成人を超える、生きて動くハイテク機械だぞ。こんな見てくれだからって、本物の幼児と一緒にされるのは甚だ遺憾だ!」 「確かにその語彙力は、子供離れしているけど」 隻哉は諭すように、リオの頭に手を乗せる。 「──だからこそだ。今のままじゃ、子供のフリをしてる何かだって、すぐにバレちまう。この先行動するのに、リオがより子供らしい行動なり言葉遣いなりを出来るようになった方がいいだろう」 「それは……そうだが」 「それには、実際に子供と遊んだほうがいい。お前と同じくらいの見てくれの人間の子供が、どんな感じか観察して来いよ」 「人間の……観察……」 隻哉の台詞回しが、若干こじ付け臭いと感じつつも、何か思うところがあったのか、リオはようやく了承した。 「では行ってくる。早く戻って来るんだぞ」 「分かった分かった」 リオをキッズスペースに送り出し、隻哉は付属病院の廊下を進んだ。 義肢局は、義肢を扱うという性質上、付属病院の隅の隅に追いやられるようにして存在している。 かつて義肢を改造して悪事を働く輩が頻出した時期があったせいか、今でも筋電義肢の装着者に対する風当たりは強い。 そんな世間に対して、公的な医療機関である付属病院が迎合するわけにもいかないが、かと言って世間に異を唱えるのも難しい。 結果、義肢局は病院の隅に追いやられるようにして、ひっそりと存在するのである。 「蓮池隻哉様ですね」 義肢局のカウンターで診察カードを提出する。 「ご予約ありがとうございます。こちらの番号のお部屋で義肢の取り外しをお願いします。案内表示に従ってお進みください」 カウンターの看護師から番号札を手渡され、隻哉は番号札に書かれた部屋へと直行。 部屋に入ると上着を脱ぎ、右の義手を露出させる。 肩関節の先、二の腕の付け根あたりから、肌の色が通常と少し違う──どれだけ人の肌に似せても、人工樹脂の肌は本物の肌とはやはり何処か違う。 左手の右の腋の下に伸ばす。右腕の内側、人工皮膚に指を這わせると、僅かな引っかかりを感じる。 それがボタンだった。 深呼吸をしてから、そのボタンを押す。 「ンぐ……」 不快感を覚える嫌な痛みを感じて、義肢が外れた。 この腕を付け外しする瞬間の感覚には未だに慣れない。通常の義手ならこんな事はないのだが、筋電義肢は神経を義手と繋げているので、どうしても義手を取り外す時に、神経接続を切るという行程を経ねばならない。 一生付き合っていくのかと思うと、少々うんざりする。 隻哉は取り外した右腕を、検査用の台に乗せる。これで義肢の点検準備は完了だ。 検査台の脇についているスイッチを押すと、台は全自動で運ばれていった。 後は点検結果を待つばかりだ。 隻哉の義手が運ばれていったのを見て、部屋の外から声がかかる。 「お洋服の着用、お手伝いしますか?」 「いえ、大丈夫です」 看護師の申し出を断り、隻哉は残った左手だけで、器用に脱いだ服を着ていく。服を着用し終えて少し待つと、部屋の奥の扉が開いて、担当医──もとい担当技術者の先生との問診に入る。 「ふむ、これは……」 担当者はタブレットに表示された検査結果を眺めて、訝しむ。 「どうかしたんですか?」 「いやちょっと変なんだよね」 中年の担当医は、首を捻る。 「今日点検したデータだと、部品が不思議な摩耗の仕方をしてるんだよ」 「不思議な摩耗?」 「うん。物凄い速度と圧力が、瞬間的に加わったような感じ。でもそんな力がかかったら、本来君の義手は壊れてるはずなんだけど……でもこうして動いていたからね」 しきりに首を捻る担当医。 物理のテストで赤点ギリギリの隻哉には、リオの能力がどういう理屈なのか見当もつかない。 だがグレムリンの能力で強化された機械というのは、どうやら不可解な擦り減り方をするらしい。 少し顔が引きつる。 「あぁ……そうですか」 「蓮池くん、最近何か急激な運動とかはしたかい?」 「い、いえ、全然してません! 身体を動かすような事はまったく‼」 「……運動不足を高らかに宣言されてもね」 担当医はククッと苦笑い。 隻哉は気恥ずかしくなって顔を逸らした。 どうにもオーバーに言い過ぎたようだ。 「ちょっと変わったね。蓮池くん」 「そうですか?」 「少し明るくなったような気がするよ」 自分だとよく分からない。 「新しい友達でも出来たのかな?」 「友達……」 脳裏に浮かぶのはリオの姿。隻哉は苦笑する。 「まぁ……そんなものですかね」 「なんで疑問形なんだい」 「何ていうか、普通とはちょっと違う奴なので」 「なんだいそりゃ」 ひとしきり他愛のない会話をしてから、問診は終了となった。多少摩耗しているが、部品の交換は必要なし。細かい調整だけで良いという事になった。 精密機械で部品をミリ単位で調整された義手が、隻哉の手元に戻って来る。担当医の手を借りて義手を装着する。 神経を繋いだ痛みに耐えて、義肢局を後にした。 これで義肢局での用事は終わった。リオを連れて帰るとしよう。エントランスのキッズスペースへと向かう。 「おーいリオ、帰るぞ」 とかける声のボリュームが尻すぼみに小さくなる。 リオはキッズスペースの隅で、同じくらい背丈の女児と、いっしょに絵を描いて遊んでいた。 「リオちゃんすごい! すっごい上手!」 「そ、そうか?」 まんざらでもない表情で、鼻の下を人差し指でこするリオ。 見れば広げられた紙に、実写もかくやというレベルの絵が描かれている。それは花だったり、犬や猫の動物、自動車など、ジャンルを問わず様々な絵が描かれている。 「凄いってホントに。こんな絵描けないもん」 そう言ってリオと話していた女児は、歪な花びらが並んだ花の絵を恥ずかしそうに押さえる。 「わたしもリオちゃんみたいに描けたらな〜」 「いやいや、そんな事はない。ひとちゃんの描いた花もカワイイぞ。むしろ私はそういう絵を描けないからな」 「そうなの?」 「うん。見たまましか描けないのだ。私の人格プログラムは、人間的性格傾向までは構築できても、自分なりの独自性や創造性の発露までは出来ていなくてな。私もひとちゃんみたいな絵を描けるようになりたいと思うのだが」 「う〜ん? リオちゃんの言ってること、むずかしくてよく分かんない」 「そうだな……つまり私はひとちゃんの絵が好きだってことだな」 「なんだそういうこと! えへへ、ありがと!」 何とも微笑ましいやり取りをしている。 もう少し、離れて見ていた方がいいだろうか。 「うちのパパがリオちゃんみたいだったら、ママももうちょっと優しくなるのになぁ」 「ひとちゃんの家は両親の──パパとママの仲が悪いのか?」 「うん。最近、パパが優しくないってママずっと怒ってる」 「それは大変だな」 「そのうちウワキしてリコンしちゃうかも」 「浮気に離婚──たしか配偶者以外の人物と親密になり、婚約を破棄することだったか。最近は多いと聞くな」 「そうなったらわたし困るなぁ」 「子供はどっちについていくか、選ばなくてはならないからな」 ため息をつく女児に、うんうんと頷くリオ。 (キッズスペースでなんつー会話をしてんだ) これ以上はマズい。 小学校低学年程度の女児の会話とは思えない。 隻哉はキッズスペースに近づいた。 「リオ、変えるぞ」 「おお隻哉、遅かったな」 リオは顔を上げると、駆け寄ってくる。 「すまないな、ひとちゃん。迎えが来てしまったので、私は帰るぞ」 「うん分かった。またね〜」 互いに手を振りながら、リオは女児と別れた。隻哉の袖を掴んで隣を歩く。 「どうしたんだあの子? まさか知り合いか?」 「いや全然。今日会ったばっかりだ」 「それでもうあんなに仲良くなったのか? どうやって」 人付き合いが壊滅的にできない隻哉からすれば、リオの社交性の高さは信じられないレベルなのだが。 「ただ絵を描いていただけだぞ? とりあえず隅っこで絵を描いていたら、隣にいた子が私の絵を覗き込んで『すごいすごい』と言うのだ。描いてほしい物をリクエストするので、それに応えて描き続けていたら、自然と会話が広がってな。ひとみという名前も教えてもらったぞ」 「コミュ力たけぇな」 名前を教えてもらって、すぐにあだ名呼びか。 距離感を詰める速度が尋常ではないなと、隻哉は思わざるをえない。これはリオの社交性の高さ故なのだろうか、幼子特有の素直さのせいなのだろうか。 何となく前者である気がする。 少なくとも、隻哉は小さいころでも、ここまで急速に人と仲良くできた気がしない。 「コミュ力? 私のアーカイブにはない言葉だな」 「スラングだからな。辞書的なインプットだと入ってこない言葉だ」 「どういう意味だ?」 「人と上手くやれる能力が高いってことかな」 「それなら隻哉も高いだろう」 「え?」 思いもよらないセリフに、思わず聞き返す。 「私と上手くコミュニケーションをとって、良好な関係を築けているじゃないか」 「それは……お前の能力が高いだけだろう」 「そうか? 出会ったばかりの私は、相当人当たりが悪かったと思うぞ。だけど隻哉がちゃんと話してくれたから、私は今の私になっている」 「……」 「私の人間関係の構築は、隻哉から始まっているのだ。隻哉をお手本にしていると言っていい。そんな隻哉のコミュ力? が低いわけあるまい。少し自己評価が低すぎるのではないか」 そんな風に思われているとは思いもしなかった。 ふとリオは「むむっ」と腕組みをして考え込む。 「どうしたリオ?」 「いや、やっぱり隻哉はコミュ力が低いかもしれない」 「なんだよ急に。さっきと言ってる事が、百八十度違うじゃねぇか」 「しかしコミュ力の定義が『人と上手くやれる能力が高い』ならば、隻哉はコミュ力がある事にならんかもしれないぞ。何せ私はグレムリンで、人じゃないからな」 「──何だよそれ」 そんなところを四角四面に考えてしまうのは、機械知性であるグレムリンならではなのか。ピントのズレた発言に、思わず吹き出してしまった。 なんだか気が抜けてしまって、そんなところを少しだけ──ほんの少しだけ、可愛いなと思ってしまう。 ちょうど視界の端に、コンビニののぼりを見つけた。コンビニチェーンの中でも、ソフトクリーム等店舗で食べるスイーツが有名なコンビニだ。 「帰る前に、あそこでソフトクリームでも食べてこうぜ」 「おお氷菓か。さっきひとちゃんも、帰りにここのソフトクリームをよく食べると言っていたな。とても美味いと言っていたから気にはなっていたのだ」 「じゃ、食ってこう」 隻哉は店内に入るなり、レジへ直行。百五十円のソフトクリームふたつを購入。 レジ横のイートインコーナーで、窓辺の席を確保して、リオと並んで座った。 「そう言えば、グレムリンって飯食えるのか?」 「今更だな。結論から言えば、食べられるが基本的に必要はない。何らかの方法で充電すればいいだけだからな。ただ人間の味覚に相当する感覚はあるし、食べたものは分解して体内発電に使うから、無駄というわけではない」 難しい事は分からないが、とにかくリオがソフトクリームを食しても問題ないという事は分かった。 「じゃ、食べようぜ」 「うむ」 さっそくソフトクリームを一口。 冷たさと甘さ、そしてバニラの香りとミルクの濃厚さが口いっぱいに広がる。懐かしの味だ。 「──せ、隻哉……!」 同じくソフトクリームを一口食べたリオは、落雷を受けたかのように固まっている。 「どうしたリオ?」 初めて食べたソフトクリームは、口に合わなかったのだろうか。 「このソフトクリーム……」 「駄目だったか?」 「メチャクチャ美味いな‼」 カッと目を見開いて、信じられないものを見るようにリオはソフトクリームを凝視する。 「何だこれは──何なのだこれは! 美味い、美味すぎるぞ‼ この世界にはこんな美味い物が存在したのか⁉」 見たことのないテンションのリオだ。 興奮の仕方が尋常ではない。 「この濃厚な甘さ、このほのかな口溶け、この芳醇な香り──パーフェクトだ! こんな完成された食品だったのか、ソフトクリームというものは‼」 「……リオ少し落ち着け」 あまりにはしゃぎすぎだ。 店員の目も合って恥ずかしい。 隻哉もまた一口、ソフトクリームを舐める。たしかに美味いが、ここまで感激するほどとは思えない。普通のコンビニのスイーツだ。 「でもまぁ俺も小っちゃい頃、初めてソフトクリームを食べた時は、確かに感激したかもしれないな」 また一舐めする。口の中に広がる甘さに、どこか郷愁のようなものを覚える。 「父さんが買ってくれて……今となっては思い出の味だな」 「そういえば、隻から父親の話を聞かないな。今はどうしているのだ?」 「……死んでる。六年前に」 「え……」 ボソリと隻哉が言った。わずかに何時もより低いトーンで。 リオは予想だにしない返事に、目を瞬かせる。 「そういや話してなかったっけ。俺が父さんと右腕を失くした時のこと」 それは六年前。 まだ隻哉が小学五年生の頃。 夕方のニュースに出るような交通事故での事だ。大型トラックが信号待ちしている隻哉と父に突っ込んできた。 父は隻哉を庇って、トラックに轢かれた。あの瞬間、トラックのフロントが目の前に迫ってきた時、父が必死の形相で隻哉を突き飛ばした一瞬を、隻哉は未だに覚えている。 あの鬼気迫る父の顔は、今も瞼の裏に焼き付いて離れない。 結局、隻哉は命こそ助かったものの、猛スピードでトラックの角とぶつかったことで、右腕がズタボロになり、切断を余儀なくされた。 父とトラックの運転手は、ほぼ即死だった。 当時は気が動転して、事態をあまり理解していなかった。後の警察の調べを聞くところでは、トラックに異常はなく。ブレーキ痕がないことから、居眠り運転だと判断された。 トラックの運送会社からは多額の賠償金が支払われたが、父がいなくなった事で、隻哉を取り巻く世界は一変した。 何もかも歯車が嚙み合わなくなってしまったのだ。 「母さんとはギクシャクするようになるし、腕が義手になってから友達とも上手く話せなくなって、一人で過ごすことが増えた。なんていうか、やっぱり家族がいきなり欠けるってデカいんだよ影響が。それをつくづく思い知らされた」 「そういえば母親は今、どうしているのだ?」 「父さんが死んで、俺とも距離感が掴めなくなっちゃったせいか、家に居場所がないって思ってるみたいで──仕事にのめり込んでるよ。今は単身赴任、それまでも出張や残業ばっかで、殆ど家に帰って来ない」 「そうだったのか……」 あの静かな家を思い出しているのだろうか。 リオは遠い目をしている。 「不思議だな……前なら隻哉の話を聞いても、何とも思わなかっただろうに。なのに何故だろうな……今は何だか……胸が痛い」 そう言って、リオは左手を胸元に当てる。 「なんで胸が痛いんだろうな」 「それはきっと、リオが優しい子だからだよ」 「優しい──とはどういう事だろうか」 「人の気持ちを考えて、行動したり話せるってことかな」 「人の……気持ち……」 リオは目線を落とす。 「……すまない隻哉。私は嫌な事を聞いてしまったのだな」 「別に謝ることじゃないさ」 「でも、思い出したくない──人に言いたくないことだったのだろう?」 「……」 すまない──と、もう一度リオは言った。 「私はただ……隻哉の事をもっと知りたいと思った。それだけなのだ」 「分かってるよ。俺も知ってほしいから言ったんだ」 「……へ?」 キョトンとした顔をするリオ。 「俺だって話したくなかったら黙ってるさ。けど、リオは俺の相棒だからさ。話してもいいかなって……何となくそう思っただけだ。俺が勝手に話したんだから、お前が気に病む事はないさ」 「そう言ってくれるか」 少し伏し目がちにこちらをみるリオに、隻哉は頷いた。 リオはそれでホッとしたように、顔を綻ばせる。 これでいい。 リオに暗い顔は似合わない。 と、その時、リオのソフトクリームがポトリと落ちた。 「あ」 「あああっ‼」 話し込んでいるうちに、すっかり溶けたソフトクリームは、見るも無残にイートインコーナーの床にべちゃりと広がっている。 「私のソフトクリームがぁ!」 「この世の終わりみたいな顔をするんじゃない」 大声を出すリオを隻哉は窘める。 「……床に落ちたソフトクリーム……舐めてもいいか?」 「絶対やめろ!」 「うううぅ!」 未練がましく床に落ちたソフトクリームを、凝視するリオ。放っておくと本当に床のソフトクリームを舐めかねないので、備え付けの紙ナプキンでさっさと拭き取る。 「ああ私の……ソフトクリーム……!」 ガックリと肩を落とすリオ。 さすがにちょっと可哀想になってきた。 「いつまでも落ち込むなよ。今度はコンビニじゃなくて、喫茶店でパフェ食わせてやるから」 「そのパフェというのは、ソフトクリームの一種なのか?」 「ああ。コーンじゃなくて専用の器に盛られて、シリアルとかフルーツとかチョコレートととかがトッピングされた、すげぇ美味いソフトクリームの豪華版みたいな食い物だ」 「ほう──!」 目を輝かせるリオ。 「食べたいぞ! そうだ、今すぐ食べに行こう!」 「いや、今金ねーし」 「そんな殺生な!」 「もう少しで小遣い貰えるから、そん時な」 「むぅ……」 なんとかその場をおさめ、リオを自転車の後ろに乗せて、家路についた。 帰りは遅くなるし、買い食いで一人分余計な出費はあるしと、冷静になれば損な事が多かったはずなのに、何故か悪い気はしなかった。 第四章 それから数日、以前の電車襲撃が失敗した事が余程こたえたのだろうか。嘘のように平穏な毎日が続いていた。 四限が終わった昼休みの教室。 隻哉は大きく伸びをした。身体の凝りをほぐすように、大きく肩を回す。くたびれたように息を吐きだした。 「アンタって疲れてない時あるの?」 「ここ最近は全くないな」 皮肉混じりに話しかけてきた梢に、隻哉は返事をする。 「最近ジョギングはじめたんでしょ。体力増えないの」 「肉体的なスタミナは増えたが、気苦労が多いんで疲れは実質トントンだ」 先の電車襲撃のこともあり、昼間でも警戒しなくてはならなくなった。こんな平穏な学校生活の中でも、どこかで常に神経を張り詰めさせている。 その精神的な疲労感は、日常が続くほど重くのしかかってくる。 「また何かあった?」 「いや……別に」 煮え切らない返答をする隻哉に、梢は複雑そうな表情をした。 「まぁいいけど、ダラダラしてるとお昼休みすぐに終わっちゃうわよ」 「そうだな」 隻哉は鞄を開く。 「あ……」 「何、アンタお弁当忘れたの?」 普段、登校途中のコンビニで買っている昼食用のパンを買い忘れた。 「やっべ、急いで買ってこないと」 「今から購買部に行くの? もう目ぼしい物は売り切れてるんじゃない」 「それでも行くしかないだろ。このままじゃ昼抜きになっちまう」 隻哉は席を立つ。 「……ねぇ、それならさ」 梢がおずおずと切り出す。 「これ食べる?」 梢がカバンから菓子パンを取り出す。 「え、いいのか?」 「おやつ用のパンで、お弁当は別にあるからいいわよ」 「サンキュー、助かった」 さっそくその菓子パンを食べようとして、隻哉の動きが急に止まる。視線の先には、教室の出入り口に立つ岩田の姿。 岩田の目に嫌な雰囲気を感じ取った隻哉は、菓子パンと自分のカバンを持つと、そそくさと席を立つ。 「ちょっとどこ行くの」 「……」 黙って隻哉は歩く。 岩田はニヤニヤとしながら、出入口付近の壁にもたれかかっている。以前と同じ、いきなり隻哉を突き飛ばそうとでも企てているのだろう。 隻哉は努めて自然体をキープしたまま、教室を出ようとする。 岩田の前まで来た。 その瞬間、案の定岩田の身体が動いた。 以前なら突き飛ばされていたところだが、今は違う。 岩田の肩が隻哉に触れる直前で、スッと身を捻って避ける。傍目には分からないほど、ギリギリのタイミングで動いた。 結果、岩田は文字通り肩透かしを食い、バランスを崩した。転んで床に手をつく。狐につままれたような顔をしてから、恥をかかされたと言わんばかりに隻哉を睨む。 しかし隻哉は視線を合わせず、無視した。 (いい気味だ) 何食わぬ顔で隻哉はそのまま、教室を後にする。 あのまま教室で菓子パンを食べていたら、また何か嫌がらせをされただろう。 (さてどこで昼飯にするか) 廊下で菓子パンを立ち食いしていると、教師が何かとうるさい。出来ればどこかで腰を落ち着けて食べたいが。 「やるじゃん」 梢が追いかけて来てそう言った。 「上手く躱せるようになったのね」 岩田と正面切って揉めるのは得策ではない。しかし嫌がらせを受け続けるのは避けたい。となれば、相手が仕掛けてくるのを、躱していくのが一番だ。 岩田が名目上『隻哉が岩田にぶつかって来た』というポーズをとる以上、最初に隻哉がぶつからなければ、それ以上絡んでくる事は出来ない。 もちろん、それ以外の手段で嫌がらせをしてくる事も考えられるが、隻哉が教室に居なければ、そもそも何もしようがないのだ。 鞄を持ってきたのは、隻哉がいない時に物を盗まれたり、教科書を破られたり等をされない為だ。 「最近ジョギングしたからなの? 何か隻哉の動き、速くなってない?」 「そうか?」 「うん。速さっていうか、動きのキレっていうのかな。そういうのが良くなった気がする」 (よく見てるな) 隻哉は梢に感心する。 隻哉の動きが良くなったのは事実だが、それはジョギングを行うようになったからではない。リオに身体のコントロールを任せて戦ってきたからだ。 「私が隻哉の身体を動かしてきた事のフィードバックだな」 数日前、リオに尋ねた時にそう言われた。 「フィードバック?」 「要は私の戦闘プログラムを通して『最適な身体の動かし方』を、隻哉は強制的に体験、体感してきたのだ。そのフィーリングを掴んだから、隻哉は自分の身体を上手く操縦できるようになったんだ」 運動神経が悪いといわれる人間は、そもそも身体の効率的な動かし方をしらない。だから動作が遅く、精彩さを欠く。 しかし隻哉は、プログラムによって導き出された『最も効率的な動作』を、既に体感している。 言ってみれば、長い時間をかけて体得していく感覚という答えを、最初から提示されているようなものなのだ。 「このまま戦い続ければ、隻哉は一流の格闘家になれるかもしれないぞ」 「そんなになるまで、戦い続けたくなんてないよ」 と隻哉は答えた。 四六時中襲撃を警戒して、命懸けで敵と戦うような真似を、いつまでも続けたくなんかない。 それよりもこうして何処で昼飯を食べるかに頭を悩ませるような、平穏な日々を過ごしていたい。 「しかしどうするかな。教室には戻れないし、取り敢えず先生に目くじら立てられないようにブラつきながらパンをかじるかな」 「それなんだけどさ」 梢が髪の毛の先をいじりながら提案する。 「いい所があるか、一緒にお昼にしよ?」 そういう梢に連れて来られたのは、図書室の隣室。 部屋の前のプレートは、文字が掠れていて非常に読みづらい。 目を凝らして何とか文字を判別できる。 「第二図書準備室?」 「さ、入って入って」 梢はポケットから鍵を取り出し、部屋の扉を開ける。 部屋の中は、中央に折り畳みテーブルとパイプ椅子が置かれ、両サイドに大量の本が積まれている。幾つか段ボールも天井に届きそうな程高く積まれているが、あれも中身は恐らく本だろう。 どうやらここは書庫のようだ。 「ここ勝手に入っていいのか?」 「あたしは司書の先生から信用されてるからね。本を汚さなければ、問題ないわよ」 そう言って梢は、中央の折り畳みテーブルの上に鞄を置き、弁当を広げる。 なんとも慣れた仕草だ。どうやらこの部屋をちょくちょく私的に使っていたようだ。 「図書室の本棚に収まらない古い本とか、資料とかの保管に使われてる部屋なのよここ。図書委員の仕事をしてるうちに、先生からここの鍵も持たせて貰ってるわ。管理・整理を手伝わされるけど、ここなら図書室よりも静かに本が読めるから、よく使わせてもらってるわ」 「信用されてるなぁ」 優等生の梢ならではだ。 もっとも、こうして私的な事に利用されているわけだが。 「いいでしょ」 と言って梢はウインク。 その仕草にどこか色っぽさだけでなく、悪戯っ子のような気安さを感じる。そうだ、小さい頃梢と遊んでいた時も、彼女は段ボールで作った秘密基地を見せて、こんな得意げな笑みを浮かべていた。 「さぁ食べよ食べよ。お昼が終わっちゃう」 「だな」 梢の向かいのパイプ椅子に腰掛け、菓子パンの袋を開けた。 「ふふ……なんかあれだね」 「ん?」 「こうして二人でご飯食べてるとさ、思い出さない? 小っちゃい頃、よく一緒にお菓子食べてたよね」 「ああ〜、あったあった」 本当に小さな、それこそリオぐらいの見た目をしていた頃。 その時はまだ、よく一緒に遊んでいた。 「あれから……色々あって、そういうのしなくなってったんだよな」 事故にあってから、立ち直るのに数年はかかった。 その間に、少しずつ梢との間にも距離が出来ていった。 「それがこうしてまた一緒に飯食ってんだから、分からないもんだな」 今だけは、まるで昔に戻ったようなそんな気がした。 「……ちょっと気になってたんだけどさ」 「何?」 「梢って食べる量多くね?」 菓子パンをかじりながら隻哉は思った。 梢のお弁当は男の隻哉からみても、十分な量がある。その上でこの菓子パンをおやつに食べるとなると、梢の食べる量は結構なものになるのではないか? 「い、いいでしょ別に! あたしは食べ盛りなの」 頬を赤らめる梢。食べる量が多い事は否定しなかった。 「太るぞ」 という隻哉の発言を、梢は鼻で笑う。 そしてドヤ顔で胸を張った。 「あたし、いくら食べても太らない体質なの」 梢の豊かな胸が、ポヨンと揺れた。 (なるほど。ここに食べた栄養が全部行くんだな) 「何よその顔」 「いや別に」 隻哉は誤魔化すように視線を逸らした。 こんなバカなやり取りもできるようになった。本当に昔に戻ったようだ。 「良かったよ、隻哉が明るくなって」 「明るい? 俺が?」 「うん。明るくなった……ていうか昔に戻ったのかな」 それは父親が死ぬ前、隻哉が今よりずっと周りと上手くやれていた頃の事だろうか。 「事故以来、ずっと隻哉って塞ぎがちだったからね。最近の隻哉は、昔みたいでずっといいよ」 そんな風に言われるとは思ってもみなかった。 これもリオのおかげだろうか。 それと、 「悪かったな」 「え」 「心配かけて」 思えばずっと梢は隻哉の事を気にかけてくれていた。それは感謝は尽きない。隻哉が改まって礼を言うと、梢はさっきよりもずっと顔を赤くした。頬がリンゴのようになっている。 「べ、別に心配とかそういうんじゃないから! ただ……ほら、知り合いがずっと塞ぎがちになってたら、こっちとしても気になるっていうか。あたし幼馴染だし……それだけだから!」 そう捲し立てる梢は、なんだか悪戯の言い訳をする子供みたいで、なんだか可愛らしくみえた。口にしたら怒りそうなので言わないが。 「ちょっと聞いてるの⁉」 「聞いてる聞いてる」 「ったく」 少し落ちいてきた梢が言う。 「とにかくアンタ、本当に気を付けなさいよ」 「何が?」 「前にも言ったでしょ。最近、変な事故が頻発してるって。あたし達が乗ってた電車も、自動運転システムの不備があったでしょ。あれ、もう少しで大事故になってるとこだったんだから」 「ああ」 それは重々承知している。 「だからアンタも気を付けなさいって言ってるの。アンタのお葬式なんて、あたし出たくないからね」 そうだ。 あの事件は解決したから良かったものの、もう少しで隻哉たちは死んでいたのだ。 チラリと梢を見やる。口調こそ乱暴だが、心配しているのが見て取れる。 このグレムリンたちとの争いがこのまま続けば、彼女を巻き込む可能性も十分あるのだと、今更ながらに思い知る。 隻哉はこの静かな時間の幸せを噛み締めると共に、あり得たかもしれない最悪な結末を思って、固く拳を握った。 授業が終わり、学校の傍をうろうろして時間を潰していたリオと合流。家に帰る道すがら、隻哉は切り出した。 「今日から夜のパトロールをしようと思うんだ。構わないか?」 「急にどうしたんだ隻哉?」 いつになく積極的な隻哉の発言に、リオは面食らう。 「今まで俺たちは受け身だっただろ。いつも襲ってくるグレムリンを迎え撃っていた。でも、相手に先手を取られた時点で、こちらは不利なんだ」 いつだって攻める方が主導権を握り、守る方は振り回される──戦闘に限らず、スポーツや何らかの競技であれば共通する、争いごとの鉄則だ。 「だからこちらから打って出ようと思う」 「しかし、打って出ようにも、探す当てはあるのか?」 「ない」 「じゃあどうやって」 「それでも、誘い出すくらいはできるんじゃないか」 隻哉は昼間は学校に通い、夕方以降は基本的に塾と買い物があるくらいで、ほぼ家にいる。隻哉の家は住宅街にあるから、他の民家も多く、何か事件が起こればすぐに知れ渡るだろう。 一貫して人気のある場所に居続けている事が、グレムリンの接触を防いでいるという見方もできる。ただ自分の安全を考えるだけなら、今の状態がベストだが、それも限界がある。 「いつまでも襲撃を警戒しながらいるのは難しい。いつか緊張の糸が切れる──何となくだけど、敵がそれを待っているような気がしてならない」 「だから敢えて夜間外出して、敵の襲撃を誘うと?」 「ああ」 隻哉は頷く。 危険はあるが、それでもやる価値はある。 「俺の体力もついてきたし、今なら電車の時よりも長い時間の戦闘もこなせる。それなら仮に敵に襲われても、問題ないだろう。何せ俺の相棒は、最強だからな」 隻哉がリオに視線を送ると、リオはまんざらでもない顔で鼻の下をこする。 「ふふ、そうだな! 真っ向勝負であれば、私に敵うグレムリンなどおるまい!」 「ならいいな。今夜からパトロールだ。襲ってこなかったとしても、街で悪さしてるグレムリンを見つけて倒すこともできるかもしれない」 「おお! 市井の人々を守ることに繋がるのだな。我が相棒がそう言うのなら反対はすまい。今夜から出よう」 隻哉は頷く。 少しでもこの街で、これ以上不幸な事件が起きないようにする。隻哉の周りで不幸な事故が起きたり、それに大切な人が巻き込まれるのは絶対に嫌だ。 「──つってもやる事って言えば、ブラブラ歩き回るだけなんだけどな」 早目の夕食を済ませて、隻哉とリオは連れだって駅前を歩いていた。この辺りは人通りも車通りも多い。 まだ肌寒さの残る夜の空気を浴びながら、二人は街灯の明かりの中を歩いていた。 「とりあえず歩くか」 「うむ」 とリオは隻哉の袖を掴む。 「どうしたリオ?」 「人通りが多いからな、はぐれない為の処置だ」 それもそうか。 納得した隻哉は、リオの手を取る。そのまま手を繋いで歩くが、すぐに隻哉は心配になってきた。 (高校生が小学生女子と手を繋いで歩いている──の図だよな。今の俺たち) 通報されないか不安になってきた。 当たり前だが、リオと隻哉の顔立ちは似ていないので、兄妹と見間違えられるという事はあまりないだろう。 ていうか、知り合いに見られてあらぬ誤解を受けるような事は避けたい。 そう思い、隻哉はその脚を駅前から繁華街、そして役所前などビル群の立ち並ぶ方へと向けた。 「ふふふ」 「なんか楽しそうだな」 リオが含み笑いをした。尋ねる隻哉。 「うむ。正直に言うと少し楽しい。夜のお散歩みたいだ。昼間は一人でいるから、ずっと退屈だった。二人でいると、ただ歩くだけでも楽しいのだな」 「……真面目にやれっての」 そうツッコミを入れるが、かく言う隻哉も悪い気はしなかった。楽しそうに笑うリオを見ているのは、隻哉も気分が良い。 ふと隻哉は腕時計を見やる。時刻は21時を過ぎて、もう少しで22時になろうかという所だ。 そろそろ限界か。これ以上歩いていると、補導されるかもしれない。 特に小さなリオを連れているから、補導される可能性は高い。 (収穫はなかったが、そろそろ引き上げるか) スマホで時間を確認して帰る算段をし始めた時、リオが違和感に気付いた。 「隻哉……!」 「どうした? グレムリンか?」 リオが静かに頷く。 小さな声に耳を澄ますように、こめかみに手を当てている。 「わずかな電磁波を感じる──これは近くでグレムリン同士が戦っているみたいだぞ」 「よし、その現場に向かおう」 隻哉は即座に判断を下した。 「陰から観察して様子を探るんだ。そしてどちらかが倒れたとこを見計らって、残っている奴を叩こう」 「漁夫の利を狙う訳か……合理的だが、ちょっとセコいなぁ」 「自分以外全員敵(バトルロワイアル)なら当然入る選択だろ。殺し合いに卑怯もクソもないさ」 思えばこれまで襲ってきたグレムリンも、第三者が介入できないような状況で襲ってきた。あれも戦闘後の弱った所を、襲撃されないための措置だったのだろう。 つまりは誰かが消耗したところを狙うのは、バトルロワイアルでは当たり前なのだ。 本来なら避けたいであろう戦闘の気配を、他の者に感付かれるほうが未熟──そこを突くのは何ら悪い事ではあるまい。 「それもそうか……」 「とにかく現場に向かおう。リオ頼む」 「うむ! ──結合《ユナイト》」 リオと隻哉は結合状態になると、すぐに跳躍。 一気に十メートルほど飛び上がり電柱の頂点を蹴ってさらに跳び、近くの建物の屋上に着地。 そこから屋根伝いに跳躍と疾走を繰り返し、目的地まで直線距離で駆け抜ける。 駆け抜けた先に見えたのは、廃車置き場だった。打ち捨てられた廃車が、山のようにいくつも積まれている。 「街の一角にこんなところが……」 「ここは開発の遅れたところを、そのまま安く払い下げたところみたいだな。久瑠間市はライフラインや公共施設、交通の自動化を進めるために新設された政令指定都市だから、開発が急すぎて取り残されたところがこんな風になるんだよ」 そういう意味では、グレムリンが暗闘するには適した街だともいえるわけで──よくこんな御誂えた向きの街に来たものだと、感心してしまうくらいだ。 「そうだな。本当にこの街は、グレムリンにとって都合の良い……」 不意にリオが黙り込む。 「どうしたリオ?」 「……いや、何でもない。それよりもこの先だ、油断するな」 隻哉は頷いてから歩を進める。 戦闘の音が大きくなっていく。 隻哉は慎重に物陰から、音のする法を覗き込むと── 「終わりだ」 「が……は……!」 少女の影が二つ、片方がもう片方の胸板を撃ち抜いていたところだった。暗くてシルエットしか分からないが、どうやらちょうど決着がついたらしい。 「そんな……バカな……あたしが……」 呻く声が弱弱しい。 胸を貫かれたグレムリンの身体が崩れ、光の粒子となって空に溶ける。 (俺たちがグレムリンの気配に気付いて駆けつけるまで、それほど時間はかかってない。こんな短時間で、今まで生き残ってきたグレムリンを倒したのか……!) だとすれば今立っている方のグレムリンは、とんでもない強さだという事になる。 (一体どんな奴なんだ?) 隻哉は闇に目を凝らす。 すると雲が流れて、月明かりが差し込んだ。 暗がりの中に、そのグレムリンの姿がぼうっと浮かび上がる。 白い絹糸と見紛うほどの白く艶やかな髪。意志の強そうな切れ長の目。落ち着いた色合いのミリタリージャケットにデニムのパンツ。 迂闊に触れば我が身を斬る──そんな日本刀のような雰囲気をしている。 月明かりを受けて立つその姿は、息を吞むほど美しい。 「おい、いつまでそうして見ているつもりだ? 仕掛けてこないのか?」 怜悧な声がこだまする。 さも当然のように、ミリタリージャケットのグレムリンはこちらを見ていた。鋭い切っ先のような視線が、隻哉を射貫く。 「気付かれた……⁉」 「フンッ、舐めるなよ。この程度の感知、無意識でもできる」 その目は氷のように冷たい。 「そろそろこの街での祭りも佳境。私も打って出てやろうと参上したが──ここまで生き残ったのに、歯ごたえがなくて退屈していた。お前たちは私を楽しませてくれるかな」 そのセリフは、リオと隻哉の強さを賛辞しているようでいて、その真逆。隻哉たちの強さを認めながら、それでも自分の方が強い──という自信が透けて見える。 それがあからさま過ぎて、隻哉は戸惑った。 このグレムリンは只者ではないのは明白だ、それ故に何の情報も得られなかった今、考えなしに突っ込むのは得策ではない。 さてどうするか──隻哉が思考を巡らす間に、今度はリオが口を開く。 「まず確認しておこう。お前はグレムリンで間違いないな」 「如何にも、グレムリンシリーズ9《ナイン》だが……そうか。たしかお前は記憶データに欠損があるのだったな。それでこの蠱毒(バトルロワイアル)を勝ち抜いてきたのは、賞賛に値しよう。喜べ、最後に残ったグレムリンは、私とお前だけだぞ」 己こそが最後にして最強の敵であると、さも当然と言わんばかりに、ナインは淡々と告げる。 その自信はどこから来るのだろうか。 ますます隻哉は仕掛けるのを躊躇う。 「なんだまだ来ないのか」 それに業を煮やしたナインは、思いがけない事を言った。 「それならこうしよう。私は逃げも隠れも防御もしない。三発までお前たちの攻撃を受けよう──ハンデはそれで十分だろう?」 「なっ⁉」 思わず隻哉は声を漏らす。 今までほぼ一撃で数々のグレムリンを倒してきた、隻哉とリオの攻撃を、三発まで防御もせずに受けるだと? ──隻哉は自分の耳を疑った。 リオの全開の一撃を受けきれるなど、とても信じられない。 「ほう……舐めてくれたな……!」 平静を装っているが、これにはリオも怒り心頭らしい。 隻哉はグッと腰を落とし、いつでも飛び出せるように膝に溜めをつくる。 その時、隻哉の頭に疑念が生じた。 本当にナインは隻哉たちの攻撃を受けきるつもりなのだろうか。それよりも、こちらの攻撃を誘う為の挑発の可能性の方が高くないか──? リオもその可能性に思い至ったのだろう、骨伝導で話しかけてくる。 「(隻哉も気付いていると思うが、さっきのセリフは挑発。こちらの攻撃を誘い、カウンターを叩き込むためのブラフの可能性が高い)」 こと戦闘になれば、怒っていてもリオは冷静だ。 「(つまりこのまま攻撃を仕掛ければ、手痛い反撃を喰らう可能性が高い)」 ではどうするか。 「(反撃を見越した上で攻撃し、様子を見る──攻撃を当てた時よりも、その後の隙を突かれないように警戒を怠るな隻哉!)」 了解だ──隻哉は無言で頷く。 「行くぞ!」 「うおおおぉぉ──っ!」 隻哉は全力で地を蹴った。 強化された脚力による踏み込みは、まるでF1マシーンのスタートダッシュ──否、それよりも更に速い。 右ストレートを放ちながら、回避や反撃に備える。 (左に避けたら左のパンチ、右に避けたら右の回し蹴り。攻撃を返して来たら、防御して打ち終わりの隙を狙う!) 万全を期して繰り出した隻哉の攻撃を──ナインは防ぎも躱しも、反撃もしなかった。 ただ受けた。 「「何ぃっ⁉」」 隻哉は瞠目し、リオは驚愕に声を漏らす。 なんとナインは何もしなかった。 本当に仁王立ちのまま、隻哉の繰り出したパンチを受けていた。隻哉の右拳がナインの左頬を捉えるが、全くダメージがあるような素振りを見せない。 隻哉には信じられなかった。 いくら様子見で出した攻撃といえど、それでも相当な威力──少なくとも軽トラくらいなら吹き飛ばせる威力のパンチだったはずだ。 それを何の防御もせずに受けて無傷だなんて──⁉ ナインは余裕綽々、不敵な笑みを浮かべたまま、隻哉を見やる。 「どうした? この程度か?」 「くっ!」 「言わせておけばっ!」 ナインの襟首を掴み上げると、左脚で押すように蹴った。宙に浮いたナインは、たまらず吹っ飛んでいく。 水平に十五メートルは吹き飛んで、廃車の山に激突する。 しかしそれでもナインの顔色が変わることはない。 「あと一手」 まるで死刑宣告でもあるかのように、ボソリと呟くナイン。 しかしそんなナインの煽り文句に取り合う事なく、隻哉はナインに向かって突っ込んだ。(さっきの一撃は全力じゃなかった) 反撃を想定していたため、パンチに全力を込め切れてはいない。このナインというグレムリンは、どうやら防御力・耐久性がずば抜けているようだ。 しかしリオのパワーだってずば抜けている。 本当に全力で撃ち抜けば、こちらが勝つ──半ば祈るような心境で、隻哉は疾走した。今度は撃った後の事を考えない。 この一撃に全てを懸ける。 「はあああぁぁぁ──っ!」 「おおおおぉぉぉ──っ!」 二人の気合が木霊する。 正真正銘全力の一撃。 十五メートル分の助走も加味した、超威力のパンチがナインを襲う。 ドゴオォンッ! 耳を貫く轟音。 かくしてナインは──なおも無傷だった。 「嘘……だろう……」 「そんな……」 リオと隻哉の全力の一撃を喰らっても、ナインは傷一つついてはいなかった。むしろ殴った隻哉の腕の方が、軋みを上げている。 信じられない。 桁外れの耐久力だ。 まるで素手で大岩──否、山を殴りつけるような、そんな徒労感が胸に去来する。 なんとナインは一切の攻撃をすることなく、ただ突っ立っているだけで、隻哉とリオの心をへし折ってみせたのだ。 「これで三手──ではこちらの番だ」 さらに隻哉とリオを地獄に突き落とすナインの宣告。 ナインが拳を握る。 ゾクリ──それだけで隻哉は総毛立つ。 「はぁっ!」 ナインが下から突き上げるようなボディブローを放つ。隻哉の左脇腹に直撃。肋骨が軋みを上げ、内臓が痙攣する。 「ぐぅうっ!」 痛い。死ぬほど痛い。 リオの能力による強化力場が意味をなさない程の威力──というよりも硬さか。派手に吹き飛ぶような威力ではなく、力が一点に集約された貫通力のあるパンチだ。 よろける隻哉に、ナインは追い打ちに左のハイキック。 これは何とか右の手甲で防御するが、それでも腕が痺れる。体感的には金属バットで殴りつけられているかのようだ。 もちろん隻哉からしたらそう感じるという話で、実際にはそんな生易しいものではない。もし普通の人間が喰らったら、頭蓋骨が陥没するどころか掠めただけでも致命傷。まともに喰らえば装甲車の壁に穴が開くレベルの破壊力だ。 さらに追い打ちをかけるナイン。 隻哉は必死に防御する。 (このままじゃマズい──!) ナインの攻撃は一撃一撃が重く鋭い。防御の上からでも、少しずつダメージを負わされている。このまま受け続ければ、スリップダメージで削り殺される。 だが苛烈なナインの攻めは終わらない。 凄まじい勢いで、パンチとキックを連発してくる。間合いを切って仕切り直そうにも、まず間合いを外すことさえ出来ない。 ナインと隻哉では、隻哉の方が体格が大きい──つまりナインの攻撃が当たるという事は、隻哉も手を出せば当たる距離ということだ。 「クソッ!」 破れかぶれに出したパンチが、予想外にきれいに当たった。 しかしそれでもナインの動きは止まらない。こちらのパンチを喰らいながら、なおも攻撃してくる。 (駄目だ……) 隻哉の心の奥底に、ジワリと絶望の黒い影が差す。 ナインには隻哉の攻撃が一切通用しない。それはつまり、戦力に隔絶した差があり、駆け引きや戦略で挽回しようがないことを意味している。 そもそも戦略や戦術というのは、彼我の実力がある程度拮抗している場合にのみ効力を発揮する。 互いに相手に損害を与えられる力を持っているから、如何に自分の攻撃を当て、相手の攻撃を当てさせないかという攻防が発生し、攻防があるからそこに戦術が生まれるのだ。 しかしナインにそれはない。 その耐久力を活かして、敵の攻撃を受けながら自分の攻撃を当てるという、戦術もクソもない戦法が通用してしまう。いうなればゴリ押しするだけで、相手に勝ててしまえるのだから。 こんな相手に小手先の作戦など通用しない。 「マズいな……このままでは……!」 リオの声にも緊迫感が滲んでいる。 戦況は絶望的だ。ナインが狩り、隻哉たちがやられる──そのビジョンしか見えない。この状況をひっくり返す手段が、隻哉たちにはないのだ。 ──それでも。 隻哉は左脚を一歩引いて、右の真半身になる。それだけで相手からみれば、攻撃できる場所は制限され、かつ最も装甲の厚い右腕でナインの攻撃を防御できる。 まだ反撃の手立てはない。 少しでも倒されるのを先延ばしするだけかもしれない。 それでも、ただやられる訳にはいかない。 もし勝てる道筋が見えたとしても、その時に動けなければ意味がない。たとえ1パーセントに満たない可能性だとしても、そう簡単に諦めて楽になる訳にはいかないのだ。 懸命にナインの攻撃を防御し続ける隻哉。 その姿にナインは苛立ちを覚えたようだ。 「まだ勝ち目があるとでも思っているのか?」 「……」 隻哉は無言。ただ歯を喰いしばり、不屈の形相で応える。 「チッ」 ナインは舌打ちすると、攻撃を止めた。 これ幸いと隻哉は一気に飛び下がって距離を取る。手足の神経を尖らせ、探りを入れる。右腕の義手は軋みを上げ、残る両足と左腕は痺れている。粗い呼吸を繰り返して、心臓はかつてないほど早く脈打ち、肺腑は悲鳴を上げている。 だがまだ動く、動ける。動けるうちは、何かまだ手があるはずだ。と、ボロボロになりながらもまだ戦意を喪失しない隻哉を、ナインは理解できないものを見る目で睨みつけている。 「まだ勝負は決していないと──あくまでそう宣うつもりか。ならばいいだろう、気が変わった。お前たちは、嬲って苦しめるのではなく、圧倒的な一撃で苦しむ間もなく殺してやる」 ナインの纏う雰囲気が変わった。 「変異結合・顕現《アナザーユナイト・レヴォリューション》」 ナインは呟く。 その呟きに呼応するように、ナインの姿が変わる。身体が光の粒子に変化し、輪郭が揺らぐ。そして光の粒子が新たな形を成す。 ナインの姿が大きく変わる。 黒光りする甲冑のようなプロテクターを纏い、背にはスラスターのような物が付いている。まるでジェット機のように。 「私は単騎性能特化型グレムリン──イレブンの真逆。広域殲滅力ではなく単体での強さを突き詰めた、一対一の勝負なら最強を誇るグレムリンだ。それを身をもって教えてやる」 ナインの背中のスラスターが火を噴いた。 爆風が吹き荒れたかと思うと、ナインは一気に数十メートル上空まで飛んでいた。さらにイレブンは上昇する。 遥か上空を行くイレブンを見上げながら、隻哉とリオはどうしようもない圧力を感じていた。何かとてつもなくマズい状況になっているのは分かる。 背筋に悪寒が走り、全身が急激に強張る。 しかし動けない。 不用意に動けば、それはそれで隙を晒す事になる──そして。 高度何メートルなのか、隻哉にはもう分からないほど上空に飛んだイレブンが反転。超高速で落下してくる。 その速度は音速を超えていただろうか。 瞬き一つする間に、無音で迫るナインの姿を、隻哉は確かに見た。 「隕鉄天槌《メテオライト・インパクト》!」 「────がはぁっ!」 凄まじい轟音と衝撃。 隕石の墜落もかくやという威力だ。 隻哉は避ける事も防ぐ事も、それどころか攻撃の瞬間を捉える事すら出来なかった。気付けば攻撃を喰らい、吹き飛ばされている。 何メートル吹き飛ばされたのか分からない。 廃車置き場の一角で、隻哉は倒れていた。 全身の感覚が麻痺して、ただただ痛いという感覚だけが残っている。ズキズキと痛む身体を堪えて見れば、ナインの攻撃の余波で、地面にクレーターが出来ている。あんなクレーターが出来る程の攻撃を喰らって、生きているだけでも奇跡的だ。 「うぐぅ……!」 近くでよく知った呻き声を聞いた。 見ればリオが地に伏せて呻いている。ナインの攻撃を受けすぎて限界に達したのか、結合が解けたのだ。 「く……リオ……!」 リオの元に駆け寄りたいが、身体が言うことを聞かない。 リオは苦しそうに呻いている。 そんなリオの様子を、ナインは冷めた目で睥睨していた。 「攻撃のタイミングを予測したのか──まさか直撃の瞬間、力場を最大出力にして受けるとはな。殺し切れないとは思わなかったぞ」 ナインの賛辞。 どうやら速すぎて分からなかったが、どうやらリオがあの瞬間、隻哉を守ってくれたらしい。ナインはそれを讃えているが、それが意味するものは全く逆。 それだけの事をしても、なお甚大なダメージを負わされたという事実だ。 「いや、さすが我らグレムリンの最後期型。大したポテンシャルだよ、トゥエルヴ」 「……トゥエルヴ?」 「知らなかったか? こいつの正式名称は『Gremlin12io』、我らグレムリンの最新型。作られた最後のグレムリンだ」 それだけにその能力と性能は圧倒的だった。 「しかしそうか……記憶領域に負荷がかかって、記憶が一部消失しているらしいな。自分の性能も十全に把握せずにこれだけ出来るなら、少しばかり記憶を送信してやろう」 ナインはリオに近づくと、その頭を鷲掴みにした。 そして、 「あ……があぁ、あああぁぁ!」 リオをハックしているのだろうか。リオが苦しみ喘ぐ姿を、ナインは嗜虐的な笑みを浮かべて見ている。 「思い出せ、そしてもう一度立て。強くなった貴様を倒し、私こそが最強のグレムリンだと証明してやる」 その時だった。 がなるサイレンを鳴り響かせて、疾走する車の音がする。どうやら騒音とさっきの衝撃音を聞きつけて、誰かが通報したらしい。パトカーのサイレンだ。 遠くに赤灯も見える。 「チッ」 ナインも視界にパトカーの赤灯を捉えて舌打ちをする。掴んでいたリオを放す。まるでゴミでも捨てるように。ポイっと。 「運が良かったな。私たちの存在をまだ明るみに出す訳にはいかない、今夜は勝負の結果を預けるとしよう。ではな」 いうが早いか、ナインは無音で闇に姿を消した。 後にはボロボロになったリオと、隻哉だけが残された。 「……疲れた」 家に戻るなり、隻哉が呟いたのはそれだった。 ナインが去ってからも色々と大変だった。ボロボロになって動けなかった隻哉とリオは、そのまま駆けつけた警察に保護され、署まで連れていかれた。事情聴取も受けた。 その時は、隻哉は預かっているリオがいないので追いかけてきた。リオは懐いていた野良猫が心配で廃車置き場に来たと、適当に話をでっち上げておいた。音や光に関しては、廃車が突然動き出したと言っておいた。 警官たちは少し訝しんではいたものの、リオが小さな子供だという事もあって、何とかやり過ごせた。二人は廃車置き場に忍び込んで、巻き込まれた子供という事で処理されることとなった。 「しかし、よく誤魔化せたよな。事情聴取を受けた時、リオの個人データも照会されたハズだけど」 「……それに関しては抜かりない。先にデータを捏造しておいたからな」 答えるリオの声が弱弱しい。 その時だった。 ウーウーと、警報が鳴り響く。 市からの緊急警報放送だ。 『緊急警報、緊急警報。只今、久瑠間市全域の自動管制システム・ターミナルに異常が発生いたしました。住民の皆さまは自動車等の乗り物を使わず、速やかに近くの学校・公民館等に避難してください。繰り返します』 (ターミナルに異常?) 嫌な予感がして隻哉はリオを見やる。 リオは沈鬱な表情で頷いた。 第五章 貴重品等の荷物だけを持って、二人は近くの小学校に避難した。体育館には、地域住民が押しよせてごった返していた。 体育館の隅に二人並んで座り込む。 リオは昨夜から辛い面持ちのまま、床を見ていた。かける言葉が見つからず、隻哉も黙り込むしかなかった。 ポケットからスマホを取り出してニュースを見るが、情報規制がなされているのか、ターミナルに異常が発生したという文面ばかりで、原因に関して言及した記事は一つもない。 ネットの掲示板では、根も葉もない噂が飛び交っている。 「十中八九、ナインの仕業だよな」 「……それは間違いない」 隻哉の独り言に、リオがボソリと答えた。 「恐らくターミナルに直接ハッキングをかけている。ターミナルは幾重にも電子的防御がなされているが、物理的な防御はザルだ。グレムリンの手にかかれば、都市全域の管制システムを乗っ取るなど容易という事だろう」 「一体ナインの奴は何を考えているんだ……?」 ナインが凄まじい強さを持った存在だという事は分かる。しかしその動機が分からない。 「奴は今回の事件を持って、自分が最強であると証明するつもりだ」 「どういう事だ? ……ていうかリオ、なんでお前にそんな事が」 リオがギュッと袖を握る。 「昨夜の戦闘の時、ナインが私の頭を掴んだろう。あの時、アイツは私の記憶領域に幾つかの記録をインストールした。その記録に、私の失われた記憶に相当するものがあった──それで思い出した」 隻哉は疑問に思った。 リオは失われた記憶を取り戻したいとも言っていた。それが戻った今、何故そんなに悲しそうな顔をするのか。 「私たちグレムリンを作ったのは、G機関という組織だ」 「G機関?」 聞いたこともない名前だ。 「だろうな、いわゆる秘密結社という奴だ。世界を裏から操ろうなんて、時代遅れな支配主義の組織だ──しかし笑えないのが、私たちグレムリンのような、表には存在しない高性能な存在を、実際に作りだしてしまえる技術力をG機関が持っているという事実だ」 「しかし世界征服なんて、そんな事出来るのか?」 「裏からの実効支配という意味なら可能だと、G機関は考えた。その為に、世界の技術革新の方向性を誘導までしている」 「どういう事だ?」 「そのままなら支配しずらい世界なら、支配しやすいように世界を誘導しようという事だ」 リオの声は冷静だった。 それだけに信じがたい。しかしリオは続ける。 「例えばこの都市がいい例だ。ありとあらゆる物が自動化され、それらをコンピュータネットワークで繋げ、管理・制御している。ならその管制システムをハッキングできる存在があったら?」 「……あ」 「常識では存在しない。それ故に警戒されず、痕跡も残さず、既存の防犯システムでは対応できない──そんな存在(グレムリン)がいたとしたら?」 世界はグレムリンに対して脆弱なものとなる。 そしてそんな世界なら、牛耳るのは容易い──そういう事か。 「事実、ナインがターミナルを襲撃しただけで、この都市は麻痺して、まともに立ち行かなくなっている」 そうだ。 それは純然たる事実である。 「もっとも今回の件は、G機関の描いたシナリオではなく、ナインの独断専行だろう。インストールされたデータによれば、どうやらこの都市で行われていたのは、サバイバルゲーム。グレムリン同士を戦わせて、もっとも性能の高いグレムリンをハッキリさせるのが目的だったようだ」 「それじゃあ──」 「そうだ。私も奴らと同じ、この都市を舞台に殺戮と混乱を巻き起こすはずのグレムリンだったという訳だ」 そう呟くリオの身体は震えていた。 まるで、自らの出自を呪うかのように。 「リオ……」 かける言葉が見つからず、二の句が継げなかった。 「奴がこの街でやろうとしているのは、ただの示威行為。自分一人だけで、一つの都市を壊滅できるという実績を作る為だろう──なんとしても止めなくては」 立ち上がるリオ。 その横顔には僅かな不安と、大きな決意を滲ませている。 「……ああ、そうだな」 隻哉も立ち上が──ろうとして、しかし立てなかった。 何故、どうして。 困惑する隻哉を他所に、しかし身体はいう事を聞かない。必死に膝に力を込めても、身体を起こす事ができない。 まるで尻が床に張り付いたように立ち上がれない。 だというのに、視界が揺れる──揺れる? 「あ……」 その時になってようやく隻哉は気付いた。 手も足も、まるで痙攣でも起こしたように震えている。ただ立とうとしただけで、奥歯がカチカチと音を立てる。 恐怖していた。 恐れ慄いていた。 体中が竦み上がって、立ち上がることを拒絶していた。 不意にフラッシュバックするのは、昨夜の記憶。 ナインには何をしても通じない。成す術もなくやられるというのは、相当に心を削られる。 そしてあの大技──隕鉄天槌《メテオライト・インパクト》。 恐らくは背中のスラスターによって高く飛翔、その後自由落下の勢いとスラスターのジェット噴射で加速し、超高速の飛び蹴りを放つ。 昨夜は速すぎて判然としなかったが、技自体はシンプルだ。 だが、それ故に強力だ。 その速さ故に、一度発動してしまえばまず避けるのは不可能であり、威力は絶大。いわば己自信を砲弾と化す、捨て身のような技だが、ナインの常軌を逸した耐久力が、この無謀とも思える技を可能にするのだろう。 隻哉にはアレに対抗する手段が何も思い浮かばない。 昨夜の戦闘で運よく死ななかったのは、技の発動を予測したリオが、自発的に最大出力で力場を発生させたのが間に合っただけに過ぎない。 もしほんの少しでもそのタイミングが遅かったら、あるいは出力が足りなかったら──隻哉は間違いなく死んでいただろう。 今まではリオの能力の高さ故に、際どい瞬間があったとしても、恐怖に竦むことはなかった。だが昨夜は違った。 あれほど濃厚な死の気配を感じたのは、昨夜が初めてだった。 ぶるぶると震える身体を、隻哉は押さえ付けるように、両の二の腕を掴む。 今思い出しても寒気がする。 怖くて怖くてたまらない。逃げ出したくて仕方がない。 「……」 無言で震える隻哉を、リオは複雑そうな目で見ていた。 「仕方ない──ナインを止めるのは、私一人で行こう」 「──!」 バッと隻哉が顔を上げると、リオは既に体育館の出口を向いており、その顔を窺い知る事はできなかった。 「だけどリオ、お前ひとりじゃ……」 「だが隻哉はもう戦えないだろう」 「ぐ……」 隻哉は言葉に詰まる。 そうだ。立つことさえ出来ない自分に、何が言えると言うのか。 「元々私の都合に隻哉を巻き込んだにすぎないんだ、隻哉が無理して戦う理由はないだろう」 それはそうかもしれない。 そうかもしれないが──! 「心配するな、それなりに勝算はある。例えこの身に代えても、必ずナインは倒す。隻哉の住む街を、破壊させはしない」 そう力強く宣言するリオの顔は、一体どんな表情をしていたのだろう。 「ではな」 それだけ告げると、リオは振り返ることなく体育館を駆け出していった。 隻哉はリオに向かって手を伸ばすも、追いかける事はできなかった。 久瑠間市全域の管制システム制御棟──ターミナル。 その中枢で、ナインは鎮座していた。 彼女は既にネットワークシステムを完全に手中に納めていた。今や、彼女は指一つ動かす事無く、この都市の全ての機械を意のままに操れる。 既にターミナルの職員は、全て避難し、ここにはナイン一人しかいない。 しかしそれだけの偉業を成してなお、ナインの顔は仏頂面のままだった。それも当然。彼女にとって、この惨状は、己が目的を達成するための舞台装置でしかないのだ。 「……ん?」 ネットワークに繋がれた感覚に、違和感を覚える。 ナインは瞑目したまま、その感覚──ネットワークを探り、違和感の正体を探し当てる。 どうやらこのターミナルの厳重な警備を掻い潜って、急速接近中の物体があるようだ。しかしセンサーに生体反応はない。 「来たか……!」 ナインはカッと目を見開くと、壮絶な笑みを浮かべる。 彼女の望んだ展開になっている。 疼く闘争本能に突き動かされるように、ナインは立ち上がり、ターミナル中枢制御室を出た。 アレとやり合うのなら、狭苦しい所ではなく、出来れば広々とした所の方がいい。 ナインはターミナルの受付前、巨大なホールの上階へと降り立った。 それと同時に、ターミナルの玄関ドアが独りでに開いた。 入ってきたのは勿論、黒い長髪を靡かせた、小柄な身体に不釣り合いなほど不敵な顔をした幼女のグレムリン──リオだった。 「待ちかねたぞ」 「……ナイン!」 ナインは見下し、リオは睨み上げる。両者の視線が交錯して火花を散らす。 「ここまで市街をメチャクチャにすれば、すぐに出てくるかと思ったが、意外と遅かったな──おや、お前だけか。あの男はどうした?」 リオはキッと口を引き結び、ナインの質問に答えない。 それだけで、ナインはある程度の事を察したようだった。 「ふん、なるほど。あの男は逃げ出したか……それで貴様は一人で来たわけだ」 「……」 「しかしトゥエルヴ、お前だけで私に勝てるつもりか? 結合強化に重きを置く設計思想で作られたお前が」 リオはナインやシックス、イレブンのように、素のままで強いグレムリンではない。必ず何らかの機械と結合し、強化することで真価を発揮するタイプ。 故にたった一人で来た時点で、その趨勢はすでに決していると言ってもいい。 「黙れ」 しかしリオはそんな煽り文句にたじろぎもせず、両足に力を込める。すると青白い燐光が、リオを包む。 あれはまるで、結合の際に隻哉を包む力場のような──とナインが思った時、リオは跳んだ。 その身からは想像できない程の超人的な脚力で跳躍。 瞬く間に、ナインの目前に迫る。 「ッ⁉」 「はあああぁぁぁ!」 リオのパンチがナインを襲う。 予想外の跳躍による奇襲を受けて、ナインも踏ん張りが利かなかった。リオのパンチで壁まで吹き飛ぶ。 「貴様には感謝しないといけないな──ナイン」 ナインを殴り飛ばし、ホール上階に降り立ったリオは、鋭い目つきで壁に打ち付けられたナインを見やる。 「貴様がインストールしてくれたデータのお陰で、色々と思い出した。お陰でこんな芸当も出来るようになったぞ」 「──面白い」 壁から身体を引き剥がし、ナインは獰猛な笑みを浮かべる。 「結合なしで力場を発生、自身の肉体を強化する──か。いいだろう、それくらいでなければ壊し甲斐がない!」 その爛々と輝く目は、極上の獲物を前にした肉食獣のそれに等しい。 「貴様だトゥエルヴ、最終型にして最新型のグレムリンを倒して、私は私こそが最高のグレムリンだと証明する!」 「やれるものならやってみるがいい!」 その場のボルテージは見る間に最高潮へ到達。 リオの拳とナインの拳が激突した。 リオが出て行ってから、どれくらい経っただろうか。 既に何時間も経過したようにも感じるし、まだいくらも経っていないようにも感じる。時間の感覚が曖昧だった。 隻哉は茫然自失したまま、ただうずくまって床を見ていた。 何も考えたくなかった。 「ああ! こんな所にいた!」 「……え」 よく知る凛とした声が頭上から振ってきて、隻哉は顔を上げた。 みれば私服の梢がこちらを見下ろして立っている。 「もう心配したんだからね! いるなら声ぐらいかけなさいよ‼」 怒り半分、心配半分という風で、梢は捲し立てる。 「ごめん……ちょっと気が動転しててさ」 それだけ何とか答えた。 「ったく」 と、梢は膨れるが、すぐに張り詰めたものを吐き出すように、大きく息を吐いた。 「……まぁいいわ。アンタが無事に避難しているならそれで」 しかしすぐに隻哉の異常に気付いたようだった。 「何かあった……?」 「別に」 「誤魔化さないで。絶対何かあったでしょ」 と言って、梢が隻哉の隣に腰を下ろす。 こうなったら梃子でも動かない事を、隻哉はよく知っている。だから、リオのことを話さない範囲で、正直に胸の内を語る事にした。 幼馴染の梢になら、他の誰にも聞かせたくないような情けない話でも、話すことができた。 「ただちょっと……自分の弱さに嫌気が差してただけだよ」 「自分の弱さ?」 「うん」 と隻哉は頷く。 「ずっと弱い自分が嫌だった。勇気のない、怖がってばかりの自分が嫌だった──」 隻哉の独白を、梢は黙って聞いている。 「だけど最近、少しずつ変わってきてる気がした。ちょっとずつでも、成長できたんだって──でも違った」 グッと震える両肩を押さえる。 「俺は怖がりなままだった。肝心な時に立ち上がれない、弱い奴のままだった」 いつまでも変われないままの自分。 変わったと思っても、結局弱いままの自分。 それらが否応なしに、隻哉を責め立てる。 結局自分は、何一つ成長してはいなかった。リオという心強い相棒を手に入れて、調子に乗っていただけのバカ者に過ぎない。 それを思い知らされた。 「強くなりたい──怯えたり、怖がったりしないでいられる、そんな人間に」 「──いや、隻哉は弱くなんかないでしょ」 それまで黙って聞いていた梢がいきなり口を挟んだ。それがあまりにも唐突で、あまりにも意外過ぎて、隻哉は一瞬自分の耳を疑った。 今、梢は何と言った? 「弱くない?……俺が?」 「うん」 何という事のないように、梢はさも当然と頷く。 隻哉には、この幼馴染が何を言っているか、全く理解できなかった。 「少なくともあたしから見た隻哉って、そんな弱い人間には見えないけどね」 「そんな訳ないだろ。俺が強かったら、もっと勇気があったら……こんな風に怖がって怯えて、隅でうずくまっていたりなんかしない」 「ん〜、あたしに言わせれば、そこがまず勘違いだと思うんだけどね」 勘違い? 「どういう意味だ?」 「隻哉は強い人は怖がったりしないって風に考えてるけど、きっと強い人でも怖いものは怖いんじゃない?」 「──それは」 「怖いものが何もない、ただ無知なだけの怖いもの知らずと、強い人って違うでしょ。むしろ怖いものに立ち向かえるのが、強い人で──勇気のある人なんじゃない?」 強い人だって怖いものは怖い。 そんな当たり前の事に、なんで今まで気付けなかったのだろう。 そうだ。 立ち上がって体育館を出て行くリオの背は、ほんのわずかだが震えていた。彼女もまた、恐怖と戦い、それでもと死地に赴く覚悟をふり絞っていたのだ。 (怖がらないんじゃない──怖くても立ち向かうのが勇気……!) そうであるが故に、立ち向かえる者は強く、勇敢なのだ。 「だからアタシは、隻哉の事を弱い人だとは思わないよ。アンタは自分の為にはあんまり戦えないけど、誰かの為になら戦える奴だって、アタシは知ってるからね」 「俺、そんな事したっけ……?」 「アンタが覚えてなくても、アタシはちゃんと覚えてるよ」 (敵わねぇな) 隻哉は顔を上げた。 その目に迷いはなく、強い決意に溢れている。 「梢──ありがとう」 そう言って隻哉は立ち上がると、勢いよく体育館を飛び出す。 (急いでリオを追いかけないと──!) 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」 慌てて追いかけてきた梢が、隻哉を引き留める。 「アンタ何処に行く気⁉」 「あ〜……悪い、それは言えない」 「はぁ⁉」 梢は信じられないと言わんばかりに、目を見開く。 「アンタ状況分かってる? 今、街中の管制システムが麻痺して、自動化された機械がメチャクチャになってんのよ? そこらじゅうで事故が起きて、警察も消防もまともに動いてないの! 今出て行ったらどうなるか分からないわ‼」 「分かってるよ、それは」 「じゃあ、なんで行くのよ!」 必死の形相で捲し立てる梢。 それに少しばかりの罪悪感を覚えながら、それでもと隻哉は告げる。 「どうしても行かなきゃいけない理由があるんだ──だから行かせてくれ」 そう言って振り返る隻哉の顔は、さっきまでの物とは違った。覚悟を決めた者だけが見せる、迷いのない真っ直ぐな瞳が燃えている。 「……無事に帰ってくるの?」 「当たり前だ。俺は絶対無事に帰ってくるよ」 「……後でちゃんと説明はしてくれるんでしょうね?」 「ああ。ちゃんと話す」 梢はそこで大きなため息を吐いた。 本当は行かせたくない──だが、ここまで覚悟を決めた者を止められないと、梢は悟っていた。 梢は背を向ける。 「絶対に帰って来なさいよ。死んだら許さないから」 「応!」 隻哉は混乱渦巻く街区へと駆け出した。 ターミナルのエントランスホール。 そこはリオとナインの激闘で、滅茶苦茶になっていた。至る所の床が砕け、壁に穴が開き、瓦礫が舞う。 「シッ‼」 「──ぐぁ!」 鋭い呼気と短い悲鳴。 リオが蹴り飛ばされて床を這う。 肉弾戦が始まっておよそ十五分。既に趨勢は明らかだった。 最初の奇襲でこそ、ナインをパンチで吹き飛ばしたものの、それ以降リオは終始押されっぱなしだった。 やはりナインの耐久力が高すぎて、まともにダメージを与えられないのだ。昨夜の廃車置き場と同じように、ナインが狩りリオが必死に抗う、ただそれだけになっている。 「口ほどにもなかったな」 冷めた目でリオを見やるナイン。 ギリッとリオは歯噛みする。 昨夜、ナインが送ったデータから、まだ発揮できていない自分の能力を改めて理解した。それで力場を通常状態の自分に纏わせるという事をやってみたが──やはり付け焼刃では通用しなかった。 このナインというグレムリンは、強すぎる。 強く、剛く、勁く。 固くて、硬くて、堅い。 隔絶した性能の差で、敵を圧倒、蹂躙する。まるで暴風雨や自然災害のような存在だった。 (私の全能力を、力場の強化のみに当てればあるいは──) そこまで考えて、リオは自嘲する。 力場の出力を上げる事のみに集中すれば、身体を維持できなくなる。そうなれば戦うどころではない。 今更ながらに、一人であるという事を痛烈に感じる。 「隻哉……」 思わずそうリオが漏らした時、 「────リオぉぉぉぉぉ!」 叫び声が大気を震わせて、耳をつんざいた。 「あ……」 声の方を見る。 そこには蓮池隻哉が立っていた。 息を切らし、その場にへたり込みそうになるのを懸命に堪えて、両足を踏ん張って立っている。 その目には強い光を宿し、真っ直ぐにリオとナインを見ていた。 「隻哉!」 「ほう?」 リオは思わず快哉を上げ、ナインは興味深そうに顎の先をつまむ。 「まさかここまで一人で来たのか? 予想よりも思い切りがいいな」 「隻哉、なんで来たんだ!」 「お前を助けに来たに決まってんだろうが!」 叫ぶ隻哉。 「大丈夫だ、こんな奴、私ひとりで──」 「今まさに床で伸びてる奴に言われても説得力がねぇよ」 そこまで吠えるように言ってから、隻哉は少しだけ表情を緩める。 「悪かったな、一緒に立ち上がれなくて。でもちゃんと追いついたから、許してくれないか」 「バカ者……」 と憎まれ口を叩きながらも、リオの目にも力が戻る。 隻哉にはリオが、リオには隻哉が。それぞれ必要なのだ。 隣にリオがいるだけで、隻哉は一人よりも強くなれる──否、強くあれる。いつもよりほんの少しだけ、勇気をふり絞ることができる。 「おい、そこの人間」 そのやり取りを見ていたナインが、面白くなさそうに眉をしかめる。 「まるでお前が来たら、私を倒せるとでも言いたげな口ぶりだな」 「そう言ってるんだよ」 ナインの殺気に満ちた目を真正面から見返して、隻哉は言い返す。怯むような素振りは一切見せない。 それがなおさら、ナインの神経を逆撫でする。 「いいだろう──その大言壮語、あの世で後悔させてやる」 「はっ! こんなもの、大言壮語でも何でもねぇよ。すげぇ簡単な理屈だ。それともそのスパコン並みの演算回路でも分からないか?」 「何?」 「一人より二人の方が強い──ガキでも知ってる理屈だぜ?」 「──貴様!」 ナインの怒りは最高点に達した。 しかしそれでも、隻哉は怯まない。 怖くない訳ではない。今でも脚は震えている、胃がキリキリして、背筋に悪寒が走る。 それでも、隣にリオがいると思ったら、立ち向かえる。 「行くぞリオ」 「おう隻哉!」 リオは隻哉に、隻哉はリオに。お互いに向かって手を伸ばし、そして力強く叫ぶ。 『「結合《ユナイト》!」』 リオの身体が青白い光の粒子となって、隻哉の右腕に集積し、手甲となる──が、そのフォルムが以前と変化していた。 腕のラインが流線形のよりシャープな輪郭になり、さらに以前にはなかったパーツが付け加えられている。 肘の外側にやや張りだした突起があり、さらに二の腕から肩にかけての装甲が厚みを増し、肩の後ろに向かってスラスターがついている。 「む?」 そのスラスターを見て、ナインが訝しむ。 隻哉の肩に新しく出来たスラスターは、ナインのスラスターに酷似していた。 「行くぞ」 隻哉が呟く。 スラスターが火を噴いたかと思った次の瞬間、気付けばナインは殴られていた。 「なッ⁉」 信じられない程の速さ──いやそれよりも。 「うぐぅあが⁉」 頭部に走る不快な感覚に、ナインは思わず呻く。 なんだこれは。久しく覚えのない感覚だ。これは── (痛み──?) ナインは驚愕に目を見開く。 隻哉はただ速いだけではない。その加速から生み出されたパワーは、ついにナインにダメージを与えるだけの水準に達したのだ。 隻哉とリオには、自分にダメージを与える事は出来ない──そう思っていただけに、ナインは衝撃を受けずにはいられなかった。 殴られた頬が熱い。 頭部は衝撃でズキズキと痛む──痛いという感覚を忘れる程に、ナインはダメージを喰らった事がなかった。 「貴様ら、どうやって……これ程の威力を……!」 頭部を押さえながら、瞠目するナインの疑問に、答えたのはリオだった。 『そういえばまだ言っていなかったな、私の設計思想を』 「貴様の設計思想だと?」 『私はな──全環境対応特化自己進化型グレムリン。ありとあらゆる状況に応じて、幾多のデータを集積しながら、自己進化を繰り返す変化自在にして万能のグレムリンだ!』 「まさか──」 ナインは全てを察し、リオは高らかに宣言する。 『そうだ。昨夜の戦闘データを元にお前の能力を解析し、お前の能力の一部を再現した!』 「!」 ナインは驚愕と腹立たしさが入り混じった複雑な表情で、リオを睨む。リオはナインの能力である自己変形で顕現したスラスターを肩と肘に作りだしたのだ。 それによる爆発的な推進力と、その加速が生み出す破壊力は、あの無敵を誇ったナインの耐久力をも量がするに至った。 (これなら勝てる──!) 「覚悟しろナイン」 隻哉は腰を落として、右拳を腰だめに構える。 ナインは少し追い詰められたものの、簡単に戦意を喪失するような者ではなかった。口の端を吊り上げて、不敵に笑う。 「右拳一つだけで私を倒すつもりか?」 「……」 「分からないとでも思ったか──貴様のパンチは確かに私の装甲をも貫く威力がある、だがそのパンチ、右しか撃てないのだろう」 スラスターを利用した急加速による一撃。 その威力は絶大だが、反動もまた大きい。義手以外の生身の手足で繰り出せば、手足の方が砕けてしまうだろう。 だから、隻哉が攻撃できるのは右のパンチのみ。 極論、ナインは隻哉の右のパンチ以外の攻撃は、今まで通り無視してもよいという事になる。 状況は依然として、ナインの優位である事に変わりはないのだ。 「そんなお前が私に勝てるはずもない」 「それはどうかな」 隻哉は再度攻撃を仕掛けた。 スラスターの噴射による神速の踏み込み。そこからの渾身の右ストレート。 「甘い!」 しかし今度はパンチが空を切る。 隻哉の右ストレートを、ナインは左に躱す。最初の一撃は、隻哉たちに自分を害するだけの攻撃は出せないという慢心があったから、喰らったにすぎない。 「最初から来ると分かっていれば、避ける事など他愛もないわ!」 隻哉の初撃を躱したナインは、即座に反撃の右ストレートを返そうとする。そこに向かって、隻哉は左のパンチを繰り出す。 (馬鹿め!) ナインは内心でほくそ笑む。 左のパンチにナインを倒す威力はない──喰らいながらでも攻撃を出し、相打ちとなればナインの勝ちだ。 しかしそんなナインの読みを、隻哉は軽々と超える。 隻哉の出した左のパンチはフェイントだった。左拳はナインの顔面に突き刺さることなく、側頭部を掠めて通過。拳を開いて、隻哉はナインのうなじ、柔道でいえば奥襟にあたる部分に手をかける。 その瞬間、隻哉は左半身を思い切り引いた。 右ストレートを撃とうとしていたナインの上体が、大きく前に流れる。遅れてバランスを取ろうと踏み出される脚を、隻哉の左脚が綺麗に刈る。 「なっ⁉」 何度目になるか分からない驚きの声を、ナインは漏らした。 ナインの身体は中空で半回転。 捨てパンチを布石にした隻哉の足払いが綺麗に決まり、ナインは仰向けの状態で地面に叩き付けられる。 無防備な状態だ。 隻哉は仰向けになったナインの頭上から、必殺の右拳を打ち下ろす。 「くぅ!」 反射的にナインが首を捻った。 ナインの髪を数本巻き込みながら、隻哉の右拳が地面に突き刺さる。頭蓋を打ち割られる寸前で、ナインはそれを回避した。 「このっ!」 仰向けのまま、ナインが脚を思い切り蹴り上げる。 オーバーヘッドキックのように、爪先が隻哉を襲う。隻哉は何とか地面から右拳を引き剥がし、手甲で受ける。 その隙にナインは、床から跳ね起きて距離を取った。 それ以上に攻撃を続けるよりも、距離をとって状況を立て直すことを優先したのだ。ナインの顔には驚愕の色がありありと見て取れる。 明らかに動揺している──それを見逃す隻哉とリオではない。 さらに隻哉は攻撃を仕掛ける。 ナインは迎え撃つが、展開は変わらなかった。 右のパンチを撃ち込もうと隻哉が攻め、それをナインが防御や回避しようとすると、残る左腕や両脚で巧みな崩しを行う。 結果、ナインは体勢を崩されて隙を晒し── 「おおおおぉぉぉ!」 「ンぐぁ‼」 今度は綺麗に攻撃が入った。 隻哉の右のボディブローが、深々とナインの鳩尾を抉る。 クリーンヒットを受けたナインはノーバウンドで十メートルは吹き飛び、壁面に叩きつけられる。 痛みに堪えながら、ナインは燃えるような瞳で隻哉を睨んだ。 「くぅ! ──何故だ‼ 何故、たかが腕一本強化されただけで、こうも後塵を拝す事になる⁉」 『分からないのか』 なじるようなリオの声。 『それは貴様が五分の攻防をして来なかったからだ』 「何?」 『貴様の強さは、その攻防が成立しない程圧倒的な耐久力。それにモノを言わせたゴリ押しだ。これまでは相手の事なんか気にかけることなく、ただ蹂躙するだけで事が済んだ。だが、今は違う。私たちは右拳だけとはいえ、貴様を打ち砕けるだけのパワーを持っている』 ナインが回避や防御をしなければならない攻撃手段を、リオ達は持っているのだ。 『それ故に、そこには攻防が──相手の攻撃を喰らわずに、自分の攻撃を当てる為の駆け引きが発生する。そしてその経験に関して言えば、我々の方が上だ』 いつだって、勝てるかどうか分からない。一瞬の差が生死を分かつような、ギリギリの修羅場をくぐってきたリオと隻哉。 いつだって、勝って当然。相手が何をしようと気にかける事無く、一方的に攻撃を繰り出し、相手を屠るだけだったナイン。 その経験値の差は歴然だ。 そして攻防の駆け引きは、その経験値が物を言う。 リオがナインの能力を盗み、超威力の一撃を手に入れ、勝負の土俵が同じレベルに達した──その時点で、隻哉たちの優位は確定していたのだ。 「言っただろう、覚悟しろって」 「く! ……言わせておけば!」 ギリッと、奥歯が砕けそうなほど強く、ナインは歯噛みする。 彼女には刷り込まれている。汝、強く在れと。強く在る事、最強として君臨する事が、彼女のアイデンティティであると言ってもいい。 「確かにお前たちの方が、競った勝負なら上のようだ──だが!」 いうが早いか、ナインは背中のスラスターを駆動させ、空高く飛翔する。 「マズい!」 隻哉は焦った。 ナインが高く飛んだという事は、あの神速の突撃技──『隕鉄天槌《メテオライト・インパクト》』がくる。 その速さの前に避けるは能わず、その威力の前に防ぐは能わず。 地下深くに潜るでもしなければ、あの技に対抗する手段は存在しないと言っていいだろう。 (どうする? どうすればいい⁉) 焦燥感に陥る隻哉をよそに、リオは冷静だった。 『……心配するな隻哉。策ならある』 「リオ⁉ 本当か!」 『ああ……』 その時、隻哉は気付かなかった。 勝機を見出したというのに、リオの声が若干沈んでいた事を。 『だが細かい説明をしている暇はない。私の言う通り、また少し身体を貸してくれ』 「? ……分かった」 隻哉は訝しむが、すぐに身体の力を抜いた。 すると見えない糸に操られるかのように、自然と隻哉の身体は動く。 ホールの中心に脚を踏ん張っての仁王立ち、そこから真上に向けて左手を伸ばし、見えない弓でも引くかのように、握った右拳は後方へ。 (なんだこのフォームは?) 隻哉にはリオの意図が掴めなかった。 「リオ、一体どうしようっていうんだ?」 『なぁ隻哉。私たちグレムリンが能力を発動する際に、電磁波を流すと前に言ったのを覚えているか』 「え?」 そう言えばそんな事を言っていた気もする。しかし何故今そんな事を? 『つまりグレムリンは高性能な電磁石でもあるわけだ』 「リオ、何を言っているんだ」 隻哉の問いを無視して、リオは続ける。 『そこで電磁力を、戦闘に応用できないかと私は考えた──その結果導き出されたのが、電磁加速砲《レールガン》だ』 電磁加速砲は、発生した磁力で金属の砲弾を加速させて撃ち出す兵器であり、その威力と砲弾の射出速度は、磁力を発生させる電磁石に注がれた電力に比例する。 要するに、電気を消費すればするほど、弾の速度と威力は増していく。 理論上速度の上限は存在せず、消費電力次第でいくらでも威力を上げられるという超絶兵器だ。 もっとも余りにも速度を上げすぎると、砲弾そのものが空気抵抗に耐えられずに燃え尽きてしまうため、砲弾の耐久力が事実上の上限ということになる。 それでも高威力であることに変わりないが。 『このターミナルで暴走している過剰電流を、全て吸収して電磁力発生に回せば、恐らく優にマッハ5は超えるだろうな。さすがのナインも、避け切れまい』 ナインの隕鉄天槌《メテオライト・インパクト》は、回避も防御も不能。ならば、相手が技を繰り出す前に、より速い攻撃を当てればいい──それは理屈には適っている。 だが──隻哉の脳裏に疑問が生じる。 隻哉たちが電磁力、いわば弾を加速させる砲台になるとして──砲弾に何を使うつもりなのだろうか。 その時、嫌な予感がした。 ブツンッ──右腕の付け根に、不快な痛みが走る。これは腕の神経接続が途切れた感触だ。 (まさか──!) 「リオ! お前が砲弾になるつもりか⁉」 『ふふ、その通りだ』 あっけらかんとリオは答える。 それが余りにも自然すぎて、隻哉には現実感がない。 「駄目だそんなの! 他に、他の手がまだ──」 『ないな。考え得る限り、ナインのあの技に対抗できる手段があるとしたら、これしかない』 「クソぉぉぉ!」 隻哉は暴れるが、既に身体の指揮権はリオに渡っている。手足はいう事を聞かず、右腕を撃ち出す構えをとったまま動かない。 「この! チクショウ!」 『おいおい、分かっているのか隻哉。ここでナインを倒さなければ、この都市は壊滅するんだぞ。私ひとりの為に、人口五十万の都市を滅ぼす気か?』 「うるさい!」 しかし無情にも、発射体制は整っていく。 全身に巡る電流が、磁力へと変換される。 「駄目だ! 行くなリオ‼」 『分からん奴だな。こうするしか他に手がないのだ』 「だけど!」 『聞き分けのない奴だな。これではどっちが年上か分からないぞ』 「聞き分けられるわけないだろ!」 隻哉は悲痛な叫びを上げる。 「リオ──お前だ。お前がいなきゃ駄目だ。たとえこの街を救えたって、そこにお前がいなかったら駄目なんだ!」 『……』 流石のリオも押し黙った。 隻哉の脳裏に浮かぶのは、リオと出会ってからの日々の記憶。 怒って、笑って、落ち込んで、喜んで──いくつものリオの表情が頭を駆け巡る。あの日々があったから、あの出会いがあったから、隻哉は変われたのだ。 誰かの──大切な人のピンチに駆け出せる、そんな人間に成れた。 全てはリオのおかげ。 『隻哉がそう言ってくれるのなら、これ以上嬉しい事はないな』 誇らしさの中にほんの少しの寂しさが混じったリオの声。 隻哉にも感覚的に理解できた。既に発射の準備は出来ている。 『悲しむことはない。私はいつでも隻哉の傍にいる──』 それが最後の言葉だった。 伸ばした左手を砲身に、青白い燐光を纏った右腕が、隻哉を置き去りにして射出される。 その速度たるや初速から音速を優に超える速度だった。 約千メートル上空、加速のための距離を稼いだナインが、落下体勢に入っていた。今まさに必殺の絶技を繰り出さんと、眼下に狙いを定める。 「なんだ?」 遥か下方で閃く青白い光。 それが瞬いたかと思った瞬間、ナインの胴をリオが結合した義手が貫通した。その破壊力はまさに規格外であり、ナインは技を出すこともなく大破。 最強のグレムリンは、久瑠間市の空に散った。 当のリオはナインを貫通してもその勢いは止まらず、ついには大気圏外まで上昇し、ついには誰にも見えなくなった。 音速で物体が動けば、そこに衝撃波が生じる。 隻哉はホールの中心から、十メートルは吹き飛ばされた。 見上げた空に見えるのは、青白い燐光の残像だけ。肉眼では既に捉え切れない。全身が痛いが、今はそれさえどうでもよかった。 立ち上がろうとして、バランスを崩す。右腕がなくなった事で、体幹部の重心が変わったのだ。それが否応なしに、リオが行ってしまったのだと伝えてくる。 やり切れない思いが胸をついて、声が枯れるほどに叫んだ。 「リオぉぉぉ──────っ!」 隻哉に答える声はなく、ただ風が流れるだけだった。 エピローグ 都市機能が一時麻痺した大事件。後に久瑠間市事変と呼称される一件から、一週間が経とうとしていた。 教室の隅でぼんやりと外を見る隻哉。 管制システムの暴走が半日程度だったのもあり、都市が瓦解する事は避けられた。 急速に復旧工事が行われ、街は以前の姿を取り戻しつつある。ターミナルの暴走に関しては、行政の調査と説明が行われた後、責任問題や危険性に関して活発な議論が起こり、連日ニュースを騒がせている。 そんな世間の喧騒を、隻哉は冷めた目で見ていた。 そんなあれやこれやが気にならない程、彼にとっては喪失感が強かった。 「ねぇ知ってる? 事件があった日の夕方、隣の県の畑に隕石が落ちたんだって」 「へぇ〜、何か意味ありげだね」 「でしょー」 クラスの話題は、今もあの日に何が起きたか、何をしていたかで持ちきりだ。 勿論、隻哉はそれらの話題に一切関わっていない。話せることなんてなかったし、話したい事もなかった。 だが、そんな隻哉に絡もうとする奴が現れる。 「よぅ紛いモン、腕はどうした」 岩田だ。 ニヤついた顔で、隻哉を見下ろしてくる。隻哉が頬杖をやめて身体を起こすと、右の袖がプランと揺れた。 あの日、リオは隻哉の腕と共に飛んで行った。 筋電義肢は高価かつ独自性の強い器具である為、まだ新しい義手を隻哉は装着していなかった。 中身のない袖が揺れている──隻哉が身障者だと、改めて分かる姿だ。 これまで形だけは健常者と同じだったので、より隻哉の異物感が際立って見える。 「お前、あの日避難もしないで外をうろついてたんだってな。それでついに腕をぶっ壊したんだって? 馬鹿だなぁ」 「ちょっと──」 何時もより歯切れ悪く、梢がまた割って入った。 梢は隻哉を伺うように見ている。 あの日、隻哉を行かせたのは自分だと──そう責めているのかもしれない。悪いのは全部隻哉なのに。 結局、あれから梢とはちゃんと話せていなかった。 帰ってきた時の隻哉が余りにもボロボロで、何があったのか聞けなかったのだ。 いつもと違う梢の様子に、岩田が調子づく。 「それともアレか。ホントは義手なんていらねぇって思ってたんじゃないのか? 良かったなぁ、これで紛いモンじゃなくて本当に正真正銘、全身くまなく人間だ。機械なんてどこにもねぇ──嬉しいだろ」 「──黙れ」 隻哉は冷たく、力強く、怒気をはらんだ目で岩田を睨む。 今義手のことに関して、下卑た笑いのネタにされることが、腹立たしくて仕方ない。 クラスは隻哉のらしからぬ発言に静まり返っていた。 岩田も最初は驚いたのかポカンと口を開けて固まっていたが、すぐに我に返ると青筋を立てて怒り出す。 「んだテメェ、誰に口きいてんだコラ!」 「目の前のアホ面した木偶の棒にだよ」 不遜な態度を崩さない隻哉に、さらに怒る岩田。見るからに恐ろしい形相をしているが、しかし隻哉は怯まなかった。 リオと共に、九死に一生を得るような死闘をくぐり抜けてきた。 その中でどうしようもない死の恐怖を体験して、隻哉は乗り越えたのだ。 改めて岩田を見る──こんな奴の一体何が怖かったのだろうか、そう思うほど岩田が矮小に見えた。 「っのぉ……!」 岩田が動いた。隻哉も呼応するように反射的に動き出す。 掴みかかってくる右手を左腕で払い除けながら、隻哉は岩田の奥襟──首の後ろ辺りを掴む。 瞬間、左半身を思い切り引く。 岩田の上体が大きく前に流れ、遅れてバランスを取ろうと踏み出される脚を、隻哉の左脚が綺麗に刈る。 岩田の巨体が中空で半回転し、教室の床に叩きつける。 「ぐぇ!」 潰れたカエルのような悲鳴を漏らす岩田。 隻哉は流れで止めの一撃を繰り出そうとして──右の袖が力なく揺れる。 岩田は苦痛と驚愕に顔を歪め、隻哉もまた驚いていた。 今のはリオの戦闘プログラムに含まれていた技──それが反射的に出てきた。まるでリオが自分の身体を動かしていた時のような感覚に、隻哉自身も驚きと懐かしさを隠せない。 「俺の腕がなくて良かったな……」 もし義手があったら、隻哉は岩田を殺していたかもしれない──まぁそこまでいかなくても、結構な重傷を負わせていた事は確実だった。 「隻哉……⁉」 「……すげぇ」 「なんだ今の……!」 梢が息を呑み、教室の隅でクラスメイトがざわめく。 「……」 その喧騒から逃げ出すように、隻哉は教室を後にした。 学校を抜け出して向かった先は、家の近所の公園だった。 この公園の外周を走って体力作りをしていた日々が懐かしい。あれから一週間しか経っていないのに、遠い昔のように感じる。 (そういえば走り終わった後、あそこのベンチで休憩してたっけな) 隻哉は公園の隅にあるベンチに腰掛けた。 学校をサボって公園のベンチで黄昏るというのが、高校生のサボタージュとして正しいのかよく分からない。 (そういや、学校サボったの初めてだ……) 義手のこともあって、生活指導を受けないよう気を配っていたから、これまで学校を抜けるという事をしてこなかった。 今更ながらにそんな事を思い出す。 今はそれもどうでもいい。 「……」 風に揺れる右袖を、じっと見ていた。 どれだけ見据えても、義手がないことも、リオがいない事も変わりようがない──そう分かっているはずなのに、見間違いであってくれと思わずにはいられない。 「く……!」 苦悶にも似た声が、喉の奥から漏れる。 (何で行っちまったんだよ!) ようやく、誰かの為に立ち上がれるようになった。 誰かの為に駆け出せるようになれたのに、それを見せたい相手は──唯一無二の相棒は、空の彼方に消えてしまった。 文字通り、身体の一部を失ってしまったような、喪失感が拭えない。 「俺の傍にいるって言ったじゃないか……約束破ってんじゃねぇよ!」 絞り出すような叫びに、 「私が約束を破るわけないだろう」 あっけらかんとした、鈴の音のような返事が返ってきた。 「へ……」 幻聴かと思った。 それは心底聞きたいと思いながら、もう二度と聞こえないはずの、聞き馴染みのある声。 隻哉は顔を上げた。 目の前に少女──否、幼女が立っている。 年の頃は七歳くらい。 腰まで届く長い黒髪。小憎たらしい不敵な顔つき。所々薄汚れて擦り切れた、淡いピンクの長袖Tシャツとデニムのスカートという、アクティブだが可愛らしい服装。 あの日のままのリオが、隻哉の目の前に立っている。 「リオ……?」 「なんだ、相棒の顔をもう忘れてしまったのか? この薄情者め」 「リオ!」 隻哉はベンチから腰を上げると、リオに歩みよろうとしてバランスを崩した。 それをリオが下から支える。 「こらこら、慌てて動くな。片腕がなくて身体の重心が以前と違うんだ、慌てて動くとすぐに転ぶぞ」 よろけた隻哉を下から支えるリオの身体は、間違いなく本物だ。機械の身体とは思えないほどの柔らかさと、耳朶を打つ優しい声が、リオが確かに存在するのだと教えてくれる。 「リオお前……どうやって……?」 「うん? あの日、ナインを撃ち抜いて、そのまま成層圏まで飛んだあと、普通に落下しただけだ。まあ、射出角度やら風の影響で、私が墜落したのは隣県の畑のど真ん中だったがな。流石の私もボロボロすぎて、まともに動けるようになるまで一週間はかかったがな」 クラスメイトが話していた隣県に墜落した隕石の正体が、まさかリオだったとは──隻哉は唖然とするしかなかった。 「もう会えないと思ってたぞ」 「まぁ私も流石に、死を覚悟したがな。私は私の思っている以上に高性能だったという事だな。隻哉、褒めていいぞ」 ふんぞり返るリオ。 「何言ってんだよ。心配かけやがって!」 隻哉はリオを片腕で思い切り抱きしめた。 そうしないと零れる涙を隠せなかったから。 もう二度と何処かへ行かないようにと、強く強くリオを抱きしめる。 「隻哉、ちょっと痛いぞ」 「うるさい! 心配かけた罰だ」 「それは……すまん」 「ったく」 軽く言いやがって。 どれだけ隻哉が気落ちしていたと思っているのか。 だけど、それもすぐにどうでもよくなった。 リオがいる、今ここに。それ以上に何が重要だというのか。 「よく帰ってきた」 「うむ。私にはここしか──隻哉の隣しか、帰るところがなかったからな」 涙が治まったあたりで、リオを放すと、リオは隻哉を真っ直ぐに見据えた。 「私の正体は分かった。しかし今回の一件の背後にあった組織──G機関の事は殆ど分かっていない。組織は恐らくこの先も、私を狙うだろう。隻哉、これからも手を貸してくれ」 「言われなくても」 手伝うに決まっているじゃないか。 「まぁ貸したくても、俺いま手がないんだけどな。誰かさんのせいで」 ひらひらと揺れる袖を示す隻哉。 「うう……それを言うな。悪かったと言っているだろう」 「なら約束だ」 隻哉は左手の小指を突き出す。 「もう二度と、自分だけ犠牲にして何処かにいくような真似はするな」 「分かっている。あんな真似、もう二度と御免だ」 憎まれ口を叩きながら、リオが隻哉の小指に自分の小指を絡ませる。 「そうだ。私は約束を守ったのだから、隻哉にも約束を守ってもらうことにしよう」 「え? なんか約束してたっけ?」 「何を言っているんだ! 今度、私にパフェを食べさせてくれると言っていただろう‼」 輝く笑顔で食い気味に叫ぶリオ。 そうだった。 「そう言えばそんな事を言ったっけか」 「うむ! さぁ今すぐパフェを食べにいくぞ‼ まだ体内エネルギーが枯渇しているのだ、早急に糖分を摂取してエネルギーを補給したい!」 能天気なリオの物言いに、隻哉は思わず笑った。 この無邪気な笑顔を守りたいと思ったから、またこの笑顔をみたいと思ったから、隻哉は立ち上がれた。 隻哉にはリオがいる。リオには隻哉がいる。 それはこれからも変わらない。 ならば、少しでもこの笑顔を守り続けよう──そう心に誓って、隻哉はリオを連れて喫茶店へ向かった。 |
十二田 明日 2022年04月03日(日)21時40分 公開 ■この作品の著作権は十二田 明日さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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2022年05月04日(水)09時00分 | 十二田 明日 | 作者レス | ||||
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きゃつきゃつお様、前作に引き続き感想コメントありがとうございます。 『赤ずきん〜』の方も読んでいただけたようで、嬉しい限りです。過分なお褒めの言葉をいただいて、恐縮しております。 いや〜、きゃつきゃつお様は鋭いですね。ご指摘のあった梢ですが、実はきゃきゃつお様が書かれたのと全く同じ展開──リオの存在に気付いててんやわんやするを考えておりました。ただ、まとめるのが難しくなりそうなので、省いた要素だったんです。 しかしそれだと梢の影が少し薄くなるようでして、今はその展開を含めた形になるよう改稿を進めています。 ただ今きゃつきゃつお様の、『(改)あ〜あ、ただの女子高生だったのに』を拝読しております。 今しばらくお待ちください。 それでは。 |
2022年05月03日(火)10時38分 | きゃつきゃつお | +30点 | ||||
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十二田様 楽しく読ませていただきました。 プロローグから引き込まれ一気に読んでしまいました。 各キャラの性格、場面描写、ストーリー展開、伏線の配置等、良いと思います。 戦闘場面もハラハラドキドキで良かったです。 私は十二田さんの文体、ストーリーはもの凄く気に入っており、前作の「赤ずきん〜」も楽しく読ませていただきました。 ただ、最後の上官とのやり取りは少しくどいように感じました。もう少しシンプルでもと感じました。今更でスミマセン。 梢は、隻哉への幼馴染以上の感情を抱いているのに加え、最終決戦の場へ隻哉を向かわせる場面の演出を盛り上げる大事なキャラとしてよく描かれていたと思います。隻哉との思春期の好意を持った同士の男女の、もどかしい会話や空間もよいと思います。少なくとも私には十二田さんが書きたかった梢の存在感は伝わっていると思います。 物語を進める上で、キーマンとなる主人公以外のキャラは大事なので上手に配置できていたと思います。 もし、続編があるなら、リオの存在に気づいた梢とのちょっとした、てんやわんやもストーリーの一部に盛り込まれる展開になるのですかね。そうすると広げたストーリーの回収が面倒になるかも。勝手な想像でスミマセン。 十二田さんからは、いつも勉強させていただいているのに、私は何もお返しすることができずにスミマセン。 以前投稿した拙作の改稿版を再投稿しましたので、お時間がある時に、お読みいただけますと幸いです。 今作が十二田さんにとって良い結果を導きますよう、お祈りしています。
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2022年04月25日(月)23時00分 | 十二田 明日 | 作者レス | ||||
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カイト様、感想コメントありがとうございます。 なにぶん十二田は王道のお話しか書けないたちなので、それをプラスに受け取っていただけたようでホッとしております(よくオリジナリティが足りないと言われるので)。 バトルシーンだけでなく、三章の病院のシーンを好きなシーンとして挙げていただけたのは、とても嬉しかったです。 さて、ご指摘のあった点についてですが。 ・「結合《ユナイト》」という掛け声について。 すいません。十二田は普段、特撮の類いを見ないので「ウルトラマンエックス」に同様のセリフが、同じシチュエーションで使われている事は全く知りませんでした……。 これについてはパクリだと受け取られないと信じて、このままで行こうと思います。 他の方からも、概ね評判は良いというか、印象に残るセリフのようなので。 ・「主人公の隻哉が万能すぎる」について。 カイト様のご指摘の通り、振り返ってみれば確かにコイツ万能というか有能すぎますね。これでいじめられっ子は確かに変だ……。 ここはカイト様の案を頂戴して、元々すごかったけど事故のせいで無気力になった設定でエピソードを入れ込もうと思います。良いアイデアをいただきました、ありがとうございます。 後は描写の仕方が拙かったですね。 今作は『主人公の腕に相棒兼ヒロインが憑りついて戦う』という設定上、画としては『主人公一人が戦っている』が、『主人公の身体を動かしているのはヒロイン』という非常にややこしい状態になっています。 しかし十二田はいつもの癖で写実的な文章を書いてしまう為、『主人公が自発的に動いているのか』『ヒロインが主人公の身体を借りて動いているのか』があやふやになってしまったようです。 これは偏に文章力不足というか描写の下手さですね。応募までに少しでも分かり易くなるよう、修正していきます。 ・「筋電義肢がユナイトする為の道具になってしまった」について うーん……見抜かれてしまいましたね。 そもそもこの作品は、 グレムリンをヒロインにして何か書きたいな→じゃあ機械に憑りついて戦う設定にしよう →でもそれだと『人間』の主人公とヒロインが手を組む理由がないな→そうだ、主人公の身体の一部を機械にしよう という発想の元に組み立てた作品でして、そもそも筋電義肢は「主人公とヒロインを結びつける一要素」でしかなかったんですね。それを不自然に見えないよう、色々と肉付けしてエピソードを足していったんですが、まだ足りなかったか……。 後半に出す義肢への印象の変化を促すシーンを、ちょっと考えてみます。 ・その他細かい点について ・イレブンは初稿では存在していたグレムリンです。改稿時に消し忘れた部分のせいで、おかしな感じになってしまいました。申し訳ない。 ・梢(幼馴染ヒロイン)の影が薄いのは、十二田が未熟だからです。突飛な性格のキャラ付けが出来ないので、登場シーンの少なさと印象の薄さが正比例しております(駄目だ……上手く書けん!)。もっと登場シーンを増やすか、はたまたカイト様の指摘通り印象的な何かを足すか……検討します。 非常に中身の濃い感想コメントありがとうございました。 カイト様の新作が投稿された際には、是非とも読ませていただきます。 それでは。 |
2022年04月22日(金)23時21分 | カイト | +30点 | ||||
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こんにちは、カイトです。 新作楽しみにしておりました。さっそく読ませていただきました。僭越ながら、感想を述べさせていただきます。 最後まで読んだ感想は、「二時間の特撮ドラマを観ているよう」でした。前回もお伝えしましたが、王道の山あり谷ありの展開が過不足なくまとまっていたと思います。 自分は正直、近未来的なSFはあまり好んで読まないほうなのですが(複雑な設定についていけなくなって…)、今作は物語の世界観や設定がわかりやすいながらくどさなく説明されていて、スムーズに読み進めることができました。すべてをデジタルで管理された久瑠間市という、もうちょっとすれば現実にありそうな設定も、親近感と不安感(ドキドキ)をあおるのにちょうどよかったと思います。 特に好きなのが、電車の上でシックスと戦ったシーンと、第3章の病院でのシーンでしょうか。戦闘シーンは映像が浮かんでドキドキしましたし(一番『特撮っぽさ』を感じました)、第3章では物語の緩急や隻也のバックグラウンドなどが上手に描写されていたと思います。 続いて、気になった点を。 ・「結合(ユナイト)!」について ほかの方も言われているように、本作を象徴する掛け声で、とても印象的でした。 ですがこれ、『ウルトラマンエックス』という作品で、全く同じシチュエーションで使われているので、どうしてもそれを最初に思い出してしまいました。 とはいえ、本作においてこの「ユナイト!」がそこまで多用されているわけではないので、ウルトラマンの存在を知ったうえであえて使われているのであれば、それはそれでいいのかなと思います。そもそもの意味ですし。むしろ、作品の中で数回しか言っていないのに読者の心に強く残るフレーズを書けたのは、すごいことかと。 ・隻哉が万能すぎる点 運動の苦手ないじめられっ子、という設定の割には、妙に度胸も据わっているし、なにより戦い慣れているような印象を受けました。リオとユナイトすることで身体が強化されプロ格闘家並みの動きができるようになる、という設定は理解できるのですが、だんだんそれが隻也自身の意思で動いているような描写に代わっている(隻也が自分の動きを把握できすぎている)のが原因のように感じます。読者として、「主人公の隻也」には、もちろん主体的にかっこよく活躍してほしい気持ちはあるのですが、その反面「え、そんなことまでできるの?」と少々戸惑いと違和感を覚えました。 リオに動かされているのか、隻哉が自身の意思で動いているのか、そこは明確にしたほうがいいかなと思いました。 ここからは自分の完全な妄想ですが、「隻哉は以前は将来を期待されたスポーツ選手だったが、事故で腕と父親を亡くしたことですっかり無気力になってしまった」みたいな過去があると、戦いに順応するのが早いことにも納得がいくかな、とか思いました。 ・筋電義肢について 個人的に、筋電義肢ってとても面白いアイテムだと思いました。言葉の響きもいいですし、便利な道具でありながらそれが好ましく社会に受け入れられていない背景なんかも、細かく描かれていたと思います。 病院のシーンまでは、隻哉の義肢に対する疎ましい思いやそれが変化していく様子が丁寧に描写されていたのですが、その後は単にリオとユナイトするための道具になってしまった感じがしたのが、もったいなく感じました。 あくまで自分の好みですが、リオと筋電義肢を同一視するような義肢に対する愛着が最後に垣間見えたらよかったかな、と思いました。 あとは細かいところですが、 ・急に「イレブン」なる存在が出てきて「?」 ・グレムリンって番号順に強くなってるの? 最後の敵が「ナイン」なら、「テン」は? ・梢の存在感がちょっと微妙。どうしてもリオに押されてしまっているので、何か一つ強い個性があったらいいかも。今のままだと「幼馴染のお手本」みたいなイメージなので、ちょっとだけエキセントリックな性格にするとか。 以上です。 ですが、かなり個人的な嗜好に偏った意見である自覚があるので、あまりお気になさらないでくださいね。あくまで個人の一意見です。 公募でのよい結果をお祈りしております。
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2022年04月16日(土)23時35分 | 十二田 明日 | 作者レス | ||||
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モリッシー様、感想コメントありがとうございます。 過分なお褒めの言葉をいただいて、大変恐縮しております。 さてキャラに関してですが、言われてみるとたしかにセリフ回しでのキャラ立てって、そんなに出来てないですね。 恐らくリオは、少しずつ人間味を獲得していくというストーリーの都合上、出会った当初とその後で変化が出るように意識して書いたので、それがモリッシー様の感想に繋がっているのかな……と個人的には分析しています。 それ以外のキャラとなると、あまり個性(癖?)のあるセリフを言っているキャラがいないので、それは要反省ですね。 あと舞台設定に関してですが、「やっぱりツッコまれたかぁ」というのが、正直なところでして……というのも独自の世界観をどう伝えるか、それも設定を読ませるのではなくエピソードで読者に伝えるにはどうすればいいか──これがやっぱり難しい。 上手くストーリーを転がしながら伝えるべき設定を提示するというのが、中々上手くいかず悪戦苦闘しておりました。 なので、やはりそこを見抜かれてしまったようです。 ここに関しても、応募までに何とか修正したいと思います。 モリッシー様、貴重なコメントありがとうございます。『猫耳銃殺〜』の方をただ今拝読しております、今しばらくお待ちください。 それでは。 |
2022年04月16日(土)17時40分 | モリッシー | +30点 | ||||
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読了しました。 自分の作品を棚上げして感想を書きます。 地の文は読みやすく、所々にバランス良く比喩表現も配置させられていて、読み手を飽きさせません。 冒頭の展開も引きこみが良く、次に何が起こるんだろうかと、想像しながら読みました。 あんまりラノベは読まないんですが、今のところどの作品にも似てなかったと思います。 強いて上げるのならばアクセル・ワールドかな、いややっぱり似てないっスね。 キャラクターの名前が読みずらかったというか、読めなかったです。 『義肢装着者』や『久瑠間高等学校』など、名称も読みずらかったのでルビが欲しいところです。 ラノベの読者層は中高生がメインなんで、そこが少し不親切かな、と思いました。 あと会話文でもっとキャラクターの個性を立たせて欲しいと思いました。でもリオの個性は後半になるにつれ立ってきますね。 世界観の設定はよく練られていましたね。 練られ過ぎていて設定集を読んでいる気持ちにはならなかったですが、ちょっと設定の説明が難しい個所がありました。 もし公募に出すならば電撃文庫かガガガ文庫などのレーベルに合っているのかなと勝手に予想してみます。 良い意味で先の展開が読めなかったので、ハラハラしながら読みすすめられました。 SFの設定に、デスゲームという組み合わせに作者さんのセンスを感じます。 確かな知識に裏打ちされた設定が組み込まれたデスゲームが面白いです。バトルの駆け引きにも緊張感があります。 日常シーンとのバランスも良く、デスゲームの緊張感が一時的に緩和されてほのぼのとした気持ちになれました。 リオ任せの力だけに頼るのではなく、主人公もちゃんと活躍してましたね。 ただのキャラクターではなく、等身大の人間として書かれている点も良かったです。主人公の心理の変化にリアリティがあります。
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2022年04月13日(水)19時59分 | 十二田 明日 | 作者レス | ||||
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ふじたにかなめ様、感想コメントありがとうございます。 引き続き拙作を読んでいただけて、嬉しい限りです。 さてご指摘のあった情景描写の少なさですが、なるほど言われてみると、ちょっと想像がしにくいというか、イメージしやすい作りではなかったですね。 作者としては、現代日本の街並みにちょっと進んだ文明の利器が混じっている風の世界観と雰囲気を想定していたのですが、どうもそれが上手く伝わらなかったようです。 でも確かに2065年っていう年数が出てきたら、サイバーな街並みのほうをイメージして混乱しますよね…… 紛らわしい表現で申し訳ない。応募までに修正します。 貴重なご意見ありがとうございました。 ふじたにかなめ様の新作、投稿されたらぜひ読ませていただきます。 それでは。 |
2022年04月12日(火)14時04分 | ふじたにかなめ | |||||
掲示板を拝見してやってきました。 第一章まで読みました。 主人公が男子高校生とヒロインが幼女の組み合わせ、性格が勝気な幼馴染と、片腕機械の主人公に対して不遇な環境、グレムリン同士の戦いに、個人的な萌えが反応しなかったので、申し訳ないのですが、ここまでの読了となります。私の偏った好みの問題で本当に申し訳ないです。 主人公が片腕が機械なので、迫害対象となっていて、現状に不満を抱いている。そんな中、グレムリン同士の戦いに否応なしに参加していくことになるって物語ですよね? 冒頭で話が早々に伝わっていますし、大きな問題はなかったと思いますよ。設定通りに上手く書けていたと思いました。だから、あまり指摘するところがなくて、もしかしたら反応が少ないのかもしれませんね。 ただ、個人的に気になった点は、冒頭の「2065年、新設された政令指定都市──久瑠間市の路地裏」という場所の表現でしょうか。 どんな「路地裏」なのか、個人的に曖昧だった気がします。辞書で調べると、「表通りに面していない所」ですので、該当する場所が多い気がします。 路地裏で私がよく思い浮かべるのが、古民家が所狭しと立ち並ぶ幅4m以下の生活で使う道でしょうか。 でも、時代が2065年なので、その古い街並みを想像してもいいのか、それとも高層の建物に囲まれた近未来の裏路地なのか、繁華街から少し離れた閑静な戸建て住宅街の路地裏なのか、大きなロボットと戦っているけど、街並みが分かりませんし、「周囲に街灯も少ない」、「人通りもない」「塾の帰りに近道」と少々雰囲気が伝わるけど、情景を伝える説明がなかったので、想像しづらかったんですよね。 気になった点はそのくらいでしょうか。 今回はあまりお役に立てず申し訳ないです。いつも精力的なご活動、尊敬しております。良い結果が出ることを祈ってます。 あと、私は現在ここに作品を投稿していないので、感想返しのお気遣いは不要です。
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2022年04月05日(火)12時36分 | 十二田 明日 | 作者レス | ||||
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みずしろ様、感想コメントありがとうございます。 多分にお褒めの言葉をいただいて、嬉しい限りです! ≫面白いお話ありがとうございます!励みになれば幸いです! とのコメントをいただきましたが、この上なく励みになっておりますとも‼ 擬音の件に関しては、この方がラノベっぽいだろうと思って書いたんですが、どうやら作品の雰囲気には合っていなかったようですね。 応募までに修正しておこうと思います。 嬉しい感想ありがとうございました。 みずしろ様の『均衡機関バッグラドグラ』をただ今拝読中です。今しばらくお待ちください。 それでは。 |
2022年04月04日(月)22時16分 | みずしろ | +50点 | ||||
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二度目の感想送らせてください。 ページを閉じ後で続きが気になり、全部読ませて頂きました! 二話も三話も勢いがあり、主人公の変化も徐々に見られ、特にナインとの戦闘は胸がアツかったです! 格上の存在との戦闘、打破、そして消失と復帰。王道の盛り上がりや見せ方が面白かった!隕石や事故の多発などの分かりやすい伏線回収と、少し分かりにくいけど確かにちりばめられた伏線の塩梅が丁度いい。これが本でも違和感を感じられない完成度に、すごい!すごい!と単純な感嘆しか言えませんでした。 面白いお話ありがとうございます!励みになれば幸いです!
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2022年04月04日(月)21時05分 | みずしろ | +40点 | ||||
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一章まで読んだ感想 冒頭の戦闘シーンの不穏さ、襲われた主人公とかわいい女の子、戦闘、特別な力を渡され(憑かれ)、偶然にも主人公が居たおかげで勝利を掴む、ジャンプの第一話のような勢いと夢のある展開が好きでした! 序盤で世界観をどう伝えるかをしっかりと考えられたのか分かりやすく、頭のなかに近未来でどこか排他的な背景が浮かび入りやすかったです。 見ず知らずの私が言うのもなんですが、作者様はきっと知識があるだけでなくそれをうまく扱え、世界観の土台もしっかりしている上で頭の回転がいいのだろうと感じました。 ユナイト!の掛け声好きです。作品の世界観がここに詰まっていて好きです。 烏滸がましいかもしれませんが、リオの名前をもう少し早くに、序盤のクライマックス直後にほんのり明かされるとああこの子がヒロインなんだな、となるかもしれせん。途中まで少女がヒロインなのか、幼女がヒロインなのか、話の流れでは幼女だと思ったのですがワンちゃん少女かもしれないと揺らいだので。それが伏線か何かに繋がるのであれば申し訳ありません。 こちらは百私の好みですが、擬音(ベキィッ!等)の後に情景や何が起きたのかの説明があるよりも、突然動詞から入ったり、なるべく擬音は使わないで迫力を感じるような文章がすきです。この作品はとても丁寧に作られているので、尚更違和感を覚えました。人によっては違和感を感じないので、ああこんなひともいるんだな程度に読み流してください。 リオが少し異性の目に鈍感なところが好きです。全くそういったことを気にしていない物理的にも精神的にも強い女(幼女)はいいですね。かわいい。 隻哉はいじめの影響で少しひねくれてしまった思考と、強くありたいと願いながら臆病なところがリアルで共感しやすく、青年らしさが出ていて好きです。 長文失礼しました!面白かったです!
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合計 | 6人 | 160点 |
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