猫耳銃殺・魔獣ぶっ殺し童貞中学生と処女ヒロインたちの宇宙エネルギー
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その男は、モノレール内のイスに腰かけて、ウイスキーを飲んでいた。
 太っていて、ボサボサの髪は肩にとどくほど長い。
 おまけにシャツのめくれた太鼓っ腹には、放射状の毛が生えている。
 ウイスキーの瓶には、鳥の絵が描かれていて、ワイルドターキー八年と記されていた。
「んでもって、やっぱ酒は地球の酒に限るよなぁ」
 機嫌よさそうに笑うと、その男はウイスキーの瓶をラッパ飲みした。
「んで、プリズムの酒も美味いけど、やっぱ酒はターキーちゃんに限るぜぇ」
 何日も風呂に入っていないのか、男の身体からは異様な臭いがしている。
 獣臭、とでも呼ぶべきその異臭に、周囲の人間は顔をしかめ、彼から距離をとる。
 他の車両に移る者もいる。
 それだけ彼の風貌と、臭いは、この平凡なモノレールでは異質だった。
「爆発させちゃうぜぇ」
 語尾に音符のマークでも付きそうなほど、男は機嫌よくそう口にする。
 男はまた一口、ウイスキーの瓶を傾けて、ノドが焼けるようなアルコール度数の酒を飲む。
 その瞬間、男の毛が生え放題の腹が、赤く輝きだした。
 その光は幾何学的な模様をしている。
 乗客の視線が、何事かと男の腹に集まる。
 男は手を空中にかざす。
 と、とつぜん男の手の先が爆発した。
 モノレールの一部がくだけ散り、乗客たちの悲鳴が響きわたる。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「なんだっ!? テロか!」
「助けてお母さーーーーん!」
 老若男女、乗客たちは口々に悲鳴を上げたり、怒号を上げたりする者もいる。
 ただ一人、今しがたモノレールの一部を爆発させた男だけが冷静に、逃げ惑う乗客たちを見据えている。
「やっぱマザーは最高だぜぇ。俺にもっともっともっと刺激をくれよ、ママ」
 男はそういうセリフをアルコール臭い息とともに吐きだしながら、今度は別の場所に手をかざす。
 すると、その個所も爆発した。
 爆発した衝撃で車体が揺れるのもお構いなしに、男は乗客を楽しげに眺める。
「あははははっ、ははははははははははっ!」
 男は心底から愉快そうに、腹をかかえて笑う。
 というよりも爆笑する。
 ふと、今度は男の腹がより一層、強烈に輝きだした。
 今度は両手を使い、電車内をめちゃくちゃに爆発させる。
 そのとき落ちたウイスキーの瓶が床を転がる。
 瓶の中にすこし残っていた琥珀色の液体が、瓶の口から漏れでる。
 そして爆破された車両は、完全に大破した。
「んで、マザー、もっと俺に刺激をくれよ、くれよ、くれよ。こんなもんじゃ全然。足りねぇぜ」
 壊れたイスに腰かけた格好のまま、モノレールの欠片ごと男は地面に落下して行く。
「やっぱ俺も満足させてくれるのはカミュだけかぁぁ?」
男の独り言は、壊れた車両とともに落ちて行った。 



目を覚ますと、真っ白い天井が視界に飛びこんできた。
 時計を見る。
 まだ七時半だ、二度寝できる。
 そしてまた布団に入って惰眠をむさぼろうとすると、ドアの開く音がして間延びした口調で発せられる言葉が流れでてくる。
「光ちゃん〜もう〜ダメじゃない起きないと〜また遅刻しちゃうわよ〜」
 それを振り払うようにして、俺はまた布団のぬくもりに戻ろうとする。
「また二度寝しようとして〜それで前の日も遅刻したじゃない〜」
俺は布団をズラして、温かいお布団から顔だけを出し、声を発してる人物の姿を見る。
 そこには、小学校低学年ほどの見た目をした少女が立っていた。
 波がかった肩に届くほどの波がかった黒髪、大きな目、薄いくちびるに卵型の顔をしている。
 手にはフライパンを持ち、こちらを不穏な目つきで見ている。
 彼女は紛れもない俺の姉なのだ。
「まだ七時半じゃん、二度寝くらい良いだろ?」
 俺は少しだけ迷った、というよりも躊躇したが、結局、布団のぬくもりには逆らえずまた布団にもぐり込んだ。
「うふふ〜じゃあちょっとだけお仕置きしちゃおっかなぁ〜というか殺しちゃおっかなぁ〜」
 不穏な言葉を発した姉を無視することが出来なくて、俺は慌てて布団から飛び起きた。
 ビュン、バシッ!
 すると俺が今しがた寝ていたベッドに、フライパンが降り下ろされた。
 熱を持ったフライパンのせいで、布団がちょっと焦げている。
 俺は額に冷や汗をかいて、綺夜姉ぇに抗議する。
「綺夜姉ぇっ! 朝から弟を殺そうとしないでくれっ!」
「あらあら〜だって光ちゃんがなかなか起きてくれないんだもん〜」
 照井光輝《てるいこうき》という名前の俺の姉である照井綺夜流《てるいきより》は、ビンビンに放っていた殺気を何とか仕舞ってくれる。
 ところで照井光輝とは将来禿げそうな名前をしてるよな、と自分で自分をあざ笑う。
「もうっプンプンッ、なんだから〜」
殺気は収まった綺夜姉ぇだが、まだ怒ってるようで、不機嫌な様子を隠そうともしない。
「いちいち仕草が可愛いな綺夜姉は」
「なにか言ったかしら〜?」
「何でもない」
 やれやれ、朝食でも食べれば怒りは収まるだろうと思って、俺は部屋を出た。
 二階の俺の部屋から、一階のリビングに向かう。
 リビングのドアは開け放たれていて、室内からは香ばしい匂いが漂ってくる。
 いや匂い、というよりも臭いだ。
「今日は目玉焼きに鮭かぁ、すごく豪華じゃん」
 棒読みの俺のセリフを、その鈍感さで感じとれなかったらしい綺夜姉ぇは、機嫌よく言った。
「さぁ、た〜んとお食べ〜」
 俺はいつもの様にイスに腰かけると、テーブルの上に置かれた朝食に目を通す。
 目玉焼きや鮭は黒焦げで、米はパサついていて、何より味噌汁であろう液体が、ヘドロのように変色している。
「わー今日も綺夜姉ぇの作った食事は、美味そうだなー」
 またもや俺は、口調が棒読みになってしまう。
「いただきますっ!」
 そして恐る恐る目玉焼き、というか黒焦げの何かに箸をさすと、器用に口元に持っていき、それを食べた。
 食べちゃったんだ。
「うぼぉっ!」
 口が拒絶して、吐いてしまいそうになるが、あまり噛まずに何とかノドに流しこんだ。
 口のなかには、強烈な苦味が残ってる。
「う、美、味、い、ね」
 上手く言葉が喋れないほど、不味い目玉焼きを食った俺は、なんとかお世辞を口からしぼりだす。
「そ〜う、今日も上手くできた自信作なの〜」
 俺のお世辞を真に受けたらしい綺夜姉ぇが、顔に満面の笑みを浮かべる。
 さて、続いて口直しに白米だ。
「うん、これは上手く炊けてるね」
 普通に炊けば白米を不味くするのは不可能だが、綺夜姉ぇの出したこの米は、口の水分をごっそり持っていかれる。
 うん、またまた口直しに味噌汁を飲もうと思う。
 思考停止した俺は、何も考えずに、味噌汁を豪快に飲んでしまった。
「ウゲェッ!!!!!」
 そして豪快に吐きだした。
「あらあら〜どうしたの〜一気に飲むから〜熱かったでしょうに〜」
 綺夜姉ぇは、見当はずれの心配をする。
「ち、ちがう! 綺夜姉ぇ、何これ、何これぇ!」
 俺は、口元を手でおさえながら、味噌汁? を指さす。
「あら〜普通のお味噌汁だと思うけど〜何か変なものでも入ってた〜?」
 変なものしか入ってません。
 じゃなきゃこんな味になるわけない。
「き、綺夜姉ぇ、これどうやって調理したの!?」
「え〜とまずお水にカツオ出汁を入れて〜じっくり煮込んだあと〜お味噌汁を溶いて〜」
 その過程で、こんなおぞましい味になるわけない。
 絶対ウソだ。
「その後に〜オリーブオイルと〜バルサミコ酢と〜チョコレートをたっ〜ぷり入れたの〜」
 やっぱり、それが原因でこの味になってるんだ!
「味つけで冒険するの止めようよ!」
 思わず抗議の声を上げてしまう。
「あらあら〜今日も失敗しちゃったかしら〜」
 綺夜姉ぇは、頬に手を当てて困った顔をする。
「仕方ないわねぇ〜残していいわよ〜」
 悲しそうな綺夜姉ぇの顔を見てると、こっちまで胸が痛くなるが、背に腹は代えられない。
「じゃあ自分でパン焼いて、コーヒーで食べるから」
 俺は、テーブルの上の恐ろしい食事たちを押しやって、スペースを作る。
 う、綺夜姉ぇの悲しむ顔を見てると、やっぱり後ろめたい気持ちになる。
 でもでもやはり、ここは本当に美味いメシを食べたいところだ。
 胸が痛む思いを押しやって、イスから立ち上がると、俺はキッチンに向かった。
 袋からパンを二枚とりだして、オーブンに入れて焼く。
 ほどよく焦げ目がつくまでに、俺はコーヒーを立てた。
 香ばしいトーストと、深みのあるコーヒーの味が絡まり合って、鼻腔を刺激する。
 つまりは、すごく食欲をそそるって事だ。
「やっぱ朝はトーストとコーヒーだよな」
俺は口笛を吹きながら、トーストとコーヒーが出来上がるまで待つ。
ふと、気になってテーブルの方を見ると、綺夜姉ぇが、さっきの不味いヘドロみたいな料理とも言えない代物を、心底から美味そうに食べている姿が、目に映った。
 やはり、味覚からして俺と綺夜姉ぇのあいだには、遠く隔たった大きな壁があるようだ。
 自分の分も平らげると、宇宙なみの胃袋をしてる綺夜姉ぇは、俺の分の食事に箸を伸ばした。
「綺夜姉ぇーそれ美味い?」
俺の問いかけに綺夜姉ぇは、満面の笑顔でこう答えた。
「最高だわ〜このジャンキーな味が〜たまらないのよね〜」
 本人は満足してるようで、さっきの悲しげな顔は消えて、嬉しそうに箸を進めてる。
 その姿を見て、俺はすごく安堵した。
 俺は出来上がったトーストに、ジャムとマーガリンを持ってくると、それらをパンに付けて食べた。
「んー美味い! やっぱ朝はトーストに限りますよ!」
 それでもって、コーヒーで、口のなかに含んだパンを流しこむ。
 テーブルの向かい側からは、綺夜姉ぇの料理から異臭がただよってくるが、何とかそれを気にしないようにする。
 ブラックコーヒーの味は、トーストの香味を引き立てる。
 相性抜群のこの食べ物と飲み物に、感動すらおぼえる。
 なぜならば、あのヘドロみたいな料理を食べたあとだからだ。
「どうしたの綺夜姉ぇ?」
 物欲しそう、にこちらのトーストをじーと見てる綺夜姉に、問いかける。
 あの大量の料理を食べたあとだというのに、俺の手にもったトーストも食べたいんだろう。
「ダメだよ、これは俺のだから」
「む〜」
 可愛らしく頬をふくらませる綺夜姉を見てると、あげても良いかって気になる。
 でもでもダメダメ、これはあのクソ不味い料理を食べたあとの、自分に対するご褒美なんだから。
 いくら可愛い顔をしても、これはダメ!
 って、でも心が揺れそうになる俺は、トーストを一枚、綺夜姉ぇに差しだそうとする。
「もういい〜自分で作る〜!」
 それよりも先に、我が麗しの姉である綺夜姉ぇは、席を立つとキッチンに向かった。
「ふぃ〜」
 何とか食糧強奪からこのトーストを守った俺は、ちょっとだけ安堵してしまう。
 ヘドロ料理という地獄を味わった俺のトーストとコーヒータイムは、いわば楽園ともいえる癒しの時間なのだ。
「トースト待つまで暇ねぇ〜光ちゃん〜何か面白い話して〜」
 姉の唐突な無茶ぶりに答えるのも出来た弟の役目、というより定め、なのかもしれない。
「クラスメイトの友達が河原でエロ本を拾ったらしいんだけどさぁ。なんとそれが熟女ものと女子高生ものだったんだってさ。どっちの好みやねん、って思わない?」
「もう〜朝から下ネタなんてメッよ〜。せっかくの朝食が不味くなるじゃない〜」
 綺夜姉ぇはメッ、と俺の頭を叩くような仕草をする。
いや、朝から下ネタ言った俺が悪いんだけどさ、お姉さん、そんな話をしなくても、あなた作った食事は十分に不味いですよ。
「綺夜姉ぇがそれを言うかー?」
「あらあら〜何のこと〜わたしが朝から下ネタを言うふしだらなお姉ちゃんだとでも言うのかしら〜?」
 また頬をふくらませて、抗議の言葉を漏らす。
 うっ、可愛い。
「そういう意味で言ったんじゃないんだけどな」
 綺夜姉ぇがトーストを作ってるあいだに、俺は自分の分の食事を完食した。
「それじゃあ行ってきまーす!」
「もぐもぐもご〜もぐもぐ〜」
 元気よく登校の挨拶をする俺に、綺夜姉ぇは口にトーストを含んだまま返事をする。
「行儀悪いぞ、綺夜姉ぇ。じゃあ改めて、行ってきまーす!」

 

 いかんいかん、綺夜姉ぇの食事に付き合っていたら、登校時間ギリギリだ。
 俺、ダッシュ。
 それでもって、全力疾走すると、曲がり角に差しかかった。
 俺はちょっと減速して、角を曲がろうとする。
 すると何かに盛大に衝突して、俺はすっ転んでしまう。
「いてて……」
 お尻をさすりながら前方を見ると、何とパンを咥えた少女が、同じようにお尻をさすっている。
「いったーい!」
 美少女という表現が似合うほど、その少女の美貌に見惚れていた俺に、少女は怒鳴ってくる。
「ちょっと何なのよあんたっ! 痛いじゃない!」
「ごめんごめん……大丈夫か?」
 こっちだけが悪いとは思えないけど、いきり立つ少女をなだめながら手を差しだす。
「自分で立てるわよっ!」
 悪態をつきながら、少女は俺の手をすげなくふり払った。
 そして勢いよく立ち上がると、俺に指を突きつけてくる。
「あんたねぇっ、人様の迷惑を考えてないの!? もう新しい制服が汚れちゃったじゃない!」
 そう一方的に言われる、とこちらにもちょっとだけ怒りがこみ上げてくる。
「もうっ最悪! 朝から気分悪いわ」
 我慢していた俺の堪忍袋の緒が切れた。
 というのは大げさな表現であり、俺もちょっと憤った。
「俺はちゃんとスピード落としたぞ。そっちこそ、曲がり角を全力疾走するなんて、危ないんじゃないか?」
「なんですってー!」
 売り言葉に買い言葉だ。
 少女はますます怒って、俺の胸倉をつかみ、その整った顔に近づけて言った。
「あたしはねぇっ、あんたみたいななよなよした言い訳がましい男が大っ嫌いなのよ!」
 俺もお前なんか大嫌いだ、って反論しようとしたところで、どこからか声が聞こえてくる。
『光……ゃん……』
 聞き覚えのある心地いい声に、俺の怒りは少しだけ収まる。
「なんだこの声? どこから聞こえてるんだ??」
 戸惑う俺に、目の前の少女は怪訝そうな顔をする。
「はぁ……? なに言ってんのよあんた」
『……光ちゃん……』
「まただ……一体なんなんだこの超常現象、幻聴か?」
 辺りを見まわし、幻聴なのか分からないけど、その声に耳をよく傾けようとする。



「光ちゃん〜!」
「ハッ!?」
 我に返ると、見慣れた部屋で綺夜姉ぇが顔を近づけてるのが、俺の視界に飛びこんできた。
 あの街角でぶつかった少女の姿と外の景色は、跡形もなくなっている。
「もう〜光ちゃん〜人の話ちゃんと聞いてる〜?」
 ちょっと怒ったようにそう口にする綺夜姉を見つめるだけで、俺は何も言葉を発せずにいた
 数秒が経過して、俺はイスに腰かけ、味噌汁の茶碗を手にしたままの恰好で固まっていたのだと気づく。
 これはこれは、このヘドロみたいな味の味噌汁を飲んだから見た幻覚なんじゃないのか。
 いや、ヘドロなんて物騒なもの食べた事ないけどさ。
 ああ、食べるなら美人のママの上質な手料理を食べたいよ。
 まぁ、綺夜姉ぇだって美人という点では負けてないんだけどさ。
 なにせ彼女の手料理ときたら、幻覚を見せる効果もあるほど、摩訶不思議な料理なんだ。
 そもそもどこからが幻覚だったんだろう。
 多分、俺はトーストも食べてないし、コーヒーも飲んでない。
「もう光ちゃん〜今夜ハンバーグを作るから早く帰ってきてって〜さっきから言ってるのに〜聞いてないの〜?」
 お味噌汁の残るもあるしね♪、って語尾に音符でも付きそうなほどご機嫌に喋る綺夜姉だが、綺夜姉の手料理食べるのはもう避けたい。
「夕飯は友達と食べてくるわ、ミャックで」
 ここは外食といういつもの手段を使って、綺夜姉ぇの夕飯を回避しようとする。
「もう〜ミャクドナルドなんて〜そんなジャンクなもの食べたら〜健康に悪いわよ〜」
 あなた様の手料理のほうが遥かに健康に悪いです、という言葉がノド元から出かかるのをなんとか飲みこんだ。
「いやーもう友達と約束してるからさぁ」
 俺は用意してた言い訳を口にする。
「約束って、前の晩もその前の晩もそのまた前の晩も〜というかここ一週間ぜんぶ友達と約束してたじゃない〜」
 仕方ないのだよ我が麗しの姉。
 例え小遣いが減っても、幻覚を起こさせる作用のあるあなたの手料理を食べるわけにはいかないんだ。
 といっても、何だかんだ言いつつ綺夜姉ぇは、俺が外食するときは、夕飯代を出してくれる。
「まったく〜わたしはもう仕事だから〜もう行くわね〜」
 綺夜姉ぇは化粧会社に勤務していて、まだ中学生である俺の給食代を稼いでくれている。
 だから彼女に対して文句はない。
 訂正しよう、手料理以外は文句ない。
「じゃあ言ってきます〜」
「気をつけてね。特に運転……」
 綺夜姉ぇの運転は、あらあらしいという表現では足りないほど、凄まじいジェットコースターに乗ってるようなスリルのある運転をする。
 だから俺はもう懲りて、彼女の車には乗らないようにしてるんだ。
 こんなのんびりした綺夜姉ぇが、あんなに凄まじい運転をするなんて、誰が想像できよう。
「お姉ちゃん子供じゃないんだから〜そんな心配しなくても大丈夫よ〜」
 そのあどけない小学校低学年ぐらいの容姿で言われても、説得力がない。
 まぁ荒々しい運転といっても、今まで奇跡的に一度も事故を起こしたことが無いから、大丈夫か、と無理やり自分で自分を納得させる。
「それじゃね〜ふんふふ〜ん♪」
 心配してる弟をよそに、鼻歌をうたいながら、綺夜姉ぇは機嫌よく出掛けてしまった。
 残された俺は誰もいなくなったリビングを見渡す。
 俺に両親はいない。
 産まれたときから俺は天涯孤独の身なのだ。
 俺は赤ん坊のまま、児童養護施設の前に捨てられていたらしい。
 五幾くらいまで養護施設で暮らしたあと、突然、綺夜姉ぇが俺を引き取りにあらわれた。
 人見知りのする小さな子供だった俺は、戸惑いつつも、ちょっと年上だと思っていた彼女と手を繋ぎ車に乗せられた。
 遊園地にも行った経験のない俺は、その時は絶叫マシーンみたいな綺夜姉ぇの運転にはしゃいでいた筈だ。
 我ながら命知らずだ。
『どこへ行くの?』
 と質問すると綺夜姉ぇは、悪戯っぽく笑ったあとこう言葉をこぼした。
『キミはこれからわたしと〜楽しい楽しい生活をするのよ〜』
 変な人だ、といういのが我が姉にたいする第一印象だった
 いや、いまでも変な人、という印象は変わってないんだけどさ。
 ただ彼女にたいする印象は?変な人?だけじゃなかった。
 そこに?面白そうな人?という印象も加わっていた。
 そんな回想が、俺の胸を温かくしてくれる。
 綺夜姉ぇに引き取ってもらって良かった、という気持が胸に浮かぶんだ。
 俺はトーストとブラックコーヒーではなく、まだ目の前にある綺夜姉ぇの作った朝食に取りかかった。
 もちろん味噌汁だけは鍋の中にもどしたが。
 それでテレビを点けながら、クソ不味い朝食を食べていく。



「やばい、遅刻だ遅刻ー!」
 テレビに夢中になってた俺は、遅刻すんぜんの時間になっていた。
 急いで着替えて、歯を高速で磨いて、家を出たんだ。
 眼前には、いつもの見慣れた通学路が広がっている。
「まずい、本当に遅刻する」
 曲がり角に差しかかっても走る速度をゆるめない。
というか速度を上げて突っ切る。
「きゃっ!」
 そこで何かに衝突し、俺は盛大にすっ転んでしまう。
「いてて……」
 なんだかこの状況は既視感がある。
 つまりはデジャヴってやつだ。
「いったーい!」
 目を開けると、目の前には俺と同じように尻もちを突いた少女がいた。
 なんとスカートがめくれてパンツが見えてる。
 イチゴ柄の可愛らしいパンツで、俺好みだ。
「ファック! ちょっと何すんのよ。痛いじゃない! っていうかちゃんと前見て歩きなさいよね、っていうかまず走るな! というか生きるな! ファックファックファック!」
 幻覚で見た少女より遥かに口の悪い彼女に、面食らってしまう。
 俺は反論もできぬまま、呆然として、今しがた衝突した少女を見やる。
 というかこれは観察に近い。
 よく見てみると、少女は俺と同じ学校の制服を着ているのだと気づく。
 という事は同じ中学なのだろうが、彼女の顔は見た記憶がない。
 しかも俺と同じネクタイの色をしてるから同学年のはずだ。
「ちょっとなに黙ってんのよ。何か言ったらどう? こんな可愛い女の子にぶつかっといて手を差しのべないなんて、頭おかしいんじゃない? まぁあんたの薄汚れた手なんてこっちから願い下げだけどね!」
 俺は彼女の顔を眺めるだけしかできなかった。
 赤茶色の長い髪は後ろで縛ってある。
 つぶらな目に、小さな顔、鼻筋の通った美人だった。
 胸もなかなか大きく、Dカップくらいはあるのだと想像できる。
「……」
 それからまた視線を彼女の下半身にもどす。
 おパンツだ! 
 イチゴおパンツ様だ!
「ちょっとあんたどこ見てんのよ? そんなにぼんやりとして、意識ある?」
 彼女は自分の胸元から腹、それから下半身に視線を移し、ハッとする。
 そして急いでパンツをスカートで隠すと、マシンガンのような文句を連射する。
「最低ッ! 転んでる女の子のパンツなんか見て本当に気持ち悪い! もう見るなぁっ! あんたなんか死んでーあの世からもこの世からも消えてー輪廻転生しないでー!」
「口悪いなおい!」
 我に返った俺は、思わずツッコミを入れてしまう。
「自覚してるわよっ! もう本当に最低最悪、今日は厄日だわ。ただでさえ遅刻しそうだっていうのに……」
 ブツブツと文句をこぼす彼女に、さすがにバツが悪くなった俺は、立ち上がると、自分のズボンに付いた埃を払ってから、彼女に手を差しのべた。
「ごめんごめん、俺の不注意だった。大丈夫か?」
 さすがに今回は俺が悪い。
 あんなに全力疾走してれば、彼女と衝突するのは不可避だ。
「はぁー? あんたの薄汚い手なんてこっちから……」
 彼女がセリフを言い終わる前に、どこからか元気な声が響きわたる。
「今日も元気ですかー! 我が友・光輝くんー!!」
 そして俺の背中に衝撃が走る。
 手で叩かれたのだ、と気づいだ時にはもう遅く、俺は力強い手の余韻を感じながら前方にぶっ倒れてしまう。
「きゃあっ!」
 何が起きたのか、目の前は真っ暗だ。
 俺もしかして死んだ?
 ここはあの世だから真っ暗闇なの、と考えるが、当然そんなわけはない。
「ふごふごーふがふがー」
 必死に声を出そうとするが、何か柔らかで良い匂いの物体に口が塞がれているため、上手く喋れないでいる。
 おまけに鼻も塞がれてるから、上手く呼吸が出来ない。
「ちょっとあんた、どこで喋ってるのよ!?」
 彼女の声だけが聞こえるが、相変わらず視界は真っ暗のままで、自分がどういう状況に置かれてるのか分からない。
「ほうー朝からラッキースケベですか……ふむふむ、なかなかやりますなぁ、光輝くんは」
 そんな友達の声が、背後から聞こえてくる。
 ラッキースケベ?
 意味が分からない。
 と考えてると、彼女がいきなり叫び出した。
「いつまで人のパンツに顔を埋めて喋ってんのよー!」
 そんな絶叫が辺りに響きわたり、俺の顔から柔らかな物体が退けられた。
 すると視界が鮮明になり、息も出来るようになる。
「すーはぁーすーはぁー」
 酸欠状態であの世に逝きかけてた俺は、覆いから解放されて、必死に肺に酸素を取りこむ。
「はぁーはぁー……ふぅ」
 ようやく正常に息が出来るようになった俺は、一息つく。
 ところで倒れてる俺の目の前には、すらりとしたハイソックスの履かれた足が見える。
 そして見上げると、わなわなと震える彼女の姿が見てとれた。
「ファックファックファック! もう本当になんなの!? 朝からなよなよしたバカとぶつかったと思ったら、そいつがただのバカじゃなくて、ドスケベの変態の変質者だったなんて……」
「ご、ごめんって。俺が全面的に悪かったてば」
 不穏な気配を発してる少女が、ちょっとだけ怖くなった俺は、彼女をなだめようとする。
 素直に謝れるのが照井光輝の美徳でもあるのだ。
「あんたなんか死んじゃえー!」
 すると突然、彼女は地面を蹴って飛び上がった。
 そして俺の顔面に飛び蹴りをはなった。
「ぶもっ!?」
彼女の固い靴を顔面にモロに受けた俺は、マヌケな声を出しながらふっ飛んでしまう。
なかなかいい蹴りをはなつなこの女は……。
などと、蹴りの感想を頭に思い浮かべる余裕がある自分自身に驚く。
そして本日二度もすっ転んだ俺の意識は、闇のなかに落ちて行った。



「光輝、起きろ光輝……」
 どこからか、男の野太い声がして、俺の睡眠を邪魔しようとする。
「光輝、ホームルームだぞ!」
「んん……なんだってぇ?」
俺は薄目を開けながら、白くかすんだ景色をながめる。
すると段々、視界の焦点が合っていく。
「どこだ、ここは?」
どうやら俺は、教室の机に顔をつけて寝ていたんだと気づく。
「どこだ、じゃねぇよ。あのあと遅刻しないように気絶したお前を背負って全力疾走したんだからな。おかげで朝からいい運動になったけどさ、ってこれ皮肉ね」
俺の目の前には、スキンヘッドで背のひょろ長い少年が立っていた。
「なんだ豪かーもうちょっと寝かせてくれよ。厳密には放課後まで」
「どんだけ寝不足なんだよ、また夜中までギャルゲーやってたんだろ?」
 俺の悪友である須田豪は、やれやれと肩をすくめる。
「いやー彼女たちが俺を眠らせてくれなくてさーむふふ、愛ちゃん可愛かったなぁー」
「そのスケベづらには、さすがの俺も、女子じゃなくてもドン引きだわー」
「お前に引かれても何とも思わないけどな」
「連れないじゃん我が友よ。素晴らしいニュースを仕入れてきたっていうのに」
 そう言ってニへッと笑う友人のスケベづらに、お前も人のこと言えないじゃん、っていう感想が浮かぶ。
「ニュースぅ? どうせまたロクでもない話なんだろう」
 アイドルと握手したとか、河原で熟女もののエロ本を拾った、とかいう下らない自慢話がこいつには多い。
「ロクでもない話なんかじゃない。マジもんの嬉しいニュースだぁ」
 また下らない話なんだろうな、と思っていたら豪は自身ありげに言い放った。
「今日この万華鏡学園に転校生がやってくるんだってさ、しかも女子で、しかもしかも超美人!」
「マジかよおい!」
 その知らせを聞いて一気にテンションが上がった俺は、ふとさっきからじんじんと顔に広がる痛みに気づき頬を撫でる。
「マジだよマジ! そりゃもう本物の美人で胸もでかいらしい」
 頬の痛みに違和感をおぼえてる俺に気づかずに、テンション爆上がりの豪はこう続ける。
「どんな子なんだろうなぁー背が小さくて巨乳というギャップもいいけど、背か高くてすらっとした巨乳も捨てがたい! あーこの目でガン見しちゃいたいなぁー」
 一体どこからそんな個人情報を仕入れてくるのか、不思議でならない。
 ?転校生?という言葉に少し嫌な予感を覚えつつも、朝の出来事を完全に思いだした俺は、豪に質問しようとする。
「そういやさぁ、今朝、俺にぶつかったあの子……」
「ウラァァァァァァァァァァァァァ!! 元気か若者よ! 若者は大志を抱けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 そんな絶叫と共にあらわれたのは、俺の担任の先生である荒木荒子だ。
 その名前のとおりちょっと荒い。
 いや結構、荒い。
 いやいや、かなーり荒い。
 いやいやいや、めちゃくちゃ荒い。
 とにかく、その名のとおり、すごく豪快ですさまじく大雑把な人物だ。
 女なのに短く刈りこんだ頭髪に頬の傷、おまけに筋肉質で、手にはマシンガン製のガスガンを持っている。
 元軍人との噂もある危険人物だ。
「オラァァァァァァァァァァァァァ! アヒャァァァァァァァァァァァァ!」
 奇声を上げながら、天上に向かってガスガンを乱射する。
「ちょっとちょっと、止めてくださいよ。BB弾、拾うの大変なんすから。それに先生遅刻……」
「ウリィィィィィィィィィィィィィィィィ! 生徒ふぜいが、この先生様に口答えすなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「あっ、痛い痛い! 痛いですって、止めってってば先生ー!」
 文句を言った我が親愛なる友である須田豪に向けて、先生はガスガンを乱射している。
 俺を含めた他の生徒には命中していないと考えると、彼女の射撃の腕はかなり上手いのかもしれない。
 軍人というのもあながちただの噂ではないのかもな。
「んー今日も万華鏡学園は平和だなぁ」
「のんきに平和を噛みしめてないで、先生を止めてくれよっ光輝!」
「俺にあの先生は止められない。諦めろ豪、諦めて先生の的になるんだ」
「いやだぁー俺は的になんかなりたくねぇー!」
 いさめる俺に、豪はますます躍起になる。
「まぁ、冗談はこの辺にして、ホームルームを始めますか」
 先生は一転して冷静になると、そんな言葉を口にした。
 どうやら、ようやくホームルームを始める気らしい。
 先生は葉巻を取りだし、ターボライターで火を点ける。
「先生、五分ごとに葉巻を吸わないと手が震えちゃって困っちゃう♪」
 可愛らしく言うが、ぜんぜん可愛い話の内容ではない。
「男子ども喜べ、今日は美少女転校生がやってきたぞぉぉぉぉぉぉぉ! ウラァァァァァァァァァァァ!」
 演出のためか、先生はガスガンを天井に向けて乱射する。
「「「おおおおおおーーーーーーーーーーーーー!!!」」」
 先生の言葉に、クラス中の男子の声がわき上がる。
 ここで俺は、豪の情報が間違ってないのだと気づく。
「なっ、言った通り美少女巨乳エロエロ転校生だっただろ?」
 得意げに鼻を鳴らす豪に、俺は何も言葉を返せないでいる。
 美少女は決定だが、まだ巨乳かどうかは分からないぞ我が友よ。
 しかもエロエロって……。
 いや、ここは何も言うまい。
 なぜなら、俺もエロエロ転校生のほうが良いからだ。
「チッ、これだから男子どもは……」
「美少女転校生さんをエッチな目で見ないでよねー」
「男子、最低。さいってーい!」
 湧きかえる男子とは対照的に、女子は冷めた目で悪態をついている。
「どんな子が来るのかな、どんな子か来るのかな?」
 女子の凍えさせるような冷めた目を意にかいさずに、豪はおあずけを食らった犬みたいになってる。
「ではでは、美少女転校生の登場登場ーウリィィィィィィィィィィ!」
 また演出のためなのだろう、今度はドアに向けてガスガンを撃ちまくる。
 かと思うとドアが開き、颯爽と独特の雰囲気をまとった少女が、教室に入ってきた。
 俺は、今朝ぶつかった口の悪いあの少女が転校生だったんじゃないんだな、と思って安堵に胸をなで下ろした。
 と同時に、教室に入って来た転校生の美しい容姿に見惚れてしまう。
 腰まで届くほどの艶やかな黒髪、すらりとした身体つきの高身長に、Eカップはあるとおぼしき巨乳、目鼻立ちの整った顔。
やや鼻筋が高いのが、彼女の高圧的な内面をあらわしてるようだ。
その鼻には銀縁のメガネが乗っていて、レンズの奥からは鋭い眼光が覗いている。
教室中の男子、いや女子までも、彼女の容姿に見惚れているのだと分かる。
そして数秒の時が流れた。
彼女は黒板にチョークで何か書いていく。
その文字は?黒木黒音?と書かれていた。
「黒木黒音だ。諸君ここは一つよろしく頼む」
 その文字が、彼女の名前なんだと、我に返った俺はそう考えた。
 理性を取りもどしたのは俺だけで、豪を含めたクラスメイトたちはまだ沈黙してる。
 その様子など気にいたそぶりは見せず、黒音はこう続けた。
「オレに寄っていいのは可憐な女子だけだ。いつでも抱いてやるから好きなときに来い。オレは拒まない。だが男子は寄ってくるな、虫唾が走る」
 女の子なのに自分を?オレ?と呼ぶ黒音に、俺は変な奴だな、という感想が浮かぶ。
 だがそんな感想を抱いたのは俺だけで、クラスメイトたちは違うようだ。
「「「す、素敵ーーーーーーーーーー! 抱いてぇーーーーーーーーーーー!!!!!」」」
「「「オレッ娘さいこーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーう!!!!!」」」
 そんな男女どもの絶叫が、教室内にひびきわたる。
「はいはい、みなさん静かにしましょうね」
 手を叩き、亡者のようになったクラスメイトたちをいさめる先生。
 静かって、あなたがどの口で言うんですか。
「光輝くん、将来禿げそうな名前をして、この私に文句でもあるんですか。もしそうなら撃っちゃうぞ♪」
 俺の心を読んだとでもいうのか、それとも気配を感じとったとでもいうのか、先生はこっちに銃口を向けてくる。
「いえいえ、とんでもありません! 僕は先生の奴隷です!」
 顔の前で手をぶんぶんと振る俺を見た先生は、満足そうに銃口を下ろした。
 俺は安堵に胸をなで下ろす。
 地味に痛いんだよなーあのBB弾。
「では黒音ちゃんの席はどこにしよっかなー」
 先生は教室中を見まわし、開いてる席を探す。
「俺の隣でっ!」
「お前彼女いるだろ? 俺の隣がいいんじゃないかな黒木さんっ!」
「いんや、お前は妹と姉がいる恵まれた環境にいるんだから、俺の隣でっ!」
「妹と姉は関係ねぇだろ!?」
 我先にと勇み立つ男子諸君を、俺はぼんやりとながめる。
 確かにルックスは百点。
 そこは素直に認める。
 でもあんな変な性格の人とお近づきになりたくはないなぁ。
 と思ってると、この戦いに女子までもが介入した。
「ちょっと男子、私たちの黒木さんをいやらしい目でみないでよっ!」
「黒木さん、あなたの身体目当てのあんな連中相手にしないで、私の隣に座ろっ?」
「ちょっとあんた、抜け駆けしないでよっ!」
 教室中はめちゃくちゃの混乱状態だ。
「やれやれ、困ったな。席なんてどこでもいいんだが……まぁ美少女の隣なら座ってやってもいいかな」
 肩をすくめながら、混乱の渦中にいる黒音は、このような状況に慣れてるのだろうか、平然とした表情をしている。
「といってもオレのお眼鏡にかなう美少女はいないか」
 一転して肩を落とし、悲しげな顔をする。
 何だか絵になるその姿に、俺は少しだけ見惚れてしまう。
「ひかえよひかえよーーーーー! この紋所が目に入らぬかーーーー!」
「「「うわーまぶしいーーーー!」」」
 この混乱のさなか、ひときわ大きな声を上げる生徒がいた。
 我がスキンヘッドの友、須田豪だ。
 そのつるつるっとした頭をライトのように見立てて、反射した光をクラスメイトたちに送る。
「「この男を誰と心得る。スケベ大臣・須田豪だぞーーーーーーー」
「「「ハハーーーーー」」」
 豪の仁王立ちに、胸倉をつかみ合ったり髪を引っぱり合ったりしてケンカしていたクラスメイトたちがひれ伏す。
 その様子を満足そうに眺めていた豪は、ひれ伏したクラスメイトたちのあいだを縫って、黒音の前まで行った。
「どうですお嬢さん。僕の隣の席に座りませんか?」
 大昔に存在した西洋の騎士のように、もったいぶった口調で言うと、うやうやしく黒音の手を取ろうとする。
「触るなこのゲスが。というかこのオレに近づくんじゃない、異臭がする」
 あまりにもの残酷な言葉に、豪は肩を落としながらその場にひざまずく。
「俺、臭くなんてないもん……ちゃんと毎日風呂はいってるし、歯も磨いてるもん……」
 そのまま床を見つめながら、ブツブツと独り言をこぼす。
「はい、黒音ちゃんは光輝くんの後ろの席が空いてるから、そこに座ってくださいねー」
 葉巻を咥えた口のすきまから煙を出しながら、先生は俺の真後ろの席を指定する。
「……」
 特に文句はないようで、黒音は黙りながら俺の背後の席に向かう。
「フンッ」
 不機嫌そうに俺の横を通過し、自分の席に腰かける音が背後からした。
 ちょっとだけ背後をチラ見すると、彼女は机の上で足を組みながら読書に勤しんいた。
 表紙には幸福な死、という物騒な題名が書かれていて、著者なのだろう、その下にはアルベール・カミュという名が記されていた。
 純文学というやつなんだろうか。
 俺はまだ?吾輩は猫である?、ぐらいしか読んだことがない。
 黒木黒音に純文学。
 んーよく似合っている。
 とりあえず、今朝ぶつかった少女が転校生じゃないんだと知って安心する。
「それじゃあ授業を始め……」
 先生がそう言おうとしたその瞬間、開いたままのドアから何者かが飛び出てきた。
「遅刻しました! 染井吉野八重《そめいよしのやえ》です!」
 肩で息を切らしながら、そこには俺が今朝、衝突した女の子が立っていた。
「ダメですよ八重ちゃん。今度から遅刻はしないように」
 正論を言っているんだろうが、教師なのに遅刻常習者のあなたにだけは言われたくないだろう。
「すいませんっ! 今日から転校して来ました」
 というセリフを、息とともに吐きだしながら、教室中を見まわす。
クラスメイトたちはまだひれ伏したままであり、豪も打ちひしがれている。
そんな光景に驚いてるのが、容易く見てとれる。
「なんなのよこの状況は……」
やがてその視線は、ふつうに席に座っている俺の姿を捉える。
すると八重は大きく目を見開き、ぽかんと空いた口に手をやる。
「あ、あんた朝、あたしとぶつかった変態……」
 俺も彼女と同じように口をマヌケに開けていた。
 金魚のように口を開閉させるという始末である。。
「この変態の変質者のドスケベだけじゃなくて、ストーカーだったなんて。あたしの後をつけてきたのねっ!?」
「いやっ、それは大いなる誤解……」
 加速する彼女の誤解を解こうとした俺が、その言葉を最後まで口にする暇もなかった。
「誤解もクソももあるか、このクソファック野郎!」
 彼女のカモシカのような足が、膨張する錯覚を見た気がした。
 そしてその鍛え上げられた足で床を蹴ると、八重は空中に飛び上がる。
「ぶもふっ!?」
 顔面に蹴りをくらった俺は、背後にいる黒音を巻きこんでぶっ倒れてしまう。
「ぷもっ」
けれど俺は何か柔らかいクッションみたいなものに顔を包まれて、床の冷たさは感じない。
「いてて……やれやれ一体なんなんだこの状況は」
 頭上からは黒音の声がするが、俺は自分の置かれている状況を把握できずに、戸惑うばかりだ。
 俺はそのクッション? をつかみ、ひと揉みした。
 何だこの超絶にやわらかで、そして弾力のある物体は。
「――――ッ!」
 ゴチンッ!
「イテッー!」
 俺の頭が何か固い物体に殴りつけられて、俺はその場から飛びのいてしまう。
すると黒音が倒れている映像が、俺の目に飛びこんできた。
上体だけ起きてあり、胸元に肘鉄をしたような恰好のままわなわなと震えている。
「まだ誰にも触らせたことないオレの……を貴様という奴はぁっ!」
「えっ? それって……」
 痛む頭を押さえながら、さっき揉んだクッションが黒音のアレである、という考えに思い至ろうとした。
「最低最悪っ! あたしの身体だけじゃ飽きたらず、他の人にもセクハラするなんてっ、変態の風上にも置けない超ド変態ヤロウねっ!」
 八重は俺にひとさし指を突きつけながら、そう責め立ててくる。
「両方とも事故だと思うんだけどな……」
 パンツに顔を突っこんでしまい、胸を揉んでしまった手前、自分でも言い訳がましいと思いつつ、そう言わずにはいられない俺だった。
「ん……なんだこれ?」
 俺の足元にある物体を手に取ろうとする。
 それはさっきまで黒音が読んでいた本だ。
 でも表紙がめくれて、その下からは?素晴らしき愛情?と掻かれたタイトルと少女漫画チックな絵が描かれていた。
「……」
 それを拾うよりも速く、というか超高速な動作で黒音が立ち上がると、その本を奪うように拾い上げた。
 そしてそれを背中に隠し、黒音は頬を真っ赤にする。
「見たか? 見たのか? 見ちゃったのか?」
 早口でまくし立てる黒音の迫力に、俺は戸惑いながらこう返事をした。
「い、いや……見てないです、決して見てないです。はい……」
「なら良いが……本当の本当の本当に見てないんだよな?」
「はいっ! 俺、決して何も何ひとつ見てないですっ!」
「フンッ、じゃあ最初からそう言っとけ」
 黒木さん、あんたの迫力すごすぎるよ。
 美人だけあって怒ると迫力が凄い。
 俺はさっきの本の正体を胸に仕舞っておこうと決めた。



 八重に蹴られたため、頬にすり傷ができた俺は、保健室に行って絆創膏をもらおうとする。
 授業中だから、やけに静かな廊下を通って、階段を降り、保健室に向かう。
「なんだよ、あの女。暴力的すぎるだろう、すさまじく口が悪いし」
 ファックなんて、海外のロックスターがよく使う言葉だろう、と考えながら、保健室の前に到着した。
 ゆっくりとドアを開ける。
 そして俺は自分の視界に飛びこんできた異様な光景に息を飲む。
「なんなんだよ、これ……」
           ・
           ・
           ・
           ・

・ 
           ・



・ 
 保健室中に青い液体が塗りたくられていた。
 壁や床、真っ白かったはずのベッドにまでその液体は飛び散っていた。
 なにかの生物の血液にも似たその液体に、気持ち悪さを感じてしまう。
 と同時に背筋がうすら寒くなる。
 液体の中には何か異形の怪物だと思われる頭部や、野太い手足が引きちぎれて床に散乱していた。
 頭部からは触手のようなもの伸び、蠢いている。。
「ニャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
 異様な光景に目を奪われて棒立ちになって呆けていた俺は、どこからかそんな声が聞こえてきている事実に気づく。
 青い液体にまみれた床の上を、何かが高速で回転しているのだ。
「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
 どうやらその回転している物体から、この奇声は響いてるようだ。
 と、理解したと思ったら、その物体は不意に回るのを止めた。
 その物体の正体は、イスにあぐらをかいて座っている少女だった。
 猫のような耳が少女の頭から生えていて、ぴくぴくと動いている。
 服装は目のやり場に困るマイクロビキニ、という細くて小さい布で、申し訳ていどに少女の貧弱な身体を覆っていた。
 その小さな背中に、漫画などで見る刃先の分厚い、巨大な槍みたいなものが背負われている。
 あれはグングニル、とかロンギヌスとかいう名称の槍に違いない。
 刃先には床や壁にぶちまけられた液体と同じ色をしたものが、こびり付いている。
 そしてマヌケづら晒してる俺の顔を、少女の視線が捉える。
 そして猫耳少女は心底から嬉しそうに、にんまりと笑った。
「これはこれは人間よ。ようこそ。歓迎するニャン。……といいたいところだけど、この場面を見られたからには記憶を消させてもらうニャ」
 語尾にニャン、と付ける少女の口調と、そのちぐはぐな見た目に戸惑っていた。
 というよりもまだ呆然としていた。
「ンンッ!?」
 少女は驚いたような顔をすると、イスから降りたち、本物の猫のように四足歩行の俊敏な動きでこちらに近づいてきた。
「ンンンッー! これはこれは……」
 そしてまた立ち上がり、俺の全身をまさぐる。
 俺のまぶたを、そのちんまりとした手で大きく見開くと、虫眼鏡のような物で眼球を観察する。
 かと思うと、今度は風邪をひいた時に医者が、患者のノド元を確認するような銀色の棒で、口を無理やり開き、中を子細にながめる。
 最後に股間に手をふれて何度か揉む。
「あっ、今のはサービスだニャ」
 可愛らしくウインクをしながら、そう口にする猫耳少女。
 そしてまた四足歩行でイスに戻ると、何やら思案げな顔つきになって、その細いアゴに手をやって考え込む。
「まさかそこの人間、もしかして解錠者の素質があるのニャ。しかもこれはアレを試す適正をもってる珍しい人間ニャのニャ!」
 嬉しそうに訳の分からないセリフを口にする。
 解錠者ってなんだ?
 ほんのちょっとだけ冷静になれた俺は、少女をよく観察してみる。
 宝石のように透き通った緑色の瞳、小ぶりな顔、銀髪のショートカットだ。
 つまりはかなりの美少女だった。
 あの髪染めてるのかなぁ?
 まさか地毛ってわけではないよな。
「では、そこの人間。ワタクシにぶっ殺すされてくれないかニャ」
少女の顔立ちにに見惚れていた俺は、我に返る。 
なぜなら少女が拳銃を取りだして、こっちに銃口を向けてきたからだ。
 そして発砲した。
「うぐっ!?」
 俺の胸に激痛が走った。
自分の胸元を見てみると、そこには銃弾で出来た穴が開いていて、血液がじんわりとにじみ出ている。
俺はいま自分が撃たれたのだと理解した。
「な……んで……?」
 胸の痛みを感じながら、自分が撃たれたこの状況が理解できずに、途切れ途切れ言葉をもらす。
「これで、とうとう念願のご主人様が出来るのニャア♪」
やがて俺の意識は、胸にぽっかりと空いた穴に吸いこまれるような感覚になり、俺の意識は真っ暗闇のなかに落ちて行った。
 最後につぶやいた少女の声は、聞き取れなかった。



「んん……」
 俺は悪夢にうなされながら目を覚ました。
 上体を上げると、屋上に設置されたベンチの上で、自分は寝ていたんだと分かる。
「あれっ? 俺っていつ屋上で寝てたんだっけ……」
 それは青い液体にまみれた保健室で、猫耳少女に銃殺されるという夢だった。
「これは?」
 俺が夢で少女に撃たれた胸部を見ると、制服が穴の形に破れていた。
 けれど、傷のようなものは存在しない。
 何だこれは、さっきのは夢だったはずなのに。
「どこかで引っかけて破れちゃったのかなぁー」
 制服の穴を触りながら、首をかしげてしまう。
 とりあえず立ち上がると、俺の視界に空の景色が飛びこんできた。
 空はオレンジ色になっていて、今は夕方なのだと分かる。
「やっべー、俺、一時間目の授業から寝てたのかよー。いま放課後だよな。どうしよう、授業全部サボっちゃたよ」
 夜中の二時までギャルゲーをやっていたツケが、回ってきたのだろうか。
 これでは、激昂した荒子先生にガスガンを乱射されてしまう。
 どうやって言い訳をしようか頭を悩ませていると、どこからか声が響いてきた。
「もう起きたのかニャ! ご主人様」
 屋上のさらに上にある給水タンクの上から、ぐるぐると回転しながら、飛び降りてくると少女は華麗に着地した。
「んー優雅で気品のあるこの着地。百点満点だニャン」
さっき夢のなかに出てきて俺を銃殺した猫耳娘は、満足そうに自我自賛する。
え、さっきのは夢のはずだよなぁ。
じゃあこの少女は一体……。
そんな考えが頭を駆けめぐってる俺に向けて、少女は言い放った。
「どうだニャン? 自分が銃殺された気分は」
 猫耳少女は得意げに、あまりにも小さい胸を張りながらそう口にする。
「痛かったニャンでしょ、痛かったニャンでしょ?」
 猫耳少女は、さも愉快そうに笑っている。
まるで、俺が痛いのが嬉しい、だとでもいうみたいだ。
こいつ、絶対にSだ。
 少女の性癖などいまはどうでも良い。
 さっきこいつが口にした“銃殺”、という言葉が引っかかって俺は質問してしまう。
「銃殺って、アレってただの夢じゃ?」
「夢じゃないのニャア。ご主人様が死んだのは紛れもない現実だニャン♪ まっさらな現実を直視するのも大事なことだニャ」
 猫耳少女は心底から楽しそうに、そんな現実を突きつけてくる。
「とりあえずその服装どうにかしてくれっ、目のやり場に困る!」
 マイクロビキニという恥部を隠せているんだか、いないんだか分からない少女の身なりに、俺は思わず目をそらしてしまう。
「どうしたのニャ、ワタクシの服装なんか変かニャ?」
 彼女は自分の身体を胸元から足下まで視線を移す。
 羞恥心がないのかこの女は。
 そこでようやく俺が顔をそらした意味が分かったのか、少女はにんまりと嫌らしい笑みを見せた。
「どうやらワタクシのナイスバディに見惚れていたのかニャン。そうならそうと、初めっから言ってくれれば良かったニャのに」
 顔をそらした俺の正面に来ると、彼女は胸をそらして、そのほっそりとした身体を見せつけてくる。
「うふーん。どうだニャン、ワタクシの豊満な身体は」
「や、やめろって……」
 豊満というか貧弱な身体なのだが、同い年くらいの少女があんな露出度の高い身なりをしているので、俺は照れて、またそっぽを向いてしまう。
「スケベなご主人様ニャンねー。ペットであるワタクシも、魔獣に興奮する人間にはドン引きだニャン」
 さっきからご主人様、という呼称で俺を呼んでるが、一体どういう意味なんだろう。
それに、“魔獣”って言葉の意味も分からない。
「何なんだその“ご主人様”ってのは? それに魔獣って……」
俺の疑問を悟ったらしい少女が、俺の質問に答える。
「申し遅れましたニャン。ワタクシ、猫の魔獣で、カミュという名前だニャン」
いや、だからその魔獣の意味が分からないんだって。
カミュと名乗った少女は、俺の疑問を置いてきぼりにして言葉をつづける。
「ご主人様というのは、ご主人様がカミュの飼い主になったからだニャン」
飼い主?
そこに至るまでの過程を説明してくれ。
同い年くらいの少女を、“飼う“”というセリフには、何かいけない背徳感をおぼえるが。
「弾丸状の檻に閉じこめた、というより封じ込めた“マザー”をご主人様の心臓にちょくせつ撃ちこんだニャ」
 マザー。
 また新しい言葉が出た。
 マザーっていうと、英語で“母”って意味だよな。
 って、まったく勉強ができず、英語にもかなーりうとい俺でも知ってる単語だ。
「そしてご主人様は解錠者に目覚め、自在にマザーを操れるようになったはずニャン」
 解錠者……。
 また知らない言葉だ。
 彼女の説明は、俺にとってはまるで意味が分からないものだった。



「それで、結局ついてくるのかお前は……ってか何で手足つかって歩いてるんだよ?」
「手足って、ワタクシは猫の魔獣だから四足方向は基本中の基本だニャン。そんなことも分からニャイのかニャ?」
 背中に巨大な槍を背負い、マイクロビキニ姿で四足歩行するのは完全に奇行だと思うのだが、カミュはそれがさも当然のことだとでも言うように、そう口にした。
 通行人の視線が俺たちに集まり、俺は注目されてるんだと焦る。
「ついてくるのはもう仕方ない、本当に仕方ないけど、四足歩行だけは止めてくれないかなっ」
 ただでさえ槍にマイクロビキニというだけで、凄まじく目立っているというのに。
 うう、通行人の視線が痛いです。
「主人がペットを注意するなんて、ニャンて無礼なご主人様ニャのニャ!」
 カミュはその場で回転しながら立ち上がると、俺の額を叩いた。
「イテッ! 何すんだいきなりっ!」
 文句を言う俺に対し、カミュは平坦な胸を張って、心底からさげすむような視線でこちらを見てくる。
「主人はペットに仕えるのが義務なのニャ! いわばご主人様はペットであるワタクシの奴隷にすぎないのニャ。身のほどを知るのニャ」
 主人がペットの奴隷?
 それは真逆なのではないだろうか。
 ペットがそそうとしたら、主人がしつけをするべきなんじゃないだろうか。
「お前の言い分はわけ分かんないよ。それに俺はお前の主人になったつもりはないし、お前の奴隷になった覚えはないし、今後お前を飼う予定も一切ない!」
 カミュに負けじと持論を展開する俺。
「ご主人様がワタクシの飼い主になったのはくつがえせぬ決定事項だニャン。つまりこれは真理なのだニャ」
 どうやらカミュのなかで、俺は既に主人と決まっているらしい。
「はぁー何でこんな目に遭わなきゃいけないんだ。染井吉野といい黒木といい、何で荒くれ少女たちが俺に暴力をふるうんだ……厄日だ、厄日」
 朝、八重に蹴られたことといい、黒音に肘鉄をくらわされたことといい、あげくはカミュに銃殺されかけたことといい、今日は本当に運が悪い。
 それもこれも全部、綺夜姉ぇの味噌汁を飲んだから始まった不運なんじゃなかろうか。
 といっても、美味しい思いもしていると自覚はしてる。
 具体的には八重のパンツに顔を突っこんだり、黒音の胸を揉んだり、カミュに股間を触られたり。
 俺も男の子だ、あんな状況になったら、確かに嬉くはある。
 でもそれと引き換えに、俺は暴力をふるわれ、あげくの果てには、ピストルで殺されそうになったのだ。
 自分の命と引き換えに得るほどのラッキースケベだとは、とてもじゃないが思えない。
「俺はもっと平凡な青春を謳歌したいんだ」
 思わず心の声が自分の口から漏れでる。
 友達とミャックに行ってだべったり、ギャルゲーを深夜までプレイしたり、願わくば恋人が出来て、その彼女と手をつなぎながら下校したい。
 したいんだ。
 そのくらい俺は純情な少年である。
 という自覚くらいある。
 けど現実は残酷の残虐。
 もしかして平凡で平和な日常か壊れて、自分が切っても切れない非日常という鎖にがんじがらめになってしまうのでは、という漠然とした不安が胸を占める。
「残念ながらご主人様の日常は、ワタクシによって木っ端みじんにくだけ散り、刺激的で過激な非日常に完全に変わってしまったのニャ」
 カミュは俺の不安をあおるようなセリフを言ってくる。
「やめてくれー俺は平凡な、ちょっと退屈なくらいの平凡な日常がいいんだー」
 頭をかかえながら、そんなセリフをわめき散らしてしまう。
「あきらめろニャン♪ 人間にとってあきらめも肝心だニャ」
 カミュは無情にも、俺に無慈悲な現実を突きつけてくる。
「まだあきらめない、あきらめないぞ俺は!」
 ここから軌道修正して、平凡な日常に帰るのだと強く、強く決心する。
「あきらめが悪いだニャンね、男らしくないのニャ」
 どう言われようとも、俺は今までの平凡な生活にしがみついてしまう。
 カミュと漫才のようなやりとりをしているうちに、自宅の前に着いた。
「ふむふむ、ここがご主人様の小屋なのだニャンね」
 カミュはアゴに手を当ててしたり顔でうなずく。
「そうだけど、何か文句でもあるのか?」
 大豪邸、というわけでもないけど、我が家は二人暮らしにしては結構おおきく、部屋もあまってる。
 綺夜姉ぇと俺が暮らしてくには、十分な大きさの自慢の我が家だ。
「なんだかショボいニャン」
「ショボいって何だよ!? 綺夜姉ぇが三十年ローン組んで買った大切な家だぞ!」
 ショボい、という感想に、俺は憤りを感じてカミュを叱るように言う。
 そんな俺の怒りなど気にしたそぶりもなく、カミュはまためちゃくちゃな持論を展開する。
「ワタクシのご主人様たるもの、宮殿のような、王宮のような、大豪邸に住んでないとダメなのニャ。こんニャ犬小屋みたいなもの……」
 カミュは背中に背負った大きな槍の柄に手をやる。
「破壊してやるのニャア!」。
そして飛び上がろうとした。
「まてまて、何をしようとしてくれてるんだお前はっ!」
 跳躍しようとするカミュを、俺は必死になって止める。
 あんな巨大な槍で我が家の外壁を傷つけられたら、堪ったものじゃない。
 あの大きさじゃ、窓ガラスは軽く粉々になってしまうだろう。
 この小さな少女に、あの野太い槍を扱えるのか、疑問に思うところではあるが。
「ほらっ、中身はなかなか住み心地がいいからっ。なっ? 美味いメシもたくさんあるぞぉ」
 俺がそうなだめるとカミュは、予想に反して容易に槍から手を離した。
「それもそうニャ。まずは腹ごしらえが先決ニャ」
 具体的には美味いメシ、じゃなくて美味い食材なのだが、ここは何とか乗り切ったらしい。
「ただいまー」
 帰りの挨拶を口にしながら、玄関のドアを開ける。
「ふーん。へー、ほーなのニャ」
 カミュは物珍しそうに、廊下を見たり、靴箱を開閉したりする。
「あらあら〜お帰りなさい〜今日は遅かったのね〜」
 綺夜姉ぇが、リビングのドアを開けて、俺を出迎えてくれる。
「ごめん、ちょっと友達と喋ってたら遅くなった」
 俺は誤魔化すように言い訳を口にする。
 猫耳少女に銃殺された、なんてどう説明したらいいんだろう。
 綺夜姉ぇの“遅かった”、という言葉どおり、今はもう夕暮れの時間は終わろうとしていて、外はちょっと薄暗くなってしまっている。
「もうご飯食べて来ちゃった〜?」
「いや、ちょっと色々あって、夕飯は食べてきてないんだ」
 いつもの綺夜姉ぇののんびりとした口調に、俺は何も考えずに返事をしてしまう。
「あらあら〜それじゃあ今日は腕によりをかけてお姉ちゃんが特性ハンバーグを作っちゃうぞ〜♪」
 しまった、と思ったときにはもう遅い。
「ハンバーグ? ワタクシの大好物のひとつなのニャア!」
 カミュの声に反応した綺夜姉ぇが、いま気づいたとといわんばかりに彼女を見る。
 というか発見する。
「あらあら〜お客さん〜?」。
 こんなに目立つカミュをすぐに見つけられなかった時点で、綺夜姉ぇはオブラートに包んで表現するなら、かなりの、のんびり屋だ。
 包まずに言うとかなりの鈍感だ。
「あなたかなり可愛いわね〜お姉ちゃんキュンキュンしちゃう〜」
「そうだニャ、ワタクシはめちゃくちゃ美少女だニャン」
 感想はそこだけですか、綺夜姉ぇ。
 槍を背負ってるところとか、マイクロビキニを着てるところには、全然くいつく素振りすら見せない。
 綺夜姉はやっぱり大物だ。
 カミュは可愛いと感想を述べらえれて、自画自賛してるし。
「珍しいわね〜光ちゃんが女の子を連れてくるなんんて〜いつも須田君ばかりなのに〜」
 そういえば豪と約束していたのだが、彼には断りの連絡をLINEで入れた。
 適当に頭が痛い、などという言い訳を送信したのだ。
 そしたら綺夜姉えを真似た、と思われる心底から気持ち悪い返信が来た。
『光ちゃん、風邪には気をつけるのよ。もし良かったら、わたしが手鳥足取り看護してあげるわよーうふふ』
 といった内容の返信だ。
 気持ち悪いので、俺は一言だけこうメッセージを送った。
『死・ね!』
 するとまたまた返信があった。
『んもうっ、つれないんだからー光ちゃんはー』
 気持悪すぎるので無視しておいた。。
「くんくん」
 と、綺夜姉ぇが、カミュに鼻を近づけて臭いを嗅いでいる。
「ちょっとあなた〜かな〜り臭いわよ〜ちゃんとお風呂に入ってる〜?」
「風呂は大嫌いだニャ。ワタクシは猫の魔獣、風呂には入らない主義なのニャア!」
 ドドン、と背後に効果音でも付きそうなカミュの態度に、綺夜姉ぇは言った。
「ご飯の前にお風呂ね〜うふふ〜お姉ちゃんも一緒に入ろうかしら〜」
 人と一緒に風呂に入るのが好きな綺夜姉は、機嫌よさそうにカミュを引きずっていく。
「嫌だニャァァァ! 離すのニャャァァ! 何でただの人間が魔獣であるカミュより力があるのニャャァァ!?」
「お姉ちゃんこれでも腕力には自信があるのよ〜」
 また自分を魔獣と言ってるよあの子は。
 何なんだ魔獣って、という感想を浮かべてるうちに、綺夜姉ぇたちは、脱衣所に入って行った。
「このオモチャは、邪魔ねぇ〜ちょっと外しちゃいましょうか〜」
 ゴロン、と脱衣所から廊下にあの巨大な槍が転がる。
 綺夜姉ぇは持ち前の怪力を発揮して、カミュの背中からあの物騒な槍を外したらしい。
「コラッ、触るニャ! ワタクシに触っていいのは、ご主人様だけなのニャア!」
「いい子だから暴れないでね〜まぁ暴れても無理やり引んむいちゃうんだから〜」
「止めろニャアー!」
 わめき散らすカミュに、いつものマイペースさを保ったまま、恐らくカミュの水着を脱がせているのが、脱衣所から響いてくる声で分かる。
「これじゃワタクシもうお嫁に行けないのニャァァァァ」
 力なく脱力したカミュの声が聞こえてくるが、どちらにせよあのマイクロビキニじゃほぼ全裸と変わらないんじゃないだろうか。
 彼女の羞恥心の基準が分からない。
「うふふ〜お嫁さんなら光ちゃんのお嫁さんになればいいじゃな〜い」
 勝手に人を婿にだすな綺夜姉ぇよ。
 と冷静に考えてると、脱衣所からひょっこり顔をだした綺夜姉ぇが、驚くべきことを言った。
「もちろん光ちゃんも一緒に入るわよね〜」



 俺はいま自分が置かれた状況を理解できずにいる。
 というかこの状況に俺の思考は置いてきぼりだ。
「よ〜くごしごし洗いましょうね〜」
「嫌なのニャ、そのたわしをワタクシに近づけるニャ!」
「たわしじゃなくてスポンジよ〜」
 スポンジにボディソープをつけて、まだ凄まじく暴れているカミュの身体を、綺夜姉ぇは一生懸命あらっていく。
「目に毒だ……」
 綺夜姉ぇとは幼少のころ、何度も風呂に入った記憶がある。
けど、思春期になってから見る、幼児体型といえなくもないが、彼女の美しい身体は目のやり場に困る。
カミュも、ほっそりとしたスリムな身体つきで、胸がほんの少しだけ膨らんでいた。
 俺はというと、裸に下半身にタオルを巻いただけという恰好だ。
「うわーちょっと刺激的すぎる」
 俺は自分の顔が火照るのを感じ、思わず手で両目を覆ってしまう。
 いま自分の顔を鏡で見たら、頬が真っ赤になってるはずだ。
「あなた〜胸がちょっとあるわね〜」
「ワ、ワタクシはナイスバディだニャン」
「わたしよりあるなんてーちょっと悔しいわー」
「人間はぺったんこだニャンね」
「それどういう意味〜?」
「そのままの意味だニャ」
「んもうっ、お姉ちゃんはあなたよりずっと年上なんだからね〜」
そんな桃色に染まった二人のやり取りが、ここにいると、どうしても聴こえてきてしまう。
「うわーうわーーー」
 俺は耳を塞ごうとしたが、それでは視界が開放されてしまう。
 そしたらこの桃色と化した空間を直視しなければならない。
 それは素晴らしい、いやいやイケないことなのだ。
「シャ、シャンプーだけは止めるのニャア!」
「髪が痛んでるわよ〜ちゃ〜んと洗わないとね〜」
「ミギャァァァァァァァァァァァァァ!」
 カミュの悲鳴が風呂場に響きわたる。
 俺はそろそろ目を開けても良いんじゃないだろうか、という気になる。
 いや、だめだ俺。
 理性を総動員して、ふたりの裸体を直視したい、という欲望をおさえこむ。
「終わったわよ〜」
「ワタクシ、レイプされたのニャ。ボロ雑巾のように犯されたのニャ……」
カミュの力ない声が耳に入る。
手で目隠ししていて見えないが、カミュは今げんなりとた表情で、膝を突いてることだろう。
俺には手に取るように分かる。
「じゃあ次は光ちゃんの番ね〜うふ〜久しぶりに背中を流してあげるんだから〜。あ、あなたも手伝ってね♪」
「分かったのニャ。ご主人様にもワタクシと同じ犯された者の気持を、たっぷりと味わってもらうのニャア!」
ふたりの口から素晴らしい、いや、不穏なセリフが漏れでる。
そのご褒美ともいえる言葉を理解した俺は、ますます顔を赤くしてしまう。
「いやいや、俺はいいからっ! 自分で洗うからっ!」 
 目隠ししながら思わず後ずさってしまう。
 とボディーソープで濡れていたためか、足をすべらしてしまう。
「おわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 そして俺はそのまま前方に倒れた。
 そして俺の全身は柔らかいものに触れた。
 というより包まれた、と表現したほうが適切かもしれない。
「ご主人様……ペットに興奮するのはどうかと思うニャン。さすがのワタクシも獣姦趣味のある主人にはドン引きだニャ」
「獣姦って何なんだよっ?」
 そこで俺は気づく。
 自分の全身がカミュの上に、まるで抱きつくように倒れているのだと。
 しかも裸と裸。
 カミュの控え目だが、気持のいい身体を自分の身体が覆っているのだ。
「おわぁぁぁぁぁぁっ! ごめん、いま退くっ。いますぐ退きますから、はいっ”」
「逃がさないニャよご主人様!」
そのほっそりとした腕のどこにそんな力があるのか、カミュは綺夜姉ぇ並みの怪力を発揮して、俺の身体を強く抱きしめて離さない。
「ちょっとカミュさん!? 当たってる、当たってるからぁっ!」
 カミュのつつましやかな、小ぶりの胸が俺の胸に当たってる。
 しかも彼女が動くたびに、胸の頂上にある小さなつぼみが、俺の身体にこすり付けられる。
「うふふ〜そのまま光ちゃんをしっかり掴まえておいてねぇ〜」
「うわわっ、今度は何だ?」
 恐らく、綺夜姉ぇが、俺の背中に乗って来たんだろう。
 ふわりとした余り体重を感じさせない身体が、俺の背中に押しつけられる。
「ほ〜ら〜ご〜しご〜し」
 そして柔らかな感触が優しく背中を撫でていく。
 多分、この感触はスポンジだ。
 まさか身体で身体を洗う、だなんて破廉恥なこと、綺夜姉ぇはしないはずだ。
「どお〜気持ちいい〜?」
 ああ、背中も正面も非常に気持ちいいです、はい……。
「あああああぁぁぁぁっ!」
 そして俺の意識は昇天して、天に召された。
 さらば俺の貞操。



 風呂から出てタオルで身体を乾かし、服に着替え、今は三人とも照井邸のリビングにいる。
「ワタクシ、カミュという猫の魔獣なのニャ。よろしくご主人様のお姉さま」
 カミュはうやうやしく、そう綺夜姉ぇに自己紹介している。
「あらあら〜カミュちゃんっていう名前なのね〜うふふ〜素敵な名前〜」
 カミュの挨拶の内容は、ものすごく奇妙なものなのだが、綺夜姉ぇは名前にだけ食いつく。
動じない綺夜姉ぇは、やはり大物中の大物だ。
 カミュは自分の名前を褒められてその平坦な胸を張る。
「ワタクシは名前からして優雅で優美でおまけに気品があるのニャ」
 自画自賛するカミュの横で体躯座りして、俺は虚ろな目でひとり言をこぼしてしまう。
「俺の貞操……初めてだったのに……あんな激しく……」
 我ながら、いじけて指を咥えてしまいそうな勢いだ。
「スポンジで激しく身体を洗われたくらいで、いつまでイジけてるのニャご主人様。男らしくないのニャ」
「お前なぁっ! 女の子と一緒に風呂に入るなんて、童貞の俺にはそれはもう大切なイベントだったんだぞっ!」
 カミュの言葉に、思春期まっさかりである童貞中学生の俺は、激昂してしまう。
「男らしい光ちゃんか〜今のちょっとなよなよしてる光ちゃんも可愛いけど〜いつか男らしい光ちゃんの雄姿も見れるかしら〜」
 俺を犯した、もとい洗い尽くした綺夜姉ぇはというと、弟が怒ってるというのに、どこ吹く風。
 そんな見当はずれな夢想をしている。
「とにかくっ、ご主人様の貞操は置いておいてっ」
「置いておくなぁっ!」
 俺の大切な貞操を、大切な貞操を。
 カミュはいきり立つ俺を無視して続ける。
「ワタクシはご主人様のペットにニャったから、今日からこの家で飼わせてやるニャ」
 あまりにもの言い草だが、綺夜姉ぇはまったく動じたそぶりなど見せずに、言葉を返す。
「あら〜カミュちゃん〜わたしたちの家に住むの〜? 居候ってことかしら〜別に良いけど〜」
「良いのかよっ!?」
 即決する姉に、思わずツッコミを入れてしまう。
「これでウチにカミュが住むのは決定かぁー」
 俺は落胆半分、嬉しさ半分くらいの気持になってしまう。
 俺だって男の子。
 こんな美少女と同居するという展開に、どうしても嬉しくなってしまうのだ。
「この犬小屋に住むからには、魔獣の脅威からワタクシが二人を守ってやるのニャ」
 カミュはえっへん、と自信ありげに意味不明な言葉を口にする。
 こんな変な少女じゃなくて、普通の女の子なら、俺は飛び上がって喜んでいることだろうが。
「だから、魔獣って一体なんなんだよ?」
あの漫画やアニメに登場する魔獣のことなのか、と思ってしまう。
でも、もちろん現実の世界にそんな物騒な化け物は、まったく存在しない。
「いま説明するから、ご主人様はちょっと黙ってるのニャ」
 その言い草に、俺はちょっとムッとしてしまう。
「なになに〜長話になるのかしら〜?」
「結構、長い話になるニャン」
「じゃあわたしはお夕飯作ってるから〜ゆっくり話しててね〜」
「お気遣い、痛みいるのニャ」
 礼儀正しくそう言うと、カミュはイスに腰かけた。
 綺夜姉ぇは台所へと向かう。
「ふんふふ〜ん♪」
 俺以外の者に食事をふるまえると分かって、綺夜姉ぇはいつもより機嫌よさそうだ。
「綺夜姉ぇにも聞かれていいのか? 魔獣とか銃殺されたこととか、あとなんだっけ? マザーだっけか」
「まったく問題ないニャ。都合が悪くなったら記憶を消してしまえばいいんだからニャ」
「おいおい、過激なことは止めてくれよな」
「この銃で記憶を消すのニャ」
 カミュどこからか俺を銃殺しかけた拳銃を取りだし、器用に手のなかで回す。
「綺夜姉ぇに変なことしたらただじゃおかないぞ」
 そんな彼女の姿を睨みつけながら、俺は脅し文句を口にする。
「まぁ脳みそお花畑なお姉さまなら、何聞かれても大丈夫に違いないニャ」
 お花畑って……。
 確かに我が姉ながら、のんびりとし過ぎてるかもしれないけどさ。
 俺は頭のなかで、自分の姉をそう評価しながら、カミュの向かい側のイスに座る。
 そして二人のあいだには、数秒の沈黙が流れた。
 俺は何を質問すればいいのか迷った挙句、こう口にする。
「魔獣って一体なんなんだ?」
「魔獣は魔獣だニャン。プリズムに生息する化け物のたぐいだニャ」
 カミュの説明は、説明になっているのかいないのか分からない。
 プリズム?
 また新しい言葉がでてきた。
 俺は自分の頭に浮かんだ疑問をすぐさまぶつける。
「プリズムってのは何だ?」
「プリズムは六元宇宙に存在する地球に似た惑星だニャン」
「まてまて、そのプリズムっていうのが惑星ってのは分かった。だがその六元宇宙ってのは何なんだ?」
 新たな疑問が解決されたかと思ったら、また新しい疑問がでる。
 正直、キリがない。
「理解力がないニャンね、ご主人様は」
 飽きれたようなカミュの声に、俺はちょっとへこんでしまう。
 確かに、俺は勉強はまるっきりダメで、理解力もないのだ。
 カミュは理解力の無い俺にもまるで怒ったそぶりはなく、冷静に答える。
「地球のある宇宙だけがすべての宇宙ではないのニャン」
「なるほど……」
分かりやすく簡潔なカミュの説明に、俺はアゴに手を当てて思案する。
まるでSFの世界だ。
にわかには信じがたい。
「この地球のある銀河系のさらに遠くにある銀河系の、もっともっともーっと遠くにある宇宙の果てがあるのは分かるかニャ?」
「まぁ何となくは……」
 果て、とは宇宙の行き止まりのことだろう。
「その宇宙の果てにある行き止まりの裏側に、また別の宇宙が存在してるのニャン」
 カミュの解説は分かりやすいし俺の頭でも理解できた。
 けど納得はいかない。
「それってもう完全にSF映画の世界だろ」
「映画? よく分からニャいけど、ご主人様の存在するこの宇宙が、七元世界といって、最後の宇宙と言われてるのニャ」
なんか真面目に考えるのがバカらしくなるくらい、カミュの説明した内容は完全にSFやファンタジーの世界だ。 
「それでそれで、一元宇宙から七元宇宙までが、メビウスの輪のようにねじれながらくっ付いてるのニャ」
「うーむ……」
 信じられない、信じられないぞ。
「それでもって、それぞれの宇宙で膨張をつづけているダークエネルギーの正体は、宇宙エネルギー・マザーなのニャ」
 ダークエネルギーが何なのかは知らないが、宇宙が膨張を続けてるってのは漫画やアニメの知識で得たため一応は知っている。
「それだよそれ、“マザー”って一体どういうものなんだ?」
「マザーはあらゆるエネルギーの“母”であり、雷や氷、炎などのエネルギーに変換できるエネルギーなのニャ」
 カミュはそれがさも当たり前かのように、冷静にマザーの正体を告げる。
「マジでファンタジーの世界だな」
 思考はカミュの説明に追いついてる。
 追いついてるが、やはり納得はいかない。
 まさに、漫画やアニメの世界設定そのものだ。
「ご飯できたわよ〜話終わったかしら〜」
 湯気を立てた、というより煙のようなものが立ちのぼってるトレーを持って、綺夜姉ぇが台所から歩いてくる。
「待ってましたのニャア! この香ばしすぎる匂い、とても食欲をそそられるニャ!」
 香ばしい、というよりも焦げ臭い、と表現したほうが適切だろう。
「うふふ〜今日はいつもより上手くできたのよ〜」
 いつもより上手くできたって、あなたいつもそのセリフ言ってますよね。
 もう決まり文句のような綺夜姉ぇの言葉と、この異臭に、俺は溜息をついてしまう。
「ほら〜たくさん作ったから〜た〜んとお食べ〜」
 我が姉はテーブルに料理を置き、両手を広げてくる。
 例え綺夜姉ぇが悲しんだとしても、俺はまったく食べる気が起きない。
 つまりは微塵も食欲をそそられないのだ。
 カミュは俺と違う感想を抱いたのか、料理を物珍しそうに眺め、テンションが爆上がりだ。
「ニャンだこの黒い物体!? とにかくとにかく美味しそうなのニャア! いただきまーすニャア!」
「あ、おいカミュ……」
俺が止める間もなく、カミュはテーブルの上にのぼり四足歩行になると、元はハンバーグだったのだと思われるその黒い物体を食べだす。
「あらあら〜行儀悪いを通りこしてワイルドだわ〜」
カミュは箸もフォークも使わずに、その暗黒物質を口だけで食べている。
「う、美味いニャ! ニャンだこれガブッ! 今まで食べtたことのない未知の味だニャ、ガブガブ、ンクッ!」
「あらまぁ〜美味しい? お姉ちゃん嬉しいわ〜もっともっと食べていいのよ〜」
自分の料理を褒められた経験のない綺夜姉ぇの顔に、心底から嬉しそうな笑みが広がる。
「ゲフッ! 二ャフ! ニャンだこれ、ニャンだこれ!」
時折、吐きだしながらも、カミュは心底から美味そうに、その料理とも言えない黒焦げの物体を食べ進める。
「ゲロゲロー!」
別にカミュはカエルになったわけじゃない。
多分、カミュの味覚はイカれてるが、胃のほうが拒絶してるのだろう。
彼女は盛大にその食べ物? を吐きだす。
「まるでケルベロスメシだニャァァ」
綺夜姉ぇの料理に対するカミュの言い回しに、俺は何度もうなずいてしまう。
「そうだなカミュ、それは紛れもなくケルベロスの食べるような料理だ」
「ケロべロスって〜いや〜ね〜お姉ちゃんの料理をけなさないでよぅ〜」
 あまりアニメや漫画などは見ない綺夜姉えでも、どうやらケルベロスという異形の化け物は知ってるらしい。
 なかなか博識だ。
「ガブガブガブガブガブガブッ! ゲッフー」
 そんなやり取りをしている俺たちをよそに、カミュは凄まじいスピードで物体Hを平らげた。
 ちなみにHとはハンバーグのイニシャルだ。
 豪快に食べ終わると、カミュは自分の身体を舐めだす。
毛づくろいというやつ、なのだろうか。
 その物体を完食したカミュに、俺は驚愕してしまう。
「綺夜姉ぇの料理を食べきる奴、初めて見た」
あの豪ですら、一口食べて箸を置いたんだぞ。 
「カミュちゃん〜お味噌汁も飲んで飲んで〜自信作なんだからっ〜」
 満足した表情をしてるカミュに、綺夜姉ぇはあのヘドロじみたスープを差しだす。
 近づけられた碗にカミュは、顔を近づけてくんくんと鼻を鳴らす。
「美味しそうな匂いのするスープなのニャ。こんなのプリズムでもお目にかかったことないニャア」
 こんな代物、地球上でも出てくるのはこの家だけです、はい。
「ズズズズッーーーーー!」
 またしてもカミュは、豪快かつワイルドに、味噌汁であろう液体をすすった。
「ウボァッ!」
 さすがに吐きだすカミュ。
 うんうん、分かるぞカミュ。
 あの液体は、胃はおろか、ノドはおろか、まず舌が受け付けないんだよな。
「う、美味いニャア。この味、堪らないのニャ!」
 俺の予想に反して、カミュはときどき吐きだしながらも、凄まじい勢いでスープを飲み進める。
「大丈夫かカミュ? そんな勢いで飲んだら死ぬぞ」
 さすがに姉が殺人者になるのは避けたい。
「んもう〜死ぬってなによ〜? こんなに美味しそうに飲んでくれてるじゃない〜」
 我が姉よ、そこがもう驚愕なんだ。
「ズズッズー、ズッー。……ニャガウッ!」
 と、勢いよく味噌汁を飲んでいたカミュが突然、頭をテーブルに突っぷした。
「カミュ!? おいどうした? 大丈夫か!」
 そしてそのまま細身の身体をぴくぴくと痙攣させてる。
 やっぱりこのヘドロスープには、さすがの異能舌をもつカミュでも耐えられなかったか。



 カミュはいつもの通学路を四足歩行で走っていた。
「遅刻ニャ遅刻ッ!」
 私立ヘドロ学院に通うカミュは、時間ぎりぎりまで丹念に毛づくろいをしていたので、こんな時間になってしまったのだ。
「遅刻すると先生怒るんだニャ! 急がねばっ!」
 カミュはさらに走るスピードを出した。
加速して加速して加速しまくる。
そして曲道に差しかかった。
「キャッ!」
「ニャウ!?」
 そしてカミュは、なにか柔らかに物体と衝突した。
「ちょっとーどこ見て四足歩行してるのよっ!?」
 超、がつくほどの美少女が、カミュの目の前に倒れている。
「ごめんニャ。ちょっとスピードを上げすぎたのニャ」
 カミュは頭を掻きながら、言い訳するように言う。
「もうー最悪っ! 朝からこんなしょぼい魔獣とぶつかるなんて」
「カミュはしょぼい魔獣ニャんかじゃないのニャ。優雅で気品がある高潔な魔獣なのニャ”」
 カミュは少女に手を差しだそうともせず反論する。
「あたしって言い訳がましい魔獣が大嫌いなのよ! こんな可憐な女の子にぶつかっといて手も差し伸べ最低な魔獣初めてだわっ」
「無礼者なのニャ! 口の悪い人間なんて斬って捨ててやるのニャ」
 ここでカミュは背中に背負った大槍の柄に手をやった。
『カ……ミ……』
 目の前の少女を斬って捨てようとしているカミュの耳に、どこからか声が響いてきた。
「なんなのニャ、この声は!? そこの人間の能力かなのニャ!」
「はぁ? なに言ってんのよあんた、ついに気が狂ったの?」
 戸惑っているカミュの耳に、何者かの声が聞こえてくる。
『カ……ミュ……』
「カミュを幻惑しようとしてるのニャア。精神攻撃だニャア!」



「カミュ! 大丈夫か!?」
「ハッ――――!?」
 綺夜姉ぇの味噌汁を飲み切って、テーブルの上に突っぷして完全に気絶していたカミュが目を覚ます。
 不思議そうにリビング中を見回しながら、カミュは言った。
「いま口の悪い少女と、街角でぶつかる夢を見たのニャア」
「それは夢じゃなくて幻覚だ」
 同じような状況におちいって俺と同じ幻覚を見たカミュに、親近感をおぼえてしまう。
「カミュもとうとう俺と同じ体験をしたのかぁ。うむうむ、その気持、深く理解できるぞぉ」。
 俺はしたり顔で何度もうなずいた。
「もう〜お姉ちゃんのお味噌汁をなんだと思ってるのよ〜」
 自分で作った料理だからなのか、綺夜姉ぇはあの幻覚を体験した経験がないんだろう。
 怒ってるが、我が姉ながらぜんぜん怖くない。
 むしろ怒ってる姿すら可愛く見える。
「どちらにせよ、お姉さまの作ったケルベロス料理、堪能させてもらったのニャア!」
 幻覚を見たことなど気にしたそぶりも見せずに、カミュはそう言った。
「それでどうするのかしら〜? お部屋なら余ってるし〜お布団がお客さま用のも余ってるし〜」
 カミュがこの家に住みつくのはやはり決定事項なのだろう。
 綺夜姉の口にした言葉に、カミュは元気よく返事をした。
「ワタクシはご主人様と同じお布団で寝るのニャア!」
「おいおい、それは嬉しすぎ……じゃなかった不謹慎じゃないかな?」
「なぜなのニャ? ペットのつとめは主人に癒しを与えることにあるのニャア。ご主人様もカミュと一緒に寝れば、それはもう癒されること間違いなしなのニャ!」
「癒しというか、いやらしいというか、嫌、その」
 俺も思春期まっさかりの男の子だ。
 カミュのような美少女に一緒に寝る、と言われてその誘惑に抗えないでいる。
 例え頭のイカれた女の子でも、同い年くらいの少女と一緒に寝るなんてイベントは、魅力的すぎる。
「あらあら仲が良いわね〜お姉ちゃんちょっと嫉妬しちゃう〜」
「いや、その、止めないの?」
「わたしだけの光ちゃんだと思ってたのに〜いつのまにか大きく成長したのね〜」
 俺の口にした疑問をよそに、綺夜姉ぇは感慨深げに言う。
「じゃあご主人様の部屋に行くのニャ! 出発進ー行! GO,GOなのニャ」
 カミュは俺をせかすように、リビングのドアまで走っていく。
 あれ、本当にこの美少女と一緒に寝るの?
「まぁ一緒に寝るかはともかく、部屋を見せるのはいいぞ」
 そんな夢のような展開になるかどうかは分からないが、自室を紹介するのはやぶさかでもない。
「どんな部屋なのかニャ。楽しみなのニャア。キャットタワーもあるのかニャ?」
「お前が期待してるような大したもんはないぞ」
 キャットタワーなんて、猫を飼ってるわけじゃない俺が持ってるわけないだろう、カミュよ。
「ンニャーウ♪ ニャニャウー♪」
 カミュが猫語で歌を口ずさみながら、俺の後から付いてくる。
 すぐに二階にある自室の前に到着すると、ドアを開けてカミュを招き入れる。
 どうやら綺夜姉ぇはついて来ないようだ。
 一人と一匹? が室内に入ると俺は腰に手を当てて言った。
「どうだ、俺の部屋は?」
 俺は自信ありげにそう口にする。
「へーほーふーんニャ」
 カミュは珍奇なものを見るような目で、部屋中を見回す。
 壁にはアニメやギャルゲーの絵が描かれた抱き枕カバーがたくさん飾られている。
 棚にはアニメのDVD、ギャルゲーが所せましと並べられていた。
 もちろんベッドにも抱き枕が置かれていてる。
俺はいつも、あの女の子と、抱きしめ合いながら眠っているのだ。
「あれは何なのニャ!?」
 壁にかけられた抱き枕カバーの一つを見て、カミュが責めるように言ってきた。
「なにって猫耳少女のエリンたんだけど……」
「浮気なのニャ! ワタクシという者がありながら他のペットを飼うとは、どういう要件なのニャア!」
 カミュはいきり立って、背中に背負った槍の柄に手をやった。
「まて、何する気……」
「盗人女は殺すのニャア!」
 そしてそのまま軽々と槍と持ち上げると、抱き枕カバーに切っ先を刺した。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 カミュの唐突な行動に、俺は悲鳴にも似た声を上げてしまう。
 それはあまりにも、あまりにも酷いんじゃないか、カミュさんよ。
 縦に刺さった刃先がずるずると落ちていき、エリンの胴体から下半身が真っ二つに裂ける。
「ぁぁぁぁぁ……そんなぁ、エリンたぁぁぁぁぁん……」
 俺は肩を落とし、その場に手をついてしまうほど、落ちこんでしまう。
「浮気女は殺したのニャ♪ これで心置きなくご主人様に可愛がってもらえるのニャ」
 カミュは俺の様子など意に介したそぶりは見せずに、機嫌よさそうにしている。
「……」
 しばらく落胆していたあとにこみ上げてきた感情は怒りだ。
 俺は立ち上がって臨戦態勢を取る。
「テメェ、女の子だからって容赦しねぇぞ」
 すると突然、額が熱くなったのを感じる。
「あっちぃ! なんだこりゃ!?」
 姿見を見てみると、俺の額が赤く輝いてるのがのが分かる。
 その赤いイレズミは複雑に入り組んだ形をしている。
「?赤い鍵?が発現したのニャア!」
 赤い鍵ってなんだ?
 俺は自分の身に起きた不可解な出来事により、カミュに対する怒りを忘れてしまう。
「赤い鍵は、マザーと接続できる力なのニャ」
「マザーと接続っていうと、どういった状況なんだ?
「赤い鍵が発現して、晴れて解錠者になったご主人様は、マザーを体内にとり込み、自在に自分のエネルギーに変えることが出来るのニャ」
「エネルギーに変えるって、その赤い鍵ってのが額にでてきたこと以外で、特に変わったことはないけど……」
「あ、ちなみに解錠者っていうのは、赤い鍵が発現した者のことを指すのニャ」
 解錠者、マザー、赤い鍵。
 自分の身に起きた不思議きわまりない出来事に俺は驚く、というより戸惑ってしまう。
 カミュの説明は確かに分かりやすい。
 でも、自分が解錠者になったなんて実感は、まったくない。
「変わったところはあるのニャ、動けば分かるのニャ、ちょっとジャンプしてみるのニャ」
「ジャンプって、飛び上がるってことか?」
 俺は首をかしげながら、とりあえずその場でジャンプする。
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 すると自分でも信じれないくらい跳躍し、天井に頭を突っこんでしまう。
 盛大に天井の一部を頭の形に破壊した、というのに痛みはまったくない。
「なんだこりゃぁぁぁあぁぁぁ!」
 俺は天井から顔を引き抜き、床に着地する。
「身体が軽いっ、身体が軽いぞぉっ!」
 自分の身体能力の変化にアホみたいに驚いてしまう。
 これが解錠者の力なのかっ!
「ちょっと手取り足取りレクチャーしてやるのニャ」
 カミュは俺を銃殺した拳銃を取りだすと、床に撃った。
 すると俺の部屋が消え去り、部屋よりやや広い何もない真っ白な空間があらわれた。
「魔法かっ!?」
「別の惑星では魔法とも言われてるニャけど、すべての大本はマザーだニャン」
 すごすぎる。
 これが俺の夢にまで見た、二次元の世界じゃないか。
「ちなみにこの銃はマザー・アイテムといって、マザーを宿した弾丸を発射できるのニャア」
「なるほどなぁー」
 エリンたんをひき裂かれたことは完全に忘れ、俺はいま自分の置かれている漫画やアニメみたいな状況を興奮しながら体験してる。
「ある組織が開発した代物ニャ」
「それって悪の組織、悪の組織なのかっ!?」
「極悪非道のクソ組織だニャンね」
 悪の組織、と自分で口にした言葉に、俺の興奮は加速する・ 
「なになに? カミュはその組織と戦ってるのか!?」
 そんな展開、胸熱すぎる。
「そのハニャシはあとで、それより今は……」
 カミュは、俺のことを槍で斬ろうとする。
 おれはその斬撃をすれすれのところで避けた。
「いきなり何すんだっ!?」
 また俺を殺そうとしてるのか?
 一回、銃殺しただけでは飽きたらず、何度も俺を殺す気なのか!?
「レクチャーって言ったニャン。それに手加減はしたのニャ、ちゃんと避けられたニャンでしょ?」
「確かに、斬撃の軌道が見えて、軽く避けられたけどさっ」
「解錠者になったことで動体視力も上がってるのニャ、それに解錠者の身体能力ニャら、今の一撃くらい軽くかわせるのニャ」
 解錠者とはすごい存在なんだ、ということは分かった。
 勉強がまったくできずに、理解力のとぼしい俺でも、実際に解錠者の力を体験すると、自分の身体能力が確実に上がっているのだと分かる。
「レクチャーというか、これは修行だニャ。ご主人様に今後、魔獣と戦ってもらうから鍛えとかニャいと」
 これから俺は悪の秘密結社との陰謀に巻きこまれて、魔獣などと戦うハメになるのだろうか。
 カミュの口ぶりから察するに、そうに違いない。
 ちょっとの恐怖心と、自分が解錠者といった素晴らしい力を得たワクワク感が、胸を占める。
 俺だって男の子、バトルもののアニメには強い憧れだってあるのだ。
「本当にこの力があれば魔獣? とだって戦えるんじゃ」
「魔獣はそんなに甘い存在じゃないのニャ。ご主人様はまだまだ修行の余地があるのニャ。それにまだあの力は発現してないし……」
「魔獣ってそんなに強いのかよ」
 ちょっとだけあった恐怖心がすこし強くなる。
「魔獣は傷の修復能力が凄いのニャ。斬っても斬っても再生するニャ」
「それは、すごそうだな……」
「魔獣を殺すには、心臓か脳を破壊するしかないのニャ」
 どうやら現実はそう甘くはないらしい。
 解錠者として目覚めたばかりの俺と、魔獣との戦力差には、まだかなりの隔たりがあるのだろう。
「今度はちょっとだけ本気を出すのニャ、かわしてみせるのニャご主人様!」
 カミュは再び槍で俺を突こうとしてきた。
 さっきよりかなり速度が出てるが、俺にはまだ槍の軌道を目で追える。
 身体も槍の速度について行ってるから、結構、簡単に避けられる。
「今の一撃をかわすなんて、なかなかやるニャね、ご主人様は」
「まぁ何とかかんとかね」
「やっぱり、このワタクシが見込んだ人間だけはあるのニャア」
 謙遜する俺を、カミュは褒めてくれるから、嬉しくなってしまう。
「修行って、これで終わりか……?」
「まだまだなのニャ、こんどはご主人様が攻撃してくるのニャ。試しにワタクシを殴ってみるのニャア」
「いや、女の子に手を上げるわけにはいかないよ」
 カミュは魔獣という存在であれ、見た目はだけは可憐な美少女なのだ。
 自称・紳士の俺は、カミュの提案を断る。
「それじゃ修行にならないのニャ。ご主人様がその気にならないなら、またあのポスターをひき裂いてやるのニャ」
「そえだけは止めてくれぇっ!」
 ポスターじゃなくて抱き枕カバーなのだが、カミュにその違いを説明しても仕方ない。
「軽くだぞ、軽く叩くだけだぞ」
 おそるおそる、俺は手を平手にした。
 そしてその手で、カミュの身体を叩こうとする。
 ビュン!
「おおぉぉっ、カミュ、避けてくうれっ!」
 平手は俺の思った数倍の速度が出てしまう。
 力もかなりこもってしまってるはずだ。
「こんなスローモーションに見えるビンタなんて余裕なのニャ。あくびが出るのニャア」
 カミュは結構、速度のあった俺の平手を、回転しながら軽々しく避けた。
「おおーすげぇーパチパチ」
 俺はカミュの凄まじい身軽さに拍手してしまう。
「今度はお遊びじゃなくて、本気でやっていいのニャ。それにご主人様の一撃くらい食っても大したことニャいし」
「おー言ったなー!」
「カモン、カモンニャ」
 カミュはまるで、俺を腕のなかに招き入れるかのように、手を広げた。
「まぁ、今の身体能力を見てると、本気だしても余裕でかわせるだろ」
 俺は握りこぶしを作って、アニメなどの主人公がやるようにかまえた。
今度は容赦せず、渾身の一撃をくり出す。
「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 叫びながら、全力でカミュを殴りつけようとしたのだ。
「なかなか速いニャね」
 カミュは今度は避けようともせず、槍の刀身で俺の一撃を受け止めた。
 殴る手にあまり痛みはない。
 が全力の攻撃を軽々と受け止められた俺は、ちょっとショックを受けてしまう。
「マジかよ……そんな楽々と防がれるなんて思ってなかった……」
「まぁ、こんニャもんかニャ、ご主人様の今の実力は」
 カミュはとりあえず満足したのか、槍を背中に戻す。
「このグングニで受け止めたときにかなりの衝撃がきたニャね、なかなかやるニャン、ご主人様」
「へへっ、そうだろうそうだろう……やっぱ解錠者に目覚めた俺は、最強への道に登りつめるに違いないんだ」
 得意になって、自信満々にそういう俺。
 ところで、やっぱその槍、グングニルって名前なんだ。
 何だかイメージどおりだ、って感想を抱く。
「今日はもう疲れたニャン。もう寝るのニャ」
「さんせーい、俺も色々あってくたくただよ」
 朝から珍しすぎる出来事の連続で、かなーり披露しているのを実感する。
「またこの拳銃を撃って……」
 カミュがひとり言をつぶやきながら、またどこからかあのピストルを取りだして、地面に撃った。
「おおー」
 白い空間は瞬時に消え去り、元の見慣れた部屋にもどる。
「さーてご主人様、一緒に寝るニャよ」
「それって決定事項だったのかよ。いま布団もってくるから、お前はベッドで寝ろ」
 女の子を布団に寝かせ、自分がベッドに寝るなんていう選択肢のない俺は、そう提案する。
「まぁいいのニャ。ウニャァァァ」
 カミュは大あくびをすると、背中の槍を放り出して、ベッドに飛び乗った。
 そのまま布団のなかにもぐったかと思うと、すぐに寝息が聞こえてくる。
「すぴーすぴー」
 身体をまるめて寝てるのが、布団の形で分かる。
「やれやれ俺も寝るか……」
 一旦、客間に向かい、布団をもってくると、俺はすぐさまそれにもぐり込んだ。
 そして目をつぶると、すぐに夢の世界に意識は落ちて行った。



 とある会社の最上階で男は微笑んでいた。
 鳥の柄の描いてあるウイスキーを飲みながら、心底から嬉しそうにしている。
「んで、お仕事なんてご苦労様だな、人間どもよ」
 仕事に集中している会社員もいるが、その男の存在に気づいたらしい何人かの人々が、その男を怪訝そうに見る。
「ウイスキーは、マジで最高の刺激が舌に走るから、止められねぇぜ」
 ある社員のディスクに腰を下ろしてから足を組み、酒を飲み進める。
「何なんだねキミは……?」
 この会社の社長とおぼしき人物が、男の風貌と異臭に嫌悪感を隠そうともせず、そう口にする。
「カミュの奴どこにいんのかなぁ……あぁ、速くあの超刺激的な戦いを始めたいよ、ママ……」
 社長の声が聞こえているのかいないのか、完全に酔っぱらった男は、ひとり言を口にする。
「ちょっと、退いてくれないか? というか警備員はどうしたんだ、キミのような変質者を入れるなんて」
「警備員? ……あぁ、あの制服を着ていた連中か。もちろん爆発させちゃったぜぇー」
 それが当たり前のこととでも言わんばかりに、異様な風貌の男はそう告げた。
「爆発って……何を言ってるんだ、キミは」
 矢継ぎ早の質問にうんざりしたのか、男はイライラとした口調で言った。
「爆発は爆発だ。つまり俺の爆発は芸術ってわけで、お前も、いやお前らも全員爆発させちゃうぜぇぇぇ」
 すると、シャツがめくれて露出している毛が生え放題だらけの男の腹が、赤く輝きだした。
 そして男が手をかざすと、室内の一部が爆発した。
「キャァァァァァァァァァッ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「何だこりゃあ!?」
 室内にいた人々は突然の爆破に悲鳴を上げる。
 男は社長の頭をわしずかみ、マザーを発動させる。
「うがぁぁぁぁぁぁあっ!?」
 社長は、とつぜん自分の頭に爆発が起きて、悲鳴を上げる。
「これでも死なないように手加減してるんだぜ」
 社長の顔は黒焦げになり、意識を失う。
「俺が本気だしたら、お前らの身体なんて木っ端みじんだ」
 と、男は手を空中に走らせた。
 かと思うと、天井の大部分が盛大に爆発した。
「た、助けてー!」
 逃げ惑う人々に手をかざし、彼らも爆発させる。
「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」」
 社員たちは自分の身体に爆発が起きて、悲鳴を上げ、そのまま気絶してしまう。
「んで、もっと美しい悲鳴を響かせて俺を楽しませろ。人間どもがぁっ」
 爆発は止まらない。
 壁が粉砕し、窓ガラスも粉々に割れる。
 人々は壁や天井にふっ飛び、激しく身体を打ちつけて、床に倒れふす。
 男はその階だけでは飽きたらず、この高層ビルを爆発させながら、階下にくだって行った。
 そしてビルと大量の人々を爆発させた男は、心底から興奮した顔で、悠々と入り口から出てくる。
 男は両手を広げて、空を見上げながら咆哮を発した。。
「ハッㇻショーーーーーーーーーーーッ!!!」
 ハラショーとは、ロシア語で?素晴らしい?という意味だ。
 散々、男の爆発を受けたビルがぐらぐらと揺れていたかと思うと、一階か崩壊した。
 次に、二階から三階、三階から四階へと崩れていく。
 最終的には最上階までもが、爆砕に耐えきれず崩壊し、ビルは跡形もなく崩れ去った。
「まだだ、まだこんなもんじゃ足りねぇ。カミュよぉ……早く俺と激しくやり合おうぜぇ」
 男の声は反射市の夜の闇に吸いこまれてく。
 そして男はウイスキーを一口、口内にふくみ、うがいをするように味わった後で、その琥珀色の液体を飲みこんだ。



 もぞもぞ……。
「んんっ」
 もぞもぞもぞもぞ……。
 カミュに手ほどきを受けたあと、俺は布団を用意し、すぐさま眠りについた。
「んんんっ?」
 もうだいぶ寝ていただろうか。
 俺は何者かの気配を感じ、目を覚ます。
「ッ――――――!?」
 すると、俺の目の前に、カミュの無防備な顔があった。
 カミュはベッドで寝ていたはずなのに、何で俺の布団のなかにいるんだ!?
「すぅ……すぅ……」
 俺の驚きをよそに、カミュは安心し切ってるのか、穏やかな表情で眠っている。
 その天使のような寝顔を俺は凝視してしまう。
(黙ってればめちゃくちゃ可愛いんだよな、こいつ)
 口を開けば傲慢そのものだが、寝顔はすさまじく可愛い。
 それに俺に心を開いてるってのが、一緒の布団で寝るというその無防備な行動から、分かる。
 いやいや、まて、早計はいかん、俺。
(魔獣っていうのは無防備な奴が多いのかもしれないし……)
 心のなかのつぶやきに答えてくれる者は、もちろん誰もいない。
 カミュは猫の魔獣って言ってたから、俺を異性としては見ていないのかもしれない。
(でも可愛すぎんだろ、ちょっとよこしまな気持が芽生えてしまうぞ、これは)
 ちょっとくらい、そのすべすべした肌に触れてもいいんじゃないだろうか。
 いや、胸を揉んだりはしないが、ちょっと腕に触れるくらいなら不可抗力なんじゃないだろうか。
 あわよくば、その薄いくちびるに俺のくちびるをくっ付けても良いんじゃないだろうか。
「すぅ……すぅ……ウニャ……」
 キスしてしまおうかと葛藤していると、カミュが艶めかしい声をだした。
 俺はますます興奮してくる。
(これは行っちゃってもいいよな、いいんだよな?)
 誰に問いかけるでもなく、俺は内心でそう考える。
(いや、でも俺は紳士。無防備に寝てる女の子相手にさすがにそんな事はできない)
 俺は自分で自分を戒めようと必死だ。
 すると心の中に、どこからか声が聞こえてきた。
『いけませんよ光輝。紳士中学生たるあなたが、無防備な女の子のスキを狙ってキスするだなんて』
 これは天使の声に違いない。
 そう思ってると、また別のドスの効いた声が聞こえてくる。
『やっちゃえ光輝! カミュもお前に心を許してるんだ。キスの一発くらい許してくれるさ』
 今度は悪魔の声だ。
『ダメです、あの子は光輝を信頼してるんですから』
『バレないバレない。バレるわけがないじゃん』
『そういう問題ではないのです。ここでキスしたらあの子の信頼を裏切ることになるのですよ』
『うるせぇな、光輝。男ならやっちまえ、ここでやらなきゃ男がすたる!』
(そうだよな、俺は紳士である前に一人の男なんだ)
 悪魔の言葉に心が傾きかけてた俺は、カミュのまだあどけないが、ちょっと色気のあるその表情に理性が欲望に負けてしまう。
(光輝、行っきまーす!)
 そしてカミュの唇に、自分の唇を近づけようとする。
「もう……一人は……嫌なのニャア……誰か……ワタクシを……助けてほしいのニャ……」
 カミュの寝言に俺は唇を押しつけるのを止める。
 彼女は苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いて、この家までたどり着いたのだ、と悟って胸に痛みが走る。
 俺は自分がしようとした事に恥ずかしくなってしまう。
(俺のバカバカッ! こんな苦しんでる女の子のスキをついてキスしようだんて、凄まじく卑怯者だぞっ!)
 俺の葛藤をよそに、カミュはまた心地よさげな寝息を立てている。
(俺は耐える、耐えるんだー!)
 今日は、いや今後も彼女の唇を奪うなんてバカな真似はせずに、大人しくしてよう。
 とりあえず今日は、この生殺しの状況で寝るために、努力しようと思う。
「お休み、カミュ……」
 そのつぶやきは、夜の闇のなかに溶けこんで消えた。



「ご主人様、起きるのニャー! 朝なのニャー、希望の朝が来たのニャ」
 まだ眠りのなかにいる俺の耳に、何者かの声が入りこんでくる。
 それに身体が圧迫されている感触が腹にあり、非常に寝苦しい。
「ん……なんだよ……一体……」
「なんだよ、じゃないのニャ。早く起きて朝ごはんを食べるのニャ」
 徐々に目を開けていくと、カミュの姿がすぐ目の前にあった。
 どうやら俺の腹に乗り、俺が起きるのを急かしてたようだ。
「あーおはようカミュ」
 寝起きの頭でぼんやりとしつつ、カミュに朝の挨拶をする。
「ようやく起きたのか、ご主人様。おはようなのニャ」
 ゆうべはカミュと一緒に寝るという苦行に耐えながら、深夜まで寝れなかったんだと思いだす。
「早く下に行くのニャア」
「はいはい、いま起きるからちょっと退いてくれないかな?」
「分かったのニャ」
 カミュは素直にそう返事をして、くるくると回転しながら俺の腹から飛び上がった。
 その時、俺の腹を蹴ったから、俺は腹が苦しくなる、というか痛くなる。
 カミュはそんなこと意に介したそぶりはなく、いつものように優雅に床に着地する。
「カミュ、もっと優しく飛んでくれ」
「優雅なワタクシの飛翔で、ご主人様が痛くなるわけないのニャ」
 いつも通り我が道を行くカミュ。
「はいはい、じゃあリビングに行くぞ」
 俺がそう言い、自室のドアを開けると、カミュが後からついてくる。
 かと思うと待ちきれないのか、俺の前に割って入り、機嫌よさそうに尻尾をふりながら歩いていく。
「朝ごはんは、ニャにかニャーニャにかニャー♪」
 即興で歌を歌うカミュを見て、心底から機嫌が良いんだと分かる。
 昨日見せた、カミュの本音は、俺の心のうちに仕舞っておこうと思う。
「今日、綺夜姉ぇ早番だから朝メシは俺が作るぞ」
「ご主人様が作るのニャ? 楽しみだニャア」
 そう、今日は綺夜姉ぇは、早朝から仕事でもう家にいないはずなのだ。
 リビングに着くと、カミュをソファーに待たせて、朝食の準備をする。
 今日はタマゴかけご飯だから簡単すぎる。
 昨日、余った米はタッパーに入れて冷蔵庫のなかに仕舞ってあるから、それを冷蔵庫から取りだしてレンジでチンする。
 そのあいだにタマゴも二つ取りだして、茶碗に入れると醤油を垂らしてかき混ぜまくる。
 この工程が、美味しいタマゴかけご飯をつくる大切な要素なのだ。
 といっても余りにも簡単な工程だが。
 チンッ!
 どうやらレンジのなかの米が温め終わったらしい。
 我が家のレンジは、今日も心地いい音を立てる
 そしてさっきかき混ぜた白身と黄身のほどよく混ざったタマゴを、白米の上にかけて米に絡める。
 これで出来上がりだ。
「カミュ、出来たぞー」
 そう言いながら俺が二つの茶碗と箸を持っていくと、カミュが真剣な表情でテレビを見ているところだった。
 テレビ画面にはニュースキャスターが映っていて、今日のニュースを伝えている。
「今朝のニュースです。昨夜、反射市にあるとあるビルが爆破されて倒壊したとのことです。警察は、モノレール爆破事件との関連も調べ、テロの可能性も考えて動いてる模様です」
 ビルが爆破とは物騒きわまりない。
「反射市ってこの街じゃんか、めちゃくちゃ怖いな」
 テロの可能性もある、と言ってたから、自衛隊でも動くんだろうか。
 どちらにせよ、テレビのなかで報道されてる倒壊したビルを見ても、現実感、というより危機感がわかなかった。
「糞豚《くそぶた》ニャン」
「え……なに糞豚?」
 カミュが口にした突然の暴言に、戸惑ってしまう。
 それほどこのニュースに憤りを感じたのだろうか。
「?糞豚?はプリズムに存在する悪の組織<シャンデリア>の幹部だニャン」
 悪の組織の幹部が糞豚だという名前に気づいて、俺は率直な感想を漏らしてしまう。
「糞豚って、すげぇ名前だなぁ……」
 カミュは俺の感想などまるで気にしたそぶりは見せずに。真剣な表情でこうつぶやいた。
「奴はワタクシの秘密を握ってるのニャア」
「秘密?」
 俺の疑問には答えずにカミュは続ける。
「絶対に倒さないとダメだニャ……そうしないとワタクシの正体を教えてもらえないのニャ」
 正体ってなんだろう。
 カミュはプリズムから来た猫の魔獣、という答えで合ってるんだじゃないだろうか。
 俺の疑問はカミュの鋭い真剣な雰囲気に飲まれて、口からは出なかった。
 ただ茶碗を手にしたまま、ぼーとその場に突っ立っていた。



「今日は余裕をもって出られたよ。起こしてくれてありがとなカミュ」
「ワタクシが早く朝食を食べたかっただけなのニャ。礼にはおよばないのニャ」
 俺とカミュは通学路を歩きながら、そんな会話をする。
「こんなに早く登校するのは久しぶりだなぁ」
 いつもは夜中までギャルゲーをしてるため、遅刻ギリギリの時間まで寝てるときが多い。
 健康的に早寝して、早起きするも悪くないもんだ。
「ってか学校までついてくる気かよ」
「ご主人差が通ってる会社には興味があるのニャア」
「会社じゃなくて学校な学校、勉強するところだぞ」
「勉強は苦手なのニャー」
 ここにも勉強ができない同士がいたか。
 といってもプリズムでの勉強とは一体どんなものなのだろう。
 マザーの知識を教える先生がいるとか?
「なぁカミュ、お前学校って行って……」
「きゃっ! ちょっと何すんのよノッポ女ぁ!」
 質問しようとした俺の声は、聞き覚えのある声によって遮られる。
「ノッポ女ぁ? ちょっと酷い言い草じゃないのかね」
「あんたが胸揉もうとしてくるからでしょ!?」
 前方を並んで歩いているのは、後ろ姿からでも分かる。
 黒木黒音と染井吉野八重だ。
「ちょっと触れただけじゃないか、人聞きの悪い令嬢だなぁ」
「ファック! セクハラよセクハラッ」
 立ち止まって口論してた二人の背中に追いつく。
「<氷結の黒木黒音>だニャン。こんなとこで何やってるだニャン」
 氷結とは一体なんなんだろう?
 俺の疑問をよそに、二人はまるで旧知のあいだがらでもあるかのように話だした。
「おおっ、カミュじゃないか。君こそこんなところで何やってるんだね?」
「ワタクシはあの能力を扱える人間を探すため、プリズムからやってきたのニャ」
「あの能力って、例のアレか……」
「例のアレだニャン」
 二人にしか分からない会話をしている。
 これ幸いにとばかりに、黒木から解放された八重は、前に向かってズンズンと進んで行く。
「そしてとうとうあの能力に適合する人間を見つけたのニャ」
「へー、どこにいるんだそいつは」
「紹介するのニャア。昨日からワタクシのご主人様になった人間なのニャ!」
 その場で跳躍すると、空中でなん回転かしてから、俺の横に着地して、カミュは俺を指さす。
「げ……貴様か、セクハラ男」
 げ、とは何だ、げ、とは。
 確かに昨日は胸に突っこんでしまったけど、アレは不可抗力じゃないだろうか。
「ふむ、しかしアレに適合する人間となると、かなり珍しい存在だな」
 黒音がメガネの奥から鋭い眼光で俺を観察してくる。
 つま先から頭の先までじっくりと眺めたかと思うと、黒音はこうつぶやいた。
「少々同情するよ。これで君はシャンデリアの魔獣どもに狙われるようになった」
「えー! 俺、悪の組織に狙われてるのかよっ!?」
 朝のニュースで見た爆発事件。
 あのような派手で盛大な爆発を起こすような魔獣と、俺は戦うハメになるのだろうか。
 かなりの恐怖心が胸を占める。
「いやいや、大丈夫。なにせ俺は解錠者になったんだから……」
「なるほど、その辺の説明も受けてるのかね」
「ワタクシが懇切丁寧に説明してあげたのニャ。物わかりの悪いご主人様で説明するのに苦労したのニャ」
「あーバカそうな顔してるしな」
「おいっ! 二人とも失礼だぞっ。てか黒木は解錠者について知ってるのか?」
 黒音もマザーや魔獣などと関係のある人物なんだろうか。
 俺は頭に浮かんだ疑問をそのまま口にする。
「ああ、もう解錠者になったお前に隠す必要はないから言うけど、オレも元プリズムの人間なんだ」
「マジかよ」
 それはちょっと驚きだ。
 ちょっとだけ驚いたのは、昨日から驚きの連続だったから、それほどビックリはしなかったが。
「黒木黒音はマザーを氷に変えて戦うニャンね」
「なるほど、それで氷結の黒木黒音か」
 氷を扱えるっていう設定? に俺は興奮してしまう。
「昔の呼び名だ……それにオレはそれほど強くない」
「確かに黒木黒音は戦闘向きじゃないニャね。サポート向きというか」
「野蛮な戦いは、オレの好むところではない」
 黒音は意外に平和主義者なのかもしれない。
「黒木は氷をあつかう解錠者、じゃあ俺はマザーを何に変えられるんだ?」
「その時が来れば分かるのニャ。あせらニャイ、あせらニャイ」
「ってことは何かしらの能力が使えるようになるって事か……」
 俺は未知の可能性に、胸が熱くなってしまう。
 例えばマザーを炎や雷に変換できたらいいなぁ。
 特に炎なんて、まさに漫画やアニメの主人公の典型なのではないだろうか。
 俺はまだ見ぬ自分の可能性にワクワクしながら、学校へ向かった。



 校門の前に到着すると、カミュは昼寝するからと、どこかへ消えて行った。
 まだ昼じゃなくて、朝なんだが、カミュはまだ寝たいらしい。
「寝るのが猫の魔獣のお仕事ニャン♪」
 寝るのが仕事って、本当に猫みたいだなぁ、という感想が浮かぶ。
 ちなみに黒音は俺たちより先に学校に向かっていた。
「お前と一緒に登校なんてした日には、どんな噂が立つか分からない。それでは困るのだよ」
 というのが黒音の弁。
 なので黒音は早々に俺らの元から去って行った。
 ちょっと残念、なんて思ってないんだぞ、うん。
 四足歩行で巨大な槍を背負い、マイクロビキニ姿のカミュと一緒に登校してたら、他の生徒たちからじろじろと見られて恥ずかしかった。
 だが離れて歩け、という冷たい態度を取る気にもなれなかった。
 なぜなら、昨夜カミュが寂しそうな寝言をつぶやいていたからだ。
 俺も甘い男だな、と自嘲してしまう。
 そんな考えを巡らせながら校門を通過し、校舎にはいり、階段をのぼっていく。
 すると電話で話している荒木荒子先生の姿が目に入ってきた。
「糞……が……暴れ……やがって……」
 かなり小声なので上手く聞き取れないが、糞という単語をつかってるところからして、また誰かに暴言を吐いているのだろうか。
 俺がぼーと突っ立ってるのを荒子先生の目が捉えた。
「それじゃあまた後でっ」
 急いで通話を切ると、荒子先生は俺に歩み寄ってきた。
「先生の電話の内容に聞き耳をたてるなんて、感心しませんなぁ。撃っちゃうぞ♪」
「すいません、すいませんっ! どうかそのガスガンを仕舞ってくださいっ!」
 不穏なオーラを放ち、ガスガンを取りだした先生を慌てていさめる。
「話の内容は聞いてないでしょうね?」
「それはもう、微塵も、これっぽっちも聞いておりません、はい」
 その場で敬礼して弁解する俺を、何か怪しいものでも見るかのような目で見てくる。
「まぁいいでしょう」
 実はほんのちょこっとだけ聞こえてたんだが。
 とりあえずガスガンを仕舞ってくれる先生にほっとする。
「それじゃあ、ホームルームが始まるから早く教室に行きなさい」
「サー、イエッサー」
 ふたたび敬礼する俺を残して、荒子先生はどこかに行ってしまった。
 俺はしばらくその場で立ち尽くした後で教室に向かう。
「はよー光輝! 今日は早いじゃん」
「ああ、昨日は色々あってギャルゲーが出来なかったんだ」
 俺は豪と朝の挨拶を交わす。
「お前がギャルゲーしなかっただって!? これは事件じゅないか! どうしたんだよ一体、熱でもあんのかぁ?」
「熱はないよ。ただ昨日は色々あって疲れてただけ」
「色々ってなんだ? エッチなことか、エッチなことなのかぁー」
 豪は微妙に鋭い。
 確かに俺は昨夜、寝ていたカミュにたいしちょっとエッチなことを企んでいたけどさ。
「いやいや、あれはエッチじゃない!」
 キスはエッチなことだろうか、という疑問が浮かぶ。
「ただちょっとキスを……」
 そこまで言って、しまった、と思ったときにはもう遅かった。
「キ、キ、キ、キスだってー!? 誰としたんだ誰と!?」
「いやしてはいない、そんなことしちゃいないんだけどさ」
 すごい勢いで食いついてくる豪に、俺はしどろもどろに弁解する。
「今日はホームルームさぼって屋上だな。じっくり話、聞かせてもらうぜ」
 半ば強引に無理やり連れ去れる形で、俺たちは屋上に向かった。
 周りのクラスメイトたちの白い目が痛かった。
 特に女子の刺さるような視線が痛かった。



「で、キスってなんだよ。お前、俺を差しおいて、誰かと接吻童貞、卒業しちゃったのかぁー?」
 俺ら二人の他に誰もいない屋上で、俺と豪は話していた。
 というよりも問いただされていた、と言ったほうが適切だ。
 そもそも接吻童貞って何なんだ?
「誰としたんだ! 誰と!」
「いやあの、未遂だよ未遂」
 俺はカミュにキスをしようとした手前、罪悪感があり、しどろもどろに言い訳してしまう。
「未遂ぃー!? まさか黒木さんとか、それとも染井吉野さんとか!?」
「いや、カミュとその……」
 凄まじい迫力で問いつめてくる豪に、俺の言葉は尻すぼみになってしまう。
「カミュー、外人か? 外国人美少女とキスをしたのか、この羨ましい奴めっ!」
「いや、だから未遂だ。結局しなかったんだって。カミュの奴が無防備に寝てたからちょっとだけキスしたいなと思っちゃって……」
 俺は身振り手振りをまじえて言い訳をする。
「寝てた!? 一緒に寝たのか!!」
「いや、確かに一緒に寝てはいたけど……」
 俺がそう言った瞬間、どこからか何者かが屋上に降り立った。
「んで、カミュの気配を察知したけど、あいつどこにいるんだ?」
 その人物の風貌は異様だった。
 肩に届くほどのボサボサの髪に、シャツがめくれて太鼓腹がでている。
 おまけにその腹には放射状の剛毛が生えてた。
 手には酒瓶を持ち、時折それを飲んでいる。
(こいつ、ヤバイ――――)
 俺の直感がそう告げる。
 一刻も早くこいつから距離を取って、いや、学校から出なければならない。
「酒も最高だけどさ、やっぱカミュとバチバチにやり合いてぇぜ、なぁマザー」
 男は恍惚とした表情を浮かべながらまた一口、酒を飲む。
(カミュにマザー!? こいつプリズムの関係者なのか?)
 男の口から漏れた言葉に、俺はあのあどけない顔で寝ていてたカミュの姿を思いだす。
 とても彼女の味方とは思えない。
 絶対に敵だ――と確信にも似た気持ちを抱く。
「おいおい、おっさん。ここは学校だぞ、勝手に入ってくるなよな」
誰に対しても物おじしない豪が、その男にズカズカと近づいていき話かける。
「バカッ、ダメだ豪!」
俺が豪を止めようとする前に、その男は豪の頭をつかんで身体ごと持ち上げる。
「おわっ!? いきなり何すんだおっさん!」
「あーうるせぇ人間がいるなぁ。爆発させちゃうぜ」
その瞬間、男の腹が赤く光輝きだした。
「あ、赤い鍵!?」
 俺は、昨日見た自分の額に出た光と同じものだ、と悟って驚いてしまう。
「じゃあお前、解錠者か!?」
「はぁ? なんだそこの貧弱なガキは。解錠者について知ってんのか?」
 豪を捉えていた鋭利な視線が俺の方に向く。
「はーなーせー糞オヤジ!」
「まぁいい。まずはこのうるせぇ餓鬼を爆発させてから話を聞こう」
 男の腹の輝きが、より一層増した。
 すると豪の身体に爆発が起きる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「豪!!!」
 爆発に巻き込まれた豪は悲鳴をあげながらフェンスにふき飛び、背中をしたたかに打つ。
 そのままゆっくりと倒れた豪は黒焦げになっていて、全身からは白い煙が立ちのぼってる。
 俺は急いで豪のもとへ駆け寄り、半身を起こさせる。
「大丈夫か豪!?」
 しかし豪は目をつぶっていて何の反応もしない。
 死んでしまったのか?
「んで、そこの貧弱なガキよぉ。テメェもマザーについて知ってんのか?」
 豪を爆発させた張本人が、こちらにゆっくりと歩み寄ってくる。
「許せねぇ!!!」
 俺は男に身体をむけて自分の内に意識を集中させる。
 上手く行けば、これで赤い鍵が発動するはずだ。
「おぉ、お前も赤い鍵を持ってんのか?」
 俺の予想どおり、俺の額が赤い輝きを放っているのだろう。
 男は驚いた顔をする。
 全身に満ちた全能感と高揚感を怒りが押し殺す。
「お前なんかぶっ殺してやる!」
「良いぜぇ、解錠者とやるのも久しぶりだ。俺とお前どっちが強いか、確かめ合おうぜぇ」 
 男と俺は至近距離でにらみ合う。
と、そこで大きな発砲音がして、俺の身体になにかが当たった。
音がした方向を見ると屋上のドアが開いて、荒子先生が立っていた。
手には軍人が持つような連射式のピストルを持っている。
「糞豚、好き勝手に暴れ回られちゃこっちも困るんですよ」
 床に落ちた銃弾を見て、俺はいま自分が本物のピストルで撃たれたんだと気づく。
「なんで……荒子先生」
 とつぜん担任の先生から発砲されたこの事態に驚いてる俺をよそに、二人は会話をつづける。
「シャンデリアの上層部から苦情が来てます。糞豚、無意味に人間を殺すのは止めなさい」
「あーん? 部下が上司に文句言ってんじゃねぇよ、お前も爆発させちまうぞ」
 俺を見据えながらも男は先生に言葉を返す。
「シャンデリア……糞豚って……」
 今朝見たニュースと、昨日カミュが説明してたシャンデリアという悪の組織の名前を思いだす。
「お前がビルやモノレールを爆破させた糞豚なのかっ!」
 事件の渦中にいると思われる男が目の前にいるんだ。
「光輝くん、ちょっと黙っててください。いま忙しいので」
「先生も、そのシャンデリアの一員なんですか?」
「そうですが、いまは取り込み中なんで、邪魔しちゃうとまた撃っちゃうぞ。といっても解錠者相手だから使用できる武器なんですがね」
「俺を殺す気だったのかよ!?」
「解錠者と分かったから撃ったまでです。赤い鍵が発現した者なら、この程度どうってこともないのは知ってます。ですが威嚇の意味で撃たせてもらいました」
 教師が生徒を威嚇してもいいものだろうか。
「先生は俺の敵なんですか?」
「立場上は敵ですが、心のなかでは、可愛い生徒の一人だと思ってますよ」
 その可愛い生徒に向けて発砲するなよ。
「救急車は呼んでおきましたよ。豪くんも私の可愛い可愛い生徒の一人ですからね」
「そうだっ! 豪の仇! 糞豚ぁ、お前をぶっ殺してやる!」
「なかなか心地いい殺気を放つガキだなぁ、どれくらい俺を楽しませてくるんだろうなっ?」
「お前を楽しませる気なんてこれっぽっちもない!」
 俺は目の前にいる糞豚の腹を全力で殴った。
 普通の人間だったらふき飛ぶほどの威力を放った俺の拳は、軽々と受け止められる。
 糞豚は少し後退したていどだ。
「これなら殺す気で爆発させちゃってもすぐには死なねぇか。オモチャがすぐ壊れるのは俺も嫌だからな」
 糞豚の腹が赤く輝きだした。
 そしてさっき豪を爆発させたときよりも遥かに派手に、俺は爆発に巻きこまれる。
「うがぁっ!?」
 こいつ強い。
 などと考えるほどの余裕が俺にはある。
 俺の身体は黒くすすけた。
 だがそれだけだった。
 解錠者の力により、何とか今の一撃を耐えたのだ。
「今のでも死なねぇか……ちょっと本気を出すかねぇ」
 糞豚は俺に手をかざす。
 俺は横に身体を動かし、糞豚の攻撃から身をかわす。
 今さっきまで俺のいた空間が、盛大に爆発する。
「ご主人様、助太刀するのニャァ!」
 俺の横にカミュが着地して、大きな槍を手に取る。
「カミュ!? カミュじゃねぇか! 会いたかったぜぇ」
 糞豚は心底から嬉しそうに、とつぜん登場したカミュを見る。
「糞豚っ、ワタクシの秘密を洗いざらい喋ってもらうのニャア!」
「俺に勝てたらすべて話してやろう」
 カミュはその場で何回転かして、そのスピードに乗って糞豚に槍の一撃をお見舞いした。
「おおっ!」
 その一撃は糞豚の胸に命中した。
 青い液体が糞豚の胸から噴出する。
こいつは本当に魔獣だったんだと分かる。
「どうだニャァ!」
 カミュが手を斜め上に引くと、糞豚の胸から肩までが裂けた。
「ああ、心地いいぜぇ。やっぱりカミュとやり合うのは最高だぁ!」
 カミュの渾身の一撃を回避しなかったのは、ワザとなのかもしれない。
 その証拠に、糞豚は自分の胸が斬られたというのに、ただ恍惚とした表情を浮かべている。
 糞豚の裂けた身体が元どおりに繋がり、完全に傷が修復される。
「ああ何て気持いいんだろう……ママ」
 糞豚は両手を広げて、空を見上げると咆哮を発した。。
「またマザーを使って脳の回路をイジッて、痛みを快感に変えてるニャンね」
 マザーとはそんな使い方もできるのか。
「カミュ、あなたをシャンデリアに連れ戻す命令が出ています。一緒に行ってもらいますよ」
「嫌だニャン! 無害な人間を殺せっ、て命令を出す組織になんて絶対に戻りたくないのニャ!
「カミュは何としても、連れ戻させねぇ!」
 昨夜のカミュの寝言を聞いて、この悪の組織なるシャンデリアが彼女を苦しませているのだとしたら、それだけは絶対に阻止しなければならない。
 と思ってると、糞豚が空中に手を走らせた。
 すると強烈な爆発が俺とカミュのもとへ起きる。
 カミュは俺の襟を口に咥えて、跳躍して爆発から逃げる。
 そして屋上の端に着地した。
「んで、もってもっと俺を楽しませろよカミュ。マザーが使えないお前がこれほどまでに強いとは、やっぱりお前には強く興味をそそられるぜぇ」
「カミュってマザーが使えなかったのか!?」
「ワタクシは魔獣だけど、解錠者ではないのニャ」
 つまり、糞豚みたいに魔獣でありながらも、マザーが使える奴がいるってことか。
「今、動きを止めた。カミュ、糞豚を攻撃するんだ!」
 いつのまにか、屋上のベンチに足を組んで腰かけていた黒音がそう言う。
 彼女の足から伸びた氷が糞豚どころか、荒子先生の身体も凍てつかしている。
「黒音ちゃん、あたなも解錠者だったとは驚きましたよ」
 黒音の正体を知らなかったらしい荒子先生が、氷の拘束から逃れようともがいてる。
 だがピストルを持った手も凍りついてしまっているため、上手く身動きが取れないらしい。
 糞豚の身体に張りついた氷が斧の形になり、糞豚を攻撃しようとするが、それは糞豚の手によって爆破された。
「ウゼェ!」
 糞豚が自分の身体を爆破させて、自分の身を拘束していた氷を粉々に砕く。
「ははははははっ!」
 自分が爆発したというのに、糞豚は笑っている。
「イカれてる」
 俺は率直な感想を漏らしながらも、糞豚に近づこうと地面を蹴った。
「くらえぇぇぇぇ!」
 思ったよりもスピードが出てしまい、心が身体に追いついてないんだと自覚する。
 そして糞豚の顔面を殴りつけた。
「いいパンチじゃねぇか」
 わざと避けなかったのだろう、糞豚は嬉しそうな表情で、俺のパンチを顔面で受け止めた。
 すると糞豚の腹がまた輝きだす。
 またあの爆発が来る!
 と身構えてると、カミュが糞豚の腹を槍で突き刺した。
「こんな屋上、爆発さえちゃうぜー」
 そんなことも意に介さずに糞豚はそう叫ぶ。
 そして強烈な光が腹を覆った。
 かと思うと、屋上の端から端までが爆発した。
 カミュは俺を口に咥えて、飛び上がり、さらに空中を蹴って空高く飛び上がった。
「ここで戦うと被害が甚大だ。プリズムに場所を移すぞ」
 黒音がそう言い、何やら小さな鍵を取りだした。
 それは赤く輝いている美しい鍵だ。
 黒音は、それを空間に向けて差しこむと、手をひねった。
 すると鍵穴のような形状をした穴が空間に出来た。
 カチリ、という音が聞こえた。
 そして空間が大きく裂け、そこから掃除機なんて比じゃないほどの吸引力が発生した。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
 俺らは糞豚を含め、その大きな裂け目に吸いこまれて行った。
 中は真っ黒い流動的な空間だ。
 俺の身体は流れるように、真っ黒なトンネルのような空間を進んで行った。
 というよりも飲みこまれて行く。
「何なんだこれっ!?」
 スカートを押さえながら、このような状況になっても平然としている黒音に、話しかける。
「いまプリズムに向かっている。あそこなら大きな平原があるから、多少ハデにやっても大丈夫だろう」
「プリズムって、カミュが言ってた別の宇宙にある惑星かっ?」
「そうだな。なるほど、一通りの説明はカミュに受けたのか」
あまりにも冷静な黒木と、焦ってる俺の対比は、端から見たら滑稽だろう。
そんなことを考えているうちに、前方に小さな光が見え始めた。
「プリズムだニャンか……久しぶりに故郷に帰るのニャ。まぁ帰りたくはニャイけど」
 カミュもカミュで、冷静にこの超常現象を体験している。
 徐々に前方に見える光は大きくなり、俺たちはその光に飲みこまれて行った。



 あの超常現象を体験したあと、俺は広大な平原に立っていた。
 建物のようなものは無いが、奥に森が見える。
「ここがプリズムかぁ……地球とあまり変わらないように見えるけど」
「正真正銘、ここがプリズムなのニャァ」
 いつの間にか俺の横にいたカミュがそう口をはさむ。
「空は青いし、太陽もあるし、やっぱそれほど地球と変わらないんじゃ……」
「ここからかなりの距離にある場所には、プリズム独自の建造物が建ってるぞ」
 戸惑っている俺に、黒音は冷静にそう説明する。
 もっと変な世界だと思っていた。
 例えば空は赤く、海は緑色をしてるとか。
 例えば例えば、太陽がふたつあるとか。
「カミュよ、さぁバチバチのバトルを再開しようぜぇ」
 前方にいた糞豚が、心底から楽しそうにそう口にする。
「もちろん、ワタクシとご主人様と黒木黒音が相手してやるのニャア」
「三対一か、丁度いいハンデだぜ」
 そういえば荒子先生の姿はどこにも見えない。
「荒子先生はどうしたんだ?」
「地球とプリズムを繋ぐゲートは、解錠者や魔獣以外の人間は入れないのだよ」
 黒音はまたしても俺の疑問に答えてくれる。
 けっこう律儀な性格なのかもしれない。
「さぁ、おっぱじめようぜぇぇぇぇえぇっ!」
 糞豚の絶叫が辺りに響きわたった。
 糞豚は手をかざし、空間を連続して爆発させる。
 その爆発がまるで鎖みたいに連結して俺らを襲う。
 俺はその連撃を身をひねってかわす。
 カミュも今度は横に回転しながら爆発を避ける。
 黒音は氷の壁を自分の目の前に作り、爆発を防いだ。
「オレが動きを止めるから、二人は糞豚に攻撃を仕掛けろ」
「分かったのニャウ。サポートは任せるのニャ!」
「俺は一体どうしたらいい……ただ殴るだけじゃ、あいつには効かないし」
 豪を爆発されて怒ってた俺は、本来の冷静さ、というよりも弱気にもどってしまっていた。
 一体、あんな何度も再生する化け物、どう倒せっていうんだ。
「おかしいニャね。ご主人様のアレ発現してないのニャ」
「アレって何なんんだ?」
「ええい、御託はいい。さっさと攻撃しろ!」
 と言いかけたところで黒音が、氷の銃を作り、糞豚に撃ちこむ。
 弾丸まで氷で出来てるのを、俺の動体視力が捉えた。
「脳を破壊すればこっちの勝ちだけど、殺したらワタクシの秘密を教えてもらえないのニャア! 行動不能にしてやるのニャ!」
 カミュは地面を蹴り、回転しながら跳躍すると、凍りついて身動きの取れない糞豚に強烈な一撃を見舞った。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 さすがの糞豚も悲鳴を上げる。
 なんと胴体から下半身が、カミュのぶん回した槍により切断されたのだ。
 傷の断面から青い血しぶきが大量に噴出する。
「さすがカミュ。最高に楽しくなってくるぜ」
「マジかよ……」
 草原に転がった胴体だけで喋る糞豚を目にして、俺は驚愕に目を見開いてしまう。
 そして胴体と下半身の切断面から肉の触手のようなものが生えた、と思ったら、糞豚の胴体と下半身は完全に繋がった。
 傷も元どおり修復され、糞豚は文字通り無傷の状態になる。
「これでもダメかニャア! 糞豚の自己修復能力は執拗だニャンね」
 カミュは悔しそうに歯噛みする。
「この邪魔なもんは爆発させてもらうぜぇ」
 糞豚はふたたび自分の身体を爆破して、黒音の作った氷を取っぱらう。
 黒焦げになった糞豚の傷がすばやく修復されて、元どおりに戻る。
「マザーは俺の妻、俺の人生……」
 目をくるくると回しながら、心底から嬉しそうに言う。
 まったく痛みを感じてないどころか、カミュが口にしたように、脳の回路をイジって痛みを快感に変えているんだろう。
「こいつ、狂ってる……」
 俺は胸にわき起こる恐怖心により、一歩後ずさりしてしまう。
「やはりシャンデリアの幹部だけあって、一筋縄ではいかないか」
 黒音はまだ冷静さを保ってるようで、淡々とそんなセリフを口にした。
「ならばっ!」
 今度は黒音が素早い動きで糞豚に近づくと、氷の斧を手に持ち、糞豚の腕を斬りおとす。
 もちろん糞豚の腕は高速で再生し、斬りおとされた腕だけが草むらに転がってる。
 それにもめげずに黒音は至近距離で氷の拳銃を撃つと、糞豚の身体に無数の穴が開く。
「お見舞いしてやるのニャァ!」
 今度はカミュが、斬撃で糞豚の首を斬り落とした。
「死んでニャイよね?」
 ちょっとだけ心配そうにするカミュ。
 もちろん糞豚は死んでなかった。
「あははははははっ! 楽しいぜぇ、最高に楽しいぜぇカミュよぉ」
 身体は穴だらけで、首が取れたというのに、糞豚は顔だけで喋っている。
 その瞬間、糞豚の首がつながって、穴だらけの身体も治る。
「キリがないな」
 黒音はため息と共にそうつぶやいた。
「爆破ッ!」
 糞豚がそう言いながら黒音に手をかかげると、黒音が爆発した。
「うぐっ!」
 黒音は身体から煙を上げながらもふき飛ぶ。
「全力でやってんのに、身体がバラバラにはならねぇか……さすが解錠者」
 黒音の強さが、さも嬉しいと言わんばかりに、糞豚はその顔に残忍な笑みを浮かべる。
「それならっ!」
 糞豚が地面に手をかざした。
 糞豚は地面を爆発させ、そのときに発生した爆風に乗ると、すさまじい速度で黒音につめ寄る。
 そして更に黒音を爆発させる。
「隙ありっ! なのニャア!」
 カミュは、黒音に気を取られている糞豚の腹を裂いた。
 けれど、糞豚の攻撃はとどまることを知らない。
「うわぁぁぁぁっ!」
 黒音はさらに爆発してしまう。
 俺は呆然と、クラスメイトが爆破されるのを見ているだけしか出来なかった。
 この戦いにどう参加しろっていうんだ。
 赤い鍵が発現したばかりの俺じゃ、足手まといになってしまうのは誰の目に見ても明らかだ。
「どっちが速いか勝負だニャン!」
 カミュは跳躍すると、さらに空中を蹴ってすさまじ速度をだした。
「いいぜぇ。まぁスピードは俺の専売特許じゃねぇんだけどなっ!」
 糞豚もまた地面を爆発させ、その爆風に乗って跳躍した。
「すまんカミュ、これ以上は戦えそうにない」
 地面に倒れふした黒音が小さくつぶやく。
 糞豚の速度は目で追えるが、カミュのスピードは解錠者である俺にも目にも止まらぬ速さだ。
「くらえニャァ!」
 そして、そのスピードに乗ったまま糞豚に斬撃をくり出す。
 糞豚の腹が裂けるが、そんな事まるで気にも留めたふうもなく、糞豚はカミュの腕をつかんだ。
「つーかまえたっ」
 機嫌よさそうにそう言うと、糞豚はカミュを爆発させる。
「ニャガウッ!」
 至近距離で爆発を受けたカミュが、そのままふき飛ぶ。
 がカミュはなんとか着地して体勢を立てなおす。
 カミュは爆発の影響によって素足が地面を抉りながら、かなり後退してしまう。
 カミュの口の端からは、ひとすじの青い液体が流れ落ちる。
「やっぱ糞豚の爆発は強烈だニャンね」
 これは負け戦なんじゃないんだろうか、とそんな考えが俺の脳裏をよぎる。
 劣勢なのに、カミュは笑いながら、巨大な槍をぶん回した。
 ぐるぐる、ぐるぐると、すさまじい速度で回転させる。
 そしてまた跳躍する。
 糞豚の隣に着地したかと思うと、その巨大な槍で糞豚を斬りまくった。
「おおっ! すげぇ」
 目にも留まらぬ速度で、糞豚の身体は裂かれまくる。
「連撃だニャア!」
 糞豚の身体は両手から両足、それに胴体と首も斬れた。
 糞豚の千切れた身体が地面に転がり落ちる。
「最高だぁー最高だぜぇーカミュよ、もっともっともっともっと、この戦いを楽しみまくろうぜぇぇぇ!」
 糞豚が首だけで叫んだ。
 そして糞豚の傷の断面から触手のようなものが生え、胴体と首がつながる。
 さらに手足が再生して糞豚はまた地面に立った。
「どうしたら負けを認めるのニャァァァァ、しつこ過ぎるのニャア糞豚!」
 俺にも何か出来ることはないだろうか。
「俺に降参って言わせたら、負けを認めてやるぜぇ」
「上等なのニャア!」
 カミュはまだまだ元気があるようで、軽快な手つきで槍を構えなおす。
「ここは一体どこなの?」
 そこで突然、染井吉野八重がどこからか現れた。
「どうしてだっ!? プリズムには解錠者か魔獣しか入れないはず……」
 八重の登場に黒音は目を見開いている。
「美味そうな人間見ーーーっけ!」
 糞豚が標的を八重に変えて襲いかかる。
「クソッ――――!」
 俺は地面を蹴ると、全身の力をバネのように利用して、八重のもとへ向かう。
 俺の身体はそのまま八重を巻きこみ、何回転も地面を転がる。
 いま八重がいた空間が、盛大に爆発した。
「ちょっとなにこの変態! パンツに顔埋めるだけじゃ飽きたらず、あたしのピチピチの身体まで狙う気なのねっ!?」
「そんなこと言ってる場合じゃ……」
 また俺がセクラハを働いたんじゃないかと勘違いする八重。
「逃がさないぜぇっ!」
 糞豚が嬉しそうに俺らを爆発させる。
「ぐわぁっ!」
 俺は八重を全身でかばいつつも、その爆発に耐えた。
「イッテェー」
「ちょっとあんた大丈夫!? 身体が黒焦げになってるわよ」
 彼女をかばって爆発を受けたと理解したのだろう、八重は心配そうな顔をする。
 こいつ、そんなに悪い奴じゃないのかもしれない。
「あんた、私をかばったの?」
「身体が勝手に動いちまったんだ」
 こんな暴力的な女ほうっておけばいいのに、本当に身体が自動的に動いて、八重と糞豚のあいだに入ってしまった。
「それに何あのキモイ奴……」
 八重が嫌悪感を隠さずに糞豚を指さす。
「今は説明してる暇はないっ!」
 俺は糞豚に向きなおり、八重を背後に隠すように立つ。
 俺はカミュを真似て、糞豚に連撃を加える。
 拳や蹴りの連撃だ。
「なかなか良い攻撃しやがる、だがっ!」
 攻撃を受けてるのもお構いなしに、糞豚は俺の頭をつかんだ。
 そのまま俺の身体ごと持ち上げて、爆発させる。
「くっ!」
 俺の頭を糞豚の爆発が連続で襲う。
「ぐがっ!?」
 満足したのか、糞豚は手を離し、俺は地面に倒れる。
「クソがっ、まだまだ……」
 でもかなりのダメージを受けたので、俺は身体に力が入らない。
「何なのよこの状況……」
 八重が驚きに目を見開いている。
 その表情から、自分の置かれた状況に恐怖してるんだと分かる。
「さぁそこの人間、お前も爆発させちゃうぜー」
 糞豚はゆっくりと、もったいぶったような足どりで八重のもとへ向かう。
「ダメだ、行かせちゃダメだ……」
 八重を豪の二の舞にさせるわけにはいかない。
 例え俺に暴言を吐いたり、暴力をふるったりした女だとしても、同じ人間なのだ。
「ひっ! 誰か助けて」
 八重も糞豚のヤバさを感じとっているのか、そんな言葉をもらす。
「お前の相手はこのワタクシだニャン!」
 そこでカミュが糞豚に近づき、槍をふるう。
 また糞豚の身体が裂け、しかしその傷は一瞬で修復する。
「殺しはしねぇ。俺は何度も何度もお前とやり合いてぇんだ」
 糞豚はにんまりと醜い笑みを浮かべる。
 そしてカミュの槍を爆発させた。
 爆発は執拗につづき、ついにはカミュの槍にヒビが入る。
「そんな攻撃、関係ないのニャ!」
 カミュは糞豚の胸を、ヒビ割れた槍で突き刺す。
 糞豚の身体が貫通し、奴の身体から青い液体が噴きでる。
「ほう、まだ攻撃を止めねぇか」
「早く降参って言うのニャア」
「まだまだだ。こんなもんじゃ足りねえぇ!」
 糞豚はカミュの槍をさらに爆発させる。
 何度も、何度も、カミュの攻撃を受けながら、そのたびに身体を再生させながらも、爆発を槍に集中させる。
「ニャッ!?」
 そこで、とうとうカミュの槍の刀身が半分に折れてしまう。
「さすがのグングニルでも、俺の芸術的な爆発には勝てなかったみてぇだな!」
「こんなのニャンともないのニャア」
 カミュは折れた刀身を口に咥えて、残った半分の槍を手に持ち、回転しだす。
 そして糞豚の身体を二回、同時に斬りつけた。
「ああ、なんて気持いいんだろう……」
 糞豚は両手を広げながら空に顔を向ける。
 そして一口、ウイスキーを飲んだ。
「カミュとやり合ってるときに飲む酒は最高に美味いぜぇ」
 カミュは糞豚の言葉が聞こえてるのか、いないのか、また斜めに回転しながら糞豚を斬りつける。
 二連撃、四連撃、六連撃と斬りつけた。
「ははははははっ! ははははははははははっ!」
 糞豚はその痛みを楽しんでるみたいで、大声で笑っている。
 そしてカミュの頭を捉えて、その大きな手でつかむと彼女を爆発させた。
「ニャァァァァ!」
 カミュは、弧の字に身体をのけぞらせながらふき飛ぶ。
 糞豚の攻撃はこれだけじゃ止まない。
 また爆風に乗ると、カミュに接近し、その細く華奢な身体を爆発させる。
 カミュは爆発の勢いで地面に叩きつけられる。
「ニャガウッ!」
 糞豚はカミュの上にまたがると、何と自分ごとカミュを爆発させつづける。
「ウニャァァァァァァッ!」
「カミュ、もういい、もう戦わなくていい……」
 俺の願いにも似た言葉が、自分の口から漏れでる。
 全身、煤だらけのカミュを見て、なお戦おうとするカミュを見て、俺はゆっくりと立ち上がった。
 ふらふらと、痛みに全身がゆれる。
「俺がお前の代わりに戦うっ!!!」
 その瞬間、俺の額に熱を感じた。
 どうやら赤い鍵が通常より強い輝きを放っているらしい。
「あの銃の形。カミュよぉ、お前アレをあの人間に使ったのか」
「そうだニャッ! ワタクシの自慢のご主人様だニャン!」
 銃の形?
 よく分からないが、身体が解錠者になった状態よりさらに軽い。
「能力が発現したらしいな……<兵器の創造>かっ!!」
 黒音がそう口にする。
 兵器の創造ってなんだ。
「ご主人様、頭のなかで自分の好きな兵器を想像するのニャ」
 カミュに言われた通り、試しにやってみる。
 すると俺の手のなかが赤く輝きだした。
「なんだこりゃ!?」
 そして俺の手に握られてたのは、デリンジャーという銃口が二つあるピストルだ。
「ワタクシのご主人様にしてはしょぼいのニャ。核兵器くらい創造してみせるのニャア!」
「しょぼいって言われても、まだこの能力の使い勝手が分からないし……」
 言い訳がましいセリフが、思わず口を突いて出てしまう。
「まぁいいや、とりあえず撃ってみるか」
 糞豚に狙いを定めて、デリンジャーを撃ってみる。
 すると赤く輝く小さな球体が銃口から発射された。
「こんなしょぼい攻撃じゃ俺は死なねぇぜ」
 糞豚は俺の銃弾をわざと胸で受け止める。
「逸れてるぜぇ。俺の心臓ならここだぁ! ちゃんと狙えぇぇぇぇ!」
 自分の左胸を指さすという、ちゃんと命中させろと言わんばかりの仕草をする。
「まぁ、そんなしょぼい攻撃じゃ、心臓をねらわれても、届きゃしねぇんだけどな」
「ちくしょう!」
 悔しくなった俺は、奴の全身にデリンジャーを乱射しまくった。
 糞豚は爆風を作りだし、その風に乗って俺に接近してくる。
 だが先ほどよりもさらに動体視力が上がってる俺は、糞豚から距離を取るために飛び上がる。
 身体が軽い、これなら行けるっ!
「逃げてんじゃねぇ、まともに食らってお前も気持ちよくなれっ!」
 さっきまで俺のいた空間が連続で爆発する。
「ご主人様、ワタクシはちょっと休憩させてもらうのニャ。時間を稼いでくれニャ」
 地面にあぐらをかきながら、カミュが弱々しく口にする。
 糞豚に爆破された傷は完全に修復されているが、さすがに疲労してるらしい。
というよりも糞豚の執拗さに、すこし戦意を喪失したのかもしれない。
「任せとけ、俺がお前の代わりに糞豚を殺してやる!」
「殺しちゃダメなのニャア! ワタクシの秘密が聞けなくなるのニャ」
「分かった分かった、参ったって言わせればいいんだろ?」
「そうだニャ、ご主人様に任せたのニャ」
 俺はデリンジャーを構え直す。
 そして糞豚に向けて撃とうとしたら、デリンジャーはもろく崩れ去ってしまった。
「どうやら時間制限があるらしいな、あるいはしょぼい武器だから、マザーの力に耐えられなかったのか」
 黒音が丁寧に解説してくれる。
「また作ればいいのニャン。今度はそんなしょぼい武器じゃなくて、ちゃんとした兵器を想像してみるのニャ、ご主人様!」
「分かった、やってみる」
 俺はカミュにそう答え、ある武器を頭のなかで思いえがく。
 するとまた額が火傷しそうなくらい熱を持つ。
「あっちぃー!」
「マザーが赤い鍵に呼応してるのニャ。これは期待できそうなのニャア」
 俺の手のなかに赤い輝きが発生して、その兵器が作りだされた。
「おおっ、強そうだ!」
 黒音の評価は置いといて、これを上手く扱えるかはちょっと分からない。
「なかなか、凶悪そうな兵器ニャね」
「まぁな」
 それは“独裁的魔法少女コロナ”、というアニメに出てくる?極悪最強ドメスティックショットガン?だった。
 俺の身体ほどもある重量感たっぷりのれっきとした兵器だ。
 でも解錠者である俺はそれを軽々と持ち上げて、糞豚に向けて銃口を構えた。
「食らえっ!」
 そして銃口から大きな赤く輝く球体が発射された。
 それは解錠者である俺の目にも追えないくらい速度を出している。
 ショットガンを撃ったときの反動で身体がゆれるが、後退するほどでもない。
 その銃弾は糞豚の下半身をふき飛ばすほどの威力を持っていた。
「おもしれぇ、なかなかやるじゃねかこのクソガキ!」
 糞豚はそのまま倒れ、上半身が地面に転がる。
 けれどまたすぐに下半身は再生し、糞豚は立ち上がった。
「俺の爆発とお前の能力、どっちが強いか勝負だぜぇぇぇ」
 糞豚は爆風に乗りながら俺に接近し、俺の身体を爆発させようとしてくる。
 が、俺はその前に糞豚の身体に銃口を合わせて発砲した。
 心臓にその一撃が届いたと思った瞬間、糞豚は空中を爆発させて、身をひねり今の一撃を回避する。
 そしてそのまま地面に着地した。
「この俺が……避けただと!?」
 自分で自分の行動に驚いたらしく、糞豚はその顔に驚愕の表情を浮かべている。
「回避しなきゃ死んでたんだろう。だから避けたんじゃないのか?」
 黒音の指摘に、糞豚は悔しそうに歯噛みする。
「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 糞豚は叫び声を上げると、空中に手をやって俺を爆発させようとしてくる。
 俺はそれを軽々と避けた。
「見えるっ!」
 糞豚の攻撃は、俺にとっては大した速度がなかった。
俺は空中で身体をひねりながら、また糞豚にショットガンを撃ちこむ。
俺の弾丸は糞豚の肩をつらぬいた。
糞豚は攻撃を受けても、なりふり構わず空中を爆発させまくった。
俺はその連撃をすべて回避し、ふり向きざまに一発、マザーで出来た銃弾を発射した。
「クソッ!」
 糞豚は空間を爆発させて、その反動で俺の一撃をかわす。
 しかし糞豚の腕に命中し、腕が抉れる。
「こんな攻撃ぐらいで、死んでたまるかっ!」
 糞豚の腕は一瞬で元どおりに再生する。
 糞豚は地面に着地し、その顔に嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ここまで追いつめられたのは初めてだぜぇ。やるな人間!」
「お前に褒められても嬉しくないっ!」
 俺はショットガンを乱射しまくる。
 糞豚の手足がふき飛び、奴は立っていられなくなる。
 が、またしても元どおりに傷は復元し、糞豚は新しい足で立ち上がった。
「いい加減、降参って言うのニャ! お前ごときじゃ、ご主人様は絶対に倒せないのニャ!」
 カミュがそう口をはさむ。
「邪魔すんなカミュ、今いい所なんだからよぅ」
 糞豚を確実に追いつめてる、という自信はあった。
 けど、やはりマザーで痛みを快感に変えている糞豚は、俺との戦いを楽しんでるみたいだ。
「お前が降参って言うまで、とことん付き合ってやるっ!」
「ああ、もっと楽しもうぜぇ人間……」
 と糞豚が言いかけたところで、その動きが止まる。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 そして糞豚は心底から苦しそうに叫び声を上げる。
「ど、どうしたんだ?」
 今まで余裕だった姿と一転して、その苦しそうな表情に、俺は戸惑ってしまう。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 糞豚はそのまま地面に尻もちを突いた。
 そして頭をめちゃくちゃに掻きむしる。
「なんでだ!? どうしてだ、ママ? なぜ俺を裏切る!?」
 奴の言ってる言葉の意味が分からない。
「マザーを消費しすぎたのさ。マザーの力は強大、それゆえに副作用もある」
 取り乱す糞豚とは対照的に、黒音が事実を冷静に告げる。
「一日に使えるマザーの量を越えてしまったみたいなのニャ」
 カミュも冷静に説明してるが、これはチャンスなんじゃないんだろうか。
「ぐがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 糞豚はさらに苦しみだす。
「チャンスなのニャご主人様、糞豚を攻撃するのニャア!」
 そう、これは糞豚を倒す最大のチャンスだ。
 しかし、俺は動けないでいた。
「どうしたのニャ? 早く糞豚を倒すのニャ!」
 微動だにせず突っ立っている俺に、カミュは不思議そうに問う。
 だけど俺は、ショットガンをつかむ手に力が入らなかった。
「こんなに苦しんでる奴、攻撃できるかよぉ……」
 俺のショットガンが手のなかで粉々にくだけ散る。
「もういいのニャ、ご主人様には失望したのニャ! 代わりにワタクシが糞豚を攻撃するのニャア!」
 もう疲労は治まったのか、カミュが勢いよく立ち上がると、その手に折れた槍を持った。
「ぐがぁぁぁぁっ、うがぁぁぁぁぁっ、うあぁぁぁぁぁっ!!!」
 そういうやり取りをしている間にも、糞豚の苦痛は激しさを増しているようだ。
 カミュは勢いを付けて助走し、跳躍する。
 そして糞豚を刀身の折れた槍で斬りさこうとする。
「ダメだ――――」
 その時、俺の身体が自動的に動いていた。
「なぜ邪魔するのニャご主人様!?」
 気がつくと、俺はカミュと糞豚にあいだに割って入っていた。
(我ながら偽善だよな……)
 そんな俺の心の中のつぶやきは、誰にも聞かれないだろう。
そして両手は広げて、糞豚をカミュの斬撃から守ろうとして、立ちはだかった。
「ダメなのニャア、これではご主人様ごと攻撃してしまうのニァヤ!」
 カミュはスピードを止められないようだ。
俺の身体にあの巨大な槍の一撃がせまる。
 その瞬間、プリズムと言うこの世界に何かが舞い降りた。
 それは、カミュの槍よりはるかに巨大な羽をもつ幼女だった。
 その羽は昆虫の羽根のように透き通ってる。
 キィン――!
 その羽が俺とカミュのあいだをふさぎ、槍の斬撃をふせぐ。
「あれは……千年に一度しか現れないと言われている<発光少女>!!!」
 黒音が大きく目を見開き、心底から驚いた様子でそう叫ぶ。
 発光少女のという名前の通り、幼女の全身は赤く輝いている。
 ってか少女というか幼女だ。
「危なかったのニャ、ご主人様を貫くところだったのニャ……」
 カミュは安堵したのだろう、溜息を吐きだす。
「お空虹色クレヨン触る」
 発光少女は訳の分からないことをつぶやきながら、俺らの元へ近寄ってくる。
「カエルオレンジ夕暮れ車輪」
 まともに言葉を話せないのだろうか。
 そう思ってると発光少女はこう連呼した。
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん」
 そして発光少女は俺の目の前に来た。
「俺はお前の兄ちゃんじゃないぞ」
 と俺は冷静に返してしまう。
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁっ! マザー、止めてくれぇ、止めてくれぇっ!!」
 糞豚はまだ苦しんでいる。
 と、発光少女は、俺とカミュのあいだに挟んだ羽と反対側の羽で、糞豚をやさしく包みこんだ。
 すると羽が赤く輝きだす。
「マザー、マザー、どこなの?」
 糞豚の顔から苦痛の色が次第に消えていく。
「ママァ、おっぱい欲ちぃぃぃ」
 糞豚はそう言いながら穏やかな顔つきになる。
 糞豚の腹に刻みつけられていた赤く輝く模様が、少しずつ消失していく。
「糞豚からマザーが完全に消えていく!」
 黒音は驚いたような表情を見せた。
「さっきから一体どうなってるのよ、こんなのってマジで糞ファックだわ……」
蚊帳の外にいる八重も、この状況に戸惑っているようだ。
そりゃそうだ。
普通の人間からしたら、さっきまでのバトルや、大きな羽をもつ発光少女の存在など訳が分からないだろう。
カミュに銃殺されて、解錠者としてのレクチャーを受けた俺でさえ、まだ現実感がないんだから。
「マザーを浄化させているのかっ?」
 黒音がそう疑問を投げかけるが、その疑問に答える者はいない。
 ただ、発光少女はこれで自分の仕事は終わりだと言わんばかりに、大空に羽ばたいて行った。
 ただ呆然とした俺たちだけがこの場に残される。
「カミュよぅ……俺の負けだ、降参だ」
 より一層おだやかな顔つきになった糞豚が、自分の負けを宣言する。
「……」
 カミュは糞豚のセリフが聞き取れなかったのか、聞き取れたのか分からないが、呆然としている。
「これで戦いは終わった……のか?」
 血みどろのバトルに巻きこまれる形で戦った俺は、安堵してそう言葉をこぼした。
 その数秒後、我に返ったカミュが大声で言う。
「やったのニャァァァァァァァァァァ!!!」
 そして槍をほうり投げると俺に抱きついてきた。
「やった、やった、やったのニャア! とうとう糞豚に負けを認めさせることが出来たのニャア、ご主人様のおかげなのニャア!!」
「おいカミュ、いきなり抱きつくなっ!」
 柔らかな肌の感触に、俺は戸惑ってしまう。
「やった、やった、やった、やった、やったのニャア!!!」
 やった、を連呼しながら、俺を抱きしめたままぐるぐると回る。
「まぁ、そんなに喜んでくれると戦い甲斐があったけどさ」
 カミュは俺をようやく離すと、その場で飛び跳ねたりして、めちゃくちゃ喜んでいる。
「なかなかやるな、少年。見直したぞ」
 あの黒音ですら、ねぎらいの言葉をかけてくれる。
「状況はすさまじく訳わかんないけど、あたしがあんたに助けられたって事だけは分かったわ……ありがと」
「なんだって? 最後のほう、聞き取れなかった」
 素直に言葉を口にすると、八重は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
「べ、別に何でもないわよっ! ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、カッコイイなんて思ってないんだからっ!」
「おお……分かったよ」
 よく分からないが、八重が照れているって事だけは理解できた。
「絶滅危惧種のツンデレ、まさかここでお目にかかれるとは」
 黒音がそう言いながら、立ち上がる。
「傷のほうはもう大丈夫なのか?」
 黒音と俺は解錠者ではあるが、魔獣みたいな自己修復能力はもっていないはずだ。
 あれだけの爆発を受けた黒音が、ダメージを受けていないはずはない。
「まったく問題ない、といえば嘘になるが、立ち上がることくらいは出来る」
 黒音の顔に苦痛の色はない。
 平然と立ち上がるが、ちょっとふらふらとしている。
「肩貸そうか?」
「合法的にオレの身体に触れるチャンスだと思っているなこの変態。見直した、というのは訂正させてもらおうか」
「酷い言い草だな」
 何を勘違いしたのか、黒音は自分の身体をかき抱く。
 と思ったら両手を広げて、やれやれと肩をすくめる。
「というのは冗談だ。見直したと言ったのも本当だ。だが肩を貸してもらう必要は皆無だ
、自分で立てる」
 まだ足元は危なっかしいが、一応立ててはいる。
 黒音が自分で立てると言い切るのならば、俺に出来ることはない。
「糞豚っ、さぁワタクシの秘密を早く教えるだニャンよ」
 まだ地面に尻もちを突いてる糞豚に、カミュはすごい勢いでせまる。
「今日は疲れてるから、明日な」
「そういって秘密を教えるのをしぶる気ニャンね!」
「しぶんねーよ、ウゼェな。俺は約束を守る魔獣だ」
 さらに詰め寄るカミュを、糞豚はすげなくふり払う。
「仕方ニャイのニャ。今日はワタクシもかなり疲労してるから、明日、絶対に明日ニャね!」
「分かった分かった、相変わらず強引な奴だな」
 糞豚はその顔に苦笑いを浮かべている。
「ではみなの者、地球に戻るぞ」
 黒音がそうみんなに声をかける。
「そうだな、豪のことも気になるし……」
「あの背の高い男か? 手加減したから殺しちゃいねぇよ」
 豪の身を案じる俺に糞豚はそう言う。
「俺はお前のこと、まだ許してないんだからな」
 俺は糞豚を恨む気持ちはまだある。
 だがこれ以上、糞豚をどうこうする気はまったくなかった。
 なぜなら、あれほど苦しんだ奴を攻撃するなんて残酷な真似、あまっちょろい俺には到底できないからだ。
「さぁ帰るぞ」
 黒音があの赤く輝くカギを取りだした。
 そしてプリズムに来たときと同じように、空中にそれを差しこんでひねった。
 すると、また空間にあのブラックホールみたいな裂け目ができる。
「やれやれ、これでようやく戦いも終わりか」
 ため息まじりの俺のつぶやき声は、今でき立ての裂けめに吸いこまれていった。



「スイカ病院、スイカ病院……ここか!」
 俺は豪が入院しているという情報を仕入れ、スイカ病院の前に来ていた。
 病院のマークが切ったスイカの形をしている、というユーモアのある病院だ。
「すいませんっ、須田豪って奴が入院していると聞いてお見舞いに来ましたっ!」
 受け付けの人にちょっとだけ緊張しながら話しかける。
「須田豪さんですね、ちょっと待ってて下さい」
 受け付けのお姉さんはファイルをめくっている。
 そしてそのしなやかな指先があるページを辿った。
「301号室ですね。特に面会は禁止されてないので、お伺いして結構です」
 すんなりと受付を済ませると、俺は豪のいる病室に向かった。
 すぐに301号室の前にたどり着く。
 そしてやや緊張しながらドアを開けた。
「豪、大丈夫か?」
 俺が恐る恐る部屋に入って中をのぞき込むと、ベッドに上体を立てている姿勢の豪が視界に飛びこんできた。
「おおー光輝か、どうしたんだ?」
 豪は何事もなかったかのように俺に返事をする。
 しかも携帯ゲームをやっているという始末だ。
 もっと酸素マスクとか付けて、心臓ペースメーカーとかいう波の表示される機械とか取りつけられてるんだと思った。
「見舞いだよ、見舞い、まぁその必要はなかったみたいだけどな」
 糞豚が手加減した、って言ってたのは本当だったみたいだ。
 豪の入院患者が着せられるパジャマみたいな服のすきまから覗く肌が、ところどころ焦げてるけど命に別状はないようだ。
「本当によかった……あまり心配かけるなよ」
「ああ、よく分かんないけど、爆発? に巻きこまれた割には自分でも驚くほどピンピンしてるぞ」
「マジで心配したんだかんな」
 豪が無事で本当に、本当に良かった。
「それで……俺の黒木さんは? お見舞いと言うからには、染井吉野さんも来てるんだろうなっ!?」
「両方とも来てないぞ」
「なーんでーだー!? 優しく看病されたり、果物をあーんしてもらったりしたいのにー!」
「残念ながらお前のその願望が叶えらえる日は来ないと思う。あ、でも果物は持ってきたぞ」
 と俺はリンゴの入った籠を見せる。
 ここに来る前にスーパーで詰め合わせてもらったものだ。
「やーだー! 男にあーんされるなんてやだー! 俺のパラダイスを返せー!!」
「俺だって男にあーんさせるなんて、死んでも嫌だよ」
 やれやれ、豪が元気で本当によかった。



 次の日はちょうどよく祝日だった。
 俺はソファーに腰かけて、テレビを見るともなくぼんやりと眺めていた。
 テレビの内容は頭に入ってこない。
「ウニャー、ご主人様ーゴロゴロ」
 なぜならカミュが、俺の膝の上に顔を乗せて、ノドを鳴らしているからだ。
「いい加減離れてくれないかなっ?」
 そりゃこんな美少女に逆ひざまくらするのはとても嬉しい。
 とても嬉しいけど、思春期である童貞中学生にとっては緊張してしまう。
 つまりはドキドキしていた。
「いやなのニャー、ご主人様ぁ好きなのニャー」
 好き、と言われてまたドキリとしてしまう。
 その好きは多分、異性に対するものじゃなくて、ペットが飼い主に抱く感情だと分かっていながらも、胸の高鳴りは抑えられない。
 どうやら昨日の一件でカミュにますます懐かれてしまったらしい。
「まぁ、いいけどさ……」
 すげなくふり払うのも何か違うなと思い、俺は逆ひざまくらを受け入れていた。
 手持ち無沙汰になった俺は、何となくカミュの頭を軽く撫でてやる。
「ウニャー……」
 カミュは気持ちよさそうに目を細めてますますノドを鳴らした。
「あら〜懐かれちゃって〜お姉ちゃんちょっと嫉妬しちゃうわ〜」
 テーブルに備えつけてあるイスに腰かけていた綺夜姉ぇが、そう口にする。
 ピンポーン!
 そのとき家のインターフォンが鳴った。
「糞豚だニャ!」
 ひざまくらをしていたカミュがその音に反応し、起き上がる。
 そして一目散に、玄関に駆け寄る。
 俺はカミュの後からついて行った。
 玄関のドアを開けると、そこには糞豚が立っていた。
 相変わらずボサボサの髪に、腹はシャツがめくれて放射状の毛が生えている。
「なかなか良い犬小屋に住んでるじゃねぇか」
「ワタクシ自慢の犬小屋だニャン♪」
「犬小屋っていう表現は止めろよなー」
 文句をこぼしつつ、とりあえず糞豚は我が家にむかえ入れる。
 三人してリビングに到着すると、綺夜姉ぇを見た糞豚が、目を見開いてこう口にした。
「<剛腕の綺夜流>じゃねぇか……久しぶりだなぁ」
「あらあら〜昔の呼び名よ〜懐かしいわ〜」
 どうやら二人は知り合いらしい。
「綺夜姉ぇこいつと知り合いなの?」
「昔プリズムにいた時にちょっとね〜」
「シャンデリアは剛腕の綺夜流に苦しませられたからなぁ」
 しみじみとした表情で糞豚はそうつぶやく。
「えっ? 綺夜姉ぇプリズムの人間だったのか!?」
「昔の話よ〜」
 それならば槍を背負ったカミュを、すんなりとこの家に住まわせたことに納得がいく。
 大物だったんじゃなくて、カミュがプリズムの魔獣だって理解してたっぽい。
 それにカミュを風呂に入れたときの怪力にも納得がいく。
「それよりワタクシの秘密を早く話せなのニャア!」
 カミュの言葉にうながされて、糞豚はイスに座る。
 テーブルをはさんで向かい側のイスに俺とカミュも腰かける。
 綺夜姉ぇはソファーに座る。
「さぁ早く話せニャ、早く話せニャ」
 急かすカミュに、糞豚はちょっとだけ困った顔をする。
 こいつ、こういう表情も出来るんだ。
「あーどこから話せばいいのか」
 糞豚は言葉につまる、なんて人間らしい態度を取る。
「約束は約束だからな、話してやるけど、これシャンデリアの最上級機密だから他の奴にはバラさねぇでくれ」
「分かったのニャ!」
 糞豚はカミュだけでなく、俺らにも目で訴えてくる。
「分かった、絶対に話さない」
「私はここで聞いたことは忘れるわ〜」
 俺と綺夜姉ぇは、それぞれ秘密を守ると約束する。
「よし、それでいい!」
 糞豚はそう言うと、語りだした。
「カミュ、お前はシャンデリアの計画の?核?なんだ」
「核ってなんなのニャ?」
 カミュの疑問の声に少し、押し黙ったあと、糞豚は話を再開する。
「そこのガキがマザーの力を使って兵器を創っただろ?」
「まぁ、そうだな」
 ガキという呼び方はどうにかならないもんかな、と思いつつ俺はそう返事をする。
「じゃあマザーを使って生物を創れるとしたら?」
 糞豚の言葉のつづきを俺たち三人は黙って待つ。
「まさかワタクシは……」
「そう、お前は生物を創れる解錠者が創りだした物なんだよ」
 その言葉にカミュはショックを受けたようだった。
「そんニャ……ワタクシがただの物だったなんて」
 カミュはイスの上で背中を丸めて体育座りする。
「だからあんなにボロ雑巾のように扱われたニャンね」
 おまけにカミュの目が虚ろになる。
「ワタクシは……物でしかニャイのかニャ……」
 そこで綺夜姉ぇが立ち上がると、カミュに近づいて行った。
 そしてイスに座っているカミュをそのまま抱きしめる。
「あなたは物なんかじゃないわ〜」
 いつもの間延びした口調だが、はっきりとした意思を持って綺夜姉ぇは言う。
「カミュちゃんはカミュちゃんよ〜。少なくとも私たちにとってはもう家族なんだから〜絶対に物なんかじゃないわ〜!」
「お姉様……」
 虚ろだったカミュの瞳にまた輝きが戻る。
「そうだぞカミュ」
 俺も隣にいるカミュを元気づけようと話しかける。
「お前は昨日から照井家の家族の一員になったんだから! 物なんかじゃない!!!」
「ご主人様ー!!!」
 そう言った俺にカミュは、勢いよく抱きついてきた。

モリッシー 

2022年03月25日(金)17時57分 公開
■この作品の著作権はモリッシーさんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
自分としてはキャラの掛け合いが少ないのが致命的な欠点だと思ってます。ご指摘があれば参考にし修正したいです。


この作品の感想をお寄せください。

2022年05月04日(水)15時26分 モリッシー  作者レス
十二田 明日さん、感想ありがとうございます。

下ネタはライトノベルにしてはやり過ぎてしまったと反省してます。萌えを目指して書いたのですが、これではただの下ネタでしかないと実感してます。

物語りの展開が遅いのは、完全に美少女ゲームの影響ですね。ラノベもあまり読まずに純文学かエンタメを読むか、美少女ゲームばかりやってます。
最近、久しぶりになってラノベを何冊か読んだんですが、ご指摘のとおり、序盤から物語の核となる部分に触れながら展開してましたね。
例えば、序盤から世界観の設定を上手く組み込んだり、主人公の活躍を描いたりするものが多かったです。というかすべての作品がそうでした、
拙作の場合は、確かに日常シーンが過剰なまでに続きます。そこも反省点です。

ストーリー展開も読み直してみると確かにかなり薄いですよね、
もっと敵を増やしたり、序盤から戦闘シーンを入れたり、ミステリー的な要素を増やさなければバトル物のラノベとしては成立しないですよね。

確かに、エピソードの中で設定や萌えを自然に見せることに関しても出来てないです。というか、萌えや設定にあまり必然性がないと自分で再読してみて思いました。ただ萌えや設定を組み込めばいいのかな、と安易に考えていました。

設定とストーリーが上手く噛み合っていないのは、恐らくもっとバトルシーンを増やしたりした方がいいのかなと自分で考察してみました。
現状だと、美少女ゲームよりの作風なので、もっと大量にライトノベルを読んで研究してみます。
ですがもう、ライトノベル風の作品は書いていてかなり疲れるので書かないかもしれません。
次は純文学かエンタメを投稿しようと思います。純文学やエンタメは書いていて楽しいので。

拙い作品を深く考察していただき本当に感謝しています。

pass
2022年05月04日(水)01時42分 十二田 明日  +10点
返礼の感想コメントが非常に遅くなり申し訳ございません。
今作『猫耳銃殺・魔獣ぶっ殺し童貞中学生と処女ヒロインたちの宇宙エネルギー』拝読させていただきました。


率直に申し上げますと、「色々とキツイ」というのが正直なところです。
やはり過剰な下ネタは読む人を選ぶところがありますので、ちょっとそれが十二田にはきつかったですね。
ただラノベでも、かなりギリギリまで攻めたエロネタの作品はあるので、単純に十二田が対象読者ではなかったという事もあるとは思います。


その上で気になった点をいくつか。
まず、『テンポが悪い(物語の展開が遅い)』です。
本作はカミュが光輝の元に来るところが、物語が動き出す起点であると思われますが、そこにたどり着くまでに大分と主人公の日常が描写され、それが凄く長いんですね。
延々と人物紹介が続いて中々話が進まないので、展開を修正された方が良いと思います。



次に『ストーリーが薄い』こと。
先ほど指摘したところと関連しますが、今作のストーリーってかなり薄いんですよね。やってる事って『主人公の元に変わったヒロインが来て能力を得て、ヒロインに執着する敵(一人)を倒す』しかしてないんですよ。
前半の日常パートと、随時挟まれるキャラの絡みで、キャラがどんな奴かっていうデティールはかなり分量が描写されているのに、ストーリー自体は四十字で書けるくらいしかない。これが非常にアンバランスで、余計にストーリーの薄さが目立ってしまっているかと。
設定が練られているのも、書き手の「俺の考えた可愛いヒロインに萌えろ!」という意思は分かるし、それ自体は決して悪くないんです。むしろそこは良く書けていると思います。
ただ、それらを『エピソードの中で自然に見せて』欲しいですね。



最後に『設定とストーリーの本筋が上手く嚙み合っていない』こと。
例えばラブコメで両親の再婚でヒロインと兄弟となり、同居することになった──なんて設定はありがちですが、あれは両者の再婚という設定のおかげで「ヒロインとひとつ屋根の下」「共同生活を送ることで起きるハプニング」など、非常に美味しい状況が起きても、読者にご都合主義だと思わせないようにしています。
それと同じような『ヒロインが主人公の元へ押しかけても、違和感を覚えない』ような仕掛けをもっと出して欲しいですね。
今のままだとただエロい事をしてるだけで、その行為に物語上の必然性がなさすぎるかなと思います。




長々と失礼いたしました。
この感想コメントが、少しでもモリッシー様に資するものであれば幸いです。
それでは。
32

pass
2022年05月03日(火)12時49分 モリッシー  作者レス
みずしろさん、感想ありがとうございます。

主人公が混乱してしまう事に関しては、最初の視点を光輝だけに絞るべきでした。
美少女ゲームが趣味なので、冒頭から日常シーンを延々と持ってくる癖があるですよ。ライトノベルじゃこれはダメなのだと、みずしろさんの感想を読んで気づきました。
もっと冒頭から物語の核心部に触れるような展開を書いて、読み手を引きこまなきゃダメですよね。
主人公のキャラが完全にヒロインに食われて、モブキャラとなってしまいましたね。

確かに現状だと完全に自己満足小説です。僕の願望を詰め込んだだけの作品になってます。
そうですね、ツンデレに関しては僕の趣味全開です(汗)年上女性に対してそれほど願望はありませんが、キャラクターのギャップを出すために小柄にしました。
でも登場させるなら今のニーズだと、姉より妹キャラを出した方がいいかなと書いた後になって思いました。
胸の大きさやイチゴパンツに関しては完全に僕の願望です。巨乳とパンツ最高です!

エロさについてはやり過ぎるとダメかなぁと自分で思いました、エロ同人じゃなくてライトノベルを書こうとしてたので、ライトノベル作法研究所ではエロやグロはやり過ぎると削除されてしまうかなと。
普段はライトノベルもあまり読まないし、純文学を書いているのですが、ライトノベルは難しいなと改めて実感させられました。
ただサービスシーンのつもりで、エロを入れただけじゃダメなのかと、力不足に悩まさせられます。
もっとライトノベルをたくさん読んで勉強したいです!

最近のラノベは冒頭から会話文の応酬が多いから、そこでキャラクターを魅せないと自分でダメかなと感じていたんで、丁度いいと言っていただけて嬉しいです。

世界観に関しても、主人公をもっと序盤から活躍させて、キャラの濃さを強くしていくべきでした。

文章はライトノベルに合わせて砕けた文体にしようと思っていたんですが、やり過ぎてしまったようですね。美少女ゲームを基準として書いてしまったのかな、と反省してます。

深く読んでいただき、的確なご指摘もしていただき、本当にありがとうございました。

pass
2022年05月02日(月)19時42分 みずしろ  +10点

すみませんが、世界観の説明となるプリズム、魔獣、の単語が出てきた所までの感想を、素直に伝えさせていただきます。


主人公に関して。
まず、主人公が誰なのか分からず混乱しました。
最初に出てきた酒飲みテロリストが主人公なのか、困った姉を持つ弟が主人公なのかで迷い、世界観も序盤では分からず、ようやく説明が出てきたかと思えば、結局何故主人公が選ばれたのかもカミュの正体も明かされず、世界観の核すら見えてきませんでした。加え、主人公の性格やキャラクター性が薄く、登場人物の関係者でしかないなと感じます。恐らく序盤にヒロインの説明を詰め込みすぎて、主人公が薄くなってしまったのではないかと。


物語全般に関して。
私はこういった系統の物語は読みませんが、モリッシーさんの理想を全て詰め込んだ、”光輝”というアバターによるオ○ ニー小説だったなと、読んだあとに感じました。特に胸のサイズを記入している所や、主人公の孤児院出身の捨て子設定に、俺っ娘美人に対する女子たちの反応が「素敵」等、妄想と理想全開でしたね。
違ったら申し訳ありませんが、胸が大きい暴力ツンデレ系の女性や、小柄でかわいらしい少女でありながら中身にギャップがある歳上女性が性癖なのでしょうか。中学生で大きい胸の子が居たらまず見ますよね、分かります。パンツもいいですよね白よりも柄物の方が興奮します。

しかし。
この小説は、まだオ○ ニー小説です。自分と同じ趣味の人に見てほしいから作る”エロ同人誌小説”ですらないと感じます。読んでいると作者の抜きネタを見ている気持ちになるだけで、正直萎えました。

モリッシーさんは性癖を確立し、これだけの長文を文章に起こす力がすでにあります。
誰かが興奮するようなエロ同人誌小説を目指せば、恐らくですが、この男性向けエロ同人誌キャラクターたちがより生き生きとすると思うんです。もっとエロさとは何かを追求すれば、好きになる人が出てくると思うんです。


キャラの掛け合いに関して。
私は会話に関しては、キャラクターがよくみえるので丁度いいと思います。


世界観に関して。
もう少し主人公の必要性を感じるような、より深い設定にするといいかなと思います。”登場人物の関係者”から”主人公の関係者”になると、主人公も自然と濃くなって味の濃さが丁度よくなると思うんです。


文章に関して。
「というより」や「つまりは」などの言い直しは、言葉をより強調させる際にはとてもいいと思いますが、モリッシーさんは使いすぎて読みにくいなと思う箇所が多かったです。
これに関しては私の好みですが、伸ばし棒が五つ以上あると中学生〜高校生が書いた文章かな? と幼さを感じ取ってしまいます。「あああああああああ」等もそうですね。出版された小説を読んでいるとなかなか目にしないので、抵抗があるだけかもしれませんが。 



私もまだまだ拙い文章でしか表現できませんが、感じ取ったことを素直に書きました。少しでもモリッシー様の糧になれたら幸いです。


33

pass
合計 2人 20点


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