SPIRIT OF NOT GIVING UP《不屈の精神》(最終話)
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  最終話

 ガクトは目を覚ます。
 そこは、故郷の海の中。
 ガクトは、泣いていた。恐ろしい白昼夢を見たのだ。
 否。
(夢なんかじゃ、ない!)
 ガクトには確信があった。理屈はわからないが、感じる(、、、)のだ。
 ベルリオーズ。その邪悪で強大な気配を。
いや、感じたことを覚えていると言ったほうが正確だ。
アリーフェ、リク、ジュリア、歌姫、明玖、寺之城。仲間たちの微笑む顔が、目を閉じるとそこにある。
 みんなはどうなった? 辛い運命を辿ってしまったのだろうか?
 学園の屋上で見た凄惨な光景が蘇ってくる。
 無残に踏みにじられた仲間たちの思いが、今も心の中に残っている。
 決して忘れてはならない。忘れたくない。
 自分はまた、大切な人を守ることができなかった。
 何が足りなかったのか。
 どうするべきだったのか。
 答えの出ない思いが溢れて来る。
 悔しい。
 今も尚流れ、海へと溶け消える涙の理由を知り、ガクトはぐっと歯を噛み締めた。
 そこへ、一匹の豚イルカが現れた。
(――君は、俺を愚か者だと思うかい?)
 心の中で話しかける。
 豚イルカは遊び相手が欲しいのか、ガクトの周りを大きく回り始める。
 やはり、前にも、同じようなことがあった。ガクトはこの豚イルカと泳ぎで勝負し、あっさりと負けたのだ。
『諦めるな!』
 と、歌姫の言葉が蘇る。
(――ごめんな。今は遊んでやれない)
 豚イルカに心で謝り、ガクトは水を強く蹴って浮上する。
(勝てないとわかっいても、戦わなくちゃいけない。……そんな残酷な世界、間違ってる)
『まだ終わりじゃない!』
 心の中で、歌姫が言う。
(そうだ。まだ終わりじゃない)
 海面に出たガクトは耳を澄ました。
 そこへ聞こえてくる、少女が助けを求める声。
(残酷な世界から、今度こそ、みんなを救い出すんだ!)
 ガクトは助けを求める少女の名を呼ぶ。
「アリーフェ! 聞こえるか?」

「――あなたは、私のことをご存じなのですか?」

 アリーフェは驚いたかのような息遣いのあとで、そう尋ねた。
「今初めて話すけど、知ってる! 詳しいことはそっちに行ってから言うよ! だから早く召喚してくれ!」

「――わかりました」

 アリーフェの声は以前よりも落ち着いていて、大人びて聞こえる。吃ることなくスラスラと話せるようになっているのだ。彼女も心のどこかで、ガクトたちと過ごした時間を記憶しているのかもしれない。
「あ! ごめん、ちょっと待ってもらってもいいか? 三十分もあれば準備できると思う!」
 ここでガクトは、向こうの世界(、、、、、、)が食料難に陥ることを思い出し、召喚を一度キャンセルした。

「準備が必要なのですね?」

「まぁ、そんなところだ!」
 アリーフェの了承を得たガクトは大きく息を吸い、再び海へと潜った。

   ■

 二十分後、ガクトは布袋を魚で一杯にして、一度岸に上がった。
「――ごめん、照(てらす)。待たせちまったな」
「今朝は随分と張り切ったな! これまでで一番の大漁じゃないか!」
 人間の友人の照が近寄ってきて、魚でパンパンに膨れた布袋を凝視する。
「突然なんだけど、ひとつ、頼まれてくれないか?」
「どうした? そんな深刻そうな顔して」
 きょとんとした様子で首を傾げる照の肩を、ガクトは片手でしっかりと掴む。
「俺、これから遠い場所(、、、、)へ行ってくる。どうしても、やらなくちゃいけないことがあるんだ。だから、……帰りが遅くなるって、俺の親に伝えてくれないか?」
「…………」
 沈黙。
 ガクトは、さすがに笑われてしまうだろうと思って覚悟したが、照の返答は予期せぬものだった。
「――本気で、言ってるんだな?」
 ガクトが物心ついたときから付き合いのある照は、ガクトの滅多に見せない差し迫った気配を察して、半ば信じている様子なのだ。
 頷くガクト。
「それって、絶対にお前が行かなくちゃダメなのか?」
「――ああ」
【竜斬剣(スレイヤー)】のことは伏せたが、ガクトは真意で首肯した。
「今、オレがお前の言うことを真剣に聞いてるのが信じられないって顔をしたな?」
 と、悪戯っぽく笑う照にガクトは苦笑を漏らす。
「正直、驚いてる。こっちから話しておいてアレだけど」
「まぁ、普通なら軽くスルーしちまうところだけどさ、オレ、なんていうか、お前がそんなことを言う夢を見たような気がしたんだよな。オレはその夢の中で、お前を笑っちまった。そうしたらお前、ひどく落ち込んだ顔をしたんだ……」
 と、照は自分の片手でガクトの肩を掴み返した。
「オレたちが小学生のときさ、お前が周りの連中に駆けっこでどうしても勝てなくて、必死になって練習したのにそれでもダメで、目標に近づくことができないって、大泣きしたことあっただろ?」
 照が言っているのは、彼とガクトが同じ小学校に通っていた頃の話である。照はガクトの特訓に付き合ったのだった。
「そんなこともあったな。まぁ、俺が遠い場所(、、、、)でやろうとしてることも、なかなか達成できないことでな……」
「――俺さ、夢の中で、ガクトがあのときみたいに泣いちまうのを見た。ただの夢なんだけどさ、どういうわけか、それがこれから先で起きるような気がしたんだよな。天啓(てんけい)ってやつ?」
 疲れてるのかな? と、照は己を笑う。
 照が徐に腰を下ろしたので、ガクトもそれに倣(なら)う。
 二人で砂浜にあぐらをかき、眼前に広がる大海原を見つめる。
「だから、まぁその、……信じようと思ったんだ。お前がこれから何をやろうとしてるのかわからねぇけど、――なにかとてつもなく凄いことな気がしてるぜ?」
「ごめんな、全部を話せるほどの時間はもうなくて……」
「いいんだ。ただ、行く前にこれだけ言わせてくれ」
 照が視線を海からガクトへと移した。
 ガクトもそれを感じ、照と目を合わせる。
 友は、言う。
「大事なのは、目標の達成に向かおうとする意志だと思ってる。志(こころざし)さ。お前の名前にもあるじゃないか。その志を持って進めば、いつか必ずたどり着ける。向かっているわけだからな。そう思わないか?」
 ガクトは彼の言葉を受け、悔しさと悲しみに蝕まれた自分の心が軽くなっていく感覚を覚えた。まるで胸が詰まるような息苦しさが解(ほぐ)れ、溶けて消えるかの如く。
ガクトの心に、友の言葉は光となって届いた。
「――そうだよな。そう思うよ」
 視界が滲んだ。照の温厚な表情が霞む。
「じ、じゃあ俺、ちょっと行ってくるわ! ありがとな、信じてくれて」
 腕で自分の目元を拭ったガクトは、照から顔を逸らして立ち上がる。
「アリーフェ、待たせてごめん! 頼む!」
 ガクトがそう言うと、どこからともなく現れた白い光の粒子が彼の全身を包み込んでいく。
「こっちのことは任せとけ。だからさ、ガクト」
 友の声も、ガクトの心を温かく包む。
「――お前は、自分を諦めるな」
「――ああ!」
 大切な仲間たちを今度こそ守るため、ガクトは旅立った。

   ■

 光の粒子に包まれたガクトは一瞬意識を失ったが、唐突な浮遊感に見舞われて覚醒した。
「――え?」
 ガクトが姿を現したのは、見覚えのあるコンピューター室。その天井スレスレの位置だった。
 ガクトは床と対面する向きで、眼下にはこちらを凝視する明玖の姿。
 落下。
「うわぁあああ⁉」
「――ッ!」
 明玖は咄嗟に両腕を広げ、悲鳴を上げ落下したガクトを受け止める。しかし、さすがに華奢な明玖一人では衝撃を抑えきれず、ガクトを胸に抱くような形で背中から転倒。
 ガクトが携えていた布袋が開き、生きのいい魚たちが散乱。
「あぅ!」
 背中を強(したた)かに打ち付けた明玖が呻き、ガクトは目を見開いた。
 ぺち。魚が一匹動いた。
「ご、ごめん、明玖! 怪我はないか⁉」
 言いながら、ガクトは何かクッションのような感触がするモノの上に両手を置き、身を起こした。
「ぅううう!」
 途端、明玖は急激に赤面すると共に、これまで見せたことのない怒りと憎悪の色を浮かべ、ガクトを睨みつけた。
「え? ……ッ⁉」
 唐突な落下と明玖との衝突で冷静さを欠いていたガクトだが、ここで両手の感触に危機感を覚え、視界の下方に見切れている明玖の胸――もとい、己の手の位置からすべてを察した。
「はぅあッ⁉」
 驚愕のあまり小さく悲鳴をあげたガクトは、両手をなだらかな小山からずらそうとして、あろうことか誤って十本の指を同時に動かしてしまう。
 モミモミ。
「――ぅうぁあああああああああ‼」
 キッ! と歯を食い縛った明玖が叫び声を上げながら、飛び退こうと腰を上げたガクトの腹に蹴りを放った。
(明玖! 普段は大人しいけど、やるときはやるんだな!)
 明玖の蹴りを受けて後方に吹っ飛びながら、ガクトは思った。そして背中からテーブルにぶつかって倒れる。
 パリン!
 そのとき、ガクトがぶつかったテーブルから何かが落ちたのか、ガラスが割れるような音がした。
「――ああっ!」
 と、明玖が青褪めた顔で駆け寄ってきた。
「急にごめん――」
 謝罪を述べるガクトのすぐ横で、明玖は屈み込む。
 どうやら、ガクトがぶつかったテーブルは明玖が普段使用している場所らしく、彼女のものと思しきラップトップや小物類が置かれてあった。
 そんな中、明玖は背中を丸めて屈みこんだまま、肩を小さく振るわせ始める。
「ど、どうしたんだ? 俺、何か壊しちゃったか?」
 恐る恐る、ガクトは立ち上がって明玖を覗き込む。
「――お守りが、……おばあちゃんから、もらった、お、お守りが……」
 一重の目に薄っすらと涙を浮かべた明玖が、この世の終わりとでも言いたげな青い顔でガクトを見上げた。
 ガクトは言葉を失い、明玖が両手で拾い上げたもの――容器が粉々に砕けて失われた、砂時計の黒い支柱を見た。
「うそ、だろ……」
 心の狼狽が、ガクトの口を衝いて出た。
 次の瞬間、二人を強烈な頭痛が襲った。
 そして、各々がこれまでに経験してきた過去の記憶(、、、、、)がすべて蘇り、今の自分へと同化していくのを感じた。
 トラウマを克服し、勇気を出してフードを外したリク。
 戦争という過酷な状況を体験し、仲間と共にあり続けることを望んだジュリア。
 みんなを助けたい一心で努力しながら、自分の闇と向き合い続けた歌姫。
 自分を変えていくため、恐怖を乗り越えた明玖。
 繰り返してきた過去が、現在(いま)に追いついたのだ。
「……ガクト、くん……?」
「明玖……」
 二人は同時に言う。
「思い出したか?」
「思い出した?」
 同時に、首を縦に振った。
「――いろいろと、繋がったな」
「うん。で、でも、もう後戻りできなく、なった……」
 明玖はガラスの破片に気をつけながら立ち上がり、砂時計の黒い支柱をテーブルに置いた。
 ガクトはもう一度黒い支柱を見つめ、事の重大さを再確認する。
 明玖が言っていたお守り――砂時計。
 まだ推測ではあるが、この砂時計には本当に【時間を巻き戻す】能力があり、今破損したことで、これまで巻き戻ってきたすべての記憶が、この砂時計の影響下にあった人物の中に蘇ったと見える。
「充分さ、明玖」
 ガクトは言う。
「ここから反撃して、勝てばいいんだ」

   ■

 ガクトは明玖を伴い、生徒会室を訪れた。
 そこには案の定、ガクトや明玖と同じように、過去の記憶をすべて持った生徒会メンバーが勢揃いしていた。
「おお! ガクト君も召喚されていたか!」
 寺之城が眉を開いた。
「あとは、歌姫だけね」
 と、ジュリア。
 今の生徒会室に歌姫の姿はない。
「皆さん、同じように記憶を呼び起こしているようですね。呼び起こすという表現が的確かはわかりませんが……」
「大体合ってるんじゃない? 記憶が呼び起こされた理由はわからないけど」
 アリーフェに続けてリクが言った。
「家内君の持ってる砂時計が、時間を巻き戻す装置みたいなものだったと記憶しているんだが、本当かね?」
 寺之城が聞いた。
「その砂時計なんだけど、ちょっといろいろあって、さっき壊れちゃったんだ。みんなの記憶が呼び起こされたのは、たぶん砂時計が壊れたからだと思う……」
 ガクトはおずおずと説明する。明玖は震えながら彼の影に隠れた。
「――マジ?」
「なんと……」
「つまり、次に失敗したら、それでおしまいということですよね?」
 リク、寺之城、アリーフェが生気を失くしたような声音で言った。
「ご、ごめんなさい。わ、私のせいで……」
「あれは事故だ。君が悪いんじゃないよ。今重要なのは、これからどうするか話し合うことだ」
 消え入りそうな声の明玖にガクトが言うと、ジュリアが明玖に寄り添った。
「ありがとう明玖。ここまで来てくれて」
 と、ジュリアは明玖を抱きしめ、続ける。
「みんな、落ち込んでいられる場合じゃないわ。こういうときこそ、気をしっかり持つのよ」
「――確かに、ガクト君とジュリア君の言うとおりだ。この危機的状況を打破するには、みんなで知恵を出し合わねば!」
 寺之城が眼鏡をずり上げ、壁に設置された黒板にチョークでこう書きだした。
【ドラゴンぶっ倒し会議‼】
「名前、もうちょっとなんかあるでしょ……」
 リクが黒板を見て苦笑した。
「シンプルで良いではないか! はい、意見のある者!」
 寺之城が皆に意見を促す。
 ガクトはここで、先ほどから考えていたことを切り出す。
「時間が巻き戻る前、――つまり前回(、、)の話なんだけど、明玖は魔道プログラムの読み書きができるって話してたよな? あれは今でも可能なのか? ――可能なのかって質問はつまり、プログラムの読み書きを覚えているのか、覚えていないのかを教えてほしいって意味」
「プログラムの知識は頭の中に残ってるから、可能」
 明玖が頷いた。
「なら、僕たちで地下ダンジョンを攻略してみないか? それで、どうにか地下基地に到達して、明玖に施設のプログラムを見てもらうんだ」
「なるほど! それで施設のロックが解除できれば、最深部へ行くことも不可能じゃない!」
 と、寺之城が黒板に追記する。
【地下ダンジョン&基地をぶち破れ‼】
「いや、書き方よ」
 リクがまた苦笑したので、寺之城もまた口を尖らせる。
「インパクトがあって良いではないか。ガクト君、続けてくれ」
「ここから先は神頼みだけど、もし施設の最深部に、ドラゴンに対抗するための何らかの手段が残されていれば……」
「反撃のチャンス到来ってわけね」
 ガクトに代わってジュリアが言った。
「やりましょう。地下基地最深部への到達こそ、わたしたちに残された最後の希望ですから」
 アリーフェが賛同する。
「あんまり大所帯で行っても効率は上がらないだろうから、地下へはここにいるメンバーだけで行きましょう。ここにいない歌姫にはバンドの方(ほう)を頑張ってもらうとして」
「あれ? もしかして、僕も戦力に入ってるのかね? あんまり戦闘力無いよ?」
 ジュリアの言に、寺之城は自分自身を指差す。
「当たり前じゃないの。地下には危険なモンスターが入り込んでるのよ? あんたがいなかったら、誰がモンスターの囮(おとり)になるのよ?」
【みんなで一狩(ひとか)りいこうぜ! 寺之城、お前囮な】
「いや、だから書き方」
 リクがやれやれと肩を竦める。
「みんな僕を不死身と思ってるかもしれないけどそんなことないんだよ?」
「どうせだから、この後の朝礼でみんなにも共有して、何かあったときにいつでも動けるように待機してもらいましょうか。前回(、、)もその前(、、、)も、急にドラゴンが襲ってきたわけだし」
 寺之城をスルーして、ジュリアが言った。
「そうだな。朝礼でみんなに話せば、歌姫にも情報が伝わるだろうし」
 ガクトは言いながら、ふと心の片隅に、竜斬剣(スレイヤー)についての不安を抱いた。
 前回(、、)までの記憶では、剣の宝玉は三つしか輝きを取り戻しておらず、魔導兵器である二足歩行ロボットに剣を差し込んだ際、立体映像でこう表示されたのだ。
『お前の剣は、真の姿ではない』
 あの言葉が意味するものは、剣の状態ではなかろうか? とガクトは思う。
 何らかの方法で、四つ目の宝玉が輝きを取り戻したなら、ロボットはなんと答えるだろうか。
「この分ですと、きっと他の皆さんも過去の記憶をお持ちのはずです。体育館で、全校を挙げての作戦会議を開きましょう」
 アリーフェが言い、各人が体育館に移動を始める中、ガクトは一人考える。
 宝玉の輝きを取り戻すためには、重大な問題が一つ。それは、輝きを取り戻す方法が判然としていないこと。
 マーフォークの血を引くガクトは、物事を感覚で捉える能力に秀でている。その感覚は、輝きを取り戻す方法について、ガクトに断片的な情報をイメージとして告げる。ガクトはそれを脳内で文字に起こしてみた。
『自分の心 相手の心 心拍数 感情 高揚』
 果たしてこの断片的なイメージが何を意味するのかまではわからないが、ガクトにはこれが、宝玉の輝きを取り戻す大事な手掛かりに思えた。確証がないことが弱みではあるが。
「――ガクト? だ、大丈夫?」
 明玖が、ガクトの服の裾を引っ張った。
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してたんだ」
 ガクトは一度思考を頭の片隅に置き、明玖と共にみんなの後に続く。
『校内魔法放送です。今日の朝礼では大事なお話があります。どうしても外せない用事が無い限り、極力体育館に集まってください』
 廊下を浮遊して進むアリーフェは目を閉じ、片手を喉に、もう片方の手を胸に当て、校内各所に設置されたスピーカーから自分の声を流した。曰く、マイクを使わず魔法で自分の声を流すのが、校内魔法放送らしい。
「アリーフェの魔法で、竜斬剣(スレイヤー)の傷を修復させることはできないのか?」
「残念ながら、できません」
 ガクトの質問に、アリーフェは首を振った。
「過去に何度か試したことがあるのですが、なぜかあの剣は魔法を受け付けないんです。選ばれし者しか、剣に干渉することはできないのだと思います」
「竜斬剣(スレイヤー)の宝玉が魔法で四つとも光っていてくれれば、不安が一つ解消するんだけど……」
 そう溢したガクトだったが――。
「――まぁ、そうだよなぁ」
 体育館。そのステージの上で、ガクトは四度目となる抜剣(ばつけん)を行い、宝玉が三つしか輝いていないことを確認した。
 だが、一つ発見があった。
 それは、剣の状態が一回目のときよりも格段に良くなっていることだった。
 まだ所々に痛みが見受けられるが、大きな刃こぼれは消えており、実戦に使用できる程度には綺麗な状態なのだ。
 記憶を振り返ってみると、二度目、三度目と回数を重ねるうち、剣の状態が少しずつ回復していたように思えてくる。
「――理由はわからないけど、剣の状態が前よりもよくなってる!」
 と、ガクトは剣を掲げて全校生徒に伝えた。
 その生徒たちだが、ガクトが剣を抜き放ったのを見ても、今回は誰も歓声を上げず、拍手が響くのみ。
 やはり、多くの生徒が記憶を呼び起こしているのだろう。
 そして、ガクトが剣を抜いたところで、事態は好転しないことを知っているのだ。
 ガクトは生徒たちの視線から逃れるように歌姫の姿を探したが、彼女の赤い髪色は見つけられなかった。
「宝玉が三つしか光っていないように見えるけど、それって何か悪い意味があったりするの?」
「確か、ガクトって名前だったよな? なんでか知らないけど、君の名前がわかるんだ。本当にその剣でドラゴンをやっつけられそうか?」
 などといった声がちらほらと上がった。
 ガクトはどう答えるべきかわからず、声が出せない。
 自分でも、この剣を『真の姿』にする方法がわからないのだ。
「私たち生徒会が皆さんにお話ししたいのは、まさにドラゴン討伐についてです」
 声が震えることはもうなくなったアリーフェが、答え倦(あぐ)ねるガクトの前に滞空し、ステージの中央で蝶のような羽を広げた。
「――ですがそのために、一度全員で状況を整理しましょう。正確な回数は不明ですが、私たちは何度も同じ時間を過ごしています。時間が巻き戻っていたからです。それは、ドラゴンに襲われる度、特殊な魔法が働いて引き起こされていたものと推測しています」
 アリーフェは続ける。
「皆さんが既視感を覚える度に感じていた頭痛は、その魔法の副作用的なものと考えています」
「今朝、一際ひどい頭痛がして、それっきり収まってるんだけど、学園長が何か対策の魔法を掛けてくれたの?」
 女子生徒の声。
「いいえ。一つ問題が起きたんです。それは、時間を巻き戻していた魔法が切れてしまったことです。今朝ひどい頭痛がしたのは、魔法が切れたことで、これまで経験した記憶がすべて呼び起こされたからだと思います」
 このアリーフェの話を聞いて、生徒たちはざわつき始める。
「それって、もうやり直しができないってこと?」
「時間を巻き戻す魔法をもう一度唱えておけばいいんじゃないの? 学園長の魔法でしょ?」
「私にもわからない、未知の魔法なんです。ですから、私たちにはもう後がありません。なんとしてもドラゴンへの対抗手段を整えて、全員で力を合わせて戦わなくてはなりません」
 アリーフェの声に、生徒たちは真剣な眼差しで聴き入る。
「私はとても身勝手な理由で、皆さんをここへ召喚してしまいました。なにもお返しを差しあげられなくて、胸が裂ける思いです。最初は拒絶した人も多かった……」
 言葉に詰まるアリーフェの隣に、ガクトは立った。すると、寺之城、ジュリア、リクも、アリーフェの周りに寄り添うように集まる。
「もし、自分がアリーフェの立場だったらどう思うかを考えてちょうだい。目が覚めたら、家族や友達がみんな殺されて、この島にはもう自分しか残っていない。独りぼっちだ。でも自分は、召喚魔法を使って助けを呼ぶことができる」
「大切な人を奪った悪のドラゴンはまだのうのうと生きていて、犠牲になった仲間の無念を自分が晴らしてやりたい気持ちもある。君ならどうするかね? すべて諦めて、孤独な死を選ぶかね? 僕は御免だ!」
 示し合わせるでもなく、ジュリアと寺之城が発言した。
「――皆さんは私のお願いを受け入れて、今まで力を貸してくれました。こんなこと、言えた立場でないことはわかっています。ですが皆さん、最後にもう一度だけ、協力して頂けませんか?」
 目に涙を浮かべ、アリーフェは言った。
 沈黙が生じる。次の瞬間には、大勢の反対の声が上がるかと思われた。
 だが。
「今更謝られても、誰にもどうしようもねぇだろ。――戦うさ」
「学園長の気持ち、わたしわかってるよ? だから大丈夫。いつも通り協力する!」
 一人、また一人と。
「俺、元の世界で居場所無かったんだけどさ、こっちでは結構楽しくやれてるぜ? 会長が呼んでくれたおかげだ。だから俺も手伝う!」
「ゲームの中だけだと思ってた世界が、今こうして俺の前で現実になってる。こんな貴重な体験はなかなかできない。これを壊そうって輩がいるなら、戦うしかないだろ」
 生徒たちが立ち上がっていく。
「――俺も、どうにかしてこの剣を完全な状態にする! どうか、信じてくれ!」
 と、ガクトは言って、竜斬剣(スレイヤー)を振り上げた。かつては自分に向けられる奇異の眼差しを恐れていたが、今の彼には微塵の恐れもなかった。
 生徒たちの大歓声が体育館を揺らした。

   ■

 その後すぐ、全員で武装して校舎内で待機するよう指示が出され、生徒たちは解散となった。
 去り際の生徒たちがエールを送ってきたので、一人壇上に残って手を振っていたガクトが舞台袖に捌(は)けると、リクが待っていた。
「――カッコよかったぞ」
 頬を赤らめて、リク。
「ありがとう。なんだか無性に、アリーフェの肩を持ちたくなってさ。剣を完全体にするって言っちゃったから、是が非でも方法を見つけないと……」
 頭を掻くガクト。
「そうだね。これからみんなで探しに行こう。地下基地にはまだ、望みが残ってるから」
 ちらり、と、リクが上目でガクトを見(み)、視線を足元に落とす。
「私さ、いろいろ思い出したんだけど……」
 ガクトはリクのほんのりと赤い表情を見て、何かの感情の高ぶりを感じた。
 改めて面と向かい合うと、如何にリクの顔立ちが良いかわかる。
 少し吊り目の一重瞼はクールな印象を漂わせ、落ち着いた物腰と相まって女優のような美しさを見る者に抱かせる。
「岩山エリアでのこと、ガクトは覚えてる?」
 岩山エリア。
 忘れるはずがない。
「――ああ。覚えてる」
 リクは少し目を見開き、
「そ、そっか……」
 両手を後ろに回し、片方の靴先をトンと床につけ、それを見つめたまま、こう言った。
「私さ、結局あれからまだ、誰からも告られてないんだ……」
 そして顔を上げ、じっとガクトの目を見つめる。
「…………」
 リクが岩山エリアでガクトに言ったこと。
『――もし私が誰からも告られなかったら、ガクトが告ってくれる?』
 ガクトは首から頬にかけて紅潮が這い上がっていくのを感じた。
「ち、ちょっと待った! こ、これから地下へ乗り込もうって言うんだ。そういう大事な話は、ちゃんと時間が取れるときに――」
「いま聞かせて」
 リクは目を逸らさない。
 彼女の気持ちもわかる。
 口には出さないが、リクも、みんなも、心のどこかではこう思っているはずなのだ。
『これが最後になるかもしれない』と。
 だが、ガクトは違う。
「いいか、リク」
 リクの顎に手をやろうとして、しかしその手を彼女の肩に置いた。
「――俺はこれが最後になるなんて思わない。必ず、君とゆっくり話せる時間を手に入れる。だから、それまで待っててくれ。今はとにかく、剣や地下基地攻略のために意識を集中させてほしいんだ」
「……なんだか君がそう言うと、ちょっとだけ落ち着くね。本当になんとかしてくれる気がして……」
「ああ。なんとかするさ」
 ガクトが首肯すると、リクは小さく笑う。
「何でなんだろうね? 君が自分を変えていける人だからかな?」
「それを言うなら、リクだって自分を変えたじゃないか」
「君が、いてくれたからだよ?」
「リクなら変われるって、俺に信じさせたのはリクだ」
 言って、ガクトが笑うと、リクも笑った。
「譲らないね?」
「ああ、今はな。お互い、譲らずに戦おう」
 と、ガクトは片方の拳を差し出した。
「――わかった。その時間が来るのを待ってる」
 リクもそれに倣(なら)い、両者は拳同士を付き合わせた。

   ■

 生徒会室に再集結した一同の話合いで、地下施設へは、ガクト、アリーフェ、寺之城、リク、明玖の五人で行くことに決まった。
 ジュリアはパワードスーツを装備して学園の屋上に待機し、守備隊の指揮を取って戦闘に備えることで合意した。
 しかし、歌姫が未だに姿を見せていなかったので、心配になったガクトは出発前に、歌姫がいると思われる音楽室に顔を出す提案をした。
 そうして音楽室を訪れたものの、そこにいたのは歌姫を除いた【RED】のメンバーだった。
「歌姫なら、トレーニングルームにいると思う。今朝、急に一人にして欲しいってうちらに言い残して、ウェアに着替えて出ていったから」
 緑髪をポニーテールに結わえたエルフの子に言われ、ガクトたちは校舎の東側の一階にあるトレーニングルームを訪れた。保健室の二つ隣の部屋だ。
 そこに、歌姫は汗だくでいた。
「――っ‼」
 ガクトでは到底上げられそうにない大きさの重りをつけ、歌姫は歯を食い縛ってベンチプレスに励んでいたところだった。
「歌姫?」
「ふぇ⁉」
 ドアを開けて中を覗いたガクトの声で、歌姫は集中が途切れたのか、突如バーベルを胸に落としそうになる。
「歌姫!」
 ガクトは咄嗟に駆け寄り、彼女に手を貸す。バーベルは想像以上の重さがあった。
「――ふんっ!」
 ガクトが持ち上げられずに唸っているところで歌姫が持ち直し、凄まじい力で押し上げ、フックに掛けた。
「……ありがとう」
 激しい運動をしていたからか、かなり赤い顔で歌姫は言い、腹筋を使って上体を起こし、立ち上がる。
「ていうか、その、近寄らないで? わたし、いっぱい汗かいちゃったから……」
「大丈夫か? 朝礼でも見かけなかったから、心配したよ。なにかあったのか?」
 ガクトは首を横に振り、そう聞いた。
「……ごめん!」
 歌姫は両の手を握りしめ、顔を伏せた。
「いや、どこか具合が悪いとかそういうんじゃないならいいんだ。ちょっと連絡が――」
「そうじゃなくて……」
 取り繕うガクトを遮って、歌姫は言う。
「わたし、全部、思い出したの。わたしの歌で、みんなを助けてあげられなかったこと……」
 彼女の握りしめた拳が、震え始める。
 ガクトは歌姫が放つ気配を感覚で捉え、察する。
「――いや。歌姫は俺たちを精一杯助けてくれたよ。今まで何度も」
「ちがう! わたしの目の前で、ガクトくんは――」
「食われたんだろ? それは俺の落ち度で、君のじゃない。俺も思い出したんだよ、全部」
「ガクトくんも?」
 歌姫は驚いた様子で顔を上げる。その顔は涙で濡れていた。
「ああ。他のみんなも、過去の記憶を思い出してる。今朝はそのことで体育館に集まってたんだ。これからどうするか話すために」
 と、ガクトが頷くと、歌姫はガクトの胸に取り縋(すが)った。
「ごめん。……わたし、毎回、だめだめで、……こんなんじゃボーカル失格だって思って……」
「だから、朝から頑張ってたのか?」
 ガクトは、自分の胸に顔を埋めて肩を震わせる歌姫の背中をそっと撫でる。
「こんなことしても、なにも変わらないってわかってる。でも悔しくて、悲しくて、……何かに夢中になっていないと、おかしくなりそうだった……」
「ごめんな。辛い思いさせて」
 ガクトの言葉に、頭(かぶり)を振る歌姫。
「なんでガクトくんが謝るの? あのときわたしの歌唱魔法がもっと強ければ、君の身体能力とか、たくさん強化できたの。それが足りなかったのがいけないの」
「歌姫が負担を背負わなくちゃならない状況を作った俺にも非がある。自分ばっかり責めないでくれ」
 歌姫の背中を撫でながら、ガクトは決意を新たにする。
「もう二度と、歌姫に同じ思いはさせない。俺がどうにか剣を元の状態に戻すから、信じて待っていてくれ」
「それなら、わたしはどうしたらいい?」
 しゃくり上げた歌姫が顔を上向け、ガクトの目を見つめる。
 ガクトは彼女の頬を伝う涙を指先でそっと拭いながら、
「君は無理しないで、君にしかできないことを頑張ってほしい。俺は今からみんなと地下ダンジョンを攻略して、地下基地に行ってくる。座右の銘は?」
 すると歌姫は泣き笑いを溢し、
「――諦めない!」
 いつものように張りのある声で言った。
「――そうだよ、歌姫」
 と、リクが音楽室に入ってきた。他の面々は気を遣ってか、廊下で待ってくれているらしい。
「諦めない。それが大事。私、あなたの歌すごく好きなんだ。それが聴けなくなるのは絶対に嫌だから、戦ってくる」
「リク……」
 ガクトがそっと離れると、歌姫は振り返ってリクと向き合った。
「歌姫も、ここで自分の戦いを頑張ってよ。最強のコンディションで、最強の歌声、みんなに聴かせて?」
「――そうだね! 任せておいて!」
 歌姫は目元を腕で拭い、凛とした表情を見せた。
「ガクトくん」
 そうして歌姫はガクトに向き直り、拳を突き出す。
「――報われようね!」
「ああ!」
 彼女の拳に自分のそれを突き合わせ、ガクトはその場を去る。
「先に行って? すぐ追いつく」
「――わかった」
 リクを伴おうとしたガクトだが、まだ話があるのか、彼女はここに残るらしかった。
『報われようね』
 歌姫が今言った言葉を、ガクトは噛み締める。
(そうだ、報われたい。絶対に、この島の全員で報われるんだ)
「なんだか、お熱い仲じゃないかね? ガクト君」
 と、廊下を進むガクトと肩を並べ、寺之城が言った。
「ちょっと、いろいろあってな……。ぜんぶ終わったら、大和に相談させてくれ」
 記憶が蘇ったガクトの脳裏に浮かぶのは、リクと歌姫の姿だけではない。
「変態紳士と名高い僕で良ければ」
「……やっぱりアリーフェに相談する」

   ■

 ガクトが去った音楽室に、二人の少女が残る。
「――歌姫もさ、あいつとそういう仲なんだね……?」
「歌姫、も?」
 交錯し合う二人の視線は、お互いに一瞬、僅かに揺らいだ。
「わかるでしょ? 今私が言ったことの意味」
「――うん」
 部屋の壁に掛けられた時計の音が、やけに大きく聞こえる。
「ドラゴンなんて気にしてる場合じゃないね」
「とっととやっつけて、わたし達の戦いを始めないと、だね!」
 言って、二人は不敵に笑い合う。
「負けないから」
「わたしも」
 それは、乙女同士の聖戦。
その幕開け。

   ■

 学園島中心部にある火山の火口の淵(、)は、高さ二十メートルほどの小さな山を形成し、それが円を描く形で学園を取り囲んでいる。
 地下ダンジョンの最寄りの入り口は、件の山々の円を西へ外れた場所にあった。
 それは、乾燥した大地の斜面にぽっかりと開いた洞窟で、アリーフェの魔法でカモフラージュされており、彼女がその魔法を解くまでは大きな岩があるようにしか見えなかった。
 剣を背負うガクトがライトを片手に先導し、すぐ後ろからリク、アリーフェ、明玖、寺之城の順でダンジョン入りする。
 いつもは生徒会室に籠って魔力を蓄えているアリーフェが同行しているのは、
「みんなで地下に入る度に落盤事故が起きたから、今回はアリーフェの魔法で守ってもらいながら進もう」
 というガクトの案が採用されたからだ。
 しかし、頼りのアリーフェは感知魔法だけは苦手らしく、感知能力が強みのガクトとリクが先頭を歩いてサポートする。
 こうした地下ダンジョンの洞窟は学園島に複数あるが、地上と地下とを行き来するために古代人たちによって急ピッチで掘られたらしく、いずれもまともな整備が成されていない。壁も床も天井も凹凸が目立つので、注意して歩かなければ足を挫いてしまうだろう。
「どうですか? なにか感じますか?」
 ふわふわと漂うように移動するアリーフェはガクトの耳元まで上昇し、囁くように言った。
「――いや、今のところなにも感じない。この洞窟は大丈夫なパターンかもな」
 ガクトはそこで、眼前数十メートル先に光を見た。
「あれは……?」
「地下基地の明かりです」
 と、アリーフェ。
「ダンジョンは本来、ドラゴンのようなよそ者が侵入したとき、遠回りをさせたり、迷わせるために造られたものですが、学園からほど近いこの洞窟のように、わかりやすく一本道になっているものもあって、そうした道を進めば、最短距離で地下施設の【外側】に入ることができるんです」
「学園は元々、古代人が外敵から立て籠もるために造った城塞だったのだろう? 城塞の地下、――それこそ体育館の辺りに穴を掘って地下まで繋げれば、学園長がカモフラージュ魔法で誤魔化したりする必要もなかったと思うのだが……?」
 寺之城が疑問を口にする。
「私には、地下基地のすべての構造はわかりません。目隠しで基地へ連れて来られ、そのままコールドスリープに入らされてしまったので、……でも、眠るまでの間、同胞たちの会話は聞こえたんです。その内容の中には、城塞の地下に何かを隠すというものもありました」
「アリーフェは島の地下に何かが確実にあるとわかっていたから、今まで意思を揺らがせることなく私たちを導いてくれたんだね」
 ガクトのすぐ後ろを進むリクが言って、アリーフェの頭を白い指先で撫でる。
「――く、くすぐったいです」
 頬を赤らめるアリーフェはどこか心地良さげだ。
「な、なにが地下にあるのかも、わ、私の魔導コンピューターを、き、基地のコンピューターに繋ぐことができれば、た、たぶんわかると思う」
 おっかなびっくりといった様子で進む明玖が言った。
「頼もしいです、明玖さん」
 アリーフェは明玖に微笑む。
「皆さんに得手不得手(えてふえて)があって、それぞれの人にしかできないことがあるのと同じように、私にもきっと、何かできることがあるから、――やるべきことがあるから、こうして生かされたのだと思います」
 と、リクの手のひらに両脚を揃えて座ったアリーフェは、眼前から差す光を見つめる。
「眠りにつく前に、何か指示みたいなものは受けなかったのかね?」
 寺之城の問いに、アリーフェは首を横に振る。
「指示はありました。『お前だけでも生きてくれ』と」
 その言葉は、古代人たちの切迫を物語っていた。
「私は数少ない妖精族の中でも特に魔法が強力でした。だから、何かを託したかったのだと思います。……私は、それに応えると誓った。生きろと言われたからには、精一杯足掻いて、生きると決めたのです」
 アリーフェの決意は、同族を殺された【復讐】といった、【血】と【闇】を思わせるものではなく、彼女の純粋な優しさが織り成す一筋の光のように、ガクトには感じられた。
 そのときだ。
「――ガクト」
 リクが、緊迫した声を出した。
 同時に、ガクトも触覚で妙な気配を捉えていた。
「ああ、俺も感じる!」
「落盤ですか⁉」
 アリーフェはリクの手から飛び立ち、天井を睨む。
「いや、前方に何かいる。光の中だ」
「つまり、基地の中ってことか。誰かが先を越したのか?」
 ガクトの言で、寺之城が目を凝らす。
「普通に考えたら、迷い込んだモンスターでしょ。いくらアリーフェが視覚的にカモフラージュしても、鼻のいいモンスターには効果が薄い。見破られて、侵入されたのかも」
 リクが言いながら左右の腰に手をやる。今回は二丁のリボルバーを始めから使うようだった。
 一同が見つめる先で、黒い影が光の中を過った。
 ここから基地内部までの距離は三十メートルといったところだ。
「見えたか? リク」
「ばっちり。薄暗い中でも目が利くからね!」
「な、なにが見えたのかね?」
 怯えた様子の明玖の背後に立って、震え声を出す寺之城。
「今のはたぶん、ポイズンウルフ。北の森にいる、黒紫色をした肉食のやつ。気を付けて? 引っ搔かれたり噛まれたりしたら毒にやられる」
「大和、頼む。例のやつを」
 ここでガクトは、秘策とばかりに寺之城を振り向いた。
 寺之城は徐に己の背後を振り返る。
「いや、大和っていったらあなただけでしょ」
 リクの冷静なツッコミに寺之城は眼鏡を光らせつつ唸る。
「ぐぬぬぬぬ! やっぱり僕はこういう役回りばっかりなんだなぐぬぬぬ!」
 彼が唸りつつ制服のポケットから取り出したのは、ビニールに包まれた生肉。
「ガクト君。僕がもし食われたら、学園の四階の教室Bのロッカー3番に入っているエロ雑誌を燃やしてくれ。ロッカーのカギはダイヤル式でね、今番号を」
「とっとと行く!」
「わっとっとっとぉぉおぉおおおおおキィェエァアアアアアアアアアアアッ‼」
 リクに背中を蹴られて前につんのめり、転ぶまいと何度も足を前に踏み出す寺之城は洞窟が下り斜面になっていることも相まって加速していき、悲鳴が奇声へと変わった。
「こうなりゃ、ヤケだわさぁああああああああああああ‼」
 そう叫ぶ寺之城だったが、ついに洞窟の凹凸に足を取られて顔面から盛大に転倒。手に持っていたビニール入りの生肉を前方の光へと放ってしまった。
 しかしそれが功を奏し、光の中で死角に潜んでいたポイズンウルフが姿を現し、生肉へと食らい付いた。
「はいッ! たいきゃぁあああああああああああく‼」
 そこから四つん這いになって猛烈な速度で引き返す寺之城とすれ違う形で、リクが駆け出す。
 ガクト、アリーフェ、明玖がそれに続く。
 リクが光の中へ至り、すぐさま発砲。生肉に気を取られていたポイズンウルフを的確に仕留めた。
 そこへガクトたちが追いつき、基地へと足を踏み入れた。
 ここまでの洞窟とは打って変わり、コンクリートのように硬い素材で平らに整備された通路が左右に走り、白光(はっこう)する照明が通路に沿って続き、明るい空間を形成していた。
 広さも申し分なく、乗用車一台が優に通れる幅と高さを有している。
 内部を観察するのも束の間。ガクトとリクは、今度は今自分たちが通ってきた洞窟の向こうに気配を感知した。寺之城が這い進んで逃げていった方向である。
「――寺之城! その場に伏せて!」
 目の良いリクは次の敵を既に捉えたらしく、通路を蹴って洞窟の奥へと駆け戻る。
 再び銃声。重なるようにして、犬の悲鳴に似た、獣の断末魔が聞こえた。
「リク! 大和! 無事か⁉」
 光の下にいるガクトは薄暗い洞窟の様子がわからず、二人の名を呼ばわる。
「ああ! こっちは無事だよガクト君! そっちはどうかね? 他にモンスターはいないか?」
「ちょっ! 抱きつくな! 風穴開けるわよ⁉」
 寺之城とリクの元気な声が返ってきた。
「――二人とも平気そうだな」
 と、ガクトが胸を撫でおろしたときだ。過去に感じたものと同じ危機的気配(、、、、、)を、ガクトは感知した。
「――まずい! 二人とも逃げろ! 落盤が起きる!」
「大変!」
 ガクトが叫び、アリーフェが防御魔法を発動させようとした瞬間、基地と洞窟の境にあたる
部分の天井が重苦しい音を立て崩壊。
 ガクトは咄嗟にアリーフェを掴み、明玖の身体を抱き寄せ、その場から身を投げ出した。
「――大丈夫か?」
 明玖とアリーフェを身を挺して庇ったガクトは自分が下敷きになることで、二人を衝撃から
守っていた。
「――ッ⁉」
 黙したまま頷く明玖は頬を赤らめ、ガクトを見つめる。
「あ、ありがとうございます。でも、洞窟が……」
 アリーフェの視線を辿って、ガクトはさきほど自分たちが立っていた場所が無数の岩で完全
に潰され、洞窟へ引き返すことはできないほどに穴が塞がってしまっていることを知った。
「おい! ガクト君! アリーフェ学園長! 家内君!」
「返事して!」
 岩の向こうから、寺之城とリクの声がする。
「こっちは無事だ! そっちは⁉」
「無傷だとも! いや、リク君に蹴られた腹は痛むが!」
 ガクトの声に寺之城が答えた。
 どうやら、全員事なきを得たようだった。
 一同が分断されてしまった問題を除いて。
「どうしよう⁉ ガクト、ここからじゃそっちに行けそうもない!」
 リクが言った。
「こっちは俺たちでなんとかやってみるから、二人は一度地上に戻って、みんなに警戒態勢を
続けるように伝えてくれ!」
「私からも、お願いします!」
 ガクトにアリーフェが言い加えた。
「わ、わかった!」
「頼んだぞ!」
 リクと寺之城が引き返していく気配を感知したガクトは、不安げなアリーフェと明玖を振り
返る。
「俺たちも動こう。まずは明玖がアクセスできそうなコンピューターを探すんだ」
 この状況に動じないガクトを見て励まされたか、アリーフェと明玖は共に頷いた。

   ■

 基地の外側(、、)は、学園の校舎のように四角い構造をしており、階段を発見したガクトたちがそ
れを降りてみると、地下6階まであることがわかった。
 偏(ひとえ)に四角い構造といっても、一辺の通路の長さは数百メートルの長さがあり、学園の敷地内
には収まらない規模の広大さを有している。
 途中、何度かポイズンウルフに出くわしたが、アリーフェの防御魔法でサポートを受けたガクトが剣で退けた。過去、ジュリアと共にやった特訓の成果だった。
 各階の通路には、一定の間隔で左右にドアがあり、ガクトたちが近づくとそれを感知して自動で開くものと、そうでないものがあった。
 アリーフェ曰く、自動で開くドアは基地の外側で管理されている部屋のものらしく、より機密性の高い基地の内側へ続くドアは開かないとのことだった。
 各部屋はそれぞれ用途が分けられており、居住スペースのような部屋があれば、食堂、資材室のような部屋もあった。
「――それにしても、大昔に造られた施設とは思えないくらいに綺麗だな」
 落盤から一時間ほど施設内を探索したガクトは感想を述べた。
 自動換気システムや特殊な保存機構が備わっているらしく、どの部屋も多少の錆や腐食こそあるものの、全体的に修復が可能なレベルで環境が保たれていたのだ。
「ど、どこかに、機械室というか、き、基地を機械的に、管理する部屋が、あるはず……」
 という明玖の考えのもと捜索を続けること10分。
「ここか?」
 自動で開いたドアの中を剣を構えて覗き込んだガクトは、内部に複数のモニターと、コンピューターと思しき機械を見出した。
「うん! こ、こういう部屋を待ってた!」
 目を輝かせた明玖がさっそく調べに掛かる。
 複数あるモニターは作業用テーブルの上に置かれたもの以外にも、壁面に張り付くような形で備わるものもあった。モニターが載せられた平らなテーブルの上には、キーボードと似たような役割を果たすのだろう、無数の四角いマスが描かれていた。
「――こ、これはたぶん、スイッチみたいに、押し込むんじゃなくて、た、タッチパネルに似た仕組みで、動作するやつ……」
 無数の四角いマスを見た明玖がつぶやいた。マスには何やら文字のようなものも描かれている。
 明玖は数ある端末から一つを選び、その横面に穴を見つけ、試しに自分のコンピューターの接続コードを差し込んでみる。
「ここのシステムの魔導エネルギーの規格が、明玖が持ってきたコンピューターのものと違ってたら、どうなるんだ?」
 ガクトの問いに、明玖はつっかえながら、
「私の、コンピューターか、このシステムが、こ、壊れる。あ、あるいは、両方、壊れる」
「マジか……」
 ガクトは万が一のことを考え、躊躇の念に駆られてしまう。
「やってみるしかありません。どのみち、ここのシステムを動かすことができなければ、私たちに先はないのですから」
 眉宇を引き締め、アリーフェが言った。
 明玖は頷き、恐る恐る、自分のコンピューターを起動する。モニターの背面に備わる魔導球が淡い光を放ち、画面が点灯した。
 ガクトはごくりと喉を鳴らし、アリーフェは両手を握り合わせて祈るように目を閉じる。
「……どうだ?」
「――だ、大丈夫みたい!」
 ガクトの問いに明るんだ表情で答えた明玖は、凄まじい早さでキーボードをタップし、地下基地のシステムへ侵入を試みる。
「基地のシステムのセキュリティが、強固すぎなければいいのですが……」
 アリーフェの心配に、明玖は首を横に振る。
「だ、大丈夫。少し時間をもらえれば、ドアを開けるくらい、簡単」
 明玖の宣言通り、それからものの数分で、ガクトたちが今居る部屋を出た先にあるドアが開かれた。地下基地の内側へと至るドアだ。
「基地内のドアロックを、ぜんぶ、解除した。電波も送受信、できるようにしたから、地上と連絡、できると思う」
「おお! やったな、明玖!」
「さすがです!」
「――どう、いたし、まして……」
 肩を縮こまらせ、恥ずかしそうに俯く明玖。
「俺とアリーフェで中を見てみるから、君は引き続き、システムの解析を頼む。何かわかったら電話してくれ」
 言って、ガクトは学生服のポケットから携帯を取り出して見せる。
 学園の生徒たちの中には携帯を所持していた者が複数名おり、それを各部隊のリーダーや大役を担う者にそれぞれ持たせてあるのだ。
「わ、わかった。き、気を付けて」
「明玖さんも」
 手を振るかのように片手を少し持ち上げた明玖に、アリーフェも片手を上げた。
 ガクトは剣を正面に構え、開かれたドアの先を見遣る。
 数メートル続く通路の先に、もう一つ開かれたドアがあり、その先はなにやら広々とした空間が見える。
「――ここは、なんだ?」
 アリーフェを伴って広い空間に出たガクトは、その高い天井を見上げる。
 ドーム状を成すその空間は、学園の地下体育館に匹敵する広さを持ち、中央には何らかの機械が取り付けられた小さな椅子が設置されていた。
 椅子の上部から縦方向に伸びる広がる機械群はまるで生い茂る木のようで、無数の配線やパイプらしきものがツタの如く絡まり合い、異様な気配を漂わせている。
「……魔力増幅炉(まりょくぞうふくろ)だと思います」
 状況を見たアリーフェが言った。
「魔力増幅炉?」
「はい。私のような妖精族がその力をより強く振るえるよう、古代人によって開発されたものです。私がその実験体になりましたから……」
 ガクトの問いに、アリーフェは過去を想うかのように目を細めた。
「あの小さな椅子が、妖精族専用の証です。古代人たちはロボット以外の兵器としてこうしたものも開発し、総力をあげてドラゴンと戦おうとしていました」
「――でも、竜斬剣(スレイヤー)を扱える人がいなかったから、不完全な状態の戦力しかなくて、抵抗しようにもできなかったってことか……?」
「そういうことだと思います。これがここにあるということは、……きっと彼らは、剣を扱う素質のある者が現れる未来を信じて、この私を残したのだと思います。最も強い魔力を持つ私がこの機械で力を増幅させて、ガクトさんを援護すれば……」
 ガクトは、アリーフェの瞳に光が灯ったような気がした。僅かな希望が心に兆(きざ)したか。
「てことは、俺がこの剣の宝玉をぜんぶ光らせることができれば……」
 徐に剣の宝玉を見つめるガクト。
 と、ここでガクトの電話が鳴った。明玖からだ。
「明玖、どうしたんだ?」
「い、今、地下基地のデータベースにアクセスして、か、過去の記録から、設計図を見つけて、それを見てるんだけど、ガクトくんたちが、進んでいった先に、地下基地の、中心部が、あるみたい」
「この先だな? わかった。行ってみる!」
 一旦電話を切ったガクトはアリーフェに言う。
「この先に中心部があるらしい。そこへ行けば、剣のことも何かわかるかもしれない!」

   ■

 学園の屋上で空を睨むジュリアは、洞窟から戻ってきた寺之城とリクから話を聞き、二人にも防衛隊に加わるよう指示をしたところだった。
「アリーフェも明玖も、ガクトが一緒なら問題ないわ。あたしが鍛えた男だもの!」
 と、ジュリアは心配そうな寺之城とリクを元気づけようとするが、
(ガクト……)
 心の中では、彼が打開策を見出すことを祈るばかりである。
 ジュリアは同時に、ガクトに言えなかったことを思う。体育館ではリクに、音楽室では歌姫に先を越され、気付けば別行動になってしまったのだ。
 ジュリアはふと、パワードスーツに備わる通信装置を意識する。
 ガクトは携帯電話を所持している。
(今はそれどころじゃない!)
 だが、ジュリアは邪念を振り払うかのように深呼吸し、寺之城たちに学園の状況を説明する。
「――歌姫たちは屋上でライブの準備中。他の生徒はほぼ全員武装させて、いつでも動けるように教室で待機させてあるわ」
「問題なのは、飛び道具が圧倒的に足りない点か。中には弓を持っている生徒もいるが、ドラゴンに通じそうなのはリク君の銃と、君のレールガンくらいだ……」
 ジュリアの説明を聞いて、腕組みをした寺之城が唸った。
 この一年ほどで人数が増え、それに応じて武器も量産されたが、その多くは地上での狩りを目的として作られており、飛び道具といっても弓やボウガンがせいぜいだった。
「採取できる金属の量に限りがあるから、作れる武器も限定されるんだよね。どこかに大量の金属と火薬があれば話は違ってくるんだけど……」
「それこそ、大砲とか作れればなぁ……」
「――逆に考えるのよ。まだあたしとリクがいるんだから。弓や槍でだって、戦いようはある。アリーフェと歌姫たちの魔法サポートもあれば、そう簡単には負けないわ」
 肩を落とすリクと寺之城をジュリアが励ましたときだ。
 突然、避難警報が鳴り響いた。次いで、校舎全体が揺れ始める。
「え、地震? 珍しいわね……」
「ここ、死火山でしょ?」
 狼狽えるジュリアとリクに、寺之城が言う。
「死火山といっても、地震が起こらないわけではない。中には活動を再開する火山もあると聞いたことがある。ここは一旦姿勢を低くしてやり過ごそう」
 揺れがかなり大きく、パワードスーツを装備してずっしりと立つジュリア以外の二人はその場にしゃがみ込んだ。
「ドラゴンが来て、魔法か何かで攻撃してきてるのかしら?」
「まさか、そんなことまで可能なのか⁉ ほんと魔法ってなんでもありだな……」
 徐に空を見上げて話すジュリアと寺之城を、
「――見て! グラウンドが!」
 リクが校舎で四角く囲われたグラウンドを指差して呼ばわった。
 そうして、屋上や窓という窓から学園の生徒たちが見つめる先で、誰一人として想像だにしなかったことが起きた。
 グラウンドと、地下の体育館そのものが真横へとスライド(、、、、)移動していき、ぽっかりと開いた大穴の下から、平らに整備された広場(、、)がせり上がってきたのだ。
 生徒たちはその広場の中心に、仁王(におう)立つ巨人(、、)の姿を見た。

   ■

 地下基地の中心部は、魔力増幅炉のドームを奥へと進み、再び数メートル続く通路を進んだところにあった。
 明玖の見事なサポートで、まだ解除されていなかった両開きの巨大なドアが開き、ガクトたちの眼前に、その広大な空間が広がった。
 爆発的に開けた視界に、ガクトもアリーフェも圧倒され、言葉を失う。
 地下基地中心部は、地下体育館のおよそ10倍の幅、奥行き、そして2倍以上の高さを有する、地下世界といっても過言ではないほどのスペースを誇っていた。
 だが、ガクトたちが言葉を失った理由は広さ以外にある。
 地下世界の中央に、巨人がいたのだ。
 主君に仕える家臣の如く片膝を地につき、頭(こうべ)を垂れるような構えで、その巨人は物言わず大きな存在感を放っている。
「な、なんだ⁉ これ……」
「わ、私にもわかりません。まさか、こんなものが隠されていたなんて……」
 ガクトがそう溢し、アリーフェが首を横に振る。
 青色を基調としたボディーで、全体的に丸みを帯びたシルエットを成す巨人は人間そっくりの姿形をしており、厚みのあるたくましい胴部に、脚部は太ももから足先にかけて太さが増し、腕も同様に、二の腕から前腕にかけて太くなっている。
 手も足も、まるで格闘の打撃力を上げるべく施されたような形状で、この巨人の用途を物語っているかのようだ。
 実際の背丈はどれほどなのか見当もつかないが、少なくとも学園の四階建ての校舎よりは高いと思われる。
「これらが、古代人がドラゴンと戦うために開発した兵器か?」
 ガクトの言う『これら』とは、巨人の存在感の影に隠れてしまっていたが、その巨人を取り囲むようにして佇む、百体ほどの小型二足歩行ロボットのことだ。
「――だと思います。コクピットがどこにあるのかわかりませんが、恐らくはこの巨人も、人が乗ることで動くロボットでしょう……」
 アリーフェが顔を上向けたまま答えた。
 この広大な地下世界でガクトたちを待ち受けていたのは、大小のロボット軍団だったのだ。
「――明玖、今からこっちへ来れるか? 君に直接見てもらいたいものを見つけたんだ」
 ガクトは電話で明玖を呼ぶが、尚も視線は巨人――もとい巨大ロボットに向けたままだ。
「小型のロボットは、屋上にいたのと同じやつだよな? 前回(、、)、俺がそいつに剣を差し込んだら、拒絶された。この大型のやつに、剣を差し込む溝があるのかわからないけど、もしかすると、剣を完全な状態に戻してからでないと、ダメかもしれない……」
 じわりと沸き起こる不安を口にするガクト。
 剣を完全な状態にするための手段が、この期に及んでまだ判然としないのだ。
「――な、なにがあったの? ひぇっ⁉」
 後方から駆けてきた明玖が眼前に聳える巨体を見上げて腰を抜かした。
「明玖さん、お願いです。あの巨大ロボットを起動させるために力を貸してください」
 アリーフェのお願いに、明玖はどうにか冷静さを保ちつつ、
「ま、魔導エネルギーが主体で動くなら、や、やれるかも……」
 明玖の言を受け、ガクトとアリーフェは巨大ロボットの胸の中心に着目する。
 そこに、光こそ失っているものの、一つの大きな球体が埋め込まれている。
「あれ、魔導球だと思うんだけど、どう思う?」
「私もそう思います。光を失っているのは、動力が失われているからかと……」
 ガクトの問いにアリーフェは小さく頷いた。
「と、とりあえず、私のコンピューターから、こ、このロボットのコンピューターに、侵入してみる」
 明玖はその場にぺたんと座り、再びキーボードを操作する。
「そんなこともできるのか?」
 コンピューター関連の知識に乏しいガクトは目を丸くする。
「い、今、接続可能な回線を、探してる。これは、学校の回線だから違う、これは、ガクトくんの電話、これも違う、――あった! 見たことのない名前だから、たぶん、これ!」
 と、明玖がコンピューターの画面を見せる。そこには英文字でこう表示されていた。

【タイタン・ウェイカー】

「タイタンっていう名前からして、この巨大ロボットのことだとは思うけど、何か知ってるか?」
「私もわかりません。目覚める巨人とか、起き上がる巨人とか、そういう意味合いかとは思いますが……」
 首を傾げる二人を他所に、明玖が調査を続ける。
「――た、たぶんだけど、この大きなロボット――タイタン・ウェイカーが、この地下システムの中枢を担ってる。つまり、し、司令塔。このロボットを、起動することができれば、基地のすべてのシステムを、操作できると、思う」
 両手を動かし続けながら、明玖が言った。
「司令塔か。……確かに、一番大きいし、見た目も強そうだ……」
 ガクトはタイタン・ウェイカーを見上げる。
 古代人たちが建造し、残した最後の切り札。
 悪のドラゴン――ベルリオーズを倒すため。
 大切な人を守るため。
 紡がれた意志の結晶が、今目の前に聳えている。
『大事なのは、目標の達成に向かおうとする意志だと思ってる。志(こころざし)さ――』
 故郷の友の言葉が蘇る。
 ガクトたちは、何度も希望を打ち砕かれ、踏み躙られてきた。
 それでも、諦めずに前を向き、恐怖と戦いながら、目標を見出して進んできた。
 目標を達成する未来へ向かおうとする意志を、懸命に貫いてきた。
 ガクトたちの意志と、古代人たちの意志が、今この場所で、このタイタン・ウェイカーというロボットで、一つになる気がした。
「――アリーフェ。タイタン・ウェイカーを操れるのは、この島で俺だけなんだよな?」
「そうなってしまいます。ロボットが言うことを聞くのは、剣に選ばれた者だけですから」
 アリーフェが答えた。確かに、前回(、、)、学校の屋上で小型のロボットにガクトが乗り込んだ時も、それを示唆する文字が表示されていた。
 ガクトはごくりと喉を鳴らし、一瞬、自らに圧し掛かってくる重圧でその瞳を揺らがせたが、長く息を吸い、吐いて、覚悟を決めた。
 自分がタイタン・ウェイカーに乗り込み、戦うのだ。
「わかった。俺、やるよ!」
 まだ剣は完全な輝きを取り戻していないが、それでも試さなければならない。
「……起動できそうか? 明玖。起動さえできたら、例えば、外部からアクセスしてこのロボットの搭乗口を開けて、俺が乗り込むってこともできるんじゃないのか?」
「やってみないと、わからないけど、が、頑張る」
 小さな身体で、明玖は力強く頷いた。
「――私も、全力を尽くします。ガクトさん、明玖さん。お互いに、健闘を祈りましょう」
 アリーフェはそう言って微笑むと、来た道を戻っていく。
「アリーフェ、何をする気なんだ?」
「さきほどの魔力増幅炉を使って、学園魔法(がくえんまほう)を発動します。そうすることで、皆さんを【魔法障壁】で守りながら、【幸運】を与えることができます。皆さんの運がよくなるんです」
「あ、あの増幅機械、使用者への負担、重そうだった!」
 明玖がアリーフェに手を伸ばすが、
「大丈夫、明玖さん。妖精族は小さいですが、心身ともにタフですから!」
 ぽん、と胸を叩いたアリーフェは、『ぴゅるるる』という飛行音をたてて魔力増幅炉へと向かった。
「アリーフェ……」
「――アリーフェ、任せたぞ」
 ガクトが祈るように言うと、明玖も徐(おもむろ)に作業に戻る。
「……ガクトくんは、恐い?」
 不意に、明玖が聞いてきた。
 明玖の目はコンピューターの画面に注がれたままだが、彼女の心の目が向けられているかのように、ガクトは感じた。
「――恐いさ。これから初めて乗るロボットで、世界を滅ぼす力を持った怪物と戦わなくちゃならないんだ。恐くないやつなんていないよ」
「で、でも。ガクトくんは、恐怖に勝った」
「……まぁ、なんとうか、みんなを助けたいと思ってさ」
 ガクトは頭を掻きながら、この学園島で過ごした時間を思い起こす。
「――俺、学園島に来る前は、自分に自信が無かったんだ。取り柄だと思えるものがなくてさ。周りの人と比べて、劣等感ばかり感じてた。それって、自分で自分を否定し続けるってことだと思うんだよな」
「うん……」
 作業を続けていた明玖のタイプ音が、止まる。
「でも、ここでみんなと出会って過ごすうちに、いろいろと気付かされてさ。大事なことを教えてもらったんだよ。それで俺は変わって来れたし、助けられた。だから今度は俺がみんなを助ける番なんだ」
「大事なことって、なに?」
「自分を否定するんじゃなくて、受け入れて、そこから新しく考えて動くことが大事だったんだ。取り柄がないことを受け入れて、それでおしまいじゃない。最初は悔しい感情もあったけど、何をやるべきかが見えてきて、なんだか少し、楽になれたんだ。そうしたら心に余裕ができて、狩りに挑戦したり、ジュリアの特訓に積極的に取り組んだりできるようになった」
「自分を、受け入れる……?」
「そうだ。そこからまた始めればいい。終わりを決めるのはいつだって自分なんだ。運命ってやつは、そう簡単に俺たちを終わらせたりしない。身を以って経験済みだろ?」
 言って、ガクトは次第にこみ上げていた恥ずかしさで顔を赤らめる。
「――て、なに語ってんだろうな」
「とっても、素敵なお話だと思う」
 ここで明玖は、煌めく瞳をガクトに向ける。
「語って、いいと思う」
 彼女の右手がキーボードへと伸び、エンターキーを、押した。
 すると、それは起こった。
 二人を見下ろしていた巨大ロボットから、巨大な歯車が動き出すかのような振動音が放たれ、広大な空間全体が微振動を開始。それがまるで巨大ロボットの武者震いであるかの如く数秒の間続いたかと思うと、巨大ロボットの顔――その目に当たる部分が鮮やかなライトブルーに光り出し、二人を淡く照らした。
「――や、やったのか⁉ 明玖」
 希望の如き光を放つロボットの目を見つめて、ガクトは言った。
「起動、できた!」
 と、明玖が両手のひらをガクトに向ける。
「ん? なんだ?」
「ハイタッチ」
「はいたっち?」
 マーフォークのガクトは一瞬何のことかわからなかったが、
「――ああ! 喜びを分かち合うやつか!」
 と、明玖の小さな手に自分の手を重ね合わせた。
「私も、自分を否定してた。ずっと、変わりたいと思ってた。それが、歌姫に会って、ガクトくんに会って、少しずつ変わって来れた。でも、一つだけ、どうしても、変えられないことがあった……」
 明玖は言う。
「それは、自分の思っていることを、堂々と話すこと。つっかえたりせず、相手にすらすら、言うこと」
「大丈夫さ、明玖。ちゃんと会話できてるし、聞き取りやすいぞ? 明玖の声」
 首を振る明玖。
「ち、違うの。私は、嫌われるのが、否定されるのが、恐い。だから、いつも話をする前に、いろいろ、ネガティブな展開を予想しながら話すから、オドオドした感じになっちゃう」
 彼女は、ガクトと手を合わせたまま顔を伏せる。
「――それじゃ、大事なことを、言わなくちゃいけないときも、ろくに、言えずに、終わっちゃう。それは、嫌われるよりも、イヤ」
「…………」
 ガクトは、明玖がこれまでコンピューター室という壁の中で続けてきた孤独な闘いの難しさを、改めて感じた。
 辛かろうことが、まるで自分のことのように理解できる。
 ガクト自身、奇異の眼差しに苦しんだことがある。だから尚更、他人ごとには思えない。思ってはならない。
「……明玖は、とっても偉いよ。あのコンピューター室を出て、こんなに広い場所まで来られたんだ。その道を選べたのは、誰のおかげでもない。明玖自身のおかげだ」
 明玖の肩が小さく震えた。そして、彼女は小さく頷いた。
「私、受け入れる。自分が恐がりなことも、ここまで来られたことも。だから、ここからもっと変わらせて!」
 そう言って、明玖はぱっと、顔を上げた。
 涙の雫が舞い散り、煌めく。
「私はもう吃(ども)らない。言いたいことを、言います」
 明玖の白い指が、ガクトの青い指を押し広げ、水掻きの部分に触れた。
 そして明玖は深く息を吸い込み、こう言った。
「――私はガクトくんのことが好きになりました。ガクトくんが良かったら、私と付き合ってくれませんか?」
「――――え」
「…………」
 ガクトは明玖の視線を受け、しかしすぐに言葉を出せない。
 これまでにない経験が今朝から立て続けに起こり、その度に気が気じゃなくなりそうになった。だが、どうしても今は、ないがしろにできない使命があるのだ。
「――ご、ごめん、明玖」
 今度はガクトが視線を伏せる。
「今は、答えられない。どうしても、時間が必要だから。そのためには、まず先に、目の前に迫る障害を突破しなくちゃならない」
「…………そうだよね。わかった!」
 明玖は言って、ガクトの手を掴む自分の手にきゅっと力を込める。
 そのときだった。
 ガクトの背中に、またあの熱が生じた。
 背負っていた剣が発熱したのだ。
「――剣が!」
 ガクトは剣を手に持ち、柄に施された四つの宝玉を見る。
 今まで一度も光を見せなかったサファイアが、ついに光り輝いていた。
 刃こぼれや傷が残っていた刀身も、新品同様に修復されている。宝玉の光を取り戻す度に傷が回復したに違いない。
「光ってる! やったね、ガクトくん!」
「あ、ああ!」
 明玖がガクトの片手を両手で握り、ぶんぶんと上下に振る。
 まるで剣の輝きを祝(しゅく)するかのように、巨大ロボットに変化があった。
 その巨体の胸に埋め込まれた特大の魔導球が青く光り、光線のようなものを真下の床に照射し始めたのだ。
「なんだ? なんの光だ?」
 ガクトは剣を構え、片手で明玖を背後に庇う。
「たぶん、あの光がロボットの搭乗口だと思う。光が注いでる場所に入れば、そこからコクピットまでワープするタイプ」
「そ、そんなタイプのロボットが、明玖がいた星ではあったのか⁉」
「漫画で読んだだけ」
「漫画かよ」
 恥ずかしそうに笑う明玖につられ、ガクトも吹き出した。
「――まぁでも、そう信じるしかないよな。ロボットが俺を呼んでると思うことにするよ」
 そう言って、ガクトは明玖に背を向け歩き出す。
 青い光の中へ。
「ガクトくん。私、信じて待つから」
 という明玖の声を受けて、ガクトは片手を軽く振る。
「こっちから(、、、、、)、連絡する」
(なるほど。宝玉が光る条件って、そういうこと(、、、、、、)か)
 ガクトはようやく察した。
 剣の宝玉が光るための条件。
 この剣――【竜斬剣(スレイヤー)】を鍛えた人物は、いつか現れる持ち主に何を求めたのかまではわからない。
しかしガクトは、自分自身にこれだけは言い聞かせることができた。
 自分はいずれ、四人の女の子それぞれに対して、明確な答えを出さなければならない、と。
 青い光に全身を包まれたガクトは、視界が鮮やかな青一色に染まる中、アリーフェの召喚魔法を受けたときのように、自分の身体が宙に浮きあがるような感覚を覚えた。
 その感覚が止んだ次の瞬間、視界がブラックアウトし、次いで、自分が何か硬い材質の椅子に座っているような感触を覚えた。
 剣の柄で輝く四つの宝玉の光を頼りにポケットから携帯を取り出し、明玖に電話する。
「今、ロボットの中に入ったと思う。ちょっと暗くてよく見えてないけど……」
「よかった! ガクトくんが青い光に包まれたと思ったら、光ごと消えちゃって、一瞬ヒヤッとした……」
 明玖のほっとしたような声を聞く限りでは、自分は本当にこのコクピットまでワープしたということになる。
「脅かして済まない。さっそくだけど、目の前に剣を差し込めそうな溝があるから入れてみる!」
 闇に目が慣れ、剣を差し込む場所と思しき細長い溝を見出したガクトは、そう言って電話を切った。
 ガクトから見て横一文字に設けられた溝に、刃の先端をゆっくり差し入れる。小型ロボットのときと同じで、何かに当たるような感触はなく、そのままするすると入り続け、刃の根元までしっかりと差し込むことができた。
 すると、数秒の沈黙の後、ガクトの眼前に広がる大きなモニター画面が淡く点灯。さらにスイッチ類も続いて点灯し、ガクトは自分が巨大ロボットの操縦席に座っていることを確認した。
 よく見ると、差し込み口のすぐ横に、親切なことに矢印が刻まれているのがわかった。
 ガクトは弧を描く矢印が、剣を時計周りに回すよう指示しているのだと解釈した。
「――こうか?」
 恐る恐る、剣を時計回りに捻ると、剣が横向きからちょうど縦向きになったところでガチリという音が伝わり、それ以上動かなくなった。
 次いで、モニターに文字が表示された。

『剣の挿入を確認 システムチェック オールグリーン』
『内蔵魔導球の魔力残量 九三パーセント おはよう マスター』

 タイタン・ウェイカーからの言葉であった。
「おはよう……タイタン・ウェイカー」
 挨拶されたので、反射的に挨拶を返すガクト。

『マスター 君の名前を教えてくれ』

 今度は名を聞かれた。
「名前はガクト。志守岳人」

『シカミガクト 音声登録完了』

 ガクトの声を記憶することで、彼がマスターであると認識できるようにしたらしい。
『我々は長い年月 真の剣を持つマスターを待っていた すべては大敵(ベルリオーズ)を倒すため』

 まるで意思を持つかの如く紡がれる文字に、ガクトは危険が迫っていることを再認識する。
(剣が光った以上、急がないと奴が来る!)
「その大敵が、近いうちにこの島を襲うんだ! 力を貸して欲しい!」

『肯定する ワームホール接続を感知 大敵(ベルリオーズ)がすぐそこまで迫っている』

 前回(、、)も、その前(、、、)も、ベルリオーズは剣の宝玉が光ったタイミングで姿を現していた。恐らくは、剣から何か魔力のようなものが放たれているのだろう。ベルリオーズはそれを察知しているのだ。
「頼む! 俺に君を操縦させてくれ!」

『覚悟はできているか ガクト』

 タイタン・ウェイカーの問い。
 ガクトは、学園島で出会った仲間たちの顔を思い浮かべる。
 もう二度と。
 誰も悲しませない。
「――ああ。できてる!」
 力強く頷いた。

『了解 ボイスコマンドによるオペレーションを受理 命令を ガクト』

「と、とりあえず、周りの状況が知りたい。視覚カメラみたいなやつ、装備してるか? 外の様子を見せてくれ!」

『了解 パノラマ・アイ起動』

 ガクトの声に、タイタン・ウェイカーは動作で応える。
 まず、文字が表示されているモニターを除き、ガクトの前方、上下、左右――全方位に、外の様子が映し出された。まるで円を描くように立体感のある映像はパノラマ状。
 ガクトの意思に合わせて座席が回頭。見たい方角の映像を瞬時に確認することが可能だ。
 タイタン・ウェイカーが操作しているのか、無数に並ぶ小型のロボット群も、膝を折り曲げて屈むような姿勢から立ち上がっていた。
ガクトが『明玖の様子を確認したい』と念じると、胸の前で両手を握り合わせ、縋るような眼差しでこちらを見上げる明玖の姿が確認できた。
「よし、いいぞ。外にいる明玖と話したいんだけど、できるか? 無理なら電話する」

『拡声機構作動 会話可能』

 という表示を見て、ガクトは明玖を呼ばわる。
「明玖、やったぞ! 起動できた! なんとかやれそうだ!」
「――よかった! それなら私も、この施設のシステムの奥まで潜り込んで、他になにかできないか調べてみる!」
 表情を明るくした明玖は、恐らく先ほどのモニタールームへ行くのだろう。元来た道を駆け戻っていった。
「タイタン、俺は地上に出たい! どこか、地上に出るためのエレベーターとかはないのか?」

『了解 避難警報作動 ドック・ベイ 上昇開始』

 そう表示された途端、大きな衝撃が足元から伝わり、次の瞬間、タイタン・ウェイカーや小型ロボットが整列する広大な空間――その床全体が、エレベーターの如く上昇した。
 間を置くことなく、頭上を覆うドーム状の天井が中心から真っ二つに裂けて左右に開き、上昇する床面の進路から退いた。
 すると頭上には、地上へ続くと見られる空洞が現れた。この空洞を数十メートル昇った先に、細長い光が生じる。島のどこかにあるゲートが開き始めたのだ。
 地上で避難警報が鳴っているらしく、ゲートが開くにつれてその音がガクトの耳にも入るようになる。
 真横にスライド移動することで完全に開いたゲートから、タイタン・ウェイカー率いるロボット軍団を積載したドック・ベイが地上へとせり上がる。
 ガクトは自分が上昇して現れた場所に驚いた。
 そこは、学園の四角い校舎に囲まれたグラウンドだったのだ。

『ガクト。城塞の各所に人間の姿が見える。ガクトの仲間か?』

 タイタン・ウェイカーの問いに、ガクトは首肯する。
「そうだ。ここでドラゴンと戦うために集められた勇士たちだよ」

『ならば、今こそこのタイタン・ウェイカーを立ち上がらせるときだ』

「――ああ。俺たちは立ち上がる!」
 ガクトは念じる。
 立ち上がれ!
 巨大且つ強大な何かが動く、嘶(いなな)きの如き駆動音が響き渡り。
 巨人の脚部から放たれるエネルギーが衝撃波となってドック・ベイから校舎へと伝わり。
 見つめる生徒たちの心をビリビリと震わせ、希望と勇気を沸き起こらせた。
 逞しく太い脚部の片方がしっかりと踏ん張り、その巨体を持ち上げていく。
 片膝をついていたもう一方の脚部も大地を踏みしめ、その上体を天へと押し上げる。
 胸元の魔導球が鮮やかな青い光を一際強く放ち始め、響き渡る駆動音は最高潮に到達する。
 巨体の胴部――その背面から二本の突起物が飛び出し、まるで戦士が二本の剣を背に差しているかのようなシルエットを形成。
 そうして、流麗なデザインを施された頭部の目(、)が、青く輝いた。
 全高(ぜんこう)六十五メートルを誇るタイタン・ウェイカーが永年の時を経て、学園島に蘇ったのだ。
 何者をも恐れないかのような威風堂々(いふうどうどう)とした立ち姿は、生徒たちの心から恐怖を拭い去った。
「――み、みんな! 俺だ。ガクトだ! やったぞ! アリーフェと明玖が手伝ってくれたおかげで、こいつを起動できた!」
 ガクトはこちらを凝視する学園の生徒たちへ呼びかけながら、頭の中で『片腕を振り上げろ』と念じてみた。
 すると、タイタン・ウェイカーはガクトの意思にしっかり答え、右の拳を握りしめ、それを空高く振り上げてみせた。
「「ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」」
 割れんばかりの大歓声が、学園島の山に響き渡った。
「なんかよくわかんないけど、凄いの見つけたな!」
「こいつが地下施設に隠してあったのか!」
 といった生徒たちの声を、タイタン・ウェイカーの収音装置が捉え、コクピットのガクトに聞かせた。
 ガクトがジュリアの顔と名前を思い浮かべながら、彼女の声が聞きたいと念じると、タイタン・ウェイカーはジュリアの音声を拾いつつ、彼女の様子を映し出した。
「ガクト! あたしの声聞こえる?」
 ジュリアがそう呼びかけている。
「聞こえるぞ!」
「――よくわったわ!」
 ジュリアはタイタン・ウェイカーの頭部を見つめ、片方の拳を突き出した。
「ガクト君、学園長と家内くんはまだ地下か?」 
「二人は無事?」
 今度は寺之城とリクが言った。
「二人とも無事だ。アリーフェは魔力増幅炉で学園魔法を使うって言ってた」
「――なら、いよいよ全力で戦う準備が整ったってことだね!」
 そこへ、四角い校舎の北側から明るい声がして、学園中に響いた。
 ガクトが北側に振り向くと、そこにガールズバンド【RED】を率いる歌姫が立っていた。
 マイクスタンドを手に、滴る汗を拭うことも忘れて爽やかな笑顔を見せる歌姫は、陽の光を受けて輝いて見えた。
「そうなるな。アップは済んだのか?」
 ガクトの問いに、
「もちろん!」
 歌姫はサムズアップで答えた。

『ガクト 私以外の小型のロボットも戦闘可能だ パイロットさえいれば 操縦席にあるハンドルとグリップで簡単に操作ができる』

 ここで、モニターにタイタン・ウェイカーの文字。

『弾薬はウェポン・ベイに格納されている』

 という文字が表示されると、ドック・ベイの床面の至る所がせり上がり、小型ロボットの弾薬が詰められた、縦横二メートルほどもある金属の箱(カートリッジ)が出現した。

「――俺が今乗ってるロボットはタイタン・ウェイカー。この島を管理するシステムの司令塔だ。タイタンが言うには、周りに整列してる小型のロボットたちも戦えるみたいだ! それで、今せり上がったのが小型ロボットの弾薬。操縦に志願する人はいないか?」
 ガクトがそう呼びかけると、ジュリアが口を開いた。
「女子! 出番よ! 力のある男子は重たい弾薬を運んで、弾切れの女子にリロードして!」
 すると、
「「了解‼」」
「「喜んでぇえええええ‼」」
 と、全校生徒の勇ましい声が上がった。
「ちょっと男子!」
「ロボットに乗った子のスカート覗こうとか、やましいこと考えてるんじゃないでしょうね?」
「「滅相もございません‼」」
 女子たちが釘を刺すが、男子たちは決戦を前にして、どこか嬉しそうだ。
「…………」
 ガクトは物言わず、視覚機能に念じて男子たちのヒソヒソ話を拾う。
「――いいかお前ら、わかってるな? これはまたとないチャンスだ。どうせ命懸けの戦いになるんだ。覗きの一回や百回くらい、神様だって許してくれるさ」
「どうせ、とか言うな。女子のスカートの中を覗きながら戦う俺たちに敗北は無い」
「いっそ、心置きなく散っても後悔はないぜ」
(聞かなかったことにしよう)
 ガクトが聴覚機能を元に戻そうとした矢先、
「――あたしのパワードスーツ、収音機能付きだから、あんたたちの内緒話もよぉ〜く聞こえるのよ? 忘れてた?」
 屋上にパワードスーツ姿で立つジュリアが、額に血管を浮き上がらせて微笑んだ。
「忘れてたなら、今ここで全員に思い出させてあげてもいいのよ? それが嫌なら、さっさと動く!」
「「サー・イエッサー‼」」
 男子たちの野望は儚く散った。

   ■

「――さてと、寺之城。あたしと下へ行くわよ?」
 ジュリアはここでパワードスーツを解除し、制服姿で屋上に降り立った。
「どうしたんだい? パワードスーツを置いて、下に行くと?」
「そうよ? あたしもあれに乗るわ」
 ジュリアが言って指差したのは、両腕にガトリング砲が備わる小型ロボットたちだ。
「本気かい? これはまたどうして……?」
「あの子は飛べこそすれ、レールガンの連射が利かないから、大群相手だとどうしても分が悪いの。だから、今回はあたしもあっち。あんたがリロードしなさい?」
「ぇえっ⁉ 僕がぁ? いいのぉ?」
「なにマ〇オさんみたいな声出したあとで鼻の下伸ばしてるのよ? 背骨をへし折って頭をケツにつっこむわよ?」
 屋上から階段室(かいだんしつ)に入り、ジュリアは笑みを溢しながら言う。
「――ほんと、寺之城ってどんなときでも変わらずキモいんだから」
「誉め言葉と受け取ろう。――やっと笑ったな」
「え?」
 ジュリアは階段を降りる足を止め、寺之城を振り返る。
 寺之城は今までのにやけ顔から一変。眉宇を引き締めた真剣な表情でジュリアを見ていた。
「さっきから君、何か思いつめた顔をしていたからね。ほぐしてあげようと考えていただけさ」
「……よ、余計なお世話よ」
 急激に顔が熱くなるのを感じたジュリアは前に向き直る。
「恐いか?」
 階段を降りるジュリアの背を、寺之城の声が撫でる。
「こ、これから命がけの戦いなんだから、さすがのあたしだって恐いわよ。ちょっとだけ……」
「僕もさ。無理もない。やり直しの利かない一発勝負だ。――けどね」
 徐(おもむろ)な沈黙。
 ジュリアはもう一度、寺之城を振り返った。
 彼は言う。
「どんなに恐かろうと、僕は君を支えてみせる」

   ■

 ガクトの説明を受け、女子生徒たちの中でジュリアやリクを始めとする腕っぷしの強い者が小型ロボットへと乗り込み、小型ロボット一体につき、二名の男子生徒がリロード係として配員された。更に彼らを守るべく、槍などで武装した四人の男子生徒が周囲を固める。
 タイタン・ウェイカーによれば、どのロボットにもジャンプ機能がついており、自分の背丈の十倍の高さまでジャンプできるとのことだった。
火力を分散させて対応範囲を広げようというジュリアの指示の下、パイロットたちはそのジャンプ機能で校舎の屋上に到達。屋上に沿って横並びで陣取る部隊と、校舎の外側――学園を取り囲む山の斜面まで移動して陣取る部隊とに分かれた。
 そして、小型ロボットは二機で一組となり、互いのリロードの際に援護し合う態勢である。
 全高六十五メートルを誇るタイタン・ウェイカーを、六五〇メートル上空の雲すれすれまでジャンプさせたガクトは、学園の敷地から大きく外れ、学園を取り囲む山の頂へと着地し、天空を見張る。
 ロボットのパイロットと、その弾薬補充、並びに護衛要員以外の生徒たちは全員校内に散開。廊下の窓という窓から顔を出し、屋上でライブを構える歌姫たちの応援である。
「剣の宝玉は既にすべて光ってる。だから、いつドラゴンが現れてもおかしくない状況だ。気を引き締めてくれ!」
 拡声機構で学園の方へ叫んだガクトの下に、電話が掛かってきた。
 明玖だった。
『ガクトくん! さっき上からすごい震動が伝わってきたんだけど、もしかしてドラゴンが出たの⁉』
「いや。俺が地上に出たのが学園のど真ん中でさ。みんなでロボットを起動して、戦闘配置につくためにジャンプしたんだよ。たぶんそのときの振動だよ。そっちはどうだ? アリーフェの魔法は?」
『学園長は魔法を発動中で、多分、もうすぐ島全体が防御魔法で覆われると思う。魔法障壁ってやつ』
 と、明玖が言ったまさにその瞬間、ガクトが見上げる虚空の一点に、七色に光る靄のようなものが生じ、それが全方位に広がり始め、次第にドーム状となって、学園全体を包み込んだ。
 さらに、学園から少し離れた山肌に陣取る生徒たちにも、小型のドームが一人一人に割り当てられ、彼らの周囲を覆った。
「おい、見ろ!」
「きっと、学園長の魔法障壁だ! いよいよ始まるんだな……」
 ガクトが耳を澄ますと、生徒たちの声が収音装置から聞こえた。
「たった今、学園が魔法障壁で覆われたよ。魔力増幅炉で増幅されてるとはいえ、凄いよな、アリーフェの魔法」
 オーロラのように幻想的な光を放つ半透明の魔法障壁に見惚れつつ、ガクトはそう伝えた。
『私もそう思う。……私も、もっと頑張るね! さっき、システムの中に気になる情報を見つけたから、今それを詳しく解析してるところなの。この島の西側(、、)に、何かあるみたい。古代文字だから翻訳に時間が要るけど、間に合わせる』
「わかった。俺も地上で頑張るよ!」
 決してこれを最後にはするまいと心に誓って、ガクトは通話を切る。
『皆さん。学園長のアリーフェです。私は今、学園島の地下基地から、校内魔法放送でお話しています。私はここでサポートに徹し、魔法で皆さんの傷を癒し、皆さんの運を底上げします』
 と、学園の至る所に設置されたスピーカーから、アリーフェの声が響き渡った。
『もし緊急の連絡があれば、心の中に私のことを強くイメージして話してください。テレパシーであなたたちと初めて会話したときと、要領は同じです』
「ついに始まるんだな。俺たちの命運を懸けた決戦が」
 ガクトは拡声機構を切り、アリーフェに念じかける。
(――そうです、ガクトさん。あなたに出会えたことで、島の皆さんの運命が変わりました。改めて、お礼を言います)
「俺からも礼を言わせてくれ、アリーフェ。君が俺を呼んでくれたおかげで、俺は変わることができたんだ」
(喜ばしいです。あなたがそう言ってくださったおかげで、私は少し、救われたような気がします)
「なら、今度はみんなを救おう。一緒に勝つんだ」
(――はい!)
 彼らが見上げるは、空。
 どう足掻いても手の届かない、空。
 だが今なら、届きそうな気がする。
(いつでも来い。今度は負けないからな!)
 ガクトは拳を強く握りしめた。

   ■

(一体、なにが起きているのだ?
 あの巨人はなんだ?)
 一つの宇宙を監視・管理するために存在する巨大な【ブロック】。
 その光り輝く内部に広がる、果てしなく広大な空間で、ベルリオーズは驚愕に唸った。
 彼の、喉の奥を鳴らすような低い音が、凄まじい重圧となって空間を侵犯する。
 白に黄色(おうしょく)が混ざったような色合いの光の中、浮かぶようにして佇むベルリオーズの周囲には、無数の魔導球が漂っており、彼はその内の一つ、――【ミープティングレイス】を映し出す魔導球を魔法で引き寄せ、水色の瞳で覗いている。
(まさかあの小さな塵の如き島に、このオレ様に楯突(たてつ)く存在がまだ残っていたとは……)
 脅威なのは巨人だけではない。その足元に群がる、人の形をした小型の兵器も戦闘用と見える。さらには、完全体として復活した【剣】を持つ勇者もいる。どうやらその勇者が【剣】を使って巨人を動かしているらしい。
 島の住人たちの士気は最高潮だ。
故に、ベルリオーズはすぐに動けずにいた。
(傍観などせず、島の地上を焼き払い、地下を抉り出しておくべきだったか……)
 残忍な心を持つベルリオーズは、自分よりも弱い生き物を【下等生物】と称して見下し、そのあまりにも貧弱な生命維持活動を見ては貶し、己に酔いしれていた。
 後の祭りではあるが、しかしベルリオーズは恐るるに足らずと考え直す。
(あの巨人といい、群れる小さい者共といい、所詮は下等生物が拵(こしら)えたもの。全力を出したオレ様が率いるドラゴン軍団の一斉攻撃に敵うわけがない)
 ベルリオーズは鎌首をもたげ、鋭い牙が並ぶ口腔を開き、凄まじい咆哮を放つ。
 すると、咆哮に応えるかの如く、彼の周囲にいくつもの黒い穴――ワームホールが出現。宇宙に存在するあらゆる惑星で監視の任務についていた小型のドラゴンたちが、続々とそのワームホールを通って集結を始めた。
 ベルリオーズのような強力な存在のみが操ることのできる魔法――ワームホールは、惑星と惑星を行き来したり、別の宇宙の惑星などとも行き来が可能な転移魔法。
 ただその穴に身体を入れるだけで転移が発動し、遠く離れた目的地にあっと言う間に到達することができるのだ。
 そうして瞬く間に集結したドラゴン群団の数は、優に十万を超えた。
(身の程を知らない愚か者どもに、オレ様の真の力(、、、)を見せつけてくれる!)

   ■

 ガクトたちが固唾を呑んで振り仰ぐ空に、巨大な黒雲が突如として発生。無数の黒い穴が出現した。
 過去(、、)、島の上空に現れた穴は一つだけだったが、今回は違う。ざっと数えただけでも二十は下らない。
「――対空戦闘用意‼」
 防衛隊長のジュリアが呼ばわる。
 一〇〇体を超える小型ロボット軍団が一斉に両腕のガトリングを持ち上げ、上空の穴に照準を合わせた。
「ぶち上げていくよーっ‼」
「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお‼」」
 バンドメンバーが奏でる豪快な演奏に乗せて、歌姫が熱烈な歌声を響かせ始めた。
 校舎の各階のベランダや窓という窓から生徒たちが顔を出し、腕を振り上げ、エールを送り始める。
 歌姫の歌唱魔法が戦闘員たちの心に満ち渡り、勇気を与えてくれる。
 上空の穴から、小型ドラゴンたちがついに姿を現した。その数は数え切れないほどの大群だ。
「――攻撃開始ッ‼」
 ジュリアの合図で、小型ロボット軍団の一斉射撃が始まった。
 凄まじい掃射音が空に響き渡り、銃弾から放たれる幾千もの曳光が線状に連なって、上空の敵へと伸びる。
 銃弾を喰らったドラゴンは次々と墜落。銃弾の雨に死骸の雨だ。
 銃撃を免れたドラゴンたちが校舎の屋上や山肌に陣取る小型ロボットに襲い掛かるが、寸でのところで魔法障壁が阻み、そこを小型ロボットのガトリングが撃ち抜く。
「ぉおおおおおお‼」
 頭上から襲い来たドラゴンを、ガクトはタイタン・ウェイカーの拳で立て続けに殴り飛ばす。
 タイタン・ウェイカーの太く頑丈な拳を受けたドラゴンは一撃で全身の骨を粉砕され、地に落ちていく。
「――クソめがね! リロード!」
 早くもガトリングの弾を撃ち尽くしたジュリアが叫び、
「おうとも!」
 叫び返しつつ、寺之城がもう一人の男子生徒と力を合わせ、小型ロボットの背面にある弾倉ユニットを交換する。この間、およそ十秒。
 リロードに要するインターバルは、僚機(りょうき)のリロードタイミングを考えて発砲しなければ致命的な隙になり得る。
「こっちもお願い!」
 ジュリアのリロードが済んだ途端、リクの弾が切れた。
「私のリロードに勝てる?」
 リクは操縦席から身を乗り出し、腰から二丁のリボルバーを引き抜いて全弾を発砲。数体のドラゴンを仕留め、すぐさま一秒ほどでリロードを完了させる。
 リクの華麗な銃捌きに一瞬見惚れる男子たちだが、上空から時折聞こえてくるドラゴンの咆哮で我に返り、リロードを終えた。
「リク! 撃破数、勝負しない?」
「乗った!」
 不敵に笑い合う少女二人の周囲には、すでに無数のドラゴンの死骸が落下している。
 ドラゴンたちはここで、地上から放たれる線状の光が己の命を脅かすものだと知り、一直線に向かうのを避け始めた。
 自分たちが下等生物だと見下していた人類の反撃の力を、身を以って思い知ったのだ。
「奴ら、飛ぶ軌道を変え始めたぞ! 空で円を描いて、こちらのリロードの隙を狙っている!」
 待機中にドラゴンの動きを観察していた寺之城が叫ぶ。
 上空を不規則に飛び回って極力無駄な突撃をせず、弾切れとなったロボット目掛けて集団で襲い掛かる戦術に、ジュリア率いる防衛隊は苦戦を強いられる。
 魔法障壁が食い止めていなければ、とっくに犠牲者が出ていただろう。
 一方のガクトは、時折向かってくる小型ドラゴンを殴り落としつつ、穴への警戒を続ける。
 ベルリオーズが現れたら、真っ先に立ち向かうつもりでいた。しかし、未だ現れない。
「――おかしい。今までなら、あいつが一番に現れたのに、どうして今回は小物(こもの)だけなんだ⁉」
 ガクトは予想外の展開に焦りを漏らした。

『大敵(ベルリオーズ)は、こちらの戦力に恐れを抱いているのかもしれない。油断はするな』

 と、タイタン・ウェイカーの文字が表示される。
 そう。油断はできない。ベルリオーズが現れたときに戦う余力を残しておく必要がある。
「ジュリア! みんな! 聞こえるか⁉」
 拡声機構をフルパワーで使い、ガクトは校舎の屋上へ呼びかける。
「なに⁉ 鉛(なまり)をばら撒いてる最中よ!」
 リクと背中合わせで派手に撃ちまくるジュリアの様子が、ガクトの眼前に映し出された。
「弾薬を使うペースを調整してくれ! まだ敵のボスが出てきてない!」
「そんなこと言っても、こいつらがしつこくて!」
 目を離す余裕もないリクが言う。
 島を取り巻く黒雲に生じた無数の穴からは、今も絶えずドラゴンが現れ、群れを成して空を飛び交っている。
「連中はイカレた命知らずだな! こちらの弾が尽きようと尽きまいと、隙あらば向かってくる! あと何匹いるかわからんが、長期戦になるとまずいぞ!」
「わたし達はドラゴンが全滅するまで歌い続ける! だから、不安に負けるなーッ‼」
 警鐘を鳴らす寺之城を意識してか、間奏中の歌姫が言った。
 歌姫が顔を、山頂に立つガクトの方へ向け、片手の人差し指を構えてウインクを披露。
 心臓がドキリと跳ね上がったガクトは、ロボットの操縦から一瞬意識が逸れ、タイタン・ウェイカーが足を滑らせて山頂から落ちそうになるが、片手で岩に掴まり事無きを得る。
(歌姫、ウインクは反則だ)
 心の中で言って、ガクトは空へと飛び上がった。
 そして、中空でドラゴンを次々に撃破し、一旦校舎の中央――ドック・ベイへと戻る。
「――ドラゴンども! これ以上向かってくるなら俺が相手になるぞ! 一匹残らずぶっ飛ばしてやる!」
 まさに今、リロード中の小型ロボットへ襲い掛かろうとしていたドラゴンの群れが、タイタン・ウェイカーの急接近に驚いて散り散りに逃げていく。
 こうして自分が中央に陣取ることで、少しでもドラゴンを遠ざけられるかと考えたガクトだったが、そのとき(、、、、)はついに訪れた。
 黒雲に雷鳴が轟き、得体の知れない重圧が上空から迫(せま)ってきた。まるで心身を押し潰そうとするかのような圧迫感が、生徒たちを容赦なく包み込む。
 ガクトはこの、圧倒的で凄まじい気配を鮮明に覚えていたが、今感じているのは、もっと強い(、、、、、)。
(なんだ⁉ この異様な感じ……前よりも大きくて、重い……っ⁉)
 ガクトの直感が警告する。
 敵の力が、増していると。
 タイタン・ウェイカーが見上げる先に、一際巨大な穴が出現。そこから、ガクトが感じた通りの存在が姿を現わした。
 たくましい胴部と蛇のように長い首。頭部から鹿のように大きく伸びる二本の角。口部から覗く鋭い牙。
 このブロック宇宙を支配するドラゴン――ベルリオーズだ。それも、前回(、、)より身体が大きい。五倍ではきかないレベルで、その肉体が大きくなっているのだ。
「――ねぇ。あいつ、前より大きくなってない?」
 ガクトと同じことを思ったか、空を見上げるリクが誰に聞くでもなしにつぶやいた。
『死に損ないめ。たった数十年で寿命を迎える貴様らが、醜く足掻くのは滑稽(こっけい)なものだ』
 と、ベルリオーズはテレパシーを飛ばしてきた。
 アリーフェと同格か、それ以上の魔力を持つ使い手だ。
「その死に損ないに、痛い目を見せられてるお前らの方が滑稽だ!」
 ガクトは言い返した。
 ここで気圧されてはダメだ。
 拳を握りしめ、叫ぶ。
「これまでやられた分を、ここで返してやるぞ! ベルリオーズ!」
 ガクトの言葉を受けたベルリオーズの咆哮が轟き、彼の口部がニヤリと歪む。
『面白い! やれるものならやってみろ!』
「――行くぞォ‼」
 その巨翼を限界まで広げ、悪魔の如く立ちはだかるベルリオーズ目掛けて、ガクトの駆るタイタン・ウェイカーがジャンプした。
 脚部と背面部に備わるブースターが噴射され、全高六十五メートルの巨体が数百メートル上空のベルリオーズに迫る。
「喰らえ!」
 ガクトの気合一発。右の拳が真正面からベルリオーズの顔を捉えたかに見えた。
 だが、ベルリオーズは口腔から巨大な黒炎の玉を放ち、タイタン・ウェイカーの拳を押し返した。
 それだけに止まらず、巨翼を力強く羽ばたかせ、小型ドラゴンとは桁違いの体格と速力で以って体当たりを見舞い、それを胴部に諸(もろ)に受けたタイタン・ウェイカーはバランスを崩し、真っ逆さまに墜落。
「避けろぉおおお!」
 山肌に陣取って戦っていた小型ロボットたちが、頭上から落下してくるタイタン・ウェイカーを認め、一斉に飛び退く。
 ガクトの全身に衝撃。タイタン・ウェイカーが背中から火山の淵の山肌に激突したのだ。

『防御シールド残量・八十五パーセント』

 と、警告が表示される。
 まだすぐにはやられないが、今と同レベルの攻撃を喰らい続ければ長くはない。
「――く、くそ!」
 歯を食い縛り、立ち上がるよう念じるガクト。
 タイタン・ウェイカーは背面部のブースターで一気に飛び起き、両の拳をボクサーよろしく構えて上空を睨む。
『今の一撃で終わられては、まともに相手をしたオレ様の恥となっていたところだ』
 優雅に羽ばたきながら、ベルリオーズが細めた目で見降ろしてくる。
「うぉおおおおおおおおおお‼」
 ガクトは近場の巨大な岩をタイタン・ウェイカーの剛腕で持ち上げ、ベルリオーズへ投擲。
『岩如き、オレ様の肉体の強さには敵わんぞ!』
 ベルリオーズはそれを真正面から迎え撃ち、その頭部で打ち砕いた。
 そのベルリオーズの懐へ、タイタン・ウェイカーはジャンプで潜り込み、今度こそ拳を叩き込む。
 ――だが。
『その程度か?』
 ほんの僅かに怯んだベルリオーズだが、すぐさま身体を回転させ、太い尻尾を横合いから叩きつけた。
 タイタン・ウェイカーはそれを片腕でガードするが、凄まじい膂力でそのまま押し飛ばされ、追撃叶わず着地を余儀なくされる。
 小型ロボットの何体かがベルリオーズの巨体目掛け銃撃を浴びせるが、彼の鋼のような体表には傷一つつかない。
 ベルリオーズの攻撃は理不尽なほどにこちらへ響き、しかしこちらの攻撃は通じない。
 その事実はつまり、魔法障壁が破られた途端、ベルリオーズには傷一つ負わせられないまま全滅することを意味する。
 唯一敵う可能性があるとするなら、タイタン・ウェイカーしかない。
「タイタン! 何か対抗できる武器は無いのか⁉」
 ガクトが知識を求めるが、次の瞬間、タイタン・ウェイカーは再び脅威に曝されてしまう。
 ベルリオーズがその口から吐き出した大火炎が、頭上から降り注いだのだ。
「――くそ!」
 咄嗟に腕を頭上に構え、炎から頭部を庇うガクト。

『ガクト 奴が接近中だ』

 その文字を見たガクトが対応しようとした瞬間、側面から強烈な衝撃が加えられ、コクピット内が激震(げきしん)。
 炎を吐き掛けつつ降下していたベルリオーズはその巨体を捩り、暴風を伴いながら繰り出した尻尾でタイタン・ウェイカーの脇腹を打ったのだ。
(――吐き掛けられた炎は、尻尾の打撃の陽動か!)
 ガクトは歯を食い縛り、衝撃に耐える。
 真横へ吹っ飛んだタイタン・ウェイカーは山肌に激突。背中からずるずると滑り落ちるが、再度ブースターを噴射。起き上がりざまにベルリオーズ目掛け拳を繰り出す。
しかし、巨翼の羽ばたきがベルリオーズの巨体を容易く宙へと飛び上がらせ、タイタン・ウェイカーの攻撃を寄せ付けない。
「タイタン! 何か武器は無いか? 空と地上では、地上が不利だ!」

『同意する だが 武器は現在使用不能だ 地下基地の最下部にある掘削機構を動かし 地底に流れるマグマを掘り起こす必要がある』

「マグマ⁉ 穴を掘ってマグマを取り出すのか?」

 想定外の文字が表示され、思わず聞き返すガクト。

『肯定する 私はマグマの膨大な熱エネルギーを吸収し パワーアップが可能』

「なら、今すぐそれをやってくれ!」

『ダメだ マグマは火山の火口から噴き出す 学園が呑みこまれてしまうぞ』

 ガクトは言葉に詰まる。よりパワーアップするために、学園のみんなを危険に晒しては本末転倒だ。
 それ故に、タイタン・ウェイカーは武器のことを言わなかったのだろう。
(どうする⁉ どうすれば⁉)
 思考を巡らせるガクトだが、
『どうした? オレ様の力に恐れをなしたか?』
 ベルリオーズが山肌に沿って急降下。タイタン・ウェイカーの背中に巨体をぶつけてきた。
 ガクトは操縦席にベルトで固定されているにも拘わらず、あまりの衝撃で身体が前へ飛び出しそうになる。
 ガクトは嫌な予感を抱き、パノラマ映像で足元を見る。
(――しまった!)
そこにはタイタン・ウェイカーの腹部が見えるが、そこにベルリオーズの尻尾が巻き付いていた。
『地上が不利だと? なら、空を飛ばしてやろう』
 そう言って、ベルリオーズはタイタン・ウェイカーを軽々と持ち上げて飛び上がり、瞬く間に高度を上げていく。
 地上が一気に遠ざかり、ガクトの視界を無数の黒雲が過ぎ去り、覆い、また過ぎ去った。
 そうして、青空が広がる雲の上に飛び出す。
 その絶景を見て、しかしガクトは己の死を悟る。
『さぁ、どうする? 小僧!』
 次の瞬間、ベルリオーズは上昇姿勢から反転。急降下を開始した。
 黒雲の海に潜り、その先――地上へと。
「タイタン! ブースターをフルパワーで噴射だ! こいつから離れろ!」
 ガクトが叫び、タイタン・ウェイカーの脚部と背面すべてのブースターが最大出力で噴射されるが、ベルリオーズの強靭な尻尾はビクともせず、ガクトが駆るロボットを放そうとしない。
『飛んでみろ!』
 ベルリオーズが咆哮し、掴まえていた獲物を地上目掛け放った。
 尻尾から放たれ、タイタン・ウェイカーは一瞬にして音速へと加速。一直線に落下していく。
「く、くそぉおおおおおおおおおお!」

『歯を食い縛れガクト 姿勢制御が間に合わない』

 という表示すら見る余裕もなく、ガクトは心を渦巻く悔しさと恐怖に目を閉じる。
 そして、タイタン・ウェイカーは学園から大きく外れた西の岩山へ墜落した。

   ■

「――キリが無いわ!」
「寺之城! リロードお願い!」
 学園の屋上で、ジュリアとリクは戦い続ける。
「…………」
 寺之城ともう一人の男子生徒は西の方角を見つめたまま動かない。
「ちょっと⁉ そこの二人!」
「――今、西の岩山エリアに、ガクト君のロボットが、墜落した……」
「はぁ⁉ うそでしょ⁉」
「か、角度が……‼」
 ジュリアとリクは背中合わせで南北方面を向いているため、西側が見えない状態だ。
「嘘なんかじゃない。確かに見たんだ……」
 寺之城らしくない、覇気のない声。
「っ……‼」
 ジュリアは歯を食い縛り、尚も撃ち続ける。
「――リロードしろ! ショック受けてる場合じゃないよ‼」
 リクが身を乗り出し、リボルバーを発砲。
 リクの喝で我に返った寺之城たちがリロードをする中、アリーフェの声がスピーカーから放たれる。
『皆さん! 空に強力な魔力を感じます! ベルリオーズが何かするつもりです! 気をつけてください!』
 アリーフェの声が響いたまさにそのとき、奇妙なことが起きていた。
 小型ドラゴンの群れが、一斉に穴へと戻り始めたのだ。
 学園の生徒たちは、西の空に紫色の光を見た。
 それは、ベルリオーズがその魔力を込めて生み出した球体の輝きだった。
 ベルリオーズは魔力の球体を、西の岩山へと撃ち込む。――タイタン・ウェイカーへと。
 次の瞬間、西の空が眩い光を放ち、すべての色が、音が、真っ白に消し飛んだ。
 西の岩山を粉々に吹き飛ばし、崩壊させる大爆発の衝撃波が、学園を取り囲む岩山の頂きを抉(えぐ)り取り、容赦なく校舎を襲う。
「「うわぁああああああああああああああ‼」」
 生徒たちは吹き付ける大爆風で横薙ぎになり、窓という窓が爆ぜ割れ、屋上にいた者は落下防止柵まで吹き飛んで叩きつけられた。
 その衝撃は、踏ん張る小型ロボットでさえも滑らせ、あるいは転倒させるほどであった。
 神の怒りの如き暴力が過ぎ去り、西の空に爆発によって沸き起こった雲が広がる。
『皆さん! 大丈夫ですか⁉』
 アリーフェの声。
「――う、うう」
 仰向けに転倒した小型ロボットの操縦席で、リクが呻く。
「みんな、無事?」
 と、同じく転倒していたロボットを、ジュリアがガトリングのアームを支えにして立ち上がらせる。
「なんとか無事だ。落ちなかったのが奇跡だ……」
 男子生徒と肩を貸し合い、立ち上がる寺之城。
『良かった。でも、油断はできません。今の攻撃で、私の学園魔法が掻き消されてしまいました。再発動には少し時間が掛かります』
「今襲われたら、ヤバイってことね……」
 アリーフェの警告に、危機感を募らせるリク。
 そこへ、上空に無数に展開する穴から、再びドラゴンたちが現れ始めた。
「みんな! アリーフェの声、聞こえたね? ここからが正念場! 根性見せるときだよ!」
 と、歌姫が声を張り上げた。
 すると、学園中から歓声が上がる。
 歌姫の歌唱魔法のおかげか、まだ士気は落ちていない。
「――我は目で狙い定める。目で狙わぬ者、友の顔を忘却せり」
 不意に、ジュリアが呟いた。
「ジュリア? ――どこでその呪文を?」
「たぶん、あんたが言ってるのを聞いて、覚えてたんだと思う」
 リクの問いに、ジュリアは微笑む。
「我は気で撃つ。気で撃たぬ者、友の顔を忘却せり」
 今度はリクが言い、小型ロボットを立ち上がらせる。
「「我は心で向き合う。心で向き合わぬ者、友の顔を忘却せり」」
 今度はリクとジュリア、二人で言い放つ。
「「我は友を想う者。友を想い戦う者なり!」」
 そして二人は背中を預け合い、迫りくるドラゴンの群れ目掛け、両腕のガトリングを構えた。

   ■

 アリーフェの学園魔法の加護も届かない、荒れ果てた岩山を背中で粉砕し、仰向けになる形で巨大なクレーターを穿ったタイタン・ウェイカーは、原型こそ留めていたものの、ベルリオーズが追撃で放った魔力球の直撃を受け、防御シールドを完全に喪失。
 痛烈な衝撃で意識を失っていたガクトは、鳴り響くアラートで目覚めた。

『防御シールド破損 機体損傷率 二十八パーセント』

 その表示は、ガクトが窮地に追い込まれたことを意味していた。
 全身を鈍痛が支配している。臓器がシェイクされたかのように疼く。
 まだ命を保っているのが不思議なくらいだ。
 視界一杯に広がる外部映像は、無慈悲に空を覆う黒雲を映すばかり。
(立ち上がらなくては!
 皆のために戦わなくては!)
「……ぐっ! うぐ――」
 こんなところで寝てはいられない。
(ダメだ……。
 痛い……苦しい……)
 ガクトは歯を食い縛り、軋む身体に力を込めるが、思うように動かせない。
 そこへ訪れる、圧倒的支配者の影。

「ガクトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼」

 そこへ、ガクトの名を叫ぶ歌姫の声が響いてきた。
 その力強い破格の声量に、ベルリオーズは鎌首をもたげる。
「負けるなぁああああああああああああああああああああああッ‼」
 歌姫を始め、学園の生徒たちは、タイタン・ウェイカーが空から墜落するのを見たはずだ。
 そして、ドラゴンと戦う切り札が姿を消したことに絶望を抱いただろう。
「戦ええええええええええええええええええええええええええ‼」
 それでも歌姫は、声を出し続けている。
「――ガクト! 返事して!」
「――ガクト! 返事しなさい!」
 通信機から、リクとジュリアの声。
「ガクト君!」
「「ガクトォオオオオオオ‼」」
 寺之城や学園の生徒たちの声も、通信機を通して伝わる。
(――ガクトさん。私にはあなたが見えています。あなたなら大丈夫)
 アリーフェの声が脳内に響く。
 歌姫と交わした言葉が蘇る。

?座右の銘は??

『身の程を知らぬ愚か者の末路……それが、今のお前の姿だ』
 壮年の男が低く唸るような声で、支配者は言う。
『諦めろ、小僧。すべてを諦めるのだ。お前のように無能で、哀れで、何の取柄も価値もない下等生物に、希望など欠片も用意されてはいない』
 風を切る巨翼の、絶望で包み込むような音が、コクピット内を満たす。
 ゆっくりと、しかし確実に、ガクトを大いなる死が包囲しようとしている。
「――めない」
 ガクトは辛うじて動く喉を震わせる。
『辛いだろう? 苦難に抗うのは。いっそすべてを捨て、潔く剣をオレ様に渡せ。そうすれば、オレ様はお前に安らかな死をくれてやる。これはこの宇宙の支配者たるオレ様の、情けだ。わかるか?』
「――諦めない!」
 ガクトは叫んだ。
「弱い者にだって、希望はある! 諦めさえしなければ、道を切り開くことだってできる!」
 もう一度全身に力を込め、タイタン・ウェイカーに起き上がるよう念じる。
 強烈な痛みが全身を駆け巡る。拳を握りしめ、歯を食い縛る。
「――う、ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼」
 タイタン・ウェイカーはガクトの意思に応え、その身を起こす。
 半ばめり込んでいた巨体が、岩を砕き、散らし、大地から脱出する。
『弱り切ってもなお抗うとは面白い。お前の悪足掻きを見せてみろ』
 ベルリオーズの嘲笑が響いたそのとき、ガクトが持つマーフォークの感知能力が、あることに勘付いた。
 それは、今自分が埋まっていた大地――その地下。
 ガクトは明玖が言っていたことを思い出す。
『この島の西側(、、)に、何かあるみたい』
 ガクトは目を閉じ、意識を足元に集中する。
 まず、赤い色がイメージとして浮かび上がった。次いで、全身が発熱するかのような感覚が沸き起こる。膨大な【赤】が足元からせり上がるかのような気配。
 足元――地面の中に、何かがある。
『――ガクトくん! みんなが叫んでるけど、大丈夫⁉ なにがあったの?』
 通信機から明玖の声がした。
「俺は大丈夫! それより、西側に何があるのか、わかったか?」
『そのことで連絡しようと思ってたの! タイタン・ウェイカーの真価はマグマの熱エネルギーを取り込むことで発揮されるっていうデータを見つけたよ!』
「それなら、俺もタイタンから聞いた」
 ガクトは頷いた。
 明玖は続ける。
『――西の岩山の地下に、マグマ溜まりがあるの! 学園がある死火山は、古代人の機械でマグマの流出を制御されてるけど、西にあるマグマ溜まりは違う。天然のものだから、どうにかして穴を開(あ)ければ、そこからマグマを噴出させられるかもしれない!』

『私のデータベースには無い情報だ』

 と、タイタン・ウェイカーの文字。

「西の地下にあるマグマ溜まりを、タイタンは知らないと言ってる。これはつまり、古代人たちがシステムで管理していない場所にあるからだな!」
『だと思う! だからガクトくん、なんとかして穴を開けて!』
 ガクトは自分がいる場所を再認識する。
 ベルリオーズの魔法による攻撃で、連なっていた岩山はそのほとんどが消し飛び、穿たれた巨大なクレーターはかなり深い。
 ガクトはそのクレーターの最も深い場所――中心に立っている。
「――ありがとう明玖!」
 ガクトはタイタン・ウェイカーに念じ、その拳を大きく振り被り、己の足元目掛け振り下ろした。
 地面が砕け、タイタン・ウェイカーの剛腕がめり込む。
 めり込んだ腕を引き抜き、今度はもう一方の拳を叩き込む。
『どうした? 穴を掘って隠れるつもりか?』
 ベルリオーズが嗤いながら、再び魔法球を出現させた。紫色の光が、タイタン・ウェイカーの背中を照らす。
 今のタイタン・ウェイカーにシールドは無い。
 アリーフェの学園魔法も、歌姫の歌唱魔法も届かない。
 今度同じ攻撃を喰らえば、頑強なタイタン・ウェイカーといえど耐えられないだろう。
 それでもガクトは、構わず拳を打ち下ろし続ける。
 ガクトの、マーフォークの直感が告げるのだ。穴を穿てと。
「――来い!」
 ガクトは両の拳を握り合わせて頭上高く振り被る。
 そして、ベルリオーズが魔法球を放つと同時に、渾身の力で以って振り下ろした。
 タイタン・ウェイカーを、魔法球がもたらした壮絶な爆発が包み込む。
 世界が白く染められ、有無を言わさぬ大爆風が再び大地を削った。
 ベルリオーズの容赦ない攻撃は、そのまま周囲へと伝播し、学園を今度こそ粉砕してしまうかに思われた。
 だが。
『――なんだ? 何が起きたというのだ⁉』
 ベルリオーズが驚愕の声を上げた。
 タイタン・ウェイカーを包み込み、西側一帯を吹き飛ばした爆発。それが、更に広範囲へ拡散することはなく、収縮(、、)し始めたのだ。
 学園まで至るはずだった衝撃波はそこまで広がることなく消失し、爆炎は爆心地へと規模を縮小していく。
 眩い光を放つ超高熱の爆炎が、まるで何かに吸い寄せられるかの如く、クレーターの中心へと集まっていき、赤く輝く巨人が現れた。
 青色を基調としていたボディーが一変。情熱を思わせる真っ赤な色を成したタイタン・ウェイカーであった。
 その足元からはマグマが飛沫を散らしながら吹き出しており、タイタン・ウェイカーは下へと翳(かざ)した両手のひらに開いた穴で、そのマグマを吸い取っている。
 タイタン・ウェイカーがマグマという名の熱エネルギーを吸収するたび、胸の中心にある魔導球の青い輝きが増していく。
 ベルリオーズが放った攻撃魔法の爆発も、タイタン・ウェイカーが手のひらの穴で吸い込んだのだ。
「――お前の爆発、もらったぞ」
 無傷の機体の中で、ガクトが言った。
 膨大な熱エネルギーを得たことによって、防御シールドがより強力になって復活。爆発からタイタン・ウェイカーを守っていた。
『……オレ様の魔法が効かないだと⁉』
 ガクトはタイタン・ウェイカーに念じて地を蹴る。そして、狼狽えた様子を見せるベルリオーズの顔目掛け、右腕を繰り出した。
 タイタン・ウェイカーのあまりの早さに対応できないベルリオーズは、繰り出された打撃を諸に受け、『グォオオオオオオオオオオ‼』という叫びを上げ、クレーターの外まで吹き飛んだ。

『熱エネルギー充填率・九十九パーセント 行けるぞ ガクト』

「ああ。一緒にやっつけよう!」
 全身を襲い続ける痛みに耐え、ガクトは機体を飛び上がらせる。
 格段に増した跳躍力を見せたタイタン・ウェイカーは、クレーターの淵を軽々と飛び越え、ベルリオーズを追撃。
 三度目の魔法球を生み出していたベルリオーズの頭部を、上方から殴りつけた。
 ベルリオーズは頭を地面にめり込ませ、生み出されていた魔法球が消滅。
「喰らえ!」
 ベルリオーズの頭の角を掴んで持ち上げ、その巨体を仰け反らせたガクトは、下顎から首にかけて連続で拳を打ち込む。
 パワーも大幅に上昇し、打撃力が増したタイタン・ウェイカーの攻撃は、ベルリオーズの強靭な身体の内側までダメージを響かせた。
 グォオッ! と、ベルリオーズは口腔からドス黒い血を吐き出す。
 ガクトは更に、ベルリオーズの首を両腕で掴み、機体全体を捻るような動きで、敵の巨体を放り投げた。
 地面に叩きつけられたベルリオーズの尻尾を間髪入れずに掴み、凄まじい膂力で持ち上げ、百八十度の弧を描く形で、反対側の地面に叩きつける。
『小癪な真似を!』
 ベルリオーズが動く。タイタン・ウェイカーが尻尾を掴んでいる状況を利用して、巨翼を勢いよく羽ばたかせて急上昇。
「――一旦退避!」
 ガクトは手を放すよう念じ、タイタン・ウェイカーは指示通り尻尾から手を放して中空に身を躍らせ、姿勢を制御して島の中央――山の火口の淵に着地。
「心配かけてすまない! 俺は大丈夫。ロボットも赤色に変わって、パワーアップしたぞ!」
 学園の生徒たちは、山の淵に突如として現れた赤い巨人に驚愕したが、ガクトの声を聞いて大歓声を上げる。
「誰かと思ったぞ!」
「何が起きたのか知らないけど、無事だったのね!」
 寺之城とジュリアの声。
「反撃開始だね!」
「赤い方が好き!」
 リクと歌姫も無事のようだ。
『ガクトくん! マグマ、掘り出せた?』
「ああ! 改めて礼を言わせてくれ、明玖。君の協力のおかげだ!」
 明玖の問いに答えるガクトの脳内へ、アリーフェのテレパシーが届く。
(ガクトさん。あなたなら、必ずベルリオーズを倒せると信じています。私は全魔力を出し切ってでも、あなたを守ると誓いましょう)
「――アリーフェ?」
 ガクトはアリーフェの言葉に、何か感情の憂いのようなものを感じ取った。
(……本当に、感謝しています。ガクトさん)
 学園全体の士気が上がる中、ガクトはアリーフェだけが、別の感情を抱いているように思えてならなかった。
 だが、それを聞いていられる猶予はない。
(ガクトさん! 上空に、これまでにない規模の魔力を感じます! ベルリオーズが、また何かするつもりです!)
 というアリーフェの声で、ガクトは上空に意識を向けざるを得ない。
 ベルリオーズは黒雲の中へと姿を消し、小型ドラゴンたちは穴へと撤退を始めていた。
生徒たちはドラゴンが恐れをなして逃げ出したものと見て勝ち鬨(どき)を上げるが、黒雲自体はまだ晴れていない。
 黒雲は、光を嫌うドラゴンたちを活気づかせるためにベルリオーズが魔法で生み出したもの。それが消えないことに、勝利ムードの生徒たちは気付いていないのだ。
「――みんな! まだ終わってない!」
 ガクトはタイタン・ウェイカーで学園の中心――ドック・ベイへと飛び込んで警戒を促す。
 ここで、学園直上(ちょくじょう)の黒雲に雷鳴が迸(ほとばし)り、ぽっかりと穴が開いた。
穴の先には青空が見え、ガクトはタイタン・ウェイカーの望遠機能で、その遥か上空から巨地上を見下ろすベルリオーズの姿を捉えた。
『遊びは終わりだ、小僧。オレ様の最大の力――宇宙魔法(うちゅうまほう)で、決着をつけてやる!』
 ベルリオーズのテレパシーが届くと同時に、遥か上空に白い光が生じた。
 ベルリオーズがすべての力を宇宙魔法に注いでいるからか、黒雲が次第に薄れて消え、青空が広がる。しかし、それに比例して白い光が大きくなっていく。
 得体の知れない白い光に、生徒たちはざわめき立つ。
「アリーフェ! 宇宙魔法ってなんだ⁉」
 ガクトの問いに、アリーフェは慄いた様子で答える。
(――宇宙魔法は、この世界の支配者たるベルリオーズだけが使う、その気になれば星を破壊できるほどの威力を持った魔法です! かつて栄えた古代文明も、宇宙魔法によって氷が溶かされ、海面が上昇したことで呑みこまれて滅んだんです!)
「そんなヤバイ魔法を、また使うつもりなのか!」
 焦燥に駆られるガクトの眼前――モニターに、タイタン・ウェイカーの文字が表示される。

『ではこちらも 惑星魔法で対抗しよう』

「わ、惑星魔法?」

『肯定する 私が持つ最も強力な魔法で 熱エネルギーが充填されているときに発動できる』

 宇宙に惑星と、規模の大きさに戸惑うガクトの問いに、タイタン・ウェイカーが答えた。
「よ、よくわからないけど、それを使うしかないんだよな⁉」

『それが私の最大パワーだ』

「わ、わかった! とにかくやろう! 俺はどうしたらいい⁉」
 ガクトはタイタン・ウェイカーの指示に従い、両腕を上空へ向けて伸ばし、両方の手首同士を密着させるよう念じた。
 機体は念じた通りに動き、その剛腕を空へと伸ばし、手首の内側同士を密着させる。
『皆さん! ガクトさんをサポートしてください!』
「――おっけい! 最後の持ち歌いくよ!」
 アリーフェの魔法放送が響き渡り、固唾を呑んで見守っていた歌姫たちが演奏を再開。
「非戦闘員は屋内に退避してくれ! 空にある白い光は、敵の強力な魔法だ!」
「総員、上空の白い光へ向けて攻撃開始! ガクトを援護!」
 ガクトは隠れるよう呼ばわるが、生徒たちは誰一人として動かず、その場に踏みとどまって声援を送り始める。
 ジュリアたちの一斉射撃が開始され、無数の弾丸が白い光へ特攻。

『ボイスコマンド・超超超超絶惑星級究極完全無欠大爆裂掌波 を唱えろ』

「え⁉」
 ガクトは突如表示された凄まじい文字列に、驚愕の声を漏らす。
『貴様らの願いも、希望も、努力もすべて、諸共に散れぇえええええええええええ‼』
 ベルリオーズが眩い閃光を放つ。それは、島全体を包み込むほどに太い、灼熱の白い熱線(ビーム)。
 何者をも生かすことなく、すべてを破壊し消し去るべく、無慈悲な光線が迫る。
「――ちょ、超超超超絶惑星級究極完全無欠大爆裂掌波ッ‼」
 ガクトは大きく息を吸い込み、一気に捲し立てた。
 ボイスコマンドを受けたタイタン・ウェイカーの、空目掛けて構えられた手のひらの穴から、赤く輝く光が生じ、次の瞬間、とてつもない太さの光線となって発射された。
 白い光線と赤い光線が上空で激突。衝撃波が波紋の如く惑星の空を伝播。
 目を開けるのがやっとな閃光の下、破格の重圧がタイタン・ウェイカーに押しかかり、ずっしりと構えられた脚部がドック・ベイにめり込む。

『シールド破損』

 タイタン・ウェイカーの警告。
(押されてる!)
 ガクトは赤い光線をもっと強く発射するよう念じる。
 赤い光線がほんの僅かに光量と太さを増すが、しかし白い光線を押し返せない。
「――う、うわぁあああああああああッ‼」
 身体の痛みが頂点に達し、ガクトは念じ続けることが困難になる。
 だがそこで、ダメージが蓄積したガクトの身体を、歌姫の歌唱魔法が癒し始めた。
 少しずつ痛みが引いていき、ガクトはより集中して念じることができるようになった。

『脚部関節圧壊 姿勢保持力低下』

「負けるな! ガクト君!」
「ぶちかませ! ガクト!」
 寺之城とリクの声。

『腕部 負荷限界突破』

「全力でぶっ放しなさい!」
『ガクトくん! 頑張って!』
 ジュリアと明玖の声。
(あなたは勝ちます!)
 アリーフェの祈り。
「ガクトォオオオオオオオオオオオオオ‼」
 歌姫の叫び。
 それらすべてが、ガクトの糧となる。彼の身体に力が漲る。
「――ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼」
 ガクトは渾身の力で叫ぶ。
 超超超超絶惑星級究極完全無欠大爆裂掌波が、さらに太くなる。少しずつ、白い光線を押し
上げ始める。
『――馬鹿な⁉』
 ベルリオーズが溢す。
 全校生徒が一丸となって、叫ぶ。

「行っけぇええええええええええええええええええええええええええええええええええッッ‼」

 地上から放たれた赤い光線が、上空から迫る白い光線を完全に押し切り、悪しき支配者を呑
み込んだ。
『この、オレ様が! 貴様らごときにッ‼』
 グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ‼
 惑星を揺るがす咆哮を残し、ベルリオーズは消滅した。

   ■

全エネルギーを使い果たし、機能を停止したタイタン・ウェイカーから地上に降り立ったガクトは、学園の生徒たちから英雄として迎えられた。
「済まないんだけど、今すぐ地下基地に行かせてくれないか? アリーフェと明玖が心配なんだ。今、地下には二人しかいない。まだ危険なモンスターがいるかもしれないから、迎えに行きたいんだ」
 というガクトの言で、休む間もなく急遽救出隊が編成された。
 ガクトが携帯で明玖と連絡を取り、彼女がシステムを操作して学園の中央にせり上がっていたドック・ベイを昇降できるようにしたおかげで、救出隊はわざわざ洞窟から基地を目指す必要なく、最短ルートで地下基地へ行くことができた。
 そうして、ガクト、ジュリア、リク、寺之城、歌姫の五人が数名の戦闘員を伴い、救出隊として明玖の下を訪れたとき、明玖の口からその事実を告げられた。

 アリーフェが死んだ。

「――さっきまで、元気で、二人で、喜んでたのに……」
 涙に濡れた明玖が両手の上に、ぐったりと横たわるアリーフェを乗せて言う。
「疲れたから眠るって言って、それっきり……」
「――うそだろ? アリーフェ、……目を開けてくれよ」
 ガクトは足の力が抜け失せ、その場に膝を落とす。
 元の世界へ帰る手段がなくなったということよりも、純粋にアリーフェの死が悲しかった。
 他の仲間たちも、勝利の喜びが完全に冷え込み、神妙な面持ちで口を噤(つぐ)んでいる。
 ガクトは戦闘時、アリーフェのテレパシーに、何らかの嫌な予感を抱いたことを思い出した。
 彼女はあのとき既に、自分の死を悟っていたのかもしれない。
「――魔力を、使い切っちゃったんだと思う……」
 魔法が存在する世界出身のリクが言った。
「あたしたちを守るために、こんな増幅炉まで使って、頑張ってくれてたんだものね……」
 と、ジュリア。
「学園長の魔法が無ければ、ガクト君のロボットが覚醒する前に、僕たちは全滅していただろう……」
 眼鏡を外し、袖で目元を拭う寺之城。

(あのぉ、皆さん?)

 そのとき、全員の脳内に、アリーフェの声が聞こえてきた。
「――え⁉ この声、アリーフェ⁉」
 歌姫が両手を耳に当てる。
(そうです。ご心配お掛けしてすみません。私は肉体こそ失いましたが、こうして【残留思念】となって、今もこの世界に留まっています)
「ど、どういうことなんだ? 君は、死んでしまったのか?」
 ガクトの問いに、アリーフェが答える。
 彼女曰く、妖精族の中で特に魔力の強い者は、死と同時に体内に溜められていた魔力に自分の意思を宿して身体から放出し、それを自分の意思でまとめることで、いわゆる【幽霊】のような状態で世界に留まることができるらしい。
「それじゃあ、あたしたちは今、アリーフェの幽霊と会話してるの?」
(あくまで例え話ですよ、ジュリアさん。そんなに青い顔にならないでください)
「――うう、よ、良かった……」
 明玖がアリーフェの小さな体を両手で持ち上げ、胸に抱き寄せる。
(明玖さん。あなたに触れることができないのは残念ですが、私はいつでも、あなたや、皆さんの傍にいます。用があればお気軽に話しかけてください)
「でもそれは、この世界に留まっていればの話だろ?」
 ガクトの問いに、「いいえ」と答えるアリーフェ。
(皆さんがそれぞれの世界に帰ったとしても、私との会話はできます。あなた方は全員、私のテレパシーを感じることができますから)
「ということは、帰還魔法も使えるの?」
 ジュリアが聞いた。
(もちろんです。ベルリオーズを倒したら、皆さんを元の世界に戻す約束ですから)
「――そっか……」
 ジュリアは小さく頷いて、ちらりとガクトを見た。
「もうこれで、みんなとお別れなのね……?」
「ええと、こう思ってるの、わたしだけかもしれないんだけどさ……」
 そこでおずおずと、歌姫が口を開く。
「――もうちょっと、ここに居たいかなーなんて……」
「あたしも同じ考えよ、歌姫。だってあたしには、帰る場所ないし……」
 ジュリアはそう言って視線を落とす。
 彼女のように、むしろ元の世界に戻りたくない境遇にある生徒が他にもいるだろう。
「アリーフェ。確認したいんだけど、帰還魔法って、いつでも使えるものなのか? 例えば、一回限りしか使えないとか、いつまでに使わなくちゃいけないとか、制約はあったりする?」
(帰還魔法は召喚魔法と同じで、消費する魔力こそ大きいですが、時間を空けて魔力を補充すれば、何度でも使えます)
「なんと! なら、みんなにアンケートしてみるというのはどうかね? それで、今すぐには帰りたくない人には、自由に残ってもらうのもありかと思うのだが……?」
 寺之城の提案に、アリーフェは「そうですね」と同意を示す。
(今の私は残留思念なので、生きていたときよりも魔力そのものに近い存在です。なので補充も容易ですし、無理して今すぐ帰る必要も特にないと思います。この世界でどれだけ長い期間を過ごしても、皆さんが元いた世界の時間経過はほとんどありませんし……)
「――だったら俺も……」
 と、ガクトは考える。
 リク、ジュリア、歌姫、明玖。
 彼女たちには、ガクトが【答え】を返すのを待ってもらっている状況なのだ。
「それじゃ、早いとこ引き揚げて、みんなにどうしたいか聞いてみるってことでおっけい?」
 歌姫がまとめて、その場にいた全員が頷いた。

   ■

 学園に戻った一同が、タイタン・ウェイカーが仁王立つドック・ベイにて行った意見集約の結果、意外にも【まだここに居たい】という意見が百パーセントを占めた。
 いつでも帰れて、且つ、元の世界では時間経過もないのであれば、もうしばらくこの【ミープティングレイス】で遊んでいたいという考えが多いようだった。
「そうだ! 戦勝祝いも兼ねて学園祭やらない? 準備だって前からしてきたわけだし」
 生徒たちの総意を知った歌姫の提案は歓迎され、これからは学園祭に止まらず、やりたくてもできなかったことをやっていこうという話でまとまった。
(それでは、……大変ではありますが、その、お片付け、しましょうか?)
 アリーフェのテレパシーが全校生徒に共有され、各々、戦い疲れた身体をほぐしながら、【戦場】の後始末に掛かる。
 散乱した空薬莢、瓦礫、ガラス片、ドラゴンの死骸など、すべてを綺麗に片づけるにはそれなりの日数が掛かるだろう。
「――ねぇ、ガクト」
 まずは手近なドック・ベイで作業を始めた直後、リクがガクトを呼んだ。
「どうした?」
「あのさ、前、岩山で話したことなんだけど……」
 ここで来たか! とガクトは一瞬狼狽える。
 まだとても、返事ができる心境ではないのだ。
 しかし。
「――ねぇ、ガクト」
 リクに何と言ったものか悩むガクトの背後から、今度はジュリアが話しかけてきた。
「え?」
「あのさ、その、――あたしを運んでくれたときのこと、覚えてる?」
【サーッ】と血の気が引くような感覚に見舞われるガクト。
 それだけに止まらず、
「お話中ごめんね、ガクトくん。ちょっといい?」
 右横から歌姫が。
「――ガクトくん。ちょっと話があるんだけど……?」
 左横から明玖がやってきた。
 四方を女子に包囲され、ガクトの頭はパニック寸前に陥る。
 女子たちはお互いに視線を交錯させ、謎の沈黙が流れる。
 ガクトはマーフォークの感知能力で、無数の青い火花を連想した。乙女たちが一つの獲物を巡って火花を散らし合うイメージが、脳内を埋め尽くす。
「……ガクト君。君というやつは、学園でファンクラブが密かに発足するほどに人気のある女子たちを何人も手元に侍らせるとは……許すまじ」
「「許すまじ……」」
 更に寺之城と大勢の男子生徒までもが、目元に影を落として、ゆらりゆらりと集まり始めた。
(アリーフェ。なんだかおかしな空気になってるんだが、どうしたらいいと思う?)
 ガクトは咄嗟に、心の中でアリーフェに助けを求める。
(南南西に、僅かですが隙があります。ここは一旦この場を離れて、気持ちの整理をつけてから向き合うのが良いと思います)
 ガクトは素早く振り返り、群がる生徒たちの間を縫うようにして南南西へと走る。
「あ! 逃げた!」
「「待てぇえええええええ!」」
(なにこれ⁉ なんで俺走ってるの⁉)
 数十人の生徒に追われながら、ガクトは何とも言いようのない気分になる。
 世界を救ったと思ったら、みんなに追い掛け回されるなんて、誰が予想できただろうか?
 学園の校舎へと逃げ込み、尚も走りながら、ガクトは思う。
(俺の異世界物語は、まだ続きそうだ)


   FIN
志稲祐 
http://ncode.syosetu.com/n7894hj/
2022年01月20日(木)20時05分 公開
■この作品の著作権は志稲祐さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
最終話の部分になります。最終話の分量が少々多いので規定に収まりきらず、二分割させていただきました。何卒宜しくお願い致します。


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2022年09月15日(木)23時57分 志稲祐  作者レス
神越さん、
お返事が大変遅くなり申し訳ございません。

お忙しい中、僕の物語を読んでくださりありがとうございます!
とても励みになるお言葉までいただき恐縮です。

まだまだ未熟者ですが、応援のお言葉を励みにこれからも挑戦を続けて参ります!

pass
2022年06月14日(火)00時20分 神越  +40点
面白いけどなー
うん、面白い。

自信持っていいと思いますよ。
31

pass
合計 1人 40点


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