SPIRIT OF NOT GIVING UP《不屈の精神》(1話〜4話まで)
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 第一話  

「――助けてください」

 突然、少女のきれいな声が聞こえた気がした。
 ガクトは思わず振り返る。ここは海の中だ。声なんてするはずがない。

「世界の自由は殺されました。あなたの助けが必要です」

 まだ頭が寝ぼけているのか、またしても声が聞こえた。
 もうひと泳ぎして、目を覚まそう。
 ガクトは頭を振り、手足を使って水を掻き始める。
 広大な海の中で、水の流れを全身に感じる。
 どこまでも続く、澄んだボニンブルーの世界。縛るものはなにもない。
 ガクトは悠々と泳ぎながら思う。
 今この瞬間、俺は自由だ。自由が殺された? 意味がわからない。
人間と違って一時間は潜っていられるし、手足の水掻きを使って意のままに前進、旋回、浮上、潜航ができる。このまま自分の意思でどこへでも行けるような気がしてくる。
一匹の豚(ぶた)イルカがやってきた。くりくりした可愛らしい黒目と、文字通りの豚鼻がトレードマークの、遊び好きな哺乳類だ。
横に並んできた豚イルカに、ガクトは微笑みかけた。きっと遊び相手が欲しいのだろう。
ガクトは泳ぐスピードを少しずつ速めていく。感覚が研ぎ澄まされ、水中を切り裂いて進む銛(もり)になったような気分になる。
豚イルカは追随してきた。
ガクトはスピードを更に速める。
豚イルカの闘争心に火がついたのか、尾ひれを力強く動かし、ガクトよりも前へと進み出た。
 速いな!
 ガクトも更に強く両足を動かす。だが、泳ぐスピードで豚イルカに離されていく。
ガクトはマーフォークの父親と人間の母親を持つハーフだ。故にマーフォークと人間、両方の特徴を持っている。姿は人間そっくりだが肌の色は青く、手足の指の間には水掻きが備わるため泳ぎは速いが、さすがに身体の形状からして、豚イルカには敵わない。
 ――さすがに、ここまでが限界だよな。
 あっさりと負けを認め、ガクトは豚イルカに手を振った。
 豚イルカは楽しさを感じたのか、円を描く華麗なターンを見せたあと、しばしの間ガクトの方を見つめ、泳ぎ去っていった。
 肩で息をする。さきほどまで感じていた解放感はいつの間にか消え失せていた。
 海面に浮上し、大きく息を吸う。
 抜けるような青空に輝く陽光が眩しい。
 東の水平線の先には、青緑色の巨大な【ブロック】が霞んで見える。宇宙銀河の中心に存在する箱状をした【ブロック】が水平線の位置に見えるということは、つまるところ早朝であることを意味する。
 ガクトは身を捻って西側を向く。少し離れたところに戻るべき陸地が見えた。
「おーい、志守(しかみ)!」
 砂浜に立つ男――人間の友人が呼んでいる。
 ガクトは、戸籍上の種族はマーフォークという扱いになっているが、厳密にはマーフォークと人間のハーフであるため、ここ父島(ちちじま)では日本名の【志守(しかみ) 岳人(ガクト)】で通っている。
「魚、獲れたか?」
「ああ、照(てらす)。まぁまぁってとこ!」
 ガクトは立ち泳ぎで砂浜へ戻りつつ、背負っていた網袋を掲げて見せた。照とは、友人の名である。
「――サンキュ! さっそく市(いち)まで売りに行こうぜ! ――あ、でもお前朝飯まだだよな? どうする? 何匹か焼いて食うか?」
 ガクトの網袋を覗いた照が言った。
 それなりに値の付きそうな大きさの魚と、食べられはするが値はさほど付かない小さな魚が数匹、網袋の中で跳ね回っている。
「そうだな! 腹ペコだよ」
 ガクトがそう言ったときだ。
突如として、強烈な頭痛に見舞われた。
「――っ⁉」
「ガクト? どうした?」
 照が心配そうにガクトの顔を覗き込む。
「急に、頭痛が……」
「マジか! 海で【クラクラ海月(くらげ)】にでも刺されたか? 頭痛とか目眩がするっていう……?」
「いや……豚イルカと遊んだくらいでなにも……」
 話している間にも、頭痛はどんどん酷くなっていく。
「――ちょっとヤバイかも」
 ガクトは思わず砂浜の上で仰向けに倒れ込む。
「お、おい! 大丈夫か⁉ ――待ってろ! 今、人を呼んでくるからな?」
 言って、血相を変えた照は村の方へと駆け出していった。
 ――何なんだ? この割れそうな頭痛は。
 頭を押さえて唸るガクトは、自分の全身が謎の白い光に包まれるのを見た。
「――えっ⁉」
 未知の現象に、ガクトは自分の頭がおかしくなったのかと思ったが、幻覚には思えなかった。
 次いで、意識が薄れ始める。目を開けていられない。
 ――俺は、どうなっちまったんだ? 
 どういうわけか、意識が薄れるにつれ、頭痛は消えていく。
 わけのわからないまま、ガクトの意識は白い光に完全に包まれ、途切れた。

「――お、おはようございます。き、気分はどうですか?」

 海の中で聞こえた、少女のきれいな声。それが再び聞こえて、ガクトは目を覚ました。
 まず見えたのは白い天井。次いで、自分の顔を覗き込む小さな(、、、)女の子。
「うわッ⁉」
「きゃっ⁉」
 初めて見る小人に仰天し、ガクトは寝ていたベッドから転落。
 小人も小さく悲鳴を上げた。
ガクトは目の前が一瞬ブラックアウトしたが、夢を見ているわけではないらしい。白くて堅い床は艶々のコーティングが施してあり、照明を反射して淡く光っている。
ここは保健室に見受けられた。ガクトが通う父島の学校にあるものとそっくりだ。
 さておき、注視すべきはベッドの上。真っ白なシーツの上にぺたんと女の子座りをしてこちらを見つめている小人(、、)だ。
「だ、大丈夫ですか⁉」
 あたふたしながら、小人は背中に生えた蝶のような羽を羽ばたかせ、ガクトの方へと飛んできた。『ぴゅるるるる』という謎の音が発せられる。
まるでゲームのSEみたいな音だ、とガクトは思った。
「あ、ああ。大丈夫……」
「よかった! な、なかなか目を覚まさないので、し、心配しました」
「君は、小人……?」
 震え声が漏れた。女の子は十センチほどの背丈しかないが、とても人形には思えない。ぱっちりとした目は瞬いているし、会話もした。
 ガクトのいた地球では、小人は空想上の生き物とされていた。それが今、目の前で微笑んでいる。
 水色の長髪は淡い輝きを放っていて、まさに人形のように整った顔はとても可愛らしい。
「も、申し遅れました。私はアリーフェ・ディーネといいまして、こ、この【ミープティングレイス学園】の、が、学園長を務めている者です」
 アリーフェと名乗った妖精は空中でぺこりとお辞儀。危険な存在ではなさそうだ。
だが、見ず知らずのガクトを前に緊張しているのか、やけに吃(ども)っている。
「――俺の見た目、そんなに恐い?」
「い、いえ! その、私、自分よりも身体の大きな方々と話すと、ど、どうしても緊張してしまって。……不快な思いをさせてしまったのでしたら、謝罪します!」
 慌てふためくアリーフェ。彼女の頭から小さな汗がピピピピっと散っているように見えた。
「いや、不快とかそういうのじゃないんだ。俺、マーフォークと人間のハーフなんだけど、危険な生き物じゃないよ?」
「そ、そうですよね! お心遣い感謝します。ちょっと、深呼吸しますね」
 アリーフェは胸に手を当て、深く息を吸って吐く。
 よく見ると、細身の体型の割に、胸はふくよかだ。
「――失礼しました。改めまして、【ミープティングレイス学園】の学園長を務めるアリーフェです」
「ミープ? ……学園?」
 ガクトは窓の外を見遣る。開け放たれたカーテン。窓の外にはどの学校にもあるようなグラウンドが見える。アリーフェも『学園』という単語を口にしていたということは、ここはどこかの学び舎らしい。
 ふと自分の姿を見れば、いつ着替えたのか、ミープティングレイス学園のものと思しき学生服を身に着けている。上着はカーキ色を基調としたシングルのブレザータイプで、白シャツに青のネクタイ。下はカーキとグレーの迷彩カラーが施されたトラウザーズ。靴下はネクタイと同色の青。ベッドの下には黒の革靴がピカピカの状態で揃えられている。
 アリーフェの服装も、ガクトのものと同じ色合いをしたブレザー、スカート、ローファーといった組み合わせだ。ただし、サイズは妖精用なので異様に小さい。
「俺、砂浜で気を失ったんだけど、なんでここに?」
「――順を追ってご説明します」
 ベッドの淵に座りなおしたガクトの前に、アリーフェは『ぴゅるるるる』と飛んできた。
「ここは、あなたがいた惑星ではありません。別の【ブロック宇宙】にある惑星です」
「なるほど。――え?」
 ガクトは思わず聞き返した。アリーフェは日本語を話しているので、言葉の意味はわかる。だがその言葉が示している意味がわからない。
 別のブロック宇宙?
「それってつまり、ここは地球とは別の、――異世界ってこと?」
「はい。簡単に言えば」
 ガクトは言葉が出てこない。驚愕と不安、高揚と衝撃が織り交ざった複雑な心境だった。
 異世界。日本のアニメや小説でもよく取り上げられるようなファンタジー世界が、まさか実在したとは。
 本来であれば、すんなりと信じられるわけがない。しかし目の前で話している小さな女の子が、すでにファンタジーの中から飛び出してきたかのような外見なのだ。
「あなたは、私が魔法でこの世界にお連れしたんです。困っていることがあって、助けてほしくて……」
「海の中で、君の声が聞こえた気がしたけど……」
「まさに私の声です。地球の言葉で言うなら、テレパシーですね」
「助けてほしいっていうのは?」
 ガクトの問いに、アリーフェは神妙な面持ちになる。
「この世界は、悪のドラゴンに支配されています。私は、――私たちは、そのドラゴンを倒すことができる者を探しているんです。あなたを呼んだのはそういう理由で……」
「そ、そうなんだ……」
 あまりにもアニメやゲームでよくある設定に酷似しているので、ガクトは返答に困る。
「――信じられませんか?」
 困ったように、アリーフェが小首を傾げる。
「いや、その、実感が沸かないっていうか、まさか自分がそんな大役のために呼ばれるなんて、思ってもみなかったっていうか……」
 なぜ勇者でもなんでもない自分が呼ばれたのか、ガクトはたずねた。
「私が別のブロック宇宙へ向けて放つテレパシーは、体質的に聞き取れる人とそうでない人がいます。私がここへ呼べるのは、聞き取れた人だけなんです」
「俺は聞き取れたから、ここへ呼ばれた?」
 こくりと頷くアリーフェ。
「あの、言い難いんだけど、ドラゴンを倒すとか、そういう危(あぶ)なそうなことはちょっと……」
 どう考えても、呼ぶ相手を間違っている。
「ドラゴンを倒せる者を探してるって言ったけど、俺はただの、――特に取柄もないマーフォークだ。……人里離れた田舎暮らしで、泳ぐのだけは得意だけど、別に他のマーフォークより秀でているわけじゃないし……」
「完璧な人なんていません。みんな得手不得手があります。あなたはあなたの得意なことを活かしてくれればいいんです」
「泳ぎでドラゴンに勝てとでも?」
 アリーフェは思いつめたような表情を浮かべる。
「実は、この島には伝説があるんです。それは、太古の昔に実在したドラゴンスレイヤーの伝説です」
「ここ、島なの?」
 ガクトが気になったのはそこだった。
「はい。この惑星に唯一存在する島で、今は1000人ほどの生徒たちが共同生活を送っています」
 異世界といえば、魔法が主流の文明が発展を遂げ、広大な大地、豊かな自然に囲まれた王国。空を見上げればそこには島が浮かび、飛空艇の交通網が構築され、個性溢れるエルフや獣人といった生き物たちが仲良く暮らす――そんなイメージだった。
「――海の上に、島が一つだけ?」
「とてつもなく大昔であれば、他にも大陸があったようなのですが、ドラゴンスレイヤーが悪事を働くドラゴンを狩り始めたときに、怒ったドラゴンの首領がドラゴンスレイヤーへの報復として氷を溶かし、この島を残してすべての大陸が沈められてしまったと言われています」
「ド、ドラゴンの首領って、そんなことまでできるの?」
 異世界のスケールは島が一つだけと、想像より遥かに小さかったが、ドラゴンの力のスケールは逆に大き過ぎた。
「この惑星どころか、この宇宙全体を支配しているのがドラゴンの首領――名前はベルリオーズといいます。その気になれば、惑星一つ吹き飛ばすこともできると思います」
 ベルリオーズ。名前だけで既に強さが伝わってくるかのような迫力がある。
ガクトの脳裏で、危険を知らせる警鐘が鳴り始めた。
 海を泳いでいると、『これ以上はダメだ』という、自分の限界や、海という自然界に潜む危険を見抜くセンス――いわゆる直感が磨かれる。
 ガクトが故郷の地球にいたときのことだ。出会う生き物に片っ端から噛み付く、全身が真っ赤な色をした凶暴なサメ――カミカミシャークと遭遇してしまったときも、その直感は大いに彼を助けた。
 カミカミシャークに気付かれる前に、ガクトは岩陰に身を潜めてやり過ごした。ガクトは最初、所持していた銛でやっつけてやろうと考えたが、ここで彼の中の直感が警鐘を鳴らし、戦わずに隠れることを促した。
 すると、なんということか。カミカミシャークは突如大爆発を引き起こして木っ端みじんになった。
 原因は爆弾だった。生態系への配慮を怠ったごく一部の人間が、危険な水棲動物対策のために、時限爆弾入りのエサを撒いており、臭いなどを巧妙に隠されたそのエサをカミカミシャークはまさに名前の通りカミカミしてしまっていたのである。
 もしガクトがカミカミシャークをやっつけるために近づいていたら、一緒に木っ端みじんになっていただろう。
そうして磨かれた直感がガクトに告げるのである。
『早いうちに退散しろ』と。
「それ、もうみんなで逃げたほうがよくない? 惑星を吹っ飛ばせるくらい強い相手なら、どう頑張っても勝てっこないよね?」
「ご尤もです。ここにいるみんなが、一度は同じことを口にしましたから……」
「なら、尚更逃げるべきだよ。君はこの島の住人だよね? 故郷を捨てるのが辛いっていうのもわかるけどさ――」
「できないんです」
「え?」
 ガクトの思考が、一瞬フリーズする。
「推測ですが、ベルリオーズは自分が支配する世界から他の生き物が逃げていくのを快く思っておらず、何らかの結界魔法を展開しているのだと思います。つまり、この世界に私たち全員を閉じ込める魔法です」
「……ということは、そのベルリオーズとかいうドラゴンの首領をやっつけないと、俺は元の世界へ帰れないってこと?」
「申し上げにくいですが、そうです。あなたも、私も、他の生徒たちも全員」
 ガクトは言葉を失った。直感が警鐘を鳴らそうと鳴らすまいと、もう既に後戻りできない状況だったのだ。
「とても身勝手なことを言っているのはわかっています。ですがこのままでは、生徒たちはこの島で生涯を全うするか、あるいは、ドラゴンに食べられてしまうでしょう。ですから、無理を承知でお願いします。どうか、力を貸してください!」
 ふわふわ浮かびながら、アリーフェは深々と頭を下げる。
「そ、そんなこと言われても……」
 急に連れて来られて、急に助けを求められても困るわけだが、ドラゴンを倒さなければ帰れないとまで言われてしまっては二の句が継げない。
「――その、ドラゴンスレイヤーだっけ? ドラゴンを殺す者って意味だよね? 伝説に残るくらい凄い人なら、本人か、その人の子孫とかに頼めばいいんじゃないの?」
 さきほどアリーフェが言っていた、ドラゴンスレイヤーの伝説。
 ガクトはその伝説に突破口を探そうとするが、
「彼は――ドラゴンスレイヤーは、太古の昔、ベルリオーズに一騎打ちを挑み、破れてしまったのです。なので、彼の血を引く子孫はいません」
 アリーフェは目を伏せつつ言った。
 ドラゴンスレイヤーなのに、逆にスレイされていたとは。
 沈黙が流れる。
 この世界に留まるしかないとして、自分には一体なにができるのか。
 そう考えるガクトは、容易く頷くことはできないでいた。
「――でも、伝説には続きがあります!」
 先に口を開いたのはアリーフェだ。彼女もまた、見ず知らずの相手を、一度来たら戻れない世界に連れてきてしまった罪悪感を抱えながら、しかし生き残るためには説得して協力を取り付けなければならない使命感に駆られ、必死なのだろう。
「ドラゴンスレイヤーは、ドラゴンの硬い皮膚を容易く切り裂く剣を愛用していました。ドラゴンに対抗できる唯一の武器です。実は、その剣が今も残っているんです。『この剣を扱う資格を持つ者だけが抜くことができる』という言い伝えとともに……」
「それが、この島に残された唯一の対抗手段なの? たった一本の剣が?」
「そうです。ベルリオーズはその剣を我が物とするために、今も在り処を探っています。剣がこの学園に隠されていると知れれば、きっと奪いに来るでしょう」
 ブロック宇宙を支配するドラゴンの身体は硬い皮膚で覆われていて、防御力が高いのは容易に想像できる。恐らくは翼もあって、空どころか宇宙を自在に飛行できるだろう。
そんなドラゴンの皮膚を簡単に切り裂ける剣があるとしても、飛ぶことができるドラゴンを一体どうやって切りつければいいのか、ガクトには疑問だった。
「――この世界を支配してるってことは、ベルリオーズは空を飛ぶくらい簡単にできるんでしょ? 空を飛ばれたら、剣で戦いようがないよね?」
 ガクトの問いに、アリーフェは困ったように微笑む。
「そ、そこのところは、なんとか頑張るんですよ」
「もしかして、ドラゴンスレイヤーが負けたのも、空を飛ぶベルリオーズに攻撃が届かなかったとか、そんなひどいオチじゃないよね?」
 はっとして目を見開くアリーフェ。
「し、仔細はわからないのですが、ベルリオーズと戦って瀕死の重傷を負ったドラゴンスレイヤーは、息を引き取る前に、『今度生まれ変わったら鳥人間になりたい』と話したそうです。まさか、彼は空を飛べなかった⁉ ドラゴンを殺す者なのに⁉」
「いや、そんなショック受けたような顔されても……」
 この妖精さんはちょっと天然なところがある、とガクトは思った。
「ますます困りました……現状、この島に空を飛んで戦える人は一人しかいません」
「え、いるの⁉ なら、その人にお願いして戦ってもらえば――」
 アリーフェは首を横に振る。
「彼女(、、)は、剣に受け入れられませんでした。剣を抜くことができなかったんです」
「その人は、選ばれし者ではなかったということ?」
「今のところ、この島にいる全員が、剣を抜けませんでした……」
 視線を伏せるアリーフェ。
「ええと、それじゃあ今度は、新参者の俺が剣を抜けるかどうか、試す番ってこと?」
「――はい。ぜひともお願いします」
 と、アリーフェはもう一度頭を下げる。
「そんなに畏(かしこ)まらないでいいよ。さっきも言ったけど、俺はただのマーフォークと人間のハーフ。たぶん、君の期待には応えられない」
「……剣を抜くことに、挑戦してはくれないということですか?」
「いや、それはやるよ。やってみるから!」
アリーフェが今にも泣きだしそうな顔をしていたために、一先ず頷くガクト。
「ありがとうございます!」
 途端、アリーフェの顔がぱぁっと明るくなる。嬉しさに見開かれた目から一筋の涙が零れた。
 何かの番組の壮大なドッキリだとは思えないし、アリーフェが嘘を言っているとも思えない。
 同時に、自分がとてつもなくシリアスな状況下に置かれているという緊張感がじわじわと沸き起こってきた。
「お体の具合に問題が無いようでしたら、一緒に来てください。ちょうど朝礼の時間なので、みんなに紹介します」
 促されるまま、ガクトはアリーフェに続いて校内を歩く。
 そういえば、誰が俺に学生服を着せたのだろうか? と、ガクトは疑問に思ったが、考える方向によってはあられもない想像が広がりそうなので、アリーフェが魔法で服を着せてくれたということにする。
 校舎は400メートルトラックよりも一回り広いグラウンドを、まるで城郭のように四角く囲む形で建っており、四つある角の部分には尖った屋根を持つ塔が聳えている。
 アリーフェ曰く、元々は城だった建物を魔法で改装し、学校として利用しているらしい。言われてみれば、部屋自体はガクトも見覚えがある現代風な内装になっているが、廊下や校舎の外側は基本的に石造りだ。
「学園の名前、ミープティングレイスだっけ? どんな意味があるんだ?」
 緊張感に苛まれたガクトは口数が減り、アリーフェとの会話に沈黙が増えてきたので、そう質問してみた。
「ミープティングレイスは、この惑星の名前なんです。かつて存在した古代文明の言葉で、集結地点という意味があります」
 アリーフェ曰く、この学園はアリーフェが始めたもので、当初は名前すら無かったらしい。
「――なので、惑星の名前を取って、【ミープティングレイス学園】となりました。今この島で暮らす生徒たちがつけてくれたんです。最近では『ミー学』といって略したパターンも広まってるんですよ?」
 アリーフェは嬉しそうにガクトを振り向く。
彼女は、とても長寿な妖精の一族で、古代文明の唯一の生き残り。
そのアリーフェがドラゴン打倒のために少しずつ年若い者を呼び集め、今のような規模まで大きくなったということらしい。
 この学園の生徒は全員ガクトと同じように、アリーフェの召喚魔法によって連れて来られた。そしてアリーフェの話を聞き、元の世界に戻るには悪のドラゴンを倒さなければならないという事実を受け入れ、できることを模索しつつ共同生活を送っているという。
「君の魔法でここへ連れてきたのなら、送り返すこともできるんじゃないの?」
 ガクトの質問に、アリーフェは申し訳なさそうに首を振った。
「それが無理なんです。私も何度も試してはいるのですが、どうしても失敗に終わってしまって……」
「だから、ドラゴンによる妨害の説があるわけか……」
 ドラゴンを倒さない限り、元の世界には戻れない。
 どうしようもない状況は、受け入れざるを得ない。
 否が応でも協力せざるを得ない状況ということだ。
 ガクトが通されたのは、グラウンドの地下に設けられた体育館。グラウンドの隅には通気兼照明用のダクトが掘られており、そのダクトから鏡を使って、陽の光をある程度地下の体育館に取り入れているらしかった。体育館の天井に取り付けられたライトと相まってかなり明るい。
 館内には総勢一千人の全校生徒が揃って床に座っており、学園長アリーフェに連れられてきたガクトへ一斉に視線を投げかけてきた。
 新参の自分へ向けられる多くの視線に、ガクトは居心地の悪さを覚えると共に、幼少の頃の苦い記憶を思い出す。
 ガクトがいた地球においてマーフォークは、その数の少なさから人間社会において奇異の眼差しで見られることが少なくなかった。
 特に幼い子供同士の交流では、その未熟さ故、デリカシーに欠けた発言もあった。
 そうした過去の記憶が、トラウマと言うほどの傷ではないが、しかしガクトの心に確かに残っていた。
 だから、どうしても脳裏を過る。
 受け入れられなかったら、どうしよう?
「おい見ろよ、きっと新しい仲間だぜ。あれ絶対水属性の種族だろ。泳ぐの上手そう」
「頭の触覚、なんだかかわいい」
 だが、漏れ聞こえてくる会話の内容は、意外にもポジティブだ。
「肌の色きれい! 水色なんて初めて見た!」
「けっこうイケメンじゃない?」
 恥ずかしさが増してきて、ガクトは思わず顔を下向ける。
「――お、おはようございます、みみ皆さん! が、学園が始まってから、き、今日でちょうど一年が経ちました!」
 さきほどまでは落ち着いて話すことができていたアリーフェだが、自分よりも身体が大きい種族をたくさん前にすると、やはり吃ってしまうらしい。一年経っても慣れないのは、アリーフェの性分によるものだろう。
「毎日言ってますが、可愛いですよ学園長!」
「今日は天気もいいし、午前の勉強はやめて狩りに行きませんか?」
 生徒たちもそんなアリーフェを前にして、冗談を飛ばしながらも傾聴の姿勢を崩さない。
「この記念すべき日に、新しい仲間が来てくれましたので紹介します!」
 どうぞ、とアリーフェが耳打ちした。
「ええと、初めまして。地球っていう星から来ました。マーフォークっていう、泳ぎが得意な種族です。でも俺は人間とのハーフで、名前は志守(しかみ)岳人(がくと)と言います」
 ガクトが簡単に自己紹介すると、生徒たちが騒めき始めた。
 会話のいくつかを、ガクトは触覚と聴覚を使って聞き取ってみる。
「――聞いたか? 地球から来たってよ」
「お前も地球出身だよな? マーフォークって種族いたか?」
「わたしの知る限り、いなかったと思う……」
 他にも地球から来た生徒がいるようだが、マーフォークを見たことがないらしい。
 ざっと見渡しても、生徒の中にマーフォークの姿は見られない。エルフや獣人らしき影はあるが、多くは人間だ。
「あの、ついさっき来たばかりで、まだこの島のこと、ほとんど何も知らない状況なので、いろいろ教えてください。よろしくお願いします」
 ガクトがお辞儀をすると、生徒たちの中から質問が飛ぶ。
「マーフォークって、水の中の生き物でしょ? 地上にいて大丈夫なの?」
「マーフォークもアニメとか見たりする?」
「何歳ですか?」
「彼氏いますか?」
「し、質問タイムはあとにしてくださーい!」
 アリーフェが小さな身体で声を張り上げる。
「いつものように、い、今から彼に剣を抜いてもらいたいと思います!」
 アリーフェがそう言って指示した方向にガクトは顔を向ける。
 見れば、壇上の中央に置かれた台座に、一振りの剣が突き立てられていた。
ガクトはさほど武具に詳しくはないが、地元で漁に使う武器を手入れした経験があるので、それなりに物の状態はわかる。
 精巧に作られた十字架のような形をした剣は、しかしよく見ると刃こぼれが目立ち、束の部分に施された装飾の宝玉も輝きを失い、物寂しさが漂っている。
「これが、伝説の剣?」
「はい。その名も【竜斬剣(スレイヤー)】といい、かつてドラゴンスレイヤーが愛用していたものです!」
 ガクトには、とても伝説の剣と呼べるほどの代物には見えなかった。誰も抜くことができないのであれば、手入れもできていないのだろう。
 アリーフェを始め、学園の生徒たちの視線が痛いほどに感じられる。
「さぁ、どうぞ!」
 アリーフェに小声で促され、ガクトはおずおずと台座の前へ進み出た。
 すると、あろうことか、ガクトの目の前で剣がバランスを崩して傾ぎ、そのまま真横へ倒れ始めた。
「あぁあッ!」
 慌てて手を差し出すガクトだが間に合わず、けたたましい金属音が体育館中に響き渡った。
「うそ……」
「抜いた……?」
「選ばれし者……?」
 ちらほらとつぶやき声が聞こえ、

「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」

 歓声が爆発した。
「えっ⁉ いや、今のは――」
 狼狽えるガクトの声は生徒たちの大歓声に虚しく掻き消された。
「やった! ついに来た! 救世主だ!」
「このときを待ってたぜ!」
「諦めないで生きててよかったぁあ!」
 この島の生徒は全員、剣を抜くことができなかった。故に仕方なく、いつか剣を抜くことのできる者が現れるのを信じ、みんなで協力して一年もの期間を生きてきたのだ。
「――私を含め、みんながこの瞬間を待っていました」
 潤んだ目で、アリーフェが言う。近場に居た彼女も、剣が独りでに倒れたことに気付いていないようだ。
 念願が叶ったということは、ドラゴンに対抗できる戦力が現れたということ。
 そしてそれは、みんなが元の世界に帰れる可能性が出てきたことを意味する。
「いえ、この剣は僕が抜いたんじゃなくて――」
 ガクトがアリーフェに、剣が勝手に倒れたことを説明しようとしたときだった。

「うるさぁああああああああああああああああああぃ‼」

 突如として、一千人の生徒たちの歓声を上回る黄色い声が轟いた。
 静まった生徒たちが一斉に振り返る先で、一人の小柄な少女が立ち上がっていた。
「剣を抜けたからって安心しちゃダメよ! そこの青い奴がどれだけの実力を持っているのかわからないのに、有頂天になるのは危険だわ!」
 黄色い声の主は、背丈百二十センチくらいの小さな少女だった。声の幼さからして、人間の年齢でいえば六歳くらいだろうか。頭の後ろで一つに結わえた茶色の髪はさらさらだ。
「ジュリアさんの言う通りです。ガクトさんにはこのあと、生徒会室でいろいろと話を聞かせてもらうつもりです」
 小さな少女の名はジュリアというらしい。
「では、この場はいつも通りに進めてもいいですね? 寺之城(てらのじょう)のアホがいないから、あたしが進行します」
「あら、寺之城くんはいないのですか? 体調不良かもしれないので、あとで誰か、彼を見に行ってあげてください」
 と、アリーフェはジュリアに頷き、ジュリアは一同に向き直る。
「各班のリーダーは連絡事項があればここで共有して頂戴」
 すると、座っていた生徒たちの中から順番に生徒が立ち上がり、状況を報告し始めた。完全に説明するタイミングを見失うガクト。
「食料班です。先週に続いて、昨日も狩りの収穫がイマイチでした。今の食料の備蓄量は二割くらいなので、近日中に総出で狩りに出て、大物を獲る必要があるかと思います」
「設備班です。この前、ジュリア隊長が寺之城(てらのじょう)先輩を投げつけてぶっこわした電波塔ですけど、昨日どうにか復旧したので、いつも通り携帯電話使用できます」
「女子会からです。昨日の夜、食堂の冷蔵庫に入れておいた特製ケーキを盗み食いした犯人を捜してます。白状するなら楽に殺してあげます。悪いことは言わないのであとで私のところへ来てください。殺します」
 殺すと予告されて薄情する者はいないのでは? と思うガクト。
「なんだと⁉ 女子会はただでさえ貴重な砂糖を大量に使ってそんなもん作っていやがったのか⁉」
「ずるいぞ!」
 男子陣から抗議の声が上がる。
「頑張ってるみんなに一つずつ配る予定だった、小さなシフォンケーキよ。それが一気に一〇個くらい減っていたの」
 と、女子会の少女は説明。
 みんなのおやつをつまみ食いする大罪を犯した奴は誰だ、とみんなが顔を見合わせたときだ。
 突如、どこからか警報が聞こえてきた。
 ゥウウウウウウウウウウ! と、長く響き渡る警報に生徒たちは大慌て。
「見張り台に連絡して状況確認!」
 ジュリアが数名の生徒に指示を出し、
「みみみ、みなさん落ち着いて! 訓練通り持ち場に向かってください!」
 アリーフェがあたふた飛び回る。
「敵襲か⁉」
「ドラゴンの奴らが来やがったのか!」
 生徒たちは口々に騒ぎ立てながら大急ぎで地上へと向かう。
 聞こえてきたドラゴンという言葉。
 どうやら、ただごとではない何かが起きているようだ。
 ぽつん、と取り残されたガクトは握りしめていた剣を見つめる。
 生徒たちは皆この剣に大きな期待を寄せている様子だったが、こんなにボロボロの状態では、とてもドラゴンを倒せるとは思えない。
「いろいろ急展開でごめんなさい!」
 ぴゅるるるる、とアリーフェが飛んできた。
「この警報って、ドラゴンが来たことを知らせるものだったりする?」
「その通りです! 一緒に来てください!」
「まじかよ……」
 アリーフェが小さな手で、狼狽えるガクトの制服を摘まんで引っ張る。
「まさか、こんなボロい剣で俺に戦えって言うのか⁉」
「その通りです! ほんとにすみませんけどお願いします!」
「俺はただのマーフォークなんだってば! 空なんて飛べないよ!」
「そこは他の生徒たちがなんとかしてくれます! あなたは、ドラゴンが地上に降りたところを狙って斬りつけてください!」
「そんな行き当たりばったりで闇雲に戦っても、勝てる気がしないって!」
 ガクトは剣を持つ己の手が震えていることに気付いた。無理だとわかっていても受け入れざるを得ない現実に、恐怖しているのだ。
「あなたが戦わなければ、この島はおしまいです! 勇気を出してください!」
 アリーフェの言う通り、今はとにかく行動するしかない。
 一先ず地上へ行って、状況を確認する必要がある。
「――ああもう! わかったよ! 行けばいいんでしょ?」
 ガクトはアリーフェに続いて地上へと向かう。
 階段を昇り切った先に延びる石畳の廊下を走り、昔は城門として機能していたと見受けられるアーチを潜って学園の外へ。
 そこは、周囲を山に囲まれた盆地だった。
 太陽に似た恒星が放つ白い日差しの下で、切り立つ岩山が輪を描くようにして連なり、その中央の窪んだ土地に、四角形の校舎が建っているのだ。
 アーチを出てすぐ、岩山に向かって何本もの道が分かれて伸びており、生徒たちはそれらの道のスタート地点で一塊になっていた。
 警報は鳴り止んでおり、快晴の青空にドラゴンの姿はない。
「――あら? これはいったい……?」
 ガクトのとなりで羽をぱたぱたさせながら、アリーフェが首を傾げる。
 一同が立ち尽くして見つめる先に一本の鉄塔が建っており、そのてっぺんに人影があった。

「ッハーッハッハッハッハ!」

 その人影は、舞台俳優が歌うようなテノール調の声で高らかに笑う。
「素晴らしい! 素晴らしいぞみんな! 僕が警報を鳴らしてから、たった一三〇秒でここまで来るとは! 半年前よりも一〇秒短縮されている!」
 雲が日差しを遮り、人影のシルエットが露わになる。
 引き締まった身体つきの高身長で、金縁の丸い眼鏡を掛けた人間の男子生徒だ。黒い短髪と色白の肌に、爽やかな笑顔。文句なしのイケメンに分類される。
 彼は鉄塔のてっぺん――屋根付きの足場に立っており、そこにずらりと取り付けられたスピーカーに細工して、警報を鳴らしたらしい。いくつものスピーカーが東西南北に向けられているので、広範囲に響き渡るようになっている。
「寺之城(てらのじょう)! お前またやりやがったな⁉」
「朝礼すっぽかして何やってるのよ⁉」
「笑えねぇ冗談はよせよ! ドラゴンが来たと思って危うく漏らすところだぞ! 半分で止まったからいいけど!」
「――いや、半分漏らしてんじゃねーか!」
 生徒たちから数々の野次が飛ぶ。
「なぁに、抜き打ちでみんなの対応力を試しただけさ! たまにはいいものだろう?」
 と、胸を張る寺之城は野次などどこ吹く風といった様子である。
「寺之城くん! あなたのやったことを間違っているとは言いません。でも、いくらなんでもタイミングが悪すぎます! 救世主がようやく来てくれたので、いろいろと説明をしようとしていたところなんです」
 アリーフェの言に、それまで爽やかな笑顔を浮かべていた寺之城の表情が真顔になる。
「救世主? が、学園長。それは本当かね?」
「本当です。1000人の生徒が抜けなかった剣を、彼が抜いたんです!」
 アリーフェがガクトを手で示す。
 寺之城の眼鏡が光り、ガクトの方を向いた。
「――君が、選ばれし勇者か?」
「……いや、僕は――」
 剣が勝手に倒れただけで、自分が抜いたわけではないことを説明するべきなのはわかっている。しかし、ガクトは再び大勢の視線を感じ、委縮してうまく言葉を紡げない。
「いきなり見知らぬ場所に連れて来られて恐いんだろう? わかるさ。僕も初めは恐かった。特にそこのロリ貧乳(ひんにゅう)怪力(かいりき)メカ娘(むすめ)とか、何度も僕を殺そうとしてきたからね」
 と、寺之城はジュリアの方を指差す。
「その辺にしておかないと、またあんたを殺そうとするわよ?」
 額に血管を浮かび上がらせたジュリアが引き攣った笑みを浮かべた。確かに恐い。
「でも大丈夫。ここにいる連中はみんないい奴だし、一週間もすれば慣れるさ。状況は芳しくないが、みんなで乗り切って行こうじゃないか!」
 寺之城が親指を立てて、白い歯を煌めかせる。
「あの、俺が剣を抜いたって話だけど、実は――」
「こうして遥か彼方の、どこだかわからん辺境の惑星で出会ったのは何かの縁だ。申し遅れたが、僕は寺之城(てらのじょう)大和(やまと)。――そうだ、この出会いに乾杯しよう! これを受け取ってくれ!」
 ガクトが意を決して説明しようとした途端、寺之城は見張り台から何か小さなものをガクトに放ってよこした。
「う、うぉっと⁉」
 両手ですくうようにキャッチしたガクトは、それの正体を確認。
 てのひらサイズのシフォンケーキだ。
「ケーキといった甘いおやつは、この島では滅多に食べられない貴重品だが、君は勇者だ! 貴重な僕の蓄えを分けるにふさわしい!」
 言って、寺之城もどこからともなく取り出したシフォンケーキを掲げ、
「――乾杯!」
 ぱく。
 なんとも美味しそうな満面の笑みでもぐもぐし始めた。
 ついさっき体育館で交わされた連絡事項の内容を覚えているガクトは、シフォンケーキを食べることができない。
 1000人の生徒たち――その中から、筆舌に尽くしがたい殺気が立ち昇り始めたからだ。
 まず目についたのはジュリアだ。顔を俯かせ、握りしめた拳をギリギリと震わせている。
 次に、女子会を取りまとめているらしい女子の面々も、表情に影を落として俯き、ぶつぶつと何かを呟いている。
 ゆらゆら、めらめらと、女子たちが放つその気(、)は周囲の空気を染め上げる。心なしか大地までもが恐怖に慄いて揺れているかのように感じられた。
「――んんん! うまい! ケーキを食べたのは地球にいたとき以来だから、一年ぶりということになるな!」
「――あのぉ、寺之城くん?」
 女子たちの殺気にあてられてワナワナ震えるアリーフェが、真っ青な顔で問う。
「そのシフォンケーキ、どこで入手したんですか?」
「これはですね、食堂の冷蔵庫の中で、パレットにずらりと並べて置かれていたものです。誰のものかはわかりませんが、きっとみんなに配ろうとしてくれていたのでしょう。でもあまりにも数が多いように見えたから、配るのが大変だろうと考え、自分と生徒会メンバーの分を拝借したんです」
 あくまで寺之城は親切心からその行為に及んだらしい。
 きっと彼は嘘がつけないタイプで、悪いやつではないのかもしれない。ただ、さすがにつまみ食いは看過(かんか)されないだろう、とガクトは思った。
「ジュリア隊長」
「なにかしら?」
「寺之城(あいつ)を八つ裂きにしようと思うんだけど」
「いいわね。あたしも同じことを考えていたところよ」
「そっかぁ! 奇遇だね!」
「そうね。うふふふ」
「あははは」
「「あはははははは!」」
 女子たちが乾いた笑い声を響かせ始め、男子たちは恐怖のあまり全身をバイブレーションさせながら、ぞろぞろと校舎の入り口へ退いていく。
「――あれ? なんだか、変な空気になっていないかね?」
 さすがの寺之城も女子たちが満面の笑顔を浮かべながら見張り台を包囲するのを見て、異変を察知したようだ。

「てめぇはあたしらを、怒らせたんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼」

 ジュリアがそう叫びながら鉄塔の支柱に抱きつき、あろうことか、尋常ではない力でその支柱を持ち上げ引き抜いた。
「「オラオラオラオラオラァアアアアアア‼」」
そして他の女子たちの力も加わって、鉄塔を寺之城ごと放り投げた。
「「あぁあああっ! 苦労して建てた音響台がぁああああああ‼」」
 設備班の男子たちが泣き叫ぶ。鉄塔は音響台の用途で建てられていたらしい。
 女の子を怒らせてはいけない。と、ガクトは胸に刻むのだった。

   ■

惑星【ミープティングレイス】は大半が海洋に囲まれた、地球と酷似した環境の惑星である。
 その広大な海洋にぽつんと浮かぶ島を、住人たちは【学園島】と呼ぶ。
 学園島の中心には、遥か昔に火山活動を停止した死火山が聳えており、その火口跡の窪みに、【ミープティングレイス】学園が聳える。
 学園から火口の外へと伸びる複数の道は、輪を成して火口の淵を形成する小さな岩山を下った先にある街エリアや自然エリアへと続いており、生徒たちは学園での生活の息抜きに街エリアへと繰り出したり、あるいは食料を調達するために自然エリアへ出向き、そこに生息する食用可能なモンスターを狩ったりして生活を続けている。
 中央の山から見て、島の南側は街エリア。東側は平原エリア。西側は岩山エリア。北側は森エリアとなっており、島の総面積は地球でいうところの伊豆大島と同等である。
「――北側の森には、絶対に一人では近づかないこと。あの森には危険なモンスターがたくさんいるの」
 寺之城が起こした今朝の騒動が一段落し、ガクトは生徒会室へと招かれ、ジュリアから島の説明を受けていた。
 学園島の気候は安定していて、一年中二十五度前後を上下しているとのことだ。雨が多いことを除けば、かなり過ごしやすい島らしい。
「特に夜になるとヤバイわ。中には、この山の麓まで這い出してくる輩もいるから」
 ジュリアの話を聞くガクトが、通称・銃眼(じゅうがん)と呼ばれる、ガラスの無い四角窓から北の大地を見下ろすと、学園を取り囲む山の先に、森が北の海の方までびっしり広がっているのが確認できた。
 生徒会室は、学園の校舎に四つある塔のうち、北側に建つ【ダイヤの塔】の最上階にある。
 石造りの部屋には絨毯が敷き詰められ、壁には様々な情報を記した紙が貼りつけられた掲示板の他、木製の本棚や戸棚があり、生徒会活動に必要な備品が揃っている。
 部屋の中央には、背の低い丸テーブルを挟んで長椅子が二つ向かい合わせに置かれ、部屋の窓際には学園長用の荘厳な木製デスクが構えられ、その上にちょこんと、アリーフェサイズのミニデスクが置かれている。
 アリーフェは特注のミニデスクの横にどかんと置かれた湯呑みにストローを入れ、中のお茶を両手で掴んだストローから『ちゅー』と吸った途端、あまりの熱さにむせ返っている。
「基本的には、この学園で決められたルールに従ってもらいたい。でないと、今の僕みたいなことになるからね!」
 と、顔がジャガイモのように歪に変形した寺之城が、学園長デスクの古びたソファにぐったりと身を埋めつつ言った。女子たちの壮絶な粛清を受け、肉塊になる寸前まで痛めつけられたのだ。
 モンスターがどれだけ危険なのかは知らないが、少なくともこの学園の女子陣より危険度は低いのではないかと内心思うガクトである。
 ちなみに、女子たちの怪力によって今朝倒壊させられた鉄塔もとい音響台は、設備班の男子たちがしくしくと泣きながら再建作業を行っている。
「例の、悪いドラゴン――ベルリオーズだっけ? そいつはどこにいるんだ?」
「この島にはいない。空に薄っすら見えるブロックがあるでしょう? そこにいると考えられてるわ」
 ガクトの質問に、コーヒーを口にしたジュリアが答えた。彼女の見た目は幼女だが、年はガクトと同じ十七歳らしく、落ち着いた物腰で長椅子に腰かけている。
「ブロック宇宙って?」
 そもそも、ガクトにはその言葉自体がよくわからなかった。
「とてつもなく大きなブロックが中心になって、一つの宇宙が構築された世界のことをそう呼ぶんだ。君がいた世界には無かったのかい? 空にデカデカと浮かんで見えなかった?」
「あったよ。青緑色のやつ。俺がいた地球では、ブロックが何なのか、何のためにあるのか全然解明されてなかった。ただそこにあるのが当たり前のものでしかなかったな……」
 寺之城の問いで、ガクトは故郷を想う。自分がいなくなって、みんなに心配をかけてしまっているに違いない。
「僕は君の故郷が地球だという話が気になっている。というのも、実は僕も地球出身だからなんだ」
 衝撃の話だった。寺之城曰く、彼がいた地球には、マーフォークはおろか、人間以外に言葉を話す種族は存在しないというのだ。
「動物はたくさんいたのだが、エルフも獣人も、マーフォークもいない。だから初めてこっちに来たときは驚いたものさ。妖精のアリーフェ学園長を見て腰を抜かしたのを覚えている」
「だいたい、みんな似たようなリアクションをしてましたね。私のような妖精(ようせい)族(ぞく)は特にめずらしいみたいで……」
 寺之城にアリーフェが相槌を打った。
「ちなみに、あたしも地球出身よ。でもあんたたちがいたっていう地球とはちょっと事情が違うわ。未知の生命体と戦争をしてたから……」
 と、ジュリアも故郷のことについて述べる。
「通称【デーモン】って言って、超能力を操る種族が地球を侵略してきたの。全身を黒い靄が覆ってて、正体がよくわからない不気味な連中よ。だからデーモンって名前がついた。そいつの死体を見て、初めて本当の姿を知ったけど、デーモンというよりかは、ドラゴンと人間を足して二で割ったような感じだった。竜人(りゅうじん)って言えばなんとなくわかるかしら?」
「ゲームで言う、リザードマンのようなイメージだと思っているよ」
「それ、あんたの地球で人気のゲームでしょう? あたしやガクトはわからないわよ」
 ガクトは、頭の部分が厳めしいドラゴンで、身体が筋骨隆々の人間を想像した。
「――それはさて置いてだね、ここからが興味深いのだが、ジュリア君がいた地球では、黒いブロックが見えていたと言うんだ」
 寺之城の言(げん)で、ガクトはこの島から見えたブロックの色を思い出す。
 まず、一番大きくてはっきりと視認できたのが、ブラウンとライトブルーの迷彩柄ブロック。
遥か遠い空に薄っすらと霞んで見えたのが、赤と黄色の迷彩柄ブロックと、青と黒の迷彩柄ブロック。そして、黒いブロックの計四つだった。
「――もしかして、ジュリアがいたブロック宇宙の黒いブロックが、この島から見えてる?」
 ガクトの問いに、寺之城は頷く。
「そう仮定するとね、この島に残る伝説とリンクし始めるんだ」
「伝説っていうと、この剣か? この世界を支配する悪のドラゴンに傷をつけた唯一の武器だっていう……」
 ガクトは丸テーブルに置いた抜き身の剣――【竜斬剣(スレイヤー)】を徐(おもむろ)に見つめる。
「おお、学園長からそこまでは聞いているわけだね?」
 それは伝説の一部分だと、寺之城は言う。
「――伝説によるとだね、ドラゴンが支配するブロック宇宙は全部で六つ。そしてそれら六つのブロック宇宙が環状(かんじょう)に並んでいて、その環の中心に【中央世界】なるものが存在しているというんだ」
「あたしがいた地球を襲ったデーモンを、ドラゴンという種族に分類するとしたら、今あたしたちがいるブロック宇宙と、あたしが元いたブロック宇宙は、伝説にある六つのブロック宇宙のうちの二つという解釈もできるわけ。現に、この島から黒いブロックが見えるわけだし」
 寺之城の話に、ジュリアが補足した。
「聞いてのとおり、この島には、いくつものブロック宇宙から転移してきた人たちが集まっています。私自身、ここまでたくさんのブロック宇宙が存在しているとは知りませんでしたが、人が増えるにつれてブロック宇宙の情報も増え、私たちなりの仮説を立てたんです」
 アリーフェによれば、島に集まった生徒たちの情報を繋ぎ合わせ、ブロックを中心にして広がる宇宙を【ブロック宇宙】と呼び、そのブロック宇宙が複数存在しているのではないかという考えに至ったらしい。
「――ただ、どうして宇宙の中心に巨大なブロックが存在するのか、その正体や目的は一切不明なままだがね」
 知的な寺之城も、そこまでは推測できないらしい。
「今のあたしたちに重要なのは、このブロック宇宙を支配するベルリオーズを倒さないと、元の世界に帰れないってことよ。そしてそのベルリオーズは、今ガクトの前に置いてある剣を探してる。剣の存在を悟られたら、きっと襲ってくるわ」
 と、ジュリア。
「つまり、私たちがやらなければならないのは、ドラゴンがいつ襲ってきても対抗できるように、戦う準備を整えること。ガクトさんにすべてを押し付けるわけではありません。島にいる全員ができることをやって、全力でガクトさんをサポートします」
 アリーフェの言に、剣のことで口を挟もうとするガクトだが、彼女の話は続く。
「ガクトさんにはまだ話していませんでしたが、この島の地下には広大な地下ダンジョンがあります。私がまだ幼かった頃に栄えていた古代人たちの手で、ドラゴンから秘密を守る目的で作られたものです」
 かつてこの島に存在した古代人たちが、地下施設を築くことでドラゴンから守り抜いた秘密。それが何なのかはアリーフェにもわからないらしいが、どうやらガクトが持つ剣――【竜斬剣(スレイヤー)】が深く関わるもののようだ。
「僕たちは学園の精鋭を集めて、定期的に地下ダンジョンに潜って調査を続けているんだ。解読不能の暗号や開かずの扉も多く残っていて、まだすべてを解明したわけではないのだが、これまで解読できた情報から推測するに、恐らく竜斬剣(スレイヤー)を使ってドラゴンを倒すための重要な情報が隠されていると見ている」
 寺之城は、できることなら地下に寝泊まりしてでも調査を続けたいと言うが、問題があるらしく、
「――地下ダンジョンへの入り口は島の至る所にあるんだが、北の森に棲息するモンスターの一部がいつからか地下ダンジョンへ入り込んでいてね。そこで縄張りを形成しているものだから、調査に入るだけで危険を伴うのだよ。精鋭を集めて潜るのはそれが理由さ」
 解読不能な暗号に開かずの扉。そこに危険なモンスターまで入ってしまっては、秘密の解明も思うように進まない。
「他にも、食べていくために狩りをしたり、畑で野菜を育てたり、合間に勉強を挟んだり戦闘訓練したりで、いろいろとやること尽くしなのよね」
 と、ジュリアが付け加える。
 集団で生活する以上、大量の食糧が不可欠になるため、生命維持に必要なものを揃えるための時間も要求されるのだ。
今朝はぶちのめす側とぶちのめされる側に分かれていたが、ジュリアと寺之城は意外と会話の呼吸が合っているかもな、とガクトは思った。
「この島には地球にあるような家電製品と用途が全く同じ道具が揃っていてね。街に繰り出せば必要なものは大抵手に入る。オーブンとか冷蔵庫とかね。狩った獲物はそこで調理したりするんだ」
 と、寺之城。
 かつて栄えた古代文明は魔法が主流で、今でもその魔法技術の一部が残っており、地球で言うところの電気のようなエネルギーが魔法導線を介して島中に行き渡っている。救いなのは、その魔導エネルギーを使って動作する、これまた地球で言うところの家電製品と同じような生活道具が今も機能しており、必要最低限の生活環境が整っている点だという。
「今朝ガクト君に渡したシフォンケーキも、そういった設備で作られたものなのだよ。――ふんぐッ⁉」
「食べ物の恨みは戦争のきっかけになるくらい恐いものだから、覚えておきなさいね?」
 寺之城の脛を蹴り飛ばしたジュリアが、目元に影が差した状態で笑う。
「――は、話が逸れたが、僕たちがやらなければならないことをまとめよう」
 寺之城はジュリアの前から逃げるように立ち上がって黒板の前に立つと、チョークを手にして書き込んでいく。
・ガクト君に学園を案内
・全員分の食料を確保
・地下ダンジョンの調査
・シフォンケーキをつまみ食いしたことの謝罪回り
「こんな感じで手分けして動こうと思います。学園長」
「最後のはあんた一人でやることよね?」
 笑顔を貼り付けたままのジュリアが言ったときだ。
「――ごめん学園長。これだけしか獲れなかった」
生徒会室に、フードを被った女子生徒が現れた。一六〇センチ弱の平均的な身長。引き締まった身体に学園の女子制服を纏い、その上にフード付きジャケットを羽織っている。
「あらリクさん、お帰りなさい。朝早くから、ありがとうございます」
『ぴゅるるるる』という独特な飛行音をさせてアリーフェがデスクから飛び立ち、フードを目深に被る人物の方へ。
「鳥が全部で五羽。小さく分けても20人分くらいにしかならない」
 リクと呼ばれた女の子は、少し低めのよく通る声で言い、肩に担いでいた布袋を床に置いた。
アリーフェが袋の淵から中を覗く。
「あんたにしては少ないわね。何かあったの?」
 というジュリアの問いに、リクは深刻そうな声で答える。
「――ドラゴンを見た」
 途端、一同の視線がリクへ集中する。
「ふむ……」
「一ヵ月ぶりですね……」
 寺之城とアリーフェが神妙な表情を浮かべた。
 ジュリアが問う。
「大きさは?」
「三メートルくらいの小型。いつもの巡回だと思う」
 リクは学園の食糧難を救おうと、早朝から単身で狩りに出かけ、その先でドラゴンを見たため、長らく身を隠していたのだという。
 竜斬剣(スレイヤー)を見かけたら、その小型ドラゴンが首領へと報告することになっているらしい。
「もしかして、剣の存在をドラゴンたちに気付かれたか?」
 寺之城が眉を寄せて腕を組む。
「剣には柄の部分に4つの宝玉が装飾されてあるのですが、現状、その宝玉はすべて光を失っていて、これは剣が本来の力を失くしていることを意味します」
 アリーフェが丸テーブルの剣の真上に飛んでいき、柄の部分を指差す。
「――何らかの方法で宝玉を光らせて、剣の力を復元する必要があるのですが、恐らくドラゴンが剣の存在を察知するのは、復元したタイミングだと考えています。こうして地下の体育館から地上に持ち出していますが、ドラゴンが来ていませんので」
「誰かが剣を抜いた瞬間に光るものと思ってたけど、まだ何らかの条件を満たす必要があるってことね。――ガクト、条件が何なのか知ってる?」
 ジュリアの問いに、ガクトは肩を竦める。
「悪いけど、俺はなにも。剣のことを知ったのも今朝が初めてだし」
 剣を抜いたのではなく、勝手に倒れたのだと説明するなら今だ、とガクトは口を開こうとするが、
「――ガクトって、そこの青い人? 新入り?」
 と、リクがフードの影から、きらりと黄色に煌めく瞳を向けてきた。
「あ、ああ。マーフォークのガクト。よろしく」
「私はリク。リク・アウストリア。――その触覚、かわいいね」
「え? あ、どうも……」
 サバサバした様子のリクは自己紹介もそこそこに、アリーフェに向き直る。
「学園長。念のため、みんなに警戒態勢を敷くように言ったほうがいいと思う」
「そのドラゴン、あたしがパワードスーツでひとっ飛びして倒しましょうか? あの子、音速で飛べるから、逃がすことはないわ」
 ジュリアが言った。飛行可能なパワードスーツなるものがあるらしい。
 アリーフェが言っていた、空を飛べる唯一の人物――それはジュリアのことだろう。
「ここは、あまり刺激しないでおきましょう。倒した報復に、群れが襲ってくる可能性もあります。ジュリア防衛隊長は戦闘班に通達して、見張りとパトロールの人数を増やしてください。いつもは二人一組ですが、今回は三人一組とします」
「了解よ、学園長」
 と、頷いたジュリアが生徒会室を出ようとしたときだった。
「――学園長! 今日の朝礼出られなくてごめん!」
 赤いショートカットの髪を靡かせて、また一人の少女が入ってきた。
 背は一六〇センチくらいで、程よく筋肉のついた身体はスポーツが得意そうな印象だ。
「学園祭ライブの準備に手こずっちゃって! あと、警報も鳴ったんだって⁉ 演奏が爆音すぎてそれにも気付かなくて……」
「おはようございます、貫倶錬(かんぐれん)さん。警報は寺之城くんが皆さんの反応速度を見るために鳴らしたもので、大事はありません。それに、あなた達の頑張りはみんなわかってますから、大丈夫ですよ」
「ほんっとごめん! 次は気を付けるから!」
 と、赤毛の少女は顔の前で合掌する。人間が謝るときにする仕草だ。
「おはよう、貫倶錬君。今朝は見ないと思ったら、そういうことか――」
「具合でも悪いのかと思って、あとであんたの部屋に行こうと思って――」
 寺之城とジュリアが同時にしゃべった。
「被せてこないでよ! 歌姫(うたひめ)が聞き取れないじゃない!」
「お、同じタイミングで話し出したのはそっちだろう」
 ジュリアが寺之城を睨みつけ、寺之城は威圧感に気圧されて仰け反る。
「大丈夫。音楽やってるし、聞き取りは得意だからね」
 赤毛の少女は白い歯を見せて微笑む。彼女の名前は貫倶錬歌姫(かんぐれんうたひめ)というらしい。人間より聴覚に優れるガクトも難なく聞き取れていた。
 ガクトが歌姫の美しい笑顔に思わず見惚れていると、その視線に気付いた彼女と目が合った。
「あれ? 見ない顔。もしかして、新しく来た子?」
「ええと、俺はマーフォークって種族の、ガクトって言うんだ」
 ガクトが名乗ると、歌姫は眉を広げて明るい表情を見せる。
「やっぱりそうなのね! 小さい頃に絵本で読んだイメージのままだわ! 青くて綺麗な肌!」
 どうやら、歌姫はマーフォークという種族を知っているらしい。
 肌の色を褒められた経験のないガクトは、どう反応していいかわからずたじろぐ。
「わたしの名前は歌姫。この学園でバンドのボーカルをやってるの。よろしくね!」
 眩しい笑顔で手を差し出す歌姫。これは人間がよくやる挨拶の作法で、握手というものだ。
「よ、よろしく」
 ガクトは顔が熱くなり、歌姫を直視できず手だけを差し出した。
「すごい! 指の間に水掻きもあるのね!」
 歌姫の温かい手が、ガクトの手を優しく包んだ。思わず俯くガクト。
「――どうしたの? どこか具合でも?」
「いや、なんでもない。こ、こちらこそよろしく……」
 たじたじのガクト。
「あ、そうだ……」
 ここで歌姫は、胸の前で両手をもじもじさせて、申し訳なさそうな困り眉になった。
 そして、ちらちらとアリーフェを見つめる。
「どうかしましたか?」
『ぴゅるるる』と、同じ目線の位置まで飛んできたアリーフェに、歌姫は上目で言う。
「じつは、一つ相談というか、お願いがあって……」
「私にできることはなんでも協力しますよ?」
 と、アリーフェ。
 恥ずかしそうに、歌姫は言った。
「――おなか、すいちゃって……あはは。ごはん、いっぱい食べたいなぁ、なんて……」



   第二話 

 歌姫の申し出を受けた学園長と生徒会メンバーは、
「やはりここは、全員で狩りに出る必要がありそうだね!」
 という寺之城の意見に満場一致し、男子生徒たちに呼び掛けて一日のスケジュールを急遽狩りへと変更した。
 本来であれば、午前中は自習で、午後は体育を兼ねた戦闘訓練だった。生徒たちは特に変わり映えのないスケジュールに飽きが来ていたらしく、狩りに出ると聞いて歓声を上げるほどに喜んでいた。
 数百人の生徒たちが東の平原エリアと西の岩山エリアの二手に分かれて出撃。ジャンケンで負けてお留守番になった少数の守備隊を学園に残し、およそ一ヵ月ぶりとなる大規模ハンティングの始まりである。
 ガクトは剣が勝手に倒れたことを言えないまま、選ばれし救世主として生徒会メンバーと行動を共にすることになった。
「おねだりしちゃったのはわたしだから、ちゃんと貢献させてもらうわ!」
 と、サポート役を買って出た歌姫も一緒だ。
 場所は東の平原。背丈が腰の辺りまである、稲のような黄色い草が見渡す限り広がる。
「ガクトは歌姫とリクの側から離れないで。アンタには、あたし達の切り札だって自覚を持ってもらう必要があるの。もし今ドラゴンが襲ってきたら、ガクトだけは生き延びなくちゃダメ」
 パワードスーツを装着したジュリアが、先頭を歩きつつ重たいことを言う。
 ジュリアのパワードスーツは、彼女がいた地球のイタリア製で、逆脚型(ぎゃくきゃくがた)と呼ばれる、関節が逆に曲がって見える脚部を持つ、飛行型パワードスーツの一種だという。
剥き出しの人間の身体に巨大な金属の手足が装備された形が基本形態である。
背面に双発のメインブースター、脚部の複数個所に補助ブースターを装備し、急旋回、急加速といった高い機動性を誇る。全高3メートル、総重量数百キロ。それを小柄なジュリアは自分の手足のように軽々と操っている。
「――ところで寺之城くん、その顔どうしたの? ジャガイモみたいにでこぼこしてるよ?」
「言われてみれば。いつもジュリアにボコられてるイメージだから大して気にならなかった」
 目を丸くする歌姫の言(げん)で気付いたらしく、リクがフードから覗く小さな口に手を当てて吹き出した。
「例によって、そこの怪力まな板メカ娘にやられたのさ。いい加減に、イイ加減を覚えてもらいたいものだよ。いい加減だけにね」
「……ねぇ、クソめがね。あんた今、まな板って言ったかしら?」
 先頭を歩くジュリアが、また目元に影の差した笑顔を寺之城に向ける。寺之城のギャグには誰も反応していない。
「言ってない」
「いや、言ったよ」
「言ったわ」
 寺之城がすぐさま否定するも、リクと歌姫がそれを許さない。
「……あたしね、素手で薪(まき)を縦(たて)真っ二つに引きちぎれるんだけど、人間でもできるかどうか、アンタの身体で試してもいい?」
「いや、そうするとたぶん僕は右と左に分裂することになるよね? 二つに分かれたらいろいろと立ちいかなくなると思うんだ」
「そっか。じゃあ、どうやって処刑してほしい?」
「そもそも、処刑をするのは前提なのかい?」
「当り前じゃない。あたしのカンに触ることを言ったんだもの」
「そんなオーバーな。ちょっとまな板って言っただけじゃないか」
「やっぱり、言ったのね?」
「あッ!」
 ドカ! ゴス! メキメキャ! ゴキゴキゴキャ! ブチブチ! ブシャァアアア!
 人体が破壊されていく音をバックに、ガクトはリクと歌姫から狩りのレクチャーを受ける。
「一流のハンターはああやって、獲物に悲鳴を上げさせることなく確実に仕留めるの。誰でもすぐにはできないけど、ヤってるうちにコツが掴めてくるから、実践あるのみだね」
 リクがジュリアと寺之城の方を指差すが、ガクトは恐ろしくて見る気がしない。寺之城のオシャレな眼鏡が壊れていないか心配になってくる。
「リクは凄腕のガンマンなんだよ? この星に来る前は、森で狩りをして生計を立ててたんだって!」
 歌姫は目を輝かせながら言う。
「凄いな、プロのハンターじゃないか! 俺も海で魚を獲ったことはあるけど、地上での経験はからっきしだから、勉強させてもらうよ」
「きみはマーフォークのハーフなんだもんね。私は逆に泳ぐのは苦手なんだ。――その、ここが過敏症で、冷たい水がダメなんだよね」
 と、リクはスカートの上から覗く、猫を思わせる細い尻尾を示す。
「かわいい! リクの尻尾、いつもサラサラだよねー」
 歌姫が当然のように手を伸ばし、リクの尻尾を掴む。
「ひゃっ⁉ もう、歌姫! くすぐったいってば!」
 フーッ! と、まるで猫が威嚇するかのように、小さな口から小さな牙を覗かせるリク。
「ふさふさ!」
 楽しそうに尻尾を撫でる歌姫から逃れたリクは、フードの影からちらりと綺麗な小顔を覗かせた。尻尾は本当に敏感でいろいろと感じてしまったのか、頬を真っ赤に染めている。
「――い、言っとくけど、あなたが同じことしたら風穴開けるからね!」
「お、俺はそんなことしないよ!」
 ガクトは慌てて否定。女の子を怒らせてはならない。
「さておいて、それぞれ得意なことがあっていいね! 弱点もあるけど、そこを補い合えれば死角なしだよ!」
「さておくな!」
 機を伺ってまた触ろうと身構える歌姫に、リクは腰に下げたホルスターに手を掛ける。
迷彩カラーを取り入れた軍服的なデザインの制服に、リクが所持するリボルバー式の拳銃はよく似合っている。
 学園で支給される制服は、男子が長袖白シャツに青いネクタイ、その上にカーキのブレザーを羽織り、下にカーキとグレーの迷彩柄スラックス、ネクタイと同色の青い靴下と黒の革靴を着用。
女子もカーキのブレザーの下に、白シャツと青ネクタイ。それから動き易さを追求したショートスカート(これもカーキとグレーの迷彩柄)に青いハイソックス、黒い革靴といった組み合わせである。
「得意なこと、か……」
 戯れるリクと歌姫を見ながら、ガクトは一人でつぶやく。
 リクは銃に手を近づけて脅しはするが、実際に触れることはしない。万が一の暴発に配慮した、プロの所作とでも呼ぶべき身ごなしだ。
 ガクトは泳ぎが好きで、得意でもあるが、かといって達人と呼べるほどのテクニックはない。
 上には上がいる。比べたらキリがない。自分がどんどん惨めになっていくだけ。
だから自分は、大人しくしておいたほうがいい。大人しくするべきなんだ。
 それが、ガクトの持論だ。
「ガクトくん、浮かない顔……緊張でもしてるの?」
 ガクトが我に返ると、歌姫がその美しい小顔を傾げて彼を覗き込んでいた。
「そりゃあ、いくら救世主といっても、これからモンスターと戦うんだから、緊張くらいするでしょ。ガクトはまだこの島に来たばかりで不慣れなんだし」
 と、リクがフォローしてくれる。
 ガクトはますます、自分が剣を抜いたわけではないことを言い出せなくなってきた。
 志守(しかみ)岳人(がくと)は救世主であるという認識が、もはや学園のみんなに定着してしまっている。
 どうしよう。このまま救世主の体で通していかないとダメかな?
 そう考えて思わず身震いしてしまうガクト。
「武者震いってやつ? その剣で、でっかい獲物をハントしてくれるのを期待してるよ!」
 プレッシャーを掛けているつもりは一切無いことはガクトにもわかったが、歌姫の言(げん)は時折心臓に悪い。
 学園の生徒たちは様々な武器を使うらしく、剣を背負うために、皮と紐とで作られた剣ホルダーなるものが用意されており、ガクトはそれを借用して【竜斬剣(スレイヤー)】を背負っている。
ガクトは銛(もり)以外の武器をろくに扱った試しがない。しかも【竜斬剣(スレイヤー)】は長年メンテナンスされていないためにコンディションが悪い。
これでは、放っておいても救世主ではないことがバレるのではないか?
 そんな気もしてきた。
 だが、あれやこれやと悩んではいられない事態が起きた。それは、数分歩いた三人が緩やかな丘を越えたときだった。
 ガクトの触覚が、何か巨大な生き物の気配を捉えたのだ。
「二人とも。前方から何か近づいてきてる」
 ガクトの声で、リクと歌姫は眉宇を引き締めて正面を睨むが、
「――え? なにも見えないけど?」
「わたしより目も耳もいいリクにわからないなら、わたしには感知できない……」
 と、ガクトを振り返る。
「待ってくれ。今詳しい位置を探るから」
 ガクトは言って目を閉じ、全神経を額の少し上――そこから生える二本の触覚に集中。
 一度自分の目で見た周りの景色を、頭の中で再度イメージして瞼の裏に思い浮かべる。いつも海で狩りをするときにやっているように。
 今まで何が見えていた? だだっ広い草原だ。
 何がいた? リクと歌姫。ふたり以外、前方に生き物の姿は見えなかった。
 草の高さは? 俺の腰の辺りまで。
 地面の感触は? 乾燥した土だ。硬さはそうでもない。スコップがあれば穴掘りは簡単だ。
 そこまでイメージしたとき、触覚を持つマーフォーク特有の現象が起こる。それは人間とマーフォークのハーフであるガクトも受け継いでいる。
 事前に見た視覚情報に、新たな情報がイメージとして浮き上がってくる。
 これはマーフォークが持つ、一種の感知能力。
一度目にした景色の中で、視野には入らず、肉眼で確認できていない隠れた事実。それを感知して、頭の中にイメージとして浮かび上がらせることができるのだ。
 そうしてガクトのイメージに追加された新しい情報。それは、
「――地面の中だ! 地面の中を進んで、こっちに近づいてる!」
「マジ⁉ だったら私でも気づけない」
「そういうことか!」
 リクと歌姫が驚愕の声を上げる。
「ここまでの距離は十メートルくらい。更に近づいてる! デカいぞ!」
 ここでガクトは目を開ける。すでに三人が立つ地面に、正体不明の震動が伝わってきていた。
「この震動――ガクトの言う通り、地面の中!」
 リクが叫ぶ。
「二人とも、横に飛べ!」
「おっけい!」
 驚くほど早い身のこなしで、歌姫が右へ側中を切る。
 ガクトはリクと同時に左へ飛び退いた。地面に倒れる直前、腕をリクの肩に回し、彼女を衝撃から守る。
 次の瞬間、獰猛な獣が低く唸るような声と共に、地面の中から巨大なワームが飛び出してきた。太さは自動車を丸呑みにできそうなほど。長さも見える部分だけで十メートル近くある。
 巨大な芋虫とでもいうべきワームは、うねる筒状の胴体の先端に、大きな口を備えている。
「耳塞いで!」
 地面に横たわった状態のリクがホルスターからリボルバーを引き抜き、即座に発砲。
 身体の芯まで響き渡る火薬の炸裂音と共に、大口径の弾丸がワームに命中。
「わお! すごい迫力!」
 歌姫はバンドをやって爆音に慣れているのか、耳を塞ぐことなく楽し気に地面を転がって起き上がる。
 ワームが重苦しい呻き声を上げ、頭部を右へ左へ振り回す。効果が無いわけではないが、倒すにはまだ足りない。
「あれは体力がかなり高いやつだね。肉を焼いて食べると美味しいんだけど――」
 と、ガクトの腕の中でリクが振り向く。お互いの顔がかなり近いことに気付いた彼女は、はっとして起き上がる。
「――ご、ごめん。庇ってくれてありがとう」
 フードを被っているのではっきりしないが、リクの顔は真っ赤に見える。
 人間がたまに見せる赤面は、恥じらいなどの感情で胸がいっぱいになったときに見せるものだが、獣人のリクの赤面にはどんな意味があるのだろうか。
 ガクトはそんなことを思うが、今は顔色を気にしていられる状況ではない。
「二人とも怪我はないか?」
 背負った剣がゴツゴツと背中に当たって痛む中、ガクトは二人に声を掛ける。
「へいき! おかげさまでね!」
「わ、私も大丈夫……」
 歌姫もリクも、無傷の様子で頷いた。
「よし。とりあえず距離を取ろう!」
 暴れまわるワームから目を逸らさず、ガクトは二人を促す。
「あのワーム、焼き肉のホルモンみたいな食感で好きなんだよね!」
 のたうつワームを見ながら、歌姫が言う。
 焼き肉はガクトがいた地球でも名の知れた食べ物で、ガクト自身も島で何回か口にしたことがある。ガクトの思い浮かべる焼き肉と、歌姫の言う焼き肉が同じかはわからないが、美味しいのだということは理解した。
 そこで、ワームから距離を取ったガクトたちの背後に、二匹目のワームが飛び出してきた。
「うわぁっ⁉」
「「きゃああああ⁉」」
 ガクトの意識は完全に眼前のワームに注がれており、さきほどのように目を閉じて集中した状態にはなかったため、背後に迫る気配を感知できなかった。
「ごめん! 意識が乱れて気付けなかった!」
 ガクトの言葉を皮切りに、大急ぎで逃げ出す三人。
 マーフォークは泳ぐことに秀でているが、地上を走ることは苦手だ。
 元々身体能力が格段に高い獣人のリクは凄まじい勢いでガクトと歌姫を引き離す。
 歌姫もバンドのボーカルとして走り込みのトレーニングをしているらしく、あっという間にガクトの前に出る。
 そんな三人の後ろを、銃弾を喰らったワームと、仲間を攻撃されたワームとが怒りを露わに追いかける構図となった。
「あいつら、すごい声で唸ってるぞ! 怒らせちまったか⁉」
「仕方ないよ! ワームは地上にいる弱そうな生き物を丸のみにする性質があるの! だからあそこで何もしなければ、みんな今頃ワームの胃袋で溶かされてる!」
 と、前方からリクの声。彼女は既にガクトたちの二十メートル先を走っている。
「ガクトくん、しっかり!」
 歌姫が少し速度を落とし、ガクトの手を掴む。
「――ご、ごめん!」
 ガクトはまたしても顔が熱くなるのを感じた。これは恐怖ではない、別の感情だ。
「二人とも、私が合図したら横に避けて! 今!」
「ちょッ⁉ 合図のタイミング早い!」
 と、ガクトは言いながら歌姫を引き寄せ、彼女と地面の間に自分の身体が入り込む形で横へ飛んだ。
 間髪を入れず、前方で振り返っていたリクがリボルバーを連射。走りながら特殊な弾丸を装填したらしく、全弾がワームに命中したとたん、爆竹が爆発したかのような炸裂音が響いた。
 二匹のワームは再び唸って怯むが、しかしまだ倒れない。
「――やっぱ、これだけじゃ足りないか!」
 悔しそうにリクがつぶやく。
 歌姫と共に立ち上がったガクトは背負っていた剣を手に取る。こうなれば、やれるだけやってみるしかない。男の自分が、女の子を守らなくては!
「二人は先に行ってくれ! ここは俺が!」
「そんな! ダメだよガクトくん!」
「君を置いていくわけにはいかない!」
 今までは余裕の様子が残っていた歌姫とリクが、焦りの表情を浮かべる。
意を決したガクトは、アニメや漫画の見よう見まねで、両手で掴んだ剣を縦向きに構える。
 そこへ、
「――騒がしいと思ったら、こんなことになってたのね!」
 ジェット戦闘機のような轟音と共に、丘の向こうからジュリアが飛んできた。彼女の声が、パワードスーツに備わる拡声器を通して大きく響く。
 逆脚型のパワードスーツの要所に備わるブースターが青白い光を放ち、謎のエネルギーで以って機体を見事に滞空(たいくう)させている。
 ジュリアの機械の右腕には、前衛的で鋭利なデザインをした三角形の【レールガン】なるものが装備され、一見何も装備していないように見える左腕には、機械の手のひらから飛び出した、格納式のレーザーブレードが展開されている。
「遅いよジュリア! 寺之城くんのこと殺してないよね?」
「骨をゴキゴキいわせて、身体をこねくり回しただけよ」
「なんだ、なら平気だね!」
 女子三名の間ではにこやかな会話が成立している。
 こねくり回すという言葉の意味がよく理解できないガクトだが、両手で丸いお団子を作っているところを想像してしまった。
 そうして寺之城の安否を不安に思い始めたガクトの前で、ジュリアは機体を意のままに操る。
 二十メートルほどの高さまで一瞬で飛び上がったジュリアは、下方のワーム目掛けてチャージしたレールガンを発射。目の眩む二つの閃光がワーム二匹を貫いた。
 ワームの唸り声が止む。
「――ほんと、ジュリアが来るとあっという間だね」
 ガクトの隣でつぶやくリク。
 ワームは急所を超高温のビームに撃ち抜かれ、生命活動を停止して地面に転倒した。
「無事でなによりだわ」
 と、ブースターの甲高い音を響かせて、ジュリアは地上に着陸。
「おーい! 大丈夫かね⁉」
 一同が振り返ると、丘の向こうから寺之城が遅れて現れたところだった。
身体の原型を保っている寺之城を見て、ほっと胸を撫でおろすガクト。
「寺之城くんこそ平気か?」
「大和(やまと)でいいぞ、ガクトくん。大和だ」
 ガクトが声を掛けると、寺之城はサムズアップして白い歯を煌めかせた。
「大和たちは、いつもこんな感じで狩りをしてるのか?」
「こんな感じとは?」
「その、大和がジュリアにボコられるというか……」
 寺之城は高らかに笑う。
「――ハッハッハ! もしや、心配してくれているのかね?」
「そ、そりゃあ、あれだけゴキゴキやられてたら身が持たないだろ……」
「――ハーッハッハッハ!」
 寺之城は勢い余って身体が反り返るほど盛大に笑った。
「意外にも、ジュリア君や他の女子たちは加減を弁(わきま)えてくれているのだよ」
 そう語る寺之城の目が、尊いものでも見るかのように細められる。
「この世界にあるのは楽しいことだけじゃない。ドラゴンによる支配や、モンスターの脅威に内心怯えている生徒が大勢いる。そういう場で、みんなが暗い顔をしていたら、心が病んでしまうだろう?」
「……ああ。確かにそうだな」
 ガクトは首肯する。
「だから、こうしてオーバーな振る舞いをして場を和ませることは大切なのだよ。示し合わせたわけではないが、ジュリアくんたちもその辺、察してくれているのさ」
 首を左右に捻り、肩を回す寺之城。彼が身体のパーツを動かす度、ゴキゴキと妙な音が鳴る。
「――遅いわよ、くそメガネ。男があたしに後れを取ってどうするの!」
「いやいや、空を飛ぶ相手に勝てるわけがなかろう!」
 女子同士で会話していたジュリアが寺之城を振り返り、彼は肩を竦めた。
「口答えしない! さっさと回収班に連絡して、次行くわよ!」
 言って、ジュリアはブースターを噴射。青空へと飛び上がる。
 獲物を狩ったら、別動隊として待機している回収班に連絡して持ち帰ってもらう手筈になっているのだ。そうすれば、狩る側は身軽なまま狩りを続行できる。
「――まぁ、君が見て思ったとおり、こんな感じでやってるよ」
「学生が千人も集まって、よく乱れずに行動できるな。俺がいた地球だと、種族によって差別されたりとか、経済的な格差があったりとかしたから……」
 どちらかと言えば人見知りするタイプのガクトだが、寺之城が相手だと、不思議と緊張感や苦手意識といったものが薄れていき、自分の胸の内をすんなり話すことができた。
「乱れることは往々にしてあるさ」
 と、寺之城は言う。
「今朝君がここへ来たみたいにして、毎日少しずつ仲間が増えていって、とても僕たち生徒会メンバーだけでは面倒を見切れない規模になった。けど諦めずに工夫して、――そうだね、あれはいつだったか忘れたが、腹を割って話し合う場を設けたりもした。そうして、どうにか団結することができたんだ」
 寺之城が上空を進むジュリアを目で示す。
「もう君も知っている通り、彼女はキレると超恐い。ああいうタイプの人がいるだけでも、統制力は格段に上がる」
 ガクトはここで、ジュリアが飛行しつつも、速度を抑えて徒歩の自分たちに合わせてくれているのだと気付いた。
 ガクトと寺之城の両隣を歩くリクと歌姫も、静かにガクトたちの話に耳を傾けている。
「ここはだね、一人一人が影響を及ぼし合って、一つの大きな力を作る。そうして生きていく場所さ。だからガクト君、君も何か相談があれば言ってくれると嬉しい。逆に僕が君に相談したときは聞いてくれ」
 寺之城がガクトの肩に手を乗せる。
 これはマーフォークの間でも通じる、友好の証を表す行為だ。
 だから、ガクトも寺之城の肩に手を置いた。
「実はさ――」
寺之城の言葉で勇気を出すことができたガクトは、剣のことを打ち明ける意を決する。
「俺、今朝体育館で剣を抜いたんだけど、あれは正確には抜いたんじゃなくて、剣が勝手に倒れたんだ」
 ガクトが一思いに言うと、寺之城はくすくすと小さく笑った。
「もしかして、時折浮かない顔をしていたのはそれかい?」
「え? ま、まぁな。だってほら、本当は救世主じゃないのに救世主の扱いをされて、申し訳ないって思ってたから……」
 それは悪いことをしたね、と寺之城は苦笑する。
「――でも、君がこの島で一番、救世主に近い存在なことに変わりはないよ」
「え、なんで?」
「君が剣に近づいたとき、少しだけど、剣が震動して反応を示していたからさ。アリーフェ学園長は以前こう言っていた。『剣は素質のある者に対して、目で見てわかる何らかの反応を示す』ってね」
 寺之城の話がすべて事実なら、剣が震動したことによってバランスが崩れ、台座から倒れたと推測できる。
「今朝、例のケーキの件で体育館にいなかった僕がどうしてわかるかと言えば、それは僕が、他人の過去を見る力を持っているからさ。君の目を通して、君の記憶が映像として頭の中に浮かんでくるんだ。いわゆる、超能力者ってやつだね」
 初耳の情報に、ガクトは思わず三人の顔を見回す。
「そっか、寺之城くんのユニークな能力、まだガクトくんには言ってなかったんだね!」
「聞こえは嫌らしいけど、自分で制御はできないんだったよね?」
 どうやら、歌姫とリクは既に知っているようだ。
「過去が見える相手もランダムだし、相手のいつの記憶が見えるのかもランダムで決まる。だから君の今朝の記憶を見られたのはただの偶然。好きなときに見ようと思っても、見えるような代物じゃないんだ」
 それはさておいて、と寺之城は付け加える。
「これで君は申し訳なさに悩む必要はなくなったわけだから、僕が無断で君の記憶を覗いてしまったこと、結果オーライってことで許してくれないかね?」
「まぁ、それでも俺には荷が重すぎるけどな」
 ガクトは苦笑を漏らす。結局、剣が唯一反応を示した救世主として、みんなからの期待を背負わなければならないのだ。
「――ガクトくん、みんながよいしょし過ぎて、余計に不安になった?」
 歌姫が寺之城の向こうからガクトの顔を覗き込む。
「……いや。みんなは一年もの間、ここで頑張ってきたわけだし、この状況を打破できる救世主が現れたとしたら、俺だって同じように騒いだと思う……」
 ガクトは己に言い聞かせるつもりで、みんなに話す。
「だから、みんなの期待に応えられるように努力したい。今は剣もろくに扱えないけど、でも、ここに呼ばれちゃったからには、やるしかないと思うから……」
「――よく言ったわ、ガクト」
 頭上でジュリアが言った。パワードスーツに収音機能が備わっているのか、会話を聞いていたようだ。
「他のみんなと一緒にあたしが訓練してあげるから、安心していいわよ? 嫌でも強くなれるわ!」
「ジュリアは軍隊の学校にでも通ってたの? なんか、すごいの装備してるし」
 と、ガクトは尋ねてみた。ジュリアのいた地球では【デーモン】という種族と戦争をしていたという。つまり、彼女自身が軍に所属し、件の敵と戦っていたのではないかと思ったのだ。
「学生じゃなくて、軍人よ。訓練教官を務めてたの。あたしくらいの年齢の人はみんな軍に招集されて、成績のいい人はすぐに昇格して、指揮を任される側になった。それくらい切迫してたから――」
 ガクトにはジュリアの表情が、僅かに曇ったように見えた。
「――まぁ、あたしの話は関係ないわ。もうひと狩り行くわよ!」
 ジュリアはガクトたちから顔を背け、ブースターを噴射して飛んで行ってしまう。
「……ジュリアの過去については、あんまり聞かないであげたほうがいいかもしれないね。大変だったみたいなんだよ。戦争だし……」
 と、歌姫。
 戦争。
 その言葉が、ガクトの心に圧し掛かる。
「ジュリアが見てきたであろう戦争が、この島でも起ころうとしているんだ。人類対ドラゴンの戦争がね……」
「私たちのほとんどが、少なくとも衣食住が整った、戦争の無い平和な世界から集まってる。だから、この島に起ころうとしていることを本当の意味でわかっていて、本当の意味での心構えができてるのは、たぶんジュリアと学園長くらいなんだと思う」
 寺之城とリクの言に、ガクトは頷く。
「――俺たちもジュリアを見習って、何が起きても、せめて着いていく気概は持たなくちゃならないんだな……」
「難しい状況だけど、あまり思いつめてもいいことないから、一緒に頑張れることをやろうよ。わたしは魔法が使えるから、それでみんなを元気にする!」
 歌姫が笑顔を見せるたびに、周囲の空気が和らぐ。
「貫倶錬くんの魔法は歌唱魔法といってね、歌声を聞いた人に、様々な補助効果をもたらすことができるんだよ。ゲームでいうところのバフ掛けだね」
「バフバフしちゃうよーっ!」
 寺之城が説明すると、歌姫はリクに抱き着く。
「――わ⁉ ちょっと歌姫! くすぐったいったら! 尻尾はダメぇええええ!」
 クールな印象のリクが甲高い声を上げる。
 俺にできること――。
 ガクトは戯れる仲間たちを見つめ、物言わず考える。
 ――まずは、自分にもっと自信を持てるようにならなくちゃダメだ。

   ■

 数分後。ガクトたちは草原の真ん中で不自然に盛り上がった小山――そこに開いた大穴の前に立っていた。人三人が優に並んで歩ける広さがあるこの穴は、何かが飛び出して来そうな、不穏な気配が漂っている。
「――で、ここに入るのかね?」
 寺之城が眉を寄せ、いかにも嫌そうな顔をする。
「滅多に出ないシュガーキャットがこの穴に逃げ込んだの。今朝あんたが美味しそぉぉぉに食べてたシフォンケーキに使う砂糖が取れるモンスターよ!」
 と、ジュリアがジト目を寺之城に向ける。
 シュガーキャットとは、ジュリアの言う通り希少なモンスターで、体長はおよそ一メートル。小柄なチーターと見た目は似ているが、毛は白銀のような色をしており、光を受けると輝いて見える。温厚な性格で、人を襲うことは無いらしい。
「傷つけないように捕まえて、たくさん涙を流してもらうのよ!」
「そういうジュリア君の【圧】に怯えて逃げてしまったんじゃないのかね? 僕だったら優しく手招きして捕まえられたろうに」
「ああ?」
「わかった謝るから。きっとブースターの音に驚いただけだから。頼むからレールガンを向けるのだけはやめてくれないかね? え、なに? こねこねの時間? なにそれ?」
 シュガーキャットは涙もろい。ちょっと気の毒ではあるが、わざと檻に入れたり、脅かしたりすると恐怖のあまり涙を流す。
 また、なぜか感動系の映画やアニメを見せてもたまに泣くことがあるらしい。
「――なるほどな。シュガーキャットの涙を沸騰させたら、砂糖が残るのか」
 穴から数メートル離れたところでジュリアが寺之城をこねくり回している間に、ガクトはリクと歌姫からシュガーキャットを始め、この島に生息するモンスターについて説明を受けた。
 銀色に輝く猫の涙から甘くて栄養満点の白い粉が取れるという情報は、アリーフェがもたらしたものらしい。
「さっきジュリアが仕留めたワームはタンパク質が豊富なお肉が取れて、保存も利くから重宝してるんだよねー」
「そうだ、尊い犠牲に感謝のお祈りしなくちゃ」
 歌姫からワームというフレーズを聞いたリクは、さきほどワームが現れた方角を向くと、両手を胸の前で握りしめた状態でお辞儀をした。
 狩りを生業とするリクの種族は、そうすることで獲物へ感謝の祈りを捧げているのである。
「――慣れって恐いよね……」
 目を吊り上げたままのジュリアの後から、ずれた眼鏡を直しつつの寺之城がそうつぶやきながら帰ってきたところで、ガクトたちは穴へと入った。
「ちなみにこの穴、あれだよね?」
「うん。この島で穴っていったら、十中八九あれだね」
 歌姫とリクが神妙な様子で話す。ガクトを除いた全員が、どこからともなく手持ちライトを取り出して明かりを点けた。
 穴は下り斜面になっており、歪にうねりながら島の中央へ向かって続いているという。地面も凹凸が目立ち、注意しないと足を取られそうだ。
「この穴に何かあるの?」
 ガクトの質問には寺之城が、
「ここはダンジョンの入り口なのだよ。こんな感じの穴とか横穴が島中に開いていてね。迷路みたいに入り組みながらも、島の中心に向かっているんだ」
 と、ジュリアの肩を掴んで前を歩かせながら答えた。
「なんであたしを盾にすんのよ⁉」
 穴の中にパワードスーツで入るのはサイズ的に無理なため、現在ジュリアは制服姿である。
 寺之城は場の空気を和ませるためにやっていると話していたが、今回の場合は火に油を注いでいるだけではなかろうか、と思うガクト。
「大和、男が女を盾にするのはどうかと思うぞ?」
「僕はインドア・陰キャ・インテリと、三つのインが揃ったトリプル・イン男だからね。戦闘には向かなくてだね」
「何を言ってるのかよくわからないけど、とりあえず俺と一緒に先導するべきだろ」
 言いながら先頭を歩くガクト。
「――わかってるさ。冗談だよジュリア君」
「冗談でもなんでもいいからさっさと前歩く!」
「ふんぐッ⁉」
 と、ジュリアに尻を蹴られる寺之城を追い抜いて、
「――私が先導するから、あなたは私のライトを持って自分の足元を照らして?」
 リクがガクトの横に出た。見れば、フードから覗く彼女の顔――その黄色い瞳が淡く光っている。
「先がよく見えなくて危ないから、俺の後ろに――」
「私は暗いところでも目が利くから平気」
「いや、さすがに何が出るかわからないし、俺が前を歩くよ」
「さっきワームから庇ってくれた借りを返す。私たちの種族は、誰かに借りを作ったら必ず返すのがならわしだから」
 言って、リクはホルスターから愛用のリボルバーを引き抜く。
「ダンジョンには、北の森にいる危ないモンスターも入り込んでる。気を引き締めて」
「わ、わかった」
 ガクトは首を縦に振り、言われたとおり足元を照らす。ジュリアのパワードスーツもない今、一番頼れるのは拳銃使いのリクだろう。
「あなたの感知能力と、私の聴覚でシュガーキャットを見つけよう。たぶん、そう奥へは入ってないはずだから……」
「宜しくな、リク。俺、足を引っ張らないように頑張るよ」
「――うん。宜しく」
 ライトを左手に持ち、右手で剣を構えるガクトを見て、リクは軽く微笑んだ。
 今朝は素っ気なかったリクと、ガクトは少しだけ仲良くなれた気がした。
「みんな、少しの間止まってくれないか? 俺の感知能力で先を探ってみる」
 全員が歩みを止めるのを確認したガクトは深呼吸し、額の上部――触覚へと意識を集中。
 前後には斜面上に続くダンジョン。
 歪に伸びる管をイメージすると、その上部に何か異様な気配を感じた。
 言葉では言い表せない、重さ、震え、限界といった状態が綯(な)い交ぜになったイメージが広がり、大きくなっていく。
 そのときだった。
「――ッ⁉」
 ガクトは、自分たちに迫る危険を捉えた。
 彼は天井を振り仰ぐ。その危険は、今や直上にまで迫っていた。
「みんな下がれ! 落盤だ!」
 ガクトが叫んだ瞬間、天井に無数の亀裂が走り、瞬く間に岩の塊が落下してきた。
「なんと⁉」
「うそでしょ⁉」
 寺之城が大慌てでジュリアを抱きかかえ、元来た道を駆け戻り、
「わぁっとっと!」
 歌姫もそれに続く。
 だが。
「――きゃっ⁉」
 リクは小さく悲鳴を上げる。
 ガクトが振り向くと、リクが踏み込んだ地面が陥没し、彼女の重心が崩れ、倒れていく瞬間だった。
「――リクッ!」
 ガクトはライトをかなぐり捨て、リクの手を掴むべく飛び込む。
 ―――――――、
―――――――――、
 ―――――――――――。
「っ⁉」
 気付けばガクトは、剣を片手にリクの身体を抱きかかえ、元来た方向へと身を投げ出して倒れていた。
 足元には巨大な岩塊が落下しており、道を完全に塞いでいる。
「け、怪我はないか? リク」
 ガクトが腕の中のリクを見遣ると、顔中を真っ赤にしたリクと至近距離で目が合った。
 リクは今まで被っていたフードが完全に捲れており、まるで女優のように整った美貌が露わになっていた。さらりと伸びた黄色い髪から、猫のそれを思わせる耳が覗き、ピクリと動いている。
「っ!」
「ご、ごめん! 近くて!」
 慌ててリクを抱き寄せた腕を放すガクト。
「…………」
 リクは目を見開いたまま、ガクトを見つめ続けている。
「ん? リク? リク!」
 よもや重い傷を負ってしまったのかと、ガクトはリクの名を呼ぶ。
「――とう」
「え?」
「ありがとう……」 
 と、目が乾いたのか、リクはぱちぱちと瞬いた。
 ガクトも目をぱちぱちさせ、
「ど、どういたしまして……大丈夫か?」
「うん」
「立てる?」
「うん」
 ガクトは尚も自分を見つめてくるリクを不思議に思いつつ、手を差し伸べる。
 リクがガクトの手を掴み、彼は軽々と彼女を立たせた。
 今のリクは、さきほどのピリピリした様子とは打って変わって、今にも壊れてしまいそうなほどに繊細な人形のような雰囲気を漂わせている。
「――二人とも大丈夫⁉」
「生きているかね⁉」
 歌姫と、その後からジュリアを背負った寺之城が戻ってきた。
 ここでリクは我に返ったかのようにはっとして、ガクトから視線を逸らし、俯いた。
「ごめん。私、二度も助けられちゃったね。まだまだ一流のハンターにはなれてないな……」
 と、リクは両の拳を握り締める。
「足を取られたら、凄腕のハンターだって同じことになるよ。今はリクの命が助かった。それでいいじゃないか」
 ガクトは言って、リクの顎にそっと手を添える。この、相手の顎をやさしく支える行為は、マーフォークの間で【慰めの仕草】という意味がある。
「僕だって全然一人前の男じゃない。これからお互いに成長していこう」
「…………」
 間近で見るリクの美貌に、ガクトは思わず本音を言う。
「――ていうか、リクって女優さんみたいに綺麗なんだな! 耳も猫みたいで可愛いし」
「なっ⁉」
 リクは両手を頭の上に乗せ、フードが捲れていることに気付いて更に赤面。せかせかと頭の後ろから引っ張り寄せたフードを思いきり被り直した。

   ■

 狩りは夕方まで続いた。
 それなりの成果を上げたガクトたちが辿り着いたのは、島の南側に広がる街エリア。
 狩りが一通り終わったら、街エリアに集結する段取りになっていたのだ。
「――でね、ガクトくんったら、落盤のあとでリクの顎をこう、くぃって!」
歌姫は出迎えてくれた他の生徒に、何やら狩りの様子を早口で話している。
 街の中心を通る道は中央通りと呼ばれ、大勢の生徒たちで賑わっていた。
 西洋を思わせる石造りの街の至る所に街灯が灯り、都会と相違ない明るさがある。
 街は全体に魔導エネルギーなるものが流れており、それが地球でいうところの電力と同じ働きをしていて、その魔導エネルギーを動力とする魔導機械がそれなりに快適なインフラを整えているのだ。
 中央通りの両サイドには、調理班と呼ばれる生徒たちが調理を施した食材が次々と並べられていく。
 これらはすべて、今日の狩りで入手したものだ。
「今回はそこそこ多めに獲れたな! これなら保存用にいくらか回せるだろう」
「ああ! 特に草原に行った組がたくさん仕入れてくれたっぽいぜ!」
「おい、ガクトって言ったよな? 草原の先の海まで行って魚を獲ったんだって?」
「え、この大量の魚って、もしかしてガクトくん一人で獲ったの?」
 と、生徒たちが口々に言いながらガクトの周りに集まる。
 ダンジョンから抜け出したガクトたちはシュガーキャットを捕まえられなかった失敗を取り
戻すべく、気合を入れて草原を超え、海まで行っていたのだ。
 ガクトはそこで、もはや趣味と言っても過言ではない漁を披露し、食べられそうな魚を片っ
端から獲ってみせたのだった。
「マーフォークって凄いね。私、魚は大好きだけど、自分では獲れないから羨ましいな」
 と、リクが笑顔で言う。今回の狩りでかなり打ち解けてくれたようだ。
「逆に俺はリクの走力が羨ましいよ。あんなに早く走れるなら、四足獣にも負けないんじゃないか?」
「まぁ、本気出せば着いていけるかな?」
 恥ずかしそうに笑うリク。
 彼女は両手を前に伸ばし、尻尾を逆立てて猫のような伸びをし、
「――なんか疲れたな。ちょっと隅っこのほうで休憩しない?」
 と、ガクトの方を見てきた。
「そうだな。そういえば、昼間から立ちっぱなしだった……」
 ガクトも疲れを意識した途端に怠さを覚え、リクに続いて中央通りの隅へと移動する。
「二人ともお疲れさん! 先のことを考えて少なめだけど、これが今日の晩飯!」
 途中、調理班らしい男子生徒から小振りなトレーを渡された。
 トレーの上には鮮やかな緑色をした葉物野菜と、たった今焼いたばかりの厚切りの肉が盛られていた。肉の香ばしい香りが湯気と共に上がっている。
「ガクトはこの島で初めての食事じゃない?」
 ガクトと同じようにトレーを受け取っていたリクが聞いてきた。
「そうなるな。すごくいい匂いだ」
「じゃあさっそく食べよ!」
 ガクトはリクと共に、トレーに載せられていたフォークを取ると、空腹なこともあって勢いよくぱくつく。
 葉物野菜はシャキシャキ感あふれる歯ごたえで瑞々(みずみず)しく、生で食べても味わい深い。続けて口にした肉は、その厚みとは裏腹に柔らかく、簡単に嚙み切ることができるうえ、口いっぱいに肉汁が広がる。噛めば噛むほど、味付けに使われた調味料の香りと脂の甘味が感じられ、なんとも言えない幸福感に包まれた。
「――おいしい?」
 気付くと、リクが隣からガクトを覗き込んでいた。
「うん。うまいよこれ! ワームの肉かな?」
 普段は海で獲った魚が主食なガクトにとって、肉の味は貴重だった。
「当たり。分厚いけど、不思議と噛みやすいんだよ」
 言って、もきゅもきゅと頬張るリク。そのほっぺたが丸く膨れて、ガクトはドキリとする。
 可愛い。
「――よう、寺之城、こいつを見てくれ! この色とりどりのキノコ! 俺たち岩山チームが採ってきたんだ!」
 ガクトたちの見つめる先で、西の岩山エリアに出向いていた生徒たちが博識の寺之城に獲物を見せている。
「んん⁉ 君、これは毒キノコだぞ……」
「えっ⁉」
「もう! だから茶色いキノコにしておけって言うたやないかい! 何時間歩いたと思ってんねん! どないすんやこれ!」
「だ、だって、カラフルな方が栄養ありそうって話になったじゃん!」
 寺之城に毒キノコだと告げられて揉めだす生徒たち。
「まぁまぁ、今回は運よく肉がたくさん手に入ったし、肉の日ってことで良いではないか!」
「それもそうね。野菜だけじゃ身体が緑色になっちゃうわ」
 宥める寺之城にジュリアが相槌を打ち、みんなの共感を促す。
「まぁ、そういうことでいいか」
「毒キノコはドラゴンにくれてやればええわけやしな」
 すると、見事に一触即発の雰囲気が緩和される。
「――みんなのことをそれとなくまとめる。さすが生徒会だね」
 生徒と賑やかにやり取りする寺之城たちを見て、リクが言った。
「あれ? リクは生徒会のメンバーじゃないのか?」
 朝からずっと一緒だったので、てっきり生徒会の一員と思っていたガクト。
「私は生徒会の護衛役。便利屋みたいなものかな。寺之城みたいに器用じゃないし、ジュリアみたいにリーダーシップとか取れないから、自分がやれることで貢献してる感じ」
 リクが早朝から単身で狩りに出ていたのは、生徒会から頼まれてのことだったという。
「なるほど。みんな向き不向きがあるから、向いてることで頑張ってるんだな」
「まぁ、そんなとこ。自分に何ができて、何ができないのかをはっきりさせてから、それを受け入れて、できることを続けてる」
 リクの言(げん)に、ガクトは蒙(もう)が啓(ひら)かれたような気がした。
「受け入れる、か」
 何ができて、何ができないか。それを判別したうえで、否定や劣等感といったネガティブに囚われるのではなく、受け入れる。
 それは、これまでのガクトにはない考え方だった。
 周りと比較して、自分に自信が持てないから、自信を持てるようにならなければならない。
 自信が持てないのは、周りと比べて一番と呼べるような、秀でた能力がないからだ。
 そう思っていた。
 だがそれは、言い換えれば己を否定しているのと同じ。
 一番に秀でた能力がない自分はダメだと、否定してしまっているのと同じなのだ。
「――ありがとう、リク。今の俺に必要なものがわかったよ」
 ガクトはリクに礼を言い、給仕班の生徒が持つトレーからグラスを二つ受け取る。
 思い返してみれば、この島で暮らす生徒たちはみんな、自分の状況を受け入れたうえで行動している。協力し合っている。
「――そうみたいだね。今のガクト、なんだか表情が明るいもん」
 ガクトからグラスを受け取ったリクが、フードの下で微笑む。
「俺ってもしかして、顔に出やすい?」
「うん。かなり」
 くすりと笑うリク。ガクトは思わず苦笑い。
 キン。と、二人はグラスを合わせる。
「――君がよければ話してくれない? なにがわかったのか」
 炭酸ジュースに似た舌触りの飲み物を一口飲み、リクが聞いた。
 周りと比べて自分を否定し、追い込むのではなく、むしろ今の自分を受け入れて、できることから始めればいい。
 その考え方に、ガクトは気付いた。気付くことができた。
 それをガクトは、ときにグラスを口に運びつつ、リクに話した。
「その考え方って、甘えでも停滞でもなくて、大きな前進につながるよね。だって、できることを続けるわけだから」
 リクが言う。
「この島のみんなも口には出さないけど、いろいろ悩んで、似たような考えに行きついてるんじゃないかな? でなきゃ、こうやってみんなで行動できないと思う」
 彼女が見つめる先で、中央通りで支給される食べ物と飲み物を味わいながら、談笑に興じる生徒たち。
 誰かが拵(こしら)えたのか、あるいは元々この島に存在していたのか、街の家々の屋上から花火が打ち上げられた。
 狩りを祝う宴だ。
 受け入れ、そのうえでできることを見出し、前進する。
 今この街に溢れる光や喜びは、そうしたみんなの思いが集まって成り立ったものだ。
 いつの間にか建物の屋上に移動していた歌姫がバンドメンバーを従え、緩やかなバラードを歌い始める。
「――あの曲、知ってる?」
 と、歌姫たちの方を眺め、耳を傾けるリク。
「いや、初めて聴く」
「そっか、君と歌姫は出身の星が違うもんね。――どう? いい曲じゃない?」
 優しく語り掛けるような、癒しを内包した彼女の歌声が、しばしの間、中央通りに集う生徒たちの心に安らぎをもたらす。
「――うん。好きだな。曲名はなんていうの?」
「レット・イット・ビーって曲。歌姫がいた地球ですごく有名なんだって。あの子、好きでよく歌うの」
 心地いいメロディーに包まれ、ガクトとリクは歌姫たちへ向けてグラスを掲げた。
「英語だよね? これ」
「そうだよ。君の星にも、英語って言語あったんだ?」
「あったよ。話を聞いてると、地球がいくつもあるっぽいね」
「そうみたい。大和(やまと)はパラレルワールドとかって言ってた」
 パラレルワールド。ある一つの世界から分岐した、同一次元上に存在するとされる世界。並行宇宙、並行世界とも呼ばれるらしいが、ガクトにはよくわからない。
「要するに、似たような異世界ってことかな?」
「そんな感じの解釈でいいと思う。世の中には七人のそっくりさんがいるって言うし、世界にも同じことが言えるのかも」
「その七人のそっくりさんも初耳だな」
「あ、これは大和が言ってたやつ。なんか知らないけど記憶に残ったの」
 思わず笑うガクト。
「――こうして違う世界の人が集まると、いろんなことが知れて楽しいな」
「私も同じこと思ってた」
 音楽が鳴り止み、大通り中から歓声と拍手が沸き起こる。
 ガクトとリクも拍手を捧げ、給仕の生徒から二杯目のグラスを受け取る。
「カップルさん、飲み過ぎ注意だそ?」
 と、給仕の女子生徒はウインクを残して去る。
 カップルと言われ、顔を見合わせた二人は思わず赤面し、視線を明後日の方へ向けた。
「か、カップルだってさ……」
 ガクトは火照った顔を覚ましたい心理から、グラスの中身を一気に煽る。
「ご、誤解、だよね……」
 リクもゴクゴクと、半分ほど飲んだ。
 火照りは覚めるどころか、飲み物を飲んだ途端、焼けるように全身へと広がる。
 加えて、視界がぼんやりとして、身体もふらつき始めた。
「あれ、思ったより疲れてるっぽいな……」
 と、ガクトは背後の建物の壁に身を預ける。
「私も。なんだか眠くなってきた……」
 リクも壁にもたれかかる。
 ガクトがふと見遣ると、他の生徒たちも手に手にグラスを持ち、心地よさげに飲んでいる。
 中には瓶ごと口に運ぶ者もいるくらい、この飲み物は人気のようだ。
 ぽふ、と、ガクトの肩に軽い衝撃。見れば、眠りに落ちたリクがもたれかかっていた。
「――これからも宜しく、リク」
 ガクトはリクを支えてずるずると座り込み、薄れゆく意識の中、新しい決意を固めた。

   ■

「酒くばったやつぅううううううううううッ! あたしのところへ来なさぁあああああああああああい!」
「―ッハーッハッハッハッ! 健全なジュースとアルコールのジュースを差し替えたのは僕さ! 君も熟睡だったようだね! みんなおはよう! 昨日は楽しめたかね?」
「みんな、朝から悪いんだけど、ちょっと血がでるかもしれないから苦手な子は目を閉じてね?」
 ドカ! ゴス! メキメキャ! ゴキゴキゴキャ! ブチブチ! ブシャァアアア!
 寺之城がジュリアにこねくり回される音が早朝の街に反響する。
 小鳥が数羽、建物の屋根から飛び立ち、心地の良いさえずりを響かせた。
 爽やかな朝だったが、ガクトは頭がズキズキと傷んだ。初めて味わう頭の痛みに、なにか身体に良くないものを食べてしまったかと慌てたが、隣で目を覚ましたリク曰く、酒を飲んだあとに起こる二日酔いという症状らしい。
「リクは平気なの?」
「私の星では十六歳でみんな成人になるの。だからお酒も飲んでいいし、今までもたまに飲んでたから慣れてる」
 答えて、リクは大きく伸びをした。
「他の連中も、大規模な狩りのあとはこういうことを何回か催してるから、慣れたもんだよ」
ガクトは続々と目を覚ます生徒たちを見遣る。
 この島の気温は過ごしやすい温度で安定しているので、今回のように外で眠っても風邪を引くリスクは小さいようだ。
「十六歳――マーフォークの成人年齢と一緒だな……」
 マーフォークは十六歳で成人となるが、ガクトは人間とのハーフであり、暮らしも人間社会に準じているため、便宜上は一応、二十歳で成人という扱いだ。
「ガクトは何歳?」
「十七」
「私の一つ上なんだ。お酒は初めて?」
「うん。……俺は人間とのハーフだから、お酒は二十歳からって教わってるんだよな……」
「ここではマーフォークってことでいいじゃない」
 リクの提案を聞いて、ガクトは自分がマーフォークであると強く意識することに対し、抵抗を感じていることに気付いた。
 原因は、かつて地球の学校で味わった、容姿の違いから生じる奇異の視線だった。
 その視線は初対面で特に多く、額の上から生えた触覚、青い肌、手足の水掻きといったマーフォーク独特の特徴を、恐れや嫌悪の色を秘めた目で見られることが少なくなかったのだ。
 しかし、この島の生徒たちから注がれた視線はネガティブなものではなかった。
 初めから、ガクトという存在を受け入れてくれた。
 そんな生徒たちだからこそ、自分たちで決めた最低限のルールだけで、こうして共同生活を送ることができているのかもしれない。
 一人一人が、優れた人間性を備えた選ばれし者なのではなかろうか? と、ガクトは思った。
「――まぁ、ここには親父もお袋もいないし、そういうことにしとくか」
 得も言われぬ背徳感に苦笑を漏らすガクト。
「そういえば、ガクトは聞いてる? 今日、学園島で初めての学園祭が開かれるの」
 と、リク。
 ガクトは記憶を辿る。思えば昨日の朝、生徒会室で歌姫が【学園祭ライブ】という単語を口にしていた。
「詳しくは聞いてないけど、お祭りをやるってことだろ?」
 ガクトは故郷の学校を想起する。彼が通っていた学校でも、年に二回、生徒たちの交流を兼ねた祭りが開かれていた。
「そうそう。学校の教室とか、グラウンドとかを使って、クラスごとに出し物をやるんだよ」
 クラスといっても、先生がいるわけではないので分け方は割と適当らしい。生徒たちの年齢は十六歳から十八歳で、クラスごとに各年齢の生徒ができるだけ均等になるよう組み分けされているという話だ。勉強は基本的に最年長の生徒たちが分担して教えているらしい。
「俺がいた島でも似たような感じのイベントがあったから、なんとなくイメージできるよ。楽しそうだけど、ドラゴンに目をつけられたりしないか?」
 ガクトはそう懸念するが、リク曰く、ドラゴンに対する反抗的な行動さえしなければ、現状は襲われることはないらしい。
「――この一年くらい、ずっと勉強、訓練、狩りの繰り返しだったから、たまの息抜きってことでみんな張り切って準備してるんだよね」
「それは羽を伸ばしたくもなるな。俺にも何か手伝えないか?」
「ガクトは現状、生徒会に在籍してるんだよね?」
「一応、そういうことみたい」
「生徒会は生徒会で一つのコミュニティとしてまとまって活動してるから、あとでアリーフェに聞いてみるといいよ」
「リクはどのクラスの出し物に参加してるんだ?」
「……私は特に。なんていうか、私って集団で行動したりする種族じゃなくて、基本的に一人か二人で狩りをして生活してたから、なんだかその名残で一匹オオカミやらせてもらってるの」
 そう言うと、リクは徐に立ち上がる。
「そろそろ行かなくちゃ」
「どこへ?」
「狩りだよ。昨日もみんなでたくさん狩りしたけど、長く持って一ヶ月とかだから、今の内から地道に仕入れとかないと先がキツくなっちゃうんだ」
 フードの中で、リクは困ったように笑う。
「だから、生徒会の護衛役兼、便利屋の私が頑張るの。これが今の私の仕事」
「なら、俺はリクを手伝うよ」
「え?」
 目を丸くするリク。
 ガクトも立ち上がる。
「一人より二人いた方が捗(はかど)るだろ?」
「そ、それは、そうだけど……」
 リクは落ち着かない様子だ。猫を思わせる彼女の尻尾が揺れる。
「でも悪いよ。これからみんなで学校に戻って、最後の確認して学園祭スタートだよ? 私と狩りに行ったら、たぶん参加できなくなっちゃう……」
「リクは学園祭にも参加しないのか?」
 ガクトは尋ねる。リクも生徒会のメンバーと一緒になって見て回ったり、取りまとめをするものと思っていたのだ。
「私はいいんだ。そういうのはちょっと……」
 と、視線を逸らすリク。何か、彼女なりの理由があるらしい。
 果たして踏み込んでよいものか、ガクトにはわからない。だがこのとき、ガクトにはリクがどこか寂しがっているように見えてならなかった。
「俺はリクが心配だから、ついていく。リクは一人で狩りをするのに慣れてるんだろうけど、万が一ってこともあるだろ? 昨日の洞窟みたいに」
 ガクトが言うと、リクは何故か頬を赤く染める。顔が赤くなりやすい種族なのか。とガクト
は考えた。
「た、確かに、それもそうだけど……」
「いいから、俺にも手伝わせてくれよ。狩りのノウハウも勉強したいし」
 ガクトがお願いすると、リクの表情はいくらか明るくなった。
「わかった。そういうことなら、一緒に行こ!」

   ■

 リクと共に再度狩りに出ることを寺之城たちに伝えたガクトは、リクと連れ立って島の西側――岩山エリアにやってきた。三時間ほど歩いたのでかなり疲れたガクトをよそに、リクはぴんぴんしている。
「ビ※クサンダーマウンテンみたいな岩山がたくさんあるな……」
 ガクトはアミューズメントパークにあるような外観をした大自然に圧倒された。
 リク曰(いわ)く、赤茶けた山や砂地が合わさって構成される岩山エリアでは、鳥やモグラエビといった小さな生物から、ロックエレファントなどの動物を狩猟でき、またどういうわけか、湿気の多い場所や森林といった環境でないにも拘(かか)わらず、岩陰を覗くとキノコが生えているらしい。
「モグラエビとロックエレファントって、どんな姿をしてるんだ?」
 ガクトは聞き慣れない生き物について尋ねた。
「モグラエビは、尻尾の先にドリルがついたエビ。水辺でなくても生きられるの。地面に穴を掘っておしりからぐいぐい潜って隠れたりするやつだね。ロックエレファントは、皮膚が岩で覆われてる象だよ。防御力がトップクラスで高いから狩るのに苦労するけど、肉がかなり美味しい」
 と、説明したところでリクは人差し指を立てる。
「あと、たまに見かけるキノコだけど、カラフルなのは採っちゃだめだからね?」
 昨日、岩山に行った生徒たちが毒キノコを誤って採ってきたのは記憶に新しい。
 岩肌には、ガクトがいた地球で言うところのアンテロープキャニオンのような、鮮やかな縞模様が見られ、幻想的な印象を受ける。
「綺麗だよね。ここ」
 ガクトと共に岩山を眺めるリクがぽつりと言った。
「どうしたらこういう縞模様ができるんだろうな……」
「――ん? ガクト、顔色悪いけど大丈夫? 縞模様見て気分悪くなったとか?」
 さきほどから声に覇気がないガクトの顔を、リクが心配そうに覗き込む。
「いや、ちょっと足が疲れて……」
「そうか、大分歩いたもんね。その辺で一休みしようか」
 リクが凹凸の少なめな岩を探し出し、そこに二人で腰掛けようとしたときだった。
 背後から、獰猛な犬の唸り声が聞こえてきた。低く震えるその声は周囲の岩山に反響し、何重にも響いて聞こえる。
「な、なんだ?」
「たぶん、あいつだ。ロックウルフ……」
 リクは周囲を見渡しながら言う。
「気をつけて。四本足で走る狼みたいなやつなんだけど、皮膚が岩でできてるから、たぶんガクトの剣じゃ斬れないと思う」
 ロックウルフ。その体表をロックエレファントと同様に岩石で覆った狼である。
 体表の岩の影響でかなりの重量があり、普通の狼より身体が大きくパワーも強い。唯一の弱みは足が遅いことだが、それでも時速四〇キロに達するので、マーフォークのガクトは逃げきれない。
「斬れないだって⁉ 北の森以外にも、危険なモンスターが出るのか⁉」
「まだマシな方だよ。北の森に出るやつはもっと大勢で戦わないと勝てない」
 慌てたガクトが感知能力を発動させる前に、聴覚に優れるリクがとある岩山の頂に目を遣る。
 ほぼ同時。その頂きに一匹のロックウルフが現れた。
 噛み締めた口からは鋭い牙が覗き、頭と首以外――人間でいうところの胴体と手足を武骨な岩で覆った、生まれて初めて見る姿。
「見るからに凶暴そうだな。縄張りを荒らされたと勘違いして怒ってるのか?」
狼狽えるガクトの前に、リクが立ち塞がる。
「ガクト、ここは私に任せて」
 彼女は頭を覆うフードを取り払い、目を閉じると、肩の力を抜く。
そして、呪文のようなものをつぶやく。
 その言葉には、奥深い信念のようなものが込められていた。

「我は目で狙い定める。目で狙わぬ者、友の顔を忘却(ぼうきゃく)せり。
我は気で撃つ。気で撃たぬ者、友の顔を忘却せり。
我は心で向き合う。心で向き合わぬ者、友の顔を忘却せり。
我は友の顔を忘れぬ者。友を想い戦う者なり!」

次の瞬間、ロックウルウが岩山から跳躍。脇目も振らずリクへ飛び掛かってきた。
 リクは目を見開くと眉宇を引き締め、腰のホルスターから素早くリボルバーを抜き放ち、一切迷いのない動作で狙い定めトリガーを引いた。
 一発。
 ただ一度の銃声がこだまし、中空にあったロックウルフの眉間に穴が穿たれた。
 ロックウルフは地面へと墜落。砂埃を巻き上げ、リクの足元で静止した。
 素早く動く獲物の急所を的確に撃ち抜く、達人の技だった。
 正確で早い射撃能力に言葉を失い見惚れるガクトの前で、リクは再度上方へと目を向ける。
 彼女が見つめる先――複数の岩山の頂に次々とロックウルフが現れていた。
 刹那、ロックウルフの群れが一斉に向かってきた。
 リクは腰の左右に下げたホルスターから二丁目のリボルバーを引き抜き、襲い来るロックウルフを次々に撃ち抜いていく。
 彼女の銃の総弾数は六発。計十二発の弾が一発も外れることなく十二匹の眉間を捉えた。
 全弾を発射したリクは銃のシリンダーをスイングアウト。鮮やか且つ素早い手捌きで腰に巻き付けた弾帯から銃弾をリロード。
 リクが二丁の銃を、腰の周りをなぞるように動かし、そこへ弾が吸い込まれるように装弾されていく様は魔法と見紛うほどに美しく超常的だ。
 ものの一秒で二丁同時にリロードしたリクは間髪を入れず発砲。向かってくる敵を瞬く間に殲滅した。
 彼女は両の銃を指でスピンさせ、微かな排煙を払いホルスターへと戻す。
 戦闘開始から終了まで、僅か十秒足らず。
「――マジか」
 リクのあまりの早技に、開いた口が塞がらないガクト。
「他の人がたくさんいるとあんまり集中できなくて、今みたいに本調子が出せないんだよね。傍にいるのがガクトだからできたのかも……」
リクはガクトを見つめ、はにかむように笑った。ほんのりと頬が赤くなっている。
 そうか、本気が出せて喜んでるのか! とガクトは思った。
「凄かったよ! 映画を見てるみたいだった! さっきの呪文みたいなやつ、――友を想い戦う者だっけ? それもかっこよかったし!」
「え? ああ、あれは父親から教わった、ただの精神統一の呪文。私には想う友なんて……」
 リクは物憂げに視線を落とし、フードを被り直す。
 ガクトは、彼女が今のように憂色(ゆうしょく)を湛(たた)えた表情で頭を覆い隠す様を何度も見てきた。
「……友はいないって? そんなことないよ。まずここに一人いる。それに、他の人たちだって、いい人ばかりじゃないか」
 ガクトにはリクが、何か暗い感情からフードを被っているような気がしてならない。
 彼女がフードを被り続けている理由。
 ガクトはそれを聞くべきか否か、迷っていた。
 ともすると、リクのデリケートな部分に踏み込むことになるからだ。
「ありがと。――確かに、そうだよね。島のみんなは、こんな私とも仲良くしてくれるし」
「それに、その、なんというか、リクに好意を抱いてくれる人もいるかもしれないぞ?」
「そ、そう、かな?」
 と、リクは上目でガクトを見る。
「きっといるよ! だから、ええと、フードを取ってみたらどうだ?」
「ああ、これね……」
 視線を伏せるリクに、ガクトは暗い影を見る。
「……リクは、どうしていつもフードを被り続けてるんだ?」
 意を決し、そう聞いた。
 リクは一度ガクトをちらりと見遣り、徐に話し出した。
「私さ、自分の容姿――あんまり他の人に見られたくないんだ……」
「――差し支えなかったら、その理由を聞いてもいいか? ……俺、リクが暗い顔してフード被ってるのを見てて、心配になったんだよ」
「私ってほら、猫科の獣人ってやつだから、人間に猫の特徴が合わさってるんだよね。おしりの上には尻尾が生えてるし、頭の両端には猫の耳がついてるじゃない?」
 リクはニヒルに笑う。
「――前にいた星で、私は社会勉強のために街に出たの。それまでは森の中で狩りをして生活してたんだけど、親から勉強して来いって言われてさ。そうして行き着いた街で、私は差別を受けた。人間ばかりの街で、みんな私を見て恐がったりしたんだ。狩りの獲物を売ろうとしても、誰も私からは買ってくれなかったし、宿にも泊めてもらえなかった」
 ガクトの脳裏に、自分を奇異の眼差しで見つめてくる人間の子供たちが浮かび上がる。
 彼の場合は、それだけだった。
 だがリクはもっと酷く、理不尽な経験に苛まれている。
「そのとき思ったんだ。この容姿がいけないんだって。だからフードを被った。尻尾までは隠せないけど、会話するときって相手の顔を見るでしょ? だから一番目が行く場所を隠せれば
大丈夫だと思ったの。……で、そうしたら、あからさまな敵意を向けられることはなくなった」
 たった一人で見知らぬ街に出向き、そこで酷い目に遭ったら、自分ならどうしただろうか?
 と、ガクトは考える。
「――みんな私を見ても、何も言わずに獲物を買ってくれたり、宿に泊めてくれたりするようになった。そうしたら、私の中でフードを被り続けているのが当たり前になったんだよね。それで今に至るってわけ」
 困ったように、リクは吐き出すような笑みを溢す。
「フードを外すと、非難されてた頃の光景がときどき蘇って、また同じようになるんじゃないかって、恐くなるんだ。ここにいるみんなからも嫌われちゃうんじゃないかってさ……」
「リクほど辛い思いはしてないけど、俺も変な目で見られたことはあるよ。おでこの上から触覚生えてるし、肌の色は青いし……」
「ガクトの触覚は可愛いし、肌は綺麗だよ」
「リクの耳も尻尾も、すごく可愛いと思うけどな」
 ガクトは嘘偽りなく、思っていることを告げる。
「顔だって美人だし。かっこいいって思うくらい綺麗っていうか、男装したら絶対似合うくらいかっこいいっていうか」
「もぉ、かっこいいのか綺麗なのかどっちよ」
 リクの顔に、微かだが笑顔が戻る。
「両方! 俺だけじゃなくて、他のみんなも同じように思ってるさ。だからフードで隠すなんて勿体ないよ」
「ほんとに?」
「本当に」
 リクは再び上目でガクトを見つめる。
「な、なんか面と向かってそんなこと言われると照れるな……」
 言いながら、リクは手を持ち上げ、フードをゆっくりと外していく。
「――どう? ……恐く、ない?」
「リクを恐いなんて言うやつの目は節穴だよ。うん、やっぱり可愛い! いや、この場合、カッコかわいいだな!」
 リクは吹き出すように笑い、潤んだ目をガクトに向ける。
「ガクトのおかげで、ちょっと前向きになれたかも」
「そのうち告られたりしてな。覚悟しておいたほうがいいぞ?」
「さすがにそれはないよ」
「無いとは言い切れないだろ。ある」
「ない」
「ある!」
「――そ、それじゃ、もし私が誰からも告られなかったら、ガクトが告ってくれる?」
「ある――っえ?」
 想定外の質問に、ガクトの思考はフリーズした。
「告ってくれる?」
 ガクトをじっと見つめるリクの顔が次第に赤みを増していく。
 よくわからないが、獣人の女子は顔が赤くなり易いらしい。
 ジュリアも寺之城をこねくり回す前は、今のリクのように顔を赤らめていた。ということはつまり、現状のリクは怒っているということになる。
 返答次第では、ガクトがリクにこねくり回されるかもしれない。
「あ、ああ!」
 やってしまった! と、ガクトは血の気が引く思いに襲われた。
 恋愛経験など皆無だったガクトにとって、リクの問いに込められた意味が何を示すのか理解するのに時間を要してしまった。そこに『こねくり回されるかもしれない』という恐怖が割り込んできて、それを避けたい心理から反射的に頷いてしまったのだ。
「――っ。わかった」
 リクは満足げに顔をほころばせた。
 そんな彼女を前に、心の整理が追い付かないガクトだが、ここで新たなる想定外の事態が起きた。
「……ん⁉」
 ガクトは背中に謎の熱を感じ、背負っていた剣を手に取った。
 すると如何なる因果か、剣の柄に施された四つの宝玉のうち一つが、色鮮やかなエメラルドに光り輝いているではないか。
「え、うそ……! 剣が、光ってる⁉」
 リクもその瞳にエメラルドの光を反射させる。
「な、何かした?」
 ガクトの問いに、首を横に振るリク。
 しばしの間、二人して剣を凝視すると、剣の変化は発光しただけではないことに気付いた。
 素人目に見てもボロボロだった刃が、僅かだが復元されていた。刃先が波打つほどに多かった刃こぼれが減っているのだ。
 ガクトとリクは、ここで同時に空を振り仰いだ。
 上空に得体の知れない、何かの気配とも取れる違和感を覚えたからだ。
「なんだ? この感じ……?」
「わからないけど、すごく嫌な予感がする……」
 ガクトの触覚がピンと伸び、リクの猫耳と尻尾がぴくりと動く。
 人間ではない二人だったからこそ感じた気配。
 それは、何人(なんぴと)たりとも止めようのない夜の帳(とばり)が降りて来る感覚に似ていた。
 逃げることも隠れることもできない無力感。
 抗うことさえ許されない、すべてをただ認めざるを得ないという敗北感。
 そういった言うに言われぬ感覚が二人の全身を包み込んだとき。

 それはやってきた。

 ガクトとリクが見上げる遥か上空に、突如として出現した黒い穴。その穴から、ダークブラウンの巨大な生物が無数の僕(しもべ)を伴って飛来したのだ。
「なん、で……⁉」
 リクは動揺を露わにつぶやき、ガクトに一歩寄り添う。
 現れたのは、この島の生徒たちが打ち倒すべき大敵(ドラゴン)――ベルリオーズとその僕たちであった。
 科学的な道理を無視して湧(わ)き出(い)でた黒雲が島の上空を瞬く間に覆い、雷鳴がドラゴンの来訪を祝するかのように轟き始めた。
 ベルリオーズはたくましい胴部と蛇のように長い首をくねらせ、圧倒的な威圧感を放ちながら地上へと迫る。頭部には鹿のように大きく伸びた二本の角があり、口部には鋭くて太い牙が覗く。水色の眼は冷徹の象徴とでも言うかのように淡く光り、土気色の全身は金属のように硬い鱗に覆われ、見る者の戦意を身一つで容易く打ち砕く。
 そのあまりの迫力とおぞましさに足が竦み、ただ茫然と見上げるしかないガクトたちの前に、ベルリオーズは降り立った。
 上空には僕のドラゴンたちが群れを成し、巨大な輪を描いて飛び続けている。
『ついに見つけたぞ、我が古敵(こてき)の憎き剣よ!』
 大地を震わすかのような低い唸り声が、ベルリオーズから放たれた。それはガクトたちの脳内に直接響いているかのようであり、またこの世界全体にこだましているかのようでもあった。
 雷鳴が一際大きく轟き、ベルリオーズの角に光の軌跡を繋いだ。
 落雷をものともしないベルリオーズの巨体が、ガクトとリクに大きな影を落とす。
『かつてこの島の愚か者どもは、オレ様から剣を隠した。故に滅びたにも拘わらず、その教訓を学ぶことなく、今に至るまで隠し続けていたとはな』
 噛み締めた口部から無数の牙を光らせ、ベルリオーズはその冷徹な瞳でガクトたちを睨み据えた。
「――どうしてこんな剣が欲しいんだ! お、お前には必要ないだろ!」
 眼前に立ちはだかる強大な敵に、ガクトはどうにか声を絞り出した。
『その剣に希望を抱いている貴様らから奪うことが必要なのだ。下等生物は希望を持たせると面倒だからな。オレ様の無敵の身体に唯一傷をつけた誉(ほまれ)の刃でもある。故にこうして宇宙の彼方から出向いてやったのだ』
「――私が合図したら、ガクトは逃げて」
 と、リクが耳打ちした。
「なにを言ってるんだよ! そんなことできるわけないだろ!」
 思わず声を荒げるガクトに、リクは首を振る。
「あなたは私たちの希望。ここで終わっちゃダメ。この空の異変にはみんなもきっと気付いてる。ジュリアがまず飛んでくるだろうから、彼女にあいつが現れたことを伝えて」
 言って、リクはベルリオーズへ鋭い眼差しを向け、ホルスターから二丁のリボルバーを抜き放つ。
『――ほう? 潔く渡す気はなさそうだな』
 ベルリオーズは口の片側を、まるで嘲笑するかのように吊り上げた。
「その通り。剣は渡さない」
 ガクトの前に、リクが立ち塞がる。
「ガクト。ありがとね。君(きみ)のおかげで私、変われたと思う」
 振り向いたリクが、微笑んだ。
 これが今生の別れとでも言うような、儚さを孕(はら)んだ笑みだった。
「ダメだ、リク!」
 ガクトが彼女の肩を引こうと手を伸ばすが、リクはその瞬間に地を蹴り、電光石火のような加速でドラゴンへと肉薄。二丁のリボルバーを立て続けに発砲し挑み掛かった。
『下等生物が、このオレ様に歯向かうか!』
 と、微塵も動じないベルリオーズの巨体を目前にリクは跳躍。人外の跳躍力で一気にベルリオーズの頭部へと至る。
「――くらえッ‼」
 そして、リクは大敵の顔目掛け全弾を発射した。
 だが次の瞬間。

 リクの身体は片方の足を残して消えた。

 ガクトが何もできないまま見上げる先。
 彼女の片足が血しぶきを散らしながら落下する。
 リクが放った弾丸は、ベルリオーズに掠り傷一つ負わせることはなかった。
 ベルリオーズはその鋭い牙で、口腔内のもの(、、)を何度も噛み締め、千切り、砕いていく。
 ガクトの脳裏を、リクと過ごした僅かなひとときが過る。
 微笑むリクが、消えていく。
「――ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
 ガクトは剣を振り被り、我を忘れ、前へ前へと、震える足を強引に動かした。
 そうして、彼の意識も途絶えた。



   第三話

 ガクトは海の中にいた。
 とても恐ろしい夢を見た気がするが、記憶が混濁していて定かではない。

「――助けてください」

 突然、少女のきれいな声が聞こえた。聞き覚えのある声。夢の中で聞いたのか?
 ガクトは振り返ってみる。誰もいない。

「世界の自由は殺されました。あなたの助けが必要です」

 またしても声が聞こえた。もしかして、まだ夢の中なのか?
 ガクトは頭を振り、手足を使って水を掻き始める。
一匹の豚(ぶた)イルカがやってきた。くりくりした可愛らしい黒目と、文字通りの豚鼻がトレードマークの、遊び好きな哺乳類だ。
横に並んできた豚イルカに、ガクトは微笑みかけた。きっと遊び相手が欲しいのだろう。
ガクトは泳ぐスピードを速めて豚イルカに勝負を挑んだが、あっさり負けた。
 なんの取柄もない半端者(はんぱもの)の自分には、無理だ。
 ――いや、そう落ち込むな。できることを頑張っていけばいい。
 と、前触れなく、自分の中から前向きな考えが沸き起こった。まるで誰かから言われたかの如く、唐突な感情の変化に違和感を覚える。
(夢の中で、何かあったのか?)
 思考するガクトの前方で、豚イルカが円(ループ)を描く華麗なターンを見せ、泳ぎ去っていった。
 海面に浮上し、大きく息を吸う。
 抜けるような青空に輝く陽光が眩しい。
 浜で待つ友人の照(てらす)に、今海で獲った獲物を見せた。
 ガクトはそこで強烈な頭痛に見舞われた。
 同時に既視感を覚えた。
 ガクトの様子に狼狽え、助けを呼びに行く友。割れそうな頭。脳内に響く少女の声。
 全く同じことが、夢の中で起きた気がする。
 ガクトは視界を白い光に覆われ、意識を失った。

   ■

 頭痛が過ぎ去り、次いで生じた激しい風と浮遊感にガクトは目を開ける。
 そこは雲の中だった。
「――うわぁああああああああああああああああああ‼」
 突如訪れた落下に臓器が竦み上がる。本能的に手足が動くが、つかまるものも踏ん張る場所もなく、ただ重力に従って無抵抗に落ちていくしかない。
 最も重い部位である頭を下にして、文字通り真っ逆さまだ。
 雲が晴れ、眼下に島が見えた。島の中央には山が聳え、広い火口を開けている。
 何が起きたのか全くわからないまま、しかしガクトは一つだけ確信する。
 これは夢じゃない!
 そのときだ。
「うそでしょ⁉」
 唐突に幼い少女の声がしたかと思うと、急速な落下の感覚が途切れた。
 恐怖とパニックで目を閉じていたガクトが恐る恐る瞼を持ち上げると、小柄な少女の、なにやらゴツゴツした機械に身を包んだ姿が飛び込んで来た。
「大丈夫?」
「――え?」
 わけがわからないガクトは思わず間の抜けた声を溢(こぼ)す。
 背中と股の裏に、少女の腕の硬い感触。ガクトは今、どう見ても自分より幼い少女にお姫様抱っこされた状態だ。
 恐らくは落下するガクトを発見して、救助してくれたのだろう。
 抱きかかえられた姿勢ではよく見えないが、少女はまるでSF映画に出てくるパワードスーツのようなものを着用している。
 ガクトの脳裏に、また違和感。
 ガクトはどういうわけか、彼女の名前を知っているのだ。
 ジュリア・ヴェローチェ。軍人だ。
「あ、ありがとう、ジュリア」
「……? あんた、どこかで会った?」
 ジュリアが薄いブラウンの瞳でガクトの顔を覗いてくる。
「ええと、たぶん……」
 どう説明したらいいかわからないガクトが苦し紛れに言うと、ジュリアは肩を竦める。
「それは他人の空似ってやつよ。あたしもジュリアだから、名前まで同じなのは驚きだけど。――で、どういう状況でこんなところにいるわけ?」
「ど、どういう状況って……気が付いたら空にいたんだ」
 近くで見れば見るほどに強調される、彼女のあどけなさを孕んだ可愛さに、ガクトは目を逸らしつつありのままの状況を話す。
「――でしょうね。身なりもあたしたちの制服とは違うし。アリーフェに呼ばれた?」
「アリーフェ?」
 誰のことかわからず、首を傾げるガクト。
「声が聞こえなかった? 周りに誰もいないのに、きれいな声だけが聞こえたとか」
「きれいな声なら、聞こえた……と思う」
「それがアリーフェよ。彼女の召喚魔法で、あんたはこの惑星に召喚されたの。でもまさか、召喚された子が空に現れるなんて、さすがに初めてだわ。まったく……」
 ガクトの脳内に、死火山の火口の窪みに建設された学園、南側に位置する街、大勢の生徒たちといった、いつかどこかで見た光景が蘇ってきた。
 いつかどこかで? どこだ?
 ガクトは自問し、すぐに出た答えに自分で驚く。
 眼下の島だ。
「――ジュリアは、空のパトロール中だったのか? それとも狩り?」
「パトロール中よ。よくわかったわね?」
 ジュリアは驚いて眉を広げる。それから訝しげに、
「……もしかして前からいる? その特徴的な青い肌は見覚えないけど、あたしの名前を知ってる説明がつくわ」
 前からこの島にいるのか? という質問にガクトはしかし、頷けない。
 眼下に広がる島も、ジュリアのことも、何故か記憶の中にある。しかしなぜ記憶の中にあるのか、その理由がわからないのだ。
 夢かもしれないし、昔に見た、似たような光景や人物と混同している可能性もある。
「――ごめん。ここに来たのは初めてだ。だからたぶん、俺の勘違いだと思う」
 故にガクトは仕方なく、この島に初めてやってきたという体で回答した。
 ジュリアは頷いて、
「きっと一時的に頭が混乱しちゃってるのよ。初めて召喚されたんだもの。珍しくないわ」
 ガクトを抱えたまま高度を下げていく。
 ガクトは高度が下がったことで生じた気圧差で鼓膜に痛みを感じ、耳抜きをする。
「――パトロールは一旦終了。あんたをアリーフェのところまで送ってあげるから、彼女からいろいろと説明を聞いて頂戴」
「説明?」
「ええ。この島は今、深刻な問題を抱えてるの。あんたもあたしも、その問題を解決するために呼ばれたのよ」
 ジュリアの言う、深刻な問題という言葉が示すものを、ガクトは知っている気がした。

   ■

「ご、ごごご、ごめんなさぃいいいいいい!」
 ぱっちりした目から大粒の涙をぽろぽろ溢して、アリーフェが何度も頭を下げる。
 グラウンドを四角く囲む、城塞のような外観をした校舎。その角に聳える塔の一つに、ガクトは通されていた。
 ジュリア曰く、ここが学園を取り仕切る生徒会室とのことだ。
 部屋の奥――窓際に置かれた荘厳なデスクの上に、ミニチュアサイズのデスクが置かれ、そこで身長十センチくらいの妖精・アリーフェが泣き崩れている。
「わ、わたしとしたことがぁああ! コントロールを誤って、あ、あなたを変なところに呼び出してしまいまじだぁあああ!」
「彼女、ごく稀にやらかすのよ。ごく稀にね? ここにはいないけど、リクって子はプールの真上に召喚されてずぶ濡れになったし、そこでボコボコになってる寺之城って男はあたしの胸に顔から突っ込んできたしね。おかげでびっくりして顔面を捻り潰しちゃった。けど、みんな命に別状はなく済んでるから、あんたも許してあげて?」
 と、ジュリア。
 リクという名前に、ガクトは一瞬頭痛を感じた。
 理由はわからないが、何か大切なことを忘れている気がしたのだ。
「いや、どう考えても一人瀕死の重傷負ってないかね? まぁ僕のことだが……」
 生徒会室のふかふかのソファに座る男子生徒――寺之城大和が言った。何故か彼の顔はじゃがいものように、デコボコに歪んでいる。
「瀕死で済んで良かったじゃない」
 と言って微笑むジュリアの目元に影が差している。ガクトは恐怖した。
「いいかね、ガクト君。そこのジュリア防衛隊長は、この島の守備隊の指揮を取る最強の兵士であり、まな板でもある。優秀だがかなりの脳筋でな。怒らせると恐いから気を付けたまえよ?」
「今、まな板って言わなかった?」
「言ってない」
「い、いい、言いまじだぁあ」
 罪の意識が深いからか、まだしゃくりあげながらアリーフェが証言した。
「――言ったのね?」
 貼り付けたような笑顔を寺之城に向けるジュリア。彼女が握るマグカップに亀裂が走った。
「僕は事実を言ったまでだ。まな板だって需要はあるさね! だからそんな、僕の腕をつかむ必要ないよね? あの、人間の腕の関節はそっちには曲がらなァアアアアアアアアアアッ‼」
 ジュリアが寺之城の腕をこねくり回しているのを尻目に、ガクトはアリーフェに問う。
「リクって子は、この島にいるのか?」
「リ、リクさん? リク・アウストリアさんのことですよね? 今朝は狩りに行ってくれているので、学校にはいません」
 と、ようやく落ち着いてきたアリーフェは、ガクトの基本情報を把握するべくメモ帳を開き、万年筆を両手で抱きかかえて尋ねる。
「リクさんの、お知り合いなんですか? 出身の惑星も同じ?」
「いや、違うんだけど、その、無事ならいいんだ」
 ガクトは自分の口を衝いて出た台詞に驚いた。
 無事ならいい。その言葉が出た理由が、判然としない。
「っ⁉」
 そうしてまたもや襲ってきた頭痛に、ガクトは小さく呻いた。
 ぎゅっと閉じた瞼の裏側に、切り立つ岩山に囲まれた場所が浮かぶ。
 ガクトはその場所で、自分に背を向けて立つ、フードを被った少女を見た。
 彼女が徐にフードを外す。ガクトは彼女のさらりと長い黄色の髪が露わになる前から、その人物が女性であることを知っていた。
 頭の両端に生えた猫の耳を僅かに震わせ、その少女はガクトの方を振り返る――。
「――リク!」
 彼女の名が、ガクトの口をついて出た。
「え? なに?」
 ガクトは目を開ける。アリーフェとジュリアが驚いた様子で突如叫んだガクトを見つめ、寺之城は白目を剥いてソファにぐったりしている。
 ガクトの視線は自ずと声がした方向――生徒会室の入り口へと向かう。
 そこに、狩りから戻ったリクが立っていた。
 ガクトはこの部屋で、同じような光景を見た気がした。
 確かそのときは、リクはフードを被っていた。
 だが、今部屋の出入り口に立つリクは、そのフードを外している。
 その僅かな違いが、ガクトにとって、そしてリクにとって、大きな意味を持つように思えた。
 依然、理由は定かではなかったが。
「お帰りなさい、リクさん。今日もありがとうございます」
『ぴゅるるるる』という謎の飛行音を発して、アリーフェがリクの胸に抱きつく。
「ただいま、学園長。ごめん、今朝はあんまり獲れなかった……」
 リクはアリーフェの頭を二本の指で撫でながら言い、徐にガクトと目を合わせる。
「――君、私の名前を叫んでたみたいだけど、……誰?」
「――ガクト。今叫んじゃったのは、なんでもないんだ……」
 リクと自分は初対面。だからお互いのことを知らなくて当然だ。だが、ガクトは何故かその事実にショックを覚えた。
「そう、なんだ……」
 と、リクは自分の額に手を当てた。
「リクさん?」
「大丈夫か?」
 アリーフェが前へとふらついたリクの服を引っ張って、ガクトがそこへ手を貸す。
「なんだか、急に頭痛が……」
 謎の頭痛はガクトだけでなく、リクにも起きているらしい。
「この島に来た人は、時々頭痛に見舞われるみたいなんです」
 ガクトと一緒にリクをソファに座らせながら、アリーフェが言った。彼女曰く、どういうわけか、アリーフェが召喚した生徒は全員、時々謎の頭痛を感じることがあるという。
「この惑星の磁場が影響しているのかもしれんが、詳しいことはわかっていないんだ……」
 寺之城が白目を剥いたまま言う。
「きっと時差ボケみたいな感じで、転移のときに疲労が溜まるのよ」
 自分の握力で亀裂が入ったマグカップに接着剤を塗りながら、ジュリアが述べた。
「まぁ、どうにもわからんことを考えても仕方ない。いつものやつ、やるんだろ? 学園長」
「それもそうですね。今回はガクトさんにお願いしましょう」
 白目を剥いたままの寺之城の発言に、アリーフェが頷いた。

   ■

妖精のアリーフェが学園長を務める【ミープティングレイス学園】は、島の中央に位置する死火山の火口にある。かつてこの島で暮らしていた古代人たちが、島の外から敵が攻めてきたときのために築いた城塞を魔法で改修したもので、この城塞の地下にある体育館は、元々住民の避難場所として使われていたらしい。
学園には、ガクトと同じようにアリーフェの召喚魔法で召喚された生徒がおよそ一千人いて、今日の午前中は勉強タイムということで、各々教室に分かれて自習中だという。ガクトはそんな中、件(くだん)の地下体育館に通され、生徒会のメンバーが見守る前で、その昔ドラゴンと戦って果てたという戦士の剣を抜いてみてほしいとお願いされた。
「――ぁああっ⁉」
 そうしてガクトが剣に近づいた途端、剣が微震してバランスを崩し、真横に倒れてしまった。
「――うそ⁉」
「なんと!」
「まさか、あんたが⁉」
「こ、こ、このときをどれだけ待ち望んだことか!」
 リク、寺之城、ジュリア、アリーフェがそれぞれ驚愕の声を上げる。
「いや、触ってない。今、剣が勝手に倒れたんだ」
 咄嗟に説明するガクト。
「震えてたよ」
「バイブレーションしていたね」
「震えてたわね」
「剣が主の帰還を喜んでいるんですよ!」
 四人が言うには、どうやら剣はガクトが近づいたときに僅かに震動していたようだ。それは、剣が主に反応した証であり、すなわち、ガクトが剣の認めた新たな持ち主であることを意味するらしい。
 額の上に生えた触覚など、人間より発達した器官が備わる反面、視力は人間より悪いガクトにはわからなかった。
「俺が、剣に選ばれし者……?」
 アニメやゲームで出し尽くされたような展開に、ガクトはまだ実感が沸かない。
 倒れた剣を手に持つガクトだが、剣の状態の悪さに思わず顔を顰める。
両刃の刀身は所々欠けており、柄の部分に施された装飾――上下左右のひし形に備わる四つの宝玉のうち、左側に位置するエメラルド以外は輝きを失っていた。
「そうと決まればやることは一つよ!」
 と、勇(いさ)んだジュリアがガクトの背中をバシンっと叩く。
「痛っ!」
 ガクトは自分の背中が爆発したかと思った。ヒリヒリとした熱が全身に伝播する。
「急にここまで連れて来られて気の毒だけど、あんたにはこれから戦闘訓練を受けてもらうわ。理由もそのときに説明するから。それでいいわね? 学園長」
「本当に申し訳ありませんが、何卒、よろしくお願いします」
 ガクトが自分の置かれた状況を完全に呑み込めないまま、生徒会の面々は今日の活動内容を決めたのだった。

   ■

「体力テストしながら、この島について説明してあげる」
 学園のグラウンドで、手始めにガクトの肉体的ポテンシャルを測りながら、ジュリアは語る。
 惑星【ミープティングレイス】は、ドラゴンスレイヤーとドラゴンの戦いによって多くの陸地が失われ、残るは学園島を残すのみだという。
 ドラゴンの首領【ベルリオーズ】の魔法によって海面が上昇し、学園島以外の陸地は沈められてしまったのだ。
 古代人たちはこの最後の島に集い、ドラゴンスレイヤーを筆頭に抵抗を続け、ついに【ベルリオーズ】に深手を負わせることに成功する。
 だが、この戦いでドラゴンスレイヤーは命を落とし、残された古代人たちも、報復しに現れたドラゴンの群れに襲われた。
 アリーフェは古代人たちによって地下の施設に導かれ、そこで長期のコールドスリープに入った。しばらく島を占拠したドラゴンたちが去るまで、アリーフェの存在を気取られないためであった。
 そうして目覚めたアリーフェは、自分が眠っている間に古代人たちが全滅していたことを知り、ドラゴンへの復讐を誓った。
「ドラゴンスレイヤーが倒れてからどれくらいの時間が経ったのか、アリーフェにもわからないみたい。百年か、あるいは千年以上かもって話していたわ」
島から脅威が立ち退いたことを確かめたアリーフェは密かに召喚魔法を唱え、まず寺之城大和を召喚。以後、地道に召喚を続け、人数を増やして学園を築き上げた。
「これもアリーフェから聞いた話だけど、島の地下にあるダンジョンの最深部は、古代人たちがドラゴンと戦うために造った軍事基地らしいわ。でも、アリーフェが知っているのは基地の外側。内側への扉は解読不明のロックが掛かっていて、彼女にはどうしようもないみたい」
 アリーフェは基地の外側にある設備でコールドスリープに入っていた。故に彼女は基地の外側部分しか知らないらしい。しかも悪いことに、地下基地への出入り口のいくつかは開け放たれており、島の北に広がる森から危険なモンスターが入り込み、縄張りを作ってしまっているという。
「――つまり俺たちは、地下基地の内側へ到達する方法を見つけて、ドラゴンと戦うための準備をしなくちゃならないってことか?」
 体力テストのため、スクワットさせられているガクトの確認に、ジュリアは首肯する。
「そうよ。【ベルリオーズ】に唯一傷をつけることができた剣――あんたが持ってる【竜斬剣(スレイヤー)】を扱える者を召喚することと、地下基地の内部への到達は最重要課題。その片方がクリアできた今、あたしたちの目は島の内側を向いてる」
「――地下には危険なモンスターがいるから、訓練を積んで必要最低限の戦闘能力を身に着ける必要があると」
 早くも太腿が悲鳴を上げ始め、汗だくになるガクト。
「理解が早くて助かるわ。本当なら全員で地下に潜って調査したいところなんだけど、戦闘力を持たない女子も多いし、食料は基本的に狩りで手に入れなくちゃいけないし、島にいる人は全員学生だから、いつか元の世界に帰ったときのために勉強もしておかなくちゃならない。だからなかなか、地下の調査に全振りするわけにもいかないのよね」
 定期的に調査隊を組んで地下に潜ってはいるが、危険なモンスターも出るため、調査に挑める人は限られてくる。そうした調査隊メンバーのメンタルケアも兼ねて、あらかじめ長期戦の生活スタイルが構築されているという。
「狩りをして食べて、勉強して、訓練して、ダンジョンに潜る。日常はこの繰り返しか」
「人が増えて、学園が開かれてからこの一年はずっとそんな感じね。さすがにたまには羽を伸ばさなくちゃってことで、明日は初めての学園祭が開かれることになってるわ」
 スクワットを続けるガクトは疲労が限界に達し、コメントする余裕もない。
「各クラスごとに出しものを決めて、いろいろなことをやるのよ? 食べ物屋さんが多いけど、中には劇だったり、お化け屋敷だったりするクラスもあるみたい」
「――俺がいた学校でも、年二回、そういうことやってたから、なんとなく、わかるよ」
 息も絶え絶えに言うガクト。
「楽しみにしておくといいわ。あんたは【竜斬剣(スレイヤー)】を扱えるこの島で唯一の存在だから、みんな歓迎してくれるはずよ」
「せ、生徒会は、なにか出し物、やるの?」
 ジュリアは首を横に振る。
「あたしたちはパトロールが主な仕事。この島を守る基本よ。あんたはあたしと同じ戦闘班だから、行動を共にしてもらうわ」
ガクトの足はもはや限界だった。
「――けど安心して? 休憩時間もちゃんと設けるから、学園祭を見て回れる」
「も、もう限界……」
 ガクトは倒れた。
「もう限界? あんた泳ぎが得意な種族でしょう? 足腰は人間より強いものと思ってたわ」
 と、目を丸くするジュリア。
「き、期待に添えなくてごめん」
 肩で息をするガクト。
「まぁいいわ。鍛え甲斐のありそうな子が入ってくれたから」
 ジュリアがニヤリと笑うのを見て、ガクトはトレーニング地獄の到来を予感した。

   ■

 その日の午後、午前中に勉強をしていた生徒たち(主に男子)と合流したガクトは、予感した通り地獄の訓練に参加。
 腕立て伏せや腹筋といった体力作りの基本的なものはもちろん、掛け声を掛け合いながらグラウンドをぐるぐる走り続ける長距離走、槍を使った近接戦闘訓練など、内容は多岐に渡る。
「――ドラゴンと戦う訓練に、槍術って必要なのか?」
 ガクトはひぃひぃ言いながら、ペアを組んだ寺之城に聞いた。
「素手で殴りかかるよりはマシっていう、気休め程度のものさね!」
 寺之城は答え、槍に見立てた長い木の棒を振り下ろす。
 ガクトはそれを横一文字に構えた棒で受ける。
「大砲とか、ミサイルとかないの?」
「似たようなものはあるにはあるんだが、起動方法がわからないんだ」
 寺之城が言うには、島には古代人たちが残した対ドラゴン用の魔道兵器が残っていて、しかも劣化もほとんど見られないらしいのだが、肝心の起動方法が不明なため、扱うことができずにいるとのことだった。
「そ、それじゃ、現状、ドラゴンとまともに戦えるのって、パワードスーツで空を飛べるジュリア一人だけってことか?」
 打ちかかったガクトをいなす寺之城。
「今まではジュリア君だけだったが、この前島にやってきた拳銃使いのリク君もやり手と聞くし、念願叶って、竜斬剣(スレイヤー)を抜くことができるガクト君も加わったから、現状は三人だね!」
「た、たった三人って……」
 相手はこのブロック宇宙を支配するドラゴンだ。いくら訓練したからといっても、一人の人間、一人の獣人、一人のマーフォークで太刀打ちできるとは思えない。
「――そこの二人、私語しない! 舌噛むわよ!」
 パワードスーツのブースターでグラウンドの上空に滞空するジュリアの声が降ってきた。
「まぁ、だからこそ、僕たちは早いうちに地下基地の内側へ到達する必要があるんだよ。そこに何があるかはわからないが、なにか、ドラゴンに対抗でき得るものがあるかもしれないからね!」
「――クソ眼鏡? またこねくり回されたいのかしら?」
 額に血管を浮かび上がらせたジュリアが引き攣った笑みを浮かべながら降りて来る。
「ガクトくんにこの島の実情を説明していただけさね。あんまり怒ると胸が萎むぞ?」
「みんないい? もし訓練中におしゃべりしたらどうなるか、今から見せてあげるから気をつけるように!」
 言って、ジュリアは己が装備した機械の腕で寺之城をつまみあげ、空中で放り投げたり、掴まえて揉みくちゃにしたりしてみせた。
 ゴキゴキバキバキと、人体が破壊されていく音がグラウンドに響き渡る。
 ガクトは背負った剣――【竜斬剣(スレイヤー)】を手に取り、正面に構えてみる。
 太い両刃の長さは一・五メートル、重さは約三キロと、一般的な両手剣より少し大振りで重たい。
(ベルリオーズに傷を負わせたのはこの剣だけ、か……)
 寺之城が破壊されていく光景は、初見の者にとっては恐ろしいもののはずであるが、何故かこの光景についても既視感があり、特に恐怖は感じていないガクトである。
「あーあ、寺之城のやつまたやられてるよ」
「あいつも懲りないよな。ジュリア隊長、胸のこと気にしてるのに毎回煽るんだから」
「もしかしてあいつ、ジュリア隊長のこと好きなんじゃね? よく言うじゃん、好きな子に意地悪しちゃうって」
 といった男子生徒たちのひそひそ話を他所に、ガクトは思考を巡らせる。
(ドラゴンスレイヤーは当時、どうやって戦ったんだろう? ジュリアみたいに空を飛べたのか? あるいは、ドラゴンが地上に降りたタイミングを狙って斬りかかったのか?)
 ――ひゅーん、どさ!
 寺之城が空から帰ってきた。意識が無いらしく、受け身も取らず地面に埋まった。よく見ればまた白目を剥いている。
「――ガクト! あんたは今からあたしと一緒に、空中戦の訓練をやるわよ! ドラゴンは空を飛ぶの。いざ戦うとなれば、あたしと連携して戦う必要が出てくるでしょうから」
 と、ジュリアはブースターの出力を弱め、一度グラウンドに着地。
 なるほど、とガクトは納得。
「ジュリアが俺を空まで運んで、そこで俺がドラゴンを斬ればいいんだな!」
「口で言うのは簡単だけど、そう思い通りにはいかないわ。だから今のうちに訓練して、身体に覚え込ませるの!」
 ジュリアが差し伸べた腕は金属のそれ。電動アクチュエーターで細かな動作が可能らしく、指一つ動かす度、機械的な駆動音が聞こえる。
「頑張れよ、ガクト!」
「俺たちも全力でサポートできるように頑張るぜ!」
「ガクトのおかげで、アリーフェ学園長も報われるってもんだぜ!」
 と、他の男子生徒たちがガクトにエールを送る。
 ガクトは改めて、自分が置かれた立場に大きな責任を感じる。
 アリーフェは、自分の声を聞き取ることができた若者を召喚魔法で呼びよせた。
 是非を問うこともなく、身勝手な理由で他人を呼び寄せたことに、アリーフェは深い自責の念に駆られているという。
 アリーフェに悪意はない。古代人たちの無念を晴らし、この世界に平和を取り戻すには、自分一人ではどうしようもなく、誰かを呼ぶしかなかったのだ。
 たった一人取り残されたアリーフェの悲しみは計り知れない。そんな彼女が悲しみを乗り越え、仲間の死に報いるため行動を起こした結果が今の状況だ。
 アリーフェの行為を責めるのではなく受け入れ、諦めず行動し続けたことを称賛するべきだと、恐らくは多くの生徒たちが思っているのだろう。
 だから怒りや咎めもなく、みんなで協力して生活を送ることができているのだ。
(そうして集まった人たちの希望が、俺に委ねられているんだな……)
【ベルリオーズ】を倒さなければ、この学園に未来はない。元の世界にも帰れない。
 やれる者がやるしかないのだ。
「――俺も、俺にできることを頑張るよ。全力で」
 仲間たちにそう返し、ガクトはジュリアの手を取った。

   ■

「――で、この穴に落ちたわけね?」
 と、ジュリアがジト目をガクトに向ける。
「うん……」
 熾烈を極めた空中戦訓練は、ガクトが剣を取り落としたことで中断された。
 ジュリアは初めて訓練に参加したガクトを容赦なく放り投げ、キャッチしてはぐるぐる振り回してまた放り投げるといった荒業(あらわざ)を繰り返した。
 おかげで何度も吐きそうになったガクトは、たまらず持っていた剣を落っことしてしまったのである。
「あと少しで、あんたとあたしの連携攻撃が形になりそうだから、さっさと見つけて再開するわよ!」
 ジュリアは言って、一旦パワードスーツの機能を停止させ、身体から取り外した。
 二人は今、学園がある山の火口から西に少し離れた場所にいた。学園がある山と、西に広がる岩山エリアの間(あいだ)で、渇水によってひび割れた荒野だ。
 そこにできた洞窟に、ガクトが落とした剣が入ってしまったのだ。
 歪な岩や土の塊でゴツゴツした洞窟を、ジュリアがライトを点灯して先行する。
「この洞窟は、さっき説明したダンジョンの一部よ。ここを奥まで進むと、地下基地に辿り着けるわ。凶暴なモンスターがいなければだけど」
 ジュリアの言で、ガクトはダンジョンに北の森の危険なモンスターが入り込んでいることを思い出し、前へと出る。
「――何が出てもいいように、俺が前を歩くよ」
 今のジュリアはパワードスーツを外した生身。ここは男のガクトが彼女を庇うのが筋だ。
「あんたは剣を扱えるたった一人のマーフォークなのよ? たとえここで何かあっても、あんただけは無事に戻らなきゃダメ。そういう自覚を持っておいて頂戴」
 と言って、ジュリアが前に出る。彼女の言うこともわかる。だが、マーフォークは男が女を守ることを重んじる種族。人間とのハーフであるガクトにも、半分はマーフォークの血が流れているのだ。
「だからって、ジュリアが犠牲になっていいことにはならないだろ」
 ガクトは譲ることなく再び前に出た。歩幅は圧倒的にガクトの方が大きい。
「……も、もう! 上官の命令には従いなさい?」
「上官?」
 ジュリアの唐突な発言に、ガクトは振り返る。
「――あ、いいえ。その……、あたしってほら、前にいた惑星で軍人だったじゃない? 訓練教官やっててね。あんたみたいに聞き分けの悪い子が一人いたのよ。ちょっとそいつのことを思い出しちゃってね」
 ジュリアは表情を曇らせ、俯いた。
 この島に召喚された生徒たちは皆違う世界から集まっているという。中にはジュリアのように、凄惨な状態にある世界からやってきた者もいるのだ。
 そしてこの島でも、悪のドラゴンの支配という脅威に曝されている。それを打破したとしても、元の世界に戻れば再び凄惨な現実と向き合うことになる。
 ガクトはそんな立場にはない。この島へ来て大役を押し付けられはしたが、元居た故郷の惑星は至って平和だ。故に、今こうしてジュリアの表情を見るまで、お互いが直面する現実の違いに気付けなかった。
 ガクトは思う。
 この島の生徒たちは、帰りたい人間と、帰りたくない人間がいるのかもしれない、と。
「……その人のこと、心配してるのか?」
 ガクトは歩を止めて、そう尋ねた。
 ジュリアは視線を落としたまま首を傾げる。
「――どうかしら。心配というよりかは、ぶん殴ってやりたい気持ちの方が強いかも」
「いったいその人と何があったんだ……?」
「いろいろとね。そいつとは幼馴染なの。小さい頃家が近くて、同じ学校に通って、それで戦争になって……あいつは逃げた。ジュリアなら一人でも大丈夫とかって言い残して……」
 ジュリアはそこで頭(かぶり)を振る。
「――訂正。逃げたのはあいつだけじゃない。自軍のほとんどが、戦って死ぬよりも生きてなんぼだって考え方で、こぞって逃げ出したのよ。あたしは部隊を率いる立場だったからそうするわけにもいかず、あいつはそんなあたしのところへ加勢に来てくれるかと思ったのに、メイドロボットなんか担いでとんずらしちゃったわけなの。ひどい話じゃない?」
「君のいた国の軍隊を否定したいわけじゃないけど、腰抜け集団だな……そのメイドロボットを担いで逃げたやつっていうのは、君の恋人かなにか?」
「言ったでしょ、ただの幼馴染よ。それも女。色気のない男みたいな女よ。戦績はトップクラスなくせにお調子者で、あたしを困らせてばっかりだったわ……」
「いざというときに逃げ出すような人でも、軍隊で活躍できたのか? なんというか、逃げるが勝ちみたいな考え方を軍隊そのものが持ってないと罷(まか)り通らなさそうだけど」
「まさに逃げるが勝ちって考えの連中が集まった軍隊だった。まぁそのおかげで逃げきったやつは多いし、逃げ遅れたやつも秒で降伏して捕虜になったから、戦死者はほぼゼロ」
 ガクトは思わず吹き出してしまう。
「それはそれで、逆に良かったのかもな」
「戦いには負けたけど、命は取られてないから、いつか逆転のチャンスがあるって思ってる連中が多いみたいだった。そういう人種なのよね、あたしがいた国の人って」
「なら、一応は安心できるわけか? みんな無事だって」
「ええ。でも、メイドロボット担いで逃げたあいつの行方だけはわからない。あいつはポータルっていう、小型の転移装置を使って別のブロック宇宙に飛んだの」
 言って、ジュリアは肩を竦める。
「だからあたしも同じポータルを使って、あいつを探しに転移した。でも装置の故障で座標がずれて、気が付いたらこの島にいたってわけ」
 ジュリアだけは、アリーフェの召喚魔法ではなく、別の技術でこの島へやって来たらしい。
「戦争の世界からは逃げられたけど、ぶん殴りたい幼馴染とは会えず、この世界はこの世界で悪いドラゴンの支配下だし、複雑な心境よ」
 幼馴染を殴ってやりたいとジュリアは言う。
 しかしガクトは彼女の言葉の裏に、置き去りにされた寂しさや、その理由がわからない戸惑い、怒りを感じていた。
 マーフォークの遺伝子を持つガクトは額の上部に二本の触覚が備わる。この触覚で、相手の言葉に込められた感情をある程度感じることができるのだ。
 ジュリアの感情は確かに複雑で、寂しさや戸惑いの更に裏側にもう一幕、それも特に強い感情が見え隠れしている。
 その感情までは、ガクトが持つ能力を以てしてもわからない。
 ジュリアのように、複雑で辛い心境にある生徒たちの苦悩を少しでも取り払うためには、ガクトがドラゴンを倒さなければならない。
 だから、こんな場所で危険な目に遭わせるわけにはいかない。
 故に、ジュリアは先導を買って出ようとしたのだ。
 ことの重大さを、ガクトはより深く噛み分ける。
「――ごめん。剣、落としちゃって」
 堪らず、ガクトは再度謝った。
「そんなこと気にしないの。あたしもさすがに手荒過ぎたと反省してるわ。ごめんね」
 背伸びをしたジュリアが、ガクトの触覚に軽く触れる。そこで気になったのか、
「そういえば、マーフォークを慰めるには、どこを撫でればいいの?」
 という質問が飛び出した。
「え? ……人間と同じで、頭かな?」
「ふふ、なーんだ。あたしったらどうして触覚だと思ったのかしら? ああおかし!」
 突拍子もない問いにガクトが目を瞬かせると、ジュリアは可愛らしい笑顔で噴き出した。
「――これでお相(あい)こね」
「提案なんだけど、二人で横一列になって進まないか? そうすれば、お互いにカバーし合えるだろ?」
 ジュリアの考えも尊重したいガクトは、我ながらナイスアイデアだと思った。
「まぁ、そういうことで行きましょうか」
 ジュリアも眉を広げて了承し、二人並んで歩き出す。
 すると、ほんの一分ほど進んだところで剣が落ちているのを見つけた。
 この洞窟は割と勾配が急なため、上空から落ちてきた剣はバウンドし、かなり奥まで及んだらしかった。
「割と早く見つかってラッキーだったな! いや、そもそも穴に落ちたのがラッキーだったのか! 捜索範囲を絞れるからな」
 剣に異常がないことを確認したガクトは胸を撫でおろす。元々ボロボロなので、傷の新旧の区別はつかないが。
「あんたを見てると、幼馴染を思い出すわ」
 ふと、ジュリアがそんなことを言った。
「幼馴染の子も肌が青いの?」
「そうじゃなくて。意外とポジティブに捉えられるタイプなのよ。あんたもあいつも。黙ってれば真面目そうで、ときどきすごく的を射たこと言ったりするから、考察が得意な気にしい(、、、、)なのかって思ったりもするんだけど、蓋を開けてみたら全然その逆なの。あんまり深く考えてないっていうか、気にしてないっていうか」
『名前はありきたりな、平凡(、、)な子なんだけどね』と言いながら、ジュリアは笑う。
「あたしはそんなあんたたちを見て、ときどき突っ込みたくなるというか、通り越して怒っちゃうこともあるんだけど……」
 ガクトはここでも、ジュリアの心の裏にある別の感情を感じ取ったが、それがなんと呼ぶべき感情なのかまではわからなかった。
 何故ならガクトはここで、洞窟の天井に迫る危機を察知したからだ。
「――ジュリア! 危ない!」
 ガクトは叫び、咄嗟の判断でジュリアを押し倒す。剣を握っていないほうの腕を彼女の背に回して。
 瞬間、轟音が響き、それまで二人が立っていた場所に崩落した大岩が積み重なった。
 間一髪の回避劇に、ジュリアは一瞬何が起こったのかわからず、ガクトの顔を見つめながら目をぱちぱちさせた。
「――わっ! 目にゴミ!」
 そして粉塵が目に入って呻いた。
「大丈夫か?」
 どうやら平気そうではあるが、ガクトは確認する。
「うん、だ、大丈夫よ――、て、ええ⁉」
 目を擦ったジュリアは、自分がガクトにお姫様抱っこされている状況に気付いて顔を真っ赤に染めた。その間わずか数秒である。
「なっ、なにをしてるのよ⁉」
「なにをって、君を庇って――」
「そうじゃなくて、今のこの状態ぃいいいい!」
 バチィ! と、ジュリアの平手打ちが洞窟内にこだました。

   ■

 顔を真っ赤にしたままのジュリアに引きずられて洞窟を出たガクトは、パワードスーツを装着し直したジュリアに再び空まで運ばれ、昼過ぎまで扱(しご)かれた。
「――みんな、これから狩りに出るみたい。ちょっと休んだら、あたしたちも行ってみましょうか」
 午後は学園のみんなで大規模な狩りをすることになったと電話で連絡を受けたジュリアが、ガクトに向き直る。
「空中戦の形(かた)、サマになったかな? まだなら、午後も特訓したい。ドラゴンはいつ襲ってくるかわからないだろ?」
「続けるのも大事だけど、休むことも同じくらい大事なのよ? 最初よりは大分良くなったし、今日はここまで。あんた吞み込み早いじゃない」
 ジュリアは言いつつ、パワードスーツを解除する。手足を嵌めこむことで装備するタイプのパワードスーツは、ジュリアが手足を抜き取ると変形し、キャリーケースくらいのサイズに縮小した。総重量が六〇キロ以上あるというそれを、ジュリアはなんと片手で持ち上げた。
 そうして歩き出そうとしたジュリアだが、
「――いたっ!」
 突如バランスを崩し、パワードスーツをドシンと落として片膝をついてしまう。
「どうした⁉」
 ガクトが歩み寄ると、ジュリアは自分の右足首に軽く触れる。
「さっき洞窟で、足やっちゃってたみたい。最初は大して痛くなかったし、あのあとすぐパワードスーツ着たからわからなかったわ……」
「マジか! ごめん、俺も気付いてあげられなくて」
「なんであんたが謝るのよ。あたしの命の恩人でしょ?」
 ガクトの膝に拳を軽く打ち付けるジュリアだが、それが右足に響いたのか、またも唸る。
「俺が君を学園まで運ぶよ。パワードスーツは一旦ここに置いていこう。そんなに重いやつ、誰も盗めやしないよ」
「……これくらい、我慢できるわ」
 言って立ち上がろうとするジュリアだが、
「あぅ」
 右足の踏ん張りが効かず、尻もちをついてしまった。とても狩りに行くどころではない。
「無理は禁物だ。休むのも大事なんだろ?」
 ガクトは背負っていた剣を手に持つと、ジュリアに背を向けてしゃがみ込む。
「ほら」
「……いいの?」
「当たり前さ。けが人を放っておけるかよ」
「……ありがと」
 ジュリアに背を向けるガクトには、彼女の表情はわからない。だが、そっと背中に身を預けてきたジュリアの小さな身体は何故か異様に熱かった。
「ジュリア。君、なんだかすごく熱くないか⁉ 熱でもあるの⁉」
「――な、なな、なんともないわよ! は、ハイヤぁ!」
 馬の腹を蹴るように、ジュリアはローファーを履いた両足でガクトの腰のあたりを叩く。
「あいたっ!」
 悲鳴を上げたのはジュリアの方だった。
「ちょっ! 暴れるなよ」
「むぅうぅ」
ジュリアは顔を真っ赤にしたまま頬を膨らませて唸る。当然ガクトはなぜジュリアが不機嫌なのかわからない。
「と、とりあえず学園に戻るぞ? アリーフェに魔法で治してもらおう」
歩き出すガクト。
「…………」
「…………」
 ガクトは学園へと続く細道を見出し、そこを登って火山の火口の淵を乗り越える。すると登り坂は転じて下り坂となり、二百メートルほど下った先に学園が見えた。
「…………」
「…………」
「……大丈夫か?」
「……っこして」
「え?」
「だ、抱っこして。もう一回」
 ごにょごにょ、とジュリア。
「こ、こうか?」
 また暴れられても困るので、ガクトはジュリアをお姫様抱っこに切り替えた。
 ガクトは彼女の控えめな胸の奥から、心(しん)の鼓動が伝わってくるのを感じた。それも、かなり早い。
 やはり熱でもあるのではなかろうかと、ガクトは怒られるのを承知で聞こうとしたが、
「あたしさ」
 ジュリアの言(げん)に、遮られる。
「――パパとママを戦争で亡くしたのよね。あたしが幼少の頃に戦争が始まってすぐ、二人とも殺された。それであたしは、パワードスーツの適性が高いって理由で軍隊に引き取られた」
 ジュリアはガクトの首を通した小さな手を、ぎゅっと握りしめる。
「だからあたし、抱っこしてもらった記憶がないの。ちょうどいいから、お願いしたってわけ。この年にもなって、笑っちゃうでしょ?」
 と、困ったような笑みを浮かべるジュリア。
「……そう、だったのか」
 ガクトはジュリアの表情を見続けることができず、視線を足元に落とす。
「もっと大人にならなきゃって、わかってるんだけどさ……」
 ジュリアの笑みが、自虐するような薄ら笑いへと変じる。
 ガクトにはわかる。いつか誰かに『かわいいね』と褒められた、二本の触覚が告げるのだ。
ジュリアは今、笑ってなどいないぞ、と。
 物心ついたときから軍事施設で肉体改造を受け、怪力を持つ、戦うための生きた兵器に仕立て上げられたジュリアは、両親の愛情を十分に受けることなく育ってしまった。
 抱っこしてもらった記憶がない、と彼女は言った。
 彼女にとって、幼少期に過ごした両親との記憶はむしろトラウマで、自らそれを封じてしまっているのかもしれない。思い出す度、訪れるのは深い悲しみと孤独感だろう。
「みんな、あたしのこと嫌いかな?」
 ジュリアの顔から笑みは消え、ぱっちりした目は虚ろに伏せられた。それは、学園島の防衛隊長として生徒たちを率いる立場にあるジュリアの、普段は見せない顔であった。
「――どうして、そんなこと思うんだ?」
「だって、こんなに内面は子供なのに、表では偉そうにして、ときどき怒鳴ったり、暴れたり、寺之城を滅茶苦茶にしたり……」
 寺之城は自業自得だ、とガクトは思った。
「来たばかりの俺が言うのは変かもしれないけど、誰もジュリアのこと嫌いだなんて思ってないさ。むしろ、感謝してると思う」
 なぜか、今日ジュリアと初めて会った気がしないガクトは、素直な考えを告げる。
「……感謝?」
「ああ。俺だって感謝してる。動きが全然なってない俺を熱心に指導してくれたのはジュリアだ。君がいなければ、俺はまともに剣も構えられないデクの棒だった」
 ガクトはジュリアのおかげで、基本的な剣の構えや、空中での必要最低限の身ごなしを習得することができていた。それも要した時間はたった半日ほどである。
「そ、それは、あんたがあたしに頑張ってついてきたからでしょ」
「いや、君の教え方が上手だからだよ。さすが防衛隊長だな」
 ガクトは下り坂を降り切り、眼前に聳える城塞――もとい【ミープティングレイス学園】を見上げる。
「こんなに優秀で素敵なんだから、なにも心配することないって」
 すると、ジュリアはくすりと息を溢し、その顔に小さな笑みが戻る。
「やっぱりあんた、あたしの幼馴染と似てる。あいつも、まるであたしの心の中を覗いたみたいに、能天気なこと言うの。勘が鋭いとか言って、いつも決まって前向きで」
「……俺はけっこう、気にしい(、、、、)だぜ?」
 ガクトは言う。
 洞窟に二人で入ったときから見え隠れしていた、ジュリアの裏の感情。ガクトは今になってようやく、拾い上げる(、、、、、)ことができていた。
「いくら君が強くても、辛いことはあるだろ? 俺はそういうの心配になる質(たち)で、放って置けないんだ」
 ジュリアの目が、僅かに見開かれる。
 彼女の鼓動がまた少し、早くなる。
「だから、もし君が望むなら、その、いつでも抱っこするよ! これなんて言うんだっけ? あ、そうそう、お姫様抱っこ!」
 なかなか出ない言葉を思い出した喜びで、思わず声が大きくなるガクト。その声が城壁に反響し、やまびこのように聞こえた。
「あ、あたしはあんたのお姫様じゃないわよ! ……あはは」
 ジュリアは顔を赤らめて言ったあとで頬を可愛らしく膨らませ、吹き出した。
「――もう、おかしいんだから。なによ、抱っこって」
「あ、あんまり身を捩るなよ。落っこちちゃうよ!」
「あははは!」
 腹の底から笑うジュリアの目から、一筋の光が零れる。
 それが笑い泣きではないことも、ガクトはわかっていた。

   ■

 ジュリアの足の怪我は思ったよりも酷く、完治したのは夕方だった。
「――これで大丈夫のはず! どうですか? ジュリアさん」
 保健室でジュリアの右足に回復魔法を施していたアリーフェが言った。
「さすが学園長ね。もうなんともないわ!」
 ジュリアは何度か右足首を揉み、動かして状態を確かめると、寝かされていたベッドからぴょんと飛び降りた。
「珍しいね。あなたが怪我なんて」
 戸口のところで腕を組み、様子を見守っていたリクが言った。
「ガクトが剣を落としてね。――その、いろいろあったのよ」
 と、なぜが頬を赤らめて答えるジュリア。
「他のみんなは?」
 ガクトは寺之城の姿が見えず、また校舎の人の気配が少ないことが気になり、そう尋ねた。
「歌姫はグラウンドの野外ステージじゃないかな? 学園祭で開くバンドのコンサートの調整してるんだと思う。寺之城は他の男連中と狩りに行って、たぶん今頃は南の街エリアで騒いでるんじゃないかな?」
 リク曰く、時々大勢で狩りに繰り出して大量に食料を確保しては、南の街エリアで調理・加工し、祝福の宴を上げているらしい。それも、生徒たちのメンタルケアを目的としたものとのことだ。
「歌姫?」
 どこかで聞いたような名前だが、よく思い出せないガクト。
「そうか、君はまだ歌姫と顔を合わせてなかったね」
 歌姫というのは、さきほどリクが言ったバンドのリーダーらしい。
「居残り組は残念だな。狩りのお祝いに参加できないじゃないか」
 と、ガクト。
「居残り組はローテで回してるから大丈夫。次の狩りのときは、今日学校に残った生徒が全員参加するの」
 リクは答え、
「――それじゃあ私、今日は調理班の手伝いするからこれで。狩りで新しい食材が入るから、古くなった在庫を全部調理して処理するんだってさ」
 軽く手を振って、南側の一階にあるという調理室へと向かった。
「俺たちはどうする? 手伝いに行くか?」
 ガクトがジュリアに問うと、彼女は肩を竦める。
「それもいいけど、あんた今日一日、飛んだり落ちたり担いだりで大変だったでしょ。歌姫の歌でも聴いて一休みするといいわ」
「なら、一緒に行こう。アリーフェもどう?」
 と、ガクトは提案した。
 歌姫のバンドに興味があったこともそうだが、なにより、帰り道で笑いながら涙を流したジュリアの傍に、せめて今日一日くらい居てやりたいという思いが一番の理由だった。
「いいですね。私も時には羽を伸ばさないと」
 アリーフェも治療の疲れからか、小さな両手を広げて伸びをし、文字通り蝶のように美しい羽も両側へ伸ばした。

   ■

 ボーカル兼ギターの歌姫を筆頭にした四人組のガールズバンド――【RED】はリクの予想通り、グラウンドの北側の隅に設置された巨大な野外ステージでリハーサルを始めたところだった。
 柔らかくて透明感があり、それでいて力強い歌声がグラウンドに響き渡る。

 ひとりだけの痛みに耐えて 壊れてもちゃんと立って
 いつか見つける 黄金の覚悟

「――あ、学園長にジュリアだ! やっほー! って、そこの青いあなたは誰?」
 歌を中断した少女が、ガクトを見て赤い瞳の目を丸くした。彼女の赤毛のショートカットが西日を受けて綺麗に輝いている。
「彼はガクトさんといって、今日、この学園に来た人です。ガクトさん、この人が歌姫さんで、学園一の歌声を持つアイドルさんです」
「ガクトっていいます。よろしく」
 アリーフェの紹介で、ガクトは会釈した。
「そっか新人さんか! いいところに来たね! わたしたちの歓迎の歌をあなたにプレゼント
してあげる!」
 歌姫は柔らかく透明感のある声で言い、ウインクしてみせた。
 それを受けたガクトは、自分の心の蔵が強く脈打ったのを感じた。
「それじゃ、もう一度いくよ? ――凛(りん)として戦え!」
「永遠に挑戦!」
「どんな闇にも射す光!」
「体中暴れる血の色は?」
「「RED‼」」
 歌姫の音頭に、ギター、ベース、ドラムをそれぞれ担当する少女たちが応じ、
最後に全員で叫ぶと、アップテンポな楽曲のプレイが始まる。
「すごい迫力だな! 俺、バンド演奏を生で見たの初めてだよ!」
「あたしも!」
 グラウンドに響き渡る爆音の中、声を張り上げるガクトとジュリア。

 一緒に荒野を行こう 心臓破りの丘を越えよう
 飛べるだけ飛ぼう 心開ける人よ

 眉宇を引き締め、前を向き、ひたむきに叫ぶ歌姫たちが奏でる音色はガクトの心に深く染み
渡り、言うに言われない力となって漲(みなぎ)り始める。
「元気が湧いてきませんか?」
 ガクトの肩に乗ったアリーフェが耳元で言った。
「ああ! なんだか気分が晴れていくみたいだよ!」
「歌唱(かしょう)魔法(まほう)といって、歌姫さんだけが使える特殊な魔法なんです。みんなの身体の傷や、心の
傷を癒す効果もあるんですよ」
「そういう魔法もあるんですね!」
 ガクトが感嘆の思いで聴き入っていると、ジュリアがガクトの服を引っ張った。
「どうした?」
「もう少し、高い目線で見てみたいわ!」
 ジュリアはガクト以上に元気が出てきたのか、理由は定かではないが、赤らんだ顔で言う。
「わかった! 抱っこだな!」
 と、ガクトは頷き、再びジュリアをお姫様抱っこした。
「っ! や、やっぱりいいわ。なんだか恥ずかしい」
「高い目線で見たいんだろ? こんな特等席でライブを見られることなんてそう無いぜ?」
 ガクトは構わず抱っこを続ける。
 そうしてステージの上に視線を戻すガクトだが、何故かジュリアはステージの歌姫たちではなく、ガクトを見つめたままだ。

「――聴いてくれてありがとう! ついでに元気になってもらえれば願ったり叶ったり!」

 プレイが終わり、歌姫が手を振る。
 手を振り返すガクトはジュリアの視線が気になり、彼女に目を向ける。
「どうした? もしかして、まだ足が痛むのか?」
 ふるふる、と首を横に振るジュリア。
「ガクトはさ、ドラゴンを倒したあと、どうするの?」
 ふと、ジュリアはそんなことを聞いてきた。
「ドラゴンを倒したあと、か……」
 自分を取り巻く環境の変化についていくのがやっとで、まだそこまで考えていなかったガクトは言葉に詰まる。
 アリーフェは、このブロック宇宙を牛耳る悪のドラゴン――【ベルリオーズ】を倒すことができれば、この学園島に来た者は全員、元の世界に帰ることができると言っていた。
「そのことについては、皆さんに考えを聞いて決めるつもりです。私の帰還魔法(きかんまほう)で帰るか、ここに留まるか……」
 アリーフェがガクトの耳元に顔を近づけ、聞こえるように言った。
 ガクトはジュリアの目を見る。
 彼女の故郷は戦争状態にあるという。
「アリーフェ。例えばだけど、この島にいる人が、別の誰かの故郷に一緒に帰ることもできたりするのか?」
 ガクトの質問に、アリーフェは頷く。
「お互いに合意したうえであれば、そうすることもできます。申し上げにくいですが、中には故郷に戻りたくないという人もいらっしゃいますので」
 ジュリアには両親もおらず、幼馴染だった人物は別の世界へ逃げてしまったらしい。
 あまりにも孤独だと、ガクトは思う。
「俺は、……どうだろうな。すぐには帰らずに、ここに留まったりするかも……」
「どうして?」
 と、ジュリア。
「そうだな、……ここに集まった人は、みんな自分の人生を明るい方向に進むべきだと思うんだ。だから、故郷に帰ることが辛い状態の人が一人でもいるなら、その人が明るい方向へ行けるように手助けをしたい。そうして全員が満足いく結末を迎えるのを見届けたあとで、帰ろうと思う」
 ガクトの考えを聞いたジュリアの流麗(りゅうれい)な眉が、僅かに広がる。
「――奇遇ね。あたしもそうしようと思ってたの」
「そう、なんだな……」
 ガクトは胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
 故郷に帰ると、そこに待ち受けているのは慈悲の存在しない戦場。誰も、そんな場所に喜んで帰る人などいない。
 ジュリアは自分が置かれた状況をわかっていて、それでも気丈(きじょう)に振る舞い、見守る側に立とうとしている。
 いや。もう既に、ジュリアは防衛隊長という肩書の下、みんなを見守って導く立ち位置にいるではないか。
 自分の気持ちを封じ込めたまま。
「ジュリア。俺がこんなこと言える立場じゃないかもしれないけど――」
 ガクトは意を決して言葉を紡ぐ。ガクトが歩んだ平凡な人生と、ジュリアが歩んだ凄惨な人生は、あまりにもかけ離れている。わかったような口を利くことが許されるのか、ガクトにはわからない。同情と取られ、嫌悪の眼差しを向けられてしまうかもしれない。
 それでも、ガクトは言うべきだと思ったのだ。
「自分を自分で閉じ込めるな」
「っ……」
 ガクトの言に、ジュリアの瞳が微かに揺らいだ。
 ジュリアのことだ。きっと他の生徒たちには一切弱みを見せていないだろう。
 まだ会って間もないが、マーフォークの触覚を持つガクトにはわかる。
「無理してるのに、それは無理なんかじゃないって、自分に嘘をつくな」
 故に、ガクトは言う。わかってあげられる者が、言わなければならないのだ。
「軍人が誰かに助けを求めちゃいけないなんて決まり、どこにもないだろ? 少なくとも俺がいた地球では聞いたことない」
 ジュリアは目を伏せる。薄茶色の前髪が下りて、彼女の目元を隠す。
「だから、もし君が望むなら、その、誰かと一緒に、他の世界を見に行くって選択肢もあるんじゃないか?」
 ガクトが羽織るブレザー。その胸の辺りを掴むジュリアの手に力が込められる。
「――これは、もしもの話よ?」
 目を伏せたまま、ジュリアが言った。
「もしもあたしが、あんたたちと、……あんたと、ずっと一緒に居たいって言ったらさ――」
 彼女の声は、僅かに震えている。
 ガクトは黙したまま、ジュリアの言葉を待つ。

「それじゃ、二曲目行ってみよう!」

 ここで、歌姫たちの演奏が再び始まる。
 覚悟を決めるかのような息遣いを、ガクトはジュリアの身体から感じ取った。
 直後、俯いていた顔を上げたジュリアは、その目に溢れんばかりの涙を浮かべていた。
 喜び、恐怖、希望、そして、縋(すが)りたい思いが綯い交ぜになった彼女の表情は、薄幸(はっこう)の中でもめげずに開花した華のように尊(とうと)かった。
「――あたしを、お姫様にしてくれる?」
 だがその言葉は、ガクトの耳に届かない。
「っ⁉」
 ガクトは唐突に生じた背中の熱に驚き、ジュリアを落としそうになる。
「きゃ⁉ ちょっと、大丈夫⁉」
 我に返ったように声を上げるジュリア。
「な、なんだかわからないけど、背中の剣が熱くて!」
 言って、ガクトは背負っていた剣を取る。
「そ、その光は⁉」
 異変に気付いたアリーフェが驚愕の声を漏らした。
 ガクトが持つ剣――【竜斬剣(スレイヤー)】の、刃と柄の間にある小さな装飾。そこに施された四つの宝玉が、新たな光を放っていた。
 今まではエメラルドの鮮やかな緑色の光だけだったが、ダイアモンドの白い光が加わっているのだ。
「宝玉が光った⁉」
「な、なんで……ガクトの力?」
 激しい演奏が鳴り響く中、驚愕に言葉を失うガクトたちだが、次の瞬間、すべてを消し潰す重圧感が生じ、その場にいた全員の行動を縛った。
 歌姫たちもプレイを中断し、ガクトたちがそうしたのと同じく、不安げな表情で天を振り仰いだ。
 彼らが見上げる空に、突如として黒雲が出現していた。さらに、その黒雲の下――中空(ちゅうくう)に、黒い穴がぽっかりと開いている。
 黒雲から雷鳴が轟くと同時。ガクトたちの感情を得体の知れぬ重圧感で縛った根源が、その邪悪な姿を現した。
たくましい胴部と蛇のように長い首。鹿のように大きく伸びた二本の角。口部から覗く鋭い牙。冷徹の象徴とでも言うかのような水色の眼が淡く光り、硬い鱗で覆われた土気色の全身は見た者の精神を恐怖で支配する。
 ガクトが対決すべき大敵(ドラゴン)――ベルリオーズが、無数の僕(しもべ)を引き連れてやってきたのだ。
『我が古敵(こてき)の憎き剣よ! 探したぞ』
 心胆を震え上がらせるような低い唸り声が、テレパシーの如く発せられた。
「皆さん! 地下の体育館に逃げてください!」
 アリーフェが叫んだ。ドラゴンの急襲に、現状ではとても対応できる状態にないのだ。
 バンドメンバーたちが一斉にステージから飛び降り、地下への階段がある校舎へと走る。
「君たちも、早く!」
 歌姫がアリーフェに駆け寄り、彼女の小さな手を取ろうとするが、
「私はここに残って時間を稼ぎます。歌姫さんは、ガクトさんをお願いします!」
「待ってくれ! 逃げるのはみんなだろ! 俺が残る!」
 ガクトは事態の急変に足が竦んだが、声を出すことでどうにか身体の震えを抑え込む。
「ガクト、あたし、パワードスーツが……」
 消え入りそうな声で、ジュリアが言ったときだ。
 ベルリオーズの口腔から放たれた青黒い大火炎が校舎を襲い、その全てを容赦なく覆いつくした。
 今まさに校舎に入ろうとしていたバンドメンバーたちが、燃え盛る炎に呑まれてしまう。
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああ‼」
 仲間の死を嘆き膝をつく歌姫の悲鳴が、ガクトには遠く聞こえた。
 自分が尻もちをついたことにさえ、気付かなかった。
 なぜ、今なんだ?
 どうしてこんなことになった?
 ガクトの中で、そうした疑問と遣る瀬無さが渦を巻き、戦意を奪っていく。
「我が盾よ! 我が同胞を守りたまえ!」
 アリーフェが呪文を唱え、上空に手を翳した。すると虹色掛かった靄のようなものがドーム状に広がり、グラウンド全体を覆い込んだ。
 しかし、校舎は建屋全体が炎に呑まれ、中の生徒たちの生存は絶望的だ。
『これでどこにも逃げられまい』
 何物をも噛み砕く牙を覗かせ、ベルリオーズが言う。
『たとえ世界から世界へ渡る力を持つ者がいようと、オレ様がこの宇宙に施した妨害魔法がある限り、他のどの世界へも逃げることはできん』
「――逃げるつもりなんてない」
 両の拳をぐっと握りしめたジュリアが言った。
 ガクトは戦意を失うばかりだったが、ジュリアは違った。弱気になった自分を奮い立たせたのだ。
「あんたをぶっ倒して、この世界を救うまで!」
「――そうだ!」
 涙を拭った歌姫が立ち上がる。
「仲間の仇を、取る!」
 尻もちをついたガクトからは、ジュリアと歌姫の表情はわからない。
 だが、二人とも恐怖に震え、今にも挫けそうな心に抗いながら立っている。
『ほう? そんなちっぽけな身体で、オレ様と戦うというのか?』
 大敵の声に震える足。強く握られた拳。
「――ッ!」
 ガクトは歯を食い縛る。恐らくは彼女たちも同じであろう。
 自分が恐がってどうする!
 さっき、ジュリアはガクトに何と言ったのか。きっと大事なことだったに違いない。それをあとでもう一度聞くためにも、ここで怯えているわけにはいかない。

 飛び交う無数の感覚に 本当の自分を見失う
 そこで勝ち残るのは 弱さ認める強さ

 涙に揺らぐ声を徐々に抑えながら、歌姫が歌い出す。
 その場にいた全員の心に、微かな赤い炎が灯る。
 反撃の狼煙(のろし)のごとく、炎は強さを増していく。
「ありがとう、歌姫」
 と、ガクトは全身に力を込め、恐怖を振り払って立ち上がる。

 死んだみたいに 生きるより
 赤い血を流し 牙を剥け

 ベルリオーズの僕(しもべ)――体長三メートルほどの小型ドラゴンたちが一斉に降下してきたが、アリーフェの魔法による障壁に阻まれ、ガクトたちには及ばない。
「ジュリア、俺を投げてくれ!」
 ガクトはジュリアと目を合わせる。
「――よく言ったわ!」
 ジュリアは眉宇を引き締めて微かに笑むと、バレーボールのレシーブのような構えを取った。
 ガクトは剣を両手でしっかりと掴むと、それを立てて頭の右手側に寄せる【八相の構え】を作り、ジュリアが差し出した両掌に片足を掛けた。
「どぉりゃぁあああああああああああああッ‼」
 ジュリアが気迫と共に両腕を振り上げ、ガクトを上空へ投げ飛ばす。
 アリーフェの魔法障壁を通過し、ガクトは真上のベルリオーズへ迫る。
 させじと眼前に現れた小型ドラゴンを、ガクトはジュリアとの訓練通りに切り伏せた。
 だがこの斬撃で、ジュリアの怪力で得た運動エネルギーが失われ、ガクトはそれより上空へと向かうことができない。
 そこへ、燃え盛る校舎から人影が飛来。ガクトへ背後から襲い掛かろうとしていた小型ドラゴンを銃撃で撃破した。
 凄まじい跳躍力で校舎を脱した、半ば炎に包まれたリクだった。
「リク⁉」
「――タダじゃ、やられないよ」
 苦し気に笑い、リクは靴裏でガクトの背を蹴り上げた。
 最後の力を振り絞ったリクが意識を失くして落下する中、ガクトは逆に再上昇。今度こそベルリオーズに至る。
『おお! マーフォーク風情(ふぜい)がここまで来たか!』
 悪のドラゴンが驚愕の声を漏らし、
「そこよ! ガクト!」
 ジュリアの声が届く。
「うおおおおおおおおおおッ!」
 ガクトは振りかぶった剣をベルリオーズの頭へ振り下ろした。
「――ッ⁉」
 ところが、剣はベルリオーズの頭を斬るどころか弾かれ、ガクトの手から抜け飛んでしまう。
(くそ!)
 ガクトは致命的な問題を失念していた。剣は刃こぼれが目立つメンテナンス不足の状態。切れ味が著しく低下しているのだ。
(――こんなことで!)
 悔やむガクトの心情を、しかし現実は黙殺する。
 眼前から、ベルリオーズの牙が迫る。その奥には、地獄へ続く口腔の闇――。
 ガクトの意識は、そこで途絶えた。



   第四話

 ガクトは水の中で意識を取り戻した。そこは見知った海だ。
(俺はどうしてこんなところに⁉)
 ガクトの脳裏には、ミープティングレイス学園のグラウンドの光景が鮮明に残っている。
(俺が見たのは、夢?)
 自問して、首を横に振った。
 夢などではない。
 自分は確かに、ここではない別の世界にいた。そこでアリーフェたちに出会い、ジュリアを抱っこしてやった。
 頭痛が襲ってくる。ダメだ、すべてを思い出すことはできない。
 ガクトの真横を豚イルカが通過し、前方でループを描いて泳ぎ去った。
 何(なに)か、決して忘れてはいけない出来事があった。
 今すぐに戻らなくては! あの場所に!
 漠然とした焦りが、ガクトを襲う。
 そのとき、聞き覚えのある声が聞こえた。

「――助けてください」

 周囲には誰もいない。しかし、確かな声。

「世界の自由は殺されました。あなたの助けが必要です」

(そうだ、この声! アリーフェだ!)
 ガクトは勢いよく海面へと浮上する。
「聞こえるぞ! アリーフェ!」
 抜けるような青空から輝く陽光が注ぐ。
 強烈な頭痛が襲ってくる。
「うっ! ――そうだ。俺を連れて行ってくれ! 早く!」
ガクトは視界を白い光に覆われ、意識を失った。

   ■

 頭痛が解消すると同時に訪れた浮遊感。僅かに身体が落下する感覚。
 次の瞬間、ガクトは顔いっぱいに何か柔らかいものがぶつかる感触を覚えた。
「――きゃう!」
「え?」
 ガクトが手を『むにゅり』とついて顔を持ち上げ、見下ろすと、そこに見知った顔があった。
 赤毛のショートカットはさらさらで、きめ細かな白い肌がとても綺麗な少女だ。
 目鼻立ちの整った小顔で、赤い瞳がじっとガクトを見つめている。
「ご、ごめん! 怪我はない? ええと……」
 少女の名がすぐに出てこない。
「う、うん。君は?」
 驚愕のあまり瞬きを忘れて、少女はガクトを見つめ続ける。
「俺も、大丈夫……」
「いつまで歌姫の上に覆いかぶさってんのよ! この変態!」
 真横から別の少女の声がして振り向くと、赤毛の少女以外にも三人の少女がおり、三人ともが腕を組んで、ジト目をガクトに注いでいた。
「思い出した、歌姫だ! 無事でよかった!」
「――その、悪気はない、っていうのはわかるから、降りてくれるとありがたいかも……」
 歌姫と呼ばれた少女は頬を赤らめ、気まずそうに目を逸らした。
 ガクトは自分の状況をよく観察する。そして自分の両手が、歌姫のふくよかな胸に置かれていることに気付く。
「っな⁉ いや、これはその! 多分こっちに来たときの衝撃というか――」
「「その手をどけなさあああああああああああああい‼」」
 歌姫以外の女子三人が絶妙なコンビネーションでガクトの脇腹に三連キックをお見舞いした。
「いたたた!」
 蹴られた衝撃で空中に舞い上がったガクトは、初めて寺之城の気持ちがわかると同時に、寺之城って誰だっけ? と若干の頭痛に見舞われて脇腹も頭も痛い状態に陥った。
 ここはどこかの学校にある音楽室らしく、壁一面に有孔(ゆうこう)ボードが設けられ、無数の穴が吸音効果を発揮して音漏れを防いでいる。
「みんな待って! わたしは大丈夫だからさ! それにこの子、突然天井に現れたから、たぶんあれだよ、学園長の召喚魔法!」
 壁に激突して萎(しお)れたように倒れるガクトを、歌姫は庇うようにして立つ。
「歌姫はもっと警戒しなくちゃダメだよ。異性に甘すぎ」
「そうだよ! 男なんて裏でなに考えてるかわからないんだから!」
「召喚されたことに託(かこ)つけて、触りたいだけ触ろうとするタイプかもしれないよ? 寺之城みたいなやつ!」
 三人の少女たちは言いながら、歌姫の両側から身を乗り出してガクトを睨む。
 寺之城というのは彼女たちのクラスメイトかなにかだと、ガクトにはわかった。それもたぶん男子生徒だ。
「でも、誤解でこねくり回されたらいくらなんでも可哀想でしょ? 寺之城くんはちょっとアレだけどさ、この子は違うと思う」
 と、歌姫。女子から見た寺之城の評価は散々のようだ。
 こねくり回すという言葉は普段聞かないガクトだが、この言葉を聞いた途端、微かな頭痛と共になぜか恐怖感が沸き起こった。きっと、こねくり回すという言葉に何らかの凄惨な光景が記憶として紐づいているからだろう。
「歌姫がそういうなら、その青い奴は生かしておく。でも、アンタは自分がアイドルだって自覚を持たなくちゃダメだからね?」
 三人の少女の内、緑色の髪をポニーテールに結わえたエルフの子が釘を刺した。
 やってしまったことは重罪だが、ガクトは自分がここで生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているとは思っていなかった。
「以後気をつけます!」
 と、歌姫は引き締まった長い脚を揃え、敬礼をしてみせた。
彼女らは全員、カーキ色のブレザーを腰に巻き付け、白シャツを第二ボタンまで外し着崩したスタイルで、カーキとグレーの迷彩柄スカートは動き易さ重視で短めだ。上下とも、対ドラゴン戦闘用の特殊繊維でできており、耐熱・耐衝撃性能があるという。この、まるで軍隊を思わせるスペックの制服を、ガクトは既に知っていた。
「――そういえば、今何時(なんじ)?」
 敬礼をしたままの歌姫が言い、エルフの子が腕時計を見遣る。すると、彼女の尖った耳がピンと上方へ立った。
「いけない! 朝礼の時間をめっちゃオーバーしてる!」
「うそーん!」
 艶やかな黒髪の長髪を揺らして、人間と思しき少女が涙目になる。
「これは仕方がないね。もう終わっちゃってるだろうから、みんなはこのまま教室に行っててよ。午前中の予定は勉強だったはずだし、わたしの方から学園長に謝っておくからさ!」
 快活な声で歌姫が言った。
「いや、うちらも行くよ。こういうのはみんなで行くもんでしょ」
 と、クールな雰囲気を放つボーイッシュな銀髪少女。
「今回は大丈夫。ほら、この子を連れて行かなきゃじゃん? 学園長、自分が召喚した子が目の前に現れないと、どこに行ったのかわからなくて慌てちゃうしさ。君、名前は?」
「ガクト。志守(しかみ)ガクト」
 ガクトは歌姫に助け起こされながら名乗った。
「なんだか、日本人みたいな響きだね! ――って、あれ? でも、ガクトって名前、なんだか記憶に新しいような……」
 歌姫が首を傾げた。
「たしかに、どこかで聞いたような……」
「ていうか、前どこかで会ったことない?」
「あたしもなんだか記憶が……デジャヴ?」
 緑髪のエルフと、黒髪と銀髪の人間の少女も歌姫に続いて首を傾げ、全員同時に額を押さえて唸る。
「「「「ううッ! 頭が!」」」」
 記憶に違和感があるのはガクトだけではないらしい。
 それにしても息ぴったりで、仲のいいバンドだなぁ、とガクトは思ったが、和んでいられる場合ではないと、彼の直感が告げた。
 この世界で、なにか恐ろしいことが起ころうとしている、と。
「――歌姫、今すぐ生徒会室まで案内してくれないか? 俺を召喚した人に早く会ってみたいんだ」
 歌姫たちの頭痛が治まるのを待ち、適当に取り繕った理由を添えてガクトはお願いした。これといって何をどうすればいいのかまでは思い出せないが、一先ず学園長とやらに会う必要があると思ったのだ。
「おお、そう言うってことは、君はこの世界に望んで来てくれたタイプの子だね? おっけい! ついてきて!」
「「「歌姫に変なことしたら八つ裂きだからねー」」」
 可愛い笑顔で恐いことを言う他の三人に見送られ、ガクトは歌姫に続いて音楽室を出(で)、石造りの廊下を進む。
 四階建ての校舎は正方形をしており、中央に広がるグラウンドを取り囲んでいる。校舎の角にあたる部分にはそれぞれ八階建て相当の高さを持つ塔が聳えており、中世の城塞を思わせる。
 やはり見知った光景だった。
「生徒会室は、北側に位置する【ダイヤの塔】の最上階にあるんだっけ?」
 ガクトは記憶の中にあった情報を試しに聞いてみた。
「そうだよ? どうしてわかったの? アリーフェからなにか事前に教えてもらった?」
「……まぁ、そんなところかな?」
 だが、ガクトはまだ、この世界を知っていると断言することはできないでいる。『なぜか知っている』という域を出ないのだ。
「それじゃ、ここに来たらまず剣を抜くって話は聞いた?」
「うん」
「なら話はスムーズに進むかもね! 中にはさ、急に連れて来られちゃって動揺したり、恐がったり、怒ったりした子もいたから……」
 歌姫は何か思うところがあるのか、その明るい表情を僅かに曇らせる。
 ガクトはここでふと、前方から誰かに見られている気がした。視線を感じたというよりかは、なんとなく、女の子がこちらを見ているようなイメージが瞼の裏に浮かび上がったのだ。
 マーフォークが持つ触覚があるからこその、独特な感知能力である。立ち止まって意識を集中すればもっと詳しい情報を察知することも可能だ。
 ガクトは人間より若干視力の弱い目を細めて廊下の先を見つめる。
 すると、廊下の突き当りに位置する部屋のドアが少しだけ開いており、中からグレーの髪を左右でカールさせた少女が、恐る恐るといった様子で顔を半分だけ出してガクトたちの方を窺っているのがわかった。
「――あそこで誰かが俺たちを見てるけど、君のファンかな?」
 ふと気になったガクトはそう尋ねる。
「っ! 明玖(みんく)! おはよ!」
 歌姫は曇りを消し去り、普段通りの明るい表情で、恐らくは今こちらを見ている少女の名前を呼んだ。
 だが、明玖と呼ばれた少女はびくりと肩を震わせ、
「ぉ、ぉはょ」
小さく応じてさっと身を隠し、ドアを閉めてしまった。
「もしかして、恐がらせちゃったか? 俺ってほら、変わった肌の色してるから……」
ガクトは肌の色が鮮やかな青色をしているので、過去何度も奇異の目で見られた経験がある。この島の生徒たちは様々な種族が集まっているからすんなりと受け入れてくれたものの、本来であれば今の明玖のように、警戒されてしまうことが多いのだ。
「ううん、違うの。あの子はずっとあんな感じでね。とってもデリケートなタイプなんだよ。気を悪くしないであげて?」
「なるほどな。気を悪くなんかしないさ」
 ガクトたちはそのまま通路を直進。今明玖が顔を出していた部屋を通り過ぎて、先を右へ曲がり、生徒会室へと向かおうとする。
明玖が顔を出していた部屋は、ドアの上に『コンピューター室』という表示があった。
 ガクトが歌姫と並んでその表示を見た際、ドアのすりガラスの向こうに、背が低い明玖のものと思しき影があることに気付いた。どうやら、まだドアの向こうにいるらしい。
「――わおお!」
 そこで歌姫が急遽踵(きびす)を返し、コンピューター室のドアを勢いよく開け放った。
「ひゃう⁉」
 ドアの向こうで俯いていた明玖は小さな悲鳴を上げ、数歩後退(ずさ)った。
 毛先がふわりとカールしたグレーの髪は肩の上辺りまで伸ばされ、脳天にはアホ毛が一本。陽の光とは無縁そうな色白の肌。
明玖は怯えた様子で灰色掛かった瞳を潤ませ、両手で制服の胸の辺りを掴んでいる。
「えへへ。びっくりさせちゃった?」
 歌姫は恥ずかしそうに笑って、頬をぽりぽりと掻く。
「――っ」
 明玖は首を横に振るが、怯えた表情は変わらない。
「ならよかった。どこか具合でも悪いのかと思って心配したんだよね!」
 と、歌姫。
「おはよう。俺、ガクトって言うんだ。――その、こういう成りしてるけど、毒とか持ってないからさ」
 ガクトは明玖に近寄ることはせず、ドアのところで軽く手を上げる。
 明玖は再び首を横に振って、
「――まして」
「ん? どうしたの?」
「――は、はじめ、まして。い、家内明玖(いえのうちみんく)、です……」
 歌姫に促され、明玖(みんく)はきゅっと目を瞑り、絞り出すようにして言った。
「初めまして! よろしく!」
 ガクトも応じ、明玖は目を瞑ったままコクコクと頷いた。
「――あ、あの……」
 明玖は何か言いたげに、ちらちらとガクトの方へ視線を投げかけている。
「なになに? お話ならぜひ聞かせて?」
 歌姫は両手を腰の後ろに回し、軽やかなステップで明玖の前まで歩み寄る。
「――な、な……」
 吃(ども)りのクセが酷いのか、明玖は最初の言葉を何度も繰り返してしまう。
「ゆっくりでいいよ? 大丈夫」
 歌姫はそっと明玖の方に手を置く。
 肩に置かれた歌姫の手に触れ、こくりと頷いた明玖は深く息を吸い込み、吐いた。
 そうして揺らぐ瞳をガクトへ向け、こう言った。

「――な、なにか、覚えて、いますか?」

「え?」
 唐突な質問。今の(、、)ガクトには、それが意味するものが何なのかわからなかった。
「……ええと、ごめん。俺、君とどこかで会ったか?」
 ガクトがここへ来る前にいた故郷の島は、さほど人口は多くない。だからほとんどの人とは顔見知りのはずだが、目の前の少女とは顔を合わせた覚えがなかった。
「――い、いえ。変なこと、聞いて、ご、ごめんなさい。ひ、人違いだと、思う」
「他人の空似ってやつ? あるある! わたしも特に最近は多い気がするんだよねー。なんか、前にも同じ人と話したことがあったような気がするっていうかさ――」
 共感を示す歌姫に、明玖が突如抱きついた。
「明玖、どうしたの?」
「……っ」
 明玖は物言わず、歌姫の腕の中で首を横に振る。明玖の中で何らかの感情が溢れているのだろうとガクトは推察するが、彼女がそれを言葉にしない限り知ることは叶わない。
「――大丈夫だから。今朝はおしゃべり頑張ったね。昨日届けたごはん、ちゃんと食べれた?」
 背中をさする歌姫の質問に、明玖はこくりと頷く。
「今日は、あとでなにしよっか? またゲームする?」
「――ぷ、プログラム、か、書く」
「おお、そうかそっちの日か! それじゃ、今日は集中モードだね?」
 こくり。
「おっけい! それじゃ、夜にごはん持っていく! なにかあったらすぐラインしていいからね? 設備班が電波塔修理してくれたらしいから、携帯持ってる人は使用再開できるってさ!」
 こくり。
 歌姫はガクトに視線を寄越した。
 ガクトが頷くと、歌姫は明玖の顔を覗き込み、
「それじゃ、わたしたち行くね?」
「――ま、また、あとで」
「うん! またあとで!」
 歌姫は何度も振り返っては手を振り、廊下で待つガクトのところへ戻ると、ドアをそっと閉めた。
「あの子、一人で大丈夫なのか? 誰か傍(そば)にいてあげたほうが……?」
「明玖は一人で過ごすのが大事な子なの。特に、好きなことに没頭したいときはね」
 ガクトの提案に、歌姫は小さく首を振った。
 創作活動は孤独を伴うものだと、ガクトは何かの文面で読んだ覚えがあった。明玖もそういった類の人なのかもしれない。
 歌姫と共に改めて生徒会室を目指すガクトだが、その脳裏には明玖が言った言葉が渦巻いていた。
『なにか、覚えて、いますか?』

   ■

「――音楽室に出たのですか⁉ すみません、私としたことが……」
 生徒会室。歌姫が生徒会のメンバーにガクトを紹介したところで、アリーフェが謝罪した。
 夢なのか現実なのか定かではないが、アリーフェの召喚魔法で空に呼び出されたこともあった気がするガクトである。
「学園長。ここは早急に、彼にも例の剣が抜けるか試してもらうべきでは?」
 島の生徒たちが置かれている状況を粗方ガクトに説明したあとで、ジャガイモのようにデコボコな顔をした寺之城が提案した。
 今朝、寺之城がわざと警報を鳴らして学園の生徒たちを混乱に陥れたうえ、シフォンケーキをつまみ食いしたことで女子たちの怒りが爆発。こねくり回されたらしい。
 なぜかガクトには、寺之城の顔が元は綺麗に整った美形であることがわかっていた。
「――もしかして、ドラゴンスレイヤーの剣だったりする?」
 ガクトはそんな気がして、尋ねてみた。
「あら? 歌姫さん、彼に剣のことを?」
「ううん。そのことはまだ話してないよ?」
 みんなが目を丸くしたことに目を丸くするガクト。
 どうやら、ガクトのそんな気(、、、、)は当たっている様子だ。
「ガクト君。さては、僕と同じような超能力を持っているのかい? 相手の過去の出来事や考えを読むことができる感じの能力なんだが……?」
「ま、まぁ……」
 寺之城に問われ、なぜ剣の話を知っているのか自分でも説明できないガクトは一先ず頷いた。
「あんたみたいな気持ち悪い超能力者が他にいるとは思いたくないわ。彼はそんな邪(よこしま)な気配なんて無いし」
 そう言ったのはジュリアだ。ガクトは彼女と目を合わせた途端、またもや頭痛に襲われた。
 ガクトの両腕に、ジュリアを抱き上げたときの小さな重みが蘇ってくる。
 やはり妙だ。今、自分になにが起きているんだ?
 ガクトの中で、この島へやってきた当初から生じている違和感が、いよいよ無視できない巨大なものになってきた。
 なにかと、ここにある物や出来事に見覚えがあるのだ。
 痛む頭を押さえて考えるガクトだが、肝心の答えが見つからない。
「大丈夫? 顔色悪いけど、もしかして君も頭痛?」
 今度はリクが尋ねた。窓から差し込む陽光で、フードを外した彼女の黄色い長髪が輝いて見える。さきほど朝の狩りから戻ったらしく、生徒会室の壁に寄り掛かり、足元には獲物の入った布袋を置いている。
「大丈夫。リクも痛むのか?」
 ガクトが自分の頭を指差して問うと、リクは首を縦に振った。
「私だけじゃなくて、学園の生徒ほぼ全員が何度も頭痛を経験してるの」
「この島の磁場とか、食べ物とか、そういった環境に伴うものだと考えているが、はっきりとした原因は誰にもわかっていないのが現状だね」
 リクの言に寺之城が補足した。
「なんか恐いよね。変な病気に集団で掛かってなければいいけど」
「その心配は不要ですよ、歌姫さん。この島は人間にも、エルフにも、獣人にも、マーフォークにも害の無い環境ですので。そうでなければ、かつてこの島にいた人間たちは、ドラゴンの攻撃ではなく病気で命を落としていたでしょう」
 不安を口にする歌姫に、アリーフェが言った。
「……そのドラゴンは、今もこの島を監視してたりするのか?」
 ガクトが聞いた。これも彼の脳裏に僅かに残る記憶の断片のような映像から得た情報だった。
「はっきりとはわかりませんが、稀に小型のドラゴンがどこからともなく現れて、遠くから私たちを睨んでいたりするので、監視の意味合いがある可能性はあります」
「ドラゴンは、この島で暮らすみんなの敵よ。あたしたちはそのドラゴンの親玉を倒す必要があるの。そうしないと、元の世界には永遠に帰れない」
 アリーフェに続いてジュリアが言った。
「そのための大前提として、まず剣を扱える者が必要だというわけか……」
 と、ガクトは次に起こることを考えてみると、これも根拠は無いが、学園にいる一千人の生徒の誰もが抜けなかった剣を、自分が抜くことになる気がした。
「他の生徒たちはこれからお昼までお勉強の時間ですから、私たちだけで体育館に行きましょう。剣はそこに隠してあるのです。剣を扱える者がいないにも拘わらず、あまり目につく場所に置くと、万が一ドラゴンに見られでもしたら事ですので」
 アリーフェ曰く、普段は地下にある体育館のステージ上に剣を安置しているのだそうだ。
ガクトの脳裏に、今度は件の体育館の光景が微かに蘇った。

   ■

 アリーフェたちと共に実際の体育館を訪れたガクトは、自分の脳裏に浮かんだ光景が正しいことを知った。
通気と照明用のダクトから鏡を使って陽の光を取り入れているその広大な空間は、地下であるにも拘(かかわ)らず地上に建つ体育館と遜色(そんしょく)ない明るさを実現している。
 眼前には見知ったステージと見知った剣――【竜斬剣(スレイヤー)】の刀身には所々小さな傷が見受けられた。鍛え直すほどではないが、ある程度研ぎ直さなければ本来の切れ味を発揮できなさそうな印象を受ける。柄に施された四つの宝玉は、エメラルド色と白銀色をした二つが光を放っているが、残りの二つは輝きを失っていた。
 一同が見守る中、ガクトはステージに上がって剣に手を伸ばす。
 まるでデジャヴの如く、ガクトは過去にも同じことをしたような感覚に見舞われた。
「――おっと!」
 そして、まるで身体が覚えているかのように、反射的に大きく一歩を踏み出し、自ら倒れ始めた剣の柄を、剣が倒れる前に掴まえた。
「おお! 抜いたのかねガクト君!」
「おお! すごいじゃんガクトくん!」
「マジ⁉」
「うそでしょ⁉」
 寺之城、歌姫、リク、ジュリアがそれぞれ驚愕と歓喜の声を上げる。
「つ、ついに、ついに待ち望んだ瞬間が来ました! 神様! 感謝します!」
 アリーフェが天井を振り仰ぎ、両手を胸の前で握り合わせて祈りの言葉を言った。
 ガクトは確信する。理屈は不明だが、自分は先々で起こる出来事がわかる。
 ガクトの次の予想では、このあと誰かが食糧難に言及し、みんなで狩りに行くことになるはずだった。
 きゅるるるる。と、誰かのお腹が鳴った。
「――なんだか、びっくりしたというかちょっと安心したというか、その、……お腹すいちゃった。なんて思ってるの、わたしだけ?」
 頬を赤らめた歌姫が言い、ガクトの予想通りになった。

   ■

 再び召喚魔法を発動するには、ほぼ丸一日もの間、一箇所に留まって精神力と体力を回復させる必要があるらしく、生徒会室に残ったアリーフェを除くメンバーは、全校生徒に急遽予定変更のアナウンスを校内放送で流し、学園総出での狩りに繰り出した。
 そして、太陽に似た恒星が空の一番高い位置に移動したお昼ごろ、ガクト、歌姫、寺之城、ジュリア、リクの五人は北の森へとやってきた。この光景にはガクトも見覚えがなく、どうやらすべての物事に既視感があるわけではないことが明らかになった。
 五人の後方には数名の女子生徒と五十名ほどの男子生徒たち――それも体育会系の肉体派が続く。北の森は島の中でもかなり危険なエリアで、赴く際は戦闘力の高い精鋭を募る方針が決められていたからである。
 それ故に、各々が手作りの槍や斧などを携え、凶暴なモンスターの襲撃を警戒しつつ進んでいる。
「ところで、どうして歌姫のバンドメンバーも一緒なんだ?」
 同行している数名の女子生徒とは、今朝ガクトが音楽室で出会った歌姫のバンド――【RED】のメンバーたちなのである。各々が両手に担当の楽器を持ち、ドラムについてはメンバー同士で分けて背負っている。どう見てもモンスターを狩る装備ではない。
「わたし達の役目は、音楽でみんなをサポートすることなの」
 と、歌姫は説明する。
「わたしは歌唱魔法が使えるから、歌うことで、みんなの基本的なステータスを強化できる。力とか、素早さとかね。ゲームのバフ掛けみたいなものかな」
「歌姫の歌は、防御力も高めてくれるからすごいよね。こういう危ない場所ではほんとに重宝するよ」
 腰に二丁のリボルバーを携えるリクが言った。
「歌姫たちに強化してもらったあたし達なら、大抵のモンスターは秒殺よ。新参のガクトにもそれを見せてあげるわ」
 数十キロはあるというパワードスーツを片手で軽々と持ち運ぶジュリアが得意げに話す。今はコンパクトにまとまっているが、ボタン一つで変形するタイプのパワードスーツらしい。
「ついでにジュリア君の胸も大きくなれば、我々男子生徒にとって一番のモチベ強化になるんだがね?」
「ガクト。あたしね、見た目は小学生だけど一応軍人として鍛えてるから、パワードスーツ無しでも薪を引き千切ったりできるの。そういう腕力のあたしがどれだけ強い格闘ができるか、今から寺之城で実践して見せるわね?」
「あの、ジュリア君? それってつまり、せっかく元通りになった僕の顔がまたジャガイモみたいに――」
ドカ! ゴス! メキメキャ! ゴキゴキゴキャ! ブチブチ! ブシャァアアア!
「寺之城くん、相変わらず懲りないなー。かまってちゃん(、、、、、、、)なんだから」
「中身は変態だけど、あれだけ痛めつけられてもすぐに復活するタフネスだけはすごいと思う」
 と、寺之城がサンドバックと化したのを眺める歌姫とリク。
 例え冗談でも、女の子にデリカシーの無い発言はぜったいにダメだ、と思うガクトだが、これも既に何回も思ったことがある気がした。
 と、そのときだった。
 ガクトの触覚がぴくりと動くのと同時に、リクの頭の両端に生えた猫耳がぴくりと動いた。
 ガクトとリクは互いに視線を送り合い、叫ぶ。
「「なにか来る!」」
 瞬間、遠くから地響きが伝わってきて、一同の空気が引き締められた。
「――総員、戦闘隊形!」
 ジュリアが寺之城の破壊を中止。後方を歩く男子生徒たちに指示を出す。
「「応(おう)ッ‼」」
 男子生徒たちが一斉に応じ、ガクトたちの前方へと躍り出ると、扇形に広がって防衛陣を組んだ。
 まるで恐竜が歩くかのような衝撃が、地を走って足へと伝わってくる。
 黒い色をした鳥の群れが、前方の空に飛び立っていくのが木々の間から見えた。
「正面ね。鳥が逃げていくわ!」
 ジュリアは言いながら、装備できる状態に変形させたパワードスーツに手足を嵌めこむ。
 すると、パワードスーツの脚部や背面に備わるブースターが青白い光を噴射。ジュリアを瞬く間に木々の上へ飛び上がらせた。
「――馬鹿デカイのが来るわ! 前方五十メートル!」
 と、上空でジュリアが叫び、続けて彼女が右腕に装備するレールガンの発射音が轟き始めた。
 一秒ほどのチャージタイムを挟み、レールガンから放たれる青白い閃光が連続して巨大な獲物へと向かう。
 並みのモンスターであれば一発で仕留めるレールガンだが、今回のモンスターは頑丈らしく、すぐには倒れないようだ。
「みんな、アップテンポな曲で行くよ!」
 歌姫の声で、バンドメンバーたちは小さな輪を作り、互いに背中を預ける形で楽器を構える。
 その中心で、歌姫は背負っていたマイクスタンドを立て、深呼吸で精神を統一。
「――凛として戦え!」
「永遠に挑戦!」
「どんな闇にも射す光!」
「体中暴れる血の色は?」
「「RED‼」」
 目を見開いた歌姫の掛け声に他のメンバーたちが応じ、ギターとドラムが弾き鳴らされ、ガールズバンド【RED】の生演奏がスタート。
 疾走感あふれるメロディに、歌姫がその力強い美声を乗せていく。
「――ガクトくんはこっちに来て! わたしが守る!」
 歌の合間、歌姫に手招きされ、思わず見惚れていたガクトは言われるがまま従う。
 眉宇を引き締め、微塵の恐れも感じさせずに声を張り上げる歌姫は、普段の明るいオーラに加え、戦地で剣を振るう戦士のように勇ましいオーラを放っていた。
 ガクトは全身に力が溢れ、恐怖心が勇気に変わっていく感覚を覚えた。
「元気出るでしょ? 歌姫たちの歌」
 と、リクはガクトに不敵な笑みを見せ、人間離れした跳躍力で木の上へ飛び上がっていった。
 そして、ジュリアのレールガンのチャージを補うように、リクの銃声がこだまし始めた。
「いいぞ! RED!」
「俺たちの歌姫!」
 前方で弧を描いて立つ男子生徒たちからも歓声が上がる。
 しかし、ここで事態が動いた。
 突如として、前方から凄まじい突風が巻き起こり、周囲の木々を根こそぎ薙ぎ払ったのだ。
 ガクトを始め、その場にいた全員が強風で横倒しになるが、恐らくは歌姫の歌唱魔法による加護だろう。根元から倒れた木の下敷きになったり、突風に攫(さら)われたりする生徒は一人もいなかった。
「――みんな立って! まだまだこれから!」
 倒れた者の中で真っ先に立ち上がった歌姫は、マイクスタンドを両手で掴み上げ、再び声を張り上げる。
 遅れを取るな! と他のメンバーたちも態勢を立て直し、演奏を再開。
 リクを抱えて退避していたジュリアが飛来し、一旦リクを地上に降ろす。
「――野郎ども! 出番よ! 目の前の獲物をしっかり見なさい!」
 というジュリアの声に、男たちが武器を手に立ち上がる。
「「応ォオオオオオオオオオオオ‼」」
 彼らが鬨(とき)の声を上げて突撃する先に、その巨大な獲物は立ちはだかっていた。
 丸太を十本束ねてもまだ足りないほどに太い四本の足が、体育館ほどもあろうかという巨躯を支えている。
 灰色の肉体は多くが岩のように凸凹した甲羅で覆われ、その甲羅には苔の如く無数に生えた木が連なる。
 亀を思わせる顔からは象の如き長い鼻が伸び、口から覗く牙は三日月のように反り返っている。言うなれば、森を背負った象亀(ぞうがめ)であった。
 既に複数発のレールガンを喰らって青紫色の血を甲羅の各所から垂れ流しているが、まだ倒れる気配は無い。
「あいつは凶暴な肉食で、動くものに反応する! あたしが引きつけるから、あんたたちは足を狙いなさい! 踏みつぶされたら殺すわよ!」
 上空からジュリアの檄(げき)が飛ぶ。
 男子生徒は手に持った槍を投げつけ、象亀が足を踏み下ろしたところへ斧で斬りかかる。
「俺だって戦える! 手伝わせてくれ!」
 歌唱魔法で勇気づけられたガクトが申し出るが、
「あんたはうちらの光!」
「こんなところで怪我されちゃ困る!」
「その剣はドラゴンとやり合うときに取っておきな!」
 と、バンドメンバーたちに止められた。
「「うわぁあああああああああ‼」」
 象亀の足に斬りかかっていた男子たちの悲鳴。
 象亀が足を踏み出し、それに吹き飛ばされたのだ。
 象亀の一歩は思ったよりも歩幅が大きく、まだ二十メートルはあったガクトたちとの距離が瞬く間(ま)、半分まで減った。
 ガクトはこのとき、触覚を使った感知で、歌姫に上方から危機が迫っていることを察知する。
「――やば!」
「みんな下がるよ! 歌姫も!」
 他のバンドメンバーが演奏を続けながら後退するが、大音声のシャウトを披露した歌姫は、
「――ッ!」
 苦し気に片目を眇(すが)め、すぐには動けない様子だ。
「歌姫! あんたまさか!」
 先に後退していたバンドメンバーのエルフの少女が、歌姫の方へ戻ろうとするも、再度持ち上げられた象亀の足が既に歌姫の頭上に迫っている。
 そこへ、ガクトが間に合った。
「うぉおおおおおおおおおおおお!」
恐怖に打ち勝つべく雄叫びを上げるガクトは、肩で息をする歌姫の身体を抱きかかえる。
 そして、間一髪のところで象亀の足を回避。真横へ身を投げ出したガクトは歌姫を庇うようにして倒れ込んだ。
「ナイスよ! ガクト!」
 上空からジュリアの声。彼女はレールガンでの攻撃を続けながら、
「――リク! 亀の傷口を狙って! あんたの得意な一点集中射撃で!」
 と、地上で精神を統一するかの如く静かに目を閉じていたリクに言った。
 するとリクは、いつかどこかで聞いた覚えのある呪文を唱え始めた。

「我は目で狙い定める。目で狙わぬ者、友の顔を忘却せり」

 目を閉じたまま呪文を発するリクの頭上に、象亀の足が迫る。

「我は気で撃つ。気で撃たぬ者、友の顔を忘却せり」

 だがリクはそれを見ることなく、軽快なバックステップで躱した。

「我は心で向き合う。心で向き合わぬ者、友の顔を忘却せり」

 リクは尚も目を閉じたまま象亀の足を伝い、その甲羅へと駆けあがっていく。

「我は友の顔を忘れぬ者。友を想い戦う者なり!」

 そうして勢いよく跳躍し、象亀の巨体の上空へ至った瞬間、カッと目を見開いた。
 次の瞬間、リクが愛用する二丁のリボルバーが火を噴き、聞こえはほぼ一発と言って過言ではないほどに高速連射された弾丸が、ジュリアのレールガンによって穿たれた象亀の傷口へ寸分のズレなく命中した。
 計十二発が、縦一列に積み重なるように象亀の傷口に食い込み、一発目は二発目に押され、二発目は三発目に押される要領で奥へと突き進んだ。
 大地そのものが呻いたかのような巨大な雄叫びが響き渡り、象亀がその歩みを止め、四つの足を頽(くずお)れさせた。
 強敵が倒れると同時に巻き起こされた地震と衝撃波に耐え、生徒たちは歓声を上げる。
「やったぞぉおおおおおおおおお!」
「象亀を初めて倒したぁああああ!」
「ジュリア隊長万歳! リクちゃん万歳!」
「――怪我はないか?」
 歌姫の下敷きになる形で倒れていたガクトは、自分の胸に俯(うつぶ)せる歌姫を見遣った。
「ご、ごめん! わたし……」
 トマトのように顔を赤らめた歌姫は慌てた様子で起き上がる。
「歌姫! 大丈夫⁉」
「うん……」
 すぐあとから駆け付けたエルフの少女に、歌姫は力無く頷く。
「――歌姫、また?」
「あはは、そうみたい」
「どうかしたのか?」
 なにやら含みのある彼女らのやり取りを見たガクトが尋ねた。
 歌姫は躊躇いがちに、エルフの少女とガクトを交互に見遣り、
「わたしね、普通に歌うぶんには平気なんだけど、思いっきり叫んだりすると、ときどき酸欠になって動けなくなるの」
 と、視線を落とした。
 悪いのは、持久力が足りない自分なのだと、歌姫は続ける。
「スタミナ不足でさ。頑張って鍛えてるんだけど、なかなか伸びなくて……」
「動けなくなるまで、頑張ってくれたんだな」
 ガクトは言って、俯く歌姫の顎を右手で優しく持ち上げる。
「っ⁉」
 彼の唐突な行動に、驚愕したかのように目を見開く歌姫。
相手の顎を片手でやさしく支える行為は、マーフォークの間で【慰めの仕草】という意味がある。ガクトは前にも別の人物に同じことをしたような気がした。
「あんなにパワフルに歌い続けたらスタミナも切れるよ。ありがとうな! 俺たちを支えてくれて」
「「歌姫に気安く触るなぁああああ‼」」
 そこで他のバンドメンバーたちの三連パンチがガクトの身体に炸裂。ガクトは人形のように軽々と吹き飛んだ。
 落下した場所のすぐ真横で、白目を剥いた寺之城が忘れ去られていた。
 寺之城もいろいろ大変なんだな、と悟ったガクトはそのまま意識を失った。

   ■

 目を覚ましたガクトは歌姫に背負われ、他のバンドメンバーたちに周りを固められ、そうして監視される中、学園への帰路に就いた。
 今回の狩りに同行してくれた五十数名の男女は揃って南の街エリアへと向かった。今日は久しぶりの大規模ハンティングが行われたため、街で大漁祝いが開かれるらしい。
「――ごめん! もう、ホントに! マーフォークって、独特な風習があるんだね」
 ガクトが【顎クイ】について弁明すると、歌姫はバンドを代表して何度も頭を下げ、象亀から庇ってくれたお礼に自分が背負って帰ると主張。
「自分で歩けるから」
と言って断るガクトを、
「贖罪(しょくざい)だよ、贖罪」
と、問答無用で背負ったのだった。
ちなみに意識を失いっぱなしの寺之城はパワードスーツを装備したジュリアが摘まみ上げ、そのまま学校まで飛んでいった。
「ゴミはゴミ箱ぉー」
 ジュリアが笑顔でそんなことを口ずさんでいたが、そのゴミとやらは決して寺之城のことではないのだと、ガクトは己の心にポジティブなフィルターをかけた。
「――その、俺も配慮が足らなくてごめん。種族の違いって、予想外のところで出たりするんだな」
「わたしたち人間の間(あいだ)ではね、顎クイは、……恋愛的な意味合いが強いんだよね……」
 歌姫はバツが悪そうな感じで笑う。
「そ、そうなのか……」
 自分がやってしまったことの意味を理解し、ガクトは頬を赤らめる。
「へぇ、マーフォークって赤くなるとわかりやすいね!」
 バンドメンバーの銀髪少女がくすりと笑った。
「近くで見ると、とってもきめ細かい肌してるんだね」
 今度は黒髪の少女が感嘆の声を上げた。
「エルフの私よりも、肌が艶やか、だと⁉ ……これが海の幸……海水を肌に塗ってみるか?」
 エルフの少女は何やらつぶやいている。
 自分への注目が重なり、恥ずかしさが増したガクトはみんなの意識を逸らすべく、
「そ、そういえば、君たちは同じ星から来たのか? バンドを組んで長いの?」
 と、質問を投げかけた。
「ううん、みんなバラバラ。この島で会って、話してるうちに、お互い楽器ができるのを知って、こういう状況下だし、何かみんなのためになることをやろうってことで結成したの」
 歌姫が答えた。
「そういえば、もうすぐ結成一周年?」
「だね。うちら、かなり初期からいるメンバーだし」
「そろそろ新曲の一つでも作りたいよねー」
 他の三人に雑談の花が咲き、安堵するガクト。
「――ガクトくんは、なにか楽器できる?」
 不意に、歌姫が聞いてきた。
「お、俺? いや、特には……」
「じゃあ、興味がある楽器とかは? といっても、学園の音楽室にある楽器は限られてるけど……」
 ガクトは返答に悩む。
 自分には、これといった取り柄がない。マーフォークと人間との間に生まれた、どっちつかずのハーフだ。泳ぎは純血のマーフォークに負けるし、走る能力は長距離も短距離も人間に及ばない。
 マーフォークの特徴は、今回のように使ってみたい楽器を選ぶ際など、細かなところでも影響が出てくる。手指の間に備わる大きな水掻きは、弦楽器や鍵盤楽器を弾くのに邪魔なのだ。
 訓練すれば弾けないことはないが、人間よりも苦労が多い。
「……俺は、強いて言うならドラム、かな……?」
「おお! ドラムか! 男の子って、ギターとかボーカルに憧れる人がわりかし多いイメージだったから意外!」
「ドラムのスティックならこの手でも扱えるかなって。単純な理由だよ」
 歌姫の前に回していた手の片方を、ガクトは徐に自分の顔の前まで引き戻した。
「――わたしはガクトくんの手、羨ましいと思ってるよ」
 ガクトが晴れない顔で自らの手を見つめているのを、横目で見た歌姫が言った。
「そうかなぁ?」
「そうだよ。だって、包容力あるじゃん」
「包容? ――まぁ、人間より少しだけ大きい手だからな。これが純血のマーフォークだと、もう一回り大きいんだ」
「え、そうなの? 超包容力じゃん!」
「なんだよそれ」
 おかしくなって、ガクトは吹き出した。
「いいなー。わたしもみんなを包容して守ってあげたいんだけど、歌意外に取柄が無いのだよ、ガクトくん」
「素敵でかっこいい歌があるじゃないか。そう落ち込むこともないと思うぞ? 俺、歌姫の歌好きだし」
「なら、君も落ち込むことないでしょ? 包容力のある手で剣を掴めば、きっと離さない」
 ガクトは歌姫の気遣いを感じ、またも恥ずかしくなった。顔が熱い。
「そ、そうだよな。歌姫の言う通りだ」
「よろしい。――ところで、ガクトくんはわたしの歌のどんなところが好きなの?」
 ガクトは歌姫に背負われてからというもの、心拍が早まりっぱなしである。その理由は定かではないが、もしかすると、こうした唐突な質問の連続だからかもしれない。
「――歌姫の歌には、なんというか、信念みたいなものを感じるんだ」
 と、 ガクトは少しの間だけ言葉をまとめ、答える。
「信念って、すごく立派で、大事なものじゃないか。そういうのを心に持ってるマーフォークってあんまり見かけなくてさ。だから、純粋に尊敬してるんだ」
「……そっか。信念か」
 歌姫がつぶやいた。まるで意外な答えであったかのように、その声音には驚きの色があった。
「実際、なにか理由があって歌を歌ってるのか? 理由っていうのは、ええと、目標とか……」
 ガクトは歌姫が声を絞り出すようにして歌う姿を思い出す。芯のこもった勇ましさを孕(はら)む歌姫の表情――その赤い瞳に、ガクトは揺るぎない決意のようなものを見ていた。
「わたしってさ、何かを一生懸命頑張ってる人を見ると応援せずにはいられないし、一人で苦しんでる人を見ると助けずにはいられないんだ。お節介って言われちゃうこともあるけどさ、でも、それがやりたいことなんだよね……」
 言葉を吟味するかのように、歌姫は間を置いた。
「――それでね、両方同時に叶えるには歌が相性いいかなって思ったの。元から歌うのが大好きだったのもあるし。だから、――そう。目標は、もっと元気(パワー)のある歌を届けること!」
 持ち前のよく響く明るい声で、彼女はこう付け加えた。
「それから、諦めないこと! 他のみんなにも同じように、諦めないって、思ってもらうこと!」
 いつの間にか、他の三人のメンバーも談笑を止め、歌姫の言葉に聞き入っている。
「そうなんだな。――なんだか、とてもいい話が聞けたよ」
 と、ガクトは言い、歌姫の言葉を胸に刻む。
 たとえ取り柄が一つとして無くとも、落胆することはない。まだ、【諦めない】という選択肢が残っているのだから。
「――って、目標多すぎか!」
 そう言って、歌姫はけらけらと笑った。
 ガクトから彼女の表情は見えなかったが、きっと女神のように美しく、それでいて可愛いに違いないと思った。

   ■

「はい、歌姫タクシーが学園の昇降口にとうちゃーく!」
「なんか、ごめん。途中で降ろしてくれて良かったんだけど……」
 頭を掻くガクトの肩に、歌姫が手を置いた。
「いいってこと! いい筋トレになったしね。命を助けてもらったんだから、今後もお礼はさせてもらうつもり!」
「立場が逆だったかもしれないし、当然のことをしただけだよ」
 と、あまり恩に着られても困るガクトである。
「お二人さん、お楽しみのところ悪いけど、うちら、残留組の夕飯作る当番だから行くね!」
「志守(しかみ)岳人(がくと)。お前はどうやら健全なやつのようだから、歌姫の傍にいることを認めてやる」
「でも調子に乗らないこと! いいわね?」
 などと、謎の笑みを浮かべながら言って、他の三人のバンドメンバーは調理室へと向かった。
「そういえば歌姫たちは、街エリアのお祝いには参加しないのか?」
「前回大がかりな狩りをやったときに参加して、ライブまでやらせてもらっちゃったからねー。順番的に、今度はわたしたちが残るのが筋なんだよ」
 そう言う歌姫だが、突如として自分の額を手で押さえた。
「……歌姫? 大丈夫か?」
「いや、ちょっと頭痛が……あれ?」
 彼女がふらついたところを、ガクトが支える。
「俺を背負わせちゃったのがマズかったか」
「ううん。ちがう。これは、たまにあるやつ……」
「アリーフェのところに行こう」
 ガクトは歌姫を促そうとするが、
「平気。ちょっと、変な記憶が頭の中に浮かんだだけ。わたしたち、前回狩りに参加したって言ったじゃない? それがいつの記憶だったかわからなくなっちゃってさ」
「そんなに前なのか? 前回の狩りって」
 首を横に振る歌姫。
「半年くらい前だったと思う。おかしいのはね、今思えばわたしたち、そのとき残留組だったの。だけど、わたしも他の子たちも、何の違和感もなしに、今回が残留組だって思ってたから、変だなって……」
 記憶の混濁(こんだく)。それは、ガクトにも起きていることだった。
 アリーフェも言及していた、学園島を訪れた多くの生徒が頭痛を経験していることと、何か繋がりがあるのだろうか?
「俺もここへ来てから、既視感みたいなものを覚えるときがあって、そのときに決まって頭が痛くなるんだ」
「わたしたちと一緒だね。もー、嫌になっちゃうわ」
ため息を溢す歌姫。
現状、はっきりとした原因は不明のままだ。
「――ありがとう、支えてくれて。もう大丈夫だから」
 言って、歌姫はガクトを振り返った。
「あとでご飯を届けに、明玖(みんく)のところへ行かなくちゃなんだけど、君も来る?」
「――そうだな。俺に何か手伝えることがあれば協力させてくれ」
 ガクトは首肯した。まだ、歌姫が心配でもあるのだ。
(それに……)
 ガクトは思いを巡らす。
 歌姫はきっと、明玖にも【諦めない】を届けたいのだろう。今朝会ったばかりだが、そんなガクトの目にも、明玖は一人で何かに悩んでいるように見受けられた。
(なら、その手助けはできないだろうか?)
 と、ガクトは考えたのだった。

   ■

 ガクトは歌姫たちの料理を手伝おうとしたが、人手は足りているようだったので、ジュリアに運ばれていった寺之城の様子を見るべく保健室を訪れた。
 するとそこには、朝から精神力と体力を回復するべく生徒会室に残っていたアリーフェと、寺之城を破壊した張本人のジュリアがおり、白目を剥いた寺之城が横たわるベッドの傍で彼を介抱していた。
「あら、ガクトさん。街でのお祝いには行かないのですか?」
 アリーフェの問いに、ガクトは肩を竦める。
「寺之城が心配でさ。それに、まだ来たばかりで顔なじみがいないしな」
「ガクトって優しいのね。こいつがこうなるのはいつものことだから、気にしなくて大丈夫よ?」
 ジュリアが笑顔で言った。ガクトはこういうときのジュリアの笑顔が何とも言い難い恐さを孕んでいる気がしてならない。
「――なんというか、懲りないやつだよな、大和って。ジュリアを怒らせるようなことを言うからこうなるのに、それを頻繁にやるんだから」
 そう言ったところで、ガクトは自分が寺之城と会ったのは今朝が初めてであることを思い出した。
 それにも拘わらず、まるで寺之城と付き合いがある程度続いているかのような物言いをした自分に違和感を覚えるガクト。
「くそメガネって、ガクトと同じ惑星出身だったりするの?」
 同じ違和感を持ったか、ジュリアが聞いた。
「いや、違う。でも、どういうわけか初めて会った気がしないんだ……」
 寺之城だけではない。ジュリアとも、アリーフェとも、もっとたくさん会話をした気がしてならない。
「アリーフェとも、この部屋で一度会った気がするし、ジュリアとも、どこか違う場所で会ってる気が……」
 次の瞬間、ガクト、アリーフェ、ジュリアの三人が同時に頭痛に襲われた。
「またか!」
「もう、うざったいわね……」
「私は、久々です。この痛み……」
 ここでアリーフェが、まず手近な位置にいたジュリアの額に片手を当てる。するとその片手からぼんやりとした白光(はっこう)が放たれた。
「――ありがとう、アリーフェ。さすがね」
 どうやら回復魔法を掛けてもらったらしいジュリアが安堵した様子で言った。
「ガクトさんも、さぁ」
『ぴゅるるる』という謎の飛行音と共にやってきたアリーフェに、ガクトは自分の触覚を手で掻き上げ、額を差し出した。
 アリーフェの手から放たれる淡い白光は温かみを帯びていて、ガクトの額に触れたとたん、瞬く間に頭痛が引いていき、ものの数秒で何ともなくなった。
「ありがとう。妖精族って、魔力が強いんだっけ?」
「そうみたいです。私はこの惑星以外の世界を知らないのですが、ここへ来た生徒さんたちが口を揃えて褒めてくれるんです」
 最後に自分の額に片手を当てながら、アリーフェが答えた。
「――僕にも魔力があったなら、ジュリアくんにやられた傷も自分で治せるんだがね」
 と、意識を取り戻した寺之城が覇気の無い声を出した。
「あらもう復活? もっとこねくり回してやるんだったわ」
 眉を寄せて残念そうに言うジュリアだが、心配して保健室へ運び込んだのは彼女だ。
 弄って、弄られる。寺之城とジュリアは、そういう間柄なのかもしれない。
「ところで学園長、もう回復はできたのかね?」
 寺之城が聞いた。
「あなたが運ばれてきたので、瞑想は一旦中断してます。でも心配はいりません。瞑想は分割して行っても効果があるんです。あとで再開すれば、魔力がその分蓄積して、回復につながりますので」
 どうやらアリーフェはその瞑想とやらを継続的に行うことで魔力を蓄え、結果として精神力と体力を回復させるに至るらしい。
「あ、ここにいたんだ」
 と、そこへ、倒した象亀の下(もと)に数名の生徒を従えて残っていたリクが帰ってきた。
象亀の甲羅に含まれる成分から銃の弾薬を作ることができるとのことで、彼女は腕っぷしの強い男子たちと共にあの狩場に残り、素材の回収をしていたのである。
「リク、どうだった?」
「男子がいてくれたおかげで結構取れたよ。これで武器が追加で作れる。現状は剣も槍も、学園の生徒全員分は無いけど、たぶん今回の追加生産で足りるんじゃないかな?」
 ジュリアの問いに、リクは尻尾を振りながら答える。顔には出さないが、どこか嬉しそうだ。
「ちなみにだが、例の魔道兵器(、、、、)の弾薬もこと足りそうかね?」
 寺之城の問いに、リクは唸る。
「いや、さすがにあれ(、、)の弾を補えるだけの量は無い。地下基地をもっと奥まで探索して、貯蔵庫でも見つけない限りは、あれ(、、)で戦うのは無理だと思う」
「――あれ(、、)って、何のこと?」
 ガクトは気になって尋ねた。
「両腕がガトリング砲になっている、人型ロボットさ。半年くらい前に地下基地で数体見つけてね。そのうちの一体をどうにか引きずり出して、屋上に配備したんだが、肝心なガトリング砲の弾が少なくてね」
「地上へ出してみたはいいけど、まともに起動させる方法もわかってないじゃない。いくら弾を生産できたとしても、あのロボットが動かないなら意味無いわ」
 寺之城の説明にジュリアが加わった。
「僕たちは、古代人たちがドラゴンと戦うためにロボットを製造したと考えているんだ。だから、ロボットだけ作って弾を作らないわけがない。地下基地の未踏の領域に、武器庫みたいな場所が必ずあると考えている」
「なるほどな。だから地下を攻略する必要があるわけか」
 寺之城の説明を受け、ガクトは納得した。
「この際、ガクトさんにもお見せしましょう。剣に受け入れられた初めての人です。あのロボットもなにか反応を示すかもしれません。剣もロボットも、古代人が対ドラゴン用に地下に隠していたものですから」
 そう思い至ったアリーフェに促され、一同は四角形を描く校舎の屋上へとやってきた。
 日が傾き始めていたが、まだ明るさは十分残っており、件の魔道兵器は、北に位置する【ダイヤの塔】の脇に置かれていた。
 黒とグレーの中間色のような色合いのボディーは、武骨でたくましい大男を思わせる、まさにロボットと呼ぶにふさわしい外観をしている。
人間で言うところの頭部と胸部は無く、そこに搭乗者が剥き出しになる操縦席が鎮座。
全高4メートル、重量は1トンほどで、操縦席の目の前に備わるT字型の操舵装置(そうだそうち)で機体を操作するものと思われる。また、寺之城曰く、操縦席の両サイドに設けられた、戦闘機の操縦桿(そうじゅうかん)に似た形状のグリップを握った状態で腕を動かすと、連動して機体の腕も動くと予想しているらしい。
 そうしてガトリング砲の腕を動かし、標的に大口径の弾丸を発射するというのだ。
 現状はロボットの背面にある箱型の大きな弾薬ベイに格納された弾丸以外に予備はなく、撃ち尽くせばそれでおしまいの状況にあるという。
「ジュリアくんの超未来的なパワードスーツには性能の面で劣るかもしれんが、恐らく火力だけで見ればこの魔導兵器も負けていないと個人的に思っている。なんというか、ロマンがある形状をしているからな!」
 眼鏡をずり上げた寺之城が得意げに言う。
「あたしのはレールガンがプライマリーウェポンだけど、この子のは実弾で連射が効くタイプだと思うから、むしろドラゴンの群れなんかが襲って来たらあたしのより適役かもね」
 軍人で兵器にある程度詳しいジュリアも太鼓判を押す兵器である。ガクトはどうにか動かせないかと、持参した竜斬剣(スレイヤー)を徐に手に取り、試しにロボットに向けて翳してみた。
「……さすがに、こんなことじゃ動くわけないよな。電源というか、エネルギー源みたいなものは何かわかってるのか?」
 ロボットは予想通り何も反応を示さず、ガクトは苦笑交じりに寺之城に尋ねた。
「それも不明でね。掃除機みたいに、お尻からコンセントか何かが見えていれば話は早いんだが……」
 肩を落とす寺之城。
「ガクト。ものは試しで、操縦席に座ってみたら?」
 というリクの提案で、剣を背負ったガクトは鎮座するロボットに手足を掛け、操縦席によじ登る。ロボットは屈伸の要領で両脚を折り曲げ、人間がしゃがむような姿勢をしているので、本来よりも低い位置にある操縦席に登るのは容易だった。
「なんだか、ロボットアニメの主人公になった気がする……」
 と、皆の視線を浴びて頬を赤らめるガクトは、操縦席に何か起動の手がかりが無いか見回してみる。
 彼はここで、Tの字型をした操舵装置の中心に、横向きに細長い溝のようなものが掘られていることに気付いた。
「――なんだかわからないけど、剣が刺さりそうな溝がある」
「そうなの? 私は座ったことないから初耳」
「そんな溝、あったかしら?」
 リクとジュリアが声を上げる。
「僕ということが、失念していた! 操舵装置のところに用途不明の穴があったんだ!」
 思い出したように手と手を打ち鳴らす寺之城。
「ガクトさん、その溝に、剣を刺してみることはできますか?」
「え、でも、壊れないかな?」
 アリーフェの問いに、ガクトは不安に駆られる。
 ジュリアのパワードスーツを除けば、ドラゴンと戦えそうな兵器はこのロボットだけなのだ。
「どうせこのままじゃ動かないんだし、やってみてくれない? もし壊れたら寺之城のせいにするから」
「あの、ジュリアくん? さすがにこんなときまで僕を悪者にする必要ないんじゃないかね?」
 可愛らしい笑顔で言うジュリアを振り返り、恐怖で震え始める寺之城。
「それじゃあ、ほんとにやってみるぞ?」
 もう一度お伺いを立てたガクトはごくりと喉を鳴らし、背負っていた剣を手に持ち替え、操縦席から立ち上がる。そうして逆さまに構えた剣を、細い溝に少しずつ差し込んでいく。
 まず拳一つ分ほど差し入れるが、特に奥でつっかえる感触はなく、更に差し入れる。
「――あれ、意外と深いな……」
 ガクトは言いながら更に差し込み、結局刃全体がすっぽりと納まってしまった。
「マジか! 全部入ったぞ」
 と、ガクトが驚愕の声を溢したときだ。
『キュィイイイイイイイン』という電子的な機械音が発せられ、T字型の操舵装置が動作。驚いて操縦席に腰を落としたガクトの胴体に近づいてきた。恐らくは、搭乗者の体格に合わせて位置を自動で調整したのだろう。
「うそ⁉ ほんとに動いた⁉」
「やってみるもんだね!」
 などと歓喜するジュリアとリク。
「やった! やったぞガクトくん! 会長! ロボットを起動させるには、剣を溝に差し込まなくてはいけなかったんだ!」
「剣が鍵になっていたわけですね!」
 寺之城が中腰になり、ふわふわ浮かぶアリーフェとハイタッチしている。
「あ、歩けたりするかな?」
「試してみて?」
 リクに言われ、操舵装置を掴むガクト。すると、操舵装置に差し込まれた剣の柄から突如として立体映像が出現した。緑色に光る文字の立体映像で、しかも日本語だ。
「うわ! 文字が出てきたぞ!」
 ガクトは言って、その文字を読む。

『汝、剣に選ばれし者か?』

 と、文字はガクトに聞いていた。
「選ばれし者かって聞かれてるんだけど……?」
「試しに答えてみなさいよ」
 ジュリアに言われ、ガクトは頷く。
「――そうだ。俺が選ばれし者だ」

『ホントにぃ?』

「……ホントだよ。なんで疑うんだよ」
 予想外の質問に、機械の故障を疑うガクト。

『我々は剣に選ばれし者の命にのみ従う』

「俺がその選ばれし者なんだって。ほら、ちゃんと剣も差し込んである」
 ガクトが差し込んだ剣の柄を軽く叩くが、

『お前の剣は、真の姿ではない』

 と表示された。
「――ダメだ。どうしてかはわからないけど、ロボットに拒絶される。剣が真の姿ではないとかって理由みたいだ……」
 ガクトの言で、一同は肩を落とす。
「大昔の機械みたいだから、ロボットに組み込まれたコンピューターシステムにもガタが出るわよね」
「剣を差し込むなんてロマン展開があるんだから、いけると思ったんだがな……」
リクと寺之城が言うと、
「あたしが愛の鞭で叩いてみましょうか?」
 ジュリアが拳の骨をバキバキと鳴らしながらロボットに近づいたので、
「「「待って落ち着いて!」」」
 リク、寺之城、アリーフェが三人がかりで止める。
 コンピューターシステムという言葉を聞いたガクトは、ふと明玖のことを思い出した。
 彼女はプログラムを書くことができるようなニュアンスのことを話していたのだ。
「そういえば、この学園のコンピューター室に、明玖っていう、プログラムに詳しそうな子がいるよな? その子に見てもらうのはどうだ?」
 すると、一同が一斉に動きを止め、ガクトを振り返った。
「あんた、明玖と面識あったの?」
「初耳。仲良しなの?」
 ジュリアとリクが愁眉(しゅうび)を開くような表情をした。
「それは喜ばしいというか、とてもありがたい申し出だよ。確かに家内君は魔道プログラムに詳しいと聞いた記憶がある」
「そうですね。ガクトさんがここへ来たことに、運命のようなものを感じます」
 寺之城とアリーフェも、どことなく表情が晴れやかになった印象を受ける。
「ええと、うん。と言っても、みんなと同じで、今日会ったばっかりだけど……?」
 みんなの様子が突然変わったので、少し狼狽え気味のガクト。
「それでも、あの子と面と向かって会話できる人はこの島で数えられる程度しかいないんです。ガクトさんはこのお話を聞いてぱっとしないと思いますが、とても尊いことなんです!」
 と、アリーフェは目に涙まで浮かべている。
「というのもね、明玖はちょっと、その、……対人恐怖症というのかしら? 人と接するのがかなり苦手なタイプの子なのよ」
「社交不安症とも言うね」
 ジュリアの説明に寺之城が補足する。
「そうそう。でね、これはあたしが悪いんだけどさ、……あたしは戦争が続く世界からこっちに来たものだから、その、あの子に対して、結構キツい言い方しちゃったのよ」
 ガクトには、話すジュリアの顔にうっすらと影が差すように感じられた。
「そういうことを言って引きこもっていられるのは、戦争を知らない温室育ちだけだって、言っちゃったの。酷いわよね……」
 ジュリアは続ける。
「――あたしが酷いことを言ってしまったせいで、あの子はコンピューター室に引きこもってしまうようになった……」
「待つんだジュリア君。君の発言には確かに棘があった。しかし、彼女はそれ以前から人と接することを頑なに拒絶するようなタイプの人間だったぞ」
 と、ジュリアの発言に寺之城が被せた。
「――どうしてかはわからないけど、ジュリアの話、前にも聞いた気がする」
 ガクトが言った。
 そうだ。ジュリアは学園の生徒たちの中でもかなり重い経験を積んでいる。
再び、微かな頭痛がガクトを襲った。
 なぜそれをガクトが知っているのか、それだけが判然とせずわからず仕舞いだ。
「ごめん。そうだったかしら?」
 ジュリアは少し戸惑ったような声音で言った。
「いや、いいんだ。咎めているわけではなくて、むしろ君の大変さに胸を痛める思いなんだ」
 ガクトは偽りなく、心に生じた感情を言葉にして伝える。
「――物事の辛さは人それぞれなんていうけどさ、世の中には平等なんてものはなくて、格差があるんだ。だから、ジュリアの辛さは僕が味わったことの無い、とても重たいものだし、辛いはずだ」
 ガクトにとって戦争とは、学校の授業で資料を眺めるか、テレビ画面の向こう側の映像を眺めて知る程度の、遠いものでしかない。それを間近で見(み)、体験した立場とはわけが違う。
「――ごめん、戦争を知らない僕がこうやって語ること自体がおこがましいよな……」
「いいのよ、ガクト。これはあたしがこの島に来てから学んだことなんだけど、――確かにあなたの言う通り、格差があるのは事実。でもその線引きはとても曖昧で複雑。人の幸や不幸は、他人の主観で判断できるものもあれば、そうではないものもあるの。痛みの感じ方は、その人の生まれ育った環境や考え方によってバラバラになるからよ」
 ガクトの問いに、ジュリアは包み込むような笑顔で言い、そうしたあとで、その可愛らしい面立ちに影を落とす。
「あたしがもっと大人だったら、明玖が引きこもることも無かったかもしれないのに……」
 そう言うジュリアを、リクが物言わず抱きしめる。
 普段は気丈に振舞うジュリアが、こんなにも心障した様相を呈(てい)している。
「――ジュリア君、君の明玖君への思いは理解しているつもりだ。そのうえで言う。君は自分を責めてはダメだ。そして同様に、明玖君を責めてはならない」
 と、寺之城が続ける。
「引きこもってしまっている彼女には彼女なりの、何らかのトラウマか、それに近しい苦しみがあるに違いない。僕たちに責めるべき落ち度があるとすれば、それは、明玖くんを蝕むものが何なのか、僕たちが把握してやれていないことだ」
 寺之城も視線を落とす。
「私たちは来るものを拒まず受け入れ、平等に接し、力を合わせて、みんなが納得できる未来を目指すのが目標です。それに害する因子があれば解消する。それは、この罪深い私の、最低限の務めなのですが……」
 アリーフェはその目から涙を溢した。
 ガクトは徐に、眼前に浮かぶ立体映像の文字を見つめる。
『お前の剣は、真の姿ではない』
 本当の姿は、誰にもわからない。
「――なら、みんなで明玖のところへ行こう。もしかすると、彼女を恐がらせてしまうかもしれない。でも、面と向かって話してみないことには何も始まらないんだ」
 この場にいる全員を取り巻く負の感情を取り払うには、まずはそれと向き合う必要があると、ガクトは思ったのだ。
「僕たちと明玖で、お互いに障壁を乗り越え合って、その先へ行こう。明玖にこのロボットを見てもらうんだ」
 ガクトの言に、全員が頷いた。

   ■

 その日の夕方、残留組が夕飯の支度を終えた頃合いに、ガクトたちは歌姫と合流した。
「――なるほどね。そういうことなら、わたしも一緒に行く。ちょうど、あの子にご飯を運ぼうとしてたところだし」
 明玖の心の負担を取り払うべく動こうというガクトたちの考えを聞いた歌姫は、自分も加わることを願い出た。
 そしてガクトたちは、夕暮れの赤い光が差し込む四階の角部屋に赴いた。目の前のコンピューター室は照明が消されているらしく、薄暗い。
「明玖。ちょっと早いけど、お夕飯持ってきたよー」
 歌姫は言いながら、コンピューター室のドアをノックする。
 少し待つと、ゆっくりとドアが開かれ、明玖が顔だけをひょっこりと覗かせた。
「やぁ、今朝ぶりだな。はい、これ」
 ガクトが両手に持っていたトレーを差し出すと、明玖はグレーのショートカットを小さく揺らして、
「わ、わざわざ、ごめん……」
 おずおずといった様子でトレーに手を伸ばすが、
「今日のご飯は【RED】特製、激辛カレーでござい!」
「げ、げき、から……っ!」
 歌姫から激辛という言葉を聞いてその手を引っ込め、困ったように眉を寄せる明玖。
「あ、ごめんごめん! 激辛は冗談。普通のカレーだよ。入ってもいい?」
 歌姫にお願いされ、ドアをもっと開こうとする明玖。だが、ここでガクトと歌姫の両サイドに立つ生徒会メンバーの姿に気付き、
「――っ⁉」
 びくりと肩を縮こまらせた。
「明玖さん、ちょっとお願い事があって来ました。中でお話させてくださいませんか?」
 と、アリーフェが明玖の前でふわふわ浮かぶ。
「…………」
 怯えた様子で、両の手で自分の胸元を掴む明玖。
「明玖さんの気持ち、私もわかります。私も、自分より身体の大きい人たちと話すのが恐かったからです」
 アリーフェは言いながら小さな細い手を伸ばし、明玖の手にそっと触れる。
「本当なら、もっと早くにこうするべきでした。一人にさせてしまってごめんなさい」
「…………」
 明玖は口を閉ざしたままだが、ゆっくりと手を開き、自分の胸にアリーフェを迎え入れた。
「私は皆さんと接するうちに、少しずつ会話することに慣れていきました。ほら、今は吃ることもないんです。時間は掛かってしまいましたが……」
「そ、それは、す、すごいこと……」
 絞り出すようにして、明玖は言葉を発した。
「ありがとうございます。褒めてくれて」
 アリーフェは明玖の胸に身を埋める。その背を指先で優しく撫でる明玖。
「――私も、変わり、たい……」
 明玖の口から、そんな言葉が紡がれた。
 変わりたい、と。
「できます! 明玖さんのように優しい人なら、ぜったいに変われます!」
 アリーフェが言う。
「まずは、このドアをもう少しだけ、開けるところから始めませんか?」
 すると明玖はこくりと頷き、ドアを横へとスライドさせた。
「明玖……」
 今度はジュリアが言った。
 明玖は返事こそないものの、ジュリアと合わせた目を決して逸らそうとしない。
「改めて言わせて? 酷いことを言ってごめんなさい。あんたは強い子よ。今ドアを開けて、それをあたしに見せてくれたもの」
「…………」
 明玖の目が、僅かに開かれた。それは驚きにも、喜びにも見て取れた。
「あたしも、部屋に入れてもらってもいい?」
 ジュリアの問いに、明玖はきゅっと目を瞑り、こくこくと頷いた。
「わ、私、ジュリアさんのこと、良い人だって、わかってる……」
 言って、抱きしめたままのアリーフェに視線を落とす明玖。彼女はアリーフェが頷くと、勇気を得たかのように顔を上げ、もう一度ジュリアを見た。
「――わ、私のほうこそ、ずっと、引きこもって、心配かけて、ごめんなさい」
 そして明玖は、深々と頭を下げた。
 そうして再び顔を上げた明玖に、ジュリアは物言わず抱きついた。
「ふぬむむむ!」
 明玖とジュリアの胸の間に挟まったアリーフェが若干苦し気な声を漏らした。
「俺たちはみんな、君の味方だよ。お願いがあって来たけど、無理にとは言わない。今は、君が苦しんでいるものを無くすほうが大事だ」
 と、ガクトは言った。
「なにが苦しいか、お部屋の中であたしたちに教えてくれる?」
 歌姫が明玖の顔を覗き込むと、明玖は首を縦に振り、全員を室内へ招き入れて照明を点けた。
 コンピューター室には縦長の白いテーブルが二列並び、椅子とコンピューターがそれぞれ1ペアずつ等間隔で置かれていた。ガクトが居た地球と違うのは、ここにあるコンピューターが電気で動くものではない点だ。どのコンピューターも、モニターの裏面に丸い窪みが設けてあり、そこに光り輝く水晶玉のようなものが埋め込まれており、それが魔力を供給して動く仕組みになっている。
 寺之城曰く、コンピューターの裏面に埋め込まれた宝玉を魔導球(まどうきゅう)と呼び、この魔導球を動力として動くコンピューターを魔導コンピューターという。
 明玖は部屋の隅にある魔導コンピューターを使用しているらしく、それにだけ電源がついていた。
 一同は明玖の魔導コンピューターの周りに椅子を運び、テーブルを挟んで両側に分かれて座った。
「――さてと。今この秘密基地にいるのは、わたしたちだけ。だから、今からここで話すこともわたしたちだけの秘密ってことで!」
 と、歌姫が明るく仕切り直した。
「明玖さん。あなたが何に苦しんでいるのか、私たちに教えてくれますか?」
 アリーフェの確認に明玖はこくりと頷き、大きく深呼吸した。
「わ、私、……き、記憶が、恐い……」
「記憶? 過去になにか嫌なことがあったということかい?」
 寺之城の問いに、明玖は首を小さく縦に動かした。
「な、何度も、同じ夢を見るの。それは、と、とても、リアルで、その夢を見る度、現実との区別がつけられなくなった……」
「その夢って、どんな夢なのか言える?」
 これまで会話を見守っていたリクが口を開いた。
「……み、み……」
「あ、ごめん明玖。無理なら言わなくて平気だから」
 リクが言うものの、明玖は首を横に振って、もう一度大きく深呼吸した。
「……み、みんなが、し、死ぬ、夢……」
 彼女はきゅっと目を瞑り、膝の上に置いた拳を握りしめて言った。
「それはまた……僕は毎日のようにジュリア君から半殺しにされているが、みんなとはな……」
寺之城が狼狽えたような声を上げた。
「ゆ、夢の中で、みんなは、狩りに出たり、ライブしたり、いろいろなことを、やっていたけど、さ、最後には、必ず……」
 話しているうち、夢で見た光景を思い出してしまったか、肩を震わせ始める明玖。
 両隣に座っていた歌姫とジュリアが、明玖の肩に手を添える。
「無理しないでいいわ、明玖。今回は、ここまでにしましょうか」
 と、ジュリアは言うが、明玖は首を横に振った。
「は、話して、おきたい。みんなに、知っていてほしい」
 歌姫に背中を擦られながら、明玖は再度深呼吸し、続ける。
「――最後に必ず、ど、ドラゴンが来て、襲われる。……夢を見るうちに、まるで、同じことを、繰り返しているような、か、感覚になって、ここから出るのが、こ、恐くなったの……」
 ガクトは、明玖と今朝初めて会ったとき、彼女がこんな質問をしたのを思い出した。
『――な、なにか、覚えて、いますか?』
「――今朝、君が俺にした質問は、君が夢だと思っている出来事が現実かどうか、確かめようとしてのことだったのか?」
 ガクトが聞くと、明玖は首肯した。
「ふむ。繰り返す悪夢か。……学園長、どう思う?」
 腕組みをした寺之城は唸りながらアリーフェに振った。
「同じことが何度も繰り返すという話は聞いたことがありません。そういった類の魔法も、私は持ち得ませんし、……明玖さんが見る夢が現実であることを証明する手段がなにかあればいいのですが……」
「わたしたち、よく頭痛に襲われるじゃん? 明玖の言う悪夢となにか関係性って無いかな?」
 ガクトが言おうとしたことを、歌姫が話した。
 マーフォークの特徴を持つガクトは敏感なのか、この頭痛を顕著に感じていた。
「今思うと、頭痛がするタイミングっていうのが、既視感を覚えたときな気がするんだ」
 ガクトは歌姫の言に付け加える。
「前にも同じことがあったと思った瞬間に、頭痛が来る。これが意味するものと、明玖が見る悪夢が意味するもの。これらの共通点は――」
「まさか、タイムループか⁉」
 寺之城が、はっとした様子で言った。
「くそメガネ。あんたの超能力とやらで、ここにいる誰かの過去を見れないの? もし明玖が見た悪夢が実は現実に起きたことで、何らかのギミックが働いて時間が巻き戻っているなら、その瞬間をあんたが見られれば、証明できるじゃない」
 と、ジュリアに言われた寺之城は肩を竦める。
「無理だ。僕の能力は使い勝手が悪すぎでね。制御がまったく利かない。能力が発動する時間も、相手も、すべてがランダムなんだ。故に、自分が望んだタイミングで、望んだ人の過去を見ることはできない」
 すると、明玖がまたも震え出しながら、ブレザーのポケットから何かを取り出した。
「――お、おばあちゃんからもらった、お、お守り、なんだけど……」
 と、明玖は取り出したものをテーブルの上に置いた。
 それは黒い支柱に組み込まれた砂時計だった。硝子の容器内には金色をした粉体が収められており、室内灯の光を受けて淡く輝いている。
「きれいな砂時計ですね。これが、なにか関係あるのですか?」
 アリーフェがテーブルに降り立ち、砂時計を傍でまじまじと見つめる。
「わ、私が小さい頃、お、おばあちゃんが、こう話していたのを、覚えてる。これは、持っている人の命に、危険が迫ったとき、時間を戻す時計だって……」
「そ、そんなものが本当にあったのか!」
 寺之城が驚愕の声を上げた。
 だが、明玖は否定する。
「か、確証は、ない。この中の誰も、時間が巻き戻っていると、認識できていないから」
「確かに、まだ断言はできませんね。もし仮に時間が巻き戻っていたとしても、それがいつ発動して、どれくらいの過去まで戻ったのか、覚えている人が一人もいないのであれば……」
「お、おばあちゃんは、私がいた世界で、ゆ、有名な魔導師で、【ガーディアン】って呼ばれる、世界を守る組織の、一員だった。そのおばあちゃんから、もらったお守りだから、何か特別な力が、あっても、おかしくは、ないんだけど……」
 明玖は言いながら、砂時計を手に取り、それをひっくり返してテーブルに置いた。
 そして起きた出来事に、一同は目を丸くした。
 砂時計の砂が、一粒たりとも落下しないのだ。
「――湿気かなにかで固まってる?」
 と、リクがつぶやくが、明玖は首を横に振る。
「砂が動くのは、時間が戻るときだけ。だから、誰も、砂が動くのを認識できない」
「この砂時計は上下左右がいずれも対称なので、中身の砂が移動したかどうか、形状で判断することはできませんね。硝子容器のどちらか一方に印をつけたとしても、時間が巻き戻ればその印は消えているはず。なのでやはり判断は難しいかと……」
 間近で砂時計を観察していたアリーフェが言った。
「唯一それらしい手掛かりがあるとすれば、さきほどガクトくんたちが言った、既視感から来る頭痛か……」
 明玖に異変が起きたのは、神妙な面持ちで寺之城がつぶやいたときだった。
「――っ」
 彼女は両手を膝の上で握りしめ、肩を震わせてすすり泣き始めたのだ。
「明玖? 大丈夫?」
 歌姫がすぐに気付き、明玖の肩を抱く。
「……も、もし、タイム、ループが、本当、だったら、砂時計を、持ち込んだ私が、みんなを、何度も、ひどい目に……」
 俯いた明玖は大粒の涙を膝に溢しながら言う。
 このときガクトは目を閉じ、むせび泣く明玖の声を聞き、彼女がずっと一人で罪悪感に苛まれ、それを抱えたまま誰にも言い出せずにいたことを感じた(、、、)。
 明玖はこの部屋で両膝を抱きかかえ、悪夢を見ては恐怖し、砂時計を持つ自分の存在が、島の生徒たちをタイムループの袋小路に閉じ込めているのかもしれないと、己を責め続けてきたのだ。
 明玖がこの部屋で過ごす光景が、イメージとして断片的に脳内で浮かび、ガクトはそれらを繋ぎ合わせ、結論に至った。
「――ずっと一人で耐えてきたんだな。辛かったよな。……タイムループのことを持ち出したって、まず信じてもらえないって思ったのか?」
「…………」
 明玖は涙で溢れる目をガクトに向け、小さく頷いた。
「わかるよ。俺が明玖の立場だったら、きっと同じように考えて、どうしようもなくなって、神様にこれ以上悪夢を見せないよう、ただ祈るばっかりだったと思う」
 テーブルの対面で顔を伏せる明玖に、ガクトはそっと、語り掛ける。
「明玖。君はなにも悪くなんかない。むしろ、みんなを助けてくれてるよ」
「――え?」
 明玖が涙に濡れた顔を上げた。
「そうさね、家内(いえのうち)君」
「誰も明玖が悪いなんて思ってないわ」
 寺之城とジュリアが頷いた。
「タイムループが本当だったとしよう。どうして時間が戻る? ドラゴンに襲われたからだろ? ということは、本来であればその時点でゲームオーバーだった俺たちが、君がいてくれるおかげで、こうして何度もやり直しができていることになる」
 と、ガクト。
「わ、わ、私は、それでも、何回も、苦しい思いを、みんなに、させるのが、申し訳、なくて……」
 手の甲で目元を拭う明玖だが、まだ涙は止まらない。
「明玖。お礼を言わせてくれ。そして、約束させて欲しい」
 ガクトは明玖の目を真っ直ぐに見て話す。どうか、心のしがらみから脱してほしいという願いを抱きながら。
 明玖はしゃくり上げながらも顔を上げ、ガクトと目を合わせ続ける。
「――俺は、絶対に諦めない。これからどんなことが起こってもだ。君がいてくれることを無駄になんかしない。君が苦しんできたことを無駄になんかしない。これが約束!」
 ガクトの示した約束に、明玖の目が見開かれる。その目から、まるで孤独な闇の中で光を見たかのような、希望の雫(しずく)が溢れ出す。
 そして、彼女の隣でガクトを見つめる歌姫の目にも、同じ雫が宿り、彼女の頬を伝い落ちた。
「――約束するのはガクトくんだけじゃなくて、わたし達も、だよ?」
 明玖の肩を抱いて、歌姫が言った。
「あ、歌姫、私が言おうとした台詞取らないでよ」
「えへへ。早い者勝ちー」
 膨れるリクに、歌姫は目から零れた雫を拭い、小さく舌を出した。
「ガクトさんの言う通りです。私達の目標はドラゴンを倒すこと。それが成し遂げられるまで、私達は考え、行動し続けます」
 アリーフェがそう言って明玖の傍へと飛んでいき、彼女の頬を伝う涙を拭いた。
「――み、みん、な。ありがとう……」
 明玖はそう言い、初めて、ほころんだ顔を見せた。

   ■

 明玖が落ち着いたあと、ガクトたちは彼女を伴い、屋上へ再度赴くことにした。
「いろいろ大変だったところ済まないんだが、魔導プログラマーの君(きみ)に見てもらいたいのは地下から引っ張り出したロボットでね――」
 一同の前を歩く寺之城が、隣の明玖に歩調を合わせながら説明している。そのあとからアリーフェ、ジュリア、リクが続き、最後にガクトと歌姫が少し距離をあけて並んで歩く。
 というのは、歌姫がガクトに話があると言ったからであった。
「いやぁ、さっきの明玖への熱い語らいは凄かったよガクトくん。わたしまでもらい泣きしちゃった」
 恥ずかしそうに笑い、歌姫は続ける。
「絶対に諦めないって、とってもカッコよかった。わたしの座右の銘も【諦めない】だからさ、すっごく共感しちゃったんだ」
「そ、そう改めて言われるとなんだか恥ずかしいな。あのときは俺もちょっと感情的になったというか、ほら、この触覚でいろいろと感じちゃってたというか……」
「ほほぅ? 何を感じちゃってたのかな?」
 頬を赤らめるガクトの顔を、歌姫が覗き込む。訝し気に目を細めているが、とても楽しそうに笑っている。
「え、――いや、ごめん! その、変な意味じゃなくて!」
 自分の失言にあたふたするガクトを見て、歌姫はお腹を抱えて笑う。
「あはは! ガクトくん面白い」
「わ、笑うなよ」
「――うん。わかった」
 ガクトが膨れ気味に言うと、歌姫は、すっと表情を切り替えた。
「どう? すごくない? ポーカーフェイス」
 眉宇の引き締められた彼女の顔は、まさにアイドルにふさわしいと言えるほどに整っており、凛とした眼差しは真面目なオーラを放っている。
「――な、なんか、かっこいいな」
 近い距離で垢抜けた面差しを披露され、思わず本音を溢すガクト。
 そんなガクトを見て、歌姫は再び満面の笑みを浮かべながらこう言った。
「わたしさ、ガクトくんに、やってみたい楽器を聞いたじゃない?」
「ん? うん」
「あの質問ね? この島で、バンドメンバー以外の子にしたことないんだー」
 歌姫の表情が、どこかひたむきさを感じさせる真摯なものへと変わった。
「――え?」
 その瞬間、ガクトは目の前の美少女に意識を奪われ、前方を歩く仲間たちの話し声が、聞こえなくなる。
「わたしがあの質問をしたの、ガクトくんだけ」
 歌姫のつぶらな瞳が、ガクトの視線を放さない。
「…………」
「……この意味わかる?」
「ええと……」
 戸惑うガクトを見て、歌姫は正面に向き直り、歩を進める。
「音楽やってるとさ、相手の演奏を聴いただけで、なんとなくその人の人柄がわかったりするんだ。……わたしは、君のことをもっと知りたいの」
 ドクン、と、ガクトの胸が高鳴る。
 上気したように頬を赤らめる歌姫の胸も、同じように高鳴っているのだろうか。
「明玖を楽にしてあげる。――わたしができなかったことを、君は簡単にやってのけた。ほんと、尊敬する」
 歌姫はガクトの前で振り返り、立ち止まる。
 ガクトも、合わせて立ち止まる。
「ありがとね。明玖を笑顔にしてくれて。わたしの中で、ハッピーエンドの曲が流れてる。なんだかさ、自分のことのように嬉しいんだ。あの子が来てから半年くらいなんだけど、その間、ずっと笑ってくれなかったから……」
 困ったように笑う歌姫。
「わたしも、報われたかったのかも。種類は違うけど、同じように苦しんでる明玖に、わたしは自分を重ねてた……」
「歌姫も、何か苦しんでることがあるのか?」
「ううん。わたしのは、――大したことじゃないよ。わたしが頑張ればいいだけだから」
 歌姫の顔に一瞬陰りが差したのを、ガクトは見逃さない。
「――君が良ければ、俺に教えてくれないか?」
 少しの間を置いてガクトが問うと、歌姫はちらりとガクトの両目を交互に見つめてから、視線を伏せる。
「わたしさ、歌いたいように、歌えないんだ。声が出せないの」
 そして、ニヒルに笑った。
 それは彼女が初めて見せた、彼女の闇だった。冷徹で自虐的な微笑が、明玖が決して楽観的な人間ではないことを物語っている。
 だからガクトは、『そんなことない。歌姫の歌はすごい』という考えを、今この場は凍らせた。
「だから、喉のことを考えて、気を使って、歌う時の声と普段の声を使い分けるようにして、それから、とにかく身体を鍛えて、体力をつけるようにした。……でも、ダメなんだ」
 下向けられた歌姫の視線は、まるで何も見ていないように、ガクトには感じられた。
「歌でみんなを助けたい。支えたいと思って始めたはずなのに、満足な歌が歌えないんじゃ、本末転倒。だからせめて、明玖を傍で支えて、力になれればと思ってた。贖罪の意味もあったの。それで、ガクトくんが明玖を助けてくれたのを見て、少しだけわたしも救われた気分になった」
 白い歯を覗かせて、歌姫は笑う。だがそれは、喜びの笑みではなく――。
「でもさ、それって結局、わたしは自分が一番大事だったってことだよね」
 嘲笑だった。
「ほんとはこんなキャラじゃないくせに、演技で明るく振舞って、周りに元気を配る自分を演じて、それで自分は頑張ってるってさ、自分を慰めたいだけの、身勝手な女なんだよ。わたしって」
「…………」
 ――そうだろうか。
 と、ガクトは思う。
 他人のために何ができるのかを真剣に考えて行動に移し、不足があれば努力で補おうとする貫倶錬歌姫(かんぐれんうたひめ)という人間が、果たして本当に自分のことを最優先に考える身勝手な女だろうか。
「――演技してるのは、今の君だろ」
 ガクトは、見抜く。
 歌姫は、身勝手なんかじゃない。
「君ほどに自分自身と向き合って、目を逸らさず真剣に悩んで、ひたむきに努力ができる人を、俺は知らない」
「――え?」
 まるで予想外の返答を聞いたかのように、歌姫は視線を持ち上げ、ガクトの目を見た。
「そうやって自分のことにたくさん悩めるのは、君が現実をしっかりと見ることができる真面目な人だからだ」
 ガクトも歌姫から目を逸らさずに言う。
 わざと自分を卑下し、醜く見せようとする歌姫の心に秘められたものがなにか。
「そういう人が、自分可愛さに他人を利用したりするわけがないだろ。さっきの明るい笑顔はどうしたんだよ。慣れない演技なんかやめて、いつもの君に戻れよ」
「――演技じゃなかったらどうする? こんなわたしでも、わかってくれるの? 受け入れられる?」
「当たり前だろ」
 ガクトは言い切る。
「俺は歌姫を信じてる。君のひたむきな人間性をだ。どうしても君が自分を悪く思ってしまうなら、これから変わっていけばいいじゃないか。なってみせてくれよ。君が誇れる君に。俺は好きだぜ? 歌ってる歌姫を見るの」
 そうしてガクトは、歌姫の顎に触れ、そっと持ち上げた。
「マーフォークにとっての顎クイ。意味知ってるよな?」
「っ……⁉」
 見る見るうちに、歌姫の顔が赤く染まっていく。
「座右の銘は、諦めない、だろ? だったら諦めないで、一緒に頑張ろう」
「――そ、そうだよね。明玖にも約束したことだし……」
 半ば視線が定まらない様子で、徐に髪を触る歌姫。
「なんだか、変だね。今朝会ったばかりの君にこんなこと話すなんて……」
 という歌姫の言に、ガクトも己が発した言葉の数々を恥じらう気持ちが唐突に沸騰し始めた。
「いや、なんていうかその、俺も妙に馴れ馴れしくてごめん」
「なんでそんな赤くなってるの?」
「歌姫も真っ赤だぞ」
 二人して噴き出した。
「――ありがとう。明玖に続いて、わたしの話まで聞いてくれて。おかげで元気出たよ!」
「それはなによりだ。俺も諦めないって約束したからには、頑張って戦えるようにならなくちゃだ……」
 先に行ってしまった寺之城たちに続こうと、足を踏み出しかけたガクトは、しかし動こうとしない歌姫に道を塞がれた。
「もし、明玖が言うように時間がループしてるなら、わたしたちはこのあと、ドラゴンに襲われるんだよね?」
 頬を赤らめたまま、歌姫は上目でガクトを見つめる。
「ま、まぁ、そうなっちまうかもな……」
 ふとガクトの脳裏に、黒雲が天を覆いつくす光景が過り、例の頭痛が沸き起こり始めた。
 歌姫はしかし、平気な様子で続ける。
「それじゃあさ、そうなる前に、これだけ言わせて?」
「え?」

「――好き」

 歌姫の口から紡がれた言葉に、ガクトの頭痛が消し飛んだ。
 この場に佇む男女の心臓が、一際強く脈打つ。
 それは、二人だけの感情が始まる鐘のように、はっきりと聞こえた気がした。
 だが。
 窓の外に広がる空が、突如として湧き出でた黒雲で見えなくなった。
 ここで、すべてを引き裂くかの如き雷鳴が轟いて。

 ――それは、無慈悲にやってきた。

 空に生じた黒い穴から、ドラゴンの群れが現れ始めたのだ。
「ガクト……」
 歌姫は何もかもを打ち砕かれたかのように青褪めた顔で、ガクトの名を呼んだ。
「歌姫。君はみんなを連れて逃げろ」
 そう言い残し、ガクトは歌姫の横を走り去る。
「どこいくの⁉」
「剣のところへ行く! 言ったろ、諦めないって!」
 それを聞いた歌姫はぐっと口を引き結び、両の拳を握りしめてから、
「――ならわたしも諦めない!」
 力強い走力で一気にガクトへと追い付いてきた。
 互いに頷き合い、目指すは屋上である。

   ■

 すでにロボットの傍に到着していた寺之城たちも、驚愕と戸惑いの色をその顔に滲ませ、空を蹂躙するドラゴンたちを見上げていた。
 明玖は寺之城とリクに支えられていないと、ろくに立つこともままならない様子で震え、怯えている。
 ジュリアの姿が見当たらない。
「――ガクトさん、歌姫さん、大変です! 本当にドラゴンが!」
「みたいだね! わたしと学園長の魔法でみんなをサポートするよ! 本当はバンドのみんなと楽器を用意したいけど、間に合わないから独唱でいく!」
 狼狽えた様子のアリーフェに、歌姫は援護を求める。
「大和! ジュリアは⁉」
「ジュリアくんなら、今生徒会室に向かってる。そこにパワードスーツがあるんだ」
 寺之城の言を聞いたガクトはロボットによじ登り、操舵装置に差し込んでいた剣を引き抜いた。すると、剣の宝玉の三つ目が光っていることに気付いた。
 今まではダイヤモンドの白銀と、エメラルドの鮮やかな緑の二色しか光っていなかったところに、ルビーの燃えるような赤が加わっているのだ。
「光が、三つになった……?」
「ガクトくん! その光は剣の何らかの合図かもしれん! 試しにもう一度、ロボットに剣を
差し込んでみてくれ!」
 驚愕してつぶやくガクトを、寺之城が呼ばわった。
 すぐさま差し込むガクトだが、眼前に浮かび上がった立体文字はさきほどと同じものだ。
「ダメだ! 変化がない!」
 ガクトが言った次の瞬間、北に位置する【ダイヤの塔】が爆発。粉塵の中から、パワードスーツを装備したジュリアが現れ、超音速でガクトたちの上空へ飛来した。
「――アリーフェ、ごめんなさい! 生徒会室壊しちゃった!」
「構いません! あとで魔法で直しますから、今はドラゴンを!」
「了解!」
 言って、ジュリアはパワードスーツのブースターを大噴射させ、向かってくる小型のドラゴンを回避。隙が生じたところをレールガンで撃ち抜いていく。

 楽はしない
 偉ぶらない
 他人のせいになどしない
 涙を拭いて我が道を行く

 と、マイクが無いにも拘わらず、歌姫が校舎全体に響き渡るほどの声量で歌い出す。
 次いで、異変に気付いた他の生徒たちが動いたのだろう、警報が鳴り響き始めた。
 ガクトはロボットの操縦席から、眼下のグラウンドに残留組の生徒たちが武器を片手に飛び出してくるのを見た。
「――明玖! 俺は諦めないって君に約束した。頼む! このロボットを見てくれ! そうして、俺を戦わせてくれ!」
 ガクトは明玖を呼んだ。
 明玖はまだ恐怖の残る顔を上げ、しかし意を決したかのように大きく頷くと、片手に持っていたラップトップを開き、ロボットの膝の辺りにある差込口にラップトップのコードを繋いだ。
 そして震える手でありながらも、目を見張る高速タイプでロボットの中身を読み解いていく。
「……こ、この、ロボットは、今、ロックが掛かってる。たぶん、その剣の調子が悪いから、だと思う。け、けど、私が、割り込みで、プログラムを書き換えれば、ロックを解除できる、かもしれない!」
 と、視線はラップトップの画面に注いだまま、明玖は凄まじい早さでタイプを続ける。
「わかった! 頼めるか?」
「が、がんばる!」
 短く答え、瞬きすらせずに作業を進める明玖。
「大丈夫だからね、明玖。あなたは私が守るから!」
 リクがそう言って二丁のリボルバーを引き抜き、深呼吸のあとで、聞き覚えのある呪文を唱え始めた。
 そこへ上空からドラゴンが急降下。まっすぐにロボット目掛けて突っ込んできた。
「――我は友の顔を忘れぬ者。友を想い戦う者なり!」
 ドラゴンが牙を覗かせるのと、リクが最後の呪文を唱え終わるのとは同時だった。
 二発の銃声がほぼ同じタイミングで響き渡り、襲ってきたドラゴンは頭部を撃ち抜かれ、校舎下へと墜落していった。
「ありがとう、リク君! 君がいてくれれば家内君も安心だよ!」
「あんたにはこれ!」
 お礼を叫ぶ寺之城に、リクは自分のナイフを投げ渡す。
「ドラゴン相手にナイフなんて無茶な!」
「つべこべ言わない! 噛み付かれたらそれで目を狙って!」
「それ僕食べられてるよね⁉」
 言い争いながらも互いに背中合わせになるリクと寺之城を尻目に、ガクトは操縦席の両サイドに設けられたグリップを握り、脳内でイメージトレーニングをする。
 初めて扱うロボットなのだ。ぶっつけ本番とはいえ、申し訳程度にできることはやっておこうと考えたのだ。
 右腕のグリップを頭上へ掲げた。すると、関節部の機械音がして、ロボットの右腕も持ち上がる。連動機構は生きている。
「――成功か? 明玖」
 ガクトの確認に、明玖は唸る。
「あと、少し。武器の、セーフティーが、まだ、解けない!」
 そのときだった。
 学園の真上に開いた黒い渦から、全長30メートルを超えるダークブラウンの巨体が現れた。
「――おでましか!」
 寺之城が歯を食い縛る。
現れたのは、【ミープティングレイス】を含めた宇宙全体を支配する悪のドラゴン――ベルリオーズだった。
「我が盾よ! 我が同胞を守りたまえ!」
 と、身体に魔力を貯め込んだアリーフェが祈る。
『これほど小さく、弱い下等生物が、くだらん玩具でこのオレ様に歯向かうのか?』
 ベルリオーズの、低く邪悪な声が響いた。
「玩具かどうか、確かめてみなさい!」
 ジュリアが言い、ドラゴンの首領目掛けレールガンを発射した。
 ベルリオーズはそれを避けようともせず真正面から喰らうが、しかし効果は薄く、その武骨な体表を浅く焼き焦がしただけであった。
「――うそ、でしょ⁉」
 驚愕するジュリアの顔に浮かぶは、絶望。
『やはり、くだらん玩具だな』
 次の瞬間、ベルリオーズはジュリアに対し、虚空に出現させた黒い球体を撃ち込んだ。
「魔導弾(まどうだん)です! 避けて!」
 アリーフェが叫ぶが一瞬遅く、小型のドラゴンに襲い掛かられていたジュリアは対応が追い付かず、右腕に黒い球体を喰らってしまう。
「ぁああああああああああッ!」
 ジュリアの痛ましい悲鳴が響き渡り、彼女の右肩から先がなくなっていることをガクトたちは知る。
「ジュリア!」
「――くっそぉおおおおおおお!」
 焦りを露わにする寺之城が見つめる先で、ジュリアは左腕の先端から赤に光り輝くブレード
を展開し、ベルリオーズに斬りかかる。
 だが。
『愚か者めが!』
 嘲笑と共に開けられた口腔が容赦なく彼女を捉え、上半分(、、、)を食い千切った。
「ッ⁉」
 屋上でジュリアの戦闘を見守るしかない一同は、一気に戦意と言葉を失う。
 ジュリアが、食い殺された。
「うぁあああああああああああああああああああああッ‼」
 悲鳴を上げたのはリクだった。半狂乱に陥った彼女は、獣人の脚力で宙へと飛び上がる。
「ジュリアを、返せぇええええええええええええええええええ!」
 襲い来る小型のドラゴンを踏み台に、リクはベルリオーズへと至る。
 対するベルリオーズは再び大きな口を開いた。
「――そこだ!」
 ジュリアが放った弾丸は、しかし届くことはない。
 ベルリオーズが口腔から吐き出した赤黒い炎が、リボルバーの弾丸を微塵も残さず消し飛ばし、リク自身をも飲み込んだ。
「リクッ!」
 ガクトは思わず叫んでいた。
 彼女と岩山で過ごした光景が突如としてフラッシュバック。鈍い痛みが彼の頭を襲った。
「――ジュリア君、……リク君……」
 ガクリと膝をついた寺之城がつぶやく。
「諦めるな!」
 そこへ、歌姫の声がこだました。
「まだ終わりじゃない!」
 彼女の言葉で、ガクトは自分を持ち直した。
「明玖、どうだ?」
 作業に対してとてつもない集中力を見せていた明玖が、画面から目を逸らさないまま、こくりと頷く。
「だい、じょうぶ!」
「よし!」
 ガクトは両手のグリップでロボットの両腕を動かし、銃口をベルリオーズへと向けた。
 ロボットが動いたのを見た小型ドラゴンの群れが、一斉にガクト目掛けて飛来する。
「――ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 ガクトはそれを二門のガトリング砲で迎え撃った。耳を劈き臓器を震わせる壮絶な超連射の銃撃が、襲い来るドラゴンの群れを片っ端から撃ち落としていく。
 しかし、それでもドラゴンたちの勢いは収まらない。多勢に無勢。ロボット一体だけでは火力不足だ。
「ちく、しょぉおお!」
 仲間たちには指一本触れさせまいと、雄叫びを上げるガクト。
『やかましい奴だ。剣ごと消し飛べ』
 嘲笑交じりに、ベルリオーズが再び黒炎を吐き出した。それも、さきほどリクに浴びせたものよりも強力で大きい。
 その無慈悲な炎は、ガクトへと突撃を続ける小型のドラゴンたちをも背後から呑みこみ、更なる火炎弾となってガクトの眼前へと迫る。
「ガクトくん‼」
 誰かが叫んだような気がした。
 世界が、ゆっくりと流れる。
 また、なのか?
 俺はまた、守れずに終わるのか?
 ガクトは明玖に振り向く。彼女は青褪めた顔でガクトを見上げていた。
 いけない。明玖に辛い思いをさせてはダメだ。
 立ち向かわなくては! 戦わなくては!
 グリップを握る手に力を込める。
 そんなガクトの耳に最後に届いたのは、冷酷な言葉だった。

『オレ様はお前を、千年に渡って語り継ぐだろう。身の程知らずの、哀れなマーフォークとな』





志稲祐 3XWAtKrRH.
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2022年01月10日(月)10時06分 公開
■この作品の著作権は志稲祐さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
初めまして。志稲祐と申します。作品ジャンルは異世界転移の学園ファンタジーになります。テーマは【成長】です。もしよろしければ、「なろう」にて公開中の拙作について、アドバイスを頂きたいです。


この作品の感想をお寄せください。

2022年01月20日(木)19時40分 志稲祐  作者レス
日暮れ様
感想ありがとうございます!
僕自身、本作は改稿こそしたものの、かなり自信がなく、他の方の意見も参考に再度修正を加えたい思いで投稿させて頂いた次第です。


ご指摘内容:鉄塔を女子たちが放り投げるシーンや、寺之城がこねくり回されるといったコミカル要素がやり過ぎな件。

回答:これは僕自身、着目できていなかった部分です。日暮れ様のおかげで気付きを得ました。言われてみれば、確かにあまりにもぶっ飛んだギャグ要素は作品の雰囲気を乱しますね。ちょっと考えます。


ご指摘内容:異世界転移して勇者に認定され、ド派手に活躍するのかと思ったら、意外と堅実に実生活を営んでいる。内容的にスローライフとはなりませんが、食料調達関係の内容が多い点

回答:これまた着目できていなかった部分です。なるほど、ちょっと展開が冗長に感じるかもですね。これも要再考ですね。


ご指摘内容:ベルリオーズは、惑星一つ吹き飛ばせるなら、ドラゴンスレイヤーがあるであろう島ごと吹き飛ばしてしまえばい良くない?と思いました。たとえ確信がなくとも、脅威は可能な限り排除するものではないかと思います。

回答:まさに正論です。主人公も「逃げたほうがよくないか?」と提案しているのでそのあたりのツッコミが来ることを考え、ベルリオーズは支配欲が強く、自分を崇拝する生き物たちはできるだけ生かしておきたい(自分をヨイショさせるため)という設定を付与することで、ご都合主義ではありますが創作を続けました。しかし、今思うと、せめて「なるほど、ベルリオーズはそういう奴なのね」と読者の方にわかってもらえるような描写が不足しているように思います。


ご指摘内容:主人公が泳ぎの得意な意味、必然性が乏しかったように思います。海のシーンは転移前の冒頭だけでしたので、設定が勿体なく思います。

回答:泳ぎが得意な主人公が泳ぎの得意なマーフォークである必然性。これ僕も書いてる途中で疑問に思い、「特有の感知能力」という設定で補おうかと思ったのですが、確かに「泳ぎ」にフォーカスしてそこを描いた方が断然説得力ありますね。


ご指摘内容:みんなの前で剣が勝手に倒れたのなら、主人公があえて説明するまでもなく、皆も目撃して知っていて然るべきだと思う。これは、主人公からは見えるけど他の人たちからは見えない、という何かしらの描写が一つ欲しかった。

回答:描写不足ですね。「主人公の身体の影に隠れて、全校生徒からは剣が勝手に倒れたのか、主人公が抜いたとたんに落としてしまったのか、判断がついていない」というようなことを追記しようかと思います。

ご指摘内容:ブロック宇宙の説明は、すみません、何度か読んだのですが良く分かりませんでした。

回答:ここは僕もちゃんと伝わるか危惧していた部分でした。やはり首を傾げてしまいますよね。いっそのことブロック宇宙という要素は削除する方向も視野に入れつつ再考します。しかもこの要素べつにこのお話の根幹を担うほどのものじゃないですしね(苦笑)


ご指摘内容:一番気になったのは、元の世界にすぐには返せないと分かっていて、一年で一千人を召喚するアリーフェの行動です。

回答:おっしゃる通りです。一応物語の後半でそれに対するアリーフェの苦悩や周りの人たちの考えも言及はしておりますが、単純に僕が全部載せていなかったので伝わらなくて当然と思います。
近日中に続きを掲載させて頂きます。もしお時間よろしければといいますか、「読むに堪える」と思った場合のみで結構ですので、読んでやっていただければと思います。


こうした意見交換の場は、知っていこそすれ、恐くてなかなか飛び込めずにおったのですが、やはり誰かの意見を聞くのは大事ですし、ひとりよがりにならず効率的に精進できますね。勇気を出してもっと早く来ればよかったです(笑)
改めてお礼申し上げます。




pass
2022年01月20日(木)03時53分 日暮れ 
先程は、拙作への感想ありがとうございました。
御作、読ませていただきました。

まず初めに、こちらに上がっている分は未完結作品ということで、評価は無しにさせていただいております。

文章は読みやすかったと思います。
寺之城のコミカルが過ぎる表現は好き嫌いが分かれそうですが、個人的には好きです。
寺之城がジュリアの個性を引き立てていて、良いコンビでしたね。二人のやり取りを読むのは楽しかったです!

ただ、中には行き過ぎた表現に思える箇所もありました。
たとえば、鉄塔を女子たちが放り投げるシーン。コミカルにしてもやり過ぎな気がします。物語の世界観がよく分からなくなります。
他にもなんどかこねくり回されている描写がありますが、苦手な人は苦手かも、と思う。
まあでもこれは、好みの問題でもありますね。

異世界転移して勇者に認定され、ド派手に活躍するのかと思ったら、意外と堅実に実生活を営んでいる。
内容的にスローライフとはなりませんが、食料調達関係の内容が多くあった気がします。
その中で世界観の説明をしたいのだという作り手の意図は分かるのですが、ちょっと多過ぎる気もしました。
ここまで描くのであれば、食糧難を物語のちょっとした試練として活用するのもありかも知れません。〇〇という食材がドラゴンスレイヤーの復活に必要だと、古い文献に書かれている……とか。そのまんま、食糧が不足していて集団生活の危機なんだ、でも良いですし。

ベルリオーズは、惑星一つ吹き飛ばせるなら、ドラゴンスレイヤーがあるであろう島ごと吹き飛ばしてしまえばい良くない?と思いました。たとえ確信がなくとも、脅威は可能な限り排除するものではないかと思います。

未完であるから言及し難いのですが……
主人公が泳ぎの得意な意味、必然性が乏しかったように思います。海のシーンは転移前の冒頭だけでしたので、設定が勿体なく思います。
(海で培った探知能力は、海でなくとも大自然の中でなら同じように培ええたはずですから、海&泳ぎが得意な利点が物語の中で欲しいところです)
狩りのシーンを海に変えて、リクにカッコいい所を見せる場面として使うなど、なにかしらで主人公の優位性が見たかったです。
主人公は短い期間の内にリクに想いを寄せ始めるので、もっと印象的なシーンを作っておかないと、最後に激昂する時に違和感があります。そういう意味でも狩りは海のシーンでリクにアピールが良いのでは?と思いました。

これはほんと細かいことで恐縮ですが、
みんなの前で剣が勝手に倒れたのなら、主人公があえて説明するまでもなく、皆も目撃して知っていて然るべきだと思う。
これは、主人公からは見えるけど他の人たちからは見えない、という何かしらの描写が一つ欲しかった。

ブロック宇宙の説明は、すみません、何度か読んだのですが良く分かりませんでした。私がアホなだけかも知れませんが……。
ブロックが宇宙の中心と分かる理屈も謎でした。宇宙は広いはずなのに……。
ですが、ここはあまり深く考えずに、そういう物なんだな〜と受け入れました。

一番気になったのは、
元の世界にすぐには返せないと分かっていて、一年で一千人を召喚するアリーフェの行動です。無計画に数打ちゃ当たるだろうの理屈で召喚してたら、すごくヘイトが溜まりそうです。
また数が増えると統率も取れなくなる恐れがあるので、千人から数を減らされた方が無難かもしれません。


色々と気になったことを書きました。合わないところあるかと思いますので、その際は右から左へ容赦なく受け流してくださいませ。

空行の辛みはありましたが、文章は読みやすく、一気にラストまで読み進めることができました。(といっても物語の途中なのですが)
私はリンクは踏まないので、もし宜しければこちらのサイトに全文掲載していただければと思います。

執筆お疲れ様でした。
29

pass
2022年01月19日(水)21時44分 志稲祐  作者レス
神原様。
ご指摘感謝します!
やはり誰かに見てもらうのは大事ですよね。
ご指摘して頂いた部分は再度修正させて頂き、新作を書いて精進を続けます。
ありがとうございました!

pass
2022年01月19日(水)21時34分 神原 
≫威圧と巨悪の権化とも呼ぶべき姿は、それを目にしたすべての者の心胆を震え上がらせる。≪

こうした表現は実際に戦っている最中を描写して、心胆を震え上がらせる事を主人公にやってほしいです。口で言ってしまうとそれなりに拙く見えてしまい。描写で「おっ」と思わせる方がより良くなります。

黒煙が上がる状態はまず最初に持って行って、炎があがっているか、それとも黒煙が立ち昇っている状況である事を前に出さないと、唐突に黒煙が上がっている様に見えます。炎を吐いた描写がないので、主人公が名乗る以前に既にこの状態にあったと思われます。

≫ガクトは歌姫に恋をしたのだ。全力で守ろうと思った≪

唐突すぎます。↑ いきなり出て来た女の子。恋をしていたのなら、まだ分かりますが、恋をしたのだ。とあるので、いきなり出て来た女の子を唐突に好きになったとなりますね。不自然です。

ちょっと待って、ここでぎぶあっぷ。まずは短編や掌編でいいので、文章を磨きましょう。それからです。書き上げた事は評価出来ますが(最後まで書き上げているなら)それ以上でもそれ以下でもありません。

まだまだ評価出来る段階にありません。

最初の方しか読んでいませんが、私は評価外を置いていきたいと思います。もし、力を付けたいのなら、もっともっと書いて誰かに見て貰って(身内、友達以外に)文章を上達させてください。

35

pass
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