無幻の女神 後編
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 ようやく昼休みの時間がやってきた。これから恐らく昼食をとる時間であり、また自由行動が許されるのである。

 俺は数々のオリエンテーションをしてくださったリゴレット先生が教室を出た際、席から立ってその場から離れようとした。

 メガイラと会ってみたいという好奇心は抑えられないのだ。

「ちょっと古代さん!?」

 皐から声を掛けられたので、一旦止まった。

 なんだなんだ、何かあるとでもいうのか。

「なんだよ皐」

「これからホームルームですよ! 休み時間ではありません!」

「……そうなのか」

 衝撃の事実が明かされた。なんともう今回の授業は終わりである。

 今まで昼休みを期待していた俺はしらけてしまい、どよよんとした気分で席に戻った。

 目の前にあるのは机の上に座るちっこいホムンクルス。ああ、なんか俺を見つめてるよ……。

 何か話しかけてくるのだろうなと思いながら、行動を起こすまで待つ。

 ミーザはじっと俺の顔を見上げ、口を開いた。

「空腹になりました。食事がしたいです」

「……」

 どうしようもない。

 俺は一時限目に渡されたホムンクルスの扱い方が書かれたプリントを、学校用の鞄から取り出して見てみる。

 ホムンクルスは人が食べる物と同じものを食べられるというのは分かるが、ホムンクルス専用の、というのが何だったか忘れた。

 探していくとそれは見つかる。

「なになに……、お前はホムンクルスフードを食べるのか」

「ひぃ……」

 お、ミーザが怯えているぞ。どうしたのだろうか。

 ホムンクルスフードというのは、まあ、キャットフードとかドッグフードみたいなやつだ。人が取るべき栄養素が全部詰め込まれている。

 口も胃も小さいホムンクルスにぴったりの食料だ。

「どうしたミーザ? ホムンクルスフードが嫌なのか?」

「あれは生まれてから四〇日間食べ続けてきましたが、非常に不味いのです。地獄を味わいました」

 ミーザは今にも吐きそうなほどに青ざめながら震えた声で言う。

 食欲というのは人にとって捨てられない欲求である。脳の一部を壊せば良いとかは置いといて、その食欲が不味いもので満たされれば苦痛となるのは当たり前である。

 幸いにも、俺の周りには美味しい料理を作ってくれる人がいるからあまり不味いというのを知らないが、カピカピの米がくそ不味いのは知っている。

「なんかバリエーションが増えているらしいぞ」

「堅くて濃くて噛み心地最悪の物は受け付けません。旦那様も食べてみればいいです」

「いやホムンクルスフードだし。あ、ホムンクルスフードは人間の栄養素……食べられるのか」

 この時点で地獄を味わうのが確定したということに気付くのは、この先の昼食の、既に逃げるには手遅れの頃だった。

 ホムンクルスフード……不味そうな響きだ。もしかしたら廃棄処分のホムンクルスを調理して出来上がってたりして、なんてな。

「よ」

 ガブリエルが目の前まで来ていた。俺の机の前に立ち、俺を見下げる。

「驚いたな、俺に何か用か?」

「ちょっとホムンクルスを見に来たの。あなたのね」

 どうしたことだろう、珍しいものを持っていれば友達って簡単に出来るんだな。

 ガブリエルは、ホムンクルスフードを思い出して気分が落ち込んでいるミーザの肩に指でほんの少しの力で叩いた。

 ミーザは振り向いてガブリエルを見上げる。

「何でしょう?」

 おっと初めてのパターン。怒りもしなければ怖がりもしない普通の対応だ。

「あなたのお名前は?」

「ミーザです」

「……えっと、名前がミーザ?」

「はい、何かおかしいでしょうか」

「おかしいけれどまぁいいわ。好きなものを教えて」

「自分です」

「そう、ナルシストなのね。じゃあミーザのご主人様はどんな人?」

 おいおいなにを言っているんだこの天使は……。

「私の旦那様は普通です。特に良くもなければ悪くもない、当たり前のことしかしてくれない薄情なのです。そんな旦那様は私の身にもなるがいいです」

 どうやらミーザは不満顔をしながら本気で言っているようだ。確かにホムンクルスは俺が卒業するときに、どんな風に育っているかで成績に関わってくる。だから大切に扱うのは当然で、分からない漢字に読み仮名を振るのもしなければならないことなのだろう。

 俺は成績考えて読み仮名を書いたつもりはなかったが。

 しかし、ミーザの立場になれば、どうしても下から俺と関わらなければならない。何をするにも、俺が居なくてはろくに生活が出来ないだろうし、分からなくて当然のことをドヤ顔で教えられても気分が悪いから。

 ドヤ顔なんかしてないけどなぁ。

 つまり、ミーザはただのわがままである。

「そうなの。ミーザも大変ね」

「そうなのです! 挙げ句には私をやらしい目で見ているのです! エロいことが好きな旦那様は身近の存在である私にだけ皆さんと違う目で見ます! きっと夜には悪戯されるに違いありません! 緊急避難をした方がいいです!」

「けれどミーザはホムンクルスでしょ? たとえ悪戯されても何も問題はないよ」

「……え?」

 え? とミーザが言う時点で、頭の中がすっからかんなのは分かる。それなのに、そこまで残酷さを押し付けるのは、やってはならないことだと思う。

 だから止めた。

「ガブリエル、俺のパートナーを傷つけないでもらおうか」

 睨みとはいかないが、少しガンを強めてまっすぐとガブリエルを見る。

 すると、ふっ、とガブリエルは笑った。

「いいね、それ。周りに毒されない故に一徹、善か悪かでたまたま善の道を進んでいる運のいい少年なんだね、君は」

 それは読み取りにくい話し方だった。どういう意味なのか、どういう意図があるのか分かりづらいのだ。

 ガブリエルは態度を一変し、しゃがんでミーザと同じ目線になる。

「ごめんね、変なこと言って」

「い、いえ、私は嘘をついて気を惹こうとしてました。無茶苦茶なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」

「ううん、面白かったからいいよ」

 そう言うと立ち上がる。

「気に入ったよ古代嗣虎。あなたにはいつか私達の所へ来てもらいましょうか。では」

 なんだか嫌に爽やかなので、俺は一体なんのことやらと疑問を強めた。

 というところで先生が教室へ入り、立ったままのガブリエルを見て一言。

「さっさと席に着きなさい」

 やはり初日というのは濃厚だ。初めてが沢山ある。

 これから学校生活を送る上で、見るもの、聞くもの、行動も新しく覚えていき、途中で疲れないように慣れていく必要がある。それがベストな生き方だ。

 先生は毎時間喋り続け、この学校がどんなところなのか、どこになにがあるのかを説明している。明日、新入生の歓迎会がある、とも説明していた。

「旦那様が死んで欲しいと思う人は誰ですか?」

「……は?」

 先生の話に興味のない俺は、同じく先生に興味がないミーザから変なことを訊かれる。

 おかしくなってしまったのかと心配するが、ミーザは普通の表情で言った。

「生きていく上では必ず自分にとって害のある存在が出てくるはずなのです。自信家であれば卑屈屋が邪魔で、一匹狼な性格であれば人をかき集めることでしか楽しさを知らない友達作りが上手な人が邪魔でしょう? 生きていくうえでは絶対にいらない人間というのは出来るようになっているのです。私はこの身で四〇日を過ごしてきて、そこまで考えつくのです、きっと旦那様にも死んで欲しい人はいるはずです。教えるがいいです!」

 ミーザのくせに語り出した内容に納得がいく。人それぞれの生き方、良さがあると共に、確かに絶対に必要のない登場人物がいなければおかしい。俺にも嫌いな人がいる、多分皐もフリアエも緋苗ですらそれはいるのだ。

 死んで欲しいというのは欲求で、我慢すればおさまるもの。しかし、我慢をする必要のない相手だった場合は、死んで欲しいと永遠思う。

 俺はなんの躊躇いもなく殺せる相手を考えた。

「……俺には、今のところそういう人は見つかっていない」

「そ、そんなことはありえるはずがないのです!」

「けれどなぁ。ミーザを失うのは嫌だから、ミーザを殺すような人は死んで欲しいと思うよ」

「べっ、別に私の気を引こうとしなくていいです」

 あらら、怒らせちゃったようだ。

 しかしそれもすぐに変わる。ミーザはまた何かを思いついたのだ。

「旦那様の好きな食べ物を当てていくゲームしたいと思います」

「えぇ……まだ話すのか?」

 すると何故か得意顔をしてくる。

「私は旦那様のことを知りたいですから。では、ふむ、旦那様は梅干しが好きですね?」

「嫌いだけど」

「……そうですか、私と旦那様は相性が最悪だということです。こんな私は取り替えた方がいいです」

「それは困る。ミーザはホムンクルスの中で一番優秀なんだから」

「え? 中ぐらいですが」

 今まで俺は、ミーザは凄いホムンクルス何だろうなぁと思ってきた。俺の所にくる奴らは決まってミーザに会いに来ていたからだ。

 それがどうだ。ミーザの口からは中くらいの出来上がりだと言われたぞ。もしかして、ミーザはただの変人なだけじゃないのか?

 こいつに構ってる時間なんかないから、適当なホムンクルスと交換した方が良いのかもしれない。

 けれど、このホムンクルス……なんか好感が持てるんだよな。いや、ペットみたいな……。

「あ、旦那様!」

「な、なんだ!?」

「目糞が付いてます!」

「えマジ?」

 指摘された場所に手を持っていきこすり落とす。取れたかどうかは分からないが、きっと落ちればミーザが教えてくれるだろう。

 と思っていた矢先、ミーザは真剣顔であったのだが、時間が経つにつれ笑みが出始め、目が痛くなる頃に花笑みを向けられた。

「嘘ですよ」

「……」

 俺、騙されたよ。

 その時、先生が何やらプリントを取り出して重要そうなことを話そうと──。

「あ、旦那様旦那様。固い檻や机に正座してて脚を痛めたのでさすって欲しいです」

 またもやミーザが話しかけてくる。しかもそれは自分で出来ることだ。

 しかし否定から入るのは良くないと思うので、無言で指先をミーザの脚に乗せ、ゆっくりとさすった。

「旦那様の手は手汗でべとべとします。手を洗ってきてからの方が良かったかもしれません」

「そうかい」

 その代わりミーザの脚は滑らかなので悪いようにはならない。

「そうです、私もお返しに旦那様の手をマッサージして、」

「ミーザさん借りますね」

「わっ、何をするのですか!」

 突然、皐がミーザを持って自分の席の前に置いた。恐らくミーザがあまりにも俺に絡んでくるから俺の時間が無くなっていると思ったのだろう、どうやら皐がミーザの相手になっているようだ。

「私はあなたの名前など知りませーん! だから話すことなどありませーん!」

「私は皐。あなたはミーザさん。はい、これで知らない仲ではないですね」

「皐様は私と挨拶してませーん! 仲良くするどころか印象よくないでーす!」

「美味しい食べ物作ってあげられます」

「これからよろしくお願いします」

 断言できる。ミーザは今、天国を見た。

 それからは、俺はようやく真面目に長いホームルームを受けることが出来るのだが、たったの三分で終わってしまったのだった。



ーーー

「さて、ご飯食べに行きましょうか」

 皐がガヤガヤと周りがうるさくなっている中、当たり前のように言った。

 腹は減っているのだが今すぐに平和部の見学に行きたいという熱のこもった想いがあり、メガイラにも会いたいというわがままもある。皐の言うようにしててはしたいことが出来なくなる可能性があるのだ。

 しかし皐の提案は今の俺には魅力的に感じる。なんせ朝は少なかったのだ、食欲は大きい。

「そうだな。腹が減った」

「でしょう? 学校の食堂が開いているはずなので今行っても大丈夫です」

 皐は教室の壁時計をちらっと見た後、机の脇に置いていた鞄を取った。

 さすがの俺も馬鹿ではない。腹が減ったまま見学など行かない。

 ……待てよ、わざと朝食を減らしたんじゃないだろうな?

「旦那様! 私を忘れてはいませんか! 早く檻に入れてください!」

 机の上でギャーギャー騒がしいミーザに急かされて鞄の中の檻を取り出したが、こんな檻にミーザを入れるのかと考えると躊躇してしまった。当たり前だが俺はそれは駄目だろうという意識が生まれて教室の隅のゴミ箱に檻を投げ入れた。

「ああー! 何をするのですかぁー!」

 ミーザは怒った。ああ怒って良いともミーザの住処を捨ててしまった俺に憎悪を向ければいい。俺も持ち運びが難しくなって後悔しているからな。

「ミーザ、お前にはあの檻は必要ない」

「何故ですか!」

「お前を閉じ込めるものだからいらないんだよ。鞄の中に入れるぞ、いいか?」

「……むぅ、確かに閉じ込められたくないです。したかったらお好きにどうぞ」

 なんともまぁ可愛くないことだ。俺は雑にならないよう慎重に両手の甲を机に着け、手のひらを天井へ向ける。するとミーザは俺の手のひらへ場所を移して正座をするのだが、これが凄く運びづらい。傾きで落ちることの無いようにゆっくりと鞄の中へ入れた。

 鞄はチャック式で少し開いてあり、鞄に筆箱と予備の筆箱を重ねて中で埋もれないよう土台を作っておいた。

 ミーザはもぞもぞと動くと、少し怒った口調で非難を言う。

「かたいです! これなら檻の方が逆に平らで心地よかったですよ!」

「うう、次は工夫するから勘弁してくれ」

「手で持ってください! 腕でもいいです!」

 確かにミーザの立場になればかたいところにずっと座ってるとなると嫌な気分になる。

 気を使うのは当たり前なのでもちろん俺は持つ。我慢しろとか言う奴は善人ではない、イキリのガキだ。

 腕で持つことにしたが、さすがにミーザから移動してもらうのは難しいので手で持ち上げ 「なにをするだー!」、肘を九〇度に曲げたL字の腕にミーザの尻を乗せ 「許さん!」、足をぶらんぶらんさせる。

 これで人間椅子の完成だ。

「ほほう、これならばお尻を触られる心配がなくていいです」

「……良かったな」

 お尻って……凄くデリケートなホムンクルスだなぁ……。

 この時ふと皐を見るのだが、彼女はむっとして俺を見ていた。

「ど、どうした?」

「なにがですか?」

 と思っていたら、いつの間にか自然な笑みを浮かべており、柔らかな声で応答する。

 気のせいかもしれないな。気のせいではないだろうが。

「ああいや、行こうぜ」

「そうですね」

 空いている右手で鞄を持つと廊下に出るのだが、その時皐は横に並んだ。

 あ、フリアエ忘れてた。

 教室へ振り返るがフリアエはおらず、フリアエの鞄だけが机の上に置いてあった。

「古代さん? とりあえず行きましょうか」

 フリアエが気になって止まっていたのだが皐を無視することは出来ないので動き出す。

「ああ。そうだな」

 とりあえず、という言葉を使っているところを聞くと俺が何を心配していたのか気付いているのだろう。皐は俺のことを良くわかっている。

 ミーザのことで俺の行動はフリアエから遠ざかっており、後ろの近い席であったのにも関わらずほとんど話さなかった。それは恋人である俺がしてはならなかったことではないだろうか。

 俺とフリアエは恋人だ。恋人とは自然と別れるような離れた付き合いをすべきではない。この埋め合わせは考えていた方が絶対に良いだろう。

「古代さんってば、何か気になっているように見えます」

 深く考えていた俺に皐が話し掛ける。

「俺に彼女が出来たときの変化って、どんなだと思う?」

 俺は直球で質問した。

 皐もミーザも俺に恋人がいることは知らないはずだ。なにせ、この関係は緋苗くらいしか知らなく、また気付かれないように体に触れる時やキスをする時など常に周りに注意していた。

 しかもそれを何故かパートナーとなっている皐とさっき出会ったミーザに分かるわけないじゃないか。

「……」

 皐は無言で考えている。最中、皐は左手を右肘に添えて、少し不安そうな表情で答えた。

「少し嘘っぽい笑顔で楽しいことを探すようになります。それと女を意識するので周りの女性を観察しだし、彼女だけの特性を探す癖があります。その時に魅力的な女性ばかり見つける才があるので、自分の欲望と戦いながらどこか遠慮した付き合いをするのではないでしょうか。私から言えるのは、好き同士の間でいられる内に大胆なことでも済ませてしまい、お互いを唯一の存在にしあうことだと思います」

 くっそ的確である。まさに俺の性格そのものを述べきった。

 つまり、俺は付き合っている彼女のことを特別な存在として認識しようとして逆効果に陥りやすいので、さっさと済ませるもの済ませてしまった方が安全なのだと言いたいのだ。

 例えば……やっぱりセックス? 皐の控えた言葉をその単語と鑑みるにセックスのことしか思い付かない。

 俺はフリアエとそんな行為を果たして出来るのか……。

「あの……」

 皐がまだ言いたそうに、肘に添えた手の力を強めて掴んだ。

「私、前にたこ焼きパーティーをしたことがあって凄く楽しみました。作り方は簡単なものであればすぐ覚えられますので、もしもパーティーなど開くことがあれば、たこ焼きパーティーを提案するのは好感が持てます」

「……あ? うん。分かった」

 いきなりなんのことやら分からないことを教えられて困惑する。彼女の話のどこにその話が繋がるのだろう。

 しかし、それを聞くとお腹が背にくっついて苦しい。普段から三食食べてきているので抜かすとこうなってしまう。

 贅沢でもこうなるものはこうなる。

「旦那様に彼女なんか出来るとは思えません」

「なんだとミーザ」

 ミーザが真上に首を曲げて俺を見ていた。

「旦那様の性格は奥手なのです。仮に彼女が居たとしても、果たしてその条件を果たせるのやらですよ。精々童貞のまま人生を終えるがいいです」

「むぅ、ありえんな。まぁ? お前が彼女なら穴が小さくて童貞のまま人生終えそうだがな」

「この変態! 失礼過ぎるのです!」

「はっはっは、怒ってる怒ってる。ミーザが何言っても俺は謝らないからな〜」

 ミーザは腕を組んでそっぽを向いてしまった。

 俺は皐が気になって仕方がなく隣へ顔を向けると、皐は俯いて左手を肘に添えている状態のままであり、不思議と可憐に見えてしまう。

 ……きっとこれはいけないものだと思うほど、俺は皐を女の子として意識してしまったのだった。



ーーー

 俺の通う田本学園は相当広い校舎を持っており、食堂にたどり着くまでかなり時間が掛かる。なにせ、俺の教室が五階にあり、一階の食堂から遠いのだ。

 なのでそこに着くまでに満席であったとしても不思議ではない。

「凄い人の数ですね。走れば良かったのかも知れません」

 皐が驚いた。しかし走ってまでしないと間に合わないものとは知らなくて当然なので仕方がないことである。

「だったらあそこしかないな」

 俺は提案として近くの購買に指を指す。それは食堂の隣の場所にあり、パンやおむすびがあるだろう。

 そう言った後に食堂を出ようとすると腕に乗ったミーザが声をあげた。

「旦那様にはホムンクルスフードがあるのです」

「……まさか食えというのか?」

 俺とミーザの視線が交差する。嗚呼、なんということだろうか、俺はドッグフードとキャットフードとほぼ変わらないものを口にしなければならないのかもしれない。

 ホムンクルスフードは食堂にあるというのでここで貰う方が早い。

「もちろんです。私の苦しみを共有するがいいです」

 ミーザの意思は強い……。このままミーザの話を無視して購買に行くことも出来るが、ミーザのような貧弱な体で俺を引きとめるという手段が使えないためそれは大人げない。であれば、俺は食べるしかないのである。

「分かった、食えるんなら食ってやるよ」

 そうして受付へ行こうとしたのだが、皐に右腕を掴まれる。

「待ってください。注文をするのなら私達の昼食もしましょう。フリアエが席を取っておいてくれたようですので」

 フリアエ!? と意外な人物の名前を言うので辺りを見回すとテーブルを占領している銀髪の少女を見つけた。確かにあのうざったい白色のあれはフリアエくらいしかいないだろう。

 俺、白色って本当に好きじゃないからな……。

「あ、これ財布必要だったっけ?」

「……あの、この学園に入ろうとしたの誰ですか?」

「俺だ」

「そのくらい把握してください」

 そういえば食堂を利用する際にお金は必要だったのかなぁと疑問が浮かぶ。このように皐に訊けば呆れられてしまうのは当然かもしれない。

 食事、風呂、トイレ、部屋は調べた記憶があったのだが、肝心の内容を忘れてしまっている。

 ……はて、どうしてだろうか。

 それに食堂を利用するのは初めてな気がする。四月九日現在までどうやって食べてきたのか忘れた。確か、パーティーを開く時を考えて料理下手な俺の為に、何か、料理の練習的なことをしたように思う。

 あ、そうか。緋苗だ緋苗。毎日緋苗と一緒に料理をしていたのだった。

 突然緋苗に会いたい欲求が生まれた。あんな良い女なかなかいないし、寂しさもあって気になってくる。

「旦那様! 部活動見学をするのに何をもたついてますか! 後二〇分で部活動見学が始まります!」

「……え? ああ忘れてたよ」

 言われて食堂の壁時計を探して現時刻を確かめようとするが、時計はどこにも掛けられていなかった。

「なぁミーザ。壁時計はどこにあった?」

「そんなの無いに決まっているではないですか」

「……は? だったらどうやって時間を確認したんだよ」

「それは私の体内時計で計りました。今は十二時三四分三三秒で、旦那様が皐様の腕時計を確認する頃には十二時三五分二秒になっています」

「ホムンクルスってみんなそうなのか?」

「私だけです」

 ならば確認しない訳にはいかない。そう言われれば皐が腕時計をしていることに初めて気付いたなぁと普段の自分の無関心さに呆れながら、時間を確認するのに皐に見せてもらえるようお願いする。

「腕時計見せて」

「え? 良いですけれど……」

 急なことなので皐はもたつくが、すぐに手を差し出してくれた。

 針は……十二時三五分二秒を指している。

 な、なんだ? どこかでこういう体験をしたような気がするのだが?

「お前凄いな。どうやって分かったんだ」

 素直にミーザに訊くと、ミーザはどこか暗くなりながら自慢するような様子もなく答える。

「別に、時間を数えればその時間が頭の中でがっちり当てはまって、何も考えなくても分かるようになっただけですよ」

 その姿は、見たことがある影だった。



ーーー

「……」

「……」

「平和部楽しみです。何をするのでしょうか」

「んーきっと正義も悪も関係なく平和になればそれでいいと割り切ったことをするかもしれません」

 俺のブレザーの右手首の袖を右手で摘まむフリアエを後ろに、隣では両手のひらで皐に持ち上げられているミーザが楽しく皐と喋っている。

 相変わらずの漆黒の布の目隠し。これでフリアエが周りを認識出来ているというのだから凄い。

「なぁ、フリアエ」

「……」

「……なんでもない」

 一応袖をギュッと強く握られたが、俺の呼び掛けに声で返事をしないということは、これはアイザの人格ではないだろうか。

 今日はアイザが多く出ているような気がする。アイザの言うようにフリアエとエリニュスが休んでいたとしても長いのだ。

 昨日からエリニュスと会えていない。フリアエとエリニュスはアイザの中で一体なにをしているのだろう……?

「……フリアエ、大したお願いじゃないんだが、聞いてくれるか?」

「……」

 事情を知らない人の前では『アイザ』と言えなかった。

「遊びに行かないか、俺と」

「……」

「休日、遊園地が開かれるらしい。……『二人』で行こう」

「……」

「思い出を一緒に作りたいんだ」

「……いいよ」

 手の甲に小さな指先が当てられ、なにで表せばいいのやら、なんとも言い難いこそばゆさを感じる。

「……誰がいいか言って」

 喋り方が変ではない。これはフリアエだ。

 俺の意図を汲み取って選択を問いだしてきたのは、もう覚悟があるということだ。

 この誘いは軽い気持ちで誘っているものではない。男と女の二人で、しかも思い出を作りたいなどとそれらしいことは言っているのである。

 済ませるものを早く済ませたい。俺は彼女だけを意識する自信が無いのだから。

「……フリアエだよ」

「そう。……そう」

 フリアエは納得できているのかできていないのか、曖昧に了承した。

 俺も同じような心境なのだが、似たもの同士ということだろうか?

 ……食堂で昼食を終えた俺達四人は三階の平和部部室を目指していた。渡り廊下には生徒がほとんどおらず、帰るか部活動見学かをしていると思われる。俺達は行動が遅かったということだ。

 さて、平和部についてだ。

 俺は皐に平和部へ入るためにこの学園を選んでいると話しているはずなので、俺の意向に反することは今のところしていない。

「皐は平和部に入ってやっていけるか……?」

「……ふふ、いきなりどうしました?」

 予想外なのか、皐は笑う。

 それは今更になって心配してきたことに対してなのか、もしくは俺がマヌケ顔をしていたからなのか、俺には判断ができなかった。

「……平和部は犯罪防止に貢献する学生活動だ。危険のあるところに危険を犯す危ない部活だ、皐を傷つけてしまうかもしれない。そう思うと急に怖くて……」

「そんなに考えなくとも大丈夫ですよ」

 俺があまりに情けなくなってしまっていたのか、皐は次に微笑みを向けてくれる。

「私は私を最強だと思っています。争いで負けることはありません」

 見れば、見れば、だ。見ればである。見ればなのである。見ればこそなのだ。皐のその言葉、気を一番解き放つその表情、気遣いも嘘も見当たらない。

 こんな小さなことで、たった少しのイベントで、ちょいと心配したおかげで見れたものは、一瞬の狂気であった。

「古代さんは精々人質にとられないようにした方がいいと思います。私への気遣いよりも」

「……ああ」

 喉と身体が狂気にあてられてかたまっている。

 これは俺にしか分からないものだ。フリアエ、ミーザにはきっと感じられない。

 歪んでいるとか、黒いなにかが強大になっているとか、そんな不細工な代物でもなく、孤高さを放ち美しさすら感じる狂気なのだ。

 俺以外には分からない。説明しても伝わらない。

 一瞬だったのだから。

 部室前に着いた。

 中からは既にがやがやとした声が聞こえており、俺達が遅れ者だということが良くわかる。

 フリアエは掴んでいた俺の袖をギュッと強く握り締めた。

「……大丈夫か?」

「怖い」

 声を掛けて返ってきた言葉は、フリアエならいつでも言ってきておかしくないものだった。

 フリアエは元々周りが怖いし、他人と接すれば睨む。友好な人はあまりに少ないし、見られるのだって嫌う。

 入学式の壇上に立てたのも大きな勇気を得ることができたからだ。

 そういうことなら、俺と恋人関係になるのも凄い奇跡だったのかもしれない。

「怖い……けど、嗣虎が隣に居るなら頑張れる」

「……ああ」

 いや、奇跡かは良くわからないな。

 俺はフリアエに気に入られようとしていなかったし、フリアエが仲良くできる条件も知らない。

 では何故俺を好きで居てくれるのか、頼ってくれるのか。

 それは俺だから……とか?

「古代さん、早く入りましょう」

 隣の皐が待機し続ける俺を急かす。

「いや、お前の鞄で──」

「お前って言わないでください」

「ご、ごめん」

 しまった、すっかり癖で言ってしまった。

 皐は不機嫌そうにしながら、両手で持っていたミーザを左手だけにし、俺の両手に持ってある片方の皐の鞄を手に取った。

「これでいいのですよね」

「……はい」

 なんか女の子に荷物を持たせてしまったが、そのおかげで空いた手で扉を開くことができた。

 中は基本白色だった。白い壁に白い天井、白いテーブルに白い椅子。俺の嫌いな色ばかり目に入る。その空間に存在する人間は五人だけのようだ。

「おや、その子はアレクトーかな?」

 白い鉄パイプ椅子に座った眼鏡のデブ男が俺の後ろのフリアエに向けて指を指す。

 なんという男だろうか。普通は挨拶が先じゃないのか?

「……」

 フリアエは何も言わない。しかしこの無言は少し不思議な感覚がする。

 絶句、そんな感じだ。

「あ、あの、俺、平和部の見学に来たんですが……」

 何かを言わなければならないと自然に出てしまう口。俺はついで周りを見まわした。

 眼鏡のデブ男の他、浅野という人間とガブリエルがいる。そして、フリアエにそっくりな外見をしたにこにこ笑顔のメガイラに、濁ったような黒目とショートの白髪をした……誰だったかな。ティシポネのような気がする。

「ああ古代嗣虎、そうだよ俺様も来たんだがよぉ……くっくっく、」

「な、なんだ浅野」

「部活動紹介すらしてないのに部活動見学があるわけねぇだろっつってさぁこの豚がよぉ! ヒャッハハハハハハハハ!」

 面白いのか浅野は眼鏡のデブ男に指を指して盛大に笑った。失礼なことをしているが、俺も失礼なことを思っているのでなんとも言えない。

 それをガブリエルはなだめず、後ろ手を組んで窓の外を見ながら静かにしている。

 なんだろうか、俺は二人ととてもいい関係になれる気がした。

「まぁ、有名な部活だからな」

「だろだろ!? お前なら分かってくれると信じてたぜ!」

 嬉しくなったのだろう、俺の肩を自分の気持ちの高ぶりを感じてほしいとばかりに叩く。

 痛いほど感じたからやめてくれないかな……。

「ごきげんよう、古代君。アレクトーが世話になっています」

「え、はい」

 ティシポネから初めて話しかけられた。気持ちが落ち着くような低めの声をしていると同時、ザラついた気を放つ。

 俺の母みたいな雰囲気だ。病んでいるのかもしれない。

「はろー!」

「……はろー」

「あなたがしとらね! わたしはメガイラ。んーと、フリアエのお姉さんです! ちなみにわたしの姉はティシポネ。だからフリアエは末の妹なの!」

 ティシポネの隣に立つメガイラが俺に挨拶をした。

 ああ可愛い。どうしてメガイラは可愛いのだ。俺にとって好意を持てる言葉、仕草をしてくれる。

 しかも『だから』の使い方がまんまフリアエだ。もしかして、メガイラはフリアエの物真似をすれば見破れない程の完璧さで演じきれるのではないだろうか。

「さて、話そうか」

 そんなやり取りに区切りを付けるかのように、デブ男は立ち上がった。

 穏和な顔をしてそれぞれの顔を確かめ、陽気に話し始める。

「ボクの名前は風上信夫と言うんだ。これでも忙しい三年生でね、それでもここの番は勤めているんだ。先輩を見習うのならボクからの方が身のためだよ」

 風上というのか。これから風上先輩と呼んでいけばいいのかな。

「そんなんどーでも良いからよぉ。なんで他の奴らは誰もいねぇんだよ」

 隣の浅野が顔を歪めて風上先輩を睨む。チンピラだろお前。

「それはね、馬鹿やってるからさ」

「馬鹿やってるだとぉ……?」

 風上先輩はふっふっふと笑いながら指を眼鏡のふちを掴んで掛け直し、浅野に指を指す。

「忠告をしておくけど、この平和部に入るからにはこれまで過ごしてきた当たり前は無くなるものと思ってほしい。いいかい? 今までのことはキミ達を安心させたり、喜ばせるだけのただのサービス。触れるものは血で、聞こえてくるのも血の音、見るのも臭うのも、口の中で味わうもの全て血で出来ている」

 ここで俺はびびってしまっていた。恐ろしいことを口にする場合、大抵冗談とか、血が上って理性がない時なのだが、この風上先輩は陽気なまま普通に言っている。

 風上先輩の当たり前を言っているだけなのだ。

「はぁん? 知ってて来てんだよ俺様はよぉ!」

 浅野の何に怒りが触れたのか、風上先輩に怒鳴り散らした。

「けどね、精神衛生がきついほど楽しいことには全力で打ち込むんだよ。ボク以外の部員は、明日の部活動紹介の為に色々な準備をしている。イベントってのは少ないから、みんなはためすぎたエネルギーを派手に使ってるんだ。キミ達には、いや、アレクトー以外には分からないだろうね」

 話に出されたフリアエは特に何も言わない。

「で、さぁ。豚はどんな活動してるのか教えろよ。わざわざ俺様が来てやってんだからよぉ!」

「まあまぁ、もちろん教えるよ」

 何を言われても動じない風上先輩は鋼の心臓を持っているのか気になった。

「ボクはね、戦うのは嫌いなんだ。だからここで依頼の受付や平和部の連絡事項のまとめ、部員の呼び出し、あとちょっとした人生相談をしてあげる。平和でしょ?」

 それに対して声は無かった。みんな、何も言うことが無いということだ。

「でもこの役割はボクが取っちゃったから、キミ達は戦う役割を持たないといけない。ボクみたいに機転を利かせて楽な役割を作るのなら話は別だけど」

「無理ですよ、風上先輩」

「ん?」

 俺は思うよりも先に口が出てしまい、そのまま言ってしまった。

「俺達には目の前のやるべきことがあるんですから、逃げられません」

「……ボクのやり方が逃走だと言いたいのかな」

「いいえ、それは風上先輩の正義が成したことであります」

「……語るまでも無き人の世かな」

 風上先輩は嬉しそうに見える。その風上先輩から出てきた言葉はどこか暖かみがあり、何故か納得ができた。

 風上先輩は再び白パイプの椅子に座ると、手を出入り口へ向ける。

「今日はもうキミ達に教えることがないね。さぁ、馬鹿をやってきなよ。この先は血塗られているからさ」

 出て行って遊んでこいと言っているようだ。

 すると浅野が俺の肩に組んできて、いかにも悪そうな顔をした。

「くっくっく、古代よぉ。俺様に付き合え!」

「は、はぁ?」

 何なのだろう、こいつ俺が好きなのか?

「ダチが少なすぎてつまんねぇんだよなぁ。ガブリエルは反応薄くて退屈しててさぁ。なぁ古代ぉ、俺様と馬鹿をやらねぇか?」

「なんでお前と馬鹿をしないとならない」

「馬鹿は楽しいぜ? ちまちま考えずにおもしれぇことを素直におもしれぇと思えるし、罪悪感なんざ吹き飛んでいく。予想にすぎねぇが、俺様と古代の趣向は大体合っている気がすんだよ」

「そうかぁ? 俺と浅野のどこに共通点がある」

「共通点とかめんどくせぇ! お前も俺様と仲良くしてぇと思ってんだるぉ!?」

「わかったわかった! チンピラみたいに耳元で騒ぐんじゃあない!」

 なんともまぁ面白い男だ。退屈を嫌っているこいつとなら全力で騒げそうと思っているのは確かだが、その俺の心中を感じ取るのは驚いた。

 俺の親友になるかもしれないな。

 浅野は次に皐へ話し掛ける。

「なぁお前も──」

「お前って言わないでください。神灘皐です」

 どうやら皐のNGワードは『お前』のようだ。

「おうわりぃわりぃ。神灘も俺様達とつるまねぇか? 楽しいぜぇ〜?」

「えぇそうですね。古代さんが心配なのでつるまれてあげましょう」

「あぁん!? そこは泣いて喜ぶところだろぉがよぉ!?」

「いいえ、むしろあなたが泣いて喜ぶべきです」

「ああん……?」

「何ですか」

 何故こうもすぐ喧嘩腰になるのだろうか。しかし皐もこんな男に怯まないどころかなにされても可笑しくないことを言う。

 場を動かす権利は浅野に握られた。

「……神灘、お前おもしれぇじゃねぇか! 気に入ったぞ!」

「そうですか、良かったですね」

 皐は見事浅野のお気に入り登録者となった。

 ここで争いが起きなくて安心したよ……。

「あ、フリアエはどうする?」

 そうなるとフリアエが残されてしまうのだが、後ろを向いて確認を取ってみる。

 フリアエは大して変化のない無表情で俺を見上げた。

「わたしは嗣虎の後ろにいる」

 ……恐らく、どこに居ても付いて来るだろう。

「そうなりゃ学校探索だなぁこりゃあ……ギャハハハハハハハハハハハハ!」

 浅野は馬鹿みたいに大笑いをした。

 それまで、ガブリエルはずっと窓の外を見ており、俺はある意味すごいなぁと感心した。

「ティシポネ、どうする?」

「アレクトーの成長具合を観察するいい機会だ。私達も馬鹿をしてみよう」

「もぅ! フリアエって呼んであげなよ!」

「フリアエって……元々アレクトーでしょ?」

 蚊帳の外の姉妹は何やら話していたが、彼女らがいつの間にか馬鹿要員になっているのに気付いたのはすぐである。




ーーー

 平和部から早々に退出した浅野率いる一行は、浅野だけテンションを上げて屋上を目指す。

 浅野の鼻息の荒さは闘牛の気合溜めのような張り切った様子が伝わる。先頭は浅野ですぐ後ろに俺が居て、フリアエを引っ張る形で続いていく。

 経験は無いのだが、臆病な妹を連れている兄になった気分だ。

「おい、屋上にどうして行くんだ?」

 一応取り返しのつかないことになる前に訊いてみると、越後屋さながらの悪顔を見せた。

「出入り禁止の場所に行かない理由があるのかよぉ? くっくっく……」

 だよな。

「浅野、お主も悪よのぉ……」

「ギャハハハハハハ、古代も負けてねぇだろうがよぉ!」


「話は聞かせてもらいました!」


「『何奴!?』」
 俺と浅野の秘密の談話に突如入ってきた女の声。俺と浅野は声を合わせて振り向いた。

 そこいたのは自信に満ち溢れた何かを纏い、この世の面白い悪事を聞き逃さない美少女大将軍──エリニュスであった。

「ふっふぅん! 呼ばれずともその姿現さずにはいられない、寂しさで死んでしまううさぎちゃんとは、あぁ〜! わたしのことよぉ〜!!」

「……フリアエ、お前のお姉様とティシポネの姉さんとメガイラの姉さんがドン引きしてるぞ」

「ふ……、良いんです」

 やり切った快感に浸った顔で歌舞伎役者のような体勢をし、恐らくフリアエとアイザがキレそうな出来事を簡単に受け止めている。

 フリアエの人生狂っちゃう。

「浅野さん、わたし、良いものを持ってるんですよ」

 エリニュスは早速浅野に話し掛け、耳元で囁く。

 浅野の耳がピクピク動いたあと、なにやらすごかったのか、ピエロも怯えるのではないかというほどに大きく口角を上げ、顔に影が掛かるくらいまでゆっくり頷いた。

「なるほどな。俺様は少し勘違いをしていたようだぜぇ? くっくっく……」

「なんだ? どうしたんだ浅野?」

 歩みを速める浅野に訊くが、含み笑いのようなものしか返ってこない。いつしか屋上への扉に着くとエリニュスから渡されたものを取り出した。

「……まさか、それって屋上の鍵じゃあないのか!」

「くっくっく」

「だ、駄目だ。もはや言葉にするのが面倒になった浅野では確たる証言が得られない! エリニュス、もしかして職員室から奪取したのか?」

「いえ、私物です」

「立ち入り禁止の意味が分からなくなったぞてめぇ」

 ガチャリと音がする頃には、エリニュスの持っていた鍵は屋上への鍵だというのは分かってしまい、とりあえず解放感を得る。

「……青いですね」

「太陽が眩しいです! 手をかざして日陰を作ってください!」

「それでは空が見えません」

「私は空などどーでもいいです!」

 皐が空を眺めながらミーザとお喋りをしている。徐々に仲が良くなっているのを確認できて、俺は少し微笑ましかった。

 屋上はとても広かった。学校の設備を支えるような部分があるが、一番意外なのは低いフェンスである。

 フェンスは二メートル越えているとか、そんな安全面をよく考慮した感じではなく、手が胸元の辺りで置けるくらいに低い。おかげで外の風景は綺麗に見渡せるが、うっかりそこからおふざけで押されてしまえば落ちてしまわないかとハラハラする。

 通りで。これは禁止されても仕方がない。

 しかし、そのフェンスにガブリエルは近づき手を置いた。外の風景を黙って眺めている。

 それが絵になっているせいで、俺はガブリエルに視線を向けっぱなしになってしまっていた。

「メガイラ。アレクトーがおかしくなってしまった。何か原因は知っているか?」

「えぇー? フリアエは人の体であれだけ能力つぎ込んだんだよ? 負担が大きくても仕方ないよ。だからああなっても納得かな」

「ふ、メガイラも人の体で相当じゃないか」

「え? あはは……そうだね! あはは!」

 ティシポネとメガイラが最後尾でフリアエのことを話しているのが聞こえる。

 どうやら、フリアエの多重人格について知らないようだ。いや、メガイラは知っているように言っているので分からない。

「浅野さんって楽しい方ですよね! ずっと一緒にいても飽きないかもです」

「俺様は俺様のやりたいようにしかしねぇけどよぉ、お前のような奴ならどんなに後に続こうが引き離すことはねぇ。面白ければそれでいいというこったな」

「素直じゃないんですね、クスクス」

「あぁん? 俺は最初からこうだよ文句あっか!?」

「とんでもありません! そんな怒らないでくださいな」

 エリニュスが浅野と良い感じに会話が出来ていた。

 どうしてだろうか、エリニュスがあんなに楽しそうにしていると不愉快な気分になる。

 エリニュスは俺の……何だろうな、友達ならこんな気持ちにはならないよな。だから……恋の相手なんだ。

 嫉妬……だよな、これ。

 俺はもれなくという訳ではなく、完全に一人であった。一人になるのは風呂かトイレか、もしくは選定のミーザ選びに行くときの徒歩の時間以来だろうか。心が自由になった気がする。

 俺には大まかな選択肢が出来ていた。


一、皐とミーザの中に混ざってくる。
二、メガイラとティシポネからフリアエについて質問してみる。
三、浅野とエリニュスの会話を止める。
四、ガブリエルに話しかけてみる。
五、このまま一人を満喫する。
六、外の景色を眺めて新たな出会いを果たす。


 あるぇー? おっかしいなー。新たな出会いってどういうことかなー?

 脳内選択肢で変なものが出てきてしまったので、自分自身おもしろ半分で六つ目の行動を取ることにした。

 自然とガブリエルの隣に立つことになり、下を眺める。

「あなたは空じゃなくて、汚い方の世界を観るんだね」

 ガブリエルが話しかけてくれたが、その内容に反応せずにはいられない。

「確かに汚いな。でも、素敵なものがあるかもしれないじゃないか」

「ないよ。見たこと無いですから」

「じゃあ俺ともう一度見てみようぜ」

「……だったら見ようかな」

 ……何となくいい雰囲気を作ってしまった俺は、ガブリエルの顔を見ることが出来ず下を見続けた。

 学校の敷地外には相変わらずホームレスやら痩せた体で走り回る子供達、恐らく片方が人造人間のカップルがそれぞれの人生を歩んでいる。汚い家に汚いスーパー、古い家と古いスーパー、値段が高いのばかりの商品を乗せて屋台を引っ張って売りをする人までいる。

 この世界は終わっているが、まだ、人が人として生まれて楽しめる分の時間はある。俺が寿命死する頃にこれが本当の終わりを迎えるのだろうとは、予感が囁いていた。

 何か見える。何かは見た瞬間の状況であるので、それから一秒経過すると何かはより詳細となる。

 女の子が泣いていた。

「ガブリエル、俺帰るな」

「帰るの?」

「ああ。またな」

 居なくなることを伝えられると、心置きなく走り出せた。

 俺は自分のことなど全く視野に入れず、赤の他人を想って行動している。

 こんなおかしなことあり得て良いのだろうか? とかそんな考えはなかった。

 結局、何も考えていなかったのだ。



ーーー

 中学校に通っていた三年生の時、俺はクラスメートからいじめを受けていた。

 俺は人と人の間から産まれた純人間の多いちょっと裕福な学校に通っており、親の影響で親の人造人間への差別を直に浴びて親に染められた子供は人造人間と人の間から産まれたハーフヒューマンを差別するのだが、それに俺が巻き込まれたのだ。

 うっかり美人な母親が授業参観に来てしまったものだから人造人間がバレて、酷すぎるいじめの対象となった赤の他人を放っておけなくなって助けたのが駄目だった。

 俺が純人間だったのならまだ救いはあったが、そもそも俺はハーフヒューマンだ。それがバレてしまってはいつも通り平和に過ごしていた学校生活は苦痛に塗り替えられても仕方がない。

 かと言っていいようにはされていない。やられた分は必ずやり返し、友達も僅かながら作っていった。ただ友達よりもいじめの方が多いので友達付き合いは中々出来なかった。

 教師は大丈夫であった。人造人間の教師がいたりするが、純人間ももちろんいる。その純人間が俺に対しとても教師とは思えない酷すぎる行為に及んだ場合、俺の親の権力で地獄を味わわせたからだ。

 最後の日まで俺は純人間と和解は出来ずじまいで終わった。人は変われなかったのだ、簡単なレールが目の前で当然のように敷かれる人生では特に。

 俺はそもそも変わりたくない。俺は俺を一番誇りに思っているから。

 学校の玄関で自分のロッカーを開け、外靴に履き替えるともうひとっ走りする。

 半分開いてある校門を通り過ぎ、左へ方向を変えて真っ直ぐ走る。

 遠くの方で右手を目に当てている女の子の背を見つけると、ペースを上げてさっさと追いつこうと急ぐ。

 紺色のブレザーと紺色のスカートは見覚えがあり、薄い茶色の後ろ髪には見覚えがある。あの薄さはそこらにいるような一般的なものではない。

 ……ああ、知っている子か。

「お、どうしたんだ?」

「え……わっ!」

 隣に立つくらいまで近付いてから、疲れを見せないようにしながら声を掛けると女の子は驚いて一歩離れた。

 瞳の色だって薄茶色だ。目をかっぴらいているので色が良くわかる。

 きちんと食べているのかと心配するくらいに華奢で可愛くて、いたずらしたくなるくらいに小動物。性格は良くわからない。

「ふ、古代先輩……? どうして……」

「え? 何だって?」

「あの……わ、私……」

「え? 聞こえないぞ?」

「あ……の、どうしてここに……?」

 上目遣いで言われても声が小さいので聞き取れないのだが、ようやく聞こえた質問に数秒の思考を交えながら答えた。

「あー、ここ俺の学校の近くで、たまたま通りかかった君を見掛けてね」

「あの……あの……!」

「なに?」

「去年、学校で助けてくれてありがとうございました……」

「いやもういいよ。気にしないで」

 腫れた瞼にまた涙が溜まる。前にいじめられていたので助けたことはあるが、そんなの一回だけだ。偶然なのである。

「君は二年の来田だよな」

「は、はい……今は三年ですが……」

「泣いてたけれど、何かあったのか?」

「……な、なんでもありません……」

 気張る来田だが、流れる涙は止まらなく、いちいち手で拭っている。

 とても傷ついているように見えた。嬉し涙のようには到底思えない。

 ポケットから黄色のハンカチを取り出して、彼女の目の下に当ててあげた。

「なんだよ、汚れてるじゃねえか。拭いてやるよ」

「……ぇっく。ありがとう、ございます……」

 若干俯いて泣いているところを見られないようにされるが、俺は彼女の涙が止まるまで、地面に泣いたなんてあからさまな証拠を残さないように、涙を奪った。

 事情は聴かないことにする。俺が彼女を助けられるとは限らないし、助けを求められなければ動けない。彼女なりに頑張っているのなら、俺は適当に手出ししては失礼なのだ。

 涙は中々止まらなかった。ずっと、何時間も流れ続け、日は落ちていく。

「来田、泣くなよ」

「ご、ごめんなさい……わ、私……先輩に会えたのが嬉しくて、と、止められないんです……」

「俺が? なんで俺なんか……」

 来田は自分が言ったことを改めて認識したのか、はっ、と泣いているのとは違った赤面をすると、俺から離れるように一歩下がった。

「わ、私ったらうっかり……」

「え? なんて言った?」

 こういうのは必ず聞き逃さない自信があるが、来田だけはあまりに声が小さいのでどうしてもこうなる。

 来田はいつの間にか涙を止めて顔を真っ赤にすると、ぺこっと頭を下げ、

「古代先輩、し、失礼します!」

 なんとも言えないふにゃっとした大声で言うと、背を向けて走り出した。だがかなり遅いので、姿が見えなくなるまで少し長かった。

「……はぁ。……ん?」

 ため息を吐いて首を下に向けると、そこには生徒手帳が落ちていた。

 拾って確かめると、やはり来田のものだ。

「相樺学園中等校三年二組、来田月見ちゃんか……。たまに会うけれど、下の名前知らなかったんだよな……」

 今更追いかけられない。いつか会った時に返そう。

 俺は寮に帰ることにした。



ーーー☆☆

 夜空を見上げながらゆっくり歩いていた。

 そこで星を久しぶりに見かけるので得をした気分になる。今まで曇り空ばかりだったので、こういうのは本当に久しぶりなのだ。

 だが、月は雲に隠れて見えない。数分後にはそれがどいて見えるようになるが、そこまで没頭しているわけではないのでどうでもいい。

 俺の寮は学校の右隣にある。なので学校から左へ向かって帰ってくる時は学校を通り過ぎなければならない。

 それがどうしたと言われれば、こんな夜遅くに制服のまま帰る新入生を教師が見掛けたら不味いかもしれないと思ったのだ。

 慎重に行った方が良さそうだ、そう考えて校門が見えてくると──また星を見つけた。

 いや──星ではない、あれはフリアエだ。フリアエの人離れしている程に白い肌と、暗くても美しく映える白髪が俺の目をそう錯覚させたのだろう。

 フリアエは俺を見ていた。まるで俺が来るのが分かっていたように、なんの感情のこもっていない表情を向けてくる。

 ある程度の距離を縮めると、フリアエは口を開いた。

「嗣虎は一人の方が楽?」

 素直な疑問のようだった。俺は屋上で誰の輪にも入らず一人で行動していたのだから、そう思われるのは当然だと言えよう。

 もちろん否定する。

「そんなことはない。仲良く話してるグループがあれば、邪魔したくないというのは当たり前だろ」

「そう。わたしもそうだから納得」

「だったらこの話はおわりだな」

「……けど、わたしは嗣虎なら構わない」

 フリアエは後ろ手を組んでほんの少し微笑んだが、それが可愛らしくて、女神のような神聖さがあった。

「わたしは嗣虎の恋人。だから独り占めしてもいい」

「フリアエ、そういうのは……」

「大丈夫、嗣虎はわたしの信じられる嗣虎だから」

 そんなことを言われてしまっては、付かない自信など無くて当然だ。

 こういう所なのではないのだろうか、フリアエの良さというのは。

 余所見さえしなければ永遠と素敵な女の子なのだ。

 俺は下心を隠さず、手を差し出した。

「……」

「……」

 フリアエは無言で手を取ると、強く、離れないように握って、俺と一緒に歩き始める。

 ……そっとフリアエが身を預けてくると、ふわりと鼻に香りが漂って、甘い匂いがした。



ーーー

 ゴンッ、ゴン!

 朝、日の光がまだ昇らぬ時間に玄関からノックされる音が響いた。

 隣の布団で眠っている皐、それとミーザは起きる様子はない。

 俺は意識が半覚醒のまま立ち上がり、玄関の扉を開きに行った。

 ちかづくにつれ、体が冷えてしまい震えるが、それは些細なことで向かわない理由にはならない。

「はーい、ってフリアエか。どうしたこんな時間に……」

 自分でもまぁまぁ予想がついていたのか、驚くことはなかった。こうした想像の範囲外の出来事には、とりあえずフリアエが関わるからだ。

「……は……あ……、し、嗣虎……」

「ふ、フリアエ!?」

 フリアエは姿がブレて見えるほど酷く震えていた。目も下を向いてままばたきをせず、瞳孔は異常に小さい。口からはゲロの臭いがする。

 自分の白シャツを力強く握り締め、ゆっくりと呼吸をしている。深呼吸ではない、まるで当たり前のように息を吸って吐くことを、息を止めるような感じでしているのだ。

 ここでは皐にバレてしまうので、フリアエの部屋へ移動した方が良さそうだ。

「し、しし、嗣虎……、こ、これは、その、あ、ごめ、んなさい……」

「大丈夫、少し歩こうか」

 俺は優しくフリアエの肩に触れ、俺はフリアエを歩かせた。

 無人の暗闇の廊下を渡り、フリアエの部屋へ若干壁を手探りしながら進む。

 扉を開いた瞬間に異様な臭いがした。それはフリアエのゲロの少し薄まったものなので、耐えられない訳ではない。

 奥の布団から近くのトイレまでの道筋にゲロの跡があり、入ろうとして跨ぐが、フリアエの足では踏まないと進めなかった。

「座ろう」

 倒れそうな華奢な体が地に着くまで支えると、俺はようやくフリアエから手を離し、向かいに座る。

「あ、あの、しと、ら……こ、これ、耐えられ、ない……」

「うん、ゆっくりでいいから」

「嗣虎ぁ……」

 泣き虫のようにすぐ涙を流し始め、咳をした。

 俺にはどうすればいいのか見当もつかないため、話を聞くしかなかった。

「わ、たし、ゴッド、シリーズの中で、い、いち、ちばん、使用し、しゃが精神崩壊をおこ、す能力をも、ている。だか、ら薬がないと、こうなってしま、まう。こ、ここはわたしの、部屋だ、から、薬があ、あるかと、思ったけど、なか、た。このか、過去にはくす、りがあるかと、思ったのに、ない……! ここ、は、やは、り、別世界だっ、た」

「別世界……?」

「そ、う、嗣虎が拉致され、るのを防いだ時、わた、しは過去に飛んだつも、りだった。だか、ら、薬は、なければおかしい。けど、違う。ここ、は別世界。別世界のわた、しはかんせ、いさせられ、ていた。ここは、みら、い世界だった。過去にはもど、れないものなのだと、気付いた。こ、怖い……! はぁ、はぁ、全員死んでいる! 寿命死をとっくに迎えていた! 浅野もガブリエルもリゴレットの先生もティシポネメガイラまで! 全員! 何万何億何兆年前から死んでいる! 未来! 嗣虎、ここは未来だった! 滅んだ先に滅んだ世界をまた作り直した恐ろしい場所! い、命の価値が、低すぎる! わたし達が関わるべきではない、馬鹿げた程の超能力者が何人もいる! わたしでも、ゴッドシリーズであるわたしでも、どうにもできない……!…………ひっ……もう、やだぁ……。怖いよ嗣虎ぁ……。わたし達監視されてる、全部手の平の上なのぉ! 戻りたい、過去に戻りたい……」

 ……正直になるとだ、俺は完全にフリアエを信じている。よく世間一般の常識だと、本心では疑うのだが『それでも信じるようにしよう』みたいな顔と言葉で対応をするだろう。俺もそのような行動をするのだが、胸の中では何の疑いもなくフリアエの言うことを信じる。

 拉致なんて知らない。過去に飛んだことも知らない。けれど信じよう。

 何故か? それはフリアエが俺にとって、本当は一番大切な存在だからだろうか。

「フリアエ、どうしてそれを今まで話してくれなかったんだ?」

「そ、それは、ここを新しい人生を歩む世界にしようと思った。嗣虎を不安にさせたくなくて、私が耐えれば良いだけだと思った」

「そんなんだから、後が辛くなるんだぞ、フリアエ」

「……う」

 フリアエは気持ち悪さで口をおさえる。彼女は本当に苦しそうで、玉のような汗を畳に落とす。

 俺はそれを不安に感じるとともに、最低ながらもそれに欲情をしていた。

 苦しむフリアエの首筋が色っぽく魅力的でいじめたくなるのだ。

 もちろん、そんな感情は抑える。

「俺に手伝えることはないか?」

「……嗣虎……」

「なんでもいいんだ。俺に出来そうなら、なんでもするから」

「……分かった」

 その提案は通り、フリアエの虚ろな目は少し光が入った。

「嗣虎……本を読み聞かせて」

「……本?」

 意外な要求。フリアエは枕元の隣に置いてあった本を持ってきて、俺に手渡す。

 その表紙はタイトル文字だけ書かれており、『小道散歩の冒険少女』と童話のような印象を持った。

 中身を適当にパラパラめくると、どうやら主人公の少女の一人称で物語が進んでいくようだ。

 一五〇年前に作られた話らしく、当然俺は知らないもの。しかも地の文が少し独特できちんと朗読できる自信がない。

 しかし面白い、フリアエを喜ばせられるのなら覚悟など一瞬で決まる。

 俺はフリアエの布団の上に移動して座り、フリアエを俺の脚の上に乗せようとした。

「嗣虎?」

「……はは」

 小首を傾げて可愛らしい。フリアエは特に抵抗はしなかった。

 そしてフリアエの汗と女の子の甘い香りを近くに、俺は本を開いたのだった。

「……『小道散歩の冒険少女 唯言唯日
 嵐などの騒音もなく、常夏の日差しの暑さ、さらには真冬の寒さすら存在しない日陰小道を歩き、約三〇分。
 私は走ることに対し利益を生むどころか、目的地もなく体力を消費する危険を考え始め、空想を描ける程の余裕を持てるようにして歩いている。』……なんだこの物語。これは朗読に向いている内容じゃないぞ」

「……そう」

「ああ、そうだ。この文章だけでも相当な意味が込められている。例えばこの嵐とか常夏を用いた文は、逆にそれを期待しているという裏の表現が出来ているんだ。これを朗読なんかで理解は出来ない」

「…………そう。わたしもそう思ってはいた。ありがとう、もういい」

 すっかり混乱が治まったフリアエ。彼女は俺の持つ本に手をかざし、畳の上にゆっくりと落とす。

 いつもの無表情に戻ると、少しそわそわとしながらその場を立つ。

「明日まではギリギリ落ち着いていられる分のたくわえがある。だから明日になればまたわたしはタイムスリップをし、元の世界にもどろうと思う。嗣虎がここに残りたいと思うなら、わたしは……エリニュスとアイザを死なせたくない、だからやはり戻る。嗣虎、嘘を言わず、真意を言って欲しい」

 タイムスリップ……とは、どういうことなのか、分からなかった。

 だが、俺は思い出した。俺のパートナーは確実に緋苗で、ホムンクルスなどという人造人間は存在しないのだと。

 そして、ガブリエル……。あれは俺を襲った少女のはずだった。

「フリアエ、分かったよ。確かにここは居心地の良い世界だった……だったけれど、帰らなくちゃな。緋苗が心配してるし、俺が帰らなければならない場所も別世界にある。今すぐ始めようじゃないか」

「──待って」

 フリアエは真剣な表情になると、その場に正座をして俺と向き合った。

「フリアエ……?」

「……嗣虎、皐とさよならの挨拶をした方がいい」

「いやいい。無理だ。そんなことをすれば奴は付いて来る。このままで良いんだ」

「けどお姉様は──あ……」

 強引に納得させたくて、俺はフリアエを抱いて耳にキスをする。フリアエは数秒震えた後、俺の胸を両手で押し戻す。

「あ、あう、そ、そんなこといきなりさ、されても……。こ、心の余裕はない……」

 初めて見たのではないのかと言うほどの赤面。目の端に少量の涙を溜めて震えている。

 その姿はただ可愛い。フリアエにその気はなくとも、俺にはそれがエロく感じた。



ーーー

「……分かった。嗣虎がそこまでするのなら、すぐに始める」

 フリアエは一息、切なそうに吐くと、足を崩して俺にすり寄った。

「服や靴は……今回そこまで力を出せないから我慢」

「……我慢?」

 待った。いや、待ってくれ。どういうことだ? まさか、裸体で転送されるんじゃ──。

 手は俺の腕を掴み、目を閉じる。

「過去には戻れないものだとしても、戻れると信じて……」

 瞬間──身体は破裂した。




 二年前。わたしはどうやって目覚めたのかを知らないまま、生命の活動を真っ白な四角の空間から始めた。

 わたしは白い椅子に座り、白い机の向かいに座る白服で初老の男と対面しており、最初は混乱して何も行動を起こせなかった。

 それに男は臭かったし、わたしと男しかいなかったが、何故かごちゃごちゃしていてうるさい。舌も変な味がしていたし、目だって視界が綺麗すぎて戸惑う。

 伸ばされていた髪が耳に擦れると変に気持ち良く、病衣の裾が肌に擦れても同じで、下半身がきゅぅとなる。

 訳が分からなすぎて自然と涙が流れてしまった。

「熱ッ……」

 それと同時に下瞼に異常な熱さを感じるが、それはわたしの涙の熱だ。

 そうしていると、男はわたしに話し掛けた。

「君。君の名前を教えてくれるかな?」

「……? わたしは……マルリイム」

「……バツか。では、君の目の色は?」

 どうやら質問のようだ。

「……橙色」

「バツ。確認せずに、君の髪は何色か教えてほしい」

「……黒」

「バツ。君の全部の性感帯は?」

「……それは、お答えできかねる」

「君は、自分の設定通りに喋ってくれれば良いんだ」

 男の表情は別にいやらしくも、焦ってもいなかった。それがとても怖くて、正直に口から言葉が飛び出してしまった。

「……頭。目。鼻。口。……耳。首。アンダーバスト。スペンス乳腺。…………腕、」

「君。正直に話しなさい」

「……。…………。…乳首。腹部。背中、」

「違う。もっと簡単に言って良いんだ。君は設定を話すだけでいい」

「……全身……です」

「マル。君の好きな食べ物は?」

「……蛇肉」

「バツ。君の理想の男性は?」

「……穏やかで、仕事をテキパキとこなし、人の為を第一に考える人……? ──違う、そうじゃ──」

「──マル。君の親は?」

「……マーレリー・クルファト、サブエル・クルファト」

「バツ。君の婚約者は?」

「……ゼウス」

「マル。君の能力は?」

「……感知型」

「マル。君の目の前にいる僕の名前は?」

「……分からない」

「バツ。君の好きな色は?」

「白! 白! 白ォォオオオオオ!!!!」

「──ハナマルだ。今回はここまでとしようか。また明日」

 すると、わたしの視界は暗闇となり、体から力が抜けて倒れてしまった。




 次に目覚めると、わたしはどうしてか記憶がなかった。

 目の前には初老の男。部屋の純白の空間に吐き気を催す。

 男はわたしに質問をした。

「君。君の名前を教えてくれるかな?」

「はい。ネメシスです」

「……? まぁバツ。では、君の目の色は?」

「それよりもここはどこだってんです。これはどういうことなんです?」

「……ふぅむ。それは僕の質問に全て答えてくれれば話そう」

「本当ですか!? 約束ですよ? で、目の色は青です」

「マル。確認せずに、君の髪の色は何か教えてほしい」

「銀髪です」

「マル。君の全部の性感帯は?」

「えっとぉ、頭、目、鼻、口、耳、首、アンダーバスト、スペンス乳腺、乳首、ミルクライン、腕、手、おなか、背中、クリストス、尿道、膣、お尻、肛門、もも、膝、すね、足、指。まぁ全身ですよ?」

「……恥ずかしくないのかな?」

「えぇーだっておじさまはわたしのそういうところ既に知ってるんですもん」

「……ふむ、案件だな。君の好きな食べ物は?」

「そうめんでーす」

「バツ。君の理想の男性は?」

「わたしを真剣に想ってくれてぇ、自分の嘘すら嫌いになってぇ、欲深くてぇ、甘えさせてくれてぇ、何度も好きだって言ってくれてぇ、胸の中で泣かせてもらえてぇ、美味しいご飯を作ろうと頑張ったりしてぇ、わたしを気味悪がらないようにする努力をしてぇ、目移りしそうな美女に囲まれても気合いでわたし一筋にしようとしてくれてぇ、最終的にはわたしという存在そのものを愛してくれる人!」

「バツ。君の親は?」

「大地と海です」

「バツ。君の婚約者は?」

「ふっふっふ……未定です」

「バツ。君の能力は?」

「感知と治癒です」

「……バツ。君の目の前にいる僕の名前は?」

「言って良いんですか?」

「いいよ」

「シャドウシリーズのミーザ。遺伝子バンクの橋田純子、柏田刃から混ぜ合わせた実質人間。本体の番号を本名とすれば、56332658号……ですね?」

「……く、こいつ……。バツだバツだ! 次は色だ。君の好きな色を言うんだ!」

「わぁこわい。わたしの好きな色はレインボーですよーだ!」

「ああそうか。バツだな! ではまた明日!」

 本当のことを言っただけなのに、男は怒って部屋から出て行ってしまった。わたしは首の神経から繋がれたプラグにより、意識はオフにされる。

 別に出ようと思えば出られたけれど、そうすれば素敵な出会いが無くなる気がした。



 わたしは目覚めた。知らない真っ白な部屋の中で、わたしの向かいには初老の男。

 男は口を開き、肘をつきながら質問をした。

「君の名前は?」

「……」

「君の、名前は?」

「フリアエ」

「バツ。君の目の色は?」

「金」

「バツ。君の髪の色は?」

「灰色」

「バツ。君の全部の性感帯は?」

「耳」

「……」

「……」

「……バツ。君の好きな食べ物は?」

「無い」

「バツ。君の理想の男性は?」

「悪人」

「バツ。君の親は?」

「知識」

「バツ。君の婚約者は?」

「未定」

「バツ。君の能力は?」

「治癒」

「バツ。君の目の前にいる僕の名前は?」

「56332658号」

「……チッ、マルだ。君の好きな色は?」

「無い」

「バツ。また明日」

 わたしは暗闇に落ちた。




 目覚めると、そこは初めてみる白い部屋。

 目の前には初老の男がおり、質問をするよう。

「君の名前は?」

「アレクトー」

「マル。君の目の色は?」

「青」

「マル。君の髪の色は?」

「白」

「マル。君の全部の性感帯は?」

「全身」

「マル。君の好きな食べ物は?」

「芋」

「マル。君の理想の男性は?」

「仕事人間」

「マル。君の親は?」

「マナカ」

「マル。君の婚約者は?」

「ゼウス」

「マル。君の能力は?」

「感知」

「マル。き……君の、目の前にいる、僕の名前は……?」

「陽介」

「……やっとか。マル。君の好きな色は?」

「白」

「パーフェクト。プラグを外そう」

 男は立ち上がり、わたしの後ろへ移動すると、首に繋がったプラグを丁寧に取り除く。

 その際、神経と繋がった部分を神業で外しているのか、痛みは無かった。

 遂に完全に繋がりが無くなると、今度はポケットから箱を取り出し、剥き出しの中身を丁寧に縫い合わせる。

 麻酔がないので、激しい痛みが襲うが耐えきって見せた。

「行こうか」

「……」

 男がそう言い、わたしは椅子から立ち上がって付いていく。

 忌まわしい部屋から出た瞬間、わたしはついにゴッドシリーズとして認められたのだ。



ーーー

 ──俺は空を見上げていた。太陽の見えない曇り夜空を。

 今まで、というのかな。あれだけ仲良くなった皐、ミーザ、浅野、その他の数々の絆は一瞬で消えた。

 こういうことを前に経験していたからか、心の空洞は、今回の衝撃を通り抜けてしまったようだ。

 思えば短かったようで、濃厚な日々だった。新たな人生が、これから幕開けようとしている寸前で起こったタイムスリップ。凄い経験をしたはずなのに、どうして虚しいのか。

 現実でなければ、夢であれば諦めも忘却も出来たはずなのに、俺の頭にはしこりのように消え去らない。不安はいつまでも残り続ける。

 俺のパートナー……緋苗で良かったのだろうか。出会ったこともなく、歳すらも知らないミーザが、とても魅力的だからだったからだけれども……それは数ある選択肢にいくつも散りばめられていた。

 何も変わっていなかった皐……ピュセルと一緒に居ると楽しかった。居心地が良かった。俺は間違いなく彼女を選ぶべきだったのだ。

 右手に握り締めた屋上の鍵。誰一人もいない空の下、後悔を捨てた。

「……嗣虎く〜ん」

 後ろ、屋上の出入り口から恐る恐るといった感じで声を掛けられ、鉄格子に預けていた体を振り向かせる。

 そこには長年出会っていなかったのではないかと思えるほど、新鮮な気持ちにさせてくれる緋苗の姿。目に残るピュセルの顔が重なるが、あまりに違っていた。

「はは、よく分かったな、ここに俺が居るって」

 ここはフリアエにしか立ち入りが許可されていない秘密の空間。屋上に来ようとする選択肢は緋苗の中に無かったはずだ。

 それを緋苗は苦笑して答える。

「散々歩いて、最後にここにたどり着いたんですよ。例え最初から嗣虎くんがここにいることを知っていたとしても、ちゃんと筋は通してきましたからね」

「何か大変なことでもあったのか?」

「特にないですよ。こんな夜中まで帰ってこない、嗣虎くんのことを入れてもいいんだったら大変かもしれませんね」

 腕時計を持っていないので時間は分からないが、午後の一〇時にはなっていると思う。だが、俺は信じられていなかったのだ。今日は入学式があった日などと……。

「部屋にゃあ、緋苗は居なかったしな。こうして一人になるのもいい気分転換だと思うだろ」

「私が帰ったのは六時です。フリアエちゃんも帰っていたようですし、嗣虎くんも戻るかなぁって思っていたんですけれどね。さぁ、帰りましょう?」

 緋苗に言われては仕方がない。俺は出入り口へ歩いた。


 ──今のところ心を許せるのはフリアエだけ。もう何も信じられない。


 けれど続く。続けていく。


 現実味の薄れた俺の道。きっとこれからなんだと、信じることを一歩から──。







「ふふ、嗣虎くん。面白そうな顔をしてますね」

「なんか変か?」

「私と初めて握手をした時のような、情けない顔をしているよ」



ーーー

 今、寝不足によって使いにくくなったこの体に恨みを持つ。

 四月の下旬、ついに保健体育が始まった。クラスメートのみんなはもちろん俺も黄色のジャージを身に付け、白壁白床のえらく広い体育館にて集合していた。

 教師はリゴレット先生。ハゲで目が険しくて怖そうな先生だ。

 隣の緋苗は周りのガヤガヤに合わせて話しかけてくる。

『あの人道徳の先生じゃなかった?』

『人殺しの目をしてるよね』

『あれでしょ? 最終的にボスになる人でしょ?』

『このハゲぇー! ……リゴレット、わざわざ俺に殺されに来たのか。は、はなせぇ……! もう駄目だ、おしまいだぁ……!』

「嗣虎くん嗣虎くん、男女共同なんですね」

「そうだな、人数が少ないからじゃないか?」

「年頃の男の子と女の子が一緒なんですよ、そこが問題なんじゃないのかな。でも、パートナー同士を考えると妥当なんでしょうけれど」

「別に更衣室は別々にあるんだから良いじゃないか」

「嗣虎くんは隙を見て覗いてきそうですけどね」

「する訳ないだろ」

 何をおかしなことを言っているのか。男なら覗くに決まっている。

 俺の後ろに座るフリアエは特に話している様子は無かったので、俺が構ってやることにした。

「なぁフリアエ」

「何」

「フリアエは体育は得意なのか?」

「普通」

「そ、そっか。小柄だもんな、フリアエは」

「別にやる気がないだけ。興味はない」

 嫌なのかどうか、読めない表情のせいで分からず、この会話を続けて好感度が下がったらどうしようと悩んだ。

 彼女にとって何が嬉しいのか分からない……。

 それを聞いていた緋苗は体をよじる。

「フリアエちゃんは#やる気を出せば__・__#凄いんだよね?」

「……」

 ……ニヤリ。

 彼女の口角が上がった。その表情は見たことがあるもので、恐らく今のフリアエはフリアエではないだろう。

「後悔しても良いのなら」

 対し、緋苗は「ほぅ」と感嘆した。

 彼女には複数の人格が存在している。一人目はフリアエ、よく分からない女の子。二人目はエリニュス、とても優秀だがやんちゃな女の子。三人目はアイザ、こちらもよく分からない女の子。

 そして、やはりだが、この感じは間違いなくエリニュスだ。

「えー、これから体力テストをします。各自プリントを手に、記録を残してください」

 リゴレット先生が喋り出した。ようやく授業が始まったようで、前からプリントがまわってくる。

「はーいどーぞー」

「おー」

 ゆるーい口調で手渡され、俺もそれを一枚エリニュスに渡す。

 エリニュスは無言で受け取った。

「測定機は用意してある。自由行動だ、好きにしなさい」

 すると、リゴレット先生は背を向け、この体育館を去った。

 それを合図に各々は立ち上がり、記録を埋めるため動き出す。

 俺も同じように行動をすることにした。

「嗣虎くん、まだ体が鈍ってるようですね」

「ああ。眠れてないからな」

「長座体前屈をしましょうか?」

「いや、握力がやりたい」

「そうですか、行きましょうか」

 緋苗の心配につくづく良いミーザを選んでしまったなと思いながら、隅の握力計へと歩く。

 そこには男子生徒の多くが集まっており、早速己の力が一番と言い張るような熱い戦いが繰り広げられていたのだった。

「ふんぬっ!」

「三八か、まぁまぁだな」

「い、いや! まだ本気が出せていないだけだ……もう一度ふんぬっ!」

「三六だぞ」

「もう三八でいいよ」

 ミーザではない普通の人間は、中学でも見た当たり前の光景を見せている。

 ではミーザは? そう、ミーザは柄にもなく激しかった。

「私はワールド。好きなものは猫、平和部に入部します……はぁぁ!」

 何故か自己紹介をしながら頭に血管を浮かせる背丈の高い男が一人。手に握る握力計は一万もの測定が可能なもので、そこに表された数値は──。

「きゅ、九〇〇〇だと!? 化け物か!」

「皆さん、怖がらないでください」

 非常に礼儀正しいが、九〇〇〇というのはさすがに……。

「俺はウルカヌス……好きなものはジュース……部活は園芸部に入るつもりだった……けどよ、この俺よりも力がつえぇなんて認めらんねー……。うあああああああああ!」

「おい! こっちは九〇〇二だぞ!」

「『うおおおおおおお!?』」

「私はワールド、はぁぁぁ!」

「ワールドの奴は九〇〇五だ!!」

「くぁあああああああ!」

「ウルカヌスは九〇一〇に上がった!」

「ばぁあああああ!」

「なっ!? 九五〇〇だぁああ!」

「ごぁあああああ!」

「こっちも九五〇〇ぅううう!」

「『わぁあああ! わぁああああ! どっちも頑張れえええ!!!』」

 盛り上がりもまだまだ盛り上がる。いつの間にかクラスメートのほぼ全員が決闘に魅入られている。

 その隣で金髪に紫が混じった一人の男は、

「盛り上がってんなぁ……あ、壊れちまった」

 と、ワールドとウルカヌスと同じ握力計を握り壊していたが、それに気付いていたのは俺ぐらいなものだった。

 場面は変わり、熱き男たちの他に緋苗とエリニュスの戦いも俺ぐらいしか見ていない。

「……緋苗さん、まずは握力勝負、してみません?」

「……うん、いいよ」

 今回初めて出会うであろうエリニュスに、緋苗は落ち着いて対応する。

 彼女の人格は、俺と二人の時以外には隠していたのだが、どうやら譲れない何かがあるらしく表に出てきている。

 正直このエリニュスはフリアエよりも好感が持てる。エリニュスの色々な表情、喜怒哀楽は誰よりも少女らしく、若さ故の魅力があるのだ。

「それではまず、普通に計りましょうか」

 エリニュスは適当に置かれた握力計を手に取り、計れるように操作した後手に力を入れた。

 これは普通の握力計であり、ワールドだとかウルカヌスだとかのようなミーザ専用ではない。

 結果は可愛らしいものだ。

「ふ、一七です。緋苗さんもどうぞ?」

「ええ、そうするね」

 緋苗もそれを手に取ると、少し周りを確認した後に力を入れた。

 数値を確認すると何故か嬉しそうになるが「一八ですよ」と答えたので、一体何が嬉しいのかよく分からなかった。

「緋苗さん! 本気でやってませんでしたよね?」

「え、あ、いや本気だよ? 本気の本番でこれなんだよ?」

「わたしは本気でしたが、緋苗さんは全く本気ではなかったです! もう一度お願いします」

 うう……と困った反応を返し、再び緋苗は握力を計ることになる。

 今度はエリニュスが手加減しないかどうか見張るようで、緋苗の居心地は最悪だろう。

 やがて顔が歪むほど力を入れると、エリニュスがその結果を言った。

「三〇! さすが緋苗さん、わたしよりもお強いですね!」

「あう……か弱き乙女になりたかった……」

 三〇というのはそれほど力強い数値なのだろうか? 

 ちなみに俺は一五〇〇だった。何気に平和部に入ることを意識して体を鍛えてしまったおかげかな。



ーーー

 それからは特に変わったものはなく、一般的なテストが続いていく。シャトルランもあるようだったのだが、そこはミーザなので時間内に収まる訳がなく、握力のような手軽なものしかしなかった。

 緋苗とエリニュスの勝負は緋苗の全勝だった。緋苗の高い身体能力と、貧弱なエリニュス。やはりだが、エリニュスはとても女の子という感じがする一方、緋苗には頼りがいを感じる。

 もしかすると緋苗は守られるようなか弱い存在で居たかったのかもしれない。

「あ、嗣虎さん。今日はこのくらいで終わるようです」

 体育館の端っこで休憩している緋苗と違い、疲れた様子のないエリニュスは人気のない体育倉庫にいる俺にぴったりとくっついている。

 背丈の関係で見下げる形になるエリニュスの銀髪が視界の多くを占めるからか、何の気なしにそれに触れていた。

「し、嗣虎さん?」

 困惑、というよりも恥ずかしそうに見上げる。

 感触はひんやりしていて、霧でも触っているかのようにさらっとし、動かす度にほのかにシャンプーの匂いが漂う。

 エリニュスの耳は赤く、恥ずかしいのだと理解すると、俺はようやく手を離せたのだった。

「いや、別に」

 顔の熱を悟られぬように背けるが、匂いに釣られてなかなか離れられない。今度は爽やかなラベンダーの匂いがほんの少ししたので、再びエリニュスを見る。

「なぁ、香水付けてるのか……?」

 エリニュスが今度は困惑した。

「ええ、あ、はい。ほんの少しだけなんですけれど……キツかったですか?」

「そんなことはない。凄く落ち着くよ」

 これは素直に思ったことだ。前に衝撃的な体験をして、ストレスが溜まっているのかぐっすりと寝付けず気分が優れなかったのだが、彼女の匂いはそれを洗ってくれる。

 前は無臭だった気がするのだが、気のせいでなければ何がきっかけで香水を使い出したのだろうか。

「……あの、嗣虎さん。突拍子もないことを言いますが、わたしとフリアエ達の人格は確かに分かれていますけれど、みんな嗣虎さんに恋してます」

「えっと……ああ」

「だから……その……嗣虎さんの彼女というのは、フリアエだというのは分かっているのですが、別に一つの人格で収まらなくていいと言いますか……」

「……拗ねるのか、フリアエは」

「フリアエは拗ねます」

「そういうことか。難しいなぁ恋人って」

 説明するとややこしいのだが、俺とフリアエは正真正銘の恋人である。俺の認識としてはフリアエの人格が俺の恋人で、エリニュスは別だと思っていた。しかし、フリアエが嫌がるというだけで、絶対駄目ということではないのだ。

 そうじゃないか。例え人格が違っても、全部フリアエでエリニュスなのだから。

「嗣虎さん」

「なんだ?」

「ん。今なら誰も気付きませんよ」

 俺の耳に小声で呟くと、手を後ろに回して目を閉じた。

 興奮と、それを抑えるラベンダーの香りで胸がくすぐったくなりながら、抵抗のない唇に口をあてがる。

 下心から、ではなく、もっと満たされたくなってしまってか、彼女に気付かれないように舌を入れた。

「だ、駄目です……!」

 瞬間、エリニュスは俺の胸に手を当てて顔が離れた。

 てっきりエリニュスなら許してくれると思っていただけに、拒否されると驚くところがある。

 呼吸が荒く、頬をピンク色にして、目の端には涙をためており、妙に色っぽい。

「わ、悪い。嫌だったろ」

「いいえそうじゃなくて……。音を立てると見つかるでしょうし、そういうのは私には刺激が強くて声が出てしまいますので、昼休みか放課後なら大丈夫ですが……?」

 自分が何を言っているのか分かっているのだろう、さらに赤くなりながら上目遣いでチラチラと俺の目を見る。

 そう言えば、彼女は敏感な体質だと話してくれていた気がする。誰にも身体に触れて欲しくはないが、俺ならば触ってもいいとやら。

 それならば胸も触りたいなぁ。貧乳のようでそうでもない彼女の上品な胸を、不慮の事故で揉みしだく野郎共のラッキースケベよりも先にこの古代嗣虎が頂いていたという事実を作りたい。

「……そうか。じゃあ、屋上?」

「校舎裏にもそういう場所はあるんですが、屋上が良いですか?」

「絶対邪魔されたくないんだけど」

「……欲深い人」

 いつものエリニュスなら余裕たっぷりでからかってきたのだが、どうやら今回はそれがないようだ。

 それほどまでにエリニュスにとってのキスとは興奮するものなのだろうか。

 劣情が冷めるとふと考えてしまった。

 エリニュスは人造人間、一般的呼称でミーザなのだが、その中でも彼女はゴッドシリーズと呼ばれる最高級のミーザだ。国が造った世界を平和にする力を秘めており、人間よりも価値があるようなもので、もしも粗相をしでかせば最悪死が待っている。

 そんな政府のミーザとも呼べるゴッドシリーズに、恋人が出来たなどと一度も聞いたことがない。ゴッドシリーズは結婚をするのか、赤ん坊は産めるのか、恋を知っているのかすら不明で、そもそも学校から卒業するとどうなるのかも分からない。

 俺は謎と威厳を持つミーザである彼女と恋人になってしまった。であれば、もう少し丁寧に接した方が良いのだろうか。

 エリニュスは火照った身体を冷やそうとジャージのファスナーを下げ、真っ白なシャツを露わにしようとした──が、それはお腹辺りで止まった。

「……」

 どうしてかエリニュスが俺を睨んでいる。ガチの睨みではなく、少し柔らかさの混じったものだ。

「ど、どした?」

「……嗣虎、わたしではないのにキスした」

 ……エリニュスはフリアエに切り替わっていた。ファスナーを上げて全て閉め切る(ああ! 透けて見えそうだったブラジャーの形がぁ!)と、左腕に右手を当てた。

 フリアエとエリニュスを見分けるポイントは、エリニュスは声音が高く丁寧で俺をさん付けで呼び、フリアエは声音が低く俺を呼び捨てにするところだ。

「えっと、エリニュスもフリアエみたいなものじゃないか。フリアエを好きならエリニュスも一緒なのかなぁ……なんて?」

「違う、わたしと彼女は別人格。だからわたしが嗣虎の彼女」

「……嘘だろ? フリアエとエリニュスはセットみたいなものなんだろ? フリアエの言うとおり、フリアエの時だけ俺がかっこいいところ見せようと頑張ったら納得出来ないんじゃないか?」

「……」

「本当はフリアエも、エリニュスも、そしてアイザも、みんな大切にして欲しいんじゃ……ないのかな?」

「……むぅ!」

 珍しくもフリアエは左頬を膨らませ、赤くなりながら怒り始めた。

「嗣虎はそういうとき、優劣を決める。わたしよりエリニュスの方が好みだと考える。不公平、嗣虎の恋人はこのフリアエだけでいい!」

「俺フリアエもエリニュスもアイザも好きだぞ」

「それは嘘」

 なんの躊躇いもなく嘘だと言い切るフリアエに、これ以上言い争っていても俺の望む結果にはならないように思える。

 ここは一旦どうすればフリアエが納得するのか考えるべく、時間を置くしかない。

「いや好きなのは好きだが、それとは別に愛してるから。なんとなーく優しい時は優しい、お前を愛してる」

「……知らない。勝手にすればいい」

 俺はついにそっぽを向かれてしまった。

 そうかそうか。勝手にすればいいねぇ……。

 再び周りを確認すると、どうやら俺とフリアエに気付かずに自分達のことで一杯らしく、まだフリアエと何か出来そうな時間がある。

 特に今の状況で出来ることなどない。キスだってリスクがあるのだから、安易に連続でしようとは思えない。

 しかしエリニュスとはキスをしたが、フリアエにはまだしていないから怒ってきそうだな……。

「……」

「フリアエ、こっち向いて」

「……ふん」

 ……多分空気を読んだ。フリアエは俺と面を合わせて目を閉じる。

 そこで改めて彼女の肌の白さときめ細やかに整った顔の形、深く濃い青い瞳を至近距離で見れて凄い美人と付き合ってるんだなと思う。

 お姫様のようなかわいい唇はお子様の味はしなかった。




ーーー

「──ということで昼休みになりましたね、嗣虎くん」

 保健体育が終わるとすぐに昼休みとなる。一、二、三校時目は既に終わっているので、さっきのが四校時目だったのだ。

 教室に戻るが休み時間であるのに席に着いている自分自身に疑問を持つが、まぁいい。

 二人用の席で俺のすぐ隣に座る緋苗はいつも通りの自然な笑顔を見せながら、鞄から弁当箱を取り出していた。

「あ、弁当だ。そういや緋苗は朝早くからそんなの作ってたっけな」

「もちろん嗣虎くんの分もあるんですよ。はいどうぞ」

 それは俺に手渡され、手からやたらと重さを感じる。どれだけ入っているのやら、俺は大食いではないのだが。

「ねぇねぇしとら! 一体中身はどうなってるんだろうねー?」

「いやわからない──って……フリアエ?」

「ううんちがうよー? 久しぶりだねしとら」

 背後からゆるゆるでふわふわな大きな声が聞こえて振り返ると、そこにはフリアエが居た。いやフリアエの外見はしているのだが、どうにもフリアエらしくない。またエリニュスでもなければ、俺の知っているアイザでもなかった。

 これはフリアエの姉のメガイラではないだろうか?

「もしかしてだけれど、メガイラか?」

「それも違うんだよね。ふふ」

 であればフリアエだろうか? フリアエには三つの人格があるから、それのどれかである可能性が高い。

 フリアエ、エリニュス、そしてアイザ。あ、三人埋まってんじゃん。

「あのねしとら。わたしには三つの人格があるんだよ。今この場ではクラスメート達が食堂に行ったりするから話すけれど、フリアエ、エリニュス(仮)、このわたししかいなくて、アイザは存在しないんだよね」

「私にそれを聞かれていいの?」

「緋苗さんはなんでもお見通しだもん」

 彼女は今まで隠してきた多重人格を緋苗にあっさり明かすが、そのまま話を続ける。

「それで、しとらはわたしが誰だか分かるよね? あの時の一人称はわざと『あたし』にしてたんだけれど」

「あー、もしかして、入学式の後に会ったか……?」

 何週間か前にテンションの高いフリアエに会った気がする。頭の片隅に残っていた記憶を再生してみた。





『しーっとら! お待たせ!』

 とんでもなく可愛い声がすぐ耳元で聞こえ、あわてて振り返った。

 そこにはにっこにこなフリアエが居た。目隠しの布を左手に持ち、この学園の制服を着ているので間違いなくフリアエだろう。
 テンションがあまりに不似合いだが。

『フリアエ……? えらい早かったな』

『あのね、メガイラとティシポネの姉さんが頑張ってくれてるから必要なくなったの! だから待ってくれてると思って急いで来たよ!』

 雰囲気がフリアエのものではないのだが、喋り方がフリアエみたいだ。確かにフリアエとは違うが『だから』の使い方がフリアエそのものである。

 それに変わると言っていたから、これがフリアエなのでは……?

『それでどうだった? ゴッドシリーズらしく出来てたかなー?』

『そりゃあもちろん。見惚れたぜ』

『よかったぁ。ティシポネの姉さん以外はああいうの嫌いだったんだけど、しとらが居てくれたから頑張れたんだよ。実はね、しとらを見かけた時からビビン! と一目惚れだったの。しとらだからこそ、嬉しいこともあるから、その、ご褒美としてキスさせて……?』

 恥ずかしげもなく……という訳でもなく、頬を赤く染めながら、しかし視線をそらさずにそう言う。

 その時になって髪の長さが若干長くなっていることに気付いて、それでもフリアエだろうと思ってキスをしたくなった。

 どうしてだろうか、妙に好きになれる。

『フリアエがそうして良いなら、俺は……したい』

『うん──これは当然のキスだから』

 そうして、俺はフリアエの肩に手を置き、俺とフリアエは見つめ合ったまま唇で触れ合うことで体に熱を注ぎ合う。どちらともやめる気は無く、誰かに見つかるまで続ける気であった。

『しとら……どう? どんな感じ?』

『フリアエはこんな色っぽいキスはしない。ストレートな愛情をぶつけるキスしかしないぞ』

『しとらに喜んでもらいたいだけだよ』

 だが、気持ちの相違で唇は離れる。フリアエは興奮で目の端に溜まった涙を俺のブレザーにこすりつけて拭いた後、間近のまま離れず見つめ合う。

『しとらのこと、骨抜きにするのはあたしだから』





「ぴんぽーん! よく覚えててくれたね!」

 彼女の喜びようと言ったら大げさなほどで、記憶に残る残らないにそこまで執着できるものなのか。

 しかし本当にフリアエの別人格だとしても、彼女が長い期間俺と顔をあわせ無かったのはどうしてだろう。

「わたしの名前はディーラエ。ううん、そうとも限らないかなー。うーん、わたし自身フリアエとエリニュスとは別の思考をしてますから、どう協力をしてどんな計画を練っているのか相談しないといけませんからねー」

「と、ところでだ。本当にお前がフリアエの別人格だとして、どうして今まで俺と会おうとしなかった?」

 そう言うとディーラエ? は天井に向けていた顔を俺に戻し、こめかみを右の人差し指で叩く。

「それはですねー、わたし達は一定時間でしか表に出られないから入れ代わりをしなくちゃならなくて、しとらと会わない時間帯は大体わたしが担当してるんですよねー。ほら、しとらにとっての恋人はフリアエじゃないですかー? なんでー、こうして会えていなかったんですねー」

 さっきまでのハイテンションはみるみるゆるーく、ふんわりとしたものになり、今まで俺はメガイラメガイラと俺以外にはもはや誰のことか分からないことばかり考えていたが、メガイラとディーラエは確かに似ているのだけれどディーラエは馬鹿の娘って感じがした。

 で、今のディーラエの話だと、彼女をフリアエの多重人格の一人だと認めなければならない。

 そういうことであるならば、俺はどうやって付き合っていけばいいのだろうか。

「それで、ディーラエは俺に何の用だ」

「えーと、明日からメンテナンスがあるかもしれませんから、しとらと会えなくなるかもしれないんですよー。あ、でもー! 代わりのゴッドシリーズがわたしの分まで学校に通うので、そこはしとらの楽しみなのかなぁーて思いますー」

 ……つまり、俺に報告しに来ただけだった、と。

 それにしてもディーラエは可愛いなぁ。フリアエの容姿と顔にぴったりな性格をしているせいでとても魅力的だ。

 フリアエは微笑んでいる姿なんか最近見せていないから、ディーラエの笑顔が新鮮すぎて、ドキドキする。

「そっか。寂しくなるな」

「わたしも寂しいー! だから、しとらにおまじない掛けてあげるね」

 ディーラエは後ろから体を傾けると、俺の右頬に顔を近付けてキスをした。

 俺はキスをされた。

 久しぶりに彼女の方からキスしてくれた……。

 確か、フリアエの部屋で膝枕をしてくれた日以来の出来事である。

「……ふふ、恥ずかしいなー……。」

「ディーラエ……」

「しとら、また放課後に会おうね」

 ディーラエが小声でそう告げると、パッと俺から離れ、手を振りながら教室を出て行った。

 それを静かに隣で見ていた緋苗は、何事も無かったように弁当箱を開けていた。

 俺とディーラエのやり取りを見ていたとしては、あまりに落ち着いている。

 少し居心地の悪さになんとも言い出せない俺に、緋苗は話し掛けた。

「色々とややこしい子ですね、フリアエちゃんは」

「……まぁ、可愛いからある程度は受け入れられるけれど、正直疲れてた」

 その気は無かったのだが、口から愚痴が漏れ出す。

 フリアエとの日々に飽きが来ているのかもしれない。

「変なこと訊いてもいいか?」

「かまいませんよ」

「俺とフリアエは付き合ってるんだよな?」

「嗣虎くんはそのつもりではないんですか?」

「あ、えっと、付き合えて……ないかも。俺、フリアエに特に何かをしようと自発的に動いたことあまり無かったし……」

 どちらかというとフリアエから行動していたような気がする。フリアエの要求にしか応えてないし、果たしてフリアエのことをきちんと想っているのかどうか。

「それは酷いですね。そうなら一旦別れてみるのはいかがですか? 悪気はないんですが、嗣虎くんとフリアエちゃんの相性は良くありませんからね」

「どれくらい悪いんだ?」

「月と太陽くらいですよ。嗣虎くんは特に目的を見いだせないけれどどんな衝撃を受けても崩れない鉄塔だとすれば、フリアエちゃんは例えどんなものが相手だろうと真正面から挑み、受けて立つ止まらない徹甲弾。こうと決めたら絶対に曲げない鉄塔に、絶対に曲げてやると、風穴あけようと、そうして放たれた徹甲弾が向かい合ったらどちらかが信念を捨てなければならないんですよ。難しかったでしょうか?」

「……いや、そういう似たような話はしてたから分かるよ」

 一向に減らない弁当。それを見ながらふと思い出す。

 今は遠き穏やかな日々。毎日が楽しくて、帰る間際には花園の花一輪を思い出の品としてもらったあの楽園。

 俺の中心となっていた魂の安息となる場所とは無関係のフリアエは、あまりに初体験であり、気が合わない。

 今まで仲を深めた人達は落ち着いており、会話も互いに反対をせずどちらとも頷いてより良い方向へと持って行けた。

 しかしフリアエとはまともに会話をする機会がないように思える。フリアエの一方的な意見を聞いていたり、予想も付かない程の優しさに触れたり……。

 そうだ、フリアエは優しいのだ。なんとなくだが、フリアエは優しい人間なのだ。

 俺とは別ベクトルで……。

「……それが本当、違いすぎるんですよねぇ。確かに正義で例えても人それぞれですけれど、真逆の正義がくっつくのは心配ですね。嗣虎くんはどうして付き合ったんですか?」

「そりゃ、好きだからじゃねぇの?」

「フリアエちゃんはそれを嘘だと言ってますね、違うんですか?」

「俺は、フリアエ好きだぜ。背が小さくて細いから可愛いくて、くりっとした目は猫みたいで、笑うとドキッとして、怒っても別に怖くなくて、最近良い香りもするし、好きにならない方がおかしい」

「それでも好きじゃないから嘘なんでしょう?」

「あー、これって好きの内に入らないんかな……」

 フリアエの外見は、色以外は嫌いではない。内面の信念っぽいところは俺は好きだし、俺の嫌なことをフリアエは一度もしていない。

 俺がフリアエを好きな理由の内に、小さくて可愛くて子猫みたいだからというのがあるが、それが駄目なのだろうか。

「嗣虎くん、ミーザのことをきちんと視野に入れていますか? ミーザとはコーディネートされた生物のこと。人間ではないけれど、人間を模して造られた人造人間。性格も身体も全部第三者から造られた自分自身を持たない魂無き存在なんですよ。外見が好みになって、ミーザにそれを理由にして好きだと話しても、相手はちっとも嬉しくないんですね。かといって中身が好きだと言われても、そう造られたのだから自分自身に言われているとも思えない。彼ら彼女らミーザにとって、過去はシナリオ通りにしか進んでいない人形劇……未来にしか居場所がないんですよ。フリアエちゃんと恋人になるというのであれば、全力で考えてあげてくださいね」

 特に怒っても、呆れてもなく、あくまで普通のことを日常会話かのように語る緋苗。彼女もまたミーザだからか、俺はそのことを少しも疑わなかった。

 大人でもない一五歳の俺が恋愛を語ることなどできないし、悟ることも無理である。緋苗の考えの何を否定できるのだろう。

「緋苗にも何かそういう経験があったのか? 他人事のようではあるけれど」

「私ですかぁ。特に何も。引きこもり体質ですから」

「緋苗はどんなミーザとして造られたか気になる」

「……ミーザねぇ。私はミーザというより、人造人間として生まれたような気がしますね。性格は平凡とか普通で、腕力も特別あるわけでなく、本当は魔法みたいなものも使えない、人間に近けれども人に造られし人間……」

「緋苗は魔法が使えたのか……?」

「ふふ、おかしいものですね。普通なら、もう嗣虎くんには私の能力を知っていても良い程日が経っているはずなのに。世の流れを考えたなら、概要も嗣虎くんと私が中心のはずで、主人公は嗣虎くんでメインヒロインが私で、今頃何かの悲劇に遭遇して解決しようとする最中犠牲者を出しながら人として成長していて、正義という悪がさらなる惨劇を起こし、今この時からフリアエちゃんは精神の寿命で政府に返送され……男達の良いオモチャになっていたでしょうに」

「……!」

「何がここまで狂わせてしまったのか。私は不覚にも楽しい、と感じてしまっているんですよ。こうして美味しそうなお弁当を手元に置いて、恋ではなく、久方ぶりの友情を隣に置いて、気持ちを解いて身を軽くして……ああ気持ちいい」

「……俺、何もしなくても良いんじゃないか」

「それはもっとおかしいですよ。嗣虎くんはかなり早い段階で自分を捨てたんですから。私は思いましたし、事実であると思うのですが、嗣虎くんはバリューで最愛の女性を捨て、興味と好意を持って私を選びましたよね。それって一番好きな人だったってことなんですよ。それを、それをまた捨てた。軽い気持ちが嫌いな嗣虎くんに、連続で捨てさせた……ふふふ。おかしくておかしくて、笑わないと我を見失いそうですね。でも、フリアエちゃんはもっと不幸の身の上。誰よりも恥ずかしがり屋なのに手段が少なく、失敗は自分の未来が一瞬で絶望に塗り替えられる。これもダメ、あれもダメ、それもダメ、気付かれるのもダメ、知られるのもダメ、友人もダメ、食べ物もダメ、薬もダメ、寝るのもダメ、起きるのもダメ、安定もダメ、不安定もダメ、生きるのもダメ、死ぬのもダメ。よくやっていられるものですよ。そう、今頃ならば、本当は、「あ、アレクトーさん居なくなりましたね」と私が話して、「お、そうだな。でもあんな律儀で明るい人がいなくなると、寂しくなるな……」と別れていたんですよ。ええ、フリアエちゃんの人格は多重人格ではなく、一つの完璧な人格で生活を送るはずだった。壊れるまで爆弾のような人格を止めずに保ち続け、精神を殺し、政府に送り返されなければならなかった。アレクトーはゴッドシリーズの面子の為に完璧を演じ、実験型の負荷を考慮させず壊れるまで……しかもたったの半月で壊れるほどの能力と、別にやらなくてもいい感覚機能の強化をして、最後は秘密裏に欲求不満な研究者の解消道具とされる流れで。主軸となるはずだったエリニュスは恐怖のあまり逃げ道として精神の抜け殻を用意して崩壊を防ごうとした。だからこそ保てた数年間。未だに実験型のエウメニデス三号は続く四号を生まれさせず、半月の実験を数年伸ばし、いつまでも壊れず量産型を作り出さず、問題点をわざと作り解決させる途中をいつまでもいつまでも。メンテナンスなど大猿狩りに出掛けるようなものですよ。そんな彼女の苦労を理解できるのは私だけ。姉のティシポネ、メガイラは知らずに実験されたまま、しかもティシポネは楽しんだまま。フリアエちゃんが苦しんで倒れていても政府に報告してはならない。フリアエちゃんが死にたくなっても殺してはならない。フリアエちゃんが精神を壊しても新しい人格を作ってあげればいい。私はフリアエちゃんの強さを充分理解しているんですよ。環境が弱者にさせたフリアエちゃんの心は、例え弱くてもそれが強いものだと理解できるのは私だけ。──ごめんなさい。長く生きているとお話の長さとか短さとか、よく感覚的に鈍くなるんですね。あはは、短いでしょ、お話」

 緋苗はそう言った後にこっと笑みを作り、鞄から箸を取り出した。

「フリアエちゃんがもし心の支えを今月の四月に得られなかったとしたら、まず限界が来てどうしようもなくなる。フリアエちゃんのフリアエの人格では問題が起きるのは必然で、きっと中学の転入の時もいじめがあった。ゴッドシリーズでもフリアエちゃんは政府に頼れなかったから、そのよく分からない人格に対し思春期の子供は自由にいじることができた。エリニュスは言わば爆弾のように精神の崩壊を速めるから多用はできないはず、だから普段はフリアエちゃんのような落ち着いていて強い人格を主として崩壊を防ぐほかなかった。でも政府にそのことがばれるのは非常に不味い。きっとその中学にはセットとしてティシポネ、たまにメガイラが通っていたはず。ティシポネは政府を信じているからフリアエちゃんの異変に気付くとすぐに報告するだろうから、フリアエちゃんはそれを防ぐため耐え忍ぶことに強いフリアエを控え、エリニュスが表に出てくる長い期間があった。そこで人格の崩壊が来てしまい、ローテーションをしなくてはならなくなったと思う。フリアエちゃんが学校を担当し、エリニュスが政府に対し異変に気付かれないために完璧を演じる。その時にはまだディーラエは造られていない、いえ、ディーラエは元々造る必要さえなかった。これはきっとフリアエちゃんが死人の人格を取り込むことによって生かされている人格の可能性が高い。ディーラエを除くフリアエちゃんとエリニュスの二人は、その過酷な環境を生き抜いてきたことで、双子の姉妹のように深い絆で結ばれている。だからフリアエちゃんはエリニュスを嫌わないし、エリニュスもフリアエちゃんをなんだかんだ大事にしている。同じ体に二つの心があっても、嫌悪どころか好意を持っている様子ですから。しかし、これは高校までが限界、限界は手遅れとなる。壊れることが前提のエウメニデス三号が壊れることをヘラさんも知っていて、可哀想だからと嗣虎くんに託した初めての寮の出来事。もし嗣虎くんと一緒になれなかったとしたら、フリアエちゃんは精神よりも命を優先し、フリアエちゃん、エリニュスを殺した後、優等生の人格を造るつもりだった。しかしそれも長くは続くはずもなく、きっともう壊れきってしまっていた。だからフリアエちゃんは嗣虎くんと恋人で居続けなければならない。フリアエちゃんが心を許せる、弱さを見せられる好きな人が必要だから。しかも自然と恋をしてしまった相手が、一番欲しかった。命懸けの恋の前で、私は何も言えることはない。だから私は本当はメインヒロインではない。そう、私は命懸けとは無縁、人殺しになる条件を理解している皮肉なメインヒロイン……。せっかく見込んだ男を見逃す甘い少女が私ですね。────私はミーザのくせに」





 ……今日、俺が印象に残ったのは緋苗の話ではなかった。

 明らかに狂っている緋苗の狂い方が穏やかなのが、妙に好きだったのだ……。



ーーー

 一日の学校の終わりに近づき、ホームルームが始まった。

 さっきまで後ろに座っていたはずのフリアエの姿はなく、俺は不思議と何かが変わり始めている雰囲気を感じる。

 教壇に立つスキンヘッドのリゴレット先生は教室の入り口に視線を向けた後、声を張った。

「いきなりで混乱するかもしれんが、特別生徒であるアレク……コホン、フリアエが研究機関にしばし帰らなければならなくなった。よってこのクラスの特別生徒の代理として、二人のゴッドシリーズのミーザがたった『今』到着したので紹介しようと思う」

 その情報にクラスメート達の声は、

『え? フリアエさんいないの!? 私結構好きだったのに……』

『マスコットの居なくなった一組って感じだなぁ』

『あれでもオレ達が誇れる特別生徒だったよな?』

『割と寂しいね』

『睨むくせに普通にありがとうとかごめんなさいって言うのがすごく魅力的だったな』

『仕草も可愛いかったよね!』

『ってフリアエはもういないのか』

『実は俺、あいつに勉強教えてもらったことがあってさぁ』

『なんか自分で焼いたクッキーとか持ってきてて、それお願いして食べさせてもらったときはすごく美味しかったよねぇ……』

『意外とあれですげぇ料理上手なんだよ』

『ハムチーズカツとか食わせてもらったぜ』

『私はハンバーガーを半分こしてもらったよ!』

『プリントで指切った時には絆創膏貼ってくれたっけ』

『笑った顔見たことなかったから、帰ってきたらなにかしてあげようか』

『髪結っておさげにしてくれたことあったね』

『あんなので計算してやったことじゃないんだから好印象だわ』

『私のいじめ相談受けてくれたことあってね、フリアエちゃんも色々あったらしく親身に乗ってくれたんだよ〜寂しいわ〜』

『他クラスの特別生徒の方が話しやすかったけど、フリアエの方が接しやすくて良かったな』

『フリアエさんの字がね、ゴッドシリーズとは思えないほどに
可愛いの知ってる?』

『あ、知ってる〜』

『寮で会った時、襟元直してくれたことあったよ』

『猫に餌あげてるのも見たことあるなぁ』

『黒板掃除するときにはぴょんぴょん跳ねててさぁ』

『怖い先輩に絡まれたことあってね、フリアエさんが助けてくれたんだよ』

『案外古代とくっついてるだけじゃないんだな』

『古代君とはカップルみたいだよね』

『まさか。あのフリアエが古代と?』

『けど意外とお似合いなのがなぁ。ないだろうが』

『ていうかフリアエが嫌いな奴このクラスにいねぇだろ』

 あまりにも騒がしいようで、リゴレット先生は話を進められず咳払いをした。

「……えーでは、えー、二人を教室に、えー、招きたいと思う。えー二人ともとてもえー個性がえー強いのでえー偏見などはしないように」

 先生も動揺はするようで、言葉に詰まりながら話を終えると、入り口の扉が開いて二人の少女が中に入る。

「ふっふん。これからこれから」「……あまり騒がないで欲しい」「なに言ってんですか、今日からわたし達は未来を獲得したってんですよ、やりたいことやりますがな〜」「本当にお願いだから」

 なにやら二人は小声で会話しており、俺の耳には届かない。

 黒板前に立つとクラスメート達へ顔を向けた。

「ふふ……」隣で緋苗の笑う声。

 二人の特別生徒は二人とも少女だ。身長が二人とも一緒で、顔もほぼ似ており、肌の色さえ差がない。だが髪と目の色は違うし、髪型もそれぞれである。

 一人が喋った。

「皆さん、授業お疲れ様です。わたしはフリアエの代理としてこのクラスの特別生徒に選定された、ゴッドシリーズのネメシスと言います。長い長〜い付き合いになると予感が知らせてます、長く長〜くよろしくお願いしまーす♪」

 涼しさ感じる薄紫の長髪、ポニーテールにして。ブレザーを着けず我が校の制服のワイシャツの上から黒いカーディガンを羽織り、スカートも巻いて短くして、プチ不良の服装をした彼女ネメシスは、最後に浅い青紫の瞳を俺に向けて頭を下げる。

 その姿、声は聞き間違えることなくエリニュスのもので、エリニュスがやりそうな格好だ。

 一体何がどうなっているのか。

 もう一人も喋る。

「……わたしはフリア。フリアエの代理として特別生徒になる。だからあなた方とは長く付き合うことになれば、学校行事も共にする。……気軽に呼びかけてもらって構わない」

 フリアエだ。

 あー、これフリアエだろ。

『あれフリアエだろ』

『フリアエさんじゃん』

『フリアエだな』

『結局帰らないんじゃん』

『居なくならなくてよかったー』

『まんまフリアエ。色以外まんま』

『うちのマスコット枠は健在だぜ』

『また他クラスと張り合えるな』

『可愛さならフリアエ、いやフリアが最強だからな』

『しかし、なんかフリアエさらにかわいくなってないか?』

『確かにー。あんな綺麗な金髪、憧れちゃうなぁ』

 フリアの挨拶になるとクラスメート達は再びがやがやとしだし、リゴレット先生を困らせる。

 フリアは癖っ毛一つないさらっとした黄金色の長く綺麗な髪に黒いキャップ帽を乗せ、多くの宝石の中から選別された最高級のルビーを埋め込んだような深く赤い瞳をしている。

 しかしフリアはそれに納得がいかなかったのか、黒キャップを外して、手首に結んであった黒い布で自分の目を覆うように結んだ。

「『ああー!!!! やっぱりフリアエだぁー!!!!!!!!!』」

 流石に普段から目隠しをする生徒など一人しかおらず、みんなは九九パーセントの推測を一〇〇パーセントへと変えた。

 その受け答えに対し、フリアは口を押さえて笑うと、黒キャップ帽を横に投げ、俺の頭の上へと着地させる。


 フリアは愛されていた。




ーーー

 放課後、すっかりクラスの人気者となってしまったフリアに、クラスメート達は男女問わずフリアの居る俺の後ろの席へ集まられた。

『すっごく綺麗な金髪だね! これどうやったの!?』

「……ネメシスにしてもらった」

『研究機関に帰るって結局どういうことだったんだよ。教えろよ』

「……学園長と話をした。フリアエが研究機関に帰ったという表の設定をしてもらったあと、ネメシスとメリアスを特別生徒に入れるようにするための口実」

『メリアス? 特別生徒は三人なんだ?』

「そう。今は精神状態が危険だから休んでもらっている。明日から会える」

『ねぇねぇ、目を見せてよ!』

「……少しだけだから」

 そうして目隠しを外すと、またあの深く赤い瞳が見え、クラスメート達がまじまじと見つめる。

 それを隣に座るエリニュス……違うな、ネメシスがつまんなそーに見ていた。

 ネメシスはやがて俺の視線に気付くと席を立ち、髪を弄りながら俺の前に移動した。

「しぃちゃん、お疲れ様です」

「……しぃちゃん?」

「ええ、嗣虎さんのままでは親しい関係に距離を感じましたので、これからしぃちゃんと呼びますね!」

 ニックネームというやつだろう。初めてそんな風に呼ばれた。

「フリアはまだ時間が掛かりそうですので、もう行きましょうよ」

 急かすネメシスに腕を掴まれ、席を立たせられる。このままだと緋苗を置いていってしまうことになるのだが、

「あ、行ってらっしゃい」

 と緋苗が言うので、俺は鞄を持ってネメシスの思うままに歩き出した。

 クラスメート達に囲まれるフリアは俺が離れると「あっ……」と明らかに落ち込んだ。

 がーん。そんな効果音が頭の中で流れる。

「なんかフリアがこっちを羨ましそうに見てるぜ……?」

「プラスとマイナスでマイナスではないですから無視しましょう」

「なんのプラスマイナスだ……」

「ああいうのが恋愛物語の敗北者なんです。いいから出ましょう」

 ネメシスは俺の腕を離して教室を出てしまった。

 さて、俺はこの状況、どうするべきか……。


1、ネメシスについて行く。
2、フリアを迎えに行く。
3、緋苗を連れて行く。

 ……ん? 行動が狭いな。もっと選択肢を増やすか。

4、メガイラに会いに行く。
5、クラスメートと話してみる。
6、新しい出会いを求めて中等部へ足を運ぶ。


 よし6だな。俺好みの若い女の子がいると良いんだが……。

「もう! ぼーとしないでくださいな!」

 しかしネメシスにまた腕を引っ張られ、俺は結局ネメシスについて行くことになる。

 はぁ、ロリータ……。

 ネメシスから香るラベンダーの匂いで気分が落ち着く頃になると、俺達は屋上ではなく、校舎裏でもなく、来慣れた部室の前に着いた。

 ネメシスは浅い青紫の目を閉じ、深呼吸をする。

「どうした、エリニュス。らしくないな」

「ネメシスって呼んでくださいな。……ま、もうアレクトーではないですからね、わたし」

 やがて取っ手に手を掛けると、扉を開いた。

 中は相変わらずの白の空間であり、デブで眼鏡をした先輩がパイプ椅子に座っている。

 俺達が中にはいると、デブ先輩はこちらに目を向けた。

「おや、古代君と、その子は誰かな?」

 その問いにネメシスはすぐ答えた。

「は。アレクトーの代理として参上致しました、新型ゴッドシリーズのネメシスと申します」

 言葉遣いと振る舞いが普段とは大きく違うネメシス。若干驚く俺なのだが、初対面だと思っているデブ先輩は険しい顔つきになる。

「……困るなぁ。アレクトーは#平和部__ウチ__#の注文で来てもらったんだよ? アレクトーの仕事が、君に出来るのかい?」

「は。わたくしはアレクトーと同じく感知型のミーザであります。平和部の実戦には何の悪影響もございません。アレクトーの役目はこのネメシスが引き継いでおりますゆえ」

「……ホントかなぁ。あっちによれば、ティシポネ、メガイラ、アレクトーでエリニュス三柱のセットだと聞いたんだけど。そのセットで造られたアレクトーの代わりを、君が本当に?」

「は、問題ございません。ティシポネとメガイラにはわたくしから言い聞かせておきます」

「……信じるよ」

「は」

 それだけ伝えるとネメシスは部室から出ようとするが、俺には訊かなくてはならないことがあった。

「あの、先輩。平和部にはまだ入部できないんですか?」

「ん、ああ……」

 デブ先輩は困った表情をし、額に手を置く。

「#深十島__みそじま__#を舞台にした敵側からの一体のミーザが厄介でね、部員達がなかなかそれに予定が付けられないのさ。新入部員にレクチャーしなくちゃー、はは。まぁそのミーザは仮の名で『人形』と呼ばれているんだけど、ゴッドシリーズ出さなきゃなんないかねぇ……」

 よく見れば、デブ先輩には隈があり、そうとう疲労しているのが分かる。

 『人形』か。そう言えば、俺は人形と呼ばれるようなミーザと会ったことがあるような気がする。

「うん、ごめん。また来てよ」

「あ、はい。失礼しました」

 デブ先輩が弱い笑顔で手を振る。俺はそれに応じ、部室を出た。



ーーー

 それからはデブ先輩に聞こえず、会話ができる距離まで扉から離れた。その後、ネメシスはため息をついて結っていた髪を解く。

 結んでいた青いシュシュは左手首に掛け、髪をほぐす。

 そうすれば、ネメシスはフリアエとかなり似た感じになって、やはりエリニュスなのだと俺は思った。

「ネメシスさ、どうしてフリアと分離してんだ?」

 まず普通に訊きたかったことを言うと、ネメシスはんーと唸る。

「しぃちゃん、わたしとしぃちゃんがタイムスリップしたこと覚えてます?」

「ああ。まぁ」

 俺はあまり詳しく知らないのだが、賊に狙われた際にフリアエのタイムスリップにより避難したのだが、なにやらおかしなことが起きたせいで色々な経験をした。

 ネメシスはそれで何が言いたいのだろう。

「ええと……タイムスリップには二つの可能性があるんですが、異なる時間に移動した際、そこに『自分』がいるか、いないかというものです」

「ああ、だから?」

「タイムスリップでは『自分』は居ました。わたしは異なる自分と接触したわけです」

「……ん?」

 それを聞くとどうしてか、何が言いたいのか理解できるのだが、それは果たして本物なのかと考えてしまう。

「そうです。他のフリアとメリアスは異なる『自分』なんです」

「いや、だとしたら、どうしてフリアエは別人格を別の体に……」

「んー……完成された『自分』が異なる時間に一人、今の時間にわたしと全く同じ『自分』が一人居たわけで……合計三人の器があるんですね。それで完成された『自分』にフリアエが移ってもらって性能をわたしと同じくらいに上げて、わたしと全く同じ『自分』には少し弄ってはありますが、そのままで居てもらってるんですよ」

 ネメシスは結構発音をしっかりしてゆっくり喋るので、俺はこんがらがず一応理解ができた。空想話に聞こえはするが、人造人間も言ってしまえば空想のような存在な訳で、声を上げるほど驚くことはない。

 シュシュを弄りながら話は続く。

「……俺の知らないところで、一体今まで何があったのか教えて欲しい」

「それはもちろんです! 今からそれを説明するところだったんです」






「う……いったぁーいですねぇ……」

 ガブリエル達から逃れるためタイムスリップをしたわたしはまず、戦闘の際に骨が折れてしまった右手首をどうにかしなければならなかった。

 着いた場所は寮のわたしの部屋だ。

 しかしわたしの能力は感知であり、五感が周囲の状況を知らせて、ここは別世界なのだと理解はしていた。それに怪我を負ったままでは後に支障をきたす。

「ここは一旦、魔法を使うしかないですね」

 わたしは感知以外にもう一つの能力を持っている。それはエンドシリーズの世界に散らばる魔素を利用して発動するという魔法を研究し、開発されたエルフシリーズと同等の力だ。

 ゴッドシリーズは一応世界平和の為に能力開発がされているのでエルフシリーズの能力は必要ないのだが、わたしは政府にとって触れてはならない領域の研究を済ませる汚れ役を押し付けられている為に所有している。

 これはゴッドシリーズとして、その存在意義の気高さを保つ為に絶対にバレてはならないこと。なのでこの魔法は下手におおやけで扱えない。

 わたしの魔法は『治癒』能力に長けている。主に怪我を治すのに使えるため、わたしの顔を知らない他人の怪我を見掛けた時には使っていた。

 わたし自身に治癒魔法を使えば、不安定な精神を治せるし、二重人格にならずに済む。しかしなのだ、わたしの魔法は極秘のものであり、しかもわたしはエウメニデスシリーズの欠陥を見つけるために壊れることを前提として造られた実験人形。これを行ってしまえば、わたしは問題なしと判断され、後に続くエウメニデスの量産型として生まれる妹達を苦しめることになり、さらにはエウメニデスシリーズの目的である犯罪者の撲滅がより効果を出し、犯罪を犯さねば飢え死にをする人々を理不尽な力で殺してしまうことになる。

 だからわたしが今治癒魔法を使うのは、この世界が別世界だからなのだ。

「……よしです」

 不自然な形だった手首に紫の光で包み、人間の数倍も多い神経の切れた部分を繋ぎ治しながら、手首の骨を元に戻した。

 後は嗣虎さんだ。

「……」

 嗣虎さんは特に怪我はなく、タイムスリップの成功もあり異常もない。

 ただガブリエルの能力によって意識が麻痺しているので、起きることは当分ないだろう。

 ここで意識を治癒魔法で目覚めさせてもいい。しかしわたしは感知型のミーザ……もう一人のわたしくらいすぐに気付いている。

 わたしはもう一人の自分に話をするために立ち上がった。

 あまりふざけた感知はせず、今回は耳を使って探知する。

 細かい音を拾うことにより、第三の演算用人格……エリニュスが自動的に記憶、思考をし、感覚的に誰がどこにいるのか分かるのだ。

 このエリニュスは人格と言っても、別にわたしのような人間の要素はなく、機械のように出されたものを目的に従って扱うだけのもの。人間的人格を植え付けても良いのだけれど、元々が空いた分の人格枠な訳で、よほど精神バランスが崩れない限りやらなくても大丈夫。

 わたしの本当の名前はエリニュスではなく、ネメシスなのだ。

 結果、もう一人の自分は学校の屋上にいるようで、心音が妙に落ち着いていることからゆっくりと外の景色でも眺めているのだろう。

 わたしは部屋から廊下に出る。廊下には誰もいない……というか、目を使って埃などの浮遊物体や壁を光で反射させた先にある、寮長室のカレンダーの億万のバラバラな映像を統合すると、どうやら今日は四月一日のようだ。ということは、今日は寮生徒の寮への引っ越しを許可する初日で、家族と何ヶ月も離れなければならないことを視野に入れれば、まだ寮生徒がやって来ない日である。家の負担を減らすためのお手伝いなどもあるのだし、今日契約するパートナーのミーザとの信頼関係を深めることもしなくてはならない。ここに居た先輩方は家に帰っている。

 よって人目を気にせず歩ける。

「……ミーザは人間のパートナーとなり、現環境維持に必要な人口を保つ、増やすことを主な目的としてます。だったら、わたしもそんなミーザだったら良かったですよ」

 急な独り言をするわたしは、それでも嗣虎さんというパートナーが出来ているのだから何も不満に思わなくても良かった。

 玄関には元から靴を履いているままなのでそのまま出られる。

 外の空気を鼻で吸うと、緊張から出てくる汗の臭いを連鎖的に感じ取った。これは……もう一人の嗣虎さんの匂いだ。耳も澄ませてみる。

『皐はバスに乗るのは初めてか?』

『そーだね。けれどこういう移動ってこれからはよくあるんでしょ? 慣れなきゃなんないねー』

『俺はごめんだぜ。なんせ、乗り物酔いなもんでな』

『じゃあ大切な人が車で誘拐された時に、走行中乗り込んで助けるってのは?』

『なんでアクション映画みたいなことで例えるんだ……』

『いーから答えろよー』

『……まぁ、大切な人なら、どんなに俺がクズになっても助けるさ』

『絶対?』

『ぜってぇ』

 ……あと三〇分でこの学園に着くだろう。

 頭が痛くなってきた。これでも新入生挨拶で過度な緊張、多すぎる情報の取得、緊張を誤魔化すための無理な負担をエリニュスに預けていたので、体にその影響が返ってきている。

「あっとぉ、フリアエ? 起きてます?」

「……なに。ネメシス」

「精神ダメージの負担がきついんで、フリアエが持っててくださいな」

「……無理。眠い。ネメシスが持てばいい」

「わたし今日は結構頑張ってるんですが……」

「……なに勝手なことしてくれているの。これは……タイムスリップしてるのなんて……。……不味い、わたしも精神ダメージの負担が増えた。やはりそれは持てない」

「あ、フリアエ! エリニュスには預けちゃ駄目ですよ! もう限界なんです!」

「……これはわたしに対しての嫌がらせ? エリニュスが正常に機能しないと、わたしが感知能力を担当することになる」

「いえ、それはわたし一人でもできますから、もうフリアエは休んでいいですよ」

「……いい。エリニュスには精神ダメージを持ってもらって、感知と魔法はわたしがする」

「それってわたしが身体を担当するってことですか?」

「……今は。けど、後でネメシスが心の中で感知をしてもらう。精神ダメージはわたしとエリニュスで分け、精神崩壊を防ぐ。薬もないから」

「わたしが感知ですか?」

「……そう。ネメシスがこの世界の構造を調べるの」

 と、どうやら今までの精神ダメージはエリニュスに全預けになった。

 精神ダメージのケアは日頃こまめにやっていたおかげか、エリニュスの容量はかなり大きく、演算機能を考慮しなければ長く保ってくれる。

 その代わり、面倒な感知能力をわたしかフリアエがしなければならないし、感知能力を働かせないと不安が溜まるように開発者から造られているので休めるときにしか休めない。

 ……他にもう一人の自分と会わなければならないのだから、まだ働く。

 校舎の玄関に移動した時、常人にも聞こえるような声の大きさでの話し声が聞こえた。

 話し声というよりは、独り言だったのだけれど。

 下駄箱辺りに奇妙な人間がいる。幸いわたしの位置から遠い右端に居るので気付かれていない。

 目視出来るようなところまで移動し、静かに角からそれを眺めた。

「あ〜ですんですですんです! どーして私はここにいるですか! 記憶がないです〜! 校長室に向かえばいいとだけ感じるですが、階段を昇るのきついです!」

 ──約三〇センチメートルの小人の少女が裸で騒いでいる。体や内臓は人間と同じなのできっと人造人間なのだろうが、困ったことにわたしは小人という存在を確認したのは初めてだ。一体どうなっているのやら。

 ……『ですんです』。聞いたことのある言葉。

「ですんです……。しゃあないです、長い道のりではありますが、行ってやるです」

 決意を決めた小人は小さな歩幅で奥に進んでいった。

「ネメシス、あれはホムンクルスというらしい。学校の地下に別の個体も飼われている」

 フリアエが口を使って情報を提供する。

「ふぇ、非人道的行為をそうあっさりと。この世界の人類はさらに愚かになったのですかね?」

「価値観の問題。視点が高ければいいだけ。物語を描いている気でいる、創造主のように」

 つまりそういうことなのだ。わたしとフリアエは決定的に違う部分がある。

 わたしは思う、彼女は答えを出す。

 わたしが世界に理由を見出そうとしているなか、フリアエは自分の中で答えを出してしまうのだ。

 自分の為、自分が一番動きやすいように決めてしまう。自由とはとてもかけ離れた存在。

 決定というのは過程までが自由だとしても、やり遂げてしまえばそれは自由ではない。

 わたしはたくさんの自由を持っている。元の世界に戻るかどうかの決定、嗣虎さんをフリアエに譲るかの決定、殺傷の決定、自殺の決定とか。

 フリアエと違って私は物語を楽しみたい。物語というより、人生なのだけれど、固定されないように生きたいのだ。

「相手が創造主なら、わたし自身も創造主になるやもしれないですね。これでも分かってんですから」

「何が言いたい」

「絡繰りはおしまいってことです」

「分からない。だからどうなる」

「あのちっちゃい小人は自分を人間だと思っていたんです。だから独り言も言うし、愚痴も、期待もありました。わたし達ミーザは絡繰り人形です。望み通りに動いて、望み通りにゼンマイを巻かれる。忠実な働きをするのに、人間でもないミーザは独り言も愚痴も期待もあっては駄目です。何故なら、独り言や、愚痴も、期待も、人間の特権なんですから」

「……わたしが人間と言いたいの?」

「そうです。あの人間の所有物である小人が絡繰りをやめるだけであれほど楽しそうに動くなら、わたし達もミーザである必要がないのは分かりますよね?」

「……ミーザが人間よりも上の存在だと知らしめるのが、わたし達ゴッドシリーズ。おかしなことを言う」

 互いを理解し合わないまま、わたしが屋上への扉に手を掛けたことによって中断された。

 考えるまでもなく動き出していたわたしの体は、きっとわたしの望み通りに動いてくれるわたしの味方に違いない。

 まさか自分の体が望み通りに動いてくれるから、絡繰り人形だという阿保らしい結論はないだろう。

「……あら?」

 開かれた先に居たもう一人のわたしは不思議そうに振り返る。

 余裕に満ちた目、洒落たネイル、ガーデニアの香り。

 この時点で予感していたのだ。分かり合える相手ではないと。

 もう一人のわたし……白制服のアレクトーは目を大きく見開いて驚くと、口を押さえず笑う。

「フフフフ、おやおや。変わったお客様だね。その綺麗な白髪を下げてこの屋上へ堂々と入ってくるとは……」

 同じ自分であるのに、アレクトーはわたしを小馬鹿にする態度を取る。

「あんた、アレクトーですよね? 話でもしようじゃないですか」

「おや……偶然とは、やはり違うんだ。いいよ、あなたの正体くらい知りたいところだから」

 感知をしてもフリアエからの情報提供は出来ない。人の居る前であんなおかしなことをするのは品位に関わる。

 アレクトーの笑顔が深くなった。

「早速なんだけど……研究機関からやってきたわたしのクローンなのかしら、あなたって。その目よく分かるわ、コンプレックスがあるからよく分かるの。あなたの目がわたしと同じだと……ねぇ?」

 ──シュ。

 左手の指から大きな動作もなくペーパーナイフがわたしに向かって投擲された。

 その速さはわたしの体が避けられないほどで、ペーパーナイフに当たるのは必然だ。

 咄嗟に若干ながらぶかぶかしているブレザーの左袖を引っ張り、その切っ先をブレザーで受け止めた。

「危ないですよ」

 余裕を装うが、アレクトーとわたしでは身体能力で差があり油断はできない。

 こちらのわたしでは政府に向けて厄介な抵抗をさせないために貧弱に造られていたのだが、あちらはその心配が無いためか、かなりの強化がされている。

 わたしの姉のティシポネによく似ていた。

「反射神経は良いようだけど、わたしほどの力はないのね」

 アレクトーはわたしを測っているようだが、別に感知能力を使えば分かるというのに何故そうしないのか。

 それは、彼女は感知能力を持つゴッドシリーズではないからだろう。

 少し、わたしは感知能力を使った。

「──なんだ、あんた探知能力者だったんですか」

「……? まぁいいか。ところで、あなたはどういうお方で?」

 ようやくの本題だが、恐らくわたしと彼女が話をしたところで意味はない。

 彼女はわたしを殺す気でいるからだ。

「わたしはあんたと同じアレクトーであり、名前はネメシスです。別世界よりやってきました」

「別世界……ねぇ。あり得るのかもしれないね」

「何故そうだと思うんです?」

「……どちらにしろ、あなたはわたしのクローンでしかない。クローンは無限に造ることができる。わたしが不愉快だからとクローンを消しても、あなたはまた生まれてくる。そして、別世界のわたしを消したとしても、何の問題もない訳なのよ」

「……何故あんたが?」

「もう一人の自分なんて気持ち悪いだけじゃあない?」

 余裕。その一言に尽きる笑顔で、彼女は白制服の中の背中から黒い鞭を取り出し、先端の鉛を一見軽く振り回しているように回すが、少しでも掠れば怪我をする。

 右斜めに、それから左斜めに、こちらの動きを観察しながらさっ、と近付いてくる。

 狭まる奴との距離。戦闘能力では奴の方が上なのは間違いない。後退して出口から逃げるべきではないか。

「さてそうですかね。双子が出来たみたいで楽しそうじゃないですか」

 ブレザーのボタンを外しながらゆっくりと後ずさりし、ドアノブに手が届く距離まで近付く。

 逃げを許す訳がないアレクトーは無力なわたしとの距離を一歩のみで鞭の届く範囲まで縮め、軽く、しかし音速を越える強力な先端をわたしの脳天へ振った。

「──もらった!」

「なんのッ──」

 反撃の糸筋を見つけ、わたしは左手でブレザーの襟を掴んで上から脱ぎ、飛んでくる鞭を受け止める。その際の衝撃で浮かんだ両袖がアレクトーの後ろ首に飛ぶ時、わたしは右手で両袖を掴み、アレクトーの首を絞めた。

「な、なに!?」

 わたしは右手に左手を添えてその場にしゃがむと、海老反りアレクトーに追撃として膝にヒップアタックをかまし、完全に態勢の崩れた瞬間を逃さない。

「因果応報を喰らえッ!!」

 手が吊ること省みず、渾身の力を入れて一本背負い……!

 アレクトーの脳天はコンクリートの床に激しく激突し、頭をブレザーに覆われながら伏した。

「うぅ……うう! いったぁーい……! なんでわたしの体はこうも感覚が鋭すぎるんです……!」

 手首の激痛のため、すぐに治癒魔法である紫の光を当て、普通の人なら壊れないであろう脆すぎるそれを治した。

 ……一方のアレクトー。今のでも中ダメージくらいしか受けていないため、ゆらりと立ち上がり、巻き付いたブレザーを引き剥がし、それは風と共に旅立つ。

 顔面は既に鮮血に染まっているのだが、まだ余裕の笑みは浮かべられるようだ。

「……白が赤で塗りつぶされるものほど、不快な事はないわ。あなたにも、分からない?」

「分っかんねぇですね。知りたくもないです」

 再び交えることになる命の取り合い。わたしは早くもネクタイを解いて右手に構え、Yシャツのボタンを第三ボタンまで外し、晒したくもない谷間を作る。

 対するアレクトーは鞭をぺちぺち動かすだけ。

「穢らわしい……。わたしの姿で穢らわしい姿をしないでもらいたいね」

「何言ってんですか、これがわたしの最強の戦闘スタイルだってんです」

 最早後退の考えは通用しそうにない。

「──シャァァァァァァアアアアア!」

 先手のアレクトーは牙を生やし、醜くよだれを垂らして接近した。

 右手の鞭を右斜めに振りかぶり、肉が抉れる程の威力を乗せ、わたしの左肩を狙う。

 すかさずわたしはネクタイを両手で引っ張ると、位置調節をしながら鞭の真ん中奥辺りに展開した。

 鞭は力の法則にのっとり、わたしをすかして勢い良くアレクトーの顔面に当たった。

「グギャアアアアア!」

 奴がわたしが絶対にしないような声を出して両手で顔面を押さえている隙に、奴の鞭を軽く奪う。

 手慣れる為、少し手のひらに鞭をぺちぺち当ててみる。

「……ふむふむ、悪くないです。今回の攻撃は鞭に頼らず、鞭の攻撃の後に牙でわたしの頸動脈を喰いちぎる予定のようでしたが……別に鞭だけでもやれそうです……ねッ!」

 ヒュウンバシッ! ヒュウンバシッ!

 周りが見えなく移動も回避もできないアレクトーに恐怖の音を刻ませながら、そう言えばわたしも復讐神だったなと思い出しながら近付いていく。

 わたしは感知によって彼女の記憶を探り、今までゴッドシリーズの威光だけで、たくさんの子供達を虐めてきていると知った。

 もしかすると、わたしでは力が足りなくて十分な復讐が果たせないかもしれない。けれど、自分への罰はわたしが行いたいし、無様な姿もわたしがこの目に焼き付ける。

 それで勘弁してもらえないだろうか。

「ナ、ナンナノヨキサマノノウリョクハ……! キサマハホントウニわたしナノカ……?」

「当ったり前じゃないですか、見くびらないでくださいな」

 奴と比べて貧弱だし、軽いし、胸もちょっと負けているし、痩せ方面で小柄だけれど、頑張って殺します。

 今この時はわたしは自由を捨てる。

 まずは脚に向けて一振り。

「アアッ!」

 軟骨を砕きたいので三振り。

「ウッ! グッ! ウ、ウガアアアアアアアア!?」

 態勢を維持できず崩れ落ちる。

 醜い顔を見られないので邪魔な手をどけたい。右肘から七振り。

「イッ、アッ、アッ、ウ……! ……! ア、アア……アアアアアアアアアア!!」

 抉れた右肘では、顔に手のひらを被せることしかできないので向こうへ蹴り飛ばした。

 次は左腕。

 大量出血によって力の入らない左腕を無理矢理こじ開け、下に鞭をしのばせ、両端を両手で持ち右足で左手を踏んだ。

 アレクトーは力無く首を横に振るが、仕方無い、けじめだ。

「グゥッ……イヤダァアアアアア……!」

 肘を逆方向へ曲がるようにしてやった。

 ここでようやく醜い顔を見られるのだが、どうやら両目とも潰れてしまっているらしく、わたしの綺麗で可愛らしい顔を見せてあげられないようだった。

「……復讐神も邪悪に墜ちてしまったようです。あなたはわたし失格です」

「ガァ……ガァ……」

「あなたの能力は平和部に求められている能力ではありません。敵と仮定した勢力を見つけ、自らが出向いて撃退することにあります。ですが、わたしはそうではない。わたしは感知能力……真の敵を見つけることにあるんです」

 そしてわたしは奴の顔面を踏んだ。

 力が弱いせいで何度も踏む。

「この屋上もわたしとは全く違う形で利用しています。わたしが屋上を使う理由は精神の安定の為、一人になって落ち着くことにありました。あなたはそうではなく、いじめの場を確保するために無理矢理使っていたんです」

 何度も何度も。

「わたしはですね、あなたと違ってか弱いんですよ。男が無理矢理犯せるくらいには弱いです。さらに、犯してくださいとばかりに淫らな体なんです。あなたばかり……あんたばかり、ずるい! 恵まれた体に友達と仲良く遊べるチャンスがあったのに! 可哀想な人ばかり生み出しやがってぇ! だから死ねぇッ!」

 いつの間にかわたしの顔面はびしょびしょになっており、下は真っ赤な血が広がっていた。

 わたしの足が止まる頃には、外はわたしにとっては凍えるほどの寒さだ。

 疲れを引きずりながらその場からゆっくりと離れる。

 わたしは屋上の隅っこでうずくまり、いつものように涙で溺れた。



ーーー

 ネメシスの説明はとても丁寧であった。曖昧な言葉を使わず、誤解しないようにゆっくりと。

 やはり着崩した服装よりも清楚な方が似合うのではないか。

「──それで、わたしとフリアエはその体を持ってきた訳なんです」

「えっと、つまりこうか? タイムスリップした先にはクローン工場があって、たまたま運良くフリアエのクローンがカプセルの中で製造された直後を狙って強奪し、スリープ状態のフリアエを持ってこの世界に戻り、今日、フリアエの人格を入れて目覚めさせたのだと」

「はいっ! しぃちゃん頭良いですねぇ」

 美人を良いことに堂々と笑顔で受け答えをするネメシスに、あざとさを感じる。

 しかしそれを好きになってしまうのがこの古代嗣虎、やっかいなものだ。

 移動しながら会話をしていて周りを確認していなかったが、俺達はひと気の無い廊下へ辿り着いていた。

「ここは……どこだろう」

「あ、平和部が作戦会議時に使う専用の教室ですね。今は『人形』退治で忙しいってんで、誰もいないようです」

 妙に詳しいが、こいつが平和部で活動したこと無かっただろ。

 そうして沈黙が訪れる。

「……しぃちゃん、体育の時のこと、覚えてますよね」

「……ああ。忘れねぇよ」

 何かをしなくては、そう思うと体が勝手に動き出し、ネメシスの右肩に手を掛けた。

「あっ……」

 急に赤くなるネメシスを壁際に優しく寄せると、自然と距離が近くなる。

 彼女の香りは今までを一瞬で別世界へと塗り変え、俺は人目を意識できない。

 ネメシスが目を閉じ、受け入れる準備を整えた。

 フリアエと比べて控え目なネメシスを、誰にも取られたくないなと強欲になりながら──。

「──ん、はぁ、ム、ちゅる、はぁ、む……」

 びくびくと震えながら受け止める彼女に嗜虐心がのぼっていくと同時、愛らしく、より大切な存在になっていく。

 独占欲は甘いふわふわで固まっていき、ネメシスがどれほど素晴らしい女性だったのか分かるようになった。

 ……いつの間にか俺を好きだと言って、いちゃつこうとしていたが、それはほんの軽いものだった。キスだとか、誘惑だとか、そんなことをしても本気でやらなかった。

 フリアエに譲ろうとしていたのだ、多重人格の主導権を。

 俺とフリアエが結ばれるとすれば、当然ネメシスは表に出づらくなる訳で、俺と出会う際はフリアエになる。

 そうすればネメシスは心の中の存在になるか、はたまた時間と共に消え去っていただろう。

 だから本気かどうかも怪しい俺にある程度いちゃついて、それで消えようとしていたはずだ。

 ……控え目なネメシスならば、そうしていた。

 そして近い内にそうなる。どちらにしろネメシスは、控え目に去っていく……。

「ネメシス、好きだ」

「あ、え……? んっ……!」

 ぶわっと涙を流すネメシスに再び唇を重ねた。

 俺の中で、ネメシスは最高に印象に残る女の子だ。手放せるもんか、誰よりも……!

『……………………あら〜…………』

 ──と、お熱い中、誰かの声が聞こえてくる。

 チラッと横に視線を向けると、茶髪でニットの服を着た見覚えが凄くある母さんが居た。

 ……母さんが居た。

 母さんが居たんだよ!!

 カチン……と氷のように固まってしまった俺に異変を感じたネメシスは、とろけた瞳を開けて俺に向けた後、俺と同じ様に横に目線を向けた。

「んんぅ!?」

 ネメシスらしくなく真っ赤に赤面してバッと俺の顔から離れ、また恐る恐る俺の母さんを見る。

 母さんは口を押さえて呆気な顔をしており、気まずく俺達に近付いてくる。

 慌ててしまう俺は取りあえずネメシスを引き寄せた。

「え!? し、しぃちゃん……?」

 あ、今のネメシス可愛い。

 手が届く辺りまで来ると、母さんは横に目を反らしながら口を開いた。

「とりあえず、シー君が元気で良かったわ」

「お、おう」

「その子は……綺麗な子ね。彼女さん?」

「い、いやー……キスする仲の友達なんていないよ……」

 ……と、ここでネメシスは俺から距離を取り、少し乱れた前髪を整えた後、赤いながらも姿勢良く真剣に母さんを見た。

「初めまして、わたしはミーザのネメシスです」

「あら、ミーザなの。シー君がミーザを彼女にするなんて、ないと思ってたわ……」

 まあ、ジルダシリーズに嫌悪感を抱いていたからな……。

「はい。わたしは『結婚を前提』にお付き合いさせて頂いています。お母様、立派な嗣虎さんに比べれば不釣り合いで拙いわたしですが、少しずつでもお似合いの間柄になれますよう精進して参りますので、なにぶんよろしくお願い致します」

 俺からすれば出来過ぎたパートナーに胸が痛くなるが、それをおいうちするかのようにきちんとお辞儀をする。

 普段のおちゃらけた雰囲気は皆無であり、俺の将来の誇れる嫁であろうとしていた。

 あまりの礼儀正しさ、誠実さに母さんは驚いてしまっている。

「た、大変できたガールフレンドね、シー君」

「あー、はは……」

「かーさん、こういう綺麗でベロちゅーもできて、行儀も良い女の子じゃなかったからびっくりしちゃったわ。これからどう接していこうね……?」

「母さんは綺麗だよ……。大丈夫、彼女は優しくて器用だから、母さんとも上手くいくって」

「そうなの……? あ、よく見たらネメちゃん私と同じくらいの体型だわ。顔も似てるし、肌も白い。かーさん恋しくってガールフレンドにしてまった?」

「外見だけで迫ったりしないよ母さん。……彼女は俺の大切な人なんだ」

 ほえー……と口が半開きになる母さん。

 ミーザなだけあって年を取らず俺と変わらないくらいの若さなだけなのだが、少し子供っぽい。

 ネメシスはそんな母さんを前に、かしこまって何も言えずにいた。

 仕方がないので、俺がネメシスが話せるようになるまで相手になることにする。

「……今更だけど、どうしてここに来たの? 俺が何か問題を起こしたって勘違いされるんだけど」

 その素直な疑問について母さんは真顔で、

「その時は『お兄ちゃんの妹ですぅ。心の狭いチビ人間なんかとはあんまり話さないですから、私へ話しかける際はお兄ちゃんに通してからしやがれ……ですぅ』みたいにすればいいじゃないの」

 と、本気で誰なのか分からなくなりそうな母さんとは別人の少女を演じきるので、ツッコミに戸惑ってしまった。

「い、いやいくら母さんが若いからといって、妹のように扱うのは無理があるよ」

 俺の言いたいことが伝わったのか母さんは残念そうにするが、懲りずすぐにまた何か閃いて首を縦に振る。

「だったらネメちゃんの姉のフリをすればあるいは……」

「あ、あの、お母様、わたしには既に姉が二人いまして……。それにわたしはミーザといっても有名な方なので、流石にわたしのお姉ちゃんには……すみません……」

 ネメシスが本当に申し訳なさそうに手を合わせるので、これで母さんも変な行動を抑えてくれるかと思いきや、まだ言いたりないようだ。

「ネメちゃん。意外な事実とは、事実でなくとも再現できるの」

「……え、ええ」

 うわ、ネメシスがまじで困ってる。困ってるところも可愛いなぁ!

「例えば『あれぇ? ネメちゃんったらまたおっぱいおっきくなってるぅ! えい揉ませろ揉ませろぉ!』って気軽に揉みしだけばそれなりに姉妹のように見えるものよ」

「あ、あのぉ、お母様でもそういうのはNGといいますか……。わたし、処女信仰みたいなものなので。未来の愛する旦那様に不安を持たせたくないんです」

「……あらそう」

 そこまで言われると流石の母さんも諦めがついたらしく、非常に恨めしそうに俺を見る。

 それよりも、俺は思わぬところで一生聞くことがないであろうネメシスの信条を知ることができた。

 今までキスだとか、胸の谷間を見せ付けてきたから考えも及ばなかったが、ネメシスという少女は純潔だ。そう言われれば、ネメシスが俺に他の男と仲良く話すところを見せたことはないし、俺の公にできないわがままも恥ずかしがりながら受け止めてくれる。

 俺がネメシスに雰囲気的にレズっ気あると思ったのは、男の気配を感じさせないからそうだったのだろう。

 しかも今の会話では女とのキャッキャウフフすらしないようだ。『結婚』するまで俺に一筋、浮気は絶対にしないという姿勢を示している。

 だが俺はフリアともセットとかいうふざけたハーレム如き発想を持ち、彼女らを馬鹿にしているクソ男ではないか。

 ……釣り合わないな。俺、成長しないとネメシスに後ろめたさばかり感じてしまいそうだ。

「……そんなことよりも、嗣虎さんは凄いお方ですよね」

「ん、なになに、ネメちゃんもシー君の魅力に気付いちゃった的な?」

「あ、あはは……」

 俺を持ち上げる話題を作ろうとしたが、母さんがネメシスにとって照れくさい質問をしてしまう為に少し笑って間を置き、再び話を続けた。

「本当はわたし、 インチキばかりしてきているのです。相手にとって何をすれば嬉しいのか、それを誰よりも知ることが出来ます。それとわたしは精神に問題があるのですよ。……本当、わたしよりも素敵な女の子など、どこにでもいるでしょうに」

「馬鹿! ネメシスの良いところを知っていて好きな俺に、そういう話は苦痛でしかない」

「……なう」

 ユーアーワットユーワントトゥセイ?

「……で、でですね、嗣虎さんはほら、自分の本音に向き合う人ですから、わたしのこと『好きだ』って言ってくださった時は凄く恥ずかしくて、嬉しかったのです。でも、気味の悪い、精神の狂った障碍者同然のわたしを、苦労も承知で……ぐす。もう無理です……自分、泣き虫なもので……うぅ」

 そのまま次第に顔を歪ませていくと、両手でそれを隠してえんえん泣いてしまった。

 自分を悲観にとらえた時点でその兆候は見られたが、俺はネメシスが泣くとは思っていなかった。

 感極まって涙を流すことはあっても、今まで俺に泣くところなど見せていないのだ。

 何よりネメシスが泣くと……クソ不安になる。フリアや母さんが泣いても同情、あるいは人情が溢れてくるが、ネメシスだけは違う。

 ネメシスが泣く限りずっと不安が続きそうなのだ。

「し、シー君どうしよ!?」

 母さんが勝手に慌てて俺に目でも訴えてくるが、俺はこういう場合の対応マニュアルを知りゃしない。

 い、一応抱いていればよかろうか。

「な、泣くなよ。ネメシスはそれだけじゃないだろ?」

「……す、ううぅ……ずず…………うぇ……ん……」

 左腕をネメシスの肩に回して寄せ、右手でネメシスの俯いた顔を隠すように頭を撫でる。

 ……ところで、どうして母さんはここに来たのだろうか。

 俺の母さんは俺と離れたくなくて話を伸ばす癖がある。要件を訊きたければ多少強引にする他ない。

「あー……と、母さん。もう一度訊くけれど、どうしてここにいるの?」

 今も落ち着きがない母さんは、俺の質問にはぐらかす余裕なく答えた。

「それは──白雪ちゃんがいなくなってたから探しにきたのよ!」

「なんだって!?」

 ──白雪。正真正銘、俺の最大のパートナーである。

 いついかなるときも離れることなく、一緒に風呂に入り、食べ、笑い、泣き、寝た(寝ただけ)俺の半身とも言うべき存在。

 そんな白雪が家から居なくなるなど恐怖でしかない。

「……ずず」

 鼻すすり涙を流すネメシスを見た。

 ……果たして、俺はネメシスのことを白雪よりも大切だと思うことができるのだろうか。

 不安と恐怖、一体どちらが辛いのだろうか。

 いや、間違いなく恐怖なのだが……彼女を慰められるのは誰だ?

 フリアエか? 緋苗か? それとも先生か?

 違うだろ。いくら俺が白雪と絆が深く、半身の存在であっても、ネメシスの弱点を剥き出しにする覚悟の前では比較対象にもならない。

 俺の心は圧倒的にネメシスが大切だ。

「……白雪はゴッドシリーズよりも強いミーザだ。心配はもとより必要ないよ」

「え? 白雪ちゃん……シーちゃんなのよ? シー君とシーちゃん二人とも私の最愛の子として想っていたし……まるで双子のように仲良くしてきたじゃない。どうしてそんなこと言ってしまえるの……?」

「あ……いや……」

 一度固めた筋の通る理屈が早くも倒壊し始める。母の言葉は否応なしに効くもの、子の道理など間違っていて当然なのだから。

 俺は再びネメシスを見て決意を固めた。

「お、俺は今、大して白雪のことを考えられない。何故ならば、あいつは……優先順位が下だからだ!」

「シー君……。じゃあ、もし、シーちゃんがね、盗賊に拉致されて、まわされてたら……?」

「え、えっと……え?」

「こんな世の中だもの、そういうのくらい居るよ……?」

 ……。

 …………。

 ………………は?

「白雪は俺の一番大切な家族だ! 冗談じゃないぜ……!」

 母さんによって歪な決意が崩壊を起こし、俺は冷や汗をかきながら本当の気持ちをさらけ出す。

 白雪のことを一番分かっていて、一番多く過ごして、一番互いを知り合った奴なんて一人しかいない!

 誰が白雪のことを知り切っている? 俺だ!

 誰が白雪のことを信頼し切っている? 俺だ!

 誰にも分かりゃしない。他人に俺と白雪の仲がどのようになっているかなど、知られたくもない!

 これは母さん父さん彼女の問題では断じてないのだ。白雪が俺に黙って居なくなるのなら、俺が無理矢理連れ戻すだけだ‼

「すぐ戻る」

 俺はネメシスにそう告げ、ゆっくりと右手を──離せない。

 だからまずは左腕を──離したくない。

 俺は……ネメシスが……好きだから……。

「ああ! くそ! なんであいつ居なくなるかなぁ!」

 俺はネメシスの右手をしっかり握り、早歩きで玄関へ向かった。

「し、しぃちゃん……?」

 ネメシスの不安そうな声を聞いて一瞬止まるが、やはり白雪が大切過ぎて速く歩く。

 母さんは相変わらず慌てるだけだ。







「わ、わたしのシー君が不良になってまった……!」




ーーー

 ネメシスの息が切れ、速度が下がっていく。

 ネメシスに合わせて歩けば、白雪のもしものときには手遅れとなるだろう。だから引っ張ってでも最低限の速度は保つ。

「はぁ、はぁ」

 文句を言われない。校門を出たばかりでこの疲れようだったが、既に二キロメートルは進んでいるから、疲れているのなら少し休みたいと言えばいいのに。

 ネメシスが言ってくれるのなら俺は止まれる。それ以外は自分を優先にしたい。

 ……手が重みを増していく。

「──嗣虎‼」

 ばっ! と俺の左手が掴まれ、俺の体は待ち焦がれていたようにピタッと止まった。

 振り返れば、金髪が乱れ揺れるその間際を目にし、真紅の瞳で皐と勘違いしそうになるが……フリアだとギリギリで認識できる。

「フリア……?」

 彼女は息をするのすら苦しそうにし、倒れてしまいそうな超華奢な体を俺の手に体重を預けてなんとか立たす。

「嗣虎……はあ、はあ……駄目、ネメシスをそんな無理矢理に動かせば……倒れて込んでしまう……!」

 言い切った瞬間、フリアは手の力さえも尽き、その場に座り込んでしまった。

 そう言われてネメシスの顔を見ると、尋常ではない程の汗を流しながらも、眩しいくらいの明るい笑顔を浮かべていた。

「……どうしましたか? さ、いいから行きましょう!」

 無理を感じさせない優しくて強い声。そのまま甘えてしまいそうになる。

 だがフリアはネメシスよりも汗が少なくてこの有り様だ。

 ならば、ネメシスは死ぬ気で死ぬのを我慢しているということ。

 ……大体、雨に濡れたかのような姿で、どうしたとは言えない。

「……馬鹿だ、俺」

 俺もフリアと同じように座った。フリアだけが恥ずかしい所を見せびらかさせる訳にはいかないから。

 そうすると、ネメシスはふらっと揺れ、俺の胸にバタッ! と倒れた。

 体は想像以上に冷たくなっており、濡れることを厭わず抱き締めた。

 割れそうなくらいに痛いはずの頭を撫でると、ネメシスは口を綻ばせる。

 止まってよかったと、改めて思った。

「もう……これじゃまるで、わたしが足手まといみたいじゃないですか。……わたしを置いてもいいです」

「……とにかく謝らせてくれ、ごめん。俺さ、白雪が心配なんだ。今更で悪いんだけど……一緒に捜してくれないか?」

 ──最初に言うべきだった『大切』な言葉。気持ちばかりが先行してしまってすっかり忘れていた。

 こんな、こんな愚かな俺を、女神様は赦してくれるのだろうか……?

「……ふ、ふふ。わたしと……フリアの……得意分野だってんです」

 ……そう言うと、ネメシスは体を起こし、フリアの元へ這いずり寄る。

「ねぇ、フリア……。手伝ってくれます……?」

「……わたしは嗣虎の為ならなんでもできる」

 意地、というものが見えた気がする。フリアは体を無理矢理立たせ、ネメシスの腕を引っ張った。

 そうするとネメシスも立ち上がるが、フリアよりもよろめいている。

 二人は青ざめながら俺の前に立つと、二人同時に手を差しのべた。

「嗣虎、わたしも一緒に捜してあげる」

「しぃちゃんの苦悩も喜びも、わたしが共有してあげます」

 『一緒』か。俺、一緒に居てくれる人をちゃんと見てなかったんだな。

 優劣なんか些細なこと。ずっと一緒に居てくれるなら……俺はずっと満足だ。

「ああ。助かるよ」

 俺はその手を二つとも掴み、自分の足で立ち上がった。

 フリア、ネメシスの二人は俺が立ち上がると、ふらふらしながらも話し合い始める。

「しぃちゃんが捜しているのは白雪さんですよね。フリアは知ってます?」

「知らない。けど、嗣虎との関係が深いのは大体女」

「そ、そうとも限らねぇだろ、フリアエ」

「……別に、フリアエと呼びたければそれでいい」

「あ、ああ悪い」

「まあ家族に姉や妹がいると女としか仲良くなれなくなるっていうのはありますから、そこら辺も別に気にしなくて大丈夫です」

「……そうか」

 何気にフリアエ、ネメシス、俺の三人で話し合うのは初めてだ。

 運悪く五、六人の家無しから注目を浴びせられる車道の真ん中でそれが起きているが、まあ、悪くない。

 フリアエとネメシスと会話をしても別に俺は平気なのだ。ネメシスは精神障害を患っていると言っているのに、こんな不思議なことはなかなかない。

 普通多重人格ならパズルのように噛み合わさる特徴があってもいいはずだ。例えばフリアエに出来ないこと……人見知りの性格をネメシスが補う能力を持っていたりとか、ネメシスの注意不足をフリアエが補っていたりとか。

 それを微塵も感じさせないのが二人である。

「……嗣虎はどこに行くつもりだった?」

「それはだな……白雪が造られた工場だ」

 白雪は俺に仕えるべく、特別に産まれたミーザ。もちろんどこの出身なのかは把握してあるので、そこに行けば何か情報を得られるのではないか、と考えている。

「あ、しぃちゃん」

「なんだ」

 ネメシスが何気なく話し掛けてきた。

 それは……なんというのかな、本当は凄く心配なんだけれど、それを押し隠して気軽にしているように見える。

 実際のところ、今、俺は全てに対して恐怖しているから。

 話し掛けられた、その、今。

 今。

「今日の昼休み、誰か会いに来ましたか?」

「来たよ、ディーラエっていう──」









「『やあ、嗣虎君』」

「……え?」

 ……記憶が飛んでいる。

 俺は一体、どうやってこんな酷い現場まで辿り着いたのだろうか。

 簡素なベッドの周りに変な機械をじゃらじゃらさせて、そこにフリアエがネメシスと……人形服のカオスに押し付けられている。

 俺のすぐ近くには高級ミーザ工場『バリュー』の恩人のじーさんが居て……俺に話し掛けているのか?

「あれ、じーさん?」

「……ふむ、記憶が封印されたか。なにか特殊な毒を浴びているのではないかね?」

「……分かりません」

 それよりもフリアエだ。

 フリアエが大変なことになっている。

「そ、そんなネメシス〜! わたしを裏切るっていうんですかぁ? ないない! わたし達親友でしょぉ?」

「あーはいはい、あなたは誰なんです?」

「カルメンですよ、分からないんですかぁ?」

「わたしは初めて会いましたね」

「じゃあー……わらしは? わらしのおろもわすれらの?」

「えーと? アイザでしたっけ? 一度も会話したことありません」

「だったらわたし。ネメシス、早く離して」

「あんた、フリアエって名乗るんですよね?」

「そう。わたしはフリアエ、当たり前のこと」

「フリアエは言葉を発することはありません。あんたはフリアエの名を騙る偽者なんです」

「……それでもわたしはフリアエ。何がおかしい?」

「あんたを含める何一〇……いえ、何一〇〇という偽人格がわたしの愛しいフリアエを消滅させようとしてるってんで、今からあんた達を消去しなきゃならないんです」

「ふざ、けるなぁ! このおれを? 消すだと? 随分上から言ってくれるじゃねぇかええ!? 殺すぞ!」

「はいはい、やれるならどうぞ。あっと、ディーラエさん聞こえます?」

「はい! なんでしょう!」

「あんた、しぃちゃ……嗣虎さんに会いましたよね? もしかしてメガイラも隣に居たんじゃありません? 緋苗さん気が狂ってしまってましたがー?」

「うーん、そうだよ。さすがわたしの妹のネメシス!」

「わたしは姉ですよ、ディーラエ。で、他に遺言はあります?」

「……ネメシス、これは何の冗談だ」

「……誰です?」

「もしかしてさっき話し掛けてきた時、俺に何かしたんだろ。で、何をしようってんだ? 俺は別に持病は持ってねぇぞ」

 バシィッ‼

 ネメシスが思い切りフリアエの頬を叩いた。

「ああああああああああ! 痛い痛い痛いィ! 痛いよネメシス! わたしの体のこと分かってる癖にッ!」

「あんたいい加減にしなさいな! 温厚なわたしでも今のは殺しかねないことでした! しまいには、二度と同じことが出来ないように一生監視してあげましょうかええぇッ!?」

「……あなたもわたしと同じフリアエから生まれた偽人格。何故、ネメシスはわたしを消そうとする」

「わたしはストックされている人格なんです! 一人の体に三つの心があるようなもので、あんたは一つの心に別の人間を作り出してんですよ!」

「……そこまで区切ること? わたしもあなたと同じように生きているはず。こんな扱い、間違っている」

「でしたらわたしのフリアエを出してください!」

「……寂しい?」

「うるさい! フリアエを出してくださいな!」

「……」

「ああもう! フリアエに似せた偽人格じゃないですか! ほんとにこの子は……!」

「わたしを否定して、ネメシスは嬉しい? ほぼ最初から居たわたしを……消したい?」

「……あのですね、あの時のフリアエは単なる三重人格で収まっていました。マルリイム、偽フリアエ、フリアエの三人で。ですが、今はそれを許せる状態ではありません。わたしの唯一無二の妹がいなくなるというのなら、わたしはあなたを殺すことだって厭いません」

「……嗣虎、嗣虎来て」

 一対一の言い争いの中、フリアエが俺を呼ぶ。

 俺を止める者などおらず、言われた通り、そして俺の意思のままに近付いた。

 ……久しぶりに無表情なフリアエと会えた気がする。いつもよりむっとしていないし、辛そうでもない。

 なんだかんだ、俺はフリアエのことが好きではなかった。

 魅力が足りないし、俺に頼っているところが多いし、なにしろ俺は自分のことで不満が続いていたからそこまで考えなかった。

 だが、今、すっ……と、気持ちを改めてみる。

 俺はフリアエを真っ直ぐと見た。

「随分情けない格好だな、フリアエ」

「……そう。もっと情けない時もあるけど」

「……はは、そっか」

 ……なんだか良くわからないが、これからフリアエと二度と会えなくなるんだよな。

 ずっと一緒に居てくれるものだと思っていただけにショックだ。

「……フリアエ、俺さ、お前のこと……好きじゃない」

「……うん」

「好きになるように頑張るっていうのは、今まで、そして今もずっと続けているが、まだまだかな」

「そう、残念」

「で、俺に何の用だ」

「嗣虎に『好きだよ』と言いたかっただけ」

 ……そんな顔で言われてもなぁ。

 無表情というか、普通……の表情だ。怒っているのか悲しんでいるのか、それともどうでもいいと思っているのか全く分からない。不思議そうにもしていない。

 なんとなく偽者のフリアエなのだと理解した。

 睨まないし、笑わないし、何も刺激が起きないというのは最初に会った時のフリアエよりも好きではない。

 むしろ、俺にとって嫌いな部分全てが#偽者__こいつ__#なのだ。

 つまり俺はフリアエが嫌いである。

「──ま、とりあえず、消えないでくれよ」

「……分かった」

 刹那、フリアエの周りに黒い……光? 違うな、俺の視界を点々と散らばる闇が隠す。

 その次に鈍い紫の光が発生するが、フリアエの闇はそれを吸収した。

 ──魔法だ。

「あのー、フリアエ……さん? この理解不能な魔法はなんだってんです……?」

「黒の光は全てを包む。あなたとは違い、わたしは生まれる前からこうだった」

 ヒュウン、空気から鳴る刃の振る音、ネメシスの腕がネメシスの手から離れた。

 もう片方のカオスは既にフリアエから離れており、周りに青い光を浮遊させている。

「ぐ……まったく!」

 ネメシスは大量の血をフリアエに流したすぐ後、再び紫の光を発生させ、切断面を包んで手を磁石のようにくっ付けた。

 そして頭を抱え、ふらふらと揺れながらその場に倒れてしまう。

 その隙にフリアエは起き上がり、俺の手を掴んで走り出す。

「あ! 古代さん!」

 カオスが俺の名を呼ぶが止まろうとは思えず、そのまま謎の部屋から出ていった。




ーーーーー

 部屋の外は俺が来たことのあるバリューのミーザ工場であった。

 外装はただの館で中身も西洋っぽさしか感じなかったが、意外にもミーザ工場というだけの部屋はあるものだ。

 血塗れのフリアエは相も変わらず無表情のまま迷いなく進み、どこかの部屋の扉を開けてそのまま入ってしまう。

 中は質素な部屋であり、寮の部屋よりも広くはあるが、逆に物の少なさが寂しさを感じさせる。

 フリアエは素早く自らの制服を脱ぎ始めた。

「お、おいフリアエ……!」

「決めた」

 俺の制止の言葉は意味がないようだ。

「嗣虎」

 フリアエが背を向けたまま俺を呼ぶ。

「なんだ?」

「嗣虎がわたしを好きになろうとしてくれるのなら、正直、別人格を作らなくて良かったと思う」

「……おう」

「だからわたしもこのまま頑張る。わたしとフリアエ以外の人格を消去し、わたしはわたしの力で嗣虎に認めてもらう。もはや……邪魔でしかない」

 『恋人』のフリアエは下着以外の服全てを肌から床に落とし、微かに残っている痣と、古傷の体をさらす。

 小さな女の子としては心が病まない方がおかしいその姿に俺は心を痛めた。

 ……が、またあの闇が現れ、フリアエの全身を包み、全ての傷を消してしまう。

 あれはフリアエの多重人格の元となったものだと思う。

 きっとこれでフリアエは逃げられない。もう別人格に苦しみを押し付けられない。

 だから、俺が絶対に支えてあげなくてはならないのだ。

「……見たい?」

 そんな感傷を抱いているというのに、フリアエって女の子は胸に両手を当ててこちらに振り向いた。

 水色のブラジャーに右手の人差し指を入れながら、恥じらっているのか分かりづらい無表情の上目遣い。

 下品ながらかなり興味はある。だが、今は追われる状況、しかもネメシスの両腕を切り落としたばかりにそんなことをして良いのだろうか……?

 しかもネメシスって俺の好きな女の子じゃなかったか? 俺、怒らなくて良いのか?

 ……まあ、フリアエ叩いちゃったからいいか。

「ちょっとなら」

 ──彼女は躊躇わなかった。

 そう答えるとすぐに桃色のそれを片方だけチラッと見せ、小悪魔っぽくチロリと舌を出して背を向ける。

 一瞬だけのサービスは俺の鼓動を速め、時の感覚を長くした。

 無表情というのはどういうわけかステータスの内にマイナスとして入らないと感じる。俺の心のアルバムに残るフリアエは初対面の時の睨む姿、目隠しをする時に振り向く顔のみだったのだが、今の彼女も新しく加わった。

 乳首を見せるだけで物凄く可愛かったのだ。

 気持ちの悪いことだと分かっている。それでも可愛いものは可愛い。

「……嗣虎」

「へあっ? な、なんだ?」

「わたしがゴッドシリーズとして造られる経緯となった理由、それはファーストミーザの代わりとなるミーザを造り出す為だった」

 俺とは違い、既に彼女は気持ちを切り換えており、謎解きパートに入る。

 俺はあの光景を脳の奥深くにしまいこんだ。

「ファーストミーザって……あれだろ? 人造人間を一般化した最初のミーザ……」

「そう。わたしや他のミーザのような人造人間の、最初の人造人間。それを再現しようとした。けど、その始めの一体であるエウメニデス一号ティシポネのお姉さんは、激しいバランスの不安定さによって失敗とされ、人体強化した後普通のゴッドシリーズとなる」

 ティシポネ……フリアエの一番上の姉さんか。

「次にバランスの不安定を承知で造られたのがエウメニデス二号メガイラのお姉さん。けど量産には合わない高いコストが必要となり実験止まりになる。だからステルス型として再構築された」

「じゃあ末っ子のフリアエはどうなんだ?」

「わたしはエウメニデス三号。ただの不良品」

 フリアエはそう話しながら部屋のタンスを開き、着替えの服を取り出す。

「ファーストミーザの能力は人間とミーザの戦争の中、誰も死なせないように立ち回った複数の力。一つ目は高い察知能力、二つ目は高度な魔法、三つ目は永遠に死なない肉体」

「永遠に死なないか……」

 白靴下を脱ぎ捨て、黒のニーソックスを履く。

「……ここで政府に問題があった。政府はゴッドシリーズを造るにあたり、魔法のと、永遠に死なない肉体というものを造ることが出来なかった」

 下から革の黒スカートを通し、ベルトを締める。

「だからファーストミーザと同じ原理のミーザを造り出せる『バリュー』の日野に協力を求め、ようやくエウメニデス三号でそれは開始される」

 黒ワイシャツを上に着て、少しぶかついた黒の革コートを腕に通す。

「実験は成功し、そのまま量産型が造り出される流れになった……けど、わたしがそれを潰した」

 黒の革のロングブーツを履き、紐を整え、

「わたしは平等なる世界を実現する為に、ポンコツのフリをした」

 最後に左手首に巻いている黒布のリボンをほどき、金髪の左側頭部に飾り付けた。

 フリアエが俺に見せる初めての私服姿はかっこよく、可愛く、エロく、美しい。

 彼女は絵になるように、鮮やかにくるっと振り向いた。

「……嗣虎、白雪を探すのを手伝う。
 ──嗣虎とわたしで、主人公になるのだから」
はらわた 

2021年12月10日(金)05時17分 公開
■この作品の著作権ははらわたさんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
このお話は、まだ自分的にはもっともっと設定をねじ込ませて、もっともっともっと長い話に出来ると思っています。
なので、今回の無幻の女神はここに墓を立て、また一から、フリアエ達と一緒にさらなる無幻の女神を書こうと思います。
自分でも気付かないような引っ掛かりやおかしなところなどがございましたら、押し付けがましいのですが教えてくださると大変助かります。


この作品の感想をお寄せください。

2021年12月12日(日)01時42分 はらわた  作者レス
金木犀様、重ね重ね、ありがとうございます。

さて、この無幻の女神……三割私の作った物語であり、七割フリアエの物語です。
言い訳になるのでしょうが、この作品は高校生の時に書いたものです。まだ私がクソ幼いということもあり、文章の表現は拙いものでした。しかしながら、時間が流れる度に自分の文章作成能力が上がると共に、また忙しい身で一週間に千文字という伏線の回収や物語の転換点を書き上げる時間が授けられないため、書き方、方針全て大事なところが頭の中で抜け落ちてしまったのです。
もはや飽きてしまったこの小説の最後を書き、振り返り、全体的な整合性から一からやり直さなくてはならなくなったんですね。
個人的に今まで私が練った小説の中で二番目に書き難い話だと思っています。

まず、主人公古代嗣虎は優しさで出来ています。自分の中で最高の生き方というものがありながら、見ず知らずの他人に対し必ず猶予を与えるんですね。他人……つまり緋苗やフリアエのために時間を使うんです。
薬味というのなら、フリアエの存在こそそう言えて、ただのサブヒロインでした。主人公への好感度をゼロにし、カリスマのパラメータを最低値から登場させてメインヒロインにはならない立ち位置にしていたんです。
ただ……感知型ミーザという設定がいけなかった。主人公の情報を感知して好感度はMAX。あの手この手で嗣虎を悩殺し、果てには嗣虎にとって最も弱い部分の、誠実な告白までしてくる。物語の方針の五割は主人公の独断に任せてしまっている故に90度道が曲がって別の場所を目指し始めてしまいました。一目惚れって怖いですね。
また、ミーザと呼ばれるようになった理由についても分かりやすく書けなかったのが大きな欠点です。要するにファーストミーザと呼ばれる始原の人造人間が世界のエネルギー問題を解決したからミーザが作られるようになり、西暦2500年の今ミーザが当たり前のように居るんですね。そのファーストミーザの内一人はミーザ大量生産のきっかけとなった『ミーザ』という名前の人造人間であり、緋苗であり、1回目のタイムスリップに居たホムンクルスのミーザも同一人物です。
また、作中序盤に出てきた初代メドゥーサ。体をあらゆるものに変化させることが出来ると説明された人造人間も緋苗で、要は500年生きたので老後生活を送っていたんですね。

ファーストミーザの正体
私はこの作品に関して、支配者、という要素を含めています。これは例え明かさなければ物語が上手くまとまらない状況でも、十割支配者の意思を尊重する存在であり、正体もそれらの意思から明かさられない人達です。この支配者に該当する人物は誰なのか、というと……
皐、白火、アルテミス、メドゥーサ、白雪、この五人です。支配者の目的は主人公のエターナルをどんな手段を用いても守ることで、必ず、絶対、主人公を護れる位置に居なくてはなりません。
なので、白雪が幼少期から嗣虎を守り、しかし主人公が白雪と別離することになって急遽白火が出動。それでも白火の警護網から嗣虎が抜け出すので緋苗をしつこく勧誘、拒否。勝手にエリニュス(ネメシス)がタイムスリップという物質保護の魔法を使って、目的地を安全な田本学園の寮で解除という、支配者にとってクソ面倒なことをしてくれたので、物語のエラーで嗣虎が真相を見破らないように警護支配者はスペア星にバカンスに出掛けていた組の支配者(全ての原子、分子を動かせる人間)を呼んで一度目の宇宙崩壊の後にすぐさまミーザ世界と同様の地球に組み替えたんです。
しかし、嗣虎に忍び込ませていたエターナルが入っていない状態の嗣虎と、フリアエに忍び込ませていた無の支配者の原始の力が入ってない状態の二人が存在してしまい、タイムスリップしたネメシス達には生きにくい世界になってしまったんですね。
今回の支配者の目的は嗣虎の警護の他に、最高級の人間の肉体を作ることもあって、ファーストミーザを作ることになりました。
既に支配者にとって強き人間の娘の十八人と魂の融合は済ませているので、不老の肉体が欲しかったんです。スペア星で自分と同じ肉体を何十体も作るのは気が引けたんでしょうね。
その際に、人造人間を作る技術力が圧倒的に足りない人類のために魔素を撒くことにしました。これは不可能を不可能のまま現実にするもので、理詰めの支配者達……エターナル側の終の支配者達には持ち得ないものなので、終の支配者と友好的な虚の支配者が撒いてくれました。
ただ、フリアエにとって支配者の存在は圧倒的に能力が上で感知しようにも出来ないんですね。だから支配者の存在が作中見つけられないんです。

フリアエの構造
フリアエの内部は三つのスペースがあります。アレクトールーム、ネメシスルーム、エリニュスルームです。フリアエには多くのミーザの能力が授けられており、その制御には莫大な精神負荷が掛かります。ルームはその負荷をダンボールで埋めていくものだと思ってください。
まずフリアエを動かしたのはネメシスルームで作られたネメシス。このネメシスはフリアエにとってフルパワーの状態で、精神負荷も急速に積み重なります。よって、フリアエの精神崩壊を招きやすいものとして精神負荷を抑えるためのアレクトーモードが作られました。
アレクトールームから真フリアエが作られたんです。スペックは感知を除いて全て最低値、ルーム維持のための最も低燃費な人格です。
格好のいじめの的なんですけど。
しかし、真フリアエは嗣虎と出会ってしまった。真フリアエにとって嗣虎とは全ての人間の中で最も魅力的な存在であり、最も優しい存在。真フリアエは頭は良いので、将来的に異性と愛し合うとするのなら嗣虎しかいないと決め打ちして恋人関係を持ち掛けるために、アレクトールームから偽フリアエを作り上げました。
この偽フリアエ、アレクトールームにて真フリアエと結構仲良いんですね。偽フリアエはアレクトールームの総意として嗣虎を魅了するために別人格を作っていきました。
作戦はこれ。ネメシスが圧倒的に嗣虎の恋人になる確率が高いので、嗣虎にとって好きになりそうな人格をアレクトールームで複数作成し、総掛かりで嗣虎にアタックした後に偽フリアエがまとめて嗣虎の好意を頂くというもの。
けれど、まあ、ネメシスとどっこいどっこいなんですが。

頭痛について
これ、メガイラなんです。メガイラの正体がステルス性の暗殺型ミーザでして、体内から放出されるガスで人間を幻惑させます。濃度が濃いほど死にます。
姿は四足歩行でピンクの皮膚をした巨大な馬のような化け物で、人間の形を考慮せず無理矢理能力を詰め込んだ結果です。
嗣虎がメガイラが気になるのはこのガス中毒のせいですね。小説の序盤の一行目の前に、嗣虎の後ろでメガイラが運ばれているトラックが通過しています。
また、終盤で嗣虎がいきなり倒れたのもディーラエが出て来た時にそばにメガイラが居たからです。緋苗が狂ったのもメガイラ。
ただ、皐は毒が効かないのでメガイラの本当の姿はばっちり見えています。

……と、設定だけ語るなら簡単ですよね。すみません。
どこかの章に応募したこともないので、勝手が分かっていないんですかね。
次、書き直します。修正はもう無理なので。
絶対にいつか無幻の女神を持ってくるので、またよろしくお願いします。
ありがとうございました。

pass
2021年12月11日(土)12時53分 金木犀 gGaqjBJ1LM
 こんちゃ。
 読ませていただきました。

 その前に。
 私を指名してくれたのは嬉しいけれども、私からすると個人指名されると馴れ合いみたいに見えちゃうので嫌な感じがするので、できれば、作者コメ訂正お願いしたいです。


 読みやすくするため以下の項目ごとに書こうと思います。

〇文章
〇ストーリー
〇設定
〇総評
 ってな感じで。では、いく。

〇文章

 拙いところはほんと拙いけど、うまいところはうまかったです。
 うまいと感じたところは、掛け合いかな。
 なにげに、前半部分面白い掛け合いありました。
 後半になるとシリアスというかヤンデレ化してしまうので、そういう掛け合いが息をひそめてしまい、あってもちぐはぐになっちゃったんですが、前半のハーレム日常系のノリなら十分読者を楽しませることのできる掛け合いがわりと多くあったと思います。

・この時の少々って大体長いよな、なんて思っていると少女は自らの服の中に手を入れ背中に回し、スリッパ一足を目の前に置いた。
「どうぞ!」
「いやいやいや何これ豊臣秀吉かよ胸じゃねぇけれどさ!」
「すみません、乳房が鬱陶しいので背中に変更しました。私的分析の結果によれば冷たくはありませんのでご安心して履いてください!」


→こういうところみたいなのね。
 思わず笑っちゃった。
 時々スイッチ入って神話の話するとことか、薙刀とかの武器の話するときとかも良いと感じた部分がありました。オタク特有の特定の話題になると早口になって話しちゃう、みたいなノリだけど、まあ、それだけ好きだから生き生き作者も書けてるんやろうね。
 ストーリーそのものではない部分だからほどほどに本来はしなきゃいけないけど、薬味としてならちゃんと生きるくらいの面白い説明ができていたと思います。

 でもま、やはり全体的に文章はネックになると思いました。描写としても言葉足らずだったりするとこや、主人公の一貫性のない行動、前後の文脈と一致しない支離滅裂さが気になりました。

 例えば、冒頭。

 頭の鈍い痛みが消える頃、景色は優しさが滲み出る世界になっていた。
 いや、それを見て安心して頭痛が消え去ったのだと思う。

→作者としてはこの世界がタイムリープしていることの伏線としたかったんだおもいますが、読者からすれば意味がわからない冒頭になっていると思います。
 どういう状況なのかも書けてないし、主人公が今何をしようとしているのか、話の出だしから読者は混乱するので、この冒頭でブラウザバックする人も多いかも。
 あと、細かいところなんですが、

 若干不自然な皺の出来た喉元のネクタイを軽く締め、右手に下げた鞄を左手に替えて寂れた門を開く。

→若干不自然な皺と書かれても、ピンとこなかったです。不自然な結び目、とかならわかるけど。

 他にも、月と太陽を相性が悪い組み合わせの比喩に使っていたり、この世のゴミなら助けられて当然、素朴すぎる表情で感情を欠落させた表情であると表現しているとことか。
 月と太陽は男女の比喩にも使ったりするし、相性が悪いというよりは、重なることはないだけ、みたいなイメージなので違和感あります。またゴミって本来捨てられるものですよね。それなのに「この世のゴミなら助けられて当然」と書かれてあるところと違和感あるんです。
 素朴すぎる表情の使い方とか。素朴というのは、手の入ってない自然の状態なので、なにか抜けているわけではないと思います
 
 とにかく細かいところを上げれば、いくらでもつつけるくらいには、危うい表現が多かったです。

〇ストーリー
 話の目的がわからず、終始宙ぶらりんでした。
 冒頭だけをみれば日常系ハーレム。
 中盤を過ぎたころから、後半部で、ようやく設定の核心部分にたどり着くんですが、それまで積み重ねてきた日常パートで伏線を張れておらず(作者はできていると思っているだろうけど、読者は全く気付けないと思います)、ついていけない。場面転換しても、何が起こっているのか把握しづらい。世界観を把握しづらい中情報を提示されても頭に入ってこなかったです。
 とにかく、難解でした。
 
〇設定

 世界観が不明瞭な点が多く、ミーザを所有することがその世界ではどういう意味があるのか、どういう立ち位置なのか、読み取れなかったです。ミーザとは、ゴッドシリーズとは、その世界におけるミーザとはどのようなものなのか。全体を読めばある程度把握できる部分もありますが(様々な目的によって作られているのはわかりました)、興味を引かれない。ストーリーに大事な設定が見えてこない。なんでタイムリープすることになるのか、なぜ避けないといけないのか。
 ミーザってその世界では当たり前にあるものなんですよね? 誰もが所有できるもの。
 なぜか都合よく主人公のところに特別なミーザが現れ、仲良くなるみたいですが。
 しかしミーザと恋愛もできるとなれば(他の人はミーザを人間としては見ていないみたいですが)、愛用する人は確実にいるんでしょうね。妊娠することもできれば、もはや人間と恋愛する必要はない。美しいミーザと結婚する人は多いかも。
 ただ、作中ではそこへん、社会的にはどういう扱いなのかが書かれていないので、そこもふわふわしている要因でした。
 とにかく物語に必要な設定が見えてこない。
 そう思いました。

 
〇総評

 さて、ミーザという設定自体は、独特で、面白くなりそうな要素をひめていたと思います。
 色々なシリーズがあることは作中で読み取れたし、人造人間っていうのもキャッチーなワードだと思います。これをちゃんと整合性が取れるように書きさえすれば、絶対面白くなるんじゃないでしょうか。逆に言えば書けないとめちゃくちゃつまらないままですが。
 なので、他の人にこの設定の整合性を指摘してもらったほうがいいかもしれませんね。
 また前半部分は、わりとちゃんと書けている印象でした。
 後半になるにつれ雑な文章が散見したように思えます。
 前半の文章を維持できれば、細かな部分ではアウトでも、ストーリーが面白ければちゃんと読めるくらいの文章ではあると思います。


 しかし、そのストーリーが、めちゃくちゃ。
 筋道が立っておらず、どこに向かっているのか、そのゴールラインが見えないのはかなり致命的かもしれません。

 ……なので。
 うん。やはり面白い、とは、私は言えなかったです。

 はらわたさん。
 ちなみに、この作品のストーリー、あらすじ、自分で説明できますか?
 多分、できないんじゃないかと、私は思いました。

 掌編でもはらわたさんの作品は支離滅裂なのが多かったです。それが長編でも続くとなると、やはり読者はついていけない。
 なので、ちゃんと読者についていけるような話を作る必要があると思います。
 今のはらわたさんは目隠ししたまま車を運転しているような感じ。
 これからは、ちゃんと前を見て、しっかりと意識して書かないと、同じことの繰り返しになるだけだと思います。

 どうすれば目隠しを外せるか。
 いくつか提案することとして、

〇ちゃんと最新のライトノベルを読む。

〇一次落ちしても評価シートがもらえる新人賞に投稿する。

〇設定はシンプルに。複雑にしない。

〇ストーリー、構成を意識するため、ログラインを作る。


 が挙げられるかなと。

 相談掲示板でも自分で言ってたけど、やっぱり今のままじゃ、同じことを繰り返すだけだと思う。
 繰り返さないためには、自分が今までやってこなかったことをしなきゃいけない。
 めんどくさがらず、できることを取り組まないといけないと思います。

 ちゃんと努力の方向性を見つめなおせば、きっと今より面白い作品を書けるようになるんじゃないでしょうか。
 これからも執筆頑張ってください。

 では!


44

pass
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