無幻の女神 前編
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 頭の鈍い痛みが消える頃、景色は優しさが滲み出る世界になっていた。
 いや、それを見て安心して頭痛が消え去ったのだと思う。
 覚えるまで実践を繰り返し行ったネクタイ結びで、若干不自然な皺の出来た喉元のネクタイを軽く締め、右手に下げた鞄を左手に替えて寂れた門を開く。
 門を抜けると豪華な屋敷が視界の殆どを占領する。辺りを見回せば道の隅の広大な野に咲く花達が俺を出迎えていることに気付く。
 まるで花園が俺の為に秘密の通路を案内してくれているみたいだ。
 が、晴れることの少ない空の下、どこか元気が足りない花は少し下を向いていた。
 やがて。やたら大きな屋敷の、上の階の窓から外を見渡していた一人の少女が俺に気付き、すぐさま窓を開けて頭を出す。
「古代さーん! どうぞ屋敷の中へー!」
 と、背景の曇り空とは正反対の明るい声が響き、自分の感情のちょっとした動きを感じ取った。
 わざわざ大声で返すのも恥ずかしいので大きく手を振り返し、俺は屋敷の赤い玄関扉を開ける。
「ようこそおいでくださいました! お荷物お持ちしますね!」
 そこには先程上の階で声を掛けてくれた少女が既に居り、俺は驚いた。
「は、速いね……」
「はい! 古代さんがいらっしゃるので張り切りました!」
 と言いながら、息も切らさず元気いっぱいに答えるのでやはりまた驚く訳である。
 慣れていない事ではないが、遠慮がちに鞄を少女に預け、俺は頬を掻いてはにかんだ。
 服装はお人形屋さんでガラス越しにドールのドレスを飾り付けられているお人形みたいで、また薄い水色の短髪に白兎のような赤い瞳の彼女は正直可憐だった。
 他の少女達の名前は聴いたことがあるが、まだこの少女の名前を聞き出せていなかったと思い出す。
「毎日出迎えてくれてありがとう。えぇーと、名前は……」
「では、お父様をお呼び致しますね」
 なんだ、意図的に隠していたのか。
 既に後ろを向いた少女の肩に手を置き、進行を妨害する。
「ひゃ、古代さん!?」
「あ、ごめん! あの、聴きたいことがあってさ、いい?」
 目をかっ開く少女に控えめになりながら、それでも強情に名前を聞き出そうとする。
「名前を教えて欲しいんだ。その、今日が選定の日だから……」
「選定の日……でしたっけ、あはは」
 少女は、悲しそうな表情になっている気がした。
 選定の日とは、これから俺がパートナーとしてこの屋敷に養われている子達の中から一人を選ぶ事。約一ヶ月前からここには毎日のように通い続け、俺は選定の日の為にここの少女達と触れ合ってきた。この屋敷、『バリュー』は女しか造らないミーザ工場で、高級な人造人間しかいない。高性能な人間が数多く居り、選ぶにしてもどれでも難は無い。
 その成果が今目の前に居る少女が証明してくれているだろう。
 ただし、人造人間……ミーザだとしても人と一緒だ。人をそこらにあるスーパーの食材から自分が求めて買うような、簡単なこととは格が違う。相性と絆が大事になってくるのだ。
 だから俺はこうして通い続けた。俺はミーザを人として見ているから。
 で、俺はどうしても名前は聞きたかったという訳である。うむ。
「ならそろそろ名乗った方が良いですね。ドン引きなさらいでくださいね……?」
「ああ」
 少女は不安な表情で口を手で隠し、ぼそっと声にした。
「私、『カオス』って名付けられているんです……」
 引いた。
「あ、あうぅぅ……」
 余程衝撃だったのか、その、カオスは涙目になってしまう。
「ごめん。でも、ふざけて付けられた訳じゃないだろ? だったらこれから受け入れるよ」
「本当ですか?」
「ああ!」
 とかなんとか弁明しようとも急に元気になるはずもなく、とりあえずこれ以上の悪化はしなくなっただけだ。
「では、お父様をお呼び致します。うぅ、遅くなったから怒られるなぁ……」
 肩を落としながら行く辺り、どうやらカオスはすぐにあのじーさんの元へ行かなければならなかったのだろう。悪いことをしたのかもしれない。
 屋敷の中は土足可能な洋風な感じで、一階はリビングや浴場や地下へ続く場所や台所に家主のじーさんの部屋がある。今この玄関から一番近い部屋はリビングだ。
 二階、三階と続く場所にはミーザ達が住む部屋や武器庫や食糧庫等々。なんでも揃ってやがる。
 俺は奥にある階段から二階へ上がることにした。
 途中、見慣れた壁飾りの写真が並んでおり、道ではなく壁を見れば笑い合うミーザ達が目に入る。
 夜のバーベキュー、トランプ大会、海への遠足、それとチョコレート作りの奴まである。どれもミーザ達に負の表情はなく、とても幸せそうだった。
 しかし、俺はその中のミーザの一人を選び、絆を裂かなければならない。世界的に人がミーザをパートナーにするのは決められており、仕方がないですむとしても、俺はやはり裂くのだ。
 なのに……。
 この子を作ったじーさんはとんでもない罪人だ。
「その絵がどうかしたかね」
 無駄に発声の渋い声が聞こえると、俺は「はっ」と歩みを止めていたことに気付く。
 俺はこの写真に魅入られていたのだ。
「絵っていうか、これ写真ですよじーさん」
「どっちにしろ絵でいいじゃろ」
 後ろを振り返ると、そこには浴衣を着た白髪のじーさんがにこやかにこちらを見ていた。
「これってじーさんが撮ったんですか?」
「わしではない。あとな、この写真の中には嗣虎君が出会ったミーザ全員がおさまっておるが、一人だけ嗣虎君と出会っていない子が居る」
「……へ? 俺、もう全員と出会ったような気がするのですが」
「選定は一時間後にしようかの。ああちなみに選定する条件として、ミーザ側の許可を取らせるのがうちの取り決めじゃから気ぃつけるのじゃぞ」
 そこで、まるでお邪魔虫は去ろう、というような雰囲気を漂わせながら自分の部屋に戻ろうとするじーさん。
 内心、悔いなくこの屋敷のミーザ達とは話し合ったという気持ちで居たのに、会っていないと言われて後味が悪い。
「じーさん! ちょっと待ってくださいよ!」
 するとじーさんは一瞬立ち止まり、
「はぁ、腰が痛いのぉ。これじゃ家事なんか出来んわい」
 と言い残し、無言の圧力を放ちながら視界から消える。
 ……そういえば、屋敷の花やここの掃除は誰がやっているのだろうか。
 今頃になってそんな疑問が浮かんだ。


「ねぇ」
 ん? どこからか声が聞こえる。
「古代さーん」
 階段の方面を見ると、壁の角から金髪の少女が顔をちらちらと覗かせていた。
 ああ、彼女は礼儀はダメダメで自己中心的でわがままで悪ガキのラ・ピュセルではないか。
「ピュセルか。どうした」
「じじぃはそこにいる?」
「いねぇよ」
 それを聞いてほっとしたラ・ピュセルは、駆け足気味に俺に近付いた。
「良かったー。見掛けられるだけで怒鳴られるんだよ? うざいったらありゃしないわ」
 そんな悪態をじーさんに報告すればさぞや面白い光景が見れるだろうと内心考える。
「おいピュセル、その格好はなんだよ」
 と、よく見たらラ・ピュセルは鎧が混ざり込んだ赤黒いドレスを着ていた。その姿は、戦場で一人でありながらも万の兵を皆殺しにする気迫を感じ、またそのような風景を想像させる。まるで無敗の王のようにも見えた。
 ラ・ピュセルはルビーのような赤い瞳を細める。
「何を言うのやら。今日は選定だよ? 古代さんに選ばれるために気合入れてんの。玄関で会ったあいつもドレス着てたじゃん」
「あ、そういうことか。なるほどな……」
 嬉しくて涙が出そうになるけれど、それだけは耐える。
「じじぃが言ってたんだよね」
「え?」
「人とミーザのパートナーは信頼が強ければ強いほど幸せになれるって。だから私はあんたが信頼出来る姿を見せたかったんだ」
 ラ・ピュセルの顔は笑っていた。
 俺はミーザ達の絆を裂いてしまうことに集中し過ぎていたらしい。それも重要なことではあったのだろうが、選定された後はその先でいかに強く生きていけるかが大事だったのである。
 ラ・ピュセルと俺の年齢はじーさんからほぼ一緒だと聞いたのに、これでは俺が情けないではないか。
「……でもさ、俺が他を選んだら……恨むか?」
 少し表情を歪ませ、
「恨めないよ。ほら、選ばれても選ばれなくても虚しさが残るから宙ぶらりん」
 視線を写真に向けた。
 その横顔は何もかもを運に身を委ねたような儚げな子羊の印象で、一言で言えば売られていく奴隷を連想させる。
 本来の性格も過酷な運命の前では皆同じになる、それが体現させられていた。
「俺、誰を選んだらいいんだろうな」
「選びたい人でいいじゃん」
「なんかな、こう、逆に誰も選びたくないんだ」
 すると珍しく、ラ・ピュセルは可愛らしい笑顔で俺に言ったのだ。
「駄目だよ、だって私たちはあなたの『バリュー』なんだから」
 その言葉は、あのじーさんがミーザを造ったからこそ言える言葉だった。
 ……だよな。自分の気持ちがどんなでも、ミーザを選ぶことが最良の選択肢なんだよな。
 覚悟を決めたところでこれからの苦痛が和らぐことはないが、俺の本当に選びたい人を思考するようになった。
 だから、短い会話の中でもラ・ピュセルに礼を言う。
「ありがとう」
「……別に」
 照れも無ければ喜びもない。それ以降はただ窓から外に咲く花を見つめる。
「ピュセルはどういう性格だったっけ」
「いきなりなにぃ? 斜め四五度からえいえいしてるみたいな振り方」
 ちらっと隣の俺を見ると、視線を戻す。
「うーん。見たまんまじゃない?」
「因みに俺から見ればわがまま・自己中・不作法の特徴があがるぜ」
「えーひっどいなぁ。今日はそんな所見せてないのにさ」
「そりゃあ今日は見ない──けれど」
 俺はぼんやりとし、何の特出すべき所のない天井を見上げて空想に入りやすくする。
 ラ・ピュセルは彼女なりに気を使っているのだろう。今だけでもと、魅力的な自分であるために。
「その代わり美しいって印象が強いよ」
 率直、俺は彼女をそう思っている。
「……うん。で、性格はどう見えてるのか教えてよ」
「病気的なくらいに控え目で奥手。それに弱気だ」
「へぇ。よく見ててくれてるんだ」
「まぁな」
「やらしー」
「失敬な。俺はお前との信頼を築こうと必死なんだぜ?」
「そうなんだ? なんだか馴れ馴れしいなーとしか思えないんだけどねー」
「そうさそうさ。だからお前は俺に馴れ馴れしく『私をパートナーにして!』ってわがまま言えばいいんだよ」
「いやいやいや自信過剰も甚だしいから!」
 ここでラ・ピュセルが振り向く。
「大体、私を選んであなたになんの利益があるってんの。私はあなたが選びたいって思う程の能力は持ってないんだから」
「俺がミーザを能力目的で選ぶと思っていたのか!?」
「ち、違う? え、違うの!?」
「ありえないわー。ありえてたまるかだわー」
 俺とラ・ピュセルは慌て始め、互いの認識の食い違いを痛感する。
 そりゃあ元気が無くて当然だ。この屋敷の中じゃ一番スキルというスキルが無さそうだもんな。
「あ、なら古代さんの判断基準は見た目だね?」
「それもない。そんなの失礼だろ」
「じゃあ今まで築いた信頼関係の中で一番高いミーザ?」
「多分、違うな」
「性格?」
「それじゃ見た目の判断と一緒だ。選り好みじゃねぇよ」
「なら選ぶ方法がないじゃん! まさか運頼りとか!?」
「それこそ失礼だろ!」
「じゃあさ、どんなのさ」
 と、言われても思い浮かばない。
 選びたい人が居なければ一番もいない。みんなが同じで一人の除け者も考えられない。
 俺には分からないままだ。
「方法はありそうだけれど、はっきりとしない」
「曖昧なら誰もついて行かないよ」
 わぁーってるはこんちくしょー。
 こういうヘタレな部分が嫌われる要因になるのだろう。物品選びは何一〇分も掛かるし、やりたいゲームも悩みまくる。遊びの誘いを受けても家でしたいことがあれば一人で外で遊びたくもあり、その誘いが二人きりなら二人きりでやろうかとか他も誘った方がいいかもしれないとかごちゃごちゃごちゃごちゃ考えてしまう。その後決めたことに後悔したことは全くなくとも、そこまでの時間がどれだけ勿体ないことか。いっそ全て選べばいいという簡単なことではなく、それはそれで不愉快な気分になるから良くないし。一体俺はどうすれば──。
「……それなら私を選べばいいじゃない」
 ──聞こえにくくも聞こえたラ・ピュセルの言葉に、頭が冴えていく。
 パートナーを決めるのが嫌だからって、自分勝手な気持ちの問題でそう喋らせた俺はヘタレだ。
「いや、俺、他の人達とも話してくる。じゃあな」
「古代さん、聞こえなかった……?」
 自信なさげな小さな声で話してきても、俺はその『小さな声』を利用して無視する理由を脳内で仕立てる。
「はあ、身が重い……」
 俺は『何も話さなくなった』ラ・ピュセルを置いて二階へと向かったのだ。
 無駄に広い階段を上り、着くと背伸びを始める。
 ここに来るまで真剣に選定を行おうと、交通機関を使わず五時間も歩いて来たのだ。足が疲れていれば腰も痛い。
 猫背になって座り込みたい気持ちが高ぶりながらも歩みを再開し、物置倉庫へ向かった。
 そこには一人その場所を好むミーザがおり、必ずとは言わずとも高確率で出逢うはずだ。
 赤い扉の前に着くと開けて中を見る。少し埃が匂うが充分手入れがされているガラクタの部屋に、やはりミーザは居た。
 今は使われていないが昔の人なら必ず学校で見かけた一人用の机の上に、少女がぼうと何もない壁を見て空想に浸りながら座っている。
「…………あ、古代さん。いらっしゃい」
 数秒反応が遅れてこちらに気付き、瞳孔まで赤い赤眼を朗らかに向けた。
 カオスやラ・ピュセルと同じで服装は特別だ。迫力を肌まで感じてしまうほど神秘的な光のローブの姿で、それだけの為に作ったとしか思えない似合いすぎる白いサンダル。つま先から膝頭の少し下まで露出した白肌の美脚は表現しがたい色気を醸す。
 ラ・ピュセルと話したような、選ぶ時に見た目で判断するとすれば必ず彼女を選んでしまうだろう。
 絹のような銀髪はそれ見たさの欲望でずっと見ていたものだから、彼女を混乱させてしまったりは常日頃だった。
「あ……あぅ」
 今だってそうである。俺が返事をせず熱っぽい視線を向け続けるものだから赤面にさせてしまっている。
「ああごめん。来たよメドゥーサ」
 と謝っても目線は外さない。
 彼女の名前はメドゥーサという。メドゥーサと言えばギリシャ神話の蛇の化け物で、女神であったと聞く。
 元々は美しい女性であったのだが、ネプチューンの愛人であり、その神とアテナの神殿の中で交わったのが原因で化け物にされたとか。もしくは「私が一番美しい女性よ!」とか宣言し出したのでアテナが醜い化け物にしたとかで有名だ。情けないよな、アテナ。
 髪の毛は蛇になり、眼は相手を石にしてしまう能力を持っている。なんかどこかの洞窟に住んでいて、ある時ペルセウスが自己都合でメドゥーサを殺して(いかなる理由であれ人殺しは駄目である)しまったとかなんとか。そのメドゥーサの死骸からペガサスやケルベロスとか数々の魔物が生まれ、死因である斬首された頭はアテナのアイギスの盾の一部になったのだと。
 よく考えてほしい。自分の頭が盾にされるのだ、剣や矢が飛んできたら自分の顔面を防御に使われてムカつかないか? ちょっとアテナ様は度が過ぎている。
 アイギスの盾の使用方法は石にしたい相手にアイギスの盾のメドゥーサの顔面を見せつけるのが正しいやり方だ。あの神様頭がおかしいよ。
 その化け物のメドゥーサという名前は子に付けられることはあるのかと言えばある。主に『蛇のように狡猾な女』や『冷血な女』という世渡りがうまくいってほしいという想いが込められているが、あまり嬉しい名前ではない。『女王』という意味もある。
 しかし、俺の今目の前にいる『メドゥーサ』は優しく、美しく、柔らかな可愛さで真逆な性格だ。『ラ・ピュセル』だって使用人、乙女という意味なのに真逆の性格だし。じーさんのネーミングセンスは別の意味で悪い。
「あの、」
「あ、うん」
「古代さん、選定の日ですね」
「そう、だね」
「目星はつきましたか?」
「……まだかな」
「あ、なら古代さんが好んでいる人を教えて欲しいです」
「どうして」
「その……期待とか早いところでやめたいので」
「そ、そうか……」
 ──ドキドキする。やましさや裏表のないきゅいんとさせる声と言葉は心臓の扉を激しくノックする。
 相手はじーさんが作り上げたミーザではあるが、恋をしていると認めてもいい。
 結ばれるならメドゥーサがいいな……。
「──正直、あの子が良いんじゃないかと思ってる」
「はい」
 あの子、だけで誰なのか判断できる辺り、余程あの子は自身の名前にコンプレックスを抱いていると見受けられる。
「俺ってさ、情けない男なんだ。大した気迫も力もないくせに、目指すところは大きくていつも中途半端。本当の意味で支えてくれる人は今までいなかったし、こんなだから好きになってくれることもなかった」
「はい」
「けれどあの子は俺に笑顔を見せて、元気をくれるんだ。この一ヶ月間、俺の支えになったのは紛れもなくあの子だ」
「はい」
「けれど、みんなだって良いところはあるし、みんなのことをパートナーにしないとよく分からないことだらけなのは知ってる。一ヶ月間、俺と関わった過去が、パートナーにならなかった未来ではなんの意味も果たさなくなるのはよく理解している。メドゥーサも例外じゃなくてさ」
「はい」
「あの子は元気をくれた。ピュセルは楽しみをくれた。メドゥーサは癒やしをくれた。惜【あたら】は気合いをくれた。アルテミスは興味をくれた。そして、会ったことはないけれど平穏をくれた人がいた」
「……はい」
「俺は罪深く、この屋敷にあるどれかを持っていかなくてはならないんだ。それでもなお罪深く、俺はそのどれか以外を諦めることが出来ない。いっそ、選ぶのではなく選ばれたい気分だ」
 ここまで言葉にすると気力がなくなり、口に出すことをやめた。
 前を見ることも億劫になり下を向く。はっきりと少し後悔している。
 悩むだけで俺は疲れてしまった。
 そんな自分の都合だけを考えていると、メドゥーサは机から降りる。
 聞こえてくる歩み寄る音、そして視界に映る白い脚。
 首に手が回され、前へ引き寄せられた。
 触れる唇。
 事態の重大さに気付く頃、抵抗は失礼だと思って弱めに押し当てた。
 多分だがここで手を回せば俺はメドゥーサを選ぶだろう。まだ惜とアルテミスに会っていないのに、それをするのは絶対に出来ないことだった。
 やがてあまりに優しい時間は羽根が舞い落ちるようにゆったりと終える。
「今のは……?」
 不思議と恥ずかしさや興奮は無かった。俺もメドゥーサも赤くはならず、真摯な視線を交差させる。
「私の気持ちです。私はあなたを選びます。みんなより一番あなたの良いところを知っているのは私だから、私はあなたを選ぶんです。……でも、古代さんの許可がないとパートナーになれません。だから受け取ってください、私の勇気」
 その顔には一切の負なる影の存在を許さず、ありのままを放ち続けていた。
 ……けれどさ。それで良いはずなのにさ……。
 罪悪感が募っていく。
「俺、メドゥーサのことを忘れない。けれど他の所へ行かないと」
「はい。待ってます」
 なんだか浮気のごまかしをしている気分で顔を背けながら言うが、メドゥーサは怒ったりはしなかった。
 俺はメドゥーサの頭を撫でた。実は触れ難くて一度も接触しようとしたことはなかったのだが、これは俺の方から初めて触る。
 メドゥーサ相手にするというのは、なんとも死にたくなる恥ずかしさだ。
「……あぅ」
 赤面になったのを見て悔いがなくなり、俺は何も言わずに背中を向ける。
「じゃ」
 部屋を去った。
 今度は惜かアルテミスと話さなければならない。別に選びたい人が決まっているのならしなくていいが、俺はまだその選びたい人が定まっていない。
 中途半端な気持ちで選ばれた場合、きっと彼女らは納得出来ないだろうから。
 さて、俺は惜かアルテミス、どちらから会おうか。
 まあどこにいるのか見当がつかないので順番なんか決められないのだが。
 とりあえずこの階に昇ってきた階段から三階へ移った。
 ここはミーザ達の部屋が数多くある場所だ。特に引きこもりもいないのでここにミーザが居るとは考えにくい時間帯だが、一応調べてみる。
 俺の位置は屋敷から右側で、ミーザの部屋は外への窓と対の配置になっている。数は一五部屋くらいで、その内の六部屋が使われているとカオスから聞いた。
 と、そう言えばカオスとはまともに話し合っていないな。荷物も預けているままだし、あの中には大切なものが──。
「──その犬っころみたいな顔を拝めるなんて初めてね」
「おわっ! 惜じゃないか!」
 なんと、目の前にはアホ毛の生えた黒の長髪に、左右碧眼ながらも若干濃さの違うオッドアイの惜が居た。
 目の前に歩いてきていたのに全く気付かなかった俺は、結構驚いて二歩下がる。
「ごきげんよう、古代。私に会いに来てくれたのよね?」
「ははは。まぁね」
 そう言うと表情が子供っぽく嬉しそうになる。
 台詞だけ聞いていれば俺より年上の人物に捉えられるだろうが、残念ながら一二歳の生意気な少女である。年齢を開示すると、カオスは一六歳、ラ・ピュセルは一五歳、メドゥーサは一四歳、惜はさっきのとおり一二歳で、アルテミスは二〇歳。ただしアルテミスは型から形作られているので、体も心も二〇年変わっていない可愛らしい少女のままだ。
 『型』というのはまんま完成させられたミーザで、大人の姿なら大人のまま。子供の姿なら子供のままと考えればいい。カオスやメドゥーサは型ではなく赤ん坊から造られているので年を重ねるごとに成長する。言ってしまえばカオスとかは人間に近いのだ。
 その成長は老化する前までに止まり、以後何一〇〇年も生きられたりするらしい。そこは職人の嗜好でどの辺りまで成長させるかとか、何年生きらせるのか決まるのだけれど。
 メドゥーサから聞いたところ、花の一七歳でここのミーザの成長は止まるようで、エネルギーさえあれば永遠に生きられるようにしたのが二〇年前からだとか。いや、永遠に生きるとか聞いたことがないので冗談で言ったのだろう。
「ところで、今日の惜はかっこいいな。どうしたんだ?」
「これがかっこいい? ま、今日が大事な日だからこうしてるだけよ」
 そう言ってもかっこういいものはかっこういい。正確には数多くの情けなさを組み合わせたのがある意味かっこういいのだ。
 まず愛らしい少女が着ているのは、若干身体のサイズが合わない漆黒のドレス。あとから挙げる中でも唯一サイズが合っている黒タイツ。入学するにあたって成長するだろうから大きめの制服を買っておこうみたいな感じのぶかぶかな黒ブーツ。
 そして最大の特徴は、俺でも大きすぎて似合わないであろう長い長い黒マントだ。しかも細々と上品に造られており、端は床を滑る。
 確かに一般では正しい着方ではなく情けない格好なのかもしれない。だが、常識を度外視にすれば確かな一つの存在で、俺にはかなり受けた。
「けれどさ、凄く良いと思うぜ」
「……そう?」
「ああ、イかしてやがるぜ」
「……そう、それなら良かった──」
 と、惜ははにかんで頬を掻こうとした。が、
「──って、別に古代の為にこんな服着てきたわけではないわよ。今日が選定の日だから形だけでも合わせようとした結果がこれで、あなたに好意とか敬愛の念の現れなんて変な期待はよしてよね。こんなサイズの合わない服装にはさっさとおさらばして身体の節々の負担を和らげたいのよ私は。私、全然嬉しくないからそんなこと二度と言わない方が良いわよ? 形だけの言葉なんて胸が痛いだけよ。──かぅ……」
 この「かぅ……」というあたりで赤面し、顔がぐちゃっと恥ずかしそうな表情になる。
「か、勘違いしてよね!? 私は別に嫌いって訳ではないのだもの!」
「……ええと、うん」
 俺に対してああだこうだと変なこだわりを持つところ、本当は俺のことが好きなのではないだろうか? まぁ、勘違いだろうけれど。
「……で、古代は誰を選ぶのかしら?」
「惜」
「……はあ?」
「……?」
「聞き間違いであってほしいのだけれど、古代、私を選ぶと言うの?」
「…………そ、そういうことじゃなくて、惜はどうしてそれが気になるのかなーて問いかけようとしていただけで選んだつもりはないんだ勘違いだからその質問キャンセルねはいはい無し無しノーカウント」
 意識を深く惜へ向けていないが為に思わぬ失敗をしでかし、頭が痒くなるほどの緊張が身体中を駆ける。
 俺はそんな、惜をパートナーにしたいとか一度も思っていないし、しようともしていない。
 ありえない話なのだ。
「へぇ、それなら何故気になるのかしらね?」
 惜から完璧な返しを受ける。俺のしのぎの話の論点が「どうしてそれ(選定)についてが気になるのか」として考えているからならばすぐに答えられるもので、考えていなければその場しのぎの言葉となって何も言えなくなる。質問を質問で返すな! みたいな優劣の差も無いのでボキャブラリーも狭くなる。
 久しぶりの汗を流し、俺はそらしてしまう目線を頑張って惜と合わせながら答えた。
「あ、惜が俺に選ばれたいから?」
「な・わ・け・な・い・で・しょ」
 どうやら相性が悪いようだ、と逃避しておこう。
「古代、私だけは選ばないでよね」
「え、なんでだよ」
「一五歳の古代嗣虎が一生涯のパートナーとして選んだのは、一二歳の、見た目的には可愛らしい少女でしたって恥になるわよ? しかも高校に通えるぼんぼんお坊ちゃまの雰囲気というのが少女愛好家みたいな感じで、これから始まる高校生活の悲惨さを想像すればいやはや地獄でしょ」
 俺が無神経な発言をしたのが原因か、煽ってきているように見えるまで呆れられた。
 しかし、別に選ばれても嫌ではないらしいということは無神経な俺でも理解できた。避けているに変わりはないけれど。
「だとしても選ぶ時は選ぶつもりだ」
「当たり前よ、失礼ね」
 そんな反応の中、俺が自分の決意を語ると、惜がさっき言ったことのコンセプトをかなぐり捨てて励ましてくれる。
 ここだ。ここがあるからこそ、本当は、俺は惜を選びたいんだ。
 惜は首を回し、身丈に合わない服装のせいで子供ながら音が鳴る。疲れたのだろう、恐らく座りたいはずだ。
「ここで聴きたいことはないかしら? 知ってる限り教えてあげられるけれど」
 しかし最後の日だからと、惜は負を表さない。この少女は、全力で損をする性格だからだ。
「ここで?」
「ええそうよ。情報漏洩を許さないのがお父様の方針でね、どんなに願いを込めた土下寝でも再び会うことはないだろうから、一応思い出としてどんなことでも訊いてって言ってるの」
 俺の判断が、選ばなかった時の裏切りによる被害の大きさによって選ぶ基準を定めていることをさり気なく理解して、こんな言葉を吐いてくる。
 目の奥では期待しているくせに、さもいつもと変わらない表情で接してくる。
 服装もダサいのを承知で勇気を持ってここに現れた。
 ああ、本当、本当の本当に、俺は惜を選びたかった。
「俺の父さんがここのミーザを俺の物として買ったのは何人か分かる?」
 父さんのことだ、絶対に余計なことをしている。
「それが聴きたいの?」
「もちろん」
「それを訊いて複数のミーザを選んだりしない?」
「今はしない。けれど未来は分からない」
「そ。……一人よ。これでご満足頂けたかしら」
 どうやらきちんと一人のようだ。
「ああ。ばっちりだ」
「他には?」
「惜の好きな食べ物を教えてくれるか?」
 もしも選ばなかったとしても、まだ諦められないだろう未来の自分を予想して贈り物の種類を決めようとした。
「それが訊きたいこと?」
「ああ」
「残念だったわね。エンドシリーズの派生は大体食事が嫌いよ」
 ……エンドシリーズとはなんだ?
「他は?」
「ここのミーザの性格を教えてほしい」
 相性の確認だ。
「それを訊いてどうするのかしら?」
「得した気分になる」
「まあいいわ。では話すけれど、あの子(カオス)はなんでも背負って壊れてしまう性格。ラ・ピュセルは一番の為に二番以下を全て糧にする盲目的な性格。メドゥーサは……完全なツンデレ」
「あのメドゥーサがツンデレ?」
「ツンデレ」
「え?」
「は?」
「いや……分かった。続けてくれ」
「で、アルテミスは本心や想いを隠してしまう自己犠牲的な性格。ちなみに私だけは気色の悪い性格だから訊かない方が良いわよ?」
 そう言うと、惜は小悪魔のような笑みを浮かべ、俺はその魅惑に引き寄せられた。
 下品で汚い部分を知りたくなる性欲的な何かだ。
「あら? もしかして知りたいのかしら?」
 いや、損しかしない性格なのは知っているけれど、何故か今どこか色欲的なアレを感じるのである。
 惜が俺へ一歩近づき、俺の顔を見上げた。
「私はパートナーの為ならどんなことでも好きになるようにプログラミングされた、魂の価値がないミーザなの」
 首元で結んだマントの紐を解いてマントを床に落とし、それとだぼだぼのドレスを下へと簡単に下ろす。
 一体何を始めたのか俺の思考が追いつかないままそれは進行し、黒のブラジャーが露わにされた。
 なんだ、いきなりなにをし出すんだ。
「な、なにしてんだ……」
「凄いと思わない? 羞恥はあるはずなのに嫌じゃないわ。私は古代ととても相性が良いみたいよ」
「だからと言ってこんなこと……」
「あ。そうだそうだ。どうせ古代は私を選ばないのだし、一度だけでもしましょ?」
「な、なにをだ」
「分からないかしら」
「分かるわけないだろ……?」
「ほら、なんて言ったかしらね。セックスよセックス」
 服越しに生の体温を感じる程に密着して来て、俺が離れようとする一方で惜は脱いでは絡まり付いてくる。
 気色悪いというよりも、これでは愛玩用のジルダシリーズのミーザみたいである。買い手が全力で好きになれるように全力で買い手を持ち上げる、そして愛でられ妊娠し、子供を産むためだけに生まれたのがミーザのジルダシリーズ。
 俺の兄弟の過半数はそのジルダシリーズを彼女にしているから雰囲気とかやり口は理解しており、まさに今の惜はそれだ。
「私の部屋へ行きましょうよ。こんなお遊びは他にないわよ」
「よしてくれよ惜。俺はこんなことの為に来た訳じゃないんだ」
「本当は好きなくせに」
「……よしてくれ!」
 ようやっと勇気が出てきた瞬間、惜の抱擁から抜けられた。訳が分からなかったせいで乱れた荒い息を整える。
「嫌われたいのか! お前は!」
「ぜぇーんぜん嫌われるつもりはないわ。これで古代は私を好くのでしょう? 嬉しいんでしょ?」
「は、はぁ? 馬鹿じゃないのか」
「人間よりも高い値段であるバリューのミーザと楽しい楽しいお遊戯が出来るのよ? 思い出として持ち帰るにはとてもとてもお得でしょう?」
 そうやって相手の為だとかそんな気持ちでやっているようなフリして鬱陶しがられるのを期待している惜は愚か者だ。
 普段は何でもない普通のことを楽しく見せる、とても素敵な女の子な癖に。
 だから言ってやる。言ってやることにした。
 言うつもりがなかったことを言うんだ。
「お、俺さ、パートナーは惜が良いなって思ってたんだぜ」
「……は?」
 惜は裸のまま、裸足のまま、呆けた顔をして棒立ちになった。
「その。分かるよ、惜の気持ちくらいなら。最年少だから自分より年上の姉達に外の世界へ行って欲しいんだよな。だからこんな嫌われるようなことをして……ごめんな、惜」
 その時の『ごめんな』は気付いてしまっていたことに対してで、俺は惜の捨て身と言っていいほどの気遣いを潰した。
 多分、今は後悔しか生まれない。
 惜は左手を胸に置き、握り拳にする過程で爪を立て、血がにじみ出るほどに皮を剥いた。
「……そ。……仕方ないわね……私というガキは」
 惜が涙を流すと脱ぎ捨てた服を拾い、そのまま近くの自室へ入る。
 その後ろ姿は細く小さい、か弱い女の子そのものだ。
 こんなことをさせてしまった俺は、きっと一生で一番心を痛めた日になる。そうとしか思えなかった。
 この時点で誰を選ぶのかを決めていたが、本当に良いのかと再び悩んでしまっていた。
 俺の選ぶミーザは、今までの時間の一切を無駄にしてしまうものだ。信頼関係が無ければ特徴すら知らない、未知なる存在。
 アルテミスとカオスには悪いが、もう決めてしまっていることなのだ。
 しかし、それでも他のミーザを選んだとしたら……。
「どうしました、古代さん」
 声が聞こえると、アルテミスが全く足音をたてずに俺の横に居た。
「……あ」
「具合が悪いように見えます。まるで毒を食らわば皿までを実践して喉が張り裂けてしまったような顔です」
「それは酷いな。けれど喉をかきむしってないから違うよ」
「……? 例えですが」
「あ、例えだったのか。失敗した」
 変に身構えて色々疲れが出ているようで、段々と大雑把になっているのだろう。
 俺はアルテミスを見ずに頭を抱えた。
「なんだか疲れています。また家で嫌なことがありましたか」
「あったさ。世話係の白雪に学園への入学を反対されて、その理由に頭があがらなかったんだ」
「そうですね。それは苦痛が大きかったと私も思います」
「アルテミスに、俺の気持ちが分かる訳ないじゃないか」
 アルテミスの息を呑む時の音が耳に入る。
「……すみませんでした。今の私ではあなたを支えられませんね」
「今の──?」
「私の居場所はいつまでも見つからない。……やっぱり独りなんだね、『──』君」
 振り向くが、そこにアルテミスは居なかった。
 代わりにじーさんが三メートル先で俺を見ている。
「やあ、終わったかね」
 声の明るさからして、今までの出来事は知らなそうだ。
「まだです。カオスとまともな話が出来ていません」
「ほぉ? しかしな、それは駄目だ。時間じゃよ。それに名前を聞き出せているだけ許可は貰っとるようなものじゃ」
 許可というのは、選ばれた時のミーザからの了承のことだ。
「分かりました。けれどじーさんはすごいや。誰を選ぼうが心を傷つけ、傷つけられるよ。さすがは『価値』を名前にするほどはある」
「はっはっは。全く嬉しくない誉め方じゃあないか」
「なあ、じーさん」
「なんじゃ?」
「全員欲しい」
「嗣虎君にそれほどの価値はあるのかね?」
「ない。けれど欲しい」
「ハァ。馬鹿を見るのは毎年じゃのぉ」
 じーさんは頭を掻くと、少し真剣な目をした。
「一日二四時間の内、一人に対しての信頼関係を築くのに一二時間を使うとする。その一人を二人に増やせば勿論のこと、割って六時間ずつ使うことになる。二人同時に信頼関係を築こうとしてもそこに価値などはなかろう。一人に対しての信頼関係が大事なのじゃ」
「一人とは?」
「一番を捧げられるのは一人だけじゃ。嗣虎君にとっての一番が二人になることは決してない。子も妻も二人とも一番に愛すことなど不可能なのじゃからな。では、嗣虎君がメドゥーサを選んだとして、他にカオスを付けるとする。嗣虎君が気に入っているのはメドゥーサで、カオスのことは好意を持つだけでまあまあな関係じゃ。それで嗣虎君が満足しようと、カオスは毎日毎日悲しむじゃろうなー」
「それは……そうだ……」
「ハーレムなど馬鹿な夢を見なさんな。元気が取り柄なカオスは毎日枯れるようになり、ラ・ピュセルは大切にしていた君のことを嫌悪し、メドゥーサは君のことで苦しみ続け、惜は失望して逃避し、アルテミスに至っては心を殺すだけじゃ。な、諦めるのがいい」
「けれど、諦められないんだ。諦められないんですよ……」
「ならば全てを愛せるようになった時に選べばいいじゃろう。今は一人だけじゃ。一人だけ選ぶのじゃ」
「……はい」
 俺は覚悟を決めた。
 選ぶのは、
「じゃあ、俺に最後のミーザをください」



ーーー
 じーさんは不思議な反応をした。
 俺の選択に驚かず、むしろ当然だろうというような朗らかな笑みで首を縦に振ると、俺に背中を向けたのだ。
「ついて来なさい、嗣虎君のパートナーを紹介しよう」
 それを聞いて俺の不安と後悔の濁流の勢いは悪化をしなくなる。
 俺はいつの間にか両手が手汗だらけになっていたことに気付き、しかしどうしようもないので対処しなかった。
 じーさんはまず階段に向かい、一階まで降りた。そこから壁に掛けてある写真の並んだ廊下を通り過ぎて玄関前に着く。そうするとすぐ近くのリビングへと入っていった。
 中は質素でソファーとテーブルしかない。それだけである。
 次にそのリビングと隣接している食堂へ向かった。
 そこにあるテーブルは長く、二○ 人は座れる広さだ。ここで俺は、五人のミーザと皿を並べて昼食や晩食を食べたことが何回かある。
 その時は決まってカオスとアルテミスが俺を挟んで、向かい側にラ・ピュセルが居た。ラ・ピュセルの隣のメドゥーサが俺達を眺めて楽しそうにし、アルテミスの隣に惜が居て静かにしていた。
 よく出てくるのは大皿に惣菜をどっさり乗せて、取り皿に食べる分だけ移す形式の料理だった。量は多く、どう見ても俺達で食べきれるものではないのにも関わらずにカオスが俺の皿に料理を移しまくるので、俺の体重は五キログラム増えている。
 今でも、未来でも、あの時の思い出は忘れない。楽しかった。
 ……じーさんが台所を指さす。俺はなんとなくそこに宝物の居場所を知ったような、妙な胸の高鳴りと激しい後悔を感じた。
 いや、後悔は全部に対してだ。
「嗣虎君。わしはな、このミーザのパートナーは嗣虎君だけだと思うとる」
「俺が? 何故です?」
「君は品を選ばない。そんな人はここに来ないからじゃよ」
 いつもと同じ雰囲気でさらっとそう言われ、俺は反応に困った。
 それはそうだ。俺はミーザを人として見ているのだから。
「行きなさい。わしはここで待っておる」
 じーさんはよっこらしょと食堂の椅子に座り、穏やかな目で俺を傍観者のように見る。
 ……そうか、じーさんにとってこれは劇なんだ。楽しみの一つなんだ。
 ならば、今までの恩返しも含め、俺が最高の喜劇を見せてやろうじゃないか。
 俺は台所へ入り、じーさんに背を向ける。
 止められるんじゃないかといらない不安をくぐり抜け、無いはずの壁を突き破った。
 台所の中には窓があり、そこから入る日差しで部屋の明るさを保持している。料理機器の数は二、三回来ただけでは把握出来ないほどであり、数個の器具の中から美味しそうな匂いがする。
「……誰ですか」
 部屋の隅の椅子に座っている人物に気が付いた。
 赤いのか、それとも桃色なのかと見分けが付きにくい緋色の長髪。元気や楽しさを一度も宿したことがないような静けさを感じる、肌色の不気味な目。
「ここに来てはいけませんよ。彼女達ならば二階へ」
 それと声。静かで、ゆっくりで、響いて、心地の良い。今までに出会った全ての人間の中で、俺にとってはここまで異質な存在を知らない。
 いや、ラ・ピュセルとメドゥーサの二人にどこか似ている。完全な空想だが、ラ・ピュセルとメドゥーサのような人は誰一人としていないと感じていた。ラ・ピュセルの表現しがたい狂気、メドゥーサの究極的な優しさ。そしてこの少女には異常な平静だ。
 この三人に近い人はどこにもいやしない。誰一人としてその存在を表現出来ない。
 少し、怖かった。
「俺は……お前に会いに来たんだ」
 それでも俺はこの少女が良い。俺は知っているのだ、この子がいかに人想いなのか。
 緋色の少女は立ち上がった。
「あいさつならいりません。ここはあなたにとって関係のない場所です」
 怒っている様子は無い。むしろ戸惑いを隠そうとしているように見える。
「そんなことはないんだ。じーさんとカオスがちらちらとお前のことを言っていた。もしかしてと思って、でもやっぱりそうだったんだな」
「……一体、何を言うつもりですか」
 どこか強い口調で、少し睨みながら言われた。
 多少怯んでしまう自分に、ほんの少しの苛立ちと嫌悪が湧き上がって来そうだ。
「お前を選びたい。選ばせてくれ」
「他の人を選んでください。私は……」
「俺は、お前が良い」
 こういう場合、俺はなんと言えばいいのか答えを知らない。それでも俺の想いを知って欲しくて、声を荒げてまで言葉を紡ぐ。
「お前がミーザだというのは分かった。理由は知らないけれど、意図的に俺と接触しようとしなかったことも分かっていた。ここの家事、庭の花の手入れをしてるのはお前だと予想できた。そしてさっきも言った通り、俺と接触しなかった理由は分からないけれど、俺はお前でなければ嫌になった。パートナーになりたいと本気で思った。だから理由や根拠を置いて直接ここまで足を踏み入れた! 答えて欲しい、俺のパートナーになっても良いのか、良くないのか……!」
 しかし、少女の表情は何一つ変わらなかった。俺がこんなことを言うのを聞いて、そのまま理解したかのように平然と自身の答えを熟考する。
 少女は近くの台に手を置き、数秒下を向いた後、顔を上げた。
「この屋敷において、私の立ち位置は売れ残りと同義です。皆さんよりも年は上で、正直にあなたのような年下と二人三脚が出来るか心配です。だからここに訪れる人達とは距離を置こうとしていました。でも、困りましたね、今回は私に気を使う人達が居たなんて……。もしこれと同じことが繰り返されるのなら、次は私以外を選んで欲しいですね」
 笑みを浮かべる。少女はこれを不思議な出来事だと思っているのだろうか。
 俺にはこの返事がはいか、いいえなのか、全く分からなかった。
 ……つまり俺のことをなめているのだ。俺のことを信じていなければ、ただの物好きな一人の人間としか思っていない。
 それはそうだ、今まで一度も会ったことが無いのだからこんな反応でおかしくない。
 俺の『お前』という言い方が気に入らなかったのか?
 俺の『選ぶ理由』がどうでもいいのか?
 自分の悪手は数えれば多くある。もっといい方法が存在しただろう。しかし、俺が望んだ結果はこうしてでなければ得られなかったと確信している。
 ま、俺は選んでなんかいないんだけれどな。これはただの誘いに過ぎず、乗っかってくれなければ俺の人生が灰色になるだけだ。
 一度決めたことが駄目になって他の人を選ぶのは、きっと罪だからしない。
「約束したいことがある」
「はい?」
「俺のパートナーになった後、俺に呆れたのなら離れても良い」
 少女の顔つきが少し真剣味を帯びる。
「……そう言えば、あなたの進路を聞いてませんね。私をどこに連れてなにをするんですか?」
「田本学園だ。その中でも犯罪者を片っ端から捕まえていく為の勉強をし、平和部という実際に現場で活動をする所へ入部する。住むのは寮で二人一部屋、料理はしようとすれば出来る。洗濯は自室でも出来る。シャワーもあるが風呂場は狭い。この三つとも共有部屋はあるが自室でしていい。食堂は朝昼晩使える。嫌ならパートナーにならないと言ってくれ」
「私に選択権があるんですか?」
「じーさんがミーザ側の許可でパートナーの成立にした」
「へぇ……」
 難しそうな表情に変わると、自分の左手首に触れる。
「そこに入学する人のパートナーはヒーローシリーズやエルフシリーズ、珍しいものでアルケミーシリーズとエンジェルシリーズが大半でしょう。私はそんなに力が強い訳ではありませんし、人を笑顔にする能力を持っていません。私よりもカオスが適任な場所ですよ」
「それは俺も分かっている。だが、お前がカオスと比べて出来ない分を俺がすれば良い」
「私のどこが良いのか、よくわかりません。そこまでして恩を感じてもらいたいのならラ・ピュセルを選べば良いと思います」
「お前とだったらやれると思ったんだ。俺は、これからを誰かのために捧げる志で田本学園へ入学する。お前となら一番上手くやれると信じている」
「……そうですか」
 少女が片手を上げた。
「──一旦やめましょう。まいりました」
 気付けば、俺の顔面は汗でびっしょりしていた。どうにかしてこの初対面+関わったことのないタイプ+美少女+明らかな年上の相手を自分の一生のパートナーにするというのは、到底語り尽くせないプレッシャーがある。
 死にそうだった。むしろ死にたかった。
 しかし終わった。
 困り顔でもどこか満足そうな少女の表情が、俺の勝ち取った未来を示してくれる。
 段々と疲労を吹き飛ばして喜びが跳ね上がっていくのを感じた。
 良かった。本当の本当に良かった。
 俺は解かれた境界線へ足を踏み入れる。
 少女のもとへ走り出したくなるのを抑えながら、俺は近付いた。
 あらゆる感情を控えて手を差し出す。
「よろしく」
 それでも嬉しさがこぼれる挨拶に対して、少女のか細い手が俺に手に触れた。
「素敵な考えの持ち主ですね。これからを、誰かのために……私もそうしましょう」
 俺達は初めて出会ってから一〇分でパートナーになった。
 俺はもう、情けない所を見せられない。
「そっか。良かった! じゃあじーさんの所へ行こうぜ」
「あら、そんなに引っ張らなくても」
 俺は握手をしたその手を荒くならない程度に引いてここを出ようとする。
 すぐにじーさんに見せてやりたかったのだ。じーさんはこの子のことを心配していたようだし、きっと喜ぶだろう。
 俺達はこれから最高のパートナーになっていく。俺達がそうする。
 まずは少女の為に出来ることをするんだ。




「……あらら」
 汗と冷たさの混ざる手に引っ張られ、私は巣から飛び立つ。
 私はこの冷たさが緊張によるものだと知っているので、この子がいかに真剣だったのか分かった。
 ラ・ピュセル……私は彼女の想いを知っている。
 本当ならこの子に似合うパートナーは彼女なのだ。誰よりもこの子のことを理解して、支え合いたい、好きでいたいと一番好意を抱いていた。
 この子は勿体ない男だ。この子にとって一番価値があるものを、無視してしまったのだから。
 でも引き返せない。私に対して責任を感じてしまっている。
 私は早くから誰かの為に出来ることを出来なかった。




「じーさん!」
 俺達は食堂に出て、結ばれた手と手をじーさんに見せつけた。
「パートナー成立だ。これで良いですよね?」
「ほぉ、よくやった」
 じーさんが厚い拍手をした。心からの祝福のようで、俺はこっぱずかしくなる。
「おめでとう。ではこれからなのだがの、君のパートナーの名前を変えなければならん」
「なんで変える必要があるんです?」
 いきなりの謎の発言に戸惑った。
「情報漏洩は無しで行っているのでな。誰がここを出たのかも分からんようにしておる」
「それじゃあ俺みたいのはどうやってここに買いに来てるんですか」
「普通に買いに来ればいい。ただし、情報は選ぶまで絶対に明かさん」
「それはそれで困るんじゃ……」
「情報も価値じゃろうが」
 ……究極的過ぎるぞ、『バリュー』。
 と言われてもこの子の名前は知らないし、決めるとしても俺がしたら失礼だ。こういうのは本人に決めてもらわなければ。
「緋苗【ひなえ】でお願いしますね」
 と思った瞬間に少女は名前を言った。なんとまぁ、速いものだ。
 じーさんはこれを認め、頷いた。
「嗣虎君、問題ないかの?」
「ありません」
 俺達は朗らかな笑みを浮かべながら向き合う。
 初めての自己紹介である。
「俺は古代嗣虎。よろしく」
「緋苗です。よろしくお願いしますね」
 こうして全ては再び動き出す。なにを目指せば良いのか分からずに、また時間の無駄を繰り返すのだ。
 黄金がやがて錆落ちるように。


───
 青空が雲と混ざり合い、段々と冬の面影を無くしていた。
「……」
 左手首を目の前に出して時間を確認しようとしたが、俺はうっかりと腕時計を忘れてしまっていたようだ。
 空いた両手で腕組みし、家の壁に背を預ける。
 外は寒くはなかった。かといって暑くもない。気持ちの悪い感じがする。
 俺は本当に緋苗を選んでよかったのだろうか? 俺に相応しいパートナーは他に居て、これからを確実に華やかにすることが出来ていたのではないだろうか?
「……ごめんな、みんな。なんて──」
 選択肢一「──言っても許してくれないか」。
 選択肢二「──思ってる場合じゃない。なんか違う気がする」
 みたいなことを考えても精神は休まらない。
「──逆に失礼か……」
 長いため息が口から這い出る。どうしようもない不安に胸を掻き乱されながら、ただじっと耐えた。
 玄関が開かれる音が聞こえ、すぐにそちらへ顔を向ける。
 緋苗だ。
「お待たせしましたね、準備が整いましたよ」
 重そうな鞄を両手で持ち、ちょっとだけ上に上げてアピールする。
 その時、俺は緋苗の物凄く自然体な微笑みを見て訳の分からない混乱を起こし、声がつまった。
「そ、そうか。行くか?」
「はい。行きましょう」
 こんなに従順な人と関わったことがないので、歩きがぎこちなくなりながら出発した。
 すぐ隣に緋苗も歩く。
「嗣虎くん……なんて呼んでもいい?」
「あ、うん、構わないよ」
 いきなり名前ですか、緊張しますよまったく。
「嗣虎くんの荷物ってどうしたんですか?」
「荷物……ああ、あれね。必要ないから置いていっていいよ」
「なんの荷物だったんですか?」
「とあるミーザへの贈り物。緑色のリボンが入っていたんだ」
「へぇ。緑色と……」
「そいつ損ばかりする性格でさ、安心感っていうの? そういうのでね。けれど、俺はそいつを選んでないから……」
「なら気付くといいですね、その贈り物に」
「……ああ」
 そろそろ未練を封じ込めようと、気分を変えるつもりで背伸びをした。
 体のあちこちで音がひしめき、負担が解放される。
「あ、緋苗さん。荷物持とうか?」
「大丈夫ですか? 重いですよ」
「男なんだから女の子より力があるさ」
「ふふ、なら任せますね」
 緋苗の手から鞄を受け取り、俺的に両手で持つほどではないので片手持ちする。
 手の空いた緋苗は鞄の重さで若干前屈みになっていたせいで、少し乱れた髪の左側を右手で直す。
 妙に女を意識してしまう。
「呼び方は緋苗でいいですから、気軽にしましょう?」
「そ、そそそうだな。その方が良いよな」
「あら、なにを赤くなってるんですか」
「む、むむ……」
 何も言えん。
「……そんなことより、これからの行動だけれどさ」
「バスに乗るんですよね」
 緋苗は分かっていたかのように解答を答えた。車が迎えに来る、とも考えても良いのだが。
「よく分かったな。ここからだと田本学園に一時間半は掛かる。乗り物酔いとかないか?」
「ありませんよ」
「俺はある」
「……」
「……」
 会話が止まった。俺の「自分の心配をしろ」と言われんばかりの発言のせいだろう。
 分かっていたさ……。
 俺達はノーマルな表情で前を見て、バス停まで無言で歩いた。
 そのまま目的地に着く。
「あ、嗣虎くん」
 緋苗が小走りでバス時刻表に近付くと、数秒後に声を掛けてきた。
「丁度バスが来ていたみたいですね。来るのが一時間後のようですよ」
「タイミングが悪いなぁ」
 俺が緋苗の歩く速度に合わせたのが原因で、予定よりも遅くなった。
 それにしても、緋苗はどうやってそこまでの時間を把握したのだろう?
「何時か分かるのか?」
 緋苗が「おっ」というような顔になる。
「そうですね、分かりますね。時間は覚えてしまいましたから」
「覚えたって……?」
「まあ、生きてるのが長いですし」
 自慢話でもなんでもない濁した感じでそう言うと、ベンチに座った。
 見た目からして一七歳くらいだが、きっとその何倍も年を取っているに違いない。じーさんの見た目が八〇歳だと考えると……もしかしたら五〇歳?
 ひゃー。絶対に歳は聞けねぇよ。
「お隣良いですよ」
 緋苗が隣の空いた場所に手で叩くジェスチャーをした。
「ああ」
 俺は体をこわばらせながら、失礼にならないように細心の注意を払いながら座る。
 緋苗の横顔を見た。幼さの残る美顔で、香る匂いは女の子そのものだ。目は常に落ち着いた感じがする。
 男だから女のファッションは分からないが、赤色のカーディガンと黒色のツーピースを着ており、かなりの神ルックスなせいで悶々とする。
 俺はこういうのなんだかんだで嫌いじゃない。
 それからも関係がまだ良好ではないからか、ずっと無言が続いた。
 けれどどこか居心地が良く、悪い気はしない。
「……あ、嗣虎くん」
 かなりの時間が経った時だった。緋苗がふと何かに気付く。
「鞄にはリボンの他に何が入っていたんですか?」
 恐らく、緋苗は俺の鞄に財布や携帯電話など、なくしてはならないものが入っていたのではないかと思ったのだろう。
 しかし心配はいらない。それならポケットに入っている。
「お金だよ、ミーザを買うためのね」
「それだけですか?」
「ああ」
 今までも分割に払っており、合計して数億円以上の額になっている。普通のミーザであれば国からの支援でお金を取らないが、バリューは国から支援をされてなければ個人で造っているのでどんな額でも請求できる。
 しかもあのじーさんはミーザにとんでもない能力を付けると聞く。バリューの情報が全く公開されていなければ認知度も無いのだが、そこで既に買っているミーザの能力なら知ることが出来る。
 有名なのはじーさんが一番最初に造ったミーザの『メドゥーサ』。屋敷で出会ったメドゥーサとは別人のミーザだ。どこかの金持ちが性能的にも見た目的にも性格的にも最高なミーザが欲しいとかなんとかで色々と探しているところ、それを狙って借金地獄で泥まみれなじーさんが作り上げた『メドゥーサ』を直接推した。じーさんとは反対であまりに美しく、誇り高く、無敵の強さを持っていたので即商談成立。そこから目が回る程の金銭を手に入れたという。
 その能力というのが『分裂』だ。体のどこの部位でも分裂して自由に動き回る。蛇になれば鉄になることだって出来るし、他人と瓜二つの姿にもなれる。とんでもない力だ。
 つまり、数億円払ったとしてもまだ足りないくらいに価値はあるということである。
「嗣虎くんはどうしてバリューのミーザを選んだんですか?」
 笑みを浮かべて訊かれ、俺は何故そこにしたのか振り返る。
「……二三〇〇年から人造人間をパートナーにすることが決まって二〇〇年経って、確かにシャドウシリーズのミーザであればお金なんか必要がない。でも、バリューには寿命を削ってでも欲しい魅力があったんだ」
「どこに惹かれたんですか?」
「人間より人間してるところ……かな」



 小さい頃、父がミーザを貰いに来たというバリューへ何度も行ったことがある。
 その時は無駄に金を持っていたし、バスを利用して屋敷を見に来ていた。
 中に侵入したこともあり、実際にミーザの姿と声を確認している。
 監視カメラが設置されていることなんて気付かなかったが、通報されたり、怒られることは無かった。
 そこで毎回出会っては遊ぶミーザが居た。同い年くらいで綺麗な金髪をした女の子である。
 俺はその子と色んな遊びをしたと思う。おままごとや#華冠__はなかんむり__#とか女の子らしいこともしたけれど、一番印象に残った遊びは駆けっこだ。
 俺が逃げる役をするとすぐに捕まるし、鬼であればタッチするすれすれで避けられて、よく手のひらで踊らされていた。
 その女の子の特徴は特になかった。でも、途切れることなくずっと一緒に居たような気がする。
『私ね、買い取られたくないなぁ』
『仕方ないよ。人類の人口が少ないんだし、それに貧しい人が一杯いるんだから』
『私みたいのは子供を産まなくちゃいけないって言われたんだ。お前は好きなことや嫌いなことを決めず、購入者を一番にしなくちゃならないんだから礼儀正しくしろ、とかね』
『やだね、それ』
『怖いよ、古代さん。きっと購入者さんは私が勝手なことをすると、凄い怖いことするんだ。なんかね、従順じゃなかったミーザが購入者さんに殴られて下半身不随になったとかも聞いたし、無理矢理性行為させられてうつ病になったとかも聞いたよ』
『酷いね』
『……死にたい。そんなに外が怖いなら死んでしまいたい』
『でも大丈夫だって』
『なんで?』
『ピュセルのパートナーは俺だから』



「人間的……。……?」
 緋苗は首を傾げた。納得出来そうで出来ない微妙な表現に、疑問を持っている。
 やがてその正体に気付いたのか、自分の指をもじもじし出した。
「それは、恋というものなんじゃ──」
「──バ、バスが来た。」
 平然を装いながら話を中断する。
 正直心の中で焦った。
 どういう考え方をしたらそんな結論になるというのだ。しかも大当たりも大当たり、そうとも俺はバリューに好きな女の子が居た。
 だからと言ってそれを明かすつもりは全くなかったのに何故分かる、何故言える?
 緋苗の洞察力に感服しながらも、ベンチから立ち上がって前へ出る。
 バスが目の前に止まると後ろを振り返った。
「い、いいいいこうか?」
「(……訊かないでおきますか)」
「ひ、緋苗? どうかした?」
「恋でしょ」
「訊かないって小声で言ってたじゃないか!」
「図星なんですね。可愛らしいですよ」
「もういいじゃないか! ほ、ほら行こうぜ!」



 結構慌てながらバスの中へずかずかと入る嗣虎くんの姿に、私は彼の心の強さを感じた。
「優しいですね……ふふ」
 普通なら後悔や過ちがあるとすれば出来るだけ考えないようにする。そうして逃げて逃げて、忘れた頃に幸せになる。そうやって人間とミーザは生きているのである。
 しかし彼はずっと心を痛めて幸せになろうとしない。きっと私を選んだことを後悔しているだろうに、忘れず、選ばなかったミーザへ思いを馳せる。
 これからずっと、嗣虎くんは心の底から笑うことはないだろう。
 私には彼の魂胆が見えている。いつか、死んだとしても、バリューのミーザを引き取りに行く。
「面倒くさい人とまたパートナーになっちゃったな……。しかも性格が全く一緒だなんて、怖い怖い……ふふふ」
 実体験は今この場に居る私だ。
 私はしょうがなく嗣虎くんの後ろに付いていった。


───
 で、学園の寮に着いてしまった。
 まずあれだろ、バスに乗って若干酔うだろ。緋苗に心配されて自己嫌悪に陥るだろ。情けないところを既に見せてしまうだろ。
 ふらふらしてるんだよちくしょー。
 田本学園に隣接された場所に寮はあり、三月の三〇日だからであろう静かである。それとも午後の五時だからだろうか。
 早速見上げると、寮舎はホワイトカラーのコンクリート。
「結構普通ですね」
 いや普通でなければ何がある。
 同じ形の窓が同じ間合いで縦にも横にも広がってたり、壁が白かったり、見た目ならばどこにでもある寮そのものだ。
 早速中へ入ることにする。
「案外広いですね」
「確かにな……うぷ……」
 味のない天井、広い木床の廊下。気張る要素は見当たらないので過ごしやすくはあるようだ。
「嗣虎くん嗣虎くん」
「緋苗ぃ……なんだぁ……」
「スリッパはあるんですか?」
「……ヘアッ!?」
 そうだったそうだった、スーパーに寄って晩食を買うついでにスリッパを買う予定だったんだ。すっかり忘れていた。
 けれど俺、酔っているから忘れていても仕方ないよな。
 と、その時に目の前を一人の少女が通る。
 これはチャンスと思い立ち声を掛けた。
「あの〜すみません」
「え? あ、な、うう、何でしょうか……!?」
 声を掛けられた少女は少しばかり驚くと、困惑顔であわあわし出した。
 間違った相手を呼び止めてしまったかなと少しばかり後悔する。
「どこかに来客用のスリッパとかありませんか?」
「……ぅ」
「……あの?」
「……きゅぅ」
 なんだか分からないが顔を真っ赤にして尻餅をついてしまわれた。
 目も赤く、涙を溜めているのが分かる。怖がっているとか、勿論違うだろうが悲しくてそうなっている訳ではなさそうだ。
 ……にしても珍しい。この少女は何度も赤の絵の具を塗りたくったような深い、深い紅の長髪と瞳をしている。この時点でミーザだというのは確定なのだが、その、非常に魅力的だった。
 気持ち悪いくらいに俺の好みと合致しているのである。俺が造ったのではないかと信じてしまえるほどにだ。
 緋苗は無表情でその少女を見つめている。
 とりあえずもう一声掛けてみる
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですえとえとお帰りなさいませ」
「え」
「ごごごごめんなさい間違えました! ただいまでした!」
「え」
「あ違いましたねえとえとえと? ふむふむ、理解しました。しかしそれでは斜め四五度からえいえいしてる感じなので仲良くなれませんよ。私的分析の結果ですと本来の目的が達成される確率が──ひぃごごごごめんなさいー!」
 訳の分からないことを口走ったかと思えば、何やら平然と独り言をし始める。
 ……何この子怖い。
「虎なんとか様ですよね? お帰りなさい!」
「……え」
「嗣虎くん、ここの住人なんだからお帰りなさいと言われても別に何にもおかしくないですよね」
「あ、そう言えばそうだ」
「お帰りなさいませは違う気がするけれどこれは的確ですよね」
「あ、本当だ」
「謝れば?」
「ごめんなさい」
 俺は自らの罪に気付き、解放された。
 というか虎なんとかと言われても『嗣虎』だから、虎より先になんとかと付けてもらわないと名前が『虎○ 』になってしまう。
「その件ですがこんなこともあろうかと、虎なんとか様の為だけにスリッパを用意させて頂きました! 少々お待ちくださいませ!」
 この時の少々って大体長いよな、なんて思っていると少女は自らの服の中に手を入れ背中に回し、スリッパ一足を目の前に置いた。
「どうぞ!」
「いやいやいや何これ豊臣秀吉かよ胸じゃねぇけれどさ!」
「すみません、乳房が鬱陶しいので背中に変更しました。私的分析の結果によれば冷たくはありませんのでご安心して履いてください!」
「乳房が鬱陶しいなんて初めて聞いたし足の裏でお前の体温感じなきゃいけねぇのかよ!」
「嗣虎くんってば彼女の想いを潰す気?」
「いやーうーんなんか違うよなぁ」
 色々と物凄くおかしいが、解決出来そうもないのでここはスルー。
「一足分助かったけれど、これじゃあ緋苗と中に入ることは出来ねぇよな」
「大丈夫です! 片足でけんけんしていけばなんとかなります!」
「すみません、私こけるのでパスしますね」
「いや、俺は待ってるから緋苗が先に行っててよ」
「え、でも」
「ほらレディーファーストって言葉があるじゃねぇか」
「けんけん……」
「「それはない」」
「ありえます!」
 そう言われては何も言えん。
 そうして緋苗は生ぬるいスリッパを引きつりながら履くと、その表情のまま少女の方へ向いた。
「その、寮長の所まで案内してくれますか?」
「嫌です!」
 少女は笑顔で即答した。
 逆に笑える。
「どうしてですか?」
「何故私があなたの案内をしなければならないのでしょうか?」
「私がここへ来て間もないからですよ」
「私も今日来ました」
「そうなんですね」
「だから一人で行ってきてください」
 完膚なきまでに拒絶された緋苗は眉をぴくぴくしながら口ごもり、錆び付いた機械のようにギギギと俺へ首を曲げる。
「では、探しに行ってやりますね」
「お、おう……」
 なんだか悔しそうな文句を残すと、床をドンドンと慣らして探しに行く。
「近頃のミーザはこんなに生意気なの!? ですんですですんです!」
 と、小声をもらしながら。
 あんな場面があるなんて知らなかったが、一人の時にああ言うので決して怒りっぽい訳ではないのはなんとなく分かった。が、『ですんです』というのがなんとも謎で、意味不明過ぎて怖くなってきた。
「では虎なんとか様、上がっちゃいましょう!」
「いや、今緋苗が取りに行ったんだが……」
「基本的にスリッパでの移動であって、忘れてしまえばその足で歩いても構いません!」
「そうか。それでも緋苗を待たなければ怒るだろうし……」
「私的分析の結果では無駄のない行動が自由を生み出します。損を顧みず、得を急げば全て元通りなのです」
 ということで強引に腕を引っ張られてあがらされ、靴を玄関に置きっぱなしにして少女に付いてこさせられる。
 抵抗しようかと思ったが、意外と貧弱な筋力を持っているぽかったのでされるがままにしておいた。
「おいおいどこへ連れていく気だ!?」
「寮長のもとへです!」
「は!? ……て、緋苗の行った方向の真逆じゃないか!」
 なんと恐ろしいことだろう。さっきから緋苗への過酷が降り注ぎ過ぎている。
「あ、」
「どうしたてかいきなり止まるな──おわわわ!」
「ひ、きゃあああ!」
 何故か立ち止まる少女に身体がぶつかり、衝撃で前へ倒れてしまわれた。
 俺は悪くねぇぜ。引っ張られてたからな。
 そこでどうしてこの少女が立ち止まったのかを知るため前方を確認すると、無表情な少女が一人俺達を見ていた。
「……」
 無言である。
 銀髪碧眼、ミルクのような白肌にぱっちりとした目をしており、美少女と表現されておかしくない。髪は結わずストレートであり、白を基調とした制服を身に付けている。しかし、それはこの学園の制服ではないのですこし不思議だった。
 その少女は真っ直ぐと俺の目へ視線を向ける。
「……」
 無言である。
 胸の内で何かを思っているのかと考えたが、ただ強く視線を向けて来るだけで、コミュニケーションの仕方が分からないだけなんじゃないかという答えに辿り着く。
 一歩近付いてみる。
「……!」
 さっ、と一歩下がってしまった。
 猫かよ……。
 一見同年代なので下手なことを口走れなく対応に困るが、なんだか解決策がやってくるまで待つのは負けた感じがしてくるのでなんとかすることにする。
 俺のすること、それは──。
「……! ……!?」
 普通に歩いて近付くことである。
 少女は混乱してその場から動けず、俺を手が届く距離まで接近させてしまった。
「あ、あのさ、」
「…………!」
 しかし、それでも少女の目は俺の目を真っ直ぐと強く見つめる。
 あ、これ睨んでるんだ。ってことに気付いた時には自然と手を少女の頭の上に乗せていた。
「……?」
 ハテナマークが見えてしまうくらいに戸惑った表情をする。
 俺はまあまあ優しく撫でた。
「……」
「どうだ? 少しは安心したろ」
「……?」
 少女は物凄く不思議そうな表情へと変わり、憎悪的な何かは向けられなくなった。
「わ、虎なんとか様が女の子を撫でていらっしゃる!」
 ここで騒がしい方の少女が声を上げてしまうから、少女は彼女を睨みつけてしまった。
 と思ったが、すぐにその目はきょとんとし、不思議そうに彼女を見つめる。
「どうしましたか?」
 彼女が笑顔でそう言うと、俺を壁にして隠れてしまう。しかしちらっと顔を出しては様子を伺うので、俺は立ち尽くす他無かった。
「──フリアエ、何をしている」
 廊下の横の扉から白色のスーツを着た青髪の女性が出て来ると、俺の前の少女に声を掛けた。
 すると少女はその女性をまたしても睨みつけ、無言を行使した。
「誰に向かってその目をしている」
「……」
「殺されたいか?」
「……!?」
 少女はびくりと身体を震わせ、俺の後ろへ回ってまたしても壁にした。
 このお姉さん怖いぞ……。
「ほう、君はフリアエに心を許されているようだね」
「あ、はぁ。そうですかね」
「私はヘラだ。その子はフリアエ。私達はゴッドシリーズのミーザだから態度には気をつけるがいい」
「……ゴッドシリーズっすか! うわああああすいませんっすー!」
 とここで衝撃の事実が明かされた!
 聞いて驚け、ゴッドシリーズとは政府の管理の下造られた究極のミーザである! じーさんのミーザとは比べられないほどの研究費用から造られ、尋常ではない力を持った最高のミーザである!
 傷一つつけてしまえば死ぬ!
「まあそんな硬くならなくて構わない」
「い、いえ! そういうわけにも参りません!」
「フリアエが戸惑ってしまうだろう」
「そ、そうですね! すみません!」
 実際戸惑ってしまっている後ろフリアエの為に深呼吸をした。
「早速だが、フリアエはこの学園へ入学することになった」
「あ、はぁ、そうですか」
「今年のゴッドシリーズは数が多くてな、フリアエ以外のミーザも他の高校へ入学する」
「はい、そうですね」
「なんにしてもゴッドシリーズだからな、この学園の全てがフリアエを大切にし、もしも大惨事があればフリアエが前を立たなくてはならなくなる」
「えぇ、大変ですね」
「しかし、ご覧の通りフリアエはそんな性格だ。いつか駄々をこねて部屋の隅で涙に溺れるのが目に見える」
「心配になりますね」
「君がパートナーになれ」
「……うひゃぁ!」
 だからどんだけ緋苗に過酷が降り注いでるっちゅうの!
「お、俺よりも適材の人はいるんじゃ……」
「元々フリアエにはパートナーは必要がない。だが、フリアエには共に助け合える……いや、助けてもらえる人が居なければならない」
「一方的なんですね」
「一方的だ。そしてフリアエが心を許す生き物は限られている」
「誰なんですか?」
「君だけだ」
「ひゃああ!」
「なんとかしてくれ。私は用事が終わったので帰る。どちらにしても君の匙加減でどうにかしなければ回収に来るだけだからな、私は何もしない」
 と言いながらヘラは俺の横を通り過ぎ、フリアエを一発叩いてこの場を去った。
 ……で。
「パートナーが増えるよ! やったね虎なんとか様!」
「おいばかやめろおおおおおお!」
 俺は首ちょんぱ確定のルートを進むこととなった。



ーーー
 薙刀というのはご存知だろうか? 棒の先に切れ味の鋭い日本刀みたいなものを取り付けた斬撃特化型武具である。
 あれを使うときは周りの敵を殺すためにぶん回し、戦闘で他の武具よりも優位に立つ為に造られた。
 だが、集団戦争をする兵達にはそのぶん回すというのはやりづらく、仲間に当たりそうになることから別の武具が採用され、退化していった。
 やがて薙刀は僧侶や婦女子が使うものとなり、その印象はとても一般兵士が使うものだとは考えつかないだろう。
 俺も薙刀は女が使うものなのだと感じ始めている。
「……! ……っ! …………!」
 俺を盾替わりにして鋭利な視線を周囲に振り回し、とあるご機嫌斜めな白猫様は部屋の寮長室の人達を近寄らせない。
 例外としてこの寮に着いて初めて出会った少女がその白猫様の後ろに居る。名前は白火圭弥【しらびよしみ】と名乗っていたっけ。
 そう言えばだが、白猫は確か不吉の猫らしい。不吉といえば黒猫が思い付くだろうが、あれは福の猫だ。
「いやーすごいね君。その子になにをしたら懐くんだい?」
 背丈が高く、どこかのプロレスラーのような巨漢の男の寮長がソファーをギシギシ言わせながら訊いてきた。
「は、ははは……謎ですよ」
 俺も寮長の向かいのソファーに座っており、酔いも軽くなってきたところだが、俺のソファーを介して真後ろに張り付くフリアエに落ち着くことが出来ない。
 息遣いもダイレクトだからなぁ。
「もしかするとよ、撫でて懐かせたんじゃね?」
「それはあるねー!」
 細身のザ・イケメンな寮長のパートナーらしき男がそう言うと、寮長はそれに同意した。
「古代嗣虎君、試しにその子を撫でてみせてよ。どういう反応をするのか気になるんだ」
「え、えぇ俺は構いませんが……」
 寮長の無茶振りに困惑を隠せないが、一応フリアエの方へ向く。
「……。」
 今までの睨みが無くなり、不思議そうな顔で向き返される。
「ごめんよ」
 俺は出来るだけ人に対してするような手付きでフリアエの頭を撫でた。
 するとフリアエはしゃがみこみ、寮長とそのパートナーの視界から入らないようにしてしまう。
「……ふぅん。その子は本当に君だけに心を許してるようだね。もしかしてはにかんでるんじゃない?」
「ははは、そうみたいですね」
 実際は物凄い無表情である。今ので俺への信頼は全て消し飛んだんじゃないか?
 まぁ、こうしないとフリアエに関わってくれなくなりそうだからやったんだけれどさ……。
 もう一度フリアエの方を向いた。
「……」
 次は不思議そうな顔であり、俺は驚きと共にフリアエがどういう判断基準でそんな風に表情を変えるのかと考え始める。
「そうそう、さっきヘラさんから聞いたんだけどさぁ」
「ええ、はい」
「その子には目隠しが必要らしいよ」
「め、目隠しですか?」
 なにそれ。
「詳しくは教えてもらえなかったけど、その子の五感が特化していて普通の人よりもたくさんの情報を取り込んでしまうから、その一部を封じて心配りの通じる状態にしとかなきゃならないらしい。多分その子のポケットに布が入ってるはずだよ」
 寮長の説明を聞いてますますなにそれである。ミーザというのは確かに人造人間だから普通の人よりも高性能に造ることは出来るが、そのコントロールの為とはいえ視界を封じるなんて勿体ない。
 しかもそんなことをしたら怖いのではないだろうか。
 後ろのフリアエはスカートのポケットから黄色の布を取り出し、それを俺に渡した。
「いや渡されても……」
 何故に俺へ渡す?
 感触からして薄く、光を通せば透けて見えるくらいには救いがあった。これをフリアエは目隠ししなければならないとは、一言では言い表せない気持ちを抱く。
「着けてやればいいんじゃねーの? ……おっと睨まれてる〜」
 寮長のパートナーが発言した瞬間にフリアエが睨む。
 何か恨みでもあるのだろうか……あるから睨んでるのだろうけれど。
 俺は抵抗がありながらもソファーから立ち上がり、フリアエの後ろに回る。フリアエは後ろを向いて不思議そうに俺を見つめた。
「前向いてろって」
 俺はそれだけを言って前を向くのを待つ。
「……」
 フリアエは五秒間俺を見つめた後、さっと前を向いた。
 柔らかな銀髪に触れながら布を巻き、眼球に圧を掛けないよう注意して固定すると一結びし、余った端の布を輪っかに通して無くした。
 台風を受けた時や掴まれた時にしか自然には取れないだろう。
 フリアエはそれが終わったことを感じ取ると、鼻をひくひくさせて俺の位置を把握し、すぐに俺の後ろに回った。
 白火はフリアエにぶつかりそうになるのをひょいっと避ける。
 俺は服の一部を摘ままれる感覚がした。その位置を見るとフリアエが左手の指で俺の服を摘まんでいる。
 俺はまた迂闊に動けない状況へ……。
「おお! 目隠ししているだけなのになんだか可愛らしくなってるね。ぃんや、あの目さえ無ければ完璧なだけか……ほうほう」
「そうですかね? 俺にはよく分からないです」
「元々可愛い奴ってのは感じてたが、これは間違いなく可愛いって奴だなー!」
「ええ、はい」
 俺はノリの良い寮長達に適当な相槌を打ちながらフリアエを心配する。本人からすればこれは嫌なことで、いちいちそれに指摘されたくないだろうと思うからだ。
 フリアエの様子を伺うと、フリアエは真っ直ぐと俺の顔へ隠された目を向けていた。睨んでるっぽさは無く、ただ普通に俺を見ている。
 少しは透けて見えるので問題はあまり無いが、どこか固いものが抜けたような表情だったのでこれで良いのか良くないのか分からなくなってきた。
「あの、寮長さん」
「お、なんだい?」
「話を戻しますけれど、部屋は一階の左端なんですよね」
「そうだね、その子と隣だから連れて行ってやってくれ」
「あ、はいもちろん。それと俺のパートナーが居るんですが、挨拶した方が良いですよね……?」
「ああわざわざしなくていいよ。おれ達はそこまで礼儀にこだわるタイプじゃないし、これから夕食を食べに行くからね」
「……夕食準備してなかったや……」
「古代嗣虎君も一緒に来るかい? 今日はファーストフードで食べに行くんだ」
「俺はパートナーが居ますし、フリアエを放っておくのも絶対出来ませんし、今日は色々とする事があると思うので遠慮しておきます」
「そうかい、立派だよ。じゃ、鍵を渡そうか」
 寮長はにっこりと自分の机に移動して中からリングに通した鍵束を取り出し、その中の三つを俺に手渡した。
「古代嗣虎君とそのパートナーの部屋の鍵二つと、その子の部屋の鍵一つを君に渡すよ。無くさないでくれよ?」
「はい、ありがとうございます」
「寮長様! 白火圭弥の部屋の鍵を忘れてます!」
 と、ずっと黙って話を聞いていた白火が声を上げた。てか叫び上げた。
「おっとごめん。はいよ」
 寮長は鍵を一本渡し、またソファーに座る。
「これで大体は終わりだよ。部屋を整えて、今日はゆっくりすると良い。入学式は七日後なんだからさ」
「はい、そうします」
 そう返事をした後にフリアエをどうするか一瞬悩んだが、フリアエの左手を掴んで扉へ移動することにする。勿論白火も付いて来る。
「失礼しましたー」
 軽くそう言って扉を開ける。
 はぁー疲れた寮長達に変な気の使い方してしまったかもなぁなんて過去を振り返っていると緋苗が笑顔で待っていた。
 俺は扉を閉める。
 また開いた。
「さ、部屋へ行きましょうね」
 緋苗は別に機嫌悪くそう言わず、むしろ清々しく先導する。
 なんだこれは怖い怖い。
 俺はフリアエが転ばない速度でゆっくりと付いていった。
「ふふふ、ふふふ……」
「ど、どうした、緋苗」
「ふふふふ……」
「ひ、緋苗?」
「その女の子誰ですか」
「え」
「その女の子誰ですか」
「え」
「説明してください」
 このままでは怒るだろうと何度も思っていたが、実際怒っている雰囲気を纏いながら訊いてくる。
 『?』のニュアンスを感じない為、どうやら強制らしい。
 俺は逆効果かも知れないと思いながら、しかしフリアエを第一優先にしてこう答えた。
「俺のもう一人のパートナーになったフリアエ」
「はい?」
「ゴッドシリーズってのがあるだろ? 稀に学校へ入学して俗世の生活をすると同時に学校の代表になったりするミーザ。普通は人の方がパートナーとして釣り合わなくて必要がないけれど……俺に託されちゃってさ」
 すると緋苗は俺の横に居るフリアエを見て、ゆっくりと手と手を繋いでいる部分に視線を動かす。
「目隠しプレイですね」
「ちげぇーわ!」
「つまり、私はフリアエちゃんと一緒に嗣虎くんのパートナーをすれば良いという訳ですね。あら? フリアエちゃんが震えてますね?」
 言い方として全く緋苗に信頼されてないんだなと反省すると共にフリアエに気を向ける。
「……!? ……! ……!?」
 フリアエの顔は緋苗に向いており、俺から一目で怯えていることに気付く。
 ヘラに対しては警戒しているだけだったが、明らかに緋苗には怯えている様子を見て、やはり緋苗は異常な存在なのだと改めて認識した。
 寮長が言っていた『五感が特化している』というのを信じれば、フリアエは緋苗から何かを感じ取っているのだ。
「どうしました、フリアエちゃん?」
「……!?」
 緋苗からの言葉で完全に怖じ気づいたフリアエは俺を壁にした。
「……何かしたのかよ?」
「ふふ、何にもしてませんね」
 本当に何もしていないのでこれ以上言える言葉が見つからない。
「……ひ」
 しかし、それでもフリアエは声を出してしまうほどに恐怖している。というか初めて聞く声がこんな状況だなんて最悪だ。
 とりあえずフリアエと緋苗が出来るだけ関われないように俺が間に立っておくべきなのだと考え、身体をずらしてフリアエを見えなくする。
 フリアエは小さい身体なので俺くらいであれば全部隠せる。
「あ、分かりました! 虎なんとか様!」
「うわ、いきなり叫び上げるなよ白火……」
 何故か付いてきていた白火が俺に話しかけてきた。
「私的分析の結果、フリアエ様はこの女の腹黒さに感づいて怯えたのです」
「あら面白い冗談ですね」
「ええい私を年下だからってなめる女が何を言いますか!」
「な、なめてなんかいませんよ? おかしなことを……」
「あなたは実際に人のことを空想であれこれ考えるような腹黒女ではありませんか!」
「そんな、そんなことは……ぐ」
 す、すげぇぞ。緋苗が年下の白火に何も言い返せてない。
 まぁ腹黒いというのは無さそうだけれどな……。腹黒かったらこんなこと言われて適当なことも言い返さず聞くなんてこと出来ねぇし。
「フリアエ様には虎なんとか様を介して私が付いています! 怪しい動きを見せれば私がガブッとしますから気をつけてください!」
「も、もう分かりましたよ。これからは気をつけますから……」
 緋苗は若干口をつかえながらも困ったような表情で白火の要求を呑んだ。
 ……何か隠してね?
 勘鋭く緋苗の不自然さに疑問を持ったが、問い詰めても答えてくれないだろう。
「ひぃ……。ひ……」
「けれどまだ怯えてるぞ。本当にどうしたんだ?」
「あれです虎なんとか様」
「なんだ白火」
「背中に氷を入れられた時の感触と同じなのです!」
「よく分からん」
 高齢者にしてしまったら大変なことになるからやめようね。
「それより、白火は帰れよ。そろそろ俺達の用事を済ませなきゃいけないからさ」
「いえいえ、虎なんとか様を放っておくことは出来かねます!」
「フリアエじゃなくて俺かよ……。後な、俺の名前は古代嗣虎だぞ」
「虎なんとか様ですね!」
「……」
 なんも言えん。この少女に対して言い返せる人って誰一人居ないんじゃないか?
 良くも悪くも(大体悪い)正論ばかり述べるので言い争いに勝てっこ無さそうだし、一応俺と同じくフリアエに警戒されないので居てくれた方が良いかもしれない。
 しかし、かわりとして緋苗が可哀想な目に合うのでそれはどうかと思う。緋苗と相性が良い人はここに居ないし……。
 かと言ってフリアエを白火に預けるのも得策ではないだろう。ヘラにフリアエを任されたのは俺なのだ。
 ここで三つの選択肢が思い浮かんだ。
一、白火とおさらばして緋苗とフリアエでこれからを話し合う。
二、白火とフリアエにおさらばして緋苗に今までのことを謝る。
三、白火とはおさらばし、緋苗かフリアエの二人の内一人を選んで今日を過ごし終わる。
 いや待てよ? 逆転の発想をするんだ。俺が白火と一緒にいて緋苗とフリアエで話し合ってもらうんだ。そうすればこのぎくしゃくも終焉を迎えるだろう。
 緋苗のパートナーとして、緋苗を信用しているのならこれくらいなんともないはず。
「しぃーらぁーびぃー?」
「どうかしましたか?」
「ちょっと二人で話し合おうか?」
「……ひ、ひぃぃぃぃぃ!」
 俺の満面スマイルに白火は顔を真っ青にした。
 恐らく何を言われるのか想像出来たのだろう。賢い女だな。
 俺はフリアエからそっと離れ、白火を引っ張って玄関に向かう。
「……!?!?」
 俺が離れることによってフリアエが首をあちこちに回して混乱するがあえて何もしない。
「緋苗ー! フリアエを頼むなー!」
「あの嗣虎くん私とフリアエちゃんってば滅茶苦茶相性悪いんですよね、だから置いていくのは──」
「任せたからなぁー!」
「そ、そんな……」
 緋苗の困り果てた顔を確認し、それでもやはりなんとかなるんじゃないかと期待した。



───
 わたしはこの女に見透かされている。見透かされているんだ。わたしが思考していることや抱いている気持ち全てを見透かしている。
 緋苗という女の顔は布越しでよく見えなくとも、匂いと声と空気に漂う熱の温度、なんとなく感じてしまう味がこの女の心を精密に覗けてしまう。
(どうしよう……何を考えてもフリアエちゃんを怖がらせてしまう。理解してしまったものは取り消せないし、どうしたら……)
「ひ……!!」
 わたしは既に嗣虎が離れていったことを知っていてもこの場で探さずにはいられない。彼はずっと助けてくれる、助けを求めれば無限に助けてくれる意志を持っていた。あの優しさにすがらなければ狂って狂って気持ち悪い、あの優しさを利用せずにいられない!
「あのね、フリアエちゃん」
 緋苗が下手くそな笑顔でわたしに近付いてくる。
(大丈夫、私はフリアエちゃんが心を読める子でも平気だから……ね?)
「来ないで……来ないで……!」
 わたしの中を這いずり回って全てを理解し尽くして、緋苗は明らかにわたしへ向けて心の中でそう言った。
 わたしが感じていること、汚い部分まで全てを彼女は分かっている。だからわたしが心を読めることも分かっている。
 そんなのイヤだ! わたしの誰にも言えない気持ちも今まで味わった苦痛も誰にだって理解されたくないのに! この女は全部理解出来る力を持っている、だからわたしの中身を見尽くす!
 わたしよりも、わたしだけが持っているはずの読心よりも優秀だなんて認めたくない! わたしの存在価値を下げる人がいるのはイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ……!
「わ、私はね、ただのミーザだよ? どこにでもいる人造人間の中の一人のミーザ。こう、どう伝えたら良いのか物凄く悩むけれど、私はミーザ、あなたはフリアエちゃんでしょ?」
「ぅぅぅ!」
「そんなに睨まなくても良いよ、フリアエちゃん。私とフリアエちゃんの性能は比較出来るものではないんだから。何も恐れることなんてないんだよ?」
「来ないでって言ってるのに! 来ないで来ないで来ないで来ないで!」
 この女のあらゆる五感がわたしの中に入ってくる。誰にも止められないほどに強くわたしを剥いていく……!
 すぐに視界から消えて匂いも嗅がせず音ももらさないようにしないとこの感覚は続くに違いない。
 でも動けないんだ。わたしの行動一つ一つが彼女にとっての分析材料なんだ。このままだと行動パターンまで読まれる、何もかもを読んでわたしの自由までもぎ取るんだ……!
「フリアエちゃん」
「な、なんなの!?」
「私の心を読んでみて」
 彼女の優しい声を聞いて悔しくも落ち着いてしまうわたしは、嫌々ながら情報収集の歯止めを緩めた。
 意図的な混乱状態を少し減らして彼女の心を読んでみれば、尋常でない不快感が流れ込んできた。
 気を抜けば吐き気を催すほどの訳の分からない気持ち悪さで彼女は自身を満たし、わたしに何を思っているのかを知らせない。
「ごめんね、でももう少し読んで」
 だが、それも段々と弱まっていく。それは一度巨大な塊となり、やがて砂のような細かくさらさらな状態となった。
 その時になってわたしは彼女の心を読めるようになる。
(あなかざむあなむなうなやがなぁさらなやなさねねめてゆゆゆゆよもととめめよゃががこゆでけけぬざやえつてねががゆさこたでゅねまどすのよへさゆけなかははみーざねばひげれ)
「な、何をした?」
 彼女は何も考えていなかった。考えていないというより、思考が成り立っていない。
 中身と外側が違うくせに、彼女は笑顔を向ける。
「過去の記憶を全て思い出して、脳を疲労させたの。今の私はまともももではないけど、フリアエちゃんにとって怖い存在じゃないよね?」
 ……彼女の言うとおり怖くはなかった。まるで人形のような印象へと変わり、わたしが不愉快になることはなくなった。
「ふぁ〜……。じゃあ入っちゃおうか?」
「……?」
「何か食材があるかも……? 夕飯一緒に作りましょ!」
「!?」
 わたしは嗣虎の時より強引に手を引っ張られながら、彼女の部屋へ入った。


───
「──虎なんとか様、顔色悪いですよ?」
 白火が俺の顔を下から覗いて来るが一歩下がり、そっぽを向く。
「大丈夫だ。付き合わせて悪かったな」
「いえいえ平気です! 私の部屋はフリアエ様の隣、つまり虎なんとか様の隣の隣なのでいつでも遊びに来てください!」
「それならたまに行ってみるか」
「毎秒期待してお待ちしております! では!」
 そうビシィ! と敬礼したあと、寮内なのに走って一番奥の部屋へ向かい、入っていった。
 白火も不思議な存在だ。理解力や心配りは変な方向へ向かったりして悪いが、観察力が凄く高い。現に出来るだけ顔色を変えないようにしていたのにも関わらずすぐに気付いたのがその証拠だ。
 もしかすると俺の出会ってきた人達の中で一番キャラが濃いのではないだろうか。
 俺は脱ぎ捨ててあった自分の靴を、すぐ近くにあった靴棚を見つけ、緋苗が置いてある靴の枠の隣に入れた後、部屋へ戻ることにした。
 ここからでも二人が何やら話し合っていたのは聞こえていたが詳しくは聞き取れず、一体何があったのか気になっている。
 部屋に着き、ドアノブを回して少し引く。鍵は掛けていないのを確認し、失礼と分かっていながらも耳をすませた。
「……! 嗣虎が帰ってきた」
「……え? ごめんなさいね、もう一度言って?」
「嗣虎が帰ってきた」
「えっと? えっと……、嗣虎くんが帰ってきた?」
「それ」
「……? 帰ってきた……んだね。出迎えてあげて」
「分かった」
 緋苗は誰と話しているんだと疑問を持つと同時に、俺の帰宅に一瞬で気付かれたことにヒヤッとしていると、ばっと扉が開かれた。
「お帰りなさい」
 そこには目の布を外したフリアエが至極笑顔で出迎えていた。
 初めてちゃんとしたフリアエの声を聞く。とても大人びた印象であり、子供らしからぬ色気が混じった悪魔のような口調で、聴くだけで元気が出てくる女神みたいな優しい声質であった。
 俺は動揺しながらも「ただいま」と言って部屋に入る。
 中も廊下のような白壁に木床の部屋で、ダンボール箱だらけであり、当たり前だが引っ越したばかりの印象を受ける。手続き等は既に終わらせているから良いものの、これらを整理するのにはまた一苦労掛かりそうだ。
 ここには台所も小さいながら用意されている──と解説的な何かを考えるより先に、現在緋苗がそこを使っていた。
「ひ、緋苗……?」
「……」
「緋苗さーん……?」
「嗣虎くんお帰りなさい。待っててね、もうすぐで夕飯が出来上がるから」
 反応が遅れながらも緋苗は笑顔を向けて答えてくれ、手元の料理に集中し直した。
 俺は緋苗が何をしているのか気になりすぎて近付く。
「嗣虎くん」
 緋苗がコンマ一秒でこちらを振り向いた。
「うわ、な、なに?」
「男子厨房に入らず。料理を美味しく食べられなくなりますよ?」
「そ、そうか、ごめん。何作ってるか気になってさ……ははは」
「そうめんですよ。ダンボール箱にそうめんとつゆの二つが入っていたので湯がいて食べましょうね」
「ところでフリアエの件なんだけど──」
「ほら、座った座った! 手伝いは必要ありませんからね」
「あ……ああ……そうだな」
 俺の言おうとしたことを完璧に無視すると、緋苗はまた料理に集中した。
 緋苗の行動にどこか不可思議なものを感じる。受け答えがずれているというか、本来するはずの反応がないというか……。
 フリアエに視線を向けると、元々用意されていたちゃぶ台の前に体育座りをして料理が来るのを待っていた。
 白ニーソに包まれた足先を動かして暇を持て余し、数秒ごとに頬を緩める。彼女はとても落ち着いた様子で、先ほどまでの怯えっぷりは消え失せている。
 俺はちゃぶ台を囲んだ。
「どうだった? 圭弥との会話」
 向こう側に座るフリアエが微笑みながら首を傾げて訊いてきた。
 ……か、可愛すぎる。けれどどこか緋苗と同じ雰囲気をどうしてか感じ取れる。
「ああ白火のことね。すぐに終わったよ」
「あの女はなんだかんだ空気の読める女だから、勘違いはやめた方がいい」
 言い方が凄いが、その見透かしたようなことを言われて少し驚いた。俺ってそんなに分かりやすい行動を取っていただろうか?
「そうしないよう気をつけ──」
「嗣虎、わたしを見て」
 上辺だけでもと飾り言葉を使おうとした途中にフリアエから遮られる。
「嗣虎はわたしの声が好き?」
「え? あ、え?」
 何を言われているのか理解出来なかったが、今フリアエの声について考えると好きという感じはある。
 フリアエの声を聴いていると高揚感が沸いてくる。特別な声というか、今までこの声に似たものを聞いたことがなく、若干独り占めしたいという欲求のようなものがあった。
 まさか、声フェチなのか……俺……。
「……す、好きかもなー多分」
「そう、ならこの声も報われる。今度何かの本を朗読してあげる」
「え? 朗読って?」
「わたしはこの声がなくても別に構わない。でも気に入ってくれるのならいくらでも使う」
 価値観が違いすぎてよく理解できないが、どうやらいつでも声を聞かせてあげると言いたかったらしい。
 なんというのかな……相手に何をしてあげたら喜んで、何をしたら気まずくなるかというのを予想して変なことは言い出せないようになるが、フリアエにとっての変というものが常識と違うのだ。
 絞り込んで言うなら、フリアエにとって得意分野というのが全く無く、「あ、これなら具合が良さそう」みたいなのが出て来たら即行で利用するような努力の積み重ねをしていない印象。
 それって、寂しいと思うのは俺だけか?
 あと、フリアエは緋苗が怖くなくなったのだろうか?
「嗣虎はわたしの目をよく見てるね」
「そりゃあ話し合ってるから」
「わたしの目が好きだからではないの?」
「す、好きって言われても……、好みではありそうだな」
「ずっと見つめてあげようか?」
「こ、困る」
「不快ではないから好みなのでしょ? ずぅーと見つめてあげる」
 フリアエが俺を真っ直ぐと、笑みを浮かべながら瞳の奥を覗いてくる。心を読まれている感覚がじわじわと強くなり、目をそらした。
 どうしたというのだろうか。
「あのさ、フリアエ」
「なに?」
「こういうのはあまり良くないと思うんだ。だから普通にしていようぜ」
「なら切りの良いところまで耐えてて」
「あ、え、ああ……」
 今のフリアエはとても愉快そうな顔をしている。この一時を居心地よく過ごし、初対面の時の警戒心は欠片も見当たらない。嫌な趣味だぜ。
 緋苗のよそよそしい音の小さい足音が近付いてきた。
「そうめんとつゆですよ。ささ、食べましょうね」
 ちゃぶ台の中心にガラス皿に乗せているそうめんを置いて、俺達にそれぞれガラス器に入ったつゆを箸と共に渡す。
「いただきます」
 緋苗は座った瞬間にそう言って箸をそうめんに伸ばし、普通のよりも少なくすくってつゆにつけて食べ始めた。
 今までのやりとりは一切の無視。緋苗ってこんなに図太い神経の持ち主ではないはずなんだけれど……。
 するとフリアエは見つめるのをやめ、手を合わせてぺこりとすると箸を持った。
 ……その持ち方は幼児がするような握り箸だった。
 確かに幼児の頃だとその持ち方の方が上手く使えたが、成長すると逆に扱いにくくなる。しかしながらその持ち方とは。
 フリアエはそうめんを器用につゆにつけて食べる。
 可愛い。
 俺もそのそうめんに手を付けた。
 あれ? なんでよりにもよってダンボールで届けられた食べ物がそうめんなんだ?
 そこはかとなく謎であった。


───
 チリリリリリリリン! チリリリリリリリン!
 俺は目覚まし時計の音を聴いて飛び起きた!
「な、なんし!? 何時なんだ!」
 夜更かしの影響でこの上ないダメろれつを吐き出して時間を覗くと、六時ぴったりであった。
「なんだ、まだ六時か……。おい、緋苗起きろ」
「んぅ……」
 隣の布団で気持ちよさそうに眠っている寝間着姿の緋苗に呼び掛けるが、体をもじってそのまま動かなくなる。
 このままではいかん。既に朝食を出してくれる人には必要ないと断っておいてある。しかも今日は俺達の入学式、甘やかすことは出来ない。
 しかしこの寝姿、男にはかぁいいすぎて起こすことは大変困難である!
 トントントン、と玄関扉のノックする音。
「嗣虎、起きてる?」
 聞こえてくるこの女神のような癒やしの声は……間違いなくフリアエだ。
 俺はふらふらと立ち上がり、玄関を開けに行った。
「おはようフリアエ」
「おは。嗣虎、そのままだと夜間陰茎勃起現象によるあさだちが起こるから鎮めて来ていい」
「はは、気合でなんとかする。さあ入ってくれ」
 とんでも発言してくれた小娘を中に入れると、俺は朝食の準備をするために備え付けた小さめの冷蔵庫から卵とパックに入ったキャベツの千切りを取り出す。
 何を作るか、想像は出来ている。出来ているのだが、果たして俺の腕で完成できるのだろうか……?
 俺は既にコンロに置かれているフライパンに熱を通す。
 何だったけな何だったけな、確か熱くなってから油を注ぐんだったよな。しかし前に家で見た白雪の料理では油を注いでから熱してたぞ……? それでも緋苗はフライパンが熱くなってからだったから……あれあれあれ。
 こぉれは不味いですねー嗣虎さん。お、嗣虎さん、そろそろフライパンが熱くなりますよ? 良いんですかねぇ? 油は最初か後か早く判断してくださいよぉ。
 お、俺は……後から入れるぞぉぉぉぉおおお!
 俺は待つことにした。
「緋苗起きて」
 後ろを振り返ると、フリアエは緋苗を覆っている布団を引っ剥がし、肩を揺らした。
「さ、寒いよぉ嗣虎くぅん」
「起きて」
 次にフリアエは緋苗を無理やり座らせ、また肩を揺らした。
 なんか……兵士っぽいぞ。
「ふぇ、フリアエちゃんだぁ。おはよー……ふぁ」
「緋苗、嗣虎が料理している。早くしないと惨劇を起こしてしまう」
「なんだとフリアエ!」
「だから緋苗がどうにかするしかない」
「ふぁ〜むにゃむにゃ……。今は六時なんだねぇ……。一時間寝過ごしたなぁ……」
 緋苗は意外と寝癖の少ない長髪に一回手櫛を通して立ち上がり、俺の隣まで歩いて来た。
「あ、ちゃんと日頃の成果が出ていますね。そのフライパンは鉄製なので熱してから油を入れないと意味を成しませんよ。嗣虎くん、フライパンが熱くなったか確かめてください」
「あ、ああ分かった」
 俺は緋苗に言われた通りフライパンに直接触れて確かめようとする。
 緋苗は左手を俺の手の下に滑り込ませてそれを防いだ。変わりに一瞬緋苗の手が焼かれた。
「緋苗!?」
「はい大丈夫ですよ。確かめる時は手をかざすだけで十分ですからね」
 その後、こちらを向きながら手探りで台所の蛇口を捻って水を出して火傷の部分を冷やす。
「嗣虎くんどうでしたか?」
「あったかいよ」
「では油を入れてくださいね」
 俺は真下に備えてある油のボトルを取り、入れようとした。
「それは醤油ですよ」
「……あ」
 俺はすぐに本当の油のボトルと取り替え、今度こそ入れた。
 すると油が弾ける。
「うあっちちッ!」
「湿っていたようですね。嗣虎くんが昨日拭かずに放置するからいけないんですよ」
 緋苗にその油が直に飛び散っているはずなのだが、全く気にする様子はない。
 やがて飛び散らなくなると、俺は取り出しておいた卵を手に取った。
 細心の注意を払いながらフライパンの角で卵を割り、それをまずは一つ投入する。
 そして飛び散る油。
「あづづッ!」
「この程度は優しい方なので耐えてくださいね」
「え、あ、はいすみません」
 よく考えてみればそれ程熱くなかった。
 そして合計で三つ投入出来ると、緋苗から指示が出る。
「温度が高いですよ、下げてください」
「サーイエッサー!」
 俺は火が誤って切れないようにゆっくりとつまみを戻し、火を弱めた。
「パンはトーストしてないんですね、目玉焼き丼ですか?」
「そう、それを作りたいんだ」
「じゃあご飯を丼に注いで来るので焦げないように見ててくださいね」
「サーイエッサー!」
 緋苗はすぐに炊飯器の場所へ移動すると、食器を置いてある戸に手を伸ばし──。
「嗣虎くん、火」
「すみません」
 俺は向きを目玉焼きに戻した。
 丁度良い具合になる頃に緋苗が戻って来ると、手に持っているフライ返しを俺に渡す。
「目玉焼きが三つとも繋がっているので切った後、力を加えるんじゃなくて力を入れる時の勢いだけで掬って乗せてくださいね」
「流石に無理っす」
「返事はなんですか?」
「サーイエッサー!」
 俺はフライ返しを受け取り、先端で三つに分けた後、小刻みに腕を動かしてそれを綺麗に掬うと乗せていった。
 あ、案外やれるじゃん。
 次にキャベツの千切りも加えて、先程取り間違えた醤油を──。
「油ですよ」
「あ……」
 持っていた油を本物の醤油と取り替え、今度こそ目玉焼き丼に味付けをする。
 そして出来た、出来上がってしまった……!
 俺が、作った、成功している料理がぁー!
「完成しましたね、おめでとうございます」
「イィーーーヨッシャー!」
 俺はこの喜びを封じ込めておくことができず、ガッツポーズをしながら叫んだ。
 完成したそれは緋苗の手によっていつの間にか用意していたちゃぶ台の上に運ばれ、スプーンも差し込まれて朝食の場は整う。
「『いただきます』」
 朝は大体こんな感じだった。
 それからはフリアエには部屋へ戻ってもらい、個々で入学式への準備を始めた。
 俺は男子制服であるブレザー式のものに着替え、緋苗もブレザー式の女子制服をたった今着替えようと──。
「見てるのは気付いてますよ」
 緋苗が下のズボンを脱いで、下着が見え始めた頃にそう言われてどきりとしながら背を向ける。
 やっぱりミーザも人間……なんだよな。けれど料理の時に熱がっていない様子から人間とは別の造りなのだろう。
 出会ってから七日経っても進歩した関係まで踏み込めてはいなかった。
「緋苗が履くストッキングって黒色だよな?」
「カーキ色ですよ」
「え? あ、ああそうか……カーキ色とか初めて聞いたぜ……」
「嗣虎くんは女物の服に興味を持っているんですか?」
「そんなことはない、緋苗のことを少しでも知りたいなーってくらいで……深い意味はないんだぞ?」
「へ、へぇ、そうなんですね」
 戸惑った返事をする緋苗に言い知れぬこっぱずかしさを感じる。
 年上だからお姉さんのように接してくるんだろうなと思っていたが、なんというか、意外と子供っぽい?
 いちいち可愛いところを見せることがあれば、ちょっと物事に手間取った時には気弱になるし、雰囲気に幼さを感じ取れるのだ。
 ……要素を詰め込め過ぎているのは気のせいだろうか。
「もうすぐで……入学式が始まりますね」
 緋苗が話し掛けてきた。背を向けながらなので少し声を大きくして返事をする。
「緋苗は初めてか?」
「はい、初めてになります」
「恥ずかしいこと言うけれどさ……緋苗の隣には俺がいるから、困ることなんかないと思うぞ」
「はい、それなら平気ですね」
 自分の顔が少し赤くなっているのを感じ、血を顔から遠ざけるように上を向いた。
「フリアエちゃんも私達の近くなら良いんですけどね」
「ああフリアエか、フリアエは……」
 フリアエはゴッドシリーズのミーザだ。製造過程はどうであれ、最高性能を持つ人造人間を造る過程で消費した費用分の働きをしなければ、この世に誕生した意味を成さなくなってしまう。
 だからフリアエは入学式で全新入生に向け、ミーザの代表として立たなければならない。初対面の時のあの態度と受け答えからして不安しかないのが俺の心情だ。出来れば手助けしたいところだが、それはフリアエが求めなければ手出ししないだろう。
 些細なことで敏感に反応する、繊細な心を持っているからだ。
 あれから七日間接してきて確信を持てた。フリアエはとにかく繊細だ。繊細でなければなにである。
 表立つ性格ではないし、接し方に気をつけなければ一方的に傷つけてしまう。ならば俺がこれからすべきことは単純明快だ、フリアエを応援するだけである。
「フリアエちゃんとは別々なんですね?」
「ああ、残念ながら。俺が何かしてあげられると良いんだけれど」
 その時、玄関がいきなり開く。
「嗣虎、目隠しして」
 そこには新しい制服に着替えたフリアエが立っていた。
 俺は視界に緋苗を入れないようにしながら、フリアエへの対応に向かう。
「そのぐらい自分でできると思うぞ」
「躊躇してしまうように造られている。はい」
 そして渡されたのは漆黒の布。薄さはなく、恐らくこれで目隠しすれば何も見えなくなるだろう。
「いつもと違うじゃないか」
「今回は数百人の前に立たなくてはならないから、遮断を強くしないと気持ち悪くなる」
「けれど、これじゃあ何も見えないだろ」
「大丈夫。いざとなったら嗅覚だけでも空間を認識できるから」
 そう言うと俺に無防備に背中を向け、首を下に向けて目隠しがしやすい態勢を取る。
 ……フリアエもミーザなんだよな。なのに呼吸をしたり、受け答えをスムーズにされると、人とは違うものだと絶対に思えない。
 むしろ触れたくなる。フリアエがあまりにも俺を頼るから、無条件にフリアエに触れたいと思ってしまう。
 これはとても仕方のないことなのかもしれない。
 手は自然とフリアエの肩に乗っていた。
 ブレザー越しから分かる肩の硬さと細さが男としての興奮を高め、思考が停止する。
「……嗣虎?」
 フリアエが置かれた左肩から首を回し、横目で俺を見る。
 その時に俺は異性に触れているのだと改めて意識し、彼氏でもないのにこんなことをするのは不味いと気付いて手を離した。
「埃が被っていただけだ」
「そう。ありがとう」
 フリアエは再び布を付けやすい態勢に戻る。
 俺は布をフリアエの目に被せ、端を結び始める。
 考えてみれば、この目隠しをするというのは相手の感覚機能を思うままに出来るということであり、独占的な行動と言えよう。しかもその相手は知り合いで、ある程度の繋がりを持った異性の少女だ。信頼で成り立つこの目隠しは、あまりに色事のものだと考えてしまう。
 友人としてだとしても、俺にとってはそう割り切れるものではない。思春期というものは、非常に厄介なのだ。
「出来たぞ。これで大丈夫か?」
「平気。これでも状況を知れる」
 そう言ってフリアエは正面を俺へ向け、右手を俺の頭上に乗せた。
「な、なんだよ」
「ほら、見えなくてもきちりと分かる。嗣虎はここから見守ってくれている」
「まぁな」
「照れていることも分かる。だから少し嬉しい」
「……そうか」
 それはまるで復讐者のようであった。意味は大分違うが、されたことをきちんと返すこの律儀さとその納得のいく報復の仕方はまさにそう例えるのに相応しい。
 俺はある程度この返され方に納得をしたが、このままイーブンにしておくのは少し悔しい。俺もフリアエの頭に手を乗せて、痛くならないくらいの力で撫でる。
「新入生の代表、頑張れよ」
「……なら頑張る」
 笑顔や嫌顔はしていなかった。極めて普段の表情のままその言葉だけを言われ、本当に頑張るのか疑わしくなる。
 それでも言葉は返したのだ、支えてやるのが俺の役目である。
「嗣虎、入学式でわたしは壇上に立たなければならない。わたしはそれが嫌い、やりたくもない。けど嗣虎が隣に居てくれるならば、勇気を持てると思う」
 フリアエが俺の右手を手に取り、両手で包む。
「わたしの隣に居て、嗣虎。礼もする、より信頼もする、好意すらも持つ。わたしのパートナーは嗣虎だけ。わたしの友人も嗣虎だけ。礼も信頼も好意もするのは嗣虎だけ。だから嗣虎に本当の意味でわたしを選んで欲しい。返答はこの場で待つ」
 真剣な眼差しをしているのか目隠しで分からない、文字通りに言葉だけのフリアエに、俺は悩まされた。
 フリアエは知らないことだが、俺にはもう覚悟を決めて選んだパートナーがいる。仕方なくとか、相性とか、そんな軽い意味ではない。
 緋苗は呑気に鼻歌を歌っていた。まさかこの状況に気付いていないとでもいうのか。いや、聞こえているはずだ、聞こえていて無視をしているのだ。
 もしかすると本当に選びたいものを選んでくれれば、過去のことを水に流せると思っているのではないだろうか。でなければ横入りして来ない理由が思い当たらないし、なんというか緋苗らしい。
 そもそも俺はフリアエのことを少しも知らない。好きな食べ物すら知らなければ、どういう力を持ち、ゴッドシリーズたらしめているのか少しも分からない。フリアエは自分のことを語ったことがないのだ。
 それをどうしてパートナーに出来るというのか。いくらなんでもパートナーにするのは無理な話だった。
 だが、理屈と心は同じではない。
「なろう」
「──え?」
「俺達、パートナーになろう」
 呆気な顔をした。
「……どうして?」
「俺がフリアエのことが分からないように、フリアエも俺のことを深くは分からない。にもかかわらず、この短期間で勇気を持ってパートナーになりたいと言われて、嬉しくない訳がないじゃないか」
「嗣虎……」
「だからなろう。出来ればダッシュ─別れることのない恋人に」
 右手が強く握られる。口を開いては閉じるを繰り返し、フリアエは体を震わせる。
 それが続くのかと思いきや、その数秒後に手が離れた。
 誰が見ても分かる。混乱していた。
 正直、俺はこの告白は断られるものだと思っている。それは俺の周りが物語っているだろう。
 最初から女のパートナーを選ぶ変態。
 たかが卵一つ焼き上げるだけで喜ぶ下手くそ。
 そもそも恋人になっても俺は別の女性と同居。
 この時点で信用できない。だが俺としては俺の一番をフリアエに一〇〇パーセント変える気でいるし、裏切ることなど誓ってしない。
 これでフリアエを守ってあげられるならば、むしろ本望なのだ。
「し、嗣虎」
「なんだ?」
「わたしのこと好きなの……?」
「……好きだよ」
「嘘つき!!」
 次の瞬間平手が飛んできて凄まじい音が部屋の中で響く。あまりに勢いが良いのでむしろ痛みは一切感じず、熱がじんじんと広がった。
 そして──唇が触れ合った。
「ふ、フリアエ!?」
「わたし変わるから! 嗣虎のパートナーとして、嗣虎を一番に考える! 絶対に信用しきる! 嗣虎が挫けそうな時、わたしが嗣虎を守る! この誓いは決して裏切られることはない、魂の死を掛けて!」
 フリアエは目隠しを外し涙流す瞳を真っ直ぐに向け、初めて聞く大きな声で俺にそう叫ぶ。
「見てて、嗣虎の恋人は狂気にして最高の復讐神! 幾許の時を経たとして罪の報いを果たす! たとえどこへ行こうとも、この身を悪魔に変えてでも必ず追いつく! わたしは狂乱なり!」
 すると一切の躊躇無しに目隠しを自分の目へと一気に付けた。
「──ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああアアアアアアアアアアアアア! っく!」
 苦しみに満ちた悲鳴をあげるが、すぐにそれを耐える。
「大丈夫かフリアエ!」
「……わ、わたしは……! 変われる……! 嗣虎の女になれる! 過去より未来の方が魅力的だということを証明する! わたしは既に語った! だからこそ宣言する! 嗣虎に愛と恋と復讐を!」
「ふ、フリアッ……!?」
 再びのキス。情熱的な愛を注ぎ込まれ、俺は頭がくらくらとしていた。
「わ、わたし、フルネームはアレクトー・フリアエ・ウラノス・エリニュスだから、覚えてて。わたしは先に行っているから……」
「……あ、ああ」
 最後に三度目のキスをすると、フリアエは頬を真っ赤に染めて玄関を飛び出していった。
 呆気であった。素直にフリアエという少女がいかにしっかり者だったのか、思い知らされたのだ。
 彼女に対して抱いていた、なめきった想いは全て復讐にやられてしまった。
 だから遠慮なく、俺達は愛し合えるということである。
「終わりましたか?」
 後ろに準備を終えた緋苗が立つ。
「ああ、終わった」
「アレクトー・フリアエ・ウラノス・エリニュスですよ、覚えましたか?」
「完璧に覚えた」
「にしても、洗礼名だったんですね、フリアエちゃんのフリアエって名。でも洗礼名としてはちょっと成り立っていないので、きっとフリアエちゃんは『フリアエ』という女神が好きで好きで無理矢理名前に組み込んだんだと思いますよ。あ、フリアエとエリニュスは全くの同じ女神なんですけれどね、創作者側からすればアレクトー・ウラノス・エリニュスだったのでしょう。フリアエはローマ神話の呼び名ですから。そうそう、エリニュスは三柱でフリアエちゃんがアレクトーですから、他のエリニュスも存在して──」
「行こうか」
「──はい、行きましょう」
 俺達も入学式へ向かった。



ーーー
 「し、嗣虎。わたしのこと好きなの……?」
 目の前の碧眼を涙で濡らしたフリアエは、身長差のある俺の顔を見上げながらそう聴いた。
 俺が付き合おうと言ったからにはその質問は当然で、好きだと返答しなければならないのも当然だ。
 しかし、俺の好きも、愛も、友情も、全て別の人へ贈った。フリアエには何もあげられない。
 それなのにどうして好きだと言えよう。フリアエに嘘をつくのか?
 それでも好きだと言わなければ気が済まない。好きは無いけれど、言う口はここにある。
 喜ぶ顔が見たいのだ。
「今は……好きだ」
「……うん」
「ずっと好きになる」
「……うん」
「好きだ」
「……嘘つき」
 するとフリアエはくすくすと笑い出した。
「わたしには好きになる部分が一つもない。見てて分からなかった?」


───
「(嗣虎くん! まずいですよ! 起きてください!)」
 横腹をつんつんつつかれてパチリと目が覚め、俺は前屈みの姿勢を正した。
 全体、木造で建てられた旧校舎側の体育館で、人生三度目の入学式が行われている。
 隣にパートナーの緋苗が椅子に座り、まるで社会人のような綺麗な姿勢で前を見ていた。
「(ごめんごめん、校長の話があまりにもだるくて)」
「(何を言いますか! とても良いお話でしたよ!)」
 緋苗がそう言うならそうなのだろう。ただし緋苗の中ではな。
 はぁ。にしても俺の夢、夢の中ならキスの一つ二つしてくれよ。仕方とか考えたことあってもしたこと無かったんだから練習させてくれ……。
 ロマンがないだろうが、今度図書館に行ってキスについて調べよう。下手くそなキスなんてフリアエには出来ないし、いざという時にヘタレる原因になりそうだからな。いや図書室があるか。
 ……俺っていきがってるかな。普通だと思うんだが。
 しかし待てよ、俺とフリアエは恋人になったんだよな。なってしまったんだよな? フリアエを放っておけないという理由だけで関わってきたはずが、何故恋人にまで発展した?
 はっきり言って全然好意なんかないぞ。恋にも落ちていない。下手すれば愛情もない。
 ヘラさんに頼まれたことによる義務感ぐらいしか働いていない。
 大体色があまり好みではないし、白色ってそれだけで中身を簡単にごまかせるものだからむしろ嫌いな色なのだ。
 碧眼もあまり好きじゃないな。光が眩しいんだろ、あれ。
 そもそもゴッドシリーズ自体嫌いなんだ。創造物のくせに人を創った神を名乗るのが納得いかない。家庭の事情で何百回かゴッドシリーズと会ったことがあるが、生意気で上から目線でとても悲しい目をしてたぞ。
 それにフリアエに対して好きになるというのが、どうすればなるのか謎である。
 ……逆転の発想をすれば、俺はフリアエに惹かれているのか。
『続きまして、新入生代表角馬守【かどうままもる】、ご登壇ください』
 フリアエは……可愛い。そう、可愛いのだ。性格を度外視すれば誰でも可愛いと言う。実際に寮長も言っていた。
 お人形と表現するのは今のご時世誰にでも出来るが、それくらいのノルマは軽く越えている。ミーザに向かってお人形みたいだねとか言うのは、人造人間だから失礼極まりないが……。
 女神は美しいという印象が一般的だ。何故一般的になったのかは知らないが、ほとんどそう思っているに違いない。フリアエはその女神の子供の姿と表すのが一番しっくりとくる。
 猫や犬は赤ちゃんの時にとても可愛いであろう。それと同じで美しい女神が子供の時にはとんでもない可愛さを持つというのを伝えたい。
 生まれて一日で大人になるとか無茶ぶりな神話ばかりなので、もしかすると当てはまらないかも知れないが。
 つまり俺の彼女はそんな美少女だ。これから先どうなるのかまるで予想がつかないが、きっと俺はフリアエを好きになれる。
 いやいや、恋は外見ではないのだよ古代嗣虎君。君は大きな勘違いをしてはいないかね? 中身が良いから好きになるのだと気付いているはずだろ?
 そうなのだ。やはりどんなに思考しても中身に終着してしまう。フリアエの中身はどうだろう。
 ──多分、俺のことを滅茶苦茶好きでいてくれている。
 そう気付いた時、俺は頭に血が昇っていくのを感じた。
『続きまして、新入生ミーザ代表アレクトー・フリアエ・ウラノス・エリニュス、ティシポネ・ウラノス・エウメニデス及びメガイラ・ウラノス・エウメニデス、ご登壇ください』
「(何だ今の!?)」
「(嗣虎くん、エウメニデスはエリニュスの別名ですよ。エリニュスはそのまま口にするのは良くないとされて、普段はエウメニデスと使いますね。なのでフリアエちゃんの姉妹ですよ)」
「(じゃあなんでフリアエだけエリニュスなんだよ)」
「(ふふ)」
「(な、なんだよ)」
「(フリアエちゃんは変わってる子ですね)」
 なんというか、不思議な気を纏いながら緋苗は笑う。楽しそうでもつまらなさそうでもなくそうした後、ティシポネと呼ばれた少女を見つめる。
 俺もフリアエより先にティシポネを見た。
 ティシポネは俺をガン見していた。
 フリアエが最初着ていたこの学園のとは違う白の制服を身に、臑までの長さがある白靴下を履いている。髪は短めのボブカット。おかっぱに少し似ている。
 フリアエと同じく純白の髪に、禍々しい感覚がする黒目である。
『ごきげんよう』
 ティシポネの口が声を発さず、そう動いた。
 その隣で常ににこにこしているメガイラはマイクの前に立っている。
 ティシポネと同じく白の制服で、フリアエよりも長い銀髪。青い目をしている。というか、フリアエにそっくりだ。
 ……フリアエより可愛くないか?
 な、なんか、いきなりフリアエよりも素敵な女性を見つけてしまった。
 そしてフリアエを見る。
 目隠しをしていながら、その目先は俺を向いている。ティシポネと同じく口を動かし、俺に無言のメッセージを送る。
『わたしに夢中にさせる』
 どうやら、俺の頭の中は読まれているようだ。
「春の季節を迎え、私達新入生は田本学園高等学校という新たな段階へ足を入れることが出来ました」
 メガイラが挨拶を始めた。
「皆様が選んでくださった私達ミーザの喜びを、代表して伝えます。この上ない喜びです、ありがとうございます。ここから私達ミーザは新入生様のかけがえのないパートナーとして助け合う精神を持ち、一生共に幸福を歩む為の準備段階であるこの高校で、笑顔を持って皆様と活動をしたいと思います」
 そこでティシポネがメガイラと交代し、少し笑みを作って再び話し始める。
「この年頃ではミーザとのパートナー契約により、皆様も私達も大人と言って差し支えません。働く者に対する給料の金が、どれほど大切なのかを深く知るのが必然だからです。皆様と私達がパートナーとなるのはこの貧しい世界でバイトなどの仕事で得た金を共有し合い、ルームシェア、またはシェアハウスで二人で一つの寝床を確保し、人として生きていくための十分な生活をする為なのです。一人ではこの世界はあまりに生き辛い、それでも一人で生きていたい人は居るはずだけれど、せめて一人の共有者くらいは勘弁してくださいと言っているのです。そして皆様が選んでくださったミーザは異性の選択も可能です。人とミーザとの間の産み子に、大分昔は反対する人は数多くおりましたが、今はあまりそのようなお堅い人はおりません。つまり、皆様のような子供があまりに少なく、人類が最終的に滅亡してしまうような状況だからです。私達はこの場でも伝えましょう。私達は人として生きる皆様のパートナーであり、最高の家族です。私達ミーザを、どうか、どうか偏見なく受け入れてくださいますようよろしくお願い申し上げます」
 そして、フリアエの番が来た。
 俺は自然と握り拳を作り、フリアエを真剣に見守る。
「わたし達は人々の癒やしとなります。喜怒哀楽の全てを一緒に築き上げます」
 その時のフリアエの声は他の二人の誰よりも優しく、慈悲深く、どんな傷も癒してしまうくらいの女神のような声だった。
 俺が今まで接してきたのは、本当はこんなにも美しく、可憐で、胸を締め付ける程の狂おしい優しさを持ち、時に激怒する魅力的な女の子であった。
「この高校ではいくつもの新しい部活、新しい行事、新しい規則があります。その厳しさも苦しさも、人とミーザならばどんなことでも楽園となれましょう。クラスとなって繋った時の安堵、みんなと目指す目標までの信頼、協力し合った後の達成感はなににも代え難い青春です。それを知るからこそ、私達はこれからが楽しみでわくわくします♪」
 この瞬間に破壊力抜群の笑みを浮かべやがるので、俺は心臓が破裂しそうになる。可愛すぎたのだ。
 そして女神のような声で可愛らしい声を出すのはやりすぎである。
「校長先生、お世話になります教員の方々、これからたくさん見習わせて頂きます上級生の方々、そして──」
 そこでフリアエは目隠しをするりと外し、優しげな目を俺に向けた。
「大切なパートナー……の皆様、全力で支え、勉学に励んで参りますので、どうぞよろしくお願いします」
 ……言い終えた後には静けさが場を埋めた。
 その空白の時間でティシポネがフリアエの目隠しを受け取り、フリアエに付け終えたところで司会がマイクに声を発する。
 俺は、この入学式が終えるまでフリアエのことしか考えていなかった。



───
「入学式が終わりましたね。ついでに明日、私達の組となる場所が書かれたプリントなどが渡されましたので、私は手が塞がってしまいました。仕方がないので持ち帰ります。昼が大きく空いていますから、嗣虎くんはフリアエちゃんと遊びに行ってきてください。フリアエちゃんにはご褒美が必要でしょう? 私なら白火となぐりあ……お茶会を開きますので心配は入りませんよ。それでは、私は帰りますから」
 体育館を出たところで緋苗がそう伝えきると、笑顔で手を振りながら俺から遠ざかる。
「……」
 なにも言うことが思い付かない。緋苗の姿が見えなくなるまで手を振り返した。
 さて、入学式が終わって新入生は帰り始めた。時間はまだ午後を過ぎておらず、自由な時間が多くある。
 俺はこれからどうしようか、そう悩むべくなくすぐにフリアエをさがそうとした。
 恐らく、フリアエは先生方に挨拶をしているだろう。体育館前で待っていれば、すぐに会える。
 晴れてはいないが空でも眺めて過去を振り返ったりしようかな。
「しーっとら! お待たせ!」
 とんでもなく可愛い声がすぐ耳元で聞こえ、あわてて振り返った。
 そこにはにっこにこなフリアエが居た。目隠しの布を左手に持ち、この学園の制服を着ているので間違いなくフリアエだろう。
 テンションがあまりに不似合いだが。
「フリアエ……? えらい早かったな」
「あのね、メガイラとティシポネの姉さんが頑張ってくれてるから必要なくなったの! だから待ってくれてると思って急いで来たよ!」
 雰囲気がフリアエのものではないのだが、喋り方がフリアエみたいだ。確かにフリアエとは違うが『だから』の使い方がフリアエそのものである。
 それに変わると言っていたから、これがフリアエなのでは……?
「それでどうだった? ゴッドシリーズらしく出来てたかなー?」
「そりゃあもちろん。見惚れたぜ」
「よかったぁ。ティシポネの姉さん以外はああいうの嫌いだったんだけど、しとらが居てくれたから頑張れたんだよ。実はね、しとらを見かけた時からビビン! と一目惚れだったの。しとらだからこそ、嬉しいこともあるから、その、ご褒美としてキスさせて……?」
 恥ずかしげもなく……という訳でもなく、頬を赤く染めながら、しかし視線をそらさずにそう言う。
 その時になって髪の長さが若干長くなっていることに気付いて、それでもフリアエだろうと思ってキスをしたくなった。
 どうしてだろうか、妙に好きになれる。
「フリアエがそうして良いなら、俺は……したい」
「うん──これは当然のキスだから」
 そうして、俺はフリアエの肩に手を置き、俺とフリアエは見つめ合ったまま唇で触れ合うことで体に熱を注ぎ合う。どちらともやめる気は無く、誰かに見つかるまで続ける気であった。
「しとら……どう? どんな感じ?」
「フリアエはこんな色っぽいキスはしない。ストレートな愛情をぶつけるキスしかしないぞ」
「しとらに喜んでもらいたいだけだよ」
 だが、気持ちの相違で唇は離れる。フリアエは興奮で目の端に溜まった涙を俺のブレザーにこすりつけて拭いた後、間近のまま離れず見つめ合う。
「しとらのこと、骨抜きにするのはあたしだから」
 瞬間、冷たい風が俺を斬りつける。音も体温も残さず、素早い動きで何も残さず目の前からサッと消えた。
 しかしそれはただの表現であり、実際には音も体温も残しているし、そんなに素早く消え去った訳ではない。去るタイミング的に早いせいでそう感じたのだ。
 目で追えばまだ近くにフリアエはいる。早足で追えば近付ける。
 明らかに追うべきではない状況で、俺はフリアエを追いかけてしまっていた。
 手をフリアエの右肩に置くと、フリアエは俺が初めて見る顔で振り向いた。何も練られていない、ちょっとだけびっくりしたようななにというものもない素の表情だ。
「し、嗣虎さん? な、何でしょうではなくて、その、『なに』?」
 フリアエは混乱しているようだった。
 口調も聞いたことがないものとなっているが、それがフリアエの素の口調としか思えないほど自然なもので、今までのフリアエが本当はどんな女の子なのか、もしかするとこの時にその答えがあったのかもしれない。
 そう、体育館前で出会っているフリアエは壇上でのフリアエ、メガイラ、ティシポネの三人の内、どう見てもメガイラっぽかった。
 もしかしたらメガイラがフリアエのフリをして俺をからかいに来たのかと頭の片隅で疑っていたが、なにか違和感があったのだ。
「フリアエに伝えておくべきこと、忘れていた」
「だ、だからなに?」
 顔を赤くして、眼孔が鋭くも潤んだ瞳を俺の目に向ける。
 この恥ずかしいのに意地を張って対抗しようとする表情、それが出来る人は極めて限られている。
「好きだ、フリアエ」
「……………………嘘つき」
 そしてこうやって、好きと言っているのにちっとも嬉しくなさそうに嘘つき呼ばわりするのも、俺は一人しか知らない。
 言おう、多分この後なにかが起きる。
 それは置いて、俺はフリアエの髪を撫でて機嫌を取り戻すことに取り組む。もちろん付き合ったばかりでこんなことして大丈夫なのかは保証出来ない。
 しかし、俺がフリアエの髪を触りたかったという欲求もあるので、拒否されても怒ることはない。
 ……フリアエは頭のいい女の子だ。俺の髪を撫でるという行為で、俺の心理的な部分で悪いところを見つけるかも知れない。不安が出てきて、髪を撫でるのをやめて今度は普通に頭を撫でた。
「……」
 何故か俺への視線が冷たくなる。一体どうしたというのだ。
「ふ、フリアエ?」
「別に……嫌ではないけど……。嗣虎が中身より外見を気にする人なのだと再認識したから落ち込んでいる」
「そ、そそそうなのか?」
「わたしの髪を撫でるのを途中でやめたでしょう?」
「ぐっ……確かにやめたな」
「興味が無いからやめることが出来たということ」
「う、確かに」
「嗣虎にとって、わたしの外見が好みではないのはもう分かった。残念。泣く」
「うわあごめんごめん許してくれ!」
「最低。嗣虎、わたしの言ったことを認めた。酷い、本当にそう思っていたなんて。これならばエッチなこともしてあげられない。死ぬ」
「え、エッチだと!?」
「数日後には女の子の胸がどうなっているのか、確かめさせてあげていた。わたしの身体は感度が良いから誰にも触れて欲しくないけど、嗣虎なら良いと思っていたのに。こんなに喋るのも嗣虎の前だけ、キスも嗣虎くらいにしかしない。腕組みした時にサービスで横乳くっつけようとか色々考えていたのに……」
「ちょっと待った! フリアエ、待ってくれ!」
「なに?」
「好きだ」
「嘘つき」
「本当だって!」
「信じられない。だって嗣虎は変態さんだから」
 と、気付けばフリアエは笑っていた。やらしいことを本心でも無いのに言いながら、それに付き合う俺とのやり取りがおかしくてだ。
 可愛かった。これは新しい魅力だと思う。笑うということを知らなさそうな顔のくせに、笑えば女子でも好きと告白するのではないだろうか。
 俺も好きになれる。
「嗣虎はわたしのこと好きではないでしょう?」
「好きだって」
「くすくす、嘘つき」
 そう言うと、俺の手に指を絡め、軽く引っ張りだした。
 安心しきった暖かさが伝わり、いらない心配をしていた別のことは忘れることにした。
「嗣虎のせいで計画が狂った。だからもう一緒に行こう? 今日は嗣虎にわたしのことをたくさん知って欲しい」
「……そうか。楽しみだ」
「心配はいらない。本物のフリアエだから」
 すっかりフリアエらしくなったフリアエに、俺はこの時になってフリアエの言っていたことを理解した。
 本当に好きだったのなら、あの時にキスなんかしない。
 フリアエとマジの恋人繋ぎをしながら学校を出た俺は、どこかへ向かっていた。
 校門からそう離れていないところで、そういえば、と続けて、
「目隠しはいいのか?」
 と聴くと、そのことを忘れているようだったフリアエは左手に持つ布を自分の右手にリボン結びをし始めた。
「平気。嗣虎が隣に居てくれるなら」
 するとフリアエが密着した。身体の体重を少し乗せるように寄られ、普通では感じれない妙な柔らかさを感じる。
 ああ、そうだった。フリアエって貧しい訳ではなく、体とのアンバランスが生じないギリギリのラインで豊かな物を持っているのだ。
 かと言って、一度も太くなったことが無さそうな細くて小さな体をしているのだが、これは人間の女からしたら抹殺対象である。
 俺にとっては天国にいるのではないかと勘違いするが。
「フリアエは……抱き締めたくなる体をしてるよな」
「あえて抱き締めないのが興奮すると思う」
「……そうだな。あえて邪道を行くともっと興奮するな」
「例えば、嗣虎さえよければ、将来眼孔姦してもいい……よ?」
「……」
 なんだ眼孔姦とは。初めて聞いたのでどう答えればいいのか迷ってしまう。とりあえず頷けばいいのだろうか?
「えっと……」
「眼孔姦は、嗣虎のモノを、わたしの片目に突っ込ませてぐちゅぐちゅする性行為。気持ちよくは無いだろうけど、とても興奮すると思っている」
「そ、そんなこと出来る訳無いだろ」
「片目一つ、嗣虎との交わりで無くなってもいい。こうすれば嗣虎はわたしを好きになれる」
「ならねぇから!」
「嗣虎、わたしを独占したくないの?」
 妙に本気で言うので、眼孔姦をしたときの光景を想像してしまう。
 シチュエーションはこうだ。俺のモノが入りやすいようにフリアエを跪かせ、先をわざと目の回りに擦り付ける。恐怖と信頼が混ざったなんとも言えない顔に、犬が主人の顔をペロペロと舐めるように目以外を擦るのだ。そして油断した所で、一気にぶち込み、涙と血の混ざった大量の液体がモノの周りから流れてくるのである。まだ正常な片目の苦痛の瞳を見ながら俺は愉悦に浸り、腰を振ってフリアエをいじめ抜く……。
 いいな、と思った。
 恐ろしくも。
「う……」
「なに?」
「……そんなこと、フリアエを傷つけるだけだ」
「簡単に言えば紙に文字を刻むのと同じ意味。わたしが言っているのは酷いことではないよ」
「……うう」
 この時、あまりに可愛い笑みを浮かべるので、本当は駄目だと分かっていながらも、確固たる否定が出来なかった。
 異常性癖なのは分かっている。本番でも最初は躊躇するくせに実際にやり遂げてしまう自分の性格も分かっている。
 否定しながら、いいなと思っている人間なのだ。
「フリアエは、失明しても構わないんだな……?」
「嗣虎ならいいから」
「じゃあ…………いつか」
「ありがとう。大好き」
 幸せそうだった。怖いことを俺ならばいいと言って、好き同士になる為に犠牲を生むのを後悔していなかった。
 冗談ではないのだ。
 俺は……フリアエに何かしてあげられないのだろうか。それをまた考え始める。
「今からどこへ行くんだ?」
「嗣虎が気に入りそうな所」
 俺が気に入るところか。まさか、女がたくさんいるところとは思っていないよな?
 これからフリアエを好きになる為に色々考えようとしているのに。
「フリアエには、俺はどう見えてるんだ?」
「嗣虎を?」
「ああ」
「難しいことを始めに言えば、鉄塔」
「鉄塔ねぇ」
「わたしが一生殴り続けても倒れないくらいの立派な鉄塔。きっと火や金鎚、爆弾を貸してもらえばなんとか崩せると思う。でも、わたしはそれをすることはない。それは嗣虎が一人で築き上げたものだから。崩すならわたし一人でと思う程の、美しい塔だから」
「なんだか……嬉しいな」
「わたしと嗣虎は月と太陽くらいに違うけど、根はこれ以上無いくらいの一緒だと信じている」
「はは、ありがとう」
「他はゴミ箱みたいに見える」
「いきなりとんでもないことを言うぜ」
「わたしにはそう見えるから。ゴミはその人にとって不必要な物だけれど、嗣虎にとってはそれをゴミと思わない。だからゴミ箱と表現した。嗣虎は自分の立場を理解しながら、ゴミ、つまり少数派を全力で支える人。わたしはそんな嗣虎の為なら、ゴミになってもいい」
「そうか」
「後は、小賢しさに寄った聡明な所」
「これまた微妙な表現だな」
「嗣虎は自分の実力を隠し、偽った力を使って自分を誰とでも接触が出来る状態にしている」
「へぇ」
「やるべきことをやらないことで、自由を利かせているというのがしっくりくる」
「ふぅん。そうなのか」
「嗣虎はわたしをどう見える?」
「フリアエは……可愛いよな、意外と」
「可愛いの?」
「いつもあの白い制服を着てたから服装に関してでは無くてさ。容姿はもちろん可愛いけれど、その、恥ずかしがり屋だよな」
「……どうして?」
「上手く表現できない」
 表現してしまったらキモイと思われそうだからな。
「この腕組みとか、本当は凄く恥ずかしがってるんじゃねぇのかな……と思うんだけれど」
「……! 嬉しいから!」
「え?」
「恥ずかしい訳ない!」
 すると、フリアエは俺から見えないように顔を背ける。
 おかしなものだ。俺からは恥ずかしがっているようにしか見えない。
「なあ、こっち見ろよ」
「嫌!」
「俺はさ、そんなやってることと思ってることが食い違ってるところ、結構気に入ってるんだぜ」
「くぅ……!」
 うなり声が聞こえた。初めて聞く可愛らしいもので、ちょっとした高揚をしてしまう。
「馬鹿。もう口をきかない」
「えぇ!? 困る!」
「……」
「本当に口をきかないのか!?」
「……」
 困った。
 ちょっと頭を下げて下から顔を覗くと、物凄い無表情になっていた。
 頬が少し赤らめてはいるが、感情を感じないほどの無。どこかでこんなフリアエを見たことがある気がするが、とにかく機嫌をなおして欲しい。
「フリアエ……聞こえてるだろ?」
「……」
「悪かった。フリアエのことをそんな風にするつもりは無かったんだ」
「……」
「ちょっとした悪戯気分でさ、許してくれ……」
「……?」
 フリアエが俺を見上げると、不思議そうな表情で首を傾げた。
 ……ん?
 なんか、フリアエっぽくないぞ?
「あのさ、」
「……??」
「フリアエだよな?」
「……!」
 フリアエは首を振った。
 ?????
 なんか見たことあるなと思ったら、このフリアエは初対面の時のフリアエではないだろうか?
 初対面の時ではあんな無口だけれど、心を開いてから喋ってくれたのかなと思っていた。しかし、そういうことではないとしたならば?
 誰だこの子。
「なぁ、俺と初めて会った時のこと、覚えてるか?」
「……」
 フリアエは頷いた。
「フリアエっていうのは、どういう理由で人を睨むのか、よく分からない子だと思っていた。頼るものはすぐ頼り、怖いものにはすぐに牙を剥く。なんかな、本能剥き出しだなって」
「……」
「けれど、いつの間にかフリアエは変わってた。変だけど可愛い女の子になっていた。その変な部分はフリアエの魅力が一杯に詰まってて、惹かれたことは事実としてあった」
「……」
「別だったんだな、けれどさ。なんか雰囲気が違うから」
「……」
 フリアエは何度も頷いた。
 そうされると、本当にフリアエではないのだと納得できた。初めて出会った、本当の子だ。
「フリアエは今、なにしてるんだ?」
 するとポケットからメモ帳と短いペンを取り出し、ペンを握り持ちしたまま綺麗に字を書く。
『拗ねてる』
 普通に書きやがった。
 ……これってフリアエの別人格とか? あまりに異変なのでかまをかける。
「フリアエの人格は何人居るんだ?」
『三人』
 多重人格をあっさり認めた。
 そしてこれからどう付き合えばいいのか全く分からなくなった。
「俺はお前をなんて呼んだらいいんだ?」
 フリアエは握り拳を顎に当て、数秒悩むと書き出す。
『アイザ』
「どういう意味だよ」
『『アイ』と『座』で、『私が座』という意味。嗣虎の座はわたし』
「今作ったのか!?」
『作った』
 なんということだろう、このフリアエには元々名前が無く、今作ったらしい。でなければ『アイザ』などという名前が生まれる訳がない。
 というか本当に多重人格だというのか?
「アイザ……」
「……?」
「本当にフリアエじゃないのか?」
「……!」
 やはり頷く。
 認めよう。フリアエは多重人格だ。
 そしてこのアイザには、どう接しようか悩むが恋人らしく振る舞うことにする。
「フリアエ……じゃなくてアイザ。なんで喋らないんだ?」
『上手く喋られないからだよ』
「試しにお喋りしてくれよ」
『嗣虎がして欲しいならする』
 アイザはメモ帳とペンをポケットにしまい、こほん、とすると口を開けた。
「ろお? しろらのいうろおりにしゃべっらよ!」
 尊い。
 声自体はフリアエのままだが、喋り方と声の高さから別人に聞こえる。しかも胸の中が熱くなるというか、萌え死にそうで仕方がない。
 俺は思わずアイザを抱きしめてしまった。
「しろら……?」
「ご、ごめん、つい」
 と言いながら解放する気は全くない。
「いゅーっれしらいなら、すいならけしれいいよ? しろらのらめならなんれもしれあえる!」
 ニュアンス的に俺の為ならなんでもすると言っているようだ。しかもこのままでも問題ないとも言っているようだ。
 可愛い。
「しろら、フリアエよりもわらしを選んれ。しろらの言うおろなら、全れするよ!」
 が、フリアエとアイザは別人格である。愛し合えるのもフリアエの体ではなく、この人格である。
 もしもここでアイザにキスをしたならば、それはフリアエを裏切ることになるのだろうか。
 ……このアイザはフリアエと同じことを言っているんだよな。
「アイザ、俺はフリアエそのものを好きになりたいんだ」
「……」
「フリアエもアイザも、そしてもう一つの人格も、三人とも愛させてくれないか?」
「らめ、ひろりらえ」
 一人だけ、と言っているらしい。
 そんなこと言われたって、まだ数一〇日も過ごしたことがないのに、決められる訳がないじゃないか……。
 急展開過ぎるんだよ。
 大体、多重人格だとしても、それは同一人物ではないのだろうか。
「無理だ」
 フリアエの体で、自分が別人だと言われても、完全に離して見られる程狂ってはいない。
「俺は三人とも好きになる」
「……ひろい。ひろいよしろら!」
「……ああ」
「おんなおりょうらあらいいさなおろもらろ思っれるんらよね? わらしはらら、ふらんをすうなうしようろ思っれおんなふうになっれるのに……! すいなひろうらい、一緒になりらいのに……!」
 ほぼ聞き取れない。
 俺がアイザを変な奴だと思って、一緒になることをさらりと避けている。そんな風なことを言っているようだった。
 確かにそれは思ってはいた。しかし、アイザは事前に上手く喋られないということを伝えてある。その瞬間で、アイザを馬鹿にすることなどあってはならないのだ。
 俺はまだアイザのことを知らない。なんでもするからと言って、そのまま付き合っては、きっと誰でも付き合ってしまう。
「アイザ」
 手をアイザの頬に添える。
「……?」
 ──けれど、フリアエ自体が俺の恋人だ。
 アイザの唇は、少しだけ刺激が強かった。
 ──数一〇分後、アイザの雰囲気は変わった。
「嗣虎、なんでキスしたの?」
 いつも通りのフリアエだ。
 繋いでいるフリアエの手を少し遊びながら、それでも真剣半分に答える。
「すまない。フリアエのこと、ごちゃごちゃしてた。どっちも良いと思ったんだ」
「……本当に多重人格だから。わたしには人格のストックがあって、主人格は定まっていない。だから、アイザと一緒にしないで」
「けれど、フリアエとアイザは似てるよな」
「全く似ていない。アイザの方が私よりも優しい」
「……そうなんかな」
「どういうこと」
「フリアエでも、アイザでも、考えることは一緒だと思うんだけれどな」
「……そう」
 怒ることは無かった。それと、少しだけフリアエのことを知れた気がする。
 繋がった気がするのだ。
 その後すぐにフリアエから肩をつつかれた。
「嗣虎、おねだりしていい?」
「なんだ?」
「んー」
 立ち止まり、目を瞑って口を少し突き出す。
 周りに人がいないか調べた後、俺はそれに応えた。
「ありがとう。目的地にはもう近くだから」
 満足そうな顔になると、俺を引っ張るように前を歩いた。
 というか、本当に近くだったのだけれど。
 着いた場所は普通の一軒家と比べて少し大きいくらいの、店っぽい建物。いかがわしさなどは感じられないが、ここがどこなのか予想がつかなかった。
「嗣虎」
「ど、どうした?」
「わたしは人格を代えるから、あまり変なことしないで」
「ああ、分かってる」
「──なんて冗談ですよ、嗣虎さん。わたしの彼氏なんですから堂々とすればいいんです」
 突然、フリアエは雰囲気をがらりと変える。
 フリアエは控えめに俺に腕組みし、中へ入った。
 そこは机と椅子ばかりの休憩所みたいなところだった。カウンターらしき部分は見当たるが、品物を出すことを目的にはしていないような貧相さだ。
「こんにちはー! お手伝いをしに来ましたー!」 
 フリアエらしからぬ元気な声が響くと、カウンターの奥からえんれぇべっぴんせぇがでぇできへぇた。
「アレクトー様! よくお越しくださいました!」
「いーえいーえ、そんな畏まらないでくださいな。あなたもわたしも同じ人間だってんですから」
「そんな恐ろしいこと! ゴッドシリーズに比べたら私なんてとても……!」
「わたしは雑に扱われるくらいが性に合うんですよ。ささ、皆さんを呼んできてくださいな」
「は、はい! 少々お待ちく……じゃなくて、……ちょっと待っててね?」
「はいっ!」
「分かった。ちょっと待っててね!」
「頼みますよー!」
 カウンターの別嬪さんは強張りを緩めると、なにやら奥の方へと入っていった。
 というよりも、フリアエではない。この少女は誰なのだ?
「あらあら嗣虎さん? 何を混乱されているんです、わざわざ種明かしをした意味がないですよ」
「え?」
「わたしは多重人格です、アイザでなければあなたの知っているフリアエでもありません。壇上で目を合わせたこと、ありますよね?」
「まさか、お前は!」
 フリアエの体は華麗に回転し、止まった後にスカートの端を上げてお辞儀をした。
「また会いましたね。アレクトーと名付けられましたが、別に好きではないんですよ、その名前」
「あ、アレクトーということなのか……?」
「ええ、名前としてはアレクトーとするのが良いのかもしれません。ですがあえて名前を作るなら、やっぱりオリジナルのものが良いですよね」
「……?」
「つまり、わたしの名前は一号機、二号機と名付けられているのと同じなんですよ。フリアエという名前はなんとか自分で確保しましたが、定員が三人と多いですから省いてしまってんです」
「そうなのか……?」
「ですから、新しい名前を考えました。今日からわたしは──あ、やめました」
「どうした?」
「一ヶ月後に教えます。それまではエリニュスと呼んでくださいな」
「あ、ああ」
「──お待たせしましたー!」
 丁度エリニュスとの会話が(そう言えば、エリニュスってそのまま口にしてはいけない名前だったと聞いたことがあるぞ)区切りの良いところで終わる頃、奥から複数人が出てきた。
 なんということだろうか、美女の集団であった。
 それはそれはもう見るだけで血が沸騰するほどの美女揃い! 楽園とはこのことを言っていたのだ。
 と、別に俺はある言葉を思い出していた。
「なあエリニュス、俺が気に入る場所って……」
「さあ、分かりません。わたしはフリアエではありませんので」
 頭が切れている。天才かフリアエ!
 美女達の中の一人、さっきまでエリニュスと話し合っていた別嬪さんが俺達に駆け寄る。
「お待たせ! 自己紹介がまだだったね、私は八代目ジルダ。ジルダシリーズを束ねる者だよ」
「あ、初めまして。古代嗣虎です。兄達がジルダシリーズのお世話になっております」
「おお、あの古代様達の弟さん! いつも爆買いしてるからよく知ってるよ! 今一五だよね? タメなんだから軽くいこうよ!」
「はは、その割には……エリニュスには畏まっていたが?」
「先代と代わったばかりで、よく付き合い方が分からなくてね」
「あははははは。仕方ないんですよね、ゴッドシリーズの前では当然のことです」
「エリニュスのその態度気にいらねぇなぁ」
「わぁ! 嗣虎さん酷いです! わたしのオリジナリティを崩さないでくださいな!」
「で、さ。嗣虎君が良ければだけど、ジルダシリーズはいかが? きっと自分と一番相性が良いミーザが見つかるし、古代様との関係で私でもオーケーなんだけど……」
 気付くとジルダは俺に売り込みをしようとしていた。
 確かにジルダのやり方は正しい。人のほんの少しの信頼さえ得られれば即利用して社会貢献をしているのだから。それにこのタイミングであれば事情を理解できる上に判断をする時間も得られる。
 しかし相手が悪かった。俺の隣にいるのはゴッドシリーズながら俺の彼女なのだから。
「あらあらジルダさん? 何か勘違いさてれません?」
「アレクトー?」
 ジルダは首を傾げた。
 当たり前だ。ゴッドシリーズが俺の彼女だと思考する脳がある奴は相当イかれている。
「嗣虎さんにジルダシリーズは必要ないんです」
「……え?」
「わたしが嗣虎さんとエッチして沢山の子供を産むんですから」
「……アレクトー、嗣虎君と……恋人?」
「はい♪ どんなフラグだってバッキバキの仲ですよ!」
「フラグ……?」
「恋人と打ち明けると大体破局して男の人が別の女性と付き合うじゃないですか。ですが嗣虎さんはわたしとずぅーと一緒ですよね♪」
 フリアエではない、エリニュスらしい全ての色の花言葉を含めての紫陽花のような笑顔を向けられ、むず痒さがありながらも納得して頷いた。
 エリニュスは分かっていながらあえてするのだ。こうすれば気に入られないだろうと知りながら、『それを抜きにしてわたしはどうなの?』と伝えているようにわざと気に入られないことをする。
 正直好きだ、そういう非常識の中で価値を見いだす人は。
「エリニュスの言うとおり、俺にジルダシリーズは間に合っているぜ」
 するとジルダは残念そうな顔をした。未練たらしく爪を噛み、
「……アレクトーの性格はよく分かった。汚い性格だけど、嫌いじゃないよ」
「そう言われるとわくわくします♪」
「やっぱ嫌いだね、ははは。今度からお互い本当の顔を見せ合おうじゃない。その前に仕事なんだけど」
 しかしすぐに気分を良くする。
 ジルダは手を後ろの美女達に向け、元気よく依頼した。
「このミーザ達を男共に売って欲しいんだ!」
 ──それがジルダシリーズの役目である。



ーーー
「んぅー!」
「……」
「んんぅー!」
「……」
「んんんぅー──疲れました。お駄賃くださいな♪」
 今日は晴天、駆けっこにはうってつけの爽快な昼の時間。
 道端のベンチに一人座るエリニュスは、散々背伸びをすると唇に人差し指を付けた。
「駄目だ、お前はフリアエじゃない」
 本当は甘えるエリニュスにフリアエと同等の感情を内心抱いてしまっていることにショックを受けている。どう見てもフリアエではないのだが、恋人のように接してくるのでついついそのようにしてしまいそうになる
 なにもしない俺に、エリニュスはフリアエらしからぬ、ぷくーと頬を膨らませることによって拗ねていますアピールをしてきた。
「酷いです、嗣虎さん。嗣虎さんのわたしとアイザへの好意は全てフリアエに行ってて無理ゲーだってんです」
 ……確かにそうだ。俺がフリアエを好きになる要因は、多重人格という事実を含めればフリアエだけのものにするわけにはいかない。
 一つ、初対面の時のアイザを純粋に可愛いと思った点。
 二つ、無言の後に、喋り始めてから今までのフリアエを魅力的に思った点。
 三つ、入学式の壇上でエリニュスがわざわざ俺に向けて可愛い挨拶を行った点。振り返るとこいつはふざけていた。
 ……う、うーん。エリニュスに対してそんなに好きになるというものが見つからないぞ……?
 けれど、こいつはこいつで二度と彼女にできないと条件をつけようとすると、胸の中にぽっかりと空洞ができる。
 ──ま、うむ、嫌いではないのである。
「あは、嗣虎さん? わたしのかっこいい嗣虎さーん♪」
「な、なんだよ」
 どうにかしてエリニュスを好きになろうとしている途中、こいつは態度を変えた。
 ぶらぶらさせていた足をベンチに乗せて女の子座りし、股を開いてその間に両手を付け、上目で俺に色目を使う。
 フリアエが絶対にしないであろう、眼豹のポーズの半分くらいの態勢で、美しさを完全排除した可愛さと色っぽさを全力で醸し出す。
 フリアエの体でしているくせに、エリニュスにしか見えないという珍百景である。写真にしたいなぁ。
 ……そして気付いてしまった。俺は綺麗な少女や可愛い少女が好みだ。ああ、思春期の男ならそう思うだろ? でさ、こいつあんまりにもエロカワイイせいでとある行動をしてしまえば理性の枷が外れてしまうんだ。
 細い首とジルダシリーズと同等の可愛らしい小顔、これで分かるよな?
「嗣虎さんのキスが欲しいにゃー♪」
「ぐぐ」
「嗣虎さんの唾液がすすりたいにゃー♪」
「ぐぐぅ」
「……嗣虎さんの温もりを感じたい……にゃー?」
 そして訪れた、俺の危惧していた出来事。
 心のどこかで待ち望んでいたサービスシーン。
 最強、ただ最高。
 わざとらしさの欠片もない、それはもう完璧な、これ以上の傑作など見つからない、──小首の傾げ方だった。
「し、仕方がないな……。じっとしてろよ……」
「めちゃくちゃにしてにゃ♪」
「……ンゴクッ」
「にゃー……?」
「はぁ……はぁ……」
「にゃー♪」
 あまりの興奮で完全不審者の俺に、嫌な顔一つせず可愛い笑顔を俺だけに振り撒く。どうしてもキスしてはいけない理由があったはずなのだが、どうやら忘れてしまっているようだ。
 握るにはあまりに小さいエリニュスの肩に手を置き、エリニュスの美顔を直視する。
 ……ハァ……ハァ。
「にゃー……、何だかおむねが寂しいにゃ。大きな男の手で埋めたいにゃー……?」
「待ってろよ……にぎにぎしてやる……」
「みゃあ」
「はぁはぁはぁはぁはぁ……」
「──え、えっちぃですっ!」
 と、その時、嗣虎でもエリニュスでもない。この場を終わらせる者が声をあげた。
 俺は正気に戻り声の方向を見ようと振り向こうと──したがエリニュスに首を固定され、唇が控え目に塞がれた。
 甘い。口の中が甘さで満たされる。
 Fooooooooooo!
「きゃあああああああ!」
 俺達の確定的なキスを見てしまったある少女は悲鳴をあげた。
 破廉恥、そうとしか見えない。
 エリニュスはフリアエの時よりも顔を真っ赤にして、唇をそっと離す。
「くすくす、大変ですね、嗣虎さん」
 ……エロい。やはりエリニュスはエリニュス、フリアエとは全く違う感覚がする。
 この感情は初めてだ。これが『萌え』というやつなのか……!?
 まあ、多分違うだろうけれど。
「はう、あうあうあう……」
 悲鳴の少女に顔を向けて、俺はどうしたものかと思考する。
 彼女はクリームヒルト。フリアエより可愛いのが特徴である。嘘である。
 俺達はジルダの店の中のミーザ一人を連れ、エリニュスの向かう場所へ三人で二〇分歩いた。エリニュスが疲れて今は休んでいる。
 その場所は、エリニュスによれば買い手の人が居るところと説明したが、それを良く呑み込めなかった。
 で、ジルダのミーザは赤くなって口をあわあわしているのが現状な訳だが。
「すまない、見苦しいものを。そろそろ行こうか」
「いえ全然、私なら、平気ででですから」
 噛んでいる。
 エリニュスの方へ戻すと、エリニュスは髪をいじりはじめ、何故かつまらなそうな顔をして俯いてしまった。
「どうした、エリニュス」
「……わたし、嗣虎さんともっとイチャイチャしたいです」
「しただろ」
「足りません。わたしとキスするくらいなら、フリアエと同じくらいにキスしてくれないと不公平だってんです!」
「いや、仕事が先だと思うぞ」
「わたしのこのわがままボディを見てそう言ってられますかね?」
 そう甘い声で言うと、躊躇なく襟のネクタイをしゅるる〜と外し、人差し指と親指で摘まんでベンチにぱっと落とす。

 余談だが、フリアエやエリニュス、加えてアイザも本筋から外れたことに関してはいつも全力だな。まるで試験勉強をしている際、疲れた後の僅かな一休みに全神経を注ぎ込んでいる気分になる。

 エリニュスは色づいた目をしながらシャツの第一ボタン、第二ボタン、と、下着が見えないくらいまで外してしまうと、少し前屈みになって俺を見上げる。
 ああ、分かっている。谷間だ。エリニュスの胸が狭苦しそうに収められていながら、白肌の効果で極端なエロさを感じず、果ては神乳と表しても良い巨乳とは少し違う特殊装備なせいで俺の中の少年心が流血沙汰のポリスメン関与状態だ。
 普通、あれを見る男の大半が眼福に浸り、触ろうなどとは露にも思わぬだろう。しかし、そうではない。フリアエ自体はこういう色事には凄くガードが堅く、無駄に肌を露出する事が無いのだ。
 俺の通う高校はミニスカートではない。もう一度言う、ミニスカートではない! これは学校の規則に則り、スカートを巻いた者はお行儀の悪い子となり、公認されたことではないのだ!
 つまりフリアエはガードが堅いからこそ、規則でミニスカートを履くという言い訳が一切無く、彼女にエロさは求められないのである!
 だがエリニュスはどうだろうか!? 二の腕の肌、太ももの肌でも最高の高男点が入るにも関わらず、胸って……(笑)
 間違い無く俺の理性は崩壊するに決まっているじゃないか。
「ひ、卑怯だぞ……!」
「ふふ、ちらっ」
「ぐぐぉ……!?」
 まあ悪ふざけではあるが、どうか付き合って欲しい。
 ──エリニュスのこの男性ホルモン皆無である女体が俺の意識を獣の如き凶暴さで破壊する。俺はこういうのには滅法弱く、温泉で女風呂があれば覗こうと努力する立派な日本男児だ。例え血の繋がった姉や妹がこんなことをしたとして、興奮しない男ではない。
 エリニュスの用件は俺とのイチャイチャ。エリニュスが自ら出向いたお手伝いの最中、奴は俺のキスをご所望だ。
 確かに幸せだよね。だってそれが幸せだから。
 しかしフリアエとは別人格の少女。フリアエの体をしながらもエリニュスな彼女に恋人としてのキスはやれないだろう。
 俺が恋人になったのはフリアエだからだ。
 でもなぁ、なんかなぁ、エリニュスのこと人格的に好みなんだよなぁ。
 なんつーかさ、フリアエは愛を深めて人生に色をつけようとしているが、エリニュスは根拠のない信頼を預けて楽しくやろうとしてんだよな。困ったわ、どっちも好きになれるわ。
 これをどうにかして一人に絞らなければならない。それは数年も掛かりそうな感じなのだが。
 ということでキスをすることにした。
「エリニュス!」
「なんですかぁ? 嗣虎さん♪」
「俺は……俺は獣になる!」
「えっちぃです!」
 と、ここでまたクリームヒルトの制止が入り、振り出しに戻るという訳である。
 可愛い可愛いエリニュスは別に不機嫌そうにはならなく、大分スッキリしたような表情をしてベンチから離れた。
「そろそろ行きましょうか。疲れは大分取れました」
 外していたボタンを留めて、置いてあるネクタイを再び襟に結ぶ。
 俺は残念な気持ちで満たされながらエリニュスの準備を待った。
「あの、古代様……」
「ん、クリームヒルト、どうした?」
「私、本当にこれから母になるんですよね……」
 クリームヒルトは不安を隠せずそう言ってきた。俺が何か励まさねばならぬだろう。だがどう励ませば良いのか知らない。
「なんで俺に訊くんだ?」
 俺の問いに若干戸惑う。
「その、古代様のお兄様方はジルダシリーズと関わりが深い……という話が聞こえましたので、どんな様子なのかな……と思ったんですけど……」
「酷いよ」
 俺は極めて真面目に答えた。
「俺の兄は一人を愛さない。複数のミーザと、たまに人間を混ぜて欲望のまま生きている。欲望を剥き出しで生きられる世界だからな、今の時代は。飽きた女は孕ませて、子供を産ませて、子育てさせて、結構不自由は無いけれど、自由が無いな」
 それに対してびくびくと震えるクリームヒルト。こんなに怖がりなジルダシリーズは久し振りに見た。
 暴力的な兄の嫁だったのだけれども。
「私に、拒否権はありますか?」
「男と付き合うことでか?」
「はい。あ、駄目ですよね、居場所はそこにしかないんだから」
「……」
「こういうことなら、図々しいですけど、古代様とお付き合いしてみたかったです。古代様なら、誠実なお付き合いが出来て……きっと楽しかったと思いますから」
「……違うな」
「……何がですか?」
「お前が俺と付き合うとしたら、最高に幸福なカップルだったと思うぜ」
「自信がおありなんですか?」
 ここまで、実は何も考えずに言っていた。口が勝手にそう動いていたのだ。
 どうしてだろうか、何だかクリームヒルトとなら幸せな生活を歩めそう。
 こんな気持ちそうそう持たないのに、さっきエリニュスとキスしたばかりなのに、もっと関わりたい、話し合いたいと思っている。
 ……惹かれているのだ、クリームヒルトの僅かな違和感に。
「……きっと、何とかなんじゃねぇかなぁ……」
「へぇ、古代様はとても良い趣味をしてるんですね」
「どういうことだ?」
「半分くらいは気付いているんじゃないのかな、勘が良さそうだから。クスクス」
 別人みたいな笑みを浮かべるクリームヒルトにさらなる違和感を感じる。
 気付いている部分と言ったなら、ジルダシリーズのようには見えないくらいか。ジルダと比べてクリームヒルトは自らの役目を全うしようとするような雰囲気を感じられない。
 ジルダシリーズならば、別に他人のキスにどぎまぎしないだろうし。
 あ、ということは、この女ジルダシリーズじゃないぞ。
「クリームヒルト、本当にジルダシリーズなんだろうな?」
 俺の探りに対し、クリームヒルトは緊張感無く「よっ!」と右手から紫の光を放って白い布を出現させた。
「古代様は随分と寄り道が好きなんだね。本来の物語とは違う結末へ向かって……収集が着かなくても知らないよ?」
 その言葉の意味は何を伝えたいのか、俺には分からない。クリームヒルトの見える世界とあまりにも違うせいで、付いていけないのだ。
 エリニュスはまだボタンを付けるのに時間が掛かっている。
 ……掛かりすぎやしないか?
「古代様、とりあえず進むべき道を渡ってしまいましょう。私も手伝うから」
 手に持つ白い布を宙へ放ると、それは無限に分裂し、広がり、世界が白で塗りつぶされる。
 急な事なのでどういうことなのか理解出来ないまま、何だか意識が無くなっていった。


───

 茶の美味しさは細かくは分からない。しかし、甘ければ美味しいということは身にしみて分かっている。
 ということで白火の用意したレモンティーに鞄から自前の砂糖を大量投下した。
「……中で固まってますよ! どうしてくれますか!」
「んぅ〜。美味ですね」
「もう歳何ですからそういう子供っぽい所どうかと思います!」
「ぐっ……」
 言われた通り、こんなことをするのは非常識だ。
 だが私の心の中では誇りである。
 それに関しては何も言い返さず、別の話題に移る。
「ところで、白火は今まで何をしていましたか? ミーザ革命後から姿を見せませんでしたよね」
 すると、私は驚くことになる。白火は素朴過ぎる表情になった。素朴というのはどこかしら足りない感じの、白火たらしめる要素が抜けたような別人の顔だ。
 私の目を見ていたスカーレットの瞳を下げ、ぶつぶつと話す。
「色々ありました……。私達の造り主が、ただの人間な訳が無く、それに関わる強大な存在の仲間入りをしまして。きっと、あなたにもそれが来ます」
 間を置く。
「……嫌なのは分かっていますよ。でも、約三五〇年前から会っていないんですから、どうしても知りたい私の気持ちは、分かってくれますよね?」
 そうですね、と白火は返事を返すと近くに置いてあるノートとペンを机の上に置いた。
 ノートに『和和切占七』という変な漢字を書くと、それを丸で囲む。
「これは?」
「和和切占七【おわぎりせんなの】という名前です。この世の全ては三人の内一人、この人を中心として動いています。『和和切占七』の法則がありまして、この名前に含まれる字が入った人は、和和切占七の生まれ変わりである可能性が高いのです」
「……それが、どうしたのですか?」
「私達の作り主、確かにこの名前の字は入っていません。しかし、誕生日が一〇月七日……占七、1007に当てはまります」
「……」
「『古代嗣虎』、占と七が入っています。雰囲気がとてもあの方に似てたはずですよ」
「たまたま被っているだけではないんでしょうか」
 狭い白火の部屋の中、白火は畳に寝転がる。
「魂、入れました」
「魂?」
「無限の資源を生み出すエターナル・アトム。エターナルと呼んでいますが、それが古代嗣虎の中に埋め込まれています。そのことに気付いた生物は勿論それを手に入れようと彼を襲うでしょうが、私の仲間がさせていないだけです。今では四人の仲間が集まりました。残り枠は一六人、あなたが入ることは確定です」
 ……話が分かった。白火は既に白火ではないのだ。彼女の行動の意味は間違いなく嗣虎くんとの接触で、守ること。いつでも守れるように嗣虎くんの部屋の近くに住んでいるという訳である。
 恐らく彼女の仲間というのは私の想像の付かない存在であるはず。白火は嘘を言うのが苦手だから、こんなペラペラと嘘は言えない、本当のことなのだろう。であれば、魂を入れる入れないが出来る仲間が居るというのを認めなければならなく、軽々と私を越える存在が居てしまっているのだ。
「白火は、諦めたんですか、抵抗を」
「いえ。私が自ら仲間になりました。手に入れられる力は理不尽です。決して挑んではならない人物になるのが条件です」
「……もしかして、わざと教えているんですか?」
「はい」
「聞いてしまうと仲間にならなくてはならない、そういうことですよね」
「……あなたならきっと逃げられる。私からも、他の誰からも。ですがあなたならきっと私達のもとへ来ます……絶対に」
 心地の良い会話だった。白火の優しさに直で触れているように感じる程、穏やかな一時だったのだ。
「私は帰りますよ。嗣虎くんを迎える準備をしないといけないですから」
「古代嗣虎は緋苗という女を一番大切にしています。分かっているとは思いますが」
「老いぼれを愛する者にはなれません。では」
 座布団から立ち上がり、玄関へ向かう。これ以上話し掛けられなかったが、鋭い視線は背筋を凍らせる程に強い。
 だが、私は変わるつもりはない。私は私、あちらはあちら。こちらの人生を彩るのは私だ。
 去り際は嫌に静かになった。


───
 かなり昔のこと、私と白火は姉妹としてこの世界に誕生した。その他にも四人の姉妹がおり、行方は知れない。
 その中で私に宿った能力は本当に使い道のない、人を傷付けるくだらないものだ。 もしもの時も何もない、一生使わなくていい。
 だから私はどんな生き物でも好きになる人間になることにした。きっと私はこの世のゴミに違いない、ゴミならば誰でも助けるのが当然だ。一切の差別無く、全てが悲しく見え、無条件に助けたくなる。これが私のあるべき姿だと思う。
 悲しいとは思わないでね、私。嫌になればいつでも抜け出せるのだから。
 気付けば自分の部屋の中に居た私は、震える右手を畳に打ち付けて立ち上がり、これからしようとしていた馬鹿な行動を健全な行動へ変更させた。
 着ていた制服を素早く脱ぎ、一般のよりは小さいクローゼットを開いてそれをしまい、嗣虎くんと初めてこの寮にやってきたときの服を取り出す。
 バリューが取り寄せた高級な服だ。バリューは選定を受けたミーザに服を持たせる。これは内なる心を最大限に表現した、人間の皮の部分と表すとよく分かるだろう。
 赤のカーディガンに黒のツーピース。これが意味するのは強き意志である。
 さっさとそれを着た後、不安を感じ始めた。汚らわしい私がこれを着ているのだと考えてしまうと寒気がする。いや、間違いなく汚らわしいのだが、考えては駄目なのだ。長く生きるというのは、センタクが出来なくなるほどズタボロになるのが定めなのだから。
 逃げたい、生きることから逃げてしまいたい。自分を慰めてしまいそうになるくらいなら、死んでしまった方がいい。白火の仲間になればこの気持ちは救われるのだろう。しかし、私の物語は再び始まっている。嗣虎くんが立派になるまでは、パートナーとして生きていなければならない。
 そう、嗣虎くんがいるから生きなければならない。今度はそれを軸にすれば良いだけのことなのだ。
 もう出る。一人になってはいけないと感じた。
 スリッパを履いて扉を開いた。当然ながら誰もいない。扉に鍵を閉めて木床を歩いていき、寮の玄関を目指す。
 どこにも行こうと思わないが、外に出てみたい。想定外な出来事を楽しみに行くのだ。
 そこに着いたなら、ロッカーから自分の靴を取り出してスリッパを替わりに入れ、外に出る。
 空は晴天で、雨降ることなど想像の範囲外だ。財布の入った片方のポケット以外軽やかで踊るように歩き、縛られない自由と、縛られない不安を同時に楽しむ。
 何もすることがないのである。いや、しなくても良いのだ。それだとつまらないからこそ、今がとても楽しいものとなる。
 頭を空にして鼻歌もする。音楽には興味がないから即興で適当に歌って、人生を楽しんでいる少女を演出した。
 学校側から離れると他人が視界に入る。それがいやに細っこい顔ばかりなので空想に広がる夢の島にヒビが入り、テンションは錆び付いた鉛のように徐々に濁り始める。
「……」
「……」
「……」
 汚れだらけな廃墟の家の前に座り、何の感情も無い視線を向ける髭を長く伸ばした老人。
 道端にダンボールを敷いて座りながらただ前を見ている、頬肉が無いのではないかと思う程に痩せている男。
 それに目出し帽を被って家の窓から入ろうとしている人。
 興味が無く、知りたいとも思わないこの光景が嫌でも目に入り、笑顔を作ることが馬鹿らしくなる。
 楽しくない物語だ。
 私は目出し帽の人の所へ歩いていき、中を確認しているところを肩に手をおいて止める。
 振り向いたその人の目は生気をよく感じられなく、高ぶった気持ちを一瞬で冷やしてしまいそうな静けさを生む。
「……それだけは駄目ですよ」
「離せ。俺にはやらなければならないことがある」
 力を入れていない私の手を抜けて、鍵の掛かった窓を拳で割ると、さっと中へ入った。
 瞬間、銃弾の発射される音が響き、まだ知らない不愉快さを感じる。
 もはやここに用はない。することすらない。
 私の周りが薄い光を放ち、目出し帽の人に向けて光の橋が架かる。それは数秒だけ輝いた後、元々そんなことがなかったように一瞬で消えた。
 救い、見つかりはしない。



───
『アレクトー・ウラノス・エリニュスというゴッドシリーズの特徴は高過ぎる知能です。これを極限も極限、ひたすらに高めていくことによって新たなる境地へとたどり着きました。
 我々が目指すのは世界平和。崩壊世界の今を立て直すには、ミーザのような強化に無限の可能性がある人造人間が必要です。
 アレクトーの知能は理不尽な自然災害の防止にとても役立ちますし、常にどこでも犯罪者の特定が出来ます。この犯罪者の特定は各学校にある平和部にて大いに活躍することでしょう。
 今は一体のみですが、これから量産化へ向けて研究を進めています』
『それはファーストミーザの知能を越えるのか?』
『……は? アレクトーはファーストミーザとは別ベクトルで最高傑作です。蟻の声が聞こえたとしても、それが何の意味を持つのか知っているのがアレクトーなのです。大体あの奇跡とまで呼ばれるファーストミーザを越すことなど、『ファイブセブン』が再びこの世に生まれないかぎりあり得ないでしょうもの。しかもその本体が行方不明とあっては研究すら進められません』
 冷静さを感じる女の声と、どこか怒っているように感じる男の声が聞こえていた。
 場所は──ミーザのゼウス『君』が職場としている電気のタンクの中。そこは家にあるような、自分という存在を溶け込ませた感じの普通の部屋のようで、一カ所だけ鋼色がくっきり出ている何かのスペースがあり、恐らくそこから電気を流し込んでタンクに溜めるのだろう。
 わたしは知識として知っていた。ファーストミーザというのはミーザ革命を起こしたエンドシリーズのことを指し、その中の『平和』を強く訴えた一人のミーザを言う。全てを理解し、天才的な対処によって人造人間を認めさせた。いや、高性能だろうか。
 確か、この時のわたしはママと一緒にゼウス君とお話をしにきたのだ。何も難しくない、少しのお勉強と、たくさんの会話をするだけ。遊んでいるだけだ。
 正直、ゼウス君は嫌いだ。隙あらばわたしに触れてくるし、ババア呼ばわりされる。わたしのどこが老けているというのか。
『このババアが最高傑作ねぇ? オレよりは越せないくせに』
『……』
 わたしは喋らない。ママにしか喋る気にならない。
 ママはわたしを守ってくれると思ったけれど、ゼウス君の言葉に何も言い返さず、別のことを思考しているようだった。
『なあ母さん。アンドロイドって本当に感情はあるのかな? 人類の減少で職場の空いた部分を埋めてくれる純機械のアンドロイドさ。あいつらってオレ達にとって気持ちのいい言葉だけを吐いているんじゃない?』
『アンドロイドは人間と同じ脳を持ちません。なので人間とは言えないのです。しかし、人間と同じこと、それ以上も出来ることを私は考えて、人工知能も悪くないとは思います』
 アンドロイドは機械人間のことだ。ミーザとアンドロイドは一緒ではない。
 ママは単純な人だから、アンドロイドに対しても、ミーザに対しても複雑な想いはない。それが有益であるかどうかにしか興味がない。
 感情論の話は無駄だ。
『ババアはどうよ。って、喋る訳ないか、ババアだから歯が全部抜けちまったんだろうし』
『……』
『お、睨むか。その睨むしか出来ない威嚇した猫みたいな顔、可愛いな。首を絞めてみたい』
『……!』
 ゼウス君が紺色の木椅子から立ち上がり、わたしに近付いてきた。
 ママは知っているはずだ。わたしが何故喋りたくないのか。それを無視するというのか。
『ゼウス。壊さないようにお願いします。貴重な体なのです』
『分かってる。泣き顔を見たらやめるさ』
 ママは、どうやらわたしの管理人という理由で私自身の問題はママが目を伏せることによって無くすつもりのようだ。逆らえないとかではない、面倒なものを避けているのだ。
 一方ゼウス君はわたしをとことんいじめるつもりらしい。心を読むまでもない。
『ふん、いい出来だな、その顔』
『……』
『歪ませてやる』
 わたしの目隠しをした黒い布を取り外し、目を至近距離で覗く。
『おまえのそのいつも隠している目、見るのは初めてだが中々分かってるじゃないか。その目は変化をする目だ。おまえのような無感情な女が目を変化したとき、人々を魅了する作用を与える。そら、変化するまで観察してやろう』
『……』
『僅か歪むだけか。嫌悪というよりは助けを乞うような、餌が欲しくてお膳の前に座りご主人様を見上げるような汚らしさに似ている。母さんに助けてもらいたいのかな? うぅん?』
『……』
 下半身、空気と温度の変化が近付く。ゼウス君の手が下に伸ばされている。
 触ろうとしているのは確定だ。わたしが一歩下がれば良いことである。しかし、それは戦うことから逃げること。フリアエのように怒りを持ち続け、常に負けないようにするのがわたしがわたしであるためのプライド。
『逃げないか。が、おまえの顔は今にも泣き出しそうだな。いくら胸の中で強い意志を持っても、体は正直に苦痛を訴えるものだ。震えているな? だがオレはやめるつもりはないぞ』
『……』
『おまえがオレに勝つ方法は、喋ることから始めないとな、ババア』
 布越しで確実に触れた大きな指先は的確に芯を避け、円を描くように回る。
『興奮しているな。耳元が赤いぞ。オレが人の目を気にする性格でないことと、監視カメラのないこの部屋を恨むだろう? もっと睨め。泣くなよ? すぐには終わらせたくないからさ』
『……!! ……ぅ』
 全てを剥き出しにした感覚がわたしを襲う。わたしはミーザの能力的に敏感になっている。五感が特化しているにも関わらず、アソコをしつこく触れられてはたまったものではない。
 駄目だ。物凄く嫌だ。やれば誰でも感じてしまう自分の体が凄く憎い。彼を殴りたくても倒せない自分の能力が憎い。
 涙が止まらなかった。
『涙が流れても、泣き顔じゃあないんだなぁ。泣きながらイってみろよ、ほら、誰も助けてくれないんならいっそさらけ出しちまえよ』
『……ぅぇ、ぅっ……うぅ……はぁ…………ウンン……ッ……ぅぅぅ……』
 あれは二年前の嫌な思い出だ。
 わたしはそれを繰り返す気にはなれない。
 回想はここまでにして、現在の状況は指一本動かせない危機的な状況である。
 首元にリボンを結ぼうとしている途中のまま停止し、前方に見える拳銃を構えた男から撃たれないようにしているのだ。
 背後で嗣虎が偽のジルダシリーズ、クリームヒルトに幻覚を見せられているのは目、鼻、口、舌、耳、肌の全てがそれぞれ嫌というほど把握出来ている。
 最初からこうなると分かっていた。ジルダシリーズの中に一人だけ変なミーザがいるのがすぐに分かった時、何かの陰謀があるのだと。
 わたしの能力は公表されているので知能のみ。世界が三つ分入っているような知識と、スーパーコンピューターをそのまま積んだような思考能力と、数万人居てもなお越える情報収集能力が政府の造ったとされる能力なのだ。
 身体能力は普通の人間、ここで物理的に勝てる訳がない。
 しかしわたしは持っている。政府も知らない秘密の力がある。それをゴッドシリーズが持つのは邪道となるのだが、それはゴッドシリーズとは無関係の力だからである。
「フリアエだかエリニュスだか知らないけど、君はそこを動かないで居てね」
「……」
 クリームヒルトの声が耳障りだ。わたしが動けば、恐らくあの男から銃弾が発射されるのだろう。
 言葉で精神を壊すか、見せてはならない能力で封じ込めるか、どちらかを選ばなくてはならない時が来た。
 穏便に済ますならば能力を使うしかない。しかし……。
「おい、表情がなにやら企んでいるみたいだぜ。動くんじゃねぇぞ」
 男が油断なくこちらを警戒する。
 決めた。クリームヒルトの精神を壊す。
「クリームヒルトさん、あなたは様々な男との交わりがあるようですね」
「……なんで知ってるの?」
 嗣虎への作業を中断させて問うてくる。
「わたし、あなたの本名も知っています。ガブリエル、エンジェルシリーズの一人ですね」
「……」
「さぞ辛かったことでしょう。創り出されてから日々能力測定の毎日で、薬に溺れて苦痛を味わっていました。それが終わり実際に使われた時にはあなたを創り出した職人の息子のパートナーとなった。まあ、最低な男だったのですが」
「君は……全く。これじゃあ生かしておけない、個人的に!」
 わたしは彼女の記憶を全て覗いた。全て知っている。
 この時彼女が何をするのかも知っている。
 首を斜めにして振り返り、既に彼女の手から発射された銃弾を避けながら接近する。懐から取り出したナイフを阻止するために手を引き、彼女の手首目掛けて突きを放つ。
「なっ!?」
 男はガブリエルへ誤射しないように撃ちそびれているので無視だ。
 驚いている暇などない。わたしは隙のできたガブリエルの腹ど真ん中へ渾身の正拳突きをした。
 どうせミーザだ、硬かろう。手首が折れる覚悟は出来ている。
 ぐにゅりとぼぎりの二つの音を混ぜ合わせ、ガブリエルは後ろへ吹っ飛んだ。
 というか折れた。
「うぐぅ……いたぃ……」
 思わず声が出てしまうわたしに対し、ガブリエルは口から胃液を吐いて立ち上がれないでいる。
「こ、このどくされ人形がぁ……!」
「が、ガブリエル! てめぇよくも!」
 男がわたしの足へ撃ってくる。それは少し不味いので距離を取るように避ける。
 無理だよ。能力を使わないと勝てないよ。
「嗣虎さん! 起きてください! わたし、こういうの勝てないんですよ!?」
「……」
 嗣虎は頭上を見つめたまま動かない。脳が一時的な麻痺状態になっている。
 知っていてもやらずにはいられない。蛙の王子様を救うのはキスだと知った時はロマンチックで胸がドキドキしたものだ。その時の感覚が胸の中で同じように高まり、やけに走った。
「し、嗣虎さん。目覚めてくださいよね!」
 上を向きすぎた首をぼきぼき鳴らしながらわたしの方へ向けさせ、わたしは背伸びをして唇にキスをした。
 ……。
「無理ですよね、分かってますよ馬鹿!」
「このとち狂い女を殺す! サファイア、銃を向けて!」
「ああ分かってる!」
 こんな時、誰かが助けに来ることを願ったことは一度もない。中学生になってから、何も喋らないからと言ってあらゆる酷いいじめを受けても睨むだけしかやり返さなかったこのフリアエは、睨む為ならばどんな必殺技でも生きてみせる自信がある。
 シャープペンシルの芯を手の甲の皮の中に入れられても、爪楊枝で腕を何回ぶっさされても、理不尽な暴力を受けても耐えてきた。
 しかし嗣虎に銃弾を掠らせる訳にはいかないし、取られる訳にもいかない。嗣虎はわたしにとって王子様、いつまでも隣に居てくれなければ。
 ……転移する。
「ガブリエル! サファイア! あなた達は命拾いをしましたね!」
「なんだと!」
「嗣虎さんが目覚めない今、わたしはあなた達を殺す手段しか持ち合わせていない! ならばわたしは逃げることにしました!」
「どうやって逃げるというの!?」
「転移だってんです!」
 空気中の魔素を時空系のエネルギーに変換させ、わたしと嗣虎に纏わせる。紫色の妙な光が漂えば、後は自身の魂へ直結させるのみ。
「魔法!? 君、もしかしてエルフシリーズ──」
「さよなら!」
 紫から灰色に光が変わり、爆発と共にその時空とはおさらばした。



ーーー
 視界が黒から色を付け始めた世界に変わると、そこは白い天井に電灯の埋まった、少しだけ見慣れている部屋だった。
 俺の住んでいる部屋と少し似ているのは、構造の問題だろう。
 体が楽だ。何か頭に枕のようなものを感じて視線を少しずらしてみると、こちらを見下げるフリアエ──エリニュス──アイザのどちらかの少女が視界に入った。
「よあっら、目を覚ましらんらね」
 半分ふざけているのかと思ったが、アイザの特徴的な口調だと気付いて誰なのかを判断する。
 俺の思考を読み取ったのか、慌てて口を押さえてもごもごすると、こほんと咳払いをしてアイザは俺に微笑みかける。
「わたしが膝枕をしたらすぐに眠った。きっと凄く疲れていたと思う。どう、体は楽になった?」
 アイザかと思えばフリアエのように喋るので、フリアエだと認識して対応することにした。
「ああ、なんだか気持ちのいい夢を見た後の、晴れやかな休日の朝を迎えた気分だ」
「そう。二度寝する?」
「少しこのままがいいな」
 普段触れることなど許されない女の子の太ももに頭を乗せる贅沢さは中々無かったもので、こういう親切さがありながらのことでも甘えずにはいられない。
 けれどフリアエは脚が辛いのではないだろうか。いや、気にするまい。気にしたら気持ち良くなくなる。
 出来ればフリアエの胸の中に埋もれたいとも思っているのは男としての宿命だが、いや、寂しいのだと気付く。
 フリアエと一緒に居られて幸せなのだ。
 だが……何かフリアエに違和感を感じる。
「フリアエからいい匂いがする」
「さっきシャワーを浴びた」
 そういうことか。通りで制服じゃなかったのだ。
 フリアエは今、赤い寝間着を着ている。真紅だ。
 ということは、今は夜の時間帯だろう。部屋で緋苗が待っているはずなので、戻らなければならない。
 そこで起き上がろうとしたが、フリアエから頭を押さえられて上手くいかなかった。
「緋苗は用事があるから明日の朝まで帰ってこない。嗣虎はわたしと夜を過ごす」
「……夜?」
「そう。今日は嗣虎のお泊まり会。嗣虎の寝床はわたしの膝の上」
 つまり、フリアエの膝はいつでも独占可能ということで、最優先事項が変わってしまった。
 腹減っている。何か食べたい。
「嗣虎、空腹になっている?」
「え、ああ」
「明日から学校が始まるのに、その前に晩食を抜きにする訳にはいかない。わたしが準備をする」
 顔つきに真剣味を帯びると、俺の額に口づけしてゆっくり立ち上がり、台所へ向かった。
 俺はとてつもない光景を目の当たりにしている。フリアエが料理をしようとしているのだ。フリアエが料理とか、考えられるか(笑)?
 物凄い違和感だ。予想ではかなりの下手だと思っている。フリアエみたいな人は、必ず何かがおかしいものだ。
「フリアエが料理ねぇ? 手元の包丁が飛んでこないや──ら……?」
 ズサッ。
 畳に付けた俺の頭の真横に何故か包丁が刺さっている。
 なんだろうか、誰かがエクスカリバーでも抜くのだろうか。
 フリアエの病んだ目が俺をじっと見つめ、数分の経過を感じる恐怖の五秒後に手元の食材の調理に戻る。
 断言しよう。俺のスイカをぶっ刺せる程器用なので物凄く美味しい料理が出来る……はずだ。
 眠気があるので二度寝しようと思う。頭がぼんやりとするし、フリアエの料理を食べるときにふらふらしていては失礼だ。
 目を瞑れば、寝たかどうかはっきりしないまま、思考がぷつりと闇の中へ……。
 眠るのは一瞬だった。


──
 ──離せっつってんだろ! とか荒っぽい言葉を使ったのは小学六年生から四年経った一五歳の時だ。
 小学六年生の頃は白雪と捨て犬を引き取るか否かで揉め合い、あまりに白雪が強情なので捨て犬を片手に外へ飛び出そうとした。
 ホームレスが路上で生きているのを多く見たからだろう、出て行っても生きていけると思っていた。
 しかし、その時である。白雪が泣き始め「お兄ちゃん! 行かないでよ!」なんて、拍子抜けすることを言われてやめた。
 別に、白雪は俺の妹ではないし、五歳の頃に使いに来た俺専属の使用人のミーザである。
 『バリュー』のミーザだ。その性能は計り知れない。
 俺と同じ年齢なので体格も子供だった。そのくせ外見に合わず子供ならああしろこうしろと変にうるさい。
 そして一五、家でまたあの時のような状態になったのだ。
「あそこは駄目! あんな物騒な所に居て、攫われたり殺されたりしたらどうするつもり!? しかも私をパートナーにせず、変に金を使ってミーザを引っ張るなんて……馬鹿のすること!」
 その通り、白雪の言っていることは正しい。俺のようなお偉いさんの息子は犯罪者を捕まえたり戦ったりする『平和部』のある学校には通うべきではないのと、既に絆のある白雪をパートナーにしないで新しいミーザを買うのはどうかしている。白雪は俺しか知らない最強のミーザなのに。
「パートナーになるって約束した子がいるんだ。それに、平和部のやり方に憧れているのに、やめられる訳ねぇだろ!」
「あのラ・ピュセルのこと? それはただの保険でしょ!」
「ちげぇよ!」
 その時、胸の中がざわついた。確実にパートナーになれるミーザならば、誰でもよかったのではないかと。
 それにずっと前に約束したことだし、無かったことに出来るのではないかとも考えてしまっていた。
 心を揺さぶられたことに苛立ちを覚えてさらに荒ぶる。
「白雪にはわかんねぇよ! 力がありながら望むことを望むままできない、この不幸なんか!」
「そ、そんなこと言わないでよ。私達家族なのに……」
「いいや、わからないね! わからない女が、常識頼りの模範解答を偉そうに見せびらかすんじゃねぇよ!」
「私は嗣虎の為を想ってるんだよ!?」
「父と母は許可を出した! 白雪の出番はない!」
「春男様は嗣虎を放置しているだけ! カーラ様は嗣虎を想いすぎてるからこそ許可を出したの! 嗣虎を本当に想えば行かせないのが当たり前だよ!」
「お前は俺を否定するんだな!? 言葉だけ飾っても中身はろくでもねぇな!」
「違う……違うよ! 私以外が嗣虎を行かせても、私は行かせない。嗣虎を想うのは組織も親戚も関係ない……愛してるからなんだから!」
 白雪が叫ぶように言うと涙を流した。泣くなんて珍しいことだが、こういう場合はすぐに泣いてくる。正直鬱陶しいがこのおかげで俺の選択は間違っていると確信できる。
 しかしやめるという、まるでプライドを捨てているような行動を俺はできない。特にこの進学だけは絶対に。
「……白雪は家族じゃないだろ。俺の使用人でしかない」
「違うよ、家族だよ。使用人なんてどうでもよくて……私はどうしても行かせたくないの。行っても担当者が代わるだけ……嗣虎は私を切り離すの?」
「俺は確実な安全に嫌気がさしてるんだ。もう、行かせてくれ」
「……行かせない」
「……白雪!」
「嗣虎には分かってないかも知れないけれど、行かせない理由、もう出来たの」
「な、なんだよ」
「嗣虎、過去の『回り』で死んで、現在の『回り』に再構成されたよね」
「……なんのことだ?」
「メドゥーサから聞いたよ。嗣虎はヘマしてガブリエルとサファイアに拉致されそうになって、ネメシスに助けてもらったよね。その時に転移……魔素に原子を保管して、この『回り』に再構成させた」
「メドゥーサが? メドゥーサってあいつだろ、なんだその話。あとネメシスって誰だよ」
「嗣虎……、行かせるなら条件がある」
「なんだ?」
「絶対、死なないで」
「は? 死ぬか馬鹿」
「絶対死ぬよ。今の嗣虎の中身、肝心な物が入ってないから……」
「なにがいいたい?」
「フリアエには注意して」



───
 バリューでミーザをもらい、学校の寮にも着いた俺はパートナーを部屋に置いて廊下に出た。
 アレクトーとかいうゴッドシリーズのミーザに、手続きがあるから呼び出して欲しいと寮長に頼まれたのだ。
 まぁ、来て初日なので挨拶がてら良いだろう。
 隣のアレクトーの扉をノックした。
 するとすぐに開いた。
 中から出て来たのは小柄で銀髪の少女。右手を血で染めて、ぼんやりとした艶やかな視線を俺に向ける。
「……ふふ」
 後ろ手を回して俺の顔をじっくり観察する。どこかくすぐったい。
「あ、アレクトーだよな?」
「そう」
「あの、なんか、なんか……」
 奥にはもう一人の俺と、もう一人のアレクトーが横たわっている。胸が真っ赤に染められているのはもう一人のアレクトーで、もう一人の俺は安らかに眠っている。
 すごく、怖い。
「そ、そうだ。寮長が君を呼んでいたよ。すぐに来て欲しいって」
「へぇ」
「ど、どどうしたの?」
「やはりこちらの嗣虎にはあの不気味な原子は入っていない。一応、嗣虎の為に肉体を取っておこう」
「は……ハガッ!? ガフゥ! ゥゥゥ……」
 いつの間にか──。
 ──。
 ──。


───
 離せっつってんだろ! とかなんとか言っていた頃が懐かしい。
 俺がそんな荒っぽくなったのは……なんだったかな、大体白雪のせいだ。
 俺が五歳の時に、父からプレゼントされた使用人の白雪というのがいる。名前は白雪が自ら名乗ったので、本名かどうかは分からない。
 最初は俺と同じ子供だった。厳しさは全くなくて、なんだか白雪は妹にでもなったかのように仲良くしてきた。
 俺と白雪で離れの別荘に引っ越し、中学校生活を共に過ごしたのは良い思い出だ。父は本家に俺を置いておく気はなかったらしく、兄達が悠々自適、女三昧な生活をしている。女というのはジルダシリーズだが、多分苦痛とかはないと思う。
 母が時々俺達の様子を見に来ていたっけな。母のカーラは失敗作のミーザで、ふとしたとき認知症みたいに幼児化する。主にストレスが原因らしく、開発途中に散々酷いことをされたのだと思う。もしかすると、女としての侮辱的な行為をさせられたり、管理者だからと言って散々痛ぶっていたのかも。
 そう、まるでフリアエだ。フリアエみたいな雰囲気をしている。
 つまり俺は人間とミーザの間に生まれたハーフロボット、ハーフヒューマンという感じだ。顔が整ったりしているのはミーザのおかげ。
 まあ、俺の家族はこんなの。
 他に、高校に進学することが決まり、寮への引っ越しをすると同時にミーザを引き取る時が来ると白雪が引き止めたのがある。
「離せっつんてんだろ!」
 例により、俺は白雪にまたそれを言っていた。
 白雪は自分の嫌なことをしようとする俺に対して、決まって腕に取り付く。もしも白雪の胸の育成具合を知りたければ、大体白雪にとって嫌なことをすればいい。
「……嫌だもん」
「はぁ?」
「嗣虎は偉い人の子なんだから拉致されてしまう。私を連れていかないなら確実だね」
「まぁ気をつけるさ」
 別に白雪を連れて行かせたくない訳ではない。白雪と一緒が良いと思うが、俺の進学先の部活の『平和部』で白雪を万が一にも傷付けたくないという、男のプライドがあるのだ。
 拉致は……されるかもなぁ。古代なら仕方ない。
「あ! ラ・ピュセルとの約束を果たそうとしているんでしょ! そんなの保険でしかないじゃない!」
 ラ・ピュセルとは、今から向かう『バリュー』という名の高級ミーザ工場のミーザ。金髪にルビー色の瞳と白肌で華奢な女の子だ。
 小学生の時に、バリューに不法侵入してラ・ピュセルと出会い、パートナーにすると宣言してしまったことがある。
「さぁ? 今は今だからな」
 適当にはぐらかしておく。俺はラ・ピュセルを選べる自信がないからだ。
 名前を教えないあの子にメドゥーサ、惜とアルテミスという素晴らしい人が居て、ラ・ピュセルのみというのはありえない。
「嗣虎……」
「なんだよ、泣くんじゃねぇぜ」
「泣いてはないよ……。きっと嗣虎の学校では私の代わりがたくさんいるから、私のことを忘れるんじゃないかなって……」
「そんなことねぇよ」
 どうやら白雪はしょげているようだ。
 全く……可愛いじゃないか。ふざけんな。
「俺と白雪は家族だろ?」
 俺は当然のことを口にした。
 その言葉が白雪を明るくさせた。
「……じゃあ、嗣虎の帰る場所は私だね……?」
「当たり前だ。風邪を引くんじゃねぇぞ」
「うん……行ってらっしゃい。拉致られたらビンタだよ!」
「分かってるよ」
 そんな話をして、白雪の満面の笑みを背に家を出た。
 それからは知っての通り、バリューで緋苗をパートナーにし、田本学園の寮でフリアエと白火に出会う。
 正直、フリアエのことは白雪の次くらいは好きだ。


 ……なんだか胸がむかむかする。こう、気持ち悪さしかないというか、人間の頭がぐにゃんぐにゃん曲がってるのを目撃して衝撃のあまり目眩を起こしたようか気分だ。
 吐き気だ! 吐き気がする!
 俺は目が覚めると身体を起こした。部屋はフリアエの部屋、トイレに急がないと……!
「嗣虎、目が覚めた? 身体の具合はどう?」
「最悪だ!」
 純白の寝間着を着たフリアエが隣に座っており、悠長に話しかけてきてるので強い言い方をしてしまったが、俺の向かう先はトイレである。
「……? やはりこれは嗣虎の精神力を保つもの……?」
 フリアエは何やら独り言を言っている。そんなことを気にするよりトイレぇ!
 瞬間、フリアエはいきなり俺の胸に手をかざして、さっと手を引いた。
 何が何やら分からないが、何も変なことはされていないようだ。
「嗣虎、大丈夫?」
「……なんか治まった」
 気付けば吐き気は無くなり、いつも通りの古代嗣虎となっている。
 改めてフリアエを見ると、おや、無表情ではないか。
「嗣虎」
「なんだ?」
「多分これから生きていく上で馴染められる、その、『人』は私くらいだと思う」
 どういうことなのか分からないのは当然だから、汲み取るようにして聞くべきなのだろう。しかし、この件は俺には分からないことなのだと勘で気付いた。
「嗣虎……聞いて。もしも嗣虎がこれからを当たり前に過ごせるのなら、それはとてつもない異常。何も変わらない人はいない世界。世界は変わるべき存在だから」
「あ、ああ……?」
「明日死ぬ人間が、死なずに百年生きることと同じ」
「……?」
「おかしくない人がおかしい所だから、嗣虎は狂うべきが正しい」
「ちょ、フリアエ。さっぱり話が見えない。もうちょっと分かりやすく言ってくれ」
「……この話し方では明確な答えを隠しながらの意思伝達は難しい。それに話し方を変えると必ず嗣虎は疑ってくる。だから一言で済ます」
「フリアエ?」
「この世界には我々ゴッドシリーズを越える神が居る」
 そう言うと、フリアエは俺の背中を押した。まるで出て行ってほしいかのようにするので、俺は立ち上がる。
 フリアエから何を言われているのか分からないが、きっと混乱しているのだろう。混乱と言っても些細なものだが。
 そして玄関のドアノブに手をかざす時、フリアエが最後に言った。
「記憶は既に修復してある。ただし、記憶は必要のないものだけ消してある」
 どういうことなのか、くどいが分からない。しかしフリアエがそうしたというのなら、それは善意のことである。
「ありがとな」
 俺は部屋を出た。
「あれ? 俺ってなんでフリアエの所に居たんだったかな」
 声に出てしまうほどの疑問が浮かんだ。
 入学式を終えて、誰かにフリアエとの時間を作るのを提案され、それで部屋へ遊びに行ったのではなかったか。
 違和感があるがしっくりくる。フリアエと出掛けるなんて考えられないし。
 今度誘おう。いや、ゴッドシリーズだから不味いか……?
 すぐ隣の俺の部屋の前に着くと、ポケットから鍵を取り出そうとしたが入っていなかった。
 仕方なく扉をノックして中の人に呼び掛ける。
「おーい、開けてくれー」
「はーい」
 ここで俺は妙に思った。何か違う。何かが違うぞ古代嗣虎と。
 俺のパートナーの声はどこか子供のようなものが混ざっていて、変に落ち着いた所がある特殊なものだ。だが中から聞こえるのは、なんというのかな、可愛いとか綺麗とかとはちょっと違う、個性があって個人的に好きな声だ。
 待て待て待て、開けるんじゃない。この中にいる『人』は間違いなく俺がフリアエを蔑ろにしてしまうほどの人物だ。
 知っているのだこの声は。忘れることなどありえない。
 やがて扉は開かれると、中からは少女が出てきた。
 癖っ毛一つないさらっとした黄金色の長く綺麗な髪に、多くの宝石の中から選別された最高級のルビーを埋め込んだような赤い瞳。
 触れる前から指先が勝手に触ったように感じてしまうほどの美しい白肌と、どれだけ磨けども到達出来ないであろう神のプロポーション。
 胸の奥底にあった後悔みたいな暗いものは吹き飛び、驚きが全てを支配した。
「ピュセルじゃないか! なんでここ──」
「しー! なに言ってんの!」
 声を張り上げる俺に対し、ラ・ピュセルは小声で俺を制止した。
 青ざめた表情で俺を部屋に入れると、嘆息する。
「私が『バリュー』のミーザだってバレたらどうすんのよ古代さん。ちゃんと皐【さつき】って呼んでくれないと……」
 前と一切変わらない困ったような表情になり、心配気に言う。
 あー……パートナーってピュセルだったか? 覚えてないな。
 けれど何だか緋苗とかいう女の子だった気がする。てか緋苗だった。
 緋苗って誰か分からないけれど。
 いや緋苗は緋苗だ。緋色の髪に不気味な肌色をした瞳。カーキ色のストッキングをしてたりして手に火傷を負ってそうで負っていない年上の少女。
 て、緋苗はどこだ?
「あ、古代さん、この際言っておくけどさ!」
「なんだ?」
「私はあんたにしかパートナーにならないから! もしあの時自分に自信がなくて選ばなかったとしたら、私自殺してたから良かったね」
「……あ、ああ。すまなかった」
「ん、冗談だって」
 心が痛んだ俺にピュセルは笑顔を向ける。
 ……きっと本気で自殺してたんだろうな。こいつ、俺にしか好意持ってなかったし。
 フリアエ、死ぬなよ。
 ところで緋苗はどうなった?
「にしてもなんだか丸くなったじゃん。焦りは消えた?」
「……え?」
 性格のことだろうか? 俺、そんなに変わったか?
「うん。古代さんは常に期待されていたって聞いたよ。それが気持ち悪くて荒くなってしまったって泣いてたし。解決できた?」
「出来る訳ないじゃないか」
「どうして?」
「期待なんかされた覚えねぇよ」
 ……表情が固まっている。何かに気付いたのか、自分の髪を弄った。
「可哀想……。けれど、あんたも私が好きな人なんだろうね」
 嬉しそうな、そして悲しそうな。複雑な心を顔に現して、俺の頭を撫でた。
 俺も何となく感づいた。
 ここは俺が見たいように見れるファンタジーなのだと。



───
 朝。
 カーテン越しに窓から差し込む太陽の光が目に入っていたため目覚ましなしに起きる。
 隣で寝ていたはずの皐は既にそこにはおらず、台所に立っていた。
 まさか皐が料理なんてするわけがない。あの皐だぞ? きっとメシマズだ。
 ということでふらつきながら立ち上がり、皐の隣に立った。
「もうすぐ出来るからねー古代さん」
「……」
 そこにはありえない光景があった。
 なんと、チャーハンを作っていたのだ。フライパンから匂う美味しそうなチャーハンは俺の胃袋を鳴らし、皐の口角を上げさせた。
「ふふぅん? 食べたいんだぁ?」
「……ぐぐぅ」
「ま、特別に半分あげるけれどあんたの何かの半分を頂くよ」
「待て、無茶な要求かますんじゃないだろうな?」
「よし決めた!」
「て、早いぞ!」
「古代さんの朝食半分頂いちゃおうかな〜」
「俺が物足りないだろうが!」
 そう言って、フライパンの中身を台所の上に用意された二皿へ移した。
 片方大盛り、片方お子様盛り。
 このお子様盛りが俺だとするとちょいとイラッ☆とするなぁ。
 皐はいつの間にか用意されていた台に運ぶと、ちゃっちゃかと二人分の準備を一人で終わらせた。
 優秀すぎる。
 俺は皿の前に座り、用意された匙を持ってチャーハンを口の中に入れた。
「古代さん! いただきますって言わないと駄目じゃない!」
「そんな古臭いのは忘れたぜ」
 意地悪な皐に礼を言う訳にはいかない。でなければ、食に関しては皐よりも劣るということになりそうだからだ。つまり自分ルール。
 皐の顔はムスッとし、肘をついてそのまま食べ始めた。
 味の方は……ほうほう、丁寧過ぎて料理店で物を食べている気分だ。皐って美味しさにこだわる性格なんだろうな。
 緋苗の場合は楽しさにこだわる性格だ。食事を楽しいものにしようと頑張っているのだ。
 ……もしかすると、緋苗と皐は真逆の存在なのかもしれない。
 扉を叩く音がした。誰かがここに来たらしい。
 俺が出ようかと腰を浮かすが皐が素早く対応に向かった。
 扉を開いた先にはフリアエが居た。皐とフリアエは初対面なのか、両者呆気な顔だ。
 最初に口を動かしたのは皐である。
「あなたはだれ? 古代さんのお知り合いですか?」
 『ですか』って……丁寧語使えたんだな。
 物腰柔らかに質問されたフリアエは、何故か頬を少し赤らめて照れがちに答える。
「わ、わたしはアレクトー・ウラノス・エウメニデス。嗣虎からはフリアエと呼ばれて……います」
 なんと、フリアエも丁寧語を使った。
 フリアエがそんな言葉遣いをしてしまったら今まで積み上げられてきたフリアエ像が崩壊してしまう!
「だったらあんたのことはフリアエさんと呼べばいいですか?」
 いや、なんで丁寧な口調なのにあんたとか使ってんだよ……。
「そ、そんな! わたしのことなど呼び捨てにしてくださっていいです!」
 フリアエがすごく可愛い。ずるいぞ皐。
「じゃあフリアエって呼びますね。私の名前は皐、好きなように呼んでください」
「は、はい、お姉様」
 ん?
 なんて言ったこの女の子?
 皐は当然戸惑っているようで、戸惑いのミーザと呼ぶに相応しいほどあわあわしていた。
「お、おおおお姉様だなんてとんでもありません! 義妹にだって呼び捨てにされてたのにどうしたらいいのか……!?」
「いえ! 至って真剣です! わたしは人を見る目は誰よりも優れている自信があります! 今まで出会ってきた中で皐さんのような、まるでわたしが理想としていたような先輩と出会えるなんて奇跡のようです! 是非、わたしにお姉様と呼ばせてもらう許可をく、くだひゃい!」
 フリアエは目を煌めかせて、赤面して噛みながら皐に迫った。
 あぁぁぁぁぁぁぁりえない! 皐のような生意気で礼儀知らずの悪ガキにフリアエが憧れているなんて! 俺の中のフリアエはもっとミステリアスなんだ!
 しかし想いは届かないらしく、その呼び方は決まってしまう。
「と、とりあえず了解しました。拒否をするほどのことではないのでフリアエがそう呼びたいのであれば好きにして構いません。ただし私は『人』と関わる機会が少なかったので、嫌なところがありましたらすぐに教えてくださると助かります」
 いきなり一度も聞いたことがない皐の流暢な言葉遣いに驚きを隠せないが、それを聞いたフリアエは目の端に涙を溜めていた。
「……わたしのこと『人』として見てくれている……」
 一人呟くと、涙は一筋に流れ、幸せそうな表情をする。
 よく分からないが、フリアエに三人目の仲良しが出来たようだ。



ーーー


 ──犠牲は大切なものだと思う。人の優しさ、逞しさは犠牲があるから備えることが出来えている。そして犠牲は必要であり、消すことなど出来ない。
 つまり、どんなことであろうと、犠牲になった者にも少なからず価値がある。価値は死をもって移り、やがて一人の強者へたどり着く。
 私の命もまた、価値ある者の所へ移るのだ──。
 今ある想いはそれのみである。


───
 あまり緊張はない。失敗したらとか、そんな未来が見えない。
 二度と会えないかもしれないと思っていた皐と共に教室を目指していた。
 フリアエはかなり離れた所から俺達に付いてきている。そうしたい気分なのだとか。
「古代さん? 凄い顔で私見てんね。どしたの?」
 観察する勢いで皐を見るがどこもおかしなところはない。であればどうすればあのような話し方になるのか。
「お前さ、なんであんな丁寧な喋り方できるのに普段はそんななんだよ」
「その前に。お前って言わないでくれる?」
「ああ分かったよ。で、どうしてだ?」
 皐は人差し指を立てながら説明した。
「私の普段があれなんだよねー。古代さんの前ではおちゃらけたフリしてんの。いやだった?」
「俺は……皐が楽だったらなんでもいいぞ」
 別にああしろこうしろは言わないんだから好きにしてくれていい。今更実はシスコンのレズでしたって告白されてもパートナー解消はしないし。
 俺の想ったことを理解できたのか、皐は悪ガキっぽい笑みではなく、お淑やかに笑みを作る。
「──これからは心機一転してよろしくお願いします、古代さん」
 言い方も所作も凄く上品なのに、いつもの皐のように見えるのは、やはり皐の本当の姿がこれだからだろう。
 彼女を創ったじーさんの言うとおり、みんなをみんな大切にしていれば、こんな所など見ることは叶わなかった。
「簡単なようで、全部難しいんだな……」
「どういうことですか?」
 今までを全て無しにした皐は俺の独り言に付き合う。
 俺は嘘無く言った。
「俺は人の関係や世界の動きを大体は分かっていたつもりで、世の中単純に出来ていると思っていた。けれど、それは俺の頭が単純だっただけなんだな」
 その場合わせの相槌が返ってくる前に、言うべきことを言う。
「よろしくな、パートナー」
 大して皐は嫌ではなかったのか、笑みだけ返すのだった。
 ところで、俺達のクラスはどこなのだろうか。
「皐、クラスどこだ?」
「目を通していなかったのですか。一年一組です、私に付いてくれば着きます」
 と言って、皐は前に出ず横に並んだままだが、付いていくにはどうすれば?
 ところで、緋苗のことは頭の片隅に置いておくことにしたため、今は特に心配はしていない。
 いつかまた会えるだろう。そんな気がしてならないのだ。
「古代さんにとってのメインヒロインは誰ですか?」
 皐が話しかけてきた。
「あー、俺が一番特別に想っている女の子?」
「そうです。どうやら女の子との接触が多い古代さんに是非質問してみたかったので」
 確かに女の子ばっかりだったなぁ。男と出会った記憶があまりない。
「俺にとってのヒロインは、なんだろうな、きっと外見なんか関係がないと思う」
「中身ですか?」
「そう。俺から見て自分の感情を一番乱した、その、それこそがヒロイン……ていうのかな……」
「はっきりと言ってみてください」
「俺はだな、たとえ見た目がグロデスクな生物だろうが、絡繰り仕掛けのただのロボットだろうが、好きになる人間だと自覚している。だからまだメインはいない。一番気になるとしたら……メガイラ・ウラノス・エウメニデス……」
「? あのゴッドシリーズのメガイラですか? あれは……いえ、なにも言いません。古代さんは良い目を持っています」
「……?」
 妙な反応をする皐に違和感を感じた。
 メガイラは入学式で壇上に立ったフリアエの姉だ。フリアエにそっくりの外見で、いつもにこにこしている感じがして、さらにとても可愛い。
 皐のような反応とはまるで合わない存在なのだ。
 気付けば教室の前に立っており、さらに俺の興味はメガイラに向いていた。俺はこの時、既に昼休みに入ったのならばメガイラに会いに行くように体内予定表を決めた。
「学校……通えるとは思いませんでした」
 皐が立ち止まる。
「私のような、人ではない人形がこんな夢みたいな所へ行けると思わなかったのです」
「……俺はそういう皐だから選定したのかもな」
「古代さん……」
 言葉だけで全てを通じ合った俺達は扉を開かない道理はない。
 何となく、しかし当たり前のように、扉は二人の指で開かれた。
 視界に入ったのは二〇人の人とミーザ。
 ギリギリの時間に来たつもりだが、揃っているのは三分の二の人数だった。
「確か一クラス三〇人だよな、皐」
 俺の質問に意図が掴めないのか、小首を傾げる。
「それがどうかしましたか」
「……いや、なんでもな──」
「はいはい通行止めはやめてねー」
 俺が言い切る前に背後から出入口を塞いでいるのを注意された。
 中に入って振り返ると、そこには天使のような青髪の少女がいた。
 多分ミーザだと思うが、顔が可愛いのである。何の疑いもなく美人だと言えるくらいに完璧であるが、生憎そういうのは見飽きるくらいに出会ってきたのであんまりドキドキしない。
 あんまりね。
「ああ、悪かった」
「どーも」
 扉を通過すると、彼女は既に一人の男性が座っている席の隣に座った。
 説明すると、席はミーザとの契約があるため二人座れるように設計されている。椅子は長いすなのだ。
 俺はどこに座ろうか悩む最中、皐は一人歩き出す。
「お、おい皐」
「席も渡されたプリントに書かれていました。早く行きましょう」
 ……便利な紙くずだなぁ全く。
 面倒くさくてノロノロ付いていくと、隣に誰かが並んできた。この当たり前かのようにフレンドリーな接し方をするのは限られており、顔を見ずに話し掛けた。
「遅かったな、フリアエ」
「え?」
「……ん?」
 何故か驚かれた。姿を確認する。
 白火であった。
「し、白火だったか。久しぶりに会うな……」
「んー本当は一度も会ったことが無いんだけどなぁ……」
「……は?」
「よ! 良い目覚めは出来たかな? 虎なんとか様!」
 とんでもないことをほざいたかと思えば、やけに元気に挨拶をしてくる。
 彼女の口調はですます系ではなかっただろうか。違和感のない喋り方ではあるが、俺には違和感がある。
 すると白火は人差し指を自分の顎に指し、一瞬だけ悩むような表情になるとまた話し出す。
「最近は物騒ですから、気をつけた方が良いと思います! 私的分析の結果によれば、虎なんとか様が誘拐される可能性は非常に高いです!」
「お、おう気をつけるよ」
 どうやらいつも通りの白火に戻ったようだ。まさかキャラ作りとかじゃないよな……。
 俺は白火を無視して皐が既に座っている席に腰を落ち着け、もうすぐ始まるホームルームを待つ。
「古代さんってば冷静すぎです。こんなに緊張する場面なかなかありませんのに」
「俺は三回目の新しい学校だから慣れてんだよ」
 皐は足をそわそわさせて緊張している。こんな皐初めてで、俺は妙にドキドキしてしまった。
 その後すぐにフリアエが教室に着き、俺の所に向かってくる。黒い布で目隠しをしており、非常に強張った表情をしていた。
 周囲からは注目されている。当たり前だ、目隠しをして登校しているのはフリアエくらいなのだから。
「フリアエ、遅かったな」
「……迷惑を掛ける」
 フリアエは一言だけ言うと、俺の後ろの席に座った。もちろんパートナーはいないので隣に座る人はいない。
 それと同時に学校の制服ではなくスーツを着た男性が入ってきて、教壇に立った。
 印象的なのはスキンヘッドで、結婚指輪をしている。年は四〇代くらい。
「えー、全員揃っているのかな……?」
 手元の出席簿を開き、俺達を見回すと胸ポケットに掛けてあるボールペンを取り出して何やら書き込んでいる。
「小笠原はどうした?」
「はい。小笠原様は胃痛でお手洗いに行きました」
 片方だけ空いている席の、やけに背丈の高い男が丁寧に言った。
「ふむ。神灘【かんなだ】はどこにいる」
 先生の言葉に誰も反応はしなかった。恐らく神灘という名字に心当たりがないのであろう。
 続けて先生が言う。
「神灘皐はいないのか?」
 瞬間隣を見るが皐は居なかった。居るのは席の下だ。
 俺は無理矢理椅子に座らせる。
「な、なにを!?」
「いまーす」
「よろしい」
 皐に睨まれたが、大方緊張しすぎて隠れたかったのだろう。俺は悪くない。
「ことめは?」
 まだいない人がいるのかと驚いた。学校初日でそんなことありえるか?
 すると俺の隣の片方空いた席に座るどこかで見たことあるような男が手を挙げた。
「先生の後ろにいます」
 男は面倒くさそうに言うと、先生は教壇から離れて後ろを見た。すると確かに誰かはいた。
 純粋な緑色の長髪と目の色をした少女のミーザ。とても気が強そうな印象がある。
「先生、驚いたかしら」
「まあまあ驚いた」
「それは良かったわ」
 と、生意気なことを言って男の隣まで歩いて座った。
 ようやく全て解決したようで欠席者の確認は終わる。
「では、自己紹介をします。このクラスの担任をつとめるリゴレット八世です。主に人造人間科の担当をしており、みんなには生半可ではない道徳を学んでもらいます」
 人造人間科……ってなんだったかな。学校のことあまり調べてないから分からない。平和部にしか興味がないのだ。
 それにしても、リゴレットはあまり分からないが、八世というのに何かが引っ掛かる。小さいことだからどうでもいいか。
「みんなは分かっていると思いますが、君達はある程度の裕福さと未来を持っています。それは見る者によって憎悪の対象となり、油断した所から身を危険に晒してしまいます。平和部に入部したい者がこのクラスでは多いので忠告をしておきますが、弱ければ死んでしまいます。気をつけてください」
 俺は死なないがな。
「しかし、いつ危険が迫るやら分かりませんから用心棒を雇っています。白火さん、前へどうぞ」
 え、と思って白火を探すと、既に白火は先生の隣に立っており、俺と変わらない若さの顔で喋り始めた。
「これからよろしくお願いします! もしも困ったこと、危険なことがあれば私に頼ってください!」
「では、自分の席へ」
「はい!」
 笑えない冗談を言った後、白火は一番後ろの端っこの席に座った。
 はぇ〜。
「次に、この学園の高等部には一〇体のゴッドシリーズのミーザがおり、一〇クラスに一体が入ることになっています。アレクトー、前へ」
「……」
「アレクトー?」
「……!」
 俺は嫌な予感がして後ろを見た。すると、フリアエは黙って先生を布越しに睨んでおり、前へ行く気はないようだ。
 困るのはみんなであるが、俺は一番困るであろうフリアエを放っておけなくて席を立った。
「古代さん!?」
「いいから」
 注目が俺に移るが気にしない。
 フリアエの隣に移動して、事を上手く働かせるために励ましの言葉を考える。
 が、それを言う前にフリアエは俺にしがみつき、みんなの視線を避けるように俺を盾にした。
 この動きは……アイザか?
 とりあえず何も言わずに教壇を目指して歩き出し、クラスメートのみんなが見やすい位置に立って、何故か俺が視線を一身に受ける。
「ほら、アイザ……」
「わらし喋られない」
「いや、フリアエでもエリニュスでもいいんだよ」
「今は休んれるあら無理らよ」
「む、むぅ……」
 アイザと小声で話し合った結果、俺がどうにかした方が良さそうだ。なんで俺なのかはともかく。
「この子は、えーと、フリアエです。呼ぶときはフリアエと言ってやってください。よろしくお願いします……」
「うむ、まあいい。席に戻りなさい」
「はい……」
 くそ恥ずかしい思いをして戻ると、皐が笑顔で迎えてくれた。
「かっこよかったです」
「……ありがとな」
 複雑な心境を抱えてホームルームは終了した。


───
 先生は教室から出ており、教室内ではある程度のグループが出来つつあった。
 人間の男のグループに、人間の女のグループ。男女関係無いミーザのグループがあれば、人間とミーザが入り混じったものもある。まだ繋がりは浅いが、これから濃くなるような未来図が見えてならない。
 かく言う俺もグループは既に作っている。俺、皐、フリアエのいつものメンバーだ。緋苗はどこだろう……。
「ようやく学校が始まりました、古代さん。今まで長かったですが、あまり進展しませんでしたね」
 皐が現在の好感度を示すように真顔で俺に言った。
「ああ。寄り道ばかりしていた気がするよ」
 俺も真顔で言っていると思う。本来すべきことはパートナーとの絆を育むことなのに、俺はパートナーであるはずの緋苗を放っていた気がする。だから、この皐との仲も緋苗と同じように少し冷めてしまっているのだ。
 友情とか愛情は平等には与えられない。特に俺では無理に決まっている。
 俺のやれることと言えば俺にとって大切なものを大切にするくらいだと思う。その大切なものに含まれるのは、皐と白雪と……緋苗だ。フリアエは入っていない。
 フリアエは他人で、関わりを持ってきたのはフリアエで、俺がフリアエの為に何かをする義理なんかないのに。
 馬鹿だよな俺。
「古代さんは今から力士を目指そうと思えますか」
「なんだよ急に。目指すわけがないだろう」
「しかし、古代さんはしたくもないのにしているではありませんか。そういう性格ではないですか」
「……むぅ。確かになんだか納得のいく言葉で不思議だ」
「なので今更呆れたり、嫌悪したりはしません。きちりと分かっていますから」
 『これから信頼を築けばいい』と言っているような気がした。案外まだ手遅れではないのだろう。
 どうやら皐は俺の理解者であった。
 そして休み時間を終えるチャイムが鳴り、少しクラスの話し声が小さくなる。もうすぐで先生が来るのだ。
「何をするのでしょうか。とても楽しみです」
「楽しみだなんて皐らしくないな」
「興味深いものには興味がわくものです」
 つまり俺がメガイラのことで気になっているのと同じことなのか。皐の言うことはなんとなく理解できる。
 やがて先生が入ってくるが、その先生は先ほどのリゴレット先生で、何かの物体を大量に乗せたカートを押しながらだった。
「──きゃああああ!?」
 それが何なのかを理解したのか、一番前に座る誰かも知らない女子生徒が悲鳴をあげる。一体どうしたのだろうか、と物体をよく見てみると、二〇立方センチメートルの檻の中に何やら動物が入っている。
 隣を見てみると、皐は青ざめていた。
「では、一時間目を始める。起立」
 先生は生徒の様子などお構いなしに全員を立たせ、挨拶を済ませようとする。
「礼」
 それが終わると、先生はカートの中の物体を教壇に置き、説明を始めた。
「これからみんなには、三年間、生半可ではない道徳を常に学んでもらう。その教材はこれだ」
 先生は檻の中からものを取り出し、みんなに見えるように掲げた。
 それは人だった。全長三〇センチメートルくらいはありそうな、小さすぎる人なのだ。
 俺は顔から血の気が引いていくのを感じる。
「これはホムンクルスと言って、君達が人としての心を育てるための人造人間であり、人間には無理のある事柄に関して使用する道具です。君達はこの先結婚相手を選び、子を産まなければ人類は滅んでしまう。その結婚までの過程をこの学校生活の間で勉強出来るように、多くの学校ではホムンクルスを配布するのであって、私はこれから君達へホムンクルスを渡します」
 先生は指先をホムンクルスの頭に挟む。
「いいですか、ホムンクルスは脆いです。強度はありますが、ある程度の衝撃を加えれば骨折をしますし、血も出てしまいます。怪我を治すよりも新しく買う方が安いくらいなのですから。ホムンクルスを壊してしまった場合、その方は一万円を払い、新しくホムンクルスを買ってもらいます」
 そのホムンクルスから指を離すと、檻の中に戻した。
「このホムンクルスは完全なノーマルです。君達の管理によってホムンクルスは色々な性格に変わるでしょう。そのホムンクルスの状態は卒業の判断材料となりますので、気をつけてください」
 ……と、話は終わったようで、先生は出席簿を開いた。
「井田、小笠原のパートナー、角馬──」
 それからは人間の方が呼び出され、檻の中のホムンクルスを渡していく。俺も当然呼ばれる番が来て、俺は先生のもとへ向かう。
 いざ目の前の先生の顔を見ると、少し怖い印象がある。まるで人間を嫌っているかのように、俺に対しての視線がきつい。
 先生は檻に付いてあるタグを見て、古代と書かれた檻を取り出し、俺に渡した。
「古代」
「あ、はい」
 何故か話し掛けられると、先生が真剣な顔で言った。
「そのホムンクルスはたまたま高性能で出来上がった。運がよかったな」
「は、はあ……?」
 と言われてもよくわからなかったので、取り敢えず頷いておく。
 俺は檻を持って席に戻り、机の上に置いた。
 檻の中に閉じ込めるのは正直嫌なので取り出すところを開けて、ホムンクルスが出てこれるようにする。
「ふ、古代さん! 勝手にそのようなことをしては……!」
「だったら皐は閉じ込められたいのか?」
「い、いえ、嫌なのですが……」
「俺は『人』の嫌がることをしたくない」
 皐の気持ちも分かるけれど、俺はとにかく嫌なのだ。
 そうするとホムンクルスは動き始め、檻の中から解放された。
「……俺、目は良い方じゃないから、こうして出てくるまでよくわからなかった」
「……古代さん」
「衝撃だよ、これは」
 中のホムンクルスは少女のようだった。長い黒髪に黒目、皐ほどは白くないが白肌で、不細工ではなかったし、でこぼこでもない。
 ただ小さいだけの女の子に見えた。
 服装は白のワンピース。靴は見当たらない。ワンピースはただのワンピースで、これといって刺繍が施されている所は見当たらなかった。
 ホムンクルスは自身よりもはるかに巨大な俺の顔を見上げ、正座をして両手を重ねて地に着ける。
「これからよろしくお願いします」
 甲高くもなければ特徴的でもない普通の声で、普通の表情のまま言うと頭を下げた。
 俺にはこれをぞんざいに扱っても良いという事実が衝撃的だった。ホムンクルスは先生の口から言えば『道具』。生きた道具なのである。殺しても犯罪にならないし、壊しても一万円で新しいのが買える。
 バリューの何万分の一の価値しかない。しかも寿命は長くない。
 本当に道具として造られているのだ。
「……よろしくな」
 俺は面子を保つため、ホムンクルスなどに頭を下げることは出来ない。人とは同じ位置に立てないものに、同じようにしてしまえば異常者として扱われると思ったからだ。クラスメートにホムンクルスに頭を下げる人などいない。
 多分、ホムンクルスを人として扱おうとするのは馬鹿だ。
 だから俺は手を差し出した。人と人がするような、小さいホムンクルスへの配慮などせずに。
 赤ん坊の把握反射で握り返すのを考えての指一本とかではなく、人として当たり前のように五本指全てをホムンクルスの前に出しているのだ。
 所詮、俺は馬鹿なのである。
「……」
 ホムンクルスが何かを言うことはなかった。俺のしていることを見つめ、次に自分の手の平を見つめ、少しだけ震える。
 やがて俺の顔を見上げると、ホムンクルスは片手を俺の中指の先の腹に手の平全てを重ねて上下に揺らし、俺もそれに合わせてほんの少し上下に動かした。
 こうやって、俺達は握手で挨拶を終えたのだ。
「プリントを配ります」
 先生が何か言ったようだが、俺は耳に入れていなかった。
「お前はなんて名前なんだ?」
 俺はホムンクルスに尋ねると、
「ありません。これから旦那様に名付けて頂きます。あちらから配られる用紙に書かれて‥…」
「いや、俺は君の名付け親なんかになりたくない。自分で決めて欲しい」
 そう言うと、ホムンクルスは困り顔をする。
「私には分かりません。言葉使いとひらがな、足し算引き算掛け算割り算くらいしか出来ないのです。名前を考えるなど、とても難しいです」
「それでも決めて欲しいんだ。無理じゃないだろ?」
「……はい」
 ホムンクルスは逆らおうとはしなかった。言われた通り自分の名前を苦しそうに考えて、少し汗をかく。
 前の方からプリントが届く頃になると、ホムンクルスは閃いたようだった。
「ミーザです」
「え?」
「私はミーザと呼ばれたい。ですので、名前はミーザがいいです」
 意外な答えだったもので、俺は少し呆気にとられた。
 人造人間のことをミーザと呼んできた俺にとって、それがこのホムンクルスの名前に替わることは混乱を招く。恐らく頭の中でミーザと呼ぶものは人造人間と置き換えなければならないだろう。
 正直ホムンクルスをミーザという名前にするのに抵抗があった。
 しかし、それが望みならば、俺は嬉しくもあるのだ。
「ミーザか。分かったよ、ミーザ」
 俺はこれからこのホムンクルスをミーザと呼ばなければならない。嫌ではない、ただ、ミーザは人造人間の呼称なのである。
 ……ミーザは特に嬉しそうでも悲しそうでもなかった。名前が決まった程度しか思っていないような目をしている。
 ミーザにとっては名前はどうでもいいものなのかもしれない。
「君達のホムンクルスにはまだ名前が付けられていません。明日、君達が名付けたものを登録するので、ホムンクルスに名前を付けるのを宿題にします」
 先生がそう言うが、俺達は既に解決している。
 先生は次に配ったプリントを見て、何やら説明を始めた。
「ホムンクルスの扱い方を載せたプリントを配りました。ホムンクルスは人と同じものが食べられますが、食堂に専用の食べ物もあります。排便排尿は一般のトイレの場合中へ落ちてしまう危険があり、第一ホムンクルスには排便を流すことが困難なので専用のマットが購買で売られています。入浴する時に洗ってあげる場合には優しくすること、自分で洗わせる場合にはきちんと教えてあげてください。そして、君達に渡されたホムンクルスは君達とは逆の性別です。これは君達が異性に対して苦手意識を無くすためのもので、君達が異性というものを理解するためのものでもあります。くれぐれも気を付けてください」
 手元に届いたプリントをミーザにも見えるように置いて確認すると、確かに死なない程度の扱い方は書かれていた。
 俺は……こんなことをしなければならないのか。『平和部』に入りたいだけなのに。
「『ななななななのないな、ななななななはななとなじなべなをなべることができますが、ななななななななのなべなが』……うう!」
 ミーザが勝手に喋り出すとクラスメートの視線が俺達に向いた。先生も俺を一回見る……が、ミーザに驚いて落としたプリントを拾ってまた何かを話しを続ける。
 俺は周りを見たがミーザのように喋り出すホムンクルスはいなかった。しかも、檻から出しているのは俺だけだ。
 とりあえずミーザに話しかけてみる。
「どうしたんだ、ミーザ」
「この漢字読めません。頭が痛いです」
 ああ、そういうことね。
 俺は筆箱からシャーペンを取り出し、プリントに書かれているひらがな以外の文字に読み仮名を書いていった。
 それをミーザが読んでいく
「『ホムンクルスの扱い方、ホムンクルスは人間と同じ食べ物を食べることができますが、ホムンクルス専用の食べ物があります』ですか、そういうのがあるのですね」
 ミーザはほうほうと頷くと、また別のを読もうとする。俺はまた読み仮名を書き、先生の話は無視したのだった。
 気付けばプリントの全てのカタカナ、漢字、数字にはひらがなが付け足されており、一時間目は終わってしまっていた。


 ミーザは自分の管理方法であるホムンクルスの扱い方を面白そうに読んでおり、俺はプリントに書かれていることをミーザにはしないでおこうと考えていた。
「それ、なんか凄いね」
 前の席にいたクラスメートの男子が近付いてきて、俺に話しかけてきた。
 顔を確認してみると、そいつは人間のようで、逞しさが見るだけで伝わる正義感の強そうな少年である。
「お前は……確か、角馬だったか?」
「お、当たりだよ」
 俺が名前を当ててしまったことに意外そうな顔をする。
「僕は角馬守。君は古代君だよね?」
「ああ。古代嗣虎だ」
 奇妙な出会いがあるもので、俺と角馬は目を合わせるだけで、こいつは良い仲間になれるという直感めいた確信があった。
 角馬は無遠慮にミーザの肩に触れ、自分という存在を認識させる。
「こ、こんにちは……」
「うん、こんにちは」
 ミーザは狼狽えた。何をされるのやら分からないのだろう、警戒し始めている。
 俺は顔を少し歪め、角馬の手を払う。
「おい、猫じゃないんだ。レディに気安くさわるなんて軽率だぞ」
「ごめんよ。そこまで大切にしてるとは思わなかった」
 角馬はまたしても意外そうな顔をした。俺は一応謝られたので、これ以上責める気はない。
 彼は手に持っていた檻を俺の机に置いた。
「僕は古代君と仲良くしたいんだけどね、ホムンクルス同士も仲良く出来たら良いと思ったんだよ。だから、ちょっと良いかな?」
「お前の善意を信じる。やったらどうだ」
 俺が許可を出すと、角馬は中のホムンクルスを外へ取り出した。
「お、おい! 女の子に乱暴はするな!」
「え、あ……なんのこと?」
 角馬は驚いた。手に持つホムンクルスを宙に上げたまま、馬鹿みたいな顔をしている。
 しかし角馬のホムンクルスの表情は無表情だった。別に驚いてもいなければ、嫌がってもいない。
 俺は不思議に思い、試しにミーザを片手で持ち上げてみる。
「き、きゃああああああああ!」
「わわ! ごめんごめん!」
 ミーザは人間らしく叫んだ。それはもう大きな悲鳴だ。すぐにミーザの足を机に着けて謝罪する。
 ミーザは俺の顔を見上げ、乱れた前髪を整えて言った。
「勝手に持ち上げるなんて酷いではないですか! 旦那様は反省してください!」
「あ、ああ、以後気を付ける」
 それでミーザの怒りは収まり、俺は一息つくことができる。
 そのやり取りを見ていた角馬は引き続き馬鹿みたいな顔のまま、自分のホムンクルスを机に置いた。
「……やっぱり凄いね、そのホムンクルス」
「何が凄いんだ」
「僕のホムンクルスとは大違いだ」
 どうやら角馬のホムンクルスは勝手に持ち上げても怒らないらしい。俺のミーザのように何かをする訳でなく、挨拶もしてこない。
 角馬は頭を掻きながら自分のホムンクルスのことを話し始めた。
「いやさ、僕のホムンクルスは先生に言われて出した時に『よろしくお願いします』とは言ったんだけど、」
「俺は『これからよろしくお願いします』と言われたけれどな」
「やっぱ違うねぇ」
 俺のことを無視しないのか。
「で、言ったんだけどね、それっきりなんだ。何の感情も表してくれなくて、これからどう扱えばいいのかと悩むんだけど、もしかしたら君のホムンクルスなら何とかなるんじゃないかなと思ったんだ」
「こいつがか?」
「うん。君のホムンクルスは可愛げがあるからね」
 ……ふぅん、ミーザって凄いホムンクルスなんだなぁ。
 そうしてミーザの前に置かれた角馬のホムンクルス。ミーザはそれを見て、正座をした。
 すると角馬のホムンクルスも正座をし、ミーザを真正面に見る。
 これからどうなるのか、俺も角馬も分からない。
「私はこちらの険しい目つきが特徴な旦那様に仕えています。名前はミーザと言います」
 険しい目つきって……、多分、ミーザを見守ってるからだろうなぁ。
 対して角馬のホムンクルスも喋り出す。
「私はこの『人間』のホムンクルス。名前はない」
 決定的だった。俺のホムンクルスの方が角馬のより何百倍も可愛げがある。
 角馬は、ははは、と苦笑いをした。
「旦那様、私は何を致せばよろしいのでしょうか?」
 困り顔のミーザが俺を見上げる。確かにこのホムンクルスに対して何をすれば良いのか分からない。俺の場合、ミーザに対して特に変なことはしなかったが……。
「そうだなぁ。何か面白い話でもすれば良いんじゃないか?」
 すると、ミーザは頷き、角馬のホムンクルスとの間を少し縮めて話し掛けた。
「ナナシさん、問題を出します」
「はい。私は応答できる状態にある」
「よろしいですか」
「問題ない」
「一+一を=にしてください」
「答えは三」
「違います。=二です」
「問題の追加を要求」
「承諾しました。問題を制作中です」
「了解」
「完成しました。よろしいですか」
「問題ない」
「四〇× 一五を=にしてください」
「演算中」
「制限時間を一〇秒にします。よろしいですか」
「……支障あり、一〇秒の追加を要求」
「承諾できません。時間になりました」
「回答拒否」
「承諾できません。回答してください」
「答えは六五」
「違います。=六〇〇です」
「問題の追加を要求」
「拒否します。そちらの問題を要求します」
「了解。問題の制作に移る」
「わかりました」
「……提案、一時間の期間の要求」
「承諾できません。制限時間を一〇秒にします」
「……演算中」
「時間です。問題の提示を要求します」
「提示を拒否」
「承諾できません」
「問題、角馬守は道徳を持っているか」
「答えは、持っていません」
「正解」
「──ちょっと待って……」
 角馬はミーザとナナシとの愉快なやり取りを中断し、ナナシを手に持って檻に入れる。
 その時に見たナナシの顔は悲しそうであり、ミーザも悲しそうにナナシを見ていた。
「酷いなぁこれは。ちょっと止めた方がいいね」
「なに言ってんだ。楽しそうだったろ」
「そうかな。僕には機械的過ぎて怖かったよ」
 そう言う間にチャイムは鳴った。
「じゃ、僕は自分の席に戻るから」
「ああ」
 角馬は晴れやかな笑顔でここから去っていき、ミーザはナナシの檻をずっと見ていた。
 隣でそのやり取りを黙って見ていた皐は口を開き、
「あの人、嫌いです」
 俺と同意見のことを言った。



───
 どうやら、今日の授業は全てオリエンテーションみたいらしい。
 またしても教室に入ってきたのはリゴレット先生だった。
 今度は何も持ってきていない。何をするというのか。
 前に一回やったからか、起立、礼のあいさつはなく、先生はそのまま本題に入る。
「自己紹介をし合いましょう。互いのことを知らないクラスメートは、共同行事で支障をきたします。そうですね……名前、好きなもの、入りたい部活、クラスメートに一言って感じでよろしくお願いします」
 そうなってしまうと、決まって一番前の一番右端っこから言わなければならなくなるのが目に見える。
 俺の席は左端っこで後ろから二番目の位置にある席だ。後ろにはさっき説明したとおりフリアエ……じゃなくてアイザが一人座っている。
 恐らく最後に自己紹介をするのは俺達だ。
 そして予想通り一番前の一番右端っこのクラスメートが立ち上がった。
「こんにちは!」
 ミー……人造人間のようだ。金髪の男性である。
「僕の名前はアキレス。好きなものはホムンクルスで、ボランティア部に入りたいです。皆さんとっても可愛くて素敵だな!」
 と、まるで人間味のない理想的なことを言った後、アキレスは席に座った。
「私は……えっと……ガブリエル。私の名前はガブリエル」
 その次に後ろに座る人造人間が自主的に立ち上がった。その人造人間は俺達が教室に入るとき、通行の邪魔をしてしまった青髪の天使みたいな少女である。
「好きなものは平和、入りたい部活は平和部かな? 一応言っとくけど、私はあんまりみんなと仲良く出来る自信はないし、引っ込み思案で喋るの苦手。加えて執念深い性格だからみんなとそりが合わないかもね。それでもいいなら……仲良しになってもいいけど。じゃあ終わるわ」
 恥ずかしいのか、ガブリエルは若干赤くなって席に座った。
 凄く人間らしい人造人間だ、さっきのアキレスとは大違いである。
 俺はガブリエルのことが気になり、関わる機会があればと願う。
「私はゼロ、好きなものは特にありません。平和部へ入部します。私はアルケミーシリーズで、生活が皆様とは少し違いますが、仲良くしてくださると嬉しいです」
 茶髪できりっとした顔立ちをしたクラスメートは、落ち着いたまま自己紹介を終えた。
 アルケミーシリーズ……結構珍しい人造人間だぞ。
 何故ならばアルケミーシリーズというのは、人間を構成するのに必要な細胞を、ほぼ別の細胞を使って出来上がっている『仮人間』だからだ。俺は初めて出会った。
「あー私は沙耶です……。好きなものは食べ物で、苺が好きかな。入りたい部活は放送部です。あのー、多分ミーザの皆さんは、」
「私のことですか!?」
「そうじゃない」
 彼女が話している最中『ミーザ』というワードに反応をするミーザ。俺はミーザの名前を認めなかったら良かったと後悔した。
「えっと、皆さんは凄いミーザですよね。多分エンジェルシリーズとかヒーローシリーズとか、さっきのゼロさんみたいなアルケミーシリーズとか。……でも私、ただのシャドウシリーズなんです。そんな私でも、よろしければ皆さんの仲間に入れてください。以上、です……」
 沙耶は顔を青ざめながら言い切ると、ぎこちなく着席した。
 シャドウシリーズとは、普通に造られた、人間とほぼ変わらない人造人間のことである。人の影、という感じだろうか。
「オレはウルカヌス。好きなものはジュース。戦うのはだるいから園芸部に入るよ。俺は個人で造られたミーザだからなんのシリーズにもなってねぇが、よろしくな!」
 ……いちいち首曲げるのきつくて耳だけ傾けている。どうやら一番後ろまで終わったようで、また一列ずれて前から自己紹介だ。
「わ、私の名前は柳#花音__かのん__#です。好きなものは読書で、文芸部に入りたいです。こ、ここれからよろしくお願いします……」
 アニメ声のような声だ。何か鍛えていたりするのかもしれない。
「ハッ! 俺様は浅野ルキフェル! 好きなものは悲鳴で、平和部への入部を所望する! 聞こえているだろう古代とやら! お前は今度こそ逃がさねぇ……くっくっく」
 俺のことかと見てると、青髪の天使ガブリエルの隣の人間? が笑っていた。髪が金と紫が混ざって凄い。
「僕の名前は阿部達也。好きなものは花音さんと同じく読書。平和部へ入部する予定です。前の学校ではかたっくるしいと言われてましたが、そんな僕でも良ければよろしくお願いします」
 自己紹介長いなぁ。
「二葉一乃と言います。好きなものは笑顔、入りたい部活は特にありません。これから一年間、よろしくお願いします!」
「佐藤蓮司、好きなものはサッカー。俺はウルカヌスと平和部へ入ります。ウルカヌスは問題児だが仲良くしてくれ」
「お、おいおい!」
 ウルカヌスは驚いているようだが、蓮司とやらは耳を貸す気はないようだ。
 これでまた一列ずれる。
「私の名前はワールド。好きなものは猫、入部は平和部にします。皆さん、私を怖がらないでくださいね」
 そう言うのは、小笠原の人造人間の、やけに背丈の高い男性のクラスメートだった。
 確かに背が高いとどうしてか怖がってしまうよな。
「名前は──」
「ところで旦那様」
 他のクラスメートが自己紹介をしているなか、ミーザが俺に話しかけてきた。
 俺はクラスメートを無視してミーザに付き合う。
「どうした?」
「旦那様が何という名前なのか知りません。私は自己紹介を要求します」
 そう言われれば俺の名前を教えてなかったな。困ったものだ、まさか予定よりも早く言わなければならないとは。
 俺はだらけた姿勢を正し、真面目に自己紹介をする。
「俺の名前は古代嗣虎。好きなものはエロと友情。入りたい部活は平和部だ。これからミーザとはパートナーとして接したいから、よろしくしてくれ」
「わかりました。旦那様は私のパートナーです」
 ミーザの可愛い笑顔を見て、内心どきりとして、とりあえず俺の自己紹介は終わりを迎えた。
 これからの話はまた今度。
はらわた 

2021年12月10日(金)04時05分 公開
■この作品の著作権ははらわたさんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
後編に続きます。


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