異世界エルフのユキくんは
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第1話 目覚めればファンタジー

「美味しそうな男の子だ!」
 その言葉を聞き、ユキは慌てて目を開けて体を起こした。

 本当は、もう少し前から起きていた。
 でも、もう少しまどろんでいたかったのだ。
 クソ熱い夏の日はどこかに行ってしまったらしく、ポカポカとした温かさと頬をなでる風が心地よい。
 しかし、美味しそうと言われても目を閉じたままでいるわけにはいかない。
 まず目に飛び込んできたのは、一面の草原。晴れ上がった空はどこまでも青く、吹き抜ける風は適度に涼しい。ピクニックにはもってこいのシチュエーションだった。
 しかし、ユキはピクニックに来た覚えは無い。
 さっきまで、ユキは屋根裏の自分の部屋で夏休みの宿題をしていたはずだった。
「ここは・・・?」
「ここは、うーん、ニオルムの街から東に1日ぐらいのところ? エルフの人だと、デウァの森から南西に4日ぐらいって言った方がわかりやすいかな?」
 右から答えが聞こえたのでそちらを向くユキ。
 しかし、誰も居ない。
「首が変なの? 痛い?」
 今度はちょっと左の方。
 しかし、居ない。
「大丈夫? 目は見えてる? これ何本?」
 声のする空間に目を凝らして、ユキはようやくそこに誰かが居ることに気づいた。
 右手をいっぱいに開いて、こっちに突き出している女の子。
 ただし、身長は20センチぐらいで、背中に生えた羽で飛んでいて、なによりほとんど透明だった。
「妖精?」
 昔アニメで見た呼び方がユキの口をつく。
「そうだよー、風の妖精、名前はエルヴィナ!」
 ようやくユキに認識されたことが嬉しいらしく、エルヴィナはその場でくるりと回ってみせる。体と同じように透明なスカートが遠心力でふわりと広がる。
 ユキは自分の状況を理解した。
「……そうか、夢か」
 そうに決まってる。
「夢? まだ眠いの?」
「いや、そうじゃなくて……まあいいや」
 夢の登場人物に、これは夢だと説明しても仕方ない。だろう、多分。
 そんな諦めを、エルヴィナは違うように解釈した。
「あー、そっか。魔法で空飛んでる間に眠くなっちゃったんだね。もうちょっとで地面にぶつかるところだったよ。お兄さん、エルフなのにドジだねー」
「いや、俺は人間だけど」
 ついでに、魔法も使えない。魔法が使えたら、もっと毎日が楽しく過ごせるかなとバカなことを考えたことはあるけれど。
「えー、だって、そんな風に耳が長くてとがってるのはエルフだよ」
「いや、とがってな」
 いし、と続けたかったのだが、伸ばした指にとがった耳の先が当たる。
 その感触で、ユキは直前に見た夢を思い出した。


「やっ」
 軽く手を挙げて挨拶してきたのは、ユキの知らない相手だった。
 妙に馴れ馴れしい相手に戸惑うユキ。
 相手は、そんなユキのリアクションがあまり気に入らないようで、長い耳の先を指でいじり始めた。
「反応悪いなぁ。知らない顔じゃないだろう?」
「そりゃ、顔はね。毎日鏡の中に見るもの」
 ユキは相手が自分と同じ顔をしていることより、自分が答えたことの方に驚いていた。
「何で勝手に口が!?」
 ユキは思わず手をやって、口がぜんぜん動いていないことに気づいた。
「夢か?」
 そういえば、ついさっきまで机に向かって勉強していた記憶がある。
 中学三年ともなると、夏休みとはいえ遊んでいるわけにはいかない。
 親戚夫婦は一応バカンスに誘ってくれたが、
「行かなかったんだ。へー」
 ユキと同じ顔の少年は、ユキが多分一生浮かべないであろう狡賢い笑みを浮かべる。
「来て欲しくないのはわかってたし」
 ユキは考えを隠すのを諦めた。どうやらここは、そういう場所らしい。
「反応は悪いけど、順応は早いね」
「親が死んで親戚をたらい回しにされるうちに慣れたんだよ。あと、君のその笑い方は気に食わない」
「あははっ。いいね、正直で」
 耳から手を離して、相手は笑う。その妙にとがった耳だけが、相手とユキの違いだった。
「今の話を聞く限り、両親は居なくて親戚夫婦に養われてると。関係は? まあ、打ち解けてる感じじゃないね」
「可能な限り不干渉。で、俺の事を聞いてどうしたいんだ? ここはどこだ? 君は誰だ?」
 いくつも投げた質問を無視して、相手は聞きたい事だけ聞いてくる。
「うん、単純な話さ。キミは、今の世界を好きかい?」
「いいや」
 反射的に結論が出てから、その理由がいくつも思い浮かぶ。

 両親が死んで、初めにユキを引き取ったのは祖父と伯父だった。
 従姉がユキを本当の弟のように可愛がってくれたこともあり、それなりに幸せだった。
 しかし、その従姉が失踪し、祖父はボケはじめ、伯父の妻が音をあげた。
 実子の捜索、祖父の介護、甥の面倒。
 彼らは三つ目をあきらめた。

 次に引き取ってくれた伯母は良い人だった。しかし、伯母の娘たちはユキをいじめた。
 娘たちがユキに性的な悪戯をされたと訴えたとき、伯母はそれがウソである事を見抜き、娘たちをしかった。
 しかし、最後には伯母の夫がユキを他所に預けるよう伯母を説得した。

 三番目の叔父の家を出たのは、叔父が逮捕されたからだった。
 叔父を逮捕した警察は、もらわれ子の処理に困った挙句、最近帰国した親戚夫婦に押し付けた。

 親戚夫婦はユキを拒絶はしなかったが、二人の間に入れようともしなかった。 
 自立を促すためと屋根裏部屋に押し込め、三者面談のときだけ愛想笑いを浮かべて保護者の顔をした。
 年に一度は二人が出会った思い出の国に遊びに行っていたが、ユキは一度もその国に行ったことが無い。

「俺はこの世界に生まれたくなんか無かった」
 その答えを待っていたかのように、相手は胸の前で両手を打ち合わせた。
「じゃあ、別の世界なら良いってことだよね。きまりっ♪」
 その手の音と身勝手な結論に押しだされ、ユキと相手の距離が急に広がる。
 昇りながら落ちるような奇妙な感覚がユキを襲った。


 ヒュルルと風の鳴く音が、ユキの回想を断ち切った。
「エルフのお兄さん、お腹空いたよぅ」
 お腹を抱えてユキを見上げるエルヴィナ。
 さっきの風の音は、空腹のサインだったらしい。
「なんでお腹空いてるんだと思う? お兄さんが空から落ちてくるのを、魔法で受け止めてあげたからだよ」
 透明で細部ははっきりしないが、可愛らしい顔で上目づかいに見られると、思わず鼓動が高鳴るのを感じる。
 ポケットに飴玉でも入ってないかとまさぐろうとして、ユキは自分の衣服もずいぶん様変わりしていることに気づいた。
 Tシャツは黒地に金糸の刺繍が入った豪華な前合わせのシャツに変わっているし、短パンも刺繍こそ無いが黒い長ズボンになっている。服飾の知識がないユキにも、結構な高級素材である事はわかる。
 だが、ポケットには何も入っていない。
「妖精もお腹が空くんだ?」
「魔法を使うと魔力が減るでしょ。エルフは魔力がゼロになっても体があるから平気だけど、妖精は魔力がなくなると消えちゃうんだよ」
なぜか誇らしげに無い胸を張るエルヴィナ。しかし、また風の音が可愛く鳴ると、お腹を抱えて前かがみになる。
「だから、魔力ちょうだい。あと、名前も教えて。ずっとお兄さんだと呼びにくい」
「名前は、ユキでいいよ。魔力は・・・そもそも俺に魔力があるの?」
 魔法なんてのはゲームとか漫画の中のもの、というのがごく普通の中学生であるユキの認識である。
「魔力が無いエルフなんていないよ。とぼけないでよぅ」
「とぼけてるわけじゃないんだけど。じゃあ、魔力をあげるから、使い方を教えてよ」
 夢なんだし、と浮かれて格好つけて呪文を唱えても何も起きなかったらヘコむ。いくら夢でも恥ずかしすぎる。
「仕方ないなぁ、ユキは。じゃあエルヴィナお姉さんが教え」
 エルヴィナが途中で言葉を切り、風がユキを押し倒した。

第2話 竜との遭遇(ただし小っちゃい)

「ドラゴンだ」
「えっ!」
 慌てて身を起こしかけたユキを、風がやさしく押し戻す。
 エルヴィナは沈黙のジェスチャーとして口のまえで人差し指を立てた。
 ユキが頷くのを確認してから、指を空に向ける。
 その先には蝙蝠のような翼を持った蜥蜴がいた。
 鱗の色が明るい赤だと分かるほどの距離しか離れていない。 
「子供だね。サイズがちっさい」
 エルヴィナの言う通り、おそらく頭から尾の先まで50cmぐらいしか無いだろう。
 赤い子竜は、そのサイズからしてもゆっくりと飛んでいた。しかも、妙に上下が激しい。
「なんか、フラフラしてる?」
「怪我してるのかもね」
 エルヴィナの呟きが止めになったかのように、子竜はボテッと地面に落ちた。
 駆け寄ろうとするユキの前に、エルヴィナが立ちふさがる。
「やめときなよ、ユキ。子供のドラゴンが一匹だけいるのはおかしいよ。多分、親が捜してる」
 そう言ってエルヴィナは大げさに自らの肩を抱き、体を震わせる。
「ドラゴンってね、ものすごく短気なの。子供とはぐれた時はなおさら。ユキが子供を怪我させたって勘違いしたら、まず焼いて、それからどうする考えるよ、あいつら」
「でも、親はこの辺にいないんじゃない?」
「うー、たしかに、親の姿はないけど」
 空を一周を見回しても、竜はおろか小鳥の姿すら見えない。青い空に、白い雲がすこし浮かんでいるだけだ。
「親がいないのに怪我してるんじゃ、死んじゃうだろ。それは可哀想だよ」
「わかった。でも助けるとしても、あたしは無理だよ。ユキを受け止める魔法でお腹減ってたのに、姿隠す魔法まで使ったからもう限界。ドラゴンを助けようとしたら、あたし消えちゃうよ」
 エルヴィナの小言を背中で聞き、ユキは子竜にかけよる。
 夢の中なのに、何を必死になってるんだろうと一瞬疑問を感じたが、そんな考えはドラゴンに触れた瞬間に吹っ飛んだ。
 つるりとした鱗の感触。
 その奥から伝わるほのかな温かさ。
 夢とはとても思えないリアル。
「どう見てもファイアドラゴンだよねぇ」
 エルヴィナの呟き通り、鱗の赤い太目のトカゲの背に蝙蝠のような羽が生えた、オーソドックスなドラゴンだ。
 その体のあちこちに細かい切り傷があり、翼の皮膜には穴が開いている。これでよく飛べていたものだ。
「あたし、治癒魔法は風のしか知らないけど、いいよね?」
「他の治癒魔法もあるの?」
「あるよー。でも、自分の属性と違うと、効率悪い」
 そんなことを言われても、ユキが火の治癒魔法を知っているわけがない。
「逆にダメージ受けたり、とかはないよね?」
「普通は大丈夫。じゃあ、今からユキに治癒魔法の使い方を教えるから、その通りにやって。それでドラゴンは治るし、おこぼれであたしのお腹も膨れる。うん、完璧」
 ひとしきり透明な胸を張ってから、エルヴィナ先生の授業が始まった。
「まずは、魔力を使って構成を描くの」
 エルヴィナが空間を抱えるように掌を向かい合わせると、その間に光でできた円盤が現れる。円盤の外側には文字のようなものが書かれていて、中央には星型がある。
「同じものを作るのをイメージして」
 見よう見まねでユキが自分の掌を向かい合わせると、光の円盤は直ぐに現れた。星が足りないなと思うとそれも光が書き足していく。
「うん、上手上手。文字もちゃんとイメージして」
 不思議なことに、エルヴィナの構成の文字を見ても意味が分からないのに、ユキ自身の構成に書き込んだ文字の意味はなんとなく分かる。
 優しい風から元気を竜にわけてもらう、とかそんな感じだ。
「エルヴィナのよりずいぶん薄いけど……」
 昼の光の中でもくっきりと見えるエルヴィナの構成と比べると、ユキの構成の光は淡く、ともすれば見失いそうだ。
「元々風の構成は明るいところじゃ見えにくいから、これで十分だよ。あたしはユキに見えやすいように明るくしてるの」
 ユキがすっかり構成をコピーしたのを確認し、エルヴィナは自分の構成を解く。
 また、風の鳴る音がした。発動しなかったとはいえ、構成を書くのにまた魔力を使ってしまったのだろう。
 誤魔化すように羽をパサパサ揺らし、エルヴィナは授業を続ける。
「じゃあ、今度は元素力を構成に注ぎ込むの。周りの風を意識して、構成の中に入ってーってお願いするの」
 エルヴィナに促され、ユキは周りの風が自分の構成の中に吸い込まれていく様をイメージする。
子竜が完全回復するよう、少しでも多く。
 風は素直にそれに答えた。素直すぎるほどに。
 はじめはそよ風程度だったものが、あっという間に強くなり、ユキの髪を、服の袖を、バタバタとはためかせる。
「ちょ、ちょっと。強すぎ強すぎ。弱った火にこんなに強く風を送っちゃ吹き消しちゃうよ」
「で、でも……」
 口から漏れた弱音すら、風に吹き千切られていく。
 強すぎるといわれても、ユキにはどうすれば弱くなるのかも分からない。
 反射的に構成に手を突っ込んで風をさえぎろうとしたが、強まる風に弾き飛ばされるだけに終わった。
「ああもう! あたしが食べるしかないか! ユキはなんでもいいから呪文を唱えて!」
「なんでもいいって……」
「ほんとに何でもいいの!」
 そう叫んで――手が届く距離なのに、叫ばないと声が届かないのだ――エルヴィナは構成の中に飛び込む。
 元々目を凝らさないと見えない透明な妖精が、風に紛れて完全に見えなくなった。
(何でもいいってのが一番困るんだよね)
 有名ファンタジーRPGの呪文名がいくつかユキの脳裏に浮かぶが、却下した。風の要素がない。
「早く!」
「ええと、じゃあ、ウィンドヒール!」
 まるでひねりの無い、そのまま英語にしただけの呪文。
 それでも効果はあったらしく、暴風はパタリと止み、風の力が構成の中を駆け巡る。
 力で満たされ光を放ち始めた構成に、エルヴィナがしがみついていた。
「ふあぁ、力がおっきすぎるぅぅ」
 その手はもう、透明ではない。
ユキの構成に触れている部分から輝く結晶が成長し、エルヴィナの指を、手のひらを、腕を覆っていく。
「エルヴィナ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないぃ。魔力転換しても多すぎるなんて。あたし、お腹いっぱいでおかしくなっちゃうよぉ!」
 エルヴィナが悲鳴をあげた瞬間、構成から風がものすごい勢いで吹き出した。

第3話 精霊王との約束

 構成から爆発するように吹き出した風に押され、ユキは尻餅をついた。
 起き上がろうとしたところに、上からドスンと何かが降ってきて一瞬呼吸が止まる。
「あいたたたぁ。……あれ、なんで痛いんだろ?」
 太陽の光にきらめく金色の髪、空をそのまま写し取ったような青い瞳、人形のように真っ白な肌と整った顔立ち、文句なしの美少女がユキの上に乗っていた。
「えーと、どなたですか。あと、どいてくれると嬉しいです」
「何言ってるの、ユキ。エルヴィナだよ? さっきからずっとお話してるよね?」
 水晶の翼が羽ばたき、少女の身体がそのまま持ち上がる。
 たしかに、声もしゃべり方もさっきまでの半透明の妖精と同じだが
「でも、そんなに大きく無かったよね」
「ユキが魔力使い過ぎで縮んじゃったのかと思ったよ」
 そう言って笑うエルヴィナは、背中に水晶の翼があることを除けば人間そっくりになっていた。身長はユキより頭一つ低いが、子供というわけではなく、大人の身体をそのまま縮小したような体型だ。緑色のワンピースを内側から押し上げている胸がそう主張している。
 エルヴィナが無造作にそれを揉むのを見て、ユキは慌てて目をそらした。
 と、そこにいきなり頭頂部への一撃。
「あたっ」
「クエ〜」
 ユキの頭にしがみつこうとするのを引きはがすと、赤い子竜だった。
「あはっ、ちゃんと治ったみたいだね。よかったよかった」
 エルヴィナの言う通り、うろこの傷も、羽の穴もふさがっている。手足をじたばたさせる強さは、さっきまでぐったりしていたのとはまるで別人、別竜だ。
「クエック」
 子竜はユキに向かって大きく口を開ける。
 次の瞬間、その喉の奥から真っ赤な炎が噴き出した。
「うわっ」
 思わず子竜を放し、腕で顔を庇うユキ。
しかし、炎のブレスはユキを焼くことは無く、ほんわかとした温かさだけが伝わってくる。
「あれ?」
「熱くないでしょ。ファイアドラゴン同士の挨拶だよ」
 落ちる子竜を抱きとめて、エルヴィナが解説してくれる。
「そうなんだ。ビックリした……」
「だってさ。人間にやっちゃダメだよ」
「クゥ」
 分かったのか分かっていないのか微妙な返事だが、とりあえず子竜がエルヴィナにブレスを吐くことは無かった。
「よーし、いい子だ。お名前は?」
「エルヴィナは竜としゃべれるの?」
「だいたい。でも、この子ほんとに赤ちゃんだから、あんまり言ってること分からないや。『かわいい』は名前じゃないよね、多分」
 ユキは「ペットが『かわいい』って言われすぎて『かわいい』を自分の名前だと思い込む」という話を何かで読んだことを思い出した。多分、この子竜も同じような状況だろう。
「それだけ親に可愛がられてるんだねー」
 エルヴィナに頭を撫でられ、子竜は目を細めて喉を鳴らす。
「その割には、姿が見えないけど」
 反射的に口にしてから、ユキは思わず身震いした。自分の言葉に思ったよりトゲがあったからだ。
 しかし、能天気そうなエルヴィナはそのトゲに気づかなかったらしい。
「そうだね。どうしようか。いったんどこかの街に行って、ファイアドラゴンの棲家を聞くのがいいのかなー。ユキも、街に行かないとお腹すいちゃうよね」
 言われてみると、確かに小腹は空いている。
「じゃ、こっちだね。ニオルムの街なら大きいから、エルフも結構住んでるし、ユキが好きなご飯もあると思うよ」
 言うが早いかエルヴィナは水晶の翼で少し浮遊したまま移動していく。子竜も自分の翼で飛んでその後に続いた。
「エルヴィナは大丈夫なの? その、身体とか」
 ユキも慌てて後を追い、横に並んだところでそう問いかける。
「あー、あたしはほら、精霊王に昇格しちゃっただけだから」
「精霊王?」
「そだよ。普通はもっと人が来ないようなところにいるから、見るのは初めてだろうけど」
 移動速度は変えないままにくるりと一回りして見せるエルヴィナ。会ったばかりの時にも同じ仕草をしたから、お気に入りなのかもしれない。
 ただし、最初と違って優しい笑顔がはっきり見えるから、ユキはちょっと勇気を出して疑問を口にした。
「ええと、その、精霊王って何?」
「え、ユキは精霊王を知らないの?」
 ユキの望み通り知らないことを馬鹿にするような響きは全くなく、むしろ教えられることを単純に喜ぶようにエルヴィナは微笑む。
「精霊王はね、精霊の王様なの。ほら、精霊って何にも考えてないでしょ」
「いや、そこから分かんないんだけど」
「精霊もわかんないって……きおくそーしつってやつ?」
「いや、そうじゃなくて」
 心配そうに顔を覗き込むエルヴィナから目をそらして、少しのためらいを挟んでからユキは言葉をつづけた。
「俺はたぶん、こことは別の世界から来たんだと思う」
「あー、聞いたことある」
 バカなことをと笑われるリアクションを覚悟していたユキはあっさりと肩透かしを食らった。
「……そういうもんなの?」
「うん。珍しいのは珍しいけど、たまにいるらしいよ。10年ぐらい前に東の大陸にも異世界からの人が来たって噂に聞いたことがある」

「じゃあ、何も知らなくて当然だね。えっと、精霊はね元素の力と魔力がくっついて生まれるの。でも、力も魔力も薄いから、その辺にもいっぱいいるけどほとんど見えないでしょ」
 エルヴィナはぐるりと辺りを指し示すが、ユキには特に何もない草原が見えるだけだ。
「で、魔力がたまってくると、色々考えられるようになって妖精になるの」
「それが、さっきまでのエルヴィナと」
「そういうこと。で、もっと魔力がたまると、魔力が塊になって体になるんだ。もう400年ぐらいかかると思ってたんだけど、ユキの魔力がいっぱいだったからスキップしちゃった。ありがとうね」
 まっすぐに目を見て礼を言うエルヴィナに耐えられず、ユキはまた目をそらす。
「ええと、どういたしまして」
「精霊王になると、周りの精霊にも色々命令できるようになるんだー」
「命令ってどんな?」
「んー、さっきからやってるのだと、風と地面にお願いして歩く速さ上げたりとか」
「え、うわっ」
 言われてみれば、周りの景色が普通より早く後ろに流れていく。足の感覚は普通に歩いている程度なのに、駆け足よりも速く前に進んでいる。
「ふっふっふ。エルフさんが気づかないぐらい自然にやれるとは、流石あたし!」
 自画自賛するエルヴィナをユキは素直に褒める。
「すごいんだね、エルヴィナは」
「えへへ、ありがと。普通に歩くと、街に着くのが明日のお昼ぐらいになっちゃうしね。あたしはいいけど、夕方までには着きたいでしょ」
 これで精霊の説明は終わったらしく、エルヴィナは話題を変えてくる。
「で、ユキはどんなところから来たの? エルフの国?」
「いや、元々エルフじゃなくて人間だし。魔法もないし、精霊もいない。つまんないところだよ」
「……ごめんね」
 自分でも素っ気ないなと思う口ぶりだったが、エルヴィナの反応はもっと重い。
「あんまり、元の世界が好きじゃないんだね、ユキは」
 自分の思いでも、他人の口から出ると、また違った痛さがあった。
ユキは自分と同じ顔の少年に『俺はこの世界に生まれたくなんか無かった』と言わされた夢を思い出した。いや、あれは夢だったのだろうか?
「……うん、そうなんだと思う」
「じゃあさ、この世界は好きになってよ」
 いつの間にか足を止めていたユキの前にエルヴィナが回り込む。
「あたしも全部知ってるわけじゃないけど、この世界にはいっぱい良いところがあるよ。それを教えてあげる。友達もいっぱいできるよ!」
 エルヴィナはユキの右手を取り、小さな両手で握りしめる。目じりにうっすら涙を浮かべた空色の瞳がユキの目を今度こそ真正面からとらえる。
「だからさ、この世界を好きになってよ! 約束しよっ!」
 一人先に行ってしまっていた子竜も戻ってきて、二人のつないだ手の上に止まった。二人の顔を交互に見て小さく喉を鳴らす。
「ほら、クゥちゃんも一緒に教えてくれるってさ」
 それがなんだかおもしろくて、ユキはやっと少し笑った。
「ありがとう。約束するよ」
 エルヴィナの手に、左手を添える。その柔らかい手は、確かに暖かかった。

第4話 ニオルムの街で

ニオルムの街は確かに栄えているようだった。
もう日も暮れているが、通りにはいくつも明りがついていて、人々が行きかっている。
「いらっしゃい、なんにするね」
 食堂の、通りが見えるテーブルに座ると、ウェイトレスがすぐに寄ってきた。
「ええと、メニューとかは?」
「そんな高尚なもんはウチにはないよ」
 服装はウェイトレスだが、食堂のおばちゃんと言った方がしっくりくる口調だ。年齢的にはまだ若そうだが。
 しかし、メニューが無いと言われてユキは困ってしまった。当たり前だが、異世界にどんな料理があるのかなんて知らない。視線でエルヴィナに助けを求める。
「じゃあ、あっちの人とおんなじの」
 エルヴィナが隣のテーブルを指さす。そこでは、ボサボサ頭で妙に背の低いガッチリした男が器に入った麺をすすり上げていた。
「はいよ。あんたそれ何味?」
「太麺の辛タレ。卵乗せると旨いぞ。俺は金がないから乗せないけど」
「ほい、じゃあ太麺の辛タレと串焼き……二つずつでいいの?」
 おばちゃんの視線はクゥちゃん――とりあえず本名が分かるまではこう呼ぶことにした子竜――に注がれている。
 飛ぶのに疲れたのか、テーブルの上で丸くなって目をシパシパさせている。
「うん。あと卵もね。ありがと、ドワーフのお兄さん」
 再び麺を口にしていた男は、箸を振ってエルヴィナに答えた。
「あんまり気にされないんだね」
 ユキはまあ、耳がとがっている程度だが、エルヴィナの背中には水晶の翼があるし、クゥちゃんはドラゴンだ。もうちょっと目立って色々されるんじゃないかという心配もあったのだが、街中でも食堂の中でも特に驚かれた様子は無い。
「ニオルムはね、魔法使いの学校があるんだよ。それで、いろんな人とか使い魔とかいっぱいだから」
「学校か……」
 ユキとしては、学校は別に嫌いではなかった。勉強が好きというわけではないが、家にいるよりは気を使う必要がない。
「ユキの世界にも学校ってあるの?」
「うん、普通に通ってる」
「ほい、おまちどう」
 どんぶり二つと皿、さらには木のマグ2つを器用に持ったおばちゃんが戻ってきて、テーブルに並べる。
 どんぶりの中にはうっすら黄色がかった麺が鎮座し、ほとんど黒色に見えるソースがかかって茹でた葉物野菜が添えられている。皿には焼き鳥のような串が2本。ただ、肉は鶏ではなく豚っぽい。
 ユキはトングのように後ろがくっついている箸を使って麺を一本だけつまみ上げて口に含む。ソースは麺の表面を滑り落ち、なんとも素っ気ない味がした。
「カチャ麺はよくかき混ぜてから食うんだ。麺だけだと味しないぞ」
 食べ終わったドワーフはそう言い残してカウンターの方に向かって歩いて行った。
 言われたとおりにしっかり麺とソースを混ぜてから食べると、濃厚な味のソースと淡白な麺がちゃんと絡んで良い味になる。
 エルヴィナも、ユキの見よう見まねで箸を使い、カチャ麺を食べ始める。
「んー、おー、これって美味しい?」
「ちょっと辛いけど、美味しいと思うよ」
「そっか。あたし、モノ食べるの初めてだからさ。これが『美味しい』なんだね」
 感慨深げに頷くエルヴィナ。
 たしかに、ユキの魔力で精霊王になるまでは風でできた透明な姿だったから、普通の食事などできようはずがない。
「妖精は何も食べないの?」
 聞きながら、ユキは肉串に手を付けた。まだ熱い肉を一切れ頬張ると、塩と脂の味が口の中に広がる。
「んー、強いて言うと、魔力を食べる? 時々できる魔力溜りから魔力を吸い取るの。でも、味がするものではないし」
 エルヴィナも肉串を頬張る。にっこり笑った所を見ると、こちらもお気に召したらしい。
「クゥちゃんも食べるかな?」
「食べるんじゃないかな。でも、熱いから冷ましてからの方がいいかも」
 当の子竜は、今は食欲より睡眠欲らしく、目を完全に閉じてしまっている。
 ユキは箸を使って肉を串から外して皿に置いた。
「魔法使いは物知りだから、ドラゴンの棲家も知ってると思うよ」
「いきなり行って教えてくれるもんなのかな?」
「さあ、知らない。でもさ、まず行って頼んでみようよ」
エルヴィナの提案には全然根拠はなかったが、ユキにはなんだか頼もしい。自分ひとりだったら、どうしていいか分からなかっただろう。
「そうだね。ところでさ」
お腹が空いていたこともあってずっと気づかないふりをしていたのだが、流石にそろそろ問題に向き合わなければいけない時間だ。
「エルヴィナはお金って持ってる?」
なお、ユキのポケットが空っぽなのは事前に確認済みである。
「そういえば、人間とかドワーフとかはご飯を食べるにもお金を払わないといけないという噂を聞いたことがあったりなかったり……」
「俺のところでもそうだったよ。さっきのドワーフも、カウンターで支払してたし」
「……ほら、あたし、さっきまでコインとかそういうのは持てない妖精だったから」
「聞き捨てならないねぇ」
 いつの間にかユキの後ろに食堂のおばちゃんが立っていた。
「いや、あの」
「ウチみたいな安食堂でも、食い逃げを許すわけにはいかないのよ。学生さん相手ならツケもやってるけどね」
(こういう時の定番は皿洗い? それとも、この服けっこう高級そうだから売ればいいのかな? でもそれだと着るものが無くなっちゃうし……)
 ユキは頭をフル回転させるが、特に名案は出てこない。そんなとき、エルヴィナが立ち上がった。
「じゃあ学生になります! ユキが」
「へ!?」
「だから、ツケにしてください!」
「ん、あんたら受験生だったの? まあ、明日が試験だからいっぱいいるけどさ」
 かなり厳しい申し出だと思ったが、意外なことにおばちゃんは結構食いついてきた。
「なにかい、魔法学園に入りたくて田舎から無理して出てきたけど、路銀が尽きちゃったとかそういうの?」
「あー、はい、そんな感じです」
 実際には全然違うけれど、とりあえず話を合わせておく。
 おばちゃんはあまり気にせず、ちょっと遠い目でどこかを見つめた。
「わかるわかる。若いなー。わたしも生まれは南部のド田舎でさ、魔法使いになって一山あててやるって家出してこの街に来たもんよ。まあ、全然魔法の素質がなくって、今じゃ食堂のお姉さんだけど」
 ひとしきり語り終えると、おばちゃん、もといお姉さんは制服の胸をドンと叩いて見せた。
「しょうがないな。そんな状況じゃ、宿もないんでしょ。ちょいと手伝いしてくれれば、空いてる部屋に泊めてあげるよ」
「ありがとう、お姉さん!」
 エルヴィナのお礼に、お姉さんは顔をほころばせて二人の頭を撫でた。
「なぁに、店もかき入れ時でね。わたし一人じゃ給仕の手も足りないから。ほら、着いてきて」

第5話 学園に行こう

 ニオルムがあって学園があるんじゃなくて、学園があってニオルムがあるのよ。
 ユキは、四つの塔を持つ城を見上げながら、昨晩食堂のおばちゃんから聞いた言葉を思い出していた。
 行けば分かるから、と食堂から送り出され、大通りをまっすぐ街の中心に向かって歩いていったらこれだ。
「ほんとに、街の真ん中にあるんだねぇ。おっきいなぁ」
 弾んだ声をあげるエルヴィナ。円形の大きな広場の中央に城ではなく、魔法学園が建っている。その広場から伸びる5本の大通りに沿って、ニオルムの街が出来ているのだ。
「中学校の校庭より倍はでかいな……」
 学園の建物自体は3階建てだし、塔も10階には満たない程度。現代日本出身のユキとしては、もっと高い建物を見た経験はもちろんある。
 しかし、200mはありそうな横幅にはさすがに圧倒される。一度だけ連れて行ってもらったドーム球場がこんな大きさだっただろうか。
「入学するにはどこに行けばいいのかなぁ? あの扉?」
 エルヴィナが指したのは、建物の中央に据えられた、高さ5mはあるだろう大扉だった。
「それは無いんじゃないかな。普段開けそうにないし」
 しかし、いずれにしても近づいてみないと何もわからないのでユキはその扉に向かって歩いていくことにした。
 まだ朝も早い時間で、クゥちゃんはカバンの中で寝ているぐらいだ。しかし、広場には朝食の粥やパンを売る屋台がいくつもでており、それなりに人通りはある。その間を縫うように大扉に近づくと、その端が別の小さな扉が付いているのが見えた。
 普段用の通行口なのだろう。今も簡素な机を抱えた男性が中から出てきたところだ。
 通用口のすぐ横に机を置き、バサリと布を1枚掛ける。
 その布に『入試受付』と書かれているのを読んで、ユキは二つの意味で安堵した。
(文字も読めるんだな)
 幸いなことに、文字自体は全然見覚えのない形だが意味は分かる。
 しゃべる方は最初からなんとなく出来ていたが、文字の読み書きができるかどうかは確かめていなかったから不安だったのだ。学校に入るとなれば、読み書きできないというわけにはいかないだろうし。
「あの人に言えばいいの?」
「うん、そうみたいだね」
 ユキが答えたとたん、エルヴィナはさっと男性のところまで飛んで行ってしまった。
「お兄さんー、入れてくださーい」
「はいはい……って精霊王!? なんでこんなところに?」
 振り返ったその男性は、エルヴィナの水晶の翼を見てかなり驚いたようだったが、エルヴィナは特に頓着せずに
「昨日なり立てなの」
 の一言で説明を済ませてしまった。
「そう、なのか。こんな都会で精霊王に会えるとは思わなかったよ。でも、学校に入るのかい? 別に精霊王が入学しちゃいけないって規則は無かったと思うけど」
「あー、入学するのは、あたしじゃなくてこっちのユキだよ」
 ようやく追いついた――カバンの中のクゥちゃんを起こしたくないので、走れないのだ――ユキは、受付の男性に頭を下げる。
「ええと、おはようございます」
「ああ、君は普通のエルフだね。願書は事前提出してある?」
「いいえ。出してなきゃダメですか?」
「いや、当日受付歓迎だよ、この書類に必要事項記入してね」
 差し出されたペンをとり、書類に記入していく。文字の書き方も、体が覚えているらしい。
 受付が書類を覗き込んで声をあげる。
「アサガ・ユキマサ? 変わった響きだね。東方大陸出身?」
「ええと、まあそんな感じで」
 異世界の日本人ですとも言えないので、あいまいに濁して話を逸らす。
「エルヴィナは入らなくていいの?」
「んー、あたしは勉強とかめんどくさいかなって」
「でも、学生になってないと学校内に入れてもらえないんじゃないかな」
「そうなの?」
 疑問の向きは受付の男性。彼は少し首をひねってから、書類の一点を指さした。
「使い魔扱いで行けると思うよ。普通使い魔にするのは精霊か低級の魔物で、精霊王が使い魔ってことはまず無いけど、原理は変わらないし」
 受付の指が指している使い魔の項目に、ユキはエルヴィナの名前を書き込んだ。
「この紹介状ってのは?」
「ああ、それはあればでいいから。実技試験の区分の目安ぐらいなんだよね、実のところ。君の魔力はどれぐらい?」
「えーっと」
 どれぐらい、と聞かれても困る。ユキには基準が全然分からないのだ。エルヴィナに助けを求める視線を向けると
「ユキの魔力はすっごいよ」
 と実にアバウトなコメントが出てきた。
 しかし、別にその程度でも良かったらしい。
「そうか。まぁ、エルフだもんね。今なら空いてるし、一番上のランクにしとこう」
 そう納得した受付は、ユキに1枚の地図を渡してきた。
「その扉をくぐったら、右の方、地図の通りに歩いて行って。途中で迷ったり進めなくなったりしたら、手近な扉をノックしたら誰か居るから」
 地図を見ると、扉をくぐった後右に曲がったら、後は突き当たりまでまっすぐ進んで左に曲がり、三つ目の扉のところが試験室らしい。迷う方が難しいだろう。
「ありがとうございます」
「いやいや、頑張ってね」
 なんだか妙にニヤニヤしている受付の態度に引っかかるものを感じつつ、ユキはエルヴィナを連れて扉をくぐる。

 学園の外観は完全に石造りだったが、内部はむしろ木がふんだんに使われていた。床も壁も白っぽい木材で覆われており、なんだか良い香りがする。
「下駄箱とか無いんだな」
「ゲタバコ?」
「俺のところだと、建物に入るときは靴を履き替えるんだ」
 文化の違いを感じつつ、ユキは地図の通り右に進んでいく。廊下の左手側には扉が等間隔に並んでおり、右手側には時々窓があって外の広場が見えている。
「ユキの学校もこんな感じ?」
「大体似てる。うちだと、扉に窓があって中が覗けるけど」
 引き戸の上にはプレートがあって1−1、1−2と数が増えていく。1−5の次は2−1になっていた。
「一学年5クラスって事かな。いてっ」
 ちょうど2−1の扉の前で、ユキは何かの衝撃を感じて立ち止まった。しかし、周囲を見渡しても何もない。
「どうかしたの?」
「いや、何か当たったような気がしたんだけど。気のせいかな?」
 そのまま歩いていくと、2−5の後にトイレがあって突き当たり。
「ここで左、でいいんだよね」
 一応地図を確かめるが、そもそも左にしか曲がりようがない廊下だ。
「左、あれ?」
「エルヴィナ、こっちこっち」
 なぜか右の窓に張り付いたエルヴィナの手を引いて、ユキはさらに廊下を進む。
 どうやら、ここからは特別教室のたぐいらしい。第一錬金実験室、第一召喚実験室を通り過ぎ、三つ目の第一攻撃術実験室の前に立つ。
「1,2,3、ここで合ってるよね」
「うん、間違いないよー」
 エルヴィナがノックすると、少し低めの女性の声で「どうぞ」と答えが返ってきた。
 扉を開けて中に入ると、壁は廊下と似たような感じの木造。しかし、床には布が敷かれ、その端の方で文字が煌めいている。何かの魔法が働いているのだろう。
 それ以外に置かれているのは机と椅子だけだ。机の向こう側の椅子に、一人の人が座っている。
「こんなに朝早くからここまでたどり着く受験生がいるとはね」
おそらく試験官なのだろう、赤い髪をショートカットにした女性が、分厚い本を閉じてそうつぶやく。
「さて、まずは名前を。……!!!!」
 顔を上げた試験官は、ユキの顔を見たとたん切れ長の目を真ん丸になるまで見開く。
 次の瞬間、彼女は座っていた椅子を蹴って机を飛び越え、ユキに向かって飛びかかってきた!

第6話 面接試験は土下座で始まる

 飛びかかってきた赤毛の女性は、ユキのほんの少し手前に膝から着地。そのまま両手をそろえて床につけ、頭を深々と下げる。
「じゃ、ジャンピング土下座……」
 良い子は真似をしてはいけない動きを繰り出した女性は、頭を上げないままうやうやしく挨拶を始める。
「突然のご来訪、誠に青天の霹靂でございます、ロキ様」
「いや、その」
「事前にお伝えいただければ、しかるべき所作にてお迎えいたしましたところではございますが、この度は私も入学試験の面接官を任じられておりまして」
「あの、俺、ロキって名前じゃないんですけど」
「このような形でのお迎えとなってしまったことを平に平にご容赦くださいませ」
「だから、ロキじゃないんですってば、顔を上げてください」
「え……あれ?」
 ようやく女性の挨拶が止まり、恐る恐ると言った感じで顔を上げる。
切れ長の目、先のとがった耳、まさしくエルフと言った顔つきだ。その眼には、恐怖と困惑の色が見える。
「あなたは、ロキ様ではない、と?」
「ユキはユキだよー」
 エルヴィナの答えを聞いて、エルフはぼそりと呟く。
『私は男だ』
 奇妙にエコーがかかったその呟きで、エルフ試験官は何かを納得したらしい。
「……顔がそっくりなんだけど、本当にロキじゃないのね」
「はい、そうです。俺はアサガ・ユキマサで、受験しに来ただけです」
「変なところを見せちゃったわね。座って」
 試験官は立ち上がると、ユキとエルヴィナに椅子を勧めて、自分は机の向こうの椅子に座りなおす。
「私はリエル。この学園の教師の一人です。アサガ・ユキマサ、あなた、部族はどこ?」
『あ、ええと、東方大陸の方の』
 ユキは受付の男性が言っていたことを思い出しつつ、それっぽい事を言おうとしたのだが、どうも声に妙なエコーがかかる。
 咳払いをしたところで、エルヴィナが服の肘を引っ張った。
「ユキ、ユキ、ここ多分嘘つけないところだから止めた方がいいよ」
「正解。さすが精霊王ね」
「あ、じゃあさっき私は男だって言ってたのは」
 どうやら、嘘をつくと声にエコーがかかって分かるという仕組みらしい。
「そう。嘘判別の魔術がちゃんと起動してるかの確認よ。まさか男に見えてた?」
 リエル先生が肩をすくめて見せる。パンツスーツだが体の線は出る作りになっている。それほどメリハリが強いわけではないが、どう見ても男性の身体ではない。
「いえ。でも、そういう魔法もあるのかなーって」
「まぁ、無いとは言わないけどね。で、本当はどこの部族?」
「どの部族でもないです。俺、こことは違う世界から来たんです」
 どうせ誤魔化せないのなら、と開き直って、ユキは最初から全部をリエル先生に話すことにした。夢の中で同じ顔をした少年と話したこと、夢から覚めるとこの世界に来ていてエルヴィナと会ったことを話すと、リエル先生は深くうなずいた。
「なるほど……状況が見えてきたわ。まさかそんな魔法を開発していただなんて……」
「魔法なの?」
「異世界にはその世界の自分がいるんじゃないかって説は前からあったから、それをヒントに異世界の自分と精神を入れ替える魔法を開発したんだと思う」
「えっと、じゃあ俺が見たのは夢じゃなくてロキの魔法って事ですか?」
「多分ね。ユキ君に自分の世界が嫌いだって言わせるのが魔法完成の鍵だったんでしょう。ああもう、こんな逃げ方されるなんて」
 リエル先生はセットが乱れるのも構わず、乱暴に自分の頭をかき回す。
「そのロキって人は何か逃げるようなことをしてたんですか?」
「ロキはねぇ、始祖エルフなんだよ」
 先生に向けた疑問だったが、エルヴィナの方が説明を始めた。その後を、リエル先生が引き継ぐ。
「始祖エルフは、最初に肉体を持った精霊たちのことよ。今のエルフの先祖にして王族。ほとんどは既に亡くなったけど、まだ存命の方のほとんどは聖なる森の奥に住んでおられるわ」
「で、その例外のロキはとんでもない悪戯者なの。しかも、酷い悪戯ばっかりで、それで滅んじゃった国もあるんだよぉ」
「エルヴィナはロキを知ってるの?」
 ユキの疑問に、エルヴィナは首を左右に振った。
「会ったことは無いよ」
「ロキが悪戯するときは大体魔法で顔を変えてたから。悪名は知らぬ者が無いぐらいだけど、顔を知ってるのはこの世界全体で30人ぐらいかな」
「先生もその一人ってことですね」
「そうね」
 相当深い因縁があるようだったが、そこには触れずに話題をそらす。
「俺の元居た世界にも、ロキっていう名前の悪戯者の神様の話があったんだけど」
「うげぇ、異世界にまで? でも、あいつなら昔っから異世界のことを知ってて、そっちで悪戯してても驚かないわ」
 露骨に嫌な顔をして、リエル先生はそう吐き捨てた。
「でも、これであたしが精霊王になっちゃったのも納得だね。体は始祖エルフなんだから、そりゃ魔力いっぱいに決まってるよ」
「え、精霊王になった?」
「そうなの。あたしがお腹減ってて、クゥちゃんがケガしてたから、ユキが回復魔法使うことにして」
「え、ちょっと待って、クゥちゃんって誰?」
 言葉で説明するよりは見せた方が早いだろうと思い、ユキは下げていたカバンを机に乗せる。
 カバンを開けると、クゥちゃんは食堂のおばちゃんが作ってくれたサンドイッチの包みに抱きついて眠っていた。いったん薄く目を開けるが、またそのまま閉じてしまう。
「この子です」
「ファイアドラゴンの子供か……」
「この子のけがを治すのに、ユキが魔法を使ったんだけど、多すぎたからあたしが余分を食べることにしたの。そしたら、精霊王になっちゃった」
「なっちゃった、で済むような魔力量じゃないはずなんだけど……」
 エルヴィナの適当な説明に、リエル先生は困ったような顔をした。
 そこで、ユキは元々街に来た理由を思い出す。
「そういえば、元々この子の親を探そうと思ってたんですけど」
「ドラゴンには知り合いが居るから、聞いてみるわ。でも、いつ連絡取れるかは分からないから気長に学生しながら待ってちょうだい。1年はかからないけど、数か月はかかるだろうから」
「えっと、それは合格って事でいいんでしょうか」
 そう、ロキのことを話しこんでいてつい忘れてしまっていたが、そもそもここは試験会場なのだ。
しかし、リエル先生は気軽な調子で手をパタパタさせる。
「始祖エルフを落とす理由がなんて無いし。あ、でも一応実技試験しなきゃダメか。この部屋の中なら、精霊力を抑えてあるから、そんなひどい事にはならないはずよ。何でもいいから、得意な魔法を使ってみて」
「えっと、得意と言われても……魔法の使い方をほとんど知らないんですけど」
 ちょっと恥ずかしく思いつつ、正直に言うと、目を丸くされた。
「え、元の世界で何してたの?」
「いや、俺のいた世界では魔法って物語の中だけのもので、実在しなかったので」
「あたしが教えた風の回復魔法しか使えないよね」
 エルヴィナのいう通りで、丸覚えした風の回復魔法の構成以外はユキはなにも魔法を知らないままだった。
「魔法がない異世界ってのもあるのね……分かったわ、次の受験生が来るまで、初歩から魔法を教えていくし、それで力加減ってものを覚えていきましょう」
 結局、お昼の時間に解散するまで次の受験生は来ることがなく、ユキはリエル先生とエルヴィナにじっくりと魔法を教わることができた。

第7話 朝食は歴史講義の後で

「ユキ、ユキ! 起きて! 消して!」
 異世界に来て三日目の朝は、エルヴィナの悲鳴から始まった。
 目を開いてみれば、窓にかかっていたカーテンが見事に炎上している。
 揺れる炎を見ながら、ユキは自分の脳内を整理していた。
(そう、ここは魔法学園。昨日合格して、さっそく寮の部屋をもらったんだよね。学生一人当たり一部屋だけど、結構広いからエルヴィナと一緒に住むには特に問題ないし、家具も大体そろってる。食事は出ないらしいけど、外の広場の屋台でいくらでも買えるし、いい環境だよね)
 そんな事を考えているうちにも、炎はその勢いを増している。エルヴィナはタオルでバサバサ叩いて消そうとしているが、あまり効果は無いようだ。
「……なんで?」
「クゥちゃんがブレス吐いたのぅ!」
 朝っぱらから炎の息でカーテンを燃やした子竜は、流石にマズいことをしたとわかっているのか視線をそらしている。
 仕方ないなと肩をすくめて、ユキは水の魔法の構成を編む。
 昨日さんざんリエル先生に叩き込まれたおかげで、5属性の初歩魔法の構成は暗記できた。しかし、呪文名に少し迷ったのが失敗だった。
「アクアスプラッシュ!」
 ちょっと集まりすぎた水の精霊力が塊として実体化。超スピードで飛ぶ水塊は、辛うじて避けるのが間に合ったエルヴィナをかすめ、燃えるカーテンを窓枠ごと破壊する。
 一拍置いて、窓の外で鎧戸の残骸が地面に落ちる音がする。
「ユキ……」
 床にへたりこんだエルヴィナは、流石にちょっと責める目でユキを見ながら飛び上がる。
「ええと、ごめん、エルヴィナ」
「はぁ……ケガ人はいないみたいだね」
 窓から見下ろすが、鎧戸の残骸の周りに人はいない。学校の中庭側で助かったというところだろう。逆側の広場なら、今日も朝から屋台が出ているはずだ。
「部屋の中はあたしが直しておくから、あれ拾ってきて」
「うん、わかった。ついでに朝ご飯買ってくるね」
 寝巻の上から黒いローブを羽織る。魔術学園の制服として昨日与えられたものだ。ついでに当面の生活費ももらえたので、朝ご飯を買うお金には不自由しない。
 これ以上やらかさないようにとクゥちゃんを連れて部屋を飛び出したところで人にぶつかった。
「うわっ、すみません」
「いや、大丈夫だよ。アサガ・ユキマサくん。ケガは無いかね」
 ユキにぶつかられても小揺るぎもしなかった巨漢はその厳つい顔に凄みのある笑みを浮かべる。
「良ければ、朝食に付き合ってくれんかね。ワシのおごりだ」

 数分後、ホカホカと湯気の香る粥のお椀を抱えてユキはテーブルに着いた。
 屋台の粥だが、食べていきたい人用にテーブルがいくつか用意されているのだ。
「ありがとうございます。ええと……」
 まだ、相手の名を聞いていなかったことを思い出す。
 厳つい巨漢は、砕いたナッツを粥に乗せつつ、自己紹介する。
「ワシはオーグル・ブルツカット、この魔術学園の学園長だよ」
「あ、ええと、それはその」
 教師だろうとは思っていたが、思ったより一回り大物だ。
 うろたえるユキに、学園長はガハハと笑って見せた。
「気にすることは無い。始祖エルフに比べれば、なんという事もない下っ端だよ」
 そういって、粥を一さじ口に含む。ユキもつられて粥を食べると、肉系の出汁の旨味が口の中に広がる。
「あ、ズルい。先に食べ始めないでよぅ」
 トッピングに迷っていたエルヴィナもテーブルに着く。クゥちゃんは、学園長からもらった砕く前のナッツにかじりついている。
「元々、朝食は学生と取ることにしているのだが、昨日リエル先生から報告を受けてね」
 そう話しながら、学園長は粥の中から肉団子をすくい、クゥちゃんの前に差し出す。クゥちゃんは遠慮なしにそれにかじりついた。
「ロキという名前の存在は君の世界にも言い伝えられていたということだが、詳しく話してもらえないか」
 そう言われてユキはうろたえる。別に神話を特別調べたことがあるわけでもない。ゲームや映画に出てきた名前を知っている程度だ。それでも、なんとか記憶を掘り返す。
「ええと、一部の地域の神話です。神様の一人で、ものすごく悪戯者。ある神様をだまして別の神様を殺させたりとか、そういう話です。俺のいた地域の話じゃないからあまり詳しくは無いんで、知ってるのはこれぐらいですね」
「フム……符合するところも無いでは無いが、偶然かもしれんな」
「この世界のロキの事を気にしてるんですか」
「そうだ。君の世界ではお話の中の存在であったから良いが、こちらではそうもいかなくてな」
 学園長は、2個目の肉団子をクゥちゃんにやると、短く呪文を唱えた。構成がちらりと見えたが、風の精霊力を使っていることぐらいしか読み取れないうちに発動が終わる。
 ユキには何の効果かわからなかったが、学園長は発動した魔法に満足したらしく、教師の顔で歴史の講義を始めた。
「ロキは、始祖エルフの中では最も年若い世代の一人だ。もっとも、ロキより前から生きておるのは、今や始祖エルフでも10人かそこら。竜が2,3体ぐらいじゃろう。そうなった原因にも、奴の関与がある」
「魔竜グモウスの宝物庫から、黄金の盃を盗み出したのが、ロキが歴史に名を遺した最初の悪戯になる。
グモウスはその盃を己の魂の入れ物にすることで、ただでさえ精強なその肉体を不死のものとしていた。それを盗まれるとは、つまり心臓に刃を当てられているに等しい。
当然グモウスは怒り狂い、盃を盗んだ犯人を捜すためにエルフもドワーフも構わず攻撃を仕掛けた。不死なるグモウスを封じるため、エルフとドワーフは異例の連合軍を組んだ。
封印が成った時、立っていられた英雄は参加者の1割にも満たなかったという」
「始祖エルフの中で最も強力であったグリムニルとドワーフ皇帝ヨシュアを仲たがいさせたのもロキだった。
共に魔竜討伐を率いた盟友は、ロキの讒言に惑わされて、各々の種族を巻き込んだ大戦争を引き起こすほどに憎み合うこととなった。最期に互いに互いの首をはねるまでな」
「大戦争の後に残された始祖エルフたちは精霊王らと協力して聖樹を作り上げた。
聖樹から与えられる恵みが世界を癒し、その麓ではエルフ・ドワーフ・人間が手を取り合う理想都市が築かれた。世界にとって、最も幸せだった時代だと言われておる。
しかしその時代も理想都市も、新たな魔竜ナズヘグルの出現で終わりを迎えた。
ロキはこの魔竜を退治するにあたって大きな貢献をした。戦士らに魔法の武器を与え、人間やドワーフらに参戦を促し、自らも多数の英雄らを率いて戦場に立った。
両親を失ったエルフの幼子を養子として引き取りすらした。
誰もが、かつての悪戯者は完全に改心したのだと思っていた」
 この段を語る時、学園長の顔はそれまでよりも強く歪んでいた。彼にとっても歴史でしかない事と、実際に体験した事との違いだろう。
 一拍の間をおいて、学園長は講義を続ける。
「だが、それすらもロキの陰謀だったのだ。ロキが様々な陰謀を巡らし、精霊王らを一人ずつ排除し、あるいは支配し、聖樹そのものを魔物化させて魔竜を作り上げたことが分かっておる」
「精霊王がいれば、魔物にならないんですか?」
 思わず口にしたユキの質問に、学園長は頷いて答えた。
「そうだ。生物が身に余る魔力をため込むと魔物となる。精霊たちは、その魔力を吸い取り、あるいは元素力に変えて発散させることで魔物の発生を抑え、弱体化させることができるのだ」
「だから、普通は精霊王になると、なるべく田舎の方に行くの。人里近くだと、魔物になっても早いうちに倒されるから大丈夫なんだけど、人が少ない田舎の方だと手が付けられないほど強くなっちゃうかもしれないから」
 精霊王になったばかりのエルヴィナが補足する。彼女もいつかは田舎の方で魔物の抑制に努めるのだろう。
「ともあれ、もうロキを排除するしかないとエルフ・ドワーフ・人間はもちろん竜までも引き込んだ共同戦線が形成された。しかし、ロキは作戦実行直前に姿を消し、まるで手がかりがないまま3年ほどが経過している。君がいるこの世界の現在はそういう状況だ」
 ユキは講義の内容を反芻し、陰鬱な気持ちになった。
夢で会った時からいけ好かない奴だとは感じていたが、まさかここまでとは。
「俺の身体は、そんなとんでもない事をした悪人のものなんですね……」
「君が悪いことをしたわけではない。しかし、気を付けた方がいいのは事実だ」
 そういって、学園長はさじを取り上げて空中で振る。
 次の瞬間、市場の喧騒が戻ってきた。魔法で音を遮断していたのだろう。
(つまり、聞かれるとまずい話だったって事か……)
「大丈夫」
 黙り込んでしまったユキの右手を、エルヴィナの小さな手が握る。
「ユキはユキだよ」
「クァァ!」
 クゥちゃんも、分かっているのかいないのかユキの左手に前足をのせて鳴いた。
「良い仲間を持ったな、ユキくん。君を君として見てくれる仲間をもっと増やしなさい。学園はそのためにある」
 そういってほほ笑むと、学園長は食事を再開した。
 ユキたちもならって、再度粥を口に運ぶ。
 しかし、粥はすっかり冷めていた。

第8話 洞窟にて

 ほの暗い洞窟を、少女が歩いていく。
 人工ではないが、完全に天然でもない。何者かが自然洞窟を加工して棲家として使っているに違いない。
 おかげで、自然洞窟の不快感を増す湿気は抑えられ、床も多少ゴツゴツしているが歩くのに不自由は無い。
 少女は左手に魔法の灯りをともし、右手に持った細い棒で床を探りながら進んでいく。ダンジョン探索では一般的に使われる罠に警戒しながら進む探索法だ。
 だが、慣れた者が見れば眉をしかめただろう。少女の格好がメイド服なのも理由の一つ。しかし、それよりも少女の視線が問題だ。突き当たりの壁をまっすぐ見ているだけで、周囲への目配りが足りない。
 案の定、曲がり角に差し掛かったところで物陰に隠れていた魔物らが少女に躍りかかった。
 黒い毛皮の狼が、一頭は足を、一頭は首を、最後の一頭は灯りを持つ左手を狙って飛びかかる。
 野生のものをはるかに超えた動きに、少女は反応すらしない。そのまま狼たちの牙が、爪が、少女のメイド服を引き裂き、柔らかな肉体を蹂躙する……ことは無かった。
 牙も爪も少女をすり抜け、狼たちは互いに体をぶつけあい、重なり合って地面に落ちる。
 少女は魔法で作られた幻影だったのだ。当然、その幻影を囮にした本隊はそのすこし後ろで間抜けな狼たちの姿を見ていた。
「黒狼やねぇ。魔物化としては軽い方やけど」
 訛りを含んだ分析をしたのは、小さな鉄塊だった。金属製の全身鎧に、洞窟内で振り回すにはギリギリのサイズの長柄の大斧、かろうじて顔だけが兜から露出していて、女性であることが分かる。
「数が多いのはまずいよぅ」
 不安の声をあげたのは、エルヴィナだった。怖がりながらも、灯りの魔法を使って視界を確保する。
「後ろには回さへんから、大丈夫よ。でも、他にもおるから気ぃつけてな」
 鉄塊、もとい女ドワーフは、長柄斧を構えて突進する。狙うは黒狼たちが重なったところ。長柄の先に取り付けられた槍の穂先を、上の一頭はかろうじて避けた。しかし、下の一頭は間に合わず肩口から深々と貫かれる。
 しかし、残りの一頭は、絶命する仲間の横を駆け、ドワーフの脇をすり抜けようとする。物理的に歯が立たない重装戦士を無視して、後衛を狙うつもりだ。
 しかし、その思惑は気の抜けた声に邪魔された。
「触手にょろにょろ〜」
 洞窟の横の壁がはじけ、そこから生えた緑色の触手が狼の身体を絡めとる。動けなくなった黒狼の喉を短刀が掻き切る。その短刀の持ち主は、さっき黒狼たちをだました幻影と同じメイド服の少女だった。
「ユキさんは、ちょっと強めの術を待機してください。エルヴィナさんは……」
「ブーストスラッシュ!」
 メイドの指示より早く、ドワーフの叫びが響く。長柄斧の背が火を噴き、加速された刃が
最後の一頭の頭蓋骨を真っ二つに断ち割った。
 しかし、これで終わったわけではない。
 爆音、
そして金属を削る嫌な音。
 何が起こったのかをユキが理解したのは、相手が動きを止めてからだった。
 曲がり角の向こうから出てきた巨漢が飛び蹴りを浴びせたのを、すんでのところでドワーフがブロックしたのだ。
 洞窟の天井に頭を擦りそうなほどのその巨漢は、上半身が毛皮に覆われ、顔は狼のそれだった。
「人狼! しかも雷の精霊力で強化されてるよぉ!」
「狼の割にはいい動きでしたから、なんか頭いいのがいるなと思ってたんですよね」
 メイドがのんびりと論評する間に、人狼は雷をまとった爪でドワーフにラッシュをかける。何発かは斧で防がれるが、何発かは鎧の表面を削った。
 鎧を貫くほどではないが、当たった場所に雷光が残る。その下の肉体は、決して無傷ではないはずだ。
 しかし、ドワーフの次の一声には、切羽詰まった様子は全くなかった。
「ユキはん、援護もらえます?」
「あ、うん」
 エルヴィナがいるおかげで、洞窟の中だというのに風の精霊力が強い。だから、ユキは風の攻撃魔法の構成を組んだ。
「ウィンドミサイル!」
 あらかじめ呪文を考えていたおかげで、構成の組み終わりから発動までがスムーズにつながる。
 生み出された風の塊は、ドワーフの背を避けて天井すれすれまで上がり、そこから一直線に人狼の額を狙い撃つ。
 狙い撃つ、程度のつもりだった。
 人狼の肉体が一瞬動きを止め、ゆっくりと後ろに倒れる。その首から上は、跡形もなく吹き飛んでいた。
「……援護の域を超えてはりますなぁ。さすがは始祖エルフ」
 賞賛半分呆れ半分といった呟きをして、ドワーフは構えを解いた。
「増援の気配は無いですけど、気づかれたのは間違いないですね」
「待ち伏せされてたってことは、最初から気づかれてたと思うんだけど……」
 メイドの報告にツッコむエルヴィナ。その視線は、ドワーフの方に向いている。
「ウチの鎧がうるさいからなぁ。色々工夫はしてあるんやけど」
 ドワーフが短剣を人狼の胸に刺し入れると、チャリチャリと鎧下の鎖かたびらがこすれ合う音がする。気に障るほどではないが、狼の耳にはかなり遠くからでも聞き取られてしまうだろう。
「えっと、何してるの?」
「何してるも何も、これを取りに来たんじゃないですか」
 メイドの方も、短刀で黒狼の胸を裂いていた。慣れた手つきで手を差し込み、少しまさぐってから引き抜く。
「やっぱりこの程度の魔物だと、サイズはたかが知れてますねー」
 ハンカチで手をぬぐった後に見せてきたのは、1円玉ぐらいの大きさの水晶のような塊だ。
「それが、魔晶石?」
 ユキは、メイドから石を受け取って、中を覗き込む。形はともかく、細かいヒビが縦横に走り、明らかに質が良くないのが分かる。
「こっちは、そんなに悪ぅないみたいやわぁ」
 ドワーフが取り出した石は、握りこぶしぐらいの大きさで、澄んだ青色をしていた。
「なんか、エルヴィナの翼の色に似てるね」
「そうだよぅ。精霊王の羽は、魔晶石だもん」
 エルヴィナはくるりと回ってユキに羽を見せつける。直接くっついているわけではなく、背中の辺りに浮遊しているのだが、それでも体の一部であるらしい。
「それを売れたら、話は早いんすけどねー」
「売ったら、あたし死んじゃうよぉ」
「ははは、冗談っすよ、冗談」
 メイドは敵意がないことを示したいのか、短刀をしまって両手を振って見せる。
「全部合わせても金貨100枚ぐらいやろか。もうちょっと気張らんとね」
 そういってドワーフは洞窟の奥を見据える。
「じゃあ、学費のためにももうひと頑張りしようか」
 そう、ユキがこうしてダンジョン探索に挑むことになったのも、魔法学園の課題の一環なのだ。

第9話 ふぁーすと・くえすと

「さて、皆さんは今日から魔法学園の生徒になったわけですが」
 教壇に立ったリエル先生は、面接の時と同じパンツスーツでクラスの皆に向かって笑いかけた。
(入学式も何もないんだなぁ)
 現代日本の感覚だと初日は入学式なのだが、そういう儀礼的なものは全くなく、事前に言われていた教室に集められただけだ。
もっとも、他のクラスメイトは特に不思議がってもいないようなので、この世界ではこれが普通なのかもしれない。
「しばらく授業はありません」
 入学式だけでなく、授業もないらしい。
こっちはさすがにこの世界でも普通じゃないらしく、ちょっと皆がざわついた。
「というのは、まず皆さんにはクエストを与えるからです」
ざわめきを抑えるように、わざと音を立てながら黒板に『金貨2万枚』と書きつける。
「一か月後の学園祭終了時点までに、クラスで協力してこれだけの金額を稼いでください」
 ざわめきは一層大きくなった。ユキにはよくわからないが、かなり高額のようだ。
(屋台のご飯が銅貨5枚ぐらいで、銅貨10枚が銀貨1枚、銀貨10枚が金貨1枚だから……)
 何とかご飯換算で理解しようとするユキの横で、黒髪で小柄な女生徒がやんわりと口をはさむ。
「先生。うちら、学費は先に納めさせてもろてるはずですけども」
「ええ。これは学費ではなく、教材費。だから、別にこのクエストに失敗しても退学になったりはしないわ。ただちょっと、実習の授業のランクが落ちるぐらい。隣のクラスが一人一つ魔晶石使って実習してるのに、このクラスは皆で一つの魔晶石を共有したり、とかそれぐらいの違いよ」
「それは『ちょっと』で済むレベルじゃないっすよ……」
 さっきの女生徒の後ろの、なぜか制服ではなくメイド服を着ている少女がツッコむ。
 教室全体の同調雰囲気を感じてか、リエル先生はちょっと慌てたように早口になる。
「もちろん、ただ教材費を稼いでくださいってだけじゃないですよ。このクエストには、3つの教育目的があるんです」
 先生は右手の指を3本伸ばし、左手で1本ずつつまんでいく。
「一つ目は、問題解決能力。魔法使いは、魔法を使うだけじゃなくて、魔法も使って何かを成し遂げる人です。『何か』は各自の状況で色々変わってきますが、どうするかを考えるやり方は状況が変わっても応用が利きます。
二つ目は、自主的な学習。教師の方で選んで教え込んだ魔法より、皆が自分に必要だと感じて学んだ魔法の方が良く覚えられるものです。
三つ目はクラスの一体感。一つの目的に向かって協力することでクラスメイトの事を良く知り、親交を深めることができます。課題以上に稼いだクラスは残りのお金でパーティーするのが恒例だしね」
 パーティーと聞いてか、少し皆の雰囲気も緩んだ。
「恒例ってことは、成功率はそこそこあるってことですか」
 手を上げて質問したのは、糸目の男子生徒。ユキほどではないが耳がとがっているので、多分エルフだ。
「そうね。大体8割ぐらいかな? 不達成クラスでも7割ぐらいは行って実質そんなに不自由ないって事例が多いし」
 先輩たちの成功率が悪くないことを知って、ユキの背中におぶさっていたエルヴィナがほっと息を吐く。
「基本ルールとして、私物の消費は不許可。この中には、私有財産で目標金額余裕って人もいるのは分かってるけど、それじゃ課題にならないからね」
 教室のどこかでチッと舌打ちする音がしたが、先生は気にせず窓際の椅子に座る。
「というわけで、先生は毎日昼間は教室に来るし、質問されたら答えるし、『こういう魔法を教えてください』って言われたら教えます。でも、あれをしろこれをしろとは言いません。それは皆で決めてください。あとは自由」
 先生はそれだけ言って分厚い本を開く。教室は一瞬ざわッとしたあと静まり返った。
だれが最初に発言するかの空気の読み合い、あるいは押し付け合い。
エルヴィナはポンポンとユキの肩をたたくが、ユキは首を振って拒否した。こういう時に前に出られるような性格はしていない。
「おっと、一つだけ例外。ここから先はみんなで話し合って決めてもらうけど、最初の話し合いの司会だけ指名します。アーベル・ゴールドティンカーさん、お願いね」
 呼ばれて立ち上がったのは、最初に声をあげていた黒髪の女生徒だった。立ち上がってなおユキの胸ぐらいまでしかない。これまで見たのとはずいぶん印象が違っているが、彼女もドワーフなのかもしれない。
「まあ、司会するのはええんですけど」
「何か問題でも?」
「先生の自己紹介をお願いします。ウチら、まだ先生の名前も聞いてまへん」
 先生はそう言えば、と手を打った。

第10話 続・洞窟にて

 メイドは魔晶石を全部ポケットにしまい込むと、両手を向かい合わせに構える。
 その手の間に浮かび上がったのは、光の球だった。魔力で編んだ構成なのだが、ユキやエルヴィナがつくる平面の物と違い、文字が3次元に絡み合っているのだ。
「デコイ、出てこーい」
 ダジャレめいた呪文に呼ばれ、光の玉から小さな人形が飛び出す。着地するまでの間に大きくなり、あっという間にメイドと同じ姿になった。
「前方警戒索敵よろしくー」
 表情が無い事しか違いの無い幻影のメイドは、手に持った杖で洞窟の床を探りながら歩きだした。
 その姿を眺めつつ、エルヴィナは首をかしげて呟く。
「やっぱり3属性使ってるよね? 土と風と雷」
「せやで、モトリは魔力量はイマイチやけど、こういう魔法使わせると天下一品やねん」
「アーベル様、胸張ってないで進んで欲しいっす」
 メイドにせかされ、アーベル・ゴールドティンカーは鎧をちょっとガチャつかせながら歩き始める。
幻影のデコイを先行させ、その少し後に主戦力であるアーベルが続く。その後魔法戦力であるユキとエルヴィナが来て、最後にメイドのモトリが後方警戒する隊列だ。
洞窟の出っ張りに躓かないよう気を付けながら、ユキはアーベルに声をかける。
「アーベルさんはさ」
「アーベルでええよ」
 そう言われて、ユキとしてはちょっと詰まる。最後に同級生の女子を呼び捨てにしたのはずいぶん前のことだ。しかも姓じゃなくて名前の方となると。
「えっと、あ、アー」
「クァァァ!」
 しどろもどろになるユキを遮って、クゥちゃんが鳴く。カバンの中で眠っていたのだが、目が覚めたらしい。内側から器用にカバンのフタをはね上げると、アーベルの周りを唸りながら飛び回る。
「うちは財宝持ってへんし、あんたの財宝も取らへんよ」
「ごめん、アーベルさん。こっちおいで、クゥちゃん」
 呼んだだけでは離れないので、仕方なく干し肉を取り出すユキ。するとたちまち戻ってきて、ユキの頭の上で干し肉をかじり始めた。
「ドラゴンに警戒されるとは、これでアーベル様も立派なドワーフっすね」
 モトリがクツクツと笑う、ユキには今一つピンとこないが。
「そういうもんなの?」
「ドワーフとドラゴンは財宝を巡るライバルなんは常識やろ、ってそういうのも知らんのやったね」
 自己紹介した時に、ユキが異世界から来たことは話している。それは、学園長からの助言でもあった。どうせこの世界の常識がないことはすぐにばれるのだから、変に素性を隠すよりも異世界出身だと明言しておいた方が疑われる事も防げるだろうという考えだ。
「エルフはおる世界から来たのに、ドワーフはおらんかったん?」
「元の世界だと人間しかいなかったよ。こっちに来てエルフになったんだ」
「世界移動すると、種族も変わるんすね。私がドワーフになるような世界もあるんすかね?」
 モトリの反応からしても、さほど違和感のない言い訳になっているようだ。実際、ロキの事を伏せているだけでほとんど事実だし。
 エルヴィナは少し飛ぶ速度を緩め、モトリの隣に並んで話しかける。
「モトリは、人間なのにアーベルのメイドしてるんだね」
「ええ。ドワーフの中でも、ティンカー氏族は人間やエルフとも接点が多いんすよ。で、私の里が氏族長に助けて頂いたことがありまして、そのお礼が私」
「子供を渡されてお礼や言われても、ってお父様は困っとったけどなぁ」
「ニンジャの里では良くあることっす」
 干し肉を食べ終えたクゥちゃんが、ユキの頭上で長く細く鳴く。囮の幻影が立ち止まって、こちらを振り返っている。
「ちょっと止まってくださいね」
 そういうと、モトリはするすると前に出て、幻影が指差したあたりの床をまさぐる。
「石の罠っすね」
 モトリが天井を指さす。よくよく見ると、拳ぐらいのサイズの石が細い糸で吊るされている。
「床スレスレに糸が張ってあって、うっかりそれを切るとあれが上から落ちてくるんよ」
「落ちてくると、どうなるの?」
 運悪く当たると痛いのは間違いないと思うが、正直当たる可能性は低そうに思える。
「あたしが持ってこようか?」
 空を飛べるエルヴィナが提案するが、モトリが首を振った。
「触んないほうがいいっすよ。石に魔術が仕込んでありますから。アーベル様、分かります?」
「衝撃に反応して轟音がするタイプやね。魔晶石使ってても小粒やと思うけど、どうする?」
「どうするって言われても」
 選択肢が分からないまま任されても困る。そんなユキに、モトリが助け舟を出した。
「エルヴィナさんが回収したら、売ることもできるっす。元々そのために来たんですし」
 わざわざダンジョン探索に来たのは、学園祭でやる出し物の資金集めだ。魔物を倒して魔晶石を回収して売るのが一番手っ取り早く儲かるから、とアーベルに連れてこられた。
「でも、金貨1枚にもならへんぐらいやと思うし、それやったら逆用して前の方にいる伏兵にぶつけてやるのもおもろいかなぁて」
「いるの!?」
「いるっす。こういう罠だと、かかった相手が朦朧としてる間に襲い掛からないと意味ないですから。クゥちゃんも、それに気づいて鳴いたんす、たぶん」
 ユキはクゥちゃんを見ようとするが、まだ頭の上に居るので上手くいかない。
(ちょっとでも稼ぐなら回収、楽にクリアするなら逆用って事か……)
 ただ、目標額である金貨2万枚を考えると、金貨1枚以下に必死になっても仕方がないというアーベルの考えも妥当に思える。
「……慣れてる方にお任せします」
「ほな、前で大きな音がするからユキとエルヴィナは耳ふさいどき。敵がよろけて出てきたら魔法で潰して」
 言われたとおりに二人が耳を手で覆うと、モトリが床を蹴る。その足が、床すれすれに張られた糸を切るのが見えた。
 落ちてきた石を上手くキャッチし、そのまま洞窟の奥に投げるモトリ。アーベルが斧を構えて石の後を追う。
 10mほど離れて石が床に落ちた瞬間、音の衝撃が来た。これだけ離れて、手で耳をふさいでなお五月蠅い。
 それを間近で聞いては、ひとたまりもなかったのだろう。壁に貼り付くように隠れていた人狼が頭を抱えてよろめき、天井からボタボタと人間サイズのコウモリが落ちてきた。
「風よ、矢となりて彼の者らを穿て!」
 エルヴィナの呪文に応え、5本の光る矢が放たれる。それはアーベルの背を器用に避けながら追い越し、2体のコウモリと人狼に突き刺さった。
 1本しか矢が当たらなかった人狼には、アーベルが斧で一撃を入れる。
 斧を構えなおしたアーベルはしばし周囲を警戒したが、もう敵はいないらしかった。
「楽勝でしたね。ユキさん、クゥちゃん拾ってあげた方がいいっすよ」
 モトリに言われて気づいたが、頭の上が軽くなっている。耳をふさいでいなかったクゥちゃんは、目を回して洞窟の地面に落っこちていた。

第11話 続々・洞窟にて

 拾い上げたクーちゃんは、ちょっとゆすっても目を覚まさないのでもう一度カバンに戻してしまう。
「ああいう魔法もあるんだね」
 さっきの音がする石の事だ。魔法と言えば目の前で使うものだと思っていたが、
「魔法じゃなくて魔術っすよ」
「違うものなの?」
「魔術は先に構成書いておくんすよ。ほら、アーベル様の斧とか」
 モトリがアーベルに担がれた斧の頭を指す。
何か細かい模様が彫り込まれていることは気づいていたが、言われてみれば確かに魔法の構成と同じように読むことができる。
「火、噴く、風……ところどころ良く分からないけど、大体魔法と同じなんだね」
「分からへんところは、元素力転換回路やと思うよ。魔術は、魔力を元素力に変えて使うんよ」
 そう言いながら、前を歩くアーベルはさりげなく斧の担ぎ方を変えて構成を読みやすくしてくれる。
「構成に元素力入れるのは魔法と同じなんだね」
「せやね。魔法は魔力で構成書いて、周りの元素力使う。魔術はあらかじめ作っといた構成に魔力を元素力に変えて使う。魔術の方が魔力消費は大きなるけど、どこでも使える」
「確かに、ここで火の魔法とか使えないもんね」
 エルヴィナの言う通り、この洞窟の中は水と地の元素力が多く、火は少ない。風の魔法が使えているのは、風の精霊王が居てくれるおかげだ。
「後、さっきの石みたいに魔晶石から魔力供給してやれば、誰でも使えるのも売りやわな」
 誰でも使えるからこそ、ユキたちに逆用もされてしまったわけだが。
「便利なんだねー」
「便利ばかりでも無いけどな。例えば、さっきエルヴィナは風の矢を5本出して、3体の敵に振り分けたやろ。ああいうことは、魔術ではできへん」
「魔法は使うときに目の前にいる相手を選んで『こいつを攻撃しよう』って考えて構成組むでしょ。でも、魔術は先に構成作っとくから、作るときに誰に打つのか分かんないわけですよ。だから、魔術で攻撃するのって難しいんす」
 確かに、ユキもエルヴィナも前に出ているアーベルを間違えて魔法で撃ったりはしていない。ユキとしては「勝手に敵に当たる」感覚だったのだが、これも魔法の構成を組むときに相手を選んでいるおかげということだ。
「全く無いってこともないけどな。まっすぐ前に打ち出すだけとかならできるし。あと、うちの師匠の兄弟弟子に一人だけエルフがおるんやけど、そのエルフはあのロキを攻撃するためだけの魔術を作ってたらしいで」
 ふいにロキの名前が出て、ユキは思わず身をすくませる。
 そんなユキの肩を、エルヴィナがさりげなく叩いて、ことさら呑気な声で話をつないだ。
「二人とも詳しいんだねぇ」
「魔法はエルフらの独壇場やけど、魔術はドワーフの方が得意やからね」
「アーベル様は、エンチャント氏族に弟子入りしたこともありますから」
 アーベルとモトリは、ユキの反応には気づかなかったらしい。モトリはそのままアーベルが如何に魔術の才能があるのかを説明し始めたが、アーベル自身に制止された。
「それより、問題はさっきの音石や。あれは雑やったけど確かに魔術。つまり、魔術が使えるだけの知能と手先の器用さがある相手がこの先におるって事」
「人狼たちじゃないの?」
「いや、手がそんな感じじゃなかったから、無理だと思う」
 ユキの見た感じだと、人狼たちの手は爪の長い犬の手だった。物を持つぐらいはできるかもしれないが、魔術の構成を石に書きしるすのは無理だろう。
「この奥にある魔力溜りがあって、そこで魔物化してるんやとは思うけど、頭のいい魔物は厄介やで。さっきまでのは物理系やったからウチが壁になれたけど、魔術や魔法を使われるとな」
 ユキが魔法でアーベルに当たらないよう相手を狙い撃てるということは、魔法を使う相手はアーベルではなく直接ユキを狙い撃つこともできる、ということだ。
 ここまでの楽勝ムードとは違う戦いがありえる。それを理解させられ、ユキは思わず足を止めていた。アーベルも足を止めて振り返り、兜の奥からユキに視線を送る。
「どうする? ここは止めて、別の魔力溜りを狙うんでもええよ」
「……」
 視線をエルヴィナに向けるが、彼女は答えをくれなかった。逆に
「どうする、ユキ?」
 と問いが返される。
(俺の事を、気にしてくれてるんだな)
 元々の世界で、運動部ですらないただの中学生だったユキに、戦闘の経験など無い。
 でも、少なくともこの世界では、ユキは相当強いはずなのだ。
「行くよ。強い魔物の方が、いい魔晶石が取れるんでしょ」
「よし、行こう。魔力溜りの魔物掃除は精霊王のお仕事だしねっ」
 エルヴィナが、小さなこぶしを突き上げた。

第12話 決戦! 髑髏蜘蛛

「なんか、あのへん嫌な感じがするぅ」
 エルヴィナが声をあげたのは、洞窟の奥に突き当りの壁が見えた時だった。
 アーベルはデコイの後をついて歩きながら、一つ頷く。
「せやね。ユキもわかるやろ」
 突き当たりは曲がり角になっており、向こう側から光が差している。
 その光に、ユキも確かに何とも言えないイヤな雰囲気を感じていた。
「私には分からないっす。ただ、臭いが」
「臭い?」
「死臭っす。人間サイズだとしたら、5体分ぐらい」
 モトリが中々に嫌な情報をくれたので、一旦足を止めての作戦会議となる。
「精霊除けの結界と、死臭。あの曲がり角の向こうに魔力溜りとそれを守ろうとしてる何かがおるんやろうね」
「なんで精霊除けの結界が?」
「魔力溜りは精霊のご飯だから。でも、魔物にとっても美味しいご飯なんだよねぇ」
 溜まった魔力を自分だけで使うために、取り合いの相手を排除していたということらしい。
エルフもドワーフも精霊を祖先に持つので、若干の影響があるのだ。
「エルヴィナは、大丈夫なの?」
「妖精のころだったら、近づけなかったと思う。今は大丈夫」
 心配するユキに、精霊王は胸を叩いて見せた。
 アーベルも頷いて、
「デコイ先行させて、ウチとモトリが前衛。結界の中は精霊がおらん分、元素力が少ないから、魔法使うときは気ぃ付けて」
「これまでと大体一緒だね」
「それでええねん。細かい戦術パターンは、後々覚えていけばええ」
少なくとも、アーベルは『後々』があるつもりだ。ユキとエルヴィナは、ダンジョン探索の仲間として及第点ということになる。
 にっこり笑うアーベルに、ユキもぎこちなく笑みを返した。

 先行したデコイの首に、剣が打ち込まれる。
「惜しい、4体。今は3」
 剣の下をかいくぐり、斧を横なぎにふるうアーベル。
 鎧の継ぎ目に正確に打ち込まれた刃は、魔術の炎で加速されて剣士の胴を両断した。
 しかし、剣士がそれで死んだわけでは無い。なにせ、最初から首が無かったのだから。
 残るは3体。
短剣を二刀流した皮鎧の男、メイスを構えた僧服の男、杖を持ったローブの女。
いずれもそろって首がない。
「ゾンビっすか。レアものっすね」
「おるわけないやろ、そんなん」
 主従の軽口を金属音が遮る。短剣がアーベルの鎧を擦る音だ。
 続いて鳴った鈍い音は、僧服の肘が破壊され、メイスが地に落ちる音。
 僧服は落ちたメイスを拾おうともせず、ちぎれかけた腕をふりまわした。
「多分、雷属性の魔法で筋肉を動かしてるんすね。切った手ごたえが意外とフレッシュ」
「そういう事なら!」
 エルヴィナは大胆に距離を詰め、モトリのすぐ後ろで大きく息を吸う。
「雷の精霊さんたち! しばらく誰にも力を貸さないで!」
 精霊王の命令に従い、雷の元素力の供給が途絶える。
 魔法の効果が失われ、死体は死体に戻って糸が切れたように倒れる。
 その時だった。まだ、後ろに離れていたユキの目に、前に見たのと同じ音石が落ちてくるのが見えたのは。
「耳ふさいで!」
 とっさに指示は出すが、間に合ったのはユキだけだった。
 天井から、ちょうどエルヴィナの真後ろに落とされた音石が、爆音を奏でる。
 至近距離で聞いてしまったエルヴィナは完全に意識を失ったらしく、ボテッと地面に落ちる。
アーベルとモトリは辛うじて意識は保ったようだが、すぐには動けないだろう。
 そして、もう一匹耳をふさげなかった者がいた。
「ギャアアァオオオン!!!」
 ユキの肩掛けカバンが、猛烈に吠え、ボコボコと変形する。
中で眠っていたはずのクゥちゃんが飛び出そうとしているのだ。
「え、ちょ、落ち着いて」
 ユキが戸惑う間に、カバンは中からの爪攻撃でズタズタに引き裂かれる。
 自由になったクゥちゃんはそのままの勢いでアーベルの背中に激突した。
「きゃぁ!」
 これまでの歴戦の戦士ぶりとは違う可愛い悲鳴が聞こえたが、クゥちゃんは意にも介さない。
 そのままアーベルの鎧を連続でひっかき、傷がつかないと見るや炎のブレスを吐きかけた。
「クゥちゃん、やめぇ!」
 制止の声など聞きもせず、地面に転がるアーベルに再攻撃を仕掛けようとするクゥちゃん。
 それを掴み止めたのは、モトリだった。
 邪魔されたクゥちゃんは、今度はモトリの手に噛みつく。
「こんのクソドラゴン! しばらく寝てろ!」
 モトリの右手が魔法の構成を描く。その内容を読み取って、ユキは首を振った。
「その魔法じゃダメだ!」
 しかし、さっきの音石のせいで、モトリの耳は聞こえる状態ではない。
 モトリが使おうとしたのはスタンの魔法。雷属性で体をしばらく痺れさせる魔法だ。
 雷の元素力は、さっきエルヴィナが封じてしまったのだから使えるわけがない。
 元素力が全然構成に入ってこない事で、モトリも失策に気づいたらしい。
 構成を切り替えようとしたところで、モトリの頭は地面に叩きつけられる。
「なぁんだかクリティカルヒット〜」
 モトリの頭を踏んだのは、甲殻に覆われた太い足だった。
 天井に貼り付いていたのが落ちてきたのだ。
「音石がよっそお外にきぃたわね」
 足の主は、妙なイントネーションでしゃべりつつ、エルヴィナの背も踏みつける。
 2人を踏みつけても、バランスが損なわれることはない。なにせ、そいつは足を8本も持っているからだ。
 巨大な蜘蛛の顔に8つの顔が貼り付いている。4つは古く朽ちたしゃれこうべだが、4つはまだ新しい。
 男の首が3つと、女の首が1つ。さっきのゾンビもどきの首に違いあるまい。
 その女の首がしゃべっているのだ。
「あっとは、そこのエルフね。おとなしく降参したら、痛くないように首を落としてあげるわよん」
 まるで交渉にならない条件に、ユキは攻撃魔法で応える。
「ウィンド……」
「そぉい!」
 構成が形になるかならないかのところで、蜘蛛は身をたわめて尻をユキに向ける。
 その先端から飛び出すのは、糸では無くて雷の矢。
 1本は構成に当たって相殺されるが、残り2本がユキの足に当たる。
 痛みはそれほどでもないが、しびれのせいで力が入らず、ユキはその場に膝をついた。
「なんで雷がっ」
「べっつに、精霊王が雷封じするんなら、魔力から転換して作ればいいだけだしぃ? 魔力はたっぷりもっさりあるしぃ?」
 蜘蛛の背に、青く輝くもやが乗っているのが見えた。あれが、この洞窟の魔力溜りなのだろう。
「あ、そぉだ。精霊王なんだから魔力もたっぷり蓄えてるわよね。ラッキー♪」
 エルヴィナの首に向けてもう一本の足を振り下ろそうとしたところで、炎がその足を焼く。
「ちょっ、なぁんなのよ、ガキドラゴン。この髑髏蜘蛛さまに味方したいんじゃなかったの!? 助けてやったのに!!」
 そんな訳はない。クゥちゃんは単に音石の音でパニックになっていただけだ。
 我に返ったクゥちゃんの爪が蜘蛛の足をひっかく。鎧よりは柔らかいらしく、細かい傷がいくつも入る。
 しかし、その足をそのまま蹴り上げられると、クゥちゃんは避けられずに吹っ飛ばされた。
「たぁく、後で塩かけて頭からかじってやる!」
「あんたに」
 蜘蛛のセリフを遮ったのは、ドワーフの声と、吹き出す炎の轟音。
「後とかあらへんわぁ!」
 一回転するように振るわれた斧が、蜘蛛の足を2本まとめて斬り飛ばす。
 おかげで自由になったモトリは、地面に転がったまま呪文を唱える。
「触手にょろにょろ、みにょろにょろ〜」
 地面から伸びた3本の触手が蜘蛛に絡みつく。
 蜘蛛はまだ無事な足で触手を切っていくが、その途中で気づいてしまった。
「ひっ!」
 ユキの手に、直径1mはある大型構成。既に十分な元素力がため込まれている。
 普通に使えば味方も巻き込みかねないサイズだが、幸いにもユキはさっき膝をついているし、蜘蛛は十分に大きかった。
「ストームキャノン」
 蜘蛛の身体を下からえぐりこむように捕らえる。
 まだ残っていた触手を引きちぎりながら蜘蛛の身体は宙を舞い、勢いを増しながら洞窟の天井に叩きつけられる。
「そん、なば、か」
「アースランス!」
 ユキのもう一つの呪文で、洞窟の天井が変形し、大きな槍が生える。
 その槍に頭部を破壊され、蜘蛛は完全に沈黙した。

第13話 商人のやり方

 教室の机に並べた魔晶石を一通り鑑定し、男子生徒は満足げにうなずいた。
 ちょっと目つきが悪くて不良風だと思っていたのだが、こうしていると中々気さくな感じでもある。
「よしよし、期待通りってところだな。特にこの石なら金貨3000枚にはなるはずだ」
 彼が指差したのは、最後に髑髏蜘蛛から回収した魔晶石。拳2つ分ほどで、青白い光を放っている。
 教室にいる他の生徒たちも物珍しげに眺めていることから、このサイズの魔晶石はなかなか無いのだろう。
「で、ライル。結局何を売ることにしたん?」
 アーベルが、さりげなく石を男子生徒から遠ざけつつ問う。
 家が商人だというこのライルに作戦を任せ、アーベルとユキは先に資金集めとしてダンジョンに行っていたのだ。資金集めには成功したのだから、作戦もできていないと困る。
「それなんだが……。姫さん、家魔製品の修理はできるか?」
「アーベル様はエンチャント氏族に弟子入りもしたから、大丈夫っすよ」
 問われたアーベルではなく、モトリの方が胸を張る。なんだか前にも見た光景だ。
「前にも聞いたけど、氏族って何?」
「ドワーフは、何を作るのを専門にするかで氏族が分かれてるっす。鉄鋼のスティール氏族とか、石工のロック氏族とか。エンチャント氏族は魔術が専門なんで、家魔製品も範囲内っすね」
「家魔製品ってあれだよね。灯りがついたり、あったかい風が出てきたり」
 エルヴィナの例示で、やっとユキにも理解できた。つまり、電気の代わりに魔術を使うから家電じゃなくて家魔製品なのだ。
「軽く聞いて回っただけでも、使えなくなった古い家魔製品を倉庫に眠らせてるって商人が結構いてな」
「なるほど。じゃあそれを安く買い取って」
「そう、姫さんが修理して、ついでにドワーフ流の彫刻でも施せば、立派な高級品として販売できるってわけ」
 作戦を説明しおわり、ニヤリと笑うライル。
しかし、アーベルの方はしばらく言いよどんだ後に口を開いた。
「あー、それはちょっと厳しいかなぁ」
「ん?」
「ウチの氏族、ティンカーは、鋳掛が仕事でなぁ。穴開いたお鍋とか直すんが得意なんよ」
 ダンジョンで決然と前線をはっていたのと同一人物とは思えない、弱い誤魔化しの笑い。
「その流れで、ものを決まった形に作るんは出来るねん。けど、彫刻とかは、ほら、芸術的センス? あれが無いんよね」
「ある意味独創的で、あたしは好きっすよ。新種の魔物像としてならなんとか」
「なりまへん」
 モトリのフォローをスッパリ断ち切るあたり、アーベルの決意は固いらしい。
 頭を抱えて作戦を練り直すライルにおずおずと助け船を出したのは、石を眺めていたエルフの女子生徒だった。たしか、名前はティカ。
「ええと、形を決めておいたら、その通りにはできるんだよね? だったら、わたしが絵を描くから、それをレリーフにするのってどうかな」
 ティカの提案で、こんどはアーベルが考える番になった。
「それならやれると思うけど、レリーフにせんでも、そのまま絵を描いてもええんとちゃう?」
「絵具って結構手間がかかるから。わたしの私物を使えれば楽だったんだけど……」
「絵具なら買えばいいんじゃないの?」
 絵具なんてそう高いものでもないはずだし、というユキの思惑に、ティカは首を左右に振る。
「売ってる顔料を買っても、それを細かく砕いて、油と練り合わせてからじゃないと使えないし。結構大変なんだよ」
 そう説明されて、ユキは言葉に詰まる。
 ここは、ユキが思いつくようなチューブ入りの水彩絵の具が売っている世界ではないのだ。
「先生としては」
 急に後ろから声をかけられ、ユキは慌てて飛びのいた。
「そういうところを解決するために魔法を使ってほしいんだけどなー」
 後ろに立っていたのは、もちろんリエル先生だ。
「あ、そうか。絵具を作る魔法なんてのもあるんだね」
「無いよ?」
「え、それじゃぁ……」
 なんで魔法で解決なんて言い出したのか。クラスメイト皆に広がった疑問に答えたのは、アーベルだった。
「魔法で絵具そのものをつくらんでも、砕いたり練ったりする作業を魔法でやればええ」
「うーん、アーベルさんが居ると簡単すぎたか」
 リエル先生のコメントが、アーベルの意見が正解だと告げる。
「ドワーフの場合は魔法やのぉて魔術を使うんやけど、考え方は一緒や。すり鉢の棒をとか練るヘラとかを、しばらく同じ動きし続けるようにしたったらええねん」
 色々な道具が勝手に動いているドワーフの工房を想像すると、割とメルヘンかもしれない。
実態はユキの世界の工場に近いのだろうけど。
「ほな、うちとティカはその魔法を先生に教えてもらおか」
「よし、じゃあ俺は魔晶石売って中古家魔買ってくる。他にも居るものあったら言ってくれ」
 ライルの言葉に、めいめいが勝手な希望を言い始める。
 ライルはその中で意味のありそうなものだけをメモに取っていった。
 遠慮していたティカも、アーベルに促されてようやく口を開く。
「ええと、図案書くための炭筆と羊皮紙が欲しいかな」
「絵具はええの?」
「うん、何描くのかを決めてから。余っちゃうともったいないから」
「よし。じゃあその分は金を残しとこう。あとは、茶と菓子だな」
「喫茶店でもするの?」
 ユキの世界では文化祭と言えば喫茶店は定番……のはずだ。ユキ自身はまだ中学生だから、漫画とかで読んだだけだが。
「あのな、ええと、ユキだっけ」
 まだクラスメイトの名前を覚えきれていないらしいライル。
 大きな声にちょっと気圧されながらも、ユキは首を縦に振って先を促す。
「俺たちが売るのは、高級品。じゃないと金貨2万枚なんて追っつかないからな。1台で金貨1000枚以上が目標だ。だから、ドワーフ製の一点物を売りにして、装飾としての価値も高める」
 どうやら、ユキの思う家電ほどには家魔製品は安くないらしい。
「そういう買い物をするときは、市場でリンゴ買うときみたいに、ポケットから銅貨を渡して終わりってな風には行かないんだよ」
「つまり、美味しいお茶とお菓子でおもてなしして、製品の良いところとかを色々説明して、その上で買ってもらうと」
「そういう事。わかってんじゃないか!」
 ユキの肩をバンバン叩くライル。
 ユキとしては慣れない仕草にちょっと戸惑っているうちに、がっしり肩を掴まれる。
「よっし。じゃあユキは俺と一緒に行こうぜ。荷物持ち頼む」
「ええっ、力にはそんなに自信ないんだけど……」
「バカだな。それも魔法でやるんだよ!」

第14話 荷車の上で

 石でできた人形が荷車を引いて歩き始める。
 普通の人が歩く程度の速度ではあるが、荷車に荷物と人が3人乗っていることを考えるとかなり早いと言っていいだろう。
「いやはや、エルフ様々だな、こりゃ。俺が使ったらもっとトロいからな」
 荷車に乗ったライルは、買い付けが上手くいったことも含めて上機嫌に笑う。
 石人形は、ライルに教わった魔法をユキが使ってつくったものだ。
「褒めてんだぜ、ユキ」
「あ、うん。ありがとう」
 ユキとしては、言葉遣いが乱暴なライルはちょっと怖い。こういう話し方をするいじめっ子には何度か遭った。
 そんな距離感を見て取ってか、エルヴィナが呑気な声で割って入る。
「ねぇ、ライル。これはなぁに?」
 エルヴィナは箱の一つに腰掛けて壺をいじっている。壺の側面には、エルヴィナに似た羽をもつ女性の絵が描かれている。
「送風壺だな。あと、その箱も冷却箱だから上に座るのやめろ」
「扇風機と冷蔵庫、かな……」
 ユキは元の世界の家電を思い浮かべただけのつもりだったが、口に出ていたらしい。それを聞き逃さなかったライルが目を輝かせる。
「あー、やっぱりお前の世界にも家魔製品があったんだな」
「えっと、似たようなのはあったよ。魔術じゃなくて、電気を使ってたけど」
「デンキ? まあ、何で動くかはどうでもいいんだよ。どんなのがあったか教えろよ」
 メモ帳替わりに小さく切った羊皮紙と木炭の筆を構えるライル。
「家電だと……テレビとかエアコンとか?」
「テレビってのはなんだ?」
 なんだ、と問われると意外と説明しにくい。
「遠く離れたところに映像を送る機械、でわかる?」
「映像か……どういう映像を送るかにもよるなぁ。音だけ送るならアイアンシティのドワーフが開発したって話を聞いたことがあるけど」
電話かラジオかな、と思うが、それまで聞かれるとさらに面倒になりそうなので黙っておく。
「エアコンってのは何ができるんだ?」
「その送風壺に近いんだけど、あったかい風や冷たい風を出せるんだ。夏には冷たい風をだして、冬にはあったかい風を出す」
 そういえば、この世界に夏とか冬とかあるんだろうか。今はちょうど適温という感じだけれど。
 そんな疑問を抱くユキだったが、ライルは喜んでメモを取る。
「いいな、それ。あったかい方は魔術暖炉も買ったから、それと送風壺の組み合わせで出来そうだ。冷やす方は姫さんにお願いしてみるか」
 この反応を見る限り、夏も冬もあるし、それなりに対策をしたい気温にはなるようだ。
 エルヴィナの方は、納得するユキとは別の疑問を抱いたらしい。
「なんで、アーベルの事を姫さんって呼ぶのぉ?」
「あのな、ゴールドティンカーだぞ? ティンカー氏族の氏族長の一人娘だ。人間で言えば中堅規模の国の第一王女クラスだな」
「そんなに偉いの?」
 メイドが付いているのだから低くない身分なのはわかっていた。しかし、モトリも結構ぞんざいな口の利き方をしていたので、ちょっとしたお金持ちぐらいかと思っていたのだ。
「それに、ティンカー氏族は修理専門といいつつ色々な氏族をつないで新しいものを作る動きが盛んだからな。家魔製品というカテゴリ自体が前の氏族長、つまりアーベルのお祖父さんが作ったに等しい。俺は商人として、真剣にティンカー氏族を尊敬している」
 そういえばアーベルも色々な氏族に弟子入りしたって言っていたことを思いだす。
「アーベルは、商人っていうより戦士だったけどね。すっごく強かったよぉ」
「そういえば、ダンジョンではどうだったんだ?」
「どうって……。エルヴィナが言ったように、戦士として頼りになったし、ダンジョン探索の経験も豊富で、本当に助かったよ」
 王女クラスと言われて違和感があるのは、そういう姿を見たのもあるだろう。
 斧をふるって人狼を真っ二つにするのは、少なくともユキが王女と聞いて想像する姿とはずいぶん違っている。
「俺が聞きたいのはそういう事じゃなくて、ロマンス的な話だ」
「……ライル、そういう話が好きなの?」
 エルヴィナが呆れたように問い返すが、ライルはむしろ胸を張って答える。
「商人的な意味でな。プレゼントやら何やらで金が動くんだ、ロマンスは」
 なんというかまあ、納得した。
 納得はしたが、すぐには答える気にならずちょっと天を仰ぐ。
 傾いた日に照らされたオレンジ色の雲が中々きれいだ。
「で、どうなんだ?」
「ロマンスもなにも。どっちかと言えば、クゥちゃんが暴走して迷惑かけちゃったし」
 ユキは、最後の髑髏蜘蛛との戦いを思い出す。音石の大音響でパニクったクゥちゃんは、アーベルにブレスを吐き、モトリの手に噛みつきまでした。
 なお、当のクゥちゃんは今もユキのカバンの中で寝息を立てている。
「クゥちゃんってそのドラゴンだよな。使い魔を暴走させるんじゃねぇよ」
「いや、クゥちゃんはケガしてたのを治しただけで、使い魔じゃないよ」
「……マジで?」
 目を丸くするライルに、ユキもマズいことを言ったかなと口をつぐむ。
 そんな間も、石人形は学園に向かって荷車を引き続ける。
 この街ではそれほど珍しい光景ではないらしく、特に注目を浴びる様子もない。しかし、ライルは声を一段階落として説明を始めた。
「ドラゴンってのは魔物の王。それもかなりの暴君だ。特に理性が発達してないガキのうちはな。使い魔として契約してれば命令で抑えられるから良いんだけど……」
「使い魔の契約ってのをした方がいいのかな?」
 使い魔にすれば今度暴走した時に止められるなら、ぜひともそうしたいところではある。しかし、ライルは眉をしかめた。
「親の許可取ってるか?」
「親とははぐれちゃったみたいで、今は先生に探してもらってるところだけど」
「じゃあ、やめとけ。行方不明になった子供が、戻ってきたとき首に縄付けられてたら、普通の親は気を悪くするぞ」
 人間に置き換えて考えてみたら、確かに気持ちがいい状態ではない。クゥちゃんを使い魔にするのはやめておいた方が良さそうだ。
 そもそも使い魔の契約のし方をユキは知らないわけだが。
「高位のエルフが若いドラゴンと使い魔契約することはたまにあるって聞いたことあるからてっきりそれだと思ってたんだが……」
「ごめん。とりあえず、大きな音とかが苦手なのは分かってきたから、暴走させないように気を付けるよ」
「まあ、そんなとこだろうな。俺の方でも何か対策できるアイテムが無いか探しとく」
「それも商売のため?」
 反射的にそう聞いてしまってから、ユキは内心ビクリとする。ちょっと皮肉すぎはしなかっただろうか。
 しかし、ライルの方は気にした様子もなくニヤリと笑った。
「割引価格にしておいてやるよ」
 夕日に照らされるその顔をみて、ユキはこっそり息をついた。
「それよりユキの世界の家魔製品の事をもっと教えてくれよ。二つだけってことはないだろ」

第15話 エルヴィナの忍耐

 エルヴィナは穏やかな微笑みを浮かべ、腕を広げていた。抱きつきに行こうとするように。あるいは、すべてを迎え入れるかのように。
 しかし、現実はどちらでもない。
 微笑みは引きつりが混じり始めているし、腕も小刻みに震えている。
「ねえ、もういーい?」
「ごめんなさい、もうちょっと」
 ティカが申し訳なさそうに、でもきっぱりとエルヴィナの3回目の要請を却下してスケッチを再開する。
 別角度からのスケッチを担当しているもう一人の女生徒も
「表情変えないで」
 と素っ気ない。
「ユ〜キ〜」
 微笑みを作りながら、エルヴィナはユキに助けを求める。
 しかし、これも学園祭で売るための家魔製品づくりの一環。止めさせることはできないので、ユキにできるのは励ますことだけだ。
「がんばれ、エルヴィナ。写真があれば楽なのにね」
「シャシンもカデンの一種か?」
 聞きとがめたのはライルだった。こちらはモトリに淹れさせたお茶を飲んでいる。優雅に見えるが、これも学園祭のお客をもてなすための準備である。
「んー、ちょっと違うけど。景色をそのまま紙に写し取るんだ」
「それ、画家がいらんくなりそうやなぁ」
「そ、そうなの?」
 魔晶石をカットしながらアーベルが呟き、ティカはユキを振り返る。
「いや、そんなことはないよ。俺の世界にも画家はいるし」
 ユキになだめられ、ティカは泣きそうな目をしながらスケッチに戻る。
「魔法でどう再現するかだな……テレビの時にも思ったけど画像認識ってハードル高いぞ」
「んー、魔術やとエンチャント氏族で検討はしとるよ。手振りトリガーでの静音発動。まだうっかり発動してまう事が多いから、ほとんど使えへんけど。魔法やとどうなんですか、先生」
 アーベルがリエル先生に話を振るが、返答がない。
「リエル先生?」
「え、あ、ごめん、ちゃんと聞いてなかったわ」
 ユキに名前を呼ばれ、ようやくエルフの女教師は反応を示した。
 分厚い本を開いてはいるが、さっきまで目の焦点がそこになかったことは明白だ。さすがに目を開けたまま居眠りしていたわけでは無いようだが。
「画像を送ったり、紙に写し取ったりするような魔法ってあるんですか?」
「うーん、始祖エルフだと他人が見たものを自分も見られる魔法を使う方もいたようだけど」
 そういうと、リエル先生はちらりと視線をユキに投げる。
「でも、記憶を読み取る形だから、元々見た人が覚えていない事とかは分からない、ってものだったらしいわ」
 伝聞の形で言ってはいるが経験がありそうな口ぶり。
(ロキがそういう魔法を使ってたって事かな……?)
「見たものを魔法で描くってことは色々な方法で出来るけど、画家と同レベルの絵は難しい……というか手で描くほうが楽だと思うわ」
 そういうと、リエル先生は指先に魔法の構成を浮かべて見せる。
ユキの読み取るところでは、火の元素力をつかって、小さな火を生み出して動かす魔法だ。紙の上で使えば、焦げ跡がスマイルマークを描くだろう。
「焼き印作る方が楽やなぁ」
「そう思うのはアーベル様だけです」
 そうツッコむモトリは、さっそく真似た構成を作っている。こちらは、ダンジョンでも使っていた触手の魔法で描く形だ。
必要な元素力が3つになるせいでさらに複雑さが増しており、ライルとティカは顔をしかめている。多分、複雑すぎて読み解けていない。
「あのさ、描かないならポーズ止めていい?」
 構成に見入っていた生徒らに向けてエルヴィナの泣きが入る。涙目になっていても震える腕を下げていないあたりが律儀だ。
 しかし、流石にユキとしてもここは止めるしかない。
「休憩にしよう。そんな腕ガクガクじゃそもそも描けないでしょ」
「ごめんね、エルヴィナちゃん」
 ライルが譲ってくれたユキの隣の椅子に座り、エルヴィナはようやく一息つく。
「ユキ、食べさせて」
 エルヴィナのわがままに応えて、ユキはクッキーを一つエルヴィナの口に放り込んでやる。
「使い魔の世話をしてあげるなんて、ユキくんは優しいんだねぇ」
「エルヴィナは使い魔じゃないよ」
 ユキが否定すると、ティカはテーブルの上でクッキーをかじるクゥちゃんの方に目をやる。
「あ、そうなの? じゃあそのドラゴンが使い魔?」
「いや、これも違うらしい」
「「えっ!?」」
 ライルの言葉に、ティカともう一人の女生徒がそろって一歩引く。
「使い魔にしておいた方がいいんじゃない? やり方教えるよ」
「えっと、でも……」
 二人の反応に戸惑いつつ、ユキは助けを求める視線をリエル先生に向ける。
「この子は親とはぐれたから預かってるだけなのよ。いつ帰ることになるか分からないから、使い魔にするには向かないわね」
 事情を知る女教師はそう説明した後、ユキの方を見る。
「でも、放し飼いは危ないかもね」
「ウチも焼かれてもうたしなぁ」
 アーベルの恨み言に、ユキは何とも答えられない。
 笑いを含んでいるから本気で怒っていないのは分かるが、クゥちゃんを自由にさせておくことにリスクがあるのは間違いない。
「特製の檻を手配中だから、せめて学園祭期間中は入れておくようにしたらいいと思うわ。外部から人が来るから、何が起こるかわからないし」
「そうですね。そうします」
 手回しのいいリエル先生に感謝するユキ。
クゥちゃんは自分を閉じ込める算段が進んでいることなど気づきもせず、次のクッキーに手を伸ばした。

第16話 学園祭の朝

美麗な装飾を施された錠前は、鍵を引き抜く時にも全く音を立てなかった。
だから、それで閉じられた檻の中にいるクゥちゃんも、干し肉に抱きついてかじりついたままで顔も上げようとしない。
「これだけ食べ物置いておけば、多分足りるよね」
 錠前と同じく装飾された檻の中には、水の入った器、干し肉、リンゴをたっぷり入れてある。幼竜の体積の3倍はあるのだから、足りないことはないはずだが。
「大丈夫だと思うけど……途中で一回様子を見に来た方が良いかも?」
 なんとなく不安をぬぐい切れないのはエルヴィナも同じらしい。
 なにせ、今日はついに学園祭当日。学生だけではなく、その父兄である大商人や有力貴族らが客として学園内に入るのだ。お忍びで王族だって来るという噂も聞いた。
 餌が足りなくなったクゥちゃんがひと暴れするとかなりマズいことになるのは、この世界に来て間もないユキにだって分かる。
「先生は頑丈な檻だから大丈夫って言ってたけど、檻はいいとして、火のブレスは大丈夫かな……」
 檻の隙間から漏れた火で部屋中焼き尽くされてはたまったもんじゃない。
 そんな懸念を、エルヴィナが檻のふちを指でなぞりながら打ち消す。
「火の元素力を抑える魔術が書いてあるみたいだし、多分大丈夫、うん、きっと」
 最後の方は自分自身に言い聞かせるような口調だった。
 一抹の不安は残るが、いつまでも心配だけしていても仕方がない。クゥちゃんの気を引かないようにそっと自室の扉を閉め、教室に急ぐ。
「遅いぞ、ユキ! さっさと着替えろ」
 教室に入るなり怒鳴ってきたのはライルだった。いつものぞろっとした制服ではなく、黒いベストとズボンの給仕服を着て、高級レストランで働いていそうに見える……目つきの悪さを除けば。
「これがユキさんので、こっちがエルヴィナさんのっすよ」
 二人にも同じデザインの給仕服を押し付けてくるモトリ。彼女はいつもと同じメイド服だが、ちょっとヨレてるし髪も整っていない。
「……大変だった?」
「細かいサイズ直しは魔法じゃできなかったんで、徹夜作業っす」
 逆を言えば、給仕服の大まかな作成は魔法で行われたのだ。触手に操られた5つのハサミが全く同じサイズに布地を裁断していくのはなかなか見事だった。そういう細かい作業に適性のあるモトリはこの数日ほとんど休みなしで動いている。
「表はうちらに任せて、裏で休んどき」
 メイドを気遣う女主人だけは、給仕服を着ていなかった。
「アーベル、かっこいい!」
 エルヴィナのストレートな賛辞に、ユキも慌てて同意する。
 銀のボタンが並んだ純白の上着、金糸で竜が縫い取られたロングスカート、頭には鈍い輝きを放つ鉄色のティアラまで乗せられている。
 来賓の上級貴族だと言われても、誰も疑いはしないだろう。
「よしよし、流石はティンカー氏族の次期氏族長様だ。高い金を払ってレンタルした甲斐があるな」
 満足げなライル。その言葉に引っかかるものを感じて、ユキは疑問を口にする。
「レンタル?」
「このドレスはうちの私物やねんけどな」
「私物を使っちゃダメなんだよね」
「だったらお金払って借りればええやろ、ってこの商人が言い出してな」
 ため息をついて肩をすくめるアーベル。肩章の金糸がそれに従って揺れる。
「理屈は正しいから先生も許可したんやけど、お金払って自分の服を借りて自分で着るってなんか訳の分からん状況や。いくらで貸すのが適正かって親に手紙で聞いたら、正気を疑われた」
「必要な投資をしただけだ。それ着て交渉すれば、値切られるどころか上乗せが期待できる」
 そう言って、ライルは既に教室に飾られた家魔製品を示す。元々の値段を知ってる身としては既に驚くべき価格が付けられているのだが、まだ上を目指すつもりらしい。
「商人ってえげつないね……」
「お前も値札つけて売られたくなきゃ、とっとと着替えてこい。始まっちまうぞ」
 ライルに脅迫され、ユキはカーテンで仕切った向こう側、裏方用のスペースに入り込む。
 お茶や軽食が準備できるようになっているスペースのさらに奥に、着替え用のブースが作ってあるのだ。もう他のクラスメイトは着替え終わっており、裏方役が雑談している。
 隅っこで丸まるように仮眠しているモトリの前に、それをガードするかのようにリエル先生が座っていた。
「おはよう、ユキくん。ドラゴンは檻に入れてきた?」
「あ、はい大丈夫です。ありがとうございます」
「いいのよ。私も、学園祭でドラゴンが暴れるような事態は流石に勘弁だし」
 ふとリエル先生の態度にちょっと引っかかるものを感じたのだが、ユキがそれを口にする前に大きな破裂音がした。
 外で花火が上がる音だ。
「それでは、第84回のニオルム魔法学園学園祭を開催します!」
 遠くから聞こえた開催宣言に、ユキは慌てて着替えブースに飛び込んだ。

第17話 晴れのち暗雲

「この彫像には値が付いていないようだが?」
 そうユキを呼び止めたのは、パンツスーツの女性だった。そこだけ切り取るとリエル先生にちょっと似ていると言えなくもない。
しかし、フリルで装飾されたシャツや上着の刺繍をみれば、彼女が動きやすさなどの実利ではなく見栄えで衣装を選んでいるのがわかる。
そして、そういう服をあつらえられるだけの資産があることも。
 この1週間ほどでライルに押し込まれた『金持ち客の見分け方』を思い出しつつ、ユキはお仕着せのセリフを復唱する。
「はい。こちらはティンカー氏族の次期氏族長が新進気鋭の彫刻家らと今日のために作り上げた逸品となります。そのため、こちらで値をつけるのではなく――」
「なるほど、オークションか」
「ようお分かりですなぁ」
 いつもの4割増しにやんわりとした口調で、アーベルが助け舟に入ってくれる。
 教室という空間には明らかに似合わない豪奢なドレスのドワーフを見て、女性も流石に一瞬眉をはね上げた。
 しかし、次の瞬間はとっておきの笑顔を作り、床に片膝をついて目線をアーベルに合せる。
「貴女が、この素晴らしい芸術作品をお作りになった次期氏族長様という事でよろしいでしょうか?」
「気にいってくれはったんやったら嬉しいわぁ。詳しいことはそちらで座ってお話しましょか」
「願ってもない申し出です」
 アーベルに促され、女性は立ち上がって商談用のテーブルへと歩いていく。
 その途中、女性はユキの肩に手を当てて耳元に囁いた。
「お茶の給仕を頼むよ、エルフくん」

 ユキがカーテンの奥に入ろうとすると、危うくライルにぶつかるところだった。
「なんで隠れてるのさ」
 商人の家系であるライルは商談の要だ。というか、金貨千枚単位の商談をまとめる度胸があるのはライルとアーベルぐらいしかいない。
 そのライルが奥で待機しているのは、その分だけ売り上げが落ちる行為と言っていい。
「ユキが話してたおばさんが来たとたんに、あたしを連れて奥に引っ込んできたんだよぅ」
 エルヴィナも首をかしげているが、ライルは説明というより独り言のようにつぶやくだけだ。
「来るとは思ってなかったからな。ちょっと精神集中を」
「まあ、いいや。お茶の準備お願い。一番上のランクの黄茶でいいよね?」
 裏方の生徒にそう注文すると、ライルがユキの手首をつかんだ。
「お前が行くのか?」
「まあ、頼まれたし」
 ライルが行きたいなら代わるよ、というつもりを込めて答えるユキ。
 ライルはしばらくしかめ面をしてから口を開いた。
「……さすがに言っておいた方がいいか。いや、お前が良いなら良いんだけどな」
「なに?」
「あれは俺の母親で、若い男のつまみ食いが趣味だ」
 流石に意味が分かったのか、エルヴィナがユキを守るように抱きしめる。
「ついでに言えば珍しいもんも大好きでな。エルヴィナが捕まれば、まあ日が暮れるまで放してもらえないと思っていい」
 それでも行きたいなら行っていいぞ、という顔のライルに、ユキは首を横に振った。
「ええと、じゃあどうすれば?」
「俺が出るから、お前らは先に休憩入れ。そろそろ昼時だしな。戻ってくる時に、あれがいない事だけは確認しろよ」
 出来上がったお茶のポットを盆にのせ、覚悟を決めたライルがバックヤードから出陣していく。
 数呼吸後、けたたましい笑い声が響いている間に、ユキとエルヴィナは教室から抜け出した。

「ライルも、なんか色々大変なんだねぇ」
 なかなか強烈な母親のようだが、あまり触れたい話題でもなかったので軽く流して中庭を見回す。
 普段は植木を除けば空っぽに近いのだが、今はたくさんの露店でごった返している。
 普段外で営業している屋台もいるし、学生がやっている屋台もある。ほとんどは食べ物だが、中には手作りの小物を商っているところもある。
「ユキは、飾り飴とカチャ麺と肉串とテリエンスープのどれが食べたい?」
「つまり、エルヴィナは全部食べたいんだね」
「えへへー」
 素直な笑みで肯定するエルヴィナを見て、ユキは仕方がないなと笑う。
「せっかくのお祭りだもん。楽しまなきゃね」
「そうだね。肉串はクゥちゃんにも買って行こうか」
 ユキが肉串3本分のお金――ちなみに、いつもなら5本分の額だ――を学生店員に渡したところで、急に太陽が陰る。
「雨になるのかな?」
 ふと顔を上げたユキの目に飛び込んできたのは、巨大な翼をもつ影だった。
 誰かが叫ぶ声が聞こえる。
「ドラゴンだ! 大人のレッドドラゴンだ!」

第18話 竜との遭遇(ただしでっかい)

蝙蝠じみた巨大な翼が打ち下ろされるたび、直下に強風が吹き荒れる。
それに押されるようにして、竜の下から人が速やかに引いていった。
ほんのひと時前までは多数の客や学生でにぎわっていた円形広場に、竜が降り立つ。その体躯のわりには驚くほどそっと、しかし、ユキは一瞬足元が跳ねるような揺れを感じた。
真昼の太陽の下でも夕焼けのように赤く輝く鱗、ほとんど黒と見まがうほどの濃い赤の翼膜、蜥蜴のような顔からは6本の角が後方に突き出ており、威圧感を強化している。
だが、何よりも強い威圧感を発しているのは、角ではないし、鋭い牙でも人の背丈ほどもある爪でもない。
目だ。縦に裂けた瞳孔の真紅に染まった瞳が、この竜が怒り狂ってここに来たことを雄弁に語っていた。
逃げることすら忘れて巨竜を注視する人々。
巨竜は翼をたたみ、おもむろに口を開いた。
この瞬間、何人かは大音声が来ると思って耳をふさぎ、何人かは炎のブレスが来ると思って身をすくめた。
だが、何も放たれなかった。ユキが感じたのは、ただ下腹に響く振動。
「リー? ロキ?」
 エルヴィナが呆然と呟く。
「ロキ!?」
「う、うん。あのドラゴンが、『リーよ。ロキはいるか』って」
 巨竜は声を発していたのだ。ただ、人間やエルフの可聴域の下限を下回る低い低い声だったため、風の精霊王であるエルヴィナにしか聞こえなかったが。
 巨竜もそれを悟ったのか、今度は人間にも聞こえる様に言い直す。
「ロキはおるかぁぁ! 我が孫の子を返してもらいに来たぞ!!」
 静まり返っていた群衆が、一気にざわつく。
 伝説でしか語られないような竜の到来に、伝説でしか会いたくない大悪党の名が重なったのだ。
 何とか広場から逃げ出そうとする人の波をかき分け、ユキの隣にやってきたのはアーベルだった。接客中に抜けてきたらしく、長いドレスはそのままで、モトリが裾が汚れないよう引き上げている。
「なんでロキの名が出てくるんかは分からへんけど、あいつの言うとる『我が孫の子』ってのはクゥちゃんちゃうんか?」
「あ、えと、うん。多分」
「ほな、さっさと……」
「ロキはおらんか!!!」
 アーベルの言葉にかぶせるように、巨竜は言葉と共に翼を動かす。
 着陸時とは比べ物にならない、怒りに任せた動きで暴風が巻き起こされる。
「風よ、我らの盾となれ」
 ユキは反射的に防御魔法を唱えた。打ち付けられた風で屋台が、観客や学生らが吹き飛ばされる中、ユキとエルヴィナ、アーベルの主従だけがそのまま立っている。
 巨竜が頭を巡らせ、真正面からユキを睨みつけた。
「おるではないか、ロキよ。顔を変えておらんとは珍しい」
 赤く燃える目に睨まれ、ユキは思わず喉を鳴らす。
 初めから、そういうつもりだったのだ。多数の人間の中からロキを見つけ出すことは出来なくとも、反射的に防御魔法を使える相手に絞れば見つけ出すのはたやすい。
 自分の失策に気づいて立ちすくむユキを庇うように、アーベルが一歩前に出る。
「待ちぃや、ドラゴン。こいつはロキやのうて」
「黙れ小娘! 憎きロキめの顔を、100年見ておらぬ程度で見間違いなどせんわっ! 今すぐ我が孫の子を返さぬならば、この人の街を焦土に変えてくれる!」
 圧力すら伴う巨竜の怒りに、アーベルも押し戻される。
「ここで実は檻から抜け出してたクゥちゃんがやってきて万々歳ってわけにはいかないっすかね」
「それは流石に無理だよぅ。部屋に戻って檻を開けるしかないんだけど」
「ロキがこの場を離れることを許してはくれないでしょうね」
 モトリの後ろに現れたのは、沈痛な顔をしたリエル先生だった。
「ユキくん、悪いんだけど、ここはロキとして……」
 非情な提案をしようとしているリエル先生の言葉を、アーベルが無理やり遮る。
「ユキ、3分あったらクゥちゃんの檻を開けて、連れて戻ってこれるやろか」
「3分って! 相手は赤竜の長よ。教師陣全員で拘束魔法を使ったとしても!」
 常識で考えれば、そうなるのだろう。それでもまっすぐ見つめられ、ユキはアーベルに答えを返す。
「戻ってくるのはできる。でもどうやって……」
 アーベルは、ユキの問いに応えずに鉄のティアラの中央についた宝石をひねった。
 魔晶石が魔力を吐き出し、ティアラの裏に掘られた魔術回路を走る。
 鉄のティアラはたちまち形を変え、ドワーフを守る鉄鎧と化した。
「祖たる真竜の末裔よ、赤き竜の代表者、魔竜の央首フラズアンの祝福を受けし者、ホーゴックの孫、スコルテントの子たるイラズアよ」
 人のいなくなった中庭に、朗々と響くアーベルの声。
 それを聞いた巨竜がわずかに向き直る。
「いかにも。我はイラズア。ドワーフの娘子よ。古式に基づいて名乗るべし」
「魔竜殺しのヨシュア1世が末子、エフライムの血に連なる者。ティンカーの民を率いるグロム・ゴールドティンカーの娘、アーベル・ゴールドティンカー」
 巨竜の瞳の赤が、輝きを減じる。怒りが収まり、別の感情が湧いているのだ。
「ああああ、聞きたいとは思ってたけど早すぎるっす!」
 シリアスな主人とは対照的に、メイドの方は切り離されたスカートのすそを放り出して頭を抱える。
「どういうこと?」
「今のはドワーフと竜が1対1の決闘の申し込みするときの作法っす。そりゃまぁいつかは竜をも下す英雄になっていただきたいとは常々思っておりましたが!」
 リエル先生もエルヴィナも顔を青ざめさせる。
 十数年後なら、あるいはもっと若い竜が相手であれば、アーベルは英雄になれたかもしれない。しかし、今はまだ若すぎ、相手の竜は育ちすぎている。
 他ならぬ巨竜自身も、そう思ったのかもしれない。
「良い名乗りだ。しかし、若いな。氏族の思惑かは知らぬが、ロキを庇って死を選ぶか?」
 否と答えれば、あるいは先の名乗りすらなかったことにしてくれたかもしれない。
 しかし、アーベルはそれを選ばなかった。
「竜の間では」
 一旦言葉を切るアーベル。
 面を下した状態で、その顔を外からうかがい知ることは出来ない。だが、ユキはその奥の、腹を決めた顔が見えた気がした。
「老いるとは挑戦者に背を向けるほど腑抜けになることか?」
「よぉ吠えた、小娘!」
 挑発に応えた巨竜の一声が、戦いの始まりを告げる。

第19話 決闘

「ここはアーベル様に任せて、早く行けっす」
「待って、一つだけ」
 急かすモトリに首を振って、エルヴィナは大きく息を吸い、翼を震わせながら呼びかける。
「この地にある火の精霊たちよ。ひと時の間、誰にも力を貸すことなかれ」
 アーベルは、兜の奥で小さく眉をしかめてから巨竜イラズアを見やった。
 1対1の決闘を申し込んだ以上、他者からの助太刀は許されない。
「構わぬ。戦場全体を抑えるのであれば、助太刀とはみなさぬ」
 イラズアは鷹揚にも物言いの権利を放棄した。確かに、この状態ではアーベルも火の魔法を使えないので公平と言えば公平だ。しかし、そもそも火竜相手に火の魔法を使うことなどほぼあり得ないのだが。
「行こう、ユキ」
「ちょ、ちょっと。アーベルさん一人に任せるなんて」
 慌ててユキとエルヴィナを制止しようとするリエル先生。
 しかし、1対1の決闘に持ち込んだ以上は観客が残っていても何の意味もない。
 むしろ、ユキが少しでも早くクゥちゃんを連れてくることだけが、この場を全員生きて切り抜ける唯一の手段だ。
 それぐらいの判断はむしろ教師が率先して行ってほしいところだが――
「早う行き、ユキ。先生は皆の避難の方をお願いします」
 それだけ指示して、アーベルは愛用の戦斧を構えて突っ込む。
 イラズアは、尾を振ることで迎撃してきた。
 単に『尾を振る』といっても、体長が人間10人分にも達しようかという巨竜である。
 アーベルの腰までの太さがある巨大な尾が、広場にわずかに残っていた椅子や屋台の残骸を掃き集めながらアーベルに迫る。
 アーベルはタイミングと高さを測り、両足をそろえて飛び上がった。
 その瞬間、膝の飾りに埋め込まれた魔晶石が光り、足元の石畳が弾む。
 ジャンプの魔術によってゴムのようになった地面を蹴り、アーベルはギリギリの高さで尾を飛び越えた。椅子の残骸が飛び散ったが、彼女の勢いを止めるほどではない。
「中々身の軽い!」
 巨竜の賞賛と共に、着地点めがけて爪が降ってくる。
 もう少し高く飛んでいたら、空中で爪に引き裂かれていただろう。
 しかし、一瞬早く着地を終えたアーベルは、斧でその爪を受け止めた。
 鍛え上げられた鋼が、年経た爪を削る。
 硬さだけで言えば、鋼の方が硬い。しかし、爪の表面に少し食い込むのが精一杯であり、徐々に上からの力に押され始める。
「力の方は然程でもないか」
 竜のコメントには明らかに余裕があった。初めから全力を出すのではなく、アーベルの膂力の限界を測る様に少しずつ力をのせているのだ。
(舐めよってからに!)
 そんな罵声の代わりに吐き出すのは、魔術のコマンドワード。
「ブーストスラッシュ!」
 戦斧の中央につけられた魔晶石が輝き、発された魔力は三つの転換回路で火の元素力に転換される。火の精霊はエルヴィナの命令で抑えられたままだが、魔力から直接元素力を得られる魔術には関係ないのだ。
 斧の後方から吹き出す炎が、アーベルの腕力の補助となり、巨竜の爪を一瞬押し戻す。
「なるほど、足りぬ力は魔術で補うか。ドワーフらしい」
 竜が感心している隙に、アーベルは体を回転させて爪をかわし、巨竜の足元に踏み込む。
 ドワーフという種族は小さい。エルフにしろ、人間にしろ、竜にしろ、強敵は皆ドワーフより背が高いのだ。
 だからこそ強敵に対したドワーフたちは恐れることなく敵の足元に踏み込む。
 だが、年経た巨竜にとってその動きは予想済みだったのだろう。
 アーベルが前を向いたとき、竜は少し飛び上がっていた。巨竜にとって少しであっても、ドワーフの背丈よりは高い。
「だあぁぁぁ!」
 回転の勢いのまま、横なぎに振るうつもりだった攻撃を、アーベルは無理やり縦に捻じ曲げる。さらには鎧に仕込まれたジャンプの魔術を再発動。
 斧の刃が竜の脛の鱗を断ち割り、血をしぶかせる。
 だが、腱に食い込むより早く、アーベルの背を暴風が襲った。
「くぅっ」
 空中では避けることもできず、風に押されて転がるアーベル。イラズアの方は空中で軽く一回転して着地する。
「ふん、精霊封じが無ければ、汝は今ので丸焦げよ」
「ブレスを……火の精霊が封じられとるから、風の精霊を使うて吐いたと?」
 竜のブレスはその竜の属性に依存する。火竜は火のブレスを、雷竜は雷のブレスを吐く。それが当たり前で、それしか出来ないものだと思われていた。
「驚くほどの事ではない……とはいえ、魔法だ魔術だと縛られておる汝らでは分からぬか」
「竜魔法ゆうやつか」
(そういや洞窟の髑髏蜘蛛も、雷精霊封じの後に魔術に切り替えて攻撃してきおったなぁ)
 魔物の中には、しばしば魔法や魔術と同様の、しかし少し違う力を使う物がいる。そうした力を竜魔法、あるいは竜魔術と呼ぶのだ。
 屋台の残骸を払って立ち上がったアーベルにイラズアが問う。
「まだ続けるか? 汝はまだ若い。ロキを差し出し、我が孫の子を返すなら、命は残してやっても良い」
「ロキなんぞ知らんわ」
 イラズアがユキをロキと認識していることは分かったうえで、アーベルは拒絶する。
 アーベルはもちろん、伝説の大悪党ロキに会ったことなど無い。
 しかし、ユキと一か月ほど行動を共にして、ユキが悪党ではないことは分かっている。
 力の割には弱気でお人好しなクラスメイトを生贄にして生き延びるなど、ゴールドティンカーの誇りが許さない。
「それに、あんたがこれまで死合ったドワーフで、素直に下った奴がおったか?」
「ならば汝も、我がこれまで死合ったドワーフらと同じ末路をたどるのみ」
 イラズアの瞳は、最初に見た時と比べるとずいぶん赤みが引いている。
怒りは確かに減じているのだ。
だが、闘争心は減じていない。
「末路?」
「一人残らず黒焦げよ!」
 竜が、嵐と化した。
 振り下ろされる右爪は前に踏み込んでかわす。
 それを読んだ位置に突き込まれる左爪に、カウンターで魔術を叩きつける。
「アイスジャベリン!」
 金属製のカードにつけられた魔晶石が砕け、そこから生み出された氷の槍は狙いたがわず爪の一部を氷漬けにした。
 しかし、竜は構わず身をひねる。
 回転力をのせて叩きつけてくるのは翼。飛んでいないときは、これも立派な武器なのだ。爪の鋭さこそないが、巨体を持ち上げる力で直接打撃されてはひとたまりもない。
 右の翼は身を屈め、左の翼はジャンプの魔術でかわす。
 跳ばされた、と気づいたのは眼前に尾が迫った時だった。
 とっさに戦斧で顔だけは庇うが、上方から地面に叩きつけられた。
 そして、地面にバウンドした身体を掬い上げるような噛みつき。
 氏族長が精魂込めて鍛えた鎧も、千年の時を経た牙にあっさりと貫かれる。
(足と、腹やね……)
 頭や首をかみ砕かれなかったのは、幸運なのか不幸なのか。
 いや、不幸だったと断じて良いだろう。
 牙に噛みつかれたままのアーベルには、竜の喉奥が見えていた。
 竜の喉の内側をびっしりと覆う文様、そこを走る魔力の光。
 ブレスを吐くための魔術構成に間違いなかった。
 そして、その構成が形を変えていく。
 竜が喉に少し力を込めると、その筋肉のうねりによって少し形が変わる。そういう風にできているのだ。
 そして、変わった後の形に、アーベルは少し見覚えがあった。
(あの部分は転換回路、属性は火……)
 アーベル自身の斧にも刻まれている、魔力を火の元素力に転換する回路。
 わずかな魔力が既存のブレスの構成と転換回路を繋ぎ、そこに竜の魔力が注がれていく。
 変換された元素力が、構成に満たされていく。
(構成に元素力入れるのは魔法と同じなんだね)
 ふと、以前ユキが行った言葉がアーベルの脳裏に浮かんだ。
「わかった……」
 音になったのが不思議なぐらいかすれた声で、アーベルはつぶやく。
 イラズアが火の精霊封じを気にしなかったのは、彼の竜魔法によるブレスは、いざというときには精霊から力を借りずとも使えるからだ。
「わかった……」
 イラズアは、言葉通りアーベルもこれまでのドワーフ同様黒焦げにするつもりだ。きっと、彼なりのこだわりなのだろう。
「わかった……」
魔術と魔法と竜魔法の境目が。そして、この状態からイラズアに一矢報いるために何ができるかが。
愛用の戦斧は手の中に無かった。地面に叩きつけられたときに落としたのだろう。
だが、さっきアイスジャベリンを使ったカードが左手に引っかかっている。
つけていた魔晶石が砕け散っており、もはやただのゴミに過ぎない――ドワーフの、普通の魔術の常識では。
 もう、竜の喉の奥には炎が見え始めていた。
 アーベルは残された魔力を編み、カードにつなげる。
 こんな状態だが、正しさには自信があった。
 彼女が最後に見た竜の瞳は、怒りでも闘争心でもない、驚きに見開かれていたのだから。

第20話 竜の帰還

巨竜の咆哮に追い立てられるように、ユキは校舎の中を走る。
校舎の中は巨竜襲来という大事件の割には静かで、物見高い客たちはむしろ窓に貼り付いて見物しているぐらいだ。
慌てて逃げ出さないのには理由があった。
教師たちが指揮を執り、生徒らに結界への魔力供出をさせている。つまり、今この瞬間ニオルムの街の中に魔法学校の校舎ほど安全な建物は無いのだ。
そうした教師の一人が、ユキとエルヴィナを見とがめた。
「おい、生徒なら結界強化を手伝え!」
「あいつは別にやる事があります!」
 フォローしてくれたライルに軽く会釈を返し、ユキは螺旋階段を駆け上がった。
 3階まで一気に駆け上がり、最後の段に足を取られて転びそうになったところをエルヴィナが支えてくれる。
「ありがとう」
「大丈夫?」
 あまり大丈夫ではない。だが、その瞬間に窓の外で上がった悲鳴がユキをさらに追い立てる。
 寮部分へつながる通路には、他の人影はない。まっすぐな廊下を駆け抜けながら、ユキは中庭の方に注意を向けた。
3階の高さはちょうど竜の頭と同じぐらいで、巨竜の声が良く聞こえる。
「まだ続けるか? 汝はまだ若い。ロキを差し出し、我が孫の子を返すなら、命は残してやっても良い」
(俺のせいだ)
 もっと早くにクゥちゃんの親を見つけていれば、あるいは檻の中に入れるのではなく、一緒に連れ歩いてれば、こんなことにはならなかった。
 歯ぎしりしたいところだが、息が切れてるのでそうもいかない。
「ロキなんぞ知らんわ!」
 アーベルの声が、さらにユキの胸を締め上げる。
 何も知らないアーベルは、命を張ってクラスメイトのユキを守ってくれている。
本当のことを知ったら、正義感の強い彼女はどう思うだろう。中身はともかく、体は確かにロキのものなのだと知ったら。それを、ユキがずっと隠して彼女に自分を守らせていたことを知ったら。
「ユキっ!」
 もう少しで自分の部屋の前を通り過ぎてしまうところだったが、エルヴィナの声で我に返る。
 鍵を差し込んで回すのももどかしい。
 開いた扉を蹴り開けるように部屋に転がり込む。
 クゥちゃんの檻に目をやると、そこにあったのは金の箱だった。
「何だこれっ!」
 箱を掴むユキ。箱は中からガタガタと揺れている。よく見ると箱の表面には整然と並ぶ筋が残っており、元は檻だったものが変形して隙間を埋めたことがうかがえる。
「クゥちゃんが暴れたから、かな?」
「暴れても壊れないようにしたとは言ってたけど、厳重すぎるでしょ!」
 この場にいないリエル先生にツッコミを入れ、ユキは檻の鍵を取り出す。
 しかし、箱の中のクゥちゃんが暴れるせいで、鍵穴に刺すこともままならない。
「クゥちゃん、落ち着いて、止まって!」
 言ってはみたものの、これで止まってくれるならそもそも檻に入れる必要なんてないのだ。
「ユキ、壊そう」
「でも、それじゃクゥちゃんが」
「一瞬動きを止めるから、ユキはその隙に箱の上の方ギリギリを魔法で切って」
 ユキが魔法の構成を用意したのを確認し、エルヴィナが叫ぶ。
「クゥちゃん、ご飯だよ!」
 効果てきめん。今にも机から飛び出しそうだった箱が、一瞬ピタリと動きを止める。
 その隙に、ユキは魔法を発動した。
「風の刃よ!」
 切れ味鋭い魔法の刃は狙い通り箱の上部を切り裂き、勢い余ってその向こうの窓と結界を割って飛んで行った。
 箱が開いたことに気づいたクゥちゃんが、エルヴィナの腕の中に飛び込んでくる。
「よし、行こう!」
 ユキはエルヴィナの手を引いて窓に向かう。中庭とは逆方向だが、結界が破れている今ならここから出る方が早い。
 魔法で空を飛び、校舎の屋根を飛び越えれば中庭上空だ。
 食べ物がないことに不満そうだったクゥちゃんが、巨竜の姿を認めたとたんに甘えるように鳴く。
「クウゥゥゥ!」
「おお、クウペルト!」
 左目から血を流している巨竜が、首を巡らせてこちらを見る。
エルヴィナが手を離すと赤い子竜は、一直線に巨竜に向かって飛びこんでいった。
「これはまた、ずいぶんと元気そうではないか。大丈夫だったか」
「クゥ、クゥ、クゥゥ!!」
 じゃれつく子竜と、それを何とか抱きとめようとする巨竜。飛来した時の恐ろしげな様子はなく、むしろほほえましいと言える光景であった。
「ドラゴンさん、お子さんはこの通り返したから、帰ってもらえませんか」
「精霊王よ。お前が我が孫の子をよく面倒を見てくれたことは分かった。だが、ロキを放置するわけにはいかぬ」
「ロキじゃなくて、ユキです。ロキだったら、素直にお子さんを返したりしないでしょ」
「フム、まあそれはそうだが……」
 エルヴィナの説得に、少し悩んだ様子を見せる巨竜。
 そこに、もう一人の声が割り込んだ
「赤き竜の代表者イラズアよ。私からもお願いする。退いてはもらえまいか」
 校舎の屋根に立つローブ姿の巨漢。竜は一瞬いぶかしげにその姿を見た後、正体に思い当たったらしい。
「貴様、オーグルか! ずいぶんと老けたものだな。メラズアイアはどうした」
「師匠はとっくに寿命だよ。今はわしが学園の代表者だ」
 学園長オーグル・ブルツカットは右の手のひらで空中のユキを指し示す。
「そこにいるのはロキではなく、我が学園の生徒であるユキだ」
「我がロキを見間違えると?」
「ワシらがロキを見間違えると?」
 他の教師らも続々校舎の屋根に上がってくる。
 双方のメンツのかかったにらみ合いはたっぷり3呼吸続いたが、巨竜の方が先に視線をそらした。
「フン、よかろう。メラズアイアからの借りとクウペルトが無事戻ったことに免じて退いてやる」
 じゃれつく子竜を頭の上に乗せ、巨竜は飛び立つために羽をはばたかせ始める。
「ああ、それと」
 巨竜はユキとエルヴィナの方を向くと、右目だけの視線で中庭の隅を示した。
「そこの小娘が起きたら言っておけ。『分かったのなら、やってみせよ。できたならば我が眼を名乗ることを許す』と。50にも満たぬドワーフが、実に見事であった」
 その時初めて、ユキはその一角を見た。
 いや、きっとその前から見えてはいたのだ。
 しかし、認めたくはなかった。
 モトリが取りすがって泣きじゃくっている黒い塊が、アーベル・ゴールドティンカーの成れの果てだということを。
「さらばだ、ロキよ!」
 巨竜のはばたきが響く中、ユキは目の前が真っ暗になるのを感じた。

第21話 自責

「ユキ、ご飯買ってきたよぅ」
 そう言って、エルヴィナはユキがかぶっていたシーツを引きはがした。
 ユキはベッドの上に三角座りしたまま、ゆっくり首を動かしてエルヴィナを見た。
(ありがとう)
 そう言うべきだと分かっている。言いたいとも思ってる。
 でも、言葉は出てこない。
 エルヴィナは気にした様子もなく、ユキに器と箸を渡す。
 流石に三角座りのままでは食べにくいので、足を下ろしてベッドに座る姿勢に変える。
 器の中身は、麺だった。
 無造作に箸を突っ込み、麺を口に運ぶ。
 咀嚼しても、何の味もしない。
「カチャ麺はよくかき混ぜないと美味しくないよ。ほら、貸して」
 エルヴィナはすっとユキの器を取ると、箸でよく混ぜてから返してくれる。
 もう一度、ユキは麺を口に運んだ。
「美味しい?」
 わからない。口の中が少しピリピリするから、多分辛いんだろう。
 何も答えなかったが、エルヴィナは満足したようで微笑みながら自分の器の麺をかき混ぜ始めた。
「あ、そうだ。肉串も買ってきたんだよ」
 紙袋から串焼きを出すエルヴィナ。
 その匂いだけは、ユキにも届いた。
 学園祭のあの日までなら、食欲をそそる美味しそうな匂いだと思っただろう。
 でも、今は。
 火竜のブレスで焼かれ、黒焦げになったアーベルの姿が、ユキの脳裏によぎっていた。
「あ、ごめん。……後で食べるね」
 ユキの顔がこわばったのを見て取って、エルヴィナは串焼きを紙袋に戻す。
 その後はどちらも何も話さないまま、カチャ麺を食べ終わる。
 器と箸を回収されたユキは、再びベッドの上で三角座りをして、シーツを頭からかぶった。
 窓から光が入るので、薄いシーツをかぶると視界は白に染まる。
 目はつぶらない。つぶると見えてしまうのだ。
 あの日、巨竜とクゥちゃんを見送り、アーベルが黒焦げになっているのに気付いた後、ふと振り返った時に見た光景。
 校舎の窓という窓に貼り付いた人々。彼らの百を優に超える、ユキを――ちがう、ロキを見る目。
 恐れと嫌悪、意地の悪い好奇心。
 それを見た後、自分がどう動いたのかは思い出せない。
 ただ、気が付いたら自室でシーツをかぶっていた。
 それから何日経ったのか分からないが、ずっとそうし続けている。
(そりゃ、ロキもこの世界に居たくないよね)
 もちろん、ロキは自業自得なんだろう。
 学園長に聞いた歴史、リエル先生の反応、アーベルやライルから漏れ聞く噂、巨竜の怒り。
 そして、ユキ自身が会った経験。
 どれ一つとして良い印象といえるものは無い。
 それでも、あんな目で見られたら耐えられないだろうなとユキは思う。
 元の世界の浅賀幸正は、おとなしい子供だった。
 でも、良い子だったわけじゃない。ただ、反抗するだけの力が無かったから、何もしなかっただけだ。
(力があったら、俺も何かしてたのかな)
 してたんだろう。ロキはこの世界のユキだから。
 反抗して暴れて、もっと嫌な目で見られて、それに反抗してもっと暴れて。
 そんな負の連鎖を繰り返したのだろう。
「ユキ。あたし、器返してくるね」
 そっと扉を閉める音を聞き、ユキは一つため息をついた。
(エルヴィナは何で、俺なんかに優しくしてくれるんだろう)

第22話 いじわる問答

食堂に器を返した帰り道。エルヴィナは道沿いのカフェに知った顔を見つけた。
「珍しい取り合わせだねぇ」
 アーベル、モトリ、そしてライル。クラスメイトだけど、放課後にカフェでお茶するような仲かというとちょっと違う気がする。
「商談でな。ユキは出てきたか?」
 ライルの質問に、エルヴィナは無言で首を振った。
 ライルは面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「そう言えば、肉串余っちゃったんだ。モトリ、食べる?」
 手持無沙汰に座っているモトリに、肉串を差し出す。
 流石にとっくに冷めてはいるが、味は悪くないはずだ。
 しかし、モトリは顔を青ざめさせて力なく首を振った。
「……せっかくですが、遠慮しとくっす」
「ほな、ウチがもろてもええかな」
 そう申し出たアーベルに、エルヴィナは串を渡す。
 アーベルはごく当たり前に串にかぶりついた。
「本人は気にしねーのな」
「本人?」
「つーか、エルヴィナ。お前案外黒いな」
 ライルの論評に、エルヴィナではなくアーベルの方が冷たい視線を飛ばす。
「いや、褒めたんだぜ。使い魔になってる妖精と話したことは何度かあるが、基本お気楽で目の前のこと以外何も考えてないような連中だったからな」
 そう言い訳してから、ライルはアーベルの握っている肉串を指さす。
「その肉串、ユキは食べ残したんじゃなくて食えなかったんだろ。で、モトリも同じか試した」
「ああ、つまり焼けた肉を焦げてたウチと重ね合わせてしもて食べられへんと」
 火竜のブレスにこんがり焦がされていた本人は、もう一口肉串をかじってから、あっけらかんと言葉を放つ。
「本人が無事やねんから、気にせんでええのに」
「……俺は別に肉串食えるけど、お前の今の状況を『無事』とは言えねぇよ」
 さすがのライルも鼻白む。
 長くつややかだった黒髪は、縮れたところをバッサリ切った結果ベリーショートになっているし、左目を中心に包帯が巻かれている。
 両手も、今は普通に動かしているが数日前まで包帯を巻かれていたことをエルヴィナは知っていた。
「生きとるんやから『無事』でええんよ。左目はもうじき治るし、髪もそのうち伸びるわ」
「足は?」
 そう、何より重傷だったのが左足だ。竜の牙にくわえ込まれたままブレスを浴びたせいで完全に炭化して崩れた。
 今のアーベルは車いす生活だ。
「それより価値があるものを手に入れた、ということにしときたいなぁ」
「なんでそこで弱気になるんだよ」
「つこてみたら、意外と欠点も多くて」
 やっぱり、魔法も魔術も何百年も使われ来ただけのことはあるんやなぁ、と感心するアーベル。
「でも、あのドラゴンが言ってたよねぇ。『分かったのなら、やってみせよ。できたならば我が眼を名乗ることを許す』って」
 エルヴィナが巨竜の去り際の伝言を伝えるとアーベルは笑って見せた。
「ほな、なんとかせんとねぇ。でも、『イラズアの眼』はちょっとゴロが悪いなぁ」
「まあ、委員長がやる気なのはいい事だ。となると問題はユキの方だな」
 話題を変えるライルに、肉串を食べ終えたアーベルも続く。
「そもそも、なんであのドラゴンはユキをロキだって断言できるんだ? 見間違いの可能性は?」
「イラズアは、300年以上火竜の代表者をしてるからなぁ。魔竜ナズヘグル退治の時にも参加してて、ロキを直に見て迷惑かけられてる。見間違いをするようなことは、まああらへん」
「見間違いじゃないとすると、異世界から来たっていうユキが、なんでロキと間違われるぐらい似てるんだ?」
 そこで皆の視線がエルヴィナに向く。
「エルヴィナは、何か知っとる?」
 アーベルの疑問に、エルヴィナは少し迷ってから素直に答えた。
「……知ってるけど、ユキがいいって言わないと話せない」
「律儀やねぇ」
「そういう時は、知らないって言っとけ」
 アーベルもライルも、半ば苦笑している。
「嘘を言ったほうがいいの?」
「知ってる情報を話させる手段は色々ある。拷問されたくはないだろ? 俺らはしないけど」
 実のところ拷問が何かはよくわかっていないのだが、エルヴィナは一応頷いておいた。
「みんなは、ユキがロキかもしれないって思わない?」
「可能性はゼロではないわな。あのイラズアがロキやって断言してたぐらいやし」
「あのビビりのお人好しがロキである可能性はほとんど無い。でも、それすらロキの騙しのテクの一部かもしれない」
 厳しい意見を言う二人にエルヴィナの表情が沈む。それを見て取ったモトリが、緩い声でフォローを入れた。
「お二人とも、騙されるわけにはいかない立場の人っすからねー」
「モトリは?」
「会ったことのないロキより、一緒にダンジョン探索したユキさんを信じますよ」
 任せて、とばかりに胸を叩くモトリ。しかし、ライルとアーベルはそこにも容赦なく冷や水を浴びせる。
「だが、学園内でもほとんどの奴はユキと話したこともねぇからな」
「もっと学園になじんでからなら別やったんやろうけど、今のところうちのクラス以外ではユキがロキやと思てる人らの方が多いわな」
「教師陣もだいたいそんな感じだな」
 さらに沈んでいくエルヴィナ。結局のところ、ユキの味方がほとんどいないというのは事実なのだ。
 流石に沈めすぎたと思ったのか、アーベルは少し声を緩めて、こう助言してきた
「そういう人らにユキはロキじゃないって説得しようにも、事情を知らんウチらではどうにもならんわ。知ってる人に相談してみたらええんとちゃう? リエル先生とか」
「そうだね、そうしてみる!」
 提示されたかすかな希望を胸に、エルヴィナは早速学園に向かって飛んで行った。彼女が去った後、こんな会話が交わされているとは知らずに。
「カマかけ成功か?」
「せやね。まあ、まだ状況は見えへんけど、教室じゃなくてここで商談したのは正解やなぁ」

第23話 敵意の包囲網

 学園に戻ったエルヴィナは、まず教室に向かった。
 しかし、もう放課後だ。ティカたちが魔法の練習をしているだけで、リエル先生は居なかった。
 職員室に向かう途中、教師を表すストールをつけた男性がいたので、知らない顔だが尋ねてみる。
「えっと、リエル先生を見ませんでしたか?」
 振り向くまでは柔和な笑みを浮かべていた男性だったが、エルヴィナの魔晶石の羽を見た瞬間、顔をしかめる。
 嫌悪、あるいは忌避。
 エルヴィナが彼を知らなかったように、彼もエルヴィナの事は知らないだろう。だが、ロキに精霊王が付きしたがっていることは知っているのだろう。
 同じ空気を吸うのも嫌だとばかりにストールの端で口元を覆い、黙って中庭の方を指さすと足早に去っていった。

 中庭には、確かにリエル先生がいた。
 教室からでは分からなかったのは、木が茂りすぎているせいだ。
イラズア襲撃の後に、傷ついた樹木を魔法で治したのだが、エルヴィナが手を貸したこともあって少しやりすぎた。その剪定がまだ間に合っていないのだ。
リエル先生の周囲には大きな魔法の構成が展開されていた。
「言の葉の鳥よ。我が友に繋げ」
 エルフ語の最後の一音が構成から風の元素力で出来た鳥を生み出す。
その鳥はまっすぐ上に飛び上がると、北の方へと飛び去って行った。
「リエル先生、ちょっとお話したいんですけど」
「え、ええ。いいわよ」
 魔法に集中していたのか、リエル先生はエルヴィナの接近に気づいていなかったらしい。
 急に呼びかけられて驚いているが、エルヴィナはそのまま話を続ける。
「ユキの事なんですけど」
「ちょっと待って、その話をするなら」
 リエル先生は唇に指を一本当てて一旦エルヴィナを黙らせると、手早く魔法を組み上げる。
 風の魔法であることを見て取って、エルヴィナは元素力をその構成に注ぎ、発動までの時間を短縮した。
 魔法がさっと広がり、リエル先生とエルヴィナを包むのがわかる。おそらく、盗み聞きを遮る結界魔法だろう。
「これでいいわ。ありがとう。流石は風の精霊王ね」
「みんなに、ユキをロキじゃないって思ってもらえるには、どうしたらいいでしょうか?」
 早速本題に入るエルヴィナ。
「一番いいのは、ユキくん自身が出てきて、普通に過ごすことだと思うんだけどね」
イラズアの言葉以外の証拠なんて無いんだし、と付け加えながら、大きなため息をつく。
「……無理だと思います。あたしですらさっき、別の先生にすごい目で見られましたし」
「そうね。ユキくんも元々そういうタイプじゃないし」
 もう一度ため息をつくリエル先生。
 できない理想を語っても仕方がないので、エルヴィナは別の可能性を模索する。
「入学試験の時の、嘘が付けない部屋は使えないですか?」
「駄目ね。部屋としては使えるし、同じ魔術を別の場所にかけることもできる。でも、あの魔術は誤魔化し方があるの」
 首をひねるエルヴィナに、リエル先生は講義を続ける。
「あれは嘘のつもりで言った言葉にエコーがかかる魔術だから、間違ったことでも言ってる本人が本当だと信じ込んでいたり、本当の事の一部を隠して騙す場合には効かないのよ」
 そう言われて、エルヴィナは入学試験の時を思い出してみる。あの時はユキが東方大陸の出身だと嘘をつこうとしたときにエコーがかかった。その前に、リエル先生がわざと自分が男だって言って確認してたっけ。
「そして、他ならぬロキ自身がそういうやり方であの魔術を突破したことがあるわけ。だから、ロキじゃない証明には使えないわ」
 細部はともかく、既にロキが攻略済みの魔術だから、みんなを納得させることが出来ないことはエルヴィナにも分かった。
「本人が出てこれないなら、うわさが自然に無くなるまで待つのがいいのだけど……」
 それも難しいのだ、とリエル先生の表情が物語っていた。
「一部の先生がね、ユキくんを放校した方がいいって言いだしてるの」
「放校?」
「この学園から追い出すって事」
 思わず涙ぐむエルヴィナ。だが、リエル先生は言葉を止めない。
「実際、学園の立場からすればあり得ない事ではないのよ。ユキくんが本当にロキかどうかはさておき、ドラゴンたちはそう認識した。今回はアーベルさんのおかげで非常に少ない被害で退いてくれたけれど、次の――もっと大規模な攻撃があるかもしれない。さらに言えばロキを殺したがっているのはドラゴンだけじゃない。エルフ、ドワーフ、人間、その他の魔物たち。彼らが本気で動いたら、学園は生徒たちを守れなくなる」
 そこで一旦貯めてから、リエル先生は学園の意志だと言わんばかりに残酷な結論を告げる。
「一人の生徒のために、他のみんなを危険にさらすことは出来ないわ」
「でもそれだと、ユキが……」
 そう、それはつまり学園がユキを見捨てるということに他ならない。ユキをロキと信じて狙う者たちに、学園と関係ないところでユキを好きにしていいと言うことだ。
「エルヴィナさん。あなたは精霊王。世界の安定のために生きるのが本来の使命のはず。契約で縛られているわけでもないのなら、早くここから離れた方がいいわ。ロキに味方する精霊王、すべての生き物の敵と思われる前に」
「でも……」
 流石に耐えきれなくなって、エルヴィナはその場から飛び去った。
 中庭から飛びあがって、そのまま校舎の屋根に向かう。
 ユキの部屋に戻るのは、少し時間が経ってからにしよう。
 リエル先生が結界を2回解除するのを背中で聞きながら、エルヴィナは呟いていた。
「でも、あたし、ユキと約束したもん」

第24話 刺客到来

 ニオルム魔法学園に襲撃をかけるなら、最も適した時間帯はいつか。
 深夜?
 違う。確かにほとんどの者は寝てしまうが、学園内には居るのである。そして、研究熱心な一部の教官や学生たちが常に何人か起きている。
 早朝?
 奇襲の基本ではあるが、深夜よりも起きている連中が増えてしまう。
 授業中?
 バカな。
 答えは放課後から夕食時だ。
 通いの教官・学生は家に帰ってしまうし、住み込みの者も街の散策や夕食などで外出する率が高い。
特に、丹念に情報を収集すれば――あるいは上手く情報を操作すれば――要注意な幾人かの教官がいないタイミングを狙って襲撃が可能になる。
だから、学園をよく知る彼らが動き出したのは、その日の授業が終わって少し経った頃だった。

 ティカはリエル先生の生徒、つまりユキの同級生であり、エルフであり、画を描くのが好きだ。
 だから、その日の放課後は、中庭の絵を描くことに決めていた。
描いた絵は、ユキに見せる予定である。エルヴィナに頼まれたからでもあるし、彼女自身もユキの事が心配だった。
 剪定はまだ半分ぐらいだが、それがむしろ樹々の奔放な命を感じさせる。火竜に襲われた後の、荒れ果てた姿はもうどこにもなかった。
「だからもう、あんまり気にしなくてもいい……とはいかないんだろうけど」
 物理的な痕跡が消えても、心の傷は残る。
 ティカはおっかなびっくりで中庭の一角を見やった。
 すでにきれいに磨かれた石畳。そこに幽霊なんているはずはない。
 あの日そこで黒焦げになっていたクラス委員長は、今日も普通に教室にいた。授業以外の書き物に熱心だったが。
 それでもつい、ティカは目をそらしてしまう。
 違和感があったのは、その瞬間だった。
 視界の端ギリギリで何かが見えた。
 慌てて向き直ると、そこには何もない。
いや、違う。
石畳の直線的な縁に歪みがあるのをみつけ、ティカは構成を編む。
「水の精霊よ、赤き……」
「判断が早ぇ!」
 赤い絵の具を霧のように吹きつける魔法だったのだが、発動前に口をふさがれる。
 ふさいだのは手。さっきまで何も見えなかった場所に、体にフィットした濃茶の衣装を着た男が立っている。姿をくらませる魔法が、急な動きをしたせいで解除されたのだ。
「ったく、今の学園生も優秀だな、おい。でも距離を取りながら唱えるべきだったと思うぜ」
 男の顔は、上半分が服と同じ濃茶の頭巾で覆われていて良く見えない。だが、口調に敵意や嫌味は無く、素直に賞賛しているようだった。
 男はティカの口をふさいだ右手を緩めることなく、左手で魔法の構成を描く。
 片手だというのにかなりの速度で、ティカに読めたのは辛うじて雷に関係することだけだった。
 もっとも、それが読めても、口をふさがれた状態では対抗する魔法を使うこともできない。
 せめて痛くないように、と目を閉じようとした瞬間、男のものとは違う呪文が聞こえた。
「突風よ!」


「ティカ、大丈夫? あと、いきなり吹き飛ばしちゃったけどいいよね!?」
 そういいながら、エルヴィナは突風魔法で吹き飛ばした男とティカの間に飛んで入る。
 中庭でいきなり不審者が女生徒に失神魔法をかけようとしていたのだから、魔法で妨害するぐらいは多分許される。念のため、突き刺す系ではなく打撃で吹き飛ばす系にしておいたし。
「精霊王……、ロキの配下か!」
 吹き飛ばされた男は転がるように受け身を取り、片膝をついた状態でエルヴィナを見据える。
「居場所を教えてもらうぞ!」
 言うが早いか編み始めるのは先ほどと同じ雷属性の失神魔法。
だが、エルヴィナの魔法の方が早い。
得意とする風の魔法だし、なんと言っても効果が単純。
単に、声を大きくするだけだ。
「不審者がいるよーーーー!!!!」
「っ! スタンボルト!」
 対象を決めて放たれた魔法は避けられない。だから、エルヴィナは男の放った雷の矢を魔晶石の翼で受けた。
「つぅっ……」
 背中にくっついているわけでは無い翼なのだが、衝撃が加わると痛みはある。とはいえ、本来の狙いだった失神には至らない。
 そして、エルヴィナの狙い通り、校舎の窓がいくつも開き、学生や教官が顔を覗かせた。
「クッソ、あのタイミングで防御でも速攻でもなく通報を選ぶって。訓練しすぎだろ、ロキめ」
 ひとしきり毒づいた男は、懐から小指の先ほどの小さな球を取り出す。
もはや何人もが彼の姿を目撃している。
「静かにロキだけ殺して帰りたかったんだけどな。お前のせいでプランBに移行だよ、精霊王」
 男が指を鳴らすと、魔力の光が球にともる。
と次の瞬間、球は空高く飛び上がると断続的に光を放った。
「ここからは、強襲だ。大ケガしても知らねぇぞ!」
 その瞬間校舎のあちこちで一斉に魔法が放たれた。

第25話 交渉と裏切り

 何の魔法が使われたのかはエルヴィナの位置からは見えなかった。
 ただ、校舎の中で騒ぎが起きたのが聞こえる。
 一拍遅れて、校舎から幾人かが飛び降りてきた。
 それらはいずれも、エルヴィナが対峙していた一人目の男と同じ、濃茶のスーツと頭巾で身を固めていた。
「コロカム筆頭教官排除成功」
「クロッカン警備隊長他2名排除成功」
「チャネルズ副学園長排除成功」
「学園長室は空だった。情報通り会合に出ているとみて良いだろう」
「外も配置についてる」
 口々に寄せられる報告に、一人目の男は満足そうに頷く。
「よし、結界を発動させるぞ」
 襲撃者のうち6人が、中庭の端々に散る。
「な、なにする気?」
 エルヴィナの問いに、襲撃者たちはもちろん答えない。
 ただ、視線も外さないまま一人目の男が懐から拳二つ分ほどの魔晶石を取り出した。
「猛き風よ。隔てるものよ。泡のごとくあれ」
「猛き風よ。隔てるものよ。泡のごとくあれ」
 見れば、他の襲撃者たちも同じような石を出し、同じ呪文を唱えている。
 活性化された魔晶石から光の筋がまっすぐに立ち上がる。
 中庭から6本、そして校舎の外から6本。
 その光が空に魔法の構成を書くと、風が壁となって広がっていく。
「これで、まあ丸1日は中と外の行き来はできないってわけだ」
 一人目の男は、ようやくエルヴィナから視線を外すと校舎から顔を出している生徒らに向かって呼びかけた。
「学生諸君、君たちもロキの悪逆さについて聞いたことはあるだろう」
「ロキ……!」
 校舎がざわつく。エルヴィナとティカも、それとは違う意味で息を飲んだ。
「我々は、そのロキが今、このニオルム魔法学園にいることを突き止めた。
 諸君らも見たはずだ。学園祭に現れた火竜イラズアを。彼の眼は正しい」
 襲撃者は魔晶石から手を放し、中庭中央に向かって一歩進み出る。
 魔晶石は、地震から発せられる魔力によって浮いたままだ。
「我々の目的はロキの排除だけだ。大人しく彼を引き渡してくれれば、他に危害を加えるつもりはない」
「さっき、魔法でぶっ飛ばしてただろーが!」
 校舎から誰かのツッコミが響く。
 だが、襲撃者は動じることなく答えを返す。
「校舎の外に退去願っただけだ。彼らの実力はよく承知している。命に別状はあるまい。
 そして、今や教官や警備隊の主だった面々は校舎にいないわけだ」
 正副の学園長も、警備隊の隊長も、武闘派で知られた筆頭教官もいない。
 その状況下で、いずれも達人と思われる複数の襲撃者と戦うのは困難。
 そうした背景をもって、襲撃者は交渉を続ける。
「もう一度言う。ロキを」
「ロキなんぞおらんよ」
 石畳の上をほとんど音もなく車いすがすべる。
 車いすを押すのはすました顔をしたメイドのモトリ。
 その横にはライルが並んで歩いている。
「アーベル……!」
「名簿見はったら、すぐ分かるわ。ロキなんて学生も、教官もおりまへん」
 車いすに座っているアーベルの顔には、もう包帯は無かった。
 皮膚の色が左側だけ少し白いが、ほとんどわからない。
 少し伸びた髪は、むしろ勝気な瞳に良く似合っている。
「偽名を使っていることは分かっている。1年のリエル教官が担当している、ユキという学生。その正体がロキだ」
「うちは1年のリエル組の委員長、アーベル・ゴールドティンカー。ユキについてはよう知っとる」
「ならば、彼を引き渡せ」
 襲撃者の要求に直接は答えず、アーベルは肩越しに後ろを見やった。
「ライル。ユキを呼んできて」
「ちょ、ちょっと、アーベ……」
 抗議しようとしたエルヴィナだったが、途中で言葉を途切れさせる。
 いつの間にかモトリがすぐ後ろに立っており、喉に何か冷たいものを当てられている。
「静かにし、精霊王。あんたも疑われてるんやで」
「そんな……」
 言葉を詰まらせるエルヴィナ。悲しさと悔しさに視界がにじむ。
 ライルはそんなエルヴィナを一瞥し、小さく肩をすくめた。
「じゃ、行ってくるわ」

第26話 俺はロキか

「おら、ユキ! 開けろ!」
 部屋のドアをガチャガチャ開けようとする音が聞こえていたが、それでもユキはベッドから出ようとはしなかった。
「ったく。非常事態だからな」
 呪文の後に、鈍い音がして扉が取り外された。蝶番を吹き飛ばしたらしい。
 ずかずかと部屋に踏み込んできたライルは、ユキが被っていたシーツを引っぺがした。
「起きてはいるな。よし、さっさと制服に着替えろ」
「……放課後でしょ」
 顔を上げずに答えたら、無理やり顎を引き上げて目を合わせてきた。
「そう、放課後だ。だが、ロキを殺したくて仕方がない覆面のお兄さん方がおいででな。お前をご指名なんだよ」
 ユキはぼんやりとライルを見上げた。言葉は相変わらず乱暴だが、怒っている風ではない。だからと言って、平静でもないが。
 ライルは不満げに鼻を鳴らすと、ハンガーにかかっていたユキの制服を取って投げつけてきた。
「しばらくは、委員長が話を繋いでてくれる。出ていくにしろ逃げるにしろ、制服ぐらいは着とかねぇと格好つかないだろ」
 そういう当のライルは、制服ではなく厚手の鎧下を着ていた。剣の訓練でもしていたのだろうか。
 いずれにせよ反抗する気力もないので、ユキは仕方なくベッドから立ち上がり、制服のローブを頭からかぶる。
「襲撃してきたのは、覆面をした手練れの魔法使い達だ。十数人は間違いなくいるが、二十よりは少ないと思う。どうも、人が減るタイミングを狙われたらしい。さらには、学園の主要戦力を魔法で校舎外に吹き飛ばして結界を張った」
 そう言えば、さっきから妙な音は聞こえていたっけ。
そんな事を思いながらローブを整え、腰のところで帯を結ぶ。
やる気がな無いからかなりゆっくりなのだが、ライルは急かさずに状況の説明を続ける。
「そのうえで、ロキを出せと来たわけだ。委員長がロキなんて知らないってすっとぼけてみたが、ユキを名指ししてきた。かなり下調べしたうえで来てるのは間違いないな」
「詳しいんだね」
「どうするにしろ、情報はいるだろうが」
(どうしたいんだろうね)
 ライルの様子を見ていても、ユキに何を望んでいるのかはよくわからなかった。
「教官や学生は、ほとんど静観って感じだな。元々、ロキと関わり合いになんてなりたくないってのが多数派だったんだ」
「そうだろうね」
 ライルに比べれば、こちらは分かりやすい。
厄介者はいない方がいい。自分以外の誰かが片付けてくれるなら最高だ。
誰だってそう思う。
「そうだろうねって、お前……」
「いいよ。行こうか」
 外された扉をくぐると、ちょうどこちらを覗き込もうとしていた幾人かがパッと離れる。ユキにとっては、元の世界でも見慣れた動きだった。
 ライルが追ってくるのを背中で感じつつ、ユキは真っ直ぐに歩く。
 本当に真っ直ぐ、廊下を3歩で横断し、開けっ放しの窓枠に足をかける。
「おい、ユキ、待て」
 ライルの制止の言葉を聞くころには、ユキの身体は窓の外を落下していた。
 地面に落下する直前に魔法を使い、衝撃を殺す。
 中庭についてまず感じたのは殺気。濃茶の頭巾と身体にぴったり合ったスーツでそろえた襲撃者たちが、親の仇でも見るかのような憎しみのこもった眼で睨みつけてくる。
(本当に親の仇なのかもね)
 ロキがしてきたという話から考えれば、そう思われていても仕方がない。
 次に感じたのは畏怖と疎外の視線。中庭を囲む校舎の窓から、おっかなびっくりユキに視線を向けている学生や教官たち。
 ユキの視線がそちらに向きそうになると、そそくさと目をそらしたり壁に隠れたりする。進んでユキを排除しようとは思っていないが、排除されてくれる方がありがたいと思っている。そんなよく見たことのある視線だ。
 そうではない視線が1つ。エルヴィナだ。
 なぜかモトリの手が首筋に当てられているが。
「ユキぃぃ」
「大丈夫」
 すぐ終わるよ。
ユキがいなくなれば襲撃者たちも帰還し、全てが問題なくなる。そのはずだ。
その例外になりそうなのが1人。
車いすに座ったまま、ライルと同じ、何を言いたいのかが分からない視線を向けている。
ユキはその視線から目をそらす。
長くつややかだった黒髪はショートに刈られ、顔の右と左で微妙に色が違う。
そして、その足。
長ズボンをはいているが、右足のすそは膝のあたりで結ばれ、そこから先が存在しないことを物語っている。
「アーベル、ごめん」
「詫びなんぞ要らんわ」
 ユキはアーベルの横に立ち、そのすぐ前に立つ襲撃者をみる。
 襲撃者は全員同じ格好だが、アーベルと正対しているということは彼がリーダーなのだろう。
「答えぇや、出席番号13番。あんたはロキか?」
 アーベルが握った斧をユキの喉に突きつける。
(そっか)
 磨き上げられた斧の刃に映る自分の顔を、尖った耳を見て、ユキは不思議と落ち着いていた。

 皆がそう望むなら、俺がロキでいい。
 誰かに望まれるままに、追い出されていくのには慣れている。
 元の世界でもそうやって住所を転々としたし、ついには異世界まで来てしまった。
 その異世界すらも俺を追い出したいなら、
もう、それでいい。

 そんな気持ちで、頷こうとした時だった。
「違うよ!」

第27話 俺はユキだ

「違うよ。ユキはユキだよ! アーベルだって、ほんとは分かってるくせに!」
 モトリの腕を振り払い、エルヴィナはアーベルに詰め寄る。
「ユキはユキの世界が嫌いだった。ユキの世界にいても良い事無いって。
 ユキはユキも嫌いだった。自分なんか、何も良いところ無いって。
 だから、ロキに入れ替わられて、この世界に来た。
 でも、あたしは知ってる。ユキはいいところたくさんあるよ。
 この世界にもいいところはいっぱいあるよ
 あたしがそれを教えてあげるから、だから、この世界を好きになってほしい。
 あたしはそう約束したよ!」
 アーベルに、そして学校中の皆にそうまくし立て、最後にエルヴィナはユキを見た。
 空の色を写し取った青い瞳が、たまった涙で揺れる。
「ユキもユキだよ。うつむいてないで、顔を上げてよ。私を、みんなを、世界を見てよ!」
 思わずエルヴィナに向けて一歩踏み出そうとするユキ。
 それを阻んだのは、首筋に当てられたままの鋼の刃だった。
 斧の刃を掴み、その持ち主と向き合う。
「アーベル、俺はユキだ。ロキじゃない」
「さっさとそう言えばええねん」
 アーベルの目が変わる。詰問から、わずかに笑みを含んだものに。
 斧を引くアーベルを見ながら、ユキは一つ理解する。
(ああ、そうか)
 何を言いたいのか分からなかったのは、ユキに何かを言わせようとはしていなかったからだ。
 ユキが何を言っても、それを聞いてくれるつもりだったからだ。
「ユキっ!」
 斧が無くなったのを見て、ユキに向かって飛んでくるエルヴィナ。
 エルヴィナを待つユキの背をライルが平手でたたいた。
 これまでのいらだちと励ましを一緒にした、叩いているようで押しているような、そんな一撃。
 それに押されるようにして、ユキはエルヴィナとの最後の一歩の距離を詰めて抱きしめた。

 抱き合う二人を横目に、アーベルは斧を襲撃者に向ける。
「聞いての通りや。ロキなんて生徒はうちのクラスにはおらへん。
 誰にガセ情報聞かされたんか知らんけど、さっさと帰りなはれ」
「どう見てもロキの顔した奴が、自分で否定したからって、『はいそうですか、失礼しました』ってわけにゃぁ行かねぇだろうがよ」
 拒絶する襲撃者のリーダーに声をかけたのは、ティカだった。
「じゃ、じゃあ、ロキかもしれないってだけでユキくんを殺すんですか。後輩なのに」
「後輩? じゃあ、この人たち先輩なんすか?」
 ティカの手に金属のカードを押し付けながらモトリが問う。
 ティカはいつも通り自信なさげに。でもしっかりとうなずいた。
「私が魔法を使おうとしたとき、『今の学園生も』って言いました。
 つまり、以前の学園生を知ってる。
 学校の状況とか、どの教官がどこにいるとか分かってた感じだし。
 それに魔法の構成の編み方の癖に見覚えがあって……」
「ほんとに勘が良いな、一年生」
 ティカの推測を遮り、リーダーは自分の頭巾に手をかける。
「お、おい」
「心配すんな、俺が俺の勝手で顔をさらすんだから、あんたらにゃ迷惑は掛からん」
 止めようとした他の襲撃者を制止し、リーダーは頭巾を脱いだ。
 精悍な顔つきで、長い耳がエルフであることを主張している。
 彼は瞳に強烈な憎しみを宿してユキを一睨みした後、ティカに視線を戻した。
「俺の名はガラド。確かにお前らの先輩だよ。
だがね、俺の後輩はそいつ一人じゃない。かわいい後輩たちがロキに騙されるのを放っておけない」
エルヴィナを放し、ユキはガラドに語り掛ける。
「俺はロキじゃない。同じ顔なのは理由があって……」
「それをどうやって証明する?」
「それは……」
 言いよどむユキ。ロキと世界を越えて入れ替わったから、と説明することは出来る。でも、証拠は何一つない。嘘を言っていると思われたらどうしようもないのだ。
 そんなユキを、エルヴィナが背中から抱きしめ、ガラドに向かって舌を出した。
「証明なんかしなくても良いよ。あたしたちは信じてるもん」
「お友達なら信じてくれるかもな。でも、普通の奴は納得しない。そして、ロキを殺したがってるのは俺たちだけじゃない。
 今日、ここで素直に俺たちに殺されろ。じゃなきゃ、大事なお友達が巻き添えで死ぬぞ。
 そこのドワーフみたいに、半欠けで済むって保証は無いんだ」
 ユキは思わずアーベルを見る。
 足を失ったドワーフの姫は、柔らかく包容力のある笑みを浮かべ、ゆっくりとユキを諭す。
「気にせんでええよ。ウチが自分で決めたことやし、負けはしたけど、失った物より多くを得た自信があるんよ」
「でも……」
 ユキが反論しようとしたとき、アーベルの後ろに戻ってきたモトリがアーベルの肩を叩いて合図した。
 アーベルは腹心に親指を立てて見せると、声を少し大きくする。
「ほな、決をとろか。リエル組の中で、ユキをユキと信じ、クラスメイトを害そうとする敵に立ち向かえるもんは挙手を」
 アーベルの声に応え、いくつもの手が上がる。
 モトリの、ライルの、ティカの、他のクラスメイトらの。
 その数合計18。ユキとアーベルを除いたリエル組の生徒全員分だ。
 そして、その手のすべてに同じ柄をした金属のカードが握られていた。
「決まりや。第一斉射!」
「「「「ドラゴン・アロー!!」」」」
 カードに彫り込まれた魔術構成に元素力が注がれ、風の矢が襲撃者たちに降り注ぐ。

第28話 炸裂! 竜魔術!

「「「「ドラゴン・アロー!!」」」」
 カードに彫り込まれた魔術構成に元素力が注がれ、風の矢が襲撃者たちに降り注ぐ。
 構成に元素力が充填されるまでの僅かな時間で、6人のうち2人が防御魔法を完成させる。
「ウィンドシールドっ」
「バカ、避けろ!」
 ガラドが叫ぶが、もう遅い。
 術者の周りに渦巻いた風の盾を突き破り、魔術の矢が血をしぶかせる。
 防御魔法で弱められたので軽傷で済んではいるが。
 一方、防御魔法を使わなかった4人は位置をずらして魔術の矢を避ける。
「魔術での攻撃なんだから、真っ直ぐ飛ばすのが関の山。避ければすむことだろうが!」
「す、すまん」
 襲撃者たちが魔法使いであり、相手である生徒らも魔法使いだという認識が生んだ判断ミス。
 だが、まだ致命的なものではない……と襲撃者らが反撃の魔法構成を編み始めた時。
 とりあえずユキと抱き合うのは止めたものの、どう動いたものか迷っていたエルヴィナの耳に、モトリが囁く。
「エルヴィナさん、風の精霊力を強化してほしいっす」
「できるけど……いいの?」
 精霊王はその場の特定の属性力を強化したり弱めたりできる。しかし、その効果は味方に限らない。つまり、風の精霊力を強化すると、襲撃者たちも風の魔法を使いやすくなる。
 それでもいいのか、と問うたエルヴィナにモトリはニンマリ笑みを浮かべる。
「ぶっちゃけ、いま皆が使ってるアレ、エルヴィナさんが風の精霊力強化すること前提で組んでるので」
「この地にある風の精霊たちよ。ひと時の間、力を貸せ」
 精霊王の呼びかけに、中庭のあちこちで風が渦を巻く。
「第二斉射!」
「「「「ドラゴン・アロー!!」」」」
 アーベルの号令に応え、風の元素力が皆の持つカードに吸い込まれていく。
 魔力を元素力に転換する普通の魔術とは比べ物にならない速度で第二斉射の矢が放たれる。
 襲撃者らは慌てて――今度は6人全員が――回避する。しかし、魔法の構成を編む方を重視した1人がかわし切れずに膝に矢を受けた。
「ふざけんな! なんだそれ!」
 あり得ない連射速度に、ガラドから抗議の声が上がる。
 普通、魔法と魔術なら魔法の方が早いというのが一般常識だ。
魔法は魔力で構成を編むのに少し時間はかかるが、その後の元素力を得るのが早い。
魔術はあらかじめ作った構成に魔力を通すだけでいいのだが、その後魔力を元素力に転換するのに時間がかかる。
合計時間では魔法の方に軍配が上がるのだ。しかし、
「魔術と魔法のいいとこどりってことか…?」
 ユキの驚きに、モトリが嬉しそうに答える。
「そういう事っす。魔術と同じあらかじめ作っておいた構成カードに、魔法のように周りの元素力をそのまま注ぎ込めば、最短時間で発動できるってカラクリっす」
 カードをこっそりクラスメイトに配り歩いたのもモトリの功績だ。
「竜魔法、いや、魔術ベースやから竜魔術て言う方がはまるやろか」
 カードを作らせ、配らせたアーベルも満足げだ。そもそもこの竜魔術はイラズアが吐いていたブレスの仕組みを参考にしている。
 だが、ここで襲撃者の反撃が始まった。
 膝に矢を受けて跪いた一人が、そのまま魔法を完成させる。
「ロキめ、天罰を受けるがいい! セブン・パニッシュメント!」
「サンダーシールド!」
 とっさに雷属性であることを見切り、ユキは自分の身を守るために魔法を使う。
 しかし、次の瞬間判断ミスを悟った。
 中庭上空に現れた雷の弾は、呪文名の通り7つあったのだ。
 1つはユキに、1つはエルヴィナに、1つはアーベルに。残り4つもクラスメイトらを分散して狙っている。
 ユキに出来たのは、とっさにエルヴィナを抱き寄せて魔法の盾の中に入れるところまでだ。
 アーベルは自身を狙う雷弾をただ眺める。
魔法は対象を自動追尾するので避けられるものではないし、もとより車いすの彼女に回避行動は出来ない。
「斬魔一閃!」
 ライルの呪文が響き、魔法をのせた剣の刃がアーベルを狙った雷弾を切り裂いて無効化する。
 他の4発は、皆慌てて防御魔法を唱えたが、1人間に合わなかった。
 まともに食らって倒れたクラスメイトを見て、アーベルが指示を飛ばす。
「ライル、エディの救護に入ったって。モトリは仕掛けをはじめ。撃てるもんは第3斉射B!」
 クラスメイト達がカードを掲げるが、その数は三分の一ほど減っている。防御魔法で威力を削いでも、結構なダメージだったのだ。
それほどに襲撃者と1年生の実力差は大きい。完全に防御できているのはユキだけだ。
「ユキ、あの人を狙って」
 ユキの腕の中で、エルヴィナが襲撃者を指さす。まだ負傷しておらず、ユキからはかなり離れたところにいる一人だ。
「え、でも」
「いいから!」
 負傷者から先に戦闘不能にしていこうかと思っていたのだが、エルヴィナに押し切られてユキは編み始めていた魔法構成の目標を変える。
「「「ドラゴン・アロー!!」」」
 3発目ともなると、襲撃者たちの対応も慣れてきている。5人は魔法の構成を編みながら、跪いた1人ですら、そのまま倒れ込むことで矢を避けた。
 避けたはずだった。
 外れたはずの風の矢が、突然向きを変えて襲撃者のうち3人を襲う!
「何だとっ!」
 予想外の動きに、狙われた3人は避けることはおろか防御魔法の発動も間に合わず、複数の矢にめった刺しにされた。
 同時に、ユキは残った3人のうちの1人をめがけて魔法を放つ。
「エアーマシンガン!」
「ウィンドシールド!」
 攻撃魔法の構成を捨てて、一瞬で防御魔法の構成を編んだことは評価に値する。
エルヴィナが風の精霊力を活性化させていたため、ギリギリで発動が間に合った。
出来上がったばかりの風の盾を、ユキの放った風の弾丸が叩く。
貫通力の無い球状の弾丸は、盾を大きく歪めただけで終わった。
「はっ!」
 意外と大したことがないな、と続けたかったのだろう。だが、その前に2発目の弾丸が盾をさらに歪める。
 3発目はついに風の盾を破壊し、4発目、5発目、6発目、7発目が襲撃者の身体を打ち据える。
「やった!」
 快哉を叫ぶエルヴィナ。6人いた襲撃者をあっという間に2人まで減らしたのだ。
 だが、ガラドの顔に焦りはなかった。
「流石の火力だな、ロキ。だが、まだ終わりじゃないぜ」
 ユキの周囲がふっと暗くなった。

第29話 決着! そして……

「ユキっ!」
 エルヴィナに引っ張られ、ユキの身体が宙を舞う。
 その一瞬、緑の雲とすれ違った。
 一呼吸にも満たない一瞬の事だったのに、目と喉に刺すような痛みが走る。
「毒!?」
 あふれ出る涙を拭って、ユキは中庭を見渡した。
 毒々しい緑色をしたガスが中庭全体を覆っている。
 空気よりよほど重いガスなのだろう。下の方ほど濃くなっており、地面はほとんど見えない。
「味方ごとかよ、テメーら!」
 ぐったりしたクラスメイトを抱え上げ、ライルが立ち上がる。
 負傷して、地面に倒れていたものほど被害が大きい。その中には、ライルの罵声の通り襲撃者も含まれている。
「ロキを消すためなら、命も名もいらぬ。そう誓った仲だ」
 まだ無事な襲撃者の一人が、ライルの足を払う。クラスメイトを抱えたままでは避けることもできず、ライルは体勢を崩される。
 それはつまり、顔が比較的ガス濃度が高いところまで下がるということだ。
 刺激に耐えきれず咳き込めば、さらにガスを吸い込んでしまう悪循環。
「ええと、毒を風で吹き飛ばす? それとも回復?」
 何からすべきかを迷うエルヴィナ。しかし、ユキの腹は決まっていた。
「毒を浄化させて、回復。一度にやるから、エルヴィナはサポートを頼む」
「一度に!? どんな毒かも分からないのに!」
 エルヴィナは驚きの声を上げる。だが、ユキには勝算があった。
 まだ立っているガラドともう一人の襲撃者は、まるでガスの影響を受けていない。顔の周りに浄化の魔法を使っているのだ。
 その構成を応用し、回復魔法も組み合わせ、構成を即興で編んでいく。
 だが、その完成を襲撃者らがじっと待ってくれるわけがない。
「バラクワの矢羽根よ!」
 いつの間にか校舎の屋根には新手の襲撃者らが立っていた。毒の魔法も、彼らが唱えたものに違いない。
 彼らが矢継ぎ早に放つ攻撃魔法を、エルヴィナが防御魔法で防いでいく。
 出来上がった構成に元素力が充填されていくのを見ながら、ユキは小さく笑った。
「どうしたの?」
「いや、何でもないよ」
 ただ、最初に使った魔法とほとんど同じだったから、ちょっと懐かしく思っただけだ。
 あの日、エルヴィナに教わりながらたどたどしく作った風の回復魔法の構成。
 今のユキはそれを拡張した魔法も容易に編むことができる。
「ヒールウィンド!」
 構成から吹き出す風が、緑のガスを打ち消しながら広がっていく。
 毒から回復したライルが襲撃者に向かって剣を振る。襲撃者はバックステップで逃れるが、左腕に大きな傷が入った。
 それをカバーするかのように、屋根の上に居た6人の襲撃者らも中庭に降り立つ。
「かくなる上は、てめぇら全員覚悟してもらうぜ!」
 激昂するガラドに同調し、8人の襲撃者らが攻撃魔法の構成を編み始める。
 しかし、それをずっと待っていた主従がいた。
「流石に、これで打ち止めやろ。モトリ」
「はーい。触手にょろにょろ三にょろにょろ〜」
 モトリの気の抜けるような呪文により、中庭の地面から3本の緑色の触手が生える。
 以前ダンジョンで見たのは指ぐらいの太さの触手だったが、今回のは一抱えはある。
 長さもそれに見合っており、複雑に折れ曲がりながら中庭外周を蹂躙していく。
 よけきれなかった襲撃者の一人が、腹を打たれて吹き飛ばされる。
 だが、それで終わりでは無かった。
「合わせてにょろにょろ六にょろにょろ〜!」
 さらなる呪文によりもう3本の触手が生え、最初の3本より少し内側の空間を埋める。
 ちょうど避けたところに触手が伸びたせいで、2人の襲撃者が巻き込まれた。
 広範囲への2連続魔法で流石に顔を青くしたモトリが、まだ上空にいるユキに呼びかける。
「さて、ユキさん。そこからなら見えるでしょう? 使ってください」
「使ってくださいって……」
 躊躇したのは、何のことを指しているか分からなかったからではない。
一目でわかったからこそ、自分がそれをしていいのかと思ってしまったのだ。
「こんなバカでかいのに魔力を入れられるのなんて、ユキ以外にはおらへんよ」
「ユキならできるよ。あたしも手伝う」
 二人の言葉に背中を押され、ユキは地上に降り立ち、触手を掴んだ。
 腹の底から魔力を絞り出し、触手に伝えていく。
 魔力の青い光が中庭を満たし始める。
 それが何を意味しているのかに気づいたガラドが悲鳴を上げる。
「ちょ、ちょっとまて。これ全部が構成だってのか!?」
「そういうことや。別におかしくはないやろ。魔術では構成作るもんと実際発動するもんが違うのは良くあることやし」
 モトリが触手で構成の形を作り、ユキが魔力を通す事で魔術が使える状態にする。
そこに、風と雷の精霊力が流れ込んでいくのを確認し、ユキは発動の呪文を唱える。
「スタニングドラゴン!」
 ユキの頭上に、構成から放たれた風と雷が集まり、子竜の姿を作る。
 どこか懐かしい姿に、エルヴィナが思わずつぶやく。
「あれってクゥちゃん?」
「モデルはそうですねー。属性違うんで再現度は微妙ですけど」
 子竜は小さく身を震わせると、消える。
 違う。飛んだのだ。その姿は今や中庭の端にあった。
 飛ぶ姿すら見えない雷速の飛行。その軌跡上にいた3人の襲撃者が倒れる。
 さらに右に飛んで2人、左に飛んで2人。
「ロキめ! ふざけやがって!」
 最後の1人となったガラドは悪態をつきながら防御魔法を重ねる。
しかし、風雷で出来た竜はあっさりとその魔法の盾を壊してガラドに爪を立てた。
「ふざけてなんかいない。これがロキじゃなくて俺たちの力だよ」

 ガラドが倒れたところで、校舎から中庭に繋がる扉が開いた。
「みんな、大丈夫!?」
 駆け込んできたのは、パンツスーツに身を固めたエルフ、リエル先生だ。
 息を切らして皆を見回した後、ユキを見つけた先生は近づきながら声をかける。
『ユキくん、心配したわよ』
 その言葉には、奇妙にエコーがかかっていた。

第30話 嘘と本当

 エコーがかった声に気づき、リエル先生は自身の口を手で覆う。
 でも、口から出た言葉は戻ったりしない。
 そして、ユキは声にエコーがかかる現象に覚えがあった。
「これは、試験の時の……」
「せや。嘘を言うと声にエコーがかかる魔術。みんなも、面接の時に体験してるはずや」
 アーベルに言われ、クラスメイトらにも、校舎の窓からのぞいている教官学生らにもどよめきが広がる。
「つまり、この担任教師はお前のことを心配してなかったって事だ」
『そんなことはっ……』
 ライルへの反論にもエコーがかかるのを聞き、ユキは目頭が熱くなるのを感じた。
「あるわけやね。イラズア襲撃の時から、気になっとったんよ。なんで、あの老竜はロキに子竜をさらわれたと思い込んでたんやろか。到着直後に呼んだ「リー」って誰の事やろかって」
 たしかに、あの時エルヴィナは『リーよ。ロキはいるか』と竜が言ったのを聞き取っていた。最初はクゥちゃんの本当の名前かと思っていたけれど、違っていた。
 それに、クゥちゃんを入れていた檻は変形して、まともに開けられないようになっていた。あの檻を準備したのもリエル先生だ。
 思い当たる節をいくつも見つけて唇をかむユキ。
 それを横目に、アーベルの推測が続く。
「エルヴィナから、リエル先生はユキの事情を良く知ってると聞いた時からかなりの確率でクロやろうとはおもてたんやけど」
「え、あたしそんなこと言ったっけ?」
「カマかけて聞き出したからな。何日か前、カフェで話した時だ」
「うー。カフェで会ったのは覚えてるけど、そんな話したっけ?」
 ライルに言われてなお、エルヴィナは首をひねる。交渉術においては委員長や商人の方が妖精王より上手だ。
「嘘発見の魔術を使ってうまい事聞き出せへんかなて、前からライルと相談しとったんやけどね。ちょうどええ機会が来たから、さっきモトリに書いてもろたんよ」
「この襲撃も、リエル先生が糸を引いてんだろ。まだ、学校の中と外を隔ててる結界は消えてない。この段階でここにいるってのは最初から校内にいたってことだ。なのに手を貸さないってのは。な」
 アーベルとライルの指摘を受け、リエル先生は地面に膝をついた。
 その前まで車いすを滑らせ、アーベルは少し柔らかくした声音で問いかける。
「ただ、うちらにわかるんはここまでや。先生、教えてください。なんでユキをロキやってことにして殺そうなんて思わはったんですか」
「……俺が、話すよ」
 ユキは、滲みかけていた涙を拭って、クラスメイトを見回す。
 これまでは嫌われるのが怖くて隠していたこと。それがずっと、心の中に引っかかっていた。
 でも、今こそ話さないといけない。
「ユキ……」
 名を呼んでくれたエルヴィナに小さくうなずき、ユキは話し始める。
「まず、みんなに謝らなきゃいけない。俺は異世界から来たって言ってたけど、それで全部じゃないんだ。
 元の世界で居眠りした時に、夢の中で俺と同じ顔の耳がとがってるやつと会った。そいつに「今の世界は好きか」って聞かれて好きじゃないって答えたら、この世界に来たんだ。
 元の世界では、俺は人間で耳も丸かったし魔法も使えなかった。でも、この世界では見ての通りだ」
「つまり……、体はロキだけど心はユキくん?」
「異世界の自分ね。まあ、そりゃ顔もそっくりなんだろうな」
 クラスメイトらの目は特に変わらない。だが、校舎からは不平の声も聞こえてくる。
 それに力づけられたか、リエル先生は膝をついたまま顔を上げる。
「どんな理由であれ、ロキがいなくなったことは歓迎するわ。だが魔法で精神が入れ替わったなら、元に戻ることもできるはず。ロキが戻れないようにするにはどうすればいいか。ロキが使った魔法は、精神だけの入れ替え。つまり」
 先生はここで一旦言葉を切り、ピタリとユキの胸を指す。
「体が無くなっていれば戻れない」
 ユキの心臓がドキリと跳ねた。
 理屈は合っている。ユキが死ねば、ロキはユキともう一度精神を交換することは出来ないわけだ。
「心はユキでも、体がロキだから殺すってこと……? そんなのって」
「非道であることは重々承知しているわ。だから、イラズアにも彼らにもユキというのはロキのついた嘘だと言ってある」
「そんな……」
 いつの間にか目を覚ましていた襲撃者たちの一人が騙されていたことに息を飲む。
「俺は、ロキじゃない」
「分かっている。入試の日からずっと。でも……」
「ウチの師匠が言うとったわ。ロキの養子だったエルフが妹弟子に来たことがあるて。誰よりもロキの事を憎み、ロキを殺すためだけの魔術を作り上げて去っていったって」
 アーベルの話は、ユキも聞かされた覚えがあった。
「そう。それが私。今こうしている間にも、ロキが戻ってくるかもしれない。ユキくんには本当に悪いと思ってる。それでもやらなければならない」
 先生はスーツのポケットからペンを取り出す。
 軽く一振りすると、ペンが伸びて杖になった。この杖こそ、ロキを殺す魔術の構成が刻まれた杖なのだろう。
 だが、アーベルが斧でその杖を軽く押さえる。
「ほんまにそやろか? だって、ロキはわざわざユキと話して、世界を嫌いやって言わせたんやろ? 傍若無人のロキがやで? 先生は、ロキに、意見を聞いてもろたことあらはるん?」
 リエル先生の沈黙が、答えが否だと告げていた。
 それを汲んで、アーベルが続ける。
「たぶん、始祖エルフと言えども、世界を超えて精神を交換するのは、決して楽なことや無いんよ。双方がそれを望まないと、できへんぐらいに」
「つまり、元に戻す時にはもう一回俺が今の世界を好きじゃないって言わないといけないってこと? だとすれば……」
 ユキは、エルヴィナを見た。
 アーベルも、ライルも、クラスメイト達も、襲撃者たちも、リエル先生ですら。
「へ、あたしが何?」
「エルヴィナが、正解だってことだよ」
 そうと分かってやっていたわけでは無いにしろ、ユキにこの世界を好きにならせようとしていたエルヴィナこそが、この世界をロキから守っていたのだ。
「ユキにこの世界を好きになってもらうことが、ロキの帰還を防ぐ方法だ、と?
 仮にそうだとしても余りに不安定すぎる! 学園の中で噂された程度で部屋に引きこもった者が、この先この世界を好きでい続けられるなんて思えない!」
 リエル先生は斧をはねのけ、立ち上がって杖を構える。
 杖の先につけられたいくつもの魔晶石が先端の方から砕けていき、その分だけ構成に魔力がたまっていく。
 ライルとモトリが先生に飛びかかるより早く、ユキが言葉を紡いだ。
「いいですよ」
 皆の動きが止まる。ライルもモトリも先生も。魔力のチャージすら一瞬止まったように見えた。
「そのロキを殺す魔術、使いましょう」
「待ちぃや、ユキ!」
「バカかてめぇ!」
「大丈夫。俺はロキじゃないから」
 自棄になったわけじゃない。でも、先生の指摘したことは確かに事実だった。
 だから、その事実を超える覚悟を見せる。
 心配する皆に笑いかけ、ユキは自分の魔力を杖の構成に注いでいく。
「あたしも、一緒に唱えていい?」
 ユキの隣にやってきたエルヴィナがユキの手に触れる。
 ユキは答える代わりにその小さな手を握り返し、呼吸を合わせた。
「「眠らぬ見張りの剣よ。角笛は鳴った。直ちにロキを討ち滅ぼせ!」」
 金属で出来た杖が、その形を剣へと変えていく。
 魔力の光を虹のようにまとい、剣は先生の手を離れて浮き上がった。
 切っ先が円を描くように動き、ピタリとユキを指し示す。
 ユキはその切っ先を、睨み返した。
「俺は、ユキだ」
 切っ先が揺れる。まるで、迷いが生まれたかのように。
「ユキはユキだよ」
 虹の剣はやがて切っ先を天に向けると、さらに高く浮かび上がり始めた。
 最初はゆっくりと。だが徐々に速く。
 まだ残っていた風の結界が剣に切り裂かれて消える。
 夕焼けが赤く染める空に、大きな虹がかかった。

第31話 新しい約束

「「「かんぱーい!」」」
 木のジョッキが打ち合わされ、ポコポコ楽しげに音を立てる。
 普段は整然と机が並ぶ教室だが、今夜はそのほとんどが隅の方に押しやられていた。
 残されたいくつかの机にはテーブルクロスがかけられ、軽食や飲み物の瓶が乗せられている。
「あのドラゴンさえこなけりゃ、もうちょっと良いところが借りられたんだがな」
 ジョッキのジュースを飲みほしたライルが悔し気に愚痴る。
 彼はイラズアが襲撃してきた混乱の中でも、進みかけていた商談を無理やり終わらせて目標金額の金貨2万枚をギリギリ越えさせていたのだ。
 間違いなくファインプレーと言っていいのだが、本人はもう少し時間があればもっと値を釣り上げられたと思っているらしい。
「ごめん」
 そのドラゴンが襲撃してきた切っ掛けであるユキとしては、素直に謝るしかない。
 しかし、下げた頭をジョッキで小突かれた。
「ドラゴンの事はお前が謝る事じゃねぇよ。謝るなら、今日までパーティーが遅れたことを謝れ」
「ライル、ユキを叩かないで」
「大丈夫だよ、エルヴィナ。みんな、ごめんね」
 クラスメイト達からは口々に「気にすんな」とか「大丈夫だよ」とか温かい言葉が返ってくる。
 ライルもジョッキを持ったままの手をユキの手に回してこうつぶやいた。
「でもまあ、誰もお前抜きでパーティーやろうなんて言い出さなかったけどな」
「ありがとう」
 ちょっと涙声になってしまったことを恥ずかしく思っていると、後ろから柔らかい声がかかった。
「あら、もう始めてもうたん? 酷いなぁ」
「あ、アーベル。ってええっ!!」
 驚きの声を上げたのはユキだけではなかった。
 それもそのはず。右足を失ったはずのアーベルが、普通に歩いているのだから。
「アーベル、なんで、歩いて」
「ウチの氏族はティンカーやで。欠けた剣直して、鍋の穴埋めるんが生業や。ちぎれた足も同じこと」
「竜魔術の応用で、ある程度は思ったように動かせるんすよ、この義足」
 モトリの言う通り、足元をよく見ると左足は普通の靴だが、右足は全体が金属で出来ている。その表面には、瞳孔が縦に裂けた爬虫類の目がレリーフとして刻まれていた。
「じゃあ、このレリーフは」
「本竜の許可付きやからね。これからは“竜眼の”アーベルとでも名乗らせてもらうわ」
 最後に襲撃者たちを倒したのはユキの魔法だけれど、その下準備はアーベルの指揮でクラスメイトらが竜魔術で行ってくれたわけで。
 イラズアが去り際に出した「分かったのならやって見せよ」という条件は十分以上にクリアしているはずだ。
「そう言えば、みんなが使ってた、あの追尾してた魔術も竜魔術?」
 ユキの疑問に答えて、モトリがカードを取り出す。
「カードに刻んだ構成に仕掛けがあるんすよ。通常状態だとこう」
 そう言いながら、魔力を少し通して構成を浮かび上がらせる。
 風の矢をまっすぐ打ち出すという内容だが、よく見ると当たった後にしばらくマークが残ることになっている。
「で、ココとココの間を魔法の構成と同じ要領でつなぐと」
 カードの模様の2カ所が魔力の光線でつながると、これまで光っていた構成の一部が消え、構成全体の意味が変わる。
「なるほど。まっすぐ飛ぶんじゃなく、マークを狙うように変わるんだ」
「最初の1発は当てへんとあかんから、魔法と同じ使い勝手とはいかへんけどね」
「ライルも良く作ったな」
「金属細工師は伝手がある。親父の知り合いだがな」
「じゃあ、俺のカード改造してくれよ。ちょっとアイディアがあってさ」
 皆が口々に話し始めたところで、ユキはシャツの裾を引かれて振り返る。
「どうしたの、エルヴィナ?」
「ユキ、この世界のこと、好きになった?」
 珍しく床に降り立って、上目遣いに訊くエルヴィナ。
 その青い空色の瞳をまっすぐに見つめ返し、ユキはうなずいた。
「よかった。じゃあね」
 するりと教室から去っていくエルヴィナ。
 少し違和感があったが、それが何かを考える前にティカから声がかかる。
「ここをちょっといじったら、ユキくんがやってた連射型になると思うんだけど、どう?」
「ああ、連射にするならこうやって」
 カードに魔力で構成を書き加えようとした瞬間、左足に痛みが走る。
「なにしとるねん、ユキ」
「何って」
 義足でユキの足を踏んだアーベルは、ユキが何もわかってないと気づいて大きくため息をつく。
「精霊王ってゆうんは、普通はもっと僻地に居るんよ。ヤバい魔物が生まれへん様に調整するのが仕事やもん」
 最後にもうひと踏み込みしてから、アーベルはユキの足を解放する。
「でも、エルヴィナはここに居った。ユキとの約束を守るためや。ユキ、あんたさっきなんて答えた」
 空になっていたジョッキを投げ捨て、ユキは教室を飛び出した。
 この時間、正門は既に閉められている。
 守衛は居るので一言いえば通してもらえるが、それは違う気がした。
 一番近い螺旋階段を一気に3階まで駆け上がる。
 その気になれば、空を飛べるエルヴィナはどこからだって出ていける。
 窓を一つ開けて、中庭から空に舞い上がればいい。
 でも、本当にただの直感に従ってユキは走った。
 短い期間だが、一緒に住んだ自分の部屋へ。

 果たして、彼女はそこにいた。
 部屋の寝室の窓を開け、その枠に足をかけ、まさに今飛び立って行こうという姿勢。
「エルヴィナ、どこに行く!」
「だって、約束、終わりだし……」
 灯りの無い寝室の中で、エルヴィナの表情は見えない。
 ユキは、少しずつ、エルヴィナを刺激しないように歩を進める。
「俺が好きになったのは、エルヴィナがいるこの世界だよ」
 走ってきたせいで高鳴る鼓動が、静まるどころかさらに激しくなる。
「だから、一緒にいてくれないと、その」
 雲が晴れたのか、月明かりが青白くエルヴィナの顔を照らし出した。
 相変わらず綺麗で、でも今は少し儚げで。
 目じりに浮かぶ涙の玉が見えて、ユキはそれ以上言えなくなってしまう。
 一呼吸の沈黙ののち、口を開いたのはエルヴィナの方だった。
「この世界の事、嫌いになっちゃう?」
「……かも」
 ちょっと違うんじゃないかと、もう一歩ちゃんと踏み込んで言うべきなんじゃないかと思いながらも、ユキはそれに同意してしまう。
 だが、優しいエルヴィナはこの答えでも許してくれた。
「じゃあ、仕方ないなぁ」
 彼女は目じりの涙を拭うと、ユキの胸に飛び込む。
「ずっと一緒にいてあげる。ずぅっとね。約束だよ!」
ワルプルギス 88Ev6M0jRk
http:// https://ncode.syosetu.com/n5526gt/
2021年10月02日(土)14時50分 公開
■この作品の著作権はワルプルギスさんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
なろうの方で連載していたのですが、完結したのでこちらでも公開を。

この小説の原案者の方を探しています。
昔(2017年頃?)、このライトノベル作法研究所の掲示板に「こういうプロットで書いてもらえませんか」というリクエストが出来る板があったんですね。
リクエストする人はそこそこいましたが、それに応えて書く人はあまりいなかったので、いつの間にかなくなってしまいました。
で、これはその板が無くなる前に酔狂な私が手を挙げて、プロットと設定をいただいたものです。

もらった元プロットを基に大雑把な自己流プロットまで組んだところでリアルが忙しくなって放置→忘却してしまい、2020年に思い出した時には掲示板ごと消えてて手がかり無し。
仕方なく自己流プロットを最後まで組み上げて今回連載を開始したという経緯になります。
もし、自分が原案者かもという方おられましたら、ご連絡ください。


この作品の感想をお寄せください。

2021年11月07日(日)20時17分 ワルプルギス 88Ev6M0jRk 作者レス
大野さん、バッサリガッツリ言っていただいてありがとうございます。

細かいところの考察も個人的には好みで、参考になりました。
後ろ向きの角に関しては、角というより皮膚突起として武器以外の別の機能があるのだと思えばあるいは。
モロクトカゲだと水分集めるのにも使ってるらしいですよ。
ドラゴンなら水ぐらい魔法で出せって? せやな。
後は性選択だと言い張るのも手かと。

一番大事な
>『これは、ワルプルギスさんが作りたかったものなのかなぁ』っていう印象
に対して正直に答えてしまうと、ユキはあまり好きなキャラでは無かったのですよね。
原案だと流されてるうちにいつの間にか全部解決する話でした。
それは流石に書けなかったので、彼が何かしらの意思表示をしたところから解決につながる様にした、つもり。
とはいえ、そこまでの間流されっぱなしなのを変えなかったので、そもそも好感度を稼げてないわけで、やっぱり付け焼刃じゃダメなのだなぁと。

で、ユキが何もしない分をやらせるために造られたのがアーベル。
プロット組んでいた時は極力キャラ増やしたくないと思って全部アーベルに集約したんですよね。
なのに、いざ書き始めると流石にやりきれなくてライルとか増やしてるので、分散させた方が良かったという後知恵。

色々後悔はあるのですが、書き直すなら結構大工事になるし、それを書いていいのかどうかは割と微妙なので、教訓だけ胸に刻んで次に進もうかと考えています。

お忙しい中、長文感想本当にありがとうございました。

pass
2021年11月04日(木)02時20分 大野知人 dEgiDFDIOI
 続き。っていうか総評。ハッキリ言ってかなりバッサリ切るので、覚悟タイムお願いします。

 以下、これまで以上に厳しい事を言います。

 24〜31話までは、まあ細かい突っ込みは一回ナシにして。
 まあなんでかと言うと、『ふぁーすと・くえすと』辺りからの内容が概ね『ご都合的な面が表立って見え過ぎるなぁ』『ユキ自身の選択・意思が見えにくいなぁ』という風に感じているため、改稿するなら大規模にやった方が良いと思うからです。

 リエル先生の伏線などは結構綺麗に隠せている・纏まっているように見えたのですが、ドラゴン登場&ユキの正体バレ以外では大した意味のなかったクゥちゃんをはじめ、『設定解説やドラマチックな展開のためだけに費やされたキャラ・エピソード』が多く、全体的に『余裕が足りず、無駄が多い』感じです。
 ここで言う余裕というのは、『メインストーリーに関係ないキャラ性や、その他読者が愛着を持ちうるもの』であり、無駄と言うのは『ストーリー展開のために必要なのはわかるけど、そのためだけに存在しているせいで不自然』という意味です。

 また、エルヴィナの言葉で立ち直るシーンも含め、ユキの行動の大半が『外的な影響』であり、ユキ自身の思考はマイナス方向に悩むか、ただ自体を傍観しているだけ。主人公としての決断力も、キャラクターの魅力としての嗜癖・弱点にも欠けており、概して『設定だけの存在』と言う風に感じました。
 要するに。『ロキの体を持っていること』以外に、特段言う事が無いんですよ、ユキは。

 エルヴィナはキャラクターとしてはとてもよく出来ていたと思います。大雑把ながらもワクワクさせるような世界観説明や、受動的な所のあるユキを引っ張っていく力。相手を探るために頭脳を巡らせる部分と、反面で興味のない部分には黒さを見せられない『妖精らしい』イタズラ的な面。
 ただ、出来が良すぎて、『便利ツール』になってしまっているようにも見えました。

 アーベル。かませ犬的な意味での『便利キャラその2』。クゥちゃんが檻に入れられた理由だったり、ユキの正体バレシーンでの被害者筆頭だったり、本人がわざとやってるとはいえユキが立ち直るシーンであえて悪意的に立ち回ったり。『ストーリーの起点で被害に遭って、ユキが引け目に感じる』っていう展開を、コイツ一人で天丼しているように見えます。被害者担当枠と言うか。
 その上、ドワーフ氏族のお姫様と言うお金持ち設定&技術キャラ&委員長としてクラスのリーダーをする&戦闘力が高い設定も持っており、『設定的なキャラの濃さ』でもユキとタメを張れるという。そのため、リエル先生による『2万円稼げ』という依頼に際し、『ライルと共に企画』『前線で戦闘して材料回収』『商品の加工』『商売』まで一人四役でやってしまう。『もうアイツだけで良いんじゃないかな?』なキャラになっちゃってます。

 ライル。ユキにとっての男性友人枠なのはわかるんですが……。策を巡らせるシーンが多すぎて、コイツの内面の性格が見えにくいです。母親の登場シーンでも、『ライルと母親のやり取りをユキが遠くから見る』と言う描写であり、ユキが何を感じたかに関係なく、読者は何も感じられない。
 あと、アーベルとユキに関する『ロマンス』の追求が早すぎる。出会って2,3日やぞ。
 ドラゴン襲撃までは非戦闘キャラ貫いてるのに、最終決戦だけ参加してるのもキャラのブレに見えます。ヒロインが全員戦闘参加してるので、あえてふざけて『俺のために勝って〜』みたいな発言して、ユキの緊張を解くとか、そういう役回りが欲しい所。

 総評です。以前書いた通り、これがスローライフ物なのであれば、10話くらいまではとてもいい出来だったと思います。
 一方で、終盤は王道展開であったものの、王道展開に入るまでの部分で伏線張りが杜撰だったり、ご都合的展開が見える部分がありました。
 また、前述の通り、キャラのブレ・ないしブレる以前にキャラとして成立していない人物、便利ツール化してしまった娘などがおり、感情移入が難しかったです。
 あと、ユキ自身が頭を使っている訳でもなければ、度胸を発揮するわけでもなく、ただ状況に流されているだけなので、見ていて面白くなかったです。

 大きめの問題点として、アクションシーンのためだと思うんですけど、魔術・魔法の説明が多く、それがキャラの人格に影響しているならともかく、キャラ立てを潰している部分が目立ってしまったなぁ、という印象。
 (例えば、俺の『魔術探偵』においては、『嘘を吐けない』設定が潔癖さに繋がったり、『目的優先の魔術師』として育った少女が手段は正しいのに目的を見誤って負ける、『召喚・精霊魔術』を使うキャラクターが思考誘導して仲間に疑念を抱かせようとするなど、設定が人格に影響を出すように作っていました)

 全体的に見て言うなら、『これは、ワルプルギスさんが作りたかったものなのかなぁ』っていう印象。より正確に言うなら、文章やプロットに『やらされている感』を感じました。最も、ワルプルギスさん自身仰る通り、他の方が原案したものだからなのでしょうけど。
 書き直すにしろ、しないにしろ。些か杜撰に感じる部分がありました。
33

pass
2021年11月04日(木)02時19分 大野知人 dEgiDFDIOI
 大野です。『批評依頼』の方にも書きましたが、転載。
 ハッキリ言うと、『文章が読みやすいだけになんだかなぁ』って思う部分が多く、結構酷評気味です。

 9話。全体的にだけど、戦闘シーン以外でのキャラの行動描写や背景描写が薄いように感じるなぁ。ユキが誰かと会話するわけでもなく、ほぼ解説だけで終わるから、ご都合感がある。
 あと、クラスに何人いるかとか、世界観的にどういう種族が居るかとか。大勢の人数が集まるシーンなんだから、そういう部分をユキが観察して、地の文に書けばいいのに。

 10話。クラスの方針がどうなったかを早い段階で書いておいて欲しいなぁ。あと、なんでクラス全員でダンジョン探索しないのかが謎。極端な話、前衛後衛で分かれた上で、前衛が足止めを行った後にしゃがみ/後衛による一斉射撃を叩き込むのが最高効率では? とか思っちゃった。
 11話。地味だが、『クーちゃん』の箇所と『クゥちゃん』の箇所があります。
 どーでもいい話だけど、『一部の構成だけ作ってない状態の魔術』を用意して、その場で構成を制作・組み込むことで高速かつ応用の利く運用が出来るんじゃないの?
 エンチャント氏族とか、ちょいちょい読者の知らん言葉が出てくる……。すっごい短くても良いから、説明が欲しいっす。
 魔法で狙い撃つことが出来るというけれど、弾道上に障害物(盾とか)があれば防げるんじゃない? &ある程度の難易度のダンジョンなら、それくらいの準備をした方が良いんじゃないかなぁ。
 あと、地味にさっきから、ユキ君の判断が他人任せor『どうやら自分は強いらしい』という謎の自信のみで決まっており、キャラとしての理性の深みが無いように見えます(変な表現ですが、解釈してください)。
 ……ええっと、『筋道と追った思考を挟んでいなくて、人物としてのリアリティに欠ける』って感じです。
 あと、地味に気になるんだけど、『魔晶石』って魔力の塊ですよね? で、精霊王の仕事は『魔力だまりを元素力に変換すること』。魔力が集まって魔晶石が発生し、かつ魔力溜り的な『魔物を生み出す作用』が魔晶石には無いなら、精霊王の仕事は必要ないんじゃね? で、逆に『魔晶石を持っていると魔物化する恐れがある』なら、そもそも魔晶石を採取するべきではないでしょう。
 それともう一つ、魔力だまりが精霊王に浄化されるってことは、そこからは魔物が生まれ無くなるってことで、魔晶石も産出しなくなるわけですよね? そうなった場合、魔晶石を商売道具にしている人たちは商売が安定しなくなってしまう訳ですが……。精霊王の存在って、経済的にはむしろ迷惑なのでは? 一般道徳的にどうであれ、絶対排除しようとする人たちがいる気がする。
 
 12話。モトリが『人間サイズだとしたら、5体分くらい』って言うの違和感。『五人』じゃダメなの?
 あと、折角なら『死臭うんぬん』の話を聞いた後に、ユキもクンクンしてみて、実際に嫌なにおいをかぎ取るような描写が欲しいです。
 『妖精のころだったら、近づけなかったと思う』というなら、『精霊除け』ではなく『妖精除け』にした方が良いかも。今の名前が『精霊』王なだけに、なんか違和感。
 ファンタジーの世界観なのに、『筋肉を電気で動かす』という発想があるのはチョイ違和感。
 蜘蛛が何属性だろうが構いませんが、糸を使えるんだから雷魔術じゃなくて自分の糸で死体を操ればいいのに。後個人的には、巣を張っていないのも違和感。まあすぐ死ぬっぽいし良いんですけど。
 
 13話。10話のところでも書きましたが、クラスの人数も、種族内訳も、目立つ奴の自己紹介・ユキから見た観察モノローグもないので結構どんなキャラでも出てこれる感。
 あと、準備期間が一か月近くあるんだし、『顔料の用意に時間が掛かる』って言っても、一週間もかかる訳じゃあない。工場制手工業方式でやれば、全然問題ないと思うがなぁ。
 特にアーベルは、鋳造系の一族なんだから、大量生産のためのノウハウはあるはず。そこら辺でもう少し冷静さを見せてほしいです。
 あと、前にも書いたけど、ユキが徹頭徹尾頭を使っていない。周りの議論を聞いているだけで、主人公としては『ちょっとどうなの?』と思ったり。
 高級品を売ろうとすれば、それなりのコネとかが必要なはずだけど……。そこの部分こそ、魔法ではどうにもならないので、まずそれが無理だと気づいてほしい。っていうか、それが無理じゃない辺りにご都合感を感じます。
 相場は分かんないけど、多分『金貨1千枚の品を20品売る』よりも、『金貨20枚の品を1000売る』方が小売り的には楽だと思うがなぁ。品質保証が出来ない以上、ぽっと出のそれも学生が高級品を売るのは無茶がある展開だと思います。
 ライルの親のコネを使っても良いだろうけど、それをするのは『家のお金・財産を使ってはいけない』ルール的に大分グレーだと思う。 

 14話。ティンカー氏族の説明が長い。っていうか、個人的には『どうでも良い設定読まされてる感』があります。
 会って数日とかでロマンスと言われてもなぁ。無理やり恋愛要素突っ込みつつ、ティンカー氏族の説明に繋げたようにも見えます。穿った見方をすればですけど。
 
 16話。ここまで読んだ感じ、クゥちゃんの存在意義が謎だなぁって。アニメや漫画なら、絵面的にマスコットが必要な場面もあるだろうけど、クゥちゃんって必要なキャラクターですか?
 17話。前言撤回、と言いたいところですが。逆に言うと16話までの間じゃ初対面とアーベル炙ったくらいしか活躍・エピソードが無いので、いかがなものかと。
 あと地味ではありますが、ドラゴンは『成体』の方が好きだなぁ。

 18話。生物オタとしては、『角が後ろ向きに突き出てるのって、角としての役割を果たしてないよなぁ』と思ったり。デザイン的なアレなのはわかっているので、気にしないで下さい。
 ドラゴン相手にユキが防御魔法を使うシーン。これまでさんざん『もとはただの中学生だったのだ』とか『日本から来たユキには戦闘経験などない』などと書いて置いてこの土壇場でだけそういう度胸を発揮するって言うのは、キャラがぶれているように感じました。

 あと、ドラゴンの言動にも違和感。怒りで我を忘れてるって割に、アーベルとは冷静に話しています。一方、アーベルと冷静に話している割にユキ・アーベル・リエルのやり取りを見て『なんかおかしいな?』と気付かない。
 まあ、ポンコツキャラならそれでもいいんだけど、現状では違和感。

 要するに何が言いたいかと言うと、『リエル以外のキャラにも、ユキとロキの関係を知らしめよう』という作者の考えがあからさまに見えてしまっていて、不自然に感じるという事です。

 19話。アーベルって、重力系の魔術使えないんだっけ? ドラゴン相手に戦うなら、ある種必殺技的に『飛び上がる→空中で自身の重量を加重→斧の魔術を起動しつつ、切れ味と重量で押し切る』くらいはしてほしいかなぁ。趣味ではありますが。
 『魔力から直接元素力を得る魔術』という仕組みは理解できますが、見栄えの問題として、あえて火属性を使わずに戦ってほしいなぁ。あと、属性不利じゃね?(趣味)
 
 20話。この世界のロキの悪行を考えるに、『素直に返す方がむしろ怪しい』と疑われるんじゃないかなぁ。クゥちゃんを洗脳しているとか、何らかの物騒な魔術をクゥちゃんの体内に仕込んでいるとか。

 21話。アーベルがギリギリ生きているというだけでも、書いてほしいなぁ。20話で『成れの果て』とか書いてあるから、割と本気で死んでるかと思いました。22話で平然と登場するには、少し急すぎる。
 ついでに言えば、『生きているからこそ、アーベル自身に責められたら、自分はもう立ち直れないだろう』みたいにユキに独白させて、もっと悩みと自分の中の心理を暴き見せてほしい。

 22話。細かいけれど、『左目を中心に包帯が巻かれている』と書くより、『ケラケラと笑うような右目が覗く物の、顔の大部分は包帯に覆われている』と書いてあった方が、重症感があっていいです。
 エルヴィナの黒さにムラがあるのは、むしろキャラとして良いんだけど、前述のユキの行動の随所に見える『ご都合感』のせいで、なんかクサく見えるなぁ。

 23話。樹木の修復が出来て、四肢欠損の修復が出来ないのが謎でした。まあ、そこは作者が決める事だからいいんだけど。
 ロキが嘘看破の魔術を攻略した記述について。これ見て思ったんですけど、『実は、「ユキ」はロキが異世界人を参考に魔術で生み出した第二人格で、事実「ユキ」と「ロキ」は魂の根本から同一人物である』という設定にして、第二人格たるユキがロキに逆らいながら『己』を確立していくストーリーとか、読んでみたいなぁ。

 『「この学園から追い出すって事」 思わず涙ぐむエルヴィナ。』ってなってるけど、元はと言えば食堂でツケをするために学生になったわけであり、学園長にもらった活動資金で支払い済みですよね、多分。
 と、考えるとクラスメイトとの友人関係以外では、学園にこだわる理由ないんじゃね?

32

pass
2021年11月03日(水)21時57分 ワルプルギス 88Ev6M0jRk 作者レス
サイドさん、あまり読まないジャンルとのこと。
手を出していただいてありがとうございます。

この分野の今の流行は異世界への転生ですから、精神のみの交換というのはかなりレアな部類かと思います。
頂いたプロットとの格闘の中で偶発的に湧いて出たアイデアですが、割と気にいってますね。

元の世界でのトラウマは、確かにもう少し出しておいた方が良かったですね。あまりやりすぎると前半部分から重くなってしまうかなというのもあって入れていなかったのですが、それが前後半のイメージ乖離に繋がってしまったのかも?

ロキからの再度の接触は、確かに設定上やれないのですが、あれば会ったで面白そうですね。

ご感想ありがとうございました。

pass
2021年11月03日(水)21時56分 ワルプルギス 88Ev6M0jRk 作者レス
大野さんには掲示板の方で返事しておりますが、こちらにも念のためコピペ。

嘘判別魔法は、御作の魔術探偵同様に直接的に嘘を言わずに誤解を誘う話し方ならすり抜けられる設定。
ロキがそのすり抜け方を知っているとリエル先生も知っているので、
逆にそうした話し方をしないユキを信用したわけです。
……説明するとクソややこしい and 純真なユキ・エルヴィナには理解が追い付かないので、まるっとスルーしたのですが、確かにもう一段階疑っても良かったかもですねー。

学園長の説明は、反省しているところで。
どこかで入れとくべき情報なんだけど、あそこで入れるのは明らかに間違ってたよなーと思いつつ、
どういう形で入れるのがいいのかが自分でもまだ見つけ出せてない感じです。

文語・口語については、あまり考えてなかった切り口で参考になります。
作品的には口語に寄せたいところですが、多分自分の普段の思考が文語よりなんだろうなぁ。

残りの部分の感想もぜひ頂きたいので、ゆっくりで良いですからよろしくお願いします。

pass
2021年11月02日(火)19時16分 サイド  +20点
こんにちは、サイドです。
作品、読ませていただきました。

まず、僕自身は異世界モノに普段触れていないので、そういうジャンルのセオリーを知らない人間の感想となり、見当違いな発言もあるかと思いますが、その点はご容赦頂ければ幸いです。

とはいえ、設定的な部分などに関しては他の方が仰っているかと思うので、個人的に気にしながら読んでいた点についてです。

まず、物語としては現世(?)での境遇もあり世界が嫌いなユキが異世界転移し、新天地を好きになるまでというものだったと思います。
説明、描写は丁寧でファンタジー設定など、馴染みがないと分かり辛い部分もありましたが、砕いて話そうとしている柔らかさがあり、読みにくいと思った部分はありませんでした。

そういう意味ではベーシックな作りと言えるのかもしれませんがその中で一際目を引かれたのが、ユキの身体がロキのものであるということです。
おそらく、最初の夢に現れたのがロキだろうと思いますが、彼との関係性……精神の入れ替わりという設定がユニークで、そこをどう活かすのかをずっと気にしていました。

少し異世界設定としてはズレますが、RPGなどでもラスボスがもう一人の自分、あるいは黒幕がもう一人の自分(移植された別人格など)というものは結構あるように思います。
なので、嫌う自分との対決(似ている自分)という意味で心の在り方が、「光と影」のような差別化がどうされるのに期待があった感じですね。

ユキが最後に選んだ選択から前向きになっているという点は、すごくよかったと思います。
序盤の家庭環境などが過酷な分、ゆっくりとした生活の中、見方が変わって行ったという構成はまとまっていて分かりやすかったです。

その過程にあるのが冒険(バトル)要素だったのだと思うんですが、戦闘の途中で前世のトラウマが蘇るとか、仲間達とのやり取りの中で適応できず苦しむというプロセスが欲しかったように思います。
また、終盤で大事になるユキの成長の証となる、

>大丈夫。俺はロキじゃないから
>その青い空色の瞳をまっすぐに見つめ返し、ユキはうなずいた。

などの台詞や描写が淡々としすぎていて、彼の性格的に派手にはできなくとも、目に見える形で喜びを言葉にしたり、仕草で見せたりしていたらもっと感情的な起伏がでてよかったのかも、とも。

ロキに関してはきれいにまとまっていて、後腐れを感じなかったのがよかったと思います。
いろいろやらかしている上に、冒頭で出て来るような酷薄さがあるのなら、殺しても死ななそうなタイプですが、決着がきちんとついていました。

個人的な雑談としては、もし物語の構図として「ユキVSロキ」(劣等感の克服?)にあるのなら、ファンタジー設定を少し削り、精神面の流れや描写がもっとあれば最後が映えたように思います。
設定的に無理なんですが、ちょいちょいロキからテレパシーみたいなのが入って、ユキに、
「元気ー? うまくやってる? まー、身体上手く使えば何とかできるからねー?」
みたいな茶々を入れるとかもいいかもです。
何だかんだで、ちょっとだけ肉体の支配権を残してるとか。
や、これは単純に僕の妄想ですが。

以上、いろいろ書きましたが、何分こういうジャンルが分からない人間なので、ご容赦頂ければ幸いです。
個人的にはテーマが分かれば、さくっと読めるいい作品だったと思います。
執筆、お疲れさまでした!

あ、それと僕も何年かここに出入りしていますが、原作者の方は分からないです。
入れ替わりありますもんねー。(苦笑
33

pass
2021年10月31日(日)16時55分 大野知人 dEgiDFDIOI 0点
 大野です。まだ出先なのですが、少し批評をば。八話まで読みました。
 ただ、他の方の批評を読むと「前半スローライフ、後半シリアス系バトルもの」の形になっているように見えるのですが、前半がスローライフものとして出来が良かっただけに、スローライフのまま最後まで走ってほしいなあ、と感じました。

 さて、ここからは「読んだ」部分の批評。
 まず、8話までですが、文章も読みやすく、テンポも良かったように感じます。
 他の方には滅多に言わない細かい指摘ポイントを言うなら、もう少し「地の文での文語と口語のバランス」を考えた方がいいかもしれないですが、現段階で文章そのものはプロ並みに読みやすいです。

 展開について言うと、リエル先生との初対面でもうひと悶着あってほしい、かなあ。
 読む限り、「ロキ」はかなりなんでもありのキャラに読めるので、「嘘判別の魔法を潜り抜けているかもしれない」位は疑ってほしいのと、ロキに対する悪評の割りにはリエル先生の態度には恐怖も毅然と立ち向かう様も見られず、どっち付かずにへりくだっているように見えました。
 また、学園長による歴史解説のシーンは、長台詞過ぎるのと、これを入れるのが早すぎる印象。リエル先生がすでに名前を出しているので、エルヴィナが簡単に解説して、その後で学園長が初登場して解説してくれても良かったかも。

 細かいポイントです。
 冒頭。「本当はもう少し前から〜」→「本当は少し前から〜/もう少し前から〜」の方が、読みやすく感じます。といっても、かなり細かい追求点なので、感性に合わなかったら無視してください。
 続いて、「しかし、美味しそうと言われても」ですが、やや危機感の薄い感じに聞こえます。「美味しそうなどと(物騒な)ことを言われても」等のように、少し緊張した空気を入れたい。ちなみに、括弧内はなくてもいいです。

 魔法の初使用シーンでの、「構成」という単語の多さは少し気になります。ユキは日本出身なので「漫画で見た魔方陣」などの表現を入れるといいと思います。

 冒頭部に関して言えば、エルヴィナの説明が感覚的ながらも芯をとらえていて、「未知の異世界」を分かりやすくかけていたと思います。
 反面、ユキを中心に書いているので、「ユキに見えていないもの」の描写が少し足りなかったように感じます。

 学園に来るシーン。大きな扉というより、門では? あえて異様に大きな扉なら、その異様さをもう少し強調してほしい。
 門番の台詞、「当日受付歓迎」だと文語的過ぎるので、「当日受付大歓迎」か「当日受付でも歓迎」のがいいと思う。

 魔力のランクについて、「とりあえずて一番上に回される」ってのの意味がわからなかったです。精霊王の発言にそういう強い効力・実証性があるなら、もう少し敬った喋り方にするべきだし。

 学園長の初登場シーン、「思ったより、一回り大物だ」でも通じますが、今度は口語的すぎるので、「予想より、また少し大物であった」などとしたい。

 学園長の歴史解説のシーンはやはり長いっす。地の文挟もうぜ、せめて。

 通貨レートについてですが、金貨というワードには日本人は「大判/小判」でイメージしがちなので、金貨百枚は高価に聞こえます。
 地の文で現実世界との比較を書きたいところ。

 と、まあ八話まで読みましたが、スローライフものとしての出来はとてもいいと思います。
 
 すみません、まだ一・二ヶ月はリアルが忙しい状態が続く感じなので続きの批評を書くのが難しいかもしれません。
 どのみち他の方にもにたようなお願いをするつもりなので、多分余裕はまだまだあります。とはいえ、必要とされないものを書く余裕もなく。なく「できればほしい」場合なら、少しした後に続きの批評を書きますが、もし必要ないようでしたらそう言ってもらえると幸いです。
37

pass
2021年10月13日(水)20時56分 ワルプルギス 88Ev6M0jRk 作者レス
後輩さん、ご感想ありがとうございます。

前半後半の雰囲気乖離は半ば狙ったものでもあるので、改稿するとしてもならすことはしないかなと。
ユキに対して、元の世界と違ってこの世界はおおむね理想的、と思わせてから決してそうではないというストレスをかけたかったわけです。そのギャップに一度は押しつぶされるも、何とか支えられて立ち上がるところを書きたかったので。
アーベルが足を失う展開は、まさに世界がシビアな面を見せ、ユキ(とその向こうにいる読者)にストレスをかけることが目的の展開なので、辛く感じてもらえたなら作者としては当たりです。

ただ、前後半の分量はまだまだ調整が必要そうではありますね。
後半は怒涛の展開にしたいので、前半で楽しませながら説明を入れておかないといけないのですが、前半の話をけん引していく軸を上手く作れなかったので話の筋道がぼんやりしてるように見えるのだろうなぁと自己分析しています。

あと、ユキの元の世界が嫌いな理由が甘かったというのは思ってなかった指摘でした。前半はあまり重くしたくないので、引きこもり中に、エルヴィナに対して愚痴らせる→エルヴィナの助言である程度心の整理がつくって展開を入れても良かったですね。

まさか短編の間から感想返しに来てくださるとは予想してなかったので嬉しい驚きでした。
本当にありがとうございました。

pass
2021年10月12日(火)21時29分 後輩  +20点
読みました。

好きな部分もあまりそうでもない部分もありでした
ただ嫌いな部分があったわけではないので全体としては好印象といった感じです

まず序盤のおっとりとした雰囲気は僕としては好きでした
これから何がはじまるんだろうという期待感は子供の頃に読んだ子供向けの小説に近い雰囲気があってわくわくさせてくれました
勿論ライトノベルなどの読者層的にはやや子供向けすぎるきらいがあってどうだろうと思わなくもないんですが僕としては好きです

もっとも中盤以降は子供向けの雰囲気とはやや違った方向へと舵を切っていってしまうのでそのあたりの齟齬が感じられるのも間違いないところです
特にアーベルが足を失うところなどはもっとこう上手くいく展開を想像していたのでちょっとつらい部分でした

それでも全体の空気感は好きなものだったので全体に慣らしをかければ統一感が出て良くなるのかなと思うのですが実際にそうした場合本当に改善となるのかは僕にはよく分かりません


さておき今作においてもっとも大きな不満点を挙げろといわれたら話の筋道でしょうか
何がどう転がっていくのかが少しぼんやりしているように感じられました
いえ書き手の気持ちとしてちゃんと書いたと言いたいのではないかと思うのですが
ロキがどれだけ恐れられ嫌われているのかという点それを肌で感じるだけの質量がなかったように思えたり
二万貯めるクエストが魔法魔術の説明のためとは言え回り道のように見えたり
あるいはエルヴィナを呼び止めるエンディングがこの話にふさわしい締め方なのかなと思ったりとなにかと詰めが甘いと言いますか
足りないように感じられる部分が多かったように思います
登場人物の紹介や掘り下げとか魔法魔術竜魔術とかも

例えばユキのことなんかも元の世界が嫌になる理由とかが出てきたもののそこに感情移入するには十分な書き方ではなかったのではないかと
そしてあくまで素人考えですがそのあたりのユキの感情の整理にエルヴィナが一役買っていたらエンディングのシーンに説得力が出ていたのではないかなと愚考します

一読しかしていないざっくばらんな感想なので細かな部分で記憶違いや勘違いがありましたらすいません
異世界転生が跳梁跋扈する昨今に異世界交換という作品を読ませていただけたのは新鮮な体験でした

それでは執筆お疲れさまでした
以上です

48

pass
2021年10月05日(火)20時25分 ワルプルギス 88Ev6M0jRk 作者レス
神原さん、ご感想ありがとうございます。

>まず、精霊王になったばかりのエルヴィナがものを知り過ぎている気がします。妖精は最初思考すら出来ないものから魔力を得て妖精にそして妖精王になっているはずですが、彼女の情報はどこから得た物でしょう?
>風の精霊王なのに雷の精霊に命令できる? えと、この世界の精霊ってもしかして属性関係ない?

精霊(自我なし)→妖精(自我あり)→精霊王(自我・命令権あり)と各段階数百年かけてのんびり進化していく設定……というところを第3話で書いているつもりなんですが。つまんないところで説明した設定なんぞ覚えてられないっすね、わかります。
エルヴィナは物語開始時点で既に妖精になってからそれなりに経っているので、旅人などとの交流でそこそこの知識は持っていることになります。
精霊は何も考えてないので、精霊王であれば属性違いでも命令できる設定です。これはどこかで言及させた方が良かったですね。

>それなら魔の物ではない気がしてなりません。
>私が分からないのが二匹目の邪竜。思考もある。暴れる理由はない。食料は魔力溜まり。

本作の魔物は悪魔的なものじゃなくて魔法的なものですね。
精霊たちが魔物を抑えようとするのも、悪だからじゃなくて極端に強いのが出ると全体のバランスが崩れるから、というつもりです。
……その割に、『魔竜』という名称に邪悪な感じを込めてしまったのは統一感が取れないですね。
二匹目の魔竜は本文記載の通りロキに造られたものなので、ロキに言われて攻撃していたのです。
まあ、ロキがヤバい奴だということを強調したかっただけの部分なので、あまり細かいことは決めていないのですが(恥

>細かいですが、電気をデンキ? と疑問符つけて話すライルにちょっと戸惑いました。

電気はたしかに異世界の人間が分かっててよかった範囲ですね……
後付けで言い訳するなら、雷そのものを扱っても、電気をエネルギー源として何かをする思考はこの世界には今のところないかなと。

>前半のスローライフと後半の戦いでの落差が激しいです。なにを売りにしているか? これが定まっていない様。
>正直に書くと、ドラゴン以降が面白かったです。ですが、そこにたどり着くまで、洞窟あたりからも少し読めたのですが、きつかったです。

序盤が面白くないよなぁというのは自分でも書いていて悩んだところです。変に迷ったせいでむしろ悪化した感すらある今作最大の問題点。

原案で設定されてたキャラはユキとエルヴィナだけ、ユキがなぜ異世界に来たのか、なぜ始祖エルフになってるのかの設定はなし。
話の流れとしては、ユキが異世界に来てエルヴィナと会う→学校入学→文化祭にドラゴン襲来→ユキが超強力魔法でドラゴンを倒す→化け物扱いされて引きこもり→改心したクラスメイトらに押しかけられて引きこもり終了→エルヴィナに告白してハッピーエンドというものでした。

原案者様の意向はスローライフを長引かせる方だったのかなぁとも思います。百万字ぐらいのつもりだって言ってたし。
でも、スローライフ長引かせるとクラスメイトと仲良くなっちゃって、ドラゴン戦後に化け物扱いされる流れに持って行けないのでこういう流れにしてしまいました。
そういうせめぎあいが悪い方に作用した感じですかね。

辛さを感じつつも最後まで読んで感想頂けて、本当にありがとうございました。

pass
2021年10月05日(火)05時39分 神原  +20点
こんにちは、拝読しました。

青文字のニュウ(newかな?)がとれる前に感想を書きたかったのですが、ゆるふわファンタジー(最初の方)に食指が動かず、少しずつ読んでました。

まず、精霊王になったばかりのエルヴィナがものを知り過ぎている気がします。妖精は最初思考すら出来ないものから魔力を得て妖精にそして妖精王になっているはずですが、彼女の情報はどこから得た物でしょう?

最初の方を読み進めるより洞窟に着いてからの方が私的には読み進めるのが楽でした。

読んでいると魔力溜まりを守る為の攻防とありました。うーん、それなら魔の物ではない気がしてなりません。
人間などを襲った魔竜がなぜおそっていたのか? これが分からない。

あれ? えと魔術が魔物に使えるのなら、思考を有している。となるとやっぱり魔竜がなぜ襲って来たのか? これが疑問です。最初の魔竜は分かります。心臓と言える財宝をとられたから。私が分からないのが二匹目の魔竜。思考もある。暴れる理由はない。食料は魔力溜まり。

風の精霊王なのに雷の精霊に命令できる? えと、この世界の精霊ってもしかして属性関係ない?

細かいですが、電気をデンキ? と疑問符つけて話すライルにちょっと戸惑いました。雷は普通に言っているのに、電気が通じない? と。これを解消するなら、デンキと言う単語を通じる様にするか、もしくは他にも通じない単語を作る意外ないと思います。ユキの話が普通に通じているので。

前半のスローライフと後半の戦いでの落差が激しいです。なにを売りにしているか? これが定まっていない様。

スローライフを少し削り、この世界の魔物がもう少し脅威である事を示した方が緊迫感があるかもしれません。


正直に書くと、ドラゴン以降が面白かったです。ですが、そこにたどり着くまで、洞窟あたりからも少し読めたのですが、きつかったです。

このぐらいでしょうか? なお、本当に細かい指摘は置いておいてあります。それを指摘しても上達には貢献できないだろうと思うので。以上から、私は良かったです。を置いていきたいかな、と思います。ちょっと10点とどちらにしようか迷ったのですが、後半は確かに面白かった。では。
39

pass
合計 4人 60点


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