オカルト探偵(さぎし)、今日も騙る |
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第一話 虹色の魔法陣/魔術師探偵 それは九月の初め、もうすぐ防災の日だなんだと、町内会長が騒ぎ始めた頃。菓子屋の搬入を手伝わされてヘトヘトになって帰ってきた俺に、電話が掛かって来た。 「ほい。こちら瓜坂探偵事務所」 「よぉ、親友! 私だよ私、君の言う所の(so called)ヤマモトだ!」 「(ああ、畜生。知り合いの中でもいっとう厄介な奴だな……)」 ヤマモトは俺の親友……を自称する、高校時代の同級生であり、ちょっとした仕事の関係者。つまりは赤の他人だ。 「英語の使い方が微妙に違(ちげ)ぇ! ……じゃなかった、蝉の声がうるさくて良く聞こえません。多分間違い電話だと思うんで、もう一度電話番号を確認してください」 やや棒読みになりつつも、完璧な間違い電話対応をする俺。 「(うん、流すのは無理か。つか、どーせ面倒ごとを押し付けられるし……)」 嫌な予感しかしないけど、取り敢えず冷蔵庫から麦茶を取り出した。 「相変わらずつれないなぁ、君は……。ともあれ、瓜坂……いやさ、セイジ!」 「どうでもいいが、さっきから混ざる妙な外国かぶれは何なんだ。また海外出張か?」 ヤマモトはチンケな探偵である俺と違い、海外にも展開するそこそこ大規模な事業主である。そして何処かに行っては、変な物を貰ってくるのだ。土産とか、口調とか。 「イエース! 今、イギリスに居るんだ。ところで、私の娘は元気にやっているかい?」 発された問いに、事務所の奥でクスクス笑っている少女へ目を向ける。そんなに俺の嫌がる表情が面白かったか。黒い二つ結びに化粧っ気のない愛嬌のある顔。真面目そうな彼女の名前は矢加部月菜。今年で高校二年生になる居候兼バイトである。 「娘と言ったって、養女だろう? まあでも、元気にやってるよ。大体、二十も半ばで養子を貰うってのがどうなのさ……」 「気にするな。君と私の仲だからって君が引き受けてくれたんじゃないか、喜んで」 そんなことを言われてはメンツに関わる。俺は慌てて否定した。 「全くそんなことはなかったからな! もしかして、もう一人居候を増やそうって話じゃないだろうな?」 探るように用件を急かせば、ノンノンと変な英語被れの返事が返ってきた。 「いやちょっと、こっちでできた魔術師の知り合いにお願いされてしまってね……。だから今回の仕事は『魔術探偵』としての仕事だよ? お金が入るんだから、喜びたまえ」 「で、名前は?」 「先方のお願いでね、折角なら自分で挨拶したいとの事だから。私からは何とも」 余り表立って知られてはいないがこの世界には魔法が実在する。いや、それに限らず、神、妖怪、魔術師、悪魔、超能力者や都市伝説と言った古今東西の伝承上の存在は粗方どこかに存在し、そこそこ静かに暮らしていた。ざっくりまとめて、オカルトと呼ぶ。 静かに、とは言っても意志ある存在。人間の世界が気に食わないと暴れ出す者もいれば、逆に彼らを利用しようとする人間も居る。結局のところヤのつく自由業やマのつく犯罪組織の如く、ある程度の口封じが行われているからこそ表沙汰にならないだけである。 「魔術探偵、ねぇ。俺としてはそんな名前を流行らせること自体、出来れば勘弁してほしいんだが……」 「HAHAHA! 君はいつもそう言いながら面倒ごとに首を突っ込んでいくからね、一周回って伝統芸を見ている気分だよ。まあ多分だけど、今日明日あたりに依頼人が行くと思うから、ヨロシク!」 「しかも直前連絡かよ! 今日俺が出払ってたらどうするつもりだったんだ!?」 「そんなはずはない、万年金欠・仕事不足の君だろう? どうせ商店街の手伝いくらいしか、することはなかっただろうに……」 ぐぬぬ。正確な分析だけに腹が立つ。 「祝福されざる妖精(アンシーリー・コート)か死霊達の狩り(ワイルドハント)にでも襲われろ!」 「殺意高いなぁ、全く……。それじゃあね(Good bye)!」 ガチャリ。 通話と一緒に人の縁も切れないかと、心の底から願った。 とはいえ、これくらいで切れる様なのを、人は腐れ縁とは呼ばない。 やれやれ、と思いつつ。とりあえず飲みかけの麦茶を飲み干した。 お茶請けに梅干しの蜂蜜漬けを一つ、口に放って冷たい麦茶でコロコロ味わう。それから一息ついて、口を開いた。 「矢加部ちゃん、ちょっと良い緑茶買ってきて!」 「イギリス人なら、紅茶じゃないんですか?」 「生憎と俺、魔術師っていう連中はあんまり好きじゃないんだ」 「瓜坂さんだって、魔術師じゃないですか……。同族嫌悪って奴ですか?」 言われて一瞬、ポカンとする。そういえばこの子には魔術師で通していたか。 「……ん。ああ、まあそんなもんだ。とにかく、買い物頼むぞ」 「はいはーい。紅茶と緑茶、両方買ってきます」 そう言うと、矢加部ちゃんは事務所のドアを開いた。 ピン、ポーン。と探偵事務所のベルが鳴り響く。それは電話の翌日の事。 「はいはーい。ちょっとごめん、矢加部ちゃんドア開けたげて!」 居候兼バイトの女子高生に声をかけて、ドアを開けてもらう。 「分かりました〜。回覧板ですかね?」 「事件で合ってほしくないけど、事件じゃないと今月の家賃が厳しい」 彼女の声を聴きつつ、己の頬を一つ叩いて営業モードに。ヤマモト相手とは違い、やや慇懃に、それでも丁寧に。 「はいはーい。って、どちらさんですか? まさか、本当に事件!?」 矢加部ちゃんの声に驚いて見ると、ドアの向こうに居たのは何とも可愛らしい――透き通るような白い肌の金髪美少女。 「貴女は瓜坂探偵さんで合ってますか? 今日は依頼があって来たのです……」 チェックキルトをあしらえたバッグを握りしめた彼女こそが、今回の依頼人だった。 矢加部ちゃんが手渡した来客用スリッパに履き替えて入ってきた彼女を、応対用のソファに座らせる。 「さて、わざわざ名指しでいらっしゃったって事は、ロンドンは魔術師協会のお嬢様って所で良いのかな。ミス?」 まずは事務所の札を『来客中』に変えて、それからちょっといい緑茶と先日和菓子屋でもらった賞味期限ギリギリの茶菓子を出した。 「どうぞ、日本の菓子に日本のお茶ですが、良かったら」 一通りの俺の応対に、彼女はしばし瞬きして。それからニッコリと笑う。 「貴方、流石ですわね。それなりに有名な方だけあって、洞察力も随分高いのですね。でも一点だけ言うと、私、どちらかと言えば日本茶は好きではないなんです」 「それは失礼。それなり程度なものですから。一通り、説明でもしましょうか?」 まあ事実、俺の事務所がある浜岡市は小さな地方都市だし、そこまで有名でもない。 「では、折角の機会ですから聞かせてくださいな」 こちらの嫌味も気にせず、彼女はお茶を一口。聞く姿勢に入った。 「まず一点目ですが、『ウリ』の発音と外見から日本人ではない。二点目、タータンチェックの鞄に織り込んだ自衛用の術式と、鞄のボタンがケルトの魔除け石だったこと」 答え合わせをするように軽く目配せをすると、緑茶を飲んでいた彼女は静かに頷いた。 自分の仮説があっていたことに気を良くした俺は、ついでに二つほど続けた。 「三点目。こなれた様子に反する『文法通り』の喋り方から、日常的には使わないものの本国で日本語を学んでいたのでは? 最後に入口で足元を確認した事。日本文化への理解度と実情にやや疎い事からして、縁者が日本に住んでいるか、日本通って所ですね?」 問えば、お国特有の笑みとも呼びづらい茶目っ気を顔に浮かべ、彼女は口を開く。 「Exactly、その通りでございますわ。では改めて、ルイス・スリップジグと申します」 それこそまさしく、ヤマモトとは比べ物にならない流暢な英語の発音だった。授業でしか聞いたことが無いだろう、ネイティブの発音に矢加部ちゃんが少し感動している。 ルイスが口にした某漫画を真似た台詞に、俺は思わず笑ってしまった。 「ハハハ。これはどうも。『魔術探偵』こと瓜本誠治と、そっちのは訳あって預かっている居候兼助手の矢加部月菜です。漫画にも造詣が深いというなら、ぜひ語り合いたい所ですが。そろそろ用件を聞きましょうか。既に事件は起きた後なんでしょう?」 「ええ、実は昨日、私の姉であるマリー・スリップジグが死んだとしか思えないような奇妙な失踪をしまして……。貴方に犯人捜しをお願いしたいのです」 淡々と語った彼女の口調に、俺と矢加部ちゃんは思わず顔を顰めた。 魔術師と言う連中はいつもそうだ。目的のためなら他者の――それこそ身内の命ですら対して顧みない。伝承に親和的であり、また感情に重きを置く魔法使いと違い、魔術師にとってのオカルトはただの研究対象である。故に、人道を軽んじることがとても多い。 「まあ、粗方お察しの通り、私にはそう含む所もないのです。ですが、それはそれとしても裏切り者は罰さねばなりません。でなくては、互いに信用できませんからね」 ああ、これだ。反吐が出る。技術的な物以外を見下すマッドサイエンティスト。神秘を科学するところの彼ら。溜息を一つ挟んで、話を続けた。 「……まあ、そうでしょうね。現場を見る前に、簡単に事情を聴かせてもらっても?」 「別に構いませんわ。けど、言葉だけで信用できるものですかしら」 「しらばっくれても無駄ですよ。魔術師が嘘を吐けないのは、俺だって理解しています」 この世界はクソゲーだなどと言うが、こと戦闘力に関してはかなりまともだ。武器を扱うには制作・維持コストが必要で、大概は諸刃の剣――何らかのリスクを背負っている。 オカルトにおいても同じ。使用するためのコストと呼べるのが魔力や生贄、触媒、場合によっては自身の生命力。そしてリスクに当たるのが、『嘘を吐けないこと』。 「理由と言われるものは、諸説ありますけどね。『自然の理を欺くからこそ、言葉は欺けない』とか、『人の信仰によって魔力が生まれる故に、偽りの言葉は許されない』とか」 色んな言説がある辺りに、学問としての魔術の未熟さを感じるが。ともあれ、ほぼ周知の事実として魔術師やその他の超常存在は嘘を吐けないのだ。 もちろん俺のような一般人、『存在を知ってるだけで何の能力もない者』には関係ない事であるが、口封じされないために魔術師を名乗っている。嘘だけど。 「ちなみに私の一族では、『悪魔が約束を破れず、妖精が質問に答えねばならないのと同じ』と習いましたわ……。まあ、一般人如き簡単に口封じ出来るのですが」 言葉に、視界の隅の矢加部ちゃんがガタガタと震えている。物騒なのに耐性が無いのだ、脅さないでほしい。いやそのつもりはないんだろうけど。 「あんまそういう物騒なの、好きじゃないですよ、俺は」 「あらあら、人死に事に好んで首を突っ込む探偵さんですのに?」 一応反論してみたが、還って来たのはさらにおぞましい反論。話を元に戻す。 「それで、事態を聞きたいのですが」 「ええ、私たち姉妹は元々日本の物に関心がありまして。特に姉は、日式魔術――陰陽道なども研究に取り入れていたので、その関連の調査でこちらに来ておりました」 「なるほど。期間はどれくらい?」 「こちらに来たのは、五日程前ですわ。滞在予定は二月程」 「そして、亡くなったのが昨日。ホテルではなく借家に滞在していらっしゃるのですね」 問えば、ルイスが頷く。カップが空になったのを見て、矢加部ちゃんがお茶を注いだ。 「あら、ありがとう。それで、借家に術を施して簡易の工房化を済ませた後、姉は何人かの研究者に会いに行く予定でした。私は日本の鉱石やハーブを集めるために別行動を」 工房、と言うのは魔術師たちにとっての研究室の事だ。同時に、研究を盗まれないための要塞の役割も果たしても居る。他人の工房の中で自由に動くのは、中々難しい。 「その別行動中に、お姉さんが亡くなられたと」 俺もお茶を飲み干し……。矢加部ちゃんが注いでくれないので、自分で入れる。 「いえ、事件があったのは借家の中ですの。昨日は私の帰りが遅かったもので」 「工房内で死んだとなると少し厄介ですね。貴女がた姉妹のほかに、借家に居たのは?」 工房を要塞と称すなら、それを破るには相当規模の攻撃を加えることが必要となるし、目立つようなことをすれば公権力や暗部の陰陽師たちが動くはずだ。 「借家に居たかどうかは知りませんが、工房の結界はスリップジグ家の人間以外を弾くように設定しておりました。後は、姉か私の許可した人間であれば、入ることはできるはずです。血族全員が容疑者と言うことになりますわね。日本に来る手段は、まあ何とでも」 身内に犯人が居るかもしれないというのに、それを何の痛痒もない様子で語る少女。全くもって、おぞましい。見たまえ、矢加部ちゃんも顔を青くしているぞ。 「一応言って置きますが、魔術で日本に来るのは不法入国ですよ」 「私達は飛行機で参りましたし、他がやった事については知りませんわ」 嫌味はすげなく跳ね返された。 「それで、現場がどうなっているか分かる物は有りますか? 調査に必要な道具なども、全部を持って行くわけにはいかないもので……」 言うと、さっきまで震えていた矢加部ちゃんが噛み付いてきた。 「みみっちい内情を言わないで下さいよ、瓜坂さん!」 「だってしょうがないだろう。高い機材をおいそれとは使えないんだよ……」 「それが貧乏くさくて嫌だって言うんですよ!」 少しやり取りをするうち、クスクスと笑うルイスの姿。 「仲がよろしくて結構ですわね。でも、ちょっと見てもらっていいかしら?」 言って出したのは、三枚のスケッチ。いや、念写魔術の類であろうか。 「カメラを使わないとはまた随分とこだわりが強いようですね」 「あんまりそういう機械とか、好きじゃないんです」 みっともないところを見せたと顔を赤くする矢加部ちゃんを横目に、渡された紙を見る。モノクロでこそあるが、血の色がはっきりと脳裏に浮かんだ。 「血だまりに塗りつぶされた魔術陣、神殿を模した家具の配置、そして密室ですか。ありきたりな所を言うのなら、魔術儀式の生贄にする形で殺された、と言う所でしょうが」 「何か、もうわかったんですか!? 生贄って言えば、悪魔ですよね!?」 矢加部ちゃんが判ったとばかりにこちらを見ているが、生憎と細かくは断言できない。 「そもそもただの悪魔召喚であれば、俺なんぞを呼ぶまでもなく解決しているでしょう。術の痕跡から召喚者も、召喚された側の悪魔も割り出せるはずだ」 「ええ、そこが問題なんですけれど。ハッキリと申し上げて、私の知らない術式が用いられているのです。血だまりが無ければまだ何とかなるのですが、『何をする術式か』すら判らないので、お手上げですの」 「となると、お姉さんが招き入れた日本人の術者が犯人と言う線が濃厚ですね……」 「ええ、そうなりますわ。ただ、それだけとも言い切れませんの……」 どうやって殺したか、その問題についてはひとまず事務所で出来る事は片が付いた。 「では最後にもう一つ。お姉さんが殺される心当たり、有りますか?」 どうして殺したか、その問題はオカルト相手には非常に有用だ。何故なら、『嘘が付けない』から。動機がある人物が一人に特定されるのなら、そいつが犯人に決まっている。 「取り合えず、血族については全員動機があるでしょうね、私含めて」 彼女がそう言った以上。これもまた真実だ。 矢加部ちゃんは息を呑んでいるが、これがまあ良くある話なのだ。だから俺はこの質問を最後までしたくなかったわけだが。 「姉は相続権第一位、本家の長女でしたからね。私もそうなりますが、彼女が居なくなることで得をする人物は多いはずです」 「……そんな、実の家族なのに損得勘定だけで考えるなんて……」 普通の人間だったら、『得をしても、実の家族を殺せるはずがない』と言うだろう所を、損得込みで『殺すかもしれない』と言ってしまう。実に不快。だが、依頼人だ。 「矢加部ちゃん、堪えろ。これが魔術師の現実(リアル)だ」 「あら、そちらの方は魔術師ではなくて……?」 「俺が預かっている、『訳アリ』の子だ。深くは聞かないでくれ」 ちなみに、『嘘が吐けない』にしても、黙秘権の行使ぐらいは認められている。いや、ほぼ全員がなにがしかの秘密を抱えている以上、必須とも呼べることだ。 「分かりましたけど、話は続けますわよ。彼女は家を継ぐべき者でありながら、日本の技術を取り入れようと言い出し、あまつさえ日本にまで来た身です。古い考えを持つ者達の中には、そのことを恨みに思ったりするものも当然居たでしょうね」 若手は損得勘定から、老練は誇りから。それぞれ動機があったという訳だ。 「ちなみに聞いておくが、お宅の家督に関するルールはどうなってる?」 「ルールというよりは、派閥の問題ですわね。そういう意味では、姉が相続権第一位だったことも『長女だったから』ではなく、『政治的に強い派閥に担がれたから』とも言えますわ。彼女にとっては疎ましいだけだったでしょうけど」 一族の中でも派閥争いをしているということは、次女のルイス以外にも『後継者候補が潰れた事で』得する奴が多いのだろう。『ルイス嬢は実績が少ないから』などと言い出して、分家の子供を養子にして当主に仕様とする奴も居るか。……しかし 「そういう割には貴女とお姉さんは仲が良かったように聞こえるがな?」 「まあ、姉は魔術師としてはかなりズレた――と言うより、『一般人より』の感性をしておりましたので、私の事はかなり可愛がって下さって居たのです。私自身も、愛情と呼ぶには些か物足りないでしょうが、それでも比較的大事には考えていたんですのよ?」 彼女が云々ではなく、魔術師としての感性そのものが大問題なのだが。それでも、魔術師なりに実の姉の事を大事にしていたらしい。嘘ではない、のだろうな。 「さて、粗方話しましたし、後は聞くよりも見る方が早いでしょう、私が『妖精の裏道』を用意しておりますので、先ずは現場の方に来てくださいな」 妖精の裏道、と言うのは要するにワープゲートの類の魔術だ。四次元的に世界を歪めるだの、風水の応用で距離そのものを一時的に縮めるだのと聞いたが良くは知らない。 「最後に一つ――いや、これは興味本位の質問だがね。俺の事はどこで知った?」 「姉のメモに貴方の名前もありましたの。魔術探偵ウリサカ。まあ、姉は会いに来れなかったようですが、『何かの縁』と言うのでしたかしら」 「それで頼ってもらえるとは光栄だね。全力を尽くそう」 言って荷物をまとめ始めるこちらの背に、彼女は一言。 「私からも一つ良いかしら。一応聞いておくわね、貴方は姉を殺した犯人ではない?」 ルイスはこちらを魔術師と思っている。俺が嘘を吐けない前提で。 「もちろん、俺は貴女のお姉さんを殺してはいない。ミス・ルイスは?」 「もちろん、私も殺してなどおりませんわ」 彼女もまた、嘘を吐いていない。まあそうだろうな。この状況なら一番可能性が高いのはルイスだ。が、そもそも彼女が殺したのなら自力で証拠隠滅して終わりである。 空になった湯呑をシンクに下ろすと、俺たちは事務所を出た。 「念写ではわからなかったと思いますが、このような何とも無粋な有様ですの」 そう言ってルイスが指さしたのは色鮮やかに彩られた二畳ほどの円陣。 「これはまた、一体どうしてこうなったんだか……」 「皆目見当もつきませんわ。少しばかり呼んでくる人がいるので、お待ちください」 言うと、ルイスはスタスタと去っていった。 「しっかし、これは酷いね。綺麗に魔術陣が潰れてら」 着くなり上げられた一室で、血塗られた魔法陣をつぶさに観察する。矢加部ちゃんは部屋の中をきょろきょろと見回していた。 「瓜坂さん、不謹慎じゃないですか? 人が死んでるんですよ」 「不謹慎かどうかを気にするような相手なら、俺だって言葉を選ぶぜ?」 チラと目を向けた先のルイスが三人の男女を連れてきた。 「お待たせして申し訳ありません。こちらは一族の中でも昨日の一件に関してアリバイが取れていない、と言うより黙秘している者達です」 「黙秘も何も、皆さん嘘を吐けないんだから犯人じゃないことの証明には事実を言ってしまうのが一番じゃないですか?」 「あちらさんにも色々あるんだよ。魔術師は秘密事が多いからな。アリバイがあっても話したがらない連中は多いのさ。……そうでしょう? 皆さん」 問えば、ルイスが通訳してくれた上で、三人とも頷いて返した。 「左から、モッド、イーディ、モーリスですわ。それぞれご挨拶は……」 言いかけた言葉を制するように、俺は掌を彼女に向ける。 「取り合えず、現場の確認を優先したいので、お三方とルイスさんは別室の方にお願いできますか? ……万が一にも証拠隠滅などされては敵わないですからね」 ここがルイスの工房であり、魔術の使用に制限が掛かると言っても、強引な手段を使って証拠隠滅を図る人物がいるやもしれない。向こうもおとなしく引き下がった。 「ではまた、後ほど」 そう言ってドアを閉めるルイスを見送ると、俺と矢加部ちゃん二人きりになる。 「さて、検視と行きたいとこだが……。矢加部ちゃん、気持ち悪いようなら飴でも舐めときな。この間八百屋さんとこでもらってきた奴、ほらこれ」 「別に要りません。私だって超常現象(こっち)側の事件はもう何回か見てますし……」 言うものの、やはり顔色が悪いので市販ののど飴を強引に握らせる。 慣れないだろうな、と思う。俺自身、血生臭いのは今でも苦手だ。 「うちは町内会の手伝いとかの何でも屋の仕事が多いからな。本当はそっちだけ手伝ってもらいたい所なんだが、信頼できる人手が居ないとオカルトの方の仕事も難しい。申し訳ないけど、荒事になったら手伝ってもらうからね? 俺、魔術師としては三流だし」 矢加部ちゃんは超能力者だ。幻影系の能力なので戦闘には向かないけれど、相手に幻を見せて足止めするのは、逃げる時にとても役立ってくれる。 俺がただの一般人だということは彼女にも伝えていないが、『戦闘力が無い』と言う意味で三流魔術師という風に教えてあった。 「ええ、はい。分かってます。そもそも、ヤマモ……お父さんに頼んで居候させてもらってるのは私なんですから、出来ることぐらいはやります」 「まあ、八歳差だっけか? 別に、ヤローを父親と思わなくてもいいさ」 「それだけじゃないです。私には、実の父の記憶だってあるんですよ……」 彼女の過去については少しだけ聞いたことがある。その家族がどうなったかもだ。矢加部ちゃんが口を閉ざし、飴玉を舐め始めたので現場に目を移す。 「(はてさて、これまた珍妙な……。色とりどりの魔術陣とはね)」 形は一般的な円陣。しかし普通は一色で描くそれが、なんともカラフルに。実に五色刷り。いや、白と黒を混ぜれば七色になるのか。紙の地と白色がそれぞれ別で紛らわしい。 「(つってもまあ、色は属性を表すから、多色の物も珍しくないけど)」 魔術陣の上に広がるのは黒い血溜り。ルイス曰く、工房の管理システムの一部にルイスとその姉・故マリーの血を使っていたらしく、試した結果姉の物で間違いないとのこと。 「ねえ、瓜坂さん。魔法陣の上に転がっているものに、血が固まったにしては変な形のものがありませんか? そこの、そうそう。端っこの方の奴とか。お手柄、ですかね?」 右往左往する矢加部ちゃんの指の先。いくつかの固形物が目に映る。 「ああ、かも知れん。触媒や魔術鉱石だろうな。今の魔術は錬金術みたいな古・中世科学や鉱石信仰を応用したものも多いから、術を安定させたり属性を付けるのに使うんだ」 血に染まっていて正体がわからないので、表面を擦るための歯ブラシを……。おっとっと、いけない。まずは現状保存のために写真を撮らないと。 「矢加部ちゃん、カメラ取って。カメラ!」 「え、ルイスさんはなんだか嫌がってましたけど……」 「考え方が古いんだよ。それに人の嫌がることをするのが魔術師だしな」 「捻くれてますねぇ。ルイスちゃんのあの冷酷さもどうかと思いましたけど、瓜坂さんもちょっと悪人っぽい所ありますよね」 聞き流しつつ、受け取ったカメラで写真を撮る。返事はしない、ぐうの音も出ない。 「はい、カメラありがと」 押し付けるように返し、ビニル手袋をして触媒を調べ始める。 「全部、錬金術系か……。硫黄、辰砂、食塩。こっちの三つは、並びからして硫酸塩と塩化水銀の特殊鉱石かな。矢加部ちゃん、触るなよ。ほぼ全部劇物だ」 「そうなんですか?」 「まあ、うん。錬金術の三原質っていうのがあってな、中国の練丹にも通じるんだが……。ざっくり言えば、化学的に尖った物質どもだ。体内に入れることはお勧めしない」 言うと、怯えたように矢加部ちゃんは一歩後ずさる。俺も丁寧に手袋を取り、自前のゴミ袋に突っ込んだうえ、両手をコンビニのお手拭きで拭った。 「しかしまあ、食塩と硫酸銀のある当たりの陣が比較的綺麗で助かった。全く、モノクロの念写はこれだからいけないってんだ。色は属性に照応し、錬金術で洋の東西を繋いだ、と。中々滅茶苦茶な変換を行っていやがるな……」 よく見てみれば、通常二重円で構成されるべき魔法陣が、約七層。 相当複雑な形状になって居る。 「これを即席で描いたってのは考えにくいが……。矢加部ちゃん、部屋にある物見てもらっていい? 痕跡にしろ、道具にしろ。フリーハンドでこれを書くのは無理だろうし」 「なんか道具が無いかって所ですね!? 分かりました、探しますよ〜」 意気込んで端の化粧台に向かって行く彼女。そこは違うと思うけど。棚上げして、魔術陣の調査に戻る。矢加部ちゃんが見つけるのには時間がかかるからな。仕事、仕事っと。 「時に矢加部ちゃん、折角だからちょっとした魔術の授業だ」 「聞くだけなら何も起こらないですよね? 私これ以上、変な力とかいりませんよ」 嫌そうな物言いに俺は首を横に振ってから、矢加部ちゃんがこちらを見ていないことに気付き、言葉に替える。 「何も起こらんよ。ま、一応俺の助手だからな。ある程度の知識は着けてほしい」 「そういうことなら。ぜひぜひ、聞きたいです」 応ずる矢加部ちゃんにどこから説明しようかと、しばし悩む。 「矢加部ちゃん、魔術陣ってなんだと思う?」 「……んーと、魔術を使う時になんかよく出てくる奴ですよね? 幾何学模様の」 案の定というべきか。大した知識はないらしい。 「魔術陣っていうのはね、大本のところは神様を降ろしたり、悪魔を召喚するタイプの儀式のときに、『魔術師が作業するスペース』を確保するための物だったんだ」 「作業するスペース……?」 「まあ、ざっくり言っちゃうと、悪魔や神が現れた時に生贄と間違われないためだったり、危害を加えられないための結界、みたいなイメージだ」 日本のサブカルの影響で勘違いされがちだが、魔法陣・魔術陣というのは『術を使うための道具』ではなく『術者を守る魔術』である。 「まあ、魔術師たちも『作業スペース』としての使いやすさを拡張して行って、今の時代じゃア色んな魔術陣が存在しているがな」 俺は魔術陣の周りをグルグルしながら、呼びかける。しばし間があって、返事。 「使いやすさ……。ああ、元々が身を守るための物ですもんね。『外の敵を攻撃する機能』とか、『中に居る魔術師が魔術を使いやすくする機能』とかってことですか?」 「大正解。そして人によっては、『中の魔術師を守る機能』を除外(オミット)して、攻撃特化型の魔術陣なんかも作るようになった」 問うと、化粧台を諦めてクローゼットの方を見ていた矢加部ちゃんは言った。 「それが、今日本の漫画とかアニメに出てくる『魔術を撃ち出す幾何学模様』ですか」 「まあ、諸説あるうちの一つだけどね。単純に格好いいってのもあっただろうし」 「なんかいい加減ですね、瓜坂さん」 矢加部ちゃんはクローゼットも無理だと思ったか、本棚に移動。 「しかしでも、そう言う意味じゃあ『攻撃機能も防御機能も削って魔術の使用性アップに特化した魔術陣』みたいのも存在するのかもしれませんね」 言われて、ピンと来る。確かにわかりやすい印象だ。 「よし、それ採用!」 「へ? なんですか。採用って……」 「気にしない、気にしない。ところで、これなんだと思う?」 指さしたのは部屋のドアにさりげなく掛けられた皿の形のインテリア、その裏から取り出したるはゴツ目の電卓だ。明らかに家庭用ではなく、事務用のそれである。 「あれ、魔術師の人たちって機械の類を嫌うんじゃないでしたっけ?」 この娘の手柄にしようと思っていたのだが、時間がかかりそうなので自ら指摘した。 「おう、でもその魔術師がわざわざ計算機を使ってまで、何を計算したんだろうな?」 「さて、一通りの検分は終わったのかしら?」 矢加部ちゃんに頼んで、ルイス含む四人を連れてきてもらう。 「まあ、一応。本当はそちらのお三方にも話を聞きたかったのですが……。どうやら必要ないみたいです」 「おやまあ、すごい自信ですこと」 「どちらかといえば、運が良かっただけですよ……」 言われた俺は、軽く謙遜する風に頬を掻いてから、堂々と見えるように半歩踏み出す。 「お三方に話を聞かない理由は単純。『この状況』を生み出す理由が無いから。まず家督狙いであるなら、妹のルイスさんを一緒に殺していないことがおかしいです」 「まあ誰だって、実の姉が死んだとなれば警戒ぐらいはしますわね。魔術師ともあろうに、それを理解しない愚か者はいないでしょう」 身内といえども仲は良くないのだろう、ルイスと親族たちが視線で火花を散らす。 「まあまあ、落ち着いて。たとえ家督狙いでなかったとしても、状況証拠の残し方が杜撰すぎます。それに、国を跨ぐだけでも星の並びや霊脈のズレが生じます。わざわざ不利な日本で殺人を行う理由は無いんですよ」 「言われてみれば、そうですね……」 と、矢加部ちゃんが相槌を打ってくれる。ナイスタイミング! 「という訳で、あり得るとしたら日本人の犯行、誰ぞやの衝動的犯罪という所でしょうが……。今回の事件、残念ながら犯人はいません。事故です」 「些か強引にまとめられた気もしますが、身内に犯人が居ないというのは理解できました。ですが、事故死と断定される理由がわかりませんわ」 ズイと寄ってルイスは説明を求めてくる。引かず、俺は応えた。 「もちろん、理由は有ります。それをこそ、たまたま運が良かったという所の話なんですよ。……この魔術陣、何のための術式だと思いますか?」 「何って……。魔術師は研究を秘匿する物、分かるはずありませんわ」 それを調べる本職を前にしているだろうに、よくもまあ言ってくれるものである。俺は、部屋に隠されていた計算機を取り出した。 「ちょっと、瓜坂探偵!? 私達が機械を好まないのはご存じでしょう?」 「これはね、貴女のお姉さんの所持品です。そしてお姉さんが機械を使ってまで計算しようとしていたのが何か、その答えがこの魔術陣です」 「そんなもの、見つかりませんでしたわよ!? それに、計算ですって! 錬金術や占星術でもなければ使いませんわよ。馬鹿にしているのかしら?」 よし、激昂した。これで、安心して話に乗せられる。 「計算機を頼ったのが恥ずかしかったのか、隠してありました。……この魔術陣はね、東洋と西洋の術を属性を起点に変換し、並列化・混合運用を可能にするための『変換器』の術式なんですよ。貴女の姉はきっと、天文学的なわずかな穴をも埋めるために、わざわざ機械を頼ったのでしょう」 「わざわざ混合運用などしなくても、一度系統化し直せばいいじゃないですの? なぜ私の姉がそんなことをしたのか。魔術師を馬鹿にするのも大概になさいまし!」 よし、食いついた。放さないよう丁寧に、しかして大胆に俺は騙る。 「いいや。馬鹿にしてなどおりませんとも。系統化……術を解体しきって再構成すれば確かに自由度は増しますが、その分伝承の力を引き出し辛くなって効果は弱まります」 魔術というのは、あらゆる奇跡や伝承を模倣し、その仕組みを調べ、統計的な技術に落とし込む。実に科学的な学問であった。いわゆる自然科学でなく、人文科学の類だが。 しかし、分解すれば伝承からは遠のく。そして力も弱まってしまう。 「それを避けるために、この魔術陣を作ろうとしたのでしょう」 先ほど矢加部ちゃんに言った通り、本来は、術者の作業場所を整えるのが魔術陣だ。 「この魔術陣が意味する『変換器』というのは、錬金術の応用によって西洋四大元素と東洋五行を整え直し、神秘の行使をしやすくするための物だと考えます」 告げた内容に、居並ぶ四人の魔術師がフムフムと頷き、専門用語多めの解説に矢加部ちゃんが目を白黒させている。 「失礼ながら、助手への授業を兼ねて細かい説明をさせていただきますと……」 「それはまあ、なんとなくは分かる気がします。私自身、オカルト側ですし」 「魔術で『属性』を付与する場合、『属性』ということそのものが文化・伝承の在り方によって異なるために、系統の異なる魔術と重ね合わせて使うことが難しいんだ」 「仕組みとしては、なんとなくわかります。日本の『鬼』と西洋の『悪魔』が厳密には違う、みたいな話ですよね?」 「おう。正解。……この魔術陣はな、中国の道教仙術・日本の陰陽術の五行を西洋の四大属性に変換し、魔術の行使をしやすくするための物なんだ」 そこまで言い切った事で、なんとなく納得がいったか。矢加部ちゃんは頷いた。 「さて、しかして問題はこの『属性の変換』をどのように行ったかに有ります」 俺が指さした魔術陣は、七重の超複雑な幾何学模様。 「そもそも日本の陰陽術や中国の道教においては、仏教の縁起法――全ての物はお互いに関連し合っているという考え方――の影響が強いために、五行の属性はそれぞれに鉱石や色などと紐づけられて居ました。そこで西洋式の魔術陣に五行で使う『色』と錬金術における属性配分に『鉱石』を当て嵌めることで、属性の変換を図ったのだと思います」 「確かに姉は日本の魔術に興味を持っていましたわ。ですがそんな目的が……?」 「元からの研究対象なのか、偶々そういうことが出来る事に気付いたのかは知りません。いえ、思い付きで作っている途中だったのかもしれません……」 言葉を紡げば、後は言わずともわかるとルイスが食いついた。 「不完全な魔術の実験中だった、というのなら事故死もやむを得ないかも知れません……。後学のために、ですが。事故の理由などは?」 勿論、諸説用意してある。 「まず根本的な問題ですが、西洋魔術の四大元素『火・水・土・風』に対して、道教や陰陽道の五行は『木・火・土・水・金』です。なまじ被る所が多いのですが、五行においては『風』の属性は『土』に含まれてしまうため、細かい変換ミスは起こるでしょう」 そしてダメ押しにもう一つ。計算機を取り出しながらも、俺はおずおずと陣の上の触媒を指さした。 「もう一つの可能性としては計算不足。汎用性を上げるためと思いますが、内側が五行ベース、外側が四大元素で纏めてあり、それを調整する形で触媒に錬金術の三原質・五元素である『塩・硫黄・水銀』とその化合物が使われている。ハッキリ言って欲張りすぎだ」 しかも、それぞれに伝承的背景が異なるから、変換の計算が難しすぎる。計算機を持ち出してすら、ミスの一つや二つあってもおかしくない。 「最後に付け加えるなら、術者の性格でしょうね。聞くところによると、故人は『魔術師らしからぬ』方だったようで。周りに迷惑をかけないように、己に作用する術を使ったもののそれが暴走して……、という所かと予想します」 「あの姉ならば、かなりあり得る話ですわね……」 「本当は死者の研究を暴くべきではないのかもしれませんがね、マリーさんは偉大な研究をしようとして、しかし急ぎすぎたのでしょう。誠に、残念です」 話は終わりだとばかりに告げると、しばしの沈黙。同じ魔術師として、欲張る気持ちも事故への恐怖もあったのだろう。それぞれが物思いにふける。 やがて気を持ち直したルイスから謝礼を貰い、俺達は館を後にした。 翌日の昼間。矢加部ちゃんが学校で事務所に居ない中、俺はとある客に応対していた。 「さて、そう言った具合で話を着けてまいりました。マリーさん?」 「ありがとう。ミスター・ヤマモトにそう言った専門家が居ると聞いたときは半信半疑でしたが、何とお礼を言っていいやら分からないです……。これで魔術師をやめられます」 彼女こそは今回の『本当の』依頼人にして、『被害者』ことマリー・スリップジグである。ちなみに幽霊ではなく、ちゃんとした生身の人間である。 彼女が俺にした依頼は一つ。価値観が合わないものの周囲の重圧のせいでやめられない魔術師をやめる方法を探すこと。それに対して俺が提示した解決策は、彼女の死を偽装して体よく逃がすことであった。 「お礼というなら、ルイスさんから相応の礼金と口止め料を頂いておりますし、残りは俺の正体――魔術師で無いことの黙秘を徹底していただけば十分ですよ」 彼女は気まずそうにした後、何か思いついたように一冊の大学ノートを取り出した。 「ですが……。そうね、コレを追加報酬とさせて貰ってもいいですか? 魔術師で無いウリサカさんには要らないかもですが、何かにお役立てください」 パラパラとめくって見ると、それは正しく彼女の最後の研究。西洋魔術と東洋魔術の属性変換に関する、研究資料であった。 「では、ありがたく頂きます……」 「ええ。では、『死んだはず』のワタシが長居するものではないですからね。失礼します」 言うと、マリーさんはいくらか紅茶が残ったカップを机に置いて、立ち上がる。 「お見送りしますよ」 「あら、ありがとうございます」 ドアの向こうに広がるのは、まだ蒸し暑い青空。 「本当に、お世話になりました」 「お達者で。よい人生を、マリーさん」 立ち去る彼女の未来を祝福するかのような空をしばし見やり、ドアを閉めようとしたその時、声が響く。 「瓜、坂さん。私、今日半ドンで帰って来たんですけど……。じゃなくて、今のって誰ですか!? え、マリーさんって……」 我が事務所の居候こと、矢加部ちゃんが驚いた顔で立っていた。 「誤魔化し、効かない感じかな?」 「まあ、一通り追求しますし、何ならルイスさんに連絡しますよ! 瓜坂さん、どういうことか聞かせてもらえますよね?」 やや潔癖のケがある彼女に、凄むように言われる。そんなことされたら、非力な俺は縊り殺されてしまう。 「それは流石に困るね。じゃあ、解決パート第二部と行こうか!」 バレてしまったらしょうがない。変に探りを入れられたり、疑心暗鬼を生じたままやっていくくらいなら、洗いざらい話してしまった方が良いだろう。 ひとまず俺は、緑茶とお茶請けの和菓子を取りに、キッチンの方へ入っていった。 「どこから聞いたものだか、というのもなんですね。単刀直入に聞きます、先ほどのは一体どういうことなんですか?」 「どうもこうも、見たまんまよ。あの人が『本当の』依頼人。事故死したはずのルイス・スリップジグの姉こと、マリーさんだ」 「本当の依頼人……」 その言葉一つ拾って、矢加部ちゃんは熟考する。実に聡く、情報に敏感だ。探偵としてはこの上なく重要な才能で、そして俺のもう一つの稼業においても、それは同じ。 「……オカルト詐欺師。ヤマモトがそう呼ぶところの仕事が、俺のもう一つの仕事だよ」 「詐欺師。犯罪じゃないですか! ……そんなこと、許されると思ってるんですか!?」 やや潔癖な所があるのは分かっていたが、タイミングが早かっただろうか矢加部ちゃんが激昂する。後悔しても始まらないように、俺は落ち着けと手ぶりで伝える。 「うん。厳密に言えば、『解決法の一環として人を騙している』というのが近い。基本的には何でも屋だね。よほど悪辣な相手なら、それ相応の報いは受けてもらうけど」 「だったとしても! 人を騙すのは悪い事です!」 嘘を吐けない超常存在の中には、他人が嘘を吐く事に拒否を示す者も居る。大概は擦れて『騙されたら殺す』狂気に至るけど、彼女はオカルトとしては日が浅い。嘘を吐けない性質と生来の潔癖が合わさり、強迫観念じみた正義感を抱くようになったのだろうか。 肩で息をしながらも、冷静さを取り戻そうとする矢加部ちゃんを見つめ、煎餅を一口。 「正直、私自身としては誰かのためであっても『騙す』ことを良い事とは思いませんけど……。ヤマモトさんが知っている以上は私に逃げ道はない、という事ですよね?」 細かい所にもよく気付き、そして何より冷静に問題点と『手の打ちようがない問題』を区分できる能力。その器用さは、ぜひ手元に置きたい。 「うん、そうだね。まあ、ヤマモトはあれで中々親切な奴だけど、別に裏が無いわけじゃない。アイツがどういう対応をするかはともかく、君自身が耐えきれないだろう?」 「ええ、瓜坂さんが『詐欺師』と分かって居ながら私を預けたんですから!」 「うん。だからまずは、そうだね。今回の事件の話からしようか」 俺が言い切った時、矢加部ちゃんは既にこちらに掌を向けていた。 「別に私、今すぐ逃げてルイスさんのところに言ったっていいんですよ?」 幻術で俺を足止めして、か。内心の冷や汗を、おくびにも出さずにおどけて返した。 「おいおい、能力を使うつもりかい。察していると思うが、俺は無力な一般人だぜ?」 オカルトが嘘を吐けない以上、この言葉だけは真実だ。 「やはり、そこから嘘なんですね。ハァー。でもだからって、実力行使をためらうほど私は甘くありませんよ!」 「おいおい、野蛮な正義だね。君が言う通り、俺がやっているのは詐欺だ。好きなだけ追及してもらってもいい。だが、無自覚とはいえ君も詐欺の片棒を担いだんだ。ルイスのところに行ってただで済むと思うのかい?」 「脅すつもりですか!?」 正義(やかべちゃん)と悪(おれ)、先ずはその構図をハッキリさせた。 その上で、冷静さを取り戻させる。実力行使に正統性と有効性が証明された以上、矢加部ちゃんが能力の使用をためらう理由が無い。だからこそ、話を聞く。 「別に、脅しちゃいないさ。ただ、話を聞いてから判断しろと言っている」 他の相手なら騙す所だが、長い付き合いになるんだ。今回は嘘を吐くだけ分が悪い。 「まあ、魔術師と違って一般人の瓜坂さん相手なら実力行使が効くでしょうし。話くらいは聞いても良いです」 そして案の定、クールダウンした彼女はドサッとソファに座り直す。 「……私だって、自分の了見が狭いのは知ってますよ。でも、そう言う『器用』なやり方みたいなの、あんまり好きじゃないんです」 「潔癖の自覚があるのは良いことだよ。嘘も方便だ、なんて言葉で丸め込まれるとも思っちゃいないがね。取り合えず没交渉ってわけでも無くて安心した」 「でも、これで嘘を吐かれては敵いませんからね……。暗示をかけさせてもらいます」 言うと、彼女は俺の方に再び掌を向けた。言葉に、俺は素直に驚く。 「おいおい、幻影系能力の応用で暗示まで使えるのか! 待てよ、じゃあさっきの矢加部ちゃんは俺を自殺させるような事も出来たわけか?」 実際、西洋の魔物や日本の妖怪には人に暗示をかけて自殺させる者も居る。矢加部ちゃんにそんな度胸が無いことは知っていたが、彼女の底を見ようと俺は口にした。 「そこまでは出来ませんよ。『心の底からしたくないこと』レベルなら抗えます。でも、くだらない嘘で時間を食われるのは嫌なんです、私」 声と共に彼女の掌が軽く発光し、キーンという耳鳴りのような音がなり始める。 矢加部ちゃんの掌の上の人魂は揺れ動く五円玉のように不安定で、しかして目を逸らし辛いような何か引き寄せるものをもって俺の視線を釘付けにする。 「(ッく。ああ!? こりゃマジ物の洗脳能力並みじゃないか……。抗うのは、無理か。自覚はないんだろうが、問われないように気を付けよう……)」 恐らくだが、『何をしゃべるか』はある程度コントロールできるが、『聞かれた事』には余さず答えねばならないのだろう……。厄介極まりない。 耳鳴りと頭痛は三十秒ほど続き、そしていきなりパッと晴れた。 「セイレーンや首吊り狸かよ全く……。ハァ、ハァ。矢加部ちゃん、ちょっと休んでいい?」 俺が息切れしながらも言った台詞に、矢加部ちゃんは一瞬目を細めて返す。 「何息乱してるんですか瓜坂さん。私の暗示はそんなに持たないんで、テキパキ質問させてもらいます」 彼女が言いたいこととしては、つまるところ二つ。俺が詐欺師としての仕事をしているのが気に食わないが、しかし意味があることも理解できる、という所か。 「まず、昨日の一件の真相がなんなのか、そこから教えてもらえますか?」 「そうだね、まずは軽く事情を整理する所からだ。マリーさんが依頼に訪れたのは一昨日の事。矢加部ちゃんに茶葉のお使いを頼んでた間だな」 「つまり、ヤマモトさんの電話ですぐに来ることが分かって、私をお使いに?」 「そこら辺は長年の経験だな。ヤマモトが『昨日今日』と言ったら、三十分以内の事だ」 予知能力でもあるのか。電話が掛かって来るのは決まって依頼人が来る直前である。 「それで、依頼内容は……。『魔術師をやめたい』っていう事だったんですか?」 「おう、正解。ルイス嬢の言っていた通り、『魔術師らしからぬ感性』を持っていた彼女は家族とのズレや自分が家督を継ぐことに疑問を感じていた……、と思われる」 「って言うと、どういう事なんです?」 「単純に、自分の事をあまり語りたがらなかったからだな。ある程度は『探偵』としての推察にはなるが。まあ、そこまでの大外れではないはずさ」 実際、それこそ自殺しかねない様相で激しく思い詰めていたのだ。 「事件現場の偽装トリックは、科学捜査が入らない前提だったからかなり雑だな。あらかじめ百均の血糊を塗って乾燥させた魔術陣の上から、生理食塩水で薄めた少量のマリーさんの血を掛ける。これで、『致死量の血液』の出来上がり」 乾いていない上澄みを何らかの魔術で検証することは見えていたので、魔術陣の汚し部分を血糊で代用し、検証に使うだろう部分だけ本物を使ったわけだ。 「向こうが警察に依頼したり、理科学の知識を持っていた可能性は無いんですか?」 「ない。魔術師は法に触れるような事も平気でやる連中だから、警察には近づきたがらないし。スリップジグ家が自然科学の技術や機械を毛嫌いしているのは、昨日見ただろ? ちなみに、あの計算機も俺の私物だかんね」 あとはまあ、話術の応用で『事故死以外の可能性』を追求しにくい雰囲気を作ったり、あらかじめ聞いていた情報を『今推理しました』という顔で告げて、俺の言葉の信頼性を上げた程度。 「簡単とは言わないが、『嘘を吐く』事を念頭に置かない連中だ。存外簡単に騙される」 「だから、その態度が良くないって言ってるんですよ!」 一度冷静さを取り戻したからだろう。言葉に、先ほどのようなすごみは無かったが、しかしそれでも辛抱ならない様子で彼女は続けた。 「真相は分かりました。でも、本当に騙す必要があったんですか? それに、きっと今までにも瓜坂さんは色んな人を騙してきたはずです。本当に正しいと言えますか?」 そう、本日二つ目の議題。それは結局、この娘が俺の仕事に納得するかどうかだ。いや、納得などはしまい。それでも最低限、許容はさせなければならない。 「矢加部ちゃんは、本当に実直だね。実にオカルトらしい」 オカルトが嘘を吐けない理由について。一説には『常ならざる力を持つために嘘を吐く必要が無いから』という物がある。彼女はそこまで傲慢ではないけど、しかし明確に『吐かない』という意思を持って嘘を吐かない少女なのだ。 まずは詐欺師らしく、彼女の正義感に付け込んで指摘を入れる。 「まあね、騙すことを悪とする、嘘を吐くのを好まないって気持ちは分かるが……。今回の一件、損をしたやつが誰か一人でもいるか?」 「それは……」 「マリーさんは望み通り後腐れなく魔術師をやめた。スリップジグの一族は冷血な魔術師らしく彼女に未練はないだろうし、どころか若手どもは家督を奪うチャンス、老人達にとっては疎ましい日本魔術が入り込む可能性が消えたわけだ」 「でも、それでも結局、瓜坂さんはルイスさんとマリーさんから『謝礼を騙し取った』事にはなるじゃないですか!」 「ルイスが言ってたろ、『一族の全員に動機がある』って。実際、『死んだこと』にせずにマリーが家を出ようとしていれば、ひと悶着では付かないどころか、全て終わった後に怨恨で殺されても仕方なかっただろうさ。第三者が立ち入らずに解決するのは無理だ」 「それは……。でも、やっぱり騙すのは……」 「弁護士だの、裁判所だのが間に入れば、こんな封筒一つじゃすまない金額になる。大体『真実はたった一つ』なんて皆言うけどね、真実が一つという事は『得した奴と損した奴が一セット居る』という事なんだよ。そんな真実、新たな怨恨の火種に過ぎない」 「だからって、真実を隠して偽りの平和と幸せをばら撒くんですか!?」 「おう、そうするとも。優しい嘘なんてものを自称するつもりはない。幸福の贋作をばら撒いて、そっから中抜きでお金を盗むのが俺の仕事だからね」 だけども、だからと言って。誰かを不幸にすることを、俺は正義と認めない。 「でも、慈善事業じゃないからと言って、真実だけが正しいことだとは、俺は思わない。『残酷な真実』なんて言葉の陳腐さは、それだけ傷付いた人が多いってことだ」 矢加部ちゃんは、長く返事をしなかった。 「手伝えとは言わないからさ、取り合えず俺の仕事を見て、また考えなよ。とりあえずは、探偵業務のお手伝いだけで良いから」 言うと、俺は新しいお茶を注ぎに調理台の方へ向かう。矢加部ちゃんは結局、事務所を出て行かなかった。 少しだけ欠けた満月が、夕暮れに重なって薄く浮かび上がる。 「先生の娘さん、かぁ……。似てるような、似てないような。まあ、奇縁だしね。しばらく見守らせていただきますよ、っと」 間章 一 いやはや、見事なものだ。こちら側で働くただの一般人の詐欺師が居るなどと聞いたときは驚いたが、あのうさん臭い男――『やあ、私はヤマモトと呼ばれている者だ!』などといきなり挨拶してきたのだ、とても怪しい――は嘘を吐いていなかったのだろう。 いや当たり前だな、彼自身は何の変哲もない魔術師なのだから。詐欺師の親友などというから、グルなのかと思ったが明らかに魔術を使っていた。 まあしかし、詐欺師探偵は実のところどうでも良い。目的を果たすまでの間、あの小五月蝿い連中から距離が取れれば良かったのだ。後はどうにでもなる。 新月の日まであと少し。不安要因は出来るだけ取り除きたいところだが……。 そういえば、変な噂を聞いた。予知能力を持った少女だったか。もしかすると、厄介なことになるかも知れない。手を打っておこう。 第二話 死ねない未来/探偵事務所の居候 一。 「……矢加部ちゃん、『悪魔の契約』って知ってるかい?」 「ええと、願いを叶えたり、力を与える代わりに魂を捧げる、っていう話ですか?」 問われた質問に私は出来るだけ簡潔に答える。私が瓜坂さんの『裏』の仕事を知ってから二週間、私は変わらず事務所の居候を続けていた。 週に数回、私のための超常現象(オカルト)講座をしてくれるのも前までと同じ。 「いやいや、それも正解では有るんだけどね。今回は別の話。……逸話や伝承に出てくる悪魔は人間の願いを聞いてその望みを叶えるけど、往々にしてその結果は契約者が望まないものになるのさ。そして悪魔たちは『嘘など吐いていない』と言い張るんだよ」 「私達オカルトは、嘘が吐けないはずじゃ……。瓜坂さん、嘘ついてません?」 軽く脅しの意味を込めて、掌に人魂を浮かべて見せる。彼は、フルフルと首を振った。 瓜坂誠司。彼は、町の何でも屋であり、探偵であり、私の養父の親友であり……そして、詐欺師である。オカルトならざる彼は、嘘を吐くことが出来るのだ。 「そこの捉え方が難しい所なんだよね。君たちの『嘘を吐けない』っていうのは、字義通りに『真実ならざることは言えない』というだけ。自分に不利になることは言わなくてもいいし、『可能性』や『見かけ』の話ならある程度好き勝手に喋ってもいい」 彼の発言の意図がいまいちわからず、私は首を傾げる。口元に運ぼうとしていた湯呑も一緒に傾けてしまって、慌てて元に戻した。 ちなみに今日のお茶請けはせんべいとマーマレードクッキー。妙な組み合わせだが、不思議と不味くはない。 「アッハッハッハ。分かり難いか。矢加部ちゃん、リピートアフターミー、『私は男かも知れない』……言ってごらん?」 先日聞いたルイスさんの流暢な発音からは大きく外れる、日本人のカタカナ発音。演技ならネイティブの真似も出来るらしいが、疲れるので普段使いはしないとか。 「『私は男かも知れない』……あ、言えた!」 考え事をしながらも呟き、そして驚く私に瓜坂さんはパチパチと拍手。 「まあ結局、俺がオカルト相手の探偵なんて商売をやっているのも、彼らが『騙すことが出来る』ってのを理解してるからなのよね。『嘘を吐くことが出来ない』っていうのを前提にしているから、存外アッサリ騙されてくれるけど。それでも気は抜かない方が良い」 人の頼みを聞き、己の知恵で解決する探偵。 人を欺き騙して、己の懐に金を入れる詐欺師。 そのどちらでもある瓜坂さんを信用すべきか否か、私は未だに迷っている。だからと言って逃げたりしないのは、己の生活が大事だからであり、口封じに遭うのが怖いからだ。 結局、『監視されている』という状況にこそ私は安全を見出していた。つくづく情けない話である。 「秘密の一つくらい、あるだろう? 『隠し事』くらいなら『嘘』には含まれないさ」 言われて、ギクリ。私自身、切り札である己のオカルトについては大雑把な説明しか彼にはしていない。お養父(ヤマモト)さんに『安全のためにも』と念押しされたからだ。 「ねえ、瓜坂さん。この間ルイスさんが来た時には『諸説ある』って言ってましたよね。あなた自身は私たちオカルトが嘘を吐けない理由、何だと思います?」 「俺が何を信じるか、って話なら……。そうだな、『インペルのカラス』説っていうのが個人的には好きだね」 あまり耳馴染みのない言葉に目を丸くしていると、ちゃんと説明をしてくれる。 「『白いカラスが居る』ことを証明できないからと言って、『白いカラスが居ない』ことを証明できたわけではない、という話だ。誰もが『存在しない』というそのものであり、『存在する可能性』で世界に居続ける君たちオカルトこそは、『証明されてしまったこと』には嘘を吐いちゃいけないんだよ。まあ、諸説あるうちの一つだけどね」 「なんか、ロマンチストみたいなこと言いますね、詐欺師の癖に」 「実際問題、全ての宗教家が神を信じていたなんてのは、それこそ幻想だよ。事実、僧侶にしろ司教にしろ、『神や仏の名のもとに』領主や大名に賄賂を要求した連中が居た。高校の政経で習う通り、『神話』それ自体よりも『王権神授』を盾に権力の強さを無理やり押し出す連中だって、少なく話無かったさ。神や妖怪・魔法なんてものを本気で信じていたのは、それこそ「そのもの」であるオカルト自身だけ」 何もかもはっちゃけるような事を言った瓜坂さんは、しかしこうも口にする。 「だけども同時にね、詐欺師っていうのは『相手が騙されてくれる』って信じるところから始まるんだぜ? それを思えば、夢を見るくらいいいじゃないか」 「じゃあ探偵は……。疑う仕事ですかね? 誰が犯人か、目に見えてることだけが本当に真実なのか。そういうのを疑っていく仕事」 「君は詩人だねぇ……。詩と言えば、今晩は新月らしいぜ。オカルト絡みじゃあ、決まって厄介事が起こる日だ。気を付けておいた方が良い」 月のない夜というのは、確かに何かと物騒なものだ。それにまつわる伝承も、そして様々な怪異たちも、当然たくさんいるだろう。 「しかし、仕組みもわからないのに、どうして『嘘が吐けない』ってわかるんです?」 「それはまあ、あんまり気持ちのいい話じゃないんだけどね……。二次大戦中にオカルトを軍事利用しようとしたナチスの研究組織・アーネ……」 プルルルルルル! 言葉の途中で、事務所の電話が鳴る。瓜坂さんは素早く動き、ワンコールで受けた。 「はい、こちら瓜坂探偵事務所です。って、おお! お久しぶり……」 電話中の瓜坂さんに声を掛けられ、慌ててテーブルの上のメモ帳を持って行く。 「警察が捕まえた魔術系カルト教団の残党ねぇ……。オッケ、調べとく。他にはなんかあった?」 向こうにブツブツと問答を返す彼は詐欺師だ。私には到底許容できない仕事。 「……ハァー。なるほど、海外資本の不動産屋の荒稼ぎねぇ。まあ、こっち側には関係ないとは思うが、一応調べておこう」 私が未だにこの事務所に居続ける理由は、今の生活が崩れるのが怖くて出ていけていない部分もあるが、彼の言う所の『嘘も方便』というのを信じてみたい気持ちもあった。 とはいえ結局、身の安全の恐怖が勝るのだから我ながら情けない。 「あいはい、じゃあ……。おう、少ししたら様子見に行くわ」 電話を切った瓜坂さんがこちらを向く。締まりのない顔だ。怖くはない。 その顔で演技をして、人を騙すのである。だから恐ろしい。 「どなただったんです?」 「知り合いの金持ち」 言いつつ、瓜坂さんは手帳を開いてパラパラめくり、走り書きのメモを写していく。 「……また身も蓋もない言い方をしますね。どういった関係の方ですか?」 「まあちょっとばかり仕事を手伝ってもらってる友人、ってとこかな。オカルト界隈の人間ってのは、妙に金を持ってる奴が紛れ込んでるからね。仲良くして損はない」 私はお茶を一口飲んで、おやつの煎餅を噛みしめた。 「ちなみに、瓜坂さんの仕事の事はどこまで知ってるんです?」 「オカルト絡みの探偵ってことしか教えてない。……んで、どこまで話したっけ?」 「えーと、確か……」 と、私が思い出そうとしていた時。 ピン、ポーンと事務所のベルが鳴った。 「あれ、珍しく探偵業のお客さんですかね?」 「良いから応対してきて、俺お茶入れてくるから」 「はい。……あ、詐欺師の仕事するときはちゃんと言って下さいよ?」 言いつつ、扉を開ける。 涼しい風が吹き込んで来て、もう九月も半ばであるのを感じた。 二。 「二週間ぶり、くらいですわね」 「あれ、ルイスさん!?」 現れたのは金髪美少女。かれこれ半月ほど前に、瓜坂さんが『騙した』イギリスの魔術師お嬢様である。 「ん? ルイス嬢、てっきりイギリスに帰られたかと思ってましたが……」 瓜坂さんが詐欺師と知っていて、しかして嘘が吐けない私を庇うように、彼は前に出る。いや、ここで口を閉じてしまうあたりもう既に共犯者の思考なのかもしれないけど。 「……しかし、どうしてまたこんな所に? てっきり帰られたかと思ったのですが」 私が軽く自己嫌悪に陥っている間にも、瓜坂さんは世間話を進めていく。 「ええ、姉が居なくなったとはいえ、折角の日本ですもの。アレコレほしい物もあることですし、しばらくこっちに居る事にしましたの」 言葉に、背筋をヒヤッとしたものが通る。彼女の中では『死んだ』はずの姉の事をさも何でもないかのように言ってしまえる精神には、どうにも馴染めない。 「なるほど、それでわざわざ何の御用でいらっしゃったと?」 「まあ、ええ。依頼のような物でしょうか。最近巷で噂になっている、『予言少女』なんていうものをご存じでしょうか?」 言葉に、私は高校で聞いた噂話を思い出し、挙手をして声を上げた。 「はい! 私知ってます」 「ええと、貴方は……。ツキナと呼んでもよろしいかしら?」 「え? ええ、はい! 矢加部月菜です私!」 唐突に距離を詰められて、思わず声が上ずってしまった。外国人が皆こうだとは思わないが、うう。苦手意識を持ちそうだ。 「あら、変わった反応されるのね」 グイ、と今度は物理的に距離を詰められる。 「あまりうちの弟子を脅かさんといてください……。さて、その話なら確かに俺も聞き覚えがあります。ネットだったかな、後商店街でも聞いたかな。自分の死を予言して、そして間一髪でそれを回避していく少女、でしたよね?」 「っていうか、『これから自分が死ぬから助けてほしい』って言って、実際言ったとおりに事故が起きたり、或いは通り魔に襲われるのに、ギリギリのところで死なない、っていう風に聞きましたけど」 「おうおう、そんな感じ!」 演技なのか素なのか、やたら定義的で分かり難い説明に私が茶々を入れると、瓜坂さんは相槌で返した。 「それで、その噂がどうしたって言うんです? ルイス嬢」 「私もまた、偶々見掛けただけなのですけれど。その少女、あからさまに魔力の気配を漂わせていまして……」 「可哀想だから、って話ではなさそうですけどね。一応、依頼しに来た理由を聞いても良いですか?」 冷血にして技術を愛する魔術師たちは、人道を気にも留めない。彼女らの行動に理由があるとしたら、そこに理屈か、利益が無ければおかしいのである。 「まあ、一言で言えば研究の邪魔だからですわ。……聞くところによればかなりの大規模事件・事故になった案件も少なくないとか。生憎と専門からは遠い感覚だったので手出しはしませんでしたが、巻き込まれたいタイプの物でもございませんから」 「まあ、死を予言する能力は別としても、ここ数週間で噂になるレベルで何度も死に掛けてるとなると、呪われてるか、怪しい魔術結社に狙われているか……。ったく、どこの主人公だよ」 噂になるというのは、それだけ目撃情報があるという事だ。今回の場合、その数だけ少女が『死に掛けた』訳である。 「そこなんですのよ。私が人づてに聞いただけでも、十件以上。少なくとも姉の一件より前には音沙汰もなかったのですから……」 「日に一度ペースで死んでる訳ですな……。どこの幻想キラーだか、全く」 「案外自販機にお札を吸われて、『不幸だー!!』なんて叫んでるかもしれませんわね」 言って、二人してクスクス笑う。どうやら、何らかの漫画のネタらしい。 「まあでも俺も魔術探偵として、この辺りのオカルトの治安維持を請け負ってはいますからね……。この辺りのデカい勢力にも声をかけて、調べてもらうことにしますよ」 「それは心強いですわね」 ルイスさんは納得したように頷いていたが、私には少しよくわからなかった。 「……え、そんなに多かったんですか、こっち側の人々って!?」 「うん、まあね。この辺りだと、例えば商店街脇の神社の神主さんとかは陰陽師の家系だぞ。っていうか、地鎮祭とかはちゃんとやらないと時々厄介事が起こるからな……」 「へぇ〜。そうなんですね」 「えぇ。私もこちらに引っ越して来た時に一度挨拶に伺いましたわ」 ルイスさんの言葉に、なんとなくサラリーマンの出向をイメージする。テレビドラマとかで見た記憶だけど、どこかに異動になると営業先に挨拶しに行く感じ。 「あとはまあ一応土地神様とか、土着の妖怪がいくらか。……で、一番デカい勢力がこの街の極道――藍崎組だな。あそこは昔気質の連中だから余程のことはしないけど、逆に一通りの事には通じてるから、当然のように魔法使いも囲ってる」 「……ェ!? ケフッ、ケフッ」 その言葉に、私は思わず喉を引きつらせる。 せき込み、慌ててお茶を飲んでから改めて問うた。 「極道って、ヤクザの事ですよね!? そんな連中がオカルト側の力まで持ってるなんて、危険じゃないんですか!?」 「危険かどうかを言うなら、石投げつけるだけでも人間は死に至るんだ。それに、『昔気質の連中』って言ったろ? そうそう進んで問題を起こしはしない。どころか、むしろこの辺りの治安維持に一役買ってるとも言える」 まあ、俺の同業者だな。瓜坂さんはルイスさんに聞こえない程度の声でそう言った。 「まあ! ツキナはご存じでなかったのね?」 「私はこちら側にきて日が浅いのであんまり。そういうルイスさんは? って、近!?」 地味にルイスさんの距離感が近くて怖い。二十代半ばだとは思うが、金髪美人に迫られるのは、何とも言えない恐怖があった。 「私も知ってはいませんでしたが……。気配だけはなんとなく」 「はいそこ、近い近い。藍崎組は元々、戦国時代の武士にまで遡るんですがね、江戸時代の当主が妖怪を倒したことがあるらしくって。以来、この辺りで起こるこちら側の厄介事に出張ることも、少なくはなかったらしいんですよ……」 「まあ、おサムライですの!?」 「ええ、アニメチックに妖怪と戦うサムライです」 「なるほど……。そんな事情があったんですのね」 恐らく嘘は言っていない。というか、騙す必要性が無いと思われる。 「この国の場合、特に土地に根付いた妖怪や魔法っていうのが多いですからね。先日の陰陽五行もそうですが、神秘の行使にも土地の人間や歴史が関わっているんです」 付け加えるように探偵が言うとルイスさんは何か思いついたような表情になった。 「日本は魔術的に後進国と聞いておりましたが、中々どうして……」 「どうかしたんです? ルイスさん」 「いえいえ、こちらの話ですわ。ちょっと研究に行き詰っていたようなところがありまして、今しがた解消されましたの! お仕事の邪魔をしてもなんですし、失礼しますわ」 「依頼の件、承りましたからね〜」 「後日、お支払いに来ますわ!」 言うと、彼女は事務所を飛び出して行った。 「一応聞いておきますけど、瓜坂さんここまででなんか嘘吐きました?」 「ん? まあ、少しだけね。さっきは藍崎組が魔法使いを囲ってると言ったけど、実質的にはむしろ、『オカルト側の問題を対処する仕事人が集まった集団』が暇な時にテキ屋なんかの仕事をするようになった、っていうのが近いんだよ」 「そう、なんですか」 「うん、よくあるタイプの『極道を自称する暴力団・チンピラ』って言うんではなくて、あそこは世にも珍しい『侠客』なんだよねぇ。だから警察も手を出さない」 「ルイスさんに真実を言わなかった理由は?」 「一応、この街の内情だからね。ハッキリ身内と言い切れる矢加部ちゃんはともかく、ルイス嬢に説明してしまうのは色々とマズい。何かあったら責任取れないし」 何とも情けない返答であったが、同時にらしい(・・・)とも思った。 「で、これからどうするんですか?」 「あ〜。そこももう一つ嘘があったわ、そういえば」 「へ!?」 私が思わず目を丸くすると、瓜坂さんは三人分の湯飲みをもって立ち上がった。 「実は、藍崎組がもうすでに居場所を特定しててね。これから会いに行こうかなって」 「もしかして、今回もルイスさんが依頼に来るのを待ってたんですか?」 「いやいや、それこそさっき連絡が来たばっかりなんだよ。ルイス嬢が来たのは、偶然だね。まあ、お金が入るんだったら悪い話じゃないさ……」 その言葉に、軽く記憶を遡る。さっき連絡が来た、ねぇ。 「もしかして、さっき電話してた『お金持ち』って、その極道さんですか!?」 「大正解!」 瓜坂さんが湯呑を洗いつつ振り返って、その拍子に水しぶきが散った。 詐欺師の裏家業と言い、極道と知り合いであることと言い……。やはり、私はこの探偵を信用していいのだろうかという不安は拭えなかった。 三。 「さてと、この辺りらしいけど……」 やって来たのは浜岡駅――この辺りのターミナル駅近くの繁華街。 今まさに沈もうとしている夕陽が、地平線を赤く染める。ああ、もうすぐ秋分か。 「あれ、極道さんに会いに行くんじゃないでしたっけ?」 「場所を見つけただけ、らしいよ。明らかにヤバいのは事実だけど、何らかの呪いとかに巻き込まれただけの一般人だった場合、迂闊に極道が関わればその娘自身の将来に迷惑が掛かるからね。連中も迂闊に接触できなかったんだと」 「なかなか気遣いのできる人達っぽいですね……」 なるほど。それで瓜坂さんに仕事が回ってきた訳だ。一応は探偵である彼なら、強面の野郎どもに囲まれるよりはマシであろう。『一応』でなければもっといいのに。 「ああ、居た居た。あそこの、浜岡西高の制服着てる子だよ」 写真と見比べつつ、瓜坂さんが指をさす。 短めの茶髪を揺らして歩く、活発そうな雰囲気の女子高生だ。 「……瓜坂さん、女子の制服見てすぐ高校がわかるとか、何らかの変態ですか?」 「違う違う、っていうか探偵の必須スキルだよ。相手の恰好見て正体類推するのは」 言われてみれば、まあ確かに。ただ、詐欺師といういかがわしい職業についていることを考えれば、発言にも犯罪臭を嗅ぎ取ろうというものだ。 「矢加部ちゃん、ちょっと行って来て。同年代の子の方が話しやすいだろうし」 「それこそ瓜坂がいきなり話しかけたら、怪しいですもんね」 「毒がきついねぇ〜」 まあ頑張れ、と手を振る彼を尻目に私はスタスタと近付いていく。 「あの〜。すみません、ちょっと良いですか?」 言い終わるよりも一瞬早く、まるで話しかけられることがわかっていたかのように彼女が振り向いた。 「……ッ!?」 「怯えないで、怯えないで。今回は(・・・)初めましてだね、探偵の助手ちゃん?」 予言能力を持つ少女、その言葉がこんなにも真実味をもって理解できるとは思わなかった。名乗るより先に正体を察せられたことに、警戒して軽く肩が震えてしまった。 「その、えと。貴方が噂の予言少女さんですね?」 「だからリラックスしてってば。……しかし、噂になってる人物に、『貴方が噂の人ですね?』って聞くのも妙な話だねアンタ。まあいいや、そっちの探偵さんも出てきなよ」 少女は遠くから伺っていた瓜坂さんの方にチラと視線を向ける。結構人通りがあるというのに、すぐ見つけられるのか。 こちらを見た瓜坂さんに軽くうなずくと、彼が近付いてくるのをしばし待った。 四。 「改めましてはじめまして。探偵の瓜坂誠司だ。よろしくお願いするぜ?」 「これはこれはご丁寧に。アタシは、成平環という」 「私、アルバイトの矢加部月菜です。成平さん、よろしくお願いします」 「おう、助手ちゃんね。って言っても知ってるんだけど。まあヨロシク」 駅舎の隅に移動してしばし。タバコやら道行く人の香水やらの煩雑に入り混じった匂いを嗅ぎながら、私たちは自己紹介をすませる。 少し気になる言葉に、私は質問しようかと思ったがその前に瓜坂さんが口を開いた。 「さて、サクサク行こうか。君にはいくつか質問したいことがあったんだ」 確かに、今回の一件――いや成平さんの件は分からないことが多すぎる。そもそも、『どうにかしてくれ』という依頼自体が曖昧なのだ。予知の仕組みや、どうしてその能力を得たのか、成平さん自身がどこまで把握しているかも確認しないといけない。 瓜坂さんが三本指を立てた時、彼女はひょいと近寄ってそれらを握った。 「一つ目の質問は、アタシがどうやって死ぬかについて、だね? 良くは分からないが、駅裏で事故か事件が起きる。そっから逃げてくる人や車にぶつかり、『運悪く』死ぬ」 「……正解。二つ目は?」 予知能力だろう。質問を先回りされた瓜坂さんはしかして冷静に返した。 「二つ目、アタシがこの能力を得たのは約二週間前、カルトじみたやつらに誘拐された時によくわからん儀式に巻き込まれたせいだ」 魔法使いの集まりだろうか。儀式が必要なのは効果の強い呪いと習っている。 「その連中は多分俺も知ってるな……。警察に捕まったと聞いたが、自分が死ぬ未来を見せられるとは、厄介な呪いだな」 「三つ目、アタシ自身が知っていることはそう多くない。経験則なら話せるが、時間はそんなに残っていないし、生憎と頭が良くないもんでどう説明して良いかもわからない」 「……なるほど、もうすぐその『事故』が起きるんですね?」 「うん。それについては未来の探偵さんから伝言。『俺が環君に質問をするか、十八時三十分を過ぎた瞬間に裏の雑居のビルでなにかが起きる』だそうだ。ちなみに、ビルから逃げきた人間の波に巻き込まれてアタシ達はこの後死ぬ」 唐突な死亡予告宣言に私は馬鹿らしさを覚えつつも、しかし『オカルトは嘘を吐けない』という事を思い出して、身を震わせた。 「安心しろ、矢加部ちゃん。環君の言う通りなら未来の俺たちは既に死んでいる。でもって、この落ち着き様からするに死が確定するまでには余程の猶予があるか、でなければ『死なない未来』を選ぶことが可能なはずだ、この子には」 「大正解。やっぱり頭の回転が早いね、探偵さん」 言葉にもう一つ、私は思い至る。彼のこの冷静な態度、そしてそれ以上に『未来の事件を予言する』なんてことを表立って行っている少女に、警察が対処しないはずがない。 「多分ですけど。瓜坂さん、成平さんが今までかかわった事件、他に被害者は出てないですよね。だから、『死ぬかもしれない』のに冷静でいられるんじゃないですか?」 「おう、っていうか、被害者が出てたら事件の参考人として警察が動いてるはずなんだ。だけどそれが起こってない、っていうより出て来てないわけだから……」 少し妙な話ではあるが、逆に言えばそこが『未来視の呪い』の取っ掛りかもしれない。 「もしかしなくても、黙ってましたね?」 「まあ、関係ないと思ってたしなぁ……」 悪びれることなく言った彼を、ジトっと睨む。 「お二人さん、悩むのも良いけど、そろそろ質問を頼むよ。アタシも時間が無いんだ」 成平さんが指さした壁掛け時計は六時二十分を過ぎていた。 「……そうだな。環君が生き残れば被害者は出ない。死を回避するルートを選ぶまでは延々と繰り返す。環君は呪いについてはほとんど理解していない、ねぇ」 「その上で、死因は駅裏の方から逃げてきた人とぶつかって死亡ですか」 「ああ。ちなみにアタシが全力で駅から遠ざかった場合、車に轢かれて死んだよ」 その言葉に、瓜坂さんは何かに思い至ったように目線を上げる。 「なるほど、『未来を変えるために動いたらどうなるのか』もまた知ることが出来る訳だ……。四つ目の質問は『君が未来を変えることが出来る範囲はどれくらいか?』だな。少なくとも君は、矢加部ちゃんが話しかける事を知っていたね? 君が未来を見たのは、いつなんだ?」 「うーん。未来を見た、未来を見たねぇ……。表現は微妙にずれる気もするが、タイミングとしては十八時ジャスト。逆に今までの経験則上、約一時間生き延びればそれ以上死ぬ心配はない」 言葉を聞いたとき、瓜坂さんは何か面白いゲームでも見つけたかのように口元を歪め、呵々と笑った。ルイスさんもそうだが、この人も大分狂ってる。死を突き付けられてなお、まるで諦めずに笑っていられる。 「そうだね、いつになるかは知らないけど、絶対に助けてやるよ。環君」 まるで意味深に、あたかも今死んでも次があるかのように瓜坂さんは言って、笑った。 「別の時間のアンタもおんなじこと言ってた!」 額を抑えつつ発された成平さんの皮肉を背景に、駅裏のビルから爆音が聞こえてくる。 どよめきの波が向こうから伝わって来て、やがて悲鳴に変わった。 五。 ざわめく人混みの中、私は声を張り上げる。 「どうするんです? 瓜坂さん!」 「ここまでの五つの(・・・)質問で分かった事だが、もしも『環君以外にも被害者が出る事はない』っていうなら、駅裏の事故でも当然被害者は出ないはずだ! まずは現場の確認をしたい」 「他に何か分かった事は無いんですか!?」 「気になることと言えば、未来の俺からの伝言だな。環君は心当たりないのか?」 「生憎と、アタシはそこまで頭は良くなくってね。今までも根性だけで切り抜けてきた」 その言葉に、私は思わず悲鳴を上げる。 「それって行き当たりばったりじゃないですか!?」 「そうでもないさ。少なくとも、未来の俺は『何か』を見た。だからアドバイスを寄越したはずだ。その、『何か』を探す!」 むしろ、それを探したからこそ死ぬのではないかとすら思ったが、それでも他に解決の糸口があるとも思えない。 どよめき走る人混みの中、駅舎を出て再び繁華街に出る。 「アタシが案内する! 少なくとも、『いつ、誰にぶつかるか』は覚えてるからね!」 その言葉には頼もしさしか感じられない。 今まで彼女が見てきたあらゆる可能性の未来、その全てを記憶の中にを覚えているのだというのだったら、その記憶力はいかほどなのか。 「そっちの左路地からは人が来る! 大通りを行って!」 件のビルまでは百メートルかそこらだ。 「この距離なら、早々事故に巻き込まれることもないですよね……」 「そうでもないと思うぜ、矢加部ちゃん!」 言うと、瓜坂さんは軽く私の肩を引き寄せる。瞬間に、横を通り過ぎるオートバイ。 思わず冷や汗をかき、しかして拭う間もなく慌てて銃身を整えた。 「『今まで被害者が出ていない』ってことは、俺達の誰が欠けた時点で例外に突入することになる。人道云々以前に、事件が解決しなくなるぞ!」 「もう少し、死への恐怖とかないんですか!? 私、滅茶苦茶怖いんですけど」 肩が震え、背筋が凍る。それらが猛ダッシュの息切れと、周囲を行きかう人並みの熱気に強引に抑えられていく感覚だった。 「そんなもん、事務所開いたときに捨ててる! おい、環君はどこ行った!?」 「成平さん、成平さん! あ、居た!」 人込みに一瞬隠れた成平さんが手を伸ばすのを、慌てて私が引っ張り上げた。 「ハァ、ハァ。助かったよ助手ちゃん。……次。右からギターケース持った人が来る!」 「撲殺かよ!?」 瓜坂さんが慌てた声を上げて、私たちの肩を押して左斜め前に出る。 人の動きに逆らっての移動に息がつかれてきたところで、しかし人数が減ってきたことに私は溜息を一つ吐いた。 「……はぁ」 「助手ちゃん、車来る! 向こう側の標識に寄るよ!」 声と同時、私たち三人は慌てて駆け出した。ほぼ同時、真後ろを急カーブで侵入してきた軽バンが通り過ぎていく。視界の端には散らばったガラス片、あれに頭をぶつけて死んだ未来もあるのだろうか……? 「ヒュ〜。ハリウッドにでも来た気分だぜ」 「アンタも大概、意気が良いねぇ探偵さん! ひとまずこれでラスト、ビルに入ろっか」 頭痛でもするのだろうか、右手で眉間を抑えつつ成平さんはもう片やで目の前を指さす。視線を上げれば、プスプスと黒い煙を上げる雑居ビル。 「ここですか、件の事故現場は……」 六。 「はてさて、アタシもこっから先は初めてだからね。気を付けて行こうじゃない」 言いつつ成平さんはスタスタと階段を上る。その後を瓜坂さん、私が着いて行った。 「……ん? なんか、いやな気配します!」 「矢加部ちゃん!?」 クンクン、と鼻を鳴らす。煙やなんかの匂い以上に、この気配は……。 「魔力の匂いです!?」 「魔力……。いきなり、アタシの知らない話出てきたんだけど、なにそれ!?」 その言葉に、そう言えば成平さんはオカルト側にはまるで詳しくないことを思い出す。 「まあ、そういうもんがあるって話だよ。それこそ環君がここの所悩まされてる、このループもそうだけどな」 時間が無いからか、簡潔に説明する瓜坂さん。 「……と言っても、実は『気配』以上の事は分からないんですけど……」 「大丈夫。予想ではあるけど、少なくとも『切り抜けられる』事態のはずだから、気配が大雑把にわかればいいさ」 言うと、目元を擦っている成平さんから先導を変わり探偵が前に出る。 「さーて。鬼が出るか、蛇が出るか!」 外から見て、煙が立っていたのは三階だ。瓜坂さんがドアを開ける。 「んだよ、コレ……」 何かのセミナーのようにパイプ椅子と長机が並ぶ中で、しかして人の気配だけが無い。 「コレ、何がどうなって爆発したんだよ……?」 ここまで来たのは初めてなのだろう。成平さんも驚いた声を上げている。 「だが、外から見た時には煙が出てましたよね……。あ、ありました!」 しばらくキョロキョロして、それからようやく見つける。 「あれ、じゃないですかね?」 見えるのは、かなり大型の魔術陣。 「どれどれ……」 七。 「伏せてください!」 不用意に瓜坂さんが近付こうとした時、少女の声が雑居ビルに響いて私たち三人は長机の陰に隠れる。 「ゥグぎゃァアア!」 刹那遅れて、魔術陣の向こうから怪物が姿を現す。片側しかない羚羊の角、血走った三つの目、明らかに人ならざる異形の化け物であった。 「(アタシも色んな方法で死んできたけど、あんなモンスターは初めて見たよ)」 「(もしかして、事故の原因ってアレですか……?)」 「(おう、多分だけどな)」 「(うわぁ……。これ以上は聞かないでおきます)」 控えめに言っても、下手なスプラッター映画より怖い想像しかできない。 「(奴(やっこ)さん、窺ってやがるな……。迂闊に手出しできねぇじゃねぇの!)」 やたらと魚臭い息を吐いているお陰で、こちらには気付いていないらしいが、逃げるにしても倒すにしても、こちらが動いてしまえばどうしようもないだろう。 「(アタシが先陣を切る! 探偵さんなら、なんとか出来るんだろ?)」 成平さんはそう言ったけれど、私には到底無謀なことにしか思えない。 見る限り彼女の予知能力は本物だ、そして能力者であるからには『嘘を吐けない』事は確実。何より切実に『死の運命』を避けようとする彼女が、最善を尽くさぬはずがない。 故に私には『どうしようもないから突っ込もう』という発言にしか聞こえなかった。 「(そんな、無茶ですって!?)」 だが。 「(いいや。出来るというなら先陣を頼みたい。あの魔方陣を壊せば、怪物は止まるはずだ。俺が紙を破り捨てるまで、時間を稼いでほしい)」 「(何を言うんですか、瓜坂さん!?)」 私が噛み付けば、瓜坂さんは何の気なしにポリポリと頬を掻く。 「(俺にもようやく、『未来予知』の仕組みが見えて来たって所だ。環君、君は最高に説明下手だなぁ……。苦労したよ)」 「(アタシにゃあチンプンカンプンだが、なんかわかったんだね、探偵さん?)」 返す成平さんの表情は、幾重もの修羅場を潜り抜けてきた相棒を見る様な、全幅の信頼を寄せるもの。私にはもはや訳が分からない。 「(おう、だが。まずはこの状況を解決するのが先だ。頼むよ!)」 「おう!」 声と同時に、少女が物陰を飛び出して行く。 八。 「鬼さん、鬼さん、アタシはこちらぁ!」 歌うように叫んだ成平さんの方を、猛スピードで怪物が振り返る。 「グゥる、アぁあああァッ!」 「せぇ、のっと!」 怪物が放った電撃を、あらかじめ知っていたかのように屈んで避けた。 「……すごい」 流石の『予知能力』である。基礎能力が違うはずの怪物相手でも、通用するのか。 九。 「それから、っと!」 屈んですぐに、成平さんはパイプ椅子を拾って頭上に掲げた。そこに、急接近してきた怪物の拳がクレーターを作り出す。 「矢加部ちゃん、今のうちに行くよ!」 「あ! ……はい、分かりました!」 私たちも慌てて、遠回りのルートを隠れて進みながら魔術陣に向かった。 十。 「グゥる、ぐぅラァあああ!」 怪物が長机を振り回し、モグラ叩きの逆を行くように円運動の隙間を縫って少女は須らく避ける。しゃがみ、立っての上下運動。 たった数十秒に、幾重もの死線を跳ねのける。 「次は雷撃だね、お見通しだよ!」 再び放たれた稲妻。届く直前に成平さんが投げたパイプ椅子が避雷針となって逸れた。 「ウィりぐ、ぅうううラぁァアあ!」 十一。十二。十三。 避けられたことに怒り、狂ったように叫びを上げた怪物は成平さんに近付く。 「矢加部ちゃん、チャンスだ!」 その分だけ空いた魔術陣との距離、私と瓜坂さんは忍び足ですぐさま詰めた。 「ほらほらほら、そんなんじゃアタシに届かないよ!」 まるで武術の達人があしらうかのように、己に向かう拳を、蹴りを、寸前で躱す。 「クソ、流石にきついなぁ!」 そう言っている物の、まるで危なげは無く。ただ、攻撃が掠ったわけでもないのに、頭を押さえているのが少し気になった。 十四。十五。十六。 至近距離からの雷撃も、砕け散った長机の破片さえも、成平さんの体に傷一つ付けられない。未来予知とはこれほどまでに精密で、恐ろしい物か。私は背筋を震えさせた。 「よし、着いた!」 十七。 「今、ですね!」 囮を買ってくれた彼女への合図を兼ねた瓜坂さんの言葉。その言葉に振り向いた怪物の視線を事前に聞いていた通り(・・・・・・・・・)、私が幻術を出して逸らさせる。 虚空へと飛んで行った雷、その一瞬の隙に探偵は魔術陣を持ち上げた。 「それ、破っちゃって大丈夫なんですか!?」 「召喚の魔術だからな、閉じるか破るかして、儀式を壊せば召喚された化け物は元の場所に戻る!」 ビリビリビリ、と音がして瓜坂さんが魔法陣を破り捨てる。だが、その瞬間。 「グゥ、が、ぐぎゅあるぁああああああ!」 徐々に光の粒子となって消えゆく怪物。まだこの世に留まりたい、とばかりに奴は地団駄を踏む。それだけに飽き足らず上げられた断末魔。それが天を裂くような雷となって打ちあがり、怪物の首の動きに合わせて薙ぎ払われた。 「クソッ! 避けてくれ探偵さん!」 成平さんの悲鳴。急いで前のめりに倒れこんだ瓜坂さんの、わずかに中空に残っていた胴を雷が薙いで、焼いた。半身だけとなりつつも、彼は声を嗄らす。 「……ぐぅほ。ゲホゲホ。クソッタレ!」 その下半身は既に吹き飛び、電が掠った背中は焼け焦げていた。ゴミ処理場の匂いを何十倍も悪趣味にしたような肉の焼ける匂いがあたりに充満する。 ドクンドクンドクンと、耳裏を流れる血流がやけに煩い。 「助手ちゃん、足場が崩れる! 逃げるよ!」 走り回る怪物の重量に、ビルの基礎もやられていたのか。ほぼ同時に足元が崩れ始める。でも、目の前には致命傷を推してなお口を開こうとする探偵が居た。 「でも、瓜坂さんが……!」 私だって自分の命は惜しい。だけど、ここ数か月も寝食を共にした顔馴染みが、今まさに死のうとしているのだ。何とか救えないかと、思わずにはいられない。 頬が熱くなる。私は、泣いていた。 涙をぬぐう余裕もない、煙にせき込む暇もない。そんな中で息も絶え絶えと言った体の瓜坂さんが、なおも無理を推して、声を出す。 「……グホッ。一つ、良いかな?」 「なんですか!?」 足場が崩れて駆け寄る事さえできないが、背中を覆うケロイドと、口から洩れる致死量を超えた血からは死しか連想できない。 腐臭の前段階のような錆臭い鉄の匂い。そんな状況にありながらも――血圧が落ち切って青白い顔を歪めて、痙攣するように震えながら詐欺師は笑っていた。 「環、君……。次の(・・)俺への伝言!」 「この死にそうなときに、何妙なこと言ってるんですか瓜坂さん!?」 訳が分からないと、私は泣きながら彼を叱る。 正しく、死にゆく人の貌であり、体であった。ただただ、笑っていることを除いて。 或いはもう、意識も朧気で何も判って居ないのかも知れない。そんな私を制するように瓜坂さんは掌をこちらに向けた。 「良い、から。環君じゃ無けりゃ意味が無いんだ! 伝言はね、『死神がどこかに居る。探さなくてもいい』だよ……。頼むぜ!」 言葉とほぼ同時、瓜坂さんは崩れ行く足場と共に地面に落ちていく。あの怪我と、火傷だったのだ、先ず生きてはいない。 「そんな状況で、どうして……ッ!?」 「助手ちゃん、もうビルが持たない! アタシ達だけでも外に……ッ」 理性的に考えれば、成平さんのいう事が正しいのは分かっている。 ただ、私の感情が追い付いていないだけなのだ。 そう、無理やりにでも納得して入ってきたドアの方に向き直る。だがその瞬間。 ド、ゴォン! 爆音が、在った。思うに、粉塵爆発というのだろうか。ともあれ地面が爆ぜ、私は上向きに吹き飛ばされる。 「か、はァ……アッ!?」 声にもならない呻き声が漏れた。同時、脳が揺れ、意識が混濁する。全身のあらゆる箇所を鈍器で殴られたように、まんべんなく痛みを感じていた。 それでも、徐々に落ちていくのを三半規管は捉える。ああ、死ぬのだな。 「助手ちゃん、助手ちゃん!? おい、アンタも死んじまうってのか!?」 聞こえる声が、遠い。足が重いのは、もう動かないからか、瓦礫に潰されたからか。 「(どちらにしろ、動かないんじゃあ一緒ですね……ア、ハハハ)」 最後にさして面白くもない冗談を言って、そして私の意識は暗闇に飲まれた。 十八。 「そろそろ、アタシも時間が無いんだけど。十八個目の質問、決まったかい?」 成平さんが指さす掛け時計は、六時二十五分を示している。 「おっとっと。忘れる所だった。未来の探偵さんから、もう一つ伝言。『死神がどこかに居る。探さなくてもいい』ってさ」 あまりにも意味不明な伝言、だがその言葉に瓜坂さんはにやりと笑った。 「さーて、環君。悪いが最後の質問は後回しにしよう」 「何でだい?」 頭痛だろうか、眉間を抑えつつ成平さんが問い返した瞬間、爆音。 それからどよめきの波が向こうから伝わって来て、やがて悲鳴に変わっていく。 その人混みの中で、まるで何の論理も通らないのに唐突に、瓜坂さんが空に叫んだ。 「君の未来予知――死を起点としたループ現象の仕組みはもうわかった! まずはこの一時間を生き延びるぞ!」 人込みを乗り越え、事故を起こしそうなバイクや自動車を躱す。 やがて辿り着いた雑居ビルで、一枚の光る魔術陣を見つけた。 魔術陣を掴もうとした刹那、怪物が迫りくる。 だが、動きを読み切ったような成平さんがそれを完封。バランスを崩させると同時にパタリ。紙は閉じられ、効力を失った魔術陣はすぐさまその灯を消した。 「ループの解法は実にシンプル、一つの質問もせずに魔術陣を破る事だったわけ、か」 瓜坂さんはさも納得が行ったかのように頷いているが、私にはまるで訳が分からない。 「私散々走り回って疲れたんですけど……。良い加減、説明してもらっても良いですか? 何がどうなってるんです」 そう、ここまで来たのは偏に成平さんの未来予知と事前情報のお陰じゃないだろうか。 何故、瓜坂さんがやり切ったような表情をしているのか。 「結局、私はひたすら走りまわされただけにも感じるんですけど……」 私の声に、瓜坂さんは腕時計を指さした。 「まぁまぁ。時給にして実に二十時間近くも働いたんだ。一回、喫茶店にでも入って解決編と行こうじゃないか!」 言うと、瓜坂さんは私達二人を先導するように、お気楽に階段を下りて行った。 「おう。多分泰山庁だと思う……。見当つくか?」 繁華街の端にあるフランチャイズの喫茶店に着くなり、瓜坂さんは軽く席を外して、電話を一本掛けていた。 「いきなり電話っていうのは失礼だと思わない、助手ちゃん?」 成平さんの問いかけに、私は軽く思案しつつも答えを返す。 「んー。私にもわかりませんけど、多分この後に関係ある事だから心配しなくても良いと思います」 「ハァーン、そんなもんなのかい」 「あと、これの調査依頼も兼ねているんじゃないでしょうか?」 そう言って私が取り出したのは、四分の一に折られてセロテープで固定された件の魔方陣。化け物を呼び出すような物騒な代物だ、何の故意もなかったとは考えにくい。 「アタシ、魔法とかそういうのには詳しくないけど……。ああいう怪物とかに襲われることって、よくあるの?」 よくあってたまるか。というか、早々表沙汰にならないからこそ、一般社会には認識されていないのだ。 「あんまりないですかね。こちら側の人でも、むやみやたらに人は襲いません」 「そんなもんかぁ……。ファンタジーっつっても、そんなに夢がある訳じゃねぇんだな」 「おう、そいじゃあな。……よろしく頼むわ」 私たちが話している間に、電話を終えた瓜坂さんがこちらに向かってくる。 「……当たり前だぞ、俺たちにとってはこれが現実なんだ。みんな必死で生きてる。夢も何もありはしねぇよ」 一通りの問答。二人はズズズとアイスコーヒーとジュースを啜る。 「さて、環君の能力――いや、もはや『呪い』だな。それについて話す前に今度こそ最後の質問――というか、確認だ。噂やなんかでは『予知能力』と言われているが、厳密には君は『死ぬたびに時間を巻き戻って、再びやり直している』んじゃないか?」 その言葉に、私は意味が分からず声を上げる。 「瓜坂さん、それはおかしいですよ。だって、そんなの到底『未来予知』じゃあないじゃないですか! だったとするなら、それを成平さんが説明しない理由が無いです」 私の問いに、瓜坂さんは苦虫を噛み潰したように目元を歪めた。 「そこが、俺が『呪い』と評する所なんだがね……。世の中のありとあらゆることには作用と反作用があり、結果とコストがあり、メリットとデメリットがある。人間の脳みそってのは、与えられた環境に適応するようにできている。さて、では『同じ時間を繰り返すこと』のコストやデメリットや、或いはそれに適応した結果は何だと思う?」 「……回りくどいですね。何が言いたいんですか?」 できれば、わかりやすく整理することが出来ないのだろうか。そう思った瞬間。 「それだよ、矢加部ちゃん。未来予知にしろ、時間移動にしろ、『何十回分ものif(もしも)の世界』の記憶が脳みそを圧迫することには変わりがない。特に環君のさっきの動き、怪物の攻撃に対してコンマ数秒以下の単位で見切って避けていたんだよ。武術の達人でもない、ただの少女が」 その言葉に相対して、初めて彼の言わんとすることを理解した。成平さんの現実を垣間見ることが出来た。何十周もの『今』をコンマ数秒単位で覚えているのなら、それに伴う副作用はいかほどの物か。 「それに適応した――適応できてしまった環君はね、記憶力と引き換えに思考の整理能力を失ったんだろう。……環君、君は剽軽な言動で誤魔化しているが、実のところ会話をするのも難しい状態なんじゃないか?」 私は漠然としか理解していなかった『未来予知』の能力、その実態と反動に恐怖した。 背筋が凍るような思いの中、アイスミルクのカップを指でそっと遠ざける。 「両方とも、正解だよ。……よく、分かったね」 成平さんはジュースカップ――というより、その中の氷を額に押し当てながら言った。 そのまま事情を説明しようと口を開いた彼女を手で制し、瓜坂さんは声を発する。 「大分無茶してるのは分かってる。探偵として責任をもって説明させてもらおう。環君は『時間が無い』という割にまとめて喋らず、問を一つ一つ先回りして喋っていた。その上、時折眉間を抑えたり瞼を揉んでいたからね。頭痛持ちであることはすぐわかった」 言われてみれば、の域ではあるが。そういった仕草が多かったようにも感じる。 それが脳のオーバーワークのせいだとは微塵も気づかなかったが。 「でも瓜坂さん、それだけじゃあ『未来予知』なのか『同じ時間を何度も繰り返している』のかの区別はつきませんよね?」 理屈の上で言うのであれば、最終的に選ばれる未来以外が人々の記憶に残らない以上、未来予知だろうが過去改変だろうが、やっていることに違いは無い。 それを指摘すれば、瓜坂さんはゆっくりと肯定した。 「確かにね。結果として『選ばれなかった未来』は実在しないわけだから、後は本人がどう感じるかの問題でしかない。――ただまあ、今回に限ってはヒントがあったからな」 「ヒント、ですか?」 温くなった牛乳を飲みながら私が問うと、瓜坂さんはエスコートでもするかのように掌を成平さんに向ける。 「環君が言ってたろ? 『未来の俺からの伝言』だよ。何周目の俺だかは知らないがね。環君の予知能力の特殊性について気付いた俺は、自分に伝わりやすいようまとめたんだ」 その言葉にはなるほどと思わされた。私自身にも重い当たりの有る事だが、人間は自分に覚えやすい単語や音の並びで物を考える。 情報整理能力が落ちている成平さんに複雑な説明を託すより、『自分が理解しやすい形』で情報を伝えたのである。 「『俺が環君に質問をするか、十八時三十分を過ぎた瞬間に裏の雑居のビルで何かが起きる』だったかな? 少なくともここから分かったことが三つ。環君の未来予知がオンタイムで、つまり直近の未来を見ているわけではないという事」 それはつまり、例えば『常に三秒後の未来が見える』みたいな状況ではないという事。 今回の場合で言えば、『ループ全体の約一時間先までの未来』が見えていたわけだ。 「二つ目は?」 「環君の未来予知には、何か条件があるという事」 この場合は、『直近の未来で死ぬこと』とでも言うべきなのだろう。 或いは、『死を回避できる可能性がある事』なのかもしれない。 「そして三つ目、少なくとも『誰かが決めたルール』に従って、この時間のループ現象が起こっている、という事だ」 締めのセリフに、私はイマイチ実感が持てなくて首を傾げた。視線を向けると、成平さんも困惑したように眉を八の字に寄せている。仕組みが分からないわけではない。 ただ、その情報がどんな意味を持つのかが皆目見当もつかなかったのだ。 「矢加部ちゃんには前にも説明したはずなんだがね。基本的に神秘――或いはオカルトっていうのは伝承ありきの存在なんだ。だから当然のように伝承の影響を受けるし、どう対処するか考えるなら、先ずは伝承を見るのが手っ取り早い」 店の奥から漂ってきたシナモンの香りが妙に鼻につく。瓜坂さんは懐から十字架のあしらわれたネックレスを取り出して、言った。 「例えば、吸血鬼は十字架やニンニク、銀などを嫌がる、なんてのはいい例だ。魔術師やなんかじゃなくても使えるが、この場合、ヴァンパイアに限ってであり僵尸やペナンガラン、化けイタチなんかは対象外になる。まあ、伝承の大本が違うんだから当然だけどね」 そういえば、以前にも瓜坂さんが魔法じみたこと――というよりも、魔法使い相手に星座早見表みたいな道具を使って対抗しているのを見たことがある。魔術師ではないという事を思えば妙な話にも感じていたが、伝承に則ってさえいれば多少の事は出来るのか。 気を付けねば。 「話が脱線したが、逆に言えば『法則性』を掴むことによって、元の伝承が見える事がある、という話だ」 今回の場合、それが『誰かの決めたルール』なのだろう。「それを使って、事態を収拾したい。環君の場合、思考能力の低下という明確な障害が出ているからね……正直、かなり不味い状態だ」 「アタシは別に……、そんなの大丈夫だよ!」 少しどもるようになりながらも言い返す成平さん。探偵は真正面からたたき潰す。 「大丈夫な訳は無いだろうさ。少なくとも、『噂』になる程度には毎日死んでたんだ。常人ならとっくに精神崩壊していてもおかしくはない。……いや、もしかしたら呪いを施した時点で『精神崩壊を起こさない』ために別の呪いをかけたのかもしれないがね。どちらにしても、とてもまともと呼べる状態じゃあ、無いんだよ」 「別に、アタシが耐えればいいだけの話だ!」 反対に、少女は激昂するように返す。その様は虚勢を張っているようでもあり、或いは誰かを信用することに怯えているようでもあったが、どちらにしても、私と同い年くらいの少女がするにはあまりに悲壮すぎる覚悟が見え隠れしていた。 「大丈夫じゃあ、無いじゃないですか……。成平さんがそんな無茶をすることに、何の意味があるんです! それに今回は私達だったから良かった様な物の、いつか成平さんに恋人が出来て、あるいはそうじゃ無くたって貴女自身の家族が巻き込まれて……目の前で死ぬ光景を見せられるかもしれないんですよ!?」 その言葉を発したのはただ成平さんを説得するためだったが、発し終えた時私が考えていたのは別の――ヤマモトさんではない、本当の父の記憶。 「それでも、別にアンタたちに何かしてもらう程の事じゃ……」 そんな私の感傷もお構いなしに、なおも勢を弱めない成平さんは表情を緩めない。 「じゃあ、言い換えようか。これは残業代だ。君に付き合って二十周も死に続けた俺たち二人の残業代として、お節介の一つでも焼かせてくれ」 「そういわれると、それはそれで疑いたくなるもんだね」 皮肉げに笑って返される。 「だいぶ面倒な性格してますね、成平さん……」 思わず口をついて言ってしまうと、彼女はカラカラと笑った。 「どこぞの少年漫画じゃないんでね。アタシは命助けられたぐらいで惚れるような――っつーかそれ以前に信用すらできねぇのよ。伊達に何十回も死んでない、っていうの?」 「悪くない信条だね。それに当然だ。でなきゃ今頃、お医者さんはハーレムだ」 成平さんはスネて悪ぶっているのか、いないのか。 その据わった視線には、頭痛を堪える眉の動きには、何もかもを疑って掛かるような生き辛さが垣間見えていた。瓜坂さんなら、『探偵としてはある意味合格だね』なんて言うだろう。その修羅が宿った表情を、私は真っ直ぐ見つめた。 「五十七回。この二週間でアタシが巻き込まれたループの数だ。一日平均四回ちょっと死に掛けた計算だな。勿論、一回のループごとにクリアまでに軽く二十周はかかるからな、実際はもっと死んだことになる」 「……それは」 何と言っていいかわからず、気まずさを紛らわすようにテーブルの下で指を遊ばせる。 「大変でしたね、何てありきたりなことは聞きたくねぇ。五十七回のうち、二十回以上は通り魔とか強盗とか、とにかく『アタシを殺そうとしてる人』だったよ」 「まあ、そうだろうね」 「ちょっ!? 瓜坂さん……」 唐突に口を挟んだ探偵を私は叱責する。 トラウマを抱え込んだ女の子に対して、余りにも無神経だ。 「世間なんてそんなものだ。みんなストレスを抱えてる。今日生きていくのに、何かを奪う以上のことを思いつかない奴も居る。或いは、強盗せざるを得ない複雑な事情を抱え込んでいたかもしれない。……環君の『呪い』がそういう人を引き寄せてしまう物であったとして、そういう人が居る事に違いはない」 あまりにも絶望的に聞こえるその言葉に、しかし成平さんは救われたように顔色を明るくする。それは狂気――ではないのだろう、多分。 生き辛さ、人の汚さの様なものを身に染みて覚えただけに、それを肯定された事に安心した。狂ってしまうよりもつらい、失望の安定感。 「アンタは、なんか落ち着くね。静かっていうか、すごい澱んでるっていうか」 まあ、実のところ詐欺師なのである。ある意味当然だ。 「……じゃあ、もう少し汚い話をしようか。環君、もし君が死ぬことに慣れきって、そして生を諦めてしまった場合……。もしかすると、世界は延々と『環君の死』を起点に止まり続けてしまうかもしれないって話だ」 「そりゃあ良いね。自己中なんて言葉もあるが、まさにアタシが世界の中心になるってことじゃないか。それはそれで愉快にも思えるさ」 成平さんは体温で温くなったジュースを飲み干し、拍手をしながら愉快に笑った。 「冗談じゃない。実に不愉快だよ、そうなったらば。だから、俺が君をどうこうするのは君のためじゃあ無い。俺自身のためだ」 眉根を寄せながらも真摯に放たれたその言葉に、成平さんは満足げに頷く。どうやらそれは、彼女の中で道理の通る話だったらしい。その表情は晴れ晴れとしたものだった。 「……でもまあ、アンタがアンタ自身のために何かするってんなら、アタシは文句も言わない。折角の残業代だ、協力もしよう。何をすりゃあいい?」 「いいや、何にも?」 不愉快だと言った時の表情のまま、瓜坂さんは応じた。 「君は少年漫画じゃないと言ったがね、俺は結構手広くやってる――それこそ漫画みたいな探偵なんだ。解決するのに許可が居ると言うだけで、別段協力は必要ない。……どうぞ、帰りたまえ」 促された成平さんは、律儀にジュースの代金を置くと席を立つ。 「じゃあ、お言葉に甘えて。おとなしく救われるとするよ、ありがとね」 嘘を吐けないオカルトである。その言葉もきっと真実なのだ。 そう思って、自分のアイスティーに手を伸ばす。届くより早く瓜坂さんが言った。 「さて矢加部ちゃん、感傷に浸ってるところ悪いがね。これから詐欺師の仕事をする。先方が来るまで十五分って所だからね。それまでに、一通り真相を聞いてもらうよ?」 「ええ……。また詐欺師の仕事ですか」 なんだかんだ格好つけても、結局人を騙すのか。そう思って私がため息を吐けば、それ以前の問題だと瓜坂さんは笑う。 「そもそもを言うなら、成平ちゃんに言ったことだって全部が真実じゃない。勿論、余計な口を挟まずに静かに聞いていたり、或いはこのまんま帰ってくれるというなら真実を聞かずとも良いけど……。矢加部ちゃん、どうしたい?」 それこそが、詐欺師の笑顔。一見爽やかなのに、一見こちらに選択をゆだねているかのようなのに、その実どちらとも異なる。非常に、忌々しい。 いや、今思えばこの男はずっと騙して居たのだろうか。成平ちゃん、などと呼んだ辺りからしても、さっきまでの態度すら徹頭徹尾演技だったのだ。 「……分かりました。教えてくださいよ」 「うんうん。まず最初に成平ちゃんの『ループ現象』の仕組みだね。呼ぶなれば、『英雄病』って所だ」 「英雄病、ですか……」 名前は妙に勇ましいが、イマイチ実感がわかず、私は自分の肩を揉んだ。 「うん。メサイアコンプレックスとか、厨二病みたいな類の事じゃなくてね。彼女は、それこそ物語の英雄よろしく『死の運命』を捻じ曲げることが出来る。だから英雄病」 なんというか、ネーミングセンスが無いのだろうか、この詐欺師。 「微妙な名前ですね、それ……」 「まあ、ネーミングの理由はそれが半分でね。もう半分は、中国神話における『死の運命』の特殊性に由来する。――かく言うこれからくるお客様も、中国のあの世の役人だ」 あの世、というと閻魔大王や或いはハデスなどが脳裏に浮かぶ。ただ、中国のイメージは余りない。 その上、『死の運命』の特殊性などと言われても、情報が混乱してよくわからなくなってしまう。ただ、特殊というからには私の想像から外れるのだろう、と思いつつ。 「でも、中国のあの世ですか。あんまりイメージ無いですね……」 そういうと、瓜坂さんは鞄から紙を一枚取り出した。 「日本の閻魔大王みたいに、中国のあの世には東岳大帝、もしくは泰山府君と呼ばれる偉いオッサンが居るんだ」 言いつつ、紙には相関図の様な物が描かれていく。字はこれから入れるのだろう、空白だらけであった。 「その人が『どこの誰が何時、どうやって死ぬか』みたいなのを決定する。それが『寿命』、所謂死の運命と呼ばれるものだ」 「その決定事項は八〜九割くらいの確率でほぼ発生し、そしてその配下の役人がそれを確認・死者の魂をあの世に連れ帰る。そういうシステムになっているんだ」 その八〜九割、というのが特殊性に該当する部分なんだろう。 「なんていうか、マッチポンプじゃないですか、それ?」 「そこら辺は価値観の違いだね。ただこの場合に理解してほしいのは、泰山府君が十字教的な『絶対神』ではなく、またその配下たちもそれぞれに人格を持つ連中だっていう事」 そこで一息置いて、紙をちょんちょんとつついた。 その言葉から連想しうるのは、所謂昔話や説話のお約束。 「それって、その配下の役人たちがうっかりミスをしたり、神様が気に入った人間を助けちゃう、……どころか場合によっては『めっちゃ頑張れば生き残れる』程度に死の運命を設定してる、ってことですか?」 それこそ、紀元前から続く中国の歴史で是正されていないわけだから、ある程度のミスは見逃す前提で神々も動いているに違いないだろう。 「おう、大正解。成平ちゃんのループ現象の場合、『死なない可能性』が存在する以上無限にやり直せる、って所だね」 「死の運命、については分かりましたが、それでも三つ疑問が残ります」 私が言えば瓜坂さんは三本指を立て、それを反対の掌で包み隠した。 「なんの仕草です?」 「いやあ、ちょっとした思い付きさ。いつかの成平ちゃんがやったであろう仕草、って所だな。……その三つは『日本人のはずの成平環がなぜ中国のあの世の影響を受けるのか』『成平環はどうやって過去に戻っているのか』そして、『彼女はなぜ死に続けるのか』」 流石、というよりも、きっと彼自身が正答に至るまでにたどった道筋なのだろう。 文面こそ違えど、まさに私が聞こうとした内容をズバリ当てられ、思わず手を振り払うのも忘れてしまっていた。 「ええ、はい」 「一つ目に関して言えば、『そういう工夫をした魔術師がいたから』だろうな。それこそ俺が藍崎組から頼まれていた案件なんだが、最近この辺りで中国系の魔術結社の大規模告発があってね。警察の暗部が確保したらしいんだが、その連中の仕業だろう」 だいぶ御都合的な話にも聞こえるが、しかし目の前の男が『中国のあの世の役人を騙す』などと言っている以上は、中国の死神は意外とフットワークが軽いのかもしれない。 「二つ目は?」 「これについても、『魔術師の仕業』としか。日本にも寒戸の婆と言って『村を出た娘が何年かしたら老婆になって帰って来た』なんて話もあるがね、それこそ大陸の方なら『過去に戻る』ような逸話・伝承もいくらかあるだろう」 「なるほど。伝承自体は有るんですね」 「というか、その『伝承』自体がまさに時間に縛られないからな。おかしな話だが、『古事記』や『日本書紀』が書かれるよりはるか前から日本の神々は実在している。彼らの記憶では。だけども同時に、それら以前の資料となると同じ名の神への記載がまるでない」 神々が書物より以前に存在したなら、古事記以前に資料が存在しないのは変だ。逆に書物によって神々の存在が生まれたなら、それは歴史が書き換えられた証左である。 「未だに魔術師界隈でも解決してない問題の一つだよ。明らかに歴史が改竄されているのに、何の問題も起こっていない。もうちょっと言うと、大半の神話は『大地の創造』を含むから、地質学上『既に存在していた土地』を『新たに生み出した』という矛盾もある」 プレートなどの移動で日本列島が大陸から分離するのと、イザナギ・イザナミが日本列島を作ったという時期は別々だ。しかし、どちらもどうやら事実らしい、と。 「まあ、そこら辺は専門家が考えるべきところだから話を戻すがね。術式起動の魔力は十中八九『死への恐怖』を使って生み出してるんだろう。魔力ってのは感情の力だからね」 その言葉に、先ほど瓜坂さんが『精神崩壊を防ぐ呪いでも掛けられたか』と呟いたのを思い出す。祝福ではないのかかとも思ったが、ループの仕組みを理解した今となっては『ループさせる魔力を稼ぐために、精神を保護した』という意図が透けて見える。 実に、おぞましい。 「呪いの目的としては、そうだね。疑似的な不老不死の研究、って所だろうね」 死んでも甦る、ではなく『死なない可能性を掴むまで繰り返す』という事だ。 「組織が壊滅した以上、研究は続かないだろうけど……。警察が確保している以上、解呪のためとはいえ面談するのは難しい。――っていうか、死刑になってる可能性もある」 「そんな過激な組織でしたっけ、警察って?」 というより、それ以前に警察がそんなものを相手取るのだろうか。 「一応、警察にもオカルト関係の専門部署があるんだよ」 「へぇ。でも、やっぱり死刑は性急過ぎません?」 「むしろ、慎重派だからこそさ。オカルトを操る魔術結社相手に動くなら、警察も相応の被害を覚悟したはずだ。そうまでして動く以上、成平ちゃん以外の件でも相当やらかした(・・・・・)んだろうさ、その連中は。拘置所の中で儀式とかされても困るしね」 合理的なのは理解できるけど、あんまりだ。オカルトに関わる人間というのはやはりどこか狂っているな、とつくづく感じる。 「三つ目の『なぜ成平ちゃんが死に続けるのか』については、これから来るお客がまさにそうなんだけどね……。それこそ『英雄病』って呼ぶところの本質だよ。彼女は英雄に足る器も、能力もないのに『死の運命』だけは頑なに回避し続けた。真相を知らなければ、誰にでもそう見える」 瓜坂さんのいう事は、少しわかる気がする。例えば今日の事件であれば、少なくとも成平さんは『怪物を倒して』事件を解決すべきだったのだろう。もし彼女が『英雄』なら。 「瓜坂さんらしく言えば『死を回避する運命』も百パーセントじゃないって事ですか?」 「うん、判って来たじゃないの。成平ちゃんはね、死の運命を回避したにも拘らず、彼女を監視していた死神から『英雄の器ではない』と判断された。偶然生き延びただけど判断したあの世側はいわば『死の運命の不履行』と判断したわけだ」 あまりにも身勝手にも思える話だが、それでも死神の仕事は人を殺すことである。人を殺して、その魂をあの世に持ち去る事だ。それに失敗したとなれば……。 「彼女にまつわる死の運命は、バネやゴムのようにたわみ、そして反動が追いかけてきた結果として成平環はより死にやすくなる」 「そして死を回避した成平さんは、英雄と呼べるほどの器を持たないがゆえに、『偶々死ななかった』か、さもなくば『死神の仕事ミス』と判断され、再び死の運命を課せられる、訳ですか」 それが、彼女が死にやすくなっていた理由。 まるで無限に反射し続けるスーパーボールのように、ドンドンと死の運命に追い立てられていく。そんな境地にたった十六歳の少女が置かれていたのだ。 「じゃあ、成平さんの関わった事件で死者が出なかった理由は……」 「彼女自身をピンポイントに狙った『死の運命』だったからだろうね。今回の俺達みたく積極的に関わった場合を除いて、例え成平ちゃんが死んだルートでも人的被害は出なかったはずだ。ま、だったとしても胸糞悪いことに違いはねぇけどな……。ほうら、向こうさんが来なすったよ」 この後の話は、実は私はよく覚えていない。瓜坂さんが死神と交渉したのは確かなのだが、実は私自身仕事にかまけすぎて学校の宿題をやっていなかったことに気付き、その後徹夜したせいもあってよく覚えてはいないのだ。 「……まあでも、そういう訳で成平さんの『呪い』は今後かなり軽減されるらしいです」 「はぁ、死神と交渉なんて与太話も大概にしろ、と言いたいところだけど……。ここ三日近く『死んで』無いからねぇ。流石だね、あの探偵さん」 そういってケタケタと笑う少女の顔には、あの夜見せたような人への失望や『死に続ける事』への焦りはもう無い。勿論、頭痛の陰りも。 週開けて火曜日。瓜坂さんに『俺が魔術師で無いこと以外、全部話していい』と許可をもらったうえで私はネタばらしと経過報告をしていた。 ちなみに、こっち側に関してはずぶの素人である以上、『嘘を吐ける』ことはばらして良いそうな。 「で、結局探偵さんがアタシに吐いてた『嘘』って何だったんだい?」 「一個目は『成平さんが死んだら、世界が停滞してしまう』っていう話。どうも、成平さんの死っていうのは世界から孤立して存在してるらしくって、成平さんが死んでも、死ななくってもあまり影響――バタフライエフェクトって奴ですね、が無いらしいです」 彼女の場合、あの世サイドから『本来死んでいるべき』と判断されていたのだ。現時点で既に死んでいるべきなのが彼女であり、彼女がいつ死のうが彼女の死は『世界』そのものに影響を与える事は無いらしい。 「そりゃあ何とも、寂しい話だね」 言葉の割に、むしろ気楽そう。というか、肩の荷が下りたような表情だ。 「変に気負わなくてもいい、って話ですよ」 「そういや、その探偵さんが居ないさね」 いま私たちが居るのは、先日と同じ喫茶店。事務所ではない。 「ええ。……実は私達、別の人から解決を依頼されてまして。瓜坂さんはそっちの報酬目当てで解決したかったんだそうです。『気にはしないと思うけど、念のため謝っといて』とのことです」 「そりゃあまた、律儀なことだね」 「ただ、さっき『かなり軽減される』と言った通り、今後も週一ペースで死ぬことになるそうなので、油断はしないでください」 結局瓜坂さんが死神相手にした事と言えば、『こういう事情であなた方が狙ってた子は死なないんですよ〜。あの娘が被害者だって、わかるよネ?』という交渉であった。 あの世側にも色々規則があるそうなので、週に一度ほどは軽く死ぬらしいが、それでも大分マシになるだろう。今まで、週三十回ペースだったらしいし。 「それ、アタシの脳への負担は大丈夫なの?」 気丈な彼女と言えど、流石に肩の荷は降りていたのだろう。やや不安げに問うた。 「大丈夫だそうです。脳科学の順応成長理論がどうとかで、頻度を一定以下に落とせば問題は無い、とかなんとか。私も瓜坂さんも専門ではないですけど、前みたいに恒常的な頭痛に悩まされるわけじゃないらしいですよ」 「ありがたい限りだね、助手ちゃん。くれぐれも無理はしないようにね」 そういうと成平さんは席を立ち、去っていく。 あの詐欺師が結局人を救ったのか、そうでないのか。私にはわからない。 結局のところルイスさんと、例の藍崎組とかいう極道からもお金を貰っていることを考えれば、決して『見返りを求めない善行』などではない。 しかし、では迷惑をこうむった人間が居るかと言われれば皆無なのだ。 それこそ瓜坂さんが交渉した相手の死神ですら、『成平さんを殺すこと』そのものが一種のノルマ、というか残業と化していたらしく、『これで定時で帰れます』と感謝していたくらいなのだから。 「それでも……」 彼が人を騙した事だけは、今回も事実なのだから。この経過報告だって、全て終わった後に私が来たからこそ意味があるのであって、事実『成平ちゃんが居ると、交渉の邪魔なんだよね』と瓜坂さんは言っていた。だから騙して帰らせたとも。 「ぐぬぬ……」 信用すべきか、否か。悩みながらも、私は席を立つ。 幾分涼しくなった秋の風が、街路樹を揺らして過ぎて行った。 間章 二 いやー、繁盛繁盛。素晴らしい事だ。お金というのは見ているだけでも心が躍る。 金儲けの才能を自覚したのはいつだったか。ともあれ、陰謀渦巻くこの業界でも自分は中々上手くやっているだろう。いや、資本が無いからこの程度なのだ。時代の寵児と名乗ったって、誰にも文句は言われない程の事はしてきた。 順風満帆な俺に拍車をかけるように、最近ある方から大規模融資の話を貰った。これでわが社はますます儲かり、女も名誉も思いのまま、と。 ただどうもこの辺りにはいくつか厄介なのが根を張っていて、中々思うように商売ができない。ヤクザなんてゴミ虫どもはこれだから邪魔なんだよ……。しかもそんな時に限って、出資者からも話があると電話が来てしまった。こっちも商売で忙しいんだよ、全く! 第三話 異界からの通り魔/人を『疑う』仕事 「いやー、掃除なんてやるもんじゃないね……」 掃除機のフィルターを外して、風を起こさないように気を付けながらゴミ袋に入れる。 月は変わって十月。成平ちゃんの死が週一ペースで安定し始めてから、二週間と言った所だ。ちり取りの中を見ると、黒髪に交じって茶色い毛が混ざっていた。あれから、成平ちゃんと矢加部ちゃんは友達になったらしく、この前来た時に落ちたのだろう。 「うちだって一応は客商売なんですよ、事務所を綺麗にするのも仕事の内です」 台所のシンクで雑巾を絞っていた矢加部ちゃんは、バサバサと振ったそれを部屋干し用の突っ張り棒に掛ける。 「そうは言ってもねぇ……。面倒くさいんだよなぁ、いくつになっても」 「そんなだから、『男はいつになっても子供』なんて言われるんですよ、未だに。それに見て下さい、部屋の中も大分すっきりしたでしょう?」 言われて見渡せば、まあ確かに部屋が綺麗になったのは事実だ。掃除終わりにお茶でも飲もうと、矢加部ちゃんがガスコンロに火を入れる。 「瓜坂さん、今日はコーヒーで良いですか?」 「いんや、良い佃煮が手に入ったんだ。奥に煎茶があったから、それ出してくれ」 「相変わらず、お茶請けのセンスが変わってますねぇ……。まあ、美味しいからいいですけど」 そうだろうか。甘い菓子やせんべいの類以外にも、佃煮や漬物も結構お茶に合うのだ。 「シジミとフキ、ちょっと良い奴買って来たんだけど。見切り品で安かったんだよね」 「普通、ご飯のおかずにすると思います」 「良いんだよ、秋口は茶葉が甘くなるんだから」 「まるで理屈がわかりませんけど……。まあ良いです」 小皿に伽羅蕗と蜆時雨をそれぞれ盛り、湯呑も二つずつ、矢加部ちゃんが持ってくる。 「今週は仕事の予定どうなってましたっけ?」 「八百屋の商品搬入とか、商店街のアーケードの天井掃除とかは手伝い頼まれてるけど、特に大した用事は……」 なかったとも言い切れないので、手帳をチラ見しつつ、蕗をつまむ。 「うん、旨い……って、いかんいかん。そういや、今日は依頼が入ってるんだった。少々面倒な案件だから、ついつい忘れてた。オカルト絡みだから、同行頼めるかい」 「今日の分の神秘の授業はどうするんですか!?」 声を荒げつつも、手に乗せた湯呑は乱れない。中々器用な少女である。 「青空教室――。ってぇと意味が違うか。とにかく、刑事と詐欺師は現場で学べってね」 ズズイとお茶を啜り、香ばしさの残る口のまま時雨も一口。うん、こちらも美味しい。 「その格言が事実だったとして、私どっちの職業にもついてないんですけど! というか探偵の仕事、ですよね。……もしかして、詐欺師の仕事ですか? あ、確かにおいしい」 色々言いつつも、矢加部ちゃんも蜆をつまむ。顔を綻ばせつつ睨むとは、器用だなあ。 「さあ、どうだろうねえ」 親戚の子供のような妙な可愛さがあって、ついついはぐらかしてしまう。 「暗示、使いますよ。ちゃんと答えてください!」 「……あの耳鳴りと頭痛、地味につらいんだ。勘弁してくれ。……依頼自体は探偵の仕事だけど、裏でいくつか並行して起こってる案件があって、そっちが詐欺師絡みってとこ」 言いつつ、俺は最後のフキを口に入れ、流すようにお茶を飲み干した。向かいでは、矢加部ちゃんも似たようにしている。彼女はそのまま二人分の湯呑を持って立ち上がった。 「それは……。なんか複雑そうですね」 「詳しくは現場検証しながら話すとするよ。現場は三丁目の交差点。通り魔事件だ」 さして遠くはない現場に近付くかなり前から、その異様は明らかであろう。異様というか、威容と言うべきか。あまり柄の良くない感じの連中が、十人程たむろしている。 「ちょっと、なんですか瓜坂さん……。なんか、怖い人たち一杯いるんですけど」 問いかける彼女を無視して、俺は構わずにツカツカと藍崎組の方へ向かって行く。 「あれが今回の事件の暫定被疑者たちだ……。ちなみに確実にシロなのが分かってるから安心していいよ。依頼人ではないけど、その関係者ってとこだね。この辺りでテキ屋の仕事をやってる藍崎組……ゴのつく自由業の皆さんだよ」 「(それって、この間言ってたヤクザ――思いっきり犯罪者じゃないですか!?)」 慌てて、しかし声を潜めて矢加部ちゃんは問うた。 先に言っておくと、俺だって極道は怖い。ただ、連中のボスと知り合いであることと、彼らにもちゃんとルールがあることを知っているから堂々としていられるだけだ。 「(矢加部ちゃん、さっそく注意しとくね。あの人たちは極道であってもヤクザやチンピラじゃない。古き良き仁義とか任侠とかのよくわかんないモノを大事にする人たちだ、一緒にすると怒られる)」 「(つまり、何も違わないってことでしょう!?)」 「(そうとも言うかもしれないな)」 「(また、もう! 先にちゃんと説明してくださいよう!)」 「ま、安心しなよ。この人たちの場合は割と本気で事情が特殊だから、向こうから手を出してくることは、まずありえない」 「ええ、本当に信用できるんですか!? ……ひゃあ!?」 俺に釣られた矢加部ちゃん、普通のボリュームで声を発した瞬間に強面の諸君に一斉に睨まれる。迂闊だなぁ、そう仕向けたのは俺だけど。 「大丈夫大丈夫、これぐらいじゃあ怒らないって」 適当に矢加部ちゃんを宥めつつ、俺は彼らに向き直った。 「どうもどうも、ちょっとした事件の調査で参りました。瓜坂探偵事務所です」 言葉に、途端にヤクザたちの表情が和らぐ。 「おうおう。アンタが先生か……。若ぇな」 「いや、すまねぇな。親父さんに現場見張ってろって言われてたもんだから、何も知らない一般人ならお帰り願わねえとと思って、顔が怖くなっちまった」 ガッハッハッハ。豪快に笑っていやがる。出来ればもう少し、自分たちが他者に与える恐怖を自覚してほしい物だ。 「あ、そっちの嬢ちゃんも、気は遣わなくていいからな。商売柄、怖がられたり疑われるのは慣れてる。出来れば信用してほしいが……、まあ無理にとは言わねぇさ」 体格の良さ、ヤクザという仕事に反して中々のナイス・ガイ。知り合いなのは幹部の数人だけだったが、下に至るもちゃんとしているのは実に素晴らしい。 「あ、ああの。ありがとうございますッ!」 矢加部ちゃんがお礼を言おうと思って慌てて噛んでしまったのを、また笑われている。 「めんこい嬢ちゃんだこってェ……。大事にしなさいよォ、先生!」 見ていたらこちらにも矛先が向いた。表情には出さないがかなり気恥ずかしい。 「それで、もう一度状況の確認からさせて頂きたいのですが……」 営業モードを崩さず、まるで苛立ちも見せぬまま口にした。むくつけき男たち相手でも堂々とした態度を保たねばならぬ。これでも詐欺師、演技は得意な方だ。 「おうおう。そうだったな。オイお前ら、退いた退いた!」 たむろするようにというのは詰まるところ集まっているという事であり、時としてそれは『何かを隠している』という事である。 舞台の幕が引くように黒服たちが横に退いた。 「何……、うわぁ。これは酷いですよ瓜坂さん」 「ははぁー。こいつは酷いですな」 ヤクザ諸兄が退いた後、果たしてそこにあったのは乾燥しきった黒い血痕、そして砂。 だけれど視覚的情報よりなにより酷く、磯の匂いがした。 「さて、現場検証の前に一通りの情報を説明するとしよう。まあ混乱させるのもアレだったからね。遅くなって申し訳ない」 現場脇に止まった車に移動した極道たちを目で見やり、ハンカチで額の汗を拭く。 「良いですけど。そういえば、依頼者は誰なんです? 強面さん達ではないんですよね」 「そう、まさにその事だ。……今回の依頼人は正真正銘の一般人。依頼内容として言えば『通り魔事件があったから』解決して欲しいとのことだ」 「犯人捜し、ですか?」 あまりにも探偵らし過ぎて一周回って珍しい、依頼に矢加部ちゃんは目をパチクリさせる。 「まあそうなんだが、少々胡散臭くてね」 詐欺師が何を言うかと思うかもしれないが、詐欺師だからこそわかる胡散臭さなのだ。 「証拠が少なすぎて泣き寝入りしようとしている被害者を見かねて、その知り合いの依頼人――秋門さんが依頼してきたって所なんだが、その現場がコレだよ。警察が一通り捜査はしたらしいが、被害者が知る限りはほとんど何も持ち帰られていないそうだ」 不審な現場に、不審な依頼人である。矢加部ちゃんは、クンクンと磯の香り以外の匂いを探ってみてそれから口を開く。 「密かにですけど、魔力の気配がします」 「まあ、するだろうねぇ。っていうか、オカルト犯罪だからこそ警察も『深夜の夜道で、酔っぱらって事故でも起こしたんじゃないか』って結論を出したらしい。それで不起訴」 王権神授説や天皇制に象徴されるように、政治と宗教――オカルトは切っても切れない縁にあり、各国の政府機関にも裏部門として専門家たちが存在するし、ある程度以上の人間は把握もしている。日本の場合は警察と神社本庁、宮内庁下の陰陽寮などだ。 「怪我の規模はどれくらいだったんです?」 「被害者自身、左腕から肩にかけて大けがを負って、ギプス生活で全治一カ月らしい」 「結構な大怪我じゃないですか!」 警察が仕事をするべきだろう、と矢加部ちゃんはこちらを睨むが、彼らだって忙しい。 特にオカルト側の対応部署は万年人員不足である。 「人死にでも出なけりゃ、不可能犯罪の調査なんてやらないよ、警察は」 「不可能……。オカルト側の技術を使えば、まあ出来ますよね」 「こっち側の人間じゃなきゃそういうのは『出来ない』って言うんだ。規模が小さいから、警察の特殊班は動かないしね。だから俺なんぞに回ってきた」 へぇ、と大雑把に頷きながら、矢加部ちゃんはあたりを見回す。 一方で俺は、既に見つけていた目ぼしい手掛かりを拾うため、手袋を取り出した。 咽る様な磯の匂い、残念ながら見慣れてしまった血液の塊、そして大量の砂と潮水と思しき腐乱臭を放つ液体。 「現場見ただけじゃ、何が何だか分かりませんね」 俺の手伝いを続けるうちにある程度慣れたのだろう、鼻を摘まみつつも矢加部ちゃんは表情にまでは不快感を出していない。結構鼻が良いと聞いていたが、意外にも大丈夫そうだ。 「被害者曰く、『ヌルっとしたものに足を掴まれて、よくわからない場所に引きずり込まれ、刃物のような何かにバッサリやられた』んだとか」 「それもまた、要領を得ないですねぇ……。妖怪とか、そういう類の事だと思います?」 「何とも言えん。人ではないと思うし、実際『迷い家』や『蚊帳吊り狸』なんて言われる自分の領域に人間を連れ込む妖怪は実在する。行きずりの人を襲う妖怪もしかり。夜道で目撃証言が無いとくれば、日本の妖怪だけでも三十は固いね」 当然だが、海外のモンスターが洋を渡って来た説も否定できない。 言葉に怯えたのだろうか、矢加部ちゃんは肩をブルリと震わせた。 「目撃証言、無いんですか」 「無いのさ。それもあって警察が投げ出したんだけどね……」 専門部署に投げるかどうか決めるのは、専門家じゃない事務職だ。だから、証拠不十分で警察は操作を断念したし、死者も出てないとなれば情報すら行っていないだろう。 「それで結局、さっきのヤクザさん達はどういう要件だったんです。現状、無関係なんでしょ?」 「言ったろ、依頼人側が想定している被疑者だ。ただまあ俺が呼んだわけじゃなくて、彼らも彼らの事情で来たんだけど。さっき言った通り、彼らは完全にシロ」 きっと俺が藍崎組に向ける信頼感は理解されないだろう。そう思いつつ、彼女に言った。説明が面倒なのもあるが、経験の問題でもある。 いやそれ以前に矢加部ちゃんは詐欺師である俺を信用しかねているだろうか。『まず犯罪者を疑うべきでは?』と思うのも、常人として生きてきた彼女には当然だ。 「まずあの人たちから疑うべきじゃないんですか?」 「それはない」 「何で断言できるんです? あの人たちこそ犯罪者でしょうに……」 「秘密……って言ったら怒るよね。って、もう掌向けてるゥ!?」 こちらに向いた掌底に、じんわりと矢加部ちゃんの額に浮く汗。あの技はかなり消耗すると言っていたし、恐らく既に魔力も籠めているだろう。 「……おちょくらないで下さいよ。私、沸点低いんです」 「へいへい」 と、まあ。そんな会話をしていた時。 カカッと足音が鳴って――本当、近付くまで気付かなかったのが不思議ではあるけれど、或いは気付かれなかったから敢えて鳴らしたのだろうか――ともあれ、声がした。 「あらあら、そちらに見えるのは探偵さんじゃありませんこと? 先日はどうもお世話になりましたわね」 軽い会釈に、流暢だが文法通り過ぎる少しずれた日本語。 「ルイスさん……!」 「やあ、ルイス嬢。しばらくぶりですね?」 俺が詐欺師と知っていて、しかして嘘が吐けない矢加部ちゃんを庇うように前に出る。 咄嗟に歯噛みした辺り、矢加部ちゃんも共犯者に染まりつつあるな。少し愉快だ。 「先日の『予言少女』の一件はご苦労様でしたわね。貰った報告書を読みましたが、大分複雑な呪いだったみたいですのに、よくぞ解決出来ましたこと」 「まあ、そこら辺は企業秘密ということで」 成平ちゃんの一件に関しては、『呪いを解呪した』という名目でルイスに報告し、少しの額の報酬を貰っていた。偶々見かけただけの人間に金を出すほどのお人好しではなかったと思うが、まあ何らかの理由があるのだろう。 「そう思ってくれるならもう少し報酬を上乗せしてくれてもいいんですよ?」 「『企業秘密』を踏み込んで説明してくださるなら、幾らでも払いますわよ」 相変わらず食えない相手だ。交渉が立たない以上は打てる手もない。迂闊にこちらの秘密を漏らすまいと話を逸らす。 「ところで今日は何の要件で?」 「いえいえ、そう毎度探偵さんを頼るような依頼は有りませんのよ。妙な魔力を感じて様子見に来たら知り合いがいたので、声を掛けさせてもらっただけですわ」 「それはそれは……」 「ところで……。ツキナ! お久しぶりですわね」 距離感が近すぎて苦手なのだろう、そーっと遠ざかろうとしていた矢加部ちゃんの方にツトツトと歩み寄っていき、ルイスは肩に手を置いた。 「ひゃぁッ!?」 「ツキナがそんなに驚くことないじゃありませんの。私、ツキナには妙な――近親感? 親近感があって、仲良くしたいと思っていますのに」 「う、ぅう……。別に私もルイスさんの事は嫌いじゃないですよ、ただ流石に近いです」 「そういえば、日本人は奥手なのだと聞いたことがありましたわね。失礼!」 微妙に言葉の使い方が違う気もする。 「まあともかく、ルイス嬢。矢加部ちゃんもこう言ってますし、もう少し離れて下さい」 「えぇ、ええ。おびえさせるのは本意ではありませんもの。それで結局、何の事件現場ですの? これは……。海のようなにおいもしますけど。ロンドンを思い出しますわね」 「あれ、テムズ川って淡水じゃなかったですか?」 矢加部ちゃんが首を傾げるので、俺は軽く解説を入れる。 「ロンドンはテムズ下流に位置しているからな。川幅が広いせいもあって、北海の潮汐によっては、磯の匂いも強くなるだろうさ」 「ええ、満月と新月の晩は特にそうですの」 「どちらも魔術師とは切り離せない重要な物ですね」 月にまつわる伝承は、世界中どんな地域にでも存在するのだ。 「……そうですわねぇ」 ほんの一瞬、ルイスは動揺したように視線を下げて返し、しかしすぐさま顔を上げる。 「しかし、これは一体どういう事態ですの……?」 磯の匂い、大量の砂、そして夥しい血痕。 「この辺りには海も川もありませんでしたわね?」 「私が知るだけでも五キロ四方には無いですね」 「うん、矢加部ちゃんの言う通り。精密に言えば、一番近い西濱(にしはま)川がからも、最短地点で7キロちょっとはあるね。細かい水路とかを通ったなら別だけど」 西濱川はこの浜岡市の西側を流れている川である。法区分で言えば普通河川、用水としての有用性も氾濫する危険性もそう大きくはない、長いだけの細々とした川である。 「どっちにしても、西濱川が海に合流するのは相当先です。さっきのテムズ川の話とは違って、この辺りじゃあ潮水なんて流れてきませんよ」 矢加部ちゃんの言葉に、ルイス嬢はこちらに視線を向けて腕を組みなおした。 「瓜坂探偵はどう思いますの、この事件?」 「んー……」 一瞬の思考。恐らく今回の事件と関係ないであろうルイスならば、真実を話しても問題ないであろうが、希望的観測で動くのは趣味じゃない。嘘を吐く。 「もう少し調べてみないと分からない、というのが正直な所ですが。降霊術の類でしょうね。それもかなり新しいタイプの。これ見てくださいよ、現場に落ちていた小型の魔術陣(・・・)です」 言って懐から取り出すのは、常備している詐欺用の偽の証拠品の一つだ。 「(そんなもの、落ちてなかったですよね?)」 「(ちょっと黙っててくれよ。流石に内情は話し辛い)」 怪訝な視線を向けてくる矢加部ちゃんに軽く顎を振って合図すると、わざわざ汚し加工までした紙を広げて見せる。 「これは……。ルーンに数秘術を組み合わせたのかしら?」 「ええ、二次大戦前後の――まだ魔術の系統化技術の研究が始まったころの術陣です。どこぞの三流魔術師でしょうね。アニミズム系の儀式も真似て、己に霊を憑依させるタイプの魔術でしょう」 「そう言われてみれば……。ええ、アカデミアの教本で似た様な物を見た事が有ります」 似た様なも何も、その教本からコピーしてきたのだから間違いない。一般的な魔術師にとっては型落ちに過ぎない魔術陣だが、準備が簡単な上に一般人に分かる証拠を残さないため犯罪者紛いの三流以下には大人気の一品である。 「どういう類の物を憑依して使ったのかは知りませんがね。一般人に被害を出すのはうまくないですね。警察は投げたって話ですが、それで俺が呼ばれた辺り、犯人も運が無い」 「おやおや、すごい自信ですこと。……探偵さんがいらっしゃるなら、安心ですわね」 そういうと、ルイスは軽く膝を払って歩き出し、数歩離れたところで振り向いた。 「またそのうち事務所の方に伺いますので、お話聞かせてくださいな」 「ええ、その折はお茶くらいは出しましょう」 「では失礼」 言うと、今度こそ振り返らずに彼女は去って行った。 俺の視界に割り込むようにツカツカと歩み寄って来て、矢加部ちゃんがこちらを睨む。 「で、さっきは何で嘘を吐いたんです? 事件の真相、もう分かってるんでしょう?」 「探偵の依頼内容なんてのは守秘義務も良い所だ。本来は話す方がおかしい。あのお嬢様は世間知らずみてぇだが、わざわざ常識を教えてやるほど、俺は親切じゃない」 まずは理由の半分。これで納得してくれるならそれに越したことはない。 「だから適当に流した、と? 前、『軽い理由で嘘は吐かない』みたいなこと言ってませんでした?」 「生憎とそんな台詞に心当たりはねぇが、どっかのドラマで見たんじゃないの?」 「そんなはずは……。思い出せないですけど、少なくとも瓜坂さんだった筈です」 「まあいいさ。その事には俺も共感だ。今回ルイス嬢に真相を話さなかった理由はもう一つある。今回の事件――というか事故はあっち(ロンドン)じゃあまり知られてない術式の事件だ」 そういうと、ようやく得心が言ったとばかりに矢加部ちゃんは目元を緩めた。 「確かに、それならまぁ……。向こうが知らないことを細々と話してもしょうがないでしょうしね。しかし、事故っていうのは……?」 「うん、今回はちょっと特殊でね、まあ要するに『誰かが捨てたブツが運悪くも特殊な儀式の条件を満たした』って所だろう。というか正直、俺も魔術以外のオカルトを扱っていなければ、気付かない所だったよ」 そう言って今度は、本物の証拠品――ここに来てから拾った物を鞄から取り出す。 「鍵のシルバーアクセサリに、こっちはアラビア風のランプ、プラスチックのピラミッドに、曇りガラスの細工品と壊れた腕時計ですか。雑貨屋の不良在庫みたいな並びですね」 「実際、似た様なモンだろうさ。腕時計については被害者が『現場で落とした』と言ってたそうだが、他の物に関しては恐らく、アレだな」 俺が指さしたのは、ほんの二メートルも離れない所にある町内会のごみ集積場。 その傍の掲示板には少し前に終わったフリーマーケットの広告が貼ってある。 「大方、フリマで売り損ねた商品を資源ごみに紛れさせて捨てようとして、運悪く引き寄せたんだろうな。紛い物とはいえ、ここまでそろえば役満だよ全く……」 「で、結局どういう事なんですか?」 「それについては、藍崎組にも真相を話さなくちゃだからね。向こうに移動してからだよ。……しっかし、よくもまあ俺が嘘を吐いてるってわかったね?」 「それこそ、藍崎組ですよ。あのヤクザさん達が解決できない時点で、そう単純な問題じゃないんでしょう? 瓜坂さん言ってたじゃないですか、そこそこの事態以外じゃ自分は呼ばれないって」 言われて、それから自分の迂闊さを呪った。結構遠くで待機しているとはいえ、藍崎組の連中が居るのだ。そこからバレていた可能性は否定できない。 流石にため息が漏れる。 「ああ〜。ルイス嬢がそのことに気付いていたら……。俺もまだまだだなぁ」 呟きつつ、藍崎組と合流する前に矢加部ちゃんに言っておくことがあったのを思い出し、俺は緩んだ表情を元に戻して指を一本立てた。 「その説明をする前に一個注意。オカルト側の人間っていうのは、自分の呼び名を気にする奴が多い。矢加部ちゃんはあまり理解していないようだけど、『魔術師』と『魔法使い』や『ヤクザ』と『極道』を言い分けるのには意味がある。気を付けてほしいな」 言いつつ、少量の砂をビニール袋に確保。俺の予想通りならこの砂はいい値で売れる。 「ええと、藍崎組は『極道』なんですね?」 俺の言葉に、ニュアンスの重要性を意識して彼女は応じた。 「うん、悪どいオカルトから一般人を守る、という意味で彼らの場合は正しく『極道もの』なんだよ。侠客、とも言うがね」 「じゃあ、魔術師と魔法使いの違いは……?」 一通り現場を見終わったので、腰を上げてあちらを向く。 「ルイス辺りに言い間違う前でよかったけどね。彼女らは基本的に、『魔術という学問』に対して誇りを持ってる。だから、『魔法使い』と一括りにされるのを嫌うんだ。だからどっちかって言うと、『魔術師じゃない奴は魔法使い』ってのが正しい」 「『魔術師じゃない』って言うと、どこかの宗教団体に属しているとかですか?」 「まあ、そういう事。魔力ってのは『信じる力』みたいな部分もデカい。魔術師連中は学問を拠り所にしてるけどね。宗教や家柄なんかを心の支えにしてる連中も居る」 「なるほど」 矢加部ちゃんが頷くのを見て、俺は藍崎組の方へ手を振った。 「そういえば、被害者の方はどうするんですか?」 「そりゃあもう、口八丁嘘八丁よ」 「手八丁、ではないんですね?」 「口を動かすのが仕事だからね、詐欺師は」 悪ぶって言うと、彼女は軽く頬を膨らませた。無自覚だろうが、あざとい。 「さぁさぁどうぞ、奥で親分がお待ちです!」 藍崎組の車に乗せられてしばし、と言っても普通のワンボックスカーだが、行先も意外にも普通。商店街の隅にある一軒の雑居ビルであった。 「極道のお屋敷って言ったらもっと派手なイメージがあるんですけど……」 「魔術師の『工房』なら罠だらけの屋敷でも良いがね、さっきも言った通り藍崎組はお侍さんなんだ。そうそう他人を本家に通さんさ」 物は言い様ではあるが、俺にも他に納得しようがない。親分の趣味では、無いはず。 奥からは何人もの気配と、言い合うような声。どうやら別件で揉めているらしい。 「……す、すみません! マカオの病院で一度は追いついたそうなんですが……」 「ああん? で、まさか逃げられっぱなしって言うんじゃないだろうな」 「はい、子飼いの陰陽師たちに式神を放たせて捜索させています」 「おう、わかった……。客が来る。下がっていいぞ」 「は、はい!」 スタスタと、小走りになった男が奥座から駆けてくる。少々ビビっているような声に反して、中々いいガタイをした男であった。 彼とすれ違い、奥座に入る。 「おう、来やったな。ま、上がれや」 「(ぉお……。貫禄ありますね)」 上座に腰かけて待っているのは、還暦はまだ過ぎていないであろう脂ののった中年。いかつい顔に睨めつける様な強い笑顔。握られた湯飲みがお猪口にも見える巨漢であった。 「ご無沙汰しております、藍崎さん。何かあったんです?」 「ちょっとな。うちの子分格に伏見って名前の風水系の呪術師が居るんだが……。あまりよろしくない類の事をしていたんで、呼び出してたんだが、気付かれた挙句大捕り物になっちまった」 居並ぶ護衛達は気にせず、スタスタと2メートルほどの距離まで近づく。男は度胸、という奴だ。矢加部ちゃんは離れるのも怖いのか、しばし迷って俺の少し後ろに正座した。 「ま、一応礼儀があるんでな。取り合えず呑んでるドスは吐いてもらうぞ」 「(ええと、ドスは刃物としても……。呑むってどういう事!?)」 「(一応言っとくが、剣を飲み込む大道芸は関係ないぞ)」 「(それが違うのは分かります!)」 「(でも意味は分からないんだろう?)」 「(ぐぬぬ……)」 混乱している矢加部ちゃんを茶化しつつ、俺はジャケットのボタンを外して懐から拳銃を取り出して畳の上にゴトリと置いた。……まあ、プラスチック製なので別に重くはないのだが、ちょっとした悪戯心で音を鳴らす。まあ、気分の問題だけど。 「え、ちょ、瓜坂さん拳銃!?」 流石に驚いて声を荒げる我が助手、強面たちの数名が顔を背けて肩を震わせる。どうやら、慣れていない矢加部ちゃんの様子が愉快らしい。 まあ、折角愉快な勘違いをしているのでこれがどういう(・・・・)道具なのかはしばらく黙って置こう。 「おい、瓜坂。オモチャはいらねェんだよ。もっと物騒なの外しといてもらおうか?」 「へいへい。ま、拳銃ごときでどうこうなったら、警察も苦労しないでしょうね」 俺は向けられる殺気の籠ったガン付けにもビクともせず、懐から十字架や小さなコイン、ルーンの刻まれた護符やジップロックに入れたヒイラギの葉などを並べていく。 というか、その人となりを知っているからこそわかる事だが、彼は結構親切な人だ。部下の前だから厳つい顔をしているだけで、そう怖くはない。まあ、演技の練習と思おう。 「あの、瓜坂さん、それは?」 「前にも言っただろ? ルールを守れば、オカルトに対抗する手段ってのはいくつかあるからな。魔術を使わないまでも、色々持っとくのが嗜みさ」 俺が敢えて『使わない』を嘘を吐いたことで、俺が詐欺師であることへの守秘義務を思い出したか。矢加部ちゃんは気を引き締め直して、居住まいを正す。 「オィ、それで全部だな……? ヨシ、手前ら、下がっていいぞ」 藍崎親分の声と共に下っ端の一人が俺の魔除けグッズをお盆にのせて下げ、数名の幹部連中を除いてフロアを出て行った。 「さぁーて、オマエさんら。今度こそ楽にしていいぞ?」 言葉に俺は正座を崩し胡坐をかき、残った幹部連中は部屋の隅から座布団を持ってきて各々勝手に座る。ついでに、親分も軽く肩が凝った様子で、ゴキゴキと回していた。 「えぇ〜。なんか拍子抜けですね。極道って、常に気を張ってる感じでしたけど」 思わず、というにはやたら長文で矢加部ちゃんが言う。いや、それでもきっと気が抜けただけなんだろうけど。 ややも皮肉るかのようなその言葉に、しかし還って来たのは怒声ではなく呵々とした笑い声。視線を向けると、腰をさすりつつも藍崎親分が低く笑っていた。 「ケタケタケタ。愉快な嬢ちゃん連れてきたじゃねぇの。そこまで赤裸々に語っちまってるところを見ると、コレかい? ま、そこまで実情騙られちゃ任侠モンも形無しだァ!」 笑った彼が立てた小指、その意味の差す所をすぐに察した矢加部ちゃんは慌てて首を横に振る。 「違います、違います! 誰がこんな人と!」 こんな人とは失礼な。とはいえ、 「応ともさ。恋人にするんならもうちっとばかり騙されてくれる人間を選びますね」 「二人して否定するってことは、ただの同僚かい……。詰まんねぇの。悪かったね、お嬢ちゃん。……改めまして、藍崎伍之介(いつのすけ)だ。よろしくな」 頭を下げぬまでも、恐らくは貫禄ある親分としてのもっとも丁寧な挨拶。 まあ、片腕を着物に突っ込んで腹をボリボリ掻いていなければ、だが。 「矢加部月菜です。瓜坂さんのところで居候をさせてもらってます」 慌てて、平伏するような態度と共に挨拶を返す矢加部ちゃん。なんというかこう、絶妙に小市民だよね。悪を許さないと言いつつも、取り合えず丁寧に応対する辺り。 「まあ、極道のルールってのがあるから一通り荷物改めはさせてもらったが、下の連中は捌けさせたし、楽にして良いぜィ。あ、そうそう。暑かったろう、良いモンがあるんだ」 藍崎さんが言ったときには、既に幹部の一人が立ち上がって部屋の隅の冷蔵庫に向かっていた。この辺りは流石縦社会である。 「……この匂い、シンナーじゃないですか!? あれ、でもなんか違う」 鼻をスンスンと慣らした矢加部ちゃんが悲鳴を上げるも、すぐに違和感に首を傾げた。 俺には匂いすら感じないが、矢加部ちゃんは鼻が良いらしいと聞いたことがある。 「冷蔵庫を開けたくらいで香りがわかるとは、中々だね嬢ちゃん」 「まあ、うちは親分の意向でヤクはご法度だからな。オレら自身、どうかと思うし」 組長が楽にして良いと言ったからか、割と幹部連中も気軽に口を開く。 「そういう所はしっかりしてるんですねぇ……」 感心したような矢加部ちゃんに、藍崎親分が問うた。 「ところで嬢ちゃん、シンナーじゃないってェなら何の香りだと思う?」 盆に載って近付いてくるそれの全容は、座っているこの位置からじゃ見えない。 流石に近付いてきた今なら俺にも匂いは分かるが、確かにシンナーにも似ているな。 「……花、いや果物系ですね……。あ、梨ですか!」 「ビンゴ、大当たりだよゥ。うちのカミさんがねェ、最近シャーベット作りに嵌まってて余ってんだ」 アイスの乗った小さな茶碗は全部で十枚。親方と客の分だけでなく、幹部連中の分も含まれている。これが許される辺りに、藍崎組のアットホームさを感じた。 「確かにシンナー臭ェわな、コレ」 真っ先に食べ始めた藍崎親分がまた笑い、それから少し真面目な表情になる。 「それで聞こうかい。今回の真相って奴を?」 「へいへい。まあ、ありきたりな霊的事故だな。どこぞの魔術師や魔法使いが捨てたのか、或いは偶然条件を揃えちまったのか。変な異界と繋がってやがった」 ドサリと、畳の上に置かれたのはビニールに入った砂と変わった形の石に水が少々。 それから、さっき矢加部ちゃんに見せた小物類も。 「古典的な悪魔を呼び出す術陣に、天体関係の鉱石魔法と、あとはまあ触媒だ」 「それで繋がる先ってぇと……」 ピンとは来ないだろう、いや魔術というセンテンスでは出てこないオカルトである。 「……狂気山脈か、幻夢境の月じゃないですかね? アトランティスってことはまずない。幸いにも出口自体が楔になって、向こうから来た『ヤツ』の動きを妨げてましたが。だいぶ危なかったですよ」 「しかし、その名前じゃあクトゥルフ神話だろぅ? 伝承としてもだいぶ『若い』。そんな常識はずれな所に繋がるもんじゃあ……」 オカルトと伝承の関係は、俺の師匠曰く『いまいち分からないことが多い』らしい。卵が先か鶏が先か。伝承に描かれたから現れたのか、元々いた物が伝承に現れたのか。 ただ一つ確かなことは、『伝承に書かれていることは概ね正しい』というだけ。異説やら創作やらが入り乱れている以上、それらもまた不確かであるが。 「だから俺が対処する事態になったんでしょうに、全くもう……。クトゥルフ神話の場合は確かに創作物であるとされてるものの、原典となった一次資料が無いとは言い切れないし、今回の場合で言えば『神秘が伝承の影響を受けた』可能性も否定出来ません」 「神秘が伝承の影響を受けた、というと。どういう事なんですか、瓜坂さん?」 矢加部ちゃんの問いかけに、早くも事態を理解しているだろう親分の方を見る。すると彼はどうぞどうぞと手を振った。それを見て、すこし考えしてから口を開く。 「オカルト側の連中ってのはな、存在が古いほど、そして認知度が高いほど強い力を得る。人々の信仰やなんかが、彼らに力を与えるわけだからな」 「そういうもの、なんですね?」 「おう。でも、認知度が一定以上より下がっちまった妖怪や伝承の類っていうのは、時として力や属性だけを残したまんま消滅してしまうことがある。そういった類の物が人に宿った場合、『超能力』と呼ぶ。格好良く言うと『伝承なき魔法使い』ってとこだな」 「おゥ? 厨二病でも再発したか、瓜坂?」 「うるさいですよ御大将。こちら側のネーミングなんてそんなもんばっかでしょうに!」 昔からの知り合いだからか、おちょくるような声を上げやがる。まあ、慌てて反論してしまうあたり、俺もまだ子供か。 「ともあれ、同じように『名前を失った力や属性』みたいな曖昧な魔力の存在が、時として都市伝説や、或いは近年に意図的に作られた伝承と出会う場合がある。ネットに載れば都市伝説、空を飛んだらUFOで、人に宿れば超能力、ってね。新しい神の誕生だよ」 「なんか、一気に胡散臭い新興宗教っぽくなりましたね……」 俺は詐欺師なんだから、胡散臭くて上等である。それはさておき。 「どこぞの教授曰く『零落した神は妖怪になる』らしいが、零落しきって名前すら失ったモノに新しい名前を与えると、これが神に化ける事がある」 「それが、今回の真相ですか?」 「ま、推測だがな。正直、『どうやら繋がったらしい』事は分かっても、『どうして繋がったのか』はわからん。魔術分野もそっちには疎いし。探偵としては二流ですまんね」 「でもこれで、後は依頼人のところに話をしに行くだけですね。……私としては、一番気が滅入る部分ですけど」 「そう構えなさんな」 そう言ったものの、ルイス姉妹の時以上に、『迂闊に知らせるわけにいかない』のも事実だ。こちら側の事情を知らぬ一般人に下手なことを言ったら、どうなるか分からない。 ただ、残念ながら矢加部ちゃんが思うほど事態は簡単じゃない。 「生憎だけどね、矢加部ちゃん。それで済む話なら、俺ここに呼ばれてないのよ。……単刀直入に聞きますよ。藍崎さん、誰を消せばいいですかね?」 笑う、笑う。詐欺師の貌で。覇気なんて出せるような気負いは無いが、見る人が見ればおぞましさを感じるだろう笑みを浮かべて俺は問うていた。 「消せ、なんていう物騒な話じゃないさねェ……。ただまあ、通り魔事件の真相究明のお礼に、耳寄り情報を一つ教えてやらァ。秋門不動産ってェ、太い野郎が最近この辺りのシマを荒らしてる。前に警告してた所だがな。えらく強情な手段であっちこっちの土地を買い上げては、詐欺じみた手口で高値に変えてんだ、コイツが」 「こんな地方都市の土地なんて、高値で買う人居るんですか?」 矢加部ちゃんの声には、藍崎親分が返事を返す。 「お嬢ちゃん、人間に夢見すぎだねェ。何としても手柄を立てたい地方の政治家、夢のタワーマンションを謳って一攫千金を稼ごうという馬鹿なボンボンに、『契約書の不備』でぼったくられる低学歴リーマンまで。騙される人間なんて、幾らでも居んのよ。そろそろ警察も黙って居れん頃合いだと思うが……。彼奴め、探偵と極道は邪魔モンだとよ」 詰まる所、既になにがしかの事をされている、という事だろう。 「まあ、詐欺師紛いの手を使ってるんなら、俺にしろ藍崎さんにしろ疎ましいだろうな」 「(詐欺師は瓜坂さんも一緒でしょうに!)」 「怪しいと思って探らせていたうちの下っ端が、念写の応用で見つけてくれたよ。狙われてんのは確実だが、警察は動きが遅いからな。恩も売れるぞ」 言いつつ、藍崎さんはお茶を飲み干した。 「大分ありがたい情報でしたよ。……じゃあ俺は、そろそろ調べものがあるもんで」 広げていたアレコレを懐にしまった俺に続いて、矢加部ちゃんも立ち上がる。 「おう、気を付けてな! 嬢ちゃんも、またな!」 「あ、あの。失礼します!」 丁寧に挨拶をする辺り、やはり小市民だなぁ、この娘は。 「しかし、これで繋がったね。さっきの依頼、どうにも藍崎さんとこを勘繰りすぎてると思ったが、俺に極道を潰させようとしたわけだ……」 秋門という名前、それを聞いただけでピンときた。 「えーっと、どういうことですか?」 「ほら、忘れちゃった? 今回の通り魔事件の依頼人は、藍崎組じゃないんだよ。……依頼人の名前は、秋門半座。秋門不動産にお勤めらしい」 「……じゃあ、今回の依頼人が!?」 「それこそ、藍崎さんの言った通り。人間に夢を見すぎるな、ってね」 あまりよろしくない感じの物に勘付いたらしい。俺はあえてニヒルに笑った。 「ヤアヤア、わざわざお越しくださって有難うございます。瓜坂サマ。それで先日お願い致しました藍崎組の通り魔事件の方はいかほどまで進みましたでしょうか?」 秋月半座。秋月不動産の経営主だというその男は詐欺師である俺よりも胡散臭く、何よりも過剰でやや間違った敬語を使う男だった。 小物臭くて、実にいけ好かない。俺も似た様なものかもしれないが。 「(うわぁ……)」 「オヤオヤ、こちらのお嬢さんは――妹さんか誰かでいらっしゃいますでしょうか?」 隣で軽く嘆息していた矢加部ちゃんにすぐ声をかける辺り、気配りができないという風でもないのだが、丁寧と慇懃をはき違えているような態度には彼女も引いていた。 不動産屋のソファ、フカフカすぎる椅子の上で無理やり姿勢を保ちつつ話す。 「いや、申し訳ない。この時期は少しばかり忙しい物で、まだ現場検証くらいしかできていないんですよ。ところで秋月さん、以前お願いしていた被害者との面会の方は……」 「以前も申し上げさせて頂きました通り、ハイ、被害者さんの方が面会拒絶と仰っていらっしゃるので、致しかねる次第でございます」 にべもなく、薄っぺらい笑顔で拒絶される。 やはりか。恐らくは秋月のシナリオでは『極道を通り魔事件の犯人に仕立て上げて力を削ぎ、その後藍崎組を煽って報復で探偵(おれ)を排除する』というのが目的なのだろうが、俺と藍崎組が知り合いだったのが盲点だな。 いや、もう少し穴のあるシナリオにも見える。極道にとっての報復というのは結構体力を使う物なので、力を削いでしまえば俺の排除は難しいはずだ。 通り魔如きじゃあ、末端構成員の尻尾切りで終わりかねないし。 閑話休題。 被害者との面会を断られるのは判っていたので、ハンカチで汗を拭きつつ代案を出す。 「じゃあ、秋月さんがご存じの範囲で構いませんので、事件当時の状況を教えていただけませんか。俺としても、情報は多いに越したことはないので」 言いつつ、ハンカチを仕舞う仕草に隠れて鞄の中でボイスレコーダを起動。 答えはもちろん、イエスだ。 「ええ、構いませんよ」 営業スマイルの裏に潜むのは、幾らでも情報操作が効くという事態への優越感だろう。 ならば、好きなだけ嘘を吐かせてやるのが粋という物だ。その上で、叩き潰す。 「まず知りたいのは、事件当時の状況ですね。警察の判断では、『酔っぱらっていて不慮の事故を起こした』との事だけど、その時飲酒していたのは事実なんでしょうか」 「飲酒はしておられたようでございますが、酔っぱらう程ではありませんでしたと聞いております」 「目撃者はいない、とも聞いていますが……」 「ええ、そちらの方を探偵さんに見つけてもらおうと思っていた次第なのですが、少なくともこちら側では把握いたしてはおりません」 中々慎重だな。調べてわかる嘘は吐かず、それでもこちらを誘導しようとして来る。 「いえ、直接の情報ではなく。被害者はどれ位の数の実行犯を見たと?」 「伝え聞きました情報ではございますが……。四〜五人ほどでありましたと聞き及んでおります」 これだ。こいつが通り魔自身と通じているかどうかはともかく、この情報だけは嘘だ。 何せ、犯人は人間ではないのだから。少なくともこの時点で二つ、秋月が嘘を吐いていることと、藍崎組の把握している通りにこちらを嵌めに来ていることが透けて見える。 「そうそう、忘れてました。事件現場を整理した時に妙なものをいくつか見つけたのですが……。この腕時計、被害者さんが無くしたものではありませんか?」 ジップロックに入れた腕時計を鞄から取り出し、彼の目の前で軽く揺らした。 時刻は四時半頃を示している。不動産屋に差し込む夕陽が、正常に作動していることを教えてくれていた。 「……あ、ええ! 確かに間違いありませんかと存じ上げます。被害者の方からお聞き致しておりましたブランドとも一致していらっしゃいますし……」 一瞬、間があった。早口言葉の変な敬語のせいで分かり難いが、俺と藍崎組を嵌めることにかまけ過ぎて、被害者の側の設定を忘れていたな。 秋月が腕時計を奥に仕舞いに行っている隙に、矢加部ちゃんが小声で話しかけてくる。 「これからどうするんです、瓜坂さん?」 「早めに片しちまいたいところだが……。騙し返すには策が足りないな。今日は一旦お暇するとしよう」 「……そういえば瓜坂さん、拳銃の件については後でちゃんと聞かせてくださいよ」 「へいへい、後でね。しっかし、気になる所としてはあの野郎が通り魔の犯人なのか、それともアイツが通り魔事件を利用しただけで犯人は別にいるのか、それが問題だ」 藍崎組の話を聞いて、取り合えず実態を確かめに来たところまでは良かったが、よくよく考えてみるとこの事件は俺が思っていた以上に複雑なのかも知れない。 「それは……でも、瓜坂さん自身が『事故』だって言ってませんでしたっけか?」 「それこそ、藍崎組の情報が無かったから言えた事だよ。ただ一方で、秋月自身が一般人であったとしても、『通り魔』の側が個として完結したオカルトでその上で秋月に使役されている可能性だってある」 もう少し言うのであれば、『秋月が通り魔に利用されている』可能性や、『秋月と通り魔を利用している第三の黒幕が居る』可能性も存在するわけだ。 「魔術師でも超能力者でもない人間がオカルトを使役する事なんて、出来るんですか?」 「何を言ってるんだい矢加部ちゃん。マリー・スリップジグが訪ねてきた日、君は俺の『お使い』で茶葉を買いに行っただろう? つまりそういうことだ」 「そっか。考えてみれば成平さんの時の死神との交渉だって、別に何か特殊な能力を使ったわけじゃなくて、ただの言葉のやり取りでしたもんね」 その言葉に、俺は何かヒントの様なものを感じる。 眉根を寄せて思い出そうとするのだが、良くわからない。取り合えず言葉にしてみる。 「成平ちゃんの事件……。待てよ、何かまだ忘れていることがある気がする」 「忘れていること、ですか」 「忘れているというか、判らないというか……」 「そういえば、誰ぞやに依頼したと言っていたあの晩の怪物の件、結局答えは帰って来たんですか?」 その言葉に、ハッとなる。廃ビルで俺たちを襲ってきた怪物、誰が召喚したのだろうか。忘れていたわけではないのだが、『返事が返ってくるまではすることは無い』と既に終わった仕事のように感じて、放ってしまっていたのは確かだ。 「それかも知れない。詐欺師が板につきすぎて、探偵の勘が鈍ったかね……。存外俺たちは大きな事件に巻き込まれているのかも、なんてな?」 「脅かさないで下さいよ……。しかし、秋月さん遅いですね」 言われて、どちらからともなく口を閉じて耳を澄ます。気配は未だ遠く、話を聞かれている心配はない。だが。 「電話、ですかね……」 微かな話声と、くぐもった呼吸。ロバの耳の童話よろしく地面の大穴に向けて喋っているのでなければ、まず間違いなく電話であろう。 「矢加部ちゃん、内容は聞こえるかい?」 「ダメですよ瓜坂さん。人の電話を盗み聞くなんて!」 「あちらさんが喧嘩振って来てるんだから、邪道も何もないと思うが……。まあ、嫌な事を無理にはさせないって約束だしな」 どちらにせよ、とっ捕まえた上で適当な犯罪で警察送りにするんだ。後で聴取資料を(賄賂で)買えば問題ないか。 「……なんか悪いこと考えてませんか、瓜坂さん?」 「言っとくが、もし万が一にでも大規模な陰謀とかに巻き込まれていた場合、情報不足で後手に回るのは悪手だからな。安全確保のためには手段は選べない」 「選ばない、じゃなくてですか?」 「あくどい手段を使わなかった場合、九割九分死ぬ。選びようがない」 まあ、それこそ成平ちゃんでも連れてこればその1パーセントを引き当てる事も出来るだろうが、一度助けた相手をこちらの都合で巻き込むのは俺の信条に反する。 「ヤァヤァ、大変お待たせ致しまして、誠に申し訳ございません。急なお電話をくださるお客様がいらっしゃいまして……」 俺たち二人が話している間に、秋月が戻って来た。その表情は妙に硬い。 「いえいえ、それほどでも。我々としてもほとんど用件は済んでいたのですが、一件だけ、まだ質問し忘れていたことがありまして」 「ええ、どのようなご用件でございますでしょうか?」 言った時、向こうが見せた眼光にどこか据わったものを感じた俺は思わず矢加部ちゃんを軽く引き寄せる。 何か嫌な予感がするが、それでも秋月がオカルト(こちら)側であるか、否か。確かめねばなるまい。鞄に手を入れ、証拠品として拾ってきた雑貨品の様な数々を机に置いた。 「ほぅ……」 ほんの一瞬、机に向けた視線を戻すと秋月の目元は細まり、眼光はこれ以上ないほど冷え切っている。ああ、ダメだな。一瞬の判断、矢加部ちゃんを後ろに突き飛ばした。 「瓜坂さん、何を……ッ!?」 「あの事件現場からこうも的確に拾っていらっしゃいますとは。あの方が仰っていらしたことは冗談でも嘘でもなく真実だったのでございますね。これは、いけないなァ!」 言葉に、止まらない思考が二つ答えを導き出す。この男はオカルトを知って日が浅く、そして秋月を素人と知りながら力を貸した黒幕(だれか)が存在すること。 つまり、何らかの陰謀に巻き込まれてしまったという事だ。 「クソが! 最悪の事態じゃねぇかよ……」 「ちょ、事態の説明をしてくださいよ! 探偵でしょ、瓜坂さん!」 「結論を言やぁ、この野郎は俺たちが思っていた以上に腹黒かったってことだ。でもってこれから起こることを言やぁ、化けの皮がはがれた悪人に襲われるところ、だ!」 声と同時、飛び退る。 説明の途中に割って入って来た秋月はパイプ椅子を振り切った姿勢のまま、こちらを睨んでいた。 「悠長、悠長なァ!」 最近、人を騙す方に注力しすぎて、探偵としての勘が疎かになっていた。先ほど、計画が甘いと評したこの男。そういう雑なシナリオを描くやつに限って、最後は暴力で解決しようとする。 「この作品の作者みたいにな!」 「何言ってるんです、瓜坂さん!?」 矢加部ちゃんの手を引いて一、二歩下がる。 「探偵が解決編をしている最中に、暴れる犯人が居るかよ! クソが!」 「どうして、どうしてアナタのルールに縛られないといけないのですか!?」 「探偵っていうのが、そういうモンだからに決まってるだろうがよ!」 「そんな、そんなこと! 知った事じゃあ、ありませんよぉおお!」 何処の何を覗いたか知らんが、完全に狂気に魅入られていやがる。いや、最後の一手を推したのは俺か……。まあいい、考えるのは後だ。 ブゥン、ブゥンと椅子を振り回すので、さらに下がる。その瞬間。 「ヒハ、ヒハハハハァ!」 秋月は、俺が机の上に置きっぱなしにしていた拾得品を乱雑に握りしめ、並び替えると同時に、懐から木片の様な物を取り出して、ジッポライターで火をつけた。 木片からは煙が燻ぶり、妙な香りが漂い始めた。わずか数秒の出来事である。 「矢加部ちゃん、ハンカチか何かで口を抑えて! その後、時刻を教えてくれ!」 「来ませい、来られませい!」 秋月の叫び、引き攣るような音で、何かを呼んだ。藍崎組で俺が披露した推理通りなら、この事務所は一分と経たずにクトゥルフ神話の異界に繋がるだろう。 恐らくは、幻夢郷(ドリームランド)。あまり良い事態とは言えないな。 「矢加部ちゃん、時刻は!?」 「五時十二分です!」 「何で魔術師でもない秋月さんに召喚術が使えるんですか!?」 「あの道具一式と、あとは木片――お香のセットでオカルトとして完結してるんだと思う。或いは、他の魔術的パーツが事務所のどこかにあるかも知れないけど!」 矢加部ちゃんの質問に答えつつ、魔除けのヒイラギなどを懐から投げつける。効果は薄いだろうが、何もしないよりましである。 「さあ、さあ。来られますよ!」 些か笑い声じみた秋月の声と共に、触媒となった小細工達がブラックライトの様な妖しい光を放つ。光が描くのは、西洋式の両開きの門。人間サイズであることからして、魔力不足だろうが……直接的な戦闘能力を持たない俺たち二人にはそれでも荷が勝つだろう。 「ヒャ、ヒャヒャハァ……ァぐ!」 笑っていた秋月の体が粘液のぬめりを帯びた触手に背中を裂かれ、斜めに頽れる。肩が動いているのでまだ息はあるが、倒れた衝撃で肺に圧が掛かったのだろう、断末魔は湿って重たく静かであった。 「な、何ですか……。アレ?」 何、というには些か形容しづらい……名状しがたいのが『ソイツ』であった。しいて言うなら、人型の骨格を持つ白いスライム、或いは表裏反転した巨大カエル。 「正直、クトゥルフは専門外だから俺にもわからん。……だが、直視はするなよ、正気を持って行かれる!」 ダイスでも振ってSAN値チェックと洒落込みたいが、そこまで悠長なことが言える事態ではない。翻ってこちらに延ばされた白い触手を咄嗟にしゃがんで躱し、懐から小さな石板――魔除けのルーンが刻まれた護符を二つ取りだす。 「矢加部ちゃん、多少のモンだが、これ持っとけ!」 「こんなの相手に、どうするんですか!?」 「バールのような物か、或いはフォークでもあれば有効かもしれんが……」 俺の軽口とほぼ同時、怪物の振るった触手が不動産屋の屋根を突き破り、満月からいくらかかけたような歪な月が顔を出した。 「さっきのあの舌を見ればわかります、その距離に近付く前に私死にますよ!」 なんだかんだ、いくつかの修羅場をくぐってきたからだろう。以外にも矢加部ちゃんが冷静だ。年頃の女の子としては、秋月の容態にはもう少し反応すべきなのだが、探偵の相棒としては頼もしいことこの上ない。 「生憎と、俺もだ。残念ながら運動は苦手でね……」 ある程度距離を取ったところで、追撃がやむ。アレがなんのバケモノかは知らないが、どうやら行動範囲は狭いらしい。いや、それこそ昼間行った事件現場を思えば当然か。 「さて、まずは作戦会議と行きたいところだが……」 カエルモドキから視線を放さぬまま、慎重に声を発する。だがそれも一瞬、奴が投擲した錆鉄の槍を見て、俺は矢加部ちゃんを抱き込みながら地面を転がって避けた。 「キャぁ!」 「ったく、油断も隙もありゃあしない……。だが、ようやくわかった。コイツの名前は、ムーンビーストだな。っていう事は、あの磯は幻夢郷の月の海から来た訳だ!」 と言っても、名前ぐらいしか知らない。後は生息地。 「ムーンビースト――って、何ですか?」 槍は一本しかなかったのか、以降の追撃は無い。それでもシュルシュルと触手を伸縮させて、絶えずこちらを威嚇してくる。ぶっちゃけ、滅茶苦茶怖いが顔には出さない。 「良くは知らんが、早くて強いらしい。幻夢郷っていう異世界の月にある海を航海する、異形の怪物だよ」 「異形の怪物だってのは、まあ見ればわかりますけど。しっかし、どうにもこうにも気味が悪い外見……って、ぅわぁ!?」 恐らく酸だろう粘液を口――と思われる触手の穴から飛ばして攻撃してくる。 「休憩する暇もくれないとはね……。だが矢加部ちゃん、ここで課外授業だ」 「何呑気なこと言ってるんですか!?」 触手による息つく間もないいほどの連撃は来ない。粘液や槍も、そう早くはない。 「良いから、良いから。この前教えただろう、召喚生物を相手にするときの対処法は?」 「……召喚のための魔法陣や、儀式そのものを壊すことですか?」 「大正解!」 まだ日は沈んでいないから、間に合うはずだ。相手が幻夢郷――夢の世界の住人である以上は、日が沈むまではまだ本領ではない。 瞬間、俺は懐から取り出したプラスチックの拳銃をブッ放す。狙いは机に並べられた触媒の小細工達、その中の銀色の鍵を狙った。 プシュン、プシュン、プシュン。 「え、緑!?」 流石にプロではないので手間取る物の……三発目くらいで命中。同時に弾が(・・)爆ぜて、その中の塗料をぶちまける。色は緑、鍵を覆うように広がって、塗りつぶした。 「カッコつけるには弾を使いすぎたが……。見ての通り、ペイント弾だよ」 「ペイント弾……。そんなもの、何のために?」 不審げに矢加部ちゃんが言うのと前後して、部屋の奥にあった光の扉が閉じ始める。 同時に、怪物もまた門の方へと引き寄せられ、こちらに触手を伸ばしつつも届かずに消えていった。ムーンビーストは終始無言だったので、結構シュールな絵面だ。 「あ! ……魔術においては魔法陣や触媒に意味があるから、その色を塗り替える事で無効化しよう、っていう事ですか!」 「おう、百点満点の説明だな。さてと、この惨状をどうするか」 俺はとりあえず、煙たいお香を消して窓を開け、換気を始める。秋月は重体だが、ムーンビーストに切られた裂傷がかなり綺麗な断面をしているので、軽く布を被せて放置。 「素人が応急処置してもアレだし、取り合えずマッチポンプ野郎のためにも救急車呼ぶか……」 「ちょっと待ってください、瓜坂さん」 換気のお陰か、大分嗅覚が戻った矢加部ちゃんが鼻をスンスンさせながら言った。 「なんか、この建物の奥の方から魔力の気配がします」 「なるほど、そいつが有ったからこうもアッサリ異界に繋がったわけか」 秋月が開けっ放しにしていたドアを潜り、事務所の裏へと入っていく。妙な暗がりに冒険気分を楽しんでいたのに、すぐさま矢加部ちゃんが電気を付けたので、少しガッカリ。 「ああ、アレですね」 さして苦労する様子もなく、ウチの助手は書類の山の陰から目的のブツを見つけ出す。 それは、荒削りの丸太とその上に掛けられた大きな布。 「こりゃあ……、呪物礼拝(トーテミズム)系列の降霊召喚をベースとして、魔力を流すための装置か。下のは御神木の代用品って所か……」 「それが何かは分かりませんけど、取り合えずこれが元凶なんですね」 「ちょっと矢加部ちゃん、不用意に触ると危ねえぞ。何らかの霊障があるかも知れん」 あと一歩、という直前で矢加部ちゃんが飛び退る。顔に何本かの青線を入れつつ、こちらを窺う表情は、妙に可愛かった。 「ここら辺の書類とまとめて貰って行って、後で藍崎組に検分させるかね」 「そういう所、瓜坂さん躊躇いませんよね」 「いやあ、照れるね」 「褒めてませんよ。っていうか、人として軽く軽蔑します」 あそこまでの仕打ちを受けてなおこの言動が出来る辺り、この娘も大分ズレているな。出来れば、緊張感と覚悟を持って仕事に臨んでほしい。ま、今は良いか。 「まあでも矢加部ちゃん、ここら辺の書類に関しては話は別だぜ」 「話は別って……窃盗か威力業務妨害で訴えられても知りませんよ?」 「そうじゃ無い、そうじゃ無い。ほら、ここ見てみ」 俺が指差したのは、丸太の周りに置いてあったファイルのラベル名。他にも数枚拾って彼女に押し付ける。 「『藍崎組構成員一覧表』、こっちはなんかのシフト表……あ、駅裏のコンビニですね」 「被害者の人がバイトしてたコンビニだよ。事件の日時は二、三日前の夜九時前。そのシフト表と掛け合わせれば、八時にバイトを上がって近所で一杯引っ掛け、その帰り道で襲われた、って所だな」 俺が口を閉じれば、後退して彼女が口を開く。 「なるほど! やっぱり秋月さんが通り魔の真犯人だったわけですね」 「おいおい、俺の名推理を信じてなかったのか? これでも探偵だぞ」 「それ以前に、詐欺師じゃないですか」 そこを言われると、ぐうの音も出ない。 「……さてと、じゃあ今度こそ救急車を呼びますかね」 「悪人でも殺さない所は、私結構尊敬してるんですよ。瓜坂さんのこと」 「そうかい」 死んでしまうと情報が聞き出せないだけなのだが……、まあ、矢加部ちゃんがそう思っているのならそれで良いだろう。 「(しかし、だいぶ厄介なことになって来てるな……)」 秋月にオカルトの力を与えたという何者か、それが成平ちゃんの事件の時のあのモンスターを召喚した者と同じであるとするなら。 「こりゃあ、いろいろと調べる必要があるかも知れねぇな。……知れねぇが、取り合えず矢加部ちゃん、今晩は夕飯の準備するにも遅いし、どっかで外食して帰るか!」 「ああ、良いですね……。正直、あれだけのもの見た後でもお腹がすく自分が、最近少し怖いんですけど」 「それだけ場慣れしてきたってことだよ。気に病んでちゃあ、探偵は出来ない」 「アレ、『詐欺師は出来ない』じゃあないんですか?」 少し拍子抜けしたように彼女は言う。存外、ツッコミ役が気に入っているのかも。 「いやあ、最近は探偵の勘を鈍らせすぎたからね。今回は探偵のアドバイスだよ」 「はぁ。でも、今度こそこれで何もかも終わりですね。依頼、終了です」 「土左衛門風に海に流れたくなる言い様だな」 捨て台詞のように吐くと、俺達は事務所を出て繁華街に――ではなく、駆け付けた救急隊員に適当な嘘を吐くために歩き出した。 間章 三 あの不動産屋、わざわざお膳立てしてやったのに何の仕事も出来なかった。あそこまで使えない人間だとは思わなかったけど……。おかげで目くらましになったのも事実だ。 だが同時に、不動産屋のヘマのせいで探偵がこちらに気付きつつある。 前回の失敗からもうすぐ一か月。次こそは儀式を成功させたいものだ。 この前は対応が遅れてしまったとはいえ、あの予知少女は探偵が何とかしたらしい。 念には念を入れて、儀式の生贄の中に紛れ込まれないようにはしておこう。 あの詐欺師探偵はだいぶ厄介だな。一般人だからと油断して様子見していたが、予想以上に人脈が広い。こちらの居所がバレてしまえば、増援を呼ばれかねないか。 たかが一般人を始末するのはたやすいが、探偵殺しを切っ掛けに儀式前に捕まっては世話は無い。狙うとしたら三日、いや二日前辺りが妥当だろう。 ああ、しかし儀式の成功が待ち遠しい。我が家に残る古文書の通りにやれば、まず間違いなく私は神の力を手に出来る。そうすれば、もはや誰に従う事もない。誰を恐れる事もない。 第四話 上 神様になる方法/親を亡くした少女 「ハハァー、そりゃ大変だね。助手ちゃんも。毎日毎日学校終わった後にもオカルト(?)の授業があるってんだから、二倍勉強してるような物じゃないのさ」 秋月さんの一件から早くも十日近く。調べ物があるという瓜坂さんに事務所を追い出された私は、成平さんと有名チェーンの喫茶店で駄弁っていた。 「二倍は言い過ぎですけど……。でも、自分の事もあるしちゃんと学ばないとな、って」 「へーん。優等生でやんの。しかし、言われてみるとナニ習ってるのか気になるね」 「何と言われると……。先週は確か、『魔法と魔術の違いについて』でした」 言いつつ、私はコーヒーを啜る。あまり美味しくはない。雑味が気になった。 「アタシにはどっちも同じに聞こえるけどなぁ……。でも、探偵さんなら人に教えるのは上手そうだよね。アタシの事件の時も、結構分かりやすく説明してくれたし」 詐欺師だからというのもあるのだろうが、瓜坂さんは人と会話したり、伝えたいことを相手に理解させるのがとても上手だ。 「それで、結局魔法と魔術って何が違うのさ……」 成平さんはジュースのコップを手で弄びつつ、首を傾げる。短髪がさらりと揺れた。 ガラス窓の向こうに見える落ち葉が秋の風情を醸しているが、商店街の清掃の仕事が頭をよぎる辺り、あの探偵事務所兼何でも屋に私も馴染んで来たのだろう。 「なんか複雑で私に美味く説明できるかわからないんですけど……」 まず大前提として言うと、魔術や魔法を含むあらゆるオカルトは『魔力』と『伝承』の二つの仕組みによって成り立っている。『魔力』と言うのは人の心や魂から生まれ、意志の影響を受ける物理エネルギーであり、『伝承』というのはそれをコントロールする法則の事である。らしい。 「そういやあ探偵さんも言ってたな、ルールがどうだとか……」 「ええ。例えば吸血鬼は十字架を恐れますし、悪魔は契約を守らなくちゃいけない。オカルトは超常的な存在ですが、それなりにルールがあるんです」 そしてまた、魔力が人の精神・知性の影響を受けるからこそ、文献としての伝承がある程度影響を与えるとされる。 嘘が吐けないから、伝承にも嘘は無い。的な簡単な仕組みではないのだ。ちなみにそのようなことを瓜坂さんに言ったら『伝承を書いた奴がオカルト本人とは限らない』と言われた。至極ごもっともである。 「へぇ。アタシの場合は中国の死神だっけ……? そのルール上、『一定の確率で死の運命を回避できる』から『一定の確率を引くまでやり直し続ける』呪いだって言ってたね」 「はい。……話を戻しますけど、瓜坂さん曰く『魔法って言うのは、そういう名前のオカルト』『魔術って言うのはオカルトを利用する技術そのもの』なんだそうです」 言うと、得心が言ったとばかりに成平さんはポンと手を叩いた。 「なるほど。『魔力』と『法則』で魔法なのか。つまりあれだろう? 開けゴマと言うと、秘密の扉が開く感じの……」 「フフッ……。いや、すみません。なんだかメルヘンな表現だなって」 秋月さんの一件などのグロテスクさとの落差に思わず笑ってしまう。 「いや、いいさ。アタシも結構死んだ分色々見たしね。オカルト側のもう少し『深い』部分を見た事があるなら、確かにズレた表現だったのかもしれないね」 言うと、成平さんは私に合わせるようにクスクスとしばらく笑った。 「それ以外はどうなんだい? あの探偵さんの所に居候してるんだろ、男一人に女一人ってのは……。いや、あの探偵さんを信用してない訳じゃないけどさ」 「別に普通ですよ……。それこそ成平さんの言う通り、漫画じゃないんです。特に変なハプニングが起きる訳じゃないですし、っていうか探偵という職業柄、向こうの観察力が高すぎてまず発生しえないんですよ」 私も少し前まで中学生だっただけあって、『年上の知らない男性との共同生活』というにはそれなりに警戒していた。その前段階として、まずヤマモトさんの家での生活もあったのだが、正直ソレ系のハプニングに関してはヤマモト邸の方がまだ多かったくらい。 「助手ちゃん、その言い方だと少し期待してるようにも聞こえるけど……」 「いや、尊敬できる部分も結構ありますけど、正直瓜坂さんは無いです」 ムッと、顔を顰めて言う。探偵としての仕事は尊敬するが、先ず詐欺師なのが気に食わない。ついでに言うなら、お養父さんと同い年。ちなみに、彼女には『瓜坂家に居候している』以上の事は話していない。養父がどうのと言い出すと、長くなってしまうし。 「あ、でも一つだけ」 「お、なにさなにさ?」 それこそ年ごろらしく、何か面白い話題が出てきそうだと成平さんはこっちに顔を寄せてくる。にやにや、ニマニマと意地の悪い笑みだ。 が、残念ながら浮いた話ではない。 「あの人、食い合わせのセンスが結構おかしいんですよね……」 「思ってたのとは違う方向性だけど、結構面白そうじゃあないの。アタシもそこまで食にこだわる方じゃないけど……、そんな感じ?」 「いえ、むしろ逆です。妙なこだわりを持って妙なことをするタイプです」 例えば、茶菓子。 「紅茶と和菓子を合わせる所までは分かるんですけどね、漬物でコーヒーを飲むとか、チーズをのせたカボチャを焼いて緑茶に合わせるとか言い出すんですよ、時々」 「それは妙な話だけど……。不味いの?」 「なぜか美味しいんですよ、これが」 例えば、ご飯のおかず。 「納豆とハムが並んでいるのは別に構わないんですけど、カレーに小豆を入れたり、筑前煮にソーセージとトマトを入れたりするんですよ、時々」 「それは妙な話だし、最後の奴に至っては筑前煮じゃない気もするけど。不味いの?」 「なぜか美味しいんですよ、あんななのに」 「アッハッハッハッハ。案外普通の人より舌が良いのかもしれないよ。……アタシとしちゃあ、まず料理上手ってことが驚きだったわけだけども」 そう、恐ろしいことに何故かそこそこ美味いのだ、瓜坂さんの料理は。『料理が下手な人はいらないアレンジをする人だ』なんて言葉もあるけど、彼が珍奇なことをしてもなぜか上手く纏まってしまう。 「この間なんてアレですよ……。クリームチーズと一口大のリンゴを豚バラでくるんでワカメと一緒にトマトソースで煮込んでたんですよ?」 「それでもやっぱり美味しかったと?」 「ええ、業腹なことに」 瓜坂さん曰く、少量の小麦で解けない様に纏める事と、めんつゆを使って緩めに味を調整するのがミソだそうだ。正直、訳が分からない。 「今度一度食べてみたいね、それ」 「私ばっかり話しててずるいです。成平さんは最近どんな風なんですか?」 「最近、て言ってもね……。ここの所試験だったから、あんまり」 試験という言葉に、少し息が詰まる。探偵絡みで忘れがちだが、私は来週に中間試験を控えている。理系はともかく、社会とかの暗記系は……。うぅ。 「ああ、今週結構変な死に方したよ?」 「出てくる話題がそれですか……」 本人が良いと言おうとも、微妙にネタにしにくい話題である。 「慣れちゃうとねぇ。ある意味あれよ、センセーショナルって奴よ」 「まあ、生きてる人間にはビックリにもほどがある内容ですけどね……」 「ちなみに、空から鉄骨が落ちてきて死んだ」 ベタというか何というか。 「この体になってから分かった事だけどね、『高所から落ちる』とか『通り魔』とか、『交通事故』辺りは結構起こるんだけど、物が飛んできたのは図書室で死んで以来だよ」 「図書室って言うのは……。本ですか?」 「いや、運動部が使っていた備品が換気用の窓の隙間から飛んできて死ぬんだ。ちなみに、金属バットとバーベルと砲丸投げ辺りまでは食らったよ」 そういえば、ループのパターンによっては死因が変わるんだったっけか。 「ちなみに、今回は鉄骨以外にもなんかネジとか工具とかでも死んだよ。十回くらい」 時々こうして成平さんの死亡報告を聞くことがあるが、ここの所地味にループ回数を縮めつつある。ちょっと嫌な成長だなぁ……。 「さて、そろそろ行こっか。助手ちゃんも晩御飯あるでしょ?」 ズズズ、と成平さんはジュースを飲み干して席を立つ。スマホを見れば既に五時過ぎ。 夕陽がきれいな時間帯であった。 「成平さん、今日はありがとうございました」 「いいよ、別に学校の同級生と遊ぶ予定もなかったし。……あ、アタシ事務所まで送ってってもいい?」 「別に構いませんけど……。どうかしました?」 女の子を一人で帰らす訳には〜みたいなことを言う人でもなかったはずだ。っていうか彼女も女の子である。 「いや、そう言えば探偵さんに用事があったのを思い出してね……」 頬をポリポリ書きながら成平さんは言う。その様子を見て、さっき揶揄われたのの仕返しとばかりに私は口を挟んだ。 「そういえば、さっきも『信用してる』とか言ってましたしね。少年漫画でもないのに、惚れちゃいましたか? 瓜坂さんに」 言うと、成平さんは羞恥三割、嫌気七割くらいで顔を赤らめて首を振る。分かっちゃいたけど、やっぱ違うか。或いは、案外自覚なく……ってそれこそ漫画じゃあるまいし。 「そういう話じゃないよ。全く……。さっきの仕返しだね?」 「ええ、そうですとも。ともあれ、何の用事ですか?」 問うと、微妙に言いづらそうにしつつ、彼女は口を開いた。 「いやー。ちょっと中間試験で暗記系の成績が思ったより良くってね。その関係で、後遺症とかどうなってるのかな、って確認がしたくてさ。……あとまあ、ズルしてるような罪悪感もあるし」 「それは確かに、私じゃどうにもできませんね……。なんか、調べもの中らしいので居ないかもですけど。それでもいいなら寄って行って下さい」 夕日の中に薄っすら見える細い月が、妙に綺麗に見える。 私たち二人は喫茶店を後にした。 「わざわざ寄ってくれたのか。環君、ちょっと待っててくれ。今お茶でも淹れてこよう」 「別にいいよ、探偵さん。お茶なら今飲んできた所だしさ」 成平さんはジュースだったが。何でも、チェーン店の紅茶やコーヒーは苦手らしい。 「そうかい。まあ、座るだけ座ってきなよ。ちょっと調べ物中で資料散らばっててゴメンね」 瓜坂さんは言いつつ、ソファの上からクリアファイルをどける。散らばっているという程でもない物の、普段以上に書類や箱が多い印象だ。 「そういや、ここの所忙しいって助手ちゃんから聞いたよ」 「まあ、私も大分見慣れてきましたけど……。常ならぬ感じですし、そのうち説明してくださいよね、瓜坂さん」 「アタシもちょっと聞いてみたいかも!」 私と成平さんがジッと視線を向けると、探偵はいやいやと首を振る。 「流石に部外秘だから。矢加部ちゃんにも説明しなきゃだけど、もう少し細かくわかってからね。……こっちが整理しきれてないから、うまく説明できないと思うし」 言うと、ファイルやプリントを数枚まとめてポンと床に置いた。刹那。 ドゴッ! 「……ッ!」 轟音と共に、黒いマントを被った何者かが事務所のドアを蹴破り、押し入って来る。 「何者ですか貴方!」 「……」 返事には答えず、向こうは懐から短い杖の様な物を取り出してこちらに向けた。ご丁寧にもマントの下にも顔全体を覆うマスクを被っていて、正体がまるで分らない。 ポゥ、と青い光が散って、雷光が中空を駆ける。 「少なくとも味方じゃないし、どう考えてもオカルト側だ、な! 環君、隠れてろ!」 狙われたのは瓜坂さん。地面を転がるように避けて、胸ポケットに手を伸ばした。 「きゃ!」 呪文すら発さずに連発される雷は、時たま私にも飛んで来て、慌てて避ける。いや、よく見れば短杖を握る指が妙な動き方をしていた。 「これで、どうだ!」 瓜坂さんが突き出したのは、彼曰く奥の手の一つである『矢避けのルーン』。その護符は自分に向けられた飛び道具をある程度逸らす効果があると聞いた。 「いつまでダンマリだよ、っていうかそのマントにマスクじゃあ、幾ら十月でも暑いんじゃないの?」 二。 「伏せろ!」 その時、これまでソファに隠れて黙っていた成平さんが声を発した。 瞬間、私の視界が歪んだ。いや、とてつもない密度の風が通り過ぎて、私の目の前の景色がブレたのだ。サイズが大きすぎるのか、矢避けの加護の対象外だったようだ。 無色透明なそれが、瓜坂さんの後ろの壁紙に傷をつける。 「助かったよ、環く……」 「二発目が来る! 今度は横に!」 言いながらも、成平さんもソファから這い出して横に飛んだ。一瞬にして現れた土塊――いや岩石が黄色い燐光と共に爆ぜ、ソファと机がズタボロになる。 爆発物も、やはり矢避けの加護の対象外……。案外不便だなと思いつつ、警戒は怠らない。 「やってくれやがる!」 「……!?」 瓜坂さんが毒づくとほぼ同時に、ソファから飛び出した少女を見た術者は目を丸くして息を呑んだ。いやマスクをしていたのでどちらも推測に過ぎないが、確かにそう見えた。 「……ァッ!」 マントの人物は今度は懐から小さな袋を取り出して、杖を振る。赤い光が生まれ、それに包まれたワンドから金属製の刃が生えた。 「簡易の錬金術か!」 瓜坂さんの驚愕にも構わず、標的を変えた襲撃者は成平さんに切り掛かった。 三、四、五。 振りかぶって、袈裟斬り、そこから横に払い、間髪入れずに突きを入れる。 「見えて、るんだよ!」 相変わらずギリギリのラインで躱し、成平さんは狭い室内で距離を取る。 「チッ!」 だが、成平さんの顔に何を見たのか。襲撃者は苛立つように舌打ちをすると、何事か小さく呟きながら杖を頭上にあげ、そのままマントを軽く払った。 その払った風に誘われる様に緑色の閃光が生まれ、光の眩さに瞬いた時には、既にその姿は事務所から消えていた。 「すまねぇな、探偵さん。アタシのループにまた巻き込んじまったみたいで」 成平さんがそう言ったのは襲撃から三十分ほど、ソファから散った羽毛や、欠けた湯呑などを片付け終わった後の事だった。結構お気に入りだったのに……。 「いや、多分違いますよソレ。成平さん言ってたじゃないですか、今週は既に一度『死んで』居るって。週に二度死ぬことはまずありえないですよね、瓜坂さん?」 物理法則をガン無視している分、オカルト達は自分の課したルールに厳格だ。 「ああ、環君が今週既に『死んで』居るなら、この襲撃は俺たちの事務所を狙った物と断定できるな。……悪いが環君、用件は日を改めてもらっていいかな」 襲撃の件は危急ではあるが、成平さんが困っているのも事実、私はあわてて口を挟む。 「しかし、瓜坂さん。何とかならない物なんですか?」 「アタシとしては、今のところ問題は起こってないからいいんだけどね」 話だけは聞いてくれたので、どうにかならないかと視線を送ってみる。 「ほぼ間違いなく問題ない、ってのが俺の見解だが。まず第一に不確かすぎる状況証拠しかないからな、環君の記憶力や脳がどうなってるのか、ちゃんと調べないと意見は言えない。それから、君自身が抱えている『テストでズルをしているんじゃないか』という気分についてもだ」 「ぅぐ……」 図星だったのか、成平さんはすこし気まずそうに視線を逸らした。 「まあ、そういう精神的ケアも俺の仕事だけどな……。見ての通り、地味に逼迫した事態なんだ、今日中にどうこう出来ることは無い、ってのが実情だ」 「はぁ……。それなら仕方ない、ですよね」 「うん、アタシも一回帰るよ……。助手ちゃんも、またね!」 言うと、少女はドアを開いて去っていく。 扉に覗いた空は既に暗く、太陽の姿はどこにも無い。 「さて、事態を整理する前に言っておくことがあるんだが……」 「なんですか?」 成平さんを追い返してしまったことに若干の後ろめたさを感じつつ、些か理不尽ながらも瓜坂さんを睨んでしまう。こちらの事態の緊急性は分かるのだが……。うう。 「睨むなよ、眉間にしわが定着するぜ。ともあれ、厄介なことにマリー嬢から預かっていた研究ノートが紛失した。ほぼ間違いなく盗まれたんだと思う」 「さっきの襲撃者に、ですか?」 「そうだろうな。でもって、ついでに言えば先日の秋月の一件とも関係があると見た」 そういえば『黒幕』のような人物が居て、それが秋月さんにクトゥルフ召喚セットを与えたんだとかなんだとか……。 「そういえば、成平さんの一件の時に襲ってきた怪物も関係しているのかもでしたっけ」 「おう、アレの術式解析の結果はまだ返ってきてないから、情報としては微妙なんだが」 「まだ返ってきてない、ですか?」 ふと疑問に思って、首を傾げる。だいぶ時間がかかりすぎているように感じた。 「おう、ああいうのは結構大変なんだ」 「本当、ですか?」 嘘を吐いているようには思えなかったが、だからこそ嘘を吐いているような気がする。 表情にも、仕草にも違和感を感じないのに、そのことそのものが偽装とも考えられた。 「魔術っつったって、流派とか区別して行けばとんでもなく広範に渡るからな。解析にしろ、対処にしろ、そうそう簡単にはいかないさ」 理由を聞けば納得、なのだが。そこにすら嘘を探してしまう。 この人が悪人なのか、善人なのか。未だに私にはわからなかった。 「かく言う俺の『矢避け』が切り札なのも、『飛び道具全般』っていうデカいくくりで防げるからこそ、隠してるわけだし。まあ、威力が高すぎると防げないけどね」 或いは、私の暗示みたいに『見る事』がトリガーになって居たり、強の襲撃者のように『飛び道具』以外の形をとった場合でも対処はできないようだ。 「成平ちゃんと言えば、あの娘はもう一件関わってるかもしれないんだよね」 「何かありましたっけか?」 「ホラ、成平ちゃんに霊の呪いをかけたカルト教団の連中。奴らの裏に今回の『黒幕』が居る可能性だってある。それに正直、あの子の家庭も心配だ」 「家庭、ですか」 呟いて返しつつも、私の脳裏は別の単語でいっぱいであった。 それは『カルト教団』。思えば私がヤマモトさんの養子となった――そしてこの事務所に居候する切っ掛けとなった事件もまた、そう言った狂信者達が関わっていたのである。 「そう、家族。あの娘、カルト教団に拉致られたって割に結構夕方遅くまで遊んでても怒られた様子とかないじゃん? 門限とかも無さそうだし、何か不安なんだよ……」 瓜坂さんの言葉は右から左に、脳を通らず耳の上だけを流れていく。 「ありゃりゃ、矢加部ちゃんなんか眠そうだね……。ちょっと休んできなよ。片付けは大方終わってるしさ」 「あ! いえいえ、大丈夫です」 慌てて我に返り、思わず大きな声が出た。 「あんまそうは見えないな……。後で晩御飯もってくからさ、一回寝なよ」 「そう、ですか。ありがとうございます」 お言葉に甘えて、とお辞儀をして。 事務所裏の居住スペースにもらった自分の部屋に引っ込んだ。 母が死んだ時の事は、よく覚えている。 『ねぇ、月菜。こんな事になって、そしていきなり色々と押し付けてしまってごめんなさいね……』 私の育った横浜で、私の生まれた家で、母は死んだ。 『突然自分が普通の人間じゃないと言われても困ると思うけれど……。でも知らないよりは、良いと思ったのよ。いえ、今まで言わなかった私たちが悪かったわ、ごめんなさい』 殴られ、蹴られ。腹をナイフで突き刺されて殺されたらしい。いつも通りに中学から帰って来た私は、既に息絶え絶えの母と邂逅することとなった。 母は、救急車を呼ぼうとする私の手を引いて、放さない。間に合わないと悟ったのだろう。ただ見送ることしか出来なかった私は、『人って、ゆっくり死ぬんだな』なんて場違いなことを思いつつ、あまり感情の無い涙と共に話を聞いていた。 『貴方の力は、きっと何かの役に立つ。あるいは、『誰かの』かも知れないけどね。月菜、何が正しいか、何をしたいか。よく考えなさい?』 父も母も、私と同じだった。私と同じ力を持っていたから、それを狙っていた狂信者どもに襲われて、従わなかったから殺されたと聞く。 『いい? 正しさってのは、信じる事じゃないのよ。何が正しいか、考える事なの』 死ぬ間際の母は、力の使い方も私たちの一族の事も教えてはくれなかった。 ただ唯一、『これからどうやって生きたらいいか』という事だけを教えてくれた。 それからカルト教団に追われ、ヤマモトさん助けられ、やがて養女になるに至る。 母の言葉通り、正しさという物をよくよく考えてここまで来たつもりだ。 「私は間違っていなかった、はず……」 ノイズが混じって乱雑になった記憶を引っ掻き回して、枕に伏せる。 私を助けてくれたヤマモトさんは、自分には仲間がいると言った。その人は大したことも出来ないのにオカルト側の問題に首を突っ込む探偵で、私たち一家が襲撃された事件の、その犯人たるカルト教団を追っていた男だとも聞いた。 そして彼――瓜坂誠司が、事件からしばらく後にその狂信者たちを捕まえた事も。 「だから、会ってみたくなったんですよね……。その上、勢いづいて居候なんて……」 ヤマモトさんは結構なお金持ちだったから、実のところ誰かの家に預けてもらう必要はなかったのである。ただ、私が知りたいと思ったから瓜坂さんの所に居候したのだ。 「でも実際会ってみたら……。詐欺師だなんて」 最初の一月ほど、彼が偽装していた間はまだ良かったかもしれない。だが、正体を知ってしまったからにはそうは行かないし、『知らなければよかった』などとも言わない。 「けど同時に、詐欺師(あの人)でなければどうにでもならない状況も……いやいや、だからって許せるもんでもないし! 他に手があったかは……分からないけど」 言っておくと、死に際に母が『正しさ』という言葉を使っていたから、正義にこだわっているわけではない。というかむしろ、私が生まれつき潔癖をこじらせていたから、母はわざわざ『正義』という言葉を使って私を諭したのだ。 「うう……。どうするかなぁ」 唸りつつ私は枕を抱いて、そうして夜は更けていった。 翌朝。私よりいくらか早く朝食を食べ終えた瓜坂さんは席を立つ。 「んじゃあ、俺はちょっとばかり調べ物に行ってくる。多分だけど、昨日みたいな襲撃は無いはずだし……。よしんば狙われたとして、俺達には自分の命を守るので精一杯だ」 「ええ、残念ながら私の能力じゃ大したことは出来ません。藍崎組に応援を頼むとかは、出来ないんですか?」 「流石に昨日の今日じゃ、無理だよ。打診はして置くけど、しばらくは自力で何とかするしかないね。……それじゃあ、行ってきます」 今日も朝早く、瓜坂さんは事務所を飛び出して行く。『も』というのはここ数日ずっとそうだという意味であり、どれくらい早いかというなら私の登校時間より早い朝六時だ。 「……行ってらっしゃい。お皿は片づけておきますね」 トーストを齧りつつ少々他人行儀に、というか不機嫌に私は声を返す。構ってほしいわけではないのだが、昨晩はなかなか寝付けなかったせいで頭が痛かった。 「そういえば、最近ヤマモトさんに電話してないな」 パンを皿に置きつつ、ふとカレンダーを見て思う。 義理とはいえ父であるところの彼とは、週に一度くらいのペースで連絡を取り合っていたのだが、そう言えば先週の月曜日を最後に電話はしていなかったかも。 「(瓜坂さんが詐欺師だって聞いてから、どうにも気乗りしないんだよなぁ……)」 結局のところ、私には核心を問う覚悟も無ければ、なあなあに済ませるだけの大人気も無い。だからどちらにも振り切れず、こうして悶々としている。 「えい!」 一つ、気合を入れるように音を発して、席を立つ。パン粉にまみれた皿はシンクに下ろし、皿洗いより先に電話へ走る。今の時間なら、イギリスは夜更けくらいだろうか。 「もしもし。おと……ヤマモトさん?」 『やあ、もしもし私だよ。マイスイートドーター!』 相変わらずハイテンションで、どうにもつかみどころがない。瓜坂さんとはまた違う胡散臭さに、左肩をグルグル回して気を紛らわす。 『元気にやってるかい? 体調とか崩してないかな』 「私は大丈夫ですよ。ヤマモトさんは元気にしてますか?」 『相変わらず口調が硬いねぇ……。まあ、いずれ慣れればいいさ。私はもちろん、いつだって元気だよ! ……ところで今日は、なんか悩んでる感じだけどどうしたんだい?』 「……んぐ。まあ、そうなんですけど」 なんで寄りにもよってこのタイミングで気づくのかとか、ここ一月余りずっと悩みっぱなしだったのだがとか。まあ色々思う。その時。 『まあなんとなく分かっちゃいたけど、瓜坂の副業の事だね? 私が詐欺師と呼ぶところの、ソレ』 息を呑む、程ではなかった。別に瓜坂さんから聞いている可能性だってあったし、そうじゃ無くても彼は数少ない魔術探偵の正体を知る人物なのだ。いや、もしかしたらこの一か月間悩んでいたのも含め、知った上で流していたのかもしれない。 「ええ。……私としては、色々複雑に思う所があって」 『まあ、君は色々と硬く考えすぎるきらいがあるからね。手段も選ばないうえに、人助けに対して代価を求めるような瓜坂のやり方じゃあ、不満も収まりがつかないだろう』 「ぐうの音も出ない程、図星です」 伊達に探偵の親友をやっていない。観察力が高いうえに整理するのも上手だから、こちらの考えがスパスパ見抜かれる。 だからこそ、面倒を省いて本音をそのままに口にした。 「でも結局、瓜坂さんを超えられるような方法は私には思いつかなくって……。だから、多分あの人の方が正しいんだろうなって。無理やり納得しようとしても、出来ない感じなんです」 『出来なくていいんじゃないかな』 至極単純な返事が返って来て、私は驚く。 「な!」 『合議制による結論が必要な場合は実はそう多くない……って、言い方が回りくどいよね。簡単に言ってしまうと、『正義は一つじゃない』っていう所だね。うん』 それって言うのは、瓜坂さんが言っていた『真実が一つである必要はない』って言うのと同じに聞こえて、だからこそ私には受け入れられないものに感じた。 「それじゃあ、瓜坂さんの主張が正しいってことじゃないですか!」 『そうとは限らないんだよ、これが。いいかい、月菜ちゃん。物事をメタ的に――もっと広範に考えるんだ。主張って言うのは『どう思うか』の話であって、そこには結論も同調圧力も必要ない。必要なのは、考える事と違いを理解する事さ』 「だったとしても、私はやっぱり瓜坂さんの主張には納得できません!」 『うん、そうだろうね。だけど、君や瓜坂の主張と『君や瓜坂がどうするか』はまた別の話なんだよ。ほら時々あるだろう? 『正しいと思ってやったことが、後から見ると間違っていた』なんて。思う事も、することも全然別の事なんだよ』 その文面が、内容が。私にはまるで理解できない。 訳も分からないので、ただ混乱するほかになかった。 「ヤマモトさんの言葉遊びは私には難しすぎます! それとも、私を揶揄って遊んでいるんですか!?」 或いは、何かを試そうとしているのか? 後に思えば失礼極まりない言葉を吐いた私に対して、しかしヤマモトさんは静かに受け止めてくれた。 『いや、そうでもない。君が難しく考えようとするから、問題は難しくなるのさ。月菜ちゃん、『言葉は分かり合うためにある』なんて綺麗事があるけどね。私はそうは思わない。言葉っていうのは、互いに違う事を理解するためにあるんだ。……ま、これは私の『主張』だけどね』 「互いに違う事を、理解するために……ある」 繰り返し呟いてみてから、まるで双眼鏡を覗いたような、視界が開ける思いがする。 『どうやら、歯車が噛み合ったみたいだね』 存外世界は広かったのだなぁ、とふと思った。 隣にいる人の事がまるで分らなくても、話せば何かがわかるかも知れない。 分かった何かが自分とはまるで違っても、同じである必要がそもそもない。 そして何より『正しい』という事は、どうしても大事なことなのだ。私にとって。 「ええ、わかりました。やっぱり私、詐欺師は嫌いです。たとえ瓜坂さんのやり方で上手くいっても、もっと良い方法があるはずだって、根拠もなく言ってやります」 『HAHAHA! こりゃあ、さぞ嫌がるだろうね。でも、それで良い。まあ、セイジもセイジで一般的な『正義』みたいなのにツンデレしてるところもあるからね……。愉快犯ぶってると言うか、何というか……。まあいいさ』 瓜坂さんを嘘つきというなら、ヤマモトさんはきっと清濁併せ呑む懐の広い人であるのだろう。そしてきっと彼にもまた、『正しくない』部分はあるのだ。 いつか見つけ出して、とことんまで追求してやる。……というのは流石に傍迷惑だろうけど、ともあれそういう気負いで私は己の頬を叩いた。 「なんか元気出ました。ありがとうございました」 『うう。硬い硬い。君ねぇ、いい加減親子なんだから敬語は取っ払っても良いんだよ?』 「それこそ、私の『主義』ですから。まあ、気持ちの整理が着いたらお父さんと呼ばせてもらいますよ」 今はまだ、両親の思い出とともにいたい。そう思いつつ電話を切ろうとした時。 『敬語と言えば、私が瓜坂に投げた仕事のあの娘も少女漫画のお嬢様口調って言うの? 妙な敬語の感じだったよね?』 敬語、という言葉に私は目をしばたたかせる。私は遠目に見ていただけだったがマリーさんにはむしろお姉さんらしい雰囲気を感じたが。 「私の印象ではむしろ、嫋やかな年上のイメージでしたけど……。でも、英語だと違うんでしょうか?」 『英語、英語かぁ……。そういえば、時計塔の人間の割には訛りがちょっと変だったのも気になってたんだよねぇ。ブリテンというよりは、アイリッシュ寄りの発音だったし。でも、結構流暢な日本語だったからね。デスワ口調なんて初めて見たよ』 ですわ、という語尾には聞き覚えがある。 「ヤマモトさん、妙なことを聞くようですけど。瓜坂さんを紹介した相手って……?」 『ん、名前? ルイス・スリップジグ。日本研究で話題の魔術師姉妹の、妹の方だよ。しかし、月菜ちゃんも少し瓜坂に似て来たねぇ。一週間ほど前に同じ質問をされたよ』 その言葉に、思わず凍り付いた。同時に、頭の中を言葉が駆け巡る。 「(確か、ルイスさんは『姉のメモを見て来た』と言っていた。メモを見た時点で瓜坂さんの名前を知らなかったとは……言ってない! じゃあ、なぜわざわざ騙された? いや、それ以前にマリーさんに瓜坂さんを紹介したのがルイスさんなら――)」 『おーい、月菜ちゃん? 大丈夫かい、電波ジャックでもされた? もしもーし!』 そこまで考えるのに、数十秒。時計を見ると、早くも七時近く。このままでは遅刻してしまうので、すぐさま気を取り直して電話の向こうへ声をかける。 「ヤマモトさん、すみません。そろそろ学校行くので、切りますね」 『はいはい。それじゃあ、良い一日を(ハバナイスデイ)!』 相変わらずのカタカナ発音と共に、通話が途切れた。 慌てて制服に着替え、鞄を引っ掴んで事務所を出て鍵をかける。数歩歩いてから、玄関の札を『不在』に変え忘れていたことに気付いて駆け足で戻った。 「ふぅー……」 それから秋の日差しに薄い汗を浮かべつつ、思考を巡らせる。 ルイスさんが何かを企んで、意図的に私たちを騙そうとしていたことに間違いはない。 その目論見について、正攻法から――つまりルイスさん自身の事を考えて暴くのは、魔術を専門外とする私には不可能だろう。 なら、瓜坂さんの思考を真似てみてはどうか。ふと思いつく。 ヤマモトさんは一週間前に瓜坂さんから同じ質問をされたと言っていた。 つまりは、一週間前の時点で瓜坂さんは相当数の情報を掴んでいたことになる。いや、そうでなくても『ルイスさんに注意しろ』くらいの警告は出来るはず。 ならばなぜ……。そこまで思考を巡らせたとき、視界の隅に異物が入った。 「黒マント……ッ!?」 いや、ローブというのだったか。 ともあれ、昨日事務所を襲撃してきたアイツがこともなげに公道を歩いている。よく見れば魔力を纏っているので、堂々と言う訳でもないな。 「(まさか事務所を襲うつもり!?)」 そう思えど、こと腕っぷしは無いのが私の幻術である。視線が合うか合わずかの内に、私は道を曲がって駆けだしていた。 少なくとも地の利はこちらにあるはず。そう思って裏路地に飛び込んだ瞬間。 ブゥン、と音がして目の前に黒マントが現れる。 「瞬間移動!?」 「いえいえ、魔術です、わ!」 《眠れ!》 叫び声と同時に、重なるように呪文の詠唱。頭脳を揺さぶる衝撃が来て、聞き覚えのある音色が何事か言うのを聞きながら、私の意識はゆっくりと沈んで行った。 「悪いですけど、後少しという所で邪魔な詐欺師に嗅ぎつけられましたの。しばし、人質になって頂きますわよ?」 ああ、裏路地の路面、べたついてるなぁ……。 「ツキナ、ツキナ! そろそろ起きてくださいな。ウリサカが来る前に、いくつか聞き出したいことが有りますので」 金髪碧眼、ロンドンから来た魔術師ことルイス・スリップジグ。 私は椅子に縛り付けられていて。 やたらと綺麗なその顔を、ハッキリ敵と認識した上で私は声を発する。 「私たちを、騙してたってことですか……?」 「あらら、それはお互い様じゃありませんこと? 詐欺師の共犯者さん」 「ぐ……」 それを突かれると言い返せない。 だが、お互い様だなんて言えるほどの温さは私には無かった。 「だったとしても、私たちを騙していたことに違いはありません! ルイスさん、何をするつもりなんですか! ここはどこなんですか!?」 半ば自棄であり、半ば冷静であった。思いの丈を吐きだすと同時に、聞き出せるだけの事を聞き出してやろうという打算も働いている。 「それを教えて差し上げるメリットは私には有りませんが……。まあいいでしょう、ここは私の屋敷です。貴方も一度来たことが有りますわよね?」 あたりを見るに、教会の様な――いや、それにしてはややエスニックじみた独特の装飾が施された部屋。例えるならば、祭壇であろう。 「何をしようとしているかは……ッ!?」 「言う理由がありませんもの」 冷や水を浴びせられたかのように、激情が冷めた。自分の手札は、自分が一番よく知っている。黒マントの襲撃者がルイスさんであるなら、私に勝ち目などない。 無論、勝ち目があるかのように偽る手練手管も持ち合わせてはいなかった。 確実に逃げる札が無いわけでもないが、消耗が厳しいのでギリギリまで取っておきたい。第一、逃げるならある程度話を聞いてからでも遅くはないはずだ。 「帰すつもりは、無いってことですよね」 「ええ、ええ。話が早くて助かりますの。まあ、先ほども人質と言ったのでお分かりかと思いますけど」 人質、というのはおおよそ日常に聞くような言葉ではない。 誰に対してか、無論瓜坂さんであろう。 魔力も持たないのにここまで警戒されるとは、流石の詐欺師だ。 「でもま、私としてもいつ来るかもわからぬ殿方をただ待ち続けるのは暇ですから……。折角ですし、いくつか質問したいと思いましたの」 それで私を起こした……という事は、魔術で眠らされていたのか? 「そう、なんですか」 思考のスピードと相反して、言葉はのろまにしか紡げない。体に力が入らなかった。 「まあ、貴方も人質としての役目を果たせば終わる身なのですから。人生最後の一日ちょっとと思って、楽しくお話いたしましょう?」 言葉に怖気を覚えるより、納得が先に来た。ああ、瓜坂さんが言っていた『冷酷な魔術師』って言うのはこういう事なんだ、と。 同時にもう一つ気付く。彼女は別に対人のプロではないことにも。普通、これから死ぬとわかっている人質は口を開かない。たとえ嘘が吐けないオカルトでも、もっとましな言い方はあるはずだ。 「良いですよ。……分かりました」 精神的に余裕があるうちは、まだ私にも勝ち目があるかも知れない。 「質問よりまず先に……私の愚痴に少し付き合ってもらおうかしら」 「愚痴、ですか?」 「ええ、貴方一人を人質にするだけでも、大層苦労させられたんですの……」 ヨヨヨ、などと泣き真似もせず。淡々と言ってくれる。 「藍崎組の連中が見張りをしていたお陰で排除するにも儘ならないし。どうにか隙をついて事務所まで行けたと思ったら、今度は例の予知少女はいるし! 挙句の果てに、貴方一人を連れてくるので精一杯だったんですから……。全く、用意の良い探偵で困りますわ」 「藍崎組が見張り、ですか?」 その言葉に、どうやらまた騙されたらしいと悟る。 意味のない嘘は吐かないと思っていたのだが、秘密主義が過ぎて信用の無さに落ち込む。と思っていたら、まさにその傷口を抉るようにルイスさんが嘲笑った。 「あらあら、ウリサカから聞いておりませんでしたの? 信用されてないですわね、ツキナも。……案外貴方、都合よく利用されていただけなんじゃなくて?」 「それは……!」 精神的な揺さぶりをかけようとしているだけ。そう割り切るのは簡単だが、そこに正義は無い。事実として、『嘘が吐けない』という障害があっても、もう少し私に話しておいてくれても良いんじゃないだろうか。あるいは、そこにも意味があるのか。 「瓜坂さんは詐欺師ですけど、あの人が嘘を吐くのは誰かを助けるためで!」 「詐欺師の味方をするんですのね。ツキナは悪い子ですわねぇ……。でも、『誰かを助けるために〜』って言うのも詐欺師の言葉なんでしょう? 果たして信じられるかしら」 その言葉だけは、絶対に真実だ。あの時は確かに私が暗示をかけて嘘を吐けなくしていて……。いや、もしも『暗示にかかった演技』をしていたなら。 嫌な想像が脳裏をよぎり、私は否定するように首を振る。そんなこと、無いはずだ。 「大体、瓜坂さんは最低限しか嘘は吐かないんです。必要なだけしか」 「それだって、証拠が残るのを嫌っているのかもしれませんわよ? 嘘を重ねれば、それだけボロが出ますわ。でも一つ二つの嘘(テーマ)で芝居をするだけなら簡単ですもの」 信じていた物が、何の論拠もないと理性的に否定されていく。 盤石だったはずの塔が、実は砂で出来ていたなんてよくある話だ。 「大体、私達(オカルト)でもないのにオカルトを扱う人間というのがまず好きませんの。嘘かどうかが定かな言葉が、一つたりとも無いのですから……」 嘘も真実も、濁ってしまった私の目にはまるで映らない。それなのに『人を騙すのが仕事ですよ』と公言しているような奴、どうやって信じられるものだろうか。 いや、思えば彼の手癖にも胡散臭さが漂っていた。 例えば瓜坂さんは書面などではほぼ確実に真実しか書かないが……思えば、文書偽造で訴えられないための予防線だったのだろう。 そう考え始めれば、もう、ダメだった。 反論されるのが怖くて口に出来なかった事々が次々と脳裏で否定されていく。 「信じられない、かも知れません……」 「ま、だから何だっていう話でもないのですけどね。私にとっては貴方もウリサカも障害にすぎません。ただまあ、お気の毒様ですわね」 同情や憐憫を装って、無感情に発されたその言葉がやけに胸に刺さる。 ルイスさんはきっと何か悪いことをしようとしているのだろう、だけど彼女と敵対している瓜坂さんもまた正しいとは言えないのだ。 「……そういえば、随分と脱線してしまいましたけれど。何の話でしたかしらね?」 「確か、ルイスさんは私に質問があるんじゃないでしたっけ」 正直、自暴自棄だった。 ヤマモトさんの言葉が響かなかったわけではないのだけれど、それでも正しいかどうかというのは私にとっては重要な問題で。どちらが悪いか、なんて程度の問題は些末事にしか感じられない程、私は揺れていた。 「さて、ツキナ。質問と言っても一個だけなのだけれど。今回の事件の事、ウリサカはどこまで気付いているのかしら。と言っても、貴方とのやり取りで私自身が疑われてるだろうことはハッキリ理解しているのだけどね」 「……そう、ですね。どうなんでしょう」 言われて、素直に考える。自分で推理してみようと思ったことはあったが、瓜坂さんの思考をトレースしようとしたのは今朝が初めてだった。 多分、ルイスさんが黒幕であることは理解しているだろう。この分だと、ほぼ間違いなく秋月さんの件や成平さんの時に襲ってきた怪物の大本も、彼女にあるのだ。 私たちを騙した手段については、『嘘は言っていない』程度に匂わせるニュアンスの文章で話していた、という点に尽きるだろう。 そしてルイスさんがこれから何をしようとしているかについては、まるで分らない。 だからこそきっと、そここそが最近の『調べ物』の正体なんだろう。 「多分、ですけど……」 整理の傍らに思考を口にしようとした刹那。ヤマモトさんの言葉が脳裏を跳ねた。 もしも『何を考えるか』が『何をするか』に関係ないのなら。『何をしたか』もまた、『何を考えるか』に関係ないんじゃないのか、と。 結果と主張の間には、打算とか理屈とかプライドとか。ありふれた物が挟まりすぎていて、見透かすには些か離れすぎていた。 「私にもわからない部分が多くて、自分なりに考えてみたんですけど」 思考の時間を稼ぐように、口先に音を滑らせる。 もしも、もしもだ。 あの不埒にして飄々たる詐欺師が、『矢加部月菜が人質になって、それを助ける』所までをシナリオに描いていたなら。 いや、少なくとも彼がルイスさんの計画を止めようとしていることには間違いが無い。 だからこれは、限りなく詐欺師(ウソ)に近い真実だ。 「ルイスさん。私はやっぱり、詐欺師の弟子みたいです」 「何を、言ってますの?」 ルイスさんの戸惑いなど、構わずに続ける。恐らく瓜坂さんの目的はルイスさんを最大限警戒させること。だからこそ、不敵に笑って思ったままを口にする。 「予想ですけど分かりました。瓜坂さんの考えてること」 私に嘘は吐けない。吐きたくもない。だからこそきっと、瓜坂さんは真実を話さなかったのだろう。『私が推測しか話せない』という点において、真実はどこにも存在しない。 「……瓜坂さんは、ルイスさんがこの二か月くらいで何をしたか、入念に調べていると思います」 ならばこれは賭けだ。『私の推測が真実ではない』と彼女がそう判断する、そこにこそ賭けるのだ。だからこそ私は話す。真実を、嘘っぽく。知らぬことを、知るように。 「多分ですけど、瓜坂さん自身は魔術の専門家じゃないので、ルイスさんが何をしようとしているかなんて、半分くらいしか見当がついてませんよきっと」 情報を、与えよ。ミスリードとなる情報程、探偵を妨げるものは無い。 それは魔術師であっても同じ。 「そもそもあの人、基本が詐欺師だから『事件が起こってから』じゃないと何も調べないんですよ。人を騙すときだって、その人に関係があることを調べまくってるから博識な振りが出来るだけで合って、自分自身は大したことは知らないんです」 詐欺師を信じるか、魔術師を信じるか。騙されるなら、『人を救うために騙している』と言った瓜坂の方がまだマシだろう。 何せ、どちらも人を騙しに来ているのだ。信じたい方を信じて、何が悪い。 「そう、ですの……」 返すルイスさんの表情には、脂汗が浮いていた。なにせ、知ってしまったのだから。 よりにもよって詐欺師の弟子を名乗る人間が『嘘かも知れない予想』なんてものを口にしたのだから。 「ルイスさん、私は予想することしか出来ないんですよ。ルイスさんの言う通り、あんまり信用されてないみたいで。大したことは知らないんです」 ダメ押しのようにそう言うと、彼女は静かに立ち上がった。 「もう結構ですわ。……儀式まではまだ一日とちょっとあります。死なれても困るから、後で何か食べ物でも持って来ますわね」 「それはそれは、ありがとうございます」 「いやな意味で、ウリサカに似てきましたわね。貴方」 言うと、部屋のドアが閉じて一人取り残される。 きっとこれでよかったのだ。 なにせ私には騙すつもりなど微塵もない。ただ真実を言えばいいのだから。もしそこまで予想しつくして、瓜坂さんが『あえて真実を言わなかった』のだとすれば、彼は大したタマだろう。そして、――これは些か傲慢すぎるかもしれないが、そんな彼の思惑を見抜けたとしたなら、私もまた十分立派な探偵である物だなぁ。 さて、(推定)翌日は夜ごろ。推定と言うのは、時計も何もないせいなのだけれど。 儀式とやらの準備をするルイスさんを眺めつつ、無意味に時間を潰していた。見る限り、粗方終わっているようである。暇なのか、ルイスさんが声を上げた。 「しかし、来ませんわねぇあの詐欺師。工房の対侵入者用の結界にも反応はありませんし……。案外、自分一人で逃げたんじゃありませんの?」 衰弱しきった脳が、ちょっと肯定したいと思いつつ。目を瞬かせればハッキリと違うという事が見て取れた。 「いや、それは確かに違いますよ?」 服はダボダボのジーンズに、ポケットがたくさんついたジャケット。資料やら道具やらでパンパンにしたバックパックを背負い、血色よくニヒルに笑う。 大分見慣れた彼は、大分聞きなれた声を発した。 「振り向けば奴がいる、なんてな。よう、ルイス嬢。うちの助手連れ去ってくれるたぁ。随分手荒じゃあないの?」 「あら、遅いお着きですわね。ウリサカ。今夜のメインイベントはもう始まりますわよ」 「いいや、始まらないさ。盛大に何も始まらない。そのために俺がここに来た」 硬い椅子のせいでロクに眠れなかった私には些か憎らしいほどに健康そうだったが、その顔が見れただけでも、妙に元気が出てくるのだから不思議な物である。 第四話 下 神様になる方法/嘘つきは笑っているか 矢加部ちゃんが攫われた――のはかれこれ数時間前。 「とりあえずは……、問題ねぇはずだ」 ぼそりと呟き、それから商店街の肉屋で買って来た肉まんがあったのを思い出し、冷えてしまったそれを電子レンジに入れる。 問題ないと言える根拠は確かにあった。 何せ向こうは理性が服を着て歩いているような魔術師。おまけに、ここ数日の調べ物で『新月の夜に何らかの儀式をしようとしている』という事までは分かっていた。 ともなればルイス嬢の目的はただ一つ。『儀式が終わるまで、妨害させないこと』に絞られる。だからこそ、矢加部ちゃんが殺される可能性は限りなく低い。 「些か塩分過多だが。やっぱ梅昆布茶は欠かせないよなぁ」 言いつつ、キッチンの戸棚から缶を取り出し、少量の梅昆布茶を用意する。 俺や彼女が人質をガン無視する可能性も考慮して、『より戦力低下につながるのはどちらか』選んだのだろう。実際、矢加部ちゃんの幻術は潜入向きだし、反面俺はハッキリと無能力者。彼女にとっては、未知の能力を持つ矢加部ちゃんの方が脅威度が高い。 「本当は、一昨日の襲撃の時点で捕まえられてればよかったんだが。成平ちゃんも間が悪いというか、なんというか」 ハグハグと半ばほどまで肉まんを齧り、時計を見やる。時刻は五時過ぎ。 妨害を止める最も有効な手段は、俺や矢加部ちゃんなどの真相に近い物を抹殺する事。 だからこそここ数日は藍崎組に護衛を頼んでいたし、一昨日は『あえて護衛を薄くする』事で向こうに襲撃させ、捕まえようとしていたのだ。逃げられたけど。 おまけに負傷者多数で、向こう数日は余り人手は動かせないそうだ。 「さて……。新月までのあと一日で、どこまで詰めれるか、だな」 先ほども言ったように、急いで矢加部ちゃんを助けに行くのは良い策ではない。 西洋式魔術における新月は朔の後、三時間ほど。今回の場合で言えば、夜十一時半から翌日二時半までの時間帯だ。十一時半までは儀式を行うことが出来ないと考えていいはず。 「ならば、どうするや」 最悪を想定しろ。詐欺師を騙そうなんて考える相手だ。必ずその一歩上を踏んでくるだろう。だから、一手でも多く。相手の上を行かねばなるまい。 俺が気付くのが遅かったせいもあり、こちらの手の内はほぼ向こうに知れてしまっている。念入りに対策せねば、勝ち目はないのだ。 「やはり一番の問題は、何の儀式をしようとしているか、だよな……」 ルイス・スリップジグ。彼女についてこの一週間で分かった事はそれほど多くない。 魔術師連中が秘密主義者だらけだと言うのが大きな理由だが、細かく言えばもう一つ。 スリップジグというその苗字(ファミリーネーム)に聞き覚えが無かったせいだ。それはただ、『珍しい苗字だ』という話ではない。サッカー好きが海外のチームの名前を知っているのと同じくらい、魔術の名家の名前は憶えていてしかるべき物である。 「イギリスの名家を名乗るってんなら、俺が知らないはずはないんだが……」 もはや三日月に近い形の肉まんを、中の肉を溢さないように慎重に食んで行く。 名前が有名であれば、関わりのある人物からツナギを作って内情を調べることは出来るはずだ。だが、どれだけ調べても魔術協会の名簿以外にはほぼ見当たらない。 「調べる場所が間違っている可能性もあるが……。彼女は確かに『ロンドンから来た』と言っていたはずだ」 ゴク、ゴク。最後の一口を梅昆布茶で流し込んだ時。ふと、思い浮かんだ。 「もしも……。もしも、ただ『ロンドンから来た』だけなら!」 すぐさま、手にしたのはスマホ。裏社会の情報がネットに上がっている訳は無い、そう勝手に信じ込んでいたが。 指が導いたのはネット辞典。たった一言、『スリップジグ』と入力する。 「スリップジグ……。アイリッシュダンスのステップの名前とは、コイツは大正デモクラシー。もとい、灯台下暗しだったねぇ」 あと一日。間に合うか、間に合わないか。 完璧な推理というには数ピース程足りないが、それでも詐欺師として手を打つには十分な情報が出そろった。後はどう策を練るか、である。 「新月の夜か……。ふーむ、仕掛けるなら……」 薄い月と共に、夜は静かに更けて行った。 「振り向けば奴がいる、なんてな。よう、ルイス嬢。うちの助手連れ去ってくれるたぁ。随分手荒じゃあないの?」 煽るように、声をかける。ちなみにスリップジグ邸への侵入手段には、血糊の材料としてマリーさんから採取した血液の余りを使わせてもらった。 どこか別の場所にいるのだろうか。家の中には生贄(予定)の人達は見当らなかった。 「あら、遅いお着きですわね。ウリサカ。今夜のメインイベントはもう始まりますわよ」 これぐらいでは驚かないか。こちらを無能力者と侮った視線。実にゾクゾクする。 転がり込んだ部屋の中は、異教の祭壇のよう。いや、具体的に南米や東南アジアのシャーマニズム信仰の神殿や儀式場を思わせる装飾であった。 「いいや、始まらないさ。盛大に何も始まらない。そのために俺がここに来た」 「『風よ(ghaoth)』!」 なんて、格好つけた瞬間。ヒュン、と音が鳴って空間が弾けた。見れば、手で印を組んだルイスの姿。略式詠唱に仏教式の印相を組み合わせるとは……。厄介な。 「いきなり攻撃してくるのは、無粋じゃないのか!」 慌てて矢避けの護符を取り出して、逸らす。先日のそれより一回り小さかったお陰で、ギリギリ逸らすことが出来た。 「(やっぱり。節約してるな……)」 切り札を切るのに、躊躇いはない。むしろ早い方が良い。それだけこちらの手数を誤認させられる。どこまで行っても余裕があると、そう騙すことが出来るのだ。 「やはり、弾いてくれますわね……。つくづく厄介な」 そこからしばし、息つく間もない魔術戦。 指鉄砲と共に錬成された長大な氷の剣は転がるように躱し、距離を取る。 「『黒の十三、赤の六、位は総裁、五十八番より出でよ鬼火』!」 ウィル・オー・ウィスプ、下級にして火球の使役霊をヒイラギの葉で弾き落した。 切り札などと呼んではいるが、矢避けの加護の効果が及ぶものはそう多くない。風の弾丸や土くれならともかく、錬金の剣や使い魔には対応できないのだ。 「息が上がってますわよ!」 続いて杖の一振りから跳ねて来た金貨を模したような攻撃魔術を護符で逸らし、刹那に横合いから現れた毛むくじゃらの使い魔――に矢避けのルーンを攫われる。 「クソ!」 悪魔学、精霊術、錬金術をそれぞれ数秘術や占星術を応用した簡略化術式で飛ばしてきやがる。プロの魔術師は手数が多いから、対応がキツイ。クソ。 「これでトドメですわ! 『風よ(ghaoth)』!」 ルイス嬢が再度手で印を切る。放たれた風の魔法、目にすら見えないそれに二枚目の矢避けのルーンをかざして防ぎきる。 「二枚目を切らされるとは、やるねェ。あと一枚しかないってのに……」 「あと一枚? 誰が詐欺師の言葉なんて信じるものですか!」 大正解。実はダース単位で持って来てある。念のために。 「埒があきませんわね……。どうせ、防ぐので手いっぱいの詐欺師の癖に。今更、私の儀式をどうこう出来ると思っていらしたなら……。大間違いですわ!」 そう言ってくれるものの、向こうもそこまで余裕はない。何せ、儀式を実行するためにもまた魔力が必要なのだ。早急に俺を始末できなければ、彼女の儀式は失敗に終わる。 「おいおい、ルイス嬢。もうちっと頭を使って攻撃しろよ? 魔力を使い過ぎれば、君の儀式は失敗に終わる。いや、それだけじゃない。余波で祭壇を壊してもみろ、それだって君には命取りだろうよ。単純な勝利条件だけなら、こっちの方が有利なんだぜ?」 儀式に使う道具や魔術陣を壊しても、ルイス自身の魔力切れを狙ってもいい。勿論、他にもいくつか手段は存在する。まあ実際、もう一個厄介な勝利条件があるので、こちらの方が不利なんだが……。口には出さない。 「へぇ。それで、探偵さんでも詐欺師さんでも良いのですけれど、何をしにいらしたんですの? 館の魔術陣には、あなた以外は引っ掛かって居ませんからね。増援もないうえ、オカルトを扱えない貴方に出来る事なんて、精々時間稼ぎが関の山でしょう?」 大正解。実は時間稼ぎをしに来たんだ。 だけど、そんな本音は覆い隠して俺はニヒルに笑う。 「探偵がする事なんて決まってる、解決編をやりに来たのさ」 「何言ってるんですか、瓜坂さん!」 だいぶ弱った様子の矢加部ちゃんが、いい加減にしろと声を発した。 「いやいや、会話ってのは大事だよ矢加部ちゃん。言うだろう、『話せばわかる』って」 「フフフ、面白いこと仰るわね……。それじゃあ、ご高説伺いましょう、か!」 「杖の七と三(wand 7,3)、盃のペイジと二(cup page,2)、護符の四(coin 4)―― 踊りの十二番(12/dance) ―― garde sans chein!」 タロットをベースとした術式展開。それも原典よりの――占いではなく、ゲーム用として作られたルーツを用いた魔術を使ってくる。 呪文と共にルイスが指を押し当てた杖、瘴気と燐光を放ちながら球状の闇を生み出し、それをこちらへと飛ばした。放たれたどす黒く渦巻く何か――恐らく悪魔学寄りの降霊魔術であろうソレに向かって、俺は切り札の一枚を切る。 「(恐らく、矢避けは通じない。なら!)」 投げたのは藁人形。呪いに使う用のそれではなく、とある神社で貰って来た厄除け守りとしてのそれである。伝承に従って、黒い渦は藁人形に引き寄せられ、消え去った。 「面妖な東洋の呪物まで……。知識だけは一流ですわね、全く」 「お褒めに預かり、光栄の至りッ、と!」 呆れたように嘆息したルイス、彼女が瞬いた瞬間を狙って俺はプラスチック拳銃を抜き、魔術陣めがけてペイント弾を乱射する。が。 「無駄ですわよ。というより、貴方も以前ツキナに説教していた通りですのに」 魔術陣と言うのは、本来儀式中の術者を守る物だ。だから当然、術陣内を守る『結界』としての役割も内包している。見えない壁に弾かれた銃弾は、儀式とは特に関係ない床面をべっとりと濡らした。 「おいおい、お互い手詰まりみてぇだな……」 「そんなこと、ありませんわよ。私とて、一流の魔術師、まだまだ、策は有りますの」 「そういう割には息が上がってるぜェ、お嬢さんよ」 向こうとて、これ以上魔力を使えば儀式は行えまい。 「ハン、はったりだね!」 言いながら近づいた瞬間、ルイス嬢が素早く懐から何かを取り出してこちらに向けた。 バチィッ! 瞬間、電光が跳ね、強い衝撃と共に俺は前のめりに臥せった。 強引に意識を保ちながら、視線を上げる。ルイスが握っているのは黒い機械。 「スタンガン、だぁ!? 機械嫌いが、聞いて、あきれる、な!」 「別に。やむを得なければ使いますわよ」 そういえば、日本にも飛行機で来たとか言っていたな。これだから合理性の塊は! 警戒は怠っていないつもりだったが、スタンガンは『矢避け』の効果外。 クソッタレ、と悪態をつきながら俺の意識は落ちて行く。 矢加部紗菜、という女性がいた。誰あろう、我が助手こと矢加部ちゃんの実の母親であり、高校時代に俺とヤマモトが世話になった恩師でもある。 矢加部ちゃんには言ってない事だが、その縁があったからこそ彼女が突然天涯孤独になったと聞いた時にはヤマモトが養父を買って出たし、俺もまた敵討ちに手を貸した。 そんな彼女が俺の事務所に居候したいと言い出した時は、大分嬉しかったものである。 まあ、もう一つの理由として嘘を吐けないオカルトであるヤマモトが、いずれボロを出す可能性を心配していたのも事実なのだが。 ともあれ。 『やあ、瓜坂少年! 君は伝承や神話を信じる方かな!?』 矢加部紗菜という教師は、まるで作ったかのように胡散臭い女性であった。 『瓜坂少年、聞いたかしら? 西濱川に河童が出たらしいわよ!』 なんて連れ出された日には、人生初のオカルトとの触れ合いをさせられた。 『今度、大規模な魔女の集会があるらしいのよ! お祭りみたいなもんだし、ヤマモト少年も誘って見に行こうじゃないの!』 などと言われれば、いちゃもんを付けて来た魔女相手にハッタリだけで戦わされる。 『瓜坂少年、娘の誕生日に特別な物を作ってやりたいんだが、ちょっと材料が揃わなくてね……。え、うちの旦那? あんまり荒事向きじゃないからねぇ』 と、荒事向き以前に無能力者のただの高校生を連れ出した時には、悪魔かと思った。 『まあ、君とヤマモト少年には世話になったからね! これを上げよう。少し遠方だが、大学教授の伝手があってね。文学部の推薦状を書いてもらった』 言われるままに大学に行けば、行先の民俗研究室でも胡乱な事件に巻き込まれ。 『さーて、瓜坂少年。いやさ、青年。回想はここら辺までにして、そろそろ目を覚ましたらどうだい?』 なんて、それこそ言い出しそうな人であった。 「ハァ……。夢だか現実だか、あるいは幻術だか知りませんけど……。探偵の癖して解決編も満足に出来ず、犯人を逃がしたと有っちゃあ、名折れですかね!」 俺が自分に発破をかけるように声を上げれば、妄想の幽霊はコクリと頷く。 『応ともさ。それに青年、うちの娘は君に預けたんだからね。君と、ヤマモト青年だからこそ預けたんだ。……何かあったら、容赦しないよ!』 夢かどうかもあやふやな、靄のかかった不思議な空間。 「うぉあ! 何するんすか、先生!」 後ろから小突くようにして頭を叩かれ、思わずつんのめる。 『いい加減起きないと、詐欺師としても負けちゃうよ!』 前傾姿勢のまま、コケて倒れた。そのまま意識が引き延ばされて行って……。 カツ、カツと聞こえるのはチョークの音だ。 「瓜坂さん! 起きてくださいよ! ちょっと、ねぇ!」 矢加部ちゃんの声がする。その声に、自分の目が覚めたことを理解した。 「(そりゃあ、縛るわな……)」 手足共に、拘束されている。 それを確認しつつも、微かに左手をと首を動かして腕時計を確認する。 「(時刻は、二十三時二十分。――どうにか間に合ったみたいだ)」 儀式の準備に忙しく、こちらを見向きもしないルイスをしばし観察する。 儀式場はほぼ完成状態。俺の妨害を予測して退かされていた魔道具やなんかも全部綺麗に並べられていた。これで腕や足が動けば、一つ二つ破壊しておシャカに出来るのだが。 手足が動かないなら打つ手は無いか。 いや、ある。喋るだけなら、まだ出来るのだ。 「(おいおい。自分を見誤るなよ。俺は詐欺師だぜ? 喋るのが、仕事だ)」 深呼吸を、一つ。 「よお、ルイス嬢。クソみたいな目覚めをありがとうな!」 「瓜坂さん!」 矢加部ちゃんが破顔したのにに一瞬遅れて、ルイスが振り向く。 「おやおや、お早いお目覚めですこと」 嫌味の応酬。わざわざ作業の手を止めたところを見るに、それだけ余裕と見たか。 彼女ほどの冷静な人物でも、時には慢心することに俺は安心した。 そこに勝機がある。 「生憎だが、探偵としちゃあ解決編の一つもやらなきゃ帰れないもんでね」 「ハン。その探偵という肩書は詐欺師の隠れ蓑でしょうに。その上まだ無事に帰れると思っているとは。こういうの、『ちゃんちゃらおかしい』というのでしたかしら?」 言葉のとげには動じない。自身の慢心に気付かせぬよう、あえて挑発的な言葉を選ぶ。 「ならばなぜ、俺を殺せていない?」 それは、慢心しているからだ。 「それは、折角だからお話の一つでも聞いてやろうかと思いましたの。儀式までの暇つぶし、とも言いますわね」 オカルトは、認識を起点に『嘘』を判断する。慢心がないと自分で思っているなら、彼女の言葉もまた、嘘ではない。 「おいおい、魔力が尽きるからじゃないのか?」 「別に? それこそ、大きめの石の一つでもあれば、貴方は殺せますもの」 勝ち目だ。間違いなく勝ち目が見える。『Why』ではなく『How』を答えた時点で――いや、俺がそう誘導したのだが――彼女の慢心がハッキリと分かった。 「まあ、良いでしょう。解決編、とやらを聞いて差し上げますわ」 顎を引いて、首を上げる。しばし睨み合った。視界の隅の矢加部ちゃんは、疲れた表情。一日半とはいえ、人質生活は辛かっただろう。俺が心配をさせたせいもあるか。 「いやあ、実に見事に騙してくれたものだよ。ルイス・スリップジグ。全くもって、『オカルトは嘘を吐けない』というルールのスレスレを通るような事ばかりしてくれた物だから、気付くのに時間がかかってしまった」 こっから先は、時間との闘いだ。無意味に言葉を連ね、少しでも時間を稼ぐ。 「……話は九月の頭まで遡る」 「九月の頭、ですか……?」 細窓から覗く夕闇をバックに、矢加部ちゃんは首を傾げる。 美少女ではないものの、愛嬌のある顔立ちなもんだから、妙にあざとく感じた。 だが、見とれている場合でもないので言葉を続ける。 「おう。覚えているだろ? マリーさんの事件の時だよ。俺たちは『ヤマモトがマリーさんに紹介した』と勝手に解釈していたが……。本当は、ルイス嬢が仲介に入っていた」 「でも、何のためにですか?」 「儀式の邪魔になるイギリス本国の魔術師どもと、スリップジグ家の人間を撒くために。要するに、あの事件の本当の目的は見張りの少ない日本に逃げてくることだったんだよ」 恐らくルイスは、魔術師をやめたいと思っている姉にそうと気付かれない形で、『ヤマモトの知り合いには一風変わった依頼を受ける男がいる』と伝えたのだろう。 「マリーさん自身、『ミスターヤマモトから聞いた』と言っていたからね。ルイス嬢が黒幕側なら、あの人自身が自覚なく協力したであろうことは明確だ」 そしてルイスの目論見通りマリーさんは失踪し、いよいよ彼女の身の回りから魔術師は一人も居なくなった。 「監視が外れたルイス嬢は、誰かに気付かれるより早くに儀式を行おうとした。いや、元々は九月中に儀式を終わらせるつもりでいたんだろう? でも、失敗した」 「ええ、全く。拠点が割れるのを防ぐために隣町まで遠出したのが仇になりましたわ。噂の予知少女の存在にもっと早く気付いていれば……」 そう、成平ちゃんという不安要因を排除できなかったルイスは、見事に成平ちゃんを――確実に生き延びる少女を巻き込んでしまった。 「成平さん、ですか?」 再び、ピンと来ない風で矢加部ちゃんは首を傾げる。 「うん、成平ちゃん。一月前のあの新月の夜。ルイス嬢は浜岡駅裏の某ビルで一回目の儀式を実行しようとして失敗した。それがあのビルで俺たちが見た怪物の正体、生贄を殺すための魔物っていう役回りだったんだろうね」 より具体的に言えば秋月に誘導させて『不動産セミナー』の名目で集めた人々を殺し、彼らを生贄としてとある儀式を行おうとしていた、って所だろう。 「だが、実は成平ちゃん以外にも大きな問題があった。日本という国の風土を理解しきっていなかったせいで儀式そのものに大きな混乱が生じ、生贄達に逃げられてしまった」 あの日の昼間出会った時、妙に慌てていたのも合点が行く。直前になって色々な問題が発覚し、急いで対応していたのだ。 「そこまで見抜いていらしたのですね」 守られた魔術陣の中からこちらを睨めつけつつ、ルイスは頷いた。 「決定的にボロが出たのは、秋月の事件だろうな。押収した資料から、胡散臭い海外資本の金が絡んでいたことがすぐにわかったぜ……。いくつか中継を挟んでたみてぇだが、大本の金はスリップジグ家から出ていた。気付かれないとは、思ってねぇよな?」 と言っても、気付いたのは昨日だが。口にせず、表情にも出さない。 「ええ、私もあそこまで短絡的な行動をするとは思っておりませんでしたので……。まさかあんなに早く狂気に飲まれるとは。計画外でした。本当に、使えない男」 逆に言えば、いつか秋月が発狂すること自体は彼女にとっては計画の内だったという事だ。全くもって悍ましい限り。 言葉の意味に気付いて震えながらも、矢加部ちゃんが別側面から質問を投げかける。 「スリップジグ家……って、ルイスさんの御実家ですよね?」 「ええ、まあ地方ではそこそこ大きな家ですの。藍崎組の皆さんと同じようなものと思ってくださればよろしいですわ」 愛想笑いをしながら言うルイス。だが、それが一側面のみを切り取った嘘ならぬウソであることを俺は知っている。いや、昨日の晩から今日に掛けてようやく調べがついた。 「いいえ、マフィアですよ。任侠としての藍崎組とは比べ物にはならねぇ。あんたら、アイルランドカソリックを自称する過激派テロ組織を煽って、北アイルランドのプロテスタントと相手のテロ行為に武器まで提供してたそうじゃねぇか。いい商売だなぁ、オイ?」 調べる国が間違っていたからわからなかったが、アイルランドという言葉をヒントに裏社会を漁ってみれば、そこそこの情報がヒットしたのだ。 「……ッ!」 黙ってしまったルイスと入れ替わり、驚いたように矢加部ちゃんが音を発する。 「宗教戦争なんて、そんな。……今を何世紀だと思ってるんですか?」 「ある所にはあるもんだよ。そして、ルイス嬢の最大の嘘。アンタ、『ロンドンから来た』だけであって、その実はアイルランド出身だそうじゃ無いか」 「あらあら、嘘とは心外ですわね。私、嘘は吐いておりませんわよ?」 「おう。おかげで随分騙されたもんだ。だが、さっきの術――召喚術を見せられたお陰でようやくわかった」 召喚術、使い魔、アイルランド。ここまでくれば、答えは一つ。 「……ルイス嬢、君はドルイドの末裔なんだな?」 「ええ、よくぞお気づきですこと。素直に褒めて差し上げますの」 俺の言葉に彼女はハッキリと頷き、嫌な予想が当たったことに眉を顰めさせた。 「ドルイド、ですか……?」 ただ一人、事態を判って居ない風に呟いた矢加部ちゃんへ向けて俺は解説する。 「ドルイドって言うのは、アイルランドに古くから住んでいたケルト人の伝承に登場する司祭の事だ。ケルトの魔法使いと言い換えても良い。まあ、司祭と呪い師を兼ねたような人たちだったらしいんだが……。これがちょっとばかり厄介なんだよ」 「厄介と言うと、特殊な魔法を使うとか。そういった事でしょうか?」 「いんや、違う。ドルイドはハッキリと実在し、しかもケルト人文化において相応の立場を持っていたにも拘らず、ほぼ全ての記録に名前以上の事が記されていない」 ここで重要なのは、『伝承が存在しない』訳ではなく『記録に残っていない』という事である。とどのつまり、その子孫たちには口伝で伝承や技術が伝えられているが、我々が理解できるところにはどこにも記録されていない、という事。 「もちろん、ケルト人の宗教観については色んな研究や文献が存在するが……」 「それでも、難しいんですね」 そう、入念な下調べと知識による対応を前提としている俺にとって、『未知』というのは一番対処が難しい敵である。 押し黙った俺を揶揄うように、ルイス嬢は微笑んだ。 「あらあら、探偵の名推理もここまでかしら? ……それでは、そろそろ」 「いいや、まだだ。解決編には続きがある」 言うと、イラっとした様子で眉を顰められる。だが、こちらを図りかねているのは向こうも同じはず。むしろ、語れば語るだけ『俺がどこまで知っているのか』バレてしまうので、こちらが不利になるとも言えた。だがそれでも俺は、言葉を続ける。 「当ててやろう。お前さんがこれからやろうとしている儀式は、『祖霊昇華』だな?」 「……」 「……」 うんとも、すんとも返事が無い。金髪美少女の仏頂面と言うのも、中々乙な絵面ではあるのだが、今はそんな場合ではないだろう。 「えと、祖霊って……」 沈黙を見かねて、矢加部ちゃんが口を開いてくれた。 説明しよう。 「祖霊って言うのは、所謂シャーマニズムにおける『神様』の類例の一つだ。読んで字のごとく、祖先の霊魂を神様として奉る宗教の一つなんだが……」 「ああ、日本におけるお墓とか、現人神の感じですか?」 「うん、不正解。そこが特殊なんだよ、祖霊信仰は」 言って、ホワイトボードを探し――無いことに気付いて頬を掻こうとし、更にそもそも腕を縛られていることに気が付いた。 「民俗学的なアレと魔術学の理論は微妙に違うから、これは魔術学における定義だけど。祖霊信仰における『祖霊』って言うのはね、『先祖全員の魂が合わさった神』的存在なんだよ、ちょっと分かり難いかも知れないけどね」 「えーっと?」 「『祖霊』って名前の神様の器に、先祖全員の魂を納める事で力を高め、子孫を守る。それが魔術的な定義の祖霊信仰の形なんだよ」 祖霊には、人格や名前はない。強いて言うなら『○ ○ 族の祖霊』という感じだ。 生前は複数の人物であった魂を一つの器に束ね直すことによって、強い力を得る。 そういうシステムであるゆえに、彼らは厳密には『生前の個人』とは別物だ。 「だけどね、当然時代を経るにつれて偉大な王や英雄が出てくると、彼らを神として祀り上げようという流れが、部族の中には出来上がる。そこで出てくるシステムが、『祖霊昇華』だ」 言うと、今度はピンと来たように矢加部ちゃんは目を見張った。 「つまり、名前を残したまま神様にしようっていう話ですよね?」 「うん、そうなる。でも、祖霊って言うのはさっき説明した通り、『複数人の魂を一つの器に入れる事で強い力を手に入れる』物だ。どれだけ偉大な英雄でも、賢王でも、到底贖いきれはしない。だから……」 続きを口にするのを一瞬ためらう。矢加部ちゃんの瞳は、言ってくれるなと青ざめていた。だが、それでも俺は口を開かざるを得ない。 「だから、その儀式においてはたくさんの生贄が必要とされた」 言葉に、矢加部ちゃんはややも吐きそうな表情になる。 反対、ルイスは頬を紅潮させてパチパチと拍手をしていた。 「素晴らしい、素晴らしいですわウリサカ! よくぞそこまで見抜かれましたわね!」 その興奮は、まるで往年の映画スターを囲むファンのよう。だが、同時に追い詰められてもいるのだろう。どこか切迫した狂気を感じさせる表情だった。 一通り拍手をし終え、一通り俺と矢加部ちゃんを不快にさせた彼女は言葉を続けた。 「さて、では問題ですの。二つほどよろしいかしら、探偵さん?」 俺の返事を聞くまでもなく、ルイスは二本指を立てて言った。 あたかも自分の勝利を確信したかのように、優越感たっぷりに口角を吊り上げる。 「月は、出ているかしら?」 イギリス人を真似たのか。茶目っ気たっぷりに。パロディも忘れずに。 「出て、いないな……」 それは、単に月が出ていないという事ではない。『月が出ている』にも拘らず月が見えない日。朔の時間が始まったという事である。 「もう一つは、そうね。ケルト民謡で最も残虐な妖精、誰かわかるかしら? 神に祝福された人を呪い、人を襲う祝福されざる者(アンシリー・コート)。サヴァンには少し早いけれど……。『オグマに首を絶たれ、なお死なぬ者よ!』」 些か狂気の籠った声と共に現れたのは、首なし騎士と首なしの馬。名を、デュラハンという。 黒いマント、赤黒く血の染みた鈍鉄の鎧。歴戦に歪んだ馬上槍を構えて。 死の宣告を伴う伝承通りの姿ではなく、ただの暴力の化身として顕現する。 「中々楽しかったですわ。それじゃあ、今度こそさようなら、詐欺師探偵ウリサカ、そして恨むなら自分の居候先を恨みなさい。ツキナ?」 「魔力は、尽きたはずじゃ……ッ!?」 「あら、それは貴方の推測ではありませんでしたの? 私は一言も、そうは言ってませんわよ?」 俺にとどめを刺すために、まだ魔力を残していたとは……。 「クソッ。計算が甘かった……!」 「折角ですし……。先に、ツキナから殺してあげますわ。流石のあなたでも、心を痛める事はありますわよね?」 そういった彼女の眼は、俺という脅威から解き放たれた解放感と、それによって勢いづいてしまった狂気に彩られていた。もう冷静とは言えない。 「クソッタレ!」 俺に出来る事は、ただ喚くだけ。だから声を張る。 「待て、待ってくれよルイス嬢!」 「いいえ、あなたの推理を聞いていたせいで、余分な時間が押しているんですの。朔の時間はまだ残っているとはいえ、今度こそ失敗するわけにはいきませんの」 急き立てるような声に従い、デュラハンがジリジリと矢加部ちゃんに迫る。 「ルイス嬢、俺に恨みがあるってんなら、俺から殺せばいいだろう!」 「それだけ喚かれるという事は、なんだかんだ言ってもツキナが大事なんですのね。……だからこそ、無惨に殺して見せてあげたくなる」 言葉に矢加部ちゃんは震えながらも必死にデュラハンを睨みつける。ともすれば、その先に居る俺をもみているように。俺の怯えと悔恨は、しかしルイスを焚きつけた。 「矢加部ちゃん、矢加部ちゃん! 何とかして、逃げろ! 逃げるんだ!」 矢加部ちゃんは、言葉を返さない。その押し黙った表情がルイスの嗜虐心に火を灯す。 「デュラハン、出来るだけ惨めに終わらせて頂戴」 勢いづいたルイスが命令を下すが早いか、首の無い騎士は槍を振りかざし、矢加部ちゃんの下腹を狙って引き絞った。 「ルイス嬢、やめてくれ! 騙したことは謝ろう! だから――!」 俺が渾身の演技で叫んだ瞬間。 デュラハンの突き出した槍が矢加部ちゃんに吸い込まれるように、突き刺さった。 ボフン。刹那、羽根布団でも爆ぜたような間抜けな音が響き渡った。 「デュラ、ハン……?」 呆然とした様子で、ルイスが呼びかける。彼女の使い魔は、目的は果たしたとばかりに薄く光って消えていった。だが、肝心の矢加部ちゃんの姿が、そこにはない。 彼女が嘘を嫌うのは何よりも本心で、それこそ彼女が『嘘を吐けない』事こそがその証明なわけだが。だからこそ、誰もが彼女に騙される。俺だってついこの前まで気付けなかった。 「ツキナ、貴方は一体……ッ!?」 ルイスの表情から狂気が抜け落ち、一瞬にして驚きに染まる。矢加部ちゃんの純粋さ、嘘が無いというその事こそがルイスを欺いたのだ。だから、善意の少女は止まらない。俺の悪意(やいば)は鈍らない。 「なあ、ルイス嬢。矢加部ちゃんって、何(・)だと思う?」 叫びながら身をよじった時に現時刻は確認した。もう時間を稼ぐ必要もない。演技を捨てて、平静な声で俺は問うた。 「何、って……?」 呆然自失と返すルイス。それに応えるものは、矢加部ちゃんが縛られていた椅子の下から現れた。 「ええ、そうですね。瓜坂さん風に言うのであれば……。言ってませんでしたか、ルイスさん? 私、人間じゃないんですよ」 彼女の名前は化け狸。日本古典によく登場する、人を騙す妖怪である。 その茶色い毛玉は、スタスタと椅子の舌から這い出して来ると声を張った。 「魔術師が居て、魔法使いが居て、超能力者が居るんです。神や悪魔・精霊の存在までルイスさん達は知っているのに。だったなら、妖怪(わたしたち)が居たっていいじゃないか? 正しく、貴方たち人間が謳った伝説でしょうに」 「まあ、君は人を騙すのはあんまり好きじゃないみたいだけどね」 「煩いですねぇ……。っていうか、私も消耗が激しいから元の姿に戻るのは……」 言うと、彼女は俺の方まで歩いてきて丸くなった。だいぶ疲れている。 「何、何なんですの……!? ツキナの能力は幻を見せるものと確かに言っていたはずですのに!」 ま、要するに『それ以外にもある』と言っていなかっただけだが。 彼女の嗜虐性の強さと、『想定外』への脆さは薄々感づいていた。だからこそ、そこを利用する。当然さっきの怯え声も演技だし、矢加部ちゃんがデュラハンを睨んだわけじゃなく、俺に目配せをしていたのにも気が付いていた。 「大なり小なり、誰でも秘密を抱えている。正直ぶっていても、探られたくない腹の一つくらい誰にでもあるって事だ」 「まあ、正直騙しててすみませんでしたよ。瓜坂さん」 「別に責めちゃいないさ。むしろ助かった」 ちなみに、昔とある妖怪の大将から聞いた話では、狸や狐の化け術というのは幻影術とは全くの別物で、羽織っている『化皮衣』という魔道具で体そのものを作り替えているんだとか。まあとにかく。 「いえ、例えあなた達の処分に失敗した所で、儀式は続けられますの」 ようやく冷静さを取り戻した彼女はそう口にして術式に視線を戻すが……。しかし、一度は焦り、狂気にも走りかけた彼女はいくつも見落としていた。 「何か、気付かないかい?」 「……ッ!?」 何かに驚くように魔術陣を見、祭壇を見渡して。乱れる思考を整理するように彼女は声を荒げる。 「これは……。魔力の場が変化しているんですの? 龍脈もズレているうえに、土地の神性も変わっている! ウリサカ、答えなさい。何をしたのです!?」 おうおう。見事にうろたえていらっしゃる。 「ルイス嬢、知ってるか? 東アジアのいくつかの国ではな、新月の夜って言うのは月の初めを表すんだ」 もはや見ずともわかる。腕時計の時刻は十二時。日が変わったことを示していた。 「それがどうしたって言うんですの!?」 「今日は神無月朔日。神様のいない水――あ、もう木曜日か……」 「貴方、まさか、このためだけに時間稼ぎを!?」 「ご名答だぜ、半可通。君は『時間稼ぎくらいしかできない』と言ってくれたけどね。『俺が時間稼ぎする理由』を考えなかった。それが君の敗因だよ」 成平ちゃんの時のデータから、日本という土地そのものの魔力の影響が儀式にも及ぶことは判っていた。だからこそ、時間稼ぎが策として機能する。 日本通ぶっている割に、抜けている所の多いルイス相手なら通じると思っていた。 「有名漫画のパロり方にしろ、妙にステレオタイプな日本観を持っていることにしろ。君が決して日本に詳しいわけでないことは十二分にプロファイリング出来ていた」 だからこそ、彼女はまんまと罠にかかったのである。 「うちの国は元々秋から冬にかけて妖怪の目撃証言が異様に多いんだけどね。それこそ陰陽寮なんてものがあった時代から、神無月の神議りと地脈の関係性は知られていた。そこを調べなかったのは、君の落ち度だよ」 縛られたままでは恰好も付かないけれど。それでも胸を張る。 「やってくれましたわね……。でも、また一月もすれば新月は来ますのよ!」 それはすなわち、この場を逃げてでも再び儀式をしようという意思の表れ。 「どうせ、真実を知っているのは貴方とツキナの二人だけ! なら、あなた達さえ処分してしまえば……」 「念のためにだがな。藍崎組には直前までわからなかった儀式の詳細以外の情報はほとんど全てを送ってある。警察暗部の魔術調査局ともつながりはあるからな。俺が帰らなければ、そっちにも話が流れるだろうさ」 前回の怪物騒ぎを思い出すに、生贄の人数は五十は下らないはず。その規模の失踪事件をみすみす見逃すほど、日本警察は甘くない。 「やってくれますわね……!」 彼女も理解していることだと思うが、汚名を被る事を盾に警察が脅しを掛ければ、スリップジグ家とてある程度の情報は話さざるを得ないだろう。 今この場においてルイスが取れる最も合理的な手は、なりふり構わず逃げる事。 「三十六計逃げるに如かずとも申しますし、ここは引かせていただきますわ!」 「なあ、お嬢さん。逃げるのはやめておいた方が良いぜ? 嵐が来る」 「どうせハッタリでしょう!?」 ルイスは窓に向かって走り寄る。何らかの魔術で飛んで逃げるつもりだろう。だが。 「今日は干支で言うと未の火用。その上月のない夜、おまけのように神様もいないと来た。宴をやらない理由がねぇ。いい加減気付きなよ、英国かぶれの似非日本通。嵐の夜のバケモノの祭り、百鬼夜行(ワイルドハント)がやって来るってんだよ」 その瞬間、窓の外に映ったのは提灯お化け。それから唐傘、飛頭蛮、狐火、大下駄、薬缶ヅルなど有名無名とわずの有象無象が追いかけていく。 文字通りに百以上の妖怪が集まっているのだ。それを突破するのは、無理だろう。 今回の俺の勝利条件は儀式を妨害する事、だけではない。 「逃がす訳(わき)ゃあ、無いだろう? 大事な大事な金づるさんよぅ」 ルイスを確保できなければ、またどこかで儀式を行われる可能性がある。逆に言えば、彼女を捕まえれば警察に恩を売れる上に、口封じを盾にスリップジグ家を脅せるわけだ。 逃がさないこともまた、俺にとっては重大な勝利条件である。 「この、詐欺師風情が……ッ」 「(こんなもの、早々都合よく現れるもんなんですか?)」 「(いんや。ちょっと伝手があってね、そいつに頼んだ)」 憤慨したまま黙ったルイスをしり目に、俺たちはヒソヒソと声を交わす。 「(で、その伝手なんだが……)」 言いかけたところで、ルイス嬢がこちらに向けて杖を構えた。 「ならせめて、貴方達だけでも――ッ!」 呪文を紡ぐより早く、その脳天に木槌が振り下ろされ、ルイスはそのまま気絶した。 「安心したまえ、峰打ちだよ?」 「おい、槌に峰はねぇぞ……ヤマモト」 「久しぶりに会う親友なんだから、もう少し良いセリフを言いたまえよ、セイジ」 妖怪の総大将であり、日本妖怪を纏める魔王の一角に居る彼の名前は十一代目山ン本(さんもと)五郎左衛門と言った。誰あろう、俺の親友を自称する不審者である。 「ええぇぇぇ!」 まるで知らなかった矢加部ちゃんが悲鳴を上げつつ、こうして事件は幕を閉じた。 「あ、ヤマモト。悪いけどロープ切ってくれない?」 エピローグ 「そういえば、結局どうして私が狸だって気付いたんですか?」 ふと疑問に思って、私は問うた。百鬼夜行のあの晩から三日ほど。週末の事である。 ちなみに、私が拉致されていた間の事は『病欠』として学校に伝わっていたらしい。 「最初気付いたのは、君が『嘘が嫌い』って言った時だったかなぁ。俺が『誰にでも秘密の一つや二つある』みたいなこと言って、矢加部ちゃんが顔を顰めたんだよ」 そんな早い段階でか。 「あとはまあ、意図的なチェックもしてたけど。会話の中で『狐』とか『狸』とかの言葉を時折入れて、反応を見たり。あとはまあ、鼻の良さとかもね。いくら『人間になって』居ると言っても、嗅覚やなんかは常人以上になるからね、狸(きみ)たちの場合は」 言われてみれば大分ボロを出しまくって居た訳である。……ごめんなさい、ヤマモトさん、お母さん。『身を守るためにも秘密にしなさい』と言われたのに、もうバレました。 「しかしまあ、今回は矢加部ちゃんがいなければ流石に駄目だったかもしれん。ありがとうね」 「え、ええ!? はい……」 珍しく素直にお礼を言われ、私は混乱する。瓜坂さんはどこか気の抜けた様子で、しばしグチグチと漏らした。 「正直、拉致そのものが予想外だったから割と慌てたし。スタンガンとかもねぇ、対策し切れなかった辺りは俺もまだまだ未熟だしさぁ……。っとと、いけねいけね」 言うと、瓜坂さんは手帳とメモ用紙を広げて何かの計算をし始める。 その様子を見つつ、言う前から恥ずかしいなあと思いながらも私は口を開いた。 「私、信じてましたから。瓜坂さんなら、きっと何とかしてくれるって。何とかしようと思ってるはずだって」 思えば、彼を詐欺師と知ったあの最初の事件。その時確かに、彼の想いは受け取って居たのだ。騙そうが何しようが、例え偽りでも誰かの幸福のために動こうという、意志を。 声を聴けば、何を思っているのか。珍しく無表情で彼は返した。 「いやー。矢加部ちゃんも立派な詐欺師だねぇ?」 「な、何を言っているんですか!? 私は、嘘を吐くのが嫌いだって、言ってるじゃないですか!」 「いいや。前に言った事あるだろう? 詐欺師ってのは、まず『相手を信用する』所から始まるんだよ!」 この時、まんまと揶揄われて気付かなかったけれど……。思えば、人を揶揄うのに表情を作る余裕が無いなんて、彼らしくなく。珍しく照れていたのかも知れない、なんて後から思ったり。 「それより矢加部ちゃん、仕事仕事。まだ事務所の片付けも終わってないし!」 「いやー。しかし、しばらくは開店休業状態ですよね。事務所も荒れちゃったし」 壊れたソファに粗大ごみのシールを張りつつ、私は声を上げた。 「まあまあ。今回は結構儲かったしね。矢加部ちゃんもお疲れ!」 「儲かったって言うと……?」 「そりゃあ、ルイス嬢だよ」 ルイスさんはあの後すぐに警察の裏部門に引き取られ、今はオカルト(こっち)側の監視を交えつつも、逮捕状態にあるそうだ。 「確かに警察から謝礼は貰ってましたけど……」 少し分厚い封筒一枚である。二〜三十万もあれば御の字レベルだが、だったとしてもあの命懸けの状況には、些か釣り合わないような気もする。 「そんなもんはした金よはした金。俺の本命はスリップジグ家の口止め料だ」 それと言うのは、要するに『お前のところのルイスがやらかしたのを見逃してやるから、金を寄越せ』という話である。魔術の名家である以上、汚名は嫌がるだろうしなぁ。 「うわぁ……。それ、むしろ口封じに殺されるんじゃないですか?」 「いやいや、そこは警察とかもっと上層部の連中に『みんなで幸せになろうよ』なんて囁いて回ってね。組織単位で恫喝したから、向こうも迂闊に手は出してこないよ」 「本当にえげつない事しますね……。いくらぐらいしたんです?」 「トータルで云億円。そっから警察とか公安とかが取り分持ってって、ついでに贈与税を差っ引くと……。見て驚け! こんくらいだ」 瓜坂は指を二本立てて見せる。ピースサインではない、この場合は……。 「二千万円、ですか?」 「大正解! ……まあつっても、これはただの収入だからな。そっから藍崎組の治療費と、今回消費した魔道具の補填費用が入って、更に百鬼夜行絡みで周辺のオカルトへのお詫びを支払うと……。純利益はこんくらい!」 今度は指五本。 「五百万円、ですか?」 「残念、五十万円でした。……世の中そんなに甘くないよねぇ、全く。あ、矢加部ちゃんこれ捨てといて!」 言いつつ、計算に使っていたメモ用紙――もとい新聞広告の裏紙をこちらに寄越す。 「(ふむふむ、ええと……)」 藍崎組構成員約四十人の医療費が一千万を越えている。その後に迷惑料と魔道具代がそれぞれ続く形だ。何とはなしに確認して、ビリビリに破って捨てる。 「そういえば聞き損ねてましたけど。ルイスさんはなんであんな事したんでしょう?」 「そりゃあ、力が欲しかったんじゃない?」 「んな、安直な……。っていうか、あんまり興味なさげですね」 どうしてやったか、なんて言うのは探偵が最も好みそうなネタである気もするのに。 私の返事に答えがてら、瓜坂さんは席を立ってお湯を沸かし始める。 「そりゃあ、俺は詐欺師だからね。『どうしてやろうとしているか』が分かっても分からなくても、最終的に儀式を止められれば良かったんだよ。だから知った事じゃない」 その言葉にハッとなる。あたかも探偵であるかのように振舞ってはいるが、彼は詐欺師。以前に言っていた『嘘を吐くのも手段でしかない』というのも、今なら理解できた。 きっと、それが彼の正義なのだろう。だからこそ、気に食わない。 「私はそれでも納得いきません。真実は究明されるべきとまでは言いませんけど、ルイスさんがあそこまでの事をした理由が――そこまでして力を求める理由が分かりません!」 そう口にすれば、撃てば響くように答えが返ってくる。 「じゃあ、推測してみても良いけど」 言って、瓜坂さんは目を閉じてしばし黙考した。 「……恐らくルイス嬢は『結果』が欲しかったんじゃないかな? あの娘については色々調べたけどね。ルイス嬢自身の事より、姉のマリーさんの事の方が情報のヒット数が多かったんだ。どうも天才だのと呼ばれる人種だったらしい」 一旦言葉を区切り、彼は席を立ってコンロの火を止める。そのまま薬缶のふたを開け、お湯を冷まし始めた。 「恐らくだがルイス嬢は、自分より才能も実績もあって、しかし『まとも』な人間よりの感性を持ち、そして魔術師をやめようとしている姉の事が気に食わなかったんだろう。いや正確には、『劣等感を抱いていた』かな?」 今度は戸棚からガラスポットとコーヒーフィルターを出してくる。 「スリップジグ家内でも、さぞ比べられたんだろう。……けど、理性的で冷徹な彼女はそれを『結果を出すための推進剤』と思い込んで突き進んだ。後の結果は見ての通り、って所だけど。出来るだけ他者を計画に入れずに行動している所とか、やりすぎなほどに不安要素を警戒する所とか、きっと少なからず辛酸をなめてきただろう事は良く判ったさ」 だからこそ目に分かる結果を、力を欲した。そう締めると、彼は今日はどのコーヒー豆を入れようかなどと呟いて、茶葉やコーヒー豆を入れている戸棚を眺め始めた。 「劣等感、ですか……」 ルイスさんは私より少し年上くらいの年代。まだまだ精神的に成熟しているとは言えない彼女の行動を、私はどこまで『罪』に数えられるだろう。彼女自身がどれだけ理性的でも、理性が暴走してしまう事はあるはずだ。それを、裁いていい物だろうか。 探偵は犯人を救わない。悪に裁きを与えるのが仕事だからである。 義賊も犯人を救わない。悪しきをくじき、弱きを救うのが仕事だからである。 ならば詐欺師なら。彼はかつて言っていた。『誰かにとって都合の悪い真実があるのなら、偽物の降伏をばら撒くのが自分の仕事』だと。 「ねぇ、瓜坂さん……」 「なぁ、矢加部ちゃん」 私が言いかけた矢先、瓜坂さんは二つ持ったコーヒーカップの片やを差し出しながら言った。 「ところで、この忙しいタイミングでアレなんだが。アイルランド人のバイトを一人雇うことになった。しかも居候するつもりらしい。彼女は少々訳アリでね、俺の手元に置いて教育・監視しておいてほしいって言われたんだけど……。良いかな?」 「それって……」 「ま、あの娘の場合『未遂』だからね。迂闊に法で裁けないんだとさ。っていうか、『そういう事』にした。それで矢加部ちゃん、どうするよ?」 全く。どこの誰とどんな交渉をして、どういう風に騙してきたのやら。 「まあ、悪くはないと思いますよ。正しくもないと思いますけど!」 私はそう返事をするとコーヒーを啜る。 酸味控えめ苦味深め。香ばしいコーヒーのその味は、悔しい事にとても美味しかった。 |
大野知人 dEgiDFDIOI 2021年08月09日(月)14時41分 公開 ■この作品の著作権は大野知人さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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2022年01月18日(火)04時16分 | 大野知人 dEgiDFDIOI | 作者レス | ||||
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大中さん、ありがとうございます。 と言っても、作品一覧をよく見てもらえばわかるんですが、実はこれは『旧版』でして、これの第二稿も鍛錬投稿室に上げているのです……。 もらった意見は今後の作品作りの糧とさせていただきますが、紛らわしい真似をしてしまい、ごめんなさい。 短めに抑えつつも、『味』を出す表現はかなりこだわりました。評価してもらえて嬉しいです。 予知少女周りについて言うと、そうですね、設定面はやや風呂敷を広げ過ぎた所もあるので、反省すべきところも多いのです。 山ン本をご存じの方は、特定の界隈以外では珍しいので、ネタとしてしっかり通じて嬉しかったです。 気になった点について。 そうですね。 説明不足については、俺自身難しく感じているところで。 他の方にも、『重要な説明の設定不足/不要なウンチクが多い』と言われ、第二稿でも調整してみたのですが、塩梅がむずかしい。調整頑張ります。 矢加部ちゃんが事務所にいる理由って、実は執筆時点で作ってなかったのです。 一応、『ヤマモトが海外勤務が多く、結果として家に居る事が少ないから』などの要素を残しはしたのですが、決定的な理由に当たる『矢加部ちゃんの母親が実は瓜坂の恩師』と言う情報を早い段階で出せなかったのは厳しい所。精進します。 >魔術師が好きではないから「紅茶ではなく緑茶を選ぶ」というのも意味が分かりません。 これは完璧に嫌がらせですね。 地味ではあるんですが、後のマリーの登場シーン。よく見るとマリーには紅茶を出しているんです。 実は、『ルイスへの嫌がらせとして緑茶を出す』こと自体が、一度マリーと会っている事の伏線なんですね。分かり難いんですが。 >>「それは失礼。それなり程度なものですから。一通り、説明でもしましょうか?」 これは、一つ前の『それなりに有名な方だけあって、洞察力も随分高いのですね。』と言ったルイスに対する嫌味ですね。 これも通じにくいですねぇ。というか、類似の意見を他の方に貰っていて、この辺りの嫌味の応酬はかなり削りました。 >>「ええ、実は昨日、私の姉であるマリー・スリップジグが死んだとしか思えないような奇妙な失踪をしまして……。貴方に犯人捜しをお願いしたいのです」 このセリフの次に、ルイスが『ですが、それはそれとしても裏切り者は罰さねばなりません。』と言っているので、推理するまでもなく『裏切者の始末が目的』と本人が言ってますからね。 瓜阪が顔を顰めたのは、身内が死んだというのに何ら動揺した様子が無い所ですね。 ただ、これも少々わかりにくいので、第二稿では『笑顔で言った』に変更しました。 >>「実は、藍崎組がもうすでに居場所を特定しててね。これから会いに行こうかなって」 これ、確かにわかりにくいですねぇ。一応文脈的には、予言少女と極道とルイスの三択で、ルイスはさっき訪ねて来てるし、『極道が極道を見つけた』じゃ話がおかしいんですが、確かに不親切です。気を付けないとですね。 ウンチクの多さは、自分で懸念していた点でもあり、実際多くの方から意見を頂いた部分です。 これはね、第二稿では結構多めに削りました。実際、無駄ですからねぇ。 お茶菓子とお茶の話は、完全に余談です。 コミカルではないですが、一方で『常識外のオカルトでありながら常識人な月菜』『一般人のはずなのに、やたら常識はずれな瓜坂』の対比表現ではあります。 また、要素として言うと、『掃除中に瓜阪が拾った矢加部(狸)の毛』とかが地味に伏線になっているので、ある意味ブラフですね。 『探偵モノ』である以上、伏線があるのは当然なので、『伏線っぽいけど、別にそうじゃ無い』ものがあった方が、読者が意外に思う結果につながるかな、と思いまして。 西濱川はね、無駄ですね。伏線ブラフとしてすら機能してないし。情緒要素も無し。完全な無駄です。消そう。 メタネタとパロネタはハッキリと人を選びます。が、俺のイメージする瓜坂はそういうヤツなので、一応言わせました。 さて、実はウンチクや設定の取捨選択をやり直し、要らない部分をバッサリ削って心情描写を足した『第二稿』が存在するんですが。 暇だったら読んでみて下さい。 ありがとうございました。 |
2021年08月21日(土)14時32分 | 大野知人 dEgiDFDIOI | 作者レス | ||||
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柊木さん、ありがとうございます。 設定・ギミックを複雑化しすぎて、『読者の知らない情報』だけで作品を完結させてしまった感じは、確かに自分でも自覚が有ります。 主人公の瓜坂を便利キャラにし過ぎた部分もあり、細かい部分を削って伏線や『あらかじめ説明しておく』みたいなことをキチンとしておこうかと思います。 聴き手と叩き手の問題はかなり理解しております。というか、だからこそ批評を募っておるのです。 矢加部ちゃんの精神的内情に関しては、一応一話で『嘘を吐けないという性質からくる〜』という補足を入れはしたんですが、やっぱり力不足だった感じですね。 人間ドラマ面の不足、というのは了解です。 というより、設定を練りこみすぎて尺が足らなくなってますね、コレ。 何とか方法を見つけます。 |
2021年08月21日(土)10時22分 | 柊木なお | +20点 | ||||
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お世話になっております。 拝読いたしました。 率直な感想としては、「面白そうではあったけれど、いまいちのめり込めなかった」です。 以下検討を書き連ねますが、あくまで個人的な意見にすぎないので、適当に取捨選択していただければと思います。 1 個性的な探偵と助手が依頼を受けて事件を解決していく王道のミステリー展開とオカルトな世界観の組み合わせ自体は良いのですが、それぞれの楽しさを生かしきれていない印象があります。 ミステリーの面白さといえば、やはり謎解きが第一なのではないでしょうか。ミステリー要素を含んだ他ジャンルとの混合であればともかく、本作は依頼解決型の基本的なスタイルなので、肩透かしにならないためにも外せない部分だと思います。 解決をあれこれ予想すること自体が楽しいですし、その上で「マジかよ騙された!」というどんでん返しでもあれば、他に多少アラがあっても満足のいく読後感が得られるでしょう。 しかし、本作の設定はあまりにも難しくて、読者参加のハードルがかなり高い気がします。世界のルール(なにが起こり得て、なにが起こり得ないのか)がわからないので、そもそも予想の立てようがないからです。そうすると、読者的には事の成り行きを表面的に追うだけで、言い換えるなら「置いてけぼり」状態になってしまいます。個人的には、終始そのような印象が否めませんでした。 2 もしかすると、本作は伝統的なミステリーの形式を借りているだけで、ミステリーではないのかもしれません。ただ、上に述べた点はあらゆるジャンルに当てはまることでもあります。 サスペンスの要素にしろ、いくら主人公たちがピンチに追い込まれたとしても、作中のルールがわからないので「この窮地をどうやって乗り切るんだろう」という気持ちになりにくいです。コミック調の「なんでもあり」な世界観で笑いを取りにいくならそれでも良いのですが、シリアスな展開をいまいちピンとこない方法で解決されるのは、煙に巻かれている感が強くていまいちハマれませんでした。 加えて、設定の開示の仕方についても、ひと工夫の余地があるように思います。 基本的にはヒロインや読者が知らないことを主人公の探偵が説明するというパターンの繰り返しで、どうしても飽きがきます。 前述のように、謎解きに対する好奇心や「上手く騙されたい」という欲求を満たされることもないのでなおさらです。 単なる説明に止まらない、理屈抜きで何かを感じさせるようなバリエーションが欲しいところです。 3 ということで、「読者は作者と違って、作中世界のことを何も知らない」ことを念頭に置いた上で、いかに感情的に巻き込んでいくかを改めて考えてみるのも良いかもしれません。 余談:「聴き手と叩き手」という心理学の実験があるそうです。内容はごくシンプルで、まず「ハッピバースデートゥーユー」のような誰でも知っている二十五曲の歌のリストを用意します。「叩き手」はその中から一曲選んで、指で机を叩いてリズムを刻み、「聴き手」にどの曲を叩いたか当ててもらいます。叩き手の予想した正答率は「50%」だったのに対し、実際の正答率はわずか「2.5%」でした。 叩き手としては、リズムを刻む際にメロディーが頭の中に流れているので、「なんでこれが伝わらないんだ? こいつまじめにやってんのか?」と感じるわけです。 一方の聴き手は、取り止めのないリズムにひたすら困惑することになります。 このようなギャップは、もちろん「書き手」と「読み手」の間にも生じうるのでしょう。センスでも経験でもどうにもならない、他の人に読んでもらうことでしか解決できない問題だと思います(解決する必要がない、という考え方もあるかもしれませんが)。 4 ミステリーというジャンルで考えれば、ことさらに登場人物の過去や動機を深掘りしたり、大げさな感情的演出をしたりするのは余計な夾雑物ということになるかもしれません。 それでも、エンタメ路線を目指すのであれば、そのあたりのサブテキストをきっちり考えることは避けて通れないでしょう。「設定の説明不足」は大して気にしなくても、「感情の説明不足」は気になるのが大方の読者の傾向だと思います。 個人的には、ヒロインの矢加部ちゃんの心情がいまいち理解できなかったです。 「嘘をつくのは悪いこと」という一般化はまだしも、瓜坂は果たして善人なのか悪人なのか、というヒロインの葛藤にはあまり説得力を感じませんでした。 そもそも読者からして、瓜坂を「悪人」と感じる人は少ないのではないでしょうか。人当たりも良く、自らを「詐欺師」と嘯きながらも、依頼人を助ける仕事に熱意と誇りを持っているように見えます。ヤマモトとのやりとりで、「人助けに対して代価を求める」ことに不満があるという話も出てきますが、対価を要求するのは仕事なのだから当然でしょう。 ましてや、居候させてもらったり知らないことを教えてもらったりと、瓜坂にはいろいろと良くしてもらっているはずのヒロインが、「嘘をつく」という一点だけで瓜坂のスタイルにことさら疑問を抱くことに違和感を拭えませんでした。 5 たしかに、「手段を選ばないプロフェッショナル」と「どこかズレているけれどまっすぐなヒロイン」の対比は王道でもあります。自分が真っ先に浮かんだのはリーガル・ハイの古美門と薫ですが、ふたりのどちらにも入れ込めるのがあの作品の上手いところかなと。 誰しも頭の中の悪魔(世の中やったもん勝ちだ!)と天使(損得よりも正直でありたい…)の間で揺れ動くものだからこそ、その両者を極端に誇張したキャラクターを見ていて爽快な気分を味わえるのではないでしょうか。 その点、瓜坂には悪魔らしい描写がなかったので、ヒロインのズレばかりが悪目立ちしているという印象です。 もしメインのキャラクター造形にあえて違和感を持たせるのであれば、その違和感をストーリーに昇華するところまで掘り下げないと勿体ないかなと。特にヒロインの正体を考えれば、彼女が抱いている「嘘への嫌悪感」は「嘘のつけないオカルトvs嘘つきの探偵」という作品全体のコンセプトに直結するはずなので、そのつながりをもう少し丁寧に描いて欲しいところでした。 前出のとおり、純粋なミステリーとしての扱いが難しい分、そうした人間ドラマを前面に出しても良いのかなという気はします。 6 取り留めもなくいろいろと書きましたが、キャラクターや世界観そのものには大いに魅力を感じましたし、作者のこだわりも作り込みも感じる良作でした。そうした強みをより生かすためのひとつの方向性として、一読者の感想として受け取ってもらえれば幸いです。 これからも応援しております。 それでは。
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2021年08月19日(木)23時26分 | 大野知人 dEgiDFDIOI | 作者レス | ||||
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カイトさん、再びの御意見ありがとうございます。 細かく追及してもらえて、推敲がやりやすくて助かります。 すみません、リアルが少し忙しくて雑な返信になってしまいましたが、とても参考になりました。 ありがとうございます。 |
2021年08月19日(木)23時08分 | カイト | +10点 | ||||
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大野さん、こんにちは。 遅くなりましたがエピローグまで読みましたので、感想です。 第三話 恥ずかしながらクトゥルフ神話まったく知らないまま読みましたが、正直この三話が一番面白いと感じました。登場人物たちの役割や相関がわかりやすかったからかもしれません。作中の『零落した神に新たに名前がつけられて、現代の神話が生まれる』という説明は、なるほどと思わせられました。 指摘は細かいことばかり。 ・『掃除終わりにお茶でも飲もうと〜〜「今日はコーヒーで良いですか?」』 この場合の「お茶」が「ちょっとお茶しよっか」と同義であることはすぐにわかるのですが、「お茶を飲もう」の後すぐに「コーヒーにします?」はやや違和感が。「一服」とか「休憩」でもいいと思います。 ・『「〜〜海のような匂いもしますわね。ロンドンを〜〜」「あれ、テムズ川って淡水じゃなかったですか?」』 「海の匂い」と言っているのに「川」を持ち出すのに違和感。 「あれ、ロンドンに海ってありますっけ?」 「ロンドンはテムズ川下流に位置しているからな。川幅が広いせいもあって〜〜」 の方が自然な気がします。 ・ルイスを適当な嘘で追い払ったシーンについて 探偵がルイスに「嘘を吐く」ことについては、それはそれで理由があるとしても、「真相を話さないことと嘘をつくことはイコールではない」ことを、矢加部ちゃんに一度突っ込んで欲しかったです。矢加部ちゃんが探偵に染まりつつあることを自覚しながらも、嘘に対する嫌悪感を拭えないままのキャラクターなら尚更。 ・『〜〜。……しっかし、よくもまあ俺が嘘を吐いてるってわかったね?」「それこそ藍崎組ですよ。〜〜」』 嘘を吐いているとわかったのは、まず拾ってもいない証拠品を差し出したからでは? でもこのセリフで、矢加部ちゃんにオカルトの知識が身に付いてきたことと、瓜坂探偵への信頼感(無自覚?)が透けて見えていいですね。 ・不動産屋と対峙したシーンから、「秋門不動産」が「秋月不動産」に改名されています。 ・『〜〜断末魔は、湿って重たく静かであった。』 「断末魔」は、死に際のことですので、まだ死んでない秋月さんにはちょっと早い表現かと。 ・『〜〜怪物のふるった触手が不動産屋の屋根を突き破り、満月からいくらか欠けたような歪な月が顔を出した。』 この時点でまだ夜ではないですよね? 月というとどうしても夜を連想するので、「昼の月」であることを明記した方がいいかも。 ・『〜〜だがようやくわかった、こいつの名前はムーンビーストだな。〜』 どこで「ようやくわかった」のかがわかりませんでした。槍? クトゥルフ未読者のためにも、一文でも書いておいてくれると親切かなと思います。 第四話 最終話、直接対決なだけあり、勢いがあったと思います。ルイスがスタンガンを使ったシーンと、ラストの百鬼夜行が個人的にお気に入りです。特にスタンガンのシーンで、一話における『飛行機で来ました』に言及してくれたのはよかった。あれ、密かに気になっていました。 ・矢加部ちゃんがルイスを疑うことについて ヤマモトとの電話から、『ルイスさんが何かを企んで、意図的に私たちを騙そうとしていたことに間違いはない』と矢加部ちゃんが言い切るかなぁ、と疑問に思いました。この時点では、矢加部ちゃんにとってのルイスは「距離が近くてちょっと怖い人」の域を出ないのではないかと思うのですが…… ・ルイスの悪役っぷりについて なんというか、真の悪というよりは悪役の自分に自己陶酔している、というようにも見えました。彼女がそれに至る詳細な心情が描かれていないこともあると思いますが、これなら改心とまではいかなくとも、「実家を離れたことで憑き物が落ちた」という説明で探偵事務所に溶け込めるのではないでしょうか。 ですが、説明でさらりと流しているだけだからでしょうが、『生贄五十人』とかが全然実感湧かなくて。でもこの人たち、実際生贄にはされなくても拉致監禁はされていたってことなんですよね? それにしては軽いというか、ルイスの罪を読者に意識させるには、もう少し書き込みが必要かなと思いました。 以上です。 色々と書きましたが、個人の一意見ですのであまりお気になさらず。推敲作業頑張ってください。 それでは。
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2021年08月13日(金)16時03分 | 大野知人 dEgiDFDIOI | 作者レス | ||||
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カイトさん、ありがとうございます。 一話の慇懃無礼の奴は普通に俺のミスですね、修正します。 魔法陣自体については色の描写を丁寧にした方が良いという旨も、了解です。 ただ一方で、三話以降の不穏展開の都合上、迂闊にマリーの旅路を綺麗にしてしまうとミスリードがしづらくなってしまうのもあって、あえてベタなのはやらない方針で書きました。 二話は尺に配慮しすぎて、解説パートを短くし過ぎた実感がありましたので、指摘してもらえて助かりました。正直『説明過多でウザいかな?』と『この説明でちゃんと通じるかな?』の間で揺れる所があるので、そう言った指摘はむしろありがたいです。 あ、ルイスの外見は普通に決めてなかった俺が悪いっすねぇ。多分十代半ば。 シーン分けの『一。ニ。三。』はその解釈であってます。分かり難い伏線ですが、『四つしか質問していない』にも拘らず、『嘘を吐けない』矢加部ちゃんが、『五回目の質問で分かった事は……』と発言していて、その直前に数字が入っているのが暗喩ですね。 会話の途中に挟まる『(・・・・)』は恐らくフリガナや強調点の入力ミスです。ごめんなさい。 あ、喫茶店のシーンは普通にミスですね。修正します。ループ現象ではないです。 古事記云々の登場に関しては、今回の黒幕関係で『神の力』みたいな強大な存在を出すので、『普通に神々が存在するし、裏社会の人間は認知している』っていう意味です。 成平の家族や、彼女が拉致られた状況については、三話以降で伏線を張ってますが、この連作中では解決せず、続編を作った時のネタとして放ってあるものです。 ご意見ありがとうございました。 |
2021年08月13日(金)15時45分 | カイト | |||||
こんにちは、カイトです。 二話まで読ませていただきました。そこまでのものになりますが、感想を。(最後まで読んでいませんので、とりあえず評価は無しにさせていただきます) 第一話 ・『ヤマモト相手とは違い、やや慇懃に、それでも丁寧に。』 「慇懃」=「丁寧」なので、ここは『慇懃無礼に』でしょうか。 ・タイトルの『虹色の魔法陣』をもう少し活かしてもよかったかと。珍しい色とりどりの魔法陣のことを指しているのはわかりますが、魔法陣の説明に具体的な色を示していないので、「魔法陣がカラフル」であることの印象が薄いです。 あと、自分だったら、最後マリーが旅立つ時の空に虹をかけるかな。 『マリーの旅立ちにあわせるように雨は止み、洗われたばかりの空には虹の切れ端が浮かんでいた。それはまるで、彼女の未来を祝福するかのようだった』 みたいに。ベタなのは百も承知ですが、矢加部ちゃんの登場を少し遅らせて、マリーの旅立ちに想いを馳せてもいいかもしれません。 第二話 三人がループを抜け出したところまでは、とても面白かったです。それ以降の解決パートは、正直二回読み返してやっとしっくりきた感じ。相談掲示板を拝見してオチを知っていたにも関わらず。 全体の印象としては、せっかくの矢加部ちゃんの一人称パートなので、「探偵の回りくどい説明を矢加部ちゃんが噛み砕いて飲み込む=読む側にも理解させる」という描写をより丁寧にしてほしかった、です。 「お前の理解力不足のせいだろ」と言われればそれまでですが、そんな読者の代表意見として捉えていただければ。 ・ルイスの年齢について。『二十代半ばだとは思うが』とありますが、これは『十代半ば』の誤字でしょうか。二十代半ばは、『美少女』ではなく『美女』だと思います。「実は黒幕の金髪美少女」と、「実は黒幕の金髪美女」では、印象がかなり異なります。 ・シーンを分ける「一。二。三。…」の番号が怪物と対峙するシーンで急に多用され、かつ1シーンで数回用いられるのは、これは探偵たちが実はループしていて同じことを繰り返していることの暗喩、という理解でいいでしょうか。読みながら「?→あぁ!」となりましたが、正直オチを事前に知らなければ理解できた自信がないです。 ・会話の途中に時々挟まる「(・・・・)」。これも後々の伏線? 読んでいて「?」となって目にブレーキがかかるのと、あからさまに先々の謎を散りばめられている感じが、個人的にはあまり好みではありませんでした。 ・成平さんは『記憶力と引き換えに思考の整理能力を失ったんだろう』とありますが、それにしては(自分の状態について的を得たことは言えなくても)まともに会話していたな、という印象です。もっと変なことを言って矢加部ちゃんに首を傾げられたり、もしくは言いたいことが整理できないため必要最低限しか話さない、とかにした方が、『思考の整理能力を失った』ことに納得できるかなと思いました。 ・喫茶店で矢加部ちゃんが飲んでいるのが、アイスミルクからアイスティーに変わってます。(成平さんが立ち去ったシーン) ・『成平環はどうやって過去に戻っているのか』の説明に、神話と歴史的事実の矛盾を持ち出すのはどうだろう……。「なんでここに古事記云々が出てくる?」とこんがらがりました。京極堂的ミステリーといえばそうかもしれないし、ここも伏線なのかもしれませんが、あっさり 『伝承としては過去に戻る例は多くあるが、その原理は専門家じゃないからわからない。しかしその術式機動の魔力は十中八九『死への恐怖』を使って生み出しているんだろう。……』 でもいいかなと思いました。 ・矢加部ちゃんの『徹夜したせいもあって(探偵と死神の交渉について)よく覚えていない』というのはちょっと強引かな、と。『課題が山と残っていたのを思い出し退席させてもらった』の方が自然に感じました。 ・そもそも、「なぜ成平環に呪いがかけられたか」ということに言及されていないのが少し気になりました。そして、こんな特殊な呪いをかけられてしまった女子高生の家族とかって、どうなってるんだろう、とか。成平さんが成人女性だったらあまり気にならない点だとは思いますが。 以上です。 細かいことも含めて色々書かせていただきましたが、あくまで個人的な意見ですので、お気になさらず。 執筆がんばってください。
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2021年08月12日(木)15時50分 | 大野知人 dEgiDFDIOI | 作者レス | ||||
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ふじたにさんご意見ありがとうございます。 お久しぶりです。 「うりさかせいじ」と「やかべつきな」であってます。矢加部ちゃんとヤマモトの苗字が違うのは、後半の伏線兼『矢加部ちゃん自身がヤマモトを自身の父親と認めていない』っていう、『やむを得ず養子になった事』への反発でもあります。 ああ、確かに『()』のセリフは分かり難いですね。思考ではなく、『ふと漏れた』ぐらいのニュアンスを狙った表現だったのですが、地の文の説明が行ったかも。 魔術師やオカルト達が存在することを地の文以外でやるのは……。正直、尺的に厳しいのです。ただ、『目に見える形での紹介』はどこかで出来ないか工夫してみますね。 顔を顰めるシーンについては、『淡々と語った』せいですね。身近な姉が昨日死んだにも拘らず、ロクに悲しみもせず、あまつさえ瓜坂とパロディネタで盛り上がっていたという薄気味悪さのせいです。 そういうドライな所に対しての、『魔術師という連中はいつもそうだ』という感想ですね。 わかりにくかったみたいなので、表現を工夫します。 ご意見、ありがとうございました。 |
2021年08月12日(木)13時50分 | ふじたにかなめ | |||||
大野さん、お久しぶりです。完結、お疲れさまでした。 プロット相談のときから斬新そうな設定で興味を持っておりました。 文章は読みやすかったです。 まだチラッとしか見てないんですが、 ルビが気になってちょっと読みづらさを感じました。 君の言う所の(so called)→|君の言う所の《so called》 こうやって書くと、ルビが実際に振られるので、お試しくださいね。 >瓜坂 振り仮名は「うりさか」であってますか? >矢加部月菜 「やかべつきな」?であってますか? 「ヤマモト」の養女なら、同じ苗字ではないんですか?(すいません、養子制度に詳しくないので) 名前は独特な呼び方がたまにあるので、一応名前が初出のときは、呼び方を振ってくれると戸惑わずに読めるのでありがたいです。 あと、気になったのは、 「(ああ、畜生。知り合いの中でもいっとう厄介な奴だな……)」 この書き方ってどういう意味ですか? 「」だと、言葉にしているみたいですけど、実際には言ってないんですよね? それなら、さりげなく地の文で「口には出さないけど、心の中で思った」みたいに説明があると、戸惑わなくて良かったかもって思いました。 「余り表立って知られてはいないがこの世界には魔法が実在する。〜略〜ある程度の口封じが行われているからこそ表沙汰にならないだけである。」みたいな魔術師関係の説明ですが、説明ではなくて描写や場面で情報を伝えたほうが良かったかなって思いました。 この作品のテーマが恋愛とか関係性とか別に訴えたいテーマがあるなら今みたいに簡単な説明でもいいと思うんですが、この作品はこの世界観や設定が話のメインでウリだった気がしたんですよね。だとしたら、場面で分かりやすく描いたほうが分かりやすかった気がしました。 現状では、説明だけでは分かりづらさを感じてしまいました。 魔術師とは何か。それをまず分かりやすく伝える必要があると思いました。 現状では「魔術師」について予備知識がある人でないと、理解しづらい書き方になっている気がしました。 「ええ、実は昨日、私の姉であるマリー・スリップジグが死んだとしか思えないような奇妙な失踪をしまして……。貴方に犯人捜しをお願いしたいのです」 この台詞のあとに、なぜ「俺と矢加部ちゃんは思わず顔を顰めた。」のか理由がわからないですし、「魔術師と言う連中はいつもそうだ。」と、魔術師が関わっていると主人公が決めつけるのか、事情が全く分からず話が理解できませんでした。 ちょっと世界観に入り込む冒頭で読みづらさを感じてしました。 自分のことを棚上げ色々と気になる点を書きましたが、あくまで個人の意見ですので、合わなければ流していただいて構いません。 気に障ったら大変申し訳ございません。 ではでは、失礼しました。
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