流血御伽伝グリム 赤ずきんと魔銃の騎士 |
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プロローグ 人の血で出来たワインを飲んだ時の事を、今でも覚えている。 小さな山小屋で、最愛の人の顔をしたソレは言った。 ――お前の飲んだワインは、俺の喰った婆の血で造った。 その時覚えた感覚は、筆舌に尽くしがたい。 倫理も理性も吹き飛ぶような酩酊感。 まるで人の世の法則から解放されたような万能感。 吐きそうなほど気分が悪いのに、月まで飛び上がれると錯覚するほど力が漲る奇妙な感覚。 そしてそれらの奇妙な感覚を吹き飛ばすほど、胸の内に吹き荒れる寂寥感と孤独感。 (ああそうか) 自分は一人になってしまったのだと、どうしようもなく理解して、私は生きる事に飽いた。 呆けたように佇む私を、ソレは物珍し気に見ていた。 ――気が変わった。お前もここで喰ってやろう。 ソレが口を広げる。 恐ろしいほど鋭利な牙と、生臭い吐息が鼻先にかかる。 恐れはなかった。 いっそのこと早く喰ってくれとさえ思っていた。 「ッ⁉」 不意に誰かが息を吞む気配がして、 バズゥン! 銃声がこだました。 第一章 赤ずきん グリム王国の東部の酒場。 そこで一人の少女が酔っ払いと口論になっていた。 「ああン? ハラワタかっ捌くぞ!」 と声を張り上げたのは、赤ら顔の酔漢ではなく。絡まれた少女の方だった。 赤いフードの付いたコートが印象的な少女だった。 肩まである癖のある艶やかなブラウンの髪。透き通るように白い肌。サファイアのように深く青い瞳。歳の頃は十三〜十五くらいだろうか。 未成熟な身体を包む赤いフードの付いたコートが印象的だ。華奢な少女の身体ながら、匂うような色気を纏っている。 背徳的な魅力を放つ美少女だった。だが、何よりも印象的なのはその不敵な表情だった。相手に全く怯むことなく挑みかかるような生意気な表情が、その美貌の全てを台無しにしていた。 「気持ち悪いんだよ酔っ払いのクソ親父が! アタシに触んじゃねぇ!」 少女は嫌悪感を顕わに叫ぶ。 きっかけは些細な事だった。酒場で食事を頼んでいた少女に、この酔漢が面白半分で絡み、少女の身体に触れたのだ。 「んだとこのガキャ!」 対する酔っ払いも、口角泡を飛ばして怒鳴る。 酔漢は大柄な男で、腹こそ出っ張っているが、腕は筋肉質。少女は華奢。こんな小娘ならば、簡単に捻り潰せる――酔漢はそう考えているようだった。 「こんな昼間から酒場に来るなんざ、どうせ売女だろ。少しくらい触ったところで、減るもんでもないだろうが」 「アタシは売女じゃねぇ。こんな真昼間から飲んだくれてるロクデナシに触られるなんざ、死んでも御免だね」 心底侮蔑するように少女は言う。男はそれにやや気圧されたように言う。 「――ケッ! 不良娘が粋がりやがって。お前みたいな、チビの不細工、誰が相手にするかよ!」 「おい――今何て言った」 少女の額に青筋が走る。 「アタシをチビと言ったか、ああン!?」 「言ったらどうだってんだ」 「ぶっ殺す!」 「やってみやがれ!」 酔っ払いが少女に手を伸ばす。 少女はそれを払いのけて、男の懐に飛び込んだ。そのまましゃがみ込むと、男の脚に組みつく。男には少女が消えたように見えた。 「ッ⁉」 酔っ払いは度肝を抜いた。 少女は男の脚にしがみつくと、そのまま男を抱え上げたのだ。それも当たり前のように。細身からは想像できない怪力だった。 抱え上げられた男は、身体の自由が利かない。 掴まれた脚から手をのけようと、もう一方の脚で少女の腕を足蹴にしようとするが、それよりも少女の行動の方が早かった。 抱え上げた男を、床に向かって叩きつける。 「ぐぇっ!」 男は呻き声を上げる。 少女は止まらない。 男に馬乗りになると、上から容赦なく拳を振り下ろし、ボカボカと殴りつけた。 「だぁれが! 誰がチビだ! こンのクソオヤジが!」 容赦なくボカスカと殴り続ける少女。 「テメェの顔面全部紫に変色させてやるからな、コラ!」 「ぐはっ、ぐぇっ、ぶはぁっ」 「――ちょ、ちょっと止めてください」 酔っ払いを殴り続ける少女を止める声がかかった。 酒場の店員なのだろうか、エプロンをして髪を後ろでまとめた少女だった。 「何だアンタ」 「給仕のロゼッタです。お客さん、いくら何でもやりすぎですよ。その人、殴られ過ぎて気絶してるじゃないですか」 「あ」 赤いコートの少女は組み敷いた男を見やった。白目を剝いている。 「いや、でも先に絡んできたのはコイツだろ」 「それでも気絶するまで殴るのはやりすぎです」 赤いコートの少女は、バツが悪そうに男の上から離れる。 「お勘定払って、出てってもらってもいいですよ」 「あ、いやそれは……」 赤いコートの少女は口ごもる。 「もしかしてお客さん、お金持ってないんですか。無銭飲食?」 「いやある! あるんだけど……ちょっと……足りな……」 「衛兵さんたちを呼んできましょうか」 「待ってくれよ。アタシは王国魔術騎士団の団員なんだって」 「は?」 ロゼッタは『何を言っているんだこの娘は?』という顔で、赤いコートの少女を見る。 王国魔術騎士団は、街を守る衛兵以上に格式の高い、この国一番の騎士団だ。こんな酒場で酔っ払いと喧嘩をするような素行不良の少女が所属できるような組織ではない。 「いや、マジ! 本当なんだって」 「はいはい、そんな御託はいいから。衛兵呼ぶわね」 「待ってくれ!」 「――カトレア。また何かやったの」 酒場の戸が開いて、声がかかった。 「ハンス遅いぞ! ハンスからも何とか言ってくれよ!」 赤いコートの不良娘――カトレアが言う。 ハンスと呼ばれた声の主は、十代後半と思しき青年だった。 細身の長身。整えられた黒髪に、人の好さそうな琥珀色の瞳。柔和な表情が、人の良さを醸し出している。 森の緑に溶け込むような草色のマントに革鎧を着ている。中でも目を引くのが、背中に背負った巨大な包みだ。 身の丈に迫る程の細長い何かを、布に包んで背負っている。 本人の人畜無害な雰囲気とは裏腹に、背負った荷物はやけに物々しい。 ハンスはロゼッタに言った。 「すみません。うちのカトレアが何かしましたか」 「そいつが絡んで来たから、ボコボコにしただけだって」 ロゼッタが答えるより早く、カトレアが言う。 ハンスは床に伸びて白目を剝いている男を見て、盛大なため息をついた。 「カトレア……街について早々に現地民と揉めないでよ。調査がやりづらくなるじゃないか」 「先に絡んできたのはソイツだって! アタシは飯頼んでただけなんだよ!」 言い合いを始めるハンスとカトレア。 ロゼッタは改めて問いただす。 「えっと、あなた方は何なんですか?」 「ああ、すいません。まだ名乗っておりませんでした」 ハンスはマントをずらして胸元のエンブレムを掲げる。 剣と一角獣の紋章――グリム王国魔術騎士団の紋章だった。 「王国魔術騎士団の者です。この町には調査の為来ました、お見知りおきを」 「まさか本当に王国騎士団の人だったなんて……」 ロゼッタはそう言った。 カトレアの誤解を解いた後、店で暴れた事を謝罪して、改めて注文をし直した。 二人はテーブルに付いている。ハンスとカトレアに出来上がった料理を届けて、ロゼッタはそう言ったのだった。 「だから言ったろ、アタシは王国騎士団の人間だって」 「それは、その……」 「そんな風に見えないんだよ。カトレアも僕も」 口ごもるロゼッタをフォローするように、ハンスが言う。 ロゼッタは改めて二人を見た。 方や口の悪い不良娘。 方や変な荷物を担いだお人好しな青年。 確かに騎士団員らしくない。 ロゼッタの知る魔術騎士団の騎士は、皆立派な甲冑か端正な典礼用の衣装を身に着け、礼儀正しく、騎士道の手本になるような人達だった。 こんな怪しい風体の二人組などではない。 しかし、ハンスが騎士団の一員であるエンブレムを持っていたのは確かだ。 (もしかして偽物だったのかな……) ロゼッタは疑いの目を向けるが、ハンスはどこ吹く風と気にしない。 「まあ、騎士団にも色々な人がいるんだよ」 そう言ってにこやかに笑う。 その笑顔を見て、ロゼッタは気を許した。何だかよく分からない二人組だが、少なくとも詐欺師や悪人には見えない。 ハンスの人好きのする笑顔には、人の警戒心を解くような、不思議な魅力があった。 「おお美味い!」 「カトレア、女の子なんだからそんな風に、口いっぱいに頬張らないの」 「うるせぇな。アタシは口ん中が美味い物で埋めつくされてるのが好きなんだよ」 運ばれて来たミートパイを豪快に頬張り、紅茶で流し込むカトレアをハンスは諫める。しかしカトレアはお構いなしに行儀悪くミートパイを食べた。 なんだか反抗期の妹を相手取る兄のようだった。 「それでハンスさんたちは、一体何をしに来たんですか? 確か調査って言ってましたけど」 「噂話の調査だよ」 ロゼッタの問いにハンスが答える。 「聞いたよ『消えた人間が現れる森』があるんだって?」 「――!」 ロゼッタはドキリと肩を震わせた。 「え、ええ……確かにこの街では噂になってますね」 「噂の内容について大雑把にしか知らないんだけど、教えてくれないかな?」 「い、いいですよ」 ロゼッタは『消えた人間が現れる森』について語る。 この町の外れにある森。そこに行方不明になった人間が現れるという。しかし、その人間に会おうと森へ向かうと、森に向かった人間も行方不明になってしまうのだとか。 「何かよくありげな噂話って感じだな」 パクパクとミートパイを頬張っていたカトレアが口を開いた。 「それ本当なのか?」 「本当ですよ」 ロゼッタは即答。 ハンスがピクリと片眉を上げる。 「何でそう言い切れるんだい?」 「私も見たんです。行方不明になった人が森に現れるのを」 言い切るロゼッタに、ハンスは興味深いと頷く。 「その時の事詳しく聞いていいかな」 「はい」 「見たのは何時?」 「数日前の夜です。私、お店でのお仕事が終わった後、家に帰るまえに噂が気になって、森の近くまで寄ってみたんです。そうしたら――」 「そうしたら?」 「いたんです――お母さんが」 今度はカトレアが反応した。 「アンタの母親、行方不明だったのか」 「……はい。少し前に急にいなくなってしまって……衛兵さんたちに掛け合ったり、知り合いに尋ねて回ったりしたんですが、結局行方知れずで」 ロゼッタは俯いた。 「それは……大変だね」 ハンスも声を落とす。 「ええ、でも数日前に見たんです。本当に森で」 「見間違いじゃないのか」 「そんな事ありません。あれはどう見てもお母さんでした」 「ふうん」 カトレアはじっくりと舐めまわすようにロゼッタを見る。 嘘を言っている風ではない。この少女は本当にいなくなった母親を見たと言っているのだ。 「しっかし、おかしくないか? 何でお前の母親が、お前ら放り出して森にいんだよ」 「それはそうです。けど――」 ロゼッタは唇を噛みながら、絞り出すように話す。 「お母さんがいるかもしれないんです。それがどんなに小さな可能性でもいい。会えるなら会いたいです」 「……そっか」 カトレアは顔をしかめた。ハンスも難しい表情をする。 「ありがとう。噂話がどんな物か、よく分かったよ」 ハンスが礼を言う。 「まあ、流石に一人だけから聞いたんじゃ調査にならないから、食べ終わったら少し街を回って、他の人にも聞いてみるよ」 「……そうですか」 噂話が終わって、ロゼッタの纏う雰囲気が少し緩む。 「それにしても、騎士団の人がこんな噂話を調べたりするんですね」 「ああ、僕らが所属しているのは、騎士団の中でもそういう部署なんだ」 あえて明言せずにハンスは答えた。 酒場の二階に宿を取り、ハンスとカトレアは街を回って、噂話の調査を続けた。 もう少しで日も暮れるとなった時点で、宿である酒場まで戻ってきた。 「ふぅ〜、疲れたな」 部屋に入るなりカトレアは大きくぼやいた。 ハンスは苦笑する。 「お疲れ様」 「……なぁ、ここまで調べる必要あったのか? 昼間飯食いながら聞いた話だけで良かったと思うんだけどよ」 いなくなったはずの人間が現れるとか――そう言いながら、カトレアの眼光が鋭さを増す。 「十中八九、人喰いの化物(ルーガルー)だろ」 ハンスは困ったように頭を掻く。 「そうなんだけどさ。やっぱり調査はしっかり行わないと、後々面倒なことも多いんだよ。報告書がちゃんとしてると、本部に戻った時の報告がすぐに終わるからね。カトレアもあんまり本部に長居したくないだろ」 「それはそうだけどさ……言い方がズルいんだよな、ハンスは」 カトレアは口を尖らせる。 「そこはほら、僕の方が年長者だから」 「けっ、年長者って言っても、アタシと五歳しか違わないじゃないか」 「それでも十九だ。もう成人してる」 グリム王国では十八歳から成人扱いされる。 「アタシは婆さんに育てられたんだぞ。そのアタシから見りゃ、ハンスもアタシもそう違わねぇよ」 「そうだったな」 なんてことのない会話。 ふとハンスが声のトーンを落とす。 「……幸い、まだ被害者は多くないようだ。今夜にも森へ行って狩ってしまおう」 「ああ……早いとこ始末しねぇとな」 カトレアは頷いた。 「――ッ!」 ハンスとカトレアの部屋の前で、ロゼッタは立ち尽くしていた。 扉越しに聞こえてしまったのだ。 ――今夜にも森へ行って狩ってしまおう。 ――早いとこ始末しねぇとな。 ロゼッタは息を呑む。 話の前後は聞こえていない。聞こえたワードは二言だけ。 しかしそれだけで、事情を察するには十分だった。 始末する――何を? 決まっている。 ハンスとカトレアは、森に現れたロゼッタの母を改めて消すつもりなのだろう。 「……!」 居ても立っても居られず、ロゼッタは走りだした。 ハンスとカトレアの部屋をノックする音がした。 「はい。何ですか」 ハンスが扉を開けると、宿酒場の店主が立っていた。 「ありゃ? ロゼッタはこっちに来とらんかね?」 「ロゼッタですか? 来てませんよ」 ハンスはカトレアと顔を見合わせる。カトレアは首を横に振った。 店主は首を傾げる。 「んー、いるならここかと思ったんだがのう」 「ロゼッタ、居ないんですか?」 「ああ」 店主は頷く。 「さっきお前さん方に夕食が出来たと知らせに行くと言ってから、急にいなくなってしまって」 「「――ッ!?」」 二人は同時に息を呑んだ。 「おい店主! それはホントか!?」 カトレアは怒鳴るように尋ねる。 「あ、ああ本当だよ」 やや気圧されたように答える店主。 「クソッ‼」 カトレアは舌打ちした。 この宿酒場の扉は薄い。部屋の前に立ったロゼッタに、さっきの会話を聞かれたのだろう。 「こりゃ急がねぇとヤバいんじゃねぇか!?」 「森へ向かおう! ロゼッタが喰われる前に‼」 カトレアとハンスは宿酒場を飛び出して森へと走った。 ロゼッタは街外れの森へ踏み込んだ。 もうすぐ日が暮れる。 夕暮れ時を逢魔が時とも言うが、まさに森はいつ悪魔や魔物が現れてもおかしくない程、不気味な雰囲気になっていた。 うっそうと茂る草木が、黒く闇に溶ける。 わずかな風が葉を鳴らす。まるで悪魔がせせら笑っているかのように。 ロゼッタは肩を震わせた。 ――怖い。 身体が恐怖に竦んでいる。本能が帰れと叫んでいる。 (それでも……!) ロゼッタはゴクリと唾を呑む。 この森には母がいるかもしれないのだ。 もしたとえ幽霊でもいい。もう一度会えるならそれだけでいい。 ――ただもう一度だけ会いたい。 ロゼッタの頭の中はそれだけだった。 騎士団には魔を祓ったりする部門があるという。もしかしたら、ハンスとカトレアはそういう部門の人間なのかもしれない。 ならば、彼らが来る前に、母に会わなくては――。 ロゼッタは森の奥へと足を進めた。 「お母さん! どこ! どこにいるの!?」 声の限りに叫んで進む。 すると不意に人影が現れた。 ロゼッタを見もしない。まるで夢遊病者のようにぼんやりとした表情の女性が、木々の陰から現れた――ロゼッタの母だった。その横顔を見間違えようはずもない。 「お母さん‼」 「…………」 ロゼッタの母は答えない。 無言でまた茂みの中へ消えてしまう。 「待って!」 ロゼッタは慌てて追いかけるが、母親を捕まえられない。母が消えた茂みを見ても誰もいないのだ。 (そんな……!) 懸命に周囲を探すロゼッタ。 するとまたロゼッタから少し離れた地点に母が現れた。 またロゼッタが呼びかけるが、母親は反応しない。ただフラフラと森の中へと消える。ロゼッタはそれを追いかける。 その繰り返し。 気付けばロゼッタは森の奥深くへと踏み入れていた。 何故母が返事をしないのだろう。 何故森の奥へと向かっているのだろう。 などという疑問は最早ロゼッタの頭にない。 ただ夢中で母親の姿を追う。そして遂に追いついた。 森の奥深く、やや開けた場所に母は立っていた。 「――お母さん‼」 ロゼッタは母の後ろ姿を見つけると、駆け寄って抱きしめる。もうどこにも行かないように、強く強く母の身体を抱いた。 「お願いお母さん、帰ってきて。もうどこにも行かないで」 「……ロゼッタ」 ぼんやりとした母の眼に、光が戻る。 「ええ、もうどこにも行かないわ」 母が振り返る。 「ここまで来れば――お前を食べても人目につかないからな」 「――え?」 母の顔が上下に裂けた。 それが化物が大きく口を開けているのだという事が、ロゼッタは分からなかった。 「おいハンス! 遅れるな‼」 薄暗い森の中を、カトレアは疾走する。 そのすぐ後ろをハンスが必死で付いていく。 返事をする余裕はない。 カトレアの走る速度は人間離れしていた。 訓練を受けたハンスが、カトレアが通った場所をトレースして走ってようやく付いていける――それくらいの速さで、視界の利かない森の中をカトレアは走っていた。 息を切らしながらハンスは叫ぶ。 「っ……どうだいカトレア! っ……ロゼッタまでの距離は!」 「アタシの鼻が正しけりゃ、もう少しだ!」 カトレアが鼻をヒクつかせて答える。 目前に小高い丘が見えた。 「アレだ! 稜線の向こう側!」 「了解!」 ハンスは爆発しそうな心臓を無視して、小高い丘を駆けのぼった。 茂みの向こう側。 開けた草原が見える。 月明かりに照らされて見えるのは、大きく口を開けた化物と立ち尽くすロゼッタ。 「させるかぁ!」 カトレアが躍り出た。 地面を蹴って大跳躍。 腰の後ろから得物を抜き放つ。 左右にいびつな護拳(ガード)がついた刃渡り50センチほどの諸刃の短剣で化物に向かって斬り付ける。 「――ッ!?」 カトレアの振るう短剣が化物の首を刈り取る――その寸前で、化物は身を翻して飛びのいた。 「おい無事か!?」 「…………」 カトレアが叫ぶ。ロゼッタは呆けたように答えない。 「シャキッとしろ! はやく逃げ――」 カトレアは最後まで言えなかった。 ロゼッタに視線を向けた隙をついて、ルーガルーがカトレアに襲い掛かったのだ。 カトレアの左腕が喰いちぎられた。 「キャ――キャァァァァ!?」 ロゼッタはパニックを起こしたように叫ぶ。 しかしカトレアは、苦痛に顔を歪めたものの、取り乱してはいなかった。喰いちぎられた腕の断面から、ボタボタと血が流れるが、気にしない。 「静かにしろよ。大したことねぇって」 「大したことねぇって――あ、あなた腕が」 ロゼッタが言い募るより早く、それは起きた。 カトレアの腕の断面から流れる血が、喰いちぎられたはずの腕の先を形作っていく。骨が伸び、肉がついて、皮ができる。 ものの数秒で、カトレアの腕は元通りになっていた。 まるで喰いちぎられたことが嘘であったかのように。 しかし足元を染める血の跡と、化物の口から覗く白い腕が、さっきの光景が嘘ではなかったと告げている。 「あなた――一体何なの」 自然とロゼッタの口からその言葉がこぼれた。 「言っただろ。アタシは魔術騎士団の一員だよ」 銃声がこだまする。 遅れてハンスが現れる。ハンスは身の丈ほどある巨大な銃――魔銃を構えていた。 二発、三発――化物目掛けて続けざまに引き金を引く。 化物はその巨躯に似合わず軽妙な動きで、ハンスの銃撃を躱した。 「クソ――仕留め損ねた」 ハンスは油断なく化物に銃口を向けながらロゼッタに近づく。 「無事かロゼッタ」 「え……あ、ああ……ええ?」 ロゼッタは一瞬の事に酷く混乱した様子だった。 その様子を見て、ハンスは判断を下す。 「ロゼッタを連れて一旦退く。化物(ルーガルー)は任せた!」 「応よ!」 カトレアは化物に挑みかかる。 ハンスはロゼッタを抱え起こすと、茂みの陰に身を隠した。 「……大丈夫かい?」 「は、はい……」 ロゼッタは呆然と答える。 焦点の合わない眼が、茂みの向こう――カトレアと戦う化物に注がれる。 化物は狼のような姿をしていた。だが大きさが通常の狼とは段違いに大きい。体高だけで家の屋根ほど、全長で五メートルはあるだろうか。 眼は爛々と妖しく光り、鋭い牙を持つ口は人間など丸呑みに出来そうだ。 爪は鎌を思わせるほど鋭い。 あんな生き物をロゼッタは見たことがなかった。 「アレは――何?」 「ルーガルー。僕らはそう呼んでいる」 「ルーガルー……」 その音を確かめるようにロゼッタは呟いた。 ハンスは説明する。 「アレは普通の生き物とは違う。人を喰らい、喰った人間に化ける化物なんだ」 「人を喰らって人に化ける……」 それでは。 さっきまで追いかけていたロゼッタの母は。 「あのルーガルーが化けていたのさ」 「そんな!? じゃあ私のお母さんは――」 ハンスは苦々しく表情を歪めて言う。 「あのルーガルーに喰われたようだね」 「――――――ッ!」 声にならない悲鳴をロゼッタは上げた。 ロゼッタの痛々しい姿から目を背けるように、ハンスは視線をカトレアに向けた。 周囲に伏兵の気配はない。しばらくロゼッタをこの茂みに残しても問題はないだろう。今はカトレアに加勢すべきだ。 ハンスは茂みの中から出た。 「カトレア、加勢する!」 「ロゼッタはもういいのか」 「問題ない。それよりも先にコイツを倒そう」 「了解!」 カトレアはトレードマークである赤いコートのフードを下ろす。 それは彼女の自己暗示。 本気でルーガルーを狩る為に、闘争心に火をつけるスイッチでありルーティーン。 右手に掲げた大鋏を振りかぶるカトレア。 「行くぜ化物――そのハラワタをかっ捌く!」 全長五メートルのルーガルーに向かって、カトレアは突撃した。 一瞬で間合いを詰めると右斜め上から大鋏を振り下ろす。ルーガルーは大きく横へ跳躍して躱す。 そこへハンスの銃撃が襲う。 カトレアの攻撃から逃げるルートを予測して、逃げ道を塞ぐように銃撃を加える。 ルーガルーは身を捻って躱そうとするが、魔銃の弾丸は足先を掠める。ルーガルーの動きが一瞬止まる。 そこへカトレアの斬撃が襲う。 ルーガルーは斬撃をもろに喰らった。 「■■■■■■ッ!」 肩口が抉られ、ルーガルーは咆哮を上げた。 非常に強力な連携攻撃だった。 前衛のカトレアの攻撃を避ければ、後衛のハンスの銃撃が。 後衛のハンスの銃撃を避ければ、前衛のカトレアの攻撃が。 それぞれ互いの攻撃を布石として連続して襲い掛かるのだ。波状攻撃として典型的な形であるが、その完成度が高い。 まるでこの状況下なら相手がどういう意図で攻撃するのか、分かっているかのように、その連携は完成されていた。 カトレアは追撃に出る。ルーガルーは魔力を蓄え、人知を超えた化物だ。四肢を切り落としたところですぐに再生し、致命傷にはならない。ルーガルーはカトレアから見て真っ直ぐ後方に下がった。 「フン、イヌッコロの癖に知恵が回るじゃねぇか」 カトレアは鼻を鳴らす。 このルーガルーはすぐにこの連携の穴に気付いたのだ。 それはカトレアとハンスを結ぶ直線状。 左右に避けず、後方へ下がる事だった。 そうしてしまえば、カトレアがハンスの射線上に入ってしまい、ハンスは撃てない。そこにこの連携の穴があった。 カトレアと常に正面から向かい合う事になるが、その位置さえ守っていればカトレアと一対一で戦っているのと変わらない。 「舐めるなよ化物が!」 カトレアは再度斬りかかった。 ルーガルーが鋭い爪で迎え撃つ。 カトレアの大鋏とルーガルーの爪が交差する。 その瞬間に響く銃声。ルーガルーの四肢が弾けた。 「■■ッ!?」 ルーガルーは瞠目する。 カトレアとハンスは直線状に並んでいる。この位置であればハンスの銃撃は届かないはずだった。 しかし今、ルーガルーの四肢は、関節部を撃ちぬかれて弾け飛んでいた。 「バーカ」 カトレアが顔を歪め、酷薄に笑う。 「ハンスが持ってんのは魔銃――火薬と特別製の弾頭で、《魔法》を《撃つ》銃だ。普通の銃と同じように、弾が真っ直ぐ飛ぶだけとでも思ったか?」 「!?」 そう。 ハンスが撃った弾は、弧を描いて飛んでいった。 「魔弾――《三日月》」 曲がる弾丸。 銃というものの常識に縛られていたら、予想だにできない銃撃だった。 「さぁてと、化物。覚悟はできてんだろうな?」 カトレアは手にした大鋏を開く。 ジャキン、ジャキン、と大鋏を開閉する音が不気味に響く。 カトレアの右手が閃いて、大鋏の刃が奔る。 一瞬のうちにルーガルーはバラバラに切り刻まれた。 ロゼッタはそれを茂みの中から、ただ見ていた。 翌朝、宿酒場。 ロゼッタは客室の一つを借りて休んでいた。 「入るぜ」 「こら、カトレア。ちゃんとノックしないとダメだって」 ずかずかと無遠慮にカトレアが入ってくる。それを窘めながら、ハンスも客室に入ってきた。 「やぁロゼッタ、気分はどうだい」 「……最悪」 虚ろな表情で、ロゼッタは答えた。 「おーおー、思った通りシケたツラしてんなぁ」 「カトレア!」 またもハンスが窘めるが、カトレアは素知らぬふりをする。 「すぐに立ち直れとは言わねぇけどよ、いつまでもシケたツラすんのだけは止めろよ」 「――るさい」 消え入りそうな声で、ロゼッタは言った。 「あン?」 「――うるさい!」 張り詰めた気持ちが堰を切って溢れだすように、ロゼッタは叫んだ。 「うるさい! うるさい! うるさい‼ アンタに何が分かるのよ! 知ったようなことを言わないで――‼」 喚き散らすロゼッタは、駄々をこねる幼子のようだった。 苦しくて。 悲しくて。 やりきれなくて。 母を喰い殺された恨みをぶつける相手はもういない。既に敵は討ってしまった。なら、このどうにもならない気持ちを、どこにぶつけたらいいのだろう。 「お母さんがいなくなって……いつか戻ってくるかもって、思うこともできなくて……私はこれからどうやって生きればいいのよ」 「…………」 カトレアもハンスも何も言わない。 「私は――食べられちゃえば良かったのよ。そうしたら……こんな風に苦しむこともなかったのに」 「――甘ったれんじゃねぇ」 カトレアはロゼッタに掴みかかった。 ロゼッタの胸倉を掴むと、吊るし上げる。 ロゼッタの虚ろな瞳を、真正面から睨みつける。 「死んだ奴に生きてる奴がしてやれることが何か教えてやろうか――生きることだ。死んじまった奴の分も、精一杯!」 まくし立てるカトレア。 「喰われたお前の母親は、お前がそんなシケたツラしままなのを望んでいると思うか!?」 「……違う」 「だったら立ち上がれ。いつまでも泣き寝入りしてんじゃねぇ」 「でも……」 「出来ねぇとは言わせねぇ、このアタシがな」 カトレアはロゼッタの襟を放す。 そう言い残して、カトレアは部屋から出ていった。 ハンスはため息をつく。 「全く……もう少し言い方ってものがあるだろうに」 ハンスはロゼッタに向き直る。 「すまない、ロゼッタ。気を悪くしないでほしい、カトレアはその……ぶっきらぼうで分かりにくいけど、あれでも君を心配してるんだ」 「…………」 ロゼッタは何も言わない。 ハンスは一息ついてから、カトレアの事情を語ることにした。 「彼女は親をルーガルーに殺されてるんだ」 「――!?」 「親って言っても育ての親で、血の繋がりはない。とても優しいお婆さんで、孤児のカトレアにとっては世界の全てと言っていい人だったらしい」 遠くを見つめながらハンスは続ける。 「そんな大切な人をルーガルーに喰われて――そのうえ、彼女自身も騙されて化物まがいにさせられてしまったんだ」 化物まがい――そう聞いてロゼッタは思い出す。 カトレアの喰いちぎられた左腕が、見る間に再生した光景を。 「そのルーガルーはお婆さんを食べて化けた後、ワインと偽った魔力を込めたお婆さんの血をカトレアに飲ませたんだ。そんな物を飲んだら、普通なら魔力が暴走して狂い死ぬか、ルーガルーに操られる使い魔になってしまう」 だが、カトレアはそうはならなかった。 「元々耐性があったのか、それとも適正があり過ぎたのか――彼女は狂い死ぬことも使い魔になることもなく、ルーガルーに匹敵する再生能力と高い身体能力を得た」 「何よそれ」 ロゼッタ言う。 「いいじゃない、家族は失ったけど、得たものがあるなら。私には何もないのに」 「確かに彼女は凄い力を得た――けど、それが良いものであるとは限らないさ」 「どういう事?」 「君は化物まがいの人間がいたら、どんな風にその人間を見ると思う?」 「それは……」 すぐに分かった。 人は理解できないもの、自分たちとは違うものを弾く。それが肌の色や使う言語、ちょっと考えや習慣が違うだけでも、大勢から外れたものを人は除け者にして迫害する。 ましてそれが、明確に人間と違う化物まがいの人間ならどうなるか。 「彼女はこの国、いや世界中から疎まれる存在になった。いるだけで畏怖と恐怖をまき散らす化物として」 実際、王国騎士団の内部でもカトレアを認めない者や疎む者は多い。 「彼女が真正の化物になる前に殺してしまえっていう輩もいる。そんな誰からも存在を望まれない状況の中で、自分の存在を認めさせるため――同じような人を増やさないために、カトレアは戦い続けてる」 ロゼッタは扉を見やった。 カトレアが出ていった扉を。 「彼女も立ち上がって前に進んでいる。君にそれが出来ないとは思わない」 「でも……」 ロゼッタはギュッと毛布を握る。 その手が震えていた。不安なのだ。 大切な人を失ったこの世界で、自分一人で生きていけるのだろうか。その不安は尽きない。 「大丈夫、君はきっと立ち直れるよ」 ハンスはそう言った。 それは何の根拠もない、楽観的で気休めのような言葉だった。けれど、ロゼッタの心はその根拠のない言葉に確かに救われた気がした。 「それじゃ」 「あの――」 ハンスが部屋を出ていくのと、ロゼッタが礼を言おうとしたのはほぼ同時。 ハンスはロゼッタの言葉に気付かず、そのまま行ってしまった。 ロゼッタの胸に、何も言えなかった後悔が、少しだけ残った。 第二章 異端の二人組 その村は東方の片田舎にあった。 小さな農村で、人口も少ない――というか、今は農民が一人もいなくなっていた。 「こりゃあ間違いなくルーガルーの仕業だな」 カトレアが鼻をヒクつかせてそう言った。 「奴らの匂いが残ってるぜ」 住民のいなくなった家を調べていたところだ。 中は何かが暴れたように散々に荒らされているが、金品等はなくなっていない。野盗や山賊等の仕業ではない。 「そのようだね」 ハンスも荒らされた家の痕跡を調べながら頷く。 「この村はルーガルーのせいで全滅したみらいだ……早くここの住民たちを喰ったルーガルーを倒さないと被害が広がる」 ふう――とカトレアがため息をつく。 「ったく、任務が済んで王都へ戻るとこだったっていうのに、こんな仕事を押し付けられるとはな――マレーンも人使いが荒いんだよな」 事の発端は、東部でルーガルー退治を終えて、王都へ戻ろうとしていた時のことだ。 王都へ向かう乗合馬車を待つ二人の元へ、羊皮紙の巻物を持った鴉が飛んできた。 そのカラスには見覚えがあった。 「おいハンス、あれって――」 「セルナートさんの使い魔だね」 二人の直属の上司であるマレーン・セルナートは、遠距離の連絡手段として鴉の使い魔をよく使う。 鴉は二人の前に止まると、口――ではなく嘴を広げる。 『やぁ二人とも。東部での任務は無事達成したようだね』 妙齢の女性の声がした。 鴉の嘴から、人の声がするというのは、何とも奇妙なものだが、ハンスは最近ようやく慣れてきた。 「はい。滞りなく」 ハンスは鴉に敬礼を返す。 傍目にはおかしな姿だが、使い魔は術者と感覚を同じくしている。 この鴉の眼はマレーンの眼であり、この鴉の耳はマレーンの耳なのだ。部下としてそれ相応の態度で話さなくてはならない。 『結構。君たちはこれからこの乗合馬車で王都へ戻ってくるんだったな?』 「はいそうです」 返事をしながら、内心で首を傾げるハンス。何故マレーンは、そんな分かり切ったことを聞くのだろうか。 『悪いが予定を変更して、とある農村に向かってくれ。場所は巻物に記してある』 ハンスは鴉から羊皮紙の巻物を受け取り、カトレアと一緒に確認する。 東部から王都へ向かう途中にある小さな山の麓。いわゆる里山に目印が付いている。 「はぁ?」 あからさまに不機嫌な声を出したのはカトレアだ。 「何でこんな所に行かなきゃならないんだよ」 この少女の常なのか、カトレアはたとえ自分の上司といえども敬語の類いを全く使わない。 ハンスは直すように都度都度言っているのだが、本人に直す気はないらしい。 『火急の知らせでね。この農村の住民、二十人程が消息を断っている』 「それって――」 ハンスの呟きに、鴉が重々しく頷く。 『ルーガルーが現れた可能性が高い。既に騎士団から調査員を派遣しているが、応援要員として君たちも向かってくれ』 「了解しました」 「……了解」 ハンスが溌剌と、カトレアは渋々返事をする。 ――そんな事があったのが、昨日の事だ。 それから一昼夜かけて件の農村に来れば、この有様である。 「こりゃあ愚痴ってばかりもいられねぇな。さっさとルーガルーをぶっ殺さねぇと」 カトレアが独りごちる。 それを聞いて、ハンスは頬を緩めた。 カトレアはその態度こそ決して真面目とは言えないが、任務で手を抜こうとはしない。カトレア自身がルーガルーの被害者であるせいか、ルーガルーを倒すとなれば常に全力を尽くす。 「ん? 何だお前らは」 不意に荒らされた家の入口に甲冑姿の男が立っていた。 鍛えこまれた大柄な体格が、甲冑越しでも分かる。 腰に吊るした特別な剣と、甲冑にあしらわれたエンブレムには剣と一角獣の模様――先に派遣されたという調査員だろう。 ハンスは自分のエンブレムを掲げて言った。 「守護騎士マレーン卿から言付かり、応援要員として派遣されました。ハンス・イェーガーです。こっちは相棒のカトレアです」 「……どうも」 カトレアも一応形式的に挨拶をした。 甲冑を着込んだ男は眉を顰めた。 「調査部隊隊長のクラウスだ――まさか応援要員に派遣されたのが、厄介者の《赤ずきん》と《魔銃》とはな。こんなガキを寄こして、上は何を考えているんだか」 クラウスと名乗った騎士は、二人を前にして吐き捨てるように言う。 ハンスは感情を表に出すことなく、努めて冷静に、 「さぁ? 自分たちは上からの命令に従っただけですので。それとも騎士団上層部の判断に、ご不満がおありでしょうか?」 と言った。 とぼけた口調ではあるが、言外にクラウスの言い分を一蹴している。 それを受けて、クラウスはますます忌々しそうな顔になった。 「……上の判断で寄こされたお前たちを、ただで帰すというわけにもいかん。来い、村の奥に陣を構えている。お前たちも『一応』、我が隊に加えよう。ただし、邪魔だけはするなよ」 そう言って、クラウスは勝手に歩き出した。 「……ったく、いけ好かねぇ男だ」 ボソリとカトレアが言う。何も言わないが、ハンスも同じ意見だった。 気は進まないが、クラウスの後を少し離れてついていく。 クラウスのいう通り、村の奥へ進むと、天幕が張られていた。 先に着ていた調査部隊は、ここを拠点としているらしい。 「戻ったぞ」 クラウスが一声かけて天幕へ入る。続いてハンスとカトレアも中へ。 中にはクラウスと同じように甲冑を着込んだ騎士が六人ほどいた。全員ハンスとカトレアを見るなり、眉をしかめる。 「おいアイツらって――」 「ああ、《赤ずきん》と《魔銃》の疫病神コンビだ」 「クソ! なんだってあんな奴らを、俺たちの部隊に引き入れなきゃならないんだ」 「せめて足を引っ張らないよう、大人しくしていて欲しいもんだな」 口々に勝手なことを囁き合っている。 ハンスとカトレア――特にカトレアを疎む、刺々しい空気。毎度のことながら慣れない。 ケッとカトレアは明後日の方を向く。 カトレアは半分ルーガルーだ。それ故、ルーガルーを退治する騎士団での評判は芳しくない。 一年前、騎士団の所属が決定した後も、騎士団内ではカトレアを騎士と認めようとしない者は多い。 「大体半端者の《魔銃》なんかに、あの厄介者を任せていいものか」 ハンスを見下す者もいた。 「おい――今なんつった」 自分のことを言われても怒らないカトレアが、ハンスの事を悪く言われて怒った。 「アタシの相棒はな、断じて半端者なんかじゃねぇ! お前らみたいに、実力も何も分かってねぇ奴を半端者って言うんだよ!」 「何だと貴様!」 いきり立つクラウスの部下たち。 「止めなってカトレア」 ハンスがカトレアを宥める。 ハンスもまた、あまり騎士団の人間からは認めれていない。 「皆思うところもあるだろうが、一度気を引き締めて任務に集中するように」 クラウスが含みのある言い方で場を鎮める。 「急遽決まった応援要員だ。無理に戦闘には参加せず、元々こちらで進めていた計画でルーガルーを討伐する。それでいいな?」 「僕らは何をすれば?」 「もし我々が討ち漏らした時のバックアップを任せよう」 ハンスの問いにクラウスはニヤニヤと答える。 ――何もしないで黙って見てろ。要するにそう言っているのだ。 「……いいぜ別に。こっちは楽出来て助かる」 視線を合わせず、カトレアはそう嘯いた。 クラウスは不遜な態度のカトレアに鼻を鳴らす。 「では、行くとしよう――討伐作戦開始だ」 クラウスを含めた先遣隊七名の後を、ハンスとカトレアは追従する。 壊滅した村のすぐ近く、木々の生い茂る丘がある。ルーガルーはそこをねぐらにしているらしく、他所へ逃げる様子もない――クラウスから聞きだした最低限の情報だ。 そう大きな丘ではない。 陣形を組んで、この丘を虱潰しにするらしい。 「なぁハンス、どう思う?」 頭の後ろで手を組み、やる気のない態度で歩きながらカトレアが問う。 「村を襲ったルーガルーは、何を考えているんだろうな」 ルーガルーは人を喰らい、人に化ける化物だ。 そして人間に化けられるということは、人間のフリが出来るくらいには賢い――知性があるのだ。時にそれは狡猾と言っていいほどだ。 先日倒したルーガルーも、喰らった人間に化けて親族を人気のない場所に誘い出し、喰らうという事をしていた。 容易にルーガルーがいるとバレないように、立ち回っていたのだ。 「ところがこの村を襲ったルーガルーは、村人全員を豪快に喰らった挙句、どこかへ逃げるでもなく近くの丘に居座っていやがる」 カトレアはスンスンと鼻を鳴らす。流れる空気の中に、ルーガルーの匂いが微かに紛れている。 まるで存在を誇示するかのように。 「普通に考えれば、あまり賢くないルーガルーだって事なんだろうけど」 ハンスは顎を摘まんで考える。 「もしくは――騎士団が来ても大丈夫だと思うほど、ここルーガルーには自信があるとか」 「――出たぞ!」 不意に前方で声が上がった。 見れば、林立する木々の向こうから、焦げ茶色の陰が覗いている。 「■■■■ッ!」 咆哮。 体高1.5メートル、全長で6メートル程の焦げ茶色のルーガルーが飛び出して来た。 隊列を組む騎士たちに襲い掛かる。 「散開!」 クラウスの声が響くと同時に、隊列を組んでいた騎士たちは四方八方に散る。ただ散っただけでなく、一定の間隔ですぐにルーガルーを包囲する。 訓練された動きだ。 先遣隊も口先だけの連中ではないらしい。 騎士たちは手にした剣の切っ先を、ルーガルーに向ける。 「撃てぇ!」 「「「焼き尽くせ、聖なる炎!」」」 号令と共に詠唱が行われ、剣の先から魔法が放たれる。 竜の吐息を思わせる劫火がルーガルーを襲う。 これが王立魔術騎士団の騎士が装備する剣を、杖剣と呼称する由縁だ。 魔術騎士団の騎士は基本的に魔術師――生まれつき魔術を使う才を持った者がなる。魔術と剣術のどちらも修め、戦う者が魔術騎士団の騎士なのだ。 故に魔術騎士の力を十全に発揮できるよう、与えられる剣は特別製であり、魔術を行使するための杖と白兵戦用の剣を兼ねる。 包囲された状態から魔法を撃たれ、ルーガルーはあわや黒焦げに――とはならなかった。 炎に呑まれる寸前で、天高く跳躍。 焦げ茶色のルーガルーは黒焦げになるのを何とか避ける。 「逃がすな!」 しかしそれを騎士たちは見越していた。 数人の騎士が飛び上がり、炎を吹いたばかりの杖剣を振るう。 ルーガルーにも負けない、人間離れした跳躍だ。 これも彼らが魔術騎士たるが故だ。 彼らの甲冑は魔力を通す特殊な金属で出来ており、使用者の魔力に応じて、その動きを補助・強化する。 追いすがった騎士たちの白刃が、ルーガルーの四肢を掠めた。 悲鳴を上げるルーガルー。 四肢を斬られ、力が入らないのか、着地と同時に崩れ落ちる。 「今だ仕留めろ!」 体勢を崩したルーガルーに群がる騎士たち。 幾つもの杖剣が閃き、焦げ茶色の身体を血の色に染める。体中をズタズタに切り刻まれ、ルーガルーは動かなくなった。 「フン、大した相手ではなかったな」 指揮をしていたクラウスが得意げに鼻を鳴らす。 (なんだ……何かおかしい……?) 離れたところから事の成り行きを見ていたハンスは違和感を覚えた。 いくら何でも簡単に勝負がつき過ぎる。 ルーガルーは喰らった人間を栄養源に、体内に魔力を生成するという――村人全員を喰らったばかりのルーガルーならば、魔力は十全に蓄えているだろう。 そのルーガルーが、こうもあっさりと倒せるのはおかしい。 ハンスが違和感の正体を考察している時、 「危ねぇ! 後ろだ‼」 いち早くカトレアが叫んだ。 「な――」 「――■■■■■■■■ッ!」 油断しているクラウスの背後から、ルーガルーが現れた。鋭い爪の一撃がクラウスを襲う。 咄嗟にクラウスは半身を切って躱したが、クラウスの近くに立っていた部下は、反応が間に合わず、ルーガルーの攻撃をまともに喰らった。 ルーガルーの爪は、甲冑の隙間。首元に深々と食い込み、攻撃を喰らった騎士は、五メートルは吹き飛ばされた。 首があり得ない角度で曲がっている。ぐったりとしたまま動かない。 即死だ。 「総員再度散開!」 クラウスが跳び下がりながら叫ぶ。 攻撃を躱し切れなかったのか、杖剣を取り落とし、左手で右腕を押さえている。 周りの騎士たちも、慌てて再度散開した。 突然のことに、先ほどとは違い、皆動揺している。 「ど、どういうことだ⁉」 「ルーガルーは一体ではなかったのか⁉」 「おい見ろ‼」 当惑している騎士たちが、仕留めたはずのルーガルーを見る。 さっきまで倒れていたはずの焦げ茶色のルーガルーは、影も形もなくなっていた。 「幻影の魔術⁉」 (こいつ、魔術を使うルーガルーか!) ハンスは叫んだ。 ルーガルーは人を喰らい魔力を蓄える化物だ。 だから人を多く喰らったルーガルーは、時として魔術を使う事がある。 危険度は通常のルーガルーとはワンランク上だ。 「気を付けて下さい! このルーガルーは、幻影の魔術を使う!」 ハンスが呼びかけるのと、ルーガルーの姿が分裂したのはほぼ同時だった。 まるで鏡合わせのように、一体だったルーガルーの姿が二体に。 二体が四体に。四体が八体に。八体が十六体に。 倍々に姿が増えていく。 気付けば騎士たちも、ハンスとカトレアも、増殖したルーガルーに取り囲まれていた。 「くっ! ――固まれ!」 クラウスは部下を呼び寄せ、密集陣形を取る。 敵の数が多いときは、戦力を分散させるのは悪手と言われている。もちろん取り囲まむルーガルーのほとんどは幻影だ。 本体は一体だけ。 それでも見分けが付かない以上、全てのルーガルーを警戒しなければならない。 ならば味方同士で密集し、互いに背を預ける事で、死角を減らすようにした方がいい。 クラウスたちとは離れた地点で、カトレアと二人。背を合わせて構えるハンス。 ハンスたちもルーガルーに取り囲まれている。 「き、来た‼」 騎士たちにルーガルーが群がった。 幾つものルーガルーが、騎士たちに襲い掛かる。 騎士たちは剣や魔術で迎撃する。ルーガルーは魔術や斬撃を喰らうと、すぐに消失する。襲い掛かったのは全て幻影だったようだ。 「っぐぁ!」 一人の騎士が呻き声を上げた。 幻影に紛れて、本物のルーガルーが襲い掛かったのだ。 攻撃を受けた騎士は、致命傷こそ避けたものの、明らかに動きが鈍くなっている。 「怯むな! 集中を切らさず、迎撃を続けろ‼」 クラウスが叫ぶが、その声に余裕はない。 突破口がない状態で迎撃を続けるのは、その場しのぎの手でしかない。それをクラウスも分かっているのだ。 クラウスは歯噛みする。 状況を鑑みて、圧倒的に不利だ。すぐにでもこの場を離脱したい。 しかし離脱しようにも、十重二十重に取り囲むルーガルーの幻影を全て警戒・迎撃しながら逃走を図るのは不可能に近い。 つまるところ、本体を見つける手立てを見つけるしかないのだ。 だが、幻影の魔術を破る方法がない。 そも魔術を行使するルーガルーが少ない上に、幻影の魔術を使う魔術師自体も少ないので、それを破る手段も考案されていないのだ。 ジリ貧な状況の中、何もできずにいるクラウスは歯嚙みするしかない。 「僕らもヤバいな」 頬に冷や汗が流れるのを、ハンスは感じた。 ルーガルーの幻影が、ハンスとカトレアの様子を伺っている。今にも飛びかかって来そうだ。ハンスは懸命に目を凝らすが、全く見分けが付かない。 「あン? ヤバくなんてないだろ」 ハンスさえも戦々恐々とする中、カトレアだけが落ち着き払っていた。 「アタシらを取り囲んでいるのは全部幻影だ。本体はこの中にいねぇ」 「――分かるのカトレア⁉」 カトレアは得意げに鼻を鳴らす。 「おいおい相棒、アタシは鼻が利くの知ってんだろ?」 「そうか!」 カトレアは半分ルーガルーであり、嗅覚は人のそれを遥かに超える。 幻影は姿を浮かび上がらせているだけだ。本体と違って臭いはしない。臭いの有無で、カトレアは幻影と本体を見抜いているのだ。 「■■ッ!」 周りのルーガルーが吠える。 ハンスにはとても幻影には見えない。 ダッと地を蹴ってルーガルーが迫ってくる。 「ハンス、避けなくていい」 カトレアが言った。 恐ろしいルーガルーの牙が眼前に迫る。背筋が凍る。 ――それでもハンスはカトレアの言葉を信じ、避けなかった。 眼前のルーガルーの牙が、ハンスの首筋に突き立てられる――しかし、ハンスは何も感じなかった。 ルーガルーは幻影だったのだ。 「な? 言った通りだろ?」 「……心臓に悪いなぁ」 詰めていた息を吐きだして、ハンスはボヤいた。 だがこれで突破口は見えた。 「アタシから離れるなよハンス!」 カトレアは駆け出した。周りのルーガルーの姿には目もくれない。 一目散に向かうのは本体のみ。ハンスも必死について行く。 「そこだ!」 今まさに騎士の一人に飛び掛かろうとしていたルーガルーに向けて、カトレアは大鋏で抜き打ちに斬り付ける。 まさか幻影を見破られるとは思っていなかったのか、本体のルーガルーは驚き、反応が遅れた。カトレアの大鋏の切っ先が、ルーガルーの右前足を掠めた。 小さく血飛沫が舞う。 ルーガルーは傷つき、姿が消えることはなかった。 ――アレが本体か。 「《赤ずきん》はルーガルーの幻影を見破れます! ここは任せて下さい‼」 密集陣形を崩さないクラウスたちに叫ぶハンス。 「き、貴様の指図は――」 「今そんな事を言ってる場合か!」 この期に及んで、まだメンツだの名誉だのを気にしているのだろうか――言いよどむクラウスをハンスは一喝した。 「アンタも隊を任される立場の人間だろう! 私情で動くな、現実を見てモノを言え‼」 「ぐ……!」 何も言い返せないクラウス。 これで大人しくなるだろう。 ハンスはルーガルーに意識を集中させる。未だに無数にあるルーガルーの姿。もはや焦げ茶色の群体というよりも壁のようですらある。 先ほどカトレアが斬り付けたルーガルーの本体は、幻影の中に紛れてしまい、どれが幻影でどれが本体か全く分からない。 しかしカトレアには、どこに本体がいるかはっきりと分かっている。 カトレアはトレードマークの赤いフードを被った。フードの奥で、カトレアの青く澄んだ瞳が、ギラギラと燃える。 「行くぜ化物――そのハラワタをかっ捌く!」 言うが早いか、カトレアは飛び出した。再度ルーガルーの本体へ向かう。 「ハンス、援護!」 「了解!」 長ったらしい指示はいらない。 阿吽の呼吸でハンスはカトレアの動きに合わせて魔銃を構えた。 ハンスには幻影と本物の区別は付かない。 だが、 (カトレアをよく見ろ――!) ハンスはカトレアを凝視する。 その視線がどこに向いているか。歩幅や挙動からそれが、間合いを詰める動きなのか、牽制の動きなのかを察知する。 幻影を見破る眼はなくとも、共に戦ってきた相棒の動きの先なら分かる。それらを総合的に判断し、ルーガルーの本体がどこにいるか、おおよその見当はつく。 ハンスの脳裏では、本人の認識よりも先んじて、答えを出す。 (――カトレアのあの体勢は、あと五歩で斬り込む動きだ。そして五歩先にいるのは――) 予想される攻撃地点を見やる。唸り声を上げるルーガルーの中で、一頭だけ動きの悪いルーガルーがいた。 (アレか!) ハンスは迷わず引き金を引いた。 バズゥン! バズゥン! バズゥン! 三連射。魔銃特有の銃声が響く。 魔銃の銃口から放出された魔法は、ルーガルーではなく、その周囲に着弾した。 極大の火柱が、ルーガルーの左右と後方に立ち昇る。 一定時間、着弾地点を中心に炎が塔のように燃え盛る『篝火の塔』と呼ばれる魔法弾だ。 「■■ッ⁉」 ルーガルーはその意図が読めずに唸るが、もう遅い。 「ハアアアァァァッ!」 カトレアが大鋏の振りかぶって、ルーガルーに迫る。 その時になってルーガルーは全てを察した。左右後方を燃え盛る炎で囲まれているせいで、逃げ場がないのだ。 唯一進めるのは前方。カトレアが迫る方向のみ。 ルーガルーは一矢報いるとばかりにカトレアに向けて爪を伸ばすが、それも儚い抵抗だった。 伸ばした前足を、カトレアの大鋏がジョキッと鈍い音を立てて切断。 カトレアはルーガルーの内懐まで接近すると、縦横無尽に大鋏を振るった。ルーガルーはズタズタに切り刻まれた。 それと呼応するように、周囲を埋め尽くさんばかりだったルーガルーの姿が一斉に消えた。 本体を倒した事で、幻影が消えたのだ。 「これで一件落着っと」 緊張を解くように、カトレアはフードを下ろす。 「やったなハンス」 「倒したのはカトレアだろ」 ニカッと笑うカトレアに対して、ハンスは肩をすくめた。 「ハンスの援護がなけりゃ、もう少し手こずってたさ」 カトレアは理解していた。 自分一人ではルーガルーを倒し切れなかったであろう事を。 こうもあっさりと、ともすれば容易くルーガルーを倒せたのは、二人の連携が優れていたからこそ。 ハンスはカトレアの動きから、カトレアの考えを読んで、最適な援護をした。 そしてカトレアもまた、ハンスが最適な援護をしてくれるだろうと、信じて動いた。 それらが嚙み合ったからこそ、この難敵のルーガルーを倒せたのだ。 「さてと……おいアンタら、無事か?」 カトレアは密集陣形を守ったまま、立ちすくんでいた騎士たちを振り返る。 「る、ルーガルーが消えた……」 「……終わったのか」 騎士たちは憔悴しきった面持ちで、ぼそぼそと呟く。中には安心して力が抜けたのか、崩れ落ちる者もいた。 「ああ、ルーガルーなら間違いなく討伐したぜ。安心しな」 「…………」 カトレアが言う。 クラウスは押し黙ったまま、何も言わない。何かに耐えるように、プルプルと震えている。 「いい気になるなよ……」 「あ?」 ボソリと言うクラウスに、カトレアは怪訝な顔をする。 「いい気になるなと言っているのだ《赤ずきん》」 「おいおい、助けてもらっておいて、その言い草はねーんじゃねぇのか」 「五月蠅い!」 意地になって怒鳴るクラウス。 ハンスには何故クラウスが癇癪を起こしているのかが分かった。あれだけ馬鹿にしていたカトレアに窮地を救われた、その事が悔しくて仕方ないのだろう。 魔術を使う才能というのは遺伝的な要因が強く、高位の魔術騎士になる者には名門と呼ばれる家の出が多い。必然、そういう者たちはプライドも高くなる傾向にある。 だから忌み嫌うのだ。 カトレアのような異分子や、ハンスのような異端の騎士を。 「《赤ずきん》! 貴様がもっと早くルーガルーの幻影に気付いていれば、このような事にならなかったのではないか⁉」 「なっ――!」 子供のような酷い言い掛かりだ。カトレアも鼻白む。 「手を出せないよう、アタシらを除け者にしてたのはお前らの方だろ!」 「貴様が生意気な態度さえ取っていなかったら良かったのだ!」 クラウスは尚も言い募る。 「大方、我らを囮に使ってルーガルー討伐の功績を独占するつもりだったのだろう? ルーガルーと結託していた可能性もあるな」 「おいテメェ――」 「お前は半分化物なのだろう。そんな姑息で悪辣な手に出ても不思議ではないな」 カトレアは堪忍袋の緒が切れた。カトレアが怒鳴ろうとする。 しかしそれよりも早く、 「いい加減にしろ――!」 ハンスの怒声が辺りに響き渡った。 それが余りにも大きな声だったので、それまで滔々と自分の主張を語っていたクラウスも絶句した。 ハンスはこの温厚な男には珍しく、本気で怒っていた。眉は吊り上がり、威圧的な視線がクラウスを射貫いている。 「アンタは何処まで腐れば気が済むんだ! 命を助けた恩人に、礼をいう事すら出来ないのか⁉ 誇り高い王立魔術騎士団が、聞いて呆れる!」 「な、何だと」 「カトレアが本当に化物なら、アンタらが喰われるのを黙って見ていた! それをしないで――自分を嘲った相手さえ助けようとした! それでもカトレアが化物だって言うのか‼」 激昂したハンスの舌鋒は止まらない。 「今アンタがそうして下らない事を言っていられるのも、カトレアがお前たちを見捨てないで戦ったからだ! それすら分からず、相手を貶め、自らの落ち度を認めようともしないだと? ふざけるのも大概にしろ!」 「わ、私は……名門、ギャビストン家の……」 「自分の身一つ守れないで、何が名門だ!」 「ぐ…………!」 クラウスは完全にハンスに気圧されていた。 遂に口惜しそうに黙って項垂れてしまう。 「ハンス、そこまでにしとけ」 カトレアがハンスを止めた。 「でも――!」 「いいんだ。アタシは慣れている」 寂し気に――どこか達観した風に、カトレアは言った。 どれ程功績を立てても、誰かの為に戦っても、認めようとしない人間はいる。それを悟っているかのように。 「カトレア……」 ハンスはそんなカトレアを見て、ギリッと奥歯を噛み締めた。 何故だ。 カトレアが化物まがいになってしまったのは、彼女のせいではない。カトレアに罪はない。なのに何故、こんなにもカトレアは不遇な目に合わねばならないのか。 「いいのか、こんな……」 「いいって言ってるだろ。先にハンスが怒っちまったから、アタシが怒るタイミングをなくなっちゃったんだよ」 「あ」 「ホント、いつも大人しいくせに、怒るときは一瞬だもんな」 憎まれ口を叩きつつ、カトレアはまんざらでもなかった。 自分の為に怒ってくれる人間が隣にいる。それだけでも、救われた気になる。 まあそれでも。 傷付いていないというわけではないが。 「……カトレア」 「ん?」 「早く人間に戻ろう」 「――ああ」 絞りだす声は決意に満ちている。 カトレアを人間に戻す。それが可能なのかは分からない。 しかし、そこに一縷の希望を抱いて、二人は進むしかなかった。 第三章 邂逅――罪の記憶 一年前。 グリム王国北部の山間。 ハンスはルーガルーと対峙していた。 「はぁっ……はぁっ……!」 肩で息をしながら、魔銃の銃口をルーガルーへ向ける。 銃口から十メートル先にルーガルーがいる。 闇が獣の形になったかのような真っ黒な毛並み。爛々と光る眼球が、ハンスを見据えている。ハンスの隙を伺っているのだ。 全長十五メートルの化物が目の前いる。 今この瞬間も、ハンスに牙を突き立てようと、虎視眈々と狙っている。 一瞬でも行動が遅れたら死ぬ――そのプレッシャーに圧し潰されそうになりながら、ハンスは魔銃を構え続けていた。 この山にルーガルーが出るらしい。 その情報を聞きつけて調査に向かい、三日三晩の捜索の結果、やっと見つけたルーガルーだ。 ハンスは引き金を引く。 しかし銃弾は当たらない。 ルーガルーの動きは常軌を逸したスピードだ。 動き回る野生動物に当てることだって難しいのだ。それ以上の速度で動くルーガルーに、まず当たる訳がない。 ハンスはボルトを引いて、銃弾を変えた。 その隙にルーガルーが迫る。 ハンスはまた魔銃を撃った。 ルーガルーが横に跳ねて躱す――否、躱し切れてはいなかった。地面を蹴った脚に、幾つかの細かい銃弾が当たる。 散弾だ。 一射で小さな弾頭を一定範囲内にばら撒く散弾は、命中率が高い。 だが利点ばかりでもない。 ルーガルーが身を翻してハンスに向かってくる。ハンスが銃口を向けても止まる気配がない。すぐに散弾の弱点を悟ったのだろう。 一つ一つの弾頭が小さい散弾は、命中率こそ高いが威力に乏しい。 ルーガルーの表皮を抉れても、肉や骨を砕くには至らない。 そしてルーガルーには魔力による再生能力がある。散弾でできた傷など、簡単に治癒できてしまう。 現にハンスに迫るルーガルーの脚に、もはや傷跡はない。 散弾は致命傷にならない――ならば避ける必要もない。ルーガルーはハンスへ肉薄する。 間合いが三メートルを切った。 ルーガルーが距離を詰めるなら一瞬だ。 「う――おおおぉぉぉぉぉっ!」 「■■■■■■ッ!?」 ハンスは魔銃から手を放すと、懐から大型ナイフを抜いた。 散弾はルーガルーに全力で向かってこさせるためのブラフ――本命は至近距離でのナイフによる刺突。ハンスの狙いはこれだったのだ。 迫るルーガルーの首筋目掛けて突き込む。 ルーガルーが突っ込んでくるのに合わせたカウンターの一撃。 ナイフの切っ先が当たる寸前で、身を捻って躱すルーガルー。前足の付け根に、ナイフが深々と突き刺さる。 余勢でルーガルーの前足がハンスを掠めた。 吹き飛ばされるハンス。 ゴロゴロと地面を転がり、すぐに起き上がって魔銃を構え、ルーガルーを確認する。 (やったか――!?) 深々と突き刺さったナイフは、確かにルーガルーの肉を切り裂いていたが、絶命せしめるには至っていなかった。 それでもかなりのダメージを負わせたようだ。 目に見えてルーガルーの動きが鈍くなっている。 チャンスだ。 今ここで決めてやる。 魔銃のグリップを握るハンスの手に、自然と力が入る。 動きの鈍った今なら、貫通力の高い弾が当たるだろう。それをもうニ、三発喰らわせてやれば止めをさせる。 そう思った矢先、ルーガルーが姿を消した。 「なっ!?」 ルーガルーは逃走を選んだ。ルーガルーの黒い毛並みが、山間部の木々の間に消える。 慌ててハンスは目を凝らし、狙いを付けて撃つ。 しかし弾丸は木々に邪魔されて当たらない。 「クソ!」 ハンスは臍を嚙んだ。 仕留め損ねた。苛立たし気に地面を蹴る。 一つ深呼吸をして気持ちを落ち着ける。 仕留め損ねはしたが、それでも手傷は負わせた。あの怪我だ、そう遠くには逃げられまい。 ハンスはルーガルーの消えた地点を調べる。ルーガルーの痕跡はすぐに見つかった。これなら追跡できる、撒かれることはないだろう。 「逃がすか……!」 (絶対に仕留める) 気が昂っていた。 ハンスは異端の騎士だ。 魔術騎士団に所属していながら、魔術を全く使えない。しかし魔術の才のなさを、魔銃という武器で補い、難関な試験を合格して、ハンスは騎士として認められた。 そんなハンスを、口さがない者たちは邪道だなんだと言って、真っ当な騎士として認めようとしなかった。 苦労して騎士となったハンスにはそれが悔しかったし、認められる為に功績を上げなくてはという焦りもあった。 そんな気持ちが、ハンスを駆り立てていた。 ハンスはくたびれた身体に鞭打って追跡を開始する。 ルーガルーが高い再生能力を持っていても、不死身というわけではない。頭部や内臓を損傷したり、首を落とせば確実に殺せる。 また絶命させられなかったとしても、体幹部を大きく損傷すれば回復に時間がかかることは分かっている。 いずれにせよ、今がチャンスであることに変わりはない。 木々の間に点在するルーガルーの痕跡をたどって、ハンスは歩く。 (ここが人里離れた山の中で良かった) ここなら民間人を巻き込む恐れもない。じっくりと時間をかけて、体力を回復させながら追いかければいい。痕跡を見るに、ルーガルーのダメージは相当なものだ。そう遠くには行けないだろう。 ハンスはそう判断した。 それがどれ程迂闊な判断であるか、ハンスはすぐに思い知らされた。 しばらく歩いての事。 (嘘だろう――!?) 山間の木々の向こうに、小さな山小屋があった。 庭には薪割台と積み上げられた薪の山。小さな井戸も見える。山小屋は古いながらも手入れがされていて、そこかしこに生活の跡がある。 人が住んでいるのだ。 その山小屋へ向かって、ルーガルーの痕跡が続いているのを見た時に、ハンスは総毛立った。 「――クソォッ!」 いつでも撃てるように魔銃を構えながら、全力で走った。 山道を疾走し、山小屋に近づくと、扉を蹴破って山小屋に踏み入る。 「ッ!?」 そこでハンスが見たもの。 床を濡らす血だまり。 頬を上気させ、艶めかしく微睡む、赤いコートを着た栗毛の少女。 そして少女を丸呑みしようと大口を開けるルーガルー。 ハンスは反射的に引き金を引いた。 「おいハンス起きろよ」 「はっ……」 肩を揺さぶられてハンスは目を開けた。 寝ぼけまなこで周りを見る。 隣にはカトレアがいて、それ以外にも見知らぬ人が大勢、身を寄せ合うにして座っている。乗合馬車だ。 グリム王国の主要な交通手段の一つで、中核となる地方都市と王都を結んでいる。 「もうすぐ王都だぜ」 「ああ……ありがとう」 どうやら途中で眠ってしまったらしい。 ハンスは目元を押さえる。 「ん? どうかしたのか?」 「いや、何でもない」 怪訝な表情で伺うカトレアに、ハンスは被り振る。 目をつむると、今もあの時の光景がありありと瞼の裏に映る。 忘れられるはずもない、カトレアと出会った時の記憶。 思い出したくもない、ハンスの罪の記憶だ。 大きく息を吸って、気持ちを切り替える。今日は騎士団本部で活動報告をしなくてはならない。 第四章 魔法の探求者 グリム王国魔術騎士団。 その本部は王都の中央区にある。 大きな石造りの堅牢な建物であり、有事の際には軍事拠点としても使えるようになっている。 その一室でハンスは上司に活動報告を行っていた。 羊皮紙にまとめた活動記録を提出し、詳細な部分についての質疑応答を行う。一通りの説明が終わると、 「――なるほどな」 とハンスの直属の上司――マレーン・セルナートはいった。 「結構な活躍ぶりじゃないか」 マレーンは妖艶に微笑む。 マレーンは妙齢の美女だった。起伏に富んだ体型。上品でシックにまとめられたドレス。そして大人の余裕と色気を纏っている。 彼女が動くたびに、煌びやかな黄金の首飾りと豊かな胸が揺れる。 「恐縮です」 ハンスはやや緊張して答える。 それは年上の美人を相手にしている若者としては至極当然の反応かもしれないが、それだけではない。 王国騎士団退魔機関の中でも特別な地位にある幹部、守護騎士。 この国に古より伝わる魔女や魔法使いの末裔とされ、生まれつき特別な力を持ち、それを国と民の守護に用いることを誓った、騎士団の最高戦力の一つ。 マレーンはその一人だ。 妖艶なその姿からは想像もできないほどの力を彼女は持っている。 圧倒的な強者を前にしたプレッシャー。 ハンスが感じているのはそれだった。 「君が《赤ずきん》とバディを組んでから、もう一年くらいか……彼女とは上手くやれているようだな」 「う〜ん、どうでしょうか」 ハンスは苦笑する。 「僕は振り回されてばかりですけど」 「あの娘は生粋のじゃじゃ馬だ。振り回される程度で済んでいるなら上出来だよ」 やや意地の悪い笑みを浮かべるマレーン。 この上司は、そこかカトレアに振り回されるハンスを見て、楽しんでいる節がある。 「彼女は依然として微妙な立場にあるが――それでも、貴重な戦力であることに変わりない。今後も上手くやってくれ」 「はい」 「ただし――」 わずかにマレーンの帯びる空気の温度が下がった。 「何度も言われてうんざりしているだろうが、彼女がもし魔に堕ちる時は――分かっているな」 「……」 「もし君の決心が鈍っているのであれば、私は君を《赤ずきん》のバディから外さなくてはならない」 「重々承知しています」 ハンスは重々しく頷く。 カトレアは半分ルーガルーになっている。 だからもし、カトレアが人間としての理性を失い、真正のルーガルーになってしまった時は、ハンスが彼女を殺すことになっている。 騎士団の反対派を押しのけて、カトレアが騎士団所属の人間として活動する条件として、一年前に決まった取り決めだ。 「今でも酷な取り決めだとは思う」 カトレアの相棒兼監視役となるという事。 それはつまり、彼女と親しくなればなるほど、辛い思いをすることになるという事。 「だがこれはカトレアを騎士団に迎える為の、最低条件にして絶対条件だ。引き続きよろしく頼むぞ」 「大丈夫ですよ」 「ふむ?」 自信ありげに答えるハンス。興味をもったマレーン。 「もしもなんてことは、絶対に起こさせませんから」 ハンスは力強く言い切った。普段、謙虚さを失わないこの男にしては、傲岸とも取れるほど自信のある言葉だった。 強い決意を感じさせる。 「――ほう」 マレーンは満足げに頷く。 「いい返事だ。以後、その心がけをなくさぬように」 「はい」 ハンスの迷いのない返答に、マレーンはまた頷いた。 「ところで」 マレーンの表情が、少しだけ俗っぽいものになる。井戸端会議に花を咲かせる婦人のような表情だ。 「君とカトレアなんだが、少しは進展したのかね?」 「――は?」 ハンスはポカンと口を開けた。 この美人の女上司が、何を言っているのか全く分からなかったのである。 「進展って何のことですか?」 「君とカトレアの関係は進展したのかと聞いているんだ」 ニヤニヤと笑いながら言うマレーン。 「確か君が十九で、カトレアは十四だったろう? 若い男女が一緒に旅を続けているんだ、何もないという事はあるまい?」 「いや、何もありませんよ」 至極普通な口調で答えるハンス。 マレーンはつまらなそうに口を尖らせる。 「何だつまらん。面白い話の一つや二つ、聞けるかと思ったんだがな」 「守護騎士ともあろう方が、何を言ってるんですか」 というかマレーンは、何も起こらないように諭す側なのではないかと、ハンスは思った。 どうにもこの女上司は、年頃の娘並みに色恋沙汰を好むところがある。その手のことに疎いハンスとしては、反応に困ることが多々あった。 「ていうか僕にとってカトレアは、手のかかる妹みたいなものなので、別にマレーンさんが期待するような事は起きないと思いますよ」 「…………」 マレーンは心底呆れかえったと言わんばかりに、ジトっとした目でハンスを見た。ハンスは何故そのような目で見られるのかが分からず、キョトンとしている。 「……ハンス、今のは絶対にカトレアに言わないように」 「え? 何でですか?」 「いいから絶対に言うな」 「は、はぁ……」 気の抜けた返事をするハンスに、マレーンは頭を抱えた。 (この朴念仁め……カトレアが気の毒だな) 「……まぁ、この話はこのくらいにして本題に入ろう」 マレーンは気を取り直すように咳払いしてから、一通の手紙を取り出した。 「君たち二人を指名して依頼が届いている」 「本部へ戻ってきたばかりなのに、またすぐに出動ですか」 「そうボヤくな」 マレーンが意味深に微笑む。 「今回の依頼は、君たちにもそう悪いものではないはずだぞ」 ハンスがマレーンと話していた頃。 騎士団本部のロビー。 各部署への通路がすべて繋がった、大きな空間。いたるところにテーブルやソファが置いてある。 ロビーの隅にあるソファに、カトレアは寝転がっていた。 一応ここは公共施設であり、当然マナー違反であるのだが、カトレアはそんな事なぞ知ったことかと、小さな身体に反比例するが如き態度のデカさで、ソファを占領していた。 「……暇だ」 ハンスが報告に行っている間、カトレアは何もすることがない。 (ったく、さっさと戻って来いよな) ロビーの天井を眺めながら、胸の内でそんなことを愚痴っている。 あまり騎士団本部に長居はしたくない。 カトレアの五感は、通常の人間のそれを遥かに超える。 だから否応なしに分かってしまう。 「おい見ろよ。アレ例の化物もどきか?」 「ああ《赤ずきん》だ」 「コネで団員扱いされてる癖に、デカい態度だな。図々しい奴だ」 「あんな小娘、さっさと処分してりゃ良かったんだ」 「あんな化物まがいの人間を未だに騎士団の一員扱いしてるなんて、一体上層部は何を考えているんだか」 「つい最近も《赤ずきん》が応援要員に派遣された部隊で、人死にが出たらしいぜ」 「とんだ疫病神だな」 遠巻きにカトレアを見る騎士団員の面々の吐く陰口が、否応なくカトレアの鼓膜を揺らす。 聞きたくもないが、聞こえてしまうのはしょうがない。 カトレアが人間離れしているのは知っているだろうに、何で同じ空間で陰口をたたくのか。 最初はコイツらは馬鹿なのだろうかと、カトレアは思っていたが、そうではない。 彼らは聞かせているのだ。 ――お前はここにいるべきではない。 ――ここにお前の居場所はない。 ――出ていけ。 表立って上層部の決定に逆らうわけにもいかないので、こういう形で彼らはカトレアを排斥しようとしているのだ。 人は自分たちと違うモノを、認めようとしない生き物だと、カトレアは思っている。 (王国騎士団なんて言っても、団員が全員ご立派な奴じゃない――ってことだな) どれ程高潔な理念の元に結成された組織でも、属するのが人間である以上、それは仕方のないことなのかもしれない。 こんな所にも人の悪意は満ちている。 「カトレア」 不意に間の抜けた声が奥の通路から聞こえた。 ハンスが小走りにやってくる。 「待たせちゃってゴメン」 「遅いって、待ちくたびれちまったじゃんか」 などと悪態をつきながら身体を起こすカトレア。 その実、ハンスが針の筵のカトレアを慮って、出来るだけ早く報告を終わらせてきたのだと、カトレアも分かっている。 ただそれを素直に感謝するのが、少ししゃくなだけ。 「悪かったって、報告以外にもちょっとあってさ――それはそれとしてカトレア、ソファに寝転がって待つのはやめなさい」 「へいへい」 気のない返事をしつつ、居ずまいを正すカトレア。 「それで? 報告の他に何があったんだ?」 「新しい指令だよ。僕らを指名しての依頼だってさ」 「あああン? もう次の指令かよ」 「そう言わないでくれって、今回の仕事はそんなキツイものじゃなさそうだ」 「ホントかよ」 訝しげにハンスを見やるカトレア。 「本当だって、今回の仕事は魔物・魔法の研究協力――特にカトレアに協力してほしいそうだよ」 「アタシに?」 カトレアは大きく首を傾げた。 カトレアに学はない。元々孤児なうえ、片田舎で育ち、ろくな教育を受けてこなかった為、学術的な知識はほぼないに等しい。 読み書きも難しい言葉になると、少々怪しいところがあるくらいだ。 そんなカトレアに研究を手伝わせようとは、一体どういうことだろうか。 「カトレアの血液だとか、身体の状態を調べさせてほしいんだってさ。魔物と人間の差異や、人が魔物に変わってしまう仕組みを解き明かす事が目的らしい」 「ってことは……!」 学のないカトレアでも、ここまで言われれば察しがつく。 期待に声が上擦る。 「上手くいけば、カトレアが人間に戻る方法が見つかるかもしれないよ」 カトレアよりも嬉しそうに、ハンスはそう言った。 乗合馬車に揺られながら、長く続く街道を進む。 馬車の覗き窓からは、街道の両脇を一面の小麦畑が続いているのが見えた。王国の北東部は穀倉地帯として有名だった。 「今回僕らを指名してきたのはオライリー卿。騎士団所属の研究者さ。北東部の領地を運営しながら、魔物や魔法の研究をしている人なんだ」 「はーん」 ハンスの説明を聞いているのかいないのか、カトレアは適当な相づちを返す。 「ん? てことは、そのオライリー卿って、いわゆる貴族なのか?」 「そうだね。オライリー伯爵として、この穀倉地帯の管轄も行っている方だよ」 カトレアは渋い顔をして唸っている。 「どうかしたの?」 「いや、ちょっと心配なんだよなアタシ」 「何が」 「伯爵って言ったら、それなりの家だし、言ったらエリートのボンボンだろ」 「ああ……なるほど」 ハンスは頷いた。 日頃のカトレアの振る舞いを鑑みれば、心配になるのも無理はない。 「失礼のない振る舞いが出来るか心配なんだね」 「違う。ムカついてぶん殴っちまわないか、それが心配だ」 「そっちか」 ハンスはこめかみを押さえた。 「カトレア、お願いだから粗相のないように。伯爵相手に喧嘩したら、本当にマズいから」 「う〜ん――大丈夫だとは言い切れねぇな」 「カトレア!」 カトレアの冗談とも本気とも取れる軽口を窘めるハンス。 ニヤニヤと笑うカトレア。 二人が話している間に、馬車はどんどん市街地へ近づいていく。 北東部の地方都市ゼムディック。 その停留所に馬車が止まる。ハンスとカトレアは降口へ向かう。北東部の中核になる都市だからだろうか、二人以外にもぞろぞろと馬車から降りる客が多い。 馬車から降りて街並みを見回す。 流石に王都と比べると見劣りするが、それでもメインストリートには大きな建物が多く並んでいる。 カトレアは大きく伸びをした。 「くぁ〜! やっとついたな」 「それじゃ軽く街を見ながら、オライリー卿の屋敷に向かおう」 ハンスは鞄から地図を取り出す。 オライリー卿の屋敷は、メインストリートを通った先、街の最北端にある。観光しながら向かうには丁度いいだろう。 二人は屋敷に向かって歩き出した。 途中、ランドマークと思われる特徴的な建物や石碑、屋台などで道草を食いながら歩くこと一時間。 二人はオライリー卿の屋敷前まで来ていた。 「なぁハンス、屋敷ってアレか?」 「地図を見る限りそうみたいだね」 カトレアの問いに、目の前の屋敷と地図を見比べながら答えるハンス。 オライリー卿の屋敷は地方都市の一貴族の屋敷とは思えないほど豪勢な造りをしていた。公爵家にも劣らない門構え。 広々とした庭園には、生い茂る緑と色とりどりの花々。 奥に見える屋敷は、城かと思うほど。 「ホントにこんな屋敷に住んでる伯爵様が、アタシをお呼びなのか?」 思わずカトレアがそう呟いてしまうほど、その屋敷は豪奢に過ぎた。 「とりあえず行ってみよう」 ハンスもやや気後れしつつ、屋敷の門まで向かう。 門の前には番兵がいる。 「当家にどういったご用件でしょうか?」 「王国騎士団のハンス・イェーガーです。オライリー卿よりご依頼いただき、参上いたしました」 ハンスは懐から騎士団のエンブレムを出した。 番兵は恭しく頭を下げる。 「これは失礼いたしました。話はお伺いしております、どうぞ中へお入りください」 ハンスとカトレアは番兵に門を開けてもらい屋敷の敷地へ入る。 風雅な庭園を眺めていると、すぐに侍女が現れ、二人を案内してくれた。庭園を通り、屋敷の中へ。 屋敷の内部もこれまた豪勢な造りをしていた。 一つ一つの調度品の質が高く、それでいて落ち着いた色彩感覚でまとめられている為、成金趣味のような品のなさは感じない。 広い屋敷の通路を歩いて、オライリー卿の待っているという応接間に向かう。 玄関から応接間に向かうだけでも、大分歩いている。 「家が広すぎるってのも、考えものだな」 カトレアが小さくボヤいた。 「オライリー卿はこちらでお待ちです」 ようやく応接間にたどり着いた。侍女が扉を開ける。ハンスとカトレアは中へ踏み入る。 応接間はこれまた不必要に思えるほど広い部屋で、中央に二十人は付けるであろう縦長のテーブルがあり、その最奥に一人の初老の男性が座っていた。 「やあ、よく来てくれた」 初老の男性――オライリー卿が声をかける。深みのある優し気な声だった。 オライリー卿は紺色の典礼用スーツを着ていた。ハンスにはとんと縁がなくて詳しくは分からないが、きっと高級品なのだろう。生地に厚みと光沢がある。 豊かな口髭と髪は、白く染まっているが艶があり、本人にも活力があるので、あまり年寄りな印象は受けない。 (資料によれば、たしか六十を過ぎていたはずだけど……) ハンスは内心で感心した。 そうは見えない若々しさだった。 「お初にお目にかかります、王国騎士団退魔機関所属、正騎士のハンス・イェーガーです」 ハンスは敬礼してから、となりのカトレアを示す。 「そしてこちらが、従騎士のカトレアです」 「……どうも」 カトレアは一言だけボソッと呟いた。 ともすれば非常に失礼な振る舞いだが、オライリー卿は気にしなかったらしい。 「おお、君が……」 そう言ってカトレアを見るだけで、咎めるような素振りはなかった。 ハンスはオライリー卿が寛容な人物である事に、内心でホッと胸をなでおろす。 「いやいや、こんな地方に引きこもっている老人の頼みを聞いて、本当によく来てくれた。感謝に堪えんよ――立ち話もなんだ、掛けてくれたまえ」 オライリー卿が席につくように促す。 二人が長テーブルにつくと、オライリー卿は手をパンと叩いた。外で控えていた侍女が、ティーセットを持って現れる。 紅茶を飲みながら歓談することとなった。 「早速ですが、今回我々をお呼びになったのは魔法学の研究のためだとか」 「その通りだ」 ハンスの問いにオライリー卿は頷くと、少し悪戯っ子ような顔をした。 「君たち、私の屋敷を見てどう思ったかね?」 「ええ……と」 「田舎の領主にしては、随分と大きな屋敷だとは思わなかったのでは?」 まさに屋敷の前で、二人が思っていたことだ。ハンスは返事に困ってしまった。カトレアは――余計なことを言わない方が良さそうだ――とでも考えているのだろう。促されない限り、会話に加わる気はないらしい。 オライリー卿はしたり顔で笑う。 「図星のようだな」 「……すみません」 「フハハハハ、謝るな。今のは私の意地が悪かった」 どうやらオライリー卿はこの手の冗談が好きらしい。 「何故、私の屋敷がこれほど大きいのかというと、私の研究が評価されたという事が大きい」 魔導の探求者――巷ではそう噂されることもある。 グリム王国は昔から、魔女や魔法使い、聖剣や魔剣などの魔力を持った道具、竜や妖精などの幻獣など、不可思議な存在や力が多く存在する国だ。 それ故に魔法は他国よりも認知され、特別な道具に魔力を持たせる等の方法で、使い手に依存せず使える魔法として、普及している。 それを戦術的に利用したのが、ハンスの使っている魔銃だ。 あれは弾頭に魔力を込め、詠唱呪文を薬莢に刻むことで、炸薬の破裂と同時に魔法の弾丸を打ち出す仕組みになっている。 魔法を研究し、その普及に貢献するということは、この国の発展そのものに貢献したと言っても過言ではない。 国への貢献度を考えれば、なるほどこの豪勢な屋敷も納得できるというものだ。 「私の関心は魔法をより高次元で解明することだ――だからこそ、私はカトレア嬢に興味を持った」 「…………」 オライリー卿はカトレアを見る。 カトレアは無言で視線を返した。 ハンスが言葉を繋ぐ。 「彼女が半分ルーガルーだから、ですね」 そうだ――と言ってオライリー卿は頷く。 「彼女は学術的に見ても、非常に稀有な存在だ。魔力をその身に取り込んで、人である存在――それも後天的にそうなった者。そんな例を私は寡聞にして聞いたことがない」 「ちょっといい……ですか」 ぎこちない敬語で、初めてカトレアが口を挟んだ。 「後天的にってことは、そうじゃない――生まれ持って魔力を持った人間はいるってことか……ですか?」 「ふむ……カトレア嬢は魔法学の見識はないのかな?」 「すいません。彼女はそれらの教育を受けていないもので」 ハンスがかわりに謝る。 それならばと、オライリー卿は説明する。 「結論から言えば、先天的に魔力を持った人間は存在する。君たちの上司にあたる、マレーン・セルナート女史やその他の守護騎士、あるいは在野の魔女や魔法使いたちだ。彼らは生まれつきその身に魔力を宿し、魔法という形でそれを使うことが出来る。魔法を使える者と、使えない者の差はこれだ」 魔術騎士団に属する騎士も魔法を使える側の人間で、ハンスは使えない者側の人間だ。 魔法を使う才能をハンスは持ち合わせていない。 しかしそれを魔銃という道具で補い、正騎士になった初めての男だ――それゆえにハンスもまた、騎士団内で異端扱いされている。 「魔法を使う才能は完全に生まれつきで決まる。魔力を持った人間は皆すべて、生まれた直後からその傾向が見られる。もし――」 魔力を無理矢理普通の人間の体内に入れ込むと――オライリー卿は声のトーンを落とした。 「魔力が暴走し、人ではなくなってしまう」 「……それはルーガルーになってしまうってことか?」 「カトレア敬語!」 ついにカトレアの敬語が剝がれた。しかしオライリー卿は気にしない。 「ルーガルーではない。それ以下の知能しか持たない、下等な魔物に変貌する。それが魔法学の常識――だった」 オライリー卿がカトレアを凝視する。 「しかし君という、『後天的に魔力を持ち、人の形や理性を保っている存在』が出てきてしまった。君を騎士団の一部では排斥するような向きもあるが、私は反対だ。カトレア嬢のような稀有な存在を、よく分からないからという排除するのはおかしい。そもそも魔力などという、よく分からないモノを利用してこの国は発展してきたのだ。分からないのならば、分かるまで調査し、研究するべきだ!」 語っているうちに熱くなったオライリー卿が、大きな声で言い切る。 ハンスとカトレアは呆気に取られた。 それを見たオライリー卿は、ハッとなって咳払いをする。 「オホン――すまない、少し熱くなり過ぎたようだ」 「(おい、ホントにコイツ大丈夫なのか?)」 「いえ、お気になさらないでください」 小声で毒づくカトレアの小脇を肘で突きつつ、ハンスは愛想笑いを返す。 どうやらオライリー卿という人物は、その本質が貴族よりも研究者の部分にあるらしい。少々常人には理解しかねるところもあるが、それだけ魔法学の研究に情熱を持っているということだろう。 「――研究次第では、カトレアを元の人間に戻せるかもしれないとお聞きしたのですが」 ふとハンスが切り出した。 ここだ。 ハンスにとって今回の依頼で、一番大切なことはそれなのだ。 「そうだな。今回の実験で魔力が人体に及ぼす影響が何のか、魔力を人間と結びつける因子が何なのかが分かれば、その可能性は十分あるだろう」 「そうですか」 ハンスは普段から行動を共にしているカトレアでなければ分からないほど、微かにホッとしたような声色で答えた。 カトレアはそれを複雑な顔で見ていた。 「それで具体的にはどういう事をするのですか?」 「大した事じゃない。カトレア嬢の血液を、サンプルとして採取させてくれればいい」 「……んまぁ、それくらいなら」 カトレアも了承する。 「ありがとう。それでは実験室へ向かうとしよう」 応接間を出て、オライリー卿の後をついて実験室へと向かう。 屋敷の奥へと進むと、やがて他の部屋とは趣きの違うデザインの扉が見つかった。他の調度品や屋敷の雰囲気から浮かないように工夫されているものの、その扉は明らかに気密性を重視した造りの扉だった。 「ここが私の実験室だ」 オライリー卿が懐から鍵を取り出す。重要度ゆえか危険度るえか、この部屋は鍵付きらしい。 中に入ると、そこは完全に研究施設だった。 広い部屋に立ち並ぶいくつものフラスコや試験管。様々な計測機器。壁にかけられた標本死体や鉱石のサンプル品。積み上げられた学術書や論文の山。 規模でこそ劣るものの、その充実度は王都の国立研究機関にも劣るまい。 魔導の探求者の異名は伊達ではないようだ。 「こちらへ」 実験室の一角に、病院の診察室ような設備がある。 オライリー卿はカトレアを座らせると、台座と採血用の注射器を持ってきた。カトレアの手を掴み、台座の上に乗せるオライリー卿。 カトレアの顔が少し強張った。 「注射は苦手かな?」 「いや……」 ハンス以外の人間に触られるのが苦手だ――そう言うのを、カトレアはグッと我慢した。 「手早く済ませるとしよう」 オライリー卿はカトレアの腕に指を這わせ、血管を探り、注射器の先を確かめる。 プツリとカトレアの白い肌に、注射針が突き刺さり、注射器の中に赤い血が溜まる。 「ふむ……これくらいでいいだろう」 注射針を刺した箇所に、清潔なガーゼを当てて、注射器を抜き取る。そのまま包帯を巻いて、止血は完了だ。 オライリー卿は注射器を掲げる。 「サンプルならこれで十分だ。感謝するよ」 「これで終わりですか?」 「ああ今日のところはね。ただ、日を置いてもういくつかのサンプルがほしいので、何日かここに逗留してもらおう」 カトレアは一日一回の採血。 それ以外は自由に過ごして良いということになった。 「侍女に部屋を用意させてあるし、日中は街で遊んできても構わない」 「ありがとうございます」 ハンスが礼を言うと、オライリー卿はすぐにカトレアの血液を試験管に移し替え、実験室の奥へと向かっていった。 早く実験がしたくてたまらない――そんな風だった。 「ホントに変わり者の貴族様なんだな」 オライリー卿の姿が見えなくなって、カトレアがボソリと呟いた。 さすがのハンスも同意見なので咎めなかった。 二人は侍女を呼んで、用意された部屋に向かった。 用意された部屋は大きな客室で、ベッドもソファもテーブルも、何もかもが大きい。部屋全体の雰囲気は高級感に溢れており、まさしく雲上人の部屋だ。こんな機会でもなければ、ハンスもカトレアも一生縁がない部屋だったろう。 「良い人だね、オライリー卿は」 ソファに腰掛け、滞在用の衣類等が入った鞄を降ろして、ハンスは言った。 「そうかぁ?」 カトレアは首を傾げた。 「用意された部屋はいいとこだし、待遇も悪くないけどさ……アタシなんか苦手なんだよな、ああいうタイプ」 「まあまあ、そう言わずに。確かに変わった人だけど、カトレアと向き合ってちゃんと話してくれただろ? それだけで充分良い人だと思うな」 甘っちょろい考えかもしれないが、それでも騎士団本部でのカトレアの扱いを思うと、カトレアと紳士的に話してくれるだけで、信頼に値する人物であるとハンスは思ってしまうのだ。 案の定、 「チョロいなハンスは」 とカトレアは言った。 ただ、その声色は呆れ返ったものではないかった。わずかに混じるのは、ハンスに対するカトレアの負い目か。 「んまぁ、明日の採血まで暇になったし、ちょっと街に遊びに行こうぜ」 話題を切り替えるようにカトレアは言った。 屋敷を出て、街に繰り出す。 カトレアは少しはしゃいでいるようだった。オライリー卿の屋敷は全てが格調高く、高級感に溢れる造りをしている為、息苦しさを感じていたのかもしれない。 (それは僕も同じか) ハンスは肩をグルグルと回す。 知らず知らずのうちに、肩に力が入っていたようだ。強張る肩をほぐす。 「おいハンス、置いてくぞ」 「待ってよカトレア」 自然とハンスの頬が緩む。 奔放なカトレアが先を行き、それをハンスが後ろから追いかける。 カトレアと出会い、バディを組んでから一年。ずっと繰り返してきた事だ。カトレアに先導されて知らない街を歩くのが、ハンスは嫌いではなかった。 カトレアは物珍し気に通りに面した店を見回す。 しばらく街を歩いてから、喫茶店に入った。ここはパンケーキが有名なようで、カトレアは迷わずそれを注文した。ハンスはブレンドコーヒーを注文する。 少しして注文したパンケーキが出てくる。 クリームとシロップがふんだんに乗ったパンケーキを、カトレアは美味しそうに食べた。 甘いものを食べている時は、年相応の少女の顔になる。 こうしていると普通の年頃の娘にしか見えない。『大鋏の赤ずきん』『化物もどきの赤ずきん』なんて異名が嘘のようだ。 (いや嘘にするんだ……) カトレアが普通の人間に戻れれば、そんな異名はただの嘘へと成り代わる。 それでいい――否、それがいい。 その為になら何でもする。 「ハンス」 不意にカトレアが声をかけた。 「何だい?」 「アンタまたツマんねぇこと考えてるだろ」 「考えてないさ」 詰まらない事など考えていない。 ハンスにとってこれはとても大切な事。 「そうかよ」 カトレアは拗ねたように言った。 カトレアの表情が曇り、ハンスは困ってしまう。そんな顔をさせたいわけではなかった。 「なぁハンス……アタシは別にアンタに感謝こそしても、恨んだことなんかないぞ」 「カトレアがそう言ってくれるのは、ありがたいんだけどね」 カトレアは遠い目をした。 見ているのは遠い過去の光景だ。 育ての親である老婆に化けたルーガルーが、カトレアを喰おうと大口を開けたあの時。ハンスが駆けつけ、ルーガルーを追い払わなかったら、一体どうなっていただろう。 あの忌々しいルーガルーの餌になっていたのは間違いない。 今こうしてカトレアが生きているのは、絶対にハンスのお陰なのだ。 だというのに、このハンス・イェーガーという男は――このお人好しで生真面目で朴念仁で、自罰的なこのバカな男は、 ――僕がもう少し早く駆けつけていれば、お婆さんは食べられなかったし、カトレアも人間のままでいられたのに。 などと考えているのだろう。 一年前のあの日から、ずっと。自分を責め続けているのだろう。 いくらカトレアが恨んでいないと言っても、感謝していると言い続けても、彼は己を責め続けるのだ。 それに関して、カトレアにも負い目があった。 自分が生き残ったばっかりに、カトレアという呪いをハンスにかけてしまったのではないかと。 つまるところ、カトレアもハンスに負けず劣らず自罰的な性格をしていたのだが、それに本人は気付いていなかった。 「オライリー卿の実験、上手くいくといいな」 カトレアを普通の人間に戻せる――それはハンスにとって、一番に考えなくてならない罪滅ぼし。贖罪だ。 「……そうだな」 カトレアは気のない返事を返す。 ハンスは疑問に思った。 「カトレアは嬉しくないのかい?」 「何が」 「元の身体に戻れるかもしれないんだよ」 「ん……」 カトレアは考え込むように頬杖をついた。 今更ながらに、カトレアは思ったほど期待感を抱いていないことに気付いた。 元の身体に戻れる――それはずっと追い求めてきた悲願であったはずだ。だというのに、それが叶いそうな状況で、何も感じていない。 それどころか、何か嫌な感覚を覚えている事に、カトレアはようやく気付いた。 (何だ……?) 胸に残るモヤモヤとした違和感。 自分は何に違和感を感じているのだろうか。 自分は本当は元の身体戻りたくないのだろうかと考えてみる。 ――それはない。 ただそこにいるだけで疎み、忌み嫌われる存在――それが今のカトレアだ。今のままで良いなんて思わない。このままで良いなどと思えない。 自分は真っ当な人間だと、はばかることなく宣言したい。 それは本心だ。 では何にカトレアは違和感を覚えている? 「もう戦わなくてもよくなるのに」 何気なくハンスは言った。 それがカトレアの心に突き刺さった。 「どういう意味だそれ」 「え? ……言葉通りの意味だけど」 ハンスはキョトンとした顔で応じる。 その悪気のない反応が、尚更カトレアの神経を逆なでした。 「アタシが戦わなくなるのが、そんなに嬉しいか」 「それはまぁ、カトレアが戦わずにすむなら、それに越したことはないんじゃないかなぁ」「――アタシは足手まといか」 急にカトレアの声が、一段低く――冷たくなった。 「カトレア?」 ハンスは呆気に取られた。 カトレアが何で怒っているのかが、ハンスには分からない。そしてカトレアも何で怒っているのか、よく分かってはいない。 それでも、ハンスの反応が気に食わなくて、カトレアは怒鳴った。 「アタシは足手まといの邪魔な子供のままか!」 「いや、そんな事はないって」 「じゃあ何なんだ! アタシは恨んでなんかいないって言ってんのに、いつまでもウジウジ罪悪感に浸ってんじゃねぇよ! 人の気も知らねえでこの朴念仁が!」 「カトレア……」 「――帰る」 そう言い残してカトレアは喫茶店を出て行ってしまった。 一人残されたハンスは、呆然と去っていくカトレアの背中を見ていた。 第五章 不穏 翌日。 採血の為、カトレアは屋敷の実験室を訪れていた。 「今日は一人かね?」 オライリー卿が尋ねた。 ハンスの姿がなかった。 「採血だけなら、一人でも出来るから」 ボソッとカトレアが答えた。 オライリー卿は片眉を上げる。 「何かあったのかね」 「別に、何も」 「何もなければ、昨日と同じようにハンス君がここにいたのでは?」 オライリー卿は何か感じ取ったのか、昨日よりも踏み込んできた。 カトレアは渋々といった風に答える――否、本当は誰かにこのイライラを言いたかったのかもしれない。 「ちょっと喧嘩しちゃったんで」 「ほほう。君たちは仲のいい相棒だと聞いていたが」 それだ。 オライリー卿の返事を聞いて、カトレアは気付いた。 「あいつはアタシのことを、相棒だって思ってない……」 いつまでも世話のかかる子供みたいに思ってる。 そう思われているのが、カトレアにとって無性に嫌なのだ。 「思っていたよりも、込み入った話のようだね」 「まぁ……そう……ですね」 「ふむ、そうだな」 オライリー卿は告解をきく神父のような、包容力のある笑顔で、ティーポットを取り出した。 「特別に取り寄せた茶葉がある。飲んでみるといい、気分が落ち着くよ」 ティーカップに紅茶を注いで差し出すオライリー卿。 「ありがとう……ございます」 慣れない敬語で礼を言ってから、カトレアは紅茶を口にした。 それから急に、カトレアの意識が遠のいた。 (……何だ!?) 朦朧とする意識の中、 「フフフ――これで計画を一歩先に進めることが出来る」 先ほどの優しい声色とは別人のようなオライリー卿の呟きが、カトレアの耳朶をうった。 カトレアがオライリー卿の実験室にいる頃、ハンスは街の大衆食堂にいた。 昨日の喫茶店からの帰りからというもの、カトレアが口を聞いてくれなくなってしまったのだ。 無言の圧がチクチクと痛い。 仕方なく、ハンスは一人街の食堂へと退散することになった。 (何がいけなかったんだろう……) 注文してから大分経ってしまい、温くなったお茶を飲みながらハンスは昨日の自分を振り返る。 カトレアが怒りだしたのは、ハンスが『カトレアが元の身体に戻れればもう戦わなくて良い』と言った後からだ。 それの何が悪かったのだろう。 ハンスにはカトレアが何に対して腹を立てているのか、皆目見当がつかなかった。 (子供の癇癪か?) カトレアは一応十四歳。 孤児だったところを拾われたので、正確な出生は分からないが、おおよそそのくらい。まだまだ精神的には未熟なところもあるし、年頃であることを思えば反抗期である可能性もあるが――。 (それでも、こっちから謝って仲直りした方が良いよな) このままで良い訳がない。 「さてどうするか……」 ため息と共に出た言葉は、重たかった。 ハンスの思考を切り替えるように、 「――よう兄さん。アンタ、オライリー様のお屋敷に来たっていう客人だろう?」 食堂の店主から声がかかった。 中年の大柄な男性で、人好きのする顔が印象的だ。 「ええ、まぁ……」 田舎特有の情報ネットワークなのだろうか。 ハンスがオライリー卿に呼ばれて来たことを、この店主は知っていた。 「するってぇとアレかい? 兄さんは、王都のお役人様か何かなのかい?」 「まぁそうですね」 王国騎士団はその名の通り、国王公認の騎士団だ。 お役人と言っても、間違いではない。 店主はウンウンと頷く。 「オライリー様は今度はどんな勲章をいただくのかねぇ」 ハンスがお役人という言葉を否定しなかった為、店主はハンスをオライリー卿の功績を確認するために王都から派遣された、高官か何かと思っているらしい。 「……随分とオライリー卿は街の方から慕われてるんですね」 地方都市の一領主とは思えないほどの豪邸。 それを見ても、疑問に思わない領民たち。 この街でのオライリー卿の評判は、かなり良いらしい。 「応よ。なんてたって、オライリー様は慈愛に満ちたお方でな。領民の怪我や病気を、その医療魔法でたちどころに治して下さるんだ」 「へぇ」 ハンスは素直に感心した。 立派な人物だと思ったが、領民の為にそこまでする貴族は珍しい。 「それなら確かに領民の方から慕われるのも納得ですね」 「もちろん全部が全部治せる訳じゃないが、オライリー様のお陰で救われた奴は多いんだぜ」 ふと店主が遠い目をした。 「俺にも息子が二人いたんだが、数年前に二人とも流行り病にかかっちまって……一人は何とか治ったが、もう一人は助からなかった」 「それは……お気の毒に」 「それでも一人は助かったんだ。オライリー様がいなけりゃ、二人とも死んでたかもしれねぇ……オライリー様には本当に感謝してるよ」 ふとハンスはあることが気になった。 「そう言えば昨日、オライリー卿の奥様も流行り病で亡くなったとお聞きしましたが」 ああ、と店主は頷く。 「どういう訳か、この町じゃ十年程前から流行り病がよく出るようになってな……あまり言いたくはないが、人が年々減ってるのさ」 「人が減っている……」 「本当に、オライリー様が医療にも長けていなければ、この街はずっと前に滅んでいたんじゃないかねぇ」 「…………」 何か不穏な物を、ハンスは感じた。 それはルーガルーを追い詰め仕留める、騎士団の一員であり、化物退治の専門家であり、狩人としての経験が導き出した第六感。 この街で起きていることに、何か作為的ものを感じるのだ。 まるでオライリー卿の為に起きたかのような流行り病。 そして少しずつ減っていく人口。 これらは本当に、偶然が重なっただけの事なのだろうか。 (違う……何かある!) 根拠に乏しいのは重々承知の上で、ハンスは自らの勘を信じることにした。 嫌な胸騒ぎがしてたまらない。 「すいません、失礼します!」 テーブルの上に数枚の銀貨を置いて、ハンスは勢いよく店から飛び出した。 薄暗がりの中、カトレアは目を覚ました。 ぼんやりとした視界が、実像を結ぶまで大分かかった気がする。 カトレアは何かの台座の上に寝かされていた。起き上がろうとすると、抵抗がある。見れば身体の各部が、ベルトで台座に固定されていた。 「クソッ」 手足に力を込めるが、身体がフワフワとして上手く力が入らない。 (いつもなら、こんな拘束なんて力づくで外せるのに……) 薬か何かを飲まされたのだろう。 「フフッ目が覚めたかね?」 「オライリー卿!」 薄暗い部屋の隅から、オライリー卿が現れた。 出会った時の柔和な顔が嘘のよう、そこにいた男は目の前の対象を実験動物としてしか認識していない。冷静で冷酷な、研究者の顔。 「何だってこんな事を――何が目的だ」 「それについては既に話したはずだ、君の身体の仕組みが知りたい――とね」 「ああン? どういう事だ」 「そのままの意味だよ」 会話がかみ合っていない。 オライリー卿は正気なのか、カトレアは気になって苦笑する。こんな事をする人間が、正気でいるわけがない。 「質問を変えようか。アタシの身体を調べて、どうするつもりだ?」 「ほほう――?」 オライリー卿は関心を示した。 「粗野な言動は目に余るが、中々どうして馬鹿ではないらしい」 「アンタに褒められても嬉しくねぇよ」 カトレアの軽口を前にしても、オライリー卿の態度は変わらない。 「その聡明さの褒美だ、質問に答えよう」 オライリー卿は語った。本当は語りたかったのだろう。 自分の成し遂げる行為が、いかなる偉業なのかを。 「私は人としての理性を保ったまま、ルーガルーになりたいのだよ」 「なっ――⁉」 カトレアは驚愕に声を上げ、その反応にオライリー卿は満足そうな笑みを浮かべる。 「一体何を考えてんだテメェ!」 「私が考えていることは、いつだって高みを目指すことだよ」 さも当然のことと言わんばかりに、オライリー卿は言う。 「高み? ルーガルーになる事が、化物に成り果てるのが、高みだとでも言うつもりか!」 「それは君が彼らのことを知らないからだよ」 うっとりとした表情で語るオライリー卿。 その目は何も写していない。 ただ思い描かれた『崇高な理想』へと、その熱を帯びた視線は注がれている。 「君はルーガルーについてどれだけの事を知っている?」 「人に化けて人を喰らう化物だろ」 「最もルーガルーとの実戦経験に富んだ王国騎士団退魔機関でさえ、その程度認識しかないのだろうね。嘆かわしい」 オライリー卿は語る。 ルーガルーの素晴らしさを。 「彼らは魔力をその身に宿し、他者から殺傷されなければ老いることも病むこともない、いわば不老不死。かつて狩られたルーガルーの中には、数百年生きたルーガルーがいたことが分かっている。そしてその長い寿命で人では得られない知見を蓄積した、魔法学的に見て非常に崇高な生き物なのだよ」 「だけど人間を喰うんだろ」 「それが何だ?」 そんな事は些末なことだとオライリー卿は答える。 「君は牛や豚を食べないのかね? 食べるだろう。それは私たち人間が、彼ら家畜よりも高次な生き物だからだ。そしてそれはルーガルーも同じ。彼らは人間より一つ高い次元にいる。彼らが生きるために人間を食べることの何が悪い?」 カトレアは言葉に詰まる。 理屈の上ではそうだ。人間だって他の生き物を殺し、食らうことで生きている。捕食者が被捕食者を喰らう。それは確かに自然なことかもしれない。 それでも、オライリー卿のいう事は承服できることではなかった。 何故ならカトレアもオライリー卿も人間なのだから。 「お前だって人間だろうが! お前だって喰われるかもしれないんだぞ‼」 「だから私はルーガルーになりたい――いや、なるのだよ」 オライリー卿の目が怪しく光る。 「君の血を利用してね」 「……ッ! 最初からそれが目的だったんだな」 「如何にも」 オライリー卿は滔々と語る。 「君の血はとても興味深いものだった。魔力を制御する因子とでもいうべきものが備わっている。これは君の生得的な特徴なのだろうね、君のような血をした人間がいないか可能な限り調べたが、今まで誰一人としてこんな特徴を持った人間はいなかったからね――ああ、やっとだ! ようやく手に入る、私を更なる高みへと導くものが‼」 「アタシをどうするつもりだ?」 「君の血の秘密を他の誰かが知れば、同じようにルーガルーになる輩が出てくるかもしれないだろう? だから喰らうよ、私がルーガルーになった後で最初のディナーにね」 「――クソォ!」 カトレアは暴れるが、それも虚しい抵抗だった。頑丈なベルトは、今のカトレアではびくともしない。 「さて、いよいよだ」 オライリー卿が懐から懐中時計を取り出し、時刻を確認する。 コポコポと音を立てていたフラスコが、静かになる。 オライリー卿は手袋をして、そのフラスコを確認する。 「――出来た!」 言うが早いか、オライリー卿はフラスコの中身。カトレアの血液から精製した液体を口に含んだ。 ドクン。 オライリー卿の心臓が大きく脈打つのを、カトレアも感じ取った。 通常の脈拍では有り得ないほどに強く、オライリー卿の心臓が拍動している。まるで狂ったポンプのように、血流を全身に巡らせていた。 ドクン、ドクン、ドクン。 すぐに変化は現れ始めた。 拍動する血管が浮き上がりったかと思えば、オライリー卿の体毛が伸び始めた。そして今度は、骨格が歪んでいく。 小さなゴム風船に無理矢理空気を入れるように、オライリー卿の身体が歪に膨れ上がり、そのシルエットは明らかに人ではない物に変貌していく。 洋服の背が弾け、毛むくじゃらの背中が膨らむ。 肩口から布が破け、袖が落ちる。 やがてそこに現れたのは、灰色の毛並みをした人の身の丈をゆうに超える獣の怪物――ルーガルー。 「おお、これは……!」 ルーガルーの口から、不快な声が聞こえる。あれは間違いなくオライリー卿の声だ。 人の声帯とは違う発声器官から、人間の声を出すとこんなにも不気味なのかとカトレアは思った。 「フハッ、フハハハハハァ――――ッ! 成功だ! 成功したぞ! 人の殻を脱ぎ捨て、ついに私は、人を超えた存在へと昇華した‼」 「クソが」 カトレアは吐き捨てるように言った。 元の身体に戻ることを希求するカトレアにとって、人間であることを自ら捨てるオライリー卿の行為は、全くもって理解不能。 自分にとって大切なものを踏みにじられたような、悔しさを感じていた。 「ハハハハハッ! これは気分が良い、最高の気分だ――さて」 灰色のルーガルーが、顔を歪めてカトレアを見る。 「さっそく人を喰ってみる事としよう」 「……く……っ!」 カトレアはもう一度手足に力を込めた。 飲まされた薬は、意識を取り戻してから、大分薄まっている。もう少しで手足は以前のように動けるようになる。 だが、それでも今ではない。 この拘束を取り払うまでには、回復していない。 今のカトレアには何も出来ない。 戦うことも出来ぬまま、無抵抗に喰われるだけだ。 変貌を遂げたオライリー卿が、カトレアに近づく。獣の匂いと生温かい息遣いに、ゾワリと鳥肌が立った。 (ああ――クソ!) このまま喰われる。 ここで死ぬ。 それが非常にリアルなものとして、想像できる。 涙は出ない。 嗚咽も漏れない。 ただ虚無感に苛まれる。 一年前のあの日に死に底なってから、今日まで戦い続けてきた。自分と同じような目に合う人間を少しでも減らしたいと思ったから。 それは綺麗事だ。 噓ではないが、真実でもない。 死に直面した今なら、素直に自分の気持ちを見ることが出来た。 カトレアは居場所が欲しかった。 この世で――誰も味方のいないこの世界で、自分が居てもいい場所が欲しかった。そしてそれは、自分を育てくれた老婆だった。 その老婆が喰われて、カトレアが抱いたのは強い怒りと、自分は一人になってしまったという恐怖。 その恐怖からカトレアを助けてくれたのはハンスだ。 カトレアを助けてくれた、初めて出会ったあの日から、ハンスいつもカトレアの傍にいてくれた。カトレアの味方になってくれた。 いつしかハンスの隣が、カトレアの居場所になっていた。 そこで戦い続ける事が、心地良いものになっていたのだ。 (ああそうか……) ようやくカトレアは気付いた。 何故、元の身体に戻れる事を嬉しがっていたハンスに、カトレアがイラついていたのか。 ――悔しかったのだ。 ハンスの隣で戦う自分を、否定されたような気がして。 カトレアはハンスと一緒にいたかった。 その思いを、これまでの旅路を、否定されたような気がして、悔しかったし悲しかった。いつも自分を子供扱いするハンスに、相棒として認めて欲しかった。 ただそれだけだったのだ。 (ちゃんと素直に言っておけば良かった……) 大口を広げたオライリーが、もうすぐそこまで迫っている。 「ごめん――ハンス」 「――――カトレアァァァ!」 カトレアが末期の言葉を口にしたのと、ハンスが扉をぶち破って暗室に飛び込んできたのはほぼ同時だった。 暗室に飛び込んだハンスが見たものは、拘束されたカトレアとカトレアに迫る灰色のルーガルー。 考えるより先に身体が動いていた。 「うおおおおおおおぉぉぉっ!」 ハンスは魔銃を乱射した。 拘束されたカトレアに当たらないよう射線を調整して引き金を引く。 魔力込められた魔法の弾丸が連射される。 「何ィッ⁉」 灰色のルーガルーは、虚を突かれたのか、慌てて身を翻す。飛び下がって銃撃を避けたお陰で、カトレアからルーガルーが引き離される。 ハンスはカトレアを庇うように、ルーガルーとカトレアの間に滑り込んだ。 「無事か⁉ カトレア!」 「……何とか」 カトレアは目を見開いてハンスを見ていた。 「本当かい?」 「この状況でウソ言わねぇって」 「いやでも、顔赤いから」 「……ッ!」 カトレアは顔を隠すように、ハンスから顔を背けた。 「変な薬飲まされて、ちょっと身体の調子が悪いんだよ!」 「なるほど」 「ていうか、さっさとこの拘束を解いてくれよ!」 「了解」 ハンスはルーガルーに魔銃の銃口を向けたまま、空いた方の手でナイフを取り出すと、手早くカトレアを拘束するベルトを切った。 「ふぅ……やっと動ける」 解放された手足の具合を確かめるカトレア。 ハンスは魔銃を両手で構えなおす。 「あなたの好きにはさせませんよ、オライリー卿」 「――ほう」 灰色のルーガルーになったオライリー卿が、顔を歪める。 「この姿になった私を見たのは、今が初めてはずだが……すぐに気付くとは」 「ある程度こんな事を企んでいるのではないかと、推測はしていました。もっとも気付いたのは、街でのほんの些細な事がきっかけでしたけど」 十年ほど前から流行りだした病。 少しずつ減っていく人の数。 病を看ていたのはオライリー卿。 そして何よりも、オライリー卿が魔法学に長けた研究者であり、術師である事。 全てのパーツが揃ったとき、ハンスには朧気ながら全貌が見えていた。 「魔法を研究する過程で、魔に魅入られてしまったあなたは、自分を魔物に変える事を目論んだ。そしてその為の人体実験を行うために、偽物の病を流行らせた。魔法医療に長けたあなたなら、何も知らない領民を騙すなんて簡単です」 そうして領民からの信頼を得つつ、陰で非道な実験を繰り返して来たのだろう。 「そこまで見抜いていたか、中々どうして君も大した洞察力の持ち主のようだな」 オライリー卿が答える。 「本当はカトレア嬢をすぐにでも手中に収めたかったが、彼女は目立ちすぎていたからね。あまり性急に動くと、騎士団本部に私の計画を感づかれる可能性があった。彼女を手に入れるまでの一年間は、惰性で研究を続けていた感もあったがね」 「コイツ……!」 カトレアは歯噛みした。 「人の命を何だと思っていやがる! 人間はテメェの玩具じゃねぇ‼」 「ハッ! 領民をどう扱おうと、領主たる私の勝手だ」 「それがテメェの本音か。性根まで腐っていやがるな」 「…………」 吐き捨てるように言うカトレア。 ハンスは無言でオライリーを睨んでいる。 「今まで計算高く立ち回っていたあなたが、そんな風に計画を話すということは、僕らを生かして帰す気はないという事ですね」 静かにハンスが言った。 いくら不老不死のルーガルーになったと言っても、それだけでは大きな脅威とはならない。 ルーガルー一匹がその居場所を知られれば、騎士団は全力で動く。 たった一人で騎士団全てを相手取れるほど、ルーガルー単体での戦力は高くない。つまりハンスかカトレアが生き残り、今回の顛末を騎士団本部に報告すれば、オライリーは早晩狩られるか、王国中を逃げ回るはめになる。 「フハ――」 オライリーは鋭い牙を覗かせた。 「――その通りだよ!」 オライリーが二人に襲い掛かった。 ハンスは反射的に発砲。 銃声がこだまする。 オライリーは大きく跳躍。魔弾はオライリーの尻尾を掠めるに終わった。オライリーが真上から圧し掛かってくる。ルーガルーの巨体で圧し掛かれば、人の首など簡単に折れる。 「くっ!」 「ぅわっ⁉」 まだ動きの鈍いカトレアを抱いて、ハンスは横っ飛びに躱す。一瞬前まで二人がいた空間をオライリーの前足が着地。衝撃で床がめり込む。 (マズいな……!) この狭い室内でルーガルーとやり合うのは危険だ。カトレアがまともに動けないのなら、なおさら。 ここは一旦退くしかない――そうハンスは判断した。 「ふむ、外したか」 オライリーがゆっくりと二人に向き直る。 ハンスは内心でほくそ笑む。 今の攻撃を見ても分かる通り、オライリーはまだルーガルーの身体と身体能力を使いこなせていない。攻撃は単純かつ大雑把。 それも当然のこと。 元は研究者なのだ。戦闘経験はない。 今はその化物の身体に任せて、暴れまわっているだけだ。 (付け入る隙は――ある!) 「次は外さんよ」 オライリーがまた動き出す。 ハンスはあえて狙いを雑にして魔銃を撃った。と同時に、左手で懐を探る。 適当にばら撒かれた弾幕を躱して、オライリーがハンスの眼前に迫る。その瞬間、 「目を塞げ!」 ハンスが叫ぶ。 一瞬でその意図を察し、カトレアは目を手で覆う。 ハンスは懐から探り出したソレを、自分とルーガルーの間へと投げる。丸薬のような形をしたソレは、その刹那に破裂。 激しい閃光が炸裂する――魔法式の閃光弾だ。 「ぐぅあああっ!」 オライリーが呻く。 人の何倍もあるだろうルーガルーの視力で、閃光弾の光りをまともに直視したせいか、その効果は予想以上に大きかったらしい。 網膜を焼き尽くすような光量に、完全に目を回している。 ハンスとカトレアは目を開けた。 二人は閃光弾が破裂する前に目を閉じていたので問題ない。 「ぐぬぅ――舐めるなァァァ!」 オライリーはほとんど目の見えない状態のまま、無茶苦茶に暴れ始めた。床を壁を天井を蹴って、周囲全てを壊して回る。 まるで灰色の台風が部屋の中に発生したかのようだった。 こうなっては手が付けられない。 下手に攻撃すれば、こちらの居場所をオライリーに教え、反撃される可能性がある。この部屋は依然としてオライリーに優位な場所なのだ。 「逃げるよカトレア!」 ハンスはまたカトレアを抱え上げると、蹴破った部屋の入口から一目散に逃げる。 「そこかぁ!」 声を頼りに、オライリーが手近な実験器具を投げつける。 ルーガルーの腕力で弾き飛ばされた実験器具は、ハンスの背中を掠めた。 「――ぐっ」 「おいハンス! 大丈夫か⁉」 「大丈夫。ただの掠り傷だって」 ハンスはカトレアを抱えたまま走り続けた。 暗室にはオライリーだけが残された。 「くぅ、取り逃がしたか……」 ハンスたちが逃げて少し経ってから、ようやくオライリーの視力は回復した。見えるのは破壊した暗室の瓦礫ばかり。 このままでは不味い。 オライリーは追い詰められていた。何としてもあの二人を殺して、その口を封じなければならない。 「かくなる上は」 (最後の手段として残していた手を使うしかない――!) オライリーの顔が歪む。それは正しく悪魔の顔だった。 第六章 魔銃の騎士 「オヤジさん! 開けてくれ!」 ハンスはカトレアを抱えたまま、街の宿酒場まで着ていた。 日は暮れて、街はすっかり夜になっている。 「何だい、こんな夜中に――ん? その声は昼間の」 閉められ宿酒場の扉の向こうから、あの野太い声が聞こえる。 「緊急事態なんです! ここを開けていただけませんか」 「何だってんだい」 宿酒場の扉が開いた。 顔を覗かせた店主が驚いたように目を見開く。 「おい兄さん、その子は――」 「事情は話します、お願いですから中へ」 「わ、分かった」 店主はハンスとカトレアを中に入れた。 「取り敢えず、一部屋お願いできますか?」 「ちょっと待っててくれ、部屋の空きを確認してくる」 店主は店の二階へと走っていった。 カトレアは微動だにせず、ハンスの腕の中で縮こまっている。 「カトレア大丈夫?」 「……」 カトレアは顔を赤らめ、無言でハンスを睨む。 「お前さぁ、平気でアタシを抱えたまま人前に出るなよ。もう立って歩くくらい出来るからさ、人と会うまえに下ろせよ」 グチグチと小言をいうカトレアに、ハンスは首を傾げた。 「でもカトレアはまだ体調戻ってないだろ? 体調不良の人間を歩かせるのは良くないんじゃ」 「それは……そうかもしれないけど」 「ああ、抱えてたのがまずかったってこと? じゃあ負ぶさってた方が良かったかな?」 「そういう事じゃねぇよ!」 赤い顔のまま、カトレアが吠える。 「?」 ハンスはキョトンとした顔のままだ。 ダメだ。 この男には、人前でお姫様抱っこをされると恥ずかしいという概念がないのだ。 赤くなった頬を隠すように手で覆うカトレア。 「コイツをいっぺん殺してぇ……!」 「穏やかじゃないなぁ」 答えるハンスはどこ吹く風だ。 ニコリと笑うハンス。 「そんな軽口が叩けるなら、取り敢えず心配はいらなそうだね」 「……うっせ」 カトレアは口を尖らせた。 (本当に人の気も知らないで、この男は……!) 「部屋開けたぞ、一人部屋だけどな」 店主が戻ってきた。 ハンスはカトレアを抱えたまま部屋へと移動する。 部屋のベッドにカトレアを寝かせる。 「それで? 一体こりゃあ、どういう事なんだい?」 店主が堪え切れず疑問を口にした。 ハンスは考え込む。どこから話したものか。 「領主のオライリーが……人喰いの化物になっちまった」 カトレアが端的に言った。 店主は度肝を抜く。 「な、何だって⁉ 冗談にしてもタチが悪いぜ!」 「いや――それが本当なんですよ」 ハンスは苦々しく言った。 オライリーは領主として、この町の領民から慕われていた。今回のことは、領民に大きなショックを与えるだろう。中々信じてもらえないかもしれないが、それでも言わなくてはならない。 ハンスは懐から王国騎士団のエンブレムを出す。 「王国魔術騎士団所属、ハンス・イェーガーの名において証言します。『魔導の探求者』オライリー卿は、魔に魅入られ人喰いの化物に成り果てました」 「う、噓だ! 信じねぇぞ、そんな――」 店主は信じられないと頭を抱える。 「本当だ。アタシは喰われかけた」 「嘘だ、デタラメだ! あのオライリー様が、そんな事するはずがねぇ!」 ハンスは悲しい目で店主を見た。 人は『信じられる』ものを信じるのではなく、『信じたい』ものを信じる。オライリーはこれまで何年もかけて、その信頼を築いてきた。その土台を崩すのはとても難しい。 ハンスは歯噛みした。 店主を今以上に傷つける事を、話さなくてはいけない。 それでも言わなければ。 「オライリー卿は、善人ではありませんでした。この町で流行っていた病の原因は、オライリー卿が創り出した魔法によるもの――ただの自作自演だったんです」 「ッ! ……そんな」 「それと――」 ハンスは声を落とす。 「彼は治療と称して、人体実験を行っていました。流行り病で死んだ人は、彼に実験材料として使われた可能性が高いです」 「――――――!」 店主は何も言えず、ただ口をあわあわと動かすだけになってしまった。それからガックリと膝をついて、うわ言を繰り返す。 「そんな……嘘だ……息子は…………」 その様子を、ハンスとカトレアはやり切れない思いで見ていた。 「……これからどうするんだ?」 「とにかく騎士団本部に連絡して、増援を――」 ハンスがそこまで言った時だった。 通りから悲鳴が聞こえた。 「何だ!?」 通り面した部屋の窓に詰め寄る。 見れば通りで通行人が襲われていた。 (アレはルーガルー!?) ――違う、それよりも下等な使い魔だ。 それでも人間と同じくらいのサイズがある。イヌ科動物のようなフォルムに、鋭い爪と牙。血肉を求めて爛々と光る眼。 ハンスは魔銃を担いで、窓から躍り出た。訓練を受けたハンスにとって、二階から飛び降りなどわけない。 着地と同時に転がって衝撃を逃がす、それらをこなしつつ魔銃を構える。 撃った。 窓から飛び出して一秒に満たない時間だった。 「大丈夫ですか!?」 通行人に駆け寄るハンス。 呻くばかりで答えない通行人。噛まれた跡、裂かれた肉が生々しい。重症だ。 「クソッ!」 ハンスは傷ついた通行人を抱えて宿酒場へ戻る。 中へ入ると、すぐに扉を閉める。 扉にもたれかかるようにして、外の様子を探る。 地面から衝撃が伝わって来る。 使い魔の足音だ。何十体もいる。 (一体どこから――?) 「おい……どうしたんだよ、その人。傷だらけじゃねぇか」 うわ言を繰り返していた店主が、ハンスに近づいてくる。 「下級の魔物が出たんです。すぐそこで襲われたんですよ」 「何だって!? ここは町の中だぞ、人里離れた山奥じゃない」 店主は目を剝いた。 「この人を頼みます。戸締りをしっかりして、外には絶対に出ないように!」 ハンスは急いで二階にあるカトレアの部屋へ戻った。 部屋に入ると、カトレアがベッドから身体を起こし、窓から外を見ている。 「無理しちゃダメだよカトレア」 「だから、ちょっと動くくらいなら大丈夫だって。それよりか、とんでもないことになってんな」 カトレアは眼下に広がる光景に険しい表情をする。 見える限りでも何十体もの下等魔物が徘徊している。 「おそらく町中がこの有様だな。そして原因は間違いなく、オライリーの奴だ」 カトレアはギリッと音がするほど強く、歯を嚙み締めた。 「あれは多分、今までルーガルー化実験の実験台にされた人間たちだろう」 「カトレアも気付いてたんだ……」 この娘は学こそないが、頭の回転は早い。 事こういう人の悪意に対して、カトレアは非常に鋭い。 病の治療と称して人を攫い、領民を実験台にしてオライリーはルーガルーになる為の実験をしていた。 実験は上手く行かず、失敗ばかりだった。 ――彼自身が言っていた。魔力をその身に宿すと、常人では耐えらず、下等な使い魔になってしまうと。 その失敗作として出来上がった使い魔を、ここで解き放ったのだろう。 「人を――人の命を何だと思っていやがる!」 カトレアはまだ満足に動かない手足を怒りに震わせた。 「……ハンス、オライリーの狙いは何だと思う」 「おそらくだけど、この町を地図から消そうとしているんじゃないかな」 ハンスは静かに言った。 「もしこの町の住人全てが、魔物やルーガルーに喰いつくされたら、真実を知るものはいなくなる。後から騎士団本部が駆けつけても、正体不明の魔物の大群押し寄せて、街を飲み込んだとしか思わない。僕らもオライリーも死んだことになって、彼は悠々と何処かへ逃げられる――それが彼の描くシナリオだろうね」 「クソッ、何とかしねぇとな」 このままでは、町の住人全てが喰い殺される。 黙ってみているわけにはいかない。 「ハンス行くぞ!」 カトレアはいきり立つが、ハンスは酷く静かだった。 「いや――行くのは僕だけだ」 静かに、しかし力強くハンスは宣言した。 「……は?」 ハンスが何を言っているのか、カトレアには理解できなかった。 「何言ってんだよハンス」 「…………」 ハンスは答えない。 「見りゃ分かるだろ、たった一人で行って勝てるわけない! こんな時こそアタシら二人で、力を合わせなきゃ――」 「君はまだ十分には動けないだろ。回復にはまだ時間が必要だ」 「そんなもん、動いてれば自然に薬も抜けてくる」 「その前に喰われたらどうするんだい?」 「それは――」 ハンスが言っている事は正論だ。 だが、何かがおかしい。ハンスは自分の言い分を通すために、正論を振りかざしているように見える。 「――アタシが足手まといだからか」 「そんな事は言ってない」 「言ってるだろ、だから一人で行くって言ってんだろうが」 「そんなつもりで言った訳じゃない」 「じゃあどんなつもりで言ってんだよ!」 「――君を死なせたくないんだよ!」 初めて、ハンスが声を荒げた。 いつもの冷静さはない。生の感情が溢れだして声となる。 「僕はカトレアが死ぬところを見たくない」 そして何よりも。 「僕は君を殺したくない――それだけなんだ」 溢れだした思いをぶつける。 今はそれだけしか出来ない。 「は――どういう意味だよ、アタシを殺したくないって」 「君が理性を失って、魔物に堕ちたら――僕は君を殺さなくちゃいけない」 それがハンスとカトレアがバディを組む最低条件。 「オライリーも言っていたが、君は特別なんだ。本当に奇跡のような危ういバランスの上に、カトレアはいる。少しでも何かが違っていたら、君は外にいる連中と同じようになっていたかもしれない」 ねぇ、そのバランスを崩すものってなんだと思う――ハンスは言った。 「君が魔力を使うこと、魔物としての身体能力や再生能力を発揮することなんだよ」 魔力を使い過ぎれば、カトレアはいつ魔物になってもおかしくはないのだ。 「今までは許容範囲の中でやれてた、でもそれを君が今も守れる保証はない」 「アタシがそれくらいの分別もつかねぇバカだって言いたいのか」 「そんな事ないよ」 「じゃあ――」 「――カトレアは優しいからね」 悲しむような、慈しむような。そんな顔でハンスは言った。 「君は何だかんだと言いながら、誰かの為に無茶しちゃうからね。それは君の良いところだけど、見ているこっちはハラハラものなんだ」 「だから一人で行くっていうのか」 「――うん」 頷くハンス。 カトレアは激昂した。 「ふざけんな! そんなふざけた理由で、お前ひとり行かせるか!」 「まあ、結局そうなっちゃうよね」 力づくでも一緒に行くと言って憚らない雰囲気のカトレアに、ハンスは苦笑した。 さりげなく懐からとある道具を取り出す。 ハンスはそれをカトレアに向かって放った。 「《縛れ》」 「なっ!?」 小さくまとめられたロープ。 それがハンスの声と共に、生き物のように動きだし、瞬く間にカトレアを縛り上げる。 「何だコレ!? ハンス!」 「拘束用の魔術捕縛縄だよ」 王国騎士団退魔機関は化物退治に特化した機関だが、常に魔物・化物の類と戦っているわけではない。時には人間の犯罪者を取り締まったり、生け捕りにして捕える時もある。 「これはそれ用のアイテムなんだ。こういう時に役に立つ」 「ハンス! お前ぇ!」 「普段の君なら、引きちぎって拘束を解けるはずだ。それまでは大人しくしててね」 ハンスはニッコリと笑う。 まるで幼子をあやす乳母のように。 「大丈夫、死ぬ気はないさ」 そう嘯いて、ハンスは窓から外へ飛び出した。 「待てハンス――!」 カトレアの声は届かなかった。 宿酒場の二階から飛び出したハンスは、通りに着地すると腰の後ろから銃剣を取り出し、魔銃の銃身に取り付ける。 銃剣の刀身は40センチほど。 元々魔銃自体の全長が長いので、銃剣を取り付けると短めの槍くらいの長さになる。 これで準備は完了だ。 「さてと――」 ハンスは油断なく構える。 ハンスが外へ出てきたことに反応して、既に魔物は集まりつつある。 しかしハンスに臆する様子はない。 それどころか笑みを浮かべる余裕すらある。 「カッコつけて出て来ちゃったからには、精々カッコ良く戦うとしようか」 ハンスは使い魔の群れに向かって突撃した。 街の一際大きな建物の上。 屋根の上に灰色のルーガルー、オライリーはいた。 高所から町全体を見回す。 人の視力の何倍もあるルーガルーの眼なら、闇夜の長距離でも問題なく見える。 放った使い魔は七十二。 町中に散らばった使い魔は、容赦なく領民たちを襲っている。いたるところで悲鳴が叫ばれ、命が散って、地面が血を吸う。 阿鼻叫喚の地獄絵図を見て、オライリーは満悦だった。 領民に対しては何も思わない。 そもそも領民は領主の管理物だ。自分の思うように扱えばいい。これは無駄遣いではなく、目的の為の有効活用。 なので彼の心は何も痛まない。 (おや?) 街の一角で、使い魔が次々と倒れていくのを、オライリーは感じ取った。 その方向に目線をやる。 (――奴か) ハンス・イェーガーだった。 連れのカトレアは何処かに匿って来たのだろう。ただ一人、使い魔を相手に奮戦していた。 (ほほう、中々やるな) オライリーは感心した。 騎士団での噂と言えば、『大鋏の赤ずきん』ことカトレアの話題ばかりだった。ハンスは決して目立つ存在ではない。 しかしどうだろう。 この土壇場にあって、ハンスの戦いぶりは鬼気迫るものであった。 いくつもの魔弾を使い分け、効果的に――時に狡猾に立ち回り、次々と使い魔を倒している。 ハンスが凄腕の戦士であることを、オライリーは思い知らされた。 (それも当然か……) ハンスはカトレアが暴走した時に、彼女を殺すように騎士団本部から直々に任ぜられている。それはつまり、ハンスは暴走したカトレアを殺す事ができる強者であると、騎士団本部が認識しているという事だ。 派手さこそないが、ハンスもまた一流の戦士であるという事だろう。 油断をすれば足元を掬われかねない――ハンスは今少しの間使い魔と戦わせ、消耗させてから襲った方がいい。 オライリーはそう判断した。 「もっとも、それまで生きているか見物だな」 「おおおおおぉぉぉっ!」 ハンスは吠える。 迫る魔物に向かって引き金を引き続ける。 多方向からひっきりなしに現れる魔物に、ハンスは思考をフル回転させ、迎撃手順を組み立てる。 (左、右、背後――!) 魔物息遣い、足音を頼りに、視界の外の魔物まで把握。その移動速度、攻撃姿勢、体格の大小から、危険度を割り出し、最適な攻撃手順を導き出す。 類まれな空間把握能力と冷静な判断力の成せる技だ。 正確無比な時計の歯車のように、ハンスの戦闘には全くの無駄がない。精密な計算し尽された動きだ。 しかしもちろん、実戦では計算外の出来事は容易に起こり得る。 魔物に向けて引き金を引く。 しかし弾が出ない。弾詰まり(ジャム)だ。 「クソッ!」 素早くボルトを引いて排莢しようとするが、その隙に魔物はハンスに肉薄する。その爪がハンスの頸動脈を切り裂く――寸前でハンスは行動を切り替えた。 魔銃を右から左へ思い切り振った。振り出された銃床(ストック)が棍棒となって、魔物の横っ面を殴り倒す。 骨を砕く鈍い感触がハンスの腕に伝わる。 反動で今度は左から右へ魔銃を振るう。銃身の先に付けられた銃剣が、魔物の胴を深々と切り裂いた。 斬られた魔物は、ドッと地面に倒れ込む。 この魔物も、元はこの街の住人だったはずだ。もしかしたら、世話になった宿酒場の店主の息子かもしれない。それを確かめる術すらない。 一瞬の感傷を怒りに変えて、ハンスは戦い続けた。 どれ程戦い続けただろうか。 気付けばハンスを取り囲む魔物の数が減っている。 撃ち殺し、斬り殺した魔物の数は四十か五十か。ハンスは相当数の魔物をたった一人で狩っていた。 大きく肩で息をし、避け損なった魔物の爪牙に裂かれた浅い裂傷は、体中に出来ている。 疲労困憊、満身創痍。 それでもまだ、ハンスは立っている。 (これならイケるか?) 建物の陰に身を寄せて、しばし呼吸を整えるハンス。 この調子なら、町中に放たれた魔物を全て倒せるだろう。 何とか一筋の希望は見えた――ハンスがそう思った時だった。 「ミツケタ」 「――ッ‼」 気配も音もなく、すぐそばまで迫っている影があった。 瞬間的に鳥肌が立った。 ヤバい――そう感じたのは理屈ではなく本能。 思考を介することなく、ハンスの運動神経は四肢を動かす。全力で横っ飛びに地面を転がった。 ブオォンッ! 空を切り裂くが、無機質に響く。 転がったハンスは起き上がりながら即座に反転。自分に迫っていた影を目視する。 「な――んだ、お前は……!」 ハンスは瞠目した。 それはハンスが騎士団の人間として戦ってきた経験には、存在しない未知のモノだった。 それは獣人。 鋭利な爪と牙、身体を覆うしなやかで剛い体毛。そこまでは普通のルーガルーと同じだ。だがそのフォルムが全く違う。 二本足で立っている。 しかし、人間よりも獣の脚に近い造形だ。空いた両腕は人間と同じように、五本の指が器用に動かせる。しかし指先の爪は依然として禍々しく伸びている。 通常のルーガルーよりもややサイズダウンしているが、それでも二メートル程の巨体。 頭部はイヌ科動物のような形状をしている。 総じて獣と人の要素が交じり合ったような、そんな外見をしている。 ハンスの経験上、こんな魔物を見るのは初めてだ。 月明りに灰色の毛並みが光る。 それでハンスは気が付いた。 「お前――オライリーなのか?」 「如何にも」 その獣人は慇懃な態度で会釈した。 「ようやく力も安定してきた。この力がどの程度のものか、君で試したくなってね」 嫌味なほど丁寧にオライリーは言う。 「どういう事だ……その姿は一体⁉」 「君ほどの凄腕でも、この姿のルーガルーに出会った事はないらしいな」 オライリーが得意げに話す。 「ルーガルーは人に化けることの出来る獣の魔物だ。人としての形状と、獣としての形状の二つを持ち合わせている。そしてその二つがより高次な次元で合わさると、この獣人の姿になる。ルーガルーの第三形態だ」 オライリーは恍惚にもだえる。 「人を超え、そしてルーガルーの中でも抜きんでた存在に私はなったのだ!」 「……ッ……!」 ハンスは何も言わずに魔銃を撃った。 この化物は今すぐにでも倒さなければならない――本能的にそう思った。距離数メートル、至近距離から予備動作なしの発砲。 無条件で当たる――そう思っていただけに、魔弾が何もない空間を射貫くのを見て、ハンスは驚愕した。 「なっ⁉」 オライリーの姿が消えた。 目の前にいたはずの巨体が、見る影もない。 「こっちだよ」 背後からの強打。 「――がはっ!」 ハンスはノーバウンドで五メートルは吹き飛ばされた。地面に倒れ込んでも、吹き飛ばされた勢いは止まらず、そのままゴロゴロと転がる。 背中の痛みを懸命に堪え、全身全霊で呼吸を整えながら、ハンスは立ち上がる。 (見えなかった……!) いくらルーガルーの身体能力が優れていると言っても、目で追えないほどの速さは初めて体感する。どうやう動いたのか――どう魔弾を避け、どう回り込み、どうハンスを攻撃したのか、全く分からない。 反撃の発砲。 ハンスはがむしゃらに引き金を引き続けるが、オライリーには掠りもしない。極めて近い距離であるにも関わらずだ。 十メートル以内の距離で、銃弾を躱し続けることなど、ルーガルーでも出来ない。最初の一発を避けることが出来ても、連続しては無理だ。 必ず回避のために距離をとって下がる。 オライリーにはそれがない。 銃を構えた相手を前にして、極めて近い間合いを保ったまま、銃弾を躱し続けている。 (これが獣人化したルーガルーの特性か!) 単純に通常よりもサイズが小さくなった分だけ、的が小さい。そして目方が減った分だけ、初速が速いのだ。 ルーガルーがその巨体を動かすのには、物理法則に従って動く以上、十分なタメがいるのだ。地を蹴る一瞬に、脚を踏ん張るタメがある。 オライリーにそんなモノはいらない。 故に、一瞬の硬直がなく、いつでも最高速度で動き始める。それを至近距離でされると、眼が追い付かず消えたように見えるのだ。 ハンスの銃弾の嵐を潜り抜けて、オライリーがハンスの内懐に入る。 鋭い爪を活かした貫手が、ハンスの顔面を狙う。魔銃を盾にしてハンスは何とか防御。しかしハンスが安心したのも束の間、今度は反対側から大木をなぎ倒す斧のような回し蹴りが、ハンスの脇腹にめり込んだ。 「ぐぅっ……!」 またも吹き飛ばされるハンス。 「フフッ、どうだい? 獣人化したルーガルーの力は?」 余裕綽々とのたまうオライリーを相手に、ハンスは無言で歯噛みすることしかできない。 獣形態だったころのような、牙と爪で襲い掛かるだけの単純な攻撃ではない、見事なコンビネーション攻撃。 それを可能にしているのは、人のように二本足で活動する獣人形態のルーガルーならでは。 牙と爪だけに注意を払っていれば良かったルーガルーとは訳が違う。 ハンスは努めて冷静に状況を判断する。 (あのスピードと人間のような器用な攻撃は厄介だ。対して自分は、元から疲労と負傷がある上に、今の一撃であばら骨がやられた……) 現況、ハンスが極めて不利であると見て、間違いない。 それでも怯むわけにはいかない。 ハンスは再度、魔銃を構える。 ボルトを引いて、弾薬の種類を変えた。 「《顎を開けよ九つの蛇》!」 詠唱が必要になる代わりに、威力が高く特殊効果を持つ特別魔法弾『ヒュドラ・ポイント』だ。 撃発と同時にその魔法は発動する。 銃口から放たれた弾丸は、九つに分離。魔力を帯びた軌跡が蛇のように伸び、オライリーを包み込むように包囲して、襲い掛かる。 広範囲を一挙に攻撃する魔弾。 その威力は通常の散弾とは比べ物にならない。一発一発が致命傷になり得る威力を持つ、対大群殲滅用の魔法だ。 いくらスピードが早くても、点の攻撃ではなく広範囲を覆いつくすような面の攻撃ならば、躱し切るのは至難の業だ。 「むっ!」 オライリーもそれを察したのか、危機感を募らせる――が、もう遅い。 魔力で紡ぎ出された炎の蛇が、辺り一面を焼き尽くす。 街の一区画が消し炭に変わる。 「はぁっ……はぁっ……」 ハンスは荒い息で火の海となった区画を見やる。 (――やったか?) そんなハンスの希望を打ち砕くように、 「やれやれ……今のは少し、危なかったな」 焼けた瓦礫の中から、オライリーが顔を出す。 多少なりと毛先が焦げ付いているものの、大きなダメージは見られない。 (これでもダメか!) 特別魔法弾を撃った反動で、未だ腕の痺れが抜けないハンスは戦慄するしかなかった。特別魔法弾は威力の大きさに比例して反動も大きい。 それは物理的にも、魔術的にもだ。 大きな魔法を適性のない人間が無理矢理放つには、大量の炸薬と生命力を必要とする。特別魔法弾を撃つたびに、ハンスはごっそりと体力を失う。 故に特別魔法弾は切り札であり、諸刃の剣なのだ。 乱発は出来ない。 出来れば今の一撃で仕留めたかった。 だが、現実としてオライリーは無傷でそこに立っている。 あれだけの火力を前にして無傷とは一体? 「忘れていないかね? 私のアザ名を」 「『魔導の探求者』……!」 「そうだ。私は君の使う魔銃の基礎理論を組み立てた者、そしてルーガルーの肉体を手に入れ、魔法の行使にデメリットを負わなくなった。身を守る為の防御術式を展開する事など、造作もない」 ここに来てハンスの経験値が裏目に出た。 ハンスが今まで退魔の騎士として、ルーガルーと戦ってきた経験から、戦闘行為は計算されている。 ルーガルーと戦い勝利するために、その場その場で最適な行動を選んでいる。 しかしオライリーは、通常のルーガルーとは格が違う。 その差、その違いを、追い詰められたハンスは見逃してしまったのだ。 「化物め――」 そう捨て台詞を吐くくらいしか出来ない。 身体を通常よりサイズダウンさせた事によるスピードアップ。 人間に近いフォルムとなった事で出来る多彩な攻撃。 本人の魔法に対する知識と技術。 全てが組み合わさって、オライリーを最強のルーガルーへと昇華している。 はっきり言って手が付けられない。 (ここまでか――) 脳裏によぎるのは、純然たる死の気配。 一瞬先か数秒後か。 どちらにせよ、オライリーに殺される自分を、ハンスはありありと思い浮かべることが出来た。 しかしここから逆転するビジョンは、何一つ思い描けない。 正しく絶体絶命。挽回する手立てがない。 ここでハンスは死ぬ。 ハンスの人生は、ここでお終い。 格好つけて戦いに出て、返り討ちにあって野垂れ死ぬ――ハンスにはお似合いの幕引きだ。 カトレアという一人の少女を、戦いの運命に巻き込んだ、罪深いハンスにはお似合い――そう思って諦めようとした時、脳裏によぎるのはカトレアの事。 (何を諦めて楽になろうとしているんだ僕は――!) ボロボロの身体に鞭打って、何とか身体を起こすハンス。 体中が悲鳴を上げているが、四肢の悲鳴に耳を貸さず、ハンスは気丈にオライリーを睨む。 何もできなくても、勝ち目などなくても。 ハンスは自分から死を選んで楽になる道など許されない。 カトレアに過酷な運命を背負わせたのはハンスだ。 己の未熟と慢心が、彼女から居場所を奪ってしまったのだ。 だからせめて、少しでも彼女の力になろうと、カトレアを守る盾であろうと戦い続けてきた。それだけがハンスの小さな、しかし何物にも代えがたい矜持なのだ。 ここで諦めれば、今までの戦いさえも嘘になる。 それだけはダメだ。 ハンスは絶対に諦めてはいけない。 絶対に、彼女だけでも守らなくては―― 「何としても、カトレアが回復して逃げる時間を作る……」 決死の覚悟を決めるハンス。 ハンスは魔弾の予備弾薬を、まだ大量に保有している。 (オライリーが攻撃してくる瞬間に、タイミングを合わせて自爆すれば――) 上手くいけば相打ちに持ち込めるだろう。 覚悟ならとうに決まっている。 オライリーが悠然とハンスに近づいてきた。 ハンスは予備弾薬を炸裂させる瞬間を図っていた。あと数歩で、オライリーが爆発から逃げられないであろう距離に入る。 「カトレア――君だけは生きていてくれ」 ハンスは予備弾薬に手をかけた。 「――だからさ、こういう時こそアタシを頼れよ」 「ッ!?」 「なっ!?」 ハンス、オライリーともに驚愕する。 オライリーの背後に、赤いフードの人影が迫る。赤いフードの人影が、奇妙な護拳が付いた短剣を振るう――否、短剣ではない。 それは諸刃の短剣を無理矢理ネジで固定した、化物のハラワタさえ切り裂けるであろう巨大な鋏だった。 「おああぁぁ――!」 雄叫びと共に背後から繰り出される袈裟斬りを、オライリーは寸前で躱した。 赤いフードの人影は、オライリーとハンスの間に着地。 ハンスを庇うように即座に反転して、大鋏の切っ先をオライリーに向ける。 「《大鋏の赤ずきん》!」 「カトレア!」 オライリーとハンスが同時に言った。 「どうやらクライマックスには、間に合ったみたいだな」 「カトレア、どうやって……」 呆然と呟くハンスに、カトレアは答える。 「どうしてもこうしてもねぇよ! 駆けつけるに決まってるだろう――アタシらは相棒だろうが!」 オライリーを睨みつけながら、カトレアは言う。 「本当にお前はいっつも一人で抱え込みやがって。キツい時に支え合ってこその相棒だろうが! なんでアタシを頼らねぇんだよ、ふざけんな!」 「それでも僕は君を――」 「殺したくないってか? その前にハンスの方が死にかけてるだろ」 「それは……確かに」 けれど、それでも。 「いくらカトレアでも、勝てるか分からないほどオライリーは強い。君にそんな危険な真似は」 「――ああもう、うっさい! 少し黙れ!」 なおも言い募るハンスを、カトレアは一喝した。 「ハンスがアタシを大事にしてくれてる事は分かってるよ。なら、アタシもアンタを大事にしてるとか考えないのかよ」 「……え?」 カトレアが言うセリフがあまりにも意外で、ハンスは言葉を失う。 「なんで勝手に死んでも守るとか思ってんだよ、お前に死んでほしくないって思ってる奴がいるって、いい加減気付けよ。この朴念仁が」 「…………」 「一人じゃダメでも、二人で力を合わせたら何とかなるかもって、少しは考えろよ」 カトレアの台詞は、いつもの口調とは違って、言葉遣いこそ粗野なままだが、静かに語りかけるような響きがあった。 そうだ。 今までずっと、カトレアを守らなければとハンスは考えていた。 だからオライリーが強敵であると分かった段階で、共に戦う選択肢を捨てていた。それが間違いだった。 カトレアを守るなどと、思い上がりも甚だしい。 自分が非力であることを、ハンスはあの日、学んだのではなかったか。 いまするべきはハンスの矜持を守ることではない。 力を合わせ、この人を人とも思わぬ外道を屠ること。 カトレアを守ることは出来なくても、共に戦うことはできるはずだ。 「ごめん……僕が間違ってた」 ハンスは己の非を認めた。 「二人で――奴を倒そう」 「応よ!」 ハンスは魔銃を構えなおし、カトレアは大鋏を振りかぶる。 二人は互いに息を合わせて動き出す。 「「行くぞ!」」 ハンスとカトレアは駆けだした。 第七章 二人なら 言葉を交わさずとも、瞬時に互いの意図を汲み取って、ハンスとカトレアは動き出した。 ハンスは右へ。 カトレアは左へ。 オライリーを軸に回り込むように動く。 ハンスが魔銃を撃つ。 避けるオライリー。 オライリーが避ける軌道を待ち構えていたかのように、カトレアの大鋏が閃く。ハンスの射撃で敵の行動を制限し、カトレアの斬撃で仕留める。 二人の十八番。 「その程度かね」 オライリーはそれを嘲笑うかのように、カトレアの大鋏を前腕で受け止めた――否、正確にはその少し前方の空間。 朧げな魔力光と共に、力場が発生している。 「防御術式――!?」 カトレアは瞠目する。 魔力で作った防御壁で、攻撃を弾く防御術式。それなりに集中しなければ使えないはずのそれを、乱戦の最中に行使するオライリーの手腕が如何に優れているかを察したのだ。 「はっ!」 カトレアの動きが一瞬止まる。オライリーは槍のような前蹴りをカトレアの腹に叩き込んだ。蹴り飛ばされるカトレア。 「がはっ!」 苦悶するカトレアを見て、オライリーは醜く顔を歪める。 「――この!」 ハンスは続けざまに魔銃を発射。 しかしそれらも、オライリーの力場による防御で弾かれる。 オライリーの姿が消えた。 と気付いた時には、オライリーはハンスの傍らに立っていた。 「ッ⁉」 「君は遅すぎるなぁ」 オライリーの拳が唸る。 辛うじて魔銃を盾に防いだが、それでもハンスは吹き飛ばされた。 破城槌を生身で受け止めたかのような衝撃が、ハンスを襲う。魔銃を持った腕が痺れる。 吹き飛ばされたハンスとカトレアを見て、オライリーは皮肉たっぷりに嗤う。 「二人がかりで、こんなものかね?」 「ンな訳ねぇだろが!」 再度、カトレアが斬りかかり、ハンスが魔銃を撃つ。 そのどれもが、防がれ、躱され、オライリーの身に届かない。 そんな攻防が繰り返される。 気付けば、カトレアもハンスもボロボロになっていた。 「――はぁ、――はぁ」 カトレアは流れる血を拭いながら、肩で息をする。 荒い呼吸が中々元通りにならない。 ハンスも同じだ。 今もこうして立っているのが不思議なくらいに疲弊している。 「そろそろお終いかな?」 オライリーの癇に障る声が響く。 その皮肉は余裕の現れだ。奴にとって、ハンスとカトレアとの戦闘は、自分の力を試し、誇示するためのものでしかない。 だからこうしてすぐに留めを刺さず、じわじわと嬲るようにしか戦わないのだ。 カトレアは荒い息でハンスに問う。 「――はぁ、――はぁ…………どうだ?」 「ああ、――何とか終わったよ」 ハンスは力強く答え、カトレアはその返答に不敵な笑みを零す。 深くは語らない。 ハンスとカトレアなら、これだけの会話で十分。お互いが何を聞いているか、何を目論んでいるか理解し合える。 オライリーは怪訝な表情をした。 「おやおや、まだ勝てる気でいるのかね?」 「当たり前だ!」 「君たちのコンビネーションは、確かに見事だが――私には通用せんよ」 「それはどうかな!」 もう何度目か分からない。 カトレアの突撃と、ハンスの援護射撃によるコンビネーションアタック。 「やれやれ、またか――」 ぞんざいにカトレアの振るう大鋏を払いのけ―― 「――むっ⁉」 ようとして、カトレアの陰からほぼ同時に飛んでくる魔弾に、オライリーは目を剝いた。 慌てて一歩引くオライリー。だが、その一瞬にも満たない躊躇が隙となり、カトレアの振るった大鋏がオライリーの肩先を掠めた。 「んぐぁ!」 オライリーは呻く。 傷は小さい。このくらいなら、ルーガルーにとって然したる損傷ではない。すぐに治せる。 しかし初めて攻撃を喰らったという事実に、オライリーは驚愕していた。 動揺を隠せないオライリーに、二人は攻撃を畳み掛ける。 ハンスの魔弾がオライリーを襲う。 それを当然のように躱すのだが、躱そうとするオライリーの行動を予知していたかのように、カトレアの斬撃が待ち構えている。 それを躱し切れない。 今度は飛びのいた際に残ったオライリーの軸足を、カトレアがまた切り裂いた。 「ぐっ! 何故だ⁉ 何故攻撃が当たる⁉」 コンビネーションの形、ハンスが撃ち、カトレアが斬り込むという形式は先ほどと全く同じなのに、それが悉くオライリーに当たる。 ついさっきまでは、全て捌けていたのにである。 まるで幻術にでもかかったような感覚に、オライリーは陥った。 もちろん、ハンスたちの攻撃が当たるようになったのは、幻術などではない。 「貴方の動きと癖を見切ったからですよ」 事もなげにハンスは言った。 「動きと癖……⁉」 オライリーは歯噛みして唸る。 ハンスが何を言っているか、理解できないのだろう。オライリーは魔法の研究者であっても、戦う者ではなかった――それ故に戦闘において、読み合いという要素が如何に重要かを理解しきれないのだ。 「最初僕らのコンビネーションが通用しなかったのは、僕らのコンビネーションは通常のルーガルーに対して行うものだったからだ」 それは通用しなかった。当然だ。 四足歩行の巨大な狼の姿をしたルーガルーに有効な攻撃と、二足歩行で獣人状態のルーガルーに有効な攻撃は違うのだから。 ハンスとカトレアのコンビネーション攻撃は、全て通常のルーガルーを狩る為に最適化してある。であるが故に、そのコンビネーションは通じなかった。 「だから貴方の動きを見ながら、新しい連携の形を即席で作りだした」 「た、たったそれだけの違いで……」 「貴方は研究者だったなら分かるはずだ。理論で裏打ちされたモノの強さを」 時に魔法さえ使うルーガルーといえども、この世界の物体として存在する以上、できる事には限りがある。 攻撃を避ける時の反応速度、攻撃に転じる際の初速から最高速に達するまでの加速度、それらを可能にする筋力、生み出されるパワー、それらには必ず限界がある。 そして限界値が分かれば、攻略法は見えてくる。 その生物では防ぎ切れない状況というのは、いくらでも作りだせる。 「今の僕には、貴方がどう反応して、どう動くか手に取るように分かる。後はチェスのように、詰めるだけ」 「減らず口を!」 オライリーがハンスに爪を剥いて襲い掛かる。通常のルーガルーとは比べ物にならない速度だ。 しかしハンスは動じない。 「それも予想の範囲内だ」 人間は撃たれるタイミングさえ分かっていれば、銃弾だって躱せる。いくら獣人化したルーガルーの攻撃が速くても、分かっていれば避けるのは造作もない。 余裕でオライリーの攻撃を避けつつ、魔銃を連射――制圧射撃だ。 攻撃を躱された事に驚愕するオライリーは、魔力障壁を展開し、何とかハンスの魔弾を防御する。 しかしそこへ、 「待ってたぜ!」 オライリーの背後に回り込んだカトレアが、オライリーの背中へ斬り付けた。 「があぁぁ!」 悲鳴を上げるオライリー。今までで一番大きな痛手を、カトレアはオライリーに負わせた。それでもオライリーは傷の痛みに耐えながら、大きく跳躍し、続くカトレアの止めの一撃を何とか避ける。 「貴方の魔力障壁は非常に強固で展開する速度も速い――でも一方向にしか展開できないし、展開中は動けない。違いますか?」 苦悶するオライリーを見て、冷めた声でハンスは言った。 「ッ……‼」 オライリーは無言で歯噛みした。 ハンスの言っている事は図星だった。オライリーは魔力障壁を一方向にしか展開できない。 ハンスはそれを見抜いて、躱しようのないタイミングで制圧射撃をしてオライリーに魔力障壁を張らせ、その隙に背後からカトレアが強襲したのだ。 ハンスが言っていることはハッタリではない。 本当にオライリーの動きや癖を見抜いて、追い詰めているのだ。 「さぁ――チェックメイトまであと数手といったところですかね」 ハンスは魔銃を改めて構え直す。 「行くぞカトレア!」 「応よ!」 ハンスの銃撃とカトレアの斬撃。 それらが間断なくオライリーを襲う。その波状攻撃は、今までと比べ物にならないほど凄烈さだった。 追い込まれるオライリーは内心で歯嚙みする。 (クソ! 完全に見くびっていた――あの男!) この連携攻撃を成り立たせているのはハンスだ。 オライリーの動きとカトレアの動き、それらを総合的に予測し、『カトレアがオライリーに攻撃を当てる』という未来に行きつくよう、魔弾による銃撃でアシストしている。 その能力が高すぎる。 オライリーはカトレアの斬撃を必死に防ごうとしながら、自分から逸れていく魔弾を見やる。 最初はハンスの狙いが粗いだけかと思っていたが、実は違う。 ハンスは未来に向かって撃っている。 もしオライリーがカトレアの攻撃を避けようとすれば、たちまちハチの巣になるような、そんなコースを塞ぐような銃撃。 敵の動きを読むだけではない。敵の動きを自分の思い描く未来に向かって、誘導するために撃っている。 まさに相手の逃げ道を塞ぎ、最期には詰めてしまうような、チェスのように組み立てられた攻撃だ。 (いや――それだけではないか) 連携の要となっているのはハンスの戦術眼だが、それを支えているのはカトレアの攻撃。 カトレアの動きには、全く躊躇がない。 オライリーの逃げ道を塞ぐため、すぐそばを魔弾が通り過ぎるというのに、怯むという事がない。 最短最速でオライリーを追い詰める。 この迷いのなさによる呵責のない大鋏の斬撃が、着実にオライリーを捉え、切り刻んでいく。 ――つまるところ。 二人の連携を支えているのは信頼だ。 カトレアはハンスが誤射などしないと信頼している――だから背後のハンスを確認することなく、オライリーを倒す事に集中できる。 そしてハンスはその信頼に応えるべく、極限の集中力でオライリーを追い詰める。 二人の信頼。 それをベースに、互いの持つポテンシャルをフルに発揮している。 それが故の無駄のない超高速連携攻撃。 彼らの絆が織りなす絶技に追い込まれ、今まさにオライリーの命を風前の灯火となっている。 「――ふざけるなァァァ!」 オライリーは大声で吠えた。 「この私が! 人間を超越したこの私が‼ 今更人間ごときのヌルい信頼に敗れるなど、あり得ん‼」 激昂したオライリーは、眼前に迫るカトレアへと向かう。 カトレアの振るう大鋏を、左腕で敢えて受ける。 左腕はあえなく切断されるが、それでも構わずオライリーはカトレアを押しのけて進んだ。 ハンスの元へ一直線に迫る。 たとえ片腕を切り落とされても、ルーガルーは後から再生できる。 今は多少のダメージを承知の上で、ハンスを叩く。ハンスさえ何とかしてしまえば、この連携攻撃は成り立たない。 ――オライリーはそう判断した。 その為に片腕を犠牲にしたが、それが皮肉にも功を奏した。 片腕分の質量がなくなった事で、先ほどよりも身軽に動ける。オライリーは瞬く間にハンスに肉薄した。 オライリーの今までにない加速。それはハンスの予想を上回った。 ハンスは魔銃の銃口をオライリーに向けるが、一瞬遅い。 オライリーは既に魔銃の銃身に手の届く距離にいた。 「ッ⁉」 「終わりだ!」 オライリーは魔銃を叩き落とし、銃口を下へと逸らす。 無防備なハンス。 ハンスには強固な防御魔術など使えない。 振り下ろしたオライリーの右腕の爪が返る。右腕を振り上げるだけで、ハンスの頭蓋は粉々になるだろう。 ――万事休す。 「ハンス!」 カトレアの叫び声が響く。 ハンスは時間が小間切れになったような感覚に陥った。 人は今わの際に走馬灯を――一瞬の内に己の生涯を振り返るという。それと同じように、生死の狭間、極限状態に陥って、ハンスの体感時間は限界まで引き延ばされた。 全てがスローモーションで動く世界で、ハンスの思考だけが定速で動く。 (何か――何かないのか!) このままではハンスは死ぬ。 間違いなく死ぬ。 カトレアも殺されるだろう。 それはダメだ。 一人で背負いこんで突っ走ったハンスというどうしようもない男に、死んでほしくないと言ってくれたカトレア。 彼女を。 彼女の思いを。 彼女の行いを。 無駄になどさせられない。 世界が再び加速しつつある。死が目の前に迫っている。 ハンスの指先が、本人の意志になお先んじて動いた。 「う――おおおぉぉぉ!」 ハンスは魔銃を思いっ切り下方へ向け、強力な魔弾に切り替えて引き金を引いた。 「《放出(ブラスト)》!」 銃口から魔力を伴った炎が猛る。 その魔弾の反動で、ハンスは上空に飛び上がった。 「何ィ⁉」 必殺を期していたオライリーは驚きを隠せない。 一瞬前まで追い詰めていたはずのハンスが、次の瞬間目の前からいなくなり、そして自分は炎に焼かれているのだから。 毛が皮が。 肉が骨が。 魔力の炎に焼け焦げていく。 既に片腕を失っているオライリーは、再生が追いつかない。 燃え盛る炎の中、もがき苦しむだけ。 「カトレア!」 天高く舞い上がったハンスが叫ぶ。 「任せろ!」 カトレアは駆けた。 もがくオライリーに向けて全力疾走。 「これで終わりだぁ!」 カトレアの大鋏が閃く。それは白銀の死の流星。 何度白刃が煌めいたか分からない。 一瞬のうちに、オライリーはバラバラに切り刻まれた。 焼け焦げた肉片が周囲に散らばる。 「…………勝った」 カトレアがポツリと呟いたのも束の間、ドスンと派手な音を立てて、飛び上がっていたハンスが墜落した。 「――うぐぅ」 五メートルほど上空から落ちたハンスは、くぐもった声で呻いた。 「……着地の事考えてなかったよ」 「ったく……締まらねぇな」 カトレアが笑いかける。 「お互い、よくここまでボロボロになったもんだ」 ハンスもカトレアも、全身傷だらけの血だらけだ。 カトレアはハンスに心配をかけないよう、ルーガルーの力である再生能力を使わずに戦っていた。 「でも何とか勝てたね」 「ああ」 二人はどうしようもなくボロボロで。 でも満身創痍さえ気にならないほど満足げに二人は笑う。 「アタシらの勝ちだ」 終章 支えとなるモノ 全ての後処理が終わるまで、オライリーとの戦いから二週間が経とうとしていた。 動ける程度まで傷が癒えたハンスは、カトレアと一緒に騎士団本部に来ていた。 これまでと同じように、事の顛末を書類にまとめ、細かいところは口頭で応答する。 マレーンはハンスとカトレアの報告を、沈痛な面持ちで最後まで聞いていた。 「――すまなかったな」 報告が終わると同時に、マレーンは謝罪を口にした。 「君たちにとってプラスになると踏んで、オライリー卿に引き合わせたのだが……こんな事になるとは……」 「そんな――謝らないで下さい」 ハンスは包帯を撒かれた腕を振る。 「依頼がきた時点で、こんな事になるなんて予想がつく訳がない。これは不慮の事故――そうでしょう?」 「そう言ってくれるか」 マレーンはそれでも申し訳なさそうに俯く。 「君たちが無事でいてくれて、本当に良かったよ」 「よしてくれ。アンタに言われるとむず痒い」 カトレアが苦虫を嚙み潰したような顔で応える。 相変わらずの憎まれ口に、マレーンは少しだけいつもの調子を取り戻したように笑う。 「しっかし、これからどうなるんだ? よく分からないけど、今回の一件って結構大事なんだろ?」 マレーンは渋い顔で頷く。 騎士団でも高い地位にいた由緒ある家系の貴族であり魔法学の大家が、魔に魅入られ化物になったなど、前代未聞の大事件だ。 あの一件の後、オライリーの凶行が騎士団本部に伝わるや否や、騎士団上層部は大混乱に陥ったと、マレーンは実感の籠った声でいった。 まぁそうだろうな、とハンスも想う。 「それで協議の結果、今回の一件は緘口令を発令、今後一切この一件に関する発言を禁ずる事になった」 「……そうなりますよね」 予想は出来ていた。 騎士団はこの国の治安維持の要。 未だ未開の地が多いこの国を支える柱だ。 そんな騎士団の幹部が、国民を秘密裏に虐殺していたとなれば世間は荒れ、王国も王室直属の組織である騎士団の権威も地に落ちる。 胸糞悪りぃな――とカトレアは吐き捨てるように言う。 「それであの街の人たちが納得するのかよ」 「十分な助成金と、新しい土地と家を用意してあるそうだ」 「ケッ、用意のいい事で」 「対外的にはどう説明するんですか?」 今度はハンスが口を挟む。 「街一つがルーガルーと眷属に襲われて滅んだ――しかも領主も死んでしまった事には、変わりないですよね」 「山間部に隠れ潜んでいた魔物の群れが街に襲来した。オライリー卿はそれに巻き込まれた――と、対外的には公表する事になるな」 これで全て世は事もなしだ――サラリとマレーンが言う。 それにハンスは少し、背筋がゾクリとした。 何気なく呟かれた言葉が重い。 この国はこの数十年ずっと平和だったことになっているが、本当にそうだろうか? 疑念がわく。 もしかしたら、明るみに出ることなく闇に葬られた悲劇が、幾つもあるのではないだろうか。 それを思うと、ハンスは嫌な悪寒を覚えずにはいられなかった。 ハンスが何を考えているか察したようにマレーンは言う。 「――ハンス」 「はい」 「考えすぎるなよ」 「……」 ハンスは答えなかった。 カトレアはそれを仕方ないな、という目で見ている。 生真面目なハンスは、こういう時に取り繕うということが出来ない。騎士団の人間としてやっていくなら、問題なところだ。 ただ、カトレアはそんなハンスの不器用なところが嫌いではなかった。 もちろん、口には出さない。 ただ仕方ないなという目で見るだけ。 「なぁハンス、この後記録保管所に書類の提出するんだろ。先に行っててくれないか」 カトレアはそう言った。 「怪我んとこ悪いけど、アタシあんまり騎士団本部の中、歩き回りたくないんだよ」 分かり切っている事を、ことさらに強調する。 カトレアなりに助け舟を出した形だ。 朴念仁のハンスにもさすがに通じたようで、 「分かったよ」 と言って、ハンスはマレーンの部屋を後にした。 ハンスの背を見送ってから、マレーンはふぅとため息をついた。 「まったく、ハンスのああいうところは本当に変わらないな」 そこまでも不器用なヤツだ――とマレーンは悩まし気に言う。 「世渡り上手に見えて、世間ずれしていないというか、何というか……」 呆れ半分、心配半分という体でマレーンは言う。 「まぁな」 とカトレアもそれに賛同した。 「ハンスは時々アタシでもびっくりするくらい、青臭いことを平気でいうからなぁ」 マレーンはカトレアを見やる。 その育ちも関係あるのだろうが、ことこういった人間社会の暗部とでもいうべきものに、カトレアは慣れている。 時としてカトレアの方が、ハンスよりも大人びて見える。 (ある意味、とても相性の良いコンビなんだろうな) 普段は子供っぽいカトレアをハンスが諫め、時に揺れがちなハンスをカトレアが支えている。 「まぁでも――」 急にカトレアは言った。 「それがハンスの良いとこでもあるんだから、あいつはあのままでも良いとアタシは思うけどな」 「…………!」 サラッと出たカトレアの台詞に、マレーンは驚く。 カトレアはバツが悪そうに顔を逸らす。 「……なんだよ」 「いや、私はカトレアがハンスを褒めるのを初めて聞いたのでね。驚きもするさ」 マレーンの表情が意地の悪いニヤニヤとしたものに変わる。 「何だカトレア? まさかそんな風に思っていたとは、私も思わなかったぞ」 「うっさいなぁ! アイツには言うなよ!」 「何だ恥ずかしいのか?」 絡んでくるマレーンを邪険に振り払うカトレア。 マレーンはケラケラと楽しそうに笑う。 「ハンスの奴は朴念仁だから、そういう事はちゃんと言葉にしないと伝わらんと思うがね」 「いいんだよ、別に。アイツの良いとこを、アタシがちゃんと知ってりゃそれで」 カトレアの言葉は、聞きようによっては、聞いている方が恥ずかしくなるようなものだった。 ハンスに対する強い執着と独占欲。 ハンスに関することは、自分さえ知っていればそれでいいともでも言わんばかりである。 (これほどあからさま娘が傍にいながら、何も気付かないとはな……) ハンス・イェーガーという男はどれ程察しの悪い男なのかと、マレーンは呆れかえる他にない。 (いやこれは、カトレアにも問題があるのか……?) あれほどの鈍感男を相手にするには、カトレアの態度はどうにも中途半端な気がする。 見た目に寄らず、カトレアにも気恥ずかしさや乙女心とでもいうものがあるのだろうか――。 (いや違うな) マレーンは被り振る。 そんな繊細な感覚の持ち主が、あんな歯の浮くような台詞を吐くわけがない。 カトレア自身も、自らの気持ちに明確に気付いてはないのだろう。 カトレアとハンスを結びつけているものは多い。 救われた者と恩人。 戦友であり相棒。 罪の意識を覚えた者と、その咎を負わせてしまった者。 共に身寄りがいないが故の家族にも似た感情と共感。 単純な男女の関係では現せない。 あまりにも複雑な関係と因縁が絡み合い、カトレアとハンスを結びつけているのだ。 彼らに血の繋がりはない。 ただそれ以上に強い、流血によって紡がれた絆がある。 それがあまりにも強すぎるのだろう。 強すぎるが故に、彼らは互いの気持ちに気付けないのだ。 (まったく、難儀な奴らだな) マレーンはそこに思い至ると、やれやれとため息をつくと共に頬を緩めた。 ふと思う。 彼らをこれ程まで強固に結びつけたのは、彼らの過酷な運命だ。 であれば、彼らは今の過酷な運命に生まれなければ――今までの惨劇を経ずに来れたなら、それは幸福だったのだろうか、と。 ――詮なきことだ。 いくら考えても答えなど出ない類の疑念。 今、マレーンから言えることを言うとしよう。 「カトレア、気持ちというものはちゃんと言葉にしろ。言うべき時に言うべきことを言わないと、後で後悔することになるぞ」 ハンスが記録管理所に書類を提出し、一度中央のホールに戻ると、待合スペースのソファの一角を、またカトレアが占拠していた。 「待ってたぜ」 「あれ? セルナートさんは?」 「マレーンとの話はもう終わったよ。行こうぜ、早くここから出たい」 カトレアがチラリと周囲を見やる。 依然としてここの雰囲気は最悪だ。カトレアへの視線は刺々しい。 ハンスは黙って頷いた。 騎士団本部を出て、王都の大通りまで来てから、カトレアは大きく伸びをした。 「ったく、あそこは肩が凝って仕方がねぇな」 その声にはうんざりしたような様子は見られるものの、憔悴したような気配はない。それを見てハンスは思う。 「カトレアは強いね」 「あン?」 ボソッと呟いたハンスを振り返るカトレア。 「……この一件で思い知らされたよ。やっぱりカトレアは強い」 ハンスが守らなければなどと思うまでもなく、カトレアという少女は弱くない。 この残酷な世界で、折れることなく立っていられる。 こんな簡単に挫けてしまうようなハンスとは違う。 「時々思うんだ、僕らが戦うことに意味はあるのかなって」 ハンスが知らないだけで、今回のような悲劇がきっと幾つもある――今も起きているかもしれない。 ハンスがした事は、その中のほんの一部を食い止めた。 それだけだ。 世界やこの国の現実を変えるようなものではない。大勢は変わらない。 そんな事は理解していると思っていた。 しかし実際にそういった出来事に直面すると、自分のしていることがただの徒労なのではないかという思いが拭えない。 「らしくねぇなぁ」 カトレアがポリポリと頬を掻く。 「ハンスはそんな事気にしないで、いつでも能天気にしてる方が似合ってるぜ」 「……カトレア」 「――ほい」 不意にカトレアが懐から封筒を取り出し、ハンスに差し出す。 「? これは?」 「マレーンの所に預けられてた。何でもアタシらにだって」 「僕ら宛てに?」 封筒には確かにハンス・イェーガーとカトレアの名前が記されている。 差出人は―― 「――あ」 ハンスは思わず声を漏らした。 差出人はロゼッタ――以前、母親に化けたルーガルーから救った少女だった。 封を切って中を改める。入っていたのは便箋と写真。 便箋には、ロゼッタがまた働き始めた事。元気にしている事。そして二人への感謝が綴られ、写真には朗らかに笑うロゼッタが写っていた。 「なぁ、これでもアタシらしてきた事は無駄だったと思うか?」 「……思わないな」 大局は変わらない。 世界が良くなる事などない。 残酷な世界で、たかだか数人助けたところで何になる? ――知ったことか。 ハンスはもう一度写真を見る。 あの俯くばかりだった少女が、前を向いて、笑って生きている。 それはほんの些細なことでしかないけれど、ハンスにとって命を懸けるには十分なものだった。 忘れていた。 ハンスは何も世界を救う英雄などになりたかったのではない。 ただ、市井に生きる人々の小さな笑顔を守りたかった。その為に騎士になったのだ。 「ありがとうカトレア。ちょっと元気になったよ」 全ては救えない。 それでも手の届く範囲、救える限りは救おう。 そして誰よりも近く、隣で戦ってくれる少女が、いつか心から笑えるように、ハンスは戦い続けようと心に誓う。 「そりゃよかった」 何か吹っ切れたような表情のハンスを見て、カトレアも少しだけ表情が緩む。 「ハンスは普段からクソ真面目過ぎてちょっと暗く見えるからな、そのくらい能天気じゃないと辛気臭くてかなわねぇよ」 「…………」 何だか大分酷い事を言われているなぁ、とハンスは渋い顔をする。言い返せないので黙るだけだが。 その時ふとハンスは思った。 もしかしたらカトレアが強いのは、彼女も支えとなる存在があるからなのだろうか。 「ねぇカトレアには、この為になら頑張れるっていうか、そういう支えになるような人とか事ってあるの?」 「なんだよ、藪から棒に」 「ちょっと気になってさ」 思ったことを素直に口にするのがハンスだ。 それを知っていればこそ、カトレアは返答に窮する。 (それをアンタがアタシに聞くかね……) いつものようにはぐらかして答えようとカトレアは思ったが、その時マレーンの言葉が頭を掠めた。 『ハンスの奴は朴念仁だから、そういう事はちゃんと言葉にしないと伝わらんと思うがね』 そうだ。 このハンスという男は、とんでもなく察しの悪い男なのだ。 たまにはハンスの素直さを見習って、気持ちを言葉にした方がいいかもしれない。 ボソッとカトレアは言った。 「……ハンスだよ」 「へ?」 「アタシが挫けずにいられるのは、ハンスがいるからだよ」 言葉が自然と出たのは、それが偽らざる本心であるからに他ならない。 カトレアが生きているのも、生きていこうと思えるのも。 全てはハンスがいたから。 一人ぼっちになったカトレアに、唯一手を差し伸べてくれた存在――ハンス・イェーガー。 この男がいなければ、生きていたいと思わない。 それがカトレアの本心。 「…………」 カトレアの言葉と、そこに込められた思いを、どれだけ理解したのかは分からない。ただハンスはポカンとした顔でカトレアを見ていた。 「ッ――――――!」 それを見て、カトレアは我に返った。猛烈な羞恥心がこみ上げてくる。 何でこんならしくもない事を口にしてしまったのか。 カトレアは数秒前の自分を呪う。 (っていうか、これはマレーンのせいだ! アイツが余計な事をいうから!) カァッと熱くなった頬を、隠すようにカトレアはフードを被り、ハンスに背を向ける。 「カトレア……?」 「うっせ! 今アタシが言ったことは忘れろ! あとしばらく話かけんな‼」 早口にまくし立てると、大通りを一人で歩いていくカトレア。 フードの色に負けないほど、その顔は耳まで赤くなっている。 ハンスは短い時間で起きた出来事の情報量の多さに、しばらく固まっていたが、やが面映ゆそうに頬を掻くと、 「待ってよカトレア!」 雑踏に紛れようとしているカトレアを追いかけた。 |
十二田 明日 2021年06月08日(火)22時37分 公開 ■この作品の著作権は十二田 明日さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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2022年01月15日(土)09時13分 | 十二田 明日 | 作者レス | ||||
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大中英夫様、感想コメントありがとうございます。 『明治二刀剣客蒸気奇譚』に続いて、こちらも読んでいただき嬉しい限りです。 さて今作のご指摘をいただいた部分ですが、全くもってご指摘の通りで、何やら恥ずかしいですね。 言い訳になりますが、どうにも十二田はいわゆるファンタジーが苦手でして、 (それでも一本くらい書いてみるか……) と挑戦してみたのが今作になります。 まあ、なので全体的に作りが甘いというか、勝手が分からずチグハグになってしまってしまった感じですね。 特に設定まわりは何となくのイメージで書いたから、伝えるべき情報がハッキリせず描写が不足して、矛盾や分かりずらいところが多いです。 ……腕を磨いてからまた出直します。 引き続き大中英夫様の『天眼のソードダンサー』を拝読中です。 必ず感想を書かせていただきますので、もう少しお待ちください。 それでは。 |
2021年12月26日(日)09時01分 | 十二田 明日 | 作者レス | ||||
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セラ様、感想コメントありがとうございます。 素敵な感想をいただけて嬉しい限りです。 セラ様は謙遜されていましたが、こういった端的に問題点を指摘していただける感想はありがたいと思っています。 さてご指摘いただいた件ですが、確かにちょっと二人の関係に関する描写は中途半端というか、余計な描写を足してしまった感はありますね。 これはひとえに作者の力量不足です。単純な恋愛感情ではない気持ちや絆の強さを表現したかったのですが、十二田の引き出しにそれらがなく、表現しきれませんでした。 これについては精進してまいります。 セラ様が作品を投稿された際には、是非読ませていただきたいと思います。 ありがとうございました。 |
2021年12月25日(土)05時23分 | セラ | +30点 | ||||
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もう締切を過ぎてしまいましたが、感想を書かせていただきます。ただ、初心者なので他の評価者の方々のように詳しい批評をできなくて申し訳ないです。 結論から言うととても面白かったです。 まず、文章がとても読みやすいと感じました。だからといって描写が大雑把というわけでもなく。 私は文章の相性の良し悪しがとても激しく、中々「読める文章」に巡り会えることがないのですが、十二田様の文章はわりかしスムーズに読めました。 普段こうしたバトルものを読むことはほぼない私ですが、貴作はハラハラしながら「次どうなる次どうなる」と夢中になって読み進めることができました。主人公の2人もとても魅力的なキャラクターだと思います。カトレアは確かに可愛らしさよりも粗野な感じが目立つキャラですが、彼女のぶっきらぼうな口調に隠された情の厚さに好感を持ちました。 ハンスもただのお人好しではなくて、「カトレアを守るんだ」という芯の強さを見せつけてくるところにぐっときました。 オライリー博士も、鈍い私は裏切り展開を予想出来ませんでした。(笑)彼がルーガルーになりたい生々しい願望を語り始めたときは「うわ……えぐいなあ」と思いました。(褒めてます) 彼の事件を隠蔽せざるえない…という展開になったとき、思慮深い性格のハンスが「もしかしたら今回だけでなく、今までも沢山の事件がこうして……」と考え始めるところもリアリティを感じました。ここで読者もリアルの社会の出来事と重ねることが出来ると思います。 ただ一つだけケチをつけるとしたら恋愛感情の描写が中途半端な気がします。(既に他の方が指摘してますが) 2人はすでに恋愛感情を超えた仲(ソウルメイト、運命共同体、死ぬも生きるも一緒)なので、ここで恋愛感情という俗っぽい描写がチラチラ出てくると私のような読者は「ん……?」となります。ひたすら2人の絆の強さを強調し、恋愛感情については「この2人もしかしたら」と読者に匂わせる程度にしてもよかったかもしれません。
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2021年06月13日(日)09時43分 | 十二田 明日 | 作者レス | ||||
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ふじたにかなめ様、二回にわたってのコメント誠にありがとうございます。 今回のコメントは本当に参考になりました。 というのも、今作は十二田から見ても『イマイチな出来になってしまったな、でもどこを直したらいいか分かんないなぁ』というものだったので…… 特に展開と必要な描写・情報に関して、『何か足りないのは分かるが、何を足せばいいか分からなかった』んですね。 こうして具体的に指摘してもらえると、非常に助かります。 今回ご指摘していただいた部分は、全て採用して改稿しようと思います。 わざわざ二回もコメントをいただけて、本当にありがとうございました。 ふじたに様がまた投稿室に新作を掲載された際は、すぐに読ませていただきます。 ※ 「若桜木虔の作家デビューの裏技教えます!」見ました。 面白いですし参考になるサイトですね。教えていただきありがとうございます。 |
2021年06月12日(土)22時52分 | ふじたにかなめ | +20点 | ||||
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最後まで一気に読み終わりました。 要約「化け物がいる世の中で、カトレアは人間に戻るため、自分の存在を証明するために戦う。ハンスは彼女を助けられなかった悔いと監視のために彼女といるが、彼女を死なせたくないため身を挺して彼女を守り戦う。カトレアもハンスを信頼しているが、彼はカトレアが化け物になったとき始末するという極秘任務があるため二人はすれ違いを起こすが、ピンチを二人で乗り越えて仲直りする。」でしょうか。違ったらすみません。 二人の関係性が結構話のメインにもなっているので、話は好みでしたね。 序盤の事件による二人の紹介や世界観の描写など良かったですし、ラスボスが出てきてピンチになるハラドキ展開はすごく良かったです。きちんと計算されている印象ですごいなぁって思いました。 メインの流れもしっかりしていてすごく良かったと思いました。戦闘も相変わらずカッコいいですよね。キャラも基本いい印象でしたよ。 個人的に欲をいえばですが、もっと二人の関係性は序盤はラブコメしていても良いんじゃないのかって思いました。例えばハンスですが、カトレアが化け物にならないように怪我したり暴力行為をしたりしたら異常に心配したり過保護だったりしたらキャラがもっと尖った印象になるかなって思いました。そんなハンスに対してカテリナは呆れるけど、心配してくれる彼にデレたりすれば(読者は分かりやすいけどハンスが鈍くて伝わってない)、もっとラブコメの雰囲気が出るかなって思いました。 読んでいて個人的に一番気になった点は、全体的に主役二人の関係性に関する伏線や描写が少ないところでしょうか。 そのため、ところどころ、違和感や共感しにくい台詞や言動がありました。 上司がハンスに「カトレアに妹みたいだと言うなよ」って釘を刺したシーンがありましたが、それまで二人は恋愛関係がほとんどない相棒って感じだったので、唐突感があり違和感でした。 なので、せっかく最初カトレア視点で描いているなら、彼女のハンスに対する恋愛描写と負い目(不安)などをもっと増やした方がいいかな?って思いました。冒頭のプロローグも銃の音で終わるのではなく、カトレアがハンスに出会い、彼に救われて彼が特別になった的な描写をすれば、二人の関係性だと印象づけることもできると思いました。 また、後半のカトレアの「戦わなくていいだろう」と言われた時に彼にキレる彼女の心情が唐突に感じました。 あとで本人がその理由に気づきますが、その説明を読むまで理由が分からなかったです。 恋愛や感情のすれ違い要素は、読み手が二人の感情を分かっているけどキャラ同士だけがすれ違っている場合じゃないと成り立たないと個人的に思うんですけど、御作の場合は「主役二人の関係性に関する伏線や描写が少ない」ためにキャラの感情が分かりづらいのでキャラが怒る理由にキャラ自身が気づいて説明してくれるまでキャラの心情に共感しづらい部分がありました。 ハンスがカトレアを戦わせたくないのも彼女を化け物に近づけたくないからですが、それまで戦場で彼女が怪我をしても、心配するシーンが弱かったため、印象としては薄かったです。もうちょっと今よりも過剰に心配してカトレアが違和感を抱くシーンがあっても良かった気がしました。それが彼の役に立ってないのでは?ってカトレアが不安に思う原因にもなっていれば、「戦わなくていいだろう」と言われた時に彼に切れる彼女に共感しやすくなると思いました。 「第三章 邂逅――罪の記憶」ですが、そこでハンスがカトレアと出会ってその場で心底悔いるシーンを描かれていた方が印象に残りますし、もっと彼に感情移入しやすかったと思いました。 その辺を補強すれば、構成はこのままでも大丈夫だと思いました。 現状では、それぞれの視点でお互いにどう思っているのか描写が弱いため、視点を変えたメリットが分かりにくくなっているような気がしました。 あと余談ですが、星海社の新人賞の座談会、公募ガイドの「 若桜木虔の作家デビューの裏技教えます!」では、公募の常識みたいな情報を教えてくれるので、とても勉強になりますよ。ネットで公開されているので、検索すれば見つかると思います。 自分のことを棚上げ色々と気になる点を書きましたが、あくまで個人の意見ですし、すみません急いで読んであまり読み直しせずにこれを書いているので、読み落とし等があるかもしれませんが(ごめんなさい)、そのときは流してくださると助かります。 上記でさらっとしか触れてないので伝わりづらいかもしれないですけど、十二田様のエンタメの構成力と戦闘シーン、魅力的なキャラはすごいなって思うので、これからも頑張ってくださいね。 ではでは、締めきり間近とのことで急いだので乱筆乱文で失礼しました。
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2021年06月11日(金)21時26分 | 十二田 明日 | 作者レス | ||||
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ふじたにかなめ様、コメントありがとうございます。 拙い作品ではありますが、読んでいただけてとても嬉しいです。 今作を書く前に、赤ずきんを題材にした作品を色々と調べたんですが、そのせいで勝手に十二田の中で赤ずきんのヴィジュアルイメージが固まってしまい、描写が雑になってしまった(誤解を与えないよう、詳しい情報を書かなかった)ようです。 何とも恥ずかしい限りです…… |
2021年06月11日(金)11時28分 | ふじたにかなめ | |||||
十二田様、執筆お疲れさまでした! 次回作の完結が早かったですね! 速筆なのはすごいですね! さて、さっそく第一章を読ませていただきました。 読みながら個人的に気になった点を書きたいと思います。 >プロローグ > バズゥン! それまで重厚な雰囲気だった気がしたので、この擬音の軽っぽい感じが合わない気がしました。ここも音を文章で表現したほうが良かった気がしました。 以下、参考記事です。 https://www.raitonoveru.jp/howto1/tabuu/01.html >第一章 赤ずきん >肩まである癖のある艶やかなブラウンの髪。 と書かれているので、頭が露わになっていて、結局フードはかぶってないような感じですが、最初に「赤いフードの付いたコートが印象的な」と書かれているので、「フードをすっぽり頭にかぶっているのかな?」って印象を受けます。なので、フードをかぶってないなら、「赤いフードの付いたコートが印象的」とはならないと思いました。 最初少女はフードをかぶっていたけど、喧嘩になって文句を言うときに、フードをバサッと邪魔そうに少女が払ってから頭部が露わになったほうがいいのでは?って思ったら、続きを読んで気づいたんですが、フードをとるのは、化け物相手に本気になったときだけなんですね。それなら、フードの隙間から見えた風な書き方にしたほうがいいと思いました。 >華奢な少女の身体ながら、匂うような色気を纏っている。 とあるけど、前の文章で、 >未成熟な身体を包む赤いフードの付いたコートが印象的だ。 とあります。 コートが体を包んでいるから、華奢な身体は周囲からは見えないはずなので、状況の説明としては、違和感があるような気がしました。 なので、現在コートで見えないのに、見えているように書かれているような気がしました。 「コートで包まれて見えないけど、その下は華奢な身体だ。」みたいな解説か、「隙間から見える色っぽい身体の描写」のほうがいいと思いました。 もしかしたら、作者様はポンチョ風なコートを想像されているのかもしれないけど、人によってはすっぽりと体を隠せるような長いコートも想像しちゃうかもしれないので、コートの形状や、体がどういう風に見えているのか詳細に書かないと、伝わりにくいかもって思いました。 あと、「赤いフードの付いたコート」って間近で二回も書かれるのは、説明としては多い気がしました。場面が変わったりしていたら、そこまで感じないとは思うのですが。 >方や →片や 要約「調査で二人がやってきて、町の噂が本当だと、ロゼッタのおかげで分かる。ロゼッタのピンチを二人が助ける。そして最後にカトレアが励ます。」 展開は分かりやすかったです。 ただ、噂を公的機関が調べているなら、森に近づかないようにロゼッタに注意したほうがいいと思いました。 噂になるくらいなら、ロゼッタのお母さん以外にも被害者はいそうな気がするんですけど、作中で「被害者は少ない」と言われているだけで人数に触れていないので、今の状況だとロゼッタのお母さんだけが被害者って印象が強かったです。 不良娘と、人の好さそうな男性がメインの登場人物だと分かりやすい導入だと思いました。戦闘シーンも相変わらずかっこよかったですね。 ただ、世界観の設定(化け物がいて倒す公的機関)やキャラ(訳あり不良娘)については、「これってすごい斬新ですね!」までの強さは個人的に感じませんでした。 気になる点も書かせていただきましたが、 あくまで個人の意見ですので、合わない場合はスルーしてくださいね。 引き続き、読ませていただきますねー。 まだ途中なので、評価点はなしにしてます。
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2021年06月09日(水)23時13分 | 十二田 明日 | 作者レス | ||||
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金木犀様、コメントありがとうございます。 拙い作品ではありますが、読んでいただけて嬉しく思います。 さて、ご指摘あった点について触れていきますが、先ずは >●冒頭はカトレアが主人公として最初に登場するのに、途中からハンスが主人公になり、カトレアがヒロインポジションに入れ替わってしまうことについて。 これは非常に耳の痛いところでしたね。 金木犀様のおっしゃる通り、今作は『固い絆で結ばれた二人』をコンセプトととして、ダブル主人公を当初想定しておりました。 ところが十二田の腕が追い付かず、どうしてもハンスを主人公として表現するような描写が増えてしまいました(十二田が男というのもあり、女性のカトレアを主人公にして文章・描写が上手く出来なかったですね) これはもう、完全に実力不足でした。 構成を変えるか、カトレアに焦点を合わせた文章を増やすか、考えものです。 >●出オチ感のある構成 >もっと良い意味で読者を裏切る展開みたいなのも欲しかったな、と思いました。 (的確すぎてぐぅの音も出ねぇ……) そんな感じです。 どうにも十二田は、ストーリーに捻りやどんでん返しのような展開を入れたりだとか、『意外性のある何か』を組み込めていないようですなぁ…… >●ヒロインについて 実は設定段階では、カトレアは子供やお年寄り、動物には優しいという設定がありました。ただ書いているうちに、そういった場面を入れ込む展開がなくなってしまい……結果、やたらと荒っぽい少女になってしまったというのが実態です(あれヤベェな。全然想定した通りに書けてない) また、ルーガルーが獣状態になった時、人語を喋らなくなるのは、十二田が漠然とそう思っていただけで、作劇上の都合ではありません。 確かに獣状態でもセリフを言えた方が、キャラは立つし表現の幅は広がりますね。直してみます。 それ以外の誤字の報告等々も含め、本当にありがとうございました。 |
2021年06月09日(水)22時05分 | 金木犀 gGaqjBJ1LM | |||||
こんにちは拝読しました。 面白かったです。ちゃんとしたエンタメで、少なくとも僕には目立つ短所は見当たらなかったです。 設定にしても、グリム童話を基にしているタイトル通りのお話で、なかなか洒落てましたね。ルーガルーって狼にちなんでいるんですね。ところどころそういう要素もあって、かなりこだわって作られているのがわかりました。 あと戦闘シーンが良かったですね。 カトレアが匂いで分身と本体のルーガルーを見抜け、ハンスがカトレアの目の動きなどで対処する、というところとかうまいと思いましたし、魔弾を地面にとっさに撃ってその反動で避けるというところもほんとうまいなと思いました。いや最後まで戦闘シーンの駆け引きは目が離せなかったです。まじで勉強になりました。 キャラ二人もよかったです。 なんというか狼と香辛料と重なりました。あっちも狼だし、ポジションとかも似てるので……。 まあ、とにかくおもしろかったです。 気になった点を強いて上げるなら、 ●冒頭はカトレアが主人公として最初に登場するのに、途中からハンスが主人公になり、カトレアがヒロインポジションに入れ替わってしまうことについて。 途中からハンスが主人公としてけん引するんですけど、僕は最初カトレアを主人公として見ていたので、妙に存在感あるなこいつ、とちょっと邪魔にも感じました。 どうせなら最初から主人公はハンスという感じに演出してほしかったな、と。たぶん、ダブル主人公という狙いがあるとは思うんですが。 ●出オチ感のある構成 冒頭で重要な設定、ヒロインの過去は書かれてあるので、驚きがないんですよね。過去挿入シーンがあっても、まあそうだろうね。そんな感じだったんだろうね、というエピソードになっていて、よりショッキングな事実が出てこないんですよね。つまり予想通りのところに落ち着いて、予想外なことが全くない。 ラスボスとなるオライリー博士にしても、「元に戻る方法があるかもしれない」というのはとてもストーリーに合っていてよかったんですが、それもオライリー博士が「ルーガルーになりたい」という願望を満たすためでしかなかったので、まあちょっと小説を読みかじっていれば、「このオライリー博士怪しいな」とは思うので、予想できちゃうんですよね。 予想ができるのは、問題ないですし、実際予想していても面白かったので、問題ないと言えば問題ないんですが、もっと良い意味で読者を裏切る展開みたいなのも欲しかったな、と思いました。 冒頭のロゼッタを、最後の話の伏線回収にするのは◎なんですが、それでもやっぱ設定全体、ストーリー全体からすると、むしろ記憶からは薄くなってしまって、ロゼッタの印象が弱いので感動が弱いです。物語の核となる部分をもっと出して、設定の重要部分、たとえばヒロインのカトレアに血を混ぜたワインを飲ませたルーガルーがまだ生きていた、とか、主人公たちの過去に関係するお話を中心に持っていくと、出オチ感がないかもしれないですね。 もしくは、カトレアがルーガルーになってしまい、それを助け出す展開とかにすれば、めっちゃ燃えるんじゃないですかね。 とにかく、本当は、一読者からすれば、ストーリー自体に文句はないんですけど、指摘するとなれば、もっとそれ以上の展開があってもよかったと、書きたくなるような気持ちになっちゃいました。面白いストーリーだったからこそ、期待しちゃうんでしょうね。もっと波乱があってほしかったと。ちゃんとしたストーリーを書ける人だと思うからこそ。 ●ヒロインについて ヒロイン可愛かったです。 ですが、ちょっと粗暴すぎるんですよね。可愛さより、粗暴さのほうが勝っちゃって、可愛さをあんまり感じれなかったところがあります。 普段は粗暴だけど、実はこんなに可愛いし意外にも動物とか好きでぬいぐるみとかめっちゃ好きとかいうギャップ、キュンとなる、そんなシーンというんですかね。それが足りなかった印象です。 とはいっても、これは僕の感覚がそうであるだけで、他の人はそう感じないかもしれない部分です。 ですので、他の指摘点もそうですが、いろんな方からの意見を総合して考えていただければな、と思いました。 ・人狼型ルーガルーしか戦闘時喋れなくしたのはなんででしょうか。 →見落としていたらすいませんけど、ルーガルーが化け物に変貌すると、喋れなくなるみたいなんですけど、喋れなくなるのは人体の構造をしているから可能なのであって、獣時は脳とか発声の仕方が違うからとかいう複雑な設定があるからなんでしょうか。 喋れた方が色々とドラマになると思うので、それを無くすのは惜しい気がしました。 ま、これからどんどん人狼型が出てくるからなのかもしれませんが……一巻単体で見ると、敵役として物足りなさみたいなのはありました。 どうせなら、どもりながらも、しゃべって、相手の心をかき乱してくる存在にしてもいいのでは? ・「――るさい」 消え入りそうな声で、ロゼッタは言った・ →中黒になってますね。句点を打とうとしたのかな。 ・「今アンタがそうして下らない事を言っていられるのも、カトレアがお前たちを見捨てないで戦ったからだ! それすら分からず、相手を貶め、自らの落ち度を認めようともしないだと? ふざけるのも大概にしろ!」 x「わ、私は……名門、ギャビストン家の……」 「自分の身一つ守れないで、何が名門だ!」 →× 誤植してますね。 以上になります。 なお点数評価ですが、実は僕、公募向けに書いた作品に点数つけたりは、基本しないんですよね。色々と理由があるんですが、まあそっちのほうが気楽だからそうしちゃうんです。あえてするときもありますが、まあ、今回はご勘弁を。 ではでは。
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合計 | 4人 | 70点 |
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ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン
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