ゴーレム乗りは荒野を駆ける
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人気のない荒野に、ガコンガコンと金属がぶつかり合う音が響く。
その音は、十メートルほどもある人型の鎧が建物を分解し、そうして出てきた屑鉄をそりのような荷台に投げ入れる音であった。
「今日はこんな所かなーっと!」
 巨大ゴーレム――GG(ギア・ゴゥラム)のコクピットで操縦桿を動かしながら少女が声をあげる。名前はライカ。十五になったばかりだが、学校なんて物は無いこの緩衝地帯の荒野ではもはや一人前の仕事人だ。
「ここの基地は一通り漁ったし。そろそろ狩場を変えるか……」
 ぶつくさいうライカは、器用にも籠を見もせずに鉄くずを投げ入れていく。
「ケーッ! GGの一台、銃の一丁もねぇの。しけてるなぁ〜」
 文句を言ったって、残り物が無くなるまで掘り続けたのはそもそも彼女である。
「それじゃあ、今までお世話になりました、と」
 軽くGGの上体を曲げて遺跡から出る。口調こそ荒いが礼儀は弁えているつもりだった。今となっては跡形すらないけれど、場所そのものに向かって彼女は頭を下げていた。
「にしても、ここの基地は稼げたよな……」
 この規模の基地にしてはという条件付きであるが、比較的状態のいいGGが三機に、指揮官室に残されていた徽章などの貴金属類、更にはまだ使える整備用の道具など。
 色々なものが放っぽられていたお陰で、この三カ月食い繋いでこれたのだ。散った者が居るというなら哀悼の一つも示すが、それ以上に『飯のタネ』としての感謝が大きい。

 ブオンブオンと風を切る音がコクピットの中からでもよく聞こえた。
「しかし、どこもかしこも惨澹としちゃってまぁ……。生まれた時からだけど!」
 戦争が激しくなったころに生まれ、物心つく頃には難民キャンプにいたライカにとってはこの光景こそ常である。『惨澹とした』なんて言えるのは義理の親である酒場の女将さんが聞かせてくれたおとぎ話のお陰だ。
 地べたを見ると、あちこちに民家の跡らしき木片や畑があっただろう微かな溝が散らばっていた。すでにその跡すら消えかかっているのが、かつての戦争を物語っている。
 十年ほど続いたという『壊滅戦争』は、軍だけでもその七割以上、大陸総人口の半数近くを犠牲にしたにもかかわらず、未だ和平も結ばず休戦状態のまま。情報が錯綜し、或いは隠蔽され、被害拡大の経緯も杳として知れない。
「……ハァ。明日から、どうしよ」
 貯えがあるとはいえ、半年ほどで使い切る。その前に次の狩場を掘り当てねばなるまい。地平の向こうに見えてきた生まれ故郷の町へ、ライカはペダルを踏んだ。

「たぁだいまーっ!」
 『町』に着くなり、彼女が愛機を飛ばして向かうのは町の西にある大広場。昔軍で働いていたという数名の査定屋が、拾ってきた戦利品を買い取ってくれるところがあるのだ。
「おっちゃん! 今日も査定を頼める!?」
 自分用のスペースにGGと荷台を止めると、コクピットを開いて声を張る。
「おいおい、また盗みか?」
 聞きつけて寄ってきた男をGGのマニピュレータで掬い上げて荷台の上に乗せると冗談と共にトホホと表情を崩された。
 彼の名はトーマス。町一番の博識の査定屋にして、顔役の一人でもある。ちなみに年のころは三十と、おっちゃん呼ばわりが地味に辛かったりする。
「盗みって言い方は人聞きが悪いじゃないの、おっちゃん。盗掘屋であっても盗賊じゃねぇ。それがアタシの信念だよ!」
 山と積まれた鉄くずの傍で胸を張って少女は言うが。
「盗掘だって盗みだ……。とはいえ、お前(まい)さんがたが居るからこの町は成り立っているんだけどね。荷台を見さしてもらいますよ、っと」
 『町』なんて呼ばれてはいるが、ここ――D85番地もかつての難民キャンプの一つ。
 それが町と呼べる規模にまでなったのは、クズ鉄を回収して正規軍に売り払い、そのお金が街を潤したお陰だ。なので、盗掘屋はこの町には無くてはならない存在である。
「ありゃ、正真正銘の鉄くずばかりじゃないか! 何かあったっけ?」
 割合勘が良いライカはこの町の盗掘屋の中でも屈指の稼ぎを誇っていたが、ここ数日は大したものを持ってこない。そのことに不審を感じてトーマスは問いを発した。
「いやいや、ここのところ世話になっていた『狩場』が引き揚げ時でね。屑鉄ごっそりかき集めてきただけだよ」
 それなら確かに納得がいく、頷くとトーマスは査定書といくらかのを渡した。
「ちょっとばかし色を付けておいた。……はい、これ。今日は打ち上げだろ?」
 ビジネスライクな会話をしつつも、ライカが幼いころからの知り合いであるトーマスは少しの小遣いを握らせるとライカは笑顔を浮かべて去っていった。

「さーてと、どうしようかね〜」
 翌日のライカ。今は次の狩場を探してGGでお散歩中である。
本当は地図などを頼りに探せればよかったのだが、『戦時中の地図は?』と思うかもしれないが、当時無計画に小規模な基地やトーチカを立てまくったせいで、あまりアテにならない。よしんばあったとしても、ライカは地図を読むのが苦手だった。
「あーッ! いけねぇ、いけねぇ。そろそろ境界だな」
かつて『革命軍』と『維持軍』の争っていた最前線跡が、もう間もなく。今は戦争で荒れた広い土地を緩衝地帯にしているが、その中に孤島のようにに存在する唯一の貴族領・戦時中に中立を保っていたテレーヌ領がもうすぐである。
ちなみに、ライカの住むD85番地は今は誰の管理下にもない緩衝地域だ。戦争難民であったり、無法者であったりが各々にキャンプを作って暮らしている。
「領軍の連中に目をつけられると厄介だしなぁ……」
かつて領軍にご厄介になりかけた苦い記憶を思い出し、機体を反転させた。
「って、アレ!?」
 そこで、ライカは自分が来た方向の視界の端に妙なものを見つけて機体を止める。
 土煙だ。規模からして、GG数機だろうか? 群れてこちらへと向かってくる。
 それを見て、正義感の強い彼女は相反するような好戦的な笑みを浮かべた。
「盗賊ねぇ……。アタシの荒野で人を襲うなんざ、良い胸してるじゃないの!」
 盗掘屋同士は稼ぎが減ることを嫌って滅多に組まないから、盗賊で間違いないだろう。
 今日はもう帰ろうかと思っていたが、予定変更。
「幸い、荷台は外してきてるしね!」
 狩り場探しだけ、と予定を決めてきていたお陰か今日の彼女のGGは身軽である。
 向こうのGGも土煙程度にしか見えない距離だから、身を隠して躱すという手段もあったのだけれど、ライカは生憎と我慢弱い性質であった。
 ある程度資産があって整備できるため、D85番地のGGはそこらの盗賊より数段マシなスペックである。数が少なければ、いや多くとも倒す自信が彼女には有った。接近しつつ、カメラの倍率を上げて偵察する。
「しっかし、この辺りにあんな連中居たかね? ……アタシのと同(おんな)じ『ゴブリン』一機に、『ヘルム・ギア』二機か……。武器は結構有るじゃない」
 GGは不揃いで移動速度からしてもロクに整備もしていないようだが、武器の数だけは有った。後ろの二機はバズーカやら、マシンガンやらを積んでいる。手前の機体の武装は少ないようだが、それでも小銃と、接近戦用の斧を持っている。
「こっちは軽装だが、負ける気はしないね!」
 治安の悪い荒野を行く都合上、マシンガン一丁に近接用のナタを二つ、ライカも持っていた。機体に傷を付けてトーマスに叱られるのは怖かったが、久々の実戦に彼女はワクワクしていた。
と、その時。まだ射程外だというのにタァン! と音が響く。
「って、撃ったぁ!?」
 撃ったのはヘルム・ギアの一機である。狙撃銃でもギリギリ当たるかという距離だというのに。そう思ってスコープを覗き込んだ時、ライカは微かな違和感に気が付いた。
「アタシの方じゃねぇ。前方にいるゴブリンを狙ったのか!?」
 同士討ちかとも思ったが。よく見れば、後ろのヘルム・ギア二体が所属を表すように赤いバンダナを左肩に巻いているのに反して、ゴブリンはそうでない。
「あっちがもし二グループとするなら、追われてるのはあのゴブリンか」
 であれば、囮にして逃げよう。そういう考え方はライカにはなかった。むしろメラメラと闘志が燃え上がる。
「二対一とは、卑怯じゃないのさ!」
 自分が三人がかりで終われるというならそれも良かったが、他のヤツが多勢に無勢で襲われているのは見逃せない。ライカはそういう少女であった。
「アタシの荒野で非道をされる奴がいるのなら、手を貸してやるのが人情じゃないの!」
 ヒロイックな願望に浸ってか、無自覚だった笑みを深めた彼女は威勢よく加速する。
 幸い、連中はこちらの方向へ移動しながら戦闘しているお陰で、ライカが駆けつけるまでには一分足らず。
「あー、あー。そこのアンタ、聞こえてる!?」
 ヘルム・ギアの突撃銃の射程に入らないくらいの所で、無線で交信を試みる。
「んだってんだよ! こっちは今忙しいんだよ!」
「テメェも殺されてぇのか!」
 先に繋がったのは盗賊の方。威嚇代わりに鉄砲を撃ってくるのを片手間に避けつつ、ライカは無線を調整した。見る人が見れば、それだけでもライカの技巧に唸ったであろう。
「おい、逃げてる方のアンタ! 聞こえるか!」
「ザッ……、ザザッ! ああ。聞こえてるよ」
 応じたのは青年と言うには渋い男声。
元は軍人だったのか、追われているというのに、落ち着いている。近づいてみて分かったことだが、彼のGGはあちこちに欠損があり、そんな機体で危険な荒野を横断しようという彼の豪胆さが窺い知れる。
「アタシはアンタに加勢する。事情はよく知らないが、どう見たって被害者だしな!」
 ざっくり言い終えると、武骨に丸みを帯びた己の機体を荒野に躍らせて銃を構えた。
「行く、ぜェ!」
 逃走中のゴブリンとの短い会話の後、スラスタを全開に吹かして一気に接近する。
 盗賊の二機の射程に入っても、構いやしない。避ければいいのだから。そう言えるだけの反射神経と動体視力、そして操縦技術をライカは併せ持っていた。
ジグザグと進んで、持っているマシンガンの射程まで接近する。
ベテランゆえの丁寧な操縦で、華麗に弾丸を避けた。
「喰らっちまいなよ! クソッタレが!」
「嬢ちゃん、言葉遣い荒いねぇ!」
 横手に張り出すようにして、敵のヘルム・ギア二体へのバースト射撃を敢行するライカを、防勢から反転したもう一機のゴブリンが素人ならざる丁寧な射撃で援護する。
「舐めてんじゃねぇぞ、コラァ!」
「オレ達を敵にして生きて帰れると思ってんのか、ゴラァ!」
 負けじと敵側もアサルトライフルやマシンガンを乱射するので、散開して避けた。
「おっちゃん、アタシが前に出るよ!」
「おっちゃんじゃねぇ、ジェイクと呼んでくれ」
 ジェイクもまた相当な腕利きなのか、ライカが前に出ることに文句は付けない。
「んじゃあ、ジェイクさん! 援護頼むよ!」
 中距離戦の間合いを保ったまま二手に分かれたライカとジェイク。
 リロードの隙をついて接近したライカに合わせるように、ジェイクは反対側に回り込むようにしてマシンガンで援護する。その動きはスラスタ移動中とは思えない程に精密だ。
 弾数が少ないのか、はたまた不調(ジャムっ)てるのか、発射音は散発的だったが、その状況でもなんとかやりくりして、的確に敵を妨害していた。
「GGで格闘なんて、できるものかよ!」
「この素人が!」
 近づくということはそれだけ避ける余地が減るということだ。盗賊たちは馬鹿にするように呟いて、接近するライカへと銃を乱射する。それをなおも躱す、躱す。
「素人だって? たかだか盗賊ごときがこのアタシを舐めてんじゃねよ!」
接近しすぎて避けづらくなるや、ライカは銃を横にして盾にしながらなおも接近。カンカン、と言う薬莢の撥ねる音に合わせて銃がひしゃげ、ライカのゴブリンの装甲に傷が刻まれる。
「馬鹿が、このまま死ね!」
 あと数秒も持ちはしまい。そう確信した盗賊が、操縦桿を深く握りこんだ時。
「この間合いに限っちゃ、負けられないモンでね!」
 ライカはニィと不敵に笑って、マシンガンを投げ捨てて上体を倒す。空気抵抗を下げての、更なる加速。ライカは腰裏のナタを引き抜き、斬り付ける。
「うぶぉわ!」
 神速の踏み込みは、寸前に放たれた銃弾に背を向けてすれ違うように進んだ。
 驚きと共にコクピットの中でのけぞった盗賊が、咄嗟に操縦桿を引いて間一髪で躱す。
「ヒュー。一撃目を避けるとは、いいね。そう来なくっちゃなあ!」
 やはり自覚なく、好戦的な笑みを浮かべたライカ。バランスを崩した相手の肩をつかみ、とどめのナタを振り下ろそうとした時。ジェイクが細く呟きを発した。
「嬢ちゃん……、殺さないでくれねぇかな?」
 その言葉は何かを後悔するような独り言ちであったが、少女の耳は確かに音を拾う。
「わかってるよ!」
「いや、すまねぇ。……って、え!?」
 何故だか既に確信していたように、ライカは盗賊に再接近。ジェイクが動揺するのも気に留めず前進する根本にあるのは、この射程でなお不殺を貫けるという自信と覚悟だ。
「おい、嬢ちゃん迂闊すぎじゃねぇか!? それに不殺なら……」
 遠距離から丁寧にやった方が良い、と言おうとしてそれが己のエゴであると気づいて口ごもるジェイク。それをさておき、変則的な軌道でライカは盗賊に迫る。
「せい、ら!」
 後ろに跳ぶ盗賊より、前に進むライカの方が速い。
「ん何ぃ!」
盗賊が悲鳴を上げる中、抉りこむようにU字にコクピットのまわりを切り裂き、機能停止に追い込む。
エンジンも傷付かず、パイロットにも被害を出さない。針の目を射抜くような芸当であるが、それをできるだけのGG操縦の才能と『目』をライカは持っていた。
「こんにゃろッ!」
 残ったもう一人が怒ったような声をあげて銃口を向けて来るが、既に遅い。
「トロいんだよ!」
 先に破壊した機体を盾にするように回り込んだライカが、横を抜けて突っ込む。
「これで、トドメだよッ!」
 今度ライカが狙ったのは頭部。ゴーレム魔法の一種であるGGは、『人に寄せることで動く魔道具』であるゆえに、頭部の魔道基盤を破壊されると動けなくなるのである。
「これで、落ちろ!」
 右手を横に振り切った刹那、敵の頭部で小爆発が起こった。

「さーてと。とりあえず自己紹介からってところでいいかな?」
 日頃荷台をまとめるのに使っているワイヤーで、盗賊のヘルム・ギア二機をまとめ上げてからライカはコクピットを開けてジェイクに話しかける。
「そういや僕(ぼか)ぁ嬢ちゃんに名乗ったけど、名前は聞いていなかったっけぇね?」
「アタシはライカ。孤児だから苗字はないよ。D85番地と呼ばれる町で盗掘屋の仕事をしている」
「D85番地ねぇ……? 聞き覚えがあるぜぃ。結構な速度で復興してるんだっけ?」
「ああ、アタシらが掘り起こした武器やGGを売ったり、或いは屑鉄を加工して生活に役立てているお陰でね。生きて行くには困っちゃいない」
「なるほど、中々良い『町』じゃないか」
 ジェイクが町という言葉に込めたニュアンスは、『どうせ規模のでかい難民キャンプだろう』と言う侮ったものであったが、気付きつつも気にせずライカは続ける。
「で、ジェイクさん。名前以外にも教えてもらえるかい?」
 これはライカ自身が、ある程度の実戦経験を積んだGG乗りで有るからわかることだが、このジェイクという男はとても強い。
 初めて出会ったライカとのコンビネーションといい、ボロボロの機体であれだけ動かせていた事といい、極めつけは『殺すな』が通じるライカの技量を見抜く目であろう。
これでただの一般兵を名乗るなら、戦時中はとんだ修羅の国であったことになる。
「あぁ、失礼したねぃ。革命軍第一軍はアブレウ大隊所属のジェイコブ・アリソン大佐であります! ……ってぇのは十年ばかし古いな」
 ふざけたような敬礼で呵々と笑った後、男は無精ひげの顎を撫でて言った。
「僕ぁ、ただのジェイクでいいよぅ。旅人のジェイクだ」
「軍は辞めたってことかい?」
「ああ、辞めたね。ついでに人殺しもやめた。どうにも臆病なもんでねぇ、きっと気性に合わなかったんだろうさ」
 人殺し、そう言った時にわずかに表情に影を落として、しかしすぐにジェイクは剽軽な表情に戻す。妙に他人事のような言い方もまた、ふざけた様子に拍車をかけていた。
「というか、嬢ちゃんこそよく咄嗟に受け入れられたもんだねぇ。『殺すな』なんて、この荒野じゃあ言われないだろぅ?」
 そう尋ねる彼に、ライカはすこしムッとした表情で首を横に振る。
「殺すのは流儀に反するんでね。『盗掘』であっても『盗賊』じゃないよ。やむを得ない状況でもないってんなら、『殺し』も『見殺し』もまっぴら御免だね」
 どこかプライドのある口上にジェイクは共感して、頭をかいて謝る。
「悪かったよ、甘く見てた。嬢ちゃんのその信条のお陰で僕も助かったってぇ所だな」
「よく言うぜ、ジェイクさん。アンタの腕ならどうとでもできたたろうに」
「僕もどうにも、殺すのは好かなくてねぇ」
 もちろん、『殺して』良いのならジェイクが切り抜ける方法はいくらでもあった。ただ、それができないのが彼の弱みなのだ。後ろから追ってくるGGに撃ち返さなかったのは、『当たらないから』ではなく『万が一にもコクピットに当たりかねないから』である。それが、臆病という事。
「だから、事実だよ。嬢ちゃんの信条に救われたのは、紛れもないのさぁ。ありがとう」
「いやいや、アタシのも実のところ受け売りだけどね」
 今度はライカが頬を掻く番であった。舐められるのは気に食わないが、褒められると気恥ずかしい。なかなか難しい年頃である。
「受け売りってぇ言うと、誰のだい?」
「……名前は知らないし、顔も覚えてないけどね。昔アタシを助けてくれた人だってよ。終戦直後の動乱の中で命を救ってくれて、D85番地まで連れてきてくれた軍人さん」
「へぇー。ピンポイントな言葉だけ、よく覚えてるモンだね」
「いや、覚えてたのは育ての親の酒場の女将さんさ。アタシは後から聞いただけ」
「そいじゃあ、受け売りの受け売りじゃないか」
 言われると、ライカはカラカラと笑った。
「アッハッハッハ。上手いこと言うね、ジェイクさん。……ところで、『人殺し』が苦手な御仁がこの荒野で一人旅をしているなんて、一体どうしたってんだい?」
「少し、探し物をしていてな。もしよかったら、D85番地に寄りたいんだが?」
 何か隠しているような言い回しでもあったが、『殺すのが怖い』という言葉には真実味を感じたライカである。人的被害の出るような厄介事にはならないだろうと判断した。
「いじゃ、日が沈む前には皆に紹介しなくちゃね。そろそろ、行こっか!」
 日が傾くにも早い時間に、それぞれにGG一機ずつを背負って町への帰路についた。

「ライカちゃん、GG二機はそこら辺に下ろしといてくれ」
 ライカたちが町について最初にやったことはジェイクが敵ではないと伝えることと、背負っている二機のヘルム・ギアの中に捕らえた盗賊が居ると伝えることであった。いや、その更に前に予想外に大きかった街に驚いていたジェイクに喝を飛ばすのが先か。
「初めましてだね、旅人さん。オレはこの町のまとめ役の一人をさせてもらってる、トーマスだ。名前を聞いても?」
「初めまして、トーマスの旦那。僕ぁ、ジェイコ――もとい、ジェイクと言う。職業は、見ての通りの旅人さ。しばらく世話になるが、よろしく頼むぜぃ?」
「ああ、ジェイク。よろしくお願いする」
 お互い名乗ってから、トーマスが空いている隙間へと誘導し、彼のGGを停めさせる。
「ところで旦那、一つ確認したいんだが。いいかい?」
「ああ、質問は構わないけど。旦那ってのはどうにもむず痒いので、よしてくれ」
 確かに少し妙な言い様であった。大体同じくらいの年ということもあって、トーマスは少し不満そうな仏頂面である。
「すまんね。ちょっとしたおふざけだ。気を付けるよ」
「そうしてくれると助かる。……で、質問ってのは何だ?」
 トーマスが問うたのに対し、ジェイクは神妙な顔で告げる。
「その、捕らえた盗賊のことなんだが。殺したりとかは、しねぇよな?」
「妙なこと聞く御仁だね。まあ心配しなくても、『迷惑料むしり取る』ってとこまでがウチのルールだ。再犯なら色々考えるけど、人的被害が出てないなら命は取らん」
 ライカと同じようなことを言うトーマスに、ジェイクは表情を緩める。
「そうか、ありがとう」
 ジェイクが心底ほっとしたように呟き、胸元のあたりを抑えるのを見てトーマスが奇妙に思っていると、GGを縛っていたワイヤーを回収したライカが横合いから口を挟んだ。
「おっちゃん、ジェイクさんは戦時中のトラウマだか何だかが原因で、『殺す』ことに抵抗があるんだとさ!」
「はぁ、お前さんも大変だね。よくも無事でここまでいらしたもんだ」
 言われて気恥ずかしがるように首筋を掻くジェイクを見て、『むしろ殺さず無力化する腕が恐ろしいとも言えるな』と思いつつ、トーマスは彼に街を案内し始めた。

「へぇー。いい町だねぇ」
 一通りの案内をしてもらったジェイクは、酒場でトーマスと一息ついていた。
 彼の嘆息は本心から来るものであった。町を守る長大な外壁。たった数百人とはいえ、まともな家に住む人々。十分、戦前の小規模な街の姿へと復興を遂げていたからだ。
 外壁がやけにデカいのだけは妙に気になったが。
「終戦から十年、その全部を復興につぎ込んでいればこれぐらいにはなるモンだよ」
 こともなげに言うが、トーマスの膨らんだ小鼻は自慢げな様を隠せていない。事実、この町への彼の貢献はとても大きいのだ、町を褒められることは何よりも嬉しい。
「しかし、終戦直後から人々が団結できてたなんて、余程の事情があったのかぃ?」
「一応言っておくと、この町じゃ終戦以前のことを話すのはご法度なんだが……。大した理由はない、ただこの街の半分くらいは戦災孤児でね。子供たちの前で大人が醜い陣取り合戦をするわけにもいかなかったから、陣営問わずで団結できたんだ」
「ヒュー。かぁっこいい」
「からかわないでくれ」
 そのやり取りは、ともすれば十年来の友人同士のよう。いや、そう見えさせるだけのトーマスの包容力が、この町を作り上げたのかもしれない。
「ともあれ、ウチの街はこんな感じだ。そろそろ、オレは仕事に戻るとする」
 これでも忙しいのだ、そう言ってトーマスは己の肩を揉む。
「トーマスか。それでメカニック……。トムス・アレイ? 考えすぎか」
 背中が見えなくなってから呟き、記憶を漁ってジェイクは首を振る。
 彼が呟いた名は、かつて敵対していた『維持軍』でも第一人者と呼ばれたGG技師にして、維持軍の英雄的GG『トルク・ギア』の主要メカニックでもあった若き天才である。
「いやいや、あの男がこんな辺境にいるはずもない」
 もしそうであったなら、『探し物』の重要な道しるべとなったであろうに。
「ま、今更探したところでどうなるもんでもないがな……」
 それでも探したいものが彼には有る、だから無理して荒野まで来たのだ。
「まぁ、僕のGGもボロボロになっちまったし……。しばらくここに居ますかねぇ」
 口にして、トーマスが奢ってくれたコーヒーを飲み干す。なぜかとても、不味かった。
「飲めたもんじゃねぇなこれ!」
 本当に酷い味である。その不味さに諸々を忘れ、ジェイクはしばらく夕日に見入った。

「よう、嬢ちゃん。今日はもうお帰りかい?」
「んー。ああ。不作だったからねェ。たまには息抜きをしようと思ってサ」
 ある日の昼過ぎ。ライカは少々早めに仕事から帰ってきていた。
「息抜き? ふーん……」
 納得したような表情をしつつも、ジェイクはどこか探るような様を見せる。それに気 付いたライカが先手を打って尋ねた。
「ジェイクさんこそどうしたんだい? こんなところで」
「いや実のところね、その『こんなところで』が良く判らなくって……」
「良く判らないって……? おっちゃんに道は一通り聞いたんだよね?」
「そういう意味じゃなくて……。この建物のことだよ」
 二人が立ち話をしているすぐ傍にある建物をジェイクは親指でクイと指し示した。
「妙にガチャガチャと騒がしいわりに、酒場って言う風体でもない。さっきから入ってく人を見れば大人も子供も半々ぐらいだから賭博場ってわけでもない。流石に冷やかしで入るのも気が引けるから外で見てたが、一体何のトンチだね?」
「ああ、なるほど……」
 納得したように一通りの事情を解したライカは頷いて、それから指を一本立てた。
「まずは入ってみよう、話はそれからの方がよさそうだ」

 中に入ると、人一人優に入れそうな大きさの球体が十個ほど、等間隔に並んでいた。
 奥の方にはカウンターなどもあるようだが、まず目を引くのは謎の球体である。
「何だってんだい?」
 すわ邪教の祭壇かと身構えるジェイクに向かって、落ち着かせようとライカは微笑む。
「コイツはね、シミュレータだよ。GGを使う仕事をするアタシら戦災孤児のために、トーマスのおっちゃん達が作ったGG操縦の訓練装置なんだよ」
 訓練用という割には、賭場のような喧噪に包まれている周囲をちらと見渡すジェイク。
「なるほど、闘技場ってわけか。大体わかったが、仕組みはどうなってるんだコレ?」
「詳しくはアタシも知らない!」
 その言葉を聞きながら、ジェイクは思考を巡らせる。
 この数日見て回った限りだと、この町の娯楽品の大多数は行商が持ってきてくれるカードや記録水晶の類が主であったはず。とはいえ、行商から買うのにはお金がかかる。
「つまり、訓練用だったのを娯楽品としても利用できるようにしたってぇ所かぃ?」
「そうそう、そーゆー事!」
 大正解、と軽く拍手をしてライカは挑戦的な笑みを浮かべる。
「アタシより少し下ぐらいが、この町に引き取られてきた孤児の最年少でさ、そういった連中が昼間に訓練用として使い終わった後の夕方くらいからは遊びに使っていいことになってるんだよね。ま、有料だけど」
 そして矢継ぎ早に言った。
「ところでジェイクさん。このシミュレータ、やってみたくはない?」
 面白いことを何よりも好むジェイクに否はない。
「勝った方が晩飯のおかず一品奢るってぇことでどうだ、嬢ちゃん?」
「何なら一食でもいいけどね?」
 言うと、二人は目の前でちょうど空いた筐体へとそれぞれ躍り込んだ。

「なるほど、コイツぁすげぇや。機体だけじゃなく、装備まで選べるのかい?」
 トーマスが作ったというシミュレーターの出来の良さに、ジェイクは感嘆の声を上げた。その向かいのコックピットから、ライカがちらと顔を覗かせて自慢げに鼻を鳴らす。
「だろう? 訓練用の時はそうでもなかったんだが、おっちゃん曰く『娯楽用にしようと思ったいくらか興が乗った』らしくてね、中々良い出来なんだぜ。普段乗ってるのはゴブリンだけど、『オーガ』の方が好きなんだよねェ」
GGの名前はいわゆる『暗号(コードネーム)』としての側面もあり、強さを理解しやすくするためにも、革命軍は好んで魔物の名前を使っていた。
ちなみに、ゴブリンは初中期に使われていた格安量産機。オーガはゴブリンとは別の原型機(プロトタイプ)を基に再設計して作られた格闘用GGである。革命軍全体として丸みを帯びた形状が特徴だが、それぞれ形状が異なっていた。
「ふーん……。じゃあ、僕は『コボルト』で」
「おいおい、ジェイクさん。コボルトは無いだろう? 負けても文句は聞かないよ」
コボルトは主に築陣補助や建築・果ては鉱山などでも使われていた『土木作業用』GGである。訓練用には良いのだが戦闘用でないため、そのスペックは推して知るべし。
 関節部などが露出した最低限レベル軽装とスラスタの少なさからも、弱さが見えた。
 だというのに、ジェイクは全く意に介した様子も無く自信満々である。
「使えるように設定されてるってんだから、良いじゃねえのさ」
「ジェイクさんが強いのはなんとなく知ってるけど……。バカにされるのは好きじゃないなぁ。それとも年上らしく、晩飯を奢ってくれるつもりだって言うのかよ?」
挑発にも動じることないジェイクにライカの中でむくむくと負けん気が膨れ上がる。
一つ、この思いあがった男にお灸をすえてやろうじゃないか。いわゆる『ガチ』編成でGGの武装を組み上げると、戦闘開始のボタンを押す。
「約束、忘れんなよな!」
「嬢ちゃんこそ!」
 ライカがコクピットの扉を閉めると同時、スクリーンが移り変わって基地跡だろう廃墟とそこに立つ一機のGG――ジェイクのコボルトが映される。
 さしものジェイクも武装だけはまともに揃えてきたか。見える限りで言うとビーム・ソード(光線剣)、ショットガン、バズーカと言ったところか。
「さあ、狩りと行こうぜ!」
 相対するオーガの武装は、彼女が好んで使うナタが二丁。普段使いの実体刃のものではなく、切断性に優れる光線刃のものだ。他は内蔵式グレネードランチャーとサブマシンガン。数多くの街の猛者たちと渡り合ってきた、最強の武装である。
「先手必勝って言ってね!」
 GGを前傾姿勢にして、スラスタ推力を余すことなく使って突撃。対するジェイクも退きながら銃撃で応戦するが、戦闘用と建築用の差はとても大きい。瞬く間に接近を許す。
「何のぉ!」
 予測済みのようにジェイクはビーム・ソードを抜刀。ライカのナタと剣戟を交わす。
とはいえ、ライカは二刀流でジェイクは剣一本。一合、二合までは何とか持ったが、三合目ではバランスを崩しかけ、ついに四合目。
「もらったァ!」
 振り切った瞬間に隙のできた脇腹。そこをめがけてライカが切り込もうとした瞬間。
「ところがビックリ!」
ジェイクが剣を持っていない方の左手で何かを操作し、同時にコボルトが有り得ないほどのスピードで後方の廃墟の方へと飛んでいった!
「どういう、手品だよ!」
どう考えても推力限界を超えている。驚きつつも、ライカは榴弾砲で追撃を入れる。
「速度限界なら、避けられないよね!」
今度こそトドメとばかりに放った一撃だったが、ライカは二度驚くこととなる。ジェイクは片足を上げるように地面から逸らし、スラスタ推力を使って斜めに避けたのだ。
「まさか、スラスタ移動じゃない!?」
「おうおう、嬢ちゃん大正解!」
ジェイクが斜めに動いたことで、ようやくライカにもそれ(・・)が見えた。銀色の細い棒の様なもの。いや、ワイヤーである。
「そんな武装、GGには……」
 なかったはず、と続ける前に無線の向こうからジェイクの声が届いた。
「あるんだよ、コボルトには!」
言われて、ようやく思い出した。昔、まだライカが幼くて町も小さかった頃。建築用のコボルトが腕につけたウィンチユニットで、建材などを運んでいたことがあったはず。
「そんなものを!?」
 瞬間、疑問の氷解と共にライカの驚愕は大きくなる。ジェイクは剣戟を交わしながら、後ろも見ずにワイヤーの先端の分銅を飛ばし、的確に背後の廃墟に絡ませたのだ。
「なぁ、コボルトだって十分強いだろう?」
 その言葉には頷かざるを得なかった。ワイヤーに限った話ではない。先の剣戟だって、決してジェイクの腕のお陰と決めつけて良い問題ではなく、むしろ『作業現場で器用な動きができるように』作られているコボルトの性能による物もあったのだろう。
「だからって、負けを認めるほど聞き分けは良くないけどさ!」
「良い意気だねぃ!」
 その後も突っ込んでは離され、射撃戦に持ち込んでは圧倒的技量にこちらの弾を撃ち落とされ、機体の性能差があるにもかかわらず拮抗した戦いを二人は演じる。
「この、このこのッ!」
 普段とは違い、直前までナタを抜刀せずにサブマシンガンと榴弾で弾幕を張りながらライカは再度突撃。この数分で彼の動きを覚え始めたのだ、今度こそ行けると前に出る。
「今!」
「来るか!」
 タイミングを見計らったように両者抜刀、目くらまし代わりに投げつけたそれぞれの銃をお互いに斬り払い、爆炎を抜けて切り結ぶ。
「このレンジでは、負けられないんだよォッ!」
 ビーム・ナタ二挺を嵐の如く薙ぎ払ってジェイクを牽制しながら隙を探るライカ。
 天性の反射神経と動体視力で攻め込む。
ビーム・ソードでライカをいなしながらも時折ショットガンで攻撃するジェイク。
 培った瞬間記憶と判断能力で押し返す。
「良いプライドだ。感動に値する……。だぁが、まだまだだぜぃ!」
 推力が上回っているお陰で、半ばジェイクの逃げ道をふさぐようにして四方から攻撃を加えていたライカ。彼女がナタを振り下ろした瞬間、コボルトが不自然な挙動を取る。
「なんの真似を!」
「秘儀・『刀狩り』!」
 横から払うようにジェイクが光線剣でナタの刃を切り裂き、残った柄が爆発四散した。
「どういう技だよッ!」
 ライカが慌てるのも無理はない。ビームと呼ばれる光線系兵装は魔法によって生み出される物。鋼の硬度と革の弾性を持つ故に、力押しでは破られることなどありえない。逆に言えば、なにがしかの確かな技術によって破られた、という事である。
「もう一本もぉ、落とさしてもらおうかい!」
 光線剣は一度破られると、魔力の反動で柄もろとも弾け飛んだ。
「させるかよ!」
 しかし怯えて距離を取ればもう接近のチャンスはないかもしれない。つばぜり合いを躱しながら、慎重に隙を探る。そしてついに。
「隙が、見えた!」
 腕が上がった脇腹、スラスタの方向からしても回避が間に合わない。ジェイクが見せた大きな隙に食いつくように急速反転したライカが飛び込んだ。
 勝利を確信した獰猛な笑み、叫び。だが、応じるジェイクはまだ余裕綽々だった。
「まぁだまぁだ! この程度の罠に掛かってるようじゃあ、英雄には噛みつけない!」
 見えていながらも、なおワイヤーを伸ばそうとする。
「間に合うもんかよ!」
「だから、甘いってぇ言ってるでやんの!」
 ジェイクのワイヤーが短いまま横に薙がれた。その分銅は重量のままライカのオーガのすぐ後ろを通り過ぎ、次の瞬間にはライカを円心としてぐるりに巻き付いた!
「こういう使い方もあるって、言ってなかったっけぇ!?」
 クスクスと笑うジェイクの思惑通りライカは油断し、ワイヤーに捕まる。
「こんの、畜生!」
 一定方向に巻き付いているだけのワイヤー、ライカは瞬時に解いたが、その一瞬が命取り。致命打を回避したことで余裕のできたジェイクが一閃。
「『刀狩り』!」
 横向きのナタを縦にカチ割り、隙のできた頭部にショットガンの銃口を突き付けた。
「勝負、あったな?」

「くぁーっ! 負けた負けたー! けったくそー!」
 大敗を喫したライカは文句の一つもつけずにジェイクと共に町の食堂へ直行し、一緒にご飯を食べていた。ちなみに義母の酒場でないのは、たかが一食とはいえ賭け事に興じたことを咎められたくなかったライカのチョイスだ。
 食堂は色んな食べ物の匂いに満ちていて、居るだけでもお腹が空いてくる。
「しかしジェイクさん、アンタ本当に強いね!」
「ハッハッハ。まぁそれほどでも……あるかな!」
「実際問題、別段コボルトが一番得意ってわけでもないんだろう? こんだけの実力差を見せられちまうと、侮られたことを怒る気すら湧かないが、実の所どうなんのよ?」
 ライカはかなり直情的な所のある少女であるが、同時に老練の武人や職人に通じる様な潔さと分別を持っていた。それを好ましく思いつつ、パンを齧ったジェイクは返答する。
「侮っていたか、って言うならそりゃあ侮ってぇいたさ」
「侮っていたことは否定しないんだね」
 明言に対して、ライカの返事は文言だけ聞けば咎めているかに聞こえたが、相反して表情は好印象を受けたように笑みを浮かべていた。
「そりゃあね、あの『壊滅戦争』を最前線で生き残って今ここに居るんだ。自信の一つもつかねぇ道理がないし、弱い相手に警戒しすぎるようじゃ戦士としては二流だよ。ただまぁ、僕ぁ生憎と戦場に恵まれなくってね。いっつもギリギリの現場ばっかり立たされてたから、実のところそこまで機体にはこだわりが無ぇんだ」
 予想と違う答えにずっこけたライカはそれでも興冷めした様子無く次の質問に移る。
「ふーん。あ、あとアレだよ! さっきの『刀狩り』っての、どうやってやるんだい?」
「秘密だね。……まぁでも、どうしてもってんなら、一つだけヒントをやる」
「んじゃあ、どーしても!」
 どうにも厄介なところの多い御仁だ、ライカは裡にそう思いつつも食い気味に言った。
「嬢ちゃん、ビームの構造は知ってるかい? 『魔力にのみ接触可能な特殊結界で熱・斥力変換した魔力を……』つってもわかんねぇよな、ってか僕もいまいち理解できない」
「いや、なんなんだよ!?」
「……ともあれ、まぁビームってのは煮立った湯の詰まったガラス瓶みてぇなモンだ」
「はぁ……」
 全容が見えないせいか、ライカには何が言いたいのかよくわからない。
 漏らされたため息も気にせず、ジェイクは言葉をつづけた。
「中身が破裂するギリギリまで詰まってるガラス瓶ってぇのはな、どっか一箇所にヒビが走っただけで簡単に粉砕しちまう。それと同じようにやるのが『刀狩り』の原理よ」
「つまり、一カ所に集中して力を籠めろってことか?」
「んま、大体そういうこと。ビーム・ソードを相手が振ろうってぇ時に、動きの関係で『一番力が乗っかってる場所』が剣のどこかに発生する。そこにこっちの力を合わせてやれば、パリンと割れるって寸法よ」
 ジェイクは両手をそれぞれ刃に見立てて、右手を大振りに、左手をそれに当てるように動かす。速さでも強い力でもなく、点を突くことが大事だというようにトントンと軽く右手首を叩いて口を閉じた。
 ここまでヒントをもらったのだ、あとは自分でやってみよう。フンスと鼻息荒く決めたライカに今度はジェイクが問いかける。
「僕も自分の話したんだからさ、嬢ちゃんのこともいくらか聞いて良いかい?」
 言い様はいかにも怪しいオッサンであったが、悪人でないことは短い付き合いながらもライカもよく知っていた。
「まぁ、余程のことじゃないなら……」
 なので、そう応えた。その応じように、快く笑顔を見せたジェイクはいくつか気になっていたのだ、と口を開く。
「まずはアレだな……。一つはトーマスのことだ」
「おっちゃん? 何かあったのかよ?」
 特にとぼけた訳でもなく、理由がわからないとライカは問うた。
「いや、僕自身としちゃあどうにもあの人は苦手でね。変わって嬢ちゃんに聞きたいんだが、トーマスが元々どういう仕事をしていたのか、知らないか……?」
 初対面では明るく振舞ってみたが、どうにも探られているような感覚があって、ジェイクは苦手なのだ。故にこそ、彼自身について知れば安心して、あるいは正しく警戒して接することができると思っていたのだが。
 ライカはやや怒ったように眉を吊り上げると、キツ目の口調で切り出した。
「いいかい、ジェイクさん。アタシ、この町に案内するときに言ったよね? 『いろんな出身の人間がいる、戦前のことについては聞かないでやってほしい』って」
 その目の色は哀愁と寂しさをはらんだ静かな怒り。次はないぞ、という確固たる警告。
「ジェイクさんはこの町にきて日が浅いから知らないだろうけど、この町の大人たちの半分以上は『帰れないからここにいる』人や『帰る場所がないからここにいる』人なんだ」
 静かに、言い含めるように。されど同時に、絶対に譲らないという意思を垣間見せて。
 ライカは真剣な表情で語った。
「本人たちが話すというなら、他人が口を挟むことじゃない。だけど本人たちが話さねぇって言うなら、探ろうって野暮を止めるのに道理が立つ。わかるよな?」
 ともすれば失礼な命令口調。だが、その芯にあるのは町人への親愛の情とそれを支える強い信念である。そして、そこに信念があるからこそジェイクは好んで話しかけるのだ。
「……悪かったよ、嬢ちゃん。今後は反省する」
「別に良いよ、ジェイクさんがこの町に来たばかりなのは理解してるし。ただ、今度やったら分かってるよね?」
 別に怜悧と言う訳でもない、されど厳しい視線にジェイクはたじろいで、頷いた。
「ああ。よくよく気を付けよう。で、もう一つ聞きたいんだが」
「注意された直後に話を始められるその根性、嫌いじゃないぜ」
「嬢ちゃんには何かこう、『夢』みたいなものはあるかぃ?」
「ハァ……」
 ライカがため息をつくのも無理はない。今はまだまだ戦後の復興期。ここ数年こそ落ち着いているけれど、簡単なことで食うや食わずに陥るD85番地である。
 食うに困る日もあったし、餓死体を町はずれに埋めるのだって見たことがあった。
「それを、夢、ねぇ……。ハン」
「いやいや、そんな馬鹿にした風に言わんでも……。軍時代はよく同僚と酒でも交わしながらふざけた話をしたもんでね。戦争が終わったらー、なんてのも何度も話したんだよ」
「へぇ、ジェイクさんの夢は何だったんだよ?」
「重労働はしたくないし、美味いもん作る側に回ってみたかったからパン屋」
「男の夢って言うにはロマンの欠片もねぇな……」
 一刀両断に付したライカに、ジェイクは少しいらだった様子で返す。
「良いじゃねぇかよ、何を望んだって。そういう嬢ちゃんこそ、『こうなりたい!』みたいなの、ねぇの?」
「夢か……。夢ってもんじゃないけど、そうだな。強い奴と戦いたい!」
 その時、一瞬だけ獣が牙を見せる様な獰猛な笑みをライカは見せた。割合理性を見せる普段と違う、本能的で暴力的なその姿。ジェイクは気取られぬよう軽く背筋を震わせる。
「そんな……。いや、一体、強い奴と戦ってどうするつもりなのさ、嬢ちゃんは」
ジェイク自身が『臆病』と名乗るところの核が言葉選びを迷わせた。今確かに、彼はライカに恐怖していた。
「どうするって……。特に理由はないけど。そうだな、敵を倒してもっと強くなる!」
「強くなってどうするのさ?」
 だからこそ、問い詰める。ジェイクがかつて軍に居た時分も、こういう人間を見たことがあった。まるで何も考えていないような口調で人の命をスコアとして扱う輩だ。
聞かれたライカもあまりの勢いに気圧されて、それから。
「考えたことなかったや……」
 ポツリと呟いた。
「アタシはなんとなく、自分より強い奴を倒したいと思ってた。けど、その理由は『強くなりたいから』で。……そして強くなりたい理由は、『自分より強い奴を倒したいから』で……。なんかダメだ、堂々巡りだね」
 この時、ライカの中に今までになかった疑問が生じる。
 彼女が人を殺さないのはただそう教えられたからであり、そうできるからだ。
 彼女が誰かと戦いたい・強くなりたいと思うのもまた、理由なくそう思うからだ。
 だが、違う。『理由が無い』なんてことは有り得ない。そう断じれる理性を、彼女は持っている。
「ハァ……。なんでだろうな、ジェイクさん?」
 先ほどジェイクに注意した時のような芯のある様子は身を潜めていた。
 ライカが一つため息を吐く頃には、獰猛な笑みもまた姿を消す。
 残るのは、道に迷ったような表情でただ悩むだけの一人の少女。
「僕に聞かれても知らねぇよ」
 ジェイクもまた怯えることなく、しかし苛立ちを隠すようにいつもの適当なノリで返した。自分が殺さない理由も、自分が強くなれた理由も今のライカには理解できまいと思ったから、彼はあえて言葉にしない。
 だが同時に、今のままでいる事の危うさを実例として知っている彼は、ただ悩み続けることを助言した。
「ただまあ、考えてればその内わかることってのも、有るんじゃねぇの?」
 それから、彼ら二人は他愛もない話をしばらくすると、宴もたけなわに解散する。

「うーん。最前線跡なんだし、そろそろなんか見つかってもいい頃合なんだが……」
 相変わらず狩場を求めてさまようライカだが、どうにも集中しきれない様子である。
 気がかりなのは先日ジェイクと模擬戦をした時の事。
「戦う理由に強さを求める訳、ね……」
 ジェイクに言われて初めて気づいたことであったが、彼女自身特に理由もなく『そうしたい、そうありたい』と願っていただけなので答えなどすぐには見つからなかった。
 ライカは知識こそないものの、洞察力・思考能力に長けた少女である。故に、己が考えても見なかったことに対しては深く落ち込み、悩むのだ。
「ま、この荒野で生きて行くには強くなけりゃいけない部分もあるけどさ」
 ジェイクにコテンパンにされておいて言えた義理ではないが、相当強い方である自負は彼女にも有った。それこそ彼のようなエース級パイロットが相手でもない限り、そうそう殺されるようなことも無い。
「戦う理由にしたってそうなんだよな……」
 別に彼女は殺すのが好きであったり、或いは盗賊のように物を奪うために戦おうとしているわけではない。いや、どちらかと言えばそういう者たちを軽蔑すらしていた。
 だが果たして、理由もなく闘争を求める自分が彼らを見下すことが出来るのだろうか?
 だからだろう、ライカは声を掛けられるまで領土侵犯をしてしまったことに気づいていなかった。
「おい、そこのお前! 何をしている!?」
「へ?」
 視線を上げると、三機のGGが編隊を組んでいるのが見えた。
「(盗賊……にしちゃあ、装備が整っているな。なら……)」
 ライカの思考が終端に至るより一瞬早く、随分と若い声が響く。
「怪しい奴……、さては盗賊だな貴様!?」
 タァン!
 恐らくは新兵が乗っているのだろう、滅多に無い侵入者を見て緊張で棒立ちになったGGがビーム・ライフルを発砲した。
「当たるかよ!」
避けた時には、ライカは感づいていた。恐らく思索にはまったライカが侵入しそうになった所に、領軍と鉢合わせてしまったのだろう。以前も世話になったことがあるが、なかなかどうして敏感なのだ、こいつらは。
「ちょっと、ちょっとばかし待ってくれ!」
 慌てて無線に叫びかけた時には既に遅かった。
「アイツ、避けたぞ!」
「難敵だ、囲め! 囲め!」
 自衛用の軽装とはいえ、武器を持った状態で領内に侵入したうえ、弾を避けたのだ。
疑わしきは撃つ、が基本のこの時代である。戦意を持っていると思われれば戦いは避けられない。
「クソッ! 仕掛けてきたのはアンタらだからな! 悪く思うなよ!」
 向こうのGGは三機、旧維持軍製のヘルム・ギアが三。おそらくは戦後に領防衛用に購入したものであろう。今までに聞こえた二人分の声はどちらも若いもの。
「(戦後徴用の連中か……)」
腰裏のナタに左手をあてがい、右手はマシンガンを握り締めて突撃する。
「こんのクソぉ!」
「盗賊ごときに遅れを取るかよ!」
 聞こえる声は必死な物であるが、瞬く間に接近を許す辺りてんで成っていない。
「まずは、一機!」
「ひぃッ!」
 怯える声を聴きつつ、ナタを引き抜いて頭部を切り落とそうとしたその時。
「んだァ!?」
何か嫌なものを感じた。咄嗟の直感を信じて、後ろに跳んだゴブリン。
「おおィ、おい!?」
元居た場所をビーム・ソードを抜いたヘルム・ギア――今まで動いていなかった三機目が薙いでいた。直前まで動きを感じさせず、一撃でこちらの頭部を薙ぎ払おうとした攻撃。熟達の境地にあるその攻撃にライカは思わず舌なめずりする。
「へへへ。ちっとは、やりがいのありそうなのが居るじゃないの……」
 言ってから、己が好戦的な笑顔を浮かべていたことに気付き、ライカはハッとした。
 自分は今、何を笑っている? 一瞬自問してから、その刹那に相手が攻め込んでこないことに気付き無線の向こうに声をかけた。
「アンタは、無理に攻めてこないんだな?」
 向こうの返事より早く若手の二人が銃を構えるが、抜刀していた三機目が左手で制したことでようやく会話の余裕が生まれる。
 なりふり構わずな他の二人とは毛色が違うことに気付いて、ライカはナタを納める。
「貴方、『ちょっと待って』と言っていたじゃない。聞くわよ?」
 女声。年はわからないが、老人・少女と断ずるほどではない。澄んだ綺麗な声だった。
「た、隊長!?」
「盗賊かも知れないんですよ!?」
 向こうの二人は依然としてライカを敵視しているようだが、それを無視して彼女はコクピットハッチを開けてライカに姿を見せた。
「戦わずに済むならそれが一番よ、そう思わない? ……で、どうして入って来たのか聞かせてもらえるかしら」
本来こういう時は『道に迷った』と言うべきなのだが、長い黒髪の彼女に妙に親近感を感じたライカは己もGGから降り、あえて真実を語った。
「いや、ちょっと悩み事があってね……」
「つまり、悩み事があったから旅に出たというのかしら。こんな危険な荒野に?」
 そう返されてから、説明不足であったことに気付いたライカは言葉を付け加える。
「いやいや、すまね。まずは名乗るべきだったな、アタシはライカ。『D85番地』って呼ばれてる町で『盗掘屋』をやっている」
「盗掘屋……?」
 ライカが言うと、まるで知らない言葉を聞いたみたいに女は聞き返した。
「アンタ、知らないのかよ。珍しいね……。ここの荒野で『壊滅戦争』の頃に乗り捨てられてったGGなんかを売ってるチャチなガラクタ漁りの事さ」
 荒野の人間で『盗掘屋』という言葉を知らぬ人間は居ないはずだが、そう思ってライカは首を傾げつつも説明した。
「盗掘屋なら、入ってこない約束だろ!」
「本当は盗賊で、嘘を突いてるんじゃないだろうな!?」
 新兵二人が再び騒ぎ立てると、再び隊長が一喝した。
「落ち着きなさい! 本当に盗賊なら、もっと大人数で来るでしょう? 偵察だったら侵入まではしないし、向こうのGGの整備具合を見るに盗賊と言うには綺麗過ぎるわ」
 なかなかの観察眼と筋の通った言葉で黙らせると、彼女はこう言った。
「いや、勘違いして申し訳ないね。私はモネ・シーメル。つい先頃、ここの領軍に入った流れの者なの。君も似たようなクチかと思っただけよ」
 向こうがそう言ったのにライカはフーンと流す。正直、向こうの事情に興味はない。
 自分より格上であろう相手と戦う機会を逃したことと、『戦いたい』と衝動的に思った己を恥じ入る意味でテンションが下がった彼女はそのまま問うた。
「ところで、アタシは帰っても良いかね?」
「うーんと、本当に侵入だったら調書や関料を取らないといけないんだけど……」
 実の所、この時点でのライカは正式な領土線より数キロほど前。本格的な領土にはちゃんとした関所や防衛用の拠点があるので、侵入とは言い切れない。
「まぁ、誤って侵入してしまったというなら無罪放免でいいでしょう」
 そんな、余りにも雑かつ人を信用しすぎな判断に部下たちは文句を訴える。
「モネ隊長、ここに来たばかりの貴女の判断は甘すぎます!」
「そうです、たとえ無罪でも見逃せば我々のメンツにも関わります!」
 そう、訴えた時。ライカは一瞬だけ殺意のようなものを感じた。
「……。私は客将ですが、あの戦争を生き延びてこの場に居るのよ。これでも貴方達の上司、その判断を疑うというなら貴方達二人で彼女を捕まえて見せなさい」
 静かに告げられた言葉にジリ、と歯ぎしりする音が聞こえたが。
 ライカ相手に勝ち目がないことは、さっきの攻防で良くわかったのだろう。
「……従います」
「……」
 片方は渋々頷き、もう片方は無言ながらも同意を示す。
「よろしい。では、私達は警邏活動に戻りますよ」
 言葉と共に去った女性を、二機のGGが追いかけて行った。
「……不思議な姉ちゃんだったな」
 呟いたライカもまた、踵を返すとGGを走らせ始めた。

 その翌日。今日も今日とて狩場探しに行こうとしたライカに、ジェイクが絡んで来た。
「なーなー、ライカの嬢ちゃん。そう言う訳で、なんかいい仕事なぁい?」
「いや、どういう訳だよ? そもそも何だって、アタシのところに来るんだよ」
 模擬戦の時の一件で諸々悩んでいたはずなのに、あまりのノリの軽さに思わず忘れた。
「トーマスのおっちゃんは紹介しただろ? あの人がこの辺りのまとめ人みたいなことしてんだから、そっちへ行ってくれよ!」
 ジェイクの軽さが嫌になったか、やたら邪険なライカはそのまま立ち去ろうとする。
 それを慌てて引き留めたのはジェイク。泣き落としにかかる。
「いや、こないだも言ったと思うけんど、僕ぁどうにも苦手なんだよなぁ、あの人」
「んじゃア、アタシみたいに盗掘屋でもやる? 近場は粗方掘り尽くされてるから遠出しなくちゃなんないけど」
「遠出は勘弁。長い旅路で僕のGGもボロボロになっちまってねぇ。戦闘になったらと思うと背筋が震えるぜぃ……」
 ジェイクがここまで乗ってきたゴブリンは裏市場で買ったものであったが、それももうガタガタ。頭部の三点式(トロ)カメラは両端が潰れ、左手も動かなくなっていた。
「そのクラスになるとおっちゃんでも修理は難しいだろうねぇ。……ジェイクさん、お金はどれくらいあんの?」
 問われて、ジェイクは残り少ない軍時代の貯蓄を思い返す。
「GGを買う費用として考えるのなら、正直足りないだろうねぇ」
「この町だと、相場は金貨一本積み――百枚からってとこだけど?」
 D85番地は復興の速さと治安の良さ、中古GGがあちこちに転がっているお陰で、他所よりは幾分か物価が低い。
ちなみに、銅貨十枚で大銅貨一枚、そっから十倍ごとに銀貨、金貨と並ぶので金貨百枚は十万枚である。大銅貨一枚で軽い食事が取れると言えば、ほどが知れるだろうか。
「足りないねぇ。腕だけ修理してくれるってわけにはいかないかい?」
「そこら辺は、おっちゃんに聞いてみないとわかんないけど。十中八九、パーツが足りないか工作用魔道具が足りないかのどちらかだろうさ」
「というか、だ。金貨百枚の高級品、何で嬢ちゃんが持ってるんだよ!」
 まあ、子供に買える額じゃないのはハッキリしている。
「アタシのはおさがりだよ。育ての親に当たる酒場の女将さんが店を開くって決めた時に売っぱらう予定だったヤツをもらった」
 ライカの養母もまた、この町ができた当初は『盗掘屋』であったという。
「はぁ、いいお母さんなこったねぇ」
「善人かどうかっていうかさ、『あるものでやるしかない』って根性が強い街なのさ」
「まぁ、じゃあ。とりあえず僕はGGを使わない仕事を探すことにするよ」
 GGを使わない、のところでライカはふと養母が嘆いていたとあることを思い出した。
「ジェイクさんが居つくってんなら、農家をオススメするのになァ……」
 十年も経つとはいえ、相変わらず上層部がバチバチやっているのだから復興は遅々として進まない。そんな中で生きていると、中々農村部もてんやわんやで食べ物の値段も上がっていく。
「農家か、いいねぇ。まぁでも、この辺りなら比較的耕作しやすいんじゃないのかい?」
「なんで?」
 問いを聞いて、難民キャンプ育ちのライカは初等学校すら通っていないことに気付いたジェイクは、少し物悲しくなった。
「この辺りってのはな、昔は穀倉地帯――大規模に農業をやってる地域だったんだよ」
 緩衝地帯は戦争末期に最前線のあった大陸中南部から北東部にかけての広域に広がっている。いくつかの地域が含まれているが、この辺りは耕作地帯であったという話だ。
「北のほうにでっかい山があるお陰で、程々に雨が降って、程々に晴れる。土も良いらしいしな。そりゃあ作物も育つってもんよ。つっても、今じゃ見る影もないがな」
「なぁるほど……。良く判らん!」
 ライカには少々難しかったらしく、様を見てジェイクはトホホと頬を掻いた。
「ま、またいつ戦争が始まるかわかんねぇ今の情勢じゃ、大規模にはやれねぇけどな。『探し物』が終わったら農家になるのも手だね」
「おお、いいじゃァないのさ」
 ライカ自身の印象としても、厭戦的なところの強いジェイクはできるだけ早く戦いから離れるべきと感じていた。
「まぁとにかく、ジェイクさんのGGを直せるかどうかだけは、おっちゃんに聞いといたげるよ!」
「ありがとう! いじゃ、僕は仕事でも探しに行ってくる」
 言って去るジェイクの背中をしばし見つめてから、ライカは己の頬をはたいた。
「さて! アタシも頑張るとしますかね!」
 今日もまた、仕事だ。

「ふわぁー! 結局、今日も見つからなかったでやんの」
 時は移ってその日の終わり。外壁の向こうに赤々と沈む太陽を背に成果もなく帰って来たライカはため息とも欠伸ともつかぬものを吐き出し、肩をゴキゴキと回していた。
 そもそもからして、狩場探しは一・二週間かかることがザラなので焦るほどではないのだが、目に見える成果がないと背中が痒くなる。
「いっぺん、帰りますかねぇ」
 ライカが暮らしているのは、いわゆるアパートと言うよりは寮に近いそれである。戦災孤児が高いこの町では、大概十歳くらいで自分の仕事を見つけるか養親の仕事を手伝うようになるのだが、その内の前者には格安の住まいが用意されているのであった。
「よぉー、ライカ! 今日もお散歩だったんだってな?」
 寮につくなり話しかけてきた少年・エドウィンはライカの一つ上の幼馴染である。
「……エド。アンタだって、ちょいと前までは似たようなもんだったじゃないか」
エドも同業の『盗掘屋』であった。その上この寮でも隣同士だったりする。
「大体、エド。アタシはアンタと違って貯えがあるんだから、少しくらい休んでたって困りゃしないのさ」
「そうそう、その貯えを見込んで頼みごとが……」
「金なら貸さないよ! 帰った、帰った!」
「まだそうだとは言い切ってないじゃないか!」
「『貯えを見込んで』と言ってる時点で、金貸しの依頼に他ならないじゃないか!」
「ま、事実そうだけどさ……」
「大体、無駄遣いが過ぎるんだよ! エドは」
 金がないなんて言っているエドではあるが、特段量を食べるわけでもなければ、ギャンブル中毒と言う訳でもない。と言うか、この町に賭け事ができる施設自体がない。
「それでも……。それでもっ、手に入れたい歌姫(ディーバ)の記録水晶があるんだ!」
 歌姫の記録水晶と言うのは専用の装置に入れることで記録した映像・音声を再生できる魔道具だ。娯楽品としてもかなり普及しており、吟遊詩人の映像を録画したものもある。
「ハァー! これだよ。で、今度はアゲートちゃんかい? メルケーちゃんかい?」
 この時代、吟遊詩人と言うものもかなり種類の幅が広がっており、その中でもエドがぞっこん惚れ込んでいるのが、美少女が歌って踊るタイプの歌姫(ディーバ)であった。
「いいや、今回はアゲートちゃんでもメルケーちゃんでもない! メルキスちゃんだ!」
「アタシにゃ、区別がつかないよ」
 概ね真面目な幼馴染なのだが、如何せん趣味が好ましくない。しらーっという表情になるライカである。別に悪いとまで言わないが、女性からすれば嫌なものがあった。
「ライカだって知ってるだろう!? あの手の記録水晶は、行商たちが持ってきてくれる時に買っとかないと、次のチャンスがないかもしれないんだよ!」
「ああ、よく知ってるよ。耳にタコができるほど聞かされたからねぇ」
 この町にも月に数回は行商がくる。GGの護衛なしでは通れない無法の荒野と言えど需要があるなら商人はやって来るし、娯楽品や薬の需要が尽きることはない。
「ある程度広い町まで行ければ、ライブも見ることが出来るけどさ! 正規軍は怖いし、高い関料は払えないし、だから記録水晶だけは何としても手に入れたいんだよ!」
「あーあー。そこら辺の事情は分かってるよ。返すアテがあるのも知ってるし……。そうだね、銀貨五枚まで!」
 なんだかんだ言って折れるライカ。これで今、エドに狩場がないなら悩み所であるが、狩場があるうちは一日で一週間分の生活費は稼げる。だから、大丈夫だろうと踏んだ。
「それだけあれば十分! いや、三枚貸してくれればいいです!」
 途端にパァっと、エドは笑顔に変わる。邪気が無さすぎて、少し眩しく感じた。
「(趣味ってのはいいモンだねェ……)」
 最も、根底にあるのがドルオタだと考えれば微妙な気分だが。
「しっかし、推しがコロコロ変わるってのはどうなのさ? もう少し、一途になれないもんかね」
「それはそれ、恋人じゃないんだからさ。まぁ、品ぞろえの問題とかもあるけど、『娯楽品だ』って考えると乗り換えやすいって言うかね……」
「アンタ、女を娯楽品だなんていうんじゃないよ……。ゲス野郎と思われるぜ?」
「うるさいなぁ。言ったらライカだって、戦闘狂のシミュレータ大好き人間だろう?」
 言われて、脳裏によぎるのは先日のジェイクとの模擬戦とその時投げかけられた問い。
 なぜ戦うのか、答えを見つけらぬままのライカはどうしていいかわからず激昂した。
「んだって!? 殺しとシミュレータは違うんだぞ! アタシは別に誰かを殺したいからやってるわけじゃなくて、ただ強い奴と戦うのが楽しいからやってるだけだよ!」
 そう、まくしたてるように言ったのに対し、帰って来たのは冷徹な答え。
「それを、戦闘狂って言うんだろうに」
 そう。そうなのだ。自分は戦闘狂であると理解してしまったら、どこかが堪え切れなくなって壊れる気がして、強引に会話を閉めようとライカは叫ぶ。
「だぁー! やっぱりエドとは趣味が合わない! とにかく、銀貨三枚でいいんだね?」
 ここで意地を張って『貸さない』と言わない辺りが、ライカの素直なところである。
「ああ、癪だけど貸してくれ!」
 そして、『癪だけど』と言っちゃう辺りがエドの素直じゃないところである。
 と、二人が軽い言い合いをしていると。
「ちょっとエド、またライカからお金を借りてるの? いい加減にしときなさいよね」
 二人が軽口をたたき合っているその隣から出てきた彼女はルーシーと言う。エドと同い年にして、こちらは裁縫を生業として服の修繕で商売をしている少女であった。
「あれ、ルーシーじゃん。今、仕事大丈夫なのかよ?」
「あなたたち二人が騒いでるから集中できないのよ! 私達だって、もう大人なんだから少しは落ち着きなさいよ」
「ま、大人って言うにはアタシはまだ早い気もするがね……」
「俺だって、別に成人じゃねぇぞ?」
 この世界における成人は十七歳。帝国の学校制度の都合で生まれた習俗である。
「一歳二歳の差でごちゃごちゃ言わない! お酒が飲めないってだけで、普通に働いて自分のお金で生活してるんだから節度を持ちなさいって話よ」
「それは、そうだけど……」
 娯楽品が高いとはいえ、のめりこみすぎであることを否めないエドがシュンとすれば、代わってライカが反発した。
「でも、アタシは怒られるほどのことはしてないぜ?」
「あなた、この間またいらない戦いに首突っ込んだでしょ? そのうえ、旅人さんに模擬戦を挑んで迷惑をかけて……。全部、聞いてるんだからね!」
「それは、多勢に無勢だったからで……。もう一つのはただ興味があったからで……」
 こうなると、日ごろの男前っぷりも形無しである。
「それだって、町に助けを求めることぐらいはできただろうし、襲われてたパイロットも強かったんでしょ? ライカは目だけは良いんだから、それぐらいわかったでしょうに」
「そうだけどさ……」
 仁義や人情というものがわからないのかとライカが反論すれば、そんなものを一介の少女が背負おうとするなと言い返された。
「もう大人とはいえ、か弱い女の子の自覚を持ちなさいな……。まったく」
 反論できないことにルーシーは事実お淑やかであり、しかも趣味が裁縫で毎日仕事が楽しいというのである。ぐうの音も出ない。
「「ぐぬぬ……」」
 いや出た。ライカとエドがうなっているうちにルーシーは部屋に引っ込み、次いで二人もそれぞれの部屋へと戻る。
「ったく、どうにもアイツらにはわかんねぇモンが有るってんだよな……」
 ぶつくさ言いつつも、二人が心配していたり気にかけてくれているのは理解しているので、内心嬉しいライカは頬を緩める。
「今晩は何を食べに行くとするかなー!」
 扉を閉じた瞬間、フッと静かになったのから逃げるように荷物を置くと、飛び出した。

 某所。十年ほど前。
「ジル、お前、この戦争が終わったらどうする?」
 暇を持て余したように整備服姿の男が声を投げかけた。工場のような騒がしさと機械油の匂いの中で、良く通る声が返事をする。
「何、トムス。雑談は良いから手を動かしてよ。あと一時間で出撃なの、私の相棒(トルク・ギア)きっちり整備してよね!」
 ジル、と呼ばれた彼女こそは軍の旗頭的存在にして若き英雄と呼ばれる人物である。
「修理の大半はもう終わってるんだと前にも言っただろ……。大半の整備はお前が帰ってきてすぐにやっている。あとはビーム・ライフルの調整だけってところだ」
 トムスが整備しているGGこそは、古代の設計図をベースに彼自らリビルドしたGG『トルク・ギア』。数年前に普及し始めたGGの中でも最強を名乗れる機体である。
「で、答えをまだ聞いてないんだが?」
「ああーっと、戦争が終わったら、だった?」
「なんだ、何も考えてないのか?」
 どうにも返事の鈍い友人に対し、トムスは呆れたように溜息をつく。
「お前さんは本当に戦闘バカだな。平和になったら盗賊にでもなるつもりか?」
 軍の英雄相手ということを考えれば、軍法会議モノとすらいえる発言が許されるのは士官学校時代からの友人であるが故の気安さか。
「盗賊にはならないわよ……。私は、守りたいものがあるから戦っているの。だから、なるべくなら平和になったら切った張ったとはオサラバしたいところよ」
 少し硬い口調の彼の冗談に苦笑して、ジルもまた少々英雄らしからぬ答えを返した。
 そもそも維持軍側の腐敗を原因として始まったこの戦争において、しかし一兵士であろうとした彼女は清廉潔白に人を護るための戦いを望んでいる。
「お前さん、戦うのは比較的好きだと言ってなかったか?」
 とはいえいくら才覚が有ろうと、努力しようと。性根のところで向いていなくちゃ英雄にはなれないのだ。そう穿った質問をトムスはするが、ジルは首を振る。
「私は誰かを『殺したい』わけじゃなくて『守りたい』だけだから。そのために強くならなきゃって気持ちはある。けど、強くなる事も戦う事も、手段であって目的じゃない」
 語る目つきはどうにも疲れ切っているようであるが、強い意志を宿したそれ。
「ああ、ああ。済まなかった。馬鹿にするようなことを言ってしまった」
 戦士の気迫に押されてか、トムスは割合素直に謝った。
「そもそも私が軍に入ったのだって故郷を護るためなんだよ? それがたまたまGG操縦の才能があったからって、こんなところまで担ぎ上げられちちゃったけどね……」
 元来の彼女は最前線に立つことよりもむしろ何かを守ることを望む気質である。それが最前線まで来る羽目になったのは宮仕えの辛さか、それとも戦争という時代の狂気か。
「ああ、お前さんバカだものな」
 それをこんな一言で流すあたり、トムスもある意味大物である。
「馬鹿って言った方が馬鹿なのよ!」
 そういうとこもだと言いかけたが、不毛になるのでトムスは裡に呟くにとどめた。
「でも実際、平和な時代なんて想像もつかないわねぇ……」
 この戦争が始まったのはかれこれ十年前。今年で十九になるジルやトマスが初等学校に入るころに始まった計算である。情勢がきな臭くなり始めたのはもっと前だからして、彼らはおおよそ『平穏な時代』と言う物を知らない。
「オレは魔道具いじりも好きだけど……。本当は古物商とかもりたいんだ」
 ビーム・ライフル――トルク・ギアの主兵装へと計器を向けながらトムスは言った。
「骨董屋? 貴方、そう言う性分だったかしら!?」
 大層驚いたように返すジルに、トムスはコクリと頷く。
「元々オレの興味ってのは古文書とか、美術品の類なんだ。それが、古代の技術書掘り起こして兵器作るのに役立つなんて言って、ここまで引っ張ってこられたけど……」
「そうだったの?」
「だった」
 前にも話したはずなのに、どうやら忘れているらしい友人の姿に頬を一掻きして、トムスは計器へと目を落とす。
「まぁ、そういう意味では昔のお伽噺の原典を探してきて、現代人向けにアレンジする小説家なんてのも良いかも知れないな」
「小説家、ねぇ……。いい夢じゃない」
「いま、『絶対できない』ってバカにしたな?」
 長年の友人の間を見て、何か勘づいたトムスは声を荒げた。
「難しいとは思うし、やり方もわかんないけど馬鹿にはしないわよ。ただ、夢があるってのは羨ましいなぁ、と思っただけよ」
 余りにも純粋な好意を向けられて、トマスは少したじろぐ。
「まったく、そう言う奴だと知ってはいたが……。惚れるぞ?」
「貴方までってのは、やめてよ。ただでさえお貴族様の政略結婚に巻き込まれそうだって言うのに……」
 震えるように一歩後退って、ジルは返す。
 ちと悪い所に刺さる冗談だったな、と自省してからトマスは真面目な表情で言った。
「とりあえず今は目の前のことだけど、お前さんが夢を見つけたら手伝うよ。絶対に」
「そう? じゃあ、帰った後にでも考えとくとするわね」
「ああ、じっくり考えておけ。なんせお前さん、アホなんだから」
「まだ言うか!」
その日戦争が終わった。最前線で起こった、真相すら定かではないGGの暴走事故によって――。ジルは、帰ってこなかった。

「……んだ?」
 荒野に何本も立ち上がる砂嵐。熱に溶けた大地と紫色の煙。
 一通り辺りを見回してから、トーマスは静かに溜息をつく。
「また、この夢か」
 終戦からこっち、月に一度は見るこの夢は特に何も起こることなく。どこに動くという訳でもなく。ただただ、戦争が終わった後の風景を日が沈むくらいまで見つめて終わる。
「なぁ、ジルよぉ……。夢は、見つかったかい?」
帰ってこなかった親友を思えば涙の一つも流さずにはいられない、悪夢の一つも見ずにはいられない。

「ハァー。まだちょっと早いな」
 朝日のまだ上る前。普段は喧騒のやまない大通りの方もシンと静まり返っている。
 とはいえ、トーマスも二度寝をためらわれる心理状態であった。
「水が飲みたいな……」
 台所まで言って水瓶型の魔道具を起動し、湧き出た水をコップですくって一口飲んだ。
 冷たい水の無機質な味が、悲しみと恐怖に火照った体を洗うようで心地良い。
「そういえば、あのジェイクという男。いつまでこの町にいるつもりだろうか?」
 戦争が終わってからというもの、寝覚めが悪い日が大半を占める。そのため早起きしすぎてしまった日のトーマスは直近の問題について思考を巡らせることにしている。
「ライカちゃん言うところ、『探し物』とやらをしていると聞いたが、一向に動く様子もない……」
 実のところ、トーマスはジェイクを疑っていた。いや、明確な敵と思っているに近い状態だ。出来れば懐に入れたくない相手と認識している。
「まさか、賞金首やその反対の賞金稼ぎってわけでもないだろうが……」
 『壊滅戦争』後の治安の悪化は犯罪者の増加を招き、またそれぞれの軍が敵軍のエースを賞金首として貼り出したことで、賞金稼ぎを自称する荒くれ者たちが出現した。
「その手の手合いなら、既に何かやっているか、或いはすでに追手が来てるはずだ」
 ジェイクがこの町にやってきてから一週間以上が過ぎた。もし賞金首絡みなら厄介事を持ち込まれる前にお引き取り願いたいが、それにしてはことが起こるのが遅すぎる。
「しかし、ライカちゃんと模擬戦をしたときのあのデータ……。知っている気がするな」
 内心に引っかかる物のあるトーマスは、捨てた名であるトムス・アレイとしての知識まで総動員して熟考する。最も厄介な事態として、当時の有名人で符合する名前を探した。
「ジェイクか。……ジェイコブ? ……あるとすれば、『三つ目の蜘蛛』(ファイブロスト)のジェイコブ・アリソンか!? ええと、ここら辺に資料があったはずだが……」
 惚れた腫れたという関係ではなかったが、親友であったジルには生き残って欲しかったし、だからこそトムスは諜報部などに借りを作ってでも念入りに情報収集を行っていた。
「こっちの棚だったかな?」
 そのファイルにも明記されている、そしてトーマスの記憶にも強く残っているのは、ジェイコブと言う男が幾度となくジルと競い合って、生還した男だからである。
 『三つ目蜘蛛』と呼ばれる所以は、一つはワイヤーガンを使った特殊機動の使い手であることと、公式に五回もの撃墜記録がありながらも度ごとに戦線復帰する強運だった。
 いや、後に思えば運などではなく『死なないようにあえて撃墜された』とすら思えるほどの守りの名手であった。
「あった、あった。ジェイコブ・アリソン……」
 彼もまた、ジルと同じく戦争最終盤に戦果を挙げていた英雄である。特徴としては、格闘距離での射撃戦を好むこと。そして、乗機にこだわらないこと。
大規模な戦果が少ないせいで他のエースパイロットたちに見劣りがちであったが、その堅実な戦い方は恐ろしく、またジルとの複数回にわたる交戦もあって、当時のトムスが最も警戒していた人物の一人だ。
「一度鎌かけでもしてみるか……?」
しかし、正体を探ろうかと思うに至って、それは間違っていると自分を否定した。
「仮に彼がジェイコブ・アリソンだったとしても、そこは重要じゃないんだ」
 大事なのは、ジェイクが何を探しているのか。そして実際は『探し物』なんかをしていなかった時に、何が本来の目的なのか。今の彼にとって最も大事なのはD85番地とそこに生きる人々だ。
「もし仇なすというのなら、例えどんな手を使ってでも……」
 じんわりと暗くひとりごちてから、トーマスは朝食の準備をし始めた。

 町のまとめ役と言っても、仕事はそう多くない。盗掘屋たちが帰る夕方からしか査定屋の仕事もないし、時たま技術関係の相談者が訪れるものの、数は多くなかった。
「さてと、それじゃあそろそろ行こうかな」
 では彼が午前中何をしているか。それは盗掘屋達のGGの整備であった。
「ライカちゃんは今、出てたはずだな。アル、ミリア、エドは今日は休みだったか?」
 町はずれのGG置き場についたトーマスは軽く工具箱の点検をすると、移動用の台車が付いた高梯子を押しながら、一台目のGGの方へと向かう。
「まぁ言っても、簡単なことしか出来ないけど……。やれるだけ、やっておこう」
 維持軍時代と違って、まともな整備設備も部品もありはしない。それでも査定屋仲間たちと毎日整備しているのは、ひとえに子供たちの安全のためだ。
「……にしても、相変わらずアルは扱いが雑だな」
 高梯子にロープで自身を括り付け、トーマスはテキパキと仕事をこなしていく。
「いずれ職にあぶれる奴が出てきたら、こういうのもやらせてみるとするか」
 ライカたちの少し下の世代で孤児はいないのだが、少ないながらも戦後にこの町で生まれた子供がいる。毎年十人もいないといえ、今なお人口増加にある『D85番地』においては、就職難は地味に差し迫った問題であった。
「あれ、ここの関節の小型制御用魔道基盤、掠れてらぁ……。取り替えとくか」
 GGを動かす魔導的な仕組みは主に四つ。
 空気中などから魔力を取り込み、特殊な魔導触媒によって増幅・貯蓄する魔導力炉。
 『ゴーレム』としての魔法でGGの基礎的な動きを実行させる頭部の大型魔道基盤。
 関節各部や武器内で細かい動きを補助し、特定の魔術を行使する小型制御用魔道基盤。
 そして最後に、それらを統括して人が操作しうる形に落とし込む、コクピットである。
 一機目が終わり、高梯子を降りる。次に行こうとした時、遠くに砂煙が見えた。
「んだ? ありゃ……」
 盗掘屋たちが帰って来るには少々早すぎるし、仮にそうでも数が多すぎる。
 不穏に思ったトーマスは咄嗟に手近な位置にあったGGの頭部へ手を伸ばす。
「なんだ……。盗賊か? それとも賞金稼ぎの集団か?」
 年に数度はそう言う輩が来るのだ、今回もその手合いだろうと、状況確認のためにGGのカメラを起動し、ついでに術陣を少し書き換えて手元の磨き布に投影した。――腕利きのトーマスだからできる芸当である。並の技師では、何時間かかってもできはしない。
「おいおい、驚いたな……。正規軍サマが来るとは思わなかった」
 どこか自分を客観視するように呟いたのは、そうすることで落ち着くため。
 革命軍正規GG部隊、およそ十五機。オーガ型やその三代後継で最新鋭機に当たる『バルログ』型の姿まで。あと三十分以内には着くであろう位置に彼らは近付いていた。

 町人達にしばらく建物内に居るように言ったトーマスは、一人外壁の外に立っていた。
 轟音を立てて近づいてくる部隊が整列の態勢で止まったかと思うと一番前のバルログのコクピットハッチが開き、金髪緑眼の美少女が顔を見せた。
「私は、大公麾下革命軍・第一軍総司令官、エリーチカ・ジーリングである!」
 偉い人が来てしまったことにトーマスはキリキリ痛む胃をそっと片手で抑えた。
 表面上は平静を取り繕っているが、内心は汗だらだらである。
革命軍の軍容分布では、一番偉い元帥の下に一〜五軍。その下に師団、大隊、中隊、小隊と分かれるのだが。総司令官とは二番目に偉い人を指す言葉であった。
「(はぁ、心底勘弁願いたいな)」
トーマスは内心でボヤきながらまとめ役としての義務を果たすべく、一歩前に出た。
「それはどうも。この町でまとめ役をさせてもらっている…ます、トーマスと言います」
 年のころ二十かそこらといった少女――いや実のところかなりの美少女が金髪をしゃなりと揺らしてGGを降りてくるのをじっと待つ。
 その後ろでは既に降り立っていた護衛だろう数人の兵士が銃を持っていて、変な動きでも見せようものなら撃ち殺すぞと銃口を向けていた。
「(エリーチカ司令官といえば、確か大公家の一人娘だったか……。七光り公女サマが若くて美人だってのは本当らしいが、何の用だろうか?)」
 大公派の革命軍は『革命』の名が示す通り、腐りきった帝国政府に反旗を翻した者たちの軍隊である。なのに何故か大公の娘だけは十五のころから戦争の指揮を執っていた。
 終戦前からの軍団長ということもあって、トーマスも名前を知っていたのだが。
「ふむ、トーマスというのか。いい名だな?」
 降りてきてすぐさま言われた言葉に、思わず硬直する。この町のルールなんてものはこの公女様には通用しない。『元維持軍の技師のトムス・アレイ』なんて言う正体がバレたら、トーマスの命はお終いである。
「え、ええと……。貴女みたいなお偉いサマが、一体今日は何のご用件ですか?」
 技術畑のトーマスに交渉の技術はない。というか敬語も儘ならない。難民キャンプだからやむを得ないと思ってくれたのか、向こうも言葉遣いには突っ込まず、話を続ける。
「まぁ、君のことも多分に気になるのだが……。敵でないなら、良しとしよう」
「は、はぁ……」
 見逃されたか、別件の優先度故に気にされなかったか。ともかく一命をとりとめたらしいことを悟ったトーマスは顔色を窺うようにして交渉相手の足元に視線をやる。
「何だ、情けないまとめ役殿だなあ……。相手の目ぐらい見て話せんのか?」
「ハハハ、難民同士が身を寄せ合っているもので。オレみたいなのしかいないんですよ」
 軽く皮肉を返すと、しばしの沈黙。テンパって思わず漏れてしまったが、この相手に皮肉はどう考えてもまずかったか。そう、トーマスが焦った時。
「アッハッハッハ! いいではないか、気概もきちんとあるのだな!」
 むしろ何故かご機嫌である。貴族とはわからぬものだとトーマスは思った。
「それでその……。ご用件は?」
 喋り方の感覚を掴みあぐねながらも、何とか十年前に上司と話していた調子を思い出してエリーチカに応対するトーマス。
「まぁ、そうビビらないでくれたまえ……。というのも無理な話か」
 何せ彼女の後ろにはパイロットの乗ったGGが十機と護衛が四人、銃を構えている。
「まぁとにかく。私がここまでやって来たのは他でもない。探し人をしているからだ」
 心当たりはない、と断言する前にジェイクの顔が脳裏をよぎる。
「(あの野郎、確か元革命軍の士官だったよなぁ……)」
 もし探し人とやらがジェイクなら、厄介払いができたと喜ぶべきなのか厄介事を持ち込んでくれたと怒るべきなのか。思考を巡らせる片側で、エリーチカが再び口を開いたのを見て、トーマスは背筋をただす。
「それで、私の探し人というのが……」
 言いかけたのを区切るように、トーマスの後ろから現れた影が大声を発した。
「あれ、公女さんじゃねぇですか! 大分(だいぶん)お久しぶりですねぇ!」
 大分能天気な声は最近この町にやって来た旅人のもの。
「すまんな、責任者殿。探し人が来たようだ」
 やはりジェイクか、嫌な予感が的中したことでトーマスの胃がさらに締め付けられた。

「公女さんには単刀直入に言わせてもらうが……。僕ぁ、軍に帰るつもりは有ゃあせん」
 こんな崩れた口調が許される辺り、革命軍も大分緩い組織だったのだろうかと現実逃避をしつつ、トーマスはあたりを見渡した。
 会談の場所となったのは町はずれにある『査定屋』達の休憩所。向こうが護衛数名とエリーチカ公女で、こちら側はトーマスとジェイク。控え目に言っても部外者のトーマスはさっさと立ち去りたい所なのだが……。
「(とはいえ、オレ達が居るのは元大公領だし、緩衝地域とはいえ無法者として排除されてないことを考えるとな……)」
 邪険にもできなければ、マズい事態になったときに待ったをかけるためにも居ざるを得ない。しかし正体がバレれば命の危機と、デッドロック状態にあるトーマスであった。
「ジェイク、どうしてもか?」
 こうして兵に慮るあたりを、戦争当時は『人無し維持軍と金無し革命軍』などと評されたものであった。政治の腐敗を直すために大義と人道を通す、それが革命軍である。
「ああ、駄目だね。僕にも『どうしても』な探し物があるもんで……」
 真剣な表情で二人が話し合う傍で、護衛たちの視線に居心地の悪さを感じながらもトーマスはじっと思考を続ける。
「(とりあえず、『ジェイク』が本名だということは分かった)」
 公女サマがわざわざ説得に来ていることから考えてもジェイクと『ジェイコブ・アリソン』が同一人物であるとトーマスは確信する。ま、今は重要ではないが。
「ジェイク、その『探し物』とやら……、どうしても私では協力できん物なのか?」
 問うた瞬間、いつも道理の飄々として表情だったジェイクの目つきが急にきつくなった。憤怒や怨恨とも違う、何かを悩むような表情。
 トーマスはこれだ、と思った。『探し物』次第でトーマスの彼に対する評価はガラリと変わるだろう。腐りきっていた維持軍に未練のないトーマスにとっては、今は街が最優先である。それさえ守れるならジェイクを疑う必要などないのだから。
「僕ぁね、『探し物』が見つかるまでは戦争に参加するつもりもないし、見つかったとしてそれがどういう物であるかによっては……」
 腹が立ったか、言葉も半ばにエリーチカはダンと机を叩いて立ち上がった。
「だから、それは何だと問うておるのだよ!」
 そうだ、言ってやれ。トーマスが内心に願った時。
「言うのは構わねぇですが……。どうなるか、知りませんよ?」
 ギン、と静かながら強い意志の籠った視線にエリーチカは座り直す。恐ろしかった訳ではない。ただ、そこに込められた忠告の様な意思に気付いたからこその判断であった。
「それは……。殺されかねない、という意味か?」
「そうとは言わねぇが……。物臭の僕が全てを振り切ってでも軍を抜ける程度には」
「厄介な探し物なのか?」
 口で応えず、ジェイクはコクリと頷いた。
 トーマスもここ数日のジェイクを見てきたからこそわかる。彼の言うところの『物臭』が事実なのか演技なのかはともかくとして、そう振舞える程度の風流と精神的余裕をジェイクは持っているのだ。『探し物』が絡まなければ。
「……ねぇ、公女さん。何であんたは僕に『軍に戻れ』って言うんだい?」
「急に何の話だ?」
 唐突な話題転換に表情を歪めるエリーチカであるが、どうしてもと言うので口を開く。
「理由はいくつかありはするが。要するに『戦力として惜しい』という事だ。このD85番地みたいなまともな難民キャンプは少なくてな……。盗賊も多いし、公都の方だって治安が良いとはとても言えない。一応休戦中という扱いにはなっているが、皇帝派の連中との小競り合いだって日々起きている。正直、君という戦力を失うのは惜しいのだよ」
 戦士であれば喜ばぬはずない賛辞をジェイクはまるで意に介さぬ様子で、首を振る。
「やはり無理だね。僕にゃあもう、『戦い』は出来ねぇんです。出来たとしても、自分の命を守るので精一杯だ」
 それはトーマスがライカから聞いた『人を殺せない』というのにも合致する。
「ジェイク、また『臆病』か?」
 エリーチカが皮肉げに尋ねたのにも、反発する様子無くジェイクは頷く。
「なあ、公女さんよ。本当にまた戦争が起きると思うかい?」
「フム……。いや、起きるね。たとえ自然に起きなくとも、起こさざるを得んよ。この場だから言えることだがな、革命軍でも戦争再開派の貴族たちはいまだに収まりがついておらん。私に代が変わっても、止めきれるか否か……」
 兵に慮り、国の未来を憂う。そんな革命軍だからこそ、国のために戦争を起こしたのだ。止まるはずがない。軍を治める者としての覚悟を垣間見て、男二人はやや息を呑む。
 しかし、それに気押されてはなるものかとジェイクは口を開いた。
「その大公閣下がさ、僕には信用できなくなっちまったんだよなぁ……」
 言った瞬間、エリーチカの護衛がチャキ、と銃口を向ける。上司を馬鹿にされたともとれるのだ、当たり前だろう。それをエリーチカが片手で制して、一段落。
 そこまで予測していたかのようにジェイクは焦りもせず、滑らかに続きを語る。
「僕はね、不真面目だったけども大義に賛同する気持ちや信念の一助になりたいという忠義もあった。……だがそれは本当に、あんな犠牲を出してまで貫くべきものなのかね?」
 ジェイクの語り掛けが、今度はエリーチカと護衛にプレッシャーをかけた。
「……少なくとも貫くべきなのだ、貴族にとっては。……残念ながら」
 絞り出すように言ったエリーチカが最後に付け加えた一言は配慮である。彼女には、塀の一人一人にまで共感するような余裕はない。
「姫さんたちが戦争しようってんなら、止めるつもりはない。さっきも言った通り、理解はできるからな。ただ、今の僕の胸にはヒトゴロシを許容できるほどの『忠義』は残っちゃいない。茶飲み話ってわけでもないなら、お引き取り願えるかね?」
「そうなったのは『探し物』の影響か?」
 まるでシャットアウトするようにキリリと口を結んだのに対して、エリーチカは一つだけ質問をした。
「ああ。実のところそれが何かは僕も知らねぇが、『あるかも知れない』と思っただけでも背筋が凍る。そういう探し物だよ」
 それきり、言うべきことは言ったとばかりに今度こそジェイクは口を閉じる。
 どうにも困ったといった様子のエリーチカはトーマスに目を向け、それからトーマスには何の責任もないだろうということを理解し、閉口した。
 しばしの沈黙。
 その時、一人だけ冷徹に思考を巡らせている者がいた。誰あろうトーマスである。
「(オレにジェイクを助ける義理は……ない。ただ、こいつに害意がある訳じゃないってのも、本当の事だろうな)」
 その時、彼の脳裏によぎったのは荒野の様々な危険、陰謀、そしてそれらの中におけるジェイクと言う『エースパイロット』の駒としての価値であった。
 だが、それは半分。もう片やは信念を持つ男への共感、『戦いから逃げた』と素直に言い切れるジェイクの心の強さへの憧憬に似た好意である。
「(オレは、この街を守りたい。そのためなら、多少のリスクを負ってもこの男は必要だ。……それに、ライカちゃんも懐いているしな)」
 打算で動きながらも敬語と演技が下手な男は、本音を理屈に乗せて口を開く。
「エリーチカ公女、悪いが帰ってもらえませんかね?」
「ほう?」
 興味深げに、エリーチカは首を傾げる。他方、トーマスは先ほどまで感じていた威圧感などなかったようにスルスルと言うべきと思った言葉を発することが出来た。
 生きるためなら、手段は問わない。かつて英雄を支えたトムス・アレイは静かに語る。
「ジェイクに限らないことですが、オレも『戦えなくなった』人間をたくさん見てきてね。申し訳ないが、この町にもこの町のルールがある」
 その強い思いを、ジェイクからも感じるのだ。そこまでは真実。庇う所以こそないが、庇わぬ所以もない。隠しきれぬ本心を、理性で丁寧に誘導する。
「なるほど……。ジェイクはもうこの町の人間だとでも、言いたいのかな?」
「少し、違いますね。これはどちらかと言えば共感だ。『戦いたくない』という者を戦わせようというのであれば、同じ気持ちを理解しうる者として庇わざるを得ないのです」
 言い切ったトーマスには、もはやジェイクを警戒しようという気持ちは残っていなかった。いや、彼は間違いなくリスクを持つ一個人だ。だが、利益と共感がそのリスクを無視して余りあると判断する。
「もし彼を戦わせようというのなら、お引き取り願いたい。そういう話です」
「もし、逆らうものは皆殺しにすると言ったら?」
 実行するほど度量が狭い訳ではないが、少々興味が湧いてエリーチカは脅しをかけた。
 女将軍がガンを利かせて、トーマスに迫る。だが、もはや彼は俯くことすらしない。じっと同じ距離から見つめ返して、応じた。
疑わしくとも、懐に入れて様子を見る。それがトーマスの流儀。
「先ほどジェイクも言ったと思いますがね、命を守るために――己の信条を曲げぬために戦える者ならごまんといますよ」
 実際問題、国境間近の『D85番地』に来るにあたってエリーチカは護衛を最小限にしていた。旧式装備しか持っていないとはいえ、町の全員とやり合うのは不可能である。
 その答えを聞くと、エリーチカは呵々と笑った。おおよそ、うら若き乙女のすべき笑い方ではなかったが、不思議と堂に入っていた。
「何だ、戦えるのではないか! ……だが、忠義が無いのであれば、兵士としては不合格だな……。私は帰るとするよ」
 一瞬、ヒヤリをさせる様な事を言ってから、今度は、ニカリと人好きのする笑顔を見せた彼女は言葉を続ける。
「しかし責任者殿、私は君を気に入ったぞ! 名前は、何と言ったかな?」
「トーマス、と言います」
「そうか、トーマス。……苗字はアレイかな? ま、今回は見逃してやるとしよう」
 その言葉に、再びトーマスの胃がキュッと締まる。やはり、気付いていたか。ジェイクにも聞こえるように言うあたり、この女将軍も性格が悪い。
「また来るぞ! 次は茶飲み話でもしにな!」
 冗談ともつかぬ返事を言い放った彼女が踵を返した時、ジェイクが口を開いた。
「気を付けなよ、公女さん!」
「何をだ?」
「この町のコーヒーは、べらぼうに不味い!」
 文句でもなく、嫌味の一つでもなく。やや不器用ながらも『また来て良い』という返事にエリーチカは再び笑う。
「何だジェイク、私を早く追い返すために出てきたのではなかったのか?」
「いやなに、僕だって人恋しくなることもあるもんでしてねぇ……。昔馴染みの話を聞こうと思って出てきたんだが、どうにも辛気臭くってぇ口が重くなっちまっただけでさぁ」
 言ったジェイクの表情には、もはやいつもの飄々とした笑みが戻っていた。
「また、茶飲み話でもしに来るとするよ!」
 エリーチカは今度は冗談ではなく、本気で言った。
「それまでに、僕も『探し物』を見つけるとしますよ!」
 ジェイクも返し、それからお互いに歯を見せて笑う。主従を超えた物を見た気がしてトーマスが目をこすっている間に二人は笑みを隠した。そして、公女は帰って行った。
「トーマス、ありがとうな」
 ジェイクの素直な礼に対し、トーマスは顔も向けずに返事をした。
「オレはただ、この街を守っただけだ」
 別段、男女の仲でもないので耳が紅くなったりはしないけれど。信念のある者同士の共感が、確かにそこにあった。

「あれ、アンタ!? この間の!」
「ええ、こんにちは」
 相変わらず狩場探しの途中、そこまでテレーヌ領に近いという訳でもない位置で、ライカはモネと再会していた。ヘルム・ギアの左肩にパーソナルマーク――円形の蛇とそれに噛み付く四足の鷲――が刻まれていたので、すぐにそれと分かる。
「ここら辺はテレーヌの警邏範囲じゃなかったはずだが……?」
「ええ、今日は非番なの。貴女結構面白そうだったし、この辺り来るのも初めてで誰かに出会わないかと思って、少しうろついていたのよ」
 言われた言葉に、ライカはしばし驚いてそれから口を開く。
「そいつは不用心というか何というか。でも、アンタの腕なら頷ける話だね。……ところで、官品のGGを持ち出しても良いのか?」
「いやいや、これは私の私物なの。ここに来た時、本当はもう一回り新鋭のGGを斡旋してくれようとしてたらしいんだけど、長年乗ったこの子の方が扱いやすかったからね」
 そういって右の拳骨で左肩のマークを叩いた。
「そういえば貴女、この間『悩みがある』とか言ってたじゃない? 年上だし、私で避ければ相談に乗るわよ?」
「アンタ親切だねぇ。……ただ、親切すぎるとこの荒野じゃ疑われるよ? 正直アタシもだいぶ胡散臭いって思ってる」
 察する分には申し分ないのだが、駆け引きは苦手な少女であった。言に、モネはクツクツと声を隠して笑う。
「確かにそうね、言われてみれば私でもどうかと思うわ……」
「まあ、そう言ったって、アタシの相談を聞いたところでアンタに何のメリットがあるとも思えないし、別に信用したって悪くはないんだけどさ……」
 言われたモネは思わず揶揄いたくなって口を挟む。
「分からないわよ? もしかすると、私が貴女から何か情報を聞き出そうとしてるかもしれないじゃない」
「なら、聞かれちゃまずそうなことは隠せばいい」
 と言っても、それが何かと聞かれればわからないライカであったが。逆に言えば過剰に人を疑いすぎないのは彼女の美徳である。
「アッハッハッハッハ。敵わないわね。アレコレ見てきた人間としてはだいぶ危ういけど、気に入ったわ。ライカ、だったかしら? 所属は違うけど、これからよろしく」
「モネさん、よろしくな!」
 信頼する、というのとも少し違うのだが。腕のあるパイロットとして互いを認める気持ち、荒野では少ない女性GG乗り同士の共感などから二人はすぐに打ち解けた。

「ふーん。でも、それはいい勉強になったんじゃない? 私の立場で詳しく聞けることとも思わないけど、その『旅人さん』に負けて、いろいろ教えてもらった経験はきっとあなたにとってかけがえのないものになるはずよ?」
「そうかもしれねぇけどさ、アタシとしてはどう受け取ったもんか釈然としない所があって……」
「まあ悩んでる時はやっぱり、大本のところの、『旅人さん』とやらに聞いてみるのが良いんじゃないかしら。向こうが教えてくれるつもりがあるっていうなら、とことんまで聞くのが大事よ」
「そういうもんなのかな? ……くぁ〜! もやもやする!」
 細かく説明しないながらも、先日ジェイクに言われたことへの悩みを口にするライカと、年上のプライドと経験から丁寧に相談に乗るモネ。
 無線越しにも、ガシガシと頭を掻く音が聞こえてきてモネは苦笑した。
「女の子が髪の毛を痛める様な事をしちゃあ、ダメよ?」
 叱られて、ハッと我に返ったライカは一拍おいて、ふと気になったようにモネに問う。
「モネさんはさ、何のために兵隊になったの? 色々聞いてもらったけどさ、すごく落ち着いてて、なんか戦い向きの性格にも思えねぇんだよな……」
「あら、私の腕を知っててそういうことを言うなんて。ちょっと失礼よ?」
 侮られた、というのも違うのだが。メっ、と不機嫌そうな声を出してから一転、モネは少し悩むようにしながら答えを発する。
「そうねぇ……。私は確かに、いろんな面でライカちゃんとは違うわ。戦争が始まったばかりで、結構あっちこっちでバチバチ言ってる時代に生まれて。私も他人事のように思いながらも、怯えながら小さい頃を過ごして……。でも、女学校を出てすぐに、働いてた革製品の工場が革命軍のゲリラ部隊に襲われて、その時にやむを得ずGGに乗って……」
 そこから先は、不幸にもトントン拍子で進んでしまったのだと彼女は言う。
「どうも私には魔力適性があったらしくって、それ以外にも色々――運とかに助けられて、気付けば維持軍でそこそこまで行っちゃってね。たかが二年ちょいだったんだけど、青春の大部分を殺し殺されでやってたもんだから、結局兵隊のまま流されてきちゃった」
「アタシにゃあ、色んな意味で想像がつかねぇな。ガッコの事とかもそうだし、『死ぬかもしれない』って危機感も当たり前と思ってたけど、平和な時代を知ってたんなら怖かったろうな……」
 世界はライカにとって未知なことで溢れている。今モネに言ったことに限らずとも『殺し殺され』の世界は、そこまで追い込まれたことのないライカには知りえぬ領域であったし、それを知らぬということに一層『不殺』の信念の薄さを思い知るライカであった。
それでも、一歩ずつ。ジェイクやモネと言った『町の外』の人間と触れ合うことで彼女は今まで知らなかったことをじんわりと己の中に蓄えていく。
 だけど同時に、違うものだけではないということもまた、彼女は知っていた。
「でもまぁ、アレだな。流されてきた、って部分には少し共感するかも。アタシも生きるためとはいえ、そんな深く考えないままGG乗りやってるしさ」
「アハハ、そうね。貴女には失礼かもだけど、そういうとこ結構あると思うわ」
 モネの返しに、しばらく二人で笑った。区切りの良い所でライカが狩場探しに戻ることを告げるとその日はお開きとなった。

轟音を立てて、ライカのGGが昼過ぎの荒野を駆ける。今日も今日とて狩場探しであったのだが、荷物を拾ってしまったので帰りが早かった。
「あれ、嬢ちゃん。新しい狩場見つかったのかい?」
「いんや、まだ見つかってないんだけどね。ちょっと面白いモノ見つけたもんでね」
「ざらにあるオーガタイプのGGだろぅ? それ」
 ライカのGGの肩越しに覗き込み、ゴブリンが背負っている荷物――GGの頭部の形からジェイクは素早く判別を付けた。
 ライカが最も好きな機体にして、今では旧型となった革命軍GGである。
「それさ、維持軍陣地との境界線付近で砂に埋もれてたんだけど、妙なんだよ」
「妙ってぇと?」
「ま、見ればわかるんだけど……」
 言いってから、ライカは忘れてたとばかりに声を張る。
「おーい! おっちゃん、居るんだろう!? ちょっと見てほしいものがあるんだけど」
「僕、トーマスは少し苦手だって言わなかったっけ?」
 言いつつもさほど嫌そうでないのは、先日の一件である程度信用を置くようになったからであろうか。
「別に悪い人じゃないってのはジェイクさんも分かってるだろ? 慣れなよ。それに売っぱらうんだから、査定屋居ないと話にならねぇし」
 言い合っているうちにトーマスがやや小走りでやってくる。
「なんだ、GG拾ってきた? 狩り場も見つかってないのに、珍しいな」
 ライカは効率重視の『盗掘屋』である。荒野に乗り捨てられたGGを見かけても、安定した狩場が見つかるまでは狩場探しを優先して持って帰らないことがザラなのだ。
「ちょっと、珍しいものを拾ってね」
 言うと同時、ライカは背負っていたGGを降ろし全貌を二人に見せた。
「これは……一体?」
 瞬間、トーマスの裡で元メカニックとしての機械への探求心が溢れ出す。
 頭部はオーガだが、他のパーツは間違いなくトーマスの知らない姿をしていた。
「カシラがオーガ型ってことは、その系列のバリエーションなのかな? おっちゃん」
「正直、オレにもわからないな! 大体、ワンオフのGGってのも居ない訳でもない!」
 例えばそれは維持軍の英雄・ジルの『トルク・ギア』高機能試作型GGであったり、あるいは革命軍四天王の『エレメンタルシリーズ』属性魔法を用いるGGであったりする。
ちなみに先だって街にやって来たエリーチカもその四天王の一人であり、『グノム』と呼ばれる土属性魔法の特殊能力を持つGGを愛機としていた。
「いやでも、ワンオフ機ってのは一種のプロパガンダ的な側面があるからオレが知らないってことはないはずなんだ。実際維持軍の上層部もそういう扱いをしていたし、革命軍四天王だって式典なんかがメインで、実践記録なんかはあまりなかった……。でも確かに、そうじゃ無いワンオフのGGだって存在するんだよ! 例えば、どこぞの試作機とか……あるいは、あるいは……!」
「おい、おっちゃん! 長くなるなら一回預けて弁当食ってもいいかい?」
 思考の迷路に詰まり始めたトーマスにライカが辟易していると。
「ありゃ? そいつぁ、もしかしてよぉ……。『スルト』じゃねえか?」
 しばらく黙って考え込んでいたジェイクがやや演技臭く声を発した。
「知っているのか……!?」
 ある種狂気的に、答えを求めていたトーマスがグルリと首を振り向かせた。
どうせ、なるようにしかならぬのだからジェイクに正体がバレても気にしないことにしたトーマスである。メカオタの本性をむき出しに、ややキモチワルイ動きでジェイクに迫る。
「教えてくれよ! なぁ!  知ってるんだろ! なあ! 知ってるんだよな!?」
「あ、ああ。チラッと見たことがある程度だがな……」
 普段のお茶らけたジェイクは詰め寄られて引いている。傍から『可哀想だな』とライカは眺めていた。
「で! 早く教えてくれよ、ジェイクぅ!」
 一方、町のまとめ役としての体裁が崩壊しているトーマス。実はこういう男だったりするのである。ちなみにライカは知っていた。
「あいはい、わかった。わかった。多分時効だと思うんだが……。一応、機密事項だったはずだから漏らすなよ。このGGは革命軍の試作機の一つでな」
「っしゃあ!」
 予想が当たっていたことに小さくこぶしを握り締めるトーマスをさて置いて、ジェイクは機密を漏らしてまで話したかった本題、もとい鎌かけを行った。
「これはなぁ、『黄金期の複製品(ブラス・プロダクツ)』と呼ばれるGGの一つだ」
 口にした途端、トーマスの目が緊張でギンと開いたのをジェイクは確かに見た。
「……!」
 演技の下手なトーマスである。隠すに隠し切れずに表情に出してしまう。
と言っても、先日エリーチカが言った通りにトムス・アレイであるなら知っていてもおかしくはないのだが、今だ測りかねている内心がこの鎌かけを良しとした。
「四天王専用GG・サルマンドの元となった機体だ。……ちなみに、『黄金期の複製品』についてだけど、トーマスは説明必要かぃ?」
 ここでしらばっくれて説明を求められるようなら、まだジェイクはトーマスに対して何かしらの警戒をせねばならないところだが、その前にトーマスは隠すのを諦める。
「いや、不要だよ。オレも立場柄色々知っているからな……」
 彼の目つきは以前の探るような物より険が取れていた。エリーチカ公女の一件からこっち、相応の心境変化があったのだ。そして、そのことにジェイクも警戒を緩める。
 お互い、緊張を緩めたことに気を良くしたか、トーマスは緩い笑顔を作って言った。
「お前さんみたいな外の人間には警戒せざるを得ないんだ。今まですまなかったな」
 と、二人が納得したところで。
「ちょ、待ってよ! アタシ、知らないんだけど!? その、ブラス何とかってヤツ!」
「そう言えば、嬢ちゃんもいたんだっけぇか」
「時効でいいじゃないの、ジェイク」
 誤解や警戒と言う物は、溶けるときは存外早いものである。どうやらどちらも深い陰謀はないらしいし、ライカにもないだろう。そう共通認識した二人は少女へと説明する。
「まず大雑把な確認だがねぇ、嬢ちゃん。この国の歴史についてどれくらい知ってる?」
「平和な時代が長く続いてて、戦争が起きて、戦争が終わって、今!」
 簡潔すぎて何もわからない答えである。
「おいおい、そのレベルかよぅ……」
「この街にゃあ学校なんてねぇぜ、ジェイクさん。アタシが特段アホって訳じゃない」
 カッコつけて言ってみても、知らないものは知らない。先日のモネとの会話もあり、むしろ開き直ったライカである。
「ま、それならそれでいいんだけんどもな。ザックリと説明すると、GGを初めとした戦いに向いた魔法の類ってぇのは平和な時代の間、ずぅっと封印されてたんだとよ」
「なるほど……。なんで?」
 出鼻をくじくように放たれた質問にも、ジェイクは丁寧に答える。
「そりゃ嬢ちゃん、アレだよ。誰でも人を殺せる世の中だったら、おちおち眠ることもできねぇだろ? だから昔の王様がそう決めたんだよ。……本当かどうかぁ知らんけど」
「ふーん。まぁ、わかった」
「で、そうだったんだけど大規模な戦争が起きたから、その封印を解いてGGを兵器として使えるようにした訳だ。勝つためにな」
 その言葉に頷いたライカは、ふと気が付いたように続きを言い当ててみせた。
「それを見た相手側も封印を解いて、結局戦争がでっかくなったと、そう言う訳だね?」
「ああ、正解だ。ま、真相は知らないから『多分』だけどな」
 軍上層部と深い付き合いのあったジェイクでも、それ以前の政治の問題となるとサッパリであった。所詮は偉い人に気に入られているだけのパイロットであるし。
 トーマスも似たようなものである。彼は一線級のメカニックだが、政治には疎い。GGの封印が説かれた所以についてはもう少し細かく知っていたが、今ライカに話すことでもないと口には出さなかった。
「話を戻すけんどねぇ。何千年も封印してたもんだから、復活させよーってもやりようがわからなかった。で、宝物として封印されてたり、遺跡なんかに埋まってるGGを掘り起こして真似ることにした。それが『黄金期の複製品』だ」
 正確には、掘り起こされたのはGGの設計図である。王家・大公家共にいくつもの書庫を漁っては出来る限り図面通りに作って、実証実験を行い、それを元に量産機を作った。
 現代の魔道具学から遠すぎて真似しようもない技術や、特殊な魔法で生み出すため入手できない材料があったので、それらを劣化技術で誤魔化して作ったために複製品と呼ぶ。
「うーんと、そこはわかった」
 複製品とよばれる理由も一通り聞いてから、コクリ。ライカは頷いた。
「でも、ジェイクの話には続きがあるんだ。ここから先はオレが説明しよう」
「え? 話長いから聞きたくない……」
 トーマスの話は不必要に正確さを求めるせいで長かったので、要約するが。

 まず、『黄金期の複製品』と言うのは現代には存在しない技術を見よう見まねで作ったのだが、技術は最盛期のものなので一機一機がとんでもないスペックを持っている。
 そのスペックの高さ故に一騎当千の力を持っていたが、維持コストが馬鹿にならず使いこなせるパイロットも少ないので両軍が死蔵・或いは解体していたこと。
 『黄金期の複製品』の中には維持軍の英雄的GGトルク・ギアが含まれていること。
 存在を気取られて裏組織に盗まれても厄介だし、政治的・軍略的にも足を引っ張りかねない存在なので両軍はこれを機密としていたこと。
 
 などである。
 で、この話を聞いたライカの反応と言えば。
「つまり、高く売れるってことだな!」
「「高く売ったら殺されかねないってことだよ!」」
 でなければ誰も機密になどしない。
「アハハハ。冗談だよ、冗談。あとまぁ、もう一つ分かったって言うならさ……」
「なんだい?」
 珍しく神妙な顔をしたライカにトーマスがいぶかしげな表情を返す。
「おっちゃんの昔の仕事とか、ジェイクさんの『探し物』に関係してるんだろうなァーってことぐらい。だから何だって話でもないけどね?」
 そう、ジェイクが鎌かけをしたときにはライカもまた、二人の表情を見ていたのだ。
 余りの洞察力に、男二人は冷や汗を流した。特にトーマスは、その片鱗を幼い頃から見て知っていただけに己の迂闊さを呪う意味でも肝を冷やす。
 彼女のGG操縦の才の一つは類まれなる観察力であった。
「おいおい、気付いてたのかよ……」
「まぁ別に、隠すべき相手でもないけどさぁ……」
 二人の男はライカの頭を交互にわしゃわしゃと撫でて、裡を見られた恐怖心の様な羞恥心の様なものを誤魔化した。
「で、まぁコイツは金に換えられない、って言うか金にならない物な訳だが……。良かったらさ、嬢ちゃん乗らないかぃ?」
「そりゃあ、強い機体だってんなら是非もないけど……」
 言ってライカが見やるのは自分が今まで使っていた思い入れあるゴブリン。
「これを売っちまうってのは、どうにも気分じゃねぇなァ……」
 と、そこに口を挟んだのはトーマスであった。
「なら、これにジェイクが乗るってのはどうだ? お前さんのGG、ズタボロだろ?」
「僕としちゃあ有難てぇけど、赤の他人に渡すって言うんじゃあ嬢ちゃんも嫌だろう」
 トーマスが言ったことは確かに解決策として申し分なかったが、いついなくなるともしれない旅人に渡すのでは、ライカの心情を慮らなさすぎる。ところが。
「ジェイクさんなら、良いよ」
「え!?」
 驚くジェイクをさて置いて、ライカはきっぱり言い切った。
「赤の他人って言うには関わりすぎたし、知らなきゃ『スルト』を売っぱらう所だったからね……。ただ、色目の一つくらいはつけてほしいよ?」
 交換条件だ、とライカは言う。『スルト』を拾ってきたのも、ゴブリンを元々持っていたのもライカなのだ、せいぜいふんだくられることを覚悟してジェイクは問うた。
「へいへい、嬢ちゃん。何をお望みで?」
「いや折角、仕事を探してる所だしね。ジェイクさんには荷物持ちでもやってもらって……」
 言いかけたところで、機先を制するようにジェイクが口を開いた。
「持ち帰った分の、……そうだな、嬢ちゃんが四、僕が一でどうだ?」
「別に五分五分でいいよ。でも道案内が欲しくてね。金にしても問題ない程度の情報が欲しいのさ」
 つまるところ、取り分は互角で良いから、売っても問題ない、時効と呼べる程度の重要機密を売れという話だった。
「食えない嬢ちゃんだ。ま、僕はもう軍属じゃないから良いんだけどね」
 といっても、機密の約半分は『誰が何のために持っていたか』が重要なので、技術の塊たる『スルト』並のブツを除けば闇に売り払われても問題ないのだが。
 ライカは学こそないが知能の高い少女である。しばらくのやり取りで、ジェイクが多くの機密に携わる人物であることを見抜き、かつ自分に得がありそうな内容だけを瞬時にまとめて理解した。
 商才にも似た恐ろしさに、身震いしたジェイクは静かに頷いてライカとの契約を飲んだ。
「んじゃ、そう言う訳で。明日からヨロシクゥ! あ、おっちゃん換装たのんだ!」
 まぁもっとも、本人としては『いい金づるができた』くらいの感覚でしかないのだが。
「将来大物になる嬢ちゃんだな……」
「この町の酒場の、自慢の娘ッコだよ」
 ため息を吐く大人二人を置き去って、ライカは昼飯を食いに去って行った。

「んで、さっそく案内したいところなんだが……」
 明けて翌日。新しいGG『スルト』に荷台を括り付けているライカへ、ジェイクが話しかける。
「何だい、ジェイクさん?」
「実のところ、僕も機密の類はちょいとばかししか知らなくてね……。ここから日帰りで行けそうな範疇だと、四カ所が関の山だな……」
「まぁ、どっちも潰れてたら夜営前提のところも案内してくれるんだよね?」
 昨日は持ち前の観察眼と直感で半ば脅し的にジェイクとの交渉を行ったライカであるが、昨晩帰ってから『ジェイクの知識に関わらず、すでに回収済みかも知れない』と気付いて内心ヒヤヒヤしていた。
「野営前提だとしても、行き先は全部で十カ所もない。ただ、一攫千金に一歩及ばない程度のモノは有るはずだぜ?」
「んなら、良いんだ。アタシはジェイクさんに賭けるぜい」
「なかなか賭け事がお好きな嬢ちゃんなこってぇ……」
 返すと、ジェイクのゴブリンが噴煙を上げて荒野に飛び出し、ついでライカのスルトも追従した。

「ところでジェイクさん。昨日は随分と気前よく話してくれたけど、おっちゃんのこと苦手なんじゃなかったっけ?」
 よかったのかと問うライカの声音は、無線越しでも心配げな表情が浮かぶほど。
「(ああ、本当に純粋な嬢ちゃんなんだな……)」
 ジェイクは一種の感動すら覚えた。汚い時代を生きた彼とってライカは眩しすぎる。多少守銭奴なところや勘の鋭い所、人をからかう所こそあれど真っ直ぐ育った娘である。
「いや、この間嬢ちゃんがいないときに色々あってね。そん時少し世話になったもんだから……」
 いくらもボカして言ったジェイクに対して、すぐにライカは感づく。
「ああ、そう言えば母ちゃんから聞いたよ。革命軍の正規部隊が来た時の話だろ?」
「良くわかったもんだね」
 無線機の向こうへジェイクが感嘆のため息を漏らすとフンスと鼻を鳴らしたのが聞こえる。
「まあ、この時期で革命軍がらみと来たらね……。アンタしかないだろ?」
「庇われたから信頼するなんてぇ、どこぞの三流恋愛小説でもないんだが。それでも、トーマスは『敵じゃない』って思ったんだよな……。いや、ようやく理解できたというか」
 些か以前の自分を後悔するように、あるいは他者を疑う方へ進む時代を嘲笑うかのようにジェイクは言った。しかし、そんな感慨は意にも介さず、ライカは適当な相槌を打つ。
「ふーん。ちなみに、ジェイクさん的にはアタシはどうだったわけ?」
「嬢ちゃんの場合は、警戒以前の問題なんだけど。説明が難しいな……」
 ジェイクが頭をかきむしることしばし。
「僕が『殺す』ということに対して、強い忌避感を持ってるのは嬢ちゃんも知ってるだろ?」
 平和な時代から見たら嘆かわしいだろう民家跡や荒れた畑も無視して、二人はGGを走らせる。先日のモネからのアドバイスもあってか、ジェイクの過去の話にライカはピンと背筋を正して聞く姿勢に入った。
「僕の忌避感ってのは、戦争そのものへの反発でもあるわけで……。あの戦争に少しでも意味があったと思ってる人間とはそりが合わないし、今も戦っている人間とは会話が噛み合う気もしない」
 であるからこそ、限りなく戦後生まれに近いライカは例外だとジェイクは告げた。
「まあ、アタシも戦争にはなにがしかの意味くらいは有ったんじゃないかとは思わんでもないけど。それはそれとしても、今も戦ってる人間ってのは?」
「戦争に未練を持っていて、復讐だったり、或いは元々持っていた何かを取り戻そうとしている人間だな……。広義では、僕の『探し物』も入るんだろうけど」
「……」
 感傷が過ぎたかと、ジェイクは気遣って、届かぬ視線をGG越しに向ける。少しの沈黙の後、ライカはもう一つ質問をした。彼が『不殺』を念ずるところの核心に迫る。
「じゃあジェイクさん、もしそういう人と出会ったときは……」
「逃げるね」
 即答だった。
「別に向こうが悪いわけではない、僕も悪いわけでもない。でも、僕はそういう相手とは戦いたくないし、誰かが争うのだってできれば見たくない。向こうは何かのために戦わなくちゃいけなくて、時には人目もはばからず殺さざるを得ない時もあるだろう」
 戦争におびえた、なんてチャチなもんじゃない。明確な『殺し』への拒絶と否定。
 たとえ何があろうと、では言い表せない。様々な情念のこもった『戦い』の決意。
 どちらも曲げようがなく、そして相反している。
「争いが絶えることは無いけんども。僕は血を見たくないんだよ。自分のも、他人のも」
 まるで全てから尻尾を巻いて逃げる臆病者のような発言。しかし、彼が確かに強い人間であることをライカは知っている。つまり、それだけのものを持っていて、『臆病者』に徹するだけの恐怖が、記憶が、思考が、歴史が。ジェイクの脳裏にひしめいているのだ。
「そうまでして追い求める『探し物』とやらについて、聞いてみても良いかい?」
「ああ。……と言っても、実のところ僕もそれが『何か』は知らないんだ」
「そうなの!?」
「僕が知りたいのは、大きく二つ。戦争を終わらせた『大暴走』が一体どんなものなのか、そしてGGの封印が何のために解かれたのか、だ」
 一息に言ってからしばしスクリーンに映る荒野を眺め、動くものなど何もいないことにため息をついてジェイクは問いを発した。
「嬢ちゃんはさ、『壊滅戦争』についてどれくらい知ってるかい?」
「んーと、十年くらい前に終わった戦争で、その前に十年くらい続いてて、壊滅って名の通り両方の軍の大半――七割だっけが死んじまって……」
「そこだよ、そこ」
 皆まで言う前に、ジェイクが求めていた情報が出てきたので彼はストップをかけた。
「嬢ちゃんは不思議に思わなかったかも知れねぇけどさ……。普通、七割以上の被害ってのはおかしいんだよ。普通三〜五割の被害で、撤退して和平を結ぶはずなのさぁ」
「うーんと、そうなのか?」
 戦術がわからないライカがきょとんとしてるのでジェイクは例え話をした。
「GG同士の戦闘で考えてみろぃ。五割失って、戦いが続けられるかねぇ?」
「……なるほど。体の半分も持ってかれちゃやりようがない、そりゃあ撤退するわな」
「そういう事。でも何でそうなったかと言えば、だ」
 続きを言うより早くにライカは言葉を遮って答えた。
「大暴走、ってのが起きたんだろ? んで、その挙句に両軍に多大な被害を出した」
「なんでぇ、知ってるでやんの」
 昨日見た不見識さから、少々ライカの知識を侮っていたジェイクは少し驚いた。
「ま、アタシが知ってるのは言葉だけ。両軍の二割だか、三割だかがその兵器で死んだって言うのも、ジェイクさんの説明でようやく実情を理解できたぐらいだよ……」
 それでも、五割近い損害が出てまで辞めなかったところに遺恨の深さが垣間見える。
「で、ジェイクさんは」
「ああ、僕はその『大暴走』の真実を探している」
 今度はライカの機先を制する形で、ジェイクが言葉を挟んだ。
「大暴走を再現させて、維持軍でも滅ぼすつもりかい?」
「んな訳ないだろ、僕が『殺せない』ってのは本当の話だよ」
 ライカの軽い冗談を、ジェイクも軽く受け流す。巧妙に内心を隠すように。
「……ただ、僕は知りたいのさ」
「何を?」
「あの戦争を『何が』どうやって終わらせたのか、何でそんなことが起こったのか、そして僕の仲間たちは何のために死んでいったのか……。あたりだな」
 まともなまま戦争を生き抜いた者なら、誰しも抱くであろう疑問。怒り。トラウマ。
 自分が必死に戦ったのに何の納得も行かないまま終わってしまったのだ。当然だろう。
「ありきたりだと笑うかい?」
 すねたような、卑屈な笑い方。ジェイクらしくないなとライカはやや苛立つ。が、同時に己の関与するところでもないと思いなおし、ただ
「笑わないさ。でも……。いや、たとえジェイクさん自身でも、笑っちゃあいけない」
 と静かに告げた。
「そうかい、そうかもな……」
「……」
「……。食堂のおばちゃんがさ、言うんだよ」
「んだって?」
 よく聞こえなかったと聞き返されたのに、ジェイクはなぜか小さな声で言い直す。だけど、冷静に言われたからこそハッキリと聞き取れるものだった。
「僕が軍部にいたころ、基地の食堂でメシ作ってくれてたおばちゃんがさ、『また飯が余っちまったねぇ。あんた、たんと食いなよ!』って言って、大盛りにしてくれんだよ」
「そりゃあ、良い話だと思うけどよー。それとこれと、何の関係があるってェ……」
 良くわからないまま、軽い調子で返したライカにジェイクの言葉が付きつけられる。
「誰かが作戦で死ぬたびに、言うんだよ」
「!」
 静かな言葉調子を聞いてか、息を呑む音が無線越しにジェイクにも聞こえた。
「僕さぁ、普段GGで戦ってる時も、仲間が墜とされた時も。血しぶき一つ出ねぇもんだから、どうにも『人が死んだ』って実感が持てないんだよ……」
 一息。
二息。
トラウマをかみしめるようにジェイクは深呼吸して、続きを語る。
「だけどさ、おばちゃんに『飯が余っちまった』と言われる度にさ、『ああ、アイツらは死んだんだな』って、そん時だけ妙に誰かが死んだことが理解できちまうのよ……」
 吸って、吐いて。
「だから、殺すのは辞めにした。もうおばちゃんは居ないけど。居ないから、殺す度に何も感じなくなるんじゃないかって怖くなった……」
 ジェイクの骨身からハラハラと落ちた言葉は、ライカの五臓六腑に甚く染み渡る。
「みんながみんな、スコアだ黒星だと言って敵を狩り、あるいは狩られていく。でも、それは命なんだよ。見えないだけで、そこで血飛沫が散って人の――誰かの人生が終わっているんだ。その血飛沫に目隠しするようなGGが、だんだん恐ろしくなっていった」
 また、一拍子。先ほどから、無理して辛い話をしているのだ。ジェイクは時折呼吸を挟んでいる。その拍に、ライカが初めて言葉を挟んだ。
「つまり、GGが怖くなっちまった次に、もっとたくさんをいとも容易く殺して見せた『大暴走』が怖くなったと?」
「ああ。ビンゴだよ、大当たり。大正解。つっても現場に居た訳でもねぇ。あの日の僕はちぃと大変な仕事で、遠くで戦ってたからな。だが、見てないからこそ恐ろしいんだよ」
 知らぬところで人を死なせるのが一番怖い、そう思うジェイクだからこその言葉。
 勝ち目などあるはずもないし、殺した実感もまた無かったろうな。ライカはそう考え、ジェイクと同種の背筋の震えに襲われた。
「……つまり、アレだよな。あの、『怖いモン見たさ』ってやつだよな!?」
 心底怯えながらもライカが放ったジョークは、荒野の果てへと風に飛ばされる。
「案外そんなもんかも知れねぇな。……ただ、そこまで考えたところでふと思うんだよな。こんなに恐ろしい被害を出せる兵器の封印を、帝国は何のために解いたのかって」
 それが、もう一つの疑問。何のためにGGが作られたのかという疑問。
 言われた言葉に、ライカはとりあえず思いつく限りの理由を言ってみる。
「絶対に勝ちたかったから解いたとか、対抗するために相手側も封印を解いてとか……」
 余りに本能的な回答。薄々はそうである可能性に気付きつつも、まだ人の理性を信じたいジェイクは必死に否定する。否定したかった。
「いんや。それじゃ歴史がおかしいんでぃ。過去三千年の間に、帝国は何度も内乱・内戦に見舞われた。今回みたいに皇帝とその次に権力のデカい大公が対立することもあった」
 たまたま封を解かなかっただけかもしれない、その可能性はまだ信じない。
「でも、その時は使われなかったと?」
「ああ、そうだよ。だから『なんで僕達だけ』って思うんだよ。皆が皆、『殺した』実感を持っていればもっと早く終わっただろう戦争が、あんなにも続いちまったんだぜぃ?」
 ならばなぜ、そんなに続いたのか。それが人の愚かしさだと、まだ思いたくなかった。
「それをGGのせいじゃないと、どうして言い切れる?」
 ならばなぜ、封印を解いたのか。無思考に勝とうとした故だと、気付きたくなかった。
「それにどんな大義名分があったと、胸を張って言える?」
 そんなもの、決まっている。
「アタシにゃ、言えないね」
「そして僕にも、だ」
 一通り語り終えたジェイクは、残った感情を絞るように空に叫ぶ。
「なぁ。僕は何回、あの大盛りの皿を眺めた? 僕の仲間は何人、あの戦争で死んだ? そこまでして戦争をしなくちゃいけねぇ理由ってのは、一体どんなもんなんだ!」
 そんなもの、有りはしない。有るかもと思わなかった時点で、戦争は始まっていた。
 だから、言葉はむなしく風にさらわれて行く。
「……すまねぇな、騒ぎ過ぎた」
「いいや、聞いといてよかったさ」
 後に残るは、二人の盗掘屋のみ。

 しばし気分の悪い沈黙を保ち続けて、それから二人は目的地へとたどり着いた。
「……ここかい?」
「ああ、そのはずだ」
 そのはず、と言われる先には荒野の一般的な集落跡にしか見えない。建物の跡であろうレンガや瓦礫、鉄骨、ボロ布などが一キロ四方ほどに散乱しているだけなのだが……。
「こりゃ、さっそく当たりみたいだね?」
「お、わかるかい?」
 それなりに年季の入ったトレジャーハンターであるライカの目は誤魔化せない。
「こっちの瓦礫の類はカモフラージュか何かだろうが……。この鉄骨と布切れ、間違いなく天幕の跡。……んでもって、落ちてるサイズからするに優にGGが入るわけだが、天幕だけの駐屯地と考えると、あっちの瓦礫カモフラージュの意味が理解できない」
戦争当時の基地には大きく二種類ある。鉄骨やレンガ、泥岩壁を組み合わせて地下まで作りこみをして作る要塞と、ここの跡地にあるような天幕中心の駐屯地である。
「大正解だ、嬢ちゃん」
 褒め称えるようにジェイクが言えば、少々語り足りないとライカが口を挟んだ。
「街からの距離と方角で言うと、ここは革命軍でも最前線。ただ、比較的端の方の戦域で、しかもそこまで押し込まれていなかったはず……。となると」
「そう、ここは革命軍のGG試験場、その中でも比較的奇抜じゃない部類――もっと言えば、普通の量産機の改装と機能向上を目指していた部隊の基地なんだよ」
 あたり一面の中で、天幕跡が占めるのは約三分の一。
「ってなると、残りは地下基地ってことかい?」
「またまた大正解! 入口までは僕も知らないがな、ここの地下にはGG改装用のドックと簡易の魔道工房がある」
 魔道工房と言うのは、魔道具を作る設備一式を指す言葉である、軍関係において言うなら限りなく『GG工場』と呼んでも差し支えない。
 設備一式揃っているとなると、どこに出しても恥ずかしくない宝の山であった。

「大規模な掘り起しになりそうだし、今日はこの辺にしておくかなーっと!」
 日も暮れ始めたころ、簡単に持ち去れそうな資材だけをGGで荷台に詰め込むと、ライカは大きく伸びをする。
 あれからしばらく、ジェイクの提案でGGを降りて基地内部を見て回った二人は、魔道工房をできるだけそのままの形で持ち帰りたいという考えの元、今日のところは残っていた資材やGGの余りパーツなどだけを大雑把にまとめて持ち帰ることに決めた。
「嬢ちゃん、明日から忙しくなるぜぃ?」
 ジェイクが言うのも無理はない。基地内部に設けられた魔道工房の設備は、どれもこれも大きく、繊細なものである。ライカが普段使っているのより二回りほど大きい、大型の荷台を使わねば運べないし、クッションと防塵用の布も持ってこなければならない。
「本当だなァ……」
 GG搬入用ゲートで戦利品を荷台に押し込みつつ、二人はずるずると地上に出る。
「はぁー。夕焼けがきれいなもんだね!」
 滅多にと言うほどでもないが、この『空白地帯』ではあまり雨は降らない。そう言う訳で、ライカにとっては見慣れた日没の光景であった。とはいえ、先ほどまで暗い基地内をサーチライトのみで徘徊していた二人にとっては、大層眩しかった。
「じゃ、帰りますかー!」
「おう!」
 二機のGGが基地を出て、扉を閉め、上に軽く瓦礫を載せる。
「ザ……ザザッ……」
「ん、ジェイクさんじゃないよね? 今の無線」
 その音に、最初に気付いたのはライカであった。
「どうしたってんだい?」
 継いでジェイクも、ライカとは違う無線が入ってきていることに気付き、耳を澄ます。
「ザザッ……、ザー。……るかい!」
「んだって?」
 ようやく波長が合い始めたか、わずかに聞こえた声にジェイクがすかさず応答する。
「……ザ、……儲かってるかい!?」
「ジェイクさん、逃げるよ!」
 声が聞こえると同時、ライカはジェイクに向かって叫んだ。
「どうしたってんでぃ、嬢ちゃん!?」
 ライカが言った理由はただ一つ、『儲かっているかい』と言う符丁を知っていたから、それを使う連中のことを知っていたからに他ならない。
「盗賊だよ、『盗掘屋』をメインで狙ってる盗賊ども……! クソッ!」
 ライカが簡単な説明をジェイクにしようとした時。
「そうとも、そうだとも! この荒野の最ッ高に! イカしたファンキー・ガイ! 俺様スネンヴァル様がやって来たって言うんだぜ、コンチクショウ!」
耳障りな声が聞こえてきて、地平線の向こうから十機余りのGGが姿を表した。
「戦利品全部と、乗ってるGG置いてきゃあ、命までは取らねぇぞドチクショウ!」
 ドドドドン、と向こう側から音がして、弾頭が発射される。
「ミサイルかよ! 嫌らしい武器、持ってるんじゃあないのぉッ!」
 ある程度上空に上がってから、こちらへ跳んでくる誘導ミサイルを二人は右に避け、左に避け。荷台を背負っているせいか回避のタイミングがギリギリになってしまう。
「ジェイクさん、荷台捨てて逃げるよ!」
 GGを操作し、肩のところで荷台を固定していたワイヤーの留め具をライカは外した。
 普段のライカなら、五・六人程度が相手までなら交戦しただろう。単純な計算上はジェイクとの二人対十人で釣り合いも取れるはずだが、ジェイクの性格を気遣ったのだ。
 だが。
「いいや、嬢ちゃん。荷台は外す。だが、撤退はしない!」
「なんで!? ジェイクさん、さっき言ったじゃないか。『相手が争いを求めるなら逃げるまで』だって……」
 言葉を聞きながら、ジェイクも荷台の拘留を解く。
「言ったはずだぜ、『戦争に未練がある相手なら』って。僕ぁねえ! 盗賊なんつー、欲望のためだけに戦う人間が嫌いなんだよ! だから『臆病者』に徹するまでもない!」
 そうまで言うのなら、ライカにも遠慮する理由はない。
「ならジェイクさん、折角の『スルト』の初乗りなんだ。アタシに華を持たせてくれよ」
 少しの気遣いと、戦闘を求める本能。ジェイクが嫌う欲望のままにライカは前に出る。
「ゆっくり後から来てくれていいぜェ!」
 アクセルペダルを踏みこんで、前傾姿勢の突撃に入る。
「おいおい、待てってぇの!」
 『黄金期の複製品』故のスルトの圧倒的速力を、ジェイクは慌てて追いかける。
機体が変わったとはいえ、ライカのスルトはいつも通りナタ二丁にマシンガンの軽装である。ジェイクもマシンガンとビーム・ソードのみ。はるか遠くから攻撃可能な敵を思えば、勝ち目は薄いはず。だというのに。
「ぶるっちまうほどのやる気だねぇ、あの嬢ちゃんは!」
 ライカにああ口走っておきながらも、戦闘狂の彼女のザマを見て否定しない辺り、ジェイクも中々のバーサーカーである。こと『殺す可能性が低い』状況では強気になれた。
 ライカ以上に変態的な軌道。機体差ゆえに遅れつつも、ジェイクは後を追う。
「何だってんだよ、手前チクショウども!」
 さっき音量を下げた無線の向こうから何某言う盗賊の声が聞こえてくるが、
「知ったこっちゃないんだよ! 盗賊さん方、ボーナスタイムは終わりだぜ!」
 機体性能と操縦技術のマッチアップで瞬く間に己の射程まで接近する。ジェイクが着くまで二、三分は有るはず。
「一、二……、十二機ってとこかな。その間に何機やれるかな、っと!」
 ジェイクに攻撃を加えている五機を除き、残りの七機にライカは狙いを定める。
 他の獲物を狙っている敵に奇襲をかけるのは、風流ではない。
「まずは、そっちのお兄(あに)ぃさんから!」
 ライカの見たところ、ほぼ全て戦時中の機体。維持軍機『ヘルム・ギア』と射撃特化型『アーチ・ギア』が二機ずつ、残り三機は革命軍の格闘特化型の『オーガ』と射撃特化型の『ケンタルス』。そして、戦後に維持軍が開発した『量産型トルク・ギア』。
「模造品といえ、英雄サマに挑戦できるなんて光栄だがねェ、でもまずは他から!」
 弾幕をかいくぐり、不格好なメイスで格闘戦を仕掛けてきたゴブリンを軽くいなす。
「何よ〜、やる気〜? ったく、だるいんだけど〜」
「おい、気を抜くんじゃねえよ手前ら、ドチクショウ!」
 敵の混乱など構わず、最初に決めた標的・ケンタルス型へとライカのナタが迫る。
「ぎ、ぎやあゃあああああ!」
 焦って応射するも、錯乱状態の弾などライカに当たらない。躱して、ナタを一閃。
「まずは一機、っと」
GGが頽れるより早く、他からの銃撃を斜め上に跳んで回避する。
「っし、袋のネズミだ! お頭、コイツちょろいですぜ!」
「っとと、いけねえ、いけね!」
 敵集団に飛び込んだことで半包囲されたのに気付き、高低差の有利を利用して手近な一機――先ほどミサイルを撃ってきていた『アーチ・ギア』の一機へと躍りかかる。
「よィっと、なァっ! これで、二機!」
「囲め、囲んでせん滅するぞアンチクショウ!」
 ライカが包囲を抜けるや、向こうのリーダーの指示が響く。
「ったく、忙しい皆さんだね……」
 この中でも最も高速、かつ多彩な動きをした少女の言っていい台詞ではない。
「お頭、私とお姉ちゃんで、引き付ける!」
「私たちが、落とす。 ……行こう、ムージ!」
 突き出された四本の剣をバックステップで避けるが、向こうもすぐに追ってくる。
「お、二人がかりか? まとめてくるのも大歓迎!」
 実体のある片刃剣と、ビーム・ソード。それぞれ一本ずつを構えたオーガ二機がにじり寄り、その裏に回る形でスルトの背後に展開したGG達が一斉射を浴びせかかる。
「コンビネーションがお上手だが、少々奇抜さが足りないね!」
 大振りの動きで牽制し、勢い地面を殴りつけるように半身回して跳び上がった。ギリギリでの防御を決めた勢いのまま、
「ちょいと頭借りるよ!」
「あぐっ、踏み台に、された!?」
 片やのオーガの頭を蹴り壊し、もう一方も踏み壊しながら踏み台にしたGGにスラスタを吹き付け、曲芸の様な空中機動を実現させる。
「何て奴だ。アルク、メンキー、ヘンリー。そっちは一旦いい、援護してくれ!」
 向こうの準リーダー格だろうか、『コンチクショウ』を連打する例の彼とは異なる声が、ジェイクを狙っていた組の内の三人に声をかけるが、返事がない。
「すまないねぇ、嬢ちゃん。ちと遅くなったよ!」
 いつの間にか近付いていたジェイクの方に視線を向ければ、撃墜されたGGが三機。頭を撃ち落とされたゴブリン型が二機と、半身を切られたオーガ型が一機転がっている。
「流石だねぇ、嬢ちゃん」
 こちらの状況も一目見たか、ジェイクが感嘆を漏らす。
「ジェイクさんほどの上手に褒められると、嬉しさも一段さね! 残り七機、アタシが四機貰っていいかな?」
「どーぞ、ご自由に!」
「了解ッ!」
 ほとんど同時に言いきって、二人は飛び込む。
 そこから先はワンサイド・ゲーム。
「……流石嬢ちゃん、ナタの切り口が相変わらずきれいなこってぇ……」
 ジェイクはマシンガンを扇状に牽制射してから手近にいた二機へと近づく。丁寧なテクニックで弾幕を避けて、懐に潜り込んで敵の光線剣を切り落とす。
「そう、らッ!」
 これでジェイクの相手は二機減って残り一機。量産型トルク・ギアのみ。
「えい、ほッ、は、とね!」
 他方のライカも、チョン切りするような細かいスラスタ制御で相手四機にあえて囲まれるように動きながらも、距離を詰めては敵の関節や武器を破壊していく。
「あっちはどうなってるかな……。って、おお! 相変わらず凄い動きだね!」
 武装も尽きて剣を抜いて寄って来たゴブリン型をいなしながらライカが目を向けた先では、性能差をものともせずメインディッシュに臨んでいるジェイクの姿があった。
「なんて動きしやがる、コンチクショウ!」
 スネンヴァルと名乗った男の面罵する通り、トーマスにつけてもらった内蔵型ワイヤーガンで先ほどまで以上の変則軌道を見せるジェイク。彼が量産型トルク・ギアの性能を見るために手加減しているせいで拮抗しているように見えなくもない。
「どぅらぁああ! せぇやぁああ! 避けんなチクショウ!」
 流石に頭目を名乗るだけあって、スネンヴァルも筋は良い。右手に持ったビーム・ライフルでの射撃の狙いはなかなか合っているし、ジェイクが牽制に撃つマシンガンも上手く躱したり、左肩に接合されたシールドで防いでいる。
「……つっても、相手が悪いね」
 フェイントをかけて射撃を入れれば普通に当たる程度。何よりも、銃撃する際に一瞬足が止まるのが難点だ。クセが有りすぎて、訓練なぞ受けていないことが丸わかりである。
「ま、ウチほど訓練設備のまともな難民キャンプはないだろうしな……」
 最後の一機を手にかけて、見物の姿勢に入ったライカがぼやく。素人の『盗掘屋』GG乗り相手なら良かったのだろうが、今回は相手が悪かった。
「そろそろピッチ上げて行くよ! 機体は惜しいからね、とっておきを見せてやる!」
 一通りの性能を見終わったジェイクが武器を投げ捨てる。
「とうとう観念しやがったか! ドチクショウ!」
 機体性能上は優位なのだ。実力差をまだ理解しきっていないらしいスネンヴァルは、無手のジェイクをどう見たか、止めを刺そうと近付く。刹那。
「ほう」
「『刀狩り』!」
 ライカが見ほれるほど丁寧に、それでいて素早く。一歩でジェイクは懐に詰め寄り、右で居抜いたビーム・ソードで敵のそれを打ち折った。そのまま左の拳で体勢を崩すと、ワイヤーできれいに縛り上げる。二撃目のGで気絶したか、頭目の声は聞こえない。
「こいつは、いいモン見せてもらったな……」
「だろ?」

 いくらか話し合った末、ジェイクが鹵獲した量産型トルク・ギア以外は達磨――四肢を切り落とした状態にしてライカの荷台に詰め、持って帰ることにした。
「よし、っと! 日が暮れる前には出発できそうだな!」
 ジェイクの荷台には、達磨を三つほどと量産型トルク・ギアを完品のまま乗せている。
 戦後に作られたGGであるために、高値で売れるのだ。他の雑魚どもについては、動力炉とコクピットが無事ならよしとした。壊れてるものも混ざってるけど。
「見殺しにするわけにもいかねぇしな……」
 この広い荒野である、一番近い『D85番地』までだって徒歩なら一週間はかかる。食料なしでそんな旅は無理だし、見殺しにするのはライカの流儀に反することだ。

「しっかし、嬢ちゃん。初乗りだっていうのになかなかうまくできたもんだねぃ?」
 『黄金期の複製品』は一般的なGGを凌駕する性能を持っている。そのピーキーともいえるほどの高性能を初見で扱うのは難易度が高い。
「なかなかの暴れ馬だけど、アタシを振り落とすにはちと足りないよ」
「ハッハッハ、すげぇ自信だこと」
「ジェイクさんが言ったんじゃないか。ある程度の腕があるんだ、自信もつくさ」
 その言葉でかつての模擬戦後の会話を思い出したか。
「結局、嬢ちゃんは見つけたかい? 『戦う理由』」
 問われて、ライカはハッとする。なんだかんだ言って今日もまた、『戦うことを楽しんでいる』自分が居たことに。それを隠すようにライカは言葉を吐き出した。
「……いんや、まだだ。……それよりジェイクさん、この機体すげェよな! こんな高スペックなGG、初めてだ」
「だろう? 僕にとっちゃあ無用の長物だが、嬢ちゃんには良いんじゃねぇか?」
 誤魔化されたことを承知でジェイクは応じる。思えばライカはまだ十五歳なのだ。強さを見れば『戦う理由』を考えるべきなのだが、それにしたってまだ早い悩みであったか。
「スラスタ出力や動作の精密性も高い、本当に良い機体だぜぃ」
 脳内で軽く考え流しながら、ジェイクは呟く。それに対し、ライカが食いついた。
「この『スルト』はジェイクさんが昔使っていたものなんだろう? な? な?」
 ライカは鋭い観察眼を持っているが、すぐに答え合わせをしようとする癖がある。まだまだ子供だな、裡に笑ってジェイクは応える。
「ああ、嬢ちゃんにも言ってなかったがな。僕はそれのテストパイロットだったんだ」
「道理で詳しいわけだ。色々聞かせてくれよ! な! な?」
 ライカが問えばジェイクは気前よく説明を始めた。
「まぁ、機体性能が高いのはもちろんだが、色々な特殊機能が積んであるってのが重要だな。一時的にビームの出力を上げて切れ味を増したり、ある程度だが魔法攻撃もできる」
「おお! 魔法!?」
 その言葉にライカが目を丸くするのも無理はない。建国当初からの法律で、帝国では攻撃魔法に大幅な制限が設けられていた。以降も様々な危険性を主張しては規制して、と歴史を繰り返すうちに安全措置の施された家庭用魔道具以外はほぼ廃れたのだ。
「攻撃魔法ってぇと、アタシもビーム・ソードと銃くらいしか知らないんだよな」
 どちらも開戦後に開封されたものだ。ちなみに、この世界の銃は爆発の魔法を籠めた使い捨ての『魔道薬莢』でもって鉛弾を撃ち出す魔道具である。
「嬢ちゃんは、『サルマンド』って知ってるかい?」
「えぇと、革命軍四天王の使ってたワンオフのGGだっけか?」
 要はエリーチカの同僚が使っていたものである。ちなみに終戦より前に戦死した。
「そうそう、この『スルト』も『サルマンド』と根っこんとこでぇ同じでな、炎関係の術がいくつも使えるんだとよ」
 だとよ、と言う伝聞系にライカが首をひねっていると
「技術者連中もよく知らないらしいんだが、『才能がない奴には使えない』機能ってのがあるんだとさぁ。僕はからっきしダメでね。知ってるのも一種類だけ」
 すねたように言ったジェイクが移動しながらも教えてくれたのは、かつて魔法剣と呼ばれていた技術。魔法で生み出した炎を固めて、剣の形にする術だ。
「おお! すげぇ!」
 喜び勇んで言われたとおりにやろうとしたが。
「あれ? 出ない……」
「ったり前だよ、とゆーか、そんなすぐ出来たら僕の立場がないじゃんよ。ま、そこまで強い技ってわけでもないらしいんだがな」
「へぇ、そりゃまたどうして?」
「実のところさぁ、火力は普通のビーム・ソードより上なんだけど……」 
 曰く。燃費が悪く、普通の相手なら光線剣で十分切れるし、しかも『スルト』以外であれば敵味方関係なく燃え移るので使いにくい。
「どの道、物騒な機能しか出てこねぇしなぁ。別に誰を倒したいってわけでもないんだから、魔法なんて使えなくていいだろぃ?」
「そりゃまあ、そうだけどさ……」
 言われて、『なぜ強くなりたいのか』という疑問にも答えを出せていないことに思い至ったライカ。押し黙ったところに、三人目の声が聞こえてきた。
「なぁ、俺様は一体どうなるんだ? ドチクショウ……」
 スネンヴァルが意識を取り戻したのだ。負けを認めて気弱になったとはいえ、ふざけた語尾をやめない辺りは肝が据わっているのか、それともクセが強いだけなのか。
「どうなるって……、どうするんだ?」
 余り突然のことであったためか、ライカは少々取り乱す。彼女の場合、盗賊を引き渡したら大人たちに任せっきりなので、どういう処分を受けるのかよく理解していなかった。
「どうされるかっつぅたら……。とりあえず、有り金の大半は罰金として没収だな」
「他にもあるのか? アンチクショウ」
 スネンヴァルは『他にも』などと言ったが、ジェイクの説明したところはこの荒野で盗賊が受ける処罰としては甘い方である。殺されないだけマシであった。
「あんたの場合、ライカの嬢ちゃんが知っていたってことからしても常連だろ? ってぇなると拠点を教えてもらって、後は町で強制労働だな」
「命があるだけでも十分ありがてぇぜ、ドチクショウが。教えてくれてあんがとな」
 文句が無いのは荒野に生きる者の達観である。いや、それができない盗賊の多さを考えれば本人が最初に名乗った通りに大物であると言えたのかもしれない。
 ジェイク・ライカとも戦う前の軽蔑はどこへやらな対応であるが、それはひとえに荒野で生き延びる難しさを知っているから。
 盗賊行為は軽蔑するし死んでもやりたくないが、捕まってしまえばただの人。身を落とした者が盗賊で無くなったなら。後に残るのは同情のみである。スネンヴァルの達観した態度のせいで気が散ったというのもあったが。
 押し黙ったスネンヴァルに、そういえばとジェイクは問いかける。
「しかしまぁ、あんたも随分とサバサバしてるもんだねぇ……」
「いやなに、俺様もちったぁ名前が売れる程度に盗賊をやってるからな。人間ができることが、いかに少ねぇかってのがわかってんだよ。ドチクショウ」
 戦闘時の騒ぎようとは比べ物にならない、いやむしろあちらが演技だったと言われても信じられるほどの静けさを持って、スネンヴァルは他の仲間たちを顎でしゃくった。
「偉ぶっちゃあいるが、俺様はアイツらが居なければ何も出来ねぇコンチクショウだ。学もねぇときたら、わかることなんざちぃとばかしもないけどよ」
 そう言った表情は見えなかったが、低い声調子からおおよそは知れる。
「仲間が死ぬことも、報復に来た奴を介錯することも有ったぜ。んだからよ、あんたらが生かしてくれるって内は、大人しく生きるね。で、殺される段となったら、逃げるかな」
 このスネンヴァルには自己流なれど考えがあるのだ。
「そういや、アタシ達を見つけた時にも『戦利品おいてきゃあ〜』って言ってたよな?」
「少なくとも俺様は進んで殺すような真似はしない。趣味じゃねぇんだよ。ま、死ぬときゃ殺しちまうし、このチクショウな荒野でGGを奪われれば、死ぬ奴は少なくないがな」
 でも、殺さないのだ。全ては、奪わないのだ。
ライカやジェイクの不殺とはまた違う形であるし、彼が見殺しにした人間はもしかすれば殺されるより長く苦しんで尽きたかもしれない。
「俺様達だって食わなきゃいけないから、なんだって奪うさ。でも、持ち歩ける程度のはした金くらい、金にならねぇ命くらい。奪わないんだよ。アンチクショウが」
 ただ、殺さないのだ。趣味でないから。
 盗賊を軽蔑することに変わりはないけれど。様々な人間がいる事を二人は学んだ。

「なぁ、ジェイク。『妖精の寵児(チェンジリング)計画』と言うのに聞き覚えはあるか? あいや、正確に言えばその一端である『人魔道具計画』というヤツなのだが」
一声聞いただけで『ああ、自分は夢を見ているんだな』とジェイクは理解した。
 それをなるべく意識しないように、ジェイクは五つほど年下の上司へ視線を戻す。
「ええと、GGのことでは……ねぇんですよね? 公女さん」
 まだ十五になったばかりだと言うのに軍でトップツーの位置にいる彼女の名前はエリーチカ・ジーリング。革命軍のリーダーたるジーリング大公の第一子であった。
「ああ。GGとは違う。アレは『人型魔道具』だからな」
 七光りだ何だと言われる彼女であるが、彼女が平民にも親しくしていることもあって、その才が本物であることを、ジェイクは良く知っている。
「んで、何でしたっけ。人魔道具計画……? どうにもぞっとしない名前ですが、僕には聞き覚えないですね」
「そうか。噂話に聞いたのだが、お前なら知っているかもとも思ったのだが……」
「軍上層部の公女さんが知らないなら、僕が知るわけないでしょう」
 ジェイクが何を言うのだとあきれ顔を浮かべれば、変に媚びへつらうところない態度にエリーチカが軽く笑った。
「ハハハ。お前といる時が抜けていいな……」
 この金髪の上司は良く笑い、またすこぶる部下を愛している人間であった。
 十五歳には重すぎる責を負わされた彼女を見るたび、ジェイクは尽きかけた戦争への意欲を強引に奮い立たせる。そうやって戦っていた、戦えていた。まだこの頃は。
それを隠して、彼は続きを促す。
「ただ、話は気になりますね。どういう計画何です?」
「聞くもおぞましい話なのだがな……」

 曰く、かつて魔道具を用いない『魔法使い』が存在したように、人間の体という物は非常に魔力との親和性が高いのだとか。
 曰く、その仕組みを利用してパイロットに魔法陣を刻むことで、GGの性能を何十倍にも引き出したり出力そのものを上げることが出来るのだとか。
 曰く、GGには『魔法使い』にしか扱えない特殊な機能が備わっていて、『人魔道具』とやらを見立てて使うことで解放できるのだとか。
 曰く、非人道的な手もいとわぬ維持軍過激派の作戦で、故にエリーチカも噂話程度にしか知らないのだとか。

「僕もここの基地に来る前、開発部のテストパイロットをやってたことが有ったんですが、似たような話を聞いた覚えがありますね」
「ほう……。一応聞くが、ウチの軍ではそんな下劣な手段は取ってないんだよな?」
「ええ。ただ、GGを作るにあたって参考にした古代の設計図にあるブラックボックスのいくつかは、パイロットの魔法への適正によって使えることが有るらしいんです」
「なるほど、では原理としては間違っておらぬのだろうか?」
「人としては間違っている計画だと思いますがね……」
 人を道具にまで貶め、そうしてまで戦争に勝ちたいと願うのだ。とても醜く悍ましい。
「ああ。ただ同時に、そのことの軍略的価値が高いことは否定できなくってな……」
 それを理解してしまえる、人道に外れたことをも計算の内に入れている。そんな自分が嫌になって、誰かに聞いてほしくなってエリーチカは話したのだ。
「もしかして、噂話だ何だと言っておいて結局、愚痴聞きですかい……?」
 ジェイクはまずは直球に非難を浴びせる。でも、それから。
「ただまぁ、ちっとでも『後ろめたい』と思って僕にわざわざ話しかけるまで悩めるんです。公女さんは十分に道徳を持ってらっしゃいますよ」
「そう、かな……」
 不安げな彼女は、年相応の少女でもあるのだ。ジェイクは励まそうと嘘を突く。
「そうですよ、僕なんて『そうなったらいくらか楽になるかな?』と真っ先思いましたもん、公女さんのがよっぽど立派ですよ」
 言ってから、少し気恥しくなってジェイクはスタスタと歩き去る。
 戦いに心をすり減らし、ジェイクが軍をやめるのはこれから三年後の話。

「……ぷはッ、うう――ぁ。……夢か。夢だよな」
 ジェイクの寝覚めは、余りよろしくない。戦争が終わってからの五年、ずっとである。
 起きるとほとんど忘れているのだが、目が覚めるたび強いマイナスの感情を感じる。時には漠然とした恐怖であり、時には茫洋とした切なさであった。
「水……あった」
 下宿先の主人に頼んで借りた水差しを枕元から引き寄せ、コップに注いで一杯煽る。
 無論、あの戦争を生き延びれたことへの感謝を忘れたことはないが、それでも時折思うのである。『自分は本当に生きていていいのか』、と。
「いかんいかん」
 ガラにもないセンチメンタリズムに首を振って誤魔化すと、着替えて階段を下りる。
「ご主人、朝食をいただけるかい?」
 もう見慣れた台所に声をかけるが、返事がない。
 そう遅い時間に目覚めた覚えはないのだが、と思っていると後ろから声がした。
「すみません、洗濯に行ってました!」
「いやぁ、別にいいのだが。差し支えないのであれば、何か食わせてもらえると嬉しい」
「俺も朝食がまだでしてね。昨晩の余り物で良ければ、ご一緒に」
 是非もない、と頷いてからぐるりを見回す。椅子や食器は二つずつあった。
「半年前まではガキ――孤児が一人居たんです。この間、大公領で働くと言って、大店(おおだな)に奉公しに出て行っちまいましたよ。ま、血の繋がりはないんですけどね」
 初めてこの街に来た晩にそう言った彼の寂しげな笑顔はまだ記憶に新しい。
 大公。ジェイクの元上司であり、GGの封印を解いてまで戦を続けた人物である。かつては『せめて着くなら正しい側に』と信じられたその言葉も、終戦のころには『殺してまで通す大義などあるものか』と信じられなくなっていた。
「しかし、改めて思うが立派な家だねぇ」
「必死で復興を手伝って得た、マイホームです」
 建築関係の技師だったという彼はこの町の立て直しにも大きな助力をしたのだとか。
「僕が居付くことになったら、一軒建ててほしいものだね」
 聞いた主人は、嬉しそうに笑った。

 ライカとモネは、時折会って話す程度の関係になっていた。
「戦争で焼けちゃったけどね、私の故郷には昔花畑があったのよ。それもすごく大きな」
「はぁ〜。アタシにゃ想像もつかないが、アンタが言うならさぞ綺麗だったろうな!」
 モネの非番と示し合わせるように集まって、ライカはお喋りに花を咲かせている。遺跡からの魔導工房の引き上げが場所を取るためにトーマスが色々手配しており、たまたま空いたので会いに来た形だ。
「アタシ、男だらけの環境で育ってせいで女友達って一人二人しか居ないんだけどさ、アンタと居ると知らない世界の話が聞けて、すごい楽しい!」
「そう言ってもらえるなら何よりね。私も、貴女と話していると青春を取り戻せているようで、楽しいわ」
「やめなよ、モネさん。おばさん臭い」
「そういうのをズケズケ言っちゃうあたりは、ちょっと好きじゃないわよ?」
 ワイワイと喧しく声を響き合わせ、ひと段落。
「そうそう、アタシの母ちゃんが『折角友達が出来たんなら、持ってきなさい〜』って」
 言って、肩口のハッチを開いて外に出るライカ。そよぐ風の中、ひょいひょいとモネのヘルム・ギアまで移動して、外に出ていたモネに瓶詰を渡す。
 ちなみに今日のライカはスルトではなくゴブリンに乗って来ていた。いくらモネとは言え、秘密は秘密。なるたけ人に見せない方が良いと思ってジェイクに借りた。
「ありがとう……。これは?」
「川魚のエスカベジュ(南蛮漬け)。うちの母ちゃん、街で小さな酒場をやってるんだけど、新メニューの試作品が予想外においしかったからお裾分けだって。普段なら、アタシの弁当になる所だけど……。今日はお休みだから、モネさんに」
「エスカベジュ……南海岸の方の料理だったかしら? お母さん、よく知ってるわね」
「アタシも詳しくないけど、うちは寄せ集めの難民キャンプだからね。誰かそっちの生まれの人に聞いたんじゃない?」
「ふーん。今はまだピリピリしてるけど、いつかは私も行ってみたいものね」
「アッハッハッハ。ま、なんかあって領軍やめる事でもあったら、その時は、アタシが案内してあげるよ!」
「縁起が悪いこと言わないでよ、全く」
 コツンとライカの頭を叩いて、モネは瓶を持ってコクピットに戻る。ライカも西日に目を細めながら己のGGへと戻った。
「そろそろ私は行くけど……」
「どうかしたのかい?」
「いや、貴女がこの前悩んでいた『旅人さん』の事よ。一回会ってみたいな、って」
 言われてしばし悩んだライカは。
「まあ、聞いてみるけど。多分いいって言うんじゃない?」
 割合アッサリ可を出し、次に会う予定を決めて、その日は解散とした。

「茶飲み話をしに来た!」
 そう言ってエリーチカがD85番地を訪ねてきたのは、魔導工房を街に運び終えた翌日、前回の訪問からかれこれ二週間後のことだった。
 ジェイクのもとに、大仕事後の休日と決め込んでいたライカが訪ね人を引き合わせると、いつもの酒場でのんびりしていた彼はたまらず立ち上がる。
「ってことは、やっぱこの人が『公女さん』なんだな?」
「あ、ああ。そうだが……。来るにしても早すぎないですかい? それも一人たぁ……」
 ジェイクの言う通り、今日のエリーチカは護衛の一人も連れていない。
「アッハッハッハッハ!」
 エリーチカはただ笑うのみ、代わってライカがあらましを語った。
「いやあ、暇を持て余してウロウロしてたら、おっちゃんに『案内してやれー』って言われちまってさ……」
「トーマスの奴も来ないかと誘ったのだがな? 今日はGGの整備をすると言われてしまってな。余りに強く断るもんだから、代わりにお前のところまで案内してもらったのだ」
 この街でも交戦回数の多い自分たち二人のGGは関節部などの損耗が早いが、それ以上に大事なのは例の『魔導工房』関連の仕事であろう。仮にも正規軍であるエリーチカ相手にはさすがに言えなかったろうな、とジェイクは思索を巡らせる。
「んで、茶飲み話ってぇ言うと?」
元上司が訪ねてきたにも関わらず、座り直して茶を飲む余裕は流石と言える。
「いやまぁ、実のところな。……ただの休暇なのだよ」
 やけに気恥ずかしそうにエリーチカが髪を揺らし、お姫様の休日と言う物が良く判らないライカは首を傾げ、事情を理解しているジェイクがニヤニヤと笑った。
「そっか、公女さんってば仕事バカで全然休みを取らねぇもんな? 『部下に示しが付きませんので』とでもお付きに言われたか?」
「当たらずとも遠からずだな。言ったのは父上だ」
「大公閣下に休みを取れと言われて難民キャンプまでお忍びたぁ、とんだ不良娘じゃないですか?」
「まぁまぁ、そう言ってくれるなよ……」
 からかうようなことを言ってエリーチカを閉口させてから、もそもそとお茶請けのクッキーを咀嚼しだしたジェイクを尻目にライカはエリーチカへと疑問をぶつける。
「なんつーか、ジェイクさんの言ってるような失礼なことだけどさ。お姫様の休日ってのは、もっとこう……『優雅なテラスでお茶会』みたいなことじゃないの?」
 気を使ってるんだかよくわからない風なライカの問いを受け、エリーチカはジェイクの隣のテーブルに座ると少女にも座るように促した。
「一応言っとくと、ジェイクがこう言う奴だと知って許しているし、特に気も使わなくていいさ。……それに、お茶会と言うなら今まさにそうしようとしているのだ」
 どうにも自分のイメージする『お姫様のお茶会』と違う気がする、と釈然としないライカをさて置いてエリーチカは首を傾げた。
「ところで、注文をしたいのだが給仕はまだかな?」
 この言葉を聞いて、『あ、やっぱりお姫様だ』とエリーチカへの印象を二転三転させつつも、ジェイク風の皮肉でライカは応じた。
「エリーチカさん、残念ながらここは場末の酒場でね、注文するときに給仕は来ないんだよ。おーい、母ちゃぁーん!」

「んでもエリーチカさん、この街にはそうそう面白ろいもんざ無いよ?」
 休日だからと暇を持て余して来るようなところではない、とライカは注文したコーヒーを一口。それを受けたエリーチカは滅相もないと首を振った。
「この言い方は失礼かもしれないのだがな。私のような立場にいると時折、なんにもかにも見えなくなってしまいそうで、たまの休日くらい下々の様子を見たくなるのさ」
 年がら年中書類と睨めっこして、軍の再編作業や再開戦過激派の説得・治安維持のためのアレコレと仕事に追われているエリーチカにとっては、外に出る機会など中々無い。
「随分と直球なことを言うんだね?」
 暗喩するまでもなく『下々』と言い切られたライカは流石にムッとした様子になった。
「君だって、私に敬語を使わないだろう?」
 エリーチカがそう返したのには、打って変わってライカは感心したように頷く。
「アタシが敬語を使わないのは、『敬語を使え』と言って来る相手に払う敬意を持っていないからだし、言わない奴には必要がないからだ」
 エリーチカも応えて。
「私がいちいち言葉を取り繕わないのは、それを気にするやつに取り繕う必要性を感じないからだし、気にしない奴には必要ないからだ」
 言い切って、聞いて。そして歯を見せあってニヤリと笑う。
 ライカはともかくエリーチカは全ての相手に本音で接するわけではない。いや、ライカだって全部をさらけ出す相手はほとんどいない。でも、不思議と心根を言い合えた。
「アンタはなんか、良い人って感じがする。胡散臭いって程でもないのに、不思議だね」
「奇遇だな、私も君をそう思うよ」
 どこか少し、似た者同士。
 ライカは問答無用で見下すのではなく、対等に見合って無礼を返した事に好感を抱いたし、エリーチカもまた己の言を聞いてすぐさま得心したらしいライカを認めた。
「僕にゃあ、何の話だかわからねぇが……。二人とも、仲直りしたようで何より?」
「別に私たちは喧嘩などしておらんぞ」
 エリーチカが返したのに、『よくわからん』とジェイクは首をすくめる。
「そういや公女さん、トーマスのところに寄ったなら見ただろう? この間、嬢ちゃんが『スルト』を発掘してきたんだが……」
「ちょッ……」
 売っぱらえないほどの機密である『スルト』の話をジェイクが口にしたのを聞いて、ライカは流石に慌てた。そもそも自分に口止めしたのだからして……。
「いや、知らんな。なんのことだ?」
「え!?」
 エリーチカがわざとらしく首を傾げたことで、ライカの思考に待ったがかかり、ポカンと口を開いたまま固まってしまった。
「アッハッハッハッハ! 中々に鋭い所ばっかり目立っていたが、政治の類は疎かったようだな。いや、当たり前か! ……にしても、良い間抜け面だったぞ!」
 それを見て、エリーチカは美貌を崩して豪快に笑っている。
「どういう事だい?」
 事情の分からなかったライカが問えば、エリーチカがまず最初に言った。
「もちろんだが、『知らない』と言うのは嘘だ」
「ならなんで嘘を突いたんだよ?」
 問いを受けて、確かに愉快だと思いつつジェイクが補足する。
「つまりさ、軍の二番目である公女さんが『そんなもの知らない』って言ったってことは、僕らが管理してる分には軍部は手を出さないってぇことなんだよ」
 正直言って『スルト』は、厄介極まりない存在だ。性能故に人手に渡っても面倒だし、高性能なGGの存在は戦争再開派・非戦派の双方から文句を言われる可能性がある。
「そこで、公女さんと軍上層部はスルトをD85番地が管理することを黙認する。その代わりに僕は責任をもってスルトを人手に渡らないよう、また誰かに聞かれても革命軍との関わりがバレない様にする。って意味なのさ」
「なるほど?」
「私も近頃じゃ日和見を決め込まないと仕事が多すぎてな。大公領の貴族たちが争うのを避けるためにも、『知らない』ことにしておくのが一番なのさ」
 軽くまとめてくれたものだが、概ね日常では知りえないスケールの大きな話にライカは目を丸くして、それからふと思いついたように質問する。

「しかし、不味いと聞いていたが、ライカは随分おいしそうにコーヒーを飲むのだな?」
「物の美味い・不味いなんて、生まれ育ちや趣味によるモンじゃないの? 一概にまとめて言うヤツに、ロクなのはいねぇよ」
「だ、そうだぞ? ジェイク」
「紅茶頼んでる時点で、公女さんもこちら側ですぜぃ?」
「私は、紅茶が趣味なのだ!」
「大人げねぇ言い切りをしやるもんで……」
 しばらく三人が他愛もない言い合いをしていると。
「なんか、偉い美人さんがいると思ったのだけれど、ライカの知り合い?」
 と、ライカの幼馴染・ルーシーが幾つかの衣服を持って通りがかった。
「ん、まぁね。ジェイクさんーーそっちの席の人は知ってるだろ?」
 ルーシーがコクリと頷く。
「……この人の昔の知り合いだってさ」
 この町の『戦前について触れない』というルールは絶対だ。
 エリーチカは『美少女』と称される通り、十代でも通る見た目をしている。故にルーシーは『ライカの知り合い』と判断して聞いたが、ライカがジェイクの知り合いと称した時点でそれ以上の詮索はしない。
「そうなのね。てっきり同い年くらいかと思って。失礼しました」
 軽くエリーチカの方へと頭を下げて、ライカの幼馴染は去って行った。
「んじゃな!」
 ライカは軽く手を振って、ルーシーを見送る。
「今のは?」
 前回訪ねてきたときのひと悶着でこの町の『ルール』をなんとなしに理解して口を閉じていたエリーチカが短く尋ねた。
「アタシの幼馴染」
「ちなみに職業は?」
「服の修繕とか、布で小物作って売ってる」
「ふーん。……戦後生まれの者に対する質問は、結構大丈夫なんだな?」
 短い問答でエリーチカが計っていたのはライカの許容範囲。
 応じてライカ。
「いや、アタシたちが便宜上『ルール』と呼んでるのは、戦前のことになると恨みつらみ・正しい正しくないで揉めることが多いってんで『質問しない』ことにしてるだけ。男が女にスリーサイズ聞いちゃいけないのと同(おんな)じさ」
「ま、そういう物だろうな」
 エリーチカはアッサリ頷いた。それから紅茶を一啜りする。
 秋の日の午前中が、ゆっくりと過ぎていく。
「そう言えば以前、とあるものを見にこの街に来たという部下から聞いたのだが……。この街には、『シミュレータ』なるものがあるそうだな?」
「おお!」
 ライカがいきり立って、机に手を突く。カチリ。時間の流れが急速に変わった。

 時は素早く過ぎ去って夕刻。
「なかなか楽しかったぞ!」
 ワハハと、本当に愉快そうに、そして豪快に笑いながらエリーチカが帰ってゆく。
「……ったぁく。相変わらず飛んでもない公女さんだこってぇ……」
 ジェイクがボヤく隣では、こちらも楽しそうな笑顔のライカがエリーチカのGGに向かって手を振っている。
「いや、こっちの嬢ちゃんもなんだけどよぅ……」
 昼前から盗掘屋たちが帰って来るまで。GGの操縦訓練をしていた子供たちをいや除けて、二人の勇ましい女達は機体を変え、武器を変えてさんざと試合を繰り返した。
 時にジェイクも巻き込まれての大乱戦は、なんとも壮絶たるものであったのだが……。
「こうも満足げな笑顔をされちゃあ、なぁ?」
 語尾が上がるように言ったのは、丁度一通りの仕事が終わったらしいトーマスが通りがかったからであった。
「おお、おっちゃん! 魔導工房の取り付けは終わったのかい!?」
 いまだテンションが高いままなのだろう、やたら勢いづいたライカが問えばトーマスの後ろから現れたジェイクの下宿先の主人――この町の建築家が頷いて返した。
「いやあ、俺も魔導工房の取り付けなんて大仕事は久しぶりで、腕が鳴りましたよ!」
「お、そういや建て付けだからホークスのおっちゃんの領分なんだっけか?」
 今さらであるが、彼の名前はオリオン・ホークスと言う。元革命軍の工兵にして、その更に前には建築家として働いていたのだそうだ。
「いやあ、流石にオレだけじゃわかんないことも多くて……。今日は世話になった」
 言われたオリオンが嬉しそうに顔を綻ばせる中、ジェイクはふと問うた。
「そう言えば家主さん、この町の外壁もあんたが作ったのかい?」
 D85番地には大きな外壁がある。今街が広がっている地域よりも外、町そのものが半径二キロほど円範囲としても半径四キロほどに被さる、高さ約八十メートルの壁である。
「ま、図面を引いたのは俺ですが、みんなの力あってのことですよ」
 町が広がっていない地域には、耕作地が広がっていたり、建築途中の建物が有ったり、あるいはGG置き場と盗掘品置き場が有ったりする。
 それを覆う分厚い壁はあちこちツギハギだらけであったが、非常に壮健・強固であってその混沌とした見た目でもって街の復興を語っているようであった。
「すごいモンだな。あんたも、この街も」
 ジェイクがほう、とため息をついて返した。
 その称賛にややも頬を染めると、オリオンは大工仲間たちの元へ戻ってしまう。
「しっかし、あのエリーチカさん。お姫様だって言うのに大層強いでないの!」
 嬉し気にライカが笑ったのを見て、壁を見てうなっているジェイクを見て。トーマスはそっとジェイクの肩を叩いた。
「お疲れ。お前さんが公女サマ引きつけといてくれたおかげで、色々捗ったよ」
「そう思うなら、酒の一杯、飯の一つも奢ってくれぃ!」
 それはもう疲れたと、ジェイクが大げさな溜息を突けばトーマスは上機嫌にカラカラと笑った。魔道具師として、工房が手に入ったのがさぞ嬉しかったのだろう。
「おう! 大して高い飯もないがな。今宵今晩、何でも奢ってやろうとも!」
「意気や良し!」
 大人二人が盛り上がるのを見て、少々不公平を感じたライカがブーイングをした。
「ちょっと、アタシだってジェイクさんと同じ程度のことはしたんだけど!」
 何と言うなら、お上にバレたらまずいアレコレのカモフラージュである。
 兵器量産に使える規模の魔導具工房を勝手に所持しているのは流石に不味い。街の復興と生活レベル向上のために、トーマス達としては意地でも死守したいところだが。
「だってぇ、嬢ちゃん。公女さんと遊べて楽しかったってんだろぅ?」
「んー。ま、そうなんだけど……」
 汚い大人の詭弁でも彼女の中では筋が通って納得してしまうあたり、可愛くもあり。
「(なんつーか、この娘も成長してるもんだなぁ……)」
 十年前、町に来たばかりの弱弱しい五歳児を知っているトーマスとしては深い感慨があった。同時に、自分はそう大して成長していないなと思う面白くなさも。
 一拍おいてから、考えを吹き払うようにトーマスはブルブルとかぶりを振った。
「よし! ライカちゃんにも奢ってやる!」
「いよっ! 男前!」
 ジェイクがふざけて持ち上げる声を聴きながら、トーマスは先陣を切っていつもの酒場へと歩き出した。オリオンと大工仲間も、打ち上げであろうか、同じ酒場に向かう。

「んにゃ……。アタシはまだまら、食ぇるよぉ……」
 眠りかけながらも、折角のおごりを無駄にすまいと皿へ手を伸ばすライカ。
 そんなワンパク娘を女将(ははおや)に預けた男二人は、チビチビと温くなったエールを煽りながら晩酌をしていた。
「オレ達がここに難民キャンプを建てた時は、維持軍のとある前線基地だったんだ」
 今話しているのは、先ほどジェイクがオリオンに尋ねていた外壁の話。
 しばらくは錯乱した逃亡兵と戦闘になったり、あるいは身内同士でも革命軍・維持軍で揉めたりしたものだった。
 それも虚しくなって、いつしか落ち着いたころ。
「戦争が終わって、一カ月とか。そろそろ備蓄の底も見え始めた頃、ライカちゃんを連れた逃亡兵がやってきたんだ。そいつは、大層頭がキレたんだろう。街について色々口を出した物のひとつが盗掘屋のアイデアで、もう一つがアレだ」
 言ってトーマスが中空を指さす。無論、その先に有るのは町の外壁だ。
「あの外壁、ここまで町が大きくなることを予測して作ったのか? やっぱりすげぇよ、あんたはさぁ……」
 ジェイクの誉め言葉に、トーマスはそうでもないと首を振る。
「オリオンに設計図を頼んだ時は、命守れるだけの壁が欲しいって話だったんだ。それがどんどん大きくなってな……」
「誇りなよぅ、あんたがここまでデカくしたんだぜぃ?」
「……いや、オレがここに居るのなんて、女々しい理由さ。お前さん、気付いてんだろ? オレが天下のトムス・アレイで『トルク・ギア』の設計主だって」
 おだてられたからか、ほろ酔いの勢いに任せて、喋ることにしたらしい。その割に周囲を窺ってからトーマスは口を開いた。
「生憎と、知らないねぇ。最も兵士をやめた僕にゃあ関係ない話だから、聞くがね」
 知らないことにしなければ、隠せない感傷もあるのだ。
 それを捨てても兵士をやめたジェイクであり、それが辛くて兵士をやめたジェイクである。『知らない』に込められた意思は人一倍強かった。
「言葉に甘えさせてもらうぞ」
 ジェイクが気遣ったという形にしてトーマスは話を続ける。
「オレはね、あの日からずっと待っているんだ。維持軍の英雄、ジルフィード・メインソンの凱旋を」
 英雄だの凱旋だのといらぬ言葉を付けたのは、格好をつけたジェイクへの軽い皮肉。
「終戦の日に見送って以来、それきりと来たもんだ。それでも、いつか帰って来るんじゃないかってこの街を守ってる」
 それこそがD85番地にこだわり続ける理由。
「仮初にも友人と思ってたこっちとしては、『お疲れ』の一言も言いたくてな……」
 ウダウダと、管を巻くように酒を口に含んでは言葉を吐き出す。
「なに、例の『大暴走』で死んだって?」
 やや厭味ったらしくジェイクが返したのは、絡み酒の臭いを察したからだった。
「多分、そうだろうな……」
 二人とも、遠くにいたからこそ生き残ったクチである。故に、細かくは知らない。
「ジェイク、ライカちゃんから大雑把な程度にお前さんの『探し物』について聞いたよ。なんで戦争にGGを持ち出したのかとかって話だったな?」
「あの嬢ちゃん、『他人の過去はタブー』なんて人に言っておいて……」
「良いから良いから。オレが無理に聞き出したんだ。……で、話の前にまずは一つだ。お前さんの勘違いを正しておきたい。一般的に言われてる『戦争が起こったからGGを持ち出した』ってのは、大きな間違いだ」
「んだって? 初等学校に入った時分にゃあ、まだGGなんて言葉ぁ、知らなかったぞ」
「一般的にあまり知られてる情報ではない。ただ、北方の山脈周りや海辺などの、デカい魔物が出る地域では貴族の私兵団でGGが使われていたんだ。都市防衛のために」
 有り得ない、と言い切れる話ではなかった。貴族たちが公に向かって発表する魔物討伐と、現実の魔物討伐は違う。魔導兵器の封印にも例外はあったのだろう。
 であればこそ、より安全にワイバーンやシーサーペントを狩るためにGGが投入されていたとしても、おかしな話ではない。
「しっかし、するてぇどよ。GGはそもそも魔物と戦うために作られたってのかぃ!?」
 トーマスの語りが落ち着いたとみて、やや早とちり気味にジェイクが言った。
「いいや、それは違うね」
 トーマスはゆっくりと首を振って否定し、説明に戻る。
「そもそもからして言うなら、帝国ができたころの資料の記述が正しいのであれば、当時の技術なら人間が扱えるサイズのライフルでもワイバーンは倒せた」
 大半が失われたうえ、『黄金期の複製品』だって当時の最先端からは何世代も遅れた品だとトーマスは聞いている。なぜ、最先端のものを残さなかったのかはわからないが。
「なら一体、何を倒そうったってぇ……!」
「落ち着けよ、事情を知らない奴もたくさんいるんだしさ……」
 声を荒げたジェイクに言い置くと、再びトーマスは話を続けた。
「もう一個勘違いを正しておくとだ。『人々の争いを避けるために魔道具は封印された』って通説があるが、あれもそもそも間違いなんだ」
「そうなのかぃ? じゃあ、何のために……?」
「こっから先は、トムス・アレイとしての意見だが、同時に、オレが最も信じたくないバカみたいな話になる。正直、酒を飲んでなければ言えない話だ、与太だと思ってくれ」
 ジェイクがコクリと頷いたのを見て、トーマスはジョッキを一口。
「王家が『黄金期の複製品』と共に封印していた書物の通りなら、かつての魔道兵器封印令は『これ以上の魔道具の発展をさせないため』に制定されたらしい」
「んな! 技術が発展して困ることなんて、何があるっていうんだよ、ええ?」
 戦争が始まるまでの三千年間、パルム帝国はそれは豊かな国であった。ジェイクの幼少期もそうであり、それらは一重に魔道技術が重労働を肩代わりしていたおかげである。
 水汲みも、通信も、すべて魔道具が肩代わりした。ゴーレムが建築用重機の役割を果たし、印刷などもまた魔導によってなされる。
 そうやって、みんなが平和と文明を享受し程よく働き、娯楽に興じて生活していた。
「それの、一体何が悪いってぇ言うんだぃ!」
「……お前さんが公女さんに言った言葉通りさ、『何だか知らないが、何か。いると想像するだけでも恐ろしい』技術の果てにある存在Xが古代人を滅ぼしたんだ」
 そのことを聞いて、すぐさまジェイクは察した。
「じゃあ古代人は、そのなんとやらを倒すために、GGを作ったってんだな?」
「ああ、恐らくはそうだ」
 そして脅威は去り、再び同じ悲劇に合わぬために魔道技術は封印されたということか。
 聞いたジェイクは、鼻で笑った。いや、笑うしかないだろう。
「ケッ。なんでぇ、そのばかげた話は。悪魔の軍勢か、はたまた神の神罰か。吟遊詩人の歌じゃねえんだぜぃ?」
「知らない。考えようもない。それに、バカみたいな話だとも先に言った。……今のオレはこの街が無事ならそれでいいし、『探し物』をしているのはお前さんだ」
「それもそうだ。けど、言いたかねぇが、酔っ払いの戯言としても少しはマシなことは言えないのかい? 維持軍と革命軍でさえ面倒なのに、この上第三勢力と来ちゃあ……」
 ややバカにしたような言葉を断ち切って、トーマスは言い放った。
「ならもっと現実的な話をしよう。三千年前の人類に思いをはせることが、まず無駄だ」
「もしかしたらその何とやらがまだ存在しているかも知れねぇぜ? 流石にそうなりゃ、あんたの大事なこの街だって……」
 ジェイクは冗談のつもりで言ったが、酔いもあったのだろう、トーマスは激昂した。
「そうなったら、どうしようもないだろう! そんなもの相手にすんなら、できることなんて何がある!?」
 言い返す言葉は、気迫に満ち満ちていた。
 恐ろしいものの存在に気付いていて、何もできない。
 何も出来ずに大切なものが失われると知っていて、それでも震えることしか出来ない。
 その恐怖が、絶望が。如実に表れた叫びであった。
「オレはね、どうしようもできないことについては考えない主義なんだ。大体、この三千年間は平和だったんだ。急な飢饉の方がよっぽど現実味がある!」
 早口にまとめて言い訳して、そしてシュンと、平静に戻る。
 恐くて、だから知らないことにしてしまいたいのだ。それでも、知っているのだ。
「ああ。済まなかったよ。探しているのは僕だけだ。あんたが見ないふりをしたいってんなら、それでも良い。いや、良いと言うべきなんだろうよ」
 同じものを見て、それでも逃げることを選んだトーマスをジェイクは責めない。
「少なくとも、正体・目的・所属・戦力・すべてが謎だらけの軍隊を相手に悩めるほど、オレは暇じゃない。残念ながら、やらなきゃいけないことが一杯あるもんでね」
「そか」
 しばし、沈黙。
「んじゃ、お礼と言ってはなんだがな……。忙しいあんたの人生が楽しくなるように、良いことを教えてやる」
 誰よりもGGが抱える恐ろしさに気付いていて、それでも逃げると腹を決め込んだトーマスの矜持に感服じて、ジェイクはちょっとしたプレゼントを与えることにした。
 まぁ、一番の理由はトーマスが『トムス・アレイ』を名乗ったことであるが。
「なんだ?」
 大して期待していないという目をトーマスが向ければ、ジェイクは指を一本立てる。
「その前に一つ、僕も訂正しておこう。あんたは色んなデータを集めてたみたいだが、僕が『英雄』と戦ったのは七回じゃない、八回だ」
 最初、その意味がトーマスにはわからなかった。
「いいや、そんなはずはない! ジルの戦いは全てオレが把握しているんだ、把握していない戦いなんて、一度だって……」
 反論しようとして、脳内で自分の声を反芻し、それからようやく気付く。
 一度だけ、トーマスが知らない戦闘をジルは経験しているのだ。終戦の日、帰ってこなかった彼女の戦闘データを、その記録水晶をトーマスは見ていない。
「まさか、終戦の日……」
「ああ、それこそ、この辺りにあった基地からの撤退戦で遭遇しちまってよぉ、いつも以上にやる気に満ちていて、しつこく追撃されたもんだから、停戦命令まで戦っていたよぅ。まさか、量産機だったなんてこたぁねぇだろうな?」
「ああ、量産型が作られるのは終戦の半年以上後だ……」
 ならば、つまるところ、話をまとめると。
 考えてもみなかった事態にトーマスの頭の中が混乱する。
「生きているのか!?」
「ああ、多分な」
 ジェイクだって、その一戦以降の動向は知らない。
 とはいえ、英雄と英雄。その腕の程は剣を交えただけでよく理解できた。
「あんたのダチは、そうそう殺されるようなタマじゃねぇはずだし、それを殺せる規模の大取物をやったってんなら、ここにも情報が届いてるはずだ」
 それが無いということは、どこかに潜伏しているということだろう。
 トーマスの知るところ、ジルはかなり残念な頭をしていたがあの腕があって食いっぱぐれることはないだろう。軍に戻っているなら、プロパガンダに利用されているはずだ。
「少々、することを思い出した。オレはそろそろ帰ることにするよ」
 グイ、と一呼吸に残ったエールを流し込み、トーマスは席を立つ。何と言う訳ではないが、ここしばらくしていなかった情報収集を再開することにした。もし、ジルが近くにいるというなら一度くらいあってガツンと言ってやらねば気が済まない。
「ああ、そいつぁ都合がいい。僕もちぃとばかし、考え事をしなくちゃいけなくてね」
 ジェイクのグラスは既に空であったが、つまみの残りをザラザラかっ込んで席を立つ。
「なんだかんだ、美味い酒が飲めたもんだな」
「僕にはちぃーとばかし薄ら寒い話もあったがな」
 あたかも長年の友人のように軽口を叩き合って、トーマスがまとめて会計をした。
「オレの酒が薄ら寒いとは、奢られる側のクセに良い度胸だ!」
 そう言いつつも既に会計は終えているあたり、悪い男ではない。
「良い夢見ろよ!」
 言ったのは、トーマスが心の底からジルを大切に思っていることを知ったが故。
「ジェイクはいくらか怖い夢でも見ればいいぜ!」
 返したのは、ジェイクが己の代わりに恐怖に立ち向かっていくのを羨んだが故。
 十年前は、敵同士。今では、同じ街の住人。
 友人と呼ぶにも奇妙な縁に恵まれた二人の男は、それぞれの帰路に付く。
 秋の夜空の澄んだ月が、じっと静かに見下ろしていた。

「ったぁーく、こうして自分でやってみると『盗掘屋』ってのも中々大変な仕事だねぃ」
 基地跡から廃材やGGの予備パーツなどを引っ張り出してきて、荷台に入れる。それだけの作業と侮れないのは、種々の形をしたパーツ類が上手に収まらない点であった。
「まーね、楽してもうかりゃア苦労はねぇよ……」
 傍でいっちょ前に仕事を語るライカも、少し気怠そう。慣れていても面倒らしい。
盗賊だって一定のリスクを負っているのだ。まっとうに働いて疲れないわけもない。
「どっちみち今日はモネさんにも合わせたいし……。ジェイクさん、そろそろ切り付けるとしようかね?」
 ライカが額の汗をぬぐって、作業していたゴミ山から顔を上げる。
「おう。そういや、嬢ちゃんの知人に会わせてくれるって話だっけか。町の外に友達作って、紹介までしてくれるなんて……。あの小さかった嬢ちゃんがねぇ〜……」
「アンタ、アタシのなんなのさ……。二時間後くらいに、この辺りって約束にしてたんだけど……ん? ……な、あれなんだと思う?」
 ボヤキつつ、モネが来るまでまだ時間があることを確認したライカ。その時、まだ傾き始めてもいない陽の下に土煙を見て、指をさす。
「土煙だが……土煙!?」
 二人が盗掘に来ている遺構はテレーヌ領との境からそう遠くない地域。
「位置的にテレーヌ領の城壁より少し前らへんに見えるんだが……。ありゃ、戦闘しているのか?」
「やっぱか、アタシの気のせいだといいなと思ったんだけど……」
「助けに行くかい、嬢ちゃん?」
「今日会おうっていう人が、あそこの領軍の人間なんだ。手助けの一つもしたい!」
 城壁前での戦闘というのは、つまり追い込まれているということである。そうでない可能性もあるが、もし殺されそうな人間がいるなら見逃せないのがライカだった。
「僕もお供するよ!」
 ジェイクが返すと、二人は荷台を基地跡に隠して飛び出す。

「どうにもおかしいね、ビームもマズルフラッシュも見えやしない」
「ああ、とりあえず戦闘してるってぇ訳でもないみてぇだが……」
 二人が話しているのは、境界線ギリギリの辺り。どうやら戦闘状態にないらしいと分かった二人は少し様子見をしていたのだが、見えるだけでも十機を超えるGGが居る。
「あんだけの数を集めてるってのは、放っておくにもキナ臭いぜぃ、嬢ちゃん」
「そう言うもんなのかい?」
 窪地に身を隠すように指示してからジェイクはカメラの望遠設定をいじくる。
「ああ。どうも気になるGGが居やると思ったが、あの連中は賞金稼ぎだ」
 荒野では珍しい整備されたGGに乗っているためにジェイクは違和感を覚えたのだ。
「賞金稼ぎ……。まさかジェイクさん目当てじゃないよね?」
「いんや、僕は違う。僕は撃墜スコア自体は大したことなくてね、元々防衛戦に回されることも多かったが、名前自体もそうは知られていないはず……」
「しかし、そいじゃア何をしに来たって……。いや、いっそアタシ達で倒すか?」
「逸るんじゃないよ、嬢ちゃん。向こうが敵かどうかもわかんないからな。約束の相手さんには悪いが、いったん帰ってトーマスに報告するのがベストだろう」
 よく見れば賞金稼ぎ部隊の中にはテレーヌ領軍の姿もチラホラ見える。領が雇ったんだとすれば何の目的なのか知らないが、傭兵にも近い連中を大勢引き込んで何かするのであれば、どう転んでも物騒な方向にしか思えない。
「モネさんがそういうことに加担してるとは思いたくないけど……。確かに物騒だね」
「大体、今の僕達で勝てるかどうかも五分だろう」
 群れを成したプロが相手では、二人でも厳しいかも知れない。それに、戦前からGG乗りであった者が相手方にいるなら争いたくない、そういうジェイクの『臆病』もあった。
「ん、わかったよ……。アタシも出来れば、テレーヌ領軍とはもめたくないしね」
 厄介ごと以上に、知り合いのモネが居るのだ。迂闊な真似は避けたい。
「土煙で見つかるといけねぇから、ゆっくり去るぞ」
 言って、二人が窪地から身を挙げた瞬間に向こうで何かが光る。
「狙撃だ。嬢ちゃん、避けろ!」
 聞くより早く、ライカはスルトを横に飛ばす。その後ろを鋭い光線弾が通り過ぎた。
「向こうさん感づいてやがったか……」
 狙撃位置は向こうの陣地なので次が来ても避けることに難はないが、スコープを覗いたジェイクは嫌そうに顔を歪める。
「あぁーあ。口封じに来るよなぁ、……そりゃ」
 見れば十機ばかり、つまりほぼ全てのGGがこちらに向かって来ている。
「こっちを盗賊と勘違いした、領軍志望の傭兵って可能性は!?」
「どっちにしろ、殺す気でかかって来てることに変わりはねぇだろ! 背を向けりゃ狙撃が来る。嬢ちゃん、引きながら戦うぞ。出来るかい?」
「あー、もう!」
 ごねるように言いつつ、ライカは己の両頬を叩き、返事代わりに吼える。
「アタシを誰だと思っていやがる!」
「それもそうだな」
 言い合うと、二人はマシンガンを構えてつつバックで移動を開始する。
「おーいおい! お散歩中のところ悪ィいが、見られちまった以上、逃がす訳にはいかないんでなァ! 死ねやァ!」
 無線の向こうから、酒焼けしたような声が響いて弾幕が開始された。
「アタシの方がなんぼか装甲が厚い、悪いけどジェイクさん、合わせてくれよォ!」
 ライカがほんの少しだけ後退速度を落とし、盾になるように前に出る。
「つまり、いつも通りだろぃ? ヘルム・ギア、三。オーガ、二。ジョルジュが二で……バルログ型、一!」
 ジョルジュというのは戦後から数年前まで革命軍が使っていた近接型GGだ。
「革命軍最新鋭のバルログ持ってるなんて、どういうルート持ってんだか……。嬢ちゃん、手強いとこから順番に狙う。陽動は頼むぜぃ!?」
 格闘と超近接レンジでの射撃戦がメインであるライカと違い、ジェイクの得意分野は射程一〜五キロの中距離戦での歩兵用小火器による狙撃。
「あィ、はィー! オラオラ、どうしたァ! 死んじまうぞ、ハッハッハァ!」
「動きがよ、雑なんだよ、テメェはよ!」
 二機から狙われたタイミングでライカが牽制射で、相手自ら外すように避けさせる。
「まずは……一機!」
 狙いを定めたジェイクのマシンガンがマズルフラッシュを放つ。弾は三発。
「反撃が、生ぬるいん……ウボアァ!?」
 一発目は肩をひねって避けられ、二発目が避けた直後の胸部装甲をはねてほんの一瞬の硬直を生み出し、三発目にして頭部カメラを打ち抜いた。制動を失ったGGが遠ざかる。
「ったく……。どういう芸当だよ。ジェイクさんってば、相変わらずすごいなぁ!」
 ボヤキながらも急速接近しようとしたオーガ二機にフルオート射撃を浴びせるライカ。
「次、ジョルジュ型……まずは左から!」
 今度の弾は一発。膝を撃ち抜いて倒れさせる。撤退戦では足を奪うだけで十分。
「敵の数を減らしたからな、そろそろ遠距離狙撃が来るぜぃ?」
 ジェイクが言った瞬間に光が撥ねて、二人は右に。それを好機と迫るオーガ二機。合わせるようにライカが前進。反動が加速に乗って、相手の反応速度を易々上回る。
「ん何ィ、早すぎんだろうがよ!?」
「ぬぎゃあ!?」
 左で抜いたナタと、右手のマシンガンの銃床で一機目の頭部を挟み潰す。もう一機は足を払って倒れたすきに股関節を撃ち抜いて足止め。
「あと四機……」
 ジェイクの呟きとほぼ同時に三射目の遠距離狙撃。右に避けた刹那、テレーヌ領の城壁の陰からもう一機、GGが姿を見せる。正規品の量産型トルク・ギア。
「増援かぃ……? 完品で持ってるとは、厄介なこったねぇ」
「いや、違う……。あのGG、あの動き。知ってる気配がする。な、アンタ……!」
 ライカは初めて出会った時のモネの動きを覚えているのだ。だが呼びかけはない。
「……!」
 その時、量産型トルク・ギアがビーム・ライフルの銃口をこちらに向け、発射した。
「んなッ!? おい、モネさん! 応答してくれよ! アタシだ、ライカだよ!?」
「嬢ちゃん、見間違いじゃねぇのかぃ?」
 二人が慌てて避ける傍らでは、向こうのヘルム・ギア部隊の歓声が聞こえる。
「隊長が来てくれたぞー!」
「これで勝ったな!」
 隊長という呼び名に、肩についたパーソナルマーク。モネに違いなかった。唖然としているライカを後ろに下げ、隙のできたヘルム・ギア三機をジェイクが狙う。
「がら空き、だぜぃ!」
 が、二発目のビームが遮って回避を余儀なくされる。
「ちぃ……。うまいでやんの! 嬢ちゃん。何もんでぃ、あんたの友人は!?」
 その声に釈然としない様子でライカが返した。
「テレーヌ領軍の隊長さん……。つい一昨日までは話が通じる人だったんだけど……」
「なんでもいいが、戦いは避けられないみてぇだし……。集中しろ、嬢ちゃん!」
「わかったよ! GGが止まりゃ、いくらでも話ができるもんね!」
 ジェイクにマシンガンを投げ渡し、二挺目のナタを引き抜いモネの方へ向かう。
「んな、この!?」
 十合、十一合。光線剣とナタが火花を散らし、鎬を削る。単純計算にして二対一のはずだが、量産型トルク・ギアがライフルによる射撃を交えるせいで戦況は五分である。
 二十合、二十一合。埒が明かないと判断したライカが長銃をはじこうと動くが、その隙にビーム・ソードを挟み込まれ、一歩後退させられる。
「く……か、はぁッ!」
 後退の隙に蹴りを入れられた。すさまじいGがコクピットを襲い、ライカは吹き飛ばされる。幸い、装甲は大丈夫であったが他の武器なら致命傷だった。
「嬢ちゃん!」
 瞬間、ジェイクの声がして女二人の間を鉛玉が遮る。
「援護頼むよ!」
「心得た!」
 あえての大振り、かつてシミュレータ戦でジェイクがやって見せたような隙を見せる戦い方でライカは迫る。袈裟切り、踏み込んでの横なぎ、唐竹割。
 避けられ、いなされる合間にジェイクが射撃を挟み、追い込んでいく。
「……ッ!」
 焦りであろうか、無線の向こうの息遣いが少し変化した。
「なあ、モネさん! 聞こえてるんだろ! 何とか言えよ、おい!」
 問いつつも、ライカの頬は好戦的に緩んでしまう。だが、内心を抑えてでも、彼女は呼び掛け続けた。己が正しくないと思う行いを、許さないために。
「アンタは『領軍は守るのが本分だ』と確かに言ったよな! どうなんだよ、ええ!?」
 ローキック、大上段からの振り下ろし、返す逆袈裟。徐々に追いつめているのか、ジェイクの銃弾が関節間際の装甲に当たって火花を散らす。
「いつもの、理知的なアンタはどこに行っちまったてんだよ!?」
「嬢ちゃん、避けろ!」
 瞬間、視界の隅を歩兵用のものより二回りほど太いビームが跳ねる。
「(しまった! 狙撃!?)」
 踏み込みで、コンマ数秒動けないライカの隙。気付いた時にはもう避けられない。
「畜生がっ!」
 その瞬間、身を挺するようにして飛び込んだジェイクのゴブリンの右肩が弾け飛んだ。
 二の腕が高熱で消し飛ばされ、反動でライカともども弾き飛ばされる。
「ジェイクさん!」
「前を見やがれぃ! 嬢ちゃん!」
 ジェイク機とぶつかって後ろに跳ぶライカの視界の中、なおもモネの追撃が迫る。
「『刀狩り』ッ!」
 咄嗟に抜いたビーム・ソードで敵の剣を弾いたジェイク。すぐにライカと交代する。
「ジェイクさん、ここはアタシが何とか抑えるから、先に狙撃手の方を!」
「いや、向こうの陣地は敵が多い。引いた方がまだ勝機はある!」
 ジェイクの見る限り、狙撃手の動いた形跡はない。知識にあるスナイパーライフルのスペックを鑑みれば、十二キロ――もう一分かそこら離れれば射程から出られるはず。
「分かった!」
 撤退戦に切り替えるべく、一歩引いた刹那にナタをビーム・ソードで弾かれてしまう。
「器用すぎるだろうがよ!」
 だが、その隙にほんの数十メートル距離がとれた。前進と後退の推力差を考えるなら、コンマ数秒ほどの休息。その瞬間、ライカの脳を血が巡る。奇跡が起こるというなら、今この時しかありえない。神か何か、そういうものにライカは祈った。
「それだけあれば、十分だろ!? 『炎の剣』(レーヴァテイン)!」
 短い呪文が荒野に響いた。飛び上がり、スルトが秘めた第一の魔法が敵の頭部目掛けて振り下ろされる。初見殺しの奇策に、ライカも手ごたえを感じていた。
「殺しちゃ、ねぇよな!?」
 されど、炎によるフラッシュに視界が慣れた時、まだ敵は立っていた。
 GGの顔は溶けて失われ、部分は焦げ付き、胸部前面装甲は溶け落ちている。
「アンタ……。そいつァ!?」
 コクピットを露出させてなお、剣を構えるモネの姿を見て、ライカは言葉を失った。
「どうして、人間のアンタに魔法陣が浮かび上がってるんだ!?」
「……」
 応じる声は、やはりない。どころか、覗く顔はどこか虚ろにすら見える。
 その彼女の軍服の上には、肌から浮き上がるように光る魔法陣。心臓を中心に人間の形に添わせたか、円からは遠く離れた不思議な文様が隊長の全身を覆っていた。
「まさか、『人魔道具計画』……」
 夢に見たことすら忘れていたが、ジェイクはかつて聞いた話を思い出す。
「知っているのかィ! ジェイクさん!?」
 それを聞いて、思わずライカが激昂して噛み付いた。その時。
「そこまででよい、引きなさい、モネ君!」
 どこからともなく声がした。向かいからのものではない、熟成された老境の男性の声。
「誰だ、アンタ!?」
「我輩は、ヌーイ・テレーヌ。これより『空白地帯』全土に宣戦布告し、それを手中に収めんとするものである!」
 そういった老人の声は、強い狂気を孕んだものに聞こえて。ライカが怯んだ一瞬のすきに、モネと量産型トルク・ギアはテレーヌ領の方へと去っていった。

「よくないニュースがある。お前さん達には他の奴よりも先に聞いてほしい」
 ライカ達が帰るや否や、苦虫をまとめて噛み潰したような顔をしたトーマスが二人を事務所に連れ込んだ。
「テレーヌ領から、宣戦布告があった」
「こんなに早くかぃ?」
 ジェイクが咄嗟にそう返したのに対し、トーマスが怪訝そうな表情を浮かべる。
「ああ、妙に大勢の賞金稼ぎ連中が集まっててね。領軍には知り合いもいるから、様子見してたら襲われた。で、向こうが去り際に言ってたもんだから……」
 ライカの雑な説明を聞いて、トーマスは納得したように頷いた。
「んで、トーマス。どうすんだい? 抗戦か、降伏か」
 宣戦布告の理由さえ聞かぬまま、ジェイクは単刀直入に問うた。
「決戦は明後日。それまでに降伏か、死か選べと言ってきた。降伏したとしても、連中の『空白地帯』統一の前線に立たされた挙句、町人の大半は死に目に会うだろうな」
「なら、戦うんだな?」
「この戦い、お前さん方二人が参戦するか、否かで勝敗が分かれると言ってもいい。降伏があり得ない以上、抗戦か逃亡の二択になる」
 トーマスは指揮経験こそないが、GGの特性をよく理解したメカニックだ。
 普及してまだ四半世紀もないGGや銃の特性を理解できている軍略家はまだ少なかったが、トーマスはそれを理解する数少ない一人である。
 故にこそ彼は知っていた。戦術や兵器特性を理解する兵士の強みを。今の時代が、奇跡的にも『一騎当千の英雄』が成り立ちうる時代であるということを。
「事態の重さは理解したぜぃ。ついでに言えば僕に『逃げる』って選択肢が無いことも」
「お前さんは余所者だ、この街をほっぽって逃げても道理は曲がらない」
「……道理が何であれ、見捨てたら義理が通らねぇだろうさ。嬢ちゃんはどうだぃ?」
「アタシはもちろん戦うよ。ここが故郷だし、無くなったら行く当てもない」
 返事を聞くと、トーマスはどこからか紙を取り出してきて、話を続ける。
「テレーヌ領からの通達通りなら、向こうの戦力は正規軍でGG百機強・三個中隊と二個小隊だが……。防衛もあるから、来るのは七十機ってとこだ。それ以外に、傭兵が十二機・二個小隊って所。一方こっちは盗掘屋部隊で十三機。元パイロット連中とこの間の盗賊連中をGGに乗せたとしても、プラス三十が関の山だ」
 彼我の戦力差にして、二倍強。
「実戦経験はないが新鋭機に乗っている領軍と、現場慣れしていても旧式機しかないうちの連中を同じ兵力として見たとしても、圧倒的にこちらが不利だ」
 幸いなことに、戦後徴用のテレーヌ領軍の練度はかなり低く見積もってもいいだろう。
 それでも、傭兵達やモネもいる。
「お前さん方の役割は大きく二つ。陽動と、殲滅だ。悪いが否はない」
 策と呼べたものではないが、彼ら二人が敵の前線を崩して、領軍を釘付けにする。数が不足している以上、一騎当千の英雄を最大限に使い潰すしか手立てはなかった。
「その上で、問題になってくるのが『モネさん』だ。実際に戦った二人の所感としては、どうだった?」
 水を向けられ、二人は軽く視線を通わせたあと、ジェイクが口を開いた。
「反射神経や動きの細かさはハッキリ言って人外レベルだったが、その分だけ理性を失ってるって感じだったな。……トーマス、あんたなら何か知ってるんじゃないかぃ?」
「ま、知らないと言えば嘘になるって所だが……。おそらくそのパイロットは、旧維持軍が研究していた『妖精の寵児計画』の一端の特殊魔法によって操られているだろうな」
「するってのは、どういう計画だよ?」
 具体性に欠ける説明にライカが問うと、トーマスは宥める様なジェスチャーをする。
「内容自体についてはオレも詳しくない、『人間を魔道具に見立てて魔術陣を刻む』ことで、意に沿わないものを操ったり、人体の限界を超えさせることができる、って話だ」
 言ってから、ついでの推測をトーマスは語った。
「かなり非人道的な研究だったから、早期に他の研究者から潰されたプロジェクトでな。大方その研究者がテレーヌ領に取り入って、というのが今回の筋書きだろう」
 言葉を聞いてからしばしの沈黙ののち、ライカが口を開く。
「わかった。アタシが陽動をやろう。殲滅役の方はジェイクさん、頼む。格闘メインのアタシじゃ、数だけの烏合の衆をつぶすには向かないし、向こうが距離詰めてくれるっていうなら、なんとか囮役も兼ねられそうだ」
「オレとしては、ジェイクが自由に動ける方が戦術の幅が広がるから助かる」
「僕としちゃあ、そうしてくれるってぇのはありがたい限りだ。だが、いいのかぃ? 危険もそうだが、情が沸いてうまく戦えないなんて事態は勘弁してくれよ?」
 男二人頷いて、それからからかう用にジェイクが問う。ライカは首を横に振った。
「知ってる相手だから、だね。偉そうな言い方をすれば『助けたい』ってのもあるが、望まない戦いをさせられるってのが癪に障る」
「そうかぃ」
 どうにもライカの危うさを感じつつ、ジェイクは頷いた。

「テレーヌ領から、宣戦布告があった。決戦は明後日、とのことだ」
 ライカ達と話し終えるとすぐにトーマスは町人を集め、言い放った。
「向こうさん、どうやら本気で『空白地帯』を手中に収めるつもりだ。戦うか、逃げるかは各々が決めることだが、数によって打つ手も違うからな。出ていくなら今が最後だ」
「全員で逃げるって言う手は、ないの?」
 誰かが問うた。立派に成長した孤児の一人だ。
「降伏も、全員逃亡もあり得ない。ここじゃなければ生きていけない人間が居るからな」
「講和は、何とかして形だけ降伏して和平を結ぶわけにはいかないのか!?」
 言ったのは元維持軍の男。部下を脱走させた罪で死刑になるはずだった男である。
「和平も、ありえない。ここで戦わなくても、オレ達が侵攻の矢面に立つ羽目になる」
「それでも、戦うんだな?」
 革命軍の暗部出身で、口封じに会う所から逃れてきた男が尋ねた。
「ああ、一人でも。GGの一機でも」
 トーマスは短く応える。それきり、問いを発する者はいなかった。
「いいか、オレ達は脱走兵だ。今戦わなければ、あの戦争から逃げた意味はどこにある? 犬死した戦友の亡骸を――故郷を放っぽってでも生き延びた理由はなんだ?」
 そんなもの、決まっている。
 殺すのも、殺されるのも嫌だったからだ。だから、逃げた。
 帰る場所も、待っている者も失ったからだ。だから、逃げた。
「その逃げた先から、まだ逃げたいなら……。それでもいい。だが少なくとも、オレは逃げない。この街が、オレの最後の砦だからだ」
 一つ、深呼吸。
「お前さん方は……違うのかい?」
 最後にトーマスが問うたのは、戦う意志ではない。生きる意志だ。
「……。無意味にかっこつけるじゃねぇの、おっちゃんはさ」
 呟いてから、ライカは静かに広場を走り去った。

「おーい、ライカ! これ渡しとこうと思ってさ!」
「なんだいエド……。って、ああ。この間の借金か! 今回は一段と早かったね!」
家の前で待っていたエドが小さな布袋を握りしめているのが見えた。
「いやあ、ここ数日、ちょくちょく何もないはずの所で捨てられたGGを見つけるんだよ! これも日ごろの行いが良いせいかな!」
 ライカと同じで戦争の時代を知らないエドもまた、どこか気の抜けた調子である。
「日頃アンタがしているのは、盗掘とアイドルの追っかけだけだろう?」
「んな言い様はないだろうっていうに……。しかしそう言えば、妙なんだよな」
「妙って言うと?」
 尋ねるライカだって、少し前にジェイクの『スルト』を拾ったことが有るのだ。この荒野にGGが乗り捨てられているのは、別段珍しいことではない。
「俺が今『狩場』にしてるのは南部戦線の北端、ジャングルに入る前なんだけどさ……」
 南部戦線と言えば、GGによる移動で約三時間。ギリギリ日帰りで行ける程度の距離の古戦場である。ちなみにこの辺は中部戦線に位置している。
「あの辺で、ここのところ盗賊団を見ないようになったんだ」
「南部戦線って言ったら、大規模な難民キャンプだっていくつかあるんじゃないか? 盗賊団だって、ごろごろいたはずじゃあ……」
 当時、戦線がいくつにも分かれていたのは地理的条件と中立領主との不可侵協定の問題であった。維持軍・革命軍ともに余裕がなく、迂闊に手が出せなかったのである。
「有名どころだけだって、『アーヴィング盗賊団』に『マルケット組』とか、居たはずだろ? アタシだっていくらかは知ってる」
「ああ、俺としても『出会ったら逃げる』くらいのつもりでいたのに、堂々と仕事ができるもんだから拍子抜けしちまってよ……」
「良いことじゃないかい。もしかしたら、どっかの素っ頓狂なお強い旅人が盗賊を切り伏せて回ってるのかもしれねぇぜ?」
 聞きかじったような歌調子でライカが言えば、エドがカラカラと笑って応じた。
「相変わらずライカは英雄譚の類が好きだな」
「歌姫(アイドル)狂いに言われたかァねぇよ」
 軽口を交わし合ってから、エドが銭の入った袋をライカに放る。
 話は終わりとばかりに背を向けたエドに向かって、ふと、ライカは声をかけた。
「そう言えばさ、そろそろまた行商人が来るよな。今度もお目当てが有るのかい?」
 本当はもっと言うべきこと、今回の戦争がきっと厳しいものであることを告げなくてはならないのに、妙な後ろ暗さがあってライカは適当な雑談を続けてしまう。
「ああ? 借金の心配なら大丈夫だよ。言った通り、今は金回りがいいからな」
 そう言うことではなく、ただ言うべきことも言いづらくて話を引き延ばしたライカであったが。得体のしれぬ恐怖から逃げるように、雑談に応じた。
「い、いやなに、アタシも久々に英雄譚の記録水晶でも買おうかと思ってね、出入りの多いアンタなら詳しいだろう?」
「おう、ちょっと待ってな」
 冷やかし半分に聞いたつもりだったが、何やら真剣な表情を浮かべるとエドは一旦自分の部屋に入っていってしまう。
「えぇと、確か先々週来たのがアームストロングさんのとこで、その前が……」
 一分も経たずドアを出てきたエドが持っていたのは一冊のメモ帳。わざわざ行商人の日程までメモしているとは、辺境のオタクおそるべし。
「そうそう、次来るのはカーンネル&ゲイブソン商会か。いいタイミングだな!」
 一人で納得してないで説明してほしい、とライカが軽く睨めば、エドはすぐ謝罪した。
「すまんすまん。……えとな、次に来る行商は記録水晶の類はあんま扱ってない代わりに、小説とかを結構運んでくるんだよ」
「そうなんだ……」
「おう、それじゃあな」
 静かに返答したライカに、エドは笑って立ち去ろうとする。
 刹那。
「……ちょっと、待ってよ」
 ライカの理性が、己の弱い心を認めた。
 戦争が、死ぬのが、殺すのが怖いと。
 何よりもいっとう、見知った顔が死んでしまうかもしれないのが恐ろしいと。
「……明後日の、戦争さ……。エドは、怖くねぇの?」
 堰を切ってあふれ出すような勢いも、激情もない。
 言葉が、静かに零れた。
「らしくないな……。ま、そう言われてもね。俺はどーにも、実感が持てないなあ」
 呑気に返す姿にイラっとして、エドの肩に軽めのパンチを一発見舞ってやる。
 橙色に照らされたそのとぼけた表情が、夕日を映す見知った町の面々が、これから起こる戦争でどれだけ容易く消えてしまえることか。
「痛い、って程でもないけど。どうしたんだよ、お前?」
 ライカの脳裏に浮かんだのはジェイクの、スネンヴァルの言葉だ。
 二人とも自分と同じように死ぬこと・殺すことを忌避していたが、彼らが何をそこまで恐れていたのか。全くわからなかったそれが、今になって漠然と恐ろしくなってきた。
「エドはさ、弱いから。死んじゃうかも知れねぇ。それでも……、怖くないの?」
 十二人の盗賊にジェイクと二人で挑んだ時も、怖くはなかった。
 テレーヌ領の『隊長さん』と戦った時も、恐れはなかった。
 トーマスの前で囮役を引き受けた時も、怯えはなかった。
 けれど、今目の前にいるエドが四日後も同じ朝日を拝めないかと思うと、怖い。いや、エドだけではない。ルーシーも、自分の母親も、トーマスも、ジェイクも。失うのが、ただただ怖い。昼間モネに殺されかけたことへの恐怖が、今更ながらに湧いてきた。
「おい、おーい。どうしたんだよ、ライカ? いきなり黙りこくってさ」
 ライカは、『実感が持てない』と言った幼馴染のその感性を嫌悪し、次いでそんなことすら考えなかった自分自身に心底嫌な感情を抱いた。
「大体、俺は死なないよ。弱くないからな!」
 ニカッと笑う彼は、きっとライカが昼間相対した傭兵の誰よりも弱い。練度の低い正規兵どもには勝るだろうが、囲まれれば一溜りもない。
「ああ、そうだよなァ……。そりゃあ、エドは死なないさ」
 だって、ライカが守るのだから。町の皆も、エドも。
ライカが強く決意した裏で、仄暗い恐怖がまだ叫び声をあげている。それを堪えて。
「アタシも明日一日ゆっくり休むとするさ! エドも体調には気を付けなよ!」
「おうさ!」
 言いあってそれぞれの部屋に戻る二人のすぐ傍で、ルーシーだけがライカの恐怖にうっすらと勘付いていた。でも、彼女に出来ることなど何もなかった。

 翌朝。換装したいというトーマスの言に従って町外れの天幕までGGを移動させた後、『今日はゆっくり休みたい』と去ったライカを見送って、男二人が取り残される。
「……あんた、諸々黙ってる事あんだろぃ」
「……?」
「……」
 ジェイクの問いかけに、はじめトーマスは何も知らないというような顔できょとんとしていたが、なおも睨めつけるのをやめなかったので、降参して口を開いた。
「ハイハイ、何でも話すよ。話すから、睨むのはやめてくれ」
「まずいくつか確認しときたいんだが……。あんた、今回の襲撃のこと事前に知ってたにもかかわらず、僕が逃げられなくなる段まで待っていやがったな?」
「まあ、そうだな」
 いけしゃあしゃあと答えるのを聞いて、もう逃げられないのだろうなと勘付く。
徒歩では逃げられないし、GGに乗れば対テレーヌ領の囮にされるのがオチだ。
「嬢ちゃんの前で聞いてあんたのことを失望させるのも悪いなと思っていたが、こっから先は隠し事ナシだ。諸々まとめて聞かせてもらえるかぃ?」
「町守ってもらう対価としては、安いな。まずは今回の騒動の経緯から、かな?」
 トーマスが語ったところをまとめると、テレーヌ領というのは元々『中立領』とは名ばかりの領地で、維持軍・革命軍の『継戦派』と呼ばれる貴族たちが兵器の実験や裏取引を行うためにあえて中立を名乗っていた領地であったというのだ。
「醜い話だが、戦争ってのは儲かる。武器にしろ、食料にしろ、いやそれだけじゃなく、目障りな貴族を『事故死』させるのにうってつけだ」
 粗方察していたジェイクは、それでも人の醜さに歯ぎしりした。
「壊滅的被害を受けて終戦、と言っても死んだのは前線に居た平民で、貴族どもの大半は生き延びた。今回の騒動だって、開戦気運の火種に適当な事件を起こしたいだけだろう」
「わからねぇ話じゃないのが胸糞悪ぃとこだが、とりあえずいきさつは理解した」
 返事を聞いてから、トーマスは次の質問をしろとジェイクをせっついて顎をしゃくる。
「僕が聞かせてもらわなくちゃあいけないと思うことはもう二つある。一個目は、あんたについてだ。何が目的だ? 大方、『妖精の寵児』計画を潰したのもあんただろぃ?」
 以前、トーマスのジルへの想いの程は聞いた。だが、それだけでないように感じる。
「あまり聞きすぎる奴は早死にするぞ」
 トーマスは脅すように言ってから、作ったような無表情になった。
「オレの今の目的は、この街を守ることだ。そして維持軍に居た頃の目的は、そのころの仲間を守るためだった」
「ふざけんじゃねぇ! あんたが生み出したGGのせいでどれだけの仲間が死んでいったと思ってるんだ!」
 その言葉に応ずるかのように、トーマスも声を荒げる。
「いっぱい死んだろうな! 殺さなければ、オレやオレの仲間が死んでいた!」
 当たり前の理論を声高に叫んだ。殺さなければ死ぬ、生きるために殺したのだと。
「戦争の目的がどうだとか、金がなんだ、名誉がどうしたなんて関係ない! 巻き込まれた力無きものは、そこに居るだけで死んで行く。それを知らぬお前さんじゃあ……ッ!」
「……ねぇよ。この間、あんた側の『理由』ってのを聞いた筈なのに、激昂しちまった」
 慣れぬ大声に喉を嗄らしたトーマスの言を、いくらか冷静さを取り戻したジェイクが継いだ。あまりに必死すぎてどこか胡散臭さのようなものを感じた彼であったが、嘘を言っているわけではないこともまた、克明に察していた。
「オレは、ヒトゴロシの責任を引き金を引いた奴だけに擦り付ける気はない。銃を作った奴にも、売った奴にも責任はあるだろう。だが、戦争って時代の中じゃ『人を殺さなきゃ生き延びられない』状況というのもあった」
 トーマスは策をめぐらせこそするが、それは生き延び、仲間を生かすため。
「じゃあ、あんたがGG技師をしていたのは、生きるためだったってんだな?」
 お互い、革水筒から水を飲んで落ち着いた後、ジェイクが改めて問う。
「概ねそうだ。お前さんが買ってくれてるほど、大した人間じゃなくて悪かったな。……んで、三つ目の質問ってのは?」
 もとは敵同士、含むところ有りまくりの二人である。それでも過去の話と言い切れるだけの心の余裕を取り戻し、それから最後の質問に移った。
「三つ目は僕の探し物についてだ。この前聞いた『GGの作られた理由』じゃない方、『大暴走』のことについてあんたなら何か知ってるんじゃないかと思ってな」
「知ってるぞ。一般的にはGGの暴走事故とされているが、オレの知識に則って言うなら、暴走の原因は今回テレーヌ領が絡んでいる案件と同じ……。『妖精の寵児』計画だ」
「ハァーン。そいつぁ、また随分と長話になりそうだな」
 そう言ったのは、ジェイクがまだ人間の醜さと向き合いたくない故か。
「また、次の機会にしておこうか?」
「いや、今聞かせてくれ。僕ぁ、真実を知らずに死にたくないんでね」
「そういう言い方されると、むしろ話し辛いんだが……。『妖精の寵児』計画というのは、分かりやすく言えば『魔力との親和性の高いパイロットを育成することで、より強力で安価な兵器を作り出そう』っていう計画だ」
 先天性の体質異常として時折、魔力への親和性が高い子供が居る。彼らが魔道具を使うと強い力がかかり、事故になることも多い。『妖精の寵児』計画は、そういった子供を人為的に生み出して、高出力・高性能なGGを運用しようというものだった。
「ただ、その具体的な手段が問題でな。刺青の寸法で赤ん坊に魔法陣を刻み付け、幼いころから魔力に慣れさせよう、という非人道的なものだったんだ」
「魔法陣を刻むってことはまさか……」
 何かに気づいたようにジェイクが言葉を挟み、トーマスはそれに頷いた。
「ああ。魔法陣を刻まれた人体は魔道具として扱うことができる。古代に居たと言われる『魔法使い』程ではないにしろ、生身で魔法が使える脅威と『他人を隷属させることができる』可能性に、計画はすぐに中止となった。いや、オレが中止に追い込んだ」
 内部の信頼関係すらズタズタであった維持軍では、技術者が叛乱しない可能性はどこにもない。組織の腐敗をついたトーマスは、確かに計画を止めたはずなのだ。
「だが、計画の危険性を気付かずに援助した連中が居たんだろう。あの日、『黄金期の複製品』を三機も使った兵器実験を行った連中が居たらしい。それも、過激派の中に」
 ただでさえ高出力の『黄金期の複製品』に、不完全な状態の『妖精の寵児』を乗せたのだ。結果は火を見るよりも明らかだったが、最も悪い方向へ転ぶ。
「で、過剰出力に耐え切れなくなった挙句にGGが暴走したと?」
「ま、オレの推測でしかないし、それでも不思議な点はいくつかあるんだがな」
「そうか、ありがとうな……」
 真相を知ったジェイクの胸中は、怒るでもなく、絶望するでもなく。妙に静かなものであった。求めていた答えを言うなら、『人の醜さが起こした結果』とでも言うべきなのかもしれないが、不思議と理不尽への怒りはなかった。

 それから随分と間があって、トーマスとその仲間たちによるGGの換装作業を、ジェイクは静かに見つめていた。よく見ると、オリオン――ジェイクの下宿先の主である建築士の男もそのなかに交じっているではないか。
「これ、ジェイクさんが乗るんですってね」
 キリが良いところまで来たのか、オリオンが革水筒片手に寄って来た。
「ああ。あんたらにはさんざ世話になってるからねぃ。命ぐらいは守らせてもらうさ。しっかし、僕なんぞのGGにかずらってばかりで、他の連中のGGは準備できるのかい?」
「まぁ、物騒な時代ですからね……。トーマスさんの指示で、『盗掘屋』用とは別に戦闘用のGGは数をそろえてあるんですよ」
 先ほど話した時の必死な表情が胸中をよぎる。確かに、出来ることは何でもやっておくタイプであろう。そしてまた、目的が人道に沿うなら、手段は選ばない男でもある。
「へぇー。狸でやんの」
「したたか、と言ってあげてくださいよ」
 笑いながら応じたオリオンは水を一飲み。
「こういう聞き方をするのも何なんですけどね、勝率はどれくらいだと思います?」
「負けた時に何も残んねぇような戦いのときは、勝率なんて考えるべきじゃないと思うぜぃ。勝てなきゃ、何もかもお終いなんだぃ。ただ、できることをやるだけさぁ」
「……なるほど」
 静かに返答したジェイクに、オリオンもまた静かに返す。
「今晩は、秘蔵のワインでも開けるとします。帰ったら、一杯付き合ってくださいよ」
 言うと、彼は再び仕事に戻っていった。

 いよいよ決戦当日。まだ日も昇らない時刻に、改装された二機のGGを前にして、トーマスはニカッと笑った。
「さて、お二人さん。準備は良いな?」
「良くなくたって、やらなきゃなんねぇってんだろぃ?」
 ジョークで返すジェイクの機体は、彼がこの街に来た時のゴブリンを補修したうえで、要所要所に増加装甲と補給を必要としない程の銃器の追加を施した重装仕様だった。
「アタシたちが出なきゃ、町が無くなっちまうってんだからね……」
 他方、少し思いつめたような低い音を発しながらも、いつも通りの口調を取り繕ったライカの『スルト』は関節などを防弾布で覆い、手甲脚甲などを装備している。
「二人ともサービスでパーソナルマークを付けといたぞ」
 ゴブリンには『銃を構えた一つ目の蜘蛛』、スルトには『両手を広げて威嚇するカマキリ』の紋章が刻まれていた。
その意図は、祈り。一種のお守りである。
「ジェイクのGG、カメラ自体はヘルム・ギア用のカメラに変えたが、外面装甲はデフォルトの三点式(トロ)カメラのままだからな」
「またこのマークを背負うのは複雑な気分だが、とりあえず感謝しとくぜぃ」
 ちなみに革命軍時代のジェイクのマークは『弓を引く三つ目の蜘蛛』。かつての意匠を組んだデザインに、ジェイクは苦笑しつつ礼を言う。
「しかしおっちゃん、アタシみたいな女の子に虫のマークはないんじゃねぇの?」
「文句があるんなら、戦が終わってからいくらでも描き直してあげるよ」
 負けるなどとは毛ほども思っていないその言葉に、ライカとジェイクに気合が入る。
「大した取り決めもない戦争だ。日が昇ってからなら、どちらが攻撃を仕掛けたとしても道理は曲がらない。作戦の細かいところは各々に渡した要綱を見てもらうとして――」
 説明の最中、ふと気になったことがあってライカが手を挙げた。
「そっちにあるの、こないだアタシらが鹵獲した量産型トルク・ギアだよな?」
 スネンヴァル達、この間捕まえた盗賊団の連中にもやむを得ず出撃してもらうことになってはいるが、そこまで強力なGGを渡していいのかという疑問が彼女にはあった。
「ああ、それはオレが乗る」
「え?」
「あんたの腕じゃあ、前線に出たってぇ……」
 驚く二人に、違う違うと首を振ってトーマスは事情を説明する。
「こいつはな、センサー周りと通信機器を強化した特殊仕様で、オレが前線で指示をするために用意したもんだ。制御が重くて、他の旧型じゃ都合が合わなかったんだよ」
 そう弁明されて、ようやく二人が納得する。
「さて、もう夜明けだ。出撃だ、お前さん達」
 言葉とともに天幕が開かれ、そこから朝日が差し込んで来た。

「うへー。こりゃ、壮観だね」
 フガフガと、朝食代わりのサンドイッチを食みながらライカが声を上げる。
 大群ゆえの進行速度の遅さを見越したトーマスは、遺跡後などを利用した数か所の待ち伏せポイントからのゲリラ攻撃と、最終防衛線付近での包囲攻撃を作戦としていた。
「ないものねだりをするなよ。お前さんにはとっておきのモン預けたろう?」
とトーマスの声が聞こえてきた。前線指揮用に改装したというだけあって、通常のGG用無線の通信距離からはるかに遠いはずなのに、鮮明に声が聞こえる。
「とっておきってぇ言うのは、この背中のデカブツかぃ?」
 ゴブリンが爪弾いたのは背部にマウントされた長大な銃。トーマスが回収していたトルク・ギア用の高射程三段加速式炸裂弾砲、実弾スナイパーライフル”ヤクルス”であった。
「対後衛狙撃、ねぇ……。面倒な仕事やらせるでやんの」
 対人戦の何倍もの戦闘距離を持つGG戦闘での狙撃は、狙撃手の安全と狙撃の精度を保障しつつ任務を行おうとすると、敵前線〜中衛までしか弾が届かないのが常である。そのため、主に目標とするのは前線指揮官や補給部隊などとなるわけだ。
 しかし、今回トーマスが依頼したのは『対後衛狙撃』。奇襲一発目に少数精鋭の狙撃部隊が敵後衛を削り、ライカなどが援護しつつすぐ撤退する予定である。
「お前さん以外にも狙撃班は用意しては居るが、一番槍で敵後衛を削るんなら信頼できる人材に頼みたい」
 と、そこで隣が妙に静かなのに気付いて、ジェイクは水を向ける。
「おい嬢ちゃん、どうしたぃ? さっきから黙りこくって……」
「い、いやね。今更ながらに緊張してきちまった……、なんちゃって……」
 数を見て怯んだのではない。死ぬ気も、負ける気もない。
 だけれどもし、本当の本当に命の危機が迫ったら。その時の自分はいとも容易く敵兵を殺してしまうんじゃないか、そんな不安が彼女にはあった。
 間もあかず、トーマスが索敵報告を入れた。
「距離が四十キロを割った。十分以内に射程に入る」
 ライカは緊張故に黙り、ジェイクもまた集中するために黙っている中で、トーマスの秒読みだけが静かに届く。
「距離、三十八、三十六、三十四……」
 ゴブリンに左足で膝立ちをさせ、右足は適当に安定のいい瓦礫の上に投げ出す。
 右足にスナイパーライフルを乗せ、左手とつま先で銃身を安定させた。
 トーマスの観測した敵の移動速度・方向から大体の狙撃位置を決めて静かに深呼吸。
「二十四、二十二、二十……」
 じっと手を見る、指先は別に震えていない。胸元に手を当ててみる、鼓動は別に高鳴らない。スクリーンに薄ぼんやり映った己の顔も、青ざめるわけでもなくいつも通り。
「十四……、十二、射程到達! ジェイク、行けるな?」
(もちろん、僕ぁ全然、問題ないさ)
 ただ少し震えていた心を、操縦桿に押し付けて抑えるようにして。
「嬢ちゃん、音デカいから気を付けなぁッ!」
 言葉が届くより早く、引き金を引いた。気付かれてすらいない以上、外す訳がない。
 視界の中、スコープのど真ん中でGGの頭部が爆ぜる。だが同時に、爆ぜた弾はコクピットまで及んで、敵兵を殺めた。結果を見て、ジェイクは脳裏に血飛沫を幻視する。
 ジェイクの知っているよりはるかに高火力だったのだ。当然トーマスは警告してない。
「嘘、だろ……」
「すまないね、ジェイク。向こうが、狙撃銃や機体の予備を用意してない保証はない。悪いが、今回は『殺さない』なんて甘えはナシだ。殺さなくちゃあ、殺される」
「……おっちゃん!? なんてことを! ジェイクさんの事情はアンタだって……ッ!」
「嬢ちゃん、黙っとれ! ……戦争だってのを、忘れてた僕がいけねぇのよ」
 トーマスの説明にすぐさま事情を察し、激したライカ。それを、ジェイクが制する。
 
 自分は別に『臆病』ではないのは既に分かっていた。
 人を殺してはいけないと知りながらも、命を懸けて誰かと戦いたくて。死んで行った仲間を悼むべきと分かっているのに、己の闘争心が止められなくて。
 だから、『臆病』なんて蓋をかけて己の醜い本性から――闘争心とズキズキ痛む良心から目をそらし続けていただけなのだ。

 覚悟を決めかねるようなジェイクに、トーマスが無粋な口を挟む。
「二射目、頼めるか?」
 ジェイクは視界の端で、すぐさま二機目のスナイパーを探す。
 別にもう、殺すことに怯える理由はなかった。
「ああ、やるさ」
「んな!? ジェイクさん!」
 ライカの悲鳴は聞き流す。大楯部隊に紛れるようにして、スナイパーを発見。
(居た。こっちの位置特定は……、まだ間に合ってないみたいだな)
今度は最初から、コクピットを狙う。光が撥ねって、視界の中心で爆炎が躍る。マズルフラッシュと、血飛沫の幻影にチラつく視界で息を吐いた。
「敵スナイパー、二機とも沈黙」
「敵斥候部隊が本体から分離したのを確認。二個小隊だ。そろそろ中距離戦レンジに入るな。ジェイク。次がラストだ、敵指揮官も対拠点砲も大楯部隊が遮っているか」
 流石に位置がばれている。もう二分以内には通常火器の間合いに入るだろう。
「最後一発ぁ、敵前衛を狙いますかね」
 モネ――『隊長さん』の機体を探してみるが、よく考えればライカがコクピットを切り裂いてしまったので乗り換えているだろう。適当な前衛兵の脚部を一発。
「おうおう、見事に事故ってるでやんの」
 ぎりぎりコクピットに届かない爆炎を上げてGGがすっころび、後続が足止めされた。
 ここまでは、トーマスの作戦通り。これから、ジェイクを狙って分離した威力策敵部隊を狩りつつ、二つ先のポイントまで離脱する。
「さぁて、あんたら。出番だよ!」
「ええ、私たちの町ですからね。何としてでも、守りますとも」
 意気込んで答えた壮年の『盗掘屋』を筆頭に、ワイワイと声を上げる面々の中。
「ジェイクさん……、今、人を殺したんだよね……!?」
「ああ、殺したぞ」
 問答は短い。さも当たり前の、何でもない事のようにジェイクは応える。
「あんなに、殺したくないって、『臆病だから』って……、言ってたのにかよ!? いくら事故的にだって、おっちゃんにだって騙されて! それでも、どうしてそんなに平然としていられるんだよ!」
「じゃあ、黙って死ぬかぃ? 今、こうしてる間にも敵部隊がこっちに向かってる」
 言いながらも、ヤクルスをバックパックに固定しなおす。
 その脇から、事の張本人であるトーマスが言葉を挟んだ。
「いい加減、諦めたらどうだ。ライカちゃん。……以前に言ったことが有ったろ、盗賊も盗掘も同じだって。どっちも『生きるため』にGGに乗って、生きるために戦ってる。だけど、兵士ってのはタチが悪い。『誰かの意思を通す』ためにそこに居て、そのために立ちふさがる敵を徹底的に叩き潰して、殺すために戦ってる」
 言われた言葉に、まるで納得がいかずライカは乱暴に額の汗を拭った。戦ってもいないのに汗をかいていた理由すら、考えぬまま。トーマスの言葉は続く。
「この間オレは、生きるために戦え、と言ったな。あれは嘘じゃない。だけども、もし相手が『死んででも敵を殺す』ためにこちらに向かってくる時は、その時だけは殺さなくちゃならない。……相手を殺さなくちゃ、オレ達が、ライカちゃんが死ぬことになる」
 それは人として、生物として当たり前の道理。あまりに本能的で、故にライカが忌避するもの。今まで自分が深く悩んできたことを、一辺たりとも理解せずに叱られている気がして、ライカは強く反発する。
「アタシはそれでも、殺したくない。その道理をねじ伏せるために、強くなったんだ!」だが余裕がないことは彼女も承知していた。
「それでも、誰かを守るためなら、戦える! でも、戦うからって、殺す必要は……」
 ない、とは言えなかった。さっきの狙撃後、敵のスナイパーが機体を乗り変えて、或いはライフルを持ち替えてこちらを狙撃してきたら。死んでいたのは、自分かも知れない。
 すぐそこまで迫った敵に、スルトはマシンガンを構え直し、ゆっくり立ち上がった。ライカは瞳に危うげな光をたたえ、緊張故か、うまく言葉を発せぬままGGを前進させる。
「だけど……ッ、でも、アタシは戦うよ。……戦わなきゃあ、誰かが死ぬんだろ!」
 言うと、彼女らが隠れている遺跡の目前まで迫った敵先鋒に向かって突撃していく。
「チィ、初めての戦場ってわけでもないのに、逸りやがってぇ!」
 己の行動が彼女を焦らせたことを知りつつ、飛び出した彼女とそうさせてしまった己に舌打ちして、ジェイクも後を追う。
「トーマス、俺たちの可愛い娘っ子を虐めすぎるんじゃないぞ!」
 かつて同じ道を通ったことも有り、口を出せずに居た盗掘屋達もジェイクを追い越して前に出る。基地遺構の低い土塀を盾にして、不慣れな領軍相手にゲリラ戦を仕掛けた。
「このッ、数が多い!」
 ナタと機関銃の組み合わせで前線を張るライカだが、動きが鈍い。致命傷はないが、流れ弾が関節を覆う防弾布に当たって煤を着けた。
 いざとなったら、そんな時には人を殺すのか、そうしていいのか。そう言った思考が重荷となって彼女の動きを乱雑なものに変えている。
「ぬんゥ! 避けんじゃねェ!」
 大振り、粗雑。直情的な動きを見せるライカの弾を、敵前衛の『アシュヌ・ギア』が避ける。それを含め三機ほどの撃ち漏らしを後方からジェイクが狙っていく。
「兄さん方、右翼の二機ひきつけてもらえるかぃ!?」
「おうさ!」
「はい!」
 オーガ型に乗った壮年の盗掘屋が盾をひしゃげさせつつも懐に迫り、アーチ・ギアに乗ったもう一機がビーム・ライフルで敵の胴体を撃ち抜いて爆発させた。
「なんなんだよクソがぁあ!」
 ジェイクの中距離狙撃ですぐ隣の仲間を落とされた敵機がパニックを起こし、サーベルを抜いて最寄りのオーガ型に迫る。
「こちらも生きるためッ、なんですよ!」
 それをひしゃげた盾で弾くと、至近距離からバズーカをコクピットに撃ち込んで、しっかりととどめを刺す。敵後衛から、ビーム・ランチャーが放たれ、オーガが爆ぜた。
「アルフォンス!」
 仲間が死んで動揺した別のGGが足を止めたところに二射目が当たり、こちらも命中。
「くそが! 動ける奴が居るじゃねぇの!」
 慌てて、榴弾砲を一発撃つ。咄嗟だったせいか頭部より下に当たり、敵機が爆ぜる。
「ああ、この。殺させんじぇねぇよ……」
 さっきはああ言ったものの、やはり人殺しには強い忌避感のあるジェイク。殺したことを自認するために吐き捨てると、スラスタのギアをバックに入れる。
 マズルフラッシュ、爆発、死。あまりに簡潔に、見知った顔がいなくなったことにショックを受けたライカが、わなわなと声を漏らした。
「今、二人も死んだのかよ……」
「ああ、死んだよ。戦場だからな」
 自身も少し震えながら、ジェイクは短く吐き捨ててからトーマスに報告する。
「敵先鋒は落としたぜぃ。これより撤退すらぁ……」
「おう、確認した。……お疲れさま」
「おい嬢ちゃん、このままここに居ちゃあ、じき、迫撃砲が降って来るぞ!」
 愕然として立ち尽くすライカに警告して、己は踵を返す。
 死と向き合わないなりにも戦ってきた経験が、ライカにジェイクの後を追わせた。

「はあ……。アタシはどうすりゃいいのさ、全く……」
 移動を開始してしばらく、ライカはトーマスに無理を言って一人だけ次の待ち伏せ地点に合流した。激昂はすぐに落ち着いたが、様々な感情で心が鬱屈としている。
予定ではもう一つ先のポイントへ移動し、足止めと並行する形で狙撃するジェイクを護衛するはずだったが、今は一人になりたかった。
「皆も励ましてくれたけどさ……」
人殺しの経験のないライカへと慰めの言葉をかけてくれた彼らであったが、彼ら顔馴染みも容赦なく敵兵を殺して、或いは死んで行った。
「おいおいどうしたぁ。元気がないじゃねぇかチクショウ!」
 唐突な声に反応して、ライカは声を上げる。心なしか、演技臭くなってしまった。
「あれ? 兄さんはここに配されてたんだっけねぇ!?」
「ああ、俺様たちはアンチクショウ――トーマスさんにここを任されてんのよ」
 彼の言葉で、父親のように思っていたトーマスですら指揮官として冷徹に戦っていることを思い出して、ライカは嫌な気分になる。ここの部隊はジェイクの狙撃のための、囮。
「まあ、要するに俺様たちは捨て駒上等の疑似餌ってわけだよ、コンチクショウ!」
 トーマスの冷徹さを、生きるために必要と理解しつつも、とても恐ろしく思った。
 ライカを気にもせず、スネンヴァルはケタケタと、ふざけた風に笑う。
「盗賊なんてドチクショウな商売よりよほど安定した街に住めるようになったんだ、守らねぇ道理がないだろう? ま、ギリギリのギリギリまで来たら、逃げるけどな」
 彼の打算においては元の盗賊に戻るよりも、この街で犯罪者とくさされながらも安定した生活をする方が良かった。それは決死の囮であっても、死なない限りは、変わらない。
「盗賊を続けようが続けまいが、とやかく言われるのは仕方ない、俺様がやった事なんだからな。ただ、この『空白地帯』を一通り見て、手前らの街見て――それでも誰かから奪うだけの生活に戻ろうなんて気は、チクショウな俺様にだって起りやしない」
 誰かから奪うだけ、その言葉が妙に反芻してライカは静かに呟く。
 この紛争が始まるまで、戦うということが奪うということと同義だと彼女は理解していなかった。彼女にとっての戦いはある程度対等な相手との競争であって、そこに命の奪い合いや非戦闘員の存在なんてハナから存在しなかった。
 だけど、ジェイクが人を殺して、味方も死んで。相変わらず己の命への危機感はまるでないのに、それでも他人が死ぬのがどうしようもなく怖くなった。
 その時。まるでライカの情緒なんて気にせずに無線機のランプが点灯する。
「定時連絡。さっきの奇襲から警戒してるのか、向こうさんは正規兵の一部を偵察部隊として前面に押し出して、後ろから残りがゆっくり進んで来てる。さっきと同じだ」
 トーマスからの索敵報告。先ほどの件への言及はない。譲れない固い意志だ。
「……距離は?」
 ややぶっきらぼうにライカは尋ねる。
「ライカちゃんとこからだと、先遣隊が残り三十分で交戦距離、本隊がその三十分後だ」
 ライカとともにいる元盗賊部隊が、かっきり十二機。
 ジェイク含めた狙撃部隊とその護衛で、七機。
 そして最終防衛ライン――町のすぐそばのとある要塞跡に居る味方が全部で二十機。
 数え上げた上で、自信が索敵した結果と見比べ、トーマスは指示を出した。
「とりあえずここまでは予想の範疇だな……。ライカちゃん、スネンヴァル。第二ポイントのお前さん達は、今から二十五分後に敵偵察部隊に仕掛けろ」
「ルートはどうすんだよ?」
「本隊の座標を送る。敵本隊の前衛に傭兵どもが居るからな、向こうの索敵は通常の領軍より上と思った方がいい。出来るだけ見つからないよう、少し遠回りに近付いてくれ」
 トーマスの指示を聞いて、狙撃部隊に傭兵たちを潰させる魂胆なのだとライカは悟る。
「んで、分かってると思うけどジェイクと狙撃部隊は傭兵連中を狙ってくれ。向こうのスナイパーは削ったとはいえ、接近戦になった時の奴らは厄介だからな」
「んだってぇなら、時間指定は……。嬢ちゃんが仕掛けた後、更に五分後くらいか?」
「いいや、ほぼ同時に頼みたい」
 ライカ達を囮として最大活用するつもりでジェイクは言ったが、トーマスは否を返した。経験豊富な相手を警戒したためである。
「一発目の時点で、こちらにスナイパーが居る事はばれているからな。先に襲撃を仕掛けて傭兵連中や敵の領主に考える時間を与えるより、向こうを混乱させる方がいいだろう」

「そろそろ並のGGでも視認できる距離に入るね、気を付けようか!」
 先ほどの会議から約十分。敵先鋒隊に仕掛ける前に、ライカ達は武器の確認を行っていた。格闘を前提として、大型拳銃・軽機関銃以外の銃器を持たないライカはともかく、スネンヴァル達は使い捨てを前提として、不揃いながらもそこそこの重装備であった。
「へいへい。……お頭、仕切られっぱなしでいいのか?」
「どんなチクショウだって、強い奴には従うのが荒野のルールだろ、コンチクショウ」
 元盗賊の一人がスネンヴァルに問えば、彼は幾分静かな声でそう返した。盗賊として、奇襲戦法はお手の物のはずだったが、戦いの規模もあって彼も少し緊張していた。
「いいか、俺様たちがまず発煙筒で敵に位置を知らせる。本隊の傭兵連中はともかく、偵察部隊のトーシローのチクショウどもは、それだけでこっちに注意を向けるはずだ。その後も俺様たちは射撃戦を続けるが……、手前は突っ込むってんだな?」
「ああ、アタシはそっちのがやりやすい」
 少なくとも、格闘レンジなら彼女は殺さずに無力化させることができる。
「シェッダ、ミージ、ムージ、アルク。手前ら着いてって、チクショウの援護してやれ」
「え〜。私前線嫌なんだけど〜」
「頼りにされて、少し嬉しい。……頑張ろうね、ムージ」
「うん、そうだね。私も頑張らなきゃ、お姉ちゃん」
「まぁ、僕らはどっちかと言えば射撃向きじゃないからね……」
 明るい声でノリの軽そうな少女、少し控えめで静かな少女、似た声調子でも少し明るいその妹、やや高い声で幼くも取れる少年の四人が返事をした。
「そっちの二人は姉妹なのか? ……ああ、この間オーガ乗ってた二人か! そっちの二人はアルクとシェッダっていうんだね、四人ともよろしく!」
 ライカが交戦した覚えのある二人と、ジェイクに伸された二人である。自分と同年代くらいの声であるのを聞いて、彼女らが盗賊にならざるを得なかった理由を苦々しく思うと同時に、自分が守らねばという気持ちが強く湧いてくる。声にも、気が張った。
「えと、ライカちゃん、だったよね? その、よろしくね」
 静かながらも明るく挨拶をしたムージを筆頭に、他四人とも挨拶を交わす。
「ムージの姉の、ミージ。足手まといには、ならない」
「本当の私たちのリーダーはスネンヴァルだけど〜、まぁ指示には従うよ〜」
「僕はアルク。あんま強くはないんだけど、よろしくね」
 先の丸い実体刃の蛮刀と光線剣の二刀流であるミージ・ムージのオーガを筆頭に、廃材で作ったらしい不格好なメイスを持つシェッダのゴブリンと、大楯と多数のビーム・ナイフを装備したアルクのアシュヌ・ギア。
「アタシも人の事言えないけど、なかなか格闘偏重だね……」
 手榴弾や自衛用のサブマシンガンなどはそれぞれ持っているが、それだけ。
「コンチクショウどもは、これでも俺様の部下なんだから。死なせたら容赦ねぇぞ!」
 スネンヴァルが啖呵を切って、シェッダがヒューヒューと口笛を吹いた。
「ワイワイと仲を深めるのは結構だが、そろそろ予定時間だ。お前さん達」
 もう、敵が見えてきた。向こうは気付いてないようなので、あえて目立つための発煙筒をポンポンポン、と撃ち出していく。この距離なら、砲撃と発煙筒の区別はつくまい。
「さて、行きますよ、ライカちゃん!」
「ム〜ジ! 応ライカちゃんがリーダーなのよ〜」
 その時、トーマスから緊急通信。
「糞……。敵本隊、進路変更! ジェイクたちの方へ向かってる!」
 発煙筒の爆発と同時に聞こえてきたトーマスの声に、ライカはすぐさま機体を止める。
「こっちの作戦が気づかれたってぇのかぃ!?」
 ジェイクの珍しく慌てた声に、トーマスはしばし沈黙。
「ライカちゃん、スネンヴァル達はそのまま先鋒隊への奇襲を続行。ジェイクたちは狙撃装備を仕舞って、中距離戦装備で最終ポイントまで後退!」
「了ぉ解!」
 傭兵部隊が気付いているかに関係なく、真正面からの狙撃は何かと分が悪い。
 また、人数にも倍以上の差があるために、トーマスは撤退を決断した。
「ジェイクたちがある程度離脱したら、また連絡する! くれぐれも深追いはするなよ」
「あいよ!」
 声を返して、ライカは通信を切る。
「聞いての通りなら、こっちは囮、あっちも囮ってとこかアンチクショウ! まぁいい、やんぞ手前ら!」
 もう、敵偵察部隊との距離はわずか。スネンヴァルの号令と共に盗賊たちがミサイルやロケットランチャーを一斉掃射。
「突っ込むよォ!」
 その下をくぐるように、ライカのスルトとシェッダのゴブリンを先頭にして数キロ先の敵陣へと、接近する。敵先鋒四個小隊、かっきり二十四機。
「アシュヌ・ギア隊、大楯構えーッ! アポル・ギア隊、射撃用意ーッ!」
 アポル・ギアは出回ってる中では最新式の維持軍製射撃用GGである。
「へェーえ。随分と良い装備持ってるでやんの! アルクだっけ、大楯の! 一応おっちゃんとアンタらのお頭に連絡しといてくれ!」
「うん、分かった!」
 二列横並びで前衛と後衛に分かれた一斉射の構え。指揮官機らしき量産型トルク・ギアの分を除いた、全部で十一のマシンガンの射線がライカ達に集中した。
「アタシ達は、アンタ等の仲間が来るまでの時間稼ぎが目的だ。死ぬんじゃないよ!」
 言うとライカは敵陣中央、大楯を持った一機へと噛み付くように躍りかかった。
「言ってる癖に〜、自分が一番飛び込んでるじゃーん」
「お姉ちゃん、私たちも行こう!」
「うん、一杯、時間、稼ぐ!」
 シェッダが敵右翼、姉妹が敵左翼に散開して襲い掛かる。ゴブリンのメイス、オーガ二機のブレードが盾部隊に躍りかかると同時に、スネンヴァル達の一射目が先鋒隊後衛に着弾。中央近くにいたアポル・ギア数機を破壊して、敵部隊を混乱させた。
「ふゥーんッぬ!」
「この、クソッタレが!」
 敵の悲鳴を、すなわち自分の仲間が誰かを殺したということに少し胸を痛めながらも、ライカはナタで盾を横合いから掻き分け、的確に前衛の首を落としていく。
「いの、にの……。こりゃあ、スネンヴァル達が来る前に片が付きそうだねぇ!」
 味方を鼓舞するように声を張り上げ、隠れていた敵をマシンガンごと切り伏せる。
「おい、お兄ぃさんや! 到着はどれくらいになりそうだね!?」
 一瞬空いて余裕に左手で通信、その間に方やのナタを仕舞って拳銃に持ち替えた。
「あと一分弱ってとこだ、ドチクショウ!」
 返事とほぼ同じタイミング、慌ててビームソードを抜いて切りかかってきた後衛の一撃を刃筋をそらしたナタで弾いて、拳銃一発。頭部から煙を出して倒れた敵を踏み台にして、シェッダに釘付けにされていたアシュヌ・ギア一機を薙ぎ払った。
「ちょっと〜、それ私の獲物だったんだけど〜!」
「早い者勝ちだよ!」
「……ッ! 高熱原体反応! ライカちゃん、気を付けろ!」
 言い返したとき、トーマスの警告。振り返って、ライカはさっき気付かなかった違和感の正体を見た。弾幕と大楯で二十二機、指揮官機が一機――でも、二十四機いたはず。最後の一機、それは敵陣最奥で両肩・腰・胸部の五点の砲口を構える機体に相違ない。
 見えた瞬間、ライカは声を張る。
「全員、離れろォッ!」
 そのGGは、装甲各所を開いて放熱板をあらわにし、五か所の方向から収束させた光線で生み出した、巨大な火球を今にも放たんとしていた。
「手前ら、今すぐ散れッ!!」
 ライカとスネンヴァルの叫びはほぼ同時。
瞬間、ライカが切り開いた敵陣中央から極太のビームが放たれ、大地を薙いだ。
中央に居た十機余りの敵機の残骸を巻き込んで、スルトの塗装が一部剥げ落ちる。
「メンキー、ジョン! 死ぬなっつたろうが、コンチクショウ!」
 幸い前線に居た面子は近かったからこそ回避できたが、後衛では何人かの死者が出たらしい。前線でも、アルクは左腕ごと大楯を持って行かれた。
「こいつはアタシが受け持つ! アルクは撤退してくれ!」
 どう見積もっても、一機では出しえぬ火力。記憶にない武骨でガタイの良いGG。一目見て、ライカは敵をスルトと同じ『黄金期の複製品』であると見抜いた。
「こんのォオ!」
 ライカが憤怒の猛り声をあげるのには理由がある。一つは、目の前の敵がまだ生きている味方パイロットを殺したこと。もう一つは、スネンヴァル達を射程距離に近付けるために味方を見殺しにしていたことだ。
 どちらもライカの流儀に反する、忌むべきことだ。己が戦うことに疑念を抱いていたことすら忘れて、拳銃を乱射しながら接近する。
「大義を前にして、多少の犠牲を気に留めるなど愚の骨頂!」
 肩と腰の砲塔・放熱板を仕舞い、大型のビーム・ソード――クレイモアを抜いて応戦する敵。そのしゃがれた声に聞き覚えがあって、ライカはコクピットの中で目を見張った。
「ヌーイ・テレーヌ!? 御大将自ら汚れ仕事とは、随分と薄汚ない領主だこったね!」
 ナタをビーム・クレイモアで受け止められ、ライカは斜め後ろに跳び退る。すぐさま追ってくる敵の内蔵バルカンが関節部の防弾布の上で跳ねた。
(あの一瞬で、関節を狙われた!? 領主ってのは、GG操縦も一流なのかよ!?)
「我輩がここにいる意味をも理解できぬド素人の乞食ごときに、我が領を侮辱する資格は無い! 戦術眼もない雑兵はさっさと墜ちろ!」
 ライカの内心の驚きと同時に距離を詰めてきたその動きはやや大振りで、半歩横に避けたライカは技量の高さと動きの乱雑さに再度疑念を抱く。
 なんというか、反射神経と機体性能はよいのに、経験がまるで足りない感じだ。
「……アンタ、まさか自分の体に魔法陣を!?」
「そうとも、我輩の身一つさえ強化すれば、より一層大義にも近づこうというもの! 故にこそ貴様ごとき雑魚は、覇道の入り口で死ねぇえ!」
 横薙ぎに振るわれるクレイモア。少し動けば避けれるはずだと踏んだライカは、しかし直前に嫌な予感がして再度バックステップで遠くに逃げる。
「小癪な! 貴様ごときが、ええい、よけるなッ!」
 果たして。ライカが跳ぶとほぼ同時に、敵は胸部の砲口から光線を放つ。すんでのところでライカは避けたが、手数の多さと件の魔方陣は経験の差を補いうるものだった。
 それと同時、敵がクレイモアを背中に収め、ガトリングガンを取り出したのを見て、ライカは戦慄した。ガトリングと、内臓砲口。放たれうる弾幕はいかほどの物か。
「チッ! 迂闊に距離を取る訳にもいかないって、とこか!」
 言葉の区切れ目で地面を踏みしめて前へ、再度振るわれたクレイモアを転がるように懐へ入り込もうとする。だが、それをトーマスが制止する。
「ライカちゃん、撤退だ! 少々不味いことになった!」
「でも、ここで大将首を落としちまえば……」
「ジェイクの方に向かった中に黄金期の複製品が確認された。敵本隊の一部は、そっちに援護に向かってる! もしここでどっちか一人でも死なれたら、正真正銘打つ手がない! 他のタイミングならまだしも、今死なれるわけにはいかないんだよ!」
「ッ!」
 ライカが衝撃を受けた点は二つ。
一つは己が冷静さを欠いて、不用意に決死の覚悟を決めようとしていたこと。
 もう一つは、トーマスが己の事を『駒』として見ているという点だった。
 作戦としての己の有用性は理解しているつもりだった。だが、親代わりと思っていたトーマスの『他のタイミングなら〜』という言はライカの心に深い爪痕を残すこととなる。
「……クソッ! 分かった、撤退する」
 ヌーイとその配下たちも、迂闊に追撃できないことは理解しているのだろう、散発的な弾幕と共にこちらを見送った。

 時は少し遡って、ライカ達が戦闘を始める前。ジェイクは、作戦会議をしていた。
「聞いての通りだ、狙撃部隊諸君。まだバレちゃあいないが、真正面から狙撃ってのはどうも良くない。第三防衛ポイントまで、撤退するぞ!」
 ライカ達ならばきっと敵の先遣隊を潰してくれるだろう。実践慣れしていないテレーヌ領の連中の事だ、放っておけずに本隊を増援に割くだろう。
「この人数で移動すれば、さすがに気付かれるからな。僕と数人――護衛班は遠回りに殿軍をしながら撤退、狙撃銃抱えたそっちの人らは、直線ルートで移動してくれ」
「は、はい!」
「無事のお帰りを祈りますよ、御大将!」
 声掛けして、三機の軽装GGが駆けていく。
「さて、あんたら二人には荒行に付き合ってもらうことになるが、覚悟はいいかぃ?」
「負けが八割り込んでた賭けなんで、それくらい今更気にしないぜ!」
「おうともッス。俺もまだまだ若いもんスからね、少しは無茶もするッスよ」
「さぁさぁさあ! 愉快な曲芸、御覧じろってぇのッ!」
 狙撃班がまだ視界の隅に居るうちに、ジェイクは”ヤクルス”を構えて、数発敵陣へ撃ち込むと、結果も見ずに横に飛び出す。弾道と垂直に、三機のGGはひた走る。
「て、敵襲ー! 敵襲ーッ!」
「んだよ、敵の狙撃部隊は領主様自らが抑えに回ってくださるって話じゃあ……!」
 混乱している敵の最前線で狙撃砲の炸裂弾とミサイルが爆ぜる。装甲が、突撃銃が、頭部パーツが撥ね散り、最前列に居た数機のヘルム・ギアが地に伏した。
「ひるまず進むッスよ、時は金なりッス!」
 町を守るという使命感で奮い立った二人、銃を構えた旧式機の数々が敵側面にバズーカやロケットランチャーを斉射して、混乱している敵機を次々潰していく。
 ドンドンドン、とゆかいなほどに軽快なリズムで、敵が倒れていった。
「そこの鈍重そうなのが、恐ろしく強い!」
「囲んで潰せ! 数ではこちらが勝っているんだ!」
 横に走るこちらと、前進する向こう。数を減らしつつも、すぐさま追いつかれる。
右に左に避けながらの精密射撃に、おのずと敵から警戒されるようになった。
「僕を狙ってくれるたぁ、都合がいい! おらおら、もっと来いやぁ!」
 たった三機の防衛線、数は命とジェイクは前に出る。だがその時。
「危ないぜ! 旅人どん!」
 鈍重な鎧があったとしてもジェイクであれば余裕で避けられたロケット弾を、仲間のケンタルス一機が身を挺して庇った。
「お前、待て!」
 ジェイクが止めるよりうんと早く、爆発によって姿勢を崩したその機体は敵からの集中砲火を浴びて頽れてしまう。コクピット周りが爆ぜ、ジェイクは三度血飛沫を幻視した。
「僕にかまってるんでねぇ、あんたらが死んだからってどうなる物でもないだろうに!」
 もう聞く相手もいない叱咤の声を漏らしてジェイクはなおも銃を撃ち続ける。
 少数ゲリラの仕組みに気付いたか、こちらに来たのは二個小隊ほど。うち半数は潰したので、五・六機しか生き残りは居ないはずだが、中々に厳しい。
「まだまだ、死ねないッスからね!」
「ああ、その調子で頼むぜぃ! クソッ、数が多い!」
 八面六臂に動き回る中で、トーマスから通達が入る。
「狙撃班の退避を確認した。だが、同時にそっちに増援が行った! 数は十!」
「こっちでも確認したッス。うち一機は高速で接近中! 他の連中は恐らく傭兵達ッス」
 迫撃砲と腕部固定式ビーム・ヘビーライフルで支援射撃をしていた味方も同じものが見えたらしい。嫌な予感にブルリと肩を震えさせながらも、ジェイクは弾の切れたバズーカを捨てて倒れた味方のマシンガンを拾い上げた。
「なんでぃ!? 機種は分かるか!?」
「恐らくは、『ディダル・BC』っていう旧維持軍の黄金期の複製品だ。ヘルム・ES――ヘルム・ギアとの競合に敗れた、かつての汎用機候補だ!」
 返事を聞いて、ジェイクは唸る。敵を手堅く削りつつ、二機で固まって戦いながらも『見慣れぬ一機』への不安は拭えない。
「僕は増援の奴らをあたる! こっちの残りは、頼めるな!?」
 たった一人の味方の返事を聞く前に、一機潰して、敵を残り二機まで減らす。かなり無茶なオーダーだが、ジェイクは彼を信じた。
「分かったッス!」
顔をそらす直前に見えた光の残滓に、横に飛びのいて前からのビームを回避。
「……ッ!」
「避けられた!? 貴族の大将が言ってた狙い目の首級ってのはアイツか!?」
 先陣を切る不明のGGと、付き従う傭兵十機。
一人は遠距離狙撃用のロングレンジライフルを手にしている。おそらく本職ではないのに予備のものを使ったのだろう、かすかなガク引きのおかげでジェイクは回避できた。
「素人が真似事をするんじゃあ、無いよぅ!」
 思わず腹が立って、ジェイクも背のヤクルス狙撃銃を抜いて撃ち返した。
「って、しまっ!?」
 二機落とすと同時に、スコープにアップで映る見慣れぬGGの影。咄嗟にスナイパー・ライフルを投げ捨てて後ろに飛び去り、同時に盾代わりに足元の鉄くずを蹴り上げる。
「……;ェッ!」
 ほとんど同時、敵機――恐らくモネと言われたあの隊長であろう機体のマシンガンを受けて身代わりにした小銃と円盾が弾け飛んだ。隙も無く、すぐさま近接専用のハンドガンと散弾銃を抜いたジェイクは構え、足首狙いの射撃を放つ。
「当ぅ然、避けられるか。だがあんた、見ない間に少しは人間っぽい発音をするようになったでぇないの!」
 避けられた先に、自衛用にフロントアーマーに取り付けられていたバルカンを斉射。これはシールドで防がれる。距離を取ったところでようやく敵の全貌が見えるようになって、ほんの刹那の間だけジェイクは敵機を観察した。
 印象で見れば、アシュヌ・ギアに近い近接専用機の機体形状。しかし、ほぼ全て部品が原型機とは全く別の物であり、事実として『格闘機』以外の要素は別の素体であろうと感じる。特に、大型化した手足と、反して小さいバックパックが目についた。
「ったぁく、相手が静かだと味気なくていけねぇや!」
 鋲付きの盾から覗く頭部を狙って拳銃を放ち、ほぼ同時に懐に飛び込んで来てビーム・カトラスを抜いた敵を牽制するようにショットガンで応戦。
避けて、撃ち。防がれて、切りかかられ。
 剣の打ち合いとはまた異なる、変則的な格闘と射撃のぶつけ合いで少しずつ相手の隙を探っていく。幸いにも、前回戦った時の教訓からそこまでの戦術を練る脳が残っていないことを理解しているジェイクは、落ち着いて戦いを続けた。
「勇んで飛び出してった癖に苦戦してるじゃないのね!」
「隊長さん、援護してやるぜ! まあ、賞金首のとどめは俺がもらうけどな」
 傭兵たちは装備にばらつきがある。最初に到着したスラスタ増強型の二機にあえて近づくようにして、ジェイクはモネの射線を遮る。
「はっはぁ、生憎と僕ぁ多対一は得意なもんでねぇ!」
射線を切られたモネは、味方を無視して銃を撃ち続けた。
「何しやがる、この女!」
 一機はモネの銃撃に落とされ、もう一機の首はジェイクの光線剣が刎ねた。
そのまま倒れる敵機を刹那の盾にして、拳銃で再び撃ちかける。
「なんだぃ、傭兵部隊なんて言うから緊張しちまったじゃねぇか……。この調子なら他の連中も行けそうだな!」
「俺が足止めするッスよ!」
 遠い後続部隊は、こちらの生き残りが迫撃砲で支援までしてくれていた。守るリスク以上の彼の働きに、ジェイクは心底感謝する。
「領主サマのお気に入りじゃあ、フレンドファイアも怖いもんなぁ!」
 カトラスを避け、バルカンで装甲をわずかに削っては盾の鋲に装甲を抉られた。
「ジェイク! 今大丈夫か!?」
 声を聴きながらも、片目に残弾数を確認。距離を取って、手元を狙うも躱される。
「大丈夫じゃなぁい!」
モネが肩口を狙って突き出してきたのを、腕をひねり上げるように回避して懐に散弾銃 を撃ち込む。相手が転がって避けたのを見て、サブマシンガンとバルカンで撃ち合い。
と、その時。沈痛な声でトーマスが言った。
「そっちに、更に増援が向かってる。お前さんを潰すことを優先するつもりらしい。予定を早めて包囲殲滅したい。ライカちゃん達はもうすぐ着くし、各防衛ポイントからも増援に向かわせるが、数十分はかなりの不利になる。何とか持たせてくれ!」
「んだってぇ!?」
 驚愕して、一瞬怯んだ所を懐に詰め寄られ、咄嗟に盾にした散弾銃が壊される。
「正直、現時点でもギリギリだってぇのに……。敵のカシラは何考えてんだぃ!」
 普通に考えれば、ジェイクやライカを放って本陣に突っ込むべき状況。そしてそうなると同時に、全ゲリラ部隊が包囲殲滅を仕掛ける予定であった。
だが、敵は予想以上のバカだったらしい。
(こいつぁ、死に時かもしれねぇなぁ……)

「ライカ、あとスネンヴァル達も、補充だぞ。受け取れ!」
 撤退しつつ、ジェイクの方へ向かう途中。数機のGGが天幕で覆われた荷台を引いてやって来る。事前にエドの分担は知っていたものの、無事な姿にライカはほっとした。
「おう、エド。ありがとうな!」
 天幕を開きながら、ライカは受け取った旨と戦況確認のためにトーマスに通信する。
「ライカちゃん……。ってことは、エドが着いたか!」
「今は補給物資の受け取り中だよ。んで、おっちゃん。戦況はどうなってる?」
「お前さん達が戦った敵の総大将は、十機ほどの敵増援部隊と合流した。アルク……だったっけ、から送られてきた画像で照合したが、例の機体の名前は『アルジー・UN』。機体の詳細は……」
「んなことよりも、だ! ジェイクさんの方はどうなってる!?」
「狙撃班は撤退できたが、陽動に出たジェイクが苦戦中だ。今はモネとかいう魔法陣を施されたテレーヌのパイロットと、傭兵部隊と交戦中らしいが……。厄介なのは野郎を確実に仕留めるために、敵の前線部隊が全隊で向かってることだ」
 さしものジェイクと言えども、連戦の疲労で押し潰されてしまいかねない、そう心配の声を漏らすトーマスであったが、意外にもライカは慌てずに返事をした。
「いや、前線部隊の方は大した問題じゃねぇだろうよ。多対一の戦闘は五人を超えれば誤射が怖くて数は問題にならないよ。弾と機体強度に関しちゃ、モネさんと戦ってる時点でどっちに転ぶかわかんない状況だからな。……助けに行かなきゃね」
 しっかりと覚悟を持ってライカが言ったのに対し、トーマスは少し辛そうに述べた。
「ライカちゃん……いや、エドもそうだがな。お前さんらにこんな事押し付けるのは本当ならしたくないが、それでもハッキリ言うぞ。生きるために、殺せ」
 トーマスが言ったのは、ライカの信条の否定。これから死地に飛び込もうという我が子への、覚悟を問う言葉であった。だがそれを聞いたライカは、平然と首を横に振った。
「いいや、殺さないねぇ。生きるために、殺さねぇ」
 それは、ジェイクが来てからというものの悩んでいたことへの答えである。なぜ戦うのか、なぜ殺さないのかと問われてかつてのライカはぐうの音も出なかった。
 その答えはほんのついさっきトーマスに声をかけられた時に気付いたのだ。いや、この数週間でいろいろな人に会って、少しずつ己の中に築いたのか。
 どういうことかと、ただ沈黙し手続きを待つトーマスにライカは言ってやる。
「ジェイクさんも、スネンヴァルも、おっちゃんだって。人を殺したことがあるって言う奴は、みんな胸の内にしこりを抱えていやがった。どんな奴も殺したことが忘れられなくて、忘れたちゃいけないって思って生きてる」
 だけれども、だからこそ。ジェイクが殺さないのにはちゃんとした意味があった。スネンヴァルが殺さないのにも理由があった。
「アタシは人殺しなんぞしたことねぇから知らないけどさ、それでも後悔する生き方だけはしたくねぇんだ。そいでもって、後悔することが目に見えてるのに殺そうなんて気は、さらさら起きないんだ!」
「んな……ッ! そんな生半可な覚悟で挑んで、殺さなかったせいで死んでしまったら!? 信念にも、後悔にも意味なんて無くなってしまうじゃないか!」
 かの壊滅戦争を生き延びたトーマスには、それはただの甘えた妄言にしか聞こえなかった。それを知っていてライカは、だからこそ甘えなどではないとしっかりと言い張る。
「いいやァ、違うね! 信念に殉じるなんて、綺麗事は言わねぇ。だけどもよ、殺すだけが自分を生かす道でも無いさね。殺した後悔で血の海に沈むくらいなら、誰も殺さずに生きていけるぐらい強くなってやる! それが、アタシだ!」
「だから、それが……ッ! いいや、オレには理解できないだけなのかもしれん。だが、お前さんがそれで良いというなら、良いのかもしれん」
 相も変わらず、言っていることは無茶苦茶であったが、大事なのは心ではない。少なくともトーマスにとって、一番大事なことは戦果であった。
 納得も理解もしなかったが、しかしこの際結果が出ればいいと思って、引き下がる。
「だとしてもよお! どうしてライカがそこまで戦わなくちゃなんないんだよ!」
 変わって激昂したのはエドである。先ほど、ポツンと何でもないかのように言って助けに行こうとしたライカに怒りと不安を浮かべて、彼は怒鳴り散らした。
「お前、そんなにボロボロになって、死にそうになってもまだ戦いに行くのかよ!」
 ライカの機体は半分は塗装が剥げ落ち、かたやのナタは刃こぼれしている状態だった。
 エドのそれは一種の庇護欲であり、幼馴染が自分の知らぬ場所へと言ってしまいそうなことへの寂寥であり、何よりもこの半日で見てきた死の数々への恐怖であった。
「それでも、行くよ。行くしかねぇだろう? 負けたら、街がどうなるかぐらい……」
 もう自分の中での答えは見つかっているのだ、ライカはただ毅然と答える。
「んなお題目はどうでもいいんだよ! ライカは俺に聞いたよな!? 『戦うのが怖くないか』って。あの時の俺は何も見えてなくて、ただ漠然とした安心感だけで『わかんないけど大丈夫』って言っちまったけどさ、でも今日一日見てよぉーくわかった!」
 それは、ライカが知らない戦争の物語。悩みと、戦にかまけて目を背けてしまっていた弱い者たちにとっての、恐怖の殺戮の話。
 今日が始まってからというもの、まるで交わらなかった幼馴染の本心の言葉。
「俺は戦いが怖い! 心底、怖い。自分が死ぬのも、誰かが死ぬのも嫌だ! そういう心底の部分、お前はどうなんだよ!」
 エドはただ実直に、己の恐怖を恥じる所なく晒け出した。弱いことを認め、ただ大事な幼馴染に死んでほしくないと強く叫んだ。
「それは……。アタシだって、いや……うん。やっぱり正直、怖くない」
 ライカは数瞬、激しく悩んだ。別に損得の問題ではなく、ただただ怖いという感情が無かったからだ。それこそ、エドが言うのと同じ『何も知らないからこその安心感』なのかもしれない。でも同時に何かを失うのが、奪うのが怖いという感情もまた胸中にあった。
 それを確かなものにするため、数瞬頷いて。
「アタシは、それでも怖くねぇ。ただ、目指すべきものが果てしなく遠いだけなんだからさ。『誰も殺さず、誰も死なず』なんて今まで気軽に言っちゃいたけど、今日ここに立って、それがどれだけ難しいことなのかはよく理解したよ。だけど、諦める理由にはならないんだ、どうしても。だから、アタシはまだ戦う」
 はっきりと、そう言った。
「そっか……。ライカは強いな、俺なんかよりも、ずっと、ずっと……」
 エドはその時、幼馴染が遠くに行く恐怖よりも、何か偉大なものに向かっていくことへの誇らしさみたいなものを感じた。
「いい話風にまとめてるところ悪いが、時間がないんだ。エド、お前さんに頼んだ仕事はきっちりやってもらうぞ」
 自分の中での収まりがついたらしいトーマスが仕切るように言うと、エドはゴブリンを操作して背負った包み状の天幕を慎重に地面に下ろし、えっちらおっちら広げていく。
「機体状況の確認をしてくれ。制御基板のうちでも、汎用品で交換可能な部分のパーツを運んでもらった。換装指示はトーマスさんがやるらしい。少しでも機体を復旧させるぞ」
 声と共に、エド以外の二機からも見知った顔が下りてきて、天幕の上のパーツをを確認し始めた。ライカもまた、サブスクリーンを開いて機体の動作チェック。案の定というべきか、あちこちが危機表示(レッドサイン)。
「時間はないが、無駄死にはさせられないからな!」
 トーマスの声と共に、戦場での機体整備が始まった。

 カンカンカンカンカン!
「こぉんのッ!」
 ガトリングの銃弾を跳ね返した追加装甲は、落ち窪んでボロボロだ。
「そらそらそらぁ! 流石に弱っていると見えるなぁ!」
「この際賞金は山分けでも構いやしねえ! 全員で囲んでコイツをのしちまえ!」
 傭兵達も四機は落とした。つい先ほど加わった正規兵だって数知れず。
「それでも、こんだけ居るってんだから……、僕の頭も下がるぜぃ本当によぉ……」
「ヌーイ様の野望のためにぃーッ!」
 斬馬刀をもって突っ込んできたアシュヌ・ギアをいなして頭部に拳銃一発。
「もう、こいつ一丁でしまいかぁ……」
 蹴り上げて拾った武器で戦うのも効果はあったが、それでもなお敵は減らずにかかって来る。もはや残っているのは拳銃一丁と、鎧と、あとは虎の子のワイヤーガンだけ。
「ィ……ッ!」
 カトラス、スパイクシールド、カトラスの三連撃を引いて、飛んで、弾いて防御した。
「今だ! やっちまえ!」
「副隊長の仇イッーーーーー!」
 好機と見たか、私刑のように四方八方から射撃、砲撃、斬撃が加えられる。だが。
「このくらいで落とされるなら、『三つ目の蜘蛛』なんて呼ばれてねぇのよ、なぁ!」
 自分を奮起させる雄たけびと共に、ジェイクはサブコンソールを操作した。
「三番から十二番、アーマー・パージッ!」
 瞬時、爆発するように飛び散った追加装甲に近かった敵は吹き飛ばされ、遠くの敵は目隠しされた。ゴブリンは上にとんだパーツにワイヤーを引っ掛けて空高く飛び上がる。
「なんだぁ!?」
 弾け飛ぶ鎧、もうもうと沸き立つ煙から飛び立った一機のGG、交差させた両出から覗く真紅の単眼。敵の悲鳴をBGMにジェイクのゴブリンはまだ戦場を生きていた。
「空だと! どういう理屈で飛んでいやがらぁ!?」
 まだ、GGの兵器特性を理解できていないせいだろう、パージに巻き込まれて怯んだ敵と対空のなっていない甘ちゃんを上からハンドガンで攻撃。
「上から撃てば、全員ヘッドショットで景気が良いねぇ……っとと!」
「ァ……ォッ!」
 五機ばかり落としたところでモネからの対空迎撃を浴び、腕部に少し被弾して拳銃を取り落とした。急いで地表の敵機にアンカーを飛ばして急速着陸する。
「すぐさま追ってくるたぁ! 犬か何かかいよっと!」
 重りを括り付けた敵機をカトラスを防ぐ盾にして、奪ったマシンガンを扇状に撃つ。
「一番、二番パージぃ!」
 近付き切ったモネの斬撃を最後に残った胸部追加装甲で受けると同時に分離。
「ふぁ、『三つ目の蜘蛛』(ファイブロスト)ぉーッ!?」
「おやおやぁ、誰だか知らんが覚えててくれてうれしい限りだぜぃ!」
 追加装甲の下に丁寧につけてあったマークに驚いた声を聴いて、ジェイクはほんの少し顔をほころばせ……その頭部をマシンガンの銃床で打ち潰す。
「鎧が無くなっちまってぇ……。こりゃあ、本当に死んじまうかも知れねぇな」
「……ォォ!」
 後ろからの駆動音に慌てて振り返り、モネを迎撃すべく奪った機関銃を……。
「ジャムった!? しっかりしろよ、領軍の整備兵!」
 一歩後退して、体勢を下に。さらに一歩横に移動して、足のセンサーが捉えた違和感を蹴り上げる。視認、シールドだ。
「しめたもんだ! ……ってぇ、嘘だろう、おいぃ!?」
 すぐさま防御に回そうと左腕を動かそうとして、動かないことに気づく。いや、左腕だけじゃない、右肩や腰関節もだ。それどころか、無線すらもうノイズ音しか発さない。
 故障ではなく、本来トルク・ギア用であった追加パーツを旧式のゴブリンで運用した付けが来たのだろう。いや、むしろここまでこれたことが奇跡だとすら、ジェイクには思えた。ほぼ全ての関節にガタが来て、動くのは右腕のみ。だが、おかげで救われることも。
「おっととぉ!」
 ほんの一瞬、脚部関節が過負荷に折れて、横薙ぎの曲刀を躱す。
だが、それでも、もう本当それだけだった。これで、打ち止めだった。
こちらがもう動けないと悟ったのだろう。振り切った姿勢のままゆっくりと上に振りかざして、モネはとどめを刺そうとしている。
そういえば、さっきから敵の支援射撃が無いなと思って割れたスクリーンで周囲を見れば、立っている敵機は二十を割っていた。その大半は片腕か両腕を失っている。
「そうか、そうだよなぁ……。僕ぁ、よくやったよなぁ……」
 それでも抗おうと、かろうじて動く右手に周囲を探らせる。すぐさま何かに触れ、幸運と思ってカメラに映す。そこに居たのは半刻前までの己の得物。
「スナイパー……、ライフル。おいおい、神様これで何をしろってぇ……」
 ほぼ同時に、風切る音で曲刀が真っ直ぐに振り下ろされた。壊れたカメラでもよく見える。後コンマ数秒でビーム・カトラスが頭部パーツごとコクピットを焼き切るだろう。
何か、ジョークを言っていてはいけない厳粛さを感じて、ジェイクは口を閉じた。あれだけ多く殺し、そして殺しを見てきた自分なのだ。最後くらい死に実直に向き合おう。
そう思って、目を閉じる寸前。
無線機越しではない、人のナマの大声が彼の耳に届いた。
「悪いねぇ、ジェイクさん! もう少し働いてもらうよ!」
 声の主、ライカはとどめを刺す瞬間に油断しきっていたモネにナタを袈裟に振り下ろし、それをシールドで受け止めたモネは数歩後退した。
「おいおい、これ以上働いたら過労で死んじまうぜぃ、僕ぁもう……」
「へっへぇ、アタシも死神の鎌くぐって来たんだ。もう一、二回は死ねそうだよ!」
 軽口の応酬を返すライカのスルトは、どこもかしこもボロボロ。何とか首だけ動かしたジェイクが見たその姿は青の塗装が半分以上禿げて地金のグレーが目立つ姿であった。
 連戦でほぼすべての武装を破損した彼女の今の装備は、穴ぼこのガントレットと、取り替えたナタ二挺に、あとはアサルトライフルが一丁だけ。
「そんな装備で何しに来たってんだぃ? それにあちこち傷だらけになってぇ……」
「何しに来たってんなら、本日一番の大取物をしに来たんだが……。ほとんど動けない所まで追い込まれてるジェイクさんには言われたか無いよ」
 啖呵を切ると、ライカはナタとアサルトライフルを構えて、隙を伺っていたモネへと挑んでいく。まだ残っていた敵機の方を見れば、盗賊部隊が残党狩りに向かっていた。
「大分、頼もしい盗賊どもだこってぇ……」
 ジェイクと二人がかりでも敵わなかったモネ、それが新機体に乗っているとあればライカの勝ち目はかなり低いはずだったが、今日のライカはやる気が違った。
「もう、覚悟は決まったよ! アタシは、アンタを倒す!」
 迎撃に軽く払われたカトラスを、ナタでそらして銃を連射。盾に十分な衝撃が伝わった瞬間にライフルのストックを引っ掛けるようにして、盾を引き剥がす。
「アタシはもっぺん、アンタと他愛もない話をするって決めてるんだッ、よ!」
 ナタとビーム・カトラスで一合、二合。間にタタタ、タタと銃声が断続的に響いた。
「……ェア!」
 業を煮やしたか、盾を押し込むようにしてスパイクで攻撃してきたのを、待ってましたとライカは潜り、懐から左腕を払う。ライカの戦意も、集中力も、まるで衰えない。
「これで、どうだよ!」
 突撃して、相手が回避した瞬間に転身。ライカがディダル・BCのバックパックに踵を落とす。その時。
「……ゥハァッ! エホ、エホ……。私は……?」
「モネさん!? 正気に戻ったのかい? アンタは操られて……」
 驚いて振り向いたライカに、しかしモネは剣を向けた。
「事情は、概ね思い出したわ。……いや、薄ぼんやりと記憶はあったから、『覚えてる』というのが正しいかも知れない」
 ヌーイ・テレーヌに『空白地帯』を手中に収める野望を聞かされたこと、返事をする間もなく『君はきっと逆らうだろうから』と怪しい術陣を施されたこと、そうしてここまで戦い続けたこと。
「全部、全部思い出したわ」
「なら、なんで……? アタシには到底、アンタが進んでこんな作戦に従う人間には思えないよ! どうしてまだ剣を取るのさ!?」
 ライカの糾弾に、モネはコクピットの中でそっと目を閉じた。そこにある感傷は諦め。
「確かに、領主様の計画は私にとって好ましいものではなかったわ。でも、だったとしても私は従う。兵士っていうのはね、そういうものなの。誰かのために戦って、その誰かに従うの。どうしたいかではないわ、どうあるべきか、なのよ!」
 言い切って、カトラスで切りかかる。ナタで受けるライカ、声高に叫ぶ。
「そんなの、人間がすることじゃない! 自分で考え、自分で行動するのがあるべき姿だろう! 違うのかよ!?」
 一合、二合。噛み合わぬ意見のように、刃がぶつかって、離れていく。
「だというのなら、私を倒して証明なさいな! 私はみんなを守るために兵士になって、兵士であるために色んなものを切り捨ててきた。敵も、自分も!」
 三合、四合。離れた一瞬、両者の銃が火を噴いて、避けるのも見ずに再び鍔迫り合い。
「アタシはそんな不条理、信じないね! 攻めなくたって守ることはできる。切り捨てなくても前に進むことはできる。それをしなかったのは、アンタの勝手だろ!」
 友人と呼ぶほどまで仲を深めた二人は、違うからこそ惹かれ合い、違うからこそぶつかり合った。
「そんな子供の理屈で! 生きる事の厳しさも、殺すことの正しさも知らない癖に!」
「知りたくもないね! 殺さなくちゃあ、生きていけないなんて道理、有るもんかよ!」
 想いを剣に乗せ、激情で銃弾を飛ばし、荒野を駆ける二人の女戦士は命を削り合う。
「戦士としても! 兵士としても! 一度抜いた剣を納めるわけにはいかないし、それに、ただ戦争を見ているだけしかできなかったあの領の人たちの気持ちだって……ッ!」
 交差する銃火、平行線を描く剣戟。されど、徐々に終わりが近付く。
「迂闊よ! ライカ!」
 先に激したライカが振り上げた機関銃、モネのカトラスが、それを横に払う。
「それはアンタも同じだろうに!」
 ライカもまた、モネのサブマシンガンを落とそうとして、しかし瞬の差でモネがすでに手放していたせいで、勢いが僅か空回る。
「まだまだね! 読み合いができないようじゃ、まだまだ二流よ!」
 コンマ数秒の有利を取って盾を構え直すモネ。すかさず攻勢に出る。
 ライカもガントレットを使って応戦するが、二丁目のナタを抜く余裕がなく何とか凌ぐ状況。切り、防がれ、空振り、避けられ。
 素人が見れば一方的な優勢にも、あえなくあしらわれているかに見えるそれ。
「今、このタイミングなら!」
 少し距離を取り、ライカがナタを抜こうとした。がら空きの胴体に、モネが滑り込む。
「脇が、甘いわよ!」
 友人と呼んだ少女を殺すことへのためらいは、どこにも無い。ただ戦士らしく、相手を着実に倒そうとしたからこそ。
「いいや。甘いのはアンタだよ!」
 咄嗟に防御に回したかのように無手のまま突き出されたスルトの左腕。カトラスに貫かれて、そのままコクピットになだれ込むはずの鉄塊に赤い光が宿る。
「『炎の剣』!」
 瞬間、逆手持ちになるように現れたショートソードが、カトラスを打ち払った。
「これで、最後だよ!」
 次いで、突撃姿勢で剣を構えていたディダル・BCの頭部に、逆手に握られた炎の剣が突き刺される。
カトラスが届く直前、コンマ数秒を生きたライカはモネを殺さず、機体を壊した。
「ああ、これで、私も、終わりかしら……」
 モネの声が掠れたのは、死んだのでも気絶したのでもなく、ただ無線機能がやられただけだ。そのことにライカは安堵のため息を一つ。
「フィー、終わった……。残党の方は、スネンヴァル達がやってくれたか……」
 と、ライカがボヤキながら残敵討滅に動き出そうとしたとき。
「ジェイク、接敵! 二時の方向!」
 トーマスの声に二人が振り向けば、十機も居ないGGを引き連れた今回の騒動の大本の男。ヌーイ・テレーヌとそのGGが姿を見せる。
「まだだ、まだ我輩の野望は終わってはおらんぞぉーーッ! クハハハハハ、こちらも大分やられたが、貴様らも随分と損耗しているようだなぁ!」
 まるで勝ったかのような雄叫びを上げながら、砲撃を構えるヌーイ。
「敵機、装甲各所展開! 放熱板と砲塔露出! 高熱源反応! さっきのが来るぞ、逃げろ、ライカちゃん!」
 響くトーマスの悲鳴。
「自分の命を考えろよ! 嬢ちゃん!」
 ジェイクもこちらを心配してくれている。
 でもそんな中、ライカが考えていたのはモネやジェイクの命がどうとか、そんなことではなく、己の事であった。
 今死ねば。これから先見るだろう誰かの死を見なくても済むかもしれない。今死ななければ、アタシは自分が生き残るために誰かを殺すんじゃないだろうか。
 ああ、そうだ。信念を貫くためにも自分は今死んでしまった方が良いのかもしれない。
 トーマスやエド、モネに啖呵を切っておきながら今更勝手が過ぎるかもしれないけど、しかし芯が折れそうなことはいくつもあった。今もまた、そうである。
「アハ、アハハハハハ」
(なんて話、嘘。嘘。おかしいよな、ちょっと疲れて思いついた冗談だよ)
 そんな風に自重してみても、なぜか不思議とアクセルペダルがビクともしない。
 動かない機体の中で、走馬灯のように彼女の時間だけが加速する。
(ああ、アタシ。死にたいのかな)
 そんなことはない、違う。
(でも、死んじゃえば誰かの死をみとる必要も、誰かを殺す必要もないんだよ?)
 そんな訳があるか、違う。
(けど、優しかった皆が当たり前のように人を殺して――それを良しとしたんだよ?)
 それでも目を背けていい理由なんてない。
(モネさんやジェイクさんやおっちゃんや……母ちゃんが死ぬかもしれないんだよ?)
 それでも自分が逃げていい理由なんてない。
(アタシが、誰かを殺して。仲間が死んで。そのどちらもなんとも思わなくなるかもしれないんだよ?)
 それだけは、嫌だ。
(でも、それでも。アタシは絶対に、逃げない!)
 ライカは強く、とても強く。生きたいと願った。敵を倒すためでもなく、誰かを守るためでもなく。ただ己のエゴとして、信念を貫くためにまだ未来へと進むのだ。
 死に逃げることは、絶対に許されない。だから、まずは状況を打開する。
(考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えろ……考えろ!)
 生まれてから十五年、『盗掘屋』のGG乗りとして鍛えてきたGGの技術を、経験を。
 ジェイクが来てからの数週間で聞き、習った魔法の技術やかつての戦争における話を。
 一秒を数百倍に引き伸ばすまでに至ったライカの神経は事細かに思い返し、思考する。
「おいライカちゃん、逃げろ! 逃げろよ! あの時確かに、生きるって言っただろ!」
 トーマスの声はまだ遠い。ただ、その心配気な声に少し心救われた。
「僕を庇って死のうなんざ、百年早い! いいからさっさと逃げろぃ、嬢ちゃん!」
 ジェイクの声は的外れだ。でも、その信頼の想いには答えたくなる。
「……ライカ! 逃げるのよ! 未来のある貴女がここで死んだって……ッ!」
 コクピットを開けたモネの掠れた声は、しかしだからこそ守らねばと思わせた。
 走馬灯の中で、光弾がゆっくりと、しかし着実に迫る。
「ッ!」
 覗く強い光に、一瞬の眩しさから本能でクロスアームブロックを思い描く。されど、駆け巡るのは己の記憶の海。どこかにあるだろう解決策を求めて……。
「ンぁ……あッ!?」
 常人より早い己の反射神経のお陰で、ふと気付いた。
 運よく追憶がかつてのジェイクの言葉まで追い付いた。
「そうだ……。まだ、やれる!」
どうすれば突破できるか、ようやく手に入れた一本の鍵で全ての問題をこじ開ける。
「チマチマと動きやがる小娘が、死んでしまえこの場所で! フハハハ、勝ったぞ!」
 言葉に、ライカは軽く微笑む。
だってまだ、諦めていないのだ。まだ死ぬと決まってないのだ。
(勝利宣言をするには、ちょいとばかり早いぜ、テレーヌの領主さんよ)
 ライカが裡に呟いた時既にナタは抜かれ、彼女は構え終わっていた。
 クロスアームブロックをそのまま上に挙げただけの姿勢。腰は少し横にそらす。
 あとは、タイミングが肝心。
 
 もう百メートルとない位置に迫った光弾を睨みながら、百分の一秒以下の世界でジッと目を凝らした。
 一つ。

 二つ。

三…いまァッ!」
 
 瞬間、ライカは両手のナタを振り下ろす。クロスアームから自然体に戻るように、潰れたX字に薙ぎ払う形で素早く、振り下ろす。
「それがビームなら、剣だろうが銃弾だろうが、斬れない道理などぉッ! 無ぇッ!」
 振り払われた二挺のナタは狙い違わずにビーム・キャノンの弾に当たり、その交差を持って挟み込み、そして捻じり切る!
「『刀狩り』ィッ!!」
 裂帛の気合とともに放たれたのはジェイクの十八番。
 かつて、彼は『ビームとは熱湯の詰まったガラス瓶の様なものだ』と言った。
 今、最大加速のタイミングでアルジー・UNの光弾が捻じり切られ、ヒビの入ったガラス瓶は瞬く間に砕け散る。

 パリン。

 なんて音がしたかは定かではないが。
 その時、確かにビームが砕け散り、ライカの命は救われた。
「クッソ、熱(あち)ぃい! しかも飛んでんじゃねェかコレェェえええ!」
 ビームを切ったと言っても拡散させただけ、エネルギーが全方位に分散した物の、量そのものは莫大であった。
 ナタを振り下ろした姿勢のスルトはそのまま拡散したエネルギーに押されるまま遠く後ろへと飛ばされていく。満身創痍なれど、コクピットにまで害はなく。荒野のあちこちに身をぶつけながらも、地面を転がり、二十キロほどでやがて止まった。
「おい、ライカちゃん! ライカちゃん!?」
 無線機の向こうからのトーマスの声がなんだか遠い。ライカは咄嗟に、かつて習った訓練を思い出しての体を確認する。出血はなく、頭なども異様に腫れてはいない。
「ん? ……ゥあ、あァ?」
 だけど、なんだかうまく声が出ない。
「フッハ、フハハ、フハハハハハ! 防いだといっても、たかが一発! 次の一撃で、貴様らは死ぬ!」
 哄笑するヌーイの姿が、遠くに見える。ナタは二本とも折れてしまった。
次はもう間に合わない。もう、腕の一本だって動かせる気がしない。そんな時。
「うるせぇよ」
 ジェイクの静かな呟きと同時、一筋の光に貫かれたアルジー・UNの頭部が弾け飛んだ。ライカが振り返れば、ワイヤーで釣って固定した狙撃銃を覗き込むゴブリンの姿。
「さっすがぁ……、ジェイクさん、かぁっちょいい……」
 最後に一瞬、頭部を動かすために操縦桿をつかんだまま、ライカは静かに目を閉じた。
「疲れた、なァ……」
「お疲れちゃん。しばらくは、ゆっくり休みなぃ……」
 気絶したライカを労うジェイク。脇の無線からテレーヌ領降伏の旨が流れ去る。

 その後の話をしよう。と言っても大したことは起こらなかった、いや起こさせてもらえなかった。
 まず今回の紛争の発端であるテレーヌ領は、引退した元領主と領軍の一部が暴走したと強く主張、戦乱の火花を残したくない革命軍・責任追及に遭いたくない維持軍のトップがそれを認めたことにより、なし崩し的に誰も文句を言えなくなってしまった。
 一方の『D85番地』は、GGの安全装置がちゃんと作動したおかげもあって十人近くに被害を抑え込めたものの、個人が起こした事件として扱われたためにまともな賠償金は得られず、そのほとんどはGGの修理代と町人たちの手当金に飛んでしまっていた。
「まぁ、向こうさんのGGを結構接収できた以上、損をしたわけでもないが……。だが、何人も死んだことを考えれば満足な結果でもない。って所だ」
 革命軍側の代表であるエリーチカとの交渉を終えたトーマスは、真っ先に最大の功労者であるライカとジェイクに報告していた。
「なぁるほどねぇ……」
「なんつっても、アタシもジェイクさんもそこまで良くは分からねぇんだけど……」
 それぞれに、うろな返事をする二人。政治的なことに理解のない二人である。特にライカは、こういう時何と言っていいのかわからない。
「まぁ、とりあえず平和になったってんなら、メデタシメデタシって話なんだが」
 言うだけ言うとジェイクはトーマスの事務所を去り、ライカもまた去っていく。
「しっかし、街に被害はなかったとはいえ、みんな呑気なもんだよね……」
 ライカが見渡す大通りには沢山の人が歩いて、それぞれの生活を営んでいた。何も変わらず、いつも通りに。
「まぁ、良いじゃないの。大事なことだぜぃ、リラックスするのは」
 返すジェイクも、どこか気の抜けた表情。ああ、平和が戻ってきたのだと改めてライカは噛みしめた。
「そういえば、モネさんはまだジェイクさんのところに居るんだっけ?」
「ああ、僕っつーかオリオンのところだけどな……」
 主犯格として拘束されたヌーイと違い操られていただけのモネは、しかし事情を解さない人間に罰されるといけないので、事件後すぐにトーマスが解呪して街で匿っていた。
「例の魔術陣の後遺症で、未だに喋ったりすんのには不自由があるみてぇだけんども、大分元気にやってるよ」
「そうか……。本調子に戻ったら、シミュレータで勝負でも挑んでみようかな!」
 それから他愛もない会話をして、二人はそれぞれ帰路に着く。
大野知人 dEgiDFDIOI

2021年04月12日(月)06時04分 公開
■この作品の著作権は大野知人さんにあります。無断転載は禁止です。

■作者からのメッセージ
『小説の批評依頼!』の方にも上げた、ロボットアクションの作品です。辛口批評、大歓迎。
あらすじ
 バックストーリー。三千年の栄華を誇った統一王朝『パルム帝国』は、その長い歴史でため込まれた膿を爆発させ、古代に封印されたゴーレム兵器『GG』を持ち出して、『維持軍』と『革命軍』に分かれて大戦争を起こした。
 物語の舞台はその十年後、壊滅寸前に至った両軍の、そのどちらにも属さない緩衝地帯にある一つの難民キャンプ・『D85』である。D85はかつての大戦の英雄のしがらみや、戦時中に中立領として力を蓄えていた近隣の『テレーヌ領』の野望などに巻き込まれ、波乱の中心に投げ出されることとなる。

 前編:D85で戦中の遺物を売って生活する『盗掘屋』の少女ライカは、ある日盗賊に襲われていた旅人・ジェイクを助ける。やがてジェイクが腕利きであることを知るとライカは腕試しに模擬戦を挑むも、惨敗しそのうえで『なんのために戦うのか考えたことがあるか?』という問いかけをぶつけられ、ライカは『己は軽々しい気持ちで戦っていたのかもしれない』と思い悩むこととなる。
 テレーヌ領に不法侵入しかけたライカ、お人好しの領軍隊長に助けられる。街になじみ始めたジェイクと町のまとめ役・トーマス。内心互いに疑わしく思っていた二人であったが、そんな折、革命軍の将の一人・エリーチカが『軍に戻れ』とジェイクを訪ねてくる。話を聞くうちに、ジェイクに共感を覚えたトーマスは彼を庇い、ジェイクからも一定の信頼を得るようになる。
 非番のモネとたまたま出会ったライカは,少し話してやがて打ち解けた。
 ある日、正体不明のGG『スルト』を拾ったライカ。それを見たジェイクとトーマスから、戦争の裏側の話を聞く。スルトの慣らしに意気揚々と出かけるライカに、『路銀稼ぎのため』とついてきたジェイクは、彼女にかつて戦争で経験したこと・自分の胸の裡を語りだす。帰り道に盗賊に襲われた二人は、それを撃退する。

後編:ライカとモネは、時折会って話す程度の関係になっていた。ライカが話すジェイクに興味を持ったモネ、一度会いたいと言い出し、約束を取り付ける。
 少々大規模な運び込みを行う日に『暇だから』と押しかけて来たエリーチカ。色々見られたくないトーマスに相手を押し付けられたジェイクとライカは、彼女の相手をする羽目になる。日が暮れて、一杯奢ると言ったトーマスから、ジェイクは彼の想い・過去について知らされることとなる。
 ジェイクをモネに合わせる約束の日。二人が様子見に行くと、領軍が雇った傭兵達と訳もわからぬまま戦闘になってしまう。無言のまま襲い掛かってきたモネに殺されかけるが、あわやというタイミングで現れた領主『ヌーイ』によって一時停戦となるが、同時に彼からの宣戦布告を受けることとなる。
 明後日に迫った開戦に、身近な人間の死や己の覚悟を感じて恐怖するライカ。反面、一定の信頼を寄せるようになったもののまだトーマスが隠していることがあると感じたジェイクは彼を問い詰め、逆にトーマスの自分が知らなかった戦争の別側面を知ることとなる。それぞれが悩みを抱える中、決戦の朝が明ける。
 各所に分かれながらも奮戦するライカとジェイク。指揮官に徹するトーマス。だが、一領主と難民キャンプでは規模が違いすぎて、徐々に劣勢に追い込まれていく。トーマスに説教を受け、また命を落としていく仲間の姿に戦意喪失したライカであったが、かつて捕虜とした盗賊との共闘や、モネとの闘いの中で『己が戦う理由』を見つける。その姿に突き動かされるように状況を持ち直したトーマスとジェイクのおかげもあって、何とか勝利をつかんだD85。様々な戦後処理をさておいて、ひとまずの平和を取り戻したライカは食堂へと繰り出した。


この作品の感想をお寄せください。

2021年05月01日(土)17時01分 大野知人 dEgiDFDIOI 作者レス
十二田さん、ご意見ありがとうございます。
設定の説明不足と、悪役への罰が足りない感じ。意識してみますね。

わざわざありがとうございました。

pass
2021年05月01日(土)16時11分 十二田 明日  0点
大野知人様、コメントが遅くなり申し訳ございません。
『ゴーレム乗りは荒野を駆ける』最後まで拝読させていただきました。
いち読者として、気になった点をいくつか書かせていただこうと思います。


まず、物語の展開について。
中盤以降お話が動いて面白くなってくるのですが、それまでが長い気がします。
思うにこの作品は主人公であるライカだけでなく、脇を固めるジェイクやトーマスにも焦点を当てた、群像劇的な造りになっている。
それ故に、状況・設定の説明に分量を割いてしまい、お話の展開が遅くなっているのだと思われます。
これが個人的には非常にもったいないと思いますね。
正直、登場人物が出そろい、主人公専用機が出てくるまで、お話がほとんど動いてない。
大きな事件が起こることなく、予感だけさせて日常が過ぎている――そんな感じです。


後は、最後の戦闘シーン。
ラスボスに相当するヌーイ・テレーヌが、モネを操って戦わせるくらい、外道というかヘイトの高いキャラクターとして描かれていたので、彼を全力でぶっ飛ばして欲しかったというのが正直なところです。
それがビームを弾いただけで終わってしまったので、何というか
(え? これで終わり?)
という呆気なさを感じました。


十二田から言えることはこのくらいですかね。
一意見として少しでも大野知人様に資することがあれば幸いです。

それでは。
50

pass
2021年04月14日(水)00時20分 サイド  +30点
続きです。


トーマスについて。

重要キャラであるはずなのに、何か印象に残っていないというか、裏方の苦労人という感じです。
彼にも会いたい人(ジル)がいて……みたいなところだったと思うんですが、生きてるってだけ情報が出て来て終わってしまったので、「うーん?」ってなりました。
情報量が多かったので、伏線を読み落としていたのかもですが、彼に関して、どういう結末を迎えたのかは尻すぼみな印象。
多分、歴史に関して一番知っている人物であると思いますが、それを語らせたら、すごく長くなる上に、ただの解説になるので、省いたんだろうなあとも思います。
とはいえ、世界観の説明役は必要なワケで、ここは難しいところですが、いっそ、「聞いたら答えてくれる技術者。でも話しかけなくても、それはそれでも話はなりたつ」みたいな第三者に近くてもよかったかもです。
ちょっとライカとジェイクと距離が近すぎたのかも。


エリーチカについて。

個人的に一番好きなキャラです。
立場があっても、自由に生きてる感じがあって、いい意味でヤンチャしながら生きてんなって。
出番が少ないのが寂しい所ですが、彼女って、外交担当というか、マンガなどでよくいるお金持ちポジになれそうなので、今後ライカが無茶したら、外交で「にっこり」黙らせて無茶させたりしたら、夢があると思います。
ライカ(下町のお嬢)、エリーチカ(城の姫)みたいな。
スラム(城下町)とかで並んで、ジャンクフード(団子)食べてたら、個人的に超幸せ。
ちなみに、「茶飲み話をしに来た!」のノリで、御作では闇落ちとか、精神崩壊とかないんだなって改めて、安心しました。(笑


世界観、設定について。

膨大なものがあったんだろうと思います。
GGに関しては具体的な描写がなく、なんかでかいのが動いてるらしい、みたいなイメージを抱くていどだったんですが、小難しくコネるより、こういう描写の方が個人的には好きです。
『革命軍』と『維持軍』、『壊滅戦争』、『記録水晶』、『黄金期の複製品』、『妖精の寵児』、『人魔道具計画』、果ては『存在X』。
色んな設定、歴史があり、それなりにさらっと解説もしてありますが、物語のパーツとして機能していたかと言われると、量が多かった、活かし切られていないという感じですね。
個人的に気になったのは、オチ(ライカの結論)と直接繋がっていない用語が多いこと。
この辺りは作者様の裁量に依るところなので、読者がどうこう言えませんが、「一つの物語」を理解する上で、必要の無い設定、歴史、用語はできるだけ削った方がいいかもと思います。
いえ、読んだ限り、相当最適化して、オチだけを求める現代のニーズに寄せて、コンパクトにまとめられた労作であることは、すぐに分かるんですが、それでも読みながら、「この用語、どこまで覚えておけばいいんだろう?」って辛いものはありました。


文体、視点について。

読みやすかったですし、視点のブレなども気になりませんでした。
「人の生死」を扱うのなら、心理描写をもっと増やしてと言う方もいらっしゃると思いますが、これは「荒野」の物語なので、それは野暮かなって、思います。
あ、でも一つ気になる誤字がありました。
途中、
>それ(・・)
っていうのがありましたので、これはびっくりでした。
何かの伏線かと思って何度か読み返したんですが、予測変換ミスでしょうか?(笑

以上、いろいろ言ってしまいましたが、「荒野、自由、アウトロー」という雰囲気が心地よい作品でした。
文体、表現、構成なども完成度が非常に高く、仕事終わりだったのに、一気読みできました。(笑
執筆、お疲れ様でした!

53

pass
2021年04月14日(水)00時18分 サイド 
こんにちは、サイドです。
作品、読ませていただきました。
たくさんの設定や伏線があった作品でしたが、主にキャラクターの心の変化について感じたことを書いていきたいと思います。


まず、ヒロインこと、ライカ。
切符がいいというか、気風がいいというか、さっぱりとして愛嬌のあるヒロインですね。
逞しさもあり、GGの操縦技術と言うより、座った根性で生きている様な感じがします。
最初の基地で鉄くずを集まるシーンで、どういうキャラクターなのかが掴めたのが、よかったと思います。
闇落ちしたり、メンタル崩壊したりするタイプでも、世界観でもないと分かったのが安心材料としてありました。

口調もサバサバとしていて、ヘンなこだわり、執着がなく、ないならないで何とかしていくタイプかなーと最後まで読みました。
恵まれた生い立ちではなくても、他者に対して隔てがなく、接しやすい、ザ・荒野の娘。
和の世界なら風来坊とかやってそうなタイプで、仮にいい立場に生まれたとしても、外へ向かって飛び出していくというか、そんな感じでしょうか。
フツーに城下町とかを歩いていそうな姫様みたいなのもいけそうな。

で、そんな彼女の物語は、「夢」。
強い相手と戦いたいという夢が、どういうものなのか。
結論としては、「誰も殺さず、誰も死なず」の難しさを知っても、それを諦めないというものだったと思います。
攻防どちらも行けると思うんですが、意識は「守」に向いたのかなって感じですね。
とはいえ、攻撃も好きなタイプだろうから、生死の関わらないアウトローフィールドだったら、望むままに大暴れして欲しいところ。

その象徴的なシーンとして、
>「いや折角、仕事を探してる所だしね。ジェイクさんには荷物持ちでもやってもらって……」
という、仕事の取り分優先で会話をしたところがありました。
ここが彼女の仕事や生き方に対する気風を表していると思うので、白でも黒でもないグレーなラインをケラケラ笑って、いなして生きる姿が観たかったなーという気持ちは大きいです。
そういう意味では物事を「生死」ではなく、「相手の器量」で推し量っていく生き方が似合うのかも。

どうしてそう感じたかというと、御作の物語の構造は「魔王がいるぞ! 殺せ!」ではなく、「次の街(ダンジョン)へ行ける様になったぞ! ついでに魔導書も拾った、ワクワク!」みたいなオープンワールドゲーム寄りに思えたからでして。
新しい人と出会った、できることが増えた、素材が増えた、クエストをこなそう! という雰囲気が強かったように感じます。
もちろん、御作において重要なテーマは「戦争」、「生死」だとも思うんですが、アウトロー故の自由、荒野を目指す憧れみたいなのを前面に出しても、彼女の魅力は出たのかなと思います。
彼女って、仲間思いだし、口調は荒いけど敬意がないワケでもないし、腕もあるので、ルパン〇世やカウボーイ〇バップの世界でハチャメチャやって生きててもいいかなー、なんて。(こら

そういう立ち位置ゆえか、深く悩み過ぎず、上記の答えにたどりついたワケですが、そこまでの塩梅は難しいところですね。
「戦争」、「生死」をテーマに据えてしまうと、重くなり、一般受けしなくなる。
刺さる人にだけ刺さればいいというスタンスもあると思いますが、キャラクターや世界観の説明が非常に丁寧であるために、「100人よんだら90人ブックマークを目指して」いるのか、「玄人に受け入れらればいい」のかどちらを目指しているのかの判断が難しい。
ライカ本人が、割と万人に受け入れられる快活な少女像を持っているので、「90人」ができるような、でも作風は「玄人志向」のような……うーん。
どの読者層を目指しているのかは作者様が知る所ですが、ライカを主人公に据えるなら、「90人」の方を目指し、ライトでポップな感じに仕上げてもよかったかと。
でも、個人的に御作は、「ライカ」の物語というより、「ジェイク」の物語という感じがするんですよね……うーん。

とはいえ、構成として序盤でジェイクに負けたこと、そこで教わった技が、最終的な明暗を決するというのは王道ですね。
最初の敗戦の時、「あ、これ最後に回収される伏線かな」と思っていたので、にやーってしながら読んでました。(笑
あ、あと、個人的には、モネとの絡みがもっと欲しかったです。
相性良いですよね、あの二人。


次にジェイクについて。

上記しましたが、個人的には御作は彼の物語だったと感じています。
ジェイクはライカの先を歩く賢者と不殺の役割を持っており、トーマスと共に彼女の導き手という印象です。
なんですが、現在進行形で「大暴走」の真相を追っていたりもして、完全に黒子役に徹しているという感じでもありませんでしたね。
戦闘に置いて、派手さはライカに譲るとしても何か美味しいところは彼が全部持って行った感じがします。
その辺は、「不殺」という少年ヒーローの信念を、大人の彼が持ってしまっていたからかなと思います。
「結局、ジェイクは人を殺すの?」という方向へ意識が向いてしまい(ライカは人を殺すの? ではなく)、そういう意味でライカの目的を食ってしまった感はあって、そこは悩みどころですね。
賢者ポジに立たせておきたいなら、最後まで「不殺」を貫くほうがよかった感じでしょうか。

まあ、「危機」を理由にそれを守れなかった(ああいう事情があったにせよ)から、その役割を受け継いだのがライカとも言えますが、構造としてちょっと複雑です。
展開として、ご都合主義を掲げても、「どんなに苦しくても最後まで殺さなかった大人」の背中を見て、ライカも成長する……という構造の方が読者としてはスッキリするかもですね。

気になった点と言えば、彼は「逃げるね」と即答していたのに、中盤で普通に戦ったところでしょうか。
あれは殺しをやるぞ、という意味ではなく、「必要なら甘さも容赦も捨てても勝てる」というのを示したかったと思うんですが、やはり唐突で「え?」ってなりました。
読み進めれば、殺そうとしていたワケではないと分かるんですが、ひっかかりはありました。

で、最後のトーマスの警告なしの射撃ですが、これは、「うーん」ってなりました。
「戦争」だから、「危機」だから仕方ないという部分はあったんだと思いますが、ずっと守っていたものがここで崩されたのに、彼は割とすぐに状況を飲み込んでしまい、困惑しました。
激しくおう吐するとか、らしくもなく激高するとか、そういう態度が出れば、「ああ、ショックだったんだなって」読者は思えるんですが、すぐに状況に対応してしまったために、感情移入しにくくなってしまったような。

というのも、個人的に中盤の「食堂のおばちゃん」の話がすごく刺さっていて、リアルでもある突然転校して行った同級生とか、何も言わずに退社して行った先輩、後輩の姿を思い出し、ぐっと来ていたんです。
そういう直接じゃないけど刺さる喪失体験って、あるよねって。
それが転機の一つと思っていたので、ああいう形であっさり壊れると、「え? 彼にとって大事なエピソードだったんじゃ? 読者にとっても大事だったのに」ってなっちゃうんですよね。
物語の形として、その「不殺」の役割を継ぐのはライカなので、そうするしかなかったかもですが、それならそれで、ライカとジェイクのダブル主人公みたいな物語にした方がよかった感じがします。


一旦、句切ります。
59

pass
合計 2人 30点


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