僕らの異世界冒険記 後編・〜黒き悪夢に撃砕を〜 |
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《1》 破壊神として暴走したアイルが封印されたあの後、僕は廃鉱を転げ回るように泳ぎ去った。 否、逃げたのだ。 「ハ、ハッ、ハァッ、ぅ、ウアーーッ!!」 気違いじみた叫び声を上げながら水をかき分け、関節が慟哭するほどの勢いでもがき続ける。 「ア、ぎル、ア、ル、アイルあァ!!」 何度、同じ過ちを繰り返せばまともになれるのか。 足掻き続けることが、急に虚しくなって湖水を押しのけるのを止めた。 「はァ…っ、はァ…っ、……糞(クス)ッ!!」 思い出した。 僕は勉強が出来ないのをクラスや学校の環境のせいにして、先輩と喧嘩に明け暮れる自堕落な毎日を送っていたんだった。 家でもそうだ。 食器の片づけや、掃除洗濯、身だしなみに至るまで全部親に任せっぱなしで、自分だけのんべんだらりと暇をつぶしていたんだ。 「結局、結局僕は何でここまでクズなんだ……、ぐ、ぶ!!」 ダメだ、このままではまたいつものように脳髄にゴミ情報が流れ込んでいく。 吐き気を催し、とっさに口元を抑えるが、胃からどんどん熱いものが込み上がる。 「ぶびっ、ご、ボエェェェェロロロロオロッ」 周囲の湖水が急激に黄色い汚物に染まっていく。 五臓六腑がぐちゃぐちゃに引っ掻き回されたみたいだ。 これだから、僕は変われない。思考が行き詰ってパニックを起こすといつもこうだ。 なら、息詰まらないような考え方を持てばいいと他人様は悪気無く僕を笑う。 「ぐ、ぅ、……じゃあ、僕にどうしろってんだよ……」 「あなたはその身勝手な振る舞いを止めればいいのよ」 反射的に振り返ると背後にセレナが漂っていた。 維持神であるセレナの御言葉には、何故か重い説得力があった。 「あんた、この期に及んでよくそんなセリフがはけますね……? 自分の役目を果たすためだけに僕を誑(たぶら)かして、ご自身が何をやらかしたのか本当に分かっているんですか……?」 憔悴しきった上、吐しゃ物で汚れたみっともない面をセレナに向けた。 「はっ、利己的な行いを優先して……、他人を顧みないあなたに言われたくはないわよッッ!!」 神の言葉にさえ噛みつく僕に、セレナは咆哮する。 余りの大声によって僕に水圧がかかり、10センチほど吹き飛ばされた。 「……わたくしはわたくしの役目を果たしたし、他にああするしかなかっただけよ。 じゃあ。 あなたはどうなのかしら? あなたは自分の想い人の為に、一体何をしてあげたというの?」 「……僕は」 自分はアイルのためにしたことを精一杯思い出そうとした。 答えられる事と言えば一つだけ。 「たった独りぼっちだった彼女に、……出来るだけ寄り添って、思い出を作ってあげたよ」 アイルへの切実な想いが一瞬だけセレナの心に突き刺さった。 「……ええ、そうね。 貴方が側にいるだけであの子は幸せそうだったもの。それはそれで間違いないわね」 僕はほっと息を吐いた。やっと理解してくれたと判断したのだ。 「それなら、僕の気持ちが――――――――」 「けどね、あなたは一つ勘違いをしているよ?わかる?」 真綿で首を締め上げられるような緊張が維持神から急速に辺りに拡散した。 徐々に息が詰まっていく。 「ど、ういう……?」 憤怒の息を吐き出し、こちらを睥睨するセレナは疲れの色を隠そうともしない。 「カザマツリ・レイヤ。あなたはアイルの苦しむ姿を『自分が』見たくないという理由『だけ』で自分の本性を隠し、彼女に優しい嘘を吐いた。 その罪は重く、犯した行いは残酷よ。 あなたこそ、自分のしたことが分かっているの?」 なぜ、そこまで僕の事を知っているのか。 もしや、また例の読心術で考えていることを読み取ったというのか。 「半分当たっているけれど、半分は外れ。 確かに私は読心術が使えるけれど、ほとんどの人の情報は『世界書』に書かれているのよ」 「……僕の過去も、最初から最後まで全部知っているんですか?本当に鼻持ちならないな」 維持神はハンッと鼻で一笑に付し、軽蔑を籠めた眼差しを僕の横っ面に向けた。 まるでまともに目を合わせれば、気違いが移りかねないとでも言わんばかりの態度だ。 「あら、お気に召さないの?上等よ。 それにそんなこと当たり前じゃない。 ……その年でここまで薄汚れた半生を送ってきた奴を見たのは、『六族連合』の連中以来よ。 地上に堕ちなさい!この人ったらしが!!」 「テンメェに言われなくても最初から自分の事は嫌いだってんだよ!余計なお世話だ、この糞アマァッ!!」 僕は堪えがたい罵倒に感情のアギトを開き、セレナの真っ赤なアカデミックドレスの襟元に組み付いた。 神をも恐れぬ蛮行に目を剥き、セレナは僕を両手で思いっきり弾き飛ばした。 始まった喧嘩は、仁義も礼節も戦略もない、糞ミソの掃き溜めに突き落とされたような泥仕合だった。 「あたしはァッ!!アナタが、きらい、キライ、大っ嫌い!!アナタを絶対に殺してやるッッ!!」 「オレだってェッ!!自分が、ウザイ、キモイ、汚ラワシイッ!!殺セ殺セ、今すぐオレを殺セェッ!!そしてお前も殺してやるッ!!」 「「ブッコロォス!!」」 頬骨を弾き飛ばし、髪の毛を毟り合い、首を締め上げ、顔を引っ掻き回しては組み付き合った。 本来同じ種族ならば、性差の影響により力では男が勝るのだが、相手がエルフなだけあって物凄い運動神経だ。 不意に男性であることに付け込まれ、股間を鷲掴みにされた。放っておけば睾丸が潰れかねないほどの凄まじい腕力である。 「ぎ、が、ァァッァァ……クソガァッ!」 負けじと押さえつけて馬乗りになり、こちらも相手が女性であることをいいことに胸を乱暴に引き絞った。 鼓膜が破れかねないほどの叫号を上げる維持神の有り様には、もはや神聖と形容できる要素など一欠片も無かった。 「【わたくしの身体は何者にも冒せない、故に維持される】ッッ!!」 「ぶ、べラっ!?」 セレナが維持神の権能で因果律を書き換えることによって、無理矢理『自身の身体はこの場において誰にも傷つけられない』と言うルールを世界に植え付けた。彼女の体を傷つけることを《世界から拒絶された》かのように僕の体は10メートル近く吹き飛ばされた。 「『ウォ・ラハ・ザッダライン・ラハ―――――――」 体勢を立て直したセレナの諸手から、雷魔法最上位呪文『ザッダライン』によって凡百には扱うことも難しいほどの、高い電力を秘めた稲妻が溜まり行く。 まずい。あの邪神、自分にダメージが届かないことと水中であることを利用して、感電自爆するつもりだ。 全身の筋肉が軽い痙攣を起こす中、相手は本気で殺しに来るつもりだと判断した僕は、電撃を可及的速やかに防御するため高速で呪文を紡ぐ。 「『ウォ・ラハ・デルド・ジャイネ――――――」 採掘後、放置されたままの絶縁体鉱石が僕の磁力魔法によって次々と浮遊していく。 鉱石と紫電が今まさに衝突する―――――――――。 「やめろッッ!!」 その直前にオレガノとシンイチが、僕と維持神の間に割って入り制止した。 「――――――ラハ・スタッパ』……何のつもりだ?オレガノ」 僕の立場からすれば、知己の友人に割って入られて、挙句、説教まで喰らうということは非常に面白くない。 顎を上に吊り上げて、オレガノの顔を見上げるように目を剥いて睨みつけた。 「何って……。お前らさ、今自分がどんな格好しているのか分かっているのか?」 「オレガノ殿の申す通りである。お主らが話していたことを我らは少しばかり小耳にはさんだが、一体何故ここまでみっともなく罵りあうのだ!? 自分たちが何をしようとしていたのか、己らは自覚しておるのであるか?」 彼の言葉の上に重ねるようにして、自覚の所在を問い詰めるシンイチ。 「――――――ラハ・スタッパ』……巨大なお世話ですわ。どうぞ何処へなりともお引き取り下さるかしら?でないとわたくしは、あなた方を今すぐこの場で消し炭にしなければなりませんが、それでもよろしくて?」 維持神セレナは当て擦りめいた他人行儀な態度を、二人にここぞとばかりに見せびらかした。 彼女の背後から、瘴気じみた見境なき殺意が漏れ出す。 「これを見ても―――――――、まだ、そんなことが言えるのか?」 その言葉と共に目の前で折り畳み式の姿見が二人の手からパタリ、パタリと重力に従って広がっていく。 「ぃ、き、キャァァァァァァァァっっ!!」 「うあああああああっっ!」 そこに写る自分の姿はとうに己が知る代物ではなかった。 髪の毛がところどころむしり取られた傷跡が、じくじくと生き血を流しながら生々しく頭皮に残り。 打撲による青痣で埋め尽くされた顔は、これ以上ないほど憎悪と敵意に歪んでいた。 元の世界から持ってきたお気に入りのYシャツも、二目と見られないほど無残に引き裂かれている。 鏡に映る自己が醜い自分の本性をそのまま写し取ったものだと理解した瞬間、アイルの気持ちが完全に理解できてしまった。 「あああイ、ルっ……。か、はっ」 あの子はきっと自分以外の大切な誰かを、目が覚めたらいつの間にか身勝手な自分の都合で殺してしまうかもしれない、という恐怖に四六時中心を蝕まれていたのだ。 事実として、寝ても覚めても何かを食べているときも。時には、僕と共に寄り添って居られる時でさえ、そのことが頭から離れなかったのだとしたら。 おぞましい予想が脳裏に渦巻いている最中、それでもセレナは泣き喚く事を止めようともしない。 「そん、な、こんなのウソよッ!! 神であるわたくしがっ!!人を殺めることがどれほど愚かしい事か、忘れてしまったというのッッ!?」 絶望に染まった涙と鼻汁で、顔をビショビショに濡らしたセレナは、衝動に身を任せて自分の哀れさを嘆くあまり、完全に周囲の存在を見失ってしまっていた。 あまりの惨めったらしさに、オレガノもシンイチも流石に目のやり場に困っていた。 シンイチが僕に何か言おうとして止めかけた素振りを僕は見逃さず、すかさず目を合わせた。 視線の逃げ場を失ったお陰でシンイチの顔つきは、何か吹っ切れた様でいて淀んだ澱のような感情を湛えていた。 「……レイヤ殿、これは本来我輩のような通りすがりの者が問い質すような事情ではないのかもしれぬが……、聴かせてほしい、あのアイルという少女とお主の身に何があったのだ?」 ああ、あの時と同じだ。 アイルと出会ったあの日僕は全く同じことを彼女に言った。 妹の、華の言葉が胸によみがえる。 《麦の種を蒔く者は麦の穂を刈ることになる。毒麦の種を蒔く者は毒麦の穂を刈る事になるんだよ。聖書にちゃんとそう書いてある。人間の行いは、善かれ悪しかれ全てそのまま還ってくることを、どうか忘れないで。お兄ちゃん》 そうなのだ。 神がいるかいないかは別として、今までの自分の行いのツケがとうとう全て回ってきたのだ。 トロトロのしょっぱい涙と鼻水をを嗚咽を漏らしながら飲み込んで、僕はシンイチにわあっ、と泣きついた。 《2》 「そうであったか……。なるほど、してはいけないとは知らずに、炎天下の小学校の校庭を下着一丁で走り回ったり、女子に性的嫌がらせをしてしまった、と。そういう訳なのだな?」 「そうなんだよ。当時の僕にはまるで道徳的規範なんてものは存在しなかったといってもいい。 やることなすこと何もかも悪魔じみているのに、悪気なんかこれっぽっちも無かった。手段さえあれば、手前勝手な感情に任せて、無邪気に人だって殺していたかもしれない」 「やはり、な」 今を生きる侍は――――――今更、彼を形容するにサムライモドキという名はふさわしくない――――――何故か、何か思うところがあるのか、含みのある言い方で思案げに呟いた。 「相解り申した。今の話が、つまり、そのレイヤ殿がこれから語る事に深く結びついていることは……、我輩も似たような経験がある以上重々承知しておるから」 大丈夫だから、と話の続きを促したシンイチに頷くまでも無く、そうするつもりだ、と僕は伝えた。 「……その後、地元の半グレ中学に入学してさ。入って早速もめ事を起こしたよ。 もともと僕は《学習障害》だったから、何が何でも大量の本を読む必要があったんだ」 「あー、何となく話が見えてきてしまったな……。それで、結末は胸糞なものであったと?」 本当に胸糞悪そうな顔で、シンイチは問いかけた。 僕から見ると、思い出したくない過去を、僕を通して思い出してしまっているみたいな風に、うなだれているようにも見えた。 「まあ……、そんなところだ。 ……真夏日の日差しの中、図書室が閉め切られてしまった後でも、学校が閉まるまでパンツ一丁で読める本を片っ端から読み下して、学校が閉まるまで本を読み耽っていた僕は、遂に風紀委員会に目を付けられてしまってね。滅茶苦茶滅法な詭弁を並べ立てて、周りに迷惑をかけて。 業を煮やした委員長に無理矢理服を着させられそうになって、反射的に前蹴りを繰り出しまって。 当たり所が悪かったんだな。お前も剣術やっているから知っているだろう?『水月』にモロに蹴りが突き刺さっちまったんだ」 シンイチは半ば頭を抱えるようにして「よりにもよって鳩尾とは……」と相槌を打つでもなく、無視をするでもなく俯いた。 どうやら事実は彼の予想の範疇を大きく凌駕していたようだ。 「そのまま切り替え腰からの回し蹴りを繰り出して、肋骨を叩き割ってしまって。 後はもう一方的なリンチだよ。聞いたら全治三ヶ月の重体だった。校長室に呼び出されて叱られても、あの時の僕は自分が悪いなんて微塵も認めなかった」 「考えられる限りの中では、……最悪と言っていい結末であるな」 救いがたい。 そう彼は吐き捨てた。 何故、と僕は問う。 お主が根っこの方では変わっていないからである、と彼は告げる。 あとはもうひたすら黙り込むだけだった。 救いようがなさすぎることは僕だってわかっている。 でも僕の頭の中で何かが引っかかっていた。 そう、それは最悪且つ最良の選択肢。 明日の幸せの為に今日の安寧を投げ打つような蛮勇。 その可能性を考えるとすれば。 「なぁ、この状況ってもしかして」 「気付いたか。我輩もそんな気がしていたのだ」 「この世界は僕らの故郷を含めた七つの世界が見ている、……共通の夢みたいなものなんじゃないか?」 「そしてその七つの世界もまたこの世界が見ている幻だ、と。なるほどな、ようやく得心がいった」 どおりでおかしいと思った。 現実離れしたことが起きるのも世界自体が見ている夢幻のただ中に居るからだったのか。 無限の夢幻、それが全ての世界の正体。 どちらを観測対象にしてどちらを観測点にするかによって、観測できる事象の性質が逆転してしまう仕掛けだったのだ。 すると当然、陽界を故郷に持ち、その世界を現実として生きてきた僕らにとっては、ここは幻でできた世界なのだ。 となると、アイルが見ている魔法現象と僕らが見ている魔法現象は、少々違ったものに見えるのかもしれない。 「……オレガノにも、この話を伝えたいんだけど」 「心配無用である。オレガノ殿なら先ほどセレナ様を『タラポヤット』で図書院へ転送し終わって、先ほどから我らの話を聞いておる」 指をさされてみれば、なるほど、少し離れた岩壁にオレガノがもたれかかっていた。 あくまでくちばしを突っ込む気はなさそうだ。 「どうやら、僕らは知らず知らずのうちに、とんでもないことに首を突っ込んでしまったようだな」 「ああ、そのようであるな。我輩が行き遭った尚家の末裔は……どうもレイヤ殿をこちら側に送 った『渡世の魔神』とやらの使い魔の可能性が高そうである。だが、【アレ】は基本的には生贄 を捧げ続ける限りは何もしないし、こちらから積極的に関わりさえしなければ無害である、と図 書院の書籍でそのような記述を見かけた事がある」 一息ついて間をため合う。 「ここからは完全に我輩の予測なのだが、我輩の場合は尚家の亡霊にこの琉球三宝刀を餌に誘われ、そしてレイヤ殿の場合は」 「そうだ、【アレ】、……つまり『渡世(わたらせ)の魔神』に異世界へ連れて行ってくれ、と希(こいねが)った。共通している事柄は」 「「【神隠し】」」 真実を知った僕らの間に、戦慄の火花が散った。 「結論が出たようだな」 「オレガノ殿」 「お前らも薄々気付いては居ただろうが、【アレ】は本来人の手に負えるものじゃない。立ち向かうなんてもちろんどんな全盛期の御主(みぬし)にだって無理だ。 【アレ】は世界の根幹そのものだからな。因果律を限定的に司る真名の権能なんて【アレ】そのものに比べれば可愛いもんだ。 何しろ、【アレ】は創造・破壊・維持の真名みたいな名前と力だけの存在じゃなくって、存在もあれば人智を超越した人格だってある。 ……気を引き締めろ、奴と正面から関わり合いになるなら相当な覚悟がいるからな」 「覚悟って、それはどんな覚悟だよ?」 間髪入れずにオレガノに質す。 「神殺し伝説の主人公になる覚悟だよ」 場の空気が瞬間凍結した。 そう、絶対零度まで冷え切ってしまった。 それでもシンイチは、まるで流氷の上に乗って足場ごと氷河を叩き割るかのように高らかに宣言した。 「さあ、今こそ決断の時だ。 図書院の書籍の記述では魔神を倒したものは一つだけ願いをかなえることができるそうだ。 愛するアイル殿を置いて、魔神を弑し、元居た世界で願いの力で蘇ったアイル殿と、一緒に罪を償っていくか。 それとも、元の世界での罪と過去を忘れてもっと現実的な方法でアイル殿を救う方法を他に探し、この世界で蘇ったアイル殿と愛し合って生きていくか。 どうするのだ?レイヤ殿。決めるのはお主次第であるぞ」 僕は頭を抱え込み必死に考えた。 下した決断は。 「僕は、魔神を倒す!」 その決意を込めた言葉に、やおらオレガノが驚いた。 「おい、レイヤお前、本当に奴を倒すのか?」 その恐れが混じった声に、僕は大きく頷く。 「ああ、もちろん。 僕はアイルを救いたいんだ。 それに奴を倒せば、アイルと一緒に元の世界に帰れるんだろう? それに僕は向こうの世界でやり残したことがある。 彼女の過去を追い回しても仕方がないよ。」 「そうか、決意は固まった、という訳であるか」 そう独り呟いた後に、シンイチはしばらく目をつぶったまま、黙っていた。 「レイヤ殿よ、善は急げである。 今すぐ魔神を倒しに行こう。 オレガノ殿!レイヤ殿の八極六合大槍は持っているのだな?」 「おうとも。そおらっ、受け取れっ!」 朝の訪れとともに、出た瞬間に一瞬で沈んだ太陽の様に、2m30cmもある大型の竹槍を僕めがけて投げ飛ばした。 「うおあっ!?」 『風祭氏八極拳・金剛八式・降龍』 脚を素早く揃え、中腰ぐらいまで屈めて溜めた脚力をサイドステップにより解き放ち、まるで天空へ昇る竜のアギトのような鋭いアッパーカットを竹槍にぶちかました。 そのまま、竹槍は空中へ真っ直ぐ撥ね上げられ、すっぽりと僕の手に収まった。 「ぐ、ぬおっ」 落下した衝撃でバイインッ、とその巨大な竹槍がしなり、激しく振動する。 重っ。 死ぬかと思った。 「何すんだよ、オレガノ!殺す気か!」 「すまん。カッコつけようとしていたから、そこまで考えていなかった。 そんじゃ、……達者でな。 ああそうそう、急な仕事が入っているし、俺、もう帰るね。さーて、酒酒っと」 「いや、そこまで考えろよ!って、同僚と吞み会か!いちいち誤魔化すな!」 こいつ、シリアス展開の最中でもやっぱり間抜けなのか。 残念過ぎる。 「まあ、どのみちアイル殿が完全に石になるまであまり時間はないのだ。 得物がそろった以上、準備はこれくらいにせねば」 「でもそもそも、どうやって魔神がいる場所へ行けばいいんだ?」 「まあ、危ないからそこに下がっていろ。よく見ておれ」 その忠告に従って、シンイチから数歩引き下がる。 シンイチは何もない宙を睨みつけ、精神を集中し始めた。 そして、着流しの腰に佩(は)いた宝刀、『千代金丸』の柄に手を掛け、引き抜いた。 『柳生陰陽流剣術・新一派・奥伝』 すると千代金丸の刀身に目も眩まんばかりの大銀河のような輝きが宿り始め。 『陽剣・一次元突き【星雲】』 放たれた流星が如き一閃は果てしなき一次元の軌跡を描き、空間そのものを切り裂いた。 時空の裂け目から亜空間が垣間見えるという、異常な光景が形成された。 開いた口が塞がらず、僕はただ立ち尽くすばかりだ。 「まあ、拙者の本気である陽剣系の技を以ってすれば、ざっとこのようなものであるか」 自慢げに腕を組むシンイチ。 心なしかふんぞり返っているようにも見える。 「をいッ!お前馬鹿か!そんな頭のネジが十極本くらいぶっ飛んで、しまいにゃネジそのものが全部ふっとんじまったみたいな、滅っ茶苦茶なことしてくれやがって!この世界の物理法則を粉砕する気か!」 「それについては仕方があるまい。 この世界自体がそもそも我らからすれば、夢のような代物だからな。 よいか、レイヤ殿。 例えば、この世界が中国産のエセビックリマンチョコのおまけシールだとする」 シンイチは、……実はな、とここでたっぷりと間をおいて含み笑いを浮かべた。 「奴は、袋を開けると、いつもその粘着部分の側面にくっついている、巨大なホコリの様なものなのだ」 意味を、しっかりゆっくり理解する。 「……しょぼーっ!!喩えが地味にしょぼすぎる!!僕たちが旅をしていた世界は、所詮そんなものに喩えられる程度のものだったというのか?!なんてことだ……なんてことなんだ!!」 「まあ、生きていればそんなこともあるさ」 「明日は明日の風が吹く的なセリフで有耶無耶にされようとしているッ?!」 「まあそんな事よりも本題が重要であるな」 「返せ!その前にお前が起こした奇跡に対する驚愕と感動を返せぇ!」 「まあ、ともあれレイヤ殿の緊張がほぐれた様で何よりである。 ホゲホゲ甲斐があったというものであるな」 ……堪えろ、堪えるんだ、風祭礼也……!! ここで笑ってはいけない、話がシリアスな方へ戻ろうとしているのだから、堪えるのだ……。 とまあ、下らない馬鹿話はとっぴんぱらり、として。 「まあ、今のたとえ通り、この時空の裂け目の先に渡世(わたらせ)の魔神がましますのだがな。 どうしたのだ、顔色が悪いではないか。 ははぁ、さては余りの展開に流石のレイヤ殿も怖くなってきたのであるな」 こいつ……! こんな所で天性のKYが炸裂するのかよ。 なんて日だ! 「……気持ちを落ち着かせたいんだ。 あんたに一言だけ言っていいか」 「無論構わないが、どんなことを言うのだ?」 「シンイチ、あんたやっぱり僕のオナカマだよ」 僕がそう告げると、シンイチは何を今更とばかりにポカンと呆気に取られた。 そして屈託なく顔をクシャクシャにして笑う。 曰く、当たり前ではないかと。 やべぇ、こいつマジで純粋だ。 心がピュアホワイトすぎる。 「さあ征こう、拙者も助太刀致す。 もうこの世界に思い残すことはそう大して、そう、大してないのだから」 本当は思う所があんたにもあるんじゃないか、と言いかけて僕はぐっと堪えた。 彼も僕と同じ世界の住人だ。 どんな事情があろうと、僕と同じように本来元居たところへ帰らなければならない。 だって、僕らはあくまでこの世界では他所者で、旅人なのだから、やっぱり帰らなきゃ駄目だ。 抜かれた剣は、元の鞘に収まるべきだから。 降り注いだ雨粒は、蒸発してやがて天へ還るべきだから。 それと同じようなものかもしれない。 「帰ろう、僕たちの世界へ」 「ああ、そうだな」 亜空間へ二本の片足が突っ込まれる。 そして誰もいなくなった。 《2》 風呂場で自殺した者の生き血のように真っ赤に染まった天空。 ひしゃげた街灯がそびえ立ち、鉄筋がむき出しのビルが多いせいか、遠くでコンクリートが倒れる音がする。 だがしばらく観察していると、まるで幻のようにまた現れるのだ。 何度かこちら側にビルが倒壊してきたが、当たる瞬間に半透明になって消えてしまった。 そんなゾッとしない荒びきった街路を八極六合大槍を背負いつつ、シンイチと歩きながら僕は独り言のように彼に問いかけた。 「この世界は、何なんだろう。暗い感情の吹き溜まりみたいだと思わないか」 「…………そうだな」 彼は苦虫を食い潰したような面持ちで、僕に同感の意を表した。 心境の複雑さは察するに余りある。 なぜならここは、陰界の最終地上戦争の折に滅ぼされた三種族、ケットシー・ハルピュイア・カーバンクルの世界の成れの果てだからだ。 いったいこれらの世界が終わる時、どれだけの生命が、叡智が、文明が潰えたのだろう。 僕が憂鬱な気分に浸っている間に、俯いていたシンイチの顔は、やがてやや上の【ソレ】へ向いていた。 「到着したぞ」 シンイチが見上げたものは、奇々怪々な建物だった。 市役所みたいにでかい建物によくできた立派な一軒家と、大病院と、警察署を模した粘土細工を幼稚園児が引きちぎって好き勝手にくっつけたみたいな……。 読んで字のごとく、正に気違いじみた景色が目の前に広がっていた。 「この中に、魔神が居るのか?」 シンイチはいいや、と首を横に振る。 「さっきと似たような話で、奴は完全な【無】の空間の奥にいる。 【無】の空間というのは世界の穴の様なものである」 「という事は、今度はまたあれをやるのか?」 「まあ、見ておれ」 『柳生陰陽流抜刀術・新一派・奥伝』 シンイチが腰だめに刀を構えた途端に、やおら鞘から渦潮の音が轟き出す。 『陽剣・二次元斬・【海嘯(つなみ)】』 研ぎ澄まされた斬撃が、空間の歪みへ大津波のように次々続々殺到する。 雪崩の様に襲い来る斬撃に、今度は空間そのものが薄く切り取られた。 「来るぞ、レイヤ殿……」 そして限りなく深い虚無の奥から、掘削機が岩壁を削るような妖しい音が漏れ出し始めた。 「渡世(わたらせ)の魔神こと、【創世神・サデル・カデラ】のお出ましである!」 魔神のその正体は歯車が組み合わさってできた、時計仕掛けの巨大な球体だった。 車輪の如く転がる外輪の内側では、複雑怪奇な規則性に従って、得体の知れない数々の部品たちがうごめいている。 その部品の中でも、最も動きが激しい三つの車輪の上を顔のない三人の女たちが歩いている。 どうやら、こいつが動力源であり、弱点のようだ。 魔神の中心にはゆっくりと銅色に明滅する宝玉が嵌め込まれており、その中に一糸まとわぬ女性が封じ込められていた。 「見よ、レイヤ殿。 あの宝玉がサデル・カデラの本体であるぞ。 あの宝玉さえ壊せば、交渉の余地はあるのだがな……」 「でも、あいつをバラバラにしないことには、あの図体で転がって来られたら危なっかしくてしょうがないよ」 「まあ、その通りであるな。 とにかく外輪と内部機構を破壊せねば、奴と話を付けられん。 交渉が決裂したらそのときは力づくで捻じ伏せるのみ!」 シンイチが意気込みを語り終えた瞬間、銅色の宝玉が妖しい光を放った。 「気付かれたか、来るぞ!レイヤ殿!!」 彼の言葉通り魔神が僕らを轢き潰すそうと、地響きを上げて猛然と転がってきたではないか。 僕は通常の回避ではとても間に合わないと反射的に理解した。 武術家として大変不本意ながら、体操選手よろしく素早い身のこなしで空中回避を試みた。 「ぐあぁっ!」 足首が猛進に巻き込まれ、思い切り地面へ弾き飛ばされた。 受け身を取ったおかげで大事には至らなかったが、完膚なきまでに擦り傷を負ってしまった。 立ち上がるまでに時間がかかり、もたもたしていたツケが魔神の進撃という形で見事に返ってきた。 「レイヤ殿、危うい!!」 『柳生陰陽流剣術・陽剣・賽断(さいだち)【雲雀殺し】』 生を謳歌しようと飛んで来たひばり達の命を奪うほどの、斬撃の大みぞれが魔神へ降り注ぐ。 歯車の噛み合わせが悪くなったのか、目に見える形で動きが止まった。 「立ち上がれ、レイヤ殿! 死にたくなければ、今までの技を使ってはならぬぞッ!!」 魔神の挙動がおかしくなっている間に、僕は立ち上がった。 「じゃあ、現実離れした技を今すぐ編み出せってのかよ!?」 シンイチは自分にいきなり喰ってかかった僕の頭を思いっきりぶん殴った。 「口答えするなぁッ!! それでも、お主は空手界の継承者か!?」 「無茶苦茶だぁッ!! もういい、こうなったら魔法と体術を絡めてやる!! 喰らえェ!!」 『風祭流へなちょこ魔法拳・昇龍連星穿』 大柄な外国人の背丈を軽々と超える大槍を横薙ぎに振り回し、大槍の遠心力を縦回転に切り替えつつ呪文を唱えた。 『ウォ・ラハ・デルド・パルテノンライト・フォーント』 途端に大槍の遠心力が空手の前屈立ちを応用した特殊な歩法と、磁力魔法により強大な推進力へと変化した。 僕は一条の光と化した大槍とともに、天空の星々を貫く地上の流星が如く、歯車の上を走る異形の女どもを次々と貫いた。 動力源を失った歯車たちは、物の見事にバラバラに分解していった。 「殺ったかッ!?……あ」 着地した僕は思わず、よりにもよって最悪な【お約束の台詞】を叫んだ。 口にしてしまった時にはもう遅い。 何故なら。 バラバラになって壊れたはずの歯車が時計盤の形へ組み変わり、狂ったように逆回転し始めたからだ。 直感でピンときた。 「シンイチッ!!くぬやー、時間を巻き戻す気だぞ!!」 「相判り申した!!」 『柳生陰陽流剣術・陽剣・八千(やち)裂き【霹靂】』 鉄をも切り裂く立体斬撃が紫電の如く降り注ぐ。 魔神の時計盤の針が狂ったように回り出し、ガチぃギチッと聞けば聞くほど頭が馬鹿になりそうな不愉快極まりない不協和音を立てながら、盛大にぶっ壊れた。 物理法則を完全に無視した、実に下品で気違いじみた壊れ方だった。 「……何だよ」 暫くの間、僕は巨大な単細胞生物身みたいに跳ね回る怪部品の数々から、己の身をを守ることに必死だった。 そんな益体も無いことでも考えていなければ体から力が抜けていたであろう。 「何だよ、何なんだよ」 だって。 「何だ何だ何だ何なんだよぉっ!!この化け物はァッ!?」 気持ち悪すぎるだろう、生き物ですらないじゃないか。 こんな気色の悪い光景と音を真正面から感じ取ってしまって、僕はもう正気ではいられなかった。 完全に戦闘狂と化してしまったのだ。 「ィ…嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌だから死ねェェェェッ!!」 「ダメだ、レイヤっ!!」 床に転がした渾天儀のように、怪部品の数々を打つ、薙ぐ、斬り払う。 見出した活路の先に、本体たる銅色の宝玉が無防備にその姿をさらしていた。 本能的に危険を察知した僕は、横薙ぎに一条のレーザーが発射される寸前で発射地点の裏側へ回り込み、八極六合大槍を放り出した。 『風祭氏八極拳・八大招式・猛虎硬爬山』 大地を踏み砕きかねない威力を秘めた強烈なダブルステップによって、爆発的な物理エネルギーを発勁し、脚から拳へ伝達する。 「ィイイイイッッッヤァッ!!」 深く腰を落として踏み込みながら鼓膜が破れそうなほどの気合を上げ、右腕だけで二連突きを放つ。 鉄拳が宝玉の下段にぶち当たり、ガツンッと宝玉がひび割れた。 発勁による瞬発力の作用を利用して大きく踏み込み、『象牙拳』、つまり逆さにした両の拳によるアッパーを放つ。 猛き大虎が高嶺を駆け登るように打撃が上段へ向かって連なっていく。 「トドメだッッ!!」 両手の指を丸め込んで把子拳を作り、渾身の力を込めて『虎爪掌』を振り下ろした。 銅玉のひび割れが急速に大きくなり、まるで卵から人が生まれるかのようにまばゆい光を放つ。 「うわぁっ、……眩しい」 余りの光明に頭痛と眩暈が脳みその奥で暴れ始めた。 血管という高速道路を激痛が暴走族みたいに危険運転している。 吐きたくて吐きそうで仕方ない。 創世神【サデル・カデラ】は遂にその姿を現した時には、すでに僕の戦意は雲散霧消してしまった。 僕の愛する人、破壊神【ゼ・ノン=アイル・イン】を光の女神と呼ぶならば、彼女は闇の女神とでも呼ぶべき存在だった。 虚無が具象化したと言い表すべきだろうか。 黒い陽炎を形のない衣のように纏い、豊満かつメリハリ際立つ体を包み隠している。 あまねく視線を跳ね返す鏡の様な瞳と、なだらかな丘にも似た鼻筋。薄闇に染まった夜空のように浅黒い肌には暮れの明星のような煌めきが宿っていた。 不意に天の川のように輝くその唇がほころんだ。 『盟約は、今破られた。 汝らの力を認めん』 清められた銀の鈴と聞き間違えそうな涼やかな声が、血の匂いに染まった空気をかき分けて渡り行く。 吐き気と頭痛と疲労が、憂鬱な気分をBGMに、ヤクでもキメたみたいにサイケデリックなディスコダンスを踊りまくっていたせいで、僕は上の空だった。正直言って最低な気分だった。 鈴の声。 アイル……、彼女の声も木製の鈴に似ていた。 そういえばあの維持神も、レストランの呼び鈴を振った時の様な声色をしていたではないか。 もしかしたら、女性が女神様になるとみんなああいう鈴みたいな喋り方になるのかもしれない。 だがその連想は空恐ろしい予測へと飛躍する。 おい、待てよ。コーヒーハウスでそんな言い回しを他の客から聞いたような気がするぞ。 ということは。 「語源を調べれば、もっと早く気が付けたはずじゃないか……」 何をのんべんだらりとアイルにくっ付いていたんだろう。 情けない。これでは盾になるどころか、蛇の足ならぬ毒蛇の足になって歩行性能を助長しているだけじゃないか。 間抜けすぎて始末に負えない。 ぼさっとしている内に僕の頭に侍の拳骨が墜落してきた。 鉄拳を超えた鋼拳とでも呼ぶべき一撃が脳天に激突する。 「……いってぇっ」 目から火花が散るかと思った。 シンイチときたら、器用なことに片手刀である『千代金丸』を持つ手とは反対の拳でぶん殴ったようだ。 利き手と逆なのによくここまで力一杯殴れたな。 シンイチは千代金丸の切っ先で五芒星を描くように五行相克を描き、納刀したかと思うと僕を冷めた顔で白眼視した。 「創世神という人の形をとった世界そのものたるお方の御前であるぞ。 今のお主の態度は消し飛ばされても、全く文句の言えない部類に入る所作であったな」 この期に及んで早まる気か、と仄めかされている気がした。 余りにもバツが悪すぎて憮然とした態度をとらざるを得ない。 その様子を静かに覗っていた創世神はクスクスと忍び笑いを漏らす。 『いと可笑しいのう。 まあ、良い。 さて、そなたらのその意気に免じてそれぞれ一つ願いをかなえてやろう、ただし』 創世神は肩の前まで拳を持ち上げた。 『そなたらが生きるうえで犯した罪を、この業火で焼き尽くしながらな』 開かれた掌に闇黒の炎が花開いた。 「……うへぇ」 「はぁ……、やっぱりこういう展開になるのであるか……」 この様な展開にはもう慣れっこなので、反応する気にもなれない。 『何ぞ、不服であるか?』 創世神の訝しげな困り顔をさっさと消し飛ばしたくて、脊髄反射的に首を横に振る。 「いいえ、創世神様。僕たちはこういう……、何と言いますか、自分自身の心に行き過ぎた負担がかかる状況に何度も遭っているせいで、凄く疲れているのです」 『ふむ、其れは確かに難儀であろうの。 なるが、案ずるな。此れは心を焼く炎であり、身を焼く炎に非ず。 温度も下げてやらむ』 「ありがとうございます。 では察するに、願いを叶えるためにはその炎に焼かれる必要があるのですね」 『然り。 そなたらは望みを想いながら、業火に焼かれよ。 さすれば、願いは叶わん』 このお方が話しているのは古い言葉だから、叶わんというのは叶うという意味として受け取ってよさそうだ。 「だとさ。じゃあ、ここでお別れだな。 短い間だったけれど、お前には世話になったよ。 ありがとう、シンイチ」 「ああ、願わくばまた彼の地にて相見まみえるとしよう」 短く別れを告げた後、お互いの勇気を認め合うように頷き合って、僕らは創世神へ正対した。 「それでは、お願いします。 僕らの罪を滅ぼしてください」 『相当に心が痛むべし、覚悟せよ』 「……はい」 そして創世神が目を閉じると、ガラスの破片を巻き込んだかのような冷たい風が僕らの肌を切り裂き始める。 触覚が完全に麻痺してしまった。今となっては半分使い物にならない肌に紅蓮の如き凍傷が咲き誇る。 その血の花は、一つ、また一つと姿を現し、僕らの肌は凍傷の花畑と化していた。 傷口から漏れ出す血液に業火が投げかけられた。 総ての罪を浄化する大火が僕の体を包み込む。 痛みはない。 ただアイルと過ごした日々だけを残して灰になって消えていく。 僕が積み重ねてきた年齢も、罪も、そして多くの記憶さえも。 この浄火が消える前に、一つだけ贅沢なことを願えるのだというのなら。 『僕の愛すべき人、アイル・インにもう一度、幸せな人生を送らせてあげてください』 その願いと共に、僕は世界一幸福な消し炭と化した。 《3》 無人島の砂浜に打ち上げられた漂流民みたいに、僕はぼんやりと太陽を見上げていた。 全身全霊に疲労がわだかまっていて、何というか、もう何も考えたくない。 ふと何気なく左の親指に違和感を感じて、手元を見やる。 オニキスの様な宝石が嵌め込まれた立派な指輪だ。 台座も華麗な銀細工でできており、もし夜空の星々を一片の水晶に封じ込められたらきっと……、なんて夢見てしまいそうなほど美しい。 「……ん? 夜空みたいな指輪だと? そういえばこの指輪、どこで手に入れたんだ?」 そうだ、あれはたしか。 「……アイルからだ!」 彼女の事を僅かな間でも忘れていた事実に驚き、僕は暫くの間カチコチに硬直してしまう。 そうしている間にもこちらには目もくれず、僕が所属するもう一つの通常学級の男子どもがうわさ話に花を咲かせながら通り過ぎようとしている。 「……でさ〜、聞いたかよ、今度うちのクラスに転校生が来るって話。しかも女子だってよ」 「マジで?いやー、ハーフだって聞いていたけれどまさか女の子とはな。 期待は高まるばかり、って、おいコイツ……!!」 「神隠しに遭った風祭の野郎じゃねぇか!! おい、風祭!そんなところでぶっ倒れて大丈夫か!?」 「ああ、……まあ、一応怪我はないよ」 「良かった……。池崎、すぐに誰か大人を呼んで来い!」 「解った!!すぐに呼んでくる」 といった調子でとんとん拍子ですぐに町内会と教育委員会とPTAを巻き込んだ大騒ぎへと発展した。 多くの大人たちの前で、町の禁忌に触れた理由を公開尋問され、僕は覚えている事や知っている事、持っているものや経験したことを洗いざらい白状した。 結果として神隠し事件の原因は、虐待を苦に思い悩んだ末の本人の意思による、壮大な家出だという結論に落ち着いた。 その場で今後の僕と僕の家族への対応が協議された。 話し合いの末、後日僕に異世界へ旅立つようにそそのかした張本人を洗い出すと共に、僕の父親は警察に暴行の疑いで突き出されることになった。 まぁ、結局僕は僕で、通学以外の生活を営む間は自宅謹慎を食らう羽目になったけど、基本的には被害者の立場なので近隣への外出程度ならお目こぼしをもらえるそうだ。 通常学級の先生が悪戯っぽくウィンクしながら、耳打ちしてくれた。 体育会系の大の男のくせに、そういう仕草が似合ってしまうあたりが気持ち悪い。 さて、ともあれそんな警察署での事情聴取の様な重苦しい責任所在の探り合いは、おやまぁ、何故か見事にどこかの誰かさんみたいに自分の役目を放っぽり出して、とんずらこきやがった。僕だってみんなと同じように責任を果たしたかったのに、こん畜生め。 まあ、その名無しの権兵衛のお名前は風祭礼也さんですから。 不名誉千万である。 ともあれ、その日の僕が通っていた地元の高校は休日と相なり、僕は通常学級の生徒たちに町内会の集会所へ招かれた。 春のうざったらしいくらい暑苦しい空気をなるべく気にしないようにして、ほてった体を引きずり、やっと来れたかと思ったら、待ち構えていた通常学級のクラスメイト達に口々に武勇伝をせっつかれてしまった。 「なあ、みんなはどうして僕の下らない大冒険なんか聞きたいのさ? 言っておくが、お話の中の僕は凄まじく情けないぜ。 分不相応な経験をしたとさえ思うよ」 すると、池崎達は顔を見合わせて少し控えめに笑い声を挙げた。 「何をバカげたことを! どんなにお前が情けない主人公でも、お前の大冒険だからこそ聞きたいんだ」 それにお前と友達になりたいしさ、というはにかむ池崎。 その態度は今まで出会ってきた戦友たち……シンイチやオレガノを足して二で割って、他にも色々な性格を混ぜ込んだみたいな、素敵すぎる心根がにじみ出ていた。 そして僕は多くの記憶の燃え残りを語った。 とある世界一哀れな女の子との小さな恋の詩うたと、魔法と暴力に満ちた不思議な世界での冒険譚の数々を。 そして夜は更け、僕は新たな友達を得た僕は幸せな気分のまま家路についた。 《1》 瞼越しにカーテンの向こうから降り注いでいるであろう朝の陽ざしに、寝ぼけまなこを散々串刺しにされて、僕は屠殺前の牛みたいにしょうもない呻き声を上げた。 「レイヤーっ!起きなさいってば、レイヤっ。 もう、今日は学校に行く日でしょう? さっさと起きなさい!」 一階から母が僕を騒々しく呼び立てながら起床を促す。 「分ーかったよ、母さん。分ったし起きるって。もう……朝っぱらからじゃかあしいな。 チクショウ」 体の眠気がまだ完全に抜けきっていないけど、僕は確固たる目的と意思を以って起き上がる。 意思はともかくとして、目的を思い出すまでに数秒の瞬間を要した。 「むぅ、ふぅぁっっ。 ……そういえば今日来る転校生が気になるって話、だったな」 それに、……万が一という事もある。 「よし、池崎の野郎どもに乗り遅れたくないし、さっさと行くか」 僕はチーズトーストとベイクドウィンナーだけの素朴な朝食を済ませ、気付けにキンキンに冷えたミルクをあおり、身支度を終えて登校した。 《2》 やっとこさ特別支援学級での六時限目が終わり、ホームルームが始まりかけたところでクラスの男子どもに日直当番を押し付けて、僕が所属するもう片方の学級へ駆けて行った。 「そこの男子、待ちなさい!!」 余りの速度違反にたまたま通りかかった風紀委員長に取っ捕まりそうになった。 だが、こちらとしては会話をするために息を吸い込むのも立ち止まるのも七面倒臭いことこの上ない。 僕はとっさに風紀委員長には難聴の妹がいて、その子は今でも地元の聾学校に通っているという有名なうわさ話を思い出した。 僕は聾唖者の真結先輩に教えてもらったおかげで、最近手話が話せるようになった。その話が本当ならば、と思い切って手話で弁解してみる。『ごめんなさい、今急いでいるんです。もしかしたら彼女が待っているかもしれないので、これで失礼します』と伝えた。 風紀委員長の背筋がガキリと凍り付いた。 「……きみ、まさか向こうの世界に行ったせいで、耳が聴こえないのか」 何故か少し低くて聞き取り辛い声でわなわなと震えながら僕に問いかけた。 「大丈夫です、心配しないでください。 それでは」 と、舌っ足らずな口調で喋ったのだが、彼は余りのショックに打ちひしがれて、その場に立ち尽くしてしまった。 どうやら、向こうの世界の訛りも相まって、中途聾唖者のような喋り方に聞こえるらしい。 やれやれ、あらぬ誤解を招いてしまったようだ。 全く胸糞悪い。 これから広まるであろう噂を訂正するのもそれはそれで面倒臭いので、勝手に言わせておきつつこのまま優しくされておこう。 ホームルームはそうたいして長くない。 廊下を悠々と闊歩する生徒達を、そこ退けそこ退け礼也が通る、とばかりに強引に押し退けて、僕は期待に胸を大きく膨らませながら通常学級へ急行する。 僕のクラスはどれだろう? 2年A組、2年B組、……2年C組、2年C組って言ったら、僕のクラスじゃないか!……見つけた。 なるべく穏便に登場しようとしたけれど、ここまで大慌てで疾走してきたせいでアドレナリンはドバドバだ。引き戸に手を掛けて普通に開けたつもりなのに、大きな開閉音を高らかに立てて戸車が三往復してしまった。 「こ、けほっ、けほっ。こんにちは! かわせみ学級の風祭です! 遅れてすみません!」 肩を弾ませて、担任の山本先生に謝罪する。陳謝するために大きく息を吸い込み過ぎてむせてしまった。 「おい、そんなに慌ててどうしたんだ、風祭? その様子だとお前、まさか転校生はお前のコレか?」 山本先生が半ば冷やかすように小指を立て、ニヤニヤと笑いながらシャレにもならない冗談を口にした。 先生の指摘が半ば痛いところを突いていて、僕はさらにむせ返った。 クラスメイト達の甲高い笑い声が教室中に乱反響する。 もう噂は広がることは間違いないので、堂々と聾唖者として振る舞うことにした。 何というか、もう訂正するのが面倒臭い。 『山本先生、僕は耳が聞こえにくくなってしまったとこれから誤解されそうです。 低い音が聞き取れないということにして置いて下さい』 教室中の笑顔が凍り付いた。 少数ながら聾唖者が通うこの学校では、手話の技術は教員を養成する上で必須科目となっている。 生徒の中にも彼等と仲良くなりたいがゆえに手話を覚えるものも少なくない。 また障害のあるなしに関わらず、誰もがクラス内だけでの内輪話に花を咲かせられるように、生徒が自主的に既存の日本語の手話を改造しているおかげで、各クラスごとに独自の言語が発達している。 最近は点字を暗号化してラブレターを作成する輩まで現れだした。 うちの学校は意外と呆れるくらいユニバーサルなのだ。 故に山本先生のみならず、この教室の誰もがある程度、手話の意味を知っているだろう。 でも彼等がある程度は標準手話が分かるといっても、結局のところ学生訛りの強い2年B組弁の手話を話しているのでやっぱり僕の手話を誤解している。 事態を察知した山本先生は、僕に手話ですぐに返答した。 『解った。話は合わせておく。 デマの方はこちらで穏便に片づけておくから、安心して勉学に取り組むと好い』 『承知しました。この度はご迷惑をおかけしまして申し訳ございません』 『何てことは無い、さあすぐに席に戻れ』 僕は感謝の意を込めて真摯に頷き、彼の指示に従った。 秘めやかな囁き声と暗号化させた点字メモが机と机の間を飛び交う。 僕は、クラスメイト達がメモを渡すために伸ばした腕を押し退けて、そそくさと自分の席に座った。 「えー、衝撃的なハプニングがあったので中断してしまったが、ここで転校生を紹介する。 本来は授業が始まる前に発表すべきことなのだが、そろそろ中間テストだからな。 もともと駆け足でお前たちに授業内容を叩き込む必要があったのだが、理由はそれだけではない。 うちのクラスの平均点は毎年学年最下位だ! クラスの生徒の資質に関わらず、お前たちの成績を上がらないのはそもそも教師の指導法の問題ではないか、という議題が昨日、教員会議で持ち上がってな。 授業を優先するため、やむなく転校生紹介のスケジュールを後倒しにする運びとなったのだ。 それらの事情については、お前たちにはきちんと謝らなくてはならない。 済まなかった」 こんな細かいことまで、きちんと誠実に謝罪してくれる山本先生に対する生徒の好感度は爆発的に上昇した。 やれ、「顔を上げて、先生!」だの、やれ「そんなに謝らなくていいんですよ!」だの口々に許しを口にする生徒の中には、目に涙がにじんでいる奴もいる。 って、こいつ池崎じゃないか。泣き上戸だったんだな。 僕は軽いパニック状態に陥りかけた教室を睨め付け、即刻立ち上がった。 「いい加減にして下さい!!弟子馬鹿、師馬鹿にも程があるでしょう! さっさと転校生を紹介しちゃってくださいよ、もうッ!」 「分かった、分かった。 おい、愛川。入ってきていいぞ」 引き戸の奥から現れた生徒と目が合う。 ―――――――――時が止まった。 そう錯覚したのも束の間で、彼女が自己紹介を促されるまで二人して見つめ合ったまま動けずにいた。 その子は面立ちも背丈も、腰まで届く真っ直ぐな髪や肌まで―――――――――、アイルにそっくりだ。 彼女ははっと我に返り、前を向いて流ちょうに自己紹介を始めた。 「初めまして。 私、愛川・ヴァルキュリア・刹良って言います! 名前は刹那の『せつ』と良い子の『ら』で刹良って言うんだ!よろしくね! 趣味は料理と読書と……ええっと、恥ずかしいけどお昼寝かな……。 あとあとっ、特技はエストックっていう刺突用の剣を使ったイタリア式剣術と、ツヴァイハンダーっていう重たい両手剣を使ったドイツ式剣術です! ああ、そうそう、中国拳法も少しできます!これは全部我流だけどねっ! セクハラしたらウーノ・ドゥ―エ・トレ!で串刺しにするよっ! 気を付けてください! みんな、これからよろしくね!」 茶目っ気たっぷりの自己紹介に教室がドッと沸いた。 刹良が教室の奥のロッカーに鞄を入れるために僕の横を通り過ぎた。 「放課後、屋上まで来て」 胡椒とバニラが入り混じったかのような懐かしい香りが鼻先をかすめ、彼女は風に揺れるカーテンのように白髪をたなびかせながら、言の葉を置き去りにしていった。 《3》 「あの子、まだ来ないのかな」 夕暮れもほど近くなり、そろそろ僕も不安になってきた。 夕映えに染まり行く街の風景は見事な絶景だったが、そんな事よりこの屋上まで待っていたところで刹良は来るのだろうか。 「レイヤ君」 背後から木鈴の呼び声が聞こえた。 振り返ると、何故か真っ直ぐな片手剣を× の字に二本背負った刹良が屋上の扉の前に立っていた。 「刹良……、いや君は、アイルなのか」 いくらかの確信をもって問う。 「覚えていてくれたんだ……」 愛川刹良、否、転生したアイル・インは瞳を涙で滲ませ、あふれ出す感情に耐え切れなくなって僕の胸元に駆け寄った。 「レイヤ君っ」 僕もアイルの下へ走っていく。 「アイルっ!」 そのまま僕を抱き締めようとしたアイルを受け止めたかった。 しかし心を鬼にして、僕はその雪野原のように真っ白な頬を張り飛ばした。 「レイヤ、君……?」 アイルは何をされたのか分からずに呆然としている。 「……何で」 僕は。 「何で一杯嘘なんか吐いて一人で抱え込んじゃうんだよ」 無力感で胸が痛くて、心が空洞になっちゃったみたいに虚しくて。 「何でもぶっ壊しちゃう女神様なんかに無理矢理なってまで、覚えていることをぐちゃぐちゃにつぎはぎしてまで。 僕に隠さなくちゃいけないことって何だったんだよ」 両の拳を固く握りしめて、俯いたまま泣いていた。 炎が上がりそうなほど顔が熱い。 大粒の涙がぽろぽろと零れる。 「ごめんなさい」 夕映えに煌めく涙で視界が万華鏡みたいに滲んで前だって見えやしないけれど、刹良が辛そうな顔をしているかどうかなんざとっくに分かり切っていた。 既に知っていたことだ。 たとえどんなに、僕が前もってこうなる事を知らなかった事が正しかったと証明したとしても、今の僕にとっては既知感に近しい気持ちしか持ちようがない。 まだ起こっていないことを知っていたような気がするなんて、途轍もなくおかしなことだ。 でも僕はこうなるって、こんな風にこの子が苦しむって予感めいたものを感じていたんだ。 愛する人が目の前にもう一度現れたのに、果てしなくつまらない。 『果てしなくつまらない』なんて脳内文章が、どんなに不適当で、用途を取り違えたみたいな表現だったとしても、この気持ちを敢えて簡潔に言い表すなら、こんなにふさわしい言葉なんかきっと見つかりっこない。 それでも僕は、正直な今の心境を伝えたことに僕は意味と価値があったと思っている。 何て僕は身勝手なんだろう。 けれど本心を伝えた事が自己満足なのかどうかは涙を拭ってアイルの顔を見れば、すぐに知れることだ。 賞味期限が近いからと言って、アメリカ製の粗雑なアーミースプーンで味気のない乾いてパサパサになったツナ缶の中身を搔き出して、口の中に突っ込んだみたいな。 そんな虚しさと不快感が、その陳腐な味によく似た瘴気を連れて胸の奥に居座った。 「でも、私はレイヤ君ならそう怒鳴って私を張り飛ばしてくれると思っていたよ」 その台詞に僕は耳を疑った。 涙をぬぐい、顔を上げると。 「成長したね、レイヤ君」 彼女は少し困ったように、しかし自分を殴り、辛辣に批判した僕を何故か心底嬉しそうに見つめていた。 その顔には深い安堵と喜びが滲んでいる。 その顔には眩しすぎるくらい純粋な二つの感情だけが浮かんでいるはずなのに、僕には真っ白な光を受けたプリズムのように複雑に輝いて見えた。 それはまるで、旅行前に必ず持っていくと決めていた大切なぬいぐるみを、押し入れの奥からやっとの思いで見つけたホコリまみれの少女のような、晴れやかな笑顔だった。 暴力だって正しく使えばコミュニケーション手段になるだなんて気違いじみた事を言ったのは誰だったっけ。 そんな事を思い返して、ふと中々その論も侮れないと口元を緩めた。 相手に納得してもらえる暴力はもはや暴力ですらないのかもしれない。 そのことについてこれ以上考える間もなく、彼女が安らかな面持ちで僕がひっぱたいた頬に、ただそっと両手を添えて居る様子を目にした。 「何故嬉しそうに頬を抑えるの」 「……この痛みはレイヤ君が私から依存することを止めようとしている証だから大切なの。 今、私はとても幸せよ」 その時だった。 僕はこの子はこの年ですでに母性を備えているのではないかと直感した。 「まさか」 今の彼女はもしかして。 「あ、気付いちゃった?私、実は精神年齢だけは三十代なの」 途端に呼吸し損ねてむせた。 だって仕方ないじゃないか、己が好いた年頃の女の子と久しぶりに涙の再会を果たしたら、まさか年増になっていたなんて。 精神的にかなりのショックを受けた僕の反応を、刹良がクスクスと口元を抑えながら上品に面白がる。 おいおい、前世ではそんな仕草なんかしなかったじゃないか。こんなのってありかよ。 「大丈夫よ、そんなに心配しないでも私は私のままだから。 ただ、細かい考え方が大人びて、本能とか体の造りとかそういったことが私の中で変わっただけ。 人格も感性も普通の十八歳だよ」 今の僕の表情が何を訴えているのかは、この顔を覗き込めば容易に理解できるのだろう。 刹良は僕を宥めるようにはにかんだ。 「それでもね。 何時までも子供ではいられないって想ったんだ。 でもそれだけじゃなくて、レイヤ君がここまで成長したんだから、私もレイヤ君から自立しようって決めていたんだよ」 彼女は芯の通った真っ直ぐな視線を僕の双眸に注いだ。 刹良の意思を強く尊重したくて、僕はしっかりとうなずいた。 「そうか、その決意だけでもすごく立派だと思う。 応援するよ」 「ありがとう。 それでね、レイヤ君に一つお願いがあるの」 「なんだい?君の頼みなら何でも聞くよ」 「そう、ありがとう。 それなら剣の舞でも踊ろうよ。 但し、勝ち負けありの実戦形式で」 「ええっ?なにそれ怖い……急に一体どうしたの」 刹良はクスクスと忍び笑いを漏らし、滑稽な僕をダシにしてまじまじと観察している。 この子、絶対僕の事をからかっているだろう。 「レイヤ君が私に勝ったら何でも一つだけ言うことを聞いてあげる。 でもその逆もまた然り、だよ。 どうかな?」 どういう魂胆だかはとんと見当もつかないが、それとは別に彼女にして欲しいことならいくつかあった。 中でも一番の欲求は―――――――――。 「じゃあ、僕が勝ったら君と別れるよ」 刹良は、えっ、と虚を突かれたようにごく短く口走ると、口の端を四角にしてドン引きした。 『折角の美人が台無しである』って昔そんなことを思ったような気がするが、全く同じ心境だ。 「私、あなたに自立してほしいからって、そこまでして欲しいわけじゃない」 化石みたいなカチコチの石ころと化した声には、若干の軽蔑が混じっていた。 少しとはいえ、僕は彼女にかつてないほど純粋に軽蔑されていた。 でも、こう言ってからには引き下がれない。 僕は今でも彼女の事をとても愛している。 でも、その愛情がたとえどんなに確かなものであったとしても、僕は過去を引き摺る訳にはいかないのだ。 何を犠牲にしても、僕は前を向いて自分の力でなるべくこの人生を歩んでいくと決めたのだ。 僕を失望の目で見つめるアイルをキッと睨み返す。 「意固地になっちゃって。私に頼るのをちゃんとやめたと思ったら、今度は全部自分一人で抱え込んで生きていくのね。 そんな生き方で上手くやっていけるつもりなんだ? 結局そうやって、目の前の現実から逃げているだけじゃない。 この意気地なし」 返す言葉も無かった。 というか、もうこれ以上僕の言葉は要らないような気がした。 「それで? 結局は十年間の武者修行で鍛えた、私の剣の腕前を疑っているんでしょう?」 「確かに、君の努力を否定するわけじゃないけれど―――――――」 刃が空気を渡る。 「は?」 何が起きたのか、さっぱりわからなかった。 彼女の手元から伝い見たそれは木製のバスタードソードだった。 「今、あなた一回死んだよ」 鼓膜が凍り付きそうなほど冷ややかな声が、叩き割られた窓ガラスの破片のように耳を串刺しにした。 日本刀じみた視線が眼球に突き込まれる。 僕は目玉を切り刻まれたのか。 眼圧が高まり目が痛い。 程なくして全身の皮と言う皮が粟立ち、筋肉が瞬く間に委縮した。 どんなに我が身を抱いてもガチガチと体が勝手に震えだすのを止められない。 「五連重範囲撃・グレイテスト・ペンタゴン」 刹良は耳慣れない剣技名を呟き、ひらりと喧嘩独楽のように身を翻して死角に回り込み、僕の胴に次々に重撃を叩き込み始めた。 背後二方向と両脇腹を薙がれた僕は、とっさに自分は五角形に斬り刻まれているのだと察し、中段受けの構えに入ろうとした。 だが、腕が持ち上がったことで腹の筋肉が弛緩した瞬間を、彼女は逃がさなかった。 「ハァッ!!」 僕が右サイドを受けることを読んで、刹良は両手首の切り返しと極限まで最小化した竜巻じみた足捌きにによって左サイドを横薙ぎ一閃。 体当たり気味に放たれた斬撃が僕を一メートル先まで吹き飛ばした。 地面に頭から叩きつけられ、無様に脇腹を抱えて蹲る。 遠くですぅっと息が吸い込まれた。 「女だからって舐めないでよッ!! 大好きだったのに見損なったわ!! あなたはっ、断じて絶対にそんな弱虫などではない!! 男だろう、立ちなさい!! 今までの私が弱いあなたも含めて、あなたを愛していたとしてもっ!! これからの私は、弱いあなたを愛したまま許さないんだ!!」 すぐにピンときた。 僕がかけてしまった呪いのせいだ。 僕がこの子に吐いた、『僕は人の気持ちに寄り添えるとても強い人だ』なんていうハリボテじみた優しい嘘の正体を、この子は知っている。 不味い、刹良は、僕の嘘を徹底的に真実に作り変える気だ。 「私の事を好きなままでいたければ、この勝負、受けて立って見せなさいよ」 彼女の言うことは厳しい愛に満ち溢れ、まっとうでありながら僕にとっては理不尽だ、不条理だ。 だがそれが何だ? 埃を払い、僕は陽炎のように、ゆらりと立ち昇った。 「ふぅん……、あっそ。 言っとくけど、それ、取り消せないよ? 例え君であっても土下座したって叶えるつもりは失せたし」 すぅっ……っと体の温度が消えていく。 僕の肚の内で小さな暴力衝動が産声を上げた。 「最初に聞いておくけど、君がいう『成長した僕』とやらに半殺しにされても文句は無いんだね」 ドスを利かせた問いかけと共に、僕は足元の通学鞄から二本の金属棒を取り出した。 「それは……?」 「琉球古武術伝統武装・『サイ』だ」 このサイという細い十手のような武器は、刃物を受け止めるために長短の差をつけて枝分かれしてあった。 刀身に相当する長い方は『物打ち』、刀や棒を受け止める短い方は『翼』という。 しかも、ただのサイではない。 江戸時代から連綿と受け継がれ、今まさに失われようとしている製法により精製された幻の鋼、『玉鋼』によって作られた業物である。 僕は刹良を威嚇するように裏拳を放ちながら、順手に持ったサイで空気を裂いた。 それでもアイルは、瞳の色をより一層厳しくするばかりで少しも動じない。 「その様子だと引き下がるつもりはなさそうだな」 「何を今さら。 さっさとルール説明済ませるよ。 余計な口を利くと、素敵な笑顔を浮かべっぱなしにしてやるから」 おい、今刹良の奴、洒落た暗喩で口の端を切り裂くって言ったか? こいつは傑作だ。 恋人同士で模擬的な殺し合いモードに入っている。 ますます興が乗ってきた。 「ルールは簡単。 私のスマホから『情熱大陸』って曲が流れている間が試合時間。 曲が終わっても決着が付かなかったら延長戦としてアンコール曲が終わるまで続ける。 前奏が流れている間は、必ずそれぞれの流派の礼をして、代表的な基本技をすべて見せる事。 バイオリンパートが始まったら試合開始。 あと、『剣舞ルール』っていう特殊ルールも適用される。 必ず攻撃はリズムに合わせて行う事。 双方のリズムが崩れたら、曲を中断して試合再開ね」 「勝利条件は?」 僕が抑揚のない声で尋ねると、彼女の顔に獰猛な笑みが滲んだ。 「相手が持つ全ての武器を地面に落とした上で、唇を奪ってイかせた方が勝ち。 ちなみに下の方を触られても文句は無しね」 刹良はそれっきり黙りこくってしまった。 おいおい、此の子本当は性同一性障害なんじゃねぇのか。 そう疑いたくなるほど、アグレッシブだ。 だがまあいい、恋愛的な意味でも暴力的な意味でも可愛がってやるか。 夕風が次々と僕らの間を横切っていく。 僕がゆっくりと空手の礼をするのに対して、刹良は一旦バスタードソードを背中の鞘に納刀し、またゆっくりと引き抜いた。 そして十字に宙を斬り払い、顔の前に垂直に立てた剣の柄頭に口付けをする。 お互いに前に進み出る。 刹良がスマホを取り出し、『情熱大陸』を再生した。 決闘前の取り決め通り、基本技を実演する。 『風祭氏八極拳・金剛八式・探馬掌』 サイを腰のベルトに差し、静かなる前奏に合わせて、目の前に相手がいるという想定で首元をすくって締め上げ、手首の返しで頤を打ち上げる。 トドメに五指を丸めて把子拳を作り、大きく踏み込んで中段突きを放った。 『ドイツ式片手剣術・アイルスタイル・女の構え』 対するアイルは左肩を僕に向け、半身になることで、眉間、鼻の下、鳩尾などの急所が最も集中する正中線を隠した。 掴んだ剣は長時間の乱戦に耐え、性差による体力差を埋めるため、体力を消耗しにくい垂直両手持ちに構えている。 その姿はまるで、別れ話を持ち出した僕の言葉に対して、恋人として怯えているように見えた。 わざわざ多くの構えの中からこの構えを選んだのは、単なる僕への皮肉や、戦いやすいから、などと言う安っぽい理由だけではないだろう。 あれ、目の前がまた滲んで……。 瞬間。 ざくり。 「……なっ!?」 今のは何だ、幻聴か? 何故どこかから何かが突き刺さるような音がして。 「胸が、痛い……?」 今更何故こんなにも悲しいのだ。 考える間もなく、『情熱大陸』はイントロを迎える。 「シィィッ!!」 助走をつけたチーターのようなステップにより、刹良の足元の地表が小爆散。 凄まじい量の砂煙と共に、剣身にしっかと左手を添えたまま、左肩による体当たりを仕掛けてきた。 「エイッ!!」 体全体の重量と重心を使った大がかりな攻撃に対抗すべく、渾身の力を込めて前屈立ちに踏み込み、両手で体当たりごと突き離した。 だがその目論見は見事に外れた。 一度踏み込んできたはずの刹良の脚が、僕が突き飛ばした瞬間に合わせて踏みとどまったのだ。 「な、なっ……!!」 『に』、と言い終ろうとしたときにはもう遅かった。 『ドイツ式剣術・アイルスタイル・シュトライク・デル・レフレクスィオーン』 彼女の踏み込みによる推進力を打撃によって阻んだことで、刹良の深い踏み込みをさらに助長してしまった。 剣身を用いた体当たりが襲い来る前に、バックステップを踏んで緊急回避する。 「喰らいなさいッ!!」 『ドイツ式剣術・アイルスタイル・パイチェ・シュレーグシュトリッフ』 木製とはいえ、片手剣としては超重量級であるバスタードソードを、軽々と鞭のように叩きつけてきた。 『剛柔流・琉球古武術・諸手上段受け・諸手上段打ち』 腰からをサイを引き抜き、音速を超えるか、と寒気を覚えるほどの素早い斬撃を、交差することで受けきった。 「返しだァッ!!」 両側からこめかみへ物打ちを打ち付ける。 「あぅッ!!」 頭の急所を痛打されたことで脳震盪を起こしたのか、刹良がスタンした。 『風祭氏八極拳・八大招式・月下狼奔泉』 月夜野を駆ける狼が泉を求めるように不規則な突進を繰り返し、すれ違い様に刹良を打ち据える。 だが、実際に僕が打ち据えたのは彼女のバスタードソードだった。その猛撃を完璧に受け流した刹良の眼がギラリと妖しく光る。 何時の間に柄に手を掛けていたのか。 僕の鼻先に左手に構えたもう一振りのバスタードソードが突きつけられた。 「なぁっ!?双剣流片手直剣術?」 馬鹿な、あり得ない。 両手に片手剣を装備するこの戦術は、宮本武蔵の『二天一流剣術』のようなカウンター型でもない限り、アニメの中で行使されるほどどんな達人にも再現できる代物ではない。 金属製の内、重い物なら1.5キログラムはあるとされるバスタードソードは、生半可な筋力で扱える代物ではないだろう。 間合いを完全に制圧された僕は来る連撃に備え、感付かれない程度に構えるほかに対処のしようがなかった。 それをこともあろうに女性が双剣流で使いこなすなど、よほどの腕前と筋力増強が前提に無ければ成立しない。 いわゆる人体のみでは理論上不可能ではないが、誰も真似できない、真似したがらない格闘技や武術における技術的臨界点の一つ。 これが、『アイルスタイル』の真骨頂だというのか。 「死から生へ出で往けば。還れ。輪廻の流れ、死の底に」 『ドイツ式剣術・アイルスタイル、五十六連軽集中撃、ザ・フレア』 名が体を表した。 刹良は燃え盛る剣の太陽と化し斬撃と刺突の太陽フレアを伴い、まるで僕の背後の壁に墜落するかのように僕の全身を巻き込んで焼き尽くす。 絶え間なき連撃たちは、打撲痕と言う名の赤黒い命の花を咲かせ、その血の花畑を眺めながら灼熱のワルツを舞い踊る。 「やぁぁぁァァァァァァッッ!!」 脳裏の劇場で剣戟が鳴動の仮面を被り、叫号が死のステップを踏んで、迫りくる一撃一撃への恐怖が、殺戮喜劇のフィナーレを告げるかのように、主人公ぶって高笑いしていた。 「ぶっ飛んじゃえッ!!」 気分的には今にも灰人形のようにさらさらと崩れ落ちそうな僕に、プロミネンスの如きアッパースラッシュと、太陽スピキュールを纏ったような三連回転斬りと共に、超新星爆発の如き叩き付けるようなジャンプ斬りと、下腹を踏み潰すような飛び蹴りが同時に繰り出された。 「うわァァァァァァッッ!!」 「逃さないッ!!」 吹き飛ばされた勢いで一瞬、フェンスに磔(はりつけ)になる。 そのチャンスを刹良、否、かつてのアイルは逃さなかった。 「行っけェェッッ!!」 『ドイツ式剣術・アイルスタイル・重双突進撃・ドッペルヘンカー』 磨き上げられた木剣が逆手に構えられ、死神の鎌みたいに夕日の輝きをはじき返し、僕ののど元目掛けて振り下ろされる。 ――――――――――死。 「ぃ、ひぃ」 【ソレ】がすぐそこまで迫っている。 「ギャアアああっぁっぁ嗚呼ッッぐぶっ」 喉仏を圧迫され、下腹を突き刺されたことで吐血した。 右肩はとうに脱臼しており、両肘の腱を痛めたのか力が入らない。 利き手のサイを落とした僕は既に満身創痍だった。 『ドイツ式剣術・アイルスタイル・デッドリィチャチャチャ』 天災じみたどす黒い死を振り撒きながら、まるでチャチャチャでも踊るかのように『情熱大陸』のサビに合わせて変則的な刺突と斬撃の合の子を生み出していく。 フェンス際に追い詰められながらも着地した僕は、サイでそのことごとくを叩き落とし、遂にサイの『翼』、つまり刃受けでアイルのバスタードソードをとらえた。 「今ッ、何ィ!?」 アイルに『だ』と言い終わりかけて、思わず止めるほどの奇手を彼女が打った。 『葉問詠春拳・托手(タクサオ)』 なんと、バスタードソードを双方とも手放し、僕の両腕を下から両掌で弾き飛ばしたのだ。 どうやら、前腕部の骨がひび割れていたらしく、余りの痛みに最後のサイが吹き飛んだ。 『葉問詠春拳・日字連環衝拳(リーヅーリェンファンクワァン)・圏手(ヒュンサオ)』 よりにもよってあのブルース・リーが使っていた、チェーンソーパンチが僕の腕を粉砕せんと牙を剥く。 驚嘆すべきはその威力ではない、むしろ生半可に受けてしまうと粘りつくような搦め手、『圏手(ヒュンサオ)』に、相手のレンジまで腕ごと体を持っていかれそうになることだ。 『五行通背拳・五行掌・摔(ツァイ)・拍パイ・小穿(シャオチュァン)』 させるか、とばかりにかじりかけの中国拳法・通背拳の基本技を、今までの格闘センスと脊髄反射任せに繰り出す。 このままではまずい、と瞬時に判断した時にはもう遅かった。 「ああっ!?」 ついに圏手(ヒュンサオ)によって両手を捕らえられた。 『合気会合氣道・四教』 手首の動脈を絞り上げられて絶叫。 『合気会合氣道・二教』 そのまま後ろに回り込まれ、肩甲骨ごと腕の全関節を極められた。 『プロレス・ボディロック』 脚を踏みつけられながら前のめりに倒され、転びかけた所を抱き締め上げられた。 「ぎぁぁっ……!!たす、たすけっ……」 「だったら何か一言いうべきで、しょッ!!さんはいッ」 「がぁぁっ、わか、った、降参、す、るから、……助けてぇ」 半泣きで情けない弱音を吐いた僕に、愛川刹良ことアイル・インが、あらそう、と零した次の瞬間、彼女は躊躇もへったくれも無いとばかりに、自らの舌を僕の口の中へ刺突した。 え、嘘だろう? 口中血みどろにも拘らず、僕の頭がかき抱かれて濃密に口付けされているだと。 僕はこの状況を信じてしまうのか。 「ん、ちゅ、ちゅぅっぷっ。にちっ、ちゅぴっ、ちゅっ」 全身の打撲と骨折の痛みから逃れようとしているのか、それとも性的に隷属されている事への背徳感を求めているのか、あるいはただ単に許してほしいだけなのか。 まともな頭で考えついた事ではないので、どれも理由にならない気がした。 制服のズボンのファスナーと、トランクスパンツのホックを外されて、その手が差し込まれる。 「わ、わぁっ、そこ、駄っ、ちゅむぅっ!!」 身動きできないように、フェンスに優しく身体を押し付けられて全身の尊厳を蹂躙される。 ぼぅっとかすむ脳裏に何も思い浮かべていない僕から、ようやく唇を離した刹良は僕の耳元で恐ろしい事実を囁いた。 曰く、『屋上だから、下からも監視カメラからも丸見えだよ?大丈夫、一緒に叱られてあげるわ』と。 背筋を寒気にも似た悦楽が駆け上る。 「さあっ、正直に己の性癖を仰い!! このドヘンタイっ!!」 「も、もしかしたら僕、露出狂でしょうかッ?」 「知るかっ、このマゾ男ッ!!大好きッ!!」 「ヒキョウだっ!!寄りにもよって『ダブルバインド』を使うなんて!!そんな小手先の心理学的テクニックには、僕は屈しないぞっ!!」 「口答えするなっ!!さぁて、何時まで私の調教に耐えていられるかなッ!?」 「うぁぁっ……、SMプレイなんて絶対嫌だったのにぃ!!嫁が目の前に居たって、こんなザマで婿に行けるかァッ!!」 「あら、嬉しい戯言を吐いてくれるじゃないの、ご褒美にさらに蹂躙してあげるよッ!!」 「誰かァッ!恋人が痴女になったっ、助けてく、ちゅむっ」 ああ、嗚呼、イ。 「ッックゥゥゥゥッッ!!」 背筋がピンと反り返り、あらゆる痛覚を吹き飛ばして快感が脳裏一杯に溢れ出した。 「おっと」 『おっと』なんて女性に全く似つかわしくない台詞と共に、刹良がグタグタにふやけて卒倒しかけた僕の体を支えた。 僕、本当に男なのかな……? 此の子を前にしていると、段々自分の性別に確信が持てなくなってくる。 至近距離で荒い二人の吐息が混じり合い、うすい靄を象る。 夜空を見やると満点の星々がダイヤモンドみたいに瞬いていた。 「ねぇ、私の事、今でも愛している?」 彼女に迷いを見せることが色んな意味で間違っているような気がした。 「ああ、……愛しているよ」 「それなら」 あんなに真っ白で消えてしまいそうなほど儚かった彼女から、ひまわりみたいなとびっきりの笑顔で。 「結婚して、責任取ってくれるんだよね? 私の守護者(ガーディアン)さま?」 こんな殺し文句でプロポーズされたら、断れる訳がないじゃないか。 ゆっくりと頷いて、僕も最高の笑顔を咲かせながら、なんだか猛烈に嬉しくなってしまった。 「かぁ、可愛いなっ、君はッ!!」 あんまり可愛らしいプロポーズを受けたせいで、所有欲に突き動かされた僕は重心を操作して彼女に覆いかぶさり、床ドンした。 「へ?ええっ?わ、わぁ、わたしっ、な、何をっ?」 刹良の顔が途端に真っ赤に染まる。 追い打ちをかけるべく、彼女に食らいつくように口づけした。 「むぅっ!?ん、ちゅむ、んぅむうっ!!」 「「ぷはっ」」 荒々しく口元を拭い、真剣な視線を以って刹良の瞳を真っ直ぐに射抜いた。 「アイル、【俺】を舐めるなら、もうちょっと腕を磨いてからの方が良いぜ?」 呆気に取られた彼女を前に獰悪な笑みを浮かべ、舌を出した。 その舌には血の塊が載っていた。 「君の口の中から見つかったよ。 さっきの決闘の時、中国拳法の打ち合いがあっただろう? あの時の君は攻撃に夢中で防御がおろそかになってた」 「……嘘でしょう?じゃあ、まさか」 「ああ、【俺の繰り出した通背拳は全部ダミーで、本命の八極拳は全部クリーンヒットしていた】ぜ? これはその時の血の塊だ」 ひとしきり種明かしすると俺は一層凶悪な笑みを浮かべた。 刹良は脂汗をだらだら垂らしながら俺の笑顔に釘付けになっている。 「さぁて、攻守交代だ。 さっきのお礼はたっぷりとさせてもらうぜ? 口の中に血が残っているだろうから、掃除してやるよ」 「え、い、いいよーっ。自分で歯磨きするもんっ! えっ、うそ、あはっ、腕の関節極めないでっ、ゆ、許してくださぁーい!!」 発言の表面上では拒否しつつも、恋人に甘やかに手籠めにされて嬉しそうな悲鳴を上げる元・アイルであった。 天際の星々が優しく僕らを見守っている。 『黒き悪夢に撃砕を・完』 以下字数埋めですので、意味は有りません、ご了承下さい。 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壱番合戦 仁 2018年12月28日(金)10時22分 公開 ■この作品の著作権は壱番合戦 仁さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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2019年01月14日(月)13時02分 | あまくさ VP8nHN9SMI | +10点 | ||||
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あまくさです。読了しましたので感想を書かせていただきます。 まず、良かった点から。 ストーリーは粗削りながら、前・後編を通しての大きな流れには読みごたえがありました。主人公レイヤがアイルと出会って以降、一貫して二人の物語になっていてブレることがありませんでした。始めは二人が手探りで距離を縮める様子が描かれ、「闇堕ちしたアイルの兄」を探しに行くという目的を得てからは時にはケンカもしながら常に行動を共にします。そして前編の終盤で破壊神の化身と化したのは実はアイルだったという真相が明かされ、悲しい戦いの末彼女が封印されて一区切りという流れ。一つ一つのエピソードの描き方には拙さが目につき、出来事の因果関係も説明が不十分で分かりにくかったのですが、大筋の作り方については感覚的につかんでいらっしゃるようで、しっかり物語の形になっているように感じました。 後編、元の世界に戻ってからが少し長いなと思ったのですが、まさかのエンディング。個人的には悪くないと思います。アイルの行動がやんちゃすぎるのはさておき、異世界では儚く病んだ雰囲気をただよわせていた彼女が、見違えるほど元気そうになったのはポイントが高いです。アイルに関しては立派に成長した感じで良かったと思いますよ。 問題はレイヤの方かな。あの結末は主人公としては及第点と言えない気がします。男が女の子に負けてしまうのは、まあ有りだとは思うのですが。最後の最後あたりのシーンで、たとえバドルには負けても精神的な部分ではアイルに一矢は報いないと。勝たないまでも、少なくとも対等に向かい合う姿は見せてほしかったです。あれではアイルにリードされっぱなしで、成長ストーリーの主人公としてはちょっと情けないです。 それから、他の方から指摘されていた超展開の件。 はっきり言ってそれは前・後編を通して見られました。特に異世界のパートで顕著で、しばしばストーリーを追うのに苦労したほどです。これは、良くなかった点の指摘でもう一度触れます。 ただ、エンディングに関しては、良い意味で意表を突かれた感があり、悪い意味での唐突さはそれほど感じませんでしたよ。 屋上のシーンでは二人の自立がテーマになっていることが理解できましたし、 >しかし心を鬼にして、僕はその雪野原のように真っ白な頬を張り飛ばした。 ここから異世界での二人のありかたにケジメをつける意味のシリアスな会話が続き、 >「そう、ありがとう。それなら剣の舞でも踊ろうよ。但し、勝ち負けありの実戦形式で」 このアイルのセリフではまだ軽いゲーム感覚っぽいノリを感じさせたのですが、 >「じゃあ、僕が勝ったら君と別れるよ」 というレイヤの言葉からアイルの心が険しくなり、ガチなバトルに変わっていくという流れが、けっこう自然に思えました。作者様が意識的にこう書かれたのかどうか分かりませんが、作品全体を通してこんなふうに書いてほしいんですよ。 ストーリーについては、こんなところで。 他に良いと感じたのは、作品全体に書き手の意欲と熱量が横溢していたこと、文章に勢いがあったこと。 そして、いくつか挿入されていた主人公の障害に起因するエピソード。過去の暗い記憶と、現在の症状に係わる描写などです。これらはラノベとしてどうかと言われると首を傾げざるを得ないのですが、迫力はありました。おそらく生々しく現実的すぎる描写をもう少しオブラートにつつんで、主人公の成長の起点、キャラクタープロブレムとして分かりやすい形に加工する方が作品の完成度は良くなるのだと思います。しかし一方で、たぶんこれらのパートは現状のままで作者様が書かずにはいられなかったことなのだという気がするんですね。もしそうであれば、そういう部分は安易にいじると作品そのものが死んでしまう場合があるような気がします。なのでここは将来的な課題としておく方がいいのかもしれません。 次に良くないと感じた点。 掲示板の方でも書きましたが、とにかく書き急ぎ、描写不足、説明不足が目立ちます。拾えばきりがないのですが、例えば、 >「そうですか、では特派員達の暗殺行為は独断ということですね? わかりました」 >まさか護符が、セレナさんとの通信手段になるとは思わなかった。 章の変わり目でいきなりこう書かれると、読者としては少し面食らってしまいます。一応必要な情報はこの一文に含まれているのですが、読み手は書くよりもかなり早いスピードで読んでいるので、これでは読み飛ばしてしまいます。こういうところは2〜3行は使ってある程度は順を追って書かないと読者の頭に入りません。頭に入らないまま先へと先へと読んでいくので、キャラが何をしているのか分からなくなってしまうんです。 これが書き急ぎ。 それと重要なパートの繋がりの部分で、キャラの心理の移り変わりや、どうしてそうなったのかが書かれていないことが多いので、唐突な印象をしょっちゅう感じました。 ストーリーの流れの重要なポイントだけでもいいですから、上の良かった点で指摘したエンディングの叙述程度には丁寧に書いてほしいところです。 本作では一つ一つの文章についてはわりあい読みやすい方だと思います。ただ、いくつかの文章のまとまりとしては、すっと読んで内容が頭に入りにくいところがあるようです。実は当面ではそれが本作の一番の問題点という気がしました。これが改善されるとキャラやストーリーは悪くないので、もっと良い作品に変わる可能性を感じました。 もう一つ問題を感じたのは、視点移動です。 前編の後半、オレガノが登場するあたりで頻繁に視点が移動していました。これは注意が必要です。 一人称小説の場合、視点移動そのものをNGとする人もいます。読者の読みやすさを損なわない工夫がなされていればOKという意見もありますが、本作では分かりにくいところがありました。リーダビリティを損ねて無造作にやってしまう視点移動はNGと考えてください。 根本的な問題として、視点移動を使いたいストーリーであれば最初から三人称で書いた方がいいです。本作についてはこれから三人称に変更するのはかなり大変なはずなので仕方がありませんが、今後の課題として注意されることをお勧めします。 まとめますと、本作は読みにくさがだいぶ災いしていますがストーリーは良いと思うし、面白かったです。点数はストーリーが(やや甘い気もしますが)+30、キャラは+20、設定+10、文章の読みやすさ+10、描写・説明不足、文脈の読みにくさも含めて−20。平均で+10というところでしょうか? 私からはこれくらいです。執筆お疲れ様でした。
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2019年01月04日(金)22時16分 | 壱番合戦 仁 | 作者レス | ||||
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超展開については反省しきりでしたが、場面ごとのつながりが薄いとは仰って頂くまで気が付きませんでした。仰天です! やる事は山積みなのでここで一度整理すると。 ・技名と字の文の融合と人称の一致化。 ・事件に巻き込まれただけで、結局放っておかれてしまった主人公の成長とキャラクタープロブレムの解決をエピソードに組み込む。 ・そのために自分を見つめ直して、プロットを一から緻密に組み直す。 ・各所に欠落した結果、使われなくなってしまった裏設定の活用。 ・キャラクターが独りでちゃんと歩いていないので、キャラごとの性格付け、行動傾向を明確にする。 このあたりですかね。 |
2019年01月04日(金)20時03分 | 御陵 | +10点 | ||||
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壱番合戦仁様 こんにちは。 御陵です。 前編でのお約束どおり、後編の感想といいますか、 読了した雑感を残しに伺いました。 前編での雑感のとおり、御陵は感覚的なタイプですので、 作者様には違うと思ったところはバッサリと切り捨てて頂ければ 幸いです。 後編の概ねの感想は、前半と大体同じ感じです。 後編は、維持神との諍い→創世神との戦い→現実世界へ戻ってアイルと再会→ アイルとのラストバトルという流れでよろしいでしょうか。 それで申し訳ないのですが、御陵にはそれぞれの場面のつながり、 といいますか、前後の因果関係が希薄に感じられました。 (ごめんなさい) 他の方の感想にもありましたが、「超展開」と言いますか、 「どうしてそうなった」という感じでしょうか。 特に前半のアイルの石化から、後半終盤のアイルの転生について、 御陵には特に違和感を感じてしまって。 「どうしてそうなった」という理由といいますか、 因果の理屈をもう少し丁寧に描写して頂けたら、もう少し印象は 変わったと思います。 でもラノベということで、そう云う作風も全然ありかとは思いますが、 偏屈で積み上げにこだわる御陵には、 ちょっとそのままでは受け入れられない感じで。 (ごめんなさい) しかしながら、前後編に亘って御作を完成させたことは、素晴らしいと 思います。 それなりに書き始めても、最後まで完成させるだけの気力が続くひとは、 存外少ないようでして。 作者様が三年も気力を維持し、御作前後編をさせたことだけでも、 誇るべきことかと。 ここまで好き放題に書き散らしてしまい、お気に障りましたらごめんなさい。 御陵も単なる一素人に過ぎませんので、受け入れられないところは 無視して下さいね。 まだまだお互いに精進して参りましょう。 今回はいろいろ勉強させて頂き、ありがとうございます。 御陵 拝
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2018年12月29日(土)12時52分 | 壱番合戦 仁 | 作者レス | ||||
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でんでんむしさん、感想返しありがとうございます! アイルの転生については、彼女の人種差別自体が瀕死時の生理的な虐殺衝動に起因する部分が大きかったので、この方が読み手もスカッと最後のページをめくってもらえるかなと思いましたが、そうですか(汗)また僕は読者のペースに合わせずにぶっちぎっちゃったわけですね。 いい加減に直さないとやばいかも。ご指摘ありがとうございます。 キャラクタープロブレム(主な登場人物が抱える内面的な問題)の持って行き方は「かたわ少女」の「辛口レビュー」の「総評」を参考にさせて頂きました。 あの作品自体、障害を取り扱う僕のタッチに一道通じるものがありました。 「総評」曰く。 >>――――――――――そして、この頃になると、登場人物たちの「身体的な障害」なんて些細な問題になります。真に重要なのは、その障害と共に負った「精神的な障害」の方です。 主人公である久夫も、5名の攻略対象たちも、時にはサブキャラたちまで、その「精神的な障害」に立ち向かっていきます。それは、「愛が救う」レベルの単純な代物ではありません。場合によっては、それを基準に考えるとBAD ENDに行ってしまうシナリオさえあります。 HAPPY ENDであったとしても、「その精神的な障害を抱えつつ、これからも生きていく」と言う、決して「めでたしめでたし」では終わらない読後感になっています。 こういうものを目指していました。 丁度、十五夜の名月の下で「あたしが勝ったら結婚しろ」とか理不尽なことを恋人から言われて、たった一撃のボディブロウで2メートル先まで吹っ飛ばされて、結局結婚させられたようなすがすがしい敗北感というか。 そんな、凄く理屈では納得できるのに心に理不尽なぐらいの威力で殴り飛ばされたようなすがすがしさと重みを描きたかったのですが、どうやらそれ以前の問題のようですね。 ともかく、「主人公もヒロインもあまり人間的には成長してないかもしれないけれど、以前よりはかなり幸せな生活を手に入れて、一人で抱え込んでいた辛い過去や罪悪感、そしてトラウマと障害をこれからも二人で分かち合って生きていく」というエンディングを目指しました。 でも、でんでんむしさんがおっしゃるように、もう少し主人公が成長するところを書いてもいいかもしれませんね。 没設定に、アスペルガー症候群をもつ主人公、レイヤは「症状の一種」とされる特殊能力を二つ持っているというものがあります。 一つは「単焦点認識(シングルフォーカス)」です。 人間の目には周辺視野と言うものがありますが、カメラはフォーカスを絞る事で周囲を認識します。 レイヤの脳は強い興味の対象となる一つの物体に目を向けたら、カメラのようにそれ以外を認識できなくなるのです。 周りの者が見えないという事は、常軌を逸した集中力の発動を可能にするという事でもあります。 他にも「写真記憶(フォトメモリー)」という見たものを場面場面を静止画のように記憶できる能力があります。 お蔵入りになったこの設定も引っ張り出す必要があるかもしれません。 台詞の改行問題、心理描写の詰めの甘さについてのご指摘、大変参考になりました。 今しばらく僕のマイなろうページに眠る事になるであろう彼らも、幸せな夢を見ることができるでしょうね。 それはきっと素晴らしいことなのだろうと思います。 これからも、精進していきます。 的確なアドバイス、ありがとうございました。 |
2018年12月29日(土)01時19分 | でんでんむし | +10点 | ||||
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こんにちは。でんでんむしです。以前は感想をありがとうございました! この作品は三年間かけて作られたとのことで、まずはお疲れ様です。頑張って作った心意気が伝わってきました。 しかし初めて読むタイプの作品で、評価するのが非常に難しい作品ですね。良くも悪くも跳びぬけているタイプでしょう。 良い点ですが、まずは独特のセンスでしょうか。鍛え上げれば作者にしか描けない武器になる可能性は秘めていると思います。確実に言えるのは発達障害+沖縄空手+異世界という組み合わせは珍しく、オリジナリティーでは強さを発揮できるという部分ですね。レイヤやアイルの葛藤もうまく描けていたと思います。 悪い点ですが、僕としては最後はちょっと超展開すぎたかな〜と。世界系というカテゴリーが好きなタイプにはうける可能性がありますが、僕自身がそういったタイプが苦手なので、高評につなげることができませんでした。 でも、ここは作者様も反省しているとのことで……。これを悪評とするのは止めておきますね(笑) 他には文章やキャラの心理描写から作者の伝えたい部分を読み取るのが難しく、もう少し読む側が分かりやすくする技術を磨いた方がいいのかもしれません。後はレイヤとアイルは共に共感しにくい部分も多く、読み手に不愉快だと思われない配慮が必要かもしれないです。 それと異世界に行くまでが少し長く感じました。一つ提案ですが、最初に沖縄空手を習得してから異世界に行くという構成を思い切って物語開始地点でレイヤを『沖縄空手の達人』という設定するのはいかかでしょう?これで修業シーンを省略できます。 ここからは個人の好みとしての感想となりますが、僕がこの作品で一番惹かれたのが主人公が発達障害という設定でした。物語としてレイヤが自分の体質に葛藤して、そしてそれを乗り越える。またはそんな自分を受け入れて前に進む。みたいなストーリー展開をワクワクして期待していました。 悩むシーンはうまく描けていましたが、それを乗り越えたり、受け入れたりする表現がちょっと薄かったように感じたのが残念です。あるいは発達障害あることを逆手に取って強みとして活用するシーンとか。 発達障害ならではの『強み』や『魅力』を個人的にもっと描いてほしかったかな〜と思いました。逆に発達障害の悪い部分の表現が目立ってしまい、その部分がこの物語の魅力を引き出しきれなかったような気がします。 発達障害が辛そうだと考える人は多いと思います。そこをあえて『実は強みもある』とか『人と違った考えができる』みたいなテーマにすれば読み手としては「おお、意外で面白い」となるのではないでしょうか? しかし、弱点としてこれではリアリティが不足していると思われる可能性もありますね。僕はそれでよく失敗してしまいます。また、作者様が発達障害の辛さを伝えたかったり、同じ発達障害の方に共感を求めるのが目的ならこれは的外れな意見ですね。 まとめると、作品の『魅力』についてもっと意識してみる。と、同時に不愉快だと思われない書き方の技術を強化する。この二つができればさらに良い作品になると思います。 色々と偉そうな事を言ってごめんなさい。しかも自分でもできていない部分が多いです。気に入らなければ切り捨ててください。 あ、でも最後に一つだけ。台詞の中に改行を挟むのはとても読みにくかったです。行を詰めましょう。修正作業自体は簡単だと思うので、修正することを強くお勧めします。 「ありゃ、それは災難だねえ。 そんで、その爺さんの用って何だったの?」 ↓ 「ありゃ、それは災難だねえ。そんで、その爺さんの用って何だったの?」 みたいな感じです。
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2018年12月28日(金)13時10分 | 壱番合戦 仁 | 作者レス | ||||
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ちなみに作者はASD当事者ですっ。 主人公の性格や心理描写の多くを僕の体験談に頼っています。 言い訳じゃないですよ、ええ、ちがいますとも。 誤解を招いたら一たまりもありませんから;; |
合計 | 4人 | 30点 |
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ライトノベル作法研究所管理人うっぴー /運営スタッフ:小説家・瀬川コウ:大手出版社編集者Y - エンタメノベルラボ - DMM オンラインサロン
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